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【畿内説】邪馬台国九州説スレッド2【厳禁】

1 :16歳中卒ヒッキー◇HCmIhYMlyc:2006/04/18(火) 12:48:19
魏志倭人伝からはどうやっても邪馬台国が機内だとは
読めないのに、機内が邪馬台国だと力説するへんな人たちは
相手にしても仕方ないので、九州説の人たち限定で
議論するスレをたてました。

過去スレ:
【畿内説】邪馬台国九州説スレッド【厳禁】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1140572756/

2 :日本@名無史さん:2006/04/18(火) 12:58:53
Aゲット

3 :日本@名無史さん:2006/04/18(火) 14:57:05
三打

4 :日本@名無史さん:2006/04/18(火) 15:10:36
4様

5 :日本@名無史さん:2006/04/18(火) 17:17:40
ヨン4ね

6 :平四郎:2006/04/18(火) 18:19:11
卑彌呼は二人で姉妹だって?

7 :日本@名無史さん:2006/04/18(火) 22:58:25
アンチや安本は、なぜ以下の問いに答えられないのか?

>そういえば樋口の古臭い畿内説も槍玉に挙げられてましたっけ。
>あんなの批判されても、畿内説に何一つダメージにはなりませんよ。
>それこそ伊都国氏の挙げた岡村、福永、松木ですら畿内説の本流ではない。
よく分からないが教えて欲しい。
岡村氏や福永氏が主流でないというというのはどういうことなのか理由は。
いずれも三角縁神獣鏡の研究で著名な学者であり、書店の考古学のコーナ
ーに必ず著書が並んでいる。
それにポスト争いが激しい学者の世界において、京都大学や大阪大学とい
う超一流大学の教授であるということは彼らに対するアカデミズムでの評
価を表すものではないのか。
あなたが評価している寺沢氏などは奈良県の埋蔵文化担当者であるにす
ぎないし、それほど優秀な人間ならどうして大学に残れなかったのか。
研究者コースであれば、少なくとも理系の世界では優秀な人間は大学に
残っているし、文科系でもそれは同じはずだ。
それとも考古学会自体が正当な人事評価もできない因習に満ちた世界
であるということなのか。

また、あなたが岡村氏や福永氏、松木氏、樋口氏のような有名な
考古学者をだめとする理由を教えて欲しい。
さらに寺沢氏以外のあなたの評価する考古学者を埋文行政者も含めて、
教えて欲しいな。





8 :日本@名無史さん:2006/04/18(火) 23:15:09
>>974  都合が悪いことには、中傷攻めでソースも醤油もへったくれもない。
畿内での分布に偏りがあることは、>>964での石野の文章から分かるよね。
だから、「奇妙な分布をする土器です。」という表現を石野もしている。

それを引用すると曲解ですか。確かに、会話が成立しないですね。



9 :日本@名無史さん:2006/04/18(火) 23:15:50
この安本信者はどうやらわざとやってるみたいだよ
庄内が近畿一円に均等に分布しているわけないじゃん
奇妙な分布ってのは近隣に行き渡る前に吉備や出雲をすっ飛ばして
北部九州、南西部九州、南四国に輸出されている事を指している

あんた、嘘が下手だねw



10 :日本@名無史さん:2006/04/18(火) 23:16:33
大体なんで庄内が九州発だなんて思うのかよくわからん
土佐や日向で大量に出土した庄内は、どこの土を使っていたのか知ってるか
しかも北部九州や畿内より、土佐での出土例が多いというのも知ってるかな
ならばなぜ土佐発祥説を唱えずに北部九州だとか、ありえないことをいうのだ?
基礎がまったくできていない、0点。




11 :日本@名無史さん:2006/04/18(火) 23:32:38
>>984  私は安本信者ではないですよ。
ここで紹介されていた石野の本を読んで疑問に思ったことを、書いているだけ。
畿内説の弱点が土器編年にあるのは、確かだし。

土器編年については、石野も畿内説のなかでは、古く見すぎる点で異端であると自認している。
まあ、自分だけが正しいと言う自信を込めたニュアンスだが。
逆に言うと、石野くらいに庄内式を古く見ないと、畿内説は成り立たないと思う。
鉄器の北九州優位からの「東遷」がほぼ明白となった現状では、昔みたいに庄内式が250年からか
300年からかの対立図式では、どちらも「東遷」より前に卑弥呼の時代が来たことになって、
畿内説として成立しないから、200年からとしなければ立ち行かないというのが現状だし。
けど、200年からとしても、卑弥呼の即位を190年頃とするとまだ問題があるから、これも210年以降に
遅らせないといけないとか、先端を走る畿内説には制約が多い。

石野のような考えが畿内説で一定の支持があるのは事実みたいだけど、依然として畿内説にも
庄内式をそこまで古く見ない人もいる。その人達は、「東遷」を認めないことでバランスを取っている。
さらには、邪馬台国論争から距離を取っているような感じの人もいる。
要は、結論からの逆算に見えるのだが、そんな中で石野説が絶対とは、言えないと思う。



12 :日本@名無史さん:2006/04/18(火) 23:34:16
>>984  私は安本信者ではないですよ。
ここで紹介されていた石野の本を読んで疑問に思ったことを、書いているだけ。
畿内説の弱点が土器編年にあるのは、確かだし。

土器編年については、石野も畿内説のなかでは、古く見すぎる点で異端であると自認している。
まあ、自分だけが正しいと言う自信を込めたニュアンスだが。
逆に言うと、石野くらいに庄内式を古く見ないと、畿内説は成り立たないと思う。
鉄器の北九州優位からの「東遷」がほぼ明白となった現状では、昔みたいに庄内式が250年からか
300年からかの対立図式では、どちらも「東遷」より前に卑弥呼の時代が来たことになって、
畿内説として成立しないから、200年からとしなければ立ち行かないというのが現状だし。
けど、200年からとしても、卑弥呼の即位を190年頃とするとまだ問題があるから、これも210年以降に
遅らせないといけないとか、先端を走る畿内説には制約が多い。

石野のような考えが畿内説で一定の支持があるのは事実みたいだけど、依然として畿内説にも
庄内式をそこまで古く見ない人もいる。その人達は、「東遷」を認めないことでバランスを取っている。
さらには、邪馬台国論争から距離を取っているような感じの人もいる。
要は、結論からの逆算に見えるのだが、そんな中で石野説が絶対とは、言えないと思う。



13 :日本@名無史さん:2006/04/18(火) 23:42:08
安本を出したらよく釣れるからって、ここまでやると引いちゃいますよww
とりあえず、九州説スレの立場から、前スレの捕獲品である石野博信か寺沢薫の批判的検討で始めよう。
あと、柳田康雄って、畿内説なの?

14 :日本@名無史さん:2006/04/18(火) 23:59:01
>>876
>>822がとっくの昔にソース出してますよ。
「畿内説を撃破する」読みましたか?そこには様々な形で寺沢、石野、柳田各氏の論文が引用されています。
引用元も当然載っています。
さあ、そこで元の論文と趣旨がどれほで歪められて引用されているか
ご自分の目で確かめればよろしい。
ちなみに安本はこの恣意的な引用によって、特に寺沢、柳田両氏より激しく詰問されている。
文章としてのソースはない。だが埋文に携わる者なら先刻ご承知の事件だ。
部長があれほど激しく怒りをあらわにしたことなどなかったからね。
その後、大手出版社から安本の本が出ていないのは、さすがにこの件で各社とも尻込みしたから。
ちなみに圧力なんてまったくないよ。
まさに研究者としての、そして執筆者としての品位を問われたのだ。

これが誹謗中傷かどうかは、それこそ自分自身で調べればよい。
ただそれだけのことだ。



15 :日本@名無史さん:2006/04/19(水) 01:16:55
東大、京大、早稲田、阪大とかの教授陣は、邪馬台国時代の本は出していないの?
昔の説で本を書いている長老は別として、中堅・若手がこの時代の著作を出しているのを
ほとんど見かけない気がするけど。

16 :日本@名無史さん:2006/04/19(水) 13:21:30
四国だって。

17 :九州王朝大好き ◆I.THkUKc4Y :2006/04/19(水) 17:22:58
だって今や中堅・若手は古田説の根幹を認めているもの。

18 :日本@名無史さん:2006/04/19(水) 17:25:25
四国は越人系?

ttp://www.japanology.cn/essay/wy/shuping06.htm

19 :日本@名無史さん:2006/04/19(水) 20:55:27
逆算で考える九州説。・・・森公章『「白村江」以後』など参照

1、神功皇后のころの新羅征伐について、最近の韓国の発掘成果が広開土王碑文、三国史記と
整合する事が明らかになった。記紀にある新羅からの人質記事などの事実性も高くなった。
2、記紀の人質記事は新羅の王子を独自に和風で表記しているから、記紀のこの部分は日本側の
資料が元になっている可能性が高い。
3、以上から神宮皇后の実在性も高くなった。記事も詳しく、現に巨大な前方後円墳もある。
4、ほぼ定説の記紀の干支120年繰上説によると神宮皇后は360〜410年あたりに実在したといえる。
新羅侵攻や人質事件は370〜400年頃の出来事である。
5、神宮皇后の時代の4代前の崇神天皇(10代)の実在性も今の通説は認めている。
6、記紀の史実性がこの時代まで高いものと考えると、崇神天皇のころに存在したと記紀の伝える
箸墓古墳の被葬者(モモソヒメ)の実在性も高くなる。ある程度の記事もあり、現に巨大な墳墓も存在する。
7、モモソヒメの実在性を前提とすると、その死亡時期は300〜350年あたりとなり、箸墓古墳はこの頃に
作られたことになる。
8、記紀は古代において出雲が有力であったことなど、これ以前の時期の記事にも事実との符合が見られ、
崇神時代の記事の史実性を認めても何ら不都合はない。むしろ、崇神天皇の実在性を認めるなら、
同時代のモモソヒメの実在性も認めるべき。
9、然るに、モモソヒメの実在性は、遺物を古く見る最近の畿内説の土器編年や古墳編年と整合しない。

20 :19:2006/04/19(水) 21:32:26
森公章『「白村江」以後』は、1、2の部分のソース。念のため。
森は、倭の五王の問題とか、神功皇后の実在性とかには、触れていない。

中堅、若手は、記紀の史実性や邪馬台国に絡みそうな問題を避ける傾向は確かにあると思う。

21 :日本@名無史さん:2006/04/21(金) 12:28:48
休み

22 :九州王朝大好き ◆I.THkUKc4Y :2006/04/22(土) 19:12:47

「中堅、若手は、記紀の史実性や邪馬台国に絡みそうな問題を避けている。」ではないかな。

昔、同志社大学の森浩一(考古学)は古田説に絡みそうな問題を避けていた。
古田説を否定せず、間接的に支持しているような発言と見受けた。


23 :日本@名無史さん:2006/04/22(土) 23:42:07
古田?古田武彦ですか?
『東日流外三郡誌』の論争は、今どうなっているのでしょうか?

24 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 11:28:31

                 ,. 、       /   /
               ,.〃´ヾ.、  /  /
             / |l     ',  / /
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       l.l. ,..ィ'´    l',  '.j '.
       'r '´          ',.r '´ !|  \
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25 :↑ガッ:2006/04/23(日) 13:23:14
 


26 :九州王朝大好き ◆I.THkUKc4Y :2006/04/23(日) 13:32:01
>>23
古田武彦氏です。
『東日流外三郡誌』については、資料の扱い方に疑問あり、
僕は最初から眉唾でしたから、
古田武彦氏が現時点でどう対処されているのかは知りません。

東北王朝(大王)については、
早くとも8世紀初頭迄、遅ければ9世紀初頭迄
仙台平野から北上川流域に存在したと思っています。
又、9世紀以降も青森県には、天皇朝廷下にない残存勢力が残ったと思います。

27 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 17:50:09
古田は、全てのことに断定し過ぎる点に難点があると思う。
色々なことに言及して資料(遺物)などが不足していても、「絶対に間違いない」とかの口調が続いて、
断定口調のなかでのニュアンスが読み取りにくい。この点は、古代史の分野では多くの学者に見られる
ことではあるが。
その点を除けば、100のうち、20くらいは「ナルホド」と思うようなことは言っていると思う。

28 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 18:40:18
古田は、最初に公理をおいてそこから論理を追うことで結論を出して行くという
演繹的な手法をとっているので、最初の1が間違っていたら、
たとえあとの99が正しくてもすべてお釈迦。

29 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 20:23:23
>>28
お釈迦になった時点で素直に訂正すればよいものを、それができないという欠陥がある。
ま、似たようなのは、昔からありふれているだけどね(笑い)

30 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 20:58:42
>>28
>演繹的な手法

そのような手法なら、最初の 1 が間違った段階で残り99も全て間違い。

31 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 21:09:08
その正しいは、“論理として”正しいの意味だよ。

32 :日本@名無史さん:2006/04/24(月) 02:06:15
>>27
講義をノートに丸写しにして来たのをそのまま続けている者とは明らかに違う、ということはある。
ただし、そういう人はとかく奇妙な行きすぎがありがちで。

33 :日本@名無史さん:2006/04/26(水) 01:03:03
古代史の分野では、学会の非主流派を抜きにしては、研究史が成り立たないのも事実。
古田はかなり特異な説も多いが、三角縁神獣鏡の全部国産説をまともな根拠を述べて、
主張した初期の学説としての意義はある。
・・・・・『三角縁神獣鏡・その謎を解明する』藤田友治著、ミネルヴァ書房、参考
この本は、三角縁神獣鏡の学説の流れを丁寧に書いている。但し、藤田は古田学派。

主流派の本を読んでいると、その説の最初の提唱者とかを無視しているものが多過ぎ。
在野の研究者や非主流派であっても、参考文献に掲げなければ人間性を疑われる。
その点で原田大六説に言及した『伊都国を掘る』(柳田康雄)は評価できる。
逆に、山片蟠桃を無視した津田左右吉は最悪。津田説の骨格は山片が述べている。

34 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 04:37:15
白石太一郎大先生wの『倭国誕生』をちと読んだ。
凄いね、の一言しか言えない。もはや畿内「教」ですな。
石野の年代観も遺物を古く見過ぎだと思ったけど、その上を逝ってる。
あと、鉄器の九州優位を認めつつ、畿内が九州を制圧したという考えは無理杉。
九州が畿内の10倍以上の鉄の武器を有していたのに制圧されたんですか???
畿内説でも普通はそこまでは言わない。いや、言えない。

35 :日本@名無史さん:2006/04/28(金) 02:20:14
白石大先生wの『倭国誕生』は、自分の説が他の人より極端に土器や古墳の年代を
古く見る考えであるということを書いていない。正直、読んでいて頭が混乱する。

庄内式が160年頃から、布留式が250年頃からと言うのは勝手だけど、昔は庄内式が
270年頃から、布留式が340年頃からという考えも強かったことにも触れて欲しい。

36 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 10:45:41
かな

37 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 11:52:57
1、北部九州の遺跡は征服された痕跡がなく古墳前期まで続いている(柳田康雄)。
2、畿内の纏向は他の土地から来た集団が人工的に作った都市であり、周辺地域との断絶ないし
独立が存在する(石野博信)。
3、「ヤマト」とは古代では大和古墳群のあたりの地名で、それが広域化した(直木孝次郎)。

普通に考えて、鉄器で優位にあった北部九州「ヤマト国」が畿内を征服し、大和古墳群のあたりに
拠点を築き、その地が「ヤマト」と呼ばれるようになったように見える。
「神武東征」を認めないのは、天皇制を敵視するマルクス主義のイデオロギーであるように思われる。

38 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 12:17:14
>>37
同意、神武東征が史実か考古学的に検証することは出来なくても
鉄器など筑紫優位であったことや、おそらくそこからヤマトに
侵入したであろうこと、後にヒムカ国から皇軍がヤマトに入ったこと
など記紀を読めば大凡の想像は出来る、西から東へと何らかの権力の
移行があったことは間違いないでしょう。



39 :本田:2006/05/02(火) 21:17:46
ヤマトの語源は九州の山門。

40 :日本@名無史さん:2006/05/02(火) 22:37:48
鉄器の北部九州優位を認める今の畿内説の最後の頼りは、年輪年代に基づく土器編年だけど、
年輪年代を採用して、土器を古く見る畿内説の考えには、以下の問題がある。

1、伐採年と建築年に数十年〜100年以上の隔たりがあるというのが、建築年が文献上明らかになっている
6世紀以降の古代建築物での実情である。

2、伐採から年数を経ていない木材には、予測不能な反りやゆがみが発生するというのは、常識であり、
クギなどが存在しない古代においては、伐採から数十年以上経た木材を建築に使用していたと思われる。

3、「紫外線による劣化がない」とか、「建築現場で加工された」という理由で、伐採年と建築年を同一とする
調査結果は、素人目にも常識の埒外の検討であるように思われる。
例えば伐採から50年後に建築に使用する場合、野ざらしで保存する訳がなく、貯木池等で長期間保存するが
紫外線は浴びない。現地で加工したため伐採年と建築年とが同一になるという理由については、根拠自体が
意味不明である。50年物の丸太を現地に持ち込んだと考えれば足りる。

4、古代の年輪年代法の適用事例のほとんど全てが畿内に偏っているため、九州との比較が出来ない。

5、布留式の終わりは400年ころでほぼ争いがないため、庄内式、布留式を古く見すぎると、これらのみが
異常に長い期間流通したことになる。かつては土器1形式10年〜30年と言われたが、庄内式を古く見ると
1形式50年を超え、前後の時代とのバランスを大きく失する。

41 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 15:55:42
昔は古墳時代は300年頃からとされていたのに、今の畿内説はどうなっているのやら。

寺沢薫・・・・・250年頃から    ・・Σ( ̄□ ̄;) ・・・アリエナイワケデモナイネ

石野博信・・・・200年頃から    (´゚д゚`)うわー うおおおおおっっ!!

白石太一郎・・・・180年頃から?  ( ゜д゜)・・・(つд⊂)ゴシゴシ・・・(;´Д`)?


42 :南京大虐殺の首謀者:2006/05/03(水) 16:57:00

南京城攻略の折、降伏した中国兵数千人を城壁の傍らに立たせておき銃剣にて全員を刺殺した時の司令官は
昭和天皇の叔父で天皇に顔がそっくりの朝香の宮と言う奴だ。
南京大虐殺は天皇家の命令で行われたことは明らかだね。
そうやって在日である天皇家は、日本の名誉を著しく傷付けるような指導を日本国民に対してして来た訳だ。
そんな天皇制にしがみ付いている奴はバカか狂人かのどっちかだね。

あるリベラルな知識人が二十年ほど前に、先の戦争は国民にも責任があると言ったことをヒントに、
天皇には責任が無いみたいなズレたことを言い出した右翼がいるが、
国民主権国家となってから、その天皇制を廃棄しないでいたことは今度は本当に国民の責任である。


http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/data/nangjin/index.htm


43 :ゴジンム:2006/05/03(水) 17:00:33
皇統ノ一系無窮ハ明白デアル 神州ハ不滅ナリ 

44 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 17:56:02
>>41
畿内説だけじゃなくて、考古学界全体の潮流だよ。残念だったね。
それに、その古墳時代開始の繰り上がりは実年代が遡っているだけじゃなくて、
弥生・古墳という時代区分の変更もともなってることもよろしく。

ついでに、

>寺沢薫・・・・・250年頃から    ・・Σ( ̄□ ̄;) ・・・アリエナイワケデモナイネ

これは嘘でしょ。寺沢も三世紀初頭だよ。

45 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 18:24:49
上記の考古学者たちは庄内・布留を弥生と古墳のどちらに考えて
その年代を唱えているのだろう……

もし、上記の年代以前に庄内・布留があると考えていたら恐ろしい……


46 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 20:09:32
>>44   そうだったっけ。
寺沢は、『王権誕生』でホケノ山を250〜260年頃、箸墓古墳を270頃(以降)としていたはずだが・・・
石野も大昔は280年頃としていたのを、一挙に古くしたから、改説した可能性はあるか・・・

どっちにせよ、そこまで古く見る根拠は乏しいと思う。
あと、「魏志倭人伝」で「甕棺墓(棺)はあっても木郭(郭)はない」としていることと整合しないし。

47 :日本@名無史さん:2006/05/03(水) 23:21:35
甕棺墓はちょっと古過ぎるような……

48 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 09:01:44
>>46
ヒント:古墳時代は庄内から。庄内初期にはまだ古墳はない。

古墳そのものをメルクマールに時代を区分するやり方から、
古墳時代の社会構造の成立によって古墳時代と弥生を区分しようという潮流にかわりつつあるのだな。

49 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 19:37:24
>>48 昔は、庄内式と古墳時代の始まりはほぼ同時期と考えていたと思う。
庄内式=古墳時代という図式は、かなり広まっているように感じる。
人によっては、大きな墳丘は古墳と見ているようだから、古墳の定義も良く分からない。

あと、庄内式は畿内一円に広がっている訳じゃなくて、神武東征伝説地とか神武に追従した
物部根拠地とかに偏っていて、庄内式だけだと、畿内全体の時代観もつかみにくいと思う。

50 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 20:33:05
> 昔は、庄内式と古墳時代の始まりはほぼ同時期と考えていたと思う。
> 神武に追従した物部根拠地
ホントか?

51 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 22:02:59
「庄内式土器の偏り」と言うのは製作拠点が限られていると言う意味だよ。
旧来の畿内様式よりは高度な技術を要する。
おそらく、特定の職能集団が存在したのだと思う。
別に使用地域が限定されていたわけでは無い。
濃淡はあるが、畿内や東海、北陸に普遍的に行き渡っている。

52 :日本@名無史さん:2006/05/04(木) 22:53:40
本当か?と言ったのは【神武に追従した物部】の部分。
日本の神話伝説を若干勘違いしていると思う。

因みに【使用地域が普遍的】という点については僕もそう理解しています。

製作拠点。確かに物部と関係深い八尾はその候補に挙げられそうだけど、
神話伝説と考古学の結びつけが焦点がぼやけてつかみづらいかった……




53 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 11:42:32
庄内式の偏りというのは、文字どおり出土数に疎密があるということ。
大阪府内、奈良県内でも著しい差がある。

奈良県内なら桜井から天理あたりに濃密に分布するものの、
そこから離れるに従って出土数は減る。
近くても、大福遺跡のように庄内がほとんどない集落もある。

大阪はどちらかというと大阪南部(河内潟の南)が中心。
田中琢が、庄内式を設定したのは大阪北部の豊中にある庄内遺跡の資料だが、
現在この庄内遺跡は、いわゆる“庄内式分布圏”からは外れてしまった。

54 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 21:36:17
庄内式と物部氏
http://yamatai.cside.com/katudou/kiroku221.htm

検索してたら面白いもの見つけた。年輪年代のスレ。
http://mentai.2ch.net/history/kako/991/991994652.html


55 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 21:42:47
ところで、このスレは【畿内説厳禁】なのはわかってるね?みんな。

56 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 22:22:06
そうだなあー。
見渡せば九州説っぽい人っておらんねえ。

57 :日本@名無史さん:2006/05/05(金) 22:23:22
> 見渡せば九州説っぽい人っておらんねえ。
どこみてんだか

58 :狗奴 ◆5dMQZo6/zY :2006/05/05(金) 22:36:21
邪馬台国は筑後川一帯

59 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 01:00:56
筑後川一帯は倭五王の時代から倭国の中心地。


60 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 01:25:40
>20
>中堅、若手は、記紀の史実性や邪馬台国に絡みそうな問題を避ける傾向は確かにあると思う。
文献はともかく考古学者は、そんなことはない。

>34、35
>白石太一郎大先生wの『倭国誕生』をちと読んだ。
>凄いね、の一言しか言えない。もはや畿内「教」ですな。
>石野の年代観も遺物を古く見過ぎだと思ったけど、その上を逝ってる。
>あと、鉄器の九州優位を認めつつ、畿内が九州を制圧したという考えは無理杉。
>九州が畿内の10倍以上の鉄の武器を有していたのに制圧されたんですか???
>畿内説でも普通はそこまでは言わない。いや、言えない。
「畿内勢力による鉄器ルート奪取」などの白石の学説が学問史の遺物にすぎ
ないことは確かですが、その年代観に限れば考古学会では普通の見解。

>白石大先生wの『倭国誕生』は、自分の説が他の人より極端に土器や古墳の年代を
>古く見る考えであるということを書いていない。正直、読んでいて頭が混乱する。
>庄内式が160年頃から、布留式が250年頃からと言うのは勝手だけど、昔は庄内式が
>270年頃から、布留式が340年頃からという考えも強かったことにも触れて欲しい。
今時そんな年代観の学者は皆無。庄内の始まり=二世紀末〜三世紀初頭というのは
もはや一般化している。これを「古墳時代の開始」とするかどうかは見解が分かれ
ているが。



61 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 01:50:35
>寺沢は、『王権誕生』でホケノ山を250〜260年頃、箸墓古墳を270頃(以降)としていたはずだが・・・
>石野も大昔は280年頃としていたのを、一挙に古くしたから、改説した可能性はあるか・・・
>どっちにせよ、そこまで古く見る根拠は乏しいと思う。

寺沢は庄内=三世紀初頭、布留=三世紀後半だが。
これ自体は普通というか、むしろ遅く見る方と言っても良い。
ちなみに九州の学者でもこれが普通の見解(というより九州側の見解に
あわせて、近畿側が前倒ししたわけだが。)。
前倒し論者の最先端だった森岡なんかはもっと前倒しを検討すべきと言っているし、
可能性としてはさらに古墳時代の開始が前倒しされることもありうる。
それに箸墓はもちろんのこと、ホケノ山(これは古墳と呼ばない学者も一部
いるが)も最初の古墳ではない。
石塚、勝山など前にいくつかある。


62 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 01:57:19
>49
>庄内式=古墳時代という図式は、かなり広まっているように感じる。
>人によっては、大きな墳丘は古墳と見ているようだから、古墳の定義も良く分からない。
前段はそのとおりだが、後段は間違い。主に
@古墳開始=マキムク型前方後円墳
A古墳開始=箸墓
という2つの説があるということ。一般的に大学の連中は@、kkkなど埋文の連中
はAが多い。若手は圧倒的に@だと思うが。

>あと、庄内式は畿内一円に広がっている訳じゃなくて、神武東征伝説地とか神武に追従した
>物部根拠地とかに偏っていて、庄内式だけだと、畿内全体の時代観もつかみにくいと思う。
物部根拠というのは意味不明。
庄内は、大和盆地、河内平野の一部、それ以外だと九州の奴国地域、伊都国地域に集中
しているだけだが。


63 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 02:05:45
その年代観で九州のどの古墳を卑弥呼の墓だと?

64 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 02:29:36
大和説のスレッドかと思うほど…大和説厳禁とはあるものの…

65 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 02:44:08
>63
それをいうなら、まず金印と阿蘇山を畿内で見つけて来い。
話はそれからだ。

66 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 02:44:11
>40
>かつては土器1形式10年〜30年と言われたが、庄内式を古く見ると
>1形式50年を超え、前後の時代とのバランスを大きく失する。
そりゃ、かつて手がかりがない場合にそういう割り方をしてたというだけで
あって根拠があれば長くしてもおかしくはない。
50年と言うが、庄内については、もっと長くすることを検討すべきという
話もあるくらいだ。


67 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 03:07:04
>37
東遷説自体は増えているというより、若手のほとんどはそうだろうが
今のところ「対等」な連合政権だという説が多い(北條、寺沢)。
相変わらずいろんな面でたいしたことがない東瀬戸勢力を過大視す
る傾向も強いしね。いきなり北九州勢力による征服と言う風にはな
っていない(柳田などは昔から東征説で変わらないが)。
実際のところ、倭王権の王権祭祀やイデオロギーは圧倒的に北九州の
ものだし、鉄器生産や政治的成熟度の圧倒的な東西格差から考えて
「対等」なんてことはありえんわけで、前期古墳には各地の供献土器が
あるのになんで特殊器台だけ過大視されてんのか、いい加減な民俗学
者の珍説をパクった首長霊継承とやらが無批判に流布していいのかと
いうようなことは誰しも思っているところだが、なかなかそう言えな
いとこはあんたの言うように学会の雰囲気的に言いにくいというとこ
があるわな。
後、近畿の学者は編年の問題を始めいろんな問題でここ数十年、九州
側にほとんど合わせる形で修正してきたわけで、国家形成論まで合わ
せるというのは抵抗あるのかもしれないね。




68 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 08:46:58
>庄内の始まり=二世紀末〜三世紀初頭というのはもはや一般化
学者がこんな状態だから安本美典や素人が口をはさむ気がする……

現状、自然科学的な年代測定の結果がそれらを裏付けているので
学者なら立場上とりあえずその結果を受け入れるのが無難とは思うけど、
内心ではしっかりとこれらの編年については疑問を持って欲しい……

『年輪年代法こけたら皆こけた』ってことになったら……

あの事件の二の舞

69 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 09:21:49
>>62
>@古墳開始=マキムク型前方後円墳
>A古墳開始=箸墓

このほかに、0.庄内の開始=古墳時代開始があるだろ。

>kkkなど埋文の連中はAが多い。若手は圧倒的に@だと思うが。

KKKは0で突っ走ってる。
それに、新聞発表から勘案するに、埋文・教委のほとんども0。

見た感じ、大学の一部に2を固守する連中がいるという状況にみえる。
もうじき団塊の世代の教授がいっせいに退官するから、
数年後には状況は一変するんじゃまいか。

70 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 14:51:45
>>68  >『年輪年代法こけたら皆こけた』ってことになったら……

年輪年代の問題点は >>40にあるけど、あと、検査自体が検証されていないという点もある。
年輪年代のデーターは一般に公開されていないから、検証も不可能。
年代を古く見る最重要の根拠は年輪年代であるだけに、これがこけたら、皆こけるね。

あと、古く見る人達は、鉛の同位対比データーは完全に無視している。
こっちのほうは、誰でも検証できるのに、何故無視するのだろうか?
都合の悪いデータを無視するのは良くないね。

たしかに「あの事件」と同じような経過を巡っているという感じも受ける。

71 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 15:27:16
>>64
畿内説スレから逃亡して、来てるみたいだな、伊都国東遷とかが。


72 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 15:48:48
>>70
>年代を古く見る最重要の根拠は年輪年代であるだけに、これがこけたら、皆こけるね。
C14はどうなの?



73 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 16:17:55
>>72   C14の信頼度は現状ではかなり低い。
たしか愛知県の古墳出土の土器が起源90年頃と判定されたこともある。
さすがに、これは誰も認めていないが・・・・要は、その程度のもの。
誤差が大きすぎて参考にもならん。

C14の大気中の濃度は時代によって一定しておらず、遺物での濃度変化も一定ではない。
現状では、データーの誤差補正についての見解もまとまっていない。

要するに、現時点ではC14を根拠にすること自体が、危険な泥舟に乗ることを意味している。
遺物を古く見る最近の畿内説は、年輪年代にせよC14にせよ、根拠が弱いことは確か。

74 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 16:57:07
>>73
諸外国の年代測定がC14で足並み揃えてるのに
日本だけ違くしたらバランス取れないのでは?

75 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 17:53:42
>>74
諸外国がどうとか言う前に……
C14で出来ることと出来ないことをしっかり押さえるべきでは?

諸外国が何か言ったらイイナリなの?

諸外国がどう言ったとしても、あの誤差とバラツキは消えないと思う。

76 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 18:31:37
何か勘違いしているみたいだが、古代の実年代を特定する物差しは非常に少ない。
貨泉とか紀年鏡くらいか。

年輪・C14も絶対じゃない。それは当たり前。それに替わる方法が無いだけ。
少なくとも、倭人伝の記述から「庄内開始を2世紀末〜3世紀初頭」と思い込む
従来の仮説よりかは大分マシだろ。

77 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 18:53:40
>>76
確かに、C14や年輪年代の信頼性を論じるのは大事だが、
従来の実年代仮説に、そこまでの信頼性があるのかは甚だ疑問。
かなりムキになって年輪・C14を否定している輩は、まず先に、
従来仮説を論証をすべきじゃないだろうか?
「庄内開始が3世紀初頭」というのは、どうやって証明するのだろうか?

78 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 20:30:31
年代を決める方法論としては、年輪やC14のほかにも以下のものがある。

1、土器編年のバランス論(1形式10〜30年)・・・1形式を長く見過ぎない。
年代を古く見る説は、庄内式、布留式が長くなりすぎる点で難点がある。

2、円筒埴輪の型式の区分・・・同じ型式を同じ時代とする(当たり前)。
埴輪の変化は期間が短いなど、庄内式、布留式を長く見る編年と整合しにくい。
故に、畿内説はこれを無視することが多いように思う。

3、銅含有の鉛の同位体比による分類・・・同じ原料であれば同時期の可能性が極めて高い。
三角縁神獣鏡はほぼ全て同じ原料(日本製)と判明したり、畿内説に不利な結論が多いためか、
畿内説はこれを無視することが多い。しかし、馬渕の研究は信頼度が高い。

4、前方後円墳の形による分類・・・同型の古墳は同時期の可能性が高い。
型式による分類は、古墳の絶対年代とは直接は関係しないが、基準となる天皇陵がある4C後半以降は
絶対年代がある程度分かる。

5、その他、副葬品(鏡等)による分類、墓式による分類(竪穴→横穴)などがある。
これらは、絶対年代の手がかりにはなりにくいが、箸墓古墳の壕から出土した馬具(鐙)は、箸墓を
古く見る説には、かなり不利。馬具は350年以降というのがそれまでの通説。

79 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 20:33:33
>>78
いやはや、感服しました。
九州説にも論客がいるんですね

80 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 20:37:02
年輪・C14を鵜呑みにしない人は
何もそれまでの仮説を鵜呑みにしているわけではないと思う。

年輪・C14の結果に基づくものを通説としている最近の風潮に
警鐘を鳴らしただけだと思ってた……

もし、年輪・C14の信頼性に疑問を持っていても、従来仮説を
鵜呑みにしているようなら、それはそれで問題があると思う。

とにかく、どちらをまず先に論証とかいった話ではなく、
70が言っているような【鉛の同位体比】なども含めて
まだまだこれらの論議は続けられるべきかと……

三角縁神獣鏡にしたって
呉鏡の流れをくんでいるように見えなくもないから、
そこから三角縁神獣鏡を後代のものとする仮説が生まれても
不思議ではないと思う。

それなのに庄内が古くなることが定説化しつつある流れに埋没して、
これらの問題が片付いてもいないのに、まるで片付いたように
勘違いしてしまうことの方が恐い。

81 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 20:41:18
>三角縁神獣鏡はほぼ全て同じ原料(日本製)と判明したり
逆の結論。中国製と日本製がやや異なることが指摘されてたんじゃないか?
SPring8でも、三角縁は中国製と日本製にわかれる結果だしな。

82 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 21:07:52
日本古代史は厳密な議論をし過ぎている印象。実年代なんて、なかなか
分からないものだし。
邪馬台国論争、畿内vs九州の悪影響であろうが。

最初、筑紫に王権があって、それが大和に移ったという事までは、
みんな納得していると思う。
で、その権力の移動が、庄内開始を契機に緩やかに始まっていることも。

83 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 21:10:22
>>81 中国製というのは、原料が中国というあの発表でしょうか?
http://inoues.net/mystery/3kakubuchi.html
の下のほうにある新聞記事とその批判参照。

これも参照
http://www.bell.jp/pancho/kasihara_diary/2005_08_28.htm

84 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 21:41:27
安本かよ

85 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 21:58:02
>>78
5の周濠の馬具について
周濠って後の時代になってからでも色んな物が投棄されるから却下。


86 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 22:26:24
年輪年代・C14ともに有力な検証方法ですけどね。
どちらも資料の取り扱いが難しいので精密な実効年代を求めるのは難しいですよ。
だから、かなり幅の大きな数値しかとれないでしょう。
それを理解してか知らずか恣意的な発言が見受けられますねw


87 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 22:31:47
>>85 この馬具は、畿内説でも扱いが分かれているみたいだね。
発掘を担当した人には、土器と一緒に出土したと述べて乗馬の風習が3世紀に遡る
証拠と言う人もいる(確か『オオヤマト古墳群と古代王権』か『三輪山の考古学』の
どっちか。だから上つ道とかは馬を走らせるために直線だったとか書いてた。)
けど、乗馬の風習を3世紀からというのは、無理筋。

一方では、出土物を分類する途中で異物が紛れ込んだと言う人もいるみたいだね。

周濠を掘って出土した布留式土器は採用しても、馬具は認めないと言うのも難しいけど、
まあ、1点のみの出土だから異物の「可能性」もあるとは思う。

88 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 23:11:57
>>86
いや、C14や年輪にブレ幅があるのは当然。
っていうか、ブレ幅のない実年代考証は今現在ないだろ。
一部の「庄内初=3世紀初頭」という思い込みの方が問題。

89 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 23:16:27
>>87
どこかの古墳の周濠にミニバイクが沈んでたりする。
この周濠がそのうち埋まってしまう事もあり得るだろう。
埋まった周濠がずっと未来に発掘されてミニバイクが出てくる事もあるだろう。
その時、「このミニバイクは21世紀初頭の物だから、この古墳は21世紀初頭に築かれたに違いない!」
というのは馬鹿げてる。
周濠が作られてから埋まるまでの間に色んな物が投棄される。
その中の最も古い遺物が、周濠が作られた時期に最も近いと考えるべき。


90 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 23:54:42
>その中の最も古い遺物が、周濠が作られた時期に最も近いと考えるべき
それだって結構雑だよ

その古墳に付属しているかどうかも分からない遺物はみな怪しいよ。
昔、会社の庭で弥生式土器を拾ったけど(知る限り会社の庭で最古の遺物)、
それでも、うちの会社は弥生時代創業じゃないもん

>>87が言うように1点のみの出土は『異物の可能性』を疑うべきだと思う


91 :日本@名無史さん:2006/05/06(土) 23:56:32
いや、鐙に関しては実物が出てないだけで、西晋より前から使用されていたんでは?
と思うが。少なくとも三国時代は使用してたんじゃないか?

92 :黒羊 ◆N7qmqkEULs :2006/05/07(日) 18:43:38
記述の乏しい魏志倭人伝ばかりに頼っては想像の粋を出ないのではないでしょうか?
時代は下りますが、旧唐書には倭国と日本国は別枠で記載があり、日本の成り立ちが書かれています。
旧唐書によれば、倭国は新羅の南東にある島国となり、九州の位置に当ります。
さらに日本国は倭国の東方にあり、近畿の王権であったと考えられます。
そして、日本国は倭国を併合したとありますので、これが正しいとするのであれば、
大和王権=近畿=日本となり、邪馬台国=九州=倭と考えられます。
以下に旧唐書の倭国と日本についての記載を紹介します。

まずは倭国の記述から紹介します。
倭国者、古倭奴国也。去京師一萬四千里、在新羅東南大海中、依山島而居。
東西五月行、南北三月行。世與中国通。
其国居無城郭、以木為柵、以草為屋。四面小島五十餘国、皆附属為。
(以下、略)

次いで日本国の記述です。
日本国者倭国之別種也。以其国在日辺、故以日本為名。
或曰、倭国自悪其名不雅、改為日本。或云、日本舊小国、併倭国之地。
其人入朝者、多自矜大、不以實對、故中国疑焉。
又云、其国界東西南北各数千里、西界南界咸至大海、東界北界有大山為限。山外即毛人之国。
(以下、略)

93 :のむひょん:2006/05/07(日) 18:45:25
そういえば、八女に卑弥呼の墓らしいものがなかったけ?

94 :黒羊 ◆N7qmqkEULs :2006/05/07(日) 18:50:18
>>91
鐙自体開発されたのは5世紀の中国なので三国時代に鐙はありません。
しかも最初期の鐙は片鐙で乗り降りの時だけに利用されました。

95 :日本@名無史さん:2006/05/07(日) 18:57:33
平原王墓は、副葬品に巨大な鏡数枚、中小の鏡多数あり、王墓の近くの掘立柱などと併せると、
太陽神信仰を強く感じさせる。あと、武具が少ないので、女性祭祀者と考えられている。

・・・時代が合えば卑弥呼の墓と言えるのだが、卑弥呼の存在は、北部九州での鏡を使った
女性祭祀者による太陽神信仰の伝統に通じる面があることは、否定できないと思う。

96 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/07(日) 19:01:49
>>92 黒羊さん

旧唐書の前に“宋書”を
“倭国伝”の始まりは宋書からですので
いきなり旧唐書よりも

宋書⇒隋書⇒南史⇒旧唐書の順番を進めます。
倭人伝と倭国伝は少し傾向が違いますので

97 :黒羊 ◆N7qmqkEULs :2006/05/07(日) 19:12:13
>>96
そうします。
史学部は史料史料で、その中でも良質史料探しが大変な学部ですね。
ネット検索では結局さわりしか解らず、書籍を手に取る時間と金がかかるばかりです。


98 :日本@名無史さん:2006/05/08(月) 13:34:42
>>90>>91
古墳の周濠は時代ごとに堆積物が上に積み上げられていくから、下のほうの堆積物から
土器と一緒に発見されたのであれば、その土器と同時期のものだと思う。

この馬具は、当初の新聞報道では、一緒に出た布留式土器から「最古の馬具」という
見出しで報道されていた。発掘担当者は、出土した当初は何か分からなかったが、後に
馬具と分かったという話をしていた。

しかし、「馬具がそんなに古いはずはない。やっぱり箸墓は350年頃だ」という意見が
出てから、異物の可能性が言われるようになった。そういう経過から見れば、「異物」では
なくて、土器と同じ堆積層から出土したと見たほうが良いような感じもする。
要するに、布留式は340年頃からと言う昔からの見方に有利な事実だと思う。

99 :日本@名無史さん:2006/05/08(月) 17:44:12
>>90の発言をした者です

僕自身、『異物』の可能性を考えつつも、その馬具に期待してます。
布留はやっぱり300年代以降ではなかろうかと……

100 :日本@名無史さん:2006/05/08(月) 19:30:21
>>99
そんな事主張しても、それでは都合の悪い連中が、寄ってたかって潰しにかかります。

101 :日本@名無史さん:2006/05/08(月) 20:19:26
>>100 (いいなぁ。100番ゲットでその発言)
自分でもそう思う。

102 :26歳大卒ヒッキー ◆HCmIhYMlyc :2006/05/08(月) 22:31:13
まだやってたんですかw
僕が思うにこの問題は
昔、パキスタンとバングラデシュが
同じ国でインドをはさんで飛び地だったのと同様で、
邪馬台国も畿内と東九州の両方にあった
飛び地国家ではないかと考えます。
なので文献と考古学のずれが生じるのでしょう。

103 :日本@名無史さん:2006/05/08(月) 22:43:44
>>102
想像なら誰でも出来る

104 :26歳大卒ヒッキー ◆HCmIhYMlyc :2006/05/08(月) 22:47:56
宇佐神宮が証拠です。
なぜ伊勢神宮に次ぐ格式の高い神宮が
宇佐なんていうド田舎にあるのか?
明らかに畿内王朝にとって
重要でゆかりのある土地だからです。

105 :26歳大卒ヒッキー ◆HCmIhYMlyc :2006/05/08(月) 22:49:07
さらに神武東征の出発点が
なぜ東九州なのか?
天孫降臨など畿内にすればいいのに
なぜ東九州に降臨したのか・・

106 :日本@名無史さん:2006/05/08(月) 23:11:49
>>105
それは天皇の祖が九州中心に活動していたからだよ。九州で見つかった金印にも「委奴國」と書かれていただろう
これは中華の現物と記紀の一致だ

107 :日本@名無史さん:2006/05/08(月) 23:28:28
>>104
宇佐神宮が証拠にならないのは、お前が立てた駄スレですでに説明しただろうが


108 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 00:50:28
これはダウジングしかないね。

109 :日本@名無史さん:2006/05/11(木) 01:14:18
>>48
Merkmalってなんだよ日本語で言え日本語でスカスなスカタン。

110 :九州王朝大好き ◆I.THkUKc4Y :2006/05/11(木) 03:13:20
>>105 26歳大卒ヒッキー(元16歳中卒ヒッキー)さんへ

大分県北部の出身在住と以前にお聞きしたので御質問いたしました。
もしご存知であればご教授願いたいのですが。

他スレで九州の方言について話が出たのですが、
九州の殆どの地域の方言は閉音節であるのに対し、
大分県の方言は中国四国以東同様の開音節です。
この開音節方言が使われている範囲はご存知ではありませんか?
北は福岡県何市あたり迄で、南は大分県のどのあたり迄でしょうか?

暫く大分県福岡県に行く機会がありませんので質問しました。

元スレ(質問が発生した流れ)
【毛野】関東に大王あり【武蔵】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1105834872/219-236


111 :日本@名無史さん:2006/05/12(金) 22:27:15
>>78 土器1形式10年〜30年というのは、実は年代を古く見る説の最大の問題だと思う。
土器や円筒埴輪などは、どの地域でもある程度の期間を経過して変遷する。これは、端的に
作る職人が代替わりしたからではないかと思う。

庄内以後の土器は専門職でないと製作は困難だから職人が製作していたと思われる。
3年とか5年とかの短期間で変遷していないのは、同じ職人は同じものを造り続けたから
と考えた方が分かり易い。
この前提だと、庄内式、布留式の期間を古く長く見る考えは成り立ちにくくなる。

112 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 01:11:24
縄文でも土器は専門職がつくったという話もあるけどね。

113 :日本@名無史さん:2006/05/13(土) 17:28:15
>>112  『遡上派』の石野とかは「土器は世界的にも女性が作っていた」とか書いて
いるけど、それは原始レベルでの話で、弥生土器のレベルになると、普通の『主婦』が
作れるレベルを超えて、職人が作ったことが明らか。

職人が作ったとなると、職人の代替わりで型式が変わると言う1形式10〜30年という
見方につながるから、『遡上派』は職人の製作を否定する傾向が強い。

114 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 17:09:19
庄内式は北部九州起源(前スレ964より)
庄内式の分布は、http://yamatai.cside.com/katudou/kiroku238.htm の下のほう参照

この分布図は橿原考古学研究所作成であり、石野も『三輪山の考古学』61頁で同じ図を引用。
石野博信は、『邪馬台国の考古学』179頁でも庄内甕の分布図として類似図を引用。

よって、前スレ969が「庄内らしきものが一片でも出土した『遺蹟』の分布図」を安本が独自に
捏造したかのように述べていたのは、全てウソ!!!
反対論者に論理では太刀打ちできず、中傷することしか出来ない畿内説の正体が見えたね。

115 :日本@名無史さん:2006/05/14(日) 23:26:58
>>114  前スレ引用。   ┐( ̄ヘ ̄)┌ヤレヤレ… 

969 名前: 日本@名無史さん [sage] 投稿日: 2006/04/17(月) 07:56:16
>>968
安本のサイトに出てくる北九州地区の分布図は庄内
(又は庄内らしきもの)が一片でも出土した「遺蹟」の分布図だが、
まさか、それを根拠に九州の方が広域に流通していた
とか言わんだろうなあ。
また、畿内における分布「濃度」の違いについて述べた石野の見解を
あたかも九州と畿内の違いに対する見解のように見せ掛ける手口は
まさしく安本流。
生粋の信者さんと見た。
>>962のサイトを見れば明らかなように庄内式のベースは畿内様式。
吉備からの技術移転はあっても九州からの影響はありえない。

116 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 00:30:12
だいたい九州の庄内式は、ほとんど庄内後半だし。

117 :百姓→土建屋:2006/05/15(月) 05:08:26
初めてです。おす。
おらな魏志倭人伝からは、どうやっても邪馬壹国が日向
(当時は鹿児島県も含むよん)としか読めねぇのにな、
それ以外が邪馬台国だと力説する人たちにぁ
是非相手にして貰いてぇっからさ、
反日向の人たち限定でお返事ほしか。
あたしの日向の理由は経済力なんですけど、
大宝2年筑前国島郡川辺里の戸籍じゃ、
一戸あたり平均20名以上の家族がいたもんだすけ、
邪馬壹国の人口は20人*7万戸=140万人と推定してますばってん。
雨もふらん、沖積平野の、
二期作出来ない地域がおまんま食えたんか?
ちなみに人間1人で0.1ha(一反300坪)の耕作地が普通必要じゃん。
畿内はなぁ瀬戸内気候なんやけど、
溜池作るんはでっかい古墳作るよりな、
今の土木技術でも大変なんやと、
しかも昔は盆地も平野も沼ばっかりやろ、
道もろくになかった時代なんやて、
ほんま大丈夫やろか?
福岡もな湿地が多かったんと、
それで邪馬壹国と投馬国と奴国でまとめて14万戸やで、
280万人で28万haいるわけじゃ、
今の福岡県の全耕地面積が9万haしかねーと、
どんげしよっと。
お返事くださいましまし。




118 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 13:27:39
そりゃ違うでしょ。
筑紫の日向の高千穂のクシフルダケに降臨したんだから、
あくまで邪馬壹国は筑紫。

119 :日本@名無史さん:2006/05/15(月) 20:48:32
>>116 出せないと思うが、ソース希望。
庄内式の区分が可能なら分けた図を作っているのでは?

ソースって大切だよね。前スレでの畿内教信者の虚言癖には辟易したね。
・・・「一切のごまかしはこちらはしていない。 」・・・だって。「全部」ウソだったね!!!

972名前: 日本@名無史さん投稿日: 2006/04/17(月) 10:54:29
>>971
すぐに「中傷されている」と言い張るのが安本シンパのデフォの手口だね。

>石野自身も、畿内でのモザイク分布は認めているようにしか読めない。
絶対にそのようには読めません。
あなたおそらく、安本のサイトか本しか読んでいないのではないだろうか?

ソースを出せと繰り返し言うのも、実は公正さを装った逃げ口上ですね。
なぜなら現場で何が出土したかの現物(少なくとも写真)をあなた、見たことないでしょう。
見たことないから教えて欲しいというのなら分かるが、ソースを出せと高圧的に言う前に
少しはご自分で勉強してみればいかがですか?

一切のごまかしはこちらはしていない。
ただあなたがあまりに基本的なことを知らないために、理解できないだけなのです。
とりあえず、福岡県および佐賀県の遺跡および出土一覧が解説つきで学生社(だったかな?)から出ているので
少なくともそれを読んでからレスしてくれないか。

120 :百姓→土建屋:2006/05/16(火) 00:31:23
いえいえ・・いやいや
あたくし単純な疑問で出したばってん、
面倒な勉強してねーーー・・・
ちょっとしてるけど、
ここで教えてほしーーーーーーいと
願い苦しんでんて。
縦割り歴史論は止めてもらいまして
飯食う為にどうしたん?
基本から始めないと、
古代の話進化無し、
極論=勝手にやって、
ごめんなさい状態です。

121 :百姓→土建屋:2006/05/16(火) 00:42:51
おまけ・・・・すまん。
おら喧嘩じゃねぇですて、
お代官様、
一生懸命耕して、
ちゃんと実りが欲しいのですだ。

122 :百姓→土建屋:2006/05/16(火) 01:42:31
一言わすれておりました先輩、
おれ馬鹿だけどちんこが・・・ごつ・・・
違いましたすびばせん。
おらっちの考えは完全九州論でごじゃりまして、
日向→三世紀後半→北九州→七・八世紀→奈良で、
先輩・・・九州しかねぇぇすよ・・・
でもちんこが・・・ごつ・・・
九州っすよ・・・
でもちんこが・・・ごつ


123 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 01:56:43
邪馬台国・邪馬壱国・イ妥国など、どれも日向国じゃありません。
何度か場所が変わっていますが、福岡県〜熊本県です。

124 :百姓→土建屋:2006/05/16(火) 02:08:57
なる
じゃどこがどこ?

125 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 02:23:41
邪馬台国・邪馬壱国は福岡県
イ妥国は熊本県だと思います。

126 :百姓→土建屋:2006/05/16(火) 02:34:55
あっ・・・
ついでに、
先輩のいろいろ首都のみなしゃまは、
おまんまくえたかしら?どうだなのかしら?
そっから話しましょ。
極論だから決まらない、
あたくし餓鬼の頃からいつもそう、
はぐらされて、何時まで経っても・・・
だれも結論欲しくないみたい、
まずまんま、次が便で、やっと証拠かな?
現代と一緒やろ!!!






127 :百姓→土建屋:2006/05/16(火) 03:01:49
名無しさん、返事は後でゆっくりと、
どこも顔出して大変だけど、
おら古代専門で、傍流で、
百姓→土建屋だから経済中心です。
歴史話に経済が無い。
縦割り学問だから、
古代は決まらない。
知識だけで動くから、
また決まらない。
古代の人も私も、
おまんま食う為に生きている。
そこから先輩お願いします。




128 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 07:10:33
>>127
文章が冗長的で主旨が掴みづらい……

一戸20人だと考えて、それだけの人口が養えるのは
二期作できる日向しかないという意見なのでしょうか?

もし、そうなら一戸20人という仮定に異論が出されると思います
二期作が日向だけという仮定にももう少し説明が欲しいところ

P.S.
一応、僕自身も日向は天孫降臨の話がなくても評価されるべき地域と思っています
ただ、邪馬台国を日向には比定してはいませんが……

129 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 11:58:56
纏向を重視する考えの問題点
1、年代遡上の根拠が乏しい。年輪もC14も根拠として弱い。

2、魏志倭人伝にある環濠が存在しない。ほかのクニと抗争しているのに環濠が
ないことは有り得ない。吉野ヶ里のような環濠がないと時代観と合わない。
この時点で邪馬台国の候補地としてはアウト。

3、年代遡上の限界。鉄器の北部九州優位からの東遷を認める前提では、200年ころの
東遷では魏志にいう邪馬台国が途中で東遷したことになる。それを回避するために、
東遷を150年頃まで遡らせようとしているが、異端過ぎる。

4、埋葬の仕方が魏志の記述と異なる。棺あって郭なしに合わない。この点でもアウト。

130 :百姓→土建屋:2006/05/16(火) 14:56:31
>>128
さて、それなら二期作は福岡から熊本で出来たのかしら?
福岡って雪も降るそうじゃない。
気候や経済から始めないと。
砂上の楼閣よ。

大宝2年筑前国島郡川辺里の戸籍じゃ、
役不足ってことから?
ちなみに百姓は江戸時代でも20人近くの家族だったし、
私生まれた時は15人家族でした。
江戸時代どこの国(県)が人口多かったと思う。
調べてみた方がいいわよ。


131 :百姓→土建屋:2006/05/16(火) 17:00:25
ついでに、
日本最古の戸籍
『御野國加毛郡半布里大宝弐年(702)戸籍』
も調べてみました。
54戸・1,119人だって、やっぱり一戸20人以上でした。

ちなみに江戸時代に人口が多いのはね、
みんなびっくりする位、今じゃ田舎なのね。
新潟県は江戸時代ダントツ一位でね、
小作は別にして、本百姓は殆ど10人
以上の家族でね、うちも寺の過去帳じゃ、
20人以上の時期もある訳。
分家出せば、費用が倍になるし、
田別け者だから、昔から極力家別けはしないのね。
今風の固定概念で考えるから、古代の事間違えるのね。
古代は核家族の方が稀なのよ。
江戸時代次男以降は、丁稚に出て都会で、
分家してもらうのね。
だけど古代は殆ど街なんて無いじゃない、
だから本家で、丁稚したんだよ、知ってた。

名無しさん都会育ちでしょ?
さて北九州は経済的に自立できたかな?



132 :百姓→土建屋:2006/05/16(火) 17:36:20
>>128
あと二期作は日向より南しか出来ませんよ、
現在もそうだし。
気温だけじゃなくて、雨もいるんだよ。
現在でもね雪降ったら米はおしまいだよ、
食えてもまずいよ。
米って熱帯植物なのね、
現在品種改良で北限が上がったけど。
あと邪馬壹国の人達殆ど裸ジャン。
世界中探して欲しいけど、
雪降る場所で、布一枚で暮らす地域あるのかな?
せめて長袖いるよね。
気候も無視してるよね。
北九州説も畿内説も。




133 :百姓→土建屋:2006/05/16(火) 17:44:11
あと、麦作なんて言わないで、
面積当たりの収穫もっと落ちるから。
あと、狩猟で補ったなんて言わないで、
そんなに取ったら直ぐ枯渇するよ。
人口密度がね、少なくないと成り立たないからね。
食うもの無ければ、人住めないんだよ。



134 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 18:26:47
>一戸辺り約二十人

二十人が住めるだけのスペースが確保されて初めて二十人の居住が可能になる。
一人辺り0.5畳のスペースとしても、それだけで約10畳のスペースのある
竪穴式住居が必要になるぞ。

135 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 19:42:03
>>百姓→土建屋さん

>あと二期作は日向より南しか出来ませんよ、
>現在もそうだし。
二期作ができるのは宮崎と鹿児島だけだとして、
日向から弥生時代の二期作の水田跡は見つかっているのでしょうか?
それとも仮定の話?

また、仮に日向だけが二期作をやっていたとして、耕地面積を考慮して、
ホントに日向が当時日本一の米どころになるのでしょうか?

計算はしてないけど、何かちょっと信じがたい。

>それで邪馬壹国と投馬国と奴国でまとめて14万戸やで、
>280万人で28万haいるわけじゃ、
ここまで来ると逆に戸数が誇張と言われて終わりになると思う。
この数値では現在の宮崎だって邪馬台国を養えない気がする。

>気候や経済から始めないと。
>砂上の楼閣よ。
マルクスじゃあるまし、気候や経済も一つの要素とした方がいいのでは?
ましてや、魏志倭人伝に記載された人口の上に論理を組み立てていったら、
それこそ砂上の楼閣。

著者が人口を一桁間違えただけでも全てがコケるよ。

136 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 20:15:27
>>135 土建屋は一方通行
自分の考えを書けば満足のオナニー厨だ。

137 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 20:35:14
★★ 朝鮮民族の先祖はワイ族だった!! ★★

最近、韓国人が宣伝している歴史観は、韓国人=フヨ人説に基づいた『騎馬民族征服論』である。
満州地方に住んでいたフヨ(扶余)民族が、朝鮮半島に侵入し、半島南部に新羅や百済を建国し、
さらに対馬海峡を渡って日本列島の先住民(日本人)を征服して、古代ヤマトを建国したという説。
『2ちゃんねる』の日本史板や考古学板を中心に、この説を宣伝している。
もちろん、すべてデタラメであるが。
朝鮮人はフヨ人ではない。フヨ人の子孫でもない。フヨ人に征服された民族が、朝鮮人である。
高句麗およびその後継国=渤海国はフヨ人の国である。また918年に建国された高麗もフヨ人の国である。
そして、フヨ人とは満州民族であって、朝鮮民族ではないのである。
朝鮮人は、韓人(カラビト=倭人)でもない。
朝鮮民族の先祖として、もっとも可能性が高いのは、穢(ワイ)族である。
このワイ族は、現在の韓国の江原道地方(ソウルの東方地域)に住んでいた少数部族であるが、
高句麗が楽浪郡=帯方郡を滅ぼした313〜314年頃に南下して、日本領=シラキに移住した。
後に、高句麗と手を組んで稲飯命の子孫である志良岐王族を虐殺し、王権を簒奪して志良岐を
乗っ取った金奈勿(キン・ナブツ)も、ワイ族であった。
おもしろいのは、韓国の歴史学者や政治家たちは、朝鮮民族の先祖について語るとき、フヨ人や韓人に
ついては積極的に語るが、このワイ族については語ろうとしないことである。
おそらく、韓国朝鮮人は、自分たちの先祖がワイ族であることに、うすうす気づいているのだろう。
ワイ族のワイ(穢)には、「汚い」「ケガレている」という意味がある。
このような名前の部族が朝鮮民族の先祖だとは、認めたくないのだろう。
彼らは、楽浪=帯方郡を支配していた中国人から、そのように名付けられた部族なのである。
朝鮮民族は、けしてフヨ人ではないのである。
もちろん、倭人=日本人でもない。

ウィキぺディアなどで、朝鮮人の工作員が、
「ワイ族は扶余族だ。ワイ族が改名して扶余族になった。高句麗人も百済人も、
 みんなワイ族だ!日本人もワイ族だ!」
と、宣伝しているが、大ウソなので、騙されないように。


138 :百姓→土建屋:2006/05/16(火) 21:30:29
>>135
あの二期作と一期作の水田跡の違いってなに?
二期作って意味わかりますか?

はい日向が当時日本一の米どころだから、邪馬壹国なんです。
20人*7万戸=140万人
140万*0.1ha/2期作=7万ha
現在宮崎県だけで7万ha、
鹿児島含めると19万ha。
この条件クリア出来る地域は他に無いのです。

>ここまで来ると逆に戸数が誇張と言われて終わりになると思う。
>この数値では現在の宮崎だって邪馬台国を養えない気がする。
もう一回ちゃんと読んでね。
また同じ事書きましょか?

>著者が人口を一桁間違えただけでも全てがコケるよ。
じゃ何処が信用できて、
何処できないの?
こんなに基本論しているのに、
もっと基本論始めるわけ。
書いてある事条件にしなきゃ、
何で話するの?
名無しさんは想像優先だから、
隙だらけだよ。
止めたら古代の話?

>自分の考えを書けば満足のオナニー厨だ。
酷いね聞かなきゃ良かった。



139 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 21:45:26
九州説は倭人伝を論拠と言いながら、都合の悪いところは「間違い」とか「誤字脱字」
で済ませるから。
そもそもの九州説は、考古学準拠だったんだが、近年の考古学の成果でそれが
危うくなってくると、文献重視にスライドした。
すでに倭人伝のみの推論は意味を持たないことを、真摯に受け止めた方がいいのでは。

140 :百姓→土建屋:2006/05/16(火) 22:07:13
いえいえ
すり替え止めよ。
考古学でも自信あるけどね。
その前に、世界でもね、経済無くし文明無いのよ。
中国でも、何処でもね、
ちゃんと基本から始めよ。
倭人伝無しでもね、
空海達の溜池で、人口増えた畿内はさ、
溜池作ってから頑張った訳!
社会基盤が無い訳ね。砂漠のロサンジェルスが、
古代の奈良にあったかな?
北九州も溜池あるぞ!
文献も、考古学も、経済の後から、
考えるべきだよ。


141 :百姓→土建屋:2006/05/16(火) 22:37:43
倭人伝の間違いは、
おれ指摘してねーぞ。

蛇足だけどね、関東に住んだ事ある?
冬はね砂漠だよ。
幕府の治水で江戸の人口増えたんだ。
火事も飢饉も人為的だったのしってる?
河川の土手の高さ迄、計算してあったんだ。
言葉悪いけど見殺しにする人達決まってたんだ。
やっぱ経済だからね。


142 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 22:43:12
>あの二期作と一期作の水田跡の違いってなに?
ないと思う。だから二期作というのは仮定の話じゃないのかと……
1戸あたりの人数も…… 当時の耕地面積も……

>じゃ何処が信用できて、
>何処できないの?
少なくとも文献で完全に信用できるものはないと思う。
だからある人は考古学的なところで検証を試みたり、
ある人は他の記述と矛盾しないかなど
試行錯誤を続けているのだと思う。

人口論は一つの要素として意味があるけど、
それだけで答えが出るとはとうてい思われない。

あの人口の記述だけでは邪馬台国が畿内と言う人がいても
九州と言う人がいてもおかしくないとさえ僕は思う。

また、総里数とか他の要素では矛盾はないの?
それともその人口論を唯一の根拠に他はどうでもいいという考え?

>はい日向が当時日本一の米どころだから、邪馬壹国なんです。
確定しているなら掘りに行けばいいのに……

143 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 22:50:07
>>114>>115>>116>>119 の続きで前スレ引用。
ソースを出せない言い訳に凄い説得力がありましたね。感心、感心。
今となっては、書いてあること「全部ウソ」と判明しましたけど。


974名前: 日本@名無史さん投稿日: 2006/04/17(月) 12:02:51
>>937
>>962はあなたなのかな?
ならば石野博信『大和・纏向遺跡』はすでにお読みでしょ?
これがあなたのお望みの第一のソース。
ところがあなたはこちらがせっかく参考図書を示しても
わざとかな?曲解して読むんですよね。
だから質問のレベルに達してからレスしてくださいと言ってる訳です。
あと、同じ石野の「古代近畿と物流の考古学」は読まれましたか?
こちらを既読なら、石野が認めているなどとの発言が出る筈はないのですが。

それより何より、庄内の畿内での分布に偏りがあるとの括り方がまずおかしいことに気づいてますか?
あなたはあなた自身の頭の中にある「幻の畿内説」に対して反論しているように思えますよ。

最後に、ソースを出せないのではなく、正直「そんなことも知らんのか!?」という相手に
いちいち引用する手間が面倒なんです。
まず先に挙げた本を「正しく」読み、内容を理解してからでしたらいくらでも答えます。
この程度の話にソースを求めるような低レベルの議論は、もうめんどくさいのです。
逃げてるのでもなんでもないですよ。
まず最低でも、考古について語っている住民の足元程度の知識は持っていてください。
そうじゃないと議論どころか会話にもならないですよ。


144 :百姓→土建屋:2006/05/16(火) 23:01:13
あのね、掘るってなに?
掘って当時の耕地面積だすの?
プラントオパールの種類がなんだか調べるの?

悪いけど、基礎もしないで家立たないのよ、
いい加減だから傾くの!

経済無しで、鏡だけで結論でる?
鏡なんて田舎の神社に沢山あるし、
水の無い所の神社はね、
鏡があっても社会基盤の後としないと、
卑弥呼の鏡って何の事?ってなる訳。

先輩ね、知識豊富なんだから、
基礎にモルタル流し込んだら、
もっと良い家確実だよん!


145 :日本@名無史さん:2006/05/16(火) 23:20:31
百姓→土建屋氏は抽象論ばかりで実証性に乏しい批判が多いなあ。
例えば
 >空海達の溜池で、人口増えた畿内はさ、
 >溜池作ってから頑張った訳!
平安期以前の治水について、どういう知見をお持ちなのか。
纏向でも芝でも立派な用水路があるし、そういった能力・環境があったから
権力の中枢として成長してきたんでしょうに。

146 :百姓→土建屋:2006/05/16(火) 23:48:21
>>145
本当に平安期以前の治水が、
纏向でも芝でも立派な用水路なのですか?
これこそ是非14C!
一体誰調べたの?決めただけでしょ!
それ証拠って言う国は日本だけだよ。
奈良の神社の由緒調べた事ある?
雨乞い祈祷ばっかり!大神神社もね!
用水があったとしても、機能していたかな?
さて何処の先生が決めたのかな?
奈良の人口って江戸期でも少ないんだよね。
立派な盆地があるのにね。
なぜだろ?



147 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 00:18:32
同じ畿内でも、
何故京都や大阪が大都市なれたか、
そっから奈良の話は始めないと駄目なのよ!

飯食えなきゃ、立ち去るまで。
何故実在した平城京も直ぐ遷都したか?
何故平安京も、平城京も山よりに街がずれたのか?
何故賀茂神社や春日大社は川上にあるのか?
みんな経済!
基本を欠くと、
北海道に邪馬壹国があったまで、
進化するかもよ。






148 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 00:39:53
>奈良の神社の由緒調べた事ある?
>雨乞い祈祷ばっかり!

だんだん論法が安本チックになってきたね。
「雨乞い」に「特化」した神社なんて日本の中でも限定されるよ。
水神に代表される治水祭祀があるのは、奈良も九州も四国も同じ。
農耕社会、それも水稲耕作社会なら当然備わってくるべき思想だね。
つまり、別に奈良盆地だけの特徴でも無い。
そのようなものをしか出さないで、批判材料の「フリ」にされてもねw
ちなみに纏向大溝や支溝みたいなものは河内や吉備、筑紫にもあるけどね。

ところで、百姓→土建屋氏は、レスのつけ方からみるに
「古代史について意見交換を楽しむ」ためというよりも
何か「ゲームとしてのディベートを楽しむ」ために登場したように思える。
なので、これ以上はお付き合いを遠慮させてもらいますw


149 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 00:46:48
抽象論は誰が言ってるの?
実証性はあると思うけど?
今すぐ学校の歴史と地図帳調べよう!
水が少ない地域で、人口が多いのは、
古代から江戸時代まで日本に無いのよ!
京都は運良く雪解け水が大量で、大阪はその下流。
その証拠に京都に溜池ないでしょ。
奈良は軍事的な理由で、
一時的に都になっただけで、
本当は首都には向かない気候がある訳です。
前述したけど、溜池はでっかい古墳作るより、
大変ななんだよ。
堤防の基礎って、馬鹿にならないんだよね。
ちなみに装飾古墳は、今の土木技術でも作れない、
ハイテク構造物だよ。
どうやってつくったのかな?不思議?
調べてみてね。




150 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 00:48:10
いやまあ、プラム新キャラで大暴れなわけで…

>>140
>考古学でも自信あるけどね。

その自信のある考古学を、少しでもいいので見せてくれ。
考古学的に、なぜ3世紀初頭に邪馬台国が日向にあったと言えるのか?

151 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 00:53:23
>>150
「ぷ」じゃないよ。
新人さんには人並み以上の文章力があるが、
「ぷ」の場合は(ry

152 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 01:13:42
>考古学的に、なぜ3世紀初頭に邪馬台国が日向にあったと言えるのか?
魏志倭人伝に載ってるからに決まってる。
そっから時間計算して、先生方も研究してるよね。
それに西都原古墳群、なんでみんな無視するの?
あんなにでっかい古墳群で初期的な形の古墳群だから、
皇国日本の始まりなのさ。
その後違った形の古墳が全国に行く魁だね。
だいたい中後期の古墳作る能力があったら、
なんで外交それまでしなかったの?
その質問極論できないよ。

名無しさん、論破せれても頑張ろう!




153 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 01:32:23
<<148
<「雨乞い」に「特化」した神社なんて日本の中でも限定されるよ。
<水神に代表される治水祭祀があるのは、奈良も九州も四国も同じ。
<農耕社会、それも水稲耕作社会なら当然備わってくるべき思想だね。
<つまり、別に奈良盆地だけの特徴でも無い。
言ってる意味がちと解りませんが、何処でもあるよって事だよね。
残念だけど、雨乞いは瀬戸内中心で、全国的には少ないのよね。
僕個人的にもかなり調べてるんだ。

<これ以上はお付き合いを遠慮させてもらいます
かっかしないで、また気が向いたらお願いね。


154 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 01:44:16
なんだ、西都厨だったのか・・・

155 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 01:45:27
>>153
わざわざ逆のマークを使わないで欲しい。

156 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 01:48:49
プラムは40台前半だが、百姓→土建屋はかなりの熟年。

157 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 01:51:24
>なんだ、西都厨だったのか・・・
ごめん、意味わからん?
寝れねーなー 面白くって。

ところで歴史ってなんで勉強するかしってる?
今に生かすためなんだって。by中学の先生
ほんとかよ。




158 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 01:52:24
ごめん
20台


159 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 02:11:57
>>152
倭人伝に日向とは書いてないし。「そう読める」って断言されても説得力ないよ。

レスの後半は酒が入ってるのか、何を書いてるのかも分からん。
「詳しい」っていう考古学の知識も、得意気に西都原を出されても今更、
って感じだな。もうちょっとマシな新知識はないのか?

160 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 02:45:41
邪馬台国の指標が古墳だと信じちゃってる時点でアウトだな>西都厨

161 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 03:00:35
<倭人伝に日向とは書いてないし。「そう読める」って断言されても説得力ないよ。
読み直しするのは、そっちかな?
これ文章が可笑しいね?
お宅がのんでるじゃろ?

あれ名無しさんも
新知識言ったっけ?
何も言ってないよ。
お宅がのんでるじゃろ?

わたくし経済論が古代に無いって話でね、
十分新知識言ってるよ。
こんな突っ込み入れた奴なかなかおらんやろ!





162 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 03:07:35
<<160
じゃ指標はなんなの?
どうしてアウトなの?

163 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 03:43:57
邪馬台国は古墳だらけだって記述を探して来い。
話はそれからだ。
http://www.ceres.dti.ne.jp/~alex-x/kanseki/menu01.html#MOKJI

164 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 05:44:31
やっぱり邪馬台国は日向だったか。
魏志倭人伝に「有屋室、父母兄弟臥息異處」って書いてあって
「屋内に部屋が有り、父母兄弟は各々に寝所を別にしている。」という意味らしいけど
そういう個室付きの住居跡は宮崎の弥生住居の特徴らしくて宮崎にしかないらしい。
それも日向説の有力根拠になってるらしい。
日向だけ二期作できて経済力抜群だし戦乱地の北九州と離れてるから国力温存してるし
日向から伊都国に一大卒駐留させて支配してたに違いない。
一大卒なんて信長の兵農分離みたいな職業軍人集団みたいだし
そいつらが東征軍の主力になったから神武軍は強かったっぽい。
日向邪馬台国だけが二期作パワーで兵農分離して
専業軍隊編成できちゃったのが日本征服の原動力だったんだな。
歴史上で戦国状態の日本を軍事統一できたのは
経済力によって兵農分離を実現した日向邪馬台国と信長尾張国だけだしね。

165 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 07:20:30
>掘って当時の耕地面積だすの?
経済基盤が論の骨格と言うのなら、フツー、その部分は問われるでしょ?

仮に現在の耕地面積の10分の1と仮定したならそのあたりの説明が欲しい
もしかしたら、この耕地面積の数字も想像の数字なのだろうか?

>20人*7万戸=140万人
>140万*0.1ha/2期作=7万ha
上記の20人、2期作、140万人は仮定の数字。キワモノの式。
こんな数字遊びの机上の空論よりは、
トイレの遺跡や墓穴から掘り出される情報の方がまだ面白いし実感が沸く

経済うんぬん言う前に『モノを考える力』を身につけて欲しい
経済基盤からモノを考えるのなら、
異論のない経済基盤の情報から考えなければ全く意味なし

166 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 08:19:06
おはよ
ちゃんとしゃべれ。
ちと返事に困りますよ!

>異論のない経済基盤の情報から考えなければ全く意味なし
じゃその情報って何?
>こんな数字遊びの机上の空論よりは、
>トイレの遺跡や墓穴から掘り出される情報の方がまだ面白いし実感が沸く
実感湧いてもそっから君は何処へ行くの?
行くとこ間違えないでね!

>経済基盤が論の骨格と言うのなら、フツー、その部分は問われるでしょ?
骨格が問われるのかな?
経済基盤が問われるのかな?
それで何問われるの?

もしかして君まだ中学校卒業してないのかな?
もちっと解るように話さないと、お返事できないかな!



167 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 08:41:34
>>164
よろし
日向説はね、読めば読むほどいい味よ。

兵農分離は頂け無いね。
どこに書いてあるの?
一大卒は集団かな?
考えてみるけど。

あと西都原行ってみなよ。
案内のおじさん俺だけの為に、
何十分も力説するよ。
まるで冤罪の被告人だね。



168 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 09:29:14
>>165
>仮に現在のと仮定したならそのあたりの説明が欲しい
>もしかしたら、この耕地面積の数字も想像の数字なのだろうか?
これだれが耕地面積の10分の1って言ってるの?
0.1haの事、これはね1反(300坪)でね、
人が年間食べる米の耕地面積から
作られている面積単位だよ。
単純に計算すると、20人家族なら2haは
作らないとね。税金払ったり蓄えするなら、
もっと作らなきゃね。

あと仮定の数字ってのは、方程式のXの事だからね、
ここで使っちゃ駄目だよ。
想定とか推計とか言い換えた方がいいかな。

キワモノの式? なぜ?式は普通だよ。
加減乗除、中学生でも出来るじゃない。
どういう意味でキワモノなの?



169 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 13:17:28
絹と鉄器の出土状況を見ても、南極同様、日向国ではありえない。

170 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 13:50:58
ところで
名無しさんは、2人いるの?

鉄は解るが、絹が何故いるの?
他の繊維があればいいじゃん。
それにどちらも食えないから、必需品じゃないよね。

インカ文明に絹あったっけ?・・・?




171 :小選挙区制はここでも悪さを:2006/05/17(水) 13:57:38

NHKの放送料未払いに対して、自民党は罰則規定を放送法に盛り込むことを計画し始めた。
NHK職員の不祥事に反発した一部国民が、放送料の未払いを始めたが、後先考えない生兵法は怪我の元だった様だ。
国民が政府行政の不良行為対して、反旗を翻すと必ず、規制強化と言う形になって帰って来る。
それが日本の伝統だ。
不払いなり、何らかの行動を起こす時にはその結果、次にどうなるかを考えてから行動に移すべきだ。
国民の意思が政治行政に反映しない小選挙区制と言う不公正なシステム下にあっては、
国民が反対行動を起こせば政府の反発となって帰って来る。
一揆のような成功しない住民行動と言えるだろう。

それでは成功する住民行動とは何か。
それは選挙制度改革である。
民意が議席に公正に反映する比例代表制にすることを主張する政党に、国民が一丸となって投票するしかない。
国民はそれ以外の住民運動をしても、何一つ成功しないだろう。
比例代表制になれば、国民の批判行動は直接議席に影響して来るから、住民運動は成功し始めるだろう。
だから、まずすべきは選挙制度改革なのである。


172 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 14:12:52
>169
>170
言葉足らずで補足
例えば今だって、りんごは長野、
ミカンは佐賀とか、産地があるからね、
首都にリンゴが取れないのは可笑しいって言われてもね。
邪馬壹国から中国に行く間に、
伊都国とかねあるからさ、要は国内で出てればいい訳。
でも都だから、鉄が少ないのはちょっとね、
それも紛争危険地帯に集中すればいいとおもうよ。
アメリカの軍隊も、ワシントンには僅かだよね。


173 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 15:41:21
>164
名無しさん一杯いるみたいだね。
ちょっとお粗末人もいるよね。

一大率は動詞の率から言って、個人じゃないかな?
一大率府とかなら出先機関だと思うけど。
いずれにしても出先機関はあったのでしょうけど。
北九州説だと、何故こんな至近距離に、
出先があるのか疑問だよね。

あと鉄器=紛争危険地帯と言ったけど、悪く無いね。
銅鉾と神護石の分布が良く似てるしね。
やっぱりワシントンにはミサイル発射基地は置かないね。





174 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 18:29:47
>>百姓→土建屋
この人からのまともな回答って一つもないね

根拠の乏しい数字から出した結論は本当に正しいと言えるのか
それだけでも答えて欲しいものだ。

>何か「ゲームとしてのディベートを楽しむ」ために登場したように思える。
確かに百姓→土建屋ってデタラメを承知で楽しんでいるだけのようだ

結局、百姓→土建屋って実質的には何も発言していないのでは……

175 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 18:33:31
>>174
「それ」は、何かが壊れているだけ。


176 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 19:31:39
>鉄は解るが、絹が何故いるの?
>インカ文明に絹あったっけ?・・・?
この反論や……時折出る歴史用語のチグハグさ……
弥生時代と古墳時代の区別さえ怪しそうな発言の数々……

ひょっとして百姓→土建屋って、
デタラメな景気予想しても許される経済系の出身では? (まだ留年してたりして)

歴史知識の乏しさと数字の扱いのいい加減さから
何か文系でも理系でもないような気配が漂っている……

177 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/17(水) 19:50:56
>>173
そんな分析してどうするの?
>>土建屋さんよー
※経済の話しが好きなのかい? それなら“本間宗久”の話でもする?

それよっか!『南北市糴』が先か?

178 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 19:55:17
解った俺が可笑しいとしても、
何処が根拠が乏しいのかおしえて?
今迄言った事まとめて書くから。

はい日向が当時日本一の米どころだから、邪馬壹国なんです。
20人*7万戸=140万人
140万*0.1ha/2期作=7万ha
現在宮崎県だけで7万ha、
鹿児島含めると19万ha。
この条件クリア出来る地域は他に無いのです。
0.1haの事、これはね1反(300坪)でね、
人が年間食べる米の耕地面積から
作られている面積単位だよ。
日本最古の戸籍
『御野國加毛郡半布里大宝弐年(702)戸籍』
も調べてみました。
54戸・1,119人だって、やっぱり一戸20人以上でした。
同じく大宝2年筑前国島郡川辺里の戸籍も一戸20人以上でした。
あと2期作は皆さんの地図又は、歴史書で確認してね。
そして魏志倭人伝も参照してね。

今迄言った事列挙いたしました。
お返事下さい。

PS経済畑でね、ディベート悪い?


179 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 20:07:08
>>177
名無しさん以外誰もいないのかと思ったよ。
大好きだよ。



180 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/17(水) 20:33:23
土建屋さん

702年の史料を提示し、一戸=二十人の数値を割り出した迄はいいけど
3Cの住居事情と8Cを同系列で扱うのはまずいでしょう。

181 :狗奴 ◆5dMQZo6/zY :2006/05/17(水) 20:37:54
筑後川流域なら、2期作地域(宮崎県のみ)に対抗できませんか。

182 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/17(水) 20:48:25
狗奴さん

>二期作

※何処まで行っても可能性から進展しない話、それは日向でも同じ事
その可能性から割り出された数値に…………?
てな!
ところかな。

183 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 20:51:10
いいよプラムちゃん
それはね僕も議論したかった。
いいとこ初めてついてもらいました。

狗奴さん
でもそこは古代にはたしてどうでしょう。
灌漑排水!今の日本は凄いよね!!!

184 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/17(水) 21:03:43
例え二期作が可能な風土だとしても、それを繰り返すだけの
丈夫な品種だったか?
土地も年々痩せ細るよ!

当時の水田なんて
一反アタリ(推定二俵)(現:未整地6〜7俵)
そこから
年々収穫高低下になれば、もはや数年で水田機能は失われちゃうぞ!

185 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 21:04:09
プラムさん
なぜそれでやめるのかな?
苦手?
仕方ないけど。
おれ結論どうでもいいけど経済無しで、
やってからこんなに、だらだらやってる訳。
此処には無いって決めるのはね、
以外と簡単なんだ。
最後の候補者選びは大変だろうけど。

大学の先生だけで年間幾ら払ってんの?
謎=楽しい=税金
それも必要だけど。
俺死ぬまで決まらないね。
このままじゃ。




186 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 21:05:24
>>184
いいぞプラム


187 :狗奴 ◆5dMQZo6/zY :2006/05/17(水) 21:08:23
筑後川流域も当時は沼が多そうだし、現在の耕地面積もってきてもあまり参考にならないかもしれませんね。

灌漑設備ですか…正直農業がよくわからないので…
単純に大きい川の側の方が水も豊富で平野も多いという認識しかありませんでした OTL

188 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/17(水) 21:21:40
仮に当時、日向に140万の人口がいたとすると
自然環境破壊もかなりのスピードで進行するのでは?平地という平地はコトゴトク水田化され 燃料にする薪の消費も膨大 山の木は伐採され植林の概念が無い当時山は直ぐに丸裸
詰まり
一特定された狭い範囲に140万の人口は、不自然極まりない。

189 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 21:26:37
ごめん
書いてなかったけど、
当時の日向=熊襲は鹿児島と宮崎と
おまけに熊本県の球磨地方でかんがえてるよ。
記紀でもある程度推定できる南九州なんだ。

190 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 21:28:16
百姓→土建屋さんが列挙してくれましたので、僕自身の疑問も書きます。

>現在宮崎県だけで7万ha、
>鹿児島含めると19万ha。
この宮崎県の7万haの値が現代の値だとして、肝心の宮崎県の古代の
耕作面積の値が見えてこない点で論に不安を感じました。

因みに現代の1/4の耕作面積なら以降の論は成り立たない?

また、宮崎県で足りなかった場合、どうして鹿児島で補充できるのか、
そういった点でも疑問を感じました。

こういったことが出来れば、宇佐で足りない分を日向で補充できると思います

>同じく大宝2年筑前国島郡川辺里の戸籍も一戸20人以上でした。
やはり僕も日本の律令時代の資料と魏志倭人伝とを同列に扱っていいのか
といった点で疑問がありました。

>2期作
やはり証拠がないので疑問があります。

因みに疑問の度合いで言ったら、耕作面積の件が一番大きいです。
2期作については絶対にないとは言えません。
ただ、百姓→土建屋さんの論の場合、
これらの数字がかなりストレートに結論に直結してしまうので
根拠が非常に気になりました。

あの式だと2期作をしたかしないかだけで結果に2倍の差が生じてしまいます

あと、総里数で日向は遠すぎるようにも思えるし、
その南に国を位置付けられる余裕がないといった点でも疑問がありました。

191 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 21:33:20
>>187
狗奴ちゃんいいよ!!!!!!!!
湧き水大好き!!!!!!!!!!!!!
江戸時代の人口もね山沿いばっかりだよ。
だから山あり谷ありの地形が日本人は好きだったんだ!!!
好きだったんだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


192 :百姓→土建屋:2006/05/17(水) 21:38:58
名無しのどなた様かわかりませんが?
参った
おめやるな
そうしようよ
3時間後に返事します・・・
まじ待った。

193 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 22:05:57
>>192
>>190ですが返事は特に急がないです。読むのは朝になりますし……

194 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/17(水) 23:13:26
土建屋さんに『今日のプレゼント』

《一大率》
『率』は“一大”の一部ではなく文節上で効果する文字
〈ソツ〉の言意は“沿って就く” また、“一大”という表現は「中国用語」であり意味解釈は『最少で最大』
“一”は数値表示で
(用例)
…一大事…

195 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 23:15:43
>>178
「可笑しい」ことは分かった(笑い)

196 :日本@名無史さん:2006/05/17(水) 23:16:52
>>194
気持ちの悪い出鱈目を書かないでくれない?

197 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/17(水) 23:19:34
>>196

>出鱈目

※何処がどのように出鱈目か説明してもらおう。

198 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/17(水) 23:30:37
魏志倭人伝『経済News』

御存じの様に、対馬国と一大国の記事に【南北市糴】と、記載されている。
詰まり
両国共に自活出来ないため、外からの食糧供給に依存していた史実である
※では、何処から?
勿論『乗船南北』、しかし、その対象となる地域は朝鮮半島では 無いという事も、頭の隅にでも入れて置いてくれ。

半島は農産物豊かな土地では無いぞ!

199 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/17(水) 23:40:44
>>196
※大馬鹿者!

こちとら
キチント『字意と言意』をカキコしているんだ。
いくら“無記名トンデモ掲示板”とは言え 失礼だろう。

反論有るなら“正しい字意と言意”をカキコしてから書き込みシヤガレ!

ワカッタカ。

200 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 00:08:49
>>190
まず私は熊襲=征服され?=日向と言う地域を、記紀の話から、
鹿児島と球磨地方も含めて考えております。
記紀の取り扱いは難しいですが、その内容から地域割りを考えています。
そして熊襲とされた地域を日向としております。
現在の日向だけでも、十分耕作面積を上まっております。
しかも戦前はもっと耕作面積があります。
宮崎県内の耕作面積も殆ど古代と変わらない自信もありますが、
ご不満の方の為に、記紀の伝承も予備とさせていただく事をご了承させてください。
さて、古代の耕作地は本当に、
関東平野や筑後平野のような平地、沼地、河川敷で、
米作していたのでしょうか?
米は水が大好きなのです。水、毎日水、三日休んだら枯れまして、
毎日少しづつ水が必要で、無くなったら枯れてしまいます。
平野部はちょっと本流の水位が下がったら、上がるまで絶対に水が来ません。
またその全く反対もあった訳です。
今の米作地域ははっきりいって工場で、少しずつ水を供給する、
完璧なシステムを作ってあるから米が出来ているのです。
用水水源気候無しで、古代に平野で米は全く作れなかったのです。
もう一度繰り返しますが、平野では全く米は作れなかったのです。



201 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 00:09:21
(百姓に聞いてみてね!・・・古代の先生で反論あったら是非百姓へ)
ところが古代でも米作をどんどんがんがん・・・出来た地域があるのです。
山あり谷あり台地あり、湧き水わきわき、ちょびちょび湧き湧き。
毎日勝手に水がくる、当時夢のようなそんな地域が・・・。
それは、沖積・洪積平野以外の平地の事を言っています。
その地域は僅かな用水路で水が引け、
僅かな排水路で水が吐けます。
そんな古代夢のような地形が、
日向鹿児島、南九州なのです。(他にもありますが)
沖積・洪積平野で、米出来たと考える人は、方程式が今と違うの確認してね。
何で湧き水も、集落も、神社も、古墳も山際ばかりなのだろう?
から始めてください。ついでに都まで山際です。
この辺は調べてみれば解るし、調べてから突っ込んで欲しいです。
だから日向は古代からの平野の大きさもあんまり変わってないし、
むしろ街が出来て耕作面積が、(沖積・洪積平野じゃないから)
減っている地域なのですよ。
それゆえ新田系の地名全く無――――いのよ!
これ今調べたけど・・・2時間以上かけた。
これ宮崎平野へ行ってみても地形で解るからね!
疲れた。


202 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 00:10:19
又邪魔しに来たよ。
また悪口書いてる。

203 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 00:18:02
西都厨はもういらない。

204 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 00:20:28
呼んだ?
返事まってるよ。

205 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 00:26:53
ニニギの男狭穂塚コノハナサクヤヒメの女狭穂塚
ヒミコは?

206 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 00:44:57
>205

207 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 00:47:54
最近の米の生産量 トン

福 岡 210600
佐 賀 156100
長 崎 71300
熊 本 223000
大 分 137200
宮 崎 106800
鹿児島 130500
奈 良  50500

熊本とか筑紫とか今のグーグルの地図で見ると
平地全部が物凄いみっちり碁盤の目みたいに灌漑してある。
それでこの生産量。
弥生時代はあんな水田無かったに違いない。
あの辺全部干潟みたいな所だったんじゃないの?
熊本とか20万トンあるけど弥生時代は数分の1だったに違いない。
でも宮崎の今の地図見ると全然碁盤の目になってなくて
自然のままの地形で殆ど灌漑してないっぽい。
それで10万トンあるから弥生時代はやっぱ日向の生産力が圧倒的だったと思う。
二期作、二毛作できるし。
そのおかげで兵農分離できたから日向邪馬台国が倭国や日本を武力統一できた。
信長と一緒なんだよ。

208 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 00:48:07
>205
土建は169号が卑弥呼で、
妻入=住吉=出雲大社=春日大社
よう おっけい?

209 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 00:51:50
>>207
名無し誰だか知らないけれど、
ありがとね。


210 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 00:54:01
>>197
時間と手間の無駄。

211 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 01:14:53
あのね!!!!!!!!!!
名無しがなんでいっぱいいるの?
後発名無しとか、
アホ名無しとか、
馬鹿名無しとか、
涼子名無しとか、
別けてよ。



212 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 01:17:07
ここの掲示板は名前欄になにもいれなかったら
名無しになるのよ。


213 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 01:19:58
なる


214 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 01:21:33
でも返事するのやになるね。

215 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 01:23:29
おれ馬鹿こいて
真面目にやりすぎた
正直名無しはいかんけど
おしえてもらったしなー


216 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 01:31:18
熊本からは結構貝塚とかみつかるんでしょうから
昔からさほど地形かわってないのでは?
筑後、佐賀平野は大河があるので度々氾濫で遺跡も流されてると思う。
同時に平野の規模も徐々に広がってるだろう。
有明海がそもそも遠浅の海なのでなお更だと思う。
おそらく、三潴の下の大和あたりは当時はないね。



217 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 01:48:38
プラムさんに、
狗奴さん、
お願いします。

218 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 02:10:06
西都厨は神がかり的な信仰に生きているから、
皆さん相手にしちゃ駄目だ。

219 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 02:19:27
プラムさん、
ありがとね。
だんだん土地が痩せるなんて泣きそうでした。
でもね、おれ百姓の出来る事しか言ってないよ。
出来るから日向+大隅+鹿児島なのね。
特に雨の降らない地域はバクテリアが発生しなくてね、
時間と共に痩せるんだよ。
なんで魚沼産コシヒカリが旨いか知ってる?
雨雪が凄くて、冬に雪で土地が遊ぶからだよ。
でも雨がまず第一だよ。
九州にもバクテリア大発生地帯があるのよね。
それは雨降る地域!
やるなプラム!





220 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 02:27:56
何言ってるの?九州はどこでも雨降るよ。


221 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 02:33:30
>>220
年間降雨量をみてね。
サハラ砂漠も雨ふるかね?

君はあほ名無しだろ!!!!!!!!
あぽはそろそろ寝ろ!!!!!!!!
名前出したら聞いてやる!!!!!!


222 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 02:39:18
九州は西から東まで雨ふりまくり。
ながさきーは今日もあめーだった♪

それはともかく、高校の生物程度の知識だけど
作物が育つには太陽だけではなく窒素系化合物と
無機物が必要ですね。
これらは日向の太陽だけでは満たされない。
なんらかの形(たとえば雨)で田畑にそれらを
常に供給するシステムがなければ田畑は枯れる。

223 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 02:52:02
おめあほだな!
有機でも無機でも良いよ、
あほがやらなきゃ。
上手く旨く育つから。
でもおめ百姓やりてーのか?
得意になって農耕民族気取るなよ!!!!!


224 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 02:54:40
ようは何いいたいかというと
肥料を供給できたかって話さ、
太陽サンサンだからそれでいいってわけじゃねーってこと

225 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 02:56:44
>>224
君は光合成を知っているかな?
それはどれどれ・・・

226 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 02:59:25
光合成だけじゃ作物はできないのあほですね。


227 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 03:00:25
もしかして君は
農業関係者?
>>219
書いたよ


228 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 03:02:18
全然、物理系出身ですが

229 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 03:04:41
あほ!!!
勝手にバクテリヤで肥料できるんだよ。
なんか君あほすぎていいよ!!!

230 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 03:09:53
作物がその分吸収したらできないんでしょ?
どっから肥料もってきてたんだ?
アミノ酸を大量供給するシステムがあるのですか?
二毛作なんていう芸当むりでは

231 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 03:16:08
昨日の朝の人と一緒?
古代からうんこと天気!!!!


232 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 03:17:07
二毛作じゃないよ

233 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 03:18:52
2毛作と、2期作では、
全く肥料が違う。
だからアホこいてたの?



234 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 03:22:07
野菜ならうちの畑でも年中作ってるからできるかも、
それは別に南九州である必要はなさそう。

しかし稲はできるのかな・・・

235 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 03:23:21
あ、確かに、二期作と二毛作はちがうわ。

236 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 03:33:34
二毛作は雪さえふらなければ可能なのでは?
東北の米がおいしいのはふむふむ。。。


237 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 03:34:23
a

238 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 03:35:19
僕は初心者だから、
止まった!!!



239 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 03:46:43
関西中国地方の最近の米の生産量 トン

島 根 408100
富 山 224500
兵 庫 209700
岡 山 188900
滋 賀 183000
三 重 168800
福 井 149600
広 島 147600
石 川 139600
山 口 129700
京 都 86000
鳥 取 78800
奈 良 50500
和歌山 39300
大 阪 32000


240 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 03:47:14
島根県の米生産量40万トン。
意外だけど西日本でNO1。圧倒的にダントツで多い。
NO2の米所の北陸富山にもダブルスコアで圧勝してるし他を寄せ付けない生産力だな。
いままで出雲なんてしょぼい裏日本が古代日本の中心地だったなんて
定説でもにわかには信じられなかったけど
やっぱ米生産力の圧倒的な出雲国が中国関西地域を支配していたって事で超納得できた。
どうやら九州も米生産力抜群の日向が最強だったに違いなくなってきたな。

241 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 03:59:46
あたし参加禁止かな?
すぐエラー


242 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 04:00:48
島根君ですか?
本名名乗ろうよ


243 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 04:01:15
>>240
「最強」なら邪馬台国ではないことは明確だね。

244 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 08:07:50
>>190で質問した者です。

>平野では全く米は作れなかったのです。
この意見にはおおむね賛成です。
もちろん広い意味で平野と呼ばれる場所に水田はあったと思いますが、
その全てを水田には出来ず、古代の耕作地は想像以上に少なかったと僕も考えます。

湧き水。とりあえず、耕作地の面積を考える要素として頭の隅に置いておきます。

245 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 10:55:46
>>244
俺も馬鹿だね、
名無しに返事って意味あんだろか?

>あの式だと2期作をしたかしないかだけで結果に2倍の差が生じてしまいます
一期作でもセーフだよ。

>あと、総里数で日向は遠すぎるようにも思えるし、
>その南に国を位置付けられる余裕がないといった点でも疑問がありました。
南の国は沖縄本島までの島々、これ現在の役所のある島とぴったり。
狗奴が沖縄本島、それが福建の真東でぴったり。
今の県境と国境ぴったり。日向の東南(東)にも国あるよ。

度量衡は、貴方の皆も勝手だよね。
でもさ陸行1ヶ月は、八代→人吉→えびの→宮崎で180km。
これ鉄道が最初に通って、JHが今でも通るルート。
登山のスピード2km/hを、御輿1km/hに修正すると、
180km/30日/1km/h=6時間。
一日1km/hのペースで、6時間歩いてぴったり。

もう名無しに返事止めよっかな?

246 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 11:50:00
>>244
君の事これから、
名無しアホ吉と呼んでもいいかい?

僕はね、出来れば、
亀井うるさ、
アベ死んだろ、
ぶっちゅ大問う虜、
あたりキワモノ名前で、
デビューお願いするよ。
そしたら君のポツダム宣言受諾して、
けつの穴迄、あげる。

百歩譲って、
オナ宇治序、
蝦原売り、
大黒乳尊、
どうでしょうか?
頼むから皆名乗ろうよ。






247 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/18(木) 12:28:42
>>246

>頼むから皆名乗ろうよ

※無駄なお願いだよ
俺なんて一年前から言ってるけど 無理無理

名無しで居られるからこそ“2ちゃん”に粘着してるんだから!
そうじゃなければ“Y掲示板”に居るよ。

248 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/18(木) 12:38:11
“2ちゃん”の名無しシステムを利用し、暴言吐いてるヤシが“Y掲示板”に行くと 虎が飼い猫 状態さ!
ここと同じ事あっちでやれば“速”「無視リスト」登録で真っ白抹殺だからね


2ちゃんの“一行暴言レス”は、特長かな?

249 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 12:46:42
なるほど
プラムちゃんサンキュウ。
あほはほっとくしかないけど、
名無しでまともな奴もいるから、又困るよ。
暫くやってみるけど、考えるな。

250 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 16:59:47
>>180
プラムしゃん
またいいとこ突っ込んで貰ってました。
>一反アタリ(推定二俵)(現:未整地6〜7俵)
家の実家じゃ、1反あたり10俵は楽に超えるよ。
雨が降る地域は取れる量も違うんだよ。
魚沼産も近い数字は出るらしいよ。

>>180
>702年の史料を提示し、一戸=二十人の数値を割り出した迄はいいけど
>3Cの住居事情と8Cを同系列で扱うのはまずいでしょう。
これはね確かに証明が難しい。
なんかいい手はないですか?




251 :日本@名無史さん :2006/05/18(木) 17:29:04
古代日本は高度な縄文文化が主流で、そこに弥生人の稲作技術
が導入された。

昔の稲作は沼地に適当に栽培していたはずで、大きな河川の流域
でなけらば、その後の弥生人の発展もないから、九州では北九州
の遠賀川流域、筑紫の矢部川、筑後川流域、熊本の球磨川流域
宮崎の大淀川流域が該当する。
この流域で、朝鮮の帯方郡から、一万2千里の距離に該当するのを
探せば、おのずと宮崎は外れると思います。
何故なら、帯方郡から北九州の奴国、不弥国までは一万700里まで
は、一応ほとんどの学者も認めており、残りは壱千300里しかないから
ですが。

252 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/18(木) 17:39:57
>なんかいい手はないですか

※無理だよぉ
一戸辺り二十人。かなりのスペースを必要とする住居だよ!

>一反辺り10俵
未整地のタンボではかなり困難な数値。基盤整備し土地改良した条件の良い所なら可能だが
それでも普通(8〜10俵)
※米作りに大事な要素の一つに“水捌けの良さ”をあげとく 稲の花が咲くまでは、水は欠かせない物だけど収穫時期は逆に水を抜きタンボを乾燥させる

実の周りに、なるべく水分が付かないようにしないと後の乾燥が大変、まだ“オダカケ”している所もあるからね!


流石に家はしないけど

253 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 17:47:09
>>251
名無し251号君
距離の論拠は魏志倭人伝だよね。
それは皆色々言ってるから。
僕はどれでもいいのさ。
でもさ食料自給出来ない場所で、あったとは言えないよ。
僕はそっち優先!
>九州では北九州の遠賀川流域、筑紫の矢部川、筑後川流域、
>熊本の球磨川流域、宮崎の大淀川流域
矢部川って何処?
九州だけど、僕が古代の農地でいいと思うのは、
まず遠賀川・筑後川上流はいいよね、
あと豊前と豊後の国や肥後の菊池川ね、
日向・薩摩・大隅は前から言ってるけど、
それで僕が見たなかで、最高の場所は、
肥後の球磨川流域の人吉盆地かな。
あそこは傾斜があって、水は豊富だし、
最高だよ。
全部見てないけれど・・・。

254 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/18(木) 17:51:41
>>251日本@名無しさん

>不彌國までは、一万七〇〇里までは、一応殆どの学者も認めており

※だから、何百年も堂々巡りの繰り返し
行程距離が解るのは
◆帯方郡を基点に伊都國の(到)着点までの一万五〇〇里
女王の都迄残り一五〇〇余里

この辺はシビアに、そして明確に!

255 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 17:55:43
>>252
プラムさん有難う。
>未整地のタンボではかなり困難な数値。基盤整備し土地改良した条件の良い所なら可能だが
>それでも普通(8〜10俵)
古代はきっと少なかっただろうね。
だけどうちの方では一人前=一町(10反)前(いっちょまえ)って言うけどね。
それ大人が耕す面積なんだ。期間は諸説あるけど、
仮に一ケ月だとしても、田植え前に悠々田んぼの整備は出来るよね。
結構専業だから、整備は出来たと思うね。

256 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/18(木) 18:02:32
土建屋さん

古代日本では、経済産業の中心地域を何て言ったか知ってるかい?

257 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 18:07:28
>>252
プラムさん
住居はあたしノーチェックよ。
2段ベット作っていい?
でも暖かかったから、蚊帳でも暮らせたよね。
裸で暮らせたし。良く解らんです。

258 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 18:08:34
>>256
解らないよ。

259 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 18:09:38
>>256
解らないよ。

260 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/18(木) 18:13:35
経済産業の中心的地域を古代の人は

「ナ」とか「ナカ/中」と言ったんだ
現在でも、その名残を確認できます。

261 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 18:16:22
>>260
福岡にあるね
あと高知や日向もあるよ。

262 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 18:17:57
高知は阿波だった。
結構全国的にあるよ
郡名で


263 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 18:20:19
帰宅!!!
また邪魔します。

264 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/18(木) 18:28:10
だから博多の港を(ナの津)と 言い あの付近を「倭人伝」で言う所の『奴国/ナ』

あそこは、古代九州の経済産業の中心地域 そのことを史料が史実として裏付けしてるんだ
古地名の伝承が
それを物語っている訳!

265 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 19:45:10
・湧き水があるから宮崎県は古代でも現代と同じ耕作面積を保有
・日本神話から鹿児島と宮崎は一つの国と解釈
・2期作でなくても問題なし(1期作でもセーフ)
・狗奴国は沖縄本島
・度量衡は皆も勝手だから総里数の不整合は問題なし
・戸籍の件はお手上げ

とりあえず、上記のような回答が得られたので満足。

感謝!

戸籍。漢書には戸籍と人口の両方を載せているから参考にしてみては?
地理的に異なるからあくまでも参考ですが……

偽名が匿名に偽名を名乗れと強要するのもどうかと……

発言とか見ていると、全体的にこの世界はとっても雰囲気が悪いので、
エーとこの子の僕には偽名すら名乗るのが恐いといったところ……

僕の感性からすると、人としてどうかと思われるような発言が
結構、飛び交っているように思う……

266 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 19:50:47
土建は邪馬台国を宮崎〜鹿児島に比定するなら、狗奴国はどこだと考えてるの?
やっぱり沖縄?

267 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 20:16:52
>>266
名無し266号君、
>>245
君は是非モランボンに改名すべきだ。




268 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 20:19:23
>>265
名無し265号君
>偽名が匿名に偽名を名乗れと強要するのもどうかと……
おめあほだろ!!!!!
返事が出来ないだよ!!!!!!!!!
君も是非エバラに改名すべきだ。


269 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 20:26:17
>>265
>僕の感性からすると、人としてどうかと思われるような発言が
>結構、飛び交っているように思う……
それは悪い!
ちと気を付けたいけど、
全部名無しの君達相手では?
まだ続けるよ!!!
名無し君達やられているしね!


270 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 20:29:36
>>264
お邪魔します。
それでなにか証拠掴んでるね君?


271 :265:2006/05/18(木) 20:32:54
>返事が出来ないだよ!!!!!!!!!
了解。返事を求める時などは識別できるように
数字など何か偽名を使うよう努力します

因みに……今のところは質問なしです

272 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 20:39:11
265号君
君えらい!!!
俺の推論にドンドン突っ込んで下さい。
失礼お詫びいたします。


273 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 21:05:41
>>265
265号さん教えて。
>戸籍。漢書には戸籍と人口の両方を載せているから参考にしてみては?
>地理的に異なるからあくまでも参考ですが……
ちなみにどれくらいでしたか?

274 :265:2006/05/18(木) 21:43:22
ネットで拾った情報なので数値は原文で調べる必要あり

地名  戸数 人口 人/戸
---------------------------
京兆尹 195702 682468 3.49
長安  80800 246200 3.05
左憑翊 235101 917822 3.90
長陵  50057 179469 3.59
右扶風 216377 836070 3.86
茂陵  61087 277277 4.54
弘農部 118091 475954 4.03
河東郡 236896 962912 4.06
太原郡 169863 680488 4.01
上党郡 73797 337766 4.58
河内郡 241246 1067097 4.42

時代が異なるところで1戸20人というデータもあれば、
場所が異なるところではこういうデータもあるという話

あくまでも参考です。

275 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 22:01:46
>>274
ほんと少ないね。
確かに資料を考えないといけないね。
出来るだけ古いで、集めたし、
時間差もある。
資料数も足りないかな?
俺の二つの資料はMAXかも?
江戸時代はもう少し下だしね。
単純に減り続けたと思っていたからね。
あと民族の違いも調べるよ。
東南アジアやモンゴルは今でも多いし、
中国は少ない、祖先が決まって無いからね、
決めにくいけど。
有難う参考になりました。



276 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 22:12:05
ところで皆さん。
スレは違うけど、
日本人の祖先は、
どこの血量が多いのか?




277 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/18(木) 22:23:04
土建屋さん

何時まで無駄な作業しているの?
文章に書かれた記録は古くて八世紀が限界
後は、海外の書があるだけだよ

古代人が記録を後世に残す方法は、大きく分けて二通り。
一つは、文字を知っている貴人達限定の『書』
もう一つは、民達が可能な『口伝』

貴方がやろうとしているのは『書』 詰まり
八世紀を限界とする作業

278 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 22:23:53
>>274
これどこの情報?
最近?
しかもなんで北ばっか?

279 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 22:28:38
>>274
そうなのか。


280 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 22:29:47
>>278
そうなのか。


281 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 22:35:55
ここはどこ?私は誰?

282 :百姓→土建屋 :2006/05/18(木) 22:41:44
<<281
ここは誰?私は何処?

283 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 22:43:05
ここもあそこもわたしは駄目

284 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 22:43:41
駄目


285 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 22:44:50
駄目だって

286 :百姓→土建屋:2006/05/18(木) 22:46:44
ひど

287 :265:2006/05/18(木) 22:57:34
>これどこの情報?
そのページには【前から11だけをピックアップ】と書いてました……
個人ページなのでやはりちょっと怪しいかも……

後漢書はここに載っているみたい……
こっちは公のページなのでアドレスを載せます
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%80%E5%B7%9E

やはり原書を見たいところ……

288 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 22:58:51
1戸に4人とか少なすぎない?
中国は女子供とか数えてないんじゃないの?

289 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 23:07:11
>>276
弥生時代はたかだか2000年前ですが、世代の隔たりはかなりあるので
民族レベルでさえ血縁関係を問うのは無意味に近いですよ

特にクラスタ化が進んでいたわけでもありませんから現代日本人一般の
先祖というのを割り出す事は可能でも、それに伝生的に意味を持たせる
のは誤解を生むだけだと思われます

290 :265:2006/05/18(木) 23:10:48
>中国は女子供とか数えてないんじゃないの?
もともと戸籍なんてものは税金を取るためのものだから、
確かに必ずしも現実の人の数は示していないのかも知れませんね

291 :百姓→土建屋 :2006/05/18(木) 23:20:28
土建です。
おれ安本じゃないよ!
おめ楽しいかもしれねーけど。
僕のケツ借りたいなら、
はっきり言えよ、
本当に貸してあげる。
・・・・・
間違ったけど。
おめ本格的な負け犬か?
あたしのケツは暖かいよ。
・・・・・
間違ったけど。
お尻は貸すけど邪魔はしないで。
・・・・・
又間違ったよ。





292 :日本@名無史さん:2006/05/18(木) 23:21:43
倭は多妻制みたいだったから1戸20人とかありえるんじゃない?

293 :百姓→土建屋:2006/05/19(金) 01:08:21
キラキラ光る流星の群れ 
僕は追いかけた何処までも
夢が叶うかな叶うとイイな
空を見てると綺麗だな
桜舞い散るあの橋の袂へ行こう
微笑む君に遭いに行こう
キラキラ君は哂ってくれるかな
大好きだよて言えるかな。

294 :百姓→土建屋:2006/05/19(金) 01:38:17
>>293
土建です。
あほ土建に、今日ははめられました。
凄く元気な・・・にはめられました。
でも僕の事好きみたい。

寝るよ。





295 :狗奴 ◆5dMQZo6/zY :2006/05/19(金) 01:38:55
百姓→土建屋さん、トリップを使ったら?

◆はトリップ(一人でキャップ)で、名前欄に「#好きな文字列」をいれるだけです。
簡単に本人の証明ができるので、騙りがいる人などは使ってみてくださいです。

百姓→土建屋#○○○○○○ (#は半角で、その後ろは適当な文字や数字)
    ↓
百姓→土建屋◆□□□□□□ (適当なアルファベット又は数字に変換される)

296 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 01:45:48
粘着自演



百済無い。

297 :百姓→土建屋:2006/05/19(金) 02:00:16
起きたよ。

298 :百姓→土建屋:2006/05/19(金) 02:06:36
また起きたよ

299 :百姓→土建屋:2006/05/19(金) 02:11:19
沖田よ

300 :百姓→土建屋:2006/05/19(金) 02:15:25
三輪明宏と寝たよ。ヨイトマケの唄、歌ってくれたよ。

301 :百姓→土建屋:2006/05/19(金) 11:23:05
もう飽きたよ

302 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/19(金) 12:38:13
>>295
狗奴さんサンキュウ
あほの相手暫くやめます


303 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/19(金) 12:53:05
>>
プラムさん
>古代人が記録を後世に残す方法は、大きく分けて二通り。
>一つは、文字を知っている貴人達限定の『書』
>もう一つは、民達が可能な『口伝』
>貴方がやろうとしているのは『書』 詰まり
>八世紀を限界とする作業
神社伝承はどう思います?『書』ですよね。
戸籍はないですけど。


304 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/19(金) 15:15:03
土建屋さん

『神社』
詰まり、全て後付けの縁起。神社建造の前に企画があり、都合の良い縁起を後世に形として伝えた。

305 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/19(金) 15:30:20
日本最古の書物が
あれだけ長編の『記・紀』とは?
………変ですね!………

306 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/19(金) 16:07:59
>>304
プラムさんどうもです。
そうですね、確かに伝わっているのは、
総て信用できませんね。
殆どの神社は記紀と同じ事を言っていますから、
ただ僅かに記紀に合わない縁起等がありますが、
これをどう考えますか?
それと縁起とは別に、神々の子供達が祀られているのですよ。
神と言っても人間でしょうから、記紀よりむしろ妥当な人数です。
これは都合で、変える必要が少ないとは思いますが、
どう考えていますか?
実はこれで2世代の所謂核家族分の人数は出ますよね。
現在資料数に限りがありますが、
調べる程に、かなりの精度がある数字になりそうですよ。
昨晩から、少しづつ調べ始めました。
あと新選姓氏録や各豪族系図も、
物によっては使えると思っています。
プラムさんには否定されそうだけど。






307 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/19(金) 17:30:29
土建屋さんの研究は決して無駄になりませんので、お続けあれ!

ところで『縁起』がてらもう一つ

※節分の時
どおして『鬼』は豆をブツケられるのでしょう?
鬼は、何か悪いことでもしましたか?
『鬼』は何時も悪者役
どうして悪者?
そして、どうして体が『赤い』の?

邪馬台国研究には、人口調査より“ずーっと”役にたちますよ!

308 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/19(金) 17:36:32
>>307
何でしょうか?
人種が違ったのですかね?
民族学から?
参考までにどこから調べるのですか?



309 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/19(金) 17:53:41
>何処から?

『魏志倭人伝』に
チャント書かれています。
『鬼』=『倭種』と考えれば少し先が見えてきます。

310 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/19(金) 17:55:03
>>309
なるほど、
読み直しも必要ですね。

311 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/19(金) 18:34:29
鬼の世界に“縦関係”は有りません(どんな童話や昔話を読んでも、そんな話出てきませんね)
縦関係が大好きなのは“天皇一族”

詰まり
ここから読み取れる事は、※身分制度の無かった緩やか列島に、アル時期から
大変“縦社会”の大好きな集団が列島に進入し、鬼の世界を侵略し始めた。

どうでしょう。
それが『魏志倭人伝』に記述された『倭人』と『倭種』の関係 詰まり、『倭』と『大倭』。『邪馬台』と『狗奴』の関係です。

邪馬台国が建国される以前の列島は、大部分『狗奴』“鬼の住む”列島だった

312 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 18:45:44
このスレのデムパぶりに記念ぺぴこ

313 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/19(金) 18:48:44
鬼退治で有名な“桃太郎”『鬼』は、島で和気あいあいと仲間で酒を酌み交わし!一方“桃太郎”は武者装飾で家来を連れ(正に身分制度)

昔話って 肝心な所は説明しない、単に鬼がヤッツケられる様 その印象を強調するのが目的なんです。

314 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/19(金) 19:01:33
この“桃太郎伝説”は、岡山に伝わる伝承です。
詰まり
『記紀』の書かれる以前岡山の地で、“縦社会大好き一族”は“鬼一族”を侵略した。
その行為を正当化するため後世“口伝”された続けた話に『縁起』を加え“桃太郎伝説”が誕生した。


この話をどう受け止めるかは 土建屋さんの自由です。

…おわり…

315 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 19:35:16
桃太郎の昔話は、吉備津彦の温羅退治がモデル。
吉備津彦の物語からは、君の言う縦社会とか横社会は読み取れません。
妄想乙

316 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/19(金) 20:08:31
>>315
浅いな!実に浅い
意図するところの、思惑道理にはまった典型的パターンだな!

土建屋さん
これで解ったろう。
退治される事を強調した縁起だよ! 退治された側がどんな悪事を働いたって言うんだ? 罪状は?

そんなものなんか初めから無いんだ
“桃太郎”は、侵略者
『桃太郎伝説』は、侵略者側の正当化だよ。

記紀にも有るだろう
“理由も無く侵略される”

317 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/19(金) 20:37:22
土建屋さん、並びに住人さん達 今の>>315さんがカキコした 私に対する否定レス見たかい!

私の“桃太郎”解説が
事実であるか妄想で有るか何て始めから関係ない
『そのように解釈することが出来る』
その事が大事なだけ

>吉備津彦の温羅退治がモデル

※オイオイ 人の事妄想扱いしといて 自分の話は裏のトレル史実で、実話か?
モチョットまともな反論否定出来ないものかねぇー!

詰まり、これが“反論と”まかり通るのが今の古代史の現状。

ワカリマシタかー!

318 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 21:20:36
>>317
いや、だからね。
江戸時代に出来た桃太郎の話から、よくもまああんなコジツケが
出来たもんだ、っていう意味で書いたんだよ。

>※オイオイ 人の事妄想扱いしといて 自分の話は裏のトレル史実で、実話か?

ファビョるな。誰も吉備津彦の伝承が史実なんて言ってない。
桃太郎の話のモデルだと言ってるだけ。

319 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/19(金) 21:28:14
>江戸時代に出来た

オーッ! 江戸時代にポイッと出来たのかい? どっかの本に 書いてあったの?
そんなところだろう。

320 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 21:42:22
>>319
だから、お前の妄想と書いてるのだが。

321 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/19(金) 21:52:14
>>314
プラムさまお返事何度も有難う御座います。
>ここから読み取れる事は、※身分制度の無かった緩やか列島に、アル時期から
>大変“縦社会”の大好きな集団が列島に進入し、鬼の世界を侵略し始めた。
大好きだ!
>“桃太郎”は、侵略者
いえす!倭人伝読みましたです。
解釈難しい!
だけど俺もこの人達の子孫かも?

名無し315号君、
>桃太郎の昔話は、吉備津彦の温羅退治がモデル。
>吉備津彦の物語からは、君の言う縦社会とか横社会は読み取れません。
>妄想乙
>ファビョるな。誰も吉備津彦の伝承が史実なんて言ってない。
>桃太郎の話のモデルだと言ってるだけ。
結論無いのに批判は無いよ。
大体名無しの君はあほだ!






322 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 21:54:25
日の丸は、朝廷に貢献した大名などに下賜して有り難がらせて
またバカをやらすことに使われたもので、
いわば天皇家の象徴。
その朝廷は日本を征服支配した朝鮮人が作ったもの。
つまり、日の丸は、朝鮮人による日本支配の象徴なのである。


323 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/19(金) 21:59:48
馬〜っ鹿だなぁ〜っ

伝承、物語ネタを モトネタのハッキリしない吉備津云々ネタを根拠に否定するな!
江戸時代誰が作ったんだ?
いいかい?
今尚伝承は続いているんだよ

324 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 22:02:36
>>321
学問板で余り適当な事を書くから、それを指摘したまで。
間違いを指摘されたくないなら、書き込まなければいい。


325 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/19(金) 22:07:04
>>320

『桃太郎』ネタなんて予想外の出来事! 何も反論材料何て持ち合わせていないが、取り敢えず
プラムのレスには“妄想”とレスしておけばOKだろう……
結局薬局そんな単純なカキコだろう?

326 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/19(金) 22:12:23
>>324
さてどっちが適当か、
内容解らないとしても、
俺は適当なのは、無責任な君だと思う。
名無しだし。
僕も吉備津神社で迄行って、
高い縁起買ってるよ。
でも吉備津はそこだけの人じゃ無いね!
書いてあった。よんでみて。



327 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 22:18:34
>>323
>馬〜っ鹿だなぁ〜っ

江戸時代の御伽噺から古代を妄想するお前よりマシ。

328 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/19(金) 22:47:57
プラムさん
しかし名無しから馬鹿とは、凄い世界だ!

>邪馬台国が建国される以前の列島は、大部分『狗奴』“鬼の住む”列島だった
これ頂きます。

私は皇国日本(縦社会!)は、
桃太郎=吉備津彦がフロンティアじゃ無いのか?
と考えています。
ちょっと趣旨にあうかは、自信無いですが、
神社伝承では、それに近い情報が多いですよ。


329 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/19(金) 23:12:04
土建屋さん

どうぞ。
使えそうなネタが有ったら幾らでもどうぞ!

>吉備津彦が縦社会のフロンティア

※ん〜っ
流石にそこまでは考えていなかったので何とも?
しかし、
邪馬台国って完全な縦社会、それより吉備津彦が古いかいなかだ。
私は“吉備津彦”って3c〜4c 五瀬命と絡みが有ったと見ているが………?未だ未確認







出たよ出たよPTAが!それも名無しのPTAが!

>江戸時代のお伽話
※自分からお伽話って言ってりゃ世話ないよ。
それを根拠にするんだから

330 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/19(金) 23:21:06
>>324

>学問板で余り適当な事

余りにも抽象的な批判ですよ!
貴方個人の意見で学問の質を議論出来るものではないでしょう。

331 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/19(金) 23:43:47
『鬼』の身体はナ〜ンデ赤いか?

【…以朱丹塗其身体…】
…魏志倭人伝…

ね!チャ〜ントカキコしてあるでしょう。
これは倭人の事じゃない、倭人より古くから住んでいた『倭種』の事


それから
九州のいちばん南にカキコしてある『狗奴国』
ここは狗奴は狗奴でも『鬼じゃぁなく“河童”』
河童は他にも“対馬や壱岐”にも居るよ

この話は、気が向いたらまた後でしまーす。

332 :日本@名無史さん:2006/05/19(金) 23:52:13
思いつきで妄想を垂れ流しておきながら、学問的なつもりか…

333 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 00:07:38
四道将軍吉備津彦が何時代の人かで
邪馬台国の位置、意義が
相当変わりますけどね。


334 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 00:08:12
そう言いながら
覗きですか?

良い趣味とは言えませんね

結局否定的な意見だけで ここまでなに一つネタ提示がない。

335 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 00:10:26
>>329
>私は“吉備津彦”って3c〜4c 五瀬命と絡みが有ったと見ているが………?未だ未確認
これの元ネタ記紀ですか?

>【…以朱丹塗其身体…】
でもこれは邪馬壹国の記述では?
いずれにしても赤く塗った人達がいた事は確実ですね。

>九州のいちばん南にカキコしてある『狗奴国』
>ここは狗奴は狗奴でも『鬼じゃぁなく“河童”』
>河童は他にも“対馬や壱岐”にも居るよ
河童?ぬぬぬ・・・
後でお願いします。

結構飛ばし読みで、すみません。

336 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 00:14:51
確信してるわけではないが、
四道将軍吉備津彦の鬼退治の鬼
は中国地方の
全身朱く塗った倭人だね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/四道将軍


337 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 00:17:27
>>332
名無し332号君、
これだけ教えて。
それで貴方の学問は何?
僕は得意な、経済、農業、統計、神社伝承から。


338 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 00:20:22
確信してるわけではないが、
四道将軍吉備津彦の鬼退治の鬼
は中国地方の
全身朱く塗った倭人だね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/四道将軍


339 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 01:37:29
鬼の肌の色を「赤」限定で、しかも強引に関連付けている時点で
既に終わってる。

昔からサンタクロースの服の色は赤だった
と信じこんでるお子ちゃまレヴェルバカだと言うこと。

340 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 01:41:30
もまえら
遊んでるのか、釣りなのか?本気だったらかなり痛いぞ。

341 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 01:43:25
質問!河童も倭人か?w

342 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 01:44:35
まあ、一つの興味深い逸話として参考程度にはなるだろう。
こういうの全部無視して自分の希望の説だけ唱えるより
一兆倍マシかもよ。

343 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 02:05:23
まあ話半分で眺めてるわw

344 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 02:09:23
つかプラムってコテハンじゃ説得力ゼロだと思うよ、無論土建も
今みたいに日本@名無史さんが良いのでは?

345 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 06:49:59
>>335土建屋さん
>これの元ネタ 記紀ですか?
※はい!
>邪馬壹国の記述では?
※違います。
そう言う先入観は捨てて、もう一度倭人伝を! これは“倭人”より古くから住む『倭種』のこと
>>340
>釣りなのか?
※釣りだったら下手くそな釣り。釣れたのは“名無しの”ドジョウ
>>342-343
>一兆倍マシかもよ
※気楽に ナールホド程度に聞いて下さい。
>>344
>プラムのコテハンじゃあ※いいじゃありませんか!大事な事は、ブランドじゃなく中身
コテのイメージじゃありませんので。 それとも“寺沢”辺りにしときますか?

346 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 07:13:03
>>341
>倭人も河童か?

※違います。
河童は元々『鬼』で倭種。アル時期から河童になりました。
(ヒント)
・対馬国、壱岐国、狗奴国(鹿児島地区)に、共通する記述は?

〈伝承〉
鬼の居ぬ間に………。

347 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 07:23:16
>>339
バカチンがぁー!

>鬼の肌の色を『赤』と限定
※では、他に何色が有るのかな?

バカタレが!
自分のレス再見しなおしたら?
他の色した『鬼』
見てみたいなぁー?

※『赤鬼や青鬼』が、実在してると思ってる アンタの脳みそ見てみたいは!
ついでにサンタもな!

348 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 07:30:47
訂正
>>346

>河童も倭人か

に、訂正します。
失礼しました。

349 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 08:19:55
景初二年六月、倭の女王、大夫難升米等を遣わし郡に詣り、
天子に詣りて朝献せんことを求む。
http://www.g-hopper.ne.jp/bunn/gisi/gisi.html

これは景行天皇のことですか?

350 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 08:45:33
もっとも大規模な土蜘蛛、熊襲征伐は景行天皇の時だけど、
もし景初が景行天皇のことなら我々は
赤鬼の側から歴史を眺めていることになるんでは???

土蜘蛛征伐では女性のリーダーが殺されているけど、
卑弥呼に関しては土蜘蛛臭はしないな・・

351 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 09:01:53
鬼の居ぬ間に洗濯

352 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 09:03:40
おはようございます
プラムさんお早いご出勤ですね。
しかし名無し達は、ほんと夜行性ですね。
名無しオタク君と名無し学問君とは、判別可能ですぞ、
彼らはPSの前で、自分で握って処理するのかな?
不健康極まりない!アホやめるとタダになるぞ!
>>346
>河童は元々『鬼』で倭種。アル時期から河童になりました。
>・対馬国、壱岐国、狗奴国(鹿児島地区)に、共通する記述は?
卑狗ですか? 海人=河童か?偉い人が居ない間に・・・?難しい。
しかし、この離れた地域が同じ風俗があるとは確かに読める!
那珂に邪馬壹国が後から入る方が自然ですね。

353 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 09:14:19
九州には鬼火という二千年以上続く火祭りがあります。


354 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 09:16:57
>>349
名無し349号君
名無しのくせに、鋭い御考察!
卑弥呼と景行天皇が同時期なのは、
神社伝承で系図を作るとそうなるのです。
倭人伝でも、そうなるの。
こっちの説明は一晩かかりそうですけど。


355 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 09:25:41
http://www.loops.jp/~asukaclub/syoki.html
巻五 崇神天皇巻六 垂仁天皇
巻七 景行天皇他巻八 仲哀天皇
巻九 神功皇后巻十 応神天皇

ぴったりだ、ぴったりだ、ぴったりだ

356 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 09:31:00
http://www.google.com/search?num=100&hl=ja&newwindow=1&client=opera&rls=ja&q=%E6%99%AF%E5%88%9D%E3%80%80%E6%99%AF%E8%A1%8C&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=
http://plaza.harmonix.ne.jp/~onizuka/Sankaku.html
大和朝廷の勢力基盤の一つに、九州南部 があったことは明確である。
考古学的にみても、宮崎県の海岸部にある西都原 古墳群には、
古墳時代前期の大型古墳がたくさん存在しているが、これなどは、
古墳をつくった勢力、つまり、初期大和政権が、九州南部と
深いつながりがあっ たことを表しているだろう。さて、邪馬台国は、
中国文献から倭の女王国の話 が消える266年以降、比較的早い時期に、
大和政権によって滅ぼされたという わけである。で、その場合、
その九州北部を制圧する話が、日本書紀や古事記 にある景行天皇の
熊襲退治ということになるわけである。これが、邪馬台国の 最後で
あったというのである

真実に近いことを言ってる人がいる。

357 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 09:36:53
景行天皇、
景、天
この漢字は中国から送られた鏡や伝承をみて
中国のマネをしたものでは?
景初、天子
海外向けのプロパガンダ、プロパガンダ。。

358 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 09:38:57
ところで
名無し349〜351、353、355〜356号君
君達は同じ人?
奈央名乗れ!
ちょび教えて欲しい。


359 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 09:40:03
雑餉隈、七隈、西隈、日隈、星隈、中津隈、小隈、横隈、星隈、月隈
笹隈、百隈、数え上げたらきりがない。
福岡県、佐賀県の隈のつく地名。

360 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 09:43:26
>>359
名無し359号君
隈=神の事?


361 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 10:20:51
何か散文的で論点さえも見えない発言が続いている
名無しがどうのとか邪馬台国九州説と結びつかない発言も多いし

362 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 10:49:15
>>352土建屋さん
オハヨー!

>卑狗ですか?

※ピンポーン。
冴えてますね

彼等は、『官』という美味しい餌に勝てず 裏切り者になった
だから、その様子を自国のモノに伝える為漢人は『卑』と『狗』の文字を当用し
彼等は狗奴を裏切り『ヒ族』に寝返ったと

この事は
現代にも、『鬼の居ぬ間に洗濯』と言う諺で伝承されている。
詰まり、洗濯するのは『河童』でーす。
九州に伝わる河童伝説は、単独行動ではなく“群”てるみたい

関東東北の河童は、独立性
だから〈鹿児島〉狗奴は、邪馬台国30国体制の一国なんです。

363 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 11:49:46
しかし河童は禿げた海人を大和人が
差別的に呼んでた可能性は
あるよなー

364 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 11:51:23
>>362
プラムさんども
狗奴→卑狗 字面もぴったりだ。
狗が卑しくなったですね。
しかし私はずっと彦(男子・王子)と考えてました。
音だけじゃないんだ。

鬼=河童が集団か、となるとやはり従属関係を表していますね。

あと参考にはならないかもしれませんが・・・
五瀬命は神社伝承では、神武の兄で、
和邇氏との関係が指摘されてますが、伝承が少ないですね。
和歌山の式内社竈山神社、岡山の名神大社安仁神社、に祀られてます。
竈山神社の竈は、太宰府の鬼門竈門神社に使われ。その他も式内社が多いので、
まだ仮説ですが、加茂(京都下加茂神社等)=竈ではないかと考えています。
いずれにしても霊験が高い、神社の名前です。
実は兄弟の神武は知名度の割り、古代に霊験の高い神社に祀られていないのに、
五瀬命は安仁神社が当時最高ランクの名神大社ですから、
不思議に思っていました。何かある人かもしれません。





365 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 12:16:01
>>361
名無し361号君
いい事言うね。僕もそう思うよ。
でもね漠然とした批判なら、幼稚園児にもできるから、
せめて批判解説で、話してくれよ。
ついでに返事を書く為、名乗って欲しいね。




366 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 12:25:02
万葉集では、
甘木周辺の熊鷹が征伐されまして
彼らは手足切られ蓑虫のようにされたとか
古代人は残忍である。大和政権は残忍
神功の時代です

367 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 12:30:57
土建屋さん

記紀の内容については勉強不足の為余り語る事が出来ませんが
初代天皇は、神武だと言うことです。
途中の“崇神や景行”等を語ったところで 最初の土台の神武を語らずしては
“砂上の楼閣”です。
しかし、これはスレ違い
卑弥呼の邪馬台国に“遡り”ましょう

詰まり、
卑弥呼の時代に“天皇”等と言う呼称は無かった!
神武が天皇でアル以上
時代はそれより新しい。

天皇以前の“大王”は『“ミ”カド』その嫁は『キ“ミ”』
邪馬台国の女王は『ヒ“ミ”コ』彼女は『カ“ミ”』に使える『“ミ”コ』場所は『“ミ”ヤ』

368 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 12:33:13
神武は天皇じゃなく大王ですよ

369 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 12:41:23
>>368

武は『宋』に上表し初めてその史書に『倭国』と明記され 名実共に倭国王に 詰まり、
武は天皇家初代倭国王 神武天皇そのもの

370 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 12:51:03
簡単に結論を言えば

日本誕生(発令)は
481年1月9日

彼は本拠地豊後から奈良橿原に移り 帝から天皇に

詳しい事はまだ黙秘

371 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 13:02:12
>日本誕生(発令)は
>481年1月9日
なぜ、481年なのかが分からない……
開府儀同三司のことを絡めてもその数字にはならないはず

372 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 15:08:12
プラムさん、私の方こそ勉強不足です。
>>370
私も邪馬壹国以後の神武を考えています。これは神社伝承からです。
神武は記紀に別名同神で、2度登場するようなのです。
まだ仮説なので、天皇大王の重なり合う部分を探しています。
そして時間は想定しか出来ていません。
あと神武は畿内古神社には殆ど祀られていない為、
奈良遷都は考えていません。証拠はそれだけですが。
しかし北九州に別名同神で、祀られているようで、北九州王朝派です。
あと豊後、豊前が最後の九州の都が有った事は私も考えていました。
それは、宇佐神宮の主祭神、姫大神からです。
あの周辺に都が無いと、あの祭神は必要ありませんからね。
これからも勉強しなければ!


373 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 15:37:23
2ちゃんで一番嫌われるパターンとは
馴れ合って他を寄せ付けないスレにすることだ
しかも名無しにコテ強要とはアホそのもの
ちゃらけた文言だじゃツマランしオモンナイから、他所でやれ
じゃなきゃ荒らす。おまえがやってることはそれと同じだ。

374 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 15:42:04
>>373
もう邪馬台国スレは一部を除いて「馴れ合い+雑談」になってしまった。もはやまともなコテハンは現れないだろう。

375 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 15:48:52
>>373
来たね、名無しオタク。
>馴れ合って他を寄せ付けないスレにすることだ
仲間に入りたいのかな?
>しかも名無しにコテ強要とはアホそのもの
ついつい僕のアホ使ってるし!
>ちゃらけた文言だじゃツマランしオモンナイから、他所でやれ
確かに僕のはちゃらけてる。しかし君の文章読めないよ!
>じゃなきゃ荒らす。おまえがやってることはそれと同じだ。
既にやってるよ、宣言する必要あるの?
やっぱり僕が好きみたい。


376 :373:2006/05/20(土) 15:50:11
馴れ合い、雑談、スレタイにそぐわない議論、根拠の無い妄想を必死に書き書きし、正当な
反論をされると循環論法や罵倒を繰り返す・・・邪馬台国スレに真っ当な議論を望むことは
もう無理なのだよ。

377 :374:2006/05/20(土) 15:51:17
名前間違えたわ。>>376は374が書いたもんです。

378 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 15:53:02
土建屋さん

宇佐神宮ですか。
私はコト邪馬台国に関してはかなり軽視しています。
その理由は後ほど合間にて!
それよりも
住吉神社に興味が湧きますが如何でしょう。
何故
数有る住吉の中で『大阪・山口・福岡』の三社をして三大住吉と 言うのか?
“山口”なんて意外ですよね。

379 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 15:53:27
>>373
君は名無し学問君だね。
予言者だね話し振りが、
当たってもそれはそれ。
君の心配はいらないよ。

380 :374:2006/05/20(土) 15:58:00
ここはどうやら出に兼のお仲間がたくさんいるようだねw

381 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 15:58:40
住吉ははくすきのえの戦い

382 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 15:59:58
>>378
住吉は記紀では山口ですが、
その前は福岡だと考えます。
しかもその前も壱岐や対馬等が考えられます。
福岡は北九州の都に関係してそうです。
まず妻入(建築様式)=出雲大社=春日大社から、
この三社は血縁だろうと考えていますし、
神社伝承もほぼそのようです。
春日大社は最後に勝った藤原氏の氏神です。


383 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 16:08:26
>>382
補足です
福岡の前には、日向もあります。
実は最本流神社かも?
また調べます。

384 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 16:09:07
住吉は安曇氏じゃないですか

385 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 16:11:11
天満宮は菅原氏、
ちなみに菅原も安曇も藤原も
九州にはあまりいない。
神社は古墳の後の宗教建造物
だから古墳とセットのものが多いが
古墳と対でないものもある、結構そこミソ

386 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 16:15:10
>>385
名無し385号君
貴方も神社好きですね?
>>384
名無し384号君
それは確定出来てません。
解ったら教えてください。


387 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 16:25:09
竃門神社(宝満神社)
主祭神:玉依姫命
これが本来の筑前の氏神である。

388 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 16:25:26
>>376の意見はもっとものように思える。

>住吉は安曇氏じゃないですか
一般的には津守氏の名が挙げられる

389 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 16:30:36
玉依姫命とは神武の母で海人隼人系です。


390 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 16:32:59
>>387
名無し387号さん
はい私も九州一の霊験だと考えています。
それが、住吉さんの妻神だと考えています。
理由は弱いですが。

391 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 16:33:59
取り敢えず
神社の神様がどうのとかじゃなく 名前に興味があります。
どうして『スミヨシ』と言うのか?
皆さん気軽に地名を語っていますが 名前って気になりませんか?

392 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 16:35:28
>>391
勉強不足です。

393 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 16:36:16
九州の神社では
熊本久留米地区を本拠とする
玉垂宮、鬼火
筑前地区を中心とした
宝満神社
基本的にこのあたりが
九州の本来の神であろうと考えられる。
他のは比較的新しいものばかり



394 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 16:38:34
隅吉のような気がする。
隅、隈とは九州などの畿内から外れた場所という意味。


395 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 16:43:55
>>393
私が言うのは祭神で、
玉依姫と玉垂は近親です。
竈門神社の元宮は私も資料がないもので、
やっぱり最初は筑前ですか?

396 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 16:45:30
>>394
隈=住ありえますね

397 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 16:46:53
http://homepage1.nifty.com/kitabatake/tennouichiran.html
玉ちゃんは九州を示すアイテムだす。

398 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 16:56:57
>>393

>久留米を本拠地とする

※どうして久留米を本拠地としたかが大事だと思う。
現代伝わる神社の由来や縁起なんて、某かの意図が見え見え。

399 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 16:58:56
プラムさん
想像ですみませんが、
隈=住
くまえ、くめ、くまのえ
かみえ、かめ、かみのえ?
読み方ですよね?
竈=かめが一緒だ!でもこれじゃないな。


400 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 17:05:36
古代史学の情報がいちばん豊富なのが古地名、しかも集団的に発生しているから“嘘が無い”
古地名発生は地理的要因と人為的に起因する場合の二種類

@発生の起点と範囲が伝承する場合
A発生の起点が無く、範囲だけが伝承される場合の
二種類だが どぉかな?

401 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 17:15:55
>>399
プラムさん。
土建では、返事ができません。
つづきお願いします。


402 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 17:16:13
土建屋さん

では
『青』と言う漢字はカナで表記すると『アオ』
ではどおして『ア・オ』と言う音を当て嵌めたのかな?
古代史学を原点からせずに途中乗車するから 謎がイッパイ出来ちゃうの。
詰まり
文字が出来る前に、人は音を出して表現し 大陸から伝わった漢字に当て嵌めたんだよ

だから“住吉/スミヨシ”の名前にもちゃーんと意味が有る訳 由来や縁起より ずっーと大事な『意味』が

403 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 17:21:20
日本原語に翻訳する・・・ですか?
解りません。

404 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 17:32:44
人の主?

それはともかく九州には宝満神社、宝満の地名結構あるなー

405 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 17:34:34
難しいからと見てみぬ振りすれば、行き着く先は
本物のトンデモか エセ考古学
掲示板で
やれ 威信材の鏡とか 庄内式が布留が“どうたらこぉたら”と
受け売り暗記自慢大会、同じ内容の永久循環議論

そうならない為の原点作業
残念ながら
私も貴方に教える程進歩無いがね。 ゴメン!

406 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 17:41:38
>>405
プラムさん。
それじゃ固まってしまいますよ。
ヒント下さい。
新古代の扉に書いてある?


407 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 17:52:45
吉;中国読み?”キチ”
  倭読み?”よし”
確かに意味が通る。

408 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 18:05:42
では、『あ』という音を出して見てください。

閉じていた口が均等に外側に開きましたよね
これが母音『ア』の基本言意です。
ようするに
口の形が『中心から外方向に広がる』そして“排気は一瞬”詰まり“限定された範囲”

同じ様に『オ』と言う音を出して見てください。
“限定された範囲で口の形は上方向です。”

『ア・オ』の言意は、
ア:(←→)オ:(↑)
です。
※上の方向で横に広がる
これが『アオ/青』の言意詰まり
※空の色が語源になっているのです。

409 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 18:08:21
ちょと待ってくださいよ。
茨城もそうだとおもうが、
アオは無アクセントもあるでしょうが

410 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 18:15:17
因みに
この言語学の基礎は、HN“言語虫”さんが研究元です。HPも有りますので
詳しい勉強は そちらでお願いします。
“言語虫”で“ググ”れば解ります。
私はその下で半年ほど勉強していますが 出来が悪い為マダマダ初歩の初歩です。

411 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 18:20:59
>>409
確かに茨城も無アクセントの多い土地柄です。
しかしこの場合方言を度外視してもよろしいかと

412 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 18:32:08
栃木・茨城・福島は無アクセント地帯。

413 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 18:51:10
茨城弁の特長

平板 早口 喧嘩口調

414 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 18:57:07
>>410
これか?

http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/gengomushi/diary

最近のぷの主張の元ネタはここか・・・

415 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 19:02:49
>>409
  「アオは無アクセントもあるでしょうが」

>408の文章の中に「アクセント」の概念なんかは含まれてない。
ただ、口の開き方を説明してるだけだよ。
ツッコムなら、前段では「ア」は「外方向に広がる」と定義しておきながら
後段では「(←→)」「横に広がる」とかに替わってる点だろw
ついでに言うと「オ」の「口の形は上方向」も可笑しい。
「オ」は「ア」に比べて全体的に口の開きが少なく、その分舌の位置が前方にある。
別に「上方向」を指向するものは何もない。
「ア」の「“排気は一瞬”詰まり“限定された範囲”」も変。
「排気が一瞬詰まる」とは短母音のことかと思うが、
これは長母音じゃなけりゃ「イ」でも「ウ」でも「エ」でも同じこと。
母音は全て「限定された範囲」を示すことになるw

416 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 19:09:42
ぷの「発音に関する妄想」は前に納豆嫌いにより撃破されていると思ったのだが。

417 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 19:19:29
>>415

そうだよ
母音は全て“限定された範囲”

(←←)横の表記

ア:(←→)中心から外
イ:(↓)下方向
ウ:(→←)外から中心
エ:(←←)横方向
オ:(↑)上方向

418 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 19:26:47
>>416

>既に撃破

※あのね
こっちも未だ手探りなの
掲示板で俺が撃破されようと 理論体形は何も変わらない

419 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 19:30:24
カキコ忘れ

範囲が限定されない母音『アイウエオ』は『ハヒフヘホ』

420 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 19:32:29
空が「青い」つーのは、一面的な見方だね。
夜空は「黒い」し、夜明け前なら「白い」し、夕焼け朝焼けで「赤い」ときもある。
昔から日本人は空の色を使い分けている。


421 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 19:34:04
ぷの言う「母音」の概念は全くわからん?

422 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 19:44:43
>>420

『赤空・白空・黒空』が 表示として後世まで受け継がれていますか?
基本は『青空』


では、『アイ/藍』色は?

423 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 20:01:29
プラムがこんなアホなこと書き出したの、土建の責任だから、
ちゃんと土建が最後まで相手してやれよw

424 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 20:07:16
>>422
「青空」は英語のブルースカイの訳語だねw
江戸期以前の文献で「青空」って書いてあるのを探してごらん。

425 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 20:26:52
>>424

>青空は英語BlueSkyの訳語

青空と訳しても違和感が無いからだろう。

では>>424何故『アオ』という音を表示したか説明してくれ
俺は俺なりに説明したぞ
逃げるなよ。

426 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 20:31:51
プラムさんわりっす。
正直おらも勉強不足で、返事にこまります。
今度HP見て、感想書きます。
字面と音で、両方に意味があると思ったのは、
正直初めてでした。勉強になります。
ただちょっと、プラムさん、駅裂いたーですね。
トーンダウン、トーンダウン・・・あなたはだんだん・・・

告白すると、僕のチンコは包茎です。
これで勘弁してください。
暫くこれでもてあそんでもらって結構ですから。


427 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 20:31:57
>>423
アンタもだよ!

どおして『アオ』と表示したか?
他にチャントした理由が有るから否定しているんだろう。説明してくれ
納得出来たら止める。

428 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 20:32:21
>>425
その前に「青葉」ってコトバ知ってますか?
まずは、コトバの意味を説明してみてくれませんか。

429 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 20:43:07
さて何から?
プラムさんは悪く無いぞ。
プラムさんは悪く無いぞ。

で、卑弥呼は誰だったかから?
みなさん教えてください。

430 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 20:47:21
>>428

『青葉』
若葉の別表記です 色そのものとの結び付きが有りません

敢えて表記すれば
(アオ・バ)
〔バ〕には濁点が有り〔アオ〕に掛かる、濁点効果により〔アオ〕の意味が反転(否定)され
“青ではない葉”になる

431 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 20:51:00
法則性に飛びついてしまうのは人間の心の弱さ。
世界の仕組みを分かった気になっているだけ。宗教と同じだ。

432 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 20:58:27
>>431
名無し学問君だよね。
いいとこきたよ。
君の神懸りなしゃべり、
何処で仕入れました?

433 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 21:05:19
>>427
 「他にチャントした理由が有るから否定しているんだろう。説明して」
屁理屈というか、それ以前の文字列ですね。

あなたは、自分が何故この世に存在しているのか説明できますか?
宇宙とは何か、生命とは何か説明できますか?
今のあなたには説明できないことでしょう。

私が代わりに説明してあげましょう。
あなたは私達2チャネラーが弄くって遊ぶために作った仮想概念なのです。
あなた自身は、自分の意思で手足を動かせるし、今は家族ともくらしているし、
子どもの時の記憶だってある、と思っているかもしれませんが、
それすれ、私達の思念の一部でしかありません・・・・

これでは、とんでもな「説明」でしょう。
でも、あなたの論理に従えば自分で「説明」できない事項について、
明らかに間違っていると思われる他人の説を否定は出来ないはずですからw

ちなみに、「あお」は扇ぐなどのアオ(「揺らぐ」さまから不確かな状態を表す)の転意かも。
明るい>あか 暗い>くろ 白む>しろ 等の「確か」な色以外を漠然と示している。
菜っ葉や瓜を青物と言うし、木々の葉は青葉とも言います。
もともとの日本語の「アオ」はブルーよりはグリーンに近いですね。  

434 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 21:10:39
>>433
君は名無しだから味方しないよ。
やめろ!!!!!!!!!!!!!


435 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 21:11:30
>>430

>〔バ〕には濁点が有り〔アオ〕に掛かる、
>濁点効果により〔アオ〕の意味が反転(否定)され
>“青ではない葉”になる

おいおい、それじゃ「落葉」は「落ちてない葉」のことかよw

436 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 21:33:51
>>425
> >>424
> >青空は英語BlueSkyの訳語
> 青空と訳しても違和感が無いからだろう。

回答になっていない。
キミが>>422でした「青空と言う言葉は古来から使われていた」と言う趣旨のレスの証明を求めている。
「後世まで受け継がれてきた」らしい「青空」の初出は何時のことだ。
俺は「青空」の考案者は若山牧水だと思っているけどな。


437 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 21:35:14
>>435

>落ちてない葉

※“落ちない葉”だよ
他のヤシとは少し違うかと思ったが ヤレヤレ

オチハ⇒落ちる葉
オチバ⇒落ちない葉

正しい音表記は
『青葉』⇒アオマ゙
『落葉』⇒オチマ゙

だけど、 堅い事抜きで。


反論するほうがミスッちゃ駄目じゃん

438 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 21:38:11
>>ぷ
悪いがもう少し、一般人に判るように説明してくれ。
無理か・・・・

439 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 21:42:36
>>436

知らんよ!
俺は単に、空の色が青いと言った迄
初めて使ったのが若山牧水なら 彼は、正確な言語表記の出来る人なんだよ

440 :プラム:2006/05/20(土) 21:50:22
>>438

解るように説明してるつもりなんだが どの辺が解らないの?
ただ漠然と解らないじゃぁ、こっちも解らない!


このままじゃぁ
今日中に1000行くかな?

441 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 21:54:41
プラムさん
あなたは名無しと違うから。
俺は大好きです。
潔い!俺もそうだが、
既に勝ってるのに、あわてちゃ駄目!

442 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 21:58:53
空の青にもか。いい句だよな。

このスレを読んで分かったことは、プラムがキ○ガイだということ

443 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 22:00:11
>>429
じゃ、>>422の主張は撤回するんだね。
古代の日本では空を青いと言わない、は確定ね♪

444 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 22:04:34
>>441
俺は偉い、名無しじゃないから、
間違いしても、文句が皆から帰ってくる。
正直つらい。
かっこつけても、馬鹿こいても、
みんなかえってくる。
名無しは責任無い分、発言に敬意を払うべきだ。
俺が駄目だとしても、敬意をはらうべきだ。


445 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 22:04:39
>>441
m(._.)m

でも、ソロソロ疲れた。

ゴメンな!
スレの流れ 変な方向に持って行ってしまって

さっきの“落ちない葉”の意味わかったかな?
詰まり
落ち葉とは 地面に葉っぱが広がっている様子が“語源”
ヒラヒラと落下している風景が『落葉』ではないの
その辺りをさっきのヤシは、誤解してる。
現代国語教育の犠牲者かな?

446 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 22:12:11
>>443

好きにしていいよ!

俺も勉強半ばだから チャント答えてあげられない
貴方とのやり取りも勉強。
言語学は奥が深ぁ〜い。

447 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 22:21:44
>>445 
アンタが国語教育の一番の被害者だろう。
つーか、詰まんねー授業だから居眠りこいてただけなんだね。

青の読みはアヲだかんねw

味酒三輪乃山
青丹吉奈良能山乃山際
伊隠萬代道隈
伊積流萬代尓委曲毛
見管行武雄數々毛
見放武八萬雄情無雲乃隠障倍之也  額田王

うまさけみわのやま、
あをによしならのやまのやまのまに、
いかくるまでみちのくま、
いつもるまでにつばらにも、
みつつゆかむをしばしばも、
みさけむやまをこころなく、くものかくさふべしや



448 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 22:31:47
プの場合は、人生経験のない人間が宗教に騙されてしまうようなもの。
本人に悪気はない。まあその分、タチが悪いとも言えるが。

449 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 22:34:02
>>448
今日は辞めてよ
名無し学問君

450 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 22:38:23
>>455
○鹿だな。

>落ち葉とは 地面に葉っぱが広がっている様子が“語源”
>ヒラヒラと落下している風景が『落葉』ではないの
>その辺りをさっきのヤシは、誤解してる。
>現代国語教育の犠牲者かな?

それじゃ「落ち葉」は「落ちてしまった葉」のことなんだね。
地面に着いてそれ以上「落ちない」から「落ちない葉」と言い張れると思うところがぷ流ですなw
それに最初の定義(濁点効果により意味が反転され)もお忘れのようで。
地面に広がってる(静止している)方がベースなら、「落ちる」の意味が無いだろうに・・・

日本語も満足に使えないオマエが国語教育を語るなよw

451 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 22:48:37
ほれほれ

452 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 22:58:02
昨日はすっきり。
今日は駄目!
なんで・・・

453 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 23:34:23
すっかり荒れましたね。


454 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/20(土) 23:38:11
皆応知其煙
時差九時宴
幽人応未炎
汚汰狗言葉

455 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 23:40:00
>>450 最後だよ

オチハ⇒落ちる葉(動)
オチバ⇒落ちている葉(静)

>>435が言ったのは「落ちて無い葉」⇒木に付いてる葉

チャント意味が反転してるだろう

>落ちてる葉はそれ以上落ちない
※豊かな発想ですね!

対象は「葉」
落ちるは「行動」

456 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/20(土) 23:52:52
>名無しさん達へ

結局今日も“コバンザメ”?

457 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 23:53:17
>>455
 それは「時制」と言う概念。
 現在形と完了形の違いだ。
 どちらも「落ち」の意味に違いはない。 
 「青」の反転が「青くない」と言う、あなたの最初の定義、
 「濁点効果によりの意味が反転(否定)され」とは結びつかない。
 単にあー言えばこう言う式の思いつきを書くだけで議論をしているつもりなのは悲しい。
 そんな人間が国語教育云々をしたり顔で騙るのはなお悲しい。

458 :日本@名無史さん:2006/05/20(土) 23:58:08
そろそろ、プは逃げる算段をしてそうだな

459 :狗奴 ◆5dMQZo6/zY :2006/05/21(日) 00:04:47
話が脱線してますね^^;
ちょっとこじつけっぽいかな?
証明としては弱いかもね。
でも、考察するのは悪いことじゃないね。
俺はそこまで考えないから。

460 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/21(日) 00:06:12
>>457

アンタ頭いいね!

俺のカキコ批判なんてどうでもいいから 早く自分の考えを表記し、反論されたし
※「青」はどぉして「アオ」と音表記するの?

461 :424:2006/05/21(日) 00:16:20
>>460
その手法は>>433で否定されている。
読まなかったのかい。
逃げ口上のつもりだろうが、逃げるなよ。
最初に>>425で「逃げるなよ」って啖呵を切ったのはそっちの方だからな。

462 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/21(日) 00:19:31
>>458
俺は逃げるよ!

これからは“ヲタ君達の時間” 邪魔しないから自由にノビノビと どうぞ。

…バトンタッチ…

おやすみ

463 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/21(日) 00:24:22
全然否定されていないけど>「扇ぐ/アオグ」
※アオグって どおしてアオグっていう音なの?

その答えが無いよ!


おやすみ。

464 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 00:31:14
>>442
それも良い歌だが、『別離』所載の

 『風ひたと落ちて真鉄の青空ゆ星ふりそめぬつかれし海に』

これが『青空』の歌。

465 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 00:34:10
>>463
質問なら>>433の意味をよく考えてから、もう少しわかりやすく書いてね。
何が言いたいのか意味がわからん。
ただ、あなたが逃げたがっていることはわかるが・・・


466 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 00:53:28
このプラム ◆RvhHf7kqyYってのは、Yahoo!掲示場に巣食っているgengomushi
と同一人物な希ガス。
参照:http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835208&tid=a1vr2bbva1a6oabfmeaa1w9tdx5adbbv2rc0o&sid=1835208&mid=10150

467 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 00:59:40
>>466
そこでのぷのIDは「geaf7019」でねーの?
「gengomushi」つーのは別の人みたいだね。

468 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 01:14:10
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835208&tid=a1vr2bbva1a6oabfmeaa1w9tdx5adbbv2rc0o&sid=1835208&mid=10132

http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1145365560/l90
を見れば、プラム=gengomushi は一目瞭然

469 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 01:16:34
ttp://www1.ocn.ne.jp/~gengoman/MyPage/album_show8.html?page=7
ヤヴァイ感じwww

470 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 01:25:06
>>468 ぷがその人の説をパクってるだけでしょw

471 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 01:39:54
文章の品の無さとか、確かに似ているが

472 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/21(日) 07:48:04
オイオイ
>>410 にカキコしただろう

チャントれすヨメヨ

473 : ◆RvhHf7kqyY :2006/05/21(日) 08:00:24
いやぷの鳥自体「geaf」だし。

474 : ◆RvhHf7kqyY :2006/05/21(日) 08:09:16
>俺のカキコ批判なんてどうでもいいから 早く自分の考えを表記し、反論されたし
>※「青」はどぉして「アオ」と音表記するの?
出たよ、これが。いつもやばくなると之だ罠。


475 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 08:09:41
杵築の小熊山古墳 九州最古級か 「3世紀後半」の可能性
 あす県考古学会で発表

http://kiji.i-bunbun.com/read/read.cgi?1148050800=11480852713321=1

宇佐の近くで新たなる発見!!
豊の国の歴史は、さらに遡る可能性!!

476 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/21(日) 08:12:25
>>410
>>472
プラムさん。
一昨日からうすうす気が付いてました。
プラムさんが、やってること。
皆応知其煙 みんなしってるよ
時差九時宴 じさくじえん
幽人応未炎 あほまだもえとります
汚汰狗言葉 おたくことばで
特に昨日は酷いですよ。
そろそろ止めてください。
そして此処は暫く遠慮して下さい。
私も反省しています。
お願いします。


477 : ◆RvhHf7kqyY :2006/05/21(日) 08:16:36
いやお前も共犯だから。

478 : ◆RvhHf7kqyY :2006/05/21(日) 08:21:02
>〔バ〕には濁点が有り〔アオ〕に掛かる、濁点効果により〔アオ〕の意味が反転(否定)され
>“青ではない葉”になる
ということは「紅葉」も同じなんですか?

479 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/21(日) 08:21:08
>>477
それは申し訳ない。
なら一緒に辞めましょう。


480 : ◆RvhHf7kqyY :2006/05/21(日) 09:06:59
179 :百姓→土建屋 :2006/05/17(水) 20:07:08
>>177
名無しさん以外誰もいないのかと思ったよ。
大好きだよ。


きさまがこんなことぬかすから「ぷ」がオナニースレからのこのこ出てきたんだよ。
「申し訳ない」と思うなら前言撤回が先ねw

481 :百姓→土建屋 ◆37zUdBkN7Y :2006/05/21(日) 09:14:32
土建です。
いろいろ申し訳ありませんでした。
私が撒いた種で、状況を一変させた事を、
深くお詫びいたします。

なお今後通称「ぷ」さんの、
言動が暫く続く恐れはございますが、
これ以上手の施しようが無いと思い、
無責任ながら、暫く謹慎致します。
申し訳ありませんでした。



482 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/21(日) 09:28:16
皆さんどうぞ後自由にお遊び下さい。
私はこの“虫説”が、一人でも多くの方の目に触れただけでOKですので
これで失礼します。

後は ヲタの饗宴でもお楽しみアレ

少しでも“虫説”に興味を持たれた方は、私の“スレ”の方へお越し下さい。

483 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 12:21:09
なんだ、マッチポンプか

484 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 20:48:15
さらしage

485 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/21(日) 21:02:06
なんだ!
結局スレ引っ張れる奴はいないのか?

タイソラシイ 意見は述べるが

486 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 21:12:03
>>485
自作自演のおっさんは二度と来るなw

487 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/21(日) 21:28:33
>>486オタクさん
何処が自作自演?



そんな事は税金納めて自己責任がとれるようになったらね!
虐めたらパパとママが出てきそうだから
この辺で止めとくが!

488 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/21(日) 22:17:45
昨日の忘れ物
>>478
『紅葉』を『青葉や落葉』と、一緒に扱うのは好ましくない! それを指摘出来ない(しない)連中もどうかと?

『紅葉』⇒カエデの別名

言意は“重ならない手”
語源⇒葉っぱの形

濁点〔デ〕は〔エ〕に掛かり 濁点により反転
「エ」⇒重⇒重なる⇒が“重ならない”になる


簡単な説明でしたが
これにて 失礼!

489 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 22:52:32
いやもう、本当にヤメレ。
見ていて悲しくなってきた。

490 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 23:15:47
紅葉などの言葉の検証も一つの研究とは思いますが、
そろそろ本来のスレの内容に立ち返るべきでは?

かなり上の発言まで遡っても、ニュース程度に投げ入れられた
>>475の小熊山古墳のことくらいしか関連する発言がないのは
ちょっと異常です

491 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 23:32:57
少なくともアマテラスは九州の古代神ではないと思う。

菅原信仰、天満宮は古代信仰ではない。
筑前の宝満信仰から満をとり天を頭につけたというのが真実だろう。
おそらく天皇という称号も対中国の天子外交のため編み出されたのです。
宇宙最高神アメノミナカタヌシと関係してるのではないか?
この神は政治的な意図で後付けされたものであり創造神だとおもう。
倭の政治は常に中国を意識している。
景行天皇の景行は魏志倭人伝、鏡などの
景初3年という文字を見て名付けた
可能性が高い。
三種の神器もおそらく対中国天子への対抗策。

宝満神、玉垂宮が九州のもっとも古いと思われる
古社としての謂われもそうですが、なによりこの
二つの神社は伝承が九州のみ?であり
小さい社まで含めると分布範囲が広く民間宗教的色合いが強いように思う。
政治的な意図を感じない。
九州の古代宗教に深く関係しているようである。

白日別、日下部、筑紫などの豪族ができた頃の
筑紫神社などは比較的新しい神社だと思われる。
出雲・大和の影響が九州に及んだまさにその時の神社ではないか?
チクシ、日下部は八幡宇佐の豪族の末裔という風に
九州ではなっております。
そしてこの筑紫神社のある場所、
忌部、記氏の拠点
基山である。
景行天皇が基山の地を名付けたとなってるがおそらく
紀氏に深く関係しここでイソタケル、シロヒワケ、
チクシの名称が新たにつけられた気がする。

492 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 23:40:13
>>491
バーカ、低能!

493 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 23:49:46
>>492
お前、プラムだろ

494 :日本@名無史さん:2006/05/21(日) 23:53:27
>>487
>>486オタクさん
>何処が自作自演?

プラム。トリップ、トリップ!


495 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 00:14:52
478 : ◆RvhHf7kqyY :2006/05/21(日) 08:21:02
>〔バ〕には濁点が有り〔アオ〕に掛かる、濁点効果により〔アオ〕の意味が反転(否定)され
>“青ではない葉”になる
ということは「紅葉」も同じなんですか?

488 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/21(日) 22:17:45
昨日の忘れ物
>>478
『紅葉』を『青葉や落葉』と、一緒に扱うのは好ましくない! それを指摘出来ない(しない)連中もどうかと?

『紅葉』⇒カエデの別名

言意は“重ならない手”
語源⇒葉っぱの形

濁点〔デ〕は〔エ〕に掛かり 濁点により反転
「エ」⇒重⇒重なる⇒が“重ならない”になる


簡単な説明でしたが
これにて 失礼!


我々は今、壮大なるジサクジエンに遭遇しているのかもしれない。



496 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 01:17:45
『法律』と『常識』を別に扱うのは好ましくない!それを指摘出来ない(しない)連中もどうかと?


『法律』⇒刑法、民法、刑事訴訟法等 

『常識』⇒法律では無い

言意は“常に善悪を判断する能力”
語源⇒悪は法に触れずとも淘汰されるので常に善に心掛ける

簡単な説明でしたが
これにて 失礼!


497 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 01:26:29
ここは2ch。
2chには2chの常識がある。
それを承知で自己の流儀を押し通すのは非常識。
つまり、非常識なぷは悪い奴。
可哀相な被害者は名無史さん達の方。


498 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 01:27:11
473 : ◆RvhHf7kqyY :2006/05/21(日) 08:00:24
いやぷの鳥自体「geaf」だし。


わざわざプラムが自分で否定するところをみると、やっぱり言語虫=プラムなのだろう

499 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 02:05:23
昔のプラムは素直な奴だったんだが、自作自演とは…
2chがプラムを変えてしまったのか。

500 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 02:14:04
お前ら、これでプラムが滅んだと思うなよ。
プラムは何度でも甦る。コテハンを変えながらな!

501 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 05:35:17
昔から「ぷ」は変わってないよ、全然。
俺ルールを一方的に書きなぐる一方の、コミニュケーション能力の欠如ぶりも
文章が下手なくせに言い回しに凝ろうとするから、何言ってるのかさっぱりなところも
論理性が根本的に欠如しているのに、自分はそうは思ってないところも
そして「もう来ねえよ!」と捨て台詞残してくくせに、舌の根も乾かぬうちに戻ってくるところも
間違いを指摘されると余計にに意固地になって、迷走を繰り返したり
あるいは嘘や言い逃れで一時しのぎをしようとしたりするところも。

出てきた頃から自作自演を繰り返してたし、またそれが下手糞でねw
自分では上手くなったつもりなんだろうが、やっぱり見え見えなのが痛々しいw

何より自分が、仕事中に携帯で2chに張り付いているようなクズだってのをまったく自覚していない。
おそらく現実の世界でも相当にややこしい奴なので、誰にも相手にされないんだろうな。
ついには仮想空間でさえ居場所が無い、最下層のカーストにまで自ら落ち込んでしまったってわけ。

みんなは、こうは成らないようにしなければいけませんよw


502 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 07:39:04
言語虫とプは別人。
これだけはプが言うとおりで間違いない。
言語虫はかなり前からYAHOOに居る人だが、
主張内容や広島弁風味は別にして、その文章力は至極まとも。
プの最大の特徴である酷い文章とはまったく別物。
酷い文章力故に、デビュー当時からプの自演や名無しでのアラシは、
通常ブラウザのユーザですら簡単に看破できたのだから。


503 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/22(月) 07:43:44
>2ちゃんのルール

散々コテ叩いて。
これは正当なのか?


悪禁又は削除 出してこようか?

504 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/22(月) 07:56:20
>>502

先々日からの
どの辺が自作自演なのかを提示してくれ!

505 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 08:04:29
九州大学が「九州説」を強調し、京都大学が「畿内説」を強調して一歩も譲らないと
聞いた事があるが、今でもそんな感じなのか?

506 : ◆RvhHf7kqyY :2006/05/22(月) 11:56:23
あ、俺とぷは完全に別人だから。鳥はぷが以前に晒してたのを覚えてて使ってるだけ。
>>505
西谷は違う傾向なんじゃないのかな?

507 : ◆RvhHf7kqyY :2006/05/22(月) 12:01:41
>『紅葉』⇒カエデの別名
厨房広辞苑嫁。

508 : ◆RvhHf7kqyY :2006/05/22(月) 12:09:23
閑話休題。九州説で「邪馬台国」を比定するなら、やはり甘木、ということになるのだろうか。

509 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 12:32:28
>>505
広島人も、西条秀樹を強調してるからね。
『ぎゃらんどぅ』に『やんぐまん』、
まるで宗教ソングさ。
俺も何度も踊ったよ・・・・・。


510 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/22(月) 12:48:10
>>507

小学校の理科で習わなかったのかな?

※楓『カエデ』と紅葉『モミジ』は、植物分類上同じ

確実ではないが
※特に紅葉の美しい種類を『モミジ』とする説がある


何処のエロ本読んでるんだ?

511 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 16:26:21
>>509
大本営発表!
広島が生んだ大スターHIDEKI・SAIJOHの芸名は、
HIDEKI・TOUJOHから拝借、A級戦犯ぢぁがもし!





512 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 16:45:36
おいプラム! お前一度も邪馬壹国が九州にあるって言ってねーじゃねーか! 邪魔なんだよ。

513 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 16:56:59
>>508 甘木は、安本説だね。安本説は詳細で説得力があるけど、肝心の遺跡や
特定個人墓が甘木からは出ていないのが、難点。

平原遺跡の特定個人墓は200〜250頃という説もある(柳田康雄。柳田は卑弥呼より
1世代前とする)けど、原田大六のようにここが卑弥呼の墓という可能性もあり得る。

魏志倭人伝の記載を見ると、邪馬台国と伊都国の関係は、鎌倉幕府(田舎)と京都との
関係に似ているようにも見えるので、そう考えると候補地は広くなる。

けど、伊都国からの距離が遠くなりすぎるのは不自然だし、博多とか如国辺りは海から
近すぎて魏志に合わないとか考えると、消去法で筑後あたりが穏当なところだと思う。
実際に、そこら辺りが九州説での多数説だと思う。

514 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/22(月) 17:10:51
え!
何時からROMってるんだよ!
何度も邪馬壹国は
対馬・壱岐・九州島・四国(淡路島)って言ってるだろう。
そして
女王の都(京都)は、九州島北東側・豊前周防灘沿岸(海から日の出が見える場所・日の沈む方角に不彌國がある)

アキルほど言ってるぞ。

515 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 17:20:49
>>514
ならその話に戻せよ!

516 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/22(月) 17:26:08
今までズーッと
この話してたじゃないか。どんな話題がいいんだ?

517 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 17:34:14
紅葉も脅しも別スレでやれ!
そのアキルほど言ってる話の理由読めるように書いてくれ!
指摘してやる!読めるようにな!

518 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/22(月) 17:38:54
>>517

話題をスレの主旨に戻そうとしているのに その話題にするのか?

519 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 17:42:52
>>518
ちゃんと読めて無ぇな既に。

520 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/22(月) 17:48:25
読めないんじゃ
話のしようが無いな。

521 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 17:54:30
>>そのアキルほど言ってる話の理由読めるように書いてくれ!
>話題をスレの主旨に戻そうとしているのに その話題にするのか?
「そのアキルほど言ってる話」ってなんだ?
小学国語やり直すか?

522 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 17:57:40
>>511
秀樹感激

523 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 18:01:24
>>522
ハウスバーモンドカレーだよ りんごとはちみつとろーりとけてる

524 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 18:22:58
>>523
そこに【ひろみごう】があらわれた もっとすなおにぼ〜くの〜♪

525 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 18:29:55
>>524
・・・・・・・・・・ゴローは飛ばせよ そーだな で次は?

526 :プラム ◇RvhHf7kqyY :2006/05/22(月) 18:29:55
ウンコがしたくてしょうがないのに、腹減ってるから、
肉まんとかメンチカツとか食って ました。
ウンコがしたくてしょうがない状態でメシを食うってのは、
容量オーバーな感じ です。

527 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 18:35:59
>>525
次誰が来るかな だれか探せよ・・・・・・・・・二郎さんどうだ 

528 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 18:37:11
>>503 プラム氏へ
一つだけ提言。
『コテ叩き』と批判は違うと思う。
コテであろうが無かろうが、目に余る行為があれば批判されて当然。
特定者へのいわれの無い中傷は禁止されて然るべきだが、
アナタは『コテ叩き禁止』のガイドラインを身勝手に解釈して、
批判されるべき行為を確信犯的に繰り返す。
コテなら何をやってもかまわないと思い込んでるわけだ。
何度も言うが、私は別に『叩いて』るわけじゃない、
まっとうな『批判』は真摯に受けとめろ。
文句があるなら自治スレで受ける。
文句が無いなら二度と『コテ叩き禁止』なんていう寝言をほざくな。

529 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/22(月) 18:49:03
馬鹿には付き合いきれん
お前らの望み通り 失礼する。 お土産置いていくかどうかはこれから考えるよ!

馬鹿(バカ)の〈言意〉
※多様に付類しない性質 〈意味解釈〉
※記憶しない
〈バカ⇒マ゙カ〉
「マ」⇒多様に付類する⇒“記憶”
「カ」⇒気⇒“性質”
濁点効果により「マ」の意味が反転

・知りたい情報を直ぐに忘れてしまい、学習能力がない事をいう


※コテハン叩きは重罪だよ!
お前らの大好きなルールだ

530 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 18:51:49
>>528
すみません鶴ちゃん来たんですけど・・・妥協するか?

531 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/22(月) 18:54:24
>>528

>>526の場合も違うと言うのか? 貴方の言っているより分け位は出来るから大丈夫 でも、
人のトリップ付けて遊んだり>>526のような行為も
OKと、言うなら話は別だが

532 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 18:57:47
>>530
飛びます飛びます・・・似てないじゃないか・・・やっぱり二郎さんだよ!

533 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/22(月) 19:14:18
>>528

文句があるから自治すれに行く。

534 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 19:28:09
>>531
『より分け』が出来ているとも思えないがね。
私や他の人の批判に『コテ叩き』の決まり文句を何度帰してきたことか。
このスレを今の状態に落としめたのが、
自身で撒き散らした餌(稚拙で傲慢なレスの数々)のせいだと自覚してくれ。
餌がなければ一過性の名無しはすぐ消える。
この議論を続けたければ、何度も言うが自治スレで受ける。
ここではスレ違いだからね。

535 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/05/22(月) 19:45:33
>>534
自治で待っていたが 反応が無い。 待っていても無駄なら帰る!

536 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 20:01:15
>>532
二郎さん来ませんね 鶴ちゃんまだいますよ どうします

537 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 20:30:55
>>514
>>517
返事はまだか?

538 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 20:35:41
>>508
総里数から計算して奴国−邪馬台国が1400里。
これを1里80mで計算するとだいたい112kmくらい。

確か博多−甘木間は40kmもなかったと思うので、
僕も甘木では近すぎるように思います。


539 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 20:41:33
プラム!
>>514
>>517
返事はまだか?

540 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 20:44:31
プラム!
>>514
>>517
>>521
返事はまだか?

541 :プラム ◆TOfHBAKZgM :2006/05/22(月) 20:53:53
>>539-540
読めないんだから書いても無駄だろう。

542 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 20:58:16
>>541
プラム!
>>514
>>517
>>521
返事はまだか?


543 :黒羊 ◆N7qmqkEULs :2006/05/22(月) 20:59:53
ご指摘いただいた史料を読破したのですが、やはり記述内容は少なく決定打は無いですね。
まぁ、あれば偉大な先人が見逃すはずはなく、そもそも論争になってないのでしょうがw
前原周辺と奈良箸墓古墳周辺の発掘で新事実でも出ない限り、邪馬台国論争は進まないのでしょうね。
プロトタイプの三種の神器出土時期から近畿説ではやや早い気もしますが。

544 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 21:01:28
プラム!
>>514
>>517
>>521
返事はまだか?

545 :プラム ◆TOfHBAKZgM :2006/05/22(月) 21:07:16
ここでは迷惑する人がいると思いますので
私の立てたスレにてお待ちする。

546 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 21:07:54
プラム!
>>514
>>517
>>521
返事はまだか?

547 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 21:28:40
>>二郎さん来ますかね? あっ おい!轟二郎じゃ・・・・・

548 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 21:31:24
>>547
いや此処はお引取りになった頂いて・・・はい・・・はい・・・そうです・・・

549 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 21:32:21
プラム!
>>514
>>517
>>521
返事はまだか?

550 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 22:08:48
>>514
ぷはまともに邪馬壹国話しなかったよ。

551 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 22:51:54
もう、祭りは終わったんだよ。
お前らも巣(VIP)に帰れよ。

552 :プラム ◆TOfHBAKZgM :2006/05/22(月) 23:02:20
>>550 ワカッタ少しだがカキコしておくよ。

※魏徴先生がカキコした列島
【都於邪摩堆則魏志所謂邪馬臺者也】
★首都に於いては邪摩堆(畿内)。この主は、邪馬臺(九州)の天照一族
当時、第二次東征は既に完結しており畿内は九州天照一族(邪馬臺者)によって支配され住んでいた。
だから“ヤマタイ”と表記された
国名はまだ“ヤマタイ”のまま
魏徴先生が“邪摩堆國”と記録しなかった事から察すれば、当時まだ国名が決まっていなかった時代と言うことの方が
適切か?

553 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 23:08:54
プラム!
>>514
>>517
>>521
返事はまだか?

554 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 23:14:14
>>526
ぷにしか書けんよ

555 :プラム ◆TOfHBAKZgM :2006/05/22(月) 23:21:40
邪摩堆は、邪馬臺者が経営していた。
“邪馬臺者”とは 3C女王卑弥呼が統治していた「邪馬壹国」
隋時代には既に畿内にも都が置かれており「アマタリシヒコ⇒天人之日子〕天皇が住んでいたが、日本と言う国名は、まだ無い。

『ヤマタイ/邪摩堆』は、東征によって国が“大きく”なった これを魏徴は面積が大きくなった事を『堆』の文字で解決した。

556 :日本@名無史さん:2006/05/22(月) 23:26:42
プラム!
>>514
>>517
>>521
返事はまだか?


557 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 00:05:30
>>548
しかしまてどくらせど・・・おまえまさか 次は渡部二郎呼んでないよな・・・・・

558 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 00:07:28
>>557
だから呼んで無いよな・・・呼んで無いよな・・・ビシ・・・

559 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 00:10:27
>>559
二郎さんと言ったらな・・・あっ こんにちわ 渡部二郎さん・・・お待ちしてましたぁ・・・


560 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 00:12:18
>>558
二郎さんって言ったらなぁ・・・あっ こんにちわ 渡部二郎さん お待ちしてました・・・

561 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 00:14:14
>>560
いえいえ・・・お待ちしてましたよ・・・・・少し手違いがございまして・・・

562 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 01:29:31
>>555
気持ちが悪いから出鱈目を書かないでくれない。

563 : ◆RvhHf7kqyY :2006/05/23(火) 14:07:00
>ぷ
俺は「こうよう」のことを言っているのだが。日本語理解しろよ。あと「馬鹿」が日本起源だと思ってるのか。
>>513
甘木の平塚川添遺跡はどうだろうか?大きさは結構あるはずだが・・・

564 :プラム ◆TOfHBAKZgM :2006/05/23(火) 16:11:19
>>563

『紅葉/コウヨウ』
これは全て音読み・母音が微妙に続くので、 俺にはかなり高レベル
よって
正しく答えられない。

565 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 16:25:48
>>561
しかしひどいめにあったよ・・・だから二郎さんは・・・飛びます飛びますの・・・

566 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 16:28:34
>>565
♪改札口で君の事〜♪・・・あっ五郎さんじゃないですか・・・

567 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 16:30:58
>>566
いえいえ飛ばして・・・いえいえ・・・飛ばしてませんから・・・

568 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 19:30:32
>>プラム氏
別に質問に答える必要はないのでは?
しばらく荒らしに好きにさせておいたらいい

569 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 19:58:05
この神社伝承どう解釈しますか?
薩摩国 枚聞神社
主祭神 大日孁貴命(孁は雨冠の下に口を3つ横に並べ、その下に女)
配祀 五男三女神
(天之忍穂耳命,天之穂日命,天津彦根命,活津彦根命,熊野樟日命)
(多紀理毘売命,狭依毘売命,多岐都比売命)
主祭は全国殆どの神社で「おおひるめむち」と読み、
天照大御神と同神との由緒が伝わっています。
孁は「れい」や「りょう」としか音はありませんが、
辞書では大日孁貴だけが難読特記に「おおひるめむち」と書いてあります。
孁は霊とも書き変えて大日霊貴となりますが、
これも読み方はあくまで「おおひるめむち」とのことです。
むしろこの大日霊貴の方が多いようです。
霊はこれだけでも「み」や「みこ」と読むため、
「おおひみこむち」「おおひみき」と読める事と、
先述した辞書の難読特記が僅か一つの事から、
作為的に読み方が変えられたのでは?との疑いがあるようです。
あと一部神社では、「おおひみこむち」と読んでいたようですが、
これは確定できていません。
それでこの神社伝承の考察で卑弥呼と天照大御神は、
同神とする方が見受けられます。
皆さんはどう考えますか?


570 :日本@名無史さん:2006/05/23(火) 21:12:56
>>567
五郎さんまだ歌う気かな?・・・ところでおまえもう呼んでないよな・・・

571 :日本@名無史さん:2006/05/24(水) 09:59:55
アマテラス=天照なんていかにも後から作った名前っぽいので
本当の名前はオオヒルメムチっぽい。

572 :日本@名無史さん:2006/05/24(水) 18:29:13
>>569
卑弥呼も日向(ヒムカ)と解釈する人がいるし、
日巫女と解釈する人がいるから何とも言えないけど、

案外、卑弥呼の卑は本当に『日』かも知れませんね

573 :日本@名無史さん:2006/05/24(水) 21:19:40
>>572
569です。
卑弥呼の卑は、日と卑以外にもあるのですか?
卑弥呼=日向(ヒムカ)の話は、何処からでしたか?
お願いします教えて下さい。



574 :日本@名無史さん:2006/05/24(水) 21:35:21
>>572
以前からぷが、卑=日と言ってあたからトンデモだぞ

575 :日本@名無史さん:2006/05/24(水) 22:13:09
>>573
卑弥呼=日向(ヒムカ)の出典、詳しく覚えていません
確か上古音?だとピミカになるとかいった説でした

結構、有名な説なのでTVでもやっていたはず

因みに鋼鉄ジーグの敵が邪魔大王国の女王ヒミカって言うくらいだから、
少なくとも30年以上前には有名な説だったのかも……

>>以前からぷが、卑=日と言ってあたからトンデモだぞ
卑狗=日子(彦)と解釈する人もいるし、そう珍しい解釈でもないと思う

576 :日本@名無史さん:2006/05/24(水) 22:47:43
そもそも女王が治めるなんて変な風習の国が
北九州でいろんな国が乱立してる所にぽつんとあるわけ無いでしょ。
一つの共通の文化圏だったんでしょその辺。
北九州は朝鮮とか中国の影響が強そうだけどそっちにもそんな風習ないし
そんな中で邪馬台国だけが何故か女王が治めてるなんて異質な事が行なわれる訳が無い。
だから卑弥呼の居る邪馬台国は北九州の文化圏から離れて隔離された地域に決まってるでしょ。
つまりはっきりえば世界中で女王国といえば昔から南にあると決まってる。
シバの女王国とかね。三国志にも出てきたし。
女王ってのは南の風習なんだよ。
だから邪馬台国は南九州にあったに違いないでしょ。

577 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 00:10:08
569+575です
皆さん有難うございます。
>>576
576さん。こんな充実したお返事期待してませんでした。
内容濃すぎて、何から返事した方が良いか解りません。
でもシバ(斯波?)の女王国は、
宜しければ是非教えて頂けませんでしょうか。
すごーく興味あります。駄目って言われたらあきらめますが・・・


578 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 00:13:27
>>576
松浦(見借)、八女は女王(八女津姫)
、土蜘蛛が治めている。
http://reimeikan.pref.kagoshima.jp/kgs01_s3_4.htm
原始・古代のかごしま;弥生文化

579 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 00:14:35
>>577
すみません569+573の間違いです。

580 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 00:15:03
>>576
いい加減九州を南北に別ける分断工作やめれ!

581 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 00:30:08
>>580 ぷめっけ

582 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 00:33:18
http://www.yashinomi.to/semi/gif/pic-12.1.gif

583 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 00:46:54
>>570
五郎さんやっと帰ったな・・・ほっ・・・♪戦争が終わって・僕らは・・・♪

584 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 17:33:51
>>582
ヤシの実大学のトンガの記事読みました。
確かに太平洋上の国々は最近まで、
女王がいたのですね。
ハワイもアメリカ占領前は、女姓の王位継承者がいますし、
女王は南の風習ですか・・・。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/html/index.html

585 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 18:27:55
>>576
大和朝廷にも女帝はあるよ……

586 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 19:07:51
http://www2.machi.to/bbs/read.pl?BBS=kyusyu&KEY=1021181053
http://www.shochian.com/harubaru.htm
87 名前: 名無しでよか? 投稿日: 2002/05/19(日) 22:55 ID:ll8IcH2M [ FLA1Aae183.fko.mesh.ad.jp ]

今手元に「世界地理の雑学辞典」というのがありまして、
この中に面白い話があります。

インド・ヨーロッパ語族の共通祖語の中にPur語群というのがあるそうで、
Purとは「城塞、集落」を意味する言葉らしいのですが、
のちにヒンディー語のPur'、Pura、マレー語のPura'、ギリシャ語のPolis等に
変化していったらしいです。具体的には
インドのジャイプール、カンプールなどのプール地名 「都市、町」の意味
コンスタンチノープルの〜プル、イスタンブールの〜ブール
古代ギリシアではアクロポリス、ネアポリス(のちのナポリ)、トリポリなど
(ポリスは英語のメトロポリタン、コスモポリタン、ポリスなどにも変わった)
アジア東部ではシンガポール
さらに古代朝鮮語のポル(集落)になり、ソラブル(新羅の町)→ソウル
そして日本ではハリ、ハル、ホリ、ホラ、フレなどが「ポル」に由来するらしいです。
東京の日暮里(ニッポリ)とネアポリス(ナポリ)はどちらも「新しい町」の意味で
ルーツをたどればまったく同じだそうです。

これら言葉の由来が本当だとしたら興味ある話です。
ここで話題の「原(ハル、バル)」もたぶん「集落」を意味する言葉でしょうから、
元をたどればプール語群かもしれませんね。
この他にも、この本にはブルグburgのルーツなども載っていて非常に面白いです。
本屋さんで見かけた方は、是非読まれてみてはいかがでしょう。
三内丸山など



587 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 19:09:21
ここで重要なことはこの地名の断絶は
九州と本州四国で政治的な断絶が確実にあったということである。
そこで地名の付け方でも大きな違いが見られるのです。
印欧語がバルの起源であるという説は説得力あります、
韓国でボル、九州でバル、マルのようになったのが
南洋を通じ入ったインド系の印欧語であるか
あるいは満州を経由し九州に入ったのかそれは定かではありません、
ですが確実にいえることは
本州四国を中心とした政権と九州沖縄は違う権力に服していたということです。



588 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 20:26:56
>>587
>地名の断絶
確かに不思議に思っていました。
>本州四国を中心とした政権と九州沖縄は違う権力に服していたということです。
鋭い考察感服いたしました。
それを踏まえて、地名が付いた時代と神々の時代は、
どのようにお考えですか?
例えば時代はかなり離れていたのでしょうか?


589 :日本@名無史さん:2006/05/25(木) 23:52:04
>>586

>東京の日暮里(ニッポリ)とネアポリス(ナポリ)はどちらも「新しい町」の意味

ナポリのことは良く知らんが、東京の「にっぽり」は江戸期までは「新堀」と書かれていた。
この標記は室町期くらいまでは遡れるらしい。
「日暮里」は日暮の里の意で単なる当て字。
「新堀」の方は、郷主館の「新しい堀」がある村と言うのが語源の通説、貴説は初見。
できたらソース希望。

590 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 20:46:09
>>587
>>589
学会では無いので、極論は総論に変えて頂きたい。
極論が進化の源なのは、承知しているが、
この場は方向を変えて提案すべきだ。
もし新堀=日暮里が正しいにしても、
その他を否定せずにそれだけでは、何が残るのだろう?
是非総論で話を進めて頂きたい。

591 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 20:49:01
>東京の日暮里(ニッポリ)

これは電波でしょう、私もそのままコピペしてますので。
ポリが関東周辺に集団的にあれば信頼度がありますが、
日暮里が新堀であるということを知るまでもなく
根拠がないと思ってます。

592 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 21:36:42
ハル、バルは
九州沖縄には上であげているものだけではなく
大字・小字含めると沢山あります。
沖縄にもです。
これはどういうことか?
ちなみに中世以降の新しい地名は「ハラ」が多い。

隈の地名は福岡市七隈から鹿児島の大隈にいたるまで
西九州一帯に
これまた大字・小字まで含めると無数にあります。

これまたどういうことか?



593 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 21:40:39
まだ君たちはやっとるのかね。

     邪馬台国の首都は西都です。


594 :日本@名無史さん:2006/05/26(金) 22:43:26
>>592
隈の支配地域?

595 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 01:01:55
>>593
不動産会社の名前か何かの宣伝?

596 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 01:52:49
>>592
地名の考察も重要だ、隈はアレの隈で襲
邪馬台国はと・・地名として残っているかな?
あっヤマト!解決だねw

597 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 17:06:09
バル地名=銅鉾
ハラ地名=銅鐸
なんか似てるな。


598 :593:2006/05/27(土) 17:47:25
>>595
宣伝ではない。
邪馬台国は西都周辺にちがいなか。
魏志倭人伝の記述にかなりはまっとる。

これにて終了。


599 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 18:05:43
http://town.dmi.co.jp/area/43nagasaki/baru/index.html
 田原坂(たばるざか)春日原(かすがばる)長者原(ちょうじゃばる)
原の辻(はるのつじ)・・・
九州・沖縄地方には一部の例外を除いて「〜原」「原〜」と書いて
「〜ばる」「はる〜」と読む地名が数多く散在します。他の方言は
通じなくても「ばる」は九州・沖縄全域で共通する言葉であり、
九州と南の島と島は「ばる」で結ばれた「ばる文化圏」でした。
 九州以外の本州では三原(みはら)関が原(せきがはら)、
小田原(おだわら)であり、はる、ばる、と発音する地名は
本州には殆んど存在しません。古代、九州、屋久島、種子島、
トカラ列島、奄美大島諸島、沖縄本島、久米島、宮古諸島、
石垣島八重山諸島を結ぶ海の道がありました。それは風の道であり、
潮、星、貝、砂糖、米、様々な文化が通る・・・ 縄文・弥生の
時代から2000年以上も遠い昔しから「ばる人」が駆けた
「ばるの道」でした。
 フリーマガジン「ばる」は「がんばる大人」の為の
、がんばる雑誌を目指していま す。
編集長

600 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 20:35:48
奈良地名は、記紀がらみの地名を除くと、
東北の田舎地名と殆ど変らないから、
今と違わない人達が住んで居たのだろうね。
生口や鯨面とか、今と違う風習がある訳だから、
当然独自の地名を持つ九州が、
邪馬壹国でなければ納得できないよね。

601 :日本@名無史さん:2006/05/27(土) 22:46:12
>>600
まったく意味不明、先に日本語の勉強をしようね。
ちなみに鯨面などは近畿、東海、関東、東北にもその痕跡はあるぞ。
それと九州の地名が独自のものだとの考え方もおかしい。
3世紀にまで遡れる根拠などないだろう?
上でかますびしい「はる、ばる」にしても、成立が江戸期以降の可能性のほうが高いのは知ってる?

602 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 01:08:38
>>601 
>上でかますびしい「はる、ばる」にしても、成立が江戸期以降の可能性のほうが高いのは知ってる?
まず貴殿の文章が読めない!その江戸期以降成立の根拠は?出鱈目!
>それと九州の地名が独自のものだとの考え方もおかしい。
>3世紀にまで遡れる根拠などないだろう?
当方はバル地名を根拠だ。貴殿の根拠こそ全く見えないが?
>ちなみに鯨面などは近畿、東海、関東、東北にもその痕跡はあるぞ。
否定or肯定?かけてるのはどれ?何が言いたい?
>まったく意味不明、先に日本語の勉強をしようね。
そのままお返しする。

603 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 01:54:37
考えてみよう、
大阪始め関西は完璧に韓国と化している。
彼ら畿内人の負のパワーたるや
邪馬台国発見においてもその凄まじさを感じる。

もう、畿内が朝鮮でありキムチラーメンと
韓国日本語化した関西弁で気も狂わんばかりという感じだ。

でもよくよく考えよ、たしかに弥生式土器などは
九州に朝鮮の物産が多い、だが本当に弥生人が北方モンゴロイド
だったと言い切れるか?
強烈な先入観と偏見と固定概念でそういう方向に持って行こうという
企図が明らかではないか?このの諸君ならもう有る程度のことは
知ってるだろう?弥生人が本当にその後の日本を作ったか?
そうではないだろう、今の日本を作ってるのは畿内人ばかりである。
銅鐸文化を持った民族を全滅させ大彦始め四道将軍を東北に
そして北東北に大彦(安東)を繁殖させるほど九州人が
パワーあったか???
そんなことはあるまい、考えられまい。
そして古墳時代の東北人関東人を高顔、眼底突出させるほど
までに形質変化させることなど不可能に違いない。

オオビコの末裔は筑紫哲也(武藤=武蔵藤原)の祖先でもある。
これだけの遺伝子をばらまくことがあの3世紀の南方九州倭人に
できるわけあるまいって!!!!

オオボケかますな!



604 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 02:02:51
本当にだ弥生式土器、甕棺の下は北方モンゴロイドか?
鹿児島離島にまで広がる甕棺が本当に北方モンゴロイドか?
縄文時代からある甕棺が本当に北方モンゴロイドか?



605 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 02:10:01
九州にはスサノオ伝説はスッカラカーン、
スッカラカーンのスッカラカーンである。
こういう事実の数々を暗黙、隠蔽し
自説を延々唱え国民を欺こうとする
アン・ポンタンども(安・○痰ども)


自ら京都出身で頭の先からつま先まで朝鮮人である
という言い様のないコンプレックスを胸にハジメタ
九州人=朝鮮人とみなす説。
邪馬台国九州説。
彼の顔面、そのながーーーーい顔面と
関西臭い歪んだチョン顔が心の全てを顕している。

606 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 02:56:42
>>114>>115>>116>>119>>143、あたりが荒れた原因か?

けど、「環濠」がないマキムクを260年より前とする畿内説の遡上派には
無理があるとは思う。
私は、マキムクは280年頃からで、ホケノ山は330〜340年、箸墓は、
350年頃だと考えている。遡上派が台頭する前は普通に存在した考え。

607 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 09:58:52
ここんところ、「ぷ」がほとんど書いてんじゃねーの?


608 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 10:17:18
>>606 >>605 >>604 >>603
突拍子も無い内容も、アホ丸出しの品の無さも、証拠無しでの断定も、
下手な言い回しも、夜行性も。
畿内説スレで相手にされない、ぷの仕業だ!



609 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 12:35:46
>>607-608
ぷとはリモホが違うような。
レス内容のレベルは対して違わんが、文体はぷほど惨くないし。

610 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 13:22:00
>>609
ぷ!貴様は九州説なのか?
自分のスレに帰れ。

611 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 13:45:10
ぷって
アン・ポンタンども(安・○痰ども)のこと?w

612 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 13:46:55
>>609
おた《ぷ》言葉!

613 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 13:48:24
>>611
おた《ぷ》言葉!

614 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 14:39:35
>>611 >>609 ぷ以外書けん 
>>517 の返事はまだか!


615 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 14:55:58
>>606
>普通に存在した考え。
おた《ぷ》言葉!素晴らしい言い回し!

616 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 15:22:38
>>147
>飯食えなきゃ、立ち去るまで。
>何故実在した平城京も直ぐ遷都したか?
>何故平安京も、平城京も山よりに街がずれたのか?
太宰府で喰えたかな?

617 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 19:55:42
>>616
喰えた・植えた・飢えた。

618 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 21:24:51
http://inoues.net/index.html

↑この人たちなんでこんなに必死なんですか???

619 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 23:08:56
>>618
>>1 だから。


620 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 23:12:05
>>1

スレ主が16歳

621 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 23:21:21
>>619
貴方は何歳?

622 :日本@名無史さん:2006/05/28(日) 23:22:40
>>620 やり直し
貴方は何歳?

623 :日本@名無史さん:2006/05/29(月) 11:58:00
>>1の「16歳中卒ヒッキー◇HCmIhYMlyc」=「26歳大卒ヒッキー」=大分県在住

624 :日本@名無史さん:2006/05/29(月) 12:59:59
>>618
井上さんも確定は出来て無いよね


625 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 00:03:33
序盤はまともな議論もあったみたいだけど、荒れちゃったね。
とりあえず、「スレタイ嫁」としか、言いようがない。

前スレの畿内教信者の虚言癖(自信満々で嘘を連発してましたね)にはうんざり。 >>606参照 
あと、土建屋みたいな九州説を装った荒しはお断り。

626 :601とは別人ですが:2006/05/30(火) 00:43:15
>>602
延喜式に出てくる九州の地名。
原の付くのは郡名では二つだけ。
筑後国御原(みはら)郡
大隈国桑原(くわはら)郡
どちらも当時から「はら」と訓じていて、現在でも同じ。
原を「ばる」と訓ずる地名で一番古いの何処?
いずれも室町期以降、特に戦国時代以降のもがほとんどだよね。


627 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 01:54:33
筑後国御原(みはら)郡は
小郡市の周辺です、近くに大原(おおはら)という地名、
大保原(おおほばる)という地名がありこちらはバル。
菊池と少弐の合戦場の付近
おおはら合戦場、または、おおほばる合戦場という。
近くに下高橋という地名もあり
(高橋という固有名詞は九州では珍しい)
大蔵高橋氏が居を構えたことと関係している。
(畿内の豪族出身で征西将軍大蔵氏から別れた一族です)


628 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 02:24:04
こうしてみてもわかるよう、畿内中心の政権は常に
渡来人が頂点にありあらゆる政務をこなし
地方に司令官を派遣し
そして西の土着民を征服しているといえる。
唯一、鎌倉時代は関東人が中心だがこれも
実際には渡来人だと考えられる。

大蔵党などどうみても九州は畿内関東から派遣される
半島系の渡来人に支配され続けている。


629 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 12:44:29
>>626-628
601の方と別人のせいか、主旨が解りづらく説明願います。
>上でかますびしい「はる、ばる」にしても、成立が江戸期以降の可能性のほうが高いのは知ってる?
上記に対して、貴方の主旨は下記のように、解釈してよろしいですか?
「九州のはるばる等の地名は、戦国時代以降に、畿内関東から派遣された、半島系の渡来人に支配され、名付けられた。」

630 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 13:20:42
鹿児島の桑原(くわはら)の税所氏も近畿系であったようだから
http://www2.harimaya.com/sengoku/html/saisyo_k.html
はら=たかまがはら
という半島系の血の濃い一族が残した地名といえるのではないか?

大蔵党、関東サムライが半島人であるのは間違いないわけで
税所もそうだろ


631 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 15:03:41
九州で原(はら)と読む地名が有れば即!飛び憑き
即!半島系にもっていくところなんか強引というか恐れ入った、
その税所の出自にしたってデタラメかも知れんぞ。

異音節でもって民族の境界線を引くなら隼人と日本人の異度
よりは、寧ろ日本人と半島人のそれの方が高いと思うぞ。
まぁ関東人≒半島人とのたまっても、両方倭種に属するのは変わりない。

632 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 15:27:45
南九州に隼人の指導役職も兼ねて移住させられた連中がいた事はいたが
それが半島人とはなビックリだ!ハングル語や土下座の仕方でも教えていたのかな?

633 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 15:37:42
半島に拘る表現する椰子は、単なる煽りか工作員か在ニチかでガチ
日本人と表現するのが自然。

634 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 15:40:07
>>628
よく目にする文言のコイツなんか完全な煽りだろう

635 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 15:48:13
島津や大蔵党(高橋)は半島人なんだろ?
藤原、大友や物部が半島系というのは通説だろう。
関東侍の宇都宮とかもそうだろう?



636 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 15:55:19
確かにそうかもな、おまいの脳内の中では。

637 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 16:09:59
だろ?
大友(税所)、物部どちらも半島出身の天孫だよ。
日本の貴族には半島系しかいないだろうよ、どうみても

638 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 16:26:50
半島にある岩の中から孫語空みたいに出てきたのか?(爆笑!

639 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 16:34:00
そもそも半島って何処よ?房総半島か?。。。三浦半島?

640 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 20:05:26
九州の自衛隊の基地ですが、
福岡空港、春日、小郡、行橋、芦屋、久留米、西都原、等々、
近隣に遺跡が多く見られるのですが、
何故こんなところに基地があるの?といつも考えさせられます。
どなたか理由を知ってますか?

641 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 22:11:53
>>639 640号の者です。
639号の史学者の君、
君から是非私感で返事が欲しい。

642 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 23:45:08
このスレの流れは、邪馬台国九州説とどんな関係があるの?

ちなみに、朝鮮は370年頃から663年まで日本の影響下にあった。
まず、新羅が屈服し日本に朝貢して王子を人質として日本に差し出した。
これに負けじと、百済は歴代王子や王位承継権者を日本に人質として差し出し、
日本人官僚も受け入れて属国となり、新羅と対抗した。

百済滅亡後の白村江の戦いは、日本は、人質として来ていた王子を日本が擁立して、
属国である百済の復興をはかり、唐と新羅の連合軍と戦った。

これくらい常識ですね。    森公章『「白村江」以後』講談社選書メチエ等参照

あと、新羅の王族は神話の上では倭人が起源とされている。

643 :日本@名無史さん:2006/05/30(火) 23:56:47
その返事は何の意味があるの?教科書?
>>640 は二つの意味がある、
一つは何故古代の重要地点に基地があるか、
もう一つは何故現代日本がこの九州に基地を作らなければならないか、
言い換えれば今も昔も重要地点、解るかな。
こんな返事が出来ないようじゃ、史学者やめたら。
今度は君が人質になりたいのかな。

644 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 01:22:40
>>643 どーせチョソの自作自演だろ?
基地なら日本中にワンサカあるだろうがよ呆けがw
自演までやって意味不明なこと逝って一体何を主張したいんだ?

・・・妄想癖で知能が低い偽善者のヨタか? 付き合ってられんねぇ〜w





645 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 01:25:33
邪馬台国・・・基地が密集する沖縄にでも比定してろw

646 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 01:41:21
基地外な史ヲタなら日本史板にワンサカいるだろうがよボケw
あいあい心得るべしべきべっきー

647 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 07:11:16
自衛隊の基地よりは神籠石の方がもっと分布が一致している気がする

>もう一つは何故現代日本がこの九州に基地を作らなければならないか、
>言い換えれば今も昔も重要地点、解るかな。
自身に答えがあるのにそれを質問形式で書き込んでいるのだとしたら、
そういうのはダルいからストレートに見解を書き込んで欲しい

648 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 14:19:02
>何故こんなところに基地があるの?
聞いてるのに、
>新羅の王族は神話の上では倭人が起源とされている。
とか、(すばらしい!)
>自衛隊の基地よりは神籠石の方がもっと分布が一致している気がする
としか答えられない。(山の上に必要あるか?)
>ストレートに見解を
を書かないと解らないらしい。なんの為に史学は必要なんだろう。
現代に対する傾向と対策だよ、これなら解るのかな?

649 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 16:50:23
647=648
おまえ工作員だろ?
バカでウヨがかった史ヲタ演じて優位に立ちたいだけだろ?
まあバカなりの考えも多面的な歴史の一つとして起つべきものなんだがな。

自分の考えをチャネラーに否定されたくらいでいちいちファビョるなよアーホ
以上!


650 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 16:59:56
バカと見下すヤツにしか相手にしてもらえないってのも考えものだな。

651 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 17:00:12
>>649
647は君だ。オタク言葉だ。ダルいとか、ファビョるとか、
まともな人は使わない。朝鮮語か?君が史学家で工作員だろ。


652 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 17:08:29
ダルいとか、ファビョるとかがオタク言葉とはたまげたワイw
おまいが言うところのまともじゃない異常な2ちゃんに何故に
一日中張り付いているんだ? やっぱり工作してんのか?w

653 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 17:09:00
メタバル、ニイタバル、ニュータバル、カスガバル
オオホバルなど
バルのつく地名に基地が多い。

654 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 17:09:40
それともリアル世界から弾かれたヒッキーのニートなのかい?
それなら謝るよ。

655 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 17:10:37
一昨日、吉野ヶ里いったよ〜

656 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 17:11:11
シンデンバルの間違い

657 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 17:12:45
ぷはリアルバカだけどなw

658 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 17:28:41
>>652 >>654
サッカー見て休んだ。惜しかった。
今晩はNBA見るよ。
648と651が私だ、暇だから相手して上げました。
しかし君は何処の言葉使ってるのかな?
是非世間で使ってみたまえ。勇気あるかな?

659 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 17:30:45
昔は自衛隊員は北海道に行ってたらしいが
最近は九州が多いらしい、地元出身ではない
自衛官が九州方言を覚えて帰ってる。

660 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 17:48:18
っていうか九州は郊外いくと自衛隊ばっかりだけどな

661 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 17:48:57
基地掘りたい。お宝ザクザク?
行橋の基地なんて、旧街道跨いで、
飛行場作ってますから、不自然すぎますね。
春日基地も須玖岡本遺跡の真隣です。

662 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 17:56:30
元々自衛隊、軍隊のあったとこは
江戸時代も軍事施設があったんだろう?
その前も曰く付きの土地だった可能性はある。

663 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 17:57:54
大保BAL基地は南北朝の古戦場跡で
幽霊が出るらしいです。

664 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 18:02:40
>大保BAL基地
それ何処にあるの?

665 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 18:08:43
小郡駐屯地。
万葉集によると
四肢切断された熊襲の一部が
神宮、大和朝廷に追われ東野に逃げたという記述があるのですが
これも大保BALの別称、東野だと考えられています。


666 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 18:18:35
筑後、佐賀平野には
筑後川と
宝満川という大きな川があるけど
このこの二つの川の流域には曰く付きの土地が多い。

667 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 18:34:13
太宰府周辺から流れる川
福岡平野に流れる川を神宮にちなんで
御笠川
筑後平野に流れる川を玉衣姫にちなみ
宝満川

668 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 20:26:46
>>667
神宮と言うと?


669 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 21:31:33
御笠は神功

670 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 21:45:46
>>669
それは何ですか?

671 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 21:55:52
神功が御笠かぶって熊襲征伐した話。

672 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 22:00:36
ども


673 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 22:23:56
玉依姫と神功は同一人物だよ。

674 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 23:24:48
>ストレートに見解を
…と出勤前に軽く指摘したくらいで……
工作員で、バカで、ウヨで、史ヲタで、優位に立ちたいで、
ファビョで、アーホ と返してくるとはキチガイじみてる
おまけに別の発言の人と同一人物だという妄想も入っているし……

飛び交う発言も、精神病患者の独り言みたいな発言ばっかり……

>玉依姫と神功は同一人物
こういう説を唱えるのは個人の自由だとしても、
この一言を言う為になぜ独り言みたいな発言が数回も必要なのか
意味が分かりません

発言するなら邪馬台国九州説に結びつく発言をちゃんとして欲しい

玉依姫うんぬんの発言も結局、九州説に結びつかないまま終わり、
また独り言みたいな発言が明日には投げ込まれるのかな……

675 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 23:35:45
>>674
jaダルい何故書くの?やる気無くさせて言う言葉じゃ無いよ!
後は返事必要無し。
>>玉依姫と神功は同一人物
これは俺言ってない。

676 :日本@名無史さん:2006/05/31(水) 23:55:56
>>675
そろそろ健全に生きたら。あれ駄目これ駄目人生ですか?
まず喋り方から・・・ははは。

677 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 00:32:04
すっげ!
めった。

678 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 00:42:50
意味がわかる人は、越後の血。

679 :日本@名無史さん:2006/06/01(木) 17:57:27
目達原基地もモロ遺跡密集地帯!
これも戦前からあるらしい。

680 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 01:00:01
流れを中断して悪いけど、邪馬台国論争のことだけどww

現在、畿内説を現役で唱えている「教授」って誰がいるの?特に若手。
石野とか寺沢は、教授の肩書きのない古代史ファンだし。
昔の学説(直木、白石、和田、樋口とか)は、今や、ネタのレベルだし。

鉄器の北部九州優位を認め始めた80年代後半あたりから、だんだんと
畿内説の「教授」が減ったね。今や、若手はほとんど見ないね。
樋口さんの発表(スプリング8とか)は畿内説からも黙殺されてるし。

681 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 02:58:44
何で教授じゃないといけないの?
埋文や教委だと信用できないとでも言うのか?

それに石野は徳島大学の教授だぞwww
北條は今は東海の助教授だったかな?

>今や、若手はほとんど見ないね。
大嘘だな、若手も大家もみな畿内説だ。
>樋口さんの発表(スプリング8とか)は畿内説からも黙殺されてるし。
まったくそんな事実はない。
嘘じゃないと言い張るなら、具体的な人名を挙げて反論せよ。

682 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 11:43:15
http://www.pref.kumamoto.jp/education/hinokuni/

683 :日本@名無史さん:2006/06/02(金) 22:24:30
>魏志倭人伝からはどうやっても邪馬台国が機内だとは
>読めないのに、機内が邪馬台国だと力説するへんな人たちは
>相手にしても仕方ないので、九州説の人たち限定で
>議論するスレをたてました。


684 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 01:14:39
結局のところ、邪馬台国であるための必要条件と十分条件というのは
どういうもんなんでしょうか。

685 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 01:49:35
八幡平

686 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 02:05:05
そういや九州説を唱えている「教授」って誰かいるの?
若手でも年寄りでも良いからさ。

687 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 03:08:21
>>684  マキムクは環濠がない時点でアウト。あれは270〜290年からだ。

焦点は鉄器(鉄製武器)の九州絶対優位が畿内に移った時点だが、古墳時代を
300年頃からとしていた昔の学説では、九州説に確定(論争終了)。
そこで、一部の畿内説は古墳時代の開始を早めることで対抗して、200年〜250年
からにしているが、賛同者は少ないが反対者も少ない。

「九州説は神武東遷を認める皇国史観だ」とする左翼史観が根強い学会では論争を
避けるのが一番。そういうことで、論争離脱者や論争回避者が多くなった。

経過を見れば、すでに20年前に九州説で決着済み。
俺はそう考えていたし、現在もそう思っている。
俺は、人間ドラマとして論争を楽しんでいる。
畿内説残党の「悪あがき」は本当に面白いね。スプリング8とか。
遠山の金さんの悪役より往生際が悪くて最高!!畿内説、もっと頑張れ!!

688 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 04:02:24
687
必要条件は環濠と鉄器ということですね。

689 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 10:29:32
僕も畿内説については>>687と同じような考えです。

あのスプリング8の結果を根拠とすること自体、
学者の肩書きがあるなし関係なしに畿内説は危ういと思う。

また、魏志倭人伝が畿内説を否定する最大の証拠だと気付いた畿内説信奉者たちが
脱魏志倭人伝をしようとしている様も傍から見ていると実に滑稽です。

>>688
文献だから絶対に必要とは言えないかも知れないけど、
吉野ヶ里ブームの頃は、鉄器、環濠に加えて、絹も注目されていました。

690 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 10:55:50
>>689

鉄器と絹の存在は当然としても、『環濠』は無くても良いけどね。
環濠は弥生的な特徴だが、倭人伝には何も記述は無い。
逆に『封土作冢』『城柵嚴設』などは古墳時代的な特徴の方が多い。
有ってもかまわないけど、『無い』方がよいでしょうw

691 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 12:09:20
>>689 >>690
条件検討の順番が違うと思う。
鉄製武器よりも、王の所在地なのだから、王冠や装飾品の出土が優先だ。
環濠も防衛施設だから鉄器同様。首都が戦場とは書いていない。
絹は乾燥地帯用の布地である事を前提に議論しないと意味が無い。
もし貰っても多雨気候の地域では保存する訳が無い。
あと前にもこのスレの中で指摘があったが、少雨地帯はまず食料確保が難しい。
この地域で自活できたかが、何よりも先に検討されるべきだ。
少雨地帯の鉄器出土=戦場、絹の出土=乾燥地帯と考えるべきであり、
鉄器・絹の出土=邪馬壹国の首都と、いきなり繋がる理由が理解できない。


692 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 12:19:54
>そこで、一部の畿内説は古墳時代の開始を早めることで対抗して、200年〜250年
>からにしているが、賛同者は少ないが反対者も少ない。

この辺りに事実誤認があると思う。
確かに、考古学的には、昔は九州説優勢。今は畿内説。
かなり頭の中が古いのでは? 最近の本は読んでませんか?

693 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 14:25:08
新しい本を読んで解決するんだったら、今頃こんなスレ消えてるY

694 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 14:36:41
>>689で発言したものですが、

>>690
必ずしも『城柵嚴設』=『環濠』ではないと僕も考えています。
ただ、『城柵嚴設』だけで『古墳時代的な特徴が多い』とまで言えるかどうかについては疑問があります。
一つの見解としてならば、環濠集落という考え方もありかと思います。

また、『封土作冢』についても『古墳時代的な特徴が多い』とするのは疑問があります。
寧ろ、『径百余歩』の記述の方が弥生時代には合わないという疑問に思っています。
もっとも、その『径百余歩』の記述だけで九州説を否定するまでには至っていません。

>>691
>条件検討の順番が違うと思う。
>鉄製武器よりも、王の所在地なのだから、王冠や装飾品の出土が優先だ。

>鉄器・絹の出土=邪馬壹国の首都と、いきなり繋がる理由が理解できない。
20年くらい前、あくまでもそれらの品々が注目されていたといっただけです。
鉄器・絹の出土=邪馬壹国の首都と僕は直結させて考えてません。
寧ろ、僕自身は旅程記事の方が直結できると考えています。

だから『王冠や装飾品の出土が優先』という考え方も当然理解できません。
仮に『王冠や装飾品』と『鉄器・絹』のどちらかを選択しなければならないとしたら、
僕ならしっかりと魏志倭人伝に記載されてある方を選択します。

>少雨地帯の鉄器出土=戦場、絹の出土=乾燥地帯と考えるべきであり、
交易品などから鉄器・絹は注目すべきだと考えますが、
その記載があったというだけでいろいろな憶測を付加して、
上記のように考えるのはやや飛躍があり過ぎると僕は考えます。

695 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 14:54:47
>>693
古い本を読んで、そのまま思考停止してるのはどうか。

696 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 15:07:16
>>694  691の者です。言葉足らずですみません。
>>少雨地帯の鉄器出土=戦場、絹の出土=乾燥地帯と考えるべきであり、
>上記のように考えるのはやや飛躍があり過ぎると僕は考えます。
いや、此処までは考えられるけど、それ以上は発展しすぎると言ったまでです。

>僕ならしっかりと魏志倭人伝に記載されてある方『鉄器・絹』を選択します。
多雨地方で、非戦闘地域に『鉄器・絹』が何故必要なのかと、提案しています。
そしてそれよりも優先すべき条件が幾つもあると指摘しています。
あと他方と貴殿へのご提案とは別けるべきでした。すみません。

697 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 16:07:27
>>696
魏志倭人伝には『鉄鏃』のことが書かれてありますが、
鉄製品には武器だけでなく農具といった用途もあったかも知れません。

最初は武器を優先して作ったのか、あるいは当初から農具も作っていたのかなど、
興味も膨らみますが、いろいろと鉄製品の出土状況を見て考えたいところです。

ただ、鉄は錆びやすいから扱いにくい代物かも知れません。

698 :684:2006/06/03(土) 18:17:21
勝手ながら整理してみます。
絶対的必要条件(不可欠のものでこれを欠けば邪馬台国でない)
任意的必要条件(不可欠でないが当然存在すると推測されるもの)
なお、不可欠でなく無いよりも有った方が良いというものは必要条件に含まない。

以上を前提にしてみると、
絶対的必要条件:鉄器、絹の出土
任意的必要条件:環濠等なんらかの防衛施設
でしょうか。

691は視点が異なって
絶対的必要条件:王冠や装飾品の出土、少雨地帯でないこと
でしょうか。

鉄器・絹の出土は十分条件ではない。

こんなところでしょうか。


699 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 20:38:32
>絶対的必要条件:鉄器、絹の出土
上記は邪馬台国に存在したものだけど、絶対に出土するかについては分からないので
畿内説の人からはそれらの出土量では判断できないとの反論があるかも知れません。

ただ、絹については出土数が少ないので微妙だとしても、
鉄器についてはそれなりに九州から出土しているので
存在していれば出土して然るべきだと考えます。

その点で鉄鏃は確かに絶対的必要条件と言えるかも。

どちらにせよ、個人的にはより多く出土している方(九州)に一票を投じます。

700 :日本@名無史さん:2006/06/03(土) 23:07:53
畿内説は、昔は鉄器の九州優位を認めずに、
1、「畿内だけ腐食してなくなった」
2、「現時点での出土状況だけで判断できない。荒神谷みたいに畿内で鉄器が
大量に出るかもしれない。結論を出すのは時期尚早。」
とかの反論を言っていた。

けど、さすがに現時点でこの主張をする人は居なくなった。

現時点では、弥生時代での鉄器の九州優位を否定する人は居ないけど、鉄器の
九州優位をちゃんと説明していない畿内説の論者は多い。
というか、全く触れない著書も少なくない。

701 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 00:29:19
>>698
条件としては他に以下のようなものが挙げられることもあります。

1. 有棺無槨
2. 邸閣
3. 宮室・楼観
4. 城柵
5. 銅鏡百牧
6. 径百余歩の冢
7. 五尺刀二口
8. 金印紫綬/銀印青綬

ただ、一部は現在まで残っていないし、解釈もいろいろとあるので
当然、意見もいろいろありそうです。

大型建物を有する大環濠集落で、墓制は有棺無槨。
魏晋代の鏡を有していて、
径百余歩の冢と解釈できる弥生墳丘墓か古墳が今も存在する、
あるいはかつて存在した場所……

そんな場所があるのだろうか……

見つけやすさで言ったら、墓制、鏡、集落の順かな……

702 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 00:35:19
>>700
庄内期の始まりが画期で、北部九州と畿内の逆転が始まっている。
で、最近の成果では、邪馬台国以前のことであると。

過去の実年代観に引きずってると、そういう考えになるのかもな。
君の信じる実年代がいかに非科学的に推定されたものなのか、を
よく考えた方がいい。

703 :690:2006/06/04(日) 01:27:32
>>701
自分で設定した8条件の中に「大環濠」なんて無いのに後段になると復活しちゃうのは何故?
きっと環濠集落が大好きなんですねw
倭人伝の「城柵嚴設」とは集落の外郭では無く、卑弥呼の宮の説明に出てくる言葉でしょう。

それと墓制は「封土作冢」も条件に入りますよ。
冢を築いたのは卑弥呼の墓だけじゃありませんから。


704 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 01:57:11
>>702  C14ですか、年輪年代ですか?
C14は既に破綻したね。年輪年代は、賛同者が少ないね。
なぜだろうか?考え直した方が良いのでは?

年代遡上派の人達って観察してると面白いね。

705 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 02:12:56
>>704
君の言う破綻の根拠を述べてみたまえ。
「賛同者が少ない」とか、曖昧としたものじゃなくてね。

で、君の実年代観の根拠って何だろう? 考え直してみれば?

706 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 09:43:48
>倭人伝の「城柵嚴設」とは集落の外郭では無く、卑弥呼の宮の説明に出てくる言葉でしょう。
環濠はあくまでも『城柵嚴設』に対する僕の一見解ですが、
宮室も楼観も城柵も卑弥呼の宮の説明に限定されるという解釈も一つの解釈では?

年代観についての話も出ていますが……

二つ以上の自然科学的な分析で絶対年代が出されているので、
確かにこれを否定するのは現状では不可能だと思います。

しかし、まだそれらを絶対視すべき段階ではないように思います。
年輪年代法については既に別のスレで論議がされているようですが、
年輪年代法を鵜呑みにするなという意見も聞いていると、それなりに妥当であり、
盲目的にそれらの反対的意見を退けるべきではないと考えます。

707 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 13:08:19
盲目的に過去の実年代観を引きずっているのはどちらか?
少なくとも、マキムク開始が邪馬台国の時代であることは確か。
年輪とかC14を持ち出すまでもない。


708 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 15:28:18
>>698
邪馬壹国の気候は、多雨地帯だけでは無い。
特に裸に近い服装で暮らせ、冬でも野菜が食べられる、
温暖な地域でなければならない。
雪が少しでも降る所は、この条件を満たさない。


709 :698:2006/06/04(日) 18:50:07
>>708
有史以来もっとも暑いと言われてる現在でも
たまに鹿児島で雪が降る。
奄美や沖縄という説を採らない限り、上記気候条件は必要条件から外すべきでしょう。

710 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 19:14:10
それは限度ってもんがあるんだよ。
現在の異常な気象条件じゃなくても、雪が降る畿内や四国はOutってことだろ

711 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 20:32:46
>>708

当時の中国は日本はずっと南方にあり
風俗も南方の風俗だと誤解していた節があるからね。


712 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 20:46:28
私の本買って。金ないから。買ってくれたら。あなたの理由
づけしてあげます。例 卑弥呼年長大、ゆえに 老婆。邪馬台国は、
イタリア。南極でもどこでも可。アマゾンでさがしてね。
『邪馬台国がわかる』

713 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 23:00:08
>>707 要するに根拠はいらないということですか?
それを人は、『畿内教・遡上派』と呼びます。
マキムクは270年以降だね。300年以降もありうると思っているよ。
遡上派の主張は全く論理を欠いている。というか年輪とC14以外に根拠あるのか?

C14は『東アジアの古代文化』127号によれば、C14が(水)海水に吸収されて濃度が
低くなるから海岸沿い(多くの遺跡がこれに該当する)では、年代が極端に古く出るし、
日本みたいな島国では内陸でも信用できない。

年輪年代は、未だに極めて少数の研究者の発表を検証できないという状況であり、
しかも伐採年代と、建築に使用する年代の間隔を証明する手がかりもない。

まあ、畿内説ガンガレ!!つまんないぞ!!

714 :日本@名無史さん:2006/06/04(日) 23:14:36
>>706

あんたって、あちこちで珍説披露してる人?
某スレの120・161とか。
(http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1145427487/l50)
何か似てるよ。

715 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 00:57:14
>>713
>マキムクは270年以降だね。300年以降もありうると思っているよ。

一応聞いといてやるけど、その「270年以降」の根拠は何よ?
庄内開始は3世紀後半以降ってことか? 
かなり無理がある、ていうか無茶苦茶。
まあそうでもしないと、九州説は成り立たないから、安本とかは必死みたいだが。

716 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 01:33:47
>>709 
実は邪馬壹国は、議論僅かでも、
気候だけで、ほぼ決められるのです。
実は「男子露介」(裸同然)は邪馬壹国では無く、
その南の狗奴国(多分沖縄)の説明との説があります。
私もその説を取っています。沖縄以外では、
説明が付かないのは、貴殿もご理解されてますね。
「倭地温暖」からが本当の邪馬壹国です。
それでも裸足で生活できます。
いずれにしても素足や裸同然の国で、雪降る地域はあるでしょうか?
過去の世界の歴史の中でもまず無いのです。

しかし何故現在進行形の発掘出土品等に、一喜一憂するのでしょうか?
しかも現代でも古代でも、簡単に輸送できる物や、簡単に作ったり掘れるものが、
何故条件になるのでしょう?
だれも動かす事の出来ないもの、
すなわち気候が条件の最初に、来るべきだと私は考えます。
可動のものが、不動のものを、上回る?それはありえません。

717 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 01:59:14
>>715
都合の悪い部分を無視しないで、C14と年輪年代以外で遡上派の年代を裏付ける
根拠を出してみてよ。

それがないと議論する気も起こらん。ついでに>>40とか>>73にも反論してくれ。
できればだが、>>78あたりにも反論してくれ。

718 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 02:10:36
>>717
君ね。庄内式土器とか布留式土器とかを知ってますか?
で、それぞれの開始年代を西暦のいつ頃と考えているんでしょうか?

719 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 02:10:58
畿内説の人間は九州説のすべてが珍説に見えるし、
九州説の人間は畿内説のすべてが珍説に見える。


720 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 07:04:18
>>717の年代観は年輪年代法によって遡る前の年代観に近いと予想するけど、
逆に>>718が弥生後期、庄内、布留のそれぞれの始まりと終わりをどのように考えているか聞いてみたい。

断言できないことを断言口調で言っている割には全然答えられなかったして……

(ここを見ろとか勉強しろとか言っていつもの如くお茶を濁しそうな気がする)

721 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 10:27:19
>>719
第三者にはどっちも珍説。

722 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 12:39:47
>>718 都合が悪くなると話題を変える。それの繰り返し。
この展開、デジャブだな。

723 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 13:30:34
>>721 賛成!

724 :712:2006/06/05(月) 19:45:27
博多は、奴国と思う。伊都国までしか使いは、来てないと、すれば、
伝聞でしょう。邪馬台国のことは。でも、邪馬台国のみについて、
裸足とはかいてない。博多は、雪ふるけど、裸足だったのでしょう。
とくに、後になるけど、倭の中国への使者は裸足。北朝鮮とかは雪
ふるけど、平気なのでしょう。

725 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 20:38:15
>>724
裸足でも平気だから裸足であり、平気でなければ知恵の範囲内で工夫があったろうよ。

726 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 20:45:23
>>722
話題を変えていると思うのは、お前の勉強不足。
土器編年から考えて、庄内開始が西暦270〜300なんてあり得ないだろ、
と言ってるんだよ。

727 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 21:01:58
>>726  あれれ、遡上派として、年輪年代とかC14のことに反論しなくていいの??
それだけが根拠で年代遡上したのに、それに反論せずに、土器編年を先に決めるのは理屈が逆ですね。

C14と年輪で、庄内式の開始を極端に遡上させたという経過をお忘れになったのですか。
その根拠が崩れれば、庄内式は300年頃以降、布留式は350年頃以降も十分にありうるね。

728 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 21:08:44
>>727
じゃあ、お前は、庄内開始を300年以降と考えてるわけだな。
それなら別に構わんが。

729 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 21:27:16
716です。まともなお返事がありません。
不動な条件と、可動な条件、さて貴方方はどれが、正しい条件だと思いますか?
参考までに気候のみで、私の独断ですが、邪馬壹国の可能性を示します。
南九州    50%
北九州    25%
その他温暖地 25%
奈良      0%

730 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 21:51:18
結局、>>718は批判めいたことを言っている割りには自分の年代観を語らず終い。

弥生後期が極端に縮まり、布留が間延びした年代観が見られると思ったのに……

残念!

731 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 21:52:36
邪馬壹国は
南九州      0%
北九州     100%
その他温暖地  0%
奈良        0%

イ妥国は
南九州     100%
北九州       0%
その他温暖地   0%
奈良         0%


732 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 21:55:20
>>731 理由は?

733 :698:2006/06/05(月) 22:02:30
3世紀の日本の気候については知識がありませんが、
現在より寒いとするなら南九州であっても雪は降るでしょう。
逆に現在より暑いとするなら今度は畿内であって雪が降らない可能性もあります。

そうすると、気候については誤りであるかと考えるか
711にあるように「日本はずっと南方にあり風俗も南方の風俗
だと誤解していた」可能性もあります。




734 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 22:05:39
>>730
お前の、庄内開始西暦300年なんか、今時言ってる人いないよ。
ていうか、本気で信じてるのか。安本信者ですか?

735 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 22:17:20
>>730
そもそも庄内開始を西暦300年に決定、と言うこと自体が根拠なしだろ。

その根拠のない思い込みで、古墳時代開始が繰り上げる現在の考古学の趨勢を、
「根拠なし」と批判する方がどうかしてる。

736 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 22:36:27
>>734
名前を名乗っていないので、多少誤解するのは分かりますが、
僕は庄内開始西暦300年なんて言っていませんよ。

古代史のことを見ていてもそうですが、ちょっと思い込みが激し過ぎませんか?
ふと思ったことが、『そうに違いない』に勝手に自分の中で変換されてませんか?

>安本信者ですか?
こんな発言が出ること自体、智に暗い証拠です。

主張するところがあるのなら、さっさと自分の年代観を言えばいいだけでは?

安本信者ですか?という発言よりは、庄内開始が西暦300年ではない理由の方が聞きたい。

因みに僕自身は庄内開始は300年代でもないし、100年代でもありません。

737 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 22:38:49
古墳時代開始=西暦300はないだろ、流石に。
前期古墳から出てくる舶載鏡は、百年近く伝世されたのかよ、まったく。
邪馬台国東遷説は死滅したと思っていたが、まだしぶとく生き残っていたんだな。

738 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 22:43:53
>>736
名無しで、僕じゃありませんよ、とか言われてもねえ。
相手にする気もおきません。
他人を批判する前に、することがあるでしょ。
自分でわかってるなら、コテハンで頼みます。



739 :712:2006/06/05(月) 23:12:14
南方と誤解した?伊都国の人が靴はいてたら、裸足とは簡単に
記述するかな?南に延びて 呉 の東を支配下に入れたと表示
することはあると思うけど。

740 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 23:16:42
>>733 
奈良では雪が降るだけではありません、凍ります。
そして南九州は確かに雪は観測されますが、
何年かに一度の、僅かな頻度です。
貴方の意見は机上の空論です。是非気候を調べてみてください。

>「日本はずっと南方にあり風俗も南方の風俗
>だと誤解していた」可能性もあります。
>>716 をみれば東治の東の狗奴国(沖縄)が、
記述通りである事は解りますね。
だから邪馬壹国はその北!なのです。
中国が誤解してた?????
どうやら貴方が誤解しているようです。


741 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 23:45:43
古墳時代開始が西暦300年ってのは、小林行雄が言ってたことでしょ。
畿内説は永らく、その呪縛から抜け出せなかったわけで。

貨泉が弥生後期前葉の土器から出土したことからも、弥生後期開始を
1世紀前半というのは、整合性のある考え方。

742 :日本@名無史さん:2006/06/05(月) 23:57:31
小林の古墳時代開始が300年、ってのも、弥生中期後葉を180年頃と
思い込んだことで、それを基点に土器編年を当て嵌めただけ。
まあ、>>713がそこまで分かって書いてるとは思えないが。

743 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 01:00:48
>>741  出来れば、文献なんかをキボン。貨泉を根拠とした年代観は、
聞いたことがないですが、また、面白い展開になりそうですね。
ソースが出ればですけど・・・

昔の学者は普通に古墳時代は300年からとしてる。
水野なんかは『大系日本の歴史A』で未だにその考えだし。

ところで、遡上の根拠がC14とか年輪年代だったことは、忘れた方が良いですか?

744 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 01:43:53
>>743
>貨泉を根拠とした年代観は、聞いたことがないですが、

ここ、ほんとうに日本史板か。レベル低いな。


745 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 01:52:23
九州説の人は、考古学的知識がストップしてるから。


746 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 07:06:40
>>744
だからまともなちゃんとした知識を持っている人は
あほらしくて何も書かなくなってしまうのさ。
で、その辺の本を齧りたて覚えたての
厨房が嬉しげに妄想を書き込むばかりになる。

たまにしょうがねぇなあ、少しくらいまともなことを教えといてやるかと
ソースや参考文献も含めて書いてやると
今度は古田や安本の信者が「それは教祖様の教えと違う!」とばかりに
ファビョりまくって「考古学は信用できない!」と連呼するんだわ。
もう正直馬鹿の相手はしてられないよ、ママン。
俺たちは「現実の世界」で発掘調査し、報告書をあげる事に専念するから
信者は「妄想の世界」で博多湾でも甘木でも夜須でも西都でも小城でも探してください。

747 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 07:18:49
>>743 貨泉を根拠とした年代観。
古代日本史やっていてそのくらい知らないわけはないと考えるが、
何故、そのような発言をしたのか理解に苦しむ……

貨泉は新の王莽が発行した貨泉。発行された期間が限られているので
土器などの年代に実年代を与えてくれる貴重な遺物です。

だから、もし、年輪年代法やAMSなどの結果で弥生後期の開始が
これを遡ったとしても、弥生後期の開始を古く解釈したりはせず、
年輪年代法やAMSの結果の方に誤差があると判断します。

それにしても話が基本的なところでズレてばかりで、
>>718の具体的な年代観も一向に聞けないのが悲しい……

748 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 07:26:52
>>746
>俺たちは「現実の世界」で発掘調査し、報告書をあげる事に専念するから
いかにも自分が専門家側に立っているような発言だけど、
文章読んでいてもレベルはそう変わらんように思う。
知性の欠片が感じられない……


749 :712:2006/06/06(火) 08:39:29
宮崎の串間で璧がでてる。日本の王がいたと考えるのは。無理?

750 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 11:06:19
>>747 >>743が書いているのは、「貨泉を根拠とした遡上の年代観」
という意味でしょ。どうみても。
それに対して、遡上派がソース出せずにいるのが笑えるね。

わざわざ、九州説スレに恥さらしに来ているのか?

751 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 12:55:35
言うだけ無駄のような木もするけど、昨今の年代繰り上がりの背景を理解するには、
80年前後におきた九州の編年の繰り上がりをまずは理解したほうがいいよ。

もともとは今の“繰り上がった”年代感にほぼ等しいような説も出されていたんだけど、
弥生中期と後期の境目あたりの高地性集落の出現を魏志に言う倭国乱に当たるという考えが大勢を占めて、
大幅に後ろにズレた年代感が定着してしまった。

それが今でも尾を引いているわけだね。

このため、中国から来た舶来の遺物については全ての文物が数10年とか100年とかも伝世したという
無理な解釈をせざるをえなかった分けだけれども、それに反対して無理な伝世など考える必要はないとして
おきてきたのが上述の80年ごろの九州の年代の繰り上がり。

主に舶載の漢鏡に注目して国内の相対編年に沿って出土した漢鏡を並べたときに、
最も古い年代のものには大陸との年代差をほとんど置く必要はないとしたわけだ。

これで九州の年代は繰り上がった分けだけど、畿内の研究者はこれを認めなかった。
このため、九州と畿内でズレが発生してしまった。
現在おきている畿内の年代繰上は、このズレを少なくしているに過ぎなくて、
結局は九州の年代繰上の後追いをしてるだけなんだよ、実は。

だから、年代について文句を言いたい人は、庄内がどうのとか、C14が、年輪がとかいうまえに、
九州の年代繰上の打破を考えたほうがいいよ。
ここは九州説スレだしその方が生産的。

九州編年では、庄内にほぼ併行するとみられる西新式が2世紀末から3世紀に位置づけられているからね。

752 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 13:00:05
思う・思わない・知ってる・知らない・信用出来る・信用出来ない
みなさん個人主観による妄想の世界へ、ようこそ!

753 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 13:12:11
>>751 知ってる?
>>750 思う
>>749 思う
>>748 思わない
>>747 信用出来る
>>746 信用出来ない
>>745 思う
>>744 思わない
断定出来ない、未確定情報の嵐の中で、彼らはもがき苦しんでいる。いつまでやるのか?

754 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 13:22:03
彼らはひたすら雲を掴む、自分の掴んだ雲が正しいと、
でもみんな同じ雲だ、彼らは気付いていない。
形あるものには興味を示さず、ひたすら雲を掴み続ける。
死ぬまでオナる猿のように。

755 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 19:38:58
結局、話が西新式土器の方向へとすりかえられてしまった……

確かに西新式はまだ年代的に揺らいでいる感があるし、
これだけで九州を広くカバーできるとも思えない。

そもそも、西新式って有名無実な土器編年って気さえする。
その時代を表すのに弥生終末や庄内併行といった言葉だけでも足りるし…

だから、そんな精緻な土器編年でもない西新式のぼやっとした問題よりも、
今は庄内の年代遡上を絶対に正しいと公言している人の具体的な年代観と根拠が聞きたい。

九州の土器編年のあり方を考えるのも大事なこととは思いますが……

756 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 21:05:23
>>751 九州の編年は今でも大きな開きがあるから、話の前提に乗れない。

例えば、平原遺跡は、紀元50年位という人も居れば、250年頃までの可能性を認める人も居る。
柳田康雄は200〜250年としている。
遡上最先端は50〜100年としているが、柳田からの批判を黙殺している。
この状況で編年繰上で学説が定着とかという前提の存在を認めることは出来ない。

757 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 21:16:47
>例えば、平原遺跡は、紀元50年位という人も居れば、250年頃までの可能性を認める人も居る。

いまどきいないでしょ。50年なんて。


758 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 21:22:46
>>755
結局と言われても、だいぶ久しぶりのカキコなんだけど。
話題になってる編年根拠についてはお相手してる人が答えるでしょ。多分。

>その時代を表すのに弥生終末や庄内併行といった言葉だけでも足りるし…

その地方にはその地方の編年が必要なんだよ。考古学では。
交差編年っていっても供伴資料の量は限られるから、
在地の編年と組み合わせないとどうしても精度にに限界がある。

759 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 22:22:31
>>755
>今は庄内の年代遡上を絶対に正しいと公言している人の具体的な年代観と根拠が聞きたい。

お前、前からこんなこと書いてるけど、年代遡上が絶対に正しいとか
言ってる奴、おらんだろ。
具体的にどのレス番の人のことを言ってるのか?

760 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 22:31:42
もともと今までの議論では、>>687の「古墳時代開始が3世紀末から4世紀初頭」という、
近年の考古学の成果を無視した(もしくは知らない)妄言が端緒になってるわけ。
年輪とかAMSとかが信用出来ないに、議論を摩り替えているだけ。
>>750、お前のことだよ。

761 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 22:48:39
>お前、前からこんなこと書いてるけど、年代遡上が絶対に正しいとか
>言ってる奴、おらんだろ。
>具体的にどのレス番の人のことを言ってるのか?

年代遡上が絶対に正しいとは思っていないと聞き、安心しました。

現状、この問題は水掛け論にしからないから、
絶対だと公言する人がいたらその根拠を聞きたいと思ってました。

でも、幾つかの発言から思い込んでると感じた人は多いはず……

>>707
>少なくとも、マキムク開始が邪馬台国の時代であることは確か。
>年輪とかC14を持ち出すまでもない。
確かという表現が確定しているといった意味に聞こえた。
また、年輪年代法やC14以外に根拠を持っているかのように思えた。

>>715
>庄内開始は3世紀後半以降ってことか? 
>かなり無理がある、ていうか無茶苦茶。
無理や無茶無茶といった表現が在り得ないといった意味に聞こえた。

>>718
>君ね。庄内式土器とか布留式土器とかを知ってますか?
>で、それぞれの開始年代を西暦のいつ頃と考えているんでしょうか?
庄内式土器とか布留式土器を知っていたら、
確定した年代がまるで分かるかのように聞こえた。

>>726
>土器編年から考えて、庄内開始が西暦270〜300なんてあり得ないだろ、
>と言ってるんだよ。
在り得ないという表現から絶対にないと言っているように聞こえた。

762 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 23:07:13
>>761
いや、君ね。
庄内開始が西暦300年というのは有り得ない、っていうのは
間違いないだろ。
「貨泉を知らない」とか言ってた人かな。


763 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 23:11:55
>でも、幾つかの発言から思い込んでると感じた人は多いはず……

っていうか、てめえの脳内妄想相手に語られてもな。
まあ、安心したそうだから、もういいがね。

764 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 23:27:40
それで結局のところ遡上の根拠は何だったんだろう。

>>762の信念の強さは良く伝わった。あとは、ソースだ。

「貨泉」がどのような経過を巡って根拠になるのかワクテカです。

765 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 23:29:36
>>764
クレクレじゃなく、自分で本を読みなよ。
少なくとも庄内開始を4世紀初頭なんて書いてる専門書、無いから。
安本は知らんけど。

766 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 23:32:08
>庄内開始が西暦300年というのは有り得ない、っていうのは
>間違いないだろ。
そのように断言口調で発言するから根拠を求められるのでは?
そのうえ根拠を答えずに話をそらすから話が進まないのでは?

僕は庄内開始が300年とは考えていないけど、
絶対にないなんてことは言えないと思います。

脳内で妄想することと第三者にも分かるように論理的に説明することとは別ですからね

こういった明らかに情報が足りてないことの証明って難しいですよ。
今までに論理的にものを考えたことにある人なら分かるはず……

それとも自分の意見が通らない時は『相手が馬鹿だ』で片付けていたのですか?

767 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 23:40:43
「庄内開始が4世紀初頭とは考えられない」、は色々根拠が挙げられている筈。

「庄内が4世紀初頭」は、倭国乱の記述と弥生中期後葉に高地性集落
やら石鏃が増加していることから同時期であると、小林秀雄が推定したに
過ぎない。考古学の発見がそれ程なされていなかったから、仕方ない
部分もあるが。畿内に中国の遺物が少なかったのも大きい。

768 :日本@名無史さん:2006/06/06(火) 23:43:00
>>766
一見正しい意見のようだが、根本的に間違ってる。

まず君には必要不可欠な最低限の知識が無い。だから
>そのように断言口調で発言するから根拠を求められるのでは?
何故有り得ないとまで多くの人が断言するのか、その理由が全く判らないんだろうね。
学問板は初心者に1から教えるところでは本来無い。
そういう場合のために大抵は初心者スレが設けられている。

>そのうえ根拠を答えずに話をそらすから話が進まないのでは?
だから何が根拠となっているのかぐらい、先に自分で調べてから発言するべきなのだ。
話が進まないのは、殆どの人が知っている内容を君が知らないからだよ。
今までにもいくつか参考文献が挙げられていたが、一冊でも読んだことがあるのかい?



769 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 00:01:22
俺第3者です。くるくる回ってるね。
俺は何年でもいいけど、それの結論出ても又暫くすると、また変るんだろ!
立派な先生の話がさ、何度も覆されてるだろ、また変るぜその話。
手間ばっかりかかるし、足踏みばっかりだよね。だいたいでいいじゃない。

そんな事より、停滞している古代史を、新たな方向から見てみるとかさ、
違う手考えようぜ、本と同じならさ、このスレ来る必要ないじゃん。
中には混乱誘導の奴もいるけど、そんなの相手にするなよ。

770 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 00:07:30
>>769
まあ一応、君の意見を述べてみて下さい。
短めでお願いします。


771 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 00:09:04
>>768
古墳時代開始あたりの絶対年代の根拠としてそこそこ使えそうなものは
年輪年代法とAMSの結果、それと銅鏡の解釈くらい。

しかし、それですら絶対的なものではない。

それ以上の根拠があると言うのなら、たった一行で書けるはずなのに
なぜかそれを書かず、知識がないとかいった発言に逃げる……

本当はそんな断言できる根拠なんてないんじゃないの?

恐らく、次の発言も根拠を出すことなく発言者批判で終わるはず

772 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 00:12:19
>>761を読んで思ったが、
「年代遡上が絶対に正しい」とか言ってる奴、本当にいないんだな。
761が言ってた一連の発言は、一体なんだったんだろう?

773 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 00:17:49
>>771
古墳時代開始が年輪やらC14で、動きそうなのは確か。反論も多いが。
しかし「4世紀初頭に下るようなことはない」は、ほぼ皆が言ってること。
この2つの議論を完全に履き違えているね、君は。

醜態を晒さず、一度撤退してみてはどうですか?

774 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 00:20:58
いやもう、761をそんなに苛めてやらんでもいいだろ。
違う話題に移った方がいいのでは?

平原王墓の存在を、九州説の人がどのように考えてるか聞きたい。

775 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 00:34:38
>>770
だから何年でもいいよ。
俺の興味は別のが優先だね。史書、地名、神社、科学、経済・・・
考古学はまだ、学問の幼稚園児だから、成長に期待しているよ。
↑とは別人。畿内説の奴最近多いなー

776 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 00:41:03
>>775
文章に知性が感じられないのですが、気のせいでしょうか?

777 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 00:43:56
777を取り敢えずGET

778 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 01:08:39
>>773 >>「4世紀初頭に下るようなことはない」は、ほぼ皆が言ってること。

これを根拠のつもりで書いているとしたら、哀れみを感じます。
正しいかどうかは自分で考えることです。
だから、みんな自分で考えたくて、ここに書き込んでいる。
「ソースのない議論」や「結論絶叫」は、ここでは通用しません。

しかし、777ゲットできなかったのは残念。

779 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 01:12:37
>>778
まだ続ける気なら、君が読んだところの古代史関連の書籍を挙げてみてよ。

780 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 01:31:50
>>779  畿内説の『大系日本の歴史A、古墳の時代』なんかは、非遡上。

問題は、遡上の根拠として言われてきたことが正しいかどうかという点。
もともとC14と年輪年代が根拠だったけど、どっちも根拠としては弱い。

むしろ、馬渕とかの鉛の同位体比の研究は、遡上派にかなり不利。
畿内説は馬渕とかを無視しつつ、スプリング8で反攻を試みるも、無残に失敗。
この経過には、かなり笑わせてもらいました。

781 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 01:54:53
>>780
だからさあ。君の言う遡上派って何?


>畿内説の『大系日本の歴史A、古墳の時代』なんかは、非遡上。

岡山で貨泉が大量出土したのが1990年。
この本も、90年前後に書かれたもので、最新の情報は入っていないのだろう。
これ以外は安本の本かHPみたいだねw

782 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 03:26:46
>>778
>みんな自分で考えたくて、ここに書き込んでいる
君自身が自分で考えたことを書いているようには見えないのだが
そのまんま安本本の受け売りだし。

>「ソースのない議論」や「結論絶叫」は、ここでは通用しません。
それが通用するのが2chって場所なんだがなw
実際君自身がが身を持って実行しているじゃないw
君も自説のソースすら言ってないし、まさか何の資料も参考文献もなしに
一から考えたわけではあるまい。
ソースは安本ですって言えないだけなんだろ?

素直に自分が考古知識に欠けることを認めなさいよ。
最新の情報を知りたいのなら、ちゃんと教えを請えば皆親切に教えてくれるよ。

奥野の「鉄の考古学」(90年)あたりで止まってるから結論を間違うんだ。


783 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 04:01:19
魏志倭人伝も伝聞であって歴史書ではない。

784 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 04:35:47
じゃあ、世の中に歴史書はないな。
編著者が全て実体験・実見聞することなど不可能。

785 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 10:34:25
>>782   やれやれ自分のソースは出せない訳ですか?
畿内説スレからわざわざ恥かきに来ているのですか?
結局、C14と年輪は、「すでに破綻している」でFA。

都合の悪いことには一切触れないのですね。いつもいつも。
ソースを出しても、論理すり替え。
安本叩きで何か変わりますか?安本に対して論理的に反論できますか?
前スレの「嘘吐き」みたいなことになるのだけじゃないの。
論理で反論できないから、ひたすらウソの中傷を繰り返し、
ソースを求めると、ついには逆切れ。



ところで、鉛の同位対比はやっぱり黙殺ですか。

786 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 12:06:43
自作自演JARO?

787 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 18:13:39
また【ぷ】だね 同じ事ばっかり言って

788 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 18:43:07
九州説オワタ\(^o^)/

789 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 18:43:17
>>758
>その地方にはその地方の編年が必要なんだよ。考古学では。
>交差編年っていっても供伴資料の量は限られるから、
>在地の編年と組み合わせないとどうしても精度にに限界がある。
その意見にはもちろん賛成です。

寧ろ、僕の考えとしては地域の土器編年が不要と言うよりは、土器流通が
庄内ほど活発でない弥生終末は特に地域毎でしっかり押さえるべきだと
考えています。

ただ、そういった点で西新式を考えた場合に、
今の西新式は果たしてその期待に応えられるものなのかといった疑問が
僕の中ではあります。

北九州と東九州とを同じ土器編年で扱うのは精密さに欠けると思いますし、
かといって高島式や安国寺式だけでは心もとなく思っています。

そういった点で今の西新式は使えないので、まずは北九州と東九州の土器を
分離し、地域毎の特色を捉えてさらに整理すべきだと僕は考えています。

そうすれば、西新式の年代の揺らぎも幾分かは解消されるかも知れません。

790 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 19:03:35
庄内が三世紀初頭まで遡るのは後漢鏡が庄内時期に出土しているからでは?

791 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 20:36:14
>>790
製造年代の明らかな遺物を伴っても、
確定できるのは上限だけで、下限については伝世期間が不明なので確定できない。

792 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 21:05:53
>>790  鉛の同位体比の研究からは、逆の結論も出ています。

銅に含まれる鉛の同位体比の研究から、三角縁神獣鏡は材料に均質性が認められるから、
現在では全て日本で作ったとする考えが強い(反対説はこの研究を無視しているだけ)。

画文帯神獣鏡の材料の銅は、呉の領域からのものであり、280年に呉が滅んだ後に
西晋が入手可能になったとされ、そうすると、ホケノ山とかは、280年以降になる。
私は、ホケノ山は330〜340年頃だと考えています。
そうなると庄内式も300年頃から開始としておくのが穏当と言うことになります。

私は、畿内説が同位体比の問題を完全に無視して、スプリング8などの悪あがきをしたのは、
こういう事情からだと考えています。

793 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 21:13:06
自作自演JARO? 暫く続きます。



794 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 21:41:02
>>792
もろ安本ですねw呉の領域と言ってもどこだかはっきりしてる?交易などで商
人が呉の銅を手に入れた可能性なんかも言及なし?また岡村あたりは徐州でつ
くられたということも言っている。さらに呉と公孫氏は交流があったというの
は常識だがその課程で呉の銅・鏡が遼東に流出した可能性すらある。たしかに年代
を古く見過ぎるのは問題だが、画文帯に関してはそうは言えない。中平年間の鏡も
あるしね。

>>791
その通りだが、無理に年代を新しくする必要はないと思う。

795 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 21:45:28
>>
nanisinikitano?

796 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 21:52:17
>>795
さあ?

797 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 21:57:25
まともな観念持った奴が考古学?やれよ!
○○感なんてまともか?
普通の学問はそれだけで一人歩きしないの!
今頃必死に握りですか?

798 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 22:08:10
>考古学はまだ、学問の幼稚園児だから、成長に期待しているよ。


799 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 22:19:00
藻前等。考古学板でヤレよ
あっちの板が「あくび」して迎えてくれるゾ

800 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 22:19:16
ああ、こいつって前スレで寺沢も柳田も知らなかった奴だろ?
そんでわざわざこれを読めって教えてくれた奴に対して
安本教と内容が違うからって嘘吐き呼ばわりしている基地外だぞ。
もしかしてあの王権誕生のへんてこ解釈もこいつか?
てっきり下手糞な釣りだと思ってたw

論理で反論できないってねぇ・・・
君が一番論理的じゃないんだよ。
歴博の提唱する弥生開始繰り上げと対する反論という論争は
君が思っているようなC14と年輪の肯定か否定かという問題とはまったく違うのだよ。
君一人だけ話が噛み合ってないって自覚してますか?

>私は、ホケノ山は330〜340年頃だと考えています。
出土した鉄鏃の形式は無視ですか?本当は知らないんでしょう?
安本本には鉄鏃が出土したことすら書いてませんからね。
執筆時点で出土のニュースは流れていたはずだし
その後に発表されたの青銅鏃については言及しているから
わざと書かなかったって言うのは明白なんですよ。





801 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 22:37:12
これ知らないの?発言が大半を占めてるけど全て知っていることばかり

時折、へんてこな解釈や曲解に驚かされるくらい……

ホケノから鉄鏃が出ていることは、だいたいの人が知っている話。
問題はそれで年代が確定できるかどうか……

ホケノの鉄鏃の形式で年代が確定したという事実があるなら、
それこそ説明すべき

下手な水掛け論よりはるかに有意義な発言になると思います

802 :794:2006/06/07(水) 22:57:01
>>801とりあえずシンポジウム三角縁神獣鏡と伊都国を掘るを嫁

803 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 23:25:53
>>800 >>801が優秀だとしたら、きちんとした話をするべきです。
この発言が何も実らないのは解りますね。読み返してみてください。

804 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 23:31:52
何かたいそらしい発言があるようですが、この議論の末には何か新しい結果を導き出せるのでしょうか?
それとも、単なる知ったかグランプリ?

805 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 23:35:38
>>800 
>君一人だけ話が噛み合ってないって自覚してますか?
多分1人じゃないよ君とやってるの、解らないの?


806 :794:2006/06/07(水) 23:39:02
庄内の年代が上がろうとも九州説が成り立つってことを最終的に言えばいいんでねえの?

807 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 23:40:47
>>806
うんざり


808 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 23:42:57
>>806 ショウモナイ

809 :794:2006/06/07(水) 23:48:08
>807,808
その反応は?806が無理ぽってことか?

810 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 23:48:19
>銅に含まれる鉛の同位体比の研究から、三角縁神獣鏡は材料に均質性が認められるから、
>現在では全て日本で作ったとする考えが強い(反対説はこの研究を無視しているだけ)。

前の方には書いてあるんだろうけど、今はじめてみたので詳しく解説キボン。

同位対比の研究は知っているが、安本以外にはそれらしいことを言ってる人を知らない。
誰と誰が鉛同位対比から日本製と主張しているのか、詳しくよろしく。

811 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 23:56:53
>>809
807です
辞めれ、大きく違わない! 
三歩進んで二歩下がる。


812 :794:2006/06/08(木) 00:01:05
左様でございますか。

813 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 00:05:12
>>794 >>812
バーカ、低能め!!

814 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 00:08:13
807です ↑わたすではない!

815 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 00:10:45
>この議論の末には何か新しい結果を導き出せるのでしょうか?
正直、このスレが単にあらされているだけにも思えています。

発言→批判→的をずらした説明→質問→とりあえず読め→終わり

この繰り返し

実のところ、漢式鏡でも意見が分かれるのに鉄鏃から絶対年代が
導き出せるなんてとても思えません。
逆に鉄鏃の年代の方が共伴土器から決められるように思えます。

それでも自分の知らない発見があるかも知れないので質問してますが、
結局、返ってくる答えは『とりあえず読め』ばかり……

挙句にそんな本はとっくに読んでいる場合が多く、
いつも、がっくりきたまま……熟睡してます

周知の水掛け論がここに書き込まれ、これが証拠だということが
自分で調べろという展開になっている……なんか逆のような気がする



816 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 00:13:01
        ∩_
           〈〈〈 ヽ
          〈⊃  }
   ∩___∩  |   |
   | ノ      ヽ !   !
  /  ●   ● |  /
  |    ( _●_)  ミ/ <こいつ最高にアホ
 彡、   |∪|  /
/ __  ヽノ /
(___)   /



817 :794:2006/06/08(木) 00:30:30
>>815伊都国を掘る読んでも安本を信用するのか…まあ人それぞれだからあまり文句は言えないが

818 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 00:34:01
>>815
君は800番だな?ダーダー
アホ解る!その気持ち!ダーダー

819 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 00:37:06
俺思うんだけどさ。
畿内説と九州説にスレ分けする必要なんて無いんじゃないのかね。
むしろ古田信者が九州王朝スレで独立したように
安本スレってのを自分で立てて、そこで思う存分やればいいんじゃないか?



820 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 00:39:19
だれもいかね

821 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 00:39:35
>>818
違うよ、俺はむしろ先に自分で調べてから書けって言ってる立場。

822 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 00:42:01
九州説は強烈に田舎臭い。

823 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 00:44:53
あほついてくるよ

824 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 00:52:52
>>822
君臭いは関係ないでしょ!謝罪しろ!

825 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 01:05:15
>>819
Q1 あなたはスレ主ですか?
Q2 あなたは何説ですか?
Q3 何の為にスレしてますか?

826 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 01:13:04
>>825
くだらない質問するな、低能め!!

827 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 01:14:33
>>825

Q3 何の為にスレしてますか?
Q3 何の為にスレしてますか?
Q3 何の為にスレしてますか?
Q3 何の為にスレしてますか?
Q3 何の為にスレしてますか?

スレとレスの違いも判らん馬鹿は回線切って首括れwww

828 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 01:21:31
>>800  嘘つき発言については、>>143とその引用を参照。
この人と似たような発言の人がこのスレでも大活躍。

前スレでは寺沢を部長と呼んでkkkを自称していたような・・・

829 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 06:56:54
>>828
>>143を読んだが、至極まともな事を言ってるように思えるのだが。
どこがうそなのか具体的に書いてくれ、それを読んで判断するわ。

830 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 08:12:37
邪馬台国そのものが嘘。

831 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 09:32:46
>>810へのレスをお待ちしています。

誰と誰が同位対比を根拠に日本製と主張しているのかを、特によろしく。

>現在では全て日本で作ったとする考えが強い

んですから、た〜くさんの方のお名前があがるはずですよね。


832 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 11:08:22
>安本スレってのを自分で立てて、そこで思う存分やればいいんじゃないか?

833 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 11:28:46
>藻前等。考古学板でヤレよ
>あっちの板が「あくび」して迎えてくれるゾ


834 :プラム ◆TOfHBAKZgM :2006/06/08(木) 12:30:17
サガミさんヒッキー君レス覗いてますか!

日経225 15000円割れたよ。
今年の正月に言ったろう
ここからは死ぬ程売りヌケと!
あの時17000円で信用売りしていたら ソロソロ期日
この辺で買い戻し清算すればぼろ儲け
笑いが止まらない状態!

おめでとう。


失礼しました。バイバイ!

835 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 12:45:01
http://academy4.2ch.net/archeology/subback.html
ほんとだ考古学板あるだよ。

836 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 13:17:31
スレタイが魅力的だけに多人種だね方向違い多いわほんまに

837 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 13:43:29
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1073320680/l50
ここで編年やってるよ

838 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 14:44:10
http://anime.2ch.net/test/read.cgi/otaku/1125674200/l50
ここでキモオタやってるよ

839 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 18:02:43
飛鳥の都は、結構雪が降ります、奈良で邪馬壹国は難しいね。
http://sanzan.gozaru.jp/miya/m6/miya6.html#飛鳥浄御原宮

840 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 21:33:06
こっちも早いとこ終わらせて合流しよう是

841 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 21:41:01
この案すごいよ。
>はい日向が当時日本一の米どころだから、邪馬壹国なんです。
>20人*7万戸=140万人
>140万*0.1ha/2期作=7万ha
>現在宮崎県だけで7万ha、
>鹿児島含めると19万ha。
>この条件クリア出来る地域は他に無いのです。

842 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 22:11:25
Q1 編年ってなんの為にあるの?
Q2 編年って誰の為にあるの?
Q3 それで結論も出ないのに何故するの?

843 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 22:39:58
>>831
三角縁神獣鏡は、鉛の同位体比なんぞ抜きにしても、今や全部日本製説の方が有力では。
むしろ、現時点で畿内説はこの争点を明らかに避けているし、魏鏡説を正面から述べているのは
白石とかのごく少数。白石は「年号があるのはその年の製作だ」とか正面から書いてた。

鉛の同位体比は、安本が調べている訳ではなく、安本は畿内説が黙殺している情報を発信
しているだけ。安本の特徴はブレンド論か。http://yamatai.cside.com/katudou/kiroku212.htm

同位体比は、馬渕とか林とか新井とかが研究して、安本が利用しているというのが現状。
まあ、専門誌 http://www.bensey.co.jp/book/1789.html  とかは一般には知られないから
安本がいなければ、全く知られることなく黙殺されたかも知れん。

844 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 22:41:44
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1073320680/l50
ここで編年やってるよ




845 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 22:43:51
話ぶりから居た事あるだろけど。

846 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 23:22:16
>>843>>792
畿内説の中にも、三角縁を国産と思ってる奴はいるだろ。まあ、俺はそうは思わないが。
三角縁が国産としても、畿内説が成り立たないっていうわけじゃないし、
何か、いつもピントがずれてるよね。
「年輪・C14は絶対正しい」とか「三角縁は中国産で間違いない」とか、
誰も書いてないことを批判してる。
対話が難しい人ですね。安本本を読みながら抜書きしてるからか?

847 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 23:26:12
>>792
>画文帯神獣鏡の材料の銅は、呉の領域からのものであり、280年に呉が滅んだ後に
>西晋が入手可能になったとされ、そうすると、ホケノ山とかは、280年以降になる。
>私は、ホケノ山は330〜340年頃だと考えています。

このあたり、まったく訳のわからない理屈で、笑わせてもらいました。

848 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 23:33:47
>>846 ?
>畿内説の中にも、三角縁を国産と思ってる奴はいるだろ。まあ、俺はそうは思わないが。
>三角縁が国産としても、畿内説が成り立たないっていうわけじゃないし、
何か、あなたがピントがずれてるよね。
又自作自演始めますか?


849 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 23:34:51
安本の実年代推定の根拠って、あの「数理歴史学」だろw
真面目に語るのもアホらしい。
平均在位とか、もう言ってることが無茶苦茶。
で、年輪とかC14とかを「信憑性がない」とか言ってる。
どっちが信憑性がないんだよw

850 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 23:37:58
>>849
どこにも相手してもらえずに、此処に来るなよ!

851 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 23:47:37
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1073320680/l50
ここで編年やってるよ

852 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 23:49:54
Q1 編年ってなんの為にあるの?
Q2 編年って誰の為にあるの?
Q3 それで結論も出ないのに何故するの?


853 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 23:56:02
>>852
考古学で確実に分かるのは編年だけだから。

ていうか「私は編年の意味がまるで分かっていません」と、
自分で言ってるような書き込みだなー。読んでるこっちが恥ずかしくなる。

854 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 00:35:06
>>843
雑誌の紹介ありがとう。しかし4200円はちと痛すぎる。
その新井論文に何が書いてあるのか、中身を紹介してくれんか。

855 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 11:32:19
>考古学で確実に分かるのは編年だけだから。
「確実に分かる」ねぇ…
従来の編年なんて博物学並みなのが分かってないのは痛すぎる。

856 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 14:23:50
>>853
なんで先生同士で意見が違うの?
なんで日本だけで外国でやらないの?

857 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 15:10:57
外国でも土器編年はふつうの作業だよ

858 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 18:16:32
>>852くどい
邪馬台国のことで考古学のことを全く語るなと言うのなら
プラムさんとこのスレだけを見ればいいのでは?

859 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 21:28:31
>>852

>編年ってなんの為にあるの?
>>アバウトな意見では納得出来ない連中を、一時的でもおとなしくさせる為

>編年って誰の為にあるの?
>>必要な人の為

>それで結論も出ないのに何故するの
>>老後出来る限り長く楽しむ為に
結局暇なんだよ。

860 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 21:43:54
Q1 編年ってなんの為にあるの?
Q2 編年って誰の為にあるの?
Q3 それで結論も出ないのに何故するの?

861 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 22:14:29
考古学、完全無視って訳ですね。

だ か ら、九 州 説 は、い つ ま で た っ て も
駄 目 な ん だ よw

862 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 22:44:47
>>861 部外者です
まだ誰も無視なんて言ってないよ、血の気多いな君は
しかもまだ誰もまともな返事してないよ!
それこそ偉い先生が言っていたで、君納得できないだろ?
編年が何故必要か?それが九州説に役にたつのか?
その返事見てから、言えば良い話なの。
だらだら綴られても役に立たない物はいらないの!
基本説明の出来ない事や人なら、排除すれば言い訳、わかる?

863 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 23:36:18
>>862
はいはいプラムお疲れさんw

864 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 23:43:50
>>861
九州説が考古学完全無視とは短絡的な考え方

邪馬台国を何処に比定するかで文献や考古学の必要性が変わるものでもないはず

>>860
>Q1 編年ってなんの為にあるの?
もし、編年がなかったら弥生時代も古墳時代も分からないでしょ。
それに編年から地域間の交流までも垣間見ることができるはず

現実世界の情報なしに文献上の邪馬台国を探すってのは無理がありませんか?

>Q3 それで結論も出ないのに何故するの?
現状の編年から予想できることを明確にしようと努力している人も中にはいるはず
スレを荒らしてまでそれを否定する以前に自身が何か結論を出されよ。

おそらく思い込み発言をするのが関の山だと思われますが。

865 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 23:53:42
>>828
で、どこがうそなのかは書いてはくれないんですね。
私には、あなたのほうが鈴香クラスのうそつきに見えますが。

866 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 00:29:10
シロートの質問ですが、北京語が当時の中国の言葉のままなら、「邪馬台」を北京語で発音すれば答えが出るのでは?
やっぱ「ヤマタイ」なんですか?
タイは博多弁の「〜たい!(です)」ならヤマって地名(八女、山鹿、大和、矢部などの筑後・熊本北部)が考えられたりしませんかぁー?
プロのみなさん、ご教示ください。

867 :862です:2006/06/10(土) 11:46:47
>>864
>もし、編年がなかったら弥生時代も古墳時代も分からないでしょ。
最近この境目無いですよね、しかもまちまちで、どう思いますか?
この現状を踏まえれば、編年が基準だとは断言出来ないとも感じます。

>それに編年から地域間の交流までも垣間見ることができるはず
ここでも指摘があったけど、当時の物の移動は交流から考えてどう思いますか?
北九州だけが邪馬壹国だと、支配地域が狭いから生産能力も低いし、
他国からの物流が必要です。又邪馬壹国の領域も興味深いですね。
そして支配地域外の遺物は、邪馬壹国と同様な物だけではなく、
独自の遺物も必要です。
あとこれも指摘ありましたが、鉄と絹は移動可能ですが、
邪馬壹国の条件だとおもいますか?

ご存知の方、興味のある方は、何方でもお返事下さい。

868 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 12:34:50
http://www.demo83.e-kouji.biz/azusa_syoin/p02_onlineshop/shosai.php?pid=1149228010-281607&p=1&cat=2


869 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 12:47:23
>>866 考えられたりする。

870 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 13:16:36
>>867
>最近この境目無いですよね、しかもまちまちで、どう思いますか?
統一見解が出されないのはまだそういった段階ではないからだと考えています。
寧ろ、研究自体は進んでいるように思います。

だからこそいろいろと問題点が見えてきたのでは?

また、鉄は移動可能なものだという意見についても、
やはり出土する遺物からそれを主張すべきだと考えます。

その主張によって絶対的に邪馬台国が決まるというわけではありませんが、
参考にはなるかも知れません。

何か>>867は気候の記述なんかで邪馬台国の所在地がかなり限定できると
勘違いしているように思えます。

871 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 14:13:42
>>867
 
 >最近この境目無いですよね、しかもまちまちで、どう思いますか?

 と言うからには、昔は境目があったのですかw

 土器編年の研究が進み(宅地開発などで収集資料が増えて)
 様式の細分化など「境目」あたりが数十年単位で識別できるようになったのでしょう。
 歴史年表の刻みの小目盛が出来たが、相互の連続性も顕かになったので
 大目盛の打ち場所が難しくなっただけです。
 

872 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 14:47:23
>>870 お返事有難うございます。
あなたの主旨は、編年=問題点のある段階だ、だが参考にはなる。
でよろしいですか?

>気候の記述なんかで邪馬台国の所在地がかなり限定できると
>勘違いしているように思えます。
そうですね >>716 の気候説は、誰にも否定されていませんね。
編年の議論に消されたようです。この中で特に、
>可動のものが、不動のものを上回る
とありますが、確かに今迄の邪馬壹国の議論は、条件設定が不可思議です。
数少ない不動の条件を無視すれば、一段と混乱するのは当たり前です。

873 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 14:49:23
>>871
そうです
>難しくなっただけです。
でしょ。


874 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 15:47:08
>>872
>あなたの主旨は、編年=問題点のある段階だ、だが参考にはなる。
>でよろしいですか?
僕個人としては基本的にそのように考えています。
当然ながら編年についての問題はまだまだ山積していると思います。
だから、そのことを認識せずに鵜呑みのすれば、参考どころか結論が
ミスリードされることさえあると思います。

>数少ない不動の条件を無視すれば、一段と混乱するのは当たり前です。
鵜呑みにするのは危険だけど、無視するのもどうかとは思っています。

もちろん気候についてはそれなりに興味深い記述だと僕も考えています。
ただ、瀬戸内海程度の気候であれば許容範囲にできそうにも思えます。

徒跣(はだし)の解釈についても、雪と絡めて地域を限定するには
もう少し論議がなされるべき、あるいは根拠を揃えるべきだと僕は考えます。

875 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 16:27:49
>>874 
それでは >>716 の狗奴国はどうでしょう。
東治の東等の条件もほぼ合います。
沖縄より北では裸で生活できませんから、
ここはほぼ確定はできます。
だからその北へ12000里が邪馬壹国ですね。
古墳で青龍朱雀白虎玄武の方位は既に、
日本に伝わっているようですし、
まさか日神信仰の国の方位が、
間違って伝わるとは思えません。
南から日は昇りませんから。

私も裸足については実は微妙です。
でも雪や氷の地域には、裸足は向かないのは解りますよね。
机上の空論かどうかは、気候である程度判断できると思います。

876 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 17:15:50
まあ、そのストイックな態度が最後まで一貫してれば何も言うことはないのだが、
結局のところ自分が正しいと言い張るための遁辞でしかないというのがこれまでの経緯からあきらかだからな。

はっきりしていることは、庄内を4世紀に持っていくような昔の編年にしがみつく理由は一つもないと言うこと。
むしろ、三角縁を含む鏡の出土状況、土器の形式数、出土数の多寡、供伴関係、どれをとっても
庄内は3世紀前半を中心とするあたりに来る蓋然性の法がに高い。

それに加えて、C14や年輪年代がそれをどちらかと言えば支持する方向に出ているというのが現状だな。

877 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 17:57:50
>>876 nanigaiitaino?

878 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 20:49:44
>>875 
参考ですが、
日が昇る東を日+がしと考えると、河岸(湊)を思い出します。
かしともがしとも発音します。
湊で船が出るところと考えると、日が出る方向とも考えられます。
頭かしらは時刻の始めの意味があります。(月頭)
古くからある鹿島神宮の位置も、この東のかしと関係を感じます。
さて方位を古代人が間違えるでしょうか?
北極圏の人ならありえますが。

879 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 20:58:33
>>875 『その道里を計るに当に会稽の東治の東』
これもこの文を書いた人が、東夷などで使われているあの短い里に気付かず、
長い里で計算してしまうとそのくらいの位置になるので、
この記事自体も絶対とは言えないかも知れません。

>でも雪や氷の地域には、裸足は向かないのは解りますよね。
その点については理解できます。ただ、倭における靴の普及率のあまりの
低さにそのように記述しただけかも知れないし、記述にはなくても、年中
裸足ではなく、冬はさすがに何らかの防寒具を用意したかも知れないので、
決定的な根拠とすべきかについては迷うところです。

>>876 もうこの意味のない書き込みにもちょっと飽きました。

年輪年代法、AMS、銅鏡の解釈以外の絶対年代の根拠があるなら
そんな煽り発言をするよりは、それを具体的に書いてもらいたい。

結局、朝鮮や中国の遺物などの絶対年代を示すものとの供伴関係。
これを見つけない限り、話は進まないと思います。

土器の形式数、出土数の多寡。これも解釈論に終わると思います。

880 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 21:24:26
>>879
>年輪年代法、AMS、銅鏡の解釈以外の絶対年代の根拠があるなら
>そんな煽り発言をするよりは、それを具体的に書いてもらいたい。

安本説の根拠は、あのアホな「平均在位年数」だからな。





881 :日本@名無史さん:2006/06/10(土) 21:57:50
>>879
だからさ、年代引き上げがいけないと主張するなら、
昔の編年案が正しいと言う根拠を

>年輪年代法、AMS、銅鏡の解釈以外の絶対年代の根拠があるなら

以上の根拠を出して主張してごらんて言うことよ。出せないでしょ。

Aという説、Bという説、二つの説があった場合には両者の根拠をそれぞれ出してみて、
どちらがより蓋然性が高いかでどっちをとるかを決めるわけよ。

そういう根拠が何もない古い編年と、

>年輪年代法、AMS、銅鏡の解釈以外の絶対年代の根拠があるなら
>土器の形式数、出土数の多寡。これも解釈論に終わると思います。

という少なくとも多数の考古学関係者が納得しているこれらの根拠を持った
新しい編年のどちらに軍配が上がるかと言うと、こたえは明らかなわけよ。
もちろん、どちらが蓋然性が高いかと言う意味でね。

882 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 00:12:15
>Aという説、Bという説、二つの説があった場合には両者の根拠をそれぞれ出してみて、
>どちらがより蓋然性が高いかでどっちをとるかを決めるわけよ。
基本的にどちらが蓋然性が高いかを考えるという点では九州説も畿内説も同じはず。
ただ、何を基準にその蓋然性の高さを決めるかについては意見が分かれそうです。

また、蓋然性の高さだけで最終結論まで決めてしまうのはとても危険だと思います。
せいぜい『現状は△△だから○○の可能性が高い』といった発言に留めるべきでは?

とにかく、現状は乱暴に最終結論などを出さず、他説の問題点を見つけつつ、
真摯に自説の弱点を見つめる段階ではないかと考えます。

僕自身は絶対年代については銅鏡で論議されるのが関の山だと考えています。

それ以外の論拠が出てくるかと一応期待してこのスレを見てはいますが、
思わせぶりな発言が多いだけで、出る気配は全くなさそうです。

883 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 00:54:41
>>882
だからさ。お前が言うような「ホケノが4世紀」という根拠は全くなし。

要は、邪馬台国東遷の結論ありきの妄説。

884 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 01:17:06
>>883 年代繰上げ(遡上)の根拠で、確実性のあるものは何?
C14はもうだめぽ。
年輪年代も信用性がいまいち。伐採から使用までの期間も不明。
鏡は、同位体比の研究を無視して、スプリング8で自爆。

この状況で、結論だけ絶叫するから畿内教・遡上派と言われる。

885 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 01:50:49
同位体比が絶対といいきれるのかな?

886 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 07:34:40
>>883
>>お前が言うような「ホケノが4世紀」という根拠
妄想が激しすぎる。僕は「ホケノが4世紀」なんて言っていない。

このスレで発言者が名前を名乗らなければ、
言ってもいない発言を言ったことにしてもいいように思っているらしいけど、
こういうのは明らかに>>883の不注意

このスレで勝手に人格を捏造して、それに対して発言をするのではなく、
発言に対してコメントすれば、そんな間違いは起こらないのでは?

同様の思いつきで結論だけを絶叫し、自身の過ちを認めず、
他人を批判するだけでは何ら発言に意味がない

九州説根拠なしと言っているが、
このスレの>>792の発言に対し>>794の反論しかでておらず、
それがまともな反論にすらなっていない時点で声高々に九州説は根拠なしとは言えない

僕も>>884と同様に>>883
年代繰上げ(遡上)の根拠で、確実性のあるものは何?と問いたい

せいぜい、『多くの人が言っている』とか言ってお茶を濁しそうな気がするけど

887 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 09:07:48
>>882
>また、蓋然性の高さだけで最終結論まで決めてしまうのはとても危険だと思います。

蓋然性でいいんだよ。真実とは、もっとも蓋然性の高い仮説であるとも言われるくらい。
蓋然性が駄目なら、測定値の平均値をもって母集団の平均を推定すると言うごく当たり前の
誤差論の手続きさえ否定することになる。

あんたの主張をそのまま裏返せば、何の理由もなく旧編年にしがみつく側を、
あんたはそれなりの理由を持っている新編年側以上に批判せねばならんのだが、
それはせんのでしょ。

はじめから旧編年、九州説が正しいと言うドグマがあって、
そのために言を弄しているだけさ。あんたが自覚していようといまいとね。

888 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 10:27:45
精神病かも?・・・

889 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 10:56:06
>>866 プロではありません。
うちの方では、博多弁の「〜たい!(です)」は「〜て!」になります。
たい→て→です と変化したかもしれません。
となると、やま+です でやまたいですね。おもしろい^^

地名の考察はできてません。

890 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 13:54:46
>>879
>この記事自体も絶対とは言えないかも知れません。
はいそうですが、方位は絶対だと考えています。
距離から方位を出す技術はむしろ最近の技術です。
当時は天体観測から緯度経度を計り距離を出していた筈です。
緯度経度は比較的簡単な天体観測で調べられます。今は小学生でもやっています。
だから東治と沖縄と邪馬壹国の緯度経度が解れば、方位は間違える訳無いのです。
ただ当時は距離を出す技術は未熟だったようです、歩測や巻尺には限界がありますから、
正確な三角形の一辺がだせず、間違えやすかったのでしょう。
すなわち当時の距離と方位ならば、方位の方が信頼出来るものと考えるべきなのです。
しかも当時中国は既に天文学が世界一進んでいます。
伊都国辺りまで方位が正確なのは、誰もが認めます。
ところがそれからは違うと何故考えられるのでしょう。
この方位の矛盾は是非解消して頂きたいものですね。

891 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 14:27:15
>>890
「伊都国辺りまで方位が正確なのは、誰もが認めます。」

 けっこう大事なところだけどスラリとかわしますねw

892 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 16:01:04
>>890 naniwokawasitano?

893 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 16:09:54
>>886
いや、お前が>>792を書いたんじゃないのか? 
 ていうか、「九州説根拠無し」って書いてる訳じゃないから。
「庄内開始4世紀」とか「邪馬台国東遷」が根拠無しって書いてるんだよ。
よく読むように。

894 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 16:25:23
>>886
何が言いたいのか、全く分からん。
お前は、「色々説があるけど、決定的な証拠がない」ってことを
言いたいだけなのか?
そんな当たり前のことを言われても、アホらしいというか、議論の無駄。
限られた証拠の中から、より可能性の高い説を採るというのが学問だろ。

仮説に対して反論するなら、違う仮説を提示すべきじゃないかね。
で、君は「庄内開始が4世紀」っていう安本説でもない、と言う。
一体、どんな実年代を考えているんだ?
「まだ、はっきりしたことは分かりません」とかか?

895 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 16:54:27
>>894 
>>限られた証拠の中から、より可能性の高い説を採るというのが学問だろ。

その年代繰上についての「限られた証拠」をちと知りたい。あればですが。

896 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 17:06:24
>>895
お前、このスレちゃんと読んでるか? 上の方に書いてるだろ。
弥生後期の始まりが1世紀前半ってのは、理解出来てるか?

897 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 17:09:30
>>895
あと、繰上繰上というけれど、
従来の「庄内開始が4世紀」という説が全く根拠が無いことには
何故言及しないんだろ?

898 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 17:37:47
>>894
>お前は、「色々説があるけど、決定的な証拠がない」ってことを
>言いたいだけなのか?
何の根拠も示さずに『根拠なし』と言うのは論議にならないと言っています。
まともな根拠も示さずに頭ごなしに否定すれば、
まともな論議にはならないのではないでしょうか?

僕は決定的な証拠がなければ発言してはいけませんとは一言も言ってはいません。
限られた証拠の中から可能性の高い説を探ることについては基本的に僕も同じ考えです。

しかし、まだ年代が決定できるだけの根拠が出されていない段階で、
結論だけを先に決めてしまうのは早いと考えています。

>一体、どんな実年代を考えているんだ?

>>792の鉛の同位体比の発言については概ね賛成しています。だから、
ホケノを280年以降と僕は考えています。(もちろん一つの可能性として)
ただ、そこからホケノは330〜340年頃とまでは僕は考えていません。

>で、君は「庄内開始が4世紀」っていう安本説でもない、と言う。
あまりにも安本氏に染まりすぎではないでしょうか。
世の中、安本か反安本で二分されるものではありません。

899 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 17:43:41
>>898
おいおい、お前792と同一人物だろ。

>ただ、そこからホケノは330〜340年頃とまでは僕は考えていません。

はいはい。じゃあその根拠を書いて。


900 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 18:00:39
>>おいおい、お前792と同一人物だろ。
またも思い込み。というより思考がねじれている。

そういうのいい加減にやめたら?

901 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 18:15:47
しかし新スレ立ててもついてくるのかな?

902 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 18:39:49
>>898
>世の中、安本か反安本で二分されるものではありません。

そういうが、君の書いてる内容、安本本の受け売りばかりじゃないか。
他の本とか読んでる?



903 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 18:48:40
年代繰り上げ説の根拠
画文帯が古墳から出土すること(弥生遺跡からはなし)
炭素14年代(外国ではかなり使われている)
年輪年代(日本では光谷氏の独断場)
従来の編年を支持する人の根拠
いまいち不明。この人達はどうやら銅鏡がかなり伝世したと思ってるようだ。

科学的分析はどれも役不足。まだ検証が必要。



904 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 22:07:36
>>900
名無しにそんなこと言われてもなあ。
君はどれが誰の発言かすべて把握しているのか?超能力者か?
とりあえず君の発言がどれとどれなのか列記しなさい。
番号コテでいいからつけなさい。

905 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 02:17:48
>>896 それが回答になっていないことを、理解できる知能はあるよね。
畿内教・遡上派には、それさえもないのかな。

906 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 02:57:06
>>905
まずはコテハンになれ。話はそれからだ。
「あれを書いたのは僕じゃない」とか逃げてばかりじゃなくて。
まずは自説を述べてみなよ。
論破してやるからさw

907 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 07:09:09
>>903が畿内説派の総括として受け止めておきます
同位体比の話が欠落しているのはこの部分を脅威に思っていると理解しました

>画文帯が古墳から出土すること(弥生遺跡からはなし)
しかし、今まで騒いだ割にはこの1行が出された根拠とは……
三角縁の記年といった周知の根拠を出さなかったのはいいとして
画文帯の年代自体をどうやって決めているのだろう?

大山鳴動して鼠一匹

あとは架空の人格相手に会話と続けているようなので放置

>とりあえず君の発言がどれとどれなのか列記しなさい。
寝ぼけすぎ。お情けで一つ前の発言番号だけ言ってあげる>>900です

908 :903:2006/06/12(月) 07:28:53
>>907同位体比がかならずしも万能とは言い切れない。むしろ他の化学測定と同列に扱うべき。

あと、萩原・ホケノの画文帯は形式の中にちゃんと位置付けられている。そこから後漢末に近い年代になるのは普通の見解のはずだが。

909 :903:2006/06/12(月) 07:41:29
それと、年代を下げて考える人にとって(安本派)は画文帯が後漢鏡であると都合が悪いからわざと書いてない(もしくは知らない)と理解した

910 :712:2006/06/12(月) 07:44:19
3角の年号鏡をそのまま信じるのは、どうかと思う。日本製なら、
後の時代に作ることは可能。4年銘は、工人が後の製作がわかるように
ヒントとして作ってる可能性がある。と、同時に、3角を作れる人は、
漢式鏡も作れることも考える必要がある。近畿の年代が鏡で決める
わけにはいかないと言える。たとえば、黒塚が棺内に1つ胸に置かれていて
3角が棺外にむぞうさに置かれていた。これは、鏡が大事ということを
しめしていない。鏡が大事なら、同じところへ並べておくはず。
漢式鏡のみ大事にするのは、作為を感じる。

911 :最低限これくらいは共通認識:2006/06/12(月) 07:51:14
黄金塚出土の画文帯の紀年は景初だよね。

912 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 07:59:15
画文帯の年代を既に決まっているとするところに問題があると思います

一見、年代が確定したように見えて、同行式の年代は、年代が確定している
ある種の鏡よりは後で三角縁よりは前でということは分かっても、
それがどの程度、年代幅を持つのかさえまだ確定すべきではない段階では?

三角縁が後代にズレれば、同行式の画文帯も後にズレるという考えは
それほど頭ごなしに否定される論理でしょうか?

913 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 08:05:41
画文帯にも幾つか種類がありますが、確か黄金塚の画文帯はほとんど三角縁と同列の代物ですね。

おそらく、このスレにいる人はそのくらいの認識はあると思います。

年輪年代法が騒がれる前は、三角縁の年代解釈で水掛け論になっていましたが、
やはり、ここに問題は帰するようですね。

914 :903:2006/06/12(月) 08:21:55
三角は確かに年代を確定する資料とは速断できないものの、画文帯に関しては(特に萩原)はほぼ時代は晋だとは言えない状況である。そんなに年代を下にしたいのなら
編年を作り上げるか、製作工人が晋時代の人だと証明しないといけない

915 :最低限これくらいは共通認識:2006/06/12(月) 08:36:41
論旨がよくわかりませんが、銅鏡から言えることは、
一部の紀年鏡による絶対年代の上限と同笵関係による相対年代だけです。
呉の赤烏年間紀年鏡だって出土するわけですから。

916 :903:2006/06/12(月) 09:43:26
>>915
日本の資料だけならそうかもしれない。

917 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 10:44:46
>>911 その趣旨は?
1、景初に作られた。三角の紀年も製作年だ。
2、三角と同じで後世にメモリアルイヤーとして書かれた。

日本製説では三角は4C以降となり、2の理屈だと画文帯も4C以降とする根拠にもなる。
実際にも同位体比で両者に近似が見られる。

918 :903:2006/06/12(月) 12:42:16
メモリアルイヤーならもっと政治的文章が書いてあるはず。このことは特鋳説そして大和朝廷が記念として作った鏡であるという説両方を否定すると思われる

919 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 13:07:39
>>918 けど、三角は成分が均一だから、材料からみれば紀年鏡も含めて国産では
ないかというのが、同位体比の研究結果では?

あと、鏡に書かれた文も中国語を日本風にアレンジした為、韻が崩れていたりして、
おかしいという指摘もある。

メモリアルイヤー説では、親魏倭王の金印を受けて国際的に認知された王が、それを
錦の御旗にして、「神武東征」をしたという経過から、その年がメモリアルイヤーになった
という流れにつながりやすいと思う。

920 :712:2006/06/12(月) 14:26:32
ともかく、近畿ででた鏡は、全部(漢式鏡もふくめ)後に造られてる
可能性を含め年代を考えないといけない。邪馬台国九州説なら、近畿
から漢時代の鏡がでるはずがない。まあ、そこが、近畿説では強み
でしょうけど。神の手ではないけど、古い年代がかいてあるからと
その年代に造ったと安易にかんがえないほうがいいです。後の工人なら
なんでも同時期につくれるのです。3角も鋳なおした3角も、漢式鏡も。

921 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 17:55:40
>>最低限これくらいは共通認識
の名で発言した者ではありませんが、付け加えるならば、

もし、精緻に年代を探ろうとするなら、赤烏年間の紀年鏡、
前期古墳から出土した画文帯、ホケノや萩原から出土した画文帯、
黄金塚から出土した画文帯、それらをちゃんと分けて考えるべきだと思います。

922 :903:2006/06/12(月) 18:07:12
確かにその通りだと思う安本派は分けないからねぇ…

923 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 21:31:44
安本派うんぬんで>>921の発言をしたわけではありません。
安本派うんぬんといったグループ分けには殆ど興味はありません。

ただ、あっと言う間に、萩原・ホケノ、黒塚、黄金塚、赤烏年間紀年鏡と
話が膨らみ、焦点がぼやけ始めたような気がしたので一筆しただけです。

少なくとも……

1. どう見ても呉鏡にしか見えない赤烏年号入り(238,244)の画文帯
2. 萩原・ホケノの同行式の画文帯
3. 同じ同行式でも三角縁と一緒に出土する黒塚などの画文帯
4. 同行式よりも古いはずなのになぜか前期古墳から出土する環状乳の画文帯
5. まるで三角縁の縁だけを取り替えて作ったような黄金塚の画文帯
6. 時代が結構新しい伝上狛古墳出土の元康(291)年号入りの画文帯

くらいに分けて、伝世や国産などを考えないと
きっと論点が行き違いになると思います。

庄内に話を限るなら、萩原・ホケノの画文帯が焦点になると思いますが、
邪馬台国関連となると、その全てが絡んでくるように思えます。

924 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 00:03:07
>>923
おめゆるさんぞ!!!!!
負けたのに試合中見てないとは!!!

925 :903:2006/06/13(火) 00:09:42
>>923
なら庄内の年代を議論するべき。

926 :最低限これくらいは共通認識:2006/06/13(火) 00:16:00
>>917
 このコテで言いたかったのは>>915程度のこと。
 >>923氏の指摘のようにいらぬ御節介で論点ボケを生じさせたのならスマソです。

 ついでに一言だけ。
 三角縁については、樋口さん達が「ホウ製鏡」と呼ぶ一群を除けば楽浪出身
 又はその強い影響下にあった工人集団の手によるもので、その製造期間は、
 極めて短い(恐らく1〜2世代)間であったと思います。
 テーマパークが出来るほどの現物を抱えた橿考研の三角縁についての製造法や
 型式分類に関する研究内容は、結論部分はともかく、その多くは認めるべきでしょう。

927 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 00:50:21
機内!寂しいんか?

928 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 00:53:49
まあまあ。合流すりゃいいじゃないですか。


929 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 01:01:09
何処に合流するの?

930 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 01:29:45
このスレが終わる前に同位体の成分比が同じだと何故日本製になるのか解説してくれんか。
中国産だろうがインド産だろうが、同一系統の工房が近い年代に製作したら、
成分は同じになるんじゃないのか?

931 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 02:44:11
>>917
>2、三角と同じで後世にメモリアルイヤーとして書かれた。

いやさ、メモリアルイヤーなら、もっと景初の年号鏡が出土してしかるべきだ
と思うが。

年号鏡は、別に日本だけで出土する訳じゃなし。
中国で出土した年号鏡も用いられて編年が決められているんであって、
日本出土の鏡だけを妙に時代が下るって主張するのは無理があるでしょ。

932 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 02:57:51
>>930
三角は量が多過ぎで、日本でしか出土しないから、一部(多数)が日本製である
ことは今では争いがないと思われ。
日本製と中国製とで分けられるなら、原料に違いがあるはずという前提で、原料が
同じなら、全部が日本製ということになる。

933 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 03:02:13
>>932
原料は輸入すれば、一緒ということは有り得る。
飛騨の鉛を使用したから国産、とかじゃなかったか。
まあ、それもあくまで推測に過ぎんが。

934 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 03:45:14
この時代の原材料はほとんど中国産だと思う。
鉱石や半製品としての原材料産地と、最終生産地は別問題。

935 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 10:31:14
>この時代の原材料はほとんど中国産だと思う。

なんでそう思うの?

936 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 12:51:13
>>932
いまは、全部舶載説も出ているよ

>>935
それはいいんじゃないの。

>>931
メモリアルイアーは、明らかな同一工房同時期と判断される景初四年鏡の出土で、
ほぼ消えました。副作用として産地論争が複雑化しましたが。

937 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 13:57:05

スレタイと内容が一致しません。



考古学晩ではお相手してもらえない方々です。



通称「外れ」吉野の山に潜伏中




938 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 18:47:18







   〜〜〜現時刻を持ちましてこのスレは終了しました。ご愛嬌ありがとうございました。〜〜〜
















939 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 21:00:57
ご愛顧な。
本当のバカ

940 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 01:30:23
ワロス

941 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 02:35:07
結局、畿内説の年代繰上げ(遡上)の根拠って、何なの?
年代繰上げが認められないと、>>687みたく実は20年前に決着済み?

1、C14
2、年輪年代
3、三角縁の紀年鏡
4、画文帯の紀年鏡
5、九州の編年
6、土器編年
7、鉄鏃
8、鉄器無視
9、鏡含有の鉛の同位体比無視
10、魏志の風土解説無視
11、箸墓の馬具無視
12、信念。とにかく繰り上げ、結論絶叫、安本許さん!

942 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 07:24:19
>>941 決着済みとするのは語弊があると思います。
ただ、考古学の研究自体は進んでいるものの、絶対年代の根拠は
20年前とほぼ同じことを論議するレベルで止まっているようにも
見えます。

それでも、土器編年は精緻になってきており、
銅鏡の解釈にもまだ変化が見られそうなので、
僕自身はここに期待しています。

可能性の高さだけでものを言えば、
視点の異なる九州説、畿内説の双方で決着済みとする人は多そうです

943 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 14:20:14
>935
同位体でみて原材料が中国産。

944 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 22:17:07
>>941
旧来の実年代の根拠

1、安本の珍妙な「天皇の平均在位年数」

これだけ。

945 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 22:34:37
>>944
旧来の実年代とか安本とか言って珍妙な発言ばかり続けているけど
何を旧来の実年代の定義しているのかはっきりして欲しい

>>944は実体のないものを妄想して語るのが癖のように思える

946 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 22:49:14
>>945
庄内開始を4世紀とかいう、アレだよ。
邪馬台国東遷説を成立させんがための。

実年代推定が揺れ動くのはそうだが、少なくともそれなりに根拠がある。
安本のは全く無い。

947 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 23:03:08
安本をもって旧来の実年代とすると話が通じない

安本が必ずしも考古学会を代表しているわけではないし、
安本よりも古い考古学者も存在する

素直に『安本氏の年代観』といった言葉を使えば?

948 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 23:10:41
>>947
庄内4世紀開始という根拠は、安本の珍妙な説しかないことは
認めるのか?

949 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 23:46:28
>庄内4世紀開始という根拠は、安本の珍妙な説しかないことは
>認めるのか?
そんな説を言っている人は安本以外にもいるし、
根拠もピンからキリまでいろいろとありますよ

なぜ、それほどまでに視野が狭いのですか?

邪馬台国論争はあなたが考えているほど安本中心ではありません

それに安本の年代観を語る時に、鉛の同位体比、箸墓出土の馬具、
至位三公鏡などのことを伏せてしまうのは何故ですか?

950 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 23:47:48
>>至位三公鏡 ×
位至三公鏡 ○

951 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 00:14:46
>>949
いやだから、そんな抽象的なことじゃなくて、根拠を出して、と。

952 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 00:29:22
>>949
>そんな説を言っている人は安本以外にもいるし、

今現在それを言ってる人は誰?
20年も30年も前の論文引っ張り出して書いてあるなんて言うんじゃないよね?
安本某みたいに。

>根拠もピンからキリまでいろいろとありますよ

それを、まるッと、ごりッと出してください


953 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 00:32:21
>>951
この議論をしていていつも思うのは、
「庄内開始4世紀の根拠」と言ってるのに、邪馬台国九州説の根拠を
書く輩が多いこと。この違いが分からんアホなのか。

私自身は、邪馬台国九州説も充分可能性があると思っている。
ただ、庄内開始を無理に4世紀に引き下げ、邪馬台国東遷を強弁する輩に、
正直、根拠無えだろと言ってるわけだ。

954 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 01:08:01
位至三公鏡・・・・位、三公に至る

日本でも末は博士か大臣かとなどと、(少なくとも昔は)大臣と言うのは羨望の対象であったわけだけど、
それは当然の事ながら、下々の者が抱く感情。
三公以上、あるいはそれに近い地位のものがもらってうれしい鏡ではないわな。
実物も小型の二級品だし。

こんなものを魏の皇帝が他国の国王にわざわざ贈ったとしたら、
そりゃ魏帝国の沽券にかかわるぞ。

955 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 02:04:26
>>954  けど、邪馬台国の頃に中国で位至三公鏡が流行していたのは事実。
それが大量に日本に来たのも事実。その分布が北部九州中心というのも事実

邪馬台国と同時代の中国の墳墓等から出土する数種類の鏡について、日本での
出土状況は全てにおいて圧倒的に北部九州中心であるというのも常識。

中国よりも日本で大量に出土する画文帯や、日本でしか出土しない三角縁の
分布は畿内中心。つまり、この2つの鏡は時代が違う。

・・・以上『季刊邪馬台国92号』(最新号)参照。しかし、安本は本当に人気者だね。

956 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 07:07:04
>今現在それを言ってる人は誰?
>20年も30年も前の論文引っ張り出して書いてあるなんて言うんじゃないよね?
田辺昭三や関川尚功あたりも結構新しく見ていたのでは?

そのあたりの見解をどう解釈しているのか、それとも知らないだけなのか

>それを、まるッと、ごりッと出してください
他説や学史をこのスレにわざわざ書き写すなんて作業をすると思いますか?

寧ろ、その作業は庄内開始4世紀を強く反対している者が行うべきです

もっともこっちはそれを強要したりはしません。
あのくどいまでの『安本』発言が安本美典しか知らないという
狭い視野に基づいているものなのかどうかを知りたいだけだから

また、邪馬台国東遷説は庄内開始4世紀と直接関係ないと思います。
この説自体、庄内うんぬんが騒がれる前からあった説ですから

庄内開始が3世紀後半だとしても東遷したと言う人はいるだろうし、
庄内開始が4世紀前半だとしても東遷していないと言う人はいるでしょう

957 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 08:13:11
>>956
>田辺昭三や関川尚功あたりも結構新しく見ていたのでは?

やっぱりン十年前の論文を引っ張り出してるだけか。



958 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 08:14:10
>>956
>寧ろ、その作業は庄内開始4世紀を強く反対している者が行うべきです

つ 挙証責任の転嫁という典型的詭弁術


959 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 16:38:13
古い説だからダメとする理由が良く分からん。
古い説に対して、どんな理由でダメなのかが問題では?

安本だからダメという訳でもない。安本をやたら目の敵にしている人もいるけど、
安本説に対して1回たりとも論理的に反論できていませんよ。
話のすり替えと虚言を繰り返しているだけで、発展性がないですね。

960 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 19:57:31
庄内開始四世紀という過去の実年代観は、実際のところ、何の根拠もなく決められたものだろ。
まるで、それなりに根拠があるかのようにミスリードするのは止めろ。

961 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 20:17:56
位至三公鏡の見解でも>>954>>955の異なる意見があって面白い

どちらが事実に基づいて発言しているか明らか

1. 位至三公鏡は魏晋代の鏡
2. 位至三公鏡は北方系の鏡
3. 位至三公鏡は九州を中心に出土する鏡
4. 三角縁神獣鏡は位至三公鏡より後出する鏡
5. 三角縁神獣鏡は南方系に一部北方系の要素を持った鏡
6. 三角縁神獣鏡は畿内を中心に出土する鏡

本当に三角縁神獣鏡が紀年どおりの年代に製作されていたとしたら
何故、位至三公鏡の流入がそこで止まってしまったのだろうか……
これは実に興味深い事実だと思う

962 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 21:56:21
>>961
>4. 三角縁神獣鏡は位至三公鏡より後出する鏡

これって激しくトートロジーか意図的な誤誘導の悪寒がしる・・・・

これだけを見るといかにも位至三公鏡の流行のあとに三角縁神獣鏡の流行があったように読めるのだが、
こう読んだら明らかに間違いだよね。

といって、位至三公鏡の初現が後漢代まで遡るから三角縁より前だというならそのとおりだが、
そういう意味なら今の話題とは何の関係もない。

さていかに?

>何故、位至三公鏡の流入がそこで止まってしまったのだろうか……

これも意味不明だ。
まさかとは思うけど、位至三公鏡と三角縁が同時代に共存してはいけないとでも言うつもりなの?


963 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 22:37:54
その出土状況が大きく異なっている位至三公鏡と三角縁神獣鏡は
共伴するしないには関係なく同時代とするのが>>962の考えですか?

それは何に基づいてそう思っているの?

もし、三角縁神獣鏡の紀年が根拠と言うのならば、
それこそがトートロジーなのでは?

それとも根拠はないが、その可能性を願望しているのですか?

少なくとも、位至三公鏡と三角縁神獣の出土状況の違いは
無視する事実ではないはず。

964 :903:2006/06/15(木) 22:55:08
旧年代の根拠が書かれてる本があったら紹介してくれ、支持者の皆。さんざん
説明を求められて無いなんて答えはないよな?「自分で捜せ」なんて答えもないよな?

965 :最低限これくらいは共通認識:2006/06/15(木) 23:15:26
>>961

 まず、1〜3の「位至三公鏡」についてですが、
「参考」までに邪馬台国の会のサイトの資料を使いますと、
出土遺跡の時代分布は九州弥生終末から古墳期まで疎らに展開します。
 地域分布は、北部九州が多いのは舶載鏡に限ったことでは有りませんが、
確かに福岡・佐賀が多い(でも29枚中12〜14枚)、
 ただし大阪・奈良(6〜7枚)もそれなりに出ています。
 と言うことで、どう見ても魏代・倭人伝の時代に限って「北部九州」に「大量」に
輸入されていたわけでは無さそうです。
 あなたの「位至三公鏡の流入がそこで止まってしまった」と言う推定の「そこ」が
何時のことを指しているのかわかりませんが、晋の南退後の北方混乱期には、
かなりの文物の流入が止まります。
 このことが「実に興味深い事実」なのでしょうか?
 そのあたりのお考えが、と言うか「主張」の趣旨がよくわかりませんでした。
 4〜6の三角縁に関する記述については概ね同意しますが、「紀年」の真否に
ついてだけは、判断しかねます。
 ただ、畿内を中心に三角鏡が『大量』に広まったのは、前述の中国側の混乱期
に「国産化」が為されたからと言うのが大宗の意見だと思います。

966 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 23:34:48
>>963
その前に、>>961

>4. 三角縁神獣鏡は位至三公鏡より後出する鏡

で何が言いたかったのか、はっきりさせてくれる?

あんたがどういう事実認識の上に立って、
何を主張したいのかがわからないんだよ。

後出と断定した根拠をきかせてほしいんだ。

967 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 23:42:53
>>965
>ただし大阪・奈良(6〜7枚)もそれなりに出ています。
> と言うことで、どう見ても魏代・倭人伝の時代に限って「北部九州」に「大量」に
>輸入されていたわけでは無さそうです。
位至三公鏡が出土しているというその畿内の古墳をよく見るべきだと思います。
それらが同列に扱えるかどうかこそ『最低限これくらいは共通認識』にすべきでは?
(それに位至三公鏡は魏代でなく魏晋代です)

>あなたの「位至三公鏡の流入がそこで止まってしまった」と言う推定の「そこ」が
>何時のことを指しているのかわかりませんが、晋の南退後の北方混乱期には、
>かなりの文物の流入が止まります。
> このことが「実に興味深い事実」なのでしょうか?
晋の南退後=三角縁神獣鏡の時代という一解釈に
興味深いと感じる人は多いのではないでしょうか?

>>966
>後出と断定した根拠をきかせてほしいんだ。
それほど難しいことではないので自分で考えれば?
分からなければそれでよし。

968 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 00:02:40
>>967
つまり、根拠なしですね。よくわかりました。

969 :最低限これくらいは共通認識:2006/06/16(金) 00:16:26
>>967

 > 位至三公鏡が出土しているというその畿内の古墳をよく見るべきだと思います。
 > それらが同列に扱えるかどうかこそ『最低限これくらいは共通認識』にすべきでは? 
 > (それに位至三公鏡は魏代でなく魏晋代です)
 
 失礼、あなたは>>955とは別の方なのですね。

 >邪馬台国の頃に中国で位至三公鏡が流行していたのは事実。
 >それが大量に日本に来たのも事実。その分布が北部九州中心というのも事実

 この主張に同意されているようなので、「魏代」に「大量」に輸入され「北部九州」に分布
しているというほどのことはないと申し上げたまで。
 古墳期以降の遺跡からの出土例を除いてしまうと九州でも4〜5枚程度ですからね。
 邪馬台国の会が喧伝するほど影響力のある鏡ではありません。
 また、「三角縁の時代」については、私も考え方を述べさせていただきましたが、
既に決着のついた問題です。
 相手方が主張を取り下げたことに対して、一方通行的に邪馬台国問題と絡めて取り上げる
「邪馬台国の会」の手法は、いかがなものでしょうか?

970 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 00:30:51
>>969
>相手方が主張を取り下げたことに対して

誰が何を取り下げたのですか?

971 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 01:35:03
>>970 確かに。取り下げていないから、スプリング8とかやっちゃう。
白石は、最近の本でも紀年鏡はその時期に製造と言い切っちゃってるよ。

ただ、位至三公鏡の九州出土もそれが古墳時代かどうかを言い出すと水掛け論。
しかし、位至三公鏡は三角縁や画文帯と共伴しているかどうかはポイントになる。

あと、他の魏晋鏡の出土状況を含めると、北部九州が圧倒的優位。この点は?
しかも、ヤマト発祥の地の奈良からは、畿内のほかの地域と比べても少なすぎると
いう点からも中国の同時代の鏡の出土では、畿内説は圧倒的に不利。

972 :最低限これくらいは共通認識:2006/06/16(金) 03:19:12
>>970-971

それは、樋口さんだけのことでしょう。
岡村さんや福永さんは「舶載」説ではありますが、
それと邪馬台国論議を絡めた発言はしていないようです。
三角縁自体は3世紀の九州からの出土例もありますが、
基本的には4世紀の畿内王権発展期にその役割を果たした鏡と
言う認識に異議を唱える方は少ないと思います。

973 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 07:18:01
> 古墳期以降の遺跡からの出土例を除いてしまうと九州でも4〜5枚程度ですからね。
データの見方に問題あると思います。
畿内出土のものが同列に扱えないという僕の発言を元にそのように区切って、
4〜5枚と言われるのならばそれは勘違いされています。

畿内出土のものが同列に扱えないと言ったのは、弥生・古墳の微妙な時期と
それから100年以上隔てた古墳時代中期とでは事情が異なるという意味です。

弥生時代終末と古墳時代中期とをごっちゃにするのは問題ですが、
弥生時代と古墳時代の微妙な時期にも関わらず、
これを分断してしまうというのも問題があると思います。

>また、「三角縁の時代」については、私も考え方を述べさせていただきましたが、
>既に決着のついた問題です。
そう考えていること自体が問題です。

974 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 22:12:17
逆の意味でほぼ決着してると思うけどね。

975 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 22:29:39
劇論?隙論?化気論?

976 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 22:45:35
>>973
>弥生時代と古墳時代の微妙な時期にも関わらず、
>これを分断してしまうというのも問題があると思います。

古墳時代に入ると、畿内>北部九州になってしまうのだが、
それでも微妙なのか?
古墳時代以降は、北部九州も畿内の影響下だろ。

あと、庄内開始を4世紀とするなら(3世紀末でもいいが)、
卑弥呼遣使の239年とも開きが出てしまうが、それもいいのか?

977 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 22:50:57
>古墳期以降の遺跡からの出土例を除いてしまうと九州でも4〜5枚
>程度ですからね。

>あと、庄内開始を4世紀とするなら(3世紀末でもいいが)、
>卑弥呼遣使の239年とも開きが出てしまうが、それもいいのか?

確かに、卑弥呼や台与の時代に4〜5枚は具合が悪いよな。

978 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 23:48:39
>>898
>ホケノを280年以降と僕は考えています。(もちろん一つの可能性として)
>ただ、そこからホケノは330〜340年頃とまでは僕は考えていません。

266年に晋に遣使したのは台与だろうし、邪馬台国が九州にあったと
考えれば、庄内開始(邪馬台国東遷)はそれ以降となる。
だからホケノは280年頃が妥当。

画文帯は呉の影響を受けており、呉滅亡以前に倭国に輸入されることは
なかった。だから、少なくとも、ホケノは280年以降と考えるべき。

979 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 23:51:34
>古墳時代に入ると、畿内>北部九州になってしまうのだが、
>それでも微妙なのか?
弥生末期に九州で出土する位至三公鏡と
古墳初期に九州で出土する位至三公鏡とは
連続していると考えるのが普通ではないでしょうか?

仮に古墳初期に畿内で出土していたとしても僕なら連続している可能性を考えます。

そもそも位至三公鏡の流入時期は日本の勢力関係で決まるものですか?
勢力関係で分布範囲に影響があっても、
流入時期にまで直結させられるかどうかはもう少し説明が必要に思えます。

もちろん、弥生末期と古墳初期とで位至三公鏡の出土を分けて考えることが
できるのならば、僕は分析がより深められるといった点で賛成しますけど。

寧ろ、今は貴方がそれらを別物に扱えると考えた理由を聞かせて欲しい。

それとも言葉尻だけをとった曲解に基づく発言ですか?

>あと、庄内開始を4世紀とするなら(3世紀末でもいいが)、
>卑弥呼遣使の239年とも開きが出てしまうが、それもいいのか?
逆に『卑弥呼遣使=庄内開始』でないといけない理由って何ですか?
少なくとも僕は『卑弥呼遣使=庄内開始』とは考えていないので、
そんなことは僕に聞くべきではないと思います。

>確かに、卑弥呼や台与の時代に4〜5枚は具合が悪いよな。
あのデータを見てそう理解したのなら、>>977はデータを読み取る力を
まず磨くべきだと考えます。

980 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 23:55:50
>>972
>>三角縁自体は3世紀の九州からの出土例もありますが、
詳しく。ソースがあればだけど。

981 :日本@名無史さん:2006/06/16(金) 23:59:03
更に言えば、歴史上即位年が信頼出来る最初の天皇・用明の即位が586年。
古代天皇の平均在位が10年だから、35代前の天照大神が236年頃となる。
卑弥呼=天照大神であった訳だ。
で、30代前の神武が280〜290年頃の即位で、邪馬台国を畿内に東遷させる。

こういったことから考えても、庄内開始が280年より繰り上がることは
考えられない。

982 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 00:03:14
>>980
那珂八幡じゃねえの? まあ、庄内開始を4世紀に見るという特殊な考えなら、
当てはまらないだろけど。

983 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 00:05:01
>>978>>981
庄内開始が3世紀末以降って、この程度の根拠しかねえんだよな。
本当にどうかしてる。

984 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 00:14:09
>>979
>>確かに、卑弥呼や台与の時代に4〜5枚は具合が悪いよな。
>あのデータを見てそう理解したのなら、>>977はデータを読み取る力を
>まず磨くべきだと考えます。

古墳時代開始をどう考えているのかしらないけど(3世紀末か4世紀?)、
あなたの言う魏晋の鏡が、卑弥呼〜台与時代にに4〜5枚しか出土しない
というのは問題アリじゃないでしょうかね。

985 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 00:21:51
古墳初期には、畿内>北部九州の力関係が決定している。

古墳初期以降、位至三公鏡が北部九州から多く出土しようが、
庄内〜布留で画文帯・三角縁が畿内中心に出土している以上、
余り意味が無い考察だと思えるが。

986 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 00:38:09
>>984
どう見たら、位至三公鏡が4〜5枚しか出土しないにように見えるのか。

結局、>>984のような輩はスレの最後までデタラメな発言に終始したな。

でも、>>984のような輩が無視したり曲解したりした九州説側の発言は
一考に値するものもあり、それなりに筋が通っていて面白かった。

987 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 00:55:38
>>986
>どう見たら、位至三公鏡が4〜5枚しか出土しないにように見えるのか。

君は一体どこを見てるの?

988 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 01:07:47
弥生遺跡からの位至三公鏡の出土は4〜5枚程度じゃねえのか?

で、庄内開始が4世紀の人は、卑弥呼の時代は弥生後期だと言ってるわけだし。

989 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 01:23:06
>>981
結局これか。

990 :最低限これくらいは共通認識:2006/06/17(土) 01:27:40
>>973
>邪馬台国の頃に中国で位至三公鏡が流行していたのは事実。
>それが大量に日本に来たのも事実。その分布が北部九州中心というのも事実

再度確認しますが、あなたは上の主張に同意しているのですか?
私は同意しかねます。
 弥生終末期から古墳期までの間に散発的に20数枚が出土するだけの鏡を
評価する言葉としては不適切だと思います。
  

991 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 01:54:00
>>990  たしかに誇張はあるね。
けど、その分布が畿内中心ではないことは確か。しかも、4、5枚というのは、
北部九州の出土を古墳時代として間引いた数字だね。

あと、同時代の魏晋鏡全般を見ると、分布は北部九州中心である。
この点からも、三角縁や画文帯は時代がズレているのは、明白。
最も重要なのは、奈良での出土が極端に少ないこと。これは鉄器でも同じ。

要するに、奈良の開発は邪馬台国以後、マキムクなんかは270年以後。
俺は280〜300年頃から開発された地域と考えている。

992 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 10:58:17
>>973で発言した者です
>再度確認しますが、あなたは上の主張に同意しているのですか?
位至三公鏡が魏晋代に北で流行していたという点には同意します。
日本でのその分布が北部九州中心という点にも同意します。

ただ、それが甚だ大量と言えるかについては、
大量という言葉は個人の尺度の問題でもあるので、特に僕は同意しません。

あくまでも無視できない数という認識です。

こういった事実に目をそむけて、事実を積み上げることを避けていては、
研究は進まないだろうと僕は考えています。

出土している数が20数枚程度しかないのなら、
実際に流入した数は百枚程度と見るべきかも知れません。

なので、>>971の言うように位至三公鏡以外の魏晋鏡についても考えるべきだと思います。
ただ、この中でも位至三公鏡は分かりやすい鏡なので僕自身はこれに興味があります。

993 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 11:30:42
その他の魏晋鏡と言うけど、位至三公鏡みたいな二級品は民間の交流でもたらされた可能性が高く、
そのようなものが地理的に近い九州で多く出土するのは当り前の事。

問題は、国家間と言う政治的なつながりが確認できるようなものでなければ意味がない。
いくら数があってもその一帯の首長墓と見なされる墓から出土しないとしょうがないな。

994 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 11:51:52
考古学の人達は想像好きだね

995 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 13:57:15
>>954でも位至三公鏡は二級品といった発言がありましたが、
そこで述べられていた根拠も曖昧なものでした。

>日本でも末は博士か大臣かとなどと、(少なくとも昔は)大臣と言うのは羨望の対象であったわけだけど、
>それは当然の事ながら、下々の者が抱く感情。
>三公以上、あるいはそれに近い地位のものがもらってうれしい鏡ではないわな。
位至三公の文字から二級品とするのならば、三角縁神獣鏡も同列なのに、
なぜ、このような発言がまかり通るのかが不思議でした。

>実物も小型の二級品だし。
銅鏡のサイズで一級品、二級品を決めてしまうのもちょっと短絡的に思えました。
国産鏡より舶来鏡を貴重に考えていた可能性だってなきにしもあらずですから、
もう少し慎重に論じられるべきだと思います。



>>993のような屁理屈で、事実から目をそむけても意味はないと思います。
二級品の根拠が曖昧ですし、国家間と言う政治的なつながり?といった表現も抽象的です。
ある時期までは主に九州で流通する理由が地理的に近いというのも説明不足です。

その鏡が首長墓に埋葬されるかどうかは葬送儀礼的な問題であって、
その鏡が軽んじられたり、無視したりしても良いといった理由にはなりません。

>>993のような屁理屈を並べても、位至三公鏡の存在がこの世から消えるわけではありません。
畿内説を唱えるにしろ、九州説を唱えるにしろ、
もっともらしい見解を模索すべきだと考えます。
それでなければ話が進みません。

996 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 15:06:38
そもそも怪しい

997 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 15:33:30
次スレマダー?

998 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 19:04:53
>>995
根拠も何も、実物を見れば明らかだよ。
それ以上の根拠はいらないだろ。考古学は物に即して歴史を語る学問だ。

まっとうな推論を屁理屈としかいえないようではしょうがないな。


999 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 20:04:49
>>991
>あと、同時代の魏晋鏡全般を見ると、分布は北部九州中心である。
>この点からも、三角縁や画文帯は時代がズレているのは、明白。
>最も重要なのは、奈良での出土が極端に少ないこと。これは鉄器でも同じ。

だから、なぜそれが、マキムクが270年以降の根拠となるのか?
そう思いたいだけじゃない?

「三角縁や画文帯は時代がズレている」の根拠も意味も分からない。
位至三公鏡が北部九州から多いことが、なぜそんな結論になり得るのか?
そもそも、位至三公鏡が卑弥呼の鏡と思い込んでるのもイタイ。

1000 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 20:10:41
うんこ

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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