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日本にいる少数民族ウィルタ族

25 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/03/03(金) 09:11:19 ID:IUirm3KM
鉄筋の市営団地が立ち並ぶ網走市大曲の一角に、ひっそりと木造の建築物がたたずむ。
外壁は傷みが目立ち、周囲に積もった雪の上には足跡すらない。「ジャッカ・ドフニ」は寂しげに、
しかし、必死にその存在を誇示しているかのようにも見える。

「自分たちの文化を残したい」。渾身(こんしん)の願いを込めて、サハリンの少数民族・
ウィルタ族のダーヒンニェニ・ゲンダーヌが中心となって建設した資料館だ。

ウィルタ語で「大切な物を収める家」の意のジャッカ・ドフニ。その名の通りに、
内部にはウィルタ、ニブヒ、樺太アイヌなど北方少数民族の宗教用具、生活用具、
衣装など約600点の資料を収蔵・展示している。1978年の開館当初は多くの小学生や研究者らが訪れ、
年間入場者は3000人を数えた。

ゲンダーヌは戦時中、サハリンで日本軍の諜報(ちょうほう)部隊に属し、終戦後は
シベリアで抑留生活を送った。帰還後は網走で肉体労働で生計をつなぎながら、
少数民族の軍人恩給支給問題を訴えた。76年には国会でこの問題が論議されもしたが、
政府の判断は「当時の少数民族には日本国籍はなく、兵役義務はない」。結局、
ゲンダーヌの恩給請求は退けられた。

しかし、彼はくじけなかった。「同じ民族の仲間を勇気づけ、少数民族が胸を張って
生きていけるような社会をつくりたい」。熱い思いは資料館建設へと向けられた。
呼び掛けに応じて全国から集まった募金は780万円。これを元に、
市からは土地を無償で借り受けて、ジャッカ・ドフニを完成させた。


その初代館長となり、「ウィルタの誇り」を大いにアピールしたゲンダーヌだったが
84年に他界。いつしか入場者も数を減らし続け、今は年間500人程度に。
建物も老朽化が進んでいる。館を運営するウィルタ協会の青柳文吉さん(48)は
「新たに募金活動をしなければ、水道代や光熱費も払えない」と打ち明ける。

ゲンダーヌ悲願の資料館。このまま人々の記憶と共に“風化”していくのなら、
あまりにも寂しい。
http://hokkaido.yomiuri.co.jp/tanken/tanken_t010210.htm

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