5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

三国志の時代日本どうだったの?

1 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 22:45:37
卑弥呼とかいたの?

2 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 22:46:44
倭人がウホウホ言ってた。

3 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 22:47:58


4 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 22:53:27
大陸の戦乱をよそに日本は平和でした。

5 :世界@名無史さん:2006/01/13(金) 23:19:22
国家統一の兆しが徐々に見え始めた。

6 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 23:32:13
野蛮な倭の矮人どもを、朝鮮半島の大人達が文明を指導していた。

7 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 23:39:23
>>6
世界中が笑った。

8 :日本@名無史さん:2006/01/13(金) 23:43:35
マジレスすると、倭(日本)は魏と仲がよかった。
当時、魏が一番強いことが分かった倭は、同盟を組むために使者を魏に送った。
魏の国王は大いに歓迎し、倭に対しもてなしをした。
その後、魏の使者が倭に使者を送った。
直接魏の使者が卑弥呼に会うことはなかったが、互いによい関係を築いたという。
ちなみに当時の倭は内乱が激しく、国を指導したのは魏の使者だった。
卑弥呼の死後、娘のイヨが新たな女王となった後、魏の使者は国へ帰った。

三国志大戦にSR卑弥呼が出る日は来るのか…?

9 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 00:26:27
この時代は日本も戦乱の世。

10 :日本@名無史さん:2006/01/14(土) 20:40:18
誰も日本を占領しようとは思わなかったの?
曹操軍とかで攻めたら楽勝じゃん。

11 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 01:05:18
>>10
日本に来れるくらいなら
華南も余裕で制圧できただろうね。

12 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 10:46:46
良スレぶちage

13 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 13:53:11
>>10
当時の国際情勢から考えてなんのメリットもない。
軍事的な支援なんかまったく期待できないだろうし。

14 :本田:2006/01/15(日) 17:43:44
日本は、
倭国が白村江の戦いに負けた後で、
統一新羅によって作られたくにだから、
三国志の時代には、
日本はまだ存在しない。


15 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 18:42:23
>>14
Nice joke

16 :日本@名無史さん:2006/01/15(日) 23:58:13
>15
たしかに。
「三国志の時代日本列島どうだったの?」が正しい問いだと思うが、まぁ、そこんところは。

17 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 02:16:58
つまらんあげあし取りでしかない

18 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 02:36:40
>>14ここは釣れませんよ。

19 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 03:09:43
卑弥呼って、三国志の武将と比べると誰クラスの能力だべ?
と、厨房くさい疑問を書いてみる。

20 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 03:11:12
この頃の日本人は自分で史料を残さなかった

21 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 03:27:26
そんな中でも少しは中国人も渡ってきたんではないか?
まるで日本人がマレーシアのジャングルにでも移住するかのような
感覚で

22 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 03:29:34
文字はないけど言葉は継承された、、、不思議だな〜

23 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 03:50:57
卑弥呼率いる邪馬台国軍はどれぐらいのレベルなんだろう。

>>8
その頃の魏の王様は誰?曹操?

24 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 04:05:50
>>23
丕。
確かもう魏帝になってたと思う。

25 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 04:18:17
>>23
> 卑弥呼率いる邪馬台国軍はどれぐらいのレベルなんだろう。

軍団として訓練されてんのかね?
でも激しい内戦が繰り返されている中での最有力組織なんだから、
まるっきり烏合の衆というわけでもあるまい。

26 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 04:53:40
一大卒軍だよ。
全国各地に配置されて畏れられてたらしいぞ。


27 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 05:39:36
日本軍総動員でかかれば劉禅ぐらい倒せたんじゃね?

28 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 05:43:14
倭軍だろ、名前使い分けろ

29 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 12:22:04
中華秩序における各王朝の格付け

倭国王…金印

琉球国王…銀印

新羅国王…銅印
高麗国王…銅印
朝鮮国王…銅印

朝鮮半島の国が日本よりも上だった事は無い。

30 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 12:28:05
>>29
何を基準にどこを見て各付けしてたのかな?

31 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 12:39:22
中華秩序の文明度

32 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 12:41:22
>>29
誇らしいですね

33 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 12:51:59
つーか日本はとっくの昔から金印すら拒否して対等の国である事を認めさせていたからね。

数年前にハンコを贈られて大喜びしていたノムヒョン大統領の国とは格が違うのも当たり前。
朝鮮人は根っからの奴隷なんだもん。

34 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 13:25:22
>>33
とっくの昔から拒否していたと言っても、卑弥呼の時代はまだまだ事大主義でしょ。
聖徳太子の出現を待たないと。

35 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 13:33:57
聖徳太子の時代に拒否れた日本と、つい百年前まで拒否れなかった糞半島との、格差は歴然ですね

36 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 13:48:50
まあね。
でもむしろ彼らはそれを誇りに感じてるでしょう。
中華に認められ続けた我が国と、そこからドロップアウトした日本、って。

37 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 14:21:49
三国志は晋の時代に書かれたので、「司馬宣王の権威付け」のために
魏志倭人伝に出てくる倭は誇大に書かれている可能性がある、らしい。

曹丕・曹叡のころ、司馬懿の政敵であった曹真が西方異民族の討伐や
交易(大月氏国の朝貢)で成果を挙げていたので、東方担当の司馬懿も
それと同等以上の成果を挙げてい(たことにし)なければ格好が
付かなかったのではないか、という説。

邪馬台国までの距離が水増し(記述通りに辿ると日本列島を通り過ぎて
はるか洋上に出てしまう)されているのも権威付けのためではないか等々。

初めて邪馬台国から使者が帯方郡に来た景初二年(西暦238年)六月は
司馬懿が公孫淵の叛乱を討伐(景初二年一月に出兵、同年八月に平定)
してる真っ最中なので、たまたま帯方にいた異民族を中央に連れ帰って
「朝貢使節」に仕立て上げたのではないか、といった説も読んだことがある

38 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 15:13:49
根拠が希薄な仮説ばっかりだな。

39 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 15:24:31
>>38
仮説ばかりですみません。
恥ずかしながら、邪馬台国の位置ですら曖昧だと認識しています。
あの時代の日本(日本の原型)について何か決定的な説があればいくつか教えてください。

40 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 15:29:48
刺青

41 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 17:53:44
必然性に乏しい邪推を始めたら想像力に比例して際限なく陰謀論のバリエーションが増え続けるだけ。

特定個人の功績を誇張する目的で正史として後世に残す公文書にまで倭国の位置情報を故意に誤記したなんて蓋然性がなさすぎるよ。
日本の位置みたいな話で嘘をついても真実が露呈するのは時間の問題だ。
そんな記述内容で信頼性を損ねたら正史と銘打つ意味が無くなるじゃないか。

42 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 22:05:07
中国の書に書かれた数字が当てにならないのは
極々当り前のことだと思っていたが、
魏志倭人伝の数字を疑う人って少ないね。

43 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 22:41:27
もし邪馬台国に魏の人が来なかったら日本の歴史は古墳時代からスタート

44 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 23:04:23
>>41
> 日本の位置みたいな話で嘘をついても真実が露呈するのは時間の問題だ。
魏志によれば、帯方郡は「洛陽から五千里」。そこから先の旅程は、

 『(帯方)郡より倭に至るには、海岸に循って水行し、韓國をへて、あるいは、南しあるいは東し…』
 (海路で七千余里+千余里+千余里+千余里、陸行五百里+百里+百里、そこから海路二十日)
という経路で、
 『郡より女王國に至ること萬二千余里。』
としている。
洛陽から帯方郡(現在の平壌付近)までは直線1300キロ、海があるから迂回することを
考えて、道のりはざっと1500キロ。史書で五千里なので、1里≒300メートル相当。
帯方郡から邪馬台国(の首都)までの距離は、その2.4倍の1万2千里≒3600キロも
あるというんだから(故意かミスかは別として)距離に関する情報は明らかに誤ってるでしょ。

5千里かなたの辺鄙な帯方郡のことを少しくらい間違ってても誰も文句を言わないだろうし、
そこから先の(晋代には朝貢もして来なくなった)野蛮人の住んでる国が「洛陽から」
1万2千里だろうが「帯方から」1万2千里だろうが別にどうでもよいことなので、
こんな記述が間違っていても「信頼性を損」なうことはなかったんじゃないのかな。

ちなみに、船で朝鮮半島西岸→済州島→対馬→福岡→陸に沿って日本海を進む
という経路だと、3500キロで知床半島か間宮海峡の辺りに着く。
福岡から長崎→鹿児島→沖縄→台湾と島伝いに進むなら、ルソン島か広州の近くまで行ける。

「帯方から萬二千里」が間違っていないとするなら、邪馬台国は北海道・樺太かフィリピン、
あるいは中国本土にあったことになるよ。

45 :日本@名無史さん:2006/01/16(月) 23:18:36
数値を疑う事と、誤記が故意か不可抗力かを推理する事は別。
数値が誤りであるが故に故意だと判断する為には、
そう考えざるを得ないだけの裏付けが要るよ。

46 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 00:14:42
支那人は、自分達が必要とする分だけ数値を改ざんする。
実際には0なのにカネ目当てに30万とかね。

倭国の事を朝鮮半島諸国よりも格上の文明国として認定する必要があったなら、
朝鮮には許さない金印にしたり数字を書き換えたりくらいはやるだろう。

47 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 00:43:12
数値の裏付け云々じゃなくて、
邪馬台国を探せ!ってのは良く見かけるが、
魏志倭人伝に書かれていることが基準になってるのが疑問なん。

48 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 01:23:23
なんのことはない、判断基準のひとつだよ。

49 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 01:32:53
数字の話でなければ他に参考になる資料が存在して内容が矛盾してる場合ならともかく、
何が変なのかね?

50 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 13:43:24
魏志では、確か朝鮮半島(司馬懿が公孫氏を滅ぼしたために魏の属領)の
広さもインド亜大陸なみに広大になってるんじゃなかったかな。

洛陽の人口が10万戸くらいの時代に、邪馬台国(女王国の首都)の人口が
7万戸ってのも多すぎ。


51 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 17:39:15
それはどうかな?
まず日本列島の方が気候が温暖で降水量も多い為に植物が育ちやすく、
支那内陸の洛陽よりは人口が増えやすい。

それに有名な前漢末の国勢調査で約6000万だった人口も三国時代が終わった200年後の時点で約400万に激減し、
それまで漢族と言われた民族はほぼ絶滅状態に陥った。
特に人口減少が深刻だった魏では北方の遊牧民族から移民を大々的に推奨し、
漢族の遺伝形質がその後激変する結果をもたらした。
それくらい悲惨な状況だった洛陽の人口が10万で女王国の都が7万であっても別に不思議ではない。

52 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 17:49:12
>女王国の都 質問がずれますが、
平安京みたいな都があったらかっこいいよな。
そのころの都は竪穴住居が主だったんですよね?
大陸も竪穴住居ですか?

53 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 17:51:37
大陸では横穴式の方が多いんじゃないかな?

54 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 17:54:30
横穴式とはどういう形か教えて下さい。
(文で表現できる範囲で結構です。)

55 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 18:05:15
崖に穴を掘って雨を防ぐ原始的な構造の住居だよ。
大陸では現代でもそういう所で住む人びとが大勢居る。

56 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 18:09:34
ありがとうございました。

57 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 18:10:57
呉が兵を送り込んだとかなんとか

58 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 18:48:42
たしか魏が邪馬台国に援軍と軍旗、皇帝の勅を張政にさずけ倭に送りましたよ。

59 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 21:02:55
卑弥呼って劉備より年上?

60 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 21:30:16
>>51
> それに有名な前漢末の国勢調査で約6000万だった人口も三国時代が終わった200年後の時点で約400万に激減し、
戸籍上の人口が激減するのは、平民が兵役から逃れたり戦禍を避けるために土地を棄てたり
するために戸籍不明者(無戸籍者)が大量発生するからだよ。

ttp://home.hiroshima-u.ac.jp/cato/jinkou996.html
によると、西暦263年調査で 
 蜀:94万人 魏:334万人 …小計428万人
280年調査で
 呉:230万人 晋:1616万人(呉を併合後)

という記録(「三国時代が終わった時点」で1616万)があるらしい。

280年時点で、旧魏+蜀の人口は1386万人くらいいた計算になる。
魏+蜀では17年で人口が3.2倍に増えた(958万人の増)計算。
これが実際の人間の数の増だとすると、同じ出生率・死亡率を維持できれば
100年で930倍に膨れ上がるくらいの脅威の繁殖力w

61 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 21:33:15
漢族が子孫を増やしたんじゃなくて、北方からの移民を奨励した結果でしょ

62 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 21:43:09
>>59
卑弥呼は生年不詳、没年が247年か248年。
劉備は生年が161年(没年は223年)。

卑弥呼が88歳以上まで生きたとすれば、劉備より先に生まれていたことになる。

63 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 21:56:18
>>51
おめでたいな。

64 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 22:04:53
反論があるなら、具体的にドゾー

65 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 22:09:13
,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,
             /": : : : : : : : \
           /-─-,,,_: : : : : : : : :\
          /     '''-,,,: : : : : : : :i
          /、      /: : : : : : : : i     ________
         r-、 ,,,,,,,,,,、 /: : : : : : : : : :i    /
         L_, ,   、 \: : : : : : : : :i   / 古代日本?偉大な国だったでしょう。
         /●) (●>   |: :__,=-、: / <   シラキは、やはり日本領土だったと思ふ。
        l イ  '-     |:/ tbノノ    \    
        l ,`-=-'\     `l ι';/       \ 
        ヽトェ-ェェ-:)     -r'          ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         ヾ=-'     /
     ____ヽ::::...   / ::::|
  / ̄ ::::::::::::::l `──''''   :::|
志良岐の国号を、勝手に新羅に変えた金奈勿は許せないっス。


66 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 22:11:06
>>61
魏に屈服した北方異民族が、魏よりも人口多いとでも思ってるのか?

仮に西方・北方異民族やら朝鮮人やらを掻き集めて魏の総人口と同じくらいの
人民を強制連行することができたとしても、まだ600万人くらい足りないぞ。

67 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 22:11:36
その頃は大和民族はローマ帝国を立てていた。
蛮族の侵入で、転進して日本にきた。
シルクロードの終着点が正倉院であるということの意味は
起点がローマジャパンであり、終着駅がジャパンであるということなんだよ。

68 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 22:12:56
,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,
             /": : : : : : : : \
           /-─-,,,_: : : : : : : : :\
          /     '''-,,,: : : : : : : :i
          /、      /: : : : : : : : i     ________
         r-、 ,,,,,,,,,,、 /: : : : : : : : : :i    /
         L_, ,   、 \: : : : : : : : :i   / 古代日本?偉大な国だったでしょう。
         /●) (●>   |: :__,=-、: / <   シラキは、やはり日本領土だったと思ふ。
        l イ  '-     |:/ tbノノ    \    
        l ,`-=-'\     `l ι';/       \ 
        ヽトェ-ェェ-:)     -r'          ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         ヾ=-'     /
     ____ヽ::::...   / ::::|
  / ̄ ::::::::::::::l `──''''   :::|
志良岐の国号を、勝手に新羅に変えた金奈勿は許せないっス。


69 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 22:30:24
>>64
既に書かれているけど、後半は話にならないな。
前半も、単純過ぎない?
洛陽には黄土を利用した食糧庫がありそれで人口を支えていたが、
日本は温暖で多湿であるがゆえに、食糧の保存で難しく
人口を集中させるのは難しくないか?


70 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 22:33:14
>>69
国籍はチャイニーズとそろそろかけよ

71 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 22:46:58
強制連行とか意味分かんねーし。
要は漢族が内輪モメで殺し合って数が減ったから農地が無人化して国力も低下。
だから移民を奨励して北方民族が南下して漢族化。
簡単な話だ。

72 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 22:49:33
日本の気候が食料の保存に向かないだ?
アホくさい。

73 :日本@名無史さん:2006/01/17(火) 23:00:16
乾燥した内陸で気候も厳しい洛陽は日本よりも植物の生育に適さず、大きな人口を支えきれない。

74 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 13:11:45
>>71
強制移住ではなく「奨励」だけで自発的に移住する奴なんてほとんど居ないだろ。
北方異民族は狩猟民族なので「移住して農耕しろ」なんて言われて移住するわけがない。

日本では明治以降に南米などへの移民が「奨励」されたが、海外移住者とその子孫
(日系人)は移民開始から120年経った現在でも175万人(本国総人口の1.5%)しか居ない。
清代から奨励されたり自発的に移住したりした華僑(中国系移民)も、200年くらいかけてやっと
6000万程度(本国人口の5%未満)。
わずか17年で1300万人流入したとすると、異民族の本国人口は10億は下らないだろうな。

取敢えず、たった17年で魏+蜀の総人口の三倍もの異民族が移住したというソースを持って来い。

75 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 13:49:19
何がソースだアホが。
支那では歴史的に北方民族が常に南下しようとしているくらい常識だわい。
そもそも遊牧というのは農業に適さない荒れ地で次善の策として営む非効率かつ原始的な産業形態であり、
肥沃な土地に定着できるのであれば放っといても野良仕事の方を始めるもんだ。

強制しなきゃ移住しないだとか遊牧を続けるだとかはまるで無根拠な思い込みに過ぎない。
単に国境を放置すれば勝手に無人の農村に住み着いて百姓になってるだけなんだから、
国境を厳しく閉鎖していたソースでも無い限り反論の余地は無い。

76 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 15:10:20
邪馬台国の兵力は数千はあったんだろうか。
古代の戦争に関する本によると
推測らしいが吉野ヶ里遺跡の兵力が三百人程だそうだ。

77 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 19:00:21
>>75
ソースが皆無ということは、
> 単に国境を放置すれば勝手に無人の農村に住み着いて百姓になってるだけなんだから、
が無根拠な思い込みに過ぎないということだな。

「1300万人移住してきた」ということは、移住前の人口は1300万よりは確実に多かった。
その1300万人以上の異民族を、たった334万の魏が(計300万の呉・蜀と争いながら)
どうやって服従させたんだ?
国境を閉鎖しなかったら、何故異民族は(人口1/3以下の)晋を滅亡させなかったんだ?

78 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 19:52:14
肥えの三国志シリーズの(どれか忘れた)に卑弥呼でるぞ。

79 :日本@名無史さん:2006/01/18(水) 21:01:32
>>78
卑弥呼が中国まで行ったら倭国は誰がおさめんだよ

80 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 22:24:03
この時代の日本で名前が残ってるのって卑弥呼と伊与と倭那国王だけ?

81 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 22:33:06
その頃の日本も三国志だったんだね

82 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 22:48:30
卑狗って彦のことなのかな。

83 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 22:50:57
三国志といえば2世紀ぐらいでしょう。
そのころの日本列島に広大な統一王朝はあったのかな?
邪馬台国が有名ですがその支配領域が現在の
福島県までだとか、どこかのスレでききましたが。

84 :日本@名無史さん:2006/01/21(土) 22:59:42
卑弥呼はババア
台与は萌えキャラ

85 :日本@名無史さん:2006/01/22(日) 00:40:32
あーも荒れているなあ。
当時の戸籍が滅茶苦茶で、さらに戦乱がおこれば正確に把握できないのは当たり前だろ。
当時の中国に、んな真っ当な統治機関があるわけないだろ、何年前だと思ってんだ。
今だって、戸籍に乗ってない人間が、億単位でいるって話なのにさ。

で、戦乱をさけて、山のなかや、統治の及ばない僻村まで逃げるのは当然だし。
漢朝、三国の統治の及ばないところにまで、移住するのも珍しくない。
ま、その大半は途中で野垂れ死にだけどな。

そして戦乱が収まれば、そういった離散した民は戻ってくるし、
戸籍もある程度正確にとれるようになるから、人口は増える。
勿論、当時は飢饉に内乱、戦争で人口が、何分の一にまで激減したのも事実だ。
黄巾みたいな宗教団体は、根切りにしなければ断てないから、大虐殺になるし、
曹操みたいに、切れて虐殺した例もある、軍にモラルなんてないから、軍隊が通ったあとはなにも残らん。

ついでに異民族を拉致っていたのは、魏だけじゃない。
呉や蜀も当然やっている。中国が動乱期にこそ、周辺に領土が伸びるのは、
異民族が参加してくるのもあるが、低下した労働力をえるために、拉致りにいった面が強い。

86 :日本@名無史さん:2006/01/25(水) 19:17:13
良スレアゲ
今度は荒れないように

87 :日本@名無史さん:2006/01/25(水) 20:52:39
無根拠な思い込みの訳がないだろ。
塞翁が馬の故事といい万里の長城といい、
数多のソースが隙を見せたら南下を試みる北方遊牧民の実在を裏付けてる。
撃退してないという事は、国境を開放したのと同義なんだよ。
でなきゃ手間暇かけて長城なんか築く訳無いだろうが。

88 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 12:43:13
>>87
> 数多のソースが隙を見せたら南下を試みる北方遊牧民の実在を裏付けてる。
だから、
1.それが魏の国民の数倍も居たというソース
2.魏の数倍もの人口を持ちながら、魏(晋)に服従した合理的理由
を示せって。

> 数多のソースが隙を見せたら南下を試みる北方遊牧民の実在を裏付けてる。
これこそ、「1000万近い異民族が移住してきて、晋の戸籍に入った」説の反証だろ。

数多のソースから、北方遊牧民は逐一撃退しないと漢人の農村や都市を襲撃して
武力的に占拠したり金品や糧食を略奪したりするということがわかる。
もしも「人口が400万人余りの晋」が「1000万人規模の移住者を供給できる異民族」
に対して「国境を開放」なんてしたら、即座に晋は滅ぼされてるよ。

北方異民族が、自分達の半分にも満たないような漢人の国の戸籍に大人しく入る
(=晋の納税者になる)ほどお人好しだと思ってるのかね?

89 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 15:49:48
無人の村で暴れ回る必要など無い。
勝手に住み着いて農耕を始めた連中に先住民政権が余計なチョッカイを出さない限り、
晋は安泰だ。
晋にすれば、誰かが農村で作物を作れば経済構造の崩壊は免れる。

90 :日本@名無史さん:2006/01/26(木) 19:21:44
その「勝手に住み着い」た連中にどうやって納税させるんだ?
税を取れない相手がどんなに増えても国庫には全く貢献しないぞ。

91 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 11:27:16
税を徴収できなくても、作物を生産してくれるなら経済効果はあるんだよ。
人間一人が食う量には生物学的な限度があるんだから、いずれ腐る農作物を際限なく蓄え続ける訳にもいかない。
勢い市場で換金する必要が生じ、社会に食料が流通する。
北からの移民を意味も無く阻止して農村を無人化したままにしておくより遥かに賢明だ。
どうもお前の発想は強制しなきゃ移住しないだとか徴税できなきゃ貢献度が無いだとか、
いちいち根拠の無い思い込みが激しいな。

92 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 20:31:52
>>91
> 税を徴収できなくても、作物を生産してくれるなら経済効果はあるんだよ。
「税を徴収できない」を否定しないのか。
じゃあお前さんの「人口増は異民族の流入」という説は破綻だな。

「戸籍人口」というのはちゃんと政府が掌握していて税金の取れる人口。
政府が把握できない人口は戸籍に載らないから、「税金を徴収できない人口」が
何百万人あろうが戸籍人口への貢献はゼロだ。

> いちいち根拠の無い思い込みが激しいな。
いいからさっさと「一千万近い異民族が移住した」ソースを出せってば。

数千や数万ならともかく、「漢人の倍以上が流入した」というのはどう考えても大事件だから、
晋書なり魏志なりに書かれないとは思えない。
そういう記述がない限り、「晋の総人口の倍以上の人口が」「強制されず」移住した、という
お前さんの主張こそが根拠のない思い込みと考えるのが妥当だろ。

あと、「晋の人口の倍以上」の異民族が流入していながら何故晋が滅亡に到らなかった
のかを論理的に説明してくれ。
数多のソースが「北方異民族が侵入して漢人の都市を襲撃した」史実を伝えている。
例えば一千万の移住者のわずか2〜3%が襲撃を試みただけで、たった十万しか住んで
いない洛陽なんて簡単に陥落するだろう。
彼らにとっては「荒廃した農地を開墾し、一千万人を養って余りあるほどの作物を作り、
漢人に売却する」よりも「洛陽を陥落させ、財物を全て奪い去る」とか、「晋朝を滅ぼし、
自分達の王朝を立てて漢人を支配し搾取する」ほうが簡単で利益も大きいんじゃないか?

93 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 21:45:12
項羽と劉邦の時代日本どうだったの?

94 :日本@名無史さん:2006/01/27(金) 21:53:13
>>93
別スレたてな。もしくは初心者質問スレにてドゾー

95 :日本@名無史さん:2006/01/29(日) 12:14:40
この頃に日本列島にあった邪馬台国など東夷で爵位をもらってた国ってあります?
ちょとずれますが、三国期以前もできれば知りたいです。

96 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 17:56:47
弥生時代と古墳時代の開始時期がよく分からない。
今はどうなってるんだ?

97 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 20:39:15
>>96
今はもう弥生時代も古墳時代も終わってます

98 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 22:08:50
>97
そういう意味じゃなくて、今ではどう考えられているのか
ということだよ。(開始時期がだよ)

99 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 22:19:20
アホ同士の会話だw

100 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 22:24:54
>99
アホは>97だろ。それかあんたか?

101 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 22:34:21
奴国も金印もらってたんだっけ?
北九州の一地方にあった国にすぎないのに凄い待遇だな。

102 :日本@名無史さん:2006/02/02(木) 23:06:19
そういえば某番組で桃太郎の話は1800年前の話と
関係していたといってたけどすごい前だな!

103 :日本@名無史さん:2006/02/03(金) 01:43:29
まだ思い込みの激しい馬鹿が居たのか。
晋代に記録上の戸籍人口が急増したのは農耕生活を始めた移民が漢族化して納税に応じるようになった事の裏付けではあっても、
その農民や先祖がもとから異民族ではなかった事の証拠なんかでは無いだろうが。

だいたい晋代には八王の乱などの戦乱が絶えない時代だ。
民衆の生活から言わせれば三国時代からなんら変わらぬ暮らしにくさだ。
それにも関わらずいきなり人口が増えるのはおかしいだろ。
寒いモンゴル高原で効率の悪い遊牧生活を続けるか、
多少は暮らしやすい無人の農村に南下して現地の支配を受け入れるかという選択で後者を選択したのがそんなに不思議なのか?

104 :日本@名無史さん:2006/02/03(金) 13:22:07
>>103
約一週間反応が無かったから居なくなったのかと思ったら、まだ居たのか。

> 晋代に記録上の戸籍人口が急増したのは農耕生活を始めた移民が
> 漢族化して納税に応じるようになった事の裏付けではあっても、
移民は税金納めることにしたのか。では>>91
> 税を徴収できなくても、作物を生産してくれるなら経済効果はあるんだよ。
は撤回するんだな?

> だいたい晋代には八王の乱などの戦乱が絶えない時代だ。
>>60の統計は、263年(蜀の滅亡年)と280年(呉の滅亡年)の比較だから
司馬炎の死後に始まった八王の乱(290年〜)は全く関係ない。

>民衆の生活から言わせれば三国時代からなんら変わらぬ暮らしにくさだ。
「言わせれば」って。あんた当時の民衆かw
少なくとも、魏と蜀の紛争(249〜262年の14年間で姜維が9回もの北伐)が
なくなっただけでも格段に住みやすくなってるだろ。

> 多少は暮らしやすい無人の農村に南下して現地の支配を受け入れるか
> という選択で後者を選択したのがそんなに不思議なのか?
>>91までの主張では「現地の支配を受け入れる」(→納税者になる)方向じゃ
なかったよな。
異民族は「国境を開放」したから「勝手に住み着」いただけで、「税は徴収できな」い
(が、腐るほど作った作物の余剰を社会流通させる)、と言ってた。

あとは、「たった十七年で一千万人近く移民した」という点と、「侵略・征服する」
という選択肢を取らなかったという点が不思議なので合理的に説明してくれ。

俺が北方民族の側の立場なら、自分達の半分にも満たない少数派の魏に服従
なんかしない。逆に征服して自分達の王朝を立てるよ。
漢人の財物を没収し、漢人から徴税する立場に回る方が搾取される側に
回るよりは絶対に得だから。

105 :日本@名無史さん:2006/02/03(金) 14:53:39
日本は戦国末期まで朝貢貿易をしていたのだが?

106 :日本@名無史さん:2006/02/03(金) 16:14:54
してないよ?

107 :日本@名無史さん:2006/02/03(金) 19:10:54
南北朝から、戦国末期までしてる。

108 :日本@名無史さん:2006/02/03(金) 19:38:37
ある意味、今現在もやってる

109 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 18:50:20
朝貢をしていた時期

・奴国(後漢?)の頃〜小野妹子まで
・足利義満の頃〜室町の終わり頃(?)まで
・田中内閣〜現在まで

さあ、小泉内閣でこの暗黒の連鎖を打ち切れるか!?

110 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 20:53:42
朝貢というのは、たとえば日本なら日本の国王が支那皇帝に対して行う行為だ。
日本としては平安時代に朝貢を止めて現在にいたる。
ただ、その後も勝手に日本国王を名乗って朝貢貿易していた馬の骨が何人かいたようだが、
支那皇帝が認定した日本国王なる存在が日本の君主だった訳ではない。
従って別に日本が朝貢した事にはならない。

平安時代以降の日本では、支那皇帝が任命した日本国王の地位など全く何の権威もなかった。

111 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 21:05:40
>110
その通りだ!

112 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 21:06:03
日本国王源道義の権威は天皇などはるかに凌いでましたが、何か?

113 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 21:08:24
あと、秀吉も明の皇女の降嫁とか領土の割譲、勘合貿易再開などの要求が満たされれば、
嬉々として日本国王の封号を受け入れたことであろう。

彼が激怒したのは、臣下扱いされたからではなく、実利的要求が認められなかったから。

114 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 21:59:28
日本国王なんて、日本国内ではあくまでも天皇の臣下に過ぎない。
つまり日本では、シナ皇帝の権威よりも天皇の権威の方が強大だったのだよ。


115 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 22:02:11
日本国王源道義?
日本の君主にはそんな奴居ないよ。
天皇の臣下にはそんな風に名乗ってる奴が居たのかも知れないが。

116 :日本@名無史さん:2006/02/05(日) 23:42:54
〜だから日本が朝貢した事にはならない。

と詭弁を弄しても、日本の中枢が中華様を畏れ(恐れ)貢ぎ続けている現実がある。

117 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 00:16:31
日本の中枢?
天皇の臣下の誰かが小遣い稼ぎしているだけだろ。
別に日本が朝貢している事にはならないね。

118 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 00:23:16
しかし、金の流れは止まらない。
民の税金がじゃぶじゃぶじゃぶじゃぶ流れてる。

でもそれは朝貢じゃないからあ〜んしん!?

119 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 00:41:11
反日勢力は近日中に潰すからそう心配すんな。


120 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 00:51:00
朝貢ってすげー物いっぱいくれたんだよな

121 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 00:53:03
俺にも朝貢してくれ

122 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 11:20:01
南北朝期に、後醍醐天皇の皇子が戦費を稼ぐ為に始めたのだ。
馬の骨では無い。

123 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 11:38:47
歴史的に見ると日本は朝鮮に下賜しすぎたんじゃない?
利子をつけて返還してもらおう!

124 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 11:44:38
今も昔も在日朝鮮人が日本から資材を持ち出してしまったからな。
天智天皇なんてムダに半島遠征軍まで送ってるし。

125 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 12:48:50
>>115は?足利義満のことだろ?因みに義満は天皇と同じ酒席でも天皇の隣に座れる位認められてるし最期は天皇より上の位についた


126 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 13:12:01
>>119
早くしてくれよ

127 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 18:09:19
そういえば最近、
朝鮮総連は日本に朝貢しろって
判決が出たね。

128 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 21:59:53
今の時代にも通じる脱亜論

129 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 22:14:55
日本人姜維論

130 :日本@名無史さん:2006/02/06(月) 22:15:57
>>127
納税の間違いじゃなくって?

131 :日本@名無史さん:2006/02/07(火) 18:08:02
全然関係ないけど、
王朝(国家)の発生を考えれば、日本とイギリスの歴史は
どっちの方が古いんだ?

132 :日本@名無史さん:2006/02/07(火) 21:34:25
イギリスなんて紀元3世紀頃はただの野蛮人が住む寒村だったんじゃない?

133 :日本@名無史さん:2006/02/07(火) 22:42:22
古代中国やら古代ローマを扱った本の後ろの年表なんかに、紀元前何百年のローマ、中国、日本が
よく並べて表記されてるじゃん。

 で、ローマでは何とか戦争だとか、何々建造とか、執政官選挙だとかかいてあって、中国でも
春秋だ、戦国だでいろいろ書いてあるのに、日本だけたった四文字「弥生時代」なのな。

 古代の文明格差に愕然とさせられるよな。いや、今だって先進国とアフリカ奥地じゃものすごい格差
だけど。

134 :日本@名無史さん:2006/02/07(火) 23:01:17
アメリカやロシアのところを読んで、もうちっと安心して来い。

135 :日本@名無史さん:2006/02/08(水) 01:52:48
足利義満が最期は天皇よりも上の位についた?
日本では天皇より上の位なぞ存在しないが。

136 :日本@名無史さん:2006/02/08(水) 18:58:49
>>135
現代では国民がこの国で最大の権力者
天皇は国民の意志に従わねばならず国民に天皇が指図はできない
国民は憲法改正で天皇をクビにする事もできる
天皇は死ぬまで国民に従う強制労働者

137 :日本@名無史さん:2006/02/08(水) 20:27:18
>>136
秋篠宮眞子様の命令ならなんでもきくという国民は多いぞ

138 :日本@名無史さん:2006/02/08(水) 20:30:56
>>137
ほぼ全ての日本人はきかなくても神道信者や皇○館のやつらはきくだろう。

139 :山野野衾:2006/02/08(水) 20:38:34
眞子への精神的影響が心配ですね。
あのくらいの年代の子は、両親がこの年になってもセックルしてることに
不潔感を持ちますからね。
弟だか妹だかが生まれてきても素直に喜べないだろう。

140 :日本@名無史さん:2006/02/08(水) 20:42:27
眞子様、佳子様のためなら死ねる。

愛子様はちょっとお・・・

141 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 14:01:12
>>134
以前、カナダ人に「この看板には何と書かれているのか」というのを聞かれて
「○○塚古墳」(6世紀頃、この辺を治めていた豪族の墓と言われている)
「国分寺」(8世紀、聖武天皇の詔によって建てられた)
というのを説明してやったら「1000年以上前のものか!すげぇ!」って
感動して写真撮りまくってた。

日本では古墳(と言われる築山)なんて日本各地にありふれてるし、
国分寺は一国に一寺ずつ建てられた「どこにでもある寺」だけど、
アメリカやカナダの人にとっては「古代遺跡」に見えるらしい。

142 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 20:52:27
対象はなんだっていいんだろ、古ければ。

143 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 21:07:44
文明の実態とは知識や技術の蓄積であり、更に砕いて表現すれば情報の保存に本質がある。
従って文明的な人間ならば必ず情報やその産物を可能な限り保存したがる習性を備えている。
たとえば紙に記述された情報や木造建築などは簡単に焼失してしまう欠点があり、
だからこそ長期保存された物には大きな価値が生まれる。

古代から保存された文物を目の前にして感動するのは文明の価値を知る文明人なら当然の反応であり、
古い物事や伝統を蔑ろにするのは野蛮な未開人の特徴である。

144 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 21:10:53
いくら古くてもそれが捏造の祖先や妄想の神話じゃ事実の追求の邪魔になるだけ

145 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 21:21:19
事実かどうかは検証を経なくては結論できない問題だ。
検証が尽くされていない段階で自分にとって都合の悪い情報を湮滅したがるのは野蛮な未開人の習性だよ。

146 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 21:26:29
革命の度に前王朝の墓を破壊し、建物や書物を焼きたがるシナ人や朝鮮人がいつまで経っても文明化できない訳だ。

147 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 21:37:23
>>146
国家神道と名のカルトが廃仏毀釈したように。

148 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 21:40:59
戦後民主主義勢力が大日本帝国の功績を隠蔽したように。

149 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 21:46:11
廃仏毀釈は国家神道の強権発動なんかではなく、
江戸時代に利権を肥大化させて民衆から反感を買っていた寺が民間の有志によって攻撃されたというのが実態。
本質は民間での自発的な紛争に過ぎません。

150 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 21:49:01
反日陣営は大日本帝国を悪玉に仕立て上げる為ならどんな嘘でもつくからな。

151 :日本@名無史さん:2006/02/09(木) 23:57:15
大日本帝国、日本人からするとあんまりイメージ湧かないけど
諸外国から見ると相当カッコ良い存在だったんだろうな。
で、ねたましいから悪玉にする、と。

152 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 00:27:46
反日勢力って、歴史に無知だからな。

153 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 04:12:01
★戦争中、アジアで最も嫌われたのは朝鮮人だった!

■中国人 謝永光著『日本軍は香港で何をしたか』
(朝鮮人は)一般の日本人よりも背が高く、日本の正規軍よりももっと凶暴だった。
民家に乱入して婦女暴行を働いたのは、ほとんど日本人の手先となって悪事を働いていた朝鮮人であった。
当時香港住民は日本軍に対するよりももっと激しい憎悪の念を彼らに抱いた。

■当時の中国人が描いた漫画「日本の軍旗を振り回す朝鮮人が中国人を殺す!」
http://nandakorea.sakura.ne.jp/img/spiral.jpg

■仏誌Paris Match元特派員アルフレッド・スムラー著『ニッポンは誤解されている』
別に日本人戦犯の責任を軽減するつもりはないが、占領地域で最も嫌われたのは、このころ日本国籍を持っていた朝鮮人だったことに注意しておかなければならない。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4531080548/249-1372373-3521946

■ある医師の述懐『キヤンガン、山下将軍降伏の地』
(登山中の)小休止の時アンがコリアンと知らないフィリピン人の彼が言った。
「日本の占領下で最も残虐だったのはコリアンだった。赤ん坊を投げて銃剣でうけたのも彼らだった。皆がそう信じている。」
一気に遭難しそうになったパーティを何とか支えつつ、私はキアンガンの将軍の亡霊を見たような心持だった。
その後も各地でこの噂のような言説をきくたびに、愛国者たるアンの胸中が想われてならない。
http://www.net-ric.com/advocacy/datums/95_10irohira.html

■オーストラリア人ケニス・ハリスン著『あっぱれ日本兵』
その日の締めくくりとして、コリア人に引き合わされた。
彼らは(日本人に比べ)大型で、顔は平たく、知性に劣り、日本人が与えた屈辱を我々に転嫁した。
どんなに試みても、我々は彼らと本当の付きあいは確立できず、体罰となると、日本兵よりも彼らをはるかに恐れた。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4425946316/qid=1099204982/sr=1-1/ref=sr_1_8_1/250-8480028-1317830

━━━━━↓↓↓戦後はこのように豹変↓↓↓━━━━━

■『はだしのゲン』の名場面
http://nandakorea.sakura.ne.jp/img/gen.jpg


154 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 14:42:52
朝鮮人って弱いくせに狂暴なんだよな

155 :日本@名無史さん:2006/02/10(金) 22:13:09
>>146-154
とても謙譲を美徳とする大和民族の言葉とは思えませんね。








 酷士は消えれ

156 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 09:51:15
本当のことは言っちゃいけないらしい

歴史を正しく認識するって難しいね

157 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 09:59:32
歴史歪曲を美徳とする反日勢力の負け惜しみでしょう。

158 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 10:06:12
反日の負け惜しみ? 反日の日の意味ってどっち?
大日本帝国系の日? それとも、現在の日本国?

159 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 10:19:06
仮に反大日本帝国系という人がいるとして、その人のゴールはどこなの?

160 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 10:24:12
反日勢力のゴールは、日本の富をしゃぶり尽くす事だよ。

161 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 10:28:55
>>160
それは日本国のこと? 反大日本帝国のこと?

162 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 10:39:32
同じだよ
反日勢力というのは今の日本にイチャモンをつけて利益をせしめる為に、
歴史を歪曲して大日本帝国を悪者に仕立ててるんだから。

163 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 10:41:56
>>162
な〜んだ。
じゃあ>>158は何が狙いであんなこと言ってるの?

164 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 10:57:39
反日勢力の目的は例外なく日本のカネだよ。

165 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 11:20:55
じゃ、コイズミとか言うポチを使って日本から資金を吸い上げてるブッシュも反日だなw

166 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 14:11:43
とは言うものの、アメリカが「一体日本のどんな富をせしめているの?」
という問いには誰も答える事ができない。
特に小泉ブッシュ時代になってから何か変わった?などというのは禁句のようである。

167 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 14:22:30
アメリカが反日である事を今まで気付いてなかったのかよ。
歴史板住人にあるまじき世間知らずだな。

168 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 23:01:40
小泉は、アメリカのご希望に沿って国の仕組みを変えて行ってるのだ。

169 :日本@名無史さん:2006/02/11(土) 23:54:25
アメリカ政府がどうあれ、アメリカ国民はインドネシア・フィリピンに次ぐ
世界第三の親日度を誇る>読売新聞記事より

170 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 12:40:19
機嫌が良いときは親日でも、ちょっと不機嫌になると「キルジャップ!」でしょアメ公は。

171 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 16:03:30
利口で従順な犬は飼い主のお気に入り

歴史上、日本の民間人を最も大勢虐殺して身分の違いを調教した甲斐がありましたな。

強者が弱者をやりたい放題食い物にできる自由競争マンセー

172 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 18:51:49
世界規模で見れば日本の歴史は古い方ですか?

173 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 19:02:14
(・@・)知らんがな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

174 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 20:12:11
>>172
古いよ

175 :日本@名無史さん:2006/02/13(月) 22:12:37
三国志好きなんで最初面白かったけど、途中からスレ変わってるね。

176 :日本@名無史さん:2006/02/17(金) 12:50:04
戦乱を避けて日本に渡ってきた人がいっぱいいたろうね。
中には高貴な人もいたと思う。

177 :日本@名無史さん:2006/03/07(火) 20:14:03
日本海を渡るよりも戦乱をかいくぐる方がずっと簡単な気がするのだが、
そこんとこはどうなんでしょうね?

178 :日本@名無史さん:2006/03/12(日) 12:10:25
ロマンだよロマン

179 :日本@名無史さん:2006/03/12(日) 12:38:30
じゃあ渡来人と呼ばれる人々はなんのために渡ってきたの?

180 :日本@名無史さん:2006/03/12(日) 12:47:03
宣教かな

181 :日本@名無史さん:2006/03/12(日) 12:50:47
ツマンネ

182 :日本@名無史さん:2006/03/13(月) 11:37:26
try人

183 :日本@名無史さん:2006/03/13(月) 13:12:28
純粋にtryするために海を渡ってきたらしい

184 :日本@名無史さん:2006/03/13(月) 13:27:50
東夷のリーダーである倭国王への、百済王からの朝貢として学者、
技術者が送られてきた。

185 :日本@名無史さん:2006/03/13(月) 16:49:36
そして ぼくらは であった

186 :日本@名無史さん:2006/03/13(月) 22:42:04
まだこの時代は百済は成立してない訳だが。

187 :日本@名無史さん:2006/03/14(火) 05:44:45
百済なんてどうでもいいよ

188 :日本@名無史さん:2006/03/14(火) 06:22:52
邪馬台国の時代に百済は無いな
あるとしてもまだ複数ある部族国家の中の一つ。

189 :日本@名無史さん:2006/03/14(火) 07:50:16
伯済

190 :日本@名無史さん:2006/03/17(金) 16:45:26
Windows版『三國志11』3月17日(金)発売!!

ファン待望の超大作歴史シミュレーションゲーム「三國志」シリーズ最新作となる
『11』が3月17日(金)にいよいよ発売されます。
3D一枚マップとじっくりと戦略を練ることができるターン制の採用により、
かつてない奥深いゲームシステムを実現。
三国時代を綺羅星のごとく駆け抜けた群雄たちの生き様を体感してください。

http://www.gamecity.ne.jp/sangokushi/11/

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000EGDM00/qid=1142580682/sr=8-1/ref=sr_8_xs_ap_i1_xgl/249-5569287-0749140

191 :日本@名無史さん:2006/03/17(金) 17:43:02
>>190
三国志シリーズはXまで全部買ったけど、今回は買わないかも。
「三国志XI」だったら買った。

192 :日本@名無史さん:2006/03/17(金) 18:00:13
3世紀には広域王権の百済は未成立だが、中国史書に伯済国が見え、風納土城の成立などから、小国家群の中でも連合盟主的な国家になっていたのも確か。

193 :日本@名無史さん:2006/03/17(金) 18:35:27
ほう、それは興味深い

194 :日本@名無史さん:2006/03/17(金) 18:39:00
百済国家形成過程の研究 朴淳撥 六一書房

195 :国宝 女王の鏡の写真アップ:2006/03/19(日) 22:18:03
倭人伝時代の倭の女王の鏡が国宝に指定されました。
国宝写真をアップしましたのでご覧下さい。

伊都遺跡ニュース速報
 http://www5a.biglobe.ne.jp/~jqi5/yamato/ito-news.html

46 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)