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「正しい言葉」「美しい言葉」という幻想

1 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/01/05(金) 15:57:32
「正しい言葉」「美しい言葉」という言葉がある。
例えば「現在の日本語は乱れている。正しい日本語を話さなければならない」だとか
「最近の若者言葉は聞き苦しい。美しい言葉を使うべきだ」などということがよく主張されている。
しかし、絶対的に正しい・間違っている言葉、美しい・美しくない言葉などというのがあるのだろうか。
そのような概念は幻想ではないだろうか。

2 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/01/05(金) 18:00:21
だれも絶対的なんて言ってない
相対的に美しいならいいじゃなか

3 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/01/06(土) 20:01:14
>>1
おっしゃるとおり、幻想です。
上の世代による、若い世代の言葉遣いへの苦言などは、
兼好(徒然草)・貞室(かたこと)以来繰り返し行われてきたもののようですが、
「美しい」云々は、特に明治政府以降に強まった幻想じゃないでしょうかね。

日本が近代国家をめざして以来、
全国のいわゆる「お国なまり」(ことばの地域差)や
身分階級・性別年齢などによることばの違い(位相差)を超えた
標準的な日本語、国家における統一的な公用語としての「(日本の)国語」を措定し、
それを教育の現場で全国民に徹底的に浸透させようとしました。
その流れの中で便宜上生み出された幻想が、ことばの「正しさ」=「美しさ」という概念でしょう。


4 :名無し象は鼻がウナギだ!:2007/01/06(土) 20:06:09
お上や教育の持つ「権威」にのっとって
発音から語義・用法に至るまで「正しい」日本語(の運用方法)を措定し
それに沿ったものは「美しい」、そういった言葉遣いが望ましい、
それを心がけることそのものが誉められるべきことである、と叩き込まれた人々は、
その「正しさ」から外れた言葉遣いに対して違和感や蔑視のまなざしを持ったり
新しい世代の新しい言語スタイルに対して過敏に拒否反応を示すのでしょうね。
間違った言葉遣いを批判できる自分、というものへの価値付けなんかも関わりつつ…

「正しい」「美しい」の判定基準には、
教育・教育政策を含む政治的な要因が多分に含まれるので、
権威がまとう「絶対的」な印象がどうしてもぬぐえないのでしょう。
客観的に「正しい」とは、言わば
「同時代的に広汎に通用する、ある種の共通ルールに従っている」ということですし
「美しい」かどうかは、極めて主観的な問題でしょう、ことばに関しても。
絶対的なものなどではないはずです、本来。
ちなみに、国語教師と違って、日本語研究者は、
地域差や世代差などといったことばの現実的な多様性について、たいへん寛容です。
(実態の観察・記述と分析にこそ興味があるので)


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