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マックス・ウェーバーについて語ろう

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/16 23:05:29 ID:MuLCeYPY
ヴェーバーの疎外論

ロシア革命、ドイツ革命、オーストリア・ハンガリー革命において「ソビエト革
命」に断固として反対したのが、マックス・ヴェーバーである。反共主義者は、
必ず、ヴェーバーの片言節句によってマルクス主義を批判しえたかに思い込む。
しかし、ヴェーバーの思考方法、社会観には、マルクスと共通する部分が大きか
った。であるがゆえに、ヴェーバーの「弟子」のルカーチは、ハンガリー・ソビ
エト共和国の指導者となり、多くの「弟子」がバイエルン・レーテ共和国のリー
ダーと成り得たのである。
しかも、彼等は、ヴェーバーによる、ドイツ社民の俗流マルクス主義批判を学ん
でいたがゆえに、スターリンの御用学者とも対立した。こうしたルカーチ達の友
人で、日本で、非スターリン主義的マルクス主義を構築したのが福本和夫である。
福本の思想=福本イズム(スターリンによって異端とされた)は、左翼思想界に
あって、一世を風靡した。獄中14年の体験を含む福本の生涯については、『福
本和夫自伝1、2』(こぶし文庫)参照。
ヴェーバーによれば、資本主義の巨大な発展が生み出す「精神のない専門人」
「心情のない享楽人」は、自己を喪失した「無のもの=ニヒト」であり、マルク
ス的に言えば自己疎外に陥った存在でしかない。東大教授は「精神のない専門
人」であり、多くの東大生が「心情のない享楽人」である。
ヴェーバーは言う。資本主義が発展を遂げた「将来この鉄の檻の中に住む者は誰
なのか、そして、この巨大な発展が終わる時、まったく新しい預言者たちが現れ
るのか、あるいは、かつての思想や理想の力強い復活が起こるのか、それとも、
そのどちらでもなく、一種の異常な尊大さで粉飾された機械的化石と化すること
になるのか、まだ誰にも分からない。」
こうした発展の最後に現れる「末人たち」「にとっては、次の言葉が真理となる
のではなかろうか。」「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、
人間性のかつて達したことのない段階にまで既に登りつめた、と自惚れるだろ
う」と(『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』)。
鉄の檻の中で自惚れているのが、自己疎外の状況にある支配階級、エリート層で
ある。

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