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マルクス経済学・マルクス主義・7発目

125 :Jimmy:2006/08/03(木) 16:50:26 ID:c7WhNz97
>>124
 まずは最小限の誤解を解くことをしたい。
 >>121におけるかつて○さん>>120レスに対するカキコを問題とされているなら
 こう申し上げておきたい。
 >>121で言いたかったのは、直接価値についての探求を放棄しなさいと
言うことではなく、くろしろートンデモ価値論に一々真面目につきあう
のはやめにして、それを真に受けた振りをして、オチョクってすませたら
どうでしょうか、というかつて○さんへの問いかけなのです。あえて言うと
「価値論」全般の否定でなく「くろしろートンデモ価値論」の否定、あるいは
オチョクリ。こういう自ら証明をなしえない、普遍的絶対真理命題からは
「何らの情報ももたらさない」と申し上げている。

 そこから離れてていえば、私としては○経における「価値概念」について
は、厳正に理解しているつもりですが、その「概念」の自己展開によって
商品→貨幣→資本→資本主義的生産過程→資本主義的競争過程→資本自身の
商品化→端緒形態への帰還という弁証法的システムについては、全く
批判的です。
 少なくとも均衡的な価格関係から、直接背後の労働の量関係に下向する
という『資本論』の方法は排除されるべきでしょうが、そこから宇野学派
のように、価値概念を純粋に取り出して、資本主義的生産関係の全体を
「復元」しうると言う主張に組みするものではありません。

2年前「アナ○スレ」では、まだこうしたスタンスは完全に明確には
なっていなかったのは確かです。その当時のアナ○批判は彼らの
「一般化された商品搾取定理」が、労働力商品の特殊性、すなわち
その再生産費について、他の生産手段のように技術説的に決定できない、
景気循環を通じての資本主義的人口法則によって初めて規定される、
ということを完全に見落とした、単なる分配正義論に過ぎない
という点にありました。これ自身は今でも変わっていません。
一方で未だ原理論体系は有効であろうと認識していたわけです。
 その後中野正−竹内靖雄らの論考を学ぶうちに、それも成立しがたい
という認識に移ったわけです。その一端は前スレで触れた価値形態論の
困難性の認識なのです。


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