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先祖探しのテクニック、エピソードを語るスレD

1 :先祖マニア:2006/04/04(火) 02:20:22
先祖を探す方法を何でも幅広く語りませんか?
テクニックやエピソードなど・・・
初心者からエキスパートまで
先祖を探す情報交換の場にしよう!!!

1 なにか質問されたり困っている住人がいればみんなで協力してあげよう(ググレ禁止)
2 HNを使うとみんな分かりやすいのでは?(誰が誰だか混乱するので)
3 画像をUPするとみんな一目瞭然で分かりやすいですよ
4 たまにチャット化しますが皆さん遠慮なく入ってください
5 荒らしは無視でマターリと

※UPの方法
@デジカメやスキャナなどで画像をPCに取り込む
(ファイル名を当たり障りの無いものにしとく。UPしたらファイル名晒されるので)
Aペイントソフトなどで危なそうな箇所を消す(よく確認して!UPしてからでは遅いです)
BアップローダでUPする(一応利用規約は読んで)
アップローダは↓など
ttp://www.imgup.org/
ttp://www.uploda.org/
CURL貼り付けたかったら貼る


2 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 02:22:07
      , イ)ィ -─ ──- 、ミヽ
      ノ /,.-‐'"´ `ヾj ii /  Λ
    ,イ// ^ヽj(二フ'"´ ̄`ヾ、ノイ{
   ノ/,/ミ三ニヲ´        ゙、ノi!
  {V /ミ三二,イ ,  /,   ,\  Yソ
  レ'/三二彡イ  .:ィこラ   ;:こラ  j{
  V;;;::. ;ヲヾ!V    ー '′ i ー ' ソ
   Vニミ( 入 、      r  j  ,′  
   ヾミ、`ゝ  ` ー--‐'ゞニ<‐-イ
     ヽ ヽ     -''ニニ‐  /
        |  `、     ⌒  ,/
       |    >┻━┻'r‐'´
      ヽ_         |
         ヽ _ _ 」    

  ググレカス [ Gugurecus ]
  ( 428 〜 没年不明 )


3 :先祖マニア:2006/04/04(火) 02:22:11
1高祖父
       17曽祖父
2高祖母           25祖父     
3高祖父
       18曾祖母
4高祖母                  父     
5高祖父
       19曽祖父
6高祖母           26祖母     
7高祖父
       20曾祖母
8高祖母
9高祖父                        あなた
       21曽祖父
10高祖母           27祖父     
11高祖父
       22曾祖母
12高祖母                  母     
13高祖父
       23曽祖父
14高祖母           28祖母     
15高祖父
       24曾祖母
16高祖母


4 :先祖マニア:2006/04/04(火) 02:23:40
1通あたりの手数料(大体の目安)

全部事項証明書(戸籍謄本) 450円
個人事項証明書(戸籍抄本) 450円
除籍全部事項証明書(除籍謄本) 750円
除籍個人事項証明書(除籍抄本) 750円
改製原戸籍謄本 750円
改製原戸籍抄本 750円
附票 300円


5 :先祖マニア:2006/04/04(火) 02:24:45
手紙その1

拝啓

突然お便りさせていただく失礼をお許し下さい。
私は苗字を○○といい、趣味で自分の先祖について調べているものです。

<相手とあなたがつながる家系図を書く>

<あなたが知っている情報を書く>

<あなたが先祖に興味を持った理由を書く>

<教えて頂きたいことを列挙しておく>

古くからの言い伝えや伝聞など、お気づきの点がございましたら、同封の葉書でご教示頂ければ幸いです。
<あなた宛の葉書を同封しておく>
と、もうしましてもなにぶんプライバシーに関わることでもありますので、無理は申しません。
突然の手紙で、誠に不躾なお願いを致しますことをお許しください。

末筆ではありますが、皆様のご健勝を衷心よりお祈り申し上げます。

敬具


<あなたの住所氏名電話番号メールなどを書く>





6 :先祖マニア:2006/04/04(火) 02:26:16
手紙その2
拝啓
突然お便りさせていただく失礼をお許し下さい。
私は苗字を○○といい、趣味で自分の先祖について調べているものです。

実は私の高祖母の実家が△△という姓で祖母に聞いたところ明治か大正の終わりごろに
県外に移住したと聞きました、そこで電話帳で調べたらあなた様の名前が電話帳にあり
恐らく子孫の方と思いなにか少しでもご存じないかと思い手紙を書いた次第です

<相手とあなたがつながる家系図を書く>
少しでもわかっている内容を書く
<あなたが知っている情報を書く>
由来やエピソード

<あなたが先祖に興味を持った理由を書く>
書きまくってください
<教えて頂きたいことを列挙しておく>
ここも書きまくる
大体10個くらいないかな?

古くからの言い伝えや伝聞など、お気づきの点がございましたら、同封の葉書でご教示頂ければ幸いです。
<あなた宛の葉書を同封しておく>
と、もうしましてもなにぶんプライバシーに関わることでもありますので、無理は申しません。
突然の手紙で、誠に不躾なお願いを致しますことをお許しください。
末筆ではありますが、皆様のご健勝を衷心よりお祈り申し上げます。
敬具



7 :先祖マニア:2006/04/04(火) 02:27:05
先祖を調べる手順(詳細版)
@戸籍・除籍謄本入
自分の戸籍謄本請求→親の戸籍謄本請求→父方、母方、の父(祖父)、母(祖母)の謄本請求→それぞれ・・・
戸籍・除籍謄本を請求する際、請求理由を書きます。請求理由は「先祖供養」が妥当かと思われます。
請求理由を詳しく聞かれた場合「新しく仏壇を作るのでその先祖を調べる」「墓を作るので必要」でいいでしょう。
(理由を聞かれた場合のみで、自分からは言わない方が無難です。「家系図調査」での請求は認められません。)

A死亡記載の戸籍・除籍謄本請求
請求する戸籍・除籍謄本は、その人間の生から死まで記載されているものを請求します。

戦前は、分家しない限りは戸籍が独立しませんでした。
また、戸主が長生きすると隠居して子や孫の戸籍に入っていました。
その場合はその子供や孫が戸主となっている戸籍を請求しましょう。
原則は直系尊属しか請求できませんがその戸籍の中に自分の直系尊属の祖先が記載されており、ほぼ請求できます。
請求する際は「生から死まで出してください」と言って下さい。


8 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 02:28:55


9 :先祖マニア:2006/04/04(火) 07:57:46
B家系図作成
戸籍を読み取って家系図を作成しましょう。
昔の戸籍は何かと複雑で、しかも手書きです。名前や親子関係を間違わないように、しっかりと読みとりましょう。
生没年も一緒に書き込みましょう。

さて、ここまでで、父方、母方の高祖父母が全員(16人)判明したのではないのでしょうか。
その方々は、江戸末期から明治にかけて生きておられたのではないのでしょうか。
坂本竜馬や勝海舟など「幕末の志士」と同時代に生きておられた先祖です。ロマンを感じませんか・・・?

データベースの基礎の基礎がここで出来上がります。「基礎の基礎」とは言え、史料価値は相当のものです。
C旧土地台帳調査
旧土地台帳の調査は少し特殊で、土地の持ち主から先祖を探します。(登記簿・閉鎖登記簿なども同様です)
ここは「案ずるより生むが易し」の典型で実際やってみれば簡単です。
旧土地台帳とは、現在の土地登記簿のようなもので一冊が電話帳と同じくらいの厚みがある本です。
また、閲覧、証明は手数料ゼロ、運転免許証や印鑑も不要です(法務局によって違うかもしれません)
費用が掛からない代わりに、手間と時間が掛かります。戸籍で得られなかった情報が手に入る確率は低いですが、調べる価値はあると思います。
旧土地台帳調査を、後回しにして、親戚まわりをしても構いません。



10 :先祖マニア:2006/04/04(火) 07:59:51
D親しい親戚宅で過去帳、墓石調査
家系図と戸籍類を持参で、親しい親戚や本家に行って、過去帳、位牌、墓石、仏壇を見せてもらいます。
ここで、頑張って作成した家系図が役立ちます。過去帳、位牌、墓石で分かったデータは全て写して帰りましょう。
戒名、俗名、没年(いつ死んだ)、享年(何歳で死んだ)などです。付録の「生没年月日調査表」を活用して下さい。
ここからは戸籍謄本のように続柄が記載されていないので、推測になってしまいます。(過去帳には「○○兵衛父」など若干記載があります)

E親戚の紹介で寺の過去帳を見せてもらう
親しい(血縁関係が近い)親戚の紹介で寺の過去帳を見せてもらいます。
@)親戚からお寺(先祖の菩提寺)に新たに過去帳作成を依頼して貰い、出来上がったら見せていただきましょう。
しかし親戚に(過去帳作成にかかる)高額な謝礼も負担して頂く訳ですから、後日ご仏前を供える等の配慮をしておきましょう。

A)それが無理なら、親戚に菩提寺を紹介してもらってお寺の過去帳を見せてもらいます。
お寺さんも「檀家のプライバシーに関わる」と言って見せてくれない場合もあります。が、そこは粘り強く、
10年越しを想定して交渉し、お寺との信頼関係から築きましょう。

B)10年も待てない場合には「先祖供養がしたいので、新しく過去帳を作って下さい。」とお願いしましょう。
当然謝礼(3〜5万円位)が必要ですが、一番現実的かつ確実な方法です。

ここからは難易度が高くなります自分の家ではなく親戚の家が絡んでくるので
相手方に拒否されたらまず無理ですね、お寺は更に難易度が高いです。





11 :先祖マニア:2006/04/04(火) 08:00:27
F付き合いの無い遠縁親戚に手紙を出す(手紙の書き方は別項を読んで下さい)
ここからは遠い親戚です。(曾祖母の実家など親戚付き合いをしたことがない家)
まず、家を特定しなくてはいけません。戸籍に書いてある住所に対応する現在の住所近辺を、
電話帳で同じ苗字の人を調べ(全国の電話帳は図書館にあります)片っ端から手紙を書きます。
古地名→新地名の対応は地名事典か役場に問合せます。手紙を書く手間を省く事もできます。

手紙には、証拠として戸籍謄本のコピー、記載人物と自分の関係がわかる家系図(手書きで構わない)を同封しましょう。
戸籍で分からなくなるのは明治19年の戸籍が出来る以前で、江戸の終わりか明治の初めに亡くなった方です。
ということは跡継ぎがいなくて断絶した家や分家をして他のところへ引っ越した方を除けば、親戚が見つかる可能性は高いです。
手紙を出しても分からない場合がありますが、それはそれで良いと思います。

G遠縁や親しくない親戚宅での調査
これは親しい親戚との調査とあまり変わりません。DEを参考にしてください。
ただ、初めて行くお宅もあるでしょうから、「ご仏前」(5,000〜10,000円)、お供え物(お酒など)は持参しましょう。

H図書館などで研究
特筆すべき事はありません。
分からない場合はインターネットや図書館員、図書館内備え付けの検索システムを利用しましょう。
ここまで調べて、どうにも分からないところで調査は終りです。江戸中期、7〜8代前になったら難しいでしょう。
旧家でしたら更に遡れるかもしれませんが





12 :先祖マニア:2006/04/04(火) 08:01:55
戸籍(除籍)の郵便請求の仕方
1まず自分の本籍地の役場に自分の戸籍を請求する(個人証明は免許証のコピーがあればいいです、なければ保険証のコピー)
2それがきたら次は父親、祖父、曽祖父、高祖父の順番で請求する
3ただし戸籍が一つとは限らないので全て請求する(出生の記載がある戸籍と死亡記載のある戸籍はだいたい別々になっている)
4しかも昔は戸主の戸籍に全て入っていたので戸主が祖父の兄若しくは曽祖父の兄とかになっている可能性もある(そうしたら戸主が兄の除籍を請求することとなる)
これを手紙で説明するのが面倒なので一筆書いとく

先祖供養のため私の直系尊属の『生から死まで』を全て請求します。(この役場にあるもの全て) また破棄した場合は破棄証明を出してください
(破棄証明は必須です)
母方や祖母方も同じ役場にあるのならば全てもらっておきましょう

注:費用は除籍で1通750円 だから750円の倍数で郵便為替を入れとく
だいたい最大で10通くらいなので(実際にはこんなにはないと思いますが)
7500円分いれとく 余ったら返ってきますのでまた郵便局にいけば現金になります

封筒の中には返信の封筒(切手の貼ってあるもの)を同封しておく事
(当然自分の名前と住所はあらかじめ書いときましょう)
切手は重くなるといけないので相当の重さ(戸籍10冊くらい)でもOKなものを
貼っておく

なにかあった時の場合に携帯番号とメールアドレスは書いとく(役場がすぐに連絡できるように)

返信されたら精査します(誰かの死亡記載の戸籍が欠落してはいないか等)
役場の係も人間ですので失敗はあります・・・だからこちら側でしっかりともう一度
見てみる
あとは返信されたときに担当者の名前が書いてあるので控えておいてください
直接電話するときには直接担当者の話した方が話が早い

最短なら1週間、不手際で再三請求をすることになったら、最長で1ヶ月です



13 :日本@名無史さん:2006/04/04(火) 09:24:58
もうDですか。
スレ立て乙です。

14 :日本@名無史さん:2006/04/05(水) 20:07:37
もう5か はやいな
まだ1年経ってないだろ

15 :日本@名無史さん:2006/04/05(水) 21:06:57
4のurlないのかよ


16 :日本@名無史さん:2006/04/05(水) 21:51:35
ttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1137675415/

17 :先祖マニア:2006/04/07(金) 00:59:52
先日県立古文書館にいきました
理由はそこに保管されてある文書の原本を所有している方と連絡を取りたかった
為です
とりあえず職員の方に事情を説明してこちらの要望を文章にして封書で送って
頂きました
可か不可の返事は多分1ヶ月くらい後になると思いますが気長に待ってみます



18 :日本@名無史さん:2006/04/07(金) 02:00:44
ガンガレ

19 :日本@名無史さん:2006/04/07(金) 06:32:33
偉い貴族

http://c-docomo.2ch.net/test/-/geo/1107317869/35-36

20 :日本@名無史さん:2006/04/07(金) 21:50:12
お世話になります。スレC の最後に書き込みした物です。

おかげさまで高祖父の除籍は手に入りましたが、結果的には同じところ止まりでした。

*頭が悪いので、今までの経緯を簡単説明します。

・父の改製原戸籍を取り寄せました。届いた中で一番古い除籍謄本を見ました。
・「戸主」が曾祖父で、「前戸主」が高祖父となってました。
・高祖父の名前の右肩に「亡養父○○養子」と書かれてました。(高祖父は養子だったと始めて知りました。苗字は偶然にも同じでした。)
・高祖父の名前の上覧の縦長の行に実父の名前(△△入籍ス)とあり、この△△が(直続の)6代上と、名前が判りました。
・また、6代上の「△△」のすぐ下に(亡父□□三男)と書かれていました。この「□□」が(直続の)7代上と、名前が判りました。

・次に、高祖父の除籍を申請しました(曾祖父の除籍のコピーを同封しました。) 
・今日、高祖父の除籍が届きましたが、高祖父の除籍謄本からは、新たにご先祖の名前もしくは生年月日が判明することは出来ませんでした。

こんな感じでした。
・まだ県立図書館・お寺さんの過去帳・田舎の親戚の人のお話を聞く・古い墓石からの情報 まだで色々やってみたいと思います。

21 :日本@名無史さん:2006/04/07(金) 23:30:22
>>20
高祖父の除籍は現在たどれる一番古いものですか?
他から転籍してきていたりはしませんか?
あるいは、養父の除籍はないですか?
相続が明治19年以前だったら、そもそもないのでしょうが・・・

あと、実家の除籍の方はたどれそうにはないですか?
実父△△が戸主じゃなくても、その跡取りのものが残ってないですかね?
その中に実父△△が生年月日入りで記載されている可能性はないでしょうか?
年代からいうと、どうなのかちょっと分からないけど。
それに、実父△△が戸主じゃなかったら、跡取りの名前を調べないといけないし。
こういう場合は旧土地台帳に当たってみればいいんですかね?

それにしても、上の欄に父のみならず、祖父の名前までも記載されていることがあるんですね。


22 :先祖マニア:2006/04/08(土) 00:12:03
>>20

>高祖父の名前の上覧の縦長の行に実父の名前(△△入籍ス)とあり、この△△が(直続の)6代上と、名前が判りました。
この文章から 曽祖父が戸主の戸籍に高祖父が父の名前で記載されているのですね?
(隠居して)

>また、6代上の「△△」のすぐ下に(亡父□□三男)と書かれていました。この「□□」が(直続の)7代上と、名前が判りました。

う〜ん分からない そんなことがあるんですか〜

まあ戸籍で遡れるのはここまでですので、あとはお墓や過去帳、位牌を調べてみてください
きっとまだまだ分かるはずですよ
頑張ってね

23 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 01:40:23
マニアさんの手引に従おうとされる方は、そうして頂ければいいのですが
以前より感じていた私の思うところを書きます。議論するつもりはありません。

>B家系図作成
>さて、ここまでで、父方、母方の高祖父母が全員(16人)判明したのではないのでしょうか。
これに該当する方って一部の方ですよね。特に女性の先祖は判明しないことが多いように思います。

>C旧土地台帳調査
>戸籍で得られなかった情報が手に入る確率は低いです
>旧土地台帳調査を、後回しにして、親戚まわりをしても構いません。
そうでしょうか。私はこのスレ1で一番役に立ったのが、土地台帳なるものの
存在を知ったことです。そして土地台帳の閲覧によって非常に有益な情報を
多く得る事が出来ました。前述の女性の先祖を調べる際にも、かなり役立ちました。

>D親しい親戚宅で過去帳、墓石調査
過去帳、墓石って、残存率低いと思います。
特に墓石については、このスレでは家の裏などに代々作られるのが当たり前
かのように書かれますが、全国では一家に一個(○○家の墓)の場合が多数派です。

>F付き合いの無い遠縁親戚に手紙を出す
>戸籍に書いてある住所に対応する現在の住所近辺を、電話帳で同じ苗字の人を調べ
>片っ端から手紙を書きます。
私はこれはやるべきではないと思いますし、実際今までやってませんし
これからもやるつもりはありません。
これをしなくても、したのと同じ結果を得る事は出来ます。それが前述の土地
台帳や、その他諸資料の調査になるわけですが、確かに手間はかかりますが、
手間を省くために他人にご迷惑を掛けるのは、私の採るところではありません。
それにそれをやったところで、結局諸資料の調査はやらざるを得ませんから、同じです。

24 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 01:40:54
>断絶した家や分家をして他のところへ引っ越した方を除けば、親戚が見つかる可能性は高いです。
戦後の日本の人口移動はすさまじいです。特に都市部では戦前の本籍と同じ
ないし近所に住んでいる人など稀少だと思います。(土地改良その他諸開発で宅地そのものが消滅してる場合も多い)

>G遠縁や親しくない親戚宅での調査
言語道断

>H図書館などで研究
>特筆すべき事はありません。
私が一番力を入れたのは、土地台帳閲覧とこれです。両者によって、先祖が生き
てきた土地の歴史・様子など詳細がわかり、おぼろげながら先祖の生活・人生が
伺えます。もちろん史料に先祖(私の場合すべて庶民です)の名前を発見する事もあります。

>戸籍(除籍)の郵便請求の仕方
>個人証明は免許証のコピーがあればいいです、なければ保険証のコピー
本人が現住所から申請するのであれば必要ないです。

>最短なら1週間、不手際で再三請求をすることになったら、最長で1ヶ月です
最短なら2,3日。最長なら1年以上の事も。私の場合ある傍系籍を申請して
最初はねられたので、担当が変わるであろう時期を予測して申請して、2度目
でとれたのは翌年のことです。

なぜか書かれてませんが、戸籍・除籍申請用紙は市町村のHPに掲載されている
事が多いので、自分の目的市町村のがあればもちろん、よそのでも冒頭部分など
を自分用に直せば使えます。もちろんダウンロードしなくても、書式に則って
いればオッケー。何を書く必要があるかはそれを見ればわかります。大事なのは
捺印です。日本の役所はどこ行っても‥‥。
本籍・戸主・枚数・理由・申請者の住所氏名、続柄、昼間に通じる連絡先だと
か、それを見れば書くべき項目はわかります。

議論するつもりはありません。訪問(FG)されたい方はすればいいと思います。
私自身はするつもりはないというだけです。

25 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 02:28:25
>>23
>>24
> 土地台帳の閲覧によって非常に有益な情報を多く得る事が出来ました。
> 前述の女性の先祖を調べる際にも、かなり役立ちました。
私はこれから旧土地台帳による調査をしようと思っているのですが、
具体的にどのように有益だったのか、一部の例でかまいませんので、
詳しくご教示願えないでしょうか。

26 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 02:39:05
>>25
自分の先祖がどの程度の土地を所有していたかがわかります。
また、戸籍が80年廃棄され、祖先がわからなくなったとしても、推測の手がかりとなります。


27 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 02:47:58
大人げない

28 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 04:17:49
>>26
何冊くらいの旧土地台帳を閲覧しましたか? or 法務局を何箇所回りましたか?
当然平日ですよね?
旧土地台帳を閲覧しに来ているって多いんですか?
空くまで待たされたりしますか?

あと、
> 前述の女性の先祖を調べる際にも、かなり役立ちました。
とあるのは、例えば、「××村 ○田△兵衛 三女入籍ス」と記載されているとき、
××村の旧土地台帳を逐一めくって、○田△兵衛の名前を探し、
△兵衛の親と思しき名前が前土地所有者として載っているかどうか確認する
ということですか?

何件くらい役立った例がありましたか?
そのうちの一例でいいですので、
ケーススタディーとして教えていただけないですか?

29 :23=24:2006/04/08(土) 04:59:46
26さんではないですが。

>何冊くらいの旧土地台帳を閲覧しましたか?
数えてないですが、かなりの数です。いや冊数では20にも達してない
かもしれませんが、中にはマジで半端じゃないくらい分厚い(10セン
チくらい)のってありますから。

>法務局を何箇所回りましたか?
まだ1箇所です。

私も最初は単なる先祖調べで始めたのですが、そのうち段々広がってきて
先祖が生きた時代を追体験したいというか、空気を感じ取りたいというか
たいそうな言い方をすると、先祖が生きた土地の景観復元というとこまで
望むようになり。

先祖調査のためだけなら、早く他の本籍管轄法務局にも行くべきなんですが。
ですから
>前土地所有者として載っているかどうか確認するということですか?
これだけのためだったら、そんなに手間かからないと思います。
私もさっさといろんな法務局へ行って、先祖調べの作業のほうに戻りたいんですが‥‥
結局目的によると思います。単なる先祖調べのためなら、閲覧作業は
そんなに益する所少ないのかもしれません。さっきは書きすぎました。
あくまでも「私にとっては」非常に有益でした。

30 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 08:04:40
>>21
>それにしても、上の欄に父のみならず、祖父の名前までも記載されていることがあるんですね。

父が祖父の戸籍に入っている場合。


31 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 09:56:16
>>25

横レスになりますが、戦前の家督相続で家督相続した戸主は必ずしも土地を相続したとは限らないケースがありました。
隠居した前戸主がそのまま土地に関する権利を持っていたのが判明したからです。
上記の内容は本家に当たる相続内容で、明治中期に分家した我が家は傍系の戸籍入手(直系記載請求)で判明した事実なので、
戸籍と台帳の両面を注意深く検証しなくてはならないケースを記しておきます。

32 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 11:22:20
>>20です。
>>21・高祖父の養父の除籍→「出ない」と電話返答。(高祖父は天保元年1830生れ)
  ・高祖父の実父の除籍→跡取り存在するか?断絶してるのか?も現状分からず→今度、地元在住の叔父さんに聞く予定です。
  
>>22・そうです。高祖父は曾祖父が戸主となってから隠居したみたいです。自分ではそう認識してます。
  ・養子に入った高祖父の情報ですが、上の縦長の3行あるうちの最右列から
   「万延元年*月*日相続(年・月・日・相続の字だけ活字) 嘉永六年*月*日本村 (苗字)△△翁(亡父□□三男)入籍ス 」
   と書かれてますので、自分ではそう解釈してみたんですが・・
   この場合の「入籍」は、ほぼ間違いなく養子に入った年代です。生年月日はその24年前になってますし。
  又、>>30さんの言うように、この時まだ高祖父の実父は、父の戸籍に居たのでしょうね。
  通常、子を養子に出す時期の親の年齢は、まだ隠居するには早い感じがしますし。
  
  ・幸い、代々受け継いでる土地が幾つかあり、旧土地台帳を当ってみたいところです。
  ・割と話し易い叔父さんも地元にいますので、何か聞ければラッキーですが。
  ・あと、県立図書館のhpの、フリー文字検索などに、先祖の旧村の名前を入力して検索したら、
  何か手がかりになりそうな古記録リストが上がってきました。私の場合、唯一家に残っている
  古い協定書に先祖らしき署名があり、これらの資料と合致してくれないか期待してるところです。
  
  ・あと、たいした手法じゃないかもですが、今ネットオークションで、結構古文書・古記録が
  出展されてて、運良ければ、地元の書物が手にはいるかなと。(読むのは困難ですが)   

33 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 13:27:52
>>20 >>32です。
>>32で書きましたが、ウチの高祖父の実父のその父の名前があると書き、またそれは高祖父の父が
高祖父の祖父にまだ隠居しているからではないか?という説が有力だったのですが、
再度考えると、(亡父□□三男)と書いてあるんですが、「亡」というからには、高祖父の祖父は
この養子縁組する段階では、死んでいる という解釈になるのですか?
 
 そうであれば、通常であれば亡くなる前に相続完了しているのが普通で(50代位で隠居してしまい戸主から身を引く場合が多いくらいなので)
でもすでに「亡父□□三男」この□□さんはもう死んでいるなら

これはもしかして、養子縁組するときにだけ、おじいさんまで名前を書くことになっている というのが真因になるのかと思い始めてます。

ちなみに、高祖父の妻となった人の父は(当然)書いてますが、
おじいさんまでは書いてないです。だからやっぱ養子に入ったときだけ、こう書くのか?
あと「翁」らしき文字 この意味は何なのか? 「翁」にはそもそも老人の意味があるとは
聞いてますが。 

34 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 14:16:32
文章だとかなり複雑やな UPほうがいいかもよ

35 :飛瀬:2006/04/08(土) 20:03:29
分かっていると思いますが、UPのときは個人が特定されるような箇所は修正してくださいね。

36 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 20:54:37
upしようと思いましたが、万が一抜けがあると怖いので、一旦やめときます。残念かも
しれません済みません。(もしかすると県が特定されると思います。)

37 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 21:40:36
なんで県が特定されるの?

38 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 22:18:19
その用紙のフォーマットの関係で。別に県が判ってもいいんだろうけど。

39 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 22:24:09
別に県くらいはいいじゃん

40 :先祖マニア:2006/04/08(土) 23:49:36
>そうです。高祖父は曾祖父が戸主となってから隠居したみたいです。自分ではそう認識してます。
  ・養子に入った高祖父の情報ですが、上の縦長の3行あるうちの最右列から
   「万延元年*月*日相続(年・月・日・相続の字だけ活字) 嘉永六年*月*日本村 (苗字)△△翁(亡父□□三男)入籍ス 」
   と書かれてますので、自分ではそう解釈してみたんですが・・

やはりUPがあったほうがいいかも知れませんね(残念です)

>あと、たいした手法じゃないかもですが、今ネットオークションで、結構古文書・古記録が
  出展されてて、運良ければ、地元の書物が手にはいるかなと。(読むのは困難ですが


ほ〜最近はそんなのもあるんですね 勉強になりました


41 :日本@名無史さん:2006/04/08(土) 23:50:01
佐渡奉行から昇進して最後の大阪城代になったのって誰ですか?
先祖がその人の家臣だったようなのですが。
かわじとしあきら?違うかなぁ?

42 :先祖マニア:2006/04/08(土) 23:54:29
亡については 明治5年の壬申戸籍作成時に亡くなっている場合に記載されている
と聞いたことがあります 若しくは明治19年戸籍を作成した時に亡くなった場合も
あるので
明治5年以前に亡くなっている  か
明治5〜19年の間に亡くなっている の2パターンありますね

隠居は一概には言えないかも知れません 確か当主は徴兵免除になってたと
思いますので隠居して当主にした場合もあると思いますし

婿養子をとったタイミングで隠居した可能性もありますし

ただ45過ぎたから隠居ってのもあるかもしれません

ケースバイケースですね


43 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 00:05:52








http://wolfpac.press.ne.jp/daimyo06.html

44 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 00:18:16
「翁」の部分だけでもあアップしてみない?
他の字の可能性もあるし。



45 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 09:38:14
やっぱupしました。ローダにうpまで出来たですが、ここに持ってくるには
どうすればいいんですか?

46 :飛瀬:2006/04/09(日) 09:56:21
そのページのURLをコピーして、本文に貼りつけたらいいんだよ。
わかりました?

47 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 10:01:02
http://www.imgup.org/

48 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 10:11:25
今貼り付けたけど、ここをクリックしても、自分がうpした画像そのものに飛ばないんだけど
どうしてですか? 無知ですみません グループ1 ファイル名は数字のヤツで上から10行以内に
まだ入ってます。適当に開いていけば出ると思います。3枚あります。・・なんか変なやりかた

49 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 10:14:57
iup******.jpgの******の番号部分を教えてください。
一つ一つ開いていくのは、かなり面倒です。

50 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 10:49:13
パスワードを設定してないかい



51 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 11:28:11
まずhttp://www.imgup.org/iup190576.jpg.html 戸主・高祖父の生年月日


52 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 11:35:51
http://www.imgup.org/iup190578.jpg.html 行最下段 
高祖父の実父名△△衛(△△は隠してあります)の次にある字が、言っていた「翁」になります。 一見「弟」に見えます。


53 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 11:41:50
http://www.imgup.org/iup190580.jpg.html 「翁」の次の行に移り
カッコして(亡父□□三男)とある部分 
・この人が高祖父の実祖父だと思ってます。


54 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 11:58:42
「翁」ではなく「弟」ですね。
△△衛は高祖父の兄になります。
そして、亡父□□が高祖父の父ということになります。
つまり、高祖父は亡父□□の三男ですね。

55 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 12:20:22
弟 でしたか。恥ずかしい。 ・・でも思い込みが解けて、新しい事実が判って、
それが一歩先に進んだ気持ちがします。
やはりおじいさんまで書くなんてことは普通ではなかったのですね。私はこの県独自の
記入方法かと思い込んでました。
 最初、弟 に見えてたんですが、「なんで兄の名前を書く理由があるんだ」と思い込んでたから勘違いしてしまってたんですが
よくよく考えれば、高祖父は養子に入ったのですから、実家の家督を継いだ長男が居るはず。
その戸主(?)をここに 兄 として書いていたんですね。良く分かりました。
 長男は普通養子に出さないですからね。 有難う御座いました。

56 :歴史企画研究:2006/04/09(日) 13:45:37
>>55
それとこの除籍によると、この地域は明治29年まで壬申式が用いられてたのですね。
だから()はあとで入れられたものでしょう。

57 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 13:49:51
もしかすると△△衛の戸籍はあった、もしくはあるのかもしれませんね。
運がよければ高祖父の母がわかるかも知れませんね。

58 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 15:48:57
何県か判っても問題ないと思うのでヒントです
http://www.town.minobu.lg.jp/local_minobu/rekishi/choushi_minobu/T12_C01_S03_1.htm


59 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 16:14:02
>>57 △△の子孫を探せば、その道が開けるんですよね?

60 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 17:24:34
そうです
開けます

61 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 17:37:31
古文書オークション
古文書 で検索すると、色んな業者の人が出展してますよ。骨董屋さんだと思うのですが、
どこで手に入れるのか判りませんが、1000円とかで開始しているので、
おそらくタダ同然で引き取っている物と思われますが、
出す方も 何のためらいもなく廃棄するのでしょう。
いつも傍らにあると、同でもいいものと思ってしまい勝ちです。
でも「7代近く前の自分の先祖が手にしていたものを手に出来る」という重要な価値を判る前に
実は当方も廃棄してしまったんです・・ああもったいない・・今凄く後悔してます。
明治期の和紙の家の登記書きもあったんです・・なんてばかなことを。
今持ってれば、かなり近道で先祖捜索が出来たんです。当時はこんな興味深いものだと思ってなかったし。
でもそれまでは、薄暗い倉庫の押入れに、薄気味悪くしまわれてて、なんとなく見るのが物々しく感じてたものでした。
よって父の死とあわせて供養償却してしまった。(ほんの一部残っているだけ)
父も生前これらの古文書には全く興味がなかった。田舎の家のふすまの補修材として雑に置かれていたくらいでした。

親戚など心当たりある方は是非気をつけて下さいね。

チラシの裏ですみません。先祖の土地付近ので何か良いのが出ないかなあ。

62 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 19:11:18
そりゃ、もったいなさすぎる。
うちはそんなに古い文書は残ってないけど(あっても曽祖父程度、しかも僅少)、
20年前にあんまり興味を持っていない叔母から譲り受けて保全しました。
でも、漏れもあったみたいで、いくつかはなくなってしまったみたい。

63 :日本@名無史さん:2006/04/09(日) 22:27:30
本当に、バカなことをしてしまいました。 古いものは昔から好きだったが、
獲って置いても読めないし とか思ってて、あと母の意向でそうなったのもあるんですけど、
今考えると、それでも黙って獲っておくべきだった。判っているのは、金貸しらしき証文だったということが
まず殆ど判っているのですが、(父が詳しい人に一度見てもらって、そう自分に説明)あと天保9年という文字を自分で見たこと。
実に7代〜8代まえの先祖が書いたものだった訳です。出来ればどの土地を何文で取ったのか、それが今のどこなのか?
これは読めないと出来ないが、あと最後の名前。これだけでも見ておくべきだったと今思ってます。
でも父が生存中は、父が全く触れようともしてなかったんで、「見させて」とかも言いにくかった。
 
その頃の先祖が使っていたであろう石臼も持ってるんですが、やっぱ書き物が残ってると違う。

でもこのスレなどで勉強指せて貰い、旧土地台帳という手があり、そこに、この証文を書いたであろう
人物が居ることを今度期待してるんです。

ところで、旧土地台帳では 天保(1830)あたりの名前まで出てくるものなんですか?



64 :先祖マニア:2006/04/09(日) 22:54:18
>>55
初めはそんなもんですよ 少しずつでも知識が増えれば楽しいですし勉強になります

>>58
私の先祖の先祖(800年位前)の発祥の地付近ですね
たしか日蓮宗の総本山がなかったかな?

65 :先祖マニア:2006/04/09(日) 22:56:21
>>63

>ところで、旧土地台帳では 天保(1830)あたりの名前まで出てくるものなんですか?

明治22年前後までしか出てきません
その1つ前くらいなら分かるかもしれませんがそれでも明治初期ですね
旧土地台帳では明治までが限界です



66 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 00:36:21
>>64

日連宗 身延派

山梨県の身延ですね。

67 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 00:52:36
>>63

先祖マニアさん

その回答は間違いですな。

台帳の記載人物は確かに天保年間の人物辺りまで辿れる。

うちの場合、天保13年生まれの高祖父が隠居後(除籍記載による)にも土地権利は台帳に名前が記されいましたョ。

68 :先祖マニア:2006/04/10(月) 01:10:15
>>67

ふ〜ん そうなんですか
UPしてくれませんか?


69 :先祖マニア:2006/04/10(月) 01:13:57
それって結局天保生まれの高祖父が明治初期まで生きていて台帳に名前が
記されていただけですよね 

ということは『高祖父』の名前が記されていたという事ですね

70 :飛瀬:2006/04/10(月) 01:14:25
この間、母方の祖父母の家にいったら、以前見つけた戦中のものと思われる手ぬぐいが叔母に捨てられていました。
明治のとちかんけいの古文書と賞状は僕が持ち出していたのでたすかりましたが。
みなさんも気をつけて。

あと、先祖の子孫と思われるかたの住所を特定しました。
ただ、今は忙しいですし、まだ未成年なので今回は手紙は自粛するつもりですが。

71 :先祖マニア:2006/04/10(月) 01:16:09
>>70

そうなんですか 着実に探されていますね


72 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 01:19:58
土地台帳は、届け出するしないは本人の意志によるので
何十年も昔の持ち主の名前のままである場合も多い。
我々先祖調べにはこの方がありがたいがw

73 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 02:17:26
千葉県だと一部地域は明治17年からだし、
東京都の六大区あたりまでなら沽券図で明治5年の所有者もわかります。

74 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 02:22:54
どちらにしてめ明治初期までだな

江戸時代にはいるとあまり使えないって事

75 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 03:13:16








加賀千代女

76 :日本@名無史さん:2006/04/10(月) 06:44:57






http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/geo/1107317869/



http://wolfpac.press.ne.jp/daimyo06.html

http://www.eva.hi-ho.ne.jp/iwaemon/

77 :治左衛門:2006/04/10(月) 08:42:00
旧土地台帳が使えるのはいいですね。
私の先祖の場合、「本籍地」を調べると
知らない人の所有でした。
どうやら賃貸だったようです。
町方ってこんなふうに(村方もそうかもしれませんが)、
本籍地以外にも土地をいくつか所有している人と、
私の先祖のように持ち家のない人がいるんですね。

78 :ボンチ:2006/04/10(月) 10:01:11
hnを付けました。 今後もチョクチョクお世話になります。 
であるなら、まだ法務局に行ってないですが、想定では私の高祖父が天宝元年生まれで
明治29年に曾祖父に相続してますので、一般的には高祖父の名前止まりだろうけれども、
届出の関係上まだ判らないので期待を持って行く。こんな心境になりました。 

79 :ボンチ:2006/04/10(月) 10:31:31
>>66  県はあってますが、残念ですがご先祖のつながりは無いようです。
寺と修派は恐らく違います。 父が生前云っていたお寺さんの再度調べたら
ちょっと合致してませんでした。

80 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 14:43:54
曾祖父が三男なら長男である兄の戸籍が入手できれば運がよければ母親の名前がわかるかもしれん



81 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 15:14:43
有難う御座います。今度 当地へ行く予定があるので、かんばって叔父さんに聞いて見ます。
また、法務局にも立寄る予定でいます。

あと、先日、家の過去帳と戸籍を見比べていたら、曾祖父の亡くなった女子が、高祖父と間違っていることに、気が付きました。
これを理由に、お寺さん、もしくは田舎の叔父さんの家にある過去帳を見せて貰い易くなりました。

あと、家の中を探し回っていたら、高祖父の除籍謄本が出てきました。
大正14年に村長の名前があります。昭和7年生まれの父の名前が、まだ載っていないものです。
祖母(父方)の遺影の元になった写真と一緒に、風呂場のタンスの上の小物入れに、雑に入ってました。
(なんとなく自分もこの用紙が気になった事が今までありました)

フォーマットは明治19年式であろうと、現在自己判断しています。
紙は、藁半紙の高級なヤツみたいな紙です。ここで、父に亡くなった兄(3歳で)が存在した事を、始めて知りました。

今まで約20年 現在の家に住んでますが、今回貴重な物を、意外な所から入手出来ました。


82 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 15:17:50
■■■■■■■■■■■■■■■■
■                     ■  違う板にコピペすると、四角の枠の中に
■                     ■  メッセージとURLが現れる不思議な絵。
■                     ■
■                     ■  (その仕組みがリンク先に書いてある)
■                     ■
■                     ■  この原理を応用すると、まったく新しい
■                     ■  コピペが作れる予感。

83 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 17:20:34
藁半紙ならかなり古そうだね
ジンシンかもよ

アップしてみたらまた皆が判断してくれると思う

84 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 17:21:57
藁半紙ではなくて美濃紙なら完璧にジンシンです

85 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 17:37:03
ウチの先祖は農家なんだけど
明治初期から代々総領の写真が仏間に飾ってる
って珍しくない?
お百姓でも羽振り良かったのかねぇ。
今の本家の家は天正の頃に立てた家で古いけど
凄く広い。カクレンボをイトコとやって楽しかった。

86 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 17:45:19
85さんの家は、農家って言っても
名主さんとか、現代風に言えば大手農家だったんじゃないかな?
あと、農家でも元々戦国期に辿れば武家の家柄とかの場合
明治期に入ってから、天皇の勅命という形で
○○郷(村)を治めなさいって勅命がきてたみたい
もっとも、治めるって言っても江戸時代の領主的な立場でなく
村の代表って感じらしいですけどね
(うちの親戚も農家なのですが、そういう役目してたみたいです)
つまり、85さんの家は農家の名家っていえばいいのかなぁ・・・
そんな家だったんじゃないですかね?


87 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 19:41:27
ボンチさんって何歳なの?お父さんが昭和7年だったら45才位?

うちの父親とほとんど変わらないね

88 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 21:30:33
>>87
なんだ
ショベン臭いニートのガキか

89 :日本@名無史さん:2006/04/11(火) 22:21:56
>>81
> ここで、父に亡くなった兄(3歳で)が存在した事を、始めて知りました。
今回取った高祖父の除籍謄本には載ってなかったの?
戦災とかで焼失したあと、再製したときに省略された、
なんて事情があるのだろうか?

90 ::2006/04/11(火) 22:34:25
>>88
まぁまぁ、そういうことを言わずに。

>>89
昔は生まれても無事に育たないこともあったから、或る程度育つまで届けを出さなかったのでは?
で、亡くなったときに初めて届けを出したとも考えられる。

今月は>>3の系図の5と11について、さかのぼる予定。
11が戸主の除籍謄本が取れれば、前回まで唯一不明だった12の名前が判る…はず。





91 :先祖マニア:2006/04/11(火) 23:24:43
>>81
こんばんわ

>あと、家の中を探し回っていたら、高祖父の除籍謄本が出てきました。
ぼんちさんが今回請求したものと同じでしたか?


大正14年に村長の名前があります。昭和7年生まれの父の名前が、まだ載っていないものです。

といことは大正14年〜昭和7年までの戸籍ですね おお かなり希少ですね

祖母(父方)の遺影の元になった写真と一緒に、風呂場のタンスの上の小物入れに、雑に入ってました。
(なんとなく自分もこの用紙が気になった事が今までありました)

フォーマットは明治19年式であろうと、現在自己判断しています。
紙は、藁半紙の高級なヤツみたいな紙です。ここで、父に亡くなった兄(3歳で)が存在した事を、始めて知りました。

私も見てみたいです よろしければUPしていただけないでしょうか?


今まで約20年 現在の家に住んでますが、今回貴重な物を、意外な所から入手出来ました。

自分の家でも探せば結構あるもんですね



92 :先祖マニア:2006/04/11(火) 23:26:55
藤さん
こんばんわ

いよいよですね 12が判明すれば高祖父母制覇ですね

藤さんの家は確かかなり遡れますよね?
5代前も頑張って見てください



93 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 00:03:53




http://wolfpac.press.ne.jp/daimyo06.html

http://www.eva.hi-ho.ne.jp/iwaemon/

94 :ボンチ:2006/04/12(水) 10:59:24
>85ウチの先祖は農家なんだけど
明治初期から代々総領の写真が仏間に飾ってる
って珍しくない?
・ご先祖の顔が判るのは羨ましいです。

>85お百姓でも羽振り良かったのかねぇ。
・位の高い順に 名主→惣代→長百姓→百姓代→小前百姓 だと思います。
85サンの家なら古文書が残っているのでは?協定書などに署名があると家位が分かり易い場合があります。


ご要望が多いようですのでまたupしてみます。済みませんが暫くお待ち下さい。ご教授宜しくお願いします。
壬申は階級・寺・などかいてあるんですよね? そして墨で書いてあると思うんですが、
そんなに古いものではないし、寺・宗派などは書いてないです。
19年式だと嬉しいのですが・・。



今37歳 はずかしながら失業中で、求職作業の傍ら、父の死をきっかけに戸籍を取り寄せてから興味を持ち
始めて 毎日昼真っからこんなことばかりやってまして;。

> ここで、父に亡くなった兄(3歳で)が存在した事を、始めて知りました。
今回取った高祖父の除籍謄本には載ってなかったの?
・・済みません、再度チェックしたら父の改正原戸籍に載ってました。また過去帳にものってました。説明が誤ってました。
ただ父生存中に聞いたことが一回もありませんでした、という意味でそう云ってしまいました。

>あと、家の中を探し回っていたら、高祖父の除籍謄本が出てきました。
ぼんちさんが今回請求したものと同じでしたか?
・違います。

・これは、つたない情報ですが、あるところで「明治9年 戸籍簿 ○○町」と書かれた古記録が売りにだされてるらしいんですが、
これって もしかして壬申戸籍真っ只中のものになるのですか? 


95 :歴史企画研究:2006/04/12(水) 12:57:57
歴史企画研究です。
このたび、明治5年式戸籍の一部内容の公開について、
内閣府より意見書の提出を求められました。
もし時間の合う方がいれば、オフ会を兼ねて、参加者を募りたいと思います。
詳細はHP「古い戸籍の知識箱」へ(今夜中にUPします)

96 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 14:02:31
すいません、森氏一族の子孫って今現在もいるのでしょうか?

97 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 15:38:50
普通にいると思うよ

98 :ボンチ:2006/04/12(水) 18:46:58
お世話になります。先日、家から出てきた古い抄本です。→http://www.imgup.org/
これは、明治?大正?何年式になるのでしょうか? 詳しい方、教えて下さい。

99 :ボンチ:2006/04/12(水) 18:53:38
済みません。画像がうまくリンクできて無いので、191769 です。
お手数ですが開いていただけませんか?

100 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 18:59:40
ttp://www.imgup.org/iup191769.jpg
だよね。

壬申に一票。

101 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 19:34:50
モレも壬申だと思うわ。

102 :ボンチ:2006/04/12(水) 19:59:20
>>100 そうです。

103 :ボンチ:2006/04/12(水) 20:02:19
え??? 

104 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 20:16:43
明治19だろ

105 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 20:19:15
歴史企画研究さんならわかるのではないでしょうか?
戸籍に詳しそうですし

106 :ボンチ:2006/04/12(水) 20:35:22
年代、フォーマット、書いてある内容(殆ど消してますが)
各サイトさんの参考写真 程度しかまだ参考にしてませんが、
いいとこ明治19式と思ってます(ました)。

107 :ボンチ:2006/04/12(水) 20:45:15
何回も済みません。  どちらにしましても、ご教授有難う御座います。


108 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 20:58:28
>>104
一枚目片側6人は明治19年式じゃないよ。

109 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 21:13:13
確か明治19年は表が4人で裏が5人だったよな



110 :ボンチ:2006/04/12(水) 21:46:20
明治19年式みたいな形してるのに「一枚目片側4人」がウチには無いんです。
こないだ取り寄せたやつも片側7人です。これは県独特のものなのかな?・・
明治31年 大正4年、昭和23年 となるにつれ一枚目の記載人数はどんどん減っていく感じがしますし

現段階での個人的結論ですが、これは県独特の明治19年式 と思ってるんですが。

いずれにしても「戸籍の知識」に内容がシフトしてきてしまい、いささか恐縮です。
歴史企画研究さんのhpで質問させてもらおうかと思ってます。

先祖の方ですが、今のところ「1」高祖父 のラインの調査だけに専念していく予定です。
進展あればまた報告します。

111 :日本@名無史さん:2006/04/12(水) 21:57:12
UPしてもらった抄本って、高祖父のですか?
高祖父は天保元年生まれですよね?
新たにUPしてもらった抄本の戸主の生年は
「慶應参年」って書いてあるように見えるのですが・・・
曾祖父(あるいは、同じ代のかた)の戸籍から作成された抄本ではないですか?

112 :先祖マニア:2006/04/12(水) 23:16:16
UP有難うございます

恐らく明治19年戸籍でしょうね
族称の欄のところのフオームが明治19年版と同じでした
県によって違うのですね


>先祖の方ですが、今のところ「1」高祖父 のラインの調査だけに専念していく予定です。
進展あればまた報告します

養父系統ですが実父系統ですか?それとも両方ですか?

113 :先祖マニア:2006/04/13(木) 00:46:24
http://www.imgup.org/iup191944.gif

山梨は表が7人記載ですね

114 :先祖マニア:2006/04/13(木) 00:48:23
↑ 上記説明 


さらに、明治15年乙第92号により、明治16年からは戸籍上1欄を設けて婚姻度数を記載すべきことが達せられている。
 婚姻度数の記載は、山梨県に限らず、10年代には、全国一般に行なわれているが、この措置と「二夫に見(まみ)えず」式の道徳との間の関係などについては、明らかでない。
 またこの法令では、職業名の詳記を要求しているほか、最上欄に、山林反別・牛馬・車の欄が増加されている。これは山梨県特有の戸籍様式であり、藤村県政のあらわれであると考えられている。


115 :日本@名無史さん:2006/04/13(木) 02:08:26
>>113 >>114
http://www.town.minobu.lg.jp/local_minobu/rekishi/choushi_minobu/T12_C01_S03_1.htm
からの引用だよね?

116 :先祖マニア:2006/04/13(木) 02:19:24
そうです

117 :ボンチ:2006/04/13(木) 09:59:48
>新たにUPしてもらった抄本の戸主の生年は
「慶應参年」って書いてあるように見えるのですが・・
→又間違ってました・・。曾祖父のでした。
一番最初に取り寄せた曾祖父のは7人、
ここに書き込みしてから取り寄せた高祖父のも7人
(上2つとも裏面8人)です。

>養父系統ですが実父系統ですか?それとも両方ですか?
→個人的には、養父系を探りたいのですが、サブで実父(高祖父の)系と考えてます。

・皆様のお家でも、大々的な大掃除・処分などされる場合は、意外な出物があるかもしれなせんね。
私はゴソゴソやってたもんで、少し母に怪しまれましたが。

118 :日本@名無史さん:2006/04/13(木) 23:12:33
>>116
ならば出典を明記なさい。

119 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 01:33:16
ウザイ奴もいるもんだ

120 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 02:22:11
先祖マニアさん起こらないでW

121 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 02:33:17
神田の三省堂に古地図コーナーがあって、
江戸末期のお江戸の地図なんかも本になって売ってますが
(例えば、「切絵図・現代図で歩く江戸東京散歩」)、
よく見ると、大名の屋敷(○○守とか書いてある)だけじゃなくて、
氏名だけが書かれた小さな屋敷も無数にあります。

こういう名前の中に、自分の先祖を発見した!なんて人、いますかね?

122 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 02:56:32
>>119
著作権を尊重すれば、自ずから>>118の言う通りになるだろう。
リンクを張れば済むことを、無断コピーを推奨する君の方こそ、
このスレをダメにすることになるだろう。

123 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 03:22:48
>>122
ほっとけ
なんでも「ウザイ」の一言ですませるのは、バカの証拠なんだから

124 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 05:13:16
なんか小姑みたいな奴がいるな

125 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 09:03:36
>ウザイ奴もいるもんだ
>なんか小姑みたいな奴がいるな

ステハンで反論しても誰が書いているのかは、分かるんだよ。
>>118の言う事は正論。 素直に謝罪すればいいのに…。


126 :先祖マニア:2006/04/14(金) 09:21:52
>>118
そうですね 忘れてました スミマセン
>>119
まあまあ
>>120
怒ってませんよ
>>121
先祖が城下町に住んでいたら使えるかもしれませんね でも多分武士とかなんでしょうね
>>122
別に無断コピーを推奨はしてませんが・・・でも著作権は尊重してます





127 :日本@名無史さん:2006/04/14(金) 16:11:50
>>121
地方の城下町の城下絵図でいいなら、私の先祖の名を見つけたことがあります。
うちの藩の場合は、下級武士はもちろん、半士半農の原方(世襲身分であったため維新後は士族に)も城下絵図に載ってます。
更に、19世紀に入ると町方の絵図(城下絵図とは別)も編纂されました。
他の土地ではどうなんでしょうか?

128 :造り酒屋:2006/04/14(金) 21:02:34
旧スレの>>806で先祖マニアさんに教えていただいた方法で
戸籍の再請求をしていましたが、今日電話で役所に問い合わせて結果はだめでした。

曾祖母の戸籍は明治12年に除籍(結婚のため)されていて「該当なし」と前回戻ってきたので、
今回はアドバイスどおり「○太郎姉治郎右衛門長女=曾祖母」の○太郎の除籍を請求し、
メモに「○太郎の父親が治郎右衛門になっているので直系の記載があるので出してください」という意味のことと
「どうしても知りたいのでなんとかお願いします」をいろんなところに書いて請求しましたが、
やっぱり2週間待っても返事が来ないので電話をして見ました。

調べていただいたら、○太郎の除籍の父親欄の名前が治郎右衛門と違っているので出せないといわれました。
それでも、少しごねたりお願いしたりして、「検討します」とは言っていただきましたが、
やっぱりダメだとの回答をもらいました。

ちなみに、高祖母の名前は記載されていませんでした。
住所が○○村までしかわからなかったのですが、住所の表示がある戸籍を見て話してくれているようでした。

酒屋からはまだ何も返事がありません。
造り酒屋は冬〜4月まで、寒仕込みの時期で昼夜なしの忙しい時期に手紙を出してしまったことも
返事が無い理由かもしれません。

ただ、手紙に「ご先祖様に○太郎や治郎右衛門はいませんか?」とたずねているので、
治郎右衛門という人物が間違いであるなら、先方も回答のしように困っているかもしれなくて
申し訳なく思っています。

来週、たまたまその地域に行く用事ができそうなので法務局によってみようかと思っています。
(赤ちゃんをかかえているので、長居はできないのですが)
そこで○太郎の父親の名前がわかれば、お詫びとともに、酒屋にもう一度お願いしてみたいのですが。

アドバイスをお願いします。



129 ::2006/04/14(金) 22:14:23
>>128
○太郎さんと曾祖母さんは実のご姉弟ですよね?
○太郎さんが高祖父母どちらかの連れ子とか再婚後の子だと親の名前が違ったり
するのかな?とは思います。
うちの除籍謄本にも「後夫」と書かれた人がのっています。
可能性としては、○太郎さんの除籍の誤記もありうると思います。

高祖父さんのお墓は場所がわからないんでしょうか?
お墓に墓名碑か直に墓石に彫られているなら、その名前と照合して誤記かどうか
判るのではないでしょうか。

治郎右衛門さんを知る人がいなくても、○太郎さんを知っている人はいるかも
しれません。ただ、曾祖母の世代ともなれば、知っている人も限られてきます。
先方も今、探してくれている最中かもしれません。
あせらず、待ってみましょう。




130 :歴史企画研究:2006/04/14(金) 22:21:34
>>128
私の場合、やはり父親名が違っていましたが出していただきました。
運良く本籍地、および弟(戸主)の名前があったからです。
私の高祖父の父=興右衛門、弟の戸籍=子右衛門です。
また、代理取得でも同様にありました。
間違い=川合、正解=河合でした。
これも本籍地が掲載されていることが決め手になりました。
たぶん、本籍地の割り出しが鍵となりますね。

131 :やすべぇ:2006/04/14(金) 23:36:25
HNを名乗ることにしました。

>>128
私の高祖父は、曾祖母の父親としての名前と、
曾祖母の兄の父親としての名前との間で、漢字が一字違っています。
「與栄次」と「與永次」です。読みは同じなんですけどね。

ちなみに、曾祖母は曾祖父と婚姻する前に前夫と離婚しているのですが、
離婚して兄の戸籍に戻ってきました。
そのため、同じ戸籍なのに、兄の父親名と妹の父親名とが違っているのです。

どこで食い違ったかは、まだよく分からないのですが、
明治10年代に曾祖母が前夫と婚姻したときに写し違いでもあったんでしょうかね。
除籍に書かれている明治20年代以前の出来事には分からないことが多いです。

造り酒屋さんの場合はどうなんでしょうかね。
「治郎右衛門」と「次郎右衛門」の違いとかでしょうかねぇ?

132 :先祖マニア:2006/04/15(土) 00:17:10
自分もありました

高祖母の父親の名前は その高祖母の戸籍では政助ですが
高祖母の弟の戸籍では孫兵衛でした

初めは他人と思っていたのですが祖母や祖母の従姉妹またはそこの当主の
話で政助=孫兵衛ということが判明しました。
ちなみにお墓、位牌で全て政助となっていたので孫兵衛は別名か戸籍史のミス
だったのでしょうね


133 :先祖マニア:2006/04/15(土) 00:19:42
法務局は調べるのに時間がかかるので子供を抱えたままとなると少し
厳しいですね、少しでも番地が特定できたらいいのですが

また私の経験ですが、村の大きさによって旧土地台帳の冊数も変わります
父方のある村 4冊
母方のある村 100冊

4冊ならばまだ可能ですが
100冊となるとめちゃめちゃ大変です。




134 :やすべぇ:2006/04/15(土) 01:02:43
電話帳の厚さで100冊ですか!
まだ旧土地台帳の調査は未経験なのですが、
覚悟しておいた方がいいですね。

法務局にあらかじめ聞いておけば、
冊数の目安って教えてくれるものでしょうか?

135 :先祖マニア:2006/04/15(土) 01:18:41
電話帳といっても和紙なので一枚一枚の厚さは電話帳みたいに薄くはないです

あと100冊の村はかなり極端な例だと思います
まあでも20冊くらいはざらですね

>法務局にあらかじめ聞いておけば、
冊数の目安って教えてくれるものでしょうか?

教えてくれるんじゃないですか?





136 :歴史企画研究:2006/04/15(土) 08:53:30
ひとつの方法としては公図で宅地を中心に調べるといった方法ですね。
冊数の多い地域は得てして地目山林及び田畑が多い地域です。
宅地の固まっている地域から調べると、容易な判断ができるでしょう。

137 :産経:2006/04/15(土) 13:27:07
本日の産経新聞に、先祖探しについて詳しく出ています。
よかったら購入してみて。

138 :日本@名無史さん:2006/04/15(土) 18:40:22
田舎なので産経新聞が手に入りません

よろしければアップしてもらえませんか?

139 :日本@名無史さん:2006/04/15(土) 18:58:19
>>137
今コンビニに行って買ってきたが、載って無いぞ。
俺のところも田舎なので首都圏版には載っているという
コトか?
UPプリーズ

140 :日本@名無史さん:2006/04/15(土) 20:48:29
>>128
ヴァカだなあ。名前出しちゃうからだよ。
○太郎氏の父親は私にとって直系先祖になるので交付願います、でいいんだよ。

141 :やすべぇ:2006/04/16(日) 00:29:23
>>137
見ました。
内容は、調査を始めている人にはお馴染みという感じでしたが、
やはり除籍が80年で廃棄されてしまうことがある、
という点は触れられていましたね。
80年で廃棄するな!!っていう世論形成には・・・つながらないですが。

142 :飛瀬:2006/04/16(日) 00:38:44
僕も産経みましたがのっていませんでした。
都会が羨ましいです。

143 :やすべぇ:2006/04/16(日) 00:46:48
ちなみに、これです↓
http://www.sankei.co.jp/news/060415/bun039.htm

紙版には楡井氏の写真が載っていました。

144 :造り酒屋:2006/04/16(日) 00:54:58
>>129 藤さん、曾祖母の生家の方は少し遠いのと、親戚づきあいが全くないので、
お墓には、まだ行けていないのです。お墓がどこにあるのかも、今はわかりません。
でも、その村にいくつかお寺もあるので、いずれ探してみようとは思っています。
その前に、酒屋が親戚ならばお寺の場所も聞けるのですが。

>>130 歴史企画研究さん、
そうですか、父親名が違っても、一致するところがあれば、出していただけるかもしれないのですね。
現段階では、本籍地の番地もわからず、名前も違っていたので無理だったのですね。
係りの方と電話で話したのですが、名前がどう違うのかは教えていただけませんでした。
やはり、本籍地を調べるために旧土地台帳を調べるのが先でしょうか?

>>131 やすべぇさん、みなさん、戸籍に結構間違いがあったりするのですね。
私も伯父が昔書いてくれた系図には、高祖父の名は次郎右衛門(戸籍は治郎右衛門)になっているので、
戸籍を見たときには、それは間違いだと思っていましたが、今はその名前なのかとも思います。
ただ、伯父も幼い頃に祖母から聞いた記憶で書いたのだと思いますので、定かではありませんし、
役所には、身分証明のために戸籍を提出しなければならなかったので、それが間違っていれば仕方がないですよね。

>>132 133 先祖マニアさん、 私も今の時点では戸籍だけが頼りなので、
戸籍が真実だと思っていましたが、そうでないこともあるのですね。
月曜日に、心の準備のために、その村の台帳が何冊あるのか電話してみようかと思います。

>>136 歴史企画研究さん、助かります。もしも、冊数が多い時は、公図(これも法務局にあるのですか?)と
照らし合わせてみます。

みなさん、ありがとうございました。
みなさんも、誤記があったとわかっただけで、少し落ち着きました。
くじけず、次の道を考えていこうと思います。
また、法務局に行けたらご報告します。

145 :日本@名無史さん:2006/04/17(月) 20:21:44
法務局行っても余り意味ないよ。
むしろ手紙攻撃と親戚巡りすべし。

146 :日本@名無史さん:2006/04/18(火) 06:38:25
>>143
サンクス!!!!!!

147 :ボンチ:2006/04/18(火) 21:38:25
お世話になります。 本日、父の田舎に行きましたので、結果報告します。

1、法務局での旧土地台帳調査・・・時間都合上出来ず。(閲覧等申請書に記入だけして、用紙を持ち帰り、後日改めて伺うことに。)
2、お墓の古い墓石からの情報・・・高祖父の養父の死亡年月日が判明しました。(取り寄せた戸籍では判明不可能だった。)
                 高祖父の実兄の死亡    同上
                 高祖父の実兄?らしき方の死亡  同上
                 他1名の戒名のみが刻印からほぼ判明。
                 
                 刻印が薄くて、石を洗うなどして再度トライすれば、文字が見えるか?という墓石が4個。

3.叔父さんのお話から判ったこと
   1、高祖父の実家とお墓(叔父さんの2軒隣の家でした。墓地も同じ敷地内にあり。)
   2、檀那寺の名前と場所が判明。

4、叔父さんに過去帳を見せてもらう・・・「お寺に行けば判る」と云われ、それ以上こちらから突っ込むにはよしときました。                  
  
大体、こんな感じでした。ポイントだけ話すと。
複数人で車で移動した事と、他に重要な用事があり伺ったので、法務局には長時間居ることが出来ませんでしたが、
またの楽しみにしとく という心境です。

自分が行った法務局は、お昼は閲覧不可、とのことでした(どこもそうなのかも。)

自分と母の本籍地は、当地になっているので、今後の母方の先祖調査用に、母(自分含め)の戸籍謄本を1通、市役所の窓口で取ってきました。

以上で簡単ではありますが。


148 :日本@名無史さん:2006/04/18(火) 23:45:33
人を尋ねるていきなり、私はあなたの親戚です。
て言うの?
門前払いくらわない?

149 :飛瀬:2006/04/19(水) 00:50:15
僕は手紙で前以て説明したら理解してもらえました。尋ねる前に手紙か電話が必要ではないでしょいか?

150 :やすべぇ:2006/04/19(水) 01:03:42
>>148
いきなり行っても大丈夫だったときもありましたが、
お店をやっている人で、ちょうどお客さんがいなかった時間でしたから。
やはり事前に連絡して了解を得ていた方がスムーズですよね。

151 :先祖マニア:2006/04/19(水) 01:04:14
>>147

確実に進んでますね
高祖父の実家が2軒隣とかはよくあることですよ
私の先祖でもありました。

お墓の調査も大体終わりましたね(高祖父の養父までしかないですよね)

>あとはもうお寺の過去帳を調べればOKですよ
自分と母の本籍地は、当地になっているので、今後の母方の先祖調査用に、母(自分含め)の戸籍謄本を1通、市役所の窓口で取ってきました。

母方も興味が湧いてきましたか?

152 :ボンチ:2006/04/19(水) 18:16:15
有難う御座います。恐らく、父方が終われば、今度は母方を調べたくなるだろうと。
その時に80年廃棄されてしまってたら何ですので今のうちにと思って。

お寺さんは、どういうアタックで行ったらいいのか不安な部分もありますが、遠くないうちにトライしたら報告します。

墓石調査でもう少し云うと、刻印から元禄十年に死んだ祖先の方が居ました。(1700年ころ死亡)
石から戒名の一部が判読できます。お寺さんで、もし過去帳を見せてもらえて、かつそこまで記録があれば、これは少し楽しみです。 

最後には当然、お線香をたいてご供養して帰ってきました。
高祖父の実家の方のお墓には、今回あまり入り込んで見ずに帰ってきました。

つきあいのない親戚へのアタックで色々考えが分かれてますが、自分的には、叔父さんの
2軒となりとしても、やっぱいきなり尋ねるには少し躊躇して、今回なにも尋ねずに帰って来ました。
これは人それぞれ性格的なものも行動パターンに違いが出るとは思います。
自分の場合はおかげさまで、父の田舎が日帰りで帰ってこれる距離なので、いつでもまた行ける、というのもありますが。


153 ::2006/04/19(水) 21:56:01
今日、>>3の系図の11の高祖父の除籍謄本を郵送請求しました。
母方ではありますが、前回とは違う市です。
5の高祖父以前は、来月回しになりそうです。

墓石調査ができる方がうらやましいです。
母方のお墓は祖父母の入っているお墓しか知らず、墓石に名前が彫られているのは一人だけです。
(確率から行くと9の高祖父の父ではないかと思いますが)



154 :造り酒屋:2006/04/19(水) 22:58:27
前に酒屋に手紙を出していた件と法務局へ行ったご報告です。

酒屋の件ですが、二週間たって、当主の方から
「お伺いの○太郎の名前は母(大正生まれの方)が聞いたことがあるそうなので、
家系図を見に一度連絡をして、訪問してください」とのメールをいただきました。
思いがけない、ご快諾のメールだったので、天にも昇る気持ちで
電話をさせていただいたところ、お母様のご体調の関係で、来週もう一度連絡の上、
お邪魔できることになりました。
「私も、そういうこと興味があります。でも、電話でひとことでお話できるようなことではありませんので」
と言っていただきました。
いただいたメールには「本籍地の村は、先祖の出生の地なのでなんらかの関係があると思います」とも書いてありました。

まだ、戸籍上で○太郎の父親名が治郎右衛門と違っていたことは話しておりません。

来週、母と一緒に酒屋に行けそうです。
ここまで来られたのは、ここでみなさんに、たくさんアドバイスやお励ましを
いただいたからです。本当にありがとうございました。
また、今回の酒屋への突然のお手紙を出すことに際してひときわのご教授をいただいた
先祖マニアさん、返事が来ないので、不安になっていましたが、結果は最高になりました。
ありがとうございました。



155 :造り酒屋:2006/04/19(水) 23:09:55
さて、法務局なのですが、探した村の旧土地台帳は12、3冊でした。
報告するのでちゃんと数えて帰ろうと思いつつ、忘れてしまいました。
これを、主人と二人で、指サックをして一時間半弱で全部目を通しました。
(娘は実家の両親に同行してもらい預けました。)

結果は、○太郎が一番右の欄にかかれたものしかなく父親名は分かりませんでした。
戸籍の父親名が違っていたので、真実が知りたかったのですがダメでした。

ただ、○太郎が他の人から買った土地の欄に本籍地の番地が載っていました。
○太郎は曾祖母の弟(傍系)なので請求できないのですが、いつか役に立つときがあればと思います。

あと、○太郎が「他8人」と一緒に持っていた墓地の地目のページがありました。
もしかしてそこに今も墓地があれば、お墓が探せるかと思い、そこもコピーしてきました。

土地台帳を探すのは、大変でしたが、少しでもわかったことがあって、うれしかったです。


156 :先祖マニア:2006/04/19(水) 23:54:42
>>152
>墓石調査でもう少し云うと、刻印から元禄十年に死んだ祖先の方が居ました。(1700年ころ死亡)
石から戒名の一部が判読できます。お寺さんで、もし過去帳を見せてもらえて、かつそこまで記録があれば、これは少し楽しみです。

そんなに古いものがあるんですか すごいですね 

>これは人それぞれ性格的なものも行動パターンに違いが出るとは思います。

確かにありますね、私も大体引っ込み思案なのですが、この先祖探しに関しては
なぜか積極的なんですよね



157 :先祖マニア:2006/04/19(水) 23:57:33
>>153
>墓石調査ができる方がうらやましいです。
母方のお墓は祖父母の入っているお墓しか知らず、墓石に名前が彫られているのは一人だけです。
(確率から行くと9の高祖父の父ではないかと思いますが)

探せばありませんか?
私にとっては高祖父の父親の除籍が存在していることうらやましいです。

藤さんはまだまだ除籍請求ができるものが多いですね、漏れなくとってみましょう



158 :先祖マニア:2006/04/20(木) 00:03:48
造り酒屋さんへ
お疲れ様でした
良かったですね 土地台帳の記載と手紙を出してしかも家系図がある 大収穫ですよ

先祖探しで一番大切なものは絶対に探す、見つけるという想いだと思います
念ずれば通ずではないですが、諦めたらそこでもう終わりになります
しかし、行き詰まったらここの住人にアドバイスしてもらえばいいです

あと先祖探しは基本的には孤独なものです、時として家族、親戚の理解が得られない
ことや若しくは否定されることもあります、そんな時に独りでやっていると
テンションが下がりますが、ここのスレでみんなの励ましや叱咤、激励で
もう一歩探そうという想いがまた湧いてくればと思ってスレッドを立ち上げました





159 :先祖マニア:2006/04/20(木) 00:05:10
>あと、○太郎が「他8人」と一緒に持っていた墓地の地目のページがありました。
もしかしてそこに今も墓地があれば、お墓が探せるかと思い、そこもコピーしてきました。

そこの場所が判明すればお墓がありませんか?
公図というものがあるらしいのでそれで調べればと思います。



160 :やすべぇ:2006/04/20(木) 00:39:37
>>155
おぉっ、確実に進捗している!!
すばらしいです。

> あと、○太郎が「他8人」と一緒に持っていた墓地の地目のページがありました。
> もしかしてそこに今も墓地があれば、お墓が探せるかと思い、そこもコピーしてきました。
「浦野家の歴史と系譜」(http://www.geocities.jp/kirche_7/index.htm)の
墓石の発見の流れに通じるところがあると感じました。
見つかるといいですね。

161 :ボンチ:2006/04/20(木) 08:50:44
再度済みません。 墓写真をもっと詳しく検証して楽しんでたら少し進展ありました。 
判ったのは、名前と命日です。 人物特定出来ません。 書かれている死亡年月日は、「文政10年(1827)」です。高祖父の祖父の可能性ありです。

今後母方の調査をする際は墓石・親戚付き合い・土地などの面全てにおいて調査が困難を極めることは、ほぼ必死です。
これからが皆様経験談・アドバイスが頼りになってくると思います。

162 :ボンチ:2006/04/20(木) 17:59:17
お世話になります。今日、母方の戸籍を収集しました。 

今日獲ったのは 21曾祖父の除籍(19年式)、23曾祖父の除籍(31年式)です。
これ以上は出ないと云われました。

母方は近所なのでチャリンコで窓口に行って、「遡れるまで下さい」と云いました。
窓口の対応は、おおむね「遡れるまで探せばいいんですね?」ってかんじで簡単に出してくれました。

母方は調査が難しくなりそうですが、少し進んで一安心してます。






163 :先祖マニア:2006/04/20(木) 19:00:08
>>162

お疲れ様です
>>3の家系図でどこまで判明していますか?(名前が判明しているもの)

あと母方は調査が難しいのにはなにか理由があるんですか?

164 :造り酒屋:2006/04/20(木) 20:48:54
>>158 先祖マニアさん
ありがとうございます。自分でも一気に進展したのでうれしいです。

先祖マニアさんが立ち上げてくださったこのスレッドで、
先祖マニアさんが想ってくださったとおりのことを
ここの住人の皆さんにやっていただいています。
法務局で係りの人や局全体の空気が
「え、旧土地台帳、村の分全部?」
「その台帳いっこずつ全部見るの?大変でしょ。やめたら?」の中で、
夫と二人、もくもく作業をしていてつらかったりしたことも

ここで皆さんに報告しよう!と思いながらやっていましたし、
報告したら、ちゃんとレスいただけて、今回はレスいただいてない方も
きっと、ちゃんと進捗を見ていてくださって、いつも励ましてくださるので、

そう思うと、なんか頑張れる気がします。
頑張って、新しい事実が見つかると、「よかったね」って言ってもらえることが
それだけで、うれしかったりします。

そういった意味でも、みなさんにはとても感謝しています。

>>159 ゼンリンのネットプリントサービスというので
お墓の付近の地図をげとーしました。
その番地ズバリかどうかは分からないのですが、付近の家の番地から見て
該当あたりに、墓地⊥の記号があるので、そこに行って見ます。



165 :造り酒屋:2006/04/20(木) 20:50:16
>>160 やすべぇさん、
いつもありがとうございます。

そうですね。私も探している○太郎の記載はいくつもあったのですが、
なんにもわからないので、「だめかなー」と思っていたら、
主人が横で、「これなんて読むんだろ」と地目の欄を一生懸命見ていたのですが
字が汚すぎて分からずあきらめていたら、 またまた主人が他のページで
偶然、他にきれいな字で「墓地墳」と書いてあったのを見つけ
「あー、これ墓地だよ、ここにお墓あるかもしれないじゃん」と言ってくれたのです。

多分、私一人で調べていたら、そんなところ、量に追われて一個ずつみる余裕もなかったし、
墓地だとわかっても、その時点では、それほど重要だとは思わなかったと思います。

なので主人を連れて行って(付いてきてくれて)本当によかったと思いました。
何度も何度もお礼を言ったし、今までさほど興味がなさそうだったのに、
私がお墓の話を何度も何度もしているのをちゃんと聞いてくれていたのかと思うと
ちょっとうれしかったです。
(そういえば、先日主人の方のお墓参りに行き、古いお墓を小雨の中一人で見て回ってたからですかね?)


166 ::2006/04/20(木) 21:57:49
>>157 先祖マニアさん

>探せばありませんか?

とのことですが、周囲の墓には同じ苗字がありすぎます(平凡な苗字なので)。
田んぼの真ん中にぽつんと墓地がある感じで、菩提寺がどこなのかすらはっきりしません。
(祖母の十七回忌と祖父の十三回忌をやった時には、寺にも行きましたが記憶が遠くて…)
五月に墓参りするので、その時に周囲を探してみるのも手ではありますね。

平日動けない+場所が遠いので、土地台帳は無理ですし。



167 :ボンチ:2006/04/20(木) 21:59:21
造り酒屋さんの最近のレスを全部ではないが見させてもらってますが行動力には脱帽。してます。励みになります。
努力の結果が出てて、嬉しさが伝わってくるようです。お墓があると良いですね。そこでアドバイスと言っては何ですが、

私のつたない経験から言わせて貰うと、写真はデジカメで高画像にして、一石あたり文字のある面は当然写すと思いますが、(大体1石あたり最低2枚)
太陽の陽加減で字が見えにくかったり、見えやすかったりします。 個人的感想では、正午あたりの太陽が真上に来る時間帯よりも、
やや陽が落ちて、横から射す時間の方が、文字が見えやすかったです。
ただし、石の置いてある位置(他の墓石の影になってしまうところとか)もありますし、
もっと手や顔を入れて文字を見たいのに、隣の墓の石が邪魔で入りにくい、とかありました。
何気に、本当は真っ暗な中から懐中電灯とかで字を浮かび上がらせた方が良く文字が浮いて見え易かったかもしれませんが、
夜墓場に居るのはやや不気味ですし、遠方から出向くのであれば、夕方引き上げないといけませんしね。
大方デジカメを御使用と歯思いますが、やはり帰ってから拡大して見れるのが良いです。
私の場合は墓石が15個くらいありましたので、最後に全体写真を撮って、どれがどれだかわからなくならないようにしました。




168 :ボンチ:2006/04/20(木) 22:08:47
>家系図でどこまで判明していますか?(名前が判明しているもの)
改めて調べると、名前までなら結構判っていました。
分かって無い方が少ないです。わかって無いのは5,6,7,8,12、です。
全て高祖父母ラインだけ残ってます。

「母方が調査が難しい」と、やや強調して云ってしましましたが、
土地を相続してないので、旧土地台帳が活用できないと思ったのが一つと、
父方の方は墓が昔のままだから調査し易かったが、母方はすでに墓整理して綺麗になっっちゃってるので、
あと、親戚付き合いが疎遠と言うことと、
父方は部落で、家並みも昔のままで、新規居住者がこないような、いわゆる過疎地ですので、
昔の家並み・人並みが残ってて、話が聞きやすい。叔父さんとツーツーの人も多い、なんかが、そう云った理由です。





 

169 :先祖マニア:2006/04/20(木) 22:35:39
>>166
平日動けない+場所が遠いので、土地台帳は無理ですし。
そうなんですか〜
絶対になにか方法がありそうな気がするんですけどね〜
もっと具体的に情報があれば判明できそうなんですが
2CHではちょっとね

そうそうもし藤さんがよければサダヲさんにアドレスを送れば転送してくれると思います

サダヲさんへ
いつもいつも申し訳ありません。お願い致します





170 :先祖マニア:2006/04/20(木) 22:37:27
造り酒屋さんの旦那さんは優しい方なんですね
協力的ですし、先祖を探すことにも理解があって

私の妻は全く興味ないですよ〜 

171 :先祖マニア:2006/04/20(木) 22:41:38
ボンチさんへ
ボンチさんの行動力にも感服いたします
かなりの情熱と行動力がないと一気にそこまではいけれませんよ

母方の調査は文章からしてそこまででもないかも知れませんね、難易度は私の母方と同じかも知れません

想像していたのは
実は祖母が私生児で父親は不明とか
入籍前に離縁したとかで不明とか  と想像してしまいました。




172 ::2006/04/20(木) 23:46:12
>>169
実家住まいだったら、簡単に行って帰って来れそうなんですがね。
でも平日は仕事だからやっぱり無理か…。

今、別件で実家の母と電話していました。
寺の名前は母も忘れてしまっているようでしたが、場所は覚えていて
電話越しにあーだこーだ言いながら場所を教えてもらいました。
「その辺りに他に寺はない」そうなので、地図検索で寺の名前を探ってきます。
今回の墓参りでは行けるかどうか判りませんが。

本家?(>>3の系図の27祖父の姉)の場所もわかりました。
母の話によると、祖父姉は婿養子縁組で結婚したものの曾祖母と祖父姉の夫の折り合いが悪く
養子離縁後に長男である27祖父の元に来ることになったらしいです。
曾祖母は母の生まれる一年前に亡くなりました。


173 :先祖マニア:2006/04/21(金) 00:12:59
>母の話によると、祖父姉は婿養子縁組で結婚したものの曾祖母と祖父姉の夫の折り合いが悪く
養子離縁後に長男である27祖父の元に来ることになったらしいです。

私の祖母の家もありましたね
昔は姑の権力がかなりあったらしいです。
気に入らないと実家に帰らされることがよくありました


174 ::2006/04/21(金) 00:40:53
>>173
すいません。
書き方が悪かったんですが、戻ってきたのは祖父姉ではなく曾祖母の方です。
曾祖母は耳が悪かったらしいと聞いています。
もしかしたらそのへんにも原因があったかもしれないと想像しています。


175 :先祖マニア:2006/04/21(金) 00:49:26
その家々によって様々な理由があるんですね

176 :日本@名無史さん:2006/04/21(金) 03:28:14
藤裔会って

177 :サダヲ:2006/04/21(金) 06:34:26
いつのまにか、アドレス転送用パシリになっている俺……orz
ま、いいんだけどね……orz

178 :造り酒屋:2006/04/21(金) 07:02:45
>>169
>そうそうもし藤さんがよければサダヲさんにアドレスを送れば転送してくれると思います

藤さんへ 私もそうですが、2ちゃんだと名前や地名などの個人情報を全て出すことが
出来ないので、先祖マニアさんはじめ、アドバイスをくださっている住人の皆さんは
もどかしいのでしょうね。

私も前スレで「赤ちゃんをかかえて法務局や図書館は無理?」と書き込みしたら
「平日、私が変わって法務局に行ってあげたいくらいなのに2ちゃんだから無理だ」
と言ってくださった方がいて、
「本当にいい人たちばっかりだなー」と思っていました。

フリーメールのアドレスでサダヲさんにお願いしちゃったらいかがでしょうか?

サダヲさん、よろしくお願いします。
(サダヲさんの、ちょっと乱暴な書き方、いつも結構笑わせていただいてます)

あと、ボンチさんもいかがですか。
ボンチさんも、すごく熱心にご先祖様探されているとお見受けしました。

あ、でも、そんなにいっぱいアドレスがきちゃったら、
先祖マニアさん、大忙しになっちゃいます?







179 :造り酒屋:2006/04/21(金) 09:32:55
>>167 ボンチさん、

いえいえ、ボンチさんも精力的にご活動されているではないですか。
こちらこそ、いつも励まされています。

具体的にお墓の取り方を教えていただきありがとうございます。
今度酒屋に伺う時に、地図で探したお墓の場所に行ってみようと思っているのですが、
多分時間帯はお昼前くらいになる可能性が高いです。
夕方のほうが、見えやすいのなら、また日を改めて(といっても100キロ以上ある場所なので
すぐには無理ですが)
夕方にゆっくり時間をとって訪れたいと思います。
夜は、やっぱりこわいですよね。
体験談をありがとうございました。

180 :ボンチ:2006/04/21(金) 18:24:23
お世話になっております。>>179 でも場所によって、昼ごろの方が見えやすい場所も
あるかもしれませんから、一概には断言できませんが、とにかく、曇りは見え難いとは感じました。
こちらも素人なので、数少ない体験からの話になってしまいますが。

それと別になりますが、今日、地元の図書館に行ったら、たまたま「石造物調査報告書」という、
市の教育委員会が編集した冊子を見つけました。

中を見ると、1650年前後から町内の数ある石塔に彫られている文字・署名(というのか?)を
現代文字に書き換えて整理してあり、「こんなものがあったのか」と思いました。
1700頃 と書かれた石でも、署名の人物は苗字が振ってありました。(お偉いさんが主なのかもしれないが)
またの父方調査の時に、こういったものも参考にしてみたいと思いました。

あと、今日は(半ニートで恐縮です)母方の系統図12「高祖母」の抜けてる除籍を取りに行きました。
結果は、ここから40キロ離れた市と判明し、その市へ再申請します。
(最初、同市内の地名かと思ってましたが、担当の人が、おかしい、と言うので、
上司に助けを求めて、古い地名の変換辞典みたいのを見て、10分位で判明しました。)
あらかじめ、自分でどの辺りかは調べておくべきだったと思いました。トラブルにはなりませんでしたが。
役所の人には迷惑をかけてしましました。

それと、5,6,7,8の高祖父母の抜けを埋めるべく、再度 父方の役所へ申請しました。
今までの経緯から、父方の高祖父母は全部埋まる確立は高いとは思ってますが・・どうなりますか、です。

181 :日本@名無史さん:2006/04/21(金) 20:20:10
村全部の土地台帳見るなんて意味ない。
目的とする本籍地が含まれてる一冊見るだけで十分。
てゆうか、一冊全部見る必要もない。それですら電話帳程度の厚さなんだから。


182 :日本@名無史さん:2006/04/21(金) 22:16:14
過去ログみたか
本籍地が記載されてないんだよ
その場合は全部見ないと分からないだろ

183 ::2006/04/22(土) 00:20:14
先祖マニアさん
>そうそうもし藤さんがよければサダヲさんにアドレスを送れば転送してくれると思います

とのことですが、本文はHNとアドレスだけでいいのでしょうか?(よくわからなくて……)
それでよければ、サダヲさんにメールを送らせていただきます。

>造り酒屋さん
そうなんですよ。
最初のレスの時に力強いお言葉をいただいたことで、がんばる気になりました。
私もここ見てなかったら、一人で行き詰まっていたかもしれません。


>>153で郵送請求を送った市から電話がありましたが、仕事で取れませんでした。
留守電にするのを忘れていたので、着信履歴があるだけです。来週、電話してみます。
昨日のお寺の場所を検索したら、とあるお寺がひっかかりました。
HPがあり画像も見ましたが、そこで間違いないようです。



184 :先祖マニア:2006/04/22(土) 01:24:45
>とのことですが、本文はHNとアドレスだけでいいのでしょうか?(よくわからなくて……)
それでよければ、サダヲさんにメールを送らせていただきます。

それでいいです お願いします
>>178
あと、ボンチさんもいかがですか。
ボンチさんも、すごく熱心にご先祖様探されているとお見受けしました。

あ、でも、そんなにいっぱいアドレスがきちゃったら、
先祖マニアさん、大忙しになっちゃいます?

ボンチさんも全然問題はありませんよ〜

大忙しが本望ですよ!!




185 :ボンチ:2006/04/22(土) 06:28:53
おはようございます。そうえすか。サダヲさん、ご先祖マニアさんには感謝致します。
ただ暇が多くて行動できてるだけの私ですが、少し参加させていただきましょうか。
しかし藤さんが云われたのと同様、私もシステムが良く理解できてないんですが、
他の方を見ながら、なんとなく理解していきます。
余り先祖マニアさんの苦労にならないように参加させて頂きます。

186 :ボンチ:2006/04/22(土) 07:59:11
あと、云わなければいけなかったのは、私のメールはスパムメールが最近多くて、
ウイルス駆除ソフトを何回かけても来るんですが(英語の文で添付ファイルが付いてくるヤツ)
 多分、一度添付を開いたかなにかしてしまったのか)
これってかなり辞めて欲しいですよね?  ここで言うアドレスとは、普段分が使っているメールアドレスのことですよね?
それとも、ホットメールみたいなアドレスのことなんですか?

187 :造り酒屋:2006/04/22(土) 08:26:03
>>186 ボンチさん 
どちらでもいいと思います。最初、心配なようだったらホットメールなどの
フリーメールでサダヲさんにお願いしたらいかがですか?

サダヲさん、よろしくお願いします。

188 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 17:07:36
先祖マニアさんがフリーメールをとって
自分のを公開した方がこのスレ的にも
今後例えば大忙しになった時も
不都合なくていいんじゃないかな。

189 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 21:13:40
>>182
なるほど。じゃ助言。
そんなことしなくてもいいように、過去ログに何度も書かれてるけど
その村の(現在の住所名の)電話番号簿で同姓の家調べればいい。
そうすれば数冊、運が良ければ(てゆうかたいていそうだけど)1冊ですむ。
しかも一冊全部見る必要もない。経験者なら分かるだろうけど。

190 :先祖マニア:2006/04/23(日) 00:02:40
>>188
ご教示ありがとうございます
私はパソコンに疎くフリーメールの意味が分かっていません
ホットメールにいたっては???です

申し訳ございません

191 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 00:33:37
ぐぐれ。

192 :ボンチ:2006/04/23(日) 11:48:25
おはよう御座います。
造り酒屋さんが言ってた、「ゼンリンのネットプリントサービス」、早速使ってみました。
世の中便利になったものです、驚きました。

実は今まで皆さんに説明してなかったんですが、高祖父の他に、曾祖父も養子なんです。
(説明が複雑になるので割愛させて頂いてました。)

先日、父の田舎の親戚の家(&墓)に調査に行った時に、曾祖父の生家を、口頭で教えて見貰えたんで、
今日早速、聞き取りメモを取った場所らあたりをゼンリンでやってみたら、
2回目(計600円)で家が判りました。

これで曾祖父の実家系の調査も容易になりました。曾祖父の話も色々聞けるかもしれません。

193 :造り酒屋:2006/04/23(日) 15:22:32
>>192 ボンチさん、
さっそくゼンリンを試していただきありがとうございます。
便利ですよね。うちのパソコンから住所を指定しセブンイレブンで300円で
受け取る、というものなのですが、先祖探しでなくいろんなことに使えそうです。

ともあれ、曾祖父様のご生家が判明しおめでとうございます。
私もボンチさんに負けないように頑張ります。

194 :ボンチ:2006/04/23(日) 19:08:32
造り酒屋さん、有難う御座いました。

本日、系統図13「高祖父」の新たな情報を入手しました。
情報源は 図書館「○○市資料集 明治前期・地租改正資料編」という本です。

曾祖父の除籍謄本に載っている曾祖父の本籍地の村の項に、前戸主となっている高祖父の名前を発見しました。
「明治5年 ○○村戸籍表」というページです。 番戸・先代名・当主名・年齢・持高・氏神・旦那寺 の記載がありました。
大きな収穫は、「先代名」と「旦那寺」が記載してあった事です。 高祖祖父の名前が判明した訳です。

念の為、同名人物が居ないか、そこにある村内120戸全部見ましたが、同名は居ません。
また、年代的に合致するか再確認しました。 
曾祖父・・明治9年生まれ。 この資料当は明治5年、大体の年齢的には合致していて、生存期間的にも嵌っています。

現段階では、この資料に載っている名前は80%は高祖父と思っています。
後は、ここに載っている旦那寺(が現存しているかもまだ未調査ですが)に行ってみたいところです。

参考になれば幸いです。 
 






195 :造り酒屋:2006/04/23(日) 21:34:52
>>182さん、多分私のことをフォローしてくださったんですよね。
ありがとうございます。

>>189さん、私の場合は、同じ姓の人に相続、または売却している地番のものは
一件もなかったので、ご教授いただいた方法では無理だったと思います。
子孫がいなかったのか、もしくは売却してどこかに引っ越したのかもしれません。

196 :やすべぇ:2006/04/23(日) 21:48:36
>>194
残ってるところには残ってるものですね<地租改正資料
羨ましい限りです(笑)
地域によっては宗門人別帳も資料集として整っている場合もありますよね。


197 :先祖マニア:2006/04/24(月) 01:03:22
ボンチさんの地域は色々な資料が揃っていていいですね

あと曽祖父も養子だったんですね



198 :ボンチ:2006/04/24(月) 05:03:50
これは、皆さん使える手かも と思いましたが。 
壬申戸籍の一部のみ削除して載せてある感じですね。昭和47年発刊のもので非売品 と書いてあります。
やすべぇさんのがヒントになり、「宗門・・・」で父方の県立図書館の蔵書を検索してみました。
祖母系の地元のが2部 古文書が保管されています。(残念ながら父方の村は出てきませんでした。)

昨日やったこはと宗門・・」検索は、4祖父系統全てにおいて検索かけてみたいです。

あわれな期待かもしれないですが、昭和43年以前に発刊された、この手の資料本で、壬申戸籍が丸々乗ってるものが、在りはしませんかね?
図書館でもそこまでチェックは出来ないでしょうし。  まあ夢話かもしれないです。

昨日の結果は、母方・高祖父の除籍が出なかった私にとっては救いになりました。
特に図書館で本と格闘しながら数時間かけて見つけた、と言う感じでは全然なかったです。
図書館に入って、その手のコーナーに行って、5分もしないうちにみつかったのですから、
皆さんも可能性高いですよ。

高祖父の旦那寺もiタウンページで見つかりました。高祖父の本籍地の近隣でした。

曾祖父も養子ですので、本当の血縁を調べる意味では、まだまだです。



199 ::2006/04/24(月) 23:04:20
>>153で請求した分が届きました。
>>3の系図で
1庄平嘉永6年生
            17四郎 明治21年生
2ちひろ安政4年生             25祖父大正14年生     
3敬太郎 ?
            18そよ明治25年生
4やえ  ?                         父昭和24年生   
5金兵衛 ?
            19五郎 明治23年生
6らん  ?                 26祖母大正15年生     
7松佐衛門明治6年生               
            20なお 明治34年生
8きよ明治7年生
9徳朗 安政6年生                                藤 昭和52年生
            21徳治 明治16年生
10ちよ 元治元年生               27祖父大正4年生     
11長助 天保9年生               
            22なみ 明治17年生
12みつ弘化2年生                       母昭和28年生     
13幸平 ?
            23小太郎 明治20年生
14さち 安政5年生               28祖母大正9年生     
15伊太郎 ?              
            24たえ 明治26年生
16いち ?

※名前は今までどおり、仮名です。
             


200 ::2006/04/24(月) 23:11:06
今回の収穫は12みつの名前がわかったことです。
あと、11長助の養父が早くに亡くなったのか、前戸主に養祖父の名前が出ていました。

残念だったのは11長助が隠居し、戸主の父として入っている除籍謄本で
長助の実母の名前の欄が消されていたことです。
明らかに紙を貼ったようにわかるので、最初は書いてあったと思うのですが、
何故消されたのか…。

201 ::2006/04/24(月) 23:17:15
>>200
間違いました。
12みつが長女なんで、婿養子出結婚してます。
養父=みつの父、養祖父=みつの祖父になりますね。

みつが弘化2年生まれであることを考えると、もうこれ以上上は行けないですよね?

202 :やすべぇ:2006/04/25(火) 00:20:40
>>200
それは名前を消したのではなく、
「不明」とか「不詳」とか書いてあるのを隠したものでしょう<母欄の紙
私の高祖父7の母欄が同じように紙を貼ったようになっていました。
族称などと同様に差別につながると考えられたようです。
明治19年戸籍には母欄がなかったことによるものですね。

203 ::2006/04/25(火) 00:48:22
>>202
やすべぇさん、そうでしたか。
その下の続柄欄にも紙を貼って消してあるのですが、やすべぇさんのご先祖様には
そういったことはありましたか?

204 :やすべぇ:2006/04/25(火) 07:26:31
続柄欄全体ですか?
そういう例は初めてです。

205 ::2006/04/25(火) 19:32:29
>>204
いいえ。
全部そうなっているわけではなく、長助一人分だけです。

206 :日本@名無史さん:2006/04/25(火) 20:42:01
無知なので意味が分かりません

うPしてほしいな

207 :日本@名無史さん:2006/04/25(火) 21:37:57
>>206

釣でつか??

208 :やすべぇ:2006/04/25(火) 23:07:01
>>205
すいません、私の書き方が不明瞭でしたね。
長助さんの続柄欄全体に紙らしきものが貼ってあって、
空欄のようになっているのですか?と言おうとしたものです。

一つ前の除籍謄本が取れると、より詳しいことが分かりそうですが、
もう出なさそうですか?

209 ::2006/04/25(火) 23:54:32
>>208
そうです!まさしくその状態です!
長助は天保9年生まれですので、もう一つ前はそろそろ難しいかもしれません。
父親の名前はありますし、父親が戸主の除籍は取れなくても「○○の弟」という記載もありますので、
あるのであれば取りたいですが……(またも本籍地は村までしか判りません)。


>サダヲさん
メール送らせていただきました。よろしくお願いします。
もっと早く送れたらよかったんですが、土日は友だちが来ていて…。
昨日は昨日でみつの名前判明で浮かれておりました。



210 :先祖マニア:2006/04/26(水) 00:00:25
藤さん すでに高祖父母が判明してますね

しかも もうその上に突入じゃないですか!!

>父親の名前はありますし、父親が戸主の除籍は取れなくても「○○の弟」という記載もありますので、
あるのであれば取りたいですが……(またも本籍地は村までしか判りません)。

なんとかならないかな〜
造り酒屋さんと同じ感じですね





211 :やすべぇ:2006/04/26(水) 00:54:41
>>209
ん〜、なぞですねぇ・・・<空欄
母親欄と同じで「不明」と書いてあったのかな、なんて仮説を立ててます。
戸籍ができた時点から父親との続柄が書いてなかったか、途中で落ちたか。
そんなことって起こりうるのでしょうか...

原本を光にかざせば、役場職員は見ることができるのでしょうが、
何と書いてあるかは教えてくれないですよね。

212 :サダヲ:2006/04/26(水) 07:21:58
>>209
誰に転送すればいいの?

213 ::2006/04/26(水) 21:10:19
>>211
自分としては「庶子」が消されたあと、次男なり三男なりを書き忘れたもの
だと仮定しています。間違って何か書いたなら訂正できるはずなのに、そこを
わざわざ消しているところが最大の謎ですね。
長助の両親の結婚した日が判れば、庶子かどうかわかるのですが。


>>212
先祖マニアさんに転送をお願いします。

214 :ボンチ:2006/04/26(水) 21:17:39
こんにちは。17養父系で昨日まで5,6,7,8,10、12の名前不明でした。

本日19除籍、11長男除籍の2つが届きました。

新たに5,7の名前が判明しました。 (及び11の両親名、11の母の父の名前判明。)

17実親系では、2が不明ですので、 現在2、6,8,10,12(5人とも全て高祖母)の名前が不明です。




215 :先祖マニア:2006/04/26(水) 22:39:03
藤さん メール届きました
サダヲさん有難うございました!

ボンチさん 高祖父の戸籍は入手が厳しいですか?(年代的に)
それともまだ請求をしていない段階ですかね?


216 :ボンチ:2006/04/27(木) 11:29:31
電話確認→5項祖父&20曾祖母の除籍「出ない」と回答。

「出ない」回答済み合計・・1(実家系)、5,7、9、11、13各高祖父。
(15は、再確認要だが13と同市内につき困難と推測。)

結局、今まで高祖父で取れた物・・・1高祖父(養子)=3(←説明難) 
こうやって見ると、私は高祖父母の除籍が殆ど取得不可の様子です。 

1,2年前までは、比較的簡単に高祖父母ラインまで除籍が取れたとも聞きました。
(個人情報保護法とかで、今年4月から急速に80年廃棄が推進されたのでしょうか?)

私の場合、今後は書物関係での調査が主になりそうです。


217 :ボンチ:2006/04/27(木) 16:19:14
連続してますが、 17曾祖父の実家系の除籍(1の除籍)も全て出ません。
電話回答・・「17曾祖父の実父・実兄・本人(旧姓)で除籍が出てこない」と言うので無理ですよね。

(*17曾祖父の実家は子孫の住所が判明済みにつき、訪問しての調査が可能ですが。)

218 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 19:00:07
除籍廃棄やめるべきだと思います。
その人が生きていた唯一の公的証し(と言って良いと思います)じゃないですか。
どなたか国会議員と近しい方いらっしゃいませんか。
是非はたらきかけを。

219 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 19:10:28
激しく 同意

220 :サダヲ:2006/04/27(木) 23:01:24
>>218
大反対。

221 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 23:15:09
>>220
なぜ?

222 :やすべぇ:2006/04/27(木) 23:34:23
>>216 >>217
ボンチさん、除籍謄本が出ないのは残念ですね。
ところで、出ない理由は廃棄ですか?
あまりに古くて、そもそも除籍がない時代
(つまり明治19年戸籍よりも前)ってことはないですか?

私の曾祖父の兄は明治23年に退隠してますが、
除籍謄本を請求したところ、廃棄したという記録もないし、
そもそも除籍として保管したという記録もないから
発行できないという回答でした。

>>218
ほんとに廃棄はどうにかしてほしいですよね。
廃棄決定したあとでも物理的に廃棄する前なら
行政証明としてすんなり出してくれればいいんですけどねぇ。

223 :先祖マニア:2006/04/28(金) 01:16:37
ボンチさんの高祖父母は明治19年当時ですでに亡くなっている方が多いのかも
しれませんね

>>3の家系図で作ってみては名前は仮名でOKです 
あと生年を入れてみてください

藤さんのを参照にすれば分かりやすいですよ〜〜


224 :先祖マニア:2006/04/28(金) 01:19:08
>>222
>私の曾祖父の兄は明治23年に退隠してますが、
除籍謄本を請求したところ、廃棄したという記録もないし、
そもそも除籍として保管したという記録もないから
発行できないという回答でした。

どうして明治23年に退隠が判明したのですか?

あと明治19年戸籍でも作成されたのが明治25年とか必ずしも明治19年ではない地域もあるんですね



225 :先祖マニア:2006/04/28(金) 01:32:23
ちなみに25年とかは あくまでも例です


226 :サダヲ:2006/04/28(金) 05:02:35
>>221
常識的に考えて、保存なんか無理でしょう。
100年経ったら、何人分だと思うんですか。200年経ったら? あるいは、300年経ったら?
たかが、そんな一部の人しか欲しがらないような書類のために、倉庫を建てなきゃいけなくなるんですよ。
そんなことに一体、何の意義があるんですか? 不必要な道路工事なんかと同じぐらい、税金のムダですよ。

227 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 05:39:52
>>226
つまらない考えでガッカリしたよ(ゴメソ

> そんなことに一体、何の意義があるんですか?

いま思いつかなくても、使い方を考える人間はきっと出てくる。
歴史を研究する人たちにとっては宝の山になんだろうし。

だいたい、そんなことをいったら、
先祖探しに何の意義があるんですか?
ルーツを知ってどうするんですか?
アイデンティティーを確認してどうするんですか?
ってことになっちゃうじゃん?

228 :サダヲ:2006/04/28(金) 06:37:51
>>227
>いま思いつかなくても、使い方を考える人間はきっと出てくる。
そんな何の脈絡もなく生まれた推測だけで、税金を使用することは出来ません。

>歴史を研究する人たちにとっては宝の山になんだろうし。
いくら500年前に亡くなった人でも、役所が管理する以上、閼伽の他人に見せるわけにはいかないでしょう。

>先祖探しに何の意義があるんですか?
>ルーツを知ってどうするんですか?
>アイデンティティーを確認してどうするんですか?
一般庶民が趣味と先祖供養のために先祖調査をすることに反対はしないし、とても有意義な趣味だと思うよ。
それに、使用するのは個人財産だしね。
税金を使用するのとは次元が違いますよ。

229 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 13:33:27
文化って無駄から生まれるものだと思っていたけど。
それにどれだけ金をかけられるかが、社会の成熟度でしょう。
バブルの時に文化支援をしていた企業が、バブル崩壊とともにさっさとメセナ事業を捨てたのを見て、
この国の民度もまだまだ低いと思いましたよ。
無駄金に見えるものでも、案外事業を生み出すものですよ。
第一無能な公務員をこれだけ抱えている方がよっぽど無駄というものです。

> いくら500年前に亡くなった人でも、役所が管理する以上、閼伽の他人に見せるわけにはいかないでしょう。

以前は誰でも自由に他人の戸籍を見ることができました。
外国では記録局に書類を移管し、一定期間を経たものや、
場合によってはそんな制限なしに閲覧を許していますよ。
「役所が管理する以上」とは、あなたが考えるほど説得力のある論拠には使えません。
あなたがそうした慣行に慣れ親しんでいると告白しているだけです。

230 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 13:39:41
たしかに戸籍自体ないって国が多い罠
そう考えりゃ戸籍を作ることもムダ

231 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 14:11:57
そろそろ移動

ttp://school5.2ch.net/test/read.cgi/shikaku/1085204598/l50

232 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 15:04:13
素人考えなのだが、マイクロフイルムなどの保管も無理??

233 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 16:37:07
役所も戸籍担当の人は大変そうだから
80年経ったものは公文書館とかそのへんで管理してくれればな〜。
で、申請があったものは吟味して翌月の決まった日に一斉交付とかさ。
そういえばたしか電算化したものは100年保存だったよね。
手間がかからないってだけで長くなるのも変な話。

234 :ボンチ:2006/04/28(金) 17:49:00

   実1孫七(?生)
   養1先定(天宝元1830生)   17太三郎(慶応三1867生)
   実2?(?生) 
   養2かく(弘化元1844生)                   25祖父
    3(=1)  
                    18ふ志(明治元1868生)                                       
    4(=2)                  
    5金次郎(?生)             
                    19儀右エ門(安政三1856生)
    6?(?生)
    7源○郎(?生)                                  父
                    20志伸(安政三1856生)          
    8?(?生)  
    9太郎右ェ門(?生)
                    21豊吉(明治元1868生)               
   10?(?生)                           26祖母      
   11熊蔵(推測嘉永元1848頃)               
                    22ヤス(明治元1868生)                ボンチ
   12?(?生)                                    
   13文右エ門(推測享和二1802生)
                    23文次郎(明治九1876生)           母
   14フミ(?生)
   15市郎右エ門(?生)
                    24サヘ(明治五1873生)     
   16トメ(?生)

235 :ボンチ:2006/04/28(金) 17:53:38
汚くてすみません。27祖父 28祖母 が抜けたけど、いいですよね?

補足
・2養母かくと17養子 太三郎の2名の関係は実姉弟です。
・11熊蔵の除籍ではなく、弟のが届き、弟の生年月日から4歳年上と仮定しただけです。
・13文右ェ門 の生年月日は文献からの推測です。

236 :ボンチ:2006/04/28(金) 18:18:01
・本日、24サヘの除籍申請に役場へ行きましたが、「80年廃棄済みにつき出ません」との回答でした。

・本日にて 1〜16高祖父母(+実家系2) 及び17〜24曾祖父母 合計26名の除籍請求を完了しました。(再チェック予定。)

・ 1〜16高祖父母ラインで獲れた除籍謄本→1、(13)        計2/16名。(*13熊蔵本人は取得不可。次男の除籍入手。)
・17〜24曾祖父母ラインで獲れた除籍謄本→17、19、21,23 計4/8名。


237 :ボンチ:2006/04/28(金) 18:45:15
>ボンチさんの高祖父母は明治19年当時ですでに亡くなっている方が多いのかも
しれませんね
確かに取れた 1先定は明治31年まで生きてます。
11熊蔵もその年代で、弟のが取れました。

他の高祖父は1800〜1802(文化・文政)頃生まれかもしれない訳ですね。
今後の文献調査時の目安にしたいと思います。


238 :先祖マニア:2006/04/28(金) 21:07:39
ボンチさん
ありがとうございます
高祖父母は1800年ころなら、戸籍が存在していない可能性の方が高いかも知れませんね

高祖父はその家の位牌や墓などを探せばまだ分かるかも知れませんが
高祖母にいたってはかなり難しいですね(その家に行って調べるしかない)

とりあえずは第一段階完了ってとこですね

239 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 21:07:57
父方の家系はわりと簡単につかめたので、
母方のにもチャレンジしてみたのだが、
早々に埼玉某所に行き着いた。
農家二十戸程+新興住宅地の小綺麗な町だった。
母の旧姓と同じ姓の農家が十軒ほどあり、
墓地を捜し当ててお参り。
すぐ近くにこの地区の鎮守とおぼしき神社を見付け、近づくと「白山神社」の文字が目に飛び込んできた。
神社にある石碑などを見てみると母方の旧姓のオンパレード。
正直、この先も調べるべきか迷っている。

240 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 21:44:35
「白山神社」って、もしかしたら?

241 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 22:03:00
カンケナイねW

242 :やすべぇ:2006/04/28(金) 23:06:24
>>224
先祖マニアさん、こんばんは。

>どうして明治23年に退隠が判明したのですか?
曾祖父17の兄の長男の除籍謄本を取ったのです。
この除籍は大所帯で、戸主の祖母(つまり、私の高祖母2)、
父、妻、子、孫をはじめ、叔父、叔母、従弟妹まで載っています。
私の曾祖父17もここから分家しています。

>あと明治19年戸籍でも作成されたのが明治25年とか必ずしも明治19年ではない地域もあるんですね
曾祖父の兄の戸籍は明治19年を過ぎても改製しないで、
長男の代になって、ようやく移行したのかなと思っています。
役所職員の単なる見落としだったら、笑っちゃいますが。

243 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 23:58:36
>>233
十分可能。
てか、新聞や公文書の保存フォーマットとしては、
マイクロがいまもスタンダード。

244 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 03:13:27
>>239
bだろうが何だろうが、御先祖は御先祖。
調べてごらんよ。別にためらうことはない。
ただ、調査結果の取り扱いには注意するんだよ。
聞きたくないって人もいるだろうし、
聞いて悪用する人だって、まだまだいるだろうから。

245 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 03:16:52
>>228
> それに、使用するのは個人財産だしね。
> 税金を使用するのとは次元が違いますよ。

役所の人間の時間を奪っていますよ。
十分に税金を使っています。
個人の趣味につきあわされて、
他の業務ができないんだから。
その辺の意識に乏しいってことは、
ひょっとして役場関係の人?

246 :サダヲ:2006/04/29(土) 04:05:50
>>229
>以前は誰でも自由に他人の戸籍を見ることができました
つ「個人情報保護法」

>>245
趣味で戸籍の請求をしようが、手続き等に必要だから請求しようが、そんなのは関係ないだろ。
第一、そのぐらいの税金がかかっても、市民に還元すべきだろう。

247 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 07:49:28
>>246
戸籍は個人情報保護法適用外です。形としては「公開原則」の制限です。
まあ戸籍は他の永年保存の行政文書と共に資料館などで一括保存するのが妥当な線でしょう。
個々の役所で対応するには限界がある。

>>226
壬申戸籍は将来学術的な資料になるだろうと認定された上で税金かけて保管してます。
(このままいつまでも法務局に眠っていたのではそれこそ税金の無駄ですが)
江戸時代の戸籍も重要な歴史史料であることは言うまでもないでしょう。
この板で歴史の大切さから語らなければいけないんですか(汗)

248 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 13:59:11
>>247
サダヲはほっとけ。

249 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 14:01:13
>>246
>趣味で戸籍の請求をしようが、手続き等に必要だから請求しようが、そんなのは関係ないだろ。

あまいね。統治作用を妨害するよ。
訴訟マニア集団の訴訟攻撃なんて、裁判所を麻痺させるのに十分。
実際、市民運動家はその戦術をよく採るよ。

250 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 17:24:44
>>246
> つ「個人情報保護法」

>>247さんが指摘している点もあるし、ひとつの法律が何十年も続く保証はないしね。
やっぱり理由になっていないなあ。

251 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 20:49:22
つうか、旅に出るとかいう話はどこへいったのか...


252 :飛瀬:2006/04/29(土) 21:40:31
僕はべつに残しておいてもいいと思うんですが・・・。
ただ、左翼系の人権団体なんかが「韓国に遅れるな!戸籍なんて廃止しろ」というのは
目に見えていますが・・・。

ただ、議論したところで埒が明かないようですし、元の流れにここらで戻しませんか?

253 :先祖マニア:2006/04/29(土) 22:42:07
本日は家族サービスで国営公園に行きましたが
帰りに遠い遠い先祖であろうという戦国武将の墓を見にいきました
(正式には何回も行っているのですが彫ってある字を見るために再度行きました)

行く途中に大雨が降り墓の写真を撮っていると大きな雷がなってビックリして
速攻で車に戻りました
この墓から恐らく数キロほど行ったところに城址跡があるらしいのですが
(町史には記載あり)どこか分からずにウロウロしてまた雨だったので
最チャレンジすることにしました。

城跡とっても恐らく何もないとは思いますがせめて墓石くらいあればなと思います



254 :日本@名無史さん:2006/04/29(土) 23:05:58
>>251
支那から書き込みをしていたっていいだろうにw

255 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 02:12:15
>歴史を研究する人たちにとっては宝の山になんだろうし。

その通り。すでに近代史研究者からは反対の声が挙がって久しい。
(行政には届いてないけどねw)
しかしこのスレにS氏みたいな人がいるとはびっくり。
全ての行政文書を保存公開するのが近代国家の役目。この点日本が非常に
遅れているのは、国立公文書館設置騒動の時の経緯を見ても明らか。
司法文書が続々と破棄されつつあるのは周知の事実。理由はS氏の意見と
同じ。「保管する場所がない」
全く、この国民にして、この国ありだな。救いようがない。

256 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 02:21:09
しょうがないS氏は元職員なのだから…

257 :255:2006/04/30(日) 02:43:06
あ、そうだったんですか。それは知りませんでした、すみません。
確かに職員の方は大変ですよね。お許し下さいw

258 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 02:55:56
保管場所の確保は戸籍係の担当か?

259 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 05:02:05
職員の方は大変だね。ただでさえ忙しいのに、更に仕事が増えるんだから。
来る日も来る日も除籍の交付。保管場所の管理。ほんと大変ですねw

260 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 10:42:02
>>259
仕方がないです、それが仕事ですから…

261 :南京大虐殺の首謀者:2006/04/30(日) 11:30:09

南京城攻略の折、降伏した中国兵数千人を城壁の傍らに立たせておき銃剣にて全員を刺殺した時の司令官は
昭和天皇の叔父で天皇に顔がそっくりの朝香の宮と言う奴だ。
南京大虐殺は天皇家の命令で行われたことは明らかだね。
そうやって在日である天皇家は、日本の名誉を著しく傷付けるような指導を日本国民に対してして来た訳だ。
そんな天皇制にしがみ付いている奴はバカか狂人かのどっちかだね。

あるリベラルな知識人が二十年ほど前に、先の戦争は国民にも責任があると言ったことをヒントに、
天皇には責任が無いみたいなズレたことを言い出した右翼がいるが、
国民主権国家となってから、その天皇制を廃棄しないでいたことは今度は本当に国民の責任である。


262 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 15:29:44
>>257
詫びる理由が見つからないのですが。

>>258
舌足らず。

>>259-260
詠嘆というやつですか。

>>261
連休を満喫して下さい。

263 :261:2006/04/30(日) 16:29:28
南京に逝ってよし!

264 :日本@名無史さん:2006/04/30(日) 23:30:13
突然割って入ってごめんなさい。
ぜひ、アドバイスを頂きたいのですが、

最近、幕末に関する本などを読むうちに、自分の祖先に関して興味をもつように
なりました。ご先祖さまに関してもあまり詳しく聞いてなかったので、これを機会に
調べてみようと思ってます。

ネットには行政書士さんに頼んで、5万円位からで、家系を調べてもらう方法が
紹介されていたのですが、皆さんはこれをどう思われてますか?
私はまったくの初心者なのでプロにお任せしたほうがいいのか、迷っています。
でも、どこまで丁寧に調べていただけるかも分からないし、行政書士さんには
本人ほど熱意はないでしょうから、適当な範囲で調査終了されるかも、などなど
考えて決めかねています。

我が家は私と姉が結婚し苗字が変わったことで、旧姓を名乗る子孫が終わって
しまいました。
明治生まれの祖父は生前、小さいころから私たちに「将来はどちらかが養子をもらって
ほしい」と話してました。私たちは「今の時代に何を、、、」とまともに取り合っていなかった
のですが、祖父自身は士族だった祖先(けして名家ではありません・・・)に昔の人らしい誇りを
持っていたようです。
亡くなってしまった祖父への供養の意味でも、せめて私たちの子供には何かしら
祖先について伝えたいな、と思っています。

行政書士さんに調べてもらうのは、自分で調べる手間や時間が惜しい人向けでしょうか?

長々すみません。もしよろしければご意見をお願いします。

265 :先祖マニア:2006/04/30(日) 23:51:51
264さん はじめまして

個人的には行政書士の方ではなく自分で調べるのがいいと思います
恐らく戸籍謄本を請求することになりますが、初めての人ならどうやって
請求したらいいのかと悩むと思いますし、色々な問題も出てくると思います

しかし、それがいいことなのではないでしょうか?確かに行政書士に頼めは
確実に遡れるだけ遡れますが多分なんの感慨もなく終わりになるでしょう
そうしたら、当初の目的である祖父への供養も半減してしまわないかなって思いました

ここの住人達はいい人が多いのでアドバイスしてもらえますよ

>行政書士さんに調べてもらうのは、自分で調べる手間や時間が惜しい人向けでしょうか?
そうです

個人的には行政書士さんはどうしても必要な直系尊属でなはい戸籍を請求する時に依頼する方だと認識してます
(法律上では駄目みたいですが・・・)

266 :先祖マニア:2006/05/01(月) 00:01:15
>>242
>曾祖父の兄の戸籍は明治19年を過ぎても改製しないで、
長男の代になって、ようやく移行したのかなと思っています。

それもあると思いますよ

役所職員の単なる見落としだったら、笑っちゃいますが。
役所の人もかなりミスがあります(しかも明治時代はそこまでうるさくなかったと
おもうので、子供が生まれて入籍届を出すなんてざらですし、孫を自分の子供で
籍に入れるとかもありました)

ところでやすべぇさんはどこまで進んでいるのですか?
かなり進んでいるように思うのですが・・・



267 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 00:44:43
>プロにお任せしたほうがいいのか、迷っています。
行政書士に頼むってゆうか、そもそも行政書士が家計調査を業務とすること
自体が筋違い。行政書士が出来るのは除籍を取ることだが、それはもちろん
依頼者の委任状あってのこと。つまり本人が取ればすむ話。何も行政書士に
依頼することはない。彼らは別にプロでも何でもない。

先祖マニア氏が
>(法律上では駄目みたいですが・・・)
と書かれてるように、傍系戸籍を違法に取るときに利用する人もいるよう
だが、過去ログにあったように広島で事件となっており、もう困難だろう。

家計調査に必要なのは、むしろ歴史学の素養であって、行政書士の出る幕は
全くなし。
HPなど見ると豪華な巻物に仕立てたりするようだが、そんな必要もないし。

>行政書士さんには 本人ほど熱意はないでしょうから、
行政書士と依頼者の間はもちろん、ここの住人の間でも、興味の置き所はそれ
ぞれ違う。自分でやるのが一番。


268 ::2006/05/01(月) 01:24:48
>>264さん
亡くなられたお祖父さんへの供養なら、なおさらご本人が請求されて調べられた方が
きっとお祖父さんも喜ばれるのではないかと思います。
時間も手間ももちろんかかるでしょう。
しかし、その分ご先祖の確かな足跡を感じることができるのではないでしょうか。

私も今少しづつですが、>>3の系図の更に上に行こうとしてます。
どうしても判らないことがあったら、ここで聞きながら進めることもできます。



269 :先祖マニア:2006/05/01(月) 01:32:47
除籍謄本は1つ750円です
264さんから遡れるだけ遡っても10冊行かないでしょう
郵便請求で切手代を使っても1万円以内で十分おつりがきます

5万円もかける必要はないと思います

私の場合はエクセルで家系図を作成していますが別に不自由はないですよ
(そのためにエクセルのいい勉強にもなりました)


自分で請求しても入手する時間は同じだと思います


270 :造り酒屋:2006/05/01(月) 01:52:03
>>264さん、はじめましてです。
私も一月の終わりから、こちらにお世話になり、少しずつご先祖探しをしています。
当方39歳(♀)で娘が生まれ母と女紋の話をしているうちに、ご先祖様の話になり
どうしても、いろいろ知りたくなりました。

私もはじめは、戸籍の取り方もわからず、ここで皆さんに親切に
一から教えていただきながら、少しずつ調べています。

皆さんも書かれていますが、ご先祖様供養にと思われるお気持ち、とてもすばらしいと思います。
そのお気持ちを大事にされて、是非、ご自信の手でお探しになられたらいかがでしょうか。

私は、自分でやっていて、とても勉強になりましたし、何よりもひとつづつ
ご先祖様のことがわかっていくのが、とても楽しいです。
私も最初は行政書士のHPをたくさん探しましたが、頼まずに自分でやって
よかったと思っています。頼んで家系図ができても、何の感激も無いと思いますが、
自分でやっていると、ひとつ戸籍が届いて名前がわかっただけでも大感激でうれしいものです。


わからないことがあったら、ここの住人の皆さんが、本当に親切に教えてくださいますよ。


271 :飛瀬:2006/05/01(月) 10:34:35
>>264
まぁ、まずはテンプレを読んでください。
疑問に思うことがあれば、相談に乗ります。
あと過去ログも参考になりますよ。

今高校生の住人へ
今、高校生の方もいるようですがひとつ助言を。
今、連休なので帰省してますが帰ってみると先祖調査、郷土史関連の資料の大部分が親に破棄されていました。
戸籍は持ち出していたので無事ですが。
これから進学で一人暮らしをすることになったときは、資料は必ず全部持っていきましょう!
家を出れば親は他人です。
捨てられても文句は言えません。
ご注意を・・・。

272 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 10:40:37
オマエラのカッコ悪い先祖なんか知ってどーする?大藁

俺の先祖は大身旗本なのよ。

寺もかっこいいし、賀古町とかすげーよ。

オマエラのショボイ先祖なんて所詮読み書きすら出来ない大バカ者なのよ。

現実を思い知れ。

273 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 10:46:19
>>272

お旗本の子孫はもっと上品でなきゃ、御先祖様に対して恥ずかしいよ

274 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 10:54:04
>>272
大身旗本とのことですが、叙爵された御先祖います?
武鑑に載ってます? 無役だとあまりかっこよくないです

275 :先祖マニア:2006/05/01(月) 11:01:26
>今、連休なので帰省してますが帰ってみると先祖調査、郷土史関連の資料の大部分が親に破棄されていました。
戸籍は持ち出していたので無事ですが。

ひどい 酷すぎる 資料も早急に集めないと、散逸したらなかなか手に入りませんよ
(どこの場所で入手したかの記憶があいまいになりますからね)



276 :飛瀬:2006/05/01(月) 11:01:34
>>272
でも、あれですよね・・・。
さかのぼれば、その時代の権力者が一人ぐらいは誰でもいますよね。
僕の先祖にだって超マイナーですが、城持ち戦国武将がいるわけで・・・。
旗本だからって自慢にはなりませんよ!
問題は今の自分でしょう。
話のネタにはなりますが。
それに先祖が武士や公家でなくともその人たちなりに精一杯生きていたわけで、十分かっこいいですよ!

277 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 11:12:45
>>264
>我が家は私と姉が結婚し苗字が変わったことで、旧姓を名乗る子孫が終わって
>しまいました

お父上か母上は御存命ですか? どうしても旧姓を残したい場合、
264さんか姉さんの子を、父母の養子にする手があります
実際そういうケースを見知しています

278 :やすべぇ:2006/05/01(月) 22:15:22
>>264さん、初めまして。

行政書士がどの程度まで仕事をしてくれるのか興味はあります。
自分でも先祖を調べたことがある人もいるようですから、
行政書士だから熱意がない、とは必ずしも言い切れないと思いますが、
やはり、先祖を身近に感じながら調べるには
ご自身でなさるのがいいのではないでしょうか。

私は郵送中心で集めましたが、やり方がわかってしまえば、
通常はそんなに難しくはありません。
やり方はこのスレッドにも書いてありますし、
先祖探しに関する他のページや書籍にも出てますので、探してみてください。
どうしてもうまくいかないこともありますが、
そういう場合はここで質問をしてみてください。

ちなみに、50年廃棄された除籍(改正前に廃棄されてしまいました)より
ひとつ前の除籍を突き止めて、謄本を手に入れることができたときの喜びは
今も忘れることができません。

思い立ったが吉日、ご健闘を祈っております。

279 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 22:59:06
>>277
御主人が養子に入るのもスマート。

280 :やすべぇ:2006/05/01(月) 23:26:50
>>266
先祖マニアさん、こんばんは。

> ところでやすべぇさんはどこまで進んでいるのですか?
> かなり進んでいるように思うのですが・・・
すいません、ハンドルをつける前に書き込みをするようになって、
その後、きちんと自己紹介をしていなかったものですから・・・

みなさま、いまさらながら自己紹介を。
私自身は、20年あまり前、中学のときに調査を始め、5年ほど続けた後、
15年以上、ブランクが空いてしまったのですが、
今年になってまた突然、気持ちが蘇ってきて、
いまは次に向け、資料の整理や調査計画を練っているところです。

5年ほどとは言ったものの、実は、今までにやったことといえば、
除籍謄本の取得と一部の墓石・過去帳調査だけで、
まだ旧土地台帳の調査をしたこともないし、
訪れたことのない先祖の居住地もありますので、
やれることはまだまだたくさん残っています。

これまでの成果ですが、
除籍の調査だけで高祖父母(4代前)16人全員と、
5代前15人(養親を含む36人中)、6代前3人が分かりました。
他の調査を合わせると、5代前17人、6代前5人になります。
20年前の調査の収穫ですが、
現在だといくつかの除籍は廃棄されているかもしれません。

このページでの皆さんの報告や成果、質問はよい刺激になっています。
皆さんに教えを請うこともあると思いますが、よろしくお願いします。

281 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 23:37:54
>>278
行書がすごいんじゃなくて、同等の法律知識があれば、
素人でも傍系の戸籍とかは、簡単に取れる。
自分は法律関係でも何でもないが、はとこの戸籍もある。
ちょっと勉強すればすぐわかるよ。

282 :先祖マニア:2006/05/01(月) 23:42:33
>>280
おお同世代ですね35歳くらいですか 私は31歳です
やれる事が多いのはいいことです、計画を立てて実行し成果が出る
やればやるほどいろんな事が出てきて、更に楽しくなる
困難にぶつかってもみんながいい知恵を授けてくれるでしょう

>現在だといくつかの除籍は廃棄されているかもしれません。
そうでしょうね
私は母方の除籍を別件で取得しようとしたら明治42年以前は破棄しました
とありました、大学時代に取得しておいて良かったと思った瞬間ですね


>このページでの皆さんの報告や成果、質問はよい刺激になっています。
皆さんに教えを請うこともあると思いますが、よろしくお願いします。

こちらこそよろしくお願いします


283 :日本@名無史さん:2006/05/01(月) 23:45:05
それははとこが戸主の戸籍なの?
それともたまたま先祖の戸籍にはとこが載っていたの?

284 :264:2006/05/01(月) 23:58:10
>先祖マニアさん
>267さん
>藤さん
>造り酒屋さん
>277さん
>やすべえさん

色々とご意見、本当にありがとうございました。
私も皆さんのアドバイスを伺って、自分で調べようと思うようになりました。

こちらだけでなく、色々サイトなど見てみて、がんばろうと思います!
そのほうが、皆さんのおっしゃるとおり、祖父への供養になりますよね。
我が家は、私たち姉妹が二人とも長男に嫁いでまして、養子は難しいですし(ほんとに
由緒正しい血筋でもないんです)、そこまでは考えていませんでした。

でも、祖先探しはゆっくり楽しんでしていこうと思ってます。
また、どうしても分からないことなどあれば、質問させていただくかと思いますが
どうぞ宜しくお願いいたします。

本当にありがとうございました!




285 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 00:35:30
>>281
>行書がすごいんじゃなくて、同等の法律知識があれば、
> 素人でも傍系の戸籍とかは、簡単に取れる。

傍系は無理ですよ。どこの役所ですか?
凸ったほうがいいかもしれませんから。

286 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 02:45:15
私は現在までに判明してる先祖の殆ど全て一般庶民。
でも、中には郷土の古文書(租税関係の帳簿とか)とかに名前があったりする。
もちろん武鑑や、藩士の名簿に名前が載ってるのもうれしいけど
絶対に名の残りそうのない人の名を、苦労して探し出した古文書の一隅に見つけ
たときの嬉しさは、それに勝るとも劣らない。
同時に当該古文書を残してくださっていた家の方々や、保存公開してくれた役所
の担当者、郷土の有志の方々に、深い感謝の念を抱きます。

287 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 07:00:19
>>285
そうかw
じゃあ俺の持ってる傍系戸籍4通は、夢や幻というのかw

まあ、また覗きに来るよ、頑張れや。

288 :飛瀬:2006/05/02(火) 09:59:18
僕も持ってますけどね。
傍系戸籍。
戸籍係が間違えて発行してくれたww

289 :造り酒屋:2006/05/02(火) 10:18:40
>>284=264さん、頑張ってくださいね。
>>271飛瀬さんが抜けてましたね)

私もゆっくり楽しもうと思っていたのですが、ここで皆さんに急がされて
とりあえず、戸籍の請求だけは早めに取るように言われました。
請求しているうちに、廃棄されつつあるものもあることに気づき、
アドバイスどおり早めに動いてよかったと思ったことがあります。

>>264さんも、順調にいくといいですね。何かびっくりするようなことがわかったりしたら、
また、ここにご報告に来てくださいね。楽しみにしています。

女同士頑張りましょう。



290 :飛瀬:2006/05/02(火) 10:48:26
そういえば、女性で先祖調査を志す人って珍しいですね。
造り酒屋さんと264さんは女性のようですが・・・。
特に若い女の子なんかだと・・・

飛瀬:「俺って先祖調査してるんだよ!」
女の子:「キモww犯罪者じゃないよね?」
とか
飛瀬:「珍しい名字だね、調べてみたんだけど○○氏の一族かもしれないよ」
女の子:「・・・、やめてくれる?」

ですからね。
これは女の子に限らず、男友達にもよく言われちゃいます・・・。
貴重な存在ですし、女性は頑張ってください!

291 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 10:55:52
>>284
>我が家は、私たち姉妹が二人とも長男に嫁いでまして、養子は難しいですし(ほんとに
>由緒正しい血筋でもないんです)、そこまでは考えていませんでした。

277です。養子というのは、あなたかお姉さんのところに次・三男(もちろん
女の子でもいいわけです)がいらしたら、という意味です。旦那さんに養子に
なってもらえ、という意味ではありません

誤解があるといけないので、蛇足まで

292 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 11:00:16
>>290

それは全く普通の健康な反応だと思うぞw
女性でも関心のある人はいるけどね

293 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 11:06:05
先祖探しなんぞは恥ずかしげに、ひそやかにやるものだよ
他人に吹聴するなど、もってのほか

そのために匿名のこのスレがある

294 :飛瀬:2006/05/02(火) 11:15:51
>>292
>>293
そうですか・・・。
高校の時は理解してくれる人が多かったんで、大学で口を滑らしてしまったんです。
すると・・・一気に恋愛対象外になりました。

みなさんは、ばれた時ってどうします?

295 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 11:22:08
>>294

つ瀬踏み

大学でペラペラしゃべっていいのは相手が史学科の場合のみ

296 :四戸弥十郎:2006/05/02(火) 12:23:44
>>293それができてりゃこのすれたたない。あんがいこれが難かしいんだ。
正室のいれば側室もいるしまいには妾の子なんてのもいる。実際お墓何十基
もみるとそう思うよ。

297 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 12:58:43
>>296
意味が全然わかりません
結局おなじことを書いてませんか?

298 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 13:12:58
>>294

「あ、ちょうどいい壺と水子地蔵があったんだが、また今度ね」
と言って逃げる

299 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 14:31:26
>>290
男女の問題に加えて、当人の性格にもよるんじゃないだろうか・・・
むー、当人の性格じゃないな、まわりがその人をどう見ているかってことか。
あとはまあ、相手の問題もね。

300 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 14:33:55
>>294
>すると・・・一気に恋愛対象外になりました。

おいおい、まだ大学に通い始めて一月たっていないだろ?w
最近の若いのは、そんなにすぐくっつくのかね?

301 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 15:09:23
>>300

そう、簡単に出来るから…

302 ::2006/05/02(火) 20:29:27
>>285>>287−288

私も傍系戸籍を持っています。
たぶん、その戸籍に曽祖父が戸主の叔父として載っていたからだと思いますが。
傍系と一口に言っても、誰かしら直系に繋がる方が入っている可能性はあるのでは?


女性だから先祖調査を志す人が少ないわけではないと思います。
そういうきっかけに触れる機会があるかないかの違いではないでしょうか?
私の場合、祖母方の曾祖母が一人娘だと聞いていたことや、祖母の旧姓のこと、
また母の幼くして亡くなった兄のことを知りたくて調べ始めましたけど。


303 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 21:06:31
直系尊属が一人でも記載されていれば傍系戸籍ではない
例えば戸主の叔父の父親が直系尊属ならば請求可能

304 :ボンチ:2006/05/02(火) 22:08:47
お久しぶりです。私も母方高祖父の除籍請求は出ないと言われたが、高祖父の
弟さんの除籍が届きました。

305 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 22:47:25
>>304
高祖父は載っていない?

306 :やすべぇ:2006/05/02(火) 23:03:23
>>282
> おお同世代ですね35歳くらいですか
いい線、いってますねぇ。
でも、まだ四捨五入すれば、30です(笑)

>>294
先祖って言うと、仰々しいと思われるんでしょうかね。
ひいじいさん、ひいばあさん等々の身近なエピソードとして話すと
(実際は、会ったこともないから、身近じゃないんですけどね・・・)、
あまり抵抗なく、通常の会話と同じように、
聞いて(聞き流して?)もらえたことがありました。

傍系の除籍謄本は、手違いなのか、意図してなのか、
交付されることがありますよね。
例えば、目的とする直系尊属の除籍はなかったけれど、
その跡取りの除籍(直系尊属はひとりも入籍していない)の
謄本が届いたことがあります。
法律上は「除籍に記載されている者又はその・・・直系卑属」とあるから、
「除籍に記載されている者」の解釈しだいかもしれませんね。

ところで、ゴールデンウィークは仕事になりました。
その代わり、平日に休みを取れることになりましたので、
役所関連の調査を進めてみようかなと思っています。

307 :飛瀬:2006/05/02(火) 23:58:13
>>295
>>298
>>300
参考にして見ます。
とりあえずまだ彼氏彼女はできてないようです。


308 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 00:15:16
傍系は担当者によるね。
同じ役所でも違う担当者だと出してくれたりする。

309 :飛瀬:2006/05/03(水) 00:35:36
>>295
>>298
>>299
>>300
そうですか。
参考にして見ます。
ありがとうございました。
ちなみに周りではまだ彼氏彼女はいませんね。

310 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 02:27:47
キミは真面目でいい青年だよ。焦って安売りなんかしなさんな。
性交しなきゃ大学生じゃない!なんて思っているバカは放っておきなさい。

311 :飛瀬:2006/05/03(水) 05:46:05
>>306
そうですね。
先祖というよりはなるべく近しく感じるような表現を使うと良いかもしれませんね。

>>310
ありがとうございます。
とりあえず気にはしていませんが、気をつけます。

312 :ボンチ:2006/05/03(水) 08:03:37
>305 高祖父は載っていない?
高祖父は”兄”および”前戸主”に名前がありました。

313 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 19:23:34
やっぱりあったな

314 :ボンチ:2006/05/03(水) 19:38:00
話題がそれますが、当方そろそろお寺さんに過去帳を見せてもらおうかと考え始めました。
(図書館での調査が難航している為)

お寺さんに実際に行かれた方の経験談をお聞きしたいのですが、大丈夫でしょうか?
当方、先祖調査始めて数ヶ月ですが、2回程、先祖の旦那寺を見て回りましたが
お坊さん・住職さんに話しかける勇気が出ませんでした。

みなさん、「ここが自分の先祖の旦那寺なので過去帳を見せて下さい」と頼むのですか?
また、仮に見せてもらえたとして、ノート等に記録して帰るのですか? そんなに多くの時間をくれますか?
また写真まで撮らせてくれるもんでしょうか?
全く未経験で不安です。経験談で結構ですのでご教示お願いいたします。

315 :先祖マニア:2006/05/03(水) 22:09:29
>>294

私の周りにも誰一人興味をもってくれた友人はいませんでした、
唯一、社会人になって親友が興味を持って戸籍を調べるまではしましたが
それでも、遠戚にいくとか手紙を書くとかはしませんでした。

まあ、それでこのスレを立ち上げたんですが・・・
(全国では絶対に自分と同じように先祖を調べている人がいるんじゃ無いかなって思い)

でも飛瀬さんは史学科なのに誰も興味が無いのも変ですね?

彼女は焦らなくてもそのうちできますよ、(努力すればですが、受身では難しいです)
私だって大学生になったら彼女作ってやる〜〜と思って1年以上かかりましたから

316 :先祖マニア:2006/05/03(水) 22:16:53
私も傍系家系図持っています、昔だったからかも知れませんが
窓口で先祖供養の為と自分の母方の直系尊属全てをもらっていたら
間違って傍系のも混じっていました
しかし、全くの赤の他人ではなくて、戸主の息子の嫁の家の方の実家の戸籍とか
でしたが(2つとも同姓だったので間違ったのかもしれませんが)

あとは前戸主の所の記載だけが自分の直系尊属の戸籍もあります
これは窓口であ〜でもない、こうでもないとかなりゴネましたが

役場の人も事務的な人もいれば、先祖探しに理解もある人
以前に事件があった役場や田舎ものどかな役場
戸籍事務に精通している方やあまり知識のない方など
千差万別なので色々試してみてはどうでしょうか?
(同じ役場で前は駄目だったが半年後にOKということもありました、人が違った)

317 :先祖マニア:2006/05/03(水) 22:31:03
>>314
ボンチさんこんばんわ
過去帳の件

自分の家の菩提寺の場合 1高祖父以上を調べる場合
まずお寺に行って『先祖供養のため過去帳を拝見したいのですが』という
そのときにあらかじめ1以下の先祖の俗名、戒名、生没年月日、享年、行年などを
まとめておく 1,2、17,18、とかです
じゃないと、和尚さんも適当に1とか17の戒名を教えて、はいおしまいになる可能性があります
こちらとしては『私としてはここまでは調べたのですがこれ以上は分かりませんのでそれ以前をお寺の過去帳で
教えてください』というスタンスでいきましょう

そのときに重要なのは屋号です、明治以前は苗字はないので屋号で書かれていると思います
過去帳をそのままコピーしたりデジカメでとらせてもらうのは殆ど無理ではないでしょうか?
(プライバシーの問題で)

しかも和尚さんの中には初めからプライバシーで駄目って言われるかもしれません
そんな時には『我が家の過去帳を作成して下さい』と依頼してみてください、そうなると引き受けてもらえると思います
(檀家ですからね)

ちなみにお礼はいります、過去帳を拝見して先祖をピックアップするのと
過去帳作成依頼では違うと思いますし、家の日ごろからの付き合いや貢献度でも
違ってくると思います、

また拝見する時の問題点として、過去帳が読めないという問題もあります(江戸時代の筆跡は草書なら解読が
難しいです、楷書ならいいのですが)

後は過去帳作成の場合の期間は長いと思ったほうがイライラしなくてすみますし、
完璧に和尚さんが忘れていたとかもあるので、さりげなく催促しないといけない場合もあります

318 :先祖マニア:2006/05/03(水) 22:39:01
過去帳拝見今までの例

1の系統 拝見は不可、屋号からピックアップしてそこをコピーしたものだけ
何時亡くなったかとか全くわからない
その和尚は檀家からは評判が悪いです(金、金うるさいので嫌がられている)

5の系統 拝見してどんどん教えてもらいました、ノートに書きとめて帰りました
和尚がえらい親切でした、祖母に理由を聞くと、そのお寺を修理していた宮大工の家系
だったからでした

7の系統 依頼してすぐに教えて頂きました(ただし分家のため古いのは無かった)

あとは家にある過去帳の方が詳しかったというのが1例ありました

それとお寺が廃寺になっているところも多々ありました(和尚が不在)


319 :やすべぇ:2006/05/03(水) 23:05:39
私もそんなに経験があるわけではないのですが。
1勝1敗1分けでした。

1箇所目は祖母26の実家のお寺でした。
突然行ったのですが、すんなり見せてもらえました。
もっとも、祖母26も同行していたからかもしれません。
見る人が多いのでしょうか、原本ではなくコピーでした。
ただし、明治以降のものだけでした。
写真撮影という考えは全く抜け落ちていたので、
ページを繰りながら、同じ姓の記載(戒名、俗名、享年、
遺族との続柄、遺族住所など)を書き写していきました。
かなり長い時間(3時間くらい?)見せてもらいました。

2箇所目は高祖父1夫婦、高祖父3夫婦の墓がある寺へ。
ここはほぼ門前払いでした。
一応、応接室には通され、対応も丁寧だったのですが、
突然来た人にお見せできるものではないと言われました。
ただ、高祖父1の本家、更に総本家の情報まで教えてもらえました。

3箇所目は曾祖母20の実家の寺。
ここは事前にお参りに行くことを伝えていたのですが、
過去帳のことを話すと、お見せすることはできないとのことでした。
代わりに、関係箇所(戒名、俗名)を写して送ってもらえました。
ただし、そこのお寺にあったのは明治以降の人のものだけでした。

ちなみに、以上は20年ほど前の話ですが、
今はもっとプライバシーの点で厳しくなっているのでは。

320 :ボンチ:2006/05/03(水) 23:16:58
先祖マニアさん、どうも居色々と有難う御座います。 
再度熟読してスタンスを固めたいと思います。
お寺への訪問日程は現状未定ですが、実行しましたら皆様に結果報告します。

321 :ボンチ:2006/05/03(水) 23:28:24
やすべぇさん、有難う御座います。 先祖マニアさんとはまた違った御経験で
違う角度から参考になります。当方、「もし一回断られたら今後完全に駄目になってしまうのか」
という不安を今まで持ってまして、色々参考になります。有難う御座います。

322 :先祖マニア:2006/05/04(木) 00:12:28
ちなみに、自分の家の菩提寺以外は必ず檀家の当主と行った方がいいとおもいます
じゃないと、ほぼ門前払いでしょう、しかし一緒に行くとその方は檀家ですので
和尚さんもむげには断れなくなります(そのような状態を作る)

当主が一緒に行けれない場合もありますがせめて電話連絡はして許可を取ったほうがいいです。

その他に先にお布施を渡すと印象がいいかも知れません、(これは今までやったことが無いですが・・・)



323 :飛瀬:2006/05/04(木) 00:44:47
>>315
ありがとうございます。
なんか史学科の子なんで歴史は好きなんですけど、先祖となると白い目で見るんですよね。
彼女は・・・頑張ります!


324 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 01:11:08
>>323
歴史学は系図調査じゃないとか吹き込む教授もいるしね。
マルクスだ学生運動だといった時代のアホが余喘を保ってるし、
余喘を保ちやすい環境を提供しているのも史学科。
難しいよな。

325 :ボンチ:2006/05/04(木) 07:37:08
有難う御座います。やはり困難しそうと判りました。
現状、高祖父1,9,13の菩薩寺が判明していますが、9,13はやや厳しいと判断できます。

最低1項祖父 が成功すれば本望です。
1 は叔父さんが寺に一緒に行ってくれる可能性が無きにしもあらずです。
あと、昭和41年祖父葬儀時、本家にてお坊さん含め集合写真が残っています。
1人で行った場合、これ持っていけば少し不信感が消せるかなあ・・などと考えています。

その他も踏まえて準備していきます。


326 :飛瀬:2006/05/04(木) 10:37:23
>>324
そうですね。
大学は左翼系等の先生が多いみたいですね。
僕の大学はまだリベラルのようですが・・・。
必要以上に中国とか持ち上げますし。
あと、前に受けた大学にはそれ系の看板がずらり!!でした。


327 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 10:50:13
飛瀬さんはゴールデンウイークには先祖調べないの?

328 :飛瀬:2006/05/04(木) 11:00:54
>>326
友達と遊んだりしてたので・・・。
今はレポートかいてますし・・・。
全然進みませんが。

ただ、近く進展しそうです。
詳しく書くと・・・2chなので問題がおきかねませんので
そのうちできる範囲で報告します!

329 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 11:51:17
ゴールデンウイークは恰好の先祖探し日和だね

漏れも6日に行くぜ

330 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 14:05:50



http://is.mobile.yahoo.co.jp/bin/search?c=on&p=%97%f0%8ej%8aX%93%b9&k=

331 :ボンチ:2006/05/04(木) 22:05:14
先日、図書館で 母方高祖父の地元の旧村の「宗門人別帳」を、目録に発見しました。
図書館の人に聞くと「今ここに古文書はないので、地元の資料館みたいなところに連絡してみる」
と言い、そこと連絡とって、「見せてください」と頼みました。 とりあえず先祖の名前を云い、
人別帳に載ってるか調べて、後日連絡と言う運びになりました。

今日連絡が来たのですが、どうも○○村 とは目録リストには書いてあるが、その中の小字地区の限定された地域内の
家しか記録されておらず、私の先祖の名前はそこには無いようでした。

少し期待していましたが、残念な結果に終わりました。
他には「御用留帳」という、犯罪記録的なものが手がかりになるかもしれないと教えてもらいました。
(自分の先祖が犯罪者であるのは好ましいことでは在りませんが。)

332 :やすべぇ:2006/05/04(木) 23:05:12
>>331
ボンチさん、ちょっと残念でしたね。
ところで、先祖のお名前を係の人にお伝えしたとのことですが、
やはり子孫じゃないと見せられない、という感じだったのですか?

333 :先祖マニア:2006/05/04(木) 23:38:21
>325

>最低1項祖父 が成功すれば本望です。
1 は叔父さんが寺に一緒に行ってくれる可能性が無きにしもあらずです。
あと、昭和41年祖父葬儀時、本家にてお坊さん含め集合写真が残っています。
1人で行った場合、これ持っていけば少し不信感が消せるかなあ・・などと考えています。


とりあえず1高祖父からですね
写真は持って行った方がいいですね 不信感かなり消せるのでは・・・

また相手がどのような方かよ〜く見る必要もありますね


334 :先祖マニア:2006/05/04(木) 23:43:54
昨日本当なら 城址あとの墓を探す予定でしたが、色々とありまして行けれませんでした
近いうちに再チャレンジをしたいです

問題点があります
1 城址の詳しい場所が不明 
2 本当に現在でも墓跡があるのか不明

解決策は町史に記載されていた城址の墓を管理している名前があるので
その方を探すことです
幸いゼンリンで名前は発見しております

しかしその町史は昭和49年発行なのでいまでもその墓守をしている方は生きておられるのかな?

あとこういう場合はどのように言ったらいいんですかね?
『町史でみた城址あとと墓跡を見てみたいので教えて下さい』
こんなんでいいのでしょうか?
あんた誰? なんで調べてるの?と聞かれたらあうあうしそうです 

335 :飛瀬:2006/05/04(木) 23:52:14
私も先祖調査などで城や墓を訪ねたことがあります。普通に歴史が好きで先祖に興味があるのですが、関係が有るようなので場所を教えていただけませんか?
で大丈夫だと思います。

336 :先祖マニア:2006/05/05(金) 00:00:43
有難うございます、やっぱり歴史好きで先祖に興味があるでいいですよね

この地域は昔からイメージが良くないんですよね

大学時代に手紙書いてもただの1枚も返信が無い、確かにそれが当たり前なのかも
知れませんが、隣町にも同じタイミングで送ったら3通返事がありました

2、3年前に役場の方を通して同姓の人に連絡をとったのですが、
これまた分からんので教えれん、でピシャリ 
この時にこれまた隣町の同姓の方を紹介していただいたのですが、
これまたトラブルがあり罵詈雑言の末、変態扱いです

だから、この地域を調べるのに少し躊躇があったのですが、そこで諦めたら前に進めないし
後悔したくないので、頑張ってみます


337 :先祖マニア:2006/05/05(金) 00:05:55
追加報告

田舎の家に祖母の両親の写真がありましたので、祖母に言って借りてきました

写真屋に行って同じものを焼き増ししてもらいます
時代的には明治末から大正末位だと思います

写真があれば必ず焼き増ししましょう!
他人の家ならデジカメで撮るなりしてでも保存しときましょう
写真が有るのと無いのとではイメージが全然違ってきますし、かなり親近感が
湧くのと同時に自分とここら辺が似ていないか?など想像してしまいます。

338 :やすべぇ:2006/05/05(金) 00:34:26
>>337
>写真が有るのと無いのとではイメージが全然違ってきますし、かなり親近感が
>湧くのと同時に自分とここら辺が似ていないか?など想像してしまいます。
そうですよねぇ。
父の従兄に祖父25の兄(その従兄の父、早死)の写真を初めて見せてもらったとき、
祖父に感じがそっくりだったので、一気に身近になったのを覚えています。
今はしきりに曾祖父17夫妻の写真が見たいんですけど、
関東大震災や戦争の混乱などで、散逸してしまったみたいです。
本家にもないようです。

339 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 02:08:04
>>336
部落絡みじゃない?
連絡した先がそうだとは言わないけれど、
やっぱりピリピリした地区ってあるもんだよ。

340 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 02:49:09
そうだね。軽率な行動は避けた方がいい。

341 :ボンチ:2006/05/05(金) 07:46:33
>やはり子孫じゃないと見せられない、という感じだったのですか?

「もし人別帳に貴殿の先祖の名前があったら見に来て下さい」という内容の対応をして頂きました。

自分的にも、最初からどうしても人別帳を自分の手にとって確認したい、という考えもありませんでした。

最初「一応ご先祖の御名前を教えてください、何か判るかもしれませんので」と云うので教えました。
調べてもらって「無い」っていうんならしょうがない、それで良いや 位の考えでした。

*今度 5〜8高祖父母の名前があると期待している人別帳が保管されている図書館に行く予定ですが、
ここでは申請すれば手にとって閲覧・写真撮影できます(有料ですが。)


342 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 10:16:35
>>1お寺の過去帳は信頼できるのか?

大室家

>それから19年式戸籍のころは、死亡相続よりも隠居相続のほうが多い。

それは大変貴重な情報ありがとう。さて大室弥兵衛の死亡日だ。大室庄吉が
家督を継いだのは明治12年。だから弥兵衛の死亡は明治12年なのか?
お寺の過去帳には明治19年大室弥兵衛死亡とある。オマエさんの言うように
明治12年庄吉は死亡相続ではなく隠居相続の方なのか?
それではなぜ大室庄吉の明治19年式戸籍に大室弥兵衛M19死亡と書かれていないのか?
明治12年自宅で葬式して明治19年に西円寺に位牌を移したから移した明治19
年からの記録がお寺の過去帳に載ってるという意味なのか?お寺の過去帳もあてにならない。


343 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 11:19:49

ここにもオームロ馬鹿が湧いてるw

344 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 16:42:27
>>338
3年前に祖母が亡くなった時に、母の実家で菩提寺の過去帳の写し(曾祖父の直筆)
と曾祖父の古い写真を焼き増ししてもらいました。
それを見たうちの妻が、私に似ていると言っていたのを思い出しました。

そのことがきっかけで御先祖にも興味が出てきて現在、戸籍の調査をほぼ終えて
お墓を回りはじめています。
最初は無関心だった妻も、自分のも戸籍を取ってみたいと言い出して妻の調査も
はじめております。
 正月、妻の実家でその話をしたところ、妻の父(義父)も乗り出してきて
戸籍に載っている人の話などをしてくれたりしました。

345 :やすべぇ:2006/05/05(金) 18:14:00
>>344
おお、うれしい好循環!!
周りの協力は頼もしいですよね。
何がきっかけで興味を持つかは、各人各様ですね。

ちなみに、私も曾祖父17直筆の過去帳を見たことがあります。
でも、直系の子孫には伝わらず、
本家(曾祖父17の分家元)の方にあるというのは、
ちょっと複雑な気持ちもしますが。

346 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 18:25:14
>>344
いい話ですね。
おいくつなんですか?
当方31歳

347 :先祖マニア:2006/05/05(金) 23:38:41
>>344

いいですね、妻も興味を持つ、夫婦で同じ趣味を持つ すばらしいです
しかも義父とも話しが合うし、言うこと無いじゃないですか!!

348 :>>344です:2006/05/07(日) 02:41:37
@嘉永四年生
       17明治17年生 
A嘉永五年生        25明治45年生
B萬延元年生
       18明治22年生
C文久三年生               昭和14年生
D安政四年生
       19明治17年生
E慶應元年生        26大正三年
F弘化元年生
       20明治19年生
G弘化四年生                     昭和45年生
H文久二年生                     
       21明治19年生
I文久二年生        27明治42年生
J明治四年生
       22明治23年生
K明治三年生               昭和18年生    
L安政元年生
       23明治13年生
M安政六年生        28明治45年生
N天保13年生
       24明治14年生
O嘉永五年生
古い写真の曾祖父は21です。
母方の実家は交流があるのですが、父方は、25の祖父が昔、いろいろと親戚に迷惑をかけてしまったので、
全く交流はありません。
本家筋の方はこちらの存在を知っているようですが・・・
今は時々、お墓参りだけさせていただいておりますが、祖父のお詫びも含めて、
いつか手紙を書いてみようかと考えています。

349 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 07:48:07
4代前に何人か明治・慶応生まれの方がいらっしゃいますから、
隠居相続の場合、その先代も生年月日の分かる方が何人か
いらっしゃるということですか? ガイシュツならスミマセン


350 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 14:43:35
みんな江戸最末期から明治なのでその両親ならほとんど明治までは生きてるんじゃない

だったら5代前もほとんどわかると思います

351 :やすべぇ:2006/05/07(日) 16:26:25
>>341
やはり、ある程度、制限はあるようですね。

ところで、昨日、図書館に行って、
ある県の文書館が発行している県内史料目録を見ていたら、
離れた他県の宗門人別帳をその県の博物館が所蔵しているようでした。
地元の史料は地元の図書館・資料館か、
国立の機関等で探すものと思っていたのですが、
他県という場合もありそうですね。

ところで、その目録に「御宗門人別改下書」というのがあったのですが、
これはどんなものなのでしょうか?
「改下書」? 「下書」(したがき)?

352 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 19:29:04
壬申戸籍が消滅したのがいたい。明治19年戸籍しかさかのぼれないだろ。

353 :ボンチ:2006/05/07(日) 19:58:09
ヤスベェさん。 

今日図書館に行きました。下書帳がありました。 家族の名前・年齢だけが雑に書かれていました。旦那寺などが省かれたもので、字も雑でした。
しかし、地域により誤差があるようです。 先日報告した資料館では、人別帳と人別改帳 1冊ずつあると言ってまして、
改帳の方は、戸籍資料的な情報が殆ど得られない物だ、と言ってましたので。



354 :ボンチ:2006/05/07(日) 19:59:24
今日の目的は9[高祖父] の宗門人別帳を探すことでしたが、結果はまたもやスカでした。
高祖父の居た村は、当時6っの領分に分かれていました。図書館に在ったのは、そのうち1名主の領分地域の人別帳だけでした。
当時の村の全戸数400のうち、約70戸しか確認できないとの事でした。

あとはお寺で過去帳を見るか、墓を探すしかない(お約束ですが)と、学芸員に云われました。
他動府県に存在、あるいは大学が収集しているケースもあるとも聞いたので、そういった方向でも探してみれば
まだ道は開けるかな と考えたいところです。

お寺さんへの訪問は慎重にいきたいので、訪問は現在未定です。

355 :ボンチ:2006/05/07(日) 22:06:31
>>351  宗門人別改下書帳

宗門人別改帳とは 定期的に(数ヶ月に一回くらい?) 更新の為に書き改めたもの かも知れません。
更に「下書」とある場合、「改帳」の更に「下書き」という資料になるのか?
と今、考えてます。 推測の域を脱しませんが。

356 :先祖マニア:2006/05/08(月) 00:06:37
>>348

この家系図からかなり調査もかなり進んでいらっしゃいますね
5代前になると結構難易度も上がりますが344さんなら一歩一歩確実に
調べている感じがします。

妻の16人も分かれば子供さんがいれば5代目の32人が判明です
32人判明している家はめったなことでは無いでしょうね

357 :>>344=勘兵衛:2006/05/08(月) 02:27:19
>>349
>>350
>>356
五代前で名前が判明している御先祖28人、うち戸籍で生没が記載10人
六代前で名前が判明している御先祖16人、うち戸籍で生没が記載2人
七代前で名前が判明している御先祖3人、うち戸籍で生没が記載0人です。
あとは、お墓で名前と没年だけ判明している御先祖が9人。

358 :ボンチ:2006/05/08(月) 14:21:07
勘兵衛さん 凄いですね。 私もがんばります。

余談ですが調査費用もおぼつかなくなり、不定期バイト始めました。そんなことはどうでも良いんですが、
今日 法務局で旧土地台帳を見たら、13−23の実家が裏の寺から土地を買っていたことが判りました。
また、旧土地台帳は右上に小字名があり、古文書や各市町村の市史誌での調査に役立つポイントだと感じました。

しかしながら、やはり先祖調査は戸籍が半分以上の割合を示しますね。やってきて分かりました。
古い謄本が取れるか、取れないかで全然変わってくる。戸籍が取れないで図書館調査にしても
結局戸籍関係の資料を当る訳です。
お墓・過去帳・旧土地台帳 と、大体基本なんですね。人伝に得る情報も大きいですね。

以前私が「墓石の字は晴天の日に調査すべき」などと語ってしまいましたが、
拓本(魚拓の石版みたいな作業のこと)関係のサイトをみましたら、「水をたらす」と書かれていました。
出来れば苔をブラシで取って、水を滴らせるのがいいのかと考え直しました。

色々書いてしまいました。


359 :ボンチ:2006/05/08(月) 14:48:27
また書いてすみません>>351 に対するアンサー>>354で私が云った大学が出てきましたので貼り付けます。

http://libweb.nagoya-wu.ac.jp/kosho/shiryo.htm

近隣の県から収集しているようですね。
すでに2回 宗門人別帳で失敗しているので、近隣の大学を当ってみようかなどと考えてます。

360 :先祖マニア:2006/05/08(月) 22:38:34
勘兵衛さん
こんばんわ

>五代前で名前が判明している御先祖28人、うち戸籍で生没が記載10人
同じです 私も28人判明してます


>六代前で名前が判明している御先祖16人、うち戸籍で生没が記載2人

確実なのは11人です


>七代前で名前が判明している御先祖3人、うち戸籍で生没が記載0人です。

確実なのは2人です

あとは、お墓で名前と没年だけ判明している御先祖が9人。

これは結構いますが親子関係が確実100%ではないです(没年等からの推測になります)


361 :やすべぇ:2006/05/08(月) 23:36:02
>>348 >>357
勘兵衛さん、すごいです。
お互いにほぼ同い年ですが(小生は昭和46年)、
勘兵衛さんの高祖父母の代が私の曾祖父母の代と重なってきます。
末子かそれに近い先祖が私には多いのです。

>>354 >>355 >>359
ボンチさん、ありがとうございます<下書
ところで、私が見た目録は「栃木県史料所在目録第29集」というやつで、
ちょっと記憶が不確実ですが、
長野、山梨、宮城などの人別帳をそれぞれ何点か所蔵している
博物館か個人宅が栃木県内にあるようです。

>>360
>あとは、お墓で名前と没年だけ判明している御先祖が9人。
>これは結構いますが親子関係が確実100%ではないです(没年等からの推測になります)
先祖マニアさん、こんばんは。
高祖父3夫婦も入っている墓の周りには
更に上の代の先祖のものと思しき墓があるのですが、
俗名がない人もいて、直系なのか傍系なのかも含め、
つながりが全く分かりません。
「居士」と「大姉」が並んでいると、夫婦なのかなとは思うのですが。

362 :先祖マニア:2006/05/09(火) 00:00:52
>先祖マニアさん、こんばんは。
高祖父3夫婦も入っている墓の周りには
更に上の代の先祖のものと思しき墓があるのですが、
俗名がない人もいて、直系なのか傍系なのかも含め、
つながりが全く分かりません。
「居士」と「大姉」が並んでいると、夫婦なのかなとは思うのですが。

そうなんですよね、殆ど両親だと思うんですが、違うかも知れないし・・・
夫婦は確実だとおもいますよ

本当は墓と位牌と過去帳の三点セットがあれば欠落している情報を洗い出せる
こともできますが、この3つが揃っているのは稀だと思います(庶民では)



363 :先祖マニア:2006/05/09(火) 00:10:39
http://www.imgup.org/iup203782.jpg

こんな感じです
戒名はありましたが俗名や没年は分かりません

幸いこの家は位牌があったので位牌から没年や夫婦関係は分かりましたが
親子関係や俗名、享年は不明のままです

戒名、没年、お墓の位置関係等である程度は推測しましたが・・・

まあお墓が有るだけいいと思います(この一番古いので1753年です)
たった250年前ですが世代では9〜10世代前になります、
庶民はいかに難しいかを痛感させられますが、反面調べられた時の感動は
人一倍あります。

364 :ボンチ:2006/05/09(火) 07:26:34
やすべえさん 情報有難う御座います。
確実ではないとのことなので自分で確認してみます

365 :日本@名無史さん:2006/05/09(火) 20:10:27
>>12
ここの破棄証明ってなぜ必要なのか教えてください。。。
初めてなのでわけわかめです。


366 :飛瀬:2006/05/09(火) 20:46:03
破棄証明は職員がめんどぐさがって、適当にないとか言われるのをふせぐためだよ。
証明があれば絶対にないってあきらめつくしね!

367 :日本@名無史さん:2006/05/09(火) 20:53:37
>>365
飛瀬さんと同意見

証明を出すからには責任もって「無い」ということになるから
ちゃんと探すだろうって事じゃないかな

368 :ボンチ:2006/05/09(火) 21:53:22
宗門人別の続きで済みません。
栃木に山梨県その他の人別帳を保管していることに関してですが、
栃木の教育委員会によると、坂倉家という家が、昔僧侶みたいな事をしてて、
出身は三重であるが、色々諸国漫遊して栃木にたどり着いたとかで(多少間違ってるかもしれないですが)
その道程で(職業柄?)手元にあった人別帳が今栃木にあるみたいです。

また人別帳は製本(幕府に収めるやつか?)と、村の名主保管用とあり、また年1回とか改(あらため)帳を作っていたので、
結構出回っている(少なくも壬申戸籍よりは出回っている)と考えられまが、どんなもんでしょうか。

369 :日本@名無史さん:2006/05/09(火) 22:09:22
>>366さま>>367さま
そうなんですね!
ご親切にありがとうございました。

(以下チラシノウラ)
今日、父親の戸籍謄本をとってきて、両親に見せました。
父親は生まれる直前に父親を亡くしいるため、出生届人のところに「母」と書いてありました。
産後の体でどんなに心細かったでしょう。
戸籍謄本を眺めていると今まで知らなかった親の事、祖父母の事がわかり、
上手くいえないのですが、沢山の先祖の営みのうえに自分がいるのだ。
自分を大切にしよう。ご先祖に感謝しよう。自分に繋がる命の全てが愛おしいよぉ〜と思えました。
子供達への教育で「命を大切にしよう」「愛国心云々」と抽象的なことが言われていますが、
こういうところに凄いヒントが隠されているような気がします。




370 :やすべぇ:2006/05/09(火) 22:34:39
>>363
圧倒されます!
墓の位置関係とかが重要になってくるんでしょうね。
位牌がないと・・・かなり厳しそう・・・

>>365 >>366 >>367
むかし、除籍謄本を集めていたときの通信記録を見ていたら、
どう見ても役所の係がめんどくさがって80年廃棄と回答したと
思しきものが出てきました。
当時は廃棄証明って知らなかったんですよ。

>>368
なるほど、そんな事情があったのですか<諸国漫遊
>結構出回っている(少なくも壬申戸籍よりは出回っている)と考えられまが、どんなもんでしょうか。
問題はご先祖が載ってるかどうか、ですよね。
どれくらいの確率で見つかるものなのでしょうかねぇ。
ケースバイケースでしょうが。

371 :ボンチ:2006/05/09(火) 22:57:53
破棄証明の意味を私も知らずにきたのですが、やっと判りました。(365さん、飛瀬さんなど有難う御座いました。)

繰り返しになりますが、宗門人別帳は、その村のが全部揃っているケースは経験では少ない感じがします。
確立は1/2以下では無いでしょうか。(2回目の高祖父系では村の1/6しか残ってませんでした・・。)

しかし、除籍謄本が取れる直系ものはすべて作業し終わった私としては、
あとは過去帳・お墓・遠い親戚への訪問などなどしか残された道はほぼなく、
確立が低いながらも、宗門人別帳は地味に探していこうかなと考えてます。(かなり遠い道のりになりそうです。)

早くお寺で過去帳をみせてもらえば?という意見もあるかもしれませんが、
色々調べていると、お寺さんに説得するネタになる資料もポツポツ出てきますので、
できれば知らない人への交渉は最後の方にしようかなとは考えている現状です。

372 :先祖マニア:2006/05/10(水) 00:25:12
>>366
ナイスフォロー有難うございます
まさしくその通りです

>>369
調べれば調べるほど、先祖あっての自分だということを思いますよ
私もつらいことや苦しいことを乗り越えて子育てをして未来に繋げていると言う事を
認識しました
そんな私も子育て奮闘中です。

>圧倒されます!
墓の位置関係とかが重要になってくるんでしょうね。
位牌がないと・・・かなり厳しそう・・・

確かに墓だけではつらいものがありますが、墓の中に眠っている人は先祖には間違えない
と思えばいいのではないでしょうか?(実際に先祖ですし・・・)

墓の位置関係は重要ですね



373 :先祖マニア:2006/05/10(水) 00:28:25
>>371

早くお寺で過去帳をみせてもらえば?という意見もあるかもしれませんが、
色々調べていると、お寺さんに説得するネタになる資料もポツポツ出てきますので、
できれば知らない人への交渉は最後の方にしようかなとは考えている現状です。

当たって砕けろです、ある程度資料を集めたら一機に行ってみたらどうでしょうか?
知らない人も飛瀬さんみたいな親切な場合もありますし、私みたいな例もあります
行かないで後悔するより行って後悔する方がいいとおもいますよ
行ったら実は後悔ではなくて歓喜するかもしれないですし


374 :ボンチ:2006/05/10(水) 07:51:18
過去帳
そうですか。考え直してみたいです。

墓の位置関係
前回 1系統の墓に行った時、墓の全体写真と各石の個別写真を撮っておいて
良かったです。 もうすぐ墓を綺麗に造りかえる事になったのです。(あと1,2回現地に行くとは思いますが。)

破棄証明
破棄証明は申請せずにやってきてしまいましたが、戸籍が取れないと後々かなり厳しいです。
是非破棄証明は取って頂いて、完璧に出ないとこまで確認したいところです。
それか郵送処理だけでなく最低限電話して再確認などはするべきとは思いました。

375 :日本@名無史さん:2006/05/10(水) 11:04:36
宗門人別帳なんて残ってるほうが珍しいです。
今残ってるのは全体のごくごく一部に過ぎません。
現存するものの中に、自分の先祖が書かれてる確率なんて皆無に等しいです。

376 :造り酒屋:2006/05/10(水) 12:11:05
ご無沙汰しています。

>>128で出してもらえなかった戸籍を取り寄せることが出来ました。

曾祖母の弟の○太郎の戸籍で父親名を知りたかったのですが、提出した戸籍と
父親の名前が違っているので出せないと言われていたものでした。

あれから、ネットで依頼できる行政書士に数件メールで問い合わせし、
手数料まで教えてもらってやってくれると言われたところにも、
結局、傍系は出せないと断られたりしていましたが、

再度、懲りずに請求してみました。先祖マニアさんに「酒屋に行って家系図を見せてもらう前に
戸籍を取っておいた方がベスト」と言われていたからです。
私としては、「どうせダメだし・・・」と思い始めていたので、
「家系図を見せてもらって事実を確認してからでもいいかな」と弱気になっていたのですが
請求してよかったです。

でも、今回は、市役所ではなく合併前に管轄だった支所に請求してみました。
これがよかったのかもしれません。
あと、いつも市役所だと3週間くらいかかって不受理の返信があったのですが、
今回は郵便がついたと思われる日に処理して即日返信してくれたようでした。

しかし、その中に「平成17年に合併したので、郵送請求は次回から市役所にするように」と
メモが入っていました。

皆さんの中で、もしも本庁でダメだった方で、支所に請求できる方は一度出されてみると
私のように手に入れることが出来るかもしれないと思い、ご報告しました。



377 :造り酒屋:2006/05/10(水) 12:18:06
でも、前回と違うのは、>>155で見つけた○太郎の本籍地を記入しました。
あと、治郎右衛門という高祖父の名前は出さずに「○太郎の父親は直系高祖父なので
出してください」と書きました。(関係を表す戸籍は同封しています)

届いた戸籍での○太郎の父親は「準造」でした。
もとの戸籍の名前は「治郎右衛門」なので、戸籍史の誤りというのでも
なさそうなのですが、

明治になって通称などの改名のことで前スレで拝見したような記憶があるのですが、
もし、改名していたとして、こんな、なんの脈略もない名前になることもあるのでしょうか。
ご存知の方教えてください。

酒屋には、まだ行けていません。先方が落ち着かれてからご連絡をいただくことになっています。
GWも終わったので、そろそろかと期待しています。


378 :造り酒屋:2006/05/10(水) 12:20:28
名前が違うことについては、前にいろんな方にレスいただいていて

○太郎の母親の再婚説、改名説、別名説、別人説、戸籍史のミス説などがありました。

まだ、事実はわかっていませんが、頑張って何か手がかりがつかめたらと思います。

379 :日本@名無史さん:2006/05/10(水) 21:13:54
そもそも合併後の役所は、合併前の他役所の除籍(の写し)を持ってるのだろうか。
持ってないとしたら、合併後の役所に申し込んだところで、結局は支所(合併前の役所)に
事務手続きがまわされるのだろうから、直接申し込んだほうがいいのだろうか。


380 :造り酒屋:2006/05/10(水) 21:26:35
>>379さん、こんばんは。
今回私が取れたのは、「磁気ディスク」からの発行のものなので、
どこの支所でもデーターを見れるのかもしれないです。

でも、私の両親の戸籍は支所(合併して隣町が同市になった)で取ったのですが、「○○地域はここに台帳があるので
本庁で請求してもここからファックスすることになります」と係りの人が言っていました。



381 :やすべぇ:2006/05/10(水) 21:30:44
造り酒屋さん、こんばんは。

>>376
謄本取得、おめでとうございます!
ほんとに、なによりです。

>>377 >>378
前にも紹介したページではありますが、
似たようなケースが載っています
http://www.geocities.jp/kirche_7/noroshi_ishi.htm)。

引用すると、
「戸籍上、高祖父の父は、「浦野與平次」となっていました。
一方で、高祖父の弟である立三の戸籍では、その父は「柳齊」という名前になっていました。
おそらく通称が「與平次」で、俗名が「柳齊」だったのではないかと思います。
高祖父の父の俗名が「柳齊」であることが分かれば、
私の高祖父と浦野立三が本当に兄弟であることが確定できるのです。」
(適宜、改行しました)
このケースで、高祖父の戸籍と、高祖父の弟の戸籍は明治の初めに別々に作られたようです。
何か参考になれば。

382 :日本@名無史さん:2006/05/10(水) 21:36:08
本籍地の市役所にいって、保管されているだけ古い戸籍謄本または抄本を取り寄せた。
すると、江戸後期に生まれた祖先までさかのぼれたぞ。
3年前にやったからできたけど、今はコンピューター化されたし、
個人情報保護が厳しいから、今できるかはわからん。

383 :ボンチ:2006/05/10(水) 21:49:09
造り酒屋さんのお話参考にさせてもらいます。また破棄証明で申請をやり直し行おうかと考えました。

宗門人別帳に関しては、これからお寺や遠い親戚に話しかける段階に入りつつあり、やや億劫なので
どうしても図書館で調べれる方で・・という流れになってしまっていた感じがしてます。
今日も調べましたが、今住んでいる県内の現存率もかなり低いようです。
今一度考えを改めて、お寺・親戚の家へのアタックに方向修正してみようかと考え直しました。

今日も早朝バイトを終えて一休みしてから、調査に乗り出しました。
今日は15[高項祖父] の墓が見つかりました。 ご供養させていただきました。
15の子孫の家も判りました。しかし2軒固まってて、どっちの家かまだ判りません。
旦那寺も判りました。 これは、地元の資料館の学芸員の方が、教えてくれました。
教えてくれた、と言うのは、どうも明治10年の地元の戸籍簿を見て、それとなく自分に教えてくれたのです。
「見せることは出来ないと思う。今日、主任が休みなので判断できない」と言ってました。
取りあえず、見せられないものということでしょう。 明治10年の戸籍簿が、この資料館に保管されていると想像しました。

明治10年当時の 15高祖父の年齢も大体ではあるが、教えてくれました。
また、私が用意してきた、市史の資料の、高祖父の横に記載ある同姓別名の人物は、兄だとも話してくれました。

今日お伺いする前に、2回電話で相談していて、人別帳を見てもらったりしていました。
私が熱心だったのを見て教えてくれたのか、しかしかなり親切にしていただきました。
資料館に足を運べば、このように壬申戸籍が仮に保管されてて、直接見せることは出来ないが、
それとなく教えてくれるケースがありうる、ということです。

また先日には、自分が今住んでいる市の博物館内で、「公開できない戸籍簿がここに保管されている」とも聞き出しました。
「ここに壬申戸籍が眠っている」と自分では解釈しました。

旦那寺の御住職は、その資料館の方も知っているそうで、「地元の小学校の課外授業も積極的に
受け入れてくれる住職さんだから、過去帳もきっと見せてくださると思います」と言ってくれ、少し安心しました。


384 :造り酒屋:2006/05/10(水) 22:47:17
>>381やすべぇさん、ありがとうございます。
そのページは、しっかりブックマークさせていただいています。
確か、土地台帳を調べに行った時に教えていただいたんですよね。
このケースのように、確定することができたらいいんですけど。

>>383ボンチさん、いつも経過を拝見させていただいています。
うらやましいくらい、調査がうまくすすんでいるようで
おめでとうございます。
図書館の件などは、私も娘に手がかからなくなったら、いつか行きたいと思っているので
大変参考になります。
ボンチさんの熱意が、いろんな方を動かしているみたいですね。
私も熱意をもってやりたいと思います。

385 :日本@名無史さん:2006/05/10(水) 23:00:16
みなさん、ごぶさたです。
GWに母方のお墓参りしてきました。
天保九年没の先祖がいることがわかりました。
残念なのは、このご先祖の俗名や他のご先祖の名前がなかったことです。
(祖父母も同じ墓にいますが、名前が入っていませんでした)
墓は亡き祖父によって建て替えられているので、きっとその前にはあったのでしょうが
読めなかったりしたのだろうと思います。

>>376
造り酒屋さん、よかったですね。
やはり支所の方が取り寄せる時間が少なくてすむということなのでしょうか。
私も18曾祖母と19曽祖父の本籍地がそれぞれ別の町と合併してしまっていて、
本庁か支所のどちらに請求すればいいか迷っていたところでした。
支所に請求してみたいと思います。

>>383
ボンチさんのところは、人別帳までありますか。
かなり貴重ですね。
もうそこまでいくと、個人の記録というよりは歴史の域に達するのではないかと。

386 ::2006/05/10(水) 23:01:29
>>385
名前を忘れてました。藤です。

387 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 12:39:15
自分の直系先祖が在籍者としてではなくて、在籍者の親みたいな
感じで記載されている場合は、交付の可否は運によりますよね。
ところで合併後の役所に合併前役所(現支所)所有の除籍交付を
申請した場合、上記のような交付の可否はどこが判断するんで
すかね。
役所が交付可と判断したら、支所は従うしかないのか、それとも
突っぱねることが出来るのか。もし前者の可能性があるのなら
試してみようかと思うのですが。後者だと、それが前例となって、
二度と交付されなくなっちゃいますからね。
逆に支所が可と判断しても、役所が否と判断して突っ返すことも
あるだろうし。それもまた前例となっちゃうと困るし。うーん、やっぱ
これまで通り、地道に支所に期間開けて申請しようかな。

388 :先祖マニア:2006/05/11(木) 20:59:21
http://www.fileup.org/fup82511.jpg

今日戦国の武将の城跡にいきました。ここにどうもお墓があると町史に記載
されていたらかです

家から車で約2時間かかり到着しましたが場所は全く不明なので近所の家の人に
聞こうとしたのですが、これがさっぱり人っ子一人いないのです(家にいっても)
三軒尋ねてだれもいないので、クッソーこうなったら自分で探してやると山を
さまよいましたそうして、何とか見つけたのがこの城跡です

というかホント山でしょ!



389 :先祖マニア:2006/05/11(木) 21:04:05
http://www.fileup.org/fup82513.jpg

外からは全く城跡だとは分からなかったのですが、よくよく調べてうろうろ
したら城跡の標識があったのでやっと確認できました。

山の中に本丸跡があり(草木でうっそうとしている)そこにこの標識がありました


390 :先祖マニア:2006/05/11(木) 21:10:14
http://www.fileup.org/fup82515.jpg

そうして町史に記載されていた墓というのを探しました。
結果は普通の自然石を積んだものか少し加工されたものでした。
5〜6個ありましたが倒木で墓の上に木が乗っているものもありました

想像通り名前が彫っているようなものではなく誰の墓なのか分かりませんでしたが

戦国時代にここの城を構えて、この地で生活していた先祖のことを思うだけでも
収穫かなと思っています


391 :ボンチ:2006/05/11(木) 21:58:20
貫禄がある場所ですね。こういう場所で、先祖が生活していた様子を想像しながら
物思いにふけるのも良いものですよね。

今日は11高祖父の弟の名が刻まれている墓を発見しました。
全部で同苗字の墓が9箇所あって、高祖父自身の名がどこにも見当たらなかったので、
(とりあえず隣の墓がそうだろうと思い、弟の墓とこの2箇所、手を合わせて帰ってきました。)

図書館で見た辞典:「○○県の地名 日本歴史地名大系 平凡社1995」(たしか緑と黒のツートンカラー)
旧村のページにあった、この村唯一の寺に行ってみたら、ドンピシャリでした。



392 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 22:09:14
>>390
どの写真も重すぎます。リサイズして下さい。

393 :ボンチ:2006/05/11(木) 22:11:39
>造り酒屋さん、よかったですね。
やはり支所の方が取り寄せる時間が少なくてすむということなのでしょうか。

自分は郵送請求が届いた後、電話で再度「これ以上出ませんかね?」と担当者に良く聞くのですが、
するとパソコンを打っている音が少しして「う〜ん 出ませんねぇ」と、ある地域の役場はこんな感じでした。
どう見ても探し回ったり、別の支所に請求を出すという感じではなく、”パソコン上でチョイとやって、出なければおしまい” というイメージがしました。

また、電話で聞いても「出ない」の一言だけで終わった場合もありますが。

あと、母方の高祖父母系は直接役所に獲りに行きました。するとパソコンを何台か行き来してて、
最長10分位待たされて「出ない」と云われました。

・・と話してみても結局システムは未だに判りませんが・・。

394 :ボンチ:2006/05/11(木) 22:29:33
ただ、「パソコンでチョイとやっただけみたい」のは人口5万人の市で、
「パソコンを何回も行き来して10分待った」のは人口60万の市です。

もしかしてこの「パソコンを何回も行き来する作業」が、支所へ請求を出す作業なのでしょうか?
などと考えてしまいました 

395 :造り酒屋:2006/05/11(木) 23:19:17
>>393 ボンチさんへ、

私の場合ですが、かんしょくとしてですが、
今回郵送請求した支所は、現在は郵送の受付をしていないので、
担当者がいない、または精通した担当者がいない?ので
あまり検討せずに、すぐに出してくれた、という感じがします。
あとは、依頼件数も少ないので、すぐに出してくれたのではないかと推測しています。
(いつも市役所に電話をすると、受付日を聞かれてリストから探してもらっているようなので)

全く別の市役所の支所ですが、一番最初に両親と祖父母の戸籍を取りに行った支所は
「遡れるだけ遡って出してください」とお願いしたら
遡らずに下って、傍系の戸籍(もちろん私の直系は一人も載っていないもの)を
2部出してくれました。

この件があるので、支所の方が慣れていない担当者の場合は、出してくれることもあるのかなーと思ったりしています。

市役所で父親の名前が違うので出せないといわれた時は、だいぶ電話口でごねたり、頼んだり、
情にうったえたりしてみましたが、本庁の担当者は、やっぱり厳しくて、だめでした。
(でも、ここだけの話ですが、住所を教えてもらったことはあります)
このとき、私は全くの初心者だったので、中身も確認せず、そのままもらって帰ってしまいました。


396 :先祖マニア:2006/05/11(木) 23:29:38
>>392
リサイズしました どうでしょう?
http://www.imgup.org/iup205050.jpg

397 :先祖マニア:2006/05/11(木) 23:30:33
http://www.imgup.org/iup205052.jpg



398 :先祖マニア:2006/05/11(木) 23:31:03
http://www.uploda.org/uporg387630.jpg

399 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 01:33:05
素晴らしい! 有難う。
写真も素晴らしい。

400 :ボンチ:2006/05/12(金) 06:57:59
なるほど。貴重な経験談を有難う御座います。

401 :ボンチ:2006/05/12(金) 21:07:29
皆様の書き込みを実行して好結果が出ました。「本庁ではなく出張所で取得する」&「破棄証明を出してて貰う」この2点をやってみました。
系統図15[高祖父]の除籍が取れました! 書き込みしてくれた皆様方有難う御座います!。
(結果的に有効だったのは”破棄証明の交付”でした。)

@まず9[高祖父]の地元の出張所で獲る事に。本庁窓口で交付してくれなかった9の除籍申請を、再度行いました。
パソコンは一台しかなく、30分待たされて、結局担当者さん総勢4名で苦闘して調べていました。
「当市は80年経過しても現状交付しているのですが・・出ないと言うことは明治18年以前に作られた先祖の戸籍が存在しない
と云う事になります。」と説明されました。 ここは自分が今住んでいる市なのですが、80年廃棄してないと聞いて少し驚きました。
また、造り酒屋さんが行かれた支所と違って、ここは詳しそうな職員が居ました。なのでミスで出してくれる可能性は低かったと思います。

次に「破棄証明のような書類を交付して下さい」と言いました。「専用の用紙がない」と言うので、
メモで良いので「これ以上遡れないと言う内容」と、「当市は80年廃棄は現状してない」という内容を一筆書いてくれませんか」とお願いしたら、書いてくれ
最後に担当者の三文判と日付を入れてくれました。帰り際、「これはあくまでもメモの類ですので了承願います。」強調してました。

9[高祖父]の除籍謄本は元々存在してなかったと判明し、9系の調査は今後も難しいですが、自分としては職場の人の名前・日付・印が入った証明を
貰えてかなりスッキリしたのが嬉しいです。


402 :ボンチ:2006/05/12(金) 21:52:57
A 次に13と15の[高祖父]の除籍が出ない破棄申請を貰いに、本庁ですが行きました。 
本庁の理由は、さっき支所で正式な破棄証明を出す機材や書類が配備されてなくて、今度はちゃんとした正式な破棄証明が欲しかったのと、
支所の場所が更に遠方で自転車だったので疲れてしまいました。

この市役所に来るのは今回で3回目です。以前21と23[曾祖父]の除籍を取りに来てます。両方共「それ以上は出ない」と言われたまま諦めて、今日に至ってました。
23の請求の時は何の処理手続きも行おうとせず、持ってきた曾祖父の除籍を簡単に見ただけで「この上は80年経ってるので出ません」と返事されただけで帰ってきたままになってました。

その分が、今回破棄証明を申請したことによって、獲れた訳です。
破棄証明を申請したら、担当者は、かなり真剣に何回もチェックして、処理を行おうとするようになります。様子を見ていました。

最初に「破棄証明は現物作りになるので、少し時間が掛ります。」と説明がありました。
何回も打ち合わせしてて、どこかに電話などもしていました。最終的に13の除籍は破棄証明として交付されまして、残念ですが除籍謄本は獲れませんでしたが
証明を貰えたので満足と考えてます。

13[項祖父]は一度養子に出て帰ってきているのですが、「その分は直系ではないですが、一応必要ですか?」と丁寧に対応してくれるようになりました。これも破棄証明の効果です。
一応、養子先の分申請しました。
そして「15の高祖父の除籍謄本が出ました」と言われた時は「やった」と思いました。
後で見ると、この戸籍に最後に載っている孫さんが大正15年生まれ(死亡日記載なし)で、恐らく昭和に入るまで生きておられた為、まだ除籍謄本となってから80年経過していないのでしょう。

しかし前回ここの窓口では(担当者は別人)見ただけで「出ない」と言ったのです。やはり破棄証明は必須です。
先祖マニアさんが最初に”破棄証明は必須”と書いてくれてたのに無視していて、結局2度手間になってしまいました。

ですので、やはり破棄証明は必須です。皆さん、必ずやった方が良いです。
有難う御座いました。




403 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 21:56:45
僕は最近先祖について興味持ちはじめました。きっかけは倉を漁ってたら槍と頬当(鉄仮面)が出てきて、ひょっとして先祖武士じゃねーの?って思ったからです。で、さっき位牌の戒名見てたんです。そしたら
心叟徹公首座禅師と大孝鉄面禅尼って人がいたんです。あとは信士や居士。て事は先祖坊さんなの?
長すぎてごめんなさい。

404 :先祖マニア:2006/05/12(金) 22:31:46
ボンチさんよかったですね

テンプレに書くときに『破棄証明は絶対に必須です』と書こうかな

何はともあれまた少し前進しましたね

これで今どこまで進みましたか?
>>3でお願いします





405 :先祖マニア:2006/05/12(金) 22:34:17
>>403

位牌の行年(何時亡くなったか?)は分かりますか?
心叟徹公首座禅師と大孝鉄面禅尼はなにか僧っぽいですね

居士や信士は普通の戒名ですので僧関係ではないです

坊さんになると戒名が短くなり○○△△和尚とかになると聞いたことがあるのですが



406 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 22:48:15
403です。お返事ありがとうございます。〜首座禅師の方は1665年没でした。〜鉄面禅尼は安政年間だったと思います。

407 :先祖マニア:2006/05/12(金) 22:59:36
1665とはこれまた古いですね

一族の誰かが出家したのですかね

本当に武士の家なのではないでしょうか?(確率高いです)

父親や祖父に聞いて見ましょう!!



408 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 23:05:20
403です。情報源はばぁちゃんしかいない…orz ちなみに曹洞宗です。家紋は丸に剣片喰です。屋号は麹屋だったらしいです。屋号があるって事は農民なんですか??

409 :先祖マニア:2006/05/12(金) 23:20:28

では その情報源のばぁちゃんに聞いてみましょう

曹洞宗=禅宗=禅師ですね 納得です
家紋は丸に剣片喰です うちと同じですね まあうちのは墓を作るときに適当に
依頼したみたいですが

屋号は麹屋だったらしいです
商家なのでは?

戦国時代武士 でも江戸時代は帰農や商家になることは多々ありますからね
というかそれのほうが殆どです

鴻池も確かそうでした(初代は山中鹿之助の孫だった気がします)

410 :だご:2006/05/12(金) 23:20:28
>>365で破棄証明の事を聞いたものです。
その節は本当に有難うございました。
破棄証明は正確に言うと廃棄証明で、一通300円するそうです。
先祖マニア様テンプレにはゼヒゼヒ加えて下さい!

一昨日田舎の町役場に除籍謄本請求の旨、
自分の免許書のコピー、父の戸籍謄本のコピーなど入れて送りました。
田舎には同じ氏のかたが多く、一族を研究されている方も居るようです。
私がその一族と繋がるかは謎ですが、ワクワクしながら結果待ちです。
その後はお墓やお寺、図書館調べする予定。。。ですがっ!
郵送した手紙に署名捺印するの忘れてました!
これは大切な事と思いますので>>12の「戸籍(除籍)の郵便請求の仕方」
に追加していただけたらいいかもしれません。
つか、常識ですよね、、、ああ〜




411 :先祖マニア:2006/05/12(金) 23:25:28
だごさんこんばんわ
>破棄証明は正確に言うと廃棄証明で、一通300円するそうです。
先祖マニア様テンプレにはゼヒゼヒ加えて下さい!
次回のEには加えさせていただきます

>田舎には同じ氏のかたが多く、一族を研究されている方も居るようです。
私がその一族と繋がるかは謎ですが、ワクワクしながら結果待ちです。

戸籍→墓、位牌、過去帳の確認 ここまでしたら一族の研究の人に聞いてみれば
かなり分かると思いますよ というか先祖の分からなくなるところまで行けば
研究している人の誰かと繋がるかも知れませんね ワクワクですね
羨ましいです



412 :403:2006/05/12(金) 23:28:32
家紋一緒なんですか!ビックリ!鴻池新六ですか?確かに僕も山中鹿ノ助の子って聞いたことあります。
商家ですかー。こんなド田舎に商家なんてあったのかな?ワラ じゃ出家して商家になった元武士なんですかね?

413 :先祖マニア:2006/05/12(金) 23:36:42
ド田舎ですか?
う〜ん どこまで田舎かは不明ですが、村レベルなら商家はないかもしれません
町レベルには商家は結構いるんじゃないですか?郡の中心の町レベルならば

本当の田舎なら商家でなくて農家ですね 

戦国時代武士(といっても小土豪レベル) 江戸時代 帰農か商家になる
代数を経て一族の誰かが坊さんになる
それは直系の尊属かも知れませんし、先祖の弟とかなのかもしれません

まずは自分から上に上に遡っていってみたらどうですか?


414 :403:2006/05/12(金) 23:44:33
町はずれなんでド田舎です(´・ω・`)ショボーン
という事は農家?じゃとりあえず上に上に遡ってみます!また質問したいことがあったら書き込みます!どうもありがとうございました!

415 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 23:50:14
>>412 ド田舎 人里離れたヤマンバ 山の中に棄てた。

婆棄て山

416 :やすべぇ:2006/05/13(土) 01:24:07
>>383
>今日は15[高項祖父] の墓が見つかりました。 ご供養させていただきました。
ボンチさん、よかったですね。
私もまだ墓所が分かっていないご先祖がいるので、目下のテーマの一つです。
ところで、明治10年の戸籍というのは副本ってことなんでしょうね。

>>385
>墓は亡き祖父によって建て替えられているので、きっとその前にはあったのでしょうが
藤さん、こんばんは。
私の高祖父5、曾祖父19夫婦の入っている墓も
戦後しばらくして墓地の区画整理ということで、
墓碑銘などは一切なくなってしまいました。
叔母の話や古い写真を見ると、整理前はもう少しいろいろ情報があったようです。
残念・・・

>>388 -- >>390
先祖マニアさん、写真、拝見しました。
先祖がかつて過ごした地に、数百年を経て子孫が訪れる。
なんだか不思議な気持ちになります。
実際にその場に立つと、更に強い気持ちが湧き上がってくるのでしょうね。


417 :やすべぇ:2006/05/13(土) 01:37:10
>>401
>次に「破棄証明のような書類を交付して下さい」と言いました。「専用の用紙がない」と言うので
私も、除籍を取れない理由をはっきりさせようと、最近、郵送申請をしています。
少ない経験でいうと、廃棄処分をしたのではなく、
そもそも除籍がなかった(明治19年戸籍以前の戸籍だった)という場合の対応は、
自治体によってまちまちのような気がします。
法律で規定されている証明ではないからなのでしょうね、きっと。

80年廃棄を行っていないある市では
「除籍見出帳に見当たらない」旨の証明を市長名で発行してもらえました(無料)。

違う市では、「除籍は保存されていない」旨の証明をもらえそうですが(200円)、
そもそも80年廃棄を行っているのかいないのか、訊き忘れてしまったので、
そこは確認しようと思っています。

どちらの場合も、通常に除籍謄本を請求した上で、
「廃棄済みの場合は廃棄証明1通」と付記して請求しました。
電話が来て、古すぎるので、除籍謄本も廃棄証明も出ないと知らされました。
その上で、上記の証明のことを教えてもらったので、請求しました。


418 :ボンチ:2006/05/13(土) 09:10:44
1先定(天宝元年8月8日生)
                 17太三郎
2かく(弘化元年8月6日生)   (慶應3年4月11日生)     25祖父     
3先定(天宝元年8月8日生)
                 18婦志
4かく(弘化元年8月6日生)   (明治元年9月9日生)              父     
5金次郎(?生)
                 19儀右エ門
6?(?生)           (安政3年7月7日生)       26祖母     
7源次郎(?生)
                 20志津
8?(?生)           (安政3年6月5日生)
9太郎右エ門(?生)                                ボンチ
                 21豊吉
10?(?生)           (明治元年9月18日生)      27祖父     
11熊蔵(?生)
                 22ヤス
12?(?生)           (明治元年2月10日生)            母     
13文左エ門(?生)
                 23文次郎
14フミ(?生)          (明治9年8月27日生)      28祖母     
15市郎右エ門(安政4年10月9日生)
                 24サヘ
16トメ(安政4年4月26日生)  (明治5年2月24日生)


419 :ボンチ:2006/05/13(土) 09:22:57
17が養子なんで3,4が1,2と同じ名前になってます。(本来は実家の方も調べなければ完璧ではないです。)
今回除籍が取れて新たに判明したのが16の名前および15,16の生年月日です。

>破棄証明は正確に言うと廃棄証明で、一通300円するそうです。
有難う御座います。昨日全部で1,800円払っていて、除籍謄本2通(750円×2)+300円取られてて、
この300円が廃棄証明の金額ですね。

>ところで、明治10年の戸籍というのは副本ってことなんでしょうね。
どっちなんでしょう? 私には判りません。こんど機会があったら突っ込んで聞いてみます。

>「除籍見出帳に見当たらない」旨の証明を市長名で発行してもらえました(無料)。
違う市では、「除籍は保存されていない」旨の証明をもらえそうですが(200円)、
「廃棄済みの場合は廃棄証明1通」と付記して請求しました。
有難う御座います。 今度本庁へ行って、頼んでみます。正規のちゃんとした証明が欲しいです。

420 :先祖マニア:2006/05/13(土) 12:10:03
1に関しては本当の父親の除籍はもうないのですか?
仮に無くても実家が判明しているので分かりますね

6に関しては5の除籍がないと不明ですね

8に関しては20志津の兄弟の除籍に記載しているのでは?(源次郎の次の戸主がいることが前提ですが)

10に関しては9の太郎右エ門の除籍がない以上戸籍からは無理ですね(墓探すしかない)
もしくは21豊吉の兄弟の戸籍に記載しているかも知れませんが

12も同様にヤスの兄弟に記載されているかもしれません


まだまだやれることはたくさんありますよ〜〜


421 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 12:29:44
やることたくさんあっていいじゃん

422 :ボンチ:2006/05/13(土) 16:32:31
洗い出し有難う御座います。 

1の実家が判明してますが、まだ実高祖父の除籍請求はしてません。
こういう場合、普通は実家の現在の戸主を調べて、「自分の本当の直系だから遡れるまで出して下さい。」
と請求するやり方をするのですか? それとも実家の曾祖父の名前を調べなければならないのでたっけ?
(以前何方かが、この類似例で書き込みしていた様な・・済みません。番号が判らなくなってしまいましたので
再質問します。どなたかご教示お願いします。)

5の除籍は一回請求してますが、再度請求します。
 今度は「出ない場合は廃棄もしくは保存なし証明を願います。」と同封します。

8に関しては、まだそこまで調査が進んでいませんでした。
源次郎の男兄弟が居るのか? 現地博物館に宗門人別帳があるので期待してるんが。

(1,6,8は遠地なのでこのところ殆ど調査していませんでした。)

10は>>401 にて「除籍見出帳に登録なし」相当と判明済み、かつ前戸主兄の除籍
もないと言われメモに一筆貰ってますので、いよいよ難しくなってきてますが、
先日母からの情報で、「母の妹(私の叔母さん)が昔の墓の場所を知っている」と言う好情報を得ました。
(この叔母さんは10高祖父旦那寺のすぐ近くに住んでいます。)
それと、古文書資料所在目録で、この付近の古文書を提供した方の住所が載っていたので、
手紙を出す為の下書き&説明用資料まとめを今日からしています。

12気が付きませんでしたが、良く考えるとそうですね。 熊蔵の弟の除籍を持ってますが
ヤスの実弟・妹が一名ずつ居ます。可能性ありますね。

結構抜けがありますね。まだまだやる事がありますねー。有難う御座います。



423 :ボンチ:2006/05/13(土) 20:12:17
追加して吸いません。>>418系統図 20志津の兄弟は、私の直系ではなく傍系になる感じもしますが、
謄本を発行してくれますか? その親は私にとって直系になるので大丈夫なのですか?
この段階でこの質問は恥ずかしいかもしれませんが。(同じく22ヤスの兄弟の除籍についても)



424 :ボンチ:2006/05/13(土) 20:20:30
>>403,405,408 図書館に「戒名・芳法名・神号・法礼名 大辞典」 (株)鎌倉新書
S56年 という、厚さ7〜8cmの辞典がありました。宗派別や職業別・武士
などの戒名の解説や、著名歴史人物の戒名を紹介してありました。
少しでも参考になるかと思い紹介しました。

425 :先祖マニア:2006/05/13(土) 20:55:24
>1の実家が判明してますが、まだ実高祖父の除籍請求はしてません。
こういう場合、普通は実家の現在の戸主を調べて、「自分の本当の直系だから遡れるまで出して下さい。」
と請求するやり方をするのですか? それとも実家の曾祖父の名前を調べなければならないのでたっけ?
(以前何方かが、この類似例で書き込みしていた様な・・済みません。番号が判らなくなってしまいましたので
再質問します。どなたかご教示お願いします。)

これに関しては別に普通に請求すれば交付されます戸籍の請求に養父も実父も関係ありません
両方法律的には直系尊属になりますのでOKです

>追加して吸いません。>>418系統図 20志津の兄弟は、私の直系ではなく傍系になる感じもしますが、
謄本を発行してくれますか? その親は私にとって直系になるので大丈夫なのですか?
この段階でこの質問は恥ずかしいかもしれませんが。(同じく22ヤスの兄弟の除籍についても)


これは交渉次第ですねそこに記載されてある人物が私の直系尊属なので
請求するというしかないですが、役場によって対応はまちまちです。
最初は郵便請求にしてみてはどうでしょうか?



426 :先祖マニア:2006/05/13(土) 22:42:46
ボンチさんへ
418から推測するに曽祖父母は江戸の最末期から明治の初め頃の生まれですので
ということはその両親(高祖父母)は文政から天保くらいじゃないかと判断します

なので仮に文政10年=1827年頃としたら明治19年当時で59歳になります
確かに明治時代は今よりも平均寿命が短かったかもしれませんが全員が60歳で亡くなるわけでも
ないと思いますの何らかの高祖父母の記載のある除籍が存在しているのではないでしょうか?

1 戸主として存在している、若しくは戸主の妻として存在している  (今までの経緯では厳しいかも)

2 戸主の父、母として存在している  (普通にあります)

3 戸主の祖父、祖母として存在している (あなどってはいけませんよ)

4 在籍者ではなくて在籍者の親として記載されている (100%無いとは言い切れません) 

5 前戸主として前戸主欄に記載されている
ここまで全て調べてなかったらこの世の中に戸籍としては存在しない若しくは破棄されたとなるでしょう

特に女系や男系でも家督相続者ではないもの(分家して出て行ったもの)の場合は
かなり注意深くあらゆる可能性を潰していかなくてはいけないと思います

例)22ヤスの兄や弟は長生きしたため兄や弟の子供(つまり甥)の戸籍に入っており
戸籍の改製で大正四年戸籍に記載されていたとしましょう、そうするとそこの母親欄には
高祖母の名前が記載されているということがあったりします。

絶対ではないですが、やれることはやってみましょう(郵便請求、出向く、ごねる、情に訴える、熱意を見せるなどなど)
無い場合は破棄証明もらう。
なぜここまで書くかというと、諦めなくて頑張った結果記載なんてされていないと
思った戸籍にひょこり記載されているケースが多々あったからです。

427 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 01:09:42
おまいらそんなに他人のプライバシー見て面白いか

428 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 07:10:01
>>427
プライバシーがあると信じるバカもいるってことか。

429 :ボンチ:2006/05/14(日) 07:27:13
まだ戸籍謄本を読み解く力が余り無いのですが、>>426は重要な事が網羅されていると思います。
始めの頃は単純に祖父→曾祖父→高祖父と獲っていき、出なくなったらお終い の物と思ってました。
最近は謄本を可能な限り読み解き、獲れる可能性のある事項を見出していくことに楽しみを感じ始めてます。 
昨今は保存期限の関係で、悠長に出来なくなって来ているでしょうが。

11熊蔵の弟の除籍を見ていました。熊蔵は明治7年弟に相続し隠居(多分)し、 その後数年間、熊蔵子共々、熊蔵の弟の戸籍に入っていた様子
そして明治33年に 9太郎右エ門の近隣に”分家”しています。
それに先んじて明治27年に熊蔵の長女が9太郎右エ門に嫁いでいます。

高齢になってから、わざわざ約50kmも離れた地へ移住するのには、熊蔵が体が悪かったか何かで、長女に世話になった為か、
もしくは仕事の関係上か など想像が膨らみました。

良かったのは、9太郎右エ門の村(=私が今住んでいる市)は現状80年廃棄してないのです。
引っ越した本籍地の番地も、最後までバッチリ書かれています。
これは11熊蔵の除籍が、今自分が住んでいる市役所で獲れる可能性が高いという事です(ですよね?)。明日トライしてみます。


430 :先祖マニア:2006/05/14(日) 08:57:25
>>429

良かったのは、9太郎右エ門の村(=私が今住んでいる市)は現状80年廃棄してないのです。
引っ越した本籍地の番地も、最後までバッチリ書かれています。
これは11熊蔵の除籍が、今自分が住んでいる市役所で獲れる可能性が高いという事です(ですよね?)。明日トライしてみます。

そういうことです
明治33年に分家をしているということは、その分家をした時に明治31年戸籍になっていると
思いますので、その両親の記載も追記されているかもしれません。

テンプレにもありますが、『生から死まで』の戸籍を入手することが肝要です
普通は出生記載のあるものが入手できたら、若しくは、改製されたある1つの戸籍だけ入手したら
もう終わりとできないと思いがちです、しかし、重要なのは死亡記載のある戸籍です
なぜか

1 戸主が息子や、孫の戸籍に入っているので戸籍の在籍者が生存している可能性がある(孫とか、曾孫)

2 戸主の息子や、孫ということは明治31年か大正4年版になっている可能性が高いので
  その両親の名前を追記されている可能性がある。

431 :やすべぇ:2006/05/14(日) 18:22:05
>>422
ボンチさん、こんばんは。

>今度は「出ない場合は廃棄もしくは保存なし証明を願います。」と同封します。
単なる感触 or 憶測でしかないのですが、
「保存なし証明」については初めから書かないで、
除籍謄本も廃棄証明も出ないという連絡が来てから
改めて請求する方がよいのでは、と思いはじめています。

というのは、「保存なし証明」は「不在籍証明」というやつだと思うのですが、
80年廃棄している自治体では、現存している廃棄前の除籍簿の範囲でしか
その除籍があるかどうかを調べないようなのです。
(明確な根拠があるわけではありません。
いくつかの自治体のホームページで申請書フォームなどを見ていて、
そんな感触を強めただけです)

だから、80年廃棄されたものかどうかをロクに調べもせずに、
最初から、いま残っている除籍簿の中には見当たらないと結論を出して、
「保存なし証明」を出すこともあるのではないかと疑っているところなのです。
(つまり、80年廃棄されているにもかかわらず、
廃棄証明が出されなくなってしまう恐れもあるのではないかと)

もっとも、改めて請求するのでは、二度手間になってしまうのですが・・・

それはさておき、先祖マニアさんとのやり取りから浮かび上がったように、
新たな除籍謄本が取れて、新たにご先祖のお名前や生没年月日が判明するといいですね。

432 :先祖マニア:2006/05/14(日) 20:33:56
昨日は妻の姉の結婚式でした、
妻は3人姉妹の末っ子ですが今回結婚したのは一番上の姉です

しかも婿さんが養子に来てくれました、義父の嬉しそうな顔の事
これで家が守れると喜んでました

お姉さん夫婦には子作り頑張って頑張ってもらわないと・・・

それと親族の方がこられていたので絶好の聞き取りチャンスでした。
結婚式そっちのけで色々な昔のエピソードを聞いていました
(親族がたくさんいると一人くらいやたら詳しい方がいらっしゃいます)

一つ事実が判明しました祖母が妾の子供だったということです。
戸籍では祖父母の4女になっていましたが義父の話によれば母親は長女の名前
をいうのでおかしいな?とは思っていたのですが、義父の弟(おじさん)に詳しく
聞いてみたら

『あ〜恐らく妾の子供だよ、昭和40年代に父親の家を特定するために
探した事があるよ、』という事でした 

433 :先祖マニア:2006/05/14(日) 21:27:42
>>430
具体的事例

http://www.imgup.org/iup206773.jpg

明治19年戸籍なので当然母親の名前は載っていません
天保12年生まれ =1841 明治19年当時で45歳です

前戸主として彦右衛門が分かっているので1世代上は判明してますね


434 :先祖マニア:2006/05/14(日) 21:30:10
http://www.uploda.org/uporg390335.jpg

隠居して息子の籍に入りました 大正6年のことです 76歳です

大正4年戸籍ですので母親の名前が追記されています
恐らく改製した時に聞いたのでしょうか?




435 :先祖マニア:2006/05/14(日) 21:44:28
http://www.uploda.org/uporg390340.jpg

更に息子が大正7年に死亡のために孫の戸籍に入籍してます
結局 大正12年に亡くなっています  82歳

しかも戸主の息子(助市からすれば曾孫)も記載されています
曾孫は昭和19年生まれなので現在生存しているでしょう

つまり家の特定も可能です

このような事例も少なからずあるのではないでしょうか?

戸主の祖母というのも持っています、ですから可能性が全くないとは言い切れません
慎重に念入りに確認することが肝要と思います。




436 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 21:56:52
濃い書き込みですな〜

437 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 21:58:33
>>435
助市おじいさんの人生の哀歓が伝わってくるようです。

438 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 21:59:47
>>410
だごさんは、南九州の人?

439 :だご:2006/05/14(日) 22:09:27
>>438
両親が南九州なだけです
自分は生まれも育ちも違いますので
現地調査をしたいのですが、時間や資金がままならないのです
「だご」でわかりましたか?

このスレの過去ログってもう落ちてるんですねー
なんだか勿体無いです

440 :438:2006/05/14(日) 22:56:34
>「だご」でわかりましたか?
YES
大学時代の後輩に宮崎、鹿児島、熊本の子が居たので
何となく

現地調査ですか〜実家からかなり離れているんですか?
友人とか、あと図書館とかでは無理ですか??

441 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 23:05:04
だご汁好きだな〜〜

あれは大分だっけ?

442 :先祖マニア:2006/05/14(日) 23:16:30
事例2
http://www.uploda.org/uporg390463.jpg

さてこの戸主は○○寅市です そして前戸主は父親の○○重右衛門ですね
明治23年に死亡と記載されていますので息子の戸籍に父として記載されている可能性も
0です

つまり寅市の母親の名前は不明です 戸籍から探すすべはありません!!

妻はトメで 長女がユウ そして婿養子として△△延蔵の三男の源治郎が入籍してます


○○重右衛門・・・・・○○寅市
            ・
            ・・・・・・・・ユウ 
            ・        ・
            トメ       ・
                     ・
           △△延蔵・・・・△△源治郎

次に△△延蔵の戸籍を入手しました  

443 :先祖マニア:2006/05/14(日) 23:22:26
http://www.uploda.org/uporg390475.jpg

△△延蔵の戸籍は残念ながらありませんでした
(前戸主が延蔵のものしかありませんでした)

では戸主が△△藤蔵の戸籍の母親を見てみると
○○重右衛門長女入籍スとあるではありませんか!!!!
でも明治19年戸籍なので当然母親の名前は記載されていません
残念です

前の戸籍からの系図

○○重右衛門
  ・
  ・・・・・・・・・・・寅市
  ・       ・
 母不詳      ・
          ・・・スナ 

寅市とスナは実は兄弟だったんですね!
おや よく見るとスナの死亡記載がありません!!

444 :先祖マニア:2006/05/14(日) 23:29:55
http://www.uploda.org/uporg390486.jpg

次にスナの死亡記載がある戸籍を入手しました

戸主△△里治郎の祖母としての記載です
しかも明治31年戸籍です

そしてなんとそこには母親として ヌイという名前が追記されているじゃありませんか!!!

やっと判明しました

このように○○家の戸籍では記載されていなくても
女でも分家した男でも長生きすればこのようなことがあり結果的に
判明することがあるということです、

つまり、そうなると代々の当主の戸籍だけではなく、籍から外れて結婚した女や分家した男の
戸籍全てを洗い出さないと100%この世に先祖の名前が記載された戸籍は存在しないとは
言い切れません(80年破棄は除く)

説明が長くなりましたが、結局諦めたら終わりということです。

445 :ボンチ:2006/05/14(日) 23:34:43
やすべぇさん。有難う御座います。実は明日郵送する準備が終わり掛けてたと
ころだったので間一髪で助かりました。二度手間になっても教えて頂いた方向
で請求してみたいと思います。
ちなみに、明日請求する市は、80年廃棄しているか・してないか正式書面と
して未だ貰ってませんので判りません。1,5,7の除籍を申請済みで1のみ
交付され、1項祖父自信は明治31年まで生きていたことから、この市は80年
廃棄している可能性も考えられるので、やすべぇさんに教えて貰ったやり方でや
ってみようと思います。

446 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 23:43:46
>>440
はい。
車で片道6時間、高速使うなら片道3時間で往復1万円近く掛かります
高速バスやJRを使うって手も有りますが、フットワーク悪くなるかな?
現地の県立図書館なら豊富に情報がありそうなので
近いうちに情報収集してきます。墓石調査はお盆の時に。
昨日地元の図書館で一冊史料見つけました。
貸し出しが出来たので関連がありそうなところ丸写しです。
やはり詳細な情報は地元でないと難しいみたいです。

>>441
だごじる、昔母がよく作ってくれました。
子供の頃は貧乏臭くて嫌いでしたが、今はおかわりするくらい大好きです。
でも、もう何年も食べてないな・・・
南九州は「だご」っていうみたいですね。
小麦粉で作った素朴な団子が田舎臭くてgood

>>444
迫力ありますね!
まとめサイト作ったら後々貴重な参考資料になるのではないでしょうか?







447 :やすべぇ:2006/05/15(月) 00:58:31
>>442 -- >>444
先祖マニアさん、とてもインストラクティブな事例ですね。

他家の戸籍から目的の家の戸籍がたどれるというのは私も経験しました。
曾祖父19の除籍が50年廃棄されていて、
それ以上、さかのぼれなかったのですが、
曾祖父17の載っている除籍をよく見ていたら、
なんと曾祖父17の姉が曾祖父19の母(つまり、高祖母6)だったのです。
高祖母6の記載に高祖父5の本籍があったので、
その除籍を請求したところ、
廃棄されるよりも前の除籍に行き着くことができました。

こういった事例は、思ったよりも普遍的に存在するのではないでしょうか
(戦前は親戚同士で結婚する例が多く見受けられます)。
そんな意味で、先祖マニアさんのおっしゃるとおり、
トライする価値があると思います。

448 :ボンチ:2006/05/15(月) 06:54:46
先祖マニアさん。今後私達にとても為になる事例を有難う御座います。
昨日写真が重くて開けなかったのですが、今朝見れて文と照合出来ました。

抽象的なイメージですが、上へ上へ行くだけではなく、上がダメなら平行ライン
から上の名前を見つける。 もしくは一個下がって、上への手がかりを見つける
こんなイメージを持つことが出来ました。

449 :ボンチ:2006/05/15(月) 08:18:36
>>447 やすべぇさんもすでに画期的な発見をされているのですね。自分も何か
ワクワクするような見つけ方が出来たら嬉しいなあ と思っています。

>>418で 15の除籍が獲れた報告をしました。その数日前に「資料館で学芸員
の人に口頭で15の明治10年時の年齢と、15の兄の名を教えて貰った」
と書込みました。   本当に学芸員の話と一致するか確認してみました。

年齢に関しては、学芸員の方が教えてくれたの一致していました。
しかし、学芸員の人が教えてくれた15の兄という名前は、実は15の父親でし
た。 (学芸員の読み間違えか、私の聞き間違えか です。)
やはり口伝えでは確実性に欠ける面があると感じました。

またそれと前後して「>>418系統図 11の弟の名が刻まれた墓を見つけた」
と報告し「しかし11本人の名が刻まれた墓が見つからなかった」と書込み
しました。

これに関してはもしかすると>>429で説明したことが関係しているのか?と
思い始めています。(11が9の地に引越しをていること です。)

もしかすると11の本当の墓は現在、9の地にある可能性が出てきました。



450 :ボンチ:2006/05/15(月) 17:00:03
お礼の御報告です。今日>>418系統図 11熊蔵の引越し後の除籍謄本(明治
31年式)を取得出来ました。11熊蔵の生年月日、死亡年月日及び12妻
の名前(ミヨ)が新たに判明しました。皆様感謝致します。

11熊蔵の母の名前(いよ)も判明。と云うか、実は熊蔵の弟・繁蔵の明治
19年式戸籍に、すでに在籍者として載ってまして、生年月日と死亡年月日
が判明済みでした。母いよは計算すると享年87歳と当時にしては高齢です。

今回残念なのは、12ミヨの生年月日が判明しませんでした。
(長男熊蔵・次男繁蔵が戸主のそれぞれの戸籍に在籍者として記載無し)

せめてミヨの推定死亡年を、現在在る除籍謄本2通から自分なりに推測しました。
11熊蔵が弟に戸主を相続したのが”明治7年”と、弟繁蔵の明治19年
式戸籍に記載されています。 この段階ですでに熊蔵妻・ミヨの名前が記載無し。
ミヨは明治19年にはすでに死亡していたのでしょうか。

では12ミヨは明治何年頃迄は生きていたか? ミヨが最後に生んだ子の生年月日
今手元にある謄本上では、二女が明治12年生れ・最後の子です。
12ミヨは現段階で明治12年〜19年の間に亡くなったと自己判断することに
しました。



451 :先祖マニア:2006/05/15(月) 22:44:00
>>450
あと不明は6,8,10ですね
ミヨが在籍者として初めから記載なしということが残念ですね
>12ミヨは現段階で明治12年〜19年の間に亡くなったと自己判断することに
しました。
可能性としては離婚も考えられますよ
まあこればっかりは壬申戸籍でも見ない限り不可能ですけど

11熊蔵の墓は9の地にあるかもしれないのですよね?
だったら11熊蔵と12ミヨの墓があればいいですね
そこに12ミヨの墓がなければちょっと分かりません
明治12〜19年ならばお墓も自然石かもしれないし名前が彫ってないかも
知れません。
9の家の子孫ならば位牌等を保管しているかもしれません

452 :先祖マニア:2006/05/15(月) 22:45:13
11熊蔵の生年月日、死亡年月日を教えてください


453 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 05:02:45
ミヨの苗字(実家・旧姓)は分かってるの?


454 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 05:40:20
>>428
だよね。プライバシーなんて無いよね。赤の他人(いちおう遠い親戚w)の生年月日、
結婚、離婚、失踪が分かるんだから、本当に楽しいよね。
○○町○丁目○番地の○○さんのお祖父さんは婚外子だとか、
お祖母さんは後妻だとか、3度目だとか、失踪した伯父さんがいるとか
分かっちゃうんだから、ホント楽しいよねw おまいらも好きだね 

455 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 07:52:41
>>454
>>454
>>454


456 :ボンチ:2006/05/16(火) 10:37:02
1先定(天宝元年8月8日生)
                 17太三郎
2かく(弘化元年8月6日生)   (慶應3年4月11日生)     25祖父     
3先定(天宝元年8月8日生)
                 18婦志
4かく(弘化元年8月6日生)   (明治元年9月9日生)              父     
5金次郎(?生)
                 19儀右エ門
6?(?生)           (安政3年7月7日生)      26祖母     
7源次郎(?生)
                 20志津
8?(?生)           (安政3年6月5日生)
9太郎右エ門(?生)                                  ボンチ
                 21豊吉
10?(?生)           (明治元年9月18日生)     27祖父     
11熊蔵(天保6年10月5日生)
                 22ヤス
12ミヨ(?生)           (明治元年2月10日生)           母     
13文左エ門(?生)
                 23文次郎
14フミ(?生)          (明治9年8月27日生)     28祖母     
15市郎右エ門(安政4年10月9日生)
                 24サヘ
16トメ(安政4年4月26日生)  (明治5年2月24日生)


457 :ボンチ:2006/05/16(火) 10:41:12
>ミヨの苗字(実家・旧姓)は分かってるの?

はい。弟・繁蔵の明治19年式戸籍 上欄に「○○長女入籍ス」と書かれています。
この○○が、12ミヨの旧姓です。 
実家の場所は、まだ判りません。そうかその道がまだありましたね。
 

458 :ボンチ:2006/05/16(火) 11:23:58
>>451 あと不明は6,8,10ですね。
 
6,8は郵送請求発送済です。
造り酒屋さんに倣い、今回は本庁でなく6,8各々の支所に郵送してみました。

10は、>>401で役場から「除籍謄本保存無し」のメモ書きを渡され厳しい状況ですが
叔母さんが現存する旧墓地を知ってるらしいので、そこにまだ可能性があります。 
加えて、9の地の古文書提供者へ手紙を出す準備をしてます(高齢で聞けないかも。)

>可能性としては離婚も考えられますよ。
まあこればっかりは壬申戸籍でも見ない限り不可能ですけど
 
離婚も考えられましたか。
11の博物館に宗門人別帳があります。「持主の許可如何で見せる」と
博物館から連絡あり。こちらも提供者へ手紙を出す準備を開始しました。

尚、12に関しては実家の地の知識を図書館などで収集するところからまた始まります。

459 :先祖マニア:2006/05/16(火) 12:03:47
>12ミヨは現段階で明治12年〜19年の間に亡くなったと自己判断することに
しました。

このことから熊蔵と同じ年齢として明治19年当時で51歳
亡くなった可能性が高いかも知れませんが、他の可能性を検証した結果
離婚もあるかなと思いました

>6,8は郵送請求発送済です。
造り酒屋さんに倣い、今回は本庁でなく6,8各々の支所に郵送してみました。

支所に原本がありますので支所の方が詳しく詳しく調べてもらえます
本庁からの依頼よりもね

>10は、>>401で役場から「除籍謄本保存無し」のメモ書きを渡され厳しい状況ですが
叔母さんが現存する旧墓地を知ってるらしいので、そこにまだ可能性があります。 
加えて、9の地の古文書提供者へ手紙を出す準備をしてます(高齢で聞けないかも。)


豊吉の誕生から両親は天保年間に生まれていると推測できます
となるとヤスの両親みたいに明治19年当時でまだ50代です
となると明治30年代に亡くなったと仮定して、十分にお墓があるのでは
ないでしょうか?若しくは位牌などは?

9太郎右衛門に関しては母親の実家ですので調査するのにはかなり協力者がいませんか?
まずはその旧墓地へ行くことですね(現地調査は基本ですから)


460 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 20:34:42
○○村誰々長女、までわかってるんなら、あとは簡単じゃん。没年月日も早晩判明しますね。
1〜16の1代前の世代も何人かわかってるってことですね。少なくとも名前は。
何人ぐらいですか。32人中。

461 :ボンチ:2006/05/16(火) 20:52:11
>>460有難う御座います。現在高曾祖父母32人中4名の名前が判っています。


462 :先祖マニア:2006/05/16(火) 20:58:28
http://www.imgup.org/iup207648.jpg

本日戸籍の請求にいって参りましたなぜかというと、廃棄証明をだしてもらうためです
というか絶対にあると思ったので

UPの画像 佐伯卯三郎は岩田弥三郎とタキの三男ですが
岩田弥三郎には上に亡がありません ということはもしかして明治31年当時は生きているのでは!!!!!

と思い役場に行きました(別の全く違う支所です)

まず請求してみるとあ〜古いですね80年破棄ですよとお決まりのパターンでした
しかし他の自治体では破棄していない場合もあるという事を説明したらよくよく
見てくれました  でも 広島市は大正3年以前は破棄しましたのことでした
ショボーンです、でもここからです

確かに前戸主佐伯ハルや佐伯卯三郎の前の本籍の戸籍は出ないかも知れないがこの岩田弥三郎は上に亡が無いので明治31年当時は生存してますよね?
ということはこの人が大正3年まで生きていれば、または子や孫が大正3年よりも後に除籍されたらまだ戸籍ありませんか?と聞いてみました

そこで今度はこの広島区天神町だけで請求してみましょうとなり
請求は受理されましたがやはり天神町だけでは分からないとのことでした

更に今度は別の役場では前戸主名簿というのがありこのインデックスから探してくれた自治体もある旨を説明しましたが、広島市にそのようなものは
ないみたいでした


463 :先祖マニア:2006/05/16(火) 21:03:59
更にさらに、過去の前例で前戸主に私の先祖の名前を記載されているものを別の自治体は
見つけ出して発行してもらったといいましたが、これはスルーされました(番地が分からないのはちょっとみたいな)

結局廃棄証明を出して頂いて終わりました

でも役場の方はとても親切にしていただき感謝しております(本庁とのやり取りも頑張ってもらいましたし)
この先祖は妻の方なのですが、義父がどうしても知りたいので今頑張って調べております
(昔この卯三郎とハルの子供、義父からすれば祖母に当たる人で可愛がってもらって
最期を見取ったらしい)

464 :先祖マニア:2006/05/16(火) 21:12:17
こうなったらもう天神町の旧土地台帳を片っ端から調べるしかないのですが恐らく
そこには岩田弥三郎の名前は出てこないと思います

なぜなら
岩田弥三郎の三男、卯三郎はまず明治10年に原田家というものを再興して
明治40年に佐伯家に入夫婚姻しているからです天神町を探しても原田卯三郎という名前があっても岩田弥三郎はないでしょうね
しかしまあなんという複雑な人なんだろう子孫が混乱しまくりですもう一つの問題は天神町がないことです原爆の中心部の町でしたので
街が消滅しました、今は原爆資料館や平和公園の一部になっております
このことから考えても岩田家の子孫も原爆で亡くなっている可能性の方が大ですね

こうなったら広島市の旧土地台帳を少しずつ範囲を広げていくしかないか〜〜
あ〜不可能です 

やはり先祖探しは田舎の人がいいですね街は調査が困難です

誰かいい知恵下さい


465 :ボンチ:2006/05/16(火) 21:17:20
>9太郎右衛門に関しては母親の実家ですので調査するのにはかなり協力者がいませんか?
まずはその旧墓地へ行くことですね(現地調査は基本ですから)

 有難う御座います。本日第2回目:熊蔵の旦那寺境内墓地調査を実行しましたが、
 今回も前回同様、弟・繁蔵の墓しか見つからず。
  9太郎右エ門の旦那寺も過去2回旦、那寺境内墓地を実施済みですが判明しておらず。
 
 もう叔母さんに聞くしかないと判断し、先ほど電話して聞きました。
 結果、9の旦那寺内墓地から離れた民家の裏手にある墓地と判明。
 何回か通っていた場所で「こんな所じゃないよな・・」と思っていた場所でした。
 私の母が先祖調査に嫌気感を持っているので、叔母さんに聞くのを後回しにしていました。 
  


466 :造り酒屋:2006/05/16(火) 21:58:55
>>376で取得した傍系(曾祖母の弟○太郎)の除籍に載っていて
家督相続した○太郎の二女の戸籍が届きました。この戸籍に○太郎の妹が
ちょうど○太郎の死亡と同時期だったので、請求してみました。

前と同じ支所に請求しましたが、同じ担当者の方だったようで、何度か電話でやり取りをしただけで、
あっさりとだしていただきました。いろんな方向から探してくださったようです。

明治37年に○太郎がなくなっているので、二女の戸籍は31年戸籍?だと思い
期待していたのですが、妹の母親欄は、やはり空欄でした。
さらに、期待していた番地の記載が無く、○○村大字○○までで、これはちょっとショックでした。
新しい番地がわかれば地図や電話帳で探したり、可能性が広がると思っていました。

こんなこともあるのですね。

467 :先祖マニア:2006/05/16(火) 21:59:24
>>465

昔のお墓って(明治以前)大体民家の裏にあったりしますよ

私の先祖のお墓でお寺にあるものは一つもないですよ



468 :造り酒屋:2006/05/16(火) 22:03:18
>>466 ちょっと文章が変で申し訳ありません。
○太郎の死亡時期に、○太郎の妹が出戻って載っていたので
明治37年に相続した二女の戸籍を請求したということです。

そこの妹の欄に母親の名前が載っていたら私の高祖母(治郎衛門=準造?の妻)

469 :造り酒屋:2006/05/16(火) 22:04:22
先祖マニアさんお疲れ様でした。
豊富な知識と経験がものをいう交渉だったのでしょうね。
担当の方も、「やたら詳しい人だな」と思ったでしょうね。


470 :やすべぇ:2006/05/16(火) 22:13:04
>>462 -- >>464
「廣島區天神町」の部分は「岩田弥三郎」にかかるので、
岩田弥三郎の本籍は天神町ですよね?

天神町を本籍とする岩田弥三郎の三男が(当時の)岩田卯三郎で、
その岩田卯三郎が明治10年に、絶家となっていた原田を再興した。
その後、明治40年に、大手町1丁目9番屋敷の戸主となっていた
原田卯三郎は廃家して、入夫婚姻し、家督を相続した、
と読んだのですが。

天神町の旧土地台帳調べ、いけるんじゃないですか?

>このことから考えても岩田家の子孫も原爆で亡くなっている可能性の方が大ですね
原爆の影響も大きいんですね。
関東大震災の影響も大きいです。
曾祖父19の戸籍は再製されても、震災前の除籍者は省略されてしまいました。
そのため、震災前に死んだ曾祖母18の生年月日は分かりません。
実家である高祖父7の除籍も、資料(副本)がなかったとのことで再製さえされていません。


471 :先祖マニア:2006/05/16(火) 22:26:10
>>469
初めは全くの素人のふりをして
徐々に本領発揮でした

この戸籍は明治31年戸籍で〜〜明治19年戸籍は無いのですか とか
80年破棄は自治体によって様々ですよね?  とか
戸籍法第12条の2によって妻は請求可能です そして私は代理できました
請求者は妻でいきますとか
亡が無いのははこの戸籍が作成された当時明治31年には生存していましたので探して区浅い
などなど

皆様の廃棄証明ネタで私もテンションが高くなってやっちいました 
まあ担当者の方が理解していただいたのが一番ですが




472 :先祖マニア:2006/05/16(火) 22:31:14
やすべぇさん有難うございました!!!!!!!!!

感謝です 今戸籍見直しましたがそうですね

天神町の旧土地台帳と大手町の台帳見てみます

希望が持てました そこから子孫が探せるかも知れません
あとは台帳が原爆で焼失していないのを祈るばかりです



473 :やすべぇ:2006/05/16(火) 22:37:37
>>472
いえいえ。
台帳で見つかるといいですね!!

474 :先祖マニア:2006/05/16(火) 23:00:25
やすべぇさんもう一つ質問です

この原田家ってなんですかね?
私の推測では岩田弥三郎の妻タキの実家が原田家で男がいないので
嫁ぎ先の三男に実家の家を再興してもらったと思うのですが?

実はこれまた妻の実家で祖父が家を再興した記載があるのですが
それが母の実家に家が無いため母方の祖母の養子となり全員が母方の姓に
なったのですが次男だけそれでは父方の姓を受け継ぐものがいなくなるということで
再興届をだしているんですよね

これと同じような事例なのかなって思っています
日本加除出版の本を今見てますがよく分からないし・・・・

ご教示お願い致します




475 :やすべぇ:2006/05/17(水) 00:55:06
すいません、実はあまり詳しくなくて・・・
再興ってのは本で読んだりしたことはあるのですが、
実際に戸籍上で見たのは今回が初めてなんですよ。
再興ってのはやはり親族に限られていたんですかね?

私が知っている事例は、単なる相続に過ぎないのですが、
曾祖父17の妹が分家して、跡取りがないまま死んだ後、
曾祖父17の姉の子供が継いだというものです。
生前に養子縁組をしていたとかそういうことはなく、
ダイレクトに叔母から甥へ相続されています。

一旦、絶家になったものを後から相続するような場合に再興っていうんですかね?
すいません、よく分からなくて。
歴史企画研究さんの「古い戸籍の相談室」
http://www.geocities.jp/you_funnyara/jinsinkoseki.html
だと、その辺りが明解になるかもしれません。
(ちなみに、そちらも時々カキコしてます)

ところで、卯三郎は明治40年に廃家しているので、
結局、原田家はまたもなくなってしまったのでしょうかね。
別の可能性としては、原田卯三郎は、いったん隠居して、
子供に家督を相続させた後、分家し、
更にその後、廃家して入夫婚姻した、なんてこともあるかと。
すると、原田家の子孫も残っているということになりますよね。
複雑すぎますが・・・

476 :先祖マニア:2006/05/17(水) 01:05:28
それが実はこの卯之助さん
婚姻は明治40年なのですが長女誕生は明治14年なのです
つまり26年間婚姻をしてないのです(内縁なのでしょうか?)

理由は分かりませんが
一番最後の子供が男で明治40年に生まれています
だから入夫婚姻するもの男子を作るまでは入籍認めずだったのかもしれません

ですから子供の戸籍は認知届のオンパレードです



477 :先祖マニア:2006/05/17(水) 01:07:10
>結局、原田家はまたもなくなってしまったのでしょうかね。
別の可能性としては、原田卯三郎は、いったん隠居して、
子供に家督を相続させた後、分家し、
更にその後、廃家して入夫婚姻した、なんてこともあるかと。
すると、原田家の子孫も残っているということになりますよね。
複雑すぎますが・・・

このような考え方もできますね 勉強になります
まずは法務局ですね

色々ご教示有難うございました



478 :やすべぇ:2006/05/17(水) 01:13:32
なるほど。
「男子を作るまでは入籍認めず」という事情はあったのかもしれませんね。
それにしても、原田家再興の事情はよく分からないですね。う〜む


479 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 08:26:29
跡取りが生まれるまでは籍を入れないってのはよくあるよ。
>そこには岩田弥三郎の名前は出てこないと思います
意味不明。470にある通り、むしろ記されている確率のほうが高い。
>466
大字まで分かってるんなら後は簡単。なぜショックなのか理解に苦しむ。
漏れなら万々歳。自分の場合いまだかって大字まで記されたものだった試しがない。

隠居だの分家だの何ややこしいこと言ってんのかな。
要するに天神町の岩田弥三郎3男の卯三郎は、明治10年に当時絶家となっていた
原田家を再興して、大手町1丁目9番屋敷戸主原田卯三郎となり、
40年に佐伯ハルと入夫婚姻して家督相続し、大手町一丁目23番地1
の戸主佐伯卯三郎となった。てことでしょ。



480 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 15:05:40
大字まで分かってるんなら後は簡単。

何故?

481 :造り酒屋:2006/05/17(水) 19:27:08
>>479さん、>>480さん

すみません、今までの経緯をご存じない方には、書き方が悪かったですね。

今まで持っている戸籍は昔の戸番号しかわからなかったので、地番を知りたかったのです。
地番がわかれば、いつか現在の子孫を探す時の手がかりにもなると思っていました。
そのあたりのアドバイスを、このスレでいただいてもいましたので。

明治31年戸籍なら、間違いなく、地番が載っていると思い込んでいたので、
載っていなかったのがショックでした、という意味です。

母方の方の曾祖母をたどっているのですが、曾祖母の戸籍は明治12年に嫁いでいることもあり
すぐに取り終えてしまい、今は、ここで教えていただいた方法で、
結婚前に入っていた弟の戸籍(傍系)をとり(これも父親名が違っていたので容易ではなかったのです)、
さらに、今回の戸籍を取れば、もっと何かわかると期待していたのもので。
今回、一番知りたかったのは二女の母親欄(曾祖母の母親になります)の名前と、
現在の地番だったものですから、そう書きました。

482 :造り酒屋:2006/05/17(水) 20:33:04
>>481 間違えました。
○太郎の二女の戸籍に載っている○太郎の妹の母親欄が私の曾祖母の母親です。

大字のあとの地名は、合併前に○○村だった地名なので、これは前からわかっていたものです。

483 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 10:40:30
教えて下さい!石川と言う苗字で、家門は笹竜胆なんですが!先祖は何処の人なんでしょうか?

484 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 11:05:46
君の出身はどこなの?

485 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 12:11:19
秋田です!教えて下さい!寺に聞けば分かるですが、寺が燃えてしまい!資料が無いとのことでした…武士だとかなりうれしいのですが!

486 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 12:44:32
秋田のどの地方にもよるが…。

487 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 12:49:10
まずどこまで調べたの?
テンプレ(レスの最初の方)のどの段階まで調べたの。
まずは戸籍請求をオススメしますが。

488 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 13:33:55
南部の家来に石川がいなかった?
秋田なら近いしあるかもしれないね

489 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 13:48:37
宗武院殿○○庄助士神儀

これが我がご先祖の戒名です。何かわかりますか?


490 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 15:13:55
>>483
ttp://www2.harimaya.com/sengoku/html/mt_isika.html

491 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 15:15:04
ttp://www2.harimaya.com/sengoku/html/mk_isika.html
家紋は一致するな

492 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 17:21:54
>>480-481
大字まで分かってれば100%分かる。たとえ絶家になっていても。
もちろん手間ひま金は掛かるが。特に遠方の場合。

493 :ボンチ:2006/05/18(木) 20:02:24
>宗武院殿○○庄助士神儀

院号「宗武院」がある この時点で普通の人と少し違う感じですね。
また位号も「士神儀」とは、普通の「信士」とか「居士」などと普通の人と違いますね。
これくらいしか判りません。

494 :ボンチ:2006/05/18(木) 20:10:19
今晩は。ここ数日、母の嫌気感が更に強まり、(郵送が届いたり、役場から電話
がかかってきたりした為。私はケイタイ持ってないのです。)
 更に、11の墓探しにまた少し寺に寄って墓を見てたら、いきなり”ピシッ”と
戸を乱暴に閉める音がし、住職がこっちをジロっと見て仁王立ちしています。
「またこないだの変なヤツがきたな」と思って、威嚇してきたのでしょうか。
(私にはそう感じました。)帰りの電車内では巣少しブルーな気分に。
 今日は結果も出なく、家に着くと母からまたヤンヤ云われ「何でそこまでやる
必要があるのか いい加減辞めろ!!」と。

今日は、先祖探しに私も片足を突っ込んで、洗礼を浴びせられ始めた段階にきたのか
などと感じた日でした。


495 :先祖マニア:2006/05/18(木) 20:11:25
本日法務局に行きました結果は駄目でした
天神町の旧土地台帳を見ましたが岩田弥三郎は載っていませんでした
ちなみに大手町の佐伯家も原田家も調べましたが全て記載されておらず、番地の確定は
不可能でした、その台帳をよくよく見ると殆ど昭和24年とか26年なんですよね
係りの人に明治期の所有者が分からないか尋ねたら、恐らく原爆で焼失しているのでしょう
との回答でした  あ〜残念です

次に諦めきれなくて本籍地のある区役所に直談判して天神町までしか記載が無いけど
何とか探してもらえないか依頼すると、係りの方は快諾して頂き、色々な方法で探していただきましたが
結果は戸主が岩田弥三郎という戸籍が複数あり同姓同名の人物です、なので決定打がないとちょっと出せないですとの事でした
更に粘って 岩田弥三郎と息子の戸籍で両親が弥三郎とタキという人物のものはありませんかとの
問いにはありますがその人物の親である弥三郎、タキと卯三郎が親子という戸籍の継続性が証明できないので出せないとのことでした。
役場の方はかなり親切で出したいのは山々なのですが、万が一先祖でないものを出して間違えたものを伝えてはいけませんし・・
といわれてしまいました
しかし何か決定打のある証拠をもってくればOKだそうです(弥三郎の死亡年月日や子供の名前など)

ちなみにその同姓同名の戸主岩田弥三郎は天神町ではないです(これが役場が躊躇している理由の一つです)

ただ戸籍が存在していることは判明しましたので(他人のかも知れませんが)何とか先へ進みたいです。

こうなったら現在の佐伯の子孫に直接聞くしかないのですが
いかんせん、私自身の直系尊属じゃないのでそこは精神的壁がありますね
妻や、義父、義母がめちゃめちゃ協力的ならいいのですが、まあ今度口利きしてもらえるか聞いてみます。


496 :先祖マニア:2006/05/18(木) 20:23:37
>>494

おおその段階にきましたか、
多かれ少なかれ、先祖を探す時には必ずある壁です(理解されない、文句言われる)
親の場合は何故なんですかね?まあ興味がないとそんなもんかも知れないですが

お寺の場合は直接住職に事情を説明する方がいいです、先祖を探している旨を説明する
こちらが誠意ある対応をすれば住職も少しは理解してもらえないでしょうか?
またしないと三流和尚になりますからね
仲良くなると、色々な情報を教えてくれるかも知れません
最初はこの地方の歴史やお寺の由来などから初めて最終的には目指す11先祖の家の個人情報
まで行きたいですね(何回も足を運ぶ必要はありますが)

他家になると慎重にかつ大胆に事を運ばないといけないので慣れが必要です
慎重にとは  こちらが誠意を見せ真摯に教えていただく姿勢を見せる
       熱意ですかね

大胆にとは  後からでいいや、また今度でいいやと思っていると重要な情報を持っている
       方が亡くなってしまいます(これは戸籍と一緒ですね失われたものは2度と手に入れない)


497 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 20:30:47
>>492
具体的にはどうやったらいいの?
テンプレには無い内容だよね。



498 :ボンチ:2006/05/18(木) 20:41:57
>>496有難う御座います。辛いことがあったら書き込んで慰めてもらおうかと
思います。(みさなんも辛い体験談あったら非書き込んでもらえると嬉しいです)
しかし、このような板に出会わなかったら、私のような小心者では恐らく半年後位には
ノックダウンを食らっていると思います。 (今回はまだ甘い方かもしれません。)

報告したいこともありますが、まだ系統図が進展するとこまで今回は出来てないので控えます。

余談ですが
母が先祖探しに嫌悪感を感じている理由は多分推測ですが、
21 が病弱で仕事もロクに出来ず、家は貧乏で夜逃げ同然で町を出たのです
(母から何回も聞かされている)
21の息子27は、母が幼少の頃、口癖のように「貧乏は御免だ。貧乏人はバカにされる」
と口癖のように言い、ガムシャラに働いて結構財を築いた人です(殆どの土地はその息子
=私の叔父)が売ってしまったらしいです)
ですので母の気持ちの中には「過去なんてどうでも良い。これからの方が大切なんだ」という
信念がかなりあるようです。そう私に語りますので。 

499 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 20:43:42
「過去なんてどうでも良い。これからの方が大切なんだ」

前向きな良い言葉ですよね。
先祖探しをする意味もこの言葉にあるような気がします。

500 :先祖マニア:2006/05/18(木) 20:57:45
栄枯盛衰は世の常です

曽祖父 病弱貧乏  祖父 金持ち  伯父  散財  ですが

私の先祖も色々います、財を成したものでも3代すれば没落没落、
別にそれをどうこう思いません だって先祖も人間なんだから色々な人がいます
結局、その先祖の生き様を知り自分がどう行動するかですよね?
いいですよ〜〜何せお手本はご先祖様なんですから


501 :先祖マニア:2006/05/18(木) 21:02:16
「なぜ今、家系図調査か」
最近は自分の祖父母の名前を知らない人がいます。
ましてや曾祖父母の名前など殆どの人が知らないのではないでしょうか。
少し前までは、老人といえば智恵者であり、何かにつけて頼りにされ、敬意を払われたものです。
自分に孫ができた時「おじいちゃんおばあちゃんの名前?知らないよ」と言われぬよう、家系図を作りませんか?
「うちの家はよくわからない」それでも構いません。
以下に紹介する方法に従えば、ある程度まで家系図を作る事が出来ます。
私達の祖父は、私達の孫からみれば高祖父(ひいひいおじいちゃん)です。
私達の祖父母が生きていた時代は、概ね明治時代。その明治の話でも、詳しく書き留めていれば、孫の代では
200年以上前の話(私達の感覚でいうと江戸の中期の話)になります。
今書き留めている事が他愛の無いことであっても、孫の世代では「史料」となり、
子孫にとって身近に触れられる「歴史」として役立つのではないのでしょうか。
また、現行の戸籍法では「コンピュータによる戸籍を含む現行戸籍の保存期間・・・戸籍に記載されている人全員が除かれるまで」とあり、
最悪の場合、「自分の祖父母の名前をどうやって調べても分からない!」という時代がくるかも知れません。
(この話はあくまで最悪の場合の予想です。私は戸籍法のプロフェッショナルではないので実際は違うかもしれません。)
さらに、生物学的に言えば、我々はご先祖から「獲得形質」が受け継がれています。
父母、その又父母・・・と遡れば遡るほど、沢山の先祖がいます。どす黒い人間もいれば、
まばゆいばかりの人間、平凡な人間、芸術の才能がある人間、変わり者・・・
家系図を探れば自分のなかにどんな才能があるのか、どんな弱点があるのか、分かる事があります。
「うちの親父の酒癖には参るよ。あんな親父にだけはなりたくないよ。
この前ばあちゃんに聞いたらじいちゃん(父の父)もひいじいちゃん(父の父の父)も酒癖が悪かったんだってよ、まいるよなあ!」
こういう話を聞かれた事はありませんか。
また、モーツァルトやベートーヴェン、バッハなど音楽家の親、子孫、親戚に音楽家が居た事は有名な話です。


502 :先祖マニア:2006/05/18(木) 21:04:02
話が脱線しましたが、家系図調査は、短所を修正し長所は伸ばし、よりよく生きる教科書にもなり得るのではないでしょうか。
ご先祖が凡人でも悲観する必要はありません。自らがまばゆいご先祖となったらよいのです。家系図を調べる事によって修身、
身を修める=道徳の勉強をする事が出来るのではないでしょうか。何せ手本が身内です。
これほど楽なものはありません。
獲得形質の話のついでに遺伝について考えてみましょう。
脳卒中の家系、心臓病の家系、糖尿病の家系・・・という話をよく耳にします。これは何を隠そう、自分の未来を表しています。
「このまま行くと危ないよ、健康に気を使えよ!」と具体的に先祖が警告をして下さっているのです。
受け継いだ部分によっては努力ではどうにもならない所もありますが、高血圧の家系なら塩分を控え、糖尿病の家系なら節制と運動をし、
胃が悪ければ余り悩まず消化に良いものを食べる・・・など、具体的な対策を無言で語ってくれています。
社会的に考えてみますと、家系図調査を始めるという事は、新しい世界に飛び込むという事です。
昨日までの生活では絶対に会わなかった人に会えます。一生行くこともなかった場所に行く事にもなります。
遊び感覚で行っても「家系図調査」です。訪れる全ての場所、会う人、触れる物が自分に何らかの形で関係のある事柄です。
「自分探しの旅」と言い換えても良いでしょう。どうですか?興味が湧いてきませんか?
家系調査を通して社会を別の側面から眺める事もできます。これもまたメリットの一つです。
勿論、調査中には嫌な事もあります。トラブルはトラブルとして経験や反省として活かせば良いでしょう。
しかしストレスを抱えてまで調査する必要は全くありません。その時は一旦調査中止して今まで調べた分で満足すればそれでいいと思います。
ただ、自分で作成した家系図の空白を眺めていると、空白部分を調べたくなってくるものです。
こうなればしめたものです。



503 :先祖マニア:2006/05/18(木) 21:05:28
さらに、家系図は、人間が社会的な動物であるということを雄弁に物語っています。
「自分一人で生きているようでも、そうではない」という事を、家系図は強く訴えかけてくるのではないのでしょうか。
「人は自分自身に一番興味がある」という言葉があります。自分自身への興味を家系図調査という形で表現してみませんか?
明日から新しい世界が開けるかもしれません。
面白いか詰まらないかはご自身次第。調査をどの段階でやめるのも自由です。
更に一緒に調査してくれる仲間を見つけられれば、楽しさ百倍、つらさ半減です。
系図調査の入口は広く、奥が深いです。
歴史に興味がある方、物好きな方、何か新しい事に挑戦したい方、暇な方、自分に興味がある方、
図書館が好きな方・・・。きっかけは何でも構いません!
さあ、積極的に先祖を調べてみませんか?御先祖様があなたをあの世から力強くバックアップしてくれますよ!!

先祖探しの座右の銘  
案ずるより
産むが易し


504 :先祖マニア:2006/05/18(木) 21:07:39
以下に紹介する方法に従えば、ある程度まで家系図を作る事が出来ます。 ×
テンプレに紹介する方法に従えば   ○


505 :飛瀬:2006/05/18(木) 22:57:14
ボンチさんも大変ですね。そういえば何歳ぐらいなんですか?
私は受験があったのでそうとう反対されました。
合格したのでよかったですが。
今も多少反対されていますけどね…。

あと多少の没落はありますよ。
高祖父が明治に村議会議員をしていたころは金持ちでしたが、親族に財産を奪われ没落しました。

506 :やすべぇ:2006/05/18(木) 23:16:58
>>489
「神儀」というのは初めて見ました。
いつごろのご先祖なんでしょうか。

>>494
一番身近な方から歓迎されていないというのは大変だと思いますが、どうかめげずに。

>>495
う〜ん、残念ですねぇ<旧土地台帳なし
複数の戸籍があるのに出してもらえないというのも惜しいです。
つながりを証明できる除籍が80年廃棄されてしまうと、
せっかく残されている除籍にも容易にはアクセスできなくなってしまうんですよね。
どうにか取れるといいですね。

>>501 -- >>503
そもそも先祖を調べ始めたのは、いつも見逃していた仏壇の奥に
曾祖父母の位牌を見つけたことでした。
そんなずっと昔の人のことなんて分からないものだ、と思っていたのに、
実は、探せば近づいていけるということに驚きました。
いまは、「直系血族が一人でもいなかったら、いまの自分はない」という
真実に魅せられている、というところでしょうか。


507 :やすべぇ:2006/05/18(木) 23:46:13
質問なのですが、家系調査のマニュアル本の一つに、
「墓地台帳」というのが出てきたのですが、調べたことがある方はいますか?
先祖をたどるのにどれくらい役立つものなのでしょうか。

508 ::2006/05/19(金) 00:01:10
>>494
身近な方からの拒絶が辛いですね。いつかわかってくださるといいですね。
私の場合は祖父母から話を聞けないのが残念です。
母方祖父母は私が小さいときに亡くなっていて、今は父方祖父だけが存命です。
特に父方の祖母の旧姓が県内に1・2軒という希少ぶりなので(関西にも数軒あり、某県の小字にもある名前)、
どこから来たのか、地名姓なのかどうかなどいろいろ聞きたかったのですが。

>>506
>「直系血族が一人でもいなかったら、いまの自分はない」
この言葉、胸に刻みます。

17日に、19曽祖父の除籍謄本を請求しました。
ついでに「本庁と支所でどちらに送ったらいいか?」を別の役所に聞いたところ、
両方とも「本庁にください」と言われました。
支所に送っても、結局本庁に転送するので時間が余分にかかります、とのことでした。
これが取れれば、ひととおり取り終わることになります。

次からは再請求になります。




509 :先祖マニア:2006/05/19(金) 00:01:33
推測ですが
『墓地台帳』って役場が管理しているものなんですよね
地域のお墓の位置を記しているもの

ということはこれを使う必要がある人はお墓の場所が分からなく、また尋ねる人もいない
なおかつ、比較的新しくできたお墓(時代で言うと明治中期以降の共同墓地)

例えば、父親が田舎の出身なのだが、早くに亡くなり親戚もいないので本籍地までは分かるが墓の場所は不明
    母方の先祖を調べたいが親族がとても犬猿の仲でとうてい聞ける状態ではない
    
このように比較的世代の近い先祖(祖父や曽祖父)の墓が訳があって不明な場合は重宝すると思いますが
普通に田舎も分かり、親戚若しくは直系の子孫の方の家が確定している場合にはあまり
役に立たないかもしれません
まさか、家の裏にあるようなお墓1,2基(明治初期以前)までは記載されていないと
思いますから・・・

510 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 00:24:02
とある県の結構山間部にある土地の地主でした。
楠正成の首を取ったと言われる武将の一族で
その地方の土地の管理をしていました。

大昔から我が家専用の墓地が村のはずれになって、何十個もの墓が立っているようです。
維新時は郡長なんかもやっていたようで議員や校長も多い。
しかし、役場からも遠くて文書として残っているかわかりません。

祖父に聞いた所「1800年、1700年なんかにそんな田舎に字が書ける人なんて居ないので
祖先なんてわかるわけない。」

と言われ、口頭で伝承が伝わっているのみです。
このような我が家の祖先を特定する事は出来ますか?
家紋は五三桐紋です。伝承では源氏であると伝わっています。
足利尊氏の直参の部下であったと聞いております。

511 :飛瀬:2006/05/19(金) 00:28:30
もしや、大森彦七ですか?

512 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 00:34:03
>>511

そう。その人です。しかし、確固とした物証がないので伝説どまりです。
きちっとした物証を取りたいのですが
「田舎で山奥だからペーパーでの記録なんて残っていない」
なんていうのです。お墓を調べようにも
「大昔過ぎて風化してボロボロ」だとかいうんです。
しかし、山奥にしては国宝級の古い大屋敷、巨大な記念碑のようなお墓が残っており
地元の名士ではあるのです。
物証を取りたい!

513 :飛瀬:2006/05/19(金) 00:59:45
ということは愛媛ですね。ぼくの町が近いので、少しは分かります。
あと、彦七について研究された本もよんだことがあるので。
とりあえず戸籍は調べましたか?

514 :飛瀬:2006/05/19(金) 01:05:51
あと、その本で大森家に古文書があるといっていました。
本家大森を捜してみてはどうでしょうか?
確か十年ほど前に年寄り一人だったので、絶家してるとはおもいますが。

515 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 01:12:21
愛媛ではありません。
一族は岡山、島根、鳥取等に散らばり、愛媛に一族は少ないと思います。
元々愛媛の国主だったが、新しい領主に取って代わられ、一族は主に
岡山に逃げて、戦国時代に入ると元々の親分である足利家から距離を置いて
室町幕府が傾くと別の武将に従ったと聞いております。


516 :飛瀬:2006/05/19(金) 01:21:58
愛媛に残った大森なら多少は分かるのですが、岡山の一族はわかりませんね。
ただ、戸籍は取ったほうがいいですよ。

誰か助言してあげてください。

517 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 02:23:54
>>516
>誰か助言してあげてください。

うむ、しからば拙僧から>>515へ助言ぢゃ。

戸籍は取ったほうがいいですよ(マジ

518 :ボンチ:2006/05/19(金) 07:23:06
517 t地域が違い判らず、済みません。
やすべぇさん、飛瀬さん、藤さん 色々と有難う御座います。
しかしお寺さん側としても、檀家さんを守る責任があるし、墓地内にゴミを捨てて
いく不届き者もいて普段、骨を折っているのでしょうから、寺墓調査は1回くらいに
留めておき、あとは住職さんに話すくらいの気持ちであった方が良いのかなと思いました。
(寺内に墓があるケースは先祖マニアさん経験しかり、意外と少ないと私もこのところ感じています)

>>505 ちょっと恥ずかしいのですが38才になったばかりです。
>>506 皆さん家族の方は大方暖かく見てくれているようですね。羨ましいです。私は弟からも愛想をつかされています。
最初の頃は母に「うちらの先祖は何処々々の出なんだよ」とか話すと。「へえ〜。先祖調査も面白いもんだね」
なんて喋っていて、良い感じだったのですが。最近は「ちょっと異常過ぎる」と言われてます。

>>507 墓地台帳 そのような物があったのを始めて知りました。
>>508 先日支所へ送ったら新たに一つ交付されました。でも最後にやはり「統合してるので」次回から
ココには送らないでくれ」と云われました。造り酒屋さん・藤さんと同対応という感じでしょうか。



519 :ボンチ:2006/05/19(金) 08:56:46
先祖マニアさんの深い趣を持たれている事が判ります。
私は一旦何かに興味を持つと、初期にガーと単細胞的に消化し、飽きたらオサラバという性格の持主です。
が、先祖調査に関してはロングスタンスで老後にかけても楽しめる趣味だと思っています。 
何でもないような田舎のあぜ道でも、自分の先祖が関わった地だと判って歩くと全然ちがうし、先祖調査を機会と
して、今まで行ったことが無いような所へ色々行けます。

まだ独身で子供も居ません。弟は子供3人いて生活がアップアップしてて「先祖探しなんて暇人のやる事だ」という
程度ですが、ゆくゆくは完成した家系図を甥子にプレゼントしたい気持ちです。(拒否されるかもしれませんが)
学校のクラス内で明治以前の先祖の名前が判るなんてちょっと自慢出来るんじゃないか、と私も思っています。
自分が作った家系図を誰かに渡せば、自分の死後も残せるメリットもあるし。)
自分の快楽だけを楽しむ趣味とはまた違った趣味に、この歳になって出遭ったと思います。




520 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 09:47:24
家族が反対するのはろくに働きもせずに先祖を探していることにムカついているだからじゃないの?

先祖を調べる事は素晴らしい事だがその前に就職しようよ

今からでも間に合う結婚して子供を持つんだ!!

そうしたら今やっている事が何倍もの価値になるよ

521 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 09:59:12
>>520

2ちゃんにしては、しごく正論だねw

2の2乗倍の御先祖様の為にも子孫を残さなきゃ!
空論をもてあそぶ前に!


522 :ボンチ:2006/05/19(金) 10:31:30
>>520
それは紛れもない事実であり、指摘されるととても痛い・・です。
少子高齢化に歯止めをかける社会の一員となる為にも結婚して子供を持たなければ
一人前とは云えません。しかし自信が私にはないし(経済的余裕もなし。)
最低限、今の軽いバイト以上に働くのはしなければならないでしょう。健常者なんだし。
こうやって自分が居るのも、先祖が働いて家庭を築いてきてくれたおかげでもあるしね。
でも結婚は・・ちょっとなあ。ハードルが高い。でも先祖探しはやっていきますよ。
ご指摘の東リ、確かにチャンと働けば、先祖探しを趣味でやってても何もいわないでしょうな。きっと。
さらに結婚して子供もいていっぱしの戸主となってれば、「別に趣味で何やっても構わない」
んでしょう。世間知らずですがなんか段々判ってきました。有難う御座います。

523 :飛瀬:2006/05/19(金) 10:36:09
結婚と聞いて、彼女のいない僕は焦ってきましたよ!…まぁ頑張りましょ。

524 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 11:56:06
>522
本来、自分が知るべきことを知らず、また探す努力も怠たる
態度を何と心得るのか
経年に連れ、困難になる先祖供養を率先して行う者に、
どうして不実不遜な態度が取れようか

時代がかった詰問調にすれば、先祖のイタコみたいで
効果抜群なんだが、、、職は探さんと半減だな。


525 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 13:20:29
働けば経済的な余裕はでる慎ましく生活すればいいじゃないか

また親の家からはでるべきだね、そうしてテメエで生きていけば自信もつくってもんよ

最低でも胸はって生きていけるぜ(弟に馬鹿にはされない)
見返してやれや

飛瀬君 君はまだまだ焦らなくていいよ 先は長いからな

526 :ボンチ:2006/05/19(金) 15:31:29
飛瀬さんは、まだ若いんでしょうし、その気があるのですから必ず彼女は出来ると思います。
>>524,525さん人生相談みたいになってきましたが、大変有難う御座います。

なんか人より先を切って先祖調査レースしてるみたいな気分にもなりかけて
ました。先ほどアルバイトの(まだバイトですが)面接予約を入れてきました。
今までの倍の就業時間のあるバイトです。
弟とも険悪の仲という訳でもないので、まあうまくやっていきます。

控えめにニートと自称してきましたが、高専5年間卒業し、一部上場企業に16年間転職なしで勤めてきて
去年父の看病の為退社し、失業保険需給4ヶ月も終わり、実際ニート生活は8ヶ月程度です。
別に5年も10年もバイト生活で親のスネかじって来た訳じゃないです(他県の会社独身寮で16年生活)

それに、父死後、相続した土地で農業を営む夢があり、現在週一で研修に通っています。
ですので仕事に全く無関心でいう訳でもないんで。自己弁明させて頂きました。

書き込んでいて、余りに自分が恥ずかしくなってきてしまい、すぐバイトの面接に応募しました。
仕事のきっかけを作って頂き、色々有難う御座いました。

結婚する気は正直ないんですが、今後も先祖の話に加えさせていただければ幸いです。


527 :飛瀬:2006/05/19(金) 16:51:00
ボンチさん、大変そうですね。
頑張って下さい。

みなさん
周りにいい感じになった子が出始めたので、最近焦っています。
服装何かも地味ですし、趣味が趣味なので、ただ明るいだけのオタクに見えると言われる始末で。
いろいろと難しいですね。

528 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 17:17:51
マターリマターリ
まあ皆それぞれに事情があるというもの。
本人が納得していれば生き方は何でもいいだろ。

飛瀬さんガンガレ!
結果は考えず色々挑戦して欲しいぜ。


529 :ボンチ:2006/05/19(金) 18:00:25
別に私は喧嘩越になっているわけじゃないんで誤解しないで下さいね。
ちょっと自己弁明がオーバーだったかもしれません。

と言いつつ戻るようですが、自分の母が先祖調査に嫌悪感を抱いている理由がもう一つありました。
熱心な創価学会信者なのです。
 創価学会は現在一番時代に適合している信仰だと説いています。
ですから、学会にとって曹洞宗とか真言宗は過去の教えだ(時代に適合していない)と言います。
でも、創価学会は比較的新しい団体であって、先祖調査の対象年代の宗派は私の先祖の場合、
真言宗・曹洞宗・臨済宗の3っです。 ここが結構やり辛い部分であります。

携帯を持ってないので家の子機で、お寺に電話してみました(ついに一歩を踏み出しました。)
母が親機で聞いていたらしく、他宗に電話するとは、かなりけしからんと怒ったのでしょう、
一通り話した後、2階に上がってきて黙って子機を抜いて持っていってしまいました。
今日からプリペイド携帯を買おうかと考えました。

郵送も、今度から郵便局留めにしなければ、問題がありそうです。(取りに行くのが面倒ですが仕方ない)

私みたいなケース・先祖の地元が近くにあっても、家族の理解が得られないで、やり辛い環境です。
1人暮らしすればだれにも干渉されなく出来ると思いますが、今の自分には家賃負担が高すぎます。
なんとか母親の機嫌を損ねないように、表向き静かにやっていかなくてはなりません。
家に唯で住まわせて貰っているだけで感謝しなければとは思いますが。

530 :528:2006/05/19(金) 18:20:33
>別に私は喧嘩越になっているわけじゃないんで誤解しないで下さいね。
いやいや、こちらこそ。
ボンチ氏が悪いように言われている気がしたので
違うんじゃないか?と言いたかっただけ。

宗教の問題か…難しいな。

531 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 19:54:41
そうか、がっかり。。。orz

532 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 21:03:02
一部上場企業ならば再就職も比較的簡単ではないの?
また38才なら貯金もあるでしょう

創価学会は厳しいね位牌とか墓とか全て破棄するから今のうちに全て保存なりしなくてはヤバイよ

ガンガレボンチ!!

533 :ボンチ:2006/05/19(金) 21:46:49
色々お気使い有難う御座います。 >そうか、がっかり。。。orz って、どういう意味ですか?
・・しかし結婚しない(子供作らない)のは、やはり世間の端くれ者扱いになるのでしょうか?
会社でも結構独身の人周りに多かったけど(だからこそ自分は造らなきゃいけないんだと思いますが)
もしうまく農業でも開業できたら、良い出会いがあれば考えて見たいと思います。
ところでこのスレの中で、40代前後で独身の方っていないんでしょうか?私だけ?(無理に答えなくて良いです)

貯金も多くないがありますが、現在弟家族の生活費の為に超低金利で貸し出ししていて、当面
帰ってくる見込みは在りません。もし農業を開業することになったら、一部返して
貰おうかと思ってます。
 せっかく勇気を出して会社辞めたんで、今度は全く違うジャンルの仕事にしたいんですが。
(以前は電機関係)

今日、相同宗のお寺さんに電話しましたが
>創価学会は厳しいね位牌とか墓とか全て破棄するから今のうちに全て保存なりしなくてはヤバイよ
住職さんが同じ事を言っていました。「あそこは捨てるからねえ」と。
でも、改宗したタイミングの過去帳は、ここから5分の本家にあります。ちょっとセオリー
が成ってないかもしれないですが、実はまだそんな身近なところへ見るのを頼んでいませんでした。 


534 :造り酒屋:2006/05/19(金) 21:47:32
ボンチさん、私もボンチさんの頑張りに励まされている一人です。
それに、書き込みを拝見している限りでは、
と〜〜〜っても良い方だとお見受けしておりますです。
しかも、お父様の看病のために会社をお辞めになったなんて、
なんて奇特な。今時珍しく。
だから、余計に頑張って欲しいと思います。

結婚を考えていない、などとおっしゃらずに、是非子孫を残すためにも
いつか結婚していただければと思います。そして、家系図にどんどん子孫を書き加えてくださいね。

先日取った戸籍で、二女が家督相続していましたが、結婚せず亡くなっていて
お家断絶になっていたものがあり、昔のことですが、お家制度のためかなーと
考えていたら、少し悲しくなりました。

ボンチさんの場合は、それとは全然違うのでしょうし、
結婚生活をしていると、「結婚だけが幸せではないのでは?」と思うことも
しばしばですが、ご自分の遺伝子を、ぜひ後世に残していただくためにも
結婚する気はないなどと、そう、おっしゃらずに〜〜〜。


535 :造り酒屋:2006/05/19(金) 21:55:53
図書館で借りてきた市史に13の高祖父が載っていました。
私は、子育て中で大きな図書館になかなか行けないため、
ネットで県立図書館の蔵書(借りたいものは持ち出し禁止が多くて借りられるものは少ないのですが)
の気になる本をいくつか近くの図書館に運んでもらって借りています。
借りる本の題名は、以前こちらで教えていただいたものを参考にしています。

その中で、酒屋の二代目を取り上げている町の人物略伝とか、今回の高祖父が
載っているものがあって、とてもうれしかったです。
(みなさんの、調べられているものとレベルが違って申し訳ありません)

載っていたのは侍帳です。とてもうれしかったので、ちょっとやる気が出てきました。
(実は、中身を見ずに借りているので、はずれの方がおおく、重い思いばかり
する日もあったのです。)(全部筆で書かれた古文書の写真だったりすることもあり、
一文字も読めずに返したことなど多数です。それにそういうのにかぎって、
とても大きな本だったりしますよね。)


536 :ボンチ:2006/05/19(金) 22:06:40
お寺への電話の初体験
 最初に強調して言ったのは「9の旦那寺は間違いなくお宅なのは判っています。」「先祖供養がどうしてもしたい」
「墓石が見つかったが戒名のみで名前が書いてないのではっきりしたい」と云いました。

 ひとしきり話すと、「悪いけど、過去帳は基本的に見せられない」と言われてしまいました。
少々残念でしたが、「それは檀家さんのプライバシー第一ですから、ご無理は申しません」
「石の戒名から、その人物名を教えて下さるだけで結構です。」と頼みました。

「今も檀家なの?」「いや実はすでに改宗してまして云々・・」
(ここで創価学会は位牌をすぐ捨てる云々・・・の話を御住職が云われました。)

それでも「ちょっと忙しい」と云われるので、「時間はそちらに100%合せます。と言ってお願いしました。
一応話しだけ聞いてくれることが、電話約束ですがして頂けました。

このレベルだと、まだやすべえさんの経験パターンで、”電話ではokだったけど実際伺ったらダメだった”
のパターンになる可能性もまだ否定できませんので、身なりと説明・一番大事な於布施は忘れないようにしたいと思います。

537 :先祖マニア:2006/05/19(金) 23:05:25
ボンチさん頑張ってください

就職はしたほうがいいでしょう
それが人の道ですからね、働かざるもの食うべからずです

あと創価学会の話ですが、ボンチさんもそうなんですか?
違うのならお寺でその話をすればいいのでは?

本当は就職して家を出て、自分で生活して誰にもないも言わせない環境で
思う存分先祖を探すのがいいと思いますが、普通に給料をもらえば、普通に生活は
できますよ、私だって新入社員の時には手取り14万で生活してましたもん

社会人になって一人暮らしをしたときには おっしゃーこれで一人前じゃ〜〜〜
自分で稼いで食っていくと叫びましたよ

貧乏でも独立しないとなかなか親の干渉からは逃れれないと思います
(電話で聞かれているくらいなので)

ちなみに人生相談も全然OKです!!
みんなの励ましあいでこのスレ成り立ってますので


538 :先祖マニア:2006/05/19(金) 23:07:14
>>535

造り酒屋さんよかったですね
侍帳ならば武士なんですね
だったら案外探すのも簡単なのではないでしょうか?

資料もそこそこありませんか?




539 :先祖マニア:2006/05/19(金) 23:12:10
>>515
http://www.kct.ne.jp/~kshimizu/nohmori.htm
http://www.kct.ne.jp/~kshimizu/kohaku.htm

ここを参照にしてみれば?

先祖は伊予国の住人大森彦七盛長11代目の孫右京亮盛種になっています。
この人が、備後国の浪人池上雅楽頭則家の娘を娶って生まれた子、
与右衛門盛光が備中国賀陽郡八田部村に住んだそうです

あなたの先祖に右京亮盛種っていう先祖はいませんか?


540 :ボンチ:2006/05/19(金) 23:20:14
>あと創価学会の話ですが、ボンチさんもそうなんですか?
私自信は学会人ではありません。小学生時分から入信のさそいがありましたが、
どうも生に合わなくて、断り続けて今に至っています。
 先祖探しをする様になって、「やっぱ入信してないで良かった」と思います。
もし学会に入っていたなら、今頃、他宗の寺になんか足を運ぶこともし難くなってたでしょうから。
ただ、全く創価学会を否定している訳でもありません。仏壇に手を合わせたりもしてます。


541 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 23:48:52
>>540
そうか、がっかい。。。orz


542 :やすべぇ:2006/05/20(土) 00:18:11
>>509
先祖マニアさん、ありがとうございます。
確かに役所の管理のようです<墓地台帳
いざとなったら、という感じですね。

>>510
村のはずれとおっしゃいますが、
郡長、議員、校長を輩出しているのでしたら、
江戸時代にも村の重要な地位にいたでしょうから、
字が書けなかったということはないでしょうし、
何らかの記録が一切ないということはないと思います。
まずは現地を訪れてみることではないでしょうか。
もちろん、戸籍調査も!

543 :やすべぇ:2006/05/20(土) 00:20:03
>>522 >>526
ボンチさん、私自身も肩書きのない期間がありますが、
そういう時期の経験は決して無駄になっていないと思っています。
人のいい部分も、悪い部分も、いろいろよく見えましたしね。
自分自身を見つめなおすってことも、働き詰めでは難しいですし。
それに、全ての時間を自分の思い通りに使えるというのは、
実は、貴重なチャンスでもあると思います。
ただ、ご家族の状況も考えると、再就職して、
全てご自身の手で調査を続けられるとベターかなとも感じました。
>>536
お寺訪問、うまくいくことを祈っています。
私ももう少し行動力をつけて、重い腰を上げたいと刺激されています。

544 :やすべぇ:2006/05/20(土) 00:42:29
>>535
造り酒屋さん、おめでとうございます。
自分の先祖を取り上げた記録があると、
先祖が生きていた証を感じることもできて、
うれしいですよね。

ところで、ダメもとで高祖母14の実家の除籍を請求してみたのですが、
保存されていないとの証明が発行されただけでした。
80年廃棄していない役所なんですけど、やはり古すぎました。
まぁ、当たり前のことを確認したに過ぎない、ということでしょうか。
他の手で探っていくしかないですね。
ただ、その市では非常に多い姓なんですよ。
村名までで、字は不明。苦労するかも。

545 :飛瀬:2006/05/20(土) 00:43:08
528さん、ありがとうございます。
早速、明日久々に服でも買ってきます。
夏服がないですし…。
では

546 :先祖マニア:2006/05/20(土) 00:58:52
>ただ、その市では非常に多い姓なんですよ。
村名までで、字は不明。苦労するかも。

これは私も経験ありました石井という姓ですが現在その地域に石井さんは50軒も
あり大学生のころ コリャー無理だと思いほっときました
しかし数年前やはり調べたいとの思いで50軒全てに手紙をだしたんですよね

そうしたら15軒くらい返信がありましたが全て分からないとのことでした
その中に2〜3軒あった手紙が10年前なら主人が生きていましたが8年前に
亡くなりましたとが、昨年亡くなりましたのでよく分かりませんなど大学生の時に
重い腰をあげておけばよかったのにということがありました。
現在その地が開発されて結構地方の衛星都市に様変わりしていて団地造成とかされているところなので
難しいのではあるのですが・・・・
でも諦めずにやってよかったです、なぜならこれだけして分からないのなら
諦めも付きます
(ちなみにこの市役所は明治41年以前は廃棄してますのでもう闇のなかです)

この石井姓がまた戦国時代に武将だった家なんですよね〜〜(関連は無いかもしれませんが)



547 :先祖マニア:2006/05/20(土) 01:09:49
本日祖母の両親(私の曽祖父母)の写真が現像できました

これでまた先祖の写真が増えました!!




548 :やすべぇ:2006/05/20(土) 01:52:40
>>546
> でも諦めずにやってよかったです、なぜならこれだけして分からないのなら
> 諦めも付きます
そうですよね。やれることはやっておこうと思います。

別件ですが、高祖父5の除籍謄本の取り忘れがあることに最近気づいたんです。
当時(20年前)は、80年廃棄されていない除籍の謄本が取れたことに狂喜乱舞してて、
さらに、その先にさかのぼれることに気づかなかったのです。
A村→B村→A村と転籍していたことに、やっと気づいたのですが、
取っていたのはA村での二番目の除籍謄本だけだったのです。
B村での除籍が廃棄されていたので、単純に諦めてしまったのがいけませんでした。
高祖母6の実家の除籍謄本をよく見ていたら、
婚姻した時期はB村→A村の転籍以前で、婚姻先はA村だったのです。
こんな単純なことで、取り忘れてしまったのは、
勝手にダメだと思い込んでしまったからですね。
諦め、思い込みは正確な判断を曇らせます。今後も戒めないと・・・

現在は80年廃棄を始めてしまったようなので、
せっかく取れたはずの除籍謄本を取り損ねてしまったようです。
一応、いま、郵送申請をしているところですが、結果を目にするのが重いです。

549 :ボンチ:2006/05/20(土) 03:39:16
このスレは皆様、御立派な方ばかりですね。 こんな処に居るのが何だか恐縮になってます。
最近、先祖探し以外にも色々考えさせらる事しきりです。
ただ、休職期間中に先祖調査をフル活動出来るのは、正直凄く有意義です(もう少し早くこの
スレに出会っていれば、更にラッキーだった。)
ハイペースである程度調査したら、まずは仕事に専念する事を考えます。
ただ、農業は嘘ではなく研修してるんで今、正社員で就職してしまうと、如何なんですかね?
再就職に尻込みしている部分もあることは事実ですが・・

仕事もしないで恐縮ですが、活動した成果は喋らせて下さい。
造り酒屋さん。私も造り酒屋さんのを参考にさせて頂き、先日17の実家側の除籍が獲れました。
実家側1の名前+生年月日、2の名前が判明しました。
一ヶ月前、本庁請求時、断られてた物だったので嬉しいです。有難う御座いました。

やすべえさん。私も今までは除籍獲っても前戸主と生年月日位しか見なかったのが、
段々中を読むようになってきて、獲れないと思ってた物が取れたりしてきました。


550 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 06:23:19
>>549
仕事もしないで恐縮ですが、活動した成果は喋らせて下さい。
是非。

農業の研修をしている所が仕事を斡旋してくれないの?
研修終わったらここに、みたいな。

ボンチさんは高い能力を持っていると思うので
選ばなければ仕事はすぐ見つかりそうだけど。

農業ググッてみた。結構あるね。
ttp://www.nca.or.jp/
ttp://www.nca.or.jp/Be-farmer/
ttp://www.nca.or.jp/Be-farmer/kyujin/index.php

ttp://www.hojin.or.jp/
ttp://www.ryeda.or.jp/

ttp://www.nw-mori.or.jp/index.shtml
ttp://watagonia.com/organicfarming/recuit/recuit.html

ttp://www.nougyou-shimbun.ne.jp/
ttp://www.aff-job.go.jp/enduser/mod/job/job001.php
ttp://www.qjinweb.com/

551 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 06:49:18
>最終的には目指す11先祖の家の個人情報 まで行きたいですね

いいね。個人情報保護法なんて糞食らえだねw

552 :ボンチ:2006/05/20(土) 07:55:39
>農業の研修をしている所が仕事を斡旋してくれないの?
研修終わったらここに、みたいな。

時分の為にup沢山頂き、有難う御座います。報告を了承頂木有難う御座います。
時分の行動した成果を公表出来ないと寂しいです。

農業研修 基本的に1年目は研修のみ。2年目からプロの手伝い(しかし賃金は
ボランティアに近い)を斡旋してくれます。
 大収穫で多忙な年などは、研修1年目でもプロに付いて仕事を覚える機会が
出来るそうですが、殆どそのチャンスは無い、との事です。

今年の研修参加者は20名で、5、60才前後の方が多いですが、私と同年代の
方が2名おられますが、この2名の方共、私と同様親御さんを近年失われ、農家
の跡取りであり、土地・機材はあるが技術が無いが自分でやってみたいので研修
に参加されたそうです。

ただ研修と言っても週一でホンとの事言っちゃうと月3回位しかない程度なので
時間がスカスカですので、今度郵便局のバイトに応募したんです。
(謄本の郵送を家に回さないで行う目論見もあって選んだバイトです。)

ゆくゆくはバイトでなく、何がしかの正社員として登録される事が肝要なようですね。
(ようですね ってのもこの年で変と思われるかもしれませんが。)


553 :ボンチ:2006/05/20(土) 08:08:15
上の補足:研修で、私と同年代の2名は、本農家の跡取りですが、
私自信は親は自動車整備工+中古車販売をしてました。


554 :ボンチ:2006/05/20(土) 09:07:42
550さん。大変有難う御座いました。全てブックマークさせて頂きました。
亡父から相続した田舎の田畑・森林合わせて7千坪余りあり、先祖から受け継いだ
土地を廃れさせるのがもったいないんで、農業という道を選択してみたんですが、
教えて頂いたサイトの中に、有効な土地活用に繋がりえる興味深いものもありまして、
感謝しております。

先祖マニアさん。 私は高祖父17の写真を唯一保有しているのみですが、
かろうじて高祖父の顔が判るものを持っているだけで幸せかと思っています。

造り酒屋さんのように近々私も父故郷の地元図書館・博物館に行く予定ですが
(現状は母方先祖の近場から攻めている状況でありますが)
一体どんな先祖の情報が得られるか、今から楽しみであります。
田舎なので、結構レアな情報が得られるのではないかと期待してるのですが。

555 :ボンチ:2006/05/20(土) 09:10:06
間違えた 17高祖父 ではない 17曾祖父の写真を持っている。

556 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 10:20:03
>>545
いまくっついているのはセフレどまりだよ。

557 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 10:51:32
>>554
研修に2年かあ…30代の二年は大きいよ。
2年経ってもそれで食えるか判らないのはリスクが高すぎる。

ウチの本家のおじは大手鉄鋼メーカーで働きながら
土日は家庭菜園を楽しんでたよ。
定年した今は好き放題に農作物を作っている。
そういうのはボンチさんは嫌かい?

16年その業界にいて、しかも高専卒でしょ。
かなり高いスキルあるんじゃないの。
そっちの能力を生かしつつ農業はサブってのはどうかな?
もしくはこの半年で絶対に農業で食っていく道を見つける!!
という覚悟で頑張るか。
どうだろう。

558 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 12:51:25
正直いってやめといた方がいい 7000坪でも山林除いたら正味3000坪でしょ、1町しかない

1町位の土地で米作っても金にはならんし初期投資が莫大かかかる機械などは組合から借りたとしてもだ
次に花や果樹ならば1町でもやれるがこちらはさらに金がかかるぞ

花は相当な技術がいるので素人は手をだすな

果樹は売り物になるのに最低5年はかかる

今からは百姓は駄目だ法律も改正されて個人で4町法人で20町以上ないと助成金でない
今からは農業ではなくてアグリビジネスとして生産 加工 販売の体系的な枠組みを作らないと1年後には大借金抱えて夜逃げするのが関の山

悪い事はいわん普通にサラリーマンして趣味で家庭菜園程度がいい

559 :造り酒屋:2006/05/20(土) 13:15:10
>>538 先祖マニアさん、
いつもありがとうございます。まだこちらの方は戸籍を取っただけで
(23曽祖父が弘化の生まれでそこまでしか戸籍はありませんでした)
ほとんど進んでいないです。
24の曾祖母の親戚に造り酒屋がいるというのを実証するので精一杯なので。

武家だということは聞いていました。でも図書館などに思うように行けないので、
せめて借りられる本だけでもと思って探していました。
子育てにもう少し余裕が出来たら資料館のようなところにも行ってみたいです。

>>544 やすべぇさん、
はい、私にとっては、先祖が公共の本に名前が載っているなんて、4ヶ月前までは
思いもしなかったことですし、ちっちゃく名前が載っているだけでも、
本当にうれしかったのです。
気持ちをわかってくださってありがとうございます。

>>549 >>554 ボンチさん、
たわいもない書き込みなのに、実行してみてくださってありがとうございました。
でも、結果的にはよかったですね。
私は、乳飲み子の子育てで、なかなか行動できないので、実は今のボンチさんの状況は
とてもうらやましかったりします。ご先祖探しを始めて間もない、この情熱と集中力が
ピークの時に、こんなに時間が取れる方なんて、なかなかいらっしゃらないですよね。
(学生さん以外は)
良い機会だったと思いましょう。

560 :ボンチ:2006/05/20(土) 13:21:58
工業高専出なんで主に電気テスター使って修理、ハンダ付け、溶接や機械組み立ても少しやってて
あとパソコンでエクセルやワードで管理を少しやってた程度のものです。

勤続年数が上がると本格的な管理職っぽくなってきて、段々耐えられなくなり、丁度父の看病も相まって辞めてしまいました。
日頃から自分は職人気質で協調性が無いと感じてしてまして、農家なら個人営業だし今度は向いてるかなあ と。
端的に言うと、野菜作りが好きなんじゃなくて、より個人営業に近い仕事だからそっちに行きたい、と考えている自分がいると思います。
もちろん、農業=人 人の助けなしには出来ないハズですが。

農機使えば修理で機械や電気の知識必要だし、今時は農家でもパソコン使うので、会社で得たスキルが全く無駄になる事は無い
とは思ってるんですが。

ただ、実際気持ちの中では、今日まで漠然と構えてただけでした。積極的に動いてなかったのが現状です。
いっそ550で教えて頂いた農業求人に応募して、今の研修+プロ下で働く の2段階で短時間に技術習得
してしまい農業に飛び込んでしまうのが良いのかも、という考えにも、今させられてきました。


561 :ボンチ:2006/05/20(土) 13:25:48
すいません >>558 を読む前に>>560を書き込みしてしまったんで。
かなり的確なご指摘・ご教示を頂いてます。それを聞くとちょっと考えてしまいました。
借金は御免です。うーんどうしよう


562 :ボンチ:2006/05/20(土) 13:36:00
度々済みません。 今この書き込みを見た人は、「スレタイトルと全然違ってるけど
一体何なんや?」と思うでしょうね。 少し滑稽になってしまいました。
皆様ずれて済みません。

563 :ボンチ:2006/05/20(土) 13:39:17
>>558 凄く的確なご教示頂き、少し目が覚めたかもしれませんが、
ここまで来たら、農業に関しては「農業スレ」等を探して、一から勉強したいと思います。
大分、ズレてしまって申し訳ありませんでした。

564 :ボンチ:2006/05/20(土) 14:05:33
そのうち私が再就職して先祖調査がおぼつかなくなり、造り酒屋さんがお子さんから
手が離れて 今度は私が造り酒屋さんをうらやむ時期が来るでしょう。
今のうちに調査に専念したいです。そしてやったことは全てここに書き込んで皆様の参考になれば幸いです。


565 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 15:16:21
>野菜作りが好きなんじゃなくて、より個人営業に近い仕事だからそっちに行きたい、と考えている自分がいると思います。


この考え方では止めなさい作物を育てる情熱がなくただ現実から逃げる為に農業といっているに過ぎない
農業だって個人経営では成り立たないサラリーマン以上に人との繋がりや協力が必要になる認識をしないと
自分でも心のどこかで気付いているんでしょ?
後は自分で行動するかどうかだよ
ボンチさんなら大丈夫です
就職したって先祖はさがせるよ

566 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 15:43:53
じゃあ先祖探しの残りやる事全部リストアップして調べあげますか。

567 :ボンチ:2006/05/20(土) 15:46:50
・・そうですね。実際 人付き合いが下手で、そこから逃れたいんですが、
その逃げ道はどこにもないんですよね。何時もそうです。必ずこういった結論に
突き当たります。 先祖探し・野菜作りは仕事しながらでも出来ますよね。
 それがなければ今でも会社続けてるでしょうけどね。
しかし現実 研修も開始してしまってるし、まだ100%結論は出ませんが、
何か考え直さねばならぬようです。

568 :ボンチ:2006/05/20(土) 16:14:47
先日、9太郎右エ門 の墓の場所を叔母さんに聞き、居その場所へ行って見ました。
何回か通ったことのある場所でしたが改めて見ると、本当に廃れた無縁墓石そのものでした。
4っ石があり、前後斜めに傾き、ダンゴムシ・ムカデが這いつくばってて、犬がオシッコした
アンモニア臭が漂っていました。
近くのコンビニで水ペットボトル1g、歯ブラシ(固め)を買い、即席で”タンポ”を作るため
ティッシュと木綿のハンケチを用意しておきました。

まずは石にお水をかけてあげて、供養してから、作業にとりかかりました。
失敬して石を横にさせて頂き、水を掛けながら歯ブラシで文字の溝を洗浄してみました。
水が溝に入ると、太陽の光の加減で反射し、見辛かった文字が浮かび上がってきて、読み取れました。

それでも見辛い部分がありました。予め”拓本”サイトで得た知識:タンポという道具を即席で作ってみました。
木綿ハンケチの中にティッシュを丸めて入れ、(テルテル坊主を作る要領)水を絞ってハンケチを湿らせます。
それを乾いてきた石の文字の周りにポンポンを付けていくと、あら不思議、文字が一段と見えやすくなりました。

それでも見えない文字がありました。これは諦めて、来週の月曜にお寺で人物名が聞きだせるか、期待したい
ところです。 (今回写真撮影未につき、再度写真撮影してアップしたいと思います。)

569 :ボンチ:2006/05/20(土) 16:24:10
今回参考にさせて頂きましたサイト
ttp://www.k3.dion.ne.jp/~iwakami/takuhon.htm
ttp://www.waseda.jp/aizu/takuhon.html


570 ::2006/05/20(土) 16:37:41
人付き合いが苦手でも生きていく以上、慣れていくしかないと思います。
私もあまり人付き合いが上手いとはいえませんが、それなりにやってきています。

17日に請求した19五郎の実家の除籍謄本が届きました。
(五郎は婿養子です)
5高祖父、6高祖母の生年月日が判ったほか、前戸主の名前も入ってました。
しかし、高祖母方も欲しかったのに出てきませんでした。
また違う村の名前が出てきたので、そちらが同町内にあるのかも調査に入ります。
そして今回初めて、廃棄証明を受け取りました(前戸主についてです)。
昭和46年に廃棄されてました。
52年生まれの私ではどうあがいても無理ですね…その頃は影形すらないですから。




571 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 16:40:08
なんだ、このスレは!

馬鹿じゃねーの!どこが先祖探しのテクだよ。スレタイ通り話しれや!

572 :ボンチ:2006/05/20(土) 16:55:06
その足で法務局へ走り、ブルーマップで地番を確認後、旧土地台帳の閲覧をしました。
いきなり謄本を取っても良いのですが、その前後の土地(ページ)を見ていると時々、
先祖が保有していた土地が出てくるので、まずは閲覧です。

結果的に旧土地台帳では >>456 9太郎右エ門の名前まで遡ることは出来ず、21豊
吉が最右列に記載ありました。
ともあれ、この地に、当時21豊吉が自分名義の土地+屋敷墓地2箇所を保有していた
事実が明らかとなりました。

その元屋敷墓地だけ柵で分離されてて、周りは畑として使われていました。
プライバシーに関わるけど、現在のその墓石がある土地の持ち主は一体誰なんだろう?
という疑問に駆られ、職員さんに「この地番の現在の持ち主が知りたいのですが。」と
尋ねましたら、「謄本取ればokですよ」とアッサリ言うので、収入印紙代 千円もか
は高かったですが、その旧屋敷墓地の現在の土地持ち主は、隣の家の方と判明しました。

翌日も墓石を見に行き、「イジッているうちに、その家の人が出てきてくれないか」と
期待しつつ再調査してましたが、あいにく誰も私の作業を怪しむ人が居なく、スーと通
り過ぎて行きます。 逆に怪しんで立ち止まってくれた方が、それをきっかけに話し易
いんだけどなあ・・」と思いながらやってました。消極的なもので。

573 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 17:07:30
スレ主が「人生相談OK」と言うてるので良い。

574 :ボンチ:2006/05/20(土) 17:11:54
藤さん。 おめでとう御座います。 s46年に廃棄ですか。結構早い地域ですね。

>人付き合いが苦手でも生きていく以上、慣れていくしかないと思います。
私もあまり人付き合いが上手いとはいえませんが、それなりにやってきています。
有難う御座います。
私も16年間、それなりに我慢してやってきたつもりですが、一旦タガが外れて
しまうと、どんどん引き篭ってばかりいました。
人に接するのを避け続けて、どんどん億劫になってしまわないように気をつけます。
書き込みをさせ頂くだけでも、かなり精神療法させて頂いていて感謝しています。

575 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 17:32:03
>>574
思うにボンチ氏は優しい人なんだろ。
弟夫婦に低金利で金貸したり(しかもその弟にゴチャゴチャ言われてるし)
人はいろいろ言うと思うけど、余り気にせず
自分のしたいようにしたらいいんじゃないか?

職場にやりにくい相手とか居たんじゃないのかな。
気を使いすぎたんじゃないか?
ボンチ氏のようなタイプは、相手に気を使わせるぐらいで丁度いいんじゃないか?

>スレ主
スレタイからずれ過ぎててすまん。

576 :ボンチ:2006/05/20(土) 18:29:07
皆さん本当に有難う御座います。>>575さん、自分で言うのも変ですが、まさにその
通りです(!) 

会社にやりにくい相手が居た、まさにその通りで御座います。(本当はそういう理由で
辞めるのは、世の中以ての外なのですが。)
ある年から窮屈な環境になり、自らギブアップしてしまったって感じです。
造り酒屋さんには「父の看病で辞めるなんて今時良い人だ」と言って頂き
ましたが、結局は逃げ口実だったと思います。(嘘をついてて申し訳御座いません!)

人に気を使い過ぎる、まさにその通りです。人と長く付き合えないって言うんですか?
何時も気を使っていて、疲れるんでしょうね多分。あー判ってくれて涙が出そうです!

先祖探しはやってみて良かったです。自分の好きな事をするのがやっぱ良いと思います。
最近、その位の活力があるんだったら自分仕事できるんじゃないか?と思う事もしばしばです。

さっき「農業は野菜作りが好きでやるのではない」と言いましたが、感覚的に農業には、農業に携わっている
方々の雰囲気が好きっていうのか、「こういう人達と接していきたい」という感覚もあるんです(さっきはう
まく言えませんでしたけど。)
 
以前の会社はハッキシ言って、本当に自分がしたい職業ではなく、なんとなく親孝行的な意味で入ったんで、
行き詰まった原因の一つかと考えてます。
自分の好きな事をやる。結構大事な事だと思います *だからって借金作ってまで農業やる気はないですが正直

こうやって見ますと改めて皆さん、会社の人付き合いが好きで好きでたまらない、っていう人なんてまず居ない
ここでそれが改めて判りました。皆多かれ少なかれ、自分を奮い立たせて仕事してる訳であって、毎日楽しくて
ストレス0なんて人、まず居ませんよね。居たとしてもその環境が果たして何年続くかって問題な訳です。

とりあえず郵便のバイトは申し込んじゃったんで、要請あればやります。
農業も、現実面との兼ね合いを慎重に考えながら、やっぱまだ視野に入れて置こうと思います。

大分すれてしまい、だごさんとか、そのあたりの方、大分入り辛くなってませんでしょうか?気掛りです。
(言ってませんでしたが自分も2年半、北九州・八幡西区へ出向で1人暮らししてた時期ありました。)

577 :だご:2006/05/20(土) 20:20:29
>>576
ボンチさん、入りにくいなんてそんなことないですよ。
欠かさずロムはさせてもらってます。
まったりした流れもたまにはいいではないですかー

5/11に請求した父方の分が5/15に送られてきました。
戸籍がほぼ移動していないため、全部同じ役所で済んだ上、
高祖父母の上の代の方の名前が5人わかったので満足です。
3日前、町史を注文いたしまして、それが今日届きました。
残念ながらご先祖様のお名前は見つからず。早く現地の図書館に足を運びたいものです。
しかし、その町史から極貧農民であったのではないかと推測され
(ご先祖様、違ってたらすみません)
村で細々と、しかし力強く生きてきた先代の方々に胸が熱くなりました。
子孫も貧しいけど力強く生きていくぞっ!

あとは母方の謄本待ちです。

578 :ボンチ:2006/05/20(土) 20:44:02
恐縮ですが行動報告をさせて下さい。

先日、17太三郎の実父:孫七の”除籍なし通知書”が届きました。
「保存が無い為交付は出来ない」との旨の内容でした。
ここに”保存が無い”とは、廃棄したから無いのか?
あるいは廃棄していないが、元々作られていないから保存が無いのか?
お手数ですが再度分かり易く書いてくれと、無理無理お願いしました。
(電話では80年廃棄していないのは、大方判明済みなのですが。)

それと、1(実高祖父)の旧本籍地の”番地”が通知書に記載されていました。
もう出ないので番地が判ったところで意味無いのかもしれませんが、少しラッキ
ーな感じもしました。


579 :ボンチ:2006/05/20(土) 20:48:40
だごさん、高祖父母の上の名前が一挙に5人も判ったとは凄いですね。

580 :やすべぇ:2006/05/20(土) 23:56:25
>>548の続きですが、今日、返事が来ました。
やはり廃棄証明でした。無念・・・

>>559
造り酒屋さん、私は曾祖父17の名前を市史に見つけました。
街道沿いにできた商人街の歴史に関する記述の中で地図が掲載され、
その地図の中に小さく曾祖父の名が出ていました。

>>568
先祖と子孫が長い時を越え、出会った瞬間ですね。

>>570
昭和46年は確かに早いですね。
私も、自分が生まれる13年前に廃棄されたものがあります。

>>577
母方も合わせると、もっと増えそうですね<高祖父母の上の代

>>578
>廃棄していないが、元々作られていないから保存が無いのか?
廃棄証明が出なかったのなら、除籍は最初からなかった、という感じもするし、
番地も新たに分かったとなると、廃棄された記録が残っていたという感じもするし。
回答待ちですね。

581 :先祖マニア:2006/05/21(日) 00:30:28
ボンチさんへ
このスレでどんどん思いの吐露をすればいいです
人生相談も含めたスレです、人はそんなに強くはありません、しかし
一人でも生きては行かれないのです。先祖を探すのは孤独なことでややもすれば
一番身近の人の反発や友人からの無理解など多々ありますが、このスレの住人という仲間が
います。たとえ2CHでも誠実な態度や文章があればみなさんどのような人物かは理解してくれますよ

私も新入社員の時にはかなりキツイ先輩がいて言っていることが理解できなくて
苦労した経験があります、そのほかにも人間関係で壁にぶち当たったことも無数にあります
でも逃げなくて乗り越えてきました、その代償に31歳ですが白髪が多いです

先祖調査でかなりポジティブに行動できるんだから、仕事でもポジティブにできると思いますよ
困ったらまた相談に乗ってもらえばいいのですから。

しかし558さんと565さんのアドバイスは的確ですね
これもボンチさんの事を心配して言った言葉でしょうね




582 :先祖マニア:2006/05/21(日) 00:42:04
ちなみに私の父親も早期リタイヤで田舎の土地で趣味で野菜や果物を作っていますが
それでも初期投資に数百万円投資したらしいです。お母さんには怖くて言えんわと言ってました

父親は農業高校出身ですのでかなり詳しいですが、それでもなかなか思いどうりには行かないらしいです
父親はブラジル移民で10年間行って現地で何十ヘクタールという広さでトマトやキュウリなどを作っていました
母親と現地で結婚しています
ブラジルで生まれていればアントニオだったらしいですが・・・

文章からするに50〜60代の人はUターンで帰ってきて趣味で家庭菜園程度にやろうとしてませんか?
30代の人は親からの土地がありまわりに詳しい人がいるが自分でも知識の習得をするために
あえてプラスα的な感覚で来ているのではと思いました(実際にはすでに農業をしていませんか?)

557さんのいうとおり2年は長いです。この数ヶ月できっちりとしたものを出した方がいいですね
人間は安きに流されやすいものです、そのうちそのうちと思ってたらいつかその深みから抜け出せなくなります

今度は自分がしたい(興味のある)職業について思う存分働いたらどうですか?



583 :先祖マニア:2006/05/21(日) 00:47:40
>>577

今から更に上がいけないかの精査段階になりましたね
母親も同じ地域ならこれほど短時間で高祖父母が見つかったのは恐らく最短ですよ

ただよくよく戸籍は見たほうがいいですよ、私やボンチさんやすべぇさんのように
見逃す、またはもうこれ以上はないと思うその思い込みなど

5代前でも32人のうち半分は見つかりそうですが
ちなみにだごさんは何歳なんですか?

>子孫も貧しいけど力強く生きていくぞっ!

この言葉かなりいいです!!

584 :先祖マニア:2006/05/21(日) 00:52:08
>>578

>それと、1(実高祖父)の旧本籍地の”番地”が通知書に記載されていました。
もう出ないので番地が判ったところで意味無いのかもしれませんが、少しラッキ
ーな感じもしました。

これって昔は戸籍として存在していたが破棄したということではないのでしょうか?
番地から戸籍はもうだめかも知れませんが、旧土地台帳で番地を調べてみるとかはできそうですね
というか実家系も家がどこにあるか分かるんなら話しを聞きに行けばと思います
お寺に電話した勇気があるなら、お宅にも電話できそうな気がします
遠縁に行くアプローチはまた別の機会に



585 :先祖マニア:2006/05/21(日) 00:57:25
>>568

墓掃除お疲れさまでした
今度行く時は本格的に色々な掃除道具を持っていくのと
線香やお水、花も容易していったらどうですか?
付属で草がボーボーなら鎌なども
ここできれいにすると心が洗われますよ、また画像送ってください
ちなみに墓の先祖は9太郎右エ門 の親とか祖父なのでしょうか?
お寺に行く時にはこの墓の情報を全て持って行った方がいいですよ
そうすればお寺の人との話もスムーズです
まず石に彫っていた文字をお寺さんに見てもらって過去帳と該当するか聞いてみる
プライバシーに関わる問題なのでこちからか全て教えてくれとはいいにくいですが
情報を持っていけば相手も方もそれを調べてくれるのでは?

586 :ボンチ:2006/05/21(日) 08:27:23
>>580 >>585 後で気が付いたのですが、1高祖父の除籍の住所ではなくて、その
息子の住所でした。勘違いしてて済みません。 
 結局役所は、”廃棄する前”の謄本の住所を書いてくれたのではなく、ただ単に
「前回送った1の息子の除籍(住所)以上の謄本は、作られていから出せない」
ただそれだけの内容だった事に後から気が付きました。(ここは80年廃棄してない) 

 皆様が「仕事と趣味は別 食っていくための仕事確保をシビアに、第一に考えろ」
と御教示して下さっている事をヒシヒシと感じました。
でもまだいけるんじゃないか、と思っている自分が居るようなので、年齢も迫ってるし、
 やはり一番良いのは、すぐプロ農家にバイトにでも行って、辛さや現実面をもっとシビアに
肌で感じて話を生できいちゃって、半年位やってみて夢が覚めるならそれでいいかな?
とも考えました。

587 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 09:13:24
>>586
>やはり一番良いのは、すぐプロ農家にバイトにでも行って、辛さや現実面をもっとシビアに
>肌で感じて話を生できいちゃって、半年位やってみて夢が覚めるならそれでいいかな?
>とも考えました。

そうですね。
やはり一刻も早くその業界に入ってどんなものかぶつかって見るのが一番だと思います。
やってみないと判らない事って沢山あると思うし。
そこでとことんまで情報を得たら納得して次に進めるんじゃないのかな。
迷っているのが一番良くないかな。

588 :だご:2006/05/21(日) 16:33:42
>>579
親族が殆どその土地から動いていないからでしょうね。
しかし其の先は足で調べるしかないです。

>>580
母方は田舎に誰も残ってなく、情報もないためどうなることやら見当もつきませぬ。

>>583
実は3と7の除籍謄本を問い合わせているところです。
私は今年で四十路になります。
ちなみに高祖父の一人は文政11年生でした。

テンプレに名前を当て嵌めてじーっとながめていると
自分がここにいるのがホントに偶然以外の何物でもないって気がします。
お恥ずかしながら最初は何某一族の末裔と繋がってたら面白いなって
不埒な動機で始めたんですが、そんなのどうだってよくなりますね。
極貧農家で頑張ってきた先祖に感謝と敬意の気持でいっぱいです。




589 :ボンチ:2006/05/21(日) 16:38:17
>今度行く時は線香やお水、花も容易していったらどうですか?
>ちなみに墓の先祖は9太郎右エ門 の親とか祖父なのでしょうか?

例の農業研修の行き帰りにあるので、今度線香など持参で行きたいと思います。
左側面に「施主○○太郎右エ門」とあります。
  もし「俗名○○太郎右エ門」だったら良かったんですが。
代わりに「俗名○○半次郎」  と新しい名前が出てきました(太郎右エ門の父?兄?) 


590 ::2006/05/21(日) 16:56:50
>>574 ボンチさん
>>580 やすべぇさん

ありがとうございます。
やっぱり早いですよね。
6高祖母の村は今回請求した町の隣町でした。
なので、再請求が始まるのはさらに後になりそうです。

皆様にも見ていただきたい画像なんかもあるのですが、UPの仕方が今ひとつ要領を得ておりません。
PASSは設定しない方がいいんでしたっけ?
苗字出てても大丈夫でしょうか?
(現在の私の苗字ではないのですが)


591 :ボンチ:2006/05/21(日) 17:12:46
>PASSは設定しない方がいいんでしたっけ?
設定しない方がやり易いですよ(別に設定しなくても問題ないと思う)
ファイル名は、当たり障りのない物にした方が良いですよ。
現在の苗字と関係無いなら、出ても大丈夫ではないでしょうか?


592 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 17:13:28
苗字は気になるなら消しては。
PASSは設定してOK,そんでここにだけPASSを公開したら良い。
一度UPして変だったらやり直したらいいよ。

一応
>>1
を確認してみてね。

593 :ボンチ:2006/05/21(日) 17:18:34
>極貧農家で頑張ってきた先祖に感謝と敬意の気持でいっぱいです。
私も時々「高祖父が段々畑で年貢に苦しみながら、ギリギリの生活してきて今の
自分まで繋がっているんだなあ」と。
「天保の飢饉で子供の頃は毎日腹ペコだったんだろうな」と想像してます。


594 :だご:2006/05/21(日) 17:25:45
そうそう!
ボンチさんもご先祖様に負けず逞しく生き抜いていこうね!

595 ::2006/05/21(日) 18:30:46
画像、UPしてきました。
前戸主の欄に妙な文字があります。
http://www.uploda.org/uporg396623.jpg

もう一個。
>>200>>208あたりで話題にしたものです。
http://www.uploda.org/uporg396626.jpg

特に最初の文字についてわかる方、もしいらっしゃるとありがたいです。



596 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 18:43:53
>>595
最初は「亡」?

もう一つは何で紙貼ったか判らないね〜
役場の人に直接聞いてみるのが良いかと

597 :先祖マニア:2006/05/21(日) 18:44:29
>>589

>左側面に「施主○○太郎右エ門」とあります。
  もし「俗名○○太郎右エ門」だったら良かったんですが。
代わりに「俗名○○半次郎」  と新しい名前が出てきました(太郎右エ門の父?兄?) 

施主はだいたい息子がやるので
半次郎の子供が太郎右エ門でしょう また 兄かも知れませんが 
普通ならやはり半次郎の子供が太郎エ衛門でしょうね


598 :先祖マニア:2006/05/21(日) 18:44:59
太郎エ衛門 ×
太郎右エ門 ○

599 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 19:09:45
>>595

「亡」

「不詳」
喜八さんにとって、好ましくない状況だった場合に
あえてそうする


600 :ボンチ:2006/05/21(日) 19:52:33
>普通ならやはり半次郎の子供が太郎エ衛門でしょうね
有難う御座います。(まだ断定出来ないが嬉しい。) 

>「不詳」始めて目にしました。


601 :ボンチ:2006/05/21(日) 20:07:13
>>596 一枚目 私には「凶」に見えます。
藤さん。どうしても知りたいですか?

602 :ボンチ:2006/05/21(日) 20:19:31
いや、「歴史企画研究」さんのサイトで教えてくれるんじゃないかと。

603 :だご:2006/05/21(日) 20:30:38
>>595
私の手元に同じフォーマットの謄本が2組あるのですが
どちらもきっちり「亡父」と書いてあるんですよね。。。
もしかすると「継」の略字???

604 :先祖マニア:2006/05/21(日) 20:52:35
私も初めは養父の『養』だと思ったのですが、例えばその地方独特の簡易文字とか
かなと でもよくよく考えると 養子の場合は長男とはつけないと思うのですよね
今までの戸籍で養父の場合で長男とかの記載は無かったものですから
だからどうなんですかね?

不詳の場合は戸籍に不詳と記載していますがひょっとしたらそこの役場の
担当者がこれはヤバイと勘違いして勝手に消したのかも知れませんね

だから藤さんは役場に尋ねてみればどうですか?
これって実は不詳ってことですか?
不詳は別に消さなくてもいいんですよって!

でも母親不詳の意味が分かりませんのでう〜んです
(普通私生児場合は母親の戸籍に入籍するので、父親の欄が不詳はありますが
母親の欄が空白は初めて見ました)

 

605 :先祖マニア:2006/05/21(日) 20:55:57
この○父小島善七の戸籍は入手可能ですか?
戸主小島金右が嘉永4年=1851年ならば
父親が1821年 明治19年で65歳 あ〜微妙ですね

606 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 21:03:49
>>595
「亡」ですよ。
それ以外にあり得ませんから、ご安心下さい。

607 ::2006/05/21(日) 21:23:28
みなさん、ありがとうございます。

>>596さん、>>599さん
「亡」ですかね。
>>599さんの言う「好ましくない状況」というのが今ひとつ思い浮かびませんが…。

>>601 ボンチさん
「凶」ですか。私も最初に見たときは「区」かと思いました。
でも、「区父」だと意味が通らないですね。
もちろん知りたいです。

>>603 だごさん
「継」の略ですか。そこまでは考えつきませんでした。
継父ならば継父になる対象がいるわけですよね?
長男が対象?なのでしょうか。

>>604->>605 先祖マニアさん
本当に、母親不詳の意味が判りません。
これについては役所をつついてみます。
喜八さんの除籍が取れるかは、やってみないとわかりませんが。

残念ながら、小島善七が戸主の戸籍は廃棄証明が出ています。
昭和46年に廃棄されているので、相当早い時期に亡くなるなどしているのでしょう。
金右の妻の実家の方にはこの親子関係がどう書かれているのか、気になります。



 



608 :造り酒屋:2006/05/21(日) 21:24:36
これかなー、と思うのですが。

http://en.wiktionary.org/wiki/%E4%BA%BE

hとらなくてもいいですか?

609 :造り酒屋:2006/05/21(日) 21:27:45
すみません、変なサイトで。

下の方に、Japanese kanjiというところをクリックすると
ぼう、とか、なくなる、とか書いてあるんですけど。


610 :先祖マニア:2006/05/21(日) 21:29:53
>>608

すばらしい これです 絶対これです!!!
ナイスフォロー ビックリしました

どう思いますか 藤さん?

ちなみにhはとらなくていいです



611 :先祖マニア:2006/05/21(日) 21:35:41
>残念ながら、小島善七が戸主の戸籍は廃棄証明が出ています。
昭和46年に廃棄されているので、相当早い時期に亡くなるなどしているのでしょう。
金右の妻の実家の方にはこの親子関係がどう書かれているのか、気になります。


これが疑問なんですよね

確かに昭和46年=1971 
1971−81=1890年  (80年破棄は81年後に破棄されるので)
つまり明治23年に全て除籍になったものが破棄されます

また明治19年戸籍の件ですがきっかり明治19年に作成ではないのではないでしょうか?
明治22〜23年頃に全国でやっと明治19年戸籍ができたと私は認識しています
(どこからのサイトにありました)

なのでこの80年破棄が疑問に思うのですよね
ひょっとして壬申戸籍を破棄したことを記載しているのでしょうか?
確か壬申戸籍は昭和43年くらいでしたよね、そのことをいってるのかなって
思いました(役場が)
 


612 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 21:45:24
>>607
>「好ましくない状況」というのが今ひとつ思い浮かびませんが…。

私が、あなたのご先祖を指して、郷に帰したくらいの嫁だった、なんて
いきなり言えないでしょうに。
乳の出が悪い、あまり働かない、義父母を大切にできないなど様々ですが、
現代ではピンとこないレベルだったりも少なくありません。
ただ、伊藤家には名前を残す必要のない人という判断でしょう。
これが現代では、女性軽視・蔑視と判断されているのだと思います。

613 :ボンチ:2006/05/21(日) 21:57:23
>意味が通らないですね。 
全く意味が通らない。色々考えましたが100%「亡」ですね。

614 :先祖マニア:2006/05/21(日) 22:14:49
>>612

それは家の都合であり、戸籍には関係ないことだと思うのですが
戦前の家というものはそのようなものであり、別に珍しくはないのですが
一旦戸籍に記載された事実を紙で書くしていることは腑に落ちません

第一に伊藤家の人間が郷に返してもそれは戸籍上ただの離婚であってあのような
事にはならないと思うんですよね(たとえ親族が婚姻の事実を消してくれといっても役場が相手にしないと思います)

第二に戸籍の記載ミスを考えたのですがその場合は二重線で訂正されるので
間違いが分かります

なのであの戸籍には明らかに作為的なものが感じられるのですが
私の推測では未熟な戸籍担当者が『不詳』 『男』 これってヤバイいんじゃないの?
とりあえず紙で隠しとけみたいに感じたのですが
本当に初めから隠しているのなら明治19年戸籍の族称みたいに全く初めから
分からないレベルで消すと思うんですよね

この戸籍上から紙で覆い見えないようにしただけですってのがありありと感じるので

どう思いますか?


615 :やすべぇ:2006/05/21(日) 22:24:51
>>595
造り酒屋さんのフォローどおり「亡」です。
私の曾祖父23の除籍では、死んだ高祖父を表すのに
例の字と「亡」とが混在しています。

>>607 >>611
昭和36年に50年廃棄から80年廃棄に改正されたはずなので、
確かに早すぎますよね。
壬申戸籍って可能性はありそう。
昭和46年に廃棄された戸籍は何年に除籍されたものでしょうか?
(あるいは、跡取りが家督相続したのは何年でしょうか?)

>>607
母親欄の「不詳」の件について、
話は少し外れますが、棄児(捨て子)の戸籍の場合、
古くは、生年月日に「推定」の文字が付されたり、
父欄、母欄に「不詳」の文字が書かれたりすることがあり、
将来的に好ましくないことがある、ということで、
昭和27年の通達で、「推定」の文字はつけない、
「不詳」の文字は消して空欄とする、とされました。
これと軌を一にして母欄のみ不詳と記載されていた場合も空欄とされたのでは。
なんにしても、明治19年戸籍に母親欄がなかったことの影響はいろいろありますよね。

ところで、族称が記載されていたと思しき箇所も紙で隠されたようになっていますか?


616 :ボンチ:2006/05/21(日) 22:29:50
度々済みません。
9,10、11、12高祖父母の末裔の方々、及び古文書提供者へ手紙を出し始めました。
誤解を招かないように、また出来るだけ快く協力が得られるようにしたいので、
添付資料を沢山付けました。
・図書館で得た、先祖の名前が載っているページのコピー
・現状出来ているところまでの家系図(手書きで汚いですが。)
・自分と、調べたい先祖との繋がり(謄本のコピー)
・履歴書
・免許書コピー(一応悪用防止に、割線などマジックで付けて置きました。)
本文は、テンプレを参考にさせて頂き、中の構成は自分なりにアレンジして書き上げました。

正直、今まで少し腰が重かったのですが、いざやって見ると、とても大変でしたよ。
今クリアーブックを10冊に分けて整理してるんですが(父方4冊、母方4冊+謄本原本用2冊)
どこに何を入れたか、ちゃんとしておかなかったばかりに、探し出すのに苦労してしまいました。
何回もコンビニへコピーしに行ったり、コピー代もバカになりません(会社で出来る方は良いですね)


617 ::2006/05/21(日) 22:57:46
>>608 造り酒屋さん
おそらく、この字ですね。
ちょっとくせのある書き方で×のようになってしまったのだと思います。
見つけてきてくださってありがとうございます。

>>611>>614 先祖マニアさん
父方で天保4年の記載があるものまで出てますから、
正直な話、もうちょっと出ると思っていました。
今回は父方とは違う自治体ですが、廃棄証明が出たことで何となく納得しようとしていました。

>>615 やすべぇさん
>昭和46年に廃棄された戸籍は何年に除籍されたものでしょうか?
(あるいは、跡取りが家督相続したのは何年でしょうか?)

残念ながら、判りません。
証明書には本籍と戸主名、それと廃棄した年月日しか入っていません。
跡取りが相続した年も入っておらず、跡取りが死亡した年月日のみです。

族称が記載されていたと思しき箇所とは、名前のすぐ下あたりでよろしいでしょうか?





618 :やすべぇ:2006/05/21(日) 23:01:17
一つ質問なのですが、廃棄証明に書いてある主な事項って、
本籍、戸主、廃棄年月日、発行年月日、市区町村長名くらいで、
除籍年月日までは書いてないですか?
聞いたら、教えてもらえるものでしょうか?<除籍年月日

そういえば、>>580で書いた廃棄証明ですが、
2つ頼んだうち、1つしか届いていませんでした。
日曜開庁していたので、電話で質問したら、
手違いで調べてもいなかったとのこと。
その程度の注意力しか払ってもらえない程のものなのでしょうか・・・

619 :先祖マニア:2006/05/21(日) 23:18:33
http://www.imgup.org/iup210456.jpg
>>618

やすべぇの廃棄証明ってどんなのでした
私のはこんなのです

めちゃめちゃ簡単なのですが・・・・



620 :先祖マニア:2006/05/21(日) 23:28:19
http://www.uploda.org/uporg396966.jpg
>>615

>母親欄の「不詳」の件について、
話は少し外れますが、棄児(捨て子)の戸籍の場合、
古くは、生年月日に「推定」の文字が付されたり、
父欄、母欄に「不詳」の文字が書かれたりすることがあり、
将来的に好ましくないことがある、ということで、
昭和27年の通達で、「推定」の文字はつけない、
「不詳」の文字は消して空欄とする、とされました。
これと軌を一にして母欄のみ不詳と記載されていた場合も空欄とされたのでは。
なんにしても、明治19年戸籍に母親欄がなかったことの影響はいろいろありますよね

勉強になりました
私も勘違いしてました
氏不詳はありましたが 不詳ってのは無かったです
あ〜明治19年戸籍に母親名の欄があればどれだけ楽だったことか

>>616
おおすばらしい行動力 ボンチさんはスゲー行動力ありますよこの短期間にこれだけやるなんて
この勢いでどんどん行きましょう!!!

ちなみに手紙を出して返信が無くてもショボーンとしては駄目ですよ
それから10日くらいたったら直接電話してください
家からはまずいかな?

621 :やすべぇ:2006/05/21(日) 23:31:32
>>617
あぁ、私の高祖父5も相続年月日が分からないんですよね。

族称は、例えば、「明治○年▽月×日・・郡○○町  ×田○太郎次女入籍ス」
という記載で、本籍と名前との間に不自然に空いている空欄部分に書かれていました。
この部分も紙で隠されたようになっているのかどうか、気になったのですが。

>>619
かなり簡素ですね。
廃棄証明のフォーマットって、自治体ごとに違うのかもしれませんね。
私のやつは、

「証明書

除籍の表示 (本籍)
戸主 (戸主名)

上記の除籍は、保存期間が経過したため、平成○年1月1日廃棄済である。

平成18年5月18日

  ○○市長 (市長名)(印章)」

という感じです。

622 :ボンチ:2006/05/21(日) 23:44:38
>>618 自分の例で良いですか。 除籍年月日は書いてません。 1枚だけ持ってる。
やすべぇさんの言われた項目+「事由」が書いてあるのみです。
 今度自分も試しに、除籍年月日を聞いてみたいと思います。

623 :先祖マニア:2006/05/21(日) 23:52:10
http://www.imgup.org/iup210483.jpg

>>617
族称が記載されていたと思しき箇所とは、名前のすぐ下あたりでよろしいでしょうか?

赤の部分と青の部分に族称が記されていました




624 :先祖マニア:2006/05/22(月) 00:02:23
http://www.imgup.org/iup210491.jpg

ちなみにこれが族称のある戸籍です
赤と青の部分に族称があるでしょう

この戸籍は伯父の家にあったものをコピーしたものですが
発行が昭和43年1月23日です

ぎりぎりセーフです今から40年くらい前なため印刷がジアゾ複写になっています
(青いやつ)
なので見えにくいですがこんな感じだったんですね、自分もこの戸籍を見なかったら
空白なんてなんにも考えなかったです。



625 ::2006/05/22(月) 00:07:10
>>620
氏不詳なんてあるんですね。驚きました。

>>622
確かにその部分はぽっかり空いてますね。
こんな感じで。
http://www.uploda.org/uporg397031.jpg

626 :先祖マニア:2006/05/22(月) 00:10:23
UP見る限り罫線が消えているので慌てて上から消しました的な戸籍ですね

本当なら罫線は消さないですから

これは重要なつつきのところですよ
今度役場に聞く機会があれば突っ込みまくってください


627 :やすべぇ:2006/05/22(月) 00:24:51
>>625
隠された部分の輪郭がなんとなく直線的な感じがするので、
紙で隠したって感じがしますね。

628 :ボンチ:2006/05/22(月) 16:08:31
今日は〜。ハイペースでやってるボンチです。今日始めてお寺訪問をしてきました。

スーツ着用で10分前に現地着いて、5分前に電話入れて、それから対面しました。
菓子折りまで買って行ってしまいました。

まず身分証明から説明しまして、色々資料を見せていったのですけど、家系図は結構
関心持って見てくれましたよ。効果あると思います。 
残念だったのは、石の戒名から人物名を割り出すのは難しいとのことです。
(私が今まで思ってたのは、寺なんだから戒名さえ判れば帳面見れば、すぐ名前が出
てくるようなイメージ持ってたんですけど。)
 
なにやら、没年さえ判れば、名前を探すのは比較的簡単だ、と話されてました。要は
過去帳というものは、飽くまで見出しが没年になってる帳面であるので、没年が判れ
ばすぐ実名や戒名は割り出せるけど、先に戒名を出されて、そこから名前とか没年を
見てくれと言われても、ちょっと」という感じ)

お布施も持って行きました。(中は伊藤さん約1枚にとどめました。)これは良かったと
思ってます。 大分首ひねっておられましたが、「うーん。じゃあ、1週間後、電話して
欲しい。調べておくから。 忘れてるかもしれないので電話下さい。」という感じで終わ
りました。

実は最近デジカメを紛失しまして、墓石の図を手書きで書いたものを、予め坊さん用にと
用意しておいたんですが、これも助かりました。 その紙を見ながら調べるとの事です。
それと、「和暦を西暦に変換したい」と言出だしたのですが、変換表も持っておいて正解
でした。更に出来れば”干支(えと)順意表”(良く墓石の年の一字上辺りに「丙寅」と
か彫ってありますよね?あれの60通りの組み合わせ表)も持っておいた方が良いみたい
でした。まあお坊さんの手を患わせない為だけになんですが。

今回の訪問で恐らく10高祖母の名が判明する可能性が出てきました。(施主が11太郎
右エ門になってる石の戒名の女性が、10高祖母と思われるのです。)
(チラ裏ですがハローワーク農業求人殆どゼロでした。どうしましょ)

629 :ボンチ:2006/05/22(月) 16:27:05
施主が11太郎右エ門 X
施主が 9太郎右エ門 ○

630 :ボンチ:2006/05/22(月) 18:40:56
間違いもう一個 >お布施 中は伊藤さん約1枚 X
        >お布施 中は福沢さん約1枚 ○
伊藤さんて、何時の時代やねん と言われてしまいますね。しかも1000円


631 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 19:34:39


●朝鮮(半島)人が好んで付ける通名一覧============================

愛川 愛田 青木 青山 秋月 秋本 秋山 朝田 朝本 朝山 新井(荒井・新居)
池田 池山 岩本 宇田 大東 大山 
金井 金海 金沢 金月 金山 金石 金子 金田 金原 金光 金村 金本 春日
河村 川村 木田 木戸 木下 北川 北原 北村 北山 栗山 呉 呉田 呉本 権田 権藤
真田 茂原 茂山(重山) 白井 白田 白山 神農 菅原 杉原 杉本 杉山 
田中 高井 高岡 高野 高原 高本 高山 竹本 竹山 立川 立木 立山 谷口 谷山 玉山
千葉 月田 月本 月山 徳原 徳本 徳山 豊田 豊原 中川 中本 中村 成田 成本 成山
新山 新田 野口 林 張本 平田 平原 平山 福山 星川 星田 星本 星山 真山 前田 
益山 松岡 松原 松山 美川 美村 三山 美山 水原 水山 光井(満井) 光川 光田(満田)
光本 光山 南 宮原 宮本 村田 安井(保井) 安田 安原 安本 山口 山田 山本 和田
夏原 夏山 柳井 柳本 柳

・この一覧は「好み」「傾向」を示したもので、一部を除いてはこのまま朝鮮(半島)人の
 苗字と言うものではない。ただ、「金」「月」「星」がつくのが多いのは否めない。
・左右対称(シンメトリー)・表裏同一の文字を好む傾向あり。
・苗字では、金、月、白、星、原、成、光、山などを好む。
・名前には、旭、昌、性、植、仁などを好む。性や旭、植、柱が付けば100%間違いなし。
 例:益山性旭・宇田東植(以上、野球選手) 、金子柱憲(ゴルフ)
・池田、河村、田中、谷口、中川、中村、林、平田、前田、南、宮原、宮本、山口、山田、山本、和田
 などはほとんどが日本人なので注意。
・民族性を残す輩(金田・金村など)と、それを隠して日本人になりすますタイプ(田中・山本など)
 とに分かれる。
・命名に際しては、朝鮮(半島)人同士には同一民族であることが判るウラがあるようだ。
・ほかに見つけた人は書き込んでほしい。


632 :やすべぇ:2006/05/22(月) 21:28:43
>>628
おぉ〜、早速ですね。
服装、菓子折りを初め、系図や和暦・西暦変換表などなど
ものすごく参考になります。
十干十二支は・・・壬申くらいしか分かりません。

>>630
おかしいと思ったんですよ。
伊藤さんだからご住職が首をひねっていたのかと
一瞬読んでしまいました・・・(すいません)

とにかく、返事が楽しみですね。

633 :ボンチ:2006/05/22(月) 21:43:56
やすべぇさん。良かったです結果報告できて。
「中が伊藤さんだから住職が首をひねった」で充分意味が繋がって面白い文になってしまいますね。
でも金額は正確に書き直そうと思いました。
「住職が首をひねっていた」のは、「過去帳を見ても分かりそうにねーな〜」と言った顔をしていた
と言いたかったのでした。


634 :先祖マニア:2006/05/22(月) 21:46:16
>>628

お墓には没年は彫っていませんでしたか?
彫っていても磨耗して読めないのかな

お寺の和尚さんは忘れそうですね
施主が 9太郎右エ門ならばその墓は親でしょう、だったら墓は10高祖母
ではなくて 太郎右エ門の両親になりませんか?



635 :先祖マニア:2006/05/22(月) 21:47:38
昔の過去帳は苗字のかわりに屋号で記されているものあります
屋号は分かりませんか?



636 ::2006/05/22(月) 22:03:03
>>625>>626
別の箇所も似たようなところがありますので、つっこみどころは満載ですね。
他の自治体ではこんなことなかったので、やはり戸籍担当者の未熟さゆえでしょうか。

>>630
そのお札は見たことないかも…いや、記憶にないだけか。


今日、8高祖母の実家の除籍謄本を請求しました。
(一回離婚して、戻ってきた時の記載に母親の名前が入っていた人です)
さて、どれだけいただけるか楽しみです。
今回はつっこみどころはないと信じたいですけど。



637 :ボンチ:2006/05/22(月) 22:12:40
先祖マニアさん。
墓石は全部で4個ありました。その全てに、没年は彫られていました。
(一つの石に男女各1名ずつが彫られた石においても全て)
墓石4個中、3個はまともに読めました。没年が。
でも、他の石は、豪華に名前付きだったんです。(4個中2個は名前付き)
だからその2名は、名前・戒名・没年がセットで判明済みな訳ですが、
しかし、その2名と太郎右エ門との関係は、これから調べる、もしくは、お寺で
来週分かったよ」と言ってくれればラッキーですが。

>だったら墓は10高祖母
ではなくて 太郎右エ門の両親になりませんか?
ああそうか。そういえば前回、ご教示下さっていましたね。
・・改めて年代チェックしてみましたが、やはりご指摘どうり、9太郎右エ門
の母の可能性が強いですね。
 実は太郎右エ門の名が市史に、苗字付きで載っていて、それと付き合わせると
これは母親っぽいですねどうも。

>屋号は分かりませんか?
屋号は、今のところ分かりません。これから調べることにします。



638 :ボンチ:2006/05/22(月) 22:14:28
あと、ややこしいのですが、ペアで彫られているのもあるので、墓石は全部で4っ
でしたけど、人物は総計7名と言う形になってます。 補足でした。

639 :先祖マニア:2006/05/22(月) 22:34:18
>墓石は全部で4個ありました。その全てに、没年は彫られていました
だったら没年は判明しているということですよね?

お寺には判明した情報を全て知らせましたか?

屋号は一番いいのは母親に聞くのがベストですが(自分の実家の屋号ですから)
ちょっと聞けないですよね

640 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 22:35:06
>>637
判りにくいので、墓にあった情報を全部書き込んで貰えないかな?
例)
墓1:戒名・俗名・没年・享年など
墓2:戒名・俗名・没年・享年など 
墓3;戒名・俗名・没年・享年など
墓4:戒名・俗名・没年・享年など   

641 :先祖マニア:2006/05/22(月) 23:01:59
http://www.imgup.org/iup210859.jpg

元号、干支、西暦対応表です。
10年位前に作成しました

墓に行く時には便利です

642 :ボンチ:2006/05/22(月) 23:05:53
>だったら没年は判明しているということですよね?
7名とも没年は全部彫られていますが2名は一部没年が読み取れません。 
7名中5名は没年の文字が全て読み取れます。没年が全て読み取れる5名のうち、更に名前
も書いてある物が2つです。(つまり没年・戒名・名前3点セットが7名中2名です。)

・・と言うことは、今名前が掘られて無いけど、没年から名前を割り出してもらえるチャンスの
ある人が、7名中全部で3名いるという話になってきますね。でも今日、寺で言われたのは
「恐らく分かるるのはこの人だけ」それが先に議題に上げました9太郎右エ門の「母」とお
ぼしき女性戒名の主です。

では先程、何故、名前割り出しのチャンスがある残りの2名について書き込みしなかったのかと
言いますと、住職さんが「多分分からない」と言ってたのがイメージに残ってて、何か私も
「もう分からないだろう」的な気持ちになりかけてました。
それはそうとしても、太郎右エ門の母と思しき人物よりも更に古い没年が彫られてる2名で
すから、情報源としては大事にしなくてはならないものですね。
(ただ現状は、お寺に調べてもらう以外に道が無いんじゃないかと思っています。)

>お寺には判明した情報を全て知らせましたか?
一つ気がかりなのは、9太郎右エ門の息子21豊吉が、夜逃げして町を出てるんです
が、出先の村の、同じ宗派の寺に今墓があるんですが、その戒名も教えておいた方が
良かったのかな?とは思っています。同じ宗派ってことで。

>屋号は一番いいのは母親に聞くのがベストですが(自分の実家の屋号ですから)
ちょっと聞けないですよね
勇気を出して聞いてみました。ないとのことです。





643 :ボンチ:2006/05/22(月) 23:41:02
墓1 慶然曲因善女  /俗名:彫なし /没年:安政3年 4月26日(1856) /施主:太郎右エ門
墓2 高雲貞照信女  /俗名:彫なし /没年:嘉永5年 6月14日(1852)
墓3 秀岳○○大信士 /俗名:半次郎 /没年:文久2年 9月10日(1862) 
墓4 雪村金徹禅定門 /俗名:彫なし /没年:安永○年12月10日(177?)
墓5 岸休竹○定門  /俗名:彫なし /没年:○○○年 9月15日(1???)  
墓6 ○慶山普観善男 /俗名:彫なし /没年:文政8年12月14日(1825) /施主:半治良 
墓7 秋岩妙月善女  /俗名:彫なし /没年:文政7年 8月29日(1824)

済みません。本人として名前が彫られているのは結局1名のみで、2名は施主として彫られていました。
「半次郎」「半治良」    

644 :先祖マニア:2006/05/22(月) 23:42:33
>没年から名前を割り出してもらえるチャンスのある人が、7名中全部で3名いるという話になってきますね

いいえ 7人中7人ということです
ボンチさんの感覚ではむちゃくちゃ昔だと思っていると思いますがそんな昔ではありません

21 豊吉さんが明治元年生まれ=1868なら9 太郎右衛門さんは1840年

その上で1810年です そうなると1810〜1870年
更にその上で  1780〜1840年位です 1840年天保ですよ

戸籍に記載されている位の年代に亡くなった人物です(ちょうど太郎右衛門が生まれた頃)
火事で焼けていないお寺なら天保更には文化文政くらいならしっかりと書き写しているのでは
ないでしょうか?

また太郎右衛門さんが市史に載っているということなので少しは地域の名士だったのではないかと思いました
そうなると、お寺でも判明する可能性が高いです、 これは今後の調査になりますが

>住職さんが「多分分からない」と言ってたのがイメージに残ってて、何か私も
「もう分からないだろう」的な気持ちになりかけてました

この思い込みが一番危険です、逆にだめもとでも住職さんにこれだけの情報があるのだから
分からないはずがない、絶対に記載されているので何とか探して欲しい!!ので
よろしくお願いします!!位の意気込みで交渉しないと住職さんもろくに調べなくて
やっぱりないです 終わりになりますよ

ちなみに屋号がないとすれば武士の家なんじゃないですか?
江戸時代は苗字が公称できないので必ず屋号かそれに似たものがあったはずです
それがないのなら公称できたと考えて苗字が合ったのではと思います
(だからお墓にも苗字入りのものがあったのかもしれません)まあこれは太郎右衛門さんが明治以降に作られたら
当然苗字もあるんですが。



645 :ボンチ:2006/05/22(月) 23:43:23
「半次郎「半治良」は名前読みが似ています。


646 :先祖マニア:2006/05/22(月) 23:45:59
「半次郎「半治良」は名前読みが似ています。

同一人物です
私の高祖父 戸籍は常次郎 別の直筆には常治郎です

また 郎=良です



647 :先祖マニア:2006/05/22(月) 23:53:20
>>648

どの人物が対になっているのですか?
(同じ墓にはいっているのですか?)


648 :先祖マニア:2006/05/23(火) 00:01:22
岸休竹○定門 雪村金徹禅定門 ○慶山普観善男秀岳○○大信士 (半次郎)太郎右衛門豊吉
?〜1777?〜1825?〜1862?〜19001868〜

秋岩妙月善女慶然曲因善女
?〜1824?〜1856
妻?   高雲貞照信女
?〜1852
妻?

推測してみました


649 :先祖マニア:2006/05/23(火) 00:05:01
1 岸休竹○定門

2 雪村金徹禅定門
?〜1777

3 ○慶山普観善男秋岩妙月善女
?〜1825?〜1824

4 秀岳○○大信士 (半次郎)慶然曲因善女
?〜1862?〜1856
高雲貞照信女
5 太郎右衛門?〜1852
?〜1900

6 豊吉
1868〜

こんな感じで


650 :ボンチ:2006/05/23(火) 00:08:01
>いいえ 7人中7人ということです
思い込みは危ないですね。今後気をつけたいです。

>火事で焼けていないお寺なら天保更には文化文政くらいならしっかりと書き写しているのでは
ないでしょうか?  
一度焼けてると言ってました(年代は聞いてない。 文献でも確認してませんが。)

>この思い込みが一番危険です
今後気をつけたいところであります。

>ちなみに屋号がないとすれば武士の家なんじゃないですか?
母が常日頃「21豊吉は夜逃げした」と語ってましたので、これも思い込みなんですが
「母方先祖は貧しい農民だった」というイメージが自分のなかで固定化されていて、今まで
疑おうともしてこなかんですが、一度調べてみる必要が出てきました。




651 :ボンチ:2006/05/23(火) 00:17:57
>同一人物です
>私の高祖父 戸籍は常次郎 別の直筆には常治郎です
>また 郎=良です
異字同名 私の先祖探しの中で始めて目にしました(何か少し嬉しい)

>どの人物が対になっているのですか?
(同じ墓にはいっているのですか?)
>>643 「墓1」のみ女一名です。(太郎右エ門の母とおぼしき人物)
以下、2・3が対、 4・5が対、 6・7が対 です。

同じ石にペアで彫られているというのは、同じ墓に入っているという意味合いなんですね?
(そんなことも知りませんでした)

>>648
>>649 有難う御座います〜。


652 :先祖マニア:2006/05/23(火) 00:41:51

同じ石にペアで彫られているというのは、同じ墓に入っているという意味合いなんですね?
(そんなことも知りませんでした)

つまり夫婦です



653 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 06:04:30
本家に行ったら本家住んでましたか?なんか家の本家東京に行ったらしく明治期の分家が本家籍に住んでるのですが・・・
なんだかな・・・こういう例って多いのかしら?

654 :だご:2006/05/23(火) 07:51:39
すみません、かなり初歩的な質問です。
昨日母方の祖母の系列の除籍謄本が来ました。一番古いものに

前戸主 亡父○代七

戸主 亡父代七長男
   ○代七
   
と、前戸主、戸主とも同じ名前でした。相続年月日は不詳です。
戸主の名前の書き間違いかとも思ったのですが、
戸主の妻と生まれた年代が近いんです。子供達も代七とその妻との記載です。
ちなみにその戸籍の戸主の長男は戸籍が作成される以前に亡くなっている模様。
父親と長男で同じ名前ってあるのかな?
子供が生まれる前に父親が亡くなっていたとしたら
父親の名前をつけるってありうるのかな?
なんだかすっきりしません。

655 :ボンチ:2006/05/23(火) 08:49:09
>>654 私もまだ初心者でお答え出来なく残念なのですが、私の「1高祖父」の長男の除籍に
於いてもだごさん同様、「父親と息子が同名」になってます。

その除籍の「父」の欄に1高項祖父の名前が「○七」という形で載っているのですが、その
右肩に小さく「亡祖父○七長男」と、親子で同名の形になってす。
(余談ですがここでの「祖父」は、飽くまで「戸主に対しての、祖父、と解釈してます。)


656 :ボンチ:2006/05/23(火) 08:50:33
1高項祖父 X
1高祖父  ○

657 :ボンチ:2006/05/23(火) 10:01:14
>>641 何気なしに出して貰っていますが、これは非常にありがたい表です。

>>653 私の場合、本家には今のところ全て住んでいます(分かっている所は)

658 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 16:39:15
じゃあ和尚に伝えてない情報たくさんあるじゃん。
今からでも伝えては。
二度手間になるよ。

659 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 16:51:00
祖父の改正原戸籍を貰ってきたのですが、作成時にすでに曾祖父が亡くなっていた様で、

×××(住所)○○○(祖父兄名)弟分家届出昭和拾壱年弐月壱拾八日受附

と云う表記になっていました。祖父兄の戸籍に祖父が入っていたと云うことだと思うの
ですが、この場合伯祖父の謄本も取れる物なのでしょうか。


660 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 17:03:58
取れます

661 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 17:11:57
本家の定義ってなんですか?

相続する墓とかを管理する家?

代々の土地を管理する家?

662 :ボンチ:2006/05/23(火) 17:30:37
>じゃあ和尚に伝えてない情報たくさんあるじゃん。今からでも伝えては。二度手間になるよ。

有難う御座います。 先祖マニアさんが洗い出ししてくれたのですが感謝したいです。
自分でも本当のところ、お坊さんにどれだけの情報を伝えられてたのか、自分自身で分
把握しきれてなかった感じがします。
 また、墓石の文字を書き写していただけで、そこから先、情報を整理して関係付けを
する、といった作業を全然しないまま、お寺に行ってしまったのだと気が付きました。

 幸い近場なので助かりますが、明日研修の帰りに寄って見て、他の資料も渡しておき
たい物があるので、そうしたいと思います。(いまから寺に連絡入れるか。)

663 :ボンチ:2006/05/23(火) 18:59:30
>>662 寺に電話「明日資料を持って行きたい」と伝えると、「少し調べた結果慶応4年没
以降の檀家さんの過去帳しか保存されていない」と云われショックでした。
 冷静になり、「9太郎右エ門は推定死亡年齢1900年(明治30年代)までは生存して
いたと考えられ、また市史の「明治5年戸籍簿」に5人家族の戸主として記載されているこ
とより、貴寺の過去帳が保管されている年代に相当するので、太郎右エ門とその妻(と子供
の分のみに関しては100%寺に保管されている裏付けがとれましたので、料金も少し払い
ますから調べていただけませんか」と懇願してみました。
ここで、先祖マニアさんから頂いた「元号・干支・西暦対応表で更に説明に加速を付けるこ
とが出来ました。

市史「明治5年戸籍簿」に「○○太郎右エ門」が載っているページは先日和尚さんも拝見済
みですので、私の説得に納得して頂けまして、来週月曜日に電話入れることで再度持ち直し
となり、有難う御座います。 自分だけで考えていたら、もう和尚さんの言うなりで「あー
そうですか。あーそうですか。では諦めます」で私のパターンだったら終わっていた事と思
います。まだ結果は出ていないにしろ、有難う御座います。 

664 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 19:07:29
>>661基本的に直系子孫では?戸籍も直系で無いと取り寄せられないとか・・・墓の所有者でもあるのでは?


665 :ボンチ:2006/05/23(火) 20:11:58
>>655でだごさんに言いましたが、
>>654 >ちなみにその戸籍の戸主の長男は戸籍が作成される以前に亡くなっている模様。
ここに関しても私の場合も一緒でしたので、一応言ってみようかと思いまして。
ただ、だごさんの場合は「前戸主と戸主」が同名ですけど、私のは「前戸主の父と、前戸主」が同名
です(済みません。私では結論が出ません。)

666 :先祖マニア:2006/05/23(火) 20:29:37
>>654

http://www.geocities.jp/you_funnyara/jinsin2.html
これの一番上の明治19年戸籍を見てください
見えにくい場合は一旦画像を保存してからみる

戸主の父も同じ名前です


http://www.geocities.jp/kirche_7/keizu_urano.htm
こちらの戸主は興平次が代々の名前ですね

江戸時代まではよくあったのではないでしょうか?

667 :先祖マニア:2006/05/23(火) 20:38:15
>>663

そうです
それがいいたっかのです、相手のペースではなく自分の考えを論理的に話して
先方に理解して頂くのが一番確率が高いです

元号・干支・西暦対応表がお役に立てて幸いです

太郎右衛門の代までしかでなくてもこれで後悔はないですね
(慶應年間とはこれまた早い、これは何故なのかも聞いてみてください
火事で消滅なのか破棄なのか?)よくあるのが和尚さんもろくに調べもしないで
手元にある一番古いのを見てああこれが一番古いと言っていないかということです
本当は蔵のなかにあるかもしれないが調べるのがめんどいのでそういっているかもしれない

そこら辺の事情をしっかりと確認する必要がありますね
まあ廃仏毀釈に有った可能性もありますが、これは和尚さんには言わない方がいいでしょう



668 :先祖マニア:2006/05/23(火) 20:40:19
明日行く時は 墓石の情報を全て持っていってください

しかも墓石1は独立 あとは2、3   4,5   6,7が同じ石に入っていると

もし分からなくなったのなら昨日の推測が唯一の証拠になりますね

あとは不明の文字の解読ですね

669 :ボンチ:2006/05/23(火) 20:55:39
>>667
やってきて分かるのですが、「絞込み」が大切かなと。特に過去帳を見せてもらう場合は、
「没年」をどこまで追い込んで話せるか。
あと、お布施を最初に渡してしまうのではなく、まず過去帳が何年まで保管されているのか
簡単に聞きだして、それと自分の探したい先祖が大体いけるかどうか、察知した上で、あと
タイミングを見てから、お布施を渡した方がよいみたいです。

>(慶應年間とはこれまた早い、これは何故なのかも聞いてみてください。
お寺がかなり昔に焼けたと和尚さんが話していましたが、それと過去帳の保管
が慶応までしか無いのとは、別個の要因みたいです。大体雰囲気で察する限り。
(和尚さんは、寺が焼けたから、ない と結びつけて流そうとしてた感あり。)
相対的に、あまり調べる事に積極的に動こうとしてくれない方でした。

自分から、「絶対この年代ならある」と理論で説明出来れば、少々面倒臭くても
調べてくれると思います。(お布施も少し渡しているんだし。)

「廃仏毀釈」ですか。多分こういう類の理由で保管してないんじゃないでしょうか?
今回の自分の場合。

670 :だご:2006/05/23(火) 20:56:48
>>665
>>666
お答えいただき有難うございました
結構あるものなんですね。すっきりしました。
先祖マニアさんが貼ってくれたリンクはどちらも見たことあるのに
気が付きませんでした。
4代同じ名前っていうのも凄いなー
(おっちょこちょいのご先祖様が慌てて間違えて申告したんだと思っていたのはナイショです)


671 :ボンチ:2006/05/23(火) 21:02:55
>>668 事前準備は入念にしたいですね。まだお寺には他にも行くでしょうし。

>墓石1は独立 あとは2、3   4,5   6,7が同じ石に入っていると
これも説明した方が良かったのですね。気が付いてませんでした。
ただ、今回はそれがちゃんと分かるように運良く渡せてました。

>あとは不明の文字の解読ですね
これは、何回も石の場所に通って、見るしかないと思います。
全般的に殆どの調査は、一回では終わらない気がします。

672 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 21:09:56
廃仏毀釈か。
そうか。勉強になった。

673 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 21:11:17
飛瀬さん元気?
学校には慣れたかな。

674 :先祖マニア:2006/05/23(火) 21:18:43
>669
(和尚さんは、寺が焼けたから、ない と結びつけて流そうとしてた感あり。)
相対的に、あまり調べる事に積極的に動こうとしてくれない方でした。

そうだとおもったんですよね
基本的には仕事以外のことなのでやりたがらないですよね
檀家なら今後のことがあるのでまだ少しは積極的ですが、全くの他人からでしたら
腰も重くなります。
廃仏毀釈は言ったら『そうそうそれが原因で破棄したとか』嘘疲れるかもしれないので
絶対に言ったらいけません・

>今回はそれがちゃんと分かるように運良く渡せてました。
昨日のデータを全て和尚さんに教えているのですよね?
まさかとは思いますが没年を教えてないとかはないですよね?

>これは、何回も石の場所に通って、見るしかないと思います。
全般的に殆どの調査は、一回では終わらない気がします

何回も何回もいってください、先祖供養のついでに見えない墓を何回も見れば
おおよその推測が付きます
これで見えた墓の字がどれだけあったことかシュチエーションは多くね 
晴れ 朝、昼 夕
曇り 朝、昼、夕
雨  朝、夕、夕
あと 春夏秋冬で違いますし
晩秋の夕方に日が落ちそうな時にくっきり影ができて今まで見えなかった文字とか
小雨の中昼間に行き雨で濡らしてから見えた文字とか色々あります、これは本当に供養と兼ねているので一生もんです


675 :先祖マニア:2006/05/23(火) 21:20:03
>>670

私の家では同名はなかったですが、親子で代々名前を継ぐのはよくあったと聞いています
またそれが、先祖調査を難解にする要因でもありますが・・・

676 :ボンチ:2006/05/23(火) 21:30:51
>廃仏毀釈は言ったら『そうそうそれが原因で破棄したとか』嘘疲れるかもしれないので
絶対に言ったらいけません
分かりました。

>昨日のデータを全て和尚さんに教えているのですよね?
まさかとは思いますが没年を教えてないとかはないですよね?
没年は全て初回に渡した紙に漏れなく記載しておきましたので、バッチリですが
昨日のデータ・これはですね・・先程話したんですけど、明日そのデータを持って
行きたい」と寺に電話したんですが、そこで「慶応までしかない」と先に言われま
したものでですね、データはまだ渡してないんですよ実は。 でも太郎右エ門のデ
ータは前記しました様に、電話で説明して納得して頂けました。

>何回も何回もいってください
季節でも時間帯でも違うんですね。分かりました。

 

677 :飛瀬:2006/05/23(火) 21:54:49
生きてはいます。
ただ、なれないドイツ語と男女関係に悩んでいます。講義も有意義なものだけではなく、期待外れのものがあったりしてモチベーションが下がっています。
大学生って大変ですね。

678 :ボンチ:2006/05/23(火) 22:01:41
>それと感じたのは、初回に坊さんと逢った会った時「近所に叔母さんが住んでいる」
と話したら、和尚さんの顔色が少し変わったんです。
みなさん、もし寺に調査に行くときは、近所に住む知り合いなど居れば、全て説明した
らベターかなと今回感じました。(その寺に知り合いの檀家さんがいたら、言うことな
し、ですね。)

679 :先祖マニア:2006/05/23(火) 22:04:32
本来なら檀家の人と行くのが一番ベストですが
または電話で今から行くとか言って檀家との関係を暗にほのめかす方法も
ありですが

そういえば伯母に屋号の話をしてみましたか?
また豊吉さんには兄弟はいなかったのですか?
太郎右衛門さんの兄弟は不明ですよね

680 :先祖マニア:2006/05/23(火) 22:05:57
>>677

モチベーションが下がっているのはヤバイですね
というかバイトし始めましたか?
バイトするとまた違う世界が広がるのでいいと思います
彼女できるかもしれないしね

681 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 22:08:05
元気で何より。
意味の無いような講義も自分の幅を広げてくれるよ。
余り限定せず幅広く学ぶ事をオススメします。
人間関係は、体当たりで覚えるものかなあ。いいんです、失敗しても。
先祖探しは休憩ですか?

682 :飛瀬:2006/05/23(火) 22:28:49
バイトはしてないです。
今度、大学の行事があるのですが、それで一緒の班の女の子に裏で不細工でオタクと言われまして…。
確かに服装も地味ですし、趣味も変わっていますが、ここまで言われると。

あと先祖は手紙を書いたりしてますが、返事をもらっても忙しくて会えなくなるなどしており、大きな進展はありません。

683 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 22:36:58
ああ、そいつはこたえますね。
人格を疑うね!
まあ気にすんな。といっても同じ班だからなあ…。

684 :先祖マニア:2006/05/23(火) 22:49:26
私はこの住人の中で唯一飛瀬さんにあったことがありますが
断言しましょう 

ブサイクではありません 普通です いたって普通の好青年です

正しイケメンでもありませんが・・・

飛瀬さんがブサイクなら私はどうなるのですか?

顔なんで関係ないです トーク トーク 

先祖探す趣味は多分大学のみんな理解されないと思いますので
そこは伏せておきましょう

これでコンパ行けば普通の青年です
コンパで酔ってぽろっと言わないようにすればOKです。
  

685 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 23:23:58
大学行けるオツムがあっても精神年齢小中学生並なのーて感じですね。
新しい環境で様々な人が入り混じっているので対人関係で疲れると思いますが
自分を見失わず流されないようにね。
良いものはどんどん吸収して、そういうのはスルーしてください。
そんなことで貴方が悩むのはバカらしい。

686 :やすべぇ:2006/05/23(火) 23:34:10
>>653
私の祖父27は正にその例です。
家督を相続したのですが、先祖の地を離れ、東京に出ました。
代わりに、祖父27の姉(婿養子を取りました)の系統が残っています。
あと、高祖父3の系統の子孫も、家督を継いだ長男は東京に出、
残った三男の系統が今でも代々の地にいて、墓を守っています。
(長男の系統はその墓には入っていない)

>>654
一番古い戸籍ということですので、一つ前は壬申戸籍じゃないかと思います。
その前提で考えると、からくりはこういうことでは。
まず、壬申戸籍から明治19年戸籍への改製前に
先代の代七から次代の代七(このときは違う名前だった)への相続が行われた(死亡または隠居)。
次に、次代の代七は元の名前から代七へ改名した ← 襲名というやつです
その後、明治19年戸籍への改製が行われた。
改製が行われても、前戸主が父代七であることに変わりません。
そして、改製前の改名に関しては、改製後の戸籍には記載されません(最初から代七と記載)。
私の先祖でも、高祖父1の長男の系統、高祖父3の系統が襲名を行っています。
高祖父7は養父の名前を襲名してます。

687 :やすべぇ:2006/05/23(火) 23:58:10
ボンチさんとお寺とのやり取りは、読んでいるこちらもドキドキします。
>>667で先祖マニアさんがおっしゃったように、自分で引っ張っていくのが大切なんですね。
参考になります。
ところで、高祖父1の本家の墓があると思しき寺が
安政年間に火事で消失したという記事を町誌で読みました。
過去帳は残ってるかどうか・・・ お墓はどうか・・・

>>682
私は大学に入って初めの頃に先祖探しが中断してしまって、
そのまま15年近くが過ぎてしまいました。
その間に親戚の古老が亡くなったりしてしまいました。
いろいろできたはずなのに、と今頃になって悔やむことも多いです。
ですので、細々とでも、続けられることを続けていただけたらと思います。

688 :飛瀬:2006/05/24(水) 01:13:50
みなさんご助言ありがとうございます。
容易ではないでしょうが、とにかく今度の行事は自信をもち、まわりをスルーできるようにします。

なお、先祖調査は細々とでもやっていくつもりです。

689 :ボンチ:2006/05/24(水) 04:48:54
変な時間に済みません。
>そういえば伯母に屋号の話をしてみましたか?
まだです。叔母はその寺が昔檀家だったことも知ってませんが、すこしオーバーに
住職さんに「叔母さんがチョクチョクこの寺に来ている」くらいの説明ておいた方
が良かったかなと後から思いました。

>また豊吉さんには兄弟はいなかったのですか?
豊吉が戸主の除籍を唯一持ってますが、そこの「前戸主亡兄」として兄が存在して
います(兄の除籍 役所は廃棄してないが保存なしと回答済み)
また、史市の明治5年戸籍簿記述 「戸主○○太郎右エ門 33歳 男3(本人含)
・女2)が判明済みで、プラス今回の墓石調査の推測 母と思しき人が安政3年死亡
(没年彫より)の関係からすると、戸籍簿「女2」の内訳は「妻・娘」と考えられ、
豊吉に妹が少なくとも1人存在していたと推測しています。もしこの人の名前が判明
し除籍が獲れればラッキーなのですが・・現状名前すら分かってません。

>太郎右衛門さんの兄弟は不明ですよね
これは全くの不明です。ただもしかすると明治5年の戸籍簿の「女2」の内訳次第
では、「太郎右エ門の姉妹」が入ってるのかもしれませんが・・ こんな感じです。

690 :ボンチ:2006/05/24(水) 07:23:40

もし壬申戸籍が見れればハッキリするんですけどね。本物は今、市博物館に眠って
ます。図書室の学芸員と仲良くなれば、ポロッと教えてくれないかな?
(余談ですが、「歴史企画研究」さんの壬申戸籍開示請求には私も署名させて頂
きました。尚、会合などに顔出ししたことはありません。)

住職さんが、1人近所で古いこと知ってそうな家、教えてくれました。苗字が太
郎右エ門と同じ家。といっても、この周辺には同じ苗字オンパレードですが。
(名主で同じ苗字もいます。)

もし住職さんの父さんが生きてればまだ違うみたいですね。その辺でも運が少
し変わってくる感じました。



691 :先祖マニア:2006/05/24(水) 11:18:30
>豊吉が戸主の除籍を唯一持ってますが、そこの「前戸主亡兄」として兄が存在して
います(兄の除籍 役所は廃棄してないが保存なしと回答済み)

これは微妙ですね 兄から家督相続をしたのなら兄に子供がいなかったのかもしれません

>史市の明治5年戸籍簿記述 「戸主○○太郎右エ門 33歳

ということは太郎右衛門は1839年 天保10年生まれですね
太郎右衛門さんが亡くなった記載のある戸籍はありますか?


692 :先祖マニア:2006/05/24(水) 11:20:45
>本物は今、市博物館に眠って
ます。図書室の学芸員と仲良くなれば、ポロッと教えてくれないかな?
本物は法務局でしょう(正本)
図書館のは副本ではないのでしょうか? 控えのものとか

和尚さんに紹介してもらった古い家の人に色々聞いてみてください
きっと大きな収穫があると思います(自分の家のことではないですが)

693 :日本@名無史さん:2006/05/24(水) 17:11:46
>興平次が代々の名前ですね

興平次じゃなくて「與(=与)」平次ね。
他人様の名前は正確にね。



694 :ボンチ:2006/05/24(水) 17:31:09
>太郎右衛門さんが亡くなった記載のある戸籍はありますか?
豊吉が戸主の除籍を持ってますが、そこの戸主の右肩に「亡父太郎右エ門 二男」 太郎右エ門が書いてあるのは
この文字だけだと思います。

>図書館のは副本ではないのでしょうか? 控えのものとか
あまりその辺の知識がなかったのですが、多分副本が博物館にあるという意味で話したんだと思います。




695 :ボンチ:2006/05/24(水) 17:44:55
質問したいのですが、よろしいでしょうか?
太郎右エ門の二男・豊吉が戸主になってる明治19年式戸籍で、豊吉が兄・留吉
から相続したのが明治18年と書かれています。
見落としてて申し訳ないのですが、では太郎右エ門は、この明治19年式戸籍が
編成された明治19年?(地域により明治22,23年かもですが)には、すで
に死んでいた(この除籍に「亡父太郎右エ門・・」と書かれているので)という
事になるのでしょうか?

ならば、和尚さんにもう一度連絡しなければならないですね。多分今、明治30
年〜33年あたりの過去帳を見てしまているハズなので。(気が付きませんで済
みません)


696 :ボンチ:2006/05/24(水) 17:49:34
いや〜どじで済みません。
もっと早いですか?太郎右エ門さん死んだの。 だって、太郎右エ門からまず長男・留吉へ
最初に相続してるんですもんね。明治18年以前のどこかで。

697 :日本@名無史さん:2006/05/24(水) 17:53:21
そうだね
明治18年に兄から相続しているのなら兄はさらに前に相続だから父親は明治5〜18年に亡くなっているよ


698 :ボンチ:2006/05/24(水) 17:59:07
有難う御座います。

699 :日本@名無史さん:2006/05/24(水) 18:14:12
太郎右衛門が明治15年に亡くなったとしたら豊吉が15才 数年後に兄も死亡だから相当苦労をしたんじゃないのかな?

若い時の無理がたたってから病弱になり働けなくなり夜逃げ同然ならばじいさんはそれを責めるのはどうかと思う



700 :ボンチ:2006/05/24(水) 18:33:27
今、寺に電話入れました。もしや、もう調べ始めてて、唸っているのかと思いきや、
まだ手を付けていないようで、また、声も明らかに、ホッとしました。「うん。見ておくよ!」
と言う感じで。

そうですね。生まれつき病弱だったじゃなくて、苦労の末、体壊したのかもしれませんね。
私の祖父が、曾祖父に対してどういう感情を持っていたのか、詳しくは分からないのですが、
「親父のせいでこんな貧乏なんだ!」と思っていたのか、でも思ってたようですね。多分。
母の語り口調だと。うちのおじいさんも結構冷酷な人だったのかも。

701 :だご:2006/05/24(水) 19:01:17
>>686
確かに19年戸籍です。
襲名とは伝統芸能の世界の事のようで考えもしませんでした。
なるほどですね。
ならばその前の名前も書いてくれてても良さそうなものをー
壬申戸籍、色んな謎が解けそうで是非お目にかかりたいものですね

702 :先祖マニア:2006/05/24(水) 23:03:56
>>696

太郎右衛門は明治の初めくらいに亡くなったのでしょうね
だとしたら相当豊吉は苦労したと思いますよ、真実は分かりませんが
その中で祖父も相当苦労して悔しい思いをしたのかも知れませんし
曽祖父の評価も見方で全然変わってくると思います

703 :ボンチ:2006/05/24(水) 23:33:47
曾祖父・豊吉の話は、実はまだ母以外の人から聞いた試しが無かったのですが、
こういった事実が明らかになってくると、他の親戚関係から、豊吉についての話
をもっと聞きたくなってきます。 1人の話だと偏った見方もあるでしょう。

ちなみに、豊吉の次男・豊作と言う人が、私と同じ次男で誕生日も一緒。何か親
近感が湧きます。

祖父は曾祖父をバネにして猛仕事したのかもしれません。そのおかげで今、私が
住まわせて貰っている家の土地も手に入ったものなので、私自身は、祖父には感謝
感謝の毎日であります。

704 :先祖マニア:2006/05/24(水) 23:53:46
ボンチさんの曾祖父はあなたが生まれる前に亡くなっていたとしても、ボンチさんの叔父、叔母なら知っているはずです。
(彼らにとっては祖父)また、親戚の中にはそういう事に非常に詳しい人が一人はいるものです。

その時のポイントは、色々な方に話を聞くことです。ひとりの方だけに話を聞くと情報が片寄ります。
ある叔父さんは「ひいじいさんは酒癖が悪くて、ひいばあさんが苦労していた」という話をしてくれた。
しかし別の叔母から「ひいじいさんには私が小さい頃いろんな所に連れていってもらい、秋祭りの時には、
小遣いをくれて優しかった」という話を聞けば、曾祖父の人物像も変わってきます。


705 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 15:07:46
最近他の常連さん来ないよね。進んでるんかな?

706 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 18:32:51
ここには嫌気がさしてというか、あんまり有益な情報入らないんで、程度の
低いのしか。もっと役立つところで元気に活躍中。かなり進んでる。

707 :ボンチ:2006/05/25(木) 19:35:20
このところ、私だけ暴走していて済みません。 最近なかなか結果が出ません。
お寺に聞いた、その古い家に行ってみました。82才の方に聞きましたが、全くとい
って良いほど情報は得られず。
その方の本家の方を紹介して頂けたので向かいましたましたが、あいにく外出中。
最後に自分の先祖の墓地の、裏手の家に行き63歳の方に聞きましたが、昔の話が分
かる人はもう死んでいる、との事で全く得られることは無いに等しいといいますか。

その寺周辺の方々は過去帳を見せて貰いに結構寺へ行っているみたいでした。加えて、
今回の私と類似した事を言われている様です。
やはり慶応・明治あたりまでしか出なかったという事と、没年が判らないと探しても
らえなかったという2点です。
 
話の中で得られた事と言えば、昔のその墓周辺の風景が分かったこと位でした。(そ
れも収穫のひとつではありますが。)

708 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 19:53:38
>>707
いやいや、毎回楽しみにそして勉強になります。
結果が出ないというか、なかなか難しい所まで
進まれたのではないでしょうか。

このスレには経験豊富な方が多いので、行動を起こす前に
アドバイスを貰うのも一つの手かと。

709 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 23:18:31
>>706
野村屋はどっか行け。

710 :先祖マニア:2006/05/26(金) 00:07:40
ボンチさんお疲れ様でした
残念でしたね でもまだ本家に聞けばなにか昔のことがわかるかもしれませんね

10高祖母は判明していますよね?

だったらこれで一段落して不明の先祖を調べるのはどうですか?
今どこまで判明してましたっけ?>>3のテンプレで教えてください






711 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 02:47:18

☆       ∵∴∴☆※☆∴∵∴       ./
     \  ※∵☆☆★☆★☆★☆☆∵※
        *∵☆★☆☆*☆*☆☆★☆∴*
      ※∴★☆☆*°°|°°*☆☆★∴※
     *.∴☆☆☆°°°°|°°°°☆☆☆∴ *
    *∴☆★☆°\°☆☆★☆☆°/°☆★☆∴
   .. ※☆☆*°°★°° 人   ★ °°*☆☆※  *
   ∴☆★☆°°☆     (__)   ☆ °°☆★☆∴
   ∴☆☆*°°☆    (__)   ☆°°*☆☆∴
   ※☆★☆――★  ∩ ・∀・)∩  ★――☆★☆※   ⌒★
   ∵☆☆*°°     〉    _ノ   °°*☆☆∵ *
   ∵☆★☆°°☆   ノ ノ  ノ      ☆°°☆★☆∵
   ※☆☆☆*°°★ し´(_)  ★ °°*☆☆☆※ *
   *∵☆★☆°/°☆☆★☆☆°\°☆★☆∵
      ∵☆☆☆°°°°|°°°°☆☆☆∵    うんこーーー!!!
      ※∵★☆☆*°°|°°*☆☆★∵※
      *...☆∵☆★☆☆*☆*☆☆★☆∵☆    .ζ
         ※∴∵☆★☆★☆★☆∵∴※      ☆
            ∴∵∴☆※☆∴∴∵


712 :ボンチ:2006/05/26(金) 06:17:08
>10高祖母は判明していますよね?
いいえ判明していません。でも次に行こうかと思います。

>今どこまで判明してましたっけ
1〜16の中で、名前すら判っていないのは、6,8,10,12 です。
(上記の4名に対して、判明するべく除籍請求は、1〜2回は最低しています
が、保存なしなどの通知書を貰っています。でもまだ抜けがある可能性もある
のですが。)

この中で一番近場は(10以外では)12 です。
12に関しては、11の子孫及び11の地方文書提供者へ手紙を約1週間前に
同時に両方へ出しましたが、まだ返事が両方とも在りません。
(ハガキ、電話、Eメール教えていますが、何が原因か判りませんが、今のと
ころ全く反応がないのです。)


713 :先祖マニア:2006/05/26(金) 07:37:55
10も判明していませんでしたか

9太郎右衛門は天保10年生まれで明治5年から明治18年までに死亡
10は同じく壬申戸籍には女として記載されているが戸主豊吉には母として
記載が無いためこれも明治18年までには亡くなっていますね
明治初期なら墓があると思うのですが、太郎右衛門の墓はこの前あった先祖の
墓のところには無いのですよね? その村のどこかにあると思うのですが
これを調べるには古老から聞くしかないですね
村の墓の場所を色んな人から聞くのがいいと思います

もし先祖の墓の所にないのなら
1 ごく近くのお墓
2 共同墓地の中にあるお墓
3 家の裏のお墓
だと思います  太郎右衛門の墓が見つかれば隣の墓か同じ墓にいるのが10でしょう

豊吉の一番最初の戸籍の一番最初の住所が相続当時住んでいた番地
つまり太郎右衛門が住んでいた土地ですのでここの現在のところが確定したら
そこの家の裏とかを調べるのが確実かもしれません
まあこの前行った先祖の墓の場所がその住所かも知れませんが・・・


714 :先祖マニア:2006/05/26(金) 07:43:36
12に関してはもう判明してますよね たしかミヨだった気がします
あと6に関しては儀右衛門の戸籍はどうなっているか(跡取りですか?)
8に関しても志津の兄弟の戸籍から遡る方法がありますよ
兄弟が不明なら旧土地台帳からの検索になりますが

それでも駄目なら子孫探して家に行く作戦ですね

あと疑問ですが15,16は安政4年生まれ=1857
サヘは明治5年生まれ 1872

両親が伴に15歳の時の子供ですか?

715 :ボンチ:2006/05/26(金) 08:14:15
>12に関してはもう判明してますよね たしかミヨだった気がします
ご指摘有難う御座います。12はミヨです。

>6に関しては儀右衛門の戸籍はどうなっているか(跡取りですか?)
儀右衛門が戸主の除籍に「前戸主亡父金次郎」とありましたので、金次郎
の除籍請求をしたところ、「80年廃棄してないが保存がなし」と回答ありました。
跡取り?ですか。 済みません理解出来ないのですが、 一応「金次郎長男」と書か
れてますので、儀右エ門は金次郎の跡取りということになりますよね?

>8に関しても志津の兄弟の戸籍から遡る方法がありますよ
兄弟が不明なら旧土地台帳からの検索になりますが
有難う御座います。 1〜8は車で3時間の遠方の田舎ではあります
が、感触的には、1〜8は実家の特定は比較的容易で、訪問も極端に
拒否される事はないと想定はしています。
19の除籍をジックリ見てみる作業もしなくてはならないと思っています。

>疑問ですがサヘは両親が伴に15歳の時の子供ですか?
・・済みません。24の生年月日「明治5」ではなく、正しくは
「明治15年」でありました。
 





716 :先祖マニア:2006/05/26(金) 08:26:40
では現地調査の段階ですね
車で3時間はかなり遠いですね
まあ今が一番動ける時なのでそうでもないですかね?

父方現地調査が終わったら第一段階が完了しますね

あと手紙の件はもう5日から1週間したら今度は直接電話をして見ましょう
返信とは何かと億劫なものです。電話したら案外色々教えてくれたりしますよ
若しくは伺ってもいいかアポを取る


717 :ボンチ:2006/05/26(金) 08:27:21
>太郎右衛門の墓はこの前あった先祖の墓のところには無いのですよね?
あいにく、どういう訳か、太郎右衛門とその妻の2名の墓が(今一番見たい
物が)ポツンと無い感じになっています。

>太郎右衛門が住んでいた土地ですのでここの現在のところが確定したら
そこの家の裏とかを調べるのが確実かもしれません
旧土地台帳を調査しましたが、ここの「宅地」「墳墓地」2箇所、豊吉名義
で持っていたところまでは判明しています。(登記年月日は「明治 月 日 
」と空欄)



718 :先祖マニア:2006/05/26(金) 08:29:20
豊吉の墓はどこにありますか?
そこに豊吉が持っていったという可能性は?
(両親の墓ですので移した可能性もありますね)

719 :先祖マニア:2006/05/26(金) 08:33:11
もし先祖の墓の所にないのなら
1 ごく近くのお墓
2 共同墓地の中にあるお墓
3 家の裏のお墓

まずこれは最低さがしましょう
これこそ家の人に聞かないと分からないと思います
昨日のおじいさんとか本家の人とか墓の近くの家の人とか
とにかく村のお墓の場所を教えてもらうのと(できれば同姓もの)
あとはお寺で太郎右衛門夫婦の没年を確定する作業もありますね

720 :ボンチ:2006/05/26(金) 08:40:44
>豊吉の墓はどこにありますか?
転出(悪く言えば夜逃げ)した先の同宗派の寺に現在、墓があります。
ここの墓石は豊吉の息子27が施主と書いてあります。この石を見回し
ましたが、太郎右衛門の文字はありませんでした。
寺の住職さんに逢ったりも、まだ実行してません。

721 :ボンチ:2006/05/26(金) 08:49:10
>1 ごく近くのお墓
>2 共同墓地の中にあるお墓
>3 家の裏のお墓       まずこれは最低さがしましょう

1、旧土地台帳を見ますと、明治期だけで豊吉の跡に6人も名義変更されて
ますので、ここの名前の墓・子孫のお家の方を探すしてみようかと思います。

2、一度は町内の共同管理墓地を見ましたが無かったですが、見落としもまだ
あるかも知れません。

3、昨日最後に訪問した方が、昔太郎太郎右衛門住んでいた土地を現在管理し
てて、恐らく最も情報を得ている人と私は推測していますが、再度逢う機会が
あるので、その時に聞いてみたいです。

722 :先祖マニア:2006/05/26(金) 08:54:36
3、昨日最後に訪問した方が、昔太郎太郎右衛門住んでいた土地を現在管理し
てて、恐らく最も情報を得ている人と私は推測していますが、再度逢う機会が
あるので、その時に聞いてみたいです。

これが一番可能性が高いですね
私にも経験があります
その方が太郎右衛門の墓だという認識はなくても
その土地内にあるお墓はどこにあるかが知っていると思いますので
まずは所有地内の古い墓があるかどうか聞いてみてください


723 :先祖マニア:2006/05/26(金) 09:04:03
私の高祖父は田舎の隣の隣の隣村(10キロくらいしか離れてはいませんが)
の人でした、しかし子孫の人が土地を売り払って町に出たらしく場所を確定
するのが困難でした、大学時代にこの村の古老(95歳)に話しを聞きましたが
全く分からないとのことでした
意気消沈してもう諦めていましたが、3年前に何気に戸籍を見ていると戸籍には
番地が記載してあり、もしかしたら現在そこに住んでいる人なら何か分かるのでは
と思い父親と二人で山の中をさまよいながら家を探して伺ったことがあります

そうすると、現在の当主が出てきて父親が昭和15年くらいに引っ越してきた
その前には○○さんが住んでいた、昭和30年代後半までは墓参りに来ていたがそれ以降は
亡くなったためこられてはいない、跡取りがいなくて絶えたということを聞かされ
また同時に墓の場所も案内してもらいました(家の裏と、全く別の山の中腹に一つ)

そこの当主は○○家の墓だが誰かは分からない、しかし、盆や彼岸には墓はきれいに
しているとのことでした。
このようなこともありますので、聞き込み調査は重要です 大学生の時には知識もなく
諦めていましたが、ずっと思い続けると何気にヒントがあったりするものです


724 :先祖マニア:2006/05/26(金) 09:08:41
http://www.imgup.org/iup212307.jpg

ちなみにこんなに荒れ果てています


725 :ボンチ:2006/05/26(金) 09:13:33
凄い綱渡りといいますか、思い続けること、そしてロングスタンスで取り組む
ことが肝要と感じました。

726 :ボンチ:2006/05/26(金) 09:16:35
うわー凄いですね。発見された時の感動はヒトシオであったことでしょう。

727 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 11:23:34
一つ教えて頂きたいことがアルのですが、
筆頭者が転籍した場合、それまでにその戸籍から結婚・分家・死亡等で戸籍
から外れた人物については転籍後の新しい戸籍には載らないのでしょうか?


728 :没落した豪族:2006/05/26(金) 11:33:04
うちの実家は室町後期の城跡に居を構えてる。土塁や空堀が現存していて、結構好い雰囲気だ。言い伝えも多く、横溝ちっくで幼少の頃は恐かったが

729 :先祖マニア:2006/05/26(金) 12:26:48
>>727

http://otd8.jbbs.livedoor.jp/koseki/bbs_tree

詳しいことは分かりませんが
ここのHPなら教えてもらえるのでは?



730 :727:2006/05/26(金) 17:44:11
教えて頂いた掲示板で回答を貰いました。ありがとう。

ところであそこの掲示板の内容を見ていると、将来自分の子供や孫世代が、
同じように家系調べをしようとした時になかなか苦労しそうですねえ。


731 :ボンチ:2006/05/26(金) 18:31:43
先日訪問した旧家から紹介して頂いた、その家の本家の方(70才弱)と電話で話し出来ましたが全く手掛かり
得られず。

母の腹違いの兄(80代)の家に行きました。(21豊吉移転後の現在の寺内墓を守っている人です。)
豊吉の昔住んでいた場所へは、新婚当時1回行った事があるのみ、との話でした。9太郎右衛門、及び
10その妻 に関しての墓石・名前及び屋号等その他情報に関しては一切得られませんでしたが、かろう
じて21豊吉が、建具屋の仕事をしていた事が得られました。 

過去帳は今から約30年前、27死亡に際し寺で拝見したそうです。記憶では載っていたのは27祖父ま
でだったそうです。(この感触では、せいぜいあっても21豊吉までと推測されました。)

豊吉の旧屋敷の近くに数年前まで住んでいたという、27祖父の姉の子供(82才で御健在)の方の現住
所・連絡先を教えて頂けました。知っている限りでは恐らく豊吉・太郎右衛門について、一番詳しいだろ
うとの事でした。付き合いが頻繁にあるので、今度電話入れておいてくれることになり、助かりました。


732 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 19:41:04
すごい行動力ですね。
このままの勢いに乗って土日で家に伺えるようにしては。
高齢者はいつどうなるか判りませんし。

733 :ボンチ:2006/05/26(金) 19:49:57
この82才の方にお願いして、除籍を獲ってもらおうかと計画中です。
その時は母印と承諾書を一筆書いて渡そうと(場合によりお礼を少し包んで)
考えてます。 名前と住所だげ分ったので、そのまま自分で除籍を取りに行っ
てしまうかも知れませんが。

先祖探しに猛反対の母の母が97歳で健在なのですが、本当はこの本家に一番
行きたいのですが、微妙な状態で、慎重に見極めております。こちらも急がな
いとまずいと感じています。生き字引のようなお方ですので是非生きているう
ちに色々聞きたいです。

734 :ボンチ:2006/05/26(金) 20:13:08
質問があるのですが、系統図25,26,27,28の兄弟から除籍を取ることに成功
された方、どれ位いるのでしょうか? 殆どいけてしまう物なのでしょうか?
それとも、50%位は拒否される感じですか?

735 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 20:13:47
委任状は何故いるの?
結局豊吉に行き着くから一緒では?

97才は結構ヤバイね!
ウチのじーさん97才で亡くなった。
どんな複雑な事情があるかは分からないけど急いだ方がいいのでは。明日にでも。

736 :ボンチ:2006/05/26(金) 20:18:22
傍系になる感じがしてしまったもので。

土日は本家の方にトライするよう極力考えてみたいです。(その後も検討
し続けることにします。)

737 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 20:30:03
家系図作って手元に置いてある?

738 :ボンチ:2006/05/26(金) 20:39:27
はい。エクセルで作り直しました。
でもテンプレ系統図に乗っ取ったもので、1〜16の上は書いてません。
(手書きしたものは1〜16の上まで一応記入してあります。)

739 :先祖マニア:2006/05/26(金) 22:43:41
>>726
大感動でした 興奮興奮 その時は雪の積もった2月だったので
雪解けした4月頃に再度行って墓彫ってある字を書き写しました

>>730
恐らく自分らの子供や孫はもっと先祖を探すのは困難になるでしょうね
戸籍も請求が厳しくなるかも知れませんし、破棄されますし
だいたい、過疎化が進み代々そこにいる子孫の人もいなくなるのではないでしょうか?

祖父の姉の子供 と母の母 には早急に会った方がいいでしょう
どちらも重要な情報を持っていると思います

豊吉の詳細な情報をしっていると思います エピソードなども
今回も建具屋の仕事という情報が入手できたことが収穫ですよ

母の母にいたっては13、14、15、16、23、24の情報を現実に
知っている人なので絶対に聞くべきです 本家に行けば13の系統も深く分かるでしょう




740 :先祖マニア:2006/05/26(金) 22:49:29
私の祖母は90歳ですがこの祖母も92歳まで生きていたので(昭和16年まで)

祖母が高祖母から聞いた江戸時代の昔話や伝承、言い伝えなどもろもろを
小さい時から語ってくれました。今では同じ様に子供(祖母からすれば曾孫)に
話しています
子供が大きくなって覚えていたら5代前150年前の事を知ることになると
思うと嬉しくなります でも それでもまだ150年なんですよね〜
文化文政以前を調査するのがいかに困難かが・・・

741 :ボンチ:2006/05/27(土) 05:44:33
>結局豊吉に行き着くから一緒では?

何か変な事を言ってしまったようでお恥ずかしいのですが、再確認したいのですが、要は、すでに明治19年
頃には、9太郎右衛門と10妻 は亡くなっているので、27の兄弟の除籍を獲ってたところで意味は無い。
結局は、現在自分が持っている21豊吉の除籍にたどり着くだけ(9,10の名前や生年月日が新たに判明す
る事は無いので、獲っても意味がないと考えられる、という解釈のお答えですよね?(やはり辞めておきます)

742 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 07:22:17
>>741
気になっておられるなら全部請求される事をお勧めします。

743 :ボンチ:2006/05/27(土) 09:21:40
判りました。

744 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 11:44:27
>>741

そういう事です
ただ戸籍以上の話しはあるよ

745 :ボンチ:2006/05/27(土) 13:43:53
有難う御座いました。 何が出るか判らないので一応やってみようかと思います。
先程、97歳の祖母(系統図28)の本家に行って来たのですが、電話を入れて
おきましたが、あいにく昼寝してしまっていて、叔父に話を聞きましたが、全く
情報どころか理解も得られず、少し冷や汗かいてしまいました。
なんとか過去帳は見せてもらえて、写真も一応は撮らせもらえましたが、高祖父母
である太郎右エ門と妻の名前・戒名は書いてませんでした。21曾祖父 豊吉まで
でした。

祖母の話が聞けないのは残念でしたが、色々な事情はあり、叔父をスルーして聞く
機会、例えば法事とか、親族が集まる何かの時ではないと、私の場合厳しそうです
。実は先祖調査を始めてから、97歳の祖母に一度だけですが、16の名前を知ら
ないか尋ねた実績はあるのですが、名前も墓の場所も実家も知っていませんでした。

次は、>>731で言いました、27の姉の娘さん(82才)に方にトライしてみます。
少し連絡待ちになるので、その間に、11,12の手紙の返事が無いことに関して、
こちらから電話入れてみようかと思います。


746 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 14:38:18
意味がわからん
なぜ28の本家で10や11の名前を探すのかが

23か13 14ならばわかるが28の家にとって10 11は関係ない

747 :ボンチ:2006/05/27(土) 15:14:35
ややこしくなって済みません。
本来、28に聞くべきは、23,24、及び13〜16の情報源ですが、今集中調査しているのが9、10でありまして、
本来27が生きていれば27に聞きたいところですが30年前に死亡しているので、たまたま運良く27の妻であった28
が生きているので、その人に対して9,10への手掛かりを求めてみた、という詳細です。
また「28の本家」と言ってしまい済みません。正しくは「今28が住んでいる、母方の本家」(27が建てた家)でした。


748 :ボンチ:2006/05/27(土) 15:15:55
また、11,12の返事のに関しては、それとはまた別件になります。

749 :ボンチ:2006/05/27(土) 15:21:18
>祖母に一度だけですが、16の名前を知らないか尋ねた実績はあるのですが、

と最後に余計な事を書いてしまったので、余計ややこしくなってしまいました。

750 :ボンチ:2006/05/27(土) 15:44:16
9〜12への手掛かり こちらの方が本筋ですね。 

>27の姉の娘さん(82才)に方にトライしてみます。

後日行う予定です。

751 :ボンチ:2006/05/27(土) 16:59:29
http://www.uploda.org/uporg401591.jpg

最近投稿させていただいている件と別件になって恐縮です。
数ヶ月前、市史 「五人組帳」の中に、15市郎右衛門 の名を発見しました。
しかし最後に”跡”と書かれていて(緑線)、博物館の方に問い合わせましても、良く
判らないと言われました。
その方は、戸籍の副本か何かを見て私に教えてくれました。「この市郎右衛門さんは、
戸主で家族1人になって、そのまま死んでいるようだ」と言いました。
その時、私は理解出来ませんでした。「何故、子孫の私がここに居るのに、1人で絶家したと言えるのか?」
また、左隣に書いてある「市兵衛」は、「市郎右衛門」の兄 と教えてくれました。

752 :ボンチ:2006/05/27(土) 17:08:23

暫くして、市郎右衛門の除籍、一度は断られたものを、再度廃棄証明を出してもらおうと
して獲りに行ったら運良く出てきました。
http://www.uploda.org/uporg401595.jpg

そこには、戸主と前戸主が同じ「市郎右衛門」でした。



753 :ボンチ:2006/05/27(土) 17:21:06
http://www.uploda.org/uporg401593.jpg

また上には「市兵衛ニ男絶家再興ス」と始めて見るものが書かれていました。

ここで、博物館の人が言ってた、「市兵衛は市郎右衛門の兄」は間違いで、正しくは
父だったと判りました。

また、市史にあった「市郎右衛門跡」の”跡”の謎も解けました。

前々代の市郎衛門が1人暮らしで家督を絶えてたのであった、という
ことが判りました。

つまり、市史に乗載っていた「市郎右衛門」は、実は15高祖父の名では
なく、その父(市兵衛)の更にまた父 という解釈をすると話がなんとなく
繋がってくることができました。

なので、15の除籍の前戸主の「市郎右衛門」は、恐らく市兵衛の父ですから、
戸主の2代前の人になるのだと解釈してみました。

面白かったので載せてもらいましたが、この様に解釈してよいものでしょうか?


754 :やすべぇ:2006/05/27(土) 21:20:17
>>752
ちょっと確認なのですが、
実は廃棄されていなかったということですか?
ということは、廃棄したと言ったのは、以前の職員の手違い?
ともかく、出てよかったですね。

>>753
市史に載っていた「市郎右衛門」は傍系ということは考えられないですか?
絶家となっていた叔父の跡を甥である「市兵衛二男」が次いだ、とか。
絶家再興の年代は明治に入ってからですか、それとも幕末?
すいません、あまりよく分からず、発言しております。

755 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 21:35:27
>>751-753
もう少し端的に判りやすく書いてくれると有難いのですが…。

756 :ボンチ:2006/05/27(土) 21:41:55
>実は廃棄されていなかったということですか?
はいそうです。 一回目は窓口で、関係書類を見せただけで、「廃棄済みです」と云われました。
言われるままに帰ってきてしまいました。
2回目に担当者は別人になっており、廃棄証明を出して欲しいと頼んだら出てきました。
ちなみにここは現在80年廃棄をしている市役所です。

>絶家再興の年代は明治に入ってからですか、それとも幕末?
再興年月日まで写せば良かった、と後から思いました。「明治7年再興・・・」と書かれています。
私も、もしかすると傍系という事も考えられるのかな、と考えていたところでした。

757 :ボンチ:2006/05/27(土) 21:55:49
>>755 説明が下手でご迷惑をお掛けしております。
端的に言いますと、>>752写真「前戸主亡○○市郎右衛門」は、「戸主○○市郎右衛門」の
祖父と断定していいのか、判断がつきかねてまして。


758 :ボンチ:2006/05/27(土) 22:31:04
ご教示を仰いでいる最中で済みません。
博物館の人が>>751 市史を見て言った「市兵エは市郎右衛門の兄」を自分が逆に解釈していて
「市郎右衛門は市兵エの兄」と言っていた可能性もあると、考えました。
そのように考えた時、やすべぇさんのご指摘が当てはまりますので。

とりあえす、高祖父の父の父が判明した、と早合点しないでおくことにしておきます。
有難う御座いました。




759 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 22:56:18
五人組帳がいつのものかは分かってるんだろうから、簡単じゃないの?
これまでの経緯全く分かんないんで、3つの写真だけ見て書くけど、
五人組帳から分かることは、一人暮らしの市郎右衛門さんが亡くなって
その跡を市兵衛さんが預かってるということ。「〜跡」というのは鎌倉時代
からある表記で、大抵は嫡子が幼かったり、いなかったりした場合に
後家さんのことが多いが、この場合は一人暮らしだったから、兄弟が
預かることになったのだろう。

そして市兵衛さん本人が継承するのではなく、自分の二男に継がせることにした
(自分及び長男は市兵衛家を継続させなくちゃいけないから。もちろん長男に市郎右衛門を、
二男に市兵衛をという選択肢もあったろうが、市兵衛さんはそうはしなかった)。
つまり戸籍「市兵衛二男」の市兵衛を五人組帳の市兵衛と同一人物と見れば、そうなる。

760 :ボンチ:2006/05/27(土) 23:23:49
色々見えてきて、また勉強になり、有難う御座います。


761 :ボンチ:2006/05/27(土) 23:29:10
再度済みません。念のため五人組帳は、写真のは明治4年、あと明治6年の
原本も見せてくれましたが、同じ記載でした。

762 :ボンチ:2006/05/27(土) 23:34:57
「戸主」と「前戸主」の関係は、必ずしも親子だけではない、という概念があれば
勘違いしなかったと思います。

763 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 23:55:32
え〜〜〜〜〜〜、それはココの住人としてはちょっと‥‥
だって、これまでも前戸主亡兄の例はもちろん、前戸主妻
とかの例もあったじゃん。絶家再興の場合は特に、血縁が
遠くなる場合があり得るし。いや、別に非難してはないです。

そうですか明治4年と6年ですか。ますます壬申戸籍の記載が
どうなってたか知りたくなる事例ですねw
写真の戸籍には当然絶家再興年月日が書かれてると思いますが
当然明治6年より後なわけですね。その間市郎右衛門家は
絶家として市兵衛預かり状態だったわけだ。

764 :ボンチ:2006/05/28(日) 00:06:26
す、済みません・・・どうも細かいものが苦手で・・ 戸籍には興味はあるのですが。
自分でも前戸主が兄の除籍を2つも持っていながら、何故今回、勘違いしてしまったのか。
それとも、襲名は直系の親子感だけしかありえない、という概念を持ってしまっていたようです。


765 :先祖マニア:2006/05/28(日) 00:09:01
>>745

なぜ祖母に直接話しを聞かないのですか?
伯父さんが恐いから? それとも祖母は病弱?


>>758
つまり
A市郎右衛門・・・市兵衛・・・B市郎右衛門(安政4年生まれ)
となるのですかね?
B市郎兵衛の戸籍には戸主との関係が記されていないのが痛いですね
そこに市郎右衛門孫とかの記載があればよかったのに



766 :先祖マニア:2006/05/28(日) 00:12:13
ボンチさん先祖調査をするのに思い込みは禁物です

現実は小説より奇なりです

ありとあらゆる可能性がありますので想像を最大限にするほうがいいです

先祖調査の最大の妨げは思い込みと諦めです

そのことについて昨日私も思い知らされましたので・・・・

767 :ボンチ:2006/05/28(日) 00:15:09
>写真の戸籍には当然絶家再興年月日が書かれてると思いますが
当然明治6年より後なわけですね。

はい、「明治7年9月10日 市兵エ二男 絶家再興ス」となってます。


768 :ボンチ:2006/05/28(日) 00:22:21
>なぜ祖母に直接話しを聞かないのですか? 伯父さんが恐いから?
そうです。

>先祖調査の最大の妨げは思い込みと諦めです
まさに私の性格でこの2点は当て嵌まっているかもしれません。
この作業をしていると、性格が矯正されるのかもしれません。

769 :ボンチ:2006/05/28(日) 00:32:28
>なぜ祖母に直接話しを聞かないのですか?
常にオジは祖母にくっ付いている上にやたら怒鳴るのです。何か良い方法があったらで
構いませんので教えて下さい。祖母が死ぬ前に。

770 :先祖マニア:2006/05/28(日) 00:34:56
性格は矯正できますよ

現実に私が内気でしたが今ではガンガン行ってますから
なんででしょうかね?
なんか ご先祖さまが応援しとんじゃい 文句あるか ガンガン行くぞ
見たいな気になるからでしょうね 

諦めに関しては本当に先祖探しで思いました 先祖調査でどんなことでも
諦めずに意思を持って行動するといつか先祖が探せるという事例をたくさん
経験したからでしょうね

これは本当に仕事でも役立っています。

771 :やすべぇ:2006/05/28(日) 00:39:48
だんだんとすっきりしてきました。

>>756
廃棄証明請求の威力発揮という感じですね。

>>766
>先祖調査の最大の妨げは思い込みと諦めです
つくづく耳が痛いです。
あと、広い意味では思い込みに入ると思うのですが、
見えているのに見えていない、というのもあるかと。
戸籍とか、手紙の返事をくれた人の一言にヒントが隠されていたのに、
スルーしてしまうといったことです。

772 :ボンチ:2006/05/28(日) 00:39:57
また話がそれちゃって申し訳ないんですが、自分一時期、お客の工場とかで
修理したりしてたんですけど、それが今回色々やってる事と共通している部分が
多くて、その頃の感覚が湧いてきてツクズク仕事出来ないヤツだったなと思い出
してます。

773 :先祖マニア:2006/05/28(日) 00:43:43
>>769

簡単ですよ
今はおばあさんと話しているので2人で話しをさせてくれないかな?
でいいのでは?

駄目なら おばあさんと話がしたい  これで問題ないです
それもグズグズいうのなら困ったものですね


一番いいのはまず伯父さんととことん話す それで伯父さんを疲れさせる
それから祖母と別のところではなず 祖母の部屋があるとおもいますので
そこではなす

伯父とは絶対に仲良くすること じゃないと今後が立ち行かなくなる
まずは手見上げ持参で行くことですね
それから伯父さんの話をよ〜く聞き相槌をうちオーバーアクションで
言葉の端々に
伯父さんってすごいね  伯父さんも苦労してるね  伯父さんみたいになりたいわ〜
伯父さんって色々な経験してるね  うちの親父も伯父さんみたいだったらな〜
とかとか  褒め殺しです

気分よくして色々な情報を出してきます
そこから 祖母へ移行作戦で




774 :ボンチ:2006/05/28(日) 00:44:21
>見えているのに見えていない、というのもあるかと。
仕事でもありましたが、ここではまだそのことばかりです。キーポイント
を目で眺めているのですけど、自分で重要な事に気が付いてないっていうか。

775 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 00:48:11
>はい、「明治7年
なるほど。五人組帳の記載と合致するわけだ。

>ツクズク仕事出来ないヤツ
そんなことないですよ。判明先祖総人数では、かなり上出来のほうだと
思いますよ。しかもあらゆる系統で、墓調べ、現存血縁調べ
されてるようだし。私はせいぜい数家です。

経緯知らない気まぐれな質問にお答えいただきありがとうございました。でわでわ。

776 :先祖マニア:2006/05/28(日) 00:50:21
>戸籍とか、手紙の返事をくれた人の一言にヒントが隠されていたのに、
スルーしてしまうといったことです。

やすべえさん これは私も前回の佐伯卯三郎の戸籍でありましたよ
父親の岩田弥三郎の戸籍なんて、息子の卯三郎が破棄されているのでもう
絶対にないよなと思っていましたが、この前みたいに戸籍をよくよくみると
可能性が0%ではないといことを発見して役場に行き戸籍が存在している
所までは発見できたということと同じですね
戸籍がもうない=思い込み
だから駄目だ=諦め

自分でも嫌というほどこの件については経験しています
だから私はありとあらゆる可能性をさぐりそれが0%になるまで諦めません
たとえ今は0%でも数年後別の可能性が出てくればまた0%じゃなくなります
からね!!

777 :ボンチ:2006/05/28(日) 00:52:44
>>775 有難う御座いました。私に出来るのは、あまり頭使わず、体動かして
探っていくことです。

>>773 それは参考になりますね〜。試してみたいと思います。



778 :ボンチ:2006/05/28(日) 00:55:43
わたしもこの辺で失礼します。

779 :やすべぇ:2006/05/28(日) 01:00:59
ボンチさん
私も>>775さんと同じく、ボンチさんの調査はよく進んでいると思いますし、
何より行動力に非常に刺激されています。
自分もがんばるぞ!という気持ちが湧いてきます。

>>776
>たとえ今は0%でも数年後別の可能性が出てくればまた0%じゃなくなりますからね!!
あ〜、その感覚、なんとなく分かります。
自身の中でも何かに気づいたり、変わったりするのかも知れませんね。

780 :先祖マニア:2006/05/28(日) 01:12:02
ボンチさんのおかげで私も戦国時代の武将の城跡を探してみようという
気になりましたし、また別の同姓の方に教えを請うべく、古文館の方に
アタックして先方に連絡をつけてもらったり または再度戸籍を見て
役場に行ったりしています 私の中では影響力大です

>>779
上記で書き込みした内容と重複しますが
大学時代に高祖父の実家を探しましたが不明でした
2年前にふと戸籍をみたら18番地とありました
そうしたらインターネットで

http://www.mapion.co.jp/html/AddressList/index.html
のようなサイトをみつけて18番地を検索するとあるじゃないですか!!

そこで現在地をさがして伺う事になった次第です
大学時代にはインターネットやサイトなどもありませんでした
しかし、時代がすすむにつれてこのような便利なものができて
探せることになったときに0%だったものが可能性がでてきたので
正直めゃちゃめちゃ嬉しかったです。

781 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 01:21:21
私も経験したのですが、どうも一般の親戚は、系図調べをしてると言うと
財産を奪う気でいるのかとか、いうふうへ考えるようです。
そうじゃない、全くの趣味、乃至ご先祖供養だと言うことを
納得してもらう必要がありますね。

782 :先祖マニア:2006/05/28(日) 01:28:17
>>781
そうじゃない、全くの趣味、乃至ご先祖供養だと言うことを
納得してもらう必要がありますね。

そのためのテクニックとしてはこちらの調査した資料を全て持っていき
尚且つ、家系図を持参でここの空白の部分を埋めたいので何か知っていませんか?
と聞くのがいいと思います 分からないと答えたら ではここの空白が埋めれる方法が
ご存知ですか?聞いて見ましょう そうしたらあそこの本家の○○は詳しいとか
俺らの△△寺にいけば分かるとか □□の家の裏に墓がある とかの情報が
出てくるかもしれません、 

783 :ボンチ:2006/05/28(日) 06:45:03
現段階で感じるのですが、意外とご老人は先祖調査に否定的(やって何の意味がある?)
的な態度を示してきませんか。殆どの方が。やはり財産云々の問題もあるのでしょうね。

家系図を見せるのは最初は、単なる趣味をやっていると言うことを露呈するようかなと
も思えてたのですが、結果的には見せて、「この空白を埋めたい」とハッキリ言ってしま
った方が、相手の不信感もなくなるような気が、なんとなく私もしてます。

あと資料は沢山見せると良いですよねかなり。知らない人などへは、市史にあった明治の
戸籍表などを見せて「これお宅様のご先祖名ですよきっと」とか言って喜ばせてあげたり
するのも言いかと思いました。

784 :ボンチ:2006/05/28(日) 07:25:12
>>775 >>779 >>780 有難う御座います。今休職中で大量の時間を調査に費やせてるので
ここまで進んでいる様に見えますが、果たして自分のやり方は時間効率で言った時にど
うなのかと自問してしまう時もありますが、エキスパートの方々が参考にしてくれてる
部分もあるなんて、なんだかありがたい話です。現地調査でしか得られない事も多々あ
りますしね。

785 :ボンチ:2006/05/28(日) 20:19:25
13・14の旦那寺に行ったので、簡潔に説明させて頂きます。

まず23の子孫の方の家にアポ無しで行ってしまいました。家でお話を伺いました。
13・14のエピソードなどは全く得られず。

次に、すぐ近くにある13の旦那寺に連れて行って貰い、13・14の墓で供養しました。
墓石調査は後日にし、先に過去帳を見せて貰うことにし、同伴をお願いしました。
住職さんに逢い、過去帳や人別帳のコピーなどを、約1時間に渡り見せて貰えました。

結果的には13の父の名前と没年まで出てきました。
人別帳のコピーは安政3年の物で年代的に13の父か又はその父に合致すると考えられましたが、
コピーが一部のみで又字も読み辛く手掛かりは全く掴めませんでした。
人別帳全部見れば何か出てくるかもしれないので、人別帳の原本の持主の家を教えて貰いました。

最後に23の本家の家を教えて貰いそこで過去帳や13の父母の位牌を見せて貰い、写真に収める
と同時に、先程お寺で教えて貰った年代・戒名と一致するか調べました。

帰宅後改めて年代チェックすると14の没年と23の誕生日が合致しないことに気付きましたので、
次回墓石調査を兼ねて改めて過去帳を見せて貰いに行く予定です。

今回は、23の子孫の方が寺に至極隣接した家で住職さんと顔なじみである事と、住職さん自身も
地元郷土史に趣がある方だった為、全てにおいてスムーズに事が進みました。尚、寺で過去帳を見た
のは今回が始めての経験でした。 尚、今回はicレコーダ持参で行きました。

786 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 21:33:35
>>785
お疲れ様でした。
一つお聞きしたいのですが、ICレコーダを出した時の
相手の反応はどうでした?
いつも持って行こうと思うけど躊躇するんですよね。

787 :ボンチ:2006/05/28(日) 21:54:34
ポケットに忍ばせたまま進めました。 時折、住職さんが席を立った間などに
一時中断を押した時、同伴してくれた親戚の方が少し不思議そうにこちらを見て
いました。住職さんにも少しチラっと見られました。
でも自分は「多分携帯と思われているだろう」と想像し、余り気にせず進めていき
ました。
自分が買ったのはペン型のポケットにスッポリ入るタイプです。

788 :先祖マニア:2006/05/28(日) 23:39:54
ボンチさんとうとうお寺に行って過去帳拝見ですか!!

毎日が進展で楽しみですね

これで完璧にすれば13は終了ですね
15も市史に出てるので子孫の方はわかりませんか?

11は現地調査ですね

9に関しては何とかして10を探したいものです


789 :やすべぇ:2006/05/29(月) 00:27:38
実は、休暇を利用して、高祖父1夫婦、高祖父3夫婦、高祖母6の
墓参り(同じ寺の共同墓地にあります)を兼ね、現地調査をしました。
そして、ずっと探していた高祖父1の父親の墓(高祖父1の本家の墓)を見つけました!

何のことはない、同じ共同墓地にありました。
が、以前、全部を見て回ったときに見つけられなかったし、
住職(過去帳は見せられないと言った方です)も何も言っていなかったので、
ここにはないものと思っていたのでした。

高祖父3夫婦たちの墓のほんの数メートルのところにあったのですが、
少し奥まっていたので、気づかなかったのです。
「あれ、こっちにも墓がある」と思って他家の墓を何気なく見に行って、
違う方に目をやったら、同じ姓、同じ紋の墓が目に飛び込んできたので、
もしかしたら!と思い、言葉にならないうめき声を上げながら、
高祖父1の父の戒名を確認しました。

お参りをし、よく見てみると、
手前に3基あったのですが、裏に4基ほど古いものがありました。
既に日が暮れ始めていたので、続きは明日にしました。
明日は法務局で旧土地台帳に挑戦しようと思っていたのですが、後回しです。

790 :先祖マニア:2006/05/29(月) 00:36:46
すごいですね
その驚きとやったー感は先祖の墓を探し当てた人じゃ無いと
分からない感動ですね

明日の調査次第ではぐぐっと更に遡れるのでは!!!

791 :先祖マニア:2006/05/29(月) 00:42:19
今、遠縁の人の家に手紙を書いています
この親戚は私の祖父の実家なのですが祖父が養子で家を出たために
疎遠になっているんですよね

祖父が生存中はまだ少しは付き合いがあったと聞いていますが
もう25年以上前に亡くなっていますし、しかも大学時代に母親に電話を
してもらったのですが、ボンチさんみたいに 『そんなんしてなんになるの?』
『ワシもわからん』 っていわれて諦めていました。

しかしここの住人の行動力に何とかならないものか思案してきました
今はとにかく相手の心を開かせるような文章を作成中です

数日中には投函したいです

792 :やすべぇ:2006/05/29(月) 01:10:14
>>790
ありがとうございます。
一日、収穫がなく(関係ない寺の墓地を見たりしてました)、
もう今日はダメだと思ったときに、光が差したという感じでした。
読みにくい字もありそうでしたが、明日、奮闘してみようと思います。

>>791
手紙は私も早く挑んでみたいです。
以前送ってダメだった人がいるのですが、
代替わりしているようなので、再挑戦してみたいです。

793 :先祖マニア:2006/05/29(月) 01:25:21
デジカメで撮ってUPしてくれませんか?
読めない字もみんなで読めば読めるかもしれませんし
何かヒントがあるかもしれません

ところでやすべぇさんの先祖はどこの方ですか?関東の方ですか?

794 :やすべぇ:2006/05/29(月) 01:35:49
>>793
それが、既に暗くなりはじめていたので、まだデジカメで撮っていなかったのです。
でも、撮ったら、お願いします。

私の先祖ですが、1〜6まで北関東の出身です。

795 :ボンチ:2006/05/29(月) 06:33:07
>これで完璧にすれば13は終了ですね
有難う御座います。残念なのは、13・14の享年と誕生日がまだ判りません。

>15も市史に出てるので子孫の方はわかりませんか?
15は13の近隣でもあり、墓・子孫の家も判明済みなので、ある程度期待は持てます。

>11は現地調査ですね
手紙の返事が無いので2名の方へこちらから電話してみました。原因は農繁期で忙しいのと、
耳が遠くて話できない理由で、送った資料は全く読んでいないとの話でした。 
11の墓が未だ見つかってませんが、11の旧村内には100%ないと教えてくれました。
博物館にある人別帳の閲覧の許可も頂けました。

>9に関しては何とかして10を探したいものです
近日中に27の姉の娘さんにお話をお聞きする予定でいます。(只今連絡待ち)

796 :ボンチ:2006/05/29(月) 06:50:40
やすべぇさん。おめでとう御座います。
>一日、収穫がなく(関係ない寺の墓地を見たりしてました)、
もう今日はダメだと思ったときに、光が差したという感じでした。
  この心境参考になります。

797 :先祖マニア:2006/05/29(月) 13:55:19
>有難う御座います。残念なのは、13・14の享年と誕生日がまだ判りません。
13,14に関しては墓があるのでいつ亡くなったかは分かりますよね?
また本家に行って位牌を確認しているとのことですのでそこに享年が書いて
ありませんか?または過去帳に13、14のことが何かかいていませんでしたか
23 文次郎が明治9年生まれから その両親は明治末から大正初め頃に亡くなっている
と思うのですが いつ頃亡くなっていますか?

11に関してはたしか22ヤスの嫁ぎ先に年老いて行ったのではなかったですか?
だったら
1 豊吉 ヤスの墓の近く
2 豊吉が転出する前に亡くなっているのなら9太郎右衛門の墓の近くだと
  思います
12 ミヨに関してはヤスのところへ一緒に行ったのかそれともすでにこの地で
亡くなっていたのかが不明ですので分かりませんが『11の旧村内には100%ない』
とは言い切れませんね!

798 :先祖マニア:2006/05/29(月) 14:06:51
11に関してはアポなし作戦でいくしかないかも知れませんね
農繁期で忙しいのならタイミングを見て行きましょう
雨の日がいいのではないでしょうか? 雨の日なら外へ出れないので
耳が聞こえないのならますます行くしか無いとおもいますよ
菓子折り持参で
また詳しい人を紹介してくれる作戦でいきましょう
ひょっとしたら12の墓が発見できるかも知れないですし

あともう一つ 墓が無いというのはよくよく慎重に調査した方がいいかも
しれません。あまり関係者の言葉を鵜呑みにはしない方がいいかもしれません
関係者にとって11,12の墓は別にどうでもいいことです。
だから現実に墓参りをしている自分の父や祖父の名前くらいしら分からないし
墓があったとしても名前までは覚えて無いと思います そうなるとたとえあったとしても
『無い無い』になる可能性があるなと思いましたですから、『○○家のお墓を
全て教えてください、共同墓地以外にも家の裏の個人墓地も含めて』と言って
自分で該当する墓を一つ一つ時間をかけてゆっくり確認しながら見たほうがいいです
(当然一人で)
その前に関係者の家では位牌の確認を忘れずにしましょう(すべてデジカメで撮っておく)
墓は場所が分かればいつでもいけますが、家はいつもいつもはいけませんからね



799 :造り酒屋:2006/05/29(月) 21:38:08
ご無沙汰しています。先日、ついに酒屋に行ってきたのでご報告です。
結果から申しあげると、残念ながら、家系図の中の酒屋の当主他、酒屋の直系の方に、
戸籍で見つけていた私の先祖の名前はありませんでした。

先代のおかみさん(84歳)にお話をお伺いできて、参考になるお話はありましたが、
なにぶん、この方がお嫁にこられるよりも、もっともっと前の話になるので、
(お嫁にこられたのは第二次戦争中、探している先祖は江戸末期〜明治37年)
その件について、わかったことは、ほとんどありませんでした。

見せていただいた家系図は、昭和の始めごろに寺の住職に書いてもらったと言う
とても大掛かりなもので、詳細に細かい字で書かれていました。かなり古くからのものから
書かれており、その内容は、前に先祖マニアさんに教えていただいた、
古文書の私の先祖の姓の発祥の記述とそっくり一致していました。

酒屋のご先祖の出は、私の先祖の村で間違いなく、
なんらかのつながりがあると思われるということは、おっしゃっていただきましたが
今のところは、そこまでしか、わかりません。
酒屋の檀那寺にも、お墓を見に行ったらどうかといわれましたので、
また、その時は、口をきいていただこうかとも思っています。




800 :造り酒屋:2006/05/29(月) 21:45:56
念願の酒屋に行けたのですが、このような結果になったので、
また一から調べなおしになりました。

母の証言だと、祖母と曾祖母(酒屋の出だときかされていた)は
かごにのって、酒屋に遊びに行っていたようですので、
誰か酒屋に親戚にあたる人がいて、孫(祖母?)の顔を見せに行っていたのかと
推測してみたりしましたが、
今のところ、何もわかりません。

曾祖母の戸籍の村の住所と、酒屋は距離にして12、3キロ離れています。
その、曾祖母の村が酒屋のご先祖の出の地だということは、はっきりしています。
もちろん、姓も同じです。

あと、前に旧土地台帳で調べてネットプリントの地図で墓地だと判明したお墓に
行ってきました。
それも結論から申しあげると、そこに先祖の墓はなかったのですが、
隣にあるお寺の境内の中に寄付の石碑があり、「金壱百弐拾円 酒屋の三代目当主の名前」
のものがありました。みつけたときは、「間違いない」と確信しましたが、
肝心のお墓がありませんでした。

801 :造り酒屋:2006/05/29(月) 21:58:52
お墓のことについて、お寺にきいて見ましたら、
住職さんが入院中で不在だったため、娘さんの電話番号をおしえていただきました。

そこで、数回やり取りをして、娘さん経由で住職に尋ねていただいたのですが、
「○○家はうちの寺の檀家ではなく、近くの▲▲寺か、××寺だと思う。
そこできいてみて欲しい。探している明治37年没と11年没の人を調べてあげたいのだが、
うちの過去帳は大正のものからしかない」という回答でした。

ご住職さんも、養子の方で、詳しくは分からないということをおっしゃっていました。
寄付の石碑のことや、明治30年ごろに隣の墓地を所有していたことが土地台帳でわかっていることなども
伝えてみましたが、結果は同じでした。

ここから先にやることは、先祖マニアさんがよくおっしゃっているように、
その村の同姓の方全部に手紙を書いて出してみる、というのでいいでしょうか。
手紙を出すのは苦手ですが(酒屋のときにも、かなり緊張した)
でも、この方法しかなさそうな気がしています。
酒屋の場合は、念願の酒屋に行って話を聞き、家系図まで見せてもらえたのですから、
やっぱり、やってよかったと思っています。

ながながとスミマセン。何かアドバイスなどがありましたら、
お願いいたします。

802 :先祖マニア:2006/05/29(月) 22:06:40
手紙是非書いてみてください
まだまだ全然諦めなくていいです

やって後悔しましょう やらずに後悔は後々本当の大後悔になります

昨日書き込みしましたが 本日祖父の実家の家に手紙出しました
この手紙を書くのに精神的な壁がありましたが皆さんがいろいろと積極的に
行動されているのをみて(造り酒屋さんとか)自分もこのままずるずると
していてはいけないなと決意し手紙を出した次第です。



803 :造り酒屋:2006/05/29(月) 22:14:07
先祖マニアさん、ありがとうございます。

そうですね、後悔だけはしたくないです。
(それにしては、なかなか行動できないのですが)

ちなみに>>801の▲▲寺というのは、先祖マニアさんに調べていただいた
古文書の記述の中の先祖が開いたと言うお寺でした。

804 :先祖マニア:2006/05/29(月) 22:15:56
そこには2軒同姓の方がいるのですが最初は分家の家の1軒だけ書くつもりでした
しかし、よくよく考えると例えば分家の方じゃない家の方が実は大いに理解して
頂きそこから分家の家に話をしてくれるという可能性もあるなとか こちらの方が
もっと前は本家かも知れないなとか思い巡らして 2つの家に手紙を書きました

内容は 手紙(熱き想い)
    戸籍の該当するところのコピー
    自分からの家系図(本当にやっている証拠及び空白を埋めたいというのを説明するため)
    私の曽祖父の写真 (曽祖父はハワイに移住したためにややこしくなりました)
    返信用のはがき
    年号、干支、西暦対応表

先祖の方は明治35年や大正年間に亡くなっているので墓や位牌は絶対にあるのですが
あとは先方の考え方次第だったのでなんとかこの自分の想いが伝わらないかを手紙に書きました

今後は 連絡無ければ電話する そこから墓参りに行きたい旨を説明

ここの先祖の家だけ戒名は不明なのでなんとか調べたいです。

805 :日本@名無史さん:2006/05/29(月) 22:20:02
>>799-801
造り酒屋さん本当にご苦労様でした。
ウチに伺うのと手紙は精神的ハードルが高いですよね。

ここらで少し休憩されて今までの資料を整理されるのはどうでしょう。
そのうちに、次に進む力も出てくると思うのですが。。。
あまり無理しすぎるとあとが続かなくなる可能性もあると思うんですよ。

ま私は>>802のやって後悔しよう派ですけど、休むのも必要だと思うんですよ〜

806 :日本@名無史さん:2006/05/29(月) 22:52:42
勢いのあるうちにやった方がいいよ

一旦腰を落ち着けたら再開するのがなかなかだよ

807 :日本@名無史さん:2006/05/29(月) 23:01:09
資料(墓、位牌、過去帳など)は、なくならないけど
一番話を聞きたいジーサンバーサンは死んじゃうからなあ
酒屋さんも頑張ってるし漏れも手紙書くかな
100軒ぐらいあるけどw

808 :日本@名無史さん:2006/05/29(月) 23:10:01
人がいなくなるのが一番大打撃
あんなに回復していた岡田眞澄も亡くなったし

809 :造り酒屋:2006/05/29(月) 23:18:46
>>805さん、ありがとうございます。
実は、酒屋から帰ってきてから、4日目なのですが、
いつもは、すぐに皆さんにご報告をと思うのに、
今回は、書こうと思って書き始めてもなかなかうまくいかなくて、
結局、今日になってしまったんです。

酒屋に行くことができて、いろいろあって、力が抜けたと言うか、
軽い鬱状態でした。(ただ単に、準備や旅程が疲れただけかもしれませんけど)
結果もおもわしくないし、思うようにいかなかったからですね。

娘が幼くて思うように行動できていないので、
決して、がんがんやっている、というのではないのですが、
おっしゃるように、少し休むんで、いろいろ整理していくと
また、新しい気持ちになれるのかもしれませんね。
本当にありがとうございます。

>>806さん、
ありがとうございます。
そうですね、私も気持ち的には、いつも先祖探しに関わっていたいと
思います。
酒屋に行く日は、返事待ちだったのですが、その間が結構長かったので、
主人の方の戸籍を少しずつ取り始めました。
まだ、自分の父方も全然手をつけていないので、そのあたりも
はじめつつ、モードはいつもONにしていようと思います。
確かに、今までも気が重いことは後回しにしがちだったので、
腰を落ち着けすぎると、次に上げるのが大変かもしれないです。




810 :やすべぇ:2006/05/30(火) 00:30:22
本日、墓碑銘をデジカメで撮り、更に手で書き写しました。
結局、午前・午後を使っての作業となりました。
先祖マニアさんが提供してくださった年号、干支、西暦対応表が
ものすごく役に立ちました。
年号のあとの二文字がよく分からないときに対応表を見ると
その通りにすんなり読めました。

結局、元禄に亡くなった夫婦とおぼしき人たちに行き当たりました。
ただ、素直に受け取っていいものかと思っています。
というのは、名字の公称は許されていなかったと思うのですが、
寛政に亡くなった人で、俗名が名字付きで書かれている人がいて、
更に、その人の名字が私のいま名乗っている名字とは全く違うのです。
その人が入っている墓には全部で8人の墓誌が彫られているのですが、
俗名はその人だけ書かれています。
その墓石に彫られている家紋はいま伝わっているものと同じです。
その人については更に出身地らしい村名も彫られているようです。
他家の人間だけど、事情があって、高祖父1の本家の墓に入った、という感じなのでしょうか?
そんなことがあるのでしょうか?

他の疑問点についても、もう少し整理したら、是非、みなさまのお教えを請いたいと思います。

明日は、一旦、高祖父5の出身地とおぼしき場所
(いま調査しているところから15キロくらいのところ)へ初めて行きます。
今回は、現地調査というよりも、どんな地か前から気になっていたので、
とにかく現地を見てくるといった感じです。

早めに舞い戻って、明るいうちは高祖父3の墓碑銘の書き取り、
日が暮れたら図書館での郷土資料漁りをします。
(これで今回の休暇中にする調査は終わりです)


811 :やすべぇ:2006/05/30(火) 00:34:42
>>785
お寺にいらしたのですね。
過去帳を見せていただけたとのこと、何よりです。
そして、新しいご先祖も判明したとのことで、おめでとうございます。
ご住職の理解があったのも本当によかったですね。
(昨日は自分のことでいっぱいになっており、
ボンチさんのカキコにお答えし損ねてしまいました。お詫びと共に改めて)

>>799-801
一から調べ直しとのことですが、
たしかに一回転して、同じ点に戻っているのかもしれないですが、
ステージそのものは上がっているのではないかと思います
(すいません、全くの抽象的な表現で・・・)。
これまでの結果も何らかのヒントになるのではないでしょうか。

>>804
熱き想いが伝わることをお祈りしています。
両家に送る戦略も功を奏するといいですね。


812 :先祖マニア:2006/05/30(火) 01:24:09
>結局、元禄に亡くなった夫婦とおぼしき人たちに行き当たりました。
ただ、素直に受け取っていいものかと思っています。
というのは、名字の公称は許されていなかったと思うのですが、
寛政に亡くなった人で、俗名が名字付きで書かれている人がいて、
更に、その人の名字が私のいま名乗っている名字とは全く違うのです。
その人が入っている墓には全部で8人の墓誌が彫られているのですが、
俗名はその人だけ書かれています。
その墓石に彫られている家紋はいま伝わっているものと同じです。
その人については更に出身地らしい村名も彫られているようです。
他家の人間だけど、事情があって、高祖父1の本家の墓に入った、という感じなのでしょうか?
そんなことがあるのでしょうか?


お墓の苗字関しては考え方が二つあります
例えば明治以後にご先祖様が今までの墓を破棄してもしくは河原石程度だったものを
一斉に作ったために苗字があるという考え(墓が同じ形状もしくは比較的新しくありませんか
元禄の墓なら文字がそう簡単には読めないと思います)

もう一つは本当に昔からの墓で私称で名乗っていた苗字を墓に彫ったのでは
という考えです 名前が名乗れなかったのは公の場であって例えば村の神社に寄進した
時には苗字を名乗っていたという例もあります
(私の持っている資料では神社を作った大工の名前がありました 海老名だったかな)


813 :先祖マニア:2006/05/30(火) 01:25:03
明日も充実した日になりそうですね
頑張ってください



814 :先祖マニア:2006/05/30(火) 01:33:21
それにしても何で1名だけ苗字ありなんでしょうかね?
実際に見てみないと分からないですが・・・



815 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 09:36:40
1先定(天宝元年8月8日生)
                 17太三郎
2かく(弘化元年8月6日生)   (慶應3年4月11日生)     25祖父     
3先定(天宝元年8月8日生)
                 18婦志
4かく(弘化元年8月6日生)   (明治元年9月9日生)                父     
5金次郎(?生)
                 19儀右衛門
6?(?生)           (安政3年7月7日生)      26祖母     
7源次郎(?生)                          
                 20志津
8?(?生)           (安政3年6月5日生)
9太郎右衛門(天保4年4月?日生)                               ボンチ
                 21豊吉
10マキ(天保13年4月?日生)  (明治元年9月18日生)     27祖父     
11熊蔵(天保6年10月5日生)                   
                 22ヤス
12ミヨ(?生)          (明治元年2月10日生)              母     
13文左エ門(?生)
                 23文次郎
14フミ(天保9年10月12日生) (明治9年8月27日生)     28祖母 
15市郎右衛門(安政4年10月9日生)
                 24サヘ
16トメ(安政4年4月26日生)  (明治15年2月24日生)


816 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 10:08:29
・9、10・・・過去帳の没年より、推測誕生年月が判明しました。
・  14・・・23の兄の息子の除籍に14が在籍者・祖母として記載あり、14の誕生年月日判明しました。
    
23の兄の息子の住所は、お寺へ行った際に訪問した分家の人から教えて貰い判明しました。
もう一代上の、23の兄の除籍もトライしましたが、すでに明治44年除籍済み。80年廃棄済み。廃棄済証明貰いました。

13は過去帳から、明治43年死亡済みは判明。23の兄の息子の戸籍が編成されたのが明治44年ですので、その若干1年
前に死亡してしまった為、今回の除籍に在籍者として記載されておらずでした。
また過去帳にも享年が書いてないこともあり、13の誕生年月が未だ割り出しできずにいます。


817 :ボンチ:2006/05/30(火) 10:09:36
>>815,>>816は「ボンチ」です。


818 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 10:18:19
1、2と3、4が同じですが何故? 養子だったら実親書いたらどうかな

819 :ボンチ:2006/05/30(火) 10:59:02
17実親系を書きますので、暫くお待ち下さい。

820 :ボンチ:2006/05/30(火) 11:09:39
17の実親系

1孫七(文化13年11月15日生)
                 17太三郎
2そね(?生)          (慶應3年4月11日生)     25祖父     
3先定(天宝元年8月8日生)
                 18婦志
4かく(弘化元年8月6日生)   (明治元年9月9日生)              父     
5金次郎(?生)
                 19儀右衛門
6?(?生)           (安政3年7月7日生)      26祖母     
7源次郎(?生)                          
                 20志津
8?(?生)           (安政3年6月5日生)
9太郎右衛門(天保4年4月?日生)                            ボンチ
                 21豊吉
10マキ(天保13年4月?日生)  (明治元年9月18日生)    27祖父     
11熊蔵(天保6年10月5日生)                   
                 22ヤス
12ミヨ(?生)          (明治元年2月10日生)            母     
13文左エ門(?生)
                 23文次郎
14フミ(天保9年10月12日生) (明治9年8月27日生)   28祖母 
15市郎右衛門(安政4年10月9日生)
                 24サヘ
16トメ(安政4年4月26日生)  (明治15年2月24日生)


821 :先祖マニア:2006/05/30(火) 11:19:25
母方はこれで詰まったね
やったじゃないですか!!!

ご苦労さまでした
ちなみに9、10に関しては過去帳はあったけどやはり墓はなかったのですか?


822 :ボンチ:2006/05/30(火) 11:31:56
先祖マニア様 >>797 『11の旧村内には100%ない』とは言い切れませんね!

また私の悪い性格が出てしまいました。”人の話を鵜呑みにする”
「地元の人が教えてくれてる事なんだから、かなり確かな情報だろう」この考えはヤバイですね。

というのも、よくよく考えますと、12ミヨは明治18年時点で、今持っている除籍には在籍者と
して名が載っていないので、明治18年以前に地元で亡くなっている可能性もありました!、確かに。
(もっとも3人目の子供を生んだ、明治12年以降に離婚か何かして家を出た可能性も否定できませんが。)

823 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 11:35:04
>>821 誠に有難う御座います。ここまで色々な方々に人生相談も含めまして
多大なるご教示を頂き、やっとこさ母方高祖父母8名の名前が埋まりました!
先祖マニアさま含め皆様有難う御座います!(まだまだこれからもやることは
ありますから宜しくお願いします。)

824 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 11:37:36
>ちなみに9、10に関しては過去帳はあったけどやはり墓はなかったのですか?

そうです。やはり9・10の夫婦の墓だけまだ見つかっていません。
何故かその前後は見つかっています。
9・10共に地元で亡くなっている事は、今回過去帳から判明しているのですが・・

825 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 11:50:06
これが>>643 でお世話になった、太郎右衛門関係の墓石4っです。

http://www.fileup.org/fup86014.jpg.html

最左(道路側)の石が 「施主 太郎右衛門」になってて、もう多分太郎右衛門の
母と考えられるんです。他3個の石はこの石より更に、彫られている没年代は古いのです。

826 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 11:58:23
遅れましたが、造り酒屋さん、どうかがんばって下さい。冬・春が過ぎてこれからの季節、野外活動
がし易くペースアップ期待できる季節と、私は思っています。

827 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 12:46:01
一つ問題が出てきました。
市史「明治5年戸籍表」では9太郎右衛門は天保10年生まれとなるのですが、
過去帳の没年・月、享年(才・ヶ月)では5〜6年更に年上となりました。

小字が記載された過去帳を信用することにしました。また市史「33才」が「38才」
ならつじつまが合います。編集時”3”と”8”を間違えたのでしょうか?

それとも同姓・同名・男子供2名までも合致してながら、別人なのか、です。

828 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 14:55:53
墓に彫ってあった戒名をお寺で調べて貰うのはどうなったの?

確か月曜日に分かるはずだったよね

829 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 18:06:26
>墓に彫ってあった戒名をお寺で調べて貰うのはどうなったの?

昨日実施済みです。9、10関係の話です。
寺の回答で「慶応4年以前の没年は過去帳なし」と云われ、墓石>>643,>>825に彫ってあった7名は
、お寺の過去帳からは、ほぼ不可能となりましたので、とりあえずここまでとします。)

今一番調べるべきが9,10ですが、何故かこの墓場には9、10の2名と思われる没年が見つかりません。
でも9,10の2名だけが過去帳の保管年内に合致してそうだったので、この2名については墓石云々は関係
なしに、過去帳に載ってないかだけを、寺に頼んで調べて貰う事にしたのです。

その結果、やはりあって、9、10の2名の没年と享年が判明し、系統図を更新しました。 >>820 



9・10が明治7,8年没で過去帳が残っていました。

830 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 18:14:33
>>827の続き  9の生年月日が、市史と過去帳で5年ずれてました。
先程、博物館へ行きました。 戸籍の副本を調べて、家族構成を調べて再連絡貰う約束になりました。


831 :ボンチ:2006/05/30(火) 18:15:44
>>829 >>830はボンチです

832 ::2006/05/30(火) 21:45:41
先週請求した、8高祖母の実家の除籍が届きました。
もともとこの人は一度、高祖父と離婚してまた戻ってきているのですが、結婚時の
戸籍では母欄が空白になっていました。
で、戻ってきた時の記載には母の名前が入っています。
父親の方のみならず、母親の方もお願いしていたのですが、出てきたのは一通のみでした。

それとは別件で、とてもがっかりさせられたことが。
金曜日に該当役所から電話を頂いたのですが、その際に「一通しか取れないこと」
「母親は違う町の出身者なので取れない」ことを伝えられました。
一通しか取れないことについては、「これ以前はお作りしていないので」と
言われたので「廃棄証明をください」と言いました。
「廃棄証明は出していない」と言われ、このスレを思い出し、
「それでは何か一筆書いたものをつけてください」とお願いしました。
今日届いたものを見て、驚きました。
付箋に「これ以前はありません」と書かれているだけでした。
もうちょっとちゃんとしたものが届くと思っていただけにショックです。


833 :ボンチ:2006/05/30(火) 21:46:17
11,12の話をさせて頂きます。

今日、11の墓が見つかりました。場所は、やはり9太郎右衛門の近く(と言うか、同じ旦那寺だった
らしく、11は寺墓となっていました。)  妻12はこちらに引っ越してきてないので、こちらには
墓はないでしょう。 (11の地元近辺と考えられる。)

ここは昨日、9,10関係の過去帳を見に来たバッカリです。2回見回った事がありますが、今まで気
が付かない場所にありました。

と言っても、自分で見つけた訳ではなく、27の姉の娘の家に今日行ったのですが、そこで
聞いて分ったんです。

11の墓は引越し元・後の村 両方計5,6回探しても見つからなかったので、少しヒトシ
オです。

自分1人で探すより、近い親戚から接近していって聞いていくのが、墓の場所や本家の場所
探しは一番効率が良く時間も短時間で済む、と私個人的には感想です。

834 :ボンチ:2006/05/30(火) 21:55:33
>>832
私も、とある80年廃棄していない自治体において、保存なし証明を頼んで
作ってもらいましたが、予め「廃棄してないが保存がない」と判り易く書いて
くれと頼んだのに、「保存なし」のみしか書いてなくて、再度頼んだら、メモ書き
程度の付け加えが送られてきて、少し寂しかった というのはありました。

廃棄済み証明は、まだ一般的ですけど、保存なし通知書はどこも殆ど扱わないみた
いでイヤがる場合が多いとは感じています。

835 ::2006/05/30(火) 21:56:44
>>832
続きです。
「出せない」と言われた、その母親の本籍が同じ町内なのです。
電話で話した時には、「違う町なのでしょうか?」ときちんと尋ねましたが
「そうです」と言われました。
おそらく年の観点(戸主:嘉永三年生まれ、妻:嘉永五年生まれ)から、
出せなかったのかとは思いますが、それならそれで違う町を持ち出してごまかさずに
「(こちらも)これ以上は出せない」と言って欲しかったです。

結婚した次男が死亡→嫁が残される→三男(義弟)と再婚という、
ドラマなどに多用される事例がはっきり記載のある箇所もありました。

836 :造り酒屋:2006/05/30(火) 22:36:43
>>811 やすべぇさん
いつもあたたかいお言葉をありがとうございます。
ステージがあがっていると書いてくださってありがとうございます。
そうですね、今まで皆さんにおしえていただきながらやってきたことは、
少しずつですが進展しているわけですから、気を落とさずに、
また頑張ろうと思います。
先はながいですね。

>>826さん、
ありがとうございます。こうやって、いつも皆さんに励ましてもらって
今まで頑張れました。
おっしゃるように、夏は暑いですが、気持ちも開放的になりますし、
野外活動がんばらなくちゃ、ですね。

837 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 22:53:48
藤さん、本当にお疲れ様でした!

私の経験では5役場に1つはイマイチ信用出来ない役場でしたね。(藤さんと同じくごまかされた経験有り)
もっと仕事に誇りを持って誠実に対応して欲しいものです。

ご苦労様でした。

しかし廃棄証明出せないってなんでしょうね。

838 :先祖マニア:2006/05/31(水) 00:19:40
>>825

母かもしれないですし そうじゃないかもしれないですね
その隣の墓が夫婦で入っていますし 男の名前は半次郎なので同じ墓に入っている
人物は妻です だから 太郎右衛門の両親の墓ではないでしょうか?

若しくは先妻かもしれないですね 墓自体は新しそうなの気がしますが
あと3つめは割れていますね 前の書き込みで犬がおしっこをしたと書き込みが
あったので ?? と思いましたが写真みて納得しました このようなところに
墓あるとは驚きです。今では誰も墓参りをしている人はいないと思いますので
ボンチさんが責任をもって墓参りをしてあげてください
周りの草を刈って お花を添える道具(土にうめて倒れないようにするもの)を
買って また造花を入れておけばいつでも見た目きれいですよ 
あとは今度は水をしっかり持っていき隅から隅までブラシ等できれいにして
苔もとり彫ってある字も掃除して お米を供えるなり お酒をかけるなりして
線香を供えれば 完璧な先祖供養になるのでは・・・

犬もおしっこしません(笑)

839 :先祖マニア:2006/05/31(水) 00:28:46
>>827

おそらくそれは市史のほうが間違いなのかもしれないです

それとも同姓・同名・男子供2名までも合致してながら、別人とは考えにくいので

910の墓はどこにあるんですかね?
写真の墓は21豊吉が転居する前にすんでいた家のちかくなのですか?
それとも全く違うところ? 
全く違うのなら 転居する前に住んでいた太郎右衛門も住んでいたところ
付近をよくよく探すのはどうですか

住んでいた付近ならば分かりませんが
それとこの写真の墓の近く(半径100m)位をじっくり調べましたか?
ひょっとしたらこの墓の60m奥とかに墓が倒れて草木で分からなくなっている
とかありませんよね!!!
私の先祖の墓でも(前にUPしたもの)家の裏にあるのに 一つだけ
全く違う場所にある墓がありました(家の裏にある墓よりも新しい墓)

この墓の周りをくまなく見て廻ることもお勧めします。
それとおばさんに他には墓がないか聞いてみる


840 :先祖マニア:2006/05/31(水) 00:33:45
>>833
>自分1人で探すより、近い親戚から接近していって聞いていくのが、墓の場所や本家の場所
探しは一番効率が良く時間も短時間で済む、と私個人的には感想です。

そうですね また逆にいうと教えてもらわなかったら
たとえ存在してても絶対に探し出せないということです
親戚はとても重要な要素です 


841 :先祖マニア:2006/05/31(水) 00:38:41
>>835
電話で話した時には、「違う町なのでしょうか?」ときちんと尋ねましたが
「そうです」と言われました。

そんなときにはではどこの町ですかと聞いて見ましょう
『○○村は現在の△△町ですよねだったらここと同じ行政区域ではないですか?』
とかありかもしれません

イメージ的に藤さんの請求する役場って戸籍事務に長けていない人がやっている感じがします。






842 :やすべぇ:2006/05/31(水) 00:50:29
今回の調査旅行から帰ってまいりました。
足も、日焼けした首筋も痛いですが、
現地調査をすることができたことで、それさえ心地よい気分です。

今日は、空模様も読んで、午前に高祖父3一族の墓碑銘を書き写し、
高祖父1の本家の墓も、昨日読めなかったところを再度読んでみました。
先祖マニアさんが以前、時間・季節などを変えて墓碑銘を読むべし、
と発言なさってましたが、正に、日差しの違いで今日は浮かび上がってきたものもありました。

午後、高祖父5の出身地らしき場所へ行ってきました。
無人駅を降り、田んぼとともに、穂が実り始めた麦畑も広がる穀倉地帯の中を歩き回りました。
子供だった曾祖父19はこの中を走り回って遊んだのだろうか、
などと、往時に想像を馳せてみました。
(実際は本籍があったというだけで、住んでいたかどうかについては傍証しかないのですが)

調査は、寺内・寺外の共同墓地と神社の奉納者とを確認しましたが、
墓については同じ姓だが家紋が違うものを一つ見つけただけ、
神社は同じ姓の奉納者を見つけただけで、関係は一切不明です。

曾祖父19の本籍と同じ番地に、街道沿いの和菓子屋さんがあったのですが、
雷雨がそこまで迫っていたのと、電車の時間が迫っていたのとで、
聞き取り調査の余裕がありませんでした。
関係ないかもしれないですが、何かヒントが得られたかも知れず、惜しかったです。

この後、ものすごい突風と雷雨になりましたが、どうにか免れ、
残りは図書館で市史を調べるも、特筆すべきことはありませんでした。

高祖父5の系統は、戸籍の前戸主名で高祖父5の父まで分かってますが、墓は分かっていません。
東京に出てきてからの菩提寺の過去帳を古いところまで一応調べるのと、
今日訪れた場所の同姓の人への手紙で進めてみようかと思います。旧土地台帳も一応。

843 ::2006/05/31(水) 00:52:34
>>841
>そんなときにはではどこの町ですかと聞いて見ましょう
『○○村は現在の△△町ですよねだったらここと同じ行政区域ではないですか?』
とかありかもしれません

高祖母の母親の本籍は、父親の本籍と同村内(小字・大字なし)なんですよ。
それだけに「どうしてだ!」という気持ちが強いです。

>戸籍事務に長けていない人がやっている感じがします。

これは当たっているような気が自分でもしています。








844 :先祖マニア:2006/05/31(水) 01:07:36
>>842

やすべえさんお疲れ様でした
いろいろ収穫がありましたね、やはり行動を起すと結果がでますね!


墓碑があるということはかなり名家ですか?

>曾祖父19の本籍と同じ番地に、街道沿いの和菓子屋さんがあったのですが、
雷雨がそこまで迫っていたのと、電車の時間が迫っていたのとで、
聞き取り調査の余裕がありませんでした。

今度はその和菓子屋さんに聞いてみてはどうですか?同じ番地なら
今の和菓子屋さんのお父さんかおじいさんがその土地を購入しているので
ひょっとしたらなにか分かるかもしれません 
今でも代わりに盆や彼岸に墓をきれいにしているかも知れないですしね
していなくても親父の代まではやっていて場所は知っているとかあるかもしれません



845 :先祖マニア:2006/05/31(水) 01:18:54
>>843
>高祖母の母親の本籍は、父親の本籍と同村内(小字・大字なし)なんですよ。
それだけに「どうしてだ!」という気持ちが強いです。

明日再度役場に電話してみたらどうですか
というか絶対に言うべきです!! 
相手に違う町だという理由を説明させる 強気にでも丁寧に
相手もしどろもどろになるので そこで再度調べ直させる

嘉永だからないと思っていませんか?
関係ないですよ除籍は別にこの人が生まれた年で決まるのではないですから
もう一度調べることを希望します

まさに
高祖母の母親の本籍は、父親の本籍と同村内(小字・大字なし)なんですよ。
これを突っ込めば相手もヤベーと思います

しかし 役場のひとはあれ番地がないから調べれないとかいうと思います
そこで この役場の高祖母の実家の姓をすべて調べてから(一枚一枚みてくれ
といえばいいのでは?)

お宅の役場は本来同じ町なのに嘉永年間の出生ということで暗にこの町では
ないといいましたね? この村ということは確定しているので同姓の戸籍を
見てから絶対に探してくれ  といってみましょう!!

846 :やすべぇ:2006/05/31(水) 01:31:34
先祖マニアさん、ありがとうございます。

>>812
一応、墓石の配置を整理しておくと、
比較的新しそうなものが手前に3基、部分的に崩れ始めているものが裏に4基あります。
手前の3基は台座にいま使っている苗字が彫られていますが、裏の4基にはありません。
手前は明治になってからまとめたもの、裏はそれ以前にまとめたものかなと思ってます。
元禄と彫られたものは裏のもので、享保に死んだ人の墓碑銘もまとめて彫られています。

別の苗字が彫られていたという件ですが、先祖マニアさんのご教示で見えてきた点もあるように思いました。
その墓石は手前のものですが、明治に作られてたものと考えれば、苗字があってもおかしくないですよね。
台座に掘られた苗字を名乗る人ではないことを示すために、
その人だけ俗名を苗字付きで書いたのかなと想像してみました。
もっとも、なぜ違う苗字の人が一緒に彫られているか、全く不明ですが。

>>844
墓碑銘といいましたが、墓石に彫られた墓誌のことでした。すいません。
和菓子屋さんには絶対に聞いてみようと思っています。

847 :先祖マニア:2006/05/31(水) 01:36:55
デジカメで撮らなかったですか?

848 :先祖マニア:2006/05/31(水) 01:41:37
>その人だけ俗名を苗字付きで書いたのかなと想像してみました。
もっとも、なぜ違う苗字の人が一緒に彫られているか、全く不明ですが。

推測ですが 
ボンチさんの11熊蔵の例もあるように娘の嫁ぎ先に厄介になり
そこで亡くなったとか  
こういうこともあるかも知れませんね 

849 :やすべぇ:2006/05/31(水) 01:48:47
撮りました。確認を進めています。

その可能性もありそうですね<娘嫁ぎ先にお世話
マスオさんみたいなこともありますかね?

850 :ボンチ:2006/05/31(水) 06:54:37
遅れましたがやすべぇさん 充実された活動のようでお疲れ様でした。

9太郎右衛門関係の墓の事   >このようなところに墓あるとは驚きです。

この墓地、現在まで約100年間、21豊吉名義のままになっている可能性があります。現在調査中です。 
先日綺麗に掃除し、花も添え線香も炊いたのですが、アップ写真で苗字が出てしまい、この汚い写真を載せ
て失礼しました。

27の姉さんの娘の方(82才)が昭和45年まで9の近くに住んでいましたので、話を聞きましても「墓石は昔から3個」
と言いますし、また私の母親の妹は「4,5個あった」と言いますし、皆マチマチなのですが、
唯一、裏手の家の方が「昔はこの墓地がもっと縦長で墓石も沢山あった」と語っていまして、この発言が気になっております。
約10m離れた畑の中に、裏手の家の方の苗字の古墓石が7個程ありましたが、ウチとは関係ありませんでした




851 :先祖マニア:2006/05/31(水) 11:13:19
ボンチさん
よくよく写真見るとこれ本当にここの場所に昔からあったとは考えにくいです

まず墓ですが全ての墓に台座がありません (墓の一番上の部分しかない)
また墓と墓の間隔があまりにも詰めすぎです (本来なら50cm以上は離しませんか?)

どこかにあった墓を移動したとは考えられませんか?
姉の娘 母の妹 裏手の家の方の3人に写真を見せて本当に昔から
この場所なのか?と聞いてみる方がいいのでは

左に道がありますがこの道ができたために墓の場所を移動したとかは
ありえませんか


852 :ボンチ:2006/05/31(水) 12:40:19
>アップで載せれればベストでした。台座は左から2番目があります(殆ど土に埋まっています。)

27の姉の娘(82才)には写真見せました。この人は「昔から3個しか無かった」と言いました。
(実際は4個あるんですけどね)  でもこの人の記憶は昭和30年前後の風景と想定されます。

旧土地台帳・・屋敷+この墓地を21豊吉が明治期に所有していますので、大方の線では昔からここ
では?と個人的には思っているのですが・・

昔は左の砂利道が無く、そこまで縦長に墓地が(私の先祖の分だけと思いますが)あって、道が出来
た時にこの墓地も削られて半分(今、ほぼ正方形に縮小)になったと、裏の住人は私に説明しました。

これが少し気がかりなのですが、その以前あった半分は、恐らく11熊蔵ではないのか?寺に移したのでは?
などと想像しています。

ちなみに、今日もこの写真の場所に行き、今までと違う場所に目を配ってみたり、草むしりしながら9の
墓がポツンと離れて置いてないか、調べましたけど、有りませんでした。

だんだん草木が生い茂ってきており、こういうのは冬場の方がいいですね。

853 :ボンチ:2006/05/31(水) 17:25:37
再び9関係の墓を訪れ、裏の家の方の石が固まっている辺を、許可を頂いて探してみました。
(フェンスの内側から捜索)
8個石がありましたが、9太郎右衛門の戒名(過去帳から判明)は書いてありませんでした。
また、このお宅の8個とも、かなり年代的には古いものと察しられます。

ここで疑問が湧いたのですが、21の兄である留吉(明治18年には弟である、21豊吉へ相続
してしまっている) の、それらしき墓も一緒に見つかっていません。
ここもに引っかかるものがあります。

11熊蔵が晩年9の隣に引っ越してきて住んでいて、現在11の子孫の方の家も判明しました。
(これは27の姉の娘(82才)に聞いて場所が判りました)
に聞けば、何か分かるかもと臣い、行きましたが、再度都合良い日に折り合う約束を得ました。


854 ::2006/05/31(水) 19:48:13
先祖マニアさん、アドバイスありがとうございます。

今日、再度電話をしました。
先方役場が「違う町」と言ったのは、高祖母の母ではなく、戸主の母(高祖母から見て祖母)の
ことでした。
が、その人も同じ村内なんですよね。
「○○郡(→隣の郡)の出身なので〜」と言っていたんで、長女(つまり高祖母)の
嫁ぎ先と完璧に勘違いしています。
もうどこからツッコミ入れたらいいんでしょうかって思いましたね。
高祖母・母親・戸主の母親ともに確かに似た名前ではありますけど。
手書きの略図も見てませんか、そうですか。
判りやすいように、赤丸までつけたのに。

二度手間ですが、再申請しようと思います。
出す前に電話をくれたなら、『全部ください!』と叫んだのに。
「古いから、出せるかどうかわからないです」と言われましたが、出ると信じます。

855 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 20:25:58
私の五世祖父は大正後期〜昭和初期かけて町長でしたが
大隈内閣閣僚の息子の子爵らと公式行事で記念撮影した写真が郷土資料に載っていました
自分の先祖が公的記録に載っているのは五世孫としては感激ですが
これだけ前の先祖の写真て一般的には珍しいでしょうか?

856 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 20:32:37
大正から昭和初期の写真は珍しいが皆無ではない

しかも町長をされていたなら写真がある確率高い

857 :先祖マニア:2006/06/01(木) 00:04:05
http://www.imgup.org/iup215183.jpg

>>852

UPした画像のように下に台座が普通はあります(埋もれるのもちょっと・・・)
半分になったのならその半分の墓はどこにいったのでしょうか?
お寺ですかね? でもお寺には行って確認をしていますよね?

>11熊蔵が晩年9の隣に引っ越してきて住んでいて、現在11の子孫の方の家も判明しました。
これが理解できません 教えてください

11熊蔵は 娘の嫁ぎ先である豊吉のところに転居した
それは熊吉が70歳すぎてからのこと
(しかもかなり距離がある50キロくらい)

11の子孫の家ということは
熊蔵は一人で着たのではなく息子と来たということになる(当時の息子もすでに40歳近くか?)

何故熊蔵は子供たちと遠くの娘の婚家近くに転居したのだろうか?

早く子孫の方にあえるといいですね 

858 :先祖マニア:2006/06/01(木) 00:10:01
>>854

とりあえず調べてもらえてよかったですね
やはりかなり分かっていませんね
これは攻略するのに骨がいります

何回も何回も説明しないと分かってもらえないですね
メールでやり取りした方がいいかも知れません

メールに家系図を添付してから説明文をのせて理解してもらう
そうしないと電話ではかなり苦戦を強いられます


>「古いから、出せるかどうかわからないです」と言われましたが、出ると信じます。
でる根拠をうそでもいいから言いまくるのはどうですか?

・戸主が嘉永でも90歳まで生きれば昭和10年くらいになるとか
・別に戸主が亡くなってもその戸籍に記載された人物が除籍された年代が
 遅ければ除籍の年月日もずれてくる
など色々言って可能性を示唆してみましょう


859 :ボンチ:2006/06/01(木) 07:31:38
>(埋もれるのもちょっと・・・)
これ台座ですよね?→http://www.fileup.org/fup86337.jpg 線香置く為の(?)凹みもあるようですし・・
この凹みのある敷石が傾いてたので、水平に直そうと掘ったら、かなり高さのあるものと途中で気付いて止めました。
親戚の多くはこの場所を知っていながらここまで廃れてて、お粗末で恥ずかしい話です。

>半分になったのならその半分の墓はどこにいったのでしょうか? お寺ですかね? 
個人的にはそれが、こないだ寺で見つけた熊蔵の墓なんじゃないか? そして以前はこの場所に9太郎右衛門と一緒にあったのでは?
と勝手に想像しています。
熊蔵の長男の子孫の方の家が近くにあると判明したので今度聞く予定です。

>11熊蔵が晩年9の隣に引っ越してきて住んでいて、>これが理解できません。 
先祖マニアさんには既知ですので説明が重複ぎみにしつこくなてしまいました。

>現在11の子孫の方の家も判明しました。 >これが理解できません 教えてください   
11熊蔵は長男も引き連れて引っ越してしてるんですけど、その長男の末裔が、寺の近くに現在住んでいる事が判明しました。

>11の子孫の家ということは、熊蔵は一人で着たのではなく息子と来たということになる?
そうです。熊蔵の弟・繁蔵の除籍に書いてありますのは、明治33年分家 11熊蔵(この時65歳)、熊蔵の長男(25歳)
次女(21歳)及び次女の長女(5歳)・・・合計4名です。
確定してないですが、多分熊蔵の長男の末裔と言うことに、普通はなりますよね?

>何故熊蔵は子供たちと遠くの娘の婚家近くに転居したのだろうか?
これについて私も知りたいところでして、今度熊蔵の長男の子孫に会うのを楽しみにしています。


860 :先祖マニア:2006/06/01(木) 07:59:36
まさかとは思いますが 残りの墓は地面のなかにあったりはしませんよね?

熊蔵の墓はお寺にあるのですか?
お寺のはか全て確認しました? お寺の全ての墓を確認した方がいいです
まさかこんなところにないだろうという思い込みを捨てて 住職さんに
墓の場所を全て聞くくらいの意気込みで!!

熊蔵の長男は遅くにできたのですね
熊蔵の家と太郎右衛門の家はかなり距離がありましたよね?

熊蔵の子孫の方が墓を管理していればいいですね
楽しみです

861 :ボンチ:2006/06/01(木) 08:14:51
送って頂いた写真の台座の高さと、私が土を掘って感じた高さは同じ位です。やはり台座っぽいです。

可能性としてですが、9・10及び21の兄の墓は、土の下に埋まってるかも知れません。と言うのは、
裏の家の人の話、「昔は写真左手側がもっと窪んでいて水田が広がっていた」。 現在は水田を埋め立てて住宅地です。

この際、横の道も広げてます。色々やってるうちに埋まっちゃったのかな?などと想像し始めてます。
でも調査は今後も気長に続けます。もっと近隣の多くの人から話を聞きたいです。昔の写真などが出てくればしめたものですが。

862 :ボンチ:2006/06/01(木) 08:32:24
>熊蔵の墓はお寺にあるのですか?
はい。おかげさまで見つかりました。古い石は在りませんが、墓碑には熊蔵自身の名前、長男の名前もありました。
そしてこの地で後妻をもらってた様です。

>お寺のはか全て確認しました? お寺の全ての墓を確認した方がいいです
まさかこんなところにないだろうという思い込みを捨てて 住職さんに
墓の場所を全て聞くくらいの意気込みで!!
・・なんか、住職さんも、もう分からないような感じでしたけど・・またトライしてみます。

>熊蔵の家と太郎右衛門の家はかなり距離がありましたよね?
熊蔵が引っ越してきたのが約2700番地、 太郎右衛門の家が2800番地です。 単純に約100番台の距離という
感覚ですか。 今度伺う11熊蔵の子孫の家の位置が、そのまま昔からの場所なのかどうか?ですよね。
聞けばすぐ判るとは思います。


863 :先祖マニア:2006/06/01(木) 08:49:57
近隣の人には色々聞いた方がいいでしょう
墓の近くの家の人だけではなくでもっと広範囲の人に
墓が埋まっていたらツライですね ただなぜ左から2番目だけ台座が
あるのかな?と思いました本来なら全部のあるのに・・・

熊蔵の前に住んでいたところからは相当距離がありましたよね?

65歳以上で後妻ですか やりますね

864 :先祖マニア:2006/06/01(木) 08:55:02
台座のある墓は相当痛んでいますね

墓石自体が一回割れているのを補修していますし
真ん中当たりが欠けています
また全体的に欠けているところがありますし
普通においてあればこんなにはなりません

廃棄されたものをまた復活させたような気がします
そこら辺の事情も色んな人から探って見ましょう


865 :ボンチ:2006/06/01(木) 09:01:11
>近隣の人には色々聞いた方がいいでしょう
これに関しては、期間をかけて気長にやっていきたい感じです。

>左から2番目だけ台座があるのか?
右側2個は、(表面上は)全く台座無しです。もうポンと置いてあるだけ。
一番左のが、あったような気もしますが・・再確認要です。

>熊蔵の前に住んでいたところからは相当距離がありましたよね?
はい大分距離あります。この辺から50キロ先の市内です。


866 :ボンチ:2006/06/01(木) 09:11:01
>台座のある墓は相当痛んでいますね
この辺りの河原沿いの石場から昔は墓石を造っていたらしいのですが、砂分が多く含まれており、
割れやすいとの事です。   真っ二つに割れています。欠けた石も見つかりません。

867 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 12:08:27
祖父の謄本を生から死まで請求したところ、曾祖父が戸主の謄本が入っていました。

で、この中に色々と前世代の名前が入っていました。

1.曾祖父の養父
2.曾祖父の実父
3.曾祖父の実兄(曾祖父は実兄の戸籍から入籍)
4.祖父の実母の実父
5.祖父の妹の養父
6.祖父の弟の養父
7.曾祖父の継婦の実父(祖父の実母没後入籍)

このうち、自分が請求出来るのは4までですよね?
6は1家からの分家らしいのでそちらで出てくるかも知れませんが。


868 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 13:21:05
そうだね
5、6、7はとれない


869 :867:2006/06/01(木) 15:12:33
今まで曾祖父は夫婦養子とも婿養子とも昔に聴いていたので、どちらかなと
思っていたのですが、今回の謄本ではっきりしました。

曾祖父は三度結婚しており、867の4の前に最初の結婚をしていますが、
その相手が867の1の実娘で婿養子と為っていました。
その妻が病没したため、4を後妻に迎えていたので、夫婦養子も婿養子も
どちらも正しかったと云うことに。


870 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 15:29:12
戸籍みたら一発で分かるからいいよね
人生の縮図だ

871 :造り酒屋:2006/06/01(木) 19:03:30
>>801 の▲▲寺と××寺に電話をしてみました。
××寺は、留守で、▲▲寺の住職と話ができました。

私が探している先祖の姓は、この3つのお寺が関わっているが、
私の簡単な話だと、他の二つの可能性のほうが高いと思う。
しかし、戸籍などがあるのなら、郵送してくれれば、チェックして
送り返してあげる、と言ってもらえました。
もうひとつのお寺には、その後で連絡を取ってみたほうがいいと
おっしゃったので、そうしようと思います。

今まで調べたものをわかりやすくまとめて、送ろうと思うのですが、
一緒にお布施で商品券を送ろうと思っています。

母と話して、一応3000円分入れて「足りない分は請求して欲しい(と書くのもどうかと思うのですが)」と
いう趣旨で送ろうと思うのですが、
こういった場合の相場はどれくらいなのでしょうか。

私は、郵送で調べていただけるのは、今の自分の状況だと、
とてもありがたいことだし、5千円でも、場合によってはそれ以上でも
まったくかまわないのですが、
まだ、今の状況だと、このお寺の檀家かどうかは、分からない状況なので、
どうしたらよいのか、アドバイスをお願いします。

ちなみに、私の先祖は、その地では断絶(娘が家督相続して、結婚せず死亡していた)している
可能性が高いと思っています。
お嫁に行った誰かの子孫がお墓を守って入れくれればいいのですが、
どうなっているのかは、今はまったくわかりません。

872 :先祖マニア:2006/06/01(木) 20:03:55
お布施の件ですが

私は1万円の現金が相場かなと思っております(それ以上はこれまた必要ないと思います)
わざわざ戸籍を郵送してくれればチェックしてあげると言って頂ける和尚さんはそうはいません、
ですからこれ位は必要かなと思いました
しかしこのお寺でたとえ残念な結果になってももったいないとは思ってはいけませんよ

その和尚さんが時間を割いて調べていただいた行為に感謝の意を示す
謝礼だと思ってください(だからこれ以上はいいかなと思いました)

実際にこのお寺で(または別のお寺でもいいですが)先祖の名前が発見できて
遡れて今までの苦労が報われたと思えばその時に別途またお布施を供えればと思います。

873 :ボンチ:2006/06/01(木) 22:07:50
他愛もない報告になってしまいす。

今日15,16の墓を見に行きました。最近ご主人が亡くなられて49日が終わったばかりとのことで、
まだ相続も終わってない、との話だったので、余り深入りせず帰ってきました。
しかし墓は少し見せて頂けました。高祖父などの戒名が一部判明しました。

最近多く目にするのが、「襲名」と「別名」で、高祖父及びその上の代辺りにやたら多いのですが、
調査の支障にもなっています。

除籍に載っている没年と同一年月日が墓石に彫ってあるのに、墓石に彫ってある名前は違っている、
というパターンです。

874 :やすべぇ:2006/06/01(木) 22:50:48
なかなか調査結果をじっくり見直せないでいます。
調査は、現地での活動も大事ですが、事後の解析も大事だなと実感しております。

>>854
私は、二枚の申請書を同封し、二人分の廃棄証明を申請したのに、
一枚しか届いておらず、電話で問い合わせたら、「手違いでした」の一言でした。オイオイ・・・
後から送ってもらいましたけど、互いに無駄だし、二度手間です。
ちゃんと調べて、廃棄証明を出しているのかさえ疑わしくなってしまいます。
なんにしても、除籍謄本が届くことを祈っております。
廃棄ではなく古くて出ない場合は、その役所独自の証明があれば、それを、
なければ、不在籍証明というのが出るかお問い合わせになったらいかがでしょうか。
不在籍証明は古くて出ないことを直接証明するものではないですが
(単に現在保存してないということしか証明しません)、間接的な証明にはなります。
自治体によって対応に違いはあるようですが、普通は出しているのじゃないかと思います。

>>873
>最近多く目にするのが、「襲名」と「別名」で、高祖父及びその上の代辺りにやたら多いのですが、
>調査の支障にもなっています。
襲名については、今回の現地調査で少し感じました。
高祖父の父(五世祖父でいいんでしたっけ?)は天保3年に死んでいますが(本家の過去帳で判明していた)、
今回の墓石調査により同じ名前で天保2年に死んでいる人がいることが分かりました。
代々襲名しているのかなと思ったのですが、続けて二人も当主が亡くなり、
大変だったんじゃないかと想像しています。
「別名」というのは襲名している名前以外に名乗っていた名前があるということですか?
ともかく、どの人のことを言っているのか分からなくなるのは混乱しますよね<襲名・別名

875 :ボンチ:2006/06/01(木) 23:01:06
>「別名」というのは襲名している名前以外に名乗っていた名前があるということですか?
実は、まだ良く分からなくて、そう書いてしまったのですが、「俗名」とか「忌み名」とか
「いわみ名」とか言う物と違うのか?一緒なのか?判らないのですが、

とにかく、人物特定が出来ずに、理解するまでに時間がかかってしまう場合が時々あります。

876 :ボンチ:2006/06/01(木) 23:05:07
>「別名」というのは襲名している名前以外に名乗っていた名前があるということですか?
そうです。生存中に、戸籍に載っている襲名(父親と同じ名前)とは別個の名前で、通ってて、普段は、その別個の
名で生活していたような感じで話されてました。

877 :やすべぇ:2006/06/01(木) 23:07:33
あぁ、私にもあります。
私が見たのは、代々、例えば、「清左衛門」を襲名しているけど
(これは除籍で確認したものです)、
墓石には「慶次郎」とか「栄助」といった名前が彫られているというのがありました。
なんにしても、別名っていろんな種類があるのかも知れませんね。

878 :ボンチ:2006/06/01(木) 23:15:27
言われているのと同じケースです。しかも3代続けて代々同じ襲名とかもあります。


879 :やすべぇ:2006/06/01(木) 23:23:34
続きますよね。私も4代というのがありました。
襲名は親子での相続だけですか?
兄から弟への襲名ってありますか?
高祖父1の兄(総本家の兄と高祖父1との間の兄)の子孫では
どうも兄弟襲名が行われたようです(実は、従兄弟襲名? 叔父甥襲名?)

880 :だご:2006/06/01(木) 23:23:46
読めない字があるのですがUPしてみてもいいですか?

881 :やすべぇ:2006/06/01(木) 23:27:57
お願いします。
みなで調べてみましょう。

882 :だご:2006/06/01(木) 23:32:56
おねがいします
ttp://www.imgup.org/iup215617.jpg.html
パスはdagoです

883 :だご:2006/06/01(木) 23:35:53
もいっこ
ttp://www.imgup.org/iup215626.jpg.html
やっぱりパスはdagoで。。。

884 :だご:2006/06/01(木) 23:42:18
15の高祖父の名が前戸主欄に記載されている除籍謄本のものです。
(明治19年戸籍です)
それには15の母親が現戸主の祖母として記載されており(文政元年生まれ)
彼女の夫、父親の名前も知ることが出来ました。
やった!もうけもん!!と喜んだのもつかの間、
くずし字が素晴らしすぎて解読できませんでした・・・
くずし字辞典は必帯ですね。
とりあえず土曜日に図書館で調べるつもりでいましたが、
うずうずしてしまって(^^;

皆様現地調査バリバリやっておられて羨ましいです。
羨望の眼差しでロムさせていただいています。
私も早くデジカメ買ってお金貯めて現地に飛んで行きたいです。

885 :やすべぇ:2006/06/01(木) 23:45:39
一つ目は、例の字のすぐ下は「長女」ですか?
左は木偏のような気もするのですが。

二つ目は・・・
難しいですねぇ。

886 :やすべぇ:2006/06/01(木) 23:48:28
それにしても、戸籍で6代前まで分かったんですね。何よりでした。
あとは、解読ですよね。

887 :先祖マニア:2006/06/01(木) 23:49:25
一つ目は林のような気がします

二つ目は分かりません

前後の文章で分かる場合もあります
ないもいじくっていないまっさらなデータをUPしてもらえませんか?
それともう少し上からとって前後の文章が分かればまた違うと思います
(字がぼやけますか?) 

888 :だご:2006/06/01(木) 23:51:14
そうです。一つ目は「某○七長女」あとは入籍と続きます。
祐の字かなとも思ったのですが、難しいでしょ?
二つ目は ○次彦妻 と書いてあります。
最初○は彦だと思っていたのですが、彦はちゃんとあるし。

除籍謄本、奥が深くて面白いですよね。


889 :だご:2006/06/01(木) 23:55:10
ttp://www.imgup.org/iup215649.jpg
いっこめ

890 :先祖マニア:2006/06/01(木) 23:59:02
一枚目は
内田林七ではないでしょうか?


891 :だご:2006/06/02(金) 00:02:15
ttp://www.uploda.org/uporg406179.jpg.html
にこめ

携帯のカメラしかなくてすみません。

木偏にみえます?最初「枯」かとおもったんですよ。
でも、「枯七」なんてありえないと思いまして。
林かもしれませんね

892 :だご:2006/06/02(金) 00:05:28
林でしょうねー
近くで見ると意味不明なんですが、
遠目で見るとホント林に見えます(笑)
やすべぇさん、先祖マニアさんありがとうございます!


893 :やすべぇ:2006/06/02(金) 00:06:00
一つ目は、私も林だと思います。

二つ目は、苗字の一部ですか、名前の一部ですか?

894 :だご:2006/06/02(金) 00:09:03
名前の一部です。
例えば「亡祖父○次彦長男」と記載があります。


895 :やすべぇ:2006/06/02(金) 00:12:06
そうすると、冠っぽいものが上にあって、名前に合う字ですよね。
いまは読めなくても、突然、読めるということもあるように思います。

896 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 00:12:32
二つめの候補として「道」「常」「藤」「蔵」がありそう。
モレのパソコンだと、ほとんど見えないだが・・・

897 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 00:17:30
>>894
常次郎の線はない?

898 :先祖マニア:2006/06/02(金) 00:25:27
これは15の息子の戸籍に祖母として記載されていますよね?

ということは苗字は記載されないのでは?
(同じ苗字なので)
林七は違う苗字なので苗字も記載されましたが
2枚目は○治○妻と見えます
ということは 苗字は書いてないとおもいますので

3文字の名前になるのでは?

でも 解読できない・・・

899 :先祖マニア:2006/06/02(金) 00:28:43
夫○治△妻  ですね

○と△ホント難しい

900 :だご:2006/06/02(金) 00:40:13
>>895
いつか閃くかもしれませんね。
土曜日までにじっくり楽しみながら考えます^^
>>896
見えにくいのに考えてくださって有難う御座います。
やっぱ、携帯のカメラじゃ無理がありますね
>>897
○次郎だったら考えるのも容易かったかも。
どう見ても○次彦なんですよねぇ
妙な名前つけたもんだなぁ
>>898
その通り名前三文字のようです。
くずし文字って難しいですね。
図書館でしっかり調べてみますね。

お休み前に妙な質問で申し訳ありませんでした。
皆様にへんなこと考えさせてちゃんと眠れるか心配。

901 :先祖マニア:2006/06/02(金) 00:48:27
その図書館には併設で古文書館はありませんか?
あれば直接みせて教えてもらうのもいいです

また 役場に直接聞くのもいいのでは?

人の名前ほどおかしいのはたくさんありますので大変ですが頑張ってください



902 ::2006/06/02(金) 01:10:20
だごさん、写真見せていただきました。
一枚目は皆さんおっしゃるように「林」ですね。

二枚目は「藤」かなと思います。
最初、「前」にも見えたんですが、それだと左側に字の重きが来るような気がします。
それと「○次彦」は決定なのでしょうか?
「次」の字が「治」にも見えないこともないのですが。

903 :造り酒屋:2006/06/02(金) 02:02:04
>>872 先祖マニアさん

的確なアドバイスありがとうございます。
現金で1万円お布施の封筒に入れて戸籍などと一緒に同封しようと思います。

先日、皆さんに書き込みしていただいて、少し楽な気持ちで、休み休みやっています。
でも、このスレッドだけは、毎日何度かのぞかせてもらっていて、
気持ちだけは、ONの状態でいられるような気がしています。

思いがけず、ご住職に、郵送することになったので、明日はまた
手紙を頑張って書こうと思います。

ここを、拝見していると、皆さん本当に頑張っていらっしゃって
やっぱり「自分もがんばらなくては」と思いますね。

904 :ボンチ:2006/06/02(金) 07:53:09
>>897
>襲名は親子での相続だけですか?
私の15と、その上の襲名感は、いとこ同士の様です。
同時に「絶家再興」もにしています。直系を継ぐべき本人が途絶えたので、
本人の弟の、次男に襲名させて、そこが今の本家になっています。

905 :ボンチ:2006/06/02(金) 07:59:54
>>879の間違いでした。 それと「いとこ間」というより、「オジと甥間」と言った
方が正しかったでしょうか? つまりやすべぇさんが考えている一つに当て嵌まって
いケースでした。 

906 :だご:2006/06/02(金) 18:58:25
>>901
残念ながら古文書館ないんですよ。
でも、明日現物持っていくので調べた上で聞いてみるつもりです。
詳しい職員の方がいらっしゃると思いますので。

>>902
「○次彦」は私の思い込みです。
思い込みほど危ないものはないので頭を柔軟に柔軟に・・・
頭をまっさらにして明日調べてきます。

皆様本当に有難うございました!

907 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 21:26:52
だごさんは福岡でしたっけ?

908 :ボンチ:2006/06/02(金) 21:32:04
9の墓の行方調査をしました。偶然、裏手の家の人が畑仕事をしてました。
ほぼ前回聞いた話と同内容でしたが、昭和40年頃に、砂利道の下に水道管を通したとの事。

水道局に行けば何か分かるかも、と思い行きましたが、当時の図面からは、墓場が埋め立て
られたという証拠は、出てきませんでした。(そんなことするハズ無いのかも知れませんが。)

909 :だご:2006/06/02(金) 22:33:19
>>907
ええ!!どしてわかったんですか?
もしかして今ご迷惑おかけしている役所の方?

910 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 22:58:20
はい役場の職員です




うっそー

だこ=南九州
本籍役場まで車で3時間くらい

だから福岡かなって
両親が福岡にでてきたのでしょ



911 :先祖マニア:2006/06/02(金) 23:24:53
>>908
真実は今度行く親戚の家の方が知っているかもしれませんね?

>>909

だごさんは福岡なんですね 
車で3時間ですか〜
私も田舎は車で3時間ですよ、遠いですね
ボンチさんも確か父方は車で3時間ですよね

田舎には頻繁に帰っていますが 慣れればそんなに長くないですよ

 

912 :やすべぇ:2006/06/02(金) 23:44:48
>>904-905
思い出しました。
実は廃棄されていなかった除籍ですよね<絶家再興

>>906
教育委員会ってどうなんですかね?
史料の所在の問い合わせとかだけでしょうか。

913 :だご:2006/06/03(土) 00:12:21
>>910>>911
ご迷惑かけてるところだからどきっとしましたよー
車で3時間、高速代が掛からなかったら毎週でも行きたいです・・・

父親の代で福岡に出てきたわけですが、
父方、母方ともご先祖様方は200年ほど前から
熊本だったことが解り、
なんだか勿体無いような気がしています。
今まで謄本を請求した役所は
幸運な事に80年廃棄されていないようなので
地道に除籍謄本を請求しているところで御座います。
割とスムーズに出してもらえるので役所の方には
ほんとに感謝してます。(嫌がられてるかも)

914 :先祖マニア:2006/06/03(土) 00:18:36
だごさん普通の会社員ですよね?
土日休みとかでさくっといけれないですか?

200年前からですか〜
だったらその前からもず〜っと熊本かも知れませんね

もうすでに高祖父母16名は判明してますよね?

915 :だご:2006/06/03(土) 00:49:09
>>912
ん〜どうなんでしょうね。
多分、図書館で事足りそうな気もします。(明日が楽しみ)
もしどうしようもなかったら手当たり次第当たってみます。
(ご先祖の名前間違っていたら申し訳ないですものね)
>>914
1-16のうち、
名前が不明なのが 10
生没日がわからないのが 4.9
没がわからないのが 3
生がわからないのが 11
9.10.11については関連のものを只今請求中です。
3.4についてはそれがひと段落着いたら請求します。

土日休みは取れないんで、出かけるときは日曜の早朝からのつもりです。
まず一日がかりで図書館かなぁ・・・
そしてお盆当たりに親とお墓参りを兼ねて現地調査の予定。
それまでになんとしてでも「デジカメ」を手に入れます(笑)

916 :先祖マニア:2006/06/03(土) 00:55:19
そうなんですか〜
あと10ですか

私は大学時代に先祖を調べる時には原付しかなかったので朝4時に家をでて
9時に田舎に着くようにしました(原付なので5時間かかる)
それで朝から動きまくって調べました 

デジカメは最近19800円くらいでそこそこのものを買えますよ
私は40000円くらいで500万画素を買いましたが 正直失敗したかも知れません
画素が多いとメモリーも多いです 1枚が2Mとかになるのでいらないなと
思った次第です 200〜300万画素あれば十分ですね



917 :ボンチ:2006/06/03(土) 07:34:00
13の没年が文政12年と割り出せました。
決め手は、除籍にあった14の情報、過去帳、墓石のペアの戒名、享年、墓石の位置関係です。
13が孫の除籍に、妻と一緒に載っていればベストでしたが。

918 :だご:2006/06/03(土) 16:20:28

今日図書館の古文書辞典で調べてまいりました。
「為治彦」のようです。
「ためじひこ」ってすげー名前だな、おい!
そう心の中で呟いてしまいました。ご先祖様ごめんなさい。
「為」と「彦」は同じ字体を見つけたので間違えないでしょう。
「治」と「次」で字体も似ていて結構考えたのですが、
「人」「口」になる部分が意識したように湾曲しているので
上で教えてくださったように「治」ではないかと思います。
(どちらにしろ「ためじひこ」ですが)

>>916
原付で5時間なんて若いからこそできる技ですね。
今そんなことやってたら次の日仕事できませんって。
お互い(皆様も)お体ご自愛しながらじっくり取り組んでいきましょう。
デジカメ情報有難う御座います。早めに入手しますね。

919 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 18:36:27
為じゃないと思うよ。みなさん仰るように藤だと思うよ。


920 :ボンチ:2006/06/03(土) 18:50:35
だごさんお疲れ様でした。かなり上まで除籍で判明しているようで羨ましい限りです。
私の高祖1〜8は80年廃棄してない自治体ですけども出にくくて、なかなか手こずっています。

921 :だご:2006/06/03(土) 20:11:21
9.10.11の結果が送られてきました。
前回「これ以上は遡れません」と言われていたので
ダメもとだったんですが、9が前戸主、21の兄が戸主になっている
明治19年式戸籍を入手できました。
9が戸主の父親として記載されていて9の生没と、
父親、祖父の名前が判明いたしました。
9は婿養子で入ってきたようなんですが、
普通名前の右横に「亡父○○二男」と記載されているところに
「亡祖父○○」と書かれていました。なんでじーちゃんが?
と思いましたが祖父の戸籍から入ってきたということなんだろうと
勝手に解釈させていただきました。
残念ながら早くに亡くなったためか10である妻の存在は認められず。
明治11年に戸主に相続されていますからこれ以上は無理だと思いました。
(ごめんなさい。つづく・・・)

922 :だご:2006/06/03(土) 20:11:52
11はまた同じ除籍謄本が送られてきました(750円勿体無いよ)
明治31年式戸籍だったのでもうひとつ遡れそうだったのですが
明治41年に除籍されているため保存がないとのこと。
ん〜残念。
廃棄証明は頼んでいなかったのですが、
9から2つ遡る事ができたし、付箋やらメモやらで
一生懸命探してくださったのが解ったので納得です。
今回は全て同じ役所でした。
(ごめんなさい。まだつづく・・・)


923 :だご:2006/06/03(土) 20:12:45
>>919
古文書辞典で「為」と同じだったんですが・・・
「藤」を確認してくるのを忘れてきました。
「ふじじひこ」「ふじはるひこ」なんですかねぇ〜
じーちゃん夢に出てきて教えてくれー

今日は予定があってあまり時間取れなかったので
来週あたり図書館に引き篭もってみます。

>>920
先祖があまり移動していないのと、
比較的小さな村だったのがよかったのかもしれません。
10が戸籍では調べようが無くなったのですが、
これは母の実家の過去帳でわかりそうな気がしています。
今日数えてみたら除籍謄本が25冊になってました。
お互い頑張りましょうね!

独りで長々と申し訳ありませんでした・・・

924 :ボンチ:2006/06/03(土) 20:34:32
羨ましいですね。ところで、その「祖父」は、戸主から見て、祖父と言っている感じは
ありませんか?

925 :やすべぇ:2006/06/03(土) 20:54:21
>>913 >>916
3時間、5時間と聞き、電車で1時間あまりなのにふぅふぅ弱音を吐いていた自分が情けないです。

>>921
>「亡祖父○○」と書かれていました。なんでじーちゃんが?
ボンチさんが>>924で仰っているように、戸主の祖父のことだと思います。
高祖父9から見ると、養父ですね。
上の方の欄には実家についての記載があるはずですが。

明治11年に相続させたとなると、後は壬申戸籍なのでしょうが、これは見られませんね。
高祖母10は
 1.明治11年の相続から明治19年戸籍への改製まで(明治20〜21年ころ?)の間に除籍された、
 2.明治11年の相続以前に除籍された、
 3、最初から戸籍に載っていなかった(明治5年以前に死亡したりしていた)
の可能性が考えられそうですね。

>>922
>11はまた同じ除籍謄本が送られてきました(750円勿体無いよ)
ありゃりゃ、役所は親切のつもりだったのでしょうが、それがあだでしたね。
既に取っている除籍謄本のコピーを添付して申請すると、
こういった手違いを減らすことができるように思ったのですが、
それでも送ってきてしまったのでしょうか。

926 :ボンチ:2006/06/03(土) 21:04:04
9,10、及び21の兄の墓が未だ見つかってませんが、今日寺から、21の兄の戒名・没年・没時の年齢を
教えて貰えました。 兄も間違いなくこの地で亡くなった事が判明しました。ますます墓の行方が気になります。

造り酒屋さんも今度お寺に行くとのことで、私も色々ご教示頂いたおかげで、一時は全く諦めていた寺から3名も判明しています。
説明が肝要だと感じました。「過去帳が保存されている中に必ず居るし、○年〜○年の間に必ず記載あるハズです」と説明すれば、
檀家でなくとも丁寧に調べてくれるものだと感じました。お布施も渡しておいて正解と思っています。

今のところ過去帳は2箇所の寺で見せて貰えました。最初は一回見に行ったらおしまい、という凄い厳粛なイメージジが寺にあった
のですが、実際逢ってみると和尚さんも普通の人間と思えますし、一回こっきりでお終いではなく、何回も逢ったり、電話したりし
ています。才能のある方なら仲良くなれるチャンスさえあろうかと感じます。


927 :だご:2006/06/03(土) 21:51:34
>924>>925
仰る様に姓の記載がないので戸主の祖父、9の養父と言う事でしょうね。
やっぱりこうやって皆様の意見を伺うと、
自分の思い込みから外れる事ができます。とても有り難いです。

11に関してなのですが、実は手抜きしてコピー送ってません。
(だって、沢山になりすぎてめんどくさいし。前に送ったの使ってくださいよ)
なんて考えてはいけないのだと思いました。
それなのに一生懸命探してくれた役所の方に感謝すると同時に
申し訳ない気持でいっぱいです。もうこんな手抜きはしません。

928 :造り酒屋:2006/06/03(土) 21:52:36
>>926 ボンチさん、
アドバイスありがとうございます。今回は、郵送で書類を送ってご先祖を調べてもらえることになったのですが、
いつか、必ずお寺には行かなくてはならないと思っています。
また、酒屋筋以外の方も、お墓を探さなくてはならないものを、ずっとそのままにしているので、
近々(といっても、遠いのでなかなかですが)伺おうと思っています。

やはり、きちんと資料をまとめて、ちゃんと説明することが大事なのですね。
あちらも、ボンチさんの熱意がわかって、きちんと対応してくださっているのでしょうね。
お布施も、こういったお金は無駄にはならないものですよね。

私もお寺に電話するときはドキドキでした。門前払いの可能性もあるだろうと思っていました。
でも、お話しているうちに、「うちの檀家ではないでしょうが郵送してもらえばチェックするくらいできます。」
と言ってもらえました。

私の場合は、緊張していたので、熱意が伝わったわけではないと思いますが、
戸籍をとって、ちゃんと探そうという姿勢は分かっていただけたのだと思います。

また、お寺に実際に伺うことになったら、具体的にご質問しますので、
ご経験からの具体的アドバイス、ぜひお願いしますね。


929 :ボンチ:2006/06/03(土) 21:54:53
送った資料、返してくれる役場と、そうでないところと2パターンありますしね。

930 :やすべぇ:2006/06/03(土) 23:03:35
>>926 >>928
お寺訪問はなんとなく気が重いと思っているのですが、
ボンチさん、造り酒屋さんのお話を聞いて、
熱意と真摯な態度を伝えることで道は開けるのだと思っています。
いつになるかは未定ですが、なるべく早く計画してみたいです。

>>927 >>929
確かに上にさかのぼるほど、多くなってしまいますよね<同封コピー
申請書に「必ず返却してください」と書き添えているのですが、
返してくれなかった役所もありました。

ところで、この前の現地調査関連なんですが。
狭い土地にお墓を建てなければならなかったためか、
一つの墓石に何人もの戒名が彫られています。
で、よく分からないのは、正面に彫ってある人と、側面に彫ってある人だと、
何が違うのかということなのですが。
当主夫婦だと正面? その兄弟姉妹だと側面?

931 :造り酒屋:2006/06/03(土) 23:14:34
>>930

>確かに上にさかのぼるほど、多くなってしまいますよね<同封コピー
申請書に「必ず返却してください」と書き添えているのですが、

なるほど、そう書いておけばいいのですね。
今後は必ずそうします。今まで何も書いていなかったためか、
返してもらったことはありませんでした。
ためになる情報ありがとうございます。


932 :やすべぇ:2006/06/03(土) 23:29:51
現地調査で撮った総本家(高祖父1の本家)の墓の写真をアップしました。

http://www.imgup.org/iup216578.jpg(pass:yassu 他も同じです)
裏側から撮った写真です。
間隔が詰まっていて分かりにくいですが、錆びた柵で囲まれた1〜7がそうです。

http://www.imgup.org/iup216579.jpg
裏側の4〜8だけを斜め前から見たものです。
最初はこれらも前列にあったのだと思うのですが、
新しいのを作るために裏側に追いやられてしまったのだと思っています。
5は右上の角が崩れ落ちてしまっています。

http://www.imgup.org/iup216580.jpg(容量1.8Mです)
6を正面から撮りました。没年月日を見る限り、一番古いやつでした。

6は、一つの墓石に何人もの戒名が彫られている例の一つで、
左側面には没年月日読み取り不能の信女の戒名が、
左側面には元文元年没の信士の戒名が彫られています。
更に、正面に彫られているのは3人で、いったいどんな続柄であったのか、よく分かりません。

933 :先祖マニア:2006/06/03(土) 23:39:43
>>918

これ以上は戸籍では判読も厳しいのであとは現地調査で調べてみてはどうでしょうか?
過去帳、墓などです

934 :先祖マニア:2006/06/03(土) 23:47:09
>>932
若くして亡くなった先祖(とうか傍系)ではないのでしょうか?

信士信女ですから12歳以上でまだ結婚してない女や独立していない男
(早くに亡くなった人物では)

昔ですから流行り病とかで亡くなる人も多いと思います。



935 :先祖マニア:2006/06/03(土) 23:55:33
http://www.imgup.org/iup216622.jpg

私の家でもこのような例があります
これは全て小さい時に亡くなった子供ですが(祖母の兄弟姉妹)
やはり同じように一つの墓で供養されています。


936 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 00:06:33
乳幼児の死亡率高いかれねぇ 昔は…

麻疹 感冒 風疹 

937 :先祖マニア:2006/06/04(日) 00:06:33
先日手紙を出した方の先祖の家じゃない方から葉書が来ました

ここの生まれでないので全く分からない旨を葉書で返信されました


ここ数日は早く手紙がこないかな〜とそわそわしていましたが、全然こないので
やはり駄目か〜〜ショボーンっとしていました
しかし本日葉書が返信されていたので少し回復しました、明日返信のお礼の電話をします
全然先祖と関係ない家でしたし全く分からないとのことでしたが、その返信の文章がとても
心打つものでした、あとは先祖の家からの手紙の返信を待ってからこなければこちらから
電話します(1週間後くらい)

手紙を出すと殆どが返信なしだったりするのですが、その中に感動する文章の手紙があります
実際には先祖の家ではないのですが、励ましのような、調べたのに分からなくて申し訳ありませんとか
他の人に聞いてみるとか 本当に涙が出てきそうな返信が少なからずあります
だからでしょうね、人の親切心に触れてみてまた手紙を書いてしまいます

938 :やすべぇ:2006/06/04(日) 00:18:49
>>934
それが、維新前に死んだ人の戒名はみな信士か信女なんですよ。
高祖父1の父・母もそれぞれ信士・信女です。
小さいときになくなった人は童子・童女として背の低い墓に彫られています
(写真には写っていません)。

各墓石の内訳ですが、
 1 正面:信士・信女・信女 左:信女 右:信士・信女
 2 ○○家累世之墓(明治以降のものです)
 3 正面:信女・信女・信士・信士 左:信士(他家の苗字)・信女・信士・信女
 4 正面:信士・信女・信士
 5 正面:信士
 6 正面:信士・信士・信女 左:信女 右;信士
 7 正面:信女(1の左に彫られている人と同じ戒名・没年月日)

こんな感じで、一つの墓石に多くの人の戒名が彫られているものばかりです。

939 :先祖マニア:2006/06/04(日) 00:27:20
お寺の敷地内の墓ですね?
だったら土地の面積の関係で一つの墓に多くの先祖の名前を彫ったのでは?

今のお墓は○○家之墓になりますし戦前は一人から夫婦で一つの墓でした
しかし面積が少ないので江戸時代から現代みたいに一つの墓で多くの先祖を
祀ったのでは? それと以前に書き込みしましたが、昔の墓が多くなったので
明治時代とかに纏めたのでは? 1と7の人物で同一人物が彫られているのがその証拠ですね

あとは本家の位牌やお寺の過去帳から検索するしかないですね

俗名や享年、行年は分かりませんよね?

940 :やすべぇ:2006/06/04(日) 00:41:06
そうです。寺の敷地内です。
かなり狭かったですから、やはりまとめたんでしょうね。
俗名は墓石5の信士、墓石7の信女(墓石1では俗名なし)、
墓石3の他家苗字の信士のみです。
残念ながら、享年・行年は墓石2以外、一切ありません。
総本家の当主に手紙を書いてみます。
先代には送っても返信がなかったですが、
墓誌と卒塔婆から、代替わりしていることが分かりましたので、仕切り直しです。

>>937
返信があり何よりでした。ぜひ肖りたいです。

941 :勘兵衛:2006/06/04(日) 04:06:18
母の実家のHの墓ですが
古い墓石が6つ、新しいもので21、22、27、28など最近の人がまとまっているもの
が1つあります。
古い順に
○○○○禅定門 元禄十二卯十一月廿五日
○○○○禅定尼 元禄二戌辰六月廿日

●●●●禅定門 享保十巳 九月十五日
●●●●禅定尼 元文四未 五月廿日

◇◇◇◇禅定門 安永九子庚 十一月八日
◇◇◇◇禅定尼 安永九子庚 十一月四日

◆◆信女 享保十五戌 十二月十三日
◆◆◆◆信女 天明五乙巳 十月初八日

★★★★信女 文化四丁卯 七月初四日
☆☆☆☆信女 文化四丁卯 七月初四日

◎◎◎◎信士 天保三壬閏十一月廿八日
となっております、過去帳の写しと一致するのですが、縦のつながりがよく
わかりません。

942 :ボンチ:2006/06/04(日) 09:18:11
過去帳をすでに見せてもらったという事は、少なくも男は名前が書いてあると想像出来るのですが、

縦の繋がりが良く分からないという意味は、同じ名前で襲名している為に(例えば祖父27・曾祖父21
・高祖父9などが3代位連続で襲名している)為に、縦の順位が分からないという意味なのですか?

それとも、過去帳には名前が(夫も妻も両方)全く書かれていなかったのですか?

943 :ボンチ:2006/06/04(日) 09:26:38
少し意味を履き違えてしまいました。飽くまでも元禄〜文化の4代の方々の親子関係のつながりが分からない、
という意味ですよね? 過去帳は見せてもらえたけど、そこまで古いと名前が無かったという話になりますか?
それともやはり襲名していて同じなので、縦の繋がりが分からない、という話でしょうか?

それにしても、そんなに古い過去帳があったなんて、羨ましい限りですね。

944 :先祖マニア:2006/06/04(日) 10:04:24
>>941
元禄時代まで遡れるとは、なかなかありませんよ
戒名から禅宗ではないですか?
禅宗なら過去帳に続柄は記載されていないですか?
○○父とか  △△倅(せがれ)とか  □□娘とか 

そこから推測することが可能です もうここまでくると家系図がないと100%
の特定は困難になりますがほほ確実に近い推測はできると思います



945 :先祖マニア:2006/06/04(日) 10:08:31
○○○○禅定門 元禄十二卯十一月廿五日
○○○○禅定尼 元禄二戌辰六月廿日
これらの子供が

●●●●禅定門 享保十巳 九月十五日
●●●●禅定尼 元文四未 五月廿日

◇◇◇◇禅定門 安永九子庚 十一月八日
◇◇◇◇禅定尼 安永九子庚 十一月四日


★★★★信女 文化四丁卯 七月初四日
☆☆☆☆信女 文化四丁卯 七月初四日  これが分かりません(同じ日に亡くなっている)
◎◎◎◎信士 天保三壬閏十一月廿八日


◆◆信女 享保十五戌 十二月十三日 は違うでしょう(娘ですね)
◆◆◆◆信女 天明五乙巳 十月初八日 に関しては検証しなくてはいけませんね

ざっとの推測です

あと最後が天保です  21tか最近の人ならば
この間100年間 数世代のお墓はまた別のところにあるのでしょうか?







946 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 14:27:56
よく推測デキタネ

947 :勘兵衛:2006/06/04(日) 16:24:58
◎◎◎◎信士 天保三壬閏十一月廿八日は七代前の御先祖です。
過去帳の写しに名前があり、これ以降の人は判明しております。



948 :ボンチ:2006/06/04(日) 20:16:48
1先定(天宝元年8月8日生)
                 17太三郎
2かく(弘化元年8月6日生)   (慶應3年4月11日生)     25祖父     
3先定(天宝元年8月8日生)
                 18婦志
4かく(弘化元年8月6日生)   (明治元年9月9日生)              父     
5金次郎(?生)
                 19儀右衛門
6?(?生)           (安政3年7月7日生)      26祖母     
7源次郎(?生)                          
                 20志津
8?(?生)           (安政3年6月5日生)
9太郎右衛門(天保4年4月?日生)                            ボンチ
                 21豊吉
10マキ(天保13年4月?日生) (明治元年9月18日生)    27祖父     
11熊蔵(天保6年10月5日生)                   
                 22ヤス
12ミヨ(?生)          (明治元年2月10日生)            母     
13文左エ門(天保元年9月3日生)
                 23文次郎
14フミ(天保9年10月12日生) (明治9年8月27日生)   28祖母 
15市郎右衛門(安政4年10月9日生)
                 24サヘ
16トメ(安政4年4月26日生)  (明治15年2月24日生)


949 :ボンチ:2006/06/04(日) 20:29:37
13文左衛門の寺で再度過去帳見せて貰いました。過去帳は数冊あるとの事で、偶然13の生年月日が書いてある物が出てきました。
過去帳に生年月日が書いてあるものがあるとは始めて知りました。

ややこしかったのは、13と23の兄の俗名が一緒で、更に13から上3代続けて襲名の名が一緒で難しかったです。

当初、石の享年から「文政12年」と考えてましたが、数え歳とかの関係と思いますが誤差が1年ありました。

950 :ボンチ:2006/06/04(日) 20:34:28
17の実親系

1孫七(文化13年11月15日生)
                 17太三郎
2そね(?生)          (慶應3年4月11日生)     25祖父     
3先定(天宝元年8月8日生)
                 18婦志
4かく(弘化元年8月6日生)   (明治元年9月9日生)              父     
5金次郎(?生)
                 19儀右衛門
6?(?生)           (安政3年7月7日生)      26祖母     
7源次郎(?生)                          
                 20志津
8?(?生)           (安政3年6月5日生)
9太郎右衛門(天保4年4月?日生)                            ボンチ
                 21豊吉
10マキ(天保13年4月?日生)  (明治元年9月18日生)    27祖父     
11熊蔵(天保6年10月5日生)                   
                 22ヤス
12ミヨ(?生)          (明治元年2月10日生)            母     
13文左衛門(天保元年9月3日生)
                 23文次郎
14フミ(天保9年10月12日生) (明治9年8月27日生)   28祖母 
15市郎右衛門(安政4年10月9日生)
                 24サヘ
16トメ(安政4年4月26日生)  (明治15年2月24日生)


951 :やすべぇ:2006/06/04(日) 22:07:40
>>947
>天保三壬閏十一月廿八日
勘兵衛さん、実は私の高祖父1の父と全く同じ没年月日です。
何たる偶然! 驚きです。

>>949
過去帳に生年月日が書いてあることもあるのですね。

952 :先祖マニア:2006/06/04(日) 23:36:57
>>940
再度墓の画像を見ましたが

よくみたらやはり不自然ですね

2か3の墓ができたタイミングで他の墓も一緒に纏めた気がします

纏めたというか墓の敷地内にぎゅっと圧縮したというか
墓があるところは地面よりも1mくらい上ですね(他の墓よりも)

昔は他の墓のように下にあったのをいつの頃か分かりませんが(明治?)
1mぐらいの台を作って2,3の墓をつくり そのあまりの面積の所に
別の昔からの墓を置いたのではないでしょうか?

写真では分かりませんが他の家の墓も同じように1mくらい上になっている例とか
ありますか?

明治以降墓が多くなりお寺から面積を少なくしてくれ依頼があったのかもしれませんね



953 :やすべぇ:2006/06/05(月) 00:07:08
>纏めたというか墓の敷地内にぎゅっと圧縮したというか
正にそういうことだと思います。
墓石の状態を見ると、後の列の4〜7(特に5・6)はより古く、
どこかの時点で後の方に移されたのだろうと思います。
とにかく押し込んだという感じになっていて、墓誌の確認がしにくかったです。

>他の家の墓も同じように1mくらい上になっている例
いくつかありましたが、時代はよく分かりません。
明治以降かもしれません。

954 :ボンチ:2006/06/05(月) 14:36:04
11熊蔵の子孫の家に行きました。現在謎の、2点を聞きました。

・何故11は晩年になって21の近くへ家族で転入したのか?⇒全く分からないとの事。
・9関係の、現在無縁化した墓地(以前アップ)の隣に、11の墓もあったか?⇒無かった様子。

このお宅から更に、親戚へ2件電話してくれましたが、知っている事はない様子でした。
過去帳も見せて貰いましたが、11、12の名は載ってませんでした。
かろうじて11の位牌がありましたので、写真を撮らせて貰いました。


955 :ボンチ:2006/06/05(月) 14:46:28
また、12妻ミヨに関しても、全く知らないとの事。

11の旧村の人別帳を博物館で見れそうですが、持ち主のサインが必要になってしまいました。
(見れる市は完全フリーでマイクロフイルム見れるのですが。)

とは言え、これまでに人別帳は、3〜4回位見ましたが、先祖の名を発見できた試しはありません。

956 :やすべぇ:2006/06/05(月) 21:45:24
>>954
ボンチさん、今回はちょっと残念でしたが、
11の位牌に出会えたのはよかった、と言っていいですよね。

ところで、12ミヨさんが除籍でどう記載されていたか、なのですが、
母欄に記載されていたんでしたっけ?
「亡」の文字が記載されていたり、「苗字」が記載されていたりするのでしょうか?

957 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 00:24:23
>>938
>それが、維新前に死んだ人の戒名はみな信士か信女なんですよ。
そらそうですよ。
戦後になっても、七〇前後で死んだじいさんやばあさんが
信士や信女なんてザラです。

958 :先祖マニア:2006/06/06(火) 00:26:27
11については旧村に墓があるのでしょうね
でもその村にはだれも子孫の人がいないですよね

旧土地台帳から11熊蔵の宅地を探してから現在そこに住んでいる方を
尋ねてそこから墓が無いか聞くのと、近くのお寺に12ミヨの過去帳がないか
聞いてみるのはどうですか?



959 :ボンチ:2006/06/06(火) 08:33:02
>>956
>12ミヨさんが除籍でどう記載されていたか、なのですが、母欄に記載されていたんでしたっけ?
「亡」の文字が記載されていたり、「苗字」が記載されていたりするのでしょうか?

引越し後 11が戸主の明治33年式除籍に母「亡 ミヨ」と(11の長男の、親欄にです。)あります。

もう一つ、11が前戸主で、その弟が戸主になった、明治19年式除籍を持ってますが、ここには12ミヨ
の文字は、何処にも書かれていません。

ここに11の子供は3人居ます。3人目の子供の誕生日が明治12年となっています。
単純に12ミヨは明治12〜19年(20、21年)の間に死亡(か離婚)と、考えていいですかね?


>>958
>11については旧村に墓があるのでしょうね でもその村にはだれも子孫の人がいないですよね

11の旦那寺にも3回くらい行ってて、11と同苗字の墓14個ありまして、「ミヨ」の名は現在
発見できていません。  11の子孫の家は判明しました。

もし離婚してて11の村からも出てしまってたりしたら、 益々探し難いですよね?
農繁期が終わる10日過ぎたら子孫を訪問して、その辺分かるか聞きたいです。
寺も過去帳見せてもらえるよう、またがんばってみたいと思います。

960 :先祖マニア:2006/06/06(火) 11:23:28
11の子孫は旧村にもいて転居したところにもいるんですね

>単純に12ミヨは明治12〜19年(20、21年)の間に死亡(か離婚)と、考えていいですかね?

いいです
お寺で聞いてみたらどうでしょうか?
明治12〜21年くらいなら探す期間も身近ので探してくれるかも知れませんしね

それにしてもニヨさんも短命だったんですね三人目の子供が生まれて産後の肥立ちが悪くて
亡くなったとかも考えられますね(昔はよくあること)
ですからヤスさんも母親を早くになくしているし夫の豊吉さんも両親を早くになくしているので
お互い苦労されたんだなと思います。

961 :ボンチ:2006/06/06(火) 11:59:15
>11の子孫は旧村にもいて転居したところにもいるんですね
はい。
旧村には11の弟の子孫が、 転居したところには11熊蔵の子孫が居ます。

>明治12〜21年くらいなら探す期間も身近ので探してくれるかも知れませんしね
9でやった要領で、「12〜21年を探してくれませんか」とお寺に頼んでみようかと思います。

21豊吉は兄が25歳で亡くなって、まだ17歳の時に戸主になってます。すでに明治7年には、
母10マキが亡くなってますし、翌年には父9太郎右衛門も亡くなっています。8歳時には両親無しです。
そして本人も46歳という若さで亡くなっています。

親の9も41才、10は32才で亡くなっています。風土病とか飢饉とか色々あってさぞかし苦労したこと
と察しられます。今後もしっかり供養すると共に、今ある自分に感謝することを再確認できたと思います。

962 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 12:00:29
「藤」と「為」の崩しが問題になっていたけど、私も「藤」だと思う。
「為」と解読した人は、念の為に次回は「藤」の崩しを確認したらどうだろう。「彦」と「郎」も調べ直した方がいい。「郎」の崩しには、素人目に
「彦」の行書かなと見えるものがあるからね。崩し字字典は何冊か見なきゃ
ダメだよ。

963 :ボンチ:2006/06/06(火) 12:41:35
私はすっと「荘」か「蔵」に思えてたのですが、未だに自身がないのですが、
だごさん、現在「為」もしくは「藤」と思われる字の上の方って、住所か何かが
架かれてて、そこまでアップ出来ないのでしたっけ?
その繋がり(文の繋がり・文字の繋がりからの判断)を見たいと常々思っていたのですが、
再アップ無理でしょうか?(前のはすでに削除されてしまっているようで。)

964 :だご:2006/06/06(火) 19:18:01
あれから本屋でよさげな古文書辞典買ってきてにらめっこ。
で、結論からいいますと「藤治郎」(とうじろう)だろうと思います。
>>962さんの仰ったとおり、「郎」がありえない崩れ方していました。
助言していただいた皆様有難う御座います。
除籍謄本の解読は頑固なシロウトには危険ですね。反省です。
今回すごく勉強になりました。

>>963
凄く見えずらいのですが、また貼っておきますね。パスはdagoです。

ttp://www.imgup.org/iup218033.jpg.html

「亡父藤治郎妻」と記載されている一部分です。

965 :ボンチ:2006/06/06(火) 20:26:15
自分も少し前から古文書に興味が出て、本を買ってみたりしたのですが、
まだまだ難かしくて全然ダメだと感じました。

今まで見た人別帳に見落としも多くありそうです。

966 :やすべぇ:2006/06/06(火) 21:31:42
>>959
ボンチさん、ありがとうございます。
実は、>>956のような質問をしたのは、死別か離別かを確かめようと思ったからなのです。
母欄に「亡 ミヨ」と「亡」が付されているのに、「苗字」はないことから
離別ではなく、死別である可能性が非常に高いと思います。
離別した場合には、母欄にも苗字が明示されるからです。
私の高祖父5夫婦は離婚しているのですが、
曾祖父19の母欄には高祖母6の名前が苗字と一緒に記載されています。

例外があるとすれば、ミヨさんの名前は明治31年戸籍になってから追完されていますので、
その際に、本当は離婚していたのに、そのことを申し出ないでいたら、
苗字なしで追完されたということも、ひょっとしたら、あるかもしれないですが。

ということで、死別の線に絞って、墓探し、過去帳探しをするのでいいのではないでしょうか。

>>964
だごさん、辞典とのにらめっこ、ご苦労様でした。
しっくり来るお名前に落ち着き、何よりでした。
それにしても、難しかったです(笑)

最近はカルチャーセンターとかでも古文書解読の講座があるようですね。ブーム?

967 :ボンチ:2006/06/06(火) 22:06:04
>>966
やすべぇさん。それは非常に有力なご教示、有難う御座います。実は今までは、寺墓を見ても
12ミヨの名前が無いことから、若干離婚強しか?と考えていた位でした。戸籍上の見方から
の見解で、方向性が大きく特定出来た感あり、助かりました。

とりあえず死別と仮定した上での調査(墓・過去帳)を進めたいと思います。


968 :だご:2006/06/06(火) 22:07:00
>>965>>964
>>897で「郎」ではないかといわれた時、
絶対ありえないと思ったんですよね(すみません>>897様)
で、>>962のレスを読み返してもう一度調べてみると・・・
図書館で見たときは気が付かなかったんですよ。
此処には熟練された方がいらっしゃるんですね。頼もしい限りです。
(あまりにも無知すぎてご迷惑かもしれませんが)
いやぁ、古文書読めたら面白いでしょうね。謎解きみたいで。
まともな名前に辿り着いてホントよかったです。

969 :先祖マニア:2006/06/06(火) 22:16:17
だごさんよかったですね
藤治郎ですか かっこいい名前ですね
古文書は本当に難しいですよね、でもここの住人には古文書にも精通した方もいらっしゃいますので
助かっています

>>966
>母欄に「亡 ミヨ」と「亡」が付されているのに、「苗字」はないことから
離別ではなく、死別である可能性が非常に高いと思います。

確かにそうですね亡くなっているから亡ですよね まさか離別したのに
亡くなっているのを確認して亡とは記載しませんからね

お見事です!!

970 :先祖マニア:2006/06/06(火) 22:30:29
本日例の手紙を出した家に行きました

手紙が一枚帰ってきてましたがそこには『本家ではないので分からない』
旨が丁寧に書かれておりました、お礼の電話を今日したのですが、そうするとやはり分家なので
分からないが、墓なら家の裏山に本家のもあるよと言いました、そこで興奮を抑えきれずに
すぐにご自宅に伺いました家から40キロくらい離れていますがそんなことはお構いなしで
夕方伺い墓参りをさせていただきました。本家の墓(私の祖父の実家)も見ましたが
戸籍までのしかありませんでしたので遡ることは無理でした。
しかし手紙の文章からこの方はとてもいい人じゃないのかな?と思っていましたが
本当にとてもいい人で奥さんも感じの良い方でした、息子の嫁さんも仕事から帰って着ましたが
これまた素晴らしく丁寧な方でこの家のひとはみんないい人だなと思った次第です

しかし

本家から手紙がなかったのでさりげなく聞いてみたのですが、あそこの奥さんはとてもとても
気が強くて親戚が誰も寄り付かないということを聞きました、その代わりにここの分家にみんな彼岸等は
顔をだしてから帰るらしい

せっかく来たのだからせめてご挨拶くらいはして帰ろうと思い分家の方と
挨拶に行ったのですが、まあびっくりしました、いきない大声でまくし立てられ
『なんの用事?昔のことは分からんから』とか『昔のことはいいじゃないの』とか
いろいろ大声で睨みながらいわれました、そこは、上手いことこちらの思いを伝え
ましたし、途中途中では笑いもありましたが本当に昔のことは分からないみたいでした
(まあ江戸時代のことなので本当に分からないとは思いますが)




971 :先祖マニア:2006/06/06(火) 22:36:50
だめもとで位牌はありませんか?と尋ねて見ましたが速攻で『そんなもん無い』と
一蹴されました。いや〜本当に参りました最後は先日の手紙を付き返されました
マジかこの人?って思った瞬間です 親戚も代が変われば誰も来なくなると言われていましたが
その時に分家の伯父さんの言葉が脳裏をかすめました『あそこの嫁はきつすぎて親戚が近寄らんよ』と 

いや〜同じ一族なのにこうも違うとは驚きです

972 :先祖マニア:2006/06/06(火) 22:47:15
でもそれには理由がありました
ここの本家の敷地の名義が全て3代目の方の名義なのです、3代前(私の曽祖父)
はハワイに移民に行き土地はすべて3代目の弟に預けて行ったのです
行ったのはいいがハワイで亡くなり、しかも子孫はハワイにいるし
この家の名義変更をするには3代前のご先祖様の子孫全てから遺産放棄の印鑑を
もらわなくてはいけなくハワイの子孫も)不可能なので

手続きをちゃんとしてなかったために私らの名義にならなくて大変なんよ
しかし税金は払わせられるし みたいな事を言われていました

どうも先祖に対してマイナスのイメージがあるみたいです
まあ先祖に興味が無い人でトラブルがあったのが理解の得られない最大の原因ですね

分家のおじさん、おばさんは信仰心に厚く会ったとたんに『あんた若いのに立派じゃね』
『先祖を大切に思うことはいいことじゃ』みたいなことを言われて、最後には
『いつでも墓参りにきんさい』と言ってくれました、感謝です
最後に別の親戚を紹介して頂きました、


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