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【BC2】邪馬台国の根本【AD3】

1 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/18(火) 22:06:00
【楽浪海中有倭人分為百余国以歳時来献見云】
ここから始まる日本の歴史
この辺りのスレが無いので立てて見ました。

2 :日本@名無史さん:2006/04/18(火) 22:25:24
2取れたら
ヒミコとsex

3 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/18(火) 22:25:26
【百餘國】の「百」とは
数値ではない。この「百」とは「百姓」の「百」と同じ意味解釈(…沢山…)です。
邪馬台国が建国されるBC 2C以前のその地域には、王権国家が百余国あったのではなく
小さな村々で成り立っていた事を述べている。

4 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/18(火) 22:32:49
「百」が数値表示で、ない事を“魏志倭人伝”にての【國邑】の文字で解る

「國邑」⇒国が小さな邑で構成されていた。

5 :かんた:2006/04/18(火) 22:49:07
邪馬台国は東北の八幡平(はちまんたい)にあったかも。日本では平の文字はタイラと読むところが多いが、ここは古くからヤマタイと呼ばれていたので平をタイと読む。



6 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/18(火) 23:14:57
>>5 かんたさん イラッシャイ

※八幡平云々ではなく
少なくとも漢人達は「漢時」には
東北や北海道を認知していた事を
【絶在海中洲島之上…】
…魏志 倭人伝…
にて 知ることができます。

7 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/18(火) 23:16:10
>>5 かんたさん イラッシャイ

※八幡平云々ではなく
少なくとも漢人達は「漢時」には
東北や北海道を認知していた事を
【絶在海中洲島之上…】
…魏志 倭人伝…
にて 知ることができます。

8 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/19(水) 11:45:06
紀元前数千年前、列島に半島からの渡来民【(古代漢民族)(朝鮮族)】が渡って来た。彼等は稲作栽培が上手で、それまで草食主体の先住民【士気温ドン冬夏生菜】と
同化し、やがて小さな村社会を作り、徐々に拡大

その渡来民が齎したのが「数詞」…イチニイサン…

9 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/19(水) 12:49:32
【…参問倭地…】

「参」⇒赴く
参観・参詣・参勤

「問」⇒未解
『参問』⇒探索・探検
【参問倭地の解釈は】
※列島を探検する

【絶在海中洲島之上】
「中洲島」⇒本州島
「上」⇒北
詰まり
※北海道

【周旋可五千餘里】
「周旋」⇒グルリ 「可」⇒四方のうち二辺
※北海道島の二辺は五千余里の規模

10 :質問攻め男:2006/04/19(水) 13:18:41
・漢字が読める人はいましたか。
・暦を知っている人はいましたか。
・帯方郡から毎年カレンダー貰えましたか。
・干支の羊と龍それに虎を知っている人はいましたか。

11 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/19(水) 14:31:11
>>10

※BとCの回答はパスします。

@ 知っていたでしょう
魏朝に上表していますし、列島は、半島からの渡来民支配で国が成立していますので


A今の一年十二ヵ月となると?ですが
種蒔きから収穫までの「カヨミ」は有ったでしょう
既に大陸からの渡来民が「数詞イチニイサン…」を持ち込んでいたので、そこから考察可能でしょう。種蒔きの時期を知らせるのが
列島では「桜」
中国では「梅」

桜の下での花見の宴は、太古から伝承されたカミへの豊作祈願

12 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/19(水) 17:07:27
「カヨミ」と「コヨミ」

「カヨミ」⇒特定の日を読む三月三日とか五月五日とか七月七日…etc…

「コヨミ」⇒連続した日を読む

13 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/19(水) 17:35:19
魏略逸文に
【其俗不知正歳四節但計春耕秋収為年紀】
詰まり
この文章が書かれし時代まで列島の民は、陰暦を使用していなかった。
彼等は陰暦を知らないのではなく、一年360日など必要ではなかった!
季節と共に正確に行う「耕作」は、稲作を知らない“先住民倭種社会”に、食の文化大革命をもたらした。
先住倭種は、大陸から入ってきた渡来民達を“カミ”の下部として崇め始めた。

14 :日本@名無史さん:2006/04/19(水) 17:56:44
時代観がむちゃくちゃですよ? 
いつもの妄想ですか?

15 :日本@名無史さん:2006/04/19(水) 18:09:28
大陸から入ってきた渡来民達は倭種だと思うぞ。



16 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/19(水) 18:11:00
>>14

>時代観が無茶苦茶

※そういうツッコミをする前に 何処がどう無茶苦茶なのか説明されたし
単純な否定は誰でも出来る。

17 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/19(水) 18:20:25
>>15

※紀元前数千年前数詞〔イチニイサン…〕と共に半島から渡来した民族と 先住民との同化が“倭種”考えています。
その倭種が営む社会が〔狗奴〕と魏志倭人伝にカキコされた。

18 :日本@名無史さん:2006/04/19(水) 18:24:34
>>17
「周時天下太平 倭人來獻鬯草」(異虚篇第一八)
周の時、天下太平にして、倭人来たりて暢草を献ず

「成王時 越裳獻雉 倭人貢鬯」(恢国篇第五八)
成王の時、越裳雉を献じ、倭人暢草を貢ず

「周時天下太平 越裳獻白雉 倭人貢鬯草 食白雉服鬯草 不能除凶」

ウィキからのコピペ
これに記されている倭人は列島のものでしょうか?

19 :日本@名無史さん:2006/04/19(水) 18:25:22
対象が紀元前後のわずか5年とは、またマニアックなスレが立ったな。

20 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/19(水) 18:31:53
>>18

『論衡』の中一文かと!

解ったら一報いれます。

21 :質問攻め男:2006/04/19(水) 19:24:52
暦が普及していないと待ち合わせができない。
例えば、越の人と出雲の人が但馬で行う来年の取引を約束して、
"来年の雪解け月の朔日に、また"といった場合に、月の満ち欠けだけで
日数を数えていては最大1ヶ月(満月〜満月分)、待ちぼうけを食らう恐れがある。

これが兵糧の必要な軍事行動だともっと深刻で、
"今年の秋出陣するので、稲刈り月の翌月新月の日に集合"と連絡をもらっても、
最初に集合した兵が兵糧を食い尽くしてしばらく経ってから最後の兵が到着する
ような事態になりかねない。

一体どのように待ち合わせをしていたのやら。

22 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/19(水) 19:34:54
>>18

後漢時の王充の『論衡』は、班固の『漢書』と同時期の編纂と思われるので
漢書の基史料を知らないと言うことは無いと考えます。
詰まり、漢書にカキコされた【楽浪海中有“倭人”…】の『倭人』の事を知っていての 『論衡』の“倭人”書き込みと判断しても、自然かと

そのような設定の基に判断すれば、周時に来献した『倭人』を、列島の民(大国主一族)と
私見判断します。

23 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/19(水) 19:52:32
>>21

魏略逸文から判断した内容を述べているのであって
その辺の細かい事までの判断は?

ただ、稲作栽培には『コヨミ』が必要な事は存じてます。
その他の作物等は『カヨミ』で十分かと!

《参考》として
七月七日の七夕相撲を詳しく追究すれば、その辺の疑問の解決糸口になるかも!

24 :質問攻め男:2006/04/19(水) 20:00:21
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9971316935
これですか?

25 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/19(水) 20:15:55
>>24

へぇ〜っ!
こんな本出てるんだぁーっ
正直、知らなかった。
確か 『紀』崇神七年七月七日に。(間違っていたらスマソ) 777 のフィーバー
『鬼』(倭種)が出て来て殺されちゃう


とにかく
調べると奥がふか〜ぃ

26 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/19(水) 20:51:23
>>24 追加だよぉー

ついでに
三月三日の雛祭りでも暇が有ったら調べてみれば
邪馬台国の研究にはドンピシャリ
あの雛飾り 隣に座ってる殿様は後付け(縁起)らしいよ。

27 :邪魔大王国:2006/04/19(水) 21:06:56
邪魔大王国

http://www.anime-bb.jp/abb/contents/COMMON/TUESDAY/MENU/story.html

28 :日本@名無史さん:2006/04/19(水) 21:29:47
俺は、卑弥呼と天照大神が同一人物だと思っている。違うかね?

29 :日本@名無史さん:2006/04/19(水) 21:59:41
         ハ,,ハ  
        ('(゚∀゚∩_ おいらをどこかのスレに送って!
      /ヽ   〈/\ お別れの時にはお土産を持たせてね!
     /| ̄ ̄ ̄|.\/
       |カスタネット/
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30 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/19(水) 22:18:30
>>28
『記紀』の解析が済んでいないのでなんとも?

>卑弥呼と同一

※卑弥呼は複数で、一固有の名詞と考えていないので少なくとも二人
※姉の『漢委奴國王』卑弥呼
※妹の『親魏倭王』卑弥呼と、ね


詳しいことは
まだ言わない。

31 :28:2006/04/19(水) 23:54:21
>>30
詳しく。

32 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/20(木) 07:58:25
>>31

詰めの部分はノーコメントだが
卑弥呼が共立された時期が170年代、中国正史の多くにその共立時の記事が掲載されているので
漢王朝の関与を否定出来ない
その時の様子を
【年巳長大無夫婿有男弟佐治國】と
詰まり
共立された時既に、夫が居無いのが不思議な年齢で、尚更【年巳長大】と付け加える程のものだった事実

その後60〜70年の長寿政権?

『年巳』⇒歳既
『年長』⇒40〜50以上
『男弟』⇒舎弟

■それらが第一の理由

33 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/20(木) 12:33:17
>>22 訂正レス


しかし、具体的に『倭』とカキコしていないし、位置的説明も無いから『倭人』だけで列島と判断することは出来ない。


失礼しました。

34 :28:2006/04/20(木) 14:05:11
>>32
はなしが専門的でよく分からん。女神を最高神と
する神道と最高に崇拝されてた卑弥呼が神と後世もちあげられて
権力を手にした大和朝廷との大和朝廷、邪馬台国説とも合うのではないかい?

なんか自分で書いてて意味がわからんようになったが>>32さん、読み取ってくれ。

35 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/20(木) 14:31:36
>>34さん
簡単に説明すると!
※雛飾りを思い出してくれ。
卑弥呼共立前まで、一番上の段は無く 三十人の王達で邪馬台の国域を後漢王朝の後ろ盾のもと やり繰りしていた。
(中略)
170年頃 漢王朝が雛飾りの上段を作り そこに、
今まで神と王達の仲介役で有った、一族の女性を座らせ金印を与え最高権力位
に据えた(公証、共立した)
これが “雛飾りの原点”

だから最初の雛飾りには、殿様がいなかったの。

36 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/20(木) 15:11:10
この三十人の男王達、リーダーは存在したが 独裁と成ることはなく
そのリーダー期間も7〜8年 長くて10年 だった
そんなおり
リーダーが本州侵略の最中戦死 リーダーの居なくなった邪馬台国は、身内争いを繰り返し混乱をきたした。属国蛮夷の安泰を図る為、大帝国は女王共立と言う奇襲に出
女王に『漢委奴國王』の金印を下賜し 女王に絶対的権限を与え安泰工作をはかった。
これが後に
二代目卑弥呼が慌てて魏に金印の催促に行った理由に繋がる
詰まり
姉チャンの様に 金印効果が必要だった

37 :28:2006/04/20(木) 20:53:46
ヤフーで「卑弥呼と天照大神」と検索すると両者が同一だという説がたくさん
あった。

38 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/20(木) 21:20:14
>>37

問題は、それをどう証明するかだよ!

39 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 21:48:02
邪馬台国は、畿内にあったようだね。

倭奴国・・・・・・ワのクニ=大和

狗奴国・・・・・クィのクニ=木国

かもしれないね。
古代日本では、「の」を「ぬ」と発音した可能性がある。


40 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/20(木) 22:13:15
>>39

『倭奴』→ワナ
『狗奴』→クナ

ついでに
『委奴』→イナ

41 :日本@名無史さん:2006/04/20(木) 22:35:33
素直に『委奴』 -> イヌ だろう。


42 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/20(木) 23:04:41
>>41

>委奴→イヌ

※これで『字意』と『言意』をどおぞ!

43 :日本@名無史さん:2006/04/21(金) 09:18:08
部族のトーテムが犬の国。

44 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/21(金) 12:39:18
『倭奴』

『倭』⇒列島
(属国となり人(華人)に委ねている)

『奴』⇒形成・支配・中心的な(中)
・女の又は新しいものを生み出す。
〈詰まり〉
※列島の中心的な地域

固有名詞ではありません。

45 :圭角:2006/04/21(金) 14:10:53
プラムさん、こんにちわ。この十日間ほど多忙で失礼しておりました。
なかなか良いスレタイトルですね。このスレに参加させていただくご挨拶代わりに
まずは、文字の国である中国の当該期間の歴史年表を復習する意で以下記します。
前一九五年 遼東郡が漢に属す 燕の満が平壤に都す
前一四一年 武帝即位
前一0八年 漢が朝鮮王右渠を滅ぼし楽浪・臨屯・玄菟・真蕃の四郡を置く
前 八七年 武帝死す
後  八年 王莽が皇帝となり新を建てる
後 二三年 王莽滅亡
後 三七年 後漢の光武帝が中国を統一
後 五七年 光武帝死す
後一0七年 西域が漢に叛き、漢は西域都護を廃止す
後一八四年 黄巾の乱
後一八九年 董卓の乱、遼東太守の公孫度が独立 

46 :圭角:2006/04/21(金) 14:55:22
さてプラムさん、プラムさんの8のご意見に関連して。
 いわゆる唐辛子は、あのチャングムさんの時代つまり中国の明の頃までは朝鮮に
伝わっていません。唐辛子と稲作の伝来は無論違いますし、日本最古の稲作遺跡の
菜畑遺跡は唐津に在りますので朝鮮ルートを否定するものではありません。しかし
前三三三年、越は楚に滅ぼされて越人は四散します。世界最古稲作遺跡はご存知の
河姆渡遺跡です。つまり越です。越人は航海術に優れていたと言います。むろん、
その以前から稲作は日本に伝来していた可能性をも強く思いますが、この符合には
興味を引かれる次第です。
 陳寿の東夷伝にも、夫余は自ら中国からの亡命者と称し、穢伝には陳勝呉広の乱
の折に燕や斉や趙の民衆が戦乱を逃れて一万人以上の人々が朝鮮に来たとあるので
多数の人間の移動は文化の移動に直結しますから、古来より中国で大きな戦乱及び
秦の始皇帝や漢の武帝の領土征服勢力拡張の度毎に、中国から朝鮮日本に流入した
人々は多数大量に居たと推定されます。
 さすれば、その祖地と新たな移住地の間において人々の交流が芽生え発展するは
自然な成り行きとなります。つまり、申し上げたいことは、前漢時代以前から既に
倭人在り分かれて百余国を為す、状況は中国に知られていたということです。

47 :圭角:2006/04/21(金) 15:47:15
と申します理由は、楽浪海中倭人在り、分かれて百余国と為し歳時を以って
来り献見すと云う、の前文であります。その前文はご存知の次の通りです。
 東夷天性従順、三方の外に異る、故に孔子は道の行われざるを悼んで
桴を海に設け、九夷の外に居らんと欲す


48 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/21(金) 16:53:39
圭角さんイラッシャイ!

解説乙です。
今後参考にさせて戴きます。

このスレは、従来の邪馬台国スレに欠けていたAD3C以前や、ちょっとマニアックな内容を求め立ててみました。


※こだわってみましょう!
従来の論争は 他所でって感じです。

49 :日本@名無史さん:2006/04/21(金) 20:08:02
ヤマタイコクばっかりなのがマニアックで
それ以外にも目を向けるのが本来フツーかも

50 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/21(金) 23:20:03

時代がぐっと新しくなるけど
『又東至一支國』…梁書倭伝…
誰か 解釈してみるー?

51 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/21(金) 23:29:18
ごめん 訂正
…梁書… じゃあなく
…隋書…だった!

52 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/22(土) 00:06:38
圭角さん来店記念に
以前カキコしたままだった

『又・復・亦』(マタ)の解釈を少しだけ!

※このみっつの解釈は、み〜んな“繰り返す”なんだけど ビミョ〜に使い方が違う

『又』⇒再度

>>50の使い方

『復』⇒重なる
復職・復学・復帰・復活

〈復有國〉
→同じく支配する国

『亦』⇒繰り返す

〈…亦以男子為王…〉
※繰り返して、男子が王と為し
…詰まり…
・政権交代が繰り返された

オヤスミなさーい!

53 :圭角:2006/04/22(土) 09:59:46
復につきましては、卑弥呼共立に関連していわゆる壱与の複立ですね。
卑弥呼を共立、男王を更立、そして壱与の複立、ですから複についてはプラムさんの
おっしゃる通りと自分も思っていました。亦につきましても同様であります。

ところで、プラムさんは卑弥呼共立の主語は何者であると、お考えですか。
ご見解をお聞かせください。


54 :圭角:2006/04/22(土) 10:25:54
47を追加します。書きかけのところで来客がありましたので。
漢書の倭人の記事の頭に孔子の言葉が付いていることには注目度が低いと
云えるでしょう。つまり、論語の字句が引用されているという事実です。
これは、唐の史家顔師古が注したものとはされておりますが、有名な論語の一節です。
 ある日、孔子がふと言った。私の理想とする道徳はこの世の中に行われそうにない。
いっそのこと、この中国を見捨てて、桴に乗って東の海に乗り出したく思う。
そのとき、私についてくるのは、まあ由、すなわち子路だろうかな。
 現在は存じませんが、私の高校時代の漢文の教科書の論語の有名な一節です。
九夷の外に居らんと欲す。
故あるかな、それ、楽浪海中倭人有り、分かれて百余国と為す。
歳時を以って来り献見すと云う、と続いていることに注目すべきでしょう。
 孔子も倭人を知っていた、との解釈も可能となるのですから大変ですよ。

55 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/22(土) 12:29:55
圭角さん
>>53への回答です


※漢王朝と邪馬台国の民
理由は
『相攻伐歴年』に終止符を打つ為
それまでは目まぐるしい程の政権交代『亦以男子為王住七八十年』並びにそれに伴う『相攻伐』
望むのは 民と
自国の不安定さに、属国迄手が中々回らない大帝国
そこでとられた政策が
『金印』を使った、絶対独裁政権樹立作戦
詰まり……共立です。


金印効果は凄い威力!

56 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/22(土) 12:41:09
少し推測します。

それではどーして記録に『假金印紫綬』が残されなかったのか?
《詰まり》
魏王朝からの『假金印紫綬』は倭側が望み朝見し下賜された 正規な手続き
一方(後漢王朝)の共立は、王朝側の意図する 非公式な掟破り
だから正規な史書には『假金印紫綬』まで書く事はなかった。


スジは通っていると思いますがどうでしょう?

57 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/22(土) 12:56:16
あ!
忘れました。
>>55-56

が、卑弥呼二人説の第二の理由としときます。

58 :圭角:2006/04/23(日) 08:11:29
漢王朝と邪馬台国の民とするとして、その共立の時期もしくは年次は
いつ頃とお考えでしょうか。

59 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/23(日) 09:42:17
圭角さん
おはようございます。

>共立の時期ですが

※170年代とかんがえてます。
・三国史記新羅本紀173年に卑弥呼の記事が見えますし、桓・霊間と紀伝体で書かれていますので
年代的にこの辺りかと

60 :三光作戦:2006/04/23(日) 09:44:51

日中戦争時、抗日ゲリラに手を焼いた日本軍は、強圧的に拡大して
満州と中国との国境とした万里の長城線一帯を無人化する作戦を実施した。
指定地域内の住人を総て強制収容所に移住させ、ゲリラと住人との接触を断ち
ゲリラ出没地域での耕作を一切禁止するというものである。
その過程において、首を切り落とすなどして殺害した農民は8万1千人、
拷問のため施設送りの後処刑した者4万6千人。合計127000人を殺害した。
集落によっては村民が殆ど皆殺しになった所もある。
人囲いと言われる強制収容所は粗末なもので、宿舎は無く、移住させられた住民は露地に藁を敷き、露天で寝るしかなかった。
宿舎としてのバラックや要壁などは住民の手で作らされた。
農期には収容所近くの耕地で農作業を強制された。
収容所の環境は劣悪で、満足な食料、薬もなく、病気や飢えで何万もの人が命を落とした。

表題の三光とは、殺し尽くす、奪い尽くす、焼き尽くすと言う意味である。

幾つか例を挙げると

豊潤県潘家峪では一度に1230人が虐殺された。
密雲西白連峪では、全村落を破壊し、最後に破壊から偶然逃れていた一軒を発見し、そこに居た70歳重体老人を家ごと焼殺、幼児2名を銃殺。
王廠溝、南大門一帯では、580人を逮捕し、380人を虐殺し、残り200人を強制労働の為、東北へ送り、内80%が死亡。
石柱子村では、村民700人中300人を虐殺。
興隆県秋木林、大莫峪では、全130戸から180人の青年壮年男を逮捕し、虐殺。寡婦の村とする。
興隆県ではその一帯に多数の寡婦の村が出来た。
更に寡婦の村を襲撃し、逮捕した者で使えそうな者を日本兵の慰め者にし、残りは処刑した。
興隆県では、人口16万人が戦後、10万人に減少していた。
大帽峪の村人など120人を後手に縛り、虐殺。
引っ立てて来た魯家峪住人を一人ずつ目隠しをして井戸の前に座らせ、
日本刀で首を跳ね飛ばしては井戸の中に放り込んだ。


61 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 12:11:44
61なら古伊万里あげる

62 :圭角:2006/04/23(日) 15:46:03
170年代とすれば、後漢は宦官の全盛期であり宦官が官僚に大弾圧を加えた第一次の
党錮事件の166年、そして第二次党錮事件が169年です。さらに張角が腐敗した
王朝に叛旗を翻し民衆に号令を下して、中国全土を戦乱の渦に巻き込んだ黄巾の乱が
起こったのが184年ですから、その間のこととなりますね。
 ところで、後漢の初期に定められた宦官の数はわずか14人に過ぎなかったけれど
189年に袁紹らが内廷に乱入して殺した宦官の数は二千人に達したといいます。
後漢は光武帝の死後は外戚と宦官が交互に台頭して、宦官のかくなる増殖を以って
黄巾の乱に因りその内実が崩壊しています。
 このような時期に倭の卑弥呼共立はなし得ないと考えるのが自然ではないでしょうか。
西域の経営もとっくの昔に廃止放棄しています。さらに公孫氏が遼東に独立したのも
189年でありますし、陳寿の東夷伝にも倭は公孫氏に服していたとありますので
後漢が170年代に共立した卑弥呼を公孫氏が認めることも不自然となります。
 したがって、私は卑弥呼共立の後ろ盾は公孫氏政権と考えているしだいです。さらに
もうひとつ理由があります。東夷伝で他の共立記事には、扶余伝においては諸加と記し
高句麗伝においては国人と陳寿は明記しています。
 ところが倭人伝にはご存知の通り卑弥呼共立の主語が記してはありません。よって
その理由はふたつ考えられると思います。まずひとつめは、共立した主語が公孫淵ゆえに
陳寿があえて記すことをしなかった。次のふたつめは、魏が共立したのであれば、
分かり切ったことは記述しなかったと考えられる次第です。
 張政が来訪してから卑弥呼は死んで、更立した男王においても復立した壱与の場合も
更立及び復立の主語は記してありません。この更立復立の主語を張政・帯方郡太守つまり
魏と考えるのであれば、卑弥呼共立の主語は魏となって自然かと思います。
 つまり、イラクやアフガニスタンの指導者を米国主導で決定されたように・・・。

63 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/23(日) 17:16:35
圭角さん

魏の共立は有り得ない事です。
決定的な事由は『後漢書倭伝』にての記載
並び後世の史書にて『漢』の認識の基に書かれている事です。
仮に公孫氏の関与があったにしろその構図は

漢王朝⇒公孫氏⇒倭

という独自関係とは考えにくいものです。
独自構図なら、中国正史に記事として取り上げる事がないからです。

64 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/23(日) 20:04:38
後漢時から魏時に掛けて実質政治担当も

男弟(舎弟)⇒男王卑弥狗呼(実弟)に代わっていることにも注目です。

65 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 20:54:35
卑弥狗呼って卑弥弓呼のこと?
卑弥狗呼=男王ってホント?

66 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/23(日) 21:21:23
>>65
スマソ! ⇒卑弥弓呼です

【…男王卑弥弓呼素不和】 ↓↓↓
【其南有狗奴国其官有狗古智卑狗不属女王】


ね!

67 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/23(日) 21:30:34
何時までも
現代日本的読み下し馬鹿をしていたら“古代漢文”は闇の中
真実なんて永久に無理!

何時までも読み下し馬鹿に染まるか
それともこの辺でバイバイするかだね。

68 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/23(日) 23:36:56
>>66 を翻訳

【其南有狗奴國男子為王其官有狗古智卑狗不屬女王】
※その南狗奴国有り、その官狗古智卑狗男子王(卑弥弓呼)の為、女王(卑弥呼)に属せず。

《ついでがてら》
【自郡至女王國萬二千餘里】
※郡を基点に女王国(王宮)は12000余里の範囲


●これを機会に“読み下し馬鹿”の世界から足を洗おう!

69 :日本@名無史さん:2006/04/23(日) 23:38:07
確かに魏志倭人伝に【男王卑弥弓呼】とあった……

70 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/23(日) 23:47:17
>>69

ここで間違えてはいけない事は!
『卑弥弓呼』は狗奴国の王では無い。
『卑弥呼』の『実弟』

共立時、佐治したのは“男弟”⇒詰まり『舎弟頭』


読み下し馬鹿になると、こんな事も解らなくなりグチャグチャの内容になりま〜す。

71 :日本@名無史さん:2006/04/24(月) 07:22:20
> 『卑弥弓呼』は狗奴国の王では無い。
> 『卑弥呼』の『実弟』

ようやく言わんとしていることが分かった感じ……
男王という言葉。ヤヤコシイ

72 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/24(月) 07:58:22
詰まり

女王卑弥呼と弟の卑弥弓呼は余り仲が良くなかった(素不和)
実質リーダーである弟は
姉の存在の為、何時もNO 2
姉の魏朝への強行朝見の為トップの地位に付けなかった弟は、一族の争いの火種(相攻伐)
そんな弟派が狗奴の官
狗古智卑狗

だから
漢時共立された“卑弥呼”と、魏時朝見した“卑弥呼”は、別人(姉妹)


これを第三の理由に!

73 :26歳大卒ヒッキー ◆HCmIhYMlyc :2006/04/24(月) 09:31:03
まだこんなことやってたのww
もうマジで頭おかしいんじゃないの。
何年毎日こんなことしてるのやら

74 :圭角:2006/04/24(月) 09:36:03
プラムさんおはようございます。九州の空は快晴となりました。今、読んでいます。
たしかに、魏の共立は無理かもしれませんね。わたしは、それと同様に混乱疲弊した
百七十年代の後漢王朝による共立も無理だったと思料する次第なのです。
 しかし、公孫氏による共立であった可能性は捨てきれないと思うところです。
陳寿によると、公孫氏は曹操の勢力が拡張する以前には、渤海を越えて山東半島まで
東耒県に刺史を置き支配していた勢力圏を誇っていたのです。また陳寿は東夷の国は
公孫氏に三十年ほど服属していたと記していますから、公孫氏主導による卑弥呼の
共立がおこなわれても不自然ではなかろうと思う次第であります。
 ところで、邪馬台国の民による共立は不合理でしょう。なせなら、ご承知の通りに
卑弥呼は邪馬台国の女王ではなく、倭の女王なのです。邪馬台国は倭の女王卑弥呼が
都する国であるからです。陳寿は倭の女王卑弥呼とは記していても、
邪馬台国の女王卑弥呼とは記していませんね。ところが、プラムさん不思議不可解な
ことは、広辞苑や人名辞典で卑弥呼を引きますと、邪馬台国の女王、とあるのです。
 世間の常識通説が間違っていることも多いという証左のひとつでしょう。


75 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/24(月) 12:41:07
圭角さんこんにちは!!

詰まり
間違った国語教育ですね!
ところで圭角さん
漢文を読むとき“読み下し”をしますよね!
漢文って“読み下せるように”配慮され書かれたものですか?
詰まり
日本語に合わせ漢文は書かれてる!ですか?

その様に作られているならキチント読み下せる文にしなければイケマセンネ。


古代漢文って
日本語に優しいんですね!


※これがそもそもの
誤り、変な先入観並びに間違った教育の犠牲ですよ!

76 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/24(月) 12:51:11
漢字は『一字一意』
倭後は『一音一意』

《例》
『青』
・漢字はこの一字だけで意味が解りますが

・倭語は、『ア』『オ』と言う(二音)
詰まり
『ア』と言う音の意味と『オ』と言う音の意味が合音され
初めて『アオ』と言う意味が成立します。

77 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/24(月) 13:15:23
圭角さん

『倭王』について見解を述べれば

倭人伝外交志に書かれし『卑弥呼』と『倭王』は別人
卑弥呼の場合
卑弥呼・女王・女王卑弥呼・親魏倭王
のいずれかで書かれています。

78 :日本@名無史さん:2006/04/24(月) 13:22:49
魏志倭人伝の全文を読まないやつがいくら議論しても何の意味も無い
聞きかじりばかりで浅薄な議論ばかりだ


79 :圭角:2006/04/24(月) 13:37:05
私は旧文部省の漢文の教科書程度の知識レベルしかありませんが、日本でいう
漢文とは、漢文を日本語風に読むつまりは漢文を日本語読み下し文に置換える
作業が、いわゆる漢文教育漢文学習であったと思うことにおいては同様です。
日本語もしくは読み下し文の最大の特徴は、いわばテニヲハでしょう。
 しかし、テニヲハは曲者です。文意を明確にもすることができる反面、逆に
不鮮明にすらもすることができますから。ともかくも、中国語に較べたらなら
そのように云えるかと思います。
 岡田氏の著作だったか不確かですが、つまり 、中国の漢文は読む為の文とは
非常に乖離しているとの由です。しかし、返り点や一二三さらには上と下などを
付けながら、全く違う言語を日本語の如く読み下していくという、いわゆる
漢文と一般に呼称される技術を発明発展させたのは、中国帰りの学僧だったと
されていますが、それはそれで素晴らしいことと思います。
 しかしそれゆえに、その読み方がいく通りも生じることになりますね。

80 :日本@名無史さん:2006/04/24(月) 14:52:44
> 魏志倭人伝の全文を読まないやつがいくら議論しても何の意味も無い

魏志倭人伝なんて中国資料の一部の一部の一部……
少なくとも東夷伝の全文とか、
古代日本に関する中国史料の全文っていった感じでツッコンであげないと……

81 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/24(月) 14:56:09
圭角さん

詰まりこう言う事です。

古代漢文は文字数の制限された、極めて短縮された文章が殆どです。
省略出来るものは全て取っ払い 必要最小限度の文字にて書き表したと、考えても矛盾はないかと!
だから
漢字一文字の持つ意味は、現代の我々の考えを遥かに越える意味をなしていたのではないでしょうか?
だから
私は、一文字にコダワルのです。
そのような文章を
綺麗に読み下せる事自体が不思議でなりません。

82 :圭角:2006/04/24(月) 15:40:33
倭人伝に関する限り、他の東夷伝各伝に比較すると、故意か故意でないかは
別として、確かに簡略過ぎる嫌いは有ると思います。
 その代表的な記述が、卑弥呼以って死す、でしょうね。以ての以の字意を
いかに調べて検討しようとも、その事情の解明は倭人伝からは不明ですね。
また、倭人伝においては極めて脱落した転写されなかった字句が多いのでは
という疑義を持ちます。
 先述しましたが、扶余伝の共立記事にも高句麗伝の共立記事にも、共立の
主語を陳寿はきちんと明記しているにもかかわらず、倭人伝においてのみ
卑弥呼共立の記事が記されていないという事実です。
 ですから、重ねて申しますように、そこに陳寿の作為を思う次第なのです。
他の東夷伝各伝を読んでみて、倭人伝ほどには読み辛くない判り難くはない
との感想を私は持つのですが、この点、プラムさんは如何でしょうか。

83 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/24(月) 17:51:01
圭角さんへ

>脱落し転写されなかった字句

※では、何を基準に脱落とするのか?
脱落とするには、脱落していない元の文を認識していなければ“脱落”と判断できないのでは!
詰まり、
現代の私達の感覚がそう判断しているに過ぎないのでは?
『卑弥呼以死』
この文も単に私達が判断できないだけではないですか?

84 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/24(月) 18:08:52
『魏志倭人伝』に
※【瀚海】と言う文字があります。

※そして『梁書・北史』では【闊】【瀚海】
※そして『隋書』では【迥在大海中】


実はこれらは全て“同じ意味解釈”が出来ることを御存じでしたか?
詰まり
編纂者が変われば“センス”によって、使われる文字や文も変わってくると言う“事例”です。

『紹興本』の【自女三国】も、決して【自女王国】の写本ミスではありません。
理由はオイオイ!

85 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/24(月) 18:53:29
>>73>>78
ツベコベ言ってねぇーで
『参加するならする』
『参加しねぇーならチャチ入れるな!』

86 :日本@名無史さん:2006/04/24(月) 19:34:00
返り点について誤解があるようです。

もちろん中国人は日本人が読み下せるように漢文を書いた訳では御座いませぬ
。しかしながら、どこの国の言葉にも「文法」という物が存在いたします。そ
の文法を日本人が苦心の末解読し、「返り点」という形で日本語に直せるよう
になったのです。文意が多少違う所もあるやもしれませぬが、結局は大同小異
です。はっきり云って、「読み下し馬鹿」と他人を誹謗する御仁は、「読み下
し」の方法で「返り点」以外に何か方法を使っているのでしょうか。また、中
国語の文法で、従来の解釈で解決できないような問題でも起きたのでしょうか
。そうならば是非お聞かせ願いたいです。(「倭人伝」が解決できていないと
いうのは勿論なしです。現在議論の真っ最中ですので)

>>73>>78
せっかく御仁が自ら隔離スレを立てたのですから(ry

87 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/24(月) 19:56:45
>>86さん
ご説明有難うございます。
紙の普及しない時代とそうでない時代の文法の違いはどうでしょう。

88 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/24(月) 20:13:47
圭角さん


国内の歴史は国内の史書からです。
『記紀』の検証材料に『倭伝』を使う方法も有ります
私はよく『神代紀』を利用しますよ! 宝石箱です。

89 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/25(火) 07:21:37
(男弟)(男子為王)(男王)(倭王)

90 :圭角:2006/04/27(木) 08:52:30
プラムさんおはようございます。連休前はなにかと多用多忙で失礼しました。
倭人伝の誤字脱字の件は後で申し上げたいと存じますが、私が言いたいこととは
 現在私たちが読んでいます倭人伝流布本のテキストは、刊本の三国志としては
十二世紀の南宋の紹興版にしたがったものでありまして、三世紀に書かれました
倭人伝の原本はもちろん存在していません。
 原本から書き写され、それがまた書き写され継がれして、十二世紀の木版本に
至ったものです。その間には実に八百年以上もの歳月歴史時空が存しております。
かくも長い間には、度重なる筆写転写の段階を経ております。
 なんとなれば、その間に書き誤りや書き落としが絶対に無いとはいえません。
むしろ、おおいに考えられるとして自然でありましょう、と申し上げておる次第
なのです。

91 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/27(木) 10:42:25
圭角さんオハヨウございます。並びに、レス感謝します!

※『時間の経過と写本回数の経緯の値が大きくなると、その誤差も比例的に高まる』 正に確率ですね!

しかしその検証も、後世『倭伝、倭人伝、倭国伝』『記・紀』と
いくつかの史料が存在しますので 可能かと
《一番やってはイケナイ事は!》
自分達の知識外を“誤”“脱”で処理してしまう作業です。

92 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/27(木) 10:47:53
今、某Y掲示板でも論じられている『東冶』と『東治』

※東治⇒東をオサメる

※東冶⇒東をトカス

何処がどう誤字なのでしょうか?
私には同じ解釈に思えますが!


詰まり、各編纂者の『センス』では?

93 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 11:19:11
『東冶』は地名のはず。
その掲示板は見てないけど、『東冶』はあっても『東治』はないという論旨かも

94 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/27(木) 11:33:29
>>93
正にそこがポイントかと

『東冶』を地名として確認出来るからと 『東治』まで、その先入観から“地名”と思い込む

多々ありがちな錯覚では?だから『治』は『冶』の誤字だと! 結論付けしてしまう。

『会稽の東を治める』

95 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 12:07:47
漢文が正確に読めない身で言うのも何ですが、

漢文なんて文法があるようでないようなものだとしても、
東冶が地名でないとなんか文章として美しさに欠ける気が……

【計其道里當在會稽東冶之東】

もっとも會稽と東冶の地名の組み合わせも違和感ありますが……

96 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 12:40:32
だいたい、25史全部調べても東治なんて用例一つもないのに、
あると言い張るのはどうかしてる。

97 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/27(木) 17:27:43
>>95さんは
その文をどのように解釈しますか?

98 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 18:01:48
隔離スレワロ太

99 :日本@名無史さん:2006/04/27(木) 18:28:41
> >>95さんは
> その文をどのように解釈しますか?

【その道程を計算するとちょうど会稽東冶の東にあります】

特にこの一文に問題意識がなかったので、従来どおりの解釈で読んでます。

この解釈が絶対に正しいとは思ってないけど、
目から鱗が落ちるような凄い意見に出会わない限りは
とりあえずそのままの解釈でいこうかと……

僕は結論を急がない人間なので……


100 :プラム ◆RvhHf7kqyY :2006/04/27(木) 20:17:12
>>99さん
>結果を急がない
※良い事だとおもいます。
では、
平凡ですが!
【計其道里當在會稽東冶之東】

『計』⇒この字自体には“計算する”と 言う意味は有りません
『計』の後に“算”が付いて(けいさんする)
『計』数⇒かぞえる
『計』量⇒はかる
『計』略⇒はかりごと

詰まり
ここで使われる『計』の字意は、『言』『十』で
『十』は、〆の数とか重なるです。
『計』⇒シメ とか 端
と、解釈してよいかと考えます。

一般的な解釈を鵜呑みに出来ない一例かと!

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