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 【沖縄人=古代九州人】沖縄古代史スレ 

1 :出土地不明:2005/12/29(木) 01:13:55 ID:SvzwaBEZ

港川人の時代から約1万数千年の長い空白期間をへて登場するのが 、
約7000年前からはじまる新石器時代(縄文時代)で、この時代は縄
文早期、縄文前期、縄文中期、縄文後期、縄文晩期、弥生時代に分
けられます。縄文早期と縄文前期は九州との交流が深かった時代、
縄文中期は奄美諸島や沖縄諸島の独自の文化が発生した時代、縄文
後期は再び九州との交流が盛んになり、中国とも関わるようになっ
た時代、縄文晩期は集落が形成され、九州との活発な交流があった
時代といえます。
 弥生時代に相当する遺跡は海岸砂丘地に多く、出土品から九州や
中国と交易していたことが分かります。貝輪(かいわ)の原材料と
なったゴホウラ貝などは、九州へ移出されたものの代表的なもので
しょう。九州からは弥生土器が持ちこまれたほか、箱式石棺墓など
による埋葬法が伝わっています。
 日本の古墳時代から平安時代までの古代社会の時代には、奄美・
沖縄諸島は狩猟採集段階の社会が続いていて、日本との交流もほと
んどありませんでした。
http://rca.open.ed.jp/history/story/epoch1/outline.html

2 :出土地不明:2005/12/29(木) 14:20:04 ID:883yDnOE
沖縄人=古代九州人=最古日本民族=世界最高民族

3 :出土地不明:2005/12/29(木) 14:49:32 ID:kZUjscR9
琉球人種は港川人と8000年くらい前に渡来した九州縄文人の末裔。
北日本→九州(12000年前)→琉球(8000年前)


細石器文化は旧石器時代の終末期に北方ユーラシア大陸を中心に普遍的に
展開した特異な文化である。

長崎県福井洞穴では細隆起線文や爪形文土器に細石器が共伴し、放射性炭
の測定で約一万二〇〇〇年前後に比定されている。
http://www.coara.or.jp/~fuminori/3banme.html


縄文時代前期(約8000〜5000年前)の遺跡からは九州で生産された土器が
出土することから、九州縄文人が船で琉球列島に渡ってきたと考えられる。
http://inoues.net/ruins/nakamagawa.html

4 :出土地不明:2005/12/31(土) 01:28:40 ID:wfInlP7f
第6で、アイヌと琉球人の遺伝的距離、について述べた。この内容は宝来さんの以前の研究に
基づいたもので、その範囲で観察されたことの一つは、「アイヌと琉球人の間には共通パターン
がない」というものだった。これはNHK出版から1999に発行された『驚異の小宇宙・人体III 
遺伝子DNA』にも紹介されている。これにより、宝来さんは『DNA人類進化学』p112で「アイヌと
琉球人の集団が分岐したのは約12,000年前だとすると、弥生時代移民が起こり始めた頃にアイヌと
琉球人を含む単一の縄文人集団が存在したとは考えにくい」とした。

ところが、2001に発行された『日本人はるかな旅1』には、アイヌ、琉球人、他が共通に持って
いるパターンというのが2種類も挙げられている。つまり、1999時点での結論、即ちアイヌと
琉球人は12,000年は離れている、は根拠を失っているのだ。

また、佐賀医科大学の篠田謙一さんが茨城県の中妻貝塚から出た縄文人骨29個体の塩基配列を
調べたところ、9種類の塩基配列があって、その内の少なくとも2種類はアイヌと沖縄人(と他とも)
が共有していた、という結果が出た。これは『日本人はるかな旅1』(NHK出版)p144-に出ている。
即ち、アイヌ、琉球人、縄文人に共通なDNAパターンがある、ということだ。
http://www.dai3gen.net/mt08.htm

5 :出土地不明:2005/12/31(土) 16:03:26 ID:6AKojmP9
稲作を基調として日本系の言語を話す琉球文化はいつから始まったのか。
沖縄方言を見ても、本土方言と8000年も離れてるとは思えない。
五百年よりは古く、遠くて千数百年程度だと思う。


6 :出土地不明:2005/12/31(土) 16:10:32 ID:NbexWXan
弥生人は南洋貝を買いに定期的に沖縄に行っているし、
近世には島津の支配があったから。



7 :出土地不明:2005/12/31(土) 21:43:04 ID:6AKojmP9
島津の支配は琉球の在来文化にさほど大きな影響を与えていない。

鎌倉時代前後に九州から人の移住とともに(?)稲作が伝わったのなら、
九州側にはそれを伝える文献は残っていないのだろうか。

8 :出土地不明:2005/12/31(土) 22:09:03 ID:BiEHoUwo
わざわざ沖縄くんだりまで稲作しにいく理由がない。
沖縄人が率先して稲作取り入れたのでは

9 :出土地不明:2005/12/31(土) 23:36:37 ID:uPuxagrX
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/jinsei/1136033052/
なんか楽しそうなスレ(年越しまでに1000超えるスレ)
レスするだけで結構です。力を貸してください!!

10 :出土地不明:2006/01/01(日) 00:00:49 ID:b8F2hvdP
レスしてみたギリギリ千いったね。
ドラマチック

11 :出土地不明:2006/01/02(月) 03:39:26 ID:Uk2McaRr
遺伝子ばっかりじゃなくてグスクの様式や遺物とかについても詳しい人よろ。
たしか奄美のグスクは南九州の城と構造が似てるんだっけ?

12 :出土地不明:2006/01/02(月) 23:59:26 ID:q1P9X4Pw
このスレタイ間違い。
正確には
古代沖縄人=古代九州人。
ただ港川人は複雑だ、たしか下層部から出土したものは
縄文人と骨格がやや異なるが上層部(10000年頃前)から
出土したものは顔つきや骨格まで縄文人とそっくりだそうだ。
その後、空白があり(港川人絶滅かといわれている)本土の
縄文時代前期後半ころから同調するようだ。
そして、日本最古(2700年前)の農耕遺跡(畑)が発掘されたのも
記憶にあたらしい(石包丁とかも)。
沖縄ではこの頃何らかの変革があったらしいが状況証拠が多数揃わないと
何もいえないのが考古学のつらいところか。
早くなにかでてこればいいのに!でも何もでてこなかったら怖いな〜。


13 :出土地不明:2006/01/05(木) 18:21:23 ID:mzcMxB6D
>>11
中山清美の報告では、赤木名グスクは北部九州産滑石製石鍋、鉄、徳之島産カムィヤキ、中国製青磁を供伴し
地形的特徴が北部九州の朝鮮式山城に類似するそうだ。

14 :出土地不明:2006/01/05(木) 18:41:17 ID:PRtQxBsu
ほうそりゃ興味深い報告である。


15 :出土地不明:2006/01/07(土) 10:41:38 ID:q1fniKaS
test

16 :出土地不明:2006/01/10(火) 02:16:06 ID:yLM24m5N
古代の夜光貝輸出の件はおもしろい。
『出土土器の年代については、考古学を専門とする
フワガネク遺跡調査者の高梨修氏と筆者が発表した。
高梨氏は同遺跡の調査概要を述べ、同遺跡出土の土器を
奄美諸島に多く見られる兼久式土器とし、これについての
六世紀から十世紀にわたる編年試案を示した。その上で、
フワガネク遺跡出土土器は、兼久式土器の中でも古い段階である
六、七世紀に位置付けた。』
たしかこの遺跡からふいごの羽口が出土してたよね。
あと鉄澤とか(これは沖縄本島の遺跡からも同時代のものが出土)
これらから論証できることは
小鍛冶=鉄塊を輸入して加工して鉄器を製作すること
がこの時代におこなわれていたこと。(県史に書いてありました)
この時代は夜光貝を中国大陸に輸出している。
開元通宝が南西諸島からのみ大量に発掘されるのもなんら矛盾しない。
日本本土への輸出は10世紀らしい。↓

http://db.okinawatimes.co.jp/cgi-bin/search.pl?data=NEWS/1999/05/11/19990511M015-01-01.text&query=%92r%93c%89h%8Ej&dbname=/data2/INDEX/NEWS&format=long&year=1999&month=all&nextskip=&nexttop=&subid=1
最近の研究ではごほうら貝(弥生)とかも沖縄で完全加工された
可能性が強いとか。
その場合も鉄器が必要だが沖縄で鍛冶が行われたかどうか
知りたいもんだ。

17 :出土地不明:2006/01/10(火) 02:40:57 ID:mAzoGFQq
沖縄の金属加工の技術は九州から?支那から?

18 :出土地不明:2006/01/11(水) 02:52:32 ID:UY3b0Bc6
夜光貝=屋久貝

19 :出土地不明:2006/01/11(水) 09:27:55 ID:kj6OBEYS
>>16
先島が琉球文化圏に入ったのは10-11世紀だから大和からの流入では?
第一そのころ台湾は化外の地

20 :出土地不明:2006/01/11(水) 09:30:18 ID:kj6OBEYS
アンカー間違えた

16 -> >>17

21 :出土地不明:2006/01/18(水) 13:19:29 ID:V7c6/iki
へへー

22 :出土地不明:2006/01/19(木) 13:39:54 ID:7QGlah+m
ふーん

23 :出土地不明:2006/01/20(金) 18:22:39 ID:Gk1N9O94
沖縄の久米、比良は古代に九州と通じていた証だぞ
久米というのは大王の直轄地とか


24 :出土地不明:2006/01/20(金) 18:23:11 ID:Gk1N9O94
来目といってたらしい

25 :出土地不明:2006/01/21(土) 21:02:59 ID:5AmYDWvI
第6で、アイヌと琉球人の遺伝的距離、について述べた。この内容は宝来さんの以前の研究に
基づいたもので、その範囲で観察されたことの一つは、「アイヌと琉球人の間には共通パターン
がない」というものだった。これはNHK出版から1999に発行された『驚異の小宇宙・人体III 
遺伝子DNA』にも紹介されている。これにより、宝来さんは『DNA人類進化学』p112で「アイヌと
琉球人の集団が分岐したのは約12,000年前だとすると、弥生時代移民が起こり始めた頃にアイヌと
琉球人を含む単一の縄文人集団が存在したとは考えにくい」とした。

ところが、2001に発行された『日本人はるかな旅1』には、アイヌ、琉球人、他が共通に持って
いるパターンというのが2種類も挙げられている。つまり、1999時点での結論、即ちアイヌと
琉球人は12,000年は離れている、は根拠を失っているのだ。

また、佐賀医科大学の篠田謙一さんが茨城県の中妻貝塚から出た縄文人骨29個体の塩基配列を
調べたところ、9種類の塩基配列があって、その内の少なくとも2種類はアイヌと沖縄人(と他とも)
が共有していた、という結果が出た。これは『日本人はるかな旅1』(NHK出版)p144-に出ている。
即ち、アイヌ、琉球人、縄文人に共通なDNAパターンがある、ということだ。
http://www.dai3gen.net/mt08.htm

26 :出土地不明:2006/01/21(土) 22:35:35 ID:x00mCISf
http://blogs.yahoo.co.jp/kmlyshk/folder/951825.html

27 :出土地不明:2006/01/22(日) 18:19:40 ID:iKM4kspc
>>23
久米村は朝貢貿易で通訳に当る支那人(客家)の居留地、現代でいう中華街
一体なにからそんな途方もない発想が生れてきたんだ?

28 :出土地不明:2006/01/23(月) 08:19:14 ID:eDCxs4bo
平氏(赤旗=先住民の色)はどこに拠点があった?
源氏(白旗=朝鮮人の色)はどこに拠点があった?
南朝はどこに拠点があった?北朝はどこに拠点があった?
水神と共に祀られる平氏、水神といえば西日本だよね。
平氏も貴族だから朝鮮の血は濃いよ、しかし先住民の
反乱だったんだ。あれは単なる権力闘争じゃないんだよ。
南朝しかりだ。よーく考えよう。
記紀、倭人伝、東夷伝、風土記をよーく読もう。
先住民はいま朝鮮人(源氏=東日本人)により根絶やしに
されようとしているのである。

29 :出土地不明:2006/01/24(火) 00:25:40 ID:BFDkVOHX
↑(日本)平氏=真大和→(中国)中原の民=真性漢族
  という意味でしょうか。

30 :出土地不明:2006/01/24(火) 11:08:46 ID:FWYkBqde
おれは平氏の子孫だけど。伝わる話では、平氏の出自は中央アジアからイスラム教徒に
追われたゾロアスター教の一団。10世紀ごろ日本に到達して、技術集団として王家に迎え
られたのが日本での最初とのこと。

清盛の目は青かったと伝えられている。今でも一族の男は皆眉目秀麗の偉丈夫ぞろいだ。
赤旗は拝火教のシンボルカラー、安芸の宮島の厳島神社も全体赤だ。

源氏こそ、服属土民の子孫と一族内では伝わっている。





31 :出土地不明:2006/01/24(火) 12:58:45 ID:xFx285Jj
そこらは複雑かも、源氏は白装束で高句麗、扶余のものと同じだ。
白は朝鮮の色、これは確定。


32 :出土地不明:2006/01/24(火) 13:01:03 ID:xFx285Jj
元々、平氏と平家は違う
平氏は桓武の末裔だ、彼らは西の先住民と組んだ。
源氏はどうか、彼ら指導層は高句麗系だよ。
彼らも一部先住民と融合したかもしれない。

33 :出土地不明:2006/01/24(火) 14:06:42 ID:xFx285Jj
133 :日本@名無史さん :2006/01/24(火) 13:35:53
新羅は出雲人の国
http://makimo.to/2ch/mentai_whis/980/980828553.html

134 :日本@名無史さん :2006/01/24(火) 14:00:44
新羅人は出雲・丹波・但馬人(銅鐸=鈴、五十猛)かもしれないが。
出雲系が純粋な倭系とは思えない。

彼らは少なからずその前に高句麗の影響を受けている。
だから出雲系(出雲人、初期近畿人、関東東北人)は
当初は高句麗との混血であり、更に新羅からの渡来人と
混血したと考えられる。
だからあそこまで高句麗、新羅文化に拘りがあるのです。

34 :出土地不明:2006/01/25(水) 03:42:05 ID:YYd1cPY3
邪馬台国は北部九州(宇佐八幡を中心か?)とした本州政権に対する
クーデター政権かもしれない。
元々伊都国、奴国、など筑前、豊前は本州政権の支配下にあったが
その臣民は南の狗奴国的な人達が多く、本州政権に対する
不満が高かった。そんな中、邪馬台国(宇佐?あるいは近畿の一部)
が主導的な立場に立ちこの地域を中心としたクーデター政権を
たてた、それが女王国邪馬台国ではないか?
そうすると、女王連合国家の首都は小城であっても、近畿であっても
小城の土蜘蛛征伐等の関係で否定材料とまでは言えないかもしれない。
(ちょっとわかりにくい文書いてしまった〜)

狗奴国とはその女王国とも本州政権とも連合を組まない
熊襲、熊民、隈民、蘇民、土民だったのである。
狗奴国の人達は頑なに火、水信仰(玉垂命)をもっていた。

35 :出土地不明:2006/02/05(日) 20:59:57 ID:eL2L+pa3
青銅の矢じり出土 九州の交易品か 読谷村↓
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-10842-storytopic-1.html
全国的にも珍しい漢式三翼鏃またまた沖縄で出土!

36 :この際、俺が1だ:2006/02/28(火) 01:30:57 ID:FWupH7pa
下地安広は浦添市・嘉門貝塚,読谷村・大久保原遺跡,
同村・中川原貝塚,宜野湾市・真志喜荒地原第一遺跡で出土した
滑石混和土器を楽浪土器とみなした。
http://www.ops.dti.ne.jp/〜shr/wrk/2001a.html
↑しかし楽浪郡建設以前という説もあるようです。

37 :出土地不明:2006/02/28(火) 01:41:18 ID:RtyrQH6R
燕人衛満による衛氏朝鮮がBC3C末頃から朝鮮には入ってるし、
同じ頃、徐福一行が半島西岸にたどり着いて秦氏を名乗り中国文化を
展開し始めたとの意見もある。

ただし日本でまれに出てくる中国系の遺物はほとんど楽浪遺物でしょうな。

弥生前期の遺跡からは中国系遺物が全く出てこない。

38 :出土地不明:2006/03/04(土) 15:11:10 ID:lqVVxfp8
>>37
楽浪って支那そのものって思っていたんだが、違いがあるのですか?

39 :出土地不明:2006/03/04(土) 15:37:34 ID:xrW8naFC
楽浪は支那派出所で良いんだが、
楽浪郡の基礎を築いたのが衛氏朝鮮の王剣城。

40 :出土地不明:2006/03/04(土) 22:31:14 ID:QIXWfjZy
>>39
衛氏も漢族ですよね。

41 :出土地不明:2006/03/05(日) 16:15:23 ID:ObkqZICr
NON

漢の前だから漢族ではなくて燕人だな。

言語学には同じシナ=チベット族、人種的にも同じシニーデ
(シナ人種)だろうけど。



42 :出土地不明:2006/03/30(木) 00:18:30 ID:nQObtMvl
>>27
時代の後先を考えろよ。

43 :出土地不明:2006/03/31(金) 00:16:23 ID:tpnDLKa0
奄美人の先祖が九州から来て沖縄、宮古とも交通したって内容の叙事詩が奄美大島にあるって何かで読んだことある
どこで読んだか思い出せないけど

44 :出土地不明:2006/04/02(日) 13:51:58 ID:ZMWiwBCr
>43
思考がどっかの半島に似てるぞw
一番ヤバイ奴らは東シナ海の両サイドでオオボケかましてる連中だがな。

45 :出土地不明:2006/04/02(日) 21:41:20 ID:xkR2hNWk
>>43
カムィヤキの分布と一致する叙事詩だな、どっかに有りそう徳之島が臭いぞ。

46 :出土地不明:2006/05/05(金) 16:52:12 ID:5ih5SFbT
伊仙のそれも、名称なんとかならんかったのかよw


47 :出土地不明:2006/05/07(日) 23:44:25 ID:SPmL+rSJ
ttp://www.yashinomi.to/semi/yashidai1_05.html

これを見ると、12世紀前後に本土の影響で大きな文化変動が起きているようだが、
時代背景を考えると、琉球人は源氏・平氏の落人の子孫だなんて話も
あながちヨタ話ではないのかも?

48 :出土地不明:2006/05/19(金) 22:55:23 ID:Czr8CKhK
以前、琉球王国は中国の属国。
最近20年来,日本?并

49 :出土地不明:2006/05/19(金) 23:56:26 ID:Q54gaMQH
沖縄は九州と同一の文化圏で
本州四国とは隔絶した
文化圏であったことは間違いないなw


黒潮文化圏妄説ここにて崩壊www


50 :出土地不明:2006/05/20(土) 01:21:46 ID:HK+QYJuH
崩壊したのはお前の脳ミソだろw

51 :出土地不明:2006/05/20(土) 01:25:49 ID:/rPa/ZbB
>>50
え、これでも黒潮文化圏があったと主張するんですか?
では、お説を拝聴しましょうか?
一時間以内で何らかの回答がない場合

黒潮文化圏盲説、崩壊を意味しますwww


52 :出土地不明:2006/05/20(土) 01:32:59 ID:/rPa/ZbB
完全に詰みの状態で
ここからどうやって
黒潮文化圏という
ウルトラCがでてくるのですか?
本州四国太平洋側は完全に
近畿文化圏ですよ。


53 :出土地不明:2006/05/20(土) 01:56:14 ID:/rPa/ZbB
しかし、東日野ポン人(じつは朝鮮人w)
の南方、アイヌ
コンプレックスの深さには根深いものがあるな〜www

54 :出土地不明:2006/05/20(土) 02:29:45 ID:/rPa/ZbB
ハイ、タイムオーバー。

東日野ポン人の希望の星

黒潮文化圏は同時崩壊www


55 :出土地不明:2006/05/23(火) 09:21:21 ID:F4b/EySG
九州の古代神
http://www.geocities.jp/gotos_room/_geo_contents_/tane.html
http://www.dazaifutenmangu.or.jp/kamado/index.htm

▲種子島宇宙センター大崎射場(大型ロケット発射場)を望む。
古代へ!宝満神社と玉依姫と稲作の秘密

まずはいっきに古代へと時代を遡ってみましょう。
種子島の南部に創建年代がわからないほど古くから
この地にご鎮座される宝満神社があります。
御祭神は玉依姫。その昔、18人の従者を連れて
種子島の地にやって来たという伝説が残る女神です。
この玉依姫が持参していたものが赤米で、
それが日本の稲作発祥の地と言われる由縁となりました。
宝満神社は今でもオセマチと呼ばれる神田を持ち、
4月にはお田植の神事が執り行われるそうです。
玉依姫が伝えた赤米、ルーツはインドネシアの品種に
遡れるそうで、種子島には3万年以上前の立切遺跡や
縄文晩期の長崎鼻遺跡、弥生時代中期の広田遺跡と、
考古学的にもとても重要な遺跡が残っています。
太古の昔から人間が定住していたという証拠ですね。
玉依姫は一体いつこの地に現れたのかを空想しながら
島内の遺跡や神社巡りをするのも楽しいかも。
玉依姫の神威が今も伝えられる種子島は
日本一収穫の早い米どころでもあるそうです。
宝満神社には人の手が入らない聖域が今も残り、
参道をたどると種子島最大の淡水湖である
宝満の池にたどり着きます。稲作に水は不可欠ですし、
玉依姫は水の女神でもあったのかもしれません。
余談ですが、種子島宇宙センターのロケット打上げ時には
宇宙開発事業団の方が成功祈念にお参りするそうです。

56 :出土地不明:2006/05/23(火) 14:05:35 ID:vVXvNSNZ
↑  読む気にならんよ,キミ。

行の長さを整えるとか,改行するとか、読む側の事を考えて書きこんでね。



57 :出土地不明:2006/05/24(水) 15:36:48 ID:JcKlr/DW
無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/24(水) 15:13:53 ID:/rer/X/9
脇なんて苗字も南関東に多いらしい。
これは九州に多い苗字、地名である。
甲斐と苗字も九州に極めて多く、
千葉氏が転封されたのも福岡、
千葉真一は福岡出身だがもしかすると千葉から移ってきたのかも

もっとその辺について研究する必要があるだろう。

そもそも中央人が考えるほど北部九州と南部九州に
信仰、苗字、地名の傾向に違いない。
遺伝的にも極めて近いと思われる。

すべては中央人の先入観がもたらした偏見であり、
無知は無神経の始まりである。
北部九州と南部九州は渾然一体であり
一蓮托生の仲である。
全ては中央人(近畿関東人)の偏見と先入観と固定概念が作り上げた
妄想、でっち上げである。

宝満信仰は
筑前宝満山と種子島の宝満池周辺が
一つの信仰の中心地である。

全ての妄想は中央人(近畿関東人)作り上げた
でっち上げである。

58 :まいこ:2006/05/24(水) 16:15:56 ID:LMRe+k89
お聞きしたいことがあるのですが、
博物館の原始時代の展示に土器や石器が多いのはなぜですか?
もしわかる人がいたらメールください。お願いします。

59 :出土地不明:2006/05/25(木) 23:52:31 ID:QwaaHFOZ
九州人ども、それはカタカナで表記するところキュウシュウ。この言葉はその
昔、弥生時代に近い頃渡来人などと呼ばれていた、朝鮮人及び朝鮮半島から渡
ってきていた地域部落の鮮卑(朝鮮人の祖先)どもからなる、部落地域だった
。部落民どもは己のことをチュクンと呼び、自分の国のことをミュン・クンな
どと読んでいた、ハングル人どものことである。こやつらは大和朝廷の初代に
よって先手を打たれて屈服される以前から、我が大和民族側ではチクシノミヤ
ツコ(筑紫野)という名前とその当て字により識別されていた。その中でも火
の国などと称している(実際はヒュン)豪族の中にイ・ウォン(岩井)と呼ば
れる実力者がおり、こやつが大和朝廷の降伏命令を退け、小生意気にも(現在
の九州人とまったく同様に)強気な態度を取り付けていたのだ。しかしながら、
どんなにいきがろうとも所詮、チョン公はチョン、戦略性もゼロに乏しく、進
んだ軍事技術(鉄器、須恵器など)を使用しながらも、内部からの裏切りにあ
い、呆気なく敗北。こうしてめでたく大和朝廷の属国となったが、しかしなが
ら奴らは徹底した自治にこだわった。こやつらはありとあらゆる手段を用いて
大和朝廷に対して拝み倒し、アイドンウォンツーダーイー アアアー! アーー
イウォントゥーリーブ!!などとアホ見たく叫ぶ、アルカイダに捕まった南朝
鮮の新聞記者の吉本顔負けのお笑いパフォーマンスを真に受けてしまい、その
お人よし振り(日本人の最大の弱点として、チョンどもにいつも利用されてい
る)から、こうした劣等人種の存在を続く約2000年以上、絶滅させるというく
び木から遠ざけてしまったのである。

60 :出土地不明:2006/05/25(木) 23:53:46 ID:QwaaHFOZ
チョンどもはアメリカの黒人奴隷宜しく、その後日本の各地に奴隷(奴
婢)として連行され、今ではその名残で日本全体に在日が散ってしまっ
た。彼らとの闘争はそれこそ今の日本の現状の証である。部落差別と呼
ばれる階級闘争。この戦いはそのまま大和民族と劣等人種との主権の奪
い合いを意味する。哀願のスキルを2000年以上も蓄え続けたこのチョン
どもは、本国のチョンに比べ日本の文化を寄生虫の如く吸い取り、狡猾
で、詐欺を働き、政治を扇動し、日本人の異性感覚を根こそぎ破壊し、
ありとあらゆる暴挙、欺瞞、メディア、言論全てにおいて、劣等人種と
の同化政策を続けさせているのだ。これはもはや、奴らの真の母国であ
る南朝鮮においても十分に見識が得られるところであり、竹島同様、日
本の実効支配においてもそれ相応の目的を達したと不気味にほくそえん
でいるのである。奴らは大和民族の善良統治を真に善なるものとは思わ
ない。悪意に満ちた在日どもは、お人よしという肉の丸焼きがテーブル
に乗っかっているだけのものにしか移らず、奴らにとっての目的は、い
かに日本の、大和民族の内的価値、芸術的精神を取り付くことによって
破壊するかである。代表例が靖国神社であろう。在日漫画家の小林よし
のり(パク・ヨン・シュウ)は、有名な福岡(筑前:チュクジュン)の
出身だが、在日ライブドア宜しく、日本の伝統である己を律するという
戒め精神を破壊しにかかっているのだ。

61 :出土地不明:2006/05/25(木) 23:55:01 ID:QwaaHFOZ
奴らは現実を偽造する。第2次世界大戦に負けたのは、こうした在日勢力
どもが、不況に苦しむ大和民族の弱みに付け込み、不安を煽って扇動さ
せ、ヤクザまがいの気違いどもを救世主として、祭り上げ、自爆戦術を
奨励し、ありとあらゆる戦術を敵の陣営にリークして、垂れ流し、日本
を敗北させたあとはいち早くGHQにへばり付き、巨万の富を得て、今
日、野中、古賀、林、中曽根など有名な在日名称で呼ばれるインチキ政
治家として日本の心臓部をついに手中にしてしまっている。といっても
実質的支配はアメリカであるのに、国内の政策についてはこうした在日
どもによる実行支配のクビキにさらされ、言論は全く意味を持たないも
のとなった。新聞は在日が書いている。流行のテレビ番組も在日が編集
している。週間の漫画雑誌も在日が書いている、ラジオも、企業も、あ
りとあらゆる情報媒体が在日による実質的支配下にあり、そうして反対
派を徹底して叩き込んでしまうのである。日本の伝統はありとあらゆる
ところで破壊され、一切のリアリズムはもはや崩壊してしまっているの
だ!だからこそ虚構がはびこり、そうした中で生み出される虚構の愛国
心の存在というものに無責任な希望を抱く愚か者どもが増えることに対
して何の抵抗があろう。靖国神社に参拝し、不幸な戦争の犠牲になった
兵士に黙祷するなどという台詞がのうのうと吐けるのは、詰まるところ
本物を知らないからである。彼らは本当に逆賊であり、それは日本の内
的価値を、あの昭和の時代に、国家を扇動させ民族を敗北に突撃させる
という非理性的判断を決断せしめた、本当の意味での反逆者である。所
謂在日どもに対して、結果的に賞賛を送っているのだ!日本の為にやろ
うと思っていることがその実、日本を叩き潰した裏切り者に対して、墓
参りを遣っているのである!!これは自分の親を殺した人間の墓参りを
強制されることと同じことであり、国家を転覆させ、口先だけの愛国心
で一国家を崩壊させ、その後、大和民族を絶滅寸前の危機に追いやろう
としている、現在の憎むべき反逆者政府、インチキ詐欺師の在日政府に
もはや従い得ないという決意の現われと考えるべきことなのである!!
在日メディアは靖国を扇動する!!しかしながら、それは大和民族のた
めでもなく、在日が大和民族から、反骨という正義の剣を奪い取るだけ
の、忠誠という名前の現実逃避を強いているだけに他ならない!!喜ん
で国にファックされようという精神は愛国心ではないのである!!そう
した文化を溶解させる猛毒を、この腐れ外道であるキュウシュウ人ども
は今も不特定多数の在日メディアを駆使して一方的に、かつ執拗に垂れ
流しているのだ!

62 :出土地不明:2006/05/26(金) 15:02:51 ID:wS+0spgh
沖縄と九州が同一文化圏?

何処をどうとったらそんなアホな考えができるんだ?
事実を上げてのべよ。

63 :出土地不明:2006/05/26(金) 15:05:19 ID:OAEOdvas
大和出雲系の日本臭い文化が入ってくる前は
沖縄九州は一つの文化的同一性はあったと考えられる。


64 :出土地不明:2006/05/26(金) 18:30:48 ID:2LfMIhuv
だから、今は、血統的、民俗学的に無縁だよw
日本つのは、種子、屋久まで。

65 :出土地不明:2006/05/28(日) 16:24:57 ID:DSGqfQW4
いや、トカラまでだ。

66 :出土地不明:2006/05/29(月) 01:22:22 ID:fHmHYTAS
じゃぁ、メリケン公認のトカラまでということでw。

67 :出土地不明:2006/05/29(月) 03:35:51 ID:7J75K0Jl
同一文化圏とは考えられないわな。同一起源であったかもしれないが、
琉球の起源がは大和のみからとは考えられないし、その場合はむしろ
九州こそ沖縄を起源にしているという言い方の方が正しいかもしれない。

68 :出土地不明:2006/05/29(月) 12:06:57 ID:uGyQ+bbj
>九州こそ沖縄を起源にしている

いや、それはないから!

69 :出土地不明:2006/05/30(火) 04:36:56 ID:1RI5SO7A
なぜないと断言できるのだ?

70 :出土地不明:2006/05/30(火) 04:40:18 ID:1RI5SO7A
そもそも九州から沖縄に大和の文化が伝わったのだとしたら黒潮に
逆らって南下したことになる。そんな航海術があったのか?
むしろ沖縄またはさらに南方や台湾、華南に起源があり、それが
潮にのって北上したと考えるほうが自然。

71 :出土地不明:2006/05/30(火) 09:44:37 ID:hqqt+nMz
高知や紀伊には沖縄の沖縄の貝は繋がってないし
沖縄の弥生式、縄文式土器も九州のものである。

むしろ瀬戸内海、日本海に抜けるルートに
沖縄の貝の道は存在したようです。
黒潮は当時の九州人にとって未開のルートだったようです。
東九州人が沖縄と交易してなかったためかもしれません。

72 :出土地不明:2006/05/31(水) 02:19:44 ID:2oPFEHsK
>沖縄の弥生式、縄文式土器も九州のものである

それが逆でないという根拠は?
九州の土器が沖縄のものということもできるではないか。

73 :出土地不明:2006/06/01(木) 22:34:12 ID:l2I/I8Sf
>>70
黒潮がどんなに流れているか理解していますか?
黒潮は琉球の北西大陸棚の縁を流れ、種子島付近で西から東に流れる、
幅もそれほど広くない。
この反流で奄美などでは潮流は北から南に流れている。
奄美で遭難して沖縄に流されるのは良くある。
それに、昔の船は帆船だから潮流より風の向きの方が大事。

74 :出土地不明:2006/06/01(木) 23:01:23 ID:weMBU6Xt
宮崎で沖縄貝の道が確認されるのは古墳時代、
高知とか紀伊が沖縄と繋がってた証拠無し。
主に津島海流が沖縄貝の道。

75 :出土地不明:2006/06/02(金) 05:46:36 ID:fFDShoFB
黒潮の幅は広いよ。時速7キロという潮流としてはとても速い
スピードで流れているのが黒潮。これに逆らうのは困難。
紀元前から紀元数世紀の技術力で帆船が主流とはいえない。
ただ櫂で漕ぐ船が技術的には容易。
容易さで考えればむしろ沖縄から九州に人が流れたと考える方が自然。

76 :出土地不明:2006/06/02(金) 22:08:29 ID:L3rw42G6
沖縄か黒潮に乗って日本本土の沿岸に到達する実証実験の成功例はよく聞くが
逆に本土から南西諸島への実証実験は聞いたことがない。
本土と南西諸島が交易をしたと証明させるために本土から南西諸島へのボートに
よる実証実験をして欲しいものである。

那覇から九州までははやくても5日以上かかる。逆だと一ヶ月以上かかるだろう。
はたしてそれで生きていけるかどうか疑問だ。

それに食料獲得で精一杯の時代に交易にどのような価値があるというのか?

何らかの王権や強制力があったとしてもそれは本土では3世紀いこうであり

沖縄ではどんなに早くても11世紀いこうである。

NHkの高校講座で今は亡き有名な先生がxx貝の産地は海南島で陸路と朝鮮半島を経て
日本に運ばれたという説が有力だと聞いた。

77 :出土地不明:2006/06/02(金) 22:21:44 ID:d7BEofXQ
だから、必死こくなって民族が違う。

78 :出土地不明:2006/06/02(金) 22:33:08 ID:xxx1om2O
>>75
わざわざ黒潮の流れを書いておいたのに無視しないで下さい。
貴方は河を泳いで渡るとき対岸にまっすぐ行きますか?
必ず上流側から泳いで行くでしょ。
一旦黒潮を乗切れば反流が流れています。
それから外海を走る船は帆を持っているのが常識です。

79 :出土地不明:2006/06/02(金) 23:10:53 ID:L3rw42G6
帆船の話。例えば北の風に対してヨットは真北に進めない。
目標が真北にある島に到達するには帆の角度を変えてジグザグにすすむしかない。
例えば北西に進んで今度は角度を変えて北東に進むそれを繰り返して目的の島に着く事ができる。

真っ直ぐな坂道でジグザグに進むと楽に上がれるがあれと同じ。
古代の帆船はヨットのように帆の角度を自由に変えることはできない。
帆船(ヨット)のように帆の角度を変えて走れる船は中国が最初でそれも
数世紀以降である。

日本では帆船は16世紀いこうに造ることが出来るようになった。

それまでは帆の角度を変えることは出来なかった。

ヨットやウインドーサーフィンに乗ってみるとよい。マストや帆の角度が
自由に変えられないとどうなるか。えらいことになる。

海をなめちゃーいかん。帆の角度を自由に変えられる船や羅針盤もなく目的地とを
往復するのは不可能である。

一度ヨットに乗ってみると良い。

80 :出土地不明:2006/06/03(土) 17:11:54 ID:DEfgC5LP
>>79
じゃ何故、ポリネシア人が自由に太平洋を渡っていたんでしょうね?
ハワイ到達が紀元500年頃ですよ。


81 :出土地不明:2006/06/03(土) 19:13:32 ID:JpGR1xx8
ポリネシアは自由に島々を往来していたわけではない。
太平洋諸島は民族移動というか広がりの結果であろう。食料を求めてあるいは追い出されるように
トコロテンのように広がっていっただろう。自由に往来していたわけではない。
交易があるとすれば目で見える範囲の島に限られる。
交易も簡単ではないだろう。言葉が通じなければ争いになったりする。
イースター島がそのいい例だろう。何回か集団が入れ代わったらしい。
移動は基本的に裸でも生存できる地域に限られている。その目印として北極星がある
つまり北極星とは逆の方向(南)に向かえば生存が可能である。
水分さえ確保できれば何ヶ月でも生存できる。

キーワードは北極星・椰子(食料と水分)と大勢で乗れるカヌーであろう

http://www.wonder-okinawa.jp/024/japanese/daikokai/koukaijy/index.html




82 :出土地不明:2006/06/03(土) 22:31:07 ID:DEfgC5LP
>>81
支離滅裂だな。

83 :出土地不明:2006/06/05(月) 05:15:57 ID:KwV609nu
そもそも潮の流れに逆らってまで、広大な九州の大地から
はるかに狭い沖縄の大地に移民する理由がない。
九州から移動したという説は結論が先にある矛盾した説。
九州の土器も沖縄かさらに南方からの由来と考えるのが妥当。

84 :出土地不明:2006/06/05(月) 12:08:31 ID:hOL8Bl4S
古代人の渡海能力を舐めているな。

85 :出土地不明:2006/06/07(水) 20:17:08 ID:oa1uq5Ty
http://news20.2ch.net/test/read.cgi/news/1149675570/l50
縄文・弥生時代にありそうなスレ

86 :出土地不明:2006/06/09(金) 06:06:59 ID:MpItq0mn
>>84
舐めてるよ。
たまに寝ぼけた中国の漁民が、漁船ごと長崎などに打ち上げられたりするでしょう。
潮の流れに乗れば、ボーっと寝ているだけで、2日もあればたどり着くんじゃまいか?
だとしたら、沖縄から九州へは簡単だと思う。
それから、古代の南海交易は活発だったんじゃないか?
鹿児島の遺跡からは、南海産の貝の腕輪なんかが沢山出土している。
活発に交易していた証拠。

87 :出土地不明:2006/06/09(金) 06:20:40 ID:MpItq0mn
>>70
沖縄の起源て、台湾・華南なのか?!
マレー・ポリネシア語の影響とかありますか?
台湾の原住民と違って、遺伝子的にも赤く
ないんだよね、沖縄は。

88 :出土地不明:2006/06/09(金) 09:55:18 ID:4T/Wbnxt
人は北から、文化は南からか?

89 :出土地不明:2006/06/09(金) 10:37:57 ID:7QqeB7Th
>>87
印文土器も南方から沖縄本島以北には伝わっていない。

90 :出土地不明:2006/06/09(金) 11:27:28 ID:e1d9kvtj
>>86
おまえ完璧に破綻している事を理解していないの?
交易しているのに渡海できないのか?
それから、土器やその他の文物は沖縄と先島で断裂が有ると言うことは知っているのか?
今までの書込み見ていると、
沖縄の歴史について何の知識もないように見えてしょうがないが。

91 :出土地不明:2006/06/09(金) 13:59:15 ID:MpItq0mn
匿名で書き込んでるから、誰が誰だかわからんようになっているようだな。

92 :出土地不明:2006/06/19(月) 17:26:50 ID:XFBYudTt
古代アイヌ━━━┳━━━━━現代アイヌ
渡来人━━┓・・┗┓
縄文人━┳┻━━━┻━━━━日本人
・・・・┗━━━━━━━━━琉球人

コレが正解。
日本語と琉球語の祖先が同じだったことから言える。

93 :出土地不明:2006/06/20(火) 00:05:21 ID:vtHGD++2
まぬけ、日本語と琉球語てなんだ?
沖縄本島のことばは、あの領域で中心性をもたんぞ。
日本語とは赤の他人無縁。

明治以後の標準化の流れだろうw北海道がいい例だ。

94 :出土地不明:2006/06/20(火) 07:51:39 ID:ZJ9dH67O


93の言うとおり、
沖縄弁は九州の古代語が残るが
現代沖縄の語彙は所詮近代化の中で
受け入れたものにすぎない。




95 :出土地不明:2006/06/20(火) 15:42:13 ID:rmXhT8Px
現代沖縄語を琉球語とは言わない。
琉球語は今では老人にのみ僅かに残る言語だ。
俺(52歳)も亡き祖父と電話で会話できず、
父の通訳を必要とした。
滅び行く琉球語か。

>>94 所で九州の古代語って何ですか?
悔しいな。

96 :出土地不明:2006/06/21(水) 00:27:05 ID:2rJh5oNM
九州の顔は挑戦顔で日本の半分は朝鮮系です。
関東以北は顔が違います(朝鮮系ではない)。

沖縄の顔は南方系です。
後に大和から琉球に入った者が居る、
目の一重は朝鮮大和系です。

沖縄の学問は、主に大和系それに中国系です。

不思議なことは、沖縄人の食べ物は朝鮮食とよく似ている。
それに中華風でもある。

沖縄の言葉は古い大和の訛り(言葉)が残っている。


97 :出土地不明:2006/06/27(火) 22:06:07 ID:jSfw0L5I
>>96
馬鹿なんじゃね?
おまえそういう風に思ってて九州の本場にくると
朝鮮との違いにびっくりして
一発で九州人ファンになるよw



98 :出土地不明:2006/06/27(火) 22:28:09 ID:jSfw0L5I
いくことをくるは
九州沖縄と印欧語の共通点

99 :出土地不明:2006/07/11(火) 04:50:41 ID:y3H7DRag
民族分けしてるから、終わりで良いだろもうw

100 :出土地不明:2006/08/14(月) 21:55:33 ID:5IMG4MWk
↓一匹の馬鹿沖縄人ID:wOENlx9xが大暴れしてます


八重山の監督 投手に「死ね」と暴言
http://ex13.2ch.net/test/read.cgi/hsb/1155529557/

101 :出土地不明:2006/08/14(月) 21:57:02 ID:5IMG4MWk
↓一匹の馬鹿沖縄人ID:wOENlx9xが大暴れしてます


八重山の監督 投手に「死ね」と暴言
http://ex13.2ch.net/test/read.cgi/hsb/1155529557/

102 :出土地不明:2006/08/27(日) 15:20:58 ID:WXj7Nqop
★日本神話と稲作文化は中国南方に起源がある★

【諏訪春雄教授プロジェクト】
『東アジア地域の演劇形成過程の比較研究』
 Study of a formative period of the East Asian's drama [Prof. Haruo Suwa]

■学習院大学・人文科学研究所=ホームページ■
http://www.gakushuin.ac.jp/univ/let/rihum/project_suwa.html

 中国の長江中流域で一万年以前に始まった稲作は、長い年月をかけて、
日本などのアジア諸国に伝来した。稲作は、農耕の技術だけが単独に広まったのではなく、
稲作に関わる祭祀も併せて伝来させた。
 そうした祭祀の中で、演劇の発生・展開と深く関わったのが来訪神の祭りである。
複数の先祖の神々が、仮面をつけたり、蓑笠を着たりする異装の姿で、子孫の許へ訪れ、
文化を授けた始原の時間を再現する祭りは、稲作の誕生地に始まり、アジア各地に伝わった。
来訪神の祭りは、海を越えて日本にまで到達した。



103 :出土地不明:2006/08/27(日) 20:18:44 ID:CmRhwCyX
なぜ、黒潮とか船とかの話になるの?
1万〜2万年前は台湾〜沖縄〜九州全部陸続きだちゅうの!

104 :出土地不明:2006/08/28(月) 14:19:56 ID:5xm9Z6gq
>>103
残念ながら、それは間違い。
沖縄と先島の間は1000mを越える深い海が横たわっている。
また、奄美群島間やトカラ列島間の水深も500mを越えている。

105 :出土地不明:2006/08/28(月) 15:04:22 ID:LoPPTO5+
>>104
残念ながら キミこそ大間違い
一万数千年前の氷期には 中国南部と琉球諸島は地続きだったんだよ
その後の間氷期になって海水面が上昇して孤立したんだ
5000年前にはトカラ大噴火があって 琉球近海の海底噴火のため
海底が大陥没もしているんだ

106 :出土地不明:2006/08/29(火) 11:45:47 ID:iVmetKrY
>>105
ちゃんとレス読んだかい?
ヴュルム氷期で海面が何メートル下がったか判っているの?
トカラ噴火ってなんのこと?まさかキカイカルデラの事じゃないよね。
それに噴火での沈下の程度を俺のレスの深さのデータと比べるなんて、
まるで像と蟻を比べるようなもんだよ。


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