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先祖探しのテクニック、エピソードを語るスレE

1 :先祖マニア:2006/06/07(水) 18:11:08
先祖を探す方法を何でも幅広く語りませんか?
テクニックやエピソードなど・・・
初心者からエキスパートまで
先祖を探す情報交換の場にしよう!!!

1 なにか質問されたり困っている住人がいればみんなで協力してあげよう(ググレ禁止)
2 HNを使うとみんな分かりやすいのでは?(誰が誰だか混乱するので)
3 画像をUPするとみんな一目瞭然で分かりやすいですよ
4 たまにチャット化しますが皆さん遠慮なく入ってください
5 荒らしは無視でマターリと

※UPの方法
@デジカメやスキャナなどで画像をPCに取り込む
(ファイル名を当たり障りの無いものにしとく。UPしたらファイル名晒されるので)
Aペイントソフトなどで危なそうな箇所を消す(よく確認して!UPしてからでは遅いです)
BアップローダでUPする(一応利用規約は読んで)
アップローダは↓など
ttp://www.imgup.org/
ttp://www.uploda.org/
CURL貼り付けたかったら貼る


2 :先祖マニア:2006/06/07(水) 18:13:29
1高祖父
       17曽祖父
2高祖母           25祖父     
3高祖父
       18曾祖母
4高祖母                  父     
5高祖父
       19曽祖父
6高祖母           26祖母     
7高祖父
       20曾祖母
8高祖母
9高祖父                        あなた
       21曽祖父
10高祖母           27祖父     
11高祖父
       22曾祖母
12高祖母                  母     
13高祖父
       23曽祖父
14高祖母           28祖母     
15高祖父
       24曾祖母
16高祖母

3 :先祖マニア:2006/06/07(水) 18:14:01
1通あたりの手数料(大体の目安)

全部事項証明書(戸籍謄本) 450円
個人事項証明書(戸籍抄本) 450円
除籍全部事項証明書(除籍謄本) 750円
除籍個人事項証明書(除籍抄本) 750円
改製原戸籍謄本 750円
改製原戸籍抄本 750円
附票 300円

4 :先祖マニア:2006/06/07(水) 18:14:38
手紙その1

拝啓

突然お便りさせていただく失礼をお許し下さい。
私は苗字を○○といい、趣味で自分の先祖について調べているものです。

<相手とあなたがつながる家系図を書く>

<あなたが知っている情報を書く>

<あなたが先祖に興味を持った理由を書く>

<教えて頂きたいことを列挙しておく>

古くからの言い伝えや伝聞など、お気づきの点がございましたら、同封の葉書でご教示頂ければ幸いです。
<あなた宛の葉書を同封しておく>
と、もうしましてもなにぶんプライバシーに関わることでもありますので、無理は申しません。
突然の手紙で、誠に不躾なお願いを致しますことをお許しください。

末筆ではありますが、皆様のご健勝を衷心よりお祈り申し上げます。

敬具


<あなたの住所氏名電話番号メールなどを書く>


5 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 18:14:59
クラゲ
タコ
サル
ヒト
じいちゃん
親父


6 :先祖マニア:2006/06/07(水) 18:17:04
手紙その2
拝啓
突然お便りさせていただく失礼をお許し下さい。
私は苗字を○○といい、趣味で自分の先祖について調べているものです。

実は私の高祖母の実家が△△という姓で祖母に聞いたところ明治か大正の終わりごろに
県外に移住したと聞きました、そこで電話帳で調べたらあなた様の名前が電話帳にあり
恐らく子孫の方と思いなにか少しでもご存じないかと思い手紙を書いた次第です

<相手とあなたがつながる家系図を書く>
少しでもわかっている内容を書く
<あなたが知っている情報を書く>
由来やエピソード

<あなたが先祖に興味を持った理由を書く>
書きまくってください
<教えて頂きたいことを列挙しておく>
ここも書きまくる
大体10個くらいないかな?

古くからの言い伝えや伝聞など、お気づきの点がございましたら、同封の葉書でご教示頂ければ幸いです。
<あなた宛の葉書を同封しておく>
と、もうしましてもなにぶんプライバシーに関わることでもありますので、無理は申しません。
突然の手紙で、誠に不躾なお願いを致しますことをお許しください。
末筆ではありますが、皆様のご健勝を衷心よりお祈り申し上げます。
敬具

7 :先祖マニア:2006/06/07(水) 18:17:59
先祖を調べる手順(詳細版)
@戸籍・除籍謄本入
自分の戸籍謄本請求→親の戸籍謄本請求→父方、母方、の父(祖父)、母(祖母)の謄本請求→それぞれ・・・
戸籍・除籍謄本を請求する際、請求理由を書きます。請求理由は「先祖供養」が妥当かと思われます。
請求理由を詳しく聞かれた場合「新しく仏壇を作るのでその先祖を調べる」「墓を作るので必要」でいいでしょう。
(理由を聞かれた場合のみで、自分からは言わない方が無難です。「家系図調査」での請求は認められません。)

A死亡記載の戸籍・除籍謄本請求
請求する戸籍・除籍謄本は、その人間の生から死まで記載されているものを請求します。

戦前は、分家しない限りは戸籍が独立しませんでした。
また、戸主が長生きすると隠居して子や孫の戸籍に入っていました。
その場合はその子供や孫が戸主となっている戸籍を請求しましょう。
原則は直系尊属しか請求できませんがその戸籍の中に自分の直系尊属の祖先が記載されており、ほぼ請求できます。
請求する際は「生から死まで出してください」と言って下さい。


8 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 18:19:19
いつの間に。
前スレね↓
ttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1144084822/l50

9 :先祖マニア:2006/06/07(水) 18:20:26
B家系図作成
戸籍を読み取って家系図を作成しましょう。
昔の戸籍は何かと複雑で、しかも手書きです。名前や親子関係を間違わないように、しっかりと読みとりましょう。
生没年も一緒に書き込みましょう。

さて、ここまでで、父方、母方の高祖父母が全員(16人)判明したのではないのでしょうか。
その方々は、江戸末期から明治にかけて生きておられたのではないのでしょうか。
坂本竜馬や勝海舟など「幕末の志士」と同時代に生きておられた先祖です。ロマンを感じませんか・・・?

データベースの基礎の基礎がここで出来上がります。「基礎の基礎」とは言え、史料価値は相当のものです。

C旧土地台帳調査
旧土地台帳の調査は少し特殊で、土地の持ち主から先祖を探します。(登記簿・閉鎖登記簿なども同様です)
ここは「案ずるより生むが易し」の典型で実際やってみれば簡単です。
旧土地台帳とは、現在の土地登記簿のようなもので一冊が電話帳と同じくらいの厚みがある本です。
また、閲覧、証明は手数料ゼロ、運転免許証や印鑑も不要です(法務局によって違うかもしれません)
費用が掛からない代わりに、手間と時間が掛かります。戸籍で得られなかった情報が手に入る確率は低いですが、調べる価値はあると思います。
旧土地台帳調査を、後回しにして、親戚まわりをしても構いません。

10 :先祖マニア:2006/06/07(水) 18:21:08
D親しい親戚宅で過去帳、墓石調査
家系図と戸籍類を持参で、親しい親戚や本家に行って、過去帳、位牌、墓石、仏壇を見せてもらいます。
ここで、頑張って作成した家系図が役立ちます。過去帳、位牌、墓石で分かったデータは全て写して帰りましょう。
戒名、俗名、没年(いつ死んだ)、享年(何歳で死んだ)などです。付録の「生没年月日調査表」を活用して下さい。
ここからは戸籍謄本のように続柄が記載されていないので、推測になってしまいます。(過去帳には「○○兵衛父」など若干記載があります)

E親戚の紹介で寺の過去帳を見せてもらう
親しい(血縁関係が近い)親戚の紹介で寺の過去帳を見せてもらいます。
@)親戚からお寺(先祖の菩提寺)に新たに過去帳作成を依頼して貰い、出来上がったら見せていただきましょう。
しかし親戚に(過去帳作成にかかる)高額な謝礼も負担して頂く訳ですから、後日ご仏前を供える等の配慮をしておきましょう。

A)それが無理なら、親戚に菩提寺を紹介してもらってお寺の過去帳を見せてもらいます。
お寺さんも「檀家のプライバシーに関わる」と言って見せてくれない場合もあります。が、そこは粘り強く、
10年越しを想定して交渉し、お寺との信頼関係から築きましょう。

B)10年も待てない場合には「先祖供養がしたいので、新しく過去帳を作って下さい。」とお願いしましょう。
当然謝礼(3〜5万円位)が必要ですが、一番現実的かつ確実な方法です。

ここからは難易度が高くなります自分の家ではなく親戚の家が絡んでくるので
相手方に拒否されたらまず無理ですね、お寺は更に難易度が高いです。


11 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 18:23:01
なにこれ

12 :先祖マニア:2006/06/07(水) 18:24:18
F付き合いの無い遠縁親戚に手紙を出す(手紙の書き方は別項を読んで下さい)
ここからは遠い親戚です。(曾祖母の実家など親戚付き合いをしたことがない家)
まず、家を特定しなくてはいけません。戸籍に書いてある住所に対応する現在の住所近辺を、
電話帳で同じ苗字の人を調べ(全国の電話帳は図書館にあります)片っ端から手紙を書きます。
古地名→新地名の対応は地名事典か役場に問合せます。手紙を書く手間を省く事もできます。

手紙には、証拠として戸籍謄本のコピー、記載人物と自分の関係がわかる家系図(手書きで構わない)を同封しましょう。
戸籍で分からなくなるのは明治19年の戸籍が出来る以前で、江戸の終わりか明治の初めに亡くなった方です。
ということは跡継ぎがいなくて断絶した家や分家をして他のところへ引っ越した方を除けば、親戚が見つかる可能性は高いです。
手紙を出しても分からない場合がありますが、それはそれで良いと思います。

G遠縁や親しくない親戚宅での調査
これは親しい親戚との調査とあまり変わりません。DEを参考にしてください。
ただ、初めて行くお宅もあるでしょうから、「ご仏前」(5,000〜10,000円)、お供え物(お酒など)は持参しましょう。

H図書館などで研究
特筆すべき事はありません。
分からない場合はインターネットや図書館員、図書館内備え付けの検索システムを利用しましょう。
ここまで調べて、どうにも分からないところで調査は終りです。江戸中期、7〜8代前になったら難しいでしょう。
旧家でしたら更に遡れるかもしれませんが


13 :先祖マニア:2006/06/07(水) 18:25:11
戸籍(除籍)の郵便請求の仕方
1まず自分の本籍地の役場に自分の戸籍を請求する(個人証明は免許証のコピーがあればいいです、なければ保険証のコピー)
2それがきたら次は父親、祖父、曽祖父、高祖父の順番で請求する
3ただし戸籍が一つとは限らないので全て請求する(出生の記載がある戸籍と死亡記載のある戸籍はだいたい別々になっている)
4しかも昔は戸主の戸籍に全て入っていたので戸主が祖父の兄若しくは曽祖父の兄とかになっている可能性もある(そうしたら戸主が兄の除籍を請求することとなる)
これを手紙で説明するのが面倒なので一筆書いとく

先祖供養のため私の直系尊属の『生から死まで』を全て請求します。(この役場にあるもの全て) また破棄した場合は破棄証明を出してください
(破棄証明は必須です)
母方や祖母方も同じ役場にあるのならば全てもらっておきましょう

注:費用は除籍で1通750円 だから750円の倍数で郵便為替を入れとく
だいたい最大で10通くらいなので(実際にはこんなにはないと思いますが)
7500円分いれとく 余ったら返ってきますのでまた郵便局にいけば現金になります

封筒の中には返信の封筒(切手の貼ってあるもの)を同封しておく事
(当然自分の名前と住所はあらかじめ書いときましょう)
切手は重くなるといけないので相当の重さ(戸籍10冊くらい)でもOKなものを
貼っておく

なにかあった時の場合に携帯番号とメールアドレスは書いとく(役場がすぐに連絡できるように)

返信されたら精査します(誰かの死亡記載の戸籍が欠落してはいないか等)
役場の係も人間ですので失敗はあります・・・だからこちら側でしっかりともう一度
見てみる
あとは返信されたときに担当者の名前が書いてあるので控えておいてください
直接電話するときには直接担当者の話した方が話が早い

最短なら1週間、不手際で再三請求をすることになったら、最長で1ヶ月です


14 :先祖マニア:2006/06/07(水) 18:26:18
>>8さん
ありがとうございます


15 :ボンチ:2006/06/07(水) 19:50:11
先祖マニア様、E立ち上げお疲れ様です。また宜しくお願いします。

本家の方の、土地が自分に相続されないジレンマは、確かに大きいかもしれませんね。

16 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 20:27:24
ようやく父方の取れる謄本は全部取れました。
現時点で2と4以外の名前は判明しました。
父系の名前は伝え聞いていたのと一致したのですが、17が養子というのは知りませんでした。
で17の謄本に養父母が入っていたので、それぞれの父の名前も判明。
養父1が天保十一年生まれなのでその父は文化文政期に生まれたと思われ、
いまから二百年近く前の人物と言うことですよね。

母系は近場のものはすべて取ったので後は田舎の役所に纏めて請求してみます。
どうやら9から16まですべて同じ郡内のようです。


17 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 20:41:50
ハンドルつけてくれたら皆わかり判りやすいと思うよ

18 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 21:24:54
先祖マニアさんお疲れ様でした!
流石スレ主。
濃い内容、相変わらずの行動力に感服ですなー。
しかしまあキツイ体験しましたね。
何事も理解が得られない時が一番ツラいですね。
ホンマお疲れ様です。
(前スレに対してのレスです)

19 :やすべぇ:2006/06/07(水) 22:13:22
先祖マニアさん、新スレの立ち上げ、お疲れ様です。
一つ一つのカキコが濃いからでしょうか、
1000に至る前に打ち止めになりましたね。

>>970-972 (前スレD)
ものすごい体験でしたね。
すばらしい(!)子孫と、すさまじい(?)子孫。
分家の方々がますます輝いて見えると感じました。
位牌がなかったのは本当に惜しいですね。
ただ、お墓参りはできたとのこと、何よりでした。

それにしても、過去と人の気持ちは変えられないといいますが、
逆に本気で相続しようと思ったら、きちんと先祖を調べて、
手続を行うほうがいいのじゃないかなぁと思うのですが。
確かにハワイは遠いですが・・・

ところで、そろそろ総本家への手紙を書こうとしていますが、
なんとなく不安もあります。
でも、先祖マニアさんのお話にパワーを受けて、がんばってみます。

20 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 23:32:01
クラゲ
タコ
サル
ヒト
じいちゃん
親父


21 :日本@名無史さん:2006/06/07(水) 23:34:52
近世以上の先祖探しのテクニック、エピソードが知りたいのだ!

22 :先祖マニア:2006/06/07(水) 23:57:27
>>19

ハワイは流石に遠いですよねしかもどこに住んでいるのかも分からないですし

この移民した曽祖父の子供(祖父の弟)が明治44年生まれです
生きておれば96歳です 本家のおばさんに聞いたら死んだ話は聞いたことはない
といわれていたのでまだきているのでしょうか?気になります

ハワイに手紙書きたいですが 
英語はできないですし、住所も分からない
なにかいい方法がないですかね?

移民した人はなにか分かりそうなものですが
ハワイのHPとかハワイ移民のHPのメールアドレスに質問したら分かるかも
しれませんが あ〜英語分からない 高校時代の英語の偏差値38でしたので



23 :先祖マニア:2006/06/08(木) 00:02:40
廃棄証明について

戸籍を請求するともうこれ以上の戸籍は出ません(廃棄しました)といわれます、
その時は必ず廃棄証明を発行してください(300円)

理由
役場の担当者で戸籍事務に完璧に精通している人はいません、例えば戸主の生年月日が江戸時代の年号(嘉永とか)
になると固定観念でもうこの戸籍はないと判断するのが普通です、また職員の人もめんどくさがって、
適当にありませんと答えて終わりにする例もあります。
しかし廃棄証明を発行してくださいとなると、そこの役場の責任(職員の責任)において行政文書として
発行しなくてはいけなくなるので必死に探します。
その結果初めは無いといわれていた除籍は実はよくよく探してみればあったという例が多数あります
しかもこれで本当に廃棄証明が発行されればやれるとこまでやったという事になります。


除籍とはその戸籍に記載している人間が全て籍から抜けて始めて除籍謄本になります、逆に一人でも
抜けていなければその戸籍はず〜っとあり続けるのです

例)
戸主が天保元年生まれ=1830でしたこの戸主は実は長生きをして96歳まで生きていましたそうなると
1830+96=1926 で昭和元年までこの戸籍は除籍されずにいたということになります。



24 :先祖マニア:2006/06/08(木) 00:03:53
また戸籍法の80年破棄のためにもう無いという役場も多いですが果たしてそうでしょうか?
たしかに戸籍法では除籍後80年経てば廃棄してもいいことになっていますが、逆に廃棄しなくてもいいのです、
しかも厳密に80年たったすぐに廃棄するということはありません。90年とか100年経ったものを破棄することはありますが、
広島市内の場合は大正3年以前の除籍は廃棄されています平成18年現在で大正3年は92年前です。
(たしかに平成18年に破棄されたものではなくもう少し前に廃棄されたものではありますが)、
これが田舎に行くと今までの除籍を一回も廃棄していない自治体もかなりの数存在しています。
そのような自治体でも戸籍事務に疎い人ならばすぐに80年破棄でもうないと答える方が多いので注意が必要です。

このような例がありますので必ず廃棄証明を取っておくことをお勧めします。





25 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 00:21:56
うちの市で何箇所か区役所回りましたが、全部80年でないですといわれましたね。
廃棄証明しか出せませんと。

窓口でそういわれたので、しばらく日にち開けてから郵便でもう一度試してみる積り。


26 :造り酒屋:2006/06/08(木) 00:29:13
先祖マニアさん、新スレありがとうございます。

さて、前スレでお話していた、住職に書類を送って檀家かどうか調べていただく件、
先方から電話があり、「うちとは関係ないようだが、他にたずねられそうな人が二人ほどいるので
しばらく(1、2ヶ月)待てるか?」ということでした。

残念でしたが、一応返事をもらえたので、もう一件の××寺へ電話をして
過去帳を調べていただいたのですが、なんと、そこに探していた先祖の法名がありました。

探していたのは、15の高祖父の治郎右衛門=?準造と、その長男の○太郎ですが、
そのどちらもファックスに記載されていました。

ちなみに、前にお話したように、今日ご先祖様が見つかった××寺は、
先祖マニアさんに以前「姓の由来」のような古文書を調べていただいたなかに
先祖が開いたお寺として名前が載っていたお寺でした。

そのお寺が気になりながらも、旧土地台帳で見つけた○太郎所有の共同墓地のお寺の方を先に
調べたりしていて、遠回りをしましたが、

今日は、ご先祖様の菩提寺が見つかり、「早くこっちに来ればよかった」と思いながらも、
今まで、苦労して調べたことや、あれこれ考えたことが、今思うとすごく勉強になっていて、
無駄ではなかったと素直に思えるので不思議でした。
あれこれ苦労したから、今日、やっとご先祖様に会えた(まだ会えてはいないのですが)気がして、
なるべく早く、そのお寺にも足を運び、また、毎年きちんとご供養をしなくてはと
思いました。

(まだ、お墓などについてはなにもわかっていません)

27 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 00:31:58
>>1
低脳、機種依存文字使うな

28 :造り酒屋:2006/06/08(木) 00:37:25
でも、よろこんでいたのもつかのま、夜9時ごろに気がつきました。
高祖父がなくなったときに、その四男は戸籍から、3歳でした。
つまり、○太郎が家督相続した明治11年で、四男が生まれたのは明治8年です。

その時に、行年90歳だった高祖父って、87歳で四男?
というわけなので、お寺さんにお問い合わせしようと思っています。

29 :先祖マニア:2006/06/08(木) 00:59:00
造り酒屋さんおめでとうございます

やっと念願の準造が見つかりましたね!!

享年90歳が整合性が取れませんが、菩提寺が発見でいたので
この先の見通しはかなりいいと思います

過去帳を作ってもらいましょう!!

それが一番です

お布施も忘れずに

30 :造り酒屋:2006/06/08(木) 01:08:50
わかりました。過去帳の話は、すでに電話ででているので、
正式に依頼してみます。
お布施は、いつもおっしゃっているように3万円〜5万円の
3万円の方でいいのでしょうか。金額はお尋ねしたのですが
教えていただけませんでしたので。

31 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 01:13:52
        ∩_
           〈〈〈 ヽ
          〈⊃  }
   ∩___∩  |   |
   | ノ      ヽ !   !
  /  ●   ● |  /
  |    ( _●_)  ミ/ <こいつ最高に貧乏
 彡、   |∪|  /
/ __  ヽノ /
(___)   /



32 :先祖マニア:2006/06/08(木) 01:23:35
過去帳ができて感動レベルだったら
更に追加で渡せばいいと思いますよ
こればっかりは気持ちですのでいくらとはいえませんが

たとえば過去帳で1600年もしくは更に昔に遡ったら私なら5万払うかも知れません

話は変わりますが大学時代に壬申戸籍が見れて高祖父の父親の名前が確実に判明したら
100万は払ってもいいと思ったこともあります

それくらいおかしくさせる壬申戸籍・・・

33 :ボンチ:2006/06/08(木) 07:35:25
造り酒屋さんおめでとう御座います。 予想しなかった人から発見できた時って嬉しいですよね。

実は私にも似た経験があり、代々襲名が続いていた為に勘違いしていたのでしたが、

そこで一つお尋ねしたいのですが、送られたファックスには、15の高祖父の「治郎右衛門」しか書かれていなかった
のですか?  それとも、俗名の「準造」も同時に書かれていたのですか? 

もし「治郎右衛門」だけしか書かれていなかった場合、2代上の「治郎右衛門」ってことはないかな?と。 
わたしの場合、その後墓石調査をし更に再度過去帳を見せて貰ったところ原因がハッキリしましたので、
造り酒屋さんも、まだ墓石見てないとの事ですので、石みればハッキリしてくる事もあるのでなないかと思います。


34 :造り酒屋:2006/06/08(木) 10:39:28
ボンチさん、ありがとうございます。
まだ、90歳の年の謎は残っていますが、とてもうれしい気持ちでいます。

一応、今朝、お寺に電話して、詳しいことは手紙を書くので過去帳を調べるのは
それからにしてほしい旨をお話しました。

ご住職は「時間がかかるかもしれない」とおっしゃったので、
気長に待とうと思います。
電話で受けていただけただけでも、当方は大変ありがたいことですので。

お墓のことは、まだわかっていません。
なるべく早く、お礼方々、ご先祖様のお寺がわかったわけですから、
訪れたいと思っています。

ファックスには、「準造(明治19年戸籍の前戸主の欄)」が俗名で載っていました。
治郎右衛門長女というのは、曾祖母が明治12年に嫁いだ先の夫の戸籍に書いてあったものです。

おいおい、わかってくればいいのですが。

>>32 先祖マニアさん、
わかりました、それを目安に、長くかかるかもしれませんが、過去帳が出来上がるのを
楽しみに待って、その時に考えます。

昨夜深夜に、御布施の相場をいろいろ調べていたら(主に法要ですが)
お布施というのは、ご住職への報酬として僧侶にさしあげるものではなく、
お寺のご本尊・阿弥陀如来にお供えするものだということをはじめて知りました。

また、その時の経済状態での精一杯の気持ち、とも書かれていて、

何度尋ねても金額をおしえてもらえなかった、お寺の奥様の態度は
さすがだと思いました。


35 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 11:36:32
危険人物だな。

36 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 12:24:51
>お寺のご本尊・阿弥陀如来にお供えするものだということをはじめて知りました。
>また、その時の経済状態での精一杯の気持ち〜

本来はそうだったんだよね。
そういった気持ちでささげている檀家、受け取っている僧侶は
どれだけいるんだろうね。
でも原点回帰で勉強になりました。造り酒屋さんありがとうです。

37 :七郎右衛門 ◆zg7EMON/NI :2006/06/08(木) 12:55:28
お久しぶりです。
皆さんの調査も進んでるみたいですね!
ちょっと全スレ復習してきますノ

私も調査は進んでますが少しショックなことがありまして…

38 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 13:54:33
>>37
おひさです。
ショックな出来事ですか?
どんどん書いてみんなで解決していきましょう!!

39 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 14:08:52
いつも同じパターンだなw

40 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 14:22:56
>>22
http://www.town.oshima.yamaguchi.jp/hawaii/
http://www.lib.city.wakayama.wakayama.jp/wkclib_doc/sub14.htm

41 :飛瀬:2006/06/08(木) 22:00:49
途中経過です。
いままで言い伝えだけで謎だらけの母方の本家の血をひくかたに連絡をとり、位牌があることがわかりました。
いつぐらいのものか分かりませんが、薄くなっていたのわ書き直してもらったというので、あるていど期待できるかもしれません。

42 :日本@名無史さん:2006/06/08(木) 22:53:05
俺の先祖は大串次郎重親。平家物語に出てくるよ。
川に落ちて格好悪いけど‥

43 :先祖マニア:2006/06/08(木) 23:12:10
>>37

かなり久しぶりな気がします
大丈夫でしたか?

>>41
位牌があればかなり遡れますね
また結果を報告お願いします
(やはり普通本家には位牌ありますよね〜〜)




44 :ボンチ:2006/06/08(木) 23:32:42
スレDで、自分の高祖父9で、市史に書いてある明治5年戸籍の年齢が5歳スレてたので、博物館に保管されてる副本で照合を頼んでいた件に関しまして、
こう回答がありました。「壬申戸籍なので昭和43年に法務局へ原本を移管していた。副本も博物館には無い。現在は法的に閲覧出来ないので調査出来なかった。」

それらは承知の上で対応してくれてるのかと思ってて、内密にでも教えてくれるのか?と淡い期待を持ってましたが、博物館の方も調べてから色々分った様で、
ガックリきました。

45 ::2006/06/08(木) 23:54:38
お久しぶりです。
みなさん着実に進んでいるようで何よりです。

http://www.uploda.org/uporg412060.jpg

どなたか教えていただけないでしょうか。
27祖父の姉の名前なのですが、読めなくて困っています。
字形から「も登(もと)」ではないかと思うのですが、自信はありません。




46 :先祖マニア:2006/06/09(金) 01:51:46
>>44

>それらは承知の上で対応してくれてるのかと思ってて、内密にでも教えてくれるのか?と淡い期待を持ってましたが、博物館の方も調べてから色々分った様で、
ガックリきました。


そんなことは知っています でも今までは教えてくれたじゃないですか
内密に教えてくれることを期待していたのに

>副本も博物館には無い。
(いやあるでしょ何回もここの職員見てたよそこからいろいろ教えてもらったのに
今更手のひら返したように無いとはどういうこと?)

>現在は法的に閲覧出来ないので調査出来なかった。」
(それは正本が法務局にあるのを見れないだけで控えは見ることは問題ないでしょ
それが見れない法的根拠はどこになるの?)


http://www.geocities.jp/you_funnyara/jinsin1.html

これをプリントアウトして持っていき個人が副本を見ているのでは?
とつっこんでみてはどうですか?

恐らくは正本がなぜ閲覧禁止になったのかの理由をしってから
副本もそれに該当すると思ったのでしょうね

キーワードは今までどんどん教えてくれたのに今更何を言ってるの?
ってな感じで攻めてみればどうでしょうか?




47 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 01:58:20
博物館もビビッタのでしょう

誠心誠意に説明をしたら意図を汲んでくれないかな?

48 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 03:15:32
>>38
キミのレスはいつもそれだね(ニガワラ

49 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 03:16:20
>>45
はい、も登さんに間違いありません。

50 :ボンチ:2006/06/09(金) 07:45:17
>>45 私も下の字は「登」の変形だと思います。

>>46 またややこしくなって済みません。副本らしきを見せて貰ったのは15高祖父の時でした。
そこの資料館には副本は本当にあると思います。年齢やら兄弟関係まで当てたのですから。(ここは割りと小さな資料館です。)

今回9の博物館は、全く置いてなかった(担当者も置いてあるか無いかも知って無かった)という感じでしょうか。


51 :ボンチ:2006/06/09(金) 08:17:45
付け加え済みません。 15の資料館で教えてくれた時は、色々なタイミングで運よくその時だけだったと個人的には思っています。
その後も15の資料館に数回行ってますが、当時の担当者に迷惑になるとマズいので、こちらからは、あの時の戸籍らしき質問は、もう
聞かないように気をつけています。(加えて運良く、その後15の除籍が獲れ、聞く必要が余り無くなった事もあります。)


52 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 10:07:08
>>46

ムキになりすぎ、一個人の質問に回答したのは良いが、
回答したサイドの資料館・図書館の実名公表で社会的問題に
発展する事を踏まえた回答だと思う。

資料館・図書館は個人の者が運営を行っているのならまだしも、
行政側の運営(市役所など)の場合、市の職員となる。

職員が壬申戸籍の副本の内容を市民に教えた…なんて知れたら
大変な問題になるでしょに…。

53 :ボンチ:2006/06/09(金) 11:35:10
先祖マニアさん迷惑をお掛けしました。最初に「15と9は別の話」と説明していなかった為、この回答で当然と考えてます。
短期ハイペースでやってましてごちゃごちゃで迷惑かけてます。

余談ですが15の資料館が何を見てたかは、実際ハッキリ分からず、個人的期待も含めて勝手に想像しています。
地元の有力者の子孫が運営している小さな資料館です。

また公共施設などに於いて壬申戸籍を見せてくれと言い寄るのも辞めようと反省しました。最初は職員が断ればそれで
良いだけだ、と考えてましたが、万が一見せた側の責任を考えると怖いです。


54 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 11:55:55
>>53
 
俺が思うに、過去帳を含め資料を所持している当事者との信頼関係が
必要(時間的な)だと思う。。。




55 :日本@名無史さん:2006/06/09(金) 14:32:27
そうだね信頼が一番

逆に信頼されれば見せてくれるんじゃないの?

信用 信用

56 :ボンチ:2006/06/09(金) 20:00:17
参考になりました。有難う御座います。

57 :先祖マニア:2006/06/10(土) 01:22:01
>>53

いえいえとんでもないです
心配なさらずに
ただ見せてくれといって見せてもらえればラッキーと思いますが・・・
ボンチさんがそれで悪用するわけでもないですしね

でも公共施設の場合は事があかるみに出たらマズイかも知れませんね
逆にいうと15の資料館は個人経営ならば見せてもらえる可能性も秘めているということですよ

54さんや55さんみたいにゆっくりと信頼関係を熟成すれば道も開けれるかもしれません
今回のことは置いといて15の資料館の人とは親しくなればいいのでは?

そこから偶然分かることもあるかもしれませんし、全く無くてもその地域の歴史や風習が分かると
思うのでそれはそれで知識として役に立つと思います。

58 :ボンチ:2006/06/10(土) 08:27:24
有難う御座います。公共機関で運良く見せて貰えたとしても信頼関係を考え、公表しないでおくとかの配慮はしたいです。


13関係ですが、明治3年戸籍簿を、13の地元の名主の子孫の方(80才)から拝見出来ました。(人別帳相当ですし個人蔵なので問題ないですよね。)

13の祖父が戸主の戸籍があり、13の父母名、年齢が記載されており、写真撮影も快くokでした。ただ13祖父の俗名が判明出来ずでした。
寺院、社勢、非人(特殊な職業)奉公人、村明細なども載ってました。

当初アテにしていた人別帳は蔵の中で分からず、代わりにこの戸籍簿を見せてくれました。
他に市史の原本になった古地図や田畑明細帳も見せてもらいました。

行く前には、13の本家の方に電話一本入れて貰ってから行きました。
家の場所は13の旦那寺の御住職から事前に教えて貰って知っていました。

市史や郷土関係編集には常に顔を出している方で、古文書にも詳しく、古い話も聞け、こういったお客さんが頻繁に来るとの事でした。


59 ::2006/06/10(土) 12:54:36
>>49さん、ボンチさん

ありがとうございます。やっぱり「も登」でしたか。
くずし字の辞典も見たのですが、今ひとつ自信がなくて質問させてもらいました。
また何かありましたらお願いします。



60 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 02:01:21
                  ,......._
                  /    ̄``ー-、
               ,l´           ヽ
             / ,r---、.....r‐'´``ヽ、 !、
               l  /   ___       !   !
              l  l  ー‐‐   _,,,,,,,..   ミ  l
                  l ,! '"''''''ヽ ! ´r____ 、  l ,/`i
                ヽ!. '‐tr‐,!  ' `´` ,  l!ヽ !  <この家系図でファイナルアンサー?
              `!  ー'´,   、  , '  lr'/
               ヽ   ,!-.....-,!ヽ、   l'´
                    !   _______,...._    ./
                 ヽ '´ ー‐‐'  `ー ' ,!、
                     `!、 、___,. ,.. _,ィ´ .ヽ、
           __,.....-‐‐'/´ !ヽ、___,..-'´ /     !` ー、..._
        ,.-‐'"´   /   ! r'___l  /       l    ` ー-、_
       / !     く     l,.!、__/!/       .,!       , `ヽ、
       /  l     /    l/  l/     r‐'´      r'´     i
       ,!   !    i´        !  /      \     ,r'´       !
     l    !   l      l /      ヽ /    ,r'          l
    ,r'     l    ヽ     l./      /     /         l
.   /´    ヽ!    ヽ   ,/       /     /         ,!


61 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 11:12:30
tp://www.imgup.org/iup219822.jpg.html
pass1301
読みが分からないので教えていただきたいのですが。

まず、上の字の部首は「毎」のようですが、偏がよく分かりません。
「悔」「海」「梅」のどれかだと思うのですが。
そして下の字の部首は「巳」だとおもうのですが、ひょっとしたら「也」かも。
偏はよくわかりません。

ちなみに女性名です。



62 :浅右衛門:2006/06/11(日) 12:17:50
初めておじゃまします。
ちょっと焦点か゜ボケているみたいで見えにくいのですが、
「由紀」ではないでしょうか? 

63 :61:2006/06/11(日) 12:36:20
うーん。書き忘れていましたが、慶応元年生まれなので由紀は新しすぎる感じ?
上の字は偏と部首が分かれているように思うのですよね。
下の字の偏が「己」だとすると、「起」の可能性があるような気がします。

紙の文字をデジカメできれいに取るのって難しいですね。。。



64 :ボンチ:2006/06/11(日) 12:54:59
私も上は「由」に見えます。下は「イ」偏で主部が「巳」に見えますが、ありませんよね・・。
下の字の偏は「さんずい」の可能性もあるかと思います。

お手数ですが謄本を拡大コピー後、写真に獲ればどうでしょうか?


65 :浅右衛門:2006/06/11(日) 12:59:15
上は「佐」も可能性ありです。「佐起」=「さき」様では?

66 :61:2006/06/11(日) 13:32:59
ttp://www.imgup.org/iup219849.jpg.html
pass1301
スキャナ持ってるの忘れてました。


67 :61:2006/06/11(日) 13:42:42
ttp://www.imgup.org/iup219853.jpg.html
pass1301
戸籍名も女性名だったので、アップします。


68 :浅右衛門:2006/06/11(日) 14:10:44
よく見えます。
これは「満起」で「マキ」さんだと思います。


69 ::2006/06/11(日) 15:42:09
>>66-67 さん

画像見ました。
私は「海記」で「みき」さんと読みました。
下の字の偏が「言」の略字っぽい感じなので。

70 :61:2006/06/11(日) 15:49:48
浅右衛門さん・蔵さん
ありがとうございます。
満起と海記ですか。
ただ、上の字の部首は右に突き抜けている部分があるので満ではないきがします。
偏はサンズイ偏で確定ですかね。
下の字については微妙ですね。。


71 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 18:10:01
>>70
満です。海ではありません。

72 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 18:34:39
>>70
起です。記ではありません。

「満」も「起」も、ともに変体仮名です。漢字に意味はありません。

「海」を「み」と読むのは、最近のおかしな名前ならばともかく、
一昔前にはかなり稀であると考えるべきでしょう。

73 :ボンチ:2006/06/11(日) 19:06:43
>>70
浅右衛門さん、71さんが言うように「満起」で調べてみました。私も「満起」でほぼ確定と思えました。

「満」で主部が右に突き抜けているタイプの書き方を、私が持っている本で確認出来ました。
「さんずい」が一本棒のようになるのも、よくある事と思います。
「満」の主部の中心部がグルグルっと丸まった感じが、「満」っぽいし、「満」の字は他の女性名で使っているの見たことあります。

「起」はシンニョウの下が右側に伸びてないので全く気ずけませんせしたが、良く見るとシンニョウ偏が「を」みたいな形になってる
ので結果的に「起」と思いました。 

74 :ボンチ:2006/06/11(日) 20:13:54
済みません。自分も一つお願いしたいのですが・・

ttp://www.fileup.org/fup88360.jpg

文左衛門という高祖父の位牌の左側(妻側)に書かれていたのですが、 まず「文左衛門妻」とあり、
その左側の3文字 恐らく「婦○女」 と考えてまして、真ん中の○ (縦に長い線)が知りたいのですが。

英数字の「4」を(上を開いた4)を大きくした様にも見えます。(若干左側ギリギリに線があった気がします。)

最初「斗」の変形かと思ったのですが、「フトメ」と読むと意味不明になってしまいます。

本当は「ふみ」という人に相当しているハズですが、「斗」を「み」と読むと聞いたことが無いので、混乱しています。

それと位牌に書く場合、3文字目の「女」は、名前とはまた別の意味を成しているのでしょうか?

75 :浅右衛門:2006/06/11(日) 20:37:59
ちょちと見えづらいですね。左端の部分か゜。

「婦美」=「ふみ」だと思います。「み」の左端がかくれて、右側部分の「+」の
とこが、「4」の右側部分と似たように見えるのではないかと思います。
うまく表現できませんが。

最期の「女」は名前とは関係なく、敬称みたいなものだと考えます。



76 :ボンチ:2006/06/11(日) 21:01:30
浅右衛門さん、有難う御座います。 見えやすい写真が用意で出来ず恐縮です。
仰ることが良く分かります。 確かにそうかもしれません。

左側の板の丁度切れめ沿って縦に、傷みたいに見えるのが、赤い波線(ミミズみたいな形?)でして、
それが「み」の左側なら合致します。

有難う御座います。

77 :先祖マニア:2006/06/11(日) 21:50:01
みなさん字が読めて凄いですね
私なんか海?位のレベルでした



78 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 22:12:13
ここの住人、先祖調査で何世代まで分かったの?

79 :飛瀬:2006/06/11(日) 22:15:43
携帯なんでみれませんでしたが、皆さん古文書口座にでも通ってみてはどうですか?
自分もこれから大学で鍛えたいですね。

80 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 22:28:09
>>79
古文書口座=講座だろ

本当に学生なのかw?

81 :61:2006/06/11(日) 22:36:19
みなさまありがとうございました。
とりあえず「満起」で確定にしておきます。

>78
謄本調査だけなら世代数は兎も角、明治元年頃生まれの先祖ぐらいまでじゃないですか。
それ以前は家系図なり伝承が無いと難しくなると思われ
だいたい、150-200年前で、一世代30年とすると、五世代前が確定できれば良いほうかと。


82 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 22:43:29
>>75
「み」という読みは疑わしい。
とはいえ、写真が不鮮明で、
判読しづく、確答はできません。

83 :先祖マニア:2006/06/11(日) 22:45:53
>>78
最高で7代前ですそれ以前は墓や位牌からの推測になりますので可能性は
かなり高いですが絶対100%ではありません

>>80
携帯から書き込んでいるのでそこら辺は大目にみてください
意味は通じますから


84 :やすべぇ:2006/06/11(日) 23:03:00
>>22
先祖マニアさん、ハワイの親戚の件について、
詳しいことはよく分からないですが、ユタ系図協会というところなら何か手がかりがあるかも。
光文社新書の「自分のルーツを探す」からの受け売りなので、詳しいことは「?」ですが、
アメリカ国内の系図、墓碑銘、出生証明書などをマイクロフィルムに記録しているようです。
日本国内では東京にしか支部がないようですが、そこなら日本語も大丈夫では?

>>26
造り酒屋さん、遅くなりましたが、大きな進展があり、おめでとうございます。
新たな謎は、収穫があったればこそですね。

>>58
ボンチさん、史料を見ることができ、何よりでした。
明治3年戸籍に13の祖父まであったということは、
今回見られなかった人別帳には更に上のご先祖も載っているかもしれないですね。


ところで、質問です。
墓石に彫られる享年は、普通、数え年だと思うのですが、
次のように、年と月が彫ってある場合、年はやはり数えですか?
壬申戸籍を見ることができれば、はっきりするんですけどね。
http://www.imgup.org/iup220024.jpg(pass:yassu)

85 :先祖マニア:2006/06/11(日) 23:13:44
>>84

たしかそれって本によるとモルモン教徒の方の先祖ですよね?
というよりか教徒には関係なくデータベースがあるのですかね?
どう思います??

なぜか分かりませんが私の曽祖父母はハワイで亡くなっているのに
お墓がありましたということは日本で葬式をあげたのですかね?
遺骨はなしで?? ちょっと理解ができないのですが

明日ハワイ移民資料館に電話して名簿がないか聞いて見ます





86 :先祖マニア:2006/06/11(日) 23:18:56
http://www.uploda.org/uporg415090.jpg

ちなみにこれが曽祖父の墓です
なぜ日本にあるのでしょうか?
子供や孫がたてたのでしょうか?

87 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 23:23:57
>>85
その時代に貴兄の曾祖父母が亡くなったという知らせを受けた先祖が日本に供養したのでしょう。


88 :先祖マニア:2006/06/11(日) 23:29:04
そういうことなんですね
わかりました

すみません追記です 
誰か 86のUPの文字を解読お願いできませんでしょうか?
お墓の文字の行書は私のレベルでは難しいです

89 :やすべぇ:2006/06/11(日) 23:30:06
>>85
どうもモルモン教徒だけじゃないらしく、
米国内の新聞から普通に死亡記事を保存したり、
日本国内の系図や史料も集めたりしているようなことが書いてありました。

90 :日本@名無史さん:2006/06/11(日) 23:46:05
>>84

その本役に立った?
役に立つなら買おうと思う


91 :先祖マニア:2006/06/11(日) 23:49:32
>>89

そうなんですか!!!
やってみる価値はあるかもしれませんね!




92 :やすべぇ:2006/06/12(月) 00:07:44
>>86
道金信士? 智達信女? でしょうか。自信ないです。

>>90
どれくらい調査が進んでいるかによると思います。
初めて先祖を調べるという人には、入門の入門となるかも。
あと、実践編に、実際に先祖調べをした人の具体例が載っています。
あくまで、新書ですので、ターゲットは、「先祖探しをしたことはないが、
どんなことなのかちょっと知ってみたい人」のように感じました。

>>91
一応、可能性の一つ、ということで(笑)

93 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 00:35:58
>>86

釋金道信士
釋智達信女

94 :dondoko:2006/06/12(月) 00:47:28
壬申戸籍も○年○月という記載だからソレでいいんじゃないの?

95 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 00:59:25
>>88
 道金信士

 智遠信女

だと思います。画像が小さく、碑面のコントラストが低めなので、
「道」「遠」の辺りには自信が持てません。

96 :日本@名無史さん:2006/06/12(月) 01:00:47
>>95
追加します。
「遠」は「達」かも知れません。とにかく、下の方が見えにくくて。

97 :先祖マニア:2006/06/12(月) 17:48:11
皆様有難うございます

「道」「遠」が微妙なのですね ちょうどデジカメで取ったのが
7時くらいだったのでコントラストが低いのでしょうか?

画像も悪いので来月にもう一度伺い再度撮ってきますのでそのときには
もう一度よろしくお願い致します

近況報告です
本日ハワイ移民館に電話しました 個人の趣味で開いているのでいつもは移民館は閉まっているみたいでした
そこで手紙をかいて調べていただけるそうなので明日投函します

もう一点先日そのハワイに移民した曽祖父の家の分家に伺ったときに
そこの当主から本家には次男、三男がいることを教えていただき三男の連絡先を
教えてもらいましたのでそこにも手紙を書いて何か曽祖父に関して若しくは家の歴史に関して
ご存じないかを聞くために手紙を書きました(明日投函します)



98 :やすべぇ:2006/06/12(月) 21:54:41
>>94 >>84
確かにそうでした。壬申戸籍見ても生年月日は書いてないんですよね。

99 :浅右衛門:2006/06/12(月) 22:13:38
やすべぇ様

戦前は歳の数え方は、「かぞえどし」が普通です。正月(1月)に歳を取ります。
しかし、このケースでは月まで記入してあり、それが、9月なのに「一月」と
なっています。
      
      年数は満
      月数はかぞえ

と考えていいのではないでしょうか。
つまり、この方は、安政六(1859)年九月生まれ
         明治十九(1886)年九月二日没

「一月」というのが、ポイントになりますね。



100 :先祖マニア:2006/06/12(月) 22:17:21
>>98
壬申戸籍には生年月日書いてないんですか?
確か明治5年当時で何歳とかの記載でしたっけ?



101 :やすべぇ:2006/06/12(月) 22:48:59
>>99
浅右衛門さん、分かりやすい解説、本当にありがとうございます。
月の方はどうなってるんだろうと、モヤモヤしていたところだったのです!

再度質問、すいません。月数をかぞえで表す場合のことなのですが、
今回の例で、もし、8月に死んでいたとすると、どう表すのでしょうか?
「27年」だけ? 「26年12月」? どちらでしょうか。

>>99
確か生年月日は書かれておらず、
明治5年当時で何年何ヶ月という記載があった
と何かで読んだように記憶しています。

102 :浅右衛門:2006/06/12(月) 23:16:00
「27年」だけだと思います。

以前、明治17年の史料(親戚所有の)を見たときのノートを引っ張り出して来て、
確認してみました。

それによると、明治17年の史料では、そのような表記の仕方になっています。

私自身の五世の祖と高祖父の兄弟姉妹についての記述でしたので、生年月日は、
はっきり分かっていますので、そういう表記をしていたのだと思います。

ただ、あくまでも、こういう表記の仕方があったと言うだけで、やすべぇさんの
場合も、これが当てはまるかどうかは、断言しかねます。

103 :やすべぇ:2006/06/12(月) 23:28:51
>>102
ありがとうございます。なるほど、とうなずいています。
確かに、私の件の場合に実際はどうであるか、確認は必要ですが、
一つの表記方法として、参考とさせていただきます。

104 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 12:41:29
余談ですが、皆さん戸籍調査をされているのが中心だと思いますが、
明治のご先祖様の学籍簿を調べてみた方はいるでしょうか?

個人情報の問題もあり詳細の即答は無理ですが、私の先祖の戸主
(明治20年生まれ)の学籍簿が保管されていました。

先祖の足取りの一部分の資料として活用出来ると思います。

105 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 16:37:46
>>104
学籍簿ってどこにあるの?

106 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 16:45:00
http://www.imgup.org/iup220595.jpg.html

見たい方は??

107 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 16:49:18
>>105

昔の常等小学校=創立100年以上の学校かな。。

108 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 16:56:56
今日やすみだったので7の除籍を取りに行ったところ廃棄通知しか出ず。。
しかも除籍年度が大正十四年だったので、80年廃棄だとすると、
2005年廃棄に・・・。十年前なら確実に取れたかなあ。。

109 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 16:58:52
>>94

>壬申戸籍も○年○月という記載だからソレでいいんじゃないの?

壬申戸籍型 記載形式 生年月日の記載例有り

http://www.imgup.org/iup220597.jpg



110 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 17:13:03
109の画質うp バージョン

http://www.imgup.org/iup220601.jpg

111 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 17:36:38
明治9年式壬申戸籍 雛形
http://www.imgup.org/iup220608.jpg

http://www.imgup.org/iup220609.jpg

http://www.imgup.org/iup220610.jpg




112 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 18:26:27
>>107

尋常高等小学校だと思うが。。

113 ::2006/06/13(火) 21:33:14
前スレで画像を出してお聞きした、11高祖父の母欄と続柄の不自然な空白について
該当役所に電話しました。

空白は渡す前に消したものではなく、原本から抹消されているとのこと。
この前の除籍が出るかどうかはわからない(もう作っていない)ようなことを言われました。

父親が前戸主のものはなくても、実兄が前戸主のものや
妻の祖父が前戸主のものなどを取れれば何とか判るのではないかと思っています。
(妻の父親は早くに亡くなっているようなので、戸主としてはとばされています)
可能性があるものはすべて欲しいですけど、妻の祖父が前戸主のものだとわからないですかね?
妻の母親は判るかも知れないですけど、この場合婚姻相手の母親ですし。


114 :ボンチ:2006/06/13(火) 21:57:11
>>79 飛瀬さんのアドバイスの件に追随する形になりますが、今日、近所のよく行くコピー屋に行きましたところ、
古文書を大量にコピーしている方がいました。とても気になったので声をかけますと、偶然にも「古文書を読む会」
らしきサークルの一員の方でした。月2回、約20名で活動しているとのこと。個人的にも以前から興味があったことと
本を買って独学でやるよりも苦痛なく覚えられるかと考えまして、今度参加させて頂く予定になりました。

更に偶然か、自分の高祖父9の地に関して少し話が合いまして、うまくすると何か新しい9高祖父の情報
も得られるのでは?との期待も当然含めた上での参加申し込みを致しました。

115 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 22:01:59
2メートルぐらいある室町時代の五輪塔があるんですが俺の先祖何してたんですかね?
丸い小さい石を二つ三つ積んだ墓?みたいのがイパーイあるし。あれは墓なの?

116 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 22:24:55
>>115

立派な五輪等だから、調べてごら〜んw
自分の先祖が分かると楽しいよww

117 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 22:31:21
>104

祖父、曽祖父、高祖父の兄弟が通ったのが分かるのかぁ〜。
学校に通う、通わないでその家庭状況も分かりそうですね!


118 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 22:35:00


WWW←が多くなればなるほどレス相手しない法則。

119 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 22:37:29
調べても分からないからきいてるんです。職業は江戸の初期まで判明してます。
あと釣りじゃないです。

120 :やすべぇ:2006/06/13(火) 22:51:02
>>104
学籍簿が保管されているかどうかって地域や学校によって違うんですかね?
先祖の中には移動が激しい人もいるので、学籍簿があれば、そこに住んでいたことの証にもなりそうですね。
卒業した学校じゃないと残ってないんでしょうか。

>>108
惜しいですね。80年廃棄をきっちり行っている役所なのでしょう。
まだ残ってるものは今のうちに取っておきたいものですね。

>>113
藤さん、高祖父の母親の実家のものが取れたら、何かヒントはあるかもしれないですね。
直系尊属が戸主の祖父とかで入っていれば、取れますが、どうでしょうか。
旧土地台帳の調査も必要かもしれませんが。

>>114
ボンチさん、面白い偶然ですね。
古文書サークルのみならず、高祖父9への期待もつながるとは!
ところで、私も古文書についてはパンフレットを開いてみました。参加は・・・未定です。

>>115
墓地に五輪塔があるのですか?
お寺のご住職は何か知ってませんか?

121 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 23:01:09
住職もお寺も知ってますが住職が難しい人みたいなんで、たぶん取り合ってもらえません。
お寺が出来る前から五輪塔があるにたいです。
家は後妻でなにもしらないんです。総本家は他県に引っ越してしまったので連絡がつきません。


質問変えます。室町時代に五輪塔が立てれる身分を教えてください。
極端な話エタでも立てれるものなんですか?家、農家?です。

122 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 23:03:46



>>121
お寺ではなく家の近くにあります。

123 :日本@名無史さん:2006/06/13(火) 23:04:56

>>120でした。

124 ::2006/06/13(火) 23:21:08
>>120 やすべぇさん

その11高祖父の母親の名前が、前に見せた空欄なのですよ。
兄の戸籍から婿養子で婚姻していますので、それを取れればいいんですが。

よく考えたら、妻の祖父が戸主の除籍だと今の戸籍と違って父母の欄がないやつになるので、
もし取っても判らないですね。
戸主の祖父の線も考えたんですが、11高祖父が亡くなったのが大正五年、
孫が家督相続したのが昭和13年なんですよ。なので、記載から外れていますね。
男の方だと旧土地台帳で出てくる可能性がありますが、女の人なので出てくる可能性は低いと思います。

いっそお墓を探したい…。とお寺も判らないのに、考えてしまいます。



125 :先祖マニア:2006/06/14(水) 00:10:39
>>121
>質問変えます。室町時代に五輪塔が立てれる身分を教えてください。

恐らく支配者階級でしょうね武士というよりか土豪というか地頭というか
そのようなある一定の地域を支配していた人物でしょう
それとその五輪塔は本当に室町時代のものですよね、子孫が江戸時代に建立した
ということはないですか?

私の例では戦国武将で1580年頃に亡くなった人物の墓ですが実際には子孫が
1760年くらいに建立したものがありますのでよくよく調べた方がいいです


>124
>男の方だと旧土地台帳で出てくる可能性がありますが、女の人なので出てくる可能性は低いと思います


女のひともバンバン出てきますよ(割合は少ないですが体感的に多いです)


126 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 00:31:16
>>125有難う御座います。
いちお文化財になってるみたいなので年代は間違いないと思います。
逆に江戸時代の五輪塔の方が自分としては良かったんですがw
初期の物で苗字(今使ってる)が彫ってあったみたいです。


石の枠の中に墓?地蔵さん?みたいなのがあるんですが、これもお墓のんすか?
質問ばかりですみません。





127 :先祖マニア:2006/06/14(水) 00:48:22
>石の枠の中に墓?地蔵さん?みたいなのがあるんですが、これもお墓のんすか?

場所はどこですか お寺 共同墓地 家の裏?

地蔵さんは恐らく墓ではないと思います


128 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 01:03:35
墓地の隣です。
お墓ではないようですね。貴重の情報有難う御座いましたm(__)m

129 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 01:10:15
>>126

文化財になっているのなら地域の教育委員会で調査するそうだから、
地域の博物館の学芸委員に相談するとか、教育委員会に連絡して
確認取る方法があります。

(私の本家の墓のケース)
本家の場合、五輪塔のない宗派ですが、山の斜面を掘って
祠にしてある古い墓地には、菩薩立像仏(元禄12年)を正面真中、
人形仏二体(延宝12年、13年)がその両脇に奉ってあります。

その他古い墓石があるのですが、風化が激しく文字も読み取れない
菩薩立像仏が六体あります。

130 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 07:03:12
古文書をコピー機に押し当てるなんて、ろくなやつじゃねえな。
文化財保護の意識に欠けている。

131 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 10:44:55
デジカメでフラッシュたいたりしてないだろうな

132 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 11:21:12
>>129

祖父が纏めた資料の一部です

http://www.imgup.org/iup220871.jpg

133 :ボンチ:2006/06/14(水) 15:48:31
>>130 古文書の取り扱いはかなりデリケートなのですね。

市博物館のマイクロフィルムと言う、要はコピー紙そのものですが、それをコピーしていました。 


134 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 17:23:06
>>133
マイクロから焼いたコピーだから、どんなに乱暴に扱っても大丈夫ですよ。
>>130は早とちり。

135 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 18:46:56
地蔵さんの姿の墓石もあるんだな。
ここの住人も専門家じゃないから話を鵜呑みに
してもしょうがないみたい。。

136 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 19:25:18
>>129

山の斜面を掘って祠にしてある古い墓地の写真です。
http://www.imgup.org/iup220984.jpg

137 :飛瀬:2006/06/14(水) 21:05:30
今月の歴史読本が先祖調査について書いてます。興味のある人は読んでみてください。

138 :やすべぇ:2006/06/14(水) 22:22:45
>>124 藤さん
とんでもない誤解をしておりました。すいません。
婿養子に来る前の除籍が取れるかどうかが鍵かもしれませんね。

>>129
総本家の墓所にあった子供の墓には石仏が彫ってありました。
>>136の写真に写っているのは大人の方のものでしょうか。

>>137 飛瀬さん
歴史読本、のぞいてみます。
ときどき特集を組んでいるようですね。

139 :日本@名無史さん:2006/06/14(水) 23:19:50
>>138

私は詳しくありませんので済みません。位牌の写真と解説がありましたので
うpしときます。
http://www.imgup.org/iup221143.jpg

140 :日本@名無史さん:2006/06/15(木) 18:44:29
>>136 えらい壮観な場所にある例ですね。>>139 こんな立派な作りの位牌、見たことないです。

私の13の総本家にも石仏型あります。位号が「大姉」です。



141 :先祖マニア:2006/06/15(木) 23:04:46
>>132

おじいさんはとても素晴らしい方ですね
資料にして纏めておけば後々興味のある子孫が感動すること間違いなしです



142 :MCCA:2006/06/16(金) 00:08:37
ステハンでなくコテハンで投稿しますね。

先祖マニアさん、突然の横レス失礼しました。
スレ読まして頂き、お墓の話でしたので投稿させて貰いました。
祖父が作成した先祖の過去帳(祖父作成)で色々細かく検証して
記入されています。

皆さんの検証を参考に私も過去帳や古文書を解明したくなりましたので
宜しくお願い致します。



143 :ボンチ:2006/06/16(金) 21:56:11
12ミヨ関係調査(11・12関係)をしました。

1.博物館で人別帳マイクロを見る為の手続き、承諾書を貰う為、持主宅を伺いました。
2.11の本家(11の弟の子孫)を伺いました。
3.本家の紹介を得て、旦那寺へ向かいました。
4.1.で頂いた承諾書を、市博物館へ渡しました。

1.事前に電話約束していた日でした。お会いし再度自分から一通り説明しました。今回作った名刺も渡しました。
顔も見せて不信感は大分払拭して頂けたようでした。最終的にスムーズに承諾サインを頂けました。

2.次にアポなしで11の本家宅へ伺いました。この理由は、何度か電話でお話しましたが、ややうざったがられてて、
進展しないので、もう直接伺って顔見せした方が良いかと考えました。が、別客もきてしまったりでお忙しく、
殆ど交渉出来ぬまま、過去帳や位牌、エピソード等も全く聞けずに終わりでした。
しかし、寺には行っても差し支えないと言って頂けたので、1人で旦那寺へ向いました。


144 :ボンチ:2006/06/16(金) 22:00:08
3.寺もアポなしでしたが、スムーズに通してくれました。
しかし残念ながら、12ミヨの手掛かりは、全く有りませんでした。
今まで、12の推定亡年は明治12〜21年と仮定してきました。(持っている除籍の記載情報より)
今日はそれより拾い範囲、明治8年〜34年まで見て貰いました。
その結果で無いと云われたので、ほぼ諦めることにしました。

4.帰り際、1.で貰った承諾書を博物館へ渡しました。後日正式連絡あればマイクロフィルム閲覧可能となります。
もしここに12が載ってなければ、今後かなり難しいと思います。


145 :ボンチ:2006/06/16(金) 22:05:47
12の推測を今日変えました。(以前のレスをもう一度書かないとダメでしょうが。)

新推測・・12は明治12〜21年に離縁した(実はこの時点では、まだ生きていた。)
同時に11の村から離れた。(もしくは実家に戻った。) 
その後しばらく生存していたが、何時亡くなったかは不明。
明治33年には完璧に亡くなっている。
という推測へ変更してみることにしました。

あと質問なのですが、12ミヨは、明治19年戸籍に全く記載ありません。
明治31年戸籍には、「亡 ミヨ」として記載されています。

これはいわゆる「追記」ってやつになるのでしょうか?
加えて、夫11は、離婚後も12の情報を得続けており、明治33年、
11が新たな転出先で、戸主として役場に戸籍登録した際、
戸籍士に”12が亡くなった”事実を伝えたことによって、
今自分が持っている31年式の除籍に「亡 ミヨ」と記載された、と考えても、大筋では間違いでは無さそうでしょうか。

今日を以って、自分の中では高祖9〜16の大雑把な調査が完了した気分です。


146 :ボンチ:2006/06/16(金) 22:09:26
>>145
「追記」→X  
「追完」の間違いでした。済みません。

147 :先祖マニア:2006/06/17(土) 00:00:40
>>142

いつでもお気軽にどうぞ

ボンチさんお疲れ様でした

高祖母はきびしいかも知れませんが
高祖父の方はどこまで分かりましたか?
それよりも前は分かりませんでしたか?

9太郎右衛門拠り以前の墓はたくさんありましたね
ほかも11 13 15 の更に古い先祖は遡れなかったですか?






148 :やすべぇ:2006/06/17(土) 00:07:48
>>137
歴史読本、眺めてみました。10頁強です。
新たに参考になることがあるかどうかは、その人の調査段階によるように思います。
私自身は、電話帳と地図とを用いた分布図をもう少し真面目に作ってみようか、と思いました。

>>140
石仏、といえば、石仏に関する本を書店で眺めました。
いろんな本があるものです。
そういえば、この前の現地調査で、石仏の写真を取っている人がいました。
「家系調査の一環?」かと思って、声をかけてみたら、石仏ファンの方でした。

>>142 MCCAさん
おじいさまの資料、すごいの一言です。
どうかよろしくお願いします。

>>145 ボンチさん
>明治31年戸籍には、「亡 ミヨ」として記載されています。
ここに名字が入っていないのが引っかかるところなんですよね。
追完のときに離婚したということを伝えなかった、
というような何らかの事情があったのでしょうか、よく分かりません。
ところで、戸籍に載っていた実家(ミヨの実家)の線はいかがですか?

149 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 07:23:22
>>133
>市博物館のマイクロフィルムと言う、要はコピー紙そのもの
それなら結構。

>>134
>130は早とちり。
は?
>古文書を大量にコピー
って書いてあったんだからしょうがねえだろ。
もちろんポンチ氏に文句を付けるつもりはありません。

いづれにせよ、博物館や所蔵者宅等で原本閲覧するときなどは
くれぐれも気を付けて下さい。一人の無礼のために後続者が見せて
もらえなくなってしまうことがあるので。

150 :ボンチ:2006/06/17(土) 07:41:15
>高祖母はきびしいかも知れませんが、高祖父の方はどこまで分かりましたか?それよりも前は分かりませんでしたか?

11の父親の名前のみ判っています。(墓誌に没年無し。・・よく考えると、ついでにこの分も過去帳見てもらえば良かったですね。
感じ的に過去帳ありそうでしたが、いまいち曖昧なまま帰ってきてしまったので、今度聞いてみます。

また、11の母の父の名前と村は判っています。すぐ隣村でして、一回現地調査しましたが墓・実家はまだ不明です。

>9太郎右衛門拠り以前の墓はたくさんありましたね
なぜか未だに9・10夫妻のみ見つかっていませんが(その後数回探しに行きました)
9の父母・祖父母・曾高祖父母あたり(1770年代)まで墓石が見つかっていて、これで寺に過去帳が慶應4年以降もあれば、
云う事なしだったのですが、せっかく古い墓石が見つかっているのにもったいないです。
しかし先日、9の地元に興味があるという、古文書会の方と知り合ったので、今後何か得られる可能性も無いことはないです。
また、9・10の墓捜索に関しても、周辺掘り起こし調査をしてみようかと検討中です。

13は、13の祖父の名前だけまで判っています。更に間を空けて1770年代の戒名も判明しています。
御住職にまだ連絡待ちの事もあり、細かい部分では継続中です。

15は、ご主人が最近亡くなられ、まだ一周忌・相続手続きが終わってなくバタバタしている様子なので、
暫くはお伺いは止めておこうと思います。出来るのは、15の地元の資料館へ行くらいでしょうか。

自分の場合ですが、1〜8は車で3時間の遠距離な為、今まで後回しにしてきたのですが、
9〜16は大体除籍請求・親戚訪問・お寺訪問・墓地調査・図書館調査と、通常云われている一通り
は終わりましたので、そろそろ父方1〜8の開始しようか、と考えています。

1関係の墓を全面新装することになり、工事完了後、1〜8関係の人、及び親戚外の地元の方々と集まるチャンスが出来ました。
これとないチャンスですので、先日名刺も作り、携帯にも再加入し、資料も今から準備しています。
色々聞きたい事がある感じで、楽しみといいますか、そんな感じです。

151 :ボンチ:2006/06/17(土) 07:47:47
やすべぇさん。
>ところで、戸籍に載っていた実家(ミヨの実家)の線はいかがですか?

11の長男の母欄「亡 ミヨ」とあるのみで、上の欄を読んでも12ミヨの実家の記載が見られずです。
 ・・よく見てみると、11熊蔵の3人の子の中で、次女の子孫を探すことを、全くしてませんでした。
ただ、家督相続した長男の子孫ですら殆ど12の情報得られなかったので、かなり難しいとは考えられます。

もし今度人別帳(文久4年)が見れれば、11熊蔵が30歳頃の物でして、新婚に値すると思いますし、
3人の子供らもまだ生んでない年代ですので、うまくすれば12の名前、更に運良ければ「○○村 **の娘」
などと出身村が書いてあればいいが・・と考えています。

また、昨日断られた11の本家訪問に関しても、今回1回で終わりではなく、また日を改めて暇な時にでもお伺い
したいです。  一年後になるかも知れません。

152 :ボンチ:2006/06/17(土) 08:29:51
>明治31年戸籍には、「亡 ミヨ」として記載されています。
ここに名字が入っていないのが引っかかるところなんですよね。
追完のときに離婚したということを伝えなかった、というような何らかの事情があったのでしょうか。

有るかもしれませんね。色々勝手に想像してみましたが、もしかすると、11熊蔵は、転入先し、新たに戸籍登録する際、「向こうで離婚してきた」というのが恥ずかしかったか?
その他何かの理由で(仕事などの都合上か借金かも知れませんが)理由があったので、役場の人には嘘で「妻は亡くなったから居ない」などと、サラっと職員に説明し、
職員もそれを真に受け、裏付け確認もせずに(もっとも当時は確認しようが無い?)それがそのまま「亡 ミヨ」と書かれた・・・なんて想像をしてしまいました。


153 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 11:48:17
>>149
>>古文書を大量にコピー
> って書いてあったんだからしょうがねえだろ。
「古文書原本を大量にコピー」なら、間違えても仕方がない。
古文書に親しんでいる人間ならば、まずその辺りを確認してから
発言するものです。
大体古文書の 刊 本 を大量にコピーしていたかも知れないしね。

それが出来ない>>130は、単なる脊髄反射の素人衆。

154 :造り酒屋:2006/06/17(土) 22:10:28
>>34 あたりに書きました、過去帳を調べていただくことになったお寺から、
書類が着いたというおはがきをいただきました。

そこに書いてあったことは、今ご先祖様を探されて、例えば困難だったり
先が見えない方にとって、とても元気が出るお言葉だと思いました。
また、ご先祖様探しをされている方皆さんに受けていただきたいお言葉でしたので

私を通じてで申し訳ありませんが、書いておきますね。

「姿こそ見えませんが御先祖様は生きていらっしゃるのです。
きっときっとお喜びになっていらっしゃると思います。
どうぞ、お健やかにお過ごしくださいませ」

また、>>34で、お布施のことについて、ご本尊様や阿弥陀如来様へお供えするものだと
ネットで検索してわかったと書きましたが、

はがきには、「早速御先祖様に由を申し上げ御供え致しました」と
私のご先祖にお供えしてくださったようです。
本当にありがたいことで、お礼に伺う日を早めなければと決心いたしました。

いつも先祖マニアさんに言われているように、今回も「熱い思い」を
同封して送りました。詳細に知りたいことも書いておきました。

でも、はがきに「4、5年前でしたら年老いたお方が居られましたのに・・・」とあり、
また、「極力尽くして探したりお尋ねしてみます」ともおっしゃっていただきました。

ここでも皆さんおっしゃっておられますが、ご先祖様探しは、
本当に時間との戦いですね。



155 :日本@名無史さん:2006/06/17(土) 22:55:33
コテハンの某氏が名無しで書いているのはなぜ?

156 :先祖マニア:2006/06/17(土) 23:57:52
>>150

>自分の場合ですが、1〜8は車で3時間の遠距離な為、今まで後回しにしてきたのですが、
9〜16は大体除籍請求・親戚訪問・お寺訪問・墓地調査・図書館調査と、通常云われている一通り
は終わりましたので、そろそろ父方1〜8の開始しようか、と考えています。

1関係の墓を全面新装することになり、工事完了後、1〜8関係の人、及び親戚外の地元の方々と集まるチャンスが出来ました。
これとないチャンスですので、先日名刺も作り、携帯にも再加入し、資料も今から準備しています。
色々聞きたい事がある感じで、楽しみといいますか、そんな感じです。


そうですね次は父方ですね
まだ6,8、の名前も確か不明でしたね
父方は確か調べるのが早かったですよね(同じ地域に住んでいたですよね)


あと親族に聞きたい事は箇条書きにしておくと漏れが無くていいですよ



157 :先祖マニア:2006/06/18(日) 00:04:48
>>154

よかったですね
少しの進展でもそれだけ先祖に近づくことになりますからね

お寺の方はとても言い方と見受けられました
(徳のある住職ですね)

本当に先祖探しは時間との戦いです
結局1世代遡りたければ、現在の生存者を1世代古い方に聞かないと分からないですもんね

私も先日分家に伺いましたが、そこの当主の方は85歳でした、あと数年跡には
分からないことになっていたのをたまたまそこの当主が健在だったのと
私の祖父もよく知っているので話が早いですが
1世代後になると全く興味もなくなるし、祖父も直接しらなくなるので
難しくなっていたと思います



158 :ボンチ:2006/06/18(日) 10:59:48
有難う御座います。何時も説明する際、舞い上がってしまいます。最近少し慣れてましたが。

>まだ6,8、の名前も確か不明でしたね

そうなんです。6と8は、まだ名前すら不明です。1〜8は殆ど同じ町内です。
電話帳で同姓を探し始めたところ、今回の話が舞い上がってきて幸運でした。

19の除籍は獲れました。この上は「保存なし通知書」になってしまいました。(廃棄してない自治体です)
かろうじて、26の除籍(31年式)が獲れましたが、すでに19・20共に、亡で記載されており残念でした。

19には男子供が1名しかおらず(1男5女)他に面倒見た方もおらないだろうという感触と、
更に26さん、及び26さんの長男さんも、現状ですでにお亡くなり という厳しさです。

また、7の除籍も同じく「保存なし通知書」を貰っています。
このような感じで、6.8調査は、除籍謄本からはもう難しいと、感じていたところでした。

話題にあがってますように、早めに伺わないと・・と、私も考えていたところした。

159 :ボンチ:2006/06/18(日) 11:02:31
済みません、訂正
>かろうじて、26の除籍(31年式)が獲れましたが→×
>かろうじて、19の長男の除籍(31年式)が獲れましたが→○

160 :先祖マニア:2006/06/19(月) 00:05:26
明日から4日から不在ですのでよろしくお願いします

社員旅行に行きます



161 :飛瀬:2006/06/19(月) 12:30:07
いってらっしゃい!

162 :ボンチ:2006/06/19(月) 18:00:15
今日、人別帳で高祖父11、12の戸籍と云いますか、を見ました。
人別帳から先祖を見れたのは、4,5回中始めてでした。
自分ではとても読める字ではなく、市史編ざん室のエキスパートの方が解読
してくれなかったら、分らなかったでしょう。

残念ながら、ここでも12ミヨの出生地等は判らず。
「女房」と書いてある、との事。(激しく虫食いもしており、マイクロフィルム
ゆえに、墨の字だか虫食いだか、更に解読を困難にしておりました。) 

除籍謄本から拝見できた人4名は、人別帳にある文久4年当時の年齢から逆算すると、
誤差1年で殆ど合致していました。(その4名とは、11,11の母、11の弟、11の妻12
しかし母、妻は当時の女性差別からでしょうが、名前無しです。「母」「女房」とだけです。)

文久4年当時の年齢は、家族10名とも、全て書かれていました。
他に女兄弟が6名も居た、という事実は知れましたが、この資料から更なる調査へのステップの
鍵になる情報は、やや乏しいかもしれませんが、それでも貴重な物を拝見出来た気がします。
(今回は手続きも複雑でしたので。)

この文久4年時点で11の父が載っていない、しかし文久3年までは市史に頻繁に載っていたので、
11の父が文久3,4年辺りで亡くなったであろう推測を、新たに立てる手掛かりにはなりました。


163 :浅右衛門:2006/06/19(月) 19:30:26
ボンチ様
よかったですね。新たなるご先祖との出会いでしたね。
年齢の誤差は、「かぞえどし」で記入してあるからではないでしょうか。
「満年齢」と「かぞえどし」とでは、1歳か2歳(誕生日と年齢を数える日
との前後関係によって1歳差か2歳差かになります)差がでますからね。

164 :ボンチ:2006/06/19(月) 19:37:38
浅右衛門さん、有難う御座います。数え年、今後も頭に入れておきます。
少しずつ判明していくのも、またオツなものです。

お願いがあります。また戸籍の文字ですが、これは苗字です。「○藤」
この○の字は何と読むのですか? 普通に「高」でokでしょうか?



ttp://www.uploda.org/uporg421005.jpg.html

165 :飛瀬:2006/06/19(月) 19:38:31
最近携帯ばかり使っていたため、お金がやばくなりました。
しばらくここを去ろうと思います。
さようなら

166 :ボンチ:2006/06/19(月) 19:38:51
パスは”bnch”でお願いします。


167 :ボンチ:2006/06/19(月) 19:45:15
飛瀬さん、またお金が溜まったら復活してご教示お願いします。

168 :非浅右衛門:2006/06/19(月) 19:48:43
>>164

さいとう(齊藤)だわな

169 :浅右衛門:2006/06/19(月) 20:18:42
非浅右衛門さんの通りだと思います。

「斉」でもなく「斎」でもなく「齋」でもなく「齊」ですね。

170 :ボンチ:2006/06/19(月) 20:42:52
「齊藤」でしたか。非浅右衛門さん、浅右衛門さん、有難う御座います。


171 :日本@名無史さん:2006/06/20(火) 05:46:14
>>153
>古文書に親しんでいる人間ならば、
はい、ふだんから親しんでいますが何か。
>大体古文書の 刊 本 を大量にコピーしていたかも知れないしね。
はい、「○○をコピー」とあれば、あ、○○をコピーしたんだな
と日本語を素直に解釈しちゃうものですみません。
>それが出来ない>>130は、単なる脊髄反射の素人衆。
いや、むしろ玄人なもんで、あなたのような素人の方のお気持ちがよく分かりませんでした。
ふだんから勤務先の学生達に、原本を、特に和綴じのものは絶対
コピーするんじゃないぞと、繰り返し言ってるのが、ついついいつものクセで
出てしまいました。すみません。これからはあなたのようなド素人のお気持ちに立って
書き込みするようにします。なおあなたのようなド素人のように毎日ここを覗く
時間がありませんので、レスが遅れることお許し下さい。

172 :日本@名無史さん:2006/06/20(火) 06:13:51
そうそう、ド素人のあなたにわかりやすく言うと、
 刊 本 、例えば『大日本古文書』、『平安遺文』、『鎌倉遺文』、その他
何でもいいですが、あれをコピ−してる姿見て、「あ、古文書コピーしてる」
とは思わんのですわ。ポンチさんの書かれてるような、マイクロからのものなり、
紙焼きなら分かりますけどね。
しかしド素人のあなたのおっしゃるような
>古文書の 刊 本 を大量にコピーしていた
これを「古文書をコピー」とは言わないですね。我々の間では一般には
刊本ないし活字本という言い方をして、古文書とは区別します。
これからはド素人のあなたにもわかっていただけるよう気を付けます。

173 :日本@名無史さん:2006/06/20(火) 10:10:13
>>171-172

偏狭かつ幼稚だね。せっかくの良スレが荒れるよ。今後、書き込み一切無用

174 :日本@名無史さん:2006/06/20(火) 10:43:02
物の言い回しって大事ですよね。
普段から史料にあたっておられる学者様は指摘が鋭くていらっしゃる。

175 :日本@名無史さん:2006/06/20(火) 10:52:23
そもそも要りもしないのに煽った>>153が悪いけどな

176 :日本@名無史さん:2006/06/20(火) 11:55:19
古文書に入門したばかりの人が書いた書き込みに
脊髄反射した非を指摘され、
今度はその指摘だけに反応した>>171-172
やっぱり脊髄反射。
玄人ならば、素人衆の書き込みに対して、
慎重に対応するべきだろうという>>153をよく読んだ方がいい。
学生が気の毒だ。
「ド素人」という言葉は余計。せめて素人にしておけ。
このスレを読む同業者は結構いるんだから。
同業者から忠告。

177 :日本@名無史さん:2006/06/20(火) 12:12:56
おまえらそういうことは>>153の段階で言っとけば?
「単なる脊髄反射の素人衆、という言葉は余計」とかさ。
どこが違うんだ?
>>171-172ってそんなに勘にさわるようなもんか?

178 :日本@名無史さん:2006/06/20(火) 12:30:12
あまり書いてもまた「本人だろう」とか勘繰るゲスが出るから
やめときますが、とりあえずこの件は放置しましょう。

というわけで>>171-172の側も、
あなたが一方的に悪いとは思わん人間もスレにいるので、
この件についてこれ以上続けるのは控えていただけると嬉しい。

179 :やすべぇ:2006/06/20(火) 22:20:04
ボンチさん
>>151 >>152
とんだ勘違いをしておりました。申し訳ありません。
母欄追完の真相については想像が尽きませんよね。

>>162
人別帳でのご先祖確認、おめでとうございました。
探せば辿り付けることもあると分かり、励みになりました。
高祖母12の名前が確認できなかったのは残念ですが、年が分かったのは一つの進展ですね。

造り酒屋さん
>>154
ありがたいお言葉、確かに拝受しました。
見えない先祖からの導きに従って、これからも調査を続けます。

飛瀬さん
>>165
またの書き込みをお待ちしております。

180 :日本@名無史さん:2006/06/20(火) 22:53:03
49 :日本@名無史さん :2005/07/25(月) 20:47:23
悪いことは言わない。
本気で研究者になる覚悟があるわけでもないなら、史学科は
やめておけ。つーか文学部も考えものだ。自己満足にひたるには
もってこいの選択だが、社会は冷ややかなものだ。
まして、私立など…


50 :日本@名無史さん :2005/07/25(月) 20:54:09
・・・白骨街道で骸となるのがオチ。

181 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 12:26:23
>>175>>171-172には喧嘩両成敗が適用されました

182 :ボンチ:2006/06/21(水) 20:50:04
>>179 
でもお陰様で、見落としていた、11の次女の子孫を、訪ねる事が出来、収穫ありました。
11ら4名が転入して来た理由が、農作業の手伝いだった事が判明しました。

同日中に、11の次女が在籍の、31年式を見ました。同じく「亡 ミヨ」でした。
これはこれで、また一歩進展出来たので良かったです。


183 :やすべぇ:2006/06/21(水) 22:49:03
>>182
更に進展があり、何よりでした。
農作業の手伝いだったことが分かったというのは、
次女の子孫には代々先祖のことが伝わっていたということですね。
最後に親の世話をしていたのは、実は次女だった?という想像は外れでしょうか。

184 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 23:33:26
個人情報に関する戸籍を話題に他所のHP
の引用を得意とするここのスレ主

そんなにやりたければ自分のHPでやればいいと思う。
自分のスレを良スレだと、他所のスレで書いている
のが、可哀相でしかたがない。

185 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 23:42:25
もう一つ書き上げる。

貴方達は昔の戸籍の情報が欲しいかもしれないが、

昔の情報を知られたくない人間も少数いる事をわすれるな…

ここの連中みたいに専門的に戸籍取り出されると知られたくない

情報まで掘り出されそうで嫌なスレだと思う。

゜寝る子を起こすな’いいか忠告しておくぞ!!

186 :日本@名無史さん:2006/06/21(水) 23:43:02
ドコのスレで言ってるの?

187 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 00:06:21
21の除籍が取れたけれども、その役所は大正年間に火災に遭ったらしく、
それ以前は保管されていませんでした。

ただ、21家は江戸時代から伝わる旅館でお墓もたくさん有るようなので
現地調査をすれば名前程度はさかのぼれそうですね。そのうち行ってみ
ようと思ってます。


188 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 00:08:23
まあ、185氏の言っていることも解らないことは無いですね。
自分の謄本をさかのぼってみると、養子・婚姻・離婚など色々出てくるからね。


189 :日本@名無史さん:2006/06/22(木) 01:14:39
秦氏は捏造、書き替えだらけで信用できない


190 :ボンチ:2006/06/22(木) 07:48:36
>>187 現地調査も困難なさそうですし、ご職業柄、近隣の方々からお話多く
聞けるのではないでしょうか?。市史に載っている可能性もあるのでは?

>>183 祖母(次女)様の生前のお話の御記憶からでした。
機会があれば、転入前の地に案内してくれ、と頼まれました。
親の世話については特にお聞きしてない様でした。


191 :先祖マニア:2006/06/22(木) 19:27:49
ただいま帰りました
>>162

とうとう宗門人別帳を見られましたか うらやましい限りです

>>182
とうとう理由が分かりましたね よかったよかった 次女系列にもっと色々な
話を聞けばもっとなにか分かるかもしれませんね(伝承の部類)

>>190
>機会があれば、転入前の地に案内してくれ、と頼まれました

是非とも尽力してください

飛瀬さんもまた余裕ができたら除いてみてくださいね



192 :187:2006/06/22(木) 21:44:21
とりあえず、母方の本家である、21家に手紙を出してみました。
母方の祖父の従弟。。。近いような遠いような関係ですね。
子供の頃に一度だけ会った気がします。

>190
一応有名な温泉地でガイドブックに老舗中の老舗と紹介されるほどなので
本格的にやれば調べ甲斐はあるでしょうね。。


193 :やすべぇ:2006/06/22(木) 21:59:28
>>187
私にも大正期の災害でそれ以前に遡れない先祖がいます。
はたと困ってしまいますよね。
それにしても、現地調査は有望そうですね。

>>190 ボンチさん
勝手な想像をし、すいませんでした。
まだいろいろエピソードが聞けそうですね。

>>191 先祖マニアさん
お帰りなさいませ。


194 :日本@名無史さん:2006/06/23(金) 00:15:04
>>184,185
いいこと、教えてあげる。削除依頼してみなよ。
報告よろ

195 :日本@名無史さん:2006/06/23(金) 04:03:04
早在一八八六年澳洲人喬治.哈里遜聽? 南非出??金,即遠渡重洋,想一圓淘金夢,
奈何?金沒?到, 卻落魄到身無分文,淪落到約堡附近的朗格拉特農場當長工。有 天他獨自在農場漫?,
走著走著?到一塊閃亮石頭,山窮水盡的 哈里遜異想天開,「如果這是?金,那該有多好」,好奇的哈里
遜則?開石塊,竟想夢想成真,豁然現一條純金色的金脈,消息 傳開至世界各地,淘金客蜂湧而至,使原本只是
一座荷蘭人為主 的小鎮,頓時熱鬧不已,就在哈里遜?到金礦的附近,開?出世 界上最大的脈礦,ル
延逾五百公里長,直通至現今南非北川斯華 省的布?コ峽谷。

196 :日本@名無史さん:2006/06/23(金) 12:29:53
あれ、何か私以外で荒れてますね。

>「ド素人」という言葉は余計。せめて素人にしておけ。
私がド素人と呼んでるのは一人だけです。他の素人の方々と区別するためです。
私が侮蔑しているのはこのド素人だけです。
実際、他のここにいらっしゃる素人の方々は、戸籍や先祖調査に関して
私などより遙かにお詳しく、私もいろいろとここで学ばせてもらいました。
自分の先祖調査にも大変役立ちました。感謝しています。一人を除いて。

>>177
ありがとうございます。

>あなたが一方的に悪いとは思わん人間もスレにいるので、
>この件についてこれ以上続けるのは控えていただけると嬉しい。
ありがとうございます。控えなくて済みません<(_ _)>

>喧嘩両成敗が適用されました
私は異存ありません。最初に挑発的な言辞を弄したのは私ですからね。

一点だけ以前から気になっていることがあります。
質問、特に崩し字に関するものに対して、一人目の回答者の方が
正しい答を出されているにもかかわらず、その後でトンデモな回答があって、
質問者が迷われたり、時には誤った回答に従いそうになることが
これまで度々ありました。端から見ていて、
ま、いいです。

197 :日本@名無史さん:2006/06/23(金) 18:12:14
62 :浅右衛門 :2006/06/11(日) 12:17:50
初めておじゃまします。
ちょっと焦点か゜ボケているみたいで見えにくいのですが、
「由紀」ではないでしょうか? 


63 :61:2006/06/11(日) 12:36:20
うーん。書き忘れていましたが、慶応元年生まれなので由紀は新しすぎる感じ?
上の字は偏と部首が分かれているように思うのですよね。
下の字の偏が「己」だとすると、「起」の可能性があるような気がします。

紙の文字をデジカメできれいに取るのって難しいですね。。。




64 :ボンチ:2006/06/11(日) 12:54:59
私も上は「由」に見えます。下は「イ」偏で主部が「巳」に見えますが、ありませんよね・・。
下の字の偏は「さんずい」の可能性もあるかと思います。

お手数ですが謄本を拡大コピー後、写真に獲ればどうでしょうか?



65 :浅右衛門 :2006/06/11(日) 12:59:15
上は「佐」も可能性ありです。「佐起」=「さき」様では?

198 :日本@名無史さん:2006/06/23(金) 18:25:45
>
偏狭かつ幼稚だね。せっかくの良スレが荒れるよ。今後、書き込み一切無用

せっかくの良スレが荒れるよ。
せっかくの良スレが荒れるよ。
せっかくの良スレが荒れるよ。
せっかくの良スレが荒れるよ。
せっかくの良スレが荒れるよ。



 ∩___∩     /
   | ノ      ヽ  /
  /  >   < |/ 素晴らしい
  | //// ( _●_)/ミ
 彡、     l⌒l  ノ
 / __  \ \ヽ
. (___)   \__)
. O|       /
  |  /\ \
  | /    )  )
  ∪    (  \
        \,,_)


199 :日本@名無史さん:2006/06/23(金) 18:52:18
>>198

スクツに帰って、エンドウ豆かカメムシの研究でもやってろ、馬鹿めが!

>正直自分の血統祖先って5代前でわからないよねD

200 :日本@名無史さん:2006/06/23(金) 19:09:21
  ∩___∩     /
   | ノ      ヽ  /
  /  >   < |/ せっかくの良スレが荒れるよ。
  | //// ( _●_)/ミ
 彡、     l⌒l  ノ
 / __  \ \ヽ
. (___)   \__)
. O|       /
  |  /\ \
  | /    )  )
  ∪    (  \
        \,,_)

201 :日本@名無史さん:2006/06/23(金) 19:11:31
 ∩___∩     /
   | ノ      ヽ  /
  /  >   < |/ 素晴らしい
  | //// ( _●_)/ミ
 彡、     l⌒l  ノ
 / __  \ \ヽ
. (___)   \__)
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  | /    )  )
  ∪    (  \
        \,,_)


202 :日本@名無史さん:2006/06/23(金) 19:20:08
>>199
スクツに帰って、エンドウ豆かカメムシの研究でもやってろ、馬鹿めが!

>正直自分の血統祖先って5代前でわからないよねD

自分が作ったスレッドが良スレなの…と言いたいの?? >1


203 :日本@名無史さん:2006/06/23(金) 21:47:12
894 :日本@名無史さん :2006/06/10(土) 08:13:47
>>893
誰にも先祖はいます。先祖探しにはここのスレが参考になります。
         ↓
先祖探しのテクニック、エピソードを語るスレE
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1149671468/

日本史板には稀有な良スレですので邪魔しないように見てみて。

ぷっwwwwwwww


204 :やすべぇ:2006/06/24(土) 14:10:30
ものすごく基本的な質問だと思うのですが、
先祖の住んでいた場所と菩提寺の場所は普通同じ村の中ですか?
違う村にある寺の檀家になっているというケースはありますか?

205 :先祖マニア:2006/06/24(土) 14:17:54
あると思いますよ
私の例では菩提寺が隣町(昔でいうと隣の隣の隣村くらい)で15キロ以上
ある場合やそのほか菩提寺が江戸時代の町に当たるところ(郡の中心部?)にあったり
これも距離は10キロくらい離れています

まあ昔なので10〜15キロくらいは許容範囲なのかもしれませんね
それ以上離れているところは無かったです



206 :先祖マニア:2006/06/24(土) 14:20:31
社員旅行から帰ってきて体調が絶不調です

今朝、病院にいったら食あたりと診断されました
白血球が13000らしい

やっぱ海外の屋台は注意が必要です 

207 :やすべぇ:2006/06/24(土) 14:27:34
ありがとうございます。
事情としては何が考えられますか? 他村に分家したとかでしょうか。
私の先祖にも5キロほど離れた寺の檀家になっている例があります。
元は寺が同じ村にあったらしいのですが、その後、他の村に移動したようです。

菩提寺が他の村にある場合、宗門人別帳などの古文書はどっちの村で調べたらいいのでしょうか?
やはり菩提寺のある村でしょうか。

>>206
大丈夫ですか? どうかお大事に。

208 :日本@名無史さん:2006/06/24(土) 17:21:38
>>196
> 一点だけ以前から気になっていることがあります。
> 質問、特に崩し字に関するものに対して、一人目の回答者の方が
> 正しい答を出されているにもかかわらず、その後でトンデモな回答があって、
> 質問者が迷われたり、時には誤った回答に従いそうになることが
> これまで度々ありました。端から見ていて、
> ま、いいです。

指南してあげれば良いんじゃないだろうか。
解読指南の時だけ、コテハンを使って、
後は名無しでカキコするとか。

漏れも偶に名無しで解読のお手伝いをしているつもり。
でもあまりに講壇的になるとスレの雰囲気がおかしくなるから、
解読案の提示だけで、あとは皆の判断を見るようにしています。
どうしてもおかしな方向に流れたら、
違うよって言えば済む訳だし。

素人でワイワイやって、みんなで悩んで、
日頃味わえない演習の気分を少しでも分かち合うのは、
傍目にも好もしいものです。
こうやって国史の裾野が少しでも広がってくれれば、
言うことなしじゃありませんか。

209 :日本@名無史さん:2006/06/24(土) 18:11:15
>>208
>素人でワイワイやって、みんなで悩んで、
>日頃味わえない演習の気分を少しでも分かち合うのは、
>傍目にも好もしいものです。
>こうやって国史の裾野が少しでも広がってくれれば、
>言うことなしじゃありませんか。

激しく同意。分かち合うっていうのがイイよね。
所詮他人だけど助け合うってのは見ていて気持ちがいい。

210 :先祖マニア:2006/06/24(土) 21:00:51
>>207

事情としては宗派の違いではないでしょうか?
私の田舎は曹洞宗がいいですが、
1つは臨済宗でもう一つは浄土真宗です
たまたまその村に同じ宗派が無かったのでわざわざ遠いところのお寺を菩提寺に
したのかもしれませんね


211 :先祖マニア:2006/06/24(土) 21:07:12
私の田舎は曹洞宗がいいですが、×

私の田舎の菩提寺は曹洞宗が多いですが ○

212 :やすべぇ:2006/06/24(土) 21:56:59
>>210
なるほど、それは気づきませんでした<宗派
ありがとうございます。

213 :187:2006/06/24(土) 23:01:43
>190さん
一応ネットの図書館蔵書検索で町史を調べてみたところ、同じ都道府県の資料館に所蔵しているところが有りました。
車で行ける範囲の所なので近いうちに見に行ってきます。

21家に出した手紙への反応はまだですが、ネット等でざっと調べた範囲では元禄以前創業と云うことになっているようです。


214 :ボンチ:2006/06/25(日) 01:27:54
>>213 近場で見れて良かったですね。
古いですね。ならば名主との関係もそこそこあるでしょう
ゆくゆくは名主さんも訪ねるべきでしょう。

215 :日本@名無史さん:2006/06/25(日) 11:46:50
>>スクツに帰って、エンドウ豆かカメムシの研究でもやってろ、馬鹿めが!

クソスレッドに帰って、エンドウ豆かカメムシの研究でもやってろ、馬鹿めが!

酷い言い回しだけど、カメムシって何?

216 :日本@名無史さん:2006/06/25(日) 12:08:38
>>215 >>202 >>199 
この品の無い発言はPUの仕業です。通称プラム 症状 暴言・自作自演

http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1149768938/l50
このスレの306ご覧下さい。
>今日はアルコール入って気分良いから続きカキコするぞー

相手にするとアホがうつります。お気を付け下さい。

217 :ボンチ:2006/06/25(日) 15:14:03
>>207
これに関して、私も暫く考えていたのですが、どっちなのでしょう。
過去帳に関しては、ほぼ間違いなく、寺のある地が有利ですよね。

でも人別帳は、寺にもあるのでしょうか?
今まで、寺といえば過去帳しか考えておらず、聞いた事がなかったです。

そもそも寺側の認めを貰えなければ人別帳は正式なものとは言えないですよね。
寺にあるものが最も正当性のあるもののハズですが。

私が今まで当ってきたのは、地元の名主さんとか、博物館でした。控えの人別帳という類でしょう。
だから個人的経験からは、地元の村を当った方が良いと思うのですが。

それと、その他の古文書に関しても、住んでた村の方が確立高いでしょうね。色々と。
畑も家の近くにあったでしょうし、金の貸し借りや買い物も近隣住民とやっていたのでしょうから、
そういった証書は大方、地元に近い側に沢山あるでしょうし。
(ただ、これらは戸主以外名前が見られない場合が殆どと思いますが。)

でも地元村内で自分も戸籍簿見せて貰った経験もありますし、やはり村に行くのも悪くはないでしょう。

218 :187:2006/06/25(日) 21:35:25
相手先から電話かかってきました。
うちの母の事も覚えてくれていて、かなり前向きな反応でした。
ただ、残念なことに大正期の災害で系図などが失われているようで
どこまでさかのぼれるか不透明ですね。


219 :先祖マニア:2006/06/25(日) 22:29:00
>>218

よかったですね
やはり肉親の誰かがしっていると話がスムーズですよ
古い旧家なので家系図が無くてもお墓や位牌などで少しは判明すると思いますよ

災害が火災だったら少し難しいかも知れませんが・・・

220 :日本@名無史さん:2006/06/25(日) 22:44:21
カメムシって何?

221 :やすべぇ:2006/06/25(日) 22:45:09
>>217
ボンチさん、ありがとうございます。
まずは実際に住んでいた場所の古文書所蔵者に当たってみようと思います。
その後で、菩提寺がある村の方も探索してみようかなと思います。

>>218
連絡があったとのこと、おめでとうございます。
系図が失われているのは残念ですね。
他の資料が揃っていればいいですが。

222 :日本@名無史さん:2006/06/25(日) 23:23:19

かめ‐むし【椿=象・×亀虫】

半翅(はんし)目カメムシ科の昆虫の総称。
体長三ミリ〜三センチ。体は扁平で亀の甲に似る。
触れると悪臭を放つ。
口吻(こうふん)で、植物の汁や昆虫の体液を吸う。
キンカメムシ・アオクサカメムシ・ナガメなど。
広くは半翅目のうち、陸生の異翅類、>>215をいう。
へっぴりむし。くさがめ。

223 :ボンチ:2006/06/26(月) 09:05:26
>>218
親御さんと少しでも付き合いがあるのと、無いのとでは全然違うと思うので、
良かったと思います。まして前向き反応を示してくれるなんてラッキーですね。

系図が無いのは残念ですが、エピソードなど聞けるだけでも、収穫あると思いますし、
またそこから知り合いを紹介して貰う。そこに古文書があるケースも有るかも知れないですよね。

想定外の場所に繋がる可能性がまだ色々あるのかと思います。宿をやってらっしゃったというのは
大きいと思います。


224 :日本@名無史さん:2006/06/26(月) 10:09:28
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    !r、――.、〉∠´  _    ̄`,'"          /      /7ヘに)、
     \\ イ/1「二 ̄ _   ___             /       | ./ .//./「`\
     _」>`7 {「 フ ̄,. -   ;´:i ̄:: : .: . . .   /           |∧// .| |_〉_〉
.    / 1「フ/  ∨ /    :::::i::::::::::::::::::: : :./            >ァ'  ヽヽ ̄
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.      i            \'"::::::ヽ:\{                    |
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225 :日本@名無史さん:2006/06/26(月) 11:56:11
>寺にあるものが最も正当性のあるもののハズですが。

人別帳は古文書の分類上、寺家文書ではなく藩文書です。実際、様式も藩により異なります。
檀那寺と村役人が証印を加えて提出するので、もちろん作成に当たって彼等の関わる部分が
大きいですが、法的には役所所蔵のものが正本です。寺や有力者宅に伝わるほうが副本・写し乃至稿本です。

226 :ボンチ:2006/06/26(月) 19:22:11
>>225

なるほど。ご教示有難う御座いました。勉強になりました。

227 :187:2006/06/26(月) 21:50:32
ちょっと家で家捜ししてみたところ、27祖父が作ったと思われる過去帳が出てきました。
その中に22曾祖母がいまして、11高祖父とその出身村が記載されていました。
これで4世祖までの中の空白がひとつ消えました。のこりは2と12

名前と本籍と思われる村名字名だけでは謄本請求って認められないですよね?


228 :187:2006/06/26(月) 21:55:50
追加
また崩し字の判別をお願いしたいのですが、
ttp://www.imgup.org/iup225971.jpg.html
ttp://www.imgup.org/iup225973.jpg.html
pass1301
上のファイルの上の字は走に似ているような気がするのですが。
下のファイルは「里」と「恵」かなと思うのですが。


229 :ボンチ:2006/06/26(月) 22:03:12
>>227 私と同じ位、すでに判明しているのですね。それはそれは。

地域にもよるかと思いますので、恐縮ながら私の例を当て嵌めますと、
11様の苗字(これはもう判っているのですよね?恐らく)
それと現在の(現代の地名の)番地までの住所は必要でしたが。
他の、お詳しい方々のご教示を仰ぎたいところであります。


230 :やすべぇ:2006/06/26(月) 22:18:23
>>227
意外に身近なところにも手がかりがあるものですね。

>名前と本籍と思われる村名字名だけでは謄本請求って認められないですよね?
187さんとの関係が戸籍で順に辿っていければ、認められる余地はあるのではないでしょうか。

>>228
一つ目は「里恵」でしょうか。
二つ目の一つ目の字がよく分からないですね。を?志?

231 :ボンチ:2006/06/26(月) 22:29:42
愚問で済みません。アドレスバーを表示するエリアが消えてしまったのですが、どうやって戻したら
良いのですか?  早く文字を見たいのですが、アドレス貼り付けが出来なくなってしまいました。


232 :やすべぇ:2006/06/26(月) 22:44:13
「表示」→「ツールバー」→「アドレスバー」では?
あるいは、Google で直にアドレスを入力して
「URLが正しい場合は、ここから(アドレスが入る)を開いてみてください。」
をクリックする、という手も。

233 :先祖マニア:2006/06/26(月) 22:52:57
>>227

いきなりもうあと2,12ですか早いですね

案外戸籍も残っているのではないでしょうか?



234 :ボンチ:2006/06/26(月) 22:55:00
やすべえさん、有難う御座いました。グーグルから入って出来ました。(なぜ表示→アドレスバー を標準にしててもダメなのか不明ですが
あとは自分で解決してみます。)

一つ目は「理恵」でしょうか? 二文字目が「志」にも見えましたが、流れ的に「里恵」じゃないと合いません。

235 :ボンチ:2006/06/26(月) 22:57:55
2枚目 「者津」 はつ でしょうか。

236 :ボンチ:2006/06/26(月) 23:02:59
余談ですが、良く、おそば屋さんの看板で、変な古い崩し文字ありますよね?

「生そば」と大抵書いてあると思うのですが、その「は」の字に形が似ていると思いますので、
187さん、機会があったら町で確認してみて下さい。



237 :日本@名無史さん:2006/06/26(月) 23:08:17
「変体仮名」で検索するといろいろ画像付きで解説が見つかるでょ

238 :ボンチ:2006/06/26(月) 23:21:40
>>237 これはいいですね。

239 ::2006/06/26(月) 23:46:57
>>227さん
初めまして。
本籍の村名とフルネームがわかっていれば、出していただけると思います。
私の例ですと、8高祖母の実家などは番地が入っていなかったのですが、
村の名前・高祖母の結婚前の戸主名等申請書に書いた上で、自分がその直系にあたる
簡単な略図を書いたところ、出してもらえました。

現在の行政区域が判らない場合、村の名前を検索するとひっかかると思います。


240 :187:2006/06/26(月) 23:47:53
>先祖マニアさま
ほかのかたがたの場合は分かりませんが、自分の場合は4世祖が1850-1860
あたりの生まれなのでこんなものなのでは。
五世祖は一部しか分からなさそうですね。


241 ::2006/06/27(火) 00:30:01
>>240
そんなことないと思いますよ。判るだけ調べましょう。
4世祖(って4代前ってことですよね?)がその年代ですと187さんはおそらく
私とほぼ同年代とお見受けします。
私の例で恐縮ですが今のところ最高7代前(自分カウントせず、名前だけです)が判明しています。

おかげで同一県内ですが、四方八方に取得先が増えまくっています…。


242 :日本@名無史さん:2006/06/27(火) 06:11:37
「ゑ」を知らぬ世代が増えつつあるのか‥‥

243 :日本@名無史さん:2006/06/27(火) 06:21:36
>>22

http://www.jadesas.or.jp/aboutnikkei/index.html

244 :ボンチ:2006/06/27(火) 08:54:40
>>242 そうでしたね「ゑ」ですね。正直、自分の世代では、慣用してなく、ピンと
きませんでした。ちなみに昭和40年代世代です。

245 :ボンチ:2006/06/27(火) 10:00:09
私は3世祖(曾祖父母)が1860前後なります。

187さんの5世祖さんは私より30−40年くらい新しい人になるのでしょうから、
墓調査や過去帳等では逆に有利では? 

皆様、暫くの間にかなり進まれているようですね。

246 :187:2006/06/27(火) 20:20:03
とりあえず、片方は「りえ」で確定ですかねえ。ありがとうございました。

一応町史を見てきたのですが、家系に関しては進展無かったですが、
・曾祖父が町議会議員
・祖父とその姻族が助役・収入役
・町史の資料提供者に同姓が二名
・墓石調査に置いて、最古の年紀が1722年の物が有ったとのこと

これらを総合すると地元の有力家だったのは間違いなさそうな。
また、1722年没と云うことは、五世祖の9から凡そ180年6代は前の人物までは
続いていると云うこと。元禄以前創業と云うのとも矛盾しないですね。
まあ、養子も入っているので私と直接血がつながっている可能性は低いですが。


247 :浅右衛門:2006/06/27(火) 20:34:16
もうひとつの方は「者津」=「はつ」ですよ。

248 :ボンチ:2006/06/27(火) 21:53:49
>>246 5世祖が高祖父母でしたっけ?(私間違えてましたか。済みません。)

色々と今後も調査し易そうではないですか。古文書の目録は今回見ないままでしたか?
そこにも同姓があればラッキーですね。(図書館でしょうか?電話で聞いたら教えてくれませんかね?
再度行くのも大変でしょうし。)

墓石は、どなたかが見てくれたのですか?

財産もあったから養子で継いだのでしょうかね。(私のところは農民ですが養子ですが。)


249 :187:2006/06/27(火) 22:26:16
>248
町史に旅館の墓石調査の一部として載っていました。
文書の目録は見るの忘れていましたね・・。

250 :日本@名無史さん:2006/06/27(火) 23:00:04
>>247
「知津」(ちづ)かもよ

251 :やすべぇ:2006/06/27(火) 23:01:53
>>249
目録は都道府県が発行していたり、市町村が発行していたりするようです。
私が見たものは、その県の文書館が出しているものでした。
○○村名主文書といった感じで、当時の名主の子孫の方々が所蔵していたり、
文書館に寄託したりしているようでした。
目録自体は図書館に置いてありました。

252 :先祖マニア:2006/06/27(火) 23:23:35
>>243

有難うございます
参考にしてみます



253 :先祖マニア:2006/06/27(火) 23:26:18
>>246

地元の有力者なら 
お墓、位牌、過去帳関係のものが多くあると思うので簡単に遡れるかも知れない
ですね、あと有力者なのでお寺との関係も良好ではないでしょうか?
(日ごろから懇意にしていると思うので)

過去帳拝見で断られる可能性は低そうですね





254 :187:2006/06/28(水) 00:08:17
曾祖父が立てた分家に男子が居ないので母が守っている形になっているので
お寺の方は大丈夫だと思います。(母が檀家の戸主?で弟が母の旧姓

とりあえず、謄本もまだ頼んでいないところも有るし、現地調査とかは当分
先ですねえ。聞き取りからぼちぼちやっていって見るつもりです。


255 :日本@名無史さん:2006/06/28(水) 06:48:15
りゑ
はつ

256 :ボンチ:2006/06/28(水) 09:39:11
>>150で、先祖マニアさんとやりとりした結果、11の父の過去帳を調べてもらうのを忘れていた、と気付きました。
その後、電話で再度、お寺に頼みました。しかし11の父の没年は、やはり不明との事。(墓誌に彫られて無いという事は、
やはりそういう事のようでした。)

しかし、頼んでいなかった、新たに3名の名前を出して頂きました。
11の妹(博物館で見た人別帳にある1人と年齢が一致するが、過去帳側には名前がない。「11の妹」としか書かれていない)
また、人別帳の方も、編さん室の方でも判読できない(原本の状態が劣化し過ぎている為)

あと、11の娘さん(戸籍外の方)、
それと3人目ですが、11の名前は熊蔵と言いますが、聞いたことの無い「熊治良」という名前が出てきて、
「熊治良ノ妻」&「○○ノ嫁」(○○には熊蔵の父の名前)がありました。

もしやこれは、探していた11の妻12、ミヨか?とも思っています。村内でややこしく同じ「熊」を名乗る事は、余りしないと思うので。
あと、11と妻12最後の子の誕生から見ても、没年がつじつまは一応逢います。しかし墓誌にない点が未だ疑問。見落としかも)

とまあ、こんな感じで曖昧さを残しつつ、少し進展しました。
いままで3回お寺に過去帳見せて貰いに行きましたが、自分の場合、1回で終わった事がありません。
また、2回目に新たな名前が出てきたり、とかもザラです。
幸運な事に、どのお寺さんも嫌がることなく、対応していただけています。

11の本家にお伺いを再度してみて、過去帳や位牌など拝見できれば、すんなり判るのかもしれませんが。

257 :先祖マニア:2006/06/28(水) 16:49:39
>それと3人目ですが、11の名前は熊蔵と言いますが、聞いたことの無い「熊治良」という名前が出てきて、
「熊治良ノ妻」&「○○ノ嫁」(○○には熊蔵の父の名前)がありました

それは熊蔵の兄弟ではないですか?

>村内でややこしく同じ「熊」を名乗る事は、余りしないと思うので。
それは思い込みかもしれませんよ 

ちなみに親の○○は熊は付きませんよね?

現在判明しているのは11熊蔵とその両親までは分かっているんですね

本家にはいけないのでしょうか?
文章から判断してなにか行きにくいような気がしますが?

いい和尚さん達でよかったですね






258 :ボンチ:2006/06/28(水) 21:13:39
>>257 先祖マニア様、>それは熊蔵の兄弟ではないですか?

一つ言い忘れたのですが、人別帳には10名書かれていて、最後の方に「男2 女8」と書かれています。
男は、11自身と、その弟が書かれています(これは文字も判読可能。従って、男2名は押さえてある状態)
(11の父名はかかれていません。)

ですので、あと人別帳に書かれている8名は女性と思われます。
(余談ですが女性8名の内2名は11の妻と母ですが、個人名記載なし。「母」「女房」のみ、それと年齢)

なので、過去帳で新たに判った「熊治良」が11熊蔵の兄弟とは考えにくい、と考えておりました。

しかし、今回寺から貰った3人目には、「熊治良ノ妻」「文右衛門ノ嫁」という形で、11の父名(父名は戸籍から判明済み)が、書かれているものですから、
ならば「熊治良」=「熊蔵」? と判断した形で、>>256を書き込みしました。

>本家にはいけないのでしょうか?
>文章から判断してなにか行きにくいような気がしますが?

すでに電話2回+訪問1回してますが、行き難いです。 電話では、サラッと断られ、訪問した時も、
あいにくお客さんが来てしまったし、それと家族の方の関係で色々忙しいとの事で、殆ど取り合ってもら
えていません。今のところ。判断した結果、少し間を空けて訪問した方が良さそうです。

それと、簡単にではありますが、「位牌や過去帳はない(だろう)」と、一度返答されてはいますが。


259 ::2006/06/28(水) 22:42:57
6高祖母の父親の除籍謄本が届きました。
父親…文政5年
母親…文政9年生まれです。

…しかしまたしても、中途半端です。
6高祖母の母親Bが或る戸籍に伯母としております。
そこに高祖母の父親Aが結婚して同籍になりました。
それからAB夫婦は分家しました。
この場合、同じ村内にあるはずの分家前の戸主の戸籍は取れますよね?

それと、もしわかる方がいれば教えてください。
http://www.imgup.org/iup226665.jpg

上のAB夫妻の長女ですが、続柄欄に見覚えのない文字が…。
おそらく「姉」ではないかと思うのですが…。
弟が戸主になったからといって続柄が「長女」→「姉」になるものでしょうか?







260 ::2006/06/28(水) 22:45:39
>>259
訂正です。

× 同じ村内にあるはずの分家前の戸主の戸籍
○ 現在、同じ町内にあたる場所にある、分家前の戸主の除籍

261 :浅右衛門:2006/06/28(水) 23:14:23
藤様

「姉」の異体字ですね。


戸主が「父」 →「弟」なら
   「長女」→「姉」になりますね。結構ありますよ。

262 :やすべぇ:2006/06/28(水) 23:17:40
>>259
壬申戸籍でなく、廃棄されてもいなければ、取れると思います。
謎の字ですが、「姉」です。
私が見た墓石のいくつかにあった「大姉」の「姉」の字がこれでした。

>弟が戸主になったからといって続柄が「長女」→「姉」になるものでしょうか?
名前の上の欄では、常に戸主を中心に続柄が書かれるので、
家督相続をすれば、この欄の続柄も変わります。

263 :日本@名無史さん:2006/06/28(水) 23:33:27
おい、いざというとき、家系がモノを言ったのに、なんで日本人は
(ごく一部の特殊な家を除いて)家系図をまったく残さなかったんだ?

264 :187:2006/06/29(木) 00:35:59
皆様に基本的なことをお聞きしたいのですが、
極一般的な農民・商人・職人などが位牌・過去帳などを持つようになったのは
何時からなのでしょうね?少なくとも19世紀前半江戸末期には広まっていた?


265 :やすべぇ:2006/06/29(木) 07:34:21
>>264
元禄辺りから天下泰平になって、一般庶民も先祖供養をする余裕が生まれた、
みたいなことが書かれたものを見た記憶があります。
ただ、どれくらい確からしいのかは分かりません。
何に書いてあったかも忘れてしまいました。どなたか、確かな説を!

266 :ボンチ:2006/06/29(木) 08:08:57
>>264
「位牌」で検索すると、色々な仏具屋さんのホームページに行けます。
そこに、豆知識が色々書いてあります。



267 :日本@名無史さん:2006/06/29(木) 13:33:13
>>259
姉の本字ですよ。

268 :日本@名無史さん:2006/06/29(木) 13:59:37
>>264
一般的には元禄から享保のころからだといわれている。
でもお金に余裕がある少し裕福な人は17世紀中頃から
石塔を建てたり過去帳を作ったりしている。

269 :269:2006/06/29(木) 14:36:37
地域で最も古い寺の過去帳です。
現在、指定文化財

http://www.imgup.org/iup226865.jpg

この大過去帳は1400年代からの檀家が明記されており
自分と同じ姓の檀家も明記されていました。

270 :269:2006/06/29(木) 14:42:02
↑の寺院 創立は建治三年(1277年)だそうです

271 :ボンチ:2006/06/29(木) 21:30:01
>>269 貴重な資料ですね。過去帳にもえらい古い物が存在するのですね。

272 :269:2006/06/29(木) 23:52:49
過去帳について

ttp://www7a.biglobe.ne.jp/~riho310/index.html

273 :日本@名無史さん:2006/06/30(金) 00:41:18
その過去帳は後世に追記したものなのでしょうか?

274 :日本@名無史さん:2006/06/30(金) 00:52:11
>>273

272のHPを見ると寺側の過去帳の扱い方がわかります。

結局、寺の歴史・改宗などで過去帳の保存状態が変わるって
事ですかね??

275 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 00:46:29
庶民の過去帳はいつからなの?

276 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 00:54:27
>>275
寺の過去帳に庶民とか関係ないです。

277 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 02:15:01
>>276
多分各々の家に置いておく過去帳だと思う

278 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 02:39:31
>>275

各々の家それぞれ…としか言い様がないでしょう。。

279 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 02:45:46
庶民の過去帳が古くから残っている寺もあり…
   過去帳が戦災でやけしまった寺もあり…
   過去帳が改宗で廃棄された寺もあり…
                      
だと思いますけど…(´〜`ヾ) ポリポリ・・・

280 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 03:23:06
>>275
元禄くらい一般に普及してきた。
俺が見た中で一番古いのは宝暦年間のもの。




281 :日本@名無史さん:2006/07/01(土) 15:25:44
うちの地域の寺は過去帳に後から勝手に苗字とか書き足してるからダメだな


282 :先祖マニア:2006/07/01(土) 22:30:15
キリシタン弾圧のために過去帳が作成されたのが1640年代
庶民まで広がるのは1680年代くらいからなので、そこまで行けば
御の字ですね、しかも大体なぜかどこのお寺も失火が原因で過去帳を喪失
しているんですよね〜〜

一方家で保管している過去帳に関しては更に少ないと感じます
江戸時代から続いている過去帳を持っている家はかなり少ないと思いますし
江戸時代の人口が3000万弱とすれば現在の子孫は殆ど分家分家で派生していった
と思いますので、本家中の本家の家の人っていませんよね(だいたいそのような家は断絶しています)

家の過去帳で1800年代、お寺の過去帳で1700年代まで遡ればいいほうだと思います

1600年代までいけば地元の有力者ではないでしょうか?
また1500年代があればそれはもう土豪か地頭レベルだと思います



283 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 06:47:02
>>282

>一方家で保管している過去帳に関しては更に少ないと感じます
江戸時代から続いている過去帳を持っている家はかなり少ないと思いますし
江戸時代の人口が3000万弱とすれば現在の子孫は殆ど分家分家で派生していった
と思いますので、本家中の本家の家の人っていませんよね(だいたいそのような家は断絶しています)

反論して申し訳ないですが、そうと言えるのでしょうか??

過去帳の場合、本家分家の細分のより同族血縁の一門の持ち合いが強いようです。

断絶の場合、入り婿(婿養子)分家同族の次男・三男、嫡女など
を入れて家再興しているケースも有るので同族血縁で過去帳を
継承されています。

系図と過去帳を合わせると良く理解出来ます。



284 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 07:07:58
墓守りしている家は代々本家なのでしょうか??

私の知る限り、墓守りは一門で行っていたと明記しときます。

失礼しました…m( )m

285 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 07:11:40
>>284 分散しとるから。

286 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 08:24:12
>>285

そうなの?

田舎の同族は密集して奉られていますけど…


287 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 08:49:12
墓が土盛りだったら過去帳なんか残らんだろうに・・・・・

288 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 09:41:53
>>284今はほとんど違うぽいね。金のある本家は東京に教育の為に出してそのまま在住が多いみたい。本家宅が空き家なら
わかりやすいが分家が継いでいて墓の名義は本家なんてのも結構あるみたい。・・・民法上本家分家はもうないけどね。


289 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 10:01:08

ケース・バイ・ケースの話を無駄にだらだら書くというのも・・・

290 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 11:34:44
まあいいじゃないですか
ケースバイケースのケースを蓄積するのも
きっと役に立ちますよ

291 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 13:29:15
>>289うちの地方ではほとんどそうなんで・・・違うとこも多いだろうね。スマソOrz


292 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 13:32:26

無駄ダラ

293 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 14:34:06
ここでケースバイケースと言い切る方が探究心に欠ける希ガス

294 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 18:02:58
戦前、戦後で『家』の価値観が変わっているって言いたいの?

昔の戸籍辿れば解るでしょ、近い集落でいとこ婚が盛んに行われて
いた事を…。

分散した一門衆を探すのが困難なだけOrz

295 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 18:22:55
>>294

>分散した一門衆を探すのが困難なだけOrz

戸籍の追跡は現在無理ですね…

296 :187:2006/07/02(日) 20:17:35
>昔の戸籍辿れば解るでしょ、近い集落でいとこ婚が盛んに行われて
いた事を…。

四代・五代遡った中ではいとこ婚は無かったですね。
父方・母方それぞれ同じ市内・同じ郡内での婚姻がほとんどでしたが。
ただ、同姓婚が五代前に二件ほど見受けられたので、近い親族だったのかも。


297 :日本@名無史さん:2006/07/02(日) 20:53:53
>>294
いとこ婚はそんなに盛んだったのか?

本家分家からなる一族間での婚姻ならわかるけど。
それに江戸時代は大体決まった何軒かの家と繰り返し
婚姻してたし、従兄弟みたいに近い親戚との
婚姻は少ないと思うよ。

298 :先祖マニア:2006/07/02(日) 23:35:49
>>283

名家の場合はそのような場合もあるかも知れませんが庶民の家の場合は
家が無くなる場合も多々あります、断絶に語弊があったかもしれませんでした
288さんの例みたいに本家の人間が明治以降に町にでていなくなったとか
で、明治でもすでに100年以上世代でも4〜5世代になりますのでどこに
行ったかが不明な場合もあると思います

また分家になるとあまり先祖について興味が無い(家の歴史に興味が無い)
方が多いと感じました 逆にそうでない、ずっと昔ながら村に住んでいる方などは
色んな事をよく知っています




299 :先祖マニア:2006/07/02(日) 23:40:31
本家の定義があいまいですね
どうなんですかね?

1 その嫡子が代々本家なんですかね(例え別の場所に移動しても)

2 それとも墓を守っている家が本家になるのですか?(本家が移動したあとには分家でも墓を守って
いけば、分家ではなくて本家になるのかな?)

3 例えば総本家Aがあり その分家がBとCがあったとしてAが断絶若しくは都会に
移動した場合はBとCはどちらが分家になるのでしょうか?またはやはりAが本家なのでしょうか?



300 :日本@名無史さん:2006/07/03(月) 01:12:22
>>299
本家の定義はやっぱり一族の中で一番古いとされている家ではないか?

だから1〜3の場合も
1本家の子孫(跡継ぎ)が引越しても本家という地位はそのまま。

2本家が絶えるなどしても本家のお墓は本家のものとして、一族で管理していくのが普通。
 分家などが本家の墓を守るようになったとしても分家の地位のまま。

3BCがすぐに分家から本家になることは、集落内の世間体などから十中八九無い。
 

ただ、本家が絶える、引っ越すなどしてから何十年や何百年も経てば、
次第に本家の存在は忘れられ分家が本家の地位につく場合が多い。




301 :日本@名無史さん:2006/07/03(月) 02:00:56
いまどき本家も分家もねえよ。
てゆうか、本家なんて言ってても
実は代を遡ったら分家だったりする。
足利本家が清和源氏の分家みたいに。
本家は天皇家のみ。

302 :日本@名無史さん:2006/07/03(月) 05:36:45
>>301
以外に地方では本家分家が関係あるぞ。
本家に結婚式の鉄漿付け親を頼んだり
葬式の手伝い何かもそうした家に頼むことが普通だ。
加えて同姓の家が管理する御堂や社の行事に参加するし
新年会があって年に一回は一族が顔を合わせる。

未だに一族で助け合っていく風潮が残っているところは多い。

303 :日本@名無史さん:2006/07/03(月) 05:51:17
>>301
天皇家や源氏は氏の話であって
家の話とは趣が大分違うと思うぞ。

304 :日本@名無史さん:2006/07/03(月) 05:54:27
田舎のおうちで、家の敷地やその近辺にお墓があるおうちが羨ましくなってきた。

305 :日本@名無史さん:2006/07/03(月) 07:16:56
本家・分家の定義はそれぞれの『家』の事情で千差万別。。。

それぞれの理由があるので物差しでは計れないし定義も大まかでしょうね…

306 :日本@名無史さん:2006/07/03(月) 07:54:01

原理主義者がいると話がつまらんね

307 :日本@名無史さん:2006/07/03(月) 10:17:12
いとこ婚・・・って戸籍だと必ずしも同姓で明記されてないから気づかないかもネ。。
       
       例:次男が他家に養子縁組(婿養子)、本家は娘のみ・・・ 
         本家の嫡女と他家に行った次男の次男・三男と婚姻
         その嫡男が本家を継承・・・・

         いとこ婚、はとこ婚もありますので・・・・

308 :日本@名無史さん:2006/07/04(火) 04:59:00
そんなややこしい想定しなくても、母方のイトコだと当然別姓。
俺の先祖てゆうか親類には、何組かそおゆうのがあった。

309 :日本@名無史さん:2006/07/04(火) 14:13:13
5代前がいとこ婚でした


310 :先祖マニア:2006/07/04(火) 20:26:27
私の場合は4代前(高祖父母)が従兄弟で結婚してました
妻の家は3代前に従兄弟で結婚しています

案外従兄弟結婚もあるものですよ

これが更に遡って江戸時代になればもっとあったのではないでしょうか?


311 :やすべぇ:2006/07/04(火) 22:38:48
いとこ違い(親のいとこ or いとこの子)同士での結婚の例も見たことがあります。

ちょっと話はそれますが、
姉妹の一方が他家の本家へ、もう一方がその分家へ嫁した例もありました。
他家を介して本家と分家とのつながりを強くした、ということなのかも。

312 :日本@名無史さん:2006/07/05(水) 17:43:45
姉妹で兄弟と、っていうのもよくあるね。
某と某女が結婚すると、しばらくして某の弟と某女の妹が結婚する。

313 :ボンチ:2006/07/05(水) 23:08:58
今日、父方の田舎へ行きました。(系統図1関係)目的は法務局で旧土地台帳、それと墓改装の
チェックで石材屋さんと逢うチャンスでしたので、昔の墓石台帳など無いか聞きました。

旧土地台帳は、前回春先頃に一回行ったが、時間が足りなくて調べる事が出来ぬまま帰ってきてました。 
しかし予想していた通りの内容で、1高祖父止まりで殆どサプライズなしでした。 全部謄本は獲って、後で郵送して貰う事にしました。

石屋さんに、古い墓石台帳が存在しないか聞きましたら、天保くらいまでなら、あるかも知れない、との事でした。
今日は天候で墓石の文字が殆ど見えませんでした。前回読み取った文字を、後で石屋さんにファックスする約束をしました.
何か合致するものがあれば、連絡貰うことになりました。

墓地内に一つ、家型の、戒名が彫ってない、中にお地蔵さんが入っている墓石が、1個ありますが、
これはかなり古い型らしいです。(機会があればアップしますので、年代についてご教示下さい。)

叔父さんに、菩薩寺へ一緒に行くのを頼もうかと思っていたのですが、仕事で逢えず、叔母さんに頼んでおきました。

1の菩薩寺は、殆ど同姓(今の私と同じ苗字)が檀家になっていると言っていました。
叔父さんの家のすぐ近くに、もう一箇所寺がありますが、ここは宗派が違います。また、
村内の、もう一つ非常に多い苗字の方が固まって檀家になっているそうです。

1の旦那寺は1600年代から焼けてない様ですので、過去帳もある程度期待出来るかも知れません。

叔父の家で、統図を広げて、「この空白を埋めたい」と説明し、村内に古文書に詳しい人が居ないかなどを聞きました。
数名教えてもらいました。

家の過去帳は、17曾祖父までしか書いておらず残念。位牌に至っては、曾叔父・叔母の物しかなく。
図書館調査は全くできず。(まだ1関係の市史は、どこでも見れて無いので、期待も色々とあります)


314 :先祖マニア:2006/07/05(水) 23:32:57
ボンチさん
また少し前進しましたね

親戚が一同に集まる時が無かったですっけ?

これからですよ!!

1の墓やそれ以前の墓はないのですよね?

だったらもうお寺しかないと思います

(本家とかもないですよね?)


315 :先祖マニア:2006/07/05(水) 23:40:35

曽祖父がハワイに移民したのですがそれに詳しい方に手紙を書いて
先日連絡がありました

結果はそれだけでは分からないとのことでした。
職業が分かればまだ一縷の可能性もあるらしいのですが全く分からないので
難しいと思います

ただやはり日本でもセオリーにあるように、同姓の方に手紙を出す方法が一番有効だと
教えていただきました  

でもハワイの電話帳がありません〜〜 あ〜残念です

ただ移民した曽祖父の孫にあたる人がどうも弁護士をしているとこの前聞いたので
弁護士で探してくれるみたいです

また 今日県立古文書館に行きハワイ移民の資料が無いか?聞いたらあるらしいので
また後日行って見たいと思います  

最近人事異動で職場が変わり恐ろしいくらい忙しいのでなかなか進めませんが
落ち着いたらペースUPしたいです。


316 :ボンチ:2006/07/05(水) 23:54:31
>親戚が一同に集まる時が無かったですっけ?

覚えていて下すって、そうです。今回は墓の第一段階が出来たので、チェックで
一度見てくれ、との打ち合わせで、それとokだったので、お金を支払いました。

これで後日縁者・村人一同で、新装した墓の前で集まった後、食事でもしますので、
そのときに色々聞くのが最大のチャンスと考えております。

>1の墓やそれ以前の墓はないのですよね?
1の上7代くらいと想定される墓まであります(ぺアで彫られているのは5個くらい)
その中で一番古いだろう物が、家型の一つです(これは文字が全くありませんが)。
墓地内に10数個は古い墓石があります。

でも過去帳は是非お寺で拝見できれば、と考えております。

317 :先祖マニア:2006/07/06(木) 00:03:51
ではその彫られている字を書き写してからお寺で照合すればかなり前まで
分かりそうですね!!

墓が無くてもお寺の戒名で更に遡れることは可能ですから運がよければグイット
遡れるかもしれませんよ!

私もお寺の過去帳で江戸時代以前は判明したようなものですから



318 :ボンチ:2006/07/06(木) 08:32:24
有難う御座います。あと叔父の休みが少ないのと、先祖に全く興味がないのが若干難点ですが、
まあ付いていってくれるくらいはokだろうとの事(叔母の話)

石屋さんの話ですが、裏山の竹やぶなどに、時々、村の墓地とは別個に墓を作ってある場合があるとのこと。探す手もありますが、
現状、竹やぶに別個に墓場を持っているという話は、叔父・叔母からは聞かされてはいませんが、もしかすると有るのかも知れません。

自分で獲った謄本からも少し判ってましたが、1系統はいとこ婚(近親結婚)が盛んに行われていたことを、叔母の話から改めて知りました。
例えば17は姪・叔父婚してます。





319 :日本@名無史さん:2006/07/06(木) 10:56:08
>>311
私の祖父母も従兄弟違いですが昔の田舎では珍しくなかったんでしょうか

320 :日本@名無史さん:2006/07/06(木) 12:14:00
>>311>>319

このケース本籍地を辿ると近所か隣の番地だった事が判明

隣同士が親戚だなんで今では考えられんが・・・

321 :日本@名無史さん:2006/07/06(木) 12:15:57
>昔の墓石台帳って有るの??

322 :浅右衛門:2006/07/06(木) 19:05:44

ボンチ様

>17は姪・叔父婚してます。

現行民法下でも旧民法下でも、三親等内の血族は結婚できない。

と認識しておりますが、「いとこどうし(四親等)」あるいは「いとこ違い(五親等)」

ではないのでしょうか?

323 :ボンチ:2006/07/06(木) 20:01:04
浅右衛門さま、私の書き方が曖昧でした。ちょっと良く判ってなかったかもしれません。

噛み砕いて説明すると、17は養子です。17の養母は、17の実の姉です。
(17の姉と17は同じ家から来ている。)

17の妻は、17の養母の娘です。 (17と17の姉は24歳離れています。)

なので17は、実姉の娘と結婚しているので、そう書いたのですが、、済みません。

324 :浅右衛門:2006/07/06(木) 20:16:40
ボンチ様

関係はよくわかりました。やはり「三親等」の血族ですね。

そういう例もあったんですね。



325 :ボンチ:2006/07/06(木) 21:22:20
>>321 これに関しては自分でも確かな情報は無く、ただそういった方向で
聞いてみれば、何かあるかと思って、先日聞いてみたくらいのもので、
どの墓石屋さんもが確実に用意している書類とは思わないで貰いたいと思います。
(ハッキリ判らないので) 店によって持ってたり、持ってなかったりという類ではないでしょうか?

326 :やすべぇ:2006/07/06(木) 22:03:19
>>319
私の知っている2例はどちらも戦前の東京での話です。
明治・大正に上京した曾祖父母たちの次の世代です。
地方によって濃淡はあると思いますが、
昔のほうが親戚同士の交流が活発だったという背景もあるのではないでしょうか。

327 :日本@名無史さん:2006/07/06(木) 23:50:37
結局、明治維新後、交通の発達、都市部への移動など

人の流れが急激に変化・・・

記録で残されているのも丁度この時期、戸籍にも時代の変化
が刻まれているのでしょうか???

328 :187:2006/07/07(金) 00:23:32
五世祖の除籍を請求しようと思って大阪市のホームページで申請用紙を見たのですが、
なんか物々しい但し書きが付いてますね。
あれを厳密に運用されると祖父母の謄本すら取れなさそうな気がします。
やっぱり都市部の方が交付基準とか運用面でかなり厳しくやっているのですかね。

※今回申請するのは明治中期に無くなったと思われる4父ですから、ダメで元々の
つもりですが。


329 :先祖マニア:2006/07/07(金) 00:25:59
昔は結婚する家は同じ位の身分としていたらしいです
という事は親戚なら同じような身分なので結婚するのに楽だったのではないでしょうか?




330 :日本@名無史さん:2006/07/08(土) 00:02:03
私の家柄は代々、小峰・結城・白河に属する組の半農半兵の家系だったらしいのですが、江戸末期に黒羽藩師範代の娘を迎え入れています。
今でも黒羽の方(現在は大田原に住んでいますが)とは親交がありますが、両家とも経緯は不明です。
由緒ある家柄の娘が農家に嫁ぐというのはあの時代には当たり前のことなのでしょうか?栃木の江戸末期、明治初期に詳しい方、また、推測できる方、よろしくお願いいたします。
長文失礼しました。

331 :日本@名無史さん:2006/07/08(土) 00:51:39
庄屋の家系なんですが明治19年式の戸籍の各自の名前欄の上に小さな四角ぽく切り取られたらしい後があるのですが
なんでしょうか?もちろん無いのもあるのですが・・・徴兵や予防接種など記載された事も昔の戸籍ではあったらしいので
そういうものを切り取ったのでしょうか?

332 :日本@名無史さん:2006/07/08(土) 00:55:26
こんなのはすぐ思いつくが、事情は色々。

武士A家長男・・・
        ・・・長女→B家本家へ嫁入り
農民B家長女・妾・

豪農C家長男・・・
        ・
農民D家長女  ・
武士E家養女・・・

どちらも武士の娘に違いない。

333 :やすべぇ:2006/07/08(土) 01:53:33
>>327
本籍は地方のままだけれど、死亡地は大都市部、という例をいくつも見ています。
時代の変化が刻まれている、と言えなくもないですね。

>>328
大阪方面だったと思いますが、本人の戸籍謄本さえすんなり取れない場合がある、
という声を聞いたことがあります。差別問題が背景にあるようですね。
いずれも伝聞に過ぎませんが。

>>331
実物を見ないと何ともいえませんが、
切り取られたというよりも、紙が貼り付けられたという感じでは?
私の見た例では、名欄の下に四角の紙らしきものが貼られて隠されている部分がありましたが、
ひとりだけその紙が貼られていない人がいて、その部分には「兵」と小さく書かれていました。
徴兵検査を受けたということなんでしょうかね?

334 :日本@名無史さん:2006/07/08(土) 03:10:21
>>300

>黒羽藩 師範代

自分のご先祖の禄高、お解かりですか?

私の先祖も藩主の師範代を勤めましたが高禄ではなかったです。




335 :日本@名無史さん:2006/07/08(土) 18:54:05
>昔のほうが親戚同士の交流が活発だったという背景もあるのではないでしょうか。

てゆうより、交流する世間が狭いんだよね。そのぶん濃密だけど。
今みたいに、顔もわからない全国の人とスレで会話、なんて世界とは違うからね。

336 :先祖マニア:2006/07/09(日) 00:48:59
確かに一理ありますよね
全くの見知らぬ人とコミュニケーションが取れるのは2CHは物凄いツールですよ

昔は狭い地域での交流しかなかったので必然的に親戚との婚姻が増えたのだと思います

私達の世代からはそのような事も少なくなるでしょうね



337 :ボンチ:2006/07/09(日) 20:52:19
今日、1関係の博物館に行きました。結果的には、余りかんばしくない結果に終わりました。

想像に反し、町史には全く先祖の名前を見ることが出来ませんでした。
5〜8の村の人別帳がマイクロで見れましたが、「何寺の旦那 男○人・女○人」と寺社が書かれている
ところまででした。(しかし、5〜8の村に存在していた寺の名前は全て判明しましたので、今度子孫の方
に逢う際、その中のどの寺の檀家になっているのかが、聞き易くはなりました。)

古文書目録を見ても、1〜8の先祖の手掛かりになりそうな古文書がありませんでした。
(これは、今までやってきた9〜16と比較してみると、明らかに資料的に乏しいです。)

少しプラスになったのは、町史の中で、各村の家紋・苗字の数を表化して統計を取っているページがありました。
それを見る限り、私の苗字は、一つ下の村に断トツに多く、その村から上がって移住してきたのでは?との疑問が湧きました。

また余談ですが、旦那寺は、その一つ下の村から、横に川を越えた、隣の市内に在ります。(やすべえさんと同様と思います。)
「○○県苗字辞典」を見ると、私の苗字は、元々、その、大分離れている旦那寺の付近に住みついたのが、そもそもの始まりである、と書かれていました。
なので、旦那寺付近→下の村→現在の谷間の村といった感じで移住を繰り返し、現在の集落に落ち着いたのでは?と、なんとなく見えてきました。

他には、村内の小字が書いてある、個人出版的な小誌などもコピーしました。
先祖の名は皆無でしたが、今度村の方々と逢う機会に、話のネタになるものを用意しておかないと、うまい具合に進められないと思い、
一応ネタになりそうな資料はコピーして持って帰ってきました。

338 :日本@名無史さん:2006/07/10(月) 02:48:10
>「何寺の旦那 男○人・女○人」と寺社が書かれている ところまででした

むしろそれが普通。
誰もが見れるものに、個人名(引き続きその地にいる現存者の数代前)まで
書いてあるほうが稀少。
書いてある場合も個人情報保護のため墨塗りになる可能性大。

339 :日本@名無史さん:2006/07/11(火) 10:45:47
歴史関係の同好会のようなものに入っています。
会のメンバーの某氏によると、某氏の出身地域の壬申戸籍の原本の少なくとも
一部が郷土史家の手元にあるとのこと。入手時期およびルートは不明ですが、
管理はどうなってるんですかね、あれ。


340 :先祖マニア:2006/07/11(火) 12:13:45
>>337

いよいよ1系統の調査に入りましたね、少しずつでも調査をしていくと分かっていくと思います
あと、色々な人に話しを聞いてみたらどうでしょうか?
というのも、ここからはただ単に自分の家を深く調べるのではなくて
親族の話、町史や同姓の方との話などを通じで包括的に色々なデータを蓄積していければいいと思います

例えば親族からの話でいつ頃村に住み着いたかとか、個々の人物のエピソードなど
次に旦那寺付近→下の村→現在の谷間の下の村に行き同姓の方と話をして一族の由来やエピソードの情報の入手
最後に旦那寺付近での調査をしていけば色々な興味深いお話が聞けるのではないでしょうか?

それは実際にはボンチさんの家の事ではないかも知れませんが、遡れば同じ一族の可能性があります
ので聞いていて楽しいと思いますし、そこから重要なヒントが隠されている可能性もあります



341 :先祖マニア:2006/07/11(火) 12:18:30
>>339

日本全国だったら壬申戸籍を持っている方も極く稀にいるんですね、
すごいことですね、もう40年位経っていますので生まれる前の戸籍ですからね〜

コピーでもいいからみてみたいです





342 :日本@名無史さん:2006/07/11(火) 20:05:40
その壬申は原本ではないよ控えです


343 :ボンチ:2006/07/11(火) 21:01:37
>>340 有難う御座います。近所に同姓会などあれば面白いですが。
図書館・博物館の資料的には乏しいけど、逆に人に聞いた方が父方は格段に
情報が得られるのかも知れません。思い込みで諦めない(基本)を注意していきたいと思います。

尚、当村に古文書提供率が非常に低いのは、教育委員会で積極的に調査してない村なのか、
はたまた、すでに地元の方(名主クラス)が廃棄してしまった、あるいは、長年に渡り提供を拒否し続けている、
一体どんな理由なのかまだ詳しく判りませんが、少しずつ聞いていきたいところです。

余談ですが、村の名主は、私の子孫の2件隣の家で、私の曾祖父17がしょっちゅう出入りしては
書記らしき仕事をしていたと聞いています。(この状況なら名主の方に話し易いかと。今度の席にこの子孫の方も参加予定です。)

それと、旧土地台帳の謄本が昨日届いて(先祖の名前が載っているものを片っ端から獲った。20数筆)
詳しく見ると、@先祖代々受け継いでいる土地、A他の村民から高祖父・曾祖父・祖父が買い取っている土地、
及び、B曾祖父・祖父から、他の村民に譲渡している土地 大きくこの3パターンありました。

買い取っている(名義が変わっている)土地は、村民の方が村を出て行った際に買い取っている様です。
(旧土地台帳だけで判る)祖父辺りが沢山売っているのですが、昔の写真が内に沢山あり、議会に参加したり
するのが好きな祖父だったらしく、金を結構使って土地を売ったとは聞いています。

あと、曾祖父17が明治中期から村の代表者となって、管理している場所などもあります。(山の斜面ですが。)
(現在は、村落で「○○班」という名のグループを作り、そこで税金など管理しています。)

旧土地台帳を見た結果、相続した土地は、今まで全て先祖代々受け継いで来た場所ばかりかと思ってましたが、
事実は若干違っていた事が判りました。


344 :やすべぇ:2006/07/11(火) 21:42:12
>>343
ボンチさん
旧土地台帳の事例、大変興味深いですね。
法務局での調査をまだ敢行していない身にとっては、そもそも想像の世界です。

ところで、史料が乏しいとの件ですが、家紋・苗字の統計があるなど、
実際はどこかに埋もれているのではないかと感じました。
教育委員会が把握しておらず、目録にも載っていない資料がどこかの旧家にあるのでは。
名主の子孫の方との話で何か得られるといいですよね。

345 :先祖マニア:2006/07/11(火) 23:21:26
>>343

出版物として確認ができない以上やはり地域での現地調査や伝承の聞き取りが
重要になってきますね。

たしか山梨県でしたよね、イメージ的に山梨や近県は資料も豊富でそういうものを
重要視している気がするのは私だけでしょうか?

ネットで検索してみても町史まるごとネットで公開している町もありますし

広島ではありませんよ



346 :日本@名無史さん:2006/07/12(水) 05:04:17
>>343
土地台帳を獲るってどういうことですか?
郵便申請できるのですか?

347 :ボンチ:2006/07/12(水) 06:07:26
やすべぇさん、先祖マニア様、有難う御座います。色々参考にさせて頂きます。

>>346 何時もは、自分の足で法務局に(平日)行って、獲ったり、閲覧したりしていますが
(窓口の人に言えば判ると思います。)
今回は時間が無くて、30分時間くらい、まずは閲覧していたのですが、(とりあえず閲覧後、謄本獲ろうと考え)
一通り閲覧が終わった後、再度謄本申請用紙に書いている時間+職員の人が謄本獲っている(コピーしている)時間を
待ってられなかったので、郵送してくれると言われました。

申請用紙には書いてくれといわれたので、それは全て書いて渡して、そのまま法務局を出てきました。

旧土地台帳の謄本代金は0円ですが、記録付き郵便配達などで580円、配達員から徴収されました。
(着払いみたいな格好で)

348 :ボンチ:2006/07/12(水) 06:35:25
補足ですが、やったことある人はわかると思いますが、
旧土地台帳は閲覧用紙と謄本申請用紙が別々で、(閲覧が茶色・謄本申請が黒
多分全国共通では?)なってます。

閉鎖登記簿というのは、まだ一回も見たことがありません。

349 :ボンチ:2006/07/12(水) 06:38:11
くどくて済みません。旧土地台帳のコピー、謄本は勝手には出来ません。
職員の手に寄らなければ出来ません。念のため


350 :187:2006/07/12(水) 21:17:18
以前に書き込んだ、過去帳の情報だけで請求した11の除籍が取れました。
しかもラッキーなことに11母も載っており、11の外祖父が分かりました。
ただ、文字がちょっと読み取りづらく皆様の慧眼にまた頼らせていただきたいです。
ttp://www.uploda.org/uporg443344.jpg.html
Pass1301
■■利太郎叔母父五郎兵衛




351 :やすべぇ:2006/07/12(水) 22:20:50
>>350
「伊地智」ではないでしょうか?
でも、かなり字がつぶれていて、難しいですね。

352 :浅右衛門:2006/07/12(水) 22:31:57
「利」の前に紙を貼ってあるのでしょうか?
「智(ち)」を塗りつぶしてあるように見えます。
その前(上)は発音が同じ「地(ち)」。
その前(上)は「保」。

それから、叔母と父の間に一字「亡」。
     最後の字は「衛」を塗りつぶして「部」。

まとめますと、保地●利太郎叔母亡父五郎兵部

このように見えます。

これは、除籍のどの部分の記載でしょうか?

353 :187:2006/07/12(水) 22:55:07
11母の明細欄の入籍の部分ですね。
天保五年九月二十八日○○○村__<写真ファイル文>長女入籍
※_部分は空白

取り込み元の謄本が縮小された状態で来ており、文字がつぶれているのか、
塗りつぶしているのかはいまいち判別しづらいです。


354 :先祖マニア:2006/07/12(水) 22:57:27
もう少し全体の画像があれば判断できるのではないでしょうか?

私はどうみても保地智にか見えないのですが苗字なのでおかしいですよね


355 :先祖マニア:2006/07/12(水) 23:02:19
下は亡父五郎兵衛ではないでしょうか?



356 :やすべぇ:2006/07/12(水) 23:25:40
先頭の文字がはっきりしませんね。左がニンベンなのは確かだと思うのですが。
その村の現在の場所が属する自治体の電話帳を使って、
下の二文字が「地智」で、先頭の漢字にニンベンが含まれる苗字を探してみる、
という方法もあると思うのですが、ちょっと大変ですね。

Google で「地智」のキーに検索すると、「伊地智」「仲地智」等、いろいろ出てきます。
その中にもヒントはないですかね?

357 :浅右衛門:2006/07/12(水) 23:38:19

難しいですね。

ここは皆様のご意見を考え合わせて

「伊地智利太郎叔母亡父五郎兵衛」と

読んでおきたいです。

358 :日本@名無史さん:2006/07/13(木) 00:28:48
PU


359 :日本@名無史さん:2006/07/13(木) 04:29:00
>>350 伊佐地でしょ。

360 :日本@名無史さん:2006/07/13(木) 06:05:05
別スレから誘導されて来ました。

歴史関係の同好会のようなものに入っています。
会のメンバーによると、その人の出身地域の壬申戸籍の原本の少なくとも
一部が郷土史家の手元にあるとのこと。入手時期およびルートは不明ですが、
管理はどうなってるんでしょうか。法務省に一括管理されていると聞いた
ように思ったのですが、もしかするとかなり回収漏れがあるのではない
でしょうか。

361 :日本@名無史さん:2006/07/13(木) 09:04:40

日本全国どこにも絶対に遺漏がない、と思うほうがww

362 :日本@名無史さん:2006/07/13(木) 10:30:38
>>350
もう少し長めのアップローダーに再掲してみては?

363 :日本@名無史さん:2006/07/13(木) 11:17:22
>>359
伊地智(いじち)ですよ。

364 :187:2006/07/13(木) 20:05:52
今日休みだったので出かけたついでに図書館で電話帳を確認したところ、
同市内にて「伊地智」姓を数名確認しました。
伊地智利太郎叔母亡父五郎兵衛で確定ですね。
その地方では少ないみたいですね。
その数名の中に子孫が居る可能性は有りますが、安永・天明期の生まれ
と推定される五郎兵衛から数えて四代目か五代目の方でしょうから我々の様に先祖
に興味を持って調べている方しか知らないでしょうねえ。子孫であっても。
戸主の利太郎の方はまだ孫世代の方が居られる可能性は高いかな・・・。

365 :187:2006/07/13(木) 20:09:07
追記
今度は伊地智利太郎で除籍謄本を請求してみます。年代的には取れるはずなので。
11母の母の名前は解ると思いますが、運が良ければ利太郎の戸籍に祖母として
入っているかも。そうすれば七代前まで解りますね。


366 :先祖マニア:2006/07/14(金) 23:19:35
>>360

>>339の方ですよね?

回収漏れはないでしょう
その壬申のコピーでもUPした正本か控えか分かりませんかね?





367 :先祖マニア:2006/07/14(金) 23:25:14
>>364
安永・天明期ならば7,8代位前じゃないでしょうか?
だったら家系図のある家かよほど先祖に興味のある家でないと
分からないでしょうね、でも戸籍に記載されているくらいの人物なので
おそらく位牌とかあるかも知れませんね?

というか戸主の利太郎は何年生まれなのでしょうか?

今までの経験上ですが推定でも安永とか天明の先祖を戸籍で記載されたのを
見たことがないものですから・・・


368 :先祖マニア:2006/07/14(金) 23:30:18
http://www.myj7000.jp-biz.net/
から

14539 伊地智 約390 伊地知と通ず。越前発祥、清和源氏島津氏流。現在、豊岡市など兵庫県に多い。

369 :187:2006/07/15(土) 00:02:18
祖父(1907-)−母(1882-)−文左衛門(1844-)−母(1814-)−伊地智五郎兵衛(-1834年以前)


1814年生まれの娘の父なら少なくとも天明年間には入ってくると思いました。
利太郎は1830年代の生まれじゃないですかね?除籍が取れるか微妙な年代か・・。




370 :日本@名無史さん:2006/07/15(土) 09:03:57
>>369

いいとこ享和〜文政ぐらいまですな。

享和 1801 〜 1803 2.5
文化 1804 〜 1817 2.11
文政 1818 〜 1829 4.22


371 :浅右衛門:2006/07/15(土) 09:50:57
≫370

安永 1772年11月16日〜1781年 4月 1日
天明 1781年 4月 2日〜1789年 1月24日
寛政 1789年 1月25日〜1801年 2月 4日
享和 1801年 2月 5日〜1804年 2月10日
文化 1804年 2月11日〜1818年 4月21日
文政 1818年 4月22日〜1830年12月 9日
天保 1830年12月10日〜1844年12月 1日
弘化 1844年12月 2日〜1848年 2月27日
嘉永 1848年 2月28日〜1854年11月26日
安政 1854年11月27日〜1860年 3月17日
万延 1860年 3月18日〜1861年 2月18日
文久 1861年 2月19日〜1864年 2月19日
元治 1864年 2月20日〜1865年 4月 6日
慶応 1865年 4月 7日〜1868年 9月 7日
明治 1868年 9月 8日〜1912年 7月29日
大正 1912年 7月30日〜1926年12月24日
昭和 1926年12月25日〜1989年 1月 7日
平成 1989年 1月 8日〜

372 :日本@名無史さん:2006/07/15(土) 11:30:56
うちの場合

6代前  生まれ 文化十一年九月三日(女性)@
         文化十年二月五日 (女性)A

戸籍上 この2名が生年没月日、婚礼日が記入されていた最も古い先祖 

7代前  @Aの父の名前、入籍前の本籍地のみ

これ以上は壬申戸籍でしか分からないと思う。

373 :先祖マニア:2006/07/15(土) 23:32:02
伊地智利太郎叔母亡父五郎兵衛

ここからご先祖の女性(5代前の先祖)は
利太郎の叔母にあたるのですよね?

だったら

五郎兵衛・・・・・男・・・・・・利太郎
      ・
      ・
      ・・・(5代前の先祖の女性)   となるんですよね?  



374 :187:2006/07/16(日) 00:36:31
>373
文章を読む限りそう思いますね。
文左衛門の従兄に当たると思います。



375 :先祖マニア:2006/07/16(日) 00:40:12
利太郎の戸籍からまた新たな発見があるといいですね!!


376 :七郎右衛門 ◆zg7EMON/NI :2006/07/16(日) 00:48:30
お久しぶりです。
最近忙しくてろくにPCもできません・・・

かなり前に「ショックなことがあった」と書き込みましたが
家系調査を進めていく中で、私の家が伝承で言われるよりも新しいことが分かりました。

伝承では450年前に2人の兄弟が落人として隠れ住んだことが起こりだと言われており、
兄弟の弟の方が我が家の祖になったと言われていました。
しかし私が調べた結果では、我が家は350年に普通に分家しただけのようです・・・

私としては事が明らかになり嬉しいのですが
伝承をそのまま信じていて疑ったことのない祖父に
この史実を伝えるのには抵抗があります・・・

それでも伝えるべきですかね?

377 :先祖マニア:2006/07/16(日) 00:56:09
>>376

かなりお久しぶりです

なぜ350年前に分家したのが分かったのですか?
過去帳?位牌?

私は無理に伝えなくてもいいと思いますが
まあ伝えてもおじいさんも完璧な証拠があれば納得しないですかね?

378 :やすべぇ:2006/07/16(日) 01:10:01
>>376
350年前に分家したときの本家を更に遡ると、
450年前に分かれた弟方の家ということはないのでしょうか?

「伝承が完全に正しいということはないにしても、何らかの真実は含んでいる」
という印象を持っています。

379 :ボンチ:2006/07/16(日) 03:17:47
七郎右衛門さんほど重要では無いかも知れませんが、私にも今までの伝承が
違っていたという事実が、この先祖調査をし始めてからポロポロ出始めています。

例えば、大分前になりますが、「21が夜逃げした」と云いましたが、戸籍を見ると
実は27だったり、17が金貸しをしていたという事実も全く無さそうです。

最初は全て母から聞いた話を鵜呑みにしていたのですが、私的感情も相まってて、かなりいい加減な事を言っています。
(七郎右衛門さんの場合はいい加減ということは無かったでしょうが。)

それと、そんなショックなことなのでしょうか?(軽々しくて済みません。)
一度叔父様には、それとなくサラりと話してみて、やはり信じて疑いたく無いようであれば、もうそれ以上は辞めて置くというのが
よいのではないかと私は感じました。

380 :先祖マニア:2006/07/16(日) 09:42:18
21が夜逃げした」と云いましたが、戸籍を見ると実は27だったり

そうだったんですか?
確か21が夜逃げしたので27が相当苦労していてそれで21を恨んでいましたよね
それが逆だったとは、色々複雑ですね〜

先祖を探していくと色々なところで伝承とは違う場合が少なからずありますが
そこには思い込みや、固定観念、感情もあいまっているのだと思います
また、父と叔母はまったく逆のことを言っているということもありますが
そのような場合でどちらの言葉に選べない場合はその2つの事を記しておけば
いいと思います、父はこのように言っているが叔母は全く逆のこのように言っている
その判断がつかないので2つ記す 父のこの部分には賛同できるがこの部分には疑問点が残る
叔母のこの部分には納得できるがここの部分には納得できない など

子孫としては真実を調べて後世に残すことが一番だと思うのであやふやなとことは
断定せずにあやふやにして置くことがいいと思います。今たとえ嘘を書いても100年たったら
子孫も真実だと受け取ってしまいますからね

381 :勘兵衛:2006/07/16(日) 12:31:59
>>372
うちは
6代前 寛政九年一月七日・生〜
明治23年3月31日・没(93才)

同時に調査している、妻の方は
6代前 文政五年十月二十日・生〜
明治40年8月20日・没(84才)が戸籍上最古の御先祖でした。


382 :187:2006/07/16(日) 13:08:57
戸籍等で調べた自分の家系図をネットに公開してHPを作って居られる方が
見受けられますが、いまの時代ああいう家系図を公開していると子孫の方から
メールとかで連絡とか来て、そこから新たな展開が開けると云うのは無いですかね。

個人情報を世界に向けて公開するという危険性は有りますが、個人の枠を超えて
調査が広がる魅力が有るような気がしますね。


383 :先祖マニア:2006/07/16(日) 17:50:57
私もそれは考えたことがありますが
ほかの親族からクレームとかおこらないのですかね?

自分の家の先祖の場合はつっぱのけれるかも知れませんが
母方とか祖母の祖母の家とかのクレームだったら厳しいかもしれませんね

一応プライバシーに考慮しているHPは祖父母までは実名を入れていないケースも
ありますがそれならありかも知れませんね

あとは自分HPをどれだけ広く認知していけるかだと思います
認知されればされるほどリスクは高まりますが、それと比例して重要な情報も得れると思いますし





384 :日本@名無史さん:2006/07/16(日) 18:31:41
みなさんはどこまでを自分の先祖として調査対象と見做してますか?
私は父方母方は無制限としてそれ以外の系統は四代前までで、
父方母方の出身者の配偶者の親は六代前までとしています。
あと、曾祖母や高祖母の実家等と付き合いのある人ていますか?
私は祖母の実家が限界です。(それも伯父が曾祖父の外孫として相続した為で血縁は実質母方ですが)

385 :浅右衛門:2006/07/16(日) 18:57:52
父方の曾祖母二人の実家の両家と
父方の高祖母四人の実家のうち二家とは、お付き合いしてますよ。
毎年顔を合わせてます。

もちろん世代替わりはしてますが。幸い同一県内居住だからだと思います。



386 :日本@名無史さん:2006/07/16(日) 19:41:10
>>385
すごいですね。
同世代の親族の親等は曾祖母実家だと八親等、
高祖母実家だと十親等ですね。
どうやって交流を申し込んだんですか?
普通そこまで遠いと親族扱いが難しいと思われますが。
(民法上の親等の定義は六親等までだし)

387 :浅右衛門:2006/07/16(日) 20:06:05

そうですか? 何親等になるかとかは考えたこともなかったですね。
「親類」とか「親戚」とか言うより、普通は
「縁家内」と書いて(えんかうち)とこちらの地方ではいいます。
ごく普通の呼び方です。

交流を申し込んだのではなくて、昔から親戚づきあいが続いているだけですよ。

私の8代前の先祖の弟が養子に行った先の家とのお付き合いもあります。
墓所も先方にありますので、毎年先祖祭には参って、ドンちゃん騒ぎしてますよ。
年に一度の楽しみですね。

388 :日本@名無史さん:2006/07/16(日) 20:31:15
私なんか傍系交流はせいぜい従兄弟が限界ですよ。先祖もいいけど傍系も面白いですね。
高祖父から別れた親族なんか百人以上いるはずですが、そういう人達が案外近所にいたらとか思うと飽きません。
因みに私は最近五代前の甥が自分の町の村長(今は町だが当時は村)で私が利用してる県道を整備した人物だと知り驚きました。
しかし自分の家でもないのに高祖父や五代前から別れた傍系の家と交流してるなんて希少な経験ですね。

389 :ボンチ:2006/07/16(日) 20:33:30
話が少し逆戻りしてしまいますが、
>>380 母は、実の父(私から見れば祖父27)の生き方が非常に好きだったらしく、
(夜逃げ後の成功してからの生き方の事)

まあ、祖父の父21が病弱で借金を27が背負ってしまったのは21,27共に仕方が無いことですが、
母としては、気持ちの中でその夜逃げの事実は抹消したかったのではなかろうか、と察しられます。
(少なくとも、殆ど認識の無い曾祖父21が犯したことに仕立てておこうという気持ちがあった様子)です。

私が戸籍を見た結果を母に問いただすと、既に知っていたかのような口調に変貌しましたので。

390 :先祖マニア:2006/07/16(日) 20:58:06
>>384

祖父母までですね曽祖父の実家も縁がありますがそれはたまたま叔父が
養子でその家に入ったので付き合いがありますがそうじゃなかったら
ないでしょうね



391 :先祖マニア:2006/07/16(日) 21:00:38
>>389

色々ありますね、
でも真実が発見できたことは悪いことではないと思いますし
ボンチさんも21,27の方について前よりは詳しく分かったので
良かったと思います





392 :日本@名無史さん:2006/07/16(日) 21:14:37
>>385
>父方の曾祖母二人の実家の両家と
父方の高祖母四人の実家のうち二家とは、お付き合いしてますよ。

これって同じ二つの家ですか?それとも四つの家ですか?

393 :浅右衛門:2006/07/16(日) 21:31:52

全部で6家のうちの4家ということです。
わかりにくくてごめんなさい。

2, 父の父の父の母の家  (高祖母)付き合いあり
4, 父の父の母の母の家  (高祖母)付き合いなし  
6, 父の母の父の母の家  (高祖母)付き合いなし
8, 父の母の母の母の家  (高祖母)付き合いあり
18,父の父の母の家    (曾祖母)付き合いあり
20,父の母の母の家    (曾祖母)付き合いあり

こんな状況です。

394 :日本@名無史さん:2006/07/16(日) 22:32:24
高祖母は自分の家と、父方の祖母方の曾祖母方の高祖母の家というわけですか。
後者は特にすごいですね。普通家名もわかりませんよ。
例えば私の息子の息子の息子の息子と、息子の娘の娘の娘が交流するかといえば名前も知らないでしょうしね。

395 :浅右衛門:2006/07/16(日) 22:50:38

すみません。もうひとつ前です。

高祖母は自分の家になりますよね。高祖父の家と言ったたほうがわかりやすいですね。
そうではなくて、その高祖母の生まれた実家です。

同じく、父方の祖母方の曾祖母方の高祖母の生まれた実家です。

私からみると、祖父の祖母が生まれた家と、
       祖母の祖母が生まれた家になります。

祖父母の実家くらいとはお付き合いされている方も多いのではないでしょうか?

私の場合、それが単に祖父母の代から、父母の代へ、そして私の代へと
受け継がれてきているだけですよ。

396 :先祖マニア:2006/07/16(日) 23:11:14
たまたま縁戚が近くにいたからではないでしょうか?

遠い親戚と付き合っているのではなく
家の近くの方と近所付き合いをしているがその方が遠い親戚だったのでは?





397 :先祖マニア:2006/07/16(日) 23:15:35
ただし私の場合は近くでも親戚付き合いしていませんね
(といっても祖母の従兄弟の家で共通の先祖は高祖父ですが・・・)

昨日本家のおばあさんが亡くなりました
これはさすがに今日両親が葬儀に田舎に帰りましたが
私はあまり面識がないので帰っていません(その亡くなったおばあさんの息子と
私がふた従兄弟になります)
香典は父親に立て替えてもらいましたけど



398 :やすべぇ:2006/07/16(日) 23:22:57
>>384
> みなさんはどこまでを自分の先祖として調査対象と見做してますか?
基本的には直系の先祖だけですね。傍系はそれに付随して分かった範囲、ですね。
(なんか、行政書士の先祖調査サイトに出てきそうなコメントですね)

> あと、曾祖母や高祖母の実家等と付き合いのある人ていますか?
無いに等しいですね。
父のはとこに会ったことはありますが、付き合いがあるとは言えないですからねえ。

ちなみに、自分自身のいとこは全員、知っているし会ったこともありますが、
はとこになると、会ったことはおろか、その存在さえも分からない人がいますね。
いったい何人いるのやら。

399 :日本@名無史さん:2006/07/16(日) 23:50:28
初めてレスします。
>>384
父方直系は叔父が家系図作成したので高祖父の祖父まで遡れました。
ただし、曽祖父が早くに亡くなり曾祖母が他家へ行ったため、3あたりの高祖父母から、
母方の祖父も養子縁組で早くに亡くなったため12までの高祖父母は不明です。
20の曾祖母宅と23の曽祖父宅の親族とは今も関わりはあります。

3から12の高祖父母も知りたいとは思う時もあるのですが、後妻に行ったり、養子だったりと
闇をつつきそうです。伯父の離婚先に従兄弟がいるのも初めて知りましたが会った事も名乗った
こともなく、当の従兄弟は伯父が父親とも知らないでしょうから、現在判明しているのだけで、
留めおくつもりでいます。


400 :先祖マニア:2006/07/17(月) 00:00:28
高祖父からの子孫 子供4人 孫9人 曾孫31人でした 玄孫はもう100%は調べれませんが
(嫁に行った先の子孫は戸籍では無理なためなのとここでも海外に移住している子孫がいるため)
でも最高7代目の子孫がいることが分かっています(また幼稚園らしいです)
(うちの子供は6代目なので1世代ずれていますね

でもこれも真剣にしらべたら面白い結果になりそうです。
 

401 :先祖マニア:2006/07/17(月) 00:02:31
399さん始めまして
3から12の高祖父母も知りたいとは思う時もあるのですが、後妻に行ったり、養子だったりと
闇をつつきそうです

よくあることですよ、気になさらずに
ちなみに私の父方の祖父母は再婚どうしですし、母方の先祖は養子だらけです


402 :日本@名無史さん:2006/07/17(月) 00:48:57
>>401
先祖マニアさん、お返事どうもありがとうございます。
最近は、無理にほじくり返すこともないかなぁと思い始めています。
28の祖母が亡くなった際の書類の写しから13-16、21、22と27の祖父の両親名がわかりました。
27祖父は母が子供の頃に亡くなり、私は会った事もないので新鮮でした。

それにしても戦後直後までの人は子供を沢山産んでいて驚かされますね。

403 :187:2006/07/19(水) 00:44:10
ttp://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060719k0000m040127000c.html

この記事最初見た時は本人による尊属の謄本請求も制限なのかと思ったけど、
よく読むと代理人等の第三者による請求の制限と云うことですかね?


404 :日本@名無史さん:2006/07/19(水) 14:44:02
いや怪しい
役場は後でトラブルになったら面倒だから直系も拒否するかもよ

405 :日本@名無史さん:2006/07/19(水) 17:55:53
>直系も拒否する

そっちのほうがトラブルになるw
主な目的が、行政書士に対する業務範囲の制限だから。

406 :先祖マニア:2006/07/19(水) 23:45:58
イヤー先祖を探す私たちにはあまりよろしくない事ですね

でも個人情報保護が叫ばれている中ではね〜〜

しょうがないかも

だんだん戸籍で先祖を探す事が難しくなってきますね

今が昭和30年代なら壬申見放題でもう1世代前まで分かるのに

でもそのころってコピー機がないのでどうやって複写したのかな?

407 :やすべぇ:2006/07/20(木) 00:19:00
>>403
記事を読む限りでは、第三者に関する部分については、
「第三者」が「第三者として」戸籍謄本を取るのが厳しくなったというだけで、
「第三者」が本人や直系卑属などから委任状をもらって「代理人として」取るのはこれまでどおり可能だと読みました。

あと、今回、影響を受けるのは戸籍だけみたいで、除籍はこれまでどおりのようですね。
(既に厳しく制限されている、ということでしょうか)
直系についても現行どおりのようです。

ただ、建前はそうだとしても、実際の現場でどう運用されるかはわからないですね。
なんにしても、謄本の取り忘れがないか、今一度、確認しておきます。

408 :先祖マニア:2006/07/20(木) 23:59:03
先日パソコンを再セットUPして危うく先祖のデータを消しそうななりました

危なかったです

CDかDVDにバックアップしておくのと同時にペーパーとしても残しておくことが
肝要ですね!!





409 :やすべぇ:2006/07/21(金) 07:18:24
突然のパソコンクラッシュも恐ろしいですよね。
くわばら、くわばら。

410 :日本@名無史さん:2006/07/22(土) 12:25:03
今から墓参りします

411 :187:2006/07/22(土) 21:04:14
手紙を出していた父方の本家(父の従兄の未亡人)から電話が来ました。
過去帳が有ると言うことで、それには嘉永年間とか安政年間以前の没年の方が多数
載っているそうです。お盆明けに都合が合えば見せてくれることになりました。
俗名が解るかどうかは不明ですが、楽しみです。ついでに以前の菩提寺が解る
かも?
ただ、先代(私の祖父の兄)が38才で亡くなられているので、それほど詳しい
伝承とかは無さそうです。


412 :ボンチ:2006/07/22(土) 22:43:59
期待できそうですね。少なくとも男性に関しては、ある程度の成果が上がるのでは
ないでしょうか。

413 :187:2006/07/23(日) 09:13:56
実際に過去帳を見せてもらいにいかれたことがある方にお聞きしたいのですが

・手土産は持って行かれましたか?その場合はいくらぐらいの物を
・過去帳の内容を持ち帰るにはスキャナーを持ち込むか、こぴーを採らせてもらうのが
 内容複製の手段としては最も確実だと思うのですが、これってマナー違反でしょうか?
・先祖調査とは直接関係無い本家の家族の情報(名前と生没年)を聞くこと

十年ほど前に御主人が亡くなるまでは親族としての交際は在ったし、私も未亡人の方に
お会いしたことがあるので(子供の頃ですが)それほど疎遠な親戚では無いと思ってます
が、皆様はどの程度まで踏み込まれましたか?

414 :先祖マニア:2006/07/23(日) 17:03:24
>>413

手土産は2〜3000円くらいのお菓子かお酒を持っていきました

スキャナーやコピーは相手次第ですね、おそらく痛みそうなので無理なのでは?
デジカメですべてのページを撮ったほうがいいと思います

>先祖調査とは直接関係無い本家の家族の情報(名前と生没年)を聞くこと
いいのでは?そこからあたらしい発見もあるかと思います

>私も未亡人の方にお会いしたことがあるので
だったら全然大丈夫でしょう、真摯な対応をすれば先方もかなり理解はして
頂けると思います。

最初は丁寧に中盤からは冗談のひとつも言えるくらいの雰囲気にすればたいしたもんです
(最後までカチカチでは話も発展しませんし、いい情報も聞き損ねます)


415 :先祖マニア:2006/07/23(日) 17:07:07
それにしても過去帳があるのはすばらしいですね

何回も行けるとは限らないので過去帳や位牌があればすべてデジカメに
撮って帰ることをお勧めします

私も1っ箇所あるのですが、なかなか再度伺う時間がないのでつらいです
(その家に行く場合は叔父と同伴しなくてはいけないので・・・)


416 :やすべぇ:2006/07/23(日) 18:32:00
>>413 187さん
大体は先祖マニアさんのおっしゃるとおりだと感じます。
自分の場合、手土産はお菓子を持っていくかなと思います。
スキャナー、コピーにはかなり抵抗があります。
デジカメが妥当だと感じます。その場で確認もできますし。

あと、せっかく貴重な史料を見せてくれ、話もしてくれたのだから、
聞いたら聞きっぱなしではなく、きちんとお礼をするのが大事です。
悪い印象をもたれたら損ですから。
お礼の手紙を送る、といったことが考えられるでしょうか。

417 :ボンチ:2006/07/23(日) 19:14:24
私は、よくヨウカンみたいな手土産を持って行きます。
コンビにので恐縮ですが済まさせて貰っています。

写真撮影は大体拒否されることは無く、撮らせてもらえました。

418 :187:2006/07/23(日) 20:21:49
>それにしても過去帳があるのはすばらしいですね

過去帳については、父方母方祖父母の家4家すべてに嘗て有ったか、現在も有るようですね。
1父方祖父家:本家(父の従兄)に在り。江戸後期より?
2父方祖母家:本家(父の従弟)に在り。未見。
3母方祖父家:本家(祖父の従弟)に在った。江戸中期より。大正期に焼亡。
4母方祖母家:本家(母の従兄)に在り。江戸末期より?。未見。
あと、1と3は明治・大正期の分家後の物が在り。
2はいまは廃業してますが、呉服問屋だったらしく、ひょっとしたら江戸中期から
在るかも知れませんね。ただ、母の話では気難しい人らしい。。。

>スキャナー、コピーにはかなり抵抗があります。
>デジカメが妥当だと感じます。その場で確認もできますし。

慣れていないせいか、デジカメで文書を上手く撮影できないのですよね。。。
どうやったら室内で上手く撮れるでしょうか。

419 :ボンチ:2006/07/23(日) 20:43:26
接写できるタイプだったら大体うまく獲れませんかね? 

420 :先祖マニア:2006/07/23(日) 21:21:28
>慣れていないせいか、デジカメで文書を上手く撮影できないのですよね。。。
どうやったら室内で上手く撮れるでしょうか。

慣れだと思いますよ
家で何回も練習すれば上手くなると思いますし

あとやすべぇの言っているようにお礼のお手紙を書くと(葉書でもOK)
心証が良くなりまた何かの発見があったときに連絡をくれるかも知れません




421 :やすべぇ:2006/07/24(月) 21:28:33
>>418 187さん
確かにうまく撮るのは難しい面がありますよね。
シャッタースピードが1/30秒を超えたあたりからブレが多くなる感じがします。
デジカメの利点を活用して数を取るというのも手かと。

422 :187:2006/07/26(水) 20:52:29
伊地智利太郎の除籍は残念ながら取得できませんでした。
直系で遡る除籍で取れる物はすべて取り終えたかなと云う感じです。

纏めてみると養家を除いた実際に血が繋がっている方で
四代前:16人中15人の名前が判明
五代前:32人中13人の名前が判明
六代前:64人中 1人の名前が判明

生年の判明した一番古い先祖は1814年生まれでした。
これから聞き取りと過去帳調査をすればもう少しは埋まると思いますが。

除籍を取得していった感想としては
・現在取得できる除籍謄本は1840年代以降誕生の方からかなあ。大正年間の除籍
 を取得できるかどうかは運次第。
・都会より田舎の方がより古い除籍が取得出来た感じ。都会生まれでもっと古い生年
 の方は1841年生まれでした。
・纏めた家系図を母や親族数名に見て貰いましたが、除籍以上の古い事を知っている
 人はいませんでした。過去帳からは数名採取出来ましたが。
以上です。
興味のある方は除籍を今からでも始めないと、十年後に初めても後悔すると思う。


423 :ボンチ:2006/07/26(水) 21:56:47
確かに、今のうちにとっておかないと、後で欲しくても、もう手に入りませんね。

424 :先祖マニア:2006/07/26(水) 23:24:17
今度は位牌や墓、過去帳からの調査になります
32人もこれでもう少し分かるでしょうね
その上になるともうしっかりと記録をしている家でないと
難しいと思いますが・・・・

あと親族に今知っている先祖の詳しいエピソードを聞いとくのもしておいたほうが
いいでしょう、あなたにとって曽祖父はあなたの祖父にとっては父ですので
かなり詳しいエピソードもあると思います

そして あなたに曾孫ができた時にはその曾孫からなら6代前の先祖の詳細な
情報が得られるということです


つまり187さんの  六代前:64人中 1人の名前が判明
のこの1名の詳しい情報が得れるのと同じことです

自分の曾孫なんてあと50年以上先ですが長い歴史のなかではその50年は
とても短いものですしね

 




425 :187:2006/07/27(木) 00:13:07
>423
十年前・廿年前なら取れただろうなと云う除籍が数枚はありましたからね。。。
残念です。

>424
まだ子供も居ないので曾孫ははるか先の話ですね。。。
結婚の日程は決まっているので、その後で奥さんの除籍も取っていってみようかなと
思ってます。相手の同意が無いと出来ないので、微妙ですが。


426 :日本@名無史さん:2006/07/27(木) 22:29:20
すみません。初歩的なところでいきなりつまづいています。お知恵をお貸しください。

自分の戸籍謄本および母の戸籍謄本を取得しました。
母は離婚しており,離婚と同時に父の戸籍からは除かれているためか,
父の本籍地が分かりません。

どのように父の戸籍を取得すればよろしいのでしょうか。
よろしければご教授ください。
お願いいたします。

427 :426:2006/07/27(木) 22:32:08
なお,父は既に他界しています。


428 :先祖マニア:2006/07/28(金) 00:35:57
>>425

そうなんですか〜結婚したらまあ子供が出来てそうなるとまた変わると思います
うちの子供は4歳と1歳ですが  あと25年もすれば結婚すると思うと
あと30年すれば孫が生まれるんだなと思ったりします

>その後で奥さんの除籍も取っていってみようかなと
思ってます。相手の同意が無いと出来ないので、微妙ですが

私は勝手に取りましたよ(一言言いましたが)

役場では配偶者は請求できますので
請求する人(妻の名前) 受け取りに来た人(自分の名前) 続柄(夫)でOKでした


429 :先祖マニア:2006/07/28(金) 00:39:25
>>426

はじめまして
簡単ですよ 母親の戸籍の生まれてから今までの戸籍を請求すれば
父親の本籍は判明します

おそらく母親の一番最初の記載された戸籍にどこどこの○○と婚姻とあるので
そこのどこどこが父親の本籍です

分からなければ役場に聞いて父親の本籍が知りたいといえばどうすればいいか
教えてもらえるでしょう
(ただし本籍でないと請求はできませんけどね)


430 :426:2006/07/28(金) 08:38:17
>>429
ということは,私自身の生まれてから今までの戸籍を請求すると,父の戸籍も出てくるということですね。
手続きなどは役所に電話して聞いてみます。

ありがとうございました。

431 ::2006/07/29(土) 00:41:24
みなさん、お久しぶりです。

今回、6高祖母実家方面の除籍請求をしてました。
残念ながら廃棄済み証明書をもらいました。
6高祖母父(文政五年生まれ)と母(文政九年生まれ)で止まってしまいました。
(名前は高祖母の祖父まであります)
母方面は結婚前の戸主(甥)で請求しましたが、こちらも廃棄済みでした。

以前もらった、廃棄済み証明書と同じ年月に廃棄されていることがわかりました。
(廃棄年…昭和46年、自治体は別々です)
現在調べておられる方々でもし宮城県の方、おられましたらご注意を。

残りは色々とあります。
デジカメもやっと買いました(動かしてないですけど)。
帰省するまでに動作に慣れなくてはいけませんね。



432 :やすべぇ:2006/07/29(土) 01:07:53
以前、話題になった「いとこ婚」とも関係する話かもしれません。

いまだ市史の調査は十分にしていないんですが、
高祖父1・高祖父3共通の出身地の市史を見ていたら、
明治維新直後の時期、高祖父3(または高祖父3の父)が
藩の役所に提出した文書の内容が載っていました。
その末尾に(証人として?)連署していた他の二人のうち、
一人は高祖父1の兄(またはこの兄の子)で、その肩には「親類」と書かれていました。
つまり、どの程度の親類かは分からないですが、
曾祖父17と曾祖母18が結婚するよりも前から、
高祖父1の家と高祖父3の家とは縁続きだったことが分かりました。

ちなみに、三度目の正直でもないですが、
曾祖父17の甥と曾祖母18の妹が後に結婚しており、
かなり結びつきの強い家同士だったようです。

>>431 藤さん
残念でしたね。いまだに昭和46年で廃棄というのは謎です。
やはり壬申戸籍なんでしょうかねぇ?

433 :先祖マニア:2006/07/29(土) 17:41:47
>>431

そうですか〜残念でしたね でも6代前まで(高祖母の祖父)判明するって
すごいことです、


私も昭和46年破棄の意味が分かりません、壬申戸籍は昭和43年には破棄
(法務局に保管)なのですがもしかしたら地方では数年ずれて保管されたのかも
知れませんね 

昔は80年保管ではなくて50年保管でしたっけ??そうなると壬申ではないかも
しれませんけど・・・

434 :先祖マニア:2006/07/29(土) 17:47:57
>>432

昔は親戚だらけで結婚していたのでしょうね
血縁か地縁ですからね

私の祖父の実家でも
祖父が婿養子に行った先の隣の家の娘が
祖父の兄の息子(本家の跡とり)の家にとついでいる事が判明しました

そのほか9と14が少し関係あったりしました。

435 ::2006/07/29(土) 22:29:04
やはり数年ずれて廃棄されたものと思います。
別々の自治体なのに、日付としては一週間しか違わないので。
前回、付箋で「これ以上ありません」とだけつけてきた自治体にも取れそうな除籍謄本を
請求しましたがどうなることやら…。
(廃棄済み証明が出せないなら、『(戸主の名前と本籍地を書いて)一筆つけてくれ』とお願いしました)

>>432
うちの父方も25祖父と26祖母が結婚する以前から、遠い親戚でした。
これも除籍謄本をたどるうちに判ったことです。
2高祖母の父と7高祖父の母が兄妹でした。
家同士も近所ですし、昔は結構あったと思います。

436 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 03:18:08
ほとんどの人は水呑百姓だった訳だから、
江戸時代までいっちゃうと、姓もないし
そこから上は辿れなくなっちゃうからね。

ほとんどの人は、せいぜい4〜5代しか遡れない。

しかしそうでない人もいるのは事実。


437 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 03:57:22
先祖伝来の土地を離れてないなら簡単なようなキガスるんだが



438 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 08:05:19
うちの一族は土地を離れてないから、少なくとも江戸初期からの墓がある。
歴史に登場している人物が先祖なのか、のんびり調査中・・・
一応本家って名乗ってたけど、ただの郎党って可能性もあるからね〜
親は「江戸時代まで武士(藩士)だった」って言ってるんだけど、(具足一式はあったらしい)
なんとなく、戦国終わってから帰農したんじゃなかなって考えてる。
郎党の出世頭が近所とはいえ国替えで殿様について城下にすんでるのに、
別の大名が来ているのに一族皆土地を離れてないなんて、良くても郷士ですよね。
ただ飛び地があったり、小藩の土地が入り組んでるんで、一概に嘘って言い切れない。
現地調査が待ち遠しい・・・

439 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 10:21:01
平安期の先祖に鬼瓦 又べえ 貫之(たとえです)ってのを見つけたんですが
なんとなく九郎 判官 義経みたいでちょいビビり・・・
昔の人ってみんなこんな風な名前だったんでしょうか


440 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 11:53:49
何に書いてあったか気になる・・・
武士なら普通だね。たとえだからいまいち分からんけど

鬼瓦  又べえ 貫之
(苗字?)(通称?)(名?)

義経の場合は「源九郎義経」で、
源九郎=九郎判官 (義経本人は生きてるとき「義経」って呼ばれたことないと思う)
九郎判官義経って呼び名は後世の講談とかでつかう呼び名だよ。
ただ、義経の場合は
(氏)(通称)(名)だから、ちょっと違う

441 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 14:26:02
初めまして。
源氏と平氏スレから訪ねて参りました。

私の家に、「士族」の証明証書する賞状のようなものがあります。
これは、祖先が武士であったことを表すものでしょうか。

また、私の姓は清和源氏の系譜に登場する姓であり、家紋も同じなのです。
たまたま証明書のようなものがでてきたので、興味を持ちました。

何か分かることがありましたら、どうぞ教えてくださいませ。

442 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 16:56:21
>>441
うp

443 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 17:58:41
>>440
多分武士や公家ではないと思うんですが、こういう名前って農民ではいないのかな
県発行の書物(故郷歳時記みたいなもの)に年月日付きで記述がありました。
鬼瓦(たとえです)は今も名乗ってる苗字です。
又兵衛と貫之のあまりの庶民的な名前と貴族的な名前のギャップにひっくり返りましてw
そういえば義経って大河でも義経って呼ばれたの見たことないですね

444 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 18:59:55
平安時代の農民がいみな(貫之)をもってたとは思えないから、武士じゃないかな?
当時の武士は普段は農業をして、戦のときだけ武装して集まって、土地をもらったり、
略奪したり、褒美をもらう。苗字は地名?
どうして書物に残ったのかは書いてないの?
まー本名も分からないし、あとは自分で調べるしかないな。
郷土資料館で聞くと簡単に教えてくれるかもね。


445 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 19:44:06
>>441
いつ発行のものか分からないけど、
維新後、平民とされた下級武士(解雇されて平民あつかい)
が、戸籍の記載を「士族」にしろっていう運動があったらしい。
そのときに発行されたものじゃないかな?
ただの思いつきだけど・・・スミマセン・・・
証明書が本物なら士族なんじゃないか?
壬申戸籍みることができないから、調べられないね〜
これも郷土資料館とかできいてみるといいよ。多分・・・

あと苗字や家紋じゃ血筋が本当かは分からないんだよね。
徳川家康だって本当の源氏じゃないし。

446 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 20:28:29
>>444
百姓武士みたいなものだったんでしょうかね。
苗字は地名じゃないと思いますが、はっきりとは知らないです。
田舎で聞けば一発なんだろうけどあまりおつきあいがないので・・・

郷士資料館ってのがあるんですね。行って聞いてみたいと思います
故郷の近隣都市に住んでるんですが、他県の郷士資料館でも大丈夫かな


447 :日本@名無史さん:2006/07/30(日) 20:33:09
あ、>>446>>439です。すみません

448 :ボンチ:2006/07/30(日) 22:54:36
今日、系統図1〜8関係の子孫の方々、及び1の旧村の地元の方々と食事会をしました。
(以前書きましたが、永代供養塔建立記念会のような催しを行いました。)

今日までは、個人的に想像では、名主と思われる方が戸籍関係の文書を持っているであろうと
考えていましたが、現実としてはそれは得られず、代わって他の色々な事が得られました。

1は養子ですが、1の実家の子孫の方曰く、「旦那寺に行けば17代前までの記録が過去帳に残っている」とのこと。
しかし酒の席ですし、叔父にはこの席で寺へいずれ同行してもらう確約を得ました。

私の父の兄(独身で死亡)が先祖調査に興味があったらしく、色々調べていたらしいと知りましたが、
あいにく自分がそれを受け継ぐことなく、また自分がやり始めているようでした。


449 :やすべぇ:2006/07/30(日) 22:56:00
>>438
>戦国終わってから帰農したんじゃ
そういった例は意外に多そうだと感じています。
高祖父1の総本家周辺は江戸初期まで城下町で、
その後、国替えのため、城主がいなくなってしまったのですが、
土地に残されて帰農した旧臣たちの子孫が江戸中期に残した名簿が町誌に載っていました。
今もその土地に住んでいる人たちと同じ苗字の名前が多数載っていました。
名主をしていた人たちが多く含まれているようです。
高祖父1の先祖は・・・いないようです。

450 :先祖マニア:2006/07/30(日) 23:03:36
>>438

江戸の初期の墓はあるって事自体すでにかなりの家では?
武士でもなかなかないですよ
上級武士じゃないともしくは豪農でないと墓は作れないと思います
ということは 絶対に町史や村誌に名前はあると思いますが・・・・

>>441
士族と記載されているのなら武士なのでは?
ちなみに士族=武士と卒があります 武士人口6% 内訳武士(2%)卒(4%)
ちなみに卒とは足軽のことです

451 :先祖マニア:2006/07/30(日) 23:07:02
>>448

お疲れ様でした
これまた17代とはかなり遡れましたね
家を継いだ代数と思いますので直系で17代前とは限りませんが(兄弟で継ぐ場合もあるので)

それでもこれなら江戸初期まで行くのでは?

ちなみに1以外に2〜8の情報は得られましたか?


452 :ボンチ:2006/07/30(日) 23:11:12
系統図6・8が殆ど情報不足でしたが、6・8関係の子孫の方に話したところ、
古文書が家にあるとの事、宴会終了後、その家に行って色々見せてもらいました。
かなり古い家系図(延元などの元号あり)の巻物、その他2点の古文書を、
一回持って帰って色々調べても良い、と言われ、ありがたく一旦持ち帰り調べることに
しました。

他には、26の兄弟さんが戦時中に持っていた日本刀(銃刀法に元ついた登録を20年前に済み。)
初めて日本刀を手にし、生生しい話も聞けました。(ただし大戦中の物で、江戸時代の物ではありませんでした。)

それと、19の名前が墓誌にあり、その上は5ですが5は墓誌にはなく、その間何代か不明であったので墓誌に載せなかったが、
墓誌に「武家」と書かれていました。恐らく19の4、5代上になる?は武士だったようです。

ここの家にもいずれ檀家寺へ同行してくれると言ってもらえました。
家に過去帳はありませんでしたが、位牌を見せてもらえましたが、19の名前とまりでした。

このような感じで、系統図の何処が埋まるとかハッキリはなかったですが、色々収穫が有ったと思います。

それと、遠方信施から来た親戚の方で、やはり数十年前に先祖調査に興味を持って、当時戸籍を収集し、家系図を
作ったことのある方が一名居られました。


453 :先祖マニア:2006/07/30(日) 23:19:44
たしか6,8だけ名前が不明でしたよね?

5の名前も墓誌にないということは当然妻の6も名前なしですよね?
ここは檀那寺しかありませんね?

8も不明ですね?

でもかなり古い家系図(延元などの元号あり)の巻物を持って帰ったのなら
すぐにでも判明しそうですね!!

>それと、遠方信施から来た親戚の方で、やはり数十年前に先祖調査に興味を持って、当時戸籍を収集し、家系図を
作ったことのある方が一名居られました。

この方とは連絡ととって親密になったほうがいいです
色々な情報を持っていると思います(生きた情報、なかなか得られない情報など)






454 :先祖マニア:2006/07/30(日) 23:27:47
>>450

間違えました

士族4%
卒2%です


455 :ボンチ:2006/07/30(日) 23:43:25
はい。6・8だけテンプレ系統図で名前その他情報がなく空白になっていました。
ですので今回埋まることを期待していましたが、無理でした。やはり旦那寺しかなさそうです。

余談ですが今現在、この旦那寺は隣町にありますが、それ以前はこの方の家のすぐ近くにあり(年代は現状不明)
河川災害で寺が流された為、現在の地に移転したそうで、その点は少し心配です。

それと、今巻物を見ますと、ありがたいことに古過ぎて、5以上からかなり間が開いてしまう予感です。
>>452でも触れました、「19の恐らく4,5、代上の武士」なる人の名前も、この巻物には出てこないほど、
この巻物は古いのではないでしょうか? (尚、武士の方の没年等も墓誌には彫られておらずです。)

余談ですが巻物は所々ちぎれております。私は古文書はまだあまり読めなく(読み会にはすでに3回出席しました)
解読して欲しいから今日渡してくれたのでななく、殆ど興味がないそうです。

出来れば1系でこのような巻き物が有って欲しかったとの個人的感想です(贅沢ですが。それに1は寺に期待が持ててます。)
1の実家の子孫の方の話によれば、1系統の蔵は一回焼けて、その前は、(それこそ江戸時代の)刀もあったそうです。
今、1の実家の子孫さん家に残っているのは着物類が一着だけ江戸のが残ってるそうです。
今度見せてもらうつもりです。

すこし話がそれましたが、過去に家系図を作った方は、かなり遠方ですが、付き合いを大事にしたいと思います。
(ただちょっどあれなのは、父の姉の旦那さんなので、私と全く無関係の系図になろうかと思いますが、色々なノウハウは
持っておられるはずですので、今後も色々と聞いてみたいですね。)

456 :先祖マニア:2006/07/30(日) 23:53:17
>余談ですが今現在、この旦那寺は隣町にありますが、それ以前はこの方の家のすぐ近くにあり(年代は現状不明)
河川災害で寺が流された為、現在の地に移転したそうで、その点は少し心配です。

それは心配ですね あることを祈りましょう

>「19の恐らく4,5、代上の武士」なる人の名前も、この巻物には出てこないほど、
この巻物は古いのではないでしょうか?

でもお寺の過去帳がもしあれば繋げれるのではないでしょうか??
まずはお寺の過去帳を拝見するかもしくは過去帳を製作依頼するかでしょうね!!

この巻物をUPしたらどうでしょうか?誰か読めるかも知れませんよ〜

1関係は家には情報がなさそうですね?ここもやはりお寺ですね(17代前は興奮します)



457 :ボンチ:2006/07/31(月) 07:41:01
6・8の寺に関してウェブ上で調べましたが、「河川災害で流された」旨のコメントがありません。
6・8の寺の情報に関しては、再度町史などを調べる必要がありそうです。

巻物家系図ですが、何方か関係者の方、もしくは関連情報お持ちの方おられましたら、情報宜しくお願い致します。
http://www.fileup.org/   [bunnh]

とりあえず最初のくだり部分のみのアップしてみました。字自体は読みやすい方かと思います。
最後の方まで、オレンジ色の線で名前が16人くらい繋がっています。
11人目に「延元3年」と初めて元号が出てきます。一番最後16人目の元号が「永録4年」で終わっています。

1の実家の子孫の方が「17代前まで過去帳がある」と言ったことが、本当に聞き間違えないか?
不安になり、icレコーダを再生してみました。やはり「17代」と言っています。
(「10代か7代前まである」ともしや言ってなかったか?、少し心配になりました。)

何故17代が判ったかというと、前記しましたが、自分の父の兄が生前先祖調査をしていたのを
、この1の実家の子孫の方が付き合いが深かったので聞いていたそうです。

父の兄(要は私の叔父ですが)とは私が中学自分まで少し面識あったので(あまりしゃべりはしませんでしたけど)
、少しでも先祖の話してくれるとかいうことがあれば面白かったかなと思います。

父の兄の代で家が断絶して取り壊したのですが、そのとき色々持ち帰ったのですが、叔父が作成したであろう系統図らしき
書類は無かったので、恐らく寺に見に行った結果をその方に話しただけと推測しています。

458 :ボンチ:2006/07/31(月) 07:46:46
済みません。http://www.fileup.org/fup97990.jpg.html (パス同)



459 :438:2006/07/31(月) 09:30:22
>町史や村誌に名前
一応先祖とおもわれる最初の方は、歴史に登場しています(地元でも超マイナーだけど)
城を落とした記録、戦国大名から本領安堵の記録、他家に普請を命ずる記録など
が色々のこっています。地元資料館のWEB上の資料にも名前があります。
不思議なのはその本人は国替えで他国に移っているにもかかわらず、
地元に残って本家を名乗っていることです。
戦後まで残っていた具足は、大学で歴史学教授をしているという
他国に移った先祖の直系子孫(多分)に譲ったそうです。

不思議なのは同姓の「本家」は近隣に3家あり、それぞれがお互い本家として認めていること。
伝承によれば兄弟で移ってきたそうです。
この姓は元禄時代にも一度名前がでてきて、「兄弟それぞれが」結構高禄(100石〜250石)
で召抱えられるという事件があったことで、自分の直接の先祖が
「この兄弟の一人だったのではないか」ということなのです。
しかし、維新後でも土地持ち、農地改革後も土地が残っている(らしい)
士族で土地持ちなんてことがあったのか、分かりません。
ただし、戦後買った可能性は残っています。今でも田畑の使用料のかわりに「米」を
「年貢」(本当にそう言っている)として小作の方々からもらっています。

もう分からないことだらけ!親戚の話とか嘘か本当かわからないし!
先祖の兄弟で長兄のうちには家系図が残っているんらしいのですが、うち本家の分家で、
東京にでてきちゃってるんで、見せてもらうのも根回しがたいへん・・・

460 :438:2006/07/31(月) 10:18:22
>>459
読み返したら分かりにくい文章でした・・・すみません。
要するに、自分の先祖については

戦国時代、武士だったのは間違いない。
最初の本家は国替えで他国(近所だけど)の城下に住んだ。

今の本家となった直系の先祖江戸期は帰農した「郷士」だったのではないか。
その一族のうち、志あるものが浪士になり、後に武家奉公したのではないか。
(その志のある、元禄期の兄弟がうちの先祖かも・・・親戚なのはほぼ間違いない)

結局はうちの「直接の先祖」が、維新後「士族」なのか「平民」なのか
ってことに集約されちゃうってことです。
私としては、「土地持ち」ということで農家だったと思っているわけです。
ただ、小藩が多く、飛び領地があったことも無視できないのと、
土豪に対して伝統的に禄を米ではなく「土地」で渡した可能性もあるので
むずかしいのです・・・


461 :先祖マニア:2006/07/31(月) 10:29:48
>>457
延元や永禄ですか〜
それは1500年代で16人目ということですから 
5の先祖が1830年頃生まれたとして300年の空白がありますね!
お寺の過去帳から家の先祖をピックアップして行かないと行けない作業が
発生します

でも16人目と17代目がどこかで繋がるかもしれません。

幸い父の兄(叔父)さんが1の実家と親密だったみたいですから
ボンチさんもお寺に行って過去帳を拝見するのも難しくないのでは?



462 :先祖マニア:2006/07/31(月) 10:45:09
438さんへ

上から下ってくると壁にぶつかります
さかのぼり方式でいくのがいいと思います

1 自分の家の戸籍を遡れるまで遡ってもうこれ以上分からないという先祖まで行き着く
  (戸主の父親もしくは父親が隠居している場合はその更に父親の名前までは分かります)
  運がよければ1800年代前半の人物

2 更に武士ならば位牌や過去帳があると思いますのでそこから更に遡る

3 本家が3つあるということなので残りの2つの家も同様に調べて見る
  どこかの時点で分家した可能性もあるかもしれませんし
  古老がいればなにか伝承として残っている可能性もあります

4 更に他国に移った先祖の直系子孫にも連絡してみて情報を得るのがいいと
  思います(家系図があるかもしれませんしどこの時点で別れたのかが分かるかも)

推測ですが戦国の終わりに長男は武士として他国に行き次男が帰農して
郷士として残ったのでは?(1600年ころ) それから100年後の元禄年間に
この郷士の家の息子数人が高禄で召抱えられてお互い新しく家を創設したのでは?
  


463 :先祖マニア:2006/07/31(月) 11:54:41
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E5%B8%AB%E6%B0%8F

464 :日本@名無史さん:2006/07/31(月) 13:08:06
源頼朝が流されたときに、
衣類を献上したと言われる「氏」をご存じでしょうか。



465 :日本@名無史さん:2006/07/31(月) 20:15:01
>>462
江戸期の過去帖や位牌なら残ってますが、そういう家は武士なんでしょうか


466 :浅右衛門:2006/07/31(月) 20:48:04

ボンチ様

1歩ずつ前進されてる様子ですね。

巻物の11人目の「延元3年」は何についての記述でしょうか?

また、16人目の「永禄4年」は何についての記述でしょうか?

というのは、この二つの年月の間は223年になると存じます。
このふたつの年号の入った記述が、それぞれ、お二方存命中の事象についての
記述であれば、ちょっと代数が少なすぎるのではと思います。

逆に言いますと、11人目と16人目の記述としては、年の間隔が空きすぎ
のような気がします。

最初に気づいた点です。

467 :やすべぇ:2006/07/31(月) 21:44:35
>>438さん
旧土地台帳の調査はお済みでしょうか?
直接の答えにはならなくても、ヒントは得られるのでは。
(なんて、旧土地台帳の調査をしたことがまだない者が
言うことではないかもしれませんが)

468 :やすべぇ:2006/07/31(月) 22:15:12
>>457 ボンチさん
アップされている部分は由緒書きといった内容ですね。
源平合戦で戦った人のようですね。
右側の部分は失われてしまっているのでしょうか?
ここに名前が出ている人たちは日本全体または地域の歴史に登場しそうでしょうか?

469 :ボンチ:2006/07/31(月) 23:02:10
浅右衛門様、やすべぇ様、ご教示有難う御座います。少し見てたら判明しました。

巻物家系図16人目(最後の人物)は「永禄4年川中島合戦にて勲功」と書かれています。
ですので、少し勘違いしていた様です。
没・生が永録4年なのではなく、手柄を立てたのが永禄4年の様子でした。
(余談ですが13人目の人物には「大永七年 桂川合戦にて有勲功」と書かれています。)

もう一枚借用している、一枚物の紙切れ状の、賞状の様な文書ですが、
これには、「川中島合戦に於いて抜群の働きにより永百五拾貫文を差し上げる?」というような事が書かれています。
「武田大膳大夫晴信入道信玄」とあり、「馬場美濃守信房」(武田信玄の家臣)の烙印?があります。
一番最後に名前が一名あります。(これは26,19,5系統の苗字です。)
その名前フルネームは、巻物最後部の16人目の名前と同一です。

簡単に説明すると、巻物家系図最後16人目のたてた手柄の詳細が、もう一枚の紙に書かれているといった
具合になります。

なんだか凄い物を借用してきています。これを機に、戦国史に興味が出てきそうです。(今までは余り詳しくなかったです。)

470 :438:2006/08/01(火) 00:30:56
ボンチ様
ぜんぜん画像とかみてませんでした・・・
実は私の先祖の家は信濃の一族で、村上方ではなくて、
武田方についた小豪族なんです。本領安堵も武田家からでした。
当然川中島合戦には参加したと思います。
なんだか大変そうですが、私も頑張って調べてみる気がおきました。
日本史板って結構過疎板なのに、縁ってあるもんですね〜

余談ですが、最初の本家というのは
武田滅亡後は真田家を主家として昌幸にそば仕えし、
幽閉中に死ぬまで近従した16人のうちの1人です。
その後信之に仕えました。

>>467
ぜんぜんなんです。一応父方の戸籍はそろえました。
祖母家系にもちょっと大変な謎があるのでそれも調べなきゃならないんですが、
本家がつぶれて行方不明なので、調べるのが無理そう・・・


471 :ボンチ:2006/08/01(火) 07:56:07
>>468 やすべぇ様 この右側の件ですが、切れてしまってて、あいにく在りません。

アップした部分には「木曽義仲の下で戦い、江州(滋賀県)栗津ヶ原合戦で敗退し、信州へ落所した」
ように書かれています。ですので、巻物先頭部分の人物が、やはり源平合戦で戦っていたようですね。

438さんご先祖様と、川中島合戦で兵隊仲間?の関係があるのは、巻物最後の人物(永録4年に生存)になりましょう。
(アップした写真は最初のくだり部分でしたので、同じ写真を再アップしても438様には直接関係ないようですね。)

438様のご先祖様(本家様)はかなり市史などにも出ていそうな感じですね。




472 :ボンチ:2006/08/01(火) 08:48:15
http://www.fileup.org/fup98196.jpg.html [bbnch]

438さん、どちらかと言うとこっちの方が調査上参考になりましょうか?
その他関連の方、調査でご参考になりましたら。

「今般、○信州川中島
 合戦之判(班?)抜群之働(き)
 依之(これにより)永百五拾貫文之満
 金可宛行者也(まんきんあてがうべきものなり)

 武田大膳大夫晴信入道       
     信玄(サイン)

 馬場美濃守  
     信房(サイン)
 
 永禄四辛○年 十二月十二日  ○○△△江(へ)
  
こんな感じで解読してみました。

438さんの場合は>幽閉中に死ぬまで近従した16人のうちの1人です。その後信之に仕えました。
もっと凄いもの、数も多くありそうですね。(博物館も合わせて)

473 :浅右衛門:2006/08/01(火) 21:44:27

ボンチ様

今度於信州河中嶋
合戦之刻抜群之働
依之永百五拾貫文之備
金可宛行者也

武田大膳太夫晴信入道
   (朱印)
    信玄 (花押)

   馬場美濃守
     信房 (花押)

永禄四辛酉年
 十二月十二日

       ○○△△ 江  

信玄の「花押」について詳しくお調べになった方がいいと存じます。
ちょうど紙の切れ目にかかっていますが、私が見た範囲の知識では、
  
  左半分の横棒の先端が、微妙に上にそりあがっている点

  左側にせり出している半円形の曲線の下側が縦棒と交差する位置

この二つが、どうも違うように思えます。

年号月日の墨の色が極端に薄いように見えますが、原史料ではいかがでしょうか?

いろいろ気づいた事を書いてみました。ご参考に。

474 :ボンチ:2006/08/01(火) 23:17:08
浅右衛門様、ご教示と解読有難う御座います。参考になります。
怪しい品も世の中には色々と出回っているようですので、気をつけたいところです。


475 :日本@名無史さん:2006/08/01(火) 23:36:35
越前守が奈良の神社の宮司になるような任地?と神社が遠いことって結構あることなんでしょうか
時代は江戸時代だと思います

476 :187:2006/08/02(水) 00:59:28
この前電話での聞き取りに応じてくれた大叔父に現時点での扇系図と
関係する1と3の子孫系図を郵送した所、すごく喜んだ様子でお礼の
電話が掛かってきました。
また、大叔父の娘が偶然私の引っ越し先近くに嫁いでいたらしく、今
度娘の所を尋ねる時に会いたいと。その時に大叔父の子孫情報を頂け
ることに。今までは子供の名前までしか知らなかったけれども、これ
で傍系系図が四世代分手に入りそうです。

477 :浅右衛門:2006/08/02(水) 07:52:12
ボンチ様

もうひとつ

馬場美濃守信房について

馬場信房が美濃守を名乗るのは、永禄七(1564)年正月二十八日に
それまで美濃守であった原虎胤(はらとらたね)が亡くなり、その翌年、
つまり、永禄八年になってからのことだと認識しております。

さらに、美濃守信房ではなくて、美濃守信春と名乗っているようです。

年号月日と記載事項の整合性が疑われ、詳細な検証が必要となると思います。

478 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 08:47:50
>>472-473

>武田大膳太夫晴信入道
>   (朱印)
>    信玄 (花押)

じゅうぶん噴飯ものです。ありがとうございましたwww

479 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 09:50:32
なんだニセ物かよw
馬場とか山県とか好きなんだが、やっぱ贋作は多そうだな。

480 :475 :2006/08/02(水) 11:56:00
すみません、スレ違いっぽいので他で聞いてきます<(_ _)>

481 :ボンチ:2006/08/02(水) 18:18:44
>>479 いや、まだ当方確認とっている最中です。もう少し結果をお待ち下さい。

482 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 18:45:12
うちの先祖は河内の富田林というところの地主だったらしいのですが江戸時代以前のことがわかりません。
その土地に住んでいたじいちゃんも昔になくなり一族はうちだけになってしまいました。
先祖のことについて調べたいのですが菩提寺すらわかりません。
如何にしてしらべたらよいのでしょうか・・・?

483 :浅右衛門:2006/08/02(水) 19:16:10

ボンチ様
 
ニセ物と言ってるわけではありません。疑問点は、逆に新たな史実の発見

である可能性を含んでいると思います。

疑問な点をひとつひとつ調べて検証して行くことが

歴史史料に接する時の基本姿勢だと考えます。

だから歴史に魅力を感じるのです。

484 :ボンチ:2006/08/02(水) 19:18:51
やはり戸籍の取得から始めたら良いのではないでしょうか?
まずは、富田林のどの地域かを把握しなければ。

485 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 19:31:49
>>482
テンプレ読んでみよう。事細かに導いてくれてるよ

486 :ボンチ:2006/08/02(水) 20:00:00
>>438 浅右衛門様、有難う御座います。少し落胆しかけてましたが、
そういった姿勢で考えていく事を知れて希望が射しました。

ネットでですが調べた感じですが、
馬場美濃守が「美濃守」を名乗れたのは、やはり永禄8年説が主流という感じですね・・
ただ、ある一つのサイトでは、「永禄3年に名乗った」と書いてあるサイトがあったような?

花押については、年代により多少形状に変化があってもおかしくはのいのかと感じてはいます。
あくまでも、それと同じ年代の、本物の形状に一致しているかどうか、が大事かと個人的には認識しています。

朱印については、あまり重要性に関して詳しくないものですが、本物の朱印であれば価値が高いもののように、
書き込みからすると感じられます。

あと「永百五拾寛文の備金」は「永百五拾貫文の処○」ではないかとの話が出まして(今日少し文書関係者と逢いました)
「永百五拾貫文に相当する土地(地名○)を頂いたのではないか?」という話が出ました。

その理由としては、「褒章金を渡すのに「宛がう」という言葉を使うのもか?という理由で。

それと、文書はもっと詳しい方(私は面識なし)へ今日渡して、見てもらう事になりました。
こんな感じで少し展開してます。

487 :日本@名無史さん:2006/08/02(水) 20:18:43
昔は鑑定で何日か貸すとすりかえられたりもしたそうなので気をつけてね

488 :浅右衛門:2006/08/02(水) 20:25:08

ボンチ様

少しずつ前進ですね。

なるほど、仰るとおり、「処=處」みたいですね。

一つ勉強になりました。

驚きの結果を期待しつつあせらず待ちましょう。

489 :ボンチ:2006/08/02(水) 22:34:53
>>487 判りました。今後気をつけます。
今回は公共機関といえる場所でしたので、ある程度安心して置いてきてしまいました。

それと、ちょっと不安な点が出ました、「信玄」とは ”いみな”であるようですね。
生存中に「信玄」と言ってるのはおかしいのかなあ? なんて思い始めてしまいました。
478さんはそこを指摘しているのかという気が。

まあ結果を気長に待ちます。

490 :先祖マニア:2006/08/02(水) 23:18:13
>>489

借りたものをまた公共機関とはいえ渡して大丈夫ですか?
借りた家の方にばれたら大変な事になりませんか?

公共機関とはいえあまり信用はしないほうがいいと思います(摩り替えるとか
ではなくて、公的機関は時間の概念が希薄だと思うので借りたら数ヶ月とか平気で
借りっぱなしにならないか心配です)

私も県立古文書館で資料のコピーを依頼しましたが、その許可が下りたのが申請して
5ヶ月も後のことでした私自身申請していたことすら忘れていたくらいだったので

感状は紙の質とかからのアプローチは出来ませんかね?
時代によって紙質が違うとかありませんか?


491 :先祖マニア:2006/08/02(水) 23:21:13
>482

まずは親や祖父母、親戚に聞いてみたら菩提寺がどこか分かりませんか?

河内の富田林ということは大阪の方ですよね?この富田林があったところの
町史を見たら何かしらのヒントがあると思いますが
地主なら町史に載っている可能性もありますし



492 :やすべぇ:2006/08/02(水) 23:54:50
>>476 187さん
なんかいい話ですね。
直接会えば、また違った話も聞けるのでは。
しかし、大叔父がご健在とはうらやましい。

>>482
私の高祖父5の系統の状況に似ていますね。
高祖父5が東京に出てきた後の菩提寺は分かるけど、それ以前は不明。
ただ、運よく明治19年戸籍が手に入り、先祖の居住地はおぼろげに見えてきました。
まさに>>484でボンチさんが仰ってるとおりです。
近くに同姓の密集地域がいくつかあるので、
手紙を送って家紋、出身地、菩提寺などを聞いてみようかと。

493 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 00:26:14
はじめまして。
ふと興味を持ち、自分の家について調べていたところ、
なんと親戚の作った家系図が出てきました(母方のほうのみですが)
私のうちは比較的珍しい名字で、名字検索などで調べても全て地元(鹿児島)に多いと出ます。
↑ついでに出自不詳です…
そこで、その家系図と一緒にメモが入っていたのですが、
そこには五世代上の人が名字を株で買い、この家系が始まったと書いてありました。
いろいろ調べたのですが、結局わかりませんでした。誰かお分かりになる人はいませんか?

あと、先ほどの五代上の方は島津藩の重臣である朝日将軍と呼ばれていた方と関係
(親子か親族かはよく書かれていません)がある方らしいです。
普通朝日将軍というと木曾氏ですが、(時期が違うので違うと思いますが)薩摩藩でそういう方がいらっしゃったのでしょうか?
ちなみに五代前の家紋は丸に桔梗でした。

今年受験生なんでなんで、なんでこんな時期に興味持ったんだろうと思いつつ、
来年から戸籍なども取り寄せたりして本格的に行動するつもりです。



494 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 00:37:31
>>493
>今年受験生なんで

あなたは差し迫った要件から逃避しようとしています
目前の受験をクリアしてから、先祖調べをして下さい
そうでないと、一生後悔します

先祖調べなど後でもできます

495 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 00:50:21
>>494
>来年から

巣に帰れ

496 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 00:54:29
>>493
悪いこといわないからしっかり勉強しましょう。
レス見てあなたの国語力がかなり心配になった・・・

497 :先祖マニア:2006/08/03(木) 00:57:41
まあ戸籍の請求くらいにして来年から本格的にしらべたらどうでしょうか?
(実地調査は)
でも2CHで質問してみんなで協力して少し調査の前段階くらいのことをするのは
受験の息抜きになろうかと思います
飛瀬さんも受験中に少し調べていましたし
ただメインは受験なので本格調査は来年からということで・・・


498 :先祖マニア:2006/08/03(木) 01:00:52
受験に合格したら住人のみなさんも心強くバックアップしてくれると思いますよ



499 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 01:24:16
いくらなんでも最後に書いた通り受験優先ですよ
ちなみに私の苦手な科目は国語ではなく数学です
こんなとこでいちいち推敲する暇ないんですみません
ではまた来年来ますノシ


500 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 01:55:34
あの国語力以上に苦手な教科があるって大変だね。


501 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 02:18:54
模試で八割とれるのに苦手なんて言われるとは…

502 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 02:29:14
>493
とりあえず今は勉強しろ?
後で後悔するかもしれんぞ
ご先祖様に興味を持つのはなかなかいいことだと思うから
受験に合格したら詳しく調べたらいいんでないの。

俺今になってからランク落として経済行くんじゃなかったって思ってるしさ。
やっぱ受験は大切だよ

503 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 03:01:35
>>499
>こんなとこでいちいち推敲する暇ない

人に自分のレスを読んでもらうのに推敲するのは当たり前だと思うが。
ちょっと常識にも欠けてるよ。


504 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 06:51:43

おまいら、ただの夏坊を相手にし過ぎww

505 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 07:29:59
パソコン通信を思い出したよw


506 :日本@名無史さん:2006/08/03(木) 15:21:36
>>501
>模試で八割
何模試?
なんで八割どまり?
そういうのは得意というものじゃない。

507 :482:2006/08/03(木) 19:44:59
こんにちは、みなさんいろいろとご指導ありがとうございます。
富田林の喜志というところです。父は大阪市内に住んでいて私は和歌山に住んでいるのですが・・・
家紋は「丸に梅鉢」です。
これしかわからないのですがどうでしょうか?

508 :先祖マニア:2006/08/03(木) 22:55:56
まずはやはり父親か祖父に聞くのが一番だと思います

おそらく父親もしくは祖父が大阪市内に出て行ったものだと思いますので
聞けば何かしら分かると思いますが・・・

だめなら先祖の戸籍を遡っていきその本籍の地で富田林の喜志が出てくれば
そこの住所が地主だったところでしょう

482さんが20〜30代ならば曽祖父か高祖父の除籍あたりで富田林の喜志が
出てくると思います

ただ大阪は除籍を請求しても出してくれない地域だと聞いたことがありますので
請求理由は慎重に決して菩提寺調べるためとか書いたら駄目でしょうね
「記載事項確認のため」か「先祖供養のため」にしときましょう

次に除籍が手元に入手したら今度は直系卑属を探してみましょう
高祖父の子孫となるとかなり多くの人間がいると思います
その中には菩提寺を知っている人もいるのではないでしょうか?

1 親、祖父
2 叔父さん 大叔父さん
3 曽祖父の兄弟の子孫
4 高祖父の兄弟の子孫
この順番で調べたらどうでしょうか?



509 :日本@名無史さん:2006/08/04(金) 02:18:58
>除籍を請求しても出してくれない

そんなことあり得ない。
直系尊属のものは理由無しでも取得できるのが法意。
もし本当にそんなことしてるのだとしたら明らかに法律違反。
抗議すべき。余裕があるなら訴えるべき。

510 :ボンチ:2006/08/04(金) 07:31:48
>>509 役場のホームページの戸籍課の入り口のところに、ものものしい注意書きが
付け加えられた件ですね。

511 :日本@名無史さん:2006/08/04(金) 08:43:24
>>510どこの役所ですか?

512 :日本@名無史さん :2006/08/04(金) 16:39:57
どうしてみなさんそんなに自分の家系を知りたいんですか?
どんなに由緒ある家系でも色んな人物がいるのを知ると、ショックですよ。

513 :日本@名無史さん:2006/08/04(金) 17:32:11
大人はそんなことでショックなんて受けないよw
リアル人生のがずっとショッキングだからね


514 :日本@名無史さん:2006/08/04(金) 18:47:42
私の場合、4代前の16家も皆一般庶民で、由緒も糞もないですが、
それでも除籍見てるだけでもいろいろなことがわかってくるわけですよ。
もちろん他の史料などを調べると、更にそれぞれの人の人生の一端が
かいま見えてくるわけで、また同時代の他の出来事と、例えば、ああこの人は
日清戦争のときは何歳だったんだなあ、とか、この人は攘夷思想はなやか
なりしころどこどこにいたんだなあ、とか対照したり。

また実際にその人の人生のある時期の行動を裏付ける史料があったり。
もっと些細なことだと、ああ、この人は年貢いくら払ってんだな、とか。
ほんと私の場合、みんな庶民で、最近このスレにもあったような立派な古文書
だとか、武将につながるとかでは全然無いんですが、それでも調べれば調べる
ほど、曾祖父母や高祖父母の人生が、庶民には庶民なりの苦労や、山あり谷ありの
様子が浮かび上がってきて、彼等が懸命に生きてくれたおかげで今自分が
ここにいるんだなあって。

で、宗教心なんかかけらもない私ですが、出来れば彼等の生没年月日と墓所くらいは
探し出して、まあ感謝の念くらいは捧げようかなと。出来れば人生・経歴やどんな人
だったかもわかれば、さらに彼等を偲ぶよすがにもなるし。最初はもっと気楽に
始めた先祖調査ですが、今はそんな気持ちでやってます。

515 :日本@名無史さん:2006/08/04(金) 20:46:40
>>510 関西 大○市です。 今見たらそんなにものものしくもないかもしれません。
当然の事を言っているくらいかも。

516 :日本@名無史さん:2006/08/04(金) 20:48:28
除籍て離婚した配偶者の先祖のも調べられますか?

517 :日本@名無史さん :2006/08/04(金) 20:58:13
>>514
そういうのを否定してません。
ただ、人の勝手ですが、自分がいい家系だからそれを知るために
調べたりしてる人は勘違いしてるんじゃないかと思っただけです。
特定の人物を誇りに思うならまだしも、家系全体を誇りに思ってる人がいますからね。




518 :日本@名無史さん:2006/08/04(金) 21:04:28
>>517
なにしにこのスレいるの?

519 :やすべぇ:2006/08/04(金) 22:28:59
>>493
遅くなりましたが、初めまして。
私も受験中は気持ちを抑えて、計画だけしていたのを思い出します。
合格に向けて着実に歩を進めていってください。

520 :先祖マニア:2006/08/04(金) 22:35:54
私の場合は小学生の頃から先祖に興味がありました、初めは苗字から検索して名族に繋がらないかとか教科書の人物と繋がらないかと正直思いました

しかし大学生の頃から本格的に先祖を調べていく過程でそのような気持ちはだんだんと無くなっていったのが事実です。

また空白をどうしても埋めたいという欲求に駆られてその原動力で調べていた頃もあります

特に印象深いのは縁戚の家の裏の墓で1700年代9代位まえの先祖の墓を見つけた時には感慨深いものがありました
実際には戒名と行年しか分からない先祖の墓ですが紛れも無い先祖なのです9代前512人のうちの一人ですがこの一人の名前も
分からない先祖一人がいることによって自分がいると思うと自然とお墓の前で手をあわせて拝みます。
と同時にその頃どのような生活をしていたのだろうと思いにふけます(戒名からどのような人物だったのだろか想像したり、
住んでいた場所からどのような生活をしていたのか考えたり)

私もどこまで遡っても百姓ですが、この名も無い庶民であるがゆえに私がしっかりと調査して纏めていかなくてはならないと
本当に分からなくなっていきます、しかも私たちの代がラストチャンスだと思います

正直なところ私の祖父母の世代は先祖について少しは詳しい事をしっていますが
両親の世代になると高度成長時代なのか田舎から都会に出て行ったりして先祖のことに疎遠になったり
また田舎にいても日々の生活を豊かにするために一生研懸命に働いてきた世代だと思います
なので詳細な先祖の伝承が途切れている感がありますし、私たちの世代では祖父母の名前すら知らない友人もたくさんいます
ということは私たちの子供や孫の世代ではもう探そうとしても不可能になってくるのではないでしょうか?
(本人が調べようとしても)まだ名家ならまだしも、庶民の家の歴史を調べて、纏めておくことは無駄ではないと思います。

血族、親戚、縁とは不思議なもので何世代に一度はこのように先祖を調べている人にめぐりあうものです(私も叔父さんが詳しかったですし。
おじいさんも若い頃調べたことがあるみたいです)

私も子供はおそらく興味がないかもしれませんが孫や曾孫の誰かが興味を持ってくれればなと思っています。



521 :日本@名無史さん:2006/08/05(土) 00:56:02
始めはただ調べただけなんだろう
でもハマるとスゲーな

522 ::2006/08/05(土) 01:12:28
>>520
先祖マニアさん、小学生のときから興味があったというのはすごいですね。

私の場合、母が自分の祖母の名前を知らないということを知ってから始まったような気がします。
母に幼くして死んだ兄がいたことや、父方の祖母の名字が希少姓であることも拍車をかけました。
「いつか調べられるなら知りたい」
そう思ってこのスレにたどり着いた次第です。

私の世代ではすでに両親方ともに世代交代で、縁遠くなってきました。
いずれはさらに遠くなっていくことでしょう。
今のうちに自分に繋がる方々を知ることは、ご先祖を敬うことにも繋がると思います。

523 :日本@名無史さん:2006/08/05(土) 01:16:19
>家系全体を誇りに思ってる人がいますからね。

まあ、我が国はそおゆう国だからしょうがないよ。
そおゆう政体だからしょうがないよ。
困ったもんだね。

524 :日本@名無史さん:2006/08/05(土) 13:29:54
家系を誇りに思って何が悪いのか分からん。
百姓には百姓の、華族には華族なりの誇りがある。

自分が良家の子弟であることをもって他人を卑下するような人間は
卑しいとは思うが。
日本人は日本人であることに誇りを持っちゃいけないのかね?

525 :日本@名無史さん:2006/08/05(土) 15:54:56
家系を誇りに思って何が悪いのかサパーリわからん。
やたら自慢したり他人を見下す手段にするなら問題外だが。


526 :先祖マニア:2006/08/06(日) 00:25:03
近況報告です、以前ハワイに曽祖父が移民したとありましたが
ハワイ移民に詳しい方と連絡を取った結果、少し調べて頂けることに
なりました

いかんせん現在はその曽祖父の孫(女性)が昭和15年生まれで生存していれば
ぎりぎり曽祖父の事が分かるかどうか程度ですけど(曽祖父は昭和3年に亡くなっています)

ただハワイで65歳以上の女性でどこまで分かるか分かりませんが、一縷の望みにかけています
駄目なら今度は電話帳で同姓の人間の住所を調べていただいて手紙を書こうかと
思います

ただ手紙を出すにしても英語が全く出来ないので先祖探し最大の壁になると思います

527 :日本@名無史さん:2006/08/06(日) 01:02:48
外国から手紙がきたら引かないか

528 :やすべぇ:2006/08/06(日) 01:18:23
>>526 先祖マニアさん
進展があったとのこと、何よりです。
英語については、まずは、内容を日本語で徹底的に詰める作業をした後で、
翻訳するという二段階戦法がよいと思います。
仕事で関わったことのある翻訳者さんに聞いたことがあるのですが、
日本語の段階でまだ内容が明確になっていないのに翻訳に出されると、
非常に苦労するとのことでした。
逆に、日本語がしっかりしていると、スムーズなようです。
シンプルな言葉で一文一文を短くするのがいいみたいですね。
場合によっては、翻訳を外注してもよいでしょうし、
ご自分で訳された場合は誰か英語が得意な人に見てもらってはいかがでしょうか?
そういう人が近くにいなくても、ネイティブチェックなるサービスも検索すると結構出てきます。

それにしても、本来なら、本家の方(けんもほろろだった方です)が相続のために
土地の名義変更などを通じてきちんと調べておいてくれたらよかったのですよね。
(調べてこなかったからこそ、いまだに名義変更できていない、ということなのでしょうが)

529 :ボンチ:2006/08/06(日) 07:59:45
一つ見つけました。 ttp://studiocrescendo.jp/top_logo.png

530 :ボンチ:2006/08/06(日) 08:11:40
済みません こちらで。ttp://www.studiocrescendo.jp/top_logo.png

531 :ボンチ:2006/08/06(日) 08:16:35
何回も済みません。↑開かないですね。 「スタジオ クレッシェンド」で開きます。
ほんの1例でしょうけど。

532 :日本@名無史さん:2006/08/06(日) 08:29:03
http://www.studiocrescendo.jp/atoz/translation.htm
↑ここの事かな? >>529-531

533 :ボンチ:2006/08/06(日) 09:27:15
>>532 そうです。フォロー有難う御座いました。

534 :先祖マニア:2006/08/06(日) 23:50:57
やすべぇさん ボンチさん ありがとうございます

明日月曜日に依頼した方が調べてくださるので期待してまってます

また何か進展があれば報告します



535 :日本@名無史さん:2006/08/07(月) 01:15:24
ここの住人に翻訳してもらえばいいでしょう

古文書を解読できる人がいるのなら翻訳できる人もいそうだが

536 :先祖マニア:2006/08/08(火) 20:43:38
http://www.imgup.org/iup244350.jpg

今日墓参りに行きました
そこで何気なく先祖の墓の側面を見て見ますと
今まで気づきませんでしたがUPのようになっていました
この 大和屋直兵衛○○が気になります  非常に気になります
これって 養子ですかね?

この10年間たびたび墓参りに行っていますが全く気づきませんでした


537 :先祖マニア:2006/08/08(火) 20:46:38
http://www.uploda.org/uporg473716.jpg

ちなみにこれが戸籍ですが養子の記載はありません
ですから○○はなんか別の文字がはいるのでしょうか?

長子、嫡子などでしょうか?

538 ::2006/08/08(火) 21:14:47
>>536-537
写真、見せていただきました。
間違いなく直兵衛さんの長子、六左衛門さんです。
「長」の下の払いの字画がそっくりです。

539 :浅右衛門:2006/08/08(火) 21:15:59

これは「養子」ではなくて「長子」です。

540 :先祖マニア:2006/08/08(火) 21:54:36
ありがとうございました安心しました
今日は色々なことがあり大変でした
先祖と先祖が繋がりません 悩みます・・・・

本日県立古文書館にいきましたそうしたら明治期の移民の人全ての(広島県)人名が記載されたものを発見しました
というか知っていたので請求しただけなのですが

さてそこで大きな疑問が生じました

祖父 明照  曽祖父 澤太郎  曾祖母 カス  です

明照は明治38年11月1日生まれです 澤太郎は明治11年 カスは明治19年生まれです
まず戸籍で澤太郎とカスは明治40年に結婚していることは分かっていましたし戸籍上の長男は明治44年に
ハワイで出生していることも判明しており 私の母の証言で明照は父親がハワイに行って寂しい思いをしたと聞いています

そこまでならいいのですが古文書館の資料で澤太郎が明治37年12月6日にハワイに移民
妻のカスは明治41年に移民していることが判明しました







541 :先祖マニア:2006/08/08(火) 21:59:27
つまり

明治37年12月6日 澤太郎ハワイに移民


明治38年2月頃か? 明照受精

明治38年11月1日  明照誕生

明治40年12月30日 澤太郎、カス結婚

明治41年 カス、ハワイに移民 

となります 明照が受精する前にすでに澤太郎はハワイにいることになります

この謎が1つ目の謎です 

542 :先祖マニア:2006/08/08(火) 22:08:40
http://www.fileup.org/fup99885.jpg

ちなみに旅券の表見たいなものです
莫大な数でした明治18年からあるらしいです。

543 :浅右衛門:2006/08/08(火) 22:24:21
これは、パスポートの発行を受けた日ではないでしょうか?

この史料だけでは、12月6日に日本を出国したということにはならない
と思います。

最下部に「下付月日」とあって、これは「発行月日」という意味だと思います。
それが12月6日ということだと思います。

他に12月6日に出国したという史料をお持ちなんでしょうか?



544 :先祖マニア:2006/08/08(火) 22:40:47
いいえありません
>最下部に「下付月日」とあって、これは「発行月日」という意味だと思います。
それが12月6日ということだと思います。

ということは発行されたけど実際の出国には船などの都合で数ヶ月〜半年位あって
その間に子供を孕ませてしまったのでしょうね

そうとも知らず澤太郎はハワイに行ってしまって子供は祖父母の9男になって
しまったのかな?

ただ本来なら子供が生まれたら女性の方の戸籍に入る場合が多いですよね
男性(夫)の戸籍に入っている場合女性は実家に戻っているのでしょうか?
それとも籍を入れていないだけで実際には男性(夫)の家でくらしているのでしょうか?
まあケースバイケースなので一概にはいえませんが


545 :先祖マニア:2006/08/08(火) 22:44:53
浅右衛門さんの説には説得力がありました
ありがとうございました

私はてっきり明照は実は明治38年生まれではなく明治36〜37年くらいに
生まれていたのだが、出生届を数年遅らせて届けたのでは?と思いました
明治の戸籍(というか戦前までは)は適当に届出をしていたケースも多いので
これも同様のケースかなって思った次第です


546 :浅右衛門:2006/08/08(火) 22:56:51

>ただ本来なら子供が生まれたら女性の方の戸籍に入る場合が多いですよね

これも一概にはいえないのではないでしょうか。昔(当時)は子供は「家」の
子どもであり、夫婦の子どもという考え方は、あまり無かったのではないでしょうか。
「嫁」にしても、やはり「女」、「家」と書くように「家」の嫁であったのだと
思いますが。

実家に戻っているというのは、このケースでは考えにくいのではないでしょうか。

「内縁」関係が続いていて、明治40年12月に入籍した。と考えるのが自然だと
思います。

547 :先祖マニア:2006/08/08(火) 23:10:27
やはりそうですよね〜 ありがとうございました
第2の謎です 今度は澤太郎の両親です
父 治平 嘉永4年生まれ(1851)大正4年死亡(1915)
母 アト 嘉永4年生まれ(1851)大正12年死亡(1923)

以下がこの2人の子供です
(アト)
1851年0歳出生
1875年24歳結婚
1876年25歳長女アサノ誕生
1878年27歳長男澤太郎誕生
1881年30歳二女キシ誕生
1884年33歳次男理一誕生
1888年37歳五男實一誕生
1891年40歳三女シゲノ誕生
1894年43歳四女ヲユキ誕生
1896年45歳六男益三誕生
1898年47歳七男静樹誕生
1902年51歳八男俊春誕生
1905年54歳九男明照誕生
1923年72歳死亡
となりますしかし本日墓を見たら76歳でなくなっているのです(大正12年に)
1923-76=1847 弘化4年です
まあ100譲って嘉永4年と弘化4年の戸籍の記載ミスだとしても子供をどこまで埋めるのかが疑問です
確かに9男明照はアトの子供ではありませんのでいいのですが実際には三女シゲノ誕生位が限界ではと思います

ではそれ以下の子供はいったい誰の子供なのか?という疑問が発生します

いくら昔は子供を高齢でも生んでいたとしてもさすがに45才以上はないと思うのですが
三女シゲノで実年齢が44歳ですのでここら辺が限界

548 :浅右衛門:2006/08/08(火) 23:42:48
この方たちは、何に基づいているのですか?
除籍? お墓? 三男、四男さんはたんなる記入もれでしょうか?
九男さんは「アト」さんの子供ではないにもかかわらず、ここに記されている
ということは、なぜですか?除籍にそう記してあるからですか?
ここに記してある方は、全て治平さんの「何男」「何女」ということだと思います。
母親が異なるケースはよくありますけど。異母兄弟。
そのあたりを詳しく検討されれば、何かわかるのではないでしょうか?

549 :先祖マニア:2006/08/08(火) 23:54:04
戸籍に基づいています
>九男さんは「アト」さんの子供ではないにもかかわらず、ここに記されている
ということは、なぜですか?除籍にそう記してあるからですか?

そうです

今から戸籍UPします



550 ::2006/08/09(水) 00:02:03
>>548
三男、四男さんについては、生まれてすぐ死亡したなどの理由で略されたのかと思いました。

私の拙い考えですが、
八男俊春さんも明照さんと同様、澤太郎さんのお子さんではないかな?と思いました。
昔は子どもが生まれて数年たってから婚姻届を出したということもあったようですし。
あとは治平さんかアトさんの兄弟姉妹のお子さんを事情によって入籍させたとか。

551 :先祖マニア:2006/08/09(水) 00:10:01
http://www.fileup.org/fup99909.jpg

まずは1枚です


552 :先祖マニア:2006/08/09(水) 00:13:56
http://www.uploda.org/uporg473954.jpg

2枚目です

>>550
おそらく三男と四男は明治19年以前に亡くなっているので記載されなかったのだと思います
早くに亡くなったのでしょうね


553 :先祖マニア:2006/08/09(水) 00:18:13
>>550
>八男俊春さんも明照さんと同様、澤太郎さんのお子さんではないかな?と思いました。

それも考えたのですが今度は妻のカスは若すぎるのでは?と思いました
カスが16歳くらいになるのでぎりぎり産めなくもないですが
今度は七男以前はどうしようかと考えてしまいます


554 :先祖マニア:2006/08/09(水) 00:23:27
申し訳ありませんがNO1の治平父の文平の死亡記載を解読していただけませんか?

達筆すぎて読めません



555 :やすべぇ:2006/08/09(水) 00:29:40
いきなりのレスすいません。
「明治二十五年三月一日死亡」でしょうか。

556 :ボンチ:2006/08/09(水) 13:54:01
私もやすべえさんと同様に見えます。

若干、明治二十五年 の「二十」に少し自信がありません。 

557 :ボンチ:2006/08/09(水) 16:35:45
少し前に、とある合戦の「感状」について、皆様より御教示を求めた件で、結果が出ました。
(先祖マニアさんのご教示に従い、一応期日を設けて、今日獲りに行きました。)
残念ながら、その機関の判断では、両手を挙げて喜べるような文書では無いとのことでした。

年代的には紙質が江戸後期のものと推定される。
朱印は、武将の署名の、右か左に押印されている感状は数点確認されているそうですが、
同じ武将の感状で、今回のような、名前の真上に押されているものは、殆ど例がないとの事です。

朱印の形状は、当武将の物は一般的に3パターンあるそうですが、そのうちの1つには酷似してはいるが、
感覚的にですが、やや迫力不足な印象がするそうです。

花押に関してですが、当武将のは、比較的、年代による変化が少ないとされているそうですけれども、
その上で比較してみると、やや末端の跳ねなどに勢いが足りないように感じられるようです。

家臣の襲名時期については、世間で良く言われている年と、書物からの整合性が今回取れなかったそうです。

家系図に関してですが、当時は、家系をらんくアップさせて見せるため、一種の「家系図作成屋」のような商売があったそうですが、
それを購入するということが流行った時代があったそうです。(出世のために利用したのでしょうか。)
といった具合でして、期待して頂いた方には申し訳御座いません。
しかしいずれにせよ江戸前期の物と思われるのなら、それなりに貴重品ではあると考えます。
住人の方に色々ご教示を予め頂いていたので心の準備が少し出来ていましたので感謝したいと思います。

一応念の為ですが、
今回の文書の借用・調査に関しては、持ち主の方との入念な了解・持ち主の意向を得た上で実行しています(結果報告も含め)。
皆様も調査中に古文書が出た際の取り扱い・了解などに関してはくれぐれも細心の注意を払って、トラブルには気をつけましょう。

558 :浅右衛門:2006/08/09(水) 19:55:04

ボンチ様

残念でしたね。でも、ひとつの疑問が解決されてよかったですね。

こういう結果であっても、ご先祖様に関する重要な史料であることには

なんらかわり無いと思います。

ご先祖様がどういう思いで、この史料を入手されたのかに思いをはせて、

次なる史料を探し求めれば、ご先祖様が導いてくださると思います。

559 :仁兵衛:2006/08/09(水) 21:38:10
ボンチさん

ちょっと残念でしたねでも地道に調査していくとなにか分かるかもしれませんよ
頑張って下さいまた進展を期待しています

560 :ボンチ:2006/08/09(水) 21:48:06
浅右衛門さん、仁兵衛さん 有難う御座います。自分も同じ気持ちで居ます。

妙なもので、気持ちが後退的になっていない自分が居ます。
今後もこういった活動をやっていきたい気持ちが、まだ継続されています。

561 :日本@名無史さん:2006/08/09(水) 22:19:00
ガッツリ行ってますね。
行動し続ける事で結果が出ている訳ですからOKだと思います。
次はどこを攻める予定ですか??

562 :日本@名無史さん:2006/08/10(木) 00:16:06
>>557
数十年前ですと学界において偽文書というのは、偽文書であるというそれだけ
の理由で軽視ないし無視されていました。しかし今では文献史学にとって、
無くてはならない貴重な資料としての位置づけが与えられています。
(この点で非常に研究を進展させるきっかけとなった一人が網野善彦氏ですが)
お家の文書についても、なぜその時期にそういったものが作られたのか、に
ついてお調べになりお考えになられることは、お家の歴史を調べる上でも
有益になると思います。

563 :187:2006/08/10(木) 00:27:50
先日伯母に聞き取りしたところ、2について具体的な話を聞けたのですが、

2には戸籍上の父とは別に実父が居て、妾腹の娘だったと云うことです。
その実父と云うのが明治初頭に中絶した日舞の有力な家元で三世井上八千代
と親交が有ったり、皇室とも交際が有って、五七の桐紋を下賜されたと云う
ことです。

伯母は18と18長女からその話を聞いたそうですが、正直言って確証は取り
ようが無いですよねえ。その話が本当であれば、8代前の18世紀中期生まれ
の先祖までさかのぼれることになりますが・・・。

564 :ボンチ:2006/08/10(木) 08:21:57
>>561,562 有難う御座います。
結果が無駄ではないことが証明されているようで良かったです。

次は1の菩薩寺へ行くのが大きな目標です。
(今回は過去帳を作ってもらうことも考えています。)

565 :先祖マニア:2006/08/11(金) 02:26:16
>>555 >>556

やすべぇさん、ボンチさんありがとうございます
明治25年ですか〜 私はてっきり35年かと思っていました

最後の謎です
澤太郎の母親アトに関してです

アトは嘉永4年生まれです 墓石からのすいていでは弘化4年です
戸籍ではアトの父親は六左衛門となっています

そこで六左衛門が記載されている戸籍をみたら母親(ナカ)も記載されていました戸籍から
六左衛門 天保2年(1831)〜明治43年(1910)
ナカ   天保8年(1837)〜明治37年(1904)

長女 キク安政3年(1856)〜 長女
 
アトは次女と記載されています弘化4年生まれなら 1847年で父16歳母10歳の
時の子供になりますし 長女キクよりも先に産まれていることになります

こればっかりはもう先祖に教えてもらわなくてはわかりませんかね?








566 :先祖マニア:2006/08/11(金) 02:27:19
http://www.imgup.org/iup245361.jpg

これがアトの記載されている戸籍です

567 :先祖マニア:2006/08/11(金) 02:29:33
http://www.uploda.org/uporg476016.jpg

これが六左衛門が記載されているものです


568 :やすべぇ:2006/08/12(土) 02:32:38
>>565
字だけを見て「25」だと自信を持っては言えないのですが、
明治35年だと死亡時刻とかの情報も載ると思うので、明治25年だと結論しました。

それにしても、アトさんについては、う〜ん、謎です。
続柄が逆転してますし、ナカさんとの年も近すぎますよね。
「ナカさんは後妻で、アトさんは先妻の子」なんてことはないですかねぇ?

ひとつ気になるのは、キクさんが明治22年に結婚してますが、33歳のときですよね?
当時にしては遅いと思います。ひょっとすると、再婚かなと思いました。
これをヒントに、例えば、

「初婚は壬申戸籍ができる前で(ただ、せいぜい16歳ですよね・・・)、
壬申戸籍への登録は婚家先で行われた。その際、実際は三女なのに、長女と届け出てしまった。
後に、離婚して実家に戻ってくると、年下の長女と年上の次女がいることになってしまった。」

って想像するのは無理がありすぎかもしれませんが。
壬申戸籍を編製するときって、続柄は届け出があったものを載せたんですかね?

一つ前の謄本が取れると更にヒントがありそうですが、
明治22年に退隠しているところを見ると、
六左衛門さんが戸主の戸籍は壬申戸籍っぽいですね。

569 :先祖マニア:2006/08/12(土) 23:09:53
>>568
>字だけを見て「25」だと自信を持っては言えないのですが、
明治35年だと死亡時刻とかの情報も載ると思うので、明治25年だと結論しました。

そうなんですか〜新発見です

やすべぇさんの案もなかなかいいと思います

私は先妻との子供だったが先妻とは離縁して次に生まれた子供がキクさんなのかな
と思いました

しかしそれでも六左衛門が当時16歳になるのでそれで次女もいるの?と
思った次第です






570 :やすべぇ:2006/08/13(日) 00:33:00
あくまで経験則に過ぎません。
死亡時刻とか届出日とかが記載されるようになったのは
おそらく明治31年戸籍からじゃないかと思っています。
法律的な根拠は分かりません。

六左衛門さんが16歳のときの子という点は私も引っかかります。
そういうこともあったんでしょうかねえ?
16で次女だったのは、例えば、アトさんは双子だったからとか?

571 :やすべぇ:2006/08/13(日) 00:35:49
書き方が誤解を招きそうですね。

明治31年戸籍から

明治31年戸籍法が施行されてから

572 :日本@名無史さん:2006/08/13(日) 21:16:32
ナカの家に行けないの?

そうしたら何か分かるよ

573 :187:2006/08/13(日) 22:41:32
17本家から過去帳をタイプに起こしたモノが郵送されてきました。
(家とかには来て欲しくないという意思表示ですかね。。。
お礼の手紙と17子孫の情報と過去帳に序文とか裏書きの有無などの
質問書を出してみます。

肝心の内容を見てみると、没年忌日戒名しか無い方が結構居ました。
今度お寺の過去帳と照合させて貰って俗名等調べてみます。

ところで詳しい方にお聞きしたいのですが、過去帳に載るのは当主・
当主の男系先祖・当主の母・当主の妻・分家していない子ですよね?


574 :日本@名無史さん:2006/08/14(月) 11:32:35
過去帳で俗名がないと難しいね

575 :やすべぇ:2006/08/14(月) 20:05:59
>>573 187さん
>家とかには来て欲しくないという意思表示ですかね。。。
なるべく早く知らせてあげたいという善意によるものかもしれませんし、
真意はよく分かりません。
訪問して話を聞きたいということでしたら、
やはりその旨、申し出るということになるのではないでしょうか。

>ところで詳しい方にお聞きしたいのですが、過去帳に載るのは当主・
>当主の男系先祖・当主の母・当主の妻・分家していない子ですよね?
詳しくはない上に、一般論も分かりませんが、
私が見たことのある過去帳(本家にあるやつ)には
結婚した娘やその子供、分家した弟やその子供も載っていました。
その時々の親戚づきあいなどによって載る人の範囲は変わるように思います。
分家の子供も特に本家とのつながりが強かった人だけです。
もっとも、一番古くても天保に死んだ人までしか載っていない過去帳ですが。

576 :ボンチ:2006/08/14(月) 20:13:57
私の家にある物は当主の妻の実家系(父・亡くなった兄弟)も載っています。

上記人物達は、その過去帳の宗派の熱心な教徒であることも付け加えておきます。


577 :先祖マニア:2006/08/14(月) 22:52:06
>>572
ナカの家には行こうと思います 取り合えず今調べている移民の澤太郎が決着してからにします

>>573
お礼の電話をしてみてそのときにそれとな〜く墓参りがしたいので伺ってもいいかと言う
ふうにもって行くのはどうですか?
そうすれば先方の考えが分かると思います

>肝心の内容を見てみると、没年忌日戒名しか無い方が結構居ました。
今度お寺の過去帳と照合させて貰って俗名等調べてみます

浄土真宗の場合は俗名がないと聞きましたが・・・

578 :先祖マニア:2006/08/14(月) 23:15:29
http://www.imgup.org/iup246882.jpg
本日田舎の墓参りにいきました

そこで墓に彫ってある字をみましたが、少し解読ができません
誰かご教示願えませんか?


579 :先祖マニア:2006/08/14(月) 23:17:23
http://www.imgup.org/iup246883.jpg

580 :先祖マニア:2006/08/14(月) 23:19:03
http://www.imgup.org/iup246885.jpg

○○妙悲信女だとおもうのですが・・・

581 :187:2006/08/14(月) 23:25:39
>浄土真宗の場合は俗名がないと聞きましたが・・・
浄土真宗は釋○○という戒名ですよね。
一人だけ真宗の戒名の方が居ましたが、他の方々は今の菩提寺と同じ浄土宗の
戒名ですね。

この過去帳でもう一つ不思議なのが、1に附記として初代とかかれており、除籍
の記載で異姓分家(長男)したと書かれているので普通で有れば1と同世代かそ
れ以降の世代の方が乗ると思うのですが、前の世代の方が4-5名(内三名が院号)
ちょっと不思議な気がします。



582 :やすべぇ:2006/08/15(火) 00:12:56
>普通で有れば1と同世代かそれ以降の世代の方が乗ると思うのですが、
>前の世代の方が4-5名(内三名が院号) ちょっと不思議な気がします。
初代1のご先祖にも父母、祖父母など前の世代がいたわけで、
たとえ異姓分家していても、ごく自然な感情として、
前の世代のご先祖をお祀りしたがったのだと思います。

583 :やすべぇ:2006/08/15(火) 00:21:01
>>578 先祖マニアさん
一文字目は一番下に「心」があるように見えますが、よく分かりません。
二文字目は「岳」ではないでしょうか?

584 :日本@名無史さん:2006/08/15(火) 03:16:47
少なくとも、寺所蔵の過去帳には、寺にお墓・位牌のある方しか書いてないでしょう。


585 :日本@名無史さん:2006/08/15(火) 03:25:59
延享五年五天
慈岳妙悲信女
丙辰五月廿日

あれ?延享五年は戊辰か。

586 :日本@名無史さん:2006/08/15(火) 03:33:21
はじめまして。
最近先祖に興味を持って、古い戸籍を調べている初心者です。
>>2でいくと、5番にあたる高祖父の兄が戸主になっている除籍なのですが、
http://www.imgup.org/iup246998.jpg
○助妻(と読める)の、○助にあたる人物は、戸籍の中にありません。
戸主からみた続柄も空白ですが、生年から逆算すると前戸主と近いので、
前戸主(高祖父の父)の兄弟の妻だったかもしれないですが、
通常「弟○×妻」あるいは「伯父○×妻」などと書かれている、名前の右ヨコの、
「亡」という字の上の意味がよくわかりません。家族??

変な質問になっていたらすみません・・・

587 :日本@名無史さん:2006/08/15(火) 03:55:07
「家族亡次郎助妻」

戸主との関係を一言で言い表せないような親類の、奥さんなんでしょう。
前戸主の従兄弟とか、又従兄弟とか。
当時はこのくらいの親等の親類が、同居同籍していることは、
さほど珍しくありません。


588 :浅右衛門:2006/08/15(火) 08:23:22

先祖マニア様

下のほうが切れて見えませんが。

延享五天
慈岳妙悲信(女)
辰五月廿日

ではないでしょうか。

589 :先祖マニア:2006/08/15(火) 08:26:18
やすべぇさん  585さんありがとうございます
慈岳妙悲信女とはまた微妙な戒名ですね
岳は普通男性につける戒名だと思ってました
また悲とかはつけるにはいやな漢字ですね

あともうひとつあります おそらく慈岳妙悲信女の夫だとおもうのですが



590 :先祖マニア:2006/08/15(火) 08:31:09
http://www.imgup.org/iup247065.jpg

591 :先祖マニア:2006/08/15(火) 08:31:55
http://www.uploda.org/uporg479837.jpg

592 :先祖マニア:2006/08/15(火) 08:32:35
http://www.imgup.org/iup247066.jpg

593 :先祖マニア:2006/08/15(火) 08:33:25
http://www.uploda.org/uporg479839.jpg

594 :日本@名無史さん:2006/08/15(火) 08:39:55
慈なのか?
草冠のしたが糸 糸だけで右は糸じゃないように思える

中に見えるが?

595 :先祖マニア:2006/08/15(火) 09:09:11
浅右衛門さんもありがとうございます

最後です
http://www.imgup.org/iup247068.jpg


系岩天○信士だとおもうのですが この○が全く分かりません

596 :浅右衛門:2006/08/15(火) 09:19:56

先祖マニア様

宝暦二壬天
系岩天説信士
六月

「説」です。

597 :586:2006/08/15(火) 19:29:01
>>587
ありがとうございます。
家族という広い範囲を指す言葉が唐突に感じられ、読み違いかと思いました。
古い戸籍は難しいですね・・・

598 :ボンチ:2006/08/15(火) 20:06:00
大分前になりますが、「28祖母が健在なので、21の情報を何か知っていないかを、いすれ話を聞くつもり」と言いました。

丁度機会が出来たので、聞いてみましたが、全く情報は得られませんでした。
歳はかなり長老ですが、意外にも、古い話に関しては、全くと言って良いほど、知っていませんでした。 これが以外という感じはありました。
余談ですが、暫く逢わない間に、孫の私が誰かを、もう認識できなくなっていました。(自分の娘である、私の母は認識出来ています。)

どうともつかない話で、すみません。しかし一応、また一つやるべきことをこなして、悔いが残ることはないと思います。

599 :浅右衛門:2006/08/15(火) 21:22:47

ボンチ様

誰しも「あと十年早かったなら・・・」と後悔した経験があると存じます。
私も、何十回も経験しました。
それもまた歴史の面白みだと思います。

600 :先祖マニア:2006/08/15(火) 22:10:24
>>596

説ですか ありがとうございました 私は言べんに総の右の字かと思っていました

ボンチさん
今回は残念な結果になりましたがその行動力が次の扉を開くとおもいますので
諦めずドンドン挑戦すればいいと思います、やらずに後悔するくらにならやって後悔したほうが
いいですもんね
という私もこの休みに少しだけ新たな事実が発見できました
1 祖母の母親(曾祖母)は最初別の家に嫁に行ったが姑と折り合いがわるく
 実家に戻ってから次に別の家に嫁いで祖母を生んだ
2 祖母も最初別の家に嫁ぎ(ふたいとこの家)2男と1女(女は早くに亡くなる)
  を生んだがこれまた姑との折り合いの悪さで離縁して実家に戻った
  その時上の子供は5歳くらい下の子供は1歳くらいだったと




601 :先祖マニア:2006/08/15(火) 22:23:31
3 今日は妻の実家の墓参りに行きましたが、その墓には25,26、と20が入っています
ふと何気に墓の裏をみてみたら実はその墓が20の曾祖母の実家の家系の墓ではないですか!!
もうびっくりです でも興奮して妻に教えたら(そんなの知ってたよ)で終わってしまいました

ということでよし7,8さらにその上も分かるか〜〜と思ったところ
その墓には7,8が彫っていませんでしたしかしその上の8の父親の名前はありました
どうしても解せないので嫁の実家で義父に尋ねたところ

墓には7,8も入っているがその息子は東京で勤めていて親の死に目に会っていない
またいつ亡くなったのか正確な日時も分からないと言っていました(8に関しては
最後は義父の家で看取っています)
しかもその方は戸籍では長男ですが実は養子だったことも判明して今家系図が
複雑なことになっています。

義母の方の先祖に関しても話をしたら今度親戚の家に電話して行ってもいいか
聞いとくよと言ってくれました。
(うまくいけば11〜16系統が更に奥まで判明出来るかもしれません)

やはり気になることを聞かなくて後悔するよりは聞いたほうがいいですね
今日は色々な発見、また次に繋げれることが多くあり充実した一日でした。

602 :ボンチ:2006/08/15(火) 23:04:25
浅右衛門様、有難う御座います。 実は私にもとても後悔している事が一つ御座います。
ここでは言えないようなことですが、皮肉にも、それが今の活動の動力源にもなっています。

先祖マニア様、その充実した気分が伝わってくるようです。また色々な発見に繋がると良いですね。

603 :やすべぇ:2006/08/15(火) 23:25:17
>>586
興味深いですね。初めて見ました。
しかし、いったいどんな「家族」だったのでしょうかねえ。

>>597 ボンチさん
大変惜しかったですが、
当時から舅さんのことをあまり知らなかったのかもしれませんね。

>>600 >>601 先祖マニアさん
収穫がありよかったですね。
>(そんなの知ってたよ)で終わってしまいました
似ていなくもないことかもしれませんが、
母が何気なく、曾祖母22の実家が何屋をやっていたかを話していたので、
初めて聞いた話だと言ったところ、「え、今まで知らなかったの?」と驚かれました。
昔のことを知っている人はそれを特に珍しいこととも思っていない傾向があるので、
昔のことを知らない側から積極的に聞かないとダメだと、そのとき思いました。

604 :587:2006/08/16(水) 00:48:07
>しかし、いったいどんな「家族」だったのでしょうかねえ

>>586さんの場合がそうだと言うことではないのですが、
壬申戸籍以前は、お手伝いさんとか、まあ家の子・郎党というか、
そおゆう人も含めて同居人は同籍だったので。
もちろん明治式戸籍に載ってるってことは、同苗の親戚であることは
間違いないですが。
もしかしたら使用人的立場の方だったのかもしれません。時代と地域に
よっては、嫡庶の差が非常に激しいこともありますし。何代も前に分かれ
たような親戚だと、ほとんど主従関係に近いような。

>>586さん
ちなみに、戸籍の何番目ぐらいに載ってる方なのか、教えてもらえませんか。

605 :586:2006/08/16(水) 02:37:39
前戸主(文政元年生まれ)が隠居したのが明治25年2月とあります。
戸主(長男)、戸主の父(前戸主)と母、妻。弟(次男〜五男)とその妻。
子供たち、弟の子供たち(甥姪)。伯父(父の弟)、従弟(伯父の子)。
そして、養子に行っていて明治23年に復籍した弟(六男)。
ときて「家族」と書かれている女性は、その次です。
その直後には明治23年末生まれの甥(弟の子)の記載がありますが、
以降はすべて、明治25年以降に出生・入籍したものです。
なので、戸籍が作られた時点で一番最後の方と考えられるでしょうか?

ただ、上欄に「明治十?年に(近くの村に)養子に遣る」とあるのですが、
(文政三年生まれなら60歳過ぎですが)なぜこの戸籍に載っているのでしょう。
養子云々は後に付け足したのでしょうか。
使用人的立場でも同じ戸籍だったりしたんですね。地域は九州です。

606 :587:2006/08/16(水) 05:08:40
早速に詳細なご教示ありがとうございます。

伯父さんや従兄弟さんまで同籍してる大家族なんですね。
奈良時代の戸籍も西海道(九州)のものは、大家族が多いですが。
(直接の関係はないでしょうけど)

順番からすると、戸籍によって把握されたのは、すなわち届け出が
あったのは、明治23年なんでしょうね。
明治24年9月?7日(?)を抹消して、「明治19年8月24日」って
ありますね。あるいは、本当は19年なのに、届け出が遅れたのかも
しれませんね。(あるいは明治19年式戸籍の創始と何か関係が‥‥)
もし上記の推測が正しいとすると、届け出た時点で実はすでに養子に
行っていたということになり、わざわざ本戸籍に記録を残すために
届け出たと言うことになりますね。あるいは養子先での届け出も、この
時点までされてなかったということなのでしょうか。

おっしゃるとおり60歳で養子ということも含め、いろいろな点で、
なかなか興味深い史料だと思います。
また何かわかれば、教えていただければ幸いです。
(使用人云々や上記の推測も、全く私の勝手な独断なので、
 先入観を持たれず、調査なされますよう)

607 :先祖マニア:2006/08/16(水) 23:00:06
>>602
>>603

ボンチさん やすべぇさん ありがとうございます

自分の家の方の家系は殆ど調べつくした感があります
あとはもう一度伺った家に行って位牌をデジカメでとるとか
話を伺うとかお寺に行って過去帳を見せてもらうとかしかありませんが
新たに先祖が発見できる可能性は低いと思います
しかし別の事実が発見できてそこから先祖の過ごした時代の雰囲気が感じ取れたらと
思います

妻のほうは戸籍で調べた範囲ですのでまだまだ調べれることは可能ですが
さすがにそれは躊躇します
おいおいですね 将来子供が「お父さん先祖調べるので手伝って」といえば手伝いまくりますが・・・



608 :やすべぇ:2006/08/16(水) 23:07:01
>>606
>明治19年式戸籍の創始と何か関係が‥‥
確認ですが、その前は壬申戸籍ということでいいんですよね?

いつもよく分からないのは、
個々のケースで明治19年戸籍への改製はいつされたものなのかということなのですが、
>>605のケースでは明治25年の家督相続時ということになるのでしょうか。

ところで、このケースでは養子に行ったのが明治19年にしろ、明治24年にしろ、
どちらも戸主の家督相続よりも前なのに、
除籍されたのは家督相続よりも後ということになりますよね。
それもなんとなく不思議な感じがしました。

609 :日本@名無史さん:2006/08/17(木) 09:32:51
請求してた謄本が平成14年2月22日に廃棄されてたorz
こんなところできっちり仕事しないでくれよ,●●区役所さん

610 :187:2006/08/17(木) 10:23:44
お盆で会うことが出来た数名の親族から今後に通じるかも知れない話がいくつか聞けました。

母の従姉が12父の名前を聞いたことが有ると言うので詳しく聞いてみると、
母の従姉の父の本家が12父と同村同名と云うこと。
12父┬男 ─男 ─父
    └12─22─母
と云うことになるようなので、名前と本籍しか解らなかった12父について解るかも?

母の従兄から15家と23家の現在の当主を教えて貰えました。しかも15家には1910年代
生まれの28従兄弟が存命と云うことで13-15の家系についてもう少し詳しく解るかも。
また21子孫について多くのことが聞け、多くの四世孫情報が採集出来ました。

祖父の妹の旦那から母の田舎の事をいくつか聞けたのですが、母の先祖家系は明治・
大正に助役・収入役・町議会議員・郵便局などを勤めており、土地持ちの有力農民が
多く、本家は今でもほとんどが地元に居り、現地調査をすればかなりのことが解るの
では無いかと。


611 :日本@名無史さん:2006/08/17(木) 11:36:32
皆さんのレスを見て、先日自分も戸籍を取ってみました。
ところがメチャクチャ崩れた字で読めないのです。
崩し字の本を図書館から借りたのですが、どうも見あたるものがなく、
皆さんに読み方を教えて頂きたいのです。
妻チセの父、続柄、出生日です。
・○○次郎吉
・○○女
・明治○弐?年八月壱?日

苗字は最初、「金口」かな?と思ったんですけど、左の画像は夫の所なんですが、
小さく「○○チセ・・・・・・・・婚姻」と読める一文があり、それを見ると
「金」ではないような気がしました。
しかも線を引かれて余計わかりにくいです。
どうぞ教えてください。宜しくお願いします。

http://ccfa.info/cgi-bin/up/src/up33777.jpg

612 :日本@名無史さん:2006/08/17(木) 18:32:52
>>611
・関口次郎吉
・明治拾弐年八月壱日
ですね。
あとのは全体みないとわからないと思います。

613 :やすべぇ:2006/08/17(木) 20:35:44
>>611
続柄は「不詳女」ではないでしょうか? 自信はありません。
何番目に生まれた女子であるか分からない、ということなのでしょうか。
身分事項欄(一番上の広い欄)に書かれている内容を見れば、
より確かなことが言えそうですが。

614 ::2006/08/17(木) 21:06:17
みなさん、お疲れ様です。
今日、実家より戻ってまいりました。

父方祖父母実家方面(同一県内だけど、車で2時間かかる)の墓参りに行きました。
父方実家は父の従兄が継いでいるのですが、その実家のさらに本家(17高祖父の兄が継いだ)の
墓がすぐ隣に建っていることに今まで気づきませんでした。
父に言われて初めて気づきました。
しかし、どちらも除籍謄本以上の情報はありませんでした。
(むしろ除籍謄本の方が詳しい?)

祖母方は同じ墓地内ですが、墓をまとめていないのでちょっと周囲より目立っていました。
こんな感じです。

http://www.uploda.org/uporg482180.jpg

名字の一文字目で特定される恐れがあり、消してあります。

一人娘と思われた20曾祖母に兄がいたことが判明し、それが収穫となりました。
(この人は除籍に載っておらず、墓の文字で判断しました)

あとは明日届く、『○○町史』が手がかりになるでしょう。



615 :日本@名無史さん:2006/08/17(木) 22:26:52
>>612,613様、ありがとうございます。611です。
・関口次郎吉
・明治拾弐年八月壱日
・不詳女
ですか。まったく予想できない字でした。
上の欄のことですが、入籍のこと、分家のこと、夫死亡が簡潔に書いてあるだけです。
関東大震災後に作り直してるので、そのあたりの事情もあって不詳なのかもしれません。
今はスキャナーがないのでうPできませんが、明日戸主のところと2箇所うPします。

お二方、本当にありがとうございました。この字には参りました。

616 :日本@名無史さん:2006/08/18(金) 15:31:09
611です。昨日はありがとうございました。
チセと夫の藤吉について、上のところをうpします。
●以外でも間違いありましたら、ご指摘ください。

角田藤吉
父 亡角田●(弥?)助
母 亡  ●(き?)わ
●(弐?)男
出生 明治参年参月拾壱日

1,2行目
横浜市中村町……角田●●がナニして角田●●(典五?)左エ門弟入籍届出……
 ※角田から入籍まで何と記載されているのでしょうか
3,4行目
●●●郡●●●●●●参百●拾番地……
 ※地名だと思いますが何と記載されているのでしょうか
5行目 関東大震災で燃えてしまい作り直した、と。
6,7行目 藤吉?死亡で角田杉之助届けた、と。
8行目
昭和●(拾?)年●月拾八日……
 ※家督相続は、長くかかるものなのでしょうか

チセ
明治四拾五年五月弐拾七日夫藤吉ト共ニ入籍
明治四拾五年六月拾弐日父(単純ミス?)藤吉分家ニ付キ共ニ入籍
昭和四年参月拾八日夫藤吉死亡ニ因リ婚姻解消
 ※これしかありませんので、やはり「不詳女」でしょうね。
  震災で作り直してるせいか、全体的に曖昧さが目立ちます。
以上宜しくお願いします。

http://ccfa.info/cgi-bin/up/src/up33811.jpg


617 :ボンチ:2006/08/18(金) 21:12:47
3行目だけですが、

「鎌倉郡腰越村字腰越参百八拾番地」でしょうか?

上記郡・村が存在していたのは確かな様です。

618 :浅右衛門:2006/08/18(金) 21:14:04
616様

角田藤吉
父 亡角田弥助
母 亡きわ
弐男
出生 明治参年参月拾壱日

横浜市中柏町 (略) 番地 戸主角田弐 廃家ノ上 戸
主 角田與五左衛門弟入籍届出明治四拾五年五月弐拾七日受附
鎌倉郡腰越津村腰越参百八拾番地戸主角田與
五左衛門弟分家届出
(中略)
昭和拾年参月拾八日

619 :ボンチ:2006/08/18(金) 21:24:02
一字訂正です。浅右衛門さんの言う通り、「腰越津村」が正しいかと思います。失敬しました。
フリー百科事典「ウィキペ○○○○」で「腰越村」と検索しますと、旧村の情報が色々得られるかと思います。

そこに「津村」ということも書かれていました。



620 :浅右衛門:2006/08/18(金) 22:51:06

訂正です。失礼しました。

(誤)中柏町 → (正)中村町

(誤)角田弐 → (正)角田式

621 :日本@名無史さん:2006/08/18(金) 23:44:11
>>617,618様ありがとうございます、616です。
腰越でしたか。崩し字の本にある越とは違うので、どうかなと思ってたんですが、本当に難しいですね。
お陰様で一通り字が明確になって助かりました。ありがとうございます。

それと、618様に確認したいのですが、
・「角田弐」と確かに読めるのですが、「に」さんという名は有り得たのでしょうか
・「角田與五左エ門」の読みは「よござえもん」で合ってますでしょうか
・文の意味が今ひとつわかりません
 「角田弐が廃家となり、藤吉は與五左エ門に入籍し、さらに與五左エ門からも分家した」
 で合ってますでしょうか
これだけ教えてください。よろしくお願いします。


622 :やすべぇ:2006/08/18(金) 23:45:56
さすが、解読がすばやいですね!
ところで、前後を考えると、一行目は「戸主 角田氏 廃家」かと。
(字そのものからは、とても「氏」とは読めそうもないですが)

解釈ですが:
藤吉はもともと分家していた。
が、明治45年に廃家して兄與五左衛門の戸籍に入籍した。
そして、程なく、また分家して、いま我々が見ている戸籍ができた。

家督相続が遅れたのは何か事情があったのでしょうかね。
(私が見た中では、子供が先に死に、その後、親が死んだけれども、
孫が小さかったためか、家督相続が10年以上遅れた例がありました)

一つ前の除籍が腰越津村の與五左衛門さんのものになりますが、
鎌倉市役所に運よく保存されていれば、更に以前のことが分かりますね。

それにしても、何でわざわざ廃家してから、またも分家したんでしょうね。

623 :日本@名無史さん:2006/08/18(金) 23:47:26
>>620
>角田式

了解です。質問そのままで、「しき」さんという名は珍しくないのでしょうか

624 :やすべぇ:2006/08/18(金) 23:53:48
>>622
この場合の「角田氏」は藤吉さんのことを意味します。

625 :日本@名無史さん:2006/08/19(土) 00:09:11
>>622,624様、解答ありがとうございます。
分家→廃家、入籍→また分家 ということですね。

うーん、よくわかりません。
字はカスレ等なく「式・弐」の類ですから、月曜日に
役所で原本確認してもらいます。
それとなるべく早い時期に、鎌倉市役所に飛んでみます。

ちょっと、この戸籍は異質なんです。
機会あればうpしますが、私の祖母の出生、死亡ともに
他のと違っていたり、祖母と曾祖父・藤吉が3時間遅れで
死んでいたりで、交付すら危うかったシロモノなのです。
単純な書き間違いも有り得るなあ、というのが実感です。
わかり次第、また書き込みします。
ありがとうございました。

626 :浅右衛門:2006/08/19(土) 00:27:32
難しいですね。

「よござえもん」か「とござえもん」だと思います。
「與」は「与」です。

「式」は「しき」「のり」等と読めると思います。

やすべぇ様の御指摘、なるほどですね。 「角田氏」。

難しいですね。分かりません。



627 :日本@名無史さん:2006/08/19(土) 04:13:03
とござそもんなんてありえん

628 :日本@名無史さん:2006/08/21(月) 17:29:47
625です。
鎌倉市に郵送で請求しました。
また、角田の後の部分も即答は貰えず、後日連絡頂けるとのことです。
しばらく待機となりそうです。

629 :先祖マニア:2006/08/21(月) 22:00:12
気長に待ちましょう
いい結果がでるといいですね


630 :やすべぇ:2006/08/21(月) 22:27:35
>>628
廃家前の除籍も廃棄されていなければ、謄本が取れると思います。
ただ、明治45年に除籍されていて既に80年以上経っているので、難しそうですが。
その場合は、廃棄証明だけでも。
いま問い合わせている質問への回答に応じて、挑戦なさってみてはいかがでしょうか。

631 :やすべぇ:2006/08/21(月) 23:04:43
旧土地台帳の調査を初めてしてきました。
個人的にはなかなか面白いと感じました。

最初、窓口で申請書を書くように言われたとき、
地番については全く知らなかったので、どうしようかと思ったのですが、
ひとまず、本籍地と同じ番号で書いておいて、当たりをつけてみました。
その番号には関係者の記載は全くありませんでしたが、
同じ冊の他の地番に曾祖父17、高祖父3の名前を見つけることができました。

曾祖父17は舅である高祖父3から土地を譲り受けていました。
お気に入りの婿だったのだろうか、などと想像しました。
もっとも、後に高祖父3の長男に返還しているのですが。
それから、曾祖父17は一時期養子に行っていたのですが、
旧土地台帳には離縁前の苗字で書かれた氏名も載っていました。
離縁して復姓したときの「事故」には「姓変更」と書かれています。

ほかに、総本家はずっと今の場所にあったわけではなく、
以前は他の場所にあったとの推測も生じてきました。
どこからか、については今回は時間切れでしたので、次回です。

それにしても、ほんとに電話帳のような厚さなんですね。
紙が薄いページや、端のほうが崩れそうになっているページがあり、
ややめくりにくいと感じました。
コピーはセルフサービスの法務局でした。

632 :先祖マニア:2006/08/21(月) 23:11:12
やすべぇさん 
とうとう旧土地台帳を経験されたんですね

この厚さは経験した人しかわからないでしょ
次回は指サックを持っていってください、時間が飛躍的に短縮できます
あと手製のしおりの必須ですコピーしてほしいところをばんばん
はさんでいけば後から楽ですよ



633 :造り酒屋:2006/08/22(火) 00:01:08
みなさん、ご無沙汰しています。

15高祖父の法名があったお寺に過去帳を依頼して2ヶ月ほどたちましたが、
まだ連絡がないので、先日お電話をして再度お願いをしておきました。
(先祖のお寺なのに(お墓の場所は不明です)お盆にご挨拶にもいけなかった
お詫びをかねてです)

過去帳を待っている間に、後回しになっていた父方の方の戸籍をやっと取り終え
少し家系図がさまになってきました。
(母方の方は4代前の戸籍がひとつも残っていなくて、高祖母の名前は一人もわかりません。一つ前の戸籍で確認できた名前も二人だけです)

父方の方は、割とすんなりといきました。高祖父母8人の氏名は全てわかりました。
(戦災で消失した戸籍の二人が生没年不明です)

5代前が8名判明(うち生没年5名判明)、6代前が5人(氏名のみ)わかりました。
母方が困難だっただけに、戸籍だけでここまでわかると思っていなかったので、
とてもうれしいです。

今まで、母方ばかり一生懸命調べて、酒屋などについてきてもらっていた
実家の父に、やっと父方の方の途中まで書いた家系図を見せることができ、
興味がないのかと思っていましたが、まんざらでもなくうれしそうでした。
あとは、機嫌のいいときに、少しでも伝承を聞きだせたらと思っています。

みなさん、調査が進まれている中、基本中の基本の戸籍のみの調査の
ご報告でお恥ずかしいのですが近況報告です。
秋になって涼しくなったら、墓石を見にお寺に行く予定を立てています。

やすべぇさん、お疲れ様でした。
でもご先祖様のお名前が見つけられてよかったですね。
苦労が報われましたね。また新たなご推測をされているようで、
次回のご報告も楽しみにしています。


634 ::2006/08/22(火) 00:22:30
みなさん、お疲れ様です。
造り酒屋さん、お久しぶりです。

今、実家から取り寄せた『○○町史』の資料編を読んでいます。
以前チラ読みしたときに、祖母実家の名字が出ていたからです。
そのページを読んだところ、7高祖父の名前が出てきました。
安政七年に家を得た(藩から下賜された?)か実態調査でもしたようです。
私の知る祖母実家とは別の場所です。

そのほかに明治6年人別改帳の活字になったものが載っています。
同じ町内でありながら、先祖のいた村とその隣村の分が収録されたのは
偶然にしても、とても幸運なことだと思います。
(『○○町史』を私が手にしていること自体、まったくの偶然なんですが)

もう少し読んでみて発見があったら、報告させていただきますね。


635 :造り酒屋:2006/08/22(火) 00:29:16
>>634 藤さん、お疲れ様でした。

少し前のお墓のお写真拝見しました。
藤さんは、私の少し後に、ここにいらっしゃったので、
いつも気にしながら拝見しています。

どんどん調査が進まれているようでおめでとうございます。
偶然は、ご先祖様がずっとずっと前から探してくれと導いてくれていたようで、
うれしいような、不思議なような気持ちがしますよね。

私も、もっとその偶然に遭遇したいです。
(私の場合、数回のみですが、資料で先祖の名前が見つかると飛び上がるほどうれしいです)

私は、まだまだ先は長くなりそうです。
一緒に頑張りましょうね。

636 :先祖マニア:2006/08/22(火) 00:44:09
造り酒屋さんへ
進展されていますね

日本にはお盆といういい風習があったためかお盆に田舎に帰って墓参り
をする家庭ならば先祖を尊ぶ人は多いのではないのでしょうか?

それを必ず思い出させてくれるのがお盆です。
別に特に信心深くはないですが、なぜかお墓参りをするとス〜ットするのは
なぜですかね?
小さい頃から両親や祖父母と墓参りをしていたのでそれが当たり前で
しないとなんか気分が悪いというか、モヤモヤがあるというかそんな気持ちに
なります。

多くの人が墓参りでも行って先祖の墓前で手を合わせればまた世の中も変わるかもしれませんが




637 :造り酒屋:2006/08/22(火) 11:21:06
>>636 先祖マニアさん、

そうですね、お墓参りだけでなく、お仏壇の前や、お寺などで
静かに合掌するだけでも、気持ちが落ち着く気がします。

家系図が出来上がって娘が少し大きくなったら、ご先祖様の話を
折に触れてできたらと思っています。
先祖がいてくれて自分がいる、そして自分も後世のために頑張る、
という当たり前のことを、当たり前に受け止めてくれたら
とてもうれしいことだと思います。

638 :やすべぇ:2006/08/22(火) 21:24:49
>>632 先祖マニアさん
アドバイスありがとうございます。
しおり、持って行けばよかったと、途中で悔やみました。
セルフコピー機で使う小銭も多く持っていったほうがよいかなと思いました。

>>633 造り酒屋さん
おめでとうございます。
戸籍の調査って、すんなり行くときはものすごくパワフルですよね。
お父様からもいろいろ聞けるといいですね。

>>634 藤さん
ご先祖のお名前が見つかり、おめでとうございます。
維新前にどんな生活をしていたか、ヒントになりそうですね。


639 :やすべぇ:2006/08/22(火) 22:39:30
今回は旧土地台帳の調査をする前に、
高祖父1よりも以前の先祖に関連すると思しき場所を順に歩いて回りました。
宿場から隣の宿場までの数キロ程度の道のりでした。
神社、寺、道祖神などを見て回りました。
残念ながら、先祖の名前はどこにも残されていませんでしたが、
実際に歩いてみると、先祖がどんな空間で過ごしていたか、距離感をつかめたような気がしました。

途中、史料目録に載っていた史料所持者の方の家の前を通ったのですが、
門は閉じられ、空き家となっており、立派な土蔵も荒れ放題となっていました。
目録が作られたのは10年くらい前なので、その間に主がいなくなったようです。
古文書はどうなっているのだろうかと心配になりました。

640 :187:2006/08/22(火) 23:56:33
町史に資料提供者として名前が載っていた同姓の方との血縁関係が判明したのですが、
面識も無いし、母もその方の父と多少面識が会った程度の葉なので、手紙とかで聞くのも
ちょっと躊躇しちゃいますね。。。。

11┬22─27─母
  └女 ─男 ─資料提供者
22妹は8家の分家に嫁いだらしく、8家の本家が災害で失った資料を持っているのかも。




641 :先祖マニア:2006/08/23(水) 00:34:54
>>640

大丈夫ですよ だめもとでやってみた方がいいです やって後悔したほうが
やらなくて後悔するよりも絶対にいいです 

ただ手紙の書き方には注意が必要ですが・・・
運がよければ失った資料があるかもしれませんしね

642 :先祖マニア:2006/08/23(水) 00:42:51
今、先祖調査で調べたものを再度纏めています
今までは先祖の家の説明 戸籍からの家系図 直系尊属の詳細説明 戒名(これは別のシート)
くらいでしたが、

現在はそれに付け加えて墓の写真、もし先祖の写真があればそれも添付しています
エクセルでしています

その家の総合的なデータベースを作成しています

よくよく過去の文章をみていますと、はっきりとした証拠もないのに断定的な文章で書いていた
ところもあり、改訂をしています

家ごとにやっていかないといけないので莫大な作業になりますが、やっていて楽しいです

ちなみに家系図は戸籍に記載されている人物全てを載せていますがそれから自分まで繋がるように
しています(もし後世の子孫がその家と私がどこで繋がっているのかを簡単にさせるためです)

図としてみると今まで気づかなかったことも多く発見できます。

643 :浅右衛門:2006/08/23(水) 07:55:09

先祖マニア様

そうですね。作業の過程が楽しいですね。

「推測」「勝手な思い込み」「想像」これらは禁物です。これらに基づく
記述をする場合には、はっきりとその旨記入しておかないと、後日、他の関連情報が
得られたときに、「何が史実」なのか、誤ってしまう危険が残りますからね。

忘れた頃に、まったく別のところから関連する情報、手がかりが出てくることは
よく有ることです。

644 :日本@名無史さん:2006/08/24(木) 16:20:35
過去帳って今は個人情報保護がうるさくて
直系の子孫(それも長男)でそのお寺と長年直接のお付き合いがないと
見せてくれなくなったと聞きました。
個人情報保護法施行前に見せてもらってればヨカタ orz

645 :日本@名無史さん:2006/08/24(木) 19:06:57
628です。やっと返事貰えました。
横浜市役所では、件の1行目の読みを質問しましたが、
「角田氏廃家ノ上」で間違いないとのことです。
ちなみに削除されていた「関口チセ・・・婚姻」は、
「関口チセと年月日不詳婚姻」だそうです。

で、鎌倉市役所ですが、80年廃棄で出せないとのことです。
前のスレか上のレスか、もう出せない場合は証明書を
発行していただけるとか何とかあった気がしたのですが、
鎌倉市では300円取ると。。。
なんか面白いからお願いしましたが、そんなもんですかね。
横浜市では無料でしたけど。

で、すいませんがもう一つだけ教えてください。
「80年廃棄」って言われたのですが、これって戸主の除籍から
80年経つとダメなんですか?
それとも、藤吉など直系の者が除籍になって80年でアウトとか
何か別の意味でしょうか。この辺がイマイチわかりません。
どうぞ宜しくお願いします。

646 :ボンチ:2006/08/24(木) 21:40:33
300円獲るのは、「廃棄済み証明書」を発行してもらう場合だと思います。

無料なのは、廃棄してないけど保存がない場合によく発行して貰う、「保存なし証明書」のことだと思います。

647 :ボンチ:2006/08/24(木) 21:45:02
訂正 「保存なし証明書」×
   「保存なし通知書」○  でした。

648 :やすべぇ:2006/08/24(木) 22:25:32
>>644
過去帳を見せてもらえない、っていうのは個人情報保護法施行前からもありました。
保護法が口実として用いられる場合がある、ということなのでしょうかねえ?

>>645 628さん
>「関口チセと年月日不詳婚姻」だそうです。
震災後の再製のときに十分な資料がなかったのかもしれないですね。

鎌倉市の80年廃棄は残念でした。
廃棄証明の料金は自治体によって違うようです。
私がもらった廃棄証明にも無料のものがあります。

戦前の戸籍の場合、80年廃棄になるのは、簡単に言うと、
戸主の死亡・退隠などのあと、跡取りの家督相続などがあってから80年以降ということになります。
今回の場合、與五左衛門さんが死亡・隠居などをしたのが80年以上前だった、ということなのでしょう。

649 :やすべぇ:2006/08/25(金) 00:11:00
ものすごく基本的な質問ですが、
旧土地台帳の写しって認証を受けられるものなのですか?
手続き的には単なる閲覧だから認証はないものなのでしょうか?
(特に認証を受けたいってわけではなく、実際のところ、どうなっているのか知りたいだけなのですが)

私はセルフコピー機でコピーして、そのまま持ち帰ってきました。

650 :先祖マニア:2006/08/25(金) 10:18:28
>>644
個人情報保護法は本来は生きている人間に関する法律であって
死んだ方には関係ないんですけどね
過去帳の拝見はお寺との関係に左右されますので親戚の檀家の人と行くのが
一番ですね

>>645
>で、すいませんがもう一つだけ教えてください。
「80年廃棄」って言われたのですが、これって戸主の除籍から
80年経つとダメなんですか?

除籍とは戸籍に載っている人物が全て籍から抜けた時点からです(全部×になった時点から)
つまり戸主が亡くなっても妻や子供がその戸籍にいて除籍されなかったら
また戸籍として存在していることになります
まあだいたい戸主がなくなったら息子が後を継ぎ息子が戸主の新しい戸籍が新しく
できることがいいですけどね
ちなみに除籍になるのは 死亡、結婚 離婚 養子離縁などです



651 :先祖マニア:2006/08/25(金) 10:48:10
>>649

>旧土地台帳の写しって認証を受けられるものなのですか?
私の場合は法務局でコピーしてもらったときにその裏にスタンプがおされて
いましたけど(それが認証だと思います)
やすべぇさんの場合はセルフコピーなのでそれが無かったのでしょうね



652 :日本@名無史さん:2006/08/25(金) 14:10:59
645です。
まとめサンクスですいませんが、ありがとうです。
証明書と80年廃棄の件は、何となくわかりました。
結構過去レスとか読んだつもりでしたが、
イマイチわかってなかったようです。

それにしても崩し字は難しすぎる!
自分では結構イケると思ってたけど、辞典見ても
わからないのでうpしたんですが、皆さんのおかげで
解明できました。

これから私は、千葉県と山梨県の戸籍を請求しますが、
郵送ではなく、直接行こうと思います。
なんか直に会って話した方がいいような気がしたので。

今回の藤吉のも、一旦引っ込められたのを粘りまくって
出して貰ったので、私は「泣き落とし作戦」アリと思ってます。
家族からは役所の仕事にそんなモノは効かない、と笑いますが
次の給料入ったら行ってきます。(今回はすでに行けない。。。orz)

また何かあったら、皆さんにお知恵拝借するかもしれません。
どうもありがとうです。

653 :やすべぇ:2006/08/26(土) 00:46:06
>>651 先祖マニアさん
ありがとうございます。
もしかしたら、窓口に言えば印をもらえたのかもしれません。
今度行くときに確認してみます。

>>652
現地を訪問なさるときは、余裕があったら、
役所以外も回ってみてはいかがでしょうか。
判明していたら、墓や現当主のお宅なども。

>今回の藤吉のも、一旦引っ込められたのを粘りまくって
ん〜、昭和10年に除籍ですから、まだ80年経ってないですよね。
なんで出し渋りしたんでしょうね?

654 :先祖マニア:2006/08/26(土) 22:02:16
>>652

私は郵送での戸籍の請求をしたことがありませんが現地での役場での請求は
かなりの役場にいきました、
いろんな役場がありますがおおむね先祖供養の場合はすんなりと相手の方も
理解されてくれる方が多いです
でも中には戸籍事務に疎い人もいるので注意が必要です

例として破棄していないの古い戸籍なので勘違いしてもう破棄しているとか
もともと古いのでないのではないか?見たいな事をいう職員の人もいるので
よくよく戸籍とにらめっこしてまだでないか?破棄されたのか?破棄されたのなら
いつなのか?もともとないのか?などをひとつひとつ確実に調べることを
お勧めします。



655 :日本@名無史さん:2006/08/26(土) 22:02:21
>>653様、652です。

>役所以外も回ってみては
そうですね。自分も土地巡りが好きなんです。
色々郷土資料館みたいなのとか、面白いですよね。
だいたい館の人は、平日ヒマぶっこいてますから、
沢山話が聞けるはずだと思います。

あと、土地台帳ですか?よくわからないので、
もう一回良く読んでみますが、これも見てみたいです。

で、戸籍を出し渋った件ですが、こういう経緯です。
これは問題のトリの戸籍で、トリを追って請求しました。
うpした画像の通り、トリは角田藤吉・チセの三女で
明治41年11月29日生まれで一致しています。
http://ccfa.info/cgi-bin/up/src/up34202.jpg

ところが、じゃあ藤吉の戸主のものを遡ってみたら、
大正元年9月6日生まれになっていたのです。
http://ccfa.info/cgi-bin/up/src/up34203.jpg
困ったことに、死亡年月日も違っていて、一旦、
手に渡ったものの、これをもって
「連続性がないから交付できません」となったのです。

656 :日本@名無史さん:2006/08/26(土) 22:02:56
※続き

「藤吉・チセの参女のトリなんだから、自分の直系のはず」
 →「参女」が誤記で、申請者の直系でない可能性がある

「角田藤吉・チセは自分の直系であるから請求可能なはず」
 →本籍地が一致しないので、別人の可能性がある

「当時、数万人の横浜市にあって、別人というのは合理的理由にあたらないのでは」
「震災後の再編纂上の誤記と考える方が妥当ではないか」
 →……。

最後はシンプルに、
「どのような手続きを経れば、藤吉戸主の除籍を交付いただけるか」
として、OKもらいました。藤吉戸主の除籍を郵送請求したら、
普通に出るのでは、というやりとりもあった気がします。
家族から、「役所へは、判子と冷静さを、絶対忘れないこと」と言われており、
最後までキレずにやりとりしたのが良かったと思います。係の人も何だかんだでも、
親身になってくれて、とても良い人だったことも幸いしたと思います。

もし、最初から郵送で請求していたら、藤吉戸主の戸籍を知らされないまま、
他の交付のみになってた可能性もあります。
まあお互い顔を向き合わせて交渉すれば、何かいいことあるかも、がたまたま
図に乗った例だと思います。

657 :先祖マニア:2006/08/26(土) 22:03:42
>>653

今まで4〜5箇所の法務局に行きましたがコピーは全部職員がしてくれました
(なので当然印があるのですが)

全国では自分でコピーもできるところがあるんですね?



658 :先祖マニア:2006/08/26(土) 22:15:42
はじめ除籍の請求をしますと役場の方からは怪訝な顔をされますが
こちらの思いを伝えて(家系図を作成などはいわない先祖供養とか墓の改修とか)
真摯に対応すると8割くらいは相手の方もまじめに対応して頂けます

全てではありませんがそのうち一緒になって遡れる戸籍を探してくれた
親切な役場もありましたし普通ではぜったい無いようなやり方で探してくれた
方もいました。

ただ忙しい時に行くと相手もイライラするので時間に余裕をもって行くのがいいです
朝9時とかにいくとか 夕方はやめたほうがいいです
又雨の日なんかは役場も暇になりがちなので結構よけいに探してくれます

本当は友人が誰かの2人以上でいくと時間もつぶせるしいいのですけどね


659 :日本@名無史さん:2006/08/26(土) 22:38:25
>>654さん、655です。ありがとうです。
>もともと古いのでないのではないか?見たいな事をいう職員

これ、ありました。
名前出したら可哀想ですが、すごい適当なおばさんで、
まず請求書をちゃんと見ない。
関係の「曾孫」だけ見て「ないんじゃない?多分。」と
言い切りながら曖昧。ゴラッヽ(`Д´)ノ
同じ戸主のものは、「一つあれば十分でしょ」とメチャクチャ。

このスレの見始めだったので、危うく丸め込まれそうになりました。
崩し字の読みもデタラメで、聞いたはずの自分が教える始末でした。

現在、高祖父母まで揃いましたから、これからはじっくり時間を
掛けながら探していこうと思います。
オススメどおり、確実に可能性を潰していくのがいいですよね。
またカキコします。スペシャル・サンクスです。

660 :飛瀬:2006/08/26(土) 23:45:28
皆さん、お久しぶりです。
初心者の方から常連さんまでお元気そうで何よりです。
私は明日20の曾祖母の実家に行ってきます。

これからレス読み直してみます。

661 ::2006/08/26(土) 23:49:16
『○○町史』資料編を読みました。

明治6年人別改帳は探している7家のうち、3家のものを確認しました。
あとの4家は同じ村内であることは確認されていますが、同じ名字のひとが
何人かいるのでまだはっきりしません。
しかし、特に戸籍の移動がない場合は家族名が省略され、「男何人 女何人」しか書かれていません。
収穫は、まだ除籍を得ていない7高祖父の母の実家で移動があったらしく、
年頃を考えると、どうやら高祖父の母の妹のようだということです。
(明治6年ないしは5年に19歳、高祖父の母は明治6年10月に高祖父を産んでいます)
その人は嫁に行ったため、名前が出ていたようです。

質問です。
お墓に生まれた日を彫るというのは、ありえるのでしょうか?
撮ってきたお墓の写真で、一人娘だと聞いていた20曾祖母に兄がいたことがわかりました。
その後、除籍に載っていたことが確認できたのですが、そこに記載された死亡年月日と
誕生日を照合した結果、生年月日が彫られていることが判りました。
生まれてその日のうちに亡くなったのでもないのに、そんなことがあるのでしょうか?
それ以前に亡くなったもう一人の兄の墓がないのも気になります。
(見つけたお墓は次男のもので、長男の墓がないようです)

http://www.uploda.org/uporg493593.jpg

662 :先祖マニア:2006/08/26(土) 23:59:52
>>660

飛瀬さん  お久しぶりです  
何かあったら報告くださいね

>>661

藤さん
資料の中に先祖の名前があるとはすごいですね

>お墓に生まれた日を彫るというのは、ありえるのでしょうか?
私の経験ではありませんね〜
でも別に彫ってもおかしいとは思いませんけど




663 ::2006/08/27(日) 00:06:14
>>634
安政7年に家を得たのは、7高祖父ではなく7高祖父の叔父でした。
思いっきり間違えてしまいました。
明治生まれの人が安政に家を持てるはずがないですよね…。

この7高祖父の叔父ですが、『継父入籍』というものをしています。
これって『後夫』と同じでしょうか?

664 :やすべぇ:2006/08/27(日) 00:48:37
>>655 >>656
ご説明ありがとうございました。
どうも震災の影響が大きいようですね。

>>657
>全国では自分でコピーもできるところがあるんですね?
どうも、そこの法務局はそうでした。
今後、他も何箇所か回ってみます。

>>660 飛瀬さん
お久しぶりです。何か新しい事実が得られるといいですね。

>>661 藤さん
>お墓に生まれた日を彫るというのは、ありえるのでしょうか?
私も見たことはありませんが、
生年月日と没年月日を併記というのはありそうな気がします。

665 :日本@名無史さん:2006/08/27(日) 11:19:57
>>661

カトリック系の墓石なら生年月日と没年月日を併記の例
はありますョ

墓石自体が昭和の始めの物ですが・・・

666 :飛瀬:2006/08/27(日) 19:28:23
今日、20の曾祖母の実家に行って来ました。
祖父母の代ではちゃんとした付き合いをしており、父母も冠婚葬祭といった最低限の付き合いはしていることもあり、快く迎えていただきました。
まずは手土産を渡した後、いろいろと話を聞きましたが、ある程度は収穫もありました。
その後写真を見せてもらい、20の父母のものを見せてもらいました。
しかし残念ながら祖父母のものはないとのことでした。
あるとしたら本家にあるということだそうです。
また位牌も同じでした。


667 :飛瀬:2006/08/27(日) 19:29:11
その後本家にある墓も見せてもらいました。
するとひとつ文化の年号がある墓石がありました。
残念ながら日にちなどはよく読み取れませんでした。
俗名はなかったものの勝左(仮名)妻と記してありました(勝の部分は間違いないのですが、左の部分は自信がありません。
もしかすると6代前に勝左衛門という人がいたのでその妻かもしれませんが少し時代がずれるんですよね・・・。
その後、その方の親戚(血のつながりはない、先祖調査における重要な家なのですがそのことはおいおい)のぶどう園に行き、たくさんぶどうを頂いて帰りました。
最後には「また暇が会ったら遊びにおいでや」とまで言っていただきました。
総括すると、今回の訪問はおおむね成功でした。

668 :飛瀬:2006/08/27(日) 19:41:46
今回得た情報@
20の父は百姓で生活の足しにするためか竹細工をしており昭和30年ぐらいまでは蚕を飼っていた。
A
20の父は神楽をよくしていた。
そして一族の多くの人間が同様に神楽をしていた。
B
20の母は幼くして前述の現在ぶどう園を経営している家に奉公に入った。
ところがこの奉公先の名字が20の母の数代前の先祖と同じでした。
もしかすると住所が戸籍とは若干違いますが、実は20の母の家と奉公先が親戚だったためその縁で奉公に入ったのではと僕は考えています。
で、方向に入った後20の父と知り合い結婚したそうです。

669 :飛瀬:2006/08/27(日) 20:54:37
連投スイマセン。
668の奉公が一箇所方向になってます。
スイマセン

670 :先祖マニア:2006/08/28(月) 00:02:48
有意義な一日を過ごされたようですね
よかったです

写真はデジカメか何かで撮りましたか?
結構重要な資料になりますよ



671 :日本@名無史さん:2006/08/28(月) 00:20:15
土地台帳自分でコピーだと有料になっちゃうでしょ

672 :飛瀬:2006/08/28(月) 00:22:03
>>670
写真は何枚か取りました。
20の父母の写真、墓石の写真など・・・。

673 :先祖マニア:2006/08/28(月) 23:51:59
やっと父方の方のデータベースが完成しました
いや大変でしたが充実した日々でした

やっぱり画像をいれると出来栄えが全然違いますね
ただしかなり重くなりましたが・・・

今度は母方です

674 :やすべぇ:2006/08/29(火) 22:18:45
先祖マニアさん、おつかれさまでした。
これまでの調査の経緯も重なり、感慨ひとしおのことと思います。

私は高祖父1の本家(総本家)が江戸時代に住んでいたであろう場所の再考を迫られています。
旧土地台帳の調査、市史の再読などの結果を受けてです。

675 :日本@名無史さん:2006/08/29(火) 22:25:00

エクセルで作られたのですよね?

「ひな型」というか、作り方を、差し支えない範囲で公開

いただければありがたいです。

676 :先祖マニア:2006/08/29(火) 23:08:55
>>674

大変でしたが充実した日々でした、内容は満足していましたが・・・・・
今見ると抜け抜けですね
例えば 写真を添付しましたが古い写真ばかり念頭にあり実は祖父の写真が
抜け落ちていたり

他にもその地域の風景写真や地図の画像MAPなどを添付すれば後世に残すには
いいかなって思った次第です。

また今回盆に帰ってびっくりしたことがありました祖母の実家の墓が変わっていました
改修をして墓の地面に石を敷き詰めてまた始祖の墓が別のところにあるのですが
それをそこの場所に移転するという話もありました



>私は高祖父1の本家(総本家)が江戸時代に住んでいたであろう場所の再考を迫られています。
旧土地台帳の調査、市史の再読などの結果を受けてです。

色々な可能性があると思います
総本家は北関東ですよね?だったら地図とかは無いですよね〜〜〜
確か法務局には公図というものがありますのでそれを参照にするのはどうですか?



677 :先祖マニア:2006/08/29(火) 23:16:14
>>675

画像で見せれば話が早いのですが・・・
飛瀬さんと造り酒屋さんには添付ファイルとして送りましたが・・・


まず家の詳細説明
次に先祖ごとの詳細説明(まあ江戸期の人物は殆ど説明できませんが)
明治からは戸籍に則っていつ生まれて結婚はいつで、長男はいつ生まれて
いつなくなったかを記載
それから墓の写真や先祖の写真が残っていればその写真

家系図(これは戸籍をみて全ての人物を記載しているものと、それ以前からの直系尊属のむ記載している家系図)
過去帳があればその記載されている人物一覧表

などなどです




678 :日本@名無史さん:2006/08/29(火) 23:23:27
あげ

679 :飛瀬:2006/08/29(火) 23:49:11
僕も先祖マニアさんを見習って今までまとめたものを画像つきに変更しようと思います。
・・・けっこう時間はかかりそうですが(パソコンもないし。)

680 :浅右衛門:2006/08/29(火) 23:51:58
先祖マニア様

おめでとうございます。
一段落というところですね。
「抜け抜け」は仕方ないことですね。 
これからも、新資料に出会えば、また改訂が必要になりますからね。

私も、以前、自己流でまとめましたが、次から次に訂正、補足等が
出てきております。「まとめ」てみると、すぐその後から
新発見が出てきます。きっと、「終わり」など無いんですよ。
そこが楽しみでもあります。

これからも、頑張っていきましょう。


681 :先祖マニア:2006/08/30(水) 00:06:43
>>680
浅右衛門さん

そうなんですよね
本当に次から次へと色々変更があります、だからこそライフワークで出来ることなのでしょうね!!

一番最初は 手書き→ワープロ→パソコン→デジカメ画像添付→資料をスキャナーして画像として添付
→遺影を写真屋で複写およびCDに焼く(それも添付)
今後は家や墓の場所を地図やグーグルアースなどで貼り付けれればと思います

ただの家の説明ですが時代とともにドンドン進化しますね


 

682 :浅右衛門:2006/08/30(水) 07:48:16

勿論、まとめられたデータは、可能なかぎり「紙」にも印刷されたのでしょうね!

大切なデータですから、紙ベースでも印刷して保存されることを
強くお奨めしておきます。

自分自身の過去の苦い体験から、一言申し上げました。

683 :日本@名無史さん:2006/08/30(水) 09:29:33
最近このスレを参考に自分の高祖父にあたる人物の記載のある戸籍を取り寄せたところ
ちょっと不思議なことを見つけました(画像参照)。

http://www.uploda.org/uporg498605.jpg

これによると,戸主は○○美之吉(美?の字が怪しいですが)
戸主の父が織右ェ門
さらにその父もまた織右ェ門

ということになりますが,父の名をそのまま子につけることが昔はあり得たのでしょうか??
よろしければアドバイスお願いします。

684 :浅右衛門:2006/08/30(水) 10:14:06
親子で同じ名ですね。江戸時代では、よくあることですよ。織右衛門様、素敵な名ですね。

685 :日本@名無史さん:2006/08/30(水) 10:36:08
即レスありがとうございました。
なるほど,よくあったことなのですね。
素敵な名前,といわれて私がニヤニヤするのも何なのですが,どういった視点から素敵と思われたのでしょうか。


686 :浅右衛門:2006/08/30(水) 10:58:45
織右エ門様の織の字です。直感です。他意はありません。

687 :日本@名無史さん:2006/08/30(水) 11:16:53
いえいえ
本当にありがとうございました。

688 :日本@名無史さん:2006/08/30(水) 15:46:23
話としては逆だね。代々同名が昔は普通だった。
明治以降戸籍制度により不可能になった。
その場合でも、隔代とか多い。

689 :日本@名無史さん:2006/08/30(水) 15:49:22
何度もすみません。
この字を解読していただけないでしょうか。

http://www.uploda.org/uporg498887.jpg.html

中央の明治7年12月20(?)日生まれの人です。

「カガ」でよいのでしょうか?

690 :飛瀬:2006/08/30(水) 16:03:53
>>683
亀レスですが、僕の幕末から明治にかけての先祖にも親子同名がいます。
ごくごく一般的なことだったんでしょうね。

691 :やすべぇ:2006/08/30(水) 21:36:36
>>683
補足&確認ですが、父と子で名前が同じと入っても、
同時に同じ名前を名乗っていたわけではなく、
父の隠居や死亡で家督相続が行われたときに、
子が改名したということです(襲名)。
隠居の場合は同時に父も改名することになります。
今回の例では、戸主の祖父である織右エ門さんがなくなったあとで、
元は違う名前だった戸主の父が織右エ門と改名したということだと思います。

あと、明治になってからも全く認められていないわけではありません。
私の先祖・縁者にも明治・大正に襲名している例がいくつかあります。
本家の先代も襲名した人でしたが、代々名乗ってきた名前だけではなく、
襲名前の名前で呼ばれることもあったようです。
知る限りのほとんどは商家ですが、それ以外の例があるかどうかは知りません。

692 :浅右衛門:2006/08/30(水) 22:12:37

689様

「カヾ」=「カガ」さんです。

693 ::2006/08/30(水) 22:24:19
みなさん、この間はお墓の文字について教えていただきありがとうございます。
彫られた年月日はこれしかないので、旧暦の年月日がたまたま誕生日に近かった、
ということで納得です。
これについては再調査が必要ですね。
近くに別の血縁のお墓もたっていたのですが、時間がなく、そこを見ることはできませんでした。

今、旧『○○町』の除籍を請求しているわけですが、2家分しか出なさそうです。
特に2高祖母の父(養子)と7高祖父の母をつなぐ除籍があるはずなのですが、
これが出ないかもしれないと電話で言われました(この二人が兄妹であることは
すでにわかっていますが、証拠が欲しいのです)。

>>683
かっこいい名前ですね。
うちのご先祖様たちはなぜか似たり寄ったりな名前です。




694 :日本@名無史さん:2006/08/30(水) 22:38:06
27、28祖父母の墓に行きました。28祖母は後妻、27祖父は前妻の家に婿養子です。
27祖父の前妻は27祖父の養母にあたる人が、ある人の後妻(とは言え苗字は変っていない)
となり、その先妻の子を養女にしていました。

同じ墓所にある墓を見て驚いたのが、その養母の母親と、多分父親似あたる人の墓があったことです。
こちらも母親は名前が変らず、夫婦別姓でした。明治頃ですが、当時でも別姓をしていたのですかね。
私は血が繋がってる子孫ではないですが、混乱させてもらってます。ちょっと面白かったです。



695 ::2006/08/30(水) 23:00:00
今、ものすごいタイミングで父から電話がかかってきました。
何でも母の長姉が学生時代に家系について調べたことがあるらしく、どうやら
資料を持っているようなのです。
当然、私より判っていることも多いと思いますので、期待しています。

うちの実家は分家の分家にあたりますが、本家の本家を父と訪れる約束をしました。
これに関連してですが、17曽祖父の続柄を訂正するのに証拠を得たいな、とも考えています。
17曽祖父は次男ですが、今出せる最古の除籍では長男になっています。
しかし1高祖父が独立のため除籍した際には、戸主(高祖父の養父)の四男として入籍していた
人が長男になっていました。
役所の錯誤なのか、なにか事情があったのかは判りません。
その人はその後の除籍では1高祖父と高祖母の長男の記載になっています。
17曽祖父が次男であることが証明できるものがあれば、
除籍訂正を裁判所に申し出ることができるそうですので、できれば直してあげたいと思っています。
(相続に関しても言われましたが、親子間のことじゃないので放置でもいいと思っています)

>>635
遅レスですが造り酒屋さん、暖かいレスをありがとうございます。
最初に見つけた祖母方名字は「あ〜、載ってたんだね〜」くらいしか思わなかったんですが、
除籍で見つけた先祖を見つけるたび、「結構載ってる!」と驚いてしまいました。
こちらはまだ母方がだいぶ残ってます。
お互い焦らず、ご先祖への敬意を忘れずにいきたいものですね。

696 :先祖マニア:2006/08/30(水) 23:16:25
>>682

それがまだ印刷していません
母方が完成したらひとまず印刷しようと考えております

それにしても印刷したら相当な量になると思います

683さんこんばんは 私の高祖母の父(5代前)も織右衛門でした
別の戸籍では折右衛門でしたが、昔は読みが同じなら漢字は色々あったのでしょうね



697 :先祖マニア:2006/08/30(水) 23:20:38
>>695

これまたすごいタイミングですね
でも本家の本家に行けてよかったですね
まあ次に行くのは半年くらい後ですよね?
わくわくします
本家の本家なら相当古いものが残っていると思いますので行くときには
しっかりと何をするのか事前に準備やメモを十分用意したほうがいいです。




698 :やすべぇ:2006/08/30(水) 23:22:33
>>676 先祖マニアさん
>色々な可能性があると思います
確かにいろいろな可能性に当たることが大切だなと思います。
危うく、思い込みのとりこになるところでした。
公図は法務局で広げている人たちがいました。折を見て挑戦してみたいと思います。

そもそも、江戸時代の総本家(高祖父1の兄の家)の位置を考えるきっかけとなった史料は、
天保年間に死んだ先祖(高祖父1の祖父? 伯父?)の墓石に彫られていた町名でした。
その町名を町誌や角川の日本地名大辞典の小字一覧で見てみると、
菩提寺や本家(高祖父1の長男の家)が所在している町(以下、当町)の
隣町(数キロ離れている)にだけ該当する小字がありました。
総本家はいま、隣町にあるので、江戸時代も隣町にあったのだろうと思っていました。

ところが、今日、地名大辞典の本文を読んでみて、
墓石に彫られていた町名は、当町にも明治初めまで存在していた小字であることが分かりました。
決め込むのは禁物ですが、順当に考えれば、彫られていた町名は、
隣町(遠い!)の小字ではなく当町(近い!)の小字ではないかと思うのですが。

分かりにくいですが、まとめると、分家である高祖父1の家が当町に残って、
総本家が隣町に移っていったということなのではないか、という仮説を立てています。
もちろん仮設=たたき台ですから、これからいろいろ検証しようと思います。
総本家にまだ連絡を取っていないので、そちらも進めます。
(ひとまず、旧土地台帳によれば、総本家が隣町に土地を買ったのは大正に入ってからであることは分かっています)

それにしても、改めて地名大辞典を読んでみると、情報がギュッと詰まってますね
歴史のダイジェスト版といった感じでしょうか。
基本資料なのに、何をいまさら、ですが・・・

699 :浅右衛門:2006/08/30(水) 23:41:10
先祖マニア様

そうですか。私の場合、A4サイズのコピー用紙で約800枚。
せっせと印刷しました。

勿論、現在も随時修正を加えております。

700 :先祖マニア:2006/08/30(水) 23:46:28
>>698
>(ひとまず、旧土地台帳によれば、総本家が隣町に土地を買ったのは大正に入ってからであることは分かっています)

これからでも本家が大正に隣町に移ったという傍証が得れましたね
旧土地台帳が役にたったわけですね よかったよかった

>それにしても、改めて地名大辞典を読んでみると、情報がギュッと詰まってますね
歴史のダイジェスト版といった感じでしょうか。

私の場合は平凡社の地名辞典を愛用しております
こちらも結構昔の村単位で記載されているので詳しいですよ






701 :先祖マニア:2006/08/30(水) 23:51:30
>>699

800枚ですか!!!!!!

凄い 凄すぎます 驚いています

私の場合は多くても100枚はいかないと思います

どのような感じで纏められているのですか?
画像ありますか? カラーですか?

702 :やすべぇ:2006/08/31(木) 00:01:28
>>693 >>695 藤さん
>(この二人が兄妹であることはすでにわかっていますが、証拠が欲しいのです)
そういう例ですが、私にもあり、証拠がほしいというお気持ち、よく分かります。
ビシッと揺るぎなく示してくれる確証が得られるといいですね。

>>694
実はかなり複雑でこんがらがっております。
別姓についてはよく分かりません。

>>699 浅右衛門さん
800枚も!
電話帳を軽く超えてしまうくらいの厚さなのでしょうか?

>>700 先祖マニアさん
いろいろ役に立っております<旧土地台帳
平凡社のも見てみますね。

703 :浅右衛門:2006/08/31(木) 00:03:06
先祖マニア様

800枚のうち約600枚は先祖代々伝わる古文書の写真とその現代語訳(自分で解読)です。
残りは、皆様が取り組まれていることと同じですよ。

デジカメとスキャナー、コピーを組み合わせて、あとはワープロです。

このワープロです。苦い体験は。昔作成していた文書が、ワープロの製造中止
により、使えなくなったんです。打ち直しましたけどね。全部。



704 :浅右衛門:2006/08/31(木) 00:08:17
やすべぇ様

ハードカバーのバインダー(たぶん1冊で500枚綴じこめるタイプ)に2冊。
約400枚ずつ綴じています。

1冊が電話帳ぐらい(約5センチメートル)です。


705 :みみず=683:2006/08/31(木) 10:57:00
コテつけました。

皆様,いろいろご回答ありがとうございました。
一つ愚痴です。

ついさっき,19 曾祖父が明治13年に相続したときに編集された除籍の取り寄せを依頼していた役所から電話があり
大正時代の大火によって消失しており出せません,との連絡を受けました。

物理的になくなってしまったので仕方ないですが,残念でなりません。

706 ::2006/08/31(木) 20:58:05
>>693で出るかもと言われた除籍ですが、1家分(18曾祖母の実家)しか出てきませんでした。
『子どもの除籍にいるから出せるかも』と言われた7高祖父の母の実家は出ませんでした。
不在籍証明がわんさか送られてきました。
>2高祖母の父(養子)と7高祖父の母をつなぐ除籍
これは『7高祖父の祖母』ですね。間違えました。一代ずれてたの忘れてました。
こちらも出ませんでした。
しかし、一通名字が間違ってるんですが、これって直したものもらったら代金請求されますか?

この辺は明日役所に電話して、詳しく追求したいと思います。
出せないなら『出せるかも』とか軽々しく言わないで欲しいですね。
大合併前の3月には合計十通も出してくれたのに!
今回出なかった家は一軒、お墓がわかります(同じ名字なだけかもですが)。
後は同じ墓地内で探しまくるしかないかな…(そんなに広くないので、同じお寺内なら探せると思います)

>>699 浅右衛門さん
800枚ですか…。聞いただけで気が遠くなりそうです。
私も頑張らねば…。

>>697 先祖マニアさん
元々、母と伯母が電話で内々の話をしていたようです。
そこへ母が「今、あの子こんなことやってるらしいのよ〜」とか言ったんじゃないかと。

>>705 みみずさん
残念ですね。その分、他の方の除籍がたくさん取れるといいですね。

707 :浅右衛門:2006/08/31(木) 20:59:00
これまでに収集したり、自分で作成した資料等を再度数え直してみました。

1戸籍除籍関係         約300枚
                (大部分が電子化される以前のものでB4の片面を1枚として)

2系譜や年表(ワープロで作成) 約50枚(A4)

3自家蔵の古文書        約500枚(デジカメ撮影)

4同上の解読(ワープロで作成) 約500枚

5公立図書館で収集した古文書  約400枚
                (複製からコピーしたものをPDF化)
                 ※複製からしかコピーできませんから
  
6同上の解読(ワープロで作成) 約400枚

7公立図書館で収集した資料   約130枚
                (PDF化)

数えているうちに、手書きのままの資料とか、次から次に出てきます。
正直数えるのもいやになります。
約15年間の成果です。 

708 :浅右衛門:2006/08/31(木) 20:59:01
これまでに収集したり、自分で作成した資料等を再度数え直してみました。

1戸籍除籍関係         約300枚
                (大部分が電子化される以前のものでB4の片面を1枚として)

2系譜や年表(ワープロで作成) 約50枚(A4)

3自家蔵の古文書        約500枚(デジカメ撮影)

4同上の解読(ワープロで作成) 約500枚

5公立図書館で収集した古文書  約400枚
                (複製からコピーしたものをPDF化)
                 ※複製からしかコピーできませんから
  
6同上の解読(ワープロで作成) 約400枚

7公立図書館で収集した資料   約130枚
                (PDF化)

数えているうちに、手書きのままの資料とか、次から次に出てきます。
正直数えるのもいやになります。
約15年間の成果です。 

709 :やすべぇ:2006/08/31(木) 22:12:27
>>705 みみずさん
それは残念でした。
震災で除籍が焼失して再製不能、という例は経験したことがあります。
墓、位牌など別の資料でたどれることをお祈りしております。

>>706 藤さん
>しかし、一通名字が間違ってるんですが、これって直したものもらったら代金請求されますか?
役所の手違いならば、無償で差し替え可能なのではないかと。

>>708 浅右衛門さん
家蔵文書の多さが目を惹きます。
どのくらい古いものまであるのでしょうか?

710 :浅右衛門:2006/08/31(木) 22:27:31
やすべぇ様

寛永三年四月朔日付けのが一番古いです。

前の書き込み、間違って二重になってしまってます。
皆様申し訳ありませんでした。

711 :みみず:2006/08/31(木) 22:30:21
実は大正4年の除籍を東京都中央区役所に依頼しているのですが
役所の方には「関東大震災で焼失した可能性が高いけど,一応請求してみて」
と言われています。
自然災害とはいえ残念でなりません。

712 :やすべぇ:2006/08/31(木) 23:34:13
>>710 浅右衛門さん
ありがとうございます。大変貴重ですね。

>>711 みみずさん
大正4年の除籍ですと、ぎりぎり副本はあったように思いますので、
震災後に再製されているのでは(あくまで推量に過ぎませんが)。
あとは廃棄にかかっているかどうかではないかと。
東京都中央区役所には私も除籍謄本を請求したことがありましたが、
明治44年に除籍されていたため、震災後にそもそも再製不能でした。
何で転籍なんかするんだよぅ〜、高祖父7

713 :先祖マニア:2006/09/01(金) 00:03:27
みみずさん 
残念ですね、でも別の方法でも探せるかも知れないので調べてみればどうでしょうか?
19曽祖父の別の戸籍はあるのですか?(死亡記載のある戸籍)
もしあればそこには高祖父母の記載があると思うので、とりあえずは
高祖父までは判明すると思うのですがどうですか?

あとは墓と位牌とになると思いますが東京の場合は関東大震災や空襲なので
墓も残ってないのでしょか?


714 :先祖マニア:2006/09/01(金) 00:09:10
>>707

PDF化は思いつきませんでした
それはやる価値ありますね

ひとつはデータとして残す
もうひとつは紙に印刷して保存する
この2つをしておかないと駄目ですね

今必死で母方をやっています。

私の場合は古文書等は無いので資料関係は少ないですが・・・



715 :浅右衛門:2006/09/01(金) 00:16:37
いろんなフリーソフトがありますからね。比較的簡単にPDF化可能だと思います。先祖のことを一つでも多く知りたいという気持ちがあれば、少しずつ資料が集まるような気がします。先祖の導きがあるんだと思います。

716 :先祖マニア:2006/09/01(金) 00:34:22
そうですね

先祖に直接関連する資料じゃなくても
その時代のその地域がどのようなかんじだったとかは町史や市史に記載
されていますのでそのようなものを地道に集めるのも広義の意味では
資料集めかもしれませんので、頑張ってやっていきます。



717 :先祖マニア:2006/09/01(金) 01:18:45
http://www.imgup.org/iup254936.jpg
すみません解読していただけませんか?

右の釋光清  安政3年4月13日 でその右の字が分かりません
佐??


真ん中の釋尼光西 武助妻? ?は「て」に見えます
行年28歳
稀ですかね? 自信がありません 女性ですが稀っていう名前は無いような・・・

左の釋光円
武助祖母 89歳
この隣の字が全く読めません誰か読めませんか?


この3つよろしくお願いいたします



718 :日本@名無史さん:2006/09/01(金) 06:34:11
1佐忠太

2て(天)、で

3右正月廿四日

祖母は新暦の3月12日に亡くなったわけですが、
旧暦では正月24日にあたるので、17回忌は
明治23年旧正月にやるべし、とのメモでしょう
興味深いですね


719 :日本@名無史さん:2006/09/01(金) 06:38:21
あ、書き落としましたが

2名前は柳(りゅう)でしょう

720 :日本@名無史さん:2006/09/01(金) 06:46:38
佐忠で最後は門じゃないか
佐右衛門ではないな

一番左は
左○夢 ○は分からない

721 :浅右衛門:2006/09/01(金) 07:25:02

先祖マニア様

1,佐忠太
2,武助妻事
3,柳
4,右正月廿四日

722 :浅右衛門:2006/09/01(金) 07:43:24
補足です

2,は「武助の妻の事です」という意味です。
   「事」の略字体で、古文書では、よく出てくる文字です。 
   名前は「柳」=「りゅう」様です。

723 :みみず:2006/09/01(金) 08:52:41
>>713 先祖マニア様
19曾祖父の父母(高祖父5,6)の名前は判明しています。どうしても消失した分が欲しかった理由なのですが,

19曾祖父と20曾祖母が明治23年に山形県米沢の城下町から北海道厚岸郡太田村に「転住入籍」しているのです。
で,焼失してしまったのは米沢の分なのです。で,転住の背景が掴めればと思ったからです。
wikipediaによると,明治23年7月に屯田兵として厚岸郡太田村に440戸が入隊しているのですが,これと関係しているのかいないのか。
あるとしたら,戸籍関係以外にも手がかりが掴めそうですが,どのような資料が参考になりそうかご教授いただけたらと思います。

それと,手元にある除籍の20曾祖母の父母の名前の記載がないのです。
米沢の戸籍からの転記漏れではないかと疑い,米沢の分が欲しかったのです。

>>712 やすべぇ様
私のご先祖様のうち,23曽祖父が非常に律儀な方だったようで都内を何度も転籍しているのです。
しかも区をまたいで転籍しているので,未だに24曾祖母の死亡記載までたどり着けません。
引っ越す度に転籍するなんてやめてくれ〜って感じです。

724 :日本@名無史さん:2006/09/01(金) 12:55:17
りち‐ぎ【律儀・律義】
[名・形動]1 きわめて義理堅いこと。実直なこと。また、そのさま。


律儀の使い方が間違ってるようなキガス

725 :みみず:2006/09/01(金) 13:54:10
>>724
あ,すみません。
引っ越す度にわざわざ本籍地まで移動させている,という意味で「律儀」と言いました。
私の感覚だと,引っ越すときに住民票は移しても戸籍までは移さないものですから。
それとも,昔は住民登録なんてものがなく,引っ越す=転籍するということだったのでしょうか。

726 :日本@名無史さん:2006/09/01(金) 19:29:34
あげ

727 :日本@名無史さん:2006/09/01(金) 19:50:04
>>725
そういう意味か。スマソ
確かに律儀だw

728 :先祖マニア:2006/09/01(金) 22:38:10
718さん 
浅右衛門さん

有難うございます 大変助かりました これで今までの資料を変更しなくてはいけませんが
うれしい悲鳴です。
この過去帳の別のページも不明なところがあります、また助けてもらうかもしれませんが
その時はよろしくお願いいたします
浅右衛門さんは古文書を自分で解読されているだけあってさすがですね。


729 :先祖マニア:2006/09/01(金) 22:54:44
みみずさん

確か北海道のどこかに屯田資料館があったような気がします
そこのHPが見つかればそこにメールしてなにか詳細が分かるようなきがします

19に関しては戸籍から米沢のどこから来たかの記載はありませんか?
そこの本籍を探してから現在の該当する法務局に行き旧土地台帳から
19の姓をさがしてみる若しくは19本人が記載されているか5の高祖父な
記載されているものがあるかもしれません

そうなるるとその直系卑属を探し出して連絡を取れば5,6以前の手がかりが見つかる
可能性が高いです。

20に関してはいつ亡くなっていますか?
米沢以後の20の全ての戸籍を持っていますよね?

19に関して5,6の名前が記載されているのなら20に関してもあるのに残念ですが
ひょっとしたら戸籍取り漏れで別の戸籍に記載されていないかな?と思いました

19,20の戸籍の該当部分を差しさわりの無い範囲でUPして頂ければ
また別の方法を思いつくかもしれません


730 :先祖マニア:2006/09/01(金) 22:56:37
http://www.geocities.jp/kirche_7/index.htm
ここのHP開設された方も北海道の方ですので何かノウハウを持っているかもしれません

メールしてみたらどうですか?

731 ::2006/09/01(金) 23:11:00
昨日のことで、該当役所に電話しました。
名字を間違えた不在籍証明は、新しいものを出していただけるそうです。
7高祖父の祖父の記載のある除籍は、同じ名前の人が居たそうなのですが
(このため、『出せるかも』発言になったようです)、長女であるはずの高祖父の母の記載がなく
長女の名前も違う、本籍も少し違うらしく『同姓同名の他人の可能性もある』とのことで却下されました。
(名字がありふれたものですので、その可能性もあります)
生年月日か死亡年月日が判れば照合できそうな気がします。
史料に載っていた妹らしき名前も出したのですが、それでも照合できない、と言われました。

>2高祖母の父(養子)と7高祖父の祖母をつなぐ除籍
これも史料編には名前が出てたんですがね。
1高祖父(養子)実家も親戚らしき名前があるんで、史料編を更に読みこむしかないですね。

養子に来ている人の場合、元の名前で探すというのはできますか?
(例)佐藤一郎さんが養子に行って、高橋一郎になりました。
   佐藤実父は早くに亡くなったため、もう戸主の除籍を取ることはできません。
   どこかの除籍に『佐藤一郎』の名前を探すことはできますか?

やっぱり筆頭者がわからないと難しいかな…。




732 :やすべぇ:2006/09/01(金) 23:21:31
83年前の今日、関東大震災が起き、多くの人命が失われました。
それとともに先祖の記憶が失われ、発生した火災で先祖の記録が失われました。
何も天災ばかりでなく、戦災、文書廃棄などもありますが、
先祖探しには、先祖の事跡が消失の淵へと沈み込む前にすくい上げるという一面があるように感じます。
調査の結果をまとめ、後世に残すことで、少しでもそのような消失のおそれを減らしたいものです。

>>723 みみずさん
>明治23年に
明治23年というのが微妙な感じがしています。
というのは、ちょうど、壬申戸籍から明治19年戸籍への改製の時期に当たっていたのではないかと思うからです。
もし、転住を機に壬申戸籍から明治19年戸籍への改製が行われていたら、
転住前のは壬申戸籍ということになり、たとえ残っていたとしてもそもそも閲覧さえできなかったということになります。
内容を知ることができないことに変わりはないですし、
みみずさんのケースに以上のことが当てはまるかどうかも分かりませんが、
少しでもお気持ちが鎮まればと思って。

733 :先祖マニア:2006/09/02(土) 00:33:08
>>731

>養子に来ている人の場合、元の名前で探すというのはできますか?
(例)佐藤一郎さんが養子に行って、高橋一郎になりました。
   佐藤実父は早くに亡くなったため、もう戸主の除籍を取ることはできません。
   どこかの除籍に『佐藤一郎』の名前を探すことはできますか?

佐藤一郎さんは養子に行くということは兄弟がいると思います
また佐藤実父が早くに亡くなっているのならその兄弟(長子の可能性が高い)
が戸主の戸籍に弟として記載されていませんか?

まあそこら辺の戸籍の入手はもうされていますよね・・・

734 ::2006/09/02(土) 01:41:38
>>733
佐藤一郎(仮)に男兄弟がいたかはわかっていません。
史料には同じ名字の方が出てますが、その人とのつながりが見えてきません。
電話の際に兄の名前らしきものも出してみましたが、ダメでしたね。
佐藤一郎は次男ですので、もしかすると長男かもわかりません。

同じ状態でも探せるなら、『2高祖母の父(養子)と7高祖父の祖母をつなぐ除籍』も
探せるかもしれません。
こちらは養子に出たのが長男で、嫁に行ったのが四女になりますけど。





735 :米沢人:2006/09/02(土) 15:48:04
>>723
祖先のほとんどが米沢出身のものです。
いきなり米沢が出てきて少し嬉しかったのでレスさせていただきました。
実は、米沢の旧市街(昭和の大合併前までの「米沢市」)の場合、大正八年の大火で戸籍は焼失したそう
です。そして、その焼失の時点で「除籍」となっていたものは復元されなかったようです。私も、こ
の焼失のせいで辿れなかった祖先がかなりおります。

あと、これまた偶然で恐ろしいくらいなのですが、私の高祖母の弟(米沢生まれ)が、米沢からまさに北
海道厚岸郡太田村に転籍しております。ただ、彼の場合は、ある分野で有名な人物(ググったりすれば
出てきます)になり伝記なども書かれたため転籍の事情が判明しております。それによれば、どうやら
兵役を逃れるための転籍だったようです。当時、戊辰戦争の記憶がまだ残っていた旧幕側の米沢や会
津などの地では、薩長の建てた新政府のために兵隊になんかなってらんない、という雰囲気があり、
兵役逃れが結構あったという話があります。

長々と駄文を書き連ねてしまってすみません。もしかしたらみみずさんと共通の祖先なんかがい
るかもしれないですね(笑)・・・

736 :先祖マニア:2006/09/02(土) 23:26:28
>長々と駄文を書き連ねてしまってすみません。もしかしたらみみずさんと共通の祖先なんかがい
るかもしれないですね(笑)・・・

いやー歴史ロマンですね 米沢からの転籍は士族の転籍ですよね?
だったら同じ士族同士明治初期から100〜200年遡れば
ありえないこともないですよね  想像しただけでも楽しくなりますね



737 :みみず:2006/09/03(日) 19:57:36
>>735
レスありがとうございます。
私のご先祖様はググっても出てこなかったので米沢人様と直接の姻戚関係を示す資料は現在のところなさそうです。

ところで本日地元の図書館に行って米沢の個人名電話帳と山形県の地名辞典を調べてきました。その結果,
5高祖父=19曽祖父=26祖母旧姓と同一の名字の方が2件,
6高祖母の旧姓と同一の名字(仮にヤマダとする)の方が2件ヒットしました。
いずれの名字も聞いたことないほど珍しいものであることが幸いしました。

彼らはいずれも旧城下町に住んでおり,とくに6高祖母出身の本籍地は今回見つかったヤマダさんの住所と同一であることが判明しました。
先祖マニア様が>4や>6に用意して下さったテンプレをもとに手紙を書いて送ってみようかと考えている次第です。

738 :みみず:2006/09/03(日) 21:36:42
>>732
やすべぇ様
>少しでもお気持ちが鎮まればと思って。
お気遣いありがとうございます。
前のレスでも記しましたが,他の手がかりが掴めるかも知れませんので違う角度から検証を試みようかと思います。

>>729
先祖マニア様
今のところ死亡記載までは至っていないのですが,北海道に転入してからの戸籍を見る限り,どこにも父母の記載がありません。
厚岸の役所の方に聞いたところ,この時代だとそもそも不明だったこともあるそうで・・・。
あるいはやすべぇ様のおっしゃるとおり,壬申戸籍からの転記ミスで今となっては遡りようもないのかも知れません。


739 :先祖マニア:2006/09/03(日) 23:21:15
>>737

稀少姓ならば確実にその家でしょうね
手紙を書くときは知っていることを全て書きましょう
伝承なども、また稀少姓ならば米沢藩士などの資料があればそこから
少しでも探れる可能性は十分あります
ただみみずさんは北海道ですので山形県の資料はないでしょうから、
米沢市教育委員会にメールしてその稀少姓である(ヤマダ仮名)を調べているが
何か藩士の名前とかがあるものの資料にその姓は無いか尋ねてみるのもよいでしょう

曽祖父が屯田で言ったのなら高祖父はまだ米沢藩士だと思いますので
その高祖父名が頼りですね ただ 通称とかあるので注意が必要ですが。





740 :先祖マニア:2006/09/03(日) 23:25:32
>>738

>今のところ死亡記載までは至っていないのですが,北海道に転入してからの戸籍を見る限り,
どこにも父母の記載がありません。

その戸籍は明治19年版の戸籍ですよね?

ということは例えば夫が亡くなり息子の戸籍に入ったらそれはおそらく
明治31年戸籍か大正4年戸籍だと思いますのでそこに死亡記載があると
思います

この明治31年と大正4年戸籍には父親欄と母親欄があります
ということはその戸籍になったときに父母の名前を追記しているのでは?
と思いました
仮に母親の名前が分からなくても最低父親の名前は記載されているでしょう

だから、戸籍を請求する場合は「生から死まで」が必要になります。






741 :みみず:2006/09/03(日) 23:35:03
>>740
先祖マニア様
アドバイスありがとうございます。

私の手元の除籍によると,妻の欄に「昭和10年6月27日夫○○死亡により婚姻解消」となっているのですが
この場合,妻は新たに戸主として戸籍を取得することになるのでしょうか。

初歩的な質問で申し訳ありませんが,お知恵を拝借したく存じます。

742 :先祖マニア:2006/09/03(日) 23:42:52
でしたら 曽祖父と曾祖母の子供(長男だと思いますが)の戸籍に入っています
曾祖母が戸主になっていることはまず無いでしょう

祖父が長男ならその戸籍にですが次男や三男の場合はその長男の戸籍が必要になります
その子供が戸主の戸籍に母の欄がありそこに曾祖母が記載されています

昭和10年ならば大正4年戸籍なので父親名は確実に追記されていると思いますが


743 :先祖マニア:2006/09/04(月) 00:03:05
http://www.fileup.org/fup104688.jpg
申し訳ありませんが 赤の囲いの解読していただけませんか?

徳??妻
徳??
与一良=与一郎ですか?
新蔵ア子=新蔵の子ですか?

よろしくお願い致します。


744 :やすべぇ:2006/09/04(月) 00:08:17
以前、少し心当たりがあって調べたのですが、
米沢というと、市史の資料として、寛永、寛政、慶応の分限帳が公刊されているようです。

745 :みみず:2006/09/04(月) 00:10:59
>>744
やすべぇ様
それは何となく心強い情報ですね!
是非ともいずれ参考にしたいと思います!

746 :先祖マニア:2006/09/04(月) 00:12:06
http://www.geocities.jp/kawabemasatake/

http://www.geocities.jp/kawabemasatake/

http://www.geocities.jp/kawabemasatake/

http://www.geocities.jp/kawabemasatake/

ここら辺が上杉の家臣ですがこの中に先祖の苗字がありませんか?

747 :日本@名無史さん:2006/09/04(月) 00:20:12
あげ

748 :米沢人:2006/09/04(月) 00:47:42
>>736
ええ、士族です。下っ端ですけどね・・・
そうですね、米沢狭いコミュニティーなので、身分さえ近ければかなり姻戚関係がある可能性が高いですね!もしこのスレで親戚ハケーンしたらプチ
祭りくらいになりますかね(笑)・・・

>>みみずさん
「上杉家御年譜」という本の23巻の最後に、士族の系譜が載っています。ただ、中級藩士以上のみしか載っていな
い上に、それぞれの系譜の最後の人が慶応ころの人なので、見つかるかは運次第でしょうね。あとは、>>744さんが
書いておられるように分限帳が公刊されています。また、マイクロフィルムにしかないのですが、最も遅い分限帳
として明治二年分限帳も見ることができます。
「御年譜」で見つからなかった場合、分限帳で名前を見つける→勤書や先祖書などで探すということになるのではないですかね。

あ、あと、江戸時代最後の地図として、弘化三年の屋敷割が書いてあるものがあったと思います。これも使えるか
もしれないですね。聞いたことないほど珍しい苗字ってことは夜○さんとかですかねぇ。ご健闘、お祈りしております。

749 :浅右衛門:2006/09/04(月) 07:48:12
先祖マニア様

徳右衛門妻
徳右衛門
与一良  「良」→「郎」、与一郎
新蔵ア子 「ア子」→「あね」→「姉」、新蔵の姉

750 :日本@名無史さん:2006/09/04(月) 18:23:47
離婚したのをきっかけに本籍地を田舎から都会に移してるんですが
先祖の除籍謄本って取れるんでしょうか

751 :浅右衛門:2006/09/04(月) 19:16:11
先祖マニア様

補足です。拡大して見ましたら追加一字あるようです。

 新蔵
之 ア子 「之」が抜けていたようです。新蔵「の」あね。



752 :先祖マニア:2006/09/04(月) 19:19:27
>>750
全く問題ありませんただ田舎に行かないと駄目ですが
まあ 郵送も可です

>>751
浅右衛門さん
とてもとてもありがとうございます

こんなのがあと数枚ありますよろしくお願いいたします。
今からUPします


753 :先祖マニア:2006/09/04(月) 19:52:15
http://www.fileup.org/fup104810.jpg

長三郎子 
??
左が分かりません

もうひとつはテルだとは思うのですが

あとは庄五郎と長三郎ですよね

754 :浅右衛門:2006/09/04(月) 20:04:32
先祖マニア様

「彦」ではないでしょうか。
他はおっしやるとおりだと思います。

755 :先祖マニア:2006/09/04(月) 20:26:26
彦ですか ○彦とかならいいんですけどね 彦だけだったら変な名前ですね

http://www.fileup.org/fup104820.jpg

次は
文政??年 八月二十八日 千吉子??

千吉子??

あとその隣は文政十玄年って何年なんでしょうね? 

756 :浅右衛門:2006/09/04(月) 20:57:42
先祖マニア様

今考えると変な感じがするかもしれませんね。

文政四巳年
八月廿八日
   千吉子
   倉蔵

文政十亥年  「玄」ではなくて「亥」

   瀧蔵

757 :先祖マニア:2006/09/04(月) 21:12:25

四巳ですか
これは全く分かりませんでした

倉蔵  瀧蔵にいたっては金義かなって思いました
次はこれです
http://www.fileup.org/fup104832.jpg

釋妙見 松蔵ですか?

松蔵=男 なのに妙=女性の戒名があるのが不明です

一番左は法名 釋天心 ???です


758 :浅右衛門:2006/09/04(月) 21:28:03
先祖マニア様

於奈か→おなか
釋畝見 松蔵
文政弐年→ニ年
釋天心  嘉兵衛

試験受けているような気がしてきました。
が、遠慮無用ですよ。
私も勉強になりますから。






759 :先祖マニア:2006/09/04(月) 21:47:27
おお涙が出てきそうです

http://www.fileup.org/fup104844.jpg
俗名 在?
訳かな
五十年ニワ ですかね?
最後は佐助だと思いますが・・



760 :先祖マニア:2006/09/04(月) 21:55:49
http://www.fileup.org/fup104849.jpg
最後です

徳右衛門

四十三歳たヨ

次は分かりません

明治30年ですかね

その次は卯かな でも左は亥だし

その左は
十一月十一日?

最後は十月???です

よろしくお願いいたします






761 :750:2006/09/04(月) 21:59:44
>>752
郵送もありなんですね。ホッとしました
ありがとうございました。

762 :浅右衛門:2006/09/04(月) 22:35:46
先祖マニア様

だんだん難しくなりますね。

俗名在遠  「ありを」「よりを」等と読めるかと思います。

釈妙観
五十年二門 「二つ」
      これは前の釈妙幻童女と釈妙観のふたりの五十年祭が
      明治三十六年にあたることをさしています。
      五十年については宗派によって異なると思いますので、
      私では分かりません。先祖マニア様とは宗派が違いますので、
      あしからず。

佐助 

徳右衛門

四拾三才 たヨ

久(旧の当て字)八月七日

明治廿年いとし(亥どし)

スエ事

亥七月一日亡

久五月十一日

十月十九日

763 :浅右衛門:2006/09/04(月) 22:49:10
訂正

誤 四拾三才 たヨ  → 正 四拾三 オたヨ

764 :浅右衛門:2006/09/04(月) 22:49:10
訂正

誤 四拾三才 たヨ  → 正 四拾三 オたヨ

765 :先祖マニア:2006/09/04(月) 23:34:19
浅右衛門さん

大変助かりました
古文書の部類と言ってはなんですが
この過去帳のコピーが唯一の昔の資料になります

それにしても博学でらっしゃいますね とても感心しますし又尊敬しました。

私は31歳ですが私より少し年上のように見受けられました、文章からして
大人の雰囲気がありますね

766 :浅右衛門:2006/09/04(月) 23:54:40
先祖マニア様

そうですか。ありがとうございます。
参考になさって、もう一度ご自分で見直してください。
先祖マニア様の年齢と同じ頃、私も始めました。
当時は、ここみたいな相談の場もありませんでしたので、ほとんど独学。
ただただ、先祖の事を一つでも多く知りたいとの心だけで取り組んで
きました。
何年間かかっているか、ちょっと前に書き込みしたと思います。

ゆっくりあせらずですね。


767 :先祖マニア:2006/09/05(火) 00:00:07
私もゆっくりでも少しずつ進展していけばなと思います

本当にあせらずですね

768 :日本@名無史さん:2006/09/05(火) 15:55:29
みなさんは自分の先祖や親戚の範囲てどこまでを限度にしてますか?
私は先祖は父と母の実家の系統のみ無制限とし、父と母の実家に入った婿や嫁の親は六親等、それ以外は四親等まで
親戚は三親等前から分岐した六親等以内の血族とその配偶者の父母までと見做してます

769 :日本@名無史さん:2006/09/05(火) 16:00:48
ワカッタヒトハ ミナ(・∀・)人(・∀・)ナカーマ!

770 :やすべぇ:2006/09/05(火) 21:41:47
>>748 米沢人さん
多少、米沢と関係がありそうで(高祖父9の実家が米沢と関係があるとの言い伝えがあります)、
以前、少し調べたのですが、マイクロフィルムの分限帳や屋敷割などのことはこれまで知らず、
大変参考になりました。

>>749以下 先祖マニアさん、浅右衛門さん
今回は拝見させていただいただけでしたが、それでも参考になりました。

>>768
直系は遡れるところまでです。実親・養親の系統を問いません。
つまり無制限ですね。

その他は、特に定めてはいません。
本家の当主は8親等、総本家の当主は10親等離れていますが、
やはり親戚だと意識していますし。

771 :日本@名無史さん:2006/09/05(火) 21:46:35
親等が離れていても今でもお付き合いが続いていて、身近に思うなら親戚の感覚になりますね
実際には遠縁になるんですがw

772 :先祖マニア:2006/09/05(火) 23:06:27
>>768

特に意識していないですが共通の先祖を持っている方ならば
遠い親戚だと認識しています
例えば高祖父が共通の先祖として8親等ですからね、8親等くらいに方なら結構会いましたし

5代前・・・高祖父・・・曽祖父・・・祖父・・・父・・・・私
   ・・・A・・・・・B・・・・・C

私とCさんは5代前の先祖が共通ですがCさんとは8親等しか離れていません

6親等までが親族ならば8親等はほんの少し親族から外れた程度と思ってしまいます。

逆に結婚した先の家などは共通の先祖ではないので親戚だとは思ってません





773 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 03:50:00
>結婚した先の家などは共通の先祖ではないので親戚だとは思ってません

ドン引き‥‥

774 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 12:09:19
普通の感覚だろ

775 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 12:29:25
子供ができると変わるんだよ。

776 :先祖マニア:2006/09/06(水) 22:23:45
親戚といっても
自分の兄弟や親の兄弟(叔父、叔母)ではないですよ

高祖母の妹の婚家とか曽祖父の姉の婚家とかのことです

777 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 22:26:20
まーまー
親類、縁者と考えて
親戚と婚戚を分けてるってことでしょー

778 :にゃん:ぱら
りん



779 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 23:57:13
公務員はやりたいほうだいですな
住基ネットもこっそり見られてるんだろうな

780 ::2006/09/07(木) 00:33:07
>>778
これのせいで、これから除籍を取る方々が何らかの迷惑をこうむらなければいいのですが。
自分もまだ母方を取り終えていないので。

>>731で出た、『同姓同名かもしれない除籍』の件で役所に電話しました。
『本籍が違う』発言は番地ありで請求した別の筆頭者と勘違いされてました。
番地なしで請求してるのに変だな、とは思っていましたが。
で、記載なしの長女ですが、明治19年式戸籍だと嫁に行ってて消えてるんですよね。
妹らしき名前の人も、明治5年には嫁に出てるのでそれもないと。

「もし生年月日や死亡年月日が(こちらの調査で)一致して、なおかつ保存期間過ぎてなければ
出してもらえますよね?」と念を押したところ、「はい」と返事を頂きました。
とりあえず、帰省したらやることいっぱいありそうで困っています。

史料からはまた新たに祖母方同姓の方を見つけました。
つか、誰の兄弟だ…? 五代前までには出てこないな…。


781 :やすべぇ:2006/09/07(木) 00:49:46
教育委員会への照会の仕方についてなのですが、
例えば、先祖を調べている旨を伝えた上で、
宗門人別帳や古地図等の史料の有無を問い合わせたり、
郷土史家を紹介してもらったり、という感じでしょうか?
電話、メール、手紙いずれか可能な手段で、ということになるでしょうか。

>>776 先祖マニアさん
ご安心ください。
>>772の文脈から十分に理解しておりました。

782 :日本@名無史さん:2006/09/07(木) 01:11:11
遠い血族より、近い姻族。

783 :先祖マニア:2006/09/08(金) 00:54:21
>>781

私の場合は教育委員会に訪ねてその地域の詳しい郷土史家を紹介して頂き
その郷土史家に先祖を調べている旨を話してそれに関連する資料として
宗門人別帳や古地図等の史料があるか無いかを聞きました。
教育委員会に電話→郷土史家に電話してもらう→公民館であう
→自宅へ一緒に伺う このような流れでした





784 :先祖マニア:2006/09/08(金) 00:59:07
>>780

母方も頑張ってください
殆ど請求はされていると思いますのであとは詰めの部分ですね

戸籍請求できるといいですね そのためには生年月日や死亡年月日がいるので
それを見つけないといけませんね
忙しいのはいいことです

>史料からはまた新たに祖母方同姓の方を見つけました。
つか、誰の兄弟だ…? 五代前までには出てこないな…。

その姓の家の方は1軒なんですか?
もし江戸末期〜明治時代で数軒あったのなら その時代ですでに8新等とか
離れているのかもしれませんね?


785 ::2006/09/08(金) 19:53:51
>>784 先祖マニアさん

『同姓同名かもしれない除籍』の人は、結構ありふれた名字なので探すだけでも
一苦労しそうです。お墓が直系の先祖のいる墓地にあれば、と願うばかりです。
そして死亡年月日などが上手く見つかれば…。

>史料からはまた新たに祖母方同姓の方を見つけました。
>つか、誰の兄弟だ…? 五代前までには出てこないな…。

一軒しかない(と思われる)家の名字の人です。
本当は分家が存在するのかもしれません。
(私や父が知らないというだけで)
図書館で、地方の個人名の電話帳って今見られましたっけ?



786 :先祖マニア:2006/09/08(金) 20:10:45
県立図書館クラスなら全国の電話帳を置いていますよ



787 :やすべぇ:2006/09/09(土) 00:16:10
>>783
ありがとうございます。
教育委員会への問い合わせも挑戦してみます。
あと、平凡社の地名辞典も見てみました。
かなり詳しいです。文書の出典が付いてるのもいいですね。

>>785
電話帳ソフトをときどき使っています。
便利な面もありますが、データのコピーが容易だからか、制限も多いですね。

788 :日本@名無史さん:2006/09/09(土) 20:35:11
みなさんこんにちは。
私もみなさんに触発されて、先月から戸籍集めをはじめました。
そろそろとり尽くして、取れるものもなくなりかけているのですが、ひとつ困っていることがあります。

2週間ほど前、高祖父11の明治19年式戸籍を取り寄せたところ、「高祖父9」と「高祖父12の父」の名と
本籍地(「〜村」までで地番はなし)がわかり、しかもどちらにも「亡」の記載がありませんでしたので、
その戸籍の作成時には9、12の父とも存命と判断しました。

そこで、該当する市に、「〜村」までの本籍地と氏名を指定して戸籍を郵送請求したのですが、
「探したが見つからない」、「〜村と氏名だけでは個人の特定が困難」、
との理由で請求を拒絶されてしまいました。

他の市への請求は、地番が不明でもなんとか探していただいて出していただいていたということもあり、
役所の方も大変だとは思うのですがなんとか探していただきたいのですが、
こういった場合、みなさんはどうやって乗り切られたのでしょうか?

それとも、9と12の父の戸籍は本当に存在しないのでしょうか。

(既出でしたらすみません。。)


789 :やすべぇ:2006/09/09(土) 21:18:18
>>788
「探したが見つからない」についてですが、
明治19年戸籍ができる前の戸籍、つまり、壬申戸籍なのではないでしょうか。
その場合は「見つからない」という回答になります。
高祖母12の婚姻や曾祖父21の相続は明治初期や江戸時代ではないですか?

一応、確認ですが、請求に当たって廃棄証明の請求はしましたか?
もし廃棄されていれば、廃棄証明が出るはずです。
よく探しもしないで「見つかりませんでした」という回答になるのを防ぐこともできます。

790 :先祖マニア:2006/09/10(日) 00:19:45
>>788

明治19年戸籍は壬申戸籍からの転記ですので亡がなくて仮に無かったのなら
それは明治5年当時は生存していて、明治19年当時には亡くなっている可能性もあります
(私も1件そのような例がありました)

ただ本当は存在するのに適当にないと言っている場合もあるので注意が必要です
1 別の役場では地番が不明でも探してくれた旨を説明してさがしてもらう
2 旧土地台帳で9や12の父の名前がある土地をさがして地目が宅地の場所を
  探してみる(それが本籍の地番です)

私の場合無い無いと言い張っていた戸籍を2の方法で住所を特定して探し出した
経験がありますので諦めないほうがいいと思います




791 :日本@名無史さん:2006/09/10(日) 08:51:39
祖先が名家・歴史上の人物の人集合
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1128760722/l50

792 :788:2006/09/10(日) 12:13:01
88です。まず誤記の訂正です。『高祖父11』ではなく『曽祖父21』、
『高祖父12の父』ではなく『高祖母12の父』でした。すみません。。


やすべぇさん、先祖マニアさん、ご回答ありがとうございます。

>高祖母12の婚姻や曾祖父21の相続は明治初期や江戸時代ではないですか?

高祖母12の婚姻時期は記載がないのですが、高祖母の年齢(天保2年生まれ)など
から推定すると、江戸時代の婚姻だと思われます。
また、相続については、同じ戸籍の曽祖父21の欄には、明治17年X月X日相続、とありますので、
明治19年式戸籍の作成の直前に相続があったと思われます。
(ちなみに前戸主は養父で、こちらには亡の記載があります)

>一応、確認ですが、請求に当たって廃棄証明の請求はしましたか?

はい。請求しました。
請求はしたのですが、申請後に担当の方から電話で問い合わせがあり、
「どのような証明書が必要でしょうか?口頭でよければ口頭で済ませたいのですが」
と聞かれました。こちらとしても廃棄証明書がどんなものかよくわからなかったので、
じゃあ破棄証明は要りません、と答えました。
今思い出したのですが、担当の方は「廃棄した記録もない」とも言っていました。
うーん。


793 :788:2006/09/10(日) 12:15:29
(続きです)

>明治19年戸籍は壬申戸籍からの転記ですので亡がなくて仮に無かったのなら
>それは明治5年当時は生存していて、明治19年当時には亡くなっている可能性もあります

なるほど、「亡がない」からといって、必ずしもその人の19年式戸籍があるとは
限らないのですね・・・。
ちなみに、「亡」の記載方法についてですが、「甲田乙衛門亡三男」とではなく、
「亡甲田乙衛門三男」と書かれた例はあるでしょうか?
もし後者の記載がありうるのであれば、族称といっしょに削除されてしまった
可能性もあるのですが…。

>私の場合無い無いと言い張っていた戸籍を2の方法で住所を特定して探し出した
>経験がありますので諦めないほうがいいと思います

はい。ありがとうございます。
今現在ある証拠だけでは、戸籍があるともないとも言い切れない、ということが
わかりましたので、旧土地台帳のほうからも攻めてみようとおもいます。



794 ::2006/09/10(日) 14:39:59
>>792さん

>口頭でよければ口頭で済ませたいのですが

相手にこう言われても、これだけはやめておいた方がいいです。
後で「言った言わない」ということになりかねません。
破棄証明自体を様式として作っていない自治体もあります。
私はそういうとき、「本籍と戸主名を入れて、一筆ください」とお願いしました。



795 ::2006/09/10(日) 14:52:59
ちなみに廃棄済み証明書にかわるものがこれです。
一番下に役所の担当者の名前も入れてもらいました。
(出てくる苗字は、現在の苗字とは無関係なのでそのまま残しました)

http://www.uploda.org/uporg510604.jpg


796 :日本@名無史さん:2006/09/11(月) 16:44:04
見えんのね

797 :造り酒屋:2006/09/11(月) 23:49:14
破棄証明のことについて、私も便乗質問です。

今まで(ちゃんとやったのは途中からなのですが)郵送請求の時に
「破棄証明をお願いします」と付け加えていますが、

ほとんどの役場が「破棄した記録もないので破棄証明も出せません」との
返答でした。

大体、返送の書類と一緒にそういうメモなどが入っていて、それは保管していますが、
それ以上、役場に問い合わせたりしたことはありませんでした。

>>794 藤さん >「本籍と戸主名を入れて一筆ください」というお願いなどは、
郵送請求の場合、どのタイミングでどんな方法ですればいいのでしょうか。

798 ::2006/09/12(火) 23:16:19
本日、25祖父の葬儀より戻ってまいりました。

>>797 造り酒屋さん
私の場合、請求用紙に『破棄証明かそれに類するものをください』と書き、
その後に『ない場合は本籍と戸主名を入れて一筆お願いします』と書いています。

破棄証明のことだけ書いておくと、破棄証明自体を作っていない自治体は出せないので
たいてい電話がかかってきましたのでその時に言ったりもしていました。


799 ::2006/09/12(火) 23:19:11
>>796
再度、どうぞ。
http://www.uploda.org/uporg513052.jpg

800 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 03:46:01
こりゃ廃棄証明じゃなくて、非存在証明‥‥でもないな。
探索発見不可証明だな。探したけど無かった、てかw

801 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 07:02:35
外部向け報告書というべきか。
まあポストイットに書いたものを貼り付けられるよりはマシか。

802 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 15:08:18
こんな感じでスレ立てようとしたら、ホストでひっかかった。
【総合】先祖や家柄を自慢?するスレ
名前: 日本@名無史さん
E-mail:
内容:
歴史上の人物あつまれとかこの手のスレは多いので、統合しました。
本物がこんな所にくるのもおかしいね。
あと有名人の子孫知ってると言うのもこちらで。その場合は自慢しないように。
家柄たいしたことなくても先祖がすごいと地面してくれ。
例え家が百姓でも先祖わかる時点ですごいので気にするな。

先祖・・・この場合は自分の先祖。血がつながってる事になってる場合全て
(女系も含む。母親の母親とかも)証明が難しいが。
養子が入って血がつながってない場合は元の家の血筋が先祖。
家柄・・・系図上の先祖かな?血を引いてるかどうかではない。
参考スレ
先祖探しのテクニック、エピソードを語るスレE
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1149671468/
アンチ:家柄とか先祖自慢する人うざい
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1139884801/l50

803 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 23:55:39
>地面してくれ。

804 :やすべぇ:2006/09/14(木) 00:05:49
江戸時代の総本家の居住地を探索していると前に書きましたが、
県の史料目録を見ていて、新たに一つのヒントを得ました。
壬申戸籍編製時に町内を調べたときの取調書が一部の地域については各戸ごとに残っているようで、
その中の一つの表題中に総本家の当主(高祖父1の長兄の子)の名前と当時の居住地を見つけました。
やはり本家(高祖父1の長男の家系)と同じ当町でした。

残念ながら、本家に関する文書は残っていないらしく、見つかりませんでした。
ただ、高祖父1のもう一人の甥(次兄の子)の名前・居住地はありました。

気になったのは、総本家が借家と書いてあるのに対し、
次兄の子の方は地主・持ち家であることです。
次兄の子供の流れは後に町の豪商となります。
一方、総本家は既に明治初期から振るわず、
後に当町を離れ、隣町に移らざるを得なかったのでは・・・
と勝手に仮説を立てております。もちろん要検証です。
(人口、商業などいろいろな面で当町の方がはるかに活動が活発でした)

ちなみに、上記の文書は戸長をした家の文書群の中にあるようです。
今は市の教育委員会が所蔵しているとのことですが、壬申戸籍非公開という状況を考えると、
教育委員会のような公的機関は見せてくれないのではないでしょうか。
確か、ボンチさんのケースでそんなことがあったような。

805 ::2006/09/14(木) 00:10:30
>>800>>801 さん

自分としては、『ないよりはまし』と思っています。
>>801さんが言うように、前にポストイットで『これ以上ありません』と
やられた役所なので、再度請求した際に電話でぎっちり言い含めました。

806 :日本@名無史さん:2006/09/14(木) 22:22:49
>>804 やすべえ様、お久しぶりです。たまに読ませてもらっていましたが、最近、活動会から離れてしまっております。
しかし皆様に刺激され、私も家系図を造り直したりチョコチョコやっています。

私の高祖父の場合でも次男が総本家を継いでいる先祖がいまして、この件で博物館と交渉したことがあります。
いきさつとしては、古文書目録にこの家系の村の人別帳が保管されていることが判りました。
色々当った結果、市立図書館に併設されている、市史編ざん室に、閲覧許可を貰ってくれと云われました。
その前に古文書提供者のお宅に承諾書を貰いに行き、それを編さん室に渡し、その結果、閲覧okでした。

公的機関で見せて貰えた、私なりの最高レベルは未だにこの件のみです。
一時は壬申戸籍も、と躍起になっていた時期もありましたが、あまり問題になるとと思い、その後、全くアタックはしていません。
もう一箇所、小さな地元の資料館という話もしましたが、こちらも同じような理由により、行っていません。

少し余談っぽい話ですが、古文書活動している方と少し知り合いになれるチャンスがあったと話ましたが、
その後聞いた話ですが、公的機関が、様々な民家から古文書類を預かってきても、整理されずに、しかも大量なレベル
で放置といいますか、そんな感じで倉庫に眠っている自治体もあるようです。(あるいは複写されたものが整理されず大量に眠っている)

また、私の知る、とある統合したばかりの自治体では、統合後に、古文書の整理の音頭を取っていた人が場を離れてしまった為に、
教育委員会が廃れてしまったりとかもあるようです。

地域によっては、市民の、古文書に興味のある方々が先頭を切って、それらを整理しようと、市側に働きかけている動きも実際あります。
(もしかするとこのような状態のなかで参加して、うまくすると・・・などとまだ少し夢を。)


807 :日本@名無史さん:2006/09/14(木) 22:50:14
うちも倉いっぱいの古文書を国にもってかれたけど、一向に返してもらえず何十年も経つよ
絶対放置されたまんまだと思う・・・
返してもらったところでみみずのような字でおいらには読めないし
保存も大変だから返してもらわなくてもいいとして
せめて整理研究して一般が閲覧できるようにしてホスィ(´;ω;`)

808 :先祖マニア:2006/09/15(金) 02:02:10
>>804

やすべぇさんも少しずつ新しい発見がありますね
結局高祖父は3男なのですよね?

高祖父の一番上の兄(総本家)の場所はかなりの確率で隣町だと推測されますので
その方に手紙書き書き作戦ですね
墓までは移動しませんので運がよければ墓の場所を教えてもらえるのでは?
それと平行して次兄の子孫にも手紙を出して色々教えてもらいましょう

>>806
ボンチさん
お久しぶりです、家系図をチョコチョコ修正するのってその時間が楽しいですよね!
また活動が活発になったら報告ください



809 :造り酒屋:2006/09/15(金) 22:25:48
>>798 藤さん ありがとうございます。

自分の分は一応取り終えたので、主人の残りの分を請求する時に
使ってみます。

確かに、「ポストイット」の役所もありますね。


810 :やすべぇ:2006/09/15(金) 22:42:35
>>806
ボンチさん、お久しぶりです。
興味深いお話、ありがとうございました。
文書があるのに保存も利用も適切に行われていない、
という例は全国的に見ると、少なくないのでしょうね。
>>807さんのお話も合わせ、心配になります。
私が見た史料目録には、以前に調査したときには存在したのに、
再度調査したときには行方不明になっていたという史料も出ていました。

>>808
>結局高祖父は3男なのですよね?
口伝によれば、兄弟が少なくとも3人いて、その中では一番下だったようだ、ということしか分かっていません。
維新前に死んでいるため、戸籍では生まれ年を確認できません。
墓にも本家仏壇の過去帳にも享年は書いてありませんでした。
ともかく総本家に手紙を書こうと思っています。基本とは思いつつ、なかなか進めずにいます。
総本家の墓は高祖父1と同じ寺内共同墓地にありましたので、
あとは位牌や過去帳、古文書、系図などが残っていれば、と思っています。
次兄の子孫の家には市史作成にも提供された史料があるようですので、そちらもトライしてみます。

811 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 23:51:12
>>805
ウチは、まんまの状態でとっといてます。

http://www.uploda.org/uporg515946.jpg.html

812 ::2006/09/16(土) 21:47:18
今日、母方の除籍謄本が届きました。
以前詰めきれなかったところの役所に再度請求するのですが、
新規で請求するのはこれが最後になります。
旧土地台帳作戦が使えないので、これからは祖母方に手紙作戦と本の中から手がかり探しに
なります。
父方の聞き込みは早くても来年になります。

>>811さん
今日来たのが、まさしくその状態でした。
前のはコピーを取る時になくしてしまいました。



813 :やすべぇ:2006/09/17(日) 23:40:03
>>804の続きですが、史料目録をよくよく見ていたら、
他のページに高祖父1の長男を戸主とする本家の壬申戸籍取調書も載っていました。
これを見れば、当時、少年だった曾祖父17が載っているでしょうし、
明治19年戸籍では不明だった高祖父1の長女が載っているかもしれないのですが・・・

目録の記載によれば、当時の本家は借地住まいだったようです。
旧土地台帳では地主になっていたので、明治20年代までの間に、
どうにか土地を買えるほどには店を繁盛させた、ということになるのでしょうか。
分家して新たに店を開いた高祖父1が比較的早く死んだあと、
若い長男が跡を継ぎ、高祖母2が実質的に取り仕切って尽力したと伝わっています。

あと、これも目録からですが、
宗門人別帳も戸長の家にあったものが今は教育委員会に所蔵されているようです。
要調査事項が増えました。

814 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 11:59:04
祖父の家に刀があったから先祖は武士かなぁと思っていたが
幕末頃の備中国の各村の庄屋リストに同じ苗字の人発見
希少姓だしその村と本籍地も近いし先祖なのかなぁ

815 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 12:13:58
≫814
先祖探しスタートですね

816 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 14:51:22
まず戸籍除籍とれ

817 :先祖マニア:2006/09/18(月) 19:34:34
>>813

色々資料があっていいですね
あとは教育委員会で閲覧できるかですね


>>814
稀少姓なら可能性はかなり高いでしょう、他人が稀少姓を使用するのは考えれないので
816さんのいうとおり
戸籍、親族の聞き込み 墓などの調査でサクット分かる気がします




818 :先祖マニア:2006/09/18(月) 19:39:49
今日は以前浅右衛門さんに解読していただいた法名帳を纏めたものを
叔父さんの家にもって行きました、大変喜んでくれてよかったです



原本をもう一度見せてもらおうとしたら  叔父さん紛失していました

ショックです。

幸いコピーしたものがありますので何とかなりますが原本が無くなったのは
非常に残念です。

みなさんもそのような資料があったら、コピーかデジカメでとっておいたほうが
いいですよ
一期一会の精神ではないですが、資料も二度と見れないと思っておいたほうが
いいです。
今回は別の家の(先祖の家)位牌を再度見に行きたかったのですが、叔父さんも
自営の仕事がかなり忙しくて言えずじまいでした

819 :浅右衛門:2006/09/18(月) 20:14:29
>>818
そうですか、私も嬉しくなります。
資料の紛失、行方不明は私も何度も経験しております。
コピーできるものはコピー、できないものは写真撮影、
これはきわめて重要ですね。
「また今度」というのは非常に危険ですし、本当に
「今回が一度だけのチャンス」と思っておいたがいいです。

820 ::2006/09/18(月) 21:04:56
すみません。
どなたか解読お願いします。
父 丑松 なのは判るんですが、母の名前が読めません…。

http://www.uploda.org/uporg519641.jpg

821 :やすべぇ:2006/09/18(月) 21:04:57
>>817
遠回りのようですが、いきなり教育委員会に掛け合うのではなく、
まずは郷土史家に会ってみようと思います。
目録には載ってない史料の状況も分かるかもしれませんし。

>>818 >>819
父の実家を取り壊したときに文書がいくつか紛失していることに最近、気づきました。
不幸なことに、取り壊し当時、私は先祖探しから離れており、不用品として処分されてしまったようです。
一部は筆写しておいたのですが、いま思えば、アホなことをしました。
本家の過去帳も気になります。
コピーと写真撮影、肝に銘じます。

822 :浅右衛門:2006/09/18(月) 21:08:39
>>820

「登免」→ 「とめ」様ですね。

823 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 06:54:13
本家の定義はなんでしょうか
うちの祖父は五男(長男次男夭折で実質三男)ですが、
先祖代々の家に住み墓を守ってるので本家とみていいんですかね?

824 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 10:22:53
名跡を継いでいることでは。
しかし本家だと思っていたら実は昔分かれた分家で
本家は別だったってのが結構ありますね

825 ::2006/09/19(火) 21:29:01
>>824 浅右衛門さん

>「登免」→ 「とめ」

ありがとうございます!
「免」=「め」ですか。さっぱり気づきませんでした。




826 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 22:27:44
すみません。初心者なものでスレ違いの質問なのかもしれませんが、
自分の先祖とは、養子縁組がされている場合は先祖は血縁関係があるほう
の家系を調べていくということで大丈夫でしょうか?
また、血縁関係がないほうの家系は戸籍または除籍謄本を取り寄せる
ことはできないのですか?
初歩的質問で申し訳ありません。

827 :先祖マニア:2006/09/19(火) 23:20:47
>自分の先祖とは、養子縁組がされている場合は先祖は血縁関係があるほう
の家系を調べていくということで大丈夫でしょうか?

どちらでもいいですし、両方しらべてもいいです
私の場合は両方調べています、ただ思い入れの強いのは血縁ですけど
また養子といっても婿養子は別に男性が女性の家に入っただけなので
関係ないと思っています



>また、血縁関係がないほうの家系は戸籍または除籍謄本を取り寄せる
ことはできないのですか?

出来ますですから養子の多い人は請求する戸籍も多いです

どんな家だって養子(婿養子含む)のない家は殆どないのでしょうか?
5代前32人を調べたらありますよ

>初歩的質問で申し訳ありません。
いえいえはじめはみんなそのようなものですから気にしないでいいですよ




828 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 23:48:51
先祖マニアさんへ

丁寧にありがとうございます。
はい。以外に養子縁組が多いのですね。。
母が養女だったので、すこしビックリしました。
(知らなかったんです。)
おばあちゃんとは血のつながりは無かったんだと
さびしい気持ちになりました。。

気が遠くなりそうですががんばってルーツを
探してみます。

本当にありがとうございました。

829 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 00:12:17
まったくの初心者です。
先祖に関するものは、江戸時代のお墓があります。江戸時代初期か中期頃のお墓ですが、女性のお墓で、2メートルほどの高さ、上に
阿弥陀如来がのっています。名字も彫ってあり、戒名は最後に大姉とあります。我が家には他は何も残されていません。
このお墓から先祖が少しでも分かるのでしょうか?
随分前に、その土地を離れていますし、昔のことを分かる人が親族にもいません。

830 :先祖マニア:2006/09/20(水) 00:22:25
江戸時代で大姉の戒名があるということは武士階級か庄屋階級でしょうね
そもそも江戸時代の初期や中期に墓を作れる人間はかなり限られてきますので
支配者階級であることは間違いないです
ただ墓が本当に初期から中期なのかは確認する必要があると思いますが
後世に大身した人物が建立する可能性もあります
江戸時代初期なら石が磨耗して殆ど読めないのでは?
苗字が彫ってあるのならお寺で聞けば何かしら分かると思います



831 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 00:54:03

阿弥陀如来の墓ですが、かなり墓石自体古いです。年号ははっきりとはよみとれませんが、
「元」がはじめに彫られていますが次の字がはっきりとはよみとれません。
お寺も明治時代初期、廃仏毀釈により、取り壊しとなったようです。阿弥陀如来はその時、土の中に埋められ
取り壊しを免れたとは聞きました。


832 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 00:59:55
古い墓ってもう表面がボコボコになってるよね・・・
天明とか宝暦あたりのはまだ読めるんだけど、あんまり古っぽいのはもう
解読不能な程風化してる・・・・


833 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 02:57:34
>>831
廃仏毀釈でも過去帳やその他は他のお寺に移されたりしてるんじゃないだろうか


834 :浅右衛門:2006/09/20(水) 08:02:23
>>831

最初に「元」がつく元号は

西暦1500年代以降では

「元亀」「元和」「元禄」「元文」「元治」ですから、

ある程度しぼりこみが可能ではないでしょうか?

835 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 08:33:13
阿弥陀如来の墓石ですが、「元文」のようにみえます。彫った字は赤く
塗られていて、わかりやすい部分もありますが、ところどころ消えかか
っていて、読めない字もあります。
墓石は鹿児島にあります。鹿児島では廃仏毀釈が激しく、ほとんどのお寺が
壊されたらしいのです。

836 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 12:49:01
>>835
まずはテンプレ実行してみてはどうでしょう


837 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 17:36:55
阿弥陀仏墓の者です。
お返事くださった方ありがとうございます。
パソコン初心者なもので、用語、操作等分からないこともあり、
ちょっと勉強して、また参ります。

838 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 21:59:55
阿弥陀仏墓さん
>>1-13
↑これをクリックして読んでみそ。

839 :先祖マニア:2006/09/21(木) 01:05:04
>>837

気にしなくても大丈夫です>>1にあるように分からなかったら質問してくれれば
ここの住人は親切なので答えてくれますよ
私も2CHを始めた時には素人でしたから


840 :日本@名無史さん:2006/09/21(木) 21:49:14
あの、僕の苗字珍しいんですけど、ググってみたんです。
すると同じ苗字で江戸時代の人が出てきました。堺で商人をしてた人らしいです。
なんと僕も堺出身なんです。
で、奇遇だな〜と思って、続けて見てたらその人が堺市内に住んでた町名まで載ってたんです。
実は・・・僕の免許証に書いてある本籍地も同じ町名・・。
その町には住んだことが無いんですが、結構下町で家が20軒ぐらいしか無いんです。

これって先祖の可能性高いですかね(^^;

841 :やすべぇ:2006/09/21(木) 22:10:07
>>840
可能性はあるように思いますが、検証は必要でしょう。
江戸時代のいつごろですか?
戸籍、墓地、過去帳、位牌、市史などの調査をしていくと、つながりが見えてくるかもしれません。

842 ::2006/09/21(木) 22:32:16
>>840さん
もしかしたら、そこが本貫(ご先祖の発祥地)ではないでしょうか?
直接のご先祖ではないにしろ、何かしらのつながりがあるかと思います。

私も祖母方本貫と思われる地がありますが、そこに至るつながりがまだはっきりしません。



843 :先祖マニア:2006/09/22(金) 00:05:07
>>840
稀少姓なら同族でしょうね
ただ血のつながりは調査をしてみないと分からないですけど

そのその江戸時代の商人の子孫かそれとも更に数代前に分かれたものかは
今後の調査にかかってきますが本籍が出来たのは明治になってからなので
840さんの祖父か曽祖父から高祖父は間違いなく堺にいたことになります
両親や祖父母に尋ねたらなにかわかりませんかね?おそらく以前はそこにすんでいたが
引っ越したということにはなると思いますが・・・

親に聞く→戸籍調べる→墓や位牌調べる→その一族に会う→その一族の本家に行く
こんな感じでどうでしょうか?
堺といえば大阪ですよね ひょっとして空襲とかで戸籍や墓がないですか?



844 :先祖マニア:2006/09/22(金) 00:36:16
今、ある先祖の家に手紙を書き終えました、この家は先日遊びに行った叔父の話では
投手が早くに亡くなってしまってしかも引越しもしたので古いことはなにもわからん
位牌もなんにもないと言われて行動をおこしていませんでした、また勝手に行動して
叔父の心証を悪くするのもなんかな〜と思い行動できずじまいでしたが、最近になって
伝承がなくても位牌はあるだろと思い是非なんとかその位牌を拝見できないものか?
と思っていました、そこで叔父の家に遊びに行った時に「その家の詳しい資料を作成して
郵送するよ」って言って郵送することを伝えました、あとはお宅へ伺えないかなと思っています

叔父なのど親族がバックアップしてくれると先祖を探すのがかなり心強いですが
その親族が否定的な場合は慎重かつ丁寧に行動しましょう
でも最終的には行動しますが

845 :日本@名無史さん:2006/09/22(金) 04:52:32
私はアプローチを試みてみようかなと思えるのは
身近な親戚がそのお家と今でも親密に交流している場合だけかな。
個人情報保護に敏感なご時世なので、なんとも世知辛いです。

846 :先祖マニア:2006/09/22(金) 22:33:35
やっと先祖の詳細調査を纏めたものが改訂版が完成しました
今回の改訂で画像をふんだんに取り込んだため枚数が倍になり今までは
クリアファイル1冊で済んだものが今回が父方、母方の2冊になりました

今後も随時更新していきますがとりあえずはほっとしています
浅右衛門さんに指摘されたようにプリントアウトとCDに焼きました

ひとまずは一安心です

847 :浅右衛門:2006/09/22(金) 23:06:16
>>846
先祖マニア様
おめでとうございます。
ひと区切りでひと安心ですね。
と同時に、また新たなスタートにもなりますね。
先祖探しの旅はずっと続きますから。

848 :日本@名無史さん:2006/09/22(金) 23:12:22
先祖マニアって言うのは、今の自分に自信が持てないから先祖を自慢する。
哀れなバカです

849 :日本@名無史さん:2006/09/22(金) 23:19:38
先祖が糞チョンだからって僻むなよwwwwwwww
どうせ自分もコンプの固まりなんだろwwwwwwww

850 :やすべぇ:2006/09/23(土) 01:38:52
>>846 先祖マニアさん
おめでとうございます。
できあがったものをご覧になって、感慨ひとしおではないでしょうか。
ぜひあやかりたいところですが、どうも調査の方に流れてしまいます。
調査の過程でもそれまでに分かったことを中間的にまとめて、
次につなげるというのは必要だと感じてはいるのですが。

851 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 02:07:23
ここは先祖を自慢するしか能のない低能が集まるスレです。

852 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 12:26:33
まあ、キミ(ら)の言いたいこともわからんでもないけど、
具体的にひけらかしている箇所があれば、挙げてそのことを非難すればいいよ。

自分は1スレからRomってるけど、自慢げのレスなんかスレ主だけでなく、
誰ひとりしてないと思う。
部分部分、馴れ合いの気味悪い展開はあるけど、そんなのスルーすればいいことで、
全体的に比較しても良スレだよ。

それと勝手な想像だけど、キミの先祖の出自に黒歴史があったとしても、
コンプレックスを感じることはないと思う。
自分の先祖も、屠畜の名無し朝鮮人(もうね、ダブル役満だよ)が見つかったけど、
その先祖あっての自分だから、よくぞ生き抜いてくれましたって感謝してるよ。
でも、探して明らかにならないと感謝のしようがないし、ね。

それに調査は有限のものだし、自分の命もそう。だから、できるウチに伝えられる
ことを準備しておかないといけない。
それを少なからず、このスレはサポートしてくれてるんだから、キミも必要なら
まぜてもらえばいいよ。

853 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 15:03:18
我が家は佐伯(さえき)姓で代々神職でした。
やっぱり古代氏族の佐伯氏の末裔でしょうか?


854 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 15:31:33
>>852
前向きで気持ちのいいレスだ。ダブル役満にはちょっとワロタw
けどなんで屠畜ってわかったの?

855 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 23:41:38
すごい複雑な話なんですが、なるべくかいつまんで書きますと、
戸籍の内容が、それまでの尊属からの伝聞とまったく違っていたのが元です。

それから色々聞き込んで、最後は本家筋の長老さんから「あそこの女」と教えてくれたのです。
あそこ、というのはウチの地域なら誰でもわかる、川沿いの屠殺場のあったところです。
いうまでもなくB系です。

また、名無しというのは、昔の朝鮮がそうだったらしいのでわかったようです。
そこで暮らしていた朝鮮出身の先祖が、テキトーな名前貰って本家の通い奉公みたいなことを
していたらしく、またその縁で子供ができちゃった、と。。。ナンデヤネン(;ーー)ノ☆(ノ_ _)ノ

子供を引き取る段で体裁考えて、戸籍上は赤の他人のご近所さんの実子にして、
それを本家が養子として貰い受けた形にしたようです。
なので、戸籍に聞いたことのない直系が名を連ねていて、伝聞と一致しなかったわけです。

まあ当時ショックはショックでしたけど、好奇心というか知りたい、の一念が勝っていたので、
その満足感はやはり大きいです。
実感として、わからないままより全然いいです。ましてや、否定して逃げる手はありませんね。


856 :日本@名無史さん:2006/09/24(日) 00:12:28
なるほど〜。辿っていくと色んなことが見えてきますね
大人の余裕を感じました。詳しくありがとうです

857 :先祖マニア:2006/09/24(日) 21:55:43

先祖には色々な人がいてその独りでもいなかったら存在しないわけですので
自慢や蔑んだりはないです いうならば感謝ですね
ただ別に先祖を自慢してもいいとは思います(心の中でね)
他人に自慢してもしょうがないことですから
他人に吹聴すれば笑われるのがオチです

というか自慢ではなく誇りですね 

858 :先祖マニア:2006/09/24(日) 21:56:29
独り×
一人○

859 :日本@名無史さん:2006/09/25(月) 14:16:20
昔の都合悪い話は本当に聞けないな。
先妻・愛人の子とか教えてくれよと思うけど
何しろ年寄りは口が堅い。

860 :日本@名無史さん:2006/09/25(月) 14:17:52
知らない方が良いと言う事もある。

861 ::2006/09/25(月) 22:02:55
>>659で出た『母の長姉の資料』ですが、伯母に電話したところ
もうかなり昔の話なのでそのものはないそうです。
しかし、その後過去帳(自宅保管用?)を書き写したことがあるそうで、
それを更に新しく書き写したものを送ってくれることになりました。
戒名だけじゃなく、俗名もちゃんと載っているといいのですが…。


>>859 さん
そこまで直接聞きますか?
私は除籍から「あぁ、このひと再婚なんだな」「結婚前の子なんだな」とか情報は読みますが、
そこまで直接は聞きません。
関係ない話から攻めるとぽろっと相手がもらしてくれる可能性もありますけど。
もしくは一代下から話を聞くのもいいかもしれません。
(つまり祖父母のことならおじおばから、聞く、ってことです)
案外聞こえてこない話が聞こえてきたりします。

862 ::2006/09/25(月) 22:07:10
妻子のリンク、>>695でした。
失礼しました。

863 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 10:06:42
>>861
>そこまで直接聞きますか?

聞き方は微妙だけど何でも確認はしますね。
今現在では、三度同じ質問してやっと所在を教えてくれた系統に
会う準備をしてるし。


864 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 10:46:46
>>863
会うのは面識のない人(家)ですか?


865 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 13:27:55
>>864
もちろんです。年寄りは口は堅いけど記憶に難が
あるので誘導質問的に三度したら、ついに
「世田谷だか目黒に引っ越した」って答えてくれた。
あとは三〇年前とかもっと古い住宅地図の
世田谷・目黒・大田区を総アタックしてやっとみつけたよ。
ただお陰で今疲労困憊。それで準備中なの。

866 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 13:53:29
>>865
総アタックというと電話か手紙攻撃ですかね。
あやしまれなかったですか?


867 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 17:28:19
>>866
ゼンリンが発行している住宅地図には各戸に世帯主が記載されています。
それを三区分、全部見て確かめたの。
先に電話帳を調べてみたけどやっぱりなくてね。
仕方なく全部見た。しかもマイクロフィルムだし目が潰れるかと思った。

868 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 19:05:02
>>867
それで直接お会いできるんですね。お疲れ様でした
私の場合は杞憂が先に立ってトライは見合わせてますが・・・
お話が聞けるといいですね


869 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 20:37:07
うちの年寄りはむしろいろいろ話してくれた。
今の倫理じゃおかしいけど、昔はこうだったよ、みたいなスタンスだったな。

870 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 09:18:48
昔はそういう事もよくあったんだろうね

871 :先祖マニア:2006/09/28(木) 23:46:49
>>865

お疲れ様でした
それくらいの情熱がないとなかなか先祖って調べれないですよね!

今度はその人の家に伺うのですか?

また進展があったら教えてください

ちなみに865さんの先祖の人は先妻や愛人の子供だったのですよね?
私の家は再婚同士も結構いますよ

まず祖父母が大体再婚同士です
祖母の両親も再婚同士

だから先妻若しくは先夫の間の子供とかもおり複雑です
昔のほうがも離婚、再婚は多かったのでは?と思うくらい多いです

まあ昔は当事者というよりかは姑や舅との折り合いが悪くて里に返された
パターンが圧倒的ですけどね




872 :先祖マニア:2006/09/28(木) 23:59:11
追加

妻の祖母は曾祖母と元東京市市議会議員の男との子供だったらしいです。
この前義父の弟さんに教えてもらいました





873 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 00:03:28
このコテちょっとキモいな


874 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 11:36:34
>>871
住宅地図以外では勤務先のOB録を使ったことがあります。
某生命保険会社に大叔父が勤めていたと聞いて知人を介して
資料部にお願いしました。
今はプライバシーの問題があったり大合併で処分したと
思いますけど、以前は大らかで物持ちも良かったせいで
氏名・住所・電話番号がすぐわかりましたね。
さらに保険外交員なら絶対親類を顧客にしてるはずなので
ダメ元で顧客データを訪ねましたが、さすがにダメだ、と。
でもやっぱりずうずうしく聞いちゃう。

875 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 12:33:12
相手が迷惑とも思わない自己中で無神経なのが集うスレってことか
かなり呆れた

876 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 12:38:33
先祖の数は4代前だけでも30人に及ぶわけだが、どれくらいの地位の先祖で凄いと言えるのかな?
また名士(官僚、市町村長、市議等)がいる割合はどれくらいだろうか?

877 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 12:47:42
>>875
自己中で無神経なんじゃない。
基地害なんだ。

878 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 23:28:51
>>877

同意w

879 :先祖マニア:2006/09/29(金) 23:31:22
>>876

私の場合4代前全て農民です
名士って殆どないのでは?

というか友人の場合は祖父が町長ですけど昔からの地元の名士
だったみたいです、やはり婚姻関係をみても士族ではないですが
農民でも上層階級ぽかったです(田んぼの面積や資産など)

やはり昔は同じ位のレベルで結婚すると思うのでそのような方の先祖には
名士が集まるし、そうでない私の家みたいな場合どこまで行っても出てこないと
思います。




880 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 23:52:51
>>879
変な煽りに反応するの止めましょうよ

881 :やすべぇ:2006/09/30(土) 01:38:28
お久しぶりです。今のところ、実質的な進展はありません。
手紙を書いてるのですが、なかなか進みません。
これまでの調査を振り返るよい機会にはなってるように思います。

>>871
私の直系にも再婚が3人いますね。
先妻の子と後妻の親との確執もあれば、先妻の子を立てた後妻もいます。
家によっては離婚や離縁も多い感じがしますね。

>>879
自分の知る限りでは、商家どうしでの結婚の事例をよく見ています。
意外に通婚圏は広かったようです。
政略的なものもあったのでしょうか
(商売敵と手を組まないように姻戚関係を結んだ?)

婚姻関係を結ぶかどうかは職業的な遠い近いも背景にありそうですね。

882 :日本@名無史さん:2006/09/30(土) 01:51:49
職の云々、富の云々で貴や賎というわけではないでしょう。
きちんと先祖を尊び、伝承を残しているから尊いんだ。

私の家は、墓の銘では宝暦までさかのぼれ、家名では戦国中期までは上れるはずなんだけれど、ろくな伝承・遺物は残ってない。
残念で、もったいないことだ。



…どうしても突っ込ませてくれ。
>クラゲ
>タコ
>サル
>ヒト
>じいちゃん
>親父
>俺

そんな人間はいない。
言うなら、
「ホヤ→魚→(以下略)」
だ。

883 :日本@名無史さん:2006/09/30(土) 07:00:59
>>879
私は祖父が町長、外祖父が県幹部、高祖父が官僚、五世祖父が町長ですが、
これだけ実力者がいるのは珍しい方なんですかね?
先祖は双系だと鼠算的に倍増するから、ある程度は実力者がいてもおかしくないみたいに言う人もいますが

884 :日本@名無史さん:2006/09/30(土) 12:10:17
昔は家格が釣り合う家同士で婚姻したから親戚は同じような職種になるんですよ
ご維新以前は特に顕著ですね

885 :日本@名無史さん:2006/09/30(土) 21:21:48
うちは1高祖父従兄弟が外相、26祖母の従兄弟が国会議員だった
いわゆる分家繁栄型のダメ家系だなw

886 :日本@名無史さん:2006/09/30(土) 21:39:14
高祖父の従兄弟まで調べたのか。すげえなw

887 :日本@名無史さん:2006/09/30(土) 23:49:40
俺の高祖父の従兄弟は俺の住んでる町の村時代の村長だった
郷土史料に墓の場所が掲載してあったので墓参りに行ったが
子孫に「誰ですか」とか声かけられたら「あなたの高祖父と私の高祖父が従兄弟でして」とか
説明しても多分親戚扱いはされないだろうからそれ以後行ってないw

888 :日本@名無史さん:2006/10/01(日) 08:31:40
ぼやぼやしてたら私の戸籍が80年になっちゃうよ〜♪
ほったらかしたら廃棄で先祖にゃお目にはかかれない〜♪
(山本リンダの替え歌)

889 :日本@名無史さん:2006/10/01(日) 08:44:18
むしろ、その方がいい人も多いかも。
小作人や水呑百姓の先祖など、廃棄で抹消してもらった方がスッキリするとかな。

890 :日本@名無史さん:2006/10/01(日) 12:19:14
>>887
確かに。懸命だなw

891 :日本@名無史さん:2006/10/01(日) 13:10:02
>>890
懸命?→賢明だろ。


892 :日本@名無史さん:2006/10/01(日) 13:26:35
実際、何代も前に分かれて行き来もなくなった顔も名前も知らない奴やら、
女系の女系のそのまた女系みたいなつながりしかないようなアカの他人から、
親戚ですとか縁者ですとか言われてもピンとこない。

墓を守ってる子孫にしてみれば、闖入者でしかないよ。
数代前とはいえ、戸籍を探られたら、家の中のぞかれてるみたいで気分よくない。

893 :日本@名無史さん:2006/10/01(日) 15:06:26
>>892
そうなんだよね。叔父が本家の当主なんだけど辟易してたよ
先祖の分家の子孫とかその婚家先の子孫とかを名乗るのが来るって。
行き来もなく顔も知らない、ほとんど他人同然な子孫と名乗る人に来られても
迷惑なだけなんだよね…


894 :日本@名無史さん:2006/10/02(月) 07:25:11
いい加減スレチガイ

895 :日本@名無史さん:2006/10/02(月) 10:13:05
自演のほうが
迷惑なだけなんだよね…

896 :893:2006/10/02(月) 12:00:49
もしかして俺?自演じゃないよ。
相手側がそういう風に思ってるってことは心に留めておいてほしかった。
スレ違いだから消えます


897 :飛瀬:2006/10/02(月) 21:31:56
ハッキリいうと先祖調査云々って言われるときもがられますよ!
俺は史学科やけど友達にいうとオタクな趣味は頼むからやめてくれっていわれるよ!
みなさんも注意しましょう。

898 :先祖マニア:2006/10/02(月) 23:11:53
以前手紙を出した方から本日お電話を頂きました
結果は是非来てくださいとの事でした

その家の方は昔のことがよく分からない(父親が全く教えてくれなかったので)
のですがなにか質問されて分かるようなことがあればお答えしますとの事でした

まずは 家紋 位牌の有無 菩提寺は教えていただきたいと思います

この前の手紙には詳細な家系図と昭和14年当時の葬儀の写真(祖母の兄)を
加工して名前を入れて送りました

大変喜んでいただき今度ご自宅に伺うことになりました9〜10月は忙しいといわれたので
おそらく12月になろうかと思います

ちなみにその方と共通の先祖は高祖父になります。
ですが叔父がこの家の方と親戚付き合いをしていたため昔から私の存在も
知っていたらしいです。
結局少しでも付き合いがある(あった)のとこちらが真摯な態度で臨めば
相手の方にも理解されるのではないでしょうか?

この件に関しては進展がありましたら報告致します。

899 :先祖マニア:2006/10/02(月) 23:22:55
もう一点 別の話になりますが会社の後輩の家に家系図あるのですが
家系図の人物の説明を依頼されました


初めて本物の家系図というものをみました(コピーですが)

まあ最初が天武天皇だったのであ〜あでしたが
ただその人物の説明が漢文なので正しく翻訳できるか自身ありませんけど
船岡山の合戦で討死したのだけは理解できました
これから解読してみます(字は祖母が書き写したばかりなのできれいな字でした)


900 :浅右衛門:2006/10/02(月) 23:37:14
>>898
そうですね。血がつながっていますからね。
お父様や叔父様にとっては、親のいとこの家ですから、近いと言えば近いですね。
今は、核家族、少子の時代になって、親戚づきあいもあんまりしない家が
増えてるようですが、悲しいことですね。
少子の時代だからこそ、親戚づきあいが必要になると思うんですが。
私たちの世代では、「いとこ」とは、兄弟みたいに遊んだりしてましたけどね。
もちろん今でもしょっちゅう遊んだりしてます。

進展が期待できますね。いい話をお待ちしています。

901 :やすべぇ:2006/10/03(火) 00:25:41
郷土関係の書籍によると、江戸時代当時の町の絵図がどうも何枚か残っているようで、
家々の当主(店主)の名前も書いてありそうです。
所在を確かめて、見てみたいものだと考えはじめています。
時代を通して見てみるといろいろ変遷も分かりそうで、生活の状況の輪郭も見えてくるのでは。
いざ見ることができても、崩し字はクリアしないといけないですね・・・

>>897 飛瀬さん
お久しぶりです。
私は理学系だったからか、思い出すと、友達の受け入れは若干よかったように思います。
役に立たなそうなことでも興味を示すという意味では理学系の人間にはバリアが低かったのかも。

>>898 先祖マニアさん
あ〜、うらやましい(笑)
今、せっせと手紙の下書きをしているつもりなのですが、
うまく書けず、停滞しています。

>>900 浅右衛門さん
>私たちの世代では、「いとこ」とは、兄弟みたいに遊んだりしてましたけどね。
一応、その世代かもしれません。
年下のいとこたちを引き連れて、悪さばかりしていました(させていました)。
自分の場合、たまたま近所に住んでいたから、というだけのことだったのかもしれませんが。

902 :先祖マニア:2006/10/03(火) 00:38:02
>今、せっせと手紙の下書きをしているつもりなのですが、
うまく書けず、停滞しています。

当って砕けろ精神です、私もそんなにたいした文章は書いていませんよ
でも熱意だけは書いています
それと、その方の先祖との共通できるようなもの(エピソードや共通先祖名
など)それだけでも全然違ってくるのではと思います

小さいときはイトコの家には夏休みや冬休みにはいつもいって遊んでいました
祖父母の時代になると近所にイトコがいるケースが多いと思いますので
さらにもっと遊んでいたのかもしれませんね、他にも近所ということで
イトコではなくフタイトコとかも付き合いがあったのかもしれません



903 :飛瀬:2006/10/03(火) 01:40:20
やすべぇさん
こんばんは!
うーん、理系のひとの方が研究熱心ですしね。
友達なんか僕より頭はいいですがはっきりいって大学の講義に熱意ゼロです。
僕は熱意だけは負けないつもりです。
それと今古文書も触りだけやってます。
二回になると本格的にやるようなので楽しみです。

904 :浅右衛門:2006/10/03(火) 07:52:19
>>903
飛瀬さん
史学科の学生さんでしたね。うらやましいです。
私も史学科にいけばよかったと今になって思っています。
私が古文書に取り組み始めたのは三十歳になった頃でした。
飛瀬さんはまだまだお若いので、学生時代に、その熱意で
いっぱい勉強すれば、すぐにすらすら読めるようになりますよ。
たのもしいですね。

905 :日本@名無史さん:2006/10/03(火) 08:13:36
俺の友達で血縁なしの他人を養子にしてた家の人いるんだけど、
この場合て先祖は自分の家の血縁なしの先祖か、他の家の血縁上の先祖か、どっちになるのかな?
やはり自分の家になるのか?

906 :日本@名無史さん:2006/10/03(火) 09:17:13
まずは自分の家を調べたらどう?

907 :先祖マニア:2006/10/03(火) 12:26:30
>>905

私は両方だと認識しています
2つは別々のものだとおもうので系統で調べていくのと血統で調べていくのが
あってもいいと思いますよ

ちなみに私は血統のほうに重きを置いています(系統をないがしろにしている
訳ではないですけどね)

908 ::2006/10/03(火) 20:21:33
地方の図書館に、祖母方の苗字のことについてメールで問い合わせておりました。

結果、同じ苗字の人が数人、複数の資料の中に出てくるものの、下の名前の表記が違ったりしていて、
同一人物もしくは血縁関係の有無まではわからないと言われました。
地元の図書館からでも資料貸し出しの請求ができるとのことなので、図書館の利用登録を
してこようと思います。


>>897 飛瀬さん
親やおじおばには「先祖のこと調べてる」と言うと、かなりウケがいいです。
叔母(父の妹)にもこれでいろいろと語っていただいたりしました。
みんな調べようとして調べたことがないからでしょうか。
でも友だちにはなかなか言えませんね。
古文書の勉強、いいですね。
私も学生時代にしておくべきでした(反省)。

909 :日本@名無史さん:2006/10/04(水) 06:54:29
>>907
同じ認識です
しかし同じ様に家が女系の場合は男系を意識してしまいませんか?
例えば徳川家の場合、現宗家の恒孝氏は会津松平家(男系のみで辿ると水戸家)からの養子ですが、
彼は自分の血統を徳川宗家で意識するのか水戸家で意識するのか興味深いですね

910 :先祖マニア:2006/10/04(水) 22:11:13
>>909

>しかし同じ様に家が女系の場合は男系を意識してしまいませんか?
私の場合自分の家がそのようなケースでないのでよく分かりませんが
おそらく平等に意識すると思います

結婚   女性が婚家に入る
婿養子  男性が婚家に入る
ただ男性か女性かの違いだけかなと思うので両方とも一生懸命に探します

徳川家の場合は水戸家も更に遡ると宗家(家康)になるので結局のところは
同じですね


911 :先祖マニア:2006/10/04(水) 22:55:16
http://www.uploda.org/uporg537395.jpg

すみません詳しく解読していただけませんか?
なんとなくは分かるのですが詳しくわかりません

またこのような戦いはあったのでしょうか?
応安7年って足利義満がまだ16〜17歳だとおもうのですが
九州に行ったという記録がないので???です

912 :浅右衛門:2006/10/05(木) 19:39:08
>>911
応安七年(北朝)は西暦1374年にあたりますね。
問題はその次の干支です。
「甲丑(きのえうし)」という干支はありえません。
干支として無いのです、そんな年は。

それに1374年は「丑」年ではなくて「甲寅」です。

十干と十二支の組み合わせは120通りですが、実際、干支で使われるのは
その半分の60です。

重要な年号に誤りがあるというのは、その他の記述も、慎重に検討を加える
必要があると思います。

字体は最近のものですね。書き写しされたのでしょうか?


913 :先祖マニア:2006/10/05(木) 22:38:25
干支が違うのですか!!
そこまでは見ていませんでした

よく検討します

書き写しは平成6年にしております
なのでその時かそれより以前の書き写しに間違いがあったのかもしれませんね
ひとつありました 静太郎が別のところでは醜太郎となていましたし・・・

他も記述も見て見ます

914 :浅右衛門:2006/10/05(木) 23:00:09
>>913
干支については、写し間違いの可能性が高いと思います。
「寅」の異体字に、かぎかっこのなかに横一を書いたような字が
あります。説明しづらいですが、「司」の字の中の「口」が無い
ような字です。これは、くずして書くと「丑」の字と似ているといえば
似ています。
それで「甲寅」を「甲丑」と写したのではないでしょうか。

それから、応安八年(厳密に言うと二月に永和と改元)の夏、肥後国
水島(現在の熊本県菊池市七城町水島)で北朝方の今川了俊と南朝方菊池武朝
とが合戦をしております。その時は、九月八日に今川方が肥前に退却してます。

中世は勉強不足で、このくらいしか分かりません。

915 :先祖マニア:2006/10/05(木) 23:04:05
大変ありがとうございます

勉強になります

他のもUPして見ます


916 :先祖マニア:2006/10/05(木) 23:21:00
http://www.uploda.org/uporg538255.jpg

何か分かることありますか?

宗連は応仁の乱の時に山名宗全に属したのだと思いますが
種連が永正5年に義尹公云々が分かりません


917 :浅右衛門:2006/10/05(木) 23:53:58
>>916
義尹は「よしただ」。足利幕府第10代と第12代(再任)将軍。
「御帰路ノ時供奉」→どこからどこへの帰り道か分かりませんが、お供したようですね。


918 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 02:18:42
>>916
足利義尹は明応の政変で敗北した後、永正五年に帰京して将軍に再任されたのでその帰京行にお供した
義尹方の武士だったってことなんじゃない。
『義尹』でググってtopにきたwikipediaに書いてありましたけどね。

919 :質問者:2006/10/06(金) 18:32:44
先祖関連の古文書について質問です。二つあります。
自分でも古文書の本を読んだり、周囲に聞いたりいたしましたが、どうしても確定できないでおります。
どうか、お力をお貸しください。よろしくお願いします。

http://www.imgup.org/iup270924.jpg.html
↑一つ目は、18世紀の過去帳です。これは、「仁兵衛母」で間違いないでしょうか?
個人的には、「兵」の字がなんかおかしいように思えてなりません・・・。。

http://www.imgup.org/iup270932.jpg.html
↑二つ目は、これも18世紀の城下絵図です。右上の区画の人物(苗字が消してある)の名前は、「権兵衛」でしょうか?
他の資料などから、「権兵衛」ないしは「権之進」のいずれかの可能性が高いと考えているのですが、
「権」に続く二文字(特に三文字目)が確定できず困っております。

よろしくお願いします。

920 :質問者:2006/10/06(金) 18:37:44
↑は間違えて受信パスワードを設定してしまったので、両方とも削除した上で、>>441に訂正させていただきます。すみません。

921 :質問者:2006/10/06(金) 18:38:37
>>922の間違いでした。相当アセってますね私(笑)

922 :質問者:2006/10/06(金) 18:39:19
先祖関連の古文書について質問です。二つあります。
自分でも古文書の本を読んだり、周囲に聞いたりいたしましたが、どうしても確定できないでおります。
どうか、お力をお貸しください。よろしくお願いします。

http://www.imgup.org/iup270940.jpg.html
↑一つ目は、18世紀の過去帳です。これは、「仁兵衛母」で間違いないでしょうか?
個人的には、「兵」の字がなんかおかしいように思えてなりません・・・。。

http://www.imgup.org/iup270943.jpg.html
↑二つ目は、これも18世紀の城下絵図です。右上の区画の人物(苗字が消してある)の名前は、「権兵衛」でしょうか?
他の資料などから、「権兵衛」ないしは「権之進」のいずれかの可能性が高いと考えているのですが、
「権」に続く二文字(特に三文字目)が確定できず困っております。

よろしくお願いします。

923 :浅右衛門:2006/10/06(金) 19:41:05
>>922
一つ目は「仁左衛母」。
二つ目は、ちょっとぼけて見えづらいですが「権兵へ」だと思います。

924 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 20:26:34
浅右衛門さんは凄いですね

925 :日本@名無史さん:2006/10/07(土) 01:41:04
>>922
1枚目は「仁左衛母」に読める
2枚目は「権右衛門」や「権左衛門」のタイプにも見えるのだけど・・・

もう少し鮮明な画像は無いの?

926 :質問者:2006/10/07(土) 11:57:43
>>923浅右衛門さん、>>925さん、早速の回答ありがとうございます!
実は、いずれも非公開の資料で、原本しかなく、コピーは無論不可だったので、
私がデジカメで撮るしかなかったのです。二枚目などは保管所まで二度も通って撮ってみたのですが、アップしたのが最も鮮明な画像でした。
私の撮影の腕の拙さのせいでご迷惑をおかけします。

一枚目は「仁左衛母」ですか!「兵」だとばっかり思い込んでいました。
「仁左衛門母」や「伊左衛門母」、「善左衛門母」なら他の資料と整合性が
あるのですが、あの時代(18世紀)に「仁左衛門」の意味で「仁左衛」と表記する
ことはなかったでしょうか?質問ばかりですみません。



927 :質問者=922:2006/10/07(土) 12:15:48
↑を読み返して見ましたが、「非公開」はヘンですね。正確には、一枚目が一般者には
非公開(我が家の資料ではない)、二枚目が公開はしているが二週間ほど前から予約を入れる必要あり、という感じです。

二枚目はやはり三文字目が曲者ですね。。ご意見を伺っていると、「権之進」はとりあえず
ないみたいですね。「権兵へ」(ないしは「権兵ゑ」??)だとした場合、三文字目の下にある「ゝ」みないな点の解釈が面倒ですね。

「権右衛門」「権左衛門」のタイプと考えた場合、一応、この二枚目の区画の三軒隣にある「権右衛門」さんの区画をアップしてみます。
http://www.imgup.org/iup271282.jpg.html
こちらは字を書くスペースに余裕があるので、もろ「右衛門」となっています。字を書いたのは同じ人物と思うのですが、やはりスペースが違うので較べられないですかね・・・

928 :浅右衛門:2006/10/07(土) 16:50:58
>>926
仁左衛は「仁左衛門」の意味だと認識しておりましたが、説明不足で
申し訳ありませんでした。我が家にもそういう表記の古文書があります。
省略しただけだと思いますが。

>>927
三文字目の下にある「ゝ」? ありますか?
それは見えてませんでしたが。もう一度よく見てみます。
三軒隣は「権右衛門」ですね。



929 :浅右衛門:2006/10/07(土) 17:14:32
>>927

「ゝ」と言われるのは、その隣の欄の「抱屋敷」の「抱」の手へんの
上の横棒ではないでしょうか?
「門」の下に(中に)「ゝ」というか「点みたいなの」があるとすれば、
それは「門尉」→「もんのじょう」と読めますね。

それよりも「へ」らしき文字の右端の罫線と接触している部分が
そのままなのか→「へ」
ひらがなの「つ」のように内側に返っているのか→「門」
これはあくまでもこれまで見た中での話です。
そのままでも「門」と読めるような気もします。
そうなると>>925さんがおっしやるとおりで
「権衛門」の可能性もありますね。

930 :質問者=922:2006/10/07(土) 20:04:36
>>928-929浅右衛門さん、またも早速のご回答、ありがとうございます。
(消えてしまったようなので一応再アップします。
一枚目http://www.imgup.org/iup271432.jpg.html
二枚目http://www.imgup.org/iup271433.jpg.html

「○左衛」は「○左衛門」の略式表記なのですか。大変勉強になりました。ありがとうございます!
ついでにもう一つお聞きしたいのですが、「○右衛門」という名の人物を「○左衛門」として書く
ことはないでしょうか?(または逆に「○左衛門」→「○右衛門」)
我が家の資料に「仁左衛門」はいなかったけれども「仁右衛門」はいたので、もしかしたら一枚目の「仁左衛(門)」では・・・と考えております。


931 :質問者=922(つづき):2006/10/07(土) 20:11:02
二枚目に関しては、おっしゃるとおり、「抱屋敷」の「抱」の手偏の横棒でしたね。ご指摘ありがとうございます。
「権兵衛」の「衛」は歴史的仮名遣いでは「ゑ(ヱ)」ですが、「権兵ヘ」と書くことがあったのでしょうか?
くだらない質問ばかりですみません。二枚目は私のような(笑)当時のシロウトが書いたもの
ではなく、藩の公式の城下絵図なので、少し気になってしまいました。

932 :浅右衛門:2006/10/07(土) 20:38:41
>>930

今回の分が略式表記かどうかは分かりません。
そういう例があって、私はそういう認識をしてるだけです。

「○左衛門」と「○右衛門」とはよく似ています。
あなたの家に「仁右衛門」様がいらっしゃって、今回の「仁左衛」とを
安易に結びつけるのは危険な考え方だと思いますよ。
たしか、今回の史料はあなたの家の史料ではなかったですよね。
他に裏づけ史料があるならば、話は別ですが。
こういう場合はもっと精密な検討を要すると私は考えますが。

>>931
「権兵へ」と書くことがあったかと問われると答えに窮します。
「権兵へ」ではないかと私が思ったとだけ理解していただければと思います。
一般的に言うと、「現代の常識が当てはまらないことがいっぱいある」との認識
のうえで、いろいろと考えてみるのがいいと思います。



933 :質問者=922:2006/10/07(土) 20:59:50
>>932
ご指摘ありがとうございます。
「仁左衛」と「仁右衛門」の件は、ここから先、更に手紙を出して調査を進めるに
際して、私が考えた仮説を提示して、こうこうこういう理由で手紙を出させていただきました、
と先方に説明するという文脈での話でした。舌足らずですみません。
それにしても、当時の人物の名を日々呼び合う中では「○右衛門」と「○左衛門」は恐らく混同しない
と思われるのに、いざ文書にすると間違ってしまうこともあったんでしょうかねぇ・・・
確かに、「現代の常識」からは考えない方がよいかもしれないですね、市井の人々がどれだけ漢字に詳し
かったかとかもわかりませんし。

934 :浅右衛門:2006/10/07(土) 21:29:40
>>933
単純な書き間違いは昔もあったと思います。

「仁左衛」と「仁右衛門」を結び付けたいとのお気持ちは、
十分に伝わってきますが、

「仁右衛門」が「仁左衛門」ではなく間違いなく「仁右衛門」であるという
裏づけはあるのでしょうか?

そうであるなら、今度は逆に「仁左衛」が「仁右衛」ではないという裏づけは
私の意見だけしか無いのでは無いでしょうか。
現時点では。可能性はいっぱいありますよ。

「仁左衛母」と記入した人が、何を根拠に「仁左衛母」と書いたのか?
別の文書から書き写した可能性もありますし、その際に「仁右衛母」
を間違って「仁左衛母」と書いた可能性だってありますからね。

多くの史料を集めて、多角的に検討を加えることによって、
史実を明らかにしていけると思います。ひとつひとつ地道にですね。




935 :日本@名無史さん:2006/10/07(土) 23:06:00
>>927の画像は「権右衛門」ではなく「権太郎」だと思うよ。
頭から読むと「堀内権太郎」。



936 :日本@名無史さん:2006/10/09(月) 17:42:59
>>935
日本@名無史さん
残念ながら、質問者=922さんと浅右衛門さんの見解
のとおり、これは「権右衛門」だよ。


937 :日本@名無史さん:2006/10/11(水) 02:45:13
>>2

この2の図に関連して教えてください。

自分が除籍謄本が請求できるのって

1. 25祖父を申請→ 17,18判明

2. 1高祖父を申請→1,2判明

3. 27祖父を申請→21,22判明

4. 9高祖父を申請→9,10判明

で1〜16高祖父母で判明できるのは
1,2,9,10の4人だけだと思ったのですが?

自分は、26祖母をもとに、19曽祖父を申請できますか?
28祖母をもとに、23曽祖父を申請できますか?

自分と23曽祖父は苗字が違ってしまいますが、申請受理されるんでしょうか?

938 :やすべぇ:2006/10/11(水) 07:03:18
問題ありません。
上記3において27祖父の謄本を申請するときも苗字が違っていますが、請求できるとお考えですよね?
それと全く同じことです。

注意点ですが、あなたからのつながりを明確にできる資料(それまでに取った謄本のコピー)を同封するといいと思います。

939 :937:2006/10/11(水) 15:46:01
>>938

やすべぇさん、ありがとうございます。

今までは、父方、母方と同じ苗字の系図作りだけに集中していました。
父方の祖父の兄弟とか、母方の曽祖父の兄弟やその配偶者が並ぶような、
そんな系図作りに集中していました。

今度は視点を変えて、それだけではなくて、
1〜16高祖父母判明を目指して、そっちの系図作りも頑張ります。

ただ80年の壁が本当に悔やまれます。
もっと早くから始めればよかったのに。・゚・(ノД`)・゚・。

940 :先祖マニア:2006/10/11(水) 22:50:05
937さん
1〜16を調べるとまた楽しくなってきますよ
系図にも色々な種類があります
>>2みたいに直系尊属しか記さないものや、その家々をピックアップして
詳しく書く家系図、さらにはイトコ同士の結婚ならば2つの家の複合タイプ
などなど

家系図だけでなく その先祖の伝承や遺影、墓の写真なども一緒に書き加えれば
もっと奥の深いものになりますよ



941 :937:2006/10/11(水) 23:20:24
>>940 先祖マニアさん

アドバイスありがとうございます。
実は、「2高祖母」が分からず、少し悲しくなってしまいました...。
「17曽祖父 」の除籍謄本が80年基準にひっかかり廃棄されてしまった後だったのです。・゚・(ノД`)・゚・。

「25祖父」の兄(戸主)の除籍謄本の「前戸主名欄」に「17曽祖父」の名前あったのですが、名前以外の情報はわからずです...。
「1高祖父」の名前が判明したのは、 「25祖父」の兄(戸主)の除籍謄本の中で長生きをしてくださった方がいらっしゃって、その方が「1高祖父」の長女だったのでわかりました。
でも「2高祖母」の名前(その長女の母)が空欄でした...。それで「2高祖母」が分からずです(T T)。

まだ1,3,9,11の4名しかわかっていません。せめて15人だけでも、たどり着くことができればと思っています。

942 :先祖マニア:2006/10/11(水) 23:41:45
>>941

2の高祖母に関してはまだ望みがありますよ
937さんは1の苗字の子孫ですよね
ということは家の位牌や墓、お寺の過去帳から判明できませんか?

937さんは何歳ですか?
曽祖父の戸籍が破棄されるということは私の世代よりもうひとつ上の世代ですかね?

戸籍で遡れるのは明治までですのでそれ以前はその他の方法で攻めていきましょう!!


943 :937:2006/10/12(木) 22:27:41
>>942 先祖マニアさん

はい、私は「1高祖父」の子孫です。
でも分家です...。
「25祖父」は次男です。父も次男です。
なので家の位牌は本家にあると思います。
実は、本家には行ったことが無いんですが...。

「25祖父」の兄のお家、父の従兄弟の本家へお伺いする機会を
作ることができればよいのですが。
親戚付き合いが薄いので、本家の人は私を知らないことでしょう...。

「25祖父」のお墓はわかるのですが、「17曽祖父 」のお墓は知らないんです。今回、除籍謄本で初めて名前を知った次第です...。
お恥ずかしい限りです。ご先祖様の名前も知らず好き勝手に生きてきた、
そんなことだから、ご先祖様からの御加護もなく、今のような自分である
んだろうとつくづく反省しています。

1〜16は幕末に生まれた方々です。17〜24は、幕末から明治10年頃に
生まれた方々です。
なので年齢は、先祖マニアさんのひとまわりどころか、ふたまわり上かも..。

ということで私の場合、除籍謄本だけで、1〜16は厳しいように感じています。現に「2高祖母」がわからない状況ですしね。
家族に長生きをしてくださった方がいて、80年にひっかからず残っていることを、ただただ祈るのみです。

「2高祖母」は、なんとか本家にご連絡して、お伺いできる機会をつくろうと
思います。

現在のステータス
 判明...1 3 9 11
 不明...2
 調査中..4〜8 10 12〜16

944 :187:2006/10/12(木) 22:30:50
久しぶりの書込です。
父方の家系については仕事の合間等で調べられる範囲は調べてほぼ停滞して
いましたが、二つ進展?が。

最後のつもりで本家からの過去帳を整理したものをお寺で照合させて頂いた
処、高祖父の屋号が判明しました。
そのお寺は火災によって元治年間からの過去帳しか残っていないのですが、
高祖父と同じ屋号の方が同時期に多数記載されていました。
お墓も見せて頂いたのですが家のお墓のすぐ裏に有りました。こういう場合
は何らかの関係が有ると思っても良いのでしょうか?(現在お墓にお参りさ
れている方は別の姓です。

もう一つの進展は本家の先代(父の従兄。故人)の弟(70代)の方から連
絡が有りました。今まで住所も知らなかったのですが、その方がお寺に行か
れた際に先祖を調べてる人がいると言うことで、話が出たそうです。定年後、
先祖調査をされていると言うことなので期待できるかも。

945 :先祖マニア:2006/10/12(木) 23:30:19
>>943

私の1世代上ですね ということは難易度は私の5代前と同じになりますね
でも大丈夫です 私もなんとかして5代前32分28までは突き止めましたので

今後の予定ですがやはり本家に訪ねるのが一番早いと思います
937さんにとってはなじみが薄いかも知れませんが祖父の実家だと思えば
なんてことはないのでしょうか? 937さんのお父さんからすれば本家の方が
もし生きておられれば従兄弟ですからね全くの付き合いが無かったとは思えないですし
父親ならば幼少の頃に遊びにいった経験もおわりではないのでしょうか?

ということで電話なり直に行くなりで行ってみたらどうでしょうか?
その本家は遠いのでしょうか?

本家の人も案外知っているかもしれませんしね!



946 :先祖マニア:2006/10/12(木) 23:36:03
187さんお久しぶりです
その過去帳は同一地域だと思いますので屋号が同じものがあるとは考えにくいので
187さんの高祖父の家ではないのでしょうか?

>現在お墓にお参りされている方は別の姓です。
ではその方に聞いてみるのはどうでしょうか?
苗字が違うのは色々なケースが考えられます
養子にいった子孫かもしれませんし、嫁に行った子孫かもしれません
はたまたただその土地の所有者なのかもしれませんしね

ただその方に伺えば分かりますので聞いてみるのが早いでしょう



947 :先祖マニア:2006/10/12(木) 23:39:59
>お恥ずかしい限りです。ご先祖様の名前も知らず好き勝手に生きてきた、
そんなことだから、ご先祖様からの御加護もなく、今のような自分である
んだろうとつくづく反省しています。


大丈夫ですよ これが不思議と先祖に対して尊敬の念と一生懸命さが伝われば
なぜかご先祖様が判明できるんですよね〜〜

先祖を探す時には自分ひとりでは出来ません、これまた様々に人に助けられたり
偶然のラッキーとかで判明したり、諦めない心で探していると十数年後にやっと
判明できることもあります。



948 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 02:23:16
昨日(金曜)の朝日新聞にあった記事って除籍取ればいいだけじゃないの?(除籍見たことない)

戸籍の電算化に伴ない記載内容の簡略化が進められ
戸籍主以外が亡くなるとその人が戸籍から消去されるため
妻の記載が無い、子供の記載が無い、といった苦情が出ているそう。
一応、原本取れば確認は出来るらしい。

949 :937:2006/10/15(日) 03:16:27
>>947 先祖マニアさん

こんばんは

励ましのお言葉、ありがとうございます。土曜日に某市役所と某町役場から、お願いしていた除籍謄本が届きました。その結果、少し進展があって嬉しくなりました。

1.土曜日の時点で、「17曽祖父」〜「24曾祖母」の全ての名前と出身地が
  判明しました。曾祖母については、旧姓の苗字まで全てわかりました。

2.土曜日の時点で、「1高祖父 」〜「16高祖母」の中で、
  1、3、5、9、10、11、12、13、15の高祖父、高祖母の名前がわかりました。  また14、16の高祖母は、旧姓は調査中ですが、名前だけわかりました。

3.「10高祖母」の父の名前までわかりました。名前だけですが五代前の
  名前を知ることができて嬉しく思いました。これは、「9高祖父 」の
  除籍謄本の中で、妻である「10高祖母」の入籍について、父親の名前が
  記載されていたためです。父親の二女と書かれていました。
  市役所の方が御親切に、「10高祖母」の除籍謄本まで探してくださったの
  ですが、残念ながら見つかりませんでした。それでも、
  「9高祖父 」の除籍謄本から、「10高祖母」の名前と、高祖母の父親の
  名前まで知ることができたことは、ありがたいことだと思いました。

4.「9高祖父 」は文化十四年(1817年)の生まれであることがわかりました。
  現時点でわかった中で、一番昔に生まれた高祖父です。

5.「9高祖父 」と「「11高祖父 」は、それぞれ父親の名前も同じであったこと   が、わかりました。それぞれ「小左衛門」、「五郎右エ門」ですが、高祖父の  父も同じ名前だったようです。昔は名前まで相続したのでしょうか。
  どこかの時点で、代々戸主が同じ名前を引き継いできたのでしょうか。
  逆に、改名前の名前はわかりませんでした。

950 :937:2006/10/15(日) 03:18:25
現在のステータス
 名前(苗字含む)と故郷判明... 3 5 9 10 11 12 13 15
 名前(苗字は調査中)と故郷判明..14 16
名前(苗字含む)だけ判明(故郷は本家で調査が必要)..1
 名前も苗字も故郷も不明(本家で調査が必要)...2
 名前も苗字もまだ不明(3世代前の祖父母の情報から調査中)...4 6 7 8
 
そんなわけで、名前(苗字含む)と故郷の両方が判明したのは現時点では
16名中8名です。

951 :日本@名無史さん:2006/10/15(日) 03:53:32
>>949
>どこかの時点で、代々戸主が同じ名前を引き継いできたのでしょうか。

墓石とお寺さんからしか調べてないですが、うちも、嘉平太が3代続いてる。
私の曽祖父の祖父の代(嘉平太の息子)からは名前が違ってたけど。

母方の祖父の婿入り先、義母の墓を発見したけど、旦那に当たる人の苗字が違う。
夫婦別姓だったのか?どんな曾祖母(血縁なし)だったんだろう。orz

952 :先祖マニア:2006/10/16(月) 00:08:37
>>950

2に関しては本家にいくしかないですね

4に関しては3高祖父の戸籍はありますか? ないのなら18曽祖母の兄弟
の戸籍が入手できたらその中にあるかもしれません

6にかんしてはこれも同じく5高祖父の戸籍は入手していませんか?
なければ2と同じやり方ですね

7,8はまだ返信がきていないのですよね?

>>2の図から家系図を作成してその人物の生年を記してみたらまた
新たな発見があるかもしれません




953 :937:2006/10/18(水) 21:15:29
今日、某町役場から除籍謄本が届きました。

「13高祖父」と「15高祖父」の謄本が届きました。
これで、「14高祖母」と「16高祖母」の旧姓も判明...と思っていたのに..。

何と、「13高祖父」の除籍謄本の中には、
「13高祖父」の前戸主名(「13高祖父」の父)や「13高祖父」の子供達の名前、「23曽祖父」の名前も載っているものの、「14高祖母」が載っていないのです...。

これは、いったいどうしたことでしょうか...。
戸籍が作られる前、明治初期か江戸時代に亡くなっていたということなのでしょうか...。
「23曽祖父」の除籍謄本から「14高祖母」の名前だけはわかりますが、旧姓がわからないのです。


そして、「15高祖父」の除籍謄本の中には、「15高祖父」の妻の名前が書かれています。そして「24曾祖母」の名前も載っています。
ですが、これが何と「23曽祖父」の除籍謄本の妻(24曾祖母)の右横欄に書かれている母の名前と違うのです。

これは、いったいどうしたことでしょうか...。
「15高祖父」は2度結婚し、妻が二人いたのでしょうか。


「13高祖父」と「15高祖父」の一世代前の戸主名や故郷が判明した一方で、「14高祖母」と「16高祖母」の旧姓がわからないという状況に至ってしまいました....。


今回は「13高祖父」と「15高祖父」の謄本を請求したのですが、改めて、「14高祖母」と「16高祖母」の謄本を、これは旧姓がわからないので、結婚後の苗字になりますが、それで再度申請してみようかと思っています。
でも、結婚後の苗字での申請は意味がないようにも思えます...。
思わぬところで難航してしまいました...。



954 :937:2006/10/18(水) 21:20:50

そのほか、「3高祖父」、「5高祖父」、「20曾祖母」の除籍謄本を申請中です。

「7高祖父」、「8高祖母」は、まだ名前が判明していません。「20曾祖母」の弟の名前しかわかっていないのです(姉の婚姻届を提出)。「19曾祖父」の除籍謄本の中では、「20曾祖母」の父母の欄は空欄になっています...。
「20曾祖母」の除籍謄本が見つかって、判明できることを祈っています...。

>>2の自分中心家系図とは別に、取り寄せた除籍謄本の範疇で、各家の家図を作っています(仕掛中)。でも、16人の高祖父、高祖母の名前と故郷が判明しないと落ち着かないです...。

955 ::2006/10/18(水) 23:26:59
>>937さん、お疲れさまです。

>「13高祖父」の前戸主名(「13高祖父」の父)や「13高祖父」の子供達の名前、「23曽祖父」の名前も載っているものの、
>「14高祖母」が載っていないのです…。
>戸籍が作られる前、明治初期か江戸時代に亡くなっていたということなのでしょうか…。

その可能性は高いと思います。
記載自体がないんですよね?

>「15高祖父」は2度結婚し、妻が二人いたのでしょうか。

名前の上の欄はどのような記載になっていますか?
結婚を二度した表記になっていますか?
もしくは戸籍を作る際の記載間違いも否定できません。

>「13高祖父」と「15高祖父」の一世代前の戸主名や故郷が判明した一方で、「14高祖母」と「16高祖母」の旧姓がわからないという状況に至ってしまいました。

婚姻の記載があれば、「〜郡○○村△△誰々〜女と婚姻届出」などと書いてあります。
例えば13高祖父さんが鈴木、14高祖母さんを旧姓佐藤とすると13高祖父さんの名前の欄の上に
「明治二十五年〜郡○○村佐藤松助長女なを(仮名)と婚姻届出」
もしくは「明治二十五年〜郡○○村佐藤萩太郎妹なを(仮名)と婚姻届出」という感じです。
(年号や名前はあくまでも仮名です)
そういった記載もまったくないですか?


956 ::2006/10/18(水) 23:29:04
>「20曾祖母」の弟の名前しかわかっていないのです(姉の婚姻届を提出)。
>「19曾祖父」の除籍謄本の中では、「20曾祖母」の父母の欄は空欄になっています…。

この曾祖母さんの弟さんは戸籍の筆頭者でしょうか?
もしそうなら、曾祖母の結婚前の戸籍の同籍者として弟さんが筆頭者の除籍が取れるかもしれません。
そこに書いてある可能性があります。
私も12高祖母の名前は曾祖母の除籍になく、その夫である高祖父が筆頭の除籍で判明しました。

除籍取り尽くしたかと思ってましたが、やっぱりちょこちょこ出てきました。
祖母方と母方の両曾祖母の死亡記載のある除籍を取らないと…。
某県立図書館から資料を貸し出してくれるのですが、現住所地の図書館が及び腰です・・・。


957 :先祖マニア:2006/10/18(水) 23:31:29
旧姓に関してはそこまで古いとかなり難易度が高いと思われます
私の5世代前と仮定してその人物の旧姓が判明しているのは2件のみです
(しかも戸籍で判明)

ちなみに13と15の高祖父の戸籍は全て請求していますよね?
「生から死まで」 可能性は低いですが高祖父の戸籍がいくつかあって
(明治19年戸籍から明治31年戸籍への変更や隠居して息子の戸籍に入った場合などなど)
その年代の若いほうの戸籍にはひょっとしたら13,15の妻である14,16高祖母が
あるかもしれません(まあ可能性はかなり低いですが)


>今回は「13高祖父」と「15高祖父」の謄本を請求したのですが、
改めて、「14高祖母」と「16高祖母」の謄本を、これは旧姓がわからないので、結婚後の苗字になりますが、
それで再度申請してみようかと思っています。

この場合は戸主が「13高祖父」と「15高祖父」の謄本がくると思います

キーワードは全て遺漏なく請求することですね!






958 :先祖マニア:2006/10/18(水) 23:38:03
>「7高祖父」、「8高祖母」は、まだ名前が判明していません。「20曾祖母」の弟の名前しかわかっていないのです(姉の婚姻届を提出)。「19曾祖父」の除籍謄本の中では、「20曾祖母」の父母の欄は空欄になっています...。
「20曾祖母」の除籍謄本が見つかって、判明できることを祈っています...。


これは20曾祖母の戸籍は入手できれば判明できます
(というかこの20曾祖母の出生記載のある戸籍=7高祖父が戸主の戸籍です)

弟の名前が分かっているのなら
戸主がその弟の戸籍を請求すればもっと詳しい情報が入手できると思います

特に女性関係(高祖母、曾祖母)は○○太郎姉という記載が結構多いものです


6高祖母の名前は判明したのでしょうか?


959 :先祖マニア:2006/10/18(水) 23:43:33
>>956
除籍取り尽くしたかと思ってましたが、やっぱりちょこちょこ出てきました。
祖母方と母方の両曾祖母の死亡記載のある除籍を取らないと…。


漏れをなくすのに一番効果的な方法は一人の人物にスポットを当て
その人物の生から死までをひとつひとつ丁寧に見ていくことですね
高祖父母から曽祖父母で24人です そんなに多くは無いです


>某県立図書館から資料を貸し出してくれるのですが、現住所地の図書館が及び腰です・・・。

行けば楽になります
図書館は土日も開いているので役場よりも融通が利きやすいですしね


960 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 03:46:48
少々お尋ねとアドバイス等をお願いしたいのですがスレ違いならごめんなさい
いわゆる佐々木源氏系で戦国期にすでに東国に土着していた例はどれぐらい具体例はあるのでしょうか?

私の姓は例外もありますがほとんどは秀郷流に見られるものなのですが
自家の家紋は目結紋で、少数存在する他県の同姓同紋のお宅には佐々木氏族と伝えられているそうです。
失礼ながらあくまでも個人的勝手な判断としては佐々木氏族は肯定出来ないとは思っていますが。
私の本家に当たる家は上野か下野から江戸初期に現在の地に土着した豪農で菩提寺はその後近世になって無人寺となり
他寺に買われた際には既に過去帳は紛失し現存していません。
そして墓も整理されており本家も建て替えの際に蔵を取り潰し物的資料も無いです。
当然他の使用家紋も不明です。
目結紋はさらに元の本家から分かれて付けたものではと現段階では推測しております。
なお高祖父の遺したものによれば土着した初代は寛永13年に没しております。
そこまでわかればいいじゃないとおっしゃるかもしれませんが
高祖父にのっかるだけではなく
出来ればいい加減な後付けがないものをほんの少しでも付け加えることが出来たら
先祖供養にもなるのではと思いまして。
決して由緒もありませんしこれ以上遡るのも難しいとは思いますが何かありましたらアドバイスをお願いします。
長々と申し訳ありませんでした。


961 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 04:03:20
>私の姓は例外もありますがほとんどは秀郷流に見られるものなのですが

たくさん姓があるようです

962 :960:2006/10/21(土) 04:44:27
>>961
表現がよくありませんでしたね
あなたがほんとはこう言いたいのだろうと解釈なさっている通りだと思います
理解できていないかもしれない方が私も含めて存在する可能性があるという事で
ご指摘いただいてありがとうございます

それと補足ですが菖蒲城の金田氏が佐々木氏族と称していたようです
同姓に限らず申し訳ありませんでした
まだまだ勉強が足りないようです
とりあえず今は高祖父の遺してくれたものにたどれるか調査開始です
連続で失礼しました

963 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 07:32:29
>>960
家紋なんて一つの参考程度にしかならないと思う。昔の墓石や古文書等
の裏づけが残っているものを除けば。だから決定打にはならないです。

江戸初期から現在にいたるまでは、ご高祖父が調べられているわけでしょ?
それ以前にたどっていくのには、情報不足で難しそうですね。


964 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 08:22:42
>>960
がんばって佐賀してね佐賀

965 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 08:49:14
>>960
○○氏族とか、由緒とかは関係ないですね。先祖供養としては。

ご先祖お一人お一人がどのように生きておられたのか、
暮らしておられたのかを、思い入れではなく、推測ではなく、
裏づけにより、一つずつ明らかにしていくことこそが、
先祖供養の本質だと思います。

先祖供養の意思が無いのであれば、話は別ですが。



966 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 09:04:52
>>964
やめろ「さが」とかくのは。
はやりだろ、きのうから。

967 ::2006/10/21(土) 14:56:10
>>960さん
元の本家方の親戚はいらっしゃらないのでしょうか?
その方たちに話を聞くことはできないでしょうか?

伝承であっても各種資料(かつていた土地の郷土史など)にあたれば、裏づけが取れないことはないと思います。
先祖を遡ったり探したりするのに由緒は関係ないですよ。

968 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 17:02:17
俺の先祖は土佐藩の下士10石ぶちの最下級侍だった。
明治時代に「侍の魂・日本刀」を金のため手放し、娘も売ったそうだ。

969 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 17:15:01
うちの先祖は忍者、藤林長門守です♪

970 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 18:25:21
うちの先祖は百姓、藤市。

971 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 20:10:25
ちょっと愚痴らせてください…。
除籍謄本で曽祖父あたりまでは簡単だろうと調べ始めたんです。
まず、父が遠方の本籍地から現住所に転籍してました。(これは知ってました)
地元では活字プリントアウトの戸籍謄本しか入手できませんでした。
つぎに、転籍前の本籍地へ、父の改正原戸籍と除籍謄本を請求。
が、ここの戸籍も、祖父死亡後に転籍してきたものでした。(祖母の再婚相手の本籍地に住所だけ同じ)
さらにその前、つまり祖父生前の本籍地は、父出生の直前に、祖父(次男でした)が
分家して、その時の住所を本籍地としたもののようです。

なんでこんなに転籍が好きなのか!orz
分家前の本籍地らしきものも見えますが、祖父の除籍謄本を請求しようにも、
祖父の生年月日がわからない。父も知らないと言う…(´Д`;)
まだまだ入り口で何を言うかと言われそうですが、祖父までが意外に遠い。
祖母再婚の前に、再婚相手の住所へ本籍地が変わってるあたり…何か心情的な
ものがあったのかもとは思うものの…。
転籍なんてむやみにするもんじゃないですね、まったく。

972 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 20:22:51
>>968
>10石ぶちの最下級侍だった。

10石とは立派な。ウチの先祖には2俵という方がいますよ。


973 :浅右衛門:2006/10/21(土) 20:59:51
>>971
戸籍(除籍)は必ず連続しているはずですが?
何度転籍していても、一つずつ確実にさかのぼっていけば
たどり着けると思いますよ。
お祖父様の生年月日は、分からないでも、請求できるのではないでしょうか。
地道に気長に取り組んでいかれたらいいと思います。

974 :960:2006/10/21(土) 21:39:23
現状はこれ以上縦へのさかのぼるのが私の実力では難しく、由緒はどうでもいいのですが
そういったところから下る方法であるいはある程度地域性のある名なので同姓の方から横からの方法である程度絞り込めて手ががりになる可能性が少しでもあればと私なりに思いまして
書き込みをさせて頂いた次第であります。
それともさかのぼる以外は認められない方法なのでしょうか。
決して思い込みでとりあえず繋げたりするような事をするつもりは全くありませんでした。
現実的にほとんどないとは思いますが可能性が0.1%でもあれば 私は試してみたいです。
そして、一人でも多くご先祖さまが判明すれば供養になると思っていますが。
まあ、この拙い文章で場合によっては不快な思いをさせてしまったのでしょう。
みなさんレスは本当にありがとうございました。
感謝です。参考にさせて頂きます。


975 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 22:14:36
>>974
とりあえず冷静にスレを始めから読むことをオススメする
このスレに長くいる人はそんな事で不快に思うはずがない

976 :浅右衛門:2006/10/21(土) 22:16:15
>>974
横から失礼します。

いろんな方法を試みられて、何も問題ないと思います。
遡るのがよくて、それ以外はだめとかは、無いと思います。
レス読ませてもらいましたが、誰も不快な思いをされているとは
感じませんでしたが。
うまく進めばいいですね、がんばってください。

977 :先祖マニア:2006/10/21(土) 22:22:15
>>960
土着した豪農であればその地域で一番だと思います
という事は町史などにその豪農のこととかが記載されているのではないでしょうか?

点と点で線にはならないかもしれませんが少しでも先祖の事が判明できれば

ちなみに寛永13年に没した初代から960さんまでは分かっているのですよね?

1 町史を読んでみる
2 本家に詳しい話を聞いてみる
3 本家でない親族にも聞いてみる(案外本家で分からない事が判明できる場合もある)
4 親族でない同姓の方に聞いてみる(手紙を書く)

本家が実は分家で総本家がある場合もありますしね


978 :先祖マニア:2006/10/21(土) 22:28:19
現在墓および過去帳がないのですね

例えば本家や総本家(あるかどうかは別として)の家にある過去帳および位牌の
有無を確認しないといけませんね

ちなみに不快な思いはしておりませんのでご安心ください

そうそう教育委員会から郷土史家を紹介してもらうのをお忘れなく
その郷土史家からまた新しい発見や別の詳しい人の紹介がありますので
やることはまだまだありますよ



979 :イランジン:2006/10/21(土) 22:31:25
                    ,,、、-‐'''''''ii''''''''‐‐-、、,,
                 ,、ィ'''""゛ /ヾ、  ll  ,、r'''"""'''ヽ、
                /-'‐‐===ノ  \、 ll /,、ィ'''""゛゛゛"ヽ
              ,ィ゛,、'''ソ   / l\、ヾ'、ii/ヽ-‐i、\    \
             / ///  /,、i /、ヾ、、l/ノu  l  \    ヽ
            / // /  /ノ,il /、ヾ、'、ヾi li、  l、ヽ ヽ     '、 天皇制擁護派は天皇とその家族を
            /,ィ"゛  /  //ノl /、ヽヾ ヽl l、l  l\  l、ヽ   l
           //l  //  // l ll ;l`゛    l l'、ヾ  l \l'、iヾ   .l    動物園のパンダのように
          /, ' .l   ノi;  // l l/l l l      l l ',iヾ、 l  ヾi、ヾ\  l
          ,'/  l  /li;, /ノi l l/l l l      l l '、、i、l  l、ヾ'、'ヽ、l    飼うのが目的なんですよね!!
          ,:'   l  ,'ノli // /i l'i l  、   リ,,,、、i-l'、‐‐ lヽi、\ Y、
         '    l ,','l,i /、i ノil,,,,,l'i';ヽ ゛゛""゛,,,,,,、、ゥi,,ヽi l l "''-iソヽ   天皇も困ったものね。
             l ,i,' li lkil  l",",,,,,'、   `''、'ヾ、;.;.フl   l ノ l ((\、
.             l' l l、l l  li、'"、;;"'      ゛   l   l、l、 l  ゝノy、
             i' l l'、l ヾi i;、`  ノ   ////   l / l、'、 l  l、ゝノ、 
             l、l l 'i、 l、 i、           l/  l, 、i.l   l、ノ、ソ、 そんなイミでも天皇制は廃止するべきね!!
             l 'i l  ヾ l ヽ \  ‐-     /l   l、lヽi  lソ、/ヽ
             l .l l  ヽi l l "i  、    /.;.;;.l   l ヽl、l  0'、ヽノ

980 :先祖マニア:2006/10/21(土) 22:33:41
>>971

簡単ですよ
遠方にある父親の戸籍の出生記録が記載されている戸籍
(つまり生から死までの生の戸籍)
を請求すれば
そこには戸主は祖父で息子にあなたの父親が記載されている戸籍が入手
できます 
そこには戸主である祖父のことが詳しく書いています(当然生年月日もその両親の名前も
運がよければ祖父が分家する前の本籍地もわかるかもしれません)

そこで曽祖父の本籍と名前は判明できます

981 :やすべぇ:2006/10/21(土) 22:56:13
> 971
> 転籍なんてむやみにするもんじゃないですね、まったく。
転籍が多い先祖は私にもおります。確かに作業自体は増えますよね。
ただ、浅右衛門さんが仰るとおり、通常は確実に遡っていけばたどり着けるはずです。
手間がかかっても、いえ、手間がかかったからこそ、
先祖に出会えたときの喜び、感激、感慨が深くなるように思います。

困るのは、A→B→Cと連続して転籍している場合に、
Bが廃棄されていると、たとえAが残っていたとしても、
たどり着けなくなってしまうことです。
ですので、一日も早く請求してください。

982 :アクセルドライブ:2006/10/21(土) 23:18:57
>>979オマエ脳に障害でもあんの?

983 :日本@名無史さん:2006/10/21(土) 23:20:01
先祖なんてよく探せるな。
俺なんて何が出てくるかわからんし、怖いから肉親に聞くことすらしないわ。

984 :971:2006/10/22(日) 00:22:47
ご助言ありがとうございます。
次は祖母再婚先住所に転籍前の除籍を請求してみます。
そこの戸籍で父の出生届が出たはず…はず…。
まあ、祖母が意図的に転籍した事実がはっきりわかっただけでも収穫とは言えますしね。
我が家の本籍が、祖母の再婚先というだけの他家の土地にあるのが不思議だったんですが、
これで今まで少々心当たりのあった話と、ぼんやりつながった気がします。

985 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 14:32:57
なせばなる

986 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 14:48:16
>>971
良かったね!
ガンガレ!!
報告ヨロシク

987 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 15:22:33
>>960さん
>>971さん

この>>2の図でいくとどこまでわかってるの?
どこで詰まっているんですか?

988 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 15:31:28
転籍
本籍を別の場所に移すこと。戸籍内の全員が一緒に転籍することになる。
ソースはここね↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%A2%E7%B1%8D

989 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 16:02:40
ちなみに先月、足立区の職員が公用で個人的な知合いの住民票を取りまくった問題の影響で、
本人確認書類がうるさくなってる。
まったく困ったもんだ。

990 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 16:18:46
以前弁護士が不法に請求して厳しくなったコトもあったな
やれやれだぜ

991 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 19:19:32
http://saini-office.web.infoseek.co.jp/free/precedent/c07.htm
戸籍・親族判例

http://tantei.web.infoseek.co.jp/koseki/news.html
戸籍、住民票の基礎知識


992 :991:2006/10/22(日) 19:21:10
あ、スレッドとはあんまり関係なかった
すいません>スレ主

993 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 19:29:27
 

994 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 19:32:53
移動
正直自分の血統祖先って5代前でわからないよねD
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1112586565/l50

995 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 20:03:43
ではそこ移動ってことで

996 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 20:06:57
 

997 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 20:12:45
997

998 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 20:16:41
998

999 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 20:21:53
999

1000 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 20:22:29

             ........... _
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