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天皇家って何処から来たの?3

1 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 18:05:27
扶余説 楽浪漢民族説 長江漢民族説 トルコ人説 土着説 モンゴル説
新羅説 天武帝変説 ユダヤ説 継体帝変説 応神帝変説 ヤマタイ説
九州王朝説

淡々と、論証しましょう。 


前スレ
天皇家って何処から来たの?2
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1130131934/
初代
天皇家て何処から来たの?
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1117987687/

2 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 18:09:12
朝鮮に決まってる。

3 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 18:47:50
>>1


長江非漢民族説と山東半島説と遼東半島説も入れてください

4 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 20:15:20
>>1
おつ。

トルコ人というのは、
日本人がトルコから来たというのではなくて、
日本人がいるところにトルコ人が一人(か少数)やってきて、
それで天皇になった、ということでしょうか。
今に至るまでトルコ人の遺伝子を保ち続けているのだと。

5 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 20:39:07
TBSが皇族に対する失礼なテーマを設定。


 三笠宮寛仁さまが、女系天皇に異論。
 政府は皇族の意見を皇室典範の改正に反映させるべきだと思いますか?

 A.思う
 B.思わない

投票はここから↓
http://tbs954.jp/ac/index.html

6 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 21:33:21
>>1
スレは悪くないが、トルコ説やユダヤ説まで載せる必要があったのだろうか
・・・。電波が暴れるから?

7 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 22:50:28
>>6

でもその中で一番信憑性が高いのはユダヤだろ。
しかもユダヤじゃなけりゃ存在価値が激減する品

8 :日本@名無史さん:2006/01/11(水) 23:11:42
アンドロメダ

9 :白馬青牛:2006/01/11(水) 23:31:20
前スレの続き、安芸の渟田(沼田)の佐伯直一族は、元来、朝廷の守衛に
携わった集団であったが、安芸では隣の吉備国を牽制するものでもあり、
古代渟田郡にあたる広島県竹原市から三原市にかけて存在する石室・
石棺の古墳は関係するのではないかとの説もある。
広島が西や北隣の山口や島根友好関係と違い、東隣の岡山(吉備)と
仲が悪いのもその影響か?
(備後は、浄土真宗の影響で安芸化され、近世備後西部は芸州藩となり、
近代では備後全体が広島県になった歴史的背景もあるが。)
また対外戦争でも、欽明十五年(554年)百済救援の軍を動員した時、
将軍は佐伯連であり、独立性の強い吉備の西辺を固め、佐伯・サヘキ
(さえぎる)意味もあったと思える。

10 :m9(^Д^)プギャーーーッ :2006/01/12(木) 00:04:13
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大阪人ゼロm9(^Д^)プギャーーーッ

11 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 04:22:17
この板っていつから>>4>>7みたいな低脳ばかりになったの?w

12 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 04:46:52
>>11青少年が、ユダヤにはまってるんだろ。寝よ)))))

13 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 06:28:33
天孫降臨がどこから始まるかがポイント。
日向の高千穂にはどこから来るのか?

14 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 07:18:27
いや、トルコ説ってのはそれなりに根拠があって面白いよ。

応神帝の代に来朝した、秦氏(弓月の国)=(三日月の国)=
紀元0年頃西洋の中心だった中東からギリシャにかけての文明の共通神話に由来
で、現在はトルコ国旗に三日月があり、その由来は 女神アルテミス
女神アルテミスは女神アマテラス やけに似てるなーー ってのが パート1に登場
記紀以前の朝廷の書記官なんてみんな、秦氏や東漢氏が担ってたので、この世の初めの伝承に
それぞれの氏の祖先伝承(地元中東の神話)が介入してもおかしくない

太秦の語源の代表的なものに、応神帝にシルクをうず高く積んで見せたからウズマサ ってあり、
シルクロードという当たり前の歴史事実からみて、 電波とはいえない。

まあ、天皇ではないが
 


15 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 11:15:52
>>11

『失われたイスラエル10支族』 ラビ・エリヤフ アビハイル (著)

出版社 / 著者からの内容紹介
ユダヤ人には、遠い昔に分かれた兄弟がいる。世界史上最大の謎とされる
「失われたイスラエル10支族」は、いったい、どこへ行ったのだろうか。その行方をめぐって、
現代イスラエルの特殊機関アミシャーブの人間が世界中を調査してまとめた本格的研究書。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
アビハイル,ラビ・エリヤフ
1932年、エルサレムで生まれる。1961年より、失われたイスラエル10支族の研究と探索活動
に従事する。1975年に特務機関アミシャーブを設立し、失われた10支族の探索活動を本格的
に開始した。

アビハイル師は10支族の末裔の改宗・イスラエル帰還事業も推進しており、すでに約1000名
の10支族の末裔がイスラエルに帰還している(本データはこの書籍が刊行された当時に
掲載されていたものです)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/detail/-/books/4054028063/reviews/ref=ed_er_dp_1_1/250-0877640-4114629


16 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 13:36:49
>>13
エルサレムが基点
そこから真上(真東)にあるのが高千穂


17 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 16:44:35
北極〜エルサレム〜南極を結ぶ直線と垂直な直線を引き、それを右に延ばしてみましょう。
日本関係ねっつの。

18 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 18:00:45
>>17
>北極〜エルサレム〜南極を結ぶ直線と垂直な直線
緯線でそ

当時の地図は東が上
当時エルサレム、ウル、ウルクなどの正確な緯度が測れたか疑問

高千穂論争も霧島高千穂で決着
スメラミコト=スメール王

19 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 18:01:57
トルコっていうと突厥と紛らわしいからアナトリアとか小アジアとか言えよ。

20 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 22:11:42
>>9広島
>将軍は佐伯連であり
それは安芸の佐伯直じゃなくて大伴氏族の佐伯連だろう。
同じの貼っとくよ


佐伯氏といっても、
@中央・大伴氏族の佐伯氏、カバネは連A国造系の佐伯氏、カバネは直B部である佐伯部
で、@ABの出自は全く違う。

ところでBの佐伯部は蝦夷の出身とされてるんだけど、この蝦夷は東北の蝦夷なのか?
当時の王権の勢力を考えると疑問だろう。中には東北出身者も少しは居たかもしれないが。

関東の常陸に居た蝦夷だったかもしれないし、さらに西の東海地方の蝦夷?
いずれにせよ、畿内より東出身の佐伯部の武力が期待されたんだろうけど。

佐伯部は安芸以外にも播磨、讃岐などに配置されたけど、それを管理する氏族は
蝦夷(東国)出身ではないだろうな。
安芸で言えば、佐伯直=安芸国造(厳島神社社家)ってな感じか?
平安末の佐伯氏は京武者でもあり、後に平氏を称してるけど。

21 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 23:03:24
ガド族

22 :日本@名無史さん:2006/01/12(木) 23:08:13
日本から見て、裏鬼門の方角から。

23 :白馬青牛:2006/01/12(木) 23:48:29
>>20
カバネが違うと出自が違うと言う根拠はあるんか。佐伯連、佐伯宿祢、
佐伯直も佐伯部にかわりあるまい。佐伯部は、漠然と穴居集団を指した
ものであったとも思える。
ほいで、渟田佐伯氏は、猪名県に住んでおったとされ、東国出身とは
言い難い部分もある。それに征服者は支配地の原住民を兵士として
用いるのは、世界史的現象であり、東出身の武力が期待されたと言う
問題じゃない。佐伯部設置五国は、安芸、播磨、讃岐、阿波、伊予。
厳島神社のそれは、安芸東部の渟田(沼田郡)の佐伯部の系統、
佐伯部三国等でなく、安芸西部の佐伯郡の佐伯朝臣氏であり、
おそらく佐伯直の末であると思う。

24 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 00:19:27
中国で戦いに敗れた者が、日本に渡来してきて、なったという説は?

25 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 00:26:22
>>23広島
>カバネが違うと出自が違うと言う根拠はあるんか
当たり前のこと

@畿内有力豪族の佐伯連(大伴氏族、ただし擬制的同族)

A安芸の伴造系豪族・佐伯直(後の安芸国造)など

B佐伯部(Aに管理される立場)

それとカバネは時代が下がると上位のものを賜るようになる。
@は天武朝には宿禰を賜るが、神別系で朝臣姓を賜ったのは藤原と物部だけだが
評価が低いという訳ではない。
神別系の有力諸氏は宿禰姓を賜ったから。大伴も宿禰姓。

王権(朝廷)の武力に東国兵の力が期待されたのは事実。

26 :白馬青牛:2006/01/13(金) 01:43:58
>>25
カバネが違うと出自が違うのは当たり前としながら、時代が下がると
上位のももを賜るようになる。と言うんは矛盾しとらんか。
つまり擬制的同族と加藤氏、あるいは太田氏の考えを当たり前とする
根拠を聞いとるんじゃが。
東日本的縦型社会制度から普遍であったと推測する解釈に過ぎんよ。
カバネの体系化されたんは五世紀か解らんが、カバネは時代区分観の
過去認識、歴史認識の産物とも思える。允恭紀に偽って高いウジ・
カバネを求める者が多く、混乱を是正したとあるが、歴史的に
氏姓不正の起源を物語っておる。
東国兵が期待されたと考えるんは、満洲人の清朝に支配された華北の
漢人が華南征討に期待されたのは事実とするようなもので、劣等感
丸出しになっとるど。

27 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 01:57:25
別に期待されたことと劣等感とかは関係ないんじゃないの?

28 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 04:56:27
>>26
> カバネが違うと出自が違うのは当たり前としながら、時代が下がると
> 上位のももを賜るようになる。と言うんは矛盾しとらんか。

別に矛盾してないでしょ?
カバネが違う=出自の違い。
カバネが同じ=出自が同じとは限らない。
何か矛盾してる?

29 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 16:51:54
>>2
アホ。

氏ね。





30 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 16:54:49
ミマキイリヒコの「ミマキ」って、

孫木だよね。

孫木入彦。




31 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 20:23:45
シラギの支配者・居西干とか尼師今っていうのは、コニキシ(王)のことだろ。
日本に亡命した百済王家の人間も、コニキシという称号を、
日本の天皇から与えられているよな(W

コニキシは、属国の国司という意味だろう。






32 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 20:24:53
コニキシは日本語だよな(W



これ、面白い事実だよな。




33 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 20:28:01
明治時代、日本の外務省は、欧米諸国に向かって
「日本の天皇のことは「あきつかみのすめらみこと」と呼んで」
と頼んで「アホか」と言われた。
日本にもそういう田舎者な時代があったのです。

34 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 20:37:02
スメラミコトか・・。

『清めら御子人』の意味だろう。

「清らかな御子の人」
「清らかな御子の御方」

清ら(スメラ)は現代語の「神聖なる」の意味だろ。
「ケガレがない」という意味な。
命(ミコト)は、御子人だな。





35 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 20:40:09
沖縄方言の清ら=チュラ(清らか。きれい)の語源も

清めら(スメラ)だろうな(W





36 :白馬青牛:2006/01/13(金) 22:17:00
>>26
カバネが違う=出自の違い。という根拠はどこにあるんか?
加藤氏の考えを当り前とする根拠を聞いとるんじゃがのう。
加藤氏や太田氏の考えを当然と前提条件を付けて、同じ主張を繰り返す。
自分達の隷属社会制度から普遍性を求める。東国人思想は理解し難い。

37 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 23:35:03
統一教会系の世界日報が女系天皇を絶賛 日本語版では反対
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/korea/1134312138/l50

38 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 18:23:53
>>36
36→26で自分自身に返してどうすんだよw

俺が、加藤謙吉氏と姓氏辞典だけでレスしてると思ってるの?
古代氏族の多くが、擬制的な同族関係を結んで成立してるという説は
研究者諸氏の一致した見解だと思うぞ。

それで、>>26
>カバネが違うと出自が違うのは当たり前としながら、時代が下がると
 上位のももを賜るようになる。と言うんは矛盾しとらんか。
天武13年、『八色の姓』以前のカバネ。
『八色の姓』直前の天武朝に、直から連にカバネが上ってる例もあるけどな。
連姓の佐伯氏は『八色の姓』で、朝臣に続くカバネである宿禰を与えられた神別系の名門。

安芸の佐伯神主家が朝臣を賜ったのは平安末じゃないのか?
このA佐伯氏は、@大伴氏族佐伯氏とB東国系佐伯部とは由緒を異にすると思うが。
どうだい、広島さん。

39 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 18:50:53
訂正
安芸の佐伯神主家が朝臣を賜ったのは平安末じゃないのか?

安芸の佐伯神主家が朝臣を賜ったのは平安期だろ




40 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 19:20:52
まとめると結局イスラエルってことだね!

41 :白馬青牛:2006/01/14(土) 22:08:50
>>38
研究者諸氏の一致した見解なら、その諸氏とやらを明記せい。
その諸氏とやらが、擬制的同族制が古代においても普遍であったと
言う根拠を示せ。
佐伯氏は、由来の違いでは無く、佐伯族と言う民族集団の名称に意味が
あろう。

42 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 22:40:57
古代天皇家の周辺、海幸彦、山幸彦、隼人、住吉神、神武天皇は日向から海路大和へ、鵜飼い、あきらかに海洋民の影響が強い。
これは古代天皇家の起源が南方系であることを示している。

43 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 23:42:45
なんかよくわからんが佐伯氏に東国ヲタ思想をからめてうざい話しをしているが佐伯は大伴の一族で
大伴は天孫降臨から神武東征に従いさらに東国、奥羽に勢力を伸ばし全国に分布しているぞ。

44 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 00:05:37
東国ヲタが非常にうざい。
天皇家の起源を語る時代なら東国の武力など期待されていない。それはもっと後。

大和朝廷草創期に東国にまともな武力なぞない。むしろ天皇とりまきの豪族の武力のがはるかに強力。

この時代、東国は
畿内入府後の大伴が勢力をおいた大和朝廷の一支配地域にすぎない。

45 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 00:09:37
天皇家の起源の時代なら畿内さえ東国だ。

46 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 00:17:17
天皇家の流れを神武とするか応神とするかで大分ちがう。
神武は日向出身だけど、応神は明らかに豊国の血筋。
そしてこの応神が畿内に移ってから辛い国から渡来人が
沢山くる。くる。来る。

47 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 00:22:48
>>46
それは王朝が断絶しているという前提だな?まずその根拠を示せ。
日本の王朝の特徴はなんらかの形で前王朝を継承していれば
王統は途絶えてないと見なされる条件を踏まえた上で
そして、次に
なぜ応神があきらかに豊後といえるかの根拠も示せ。

48 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 00:26:31
応神朝に渡来人が多いのは当たり前だろ。
神功皇后が半島に出兵して服属させてるんだから。

秀吉の朝鮮出兵後に渡来人が多いのと同じだ

49 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 00:34:11
倭の五王の初代 讃(安東大王)が応神だろうかね〜.



50 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 00:40:04
仲哀、神功、応神は豊の国の血筋で倭人だよ。
クマソ征伐の実行部隊であるが、同じ倭人でも
文化が全く違っていたのである。


51 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 00:41:12
>>47
応神天皇はホントに仲哀天皇が種なのか?
説話の出生時期なんかみると怪しい臭いがプンプンする。
仲哀が成務のあとを継いだのかどうかも疑問だし。

で、応神天皇出生地は九州だと言う伝承も残っていなかった?
それが豊国だったかどうかは失念したが。

ちなみにオレは46じゃないけど。

52 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 00:45:54
応神の種が仲哀かどうかは別として仲哀の仇討ったのは
神功だから一応仲哀ってことでいいんじゃないかな?
江上の妄想なんてつきあいきれない。
この時、クマソ征伐で筑紫一帯焼き尽くしてるのは考古学的にも
間違い無いと思う。

53 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 00:49:02
>>52
仲哀の仇って誰?
仲哀は、その愚かさゆえに、神に見放されて死んだだけだぞ?
あくまで説話の上ことなので史実そのものと言うつもりはないが……

54 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 00:58:54
豊国の邪馬台国でトヨが即位し倭の五王讃(安東将軍=応神)
が文献に登場する5世紀初頭までの
100年間が仲哀、神功の時代。
彼らはトヨとどういう関係にあったのかわからないが、
同じ豊国出身の豪族であったことは間違いないと思う。

この当時、九州の王に世襲制があったとは思えないので
仲哀、神功、応神は血縁者だが、その前の天皇の名は畿内の
大王の家系だと思う。世襲だったかどうかさえ怪しい。

豊国と畿内は邪馬台国卑弥呼の時代も親密な関係にあった。

55 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 01:03:45
>>53
仲哀、神功は実在ですよ。
九州と山口下関には縁の地名、神社があり
万葉集にも記述されています。
古田さんに近い意見を持つ人のHPでもそのことについて調査してあって
邪馬台国は豊国であると確信もったと書いてあった。

56 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 01:17:48
倭国大乱→卑弥呼時代→倭国大乱→台与時代→仲哀暗殺、
神功筑紫クマソ征伐→三韓征伐→応神即位畿内王朝(讃、安東将軍)

57 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 01:20:51
ヤマトタケルのクマソ征伐も史実。
卑弥呼時代の後の倭国大乱か仲哀時代にあたるのではないか。
近畿から送り込まれた部隊だろう。

58 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 01:21:50
半島経由の呉人か越人でないの?


59 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 01:30:44
>58
弥生人か?それなら他スレで大方の見当はついてる。

60 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 01:48:53
4正紀の広開土王碑はこれは神功の三韓征伐だろうか

61 :白馬青牛:2006/01/15(日) 01:50:05
『魏志』に描かれる倭人は、自国民である男女生口(奴隷)を漢人に
献上し貢いだ、漢人から視ると奴隷植民地住人に過ぎんかった。
大和朝廷が北九州の倭人直系であれば、王権はもっと漢化したと思うが。

62 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 02:06:35
奴隷は甕棺住民だったろう

63 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 02:09:43
聖徳太子時代に秦王国と呼ばれたのは竹斯国の東

64 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 02:21:37
>>59
弥生人はもっと前じゃん


65 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 02:26:33
聖徳太子時代に政権争いしたのが古い渡来人物部さんと
新しい渡来人曽我さんですよ。
藤原は物部より古いですがこの人もやっぱり渡来人らしいわ。
筑紫の東は秦王国なんて言われてるし
終わってますね〜


66 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 02:42:11
日本人は何処からきたの?

67 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 03:03:44
>>66
イスラエル

68 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 03:35:50
>>67
あぁそうなんだ、ありがとう。

でも僕のお尻は小さい頃、青かったよ。

69 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 05:01:12
何が終わるの?

70 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 12:23:32
>>41
明記せい、示せ、・・・また青牛テストかよ。

森浩一さんは
「いうまでもなく氏というのは同じ先祖から出たという集団、違うかもわかりませんが
少なくともそう信じている集団ですね。
中臣の場合なら、天児屋根命から出たと、少なくとも信じている集団を氏と呼んでいます」

例えば、物部氏の大きな氏組織にしても、先祖を辿れば天孫族・ニギハヤヒ尊に結びつくわけで
子孫の各物部氏族にしても擬制的に結ばれていると考えるのは自然じゃないか?
東漢氏の腹系譜のような明らかな詐称ではないにしろ。

仮に、継体王がそれ以前の王と系統を異にしても擬制的には繋がってる。
継体王を大王家の分家とすれば同じ一族ではあるが。

71 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 20:06:55
>>61
もっと漢化?
具体的に?

72 :白馬青牛:2006/01/16(月) 00:17:21
>>70
物部氏を挙げながら、東漢氏の腹系譜が明らかな詐欺と言う
根拠はあるんか?漢氏、秦氏、佐伯氏も同じ先祖から出た集団と
少なくとも信じておったと言う解釈も出来る。それを「擬制的同族性」と
言うスローガンの繰り返しか。馬鹿の一つ覚えにはあきれるよのう。
>>61
東アジアを歴史的に視て、北方胡族と漢のとの勢力から、五胡の漢人地帯
への進出、極東の楽浪、帯方郡の消滅から、漢人世界から北方民族の
影響が強い世界に変容した要素は重要であると思う。
それと、北九州の豪族が、磐井の乱で新羅と組んだように、大和より
朝鮮との交易や文化の影響が強かったが、後に肥前郡司の新羅通蝶事件、
宗像大宮司が宋商人と婚姻関係を重ねたこと等、東シナ海文化圏に
属し、大和との文化圏の違いもある。倭寇が明人王直の配下であったよう
様々な要素から、独立文化圏を形成するのに、北九州倭人段階では難しい。

73 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 12:32:10
人類の故郷アフリカを出発して アジアを経由して日本に辿り着きました

嘘ではありません


74 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 21:38:29
>>72
だって、漢直・秦造の伴造系氏族と、その配下の漢人・秦人では出自が違う。
それを腹系譜にまとめた・・・と、何度も言ってるのに。
擬制的と言っても、同じ先祖から分れた氏族もその中には含んでいるだろうけど
地域的、政治的な意味合いが強いだろ。

大伴氏族・佐伯連は佐伯氏のいわば頂点。
佐伯直は安芸に限らず、瀬戸内地方の有力豪族層で、大伴氏族すら称してない。
つまり佐伯連と同じ一族とは思ってない。

中央貴族階級の佐伯氏と、安芸の佐伯氏を混同する広島史観だね。

75 :白馬青牛:2006/01/17(火) 00:06:56
>>74
出自が違うと言うことは、漢直・秦造と配下?(というのも隷属
縦社会的解釈で、氏族長である大人は下から推挙されたリ−ダーで
あろう。)その下の漢・秦の習俗や文化が違ったという根拠でも
あったんか?
佐伯というのは、民族、文化概念であろう。東国に勢力を伸ばした
大伴氏は、佐伯との関連が深かったろうが、大伴氏と佐伯連が
同じ文化習俗集団であったとする根拠も聞きたいもんじゃ。

76 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 20:38:41
★古代カラ半島国家の歴史★

【志良岐】
国号の読みはシラギ。正しくはシラキ。4世紀以前の東アジア半島(現在の朝鮮半島)の
南東部にあった国である。神武天皇の兄・稲飯命によって建国される。
シラキとは「治らす木」の意味である。治らす(シラス)は日本語古語で治めるの意味であり、
木とは神木、すなわち天孫たる日本皇族のことである。したがって、治ら木(シラキ)とは、
「国を治める皇孫」の意味であり、稲飯命の別名なのである。
この事実から考えるならば、シラキの国号をその意味と音に合わせて漢字表記する場合、
『治良木』と書くのが適切である。しかし、わが国では昔から志良岐と表記したり、
また、新羅と表記するのが一般的ある。
神武天皇の兄=稲飯命によって建国され、その子孫が代々の王(キミ・国の主)となった
志良岐は、古代東アジア半島の南部諸国の中で、日本国(ヤマト)ともっとも友好関係に
あった国である。
その政治制度は、王(キミ)の下に国吉士(クニキシ。コニキシとも呼ばれる)という長官
が置かれ、王の統治を補佐するという独特のシステムであった。しかし、この制度が原因で、
志良岐王(シラキのキミ)は、臣下である第十七代・国吉士(クニキシ)=金奈勿に王権を
奪われることになった。
奈勿は、高句麗と手を組んで謀反を起こし、稲飯命の血を引く志良岐王族を皆殺しにした。
そして、志良岐の国号を『新羅』に改め、自分が新しい王となったのである。
金奈勿は金氏新羅の初代王であるが、志良岐人(倭人)ではなく、朝鮮人である。
金氏は謎の一族である。彼らが、いつ、どこから来たのか、どのような方法で志良岐に
移住したのか、それを記した資料はなく、すべてが謎に包まれている。
韓国に伝わる新羅の建国神話によれば、稲飯命が森の中で拾ってきたという逸話があるが、
もちろん作り話である。新羅建国(奪国)者=金氏に関する歴史的資料は皆無なのだ。


77 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 20:46:09
http://www.geocities.jp/thirdcenturyjapan/gisi-toi.html
http://inoues.net/wajindenx.html
天孫伝説は3世紀倭国ではなく高句麗、扶余あたりが起源ですよ。


78 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 22:21:57
,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,
             /": : : : : : : : \
           /-─-,,,_: : : : : : : : :\
          /     '''-,,,: : : : : : : :i
          /、      /: : : : : : : : i     ________
         r-、 ,,,,,,,,,,、 /: : : : : : : : : :i    /
         L_, ,   、 \: : : : : : : : :i   / 古代日本?偉大な国だったでしょう。
         /●) (●>   |: :__,=-、: / <   シラキは、やはり日本領土だったと思ふ。
        l イ  '-     |:/ tbノノ    \    
        l ,`-=-'\     `l ι';/       \ 
        ヽトェ-ェェ-:)     -r'          ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         ヾ=-'     /
     ____ヽ::::...   / ::::|
  / ̄ ::::::::::::::l `──''''   :::|
志良岐の国号を、勝手に新羅に変えた金奈勿は許せないっス。


79 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 22:30:17
日本の元号は大化から現在の平成まで途切れる
ことなくつづいているんでしょうか?

80 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 22:33:09
>>79
大宝から。
それ以前のはちょっと怪しい。

81 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 22:47:17
>>76
バカか?
半島側で自分のことを‘シラギ’もしくは‘シラキ’と呼んでいる例があるのか?
日本側で勝手に付けた呼称だろう?
新羅と書いてどうして“シラギ”などと読めるんだ?

82 :サガミハラハラ ◆dOL2PLFNfk :2006/01/18(水) 08:23:06
シラギのギはオギのギです。

83 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 08:25:53
白木みのる

84 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 09:10:48
キは紀氏に起源があるようです基肄は彼らの征服地のようです。
たしか四道将軍の末裔ですね。
なお、基肄とは地元の人はいいません、基山(きやま、きざん)
と言います。

85 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 10:26:40
これが魏志倭人伝にある九州の戦乱、倭国大乱です。
http://www7.plala.or.jp/timei/new_page_15.htm
本州人に荒らされまくった証拠。
こうして人を動物扱いにして殺して
乗っ取ってその上、九州人天孫に攻められた〜〜
みたいに情報操作するのが朝鮮人
もう土蜘蛛、熊襲など倭人の末裔残ってないかも・・
これが倭人ではない動物の一種だというなら
こいつらの遺跡もどっかに残ってるだろw

86 :がいやまん:2006/01/18(水) 11:45:13
日本人(縄文人)・朝鮮人(櫛目文土器)共に無紋土器・弥生土器時代には表舞台
に登場しないが、それは彼らが制圧されたのではなく、かれらは進んで新時代の
様式を取り入れ、その後ある程度の混血を経て、再び、日本人、朝鮮人として
復活する。モンゴル・ツングース・トルコ・イラン系の要素は文化を伝達したイオン
のような存在であり、日本人、朝鮮人の基盤の中に埋没した。朝鮮人が日本を、
ないしは、中国・ユーラシア人が朝鮮を制圧したのではなく、朝鮮半島、日本列島の
稲作農業経済への移行に伴い、日本人、朝鮮人によって積極的に吸収されたもの。
日本人、朝鮮人の歴史の真相はこうしたものであろう。

87 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 16:36:19
★古代カラ半島国家の歴史★

【志良岐】
国号の読みはシラギ。正しくはシラキ。4世紀以前の東アジア半島(現在の朝鮮半島)の
南東部にあった国である。神武天皇の兄・稲飯命によって建国される。
シラキとは「治らす木」の意味である。治らす(シラス)は日本語古語で治めるの意味であり、
木とは神木、すなわち天孫たる日本皇族のことである。したがって、治ら木(シラキ)とは、
「国を治める皇孫」の意味であり、稲飯命の別名なのである。
この事実から考えるならば、シラキの国号をその意味と音に合わせて漢字表記する場合、
『治良木』と書くのが適切である。しかし、わが国では昔から志良岐と表記したり、
また、新羅と表記するのが一般的ある。
神武天皇の兄=稲飯命によって建国され、その子孫が代々の王(キミ・国の主)となった
志良岐は、古代東アジア半島の南部諸国の中で、日本国(ヤマト)ともっとも友好関係に
あった国である。
その政治制度は、王(キミ)の下に国吉士(クニキシ。コニキシとも呼ばれる)という長官
が置かれ、王の統治を補佐するという独特のシステムであった。しかし、この制度が原因で、
志良岐王(シラキのキミ)は、臣下である第十七代・国吉士(クニキシ)=金奈勿に王権を
奪われることになった。
奈勿は、高句麗と手を組んで謀反を起こし、稲飯命の血を引く志良岐王族を皆殺しにした。
そして、志良岐の国号を『新羅』に改め、自分が新しい王となったのである。
金奈勿は金氏新羅の初代王であるが、志良岐人(倭人)ではなく、朝鮮人である。
金氏は謎の一族である。彼らが、いつ、どこから来たのか、どのような方法で志良岐に
移住したのか、それを記した資料はなく、すべてが謎に包まれている。
韓国に伝わる新羅の建国神話によれば、稲飯命が森の中で拾ってきたという逸話があるが、
もちろん作り話である。新羅建国(奪国)者=金氏に関する歴史的資料は皆無なのだ。


88 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 18:21:51
ミミ ヽヽヽヽリリノノノノ
    ミ   ,,、,、,、,、,、,、,、、 彡   
     l  i''"        i彡
    .| 」   ⌒' '⌒  |   ボク、ホリエモン。

    ,r-/   -・=-, 、-・=- |    シラキは日本領土でしょ。
    l       ノ( 、_, )ヽ  |   そんなの、あたりまえ。
    ー'    ノ、__!!_,.、  |   朝鮮人の金奈勿が乗っ取る
     ∧     ヽニニソ   l   までは日本人の国だったじゃん。
   /\ヽ           /         
 /     ヽ.  `ー--一' ノ/ヽ    ノ7_,,, 、    ______
/   (⌒、"⌒ソ⌒ヽ─ '"   `、  ( ィ⌒ -'"",う/壱 / /万:/|
    〜''(_)(_)(_)(_)ソ       ヽノ   ,イ^_.|≡≡|__|≡≡|彡|


89 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 21:19:21
>>75西牛
漢直と漢人の間に、氏族長も糞もあるかよ。漢人は配下豪族なんだから。

官人・豪族的だった「漢人」と比較すると、「秦人」は技術者集団的要素が強いという。
秦氏の場合、秦造と秦人とでは歴然とした格差があったろう。基本的に。
それに秦造系氏族が膨大な数だから、秦造自体は擬制的同族関係とも言えるはず。

>大伴氏と佐伯連が・・・・
佐伯連が安芸人じゃないと言った事に対して噛み付いてんだろうけど、
佐伯連は大伴と同族、古代中央貴種。安芸の佐伯氏は直姓、地方有力豪族。
佐伯部は常陸あたり出身?とも思われる、東国出身主体の陸の歩兵だろうか。

90 :日本@名無史さん:2006/01/19(木) 01:35:51
>>87
バカか?
半島側で自分のことを‘シラギ’もしくは‘シラキ’と呼んでいる例があるのか?
日本側で勝手に付けた呼称だろう?
新羅と書いてどうして“シラギ”などと読めるんだ?

91 :白馬青牛:2006/01/19(木) 22:53:19
>>89
また、関東の社会制度が日本で普遍であったと妄想する擬制同族性か。
秦人(おそらく羌系)は、中国西北部におった時から土木・水利技術
集団の側面はあったよ。そりゃあ「渡来人とその子孫」にも書いたが、
最近あっちへ行かんのか。そういやァあんたァ「源平武士と戦国武士、
タイマンで戦ったら?」の方も最近書いとらんじゃろう。
佐伯が常陸、日高見、蝦夷ラインの中でも常陸を強調するんは、
『常陸風土記』からか。まあ佐伯部は習俗、生活様式からの者で、
特定の地域に当てはめることは難しい。安芸の佐伯部に東国出身も
多かったろうことは否定せんが、弥生期から古墳期でも四隅突出墳の
弥生型人骨は別として安芸は縄文型人骨であったので東国人が移住しても
違和感はない。
じゃが東国出身を強調するのう。関東は戦国期上杉軍越人蛇族に喰われた
蛙であった故、その弱兵劣等感から関東を強調したいんじゃろうのう。

92 :日本@名無史さん:2006/01/19(木) 23:15:12
>>91
いつも通りの流れだ・・・。
腹系譜を否定されたのが余程悔しいんだろう。

残念ながら毛野氏以外、武蔵・相模国造も腹的だし、関東でも普通に見られる腹型系譜。
中央氏族でも、渡来系に限らず見られる腹型系譜。
つまり、腹型系譜では騎馬民族とは結びつかないんだよ、江上厨さんw

タイマンスレはまったりした流れだから、あえて行かないんだよ。
俺がレスしたらあんたが来て妄想カキコ→荒れる。

そろそろ江上スレに戻るよ、弱兵&表裏一体・京武者安芸佐伯朝臣の地元さんw

93 :白馬青牛:2006/01/19(木) 23:33:02
>>92
腹(ハラ)自体がツングース系の言語じゃないんか。
東北アジア狩猟・漁労民の歴史や文化を知らずに解釈する低脳ぶりは、
毎度のことじゃのう。
関東が越人の奴隷と事実を言うたら余程悔しいんか、安芸が弱兵と
根拠のないことをぬかす。安芸が関東より弱兵であった時代は、
近代郷土兵団に至るまでないんで残念じゃのう。

94 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 11:25:47
何度も言うようだが




アフリカから来ました


95 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 13:06:01
高天原=筑紫平野
そして筑紫→日向へ

96 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 17:59:19
高天原は出雲に降りた高句麗の人の末裔と記紀にはありますよ。
筑紫平野は水神性の強い地域で土蜘蛛、熊襲の勢力圏です。
記紀をしっかり見直しましょうね。
無知はいい加減にしてくれ!


97 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 19:46:36
>>91
>>96
これコピーして、近所にバラまけぇ〜〜〜っっ!!
_____________________

/    ||    :ヽ
   ┌|(⌒ヽ :|| ..:⌒: |┐   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
   |::|::ヽ.__:):||(___ノ ::|::|  │
    |:|: ..   :||    .. |:|  │
    :|: ..   ||    ..|| <   古代のカラ半島南部は
                     日本領だったのだ!
     :\ [_ ̄] /::|   │
::     |\|_|_|_|_/:::|    \________
   __| |   / / :|___

古代カラ半島の歴史1・2・3をコピーせよ。
近所にバラまきたまえ!
地球を守るために、ウルトラマンに協力せよ!!


98 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 19:51:15
神功期に百済、新羅は倭畿内の領土になってるとかいてあるだろ
高句麗の碑文にもかいてある。
史実だ。んなものどうでもよい


99 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 21:06:31
韓国美女には日本人の血が流れているニダ

100 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 23:40:57
土グモ、クマ・ソ、出雲(イヅ・クモ?)に共通するクモ、クマは関係があるの
かな?百済のクマナリ、熊本、球磨川にもクマが出て来るが。


101 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 23:50:34
あるよ、百済の熊津もそうだろ、おそらく熊とは日本最古層の
民族を示してるよ、
最初の渡来人は五十、伊、豊、木を
出雲に持ってきた高句麗の人

102 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 23:54:54
天皇家は便所から湧いて出てきました。


103 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 23:56:17
五十と一緒にきたのは鈴もそうだ。
物部はこの系統だろ
東日本一帯に広がる鈴木、鈴、木どちらも高句麗由来だ。
銅鐸も鈴と呼ばれていた可能性が大。


104 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 23:57:04
土蜘蛛は体の名称をつける風習がある、初期の天皇も
この流れをもってる。

105 :日本@名無史さん:2006/01/20(金) 23:58:11
http://homepage1.nifty.com/kitabatake/tennouichiran.html
言っておくけど、今の天皇家は藤原氏の純血種だからw

106 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 00:03:49
天皇家は京都から来ました。
江戸を東京に改め、そのまま東京にゐます。

107 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 08:38:51
神功紀にあるように倭は一時韓半島南部を制圧したってことでしょう。
馬韓、辰韓を百済、新羅にしたのは倭人だよ。
そしてそれ以前に丹波から新羅に脱解が移住して新良貴氏になってるよね。
神武の末裔みたいだ。
http://www.myj7000.jp-biz.net/q&a/kin_sei.htm
http://www.myj7000.jp-biz.net/clan/01/01.htm
脱解は近畿の王朝の命により神武の子として
丹波から派遣されたわけ、そして新良貴氏の祖、
新羅の王になる。
そして高天原の位置も判った。
近江八幡の野洲川ここである!
ここから稲飯命の子、脱解(新良貴氏)が新羅に、そして立石氏の祖先が筑紫に
出雲に佐々木氏が天下った。
邪馬台国と高天原の位置を比定したよ!!
完璧だ!
欠史8代と言われてる
大王の子孫の行動を辿れば簡単に解けるW

108 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 11:59:57
>>107
半島に当時の日本の痕跡があるの?

109 :がいやまん:2006/01/21(土) 15:07:40
巴形銅器なんてのがある。吉野ヶ里に来た渡来人が始め、近畿、中部で普及し
ている。卍というのを見ると右、時計回りになっている。これは太陽の動きと同じ。
巴形もそれだ。飛騨にはサルボボといって四隅突出の太陽神のような人形もある。
日抱神社というのもあるそうな。こうしたものはユーラシア中北部、南西部にもある
らしい。卍の先に馬、グリフィンを4個つけるのもあるという。ヒットラーは逆卍を
ナチスのシンボルに使ったとか。狂っていたんだなー。

110 :がいやまん:2006/01/21(土) 18:27:47
わが国の巴形銅器は羽の数からして太一神祭祀、北辰北斗信仰と関係すると
見た方がいいのかもしれない。

111 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 18:40:28
新羅始祖赫居世

112 :がいやまん:2006/01/21(土) 18:40:41
《史記》天官書などの記述によると,、北極星は天帝太一神の居所とされるらしいが、アルタイではこれを
「ダイアチ」神と呼んでいるようである。巴形銅器はダイアチ神かな。

113 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 21:54:53
>>108
前方後円墳、日本独自の墳墓で世界中で日本と半島南部にしかない。
日本には初期型から中期型、完成期型、晩期型の全てが揃っていて、
史実に見られる支配地の移動と時系列が正しく一致している。
一方半島にあるのは完成期以降の遺跡が突然出没し、それ以前の遺跡も
以降の遺跡物も存在しない。
つまり日本の支配者がある時期に半島南部を墳墓を残すほど強大な力で
長期間支配していた証である。

それにしても疑問なのは、加羅、任那、新羅と当時の日本政府が支配して
いたのにも関わらず、どうして新羅を異民族に乗っ取られてしまったのか?
しかも小国であった筈の(蛮族に乗っ取られた)偽新羅が、日本の属領地
だった百済を倒すことが出来たのか?
新羅と言っても実態は既に唐の傀儡国家となっていて、唐の軍勢が
進駐していたとしか思えない。

今の自民党が進めている中国移民の大量移住計画は正にその再現に
なりかねない、気が付けば中国属領として統一韓国に併合されていた
なんてことは冗談じゃ済まされないよな。

114 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 22:05:42
今の日本は滅亡前の百済だね。
滅びたらどこへ行こうか?

115 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 23:33:54
日本書紀の高天原はまるで外国のような希ガス。
天孫降臨を来日と考えると天皇家は琉球系?
現天皇家は彫り深くないよな。

116 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 00:45:21
マジで、日本は滅びるよ。

天皇制もジ・エンド確定だし。

近い将来、中国に占領されちゃうね、この国。

117 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 23:31:18
そのために中国語の勉強しようっと。
愛ちゃんくらいうまくなったら最高だよね。
愛ちゃん、卓球も上手いし、中国語も上手いし、最高だよね!!

118 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 01:24:17
オレは中国人を妻にして、勝ち組になる(・∀・)

119 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 12:40:35
スサノウって出戻り組みの新羅系倭人でいいんか?
新羅の王に倭人がいたよな。

120 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 15:38:28
>>116 日本より北鮮のことを心配していろ。韓国も日本より先に併合されるが、
日本、台湾が併合されることはない。



121 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 15:42:27
そうですね、九州の暴力団(黒龍会とか)、貪欲財閥(土佐の三菱とか)
明治維新で溢れた九州浪人達が作り出した怪物が明治天皇ですね。
天皇は悪の中から湧いて出てきました。

122 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 15:53:40
★古代カラ半島国家の歴史★

【志良岐】
国号の読みはシラギ。正しくはシラキ。4世紀以前の東アジア半島(現在の朝鮮半島)の
南東部にあった国である。神武天皇の兄・稲飯命によって建国される。
シラキとは「治らす木」の意味である。治らす(シラス)は日本語古語で治めるの意味であり、
木とは神木、すなわち天孫たる日本皇族のことである。したがって、治ら木(シラキ)とは、
「国を治める皇孫」の意味であり、稲飯命の別名なのである。
この事実から考えるならば、シラキの国号をその意味と音に合わせて漢字表記する場合、
『治良木』と書くのが適切である。しかし、わが国では昔から志良岐と表記したり、
また、新羅と表記するのが一般的ある。
神武天皇の兄=稲飯命によって建国され、その子孫が代々の王(キミ・国の主)となった
志良岐は、古代東アジア半島の南部諸国の中で、日本国(ヤマト)ともっとも友好関係に
あった国である。
その政治制度は、王(キミ)の下に国吉士(クニキシ。コニキシとも呼ばれる)という長官
が置かれ、王の統治を補佐するという独特のシステムであった。しかし、この制度が原因で、
志良岐王(シラキのキミ)は、臣下である第十七代・国吉士(クニキシ)=金奈勿に王権を
奪われることになった。
奈勿は、高句麗と手を組んで謀反を起こし、稲飯命の血を引く志良岐王族を皆殺しにした。
そして、志良岐の国号を『新羅』に改め、自分が新しい王となったのである。
金奈勿は金氏新羅の初代王であるが、志良岐人(倭人)ではなく、朝鮮人である。
金氏は謎の一族である。彼らが、いつ、どこから来たのか、どのような方法で志良岐に
移住したのか、それを記した資料はなく、すべてが謎に包まれている。
韓国に伝わる新羅の建国神話によれば、稲飯命が森の中で拾ってきたという逸話があるが、
もちろん作り話である。新羅建国(奪国)者=金氏に関する歴史的資料は皆無なのだ。

123 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 19:39:51
だから日向からだっつってんだろ。

124 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 19:43:10
いい加減にしろよ、元々は近江から高氏(尊氏=高句麗人)
が子孫を弱い宮崎に降臨させたのが始まりだろ!!!!

東朝鮮人(東日本人)め!!!!!!!!!!!!!!


125 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 20:18:15
三国史記における倭人瓢公がスサノヲにダブってみえるのはおれだけ?

三国史記新羅本紀によれば、新羅は何度も倭の侵攻にさらされている。
しかも東岸から。東岸といえば出雲であろう。

出雲の新羅侵攻に英雄神話がくっついて新羅にも渡ったとするのが合理的解釈
でないの?そもそも新羅にも下ったとするのは日本書紀中の異説の一つ。
古事記にはない話。

ついでにいえば、新羅建国神話に倭人が関与していることは三国史記・三國遺事
にも書いてある。
新羅第四代王脱解は倭人、その重臣瓢公も倭人、そして、先の王脱解のもと
重臣瓢公が発見したのが新羅金氏の祖閼知。
そのまま読めば新羅は倭人が建国した国となる。

http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/min/1062648322/375

126 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 22:01:45
ダブるよ。
新羅から渡った天日鉾は丹波に移り住んだんだ
新羅・近江同盟だろ

127 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 22:28:05
天皇家は明治天皇の代に京都から東京にやってきましたが何か?

128 :日本@名無史さん:2006/01/23(月) 23:27:53
>>124
意味不明

129 :消火器売り:2006/01/24(火) 04:40:45
市役所のほうから来ました

130 :サガミハラハラ ◆SZOL/4WL.. :2006/01/24(火) 10:07:07
スサノヲノ命が新羅からやってきたという説について。
これは日本書紀の一書に、新羅国に降りた。ということからきているのであるが、その後、「この地には私は居たくないのだ。」
として出雲にきたとある。
ここに出てくる、スサノヲノ命は別人である。
西暦40年頃、天孫降臨があったのであるが、その時、ニニギノ命の他にも多くの神神が各地(半島にも)に降臨したのであるが、
その中の1人が新羅に降臨してその地を治めようとしたが失敗。その結果新羅を去り出雲へと移住してきたというのが
真相です。
その人物をスサノヲノ命にすりかえたのです。
このように、人物を、有名人にいれかえることは、物語や伝承の中によくあります。

131 :日本@名無史さん:2006/01/24(火) 10:21:02
葦原中津国(九州)、青海原(半島)と読むと
なんか近江あたりを中心にしてあっちいったりこっち行ったり
してるように思うが・・

132 :日本@名無史さん:2006/01/24(火) 10:32:59
高皇産霊尊(たかみむすひ)が少彦名を海渡らせて
出雲に移住させている。(その後、少彦名は常世=茨城に移住)

高皇産霊尊がいた出雲の海の向こうの場所は高麗でほぼ間違いないだろう。
彼、高皇産霊尊は天孫降臨でもその政治力を発揮する。
アマテラスを脇においやり自分の子供を
葦原中津国(九州)平定の為にまず日向に天下りさせる。
出雲、新羅にも天下りさせる。。

近江、出雲あたりを中心とした情景が浮かぶようである。

133 :日本@名無史さん:2006/01/24(火) 13:35:53
新羅は出雲人の国
http://makimo.to/2ch/mentai_whis/980/980828553.html

134 :日本@名無史さん:2006/01/24(火) 14:00:44
新羅人は出雲・丹波・但馬人(銅鐸=鈴、五十猛)かもしれないが。
出雲系が純粋な倭系とは思えない。

彼らは少なからずその前に高句麗の影響を受けている。
だから出雲系(出雲人、初期近畿人、関東東北人)は
当初は高句麗との混血であり、更に新羅からの渡来人と
混血したと考えられる。
だからあそこまで高句麗、新羅文化に拘りがあるのです。


135 :日本@名無史さん:2006/01/24(火) 20:26:26
今の天皇家は日韓併合のあと韓国からやってきた親日派野口家(韓国王族)の末裔らしい

136 :日本@名無史さん:2006/01/24(火) 20:28:04
天孫信仰より前に常世信仰があったてことかな

137 :日本@名無史さん:2006/01/29(日) 14:03:33
★★ 古代朝鮮人は、日本に移住していない ★★

朝鮮人は、古代のカラ半島南部にあった、志良岐・任那・久多良は 朝鮮人の国だったと
信じ込み、
「半島の国々から、古代日本に多くの朝鮮人が移住し、半島や大陸の輝かしい先進文化を伝えた」
と、主張する。
だが、こういった説は妄想に基づく妄言である。 朝鮮人が古代日本に移住したという事実はない。
朝鮮人は、古代日本に一人も移住していないのである。志良岐・任那・久多良は 倭人の国だった。
また、この三国と古代日本の文明レベルは同程度であり、半島に『輝かしい先進文化』なるものは
存在しなかった。高句麗の文化も日本と同じレベルだったのだ。 先進文化ウンヌンという話は、
日本人に対し優越感を持ちたい朝鮮人の妄想が生んだ フィクションである。
そもそも、日本列島にもカラ半島南部にも、紀元前から、長江以南の越地方から多くの越人(倭人)
が移住しており、日本列島とカラ半島南部の倭人は、紀元前から日常的に交流していたのだ。
つまり、『同一の文化』を共有していたのだ。だから、古代ヤマトとカラ半島南部で、文化水準の
レベルに差があった、などということはありえない。ふつうに考えれば分かることである。
たしかに、古代ヤマトもカラ半島南部も、大陸文化の影響を受けてはいる。
しかし、ヤマトとカラに文化的影響を与えたのは、越地方の越人(倭人)と帯方郡の漢人であって、
朝鮮人ではないのだ。古代朝鮮人は『先進文化』を持っていなかったのだから、ヤマトやカラに
文化的影響を与えるわけがないのだ。無いものは与えようがないではないか。


138 :日本@名無史さん:2006/01/31(火) 00:10:44
朝日新聞
夕刊に柳美里の「8月の果て」という小説を連載し、その中で「天皇がなんだ。天皇も同じ飯を食って、同じ糞を垂れてるじゃないか」「食う飯は違っても糞は臭いだろ!」ペシジュンが大きな声で歌いだした。
日本の天皇を下僕にして 日本の皇后を下女にしてこきつかわん ソグロ(←倭寇と戦った将軍)の誓い われらの模範にいたさねば老族伊藤博文を露領で襲い三発三中で 撃ち殺して大韓万歳を叫ぶ 安重根の義気
われらの模範に いたさねば「クンヘラ(やめろ) クマネ(やめろ)!」「チョッパリ(日本人野郎)に朝鮮語はわからんよ」

139 :日本@名無史さん:2006/01/31(火) 01:59:54
天皇も、「アウストラロピテクス」だったんだよね。

140 :日本@名無史さん:2006/01/31(火) 02:09:31
>>138
日本には 李王家を悪く言う人がほとんどいないのに・・・。
韓国の発想は、あまりに常軌を逸しているとしか、思えません。

141 :日本@名無史さん:2006/01/31(火) 02:11:02
中華思想丸見えでうんざりするな・・・。

142 :日本@名無史さん:2006/01/31(火) 02:14:11
当時現場で作業をしていた田中伝さんが偶然発見したのです。
牛川小学校教頭の石川一美先生に届け、偶然、田原の伊川津貝塚に
縄文人骨発掘調査に来ていた東京大学の鈴木尚教授に鑑定を依頼。
>>>>>>>>>>>>
牛川原人捏造の瞬間!!!!!!!!!!


143 :日本@名無史さん:2006/01/31(火) 02:20:20
古代新羅の国王だったとされる「脱解」さん。
これ、「タケル」と読めませんか?
天皇家の先祖にこの名前多い。ヤマトタケル・オオハッセワカタケル・・・以下略

144 :日本@名無史さん:2006/01/31(火) 02:51:39
脱解ってBSでしょ!
家観れないんだwww。
総合で再放送やらないかな・・・。

145 :日本@名無史さん:2006/01/31(火) 03:03:19
皇祖太白説っていうのは案外正しいかもね。
倭人の源郷が長江流域だということはDNA鑑定で
あきらかだからね。

146 :サガミハラハラ ◆SZOL/4WL.. :2006/01/31(火) 08:42:18
日本書紀の編者は皇祖を呉の太白にむすびつけようとしたようです。
問題は神武即位BC660年をどのように算出、作出したのかということです。
なにかの文献をもとにして作出したのは間違いありません。
どなたか、その文献のこころあたりはございませんでしょうか。

147 :日本@名無史さん:2006/01/31(火) 10:15:23
越前国(福井県)から来ている。
本姓は息長氏。
天皇家には苗字は無いが、姓は息長。
だから今上天皇は、息長明仁(おきなが・の・あきひと)が正しい名前。

148 :日本@名無史さん:2006/02/01(水) 02:44:29
皇祖太白説はイエズス会も公式見解にしていたようだね。
教義との関係でしょうね。

149 :日本@名無史さん:2006/02/01(水) 02:59:07
>>147
ん?釣り?
継体天皇は近江育ちという説がいまでは有力ですが。
それに姓ではなく氏の時代じゃないですか?(汗)
わしゃヲホド王は皇族のひとりだったと考えておる。
ま、解釈の仕方は人それぞれですから(以下略)

150 :日本@名無史さん:2006/02/01(水) 20:02:00
ミミ ヽヽヽヽリリノノノノ
    ミ   ,,、,、,、,、,、,、,、、 彡   
     l  i''"        i彡
    .| 」   ⌒' '⌒  |   ボク、ホリエモン。

    ,r-/   -・=-, 、-・=- |    シラキは日本領土でしょ。
    l       ノ( 、_, )ヽ  |   そんなの、あたりまえ。
    ー'    ノ、__!!_,.、  |   朝鮮人の金奈勿が乗っ取る
     ∧     ヽニニソ   l   までは日本人の国だったじゃん。
   /\ヽ           /         
 /     ヽ.  `ー--一' ノ/ヽ    ノ7_,,, 、    ______
/   (⌒、"⌒ソ⌒ヽ─ '"   `、  ( ィ⌒ -'"",う/壱 / /万:/|
    〜''(_)(_)(_)(_)ソ       ヽノ   ,イ^_.|≡≡|__|≡≡|彡|



151 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 17:28:36
たかあまはら

152 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 21:04:05
>>147
息長は現在の滋賀県米原市だろうが。
何故福井になる。

153 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 21:07:47
辰韓=シンカラ 新羅=シンラ
馬韓(下韓)=クダカラ 百済=クダラ
馬関=下関

154 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 21:12:27
「シンカラ」から、なぜ「カ」が抜けるのか?
ふつう、抜けないだろう。
「クダカラ」から「カ」が抜けるのも、おかしい(W

馬関じゃあなくて、馬韓だろ。馬韓がなぜ下関に変わるのか?
ギャグとしては、出来損ないだな(W


155 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 21:18:14
済州島の古名=耽羅(タンラ)は、元はタムラと発音した。

タムラの語源は、日本語古語の屯(タムロ)だ。
タムロとは、大勢の人間が集まる場所の意味。
タムラ島は、古代中国と筑紫(日本・九州)・百済の中継地だった。
人が集まる島だったので、日本人(大和人と百済人)が
そう名づけたのだ。




156 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 21:20:28
田村

157 :日本@名無史さん:2006/02/03(金) 17:00:11
世界史板で、こんなん見つけました。

世界@名無史さん :2006/01/12(木) 00:46:24 0
たびたびあっていた海外からの侵略

日本が外国勢から侵略を受けるのは、「元寇」が初めてではない。
日本側の記録によれば(『太宰管内志(大宰府管内誌)』『類聚三代格』『日本三代実録』
『百練抄』 『日本紀略』『扶桑略記』等)、それまでたびたび侵略を受け、
九州北部はもとより薩摩大隅にまで及んでいたことが記録されている。
詳細(海賊・倭寇の起源を探る)
その大半は、朝鮮半島からのものであった(これが倭寇の正体。倭寇=朝鮮人)。数隻の賊船に
よるものがほとんどであったが、中には、
45隻・2500人の新羅の者が来襲し、捕らえた捕虜が「王の命令を受けて略奪に来た」と
述べたこともあった。(『扶桑略記』)
また、どこの国のものかは定かではないが、最大規模のもので、 承徳元年(1097年)、
異賊船100隻が松浦・筑前に攻め寄せ、 大宰府官兵・九州軍士が賊船を撃破し賊徒数万を
海没させた、という記録がある。
九州大宰府は、古代から日本外交の窓口の役割を果たしてきたが、同時にそこは外冦防衛の
拠点でもあった。


158 :日本@名無史さん:2006/02/03(金) 17:28:27
>>152
息長小学校ホームページ
http://www.eonet.ne.jp/~okinaga/gakkou/gakkousyoukai/n-gakkousyoukai.htm

159 :サガミハラハラ ◆SZOL/4WL.. :2006/02/05(日) 08:51:57
三種の神器について
剣がなぜ神器となったのか
 古代中国の東北方に東胡というのが居り、かれらは、剣等の武器を象徴とし、戦の時には
 軍の中にたかく掲げてたたかったということです。北方民族(騎馬民族?)の影響とかんがえられる。
勾玉がなぜ神器となったのか。
 勾玉の歴史は古く、縄文時代から日本では出土します。
 つまり、在来の文化です。
鏡がなぜ神器となったのか。
 日本在来の人達は、光り輝くものに異常なまでに関心があった。
 そこで、もっともヒカリ輝く金属製である鏡を特別に好物とした。

160 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 10:44:57
>>159
勾玉が神器になったのは大分後っしょ?

161 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 11:29:22
日常品だったからね

162 :サガミハラハラ ◆SZOL/4WL.. :2006/02/05(日) 13:22:08
160さんへ
勾玉が神器になったのは大分後とのことですが、いつごろのことでしょうか。
三種の神器の成立について大変重要なことですのでできるだけ詳しくお願いいたします。

163 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 13:32:53
高天原から来た。
もしくは
天津国から来た。
これは父系と母系の差。

父系はニニギー>フキアエズで、天津国ー>倭

母系は高天原にニニギがいった時の女

高天原は書記に読み方が書いてある。
「訓高下天云阿麻下効此」
つまり天だけがアマと訓読み。
コーアマゲ。
コーマゲ。
・・・
現在クマゲ(熊毛)と呼ばれる辺り。

天津国は今なお女人禁制な島。
亦の名をオオヤシマ(隣に小屋島があるところ)
亦の名を宗像大社奥津宮
亦の名を沖ノ島。

フキアエズは出先でできた子(本流ではない)
倭の五王は本流
倭の祝王(磐井王)も本流。


164 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 15:43:55
>>162
ちょっとうろ覚えだが持統の頃でも神器は2種で、のちにたしか中臣氏だったかが3種を主張して神器は3種になったと思う。

165 :163:2006/02/06(月) 21:24:17
剣(矛)はスサノオ系

勾玉は伊都王系

鏡は天孫系

参照:仲哀紀8年と景行紀12年

166 :日本@名無史さん:2006/02/08(水) 11:27:35
鏡=天照大神
剣=素戔嗚尊
玉=月読命

167 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 13:48:09
★ 三国史記に記された百済の建国神話 ★

【百済の建国 (三国史記より)】
高句麗の始祖である朱蒙(しゅもう)には3人の子があり、長男の類利(るいり)が高句麗を継いだ。
後継者争いで身の危険を感じた弟の温祚(おんそ)は、高句麗から逃げ出し、自分の国を建てるために
南方へ向かった。10人の臣下と大勢の百姓がこれに伴った。10人の臣下にちなんで、当初は国の名を
「十済」とした。しかし、百姓たちが自分にしたがったことを喜び、百姓たちにちなんで国号を「百済」
に改めた。

【呉の建国 (史記より)】
『史記』によると、呉を建国した太伯(たいはく)は、周の古公亶父(たんぽ)の長男であったが、
後継者問題で身の危険を感じ、南方の江南の地にのがれて文身(いれずみ)・断髪し、後継者となる
意志のないことを表明して句呉と称したという。こうした事情を知って、この地の人々、千余家が
彼にしたがった。太伯は彼らを臣民として呉を建国した。

12世紀に成立した三国史記の『百済建国神話』が、史記のパクリであることは
間違いない。


168 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 19:14:35
146
よく覚えてないけど、当時の中国では、何年かごとに大きな変革がおこるといわれていて、それを逆算するとB.C660になったらしい。

169 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 21:11:33
継体天皇が近江出身だとすると、なぜ河内に行ったんだろうか?

170 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 12:46:44
>>169
大和へ入ろうとしたが抵抗勢力が強く、山城、河内に宮を置くしかなかった。

171 :的外れ:2006/02/12(日) 19:44:34
大和の抵抗勢力は別の天皇をたてていたのでしょうか?
もしたてていなかったとすれば、なにをよりどころとして抵抗していたのでしょうか?

172 :日本@名無史さん:2006/02/12(日) 22:48:09
そんなに天皇の権威が大きくなかったんだろ。
豪族が反抗できるくらい。

173 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 14:16:18
>>171
倭彦王を擁立しようとしていた豪族が、大伴金村に出し抜かれたんで、
意地を張って抵抗していたんじゃないのかな。
大王一族の男子不在のまま、旗印を倭彦王にしていたかも知れん。

174 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 14:23:17
恐らくは、金村が早々かつ強引に近江の傍系男子と大和の姫君との婚姻を進めたので、
倭彦王を担ごうとした派は、危機感を抱いたんでしょう。
「こりゃ俺達そろって打ち首かもな」とか。それで必死に抵抗した。

175 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 18:53:11
近江が根拠地なのに、遠く離れた河内に移ったのはなぜだ?

176 :的外れ:2006/02/14(火) 19:16:32
どちらにしろ、別の天皇を擁立していたわけではないようですね。
ちなると、諸豪族の寄り合いで、日本史上初の共和制国家を作っていたのでしょうか。

177 :日本@名無史さん:2006/02/14(火) 19:19:08
実は継体以前は確固たる勢力は築けてないんじゃね?
その時々で影響力が大きくなったり小さくなったりって感じで。

178 :的外れ:2006/02/14(火) 19:37:35
大和共和国を形成し、結束の証しとして掟を定め、それが後の聖徳太子の時代に十七条の憲法の中にうけつがれていった
のではないだろうか?


179 :日本@名無史さん:2006/02/14(火) 21:36:21
★★ 和漢同盟と百済建国 ★★

4世紀(西暦300年)以前に成立した
日本と楽浪郡=帯方郡の同盟、いわゆる和漢同盟について、皆さんの意見を書き込んでください。
和漢同盟があってこその、百済建国ですね。
反高句麗で連帯していた、大和と楽浪=帯方郡。
和漢同盟が基礎となって百済が建国されたという事実から推測するならば、百済はやはり倭人国家か。

百済が、最初は、日本領・任那の北部地域に建国されたという事実に注目しましょう。
任那とは、日本国の第十代大君=崇神天皇が建国した、あの任那です。任那は、志良岐の西側に、
広大な領土を持っていました。
中国の自治領である楽浪=帯方郡の南方にあった倭人の二つの国、それが志良岐と任那です。
任那から分離して誕生したのが百済。最初は駒国(狛国。コマ)と呼ばれていました。
楽浪=帯方郡が古代日本人から「コマ」と呼ばれていた点に注目してください。
百済が任那領内に設置されたコマ(楽浪=帯方郡)の亡命政府であった事実が見えてきます。
西暦313年、高句麗の攻撃によって、楽浪=帯方郡が滅ぼされました。その時、コマ(帯方郡)の役人や武将、
民間人が、難民となって任那に流入したことは容易に想像できますね。


180 :日本@名無史さん:2006/02/15(水) 10:56:06
同盟ではなく従属でしょ。安東将軍に任命されたのだから。

181 :日本@名無史さん:2006/02/17(金) 21:39:36
今日図書館で本読んだけど、徐福という人が種子島に来たのが、
皇室のルーツじゃない?

182 :日本@名無史さん:2006/02/18(土) 22:12:43
>>181
昔よく言われていたよ徐福神武説。
オカルト扱いだったけど以外と可能性としてはありえる。
秦の技術と知識を持ってくれば当時の日本人には神の力とみえたかもしれない。
特に火薬。漢代の発明とされるが、もし徐福が火薬に近いものでも使い、日本人に爆発を見せれば神の怒りとか信じそう。
徐福が引きつれていた専門集団はそれぞれの職において特化した技能があり、神業とみられ尊敬されただろうし。
技術により尊敬されていればいずれ人心を掴み、神格を得ることもありそう。
事実云々ではなく空想ロマンとして面白い。秦国は字を知らなければ神国に聞こえるかも。

183 :日本@名無史さん:2006/02/18(土) 22:23:22
>>182
じゃあ神武の兄の五瀬はどうなんのよ?で終了。

184 :日本@名無史さん:2006/02/18(土) 22:43:58
神武は実在の人物じゃないだろう。
作り話の小説を読んでその登場人物を実在と考えるのを妄想と言う。


185 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 01:57:54
徐福の生きてた時代はまだ邪馬台国もねーじゃねーかよ。なんで徐福=神武よ。

186 :筋違い:2006/02/19(日) 08:26:00
戦国自衛隊ご覧になりました。(わたしは映画しかみてないが)
あれほど圧倒的な火力や武器をもってしても、日本を征服できなかったでしょう。
いきなり入り込んできても、地盤すらつくることはできないのです。

187 :日本@名無史さん:2006/02/19(日) 10:47:23
>>186
戦国自衛隊1549で鹿賀信長は燃料まで精製し地盤を築いていたよ。
救出部隊ロメオ隊がいなければ日本を征服したでしょう。

188 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 20:46:24
それ歴史じゃ無くて映画上のストーリーじゃんか バカだね

189 :日本@名無史さん:2006/02/23(木) 21:28:47
徐福=イザナギくらいなら
時代的にどうでしょうか?
イザナミは出雲からもらった
現地妻(途中で実家に帰るし)
なんてね

190 :日本@名無史さん:2006/02/24(金) 01:24:48
くらいなら、てなんだそりゃ。
思いつきで騙るなって。

191 :日本@名無史さん:2006/02/24(金) 12:17:02
読んでみんさい
http://www.asukanet.gr.jp/tobira/jofuku/jofuku.htm

192 :日本@名無史さん:2006/02/24(金) 12:24:46
天の皇帝てことでしょ。別の恒星系で犯罪犯したものが原始時代の地球に流刑されたのだよ。
当初は帰りたいといっていたが、日本人を家畜のように扱い、異星人の兵器を使い
戦国自衛隊よりすごくそのへんの民をした人間のメスともやまくって


193 :横から失礼します。:2006/02/24(金) 17:03:38
横から失礼します。ビッグニュースです。
遂に1800年前の王の居館跡(宮殿) 祭殿跡を発見か ?
 福岡・前原市、三雲下西遺跡から一辺57mの方形区画溝が出土
                   (糸島新聞より)
 大和の前身は倭です。天皇家は九州から来ました。
倭国王「帥升」の墓が有るとされる井原鑓溝遺跡の32の弥生の王墓群発見と時を同じくして三雲下西遺跡の発掘が行われ、昨年3月現地が公開されたが、その後の発掘で年末には57m四方の方形区画溝の全体像が浮かび上がってきました。
 卑弥呼は倭の女王であり、ここに居していたと考えられます。王墓群が30以上有ることは2世紀から3世紀と倭王が伊都に居たと推定できます。発掘された溝は300年間に渡ってメンテナンスされ使用されたという説明です。これは、まさしく卑弥呼の時代を含むものです。
 詳しくは下記HPを、お知らせの項の初めにあります。
  http://www5a.biglobe.ne.jp/~jqi5/yamato/yamatai.htm

194 :481:2006/03/01(水) 17:28:19
社会版:
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/soc/1139132859/
の投稿222を読んでいただけないでしょうか?

社会生態学的に分析した場合、
オーム真理教が「皇室犯罪」と仮定した時には
東京大学農学部にて、サリンが製造され、
地下鉄で多数の命を奪っていた可能性も考えねばなりませんが、
万一その場合、毒物製造を担当した東京大学農学部の教員陣は
殺人罪で検挙されるべきかと思うのですが、
この点の検証は行われつつあるのでしょうか?

オーム真理教が「皇室犯罪」か否かで
地下鉄毒物殺人事件の当事者が違ってきます。
東京大学農学部がサリン製造を担当していたかどうか
慎重な検証が必要と考えます。

195 :日本@名無史さん:2006/03/01(水) 17:31:03
神武天皇

196 :481:2006/03/01(水) 20:55:06
社会版:
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/soc/1139132859/
の投稿222を読んでいただけないでしょうか? 明治維新時に孝明天皇父子の虐殺
及び長州藩の部落住民による『乗っ取り』があったため血統に正当性がない可能性が
高く、その歪が日本を亡国状況にしている可能性が否定できません。

また社会生態学的に分析した場合、
オーム真理教を「皇室犯罪」と仮定した時には
有機リン剤の専門研究室がある東京大学農学部にて、サリンが製造され、
地下鉄で多数の命を奪っていた可能性も考えねばなりませんが、
万一その場合、毒物製造を担当した東京大学農学部の教員陣は
殺人罪で検挙されるべきかと思うのですが、 この点の検証は行われつつあるのでしょうか?

オーム真理教が「皇室犯罪」か否かで 地下鉄毒物殺人事件の当事者が違ってきます。
東京大学農学部がサリン製造を担当していたかどうか慎重な検証が必要と考えます。
なお、この行政テロの被疑において、英米の関与があったのかもしれませんが、統治行為論により
他国の責任は不問にしてでも、この点の検証は求められると思います。何故ならば
米国の9・11で見られた行政サタニズムミーム(すなわち田中宇氏が主張しているように
米国当局自体がビンラディンである可能性が否定できない)が形を変えて何度も未だに繰り返されている
からです。これは日本国民にとっても米国国民にとっても大変なマイナスです。日米英とも今一度
国民主権に戻りサタンではなくイエス(仏)のミームによる国家再構築が求められるように思えてなりません。
社会生態学という学問の一環として上のスレッドをダウンロードして冷静かつ慎重に読んでいただけるよう
重ねてお願いします。今のまでは日米英ともサタン・ミームに支配されかねません。米国は基本的には
キリスト教国家ですが、これではキリスト教も何もあったものではありません。サタン教は撤廃すべきです。
社会生態学を今後あらゆる分野で育てていく必要があるよう思えてなりません。


197 :日本@名無史さん:2006/03/01(水) 21:27:46
紀記に記されたとおり
南九州で間違いない。

でなければ辺境の異族である隼人を
天皇の直近の護衛にはつけない

198 :日本@名無史さん:2006/03/01(水) 22:26:04
記紀に南九州などとどこにも書かれていません。

199 :日本@名無史さん:2006/03/01(水) 22:46:15
誰かのマンコの中から出てきたんだよ

200 :日本@名無史さん:2006/03/01(水) 22:50:48
>>199
だまれチンカス

201 :481:2006/03/03(金) 17:20:04
三島由紀夫は以下の問題に関連して自決したと考えています。

社会版:
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/soc/1139132859/
の投稿5と222を読んでいただけないでしょうか? 明治維新時に孝明天皇父子の虐殺
及び長州藩の部落住民による『乗っ取り』があったため血統に正当性がない可能性が
高く、その歪が日本を亡国状況にしている可能性が否定できません。

また社会生態学的に分析した場合、
オーム真理教を「皇室犯罪」と仮定した時には
有機リン剤の専門研究室がある東京大学農学部にて、サリンが製造され、
地下鉄で多数の命を奪っていた可能性も考えねばなりませんが、
万一その場合、毒物製造を担当した東京大学農学部の教員陣は
殺人罪で検挙されるべきかと思うのですが、 この点の検証は行われつつあるのでしょうか?

オーム真理教が「皇室犯罪」か否かで 地下鉄毒物殺人事件の当事者が違ってきます。
東京大学農学部がサリン製造を担当していたかどうか慎重な検証が必要と考えます。
なお、この行政テロの被疑において、英米の関与があったのかもしれませんが、統治行為論により
他国の責任は不問にしてでも、この点の検証は求められると思います。何故ならば
米国の9・11で見られた行政サタニズムミーム(すなわち田中宇氏が主張しているように
米国当局自体がビンラディンである可能性が否定できない)が形を変えて何度も未だに繰り返されている
からです。これは日本国民にとっても米国国民にとっても大変なマイナスです。日米英とも今一度
国民主権に戻りサタンではなくイエス(仏)のミームによる国家再構築が求められるように思えてなりません。
社会生態学という学問の一環として上のスレッドをダウンロードして冷静かつ慎重に読んでいただけるよう
重ねてお願いします。今のまでは日米英ともサタン・ミームに支配されかねません。米国は基本的には
キリスト教国家ですが、これではキリスト教も何もあったものではありません。サタン教は撤廃すべきです。
社会生態学を今後あらゆる分野で育てていく必要があるよう思えてなりません。


202 :日本@名無史さん:2006/03/03(金) 17:35:49
おい おい 何度も言うが






アフリカから来た

203 :日本@名無史さん:2006/03/03(金) 17:46:16
★ 朝鮮人の日本侵略史 ★

【第一次侵略=356年】
ワイ人=朝鮮人の金奈勿(キン・ナブツ)が、稲飯命の子孫である志良岐王族を虐殺し、王権を簒奪、
志良岐を乗っ取る。稲飯命王朝が滅亡。

【第二次侵略=562年】 朝鮮人国家=新羅が、日本領=任那を武力攻撃。任那は滅亡した。

【第三次侵略=660年】 新羅が、唐軍と共に日本領=百済を侵略。百済は滅亡した。

【第四次侵略=811年・12月】 新羅の賊船が対馬近海に出没するので、警備させる。

【第五次侵略=813年(弘仁4年)・2月】新羅人百人余、肥前小近島に来て島民を殺傷する。

【第六次侵略=869年(貞観11年)・5月】新羅の海賊、博多で掠奪する。

【第七次侵略=893年(寛平5年)・5月】 新羅の賊、肥前・肥後を襲う。

【第八次侵略=894年(寛平6年)・4月】 新羅の賊来る。大宰府に討たせる。

【第九次侵略=997年(長徳3年)】 高麗の賊が大挙して侵寇。多数の日本人を虐殺。

【第十次侵略=1014年(長和三年)】 高麗の賊が攻め寄せ、大宰府が討伐する。



204 :日本@名無史さん:2006/03/03(金) 17:47:54
(続き)
★ 朝鮮人の日本侵略史 ★

【第十一次侵略=1019年(寛仁三年)】
50余隻の船団が来襲し、壱岐、対馬、筑前糸島、志摩・早良諸郡を荒らして物資を奪い、家屋を焼き払い、
老人子供は殺して丈夫な者だけを拉致。ついに博多に迫る。日本側は、大宰権使=藤原隆家・大蔵種材や
在地の豪族らが応戦撃退。逃げる敵を追って船三十艘で追撃。ついに追い払った。
十数日間に渡る戦闘だった。刀伊の侵略。

【第十二次侵略=1097年(承徳元年)】
異賊船100隻が松浦・筑前に攻め寄せる。大宰府官兵・九州軍士大いに守り、賊船を撃破し
賊徒数万を海没させた。元寇に至る外国からの侵略事件の中でも最大規模のもの。

【第十三次侵略=1274年10月(文永11年)】
忻都、金方慶らに率いられた、高麗人・モンゴル人数万人が朝鮮の月浦(現在の馬山)を出発。
10月5日に対馬を、10月14日には壱岐を襲撃し、平戸鷹島の松浦党の本拠を全滅させた。

【第十四次侵略=1281年(弘安4年)】
高麗軍を主力とした東路軍四万と、旧南宋軍を主力とした江南軍十万、計14万の軍が日本を侵略。

【第十五次侵略=1419年(応永26年】
朝鮮が、日本領=対馬を、倭寇征伐の名目で侵略する。朝鮮では己亥東征という。
太宗は「倭寇の根拠地は対馬だ」と言いがかりをつけ、対馬を侵略した。これにより6月19日、李従茂指揮の
227隻、1万7258人からなる船隊が、朝鮮の巨済島から対馬にむかい、翌20日に対馬浅茅湾の土寄崎に停泊。
当初、朝鮮軍は対馬の民家1939戸を焼きはらい、多数の日本人住民を虐殺した。しかし、同年26日に仁位郡に
進攻した頃から対馬の伏兵に反撃され、朝鮮軍は2500余人の損害を出した。そして、宗貞盛の撤兵要求を受け入れて
7月3日に巨済島に引き揚げた。

【第2次世界大戦後の侵略】 数十万人の朝鮮人が、アメリカの占領下にある日本へ、不法入国・不法定住。

205 :名無的発言者:2006/03/03(金) 17:59:39
>【第2次世界大戦後の侵略】 数十万人の朝鮮人が、アメリカの占領下にある日本へ、不法入国・不法定住。

戦時中、男手が足りなくて、朝鮮や中国から強制労働の為に財閥が拉致して
来たんだろうが。その数、30万人から80万人。炭鉱や鉱山で奴隷のように働か
せたから、政府がお詫びに日本に残った方々に今でも補助金だしてる。

財閥は諸悪の根源その他にも悪行が多い。でGHQが戦後、財閥を解体した!!!
教科書にも出てくる「財閥の解体」

204>捏造もいい加減ね!!!

206 :481:2006/03/03(金) 19:04:40
三島由紀夫は以下の問題に関連して自決したと考えています。

社会版:
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/soc/1139132859/
の投稿5と222を読んでいただけないでしょうか? 明治維新時に孝明天皇父子の虐殺
及び長州藩の部落住民による『乗っ取り』があったため血統に正当性がない可能性が
高く、その歪が日本を亡国状況にしている可能性が否定できません。

また社会生態学的に分析した場合、
オウム真理教を「皇室犯罪」と仮定した時には
有機リン剤の専門研究室がある東京大学農学部にて、サリンが製造され、
地下鉄で多数の命を奪っていた可能性も考えねばなりませんが、
万一その場合、毒物製造を担当した東京大学農学部の教員陣は
殺人罪で検挙されるべきかと思うのですが、 この点の検証は行われつつあるのでしょうか?

オウム真理教が「皇室犯罪」か否かで 地下鉄毒物殺人事件の当事者が違ってきます。
東京大学農学部がサリン製造を担当していたかどうか慎重な検証が必要と考えます。
なお、この行政テロの被疑において、英米の関与があったのかもしれませんが、統治行為論により
他国の責任は不問にしてでも、この点の検証は求められると思います。何故ならば
米国の9・11で見られた行政サタニズムミーム(すなわち田中宇氏が主張しているように
米国当局自体がビンラディンである可能性が否定できない)が形を変えて何度も未だに繰り返されている
からです。これは日本国民にとっても米国国民にとっても大変なマイナスです。日米英とも今一度
国民主権に戻りサタンではなくイエス(仏)のミームによる国家再構築が求められるように思えてなりません。
社会生態学という学問の一環として上のスレッドをダウンロードして冷静かつ慎重に読んでいただけるよう
重ねてお願いします。今のまでは日米英ともサタン・ミームに支配されかねません。米国は基本的には
キリスト教国家ですが、これではキリスト教も何もあったものではありません。サタン教は撤廃すべきです。
社会生態学を今後あらゆる分野で育てていく必要があるよう思えてなりません。


207 :日本@名無史さん:2006/03/18(土) 16:36:42
【百済の歴史】

『百済の歴史』は、前期と後期に分かれる。前期の国を「第一次百済」、後期の国を「第二次百済」と
呼んで区別して考えるべきである。第一次百済は、西暦315年に、帯方郡の漢人・倭人が大和朝廷の
支援を受けて、日本領=任那の北部地域に建てた国である。前年の314年に、高句麗の侵攻によって
帯方郡を滅ぼされた、帯方郡出身の漢人・倭人たちによる「亡命政権」が第一次百済である。
これに対して、第二次百済は、西暦345年に第一次百済が高句麗に滅ぼされた後、倭人の近肖古王が
大和朝廷の支援の下で西暦346年に建国した国であり、完全な倭人国家である。
また、第一次百済が、大和朝廷の支援を受けているとはいえ、役人の中核が旧帯方郡出身の漢人・倭人たち
であったのに対し、第二次百済は、役人も武将も全て倭人であり、本国=大和から派遣された役人・武将も
多かった。
第二次百済は、大和国家の一部と呼んでも間違いではない。

第一次百済は、乾馬国(コマ)と呼ばれていた。
これは、帯方郡が、古代日本人から駒国(コマのクニ)と呼ばれていたためである。


208 :日本@名無史さん:2006/03/18(土) 17:56:55
なるほど。

209 :日本@名無史さん:2006/03/18(土) 18:11:41
DNA鑑定は、マズイでしょう。古代の王家のサガはかなり乱れてたでしょう。

210 :日本@名無史さん:2006/03/18(土) 18:25:20
★★ 朝鮮民族の先祖はワイ族だった!! ★★

最近、韓国人が宣伝している歴史観は、韓国人=フヨ人説に基づいた『騎馬民族征服論』である。
満州地方に住んでいたフヨ(扶余)民族が、朝鮮半島に侵入し、半島南部に新羅や百済を建国し、
さらに対馬海峡を渡って日本列島の先住民(日本人)を征服して、古代ヤマトを建国したという説。
『2ちゃんねる』の日本史板や考古学板を中心に、この説を宣伝している。
もちろん、すべてデタラメであるが。
朝鮮人はフヨ人ではない。フヨ人の子孫でもない。フヨ人に征服された民族が、朝鮮人である。
高句麗およびその後継国=渤海国はフヨ人の国である。また918年に建国された高麗もフヨ人の国である。
そして、フヨ人とは満州民族であって、朝鮮民族ではないのである。
朝鮮人は、韓人(カラビト=倭人)でもない。
朝鮮民族の先祖として、もっとも可能性が高いのは、穢(ワイ)族である。
このワイ族は、現在の韓国の江原道地方(ソウルの東方地域)に住んでいた少数部族であるが、
高句麗が楽浪郡=帯方郡を滅ぼした313〜314年頃に南下して、日本領=シラキに移住した。
後に、高句麗と手を組んで稲飯命の子孫である志良岐王族を虐殺し、王権を簒奪して志良岐を
乗っ取った金奈勿(キン・ナブツ)も、ワイ族であった。
おもしろいのは、韓国の歴史学者や政治家たちは、朝鮮民族の先祖について語るとき、フヨ人や韓人に
ついては積極的に語るが、このワイ族については語ろうとしないことである。
おそらく、韓国朝鮮人は、自分たちの先祖がワイ族であることに、うすうす気づいているのだろう。
ワイ族のワイ(穢)には、「汚い」「ケガレている」という意味がある。
このような名前の部族が朝鮮民族の先祖だとは、認めたくないのだろう。

彼らは、楽浪=帯方郡を支配していた中国人から、そのように名付けられた部族なのである。
朝鮮民族は、けしてフヨ人ではないのである。
もちろん、倭人=日本人でもない。

ウィキぺディアなどで、朝鮮人の工作員が、
「ワイ族は扶余族だ。ワイ族が改名して扶余族になった。高句麗人も百済人も、みんなワイ族だ!日本人もワイ族だ!」
と、宣伝しているが、大ウソなので、騙されないように。


211 :日本@名無史さん:2006/03/18(土) 19:52:47
朝鮮に粘着してるやつと
皇統すりかわりのデマを流してるのは
同一人物だな

212 :日本@名無史さん:2006/03/24(金) 22:21:37
朝鮮に限らず、皇室の習俗には大陸の影響も
伝説にはミクロネシアの伝説の名残りまである。
当たり前だが、いろいろと練られた血筋なんだよ。
練られている以上、その素材のどれをもって天皇家とすればいいんだ?
いきなり出来上がった天皇家が日本上陸したのではないと思うからな。
天皇家を名乗ったのは日本だろうし、その何代か前の先祖にしても相当にいろいろ混じってるだろ。


213 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 02:21:44
古代中国の呉、または越。
習俗ともに古代日本と似ている。
特に呉は中国の文献にも記されているように
天皇家発祥の地の最有力候補。
呉王は周一族とも言われ
天皇家が実権がないのに
滅ぼされずに名目上だけでも
存続してきた形は
中国春秋時代そのもの。

214 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 02:27:47
地理的にも呉または越なら台湾、琉球諸島経由または
半島南部経由で日本に渡れる。

特に琉球諸島経由なら伝説に天皇家降臨の地とされる南九州に
確実にたどりつく。

215 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 02:36:59
>214
そんな妄想はやめとけ。

216 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 02:37:49
本当の起源はやはり伝承どおりこの南方系、南九州が間違いないと思う。
半島系ぽい神話要素はその後に宮廷内で
半島系の影響があらゆる面で強くなったために混在したものであろう。
むしろ飛鳥や奈良時代の半島文化の影響の強さを
考えれば、
天皇家の起源を半島とする神話ができなかったのが不思議なくらいで
あえて南九州起源の神話が伝承されてきたのは
それが曲げられない大切な事実であったからだろう。

217 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 02:40:36
>>198
明確に書かれていますが?

218 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 02:41:51
正統周王朝末裔!

219 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 02:50:53
神武天皇、即位年はまさに古代中国春秋時代、
呉も存在していた。

220 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 02:56:15
明治以前の日本では「歴史」と言えば
なぜか古代中国春秋戦国時代の歴史のことであった。

221 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 15:22:08
そういえばなぜか日本の
尊皇家て
春秋戦国時代に詳しいね

児島備後もそうだし
幕末の志士もそうだし
最近では226の青年将校。
「ベキラの淵」なんて普通知らないよな

222 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 17:25:14
別に尊皇家じゃなくても詳しい奴はいっぱいいるだろ。

223 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 20:39:49
>>217
どこに書いてあるのでしょうか?

224 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 22:49:04
単純に先に日本に上陸して権力を拡大しつつあった部族が
大陸の影響を強く受け宗教観や文化を吸収しながら大和政権にいたる勢力となったって事は?

自分は天皇家の文化は縄文人の文化の痕跡も残っているようだし、出雲系の部族も神道にいたる似た部分を持っているし。

仏教の伝来よろしく、太古から様々な文化や人の導入が綿々とあったのでは。

225 :日本@名無史さん:2006/03/26(日) 22:50:39
3行目、自分はは除いて読んでくれ

226 :日本@名無史さん:2006/03/28(火) 21:52:29
>>223
既出

227 :日本@名無史さん:2006/03/28(火) 21:54:17
>>222
くだらんちゃちゃいれんじゃねー

228 :日本@名無史さん:2006/03/29(水) 01:23:40
加羅から

229 :日本@名無史さん:2006/03/29(水) 14:39:51
カラカラ

230 :日本@名無史さん:2006/03/29(水) 17:28:38
物部氏は天皇家の先祖の分家だな。
物部氏も天孫だしね。






231 :日本@名無史さん:2006/03/29(水) 17:30:52
★★韓流ブームは存在しない★★

最近、日本マスコミが妙なデマを宣伝している。
いわく「日本は今、空前の韓流ブームだ。韓国のテレビドラマや映画が大人気で、『冬のソナタ』の
主演俳優、ペ・ヨンジュンのことを日本女性がヨン様と呼んで熱狂している」
だが、こういった話は全て大嘘である。韓流ブームなどというものは存在しない。
現在、韓流ブームと呼ばれている<騒動>は、韓国政府が広告会社=電通に金を払って演出している幻
(まぼろし)であり、ヤラセにすぎない。
韓国政府・電通・マスコミの組織的な宣伝工作によって作られた『バカ騒ぎ』が、韓流ブームの
正体なのだ。
韓国ドラマ『冬のソナタ』は、日本人にぜんぜん人気がない。主演俳優のペ・ヨンジュンのことを
「ヨン様」と呼んでいるのは、電通の影響下にあるマスコミと在日韓国人(朝鮮人)だけなのである。
そして、ペ・ヨンジュンを追いかけまわしている年配女性グループは、全員が在日韓国人であり、
韓国民団に動員された女性たちなのだ。もちろん、彼女たちには韓国民団から金が支払われている。
在日韓国人の中年女性たちにとっては良いアルバイトである。
現在、日本の書店には、『冬のソナタ』やその他の韓国ドラマ・映画の関連本が置かれているが、
これらの本の出版費用は、全て韓国政府から出ているのである。しかし、やはり売れていない。
この事実は、日本人が韓国文化に「まったく関心がない」ことを証明している。
では、なぜ韓国政府は電通に金を払ってまで、ヤラセの韓流ブームを捏造しているのだろうか。
それは、近い将来、北朝鮮の体制が崩壊したときに、半島の統一費用を、日本に負担して欲しいから
である。つまり、日本にタカりたいがために「日本人は韓国と韓国人が好きなのだ」という、
デマを宣伝しているのだ。これが、『韓流ブーム』と呼ばれているものの実態なのである。

ちなみに、韓流を捏造している電通の会長=成田豊は、半島のソウル生まれの帰化韓国人である。


232 :日本@名無史さん:2006/03/29(水) 20:43:26
やっぱ朝鮮半島から来たんだろ?
まだ豪族レベルだった古代朝廷の時代から
半島に多大な関心を寄せてるしな

233 :日本@名無史さん:2006/03/29(水) 22:07:59
半島の南部は倭だったからね。それが異民族に侵略されて追い出されたから
天皇家としては半島には関心があるんだよね。

234 :日本@名無史さん:2006/03/29(水) 22:45:58
半島から追い出されてきた食い詰め豪族=天皇の
ルサンチマンの発露じゃねーの?ww
ふるさとだから特産品や優れた文化が存在することは
知ってただろうし。

近畿の朝廷の執拗な介入も自然に説明がつくってもんだ。
お前の希望的観測よりも、な。ゲラ

235 :日本@名無史さん:2006/03/29(水) 23:06:05
天皇家は半島出身じゃないよ。
列島と半島の南部を領有していたんだけど、
半島南部を異民族に侵略されたんだ。

236 :日本@名無史さん:2006/03/29(水) 23:08:51
馬鹿じゃねーの。ww

古代の朝廷なんて日本の支配領域は豪族に毛の生えた程度。
その程度の勢力がしつこく半島にちょっかい出してるのはなんかあると
普通は思うわな。

237 :日本@名無史さん:2006/03/32(土) 16:51:39
>>236
3世紀後半には北九州・日向に前方後円墳があり、
千葉・市原にも同時期の前方後円墳がある。
支配領域はかなり広い。

238 :日本@名無史さん:2006/03/32(土) 17:18:32
>>237

千葉を支配地域と呼ぶのは正しくあるまい。文化交流圏、或は同一文化圏と呼ぶべきだ。

遠征、徴税の記録、痕跡があるなら支配地域と云っても良かろう。

239 :日本@名無史さん:2006/03/32(土) 18:00:57
同一文化圏でもいい。
その同一文化圏は従来考えられてたよりかなり広い。

240 :日本@名無史さん:2006/03/32(土) 20:22:22
>>238
大和朝廷の文化を受容している時点で支配地域だな。ちなみに古墳文化は北は会津まで広がっている。
朝廷の将軍が会津まで遠征したという
紀記の記録と合致する

241 :白木人 :2006/03/32(土) 20:27:47
古代は空気がきれいだったので、大阪湾の両岸から目視で相手をみれたかも

242 :日本@名無史さん:2006/03/32(土) 20:30:32
国造が置かれてる時点で
支配地域だわな、藁

243 :日本@名無史さん:2006/04/02(日) 11:10:04

小さめの古墳は北東北にも無数にある。

244 :日本@名無史さん:2006/04/02(日) 11:12:03
>>242

それは早くとも七世紀以降であろう。

245 :日本@名無史さん:2006/04/03(月) 02:51:04
単純に半島出身の部族とするほど簡単じゃないと思うよ。
畿内に辿り着くまでだってそうとう入り混ざってそうだし。

246 :日本@名無史さん:2006/04/03(月) 23:24:05
半島南部〜九州が古代天皇の勢力圏なら
あきらかに大陸南部か東南アジアからの
南方ルートから黒潮にのってきたと思われ

247 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 00:03:55
>>246
その地域と畿内あたりまでは、倭人がいた範囲ではあるけど、天皇の勢力圏とはいえないです。
倭人の統一政権の樹立や天皇制の確立は、倭人がその地域に住み着いたのと比べると
ずううううっと後のことです。しかも、半島南部が異民族に侵略されたときは、
まだ、半島南部や九州は天皇の勢力圏に完全には入っていません。天皇側の記録にも
岩井の乱として掲載されているところです。

248 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 00:32:58
>>238
禿同
文化の受容だよな

249 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 14:30:29
>>234
特産品って何?
朝鮮人参とか?
キムチはそのころなかったぞ

250 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 18:26:38
>>249


ふるさと朝鮮から石もて追われた食い詰め豪族・天皇が
人のいい日本原住民をだましたりすかしたりして王権樹立、
その後ふるさと朝鮮へのルサンチマンからその子孫達は
朝鮮にちょっかい出し続けたのだろう。あちらとの人的なつながりも
当然多少はあったんだろうね。

251 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 19:14:56
>>250
また、そのプロパか。

朝鮮人はワンパターンだなあ(笑





252 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 19:18:06
>>250
案外的を得てるかもしれん

253 :日本@名無史さん:2006/04/05(水) 00:10:32
>>247
>半島南部が異民族に侵略されたときは、
>まだ、半島南部や九州は天皇の勢力圏に完全には入っていません。
>天皇側の記録にも 岩井の乱として掲載されているところです。


3世紀後半の事かな?
那珂八幡古墳(福岡)や日向にも、3世紀後半の前方後円墳がある。
纒向(まきむく)にはすでに支配体制が整ってた時なのだが。

254 :日本@名無史さん:2006/04/05(水) 04:42:26
>天皇側の記録にも 岩井の乱として掲載されているところです。

「反乱」という表記は、反乱前までは支配していたことを示している訳だが・・・
反乱を起こした磐井は527年〜528年に肥前国・肥後国・豊前国・豊後国を制圧するわけだが
磐井がこれらの九州の諸地域を、反乱後になって制圧しなければならなかったということは
反乱以前はどこのどこの領地だったのでしょう?

文献・考古学を使って答えてください。


255 :日本@名無史さん:2006/04/07(金) 20:29:13
日本は弥生時代に近畿を中心に銅鐸文化が栄えましたが
天皇家は銅鐸を持っていません。
天皇家は鏡を神器にしていますが
鏡は中国から九州に伝わり九州中心に栄えました。
つまり天皇家は中国か九州から近畿地方にやった来た征服王朝で間違いないです。
天皇家の銅鐸狩りを恐れた銅鐸文化圏の人たちは銅鐸を山に埋めて隠しました。
だから銅鐸は山の土の中からしか出土しません。
銅鐸狩された銅鐸はすべて天皇家によって溶かされました。

256 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 01:14:51
銅鐸がどういう風に使われてたかもワカランのだから却下

257 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 01:15:23
>>255
単なる文化形態の変化でしょう。


258 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 01:22:56
>>255
中国からどうやって来るんだ?w

259 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 02:14:15
バナナボートにぷかぷかゆられて、日の御子さまがやってくる♪

260 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 02:36:24
ベトナム難民じゃ

261 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 02:39:08
グエントランホクアン

262 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 12:02:19
日本はイギリスと似てんじゃねえ?
ケルト人を縄文人に、それらを隅っこに追いやったアングロ・サクソン人を
初期弥生人・倭人に、波状的に襲来し勝手に定住した北方バイキングをツングース諸族に
おフランスのノルマン人をフヨ人に。力と正当性でいうならアングロ・サクソン
天皇の出自有力も多分弥生人・倭人。こんなに簡単ではなく本当はもっと複雑なんだろうけどね。

263 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 12:31:04
そういう風なイギリスと日本の比較の仕方に意味があるとは思えん。

264 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 20:19:42
>>247
他の人が反論してくれたから
よかったが
全面的に間違ってますよ。

265 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 20:44:25
繰り返すが紀記に書いてあるとおり南九州の出身。

266 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 20:47:55
はるか天上界から船に乗って降ってきたぞよ>ニギハヤヒ

267 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 20:48:24
当然、半島から南九州にきたんだろうな。
金玉袋に玉入ってないぞw

268 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 20:50:46
北方アジアに決まってるじゃないかw

269 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 21:04:07
南九州なら半島出身ではない。
南九州出身で半島南端に勢力があったということは
あきらかに南方系の海洋民。
事実、同族とされる隼人は海洋系の部族とみられている。

270 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 21:13:51
妄想妄想。

九州南部も琉球も南方系のgm遺伝子を示していない。

ただ単に縄文人の亜種。

弥生期の渡来人は当時主流の中国文化を全く持ち込んでいない。

弥生期に見られる文化は北方アジアに由来するものばかりである。

271 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 21:18:28
わかった。ではとりあえず九州南部の縄文系と訂正しよう。

272 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 21:27:30
弥生土器の基礎になった無文土器も支石墓も金文の一切無い青銅器も、
みーんな北方アジアの文化。

もともと朝鮮半島に由来するものではない。

273 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 22:23:59
水田稲作の発祥も北方アジア、魏志倭人伝で記される衣食住の文化も北方アジア
みーんな北方アジアの文化wwww

274 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 22:34:17
日本には6000年前の縄文前期から陸稲の稲作があったのは常識だが、
弥生時代に農耕具と共に朝鮮半島南部から伝わったのは水田稲作では
なくて、単に「水田技術」なのであって、日本稲作は華中とは直接的
な関係などさらさら無い。


◆日本最古の稲作

岡山県にある縄文時代前期 (6千年前頃) の遺跡の地層から
稲作の痕跡が見つかっています。

http://www.gohan.gr.jp/kurashi/02.html

弥生時代を開いた最初の渡来技術は水田稲作農耕でした。水田稲作を
はじめて受け入れた北部九州のムラからは、朝鮮半島南部とそっくり
の農工具が出土します。

http://www.kanku-city.or.jp/yayoi/data5.html

275 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 22:35:10
つうううううーかここって何時来てもループしまくりん

276 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 22:42:42
日本は稲作と水田が別々に伝わっている。

稲作は縄文文化であるし、渡来人がやって来たのは水田技術が
伝わってから約300年以上後のBC7C頃。

つまり渡来人がやって来たときには既に水田稲作などあったのである。

稲作は6000年以上前からあり、琉球経由と言われているが、
日本の野生稲の可能性もある。

水田技術は農耕具の系譜が一致する朝鮮半島南部から。

しかし、当時の中国の主流だった文化はなーんも無い無い無いw

277 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 22:51:56
楽浪漢民族説 長江漢民族説 ← 超お馬鹿説wwww

278 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 22:58:20
>>274
伝播の過程を無視するの?人の往来のみが文化を伝えるんだよ特に古代はね
水田稲作だか技術だかどこがどう違うのか、いまいちよう分からん。
水田稲作の発祥が江南で、その方式の稲作を伝播によって日本が行う以上は
なんらかの関係はあったと普通は捉えるけどね。


279 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:10:37
>>276
稲作は縄文文化であるし、渡来人がやって来たのは水田技術が
伝わってから約300年以上後のBC7C頃。

意味分からん、だれか翻訳してwwwwwwwww

280 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:10:45
縄文時代は陸稲だから華中と全然関係ないな。

水田技術は最古の水田遺跡から出土する無文土器と同じ系譜の
農耕具のある朝鮮半島南部からで、こちらも中国とはさらさら
関係が無いな。

しかも渡来人骨などさらさら出てこんの。
出てくるのはそれから300年以上後の弥生前期後半から。

分からないのは単におまえが馬鹿だから。

281 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:16:40
つーか普通イネ以外の穀作もやってたんじゃね?
水田「技術」wは縄文時代の文化ではないと思うけどw


282 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:19:56
>>279
おまえの脳内は10年前で止まっているようだなw

老人。

いとあわれwwwwww

283 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:20:37
>>280
朝鮮半島南部の水田技術のルーツは北方アジアですか?w

284 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:21:44
はは〜んコイツたいしたことないなwww

285 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:30:07
このすっとぼけがw

北方アジアの文化が朝鮮半島に流れ込む前の朝鮮半島には
希薄な中国文化が伝わっている。

農耕具から朝鮮半島の水田技術は華北、遼東経由だな。

286 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:30:27
そもそも弥生時代の定義ってなんだろうね
稲作と渡来人と人口爆発だろうけどwww

287 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:37:34
弥生時代の定義は弥生土器と水稲耕作だヴォケ!

288 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:44:17
華北人が直接植民した楽浪郡以降の朝鮮半島には
当時の中国の主流だった文化が一気に伝わっている。

それまでは水田技術や農耕具などの低次元な中国文化が断片的に
朝鮮半島に伝わっているのみで、当時の中国で主流だった高次元な
文化はやはり何も伝わっていない。

これは移民や植民によらない自然な文化の広がりだったからだろう。

むしろ海路移民の方が文化が直接伝わる。

ピューリタンが移民したアメリカや英国船団が入植した
オーストラリアやニュージーランドや南アフリカなど、
どれも一気に西洋文化が流入している。

もちろん戦後の日本も在日米軍から色んなアメリカ文化が
伝わり、短期間で経済復興したのはご存知の通り。

289 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:46:45
それってお前の脳内のお話だろ?w
ここでいう弥生時代の稲作は当然水田稲作だお、粟や稗など穀作メインの穀作は稲作とは言わないのOK?w
稲作は縄文文化であるしwwwww
稲作は縄文文化であるしwwwww
稲作は縄文文化であるしwwwww

290 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:51:28
ハァ?

稲作は縄文文化だヴォケ!

そこに弥生期開始に水田技術が加わっただけ。

291 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:55:15
●灘崎町の貝塚から縄文前期稲作示すイネ化石 [2005年02月19日(土)]

児島郡灘崎町の彦崎貝塚で、約6千年前の縄文時代前期の土壌から、イネの
痕跡である細胞化石「プラント・オパール」が大量に発見されました。
灘崎町教委が18日に発表したもので、これまでの定説よりずっと早い時代から
稲作が行われていた可能性を示すものとして注目されています。
プラント・オパールはイネ科植物の葉や茎などの細胞に含まれる特有の
ガラス質が微化石化したもので、同時代のプラント・オパールの検出は
岡山市の朝寝鼻貝塚に次いで国内2例目ですが、彦崎貝塚は1c当たりの
含有量が2千〜3千個で、朝寝鼻遺跡より格段に多いということです。
また、同じイネ科植物のコムギ、キビ、ヒエなどのプラント・オパールも
見つかっており、灘崎町教委では、検出量や連続した葉片のプラント・
オパールが見つかっていることなどから、イネが大量に栽培されていた
可能性があるものとみています。

http://www.okanichi.co.jp/contents/past/2005y/02/FM050219B.htm

292 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:55:52
朝鮮の水田文化って日本より遅いよね?

293 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:58:36
>>290
はいはい縄文時代の稲作を否定しるわけではないからそうカッカすなw
稲作を声高らかに縄文文化だ!という君の様を想像したら、ムフフフフwww
ゴメンナサイw

294 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 00:02:19
早いだろ。

でなきゃ日本最古級の水田遺跡で無文土器や朝鮮と同じ系譜の
農耕具が出土しない。

295 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 00:05:32
>>293
カッカとしているのはむしろおまえの方だろうなw

この先おまえはどんどん化石になっていき、
いずれ消える運命なんだからなw

296 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 00:09:58
(´・ω・`)知らんがな

297 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 00:42:37
少なくとも縄文文化を特徴づけるものではない。
あくまで副次的位置。
経済史的には獲得経済の時代。生産経済が主要ウクラードではない。

298 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 00:53:39
呉の太白を祖先とする、周王家の子孫が倭人となり、
後世、そのアホらしい魏志倭人伝説に乗っかって、
南宋が滅ぶとき幼少の順帝が倭にやってきて、継体帝として大王となる。

なので、周+呉+南宋 ってのが天皇家
 

299 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 05:02:52
中国から来たのなら、たった一人で来るわけではないし、
当然、沢山のお供もいるだろうから、
もっと早く日本で漢字文化が展開されてても良かったのでは?

300 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 11:29:27
>>299
中国から来てないだろうね。
越州(越地方)からだろうな。

301 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 11:31:34
神武天皇が、ではなくて、神武天皇の先祖がね。





302 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 11:41:19
ボートピープル大王参上

303 :がいやまん:2006/04/09(日) 12:20:49
近畿庄内式土器が、布留式土器へと広域化する中で、巻向の古墳が大型化し、
後漢鏡の集中が強まり、ついには巻向・橋墓建設に弥生時代の日本全国の
力が自発的に結集した。そして卑弥呼を中心とする倭国連合が形成された。
もちろん男性の天皇候補も沢山結集されたことであろう。しかしコンセンサスとしては
女性を頂点に置くことが政治的に簡単であったようだ。万世一系型の天皇が支配する
といった制度ができるのは後の世のことであり、そうした制度のできた後で、それに
したがって天皇を並べれ見たいという気持ちが起きるのは当然であり、特に初代を
誰に決めるかで各氏族のランクが変わるわけであるから初代天皇は簡単には決め
られなかったであろう。

304 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 13:10:56
>>303
いいこというなー
天武帝の時に、各氏族のランクが決定してしまう幾つかの発表があったんだよね
七色の姓 と 記紀 
この前までは、初代天皇からの正統が不明確だったわけで、身分に正当性もなかった。
応神ーー継体 に連なる血が正当のものとして記紀がつくられ姓も決定したわけだ
また、継体以前の5王は、南宋の臣として倭の五王にはまるので、記紀では
あえて応神から5代とんで継体につながるように作ってあり、
天武は新羅唐に対抗する上でも高貴な天皇号に相応しい祖先を作った。
実際は応神から継体、天武まで直系だったことだろう。
七色の姓では、継体以前の子孫を最高位の真人から外してしまう。
そして、応神帝を祖霊とする宇佐八幡神社の神格化が始まる。


305 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 14:08:14
黒潮に乗って宮崎県に流れ着いた

306 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 14:47:50
>越州(越地方)からだろうな


じゃあ日本でも印文土器が出まくりだなwwww

307 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 22:57:32
呉越なら当時の中国文化圏とは
異なる地域だぞ

308 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 02:10:39
UFOに乗って宇宙から来たんでしょ?
学習参考書で有名な学研の雑誌ムーに載ってたよ。間違いない。

309 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 19:38:24
>>304
ワの五王は継体より
11代前の応神天皇から雄略天皇が推定されてますが

310 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 19:41:52
日向三代などの原始天皇の伝説には
後世の意図的な創作では作られえない
神話の原型が含まれている

311 :日本@名無史さん:2006/04/13(木) 22:36:48
>>304
>継体以前の5王は、南宋の臣として倭の五王にはまるので、記紀では
>あえて応神から5代とんで継体につながるように作ってあり・・・
五王にはまるので、応神から5代とんで継体につながるようにって、
趣旨不明なんだが?
継体が応神の男系5世孫扱いなのは、言外に実質異系の表明だろ。

312 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 12:42:33
>>307
ほれっw

「印文硬陶」は一般的には、約1100 oCという高火度で焼成され、焼き締まった灰白色
で砂質の土器である。灰陶の一種で、新石器時代晩期にはじまり広東・福建・江西の
各地を中心に生産され、漢代まで生産が行われ、灰釉陶の母胎となった技法である。
胎土は4パ−セント程度の鉄分を含みその鉄の分量は、夾砂陶(きょうさとう=粗製土器)
や泥質灰陶より低くなっている。土器の表面には成形のための叩き文が残っているが、
その叩き文の文様は、雷文・方格文・条痕文・S字文として表れ、時として櫛の歯による
波状文の形をとる場合もある。高温焼成のため、器体に降りかかった灰が熔け、器中の
硅酸と化合し灰釉を生じる。色調は暗緑色を呈し、薄くて斑になったものと意識的に掛けた
のではないかとおもわれる。初期の硬陶は、青銅器のフォルムを写した倣銅陶器であったが、
殷時代後期には独自の器形が生まれはじめる。

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/kannabi/touki-rekisi2.htm

313 :日本@名無史さん:2006/04/15(土) 01:02:35
諏訪春雄の
『日本王権神話と中国南方神話』
によると、
天皇家に関する神話は、基本的に中国南部のものと祖形を同じくする。

また、梁書などによると、
日本からの使者が、
自ら呉の太伯の末裔を名乗っている。

また、徳川家の先祖の例を考えても、
天皇家が民族として渡ってきたと考えなければならない
理由はない。


現在の天皇家の先祖が中国南方から来たと考えるのは、
妥当性が高い。

314 :日本@名無史さん:2006/04/15(土) 01:29:20
太白の末裔ってのはすげえ眉唾な気がするけどな。

315 :日本@名無史さん:2006/04/15(土) 01:37:29
>314
まぁね。
実際は、先祖のこと聞かれて、
呉国で生まれた、というのを、
呉の王家の末裔だってくらいに膨らましてるんだろうね。

それに、そもそも呉が太伯によって建国されたってのも
どこまで本当なんだか。

316 :日本@名無史さん:2006/04/15(土) 11:57:58
>>313
天皇家がっていうより日本人が、だと思う。

まず黄河文明と長江文明は人種が異なる。
長江文明の担い手が殷王朝を築いたと見るのが妥当。

殷の風習(入れ墨、自然崇拝、etc.)と古代日本人の習慣が酷似。
中国西域から来た遊牧民が武装化して騎馬民族となり勢力拡大、周王朝に。
稲作文明の殷と違い周は良く言えば軍事国家、実態は山賊の集まり。

周が殷を侵略し、殷の王族は家臣や国民を連れて東方に亡命。
これが日本のルーツの一つではないか?

殷の亡命者はベトナム方面や中国南西部の山間部などへ逃亡。
多くは原住民と混血したが、先祖の特徴を国の越している地域もある。

日本人と酷似する民族が中央アジアに存在するが、その地が日本人のルーツではなく
長江文明の子孫が騎馬族に追われて周辺に追いやられて、先祖の特徴を残した例が
日本人、中国雲南省の少数民族、ブータン人、その他。

日本人のルーツは原始ポリネシア系移民、中国南部の先住民の亡命民、バイカル湖発の北方アジア人
日本の古代王朝は南方系>長江文明系>北方アジア系が融合して
最終的に残ったのが天皇家ってことだろ

317 :日本@名無史さん:2006/04/15(土) 15:42:38
>316
殷は可能性はあるんだけど、
天皇家の場合、家系神話が、南方少数民族の太陽神信仰と合致し、
黄河系の天(天帝)信仰の類似のない事を考えると、
殷の神話がどの程度南方系の純粋性を保っているかが疑問。

帝という言葉(思想)があるのは、北方系の神話が流入してるんじゃないか
という点が疑問ですね。
殷が太陽神信仰を保持していたとの証拠が出土でもすれは、
>316さんの説も十分ありえますね。


318 :日本@名無史さん:2006/04/15(土) 19:33:50
応神は15代目
継体は26代目

現在でも倭の五王に応神を入れるというのが主流という事でもないし諸説ある。
記紀の記載の時、神功皇后の息子の応神帝を、
南朝の臣として示される五王と認定するはずがない。
南宋の順帝への表が480年ころ。その4代前の天皇でも19代目
世代数で考えて、天武朝が神功の子(応神)を5王と認識していたなどは考えられない。

>>311
記紀の天皇系譜はそもそも創作。応神から5代孫の継体に結びつけるような創作物にした事の理由がミステリー。
そのミステリーの答えこそ、日本史学者が推理しなければならない事案である。
その推理として、「天武帝は直系祖先が漢の将軍位であることを認めたくなかった。」
というのが成立する。
そもそも記紀は天武天皇の祖先の正当性を描く創作物なんだから、
特に理由がないなら純粋に直系の系譜として描けばいいだけのこと。
異系表明?すると異系側こそが正当なんだからそれを隠す必要などない。 

なので、あえて倭の五王のころの日本の統治者を、
継体(天武帝)の直系先祖からはずす必要があり
記紀にある、応神から継体 と創作されたと帰結推理となる。

319 :日本@名無史さん:2006/04/15(土) 19:41:52
紀元前1000年前は、呉自体が周から見たら域外なので
呉=殷代のころからの原住民の子孫+周王の兄弟の王権 と定義されるのかな

320 :日本@名無史さん:2006/04/16(日) 00:44:19
太陽信仰は、イランからモンゴルを抜けてユーラシア大陸北方からの経路もあるみたいですね。

321 :日本@名無史さん:2006/04/17(月) 01:18:42
>>318
>応神から5代孫の継体に結びつけるような創作物にした事の理由がミステリー・・
でもないだろ。遠縁といえど血縁を称するのは、平和裏に継承するのに
有効だったろうし、当代人の記憶の薄い5世孫なら、血縁主張に異議も
出にくかったろうし。前代の重臣の大伴金村が擁立に動き、大和入りに
抵抗はあったものの前代王家の手白髪姫を后に迎えて、政権を継承でき
たのだから。
その前後の天皇と違い、仁徳〜武烈の子孫を称する氏族が全くみられぬ
のは、継体系と仁徳系に何らか両立しえぬ桎梏があった事を示唆して
いるかもしれない。

322 :ニセモノ皇族(長州藩部落住民系)に関する学術論議:2006/04/17(月) 02:29:02
内容(「BOOK」データベースより)
幕末は慶応二年十二月から翌三年夏にかけて、長州、岩倉の一味によって強行された、
孝明天皇父子弑逆事件とその徹底的な隠蔽、そして長州による大室寅之祐明治天皇スリ替え事件。
明治維新という未曾有の大改革によって誕生した大日本帝国なるものは、
それらの大謀略を経て築かれた偽政体であった。このような大異変は、
日本民族のそれまでの歴史の流れから、絶対に生まれるはずのない性質のものである。
それは何故なのか?なぜ、起きたのか?そしてその本質は何なのか?
今や、この問題に答えを出さなければならない秋は来た。
本書はこの平成の御代まで連綿と続く、西洋かぶれ売国奴政治屋の悪辣悪行をあぶり出し、
家畜・羊の群れと堕した現代日本人に強い覚醒を促す書である。

内容(「MARC」データベースより)
明治維新という未曾有の大改革によって誕生した大日本帝国とは、
大謀略を経て築かれた偽政体であった。「孝明天皇父子弑逆」
「大室寅之祐明治天皇スリ替え」など、長州売国奴が封印した日本史の超タブーを暴く。

参考文献:長州の天皇征伐〜日本の悲劇は全てここから始まった〜  太田龍
成甲書房、¥1,995 (税込) ISBN: 4880861898 ; (2005/10/20) 、以下URLはアマゾン書評(見る価値あり)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4880861898/503-4909883-0820712
皇族とか天皇が犯罪犯したらどうなるの? (偽皇族はオウム真理教殺人被疑あり)
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/soc/1137727591/l50http://society3.2ch.net/test/read.cgi/soc/1137727591/l50


323 :日本@名無史さん:2006/04/17(月) 06:21:29
明治天皇以降の天皇を偽物と言いつつ平成と言う元号を御世と呼ぶその間抜けぶり。
恥ずかしいから他にコピペする前にそこッらへんのダブスタぶりをどうにかしとけな。

324 :日本@名無史さん:2006/04/17(月) 16:14:58
>320
モンゴル神話と王権神話の比較をされている方もおられますね。
今度、入手して読んでみます。

ヤマタノオロチ神話の祖形は、
ペルセウス・アンドロメダ系にあたるという説もあります。
神話の比較をやるとシュメルあたりを原点として
東西に広がっていますね。

黄河文化が神話の採集を軽んじていたのは、
返す返すも残念です。



325 :プノンペン情報:2006/04/17(月) 18:01:51
325 名前:名無しって何ですか?:2005/12/27(火) 07:14:19 ID:YevwbuuZ
       ________   
       /:.'`::::\/:::::\   
      /::            \
     /::.  /"""  """\ ヽ
     |::〉   ●"    ●" |  
   (⌒ヽ             |)
    ( __     ( ∩∩ )    |
      |  、_____  /   
      ヽ   \____/  /
       \        /
         \____/

         竹石 圭佑
      (1986〜 愛知県名古屋市)

在日中国人の両親を持つ為か、日本語のアクセントがおかしい時が多々ある。
小学生の時に万引きで補導されたらしく、その頃から既に歪んだ性格であった考えられる。

中学・高校時代…意中の女子には露骨にちょっかいを出して気を引こうとし、また、その時の言動は挙動不審で相手に好意があることがミエミエな為、非常に痛々しい。
でしゃばりで、なぜか偉そうな態度をとっていたが、不良学生相手にはビクビクしながら機嫌をとっていたという不可解な面も併せ持つ。
また特に自分より力の弱い女性教員や女子生徒等を格好の的としていたので、その様な人間には異常に高圧的な態度をとり、馬鹿にし、いつも幼稚な悪口や悪質な嫌がらせを考えて楽しんでいた。

相当な目立ちたがり屋で「地球は自分を中心に回ってる」という性格。しかし、何の能力・才能の欠片もなく、ヘラヘラしていただけなので精神が不安定だったとも考えられる。あだ名はダメ石(何をやってもダメなくせに口八丁なので)→デメ石(非常に出目金に似た顔なので)。

愛知県の底辺の大学に通ってるが、名古屋大学医学部を目指しているらしく、医学生になった自分を日々妄想している。
余談だが、KAT-TUNの田中聖をライバル視しているらしい。

※注 これは自分の知っている範囲の竹石圭佑の情報であり、全てではないと思われ。

326 :日本@名無史さん:2006/04/17(月) 18:13:19
↑プノンペンチャンコロwwww

327 :日本@名無史さん:2006/04/17(月) 18:22:24
亀打だw

328 :日本@名無史さん:2006/04/17(月) 18:39:03
ウィキペディアの『百済史年表』の記事に、百済の言葉として
日本語が出てくる。

【後期‐泗?時代】
(中略・・・)

657年 百済、王の庶子41人を佐平の官に任命 ←佐平の官。塞の神(サヘのカミ)と同じサヘ。

660年 唐・新羅連合軍、百済を滅ぼす
663年 倭国の百済救援軍、白村江で唐軍に大敗

「佐平」は塞(さへ)と同じ意味だろう。守護・防衛を意味する日本語の古語。
サヘの語源は、日本語古語の障ふ(サフ)だ。障ふの意味は、「妨げる」「防ぐ」。
現代語の「防衛」と、ほぼ同じ意味である。
◆サエギル=塞きる=防ぐ=防衛

■百済史年表
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E6%B8%88%E5%8F%B2%E5%B9%B4%E8%A1%A8

やはり、百済人は日本民族だったようだ。


329 :がいやまん:2006/04/17(月) 20:10:00
百済、新羅、高句麗等の母体となったものは日本にも来ていると思う。ただ日本の
場合、縄文人ががっちり弥生人になっており、征服王朝どころかスサノオでも差別
されるような土壌があったのであろう。結局は物部のようなシャーマン集団になって
しまう。半島の無文土器朝鮮族は丁度欧州でロシア人とかケルト人がノルマンだの
ゲルマンだののように支配階級になったのであろう。まー、半島でも次第に朝鮮族
というものになってゆくのであろうが。

330 :がいやまん:2006/04/17(月) 20:15:49
言い換えれば日本における渡来人というのはユダヤ人型、半島における
それはノルマン・バイキング型といえるのかなー。いわゆる社会への浸透
のあり方だけど。

331 :日本@名無史さん:2006/04/18(火) 09:29:30
夫余とは全くの別種。朝鮮半島は突き抜けて定着していない。


◎HLA遺伝子 B52-DR15(B52-DR2)の頻度

西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
http://www.cam.hi-ho.ne.jp/sakura-komichi/kodaishi/hn2602/5.htm
日本人最多であり、且つ、北九州、山陽、近畿で更に高頻度である
朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人≠朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人
日本人最多であり、且つ、北九州、山陽、近畿で更に高頻度である
朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人≠朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人

332 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 14:22:18
>>313
やはり!

333 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 14:34:31
中国南方や東南アジアからの南伝ルートから
来たと考えれば半島南端や九州南端にの
黒潮沿いに勢力があったことは説明できる。

その後の古代天皇家の重要拠点、伊勢、熱田、鹿島
全て海沿い。
それも古代の地理でみると今の熱田などはほとんど港。

334 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 14:36:52
今の天皇陛下は母方似だからわからないが
明治〜昭和の天皇の若いころの顔は南方系としか思えない。

335 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 14:51:21
ちなみに倭人は自らのことを周代や春秋時代の身分でもある大夫を名乗っていたらしい
東シナ海沿岸を北上、半島西南を掠めるようにし九州に渡来した連中はコイツらだと勝手に断定。

336 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 14:56:53
>>335
俺も断定。日本の朝廷や天皇崇拝者が
中国の春秋戦国時代にやたら詳しいのも合点いく。

337 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 15:00:31
三国干渉の時の日本国民の合言葉は
臥薪嘗胆。遠い先祖の故事になぞらえて復讐を誓ったのでした。

338 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 15:35:46
因みに
前方後円墳や黄海沿岸の遼東半島付近で
発生した支石墓が多く密集する半島南西部。

339 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 15:45:04
日本人が死んだ時に顔に布をかぶせるのは
呉王夫差の最期の故事にならったものだろう

340 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 20:17:30
顔に布かぶせる習慣はいつからだよ

341 :白馬青牛:2006/04/20(木) 22:49:02
>>333
黒潮沿いと言うても、漂流ルートであり、航海の軸線じゃないよ。
多くの集団が移住したとは現実的に考えにくい。東シナ海横断は、
時代が下がるよ。

342 :日本@名無史さん:2006/04/21(金) 00:44:26
キャラ変わったな。。w

343 :日本@名無史さん:2006/04/21(金) 08:26:29
         ハ,,ハ
        ('(゚∀゚∩_ おいらをどこかのスレに送って!
      /ヽ   〈/\ お別れの時にはお土産を持たせてね!
     /| ̄ ̄ ̄|.\/
       | .モツ煮..|/
        ̄ ̄ ̄
↑これ、激しくうざいんだが・ハバネロ・トング

344 :日本@名無史さん:2006/04/21(金) 13:24:25
http://ranobe.sakuratan.com/up/src/up101675.jpg
http://ranobe.sakuratan.com/up/src/up101675.jpg
http://ranobe.sakuratan.com/up/src/up101675.jpg
http://ranobe.sakuratan.com/up/src/up101675.jpg
http://ranobe.sakuratan.com/up/src/up101675.jpg

345 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 11:35:24
素直に文献を解釈すると、倭人のルーツは周の王家って事になるんだが
忘れてはならないのは、現在の中国人という概念はひとつの人種を指しているが
ここ1500年間、中国人=中原を制した諸民族の総称 であり、
周のころの中国人は、現在の中国人のルーツは全く違うということ。
周人は漢人となり5世紀まで繁栄したが、
7世紀には万里の長城以北の隋・唐がまとめた鮮卑人達に滅ぼされてしまった。 
11世紀までに北と南の人口比が10:1から
1:10になってしまったのだから、この時周漢人は、そっくり大陸から消滅した
と考えられる。 で周人は、5世紀までに移り住んだ日本列島で
ガラパゴス島のように純正漢民族の文化を発展させ(漢字・呉服・建築)
日本国を作り上げた。 周漢最後の王朝南朝の陳を破り大陸が鮮卑の王朝となった
歴史的転換期の時、それまで倭の五王として大陸王家と連動していた日本の倭王は、
「隋が天子なら倭王の私も天子」と名乗りを上げたのは、大陸を制したのが異民族だったからである。
日清戦争の時、日本は満州など手を出さず、本丸のシナこそ手に入れ、中国人を
満州側に強制移動させ、シナを周・漢・倭人系(万里南系民族)の手に取り戻す
べきであった。この時1500年の時を越えて、歴史が修正できたはずなのに
残念である


346 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 11:41:24
「君主」と書く必要はないと思うよ。
日本国憲法は、歴史的な天皇制度のあり方、そして、天皇を統治権の総攬者とする明治憲法体制という
歴史的文脈を踏まえた上で、国民主権を前提としつつも天皇の政治的権威を利用し続けるために「国政
に関する権能」を有しない「象徴」としての天皇を規定することとしたわけだ。(もちろん他の考え方は
ありうるだろうが。)天皇制があり、天皇の地位に裕仁や明仁がいるのは偶然ではない。天皇に関する歴
史的文脈を踏まえた上でのもの。その歴史的文脈を意識して考えるなら、日本国憲法の統治体制にとって
天皇はとても便利である一方で、国民主権への脅威を原理的に内包する危険な存在でもあると言えるわけだ。
それを前提とするなら、天皇の政治的影響力を封じるような法律は(その限りで)憲法の趣旨に合致す
る(その際に犠牲となる利益を無視してはいけない)し、天皇や皇族が政治に関して何か発言をするこ
とは厳に慎まれるべきということになるんじゃないかな。


347 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 14:44:55
何が言いたいのか良くわからんが、豪族にも逆らえなかったのが天皇だろ
実権は有力豪族が握っていたわけだから(蘇我氏や藤原氏など)
例えば崇峻天皇は蘇我氏に逆らい殺されているし、聖徳太子も馬子との確執で没落
皇子である山背大兄皇子は蘇我入鹿に抹殺されている。

武力で天皇にとって代わろうと思えばわずかな兵力で排除できたのだが、
それも古代で終わり、以降朝鮮的キチガイが出てこなかったのは日本人のDNAであろう。
神道における法皇といえなくもない。



348 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 14:58:14
下2行が意味わからん。

349 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 14:59:49
三交代説

崇神天皇〆
応神天皇〆
継体天皇〜


350 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 15:03:54
>>348
大王権欲しさに血なまぐさいことばかりやってたチキガイ
豪族がいたことは事実だな、朝鮮的なねw

351 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 22:42:22
>>341
当時の漂流ルートと航海ルートはどう違うのでしょうか?
教えてセニョリータ!

352 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 22:45:03
>>345
うーむ、ますます可能性が高まってまいりましたね!
日本の神道が古代道教と通じるところが
あると言われているのもその一つの裏付けとなるものでないでしょうか

353 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 22:54:13
ベキラの淵に波騒ぎ
フザンの雲は乱れ飛ぶ〜

354 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 22:58:51
日本の即位の礼て古代中原の天子の即位行事そのものでないか

やはり、周王朝正統は日本に伝わっていた。

355 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 01:42:08
真似しただけだろ?
周じゃやらないこともやってるわけだし。

356 :白馬青牛:2006/04/23(日) 02:35:55
>>345
中華思想丸出しか。周は西北のオアシス文化の影響があり、南人ではない。
江戸期の日本も李氏朝鮮も朱子学国家となって、あなた方の祖国は、
北方系のツングースである満洲人に支配されても、周辺国に攘夷、国粋的
江南・長江思想を定着させ、理想どうりであろう。
>>351
渤海から日本へ使節を派遣したのは、漂流ルートで、能登を目指しても、
山陰や出羽等に漂流し思うように、航海出来んかった。
蝦夷を圧迫したオホーツク文化人も樺太経由で日本海横断ではない。
東支那海も、東支那海流が南に流れ、東支那海は黄海と違い、波も高い。
ご自身で長崎〜上海を船旅されるとよく解ると思う。江南から
東南アジアへ行くのは、問題ないが、仮に琉球に漂流すれば、現地民から
喰われる。
日本へは『魏志』倭人伝のルート、山東半島〜黄海を渡り朝鮮経由で
あり、陸地の見える海岸沿いに移住するのが普通であろう。また現地民に
とって経済的利益や戦力を持った、まとまった集団でないと、渤海使節が
出羽で蝦夷に殺害されたように喰われるよ。
最悪の場合、現地民に食人(食糧)とされるので、移住する方も奴隷化
されん為には、武力を持つか、経済力を持つか、技能、あるいは自らの
一族の女性の肉体を提供(売春)し共存関係を構築するほかあるまい。
移住する側が和平を望んでも、現地民側の論理もあることじゃし。
平和共存は、対等関係以上のものが築けた時で、楽観的平和主義が
通用する訳もない。

357 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 06:27:19
仮に琉球に漂流すれば現地民から喰われる。
仮に琉球に漂流すれば現地民から喰われる。
仮に琉球に漂流すれば現地民から喰われる。


>>356 喰   わ   れ    ろ


何時から縄文人は食人になったんだ?w

妄想狂は言うことが大胆で哂えるなww




358 :三光作戦:2006/04/23(日) 10:54:45

日中戦争時、抗日ゲリラに手を焼いた日本軍は、強圧的に拡大して
満州と中国との国境とした万里の長城線一帯を無人化する作戦を実施した。
指定地域内の住人を総て強制収容所に移住させ、ゲリラと住人との接触を断ち
ゲリラ出没地域での耕作を一切禁止するというものである。
その過程において、首を切り落とすなどして殺害した農民は8万1千人、
拷問のため施設送りの後処刑した者4万6千人。合計127000人を殺害した。
集落によっては村民が殆ど皆殺しになった所もある。
人囲いと言われる強制収容所は粗末なもので、宿舎は無く、移住させられた住民は露地に藁を敷き、露天で寝るしかなかった。
宿舎としてのバラックや要壁などは住民の手で作らされた。
農期には収容所近くの耕地で農作業を強制された。
収容所の環境は劣悪で、満足な食料、薬もなく、病気や飢えで何万もの人が命を落とした。

表題の三光とは、殺し尽くす、奪い尽くす、焼き尽くすと言う意味である。

幾つか例を挙げると

豊潤県潘家峪では一度に1230人が虐殺された。
密雲西白連峪では、全村落を破壊し、最後に破壊から偶然逃れていた一軒を発見し、そこに居た70歳重体老人を家ごと焼殺、幼児2名を銃殺。
王廠溝、南大門一帯では、580人を逮捕し、380人を虐殺し、残り200人を強制労働の為、東北へ送り、内80%が死亡。
石柱子村では、村民700人中300人を虐殺。
興隆県秋木林、大莫峪では、全130戸から180人の青年壮年男を逮捕し、虐殺。寡婦の村とする。
興隆県ではその一帯に多数の寡婦の村が出来た。
更に寡婦の村を襲撃し、逮捕した者で使えそうな者を日本兵の慰め者にし、残りは処刑した。
興隆県では、人口16万人が戦後、10万人に減少していた。
大帽峪の村人など120人を後手に縛り、虐殺。
引っ立てて来た魯家峪住人を一人ずつ目隠しをして井戸の前に座らせ、
日本刀で首を跳ね飛ばしては井戸の中に放り込んだ。


359 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 12:02:05
>>356
なにかもっともらしく書いてるが
黒潮ルートと関係ない別のルートを無理やりこじつけて語っていますが
かなりの古代(たしか氷河期明け)から
東南アジアフィリピン、琉球諸島南九州へ
(一部は北九州または半島南端)
人が渡ってきたのは石斧は遺跡の分布から今では可能性の高い事実とされてますよ。

長文を駆使してそこまで否定したい理由はなんなのか逆に興味あるところです。

360 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 12:08:26
紀記に書かれている天皇家が元南九州にいたという
記述は考古学的にもあながち嘘とは言えない
古代の記憶を忠実に残したものと考えられます。

361 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 12:53:22
ちなみに仏教も男系主義も中国伝来の思想。


まぁ、天皇自体、中国皇帝のパクリだがな。


362 :白馬青牛:2006/04/24(月) 01:04:59
>>359
縄文期まで、江南の影響を否定しておりませんよ。北陸の玦状耳飾も含め。
http://www.okinawainfo.net/rekisi/yuusiizenn.htm
に港川人がおったように。
後半の食人についても、琉球では、近い親戚を眞肉親類、遠い親戚を
脂肪親類として、亡くなられた親類の肉を食す習慣もあったろうが、
縄文人も、モース博士が指摘された大森貝塚の食人の習慣、明治期まで
薩摩の「ひえもんとり」のように人胆(人の肝、キモ)を食す習慣も
あったが、尊敬する人の肉をも食うので、琉球の習慣も含め野蛮な行為と
決め付けてはいけん。
わしは、弥生期以降の航海ルートを云うておる。こじつけと決め付ける
のは、如何なものか。

363 :日本@名無史さん:2006/04/25(火) 13:03:19
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-01.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-02.htm
http://mu-cha.hp.infoseek.co.jp/go-go-emperor-03.htm
男系派の妄言完全論破


364 :日本@名無史さん:2006/04/26(水) 03:22:14
うーん個人的には、白豚くんの話面白くて好きなんだけど
枝葉末節な知識の羅列が多いので、板が荒れやすいんだよなー

漢民族最高! って思ってる連中が日本をリードしたのは
間違いない。 で5世紀以降に漢字文化が出土するので
鮮卑に追われた、中原以東の漢人の一派が
豪族のひとつとなって、最後に天皇になった
ってのが自然だな。 矛盾あるのかなー 

365 :日本@名無史さん:2006/04/26(水) 03:31:46
漢字を使う人々は多数日本に渡来していただろうに
何故日本にはその形跡が残っていないの。

366 :日本@名無史さん:2006/04/26(水) 03:51:28
焚書

367 :日本@名無史さん:2006/04/26(水) 03:53:49
まず、識字率が大陸側でどの程度あったかが問題だな
沿岸の民が、幾ら日本に入植してても漢字は入ってこなかったの
かもしれん。 5世紀になってはじめて王家系の漢民族がやってきたんだろう
ちょうど、日本に漢文化が入りはじめた証拠が残る時だ。
その時大陸側は、鮮卑が非漢文化で中原を制圧し始めた時だ
南に移った漢民族は、南朝を作ったからいい。
しかし、東に移った漢民族がいないはずがない。
それが倭王となったのか?どうかは判らないが、その時代に
日本は漢化して、以後日本文化を形成したんだから、
沿岸部の王家系の漢民族が天皇のルーツじゃないだろうか
継体帝っておくり名したのは、 倭王からの継体じゃなく、
漢帝からの継体って意味だろう。それを漢が完全に滅んだ後の天武の時
決めたわけだ。 ただし天武の時は倭の諸王族に対して
4世紀以前との倭王との継続性を持たせないとならない状況もあり、
無理やり諸王族の記憶のない、5世代前の倭王からの系譜とした

368 :日本@名無史さん:2006/04/26(水) 11:49:07
>364
説を立てて、矛盾がない=正しいとまで言えないですな。

何らかの証拠が必要になってくるですね。
秦氏・東漢氏など漢人系の豪族がいたのは事実です。

ただ、最後に天皇になったか、王朝交代はあったのか、
あったとして継体天皇の出自は、
という点は、
現時点では推論はできても証明できません、ということですね。

天皇家江南起源は、神話や、律令後神道が天皇家主導で
いったん整備された(本地垂迹によってすぐに崩れはしましたが)結果、
神社などに江南と共通する文化が残されている、などの論拠があります。

369 :日本@名無史さん:2006/04/26(水) 21:26:46
なぜ半島の先進諸国が東夷の族長に
朝貢していたのか判明

370 :白馬青牛:2006/04/26(水) 23:59:21
>>361
忘れとった。大乗仏教は他者の救済・慈悲を重視する、中央アジア経由の
遊牧民化した宗派が、中国、更に日本へも伝わった。東南アジアの
自己解脱の小乗仏教と違いがある。
>>364
漢字と言うても、日本では、アルタイ系の文法で、漢・タイ語族系の
言語は使用しとらんよ。古墳期は、胡服・髪型もミズラで北方習俗じゃ。

371 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 00:55:01
>>361
男系継承は古来から世界中にあるんだが
怪しい説だね。

372 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 01:06:40
日本で発見された最古の文字は何語ですか?

373 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 01:07:06
>>370
洩れの親戚は呉服屋を営んでるが?
みずらでない埴輪も沢山在るよん。

374 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 02:24:16
>>370
斬りっぱなしで垂らすだけで適当に束ねてハチマキを巻いておく。
みずらとか髪を短く切って頭頂で束ねたたぶさとか
色々な「アレンジ」はあったでしょうね。
大体みずら自体が北方系かどうかも現状でははっきりしていない。
胡服の関しては上層部の人々が倭国よりも先進的なファッションである
大陸・半島のものを好んで着したとも考えられるし。

375 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 13:28:18
白馬くんのレスのポイントのひとつは、
「古墳期北方系」 の事実の検証

一番大事なところなので、彼には押切の姿勢ではなく、
検証の姿勢のレスが欲しいね

 

376 :日本不思議発見:2006/04/27(木) 18:38:21
>ALL ズバリ、インド人ですよ。根拠ありますよ。

377 :松丸家:2006/04/27(木) 18:59:03
当家は南朝鮮半島から来た。
おまえら、しっかりと覚えとけよ。
二回は言わんぞ。

我が家は南朝鮮からきた。おまえらがしつこく知りたがるから教えてやったまで。

378 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 19:14:33
>>375
一番大事なところで罵倒を始めるのが広島人の特徴
理由は答えられないから

379 :白馬青牛:2006/04/27(木) 23:16:41
>>373374
「みずら」でないんは女性の埴輪か?「みずら」南方習俗の魋結の蝦夷や
古朝鮮、中国南部系民族と違うよ。現状でははっきりしないと言うより、
諸民族の類例から考察すりゃあええことじゃ。胡服が先進的ファッション
なら六朝文化は先進的で無かったと言うことか?
>>378
そりゃあ、あんたらの事じゃ。わしを罵倒しながら、あんたら、ご自身の
低脳ぶりを暴露して仕舞うんで、面白いわいのう。一番大事なところとは、
何か?

380 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 23:18:11
うははははっ!爆

381 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 00:16:38

◆◆◆◆◆◆ 重要 ◆◆◆◆◆◆

人権擁護(言論弾圧)に並ぶ悪法 共謀罪(奴隷国家)
本当の監視社会到来!!
関連リンク先一覧
http://tochoho.jca.apc.org/
http://kyobo.syuriken.jp/
http://kikuchiyumi.blogspot.com/2006/04/blog-post_23.html
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news2/1145737805/101-200



382 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 00:51:14
●上野祐二講演会のお知らせ

テーマ「ニートの行方、皇統の未来」

<日時>平成18年4月30日(日曜日) 午後1時〜5時(開場は約5分前)

<場所>大阪府立青少年会館(大阪市中央区森ノ宮中央2-13-33)本館2階 第3会議室
※JR大阪環状線、大阪市営地下鉄中央線・長堀鶴見緑地線「森ノ宮」駅より西徒歩7分

<費用・その他>入場無料。懇親会参加者は飲食代適宜。参加の事前表明は不要です。

<カリスマ・ネット論客、上野祐二について>

上野祐二(33歳・無職)
「総合学としての文学 ◆YH4pIhUROU」の名前でネット論壇を揺るがす。
早稲田大学卒。現在、大阪府枚方在住。憂国論文を執筆中。

上野祐二経歴。
2003年、天皇殺害予告事件。不起訴。
2006年、ネットから現実へ活躍の場を移す。

近影(右側がネット論客・上野祐二)
http://eload.run.buttobi.net/cgi-bin/img/e_402.jpg
※クリックしてもエラーがでます。アドレスをコピベください。

当日のご来場をお待ちしています。

383 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 01:03:36
>>379
古墳期の文化的特徴を胡服とミズラだけに絞って結論をだすところなんか
まんま江南房的思考じゃん、流石だよ親父w

384 :白馬青牛:2006/04/28(金) 01:29:07
>>383
はあ?わしは、古墳期の気候寒冷化による世界的に北方民族の南下現象や
疫病の事、古墳期に北方新モンゴロイド型が西日本に増え、関東まで影響を
与えた事等も他スレで言うとるはずじゃ。様々な要素から判断する方が、
より誤差が少ないことは、言うまでもない。

385 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 01:41:17
他スレのことを言われても

386 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 13:18:14
【生物】韓国人、遺伝的に日本人と近い
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1123060474/
ソース:中央日報(韓国)
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=66265&servcode=400§code=400

387 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 18:47:43
まあ古代史ヲタにはモラル欠落症と自己陶酔のアフォが多いのは確かだな
で、その点を心得とくべきかな、するってーとスルーするのが得策だなw

388 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 19:14:02
長年(笑
白馬氏のレスをみてきて、
丁度、北方系云々へのバトルのところが、一番盛り上がって面白い。
でも煙に巻かれるような感じでもある
独立スレを立てて、もんで見たらどうか?

389 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 01:21:09
>386
まぁ、それはそうだろ。
元々、朝鮮南部の、百済と任那加羅のあたりは、
倭人の勢力圏だし、任那加羅と百済が滅んでも、
すべての倭人が日本に逃れられたわけでもあるまい。

ただ、このスレ的には何?
って話になってしまうんだが。

390 :388:2006/04/29(土) 06:30:53
誤解しないで欲しいのは
彼の話の幅と深さに興味があるので、
とことん彼の話を平行して聞きたいって事です。
この良スレでそれだけやりだすと、荒れるでしょ

391 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 16:19:33
うざいからそうしてくれ

392 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 16:36:03
>>370
仏教南伝ルートを知らないのか?

393 :白馬青牛:2006/05/01(月) 00:48:53
>>392
北伝は中国北朝から高句麗経由で日本へ、南伝は中国南朝から百済経由で
日本へと云いたいんか?どちらも中央アジア経由の大乗仏教であるのに、
タイ・ベトナム等の東南アジアへ伝播した上座部(小乗)仏教と
混同しとるんじゃないんか?

394 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 02:04:58
なんかスレ違いだが、
大乗仏教が、日本に来たのは9世紀以降だよ
それまでの仏教は大衆を救うものじゃないので
小乗仏教。

395 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 18:44:21
立派な皇軍発祥の地の塔に皇宮神社もあるし、イザナギ、ニニギ、山幸彦、コノハナサクヤヒメ、神武、
このオールスターの社が集う宮崎に確定。てか日向の既成事実でよろしがね。

396 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 21:18:51
消防署のほうから来たってホント?

397 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 22:11:10
>>396
ああ

398 :白馬青牛:2006/05/01(月) 22:40:08
>>394
馬鹿か?馬鹿を演じとるんか知らんが、日本へ大乗仏教が伝来したのは
9世紀と言う根拠はあるんか?またそれ以前の仏教が小乗仏教じゃ言う
根拠を具体的に書け。

399 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 22:44:56
皇學館の試験で(天皇は何処から来たか)と問われたら消防署の方からで正解貰えるんだな


400 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 01:52:03
>>398
君も他人が断定的な書き込みをしたら、
「根拠を具体的に書け!」 と激高するんだねーー<笑
レスには、根拠を具体的に書く事は重要だよね。どうぞよろしく

401 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 22:55:55
今上天皇とか皇太子は、何処から来たのかとか言い伝えられてるんやろか?

402 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 18:24:50
二千年前から稲作を行う
フィリピンコルディアラの棚田。
稲作南伝ルート確定!

403 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 18:32:23
>>395
その日向に来る前はどこから来たのか?
というテーマでは?

404 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 20:50:46
>>403
そんなこといったらアフリカまで遡らなきゃならなくなるぞ?

405 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 01:52:48
>403
まぁ、記紀には歴史記述と、神話記述があるわけで、
どちらを考えるのもテーマとしてありじゃない?

後は、考古学で判明する事実が、文献研究にどう結びついていくか。

歴史記述については、中国の記録も検討する必要があるし、、
神話研究だと、民俗学の成果も含めて考えるべきですね。

406 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 17:53:37
>>368
>神社などに江南と共通する文化が残されている・・・
共通する文化?習俗?って、何々を指してるのですか?

407 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 20:54:30
>406
高床式住居→神社の建築様式
鳥居
しめ縄
などが、あります。
詳しくは鳥越憲三郎氏の著作を読んでいただきたく。

神道は、律令期に伊勢を中心とした体系が整えられ、
それとともに、独自色が薄まり、共通の様式が確立したと考えられますから、
共通様式の中に、鳥居・注連縄など、江南と共通する文化が残っていることになります。

天皇家を超えて、倭族という捕らえ方まで拡大すると、
もっと共通項は多くなりますが、
このスレ的には、天皇家と江南の絡みとなりますので、
天皇家が主導した、律令期の国家神道による神社への影響から
鳥居と注連縄をあげてみました。


408 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 02:54:21
以前今生天皇が
「天皇家のゆかりの地である朝鮮に親しみを覚えます」と発言して
2chで祭りになったわけだが

仮に天皇が朝鮮由来だとして、なぜそれを知っているのか問題になるわけだが
まさか三種の神器にはっきり「百済王下賜品」なんて書いてあるんじゃないのか

409 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 02:58:41
北方アジア


以上

410 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 09:24:56
つーか日本人の血液の30lくらいは当時の半島の血が入ってんじゃねーの
人口の30lじゃなくて全員の血の30lね
天皇の発言は百済王の末裔の娘が平安時代の天皇の生母だったって話で
家自体が朝鮮から来たとは言ってない
当時既に朝鮮を憎む風潮があって(新羅の海賊)、
朝廷では卑しい出自の者として反対の声があがってたという折り紙つきだけど

411 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 10:02:57
>>410
大阪とか北九州限定だろ 純粋な日本人の中にチョンの血が入ってるわけねえだろボケ

412 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 10:08:08
当時の半島の血は現在の朝鮮人の血と一致しない

もっとも行動的な人種がこの東の端の島国にたまっていったんだと思う
それぞれの文化を持ち寄った集合体が日本文化でありだからこそ
現在の平壌あたりまで遠征できるほど強大だった

413 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 11:31:50
日向出身というのは事実だと思うが。
後からの創作ならわざわざ日向にするメリットがまったくない。

414 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 11:58:46
すべての人間は女人の股間から来たのだ。

415 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 11:59:40
日向というのは、現在の福岡県西区のことです。

http://nonbiri.boo.jp/sinwa%2018.html

416 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 12:56:36
おそらく半島か支那長江下流地域。
そして土着の倭勢力(大国主の命)を倒し、新たにヤマトになり、日本となった。
その首長が天武帝であって、支那の皇帝を手本とし、天皇という位を創始、そして古事記で自己正当化をはかり今に至る。
天皇以前が倭でそれ以降はヤマト、だが大陸にはヤマト=倭と通してきたが、その内日本を主張するようになる。

417 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 12:58:39
>>412近畿から見たら隼人のすむ九州も四国も朝鮮も同じような距離感覚だと思いますよ。
同一民族というか、同一立場にある人々だったのでは?=古代の倭連合王国

418 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 13:03:28
四国と九州、半島をひとくくりにするのは無理があるだろ。
当時の都から下向させられたり、流された人の記録をみたまへ

419 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 13:38:39
半島と九州って出雲からみりゃ等距離じゃねえか

420 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 13:44:48
天皇と言う名称を作ったのはチョン武天皇だから、天皇を作った人は半島出身。天皇自体は支那の天帝と皇帝を
足して二で割った単におめでたいだけの称号。

421 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 14:37:21
満州東部と長江流域だと思う
長江流域から来た長江文明人=倭人の王家と満州から朝鮮半島に移住した
ワイ系部族集団のワイ族(後の扶余族)のシャーマンを司る部族が天皇家の
祖先であろう。もしかしたら両者は混血して天皇家を作ったのではないかと思う
邪馬台国の卑弥呼は鬼道という北方系シャーマンだったが
それと同時に邪馬台国の女王でもあった。天皇家とその風習において
酷似している

422 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 15:00:22
あほか

423 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 17:50:33
>421
北方系シャーマンとは、脱魂型(エクスタシー型)という事ですか?
シャーマンの魂が肉体を離れ、神の世界にいたるという脱魂型の
シャーマニズムは、むしろ日本の風習に似ておりません。
アイヌは、北方系シャーマニズムであるようですが。

日本のシャーマンは、南方系の憑霊型(ポゼッション型)です。
一番わかりやすい例がイタコですね。

日本の神道は、イタコほどプリミティブなものではありませんが、
依代(御神体)に神が憑霊する、憑霊型(ポゼッション型)の流れです。
たとえば、盟神探湯(くがたち)の風習は、江南に見られます。

卑弥呼が北方系シャーマンというのは、どの点で判断されたのでしょうか。

424 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 18:21:38
雲南省も候補地の一つです

425 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 19:10:49
魏志倭人伝には倭種って書かれてるな、何度も何度も。
てことは当時既に大陸とはある程度隔絶してたんだろう。
確かに巫女文化ってのはポリネシア系だし、縄文集落の文化と融合したのかな。
隋書倭国伝では使いが中国皇帝にとって全く意味不明なこと言ったわけで、
中国、朝鮮とも即通じてたとは思えないんだよねぇ

426 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 05:50:45
ところで倭人のあの独特の髪型だけど
あれはどこ経由で伝わったんだろ
当時大陸であんな髪型はやってたのか、それともよく言われるモンゴル人か?
詳しい方よろしく

427 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 12:03:56
>426
断髪という、全体は五分がりで、頭頂部だけ髪を伸ばすという風習が
タイの部族にあり、それが倭人伝での断髪ではないかと、鳥越憲三郎が
書いております。

ただ、タイの部族の「断髪」が、
果たして倭国伝に描かれた「断髪」と断定していいものか
倭国伝にさほど詳しくないので、私にはわかりません。

>426さんのおっしゃられているのは、
みずら(髪を左右で束ねる髪型)のお話でしょうか。
こちらについては、申し訳ありませんが、私にはわかりません。


428 :421ではないが:2006/05/06(土) 18:46:23
>>423
お詳しいですね。
たしか台湾にもこのヒョウイ型のタイプのシャーマンがいましたね。
ターキーだったかな?

429 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 19:03:35
満州北西部

以上

430 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 19:06:55
BC7C、満州北西部から朝鮮半島に定着せずに突き抜けて
やって来た北方アジア人の大王がジンム。


431 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 23:27:33
>>398
>日本へ大乗仏教が伝来したのは9世紀・・・・
と言う>>394は、818年最澄が、南都諸宗の隷下を脱し自教団の勢力拡大目的で、
自前の戒壇設立勅許を嵯峨天皇に上表した際の最澄の設立理由を、引用したと
思われ。南都諸宗の受戒は小乗であり、国家鎮護の真の大乗受戒が必要との。
法案を成立させたい為の官僚の能弁?詭弁?のようなものなのかな。

432 :白馬青牛:2006/05/07(日) 01:10:38
>>431
南朝〜百済経由で渡来した仏教も大乗経典で、>394氏は、9世紀の
仏教思想の争点と混同されとる。

433 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 06:14:26
>>146
>問題は神武即位BC660年をどのように算出、作出したのかということです・・・
記紀暦年を読む際の基本の辛酉年革命説を、知らぬとみえる。
BC7C・・・突き抜けてやって来た北方アジア人の大王がジンム>>430って、
日本海を渡る船は、どうやって調達したのかね。因幡の素兎よろしく
鰐の背でも駆け渡ってきたのかね。

434 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 15:03:30
南九州は動かし難いと思うがなあ

435 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 15:05:25
>>1

みんな3万5000年前にアフリカから来ました。

436 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 15:16:29
神武は3/4は南九州人、1/4が高天原人だろう。
ただ3/4の南九州人にも多少なり高天原人の血も
混じってるので実際にはもう少し多いだろうけど
神武の前のニニギ氏は近江出身だとおもうけどね
よってやっぱり高天原は近江

437 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 15:18:51
http://www4.ocn.ne.jp/~fkoma/
高天原は高句麗との同盟関係にあった出雲連合です。


438 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 15:22:59
>>436
おまえよ、もう少し根拠となるものを語れよ。

439 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 15:46:29
20万年前にアフリカから旅立った私たちのご先祖さまである現生人類はまず、
紅海をわたりアジア方面に向かい、インドには 約6万6000年前、
オーストラリアには約6万3000年前にたどり着きました。
東アフリカを旅立ち、中東地域を横断したそれまでのルートとは異なる
海岸沿いのルートを経て中央アジアへと移り住ん だのは5万年前、一部はヨーロッパに向かいました。
中央アジアからロシアを横断しベーリング海峡を越えてアメリカ大陸に渡ったの3万5000年前のことです。
私たちのご先祖さまが、この列島にやってこられたのもこの頃と推定されます。


440 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 15:48:16
>>438
根拠って日本書紀にかいてあるだろ常識だよ

441 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 15:51:03
実に不思議なことに日本人は今のような細目に
扁平顔から想像できないがかつては堀の深い
コーカソイド顔だったという。
であるから日本人もペルシャ湾一帯にかつて
生息していたということも不思議ではないので
ある。
古いモンゴロイドがまさにペルシャ人顔ではないか
実に想像を絶する話である。


442 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 15:52:31
我々は日本人や朝鮮人はコーカソイド白人とは
にてもにつかない人種、生物だと思いがちである。
だが不思議なことにかつてはモンゴロイドも
コーカソイドも大して変わりない風貌だったという
ことじゃねーか・・・
実に想像を絶する話だな

443 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 15:55:54
リスペクト アフリカ!

444 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 16:04:07
そりゃ大地の上に住む人間は常に移動してるからねえ。
今から1000年以上も前が〜〜民族だなんて誰がわかるってんだ。
人種くらいなら判明するけど

445 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 20:18:29
>>441,>>442
>日本人もペルシャ湾一帯にかつて生息していた・・モンゴロイドがペルシャ人顔・・
想像を絶するのは、おまいの脳内時間軸だな。
中東にかつて棲息していたのは、日本人の祖先にペルシャ人の祖先な。
学校の歴史の授業で、原人からの人類の形態進化系統図を、目にしな
かったのか。
現代のモンゴロイドもコーカソイドも、かってはボノボやチンパンジーの
ような、彫りの深い顔立ちをしていたのだよ。

446 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 23:44:26
>428
423です。

私は神話研究で必要性があったので、若干シャーマンをかじっているだけです。

台湾については、まるっきり無知です。

台湾のシャーマンも憑霊型なのですか。
ありがとうございます。


447 :白馬青牛:2006/05/08(月) 01:40:37
シャーマニズムについては、北方脱魂型、南方憑霊型というよりも、
時代と環境によって違う。狩猟採集社会では、脱魂型が多いであろう。
農耕社会が定着すると憑霊型が増えるであろう。またチベットのように
混合形態もあり、シャーマニズムの型は、断定出来る問題ではない。
一根拠だけでは、想定出来んので、保留しとこう。

448 :日本@名無史さん:2006/05/08(月) 22:52:10
天から降り立った神仙民族の帝が天皇
日本人は神仙民族の子孫

半島や大陸に土人や半人間とは素性が違うんだよ

449 :日本@名無史さん:2006/05/09(火) 13:05:35
高天原=支那(常世の国)
大国主命=先住倭民俗
天皇=チョソ武が作った称号。朝鮮人起源


450 :日本@名無史さん:2006/05/09(火) 13:15:24
シュメール起源説が一番納得できる気もするが、、、、

451 :日本@名無史さん:2006/05/09(火) 13:51:49
はっきりと日向と記されているだろう?
匈奴や鮮卑に侵され続けた朝鮮人が形造られるのはず〜と後世のこと。
日向あたりに進出した半倭半匈らが先住倭種と混血
その結果3代後に神武誕生。なんとも分かりやすい。




452 ::2006/05/09(火) 13:54:25
それが嫌ならアフリカ起源しかない

453 :日本@名無史さん:2006/05/09(火) 13:59:50
アフリカ出されたら誰も反論できない。

すまん、ちょっと混乱しているんだが、
原人もアフリカで生まれて確か500万年?だか前に世界中に広がったと記憶しているんだが、
現生人類はそれからずっと後世に再びアフリカから広がったということなのか?

454 :日本@名無史さん:2006/05/09(火) 15:32:00
確か現人類がアフリカ大陸を出たのが20万年前。
で欧州に行ったのが4〜5万年前、
支那にたどり着いたのが3〜4、南アメリカが2〜3万年前だったかな。

455 :日本@名無史さん:2006/05/09(火) 17:36:27
>453
アフリカからの人類の拡散は、1度ではなく最低2度あったというのが
現在の人類学の定説らしいですよ?

ソースはNHKで放送されたTV番組なんで悪いけどw

456 :日本@名無史さん:2006/05/09(火) 17:40:07
>451
その「ひむか」が、どこであったか、というのは実は特定されてない。
まぁ、今の宮崎に、天孫降臨関連の伝承が多いのは事実だが。

457 :日本@名無史さん:2006/05/09(火) 17:56:04
アフリカは反則だろw

458 :日本@名無史さん:2006/05/10(水) 22:06:49
前にも書いたが漂着した岬の名前も
紀記に記されていたろ

459 :日本@名無史さん:2006/05/10(水) 23:19:00
>>455現生人類より小柄だったかつてピグミーだの小人だの言われてたと言う人類のこと?
あれって結局今の大柄な人類との競争に負けて絶滅したんじゃなかったっけ?

460 :日本@名無史さん:2006/05/10(水) 23:50:42
まぁ仮に神武天皇の海道東征は何らかの史実を反映しているとして、
神武天皇は実在の天子だと認めよう。

となると遡って神武の曽祖父のニニギノミコトもやはり
「実在の神(?)と認めなくては辻褄が合うまい。
ニニギノミコトは、天照大神の「お孫さん」にあたる。

んで、伊勢神宮の内宮に皇室の祖神として祀られている天照は、
言うまでもなく女神だ。

…そうすると、神武天皇より前、神代の皇統譜は
 全 員 女 系 ということにならないか?

461 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 01:52:08
>460
記紀、特に古事記の研究の難しい点が、
まさに
どこからどこまでが神話で、どこからが歴史記述なのか。

対国内、対国外ともに、大和朝廷の政治的思惑が入り込んでるしね。


462 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 15:09:50
「私は倭人だ」
「私は百済人だ」
「私は新羅人だ」
「私は高句麗人だ」
「私は加羅人だ」
 そんなことは昔はどうでもいいことであった。
 国境は流動的であり、何人かは曖昧(あいまい)であり、すべてのものが混在していたのである。

 日本の歴史家は言う。
「古代、倭は朝鮮南部を支配していた!」
 韓国の歴史家は言い返す。
「いや、百済こそ九州北部を支配していた!」

 意味のない論争である。終わりなき水掛け論である。
 なぜならどちらの言い分も正しいからである。
 古代、日本は朝鮮を支配し、朝鮮もまた日本を支配していたのである。

日 本 = 倭
  韓 国 = 百済+新羅+任那(加羅)
  北朝鮮 = 高句麗

 こういった区分はウソである。本当は、

  日本+韓国+北朝鮮 ≒ 倭+百済+新羅+任那(加羅)+高句麗

 としか区切りようがないはずである。



463 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 15:21:23
継体天皇六年(512)四月、穂積押山が馬四十四頭のお土産を持って百済に渡った。
十二月、百済は倭に使者を返し、
「任那四県(オコシタリ・アロシタリ・サダ・ムロ)を下さい」と、頼んできた。
押山はオコシタリ・アロシタリ両県の長官である。彼は大王・継体天皇に進言した。
「この四県は百済に隣接し、倭からは遠く離れています。
放っておけばすぐに(新羅や高句麗に)奪われましょうが、百済領にしておけば、しばらくは安心でしょう」
これに大連・大伴金村も同調。
難波(なにわ。大阪市)の迎賓館にいた百済使に承諾の旨を伝えるために大連・物部麁鹿火(もののべのあらかひ・あらかび)を遣わした。

だが、麁鹿火の妻は反対した。
「住吉大神(すみのえ・すみよしのおおかみ)は三韓(この場合は百済+新羅+任那)をまだ胎内にいた応神(おうじん)天皇にお譲りになりました。
そこで神功皇后(じんくうこうごう)は武内宿祢(たけのうちのすくね)とともに各所に役所を置き、三韓経営の拠点にしてきました。
もし、他国にこれを与えれば、我が国は衰退し、あなたは長く後世まで国民の非難を受け続けることになるでしょう。
おやめくださいませ」
麁鹿火は困った。
「大王の命令だから仕方ないではないか」
「病気になったことにすればいいではありませんか」
麁鹿火は仮病を使った。


464 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 15:22:53
そのため難波には別人が遣わされた。
こうして任那四県は百済に割譲されたのである。

このことを後で知った太子・勾大兄皇子(まがりのおおえのおうじ。後の安閑天皇。継体天皇の第一皇子)は怒った。
「応神天皇以来統治してきた四県を、そう簡単に百済に渡してなるものか」
 勾大兄皇子は難波に新羅系外交官・日鷹堅磐(ひたかのかたいわ)を遣わし、
「四県割譲は承認できない」という旨を伝えさせた。
が、百済使は取り合わなかった。
「これは何かの間違いでしょう。すでに大王は『割譲する』と言われました。
あなたは太い杖(つえ)と細い杖とどちらでたたかれたほうが痛いですか?
太子の意見より大王の御意見に従うのは当然のことでしょう」

しばらくして流言が流れた。
「大伴金村と穂積押山は百済から賄賂(わいろ)をもらっている」


465 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 15:40:36
>>463
>>464

はい。頭の良いみなさんはいくつかおかしな点に気付かれたことでしょう。
まず、冒頭の部分のナゾである。
「穂積押山は百済に何をしに行ったのであろうか?」

そう。用もないのにお土産を持参してまで百済くんだりまで行くはずがない。
何か重要な頼みがあったはずである。
百済はその頼みを聞く代償として任那四県を求めたのであろう。

では、大伴金村はいったい百済に何を頼んだのか?
金村は困っていた。
それを百済がしてくれれば、任那四県を割譲しても惜しくないほど困惑していた。
いったい何を困っていたのか?
その答えは、金村が擁した継体天皇の即位記事に隠されているのである。


466 :継体天皇の即位:2006/05/11(木) 15:45:34
武烈天皇八年(506)十二月、伝二十五代大王・武烈天皇は五十七歳(本当は十八歳か?)で没した。
武烈天皇には子がなく、太子も定めていなかった。
そこで大連・大伴金村らは丹波の桑田郡(京都府亀岡市)にいた仲哀(ちゅうあい)天皇に大王になってもらうために軍勢を遣わしてお願いに行った。
だが、軍勢を見た倭彦王は恐怖し、山の中に隠れて行方をくらましてしまった。

そのため金村は継体天皇元年(507)一月、越前の三国(みくに・福井県坂井市)にいた応神天皇五世孫・男大迹王(おおどおう)の即位を提案、
大連・物部麁鹿火、大臣・巨勢男人(こせのおひと)らの賛同を得てお迎えを遣わしたのである。

しかし、男大迹王は疑って応じなかった。
「私が大王だと。ありえない」
そこで男大迹王と顔見知りだった百済系渡来人・河内馬養荒篭(かわちのうまかいのあらこ)を遣わして説得させ、
なんとか二月に河内樟葉宮(かわちのくすはのみや。大阪府枚方市)にて彼を即位させることに成功したのであった。


467 :継体天皇の先客:2006/05/11(木) 15:49:32
これが継体天皇の即位のいきさつである。
ここにもいくつかおかしな点があるが、特におかしいのは最後の部分であろう。

「なぜ継体天皇は河内で即位したのか? ヤマト政権(大和王権・大和朝廷)の本拠は大和ではないのか?」

だから継体天皇は最後には大和に都を遷している。
しかし、それまでに実に二十年の歳月を費やしているのである。

   継体天皇元年(507) 十二月   河内樟葉宮(大阪府枚方市)
   継体天皇五年(511) 十月   山背筒城宮(京都府京田辺市)
   継体天皇十二年(518) 三月   山背弟国宮(京都府長岡京市)
   継体天皇二十年(526) 九月   大和磐余玉穂宮(奈良県桜井市)

これはいったいどういうことであろうか?
なぜ継体天皇はすぐに大和に入り、大和に住まなかったのか?

入りたくとも入れなかったと考えるのが普通であろう。
そう。大和には「先に即位した天皇」がいたため入れなかったのである。

では「先に即位した天皇」とは誰か?

私の推測では、倭彦王である。
実は倭彦王は金村に擁されて大王に即位していたのである。
彼が金村の軍勢を恐れて逃げたのは二十年後のことであり、
それまでは倭の大王として君臨していたのであろう。


468 :466の訂正:2006/05/11(木) 15:51:18
武烈天皇八年(506)十二月、伝二十五代大王・武烈天皇は五十七歳(本当は十八歳か?)で没した。
武烈天皇には子がなく、太子も定めていなかった。
そこで大連・大伴金村らは丹波の桑田郡(京都府亀岡市)にいた倭彦王に大王になってもらうために軍勢を遣わしてお願いに行った。
だが、軍勢を見た倭彦王は恐怖し、山の中に隠れて行方をくらましてしまった。

そのため金村は継体天皇元年(507)一月、越前の三国(みくに・福井県坂井市)にいた応神天皇五世孫・男大迹王(おおどおう)の即位を提案、
大連・物部麁鹿火、大臣・巨勢男人(こせのおひと)らの賛同を得てお迎えを遣わしたのである。

しかし、男大迹王は疑って応じなかった。
「私が大王だと。ありえない」
そこで男大迹王と顔見知りだった百済系渡来人・河内馬養荒篭(かわちのうまかいのあらこ)を遣わして説得させ、
なんとか二月に河内樟葉宮(かわちのくすはのみや。大阪府枚方市)にて彼を即位させることに成功したのであった。

469 :継体天皇の正体:2006/05/11(木) 15:59:56
では、なぜ金村は倭彦王という大王がいるのに、継体天皇を即位させようとしたのか?

金村には誤算があった。
倭彦王をお飾りにして実権を握ろうと考えていたものの、思いのほか倭彦王が傑物だったために執政できなかったのである。
対抗馬を立て、圧倒的な武力でもって脅して退位してもらおうと考えた。
倭彦王に勝てそうな対抗馬を金村は探した。
そして、三国にその男はいた。
亡国の祖国を立て直した、武勇に優れた王族がいた。
そう。それが男大迹王。後の継体天皇である。


470 :継体天皇の正体2:2006/05/11(木) 16:01:47
金村は男大迹王を迎えに三韓、すなわち朝鮮半島に渡ったのである。
「え? 男大迹王って、朝鮮半島にいたの!?」
いたのである。
男大迹王の韓名を、武寧王(ぶねいおう。ムニョンワン)といった。
そう。彼は行都督百済諸軍事寧東大将軍百済王、百済の伝二十五代国王であった。

「継体天皇と武寧王は同一人物なのか!?」
驚かれるかもしれない。
にわかに信じられないことかもしれない。



471 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 16:02:40
公家から天皇即位した。

472 :継体天皇の正体3:2006/05/11(木) 16:03:16
しかし、私は驚くべき証拠を『伊予国風土記』逸文から発見した。
「大山祇神(おおやまづみのかみ)は百済から来日し、
初め摂津(大阪府北部ほか)の三島(大阪府北東部)に居し、後に伊予(愛媛県)に移った」

摂津の「三島」は継体天皇の陵墓がある、継体天皇ゆかりの地である。
武寧王の別名は「島王」である。
大山祇神の別名は「三島」大明神である。
継体天皇が即位した河内は百済人ゆかりの地である。
継体天皇の即位を説得した河内馬養荒篭は百済系渡来人である。
大山祇神が移った伊予は武寧王が百済に帰るときに立ち寄るであろう地である。
継体天皇の先帝・武烈天皇と、武寧王の先帝・東城王(とうじょうおう。トンソンワン。末多王)は、共に暴君である。

これらのことはいったい何を意味しているのであろうか?
考えられることは一つしかない!
継体天皇=武寧王=大山祇神なのである!


473 :武寧王:2006/05/11(木) 16:04:59
武寧王は倭生まれといわれている。
生まれただけではなく、若い頃は倭で暮らしていたとも伝えられている。
武寧王の木棺は日本の近畿地方にしか自生していないコウヤマキの材で作られているという。
わざわざ倭から取り寄せて作らせたとしか考えられないのである。
このことだけからしても、彼が倭にただならぬ愛着を持っていたことがうかがい知れるであろう。
あるいは彼の正体は、日本の皇族だったのかもしれない。
本当に応神天皇の五世孫だったのかもしれない。


474 :任那四県を百済に割譲:2006/05/11(木) 16:08:50
武寧王は決断した。
倭に渡り、摂津の三島に住み、河内樟葉宮で継体天皇として即位し、
武烈天皇の姉・手白香皇女(たしらかのひめみこ)との間に欽明天皇をもうけ、倭彦王と戦ったのである。
当然、その間も継体天皇=武寧王は倭と百済を行き来していた。
言うまでもなく、留守中は金村が執政したのである。
そのため大伴氏は三韓との玄関口・大阪湾周辺に勢力を築き、その後も百済との交渉役を務めたのである。

これで、金村が百済に何をしてほしかったのかもお分かりと思う。
金村は倭彦王と戦うための援軍を百済に要請したのである。
その証拠に百済は継体天皇七年(513)六月に姐弥文貴(さみもんくい)・州利即爾(つくそに)二将軍を派遣、五経博士・段楊爾(だんように)まで付けて送ってくれた。
この直後、金村はコモン・サタもまた割譲してしまう。


475 :任那四県を百済に割譲:2006/05/11(木) 16:12:33
これでなぜ金村が任那四県などを百済に割譲したもお分かりであろう。
つまり国外に「割譲」したのではなく、国内で「移転」しただけのことである。
それでも物部麁鹿火など右派や、勾大兄皇子ら新羅派は反対した。
よって後に金村はこの時のことを大連・物部尾輿(おこし)らに責められて失脚してしまうのであった。

失脚後の金村の消息は不明である。
住吉(すみのえ・すみよし。大阪市住吉区)に隠居したとされるだけで、『古事記』や『日本書紀』には没年が記されていない。
最高権力者ともあろう人物の没年が記されていないのは不思議である。
おそらく、倭にいづらくなった彼は百済に渡ったのであろう。

476 :質問:2006/05/11(木) 16:14:03
1.穂積押山(ほづみのおしやま)は百済に何をしにいったのか?
2.大伴金村は百済に何をしてほしかったのか?
3.なぜ金村は百済にあっさりと任那四県を割譲したのか?
4.なぜ継体(けいたい)天皇は大和ではなく河内で即位したのか?
5.なぜ継体天皇は大和に入るまで二十年の歳月を要したのか?
6.継体天皇の正体は何者なのか?
7.なぜ大伴氏は大阪湾近辺に勢力を持ったのか?
8.なぜ大伴氏には百済との交渉役が多いのか?
9.なぜ『記紀』には金村の没年が記されていないのか?
10.なぜ仏教は欽明天皇の時代に百済の聖明王(せいめいおう。聖王。ソンワン)によって伝えられたのか?


477 :がいやまん:2006/05/11(木) 17:01:55
http://inoues.net/korea/buneiou.html
なぜ百済王はシマ出身でなくてはならないのかというのも不思議だなー。

478 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 17:12:54
日本の中国地方っていつから中国になったん?
中国って、中つ国という意味だろ?


479 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 17:22:16
>>462
>日本の歴史家は言う。
>「古代、倭は朝鮮南部を支配していた!」

そうか??

480 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 18:41:08
なんともいえない展開になってるな、複雑過ぎてよう分からん
列島も半島も一緒たくいにしなきゃ何も見えてこないってことか?

481 :美香 ◆RQ0Spv3q06 :2006/05/11(木) 18:54:25
☆ヽ(o_ _)oポテッ

482 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 20:31:10
聖山に降臨、山神×地母神との間に「子」を作り、それが氏・部族の始祖になるという
信仰を持ち、且つ商(殷)民族などの東夷諸民族と共通の「祓邪」祭祀を司った倭人の
支配氏族「天孫族」は筑紫に入ったと考えらる。
この集団は、おそらく聖山を祭ることから「やま」国、「やま」族と呼ばれていた。

http://www.cam.hi-ho.ne.jp/sakura-komichi/kodaishi/hn2602/13.htm

ヤマトは絶対外せない、基本であり出発点だ。

483 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 21:40:04
20万年前にアフリカから旅立った私たちのご先祖さまである現生人類はまず、
紅海をわたりアジア方面に向かい、インドには 約6万6000年前、
オーストラリアには約6万3000年前にたどり着きました。
東アフリカを旅立ち、中東地域を横断したそれまでのルートとは異なる
海岸沿いのルートを経て中央アジアへと移り住ん だのは5万年前、一部はヨーロッパに向かいました。
中央アジアからロシアを横断しベーリング海峡を越えてアメリカ大陸に渡ったの3万5000年前のことです。
私たちのご先祖さまが、この列島にやってこられたのもこの頃と推定されます。

484 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 03:34:07
オオミワはんは、ジンムはんより先や

奈良県のある地域では、地元にある神武天皇の橿原神宮より三輪山にある大神(オオミワ)神社を尊崇している、と本に書いてありました。
なぜなら大神はんは元々この地(奈良県・・というか奈良盆地)の神様であって、神武はんはその後やって来た、いわば「よそ者」だったからです。

では、大神はん(大三輪はん)とは何か。
大神はんは大物主(オオモノヌシ)と言われ、大国主命(オオクニヌシノミコト)の別名とされています。
古代奈良県は出雲の勢力範囲であり、民衆は新しい王様(神武天皇)より自分達の古くからの王様を懐かしんでいるのかもしれません。


485 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 06:37:51
遺跡の分布からいって、福岡県春日市の奴国の遺跡から「三種の神器」に相当する出土品が出た。
また、福岡県前原市でも日本一の内行花文鏡5枚と「三種の神器」に相当する副葬品が出土した。
つまり、「三種の神器」の副葬品で福岡県は最古なのだ。

以上のことを勘案すると、天皇家の起源は今のところ、福岡県前原市。

「原田大六」でググってみなされ。

486 :名無的発言者:2006/05/12(金) 07:05:15
天皇の称号は中国のパクリ!!

唐の高宗は皇帝ではなく天皇と称したことがあり、
これが日本に移入されたのではないかと考えられている。

万歳も中国の萬歳をパックッタ。

小国日本は大国中国の文化をパクッテたって分けよ。

その名残りが天皇。自分たちでかってに天皇ってつけて呼んでたってわけ。



487 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 08:03:35
日本人はパクッたりするほどねじけてはいない。征服を受けた経験がない
お坊ちゃん国民なんだ。差別とかは全て朝鮮半島から学んだもの。朝鮮は
現在外国人を受け入れられるような国にはなっていないが、昔は日本同様
あらゆる民族を受け入れてきた。その結果朝鮮も差別を覚えたのだと思う。
日本人は漢字音痴だからアマタラシ、スメラミコトなんて言葉を小学生の
ように天皇としてしまった。中華思想にへりくだるという気持ちはまったくなかった。
影響圏外にあった。この音痴加減は中国人ならわかるはずだ。だから中国でも
天皇は天皇で通っている。


488 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 10:17:21

武力で日本を侵略した朝鮮人が1500年間も嘘で日本人を騙し続けて来た天皇制の歴史。
日本の神話は全て盗作。
ギリシャ神話のパクリで構成されている。
聖徳太子が馬屋で産まれたと言うのは聖書のパクリ。
モーゼの出エジプトのパクリまである。
チョン公は昔から盗みを得意としていたのだ。
日本の歴史の恥部だ。
昔は公地公民といって、土地、人民は天皇の物として、重税を課し、
日本国民の財産を略奪していた。
朝鮮人は日本に人殺しと盗みの文化を持ち込んだ。
つい最近まで、国民は臣民と言われ、天皇の下僕同然であった。
マッカーサーの押し付けで、処刑を免れ、ただの飾りとなった今でも、
天皇は国家元首で、日本の君主で、国民の代表内閣総理大臣は天皇の家臣で、
国民は臣民だなどと言ってる者がいる。
民主主義を否定するこの様な危険思想が蔓延しない内に、
災いの種は取り除いておいた方が良い。
俗に大正デモクラシーなどと言うが、その後日本がどうなったか。
今はまさに平成デモクラシーだ。
二度と日本の自由と民主主義を侵さないように我々の時代にチョンコロ天皇制は廃棄しましょう。


489 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 10:44:59
ソ連共産党国家政治管理部によって産み出され、中国共産党の支持を受け朝鮮総連
を駆使して政治活動を行うことによる国体とか、軍事傀儡政権のこうな国体に日本を
してしまう結果より、国民統合のシンボルが存在し、国家を全国民が斉唱できる体制
の方が自然だとは思わないか。なぜ全体主義に走らすのだ。

490 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 10:49:11
コミンテルンの指令を見直し、今の時代にあっているかを検討しないと
どうしようもないと思うが。そもそも単なる破壊主義であり、生命を維持できる
システムを目指すものではないと思うが。

491 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 11:00:59
天皇は国民と在日外国人の踏絵だからのう
亡命百済人の先例をみれば、五・六代はかかるじゃろ
余善光から敬福まで五代かかっとる


492 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 11:06:37
>486
「天皇」という言葉は、聖徳太子が隋に宛てた手紙にも見られる。
(「東の天皇、西の皇帝に・・・」)

聖徳太子が編纂した「天皇記」という歴史書もある。


493 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 17:11:38
朝鮮人て中国人につくづく嫌われてるんだね。
北朝鮮が中国に吸収されないのは、漢人である軍部がで差別してるからだそうだ。
だから、北は中国にお伺いを立てて政治はしても、中国は北に吸収されない。


494 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 21:50:32
「天皇」は「すめらみこと」と訓む。
「てんのう」と音む「天皇」の文字は外国向けの当て字。

495 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 01:43:27
当時の外国は支那のみだからなあ。presidentと書いてすめらみことと読むようなものか

496 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 01:53:45
心狸ガクは女性専用車両みたいなものです。マトモな♂は専攻しません。
大学院はオバサンがいっぱい入ってくる女風呂なんです。






オバサンのオケケが浮いています。
オマケに生ぬるいんですが、それでも入りたいですか?

http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1119539552/l50
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1110630777/l50
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1076597127/l50
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1122219426/l50





497 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 09:28:53
デーモン小暮のオールナイトニッポン4
ttp://that4.2ch.net/test/read.cgi/rradio/1145451469/

498 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 09:34:54
【文化財】神武以前の歴史刻む 古文書「上記(うえつふみ)」を登録 大分・臼杵市[05/12]
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1147445244/
ttp://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/oita/news/20060512ddlk44040386000c.html


499 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 17:33:59
499ゲット。

500 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 17:36:38
500ゲット。

501 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 21:48:52
日本国ゲット。  BY天皇家

502 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 22:13:15
隋書には日本という国名は出てこないがのちの「旧唐書・日本伝」には
「日本国は倭国の別種なり、倭国は古の倭奴国なり」と出てくる。
したがって当時の倭王は九州王朝のことで、今の天皇家とは別種の王族であったようだ。

まず、倭国の初代、応神天皇は震旦の国(中国)の生まれである、といわれている。
大隈正八幡本縁起によれば「震旦国燐王・陳大王の娘・大比留女が7歳で懐妊して生まれたホムタワケノミコト」と記されている。
大隈の八幡崎に漂流し、日向の隼人と組んで九州を統一した。 陳大王とは秦氏一族のことである。
別に応神=仁徳であるとされたり、卑弥呼とともに、伽耶王の子孫という説もある。

503 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 22:14:50
また継体天皇は騎馬民族の蒙古人であるらしい。
そのことは奈良の五條猫塚古墳から出土した「エフタルの兜」で証明されている。
蒙古が新羅を制し、新羅の王智証となり、 のちに倭王となり、継体天皇となったと、伝えられている。
新しい日本の建国者である。
528年、 磐井の乱が勃発、磐井筑紫の君が新羅と共謀して大和王朝の任那出兵を妨害したため、
物部鹿鹿火を総大将として磐井軍を鎮圧した。
そんなこともあってか、継体のときに、任那日本府を百済に割譲している。

504 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 22:15:28
次の欽明天皇も百済の人、百済の聖明王である、といわれている。
敏達天皇は聖明王の子、「余昌・威徳王」の弟「恵」の嫡流である、といわれている。

次に驚くことに、聖徳太子ですら、倭人ではなかったらしい。
聖徳太子も騎馬民族・突厥人の出で名を「達頭」と称しており、601年に入倭した。
太子の母(実は妻の一人)は穴穂部間人皇女、崇神の姉、波斯人つまりペルシア人である。
守屋も物部に入籍した突厥人である。

それを裏づけるように、法隆寺は斑鳩、斑鳩の斑は突厥の祖神「斑の狼」、
鳩はゾロアスター教の神の使いなのである。
聖徳太子が聖明王からいただいた尺八は今も正倉院に現存している。

505 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 22:16:40
 607年、「隋書東夷伝」によれば倭国の使者が長安を訪ねる。
使者によれば「倭王は阿毎、名はタリシヒコ(帯彦足彦)と伝えた。」
このときの国書が有名 、
「日のいずるところの王子、書を日没するところの天子に致す、つつがなきや」
この書は大和朝廷では推古の時代、すなわち聖徳太子が摂政をしていた時代である。
聖徳太子が小野妹子に持たせた書簡であるとの説が一般的であったが、少し信じがたい。
やはりこの倭王は九州王朝の王であるか、あるいは蘇我馬子ではないだろうか?
妻が鶏弥、太子は利歌弥多弗利、とあり、あまりにも太子の史実とは符合しない。

506 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 22:17:59
天智天皇は白村江の戦いで百済を支援し、唐・新羅連合軍に大敗する。(663年)
この白村江の戦いがその後の日本の歴史を変える。
その後は倭国という国名は消える。

天武天皇は日本書記や古事記の編纂を命じたいわば日本という国名の最初の天皇である。
それまでは日本という国の名前は歴史上、出てこない。
もちろん天皇という称号も天武が始めて使った。それまでは倭王である。

実はこの天武はもともと中国、前漢の高祖・劉邦の末裔であると言われている。
中国から高句麗に渡った中国人の家系である。
天武自身は日本で生まれているが若い時代を高句麗で過ごし、 軍将・蓋蘇文として成長した。
「続群書類従18巻・坂上系図」によれば、母は漢人・高向王の妻、高句麗王・阿智王の末で
4代・阿多部王の時、倭国に入り高徳天皇の庇護を受け、大和の国高市郡桧前村に住した、とある。
日本書記では高向玄理として登場する。
その人が日本という名の国の最初の天皇なのである。

507 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 22:19:15
白村江の戦いで大敗を期した倭王・薩夜麻(サチヤマ)は唐へ軟禁され、8年間日本へ帰れなかった。
日本書記では筑紫守薩夜麻(サチヤマ)が唐より帰国したのが671年とある。
同年、唐から副将、郭務宗が2000の軍を進駐させ、8年間倭国を占領した。
そしてその年天智は亡くなる、翌年が「壬申の乱」、
天武が倭王(サチヤマ)を立てて、王位に着く。
百済親交派を中国・新羅親交派が倒したわけである。
そして天武天皇と藤原鎌足による「大化の改新」、ここで国名が日本に改称される

508 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 22:19:51
高句麗(高麗)といえば、今の北朝鮮、満州、肝に銘ずべし。
神社に行けば狛犬がいる。皆、高句麗信仰なのである。

もともと高天原とは故郷・高句麗のことを指しているらしい。
720年、日本書記はこうして新羅・高句麗系王朝を美化して創作された。

何も驚くことも、恥じることもない。
今の天皇家が朝鮮半島の王族の末裔であることは、逃れられない事実である。
私達はそのことを良く知り、中国、韓国、北朝鮮問題に取り組まなければならない。
天皇家の故郷でもあるのだから。

509 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 22:42:39
>>508
断る!

510 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 22:43:33
久しぶりに電波が発信されました。

511 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 00:10:40
>>508
そうだったとしても俺は嫌だ!
それにそう言うのだったらチョンにペコペコしてるくせに
天皇制廃止を訴えている売国奴たちはどうなるんだ

512 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 00:14:51
日本と朝鮮はよく似ている。
みんな知ってると思うが、韓日人種は
上が白といえば白、黒と言えば黒。
つまりカルト国家である。
これは韓日人種のDNAに深くふかく、ふかーーーーく
刻み込まれた
習性であるが、これは高麗人によって
もたらされた遺伝子である。


513 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 00:54:25
若干訂正しよう。
日本は和をもって貴ぶ文化だ
それに対し、磨き上げられた賄賂文化がある朝鮮では
対立したらそく一族は滅ぼされるのだ。
もう一度言おう
日本は"和"の文化であるのに対し、韓国の文化は"恨"の文化だ
恨の国に人らは倭の国で調教を受けて、一時は直るものの
直ぐまた戻る、バカなのかチョンなのかDNAなのか
はっきり言ってしまえば小中華の仕業なのだ。







514 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 02:39:41
1.穂積押山(ほづみのおしやま)は百済に何をしにいったのか?
2.大伴金村は百済に何をしてほしかったのか?
3.なぜ金村は百済にあっさりと任那四県を割譲したのか?
4.なぜ継体(けいたい)天皇は大和ではなく河内で即位したのか?
5.なぜ継体天皇は大和に入るまで二十年の歳月を要したのか?
6.継体天皇の正体は何者なのか?
7.なぜ大伴氏は大阪湾近辺に勢力を持ったのか?
8.なぜ大伴氏には百済との交渉役が多いのか?
9.なぜ『記紀』には金村の没年が記されていないのか?
10.なぜ仏教は欽明天皇の時代に百済の聖明王(せいめいおう。聖王。ソンワン)によって伝えられたのか?





515 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 14:18:27
天皇を称してる時点で、中華に属してないのは分かる。
中華に属すなら王に封ぜられるはずだから。


516 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 15:45:30
天皇は秦氏です、
イスラエルから来ました。

517 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 16:07:21
ローマをなぜ大秦国といったのか
中国人は

518 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 16:22:39
秦の秦皇帝も秦氏です、
イスラエルから来ました。

519 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 16:35:31
春秋・戦国時代の中国から見て領土を西に持つ秦は野蛮な国と思われていたが
秦が中国統一した後は野蛮国という見方がなくなりかわりに
「中国から見た西の国」という意味になった(この時代の中国の中心は黄河中流域)
だから中国から見て西にあるローマ帝国を「大秦国」と呼ぶようになった。

520 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 17:51:39
>>502
俺は九州王朝を信じる者だがその意見は賛成は出来ない
というのも新唐書によれば「倭国一名日本」とあり、すでに
日本という国号は九州王朝で使用されていた可能性はあるからである
http://home.p07.itscom.net/strmdrf/kyusyu.htm
おそらく天皇家は九州王朝の分家で大和朝廷は九州王朝の
大和総督府みたいなものだったのだろう。ただ白村江の戦いで
出陣していた九州王朝の王が唐の捕虜となってしまったので
分家だった天皇家に譲位したと俺は解釈している。天智天皇の
名前にアメという名前があるのを見逃してはならない。また日本では
易姓革命は起こらないというのを付け加えておこう

521 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 19:12:14
アメというのは九州を示すという証拠はあるんですか?
アメのヒボコは新羅人ですが?九州人ではありません。
アメのヒボコは但馬に下っています。

522 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 19:13:14
九州の豪族、氏族でアメという人いますっけ?


523 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 19:15:06
九州に多い姓は松尾、古賀、
地名で圧倒的に多いのはやんばる、隈の地名

524 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 19:19:10
>515アホか。支那の中華思想に心のそこから毒されていたからこそ「天皇」なんて称号をチョソ武が作るんだよ。
アメリカの大統領に張り合って「巨統領」などと名乗るようなものだ。全く関係なければカナで「スメラミコト」で
いいじゃねえか。

525 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 19:49:26
>>524
おまえは当時の国際情勢を理解してからのたまへ

526 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 20:20:53
そういえば支那の周辺のその頃(キリスト暦600年頃)ってあちこちに文化圏があったよな。
唐、倭、トバンだの騎馬民族だのさ。

527 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 21:36:21
戦前戦後の左翼思想の強烈な先入観があるので

528 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 22:01:01
周王朝はモンゴル系と言っているやつがいるが、チベット系ではなかったか?

それから、ミャオはモンゴル系ではない。
中原から江南に下って栄えた民族だ。

ちなみに現在のミャオ族は、丸顔のハナペチャで、日本人を若干ロリ系にしたような
顔つきをしている。

529 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 22:56:00
みゃお族可愛い

それはともかくアメとついたら
九州という意味が全然全くわからん
九州人を示す古代の姓は玉とかミミとかそういうのだろう

なんかしら強烈な先入観があるとしかおもえん
誰かに刷り込みされたか
あんぽんたんか。。

530 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 23:26:26
68 :日本書紀によると...:01/10/20 17:07
>>40-41 >>67 の補足になるけど...。

高天原から追放されたスサノオはその子イソタケルを従え、新羅の「ソシモリ」の地に降り、
そこから日本の紀伊に渡ったそうだ。

ここでいう「ソシモリ」は韓語で『牛の頭』を意味する。
また、スサノオの「スサ」も朝鮮語で『雄牛(SUSO)』に由来される。
だからスサノオは「牛頭天王(ごずてんのう)」と同一神とされ、朝鮮系の神とも云われてる。

..以上、本からの受け売りでした!

でも>>41さんの言うように
>明治期の廃仏毀釈令の時に、同じ疫病神の性質を持っているスサノヲノミコトに置き換えられた
のなら同一視されたのはそんなに昔(日本書紀が書かれたのは720年)の事ではなかったのかな?
よくわかりません...

531 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 00:30:31
宮内庁が古代天皇陵を発掘調査させないのも、「スメラミコトはチョソだった!」という事実を知っているからだろ

532 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 01:30:59
絶対ありえないと思うが始皇帝の命令で日本に不老不死の薬を探しに来た
除福が九州にたどり着いてそこで王になって後、天皇になったというのを
なにかの本で読んだことがある。

533 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 02:06:56
あほかw

534 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 02:15:30
>>532
何かの本っていうかそれ結構俗説としては有名

535 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 03:36:00
そもそも太宰府天満宮ちゃなんや????


536 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 03:59:49
天皇家の儀式の多くは韓国に今もある儀式と同じ。
なにも隠してないだろ。天皇家は半島由来は明々白々。
てか大和人そのものが半島由来だろ。

537 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 04:45:22
やまとが半島由来でも大陸由来でもいいじゃん。

日本は経済的に世界第二位の国家なんださから。

538 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 05:04:38
いいんだから2行目はいらんだろ。

なんか変にアレルギーもちすぎなんだよ。
ただの学問なんだから思想とか政治とか関係ない。

539 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 06:09:22
しかし、日本人が朝鮮由来というのは
せいぜい出雲神話でスサノオと五十鈴木が
朝鮮半島から木の種もって出雲に降臨したくらいだろ?
渡来人自体がいたことは事実だろうが、
それが全てではない、そこだけを強調して
日本を朝鮮由来と見なしたがるのは
朝鮮人と左翼と東日野本人だけですよ。

つまりこいつらこそ根本からチョンw


540 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 06:19:42
渡来には違いないと思う。

541 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 06:23:02
>>540
そらそうだな。

542 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 06:45:52
というより天皇は藤原から何代も娶ってるので
現天皇の顔は藤原系の純血種といえるわけ。

本来の遺伝子なんて残ってはいないだろ。
マジャール人にモンゴル人の顔がいるかって話だ
いないだろ?



543 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 06:47:28
藤原(○藤)と鈴木は天孫族の代表格なわけだが
それ以外にもたくさんいるぞw
もちろん太宰府天満宮の菅原もその一人だw

544 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 06:54:47
東北には実はもっとも天皇系の氏族が多い。
なぜなら古い西日本の地域は早くから天皇一族と
決別しその地域で自活しているからだ、東北一帯の
蒙古ヒダをもった連中は確実に藤原か天皇か
あるいはダイレクトに入った朝鮮人の子(金、伊 達)だwww


545 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 07:02:32
渡来人は複数いただろう、だが
しかし天皇、皇別に直接
繋がる朝鮮系は出雲但馬に降臨したアメノヒボコだ。
そして五十猛、五十鈴木も朝鮮からきたとみてほぼ
間違いないだろう、スサノオが新羅で新羅人に生ませた子かもしれない。
それだけではなくスサノオ自身もタカムスビノカミの子で
やはり高麗人の末裔でもある。

出雲神話で述べているのであるから
まずは素直に受け入れよう。


546 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 07:45:53
>>536

朝鮮半島の北は、北方遊牧民の影響が強い。
南にもある。石を積んだりする風習だ。日本では珍しい。

朝鮮半島南部に日本と同じ風習があるという事は、倭や呉や越の影響が
強かったからという事も言えるのではないか?
古代半島で信仰されていた鳥や太陽だが、これらは南方民が持ち込んだものだと
言える。

三国志によると、朝鮮半島南部には、刺青をして農耕する人がいたが、
彼らは倭人に良く似ていたそうだ。彼らが、倭人の本拠地(日本列島)
にやってきた可能性は高い。
半島の鳥信仰は、半島独自あるいは北方遊牧民の影響ではなく、あくまでも
倭人など南方系の信仰が影響したものだと思われる。

それゆえに、現在の朝鮮半島と日本の皇室の儀式が共通していたとしても、
なんら不自然ではないはずだ。

547 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 07:49:45
>>536

天皇家が半島由来かどうかは知らないが、多分に混血していると思う。
土着民との融合も考えられるし、むしろ母体は華南で、後に半島系との
接触があったと思う。

ルーツ自体が半島という可能性は、高くはないと思う。

548 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 07:55:16
>>504

聖徳太子事態が存在していなかったという話もあるぞな。
架空の人物だという話だ。

549 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 08:03:34
日本人も渡来系とその混血だし。

でもそれのどこに問題があるのだ?

550 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 08:08:53
>>539

うん。
神話を頭から読んで行けば、南方の要素が強烈だ。
北方的要素は後から出てくる。

551 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 10:04:36
>>546

しかも、朝鮮半島南端の倭人と思しきものの住む国では、鉄を産し、牛を使っていたそうだ。
半島南部には倭人が生活していたが、それが押し出されて日本に来た事は恐らく事実だと思う。
済州島にも倭人はいた。済州島に関する伝説を見れば、日本との関係の深さが一目瞭然。

この辺りを無視して、東アジアの歴史は語れない。

552 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 10:16:32
>>15

中国には早くからユダヤ人がおり、その大部分は同化して、イスラム教に改宗しています。
地理的に近い日本にやってきた可能性はあります。電波でもなんでもなくて。

553 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 10:17:07
今、大学の講義中やけど

「天皇は朝鮮からきた」
「キ○サマを撃ったらどうなるかなと考えた」
とか言ってます。
みんな釣られて笑ってます

554 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 10:21:40
スサノオと出雲は、皇室と本当に関係があるか、
かなり疑わしく感じる。

むしろ、大和朝廷と出雲は、出雲が強大であったため、
主従というよりは、同盟関係であったのではないだろうか。

後に大和朝廷と出雲の力関係が逆転したので王権神話の中でも、
スサノオの扱いが微妙となっているように思われる。

555 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 11:05:13
結局、古事記日本書紀だなぁ。

556 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 11:44:21
>>532

中国人はその節を信じている。(てか、信じたがっているw)

徐福が渡来して、神武天皇のモデルになったという伝説を、民衆は支持している。
時代が重なる事や「神武東征」などで、妄想がたくましくなりヒートアップしてしまったのだろう。

557 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 14:50:54
秦氏が除服の末裔かもしれない。
除服の伝説は今に始まったものではなく
日本では古代から信じられていて、磐井の墓では
除服が祀られている。
除服は青森までその伝説を残しているという
たぶんなんかある

558 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 14:55:21
磐井あたりももうすでに土豪ではなく
高天原政治システムにより
中央政権よりハケーンされた一族だとおもう。
近江の司令官とも付き合いが深かったようだし
彼は宇佐と半島の秦氏に援軍を求めたのではないか

559 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 15:04:29
皇室は系図によれば最初のころ出雲系の
五十鈴木とかを娶ってるし、そもそも神武の前の
タカムスビカミさんは出雲の方の出身ですべあ。


560 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 15:14:08
東征だが、現実には文献で残ってる限り
紀元後の流れでいうと
西征の方が断然多い。
東征なんてのはあったにしても語るほど
現代日本人には影響はない。


561 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 18:09:56
チョッパ〜リの神様は我々の同胞です。

チョッパ〜リの得意技は同胞に平伏すことです。

チョッパ〜リの文化は朝鮮の猿真似です。

チョッパ〜リの神事は朝鮮のパク〜リです。

チョッパ〜リの人間的要素は同胞の功績です。

562 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 18:11:36
↑在日?

563 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 18:12:25
まあリアルに語り継がれているけどね、あちらでは。

564 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 21:42:32
>>557

秦氏は秦の亡命者だったらしい。
「後漢書・東夷列伝」には、辰韓(秦韓)→新羅に秦の遺民らしき大集団がいた事が
書かれている。
秦氏は、中国でも絹織物を織っていたし、半島でも織っていて、日本に来てからも織っていた
という事だ。
秦氏のはたが朝鮮語の古語のhataだとう話になっているが、旗織物の可能性が捨てきれない。
秦氏が徐福の縁である可能性も否定できない。

565 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 22:04:59
史記にある「徐福が王になって帰らなかった」って何処の王になったのか
日本全体の王ではない。では九州全体?それもない。
鉄器を持った2〜3千の技能集団なら地域レベルに村を造り技能を各地の王に買われたのでは?
だから技能とともに漢字は伝わったが言語が漢語に変わることなく当て字にされたのでは?

566 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 23:17:51
古事記をみると、天皇家は最初鹿児島に上陸して宮崎に入っているようなので、中国江南から沖縄そして九州というのが自然だろう。

567 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 23:19:51
>>565

徐福伝説は全国にあるようですが、やはり和歌山県新宮市が一番濃厚に伝えているのではないかと思われます。
特に熊野地域には徐福渡来の地として数々の伝承・史跡が残り、鎌倉時代には文献に出てきます。
新宮駅から東にわずか100mのところに「徐福の墓」があり、蓬莱山南麓の阿須賀神社には「徐福の宮」もあります。

徐福は秦の始皇帝に東方にある蓬莱・方丈・瀛州に不老不死の霊薬があると具申し東方に船出したといいます。
その不老不死の霊薬の正体ではないかといわれるのが天台烏薬の木です。


http://www.mikumano.net/meguri/jofuku.html
http://okukumano.at.infoseek.co.jp/kumano/jofuku.html
http://www.kumanokaido.com/jofuku/
http://www.jofuku.or.jp/004-2.html
http://www.jofuku.or.jp/004.html


568 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 00:51:35
そういやこの新宮の除福神社に除福の子孫を称する人が
中国からわざわざ参拝に来てたないつの話だっけ?

569 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 01:11:38
古事記を見ると、天皇家は壱岐を発して志摩辺りに上陸しているようだ。

570 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 01:25:35
高麗からタカムスビノカミの指令で
少彦名が出雲に降臨する彼は常盤信仰とともに
その後常磐国に移住する。
いざなぎはのこの島から出発し瀬戸内を制覇、出雲で
敵には阻まれ断念(出雲タカムスビカミ=高麗人の子孫)
実は、いざなぎもタカムスビカミの血混じる。
その後、アマテラスとスサノオが生まれる。
アマテラスはタカムスビカミ(高麗人)の指令で
高天原から葦原中津国宮崎にニニギを降臨させ
青海原朝鮮にスサノオを降臨させる
その後スサノオは五十猛と一緒に
高天原に戻ってくる。
近江の高天原野洲川の辺で会議をする。


571 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 01:41:29
景行天皇記になずけられた基山、キリ国
佐賀県と福岡県の県境にある小さな町である。
近くに原田があり五十猛、
白日別を奉る筑紫神社がある。
この基山じつは伊勢紀州の紀氏と関係があるらしい、
どっちがオリジナルか定かではないが
漏れは
筑紫神社の出雲系の神を祭る特殊性、
九州にしては古い神社であることからここが
本州政権のひとつの拠点になった可能性が高いとみてる。
つまりオリジナルは紀州。
実は朝鮮式山城が築かれたのもこの基山である。


572 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 04:24:24



宮内庁は天皇がチョソだと知っているので陵墓を調査させない






573 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 04:45:24
てか、紀元数世紀ごろに今のような国境があったわけでも
民族意識や近代国家意識があったわけでもあるまいし、
ニュー速に洗脳された重度の嫌韓厨なんだろうが
半島由来と指摘されることに対していちいち過剰に反応しすぎ。

574 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 04:47:00
現代のナショナリズムで古代の出来事や民族、人の流れを
色分けしてる連中はかなり病気だぞ。

575 :名無的発言者:2006/05/16(火) 05:27:43

菊のタブーっての明治政府(長州&薩摩)の捏造隠しってことだ。



576 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 08:26:40
>>565

「隋書」に見られるように、筑紫を東に向かった先の秦王国かも。「其の人華夏と同じ」という有名な一文。

>>572
古代に「チョソ」なんていねぇ。

半島は混血地帯。
「旧唐書」と「新唐書」には「卞韓は苗の裔にして、楽浪の地に在り」と書かれている。
卞韓とは弁韓の事であって、任那の前身。

ただし、この苗と越と倭は、古代朝鮮半島ではしばしば混同されていたらしい。倭人の事かも。

577 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 08:30:09
>>576

漢籍を読めば分かる事なのだが、韓国人は、古代倭人が半島に一定の勢力を持っていた事実を認めない。
日本人もそれに同調しているのが、意味不明。

578 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 08:42:00
>>572
【続報 悪逆非道な皇太子夫妻と、それを守る宮内庁の正体】

どうやら、私が流した情報は、徐々にではあるが広がっているようだ。
少なくとも、インターネットでは反響は少なくない。
いろいろと掲示板を探っているが、やはり宮内庁の工作員が動いているらしい。
また、テレビや雑誌には一切流れていない。
つまり、宮内庁の報道規制がかかっていると考えて間違いない。

そこで、私は嫌な噂を思い出した。
皇太子妃雅子様が中国国籍を持っているという噂だ。
海外では、すでにそのような噂がまことしやかにささやかれている。
つまり、雅子様の出身である小和田家とは、表で言われているほど穏やかな家柄ではないということだ。

他にも、嫌な噂はたくさん耳にしている。
皇太子の愛人である侍女だが、どうやら皇太子の血を引く子供が生まれては困るからと、不妊処置を施しているという噂である。
これが本当ならば、人権侵害も甚だしい。

最後に、衝撃的な噂を語ろう。
前々から話題になっている宮内庁の工作員だが、これがどうやら、朝鮮人で構成されているらしい。
皇太子妃雅子様の娘である愛子様が朝鮮人の血を引いているという宮内庁が漏らした話。
そして、宮内庁や皇宮警察の人間の大半が朝鮮人で構成されているという噂。
考えれば考えるほどしっくりとくる話である。

ここで私の推測を語ろう。
つまり、宮内庁は朝鮮人に乗っ取られているのではないか。
愛子様の父親が朝鮮人であり、その父親が宮内庁に大量の朝鮮人を送り込んだのではないか。
それを隠すためにこのように厳重な報道規制を敷いているのではないかと考えられる。

だとすれば、このまま放っておくと、中国人の母親と朝鮮人の父親を持つ完全な外国人による女帝が誕生することになる。
これを、皇室の乗っ取りと言わずして何というのか。

579 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 08:53:09
>>578

で、証拠は?
誰が信じるんだ、それを。

580 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 09:02:34
>>578

おやまあ、戸籍を公開すればすむ話じゃないですか。



581 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 10:17:04
>>564
>秦氏のはたが朝鮮古語のhataだとう話になっているが、旗織物の可能性が捨てきれない。

旗は誤字で、正確には「機織物」の「機」だ。

『新選姓氏録』にはこう書いてある。

「…天皇、詔して曰はく、秦王の献れる糸絹絹帛は、朕服用るに、柔軟にして、温暖きこと肌膚のごとしとのたまふ。
仍りて姓を波多と賜ひき。」

>仍りて姓を波多と賜ひき。

本人(天皇)が、機織物に関係する「波多(はた)」だと言っており、朝鮮語のhata、pata(大、海)が語源だとは
一言も言っていない。後者の説が有力になっているのはおかしく思う。

582 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 14:02:01
朝鮮の穂積と出雲の天子亀井、物部、五十鈴木は
同属である。
これらは血縁でしっかり結ばれているのである。

583 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 14:38:01
いつも感じるんだけど古代において「朝鮮」
とか逝ってるアフォって今でもいるんだね
故意に使っているとしか思えんし、まぁ釣りなんだろうけど。
我々、日本人が安東大将軍となって朝鮮を支配すべきだったあ!
そして朝鮮人は半万年、中国と日本に支配され続けたのだ〜!
とか逝ってるアンポンタンと同類だな
釣りという点においては、ほぼガチコンだなw

584 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 14:40:02
当時あるのは半島と列島と点在する小国のみだな。
まあ連邦体のようなモノもあったんだろうけどね。
間違ってもも「日本」や「朝鮮」は無かっただろうねw

585 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 14:54:40
古墳から神社へと発展したわけであるが
神社の最初期のヤシはおそらく出雲神社、
出雲系の神社がある場所はほとんど早くから
大和出雲政権の傘下にあった地域。
次に作られたのが仏閣と八幡神功。


586 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 15:03:36
>>576
>「旧唐書」と「新唐書」には「卞韓は苗の裔にして、楽浪の地に在り」と書かれている。
卞韓とは弁韓の事であって、任那の前身。

こういう点からも「倭苗同祖論」を言う人はいる。

はたして苗族と倭族が同祖であったかどうかは不明だが、日本が任那に愛着を持っていた事は確か。
しばしば倭人と苗人は混同されていたようだが、風俗が似ていた可能性はあり、倭人そっくり集団の存在は
「三国志」にも記述がある。

とにかく、半島には、雑多な連中が大挙していたという事。

>>583、584

激しく同感。

587 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 15:46:41
中国の白蓮京都と東日本の日蓮京都は根が似てる。

588 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 17:09:33
高天原でないの?

589 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 17:21:15
出雲系の神社を沢山作った伊部氏もその鍵握ってるでしょう。


590 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 18:23:12
>>460
天照大神はもともとは男神だったという説もある

591 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 19:13:39
★★ 朝鮮人は、古代日本に移住していない ★★

朝鮮人は、古代のカラ半島南部にあった、志良岐・任那・久多良は 朝鮮人の国だったと
信じ込み、
「半島の国々から、古代日本に多くの朝鮮人が移住し、半島や大陸の輝かしい先進文化を伝えた」
と、主張する。
だが、こういった説は妄想に基づく妄言である。 朝鮮人が古代日本に移住したという事実はない。
日本列島にもカラ半島南部にも、紀元前から、長江以南の越地方から多くの越人(倭人) が移住しており、
日本列島とカラ半島南部の倭人は、紀元前から日常的に交流していたのだ。
つまり、『同一の文化』を共有していた。だから、古代ヤマトとカラ半島南部で、文化水準のレベルに差があった、
などということはありえない。古代においては、日本列島もカラ半島南部も『倭人の世界』だったのであり、
同じ倭人どうしが交流していたのだ。朝鮮人は、古代日本とは何の関係もないのである。
朝鮮人は、韓人(カラビト=倭人)ではない。
朝鮮民族の先祖として、もっとも可能性が高いのは、穢(ワイ)族である。
このワイ族は、古代カラ半島北部にあった中国の自治領=帯方郡の東部地方・ワイ郷(現在のソウルの東方地域)に
住んでいた少数部族であるが、高句麗が楽浪郡=帯方郡を滅ぼした313〜314年頃に難民となって南下し、
日本領=シラキに移住したのである。後に、高句麗と手を組んで稲飯命の子孫である志良岐王族を虐殺し、
王権を簒奪して志良岐を乗っ取った金奈勿(キン・ナブツ)も、ワイ族であった。
高句麗に追われて難民化したワイ族を、志良岐王家が保護しシラキ居住を許可した、その恩を忘れ、
「恩をアダで返す」行為をしたわけである。ワイ族のワイ(穢)には、「汚い」「ケガレている」という意味がある。
彼らは、楽浪=帯方郡を支配していた中国人から、そのように名付けられた部族なのである。
この事実を見ても、ワイ人(朝鮮人)が中国人からいかに嫌われていたかが分かるであろう。
朝鮮民族は、けして韓人(カラビト)ではない。 もちろん、倭人=日本人でもない。



592 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 19:21:48
アマテラスはタカムスビノカミという
高麗の男の神様。


593 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 19:25:55

コマの国=支那の自治領・楽浪郡のこと。

高句麗≠コマ




594 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 19:34:54
百済は、扶余とは何の関係もなし!
扶余=高句麗と敵対関係にあったのが百済と大和。
百済王族の姓は「余氏」だが、これ「多氏」と関係ありそうだね。
余氏も「オホ氏」と読むんじゃないかな。「ヨ氏」じゃなくて「オホ氏」と。

数多という日本語の古語があるが、数多(アマタ)は、余るの根語であるアマに
形容的接尾語のタを付けた言葉だという。数多=多くの=沢山のという意味。

アマ+タ=アマタ

つまり、数多は余多なのだ。古代日本語では、余(あまる)という言葉には
「多い」という意味が含まれていたらしい。
多氏は神武天皇の子孫だという伝承がある。
百済王家=余氏は、多氏の分家じゃないかな。

■日本の苗字7000傑
http://www.myj7000.jp-biz.net/clan/01/012/01222.htm

あっ、余豊璋が多氏の娘と結婚してる!!


595 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 21:22:58
>>521>>529
アメという名前は倭王の名前であって豪族の名前ではない
隋書「倭国伝」によれば「俀王姓阿毎 字多利思北 孤 號阿輩雞彌」とあり
阿毎 字多利思北はアメノタシリヒコと呼ぶ。そしてタシリヒコは男王であり
大和の推古天皇が女性であったのとは大きく違う。そして天智天皇は
天命開別尊(あめみことひらかすわけのみこと)という名前であったように
最初にアメがつく。壬申の乱は畿内に逃れた九州王朝残存勢力と唐の支援を受けた
大和王朝(天武天皇系)との戦いであったという説もあるほどだ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%AC%E7%94%B3%E3%81%AE%E4%B9%B1

>>528
殷王朝がモンゴル系だが周王朝はツングース系かチベット系だろう

>>576
倭人はチベット系とタイ系の混血であるビルマ系と混血した
タイ族や苗族が多くいたのだろう。苗族はソースがないので
起源は不明だが華北から来たと言われているのでおそらく華北にいた
北方系民族が南下して江南のタイ族と混血したのだろう。ただ
どの民族かはわからない。モンゴル系かもしれないしツングース系かもしれない


596 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 22:07:20
>>576

苗族は楚族と融合して強大な国家を作った。

有名な詩人屈原を生み出した、長江流域の楚国だ。

597 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 22:08:26
まちがった>>595だった。

598 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 22:19:14
>>595
アメがつく人が九州であるという根拠は?
強烈な先入観以外の何者でもないとおもうが?
データがない

599 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 22:24:21
?>>595
この時、筑紫大宰府の”王”は栗隈王だろう。
それ無視して意図的に印象工作しようとするな、
一方で天武が九州系だというアンポンタンも
おるし、話にならんわw
まず、その脳みそに張り付いた先入観を
取っ払え、あほ

600 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 08:13:01
>>595その後欧米の連合国白人と混血してます

601 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 02:05:48
600オメ

602 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 04:41:22
ヤマトと邪馬台は別であると言ったり、卑弥呼はヒメミコではなく人物の固有名詞だ、といってみたり、
やっぱり「ヤマト=朝鮮から来た政権」で「天皇の祖先で大国主命を倒した者は実は朝鮮人」という
事実を知っているから宮内庁が必死に古代日本の王墓の調査を拒んでいるんだよ。

日本の天皇はやっぱり朝鮮人



603 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 04:43:41
ヤマトと邪馬台は同一であって困る人なんているのか?

604 :名無的発言者:2006/05/19(金) 04:46:40

天皇には何で戸籍が無いんだよ?

これも明治政府の陰謀?
戸籍出すと素性がばれる?

菊のタブー、、、

最高に怪しい日本のタブ〜〜〜〜。

605 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 05:27:15
>>602
その朝鮮人と現在半島に住んでる猿は異民族

606 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 05:59:39
そういえばどう見ても邪馬台なんて大和のことだよな。邪馬台がヤマトじゃなかったら
大食もタジキスタンじゃないしモンゴルも蒙古じゃなくなるよな。すべて独立した固有名詞となってしまう。

607 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 07:22:16
>>602
なんじゃそりゃ…?

だったら、姫氏国をあえて「ひめうじこく」と読んで、泰伯の末裔を必死に否定していたのも
怪しいって事になるじゃないか。

先祖は神様って事になってるから、渡来に関する生々しい説は全てタブーなんだよ。

>日本の天皇は朝鮮人

古代に、朝鮮人なんていないし。それに、韓族はさっさと征服されているし。
それから、弁韓地方を同説明しますか?

608 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 07:26:57
>>604
>天皇には何で戸籍が無いんだよ?

易姓革命を防ぐためでは?だから、苗字も無い。
仮に「倭」氏の国だったり、「アメ」氏の国だったり、「姫」氏の国だったりすると、
国家を転覆させようと企むやつが出てくるからだろう。
国家の混乱を防ぐためにそうしたと思う。

609 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 08:22:35
林羅山が「日本の皇室は后稷の末裔だから、決して蛮夷ではありません。」と
言っても、鼻で笑って否定されて、相手にされなかったって言う話がある。
実在の人物は全てマズイらしい。

610 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 11:18:46
>602
おまえ鏡みていえ、目頭みろ、丸くなってるだろ?
それは朝鮮の証なんだよ。
人様のこといえる立場か???


この腐れ外道、東朝鮮人が!!!!




611 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 22:55:27
>>605
たしかにそうだろうがそれを認めてしまうとチョソがまた吠えるしな。

612 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 23:09:55
北方から朝鮮半島を通過しただけ。
朝鮮半島には定着していない。


◎HLA遺伝子 B52-DR15(B52-DR2)の頻度

西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
西日本人 10%超、 韓国人 1.4%、西日本人 10%超、 韓国人 1.4%
http://www.cam.hi-ho.ne.jp/sakura-komichi/kodaishi/hn2602/5.htm
日本人最多であり、且つ、北九州、山陽、近畿で更に高頻度である
朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人≠朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人
日本人最多であり、且つ、北九州、山陽、近畿で更に高頻度である
朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人≠朝鮮人≠西日本人≒モンゴル人

613 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 23:59:06
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1135786435/l50
沖縄は九州と同一の文化圏で
本州四国とは隔絶した
文化圏であったことは間違いないなw


黒潮文化圏妄説ここにて崩壊www

614 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 02:51:29
>>598
これを見てもらいたい
http://www2.odn.ne.jp/~cbe66980/Main/whatskyuusyuu4.htm
隋書「倭国伝」にははっきりと倭王の姓はアメと書かれている
さらに裴世清は火山のある地に来たと書いてあるが畿内には火山はない
だから九州王朝論を言ってるのだが。ただ私は畿内天皇家が
九州王朝を簒奪して併合したとは思ってはいないし天皇家は九州王朝の
家系の一つだと思っている。現にタシリヒコは用明天皇の可能性も高いのだから
私は川村明氏の九州王朝批判にも興味があり
このHPはとても興味があるのでもう少し調べてみたいと思っている
http://home.p07.itscom.net/strmdrf/kyusyu.htm

>>599
私はあらゆる可能性を否定はしない。九州王朝がなかった可能性もある
だから川村氏のHPには興味があるのだ。それなのに先入観を持っているとか
いうレッテル貼りは止めてもらいたい

>>596
その通り。楚は倭人と苗族の混成国家だった。ちなみに周はいろいろと
調べてみたがやはりチベット系である可能性は高いから倭人は
南下したチベット系と揚子江の先住民であるタイ族、さらに山東半島と
その沿岸地域にいたアルタイ語(ツングース系?)の混血だったのだろう

615 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 02:58:15
>>614
>ただ私は畿内天皇家が
>九州王朝を簒奪して併合したとは思ってはいないし天皇家は九州王朝の
>家系の一つだと思っている。

このあたりに先入観と偏見がみえる。
もっとしっかりした理由がほしい。



616 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 03:02:44
倭人伝見る限りおそらくアメは九州の姓でも地名でもないだろう
可能性としては近江出雲的政権と紀伊を中心とした政権が
併存していてそのどちらかに九州が簒奪併合されていた
可能性の方が極めて高い。


617 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 03:05:39
九州王朝ってありもしない学説(`・ω・´)話しつくるな!

618 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 03:06:24
九州の王朝は土蜘蛛政権だ、全部畿内に殲滅されとる。
アメは天子亀井、出雲近江の進化型だよ。

619 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 03:09:02
そもそもアメノヒボコが新羅から
但馬に移り済み
伊都国に天下りした五十手がアメノヒボコの末裔だよ。
どうみてもアメが九州出身とはおもえん。
偏見と先入観の固まりといえるだろう。


620 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 03:20:59
強烈な先入観と偏見により倭は倭人伝の当初から
天孫思想を持っていたとレッテルを貼られているわけであるが
実際それはあり得ない。
卑弥呼が道教の始まりであり
道教天孫思想はもっとづーっと後になり
隋の天子に対抗するために
編み出した一つの神話だとさえ思っている。

強烈な先入観と偏見にとりつかれると
ドグマから抜け出せないのである。


621 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 03:36:58
ちなみに筑紫なるもの白日別なる地名も全部
後付けだ。
ヤマト政権が土蜘蛛、熊襲政権を殲滅した後に
つけた地名であろう。
なんで白なのに体真っ赤っかに塗ってるのかって話だw


622 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 09:16:50
なんで邪馬台国はヤマトじゃない、って説が一般的なの?

623 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 09:20:40
やっぱりヤマトは朝鮮人王朝で、その前の政権が純日本人政権だとしたら、
「ヤマトは朝鮮系なので認められない。朝鮮系のヤマトが来る前に邪馬台国という
別の国家が存在したのだ」と言いたいがための回りくどい朝鮮回避説(ヤマト≠邪馬台国)が
一般的になってるのかな?
先にも書いてあるように当時の朝鮮半島の民族と現在住んでいる民族は全然違う。
すでに半島は何度も騎馬民族に滅ぼされており、昔の朝鮮≠今の朝鮮なのは明確なんだから、
天皇=朝鮮出身くらい認めたらいいのに。

624 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 09:22:19
いや日本や朝鮮新羅由来の言葉だって・・
日野本なんてどうみてもチョンぽいだろ
倭の方が先住民そのものだろ

625 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 10:30:13
天子思想は後付けと考える方がしっくりといく、
それなのに古典的思想で天孫民族が先住系を駆逐した
それは北部九州からきたという。
前提が大衆に受けて、
その脳みそにこびり付いた先入観から
抜け出せず何時までたっても真実が見いだせないだ。
九州の内乱から飛び抜けたスーパーパワーが
近畿出雲勢力を駆逐しヤマト政権をたてたという
強烈な先入観、こびり付いたうんこ。


626 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 11:09:22
お前ら「伊都国」って字をよく見てみろ

イタリアの首都ってことだ ローマだ!

天皇はローマ人だったんだよ!

627 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 11:10:45
ネタはいいから

628 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 12:26:13
日の丸は、朝廷に貢献した大名などに下賜して有り難がらせて
またバカをやらすことに使われたもので、
いわば天皇家の象徴。
その朝廷は日本を征服支配した朝鮮人が作ったもの。
つまり、日の丸は、朝鮮人による日本支配の象徴なのである。


629 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 12:31:04
いろはにほへと
イーリャンサンスーウーローチーパーク

イとは一番のイ。
中国、チベット、から入った言葉。

630 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 13:10:55
弥生時代まで遡り男系で続いているとして
北方経由で来たのか南方経由できたのか縄文系なのか
そもそも長い弥生時代のいつ頃に渡来してきたのか
混血もしてるだろうし判別なんて不可能なのでは・・・
もう普通に日向でいいじゃん。

631 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 13:17:21
>>630
それを言っちゃあ、お終いよ。

632 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 04:52:29
今の天皇は明治時代から万世一系。

幕末の天皇だった、孝明天皇は、徳川政権(徳川幕府)を支持し、頼り、
このままでは倒幕は不可能だった為、倒幕派の公家らに、孝明天皇と皇太子は毒殺され、
共同体の徳川幕府滅亡と共に、皇統は、そこで断絶した。

明治天皇は、長州藩から連れてきた、なんとかという人で、
一応、南朝の子孫という事になっているが、養子の為、天皇の子孫ではないらしい。


ここの20番台

http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/h_index.html

633 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 08:16:19
神武天皇は南九州出身。

北部九州出身は応神天皇。

634 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 10:21:20
いいから東京レイプ民国人氏ねよ

635 :がいやまん:2006/05/21(日) 11:47:49
倭国の全国統一の際に始めて倭国の大君が生まれる。九州に限っていえば弥生時代
の終わり頃、伊都国、奴国に三雲・平原等の遺跡に埋葬された王中の王のようなものが
あり、これは神話のアマテラスとか、オシホミミとかに相当するのだろう。出土する鏡とか、
朱とかはその権力を物語る。近畿にはこんなものはなく後に神武が東遷するが池上
曽根遺跡近くで長髄彦に破れる。神武は再度チャレンジしてイワレビコという初代の
大君となるとされるが、考古学的にはむしろ近畿は山陰・丹後方面から銅鐸に代わって
南下する土器形式の影響を受ける。また庄内式という近畿独自の土器があり、こうした
土器が中心となって行くのであり、神武東遷の話はこうした近畿内部において河内勢力が
阿讃播連合、山城越東海連合に押さえ込まれるプロセスを描いたもので、実際に当時の
丸木舟程度で神武のような作戦はありえず、これは各地の伝承の寄せ集めであろう。
その内容を見ると神武の敵は巻向の辺りにいたようである。どうも、記紀に出てくる大和
宿禰がフィクサーであり、初代天皇は各豪族の利権がバランスするように女王共立
制度に落ち着き、そのスポークスマン、女王の側用人であった男が初代天皇になるのだ
ろう。

636 :がいやまん:2006/05/21(日) 11:53:44
漏れは連投天皇のようで恐縮なんだが、ハツクニシロス天皇
崇神は丹後のニギハヤヒ→大和宿禰の線が表面化したもの
ではないかとの感じがする。さて、どうですかね。

637 :がいやまん:2006/05/21(日) 12:07:47
大和には唐古鍵遺跡という古い遺跡があり、独特の建物とかで、古くから
発展したところなのだが、銅鐸には執着していないらしい。丹後方面の勢力は
この大和と提携して河内を封じたのかもしれないとも思う。

638 :がいやまん:2006/05/21(日) 12:23:15
この封じられた河内というところは古来九州、韓国と強力な関係があり、
黙っているはずはなく、時代が下ると共に次第に葛城勢力と手を組み
九州・三韓を巻き込んだ強烈な巻き返しに出る。このとき神武や応神が
生まれるのではなかろうか。

639 :がいやまん:2006/05/21(日) 16:12:07
カグツチ(冶金)、スサノオ(牧畜)、オオナムチ(鉱業)の神統譜上の穢れとの関係付け、
天孫地祇は出雲族への大きな差別である。アマテラスが九州系とするとこれは九州
系が出雲族を憎んだように受け取られるが、実際において九州と出雲は仲がいい。
しからば、このような差別を仕組んだのは誰だろうか。真犯人はあの気性の激しい
ワカタケル、雄略ではないかと思う。出雲をけん制する素地は既に崇神の時から
あるようだが、最終的にはやはり日本最大の専制君主ワカタケルがくさい。

640 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 16:28:45
存続派の論拠とそれに対する反論

1)国家統治の技術として有益。皇室外交はよい。サヨに対する防波堤。
  ・日本国としての代表権は無く、無権限の皇族による海外交流は政治的なものとはいえない。
   従って民間による国際親善交流となんら変わることがない。
   もし仮に、皇室外交が政治的な色彩を帯びるとすればそれは現行憲法に照らして違憲。また、サヨに対する防波堤と
   いうが、それもまた一つの民意である以上特定の意見を排斥するために制度を作るべきではない。
2)文化の承継者として必要。天皇自体が一つの文化であり、
  それを廃止しようとするのはバーミヤンの大仏を破壊したタリバンと変わらない。
  ・国家制度として存続させる必然性なし。
  ・廃止するのは制度であって天皇ではない。
3)2000年も続いたのだから廃止するのはもったいない。
  ・2と同じ
  ・2000年間、今と同じ制度であったわけではなく、むしろ今の制度は伝統的な天皇のあり方とは異なる。
   むしろ制度として廃止した上で、主権者たる民意の一部として「政府に対する授権主体たる国民」の信仰対象(又は
   非権力機構内機関としての信仰対象)としての位置づけの方が伝統に沿ったあり方である。
4)天皇によって現在の日本政府の正当性が担保される
  ・日本政府の正当性の担保は、日本国民(有権者)の信任であり天皇ではない
  ・政府・国家とはあくまでも道具であり、道具の正当性は由来や歴史ではなく使用者にどれだけ利益を還元できるかで決定される。

641 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 17:21:20
>>634

日本分断工作か?



642 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 20:19:02
>>635
ところが神武東征の話しは
近年考古学的にあきらかになってきた
最古の日本列島への人類の足跡に合致することが判明してきた。

則ち日本列島にもっとも最古期に人類が現れ住み着いた場所は
南からの南九州と北からの東北、さらにくだって関東平野あたりだと言うのである。

そしてこの時期もっとも住みやすく栄えたのは
南九州の地域であった。

643 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 20:22:50
ばかな、何万年前の話してるんだい!

644 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 20:24:29
>>635
そして南九州に住みついた彼らは
なんと当時の丸木舟程度のもので現在のフィリピンあたりから琉球諸島を経由してたどりついたのである。
海、潮の流れを熟知した古代人の中には
驚くべき航海術をもっていたことは
コンチキ号の太平洋横断以来多くの冒険家に証明されていることである

645 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 20:32:17
>>640
特に4がダメ。もっと現実の社会を勉強したまへ

646 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 20:55:49
日本人は共産主義は嫌いだがカストロ議長個人はなぜか日本人に人気がある。

日本人は国でも企業でも創業の英雄に対しては
大変な敬意を払うからでしょう。

そのカストロ議長、今回の健康診断で医者から
こな調子が続けば140才まで生きられると言われたとのこと

647 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 22:30:20
日本には判官びいきってゆうことばもあるからねぇ・・・
ところでカストロ議長って今何歳?

648 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 23:27:48
少なくともアマテラスは九州の古代神ではないと思う。

菅原信仰、天満宮は古代信仰ではない。
筑前の宝満信仰から満をとり天を頭につけたというのが真実だろう。
おそらく天皇という称号も対中国の天子外交のため編み出されたのです。
宇宙最高神アメノミナカタヌシと関係してるのではないか?
この神は政治的な意図で後付けされたものであり創造神だとおもう。
倭の政治は常に中国を意識している。
景行天皇の景行は魏志倭人伝、鏡などの
景初3年という文字を見て名付けた
可能性が高い。
三種の神器もおそらく対中国天子への対抗策。

宝満神、玉垂宮が九州のもっとも古いと思われる
古社としての謂われもそうですが、なによりこの
二つの神社は伝承が九州のみ?であり
小さい社まで含めると分布範囲が広く民間宗教的色合いが強いように思う。
政治的な意図を感じない。
九州の古代宗教に深く関係しているようである。

白日別、日下部、筑紫などの豪族ができた頃の
筑紫神社などは比較的新しい神社だと思われる。
出雲・大和の影響が九州に及んだまさにその時の神社ではないか?
チクシ、日下部は八幡宇佐の豪族の末裔という風に
九州ではなっております。
そしてこの筑紫神社のある場所、
忌部、記氏の拠点
基山である。
景行天皇が基山の地を名付けたとなってるがおそらく
紀氏に深く関係しここでイソタケル、シロヒワケ、
チクシの名称が新たにつけられた気がする。

649 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 02:39:39
>>648

荒らすな!

650 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 09:52:50
天皇家はどこから来たのかを調べるための、禁断の一手がある。

それは、古代人のDNAを比較調査する事だ。
一般古代人のDNAだけではなく、歴代天皇や豪族の遺体と、中国・韓国・北朝鮮などの歴代王墓や諸侯の遺体を
「できる限り全て」比較調査するのだ。

現代人は混血が進み過ぎて、古代人とは似て非なるものとなっている。
東アジア全土の墓を暴いて、さまざまな角度から徹底比較研究するのがよいだろう。

651 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 11:28:16
肥(火)国って元は日国なのかな?
その隣が日向・・・アマテラスは太陽神・・・
卑弥呼・・・銅鏡・・・皆既日食・・・岩戸隠れ・・・

652 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 12:33:17
日は6世紀頃の流行だろう、天は7世紀頃の流行。
3世紀は全く別の流行があった

653 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 14:02:53
「卑弥呼」は姫巫女だか、日御子だか、日巫女だかの当て字だという説もある。
詳しい事は知らんよ。

654 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 16:38:45
高天原=北九州
天孫降臨とはその一派の日向への拡大
そして日向から大和へ

655 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 18:01:31
>>654
証拠はあるのか?
何一つデータ、伝承がないのであるが

656 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 00:25:29
文献史学から見ても天孫族の支配する筑紫の地があったことは確かだろう
シラス台地が迫る不憫な地で土人までいる地に最初から入るのは向こう見ず過ぎる
となると、北九州に入り地を固め、そこから入ったと見るのが妥当。

657 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 00:30:01
>>656
それはおまえの強烈な先入観だけの判断。
それ以外になんら証拠はない。
おまえの顔と名前をみてどこからきたか問い直せ
まず鏡みろ。

658 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 00:36:14
加藤、内藤、鈴木、高橋などのいかにもという
天孫系の畿内人の苗字は北部九州には殆ど見あたらない。

彼らは東北や関東一帯に広がってる、そう本州人の苗字である。



659 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 00:46:39
平民の苗字の使用許可が許されたのは確か明治に入ってからじゃなかったか?
課税の対象にされことを心配して最初は名乗る者が少なかったんだとよ。

そもそも1000年以上も前から同じ苗字名乗ってる系譜の方が珍しいだろ?
つかリアルバカだろおまえwww

660 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 00:49:28
俺の先祖は松が沢山はえた場所に住んでたから××となった
明治以降のことな。

661 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 00:50:43
馬鹿だな、そもそも
加藤、鈴木、高橋とか名乗るってことは
彼ら天孫氏族の影響がそれだけ強かったからだよ。

人間数世代続けばどれだけ増殖するか知ってるの?
馬鹿だなおまえ・・

鼻から征服民なんだよ、そういう天孫氏族の名前を名乗るということは。


662 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 00:53:01
そういう小難しいこと考えずとも
鏡みせれば一発
ひょろと高い顔に
扁平な顔してるだろ。


663 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 00:53:33
意味不明、名前をみてどこからきたかと逝ったから
苗字は当てにならんことを証明したのが、バカ化お前?www


664 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 00:55:22
近畿人の名前が東北関東に集中してるんだから
京都人の血が濃いと思うのは当然だろう。

665 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 00:58:27
妄想バカに何言っても無駄無駄
コーシーでも飲んで寝るとしよう
お休み  バ  カ www

666 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 00:59:20
>>665
その前に鏡みろ、目元な特にw
苗字もセットだぞw

667 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 01:06:24
金本と鈴は同族だ。
金で令を発令したのである。
それが鈴だ。
鈴は銅鐸でもちろん半島由来だ。
こんな朝鮮臭い苗字、北部九州には滅多にいない。


668 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 01:16:59
現実的に考えてみよう。
北部九州人が日本列島を支配していた記録は一度もない。
可能性は無いに等しい。

にもかかわらず
東北関東古墳人の眼底は出雲古裏人並に突出していた。
東北関東人の容姿はその時からさほど変わっていない。
(おそらく出雲人による本州統一が最初であり東北関東に
北部九州人が組織的に入ったことは一度もないだろう)
そして5世紀頃には確実に近畿を中心とした巨大政権があり
1500年以上本州全土は近畿関東人の支配下にある。

669 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 01:42:07
出雲古浦人の本州統一、
そして後衛大和人による
本州支配それが全てでしょう。
銅鐸=鈴だって本州島(シマ)全土で共有してるのに
九州は殆ど興味示していない。
その後、すぐ大和朝廷時代だ。
朝廷は北に韓神、南に園神を祀るらしい
韓はむろん朝鮮だが、園は九州ではないか?
園系の苗字は九州
おそらく父タカムスビノカミの出身地朝鮮出雲と
母の出身地九州を祀ってるのだとおもう。


670 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 06:56:57
>>656
最初から土人の存在を念力で把握して、北九州に上陸したってのか?
古代人て、すげーなー。


671 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 09:07:58
北部九州は土蜘蛛、熊襲政権があったんだよ。
文献資料、伝承、遺跡、神社分布から明らかだ。

これをさけて南九州から侵攻したんだ

他に明快な回答あるかな

http://www.geocities.jp/gotos_room/_geo_contents_/tane.html
これが九州全土の古代神

672 :日本@名無史さん:2006/05/24(水) 00:25:53
まー泰氏の電波よりマシま、わな
泰氏の家系は怪しすぎるし、今は書き替えだらけ
さらに功績も飛躍させすぎ
朝鮮半島からの渡来の方が功績はある


673 :日本@名無史さん:2006/05/24(水) 08:01:11
>>639 
出雲大社は、なぜ死装束…じゃなかった、
一般の神社とは何もかも反対になっているのか?
しめ縄のより方も反対なら、縁起の悪い四拍手。
「祟神」のような扱いに感じるんだけど。
死人の逆さ屏風みたいなものか?

674 :日本@名無史さん:2006/05/24(水) 08:02:22
>>639 
出雲大社は、なぜ死装束…じゃなかった、
一般の神社とは何もかも正反対になっているのか?
しめ縄のより方も反対なら、縁起の悪い四拍手。
「祟神」のような扱いに感じるんだけど。

死人の逆さ屏風みたいなものか?

675 :日本@名無史さん:2006/05/24(水) 20:16:09
呉太伯の子孫を自称しているので、江南だろ

676 :日本@名無史さん:2006/05/24(水) 22:15:13
>>675
「太伯之裔」は倭人が自称しているだけで、大陸人は何故か越系と関連付けて見たがるふしが感じられる。
風俗が呉人とは似ていなかったのではなかろうか?


677 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 00:40:12
呉越の文化なんてものは他所様からみたら、そう大して変わらん。

678 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 13:14:02
>>677
顔に朱を塗るのは越の文化では?
倭人が呉系だとしたら、なぜ倭人が「太伯の末裔」を自称しているのに「会稽」と結び付けたがるのかがよくわからん。
なぜ倭人が太伯の末裔を自称したのかもわからんが。

679 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 13:17:32
倭以外の周辺民族の例と比較してみれ

680 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 16:09:03
三国志の倭人は、太伯の末裔を自称していない。

可能性として考えられることは

@「太伯之苗」は古代中国人の空耳。
A当時の日本列島には、越系の移民の他に呉系の移民もいた。
B古代日本列島には越人も呉人もおらず、中国人は白昼に幻を見ていた。

681 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 06:02:35
天孫ですよ

682 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 12:14:59
>>615>>617-619
アメノヒボコは倭人であり当時新羅という国は存在していなかった(辰韓だった)
そのアメノヒボコが伊都国に天下ったというのは正解だよ
そして伊都国こそが九州王朝のアメ王朝だったのであり、薩夜摩の倭国であり
天智の祖先でもあったのだ。それに対してアマ王朝が奴国であり親唐の倭国であり
天武の祖先でもあった。日本では中国や韓国、ベトナムのような易姓革命は
起きなかったが政治体制は政治大王を司る法王大王と宗教・祭祀を司る
女王があり、共に世襲ではなく倭国内の王朝が交代でその大王に就いていたと思う
女王は各王朝の皇女を出して、その中から決めていたかもしれない
斎宮の元となった制度だったのだろう。九州王朝は根拠がないと言われているが
実はそれらしき話はいくらでもある。風土記によると法興4年などという
日本書紀にはない年号が出てくるし伊予温泉には法王大王が訪れたという
記述もある。また九州の神社には九州年号が書いてある書物まで見つかっており
中でも福岡県にある高良大社に九州王朝のものとみられる系図が残っている。天照大神から始まり、姓は天(アマ)である。そして、その分流として神武天皇に至る系図が載っている。
九州王朝の可能性がないとは全くは言えまい。さらに倭の五王の高句麗遠征は
日本書紀には書かれていないのはどう説明するのかね?先入観でモノを言うな
などというアホらしいレッテル貼りをする暇があるならこれらに明確に
反論して欲しい。もしそれが筋が通るならば私は潔く脱帽しよう
もちろん上記の私の仮説も裏付けるためにもう少し調査してみたいと思う

>>653
卑弥呼は女王国の女王の称号であったという説もある

>>671
その土蜘蛛や熊襲政権は半島南部に進出する力を持ち鉄器も保有していたのに
なぜ畿内の大和朝廷の滅ぼされたのかね?

683 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 12:25:49
>その土蜘蛛や熊襲政権は半島南部に進出する力を持ち鉄器も保有していたのに
>なぜ畿内の大和朝廷の滅ぼされたのかね?

半島に進出する力を持ってたと書いてるか?
おまえは先入観と偏見と固定概念の塊である。


http://ja.wikipedia.org/wiki/アメノヒボコ
ヒボコが天下ったのは但馬だ。
そうおまえは強烈な先入観と偏見と固定概念の
塊である。
そう無知、無神経は馬鹿の始まりである。




684 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 12:54:27
>そのアメノヒボコが伊都国に天下ったというのは正解だよ

これは伊都県の五十手(田道命と親類)である。
かれは但馬(田道)守の末裔である。但馬方面から天下りしたのである。
肥前に田道ヶ里という地名がある、
そうあの吉野ヶ里のすぐ目と鼻の先である。
ここに伊都県に天下った田道命が進軍したのである。
吉野ヶ里の戦場跡は伊都県との戦いであると確認されている。


685 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 13:06:05
あなたの説が正しいとして
なぜ、ヒボコの出身地九州を執拗に攻めたかということだ。
なにより畿内の伝説になぜヒボコが九州から着たと一切書いてないか
ということだ。
但馬を経由しヒボコの末裔が九州に天下りしたのは間違いない
しかし、それは但馬の後だ。
そう、時を置かなかったかもしれない。
もしかすると勘違いで九州の土蜘蛛政権、熊襲政権の一つが
アメを名乗ったかもしれない。
だがしかし、アメは九州発祥とはとてもいえないということだ。

天孫信仰は中国道教のもので比較的新しい4,5世紀の信仰とされている。
しかも全て中国天子対策である。


686 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 13:15:45
漏れがおまえを
偏見、先入観、固定概念の塊というのには
訳がある・

それはおまえが自説に不利なデータに意図的に
一切ふれず有利なものだけで話を進めている点だ。
古代史の常識といえるものにはしっかりと反論し
自説を主張すべきではないか?!


687 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 13:31:40
>>862
九州王朝自体の存在は否定しない。
いや何らかのものはあったであろう。
しかし、それが畿内の天孫と言われる政権に発展したかというと
あり得ないという話だ。

おまえがなぜそういいう大きな大間違いをするかというと
常に中央の情報だけから物事をみ、肝心要の九州の情報が
ほぼ欠落しているからだ。全ては感覚、思いこみなのである。
まず九州の地図の75000分の1の地図を
数日かけて眺めるのから
はじめろ、神社の分部とかもだ!

688 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 13:48:19
九州王朝なるアホ学説を作った古田武彦の責任は重いな
おかげでこんなアホが大量発生したんだからな


689 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 15:16:57
>>682
皇室の姓は「アメ」ではないと思う。
中国大陸向けに苦し紛れでそう答えたんだと思う。
易姓革命を防ぐために、あるいは最初から姓にこだわっていなくて、
苗字が無かったのだと思う。あるいは、あったけど、隠していた
(捨てた)のだと思う。

以上ソースは無し。

690 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 15:18:38

まちがい。無視せよ。

691 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 15:37:41
苗字(名字)がわが国に広まったのは、中世以降のこと。
古代以前には苗字(名字)はないよ。

692 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 15:48:19
http://ja.wikipedia.org/wiki/本貫
たしかに倭に苗字をつける伝統はなかった。
始まりは貴族とそうでないものを別ける
手段。

安東金氏が始まりか。

693 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 15:58:16
古代以前には苗字はなかったが、氏(姓)はあった。
氏(姓)は近代まで存在した。

694 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 19:08:32
うちの爺さんは農家だったから、昔風に屋号で呼ばれてたよ。

「お〜い、○○衛門さんよ〜!」なんてな。
昔の百章は、苗字なんて無くて屋号だ、屋号。

695 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 19:14:31
「○○衛門」というのは、律令の職名に由来する呼び名で、「あざな」ですね。
屋号とは違うと思います。


696 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 20:26:15
農家の爺に職名なんてないだろうよ。
何代か前の先祖の名前だと聞いた。
隣は太郎衛門、次郎衛門もいたな。
みんな適当に付けているみたいだった。

697 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 21:45:40
もちろん本当の職名ではありません。しかし、職名に由来するものです。
「・・衛門」というのは、要するに門番の職名ですな。
門の右を守るのが右衛門で、左が左衛門。

官職を得ないのに官職や官職らしき呼び名をつけることは、
一般に広く行われたのです。今から見ると可笑しな感じですね。

698 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 02:29:05
100%日向です。間違いありません。

699 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 03:11:59
>門の右を守るのが右衛門で、左が左衛門。

プ ヴァカ丸出し

700 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 03:18:36
>>695
あんたお武家さんかい。だったらしょうがないが。
今でも田舎行きゃ、そういう屋号で呼び合ってるところはあるよ。
○兵衛さんちだの、○右衛門さんちだの。苗字よりもそっちを使う。
○○屋だけが屋号だと思ったら大間違いだよ。
家号と書くべきだろうな。

701 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 04:24:20
漢字伝来以前の天皇の名前は当て字なの?

702 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 04:35:54
天皇に限らず当て字が多い。
神武の場合、伊波礼毘古と一字一音で当てる『古事記』は論外として、
『日本書紀』は磐余彦で一応筋が通っていそうだが、例えば
崇神・垂仁の五十瓊殖・五十狹茅などは当て字で、しかも
イの音に二字使っているため、『古事記』より字数が多くなってしまっている。

703 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 05:49:46
昭和まではわかる
でもどうして雅子様のような帰国子女を嫁に迎えたんだろう。
皇室といえば外国を毛嫌いするのに

704 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 07:04:38
雅子に様つけるな、ボケ

705 :名無的発言者:2006/05/28(日) 07:10:01


国際社会で海外を毛嫌いする一族が日本の象徴では困る。
で雅子さんを導入。

結果は哀れ。。。

706 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 07:25:43
今から新たな古文書が見つかる可能性はないのか
仁徳稜は調べてるの?

707 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 07:37:57
>704
雅子妃殿下に対して無礼をはたらくな! 貴様は層化か!ホロン部か!それとも 非国民か! この国に文句があるならキムブタ将軍さまの靴でも舐めて媚うっとけ!

708 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 08:25:18
荒れてるよー。

709 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 09:54:07
雅子イラネ。わしらと同じただの平民じゃん。激しくイラネ。

710 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 10:39:44
工作スンナ。

711 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 10:47:13
スレ違いになっていないか?みんな、

712 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 16:29:14
>>706
古墳時代の陵墓に墓誌や木簡等が見つかった例はないよ

713 :日本@名無史さん:2006/05/29(月) 17:28:54
>>712
見つかったけど、敢えて公表してないって事はないのか?

714 :日本@名無史さん:2006/05/29(月) 18:27:33
神々しい陛下がおられる。お前エラ賎人も皇民でいられる。

715 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 00:50:50
ドラえもんの役職は何?

716 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 00:58:17
纏向土着。


717 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 10:23:23
160 :名無し象は鼻がウナギだ!:2006/05/30(火) 10:00:54
http://www.rurubu.com/pref/index.asp?KenCD=45
「貝の道」は沖縄→西九州→北海道のルートであり
おそらく西九州人が中心的役割を担っていたと考えられる。
従来、黒潮文化圏などという妄想が蔓延っていたが
どうやらそういったものは存在しないと考えられる。


161 :名無し象は鼻がウナギだ!:2006/05/30(火) 10:08:53
沖縄→高知→紀伊→関東という
そういう文化は一切存在しないとみてよい。

この妄想でっち上げ野郎はw?

718 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 22:03:33
>>685
アマやアメと言う名前は道教とは関係ないような気がするが・・・

>>688
私はただ単に仮説を述べてるだけなのになぜそんなにやっきになって
否定するのかわからない。そんなに北九州から畿内に遠征したという
仮説を述べるのが嫌なのかね?それなら熊襲や土蜘蛛が政権を取ったという
仮説も述べるのが嫌だというのも筋が通るな(笑)
古代史にはいろいろな仮説があってもいいはずだと思うが
これ以上は荒らしと思われると嫌なのでここまでにしておくが
仮説はいろいろあってもいいと思う。そして遺跡等古代の痕跡が
発見されて仮説の一つが真実だとわかるまでは仮説はどんどん
述べられるべきだ

719 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 22:13:50
教えて欲しいんだけど、千家さんってなんでその名前になったん?

720 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 22:19:02
>>1 神武天皇の名前がカムヤマトイワレヒコというので、奈良のイワレ地方
出身という説があるな。


721 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 23:04:33
「天」を現す言葉で「アメ」「アマ」と発音するのは日本とインド南部ぐらいだけらしい。
もしかしたら南インドからの移民かも(古代にはマラッカ海峡を通る海上貿易ルートがすでにあったらしいし)

722 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 09:06:49
《天皇がやってきたと思われる韓国の写真》
http://photo.jijisama.org/OldKorea.html



723 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 11:08:21
宇宙人(月?)説 地底人説 ムー大陸説 

724 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 13:49:25
>>718
支持するよ。
個人的には、面白いし可能性もあると思う。
九州は有力な地だし、何か有ると思うのが普通だ。

725 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 17:46:49
やれ霧島だ、やれ高千穂だ、に天孫降臨の地が点在してるってことは
普通に九州の諸勢力が東征しったってことで良いんジャマイカ?

726 :日本@名無しさん:2006/06/01(木) 00:06:38
ヤコブ=クフ王=天穂日命

727 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 01:23:50
熊襲/土蜘蛛/隼人討伐≒西南戦争

歴史は繰り返す。

728 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 02:24:51
古代の天皇家が妃を朝鮮に求めたという記録は全然無いから朝鮮とは何の
関係も無かったのだろうな。

 桓武天皇の妃は百済の10世でそれが唯一の半島との関係とされている程度
だ。


729 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 21:03:24
古代の半島の文化的影響と
天皇の起源は別では

730 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 21:07:24
>>717
古い地名(ミトなど)や古社の分布をみると
黒潮を経由した文化の伝播はあったと思えますが

731 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 21:12:22
>>689
うむ、ソースなくともその説は同意できる

732 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 21:16:16
>>674
幽界を司る神だからです

733 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 22:45:55
>>725
ところが天孫系は圧倒的に本州に多いという
パラドクス

734 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 22:53:55
軒先貸して母屋乗っ取られたんだろw形質学的にも史観上も。

735 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 22:57:34
五十鈴、五十猛の子

736 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 01:57:30
>>688  平原とかの特定個人墓は「王」の墓とする説が今では多数説では?
特に平原は、あきらかに太陽神信仰が認められるから、まさに「アマテラス」
の系譜につながる王族だと思う。

私は、平原遺跡の被葬者は、天皇家に繋がっていると考えています。
九州の王族が神武東遷のように畿内を支配したという流れは、歴史書(記紀)に
あるとおりで、それは事実を反映したものだと思います。

737 :がいやまん:2006/06/02(金) 05:44:09
>>736
丹後に降臨するニギハヤヒは、風景的に唐津と似通ったところでもあるし、籠神社漢鏡が
背振山脈東南麓を中心に分布しているところから平原被葬者以前に東遷したのでは
ないかと思われる。平原の特大国産鏡が動くということは王権の移動を意味することで
あろうが、記紀によるとこれが行われるのは仲哀天皇の御宇となっている。ちなみに、
ニギハヤヒはハヤヒワケ、つまり、肥前、筑後方面の国の支配者であったのではない
かと思われるが、これが何らかの事情、考えられることは鉄の需要先としては近畿以東
が九州よりも需要が大きいということなどがあったのだろうか。あるいは、近畿を中心とし
た勢力が成立し、プルの力が働いたのであろうか。古墳建設は奈良県東南部から始まり、
大和朝廷が生まれる。

738 :がいやまん:2006/06/02(金) 06:09:41
当時は万世一系の王統などという思想が流入するのよりは数百年早く、どちらかと
いえば文化の中心地が九州から近畿に移ったということだろう。伊都国県主イトデ
が韓国ウルサン出身であると仲哀に誇らかに表明しつつ鏡を渡しているという事実は
新羅が朝鮮人の国と考えればおかしいが、東夷文化のターミナルというのが現実で
あり、朝鮮半島は漢四郡、東夷三韓が表層にあり、下層に朝鮮原住民がいる状況
かなと思われ、例のイトデが朝鮮族であった可能性は低いのではないか。

739 :がいやまん:2006/06/02(金) 06:48:38
倭人伝によると京都所司代、六波羅探題のような感じで率という官職が伊都国に
おかれたというが、以前からも帥升といったよく似た名前があり、後年大宰府の権の
率となるようなものがあったのかもしれない。葛城の率彦なんていうから筑前守の
ような官職となったのだろうか。
http://www.town.kanda.lg.jp/kankou/rekishi.html
古墳からすると、この辺の出身者であったのかもしれない。

740 :素人さん:2006/06/02(金) 10:06:46
駒ヶ岳と言う名の山は北陸・中部以東にありますが、夷征伐と関係がありますか?

741 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 00:02:57
いろいろな文化伝搬ルートが提出されているが、その意味するところは、現代人が思っているよりも
遙かに高いレベルの情報や物流のネットワークが張り巡らされていたということではないでしょうか。

742 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 01:06:31
歴史博物館によく居る弥生人のリアル人形見たら
現代のホームレスが知的に見える件。
古代人は我々現代人や中世の人間よりも野蛮であり
遥かに低いレベルにあることは間違いない。
海賊行為や人間狩り、生首、奴隷、首狩、を良しとした
世界がいかなるものか、乱世が常世である時代なら
なおさらに逃げ出したくなる。
あー皆が協力しあい守られた領地は何処や?

743 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 03:02:51
古代人なめんなよ?

744 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 13:25:13
>>724
私は貴殿の支持に感謝する。どうも私もつい我を忘れて
低脳な書き込みをしてしまったようだ。申し訳ありません
このスレでは熊襲・土蜘蛛王朝に関して話をしていきたいと思います

熊襲や土蜘蛛はもしかしたら卑弥呼の邪馬台国を滅ぼして新王朝を
作ったのではないか?そして神武東征はおそらく倭国大乱で畿内に
逃れた邪馬台国の一派だったのではないだろうか。おそらく
熊襲・土蜘蛛王朝が半島に進出したので高句麗が畿内朝廷と
手を組んで滅ぼした可能性があると思う

745 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 21:21:09

天皇はポリネシアから来た。

今、世界フシギ発見でやっているが、数千年前の人類はカヌーなどの丸太船などで数千キロの航海ができたことを証明している。

746 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 05:59:58
>>744
考古学には詳しくないが、仮説は沢山立てた方がいいと思う。
個人的には、卑弥呼が天照大明神になったのではないかとも思っている。
邪馬台国の一派が畿内に逃れたとすれば「邪馬台国」から「大和」へと
変化した事も考えられるし、その場合、かつて邪馬台国の女王だった
卑弥呼がアマテラスになった事も考えられる。
現実には、卑弥呼は「親魏倭王」であって、神様でもなんでもなかった。
その生々しい現実を誰も受け止めたがらない可能性もある。

747 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 06:50:22
仮説以前にデータを正確にかつ大量に集めて
判断してくれ。

よく、学者や素人研究家がやりがちなことで
データ、伝承軽視して拙い知識と
感覚、思いこみだけで説を構築すること。

土蜘蛛、熊襲征伐の話は邪馬台国、ヤマト政権黎明期の
重要な事件なのでここを研究せずして
この時代を語ることは絶対にできない。

にも関わらず研究家、学者はあえて
無視しているとさえr感じられる。
伝承、遺跡は数多くありとても無視できる事件ではないはず。



748 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 12:20:26
>>746
記紀には邪馬台国の記述が乏しいのでアマテラス=卑弥呼というのは
なかなか結論づけられないが卑弥呼や台与が死後神聖化されて
女神になった可能性はありえよう

>>747
貴殿の言う通りだな。日本や中国の文献のみに頼らずデータや伝承なども
検証してみたいと思う。古田氏の九州王朝論が叩かれたのも
こうしたデータや伝承を無視したからかもしれない

749 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 20:30:55
古田氏の九州王朝論は、魏志倭人伝の文章の読解としては極めて説得力があると思うよ。
それが真実かどうかは、幅広い情報をもとにこれからも研究を進めるべきこととは
思うけどね。

750 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 21:29:40
土蜘蛛 tuti/gumo、熊襲kuma/so、出雲 idumo<idu/kumoにはkumoという
共通性があるな。

 これを高麗コマと結びつけるような説もある。

751 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 21:32:02
映像の世紀 第11集 世界が見たJapan(明治・大正・昭和)
http://www.youtube.com/watch?v=i-Use1fzUik
http://www.youtube.com/watch?v=q5Z4xTei9C4
http://www.youtube.com/watch?v=hRoR6lWDbwI

752 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 21:36:28
百済の首都をクマナリというのも熊襲と関係があるのではないか?


753 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 22:32:05
百済の首都は
熊津 ( 日本語 読み で クマ ナリ 、 現代朝鮮語読みでウンジン )

百済は熊襲、九州の隈、地名と関係あるかも
でも熊野神社っていうのは明治以降の神社なので
スサノオ系でこれとは全く無関係なはず。
九州にスサノオ信仰はないから、
チョン臭い地域、北Qや春日市とかにはちょっとあるけど


754 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 22:33:50
百済人ってのは九州人みたいに二重まぶたで
堀の深い顔が多かったのかな?

755 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 22:51:36
その可能性はあるな、実際済州島の住人は二重まぶたが多いらしいから

756 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 22:56:54
半島と日本の先住民は動物の熊と”クマ”という言葉
と何らかの形で縁が深かったということでしょう

757 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 23:00:06
>>753

あんたって、あちこちで珍説披露してる人?
某スレの120とか。
(http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1145427487/l50)
何か似てるよ。

758 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 16:41:00
>>755
済州島は、古代には南方系が多かったんじゃないのか?
その後混血して薄顔になったんだと思ったんだが、勘違いか?

759 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 17:02:54
南方から日本に入るルートの一つに済州島はあったのだろう。

江南辺りから対馬海流にのって済州島着
そこから対馬・九州へと直接朝鮮半島を経由しないルートもあったんじゃまいか?
徐福伝承地は朝鮮では唯一済州島だけなんだろ?可能性大だな。

760 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 17:15:49
済州島は建国神話に倭人が出てくるしヤマタノオロチ類似の
龍退治のはなしもある。江戸時代の報告では日本の歌を歌って
いたとあったり、海女が半島で唯一いる場所でもある。


761 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 20:03:32
済州島が日本領になると済州島出身の在日を送り返せなくなっちゃうね。

762 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 21:06:37
チョンが対馬を勝手に自領といっているのだから済州島は日本領と言ってもいいんじゃないか?



スレ違いでスマン

763 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 09:54:57
>>759
済州島は南方系の渡来があっただろうよ。
http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/5/5-26.html

>>761
国民意識よりも民族意識の方が強いのが、中国・朝鮮人の不気味なところ。
仮に済州島民とルーツが一緒でも、同じ国民にはなりたくないよ。

764 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 09:24:02
>>742
弥生時代に首狩なんてないでしょう。

765 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 10:53:33
>ヤマタノオロチ類似

この話は九州にはないスサノオ伝説だから
本州の日本人(非倭人)が移りすんだのではないか?
出雲系か?


766 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 11:56:07
>>765
八頭八尾やそれに関係する民族は、この本にカナリ詳しく載っている、読んでミソ。(高いけどね)
http://www.hachiman.com/books/89350-380-4.html(八幡書店)

    A,,,,A.   A,,,,A
    (・∀・)  (・∀・)ニヤニヤ
  A,,,,Aヽ |A,,,,A/ /
 (・∀・)  (・∀・)ニヤニヤ
  A,,,,A\ A,,,,A へ A,,,,A
 (・∀・)ニ(・∀・)へ(・∀・)ニヤニヤ
  A,,,,A//( (
 (・∀・)   ) )
      (  (
      (_,二ニニ>

    ヤマタノオローチ






767 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 12:06:48
>>764 吉野ヶ里?の首なし骸骨は有名だ。


768 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 14:04:09
>>767
首を切断された捕虜とかじゃないのか?
平時に首は狩らんよぉ。

769 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 14:47:15
チャングムで倭寇が済州島を襲ってた。
倭将が白村江時代の甲冑で、賊兵が文禄慶長の雑兵姿で、
羽織袴の明治の右翼壮士・閔妃暗殺団の姿の倭寇まで盛りだくさん
よく知ってるなぁ、日本のこと

770 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 16:20:28
そりゃそうだろ、在日もいるし、
かつての日本領なんだから

771 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 18:12:02
>>770
そういう意味じゃないと思う。

772 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 18:19:26
>>768
平時もなにも首狩には変わりないでしょ?
戦勝したら敵兵の首でも狩って凱旋したんじゃまいか?
敵将の首が高禄になったかどうかは知らんが
戦国時代も同じで首狩全盛時代だよ。

773 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 18:24:11
朝鮮は日本に同族意識があるし、明らかに顔にてるし
日本人(特に東日本人)のより目遺伝子はおそらく
半島と共有されたものだし


774 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 18:26:16
信長も敵将の髑髏を漆塗りにした盃で酒を呑んでいたらしい。


775 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 19:06:56
信長の野蛮

776 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 20:20:11
http://news20.2ch.net/test/read.cgi/news/1149675570/l50
縄文・弥生時代にありそうなスレ

777 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 20:38:55
>>773
いままで苛められ過ぎて、何か逆恨みしてない?

778 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 20:44:09
>>772
それを首狩りとは言わんでしょう。
戦場で敵の大将の首を取るのは、首狩りじゃないでしょう。
突然草むらから出てきて、女子供の首を狩ったりするのが、
本来の「首狩り」では?
フランス革命時の「ギロチン」の嵐も首狩りじゃないよ。
古代中国では、羌族や南方人が生贄にされたりもしていましたよ。
首をはねられたりもしますが、厳密には「首狩り」じゃないんじゃ?

779 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 23:13:50
首狩りの定義をきちんとしてちょうだい

780 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 06:12:02
>>779
【首狩(り)】宗教的儀式のためや手柄を確認するために、敵の首を斬ったこと。
(『新明解国語辞典』)

うーん、やっぱり首狩りか?
個人的には「捕虜の処刑」などを目的にする場合は、「首狩り」にはあたらない
ような気がするんだが、「史学的」にはどうなんだろう?
戦場では「敵を殺す」目的で、首をバッサリという殺害手段を取っただけのよう
に思うが。
これだと、始皇帝なんかも首狩りしていた事になるね、宗教的儀式が目的だから。

781 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 09:43:23
>>773 日本には朝鮮顔という言葉があるように朝鮮人に似た顔もあるが、
あまり典型的な朝鮮顔がいないために珍しい顔として朝鮮顔という言葉が
存在するのだ。<丶`∀´>


782 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 19:31:47
首狩りというのは部族争いで勝った部族が負けた部族への見せしめにやったんじゃないの?

783 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 20:43:55
>>782 ニューギニア高地の首狩り族の話では敵の勇猛さを称えて一体化するために
首を狩っていたらしい。いや、首狩りでなくて食人の話だったか。


784 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 22:30:07
>>783
台湾原住民の「出草」なんかもそのタイプかな?
食人なんかはしなかったようだが。

785 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 01:40:09
>>756
クマソの熊は、後代の音を重視した当て字であって、動物の熊とは関係無い。
あまり充てられている漢字の意味を重視しないように。音が大事。

786 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 05:49:13
漢代の発音では、何と発音しますか?

787 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 16:56:28
天皇は日本に商売に来た華僑のボスと土着有力豪族とのあいのこ

788 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 17:06:50
高天原から北朝鮮

789 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 22:48:39
『日本書紀』だって、前半は中国人が漢文で書いてんだよ。
その後、日本人(倭人)が下手くそな中国語(漢文)で書き足しのだ。

だからアレは、疑惑に満ちた日中合作のインチキ歴史書なのだ。
日本人がどこから来たかについては、中国人に聞けば解るだろう。

790 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 22:53:46
>>789
『日本書紀の謎を解く−述作者は誰か』森博達

791 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 20:57:42
天皇がこれだけのスペックならいいな。以下、『七つの威力』を羅列。
@人間の1000倍のパワー(400トンの物体を持ち上げる)
A走る速さはマッハ1(時速1200km)
B垂直に60mのジャンプ力
C皮膚の硬さは鋼鉄の100倍(6000度の超高熱に耐える)
D視力10(50m先にある1ミリ四方の物体に書かれてある文字が読める)
E10km先の猫の鳴き声が聞こえる
F反射神経速度は人間の30倍以上



792 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 00:08:30
なんかのヒーローモノかロボットですか?

793 :日本@名無しさん:2006/06/11(日) 02:21:40
あめがついいていたのは、天孫降臨族からきていたんだ、ということは
日本書紀、古事記のあめはすべて、天皇または、王様の子孫の名前

794 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 04:57:18
132 :天之御名無主 :2006/06/12(月) 04:42:17
846 :日本@名無史さん :2006/05/24(水) 00:40:12
家系図=血が繋がってるって判断するのもどうと思うぞ。
そもそもその家系図ですら大体において怪しいものばかりなんだから。
家系図に一箇所でも嘘偽り、間違いがないとでも?


851 :日本@名無史さん :2006/05/24(水) 00:43:06
まあ、正直地方に土着した源氏は全部怪しいよなww


133 :天之御名無主 :2006/06/12(月) 04:42:57
現在の天皇なんて、歴代天皇の血なんて、ひいてないだろな。

鎌倉時代〜江戸時代にかけて、天皇家の血筋なんて没落してるよ。

明治維新の時に、長州の土民が、天皇家を簒奪した家が続いてるって事だよ。

795 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 04:58:19
130 :天之御名無主 :2006/06/12(月) 04:40:08
今の天皇は明治時代から万世一系。

幕末の天皇だった、孝明天皇は、徳川政権(徳川幕府)を支持し、頼り、
このままでは倒幕は不可能だった為、倒幕派の薩長人・公家らに、孝明天皇と皇太子は毒殺され、
共同体の徳川幕府滅亡と共に、皇統は、そこで断絶した。

明治天皇は、長州藩から連れてきた、なんとかという人で、
一応、自称・南朝天皇の子孫という事になっているが、養子の為、天皇の子孫ではないらしい。


ここの20番台

http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/h_index.html


131 :天之御名無主 :2006/06/12(月) 04:41:02
系図が意味しているのは、「天皇家」に、各時代にそういう人物が居て
天皇家の〜代目を引き継いで、その〜代目+1代目を引き継いだって事で
「神武天皇」と「現在の天皇」の血が繋がってるって事を証明するものではありません。

そんなの、その辺りにいる乞食が「私は清和天皇と血が繋がっている」って言い出すのより、
10%くらい信憑性が高くて事実っぽい事を述べているに、すぎないよ。

いくら信じろといっても、
「血が繋がっているw」しかも「2600年以上も前の人物と血が繋がってるw」

なんて、こんなトンでも電波飛ばされたら、あまりの衝撃波で吹っ飛ばされそうになったよ。
しかも、それを証明するのが、たった1枚の「家系図」なんてねw

796 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 04:58:53
132 :天之御名無主 :2006/06/12(月) 04:42:17
846 :日本@名無史さん :2006/05/24(水) 00:40:12
家系図=血が繋がってるって判断するのもどうと思うぞ。
そもそもその家系図ですら大体において怪しいものばかりなんだから。
家系図に一箇所でも嘘偽り、間違いがないとでも?


851 :日本@名無史さん :2006/05/24(水) 00:43:06
まあ、正直地方に土着した源氏は全部怪しいよなww


133 :天之御名無主 :2006/06/12(月) 04:42:57
現在の天皇なんて、歴代天皇の血なんて、ひいてないだろな。

鎌倉時代〜江戸時代にかけて、天皇家の血筋なんて没落してるよ。

明治維新の時に、長州の土民が、天皇家を簒奪した家が続いてるって事だよ。

797 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 07:34:20
概ね親戚同士で家系を維持してきたんじゃないかと思うが、「万世一系」か
どうかは判らん。判らんがしかし、「系統」(民族)は同じじゃないかと思うのだ。
外国人がいきなり来て天皇になるなんていうことは、易姓革命が起こってない
ことなどから無いと思われる。天皇家は土人系(概ね弥生系)だと思う。

798 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 00:32:20
万世か。久しぶりに水道橋にいってみるか。

799 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 08:48:01
万世のすき焼きは子供の頃よく連れて行ってもらった。
そんな漏れもいまはパーコーメン。

800 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 23:29:03
万世って何屋です?

801 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 01:20:44
平民の血を入れまくってるのに男系だの拘ってて笑えるんだけどw

802 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 10:20:03
日本語のような母音言語は世界広しといえども
他にポリネシア系かハワイ系しかないらしい。

平安貴族の通い婚も南方系習俗。

803 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 11:30:51
万世がダメなら750年ごろに決めた国号日本を一貫して使っている
まれなく国。  日本自慢はダメ?

古朝鮮・楽浪・三国・新羅・渤海・高麗・朝鮮・大韓帝国・大韓民国
周・秦・漢・東晋・宋・隋・唐・明・清・中華・・・

804 :日本@名無史さん:2006/06/19(月) 13:31:10
           秋田から来ました
                     ''';;';';;'';;;,.,                
  やっと離れられる、         ''';;';'';';''';;'';;;,.,   秋田から来ました
      3年間はちょっと・・・       ;;''';;';'';';';;;'';;'';;;   ザッザッザッザッ
                        ;;'';';';;'';;';'';';';;;'';;'';;;
       目の前に来るな        vymyvwymyvymyvy     顔を出さないように
                      MVvvMvyvMVvvMvyvMVvv、
 秋田の土は           Λ_ヘ^−^Λ_ヘ^−^Λ_ヘ^Λ_ヘ  山奥で一生過ごすんだ!  
 二度と踏むんじゃねぇぞ   ヘ__Λ ヘ__Λ ヘ__Λ ヘ__Λ
               __,/ヽ_ /ヽ__,.ヘ /ヽ__,.ヘ _,.ヘ ,.ヘ
     /\___/ヽ    /\___/ヽ   /\___/ヽ  /\___/ヽ   
   /ノヽ       ヽ、/ノヽ      ヽ、/        /ノヽ      ヽ 秋田から永久追放
  / ⌒''ヽ,,,)ii(,,,r'''''' :::ヘ/ ⌒''ヽ,,,)ii(,,,r'''''' :::ヘ⌒''ヽ,,,)ii(,,r'''''/ ⌒''ヽ,,,)ii(,,,r'''''' :::ヘ
  | ン(○),ン <、(○)<::| ン(●),ン <、(●)<::|(●),ンii<(●:| ン(○),ン <、(○)<::| 
  |  `⌒,,ノ(、_, )ヽ⌒´ ::|  `⌒,,ノ(、_, )ヽ⌒´::::l⌒,,ノ(、_, )ヽ |  `⌒,,ノ(、_, )ヽ⌒´ ::l 
  ヽ ヽ il´トェェェイ`li r ヽ ヽ il´トェェェイ`li r;/ il´トェェェイ`li ヽヽ il´トェェェイ`li r ;/ 
  /ヽ  !l |,r-r-| l! ::/ヽ  !l |,r-r-| l!  /\ l |,r-r-| l!/ヽ  !l |,r-r-| l!   /ヽ 帰って来るな
 /   ヽ、`ニニニ一'/   ヽ、 `ニニ´一/   \'ニニ'-/    ヽ、 `ニニニ´一"  \ 
          
   会ったら殺す   いじめられた分強くなったべ   いつもの声で男ひっかけんなよ
              俺たちに感謝しなさい
   秋田から来ました                       秋田から来ました

805 :日本@名無史さん:2006/06/19(月) 15:17:29
天皇は高天原から来たのに決まっているだろう。奈良に高天という地がある。



806 :世界@名無史さん:2006/06/19(月) 16:01:23

天皇は高天原から急に沸いて出てきたとでも????


807 :日本@名無史さん:2006/06/19(月) 17:24:28
天皇家はアフリカから着ました。

808 :日本@名無史さん:2006/06/19(月) 18:27:10
>>795796
珍説電波広げようと必死だな。
まず、まわりが皇族だらけで固めてるなか一人だけ替えてばれないにアリエマセン。
さらに大室は南朝です。
最近は必死にそれも違うと伝言や空想から歴史を想像してるみたいだね。


809 :日本@名無史さん:2006/06/19(月) 18:44:18
これはまた凄い未来へのレスだな

810 :日本@名無史さん:2006/06/19(月) 19:47:13
天皇家のDNAとかいう本読んだけど

日本人とチベット人だけがナンタラミトコンドリアの量が目立って多いらしいな

30%も占めるらしい

どうやら天皇家もチベット発祥かもしれん

811 :日本@名無史さん:2006/06/20(火) 00:06:18
>>808
スレが実況以外の進みの遅いところで795796レス進むのに何年かかると思ってるんだ。

812 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 15:51:06
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    | おにぎりわっしょい!
    |________________________


813 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 18:22:39
結局ホントはどこから来たの?

814 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 19:00:26
マムコ(≧▽≦)

815 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 20:07:59
実はどこからも来ていない。
なぜなら、来てから天皇家になったわけで、来る前は大王家ですらなかったから。

816 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 20:42:59
>>810
チベットならそれはそれでいいな
奥が深そうでなおハクがつく、朝鮮と違って。

817 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 03:55:21
朝鮮と違って

818 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 04:31:29
英国に戦をしかけ、幕府や新政府に立向かった薩摩隼人
時代を創世するパワーが桜島にはある。

神武・祟神は南九州隼人の出、そう日向棚。


819 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 06:17:32
>>818 鎌倉幕府を作った関東の源氏や織田豊臣徳川幕府を作った尾張、三河
人も時代を創生するパワーを持っていたが。


820 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 06:42:57
記紀にも「日向」と記されている、関東、尾張や三河はその点論外。


821 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 10:28:54
はたして、
天皇家はどこから来て、そしてどこへ去っていくのでしょうか??

822 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 10:49:00
>>821
過去から来て、未来に去っていきます。

823 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 11:17:55
天上界

824 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 15:42:26
>>821
パワーバランス的には、半島から来てルーツは北方系にされるだろw

825 :日本@名無史さん:2006/06/23(金) 14:54:30
マジレスすると天皇家は
朝鮮系らしい。顔の形もなんとなくそんな感じ
するし

826 :日本@名無史さん:2006/06/23(金) 17:41:20
>>825
燃料投下乙
つか、そもそも朝鮮系自体が何処から来たのか不明だろがw

マジレスすると、現在の朝鮮系は古代の半島在住民族にモンゴル系や
漢民族なんかが混じりまくった雑種だから、古代の朝鮮半島の民族とは
別物だよ。

827 :日本@名無史さん:2006/06/23(金) 17:47:53
>>825 朝鮮顔も東西南北で相当違うそうだが、朝鮮のどの地域の顔なのだ?


828 :日本@名無史さん:2006/06/23(金) 19:10:03
5世紀前半の男狭穂塚や女狭穂塚がニニギやサヤクヤヒメの古墳と聞くと
ああやっぱりなと思うよ。
大和の大王となる人物がそこから出たんだよ。そう日向棚。

829 :日本@名無史さん:2006/06/24(土) 01:38:41
>>828
中央から天下る

土豪と結び繁栄する

数代後に帰京

大王に就任

過程を省略しまくりだが
このケースで日向はアリでしょう。

830 :日本@名無史さん:2006/06/24(土) 02:32:40
>829
国家一種の出世パターンか?

831 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 18:48:35
天皇家は半島からきました

832 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 19:35:59
>>831
寝言はいいから、
泊のネットカフェ『じゃんじゃん』は
いつから営業再開するの?
教えてたもれ。




833 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 20:43:57
>>831 半島南部の任那日本府出身かも知れないな。


834 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 20:50:35
寝言はいいから、
泊のネットカフェ『じゃんじゃん』は
いつから営業再開するの?
教えてたもれ。


835 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 21:18:47
あした

836 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 14:13:32
アマテラスは弟をはじめいろんな男とヤリまくって子供ボコボコ産んでんでしょ
紫式部が見てた乱れた夜這いの世界の皇后や皇女とおんなじでオヤジが誰かわからん子の血筋で男系は意味無いんじゃないの
そもそも昔の日本は母系社会で旦那がかみさんのとこへ通い子供もそっちで育てたらしいじゃん
オヤジが判らないからはっきりした女系で血筋をみたんちゃうか
だからこそつくり話の神話でも天皇の祖先は男の神じゃなくて女の神にしたんだろ


837 :日本@名無史さん:2006/07/03(月) 02:30:40
>>836
男系一族っていうのは、かならずスタートは1人の女性になるんだよ。

中国の古い姓は、姫とか姜とか「女」が付くのもそういう理由による。


女−男−男−男−女

というつながりなら、最初と最後の女は男系一族に含まれるよ。

だから、先祖はアマテラスまでが同族。アマテラスの親は別の族になる。

また、下も愛子までは同族、愛子の子は別の族になる。

838 :日本@名無史さん:2006/07/03(月) 19:02:14
日本としては究極の構造改革だな

839 :日本@名無史さん:2006/07/03(月) 19:27:48
改革は+の成果が期待できのならやるべきだが
史ヲタの探究心だけを補うのならやんない方がマシ。

840 :日本@名無史さん:2006/07/03(月) 19:29:14
>>837
今日を生きるすべての人は男系でどこまでも続いている
その中でどこで切ってもスタートの1人の女性になる
確実に言えるのは天皇はアマテラスという人間じゃなものの子孫と騙っていること
真に誇ることができる確実な家系を持っていれば空想の生き物を先祖にする必要がない
真の先祖を語りたくないから嘘を騙ったのだろう
先祖がどこから来たのか知られては困るから空想世界の生き物を先祖と偽った
真の先祖は子孫の天皇に疎まれ唾棄されている。かわいそうに…

841 :日本@名無史さん:2006/07/04(火) 18:18:40
天皇家の本当の先祖は日本では下賤の輩と見られていたんだろう
だから誇ることのできない本当の先祖を敬わず捏造した先祖とその仮想先祖の捏造の活躍譚を創作する必要があった
時代が進み科学的に天皇家の嘘がわかり民衆のレベルが上がってきたとき
「先祖は神でした」との嘘は通用しなくなり「じゃあ本当の先祖は?」との声を圧殺し
疑問を持たなくするために職業右翼の暴力を使う「天皇に疑問を持つな、天皇批判派タブーだ」
大日本帝国と違い日本国には天皇という制度はあるが「天皇陛下」など居ない
日本国には2つの身分がある
国の意思決定権をもつ主権者の国民と国民に従い国民に指示され国民のシモベとして国民に仕える天皇だ
天皇はご主人様の国民に逆らえないし、もし国民の不評をかえば国民投票で天皇は廃棄される
だから右翼を使って暴力で黙らせる、もしかしたらネットでも天皇批判をかわそうと活動しているかも
どんな人も物も制度も褒め称えられてばかりでは良くならない
批判され直されながら良くなっていく
時間と手間をかけても物事を議論するのはより良いものを求めるためだ
日本では反対意見を言うと時には地位を失ったり危害を加えられることもある
でも自分のことを省みず反対意見を言う人が進化と発展を生む
天皇を称え批判を認めない人達は生まれた所が日本でなければ
将軍様を称えたりスターリンを支持したり毛沢東の言葉に従い文革に走るんだろう


842 :世界@名無史さん:2006/07/04(火) 18:20:22

改革しなくても自然に滅亡するだろうが、この一族は。

すでに、断末魔だろ。。。

843 :日本@名無史さん:2006/07/04(火) 18:22:39
イギリスなどのヨーロッパの王族みたいな感じで存続させていけば
いいんじゃないでしょーか。

844 :日本@名無史さん:2006/07/04(火) 18:30:17
>>825

明治時代の男子皇族は、コテコテの縄文顔ばかりだよ。
嫁さんは、同じ顔ばかりを選んだようだけど…
↓ ↓ ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓
http://yushodo.co.jp/pinus/61/meijiphoto/photom2.html

845 :日本@名無史さん:2006/07/04(火) 18:34:23
>>844

皇族は先祖代々「公家顔」というのは大嘘で、写真の登場しなかった
江戸時代までは、縄文顔が多かったと見ている。
明治になって写真が普及したために「高貴な公家顔」ではなく、色黒の
縄文顔であることがばれてしまった。
その為、同じような薄い顔(いわゆる上品顔)のお妃ばかりを選んで
嫁さんにしたのだ。
その結果、大正、昭和、平成と続く薄顔傾向が生まれたと思っている。
美人の基準が変化したので、それに伴って、皇族の顔も南国風に変化
していくのではないかと思っている。

846 :世界@名無史さん:2006/07/04(火) 18:49:01

縄文顔と言うより、みんな、鬱ってるな。。。

仮面顔。。。

847 :日本@名無史さん:2006/07/04(火) 18:56:40
くせ髪が多いのは意外でしょう。

848 :日本@名無史さん:2006/07/04(火) 20:53:32
>>845
説得力もなければソースもない空想
天皇家の騙る皇祖神と同じで説得力も事実もない
天皇家は意図的に騙そうと企んでいるからタチが悪い
知られて困る先祖の隠蔽が神の子孫と騙ること

849 :日本@名無史さん:2006/07/04(火) 21:01:14
そんなの決まってるじゃないか。
九州の邪馬台国を追い出されたて逆切れしたのが神武で、その子孫(混血しまくり)
が現在の皇室だよ!

850 :日本@名無史さん:2006/07/04(火) 21:04:15
>知られて困る先祖の隠蔽

だからそれは、先祖が神様じゃなくて「親魏倭王」なことだよ。

851 :日本@名無史さん:2006/07/04(火) 21:28:05
真の大王家(オオクニヌシとか蘇我大王家)から下賤の身分で信託者とかで近づき
王位を簒奪したのが天皇家の隠蔽したい過去で
先祖は空想上の生き物の「神」だと法螺をふく
真の大王家の歴史書を燃やしその内容までパクリ記紀を捏造した

852 :日本@名無史さん:2006/07/04(火) 21:36:37
秋田県立大および偽皇室のオウム殺人犯罪容疑
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/soc/1137727591/416-423

2 名前:藤本しゅういち :2006/06/22(木) 13:54:13 ID:r/NLr5NA0
ヤバイ!!教員の●盗もうとして捕まっちまったよ!! 誰か助けて!!もうショック!!
http://school5.2ch.net/test/read.cgi/ojyuken/1151149645/

255 :非公開@個人情報保護のため :2006/06/15(木) 06:59:11
小説救急車殺人企画事件を考える
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/truck/1109449154/463-469

275 :↑しつこいキチガイ女め :2006/06/13(火) 17:08:16 ID:???
ヒットマンではなく 直接してやる。覚悟しろや。】ヒットマン ププ
http://www.akita-pu.ac.jp/bioresource/b_aisatsu.html

311 名前:実名攻撃大好きKITTY :2006/06/24(土) 19:13:31 ID:zgdswjAI0
それ俺の親友。マジショック…

188 名前:最低人類0号 :2006/06/22(木) 01:01:05 ID:2CWmvqaB
お前のせいで私の人生終わったよ。 このまま柵のついた窓がある病院で一生を終えるなんてイヤだ。
http://www.akita-pu.ac.jp/bioresource/dbe/rural/staff.html

176 :学籍番号:774 氏名:_____:2006/06/27(火) 15:34:50 ID:nPFLGkCv
●●殺人大学は、人の殺し方や死体の処理の仕方を教えている。

957 :学籍番号:774 氏名:_____:2006/06/26(月) 01:02:44 ID:8gqYcyr7
(括弧内補足:入学者激減により)来年度の収入見込みは絶望的であるがこのような状況化においても
学生の募集を続けていることは、学生の将来を無視した、学長の自己中心的な判断だと言える

601 名前:名無しさん@ゴーゴーゴーゴー! :2006/06/26(月) 16:17:18 ID:ZaBaB4mj
まぁ、警視庁が動き出したってのは事実でしょ 事実出ないことをブログにのせる奴はいないし


853 :日本@名無史さん:2006/07/04(火) 22:15:03
>>851
かどうかは判らんが、ぶっちゃけどうでもいいような気がする。
ところで、歴史書は本当に燃やしたんか?

天皇家というよりも、宮内庁が悪いんだろうな。
今の皇室はまれに見るリベラルだから。

854 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 18:57:10
本当の先祖を恥に思い隠す天皇家の性根が卑しいね

855 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:02:23
今では紀記の記述の多くは事実に基づく
伝承であったと証明されています

856 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:02:59
古代にまで遡り天皇を蔑むその性格ってどうなんだろう?
普通に女々しく粘着質で気持ち悪いよね、まるでryみたいwww

857 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:04:46
>>845
明治、大正、昭和とみるに
南方の島の酋長顔。

858 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:07:14
なんで本当の先祖を隠して神の子孫と嘘をつくんだろう?

859 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:08:59
そりゃそうだ天皇家は呉越楚辺りの江南出身だからな!ヽ(゚∀゚)ノ

860 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:11:23

五十金 令 
フジ、藤、唐も

朝鮮出自をかくしてない?



861 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:11:36
ヲイヲイ・・・

862 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:12:49
>>855
>>855
百の記述から辻褄のあう記述を抜き出して
「この記述は信憑性があるから記紀は全て信憑性がある」
と言うノストラダムスの予言書の研究家のような馬鹿馬鹿しい説しか聞いたことない

一事が万事ではないソースをください

863 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:16:36
北の国からララ〜ラララララ〜
資金を貰い日本の国民主権を個人崇拝に変える活動してる人?
天皇批判をつぶしてまわってるってホント?

864 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:16:45
>>855
記紀を信じるよ、日向で決まり。

865 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:17:38
>>863
妄想チョン脳乙

866 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:21:50
神の子孫てそれだけ先祖が古いてことだろ。
紀記を読めば神代の人は全て神様として扱われているとわかる。
それだけ古い伝承ということ。

なんでも今の常識からだけ判断して
記述がインチキだとかヒステリックに騒ぐのは情けない。

867 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:23:57
記紀がインチキ?
インチキもあるが真実もある。
朝鮮と中国の書物、遺跡照らし合わせれば
いいだけ。


868 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:25:24
>>862
あきらかに神話に属するような記述を
ことさらとりあげて、これはインチキ書物だとヒステリックに叫ぶ
珍説は聞いたことがない、藁

869 :世界@名無史さん:2006/07/05(水) 19:25:58
>>神の子孫てそれだけ先祖が古いてことだろ。

神の子孫?

証明するものが無い!って言うか現実的に神の子がいる訳ないだろ!

妄想、空想は誰にでも出来る!

馬鹿じゃないか?




870 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:26:55
ニニギの前の天孫の歴史がありその舞台は
出雲周辺だ。ここに降臨したスクナヒコナ
高麗神の末裔が但馬方面に土着し
それが天孫と名乗り芦原中津国と呼ばれていた
九州の高千穂に降臨したのである。



871 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:28:08
ちょっと 
もちつけば?

872 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:28:45
一般の人には相当歴史が古いんだろうと納得できる
神の子孫てのがアンチにはどうしてもひっかかるらしいな

873 :日本史:2006/07/05(水) 19:29:30
日本史のサイト教えて

874 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:29:37
ニニギ系天孫は九州で隼人系(宝満神=玉依姫)と混血し
東征する。東征したあとの后は天孫系の朝鮮の氏族
イソタケル、五十金 令、天子亀井、等々の
朝鮮系の人々と親族関係を結ぶことになります

875 ::2006/07/05(水) 19:30:22
日本史のサイト教えて

876 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:32:28
869はなんか文脈も何に対して反論してるかも
あやふやで、わかるのはただ「神の子孫」という言葉に過剰に反応しているな
というだけ。

日本語の不自由な外国の方ですか?

877 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:35:59
ファビョッタヤシが一名。オモシロスw

878 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 19:51:11
明治政府が生み出した国家神道では天皇はアマテラスという神の子孫と言っている。
だから現人神であると小学生のころから教えたんだよ

879 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 20:06:49
自分の先祖のことを堂々と語ればいいのに…
なんで嘘をつく必要があったんだ?

880 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 20:08:17
それなら藤、フジ、金編のヤシらにもゆってやれ!
やしら朝鮮だから

881 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 20:19:00
ど〜せばれっこないやと軽い気持ちで嘘をつく

科学が発達し知的水準があがり嘘がばれてくる

不敬罪をつくり暴力で黙らせる

裸の王様は真実を言う人が周りにいなくなり、恥をかき続ける

882 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 20:22:29
スクナヒコナ、タカムスビノカミ等
プレ天孫氏族が広がったのは主に


883 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 20:50:34
天皇の祖先は5000万年前にシリウスからやって来た

884 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 20:55:23
天皇に疑問を持った人の書き込みがあるとすぐに現れ
天皇と個人崇拝を守るため捏造やでっち上げをしてでも自由な言論を封殺するネットウヨさんたち
ニートだと言いつつどこからか活動資金をもらってそう

885 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 20:57:17
誇れる先祖がいれば誰だって誇らしげに記すだろう

886 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 20:57:35
そのとうり!君らの真実は何時も夢の中!
(〃^∇^)o_彡☆あっはははは〜

887 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 20:59:12
君も夢の中

888 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 20:59:28
病院逝けばあ? あっははははははは〜

889 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:00:35
いいえ、夢遊病です。

890 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:01:24
何のこちゃ?
あっははははははは〜

891 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:04:10
やりすぎですよね

892 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:06:02
フジ、藤、金田一等の朝鮮氏族は?



893 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:06:07
超妄想癖なヤシが一匹いるね、傍目にマジウケル〜
今回も約一名ファビョリましたか? オモシロスw

894 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:09:24
天皇は日向からきました。間違いありません。

895 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:09:52
天皇だけでなく
一般人の朝鮮氏族も語ろうよ。
平等に語ろうよ

藤、フジ、イソタケル、五十金 令 昆、紺野、伊 達 館
唐 伊、安、 安東、金 安藤金氏


896 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:11:20
天皇は江南人です、間違いありません。

897 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:13:05
nannde

898 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:15:08
nannde

899 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:15:22
結局、九州の宝満神=玉依里姫隼人娘と結婚して
その後神武一家は東征してるからその后の苗字みれば
どこに天孫氏族が多いか?朝鮮系が多いか?
わかるんじゃない?
五十猛、五十金 令


900 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:15:58
ばかだな

901 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:16:37
机上でね かわいそうだ

902 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:16:50
>>899
どのあたりが馬鹿ですか?

903 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:18:11
馬鹿だから

904 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:20:51
ばからしい、なんの議論にもならん。


905 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:23:25
プの自作自演バレバレですニダ。
悔しかった?w

906 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:24:00
>>899読み返せ 1%の話か?

907 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:24:18
プって案外精神年齢低いのかもね、誤解していたよ俺w

908 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:27:42
おめーが圧倒的にひーくい!書く自体ひーくい馬鹿集団

909 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:28:41
予想ダニ反して本物のプから一言↓

910 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:31:21
ニダニダニダニダニダニダニダニダ!

911 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:33:17
天オタってどこのスレでも自由な言論を邪魔するんだね

天皇ってのは自由と共存できていないよね

自由か?天皇か?の二極化にならないようにしないと天皇は廃止になるよ

912 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:34:20
君も廃止になれ

913 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:37:03
そのとうり、天皇は江南から来ました。

914 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:37:47
天皇の顔を天系に変えたのは
宝満系 玉依里系の九州系ではなく
出雲系の
五十金 令 イソタケル、
フジ
系ですおもうですがな

915 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:38:29
何だココは・・・

916 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:41:05
プは完全に燃料だ、何時尽きる?w

917 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 21:43:35
sine

918 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 23:18:34
もうあきあらめろやw、日本人の99%は天皇を含め北方の方から朝鮮半島を
通ってやってきた。メリケンに金玉握られてるわりには、妄想は得意だな北方人種はw

919 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 23:58:03
初代神武天皇の生誕地が鹿児島の肝属半島にあるそうだから鹿児島出身だろう。

 もしかすると天皇は隼人なのかな?


920 :日本@名無史さん:2006/07/06(木) 09:28:52
Y染色体で見ると日本人は、渡来人対原住民が、およそ6:4の割合で混血してていることがわかる。
渡来系遺伝子のうち、他を圧倒して高い割合を示すのは、中国(大陸)起源のものである。
これは、北部漢人において最多のタイプである。


921 :日本@名無史さん:2006/07/07(金) 00:58:22
遺伝子の比率が多ければ、その系統が王族だというもんでもなかろう。

922 :日本@名無史さん:2006/07/07(金) 18:00:36
>>920
原住民たって、大陸から先に渡ってきただけでしょ。
みんなある種の渡来には違いない。


923 :日本@名無史さん:2006/07/08(土) 18:51:55
>>921
多数派が権力を奪取することは必然です。
日本もそうでしょう。縄文人の子孫(アイヌ)は、隅に追いやられました。

924 :日本@名無史さん:2006/07/09(日) 03:38:10
「いにしえ以来、その使は、中国に詣るや、自ら大夫と称す」
「大夫」いまさら説明の必要もないかと思う。
東方にいた倭人らは皇祖太白をシナに放言していた。

シナに謁見していた其のクニの連中の出自はズバリ江南とみるべきだが
天孫族も含まれるかどうかは知らん。

925 :日本@名無史さん:2006/07/09(日) 04:37:00
>>923
英国におけるケルトが、アングロサクソンの侵攻により隅に追いやられながらも
民族としての体面を今もなお保っているが、その点
日本における縄文vs弥生の一方的な構図はそもそも間違いで、
倭を基本とし主流とする他部族の呉越楚韓秦毛et・・ の
血や文化の融合が弥生〜古墳期に比較的スムーズに成されたのが
古代の日本の構図だと思う。
その成らされた聖域連合に従わなかった圏外の生き物が、
後に討伐される運命となる。

926 :日本@名無史さん:2006/07/09(日) 04:49:36
61 :食いだおれさん :2006/07/05(水) 02:02:18
石鍋だって人を包丁で刺して外国に逃げていたんだろ?
日本のいわゆる一流シェフと呼ばれている人たちの脳みそ大丈夫か?
誰かも書いていたけど、ありがたがるのがいるからイカンのだな。
所詮コックなんだから謙虚に生きれば検挙されないのだ。

927 :日本@名無史さん:2006/07/09(日) 10:19:02
>>925
縄文人の血は田舎へ行けばいく程濃く、都会には少ないと考える
中国人は多い。

928 :日本@名無史さん:2006/07/09(日) 13:36:49
縄文つぅか、中国は一重目の清モンゴロイドだらけだろw北方人種に支配され続け。
いい加減年貢を納めろよ、万里の長城は穴だらけw今の中国人は北方蒙古系。
東シナ海の猿芝居やめて、早く国に帰れ工作員。

929 :日本@名無史さん:2006/07/09(日) 13:56:53
>>927
これは本当の話。たぶん勘違いだと思うけど。
北方民族の南下などで周辺(南・西・東方)へ逃れた南方系民族が
少数民族に転落した事と、日本のアイヌがマイノリティーと化
している状況を、漠然とイコールで結んで解釈してますw

930 :日本@名無史さん:2006/07/09(日) 15:22:33
中国のルーツ的故地は、モンゴル草原草でも食ってろw

931 :日本@名無史さん:2006/07/09(日) 15:34:41
モンゴルだって??????????????

932 :日本@名無史さん:2006/07/13(木) 15:21:47
朝鮮半島でしょ

933 :日本@名無史さん:2006/07/13(木) 21:59:26
朝鮮半島のイメージが非常に最悪なのはともかく、、、
ド阿呆に席巻される前に、もう少し古代史を深く且つ多角的に研究しておくべきだったな>日本の歴史研究者


934 :日本@名無史さん:2006/07/24(月) 16:09:16
朝鮮に決まってる

935 :大室寅之スレ:2006/07/24(月) 17:00:09
>>1


た          ぶ          せ

936 :日本@名無史さん:2006/07/24(月) 17:41:16
>>932
戦後のリップサービスが効果を上げ過ぎたんだよ。

937 :日本@名無史さん:2006/07/24(月) 22:26:04
新良貴     彦波瀲武P草葺不合尊男稲飯命之後也 是出於新良国。即為国主
稲飯命出於新羅国王者組合 日本紀不見



938 :日本@名無史さん:2006/07/24(月) 22:34:56
平、藤原は、焼畑地名です。
桃源の嫌いな人は、こちらをお使いください。


939 :日本@名無史さん:2006/07/25(火) 00:05:48
イザナギとイザナミの話の起源は何処?
なんか、オルフェオとエウリディーチェに似てるけど。
もともとは同じ話だったのかな。

940 :日本@名無史さん:2006/07/25(火) 04:34:07
ふ、君達、平家の女王一族と日本の天皇一族を知らずに何を語っても無駄さ。

941 :日本@名無史さん:2006/07/25(火) 06:06:59
こりん星

942 :日本@名無史さん:2006/07/26(水) 03:43:18
平家の女王は韓国とつながりがあるようだけど、来朝はいつか分からない。
万年遡るのか数千年か3千年程度なのか。それとも彼女達の韓国との繋が
りとは宗教的な理念の度合いが大きいのだろうか?

誤解されると困るが、俺はカルトじゃない。

943 :日本@名無史さん:2006/07/26(水) 03:55:59
平家の女王ってどんなデムパ?


944 :日本@名無史さん:2006/07/26(水) 04:04:08
知らないのか?卑弥呼とは恐らく彼女の祖先なのではないかとか。
日本の一大勢力なんだが。

945 :日本@名無史さん:2006/07/26(水) 04:16:17
>>944
そらぁすげぇや!

946 :日本@名無史さん:2006/07/26(水) 04:17:11
マスコミが言わないだけで、現に巨大な勢力として女王の血統を
中心に平家的存在がいるんだよ。

947 :日本@名無史さん:2006/07/26(水) 22:11:52
今の天皇家と昔の天皇達(歴史の本に出てくる)って
血はつながってるの?

948 :日本@名無史さん:2006/07/26(水) 23:05:04
天皇の母に「父親は誰?」ときいても建前上の父親しきあ答えない
何人もの男が夜這いに来ている状態では憶測で父親が決まる
DNA鑑定なんて無い
また流産率が高いにもかかわらず天皇が父親とみなされると流産は激減
これは流産しても子供を摩り替えていたためと推察できる
天皇の子供を生みたい女と外戚になりたい権力亡者が流産しましたなんて言わない
その程度の知恵は誰だって回る

949 :日本@名無史さん:2006/07/26(水) 23:58:16
壬申の乱後
奈良時代はずっと壬申の乱に勝利した天武系の天皇だった
この天武天皇、ご存知の通り正体不明である
一説では大陸から渡ってきたとか
奈良時代はざっと
不比等⇒長屋王⇒四子⇒諸兄⇒仲麻呂⇒道鏡⇒百川
という権力者の流れになるが
この百川の時にやっと正統の天智の孫の光仁が即位するわけだ
不比等〜道鏡がずっと天武系だったということは
四子の妹の藤原光明子を妻に持つ、かの聖武天皇も当然天武系である
そんな得体のしれない奴の子孫に遷都された過去を持つ日本は…ダメだな

950 :日本@名無史さん:2006/07/27(木) 00:31:43
揚げてみる

951 :日本@名無史さん:2006/07/27(木) 10:39:19
揚げる

952 :日本@名無史さん:2006/07/27(木) 19:32:34
そろそろ次スレだなぁ〜
作ろうか?

953 :日本@名無史さん:2006/07/27(木) 21:13:03
そうだな

954 :日本@名無史さん:2006/07/27(木) 21:23:33
僧だな

955 :日本@名無史さん:2006/07/27(木) 22:19:45
艸だな

956 :日本@名無史さん:2006/07/27(木) 22:31:15
象だな

957 :日本@名無史さん:2006/07/28(金) 08:30:09
だな

958 :日本@名無史さん:2006/07/28(金) 10:03:33
社会的血縁関係

959 :日本@名無史さん:2006/07/28(金) 11:11:53
仁徳天皇より前の天皇知ってる人手ぇあげて(^0^)/

960 :日本@名無史さん:2006/07/28(金) 11:16:20
さぶっ

961 :日本@名無史さん:2006/07/28(金) 14:23:28
高天原に決まってんだろう

962 :日本@名無史さん:2006/07/28(金) 17:54:21
初めて聞いた!!ありがd

963 :日本@名無史さん:2006/07/28(金) 18:00:14
お前ら!日向だよ。

964 :日本@名無史さん:2006/07/28(金) 20:56:44
じゃあ俺は翼くんだ

965 :大室寅之スレ:2006/07/28(金) 20:57:45
>>1
tabuse


966 :日本@名無史さん:2006/07/28(金) 23:39:54


967 :日本@名無史さん:2006/07/29(土) 02:01:15
私エラ張ってるから、朝鮮系かなぁ…。

968 :日本@名無史さん:2006/07/29(土) 06:37:57
↑思ってるだけじゃなく体を動かそう!とりあえず朝鮮に引っ越してみないかい?

969 :日本@名無史さん:2006/07/29(土) 07:35:37
>>967 エラがはって、頬骨が突出して目が一重で、背が高く、体毛が薄いと
言って、朝鮮系と断定できるだろうか?


970 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 00:23:59
さくらたんのエラ画像キボンヌ

971 :日本@名無史さん:2006/07/31(月) 11:20:06
 日本に渡来した秦一族(フリーメーソン)
 秦の始皇帝は日本に自生する不老長寿の薬草を求めるために、徐福を派遣したと
あるが、本当は日本の優れた神書(天皇記など)を盗み出す事が目的であった。焚
書抗儒は日本の神書をあたかも中国の書物であるかのように書き直し、その神書を
焼却し、作業に関わった儒者を生き埋めにした事件である。四書五経、東洋医学は
日本文化の精華なのです。
 白鳳時代、朝鮮人(秦一族)の蘇我氏(フリーメーソン)によって日本は乗っ取
られ、日本の国体、神道破壊の計略にかかり、神代文字の古文献は改ざんされ、悪
魔の仏教に汚染された。
 蘇我氏(中大兄皇子は百済皇子豊璋)は政敵物部氏を滅ぼし、大化の改新によっ
て聖徳天皇(聖徳太子)を暗殺し(聖徳太子は蘇我氏の血筋ではない。高貴な天皇
家が朝鮮人を妻にしない)、蘇我氏は悪名が広がったので藤原氏と改名し、日本の
政治を牛耳った。麿と言う言葉は日本語と馴染みがなく、朝鮮王家の人が使した王
(自分)と言う意味である。
 藤原氏は藤の生命力をめでて、家紋とした。斎藤道三、木下藤吉郎・秀吉、細川
藤孝、徳川家康はフリーメーソンである。
 家康の正体は世良田元信で、松平元康を殺し元康に化けた。元康の嫡男、信康と
その妻築山殿は邪魔になり殺された。
 徳川家康は岡崎で産れたのだから、岡崎に霊廟(東照宮)を建てるのが筋である。
 寛永21年家光は上野国新田郡世良田庄の長楽寺隣に日光東照宮の奥殿(実は遺骨)
を移築して世良田東照宮を建てた。
 ここを中心にして、東北(表鬼門)に日光東照宮があり、南西(裏鬼門)に久能
山東照宮がある。と言うことは、世良田庄を鬼門の金神の祟りから護る為の呪術を
施した事になり、徳川家康は世良元信である事の証拠となる。


972 :日本@名無史さん:2006/07/31(月) 17:25:43
南北朝以前は天皇=朝鮮人であると御所内でも普通に話されていたらしいね

973 :日本@名無史さん:2006/07/31(月) 18:33:56
天皇等皇族及び秋田県立大関係者の逮捕がないと
オウム大量殺人が形を変えて繰り返される懸念があります。
http://school5.2ch.net/test/read.cgi/govexam/1150799959/370-386


974 :がいやまん:2006/07/31(月) 21:39:01
日本の神話体系に銅鐸が登場しないということ、神武が葛城のアカガネの
ヤソタケルを誅していることは神も、天皇も最後の銅鐸の後でほぼ同時に
誕生したことを意味している。銅鐸の代わりが三角縁神獣鏡であるから
ビッグバンはヒミコの時代に起こったということだ。それは古墳時代の始まりといって
もいいといえるのではないか。

975 :日本@名無史さん:2006/07/31(月) 23:11:47
>>972 高麗以降の朝鮮王=モンゴル人であると朝鮮王朝内でも普通に話され
ていたらしいね。

 それと李氏朝鮮王=満州人であると朝廷内でも普通に話されていたらしいね。



976 :日本@名無史さん:2006/08/01(火) 01:54:46
韓国では天皇家は百済の職工出と教えているらしい。
ttp://izanagi.iza.ne.jp/blog/entry/16788/#cmt
Commented by izanami
なぜ日本の教科書では日王のルーツは百済職工集団の1つである「瓦職工」だと
教えないのか!
日王紋は百済瓦の文様とそっくりである。
そしてなぜ古代日王の墓の調査をさせないのか。
正しい日王のルーツが暴かれるのを恐れている証拠である。
日本人は正しい歴史を学んで謙虚になってください

977 :がいやまん:2006/08/01(火) 07:41:22
天皇は天上天下をすべるという位置づけ。百済は、たとえば、高句麗では百残と呼ばれ
たりしているが、主として移動するユーラシア多民族集団という意味であり、土着の
朝鮮族は基本的には含まれていない。朝鮮族は主要な部分は漢四郡にあり、古来からの
土着民は三韓の下層にあったのであろう。日本に入ったとされる百済人というのは、同様に
入ったとされる高句麗とあまり変わらないものでその起源はセッコウ、山東省方面でなか
ろうか。日本列島には起源の古い縄文が基層にあるので、表面上は朝鮮半島とよく似た
南北起源の遺伝子構造となっている。いわゆる百済要素については朝鮮半島同様
マジョリティーではない。文化的に縄文は旧石器時代から続いてきたもので日本民族は
古い遺伝子を大事にしてきているので渡来人が支配層になかなか容易にはアクセス
できなかった。半島人は王族であっても天皇の馬飼いに奉仕するという身分であった。
こうしたことは史実なんだから歪めようがない。

978 :がいやまん:2006/08/01(火) 07:51:42
朝廷は百済王族を優遇、百済王善光なるものを持ち上げた。他方難波から本田善光
なるものが信州の飯田方面に善光寺を持ち込むが、その付近には馬と人間を葬った
古墳があり、多分これがいわゆる天皇の馬飼いではないかと思われる。善光寺はその後
長野に移動するがその付近にも古代の牧とか、朝鮮半島独自の家型積石墳がある。
日本人にはこうした史実が日韓友好に役立つことは願うも、こうしたことで歴史を歪曲よう
とするような愚者はいない。

979 :日本@名無史さん:2006/08/01(火) 07:59:52
>>976
中国人は、皇極天皇の最初の夫高向王が中国系だからその息子漢皇子も
当然中国系だと考えているようだ。
ちなみに、高向姓は中国系だと考えられている節がある。

高橋留美子が劉邦の子孫だという書き込みを中国の掲示板で見つけた。
どうも高〜氏は、先祖が中国人(それも偉い人)だと思われているようなのだ。

980 :がいやまん:2006/08/01(火) 08:05:23
日本の神話に影響を与えたのは百済よりむしろ新羅に含まれるスキタイ系要素かも
しれない。しかし、これも秦氏がそうした伝承を仲介したのが多いのではないか。

981 :日本@名無史さん:2006/08/01(火) 09:11:11

黒い!潰れた広鼻!ぶ厚い唇!土人!南方ヅラ!マニラ顔!


赤の遺伝子afb1b3。 南方モンゴロイド。


それはマニラのスラムに漂う腐った屎尿の臭い。
この世で最も不浄な臭くて汚らしい穢れた遺伝子。

台湾人、中国人、朝鮮人にもたっぷりと入っている。

赤の遺伝子afb1b3が入ると南方人になり、日本人種が穢れる。

gm遺伝子
http://www3.mahoroba.ne.jp/~npa/narayaku/image/dna_map.jpg

982 :日本@名無史さん:2006/08/01(火) 10:21:09
そんなに必死コカンでも良いってw
中国も半島と日本の扱い方は心得てる。

南方厨

983 :日本@名無史さん:2006/08/01(火) 10:57:11
日本人は柳田国男以来の南方好きです。司馬遼太郎も南方が好きそう(彼は北方も大好きだが)。
日本文化の基層を連想させる、開放的な南方文化が大好きです。北方の儒教よりも、胡散臭い
南方の道教的なものを好んだ国民性が影響しているのかも。(陰陽道など)
韓国人は、北方・中原好きですな。中華文明の正統な継承者(どこがじゃ?)と煽てられるのが
大好き。礼儀を重んじる儒教の国とか言われるのも好きそう。

984 :日本@名無史さん:2006/08/01(火) 11:14:37
半島も北方はかまわんが、あんま中原に絡むと将来禍根を残すぞ。
日朝同祖を日本と協力し、北方に理論武装し逃げといたほううが良いぞ。
あの国が潰れる保障は何も無い。アングロも黄色猿の為に、血は流さんぞ。

985 :日本@名無史さん:2006/08/01(火) 13:02:26
>日朝同祖を日本と協力し、

断る!
天皇瓦職人説等を一緒に唱えるのは御免被る。

986 :日本@名無史さん:2006/08/01(火) 13:20:16
983=985=いつものただの南方土人こと変態チャンコロw
984=北チョンのふりをした983w

987 :984:2006/08/01(火) 13:41:54
983とは別人だよ、まぬけ。
とにかく、軍事力のない国はモンゴル面だと喚けって言ってんだよ。
張ったりで生き残れ。

988 :がいやまん:2006/08/01(火) 15:03:24
>>977
天皇の起源の謎を解く大きな鍵は吉備にある。
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1134813778/menu117
次のリンク先
http://www1.harenet.ne.jp/~sugi/kouko/ml/izumo2.htm
「吉備のリーダーは各地を巡り、倭国という「連合」を作り上げたのではないか」
ここにきわめて重要なヒントがあると見ている。この吉備のリーダーこそ、記紀では
孝霊とされるもので、神武の子孫であったのだろうというのが漏れの考えだ。




989 :日本@名無史さん:2006/08/01(火) 22:00:17
8.5【東京】

■「皇室と日本を考える」第三回学習会       
◆8月5日(土)開始時間:13:30〜16:00 (最大延長60分)
◆豊島区勤労福祉会館 第四会議室
豊島区西池袋2-37-4 池袋南口から徒歩3分TEL:03-3980-3131
http://nihon.lar.jp/02.html
◆参加費:無料  参加連絡不要

●今月のテーマ
「天皇と日本とはいったい何か?
 〜神話と神道から、その在り方を考える〜/國山たかし」

※思想家たちを通じて、神道からみた"日本のあり方や根本"という基礎的概念を考えます。
 日本国についての思想家たちの間にある共通部分とそれぞれの特殊な部分とを浮き彫りにし、神話や神道と切り離せない天皇の意義を皆さんとともに考えたいと思います。

 その他、トークディスカッション等、ミニコーナーを予定してます。

◆主催:「皇室と日本を考える」実行委員会
共催:女系天皇に断固反対する会 (mixiコミュニティ)
http://mixi.jp/view_community.pl?id=334458
協力:(財)国民精神研修財団 他
◆お問合せ&連絡先:「皇室と日本を考える」実行委員会 info@nihon.lar.jp
http://nihon.lar.jp/

質問要望などは下記のスレまでお願いします。
http://off3.2ch.net/test/read.cgi/offmatrix/1147608766/

990 :白馬青牛:2006/08/01(火) 22:54:25
>>983
北方の儒教と云われるが、朱子学は江南思想ではないか。
江南思想は、道教もそうじゃが、法家思想もね。
南方文化が開放的かねえ?経済は別として閉鎖的国粋主義じゃないかのう。
中華思想の総本山も江南じゃないんか。
チベット・モンゴル・満洲の大乗仏教文化圏に日本は属すると思う。
(日本と云うても地域によっては儒教文化圏に属する地域はあるが。)
司馬氏は、地理的に漠然と北方に好意を持っておるだけじゃないか?

991 :がいやまん:2006/08/02(水) 09:19:30
逆説的だが、日本の天皇陵は前方後円墳なので、もし国外から日本に天皇が渡来したと
するなら、その国外には前方後円墳があったはずなんだが、そういう国外の地域はない。
日本の天皇陵クラスの超大型前方後円墳の第一号は箸墓だが、その直前の超大型
埋葬設備は吉備の盾築墳丘墓であり、これはカザフスタンのトルコ系墳墓同様中円双方
墳(トルコ系の日月崇拝思想を表すのか)である。つまり、設計コンペのような過程を経て
いるのであって、施主には本来これといった伝統はなく、時代の流れで生まれている。
つまり、天皇もこうした環境から生まれたものであり、石器時代から変わらぬ地元の
人間集団から出たものであろう。古墳時代以前は神代であり、天皇が登場するような
統一された国土はなかった。

992 :がいやまん:2006/08/02(水) 09:26:03
神代というのは弥生時代のことで、身分の上下がないから万人が神のような
時代であったのであろう。それが次第に地方首長、クニなどの生まれる時代
となり、ついには天下の大統一にいたる。

993 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 10:14:06
>>990
最終的に道教が隆盛を極めたのは南方では?
仏教が流行したのは政治的判断によるもの。
儒教はお武家のお勉強程度で、一般庶民は
蚊帳の外。

994 :がいやまん:2006/08/02(水) 10:43:18
話は変わるが、記紀は後漢から金印を授与された倭奴国、倭面土国帥升等の
輝かしい歴史とか、大型国産鏡の出土した平原遺跡とかについてはまったくといって
触れていない。後漢の金印などは大月氏国とか、当時としての有力な大国に授与
されるもので朝鮮半島周辺では日本にしかない。こうした国との関係もろくに描かれて
いないのだから大和朝廷というのが魏志倭人伝でも地理的に誤認されたりするのも
むりもない、きわめて短時間に急成長したものであったということがわかるのではないか。
アマテラス、スサノオ、日向三代などはこうした時代からの言い伝えによるものだろう。

995 :がいやまん:2006/08/02(水) 11:18:08
神武天皇は外国どころか、北部九州とも無関係のような、弓、トンビ、カラス程度しか
従えていない。もし北部九州の関係者ならその何百年も前から銅剣、銅矛、銅鏡で
武装していたことであろう。多分、大和朝廷の創始者はどちらかといえば銅鐸地帯より
東方との関係の強いものであったのではないか。

996 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 12:44:18
架空の存在の神武の話なんてくだらない
神武やドラえもんの話は空想の世界

997 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 14:10:30
架空とか捏造はないのと誓うか。

998 :がいやまん:2006/08/02(水) 14:11:21
>>995
神武は葛城のアカガネヤソタケルと破っていることから銅鐸とは縁がなかったのかな
と思うが、東方というと三遠式銅鐸があるのでこれはきついなー。するとやはり、日向
の辺りということになる。周防灘沿岸には神武を祭る神社、大元、御許という地名が多
いが倭面土と似ている。神武の先祖、たとえば、ウガヤフキアエエズが帥升という称号
の国王であったのかもしれない。一方、邪馬台国の伊都国駐在一大率、大宰府権率(sochi)、帥升(suishio)、載斯(saishi)烏越、佐土(sashi)布津中には共通して、*soeshiといった役職名が髣髴とさせる。
また、石塚山古墳http://www.town.kanda.lg.jp/kankou/rekishi.html
であるが、このへんは非常に古くから弥生文化のあったところ。
http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/news/photo01.htm 貫川、葛川、下稗田参照
神武のご先祖は豊日別、などにもつながるこの周防灘一帯の旧家で、邪馬台国の
一台率を輩出したのもこの辺かという気がする。



999 :999:2006/08/02(水) 14:28:12
↓1000

1000 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 14:32:09
1000

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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