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【江上】騎馬民族説は今。。。vol.6【波夫】

741 :日本@名無史さん:2006/06/23(金) 14:49:16
隋書の最後に記す、「この後遂に絶つ」とあります。がその意味を解説できるでしょうか?

私が推測するに、記紀に記す倭国史とその天皇(大王:女王)は神武王から、用明王に至る迄、絶えることなく、連綿と継続して来ました。
其れも宗主国皇帝の認証と云う関連性を持ってです。
それが、隋煬帝と用明王の後継者「穴穂部皇子」後に途絶したと言うのです。「608年、煬帝の大業4年」
次に倭王が顕れるのは、唐太宗に認証された倭王舒明です。「631、太宗貞観5年」
ですから、608〜631間「実25年」は倭国に倭王無しの時代が実現したのです。

倭王とは何を云うか? 日頃、私は倭国史二元論を提唱して来ました。

 倭国盟主→筑紫・ヤマト「神武を始祖とする宇佐大王家」と、→政府
 倭王→「倭国の兵権を掌握する最高位の者=倭国将軍」です。→将軍府

の二元統治体制を云います。
猶、倭王は筑紫域からも→筑紫君、大倭域→大倭君:大倭王等々と尊称されていた形跡があります。故に、大倭王は「おおわのきみ」と読むのが正しいようです。「通説はだいわおう」。
元に還って、万世一系を証しする、記紀の選者は此処の25年空白をドンナ手法を以て、修繕したのでしょうか?


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