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【江上】騎馬民族説は今。。。vol.6【波夫】

728 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 23:19:28
>>726

「徐福と捕鯨」

産業事蹟考には
「熊野捕鯨業は世に聞ゆる所也。
相伝う斯業の振興は古書にありて、彼の徐福が当時秦の禍を避けて遠く日本に航し、紀州熊野浦に着し、初めてこの地に於て捕鯨の業を行い、是より後漸く本邦各地に伝播するに至れりと称す。
とあるが、この説果して実ならば、捕鯨業は秦代徐氏の遺法にして、我が国に於いては、 紀州熊野を以て開始とするは全くいわれなきに非ず。
而してその捕鯨の歌は、
 ”大島原からよせくるつち(槌鯨)を 二十艘秦氏がさしてとる〃
とあり、本邦に於て秦姓を冒す者は、総て秦氏の末族といういい伝えあり。
然からば徐氏も秦の人なれば、この歌の中の秦氏とは或は徐氏のことと言いしものならんかとあり、挿鯨の術を以て徐福の遺法なりとなすは古さ伝鋭なり。」
とある。

近隣の捕鯨の基地として有名な太地町は、秦地とも書く。

徐福紙 養老四年(720年)に、熊野徐福伝の唐紙様の紙を献じたと記されている。
江戸時代の見聞録に「上古秦の徐福日本へ渡り来りて熊野に在住し、紙をも教え漉かせて用いたり。」とある。


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