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古代出雲東北日本海新羅王朝の謎

196 :出土地不明:2006/04/26(水) 13:55:06 ID:A8o4oEa9
「佐平」は塞(さへ)と同じ意味だろう。守護・防衛を意味する日本語の古語だろ。
◆サエギル=塞きる=防ぐ=防衛

→ 大分の佐伯(さえき)でしょうサエギルの意味の苗字は。
佐藤も宮崎・大分に多いそうだけど。佐の字を使うから全て同根とも言えない。
佐渡の守の藤原というのが佐渡流佐藤氏だそうです。
福島飯坂の佐藤(大庄司・秩父・米沢長井)や
下野佐野の佐藤(俵藤太の藤原)や
鎌倉御家人の相模の左衛門の左藤ではないとの事です。

佐渡は沙都と同じ「ソト」を意味して周辺とか国境の外ほどの意味だが
巨済島はソトの島(沙都の島)で佐渡島と同じく流刑地であったという。
高麗のある王が女真族との戦争で鄭などの高麗武臣一族に幽閉された所というのです。

日本から見てもソトで、高麗からもソトという中間的位置に有ったようだ。

源平合戦の壇の浦合戦以降に源義経の家来の
佐藤継信・忠信の子孫だという九州の佐藤移住「伝説」とか「物語」で
江戸期の多分、作り話です。偽家系図が流行って偽自慢の時代だったようです。
鎌倉御家人で一番古い家の守護代が薩摩の守で
上のクラスは島津家である事から其の家来の分際だと
下手に出て佐藤の名が侍で下士身分では妥当という考えがあったようです。


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