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日本人どこから来たんだ?

1 :出土地不明:2006/12/09(土) 04:43:32 ID:6t5Sh0jd
どこ?

2 :出土地不明:2006/12/09(土) 07:13:39 ID:qk80maeA
アフリカ大陸から来たんだよ。さあ、わかったね。よかったね。

3 :出土地不明:2006/12/09(土) 17:10:18 ID:2nwim1L6
シベリア南東部アムール地方。

25000年前頃に古モンゴロイドの縄文人がアムールあたりから
当時はまだ陸続きだった樺太に入って日本列島に拡散し、
弥生前期末の2600年前頃に北方モンゴロイドの弥生人が同じく
アムールあたりの沿岸部から海路で海岸伝いに南下し、
そのまま九州北部に上陸して混成した人類集団。

4 :出土地不明:2006/12/09(土) 17:31:12 ID:bjR/uMo6
日本人先祖の大多数はインド東北部、東南アジア北部、中国南部から移住。

YAP+は縄文人、琉球古人、および南中国の2万5千年以上前の出土
人骨から高率で検出。

同時代シベリア南東部アムール地方の人骨からはほとんど未検出。

現在の中国西南部高地人と
沖縄や日本内地やアイヌの
YAP+のタイプの差は、別れた
時期の古さを示す

基本的には
南中国と日本人先祖は共通といってよい

ユーラシア大陸の日本海岸北部で
アザラシやトナカイを狩いテント暮らしをしていた
鄂倫春族や朝鮮族と近縁の者たちも流入し続けたということはあるだろう

5 :出土地不明:2006/12/09(土) 18:26:55 ID:2nwim1L6
日本人種のYAP+と東南アジア辺りのYAP+は別種。

日本人種のYAP+はht1。
東南アジア・中国南部あたりに微かに残るYAP+はht2。
白人や黒人のYAP+はht3。

ゆえに日本人種は東南アジア・中国南部とは無関係。

残念でした(嘲笑)

◎YAP+マップ

http://www.geocities.com/londonross1/china3.png
http://native.way-nifty.com/./native_heart/images/y_chromosome.jpg

6 :出土地不明:2006/12/09(土) 18:53:47 ID:6t5Sh0jd
3000年前の世界の状況を洞察して議論しろよ


7 :出土地不明:2006/12/09(土) 19:47:17 ID:2nwim1L6
>>4が根本的におかしいのは、日本の渡来系はYAP-であるのに、
東南アジア北部、中国南部のYAP+(しかも別型)が
移住したと言っている点。

故意でないなら本気で死んだ方が良いだろう(嘲笑)

8 :出土地不明:2006/12/10(日) 00:03:09 ID:wcSpoQh1
8マン

9 :出土地不明:2006/12/10(日) 01:09:43 ID:9m6vRJIw
家から来ましたすみません

10 :出土地不明:2006/12/10(日) 21:03:50 ID:vzNZfPwK
>>7 が抜本的におかしいのは、
日本の渡来系は北からも西からも
南からもいるのに、YAP-だと思い込んでること。
北にYAP+がいないだけで、それ以外にはいることを
考えていない。しかも時代の考え方もない。
10万年以上前は、YAP+が東アジアの日本、中原、華南、
および千島列島、アリューシャン列島に
あまねく存在したことを無視している。
テーマとしている2万5千年前の時点で、
YAP+はそれらの地にいたのであって移入して
きたのではない。反対にベーリング海峡を渡って
北米に移住していった時期と重なる。
YAP+を持たない人間がバイカルやモンゴル、河北の地から
南へ移動していき、中国においては平地部において
YAP+を持つ人々を追い払っていったことと混同してはいけない。


11 :出土地不明:2006/12/10(日) 21:23:59 ID:9Cug7iWe
>日本の渡来系は北からも西からも南からもいるのに


西と南はおりません。

その証拠に弥生期までに西と南の土器文化や金属器文化が
一切伝わっておりません。



12 :出土地不明:2006/12/10(日) 21:47:17 ID:sbgfihNw
>>10
原人の時代の話は関係ないだろ。
日本はどうかんがえても、3万年よりも前には現代人はいなかったとおも
われる。YAP+は、東南アジア、およびオーストラリア起源だよ。
日本列島をつたって、シベリアやアメリカ大陸までわたったことがあきら
かだよ。どれも日本列島が北方アジアにおける中核地点になっていること
は分布から明らかだ。

13 :出土地不明:2006/12/11(月) 01:31:45 ID:tYb1HPoO
>>11
>西と南はおりません。
>
>その証拠に弥生期までに西と南の土器文化や金属器文化が
>一切伝わっておりません。

時代を混同してている。

14 :出土地不明:2006/12/11(月) 13:54:37 ID:G+YsAIf9
現世人類は10万年前にならないと出現しないだろ

15 :出土地不明:2006/12/11(月) 14:24:32 ID:km1KtxRI
その辺は数説ある

16 :出土地不明:2006/12/11(月) 18:50:48 ID:Dm4ODs0d
>>12
ウソはイカンなウソは。

YAP+の出現地の定説は西〜中央アジアだろが。

北方モンゴロイドは中央アジアを抜ける最短コースで
シベリア入りしたというのが定説。


>>13
18000年前まで大陸と地続きだったのに、
どうして渡来するんだよ?(嘲笑)

17 :出土地不明:2006/12/11(月) 22:47:01 ID:PmEIqakY
>>16
>YAP+の出現地の定説は西〜中央アジア
バイカル、モンゴル、満州、華北、朝鮮、ツングースにYAP+はいないな…
米大陸(南北)、北極エスキモー、アリューシャンや千島の列島、
日本、奄美、沖縄、ブータン、チベット、雲南、広西、貴州、四川、
シーサンパンナ、太平洋ポリネシアン(ハワイ〜マオリ)にはいるね。

18 :出土地不明:2006/12/12(火) 22:55:54 ID:zuw8bo3s
>>16
そういういいかたすると、いかにも嘘を書いたように見えるじゃないか。
自分が嘘を書くときの方法としてはちょっと面白いかもしれないが。
>>17 も書いているが、重要なことは、オーストラリアのアボリジニは、
ほとんどYAP+なんだよ。基本的にはアボリジニとパプアニューギニアあた
り、そして東南アジアに密集していて、この系統は本来のアジア系とは
違うんだ。およそ3万年かそこら前にオーストラリア、あるいは、
パプアニューギニアあたりを起点として太平洋の西海岸を北上し、台湾
や日本にいたり、さらに中国内部にまで進出しつつも、日本列島を中継
点として、さらに北に向い、アメリカ大陸まで至った系統がいたわけだ。
これが、YAP+の系統なんだ。その際に、大陸にもある程度浸透した。
それが、現在の中国や朝鮮半島のYAP+の系統だ。
これほど特徴的な変化は二度は起こらない。だから、YAP+は、もともと、
東南アジアというよりも、オーストラリア、パプアニューギニアが起源
だというのが定説になっている。

19 :出土地不明:2006/12/12(火) 23:47:58 ID:zpU2dZB6
まさか専門人が集まるこの板に現時点でYAP+が無い場所が
2〜3万年前も無かったなんて思っている馬鹿、脳弱、低脳、
居ないよね?w


>YAP+は、もともと、東南アジアというよりも、オーストラリア、
>パプアニューギニアが起源だというのが定説になっている。


ほーん。

で、その証拠は?




20 :出土地不明:2006/12/13(水) 02:45:48 ID:FZIEgoaw
>>18
>パプアニューギニア
人類の遺伝子進化の系統樹的には
もっとも進化した人種なのが
ニューギニア高地人だ

21 :出土地不明:2006/12/13(水) 08:02:10 ID:UJOasa3q
「クグの物語」に真実が書かれている

22 :出土地不明:2006/12/13(水) 13:42:51 ID:jh+xzRXl
.........
【“FIVE”の発音が出来ない韓国人】
アメリカ人での韓国人の印象(動画)
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thumor&nid=39177



【“C”と“D”の発音が出来ない韓国人】
ロス暴動で黒人が韓国系の店を襲った理由(動画)
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thumor&nid=39179




23 :出土地不明:2006/12/13(水) 19:38:15 ID:oV0x8ogn
>>18
>YAP+は、もともと、東南アジアというよりも、オーストラリア、
>パプアニューギニアが起源だというのが定説になっている。



おいどうした?

早く証拠を出せよ。

もう一日だけ待ってやる。

明日になっても証拠を出せない場合はウンコ南方人の
虚言、出まかせ、真っ赤なウソと確定する。

24 :出土地不明:2006/12/14(木) 11:05:19 ID:i65ce8Ys
「クグは昨晩,中央広場の焚き火に集まってきた仲間たちに,一族の長として,
自分たちのルーツを語って聞かせた。
 それは,はるか昔,百万年以上前にアフリカを出てアジアに向かった「原人」たち
が,中国大陸の黄河流域や朝鮮半島を経て,日本列島にたどりつくまでの,悠
久の歴史を物語るものであった。」

25 :出土地不明:2006/12/14(木) 19:42:29 ID:rxuomyDa
>>18
>YAP+は、もともと、東南アジアというよりも、オーストラリア、
>パプアニューギニアが起源だというのが定説になっている。


ハイ、時間切れ!タイムアウトォォォオオオオ!!!!



只今をもって、YAP+がオーストラリア、パプアニューギニアが
起源だという証拠などは一切無く、ウンコ南方人の虚言、出まかせ、
真っ赤なウソとという事が確定いたしました。





26 :出土地不明:2006/12/14(木) 22:13:41 ID:5vunixQH
https://www3.nationalgeographic.com/genographic/atlas.html
をみながら、
http://en.wikipedia.org/wiki/Human_Y-chromosome_DNA_haplogroup
をみて、M174(Y染色体ハプログループD)をおいかけると、、、。
YAP+は、ハプログループのDとEに特徴的だ。起源は、アフリカで、いっしょ
にいったのが、M130だね(これは、グループとしては、Cに属す)。
ちょっと、M130と、M174を混同していたように思うので、オーストラリア、
とかニューギニアは、M130で、日本人やチベット人のM174とはちとちがう。
アメリカ大陸にいっていたのは、M130だね。もちろん、これも日本人には
ある程度存在する。M174と、M130がいっしょに行動していたことはほとんど
自明なので、その意味では、同じでもいいだろ。
いずれにせよ、YAP+は、アフリカから、インド、東南アジアを経て、日本に
は南方から入っている。

27 :出土地不明:2006/12/14(木) 23:26:14 ID:rxuomyDa
最短コースの中央アジア経由だろ。

わざわざそんな遠回りをする理由が無い。

28 :出土地不明:2006/12/15(金) 11:16:28 ID:whXq5Ji8
>>26
>YAP+は、アフリカから、インド、東南アジアを経て、日本に
>は南方から入っている。
同意。

29 :出土地不明:2006/12/15(金) 22:49:07 ID:ZVXN9kXy
オリオン座の第三惑星から着たんだよ

30 :出土地不明:2006/12/15(金) 23:43:39 ID:uZKSID/p
>>28
一人複数役で自問自答するのはやめようねw

31 :出土地不明:2006/12/15(金) 23:55:43 ID:9hfljKP9
>>26
>YAP+は、アフリカから、インド、東南アジアを経て、日本に
>は南方から入っている。
俺もそう思うよ。

32 :出土地不明:2006/12/16(土) 00:10:21 ID:yAaF+1Nv
ぜーんぜん思わない。

YAP+は定説通り中央アジア経由で日本に入っている。

創作で欺罔するのはやめな。ウンコ南方人よ。

33 :出土地不明:2006/12/16(土) 01:22:39 ID:7tBcEIVx
>>26
>YAP+は、アフリカから、インド、東南アジアを経て、日本に
>は南方から入っている。
オイラもそう思うよ。

34 :出土地不明:2006/12/16(土) 18:41:46 ID:GesUu92i
幼稚な奴だな。

YAP+は中央アジアあたりが起源で、日本にはシベリア経由で
入ってきている。

http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/5/img/5_26_03.jpg

35 :出土地不明:2006/12/16(土) 21:18:17 ID:1QGtBTPv
南と西はお前の地理感覚だと金属も粘土加工物も粗末な地域だがな。
で。何?
能動的交易技術はおろか木材加工認識すらない歴史の番外地はアクセサリだけで国を成り立たせたと言うのかな?

それと顔料についての文化伝搬はどうだ?
そんなもん視野に入れる必要ないニカ?w

36 :メイラックス:2006/12/16(土) 21:37:57 ID:1QGtBTPv
捏造のメソッドが技術に上ってないからなぁ
技術は必ず自らを疑うが、方法はオカルトだけでしかないのを、アジアの土人は何度諭しても
分からない。
駄目な韓を弟に持つ日本は何時までも哀れだな。

37 :出土地不明:2006/12/16(土) 22:20:33 ID:bIoTzucv
>>34
これだとアイヌや縄文人が長頭であることの説明がつくな。

38 :出土地不明:2006/12/16(土) 22:22:48 ID:XZxi6Swl
YAP+は、アフリカ人にも存在する。
>>34
のようなやつは、遺伝学の基本がわかっていないってことだな。
同じ突然変移が起こる確率というのは、皆無といってよいほど少ない。
よって、ひとつの突然変移は、その子孫に受け継がれるわけだ。
https://www3.nationalgeographic.com/genographic/atlas.html
の中で、Genetic Markers のところの、YAPをひっぱれば、一発でわかる
だろ。
それから、中央アジア経由でなく、南アジアから東南アジアを経て日本
にきている理由は、このYAPが非常に起源が古く、その当時の人の移動
はもっぱらアフリカから、アラビア半島、南アジア、東南アジアを経由
するコースしか考えられないからだ。
M174の経路をみればわかるように、東南アジアから日本に入り、そこか
ら、アジア内陸部に向かっていることもわかる。
このルートは、他のマーカー、たとえば、M130などでもわかりように、
環太平洋ルートというもので、採集的には、そのまま日本を経由して、
アメリカ大陸に向かうものだ。

http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/5/img/5_26_03.jpg
に書かれている内様は、むっちゃくちゃ古い。
このあたりの研究は、基本的に2年で超古代のデータといってよいほどの
古さなんだよ。20世紀のデータを持ち出されても、まったくなんの価値も
ない。
いいか、アフリカから中近東経由、中央アジアという経路はたしかに存在
するが、その系統とは、日本人の系統はつながらないし、またそれとアフリカ
人の系統との関係もほとんどない。
現状では、Genographic Project がもっとも新しいデータをあたえている。

39 :出土地不明:2006/12/16(土) 22:38:54 ID:GesUu92i
全く説得力がない。

なぜなら南方的な頭蓋を持つ古代人骨がないからだ。

鼻骨の隆起具合や顎の突き出し具合など、全く南方の古代人骨とは
かけ離れているからだ。

40 :出土地不明:2006/12/17(日) 02:44:01 ID:pMF3xOWJ
>>34
>YAP+は中央アジアあたりが起源で、日本にはシベリア経由で
>入ってきている。
在日コリアンの連中はその説に執着するよね…

41 :出土地不明:2006/12/17(日) 02:46:42 ID:pMF3xOWJ
>>39
>南方的な頭蓋を持つ古代人骨
ここ500年の間だけでも
日本各地の頭蓋骨の形は激しく変動しているよ

頭長指数 とかでググってみなよ

どれほど頭蓋骨の形が周期的な激変サイクルで
めまぐるしくかわってるか分かるよ

42 :出土地不明:2006/12/17(日) 16:04:06 ID:7Cs9Z6Z8
>>40
で、在日鮮人がその説に執着しているという証拠は?

下品で下劣きわまる東南アジア顔の台湾人くん。


>>41
変わるのは頭指数だろ。

鼻骨の隆起や顎・口元の出方は大して変わらんよ。

43 :出土地不明:2006/12/17(日) 17:57:17 ID:2Zs8V0OO
■『高木の神の原型も江南』<古代史>■

 国生み神話に現れるタカミムスヒの神は高木の神とも呼ばれる。
 正確にはアメノワカヒコへの矢返しのシーンから高木の神となる。この部分が朝鮮皇祖神話の神壇樹に
由来するという説も古い定説となってしまっているが、これは学問的無知による誤った説である。
 実は大樹を依代(よりしろ)とする神の原型も、中国南方神話の中にすでに見つかっているのだ。
樹木信仰と稲作の関連は、多くの中国少数民族の間で普通に儀式に穫り入れられている、と諏訪春雄が書いている。
ハニ族は田植え祭りの前に聖樹祭を行う。このとき稲霊を庇護する天神が聖樹を伝って降臨すると信じられており、
これは高木神そのものであろうと思われる。神話の到来する道は稲作の伝来ルートに一致する。
 それは南から北上して、文明地の信仰といったん混合したのち、さらに北上西行するものと、
現地からダイレクトにはいってくるものと、二種類あると見られる。
 日本は倭人の国であり、海上の島国である。ダイレクトな海の道を伝って来た伝承は当然ながら陸続きの半島より
多い。それが両国の大きな文化の違いであろう。
 もし、我々の先祖のほとんどが北方経由でやってきたとしたら、日本人の体格はもっと大きくなっていたはずである。
目はみんな一重になっていたはずである。頬骨はもっと高くなったはずである。

【高木神の原型は江南にある】
http://white.ap.teacup.com/applet/soudasui/200604/archive

 付け加えておくと、高木神とタカミムスヒ神は、本当は別の神である。
 高木神のほうが『古い神』であり、この高木神は、紀元前から信仰されていた太陽神であり、
稲穂を保護する女神である。つまり、もう一人のアマテラスなのである。
 高木神は、日女神(ヒルメ神=アマテラス)と同じく、中国南部にルーツを持つ太陽の女神であり、
実は日女神と同じタイプの神である。
 おそらく、古代九州地方には、日女神を信仰する部族と高木神を信仰する部族がおり、この二つの部族国家が
統一される際に、日女神と高木神の宗教的統一も行われたのだろう。
 アマテラスという神名は、日女神と高木神の統一名として創られたものであろう。
 それでは、タカミムスヒ神とは何か。この神は、おそらく7世紀から8世紀頃にかけて日本神道の神々が
体系化される際に、神学上の神として発明されたものであろう。だから、タカミムスヒ神よりも高木神のほうが
古い神なのである。
 高木神とタカミムスヒ神が結びつけられたのは、どちらの神も神名にタカ(高)の字が入っているのに加えて、
天皇家と関係が深い高木神の<位>を、造化三神の位に上げることにより、天皇家の権威を強調するためであろう。
 しかし、高木神の本来の<位>は、日女神と同じ太陽神であり、アマテラスの別名なのである。
高木神と日女神は、実は同じ神なのである。


44 :出土地不明:2006/12/17(日) 18:08:53 ID:P6hqL5Xn
またコリアンたちがファピョるよ

真っ赤っか遺伝子とか、南方があーたらとか、
同じ様式の土器がどーたらとか、、、ね


45 :出土地不明:2006/12/17(日) 18:59:07 ID:punEeEK6
>>44
で、真っ赤っか遺伝子とか、南方があーたらとか、同じ様式の土器が
どーたらとか言っているのがコリアンという証拠は?


ウンコ色の黒い肌、潰れて広がる広鼻、ギョロ目、突き出した口元、
分厚い唇、骨張った輪郭、


顔面から公衆便所の腐ったニオイを漂わせた下品で下劣で
醜悪きわまりない東南アジアヅラの台湾人くん。

46 :出土地不明:2006/12/17(日) 20:26:01 ID:blg07JpK
出た白人厨のコリアンバカ!

47 :出土地不明:2006/12/17(日) 20:42:13 ID:punEeEK6
日本人種のYAP+と東南アジア辺りのYAP+は別種。

日本人種のYAP+はht1。
東南アジア・中国南部あたりに微かに残るYAP+はht2。
白人や黒人のYAP+はht3。

ゆえに日本人種は東南アジア・中国南部とは無関係。

残念でした(嘲笑)

◎YAP+マップ

http://www.geocities.com/londonross1/china3.png
http://native.way-nifty.com/./native_heart/images/y_chromosome.jpg

48 :出土地不明:2006/12/17(日) 22:57:28 ID:XrxH2Wse
>>34
もひとつ付け加えれば日本語の文法の起源の説明がつくな。
南方の母音調和の単語の問題だけが残ってしまうのだが。

>北方起原論者に期待したいことは、たとえばツングース語などの
>語彙をくまなく収集して、アルタイ語族の祖形を再建し、
>それと日本語の語根との対応を探ることである。
>母音調和は言語の系統の決め手ではない。無理な論戦で傷つくことで、
>本来最初になすべき作業を怠ってはならないのではあるまいか。

49 :出土地不明:2006/12/17(日) 23:47:58 ID:punEeEK6
2〜3万年前の北方アジアで話されていた言葉こそ日本語なんだろ。

下手をすると6〜7万年前の人種分化前の西アジアにいた頃の単語や発音も
入っているのではないか?

日本語こそ北方アジアで最も古い言葉を保存している言語だろう。

50 :出土地不明:2006/12/18(月) 20:46:20 ID:BY6LTlCy
>>49
>6〜7万年前の人種分化前西アジアにいた頃の単語や発音入っている
とすれば南方に残っている古い言語の単語と似ているのも説明がつくな。


51 :出土地不明:2006/12/18(月) 22:09:58 ID:xIXeyqEc
>>47
やっぱり資料がふるいんでないの?YAP+のハプログループの表現が、
一定してないから、20世紀の古い資料じゃないかな?
以下は、昨年程度のものだが、ハプログループの扱いはまともだから、
こっちでせつめいしよう。
http://www.scs.uiuc.edu/~mcdonald/WorldHaplogroupsMaps.pdf
これはPDFだけど、最初のページがY染色体の世界的な分布だ。
このうち、YAP+とされるのは、DとE(ExE3b,E3bとか含む)なんだよな。
日本人のYAP+は、基本的に、Dだ。で、これが多いのは、日本以外では、
チベットと、頻度は少ないが、スマトラ島の人達に多い。
なぜか、>>47で御紹介の
http://www.geocities.com/londonross1/china3.png
には、チベットの情報がまったくないのが不思議だよな。
チベット人は、氷河時代のころから、ヒマラヤ近辺にいたかなり古い
民族で、周囲が他に囲まれて、残ったというのが実状のようだな。
さて、D,Eは、どちらも、同じ系統で、3ページめにあるように、Bから
分岐した系統だ。かなり根っ子に位置する。で、D,Eが双方ともにYAP+
であるが、それ以外の系統では、YAP+は、ないから、D,Eの共通祖先の
段階で、YAP+の突然変異が起こったわけだ。Eは、アフリカに多く、また、
ヨーロッパにも一部いる。
ということは、基本的に、D,Eの祖先は、アフリカにいたことになる。
問題は、チベットと日本とどっちが早いか、という話だな。
状況としては、日本のほうが古い可能性が高い。
よって、アフリカから、アラビア、東南アジアを経て、日本、そから、
西にむかってチベットへ、という経路を通っていることになるんだよ。
YAP+が別の系統で発生することはありえないから、共通祖先は、アフリカ
ということになり、また、その起源が、5万年前ということからして、
出アフリカの第二陣くらいに対応することになる。
これで、わかったかな?

52 :出土地不明:2006/12/18(月) 22:33:54 ID:xIXeyqEc
http://en.wikipedia.org/wiki/Haplogroup_D_%28Y-DNA%29
どうもこちらでいうと、
>>47のところでいう、ht とかいうのの分類はD1,D2,D3に対応するよう
だね。で、D1,D3には、以降の突然変異がないが、D2には、その後、多数
の変異がある、ってことは、起源としては、D2がもっとも古いことになる。
で、そうとすると、D2が古いんだから、それがたくさんいるところが、
古いわけで、それは、日本だ、ということだね。
このことから、D1のチベットや、D3の多い南部中央アジアと比べると、
日本のD2のほうが起源が古く、その結果として、日本からアジアに
ひろがったと考えるのが遺伝学的な考え方だよ。
で、このDのルートは、東南アジア回りってことになるね。
http://en.wikipedia.org/wiki/Human_Y-chromosome_DNA_haplogroup
はなかなかよくまとまっているので、しっかり読んでおこうね。
日本語ページはまだないようだけど。

53 :出土地不明:2006/12/18(月) 22:44:13 ID:xIXeyqEc
>>49
ぜんぜんとんちんかんだよ。
YAP+の話題からすると、日本人の中で、YAP+のタイプ、つまり、ハプログループ
が、D2なのは、おもに、琉球、アイヌ系ってことになる。つまり、日本人の
中では、先住民系になるわけだ。アイヌ系があれほど北にすんでいながら、
南方的要素が強いっていうのが面白いよね。これはmtDNAのほうでも、この
琉球、アイヌ系に、M7a が多いんだよな。M7系統は、東南アジアから、
中国、朝鮮半島、日本に多く、これも南方系だ。M7aは、日本と朝鮮半島に
多く、M7bは、中国、M7cは、東南アジアだ。M7aが、だいたい起源が、
3万年というから、朝鮮半島と日本列島の固有の原住民系ってことになる
し、これが、YAP+のD2の系統とも一致するだろう。
つまり、日本人の旧石器時代人は、考古学的にもいわれているように、
南方系なわけだ。旧石器時代人骨とされるものは、どれも東南アジアなど
のネグリトなどに近い系統だ。縄文人の平均身長が150センチ(男性)ちょい
なのも、こういう系統に近いからってことになるだろう。ただし、北方系
は大きいけど。
中国では、こういう南方系の要素の人々がどんどんおいやられて、周辺に
しか存在しないが、日本では、まだまだかなり多い。その意味では、日本
は中国辺境系と考えられて、日本には多くの南方的要素が入ってきたと
いうことだな。もちろん、日本から出ていった系統もある。
まあ、それをざっくりまとめると、
https://www3.nationalgeographic.com/genographic/atlas.html
にあるとおりになる。

54 :出土地不明:2006/12/18(月) 23:08:08 ID:ykHY0yln
https://www3.nationalgeographic.com/genographic/atlas.html
にある、YAPの項目をちらっと訳しておこうか。

現在のサハラ以南に住む人たちは、人類の系統樹の中の特別な、三つ
のもののひとつで特徴づけられる。遺伝学者によって、これら古い
時代の分岐は、YAPと呼ばれている。

YAPは、北西アフリカで起こって、サハラ以南の人々の三つの古代の
分岐の中ではもっとも頻繁に見受けられる。これは、Aluの挿入として
しられる突然変異によって特徴づけられる。これは、300塩基のDNAの
断片で、非常だが、細胞分裂時に、人間のゲノムの領域に挿入される。

およそ5万年前に住んでいた一人の男でこの断片がY染色体に取り込ま
れ、それが子孫に受け継がれるようになった。時代とともに、この系統
はふたつのグループに分岐した。ひとつは概ねアフリカと、地中海沿岸
にあって、これは、M96というマーカーで定義され、それは、
ハプロタイプ E と呼ばれる。もう一方は、Dで、これはM174の突然変異
で定義され、アジアにある。


55 :出土地不明:2006/12/18(月) 23:17:18 ID:DO3J6vWA
>>50
オイロピーデ(コーカソイド)やインディアン諸人種と分岐した
ばかりのモンゴロイドの直系はアイヌ。

そこから枝分かれしていく。

分岐当時の状態が一番保存されている地域はどこなのかは
言うまでもない。

http://yamatai.cside.com/katudou/image/bunnkizu.png


>>51-53
なにテメエはいつまでも誘致工作してんだよ。

テメエの創作なんか一切聞きたかねえんだよ。

この東南アジア台湾ホッテントットが(嘲笑)

56 :出土地不明:2006/12/18(月) 23:41:49 ID:dM8gwZMf
バビロニアから来たって噂もあるぜ

57 :出土地不明:2006/12/19(火) 02:50:30 ID:b7VA7LUt
>>55
>オイロピーデ(コーカソイド)やインディアン諸人種と分岐した
>ばかりのモンゴロイドの直系はアイヌ。
日本語になっていないぞ…
ハングルで書かないとつらいか?

58 :出土地不明:2006/12/19(火) 19:20:40 ID:Ef3iKM8v
>>57
はぁ?????

単にテメエの日本語読解力が無いだけだろが(嘲笑)

毎日毎日、やる事と言えば日本人のルーツの江南&南方誘致工作。

否定されれば即、チョン認定。

チョン以上にロクでもねえよ。

ウンコ色の肌、潰れて広がった広鼻、ギョロ目、突き出した口元、
分厚い唇、骨張った輪郭、

顔面から香港スラムに漂う豚が腐乱したような凄まじい汚臭を放つ、
下品、下劣、醜悪きわまりない東南アジアヅラの台湾人は(ウルトラ嘲笑)

59 :出土地不明:2006/12/19(火) 22:53:01 ID:krwMA3kT
日本語が不自由なコリアンが逆上(^▽^)

60 :出土地不明:2006/12/19(火) 23:02:40 ID:Rt/d58TT
https://www3.nationalgeographic.com/genographic/atlas.html
における、Y染色体のハプログループDの記述を訳しておこう。
これ、もちろん、YAP+ね。日本人は、D2だという話はしたよね。

ハプログループDは、おそらくアフリカを5万年前ごろ出発した、
最初の大きな民族移動で、海岸氏族とされた(ハプログループC)
といっしょに移動したようだ。
海岸沿いの豊富な資源を有利に活かして、この大胆な冒険者たち
は、アフリカから南アラビア半島、インド、スリランカ、そして、
東南アジアへと海岸ぞいをおい続けた。
もっとも、そうではなくて、彼らはあとから海岸氏族の足跡をおい
かけて旅を続けたのかもしれない。この祖先の子孫の一部は周囲か
ら隔絶された中で、この古代のルートに沿っていまでも生きている。
とくに、東南アジアと、アンダマン諸島であるが、しかしインドには
いない。
この子孫はさらに後のふたつの民族移動を匂わせている。
それは、東アジアの海岸を北にむかったものたちで、それは日本に
到達した。そしてさらに最近の移動では、ここ数千年の間に、
モンゴルからチベットに入った子孫がいたということだ。

以下、この文章の感想ね。
ざくっと、アンダマン諸島あたりに痕跡があるから、東南アジア経路
であることは確定的なんだよな。アンダマン諸島の人々はかなり古い
民族であり、その場にずっと数万年前から住んでいた人々がいまでも
住んでいるところで、そのあたりは、他の遺伝子や、考古学的にも、
立証されている。
むしろ、モンゴルにからチベットに入ったのは、日本からモンゴルへ
むかったものたちの子孫ってことになるな。ようは、北方アジア人が
古代日本人の子孫の一部であり、日本人が北方アジア人から来た人達
の子孫ってのは、だいぶ後の話になるわけだ(弥生時代とかね)。

61 :出土地不明:2006/12/19(火) 23:10:03 ID:Ef3iKM8v
ハイハイ、誰も支持しないサイエンスフィクションをどうも。


62 :出土地不明:2006/12/19(火) 23:10:53 ID:Rt/d58TT
>>59
いや、そういうコリアンの話についていえば、このYAP+のころの話になる
と、朝鮮半島は日本列島とくっついたり離れたりしている氷河時代の話
なので、このYAP+の人達も、それ以外にハプログループCの人達も、日本人
と朝鮮半島の人々ではまったく同じで、これは、mtDNAのM7aが日本人と、
朝鮮半島人で共通することからもいえるよ。
ようするに、朝鮮半島、日本列島ともに、氷河時代の終りごろまでは、
基本的には、アフリカから、アラビア、インド、東南アジアをへて、
北上してきた人達の子孫だよ。現代人で、朝鮮半島の人々と日本人が
多少違うとしたら、それは、ここ2000年のことで、さらにいえば、
朝鮮半島がモンゴル帝国の支配をうけたことが大きな理由だということ
になる。言語的にも、1万5千年前までは日本と朝鮮半島で大きな違い
があったとは思えない、っていうよりは、その当時は、狩猟民族の常
として、半島にも列島にも、いろいろな言語があったんだろう。まあ
互いにそれなりに関係しあっていたとも思える。
ただ、氷河時代が終って、半島と列島が分離したあとは、多少なりとも
違う文化に変化していったわけだね。それから、日本列島には、北方か
らの移住者もいたことはたしかだろう。
ただな、アイヌ系といえども、Y染色体のハプログループCとDがかなり
いるわけだし、mtDNAでも、M7a が多い。沖縄の人達と基本的には同じ
だから、日本全体みても、縄文時代が終るまで、それほど北方系が多く
入って来た形跡はないな。

63 :出土地不明:2006/12/19(火) 23:14:11 ID:Rt/d58TT
>>61
いや、あんた以外からは普通に支持されているんだが、それに、このもと
のページ、あんたが英語読めないらしいから訳してあげたけど、かなりの
権威のあるちゃんとしたページだよ。文句つけるなら、まずIBMにでも、
いってくれよな。あんたが提示した資料はどれも、20世紀のもので、
古代の資料で、まったくもって時代遅れだよ。

64 :出土地不明:2006/12/19(火) 23:19:51 ID:Ef3iKM8v
では、日本人学者での支持者を教えてもらおうか?

サイエンスフィクションくんw

65 :出土地不明:2006/12/19(火) 23:26:27 ID:Rt/d58TT
>>55
アイヌの系統と、日本列島北方の人達は、たしかに、アメリカ大陸に移住
した人々と非常に近い関係にあることは事実なんだが、そのアメリカ大陸
の人々の多くも、Y染色体ではCとかが多くて、これはアフリカから東南
アジア経由、日本列島(およびシベリア)からアメリカに入るってことだ。
もちろん、アメリカ大陸にいった人の中には、mtDNAのXとか、ヨーロッパ
系と関連する系統もいるが、日本人の中では、Xは発見されていない。
で、20世紀末ごろの日本人の研究者の文献の中には、縄文人骨のmtDNA
が、ヨーロッパ型だったとかいう話があるが、その当時はハプログループ
の定義もあいまいだし、全長配列での解析はしてない。
前にも書いたように、それで大間違いしたのが、中国山東半島の白人
系って話だったけど、全長配列解析したら、結局mtDNAのM型の亜種で、
東南アジアから北上した人達だったことが判明したりしている。
研究の日付が20世紀中で、著者が国立遺伝学研究所とかの系統だと、
宝来先生とか斉藤先生のもふくめて、ちょっといまではまったく通用し
ない内容になっている。
ヨーロッパ人の中にも、たしかに中央アジア系がいて、その中には、
東にいたって日本や中国までいたった人々と共通祖先だったこともあり、
それもはっきりわかっているが、こと氷河時代末までの2万年前ごろ
までの話だと、日本列島は、北から南まで、どっぷり東南アジア系の
人々であるといえる。で、その一部がアメリカ大陸までわたったわけだ。

なお、もう少し加えると、こういう初期にアフリカから出た人々の子孫
は、2万年前ごろまで、形質的にはかなり古い特徴をもっている。
いわゆる北方系ののっぺり顔なんていなくて、髪の毛もたぶんちじれて
いて、肌もかなり黒い。このあたりは、日本の旧石器時代の人骨の特徴
でもあるし、さらには中国での旧石器時代の人骨の特徴でもある。
世界的にみて、現代人の地域ごとのいろいろな顔の特徴、肌の色などは、
ここ1万年か1万5先年ぐらいで形成されたもので、ヨーロッパ人も、
この時代、現代のヨーロッパ人と同じ顔をしていたとは思えない。
クロマニョン人一般も、骨だけからはアフリカ人と区別が付かないと
いう。だから、ドイツ発見のグリマルディ人が黒人の祖先とかいわれて
いるわけだ。まあ、北方東洋人ののっぺり顔が世界ではもっとも先鋭
的な顔であることも事実だわな。
あと、アフリカの黒人も黒くなったのは、ここ1万年かそこらだ。
もっと古い民族であるブッシュマンはかなり色が薄い。

66 :出土地不明:2006/12/19(火) 23:35:12 ID:Rt/d58TT
>>64
最近チェックいれているけれど、国立遺伝研関係とかのページの内容が
ほとんど更新されていない。20世紀のままになっていてまったくこま
ったものだよね。日本人の研究者がこのあたりでまったくもって研究
を発表していないんじゃないかって思うくらいだ。
以下のページが、日本人の書いたものだけど、読んでみてくれ。
全部は訳せないしな。
http://www.genome.org/cgi/reprint/14/10a/1832.pdf
これは、かなり網羅的な研究で、弥生時代以降のものと、それ以前では
まるっきり違う系統のようで、古い層は、南方系(mtDNAのMとかNとかの
系統)が多いということが書かれているぞ。ただ、非常に複雑なので、
簡単ではないが、とも書かれているな。
まあ、読んでみてくれ。

67 :韋駄天はふと考えた:2006/12/20(水) 03:00:51 ID:MbVV+ugi
鳥居は倭人の証。

2000年前の昔の人は、渡来朝鮮人集落と倭人集落を区別するために、集落の入り口に
木製の鳥居を設けた。いわば鳥居は倭人集落へ入るための門であり、倭人にとっては
重要な目印であった。

古代の日本には、こうした入り口に鳥居のある倭人集落と、鳥居がなく巨石を置いて
門や集落の目印代わりにする渡来朝鮮人集落とが別々に存在していた。

やがて人口が増えて倭人集落の規模が大きくなると、鳥居の外に家を構える倭人も
増えてきて、いつしか鳥居のある場所は、倭人集落の中で祝い事や豊作の祭事を行う、
重要な場所として位置づけられることとなる。

また倭人集落から死者が出たり災いが起きたりした場合は、この鳥居のある場所は、
死者の霊を鎮める場所や災いを振り払う場所として使われるようになった。
これが現在において神社といわれる場所となった。

一方、渡来朝鮮人集落では、巨石で囲った場所に死者を祭ったり、巨石と土を
盛り上げた場所を、渡来朝鮮人集落の近くに設けては、祝い事や豊作の祭事を
行う場所として使ったり、死者の霊を鎮める場所や災いを振り払う場所として
使われるようになった。
これが現在において古墳といわれる場所となった。

しかし、近年においては倭人集落と渡来朝鮮人集落とが混在するようになり、
鳥居のある神社が集落にあるからといって、そこが倭人集落とは決め付けれなくなった。

68 :出土地不明:2006/12/20(水) 03:15:01 ID:IpUzbP5N
>>67
>鳥居
雲南省、タイ北部山地、ベトナム北部山地に大昔からたくさんあるね。
糸引き納豆、羽子板で羽根つき、絣の着物、押し寿司、、、もある。
腰に刀を二本差しの部族さえいる。YAP+を持つ人たちが暮らす。
沖縄出身の人たちが行くと「懐かしい、沖縄みたいだ」と語る土地だ。

69 :韋駄天はふと考えた:2006/12/20(水) 04:05:34 ID:MbVV+ugi
2000年以上前の古代における倭人の領土は、東は関東平野から西の本州島、
四国島、九州島の日本列島全域、薩南諸島、琉球諸島、台湾島、中国大陸
揚子江沿岸全域、中国大陸東シナ海沿岸全域、中国大陸雲南省、北ベトナム地域、
ラオス北部、タイ北部、ミャンマー北部、ネパール、ブータン、チベット南部と
過去においても現在においても、モンゴル帝国やソビエト連邦に匹敵する領土を
有していた。(日本列島の東北地域と北海道地域はアイヌ人の領土だった)

しかし、中国大陸北部で騎馬民族モンゴル人の南下による略奪と混乱による、
戦火が激しくなると、武装難民となって逃れる漢民族の南下によって、揚子江流域から
平和な民だった倭人が武力によって追い払われて、さらに南下してきた武装難民の
漢民族によって、中国大陸を挟んで倭人国家が東倭人国家と西倭人国家のふたつに
分裂させられてしまった。

また、東倭人国家に属した日本列島でも、騎馬民族モンゴル人の南下による略奪と混乱による、
戦火が激しくなると、武装難民となって逃れる満州族の南下によって、朝鮮族の領土である
朝鮮半島が満州族の中の騎馬部族によって朝鮮半島北部が武力で奪われて、難民となった朝鮮族が
南下して、その一部が海を渡り九州や日本海沿岸の本州島まで渡ってきた。
こうして、九州や本州西部の日本列島国内でも倭人の領土が、朝鮮族によって侵される事態となった。

70 :韋駄天はふと考えた:2006/12/20(水) 04:06:43 ID:MbVV+ugi
そのころ西倭人村落国家の中で、邪馬台国地域を統率していた女王卑弥呼は、東西に分裂させられた
倭人国家をひとつにしようと、東倭人村落国家の奴国を中心とした九州の倭人勢力の村落国家と、
東シナ海の海洋ルートを通じて連携を取り、漢民族のこれ以上の南下拡大を抑えよう考え、倭人の
軍事力を強化するためと、揚子江流域を支配した漢民族を東西北方向の三方面から挟み撃ちで掃討する
ために、中国大陸北部の軍事大国の魏の国と同盟を結ぼうと使者を送った。

こうして、軍事力を強化させた東倭人村落国家の中の九州島においては、倭人勢力が渡来朝鮮族との
戦いに勝利し、敗れた渡来朝鮮族の集団は瀬戸内海を通じて近畿地域へと逃れていった。
その後、近畿地域に住み着いて勢力を拡大してきた渡来朝鮮族が、九州島の東倭人村落国家との戦いに
勝ち、西日本列島の倭人を従えることに成功した。
こうして勝者となった渡来朝鮮族によって、古代日本における倭人に関する歴史の記録と痕跡はことごとく
抹殺破壊処分されてしまい、渡来朝鮮族に都合の良い捏造の歴史記録と遺跡だけが残されてしまった。

71 :出土地不明:2006/12/20(水) 18:49:48 ID:e58uIW9a
>>67-70
デムパはいらねー


鳥居の起源については諸説あるが、確かなことは分かっていない。
天照大御神(あまてらすおおみかみ)を天岩戸から引きずり出す
ために鳴かせた「常世の長鳴鳥」(鶏)に因み、神前に鶏の止まり木を
置いたことが起源であるとする説、インドの仏教やヒンズー教に
みられるトラナや中国の華表など海外に起源を求める説などがある。
いずれにせよ、8世紀ごろに現在の形が確立している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E5%B1%85

8世紀ごろに現在の形が確立している
8世紀ごろに現在の形が確立している
8世紀ごろに現在の形が確立している
8世紀ごろに現在の形が確立している

72 :メイラックス:2006/12/21(木) 00:56:26 ID:Dc3cLDab
汚い書き込みが目立ちますよネチズンさん。
君の他民族蔑視は許せないな。
本当に許せないな!

73 :出土地不明:2006/12/21(木) 19:28:48 ID:nuzhXCoR
「倭人」の源流を求めて 
     ー雲南・アッサム山岳民族踏査行ー

森田勇造 著、 講談社
    1982年9月発行
 
    ISBN4−06−200174−8

高床式住居、千木・かつお木、鳥居、いれずみと断髪、
歌垣、アニミズム、山岳信仰、赤米と穀霊信仰、そして
農具や木・竹・わらの道具、数々の発酵食品などの稲作
複合文化・・・・と、「倭人」の源流を求めてという
この本のタイトルからも伺えるように、著者は、雲南・
アッサムの山岳少数民族の生活風俗と古代日本のそれと
の共通項をもとに、両者のミッシング・リンクを埋める
興味深い仮説を展開する。中国の江南地方に住んでいた
倭人(江南人)と雲南山岳地帯の雲貴高原に住んでいた
人々、そして日本列島の倭人と、古代の東アジア世界を
思い描くことは、ワクワクさせられて本当に楽しいものだ。

ttp://www.mekong.ne.jp/books/explore/011101.htm

74 :出土地不明:2006/12/21(木) 19:44:04 ID:nuzhXCoR
タイ・ワット・カム・コーの社殿に続く通り

ttp://www.thaismile.jp/FotoGallary/ThaiPics/MaeHongSon/etc/WatKamKo/WatKamKo02.JPG

ttp://www.thaismile.jp/FotoGallary/ThaiPics/MaeHongSon/etc/WatKamKo/WatKamKo04.JPG

タイのアカ族の鳥居
ttp://tokyo.cool.ne.jp/woodsorrel/data/bunka_torii.jpg

タイのミャンマー国境近くにある素朴な鳥居
ttp://www.geocities.jp/xiaokobamiki1/images/huamaekham/huamaekham0013.jpg



75 :出土地不明:2006/12/21(木) 20:45:01 ID:79sLW0Zg
>>73-74
馬鹿丸出しですねw

76 :出土地不明:2006/12/21(木) 21:30:42 ID:xouDZjsh
>>73-74
その前に弥生文化に鳥居があったという証拠は?(爆笑)



77 :出土地不明:2006/12/21(木) 21:41:58 ID:Dc3cLDab
何でそんなに必死なの?上のひと

78 :出土地不明:2006/12/21(木) 23:59:05 ID:gZnJ8//M
日本人の先祖が東南アジアから来ていることになると
自分たち半島出身者が日本列島に住みづらくなるという
被害妄想でファビョってる韓国人や朝鮮人だからだよ

79 :出土地不明:2006/12/22(金) 20:49:48 ID:9QLWtBV6
>>77
>日本人の先祖が東南アジアから来ている


ほほうw

じゃあ何で弥生期の東南アジアに見られる印紋土器や三足土器や
ドンソン土器やバンチェン土器や青銅器の銅鼓が一切伝わってないのかね?

印紋土器や三足土器はBC20C頃までに、青銅器の銅鼓はBC10C頃には
東南アジア中で普及していたんだが。

80 :出土地不明:2006/12/22(金) 22:20:02 ID:/YjtwZCb
>>79
どういう頭の構造しているんだ?
ここで何度も書いているように、日本列島や朝鮮半島に東南アジアから
人々がやってきたのは、3万年前だ。そのころ土器があったか?え?
土器は、日本の土器が一番ふるいんだぞ!元祖だ。1万6千年前だ。
その、印紋土器やら三足土器やらが、氷河時代の3万年前に使われていた
という証拠があるなら、「どういう頭の構造しているんだ」を取り消してやる。

81 :出土地不明:2006/12/22(金) 22:46:08 ID:NjCv9nFN
>>80
だから、それを唱えている日本人学者を早く出してみなよw

サイエンスフィクションくんwwww

82 :出土地不明:2006/12/22(金) 22:51:20 ID:KeOEnQtF
>>81
だから、はやいところ、下のページを読んで、感想を書けよ。
どこがサイエンスフィクションだよ。
http://www.genome.org/cgi/reprint/14/10a/1832.pdf
それに何度もいうが、3万年前ごろの日本にやってきた東南アジア系
(もちろん、アフリカ、アラビア、インドを経てってことだが)ってのは、
朝鮮半島にも住み着いているし、現在でもその傾向は遺伝子からもよみ
とれるんだから、なにも、東南アジア系の存在が日本人と韓国人を分ける
とかなんとかいう話は筋違いだぞ。


83 :出土地不明:2006/12/22(金) 23:01:24 ID:9QLWtBV6
>>82
だから、それを唱えている日本人学者を早く出してみなよw

サイエンスフィクションくんwwww

84 :出土地不明:2006/12/22(金) 23:13:07 ID:KeOEnQtF
>>83
あのさ、>>82で示したページは、日本人のグループが書いたものだよ。
読めばわかるだろ。名前と所属くらいわかるだろ。
それとも、ローマ字が読めないか?

85 :出土地不明:2006/12/22(金) 23:17:49 ID:9QLWtBV6
>>84
だから、早くその日本人学者を出してみなよw

それに書いたのは日本人だけじゃないよなw

サイエンスフィクションくんwwww

86 :出土地不明:2006/12/22(金) 23:29:42 ID:KeOEnQtF
>>85
いまさら、日本人だけで、しかも外国の研究者とまったく交流せずに、
孤立して研究している人がいたら、そっちの研究成果を疑うぜ。
上の論文は大部分は日本人が書いているし、しかも日本の研究所(それも
なだたるところだろ)が中心になって行われた研究だよ。
英語ができないなら、ちゃんとできないといえばいいだろ。
そのくせ、「さいえんすふぃくしょん」などと英語らしい言葉を使う
から、日本人扱いされないんだよ。もういちど勉強しなおせ。


87 :出土地不明:2006/12/22(金) 23:37:43 ID:NjCv9nFN
そもそも3万年前ごろの日本にやってきたのが東南アジア系だなんて
断言できないだろ。

アルタイ方面から移動して朝鮮・日本や中国・東南アジアに分裂した
可能性だってある訳だろ。

88 :出土地不明:2006/12/22(金) 23:43:03 ID:NjCv9nFN
>>86
だいたいな、まともな論文なら和訳があるに決まってるだろ。

無いのはアングラ学者の巣窟だから。

まともな学者はみんな眉唾だろうな。

サイエンスフィクションくんwwww

89 :出土地不明:2006/12/22(金) 23:44:01 ID:KeOEnQtF
>>87
ない。理由は簡単だ。その系統の子孫が、断続的にきっちりと、アフリカ、
アラビア、インド、スリランカ、東南アジアに分布している。それと、
関連する人々がオーストラリアまで移住していることもある。
逆に、アルタイ方面にその当時いたのは、それこそ、アメリカ大陸まで
移住していったmtDNAのハプログループXの人々だが、この系統は、日本
列島にも入って来てない。
数万年前の人々の移動が現在まで痕跡が残っているっていうのは不思議
に思うかもしれないが、現実には、いろいろな分析法によって、くっき
りと遺伝子密度の勾配が見えるんだよ。
とくに、日本にやってきた東南アジア系という人々の系統がアンダマン
諸島とかと関係があるとなると、考古学的にも孤立した人々の話で、
かなり信憑性が出てくる。
遺伝子勾配も、数珠状につらなるアフリカからの流れも、ひとつひとつ
はそれだけだと、根拠はうすいんだが、相互に相補的に証拠としてでて
くるので、よほどのすごい発見がないかぎり、崩れない結論だ。
だから、ない!ときっぱりいえる。

90 :出土地不明:2006/12/22(金) 23:45:47 ID:KeOEnQtF
>>88
もう相手にするの疲れたよ。論文が日本語約が必ずあるって?
え?世界の文献の半数が英語で書かれているんだぜ現状。
その全部が日本語に訳されているなら、世界の文献の半分が英語で、
もう半分が日本語っておかしいだろ。
すこしは、頭つかえよな。世間しらずなら、それらしく振る舞えよ。

91 :出土地不明:2006/12/22(金) 23:56:50 ID:NjCv9nFN
>>89-90
いいだろうw

まともな論文なら1年以内に和訳なり関係書が出るだろ。

それ以外の日本人学者がどういう見解なのかが楽しみだなw

3万年前の人骨も出土しないのに、ミトコンドリ屋の
サイエンスフィクションを信じるほど俺は馬鹿ではないよwwww

92 :韋駄天はふと考えた:2006/12/23(土) 00:45:44 ID:emzThyes
>>1
あなたは研究の仕方そのものが間違っています。

ここにヒントを差し上げますので、自分の研究の仕方が
なぜ間違っているのかを、じっくり考えてください。

・古事記や日本書紀の文献を頼りに研究するのは、未来の考古学者が朝日新聞や聖教新聞の
記事内容から当時の歴史を研究するのと同じほど愚策。

・1500年後の考古学者が遺跡から発掘した朝日新聞全書(朝日新聞社が創刊から廃刊まで
発行したすべての新聞記事の内容)と聖教新聞全書(聖教新聞社が創刊から廃刊まで発行した
すべての新聞記事の内容)を頼りに1500年前の日本がどういう国であったかを研究したが、
疑問点ばかりが噴出して、研究者の間からも様々な説に分かれて論争が続くことになった。

・それはそうでしょう。朝日新聞や聖教新聞のように、支那人、在日朝鮮人、半島朝鮮人、
同和部落民、創価学会員らの都合の悪いニュースは全く記事にせずに、これらの都合の良い
ニュースばかりを記事にするような新聞記事から、当時の歴史が正確に割り出せるはずはないのですから。

・現在においても支那人や在日朝鮮人はウソつきで真実を伏せて捏造ばかりするのに、昔の支那人や渡来朝鮮人が
正直者であるという根拠はどこにもない。
したがって昔の支那人や渡来朝鮮人が書き残した文献の信頼性はないも同然。

・歴史の文献というのは敗者に都合の悪い内容となり、勝者に都合の良い文献として残されるのが大半です。
例:敗者の先住民族インディアンに都合が悪く、勝者の白人に都合の良い「アメリカ新大陸発見」の教科書の内容
他にも「オーストラリア大陸発見」「喜望峰発見」「マゼラン海峡発見」など、いずれも日本の教科書にまで
白人中心主観のままで記載されることとなる。

・ただし魏国と邪馬台国のように、お互いの国境が接することなく戦争も対立関係にない国家間の文献では、
都合の良いウソや捏造をする必然性はなく、真実を書き残している信頼性は高い。

・考古学を研究するには、当時の時代背景を知り、対立関係や利害関係まで知り尽くしてから、
文献を参考にしないと、「朝日新聞や聖教新聞の文献記事だけを研究して、西暦1930年〜2010年間の
日本の歴史を学びました」というバカな考古学者が1500年後にも必ず現れます。

93 :出土地不明:2006/12/23(土) 02:20:51 ID:QpgOcKY+
おそらく、いや、1500年後の考古学は現在と同じ手法では無いはず。
ましてや1500年前の新聞記事などを頼りに推理するはずがない
現在と同じ穴掘って物的証拠を挙げるなんてことはないといいきれないが
まず、ありえないことだな
1500年と言う時間は宇宙論から言えば一瞬だが、1500年後と言う時間は
人間にとっては余りにもながすぎる。
まあ、地球があればの話だが・・・。


94 :出土地不明:2006/12/23(土) 10:10:53 ID:AZiX8x7Z
>>91
でねーよ。出るのは、海外で有名になった一部の書籍だ。
研究者はほとんど論文を原著で読まないといけないし、また、世界に広く
しらしめるには、英語で書かないといけない。
日本語だけでやろうとすると、完全に時代遅れになるよ。
だから、そういう世間知らずなら、世間知らずらしく振る舞えよ。
すくなくとも、日本語に訳された本くらい読めよ。
この分野の最近の進展はむちゃくちゃ早いから、20世紀に書かれた本は
ほぼ壊滅的に内容が古い。
でな、そういう世間知らずなのに、さらにアホなことばかりいうと、ます
ますアホだということを宣伝するようなものだぞ。

95 :出土地不明:2006/12/23(土) 13:03:46 ID:I28l5/Qq
>>80
>日本列島や朝鮮半島に東南アジアから
>人々がやってきたのは、3万年前だ。そのころ土器があったか?え?
>土器は、日本の土器が一番ふるいんだぞ!元祖だ。1万6千年前だ。
>その、印紋土器やら三足土器やらが、氷河時代の3万年前に使われていた
>という証拠があるなら、「どういう頭の構造しているんだ」を取り消してやる。
拍手。

>>79 みたいなキチガイはしつこく同じ事を言い続けるだろうから
 迎撃、撃破、頑張ってください。

96 :出土地不明:2006/12/23(土) 13:46:42 ID:TsjOrXBx
>>94
だいたい、そんな重要な内容のものが、世界第二位の先進国の日本で
出版されない訳がないんだよw

出せないのは、ただ単純にアングラだからw

世間知らずらしく振る舞えだ?w

おまえ自身がなw

3万年前の人骨も出土しないのに、ミトコンドリ屋の
サイエンスフィクションを信じるほど俺は馬鹿ではないよw

97 :出土地不明:2006/12/23(土) 18:08:02 ID:xMjQV0hI
井筒和幸は、雰囲気と声が、亀田コウキのオヤジに似ている。

井筒和幸は、雰囲気と声が、亀田コウキのオヤジに似ている。

井筒和幸は、雰囲気と声が、亀田コウキのオヤジに似ている。

井筒和幸は、雰囲気と声が、亀田コウキのオヤジに似ている。

井筒和幸は、雰囲気と声が、亀田コウキのオヤジに似ている。

井筒和幸は、雰囲気と声が、亀田コウキのオヤジに似ている。


98 :出土地不明:2006/12/23(土) 22:21:07 ID:Dsb9VWD3
>>96
だいたいだれが翻訳しているとおもってるんだよ?
一般向けなものは別にすれば、多くの専門書は専門家の副業だ。
日本人しか英語から日本語への翻訳ができない。日本人の研究者はそんな
に暇じゃない。まったく、もっと世間知らずならそれらしく振る舞え。
もう、>>95がいうように、アホらしくなってきたので、止める。
たんに、「英語ができなくて、アホなこと書きました」といえば済むこと
だろ。自分の問題を直視できないようなやつがまともな議論ができるとも
思えないし、これ以上は無駄だな。

99 :出土地不明:2006/12/23(土) 22:25:58 ID:KkodDwfw
竹内文章読めよ

100 :出土地不明:2006/12/24(日) 16:28:52 ID:k948N7aW
>>98
と、口先だけはいつも偉そうだが、

弥生人の故郷を中国と出して、NHKを使って日本国民をダマした
凶悪詐欺集団のうんこミトコンドリ屋(嘲笑)

松本博士一人のgm遺伝子の足元にも及ばない(狂笑)

101 :出土地不明:2006/12/24(日) 18:31:21 ID:WEVxokmm
サイエンスフィクション君www>>85でマジ吹いたわw

102 :出土地不明:2006/12/24(日) 18:54:18 ID:VCtDC6Mu
■イギリスとフランスが中が悪い理由は(百年戦争)■
http://www13.ocn.ne.jp/~uk_fan/jpage/history/hs_q006.htm

 イギリスとフランスはたしかに仲が悪いが、イギリス人とフランス人は歴史というものを客観的に理解しているので、
お互いに尊重し合っている。フランス人は過去の歴史を持ち出して、イギリス人に謝罪を要求することはしない。
イギリス人も、フランス人に対して歴史問題で謝罪を要求することはない。
 ヨーロッパの民族は「大人」なのである。一方が絶対善で、もう一方が絶対悪、というようなキチガイじみた発想を
持たない。だから、冷静な外交が可能であり、国と国の関係も安定しているのである。

【七年戦争】
 七年戦争は、ヨーロッパにおいては、イギリスの財政支援を受けたプロイセンと、オーストリア・ロシア・フランス・
スウェーデン・スペイン(1762年参戦)及びドイツ諸侯との間で戦いが行われた。並行して、イギリスとフランスの
間では、北アメリカ、インド、各大洋上で陸海に渡る戦いが繰り広げられた。
 プロイセンとオーストリアとの戦争を第3次シュレージエン戦争、北米での戦争をフレンチ・インディアン戦争、
インドでの戦争を第2次カルナティック戦争とも呼ぶ。これらの戦争を総称して七年戦争と呼ぶこともある。
 オーストリアがフランスと同盟を結んだ外交革命、400万対8000万という圧倒的な人口格差など、
当初プロイセンは敗勢を余儀なくされ、その命運も尽きるかと思われたが、プロイセン王フリードリヒ2世(フリードリヒ大王)
の適切な戦争指導と、エリザヴェータ女帝の死によるロシアの離反によって戦局は打開され、幸運にも戦争はイギリス・
プロイセンの側に有利に帰着した。

 ヨーロッパの歴史は、まさに「互いに侵略し合う歴史」であり、ヨーロッパ人もそのことを正しく理解している。
だからこそ、第2次世界大戦後、フランスとドイツは和解することができたのである。
 戦後、フランス人は、ドイツ人のことを一方的な侵略者として扱わなかった。フランス人は過去の歴史を知っている。
ヨーロッパ人は歴史を客観的に学習しているのである。だから、ヨーロッパ諸国の間では健全な外交関係が成立するのだ。
 一方、東アジアの場合、シナ人や朝鮮半島人には、歴史を公正に見る精神が欠けているのである。
 シナ人や朝鮮人は、自分たちに都合が良い形に歴史を歪曲し、捏造する。歴史を正しく理解しない。
だから、この2国では正統な歴史学が育たないのである。歴史が政治の道具として利用されているからである。


103 :出土地不明:2006/12/24(日) 22:11:18 ID:GJHkcFzE
歯を調べればルーツがわかる。東南アジアか中国か北方アジアか
ロシア人学者によって日本人はツングースの歯に似ていると結論がでているよ。
邦訳され学校の図書館でも読めるんだよねw

104 :出土地不明:2006/12/25(月) 02:14:56 ID:qRRAoWnW
>>103
>ロシア人学者によって日本人はツングースの歯に似ていると結論がでているよ。
>邦訳され学校の図書館でも読めるんだよねw
だから南樺太も北方領土も北海道もロシアのものだと
言いたいんだよ、奴らは。ツングースは極東ロシアと
中国東北部(満州)と朝鮮半島にいるだけじゃ不満なんだよ。
ロシアは「獲得形質は遺伝する」なんて電波学説を
長期間、国を挙げて認めてたくらい、適当な奴ら。
ラスプーチンが帝政末期にのさばり、オウム真理教が
日本国内の倍の信者を獲得していたキチピー国だ。
んなもん、頭から信じるなよ。

105 :天ノ川 創:2006/12/25(月) 04:33:52 ID:iPPBSS4f
アマテラス降臨!

106 :天ノ川 創:2006/12/25(月) 07:28:57 ID:iPPBSS4f
あれっt

107 :出土地不明:2006/12/27(水) 22:08:20 ID:7MqO7Vvr
>>103
だから、そういう19世紀だか20世紀半ばの古い話を持ち出すのやめてくれないかな。

108 :韋駄天はふと考えた:2006/12/27(水) 22:15:26 ID:cxXLuIZI
間違い探しシリーズ 邪馬台国編1

考古学者や一般考古学ファンの間では、邪馬台国は九州説と畿内説に分かれて
論争をしているが、この論争の元となるのが魏志倭人伝の解釈の相違からくる。

ここで私から考古学者や一般考古学ファンに対して、魏志倭人伝の解釈について
大きな間違いがあることを指摘します。

まず第一の間違いは邪馬台国の方向についてで、魏志倭人伝では南となっているのに、
それを無理やり東と解釈して畿内説に結び付けようとしています。
ここで古代の人に代わって私から一言いわせてもらいます。

「おまえら古代人の方向能力をバカにするな!」

古代人は地図も方位磁石もない時代に、迷うことなく目的地に着けれる方向探知能力を持っています。
そもそも遠い外国へ大事な外交仕事に旅立つ使節団の人々に、方向音痴になって目的地にたどり
着けないような人を選任させるでしょうか?
国の命運を左右する大事な使節団なのだから、地図も方位磁石もなくても方向音痴にならずに、
無事に行って戻ってこれる人達を選任するのは当然です。

そんな彼らが南と東の方向を間違えて、後の書物に書き残すなどという大きなミスはしないでしょう。
現在の公文書もそうです。東京から北京へのルートを書き残した公文書があれば、そこに北京の方角は
西でなく北と書き残す大きなミスはしないはずです。
ですから魏志倭人伝においても南と書かれていれば南であり、東と書かれていないのだから東ではないのです。
畿内説に都合よくなるような解釈はやめましょう。

109 :韋駄天はふと考えた:2006/12/27(水) 22:21:59 ID:cxXLuIZI
間違い探しシリーズ 邪馬台国編2

しかしこの方向についてですが、古代において方向というのは厳格に表現されるものではなく、かなり大雑把に
表現される事が多いのは事実です。
これは現在人においても、かなりいい加減な方向を表現することでもわかります。

例えば北海道札幌市に住んでいる人に東京の方角について尋ねると、ほとんどの人が南の方角と答えます。
ではハワイの方角についても尋ねると、ほとんどの人が南の方角と答えます。
また大阪の方角についても尋ねると、ほとんどの人が南の方角と答えます。
さらに新潟の方角についても尋ねると、ほとんどの人が南の方角と答えます。
でもハワイ、東京、大阪、新潟は、それぞれが近い場所にあるのではなく大きく離れています。
それでも北海道の人にとって自分の住んでいる場所から南の方角にある地名はすべて南と答えるのです。

また福岡に住んでいる人に鹿児島の方角について尋ねると、ほとんどの人が南の方角と答えます。
では沖縄の方角についても尋ねると、ほとんどの人が南の方角と答えます。
また台湾の方角についても尋ねると、ほとんどの人が南の方角と答えます。
さらにシンガポールの方角についても尋ねると、ほとんどの人が南の方角と答えます。
でも鹿児島、沖縄、台湾、シンガポールは、それぞれが近い場所にあるのではなく大きく離れています。
それでも福岡の人にとって自分の住んでいる場所から南の方角にある地名はすべて南と答えるのです。

また大阪に住んでいる人に北京の方角について尋ねると、ほとんどの人が北の方角と答えます。
ではソウルの方角についても尋ねると、ほとんどの人が北の方角と答えます。
またウラジオストックの方角についても尋ねると、ほとんどの人が北の方角と答えます。
さらに札幌の方角についても尋ねると、ほとんどの人が北の方角と答えます。
でも北京、ソウル、ウラジオストック、札幌は、それぞれが近い場所にあるのではなく大きく離れています。
それでも福岡の人にとって自分の住んでいる場所から北の方角にある地名はすべて北と答えるのです。

110 :出土地不明:2006/12/27(水) 22:26:21 ID:uA/uleC2
かと言って、調査が古いからといって間違っているとするのもおかしい。

最近は新しい調査が間違っている事の方が多い。

例えば、北方アジア抜きの偏向調査で中国に誘致し国民をダマした容疑者、



 宝 来 聰 (国立遺伝学研究所助教授、総合研究大学院大学助教授)


 松 下 孝 幸 (土井ケ浜遺跡・人類学ミュージアム館長)


 植 田 信 太 郎 (東大理学部助教授)


 山 口 敏 (東京国立科学博物館名誉研究員)北方アジア抜きの偏向調査で渡来人の故郷を中国に誘致し



など。

111 :韋駄天はふと考えた:2006/12/27(水) 22:40:48 ID:cxXLuIZI
間違い探しシリーズ 邪馬台国編3

こういう傾向は西についても東についてもまったく同じです。
つまりは誰でも自分の住んでいる場所を基準にして、そこから南に位置してあれば、正しくは西南の方向に
ある地名でも南と答え、正しくは北西の方向にある地名でも西と答え、正しくは北東の方向にある地名でも
北と答えます。
こういった方向についての感覚は、古代人も現代人も同じはずです。

私が何が言いたいかは、魏志倭人伝に南と書かれていれば、南の方向だけではなく南東や南西の方向も
すべて南と書かれるのです。
この傾向を考古学者や一般考古学ファンが覚えておけば、古代の文書に記載された方向を、解読するのに
非常に役に立つでしょう。

次に魏志倭人伝に書かれた距離についてですが、古代の人はどうやって目的地までの距離を測ったのでしょうか?
魏志倭人伝には目的地までの距離を測る方法として、日数(移動時間)と100里とか500里とかの里歩で表しています。

現在において目的地までの距離を測る手段として、日本ではキロメートルを使っていますが、これは地図や車の走行距離
などに表示されるのを、読み取った場合にしか使えません。個人個人が機械を使わずに目的地までの距離を正確に測る
ことはできないのです。

そこで現代人の私達は、目的地までの距離が何キロメートルわからない場合は、目的地までの日数や時間を表現することで、
目的地までの距離を推測できるような手段を用います。
例えば大阪から東京までの距離を表現する場合には、知っている人なら約500キロメートル弱と答えますが、距離を知らない
人は、大阪から東京までは新幹線で約2時間50分くらいで、飛行機なら約1時間30分くらいと答えます。
また自動車なら高速道路を使って6時間から7時間くらいと答えるはずです。
(ここではあくまでも通常の一般人の感覚に立って表現するので、正確な時間の厳密さを表記しない)

このように現在においても、目的地までの移動距離を表現する場合には、実際の距離で表現したり主要時間で表現したりします。
これは古代人の目的地までの旅行についてもまったく同じ表現が使われたはずです。

112 :出土地不明:2006/12/27(水) 22:54:37 ID:7MqO7Vvr
>>110
宝来先生は、もうお亡くなりになったわけだし、その肩書ってかなり昔の
ものだよ。そんな古い時代の研究を持ってくるのはどういうことよ?

113 :韋駄天はふと考えた:2006/12/27(水) 23:18:06 ID:cxXLuIZI
間違い探しシリーズ 邪馬台国編4

では、現在人のみなさんは目的地までの移動距離を表現する場合には、どの手段を一番多く用いるでしょうか?

大阪から東京までの距離を表現する場合には次の方法があります。
1,直線距離にして約500キロメートル弱。
2,新幹線で約2時間50分くらい。
3,飛行機で約1時間30分くらい。
4,自動車で高速道路を走って6時間から7時間くらい。
6,自動車で一般道路を走って13時間から18時間くらい。
7,各駅停車の普通列車を乗り換えながら16時間くらい。
8,船で1日がかり。
9,自転車で6日くらい。
10,馬に乗って4日くらい。
11,歩いて15日くらい。
12,ジェット戦闘機で25分くらい。
13,ロケットで3〜4分くらい。

このうち一番多く使われる表現方法が、1〜4のどれかでしょう。それはなぜでしょうか?
それは通常の移動手段において、すでに使われなくなった移動手段、めったに使われない移動手段、
緊急の場合の特殊な移動手段、費用がかかりすぎる移動手段などでは、表現されにくいのです。
現代人の私達は目的地までの移動距離を表現する場合には、距離で表現しない場合には、実際の移動に費用がかからず、
一番効率が良く手っ取り早くて誰でも使える移動手段で表現するのです。

大阪から東京まで自動車で一般道路を走って13時間から18時間くらいと、誰も表現はしないでしょう。
こうした傾向は現代人だけでなく古代人も同じだったはずです。

古代人によって邪馬台国までの道程を表現しようと思えば、実際の距離、直線距離、歩いた日数、走って移動した日数、
船で移動した日数、馬を使って移動した日数、緊急時の最大速度で移動した場合の日数、各地をのんびり巡回しながら
移動した日数、のどれかで表現するはずですが、魏志倭人伝には日数(移動時間)と100里とか500里とかの里歩のふたつの
方法でしか表していません。

114 :韋駄天はふと考えた:2006/12/27(水) 23:53:06 ID:cxXLuIZI
間違い探しシリーズ 邪馬台国編5

魏志倭人伝ではなぜこのふたつの方法でしか表さなかったのでしょうか?

その答えは、歩きながら距離を測れる場所においては100里とか500里とかの里歩で表現をして、距離を測れない場所に
おいては日数(移動時間)で表現したのです。
つまり古代人は距離を測る手段を知っていたのです。

地図も羅針盤も持たずに機械も使わない古代人が、目的地までの方向を正確に知る手段を持ち、目的地までの距離を測る
手段を持っていたのです。どうやって?みなさんは疑問に思うでしょう。
私も疑問に思ってじっくりと考えたのです。

そしてひとつの答えが見つかったのです。
古代人は次のような手段を用いて目的地までの方向を知り、目的地までの距離まで測っていたのです。

目的地までの方向を知るには明るい昼間は太陽を地形を基準にして使い、夜は月や星を基準にして使っていたのは、みなさんも
ご存知ですので省略します。
みなさんも知らない疑問は、目的地までの距離を測る手段はどうしたかです。

100里とか500里とかの里歩で表現をできる古代人は、1里、10里、100里、1000里の距離がどれくらいかを知っていたのです。
1里の距離を知っていれば10里の距離も知ることができます。10里の距離を知っていれば100里、1000里の距離も知ることができます。
そこでまず、1里の距離をどのように知ったかです。目的地までの距離を表現できる古代人は1里の距離の基準を知っていて、その
距離を頭の中にイメージして記憶しているのです。どうやって?

115 :韋駄天はふと考えた:2006/12/28(木) 00:17:34 ID:TE0hBDuD
間違い探しシリーズ 邪馬台国編6

この距離が1里の基準だと誰かに教われば、その距離の感覚を頭の中でイメージして記憶するのです。
この方法は現代人でも登山家などの一部の人が同じことをしています。
例えば現代人が富士山の標高が3778mだと誰かに教われば、3778mの高さの富士山の風景を頭の中にイメージして記憶します。
次に箱根山付近の山の標高が1500mくらいだと誰かに教われば、1500mの高さの山の風景を頭の中にイメージして記憶します。

ここでその人の頭の中には、ふたつの山の形だけでなく風景を記憶することで、3778mと1500mの高さを基準としてイメージ
できる能力が備わりました。
その人が標高のわからない山を見て、基準としている3778mと1500mの高さをイメージしている脳の中で比較するだけで、この
山は3778mよりは低いが1500mよりは高い。3778mと1500mの中間ぐらいだから、だいたい標高が2000m〜2100mぐらいだろう。
と、地図も測定器具も使わずに、かなり正確に標高の高さをいい当てることができます。

もっとたくさんの高さの山の標高を記憶して、山の高さを風景としてイメージで比較できるようになれば、その人はどんな知らない
山の標高でもほぼ正確にいい当てることができます。
古代人もこの手法を使って知らない土地での距離を測ったのです。

垂直の高さを水平の長さに置き換えるだけです。
誰かから、ここからここまでの距離が1里の長さだと教わります。教わった人はそこの場所の風景とそこから見える周囲の景色や
山の形や島の形を記憶します。次に別の場所でもここからここまでの距離が1里の長さだと教わります。
そこでもまた、そこの場所の風景とそこから見える周囲の景色や山の形や島の形を記憶します。
こうしてこの古代人の頭の中には、ふたつの風景の中で1里の長さをイメージできる能力を備わりました。

今度は全く知らない場所に行っても、どこからどこまでが1里なのかを周囲の風景や山の形や島の形を、自分の頭の中に記憶させた
基準の1里の周囲の風景や山の形や島の形と比較イメージすることで、ここからここまでが1里だということをいい当てることが
できるようになったのです。

116 :韋駄天はふと考えた:2006/12/28(木) 00:50:05 ID:TE0hBDuD
間違い探しシリーズ 邪馬台国編7

もしこの人が1里の基準風景をたくさん記憶していて、10里の基準風景もたくさん記憶していれば、全く知らない土地に行っても、
周囲の風景をながめて「さっきまでいた位置から見たあの山の大きさがこれくらいだから、ここまで歩いてきた時に、あの山を
見るとこれくらいの大きさになったから、ちょうどこのあたりが、さっきまでいた場所から100里目の距離になる」とほぼ正確に
いい当てれるようになります。これは「距離勘」という能力になります。

目的地までの方向を見失ない方向探知能力だけでなく、こうした距離を距離勘だけを使って正確に測ることのできる古代人ばかりが、外交使節団
として選ばれて、倭国の各地を旅して回り、国(集落)から国(集落)への距離を、ほぼ正確にいい当てて里数を記憶したり
記録していったのです。

この「距離勘」の能力は生まれ持った才能から達人能力者へと進化させる人もいれば、努力と経験を積んで達人能力者へと進化
させる人もいます。現在においてもこの「距離勘」能力は様々な分野で必要とされています。

しかし、この距離勘能力を持つ古代の達人を持ってしても、ほぼ正確に距離を測れない場所が存在します。
それはどういった場所でしょうか?
1里の基準風景となった場所は、だいたいが集落はずれの場所だったり、田園風景の広がる平坦な場所だったり、道路は整備されて
いて真っ直ぐな道などで、1里の基準が定められています。
ですからこれらと良く似た風景の場所では、脳の中での比較イメージも難しくなく、簡単に距離をいい当てることができます。

しかし、全く見知らぬ土地を旅するのにこんな場所ばかりではありません。
真っ直ぐな道などほとんどなく藪の中を掻き分けながら、獣道のような狭くて曲がりくねった道を探しながら歩かないといけない
場所や、周囲の風景が全く見えない樹木がうっそうと茂った森の中を歩く場合、平坦な場所などなく急な傾斜の山道や谷や川底を
登り降りしながら歩く場所など。

117 :韋駄天はふと考えた:2006/12/28(木) 01:12:38 ID:TE0hBDuD
間違い探しシリーズ 邪馬台国編8

こうした場所での歩いた距離をほぼ正確にいい当てれるのは、優れた距離勘能力を持つ古代の達人でも困難だったに違いないのです。
したがってこうした所での距離を里歩で表現しても、その距離は実際の直線距離に比較するとずいぶんと長い距離として表現されて
しまいます。

さぁここでやっと原則の登場です。
※原則とは偏りの法則のことで、すべての物質や自然現象は力の弱い方向へと偏る性質がある。
※またすべての物質や自然現象は、原則とは逆に力の強い方向へ偏る場合もあり、この場合は反原則と呼ぶ。
※物質や自然現象が反原則になる場合は、爆発や反発と呼ばれる現象の時に起こり、力の弱い方向へと急激に偏りすぎることで、
原則の偏る力と原則の偏る力との間に衝突しあう強い力が発生して、それが今度は逆方向へ押し出そうとする急激な力となって、
反原則の力が生まれる。(詳しくは原則スレや理法書スレ参照)

人間というのは物質の中に含まれているので、人間の歩く動きや普段の動作にも当然原則の力が作用します。

みなさんもこんな経験はありませんか?
楽な仕事をしている時や、簡単な作業をしている時ほど、時間の経過が早いなと感じた時。
きつい仕事をしている時や、難しい作業をしている時ほど、時間がなかなか経たずに時計ばかりを気にする場合。
そうです。時間というのは感覚においても実際においても伸び縮みするものです。

楽な時や簡単な時ほど、小さい労力を使うだけでよいので力が弱い状態となり、偏りの力が発生して周囲から自分の方へと
力が偏っていきます。つまり自分と周囲とでは時間の流れが違って、自分の時間の流れる速度が速くなり、周囲の時間の流れる
速度は遅くなった状態となります。
またきつい時や難しい時ほど、大きな労力を必要とするので力が強いい状態となり、偏りの力が発生して自分から周囲の方へと
力が偏っていきます。つまり自分と周囲とでは時間の流れが違って、自分の時間の流れる速度が遅くなり、周囲の時間の流れる
速度は速くなった状態となります。

118 :韋駄天はふと考えた:2006/12/28(木) 01:28:54 ID:TE0hBDuD
間違い探しシリーズ 邪馬台国編9

古代人が、集落はずれの場所、田園風景の広がる平坦な場所、道路は整備されて いて真っ直ぐな道を歩く場合は、歩くのに
楽な時や簡単な時なので、スイスイ歩いてしまい、実際に歩いた距離と比較して時間の流れを速く感じます。

逆に、真っ直ぐな道などほとんどなく藪の中を掻き分けながら、獣道のような狭くて曲がりくねった道を探しながら歩かないと
いけない場所、周囲の風景が全く見えない樹木がうっそうと茂った森の中を歩く場合、平坦な場所などなく急な傾斜の山道や
谷や川底を 登り降りしながら歩く場所では、歩くのにきつい時や難しい時なので、ずいぶんと歩いた感覚なのに、実際に歩いた
距離と比較して時間の流れを遅く感じます。

つまりは、楽で簡単な道を歩いた場合には、実際の距離よりも短く記憶されて記録されて、きつくて苦労する道を歩いた場合には
実際の距離よりも長く記憶されて記録されてしまうのです。
ですから、魏志倭人伝に記録された、この国からあの国までの距離が何理というのは、すべてを同じ距離感覚だと判断するのは
間違いだということです。

ある国とある国との間の地形の険しさや道が整備されていない場合では、きつくて困難な道ばかりを歩かないといけない場合なので、
魏志倭人伝にたとえ1000里の距離と書かれていても、実際の国と国との直線距離は短くなって、500里しかなかった場合やたった
300里の場合もあるのです。
これとは逆に、ある国とある国との間の地形が平坦だったりなだらかで道が整備されている場合では、楽して簡単に歩ける場合なので、
魏志倭人伝にたとえ500里と書かれていても、実際の国と国との直線距離は長くなって、700里ある場合や1000里もある場合もあるのです。

当時の倭国内の状況を地形考えると、整備された道は少なく、日本列島独特の地形の険しさで、実際の国と国との直線距離や移動日数は
魏志倭人伝に書かれている距離や移動日数よりも、かなり短いと判断した方がいいでしょう。

ここでまとめに入ります。
魏志倭人伝に書かれた国と国との距離をそのままうのみにしない。
国と国との距離や日数は、地形や道の政治状況や移動手段によって大きく変わるということ。
まだまだ書きたいことがありますが、今日はここまで。

119 :出土地不明:2006/12/28(木) 03:38:13 ID:MtUUqGHG
>>1 北方系アイヌ人移住説
  黒潮ルート説
  中国大陸〜朝鮮半島から移住説
  の3点セットだと思います。

120 :出土地不明:2006/12/28(木) 04:34:39 ID:QRPV2mqj
>>1
1.インド洋から東南アジアを経てきたアイヌ人の先祖
2.約3万年前に中原や南中国から移住してきた人たち
3.約1万3千年前に太平洋沿いに移住してきたポリネシア系の人たち
4.約5千年くらい前から日本海を渡ってきたオロチョン先祖などツングース系の漁労民たち

121 :出土地不明:2006/12/28(木) 04:38:36 ID:QRPV2mqj
5千年前に
日本に水田技術を伝えた人たちの移動ルートは
稲のDNA追跡から、判明している。

江蘇、浙江、福建→日本西南部→朝鮮半島の順。

稲と共にどれだけの人が渡ってきたのかはまだ不明。

122 :出土地不明:2006/12/28(木) 04:45:40 ID:QRPV2mqj
>>121
>5千年前に
自己訂正スレ

日本への陸稲 8千年前に伝来
日本への水稲 3千年前に伝来

123 :出土地不明:2006/12/28(木) 19:23:35 ID:DX2E9DFX
いつものチャンコロ詐欺師>>120-122のその詐欺の簡単な見抜き方。


1.日本人やアイヌのルーツを中国以南としているのに、
日本語もアイヌ語もシナ・チベット語やマレー語系統の言語
とは全く異なる。

2.そもそも3万年前の人骨など出土しない。

3.ポリネシアに人類が住み始めたのは3500年くらい前なのに、
13000年前に移住してきたと言い放つ詐欺師ぶり。

4.5000年前の縄文遺構に北方新モンゴロイドの人骨なんか無い。
北方新モンゴロイドの人骨が出土し始めるのは弥生前期末頃から。

5.朝寝鼻貝塚の6000年前のイネプラントオパールは同時に
小麦プラントオパールも出てきており、明らかに誤調査。
稲作伝来はやはり3000年前頃。

6.8000年前でも3000年前でも、江南の炊飯道具だった釜や
三足土器が全く伝わっていない。

124 :出土地不明:2006/12/28(木) 20:05:22 ID:QOkjsvEe


http://sports2.2ch.net/test/read.cgi/entrance2/1163367370/324


  ↑ここ神だからとりあえず来てみろ 

125 :出土地不明:2006/12/31(日) 19:45:55 ID:jInD7Lp/
http://www.athome.co.jp/academy/genetic/gen04.html

下戸の遺伝子(世界分布図)
何千年前に移動したのかがわからない


126 :出土地不明:2006/12/31(日) 19:52:33 ID:81FA7fl1
俺は北海道からやってきました。生粋の日本人です。


127 :出土地不明:2006/12/31(日) 19:56:40 ID:jInD7Lp/
http://www10.ocn.ne.jp/~kanam/distribution_of_a_blood_type.html

アジアでは日本だけA遺伝子が多いみたい。
なぜ???

128 :出土地不明:2006/12/31(日) 20:37:45 ID:1laCGphK
>>127
中国は地域によって全然違うよ

129 :出土地不明:2006/12/31(日) 20:53:57 ID:jInD7Lp/
>>128
中国も省毎に調べてほしいですね。
個人的な考えですが、2,000年前位に日本にきたのが>>125になっていると思います。
三重県に一番下戸が多いとの事なので、天皇のルーツもそうなのかな。

130 :出土地不明:2007/01/01(月) 13:47:11 ID:575awGdI
遺伝子や血液型の頻度は移動すると環境に応じて変わる。

日本の環境には血液型はA型が最も適し、下戸遺伝子は中部地方に
最も適していたため頻度を変えたと解釈するべきだろう。

ただし、渡来人の故郷はアムールあたりにある。

131 :出土地不明:2007/01/02(火) 21:59:09 ID:R8al9bsg
>>123
まだよくわからんことをいう。

1)日本列島に「東南アジア方面から」「旧石器人」がやってきたのは、
「3万年以上」前のこと。
この人々が、基本的に縄文時代の日本人のベースとなっている。だから、
アイヌや、琉球の系統にこの「原日本人」の系統が多いってことだ。
で、この系統は、朝鮮半島の人々のベースでもある。
2)日本列島から、中国北部やアメリカ大陸に向けて人口の拡散がおこって
いて、その時期は、2万年前から1万5千年前。これは日本列島とその
近隣(朝鮮半島も含む)からの「拡散」であって、日本列島への流入ではない。
3弥生時代の始まりとともに、あきらかに大陸から日本列島に稲作文化を
ともなった大陸人の移動があったが、これは、紀元前1000年ごろである。
朝鮮半島経由か、中国南方からかはわからないが、系統は中国南方の系統だ
とされる。

年代をしっかり整理してくれよ。3万年前、2万年前。そして3千年前だ。

132 :出土地不明:2007/01/03(水) 14:30:34 ID:whEH4G7g


古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。三つの足の部分は空洞に
なっており,その部分に水をため,足の上にのせた簀のこ(すのこ)の上に米を
置く。足の間の火で炊く(というより蒸す)と,上にのせた蓋(ふた)の間から,
湯気が立つ。この様子がそのまま漢字になりました。つまり「氣」です(後漢の
『設問解字』による)。
http://www.hibari.ed.jp/club/ki/ki.html

古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。



133 :出土地不明:2007/01/03(水) 14:53:51 ID:9RnTYekN
>>132
日本には縄文土器という立派な土器が存在したので、やってきた南方中国人
は土器製作なんぞしなかったんだよ。だいたい、弥生時代初期の渡来系弥生
人とされる人々は、抜歯の習慣まで日本式のものを採り入れているんだから、
稲作という一点をのぞき、ほとんど完全に日本文化に同化したとみるべきだ。
縄文人が海を隔てた大陸、半島にいって、農民を勧誘してつれてきたという
見方もあながち嘘ではないかもしれない。

134 :出土地不明:2007/01/03(水) 23:49:15 ID:BkTQv0NZ
縄文人の男前さはガチ
トキオの長瀬と思えばいい

135 :出土地不明:2007/01/04(木) 11:17:58 ID:BjFlRKXl
>>133
思いっきり嘘ですね。

その論理だと今も縄文土器のはず。

それに稲作だけ伝えて、先進の炊飯器は伝えないなんて
不自然すぎる。

米を食わなかったのなら話は別だがな。

三足土器は古代中国大陸人のシンボルなのだから。

渡来人は中国大陸とはさっぱり関係ない北方アジア人。

136 :出土地不明:2007/01/04(木) 11:18:06 ID:WagT6UI2
日本人のルーツは偉大なる朝鮮民族です。これは学会では常識です。

137 :出土地不明:2007/01/04(木) 12:37:12 ID:BjFlRKXl
学会の常識でも北方アジア人だよ。

138 :出土地不明:2007/01/04(木) 12:39:08 ID:9jj4/vKp
「宇宙物理学者と生物学者と考古学者は、その生涯を研究と論争に捧げる」と言われるが

このスレを見ると、何となく理解できるw

139 :出土地不明:2007/01/04(木) 18:09:27 ID:54TJWNwv
>>135
>北方アジア人
YAP+が無い北方アジア人は無関係だろ
何を寝言いってんだよ

140 :出土地不明:2007/01/04(木) 18:24:47 ID:BjFlRKXl
>>139
寝言はおまえだろがヴォケ。

日本人は土着系がYAP+で渡来人がYAP-なのは常識だろが。

一回逝ってこい。

141 :出土地不明:2007/01/04(木) 18:40:06 ID:BjFlRKXl


古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。三つの足の部分は空洞に
なっており,その部分に水をため,足の上にのせた簀のこ(すのこ)の上に米を
置く。足の間の火で炊く(というより蒸す)と,上にのせた蓋(ふた)の間から,
湯気が立つ。この様子がそのまま漢字になりました。つまり「氣」です(後漢の
『設問解字』による)。
http://www.hibari.ed.jp/club/ki/ki.html

古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。



142 :出土地不明:2007/01/04(木) 20:04:58 ID:54TJWNwv
>>141
>古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代っていつからいつだよ。
日本の義務教育を受けてるのか?
お前、バカって笑われてきただろ。

143 :出土地不明:2007/01/04(木) 21:49:06 ID:CA/1pmzl
長江流域では約6000年前に三足土器の鼎が登場し、漢代まで代表的な器形であった。


2. 長江流域は約1万年前からすでに米が栽培され、約8000年前には稲作が発達しました。
土器は丸底が主流で、約6000年前には三足の鼎(かなえ)が登場します。

 これらをまとめると、中国新石器時代の土器づくりは約1万2000年前に始まり、各地域
で形や種類、技法、文様などがかなり異なります。 また、農業の発達によって土器
づくりの技術も発達し、約6000年前には三足土器が登場。 中国の漢時代まで代表的な
土器の一つとなりました。土器はもちろん日常生活用品でしたが、一部は祭りに関連
したものと推察されます。
http://www.kaen-kaido.com/doki/oh.html

144 :出土地不明:2007/01/05(金) 08:57:13 ID:5mMU5Z45
三足土器出現以前に

古代中国では約6千年間の稲作時期を経ている。

中国で三足土器が使われたのは
約6千年前〜約2千年前の間。

それ以前の6千年間は使われていない。
それ以後の2千年間も使われてていない。

145 :出土地不明:2007/01/05(金) 15:24:44 ID:zsAgRLsC
中国全土で見れば三足土器は7000年前から使用されている。


3. 黄河流域では、約1万年前から粟やひえの栽培が始まり、約7000年前以降には
平底、丸底、三足の土器が出現。 約5000年前から土器が一変し、中流域では
灰色土器、下流域では黒色土器が現れます。
http://www.kaen-kaido.com/doki/oh.html

146 :出土地不明:2007/01/05(金) 15:46:20 ID:JH42DBD1
日本土人は韓国人の糞尿を食し育ったらしい

147 :出土地不明:2007/01/05(金) 15:54:45 ID:zsAgRLsC
長江流域では約9000年前から既に煮沸器の缶(罐)が登場している。
缶は弥生土器の甕にあたる器種で、縄文土器には見られない。


浙江ジョウ(山+乗)州小黄山遺跡:浙江省ジョウ州市にあり、
いまから約9000年前の新石器時代早期の遺物。石臼、砥石、
夾砂紅衣陶製鉢、缶などの器物数百点と大量の石材、陶器片が
出土した。
http://www.china-news.co.jp/culture/2006/05/cul06051302.htm

148 :出土地不明:2007/01/06(土) 10:52:39 ID:1cSLuIyM
三足土器出現以前に

古代中国では約6千年間の稲作時期を経ている。

中国で三足土器が使われたのは
約6千年前〜約2千年前の間。
(出現が千年ほど早くても2千年前以降も使ってた
 レアケースがあっても、些末なことはどうでもいい)

それ以前の6千年間は使われていない。
それ以後の2千年間も使われてていない。

149 :月光仮面:2007/01/06(土) 13:13:28 ID:QV7ogm0y
BP6400年頃、喜界カルデラ爆発により華南、南朝鮮、西日本が荒廃した。
これとの関係はどうだろうか。三足土器の起源は地理的にどこなのかが問題。

150 :出土地不明:2007/01/06(土) 17:52:22 ID:uqdPjn1d


古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。三つの足の部分は空洞に
なっており,その部分に水をため,足の上にのせた簀のこ(すのこ)の上に米を
置く。足の間の火で炊く(というより蒸す)と,上にのせた蓋(ふた)の間から,
湯気が立つ。この様子がそのまま漢字になりました。つまり「氣」です(後漢の
『設問解字』による)。
http://www.hibari.ed.jp/club/ki/ki.html

古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。



151 :出土地不明:2007/01/07(日) 00:14:01 ID:F69g6Zhq
【稲作と中国】
6千年前までは,雑多な原始的土器や木製の甑を使って食べてました。
6千年前〜2千年前は,甑に加えて三足土器などで煮て食べてました。
2千年前以降は,三足土器での煮飯は廃れて金属器での炊飯に移りました。
また木や竹で作った甑による蒸し飯も広く普及しました。

古代中国が,三足土器で炊飯していたというのは嘘です。
三足土器の時代は「炊いた」のではなく「煮て」ました。

古代中国が、その期間を通じて三足土器で炊飯していたというのは嘘です。
その前は、陸稲中心の時代で生食したり、干したり、煮たり、焼いたり、
蒸して食べていました。三足土器の時代は二千年前に終わり、金属製や
植物製ではない土鍋での炊飯が傍流として続くのみです。

152 :出土地不明:2007/01/07(日) 18:20:50 ID:lRjFNmoH
相変わらず創作か(嘲笑)
これが正解。


【稲作と中国】
7千年前までは、米は黒陶の丸底釜や甑を使って煮たり蒸したりして食べていました。
7千年前〜2千年前は,甑に加えて三足土器で煮たり蒸したりして食べていました。
2千年前以降は,竈の登場によって三足土器は廃れて羽釜での炊飯に移りました。

古代中国が,三足土器で炊飯していたというのは本当です。
三足土器の時代は主に東部や南部で使用された鼎においては煮たり、
甑をセットして米を蒸していましたが、主に中原や北部で使用された
鬲においては甑をセットして米を蒸していました。

153 :出土地不明:2007/01/08(月) 00:14:42 ID:MOLXjAVj
 ↑
古代中国が,三足土器で炊飯していたと言い切るのは嘘って事じゃん。
一時期だけの話だろ。

154 :出土地不明:2007/01/08(月) 00:41:58 ID:Bg+Ptb7u
いずれにせよ、稲作文化が中国南部から周囲にひろがり、その中には、
日本も朝鮮半島も含まれるわけだが、そういう地域で三足土器がつかわれ
ていたわけではないのだから、稲作文化の拡散とそれに伴う農民の移動、
移住というものが、土器文化を伴わないことが多かった、ということにも
なるんだろうよ。とくに、日本のようにもともと土器文化が高度に発達
していたところでは、三足土器の文化を持ち込む必要もなかったんだろう。


155 :出土地不明:2007/01/08(月) 00:46:12 ID:MOLXjAVj
そう思う。

156 :出土地不明:2007/01/08(月) 18:33:24 ID:taJYZ6l3
>>153
7000年前から2000年前の古代中国は三足土器で炊飯している
というのは本当の事じゃないの。

史実なんだからどうしようもないだろが。


>>154
土器文化が高度に発達?????

じゃあ何で古墳期の半島帰化人がやって来たとたんに中国灰陶を
ルーツに持つ須恵器はもちろん、それまでに無かった器種や器形の
飲食器や炊飯器が伝わったんだね?

君の論理でいくと、土器文化が高度に発達していたんだから
彼らは稲作はもちろん、飲食器も炊飯器も全然伝える必要は
なかった訳だよ。

しかし彼らはしっかりと灰陶を伝え、それまでに無かった飲食器を
残し、炊飯器である羽釜を韓式土器で伝えている。

157 :出土地不明:2007/01/08(月) 23:57:21 ID:6tBqdyhJ
>>156
歴史と文化の伝搬ってのを簡単に考え過ぎているよ。
そんなに簡単だったら、なんでも楽だよな。
そんな論理でいけば、16世紀に世界でもっとも多くの銃器を保有して
いた日本が世界征服をしなかったのはなぜか?みたいな話になるだろが。

158 :出土地不明:2007/01/09(火) 09:11:44 ID:oPa5gKSf
いやはや朝鮮人ってのは…
なにもかも朝鮮マンセーにしたいのね。専門家のお話を興味深く読ませて戴いていますがここにもいたかとがっかり。
どのスレでも朝鮮人は強弁とねつ造専門ですね。
研究者にむいてないのでは?

お邪魔しました。
続きをドゾ


159 :出土地不明:2007/01/09(火) 18:14:08 ID:nO/YkNEw
韓国人は歴史とか文化とかその継続とはまったく縁が無いですから、
向いてないのは確か。百済も任那も滅ぼしつくしましたからねえ
革命を語らせる方が向いてるかも。テポドンの将軍さまも革命一家の出ですし。

160 :出土地不明:2007/01/09(火) 20:07:18 ID:q3eiyXLg
>>157
さーっぱりなりませんね。

今語っているのは、人間が生命を維持する上での最低条件
である食に関する事ですよ。

話の次元が違い過ぎる。

渡来後、稲作だけを伝えて、米を食わずに全部死滅してくれたと
いうなら話は別だがね。

でも、そんなSF、犬も食いませんよ。

炊飯する上で縄文土器の深鉢よりも三足土器の方が遥かに安定していて
使い勝手が飛躍的に良くなる事くらい物心付いた子供だって分かる事。

それが目的で丸底釜に三足が付くようになった訳ですから。

何故そんな画期的な良いものがさーっぱり伝わっていないのか?

ただ単純に、やって来ていないから。

やって来ていないから伝わっていないだけの話。

ただそれだけの話。

161 :出土地不明:2007/01/09(火) 23:30:20 ID:6cAszdQD
>>160
たんなる無知か。じゃあしょうがない。

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