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織田信長があと30年生きてたら?

1 :ひいじーちゃんのボケ話:2006/01/06(金) 02:54:30
どうなってるかなぁ
アジアの地図は・・・・・??

2 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 02:56:39
あたりまえに朝鮮半島は日本の農園地帯としてありそだな

3 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 03:06:29
天皇制がなくなっていた。

4 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 03:16:26
4get

5 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 03:32:01
まず徳川が因縁つけられて滅亡していただろう気がするが・・

6 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 04:03:06
長州に滅ぼされていただろう

7 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 07:46:35
信長の野望というゲームが存在しなかった

つまり光栄が


8 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 11:05:17
困るw

9 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 11:34:44
水軍がすごくなる

10 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 13:39:23
秀吉が歴史的にほぼ、無名になる。

11 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 14:50:01
信長は79歳

12 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 16:02:27
世界の植民地略奪戦争に参加している
そして
アジアの地位は現在とかなり変わっているだろう

13 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 18:32:31
朝鮮に出兵することは間違いないな。

14 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 20:45:26
>>12
さすがに当時は明国には勝てないだろ。


15 :この歌を作ったのでは。:2006/01/06(金) 21:08:37
ああ靖国神社

1) 千代に八千代に 巌となりて 苔のむすまで 今なお胸に  
   感謝尽きまじ 靖国神社
   無辜に聖なる 日の丸の旗 大和魂 寧らかに 

2) 国を愛する忠の精神 霊示簿に名を刻み残さん  
   御霊麗し 靖国神社
   公のため 命捧げた 英霊たちよ 寧らかに

3) 親を尊び敬うこころ 我が子育む 無償の愛が  
   国の礎 靖国神社
   愛する者を 守り抜くぞと 賭けた命よ 寧らかに 

4) いつかあの世で再開の時 胸を張って自慢の出来る 
   国になります 靖国神社
  二百四十六万 見ててください 無駄にしません 寧らかに


16 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 21:37:16
>14
完全勝利とまでは行かなくてもいいとこまでいけそう。

17 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 21:54:56
天正20年の平壌防衛戦では明・韓連合軍は奇襲しながら小西行長等の銃砲攻撃に
総崩れとなり壊走し、大将の遼東副総兵の祖承訓は身一つで逃亡した。

展開を急がず、兵站の問題を解決すれば勝機はある。


18 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 21:59:37
織田の鉄砲の数は明など足元にも及ばない。

19 :日本@名無史さん:2006/01/06(金) 22:07:04
>16
愛新覚羅家が獲得した地位を織田家が占めてたかな?

20 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 00:00:50
30年も生きていたら、必ず大陸出兵してたな。
明なんか軽〜く滅ぼしてそう。でも明だけじゃ満足しないだろ。
西進してムガール朝、サファビー朝、オスマン朝くらい軽〜く滅ぼしてそう。
西欧を制圧して晩年はアメリカ大陸でまったりしてるに決まってる。

21 :織田信長:2006/01/07(土) 00:02:33
>>20
そ・・・・・そうさ(汗)


22 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 00:18:57
おもろいスレ。
どうなったかなぁ

23 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 03:02:45
マジレスすると海外派兵は可能性はあるが大拡大は無理。対西欧の観点として、少なくとも存命中信長は
キリスト教国の布教の裏の目的に気づいてなかった。万一アジア大陸に拡大した場合西欧が黙ってるはずがない。
西欧も最新技術を日本にもたらさないし、信長が革新的だったとしても西欧との諸分野技術力の格差を埋めるのは無理。
西欧を敵に回せばどう転んでも勝ち目はない。
大陸戦の観点として、言うまでもなく兵站の問題がある。水軍技術は朝鮮に及ばないし(海戦の性質そのものも違う)、
制海権を失えば猿の場合と一緒。陸では同じ条件で戦えば明、朝鮮より日本の方が戦闘技術で勝っていたので、上で言うとおり
兵站の問題を解決できれば朝鮮半島までなら占領する可能性はあるが、大陸で拡大するのは絶対不可能。
大陸規模では兵站問題を朝鮮半島戦のようにはいかない。食文化が全く異なる中国各地で、米を基本とする兵糧の統一獲得は不可能。
ましてあれだけの規模を侵略軍だけで統治、拡大するのは無理だが、当地の人間の大多数が異島異民族である日本人に心服するはずがない。
(というか明人は日本人を格下に見てるはず)。日本人が当地で悪虐を働くのは明白で民間レベルの反乱も多発する。言うまでもなく
軍事勢力の組織的反乱は起きるし、当然大陸で日本勢力が恒久的政治力を持つことは不可能で撤退を余儀なくされる。
そもそも海外侵略はあくまで少ない可能性であって、猿のように途中で頭がイタくならない限り信長はそんな愚かな事はしないと思われる。
信長は攻略目標を、戦術的よりまず戦略的に攻めるタイプの政略家であって、全く別文化異民族の国(日本どおりの戦略が通用しない)
へ漠然と武力優先で攻勢をしかけるタイプの武将ではない。
よって信長が長生きした場合の変化として地理的情勢の変化はほぼ考えられない。国内の変化を考えた方が現実的だし、
具体的変化の想定がしやすい。

24 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 03:09:07
>>23
一銭斬りの信長の統治は、君の想像を超えるかもだ。

25 :23:2006/01/07(土) 04:39:28
統治手法は俺の想像を超えると思う。歴史人物として信長は日本で最も革新的で優れた頭脳をもっていると思う。
しかしそれでも、結局信長は当時の日本の多くを変えることができたわけじゃないし、
長生きしても限界があったはず。実際存命中の織田家中の家臣団構成や領国整備は
西洋のそれに遠く後進している。もちろんもともと日本が遅れているのは当然だし、
天下擾乱期に統一前に死んだので信長の力が発揮しきれなかったわけだが、
問題はその後進性の度合い。信長は斬新で画期的な手段・方法を導入し、
新しい考え方を持っていたが、実際当時の日本の体質を近代化しうる『制度』としての改革は、
全く行えていない。
ましてや、統治能力以前に、大陸戦で史上最大規模に膨れ上がる軍事規模では、超えられない壁がある。
実際当時西欧の先進国をもってしても、少なくとも一国では中国大陸の占領統治はできないと思う。
信長という人物が突出した天才であることは確かだが、信長の治める日本が国家として発展していたわけじゃない。
結局のところ信長の先進性と日本の実情には能力に大きな開きがあり、少なくとも信長の考えのレベルまで日本を
変えることはたぶん無理だったと思う。仮に信長延命で日本が大幅に発展できたとしても、いうまでもなく西欧のレベルとは
次元が違う。なお、上で言ったが大陸で大拡大すれば西洋が黙っていない。西洋と日本の軍事技術は
質的に二回りも三回りも格差がある。これを日本全国のレベルを根本的に西洋に対抗しうるようにするのは30年では不可能。
というか、量産工業力、製鉄技術、物資・マテリアル需要、馬種の違いは、何年経とうが追いつくことは無理。

26 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 08:11:07
色々書いてくれてありがたいことなんだが、
ではなぜほぼ同じ時代に女真人が明を完全征服し、
さらに北・中央アジア方面まで領土を広げることが
できたのか分からない。

女真人が明や日本、欧州をはるかに凌ぐ
先進的な国家制度を整え、最先端の工業力
を持ってたとは思えないのだが。

27 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 08:18:22
>>25
凡な回答。

28 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 12:06:50
信長を30年ほんとに長生きさせてみたかったな。
明智禿め!

29 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 12:36:02
日本史上最大のロマンだ。スペインの無敵艦隊(アルマダ)がイギリスに惨敗したのが
1588年、信長艦隊が出来ていたらアルマダなど蹴散らしたのではあるまいか。
朝鮮出兵より海軍力を生かしルソンからジャワあたりまで制海権を持ち貿易を盛んに
行ったのではないかと思う。当然豊臣・徳川政権はない。日本は当時の先進列強になって
いた可能性が高いのではなかろうか。よって産業革命も100年くらい早まっていたかも。

30 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 12:45:39
残り30年でどこまで信長が画期的なことを出来ただろう・・・・
どうしても期待してしまう

31 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 14:35:40
艦隊の質をどれだけ上げられるか。
兵站や装備は一度は失敗しても後は上手くいくだろうし。

32 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 14:42:48
26さんが西洋西洋と言っているが、信長の時代の話である。
西洋さんとぶつかるのは当然だが、
それを言うなら、ポルトガル、スペインなどなど条件は同じ。
また、信長の所有した火気の数量は圧倒的で、
当時の欧州の全体数から比較しても堂々戦え対峙できる。



33 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 14:45:26
26じゃなく25さんだった 失礼。

34 :23:2006/01/07(土) 19:05:26
女真族に関しては正直俺は世界史に見識がないのであいまいな意見しかできないが、
日本人にできなくて彼らにできるのは、彼らが大陸民族であることも一因だと思う。
有史以来中国は大国家を築いてきたが、日本人には知りえない大規模国家経営のノウハウ
もあったろうし、ましてや大陸内の民族間の対立より、大陸人と異島の日本人の方が
強烈なズレがあると思う。中国が大国家になったことは数多いが、もし有史以来
日本列島のみに勢力を持っていた日本人が、大陸で拡大したとなると周辺や西洋も
危険視を強めるはず。日本人が異民族に対して残虐行為をするのは明白で、となると
大陸では少数派な日本人が大人口を支えられるはずはないと思う。
海軍力で西洋に対抗は無理だと思う。船の技術は大航海時代の西洋との違いは言うに及ばず、
船型の構造から朝鮮の船よりも後進的で長航に不適。また、海軍の主要火力である大砲の
技術も日本は劣っていた(明・朝鮮に対し鉄砲は優れていたが大砲は劣っていた)。これを
短期間で革新するのは無理。


35 :23:2006/01/07(土) 19:07:43
鉄砲に関してだが、当時日本は世界一の鉄砲普及国だと言われていて、あながち嘘ではないと思う。
しかし戦時の隊構成での鉄砲率は必ずしも高くない。16世紀中期には西洋先進国では国軍レベルでの鉄砲兵率
は2,30%ほどあったが、当時の日本は諸家の軍もそれほどの率はない。つまり数ある鉄砲を主力兵器として実戦配備
することが十分にできていない。さらに鉄砲の性能の問題がある。日本の鉄砲は伝来したポルトガル鉄砲に
比べ、飛距離が長かった(鋳造技術がないために鉄を叩いて砲身を作ったので、強度が高まった)が、
それは同形状の鉄砲の話。西洋では見られた鉄砲の技術革新は、日本ではほとんどなく、以来も伝来時のものと
大差がなかった。また、火気といっても鉄砲限定である。日本では大砲が普及しなかった(日本が山がちで運河もないため、
大砲を実戦配備するのが困難だったことと、製造技術の後進性のため・もし日本に大砲が普及できたと仮定すると、
日本城砦は全く要をなさなくなったはず)。大陸規模に拡大すれば大規模な野戦が発生するわけであり、
砲兵部隊を要する西洋軍と開けた地で戦えば合戦は一方的となる。また鉄砲・大砲だけじゃなく、兵科分類の後進性の
問題もある。西洋は槍兵、鉄砲隊、砲兵、騎兵と兵科分類が確立していたのに対し、日本は様々な武器が入り混じっての
未分離状態であったことは周知の事実である。そもそも在地武士が管轄内の農民を率いて小隊をなし、
その連合体として軍隊を構成する(特に貫高制下ではこの性格が顕著)のでは近代的な兵科分類ができるはずがない
(西洋では社会の身分構造と軍構成は別物となっている)。これを克服するためには武士支配社会を放棄する必要があり
もし信長がこのことに気づいたとしても、自らの支配身分を捨ててまで国民国家的近代構造を目指すはずがない(やろうとしても
百年単位の時間がかかる)。西洋が当時先進国であれた理由として、この国家構造の質の違いが挙げられる。
つまり、世襲支配者が国を率いるのではなく、(名目的にせよ)国民に選出された人間たちが政治を行う形を
とれない限り、いくら信長が優秀であったとしても日本を改革しうるのはせいぜい1代限りで安定せず、
結局日本を先進国化する流れは継続できない。よってあと30年かそこらで日本の体質がそこまで発展するのは
無理がある。

36 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 19:25:45
>>34 35
荒らしではないぞ。
だが・・・
君の理論には成長、開発、発明、挑戦し続けた信長という人物の資質が入っていない。
ただ、その当時の現状を語っているようにしか感じられない。
現状の話なら、別に、三好党一派が日本から大陸に攻め込んだ話ぐらいで事足りる。

信長という天才の運気に期待、妄想しているということを一言。



37 :23:2006/01/07(土) 19:27:20
それと鉄砲の火薬についてだが、原料を自給できず正式な国交を持たなかった軍雄割拠の
日本では、西洋レベルの弾薬の供給システムを作りようがなかった。鉄砲の数の多さに対して、
それらを効率的に回転させることができていなかった。
西洋の国家構造についてだが、↑のように国民国家とか近代的とか言ったのはあくまで日本と比べての話です。
まだ世襲王室もいたし、民主的な国民国家なんて成立していなかったが、日本の武士支配体制より
制度化されていて支配者の権力も無限じゃないってことが言いたかっただけ。

38 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 19:31:24
>>28
ぶっちゃけ明智は誰にハメられたんですか?

39 :23:2006/01/07(土) 19:45:07
確かに信長が稀に見る天才であるとは俺も思う。俺が言いたいのはこういった日本の実情があり、
当時の日本のキャパシティーの限界の枠を、天才である信長を持ってしても、しかもあと30年かそこらで、
壊して超えていかせることに無理があると思ってるってこと。もちろんキャパの範囲内で様々な革新があったのではないか
とは思ってるよ。しかも他の名将などではできようがないことを、信長なら簡単に達成しえたこともたくさん
あったはず(逆に信長だからこそできないこともあると思うが。信長は他人にはない欠点をもっている)。
が、信長の限界値よりも日本社会の限界値の方が限定要因となっているので、超えられない壁があるって考えてます。

40 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 20:09:46
シベリアとか北方進出は考えられなかったのかな?
17世紀以降はロシア帝国のような存在として世界を君臨
米中心の経済感覚にわらじ履いてんでは無理か

41 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 20:31:23
朝鮮出兵の前例をみても日本軍の最大のネックは占領政策のまずさ。
これは明治〜昭和をみてもまったく同じ事が当てはまる。

侍の戦さは、現地調達である。褒賞も占領地の切り取りである。
開戦当初、朝鮮上陸第一派勢は快進撃で、朝鮮官兵の2大将軍を打ち破った
が、これは朝鮮民衆の支援・道案内を背景としていた。
両班支配への反感は、民衆叛乱が同時に各地に勃発したのでもみてとれる。

しかし光成等、名護屋からの采配でのこれら占領統治下への政策は、現地
調達(略奪)を強い、急速に日本軍に対する評価を落しめ、日本軍の兵站線
に対するゲリラ戦を招く事となった。兵站が断絶されたのである。
当初、平壌を落し明軍を壊滅させた最前線の小西勢も兵站に苦しめられ、
土民を徴発し盛り返してきた朝鮮軍に包囲される事になる。

同じような事が中華事変でも繰り返した日本は、正面装備は立派だが、
兵站維持についての物理的、制度的なロジスティックを持っていなかっ
た。現代の自衛隊にもいろいろ当てはまる話ではあるが・・・



42 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 21:14:45
北方進出はない。もしくは中国以上に無理。
兵站が無理すぎるし、明、朝鮮が黙認してくれない

43 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 21:43:50
ここの連中には信長の声は聞こえない、な。

44 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 22:48:56
信長にはここの連中の声は聞こえない、な。

45 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 23:03:27
朝鮮半島は日本の一部になってのかもなぁ

46 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 23:21:29
信長は合理主義者なので資金的・人的にも膨大で利の少ない朝鮮出兵はしない
と思う。前にも述べたが堺の見直し・キリスト教の容認などの政策を見るに
やはり貿易立国を目指すのではないか。当時の日本人の海外進出は目覚しく
ルソン・インドシナあたりには日本人町も多数存在した。元来日本人は海洋民族
であるのでこのあたりのつぼは信長には観えていた筈なのだ。

47 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 23:37:27
>>46
うむむむ なるへそ
おれは朝鮮を足場に突っ込んだと想いたいw
そのほうが俺的にいい感じ^^

48 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 23:40:09
いや、グローブ(地球儀)でまだ白地図のアメリカ西海岸に進出だろうね。


49 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 23:55:00
延々と信長の大陸進出について熱く語ってる人乙。


1つ聞きたいんだが大陸云々言ってる人は当然日本を統一した事を前提にしてるよな?
本能寺がなかったとして後何年で全国を掌握したんだろう?
天下統一と言っても京を押さえただけの話でようやく武田を潰して後顧の憂いを
払拭したのが1582年当時の実情で、中国以西、北陸、関東以北はほとんど手付かずのまま。
実際それらの各方面に兵力を分散させて完全に手薄になったところを突かれたのが本能寺だろ。
信長のやり方は恭順しなければ殲滅させるというものだから毛利辺りでも追い詰められて
本気で抵抗したら5年は軽く持つだろうからその調子でやっててスレタイ通りで1618年までに
大陸に行くほど足場が固まってたかどうかだよな。朝廷を潰すかどうかだけでも
展開は全く変わってたろうし。

俺は信長が基地外でなかったら対等外交は求めてもシナも欧州も交易による巨大利権に
利用したろうと思うから出兵はなかったと考えてるよ。
年明け早々の妄想に水差してごめんな。

50 :日本@名無史さん:2006/01/07(土) 23:57:47
>>49
年明けそうそう、夢を失ってる禿だ。

  放置。




51 :49:2006/01/07(土) 23:59:20
1618 ×
1612 ○

52 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 00:14:05
本能寺の変当時・織田軍団に相対していたのは毛利・長曾我部・上杉・北条だ。
ただ北条は徳川と縁戚でありまた以前は対武田で同盟を組んでいたこともあるのでいい所
で手締めになった可能性がある。滝川一益が敗れた神流川の戦いは本能寺以後である。
長曾我部は丹羽長秀が準備中・毛利は羽柴・明智で侵攻目前・魚津城は落城と作戦は順調で
あった。秀吉の統一は1590年で8年を費やしているが徳川軍の加勢も期待できる
ので少なくとも1590年より早く実現していたのではないか?


53 :inokuma:2006/01/08(日) 00:16:21
歴史ヲタきも

54 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 01:05:05
>49 毛利が5年ももつかよw

55 :日本@名無史さん :2006/01/08(日) 01:57:30
信長は、征夷大将軍・大政大臣・関白どれになったかな?
俺の推測では、あえて無官。そして、安土城に天皇を移す。


56 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 02:53:51
当然1590年より早く統一を果たし
国内の制度の見直しをはかり
後継者をきめ、もちろん鎖国なし。
朝鮮出兵などせず、先進列強国として
世界に通用する国づくりに尽力したとおもう。
飛行機くらい発明させたんじゃね。

57 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 03:03:02
ビジネス系作家の妄言はともかく、
信長も普通の戦国大名なんだが・・・
人望がなくて、家来に殺されたしね。

58 :49:2006/01/08(日) 03:21:35
>>52
>少なくとも1590年より早く実現していたのではないか?

これは秀吉だから可能だったものと思われる。↑でも書いたが信長は反抗するものには完膚なきまで
叩き潰している。延暦寺、越前一揆、長島の一向一揆は戦闘と言うより虐殺に近い。
また、浅井・朝倉は殺しただけでは気が済まず髑髏の杯まで作ったと伝聞がされては
逆らう方も必死である。本願寺も朝廷から仲裁が入らなかったら潰すまでやっていたであろう。
>>54に突っ込まれたが当時の毛利は両川隆景、元春が健在である。隆景は先を見越して秀吉とは
良好な関係にあったようだが本気で潰しに来られたら話は別だろう。瀬戸内は小早川が押さえているのだから
四国か九州を先に取らなければ守るだけなら5年は行くだろうと言ったまでだ。
実際状況は多少異なるが武田は長篠で壊滅させたにも拘らず滅ぼすまでにそれから7年も掛かってるし
どちらかといえば内部崩壊で自滅したといった方が近い。姉川でも勝ったにも拘わらず浅井朝倉を滅ぼしたのは
それから3年も掛かっている。信玄・謙信には遂に1度も勝てなかったしそのための北条との同盟である。
軍神信長でもまともにやったらそれくらいの時間がかかるのである。


59 :49:2006/01/08(日) 03:22:09
対して秀吉は簡単に言うとアメとムチ方式といえる。大軍勢で包囲して散々脅かした後「降伏しない?」
とやって凋落させてしまう。しかも本領はほとんど安堵で家格によっては敗軍の将にも拘わらずそれなりの
待遇をもって迎えている。これが通じなかったのは北条と島津くらいだろう。
現に5大老のうち信長・秀吉に1度も抵抗したことのないのは前田ただ1人である。(個人としては宇喜多もだが)
この懐柔策によって秀吉はたった8年で統一を果したのだと俺は思う。

ただ、このやり方の限界は戦らしい戦がなかったため論功行賞で与える土地がなくなってしまったことだ。
落ち度のあった者の知行から少し削ってみたり金銀をばら撒いたりしたが武士の欲しいのは土地である。
多少ボケが入っていたとはいえ朝鮮出兵は信長の継承でもなく誇大妄想でもなく功臣に与える土地、あるいは
物品の調達を目的とした国家的追いはぎであったといえるが、これがいかに非効率であったのかが判断できなかったのと
日本で始めて兵站部隊を確立させた男が現地徴発を命じたところに晩節の汚れと、
タナボタで天下人になったために国家経営のビジョンがなかった悲しさがあると考える。
チト話がずれた。スマソ。

60 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 06:33:25
やっと客観的な意見が言える人が出てきたところなんで言いたい。
歴史に夢想・ロマンを求める(夢想で歴史対象を考える)人は何故そうするのか?
意味が分からないし何が面白いのかわからん。三戦板でもそういう人いるし、
戦闘を武勇で考える人がいるし、意味分からん。歴史は客観的に考察するから意義があるし
おもしろいと思うのだが(逆に言えば客観視できなくなったら終わり)、どうだろう?

ついでに話が飛ぶが、何故右寄りの人間が多い?

61 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 07:00:15
歴史というより「人物」にロマンを感じるのさ。自分がその人ならこうする、ってか
子供の頃に「ヘンシーン!」ってやったことがあれば、あこがれる気持ちは分かるでしょ?
たいていの「歴史好き」ってのは「人物好き」ということが多いから、
その場合、モロモロの背景(歴史等の条件)は邪魔になることもある。

仮面ライダーになりきってる子供に「あんなに高く飛べねーだろーが」って
突っ込むのは無粋なこともある。
だから「歴史」と「歴史学」とは別物だし、永遠に別でもいいと思う。
もっとも後者の立場から前者のことを「生暖かく」見守る、というのも
構わないが、退屈だし、夢がないかもねw
赤毛のアンじゃないが、本の中の人物になりきる、というのも大切だと
思うのだが。

歴史を「科学」と捉えるとしても、大方の「歴史学者」は歴史にロマンを求める人を
自著の「読者」として認識してるわけで。それは他の人文・社会科学の中で
歴史学の本がひときわ発行部数が多いことからもわかる。一般むけも含めてね。
なんかまとまりなくてスマン。

62 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 07:10:15
例えば、信長が本能寺の変で生き長らえ、光秀を討って天下を統一したとすれば
天下人信長が存命ならば、秀吉、家康、利家を手駒にして外征できたわけ。
史実の朝鮮出兵では、この3人は誰も大陸に渡らなかったのだが、外征の派遣規模は
もう1回り大きくなったかも知れんし、史実では苦戦した水軍だってもっと強かった
かも知れんだろうが。その結果を夢想する。
それでいいのではないか?

63 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 07:29:53
>ついでに話が飛ぶが、何故右寄りの人間が多い?
あくまで個人的な意見として言うが、歴史が好きな人(歴史学者ではない)は
真面目だね。だから、学べば学ぶほど、学んだ成果に基づきモノを考えるようになる。
学校の歴史教科書や一般向けの概説書では書かれていない瑣末な事項を
「専門書」を読んで知ると嬉しいわけ。しかし、だ。その場合・・・

例えば軍板に多いが、「なぜ真珠湾の第3次攻撃をしなかったか」という
問いを発する者に対し、「攻撃計画では最初から予定してない」だの
「後知恵」だのと反論しはじめ、終いには「事前の図演では空母2隻撃沈の判定」
だの「零戦の20ミリ機銃弾がない」とか言い出す始末w

しかし反論のほとんどは、どっかの本(戦史叢書とか)に書いてあることで、
それが正しいと思うから、それをソースに、勉強の成果に基づき反論するわけだ。
いうまでもなくその勉強の成果は、「より正しいもの」「真実と思われるもの」に
全幅の信頼をおくものとなり、実現可能性を無視した「仮想戦記」を極度に
馬鹿にする傾向が出るのも、真面目だからじゃないかな。

あと、私が知る限り、歴史学者は無条件に「歴史好き」が多いと思う。
つまり、趣味なのか仕事なのか区別がつかない人が多いね。というか
「飯を食うための単なる仕事」と割り切って、歴史が嫌いな人が
歴史学者をやっているというケースは、寡聞にして聞かないなあ。

64 :60:2006/01/08(日) 07:48:33
>61
ん、言ってることが分かりやすくて納得しうる。俺は好きな歴史人物がいるが感情移入はしないが、ロマンを持つ人には少なくとも
そういった背景があるってことなら理にかなってると思った。言われてみて俺の場合は、全く知識量もないし専門家じゃないし、
ただの一歴史好きなんだが、気質としては明らかに学者型だったなって思った。ガキの頃からヒーローものに物理的に突っ込むような理屈屋だった。
なんのことはない、要は性格の違いですね。どうもでした。
>62
悪くいうつもりじゃないんだが言いたいことが全くわからん。日本が史実より強かったとしたらおもしろいのか?
まあ考え方は人それぞれってことで。失礼しやした。

65 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 07:57:49
>>55
それって、小説『信長の棺』のまんまじゃん

66 :60:2006/01/08(日) 08:17:46
>63
最後の段落以外の言ってることはなるほどって感じました。俺も自分の知見に基づいて
自分が正しいと考えてることを言うだけだし。

最後の段落について。最初に断っておくが、俺は生まれも育ちも血筋的にも完全な日本人です。
俺はただの歴史好きで大学史学科生、日本史を専攻してる。それは『日本の歴史』が好きだから。
で、俺は生まれてこの方『日本』に愛国心というものを持った事がない。そもそも歴史に
興味を持ったきっかけがガキの頃、大戦中日本がやってきた事・後世それを
素直に向き合わない日本人がいた事(教科書、本の記述や発言等)から、強烈に日本という国家に
敵対感情を持った事で、それ以来自分自身が『日本の歴史』をもっと知っていたいと思うようになった。
今は好きな時代・ジャンルは戦国で、政治・歴史認識がさほど強く『日本』を意識しない時代対象だが、
本質的に『日本』に対する思いとスタンスは変わっていない。
ちなみに極左ではないし、客観的に自国だろうが他国だろうが主観的には捉えません。ただこの国の
歴史が好きなことと、この国が好きなことは、相関はあるかもしれないが一致はしないと思う。

67 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 09:55:16
信長は国内統一をどうやろうとしたか。
毛利に対する対応が見れればもう少し考えられたのに。
本能寺はタイミング悪いな。

68 :匿名希望:2006/01/08(日) 10:23:15
 国内統一した後の外征は、国家的略奪だが、周辺諸国が弱い場合は極めて
効率的だったと思う。当時の地図だと、日本が大きく描かれている(中国は
日本の1.5倍程度。伝統的な日本の世界観だと日本・唐・天竺の3国)のと、
秀吉の判断能力の衰えから、相手をなめていたの大きいと思う。
 歴史は国同士の戦いなので、右寄りに人はなるはず。スポーツと同じ。
また、教科書やマスコミが左よりなので歴史ものの本を読んだ人は反動で、
右よりになりやすいのでと思う。

69 :61-63:2006/01/08(日) 10:45:49
現代の日本人が「戦争」を経験する機会はほとんどないが、「受験戦争」なら
想像がつくかな?試験のときに「もっと勉強しておけばよかった」と思わない者
はいない。ま、「後知恵」なんだがw
だから「あのときこうしておけば・・・だったのに、そうに違いない!」と
思いたくなるのは人情というものではないかな。まあ個人の問題だけど、
いろんな事に後悔しまくりなのはみんな同じだね。それを自分の問題だけでなく、
例えば野球でどっかの球団のファンをなら「あのとき・・・」という思いは
抱くかも。歴史に「もしも」を持ち込む人はその延長線上の考え方をしているわけねw

>大戦中日本がやってきた事・後世それを素直に向き合わない日本人がいた事(教科書、本の記述や発言等)
戦艦大和が沈没したのが1945年だから当時20歳の人は今年で81歳か。
残念ながら、残された時間は少ないかな。この年代の人が自分の身近に(祖父母とかの形で)
いれば、想像しやすいが、自分の身近な人が戦時中の残虐な事件(南京大虐殺とか)に
関与していたことが判明した場合、なるべくそれを隠そうとするのが普通ではないかな。
あるいは自分がその当事者である場合、その弁明をする方が「自然」で、率直に認める方が
困難というか。
「歴史」というと分かりにくいが、いわゆる「過去」の積み重ねが「歴史」なんだよね。
自分の中に「認めたくない過去」「隠したい過去」がない方が珍しいから、
「言い訳」する方が普通というか。
太平洋戦争の場合、最後には負けたことは自明だから、そのせいで真珠湾攻撃をはじめ、
「あのとき・・・」と思いたくなるわけ。勿論、結果が変わるわけではないけど。

70 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 10:47:00
一方、科学としての「歴史学」は、「確かな資料(史料)」に基づき論じるものだが、
史料には信頼性の高いものもあれば低いものもある。2ちゃんをやれば、そのくらい
分かるよね。だから専門の「歴史学者」は信頼性の高い史料を尊重・希求するし、
そうした史料に基づき事実を見極めようとする。これが考古学の世界では遺跡や遺物が
それに相当する。しかし考古学でもあったが、いわゆる「捏造」という問題があり、
それを積極的にする歴史学者が時々いるのがまた困りもの。ジャーナリストも同様で、
歴史を論じる上での根拠となる史料(証拠)を捏造したり、判断ミス(無能としか
いいようがないが)をするから、その妥当性を確認するのに苦労するのだ。
史料的価値の確認(史料批判という)の方法は明確だから、「史料」の評価が
はっきりすれば、史料に基づく「事実」の確定も容易となるから、それによって
「通説」なり「新事実」がわかるはずなんだけどね。
専門の歴史学者でなくとも「歴史」を論じることは可能だし、そもそも
禁止されるいわれはないが、ともすれば不十分な調査をもとに、安易に
「南京大虐殺はなかった」とか言ってしまう人が本を出したりするんだよね。
それが現代の日本でも案外売れるというのは、おそらくそれが、大方の人々に
とって「認めたくない」「隠したい」過去だから。

・・・あくまで私の個人的な意見だけどね。長文スマン。

71 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 11:09:09
このスレは歴史論を論ずるスレですか。違うスレでやってください。
このスレはもし信長があと30年長生きしたらというテーマなのだ。
アホなテーマだと思うのは勝手だがこんなカキコばかりじゃ別のテーマだよ。

72 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 11:09:43
信長が国内統一→外征
と、話が飛んでるようなので一つ問題提起。信長が国内統一を果たしたとして、どのように日本を統治しただろうか?
秀吉が統一後に素早く外征が出来たのは、それまでの日本の群国制を尊重してあまりラジカルな変革をしなかったからだろう。
当たり前だが統一よりもその後の地盤を固める事の方が余程大変だ。例によって粛正の嵐が吹き荒れる可能性も高いし。
秀吉は全国を統一したが、全国的な統治体制が完成したと言えるのは徳川時代の家光になってからだ。
もし信長が彼らしい革新的な国家体制を夢見たとしていたら、とても20年30年じゃ戦国時代を終らせて新たな統治システムを作れなかったのじゃないかな。

73 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 11:16:07
>>62さんの意見おもしろいね。
もう30年て結構夢見れそう^^

74 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 11:29:37
豊臣・徳川よりも軍は強くなる。
ただ、明は倒せない。
信忠の時代に期待。

75 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 11:31:10
モンゴルが出来て日本に出来ない訳が・・・ないだろうな

76 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 11:33:47
竿入れの検地は困難かも。信長では指出方式だったが。

77 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 11:39:14
信長がもし、あと30年生きていたら、か。
まず日本は織田家に統一されてたんじゃない?
その後に朝鮮出兵。
で、朝鮮軍や明軍の大砲に興味を持ちだすだろうな。
当時、日本の鉄砲の総数は、欧州全体より多いか、同レベルじゃなかったっけ?
それは信長が鉄砲に興味を持って、鉄砲を使った新戦術(一斉射撃は信長が世界初だそうな)を考案したと同時に、生産ラインの方も確保したからでしょう。
一方の大陸側では鉄砲の代わりに、大砲の方が研究・発達してたとか。
ならば信長は、その発達した大砲技術を自軍のものにして、大砲を使った新戦術を編み出したんじゃないかな。
そこまでで20年位か?
後の10年は息子達の後見じゃない?
まぁ、30年生きれたらの話だけどね。
本能寺が無くても、いずれ誰かに殺されていたでしょうから……

78 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 11:40:30
1582年頃までは信長の勢力も敵が多すぎて伸び悩んだが、これから先は
かなり早いテンポで進んだかもな。戦国大名の中にも「勝ち馬」に乗ろうとする者が
続出するぞ。大名にとって、成り上がりの猿よりも頭を下げやすい相手かもと
思うし、逆らえば怖い存在なことは自明だからw

79 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 11:44:58
秀吉だって、信長の後継者レースで勝つために数年間を費したからな。
とりあえず信長は60才くらいまでは陣頭指揮はできるだろうし。

80 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 11:47:02
九州や東北の大名も織田政権内での所領安堵が目的だし。
一番の問題は対西洋の外交。当面は貿易を拡大するけれど
この関係がどこかで崩れるかもしれない。

81 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 11:51:20
信長の時に大東亜共栄圏確保したかもな。

82 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 11:51:55
>80
1600年にアダムスが来れば・・・スペインとポルトガルは切るだろうな。

83 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 11:58:14
勢力を拡大するイギリス・オランダとは結んで・・
装備の改良を進めながら明征伐か。

84 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 12:06:38
上杉は完璧に滅ぼすかも。信長は自分の敗北を忘れないだろう。

85 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 12:09:47
むなしいスレだな
子供が死ななかったら、か?

86 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 12:12:08
しかし家康を関東に移す可能性は低くなる。
家康が三河にいると東国大名をまとめる要がいない。
伊達か北条が代わりになるか。
それか、信長ならば秀吉を移す目もあるかも。

87 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 12:21:41
信長の後継レースで各地の大名は模様眺めをして
秀吉に臣従するタイミングがやや遅れた嫌いがある。
そのロスタイムがなければ全国統一の年代は
1590±3年と想定して構うまい。

88 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 13:31:13
信長なら外征で敗北した大名を容赦なく潰すだろうなあ。それこそ消耗品なみに。その代償として外征は成功する見込みが高いが。

89 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 13:48:30
造船・航海技術は西洋だけじゃないよ。鄭和の南海遠征があり、イスラム教徒は
東アジアからインド洋に行くことが出来た。最初から明と戦うのではなく、
一時的にでもいいから同盟する。イスラム商人から船の技術を習得すればよい。
イスラムと西洋を競合させて、日本は双方から利を取る。
その後、琉球は島津以下の九州大名と倭寇の力で確保。
家康は失敗したが台湾もオランダが来る前に確保。
この2つを押さえれば東南アジアへの道が開かれるぞ。
そして各地の日本町を組織化して「日本領」とするがよい。

90 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 13:51:35
>>85しらける夢無しだな

 っていうか、皆さん見事なスルーw おみそれしやすたw

91 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 13:55:04
>>>86

●家康は信長が30年も長生きしてたら目無しだったと俺も思う。



92 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 14:02:27
明遠征をするなら、史実では実現しなかったが
総大将=家康、副将=秀吉の強力タッグで渡海だよなw

93 :百姓A:2006/01/08(日) 14:04:20
信長の後生は、とても安全な戦の方法をえらんでるよね
やっぱ自分では渡海しないかぁ〜

94 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 14:11:21
家康の経済力は削った方がいいので渡海させないと。
無理な戦いをしないためにも秀吉の戦略能力は不可欠。
利家は後詰で兵站担当・・・やっぱ夢が膨らむよなあw

95 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 14:25:45
信長は室町幕府を滅ぼして安土桃山幕府でも作る気があったのだろうか。
自分が日本の国王であり内裏であるともフロイスに語っているんだが。
朝廷もハイジャックして正親町天皇を退位させて自分が皇位におさまる
つもりだったのか。信長の壮大な野望はあまりにも謎が多すぎる。

96 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 14:27:58
フロイスあたりに欧州の王のあり方を学び、
幕府とか朝廷とかを廃止、ってイメージで後半生きたのかな?

97 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 14:29:06
小説萌え


98 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 15:27:45
ヌルハチと対戦して欲しいねぇ
グレの戦い以前だったら、規模的にヌルハチの圧倒的不利だけど
ただ、明の尖兵として登場するヌルハチ、、、 あ〜面白そう

99 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 18:04:24
中国皇帝みたいな立場になって天皇は日本国王という形になると思う。
ある意味日本の中国化?

100 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 18:07:43
信長が大東亜ぐらいを制圧し統治していたら
朝鮮人台湾人は、アイヌ的な日本人か。。

まぁ2chで、五月蝿いのがいなくなる分だけいいかw



101 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 19:23:13
>>100禿同

102 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 19:25:43
ま、信長が皇室を廃止してくれてれば、少しは日本もよくなったのにな。

103 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 19:48:43
信長が日本の分裂した最高権威と最強権力(それまでは朝廷と幕府が代表)を
思い切って一体化してくれればその後の日本史は驚くほどわかりやすくなったはず。

104 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 21:32:06
うむ。

105 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 21:41:28
イギリスと争う貿易大国になったかも

106 :日本@名無史さん:2006/01/08(日) 21:48:06
分かりやすく、かつ脆くだな。

107 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 00:59:31
アジアで植民地支配をしたかも。
スペイン オランダ イギリスとかわらんかw

108 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 01:28:55
家康の出番がなくなっただろう。


109 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 01:40:54
秀吉 家康 人がトップになるということは。。。不思議なんだなぁと感じる

110 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 02:11:26
少なくとも、朝鮮半島は日本の領土になっていたと思う。

111 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 02:20:41
ゴジュウネン ゴジュウネン ゴジュウネンネンネネンネン 人生
あっ、下天のうちをくらぶれば
あっ、夢まぼろしの如くなり
はいっ、ゴジュウネン ゴジュウネン ゴジュウネンネンネネンネン 延暦寺!
イミはないけれど〜
ひとたび生を受け〜
滅せぬもののあるべきか
ネンネンネネンネン、本能寺!

112 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 03:09:11
家康は信長の筆頭家老になったろうし、守成には適任のポジションだよな。
史実では秀吉と敵対して滅ぼされた柴田あたりの位置づけはどうかな?
信長統一政権が五大老・五奉行体制を取るとすれば、人事は気になる。
幕藩体制よりもっと中央集権的な分国体制が成立した可能性は高いが。

113 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 04:39:30
>84
信長は毛利・北条・長曽我部と直接戦った訳ではないし、毛利と戦っても
さすがにボロ負けということは考えにくい。
たしかに上杉を殲滅したあたりで、東北の大名は屈服する可能性が高い。
北条はそのときに家康を通じて屈服するかもな。

114 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 04:58:30
山田長政みたいな「海外組」が当時の東南アジアにはたくさんいるから、
信長が南征してそれを吸収できれば、マラッカ海峡からインドまで勢力が伸ばせるな。
伊達を中心に東国の大名を使えば、ハワイからアメリカ大陸まで到達できるし。
これって世界最強の植民地帝国の予感?

115 :60:2006/01/09(月) 06:52:33
>69
遅れてすまん&最初一方的に判断してもうしわけない
一つだけ、俺自身がどうしても日本を『自分』側に捉えることができないってことが考えのズレ
なんだけど 分かりやすくて、論の通った長文書いてくれてサンクス!言いたいことは分かりました。
皆さんスレ違いの話ふっちまって申し訳ない

さて信長が長く生きたらどうなったか。とりあえず天下統一してある程度の発展を見たろうが、
大きな躍進はむりだろう。

116 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 10:39:41
信長は徹底的に敵を殲滅したので死に物狂いで反撃するとの仮説を述べられる方が
多いがちょっと見解が一面的すぎるのではないか。浅井・朝倉などもきっちりと内部離間を
はかっていて最後はガタガタになって潰れたのだ。浅井旧臣で出世したものも多い。
そこには羽柴秀吉等の調略が功を奏しているのだ。武田氏などは行き過ぎた信玄崇拝につけこん
勝頼政権を撹乱した。最後は木曾義昌・穴山梅雪らの離反をまねき戦らしい戦になっていない。
唯一高遠城の攻防戦があるのみだ。また織田家の実力はその当時から見ても格段に強大になっていて
利にからませた離間工作はいたるところで成功したと見る。
上杉もまだ御館の乱からのわだかまりがあり残存景虎派への工作を進めれば内部崩壊したかも
知れないのだ。毛利にいたっては完全敵対かと思えばそうではなく外交僧の
安国寺恵けいなどが秀吉の所に出入りしている。小早川隆景などは先見えが出来るので
和睦が進んだかも知れない。秀吉は自分に権威がないためその創造に時間がかかり
すぎたのだ。であるから1590年より統一は早くなると考えるのだが。

117 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 11:08:35
信長の全国統一が難航する理由があるとすれば、第2の光秀が出ることだけだよ。

118 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 11:29:59

 このスレを読んでると、「後30年・・」
 株と同じで信長を買うか買わないかってことですね^^

 日本のナポレオン信長を僕は買ってます^^
 とっても大きな夢をかなえてほしいなぁ♪
 
 織田信長の一銭斬り、人口増加、楽座、鉄甲船、馬防柵、etc
ここに海外遠征が加わってほいしーw




119 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 12:14:41
信長が外征するにしても、秀吉みたいにいきなり朝鮮に出兵はしなかっただろうな。
南方の手のついてない島々を手中に収めて前線基地にして、あちらとの交易を盛んにしていく方向に進んでいっただろう。
なんとなく信長は中国朝鮮みたいに古臭い国には興味がなさそうな気がする。

120 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 13:15:05
日本の版図を広げた?

121 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 13:19:34
東南アジアでも、すでに進出している華僑とか、西洋の勢力とぶつかるんだよなあ・・・

122 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 13:34:25
琉球は?

123 :匿名希望:2006/01/09(月) 13:52:21
 南方進出で武力制圧だと兵站が問題になるし、貿易目的だと当時の日本では
国としては利益がでないだろうし、朱印船貿易と同じ規模だろう。
 小国の琉球は国あげての侵攻対象ではない。
 外征するなら、半島経由の大陸進出しかなかったと思う。
 

124 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 13:55:53
大陸しかないように思うなぁ
島には興味もてないとおもうし。
やっぱり半島経由の大陸進出しかなかったと思う。

125 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 14:00:46
つ東南亜細亜→印度

126 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 14:59:27
秀吉は自分に権威がないためその創造に時間が必要だったが、その点で信長なら時間のロスが無い。
しかし、信長は反抗するものには完膚なきまで叩き潰しているので統一までに時間がかかるだろう。
結局は、この2つの要素が相殺されると思う。
信長が天下統一を果たすのは、秀吉の場合より少し遅れて1595年前後になったと思う。

127 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 18:21:10
あまり問題になってないが、信長の全国統一はどの土地で完成する?
史実の秀吉は小田原平定→東北仕置きなのだが、それに先立つ九州平定は
島津が大友を攻めすぎたことが原因。大友宗麟は滅亡寸前まで追い詰められ
大坂城まで来て秀吉に泣きついたことが九州平定の直接のきっかけだった。
しかし信長が存命なら、上杉平定→東北仕置きもあるし、北条も伊達も
平和裏に臣従したかもよ。だから九州平定で全国統一が完了すると思う。

島津・大友・伊達らはいずれも鎌倉以来の名門で、北条も早雲以来の伝統
がある。これらの大名が臣従するときは成り上がりの秀吉より信長の方が
好ましいはず。
上洛以来、信長は畿内で10年以上の期間をかけて存在感を示して勢力を
拡大したから、1582年の時点で「天下人=信長でいいんじゃね?」
というムードはある程度形成されてるだろうし。

128 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 18:31:24
1582年に禿同。

129 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 21:42:33
三年かければ名実共に日本は信長のものになるだろう。

130 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 22:31:40
ゾンビとして恐がられただろうなぁ

131 :日本@名無史さん:2006/01/09(月) 22:38:27
昔世界史であったコーエースレだと、「身内の統御に難のある信長が統一事業を
果たせたとしても、内部矛盾が拡大して国外など行ける余裕はなかった」という意見も
あったなとしみじみ思い出す。

132 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 00:21:56
現実的に言ったら、日本統一とその後の統治体制を信長一代で完成させるのは無理かなあ。
まあ南蛮貿易を盛んにして商業都市を増やすだろうから、その後の日本は大分変わっていただろう。

133 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 00:26:31
信長が生きていても、やっぱりいずれキリスト教は禁止されて、イエズス会は追い出されてたかな?

134 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 00:40:44
日本は狭い故に国力は劣る人もいないし(大軍団の形成)長期の海外遠征は不可能 信長が天下統一しても海外遠征無理
そもそも日本は国力が低い ただバテレンはどうだろうね?信長の日本攻略過程を考える必要があるけど追放する可能性は低いかと 信長は西欧の強さをしるがゆえに積極的に南蛮文化を取り入れたのでは?わざわざ西欧を刺激するようなことはしないかと

135 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 02:04:15
信長が死ぬと同時に、織田家はやっぱり崩壊だろう。

136 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 02:04:45
15××年遂に○○氏を滅ぼし天下を統一、名実ともに日本の国主となった信長は
戦がなくなり昔を省みる時間が出来たあるとき積年わだかまっていた疑問に決着をつけようと
思い立った。
それからというもの南蛮船が入港するたびに何十何百という奴隷がやってきては
安土城下に連行されていった。
城下の広場に一列に並べられた奴隷たちを前に、統一前から神を自称しこの頃には本当に一線を越えたような
トロリとした目で睥睨した信長は神輿を模した高台に座ると鉄扇で椅子の端をカチリと叩いた。
それを合図に家臣たちは奴隷達を押さえつけ膝まづかせた。
「ぜぇ〜てぇーこいつら墨塗っとるだがやぁ〜!」
黒人達は一斉に頭から水を掛けられると全身を徹底的に洗われた。
押さえつけられるのは癪だが狭い船内で虱や南京虫に苛まれたことを思えばサッパリして悪い気はしなかった。
家臣たちも何でわしらが奴隷を行水させなならんのじゃと思いつつも人を斬らずにこんなことで禄がもらえる
現状も悪くないなと感じていた。誰も死なず、誰も殺さず・・・
また、近隣の者どもは朝から手弁当で押しかけ、洗うほどに黒光りする異人達に喝采し、日頃のうさをわるれた。
釈然としないのは信長だけで、彼の亡くなる1612年まで彼の奇行は人々を楽しませ、何だかんだ言って平和であった。
それは、本能寺から奇跡的に脱出できた以前の彼を知る宿老たちから見れば
信長が本当に神に昇華した光景であった。

137 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 02:13:34
植民と奴隷貿易で朝鮮の民族を根絶やしにしたかも。
朝鮮の農地に日本の農民が移民して。

138 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 02:35:41
とりあえず信長が生きてれば鎖国なんかしないでもっと早くに近代的国家になってただろうな

139 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 03:46:44
大名の宮廷貴族化(安土城=ベルサイユ)

140 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 08:25:28
>もっと早くに近代的国家
ヨーロッパの田舎

141 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 08:26:37
>>禿同 家康は適当な時期に、駆除しとく

142 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 08:43:37
劉邦・朱元璋の法則ですね。

143 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 08:57:43
史実の朝鮮出兵はそれにあたるという説もある。
ま、信長が存命ならば
家康=蝦夷開拓
秀吉=朝鮮経営
島津=台湾総督
・・・ってトコで手打ちですなw

144 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 08:59:02
危ない奴は栄転と称して海外に・・・

145 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 09:09:51
勝海舟が新撰組に甲陽鎮撫隊と称して甲州においやったようなもんですな。
秀吉もやっている。佐々成政に南肥後半国を封じているがここは地侍が強く
治めるのが難しかった。結局反乱がおき成政は責めを負わされ切腹させられた。

146 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 12:43:41
となると、本能寺でなくともどこかの段階で
秀吉なり光秀なりは信長討ちへと行動を起こしただろうな。
日本統一後にでも、誰かが反乱を起こしていただろう。

147 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 12:54:03
それでも信長は死なない。なぜならあと30年生きるからだ。。。

148 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 12:59:40
↑さすが鋭いご指摘です。

149 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 13:22:58
>>138
ならない。

有力大名を支配して天下統一を維持するために為政者は各々

秀吉=外に拡大
家康=内に集約

することで支配体系をリストラしようとしたわけだが
信長が生きていたとしてもそのどちらかを選ばなければならない。
対明戦の指導者が秀吉から信長になったとしても
戦果に大きな違いがあるはずもないので
結果、信長、或いは、それに続く為政者が天下統一を
維持するには鎖国の道を選ぶしかない。

150 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 13:52:39
何故鎖国しかないんですか?九州のキリスト教への改宗がはげしくて神の前での
平等を唱えるので日本的封建制度に従わない?イエズス会の影響が大きくなるので
植民地にされそう?いずれも説得力がないんですが。確かにインカ帝国・アステカ帝国
はそれぞれたった数百の人数でスペインに征服されているが当時の軍事力はインカ・
アステカとは比べようもない。第一鉄砲をしらなかったから。
そして当時は大航海時代真っ只中でとても大軍をはるかかなた極東まで派遣できる
国はなかった。実に1842年のアヘン戦争まで待たねばならなかったのだ。
要するに秀吉・徳川幕府は南蛮・紅毛人を過大評価してしまったからではないだろうか。
交易が盛んになれば情報も入ってくるしそれにつれ技術革新も図れる。
軍事技術も格段に進歩したはずなのだ。どうも江戸時代の鎖国の呪縛にかかっている人
が多いのには驚かざるをえない。

151 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 14:37:07
家光も明の残党の反乱に乗じて中国に出兵しようとしたんだが?

152 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 16:00:09
>>150
>>何故鎖国しかないんですか?

強大な支配者が、戦乱を治めて支配体系を内側に集約する方向にリストラするということは、
そのまま、支配者の実力を背景に、有力諸侯の力を削いでいくということに他ならない。
当然、誰が支配者であっても、そのための施策の一つであり、思いつきやすい「鎖国」によって
貿易を独占、及び、限定したはず。

153 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 16:25:14
鎖国以外にも諸侯の力をそぐ方法があるのでは?

154 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 16:30:06

●諸侯の力をそぐなどという統治でよくも300年江戸幕府は続いたものだ。
江戸幕府への怨念が聞こえてきそう。

江戸時代は日本の恥部、汚点なのである。



155 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 16:45:37
>150
あなたもあまり歴史がわかっていらっしゃらないようだ。
なぜ信長が上洛後いの一で堺を押さえたのか。交易の重要性がわかっていたからだ。
諸侯の力を削ぎたい・・これもあまり答えになっていない。当時の重要な貿易港は
堺・博多・長崎など。薩摩はまだ本格的な琉球貿易には乗り出していない。
信長は当然博多・長崎などは直轄港として押さえる。あなたもまた徳川幕府の鎖国の
呪縛から解かれていない。信長が尾張時代・岐阜時代、楽市楽座など経済的頭脳の
先進性が全くわかっていない。所詮家康・家光程度なのだ。金山・銀山の独占は大久保長安
らの活躍で徳川もやっている。鉄砲生産地の堺・国友村もいの一で押さえている。
また徹底した兵農分離・これが織田軍団のオールシーズン・機動作戦を可能にしたのだ。
ひょっとしたら中国・秦始皇帝のような郡県制をしいたかもしれないのだ。

156 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 16:46:10

あなたもあまり歴史がわかっていらっしゃらないようだ。


157 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 16:47:41
>156
対論もなく断定的なことをいうのは大人げないぞ!

158 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 16:50:55
>155
誤爆
>152だ!

159 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 17:13:07
外征に出るのだから諸侯の力を削ぐのには納得だ。
ただ、鎖国するよりも大胆な領地変えを行い、
国内の重要都市を直轄地にしたほうがよいのでは?

160 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 17:20:17
>>150
>そして当時は大航海時代真っ只中でとても大軍をはるかかなた極東まで派遣できる
>国はなかった。実に1842年のアヘン戦争まで待たねばならなかったのだ。
過大評価もなにも、当時の日本の施政者が知ってたの?
キリシタン宣教師は自分の首締めることになるから、弱点は絶対喋らないよ!

161 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 17:29:30
>>155
前半部分は詳細の違いこそあれ全く同じことを言ってるに過ぎない。
経済における交易の重要性を認識しているからこそ、
貿易を限定して独占しようとしたわけで

後半部分(また徹底した兵農分離〜)は不要、というかここで持ち出すには
突然すぎる。

162 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 17:31:44
>>159
同意。>>143->>146はありそうな話だよねw

163 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 17:32:17
>160
南蛮人は宣教師だけではない。また現に有馬・大村氏などが伊東マンショらを
天正遣欧使節としてバチカンへ派遣している。南蛮船の乗組員などもいるし
中国人などあらゆるところから情報は入ってくる。当時の日本をバカにしすぎ
だよ。こういう硬直したことしか言えないところが君のダメなところだな!

164 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 17:40:48
いろいろ海外の情報集めたからこそ信長だって明を征伐すると言ったんだろう。
じゃなきゃただの馬鹿だよ。

165 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 17:42:46
>161
貿易の独占と鎖国とはちがうよ。そんなにいうのなら君のいう鎖国というのは
どういうことをいうのか教えて下さい。

166 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 17:46:55
当時の貿易と現代の貿易をごっちゃにしてたり
鎖国の意味を誤解してる人が多いような気がする。
あの時代、信長が存命で天下を取っていたとしても、いずれは徹底した貿易管理をせざるを得なかっただろうな。キリスト教もおそらく禁止しただろう。
そうでない場合、日本は一時期は西洋と東洋が融合した絢爛な文化を築いたかもしれないが、国としての命数は17世紀中に尽きていたかと思われる。

167 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 17:58:34
>国としての命数は17世紀中に尽きていたかと思われる。
どこの国に滅ぼされたんですか?当時の世界情勢からしてイギリスしかないよう
に思われるがイギリス東インド会社に日本が滅ぼされるのでしょうか?

168 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:00:40


ウヨ〜〜〜〜~ウヨ~~~

ウヨ~~ウヨ〜〜〜〜~ウヨ~~~  
ウヨ~~ウヨ〜〜〜〜~ウヨ~~~  ウヨ~~ウヨ〜〜〜〜~ウヨ~~~




ウヨ〜〜〜〜~ウヨ~~~ウヨ~
~ウヨ〜〜〜〜~ウヨ~~~





169 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:04:07
しっかし、キリスト教、とくにバチカンが絡んだ植民地はどれもろくな国になっとらんな。

170 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:04:36
>>166
ちょっと意見として「何故か?!」が無いからつたわらないなぁ

>>国としての命数は17世紀中に尽きていたかと<<
・・・・と何故おもうのかな?興味ある意見です^^



171 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:06:14
>>166俺の誤解を解いてみてよー

172 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:07:26
現在のオランダ・スペイン・ポルトガルを暗示しているのでは?

173 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:07:55
信長だから、明智みたいな身内に寝首掻かれる。 なるべくしてなってるのだ。



174 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:10:10
>>173
寝首掻かれるような立場じゃなくてよかったね あーたw

175 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:10:30
直接的な軍事侵略で滅びるとは言っていない。
だが当時の西洋の貿易というのは基本的には収奪貿易だ。
西洋以外の国で西洋との貿易を管理しなかった国がどうなったか考えればわかりやすいだろう。
後世に渡るまで、彼らは技術の進歩と経済の発展を得ただろうか?
輸出入の拡大は当然国内経済の変化や混乱をもたらす。未だ封建制をえず、国民国家としての自覚もない国が国内の文化的経済的成熟のないまま交易に走ったら
国としてはすぐにエネルギーを使い果たしてしまって、植民地にならずとも三流国のまま発展しなかっただろう。

176 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:11:01
>>166
禿同

177 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:11:55
>>165
管制貿易。

178 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:12:52
>>176
禿嫌

179 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:16:11
信長と光秀

180 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:16:26
宣教師は西欧軍隊の尖兵役

181 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:20:02
管制貿易=鎖国ですか?管制貿易自体がどんなものかわかりません。

182 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:20:19
織田信長があと30年生きてたら・・・

未開の地、朝鮮半島にまず、法的&経済的統制を持ち込み、文化的平和に吸収した可能性も強い。


183 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:25:19
管制貿易ではスペイン他西洋諸国と貿易するの?
しないなら鎖国とは別物だね。

184 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:26:21
>>181
「独占」 に噛み付いてるのかもしれんが

>>152
の鎖国は鎖国と同様の政策を採っただろうという意味で 「」 で括った。
独占でだめなら管理に置き換えてください。全体の論には影響ないはず。

185 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:39:39
織田信長があと30年生きてたら?

対外交易は好んで行うが、キリスト教布教は全面禁止だね。
イエズス会宣教師が本部ヘ書き送った報告書が全てを物語っているよ。

186 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 18:49:55
世界で最初の大統領になったかもよ

187 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 19:04:54
>>175
信長も貿易やキリスト教を制限しただろうという意見には同意なんだが、
17世紀中に日本の命数が尽きるというのはどうだろうか。
イギリスがアジアへの足掛かりを完全なものにするのは産業革命以後だ。
つまりどの道、極東の日本と西洋の交易は、その後さほど拡大できなかったのではないか。
つまり貿易拡大によって(信長が生き続けてそのような政策を進めたとして)日本国内が文化的経済的に混乱したとしても、
日本がそれに対応する時間的なゆとりがあった可能性がある。
その場合日本は開放的な海洋国家のまま、没落したスペインやポルトガルとも違った道を選べたのではないか。

188 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 19:07:47
もっともらしい憶測だな。小説家めざしてるのか?

189 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 19:16:15
ここは、布教に行き詰まったキリスト教信者が信長に儚い夢を託すスレです

190 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 20:10:00
東洋にはライバルはいないからな。
産業革命前にシナを何とかできないかな。

191 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 20:39:16
>>187
確かにイギリスの台頭はもっと先の話しだが、
信長の時代のちょっと後くらいには東南アジアで急激に勢力を伸ばしたオランダがいる。
彼らが金の産出量で世界トップクラスの日本をほっとくはずがなく、
交易(というよりは略奪)する気はまんまんだろう。
日本は取るに足らない輸出品に対しても、対価を貴金属で支払ってくれるというありえない超上客だったわけだから。
輸入超過で国内産業が破壊される前に鎖国して正解だったと思うよ。ちょっと長すぎた感はあるが。

192 :509:2006/01/10(火) 21:03:48
ヴァリニャーノの日本布教方針は信長時代に転換してるぞ。
日本に根付く方向でキリスト教の日本化を進めるものだ。
なぜ遣欧使節が派遣されたか井手勝美「キリシタン思想史研究所説」を読め。

193 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 21:05:05
>>191
信長もそれに気づいただろう。
あのままだと、日本は金銀相場が世界と違うから、不公平な交易で一部だけ儲ける層と没落する層とに国内が分かれてしまって
その後の江戸期のような、庶民による国内市場の醸成もできなかったかもしれない。
だから結局は徳川幕府がやったような貿易管理をせざるを得ないし、それで正解。
まあ信長の場合は文化面や人の交流は盛んにさせた可能性は高いが。

194 :509:2006/01/10(火) 21:11:19
スマン、キリシタン思想史研究「序説」だ。

195 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 21:46:13
戦国日本には好戦的な気風があるから厭戦気分が生じないと平和の大切さが認識されない。
ちょうど満州事変から太平洋戦争→敗北→戦後復興のような流れがそれに該当する。
史実では天下統一〜朝鮮出兵→撤退→家康の内政重視への転換だけど
武力にモノを言わせて当時のいけいけドンドンの風潮を利用して外征すれば
信長政権の矛盾や不満を外に逸らせるから、国内基盤の安定化のためにも
外征は必要かな?

しかし貿易制限=管理貿易体制は考えにくい。
室町時代の勘合貿易は大名レベルでもやっていたから。
キリスト教の禁止だって、封建体制との矛盾だなんて立派な事は
ヨーロッパでのカトリックの状況を見ればいえんだろw
イエズス会も中国では典礼問題までは政教ドロドロの癒着はアリ。

196 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 22:02:45
信長も当時の世界との貿易の困難にはぶつかっただろうけど
その後の徳川みたいな内向き鎖国政策はしなかったんじゃないか?
金銀など貴金属の流通制限とかは徹底的にやったかもしれないが、
その代りに規制緩和や鋳造貨幣の見直し、新規産業の振興など近代的な経済改革をやったかもしれない。
なによりあの信長の事だから、スペインやポルトガルがどうして力を持ったか徹底的に研究して
その手習い的な事を朝鮮あたりでやったかもしれない。
日本は二丁の鉄砲からヨーロッパ全土くらいの数の鉄砲を量産してしまう国だし、信長が富の流出を指をくわえて見てるタマとも思えない。

197 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 22:36:37
信長の武将や政治家としてのエネルギーがそれまでもつかね。
国内統一とその後始末だけで忙殺されて、結局その後は夢幻の如くじゃないの。
功臣粛正もしなきゃいかんだろうし、統一後の体制によってはまだまだ反乱も起きるだろうし。


198 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 22:50:04
すでにもう信長も有頂天になって
自分を神だと思いこんだり、精神的にはアチラに行きかけてたしな。
あれ以上生き延びてたら醜態しか晒していなかったかもな。

199 :日本@名無史さん:2006/01/10(火) 23:15:35
>>195
http://www.tabiken.com/history/doc/M/M253C100.HTM
これですな。>>典礼問題

ジェズイット坊主会 VS 教皇、有力枢機卿、フランコ・ドミニコ・パリ宣坊主会
中国の典礼問題は、中国布教の主導権と利権をめぐるなんとも見苦しい内部抗争だね。
この件で、ジェズイット坊主会は教皇庁から厳罰に処されたんだな。

200 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 00:26:03
200get

201 :匿名希望:2006/01/11(水) 00:51:34
信長の判断力が無くなったり、世代交代していても、鎖国はしていなかっただろう。
鎖国は世界史や日本史でも稀な例だろう。
また、金の流出がある程度起こると、たいていの指導者は防止しようとするだろう。
国内の金が減少し金の価値が上昇すると、商人も価値の下がる他の物を輸出するはず。
江戸時代の金流出には、日本商人が直接海外に行かないことや、他国の技術・作物
が導入不足なども一因だったと思う。



202 :○日本人研修生:2006/01/11(水) 02:43:29
織田信長があと30年生きてたら?

ん・・・ まず徳川幕府も豊臣もないな。運気を外れる気がする。
朝鮮半島は取るだろうがその先までが・・・夢だなぁ〜

で、最後はやっぱ叛乱が起きるんだろうなぁどの道。
恐怖政治は後がやばいことなってる歴史多いからね〜。

夢想妄想つきませんね〜〜♪。



203 :○日本人研修生:2006/01/11(水) 02:45:18
たしかに、
鎖国ってイメージは信長公には持てませんね^^

おやすみ〜〜♪。

204 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 06:54:09
とにかくさ、日本史上もっとも明るくて元気いっぱいな時代なんだからさw
鎖国ってのは最近の研究では否定されてるし、そのうち教科書からも消えると
思うよ。対馬・琉球・松前の貿易ルートは結局幕府も黙認してるし。

205 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 10:42:46
川中島の戦い 第十六回戦目

206 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 10:58:08
鎖国ってのは最近の研究では否定されてるし、そのうち教科書からも消えると ??


207 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 11:50:57
チラシの裏でちょっと妄想してみる

1582年6月2日、天正明智の乱発生。明智光秀が反乱を起こす。
信長、弥助の奮闘で命辛々本能寺を脱出する。
この功で弥助は後に2万石を与えられ、非日本人で
唯一の大名家を創設することになる。
信長、信忠の軍と合流、安土へ戻り軍を再編して
明智制圧下の京都へ向かう。
光秀は事件前に呼び寄せた足利義昭を再び将軍の座につけ、足利幕府を復活させる。
6月7日、山城国山科で織田・明智軍が激突。山科の戦い。
信長は明智軍に勝利。同日、京都を占領。光秀と義昭は処刑される。
1584年夏、毛利輝元、小早川隆景立てこもる吉田郡山城と吉川元春立てこもる
月山富田城を同時攻略。毛利家は瓦解、滅亡。
同年、北条、上杉軍との戦いが始まる。
1588年9月23日、奥州の伊達政宗が降伏。日本は統一される。
1590年、信長、太政大臣に任命。以後、信長は太政大臣職の世襲化と
絶対権力者化を推進、皇室はこれ以降、完全に政治に口出しできなくなる。
1612年 信長、死去。享年78歳の大往生だった。
1689年 元禄の乱。大臣職の跡目争いで先代の長男の子信良を推す柴田勝元・丹羽光重らと
信良は幼少すぎるとのことで先代の次男信仲を推す羽柴秀昭・前田綱紀・徳川綱吉らが対立、
応仁の乱を上回る大乱になる。以後、日本は50年近くにわたり戦乱の世に突入。
織田太政大臣家は1730年に滅亡。ここに織田政権は140年の歴史に幕を閉じた。


208 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 12:22:01
信長が長生きしてたら、
むしろ日本の近代化は遅れてたって事だな。

209 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 13:03:51
>>207
ワロタw

210 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 14:39:19
公益は出島っていう呪文はもう古いしな。鎖国って後世の造語が流行りすぎた。


211 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 14:52:26
>>169

ダルマパーラ語録

まず優者が劣者の国を奪わんとする手始めには、宗教を利用して劣者の心魂から奪い始めるのである。
この仕事をさすには普通仕入れの逮夜坊主的な宣教師ではいけない、最も徳の勝れた良宣教師を派遣する。
而して気の毒なことにはその派遣された宣教師はそもそも己れが利用され居ることを知らざるのみか、
己のが背後にかんきつなる商人や、獰猛なる政治家や軍艦が控え居る事さえ知らず、神は愛なり父なり、
四海は兄弟なりと、真面目に神道人道を説き、実践躬行以て到る所良民をその徳風に感化し去て、白人
は有難き者と充分信仰させるのである。
諸君が善事と思って受けられた洗礼が、後日国家を滅ぼす種蒔きをしたことになるのである。

212 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 15:22:26
↑島原?


213 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 17:46:37
噛み砕いて書け このやろー

214 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 18:11:50
↑国家に操られる宣教師カワイソス みたいな感じ。

215 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 18:15:59
はぁい(・・・といいつつまだわかってない俺。)

216 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 18:23:31
「鎖国」の語は志筑忠雄の訳語である。
後の時代に作った言葉で近世日本の国際関係を判断してはいけない。

217 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 18:28:32
ま、日本人が自由に海外に出国できなかったことは事実だがな。

218 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 18:31:06
非ヨーロッパ世界を植民地にしてきたそれまでの布教方針は
日本布教長がカブラルの時代で終わりですが。
後任のヴァリニャーノはカブラルを批判して布教方針を
根本的に転換してますよ。

219 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 18:35:25
信長が国を閉じることはないと思うが。

220 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 18:35:42
>出国禁止を明文化した幕府法って何よ?

221 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 18:51:16
>206
1649年の「慶安の御触書」だって教科書から消えつつある。
どうやら19世紀前半に作られたもので、その原型は1696年に
成立したらしいが、全国法令だったなんで真っ赤な嘘と判明した。

ちなみに島津―琉球ルートなら非公式ながら「外国」に行けたし、
釜山には倭館があり対馬から行けたよ(朝鮮への日本人の立ち入りは
朝鮮側が警戒して釜山までだが)。
松前―蝦夷も同様だが、松前の殿様はロシア人捕虜のゴローニンに
「松前は日本ではない」と言っているからなあw

222 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 18:52:56
>>207  

これはオモシロイ!

架空の大河ドラマとしても視聴率とれそうな壮大なIF世界だね

223 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 18:54:23
信長は動物にたとえるとなんだっけ?
猿や狸と違ってイメージがすぐ出てこん。

224 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 19:00:38
ヴァリニャーノは非西洋人の司祭を養成するつもりだった。
下級のイルマンとかはすでにいたが、日本教区の全体を管掌する
「布教長」クラスを日本人から輩出する構想があった。
天正の少年使節はその候補者を教皇に謁見させるもので、
将来的には彼らを正式の司祭に育て上げ、日本布教長にするつもりだった。
帰国した年にバテレン追放令が出て構想はつぶれたが、
信長なら追放令はないと思うし、構想は実現した可能性が高い。

225 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 19:14:32
http://www32.ocn.ne.jp/~tsuzu/tsuzu_viagem01.html

>ヴァリニャーノをはじめ、修道士ディオゴ・デ・メスキータ(マカオで司祭に叙せられる)
>とスペイン人修道士ファン・サンチェス、日本人修道士ジョルジ・デ・ロヨラ、そして正使
>の伊東マンショと千々石ミゲル、副使の原マルチノと中浦ジュリアンの4人の少年使節、
>さらに随員として日本人少年コンスタンチーノ・ドラードとアグスチーノの2名がいた。
>総勢10名の遣欧使節であった。6人の少年の選定にあたっては、大名の名代としてはあま
>りに遠戚の者をもってヨーロッパ諸侯へと送り出す。
>そのいかがわしさについては、すでに同じイエズス会司祭ペドゥロ・ラモンにより、ローマ
>に告発されてもいる。
>ヴァリニャーノの大いなるはったりは、日本での活動のための資金調達や、自身の名声など、
>様々な形而下のもくろみが、形而上の神への信仰心にくるまれて、絢爛たる地上世界へと向
>かわせたもの、それが天正遣欧使節であったのだろう。

226 :224:2006/01/11(水) 19:24:46
西洋人が布教長以下の要職を独占して日本人をないがしろにするよりマシ。
日本のキリスト教はもっと普及したろうに。

227 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 19:47:38
>>224 
それはどうだろうね。
キリスト教の絶対神と信長の自己神格化は相容れないよ。
必ずしも「信長なら追放令はない」とは言い切れないと思う。
信長は異国趣味に目隠しされてただけでおそらく全国統一した暁には
イエズス会の政治的本質(精神的征服)を見抜いて弾圧したかも。

228 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 19:48:54
>日本のキリスト教はもっと普及したろうに。<ワロス

229 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 20:13:17
現地人司祭って、聞こえはいいが要はスペインのスパイだろ
信長がその実態に気付いたら徹底的に苛烈な態度で潰すと思う

230 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 20:19:41
>226

イエズス会士が自派に都合良きよう捏造したご論稿の受け売りだね。

231 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 20:31:45
織田信長は日本版マフマット2世として名を残したに過ぎないだろう

232 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 20:33:52
思考が一点に固定されてる人はすぐボロを露呈する。
たとえよい思想や情報を受け売りしていたとしても同じ。
そういう人は他にもっと優れたものに出会っても、その真の価値を見抜くことはできない。

233 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 01:28:02
たぶん朝鮮遠征はなかっただろうな
主力の大名が消滅するくらいだな


234 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 04:37:23
韓国や中国では日本と違って禁教はなかったが、それなりにキリスト教は普及してるぞ。
キリスト教を征服の道具だったという理屈は必ずしも妥当なわけではない。

絶対神についてはキリスト教の到来以前より日本の神道家に出現したものだ。
神道家の清原宣賢がキリスト教を学んだのはそうした背景があるし
信長・秀吉・家康等の神格化について、キリスト教の影響ばかりを
根拠に求めるのはどうかと思うぞ。

235 :ひいじーちゃんのボケ話 :2006/01/12(木) 04:43:45
ふむふむ なるほど。

236 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 04:45:29
ちなみに、イエズス会の持ち込んだ「地球球体説」は近世の両部神道の一派が継承したのだった。
ま、キリスト教の説ではありませんがな。

237 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 04:52:24
天地創造って、古事記の中でイザナミとイザナギが大八嶋(日本列島)の創造と
ダブるところがあるから、神道家の間でキリスト教の説に興味を持つものが出ても
不思議ではないんだよね。
人間の神格化については、やはりそれまでの神道の説が根にあるから
信長個人の独創というわけでもないので。

238 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 08:08:45
信長は南蛮交易・宗教に寛大だったことは明らかで、信長が禁教鎖国に変遷するとは
思えない。でも、それは「信長が」なだけで、信長の子孫が幕府もしくわ幕府形式の
支配体制とれば、交易の独占化も宗教の管理も行っていたと思う。

多少、韓国くらいならキリスト教が根付いたとしても、基本は仏教、神道に
変わりなく歴史が大きく変わる事はないだろうな。
なら、結果的にどうなったかというと、恐らく信長は日本キリスト教にあって
救世主メシアの位置付けになるだろうな。恐らく信徒によって偶像化されて、
キリシタンの反乱に聖信長が利用されて、信長のイメージはだいぶ違ったと思うな。

239 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 08:11:06
あと信長が生きてたらと考えるのが、信長の在世中に北海道併合するかも
とかネタ半分に思う。天下人の器量は秀吉とは違うし、大明征服なんて無謀な
ことしないだろうし、目をつけるとしたら蛎崎が攻撃されたりして、アイヌに目をむけるとか。
そして、伊達政宗あたりが北海道に乗り出して統治。アイヌ人の人種同化は
あの時代無理っぽいので信長なら滅ぼすかもな。んで南樺太にも交易持って、支配。
後世、土方はいち早く降参して新政府の幹部に任ぜられて総理になる。
まぁ、明治政府は北海道開拓に随分てこづったようだし、支配権が遠過ぎて信長というより
あの時代には無理っぽいが。どうせ松前藩程度か。明に対してはまた金印もらうか。

240 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 08:58:36
キリスト教は世界中で教区制を布いているが、形式上はローマ教皇の中央集権体制です。
だから日本との文化接触の中での「キリスト教の日本化」という一大問題をどう克服するか。
中国では現地のイエズス会が必要以上に清朝に接近・癒着を起こしたので教皇から破門された。
これがいわゆる「典礼問題」だが、日本のキリスト教が信長によって禁止されない場合、
日本でも現場責任者のイエズス会士がそうしたことを起こす可能性は高い。
だから「日本におけるキリスト教の普及」を求めつつも、キリスト教の教義に変質を来たす恐れのある
「キリスト教の日本化」には反対する、というのがローマ教皇庁の基本的な立場となるだろう。

241 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 10:06:54
秀吉は織田信長の構想を師としている部分も多いので、
秀吉が朝鮮半島を攻めたのは織田信長もしただろうと想うが・・

おそらく簡単に半島は統治し、秀吉あたりを常駐させ布石とし、大陸を攻めまくっただろう。
大東亜共栄圏ぐらい日本の版図を拡げた可能性はある。

日本が織田信長時にそこまで版図を拡げていたら、アジアの不当な白人による植民地化、中国等の不幸も最小限で収まったかも。

242 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 10:46:34
秀吉より信長が優れているからといっても、信長だから成功するわけじゃない。

243 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 10:57:33
信長なら家康と秀吉を渡海させた。水軍の大改革もやった。
西九州の倭寇も活用した。南蛮船も徴発して活用した。
間違いない!

244 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 15:42:55
一代で勝てるかどうかはわからん。
信忠の時代に期待。

245 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 16:00:16
織田帝国にしてもそのあとどうせすぐ動乱起こって滅ぼされるだろ

246 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 17:21:08
統一後の国内統制が見えてこないな。
どうするすもりだったんだ?

247 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 17:43:56
織田信長ならやれる!できる!世界の4分の1は日本帝國だろうぜ!

248 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 17:49:31
信長がキリシタンに寛容だった
ってのは誤解だ

高山ウコンを味方につけるとき
キリシタンの司祭を呼びつけて
説得できなかったらキリシタンを
皆殺しにするぞゴルァって脅迫してるもん

全国統一してたら確実に禁教令発動したと思うよ


249 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 17:55:08
信長はいつもそんな感じだな。

250 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 18:05:59
だろうね。おれもそうしただろう。

251 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 19:30:59
信長って歴史上英雄だけどね
知り合いたくないタイプ嫌われタイプだと俺は思う。

252 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 19:35:52
>>251
ハハハハッハ

ヒットラーも可愛く見えるって感じのこと
結構平気でやってるみたいですし、ね^^;;



253 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 19:42:38
大阪は建設されるかもしれないが東京は存在しないだろうね。
家康がいるままの静岡・浜松・岡崎・甲府も東京が無ければそんなに大きくならないかも。この中の一つは百万石の城下町になるか
仙台も国替えしなければ伊達家の外れの方の領地だから会津若松が東北の中心になっただろう
また、名古屋では無くて岐阜が織田帝国の副都として発展するだろう
恐らく日本の人口分布は近畿から岐阜までに偏るんじゃないかな?
今ごろは近畿地方の土地が無くなってきて、武蔵江戸地方に首都機能移転の議論が起きてるかも



254 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 19:46:41
信長は秦の始皇帝に似てるな。
・先見性の高さと決断力の速さからくる極端なワンマン
・恐怖による統治と支配 ・残虐な性癖
・貨幣や物資の流通に重点を置いた政策
・パレードや巨大建築物などによる権力誇示
・そして共に戦国時代を終わらせる役目を担っていたということ

多分、信長が生きていたら天皇を排斥して皇帝になってただろう。

255 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 19:48:55
信長が天下とっても3日ももたんだろ

256 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 20:02:20
今ごろ普通にエイリアン達と共生できる世界になってるだろう

257 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 21:11:50
日本統一後の体制は中央集権型の群県制みたいなのを目指したかな。
でもそうするとあちこちの地方で反乱が起きて日本はなかなか治まらなかっただろう。
秀吉にしても家康にしても、とりあえず地方勢力を尊重する事によって戦乱を終らせた訳だし。


258 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 21:12:19
>>254
その関連で言うと日本と中国の違いも浮き彫りになる。
中国は絶対権力者を何人も輩出したのに日本はなぜそうした
権力者を輩出せず、また絶対権力を求める者に対していわば
「出る杭は打たれる」式の仕打ちで報いたのだろう?
皇孫思想や朝廷の権威と伝統が時の権力者の野望を限界付けた
のは間違いないけど、日本の政治風土も絶対権力者をなるべく
生み出さないように努める独特の環境が熟成されたという気がする。
信長は日本以外なら>>254さんの言うように「皇帝」にもなれたはず。
日本という国はそもそも信長タイプの巨人的な権力者(結局は信長だが)
を受容できない政治風土・社会だったのかもしれないね。

259 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 21:15:50
>>258その関連で言うと日本と中国の違いも浮き彫りになる。
中国は絶対権力者を何人も輩出したのに日本はなぜそうした
権力者を輩出せず、また絶対権力を求める者に対していわば
「出る杭は打たれる」式の仕打ちで報いたのだろう? <<<


 ↑そういう風土は極東裁判以降の日本人の傾向だわな。
  細かいことは自分で調べてくれだわな。



260 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 21:34:24
>>222
元ネタはゲームの太閤立志伝5の信長エンディングね。
最後の方はオリジナルだけど。

261 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 22:04:30
日本は島国だから

262 ::2006/01/12(木) 23:31:56
信長って何代目魔王なんですかぁ?

263 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 04:18:34
6番目

264 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 06:39:23
朝鮮と日本の関係は
グレートブリテンとアイルランドみたいになったかもな。
今より深刻なドロドロ状態と虐殺の嵐が吹き荒れたかも・・・

265 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 08:20:25
>>253
都市発展は歴史だけが要因じゃないから一概に東京がなかったとかどこが栄えなかった
はいえん。地理学的にも、東京擁する関東平野はだいたい8割がた山岳部の日本にとって
広い平野としてとても意味がある。それに「湾」や港によって都市が発展するのは
どの国でもある現象だし、横浜なんか良い例。頼朝の例のように関東と京・大阪は対をなすし。
だから、首都は京か大阪、東京のどこかだと思うよ。岐阜や名古屋は今と変わらない。
都市が栄える条件の街道だって変わらないだろうし、家康を関東に封じたのも
北条旧領という意味があるし、その北条が広範囲に勢力持ったのも平野が関係する。
変わるとすれば首都の位置、皇居の位置とか。都市ごと、とくに地方の栄えかたは差異ないとおもう。

266 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 09:44:00
やっぱ信長しかいないよなー

267 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 15:33:30
江戸は山を切り開いて都市になったんだから目をつけられるとしても後になるだろう。

268 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 19:53:22
関東平野は日本の穀倉地帯になったかもな。
江戸が政治首都になって人口が集中しなければね。
北条の支配が続けば武蔵は日本一の米どころさw

269 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 19:57:36
篠の穴を舐めさせろ

270 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 20:00:23
>>268コシヒカリより良質の米ができてたって??w

271 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 20:08:19
江戸の周辺はごく最近まで農業地帯だった。
それなければ、戦中戦後に日帰りで「買い出し」なんてできないw
渋谷は畑だらけだったとかwww

272 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 20:14:11
小田原市70万(神奈川県庁所在地)
横浜市50万(東日本の最大の港、関東平野の穀倉地帯の輸出港)
江戸市20万(江戸湾の漁港・関東平野の河口として栄える。旧武蔵の埼玉県庁)
大宮市10万
鎌倉市10万
八王子市5万(富士宮と同じ位?)
千葉市5万(東京が無ければこれくらい?)
古河市50万(水戸が徳川氏によって開発されないとここが北関東の中心になる)
宇都宮50万(おそらく、江戸湾の埋めたてが幕府によって行なわれないと主な都市はデルタを避け地盤のよい北部に固まる)

273 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 20:17:09
江戸は開発すれば巨大都市になるからいずれは20万を超える。

274 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 20:26:09
おそらく今頃、新首都「東京」の建設が計画され
↓安江高速道路
 土戸

東海道リニアモーターカー
などの建設が始められているころかな?
「新首都東京」は碁盤目状の計画都市にされてるだろう

275 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 20:26:21
安土はどうよ?

276 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 20:32:21
そういえば、過剰な人口集中による水不足で琵琶湖が消滅してるかも

277 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 20:44:54
滋賀県の存在価値がなくなっちゃいますよ。

278 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 21:59:10
このスレって本宮ひろ志の「夢幻の如く」ですか?

279 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 22:01:52
大河ドラマ「功名が辻」第1回(再放送)
総合・デジタル総合 1月14日(土)午後1時5分〜

ハイライトの桶狭間の戦いにご期待ください。
織田信長役の舘ひろしが好演しています。

参考映像:http://nhk.upkita.net/up/nhk2062.mpg
参考スレ:http://live14.2ch.net/test/read.cgi/nhkdrama/1136910512/

280 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 22:13:12
関東で歴史ある町で県庁じゃないのに
今も大きい所ってないよね。
川口、銚子、高崎くらい。
信長でも家康でも政権の拠点を関西にしたら
関東の存在価値が北陸や四国と変らん。

281 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 00:28:11
平成18年度版小学校用地図帳より抜粋
各都道府県及び県庁所在地の人口
北海道 387万人 札幌市 64万人
(中略)
関東地方 1309万人
茨城県 225万人 古河市 53万人
栃木県 145万人 宇都宮市 51万人
群馬県 183万人 前橋市 33万人
江戸県 189万人 江戸市 26万人
千葉県 213万人 千葉市 12万人
神奈川県 354万人 小田原市 73万人
(中略)
近畿地方 
安土都 822万人 安土市 322万人
京都府 613万人 京都特別市 333万人
大阪県 772万人 大阪市 253万人
奈良県 284万人 奈良市 54万人
和歌山県 189万人 和歌山市 34万人
三重県 240万人 津市 25万人
兵庫県 632万人 姫路市 122万人

安土市…織田政権以降、日本の事実上の首都となる
京都特別市…今も天皇家が居を構えており、憲法上は京都が首都である。
大阪市…日本最大の貿易港として発展。今は空輸便に押されて人口が減っている。
姫路市…織田家の重臣・羽柴家の城下町として発展。
神戸市…60年代までは20万止まりの港湾都市だったが、
70年代以降大阪のベッドタウン化が進み現在は80万を越える。

282 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 07:31:10
日本の人口が今みたいに多いとは限らない。
農業の生産力があまり上がらないと・・・

283 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 08:15:47
>276
ってか、琵琶湖そのものを埋め立てたかも知れんぞ。
一部の運河だけ残してさ。
八郎潟とか有明海とか東京湾岸の干拓・埋立事業に比べても
困難とはいえまい。

284 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 08:27:10
琵琶湖って潮の満ち干きあるの?

285 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 08:30:47
ないと思う。

286 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 09:57:08
>>281
岐阜とか愛知は?

岐阜特別市150万人 濃尾平野の中心、織田家の第二の首都に
大垣市 80万人 交通の中心

清洲市 15万人
那古屋市45万人 
熱田市 30万人  尾張・美濃は一つの府にまとめられそう

豊田市 20万 トヨタがあるとして
岡崎市 30万 
豊橋市 40万 名古屋の影響が薄れそう
浜松市 60万 三遠地方の県庁所在地

駿府市 45万 今の人口が限界 
安倍町 2万  駿府・甲府の繋がりが強くなって、静岡の奥は宿場町ができるかも
清水市 25万

287 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 10:28:38
統一後、粛清が始まる気が。
秀吉とか家康とか。

288 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 10:29:22
岐阜とか愛知は、淫行の首都でいいのでは。

289 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 11:14:56
徳川家康(1542〜1589)
浜松藩初代藩主(在職1588〜89)。
18歳のときに今川義元から独立して勢力を拡張、
のち、三河・遠江の領主となる。その後は三方を織田家に囲まれ領地拡大はできず。
1589年、織田信長にその能力を睨まれ、徳川家の家名を保つために
自ら命を絶った悲劇の戦国大名。
信長は徳川家二代目藩主徳川秀忠が幼少なのをいいことに
三河の領地を召し上げて遠江一国の領主としてしまう。
しかし、成人後の秀忠は努力の甲斐あり、浜松は東海地方最大クラスの都市となった。

羽柴秀吉(1536〜1598)
姫路藩初代藩主(在職1888〜98)。
最初、織田家の小者から始まり、織田家屈指の重臣にまで上り詰めた
立身出世の代表的人物。信長が天下を統一したと同時に
播磨と丹波と因幡3国の大名となる。しかし、統一後の粛清に危機を感じた秀吉は
残りの人生をグルメと道化者になることで切り抜ける。
秀吉には子が無く、甥の秀次(在職1598〜1607)が跡を継ぐ。
秀次の死後、秀次の長男秀勝(在職1607〜1654)に受け継がれるが、
因幡一国を召し上げられ、羽柴の領土を播磨・但馬二カ国にしてしまった。

290 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 12:53:01
徳川の家督は次男の秀康が継ぐだろ。

291 :ちょっと一服。:2006/01/14(土) 13:00:59

【青いキリンのお話】

 ある酔狂な大富豪が言った。
「もしも青いキリンを私に見せてくれたら、莫大な賞金を出そう」

●それを聞いたそれぞれの国の人たちはこんな行動をとった。

 イギリス人は、そんな生物が本当にいるのかどうか、徹底的に議論を重ねた。
 ドイツ人は、そんな生物が本当にいるのかどうか、図書館へ行って文献を調べた。
 アメリカ人は、軍を出動させ、世界中に派遣して探し回った。
 日本人は、品種改良の研究を昼夜を問わず重ねて、青いキリンの研究をはじめた。
 中国人は酔狂な大富豪を殺し現金を奪おうとした。
 韓国人は青い塗料をキリンに塗って捏造した。

            (おしまい)



292 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 13:32:39
信長が京の都を維持しても首都は関東になりそう。
広い関東を誰かにやらせるにしても、いくつかの大名で分担するにしても
ある程度は繁盛するだろうし、農耕だって力があるし最悪関東で挙兵した
軍隊に織田家が潰されるかも。関東か九州で中央とは別の勢力が成長するのは
歴史で何度もあるし、織田家が徳川家くらい厳しい事しないと危ないし、それでもわからんかもね。

293 :日本@名無史さん :2006/01/14(土) 14:44:01
信長があと30年生きてたら、、、

・秀吉と同じ手立てで天下統一。ただし、毛利は滅亡まで追い込まれただろうし、島津は帰順せず徹底抗戦
で味方の消耗も激しく天下統一した頃には織田軍はズタボロに疲弊していただろう。
・その後は因縁をつけて、徳川討伐。徳川家は滅亡してるだろう。
・その後、天皇制を廃止して、自分が初代の「日本王」となっただろう。公卿たちも全部官位を廃止され
一般人となっただろう。
・政治の首都を安土に移転させ、経済の中心地を堺、文化の中心地を京都というように機能的な都市分担
を振り分けただろう。
・海外との貿易を促進し、南方との貿易に力を注いだだろう。
・キリスト教(ローマンカトリック)を保護し、仏教に代って国教としただろう。


294 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 15:47:40
日本王とかもうええねん

295 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 16:50:40
公家も仏教も普通に残すと思うが。

296 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 20:30:00
298
絶滅動物
ビワコオオナマズ
かつて古琵琶湖に生息していたと言われる伝説の大ナマズ
16世紀以降の湖の渇水および乱獲により19世紀には絶滅したと推測される
現代でも「ビワコオオナマズを見た」という人がいるが大抵はデマ
なんてことになってるかもしれない

297 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 21:19:03
生態系まで影響を及ぼすとは・・・

298 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 21:38:04
聖武天皇が遷都を繰り返した中で、奥地の紫香楽宮へ遷都した理由で(以下風説レベルでスマソ)大陸からの侵攻を避ける為だと聞いた事がありますけど。
広大な関東平野は、大陸からはかなり後背地と思えるけど。(安土時代に太平洋方面からの侵攻の恐れは少ない)
信長がそのような保守的な事より、大陸との積極的な通商を行うと考えると、大坂?
大陸に近すぎる九州に本拠を構えるのは、防衛上・・・

消防な意見でスマンカッタ。

299 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 00:03:28
その理屈で行くと広島が一番良いことになるね

300 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 01:14:59
大阪嫌いが多いねえ・・・
大阪に本拠地を移すのは既定路線だったのに・・

301 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 01:43:49
>>299
廣島は、それほど平野部広く無いと思うけど。
軍事拠点としてだけならあるかもしれないけど。
九州博多界隈の方が平野部も広いし。(日本の国府として)城だけでなく町も連なうとなると、それなりの広さも必要なのでは?
海外からの使節らに権威を見せ付けれる為にも、首都として・・・

302 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 07:12:38
境にも京都にも近いし大阪に決まりだろ。
広島は地理的にはいいけど実際の栄えぶりから見るとだめかな。

303 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 12:36:30
広島の地理的条件だけで栄えるなら、今もっと栄えてるはずだが・・・。
信長が対外貿易をもっと促すなら、長崎か熊本あたりに直轄地持って
貿易都として、今よりもっと重要都市になったかもしれない。
秀吉もやったように清正・行長の領地あたりに光秀か秀吉を入れて
島津を監視・大陸防衛で大江戸並の都市整備ができたかも。

304 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 12:43:18
東国の抑えとしての関東の封地させる人物としては徳川家康?
東北の諸侯は、織田に抵抗せぬ間に全面降伏(上杉滅亡させたら)してたら、力の余った東北勢に対する要として家康は持って来いかも。
ただ北条家の存在が・・・(徳川家と親密な関係を考慮して移封?)家康はいずれ粛清だろうけど・・・(関東で徳川・北条の乱、滅亡)
東北も、織田諸侯への封地としては、一部の大名を追放させないと・・・(そうなると少しは抵抗してくれ!って思惑はあった?)

死亡直前の信長の目は西国(淡路へ出陣?)にあったようだけど。東の侵攻展開が気になる。

305 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 12:49:52
>>303
ただ秀吉の能力は確かなものだけど。
彼の野心の強さからすると、信忠の将来を考えて遠方でしかも貿易利権の強い九州に居座り続けるのは・・・
さすがに晩年の信長なら猜疑心にかられそうな・・・
秀吉を消して、息子の秀勝に羽柴家を相続させるか?秀勝の能力次第では堀久太郎などが封地されそうな・・・

306 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 16:08:31
鎌倉(関東)・室町(京都)に幕府があったから、信長はそれ以外の地に軍都(政都?)を開発したいと思う。

307 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 16:13:04
誰も福原京の復活を書いて無いから書いておきます。

308 :大友宗麟:2006/01/15(日) 16:56:51
名古屋城をもう1回り大きくして中京が日本の中心だろ?

309 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 17:52:41
>>305
秀吉が警戒した黒田官兵衛も九州に封じられたように、周りに清正みたいな
直属扱いの大名を置けば牽制できるんじゃ?秀吉の狙いもそうだったろう。
三成を九州に置こうとしたらしいし。関ヶ原時に黒田が九州で戦ったとき
並列で清正がいて目付けになってたの事実だから、信長においての清正的な
幼少から使えて政務も司る大名を置くんじゃ。恐らく乱丸ら森兄弟とかがいいかも。

310 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 19:59:38
>>309
ただ森蘭丸が政治的手腕で三成レベル、もしくは軍略レベルで清正レベルならね。
本能寺の変前後で、次世代士官クラスで実績もありそうなのは、堀秀政、菅屋長頼、村井貞勝くらしか思いつかない。
長谷川秀一、福富秀勝、矢部家定などは実力わからない・・・

311 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 20:06:00
もう一人、信長の縁者となった蒲生氏郷を西国探題的なポストに抑えたら・・・個人的希望でスマンカッタ・・・

312 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 20:53:59
なんとなく西田敏行が信長役をするようになったら面白いと思った。

313 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 20:55:47
殺されたのにどうやってあと30年生きるのか疑問だな。
つまり光秀から逃れてひっそりと30年生きるとしたら、
歴史そのものになんら変わりはないということで決まり。

314 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 21:02:16
森蘭丸はそうとうな有力武将になれた可能性ある。

315 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 21:33:16
1.本能寺の変勃発→しかし信長辛くも逃げのびて生き残る

2.そもそも本能寺の変が起こらなかった。

この違いで随分その後は変わってくるだろうな。

316 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 22:53:28
信長が統一したら大名っていなくなるだろ。
潰れるまで領土拡大していくのだから

317 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 23:09:44
その場合、統一した後も日本の混乱は半世紀くらい続きそう。
信長一代ではとうてい治まらず、信長の後継者争いとかで日本は酷い有り様になってたかも。
あの時代はまだ地方勢力をある程度保証して尊重しないと統治は無理だったと思うけどなあ。

318 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 23:24:35
>>317
 信長はすでに名目上は隠居し、家督を信忠に譲っていた
ので、後継者争いは起こらなかったでしょう。

319 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 00:09:45
>>318
光秀、秀吉、家康、その他の戦国の猛者たち辺りが黙って信忠に従うかなあ…。
実際家康なんかはなんくせつけて豊臣家を滅ぼしてるし。
織田家は内乱とかのドサクサで早々に有名無実化して、信長以後三代くらいで断絶して
後は誰かの執権政治みたいになってたんじゃないかな。

320 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 00:10:19
>>312
三国連太郎も出そうぜ。

321 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 00:17:02
>>319
>光秀、秀吉、家康、その他の戦国の猛者たち辺りが黙って・・・
その彼らを信長が死後の事を考えて彼らを生かしておいたとは思えないが。
統一半ばで家督を譲って、信長なりに帝王学を学ばそうとしている(秀忠への家督相続と同様)ように思えると、
信忠の足枷となる先代の宿老の粛清はあるんじゃないかな?

322 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 00:29:14
>>321
それでは勝頼の二の舞になる。
信忠がそれほど愚かとも思えない。

323 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 00:31:12
秀吉はわからんが間違いなく家康は潰されただろう

324 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 00:32:25
彼らを生かしておかないとなると、益々内乱の可能性が大だと思う。
信長が後継者を脅かす人間を全て粛正するつもりなら、粛正される側も黙ってはいない。
まあこのスレは信長は本能寺から30年は死なないという事になってるけど。
それなら家臣達もあの手この手でサバイバルを謀って
信長の死後、権力の中枢に取り入る為にどんな汚い工作でもやっただろう。
その段階ですさまじい派閥争いが生じ(秀吉派対家康派とか)どのみち内乱に発展しそうだ。

325 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 00:34:49
こう考えると権力とか覇権ってのは
奪るより維持するほうが遥かに大変だよな…当然と言えば当然だが。

326 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 00:40:36
>>324
 信長は暗殺されなかったら何歳くらいまで生きたのでしょうか?
 家康(75歳)より長生きするのは難しそうだけど、秀吉よりは
長生きできたかな?

327 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 00:55:19
>>326
30年というスレの仮定ではなくかい?
それはなんとも言えないが、家康の75歳というのはこの時代では珍しい長命らしいから。
やはり50代60代くらいで病死なりしていたと考えるのが自然じゃないかな。
個人的には信長はどのみち天寿を全うできなかったと思うし
後継者か覇権の争いでやはり豊臣方と徳川方はぶつかっていただろうと思う。
そしてやはり日本はより安定した封建社会へと変化していっただろうな。

328 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 01:51:36
>>322>>324
日本と文化や政治思想など異なると思いますけど。
明の高祖による粛清劇がありましたけど、息子達の相続争いはあったものの、
家臣達によるクーデターで政権をかき乱される、そして没落せず長く続いたのはどういった要素があるのでしょうかね。
確か地方に派遣されてた弟が兄を追放して皇位継承したんでしたっけ?
息子達の各地方の国王と、鎌倉時代の北条政権みたいな一族で固める治世だっけ。

329 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 02:19:42
明の洪武帝(高祖)の子・朱棣(永楽帝)が燕王(北京一帯・タタールとの前線部)に封地されるも、
高祖が死に兄の子・建文帝の側近による圧政に反発して蜂起、打倒してしまった。(靖難の変)だった。

しかし、洪武帝による大粛清(1390年)より8年後のクーデターだから、粛清被害者達の政府へのフラストレーションをこの反乱で消化できた事が政権存続に繋がったのかも・・・

信長による大粛清が起こったとして、遺臣達の憎悪をどこで消化させるか問題ですね。。。。
(今の北京政府が経済主義による貧富の格差による民衆不満をどこに発散させるか・・・とは違いますねw)

330 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 04:03:08
>>326
信長の子供は一人除いて皆長寿なんだよね
たしか92くらいまで生きた子もいる
+酒を好まず相撲や遠駆けで適度な運動
糖尿になんなきゃかなり長生きしたかも

331 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 06:30:01
信秀は五十くらいで亡くなったと思うけど。親の不摂生を反面教師にして信長とその子供達は健康に気を使ったのかな?

332 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 07:05:53
織田信長ってキャラ的にオスマントルコのメフメト2世とかぶる。

333 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 08:32:41
信長の後継者問題は起こらないだろう。
信長が30年延命したら三法師は36で子供の2、3いて十数歳とかになってて、巧く行けば
元服させて信長在世時に4代目指名もできるかもしれんし。信忠にしても、
当時は家督譲渡後、一軍の将として体裁つけるようにしてたし。信孝信雄は
それぞれの家で織田は名乗らずとも独立して譜代の家として並んだはず。

秀吉や家康と違うのが、地方の名家とかを親類や配下に名乗らせて、家柄乗っ取り作戦を
展開してたから、地方事に過去の名家とかをほとんど新しく再興して支配するだろう。
それか養子にいれるとかかなり強引なやりかたで、毛利を長益が継ぐとかやりかねん。

334 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 08:34:03
33か・・・。6は秀よりだった

335 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 09:50:09
信長が天下を統一した場合、反乱を起こす武将が続出するから朝鮮出兵のタイミングは
大幅に遅れると思われ。島津・北条・毛利は10年も経たぬうちに反抗するだろうね。

336 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 10:12:55
>>333
しかし実際には信長の死後、秀吉、家康の台頭に対して
ほとんど何もできなかったんじゃ…。

337 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 10:24:31
だからこのスレ的には秀吉も家康も
信長より短命だってことで。

ま、徳川と北条、伊達、そして旧武田の残党が結集すれば危険と
判断するだろうがな。
秀吉はうまく立ち回って生を全うするだろうが、九州か四国に
飛ばされるかも。

338 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 10:26:48

●織田信長があと10年生きてたら、秀吉は打ち首になってるか?




339 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 10:44:49
播磨は召し上げだろうが、秀吉は内政が上手いから
僻地に飛ばして活用すると思うよw

340 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 11:46:13
信長がやられた後 信忠が生き延びていたら
歴史は かなり変わっていた筈

征夷大将軍織田信忠
秀吉は織田家の家来のままで せいぜい100万石くらいの大名
家康も織田の同盟大名のまま

全国統一は かなり遅れて1600年以降になっただろう

341 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 11:54:33
 信忠になった瞬間か崩壊のシナリオが始まる?


342 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 12:05:10
>>336
なにもできなかったんじゃ・・・って、信忠はあの世だし
三法師は子供だぞ。気が付いたら秀吉に大名にされてて、最初の大舞台が関ヶ原で人生終わった。
信雄信孝も信長や信忠がいればあんなことにはならん。家康も秀吉も名目は織田の人間擁立してるわけだし。

343 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 15:41:19
結局、戦国時代100年の混乱を織田家だけで収めることはできなかっただろう。
実際の歴史では、名目上、秀吉によって日本が統一されても
安定した統治体制がようやく出来るのは徳川三代目家光の治世だ。
つまり郡雄割拠の戦乱のエネルギーは、統一後も朝鮮出兵や関ヶ原や大阪の陣、
徳川家とその他大名の政治的暗闘、キリスト教弾圧等を経てようやく収まった訳だ。
信長が死なず全国を統一していたとしても必ずその戦乱のエネルギーの揺り返しはあっただろう。
これは他の国の歴史でも普通に見られる現象だ。戦乱から安定まではいくつもの揺り返しを経なければならない。
それを織田家という単一の勢力だけで全てを丸く収めるところまではいかないと思う。
例え秀吉や家康がいなくとも、誰かがこのエネルギーを代表して反乱を起こしていただろう。
信長が死なずにきちんと信忠が後を継いだとしても、内乱は跡目争等の形で勃発していたように思われる。

344 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 17:21:28

織田信長があと30年生きてたら、上海あたりまで、行ってほしいなぁ。

極東に織田信長伝説を・・・・・、。

いまに秀吉以上に悪評たってるかな・・・(^▽^)??



345 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 18:23:07
>>343
まあ家康が国変え等で大名を好きに配置して
政権が安定するように出来たのは関ヶ原があったからだろうしな。

346 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 21:41:48
いっそ、大反乱→織田家勝利→敗者粛清→海外出兵
これなら良い。

347 :足軽名無しさん:2006/01/16(月) 21:46:05
アジアの地図ほんとに変わっていたかもしれない


348 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 21:46:52
日本の地図をどうするのか。

349 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 21:57:55
家康が織田家の家臣化したのっていつだっけ?スレ違いでスマソ。「同盟者」「東の盾」というのが何かおかしく聞こえる。
1562年の清洲同盟って、家康自らが信長の居城に呼ばれてる事から信長に臣下の礼を取ったに等しいのでは?
三河一向一揆の忙しいあいまにも、信長から姉川の戦い出陣を命じられてるし、信康と築山殿の事件もあるし、甲斐進行作戦の主導者が織田信忠だったり「駿河国御拝領」も。


350 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 22:01:10
>>345
北の政所が、淀を憎み、家康に付かなかったら、江戸幕府なども無かったと思うね。
自力で、統一を実現しかけたのは織田のすごさだね。

351 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 23:47:50
>>346
では、天正十年の明智の乱→織田家勝利→明智一族の粛清→???

352 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 06:31:10
信長が生きてたら海外出兵はやっただろうな…
謀反の防止と武将の働き場所を作る為に。
ただ、信長でも大陸や半島に領土を拡げる事はできなかっただろうね。出来てもごく一時的にだろう。
半島なんて奪ってもメリットないし、信長も大陸の実態に呆れてすぐに手を退いたかもしれない。

353 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 08:04:42
派兵=明・朝鮮征服
ではなくて
鄭和がやったように日本からヨーロッパまで大船団を派遣して交易の拠点を各地に作ったかも

354 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 08:08:18
>>343
秀吉政権の間は権力譲渡ではなく権力継承なので、信長が健在ならば秀吉の分は可能だったと
おもうよ。秀吉子飼いの大名はまだ20代とかで、統一可能にしたのは織田家の威光と勢力がある。
本能寺無しなら、光秀勝家信忠信孝までいるんだから、秀吉と同じやりかたならむしろ早く済む。
でも言うように、その後の反乱、おそらく信長死後の信忠、秀信時代での反抗を抑えるとしたら、
秀吉の取った領地安堵して従属させるって上辺だけの支配じゃなくて、北条みたいに
主家滅ぼして領地変えする強行方すべきだから順調に言っても随分遅れて、30年生き延びても
20年くらいつかいそうだから、海外出兵したら終わりだな。残りの十年で隠居しつつ
家康が最後の十年したように子への世襲固めして、本拠地整備して大名配置完了させるだけでおわる。

だから最良で海外派兵なしで信長死亡時点で基盤ができて信忠が巧くやれば大丈夫かも程度で
最悪、第3次とか第4次信長包囲網がおきたり、従順な重臣でも子の代で謀反が起きたり
やっぱり統一直前で信長は死んで、信忠になって政略ミスって戦国に戻るかもな。滝川とか秀吉も死んでるし。


355 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 08:25:05
『史実』 本能寺の変「有り」=信長死亡・信忠死亡(三法師君生存)

@本能寺の変「有り」=信長生存・信忠生存
A本能寺の変「有り」=信長生存・信忠死亡(三法師君生存)
B本能寺の変「無し」=信長生存・信忠生存(光秀生存)

(C本能寺の変「有り」=信長死亡・信忠生存)
(D本能寺の変「有り」=信長死亡・信忠死亡・三法師君死亡)

(E本能寺の変「有り」=信長生存・信忠死亡(三法師君死亡)


パターンこれくらいか?@ABが議論する仮定条件で、
CDは信長死んでるのでスレに沿わないけど変則パターンとして、
ちなみにDEは史実と違い秀信死亡パターン。Eはスレに合うかも。
本能寺の変無しは一つしかないけど、一応書いておいた。

356 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 08:52:33
>>355
Eで信長が光秀に復讐して、一族皆殺しにした後、
夢幻の如く息子達を失った虚しさから隠居、茶人として新たな革命を起こすというのも面白くはないか。
まあ他にも子供いるし、それくらいでへこたれそうにないけど…。

357 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 12:35:42
@→信長が統一、信忠が継承、秀信が発展。以後織田政権が続く。積極的な貿易政策のせいで地方が急成長で不安。
A→信忠の代わりを努めた羽柴・柴田ら幹部の権威増徴。秀信家督相続気に勢力あらそいで織田家内部分裂。
B→惟任光秀は九州での南蛮貿易を起点に成長し、内部粛清に対し長宗我部家と組み謀反するも敗北。
C→信忠は幹部らの助けもあり統一を成すが、羽柴家と徳川家が増徴。信忠、秀忠で争うが秀頼が勝利。
D→秀吉は信雄を擁立。勝家・信孝を滅ぼす。信雄は秀吉と反発、羽柴包囲網を作るが追放される。
E→信長は天下統一を成すが後継が心配であり、柴田羽柴徳川を粛清。結果織田家は弱まり戦国回帰。

358 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 15:04:57
F本能寺の変無しで長益死亡

359 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 15:32:48
Cでは徳川はともかく羽柴が増徴はしないと思う。

360 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 17:20:22
いやいや秀吉が九州とかに入ったら危ないぞ
パターンで考えるのも面白いけど、大名の配置はどうなるんだろうか

やはり北条氏は崩さなければならないけど、降伏してきそうもないから滅ぼす。
そこに居れるのがやっぱ家康か。でも200万石以上与えるのはさすがに信長はしないから
滝川と半分ずつ、恐らく北関東にそのまま滝川で上杉の抑えにして、南関東〜三河が家康か。
でも、東海道をこんな与えちゃ危ないから、やっぱ無理に領地変えするな。

361 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 17:24:27
南関東には誰か別の奴を配置して家康には相模と伊豆をくれてやれば良いだろ。

362 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 17:34:06
三河に居させるのも危ないから伊豆に流そうか。
あ、駄目だ憧れの頼朝みたいに挙兵しかねん。

363 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 18:48:15
実は信長は重度のツンデレで、散々苛めた光秀には最後に領地か官位をたんまり与えてくれるかも。

364 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 19:35:02
普通に九州で使うだろ。

365 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 19:35:14
いや、光秀にはすでに十分すぎるほどの恩賞を与えてると思うが

366 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 19:38:37
九州に領地を渡して統治させ、没収。
朝鮮に領地を渡して統治させ、没収。
明国に領地を渡して統治させ、没収。
天竺に領地を渡して統治させ、没収。
明智一族の悲しき末路・・・

367 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 20:21:51
本能寺を防ぐ為には、果たして光秀に何を与えれば良かったのだろう…。

368 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 20:32:14
茶碗

369 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 20:44:33
G本能寺の変「有り」=信長死亡・信忠生存・三法師君死亡

・・・信忠に子供が出来れば関係無いな

370 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 21:02:21
用は大名がいなくなって軍人と官僚が支配する近代国家になるってことです。

371 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 21:10:43
信長→信忠→秀信→信もし→信ほれ→信むむ→のの信→のおぶ→信信

372 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 21:13:11
そいや、本能寺の変がないと名前は秀信じゃないのか?

373 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 21:14:46
信パス

374 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 07:42:31
信長って人間は結局、恩賞とか与えているようでも結局、すべて自分の物だという考えが他の武将より強い武将だった機がする。


375 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 10:37:30
>>369
信忠的には於松ちゃんとの結婚に反対してた親も居なくなったし、
もし於松との間に男の子が生まれれば嫡子に出来るしで、意外と嬉しい展開?

でも、本能寺頃では於松との結婚にそんなに反対してなかったか、信長。身内に甘い奴だし

あと、信忠は武田責めで滝川らの宿老連中にかなり強きで命令してる武断派だったりするので
信長死後もガッツリ粛正やらかしそう

376 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 11:54:58
本能寺で信長が死に、信忠が生き残ったとする。
その後、信忠は秀吉と合流して光秀を討つ。その後も秀吉の助けもあって全国を統一する。
問題はその後だな。秀吉はナンバー2で満足して織田家を盛り立てていくのか、それとも天下を乗っとりに行くのか。
家康はどうするのか、信忠でも海外出兵はしたのか、どういう治世になるのか…。

377 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 12:02:48
まず、天皇家がなくなっていただろうな。

378 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 14:55:19
あのさ、スレタイは
「織田信長があと30年生きてたら?」
なんだから、本能寺で死んだらって話はいいよ。

379 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 14:58:35
織田信長は30回オナニーしたか?しないか?


ファイナルアンサー????????????







380 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 14:59:34
まずはどうやって本能寺の変を生き延びるのか、これを考えよう。

381 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 15:23:14
>>380
・明智方から監視をかいくぐって密告。事前に逃げる。
・地面に穴掘って隠れてたら助かった。協力してその後変装して脱出。
・明智の配下が裏切って光秀を討って謀反中止
・切腹して死んだんだが奇跡的に蘇生。
・本能寺の隠し地下トンネルを利用
・頭剃って一向宗に出家。すまんと謝る。
・信長一人で明智軍を全滅させる

お好きなものを・・・

382 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 16:24:05
明智軍に紛れ込んで自分の影武者の死体を発見させる。

383 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 17:17:09
死んだ振りする。

384 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 17:41:43
それだと首とられるぞ。

385 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 18:02:25
じゃ、明智が予定通り中国へ秀吉の加勢に行っていたとしたら、これ考えよう。

386 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 18:18:43
伊達正宗が建てた城って何ですか?知ってる方居たら教えてください。

387 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 19:39:48
デスパレス
風雲たけし城

388 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 20:12:00
青葉城

389 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 20:46:09
>>381
こんなこともあろうかと、バテレンに用意させていた熱気球に乗り込み
燃え上がる本能寺の上昇気流に乗ってまんまと脱出

390 :日本@名無史さん:2006/01/19(木) 01:50:56
>>376
柴田や丹羽や滝川は全く無視かい?
川尻や森や団や斉藤あたりの直属の部下も?

391 :日本@名無史さん:2006/01/19(木) 05:54:11
団って誰ですか?勉強不足なんで教えて下さい。塙直政のことでしょうか?

392 :日本@名無史さん:2006/01/19(木) 07:54:48
F本能寺の変あって、信長信忠討ったあとに移動中に光秀が死亡

これになったらどうなるんだろう

393 :日本@名無史さん:2006/01/19(木) 09:40:16
>>391
団忠正。
武田討伐の先鋒として活躍。討伐後には美濃岩村城主。本能寺の変で死亡。(信忠に帯同?)

394 :日本@名無史さん:2006/01/19(木) 23:35:58
ライブドア・ショックと
武田家の滅亡
新田次郎は「日本国始まって以来の人間の雪崩現象」と武田家の崩壊を表現したけど
今起きているのは「日本国始まって以来?の金の雪崩現象」と言えるだろう
ホリエもんは信長で無くて勝頼だったのかなあ

395 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 00:31:58
ホリエもんなんかと信長を一緒にするなぃ!!
ホリエもんはマネーロンダリング長者。買収にビジョンなどないっ!!

396 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 02:04:14
日本国始まって以来って文句の比喩はだいたいにして大げさで無意味

397 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 13:11:32
>>350
淀を憎んだかどうか知らないが、とりあえず北政所は西軍支持だった件について。

398 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 13:41:27
スレ(ry

399 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 18:21:16
やはり信長は堀江。

織田信長があと30年生きてたら? = ライブドアがあと30年成長続けていたら?

意味ないIFだな。

400 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 22:59:25
講釈師 見てきたような嘘をいい という川柳もあることから、
本に載っている信長の歴史がすべて真実だとは思いませんが、
どうしても信長が有能だとは思えません。

桶狭間の戦いは、信長の知略が奇跡を起こした とされていますが、
城にいる信長が工作できるわけありません。大河ドラマで描かれているように
誰かしらがすべてのお膳立てをしたからこそ実現できた奇跡だと思います。

そう考えると、後の戦いはほとんど家臣(秀吉、光秀、勝家 など)に
任せていますから、信長はいったい何をしたの? ということになります。

もちろん、家臣をまとるリーダーとしての能力に長けていた と言えなくも
ないですが(現代の社長の責務に通じるところがある)、少し評価が高すぎると
思います。自身が出張った戦いでは逃げ帰るなどいいところがありません。
最後も明知にしてやられ本能寺で憤死してますし…。本当に有能だったのかね?


401 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 11:41:58
座ってただけで天下統一しそうになっただよな
家臣が頑張ってるうちになんとなく、うんうん

402 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 08:44:24
信長に衆道の趣味があったって本当ですか?
「日本の100人」っていう本の創刊号が信長でそれに書いてあった。蘭丸や前田利家がその相手だったとか…もし本当だったら、何かショックだorz


403 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 13:57:27
衆道の趣味が無いのは秀吉くらいで他は大体両刀使い
理由は他の人がお願い

404 :日本@名無史さん:2006/01/24(火) 04:39:25
のぶながも ホモか?

405 :日本@名無史さん:2006/01/24(火) 05:26:24
別にどうもなってないだろ?

竹中半兵衛があと30年・・・・・ってのと一緒で意味ない。

406 :日本@名無史さん:2006/01/24(火) 08:43:46
>>405 冷めたひと。

407 :日本@名無史さん:2006/01/24(火) 12:03:50
>>405
竹中半兵衛は右大臣にはなれん

ホモって今の価値観のホモではないだろう。
仏教観も強いだろうし

408 :日本@名無史さん:2006/01/24(火) 14:42:49
問題1 信長の幼少期のあだ名は1奇人 2うつけ者 3 小心者

409 :日本@名無史さん:2006/01/24(火) 15:27:07
 


410 :日本@名無史さん:2006/01/24(火) 21:47:26
さらに死体が増えた・・・・に1000ライブドア株

411 :日本@名無史さん:2006/01/25(水) 00:11:35
1

412 :日本@名無史さん:2006/01/25(水) 19:27:48
422

413 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 00:09:11
413

414 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 05:22:52
ファットマンやリトルボーイの子孫に比べたら信長の子孫なんてかわいいもんだ。

415 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 08:06:11
30年も生きていたら、必ず大陸出兵してたな。
明なんか軽〜く滅ぼしてそう。でも明だけじゃ満足しないだろ。
西進してムガール朝、サファビー朝、オスマン朝くらい軽〜く滅ぼしてそう。
西欧を制圧して晩年はアメリカ大陸でまったりしてるに決まってる。



416 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 08:07:01
直接的な軍事侵略で滅びるとは言っていない。
だが当時の西洋の貿易というのは基本的には収奪貿易だ。
西洋以外の国で西洋との貿易を管理しなかった国がどうなったか考えればわかりやすいだろう。
後世に渡るまで、彼らは技術の進歩と経済の発展を得ただろうか?
輸出入の拡大は当然国内経済の変化や混乱をもたらす。未だ封建制をえず、国民国家としての自覚もない国が国内の文化的経済的成熟のないまま交易に走ったら
国としてはすぐにエネルギーを使い果たしてしまって、植民地にならずとも三流国のまま発展しなかっただろう。


417 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 08:08:18
信長が生きていても、やっぱりいずれキリスト教は禁止されて、イエズス会は追い出されてたかな?


418 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 11:30:45
明には勝利したかな、当時の明はもう傾いていたしねえ。
ただ単に国力では測れない部分があるので、泥沼化していた可能性が高い




419 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 13:40:55
>>417
徹底的にキリスト教を保護布教して、日本における救世主にもなれる。
たとえ暗殺されようと光秀や秀吉が天下を取ろうとも、殉教した聖ノブナガ様の為に民衆が決起
まぁそうしたとしても、どこに向かうのかわからんな。内乱してるあいだに外的がくるか。

420 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 14:05:30
>>418
一時的に征服しても満州みたいになると思うし、もう信長だとか誰とか以前に
物理的に遠いとか人数の差とかそういう単純なところで支配は妨げられるんじゃないのかな。
東北から京や九州を支配しようとしてる感じだし、むこうで都市作ってもすぐ異民族の標的になる。

421 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 15:36:04
東南アジアに向かった方が現実的だと思うが

422 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 16:38:51
信長は朝鮮に上陸ってとこから考えてみる?

423 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 16:40:35
まずは軽く北上。冬になってめちゃくちゃ寒いと判明。さあどうする。

424 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 16:43:40
寒いと嫌だよな。

撤収か?

425 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 16:47:02
一時撤収するだろう。ただ必ず再上陸する。史実のように南部に城を作ってそこで戦うか、北へ進軍するか。

426 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 16:50:03
だから、信長が生き残ったら、ってことより
なぜ、信忠は妙覚寺から落ち延びなかったか
ってことの方が不思議だと思いませんか?


427 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 16:53:48
信長なら「無謀」な侵略はしないだろ?
とりあえずアジア諸国と条約や同盟で結びつき、
貿易により巨万の富を築いてから環太平洋諸国連合艦隊を作り
ヨーロッパとガチで勝負。
ヨーロッパを粉砕、その後世界に植民地を築きウハウハ。

428 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 17:24:04
信忠が親王を逃がすため

429 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 18:19:12
いやあの、信長が貿易王国目指したとか言ってる人たち、
明征服案はもともと信長の構想だったて・・。
秀吉が、「故信長公の意思を次いで」と言った資料も残ってるし。


430 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 18:35:29
秀吉の全国統一と違い、信長の全国統一は
消耗戦になりそうだからなぁ
良い意味で秀吉の場合と違い、
残っている大名も少ないだろうから領土的問題も少ないし
外征するエネルギーも少ないかも。

431 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 19:25:41
とりあえず、本能寺なかったとして、考えてみる。

1582年 軍事 毛利、長そかべ降伏。中国、四国制圧。 
    政治 太政大臣任官
1583年 軍事 島津、大友降伏。九州制圧。
    政治 太政大臣返還。大阪遷都。
1584年 軍事 上杉降伏。
    政治 天皇を大阪に移す。
1585年 軍事 北条降伏。東北諸大名降伏。
    政治 諸大名の再編成。及び全国検地。

1織田宗家(摂津・山城・近江・大和・伊賀・各国金銀山・貿易港など400万石)
2織田一門 信孝(尾張・美濃120万石)信雄(豊後40万石)信包(伊勢20万石)
3譜代大名 羽柴(播磨・美作・備前・備中・出雲・芳紀150万石)柴田(越前・加賀100万石)
明智(肥後・筑前・筑後100万石)滝川(武蔵・相模100万石)丹羽(若狭・北近江50万石)
前田(能登20万石)佐々(越中25万石)川尻(甲斐22万石)細川(肥後35万石)
徳川(三河・遠江・駿河・伊豆150万石)筒井(上総・下総・安房80万石)
蒲生(因幡・丹後・但馬30万石)森(丹波20万石)九鬼(伊勢40万石)
4外様大名 毛利(中国5カ国60万石)島津(薩摩・大隈50万石)
長そ壁(土佐20万石)上杉(越後40万石)石高はかなりてきとー
  

432 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 20:05:56
>1-431
妄想です。

433 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 20:07:52
>429
秀吉の言うことは信用できんな。

434 :431:2006/01/26(木) 20:15:06
1586年 軍事 唐攻め開始。先鋒、蒲生氏郷、ソウル攻略。
    政治 刀狩り。
1587年 軍事 朝鮮の寒冷に、凍死者続出。水軍撃退される。一時撤退。
    政治 滝川一益死す。
1588年〜1592年 軍事 水軍育成に専念 
        政治 スペインの協力取り付ける。
1593年 軍事 第2次唐攻め。ニンポーから上陸。明軍蹴散らし、南京に迫る。
    政治 柴田勝家死す。
1594年 軍事 明軍40万VS日本軍25万の最大決戦。苦戦するも勝利。南京陥落。
    政治 池田恒沖死す(431の大名再編に入れんの忘れてた御免。50万石くらい。)
1595年〜1600年 軍事 明軍ゲリラと交戦。
        政治 羽柴秀吉、明智光秀、、佐々成りマサ、前田利家死す。
1601年 軍事、政治 明残党壊滅。中原を制す。国号、乳。首都、ニンポー(万個に解明)
1602年 軍事、政治 大名再編、官位裁定。

1乳皇帝 織田信長 2皇太子 織田信忠 3本州王 織田信孝
4九州王 羽柴秀勝 5四国王 織田信雄 6朝鮮王 後陽成天皇


   
 
    

435 :431:2006/01/26(木) 20:16:06
1603年〜1610年、統治に専念。周辺民族を平らげる。
1611年、150万の兵を率いて西伐開始。ベトナム、チベット、モンゴル制圧。が、
インドの酷暑に耐え切れず一時敗退。
1612年〜1615年、第2次西抜。インド、イスラム各国制圧。徳川家康死す。
1616年、ヨーロッパ諸国と決裂。
1617年、ヨーロッパ連合VS乳国の一大決戦、「ラグナロク」開戦。
1621年、乳、ラグナロク勝利。都を世界のちょうど中央に移す。
    国号、「大乳」首都「ヴァルハラ」皇帝を超え、神皇をなのる。

1大乳神皇、織田信長 2大乳皇太子、織田信忠 3ヨーロッパ皇帝 織田信孝
4乳皇帝 織田信雄 5イスラム皇帝 羽柴秀勝 6日本皇帝 織田信高

1612年、織田信長死去。大乳国は、2006年、第42代神皇、織田信成の治世で、
日本国大将軍、小泉純一郎のクーデターで幕を閉じる。


436 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 20:18:01
>>435
       お見事!!

437 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 22:20:59
>>433
宣教師の証言もあるぞ。大陸侵攻計画は、間違いなく信長のアイデア。



438 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 23:04:17
>>426
あの時点で信忠が逃げたらネ申認定です。戦国一の天才です。神の目を持ってます

信忠の立場に置かれたら、あれがベターだし

439 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 00:15:24
敵に後ろをみせれば
そのうち三法師と同じ運命と思われ。
大人でも統治・軍事能力なしと判断され織田家分解ですな。

440 :信長専用文書:2006/01/27(金) 02:13:29
オレオレ、そうそう、オレ織田信長だがや。
昨日、伴天連から貰ったピイシイを試しに使ってみとるんだけどが、
このキイボオドという筆記用具はでら面白えがや。
さて、家臣どもは誰もピイシイの使い方が分かっとらんようやで、
個人的な秘密文書として活用しよまい。
さて今後の展望やけどが、やっぱ本州全域は織田家直轄領にせなかんて。
けどがその際、皇室には形式的な最高権威を持たせておく方がやっぱり良いかも知れせん。
オレが天皇を滅ぼして日本の皇帝になるのは簡単やけどが、明国みたいな易姓革命の繰り返しになるのは目に見えとるで。
隣国のうつけぶりを見てるのに、日本で同じ真似を始めたらホンマにうつけだでな。
したがって山城一国は皇室と公家どもへの捨て扶持として飼い殺しにしておくとする。


441 :信長専用文書:2006/01/27(金) 02:35:36
昨夜、明智部隊が本能寺付近を通過して中国へ進軍した。
よう考えてみたら光秀が昨夜謀反を働けば流石のオレも一巻の終わりやったな。
今度から気をつけよう。
光秀と秀吉はよう働くで恩賞も手厚くせなかんて。
だけどが、あんまり石高を上げてやると最後には韓信と同じ運命だでかんわ。
織田家の為には韓信みたいな家臣をいずれ摘みとらなかんけどが、
露骨にそれをやれば家臣も馬鹿じゃないんだから粛清される前に謀反しよまいと考える奴が増えるわな。
つまり明らかな功績に対しては充分に報いつつ、織田家にとって脅威にならない処遇を考える必要がある。
例えば九州ではどうせ島津が勝ち上がって来るで、あいつらを北九州に配置して三すくみにしておけば良さそうだ。
島津を潰すのは面倒だが、北九州に光秀と秀吉の領地があれば勢力は拮抗するだろう。
おまけに光秀や秀吉も島津に備えなかんで本州の織田直轄領に牙を剥く心配も無い。
功臣には充分な地位を安堵する方針を示して謀反を予防できると一石三鳥だがや。

光秀とその子孫には肥前、肥後、対馬の三国を安堵し、秀吉とその子孫には筑前、筑後を安堵する。
島津には薩摩、大隅に加えて恩着せがましく日向をくれてやれば満足するだろう。
ただし念の為、小倉には織田家直轄領を確保しとく。
一応安土並の城でも作っておくか。

442 :信長専用文書:2006/01/27(金) 02:56:13
次は家康をどうするかやけどが、
あいつも野戦はなかなか上手だで、大陸攻めでは使えそうだがや。
東北攻めの矢面を勤めて貰って本州を平定した後は、
蝦夷地を安堵するか朝鮮に配置するかが問題だがや。
蝦夷地はアイヌくらいしか居らんと聞くで、朝鮮の北半分くらいは徳川領にしてやるか。
あの辺が一番身動きしにくそうだでな。
朝鮮の南半分には織田家譜代の功臣と、毛利や上杉、武田、佐竹あたりを転封させた小国群に分割するか。
間違っても朝鮮半島からの侵攻は来ないようにしとかなかんでな。
一応年の為に釜山か尉山あたりに織田家直轄領と城を作っておくか。



443 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 08:42:35
ってか普通は逃げないだろ。信忠の状況で

情報が全然入ってない状態なんだぞ?明智が単独犯の発作的犯行なんて思いもしなかったろう
織田家の五指に入る光秀なら、細川や筒井らの与力大名と充分に示し合わせた上に
畿内各地の要衝は全て抑えた完璧な状況で行動起こしてるはず
なにせ、あの信長が、後に秀吉が「最後の100兵になってもその中に信長は居て、そこから再起をする」だろうと評され
金ヶ崎でも周囲を驚かせた退却を行った信長が、すでに死んでる状況で
逃げようってのはちょっと頭おかしいんじゃないかって選択
逃げて捕まって首を晒すようなら、右大臣家の面汚しは確定なわけだし


ただ、実際はいとも簡単に逃げれたなんてことは、後世の俺らしか知らない
そして逃げれたならば>>439の事態にはならない
岐阜にとっとと帰って、軍勢を集めて光秀を討って敵討ちをすればいい
信忠健在なら秀吉も下手な行動は起こさないし、テンパって信澄殺した信孝は蹴落とし可能
なんら問題なく、織田家の基盤を固めつつ、四方を制圧して織田幕府の完成となる


444 :信長専用文書:2006/01/27(金) 11:16:31
本州は織田家の直轄領、山城には皇室と公家、北九州に光秀と秀吉、
南九州に島津、北朝鮮に家康、南朝鮮に残りの武将を転封するところまでは決めたが、
四国と蝦夷地をどうしよまい。
ここも将来出現する功臣を釘付けにしとく為に、長曾我部あたりはわざと残しとくか。
織田家譜代の家臣を全員南朝鮮に飛ばすのも露骨だで、柴田、丹羽、滝川に一国ずつ与えて土佐の長曾我部と四すくみにするのも良いかも知れせん。
蝦夷地の事情はまだよう分からん事が多いけどが、当面は蒲生と佐々に領地の拡大を任せておく。
蝦夷地の先にめぼしい島でも見つかればどんどん進出していけばええて。
上記を以って日ノ本におけるオレの構想は明確になった。
この体制が確立したら、いよいよ明を平定する事になる訳やな。
人間50年、やれるだけの事はやらにゃ損だがや。

445 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 17:12:19
信忠は優秀だったよ、優秀だっただけに決断力があって逃げずに敗死した。
信雄や長益のような保身の気持ちがあって逃げたらどうだっただろう。

446 :日本@名無史さん:2006/01/28(土) 22:54:05
突拍子もない&無知な質問ですみません。
何故、信長は本願寺を目の敵にしたのですか?

447 :日本@名無史さん:2006/01/28(土) 23:08:47
逆じゃね?

448 :日本@名無史さん:2006/01/28(土) 23:10:06
>>446
>何故、信長は本願寺を目の敵にしたのですか?

本願寺が信長を眼の敵にしたから。



449 :日本@名無史さん:2006/01/28(土) 23:19:39
無知でホントすみません。
何故、本願寺は信長を嫌ったのですか?
当時、本願寺が力を持っていたのは何故ですか?
教えてください、お願いします。

450 :日本@名無史さん:2006/01/28(土) 23:20:34

一向宗って、ぐぐってみてね。

451 :日本@名無史さん:2006/01/29(日) 00:38:27
坊主丸儲けが気に入らなかった信長が圧力かけたら怒ったハゲが
農民けしかけてナンマンダ〜とか言ってきたから
アッタマきて孅滅戦になりましたとさ

452 :日本@名無史さん:2006/01/29(日) 03:19:58
なるほど。
結局のとこ、人間なんて・・・・って感じですね。
ありがとうございました。

453 :日本@名無史さん:2006/01/29(日) 18:33:23
全国に信徒がいれば力持つだろ。海おさえてりゃなおさら。

454 :日本@名無史さん:2006/01/29(日) 19:54:03
俺、小田だけど。
おれ織田かな?昔?

455 :日本@名無史さん:2006/01/29(日) 21:30:37
寺は関所みたいなのを作って通行税で丸儲けしていたからな。
信長の楽市楽座とは反するからだろう。

456 :日本@名無史さん:2006/02/01(水) 02:32:23
>>454
常陸に小田氏って弱小大名がいたから
そっちじゃないの?


457 :日本@名無史さん:2006/02/01(水) 08:45:36
>>1
始皇帝の晩年を思い出そう

458 :日本@名無史さん:2006/02/01(水) 12:20:09
>>454
十中八九は地名が由来でしょ

459 :日本@名無史さん:2006/02/03(金) 11:41:00
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●            ●  ●            ●
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           ●       ●
            ●●●●●

  あ  げ  る  ね  ^^♪



460 :日本@名無史さん:2006/02/04(土) 03:40:48
名古屋弁を添削したい

461 :日本@名無史さん:2006/02/04(土) 13:55:19
栃尾刈谷田川の戦い ○謙信軍 対 ●反乱軍
謙信の初陣。病弱な兄、晴景に変わって出陣した。
実戦経験の無い謙信だったが、油断していた敵を畳掛け、初陣とは思えない華々しい勝利を飾った。
これによって家中の期待が高まり、上杉家は謙信が継ぐ事になった。

北条征伐 ○上杉軍 8万人 対 ●北条軍 9万
関東管領として、北条を征伐した戦。 関東豪族のほとんどが上杉謙信の側についた。
北条軍は撃破されまくり、殺されまくりで小田原城に追い詰められる。
北条軍は小田原城落城寸前まで追いやられるものの信玄が助けに入ったため助かる。
関東管領として始めての戦であった。

川中島の戦い ○上杉軍1万3千 対 ●武田軍2万
無敵の武田騎馬軍団も毘沙門天の化身上杉謙信には勝てるわけがなかった。
啄木鳥戦法も軍事の天才謙信には見破られ、武田軍は山本勘助や弟ら重臣を失う。
車がかりの陣で武田軍は追い詰められ、死者四千六百三十人、負傷者七千五百人を出す大被害を追った。
謙信は単騎特攻して信玄と一騎打ちするなど大活躍を見せた。

唐沢山城救援戦 ○上杉軍13 対 ●北条軍3万 
上杉側の関東の豪族、佐野昌綱を救援するため、北条の大軍の中を数騎で特攻。
謙信の威勢に恐れをなした北条軍は怯えて近づく事が出来なかった。

手取川の戦い  ○上杉軍2万 対 ●織田軍4万8千
最大勢力の織田も軍神上杉謙信の前では赤子同然だった。
能登畠山を軽々と滅ぼし、謙信に怯え逃げる織田軍を追撃。
織田軍は二千人近くの死傷者を出して、大敗する。
信長自身、近習ら数十騎とともに命からがら美濃へ逃げ帰ったという。
もし謙信が寿命で死んでいなかったら信長は滅んでいただろう。

松川の戦い ○上杉軍2千 対 ●伊達軍4万
この20倍にも及ぶ戦力差を本庄繁長の巧みな戦術で克服し、奇跡的な大勝利を得ている。
伊達軍は大量の死傷者を出して大敗、撤退する。
この戦いを捏造と言う伊達厨がいるが、もちろん負け惜しみから来る妄想なので注意が必要である。

462 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 09:34:26
うむむ

463 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 10:13:22
手取川の戦では信長自身は参戦してません。うそつきめ。

464 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 21:51:21
http://ja.wikipedia.org/wiki/手取川の戦い
↑一応出て、数十騎で信長は逃げ帰っておるらしいよん。
あ、わたしゃ、461じゃないよ

465 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 22:54:17
そりゃ、ウィキペディアにだも間違った情報くらいあるだろ。

466 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 23:58:01
ソースはなんだろうね?
信長公記では信長出陣ではないが

467 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 01:04:31
w

468 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 01:21:56
これって信長は30年生きるって設定だけど信忠は死んじゃってんの?
それによって妄想の仕方も変わってくるんだけどさ

469 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 06:08:24
信長死す以外が史実通りでも
秀信(って名前にはならないだろうが)が生きてる状況になるから問題ないじゃん
信雄、信孝が継ぐパターンはないんじゃない?勝頼の悲劇を目の当たりにした後では
不思議なのは勝長だけど。なんで津田姓継いでるんだ?

470 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 08:34:46
>>468
>>355

471 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 17:49:40
正直、信長が長生きしてても海外に攻め込んだとは思えん。
桶狭間のイメージあるけど、あの人ってどっちかというと堅実な戦略家
っぽかったし。
国内の制度とか整えてる間に天寿をまっとうしたんじゃなかろうか?


472 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 19:08:47
いや〜、信長ならやってくれるでしょう。

473 :日本@名無史さん:2006/02/07(火) 00:34:43
信長なら俺のとなりで寝てるよ



474 :日本@名無史さん:2006/02/07(火) 00:45:53
キィーこのドロボウ猫〜

475 :日本@名無史さん:2006/02/07(火) 03:31:33
>>463
逃げ帰り二度と謙信相手に存命中は向かい合わなかったみたい
信長みずからね

476 :日本@名無史さん:2006/02/07(火) 13:55:41
信長の寿命が+30年ってことか?
本能寺のちょっと前には、「天下布武のためとは言え、人を殺しすぎた」
とか言って悔いてたみたいだし、出家して坊主になっていたと言うのが
一番自然な見方だろ。佐久間を先に高野山に行かせたのもその布石だし。



477 :日本@名無史さん:2006/02/07(火) 13:57:51
キリシタンになったりして

478 :日本@名無史さん:2006/02/07(火) 20:02:06
むしろサタンになってるんじゃね?w

479 :日本@名無史さん:2006/02/08(水) 06:04:12
本能寺の変が1582年だから30年後という1612年か

年表でいろいろ調べてみたがいろいろな事に関係しそうだ

伊達政宗、支倉常長をヨーロッパに派遣・・・信長も参加していたかも
巌流島の決闘の年・・・信長が武蔵と戦って勝っていたかな
岡本大八事件、本多正信・正純親子、窮地 に・・信長も困ったかも
徳川家康、茶会用茶の品質保全のため、静岡県安倍奥井川大日峠の お茶壷屋敷に保存させる・・・信長もおいしくお茶が飲めただろう
江戸で震度 5 が 3 回・・・信長も怖かったね
シンシャク派、中央チベット制覇・・・信長も驚いた
オランダがニューアムステルダムを建設・・信長も移住を考えた
ガリレオ、木星の衛星の食を発見。海上で経度を決定する方法を考える・・・信長も感心した

480 :日本@名無史さん:2006/02/08(水) 13:07:22
本能寺の変はあの日あの時のタイミングじゃない限り起こりえない。

481 :日本@名無史さん:2006/02/08(水) 16:07:48
その場合の秀吉は

482 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 02:38:32
<巌流島の決闘の年・・・信長が武蔵と戦って勝っていたかな
 おまいは信長を超サイヤ人かなんかと思ってるのかとw

483 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 03:21:08
クラウザーさんは信長がジャマだったんだ〜!

484 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 11:52:15
79歳

485 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 12:27:11
>>476>>477
実際はもう信忠に後継確定した時期だったし、もし朝廷に力を加え様とか
考えてたら清盛みたいに後ろで糸ひく人間になってたんじゃないか。
将軍等も受けず、受けてもすぐ信忠に渡して表では織田で天下、裏で朝廷と
ダブル院政をしいたかもしれん。そして、自分をキリスト教布教の救世主に
見たてて神の使者のように日本キリスト教界で聖人になったかもしれん。

486 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 00:03:42
>>476
信盛は高野山に行けてないお!
「そこで初めて放逐及び追放」されている。

それは信盛の意見だと思う。

487 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 04:32:21
信長は濃い味付けとか甘い物を好んでたからなぁ
あと30年生きてても日本統一した辺りで寝たきり同然じゃね?

488 :nobunaga:2006/02/10(金) 12:13:25
信長と信忠が生き残ったら。日本統一、織田家内外の大大名消滅。家康(徳川
)の取り潰し。兵農分離と在地武士の常備兵化と土地の直接管理による中央集
権化により増大する経費のため、貿易拡大と開拓地の拡大、具体的には南方貿
易の推進と、蝦夷地の開拓。織田家の、太政大臣、征夷大将軍、関白・摂政の
三職の独占で、朝廷、軍事、行政権の独占し、織田政権の安定化。信長がそれ
ぞれに就任しては辞め、信忠などに譲り、それぞれを世襲化する。
 

489 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 14:33:44
信長は殺されない限り死ななかったはず

490 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 14:50:51
だから自殺したのさ。

491 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 15:41:11
統一しても信長が死んだら織田政権は終わり。
どこの国でもそうだが、一代で築いた天下は本人が死んだら大体後の政権にとって代わられてしまう。
代わりに秀吉が家康の役割をになっていた。
家康の出番はなし。

492 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 16:23:53
秀吉のような拡大思考で平和時の体制を完成させることは無理。

493 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 17:11:27
斬新な改革を成功させた織豊政権なら無理じゃないさ

494 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 18:06:02
信長に働かされてたら秀吉に子供できないままだったりして
信長が生きてて淀殿に手を出すとか無理かもしれないし、30年たったら
秀吉がどうなってるかわからん。

495 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 20:30:11
明攻略の総大将として大活躍してたかもね>秀吉

496 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 20:31:04
>>491

つ 信忠

497 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 20:52:44
織田家は敵を作りすぎたのが災いして子孫が繁栄するのは難しそう。
その点、秀吉に関しては、天下人になる以前は人を無闇に殺さない名将という評判だった。
だから鎌倉幕府みたいにいずれ織田政権の実権を秀吉とその子孫が手に入れていたんじゃないかな?
史実の秀吉は天下人になってからやたらに人を殺すようになったけど、
秀長あたりがうまく秀吉の狼藉をフォローできてれば家康の出番が無かった可能性はある。

498 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 21:02:40
>>497
子孫繁栄してますがな

フィギュアスケートやってますがな

499 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 21:08:08
弱兵で知られた尾張勢を日本最強の軍団に成長させた第六天魔王の末裔が一介のフィギュアスケーターかよ。
そういうのば繁栄じゃなくて、没落というんだよ。

500 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 21:10:39
>>497
信忠の代までは大丈夫だろう。
その後はわからんが。

501 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 21:13:06
二代で終わったら、始皇帝と二世皇帝みたいな感じだな。

502 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 22:39:23
二世皇帝は無能じゃん
信忠は有能
補佐する親族として信澄や勝長もいるし

503 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 22:53:41
>>502
して、その違いは如何に考えるの?

504 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 00:22:50
初代と二代目が有能なら大抵は上手くいくもんだ
徳川幕府しかり、後漢や唐もそう
三代目が馬鹿でも初代と二代目がしっかり地盤を作ったからそう簡単にはゆるがない

505 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 09:50:21
>>499
貴様はフィギュアスケートを嘗めたッ!!

506 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 10:54:30
日本人は織田信長過大評価しすぎ。
たいして革新的な政治家ではない。
信長が長生きしても、秀吉のやったこととほとんど変わらない。
信長の死後は織田家が足利化して
大規模な大名が各地を領有する「第2室町幕府」ができるだけ。

507 :日本@名無史さん :2006/02/11(土) 11:33:36
>>506
>信長が長生きしても、秀吉のやったこととほとんど変わらない。

逆に言うと、秀吉が信長の構想をそのままパクって実行しただけじゃない?
大阪城築城、海外遠征なんかも。
信長は第2の室町幕府より、新しい価値観を創造して天皇を越える地位に君臨したと思う。

508 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 12:29:55
>>507
この辺の感覚がわからん。
信長のやった「新しい価値観」って何だ?

ただの戦国時代の戦国大名じゃないの。
暗愚ではないとは思うが、突出した存在では全然ない。
短気だし人事管理面はダメだし、臨機応変ということがない。
本願寺戦争なんかある意味まったくの無駄な10年。
戦術面でも決して強かったわけではない。鉄砲なら雑賀の方が断然上。
経済政策も普通だ。楽市楽座なんかどこの大名もやってる。
政治面でも朝廷・幕府のシステムに乗っただけで、どこが新しいのか?
政略面も基本的には古臭い婚姻関係しかないじゃないの。

信長は普通の(若干幸運だった)戦国大名。
過小評価する気はないが過大評価が多すぎる。


509 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 12:38:16
>>508
それこそ思い込みだと思うけど。
ぜんぜん裏付けが無い。

510 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 12:53:23
>>509
ないことを証明しろというのは無理だろうw

信長はどんな新しい価値観を作ったのか?

それを教えて欲しいよ。

作る能力がなかったとまでは言わない。ただし作る時間はなかった。
ま、新しい価値観を作ってないことには違いはないんだけど。


511 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 13:01:05
>>510
「暗愚ではないとは思うが、突出した存在では全然ない」とか、
「短気だし人事管理面はダメだし、臨機応変ということがない」などの根拠を示して。
それがただの思い込みで「根拠が無い」なら無理だろうけど。
無いことの証明はできないからね。

512 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 14:45:11
井沢元彦の指摘だが、信長は日本社会から宗教戦争を撲滅したのだそうだ。

513 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 14:48:10
>>510
室町幕府を立て直すのではなく、自分で世を治めようとした。
この「天下統一」の概念こそ「新しい価値観」だ。

514 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 14:53:02
>>510
証明しなくていいよ
根拠が無いこと言ってるのはわかったから

515 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 16:41:32
信長って年号を変える権利を朝廷から奪おうとしてたんだっけ?
それで部下の官位も自分で指定するようだから、朝廷を超えようと
目論んでたのはほぼ間違いないだろうね。この点、秀吉は朝廷の権威を
利用して、家康は官位授与のを幕府を通すようにした。信長ほどまではいかない。
それに宗教論争させるとか叡山焼き討ち自体かなり新しいというか異質な価値観だと
思うけど。無神論者というのも、否定派がいう参拝とか城の装飾とかくだらない理由以外、そこも異質。

516 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 19:08:12
>>513
だったら、源頼朝も後醍醐も足利尊氏も
信長と同じレベルの新しい価値観の持ち主。

>>515 :日本@名無史さん :2006/02/11(土) 16:41:32
>信長って年号を変える権利を朝廷から奪おうとしてたんだっけ?
実際は奪っていない。

>それで部下の官位も自分で指定するようだから、朝廷を超えようと
武家の官位の任免をコントロールしようとするのは、鎌倉も室町もやっていた。

>それに宗教論争させるとか叡山焼き討ち自体かなり新しいというか異質な価値観だと
松永久秀は大仏を焼いている。秀吉はキリシタンを殺してる。家康も一向宗と戦ってる。


517 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 23:54:51
歴史中級者の俺の意見だが

信長の独創性。
・兵農分離思想
・(ほぼ)完全実力主義
・戦争に本格的に土木技術の利用
・鉄甲船
・天皇を超える価値の創造(未完)
・地名改変
このあたりだろうか。叡山焼き討ち、てか宗教勢力と妥協しない、てのは
足利義教や細川政元もそうだし、天守閣は松永久秀、神殿としての建造物の造営(安土城)
は足利義満、楽市楽座は斉藤道三、鉄砲戦略は根来衆。
ただ、天守閣にしろ楽市楽座にしろ、パクったものは確実に進化させてるというのも事実。
宗教戦争も徹底的にやっている。天皇家を「簒奪」しようとしていた義満に対抗して、
「超越」しようとしている。つまり、発案者の功績は確実に上回ってるというのは評価できる。


518 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 01:30:16
>>1
明智光秀が心労と過労で死んでました

519 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 01:32:04
制度作りにおける『独創性』なら家康が頼朝と並んで武家政権のトップだと思う。
ただ、信長がすげえのは桁外れの行動力と徹底した現実主義志向だな。

520 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 02:06:30
信長の真の業績は、中世のしがらみを切り開き日本を近代に推し進めたこと
だと思う。秀吉にしろ家康にしろ彼ら個人では、天下を統一することは不可
能だったわけだし。ただ織田信長だけがあの戦国時代の日本をまとめ、曲り
なりにも統一政権を樹立できる礎を築くことができた。


521 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 03:08:15
良いと思ったもの、使えると思った事を、見極めて大胆に活用する行動力こそが信長の真骨頂ではないか

522 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 04:08:10
>鉄砲なら雑賀の方が断然上
>楽市楽座なんかどこの大名もやってる

個別に見れば他にやった大名がいても、纏めてやったのは信長だけだろ。

>政治面でも朝廷・幕府のシステムに乗っただけで、どこが新しいのか?

途中で官位返上したヤツは他にいないな。

>政略面も基本的には古臭い婚姻関係しかないじゃないの

信長はあまり使ってないほう。

>だったら、源頼朝も後醍醐も足利尊氏も
>信長と同じレベルの新しい価値観の持ち主。

100年単位に1人なら十分天才でよかろうと思うが。

523 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 14:30:51
叡山焼くのと大仏損失、一向宗と戦う程度は次元が違うだろ。
その存在自体に重きをおかなかった志向がすごいと思うんだけども。

>>516
実際はって・・、そうしようとしたことが意味あるだろ。
寿命まで生きててしなかったなら別だけど、討ち死にでうやむやになってんだし。

524 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 17:29:33
>>519
実際は信長、秀吉の継承がほとんど。やはり家康には「最強の凡人」の名がふさわしいww

525 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 17:57:26
本能寺がなかったとして、信長が天下をとったとする。すると、基本的にやったことは
秀吉と同じだろう。対外政策では大陸侵攻、国内では、羽柴、柴田、徳川、明智、滝川、丹羽、四国織田、伊勢織田
などによる、大大名による大老制。大陸侵攻が成功したかは誰にもわからない。まあ、元、清が、完全に中国全土を
制圧するには30年以上かかっているから、少なくとも信長存命中にはムリだろう。
スレタイではそうなっているが、短気な信長は高血圧だったろうし、そんなには生きれないだろう。
大陸侵攻成功のパターンは予想しにくいので、失敗のパターンで予想してみよう。

まず、国内を安定させるために将軍、関白、太政大臣のいずれかを目指すことになる。
信長が藤原の融子になったり、系図改ざんをやってみたり七面倒くさいことをするとは
思えないので、おそらく太政大臣を選んだだろう。そして、唐攻めは秀吉との同じ結果になったとする。
また基本的な政策はすべて秀吉のやったものと同じとする。たぶんそうだし。
まず命日を秀吉と同じ1598年とする。上にあげた大大名は四国、伊勢両織田、徳川以外
代替わりしており、大物は家康だけ。その家康にしても、すでに壮年期に入った2代目天下人、
信忠の牙城を崩すことはさすがにできず、悶々としたまま没する。
その後織田政権は50年ほどの安泰が続く。だが、実力と財力を二分しなり大老制のひずみが
出始め、創立期より犬猿の中である羽柴、柴田両家が、太政大臣家が幼君なのをいいことに、
専横を始める。織田政権の二大大名家である二家を止められる人間はおらず、
国内はまッぷたつ、そのうち幼君は死に、織田本家が途絶える。そして、
四国織田、伊勢織田との間に家督争いが勃発、羽柴は四国家、柴田は伊勢家につき、
全国の諸大名もどちらかの勢力に加担し、かの応仁の乱のごとく、織田政権の本拠である、
大阪の地は乱れる。戦乱の世が幕を開ける・・。


526 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 18:02:31
信長が海外へ出兵し、支配地を拡大させるとは思えん。関心はあったと思うけどね。
秀吉以外の織田家家臣や織田一族に、そんな傾向はみられない。



527 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 18:20:05
>>524
 参勤交代なんかはどうだ?
家康の時代ではないが、おそらく彼の構想を官僚たちが受け継いだのだろう。
 家康の頃にも布石らしきものが見られるし。
 くわしくは述べんが、世界史上唯一、地方統治の権限の多くが大名たちにあるという
 封建制のデメリットを逆手にとって見せて、江戸の町を世界有数の首都にしてのけた
 政策だと思うんだが……。
 他にも鉢植え政策、譜代と外様のケースバイケースの使い方など、彼独自のやり方。
 独創性だけでなく精密性も併せて考えれば頼朝をも凌ぐ。

 独創的な政体と言えば他にローマ帝国があるが、アウグストゥスとちがって家康の場合
 江戸幕府の秀逸な制度のすべては自分の血統存続のためにってとこがすごすぎるwww
 それで暗黒面を孕みつつも260年の安定を築いたんだからなー……。

 それはそれとして、やはり指導者として総合値でのトップは信長かな。
 知力のみでなく桁外れの行動力やカリスマってものも含めて。

 秀吉は時代を超えた根本的な独創性まではないが物事の処理能力というか
 与えられた環境の中での工夫の才能が秀逸かと。
 ゆえに全体ではなく個々の戦術を見ればこの人が一番きらびやかだ。
 農民→官僚→武将→関白という経緯をたどっただけあって、この一点では他の二者を凌駕する。
 

528 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 18:24:10
>526
天下統一の仮定での恩賞は与えなきゃいかんから結局領土拡大ということになるだろう・・・
秀吉だって天下統一での恩賞や不満を吸収できれば何も朝鮮出兵など行わなかっただろうに
その背景を無視して出兵したかどうかを推測するのはどうかと思うけど
ちなみに漏れ中学生w


529 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 18:41:00
っていうか、例え基本路線が秀吉と同じでも
秀吉は周りの殆どが自分の同僚であり、出自が農民だったというマイナスが大きくのしかかってる訳で
これが信長なら全く問題外。ご機嫌取りの為に大名に恩賞を大量に与える必要もなく
外様も殆どを殲滅させ、子飼いは大幅に領地召し上げにする(佐久間のように)
織田政権は大名連立政権ではなく、織田家の独裁政権になる

530 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 18:46:19
>528
 526ではないが大人でも物資の概念を無視したウヨやサヨみたいなのがいる中、
 中学生でそこに発想が及べばたいしたもんだ。
 ただ、この場合はちょっと事情がちがうな。
 元寇の時は、当時の武士が初めて体験する総力戦で経済的にぼろぼろになったという事情があった。
 だが、小田原攻めとかで大名の富を絞りとる必要はなかっただろう? 
 ならば、大名たちは秀吉に服属して安定した時代の中での富国政策を選ぶ。
 そっちのほうが利益があるからだ。
 とくにご恩と奉公の主従関係や荘園制などに縛られなくなった戦国大名ならな。
 御家人の権力を保障することでこちらの権力も保障された鎌倉幕府の時代とはちがうよ。
 反抗的な態度を取れば大量の金銀を背景に潰されるのがオチだ。
 俺も秀吉は好きだが、やはり朝鮮出兵に意義があったかとなると疑問で仕方ない。
 そもそもちょっと事前に海外事情を調べておけば明に勝てないことは明白だったのだから、
 たとえ理由があったとしても出兵は避けるべきだったと思うな。

531 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 19:53:29
>>526信長に大陸侵攻の野心があったのは、フロイスの証言で明白だからな・・・。
そもそも秀吉以上に拡大的な構想をもった男なんだから、間違いなくやっただろ。
>>530
大名の中にも、唐攻めに積極的だった者と、そうでない者とに分かれていた。
それに一番問題なのは足軽などの下級階層だ。後の徳川幕府が、こいつらをほっぽらかして、
由井正雪の乱がおこったわけだ。こいつらの不満を抑えるために、出兵が行われた。
逆に、その失敗によって国内に「唐攻めなんてやっぱりムリ」という雰囲気がただよったからこそ、
家康は縮小政策を行うことができたわけだ。いくら秀吉が専制君主だからって、
秀吉個人の領土欲だけで、こんな一大事業ができると思ってる?

532 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 21:07:09
>>531
 んと、由井正雪の乱ってのは、徳川幕府の直轄領拡大による権力強化のための取り潰し政策により
 大量の浪人が発生したのが原因なんだわ。
 最近の教科書にはのってないかもしれんけど、学研かなんかが出してる日本史漫画あたりを
 読み返してみると良いよ。
 あと、戦が終わる=武士の失業とは限らんよ。
 当時の兵制は半農半兵だし、それ以上の武士にも役人としての役目がある。
 軍縮については秀吉の兵農分離政策のことは知ってるよね?

533 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 21:13:26
>>525
まず、国内を安定させるために将軍、関白、太政大臣のいずれかを目指すことになる。
つうか、それ以前に将軍職勧められたんだが、遠まわしにNo!だったはず



534 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 23:27:59
>>532
当時の足軽たちが戦争を望んでいたことはたしかだろ?
こういうこと書くと司馬厨とかいわれそうだが、とにかく、当時の日本全体に、
そういう雰囲気があったのは確かだと思う。無論、そうではない、もう戦争はいいや、
という人もいただろうが、大勢は前者にあった。いかに秀吉でも民意を無視することはできない。
そういう雰囲気の中で、唐攻めは行われたと。で、結果は失敗。
それにより、>>531の言うように、「唐攻めは無理」ということになり、
足軽たちにも厭戦気運がおこる。それにより、次の天下人家康は、
国内縮小政策を行うことができた。いや、これも、そうせざるをえなかった、
という部分もあるだろうな。結局、歴史とは流れであるということだろう。


535 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 23:34:45
>>533
信長が目指したのは、海外領土を獲得して、「皇帝」となり、その既成事実をもって、
天皇の権威を事実上回るというものだったからな。信長が生き残ったとして、
それが成功したかどうかは誰にもわからないが。



536 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 23:53:57
>>531
秀吉以外に賛成してた大名って誰?
秀吉マンセーの譜代じゃなくて、外様でいたの?

537 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 07:49:32
秀吉の海外出兵は、スペインの明征服の野望に際して、先手を打った、
それと、明との対等な立場での貿易を目指していた、という側面もあるからな。
簡単には語れない。外様では、小早川や島津が頑張ってたろ。
それと、賛成はしてなくても、「どうせ失敗に終わる」というのを予想していた
なんて奴はまずいない。そんな史料があったとしても、それは
江戸時代になって、徳川マンセーの学者が捏造しただけ。

538 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 08:23:40
無茶だけど、無茶を頑張ってそこそこ粘っちゃうのは日本人の特性なわけで

539 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 08:35:07
頑張ったのと賛成してたのは違うだろ。
反対でも戦場へ行かされたら、頑張らなきゃテメエが危ないんだし。
それに小早川は豊臣の養子にまでなった立場だからな。
ノーなど言えるわけがない。

島津は海外貿易の旨味を知ってたから分からんが、基本的には太閤の覚えをめでたくしようという輩以外に積極的だったヤツはいないだろう。

540 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 08:50:13
>>508
本願寺みたいなのをほっとくことが旧体制なんだよ。
ある意味信長のおかげで宗教勢力は弱体化したんだから。

経済政策は普通というか…。楽市に関しては独創でもなんでもないけどさ。
土地よりも経済に着目し,堺などの都市とそれらを結ぶ物流ルートをおさえ
てそこから軍事費を捻出する発想は他の大名と比べても頭一つ抜けてると
思うが。その代わりに土地政策はかなり遅い時期から本格化してるけどね。
こんなのに限ってやたらマニアックなやつを小説イメージでほめるんだろうなwww
突出してない存在が多少運がいいだけでそれまで誰もなしえなかったほど
の勢力を獲得できる訳がないでしょ。
小説の影響なんかで過大評価はされてるだろうが,あんたは過小評価すぎだよ。



541 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 08:55:08
>>519
家康の「制度」ってのは昔の焼き増しばっかですよ?
武家諸法度なんて建武式目と秀吉の「御掟」からの引用。
幕府機構だって「庄屋仕立て」ってバカにされるほどですが。

家康を独創という観点から見ると無能。
しかし,前の奴らのいいところをもってくるのは天才。
最後2行はもれの感想。

542 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 08:57:22
>>525
秀吉のような対外侵出はしないと思う。
むしろガンガン貿易やってガンガン儲けようとしたんじゃないかな。

543 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 10:45:29
63 :日本@名無史さん :2006/01/08(日) 07:29:53
>ついでに話が飛ぶが、何故右寄りの人間が多い?
あくまで個人的な意見として言うが、歴史が好きな人(歴史学者ではない)は
真面目だね。だから、学べば学ぶほど、学んだ成果に基づきモノを考えるようになる。
学校の歴史教科書や一般向けの概説書では書かれていない瑣末な事項を
「専門書」を読んで知ると嬉しいわけ。しかし、だ。その場合・・・

例えば軍板に多いが、「なぜ真珠湾の第3次攻撃をしなかったか」という
問いを発する者に対し、「攻撃計画では最初から予定してない」だの
「後知恵」だのと反論しはじめ、終いには「事前の図演では空母2隻撃沈の判定」
だの「零戦の20ミリ機銃弾がない」とか言い出す始末w

しかし反論のほとんどは、どっかの本(戦史叢書とか)に書いてあることで、
それが正しいと思うから、それをソースに、勉強の成果に基づき反論するわけだ。
いうまでもなくその勉強の成果は、「より正しいもの」「真実と思われるもの」に
全幅の信頼をおくものとなり、実現可能性を無視した「仮想戦記」を極度に
馬鹿にする傾向が出るのも、真面目だからじゃないかな。

あと、私が知る限り、歴史学者は無条件に「歴史好き」が多いと思う。
つまり、趣味なのか仕事なのか区別がつかない人が多いね。というか
「飯を食うための単なる仕事」と割り切って、歴史が嫌いな人が
歴史学者をやっているというケースは、寡聞にして聞かないなあ。

http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1136483670/

544 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 11:29:44
歴史を少しでも勉強した人間はメディアの垂れ流すサヨク思想についていけなくなるだけ。

545 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 11:38:59
信長なら中国大陸に直接上陸、標的は東南アジアの貿易拠点って
よく聞くけどそれって信長が公言してたとかいうソースあるの?
それとも状況証拠や信長に対する期待故のものなのだろうか。
生まれながらの大名だけに、さすがに秀吉のような天下継承におけるミスはしないと思うけど。


546 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 13:44:03
上にも出てるが、フロイスの証言。

547 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 14:06:49
大陸侵攻の話が主流になってきてるが、あれは結論づけると、
軍事的には無謀、政治的には意義があり確固とした理由があったということ
ではないだろうか。それに軍事的にも必ずしも無謀であったとはいえない。
同じく明征服の野望を抱いていたスペインの協力を取り付けることは努力しだいで
不可能ではなかったし、そうなるとスペイン艦隊の力で明に直接上陸できるし、
鉄砲武装率最高の日本、スペイン両国により共同作戦が行われたわけで。
だが、実際行われた秀吉の唐攻めは、明の情勢や中華思想、朝鮮の地の寒冷、水軍力
などについてものすごい無知をさらけ出してる。敵を知り、己を知れば百戦危うからず。
こんなことは若い頃の秀吉ならわかっていたはず、唐攻めの時の秀吉はかつての鋭さが全く見えない。
努力次第ではもっといい結果に終わっていたかもしれないのに、
この体たらくでは、やはり無謀といわれ手も仕方ない。
この点、信長ならはるかに有利な立場にいた。
信長が1585年あたりに天下を統一したとして、彼の政策は、敵対勢力を徹底的にすり潰す方針
だったから、自身や譜代の直轄領は秀吉政権をはるかに凌駕するものとなり、
統一力で上。さらに、秀吉より5年も時間の余裕があり、頭脳もまだまだ若い。体力もある。
また、秀吉がスペインと同盟できなかった理由に、この時期にスペインが
その矛先をイギリスに向けたという理由があったが、この頃ならまだ、努力しだいで
再び目を明に向かわせることは可能だ。また、名将秀吉、家康を完全に駒として使える。
秀吉よりはるかにいい条件が、信長にはそろっていたはずだ。

548 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 14:45:06
日本が日本じゃなくなってたよ。
信長があそこで天誅を受けて本当に良かった。

549 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 15:53:52
>>1
織田信成がトリノでメダル取ってたよ

550 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 20:24:18
若い頃はただの「うつけ」だった男が、数十年で「魔王」と怖れられるまで成長した。
そんな男にあと30年もの時間を与えたら・・・

考えただけで恐ろしい・・・・・・・

551 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 21:00:20
中国は軍事征服はできたとしても、支配するのは非常に困難だな。
織田一族と有力武将が中国に移住して皇帝と貴族になる。
しかし、末端まで支配するために、中国人の行政官僚を使わざるを得ない。
織田皇帝も中国化してくるし、日本が中国の一地方という位置づけになって、近代を迎えることになる。
まあ、その前に反乱が起きて滅びると思うが。

ヨーロッパとの交易に関心を持っていた信長は、むしろ東南アジアに進出したと考えたいな。
造船技術で劣っていたというが、南蛮船の一隻か二隻を確保すれば、同じものを作るくらいわけなかっただろう。
マレー半島以東は日本の勢力圏。
ベンガル湾あたりで、イギリスと抗争しつつ、欧米と同時に近代を迎える・・・。

552 :日本@名無史さん:2006/02/14(火) 01:27:19
>>539
朝鮮の役に積極的で外様といえば立花宗茂
まぁ、朝鮮の時も関ヶ原の時も動員数が異常なので、ただの戦馬鹿なのかも知れん

553 :日本@名無史さん:2006/02/14(火) 10:42:27
スペインが明征服を企んでたなんて知らなんかった!
でも、実行しようとしても無理だっただろうな。
遠すぎる

554 :日本@名無史さん:2006/02/14(火) 10:43:50
大航海時代って点からみれば明支配とか戦国的な価値観より
九鬼水軍をもってマニラ占領とか、朝鮮の南に貿易都市をつくるとか
そういうほうが魅力的なんじゃないか。

555 :日本@名無史さん:2006/02/14(火) 10:57:52
あと10年もしたら、老害がでてくるよ。

556 :日本@名無史さん:2006/02/14(火) 13:03:02
秀吉が天下統一するより時間がかかりそうなんだが

557 :日本@名無史さん:2006/02/14(火) 15:53:12
3年で、毛利、上杉、長曾我部、北条、島津を片付けただろうね。
強力な外様は全滅、ってことで、秀吉の政権よりずっと安定しただろう。

558 :日本@名無史さん:2006/02/14(火) 16:46:45
その後が問題だな。やはり中国に攻め込む気だったんだろうか?

559 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 00:07:28
軍事的才能や戦力でいえば、秀吉>>>信長
信長に全国統一ができたとは思えないが、
仮にしたとして、海外に乗り出したかどうかは解らない。
海に興味があったという話でもあるんだろうか?
百歩ゆずって東南アジアを目指したとしたら、
ヨーロッパ勢力とのぶつかり合いで信長の勢力は疲弊する。
そのころに徳川が生き残っているとは思えないから、
(織田が栄えるには徳川は確実に邪魔)
誰か東国勢力、伊達か上杉か後北条かが天下を狙えそう。
ただし西日本には南蛮・東南アジア文化が濃厚となるから
西国文化圏と東国文化圏の違いは決定的となり、
東国は伊達か上杉か後北条、西国はポスト織田(明智?柴田?毛利?)
の東西分裂となる。
東国は鎌倉幕府と徳川幕府のブレンドのような封建体制。
西国は安土桃山時代的な豪華絢爛な専制君主的王朝ができる。。。


560 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 00:10:39
年寄りになったと思う

561 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 00:59:01
>>559
同意
だけど伊達の台頭は難しいんジャマイカ?

562 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 02:12:41
織田の天下に上杉や後北条や伊達が大大名として残ってるものかよ

563 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 02:47:17
>>562
織田と北条って同盟関係じゃなかったっけ?

564 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 04:46:14
          l|     ト、
         l |     ヽヽ.
        l |、 -‐lヽ-ヽヽ.
        ,イ 」_  | ヽ._ヽヽ
      / └-...二|  ヽ/.゙l
      l    ,. -ー\,,/. 、  l
     |   /____';_..ン、 |  
    /、./´<二> , 、<二ン ト!   
  / /|  ,----─'  `ー--、.| \
 <-‐''" !/    ( _●_)  ミ   / 朝鮮人 射殺!!!!!
  `''‐ ._彡、     |∪|   、`\
    /  |  _r'゚lヽノニl]_ ____/l             
fニニニニllニニ|  \[ l===ニニl]}||||||||ll]}コl|====iニコ
|l_,,=-'''~  | \... ヽ'''ニ「_,,,l⌒l。__。_]三i三三iF
      | 〈,,/ヽ___)|ll [`ー' ̄ ̄     
      |  /\ \ '''~
      | /    )  )
      ∪    (  \
            \_)


565 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 05:19:40
>>563
>>559の推論じゃ、同じ同盟者である家康が潰されてるのに?

566 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 05:50:00
秀吉と信長の野望について
信長は元々野望100に香木を所持したら110になる
秀吉は元が95だから最高105にしかならない
それでも天下人としては十分だけど…
本能寺が無かったら信長は70歳位まで生きる、常識だよ。
騎馬鉄砲隊の鈴木重秀と伊達政宗とあつ片倉の三人で朝鮮に攻め入れば
相手は歩兵だから鴨だよ
あと相性が悪いが本願寺顕如と下間一門は優秀だから斬首しないほうが良い


567 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 08:02:15
何というゲームか知らんが、
戦国シミュレーションゲームの開発中
本能寺で信長が死ななかった結果、どうした訳か
細川ガラシャが天下を取ってしまった事があるそうな

568 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 10:25:00
後北条より先に徳川を先に潰すっていう発想がわからん。
徳川なんてほとんど部下みたいにしてたんだから、最後まで使いきるだろう。
それよりも早雲から続く戦国古参の北条が関東にいるほうがやっかい。
いくらなんでも関東を手に入れないわけないし、どけといってどくなら小田原征伐も
なかったし、それなら北条は消える。誰にやらすかは徳川。

569 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 12:07:41
    /゙ミヽ、,,___,,/゙ヽ
    i ノ       `ヽ'
    /  `●   ●´i、   ニャァ〜
   彡,   ミ(__,▼_)彡ミ  
    ,へ、,   |∪|  、`\
 _ / .___'  ヽノ `/´>  )
( (___)    / (_/
 ゝ.,__|        /
    |  /\ \
    | /    )  )  ニャア
    ∪    (  \   ニャア
           \_)         猫の国にあってると思います


570 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 16:36:06
そもそも北条って織田家と同盟やや従属的な同盟ではなかったか?
従属と言うと語弊があるが、織田が明らかに上で北条が下。
信長公記でも北条側がしきりに貢物(鷹や珍品)を貢上したり
関八州は任せてください。のような台詞も見られた。

懐柔外交かも知れないけど

571 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 20:00:04
北条は、相模一国か、東北への転封を承諾すると、生き残れるかもしれないな。
島津は、薩摩一国。

572 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 21:20:45
素人目から見たら、そうだな。
海外出兵はしなかったんじゃないかと思う。国内の体制を固めながら同時に欧州の先進性に目をつけて
欧州を学んだと思う。となると、やはり目を向けたのは大海の向こうで対外貿易に力を注いだと思う。
まあ、全部やりきる前に亡くなったと思うけど・・

573 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 14:20:21
>>570
 それは立場の問題だろう。
 いざ、関東以外を全部片付けた後、北条を部下のまま存続させるというのは危険だ。
 向こうが妻子を差し出す等の形で明らかな臣従を示してこないかぎりはな。

574 :日本@名無史さん:2006/02/20(月) 10:05:56
自力で切り取って五代続く家を手放す恥辱を受け入れる家とは思えない

575 :日本@名無史さん:2006/02/20(月) 20:47:14
どっちにしても、北条に関八州を任せるわけがない。
協力な外様は、降伏して、一国だけの支配を許されるか、さもなくば滅亡しかない。

576 :日本@名無史さん:2006/02/21(火) 03:37:45
なんでひとつの役職しか就かないと思うのか?三つとも織田家で独占してし
まった方が国内安定につながると思うが、それに信長なら家臣でも大大名を
持つことはないと思う。必ず領地・財力に制限をつけるのがどこの国の初代
でもすること。家康しかり。秀吉の場合は事情が違ったけど。


577 :日本@名無史さん:2006/02/21(火) 12:00:33
長宗我部みたいにもとの領地に戻されるんなら、北条も伊豆一国とかだろうな
まぁ北条の場合五代続いてるから戻されるという感じではないけど

>>576
信雄を征夷大将軍、信孝を関白
信長が日本国王か天下王で嫡流が継いでいく。

578 :日本@名無史さん:2006/02/22(水) 00:28:58
信長は、国土統一した後は、中央集権化していたと思う。

579 :日本@名無史さん:2006/02/22(水) 03:37:13
>>578
 それができりゃ家康だってやってたさ。
 律令制の時みたいに戦国大名の頭のあたりだけ潰して、直属の家臣を派遣するか?
 たぶん上手くいかんと思うぞ。
 むしろ、地方統治というか大名の支配体系だけなら徳川幕府のやり方が
 あの当時でできる一番賢い選択だったような気がする。


580 :日本@名無史さん:2006/02/22(水) 09:38:33
同意あげ

581 :日本@名無史さん:2006/02/22(水) 13:07:28
まあ、理屈を詰めていけば完全な中央集権と世襲によらない優れた独裁の組み合わせ
が最良の統治なんだろうが、現実の歴史で白眉な政体ってのは状況に合わせた
ケースバイケースなんだよな。



582 :日本@名無史さん:2006/02/22(水) 16:36:17
>>579
信長後半の軍団構成をみてると以外につくりあげそうだけどねぇ。
勝家軍団とか理想的な形じゃないかな?

直参大名が地方長官の命令の下で働く。
直参は地方長官の目付役も兼ねるみたいなやつ

583 :日本@名無史さん:2006/02/22(水) 17:31:40
あの時点の信長軍団をみて後の織田政権の全貌を類推するなんて不可能に近いけどな

584 :日本@名無史さん:2006/02/22(水) 19:21:34
>>582
あれは天下統一の過程の軍事政権だからこそだろう。
 部下に兵力をもたせにゃどうにもならん。
 統一後も勝家や秀吉級の権力を与えていたら、今度は信長没後に
 彼らが地方で独立して力を持ってもとのもくあみって恐れがないだろうか?

585 :日本@名無史さん:2006/02/22(水) 20:35:02
当然、勝家や秀吉・家康級の牙を抜くことも考えていただろうさ。

586 :日本@名無史さん:2006/02/22(水) 20:40:31
その前に自分の牙どころか命がとられたがなw

587 :日本@名無史さん:2006/02/22(水) 20:45:53
>>586
ワロタww

588 :日本@名無史さん:2006/02/22(水) 20:50:04
与力の指揮権を外してしまえば、
領地自体は1ヶ国くらいしかないから
権力と言うほどの力は無いんじゃないか?

本能寺の変の時も与力はほとんど明智に味方しなかったし。

589 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 01:13:45
>>579
それを意図してたと思うから、結果上手く行かなかったんだと思ってるんけど…

590 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 02:10:48
>>589
 260年、比較的豊かで安全な水準を維持してつづいた江戸幕府を上手くいかなかったというのはどうだろう……
 欠点も暗黒面もない永遠普遍の国体なんて現在にいたるまで理論上でさえ発見されてないわけで。

591 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 02:44:24
うまく行かないって言うのは、幕藩体制じゃ無くて
中央集権の事じゃないの?

592 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 12:56:41
徳川幕府って中央集権目指してたのか?
しかし、そんなの目指さんでも
徳川幕府の中央の力はそのへんの中央集権国家よりよっぽど強かったぞ。
江戸の人口見てみるといい。

んと、それとも信長が中央集権目指してたから失敗したってことか。
それは少し早計だと思うんだが。

593 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 15:27:54
少なくとも地方分権は目指してなかった。

594 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 17:34:44
右府様の天下が見たかった・・・

595 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 17:48:12
>>592
 そりゃ当たり前だよ………。
 よっぽど特殊な事情がない限り封建制君主でも地方分権なんて目指さんよ。
 ただ、中央集権制と封建制の決定的なちがいって、中央から地方官派遣して
 そいつに統治させるかどーかってことだろう。
 たしかに江戸幕府の封建制は経済、官僚システム等の点でかなり特殊だが、
 そこには手をつけてない。あくまでも封建制のまま中央に権力集めてるのが
 きゃつらのすごいところだ。
 現状に合わせた巧みなやり方だったからこそ『失敗』しなかったんじゃないか?
 
>>594
 同意だ。
 個人的には武田信玄あたりの天下も見てみたい。信長ほど面白いものには
 ならんだろうが。
 時代がちがうが、平清盛なんかの天下も見てみたいもんだなぁ。

596 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 17:54:46
訂正。
清盛によって完成された平家政権を見てみたかったってことです。 

597 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 18:03:44
>>20

それって本宮ひ○志じゃないですか(笑)

598 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 18:08:39
でっかいのう〜

599 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 22:02:50
>>592
意味は後者ね。

600 :日本@名無史さん:2006/02/25(土) 01:29:22
つか、信長死んだの48くらいだったろ?
30年はいくななんでも無理ぽじゃね??
人の人生50年だし。
あくまで敵殲滅の信長だったら、秀吉よりも天下統一は遅かったと思うし
アジアの地図まで影響ないだろ

601 :日本@名無史さん:2006/02/25(土) 02:00:03
>>600
はいはい。

602 :日本@名無史さん:2006/02/25(土) 02:49:15
信長の一族は寿命まで生きた奴は悉く長生き

603 :日本@名無史さん:2006/02/25(土) 13:56:19
>あくまで敵殲滅
降伏した敵は殲滅なんかしてませんが?

降伏するかどうか判断の違いは国力差が大きい。
差が広がってきて、他が降伏も考え始めたころに本能寺。
秀吉は最初から国力差が大きい時期から始められただけ。

604 :日本@名無史さん:2006/02/25(土) 15:22:54
>>603
そうなの?
よく信長なら島津を皆殺しにしてたっていう意見を聞くけど

605 :日本@名無史さん:2006/02/25(土) 15:46:37
>>604
それはおそらく信長のイメージ像に立脚した主観論だと思う。
 本願寺のアレは相手が宗教で根絶やしにせにゃどうにもならんかったから
 こその焼き討ちなわけで。
 信長はそれを破るデメリットよりメリットの方が大きいと判断すれば後世の
 人道主義どころか当時の道徳的価値も一切省みんような人だが、利益を損ね
 る殺しはせんよ。
 自分以外の戦国大名の種を根絶やしにして中央集権に、って目的があれば
 島津皆殺しもいいが、当時の日本でそれは不可能だし実際他の戦でもやってない。
 降伏した敵をあまり過酷に処遇すると現地の勢力がなびいてくれなくなる。
 他の国の敵も全滅するまで戦い続けるようになってしまう。
 さらにやりすぎれば今までに降伏した敵が危機を感じて反乱しかねん。
 かと言って処遇するべきところで冷酷にならんと後で自分の首絞めるのは平清盛
 の例が示すとおりだが。
 比較的敗将に寛容な秀吉もそのへんは狡猾にやってる。こういう飴と鞭政策は
 家康が一番上手いかなとも思うが。

606 :日本@名無史さん:2006/02/25(土) 16:37:57
信長さんは島津が邪魔だったんだー!

607 :日本@名無史さん:2006/02/25(土) 18:31:08
いずれにしても信長のやり方がまずかったから天下をとれなかったことについて。

608 :日本@名無史さん:2006/02/25(土) 18:41:09
本願寺は根絶やしなんかされてないし
やりすぎたから暗殺されたわけだが

609 :日本@名無史さん:2006/02/25(土) 20:37:55
>>608
まあ、根絶やしという言い方は語弊があったな。
 しかし、光秀についてはやりすぎ云々関係なくて、単純にチャンスだった
 からだろう。
 仮に秀吉や家康が光秀と同じ立場にいてあの誘惑に抗しきれたかどうか。
 ま、たしかに信長は世界史レベルでトップ10に入るような為政者では
 ないし、欠点もあるがそれでも総合的には十分超一流だと思うぞ。
 

610 :日本@名無史さん:2006/02/25(土) 20:40:08
あ、もしかして光秀は本願寺にけしかけられたとかいう陰謀史観じゃないよね。
あの手の珍説はもっともらしいし面白いんで惹かれる気持ちも分かるが、
距離はおいたほうがいいぞ。
ちがってたら失礼。

611 :日本@名無史さん:2006/02/25(土) 22:07:03
林、佐久間を追い出したのも影響してるかもよ

612 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 08:42:27
>>609
信長は超一流であることを認めるものだが、しかし日本史レベルでもベストテン入りがやっとだろ。


613 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 14:23:42
>>612
日本史でベスト1って誰よ?

614 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 14:54:20
アテルイとか言い出す。

615 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 14:56:41
徳川家康。天下泰平の世の基礎を築き上げた。
家康は信長あってこそだが、信長には出来ないことをやったのは間違いない。

藤原不比等、平清盛、源頼朝、北条義時、足利義満、豊臣秀吉が信長を上回るかな。
信長は彼らのように天下を治めていないんだから劣るといわれてもしかたない。
つーか、信長がいくら偉くても世界史レベルってのは無理ありすぎ。

616 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 15:45:10
つーか、信長以前に
世界史レベルの日本人なんていんのか?

617 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 16:10:50
どんだけ信長すげーんだよw

618 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 17:31:34
>>616
日本人舐め過ぎ

619 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 19:11:01
かもしれないが信長は世界史レベルではない。
信長を世界的な人物だと思うやつは井の中の蛙

620 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 19:48:02
信長が殺されたから凄くなかったというか、光秀自体がクーデターの指揮者と
して凄いってのもあるけどな。油断という以上に凄い成果上げてるけど、
あまりにも可能性が低くて破滅的。それでも軍事行動に移す狂気の程は凄いよ。
ただ暗殺とかいうものじゃないし。

621 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 19:49:21
世界史レベルといえば源義経。
なんせチンギスハーンになって世界征服だからね。

622 :日本@名無史さん:2006/02/27(月) 22:30:29
すげーよ義経!
まあ、天狗に武術を習った彼なら

623 :日本@名無史さん:2006/02/28(火) 14:10:56
信長は何になったの

624 :日本@名無史さん:2006/02/28(火) 14:25:33
第六天魔王

625 :日本@名無史さん:2006/02/28(火) 20:17:21
>>623
生まれ変わってスケートやってる。

626 :日本@名無史さん:2006/03/01(水) 16:39:31
ああ、イナなんとかの

627 :日本@名無史さん:2006/03/03(金) 18:46:38
違うよ、スピードスケートで絶対メダル取るって豪語したのにヘボった人。

628 :日本@名無史さん:2006/03/04(土) 18:16:18
ああ、なんとかバウワーの

629 :日本@名無史さん:2006/03/06(月) 13:04:50
ベッケンバウアー

630 :日本@名無史さん:2006/03/07(火) 21:52:38
ジャックバウアー(ドイツ系)

631 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 01:56:40
主観がかなり入ってるし、そもそも順位付けに意味はないことを知りつつの遊びだが、

世界史レベルトップ10
1カエサル 2オゴタイハン 3ナポレオン 4オクタヴィアヌス 5曹操
6ペリクリス 7ダレイオス1世 8チャーチル 9冒屯 10ハンニバル
次点 アレキサンダー
日本史トップ10
1徳川家康 2天武天皇 3足利義満 4織田信長 5源頼朝 6大伴金村 
7平清盛 8坂本竜馬 9豊臣秀吉 10源義経 次点 藤原道長
ってとこだと思う。
素人なりになるべく色んな要素をバランス良く考えてみた。
一番重視したのが統治能力。次いで外交軍事人望演説謀略前線指揮能力といった感じ。
アレキサンダーはかなり好きだが、その業績の(結果はともかく)過程を見るに戦術能力以外
はずば抜けていたようには思えなかったので低めにした。
……でも、半分くらいは単に好きな順番かもorz

カエサル、家康がそれぞれ一等なのは、どっちもすべての要素においてトップ
レベルといってさしつかえない力量を備えていたこと、後継者の力も借りたと
はいえ彼らの創った政権の安定期が長く、豊かだったこと、その制度が独創的
かつ合理的だったこと等によるもの。


632 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 02:01:36
追記。
家康と同じく万能型にも関わらず、秀吉の順位が低いのは朝鮮出兵による減点と
築いた制度がおおざっぱであまり持続性のないものである点を評価して。

信長については、もしあと30年生きてたら家康抜いて一番になったかもね。
とゆうかなってほしい。

633 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 02:33:41
さらに追記。
ついでなんで、戦国トップ10も。異論歓迎。ヒマ人だな、俺。
1家康 2信長 3秀吉 4武田信玄 5石田光成 6毛利元就
7斉藤道三 8前田利家 9上杉謙信 10真田昌幸 次点明智光秀    

過程を軽視はしていないつもりだが、基本的に結果主義で評価したのでホトトギス三人組
がトップに。だが、信玄の位置については俺も正直疑問。
逆に光成はあの悪状況であそこまでやった点を評価して。
元就は最初から比べての統治範囲の飛躍的拡大を、利家は加賀を肥やした内政の才を。 

634 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 04:04:45
世界史板の過去ログ探せばどっかにあると思うが
世界史における三人の偉人を挙げるスレみたいなのがあって
100レスもいかないうちに

チンギス・ハーン
始皇帝
ムハンマド

に決まったから
正直、西洋で色々やった程度じゃ、世界史レベルでの影響は小さいんだよ
ってか曹操とかいう小物を入れないでくれる?中国史でもトップ10にはいらねーよ

635 :634:2006/03/15(水) 08:39:21
単純に歴史に与えた影響力だけを考えるなら、その三人ではムハンマドが一位なのでは?
他にも学者技術者発明家等がもっとずっと重要になってくるだろう。
あと、間接的に考えればヨーロッパ文明が近代に与えた影響とかって小さくないような気がするが。


636 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 08:40:32
失礼634改め633だ。

ついでだが、始皇帝が二位な理由は?

637 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 08:43:03
あとチンギスハンよりむしろオゴタイじゃないか?
ユーラシアネットワークとか世界に与えた影響の強いことしたのは?
チンギスは統治手腕もたしかにすごかったんだろうけど。

638 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 08:56:31
曹操を入れたのは中国史には珍しい(日本だって家康くらいのもんだが)万能型の指導者だからってことで

639 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 12:14:51
万能型が何を示すのかわからん
劉邦も劉秀も楊堅も李淵も李世民も趙匡胤も朱元璋も永楽帝も順治帝も万能型でないというのか?
たかだか中国半分を支配した程度に劣るというのか

640 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 12:27:23
すまんが妄想は他のスレでやってくれ

坂本龍馬とか ハァ?

641 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 14:38:42
まあ、順位付けなんてすればこーなるか……。ちょっと前の方で話題になってたから遊んでみようと思ったんだが。
640の一行目のみについては俺も同意だ。
領土が広けりゃえらいっていうならスターリンだって大英雄なんだが……。
坂本竜馬は置かれた立場と比較しての功績を考慮してのことだ。ちなみにここでは
大政奉還やらの立役者は一応竜馬として考えておいた。
たしかに、完全結果主義でいくなら大久保伊藤あたりを挙げるべきかもしらんが。正直
俺は義経よりも木曽を挙げるべきか迷ったくらい過程も考慮したんで。
一番つっこみきそうな大伴金村ダレイオスあたりについてまったく指摘がない
のは不思議だな……。
にしても、歴史なんてはっきりしたこと分からんのだから解釈は幾通りにも
別れるしそれが楽しいんだろうに、度量の狭い奴らだな。
まあ、去ることにしよう。

642 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 15:43:55
坂本竜馬はなんもやってないし。

643 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 15:57:35
>>641
勝海舟は?
陸奥宗光は?
吉田茂は?
今川氏実は?

644 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 16:01:13
>>634は別に順位関係ないし(あえて言うならムハンマド=チンギス>始皇帝)
始皇帝が中国を作ったというのは歴史的事件
近代に与えた影響が〜程度では収まらん。(ってかカエサルやハンニバル、オクタヴィアヌスとか明らかに古代じゃん。苦しすぎ
曹操と同じような領土を持つ宇文泰や梁武帝も充分万能型であり、その政策や思想、文化は充分後世に影響を与えている
なのに曹操だけってのは、明らかに知識が足りてないだろ、お前

ってか日本史なら先ず桓武天皇は十指に入るべき
道長、義経はイラネ(ってか藤原氏で道長を入れるのがワケワカラン
伊藤大久保あと西園寺あたりが近代からノミネート


645 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 17:43:21
仮に本能寺の変が無かったとして、日本統一に10年前後は掛かるだろう。
それから朝鮮出兵の折、秀吉は肥前名護屋で指揮を執ったが、
信長の場合、自ら戦地へ赴くかも。
朝鮮統一、勢い明へ進攻、、なんてことも考えられるが、
彼の事だから光禿でなくとも、その過程で誰かに討たれる可能性はある。

646 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 18:28:26
信忠生きてりゃ問題なし

647 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 20:02:17
30年だと80歳だから、死ななくても残り10〜20年だったな
毛利、長曾我部、上杉と、これだけでも大変だけど
なんとか武力で屈服させるか・・・微妙だな。そこから先はまず無理かと・・・

信忠に後を継がせるまで必死に戦いそう
んでもって信忠は将軍か関白にでも就かせて
そこから織田政権が正式に発足、あとは政戦両略で諸侯を従わせる

648 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 20:20:02
毛利は和睦したがっていたし、上杉も越中を完全に失えば和睦に傾くだろう。

長曾我部は秀吉時に比べて毛利軍の伊予進行がない分長引くかもしれないが、
そう長くかかるとは思えない。
毛利が降伏した後、参戦する展開も期待できるし。

2年もあれば九州攻めに取りかかれるだろう。

649 :日本@名無史さん:2006/03/15(水) 20:20:38
>政戦両略で諸侯を従わせる

どちらかというと豊臣政権がそれだろ。
信長に最初からそれが出来りゃあ苦労しない。

650 :日本@名無史さん:2006/03/16(木) 02:34:32
井沢元彦が言うに、信長が生きていたならば南方に進出して、フィリピンを制圧。
あの当時に数千人の軍隊を組織できる国はヨーロッパでも限られていたそうだ。
インカ帝国を制圧したピサロも数百人の手勢しか連れていない。
従って、数千人の軍隊を組織できる信長軍団なら瞬間的にフィリピンはとれたらしい。
その後、さらに南下して東南アジアを制圧。
(井沢氏が言うにヨーロッパの各国が東南アジアを制圧できたのだから、日本ができないわけがない。らしい・・・。)
その後、オーストラリアを制圧し、環太平洋沿いにピサロよりも早くインカ帝国を制圧する。
らしい・・・。

しかし、井沢氏は本気でこのように思ったのだろうか。
津本陽との対談集で言っていたので、大げさになってしまったのだろうか。

651 :日本@名無史さん:2006/03/16(木) 10:15:26
>>650
確かに西より南のほうがリスクは少ないだろうが、
のちのち西欧の風当たりが厳しそう。
1590年代に信長が日本統一、そして信忠に政権交代。
暫く治安と軍事の地盤固めをして、どうかということになるかな。

652 :日本@名無史さん:2006/03/17(金) 02:10:53
         ・・・人間五十年
     qΛ Λ   下天の内ヲ
     (´`ω´)   くらぶれば
     ⊂||y||つ<)  夢幻之如くなり
      ノ_/'ノゞヽ
              一度生ヲ受け
     qΛ Λ   滅せぬ者之
     (´`ω´)   有るべきか…
     く/jつつ<)
     ノ_/'ノゞヽ


653 :日本@名無史さん:2006/03/17(金) 03:17:37
あと3万円あったら勝てたのに

654 :日本@名無史さん:2006/03/17(金) 06:20:26
日本に100万人いる在日韓国人(在日朝鮮人)のBIGな特典〜(≧∀≦*)ノ
お前らの周りにも日本人のフリした在日がいっぱい!学校だと1クラスに1〜2人はいるぜ!

「欠陥民族」と科学者に断言されてもこんなに特典あるからええねん!うらやましいやろ!在日韓国人に産まれて良かったわ!
おめーら日本人は在日のために必死こいて働いて税金おさめろw

知らんだろうが、政治界じゃ、偽名で日本人っぽくなってるけど北朝鮮やヤクザとつながってる在日がイッパイ居る!
そいつらが在日が楽に暮らせるようにしてくれる!w
ヤクザも在日ばっかだしお前ら日本人を毎日しばきたおしてるわ!w
在日のほうが日本人より背が高いし(在日は180cm超えが多い)

これからも日本を食いつぶして、北朝鮮と韓国が共同して日本を乗っ取ってやる!
ちょっくら俺ら在日の特典でも見せてやるよw平和ボケのビンボー日本人www


[地方税]  土地を格安で持てる!
[特別区]  居住区の税金いらず! 軽自動車も税金いらず!
[年 金]  年金も払わなくてももらえる!
[都営住宅] ローン滞納しても、差し押さえ延長!(実質差し押さえされない!)
[水 道]  基本料金が無料!!
[下水道]  基本料金が無料!! さらにトイレも無料設置!!
[放 送]  NHK受信料も無料!!
[交 通]  都営の鉄道まで無料!! しかもJR定期券は割引!!
[衛 生]  保険関係の税金もすべて割引!!
[教 育]  小学、中学、高校の学費がタダ!!
[通 名]   免許や学校や就職のための、日本人風の偽名がタダで作れる!(キムヒチョン→安田太郎 とか)
[犯 罪]  凶悪犯罪を犯しても、実名報道されない!裁判では同情されて刑がすこし軽くなる!w
     (レイプ犯、殺人犯は在日だらけw特にレイプ!在日がお前ら日本人のメスどもを車に引きずりこんで犯しまくって廃人にしてるぜ!毎日レイプは起きてるwww)
[生活保護]  家族の人数 × 4万円 + 家賃5万円 を毎月国からプレゼント!!働かなくてOK!!


普段はいい人ぶってたらオッケーwいざとなったら「在日への差別だ!」と言えば勝つしwww

655 :日本@名無史さん:2006/03/17(金) 10:27:09
信長は秀吉・家康と違い、人心掌握・人間的駆け引きが苦手だから、第二の光秀・長政が生まれるるだけ。国内の戦国時代集結に精一杯

656 :日本@名無史さん:2006/03/17(金) 10:31:57
信長は力任せで、人を丸め込む術や現代政治的な駆け引きが下手糞。かえって力こそ全ての価値観が続き、謀反・やられたらやりかえせみたいな価値観が続き戦国時代が長引くだけ。ちなみにそういう価値観をストップさせたのが、秀吉

657 :日本@名無史さん:2006/03/17(金) 10:45:13
信長がクセモノの島津・伊達に駆け引きで勝てるのか?小田原城は落とせるの?強引な信長に光秀以外に疑心暗鬼になる家臣は皆無と言う保障は?何考えてるか分からない家康がいつまでも信長べったりの保障は?よって信長の天下完全統一は難しい。

658 :日本@名無史さん:2006/04/02(日) 00:05:22


659 :日本@名無史さん:2006/04/02(日) 18:04:26
九州東北の他の大名は織田家に貢物を送ってる。
北条は関東で手一杯だから織田には対抗しないと思う。
後継者の信忠もいる状況では全員一致で反旗を翻さないと無理。
家康も何らかの原因で織田が弱体化しないと動けない。

よって信長の天下完全統一は易しい。
ただし秀吉のように中途半端はしないから時間がかかる。

660 :日本@名無史さん:2006/04/02(日) 18:06:09
正直、 

あ ん ま 変 わ ら な い

歴史の流れはだいたい同じ

以上

661 :日本@名無史さん:2006/04/02(日) 18:09:13
言い得て妙だな

662 :日本@名無史さん:2006/04/02(日) 19:31:43
信長が天下統一したらそのまま海外雄飛ってイメージが多いが
信長の場合 国内統一の後新しい国家体系整えたりするのが急務だろ。
 秀吉や家康が彼の下にいる点からして信長の目指す国も
彼らの施策から類推できると思う。

 朝廷官位で武家の序列を定めたり諸法度だし、あとは江戸幕府より
若干幕府の指導力を強めたような幕藩体制ってとこだろ。
 ただ信長の場合商業への造詣も強いから全国の街道や湾岸を握って
流通経済への対処は江戸幕府の比じゃなかったきはする。

 あと信長の大陸出兵だが・・ある程度はやったと思う。
というのも秀吉の出兵自体が
信長のパクリ
イスパニアの明国征服の動きより先んじる。
全国乃武士を総動員する軍事的行動で国家としての内外への示威行為
といった意味合いからして出てこざるを得ないもの。

 ただ織田信長と秀吉の違いは(あくまでイメージだが)
秀吉の際には秀吉が痴呆化して
出張った武士が点より面、農村の支配にこだわりがちなきがする
のに対し
信長の場合、秀吉も健在だし港湾や沿岸の租借と交易利権の
確保に留めると思う。
信長は結構強いやつには無理な戦はしないやりかただし敵との妥協も
してきている。
ただシーレーン確保のため台湾の領国化や
中国の港湾都市の領地化
遠洋艦船の確保と重視はでてくるだろう。


663 :日本@名無史さん:2006/04/02(日) 19:47:47
で信長の大明征伐や遠洋艦船の確保といったのも海外雄飛のためじゃなく
国内経済のためといった側面が強いと思う。
 当時明の対外貿易の権利を一手に握れば日本は一気に
世界第一の富裕国に伸し上がれる。
信長自身は下の武士やら時代の要請から家康のように
未開拓地の開墾や全国市場の整備、各地の殖産興業の奨励
といった重農経済をしないといけないだろうが
同時に貨幣経済、海外交易といった新しい変化への対応から
大明征伐で当時の明の交易ルートを一手に掌握し
そこからくる経済力で国内の開墾開発、経済成長を促す
くらいはできるとおもう。

 信長の代で蓄積できるというか道筋ができた日本という国
が海外進出に乗り出せるのは信忠か、その子の代
多分、それまでに東南アジアの日本人街との関係強化で
競合相手の欧州との諍いを有利にしようと言う国策も出てこようし
 鄭成功の救援に織田日本が乗り出したり
と本格的な海外進出の雰囲気になるのは史実で言う家光の代くらい
 雲烟万里を越えてメヒコインカに乗り出すのはまだ先だろうけど
千島列島樺太からアラスカ
一方ではインドでの交易くらい。



664 :日本@名無史さん:2006/04/02(日) 19:49:48
ここまでくると日本と欧州の距離の差からくる技術力の差も
問題でなくなる。

 欧州の場合複数の国が切磋琢磨し国際的に進出までして
軍事的術が磨かれたが日本の場合も明での戦やら欧州との抗争
と言う必要性が技術力の向上は促す。
ましてバックに広大な国土、大きな人口、潜在的な能力は欧州に引けを取らない
日本人(江戸時代での日本人の水準からしても)
を過小評価して欧州との距離が離れているから出遅れると言うのは
杞憂だと思う。

 まあ妄想だと西欧列強に日本帝国、南明帝国、清帝国が加わるくらいの変化
になったのでは・・と思う。

665 :日本@名無史さん:2006/04/02(日) 19:56:16
以上、夢と現実の区別がつかない厨の妄想をお送りいたしました。


終了

666 :日本@名無史さん:2006/04/03(月) 13:32:00
http://hp27.0zero.jp/533/sengokudai/

667 :日本@名無史さん:2006/04/03(月) 20:29:07
最初の数行はうなずける。後は読んでない。

668 :日本@名無史さん:2006/04/03(月) 23:34:10
79歳になっていた。


669 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 03:56:36
天下を統一してたのはガチだな。 あの時点で信長に対抗できる、単独勢力なんて皆無。 毛利を滅ぼせば、本州で残る最大勢力は北条、上杉のみ。 伊達などはあの時点では、発展途上で眼中になし。

670 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 12:48:35
統一しても後から後から裏切りで敵が増えると思われ。

信長=項羽

671 :日本@名無史さん :2006/04/04(火) 12:51:35
項羽よりも、経済感覚はあるだろう。

672 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 13:45:32
国内の統治は信忠に任せて自分は海外遠征
あるいは
国内の統治は自分がやって海外遠征の大将は信忠

で同時に進行するぐらいはありそうなことだと思うが

673 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 13:47:08
うむ、まああの時代に信長を越えるようなやつはいなかったしな
発想が違いすぎるんだよ


674 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 13:56:44
信長が長生きしたところで歴史は大して変わらんな

海外遠征にしたって、どうせ秀吉と同じ北ルートだろう
明軍にボコられて失敗だろう

そして信長死後撤退→徳川幕府成立

そして後年の評価は
「信長は最初は良かったが、晩節はひどかったな」と秀吉の評価と似たり寄ったりになっておしまい

早く死んだことで得しているな。こいつは

675 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 14:34:15
信忠がしっかりやっていればそれ程酷くは言われない。

676 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 14:47:55
秀吉という天才を擁しながら、裏切られまくれ50年生きてもやっと近畿と東海を抑えることしか出来なかった信長w
その状態から、わずか8年で旧織田家をまとめ天下を統一した秀吉とは比べるまでもないw
まあ信長なんて秀吉がいなかったら、美濃にも伊勢にもいけず早晩武田あたりに滅ぼされてたなw

677 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 15:09:18
秀吉厨か、珍しいなw。信長に仕えてなければ、足軽頭くらいで出世止まってるわけだがw

678 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 16:56:28
秀吉の方から信長に積極的に取り入られようと攻勢をかけていたことは見てみぬふりか?
秀吉は、少しでも信長に取り入られるようになるために信長の愛人、生駒の方の家に通って懇意になったりと
色々、アピールしている。
秀吉くらいの主君にアピールする能力に長けているなら他の殿様でも出世できたんじゃないか


信長は運だけでのし上がった小物
神君家康公の助力がなければ姉川で屍を晒していただろう

679 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 17:21:08
家康と入れ替わりだったら、家康は愚主相手にさくさくと領土拡大、畿内制圧
一方の信長は途中でぶち切れて終了。

680 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 17:26:27
なんか痛々しい厨が湧いたなw

681 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 17:42:06
大丈夫 もともと信長生きてたら欧州が云々とかいってる痛々しいスレだからw

682 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 17:44:07
>>677
>>680

信長は天運がついてたね、
当主の時期と周辺勢力の没落期(暗愚な大名へ代替わり)が重なった
大友宗麟なども大内家内紛で労せずして強大化したあたり、よく似てる。

683 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 20:30:15
あと地理的な要素だな
もし信長が、武田上杉にはさまれた川中島の領主だったらとても天下は望めなかったはず

684 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 21:17:49
舘ひろしを弁護するようなスレだな

685 :日本@名無史さん:2006/04/05(水) 18:48:34
後の天下人秀吉を、無能古参や裏切り者より下位の4番手あたりに留めてるんじゃ
信長の人を見る眼もたかが知れてるなw

686 :日本@名無史さん:2006/04/05(水) 21:10:43
秀吉は信長がいてこそというのは事実かもしれないが、
それはスタート地点が違いすぎるから公平な評価ではないな。
では信長が足軽だったら秀吉ほどの活躍できるかっていう無理。
槍持って駆け出す無名の男として名を成すこともなく戦死していただろう。

687 :日本@名無史さん:2006/04/06(木) 03:14:35
秀吉様を崇めるスレ作りなさいよw。話にならんよw

688 :日本@名無史さん:2006/04/06(木) 13:43:23
>>687
もう降参ですか?

689 :日本@名無史さん:2006/04/06(木) 15:26:55
信長厨は秀吉厨に敗れて泣きながら去りました。


    終了

690 :日本@名無史さん:2006/04/06(木) 21:33:10
2002年 香川大学農学部当時33歳の助教授が学生に「一緒に寝よう」などと
    言ってセクハラ 懲戒解雇
2004年11月 香川大学医学部付属病院の技士が医療機器納入
      をめぐる贈収賄事件で逮捕
2004年12月 香川大教育学部岩月謙司教授を準強制猥褻で逮捕
2005年1月 香川大学農学部 永瀬雅啓助教授を痴漢の現行犯で逮捕
2005年1月 香川大学工学部男子学生が交際していたOLに対しストーカー行為
     を行ったとして逮捕
2005年10月 中国人留学生が香川大大学院教育学研究科教官を授業を受け
      させなかったとして訴える
2005年11月 香川大教育学部の男性講師が学生とのトラブルなどが原因で
      7年間授業をほとんど行わず同学部が辞職を勧告
2006年2月 香川大学農学部内にて放射能物質がみつかる30年前に退職した
      教授が放置していたと見られる
2006年3月 香川大学医学部1年の乗用車と高松市会社員の乗用車が正面衝突
      会社員の男性は死亡 学生は未成年による酒気帯び運転だった

691 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 03:41:28
>>685
秀吉は史実でも主家乗っ取りをやっているんだから
生かさず殺さずの四番手は妥当だな

692 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 17:25:08
じゃあ他の連中ならあの時律儀に織田を支え続けたか?っていうとどうなのさ。

693 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 17:41:16
光秀なんか裏切っているし

694 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 17:51:03
秀吉は、信長が主君だから大出世したんだよ。
秀吉は顔も醜いし、武芸も秀でていない。家柄は皆無。
学問や有職故実に優れているわけでもない。

家康に仕えたとしても、家康は三河武士を重用するからな。
出世しても、10万石以上の大名にはしてもらえないだろう。



695 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 17:51:09
79歳で死んだ。

696 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 18:17:22
>>694
しかし信長が秀吉と同じ出自だったら即座に親分に殺されるだろ。
生意気で傲慢でうつけときている。

697 :日本史研究:2006/04/11(火) 20:23:02
@ 織田信長(三万)対 伊達政宗(三万)どっちが勝つと思いますか??
   条件 両方とも45歳  鉄砲隊は無し。 家臣は生きている。

A 毛利元就(三万)対 武田信玄(三万)どっちが勝つと思いますか??
   条件 45歳      鉄砲隊無し   騎馬隊2千騎

B 劉備軍 (三万)対 織田軍 (三万)どっちが勝つと思いますか??
   条件 家臣は健在    鉄砲隊千丁   騎馬隊2千騎

C 源義経 (三万)対 武田信玄(三万)どっちが勝つと思いますか?? 
   条件          騎馬隊2千騎  

     さあ、どっち??

698 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 20:52:30
信長は酒も飲まない神経質で気遣い屋さんだったとフロイスは書いてるよ。

699 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 21:14:02
>>697
信長は同数の賭けみたいな戦いはできるだけ避けるから勝つ負ける以前の問題やね

700 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 21:55:03
なんでいきなり劉備とか義経とか出てくるんだか
信長と比べるなら劉備より柴栄のほうがよく似てるだろ
知らないだろうが

701 :日本@名無史さん :2006/04/11(火) 23:13:39
>>697
伊達政宗は、関ヶ原で上杉景勝を攻めあぐんでいる。
信長が勝つor互角かと思われ。

Bは難しい。劉備が鉄砲隊を活用できるか?
劉備軍は一騎打ち、織田軍は集団戦法。
C義経は少人数の奇襲が得意だから、大軍で戦うのは苦手かもしれない。




702 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 01:11:05
劉備も大概ゲリラ屋だけどな
袁崇煥あたりかね?運用方法や時代的に対決させるなら

703 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 12:50:47
明征服はあっさりあきらめて、でも領土拡大はしたい。
と言う場合はどうしてたかね?
統一した国家が余った武力を他所に向けるのはよくある話だし。

琉球→台湾→フィリピン→インドネシア→ニューギニア→オーストラリア の南洋ルート
蝦夷地→千島列島→アリューシャン諸島→アラスカ の北米ルートはどうか?

704 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 13:59:48
だからそれ以前に信長に全国統一できねえって
海外遠征に出た途端船から海に落とされてアボン

705 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 15:37:45
>>696
「しかし」の後が無意味。信長と秀吉の出自は違う。

706 :日本@名無史さん:2006/04/13(木) 14:03:54
>>703
香辛料も毛皮もいらねーんじゃないの?中継貿易する?

707 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 07:43:07
では北海道、樺太を制覇して間宮海峡(そんな名じゃ無かったが)からも大陸に進出。
合わせて半島に上陸し、日本海沿岸をぐるりと制覇するというのはどうだろう?
これならウリナラの人も東海と言うことは無いと思うが?

708 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 13:19:43
北海道耕しているうちに信長の寿命がつきるわな。

709 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 13:40:14
それ以前に、毛利を擂り潰している間にお迎えが来るだろう

710 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 14:40:01
>>697
基本的には三戦へ逝けってとこかな

711 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 21:44:14
信長は天才
秀吉も天才(既定の枠内においては、だが)
家康は偉大な凡人

これでよかろう
みんな大人物だよ


712 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 02:56:13
タラレバで言えば、信長は義元に屈服していた可能性もあるわけだしな。
桶狭間で義元も首が取れたのは偶然だったわけだし。
信玄があそこで病死しなければとか、春日山に5万の兵をあつめて
いざ出陣というちきに脳卒中にならなけばとか考えると、
信長は運を使い果たしたってことかな?

713 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 03:49:03
幸運にすぎた

714 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 13:22:29
幸運をつかむのも実力あればこそだよ。
信長はそれだけの実力があった。

でも秀吉や家康はそれ以上に実力があったということだ。

715 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 13:25:14
幸運があった。実力もあった。しかしあまりにも裏切られすぎた。
それが信長

716 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 13:29:13

織田信長があと30年生きてたら、日本は無くなっていた。



717 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 15:28:50
秀吉崇めてるのって無知な大阪人だけでしょ

718 :日本@名無史さん:2006/04/24(月) 04:52:16
秀吉の能力の高さは疑いようもないだろう。
信長に気に入られるってのも能力あってのものだし。

719 :日本@名無史さん:2006/04/24(月) 17:25:00
>>718
だよな
信長が抜擢し続けての方面軍司令官だし
秀吉が有能なのは明らか
アンチは必死すぎてみっともない

720 :日本@名無史さん:2006/04/24(月) 18:29:46
秀吉アンチって朝鮮系の人じゃないの?
伊藤博文なんかも評判悪いね。

721 :日本@名無史さん:2006/04/26(水) 14:16:10
秀吉の真骨頂は信長が死んで天下を統一するまでだな。
80年代秀吉は能力的に史上最強の戦国武将だと思う

722 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 05:56:16
>>720
禿同

723 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 23:18:00
今さらながら、本能寺で信長が討たれたのが残念で残念で残念でならねえ!!

724 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 23:45:34
おい!家康は運だけだろ!
信長・秀吉という偉大な2人と比べんな!

725 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 00:03:38
信長が存命していたら現在の世界情勢地図が一変したはず。白人主導の
地球ではないような気がします。当時の日本は地球最高の国力を持っていたと思われます。
歴史に「もし」はつきものですが今の日本人は情けない。義務教育の場で国家斉唱、国旗掲揚がなされないのですから。
ここはどこの国ですか?

726 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 00:31:24
国旗とか国歌が日本文化とは知らなかったな。
さすが西洋文化圏の教育は違うな。

727 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 09:05:18
勝ち負けは別としてヨーロッパ遠征はして欲しかった・・・

728 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 09:14:51
スパムサイトのドメインホルダーとして活躍されているようです。

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729 :信長ってどんな人?:2006/04/29(土) 03:55:54
尾張のお坊さん・天沢
(武田信玄に信長のことを聞かれて)

「毎朝、馬に乗られます。
鉄砲、槍、弓の稽古に励み兵法も学んでおられます。
また、たびたび鷹狩にお出かけになられます。お好きなものは舞ですが
敦盛しかお舞になりません。
小唄も好きですが、死のうは一定。しのび草には何をしようぞ。一定語り起こすのよ。
という文句ばかりお唄いになられます。」

730 :信長ってどんな人?:2006/04/29(土) 04:04:36
ルイス・フロイス(日本史)

「彼は、背丈は中ぐらい、体つきは上品でほっそりしていて、
ヒゲは少なく声は高くて心地よい響きを持っていた。
とても戦を好み熱心に戦の訓練を行い、名誉心が強く厳しく正義を求めた。
彼は彼を馬鹿にしたり恥をかかせたりした者に対しては厳しく
罰を与えずに入られなかったが、いくつかのことでは愛情のこもった優しさを
示すこともあった。
彼の睡眠時間は短く早起きだった。酒は飲まず食べ過ぎなかった。」(続く)

731 :信長ってどんな人?:2006/04/29(土) 04:13:45
(続き)
「彼は欲張りではなく決断を表にはあらわさず戦術がたくみであった。
とてもせっかちで激しく怒ることもあったが普段はそれほどでもなかった。
人の取り扱いには全く飾りっ気がなっくて自分の考えに自信を持ち
人の考えを見下していた。
彼は日本のすべての貴族・武将を軽蔑し彼らと話すときには目下の者に
対するように肩の上から語りかけた。
彼は人と話しをするときはやたら長引いたりだらだらした前置きを嫌ったが
どのような身分の者とでも親しく話をした。
彼は神や仏を信じず占いとか迷信じみた習慣を馬鹿にしていた。
そして霊魂の不滅や来世のことなどは全く信じていなかった。」

732 :信長ってどんな人?:2006/04/29(土) 04:19:47
他にも
「信長が手でちょっと挨拶するだけでも家臣たちはまるで恐ろしいライオン
の前から逃げ出すように大急ぎで引き下がった。」

「信長が出した伝令を伝える者は歩いて伝えにいくにせよ
馬で伝えに行くにせよまるで宙を飛ぶように、あるいは
火花が散るように急がなくてはならない。」

「信長に可愛がられていた高官でさえ、いつもは都で威張ってるくせに
信長の前に出ると手と顔を地面にすりつけてひれ伏していた。」

など。

733 :信長ってどんな人?:2006/04/29(土) 04:31:31
朝倉宗滴
「今死んでも思い残すことはない。ただあと3年生きたい。
命が惜しいのではない。織田上総介(信長)の行く末を見届けたいのだ」

斉藤道三
「残念なことではあるがわしの息子達はあのたわけに屈するだろう」

蜂須賀小六
「信長は並ぶもののない勇将だが周囲の人への疑心が強く
殺された身内衆も数知れない。その性格は雷のように激しく部下としてついていけない」

荒木村重
「信長公は、ねたみ疑う心が強く、古くから仕えてきていた功ある家臣でも
簡単に追放してしまう。自分の思い道りにならない者はたとえ才能があっても認めない」

安国寺恵ケイ
「信長の時代は3年や5年は持つだろう。来年あたりは公家にもなるだろう。
そのあとは高転びにあおのけに転ぶことになるだろう」

734 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 11:53:59
>>703
南洋ルートは当時の日本にオーストラリアはおろかアメリカ大陸を知っていたの
は皆無なのではないか?
北米ルートは、冬は悲惨だぞと。海は常に荒れているし

よくわかる隣国の方へ進出するのが自然だろうし。
当時は明は先進国だったから征服は難しかっただろうが
(それでも衰退期だったからある程度はいけたかなと)

735 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 16:01:09
信長は結構早く日本統一しただろ反乱もそう起きないと思われ
そもそも戦国時代の連中は個人主義が強いし忠誠心なんてたいして無いから
負けるとわかってる主家と一緒に心中しないだろ。

統一後反乱起こすにしても信長の対抗者になれるのはギリギリ家康ぐらい、秀吉や柴田は家臣だから信長と天下争えないし裏切り者と見られ人がつかないだろ

736 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 16:33:30
家康は無理だろw
少なくとも信長存命中は機嫌伺うだけで精一杯かと

737 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 20:09:57
信長が後、30年生きていれば、おそらく伊達政宗と戦っていただろう。
政宗は秀吉や家康とは違う形で、信長に気に入られていたかも。

738 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 20:53:16
家臣に殺される奴がなんで世界目指せるのかな。
この程度のこともわからないなんて、
信長マンセーって馬鹿しかいないことがよくわかったよ。


739 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 21:02:55
まぁ本能寺の変が無くても30年も生きられないだろうなぁ
どっちにしてもろくな死に方しないと思う

740 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 21:13:32
朝鮮半島なんかにかかわった時点でそいつはオワリだろ。

741 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 21:26:51
自然死はできなそう信長って

742 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 00:58:17
跡継ぎがショボいのがな。
夢は信長一代で終わりそう。

743 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 01:21:54
>>742
秀吉が継ぐさ

744 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 01:34:48
>>742

信忠>秀忠、信康、秀頼だと思うが。

745 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 05:55:27
>>738
裏切り者によって殺される奴居るだろ、名前忘れたがローマの英雄のカエサルだっけ?

746 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 06:05:54
そういや家康って信長や秀吉の事どう思ってたの?

747 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 09:28:58
信長には律儀に従ってたし、けっこう信服してたんじゃないかな。
ただ息子を切腹させられたから、そこからは憎しの気持ちが強まっただろうが。

秀吉に関しては「信長公と同盟者の俺がなんでその家臣風情に従わなきゃならんの?」
ってかなり不満たらたらだった感じ。

748 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 10:07:26
信康の切腹は信長の命令だったって話は否定されつつあるんじゃなかったっけ

749 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 10:36:37
あれ?そうなの?
勉強不足スマンす。

750 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 10:46:13
アンチ家康派は家康が自分の意志で切腹させたということにしたがっている。
(家康なら息子も殺しかねない)
切腹の執行を遅らせていることを信長に赦しを請う手紙が発見されたので、
信長の意志が介在したことはほぼまちがいない。

信康を切腹させたことを家康は終生悔やんだようだ。
信康と三河衆の対立が背景にあったと見る向きは強まっているが。

751 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 10:57:06
そうなのか
別にアンチ家康じゃないけどここでそういう話聞いたもんだから

752 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 11:02:19
書き込みのはやきこと風の如く
他人と会話せざること林の如く
ネットで煽ること火の如く
部屋から動かざる事山の如し
       ,ィ                      __
      ,. / |´ ̄`ヽー- 、 ト、        , -‐、/./.- 、
    / | |    ヽ   l l        ( 火◇風 ノ
  /o ̄`ハ._.ゝ===┴=く.ノ- 、      ノ ◇ ◇ (
  /o O / l´ ノ      ヽ lo ',ヽ      ( 山◇ 林 }
  \___/. ト、  ●    ● ハ  ∧      `⌒/7へ‐´  
 / ,イ   レ_   ( _●_) ミl~T--‐彡    /./      
/ ̄ ̄l.  彡、   |∪|  ノ'l  l::::::::::彡ー7⌒つ、     
彡:::::::::::l  ト、___ヽノ /|  l::::::::::::ミ  {,_.イニノ   
彡ソ/ノハ   ト、 \  / ,イ  川ハ ヾー‐'^┴

753 :南京大虐殺の首謀者:2006/04/30(日) 11:31:35

南京城攻略の折、降伏した中国兵数千人を城壁の傍らに立たせておき銃剣にて全員を刺殺した時の司令官は
昭和天皇の叔父で天皇に顔がそっくりの朝香の宮と言う奴だ。
南京大虐殺は天皇家の命令で行われたことは明らかだね。
そうやって在日である天皇家は、日本の名誉を著しく傷付けるような指導を日本国民に対してして来た訳だ。
そんな天皇制にしがみ付いている奴はバカか狂人かのどっちかだね。

あるリベラルな知識人が二十年ほど前に、先の戦争は国民にも責任があると言ったことをヒントに、
天皇には責任が無いみたいなズレたことを言い出した右翼がいるが、
国民主権国家となってから、その天皇制を廃棄しないでいたことは今度は本当に国民の責任である。


754 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 12:52:47
>>746
> そういや家康って信長や秀吉の事どう思ってたの?

「早よう死ね」って。

755 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 13:18:46
秀吉は相当家康に気使ってたみたいだし好意も持ってたっぽいが
家康は秀吉死んだあとやりすぎの面無いか?
家康の性格ってわかりやすいようでよくわかんないな?秀吉がしんがり努めたときもわざわざ助けに行ったり

756 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 13:43:00
やりすぎってセックルのことか?
秀吉にはかなわんだろう。

757 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 13:51:40
>>750
切腹は徳川主導で行われてるし、許しを請う手紙があるから信長の意思は乱暴過ぎる
信康もかなり問題が多い跡継ぎで、家臣団に嫌われてたし、家康も信康の城をどんどん遠ざけている
そして近い所に武田義信の事件があったから、家康の猜疑心が煽られた可能性は高い

生涯悔やんだからって、殺したくなかったと言うのも乱暴
「殺さなければよかった」という悔やみ方や、秀忠に対する不満や教訓から口にだしたとも言える
勝手に家康アンチの妄言扱いするな

758 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 15:53:06
信長に赦しを請うのは、信長の意思だからに決まってる
アンチ家康は見苦しいなw

759 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 20:55:52
信康がウザくなって信長に駆け込んだら
信長がビックリして「切腹」って言ったモンだから
家康は「え?嘘ん。そこまですんの?」で更にビックリ

そんな感じする。
信長って身内に甘いし能動的に初めから同盟者の嫡男を斬れって命じるのは不自然だ

760 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 21:55:54
そこまでして信長の肩を持つかね
信長を甘く見すぎてるぜ

761 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 21:58:44
いや信長は甘いだろうw
何回 背かれる→許す→背かれる を繰り返したと思ってるw

762 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 22:48:07
殺す時は殺すけどね

763 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 23:50:06
背かれる→許す→背かれる

の後に

ブチ切れて虐殺

が信長クオリティ

764 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 23:59:17
信長は利用価値があるうちは、そいつがどんなにいやなやつでも使うだろう。弾正しかり、義昭しかりだ。
用済みや役立たずはすぐアポーンだがね。

765 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 00:59:19
というか、信長が長生きしても、信忠がそれを継承できるほどの才覚があったかだな・・
 どっちにしても、家康のような長い政権が作れたとは思えないし・・
謀反が起こりまくったかも・・

766 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 01:08:43
信長が光秀に討たれたとき、喜んだ人は多かっただろうな。
信長的価値観を終結させて、秀吉・家康に道を開いた意義は大きい。

767 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 01:36:38
信忠はかなり優秀でしょ?
武田を独断で征伐したんだし、父親譲りで武断政治を行うだろう
信長・信忠二代で地ならしをした後なら三法師(あるいはその取り巻き)が文治政治を敷いて太平一直線だよ

768 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 10:30:57
でも家臣団はわからない。
柴田や丹羽などの子弟が優秀な家臣でなければどうしようもない。

769 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 11:43:26
遅かれ早かれ瓦解してたな。 日本だけに限らず他の国でも分かるだろ。信長や信忠が優秀でも家臣団がへぼかったら、衰退していくって。
室町幕府がいい例だし。

770 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 13:08:03
信長は武将としては一流だ、でも君主としては失格だったと。
あと30年なんて生きられないよ、家康みたいな健康おたくでもないし。
明智光秀に限らず秀吉でも家康でも信長を殺そうとするものは多かったんでない?

771 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 13:10:53
>>768
別に信忠世代か柴田・丹羽Jrである必要はないし
信忠軍団は森長可や斎藤新五郎などの信忠と近い世代=次世代組なんだが?

772 :政治的利用:2006/05/01(月) 13:29:51
従来、米国は、自国の安全保障上問題がある北朝鮮の核問題を重視し、拉致問題は軽視して来たが、
ここへ来て、米議会が公聴会に横田さんを証人喚問したり、大統領が会ったりしたのは、
六カ国協議が暗礁に乗りあげたので、拉致問題までも利用して北朝鮮に圧力を掛けようとする米国の思惑を示している。


773 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 13:45:59
>>770
殺意を抱いてたかどうかはわからんけど
秀吉の「信長公は勇将であったが、良将ではなかった」や
エケーの「左候て後、高転びに転ばれ候ずると見申し候」
長政、村重、光秀の謀反を勘案して、いずれ破綻したと俺も思う。

774 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 14:05:58
信忠が生きてりゃ問題ない
っていうか、親を殺して息子を頭に添える穏健派クーデターと
光秀のように取って代わろうとするクーデターでは意味合いが違ってくるし

775 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 14:24:21
そういった話はかなり面白い。小説ムキじゃねえ?
ttp://nw.ume-labo.com/

776 :日本@名無史たん:2006/05/02(火) 10:37:38
 >>758

 本当に信長が強要したのなら、なぜ同時期の信長領で三河方面への警戒が
なされなかったのだ?

 しかもその時の信長は相撲や蹴鞠に興じていた有様だから、どう考えても
緊張を引き起こす何かを徳川にもたらしていたようには見えない。(信長の
猜疑心の深さを考えるとなおさら疑問が強まるのだが・・・?)

 手紙の内容は知らないが、むしろ、家康は信長自身から「信康を殺すな」と
言ってほしかったのではないだろうか?(本当に「信康の切腹命令を撤回してほしい」
という意味だったのか?)

 又、その手紙が本当に当時製作されたのかという疑問もある。(真相を隠したい
何者=真犯人と親しい何者かが、信長犯人説を決定付けるために捏造しないと
いえるだろうか?)

 私個人は、信康の死は家康の意思ではなく竹千代(後の秀忠)の家督相続を
願う服部党(詳細は省くが秀忠の生母は半蔵の一族)の陰謀によって、もたら
されたものであり、(半蔵自身が手を下したのではないか?)紛れも無い暗殺だった
・・・と考えている。


777 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 11:50:33
信長が切腹させたで何の問題もないと思うが。

信長ヲタは信長を美化しすぎ。
アンチ家康も依然として根強い。

そうやって歴史は歪曲される。

778 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 12:49:53
歴史歪曲はいけないニダ

779 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 16:47:27
富国強兵

780 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 21:56:51
後々、信長は変な民主主義を作ったのでは、と思う?
世襲制はやってないと思う

信長ストーカーの太田牛一と、信長熱狂ファンの小瀬甫庵をよくよく読めば見えてくる

781 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 22:12:12
少なくとも、黒船が来てガクガクブルブル・・・な状態にはなって無かったろう

782 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 23:05:32
ここは妄想スレだから何でも言えばいいよ

783 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 11:49:21
歴史から学んだことで何かを構築するのは妄想的な行為なのか

784 :日本@名無史たん:2006/05/03(水) 11:56:13
>>777

>信長が切腹させたで何の問題もないと思うが。

 知能が低すぎるぞ!

 問題があるから指摘しているというのに・・・

 ちなみに俺は信康ファン。
 その為、最初は信長を否定的に思っていたが調べれば調べるほどおかしい点が出て
くるので現在の説を採った。

 第一、信康死後に彼の重臣たちが重罰を食らったり、中堅幹部たちが大量処刑
されたり、逐電したりする者が続出しているというのはおかし過ぎるとは思わないのか?


785 :日本@名無史たん:2006/05/03(水) 12:03:44
 当時、浜松派と岡崎派に分裂しつつあった徳川家臣団の統率強化問題に
乗じて、ひそかに結託した浜松派と服部党の謀略により、岡崎派のクーデター
未遂事件が演出され、その騒動の渦中で信康は母子諸共抹殺されたと
俺は見ている。


786 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 20:45:09
>>781は鎖国時代に異国船がペリーまで一切こなかったと思っている馬鹿

787 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 21:51:29
>服部党(詳細は省くが秀忠の生母は半蔵の一族)の陰謀
これって何かの小説で読んだよw
この小説だと家康も、服部の陰謀だか謀略だかを承知してた
事になっていたけどね

788 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 18:14:38
>>776 >>784-785
手紙の内容は、信長側近の堀秀政に宛てたもので、
忠次を遣わして説明させますが、信康はまだ切腹の覚悟ができていなくて
いったん岡崎を退去させました。
どうぞ信長殿にお取り成しください、というもの。

少なくとも、信長がこの問題に関与していることがわかる。
もし信長の介入を印象づけるための捏造なら、ほぼまちがいなく、
信康の命を助けるため力をお貸しください、というような書き方をするだろう。

穿った見方をすれば、家康家臣の酒井忠次が信長に会ったのは、
信康を切腹させることについて信長の了解を取りに行っただけで、
この手紙も信長に報告しただけと受け取れないこともないかもしれないが、
それだと忠次が受けた冷遇が説明つかない。

忠次が息子の加増を願い出たところ、「お前でも子がかわいいか」と
家康に皮肉られたのは有名な話だが、家康主導説論者によれば、
それも「徳川史観」とやらによる捏造だとされてしまう。
彼らは結局、信長の介入を示唆する証拠はすべて受け付けない。

789 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 18:15:42
調べれば調べるほど疑問が出てくるのは、
信長の意志ではないという前提で調べているから。
信長主導説に立てば何の疑問もない。

信長が無防備だったのは、
信長という人は他人の痛みがまったくわからず
(でなければ、あれだけの大量殺戮は行えない)
他人の思惑などまったく無頓着だったからで、
徳川に緊張をもたらしているという認識はほとんどなかっただろう。
本能寺のときも、裏切ったのは光秀だと聞いてやっと納得したくらい。

信康側近を処罰したのは、
建前上は信長に武田との内通を疑われているし、
家康とすれば、信康を死に追いやった責任は
側近にあると考えるだろうから当然。

思うに、家康はこの事件で信長の意志に従順に従いすぎた。
後世の人間がとまどうくらいに。
そのため、おかしな説が出てきている。
家康とすればさぞ不本意だろう。

790 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 18:16:34
信長と信康はキャラがかぶってると思う。
信長は信康が目ざわりだっただろう。
家康は信長と結構うまくやったのだから、
息子とうまくやれないはずはない。

791 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 18:37:47
>>786
馬鹿はお前だw

792 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 21:03:31
>>791
低脳1行レスは第三者が見ても情けない。

793 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 21:51:00
信長は市民を大量虐殺してるんじゃない?

794 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 23:18:02
>>791
>>792
おまえらケンカやめろ

795 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 00:37:32
信康を殺したのは家康の意思だろ。信康謀反を信長に吹き込み、
信長の意思という形で信康を葬りたかったわけで。

796 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 02:44:20
てゆうか、
信康は、信長の娘を嫁にしているから、
処分するために、信長の了承を求めただけだよ

797 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 13:11:14
>>781>>786>>792>>793

大黒屋光太夫帰国
レザノフ来航
ロシア船蝦夷地襲撃
フェートン号事件
ゴローニン拿捕
高田屋事件
モリソン号事件
マンハッタン号事件

これだけ外国船と日本が関わっているのにガクガクブルブルもないだろ。
ドラマを参考に語らないでほしいな。

798 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 20:59:30
>>797
黒船の話してんだよ

799 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 12:54:05
黒船の時ガクガクブルブルか?
それが大河ドラマの見すぎだっちゅうの。

800 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 13:27:06
黒船来た時めちゃ大騒ぎだったじゃん、知らないの?

801 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 20:40:59
>>734
アメリカ大陸=ノビスパンの存在は来日した南蛮人達によってもたらされていたろうな。
家康もアメリカ進出は考えていたらしいし(沈んじまたっが)
信長も考え付いた可能性はあるか。

オーストラリアは何故に中国人は存在を気づかなかったのか?
イギリス人が発見?するまでカンボジア人もタイ人も回教徒の知らなかったのか…?

802 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 20:48:29
>>801
インドとオーストラリアの交流はありましたよ。
その大陸の存在は知られていたけど、
「ヨーロッパ人による発見」もしくは「世界地図的な発見」でしょうな。
その意味なら1541年にポルトガル人が「日本を発見」しておりますわな。

なお信長がアメリカに行くのは考えていなかったんでは。
家康のほうは伊達政宗の家臣支倉常長が太平洋横断しているから考えていたかも知らんけど。

803 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 21:01:47
>>800の参考文献は大河ドラマ「新撰組!」でした。
信長の天下だったら大騒ぎにはならないさ、黒船すら来ないもん。

804 :日本@名無史さん:2006/05/08(月) 00:59:47
民衆による共和的な自治国家を目指した一向宗を虐殺した信長は
古臭い封建主義にとらわれ、日本が世界に先駆けて近代化するチャンスをつぶした旧時代の遺物。

805 :日本@名無史さん:2006/05/08(月) 01:23:58
坊主丸儲け封建主義を理想化しすぎ 真の共和制には程遠いね

806 :日本@名無史さん:2006/05/08(月) 13:21:40
信長が天下人になっていたら日本は今の北朝鮮みたいな理想郷になっていただろう。
織田信長をこよなく愛する同志よ! 今からでも遅くない。
新潟から船に乗って故郷に帰ろうぜ。

807 :日本@名無史さん:2006/05/08(月) 19:38:15
相手にしない

808 :日本@名無史さん:2006/05/10(水) 01:37:00
鎖国しないでアジアのイギリスみたいになっていた。

809 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 00:10:03
誰も書かないから書くね
@日本の現人神として確立
A宣教師を通じ、世界へプロパガンダ発信
B貿易友好と侵略
・・・この辺で死去
C日本では織田幕府擁立
D軍事国家日本
E織田政権三代まで安泰
F地方政権の樹立
G国境疎遠
H国主不在を懸念し統一論議
I維新勃発
・・・
要するに、明治維新が1世紀から1世紀半は、早く訪れただけ

が、しかし・・・となるから・・・すると・・・


810 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 00:16:11
織田政権が日本を掌握・操縦し、諸先進国と文化・技術交流することがある意味もう維新なのでわ?

811 :日本@名無史さん :2006/05/11(木) 03:35:34
>>809
明治維新が1世紀から1世紀半は、早く訪れたらうまくやれば
日本が早く産業革命できれば経済でアジアの市場を支配するのも
できたかもしれないね。軍事では無理だろうが。

812 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 11:57:53
日本が史実より早く産業革命達成するのは難しくないかなあ。
パイオニアのイギリスで18世紀末〜19世紀前半、他の先進国のフランスやドイツでも19世紀半ば。
地理的に遠く離れた東アジアなのを考えると史実のロシアと同時期の19世紀末でも十分早い時期、順当なとこだったんじゃない?

813 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 17:22:37
日本人の新しい物好きを考えればイギリスを見てすぐ真似しようとしたと思う。
愚鈍な専制ロシアと一緒にすんな。

814 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 06:39:52
明智と一緒に徳川が内政を取り仕切る
サルが朝鮮で前線張って柴田丹羽は台湾で中国外交
親方様は軍艦購入してヨーロッパ外交

815 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 13:20:35
世界からも日本の技術は注目されたんだがな。
それらは鎖国時代に培われたもの。
すると鎖国あってこそ明治維新後の急成長があったと考えるべきであり、
こういった時代を飛ばしたのではイギリスの真似だけで飛躍できるとは思わん。
それ以前に、イギリスとの付き合いを断るか否かは信長に無関係の1647年あたり。
つまりここで話題にすべきものとは違う。

816 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 13:23:35
>>815
織田信長があと30年生きてたら日本はどうなっていたか?を論じるスレだよ。
鎖国時代が良かったとかクソだったとかは他のスレでどうぞ。

817 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 13:26:22
織田信長があと30年生きていたら
って、殺される奴がどうやって生きていなきゃならんのだ。
本能寺から逃れてひっそり隠遁生活するなら日本はさほど変わらないぞよ。

818 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 13:29:24
>>817
感情的に断定するんじゃなく、なぜそう考えるかを説明しては?

819 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 13:54:34
>815
鎖国前からすごかったぞ?
鉄砲とか目新しい、役に立ちそうなものは即複製作らせたりして。

820 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 14:09:56
織田信長があと30年生きてたら?

軽いタッチで世界制覇 大日本帝国が世界を支配していた
もちろん初代世界皇帝は織田信長 
中国人は調理人に、韓国人は靴磨き、アメリカ人は牛飼いに
ドイツ人は飼い犬のシツケ役に、フランス人はワインつくりに
イギリス人は帆船の人足に、、、、こき使っていただろう
日本の朝貢する国々が世界中から押し寄せてきたことだろう

本能寺の変が残念でならない

821 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 14:12:39
ていせい
× 日本の朝貢する国々が世界中から押し寄せてきたことだろう
○ 日本に朝貢する国々が世界中から押し寄せてきたことだろう

822 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 14:34:25
信長が長生きすれば、
当時の人らは痛みを伴う改革に巻き込まれたろうけど、現代に生きる俺らは多大な恩恵を享受できたろうな。

823 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 14:54:57
あまりにバカ過ぎて、逆に悲しい‥

824 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 15:03:09
>>823
悲観するな。
今はバカだとしても、一生懸命に勉強すればカバーできる。頑張れ!

825 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 16:03:25
比叡山延暦寺へ行ったら、頭が痛くなったから
たぶん先祖は焼き討ちしたほうだろう つうわけで信長を熱烈支持

826 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 22:11:33
>>820
家臣に頻繁に裏切られて結局殺される奴には無理

827 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 11:16:01
>>822
そうだな、俺やお前がヒキコモリになったのは家康のせいだ。
信長様が天下取っていたら間違いなく億万長者になれていたと思うよ。

828 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 11:35:12
おいおいもう頭悪そうな
雑魚キャラしか残ってないのかよ

泣けるぜ

829 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 13:42:23
大丈夫だ
頭悪そうに見えてもお前より少しだけ頭いいから

830 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 13:53:38
都合の良い部分だけ変えられるのだから、全ての筋書きが都合の良いように
進むのだろうな。

831 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 18:54:49
ここは信長ヲタの妄想の場だからしかたない

832 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 19:07:18
おいおいマジで頭悪そうな
雑魚キャラしか残ってないのかよ

泣けるぜ

833 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 19:46:20
>>832
泣くなキモイ

834 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 23:31:37
六角氏が信長の上洛に従っていたらどうなったんだろ。
本国寺合戦で三好に寝返っていたら義昭はデッドだったし、
その場は従っていても、いずれ朝倉攻めで信長と義昭らとの反目は確実。
いずれにせよ歴史が大きく変わっていただろうなあ。

六角氏が逆らって滅ぼされたからこそ信長は南近江を手に入れて岐阜〜南近江〜京の回廊を確保することが出来たのかな。

835 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 00:28:13
>>834

六角は滅んでないし、
1570年(元亀元年)の朝倉攻めで信長が撤退すると
六角義賢が即効で南近江の長光寺城を大軍で包囲して
岐阜〜南近江〜京を遮断しに来ているよ。

その時の長光寺城の守将が柴田勝家で孤立無援の上に水源を絶たれての
戦いにもしっかり応戦したし、
六角からの降伏勧告の使者には水をなみなみ与えて城内には水が豊富にあるように認識させた後、
城内の残ったすべての水を部下に与えたあと瓶を割って出陣して
後に「瓶割り柴田」の異名をとるほどの激戦を展開して六角を敗走させ、六角氏の
回廊遮断作戦をおしゃかにしているから、六角の力では織田の有力武将一人配置されただけで封じられてしまう。
ていうか封じられてしまった。

836 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 15:18:58
よく柴田勝家は生き残ったもんだ。この頃はまだ運の要素も強かったのかな。

837 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 00:49:07
長光寺城は湿地帯に囲まれていたから水源に困る事はなく瓶割の話は後世の創り話だってさ

838 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 02:27:37
>>837
ふうむ、
しかし、誰がそんな作り話を作る?
勝家など、美化してもしょうがないと思うが(w

839 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 04:00:53
後世の人間が、想像や願望で作り話を創作するのはよくある事
特に戦国武将には、この手の話しは実に多い。

江戸時代に造られたものがほとんどで、徳川幕府の諸大名が
家系を捏造したのと相通じるものがあるんじゃないか

840 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 10:14:48
ほとんどの家が源氏か平家か藤原家の末裔だしなw

841 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 19:32:38
この板に瓶割り話を真に受けている奴がいることに驚いた

842 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 20:46:11
>>839
光秀の場合は、信長に恩はあれど、恨む理由はなく
謀反の動機が不明だから、後世の関心を呼び、
たぶんいじめられたんだろうてことで、数々の信長にいじめられエピを作られたと思うが。

勝家の場合は、子孫も絶えてるし、美化する動機を持つ人がいるとは思えないのだが・・・?

843 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 21:32:53
勝家に限らず「なんでこいつにこんなエピが?」ってのは腐るほどある
別に子孫が美化しなくても「猛将」ってだけで教育者なんかが美化してる
他にもその土地の人間とか

てか勝家なんて相当な武将だぞ?しかも信長に仕えてる
江戸時代、信長は伝説的な人物だった
その家臣が美化されてもなんの不思議もない

844 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 21:40:09
>>843 >江戸時代、信長は伝説的な人物だった
これは初耳・・・。ソースきぼん


845 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 21:51:16
>>844
だいじょうぶ?

846 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 22:00:37
ようは武勇伝の中には眉つばな話や疑わしい物もあるってことだけの話だと思うが…。俺おもうに信長、伝説的。だから部下も…ってなのはいただけないが…

847 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 22:02:23
日の丸は、朝廷に貢献した大名などに下賜して有り難がらせて
またバカをやらすことに使われたもので、
いわば天皇家の象徴。
その朝廷は日本を征服支配した朝鮮人が作ったもの。
つまり、日の丸は、朝鮮人による日本支配の象徴なのである。


848 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 22:10:46
そりゃおめでたい

849 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 23:05:27
>>847
最近の朝鮮人は日の丸を燃やしてるけど、これってチョンは
自分たちを否定してるのか?

850 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 23:09:28
日の丸どころか自分自身に火をつけて燃やしてるじゃん、あいつら

851 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 23:28:30
俺は毎日、大極旗でケツふいてるぞ

852 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 23:31:41
信長は江戸時代には忘れられてたんでしょ

853 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 00:01:44
んなわけないw

854 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 11:13:50
信長の妹、お市の方と浅井長政の間に生まれた三人の娘。
それぞれが、秀吉の側室へ、徳川二代将軍 秀忠の正妻へ、京極家へと、嫁いだ訳だから
言ってみれば、三代将軍家光は信長にとっては姪の子供。
徳川家にとっても、信長を敬いこそすれ、忘れるはずが無いわな。


855 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 13:04:43
信長崇拝は戦後の反動左社会の中で培われた代物だけどな。

856 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 18:32:08
朝鮮人を皆殺しにしていたと思う

857 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 19:22:57
江戸時代は家康マンセー、庶民レベルで秀吉マンセー、信長は存在感なし
明治〜戦前は徳川支配の反動で秀吉マンセー、信長の扱いはよく知らないが正一位を贈位されてるのでそれなりには存在を意識されてたようだ
戦後は信長マンセー、ゲームに始まりメディア展開でさらに人気爆発

って感じかな。

858 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 20:15:15
江戸時代信長は単なる暴君。
尾田春長って名前で浄瑠璃に出てる。

859 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 20:29:03
ちょっとまちがってたら信長は今頃三国志でいう董卓みたいな扱いだったんだろうな

860 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 21:02:54
今ここにいる知ったか君たちは、
頼山陽の日本外史くらい読んでみるべきだな。

861 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 23:35:08
ほんとに歴史上の人物って後世の解釈次第だよな〜
って思う

862 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 03:02:22
信長は誰がどう見たってすごいと思うが。

>855
明治のころから信長は偉人だったぞ。

863 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 05:21:51
>>862
すごいけどそれは創りあげられた姿の方。

864 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 07:35:00
こんなところにもアンチが入り込んでるのか

865 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 12:30:27
>863
ふむふむ。
では最大の偉業、「天下統一の礎を築いた」このことに嘘でもあるのかね?
もしそうなら虚像と言わざるを得ないな。

866 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 12:38:52
信長に持っているイメージに嘘がおおすぎってことだ。
信長だったら世界制覇とか言う人間のほうがよっぽど嘘だろ。
>820とか。これが本当だというのか馬鹿。

>>864
信長が天下を取れなかった、世界制覇なんて無理だという事実を語るのがアンチかよ
だとしたら信長好きは嘘つきだけだな

867 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 12:46:13
おまえ…
ジンギスカンは義経ではあり得ない!とか必死で反論するタイプ?

868 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 12:55:44
おいおいもう頭悪そうな
雑魚キャラしか残ってないのかよ

泣けるぜ

869 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 13:16:07
信長が生きていれば、おそらく日本を海洋通商国家にしただろうな
家康のような農業主体の国にはしなかっただろう
七つの海を日本が押さえていた 惜しかった

870 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 13:28:42
>>869
ほらここにいた馬鹿

871 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 13:29:49
>>867
そういうお前は義経はジンギスカンだと言い張るタイプだな

872 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 13:40:58
>>870
いたねw
電波送信しておいて、忠告されると「こんなところにもアンチが入り込んでるのか」
などとのたまうバカが

873 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 14:02:29
おいおいもう頭悪そうな
雑魚キャラしか残ってないのかよ

泣けるぜ

874 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 15:04:05
幻覚を見ておられる御様子w

875 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 18:55:31
2ちゃんでは、頭が悪いとけなしている奴が一番頭が悪いというのが定説だよ

876 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 19:54:24
キチガイが一人

877 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 21:33:36
おいおいマジで頭悪そうな
雑魚キャラしか残ってないのかよ

泣けるぜ

878 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 21:42:52
日本史板は、イカレポンチどもの巣か?


879 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 22:48:18
>>66
自分を客観的って言ってる奴に客観的な人はいない

880 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 10:24:00
2get

881 :日本@名無史たん:2006/05/27(土) 09:30:31
>>788

 どうもカキコのい内容を見た限りでは、君の言う証拠とは徳川義宣氏の発表した
「新修徳川家康文書の研究」(徳川黎明会 昭和58年刊行)の事らしいな・・・w

 念のため、古本屋や蔵書家をあたりまくって探し出し、あそこに掲載されて
いた家康書状を読んだが、あいにく私の仮説を葬るほどの確証性は無かった。

 確実な部分を上げれば、
・再び、酒井忠次が安土城を訪問して、堀秀政のとりなしで、信長に謁見した
・信康は不覚悟という理由で岡崎城から出した事
・この書状を秀政に届けたのは小栗大六と成瀬藤八郎である事
ぐらいであり、この書状の内容を見ただけでは”信長の意図”はどこにも
示されていない。

 その意味では>>796さんの意見は的確だと思う。(大体事件の元凶とされる
徳姫自身、一生を徳川に庇護されて過ごした事実から考えても言える)


882 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 11:16:31
好意的にみれば庇護、実際は牽制ってとこだろ

883 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 11:33:53
>>881
あの手紙は、酒井忠次が信長に会うことをとりなしてほしいという内容ではなくて、
信康の切腹を遅らせていることを信長にとりなしてほしいという内容で
そのことについて忠次に説明させますという手紙だったな。

884 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 05:50:04
天皇家は滅亡していたかもね。
南蛮大好きな織田幕府が確立されていたら、
鎖国などせずにもっと早くに西欧文明に触れていただろう。
尊皇攘夷とか維新もなかっただろう。


885 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 15:11:17
で、早い段階で世界大戦に追い込まれ、世界中を敵に回した 日本は滅亡。
今頃は中国の一部に。
香港みたいに。
最悪で北朝鮮ってとこか。

886 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 15:50:53
まあ、家臣の心さえ掌握できず道具の使い方も間違ってしまった信長だ。
恐怖感では人の心までは掴めない。
力で制するものは力で制される。
ナポレオンを見よ。
フランス革命後のジャコパン党の末路を見よ。
日本でも、藤原道長や平清盛の死後を見よ。
栄枯必衰。
これで海外まで巻き込んだら日本という国まで滅びてるよ。
信長はいい時に死ねたんだ。

887 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 16:58:30
配下を道具扱いしていたはずなのに天下人の踏み台にされてる信長って・・・・

888 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 17:08:18
しかも死に方が逆桶狭間でしょ。
今川の呪いか?
また、吉良邸討ち入りの吉良にも似た討ち入られ方だ。
浅野内匠頭に比べて冷静かつ軍師の才能を持っていた明智を怒らせたのが運の尽き。

889 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 15:23:38
第2のチンギスハーンになってた。
しかし、信長・信忠の2代で終了。
崩壊の仕方もモンゴル帝国の様になったと思う

890 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 21:16:33
>>889
モンゴル帝国とはまったく違うだろ

891 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 21:35:29
>1
多分「享年79歳」になってた

892 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 22:01:27
ここの住人の何割かは存在しなかった可能性が高いな

893 :日本@名無史たん:2006/06/17(土) 12:58:02
>>892

 逆にこの世界には存在しない人間達が生まれて活躍する世界になったと
思うぞ!

 後に進出した西洋人との混血も増えたり、ヤスケのように出世する黒人も
出たりして、南洋方面の織田幕府領からは金髪のサムライや黒人の武将が
出現しただろう。

 もし、太平洋戦争が黒人の司令長官が指揮する黄色人種主体の多民族国家軍団
と米軍との対決構図になったら、米国の黒人たちがどういう反応を見せるのか
知りたい気がする。


894 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 13:53:01
>>884
妄想。
信長にその気は無いので

895 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 13:54:38
なんで黄色人種がクロンボごときに指揮されなきゃならんのだ。
クロンボは奴隷で十分。

896 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 14:01:04
光秀が天下支配をしてたら時代は逆行、血筋家柄重視の室町時代に戻って、ペリー来迎の
頃には天皇派が売国逆賊になったか、あるいは中国のように列強支配されて現在に至った
かも。信長の死は惜しいけど光秀の死は俄然受け入れやすい。

897 :日本@名無史たん:2006/06/17(土) 14:14:06
>>895

 織田信長は黒人奴隷だったヤスケを(逞しいばかりでなく頭がよい
という理由で気に入り)身辺に置いて戦でも一緒に出していたようだ。

 もし、信長の発想を後の日本の政治が掟としたならば、百年二百年後
には黒人の科学者や司令官クラスの武将出現もありうる。

 クロンボというが、古代世界における先進国エジプト王国が黒人国家
だったという事実を知らないのか?

 まだ日本や中国が初歩的な陶器や漆器、木の屋敷程度の文明水準だった頃、
初歩的ながら脳外科手術に挑む水準の医学と、何千年後にも残るほどの
神殿や地下施設や墳墓を巨石の緻密な工作で建設するほどの文明を築き、
ギリシャから始まる西洋文明の魁とも言うべきムーブメントを生み出し
たのは黒人なのだぞ。

 それとも君はチャンか?まあ黒人を黒奴としか見なかったチャンなら
無理ないといえるがw


898 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 15:03:34
クロンボヲタうぜえ。

899 :日本@名無史さん :2006/06/17(土) 18:54:06
>>897
古代のエジプトもアケメネス朝ペルシア帝国に滅ぼされてからは、
クレオパトラのいたプトレマイオス朝(ギリシア人の王国)やローマ帝国や
イスラム教のウマイヤ朝に支配されて、独立したのは20世紀に
なってからだけどね。



900 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 02:26:47
徳川幕府は実質、武田+明智幕府だぞ。

901 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 09:02:55
結局天下統一できなかったのだから総合的にその器が無かったという事。
明智に殺されたのも自ら招いた結果。

902 :日本@名無史さん :2006/06/21(水) 13:02:05
ホリエモン=信長
村上よしあき=秀吉

903 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 22:52:25
大鶴=光秀
三木谷=家康

904 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 23:30:18
あまり長生きしなくてよかったというタイプの人

905 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/23(金) 10:59:11
信長が生きてれば、鎖国が無かったし、キリスト教も国教になったし
国民の視野が広がってアジアが近いな、太平洋戦争も無かったろうな
光秀の責任は極めて大きいでしょう

906 :日本@名無史さん:2006/06/23(金) 15:38:58
最終勝負をし戦国大名を卒業して
東京で教師になって赴任先で破天荒な超人先生として
数々の問題生徒と対決していく。
言いたいことも言えないこんな世の中じゃポイズン、という能を舞う。

907 :日本@名無史さん :2006/06/25(日) 18:01:11
信長が長生きしても天下統一は無理。

908 :日本@名無史さん:2006/06/27(火) 21:06:01
本能寺の変の前日
織田信長の支配地は791万石あり、
毛利も屈服寸前、後1年あれば四国も
九州も占領していたろう。

徳川よりはるかに完成度の高い天下統一政権が
できていたのは間違いなかろう。


909 :日本@名無史さん:2006/06/27(火) 21:19:14
唐入り大成功でチョンの日本コンプレックスがここからはじまる

910 :日本@名無史さん:2006/06/27(火) 21:31:29
>>908
どこまで無知なんだよ

911 :日本@名無史さん:2006/06/27(火) 21:39:41
あぽっぽい自作自演や暴言はみんなPUの仕業!
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1151161164/l50
から確認してね

912 :日本@名無史さん:2006/06/27(火) 21:42:57
力攻めが目立つ信長では時間との戦いになるけど30年長生きしていれば統一は成ったんじゃないかな。ただそこまで。歯向かう相手には容赦しないことから豊臣政権よりは安定するでしょ〜けど何代か後に反乱など不安定要因が出て再び乱世…で列強の植民地?

913 :日本@名無史さん :2006/06/28(水) 08:48:15
実際に出来なかったじゃん


914 :日本@名無史さん:2006/06/28(水) 12:19:11
信長は日本すら統一出来ない。彼は光秀以前に荒木村重に裏切られている。もし
この時信長が死んでいれば、現代人は
「もし『荒木村重の変』さえなければ信長は天下統一して、海外へ……。」
とか言っていただろう。実際には荒木村重の謀反がなくても信長は本能寺の変で
死んでいたのに。きっと本能寺の変がなくても「徳川家康の変」か「柴田勝家謀反」
かなんかで信長が終わっていたに決まっている。

915 :日本@名無史さん:2006/06/28(水) 20:50:48
910は批判は結構だが、1582年6月1日の信長の
領土はすでに関東北部から新潟・静岡を除く中部、近畿
岡山と当時の全国石高1800万石の約45%あったのは事実だからね。
毛利はすでに自立をあきらめていたし、丹羽は四国へ向かう寸前
毛利が屈服すれば九州も終わりだ。だから謀反もおこる。劉邦は
功臣征伐に晩年を費やしたが、信長も功臣征伐をする必要が
あったろうな。そのさいには側近だけで外出するのは
用心がたらん。そこが彼の致命傷だ。

916 :日本@名無史さん:2006/06/29(木) 01:51:47
>>908
上杉も、滅亡寸前だったよね。
毛利・上杉・長宗我部は、それぞれの地方の覇者だけど、
織田は、この三者と同時に戦争して、しかも圧倒的有利という状況にあった。
この三者が降伏するか滅亡したあとは、残る大勢力としては島津と北条くらいしかいない。
個別に戦っても、同盟して戦っても、織田には勝てない。
信長の天下布武は確定していた。

その791万石に、徳川領は含まれてるの?
家康は同盟者だけど、実質信長の家来でそ。



917 :日本@名無史さん:2006/06/29(木) 02:01:40
無理だな、天下どころか家来も統制できないバカ殿だから

918 :日本@名無史さん:2006/06/29(木) 02:12:25
織田信長は天正10年に、本能寺で家来に殺されたんだよ!
信忠も二条台で家来に殺され、嫡流である三法師も関が原で負けて
大名家として滅んだんだ! 歴史からなくなったんだ!
 いい加減に、史実に目覚めろよ! 歴史にifは、ないんだ!!

919 :日本@名無史さん:2006/06/29(木) 03:59:57
はいはい、殺されました。滅亡しましたとも。

920 :日本@名無史さん:2006/06/29(木) 04:53:53
信長が後30年生きられれば織田王朝になったのは間違いないさ。
でも彼のあの無謀な性格では本能寺で死ななくとも、どこかで
家康や秀吉に殺されただろう。
実際あの日のタイミングは絶妙だよ。織田家は同盟者徳川をあわせれば
900万石と全国の過半を支配し、目のこぶ毛利は半分領土を割譲して
和議を結ぼうとしていたし、柴田勝家は上杉討伐寸前、滝川は、関東
で柴田が上杉討伐後合同で北条討伐を行う準備中、丹羽は四国討伐
準備中後1年もあれば武力で完全統一したさ。
朝廷も消滅したさ・・
だから信長も油断したんだろうな。

921 :日本@名無史さん:2006/06/29(木) 05:13:55
この状況を単純化すると織田は武田家滅亡後、
約800万石の領土と16万の動員能力をもった。

それまで武田、毛利、上杉と三方面で戦線を維持していた
織田家はそれぞれに3万ずつの兵力を貼り付けていたが、
武田滅亡により3万の余剰兵力が生まれかつ武田家の残党
3万の兵力が追加された結局6万の余剰兵力が発生し、
きわめて有利になったわけだ。つまり織田家はいつでも
毛利、上杉の2倍の兵力で攻撃できるわけだ。

922 :日本@名無史さん:2006/06/29(木) 07:40:32
>>918
「歴史にIFはない」の意味を勘違いして無いか?
あれは正確には「歴史『学』にIFはタブー」だぞ。

歴史とは再現性(法則性)の無いものだから、当事者全員が
全く同じ行動を再現したとしても同じ結果になるとは限らない。
だから、不確定要素が大きすぎる中で一つの要因を変更しても
それに伴って結果がどう変わるかを予想するのがほぼ不可能。

だから、IFを言い始めると収集がつかなくなって学術研究が
成り立たなくなる。だから歴史「学」では論ずるのを禁じている。
これは同じように再現性の無い進化学なんかもそう。

別に現実の歴史以外は存在し得ないとか、史実以外の歴史を
考えるなと言っているわけじゃない。学問としては認めないと言ってるだけ。

923 :日本@名無史さん :2006/06/30(金) 18:33:08
信長が失敗した理由を述べるってことは、
「もし信長が○○してたら(していなかったら)光秀の裏切りはなかっただろう」
の裏返しだから、歴史にIFはある、といえばある。

924 :ななしのごんべ:2006/07/01(土) 00:22:23
秀吉がとんでもないところで暴走したと思う。

というのも、信長は秀吉のストッパーだった可能性があるからだ。
秀吉はどうも自身に卑屈だったように思う。
生い立ちも含めて屈折した思いを信長に仕える事で昇華し、自分を納得させようとしていたのじゃないか。
信長も内心に相当な闇の部分を抱え込んでたみたいだけど、
秀吉の闇には叶わないと思う。
現に秀吉の虐殺行為は私怨によるものが多く、内容は相当陰惨だ。
町人を時間をかけていたぶったり、命令を聞かなかった遊女を磔にしたり、
挙句町人に中傷をうけたからといって大阪の町を焼いたりしている。

こんな残虐性が噴出した日には、
秀吉が光秀の立場になった可能性もあったんじゃないか。
なんとなくだけど、光秀に先制されてしまっただけだと思う。

925 :日本@名無史さん:2006/07/09(日) 23:09:24
かんこう

926 :日本@名無史さん:2006/07/10(月) 09:38:14
無理だろう、糖尿病か塩分取りすぎの動脈硬化で本能寺がなくても何年後
かにはおそらく死んでた。

927 :日本@名無史さん:2006/07/11(火) 18:49:45
そもそも信長では日本平定できていなかったかもな。

928 :日本@名無史さん :2006/07/11(火) 19:43:34
信長の事だから調略や工作抜きで島津伊達と老衰するまで戦ってたかもな

929 :日本@名無史さん:2006/07/11(火) 20:09:20
んなこたあない
本願寺だって最後は和睦してるんだし

930 :日本@名無史さん:2006/07/11(火) 20:30:19
本願寺は潰すと全国の信者が死ぬまで戦い続ける。
田舎大名とは一緒にするな。

931 :日本@名無史さん:2006/07/11(火) 20:44:14
しかし謀反人の松永は2度も許してるし、荒木だって黒田官兵衛を派遣して説得してる
伊達や島津だって降伏すれば許されたかもよ


932 :日本@名無史さん:2006/07/11(火) 22:42:56
でもあんまし許してると論功行賞の領土がなくなるから一定数は滅ぼすことで
「整理」したと思う。自分の家来でさえ整理にかけるのだから。

933 :日本@名無史さん:2006/07/11(火) 23:55:04
林や佐久間は「整理」されても仕方がなかったと思う。
どの文献を読んでも譜代の重臣と書かれていても、「有能だった」とは書かれていない。
現代社会においてもリストラ組っているし、豊臣や徳川の世でも意図的なお家断絶があった。





934 :日本@名無史さん :2006/07/12(水) 16:54:09
>どの文献を読んでも譜代の重臣と書かれていても、「有能だった」とは書かれていない。

信長の行為を正当化するための作為だと考えたことはないか?
井沢厨なら信長を悪く書いてあることは全て後代の作為だと言い張るが、
その逆もあるということ。

935 :日本@名無史さん:2006/07/12(水) 17:03:55
> 「有能だった」とは書かれていない。

はどうかと思うが、発給文書の署名とか見ても干されてたのは確かだしな。
林は言うにおよばず、佐久間も政務的な仕事にはあまり顔を出していない。


つかさ、このスレ全般に言えることだけど、相手を「○○厨」と呼んで
「〜は『全て』○○だと言っている」と相手を悪魔化して悦にいるのってバカっぽい。
んなこと言ってる方が遥かに厨くさいと思わんのかね。

936 :日本@名無史さん :2006/07/12(水) 17:32:18
歴史のIFっていうか妄想を熱く語る信長好きの連中って馬鹿に見えるよね。

937 :(・∀・):2006/07/12(水) 22:10:18
おいおいもう頭悪そうな
雑魚キャラしか残ってないのかよ

泣けるぜ

938 :日本@名無史さん :2006/07/13(木) 20:26:27
そのレス飽きた。

939 :日本@名無史さん:2006/07/16(日) 15:22:54
オヴァカどもにマジレスするのもアレだが・・・
信長の天下布武の構想は全世界制覇だったんだよ
詳細はルイスフロイスの日本史に書かれている。実際
信長本人と話し聴いた訳だから間違いないだろ。
大河ドラマばっかり観てないで文献開けバカ厨ども

940 :日本@名無史さん:2006/07/16(日) 15:51:35
はいはいワロスワロス( ´,_ゝ`)プッ

941 :日本@名無史さん :2006/07/16(日) 17:51:26
プランばかりで実行できない奴ってどこにでもいるよな

942 :日本@名無史さん :2006/07/17(月) 09:57:34
信長が征夷大将軍になってれば
家康より秀吉タイプの政策取ったのかねぇ

ただ西進して明と泥沼になるより
フィリピン以降南進して西欧人と大砲撃ち合いしてそうなイメージが

943 :日本@名無史さん:2006/07/18(火) 18:46:58
↑オイオイ信長は征夷大将軍を辞退してるぞ、三職推任辞退と言う前代未聞に朝廷は困惑。
信長は天皇を安土行幸させ、そのまま安土遷都を実現した暁に天下布武の天下統一を宣言
天皇の権威を利用して各大名を安土へ取り込みいよいよ世界進出を進めただろうと思う。
秀吉は信長の計画をまね朝鮮出兵を始めたと言われてるが非常に効率の悪い計画なので疑問
イエズス会と親睦を深めていた信長もフランチェスコ会からも話を聴いていたからイスパニアを敵視して
そうなると支倉常長が執った様に太平洋航路を開拓しアメリカ大陸を目指したのかも知れない。

944 :日本@名無史さん:2006/07/22(土) 21:06:15
明智、羽柴、柴田、滝川と四道将軍って似てるね。

945 :日本@名無史さん:2006/07/24(月) 16:04:27
あたりまえに朝鮮半島は日本の農園地帯としてありそだな

946 :日本@名無史さん:2006/07/24(月) 22:09:09
光秀が変を起こした理由なんだけどさ
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1153663793/l50

947 :日本@名無史さん:2006/07/29(土) 02:08:23
織田軍の鉄砲の量は異常、当時世界一だった
軍の質だけでいえば世界最強だったかもしれない

948 :日本@名無史さん :2006/07/29(土) 08:13:48
イギリス海軍より?

949 :日本@名無史さん:2006/07/29(土) 22:07:34
>>947
大砲の量は?

950 :日本@名無史さん :2006/07/30(日) 13:28:41
所詮日本国内でしか通用しない強さだな

951 :日本@名無史さん :2006/08/01(火) 19:04:27
李氏朝鮮には勝てるだろ

952 :日本@名無史さん:2006/08/01(火) 20:00:00
補給の心配さえなければ、明にも勝てる。
年中戦争してるんだから、一兵士の戦闘力にも相当差がある。

953 :日本@名無史さん :2006/08/02(水) 12:17:00
>補給の心配さえなければ

その心配大有り。よって却下。

>年中戦争してるんだから

それは外国のほうが勝っている。

954 :日本@名無史さん :2006/08/02(水) 12:37:56
李舜臣水軍が補給殺しなんだよな
毛利・村上・九鬼水軍総動員で李を殺せないか


955 :日本@名無史さん :2006/08/02(水) 12:39:11
織田鉄甲船も動員して。

956 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 12:44:43
>>954
毛利って自前の水軍持ってたか?
村上を配下に入れるまで瀬戸内貿易をしてた形跡が無いんだが。

957 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 12:48:01
>>954
一度引き上げて李を褒めちぎる
朝鮮人自身の手で始末してくれます

958 :日本@名無史さん :2006/08/02(水) 20:18:30
戦いに勝てば占領支配できると思っているんか?
戦争をゲーム感覚で語るな馬鹿。

959 :日本@名無史さん :2006/08/02(水) 20:37:08
>950から続く単純な強さの話だから。

ただ信長が本気で領土を取りに行くとしても
異国オンチの秀吉と違って
朝鮮語通詞の大量育成、商人を通した反王朝地域の調査と抱き込み工作、
明との講和案なり練ってから挑むんじゃないかね

960 :日本@名無史さん :2006/08/03(木) 12:54:26
まず日本兵全てが味方だったら強い。
だが人の心を掴む名人の秀吉と違い、
信長はその強い将兵に裏切られるだろうから、やっぱり無理。
つーか、まず国内統一できないのに海外に出られるかよ。
織田鉄甲船なんて外海に出た途端沈没して貴重な戦力を無駄に失うだけ。

961 :日本@名無史さん:2006/08/08(火) 00:27:02
あの鉄甲船は機動力が皆無だから大陸にはいけないよ
しかも相手をおびき寄せて大砲で指揮官の船だけ叩くという戦法で国内で1回使われただけで
そういう戦法自体知られたらそれまでだから以降の戦からは鉄甲船は姿を消した
とテレビでみた

962 :日本@名無史さん:2006/08/18(金) 06:04:59
>>1
ユーラシア大陸殲滅

963 :日本@名無史さん:2006/08/19(土) 23:05:59
信長軍の強さは京への憧れもあったと思う。
日の本統一後は朝鮮半島に攻め込んだだろうが
野糞と犬小屋と厳しい気候と山がちな地形に
「こんな場所いらない」と絶望させて、意外と頓挫したかもしれない

964 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 20:58:55
>>851
そんなもんで拭いたらケツに法則が発動して
痔ができるぞw

965 :日本@名無史さん:2006/09/08(金) 18:27:51
少なくとも全国統一はしてたな。
第2・第3の光秀が現れないという前提条件がいるが・・・

966 :信長:2006/09/10(日) 00:41:35
敦盛が80になっていた

967 :日本@名無史さん:2006/09/10(日) 00:51:25
>>966
センス良過ぎ。気に入った。

968 :日本@名無史さん:2006/09/10(日) 20:26:07
ソースが見つからないのだが、
歴史にIFはないという言葉を吐いた本人も、
実際は幾つか歴史のIFを考えていたそうだ。
再現不可能なんだからあんまり妙な事を考えるな、
というのは正論なんだろうけど、
やっぱりそれだけじゃ面白くないから考えたくなるのだよ。

969 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 13:23:21
 

970 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 13:24:19
 

971 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 13:25:15
 

972 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 13:26:03
 

973 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 13:26:45
 

974 :信長:2006/09/18(月) 04:07:21
オリエンタルカレー食べよっと

975 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 04:48:09
王に任命させた後に天皇家滅亡させたべな

976 :光秀:2006/09/18(月) 08:12:39
殿、そんな朝っぱらから

(又血圧上がって切れるぞ、ったくもう・・・)

977 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 17:13:23
森蘭丸との間に子供が産まれていた

978 :信長:2006/09/19(火) 09:00:56
風来坊の名古屋工賃がうまかったでよ。
光秀も今度こやぁーよ。

979 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 14:41:49
 

980 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 14:43:20
980

981 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 14:44:16
 

982 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 14:45:15
 

983 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 14:57:30
 

984 :信長:2006/09/19(火) 19:39:33
今日は田楽!

985 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 23:39:07
それは味噌ですか?

986 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 23:40:50
 

987 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 23:42:36
 

988 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 23:43:23
 

989 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 23:44:26
 

990 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 23:57:46
990

991 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 10:00:22
 

992 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 10:01:23
 

993 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 10:02:16
 

994 :信長:2006/09/20(水) 10:13:26
>>985
もちろん味噌です。うまかった。
親友のおかまのケンちゃん来ず。残念。

995 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 10:36:07
森蘭丸の肛門がガバガバになっていた

996 :信長:2006/09/20(水) 11:01:13
蘭丸に執着しすぎ

997 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 12:22:43
だから本能寺で蘭丸に刺されたんだろ?

たまたま来合わせた光秀がどんだけとばっちりを食ったことか・・・

998 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 12:23:27
 

999 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 12:24:34
 

1000 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 12:25:40
1000

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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