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●大庭博が「本能寺の変朝廷黒幕説」を騙るスレ●

1 :日本@名無史さん:2006/08/18(金) 18:32:28
銀山光秋『聖戦マハーカーラの女 本能寺の変の真相』
発行/日本図書刊行会、発売/近代文芸社 1997年2月20日 第一刷

銀山光秋(本名 大庭 博(おおば・ひろし))
昭和33年6月4日生
歴史研究家、フリーライター

2 :日本@名無史さん:2006/08/18(金) 18:42:16
>>1
重複
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1138957944/

3 :日本@名無史さん:2006/08/18(金) 19:30:24
>>2
>重複

見当違い。

4 :日本@名無史さん:2006/08/19(土) 21:15:23
戦国時代
http://hobby8.2ch.net/sengoku/

5 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/08/21(月) 10:59:32

○騙すつもりも、詐欺するつもりも全くないね。

西暦一九九七年二月、
「聖戦、マハーカーラの女・本能寺の真因」なる本が一冊出た。
本能寺の変の真実は解明された。それは朝廷説であり、証拠はこれだと指定する書物である。


その後、有名な学者、一流の先生で、本能寺の変の動機に関する論文はまったく出ていない。
これが現在の日本史上の真実である。


○削除しろよ、このスレは。
それともせっかく立ててくれたんだから、コピーテストのスレにするか?
どんなコピーが人々をそそるか?

6 :日本@名無史さん:2006/08/25(金) 23:41:45
===================私はプラムです===============
毎日朝からレスしています。馬鹿スレばっかり作っています。自作自演でしか自己主張できません。
人の話は読み取れません。質問されても返事できません。議論はいつでも負けますが、相手が勝手に逃げてくれます?!
頭は悪いけど負けず嫌いです。約束や自分で書いた事が守れません。東広島に住んでいますが長州気取りです。

【プラムコテ】 PU=プラム=安曇連=がいやまん =太国=ヒッキー=サガミハラ=本田=定ちゃん=彼都

【プラム動向】 罵倒=あほレス=注目浴びたいレス=

【自作自演スレ】 時空移動スレ=薩長会津スレ=一行リレー=南部スレ=邪馬台国畿内スレ=

http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1151161164/l50
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1151055171/l50
【大ヒット書き込み中】先行ぷスレ 今は座談会になってます。 【大ヒット書き込み中】

危険ですので初心者の方は気をつけて下さい。プラムに付ける薬はありません。ひたすら馬鹿にしましょう!













7 :日本@名無史さん:2006/08/25(金) 23:58:29
===================私はプラムです===============
毎日朝からレスしています。馬鹿スレばっかり作っています。自作自演でしか自己主張できません。
人の話は読み取れません。質問されても返事できません。議論はいつでも負けますが、相手が勝手に逃げてくれます?!
頭は悪いけど負けず嫌いです。約束や自分で書いた事が守れません。東広島に住んでいますが長州気取りです。

【プラムコテ】 PU=プラム=安曇連=がいやまん =太国=ヒッキー=サガミハラ=本田=定ちゃん=彼都

【プラム動向】 罵倒=あほレス=注目浴びたいレス=

【自作自演スレ】 時空移動スレ=薩長会津スレ=一行リレー=南部スレ=邪馬台国畿内スレ=

http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1151161164/l50
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1151055171/l50
【大ヒット書き込み中】先行ぷスレ 今は座談会になってます。 【大ヒット書き込み中】

危険ですので初心者の方は気をつけて下さい。プラムに付ける薬はありません。ひたすら馬鹿にしましょう!













8 :日本@名無史さん:2006/08/26(土) 23:38:39
===================私はプラムです===============
毎日朝からレスしています。馬鹿スレばっかり作っています。自作自演でしか自己主張できません。
人の話は読み取れません。質問されても返事できません。議論はいつでも負けますが、相手が勝手に逃げてくれます?!
頭は悪いけど負けず嫌いです。約束や自分で書いた事が守れません。東広島に住んでいますが長州気取りです。

【プラムコテ】 PU=プラム=安曇連=がいやまん =太国=ヒッキー=サガミハラ=本田=定ちゃん=彼都

【プラム動向】 罵倒=あほレス=注目浴びたいレス=

【自作自演スレ】 時空移動スレ=薩長会津スレ=一行リレー=南部スレ=邪馬台国畿内スレ=

http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1151161164/l50
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1151055171/l50
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危険ですので初心者の方は気をつけて下さい。プラムに付ける薬はありません。ひたすら馬鹿にしましょう!
















9 :日本@名無史さん:2006/08/27(日) 10:37:28
>>6->>8
2日に渡って、同じ文章貼り付けてるお前は、
きっと暗くて友達いない引きこもりだろ?
他のスレでもプラムとかいうやつを叩いてたな・・・
行く先々でお前の文章見かけるのもウザイんで、
そろそろ部屋から出て、現実社会に出て来てくれないか?
常識ある社会人なら、お前みたいなことはしないぞ。

10 :日本@名無史さん:2006/08/31(木) 01:21:49
ぷりぷりぷー
ぷりぷりぷー










      _| ̄|_| ̄|  | ̄|_| ̄|__| ̄|_| ̄|   | ̄|_| ̄|_| ̄|
      |_  _||  | ̄    |  |     |  | ̄   |  |     ̄|
       r┘└へ|  |二コ ┌'|  |二コ ┌|  |二コ ┌'|  |二コ ┌┘
      〈 〈]  ゚,、〈|  | o  ヽ| | o  ヽ|  | o  ヽ|  | o └「 ̄\
      ヽ-ヘ_>ノ_ノ|_|、_ハ/|_|、_八ノ|_|、_ハ/|_|、_ハ/`⊇.ノ

        ____                ____                ____
      /⌒  ⌒\          ./⌒  ⌒\          ./⌒  ⌒\
    o゚((●)) ((●))゚o        o゚((●)) ((●))゚o       o゚((●)) ((●))゚o 
   /::::::⌒(__人__)⌒::::: \   /::::::⌒(__人__)⌒:::: \   /::::::⌒(__人__)⌒::::: \
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l_j_j_j と)   | |  |     / l_j_j_j と)    | |  |     / l_j_j_j と)   | |  |     /




11 :日本@名無史さん:2006/08/31(木) 11:11:22
>>10
一 桶川女子大生ストーカー殺人事件の犯人の一人。
二 借家人の女の子らの情報を893に売ってる大家の一人。
三 渋谷、原宿で女の子らのトイレとか盗撮して財を成したエー人。
四 悪魔崇拝教団Zのひとり、

のどれかって噂が出ている人だぜよ。



12 :日本@名無史さん:2006/08/31(木) 11:16:41
>>10
「テロリストにのっとられたJR東日本の真実」
週刊現代。

いやあ、妙に東京で大家が強気で、横着でさ、おかしいとは思ってたんだよ。
あとからJR東日本に勤める駅員の中でも有名なAと聞いて、
納得したよ。


13 :日本@名無史さん:2006/09/01(金) 07:15:49
博くんに都合の良い史料だけを、
博くんの都合良く解釈して、
博くんの都合の良いよう組み合わせて、
博くんに都合の良い結論を作る。

学術的な手順を一切踏まない、単なる博くんの自慰「小説」。
傍証皆無の前提条件に基づいた、憶測まみれの結論集、暗号解読集。


それが『聖戦マハーカーラの女 本能寺の変の真相』


過去にも現在にも多数存在する、
裏づけの無い推測だけで歴史を構築した「気分になっている」人間の、
博くんはひとりに過ぎない。


14 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/01(金) 11:14:02

しかし、歴史上本物と確認されている品物、
世間によく知られている故事など使っての証明だからね。
別に嘘の書物、特別な文書、を使っての証明方法ではないし、、、、

それに「細川藤孝への光秀自筆の手紙」に太刀打ちできるのはこの書物だけ。

ま、頭の中の「天動説」を捨てて「地動説」に変えれば?
さもないと、百年経っても何もでない場所を、
一生掘りつづけるだけだからね。




15 :日本@名無史さん:2006/09/01(金) 11:22:19
なんだお前こっちに逃げてたのか。

16 :1:2006/09/01(金) 22:11:37
>>15
>なんだお前こっちに逃げてたのか。

良いんだよ、博チャンの為に立てたスレなんだから。

17 :日本@名無史さん:2006/09/02(土) 02:12:51
>>16
昼間散々質問されてたのにも答えず、こっちに避難してたんだよ

18 :日本@名無史さん:2006/09/03(日) 12:21:55
よいよ博チャンはこっちに移ってくるかな?

19 :日本@名無史さん:2006/09/03(日) 16:30:33
あのぅ、手元に別冊歴史読本『完全検証 信長襲殺』があり、1994.7の発売で
多くの「本能寺の変」論(150人完全ファイル)が紹介されているんですが、大庭博
=銀山光秋の名は見当たらず、それ以降の論文や一般出版物にも参考文献に
『聖戦マハーカーラの女 本能寺の変の真相』は見られないんですが、自分で
探せなんて言わずに、博チャン自身がそれを一つでいいから提示してください。

それだけで『聖戦マハーカーラの女 本能寺の変の真相』が世間に認知されている
ことの証明になるんですから。

20 :日本@名無史さん:2006/09/03(日) 16:36:42
ゴメン、『聖戦マハーカーラの女 本能寺の変の真相』は1997だったね。

でも、博チャン自身が『聖戦マハーカーラの女 本能寺の変の真相』が
参考文献に掲げられている資料を提示することが自論の正当性を主張することの
第一歩だよ。
それが出来なきゃ(探せと言い続けるなら)ただの妄想家のレッテルは
払拭されないよ。

21 :日本@名無史さん:2006/09/03(日) 17:01:22
何か言うと全部プロパガンダ工作扱いだからなぁ…

22 :日本@名無史さん:2006/09/03(日) 17:53:09
自分がプロパガンダに失敗しているだけに痛いよね。

23 :日本@名無史さん:2006/09/03(日) 17:58:01
お笑いだよね

24 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/04(月) 11:14:32
○おいおい、認識を間違えるなよ?

○一五八二年、天正十年六月二日未明、日本史上最大の英雄から、覇者、奸雄、革命家、虐殺者、精神障害者などさまざまな評価のある大名織田信長が京都本能寺で、家臣明智光秀に襲殺された事件、
それを本能寺の変という。本能寺の変なくば、その後の豊臣秀吉の天下、朝鮮の役、関が原、徳川幕府もなかっただろう。
秀吉、家康とも大勢力、優秀であり、危険とされて抹殺されていた可能性が高い。
それほどの歴史の転換点であった。

それゆえか、そこには日本史を揺るがすような謎、動機があるといわれ、ただの怨恨、野望ではなく、
色々な背景、黒幕があるとも言われていた。
述べられた容疑者は、将軍足利義昭、豊臣秀吉、徳川家康、朝廷、比叡山、本願寺、キリスト教徒、
一向一揆、濃姫、森蘭丸、雑賀衆、武田家残党など数知れず。
出た論文も数しれない。

だが、それらはただの「空想、妄想」であると断言する人らもいた。
なぜなら、変後、援軍を親戚細川藤孝に要請した光秀自筆の手紙が現存していたからである。
その原本には、本能寺の変は「不慮の儀」つまり思い付きであり、全ては自分の息子と細川忠興のためにやった、他意はない、
とはっきり書かれていたからである。光秀の書名と花押のあるこの自筆の手紙は、殆ど全ての研究者に本物であると
原本が鑑定されており、まさに不動の、日本史上に残る証拠品であった。

しかし、一九九七年二月「聖戦、マハーカーラの女。本能寺の真因」
と題する一冊の書物が出た。そこには朝廷説と断言されていた。
また妄想狂の一人が出た、と嗤いながら其の本を読んだ歴史家たちは震撼し、沈黙した。
なぜなら、初めて「光秀自筆の手紙」という証拠品が突き崩されたページを見たからである。
そこには、太刀打ちできる初めての証拠品があった。
というのが、現在まで。

いや、ここで一年に渡って、頑迷者や、無知の涙の質問に返答してきたつもりだが、
そろそろ質問、疑問も尽きたようだね。
そろそろ、この本の証拠品が歴史上、「唯一の定義」だと認めてもらいたいね。

でなければ、対抗できる別説とか、証拠品を出してもらいたいな。

25 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/04(月) 11:20:46


○このスレッド、やはり削除して欲しいな。
レベルダウン、はなはだしいし、名前をこれ見よがしに出すなよ。

>>19○この文献読んでるなら、「聖戦、マハーカーラの女」の価値も解りそうなものじゃないか?
本能寺の変の証拠品を新しく出すのが、どれほど困難で、難しいか、解るだろう。

26 :日本@名無史さん:2006/09/04(月) 11:20:47
>>24
でたー!
妄想狂の一人!

27 :日本@名無史さん:2006/09/04(月) 11:21:58
>>24
>>25
宣伝乙

28 :日本@名無史さん:2006/09/04(月) 11:22:59
>>25
削除したら宣伝する場がなくなるじゃんw

29 :日本@名無史さん:2006/09/04(月) 12:17:46
つかスレが立てられないなら他に手がある事に、今だに気が付かないのか…


30 :日本@名無史さん:2006/09/04(月) 12:43:35
 大庭博君へ
 フリーメーソンがユダヤ議定書で白状している。科学は神を否定し、非ユダ
ヤ人をゴイム(獣)にして、悪魔の手先にするための嘘である。新聞、雑誌など
で洗脳しシオンの賢哲の計画通りことが進んでいる。悪魔の世界制覇は目前だ。
 歴史もフリーメーソンの計画通り進んでいる。ロシア革命はロシア帝国がユ
ダヤ人を迫害するので、同胞を救うために起きた。日露戦争で戦費調達したヤ
フ商会はフリーメーソンである。第1次、第2次世界大戦などの戦争はフリー
メーソンが行わせているのです。アメリカの9・11テロはフリーメーソンが
行った自作自演のテロで、テロとの戦いを錦の御旗にして、それを口実にして
第3次世界大戦へと誘導し、世界を完全に支配しようともくろんでいる。
 歴史はフリーメーソンに都合が良いように改ざんされている。神と悪魔の戦
いハルマゲドンは日本で行われるのです。

 九十九茄子の茶入れを商人が盗み出したと言う話ですが、明智軍が信長を殺
すために周りを包囲しているから、脱出は無理。明智軍の将卒クラスしか信長
の顔を知らないのだから、本能寺内にいる者は皆殺し。信長が女装して逃げる
ことも想定済。
 2条城は壊されたと言う話だが、莫大な費用をかけたものを壊す訳がない。
足利義昭のために建てたが、本当は天皇を護衛するために築いたのです。
 日光の三猿の彫刻は次の様な物語を暗示している。
 目鼻の縮んだ顔の猿は秀吉そっくりで、後ろを向いて、手を長くして座って
いる。この手が長い事の意味は悪企み(信長暗殺)していることの暗号。
 胡坐をかいた猿(信長)が後ろ向きに木から落ちようとしているのは、信長暗
殺の暗号。
 木から落ちた信長を猿(光秀)が下を向いて見ている(信長の遺骸を捜してる)。
猿(秀吉)が正面をにらんで、光秀の肩を抱いている(信長の死を前知し、千利
休として宰相にする)。他の猿(家康)が手を長くして前を睨んでいる(信長の死
を前知し、天下取りを企てる)。
 木から落ちようとしている秀吉を胡坐をかいて待つ家康。
 (猿)お福を荒波から救い、手を長くしている(天下取りを企てる)猿(光秀)
 お福が妊娠した(光秀の子を宿し、後にすり替わって家光になった)。

31 :日本@名無史さん:2006/09/04(月) 21:10:03
皆さんいい加減、障害者をいたぶるのよしませんか。
彼が2ちゃんで何を喚こうが、影響力は全く無いんですから。
(※本人はそれに気が付いていないようですが 笑)

32 :日本@名無史さん:2006/09/04(月) 21:19:40
>24
>なぜなら、初めて「光秀自筆の手紙」という証拠品が突き崩されたページを見たからである。

・漢文に対する無知さ
・国語辞典さえ引いていない手抜きっぷり
・意図的な言葉の誘導
・妄想

しか見当たらなかったが?

33 :日本@名無史さん:2006/09/05(火) 07:06:17
小説も我流っぽいしな
前に出てたあらすじ…舞台が現代なのに、小説のジャンルさえ不明
新説だと言いたいのは解ったが、単語の詰め込み過ぎで要点さえ不明
あれじゃ長編小説は無理

34 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/05(火) 10:33:09

>>32○細川家への光秀自筆の手紙が「漢文」?。
これだけで君の研究家生命は終わり。
あんた、どこの国の人? 言葉解説はしつこく解りやすく載せてるよ。
真実の答なので、無理に人々を誘導する必要もなく、誰にでも解りやすく書くのが一番いいからな。
モロにプロパガンダ工作員と判明だな。

>>33○おいおい歴史推理と断ってるぞ。しかも歴史の真実の解明が主だから、人物描写、ドラマに重きはいらない。
此処に来る誰かみたいに、小数部出版からぱくって、多くの参考文献を読む時間、辞書を引く手間、彼方此方迷って取材をする手間はいらない、
あまった時間は、文章、人物、ドラマ構築にあてればいいとかの、気楽な立場じゃないからな、

>>33○あ、本の何が売りか、証拠かもわからないほどの解読力、学識か?
改めて、変後の「細川家への光秀自筆の手紙」の
「歴史的価値」を勉強しなおした方が良いいね。
どういう重みがあるのか。



35 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/05(火) 10:57:04
○どうも認識が足りん人が多いようだね。

本能寺の変、日本史二千年最大の謎とも、戦国史最大の謎、
或いは中世日本史最大の謎といわれるこの事件、
其の主眼は、この信長襲殺が、光秀の個人的怨恨か、野望なのか、
それとも背景、誰か黒幕がいるのか、そういう証拠品はあるのか?
ということにある。

つまり全て、五里霧中だった。その確定が主眼な訳だよ。

その「誰か」が確定される証拠品が出れば、あとは大体傍証ということになるだろう。
なぜなら史料は出尽くしていて、
その「誰か」を中心にした信長との出来事、確執はほとんどわかるからね。

>>30○いやあ、フリーメーソンはユダヤ系列ですか?
その雄ロスチャイルドは、巨大石油資本に負けたという話があるんですが、、、
ここの部分は?

>>30○本能寺から女たちや、黒人の奴隷?は逃げ延びてますよ。
太田牛一は取材してるし。
>>30○豊臣秀吉などは徳川家の正式な敵なので、何か本能寺の変でやったのを知ったら、
そのまま暴露して中傷すればいいだろ?
家光は秀吉の墓所を破壊して、骨を捨ててるし。
秀吉のことなど、なにもややこしい暗号にし、徳川家が残す必要はないよ。


36 :日本@名無史さん:2006/09/05(火) 11:16:51
もうちょっとうまく宣伝しないとね

37 :日本@名無史さん:2006/09/05(火) 11:18:21
>真実の解明が主だから、人物描写、ドラマに重きはいらない。

キャラもストーリーも必要なし。つまり小説とは呼べないシロモノって事か。

38 :日本@名無史さん:2006/09/05(火) 11:19:31
糠に釘だね。

39 :日本@名無史さん:2006/09/05(火) 12:51:46
>>35
 大庭博君は教科書に書いてある事や学識者の言う事を鵜呑みにして、自分の
頭で咀嚼して、それが真実かどうか、疑う必要があるのに何ら疑問に思わない
のは、感性が鈍感で、少年コナンにも劣る。東大出の秀才は天才の足の下にも
及ばない。それなのに、有名な学者に喧嘩をふっかけて、学者が作った土俵で
相撲を取ろうとしている。学者は新たな資料が発見されたと言って、捏造した
資料で博君を騙す。博君はそれでおしまいとなる。
 真理をつかむ事が出来るのは、感性の鋭い天才しか出来ない事で、間違った
知識がひろい(博い)だけの博君では不可能だ。

 豊臣秀吉などは徳川家の正式な敵なので、何か本能寺の変でやったのを知っ
たら、そのまま暴露して中傷すればいいだろ?
 秀吉と家康が共謀して本能寺の変の陰謀を仕組んだと言っているだろ。

 秀吉のことなど、なにもややこしい暗号にし、徳川家が残す必要はないよ。
 暗号にして残したのは天海(光秀)だと言っているだろ。
 
 だめだこりゃ 博君とは議論にならない。豆腐にかすがい、糠に釘だね。

40 :日本@名無史さん:2006/09/05(火) 17:15:05
何で博君にはこれほどまで読解力が無いのだろうか…

41 :日本@名無史さん:2006/09/05(火) 18:03:28
>>40
>何で博君にはこれほどまで読解力が無いのだろうか…

彼は、「相手にされていない」ことを「反論できない」と本気で思い込んでいることからも
明らかなように、非常にポジティブシンキングなのさ。

42 :日本@名無史さん:2006/09/05(火) 22:24:34
>34
>細川家への光秀自筆の手紙が「漢文」?。
>これだけで君の研究家生命は終わり。

漢文というのが博くんの解釈の何を揶揄しているか理解できないか。
まぁ、あんな珍解釈をしているぐらいだから、到底分かると思えないが。

「指合」が「言い争い、非難し合うの事」?
辞書も引いていなければ、文章全体を眺めることもしていないのだなぁ。

43 :○の偽造捏造勘違い集:2006/09/05(火) 22:33:13
>日本史二千年最大の謎
日本史は二千年と言われてない

>太田牛一は取材してるし。
したかわからない、あくまで小瀬甫庵の牛一評からの憶測に過ぎない

>そこには、太刀打ちできる初めての証拠品があった。
「あった」証明が為されてない

以降、博君の発言が続々追加されます



44 :日本@名無史さん:2006/09/05(火) 23:15:59
>>43
○語録集、楽しみにしています

45 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 08:05:44
半島の形が牛の角とか、電波系の発言もヨロシク

46 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/06(水) 10:36:57

○今日は、急用ができたのでパスさせてもらいます。祝日だし。

「奉祝、秋篠宮妃紀子様、男児ご出産」
「大祝、秋篠宮紀子妃殿下、男子ご出産」

47 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 10:39:57
>>45
ああ、房総半島の形が牛の角に似てるから信長は『上総介』を名乗った云々てやつね。
房総半島全体の形が角に似てるってのに何で上総なんかね?先っぽは安房国なのに。本当こじつけ臭い。

48 :日本@名無史さん:2006/09/06(水) 13:20:29
>>46
大室文仁・紀子夫妻に男子が誕生か。

49 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/07(木) 10:51:51
>>37○というより、
「歴史上唯一にして、初めての本能寺の変の証拠が載っている歴史推理」本。


>>42○なぜ高柳光寿博士、桑田忠親先生、藤本正行氏などが、しつこく解説している光秀自筆の手紙に
君ごときがいちいち文句つけられるんだ? 私が博士らの論文を読んでないとでも思ってるのか?

>>43○「日本史二千年」たいした問題ではない。別に邪馬台国卑弥呼以前、どんな国があったか良くわからないのだから。
藤本正行氏は集材したから信長の最期の様子がわかったようなことを書いてるぞ。
それは、君に鑑定眼、見る目がないだけ、の話。よく調べてみたら?
よくいるよな、数百万円で買った壷、絵を数万円と鑑定される老人。

>>39○もし秀吉と家康が組んでたのなら、何故、小牧長久手で、あれだけの損害を家康は秀吉に与えたのか?
其の必要はない。なあなあの戦いで講和できるし、織田信雄と家康は同盟などしない。
>>39○もし光秀と秀吉、家康が組んでいたのなら、天王山で戦う、明智家を滅亡さすのはおかしい。
秀吉はナンバー四か、五で柴田、滝川など強敵がいるんだぞ。勝ち抜けるか解らないので、
光秀軍と合体した方が有利。

>>47○安土城だって三角形の場所にあるし、信長は剣に凝ってるし、家紋五つ木瓜は牛頭天王から来てるし。
平氏を名乗ったが、上総といえば平将門がいたし、、、其の本拠地が、、、









50 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/07(木) 11:19:38
○それにしても、この鑑定眼のなさはどこから来ているのか?
基礎知識の無さか、歴史認識の無さ?、
あるいはもともと解読力が無いのか。

>>48○「大室文仁」とは何のことだ? 意味不明の事書くなよ。
それにしても、一日、凄い騒ぎだったな。
やはり紀子様の人気は凄いな。
やっと朝日新聞の号外は手に入れたが、、、
噂では、金メダリストの荒川静香が慶祝の舞を踊ったとか、、、
目白でよさこいの踊り会があったとか、

どこかに、紀子さまそっくりの女の子はいないものか?

51 :日本@名無史さん:2006/09/07(木) 11:33:30
>>49
平将門が上総に??
バカだろお前w

52 :日本@名無史さん:2006/09/07(木) 11:37:09
基本的に論点がズレてるよね。問い掛けに対する答えになってない。

53 :日本@名無史さん:2006/09/07(木) 11:45:58
論文の題名は?一般向けの考察本を読んだだけだろ〜?

54 :日本@名無史さん:2006/09/07(木) 12:37:53
紀子さまにそっくりな女の子がいたら???何を言ってるんだ?〇は

55 :日本@名無史さん:2006/09/07(木) 22:07:20
>49
博くんの解釈がおかしいと言っているのに

>私が博士らの論文を読んでないとでも思ってるのか?

などと聞かれても、「知るか!!」と叱り飛ばすだけだが。
権威を持ち出せば言い負かせるとでも思ったか? 相変わらず考えの浅い輩だ。

56 :日本@名無史さん:2006/09/08(金) 07:08:28
それより京都にある極秘文書の話はどうなった?
話をどれか2、3に絞れよ。

57 :日本@名無史さん:2006/09/08(金) 09:28:21
>>56
『〜らしい、、、』とか『〜なのでは、、、』てな感じで話を終わらせて結局最後には『真実の書に書かれている』で済まされちゃう。
極秘文書や房総半島=鬼の角の話、東照宮の三猿の話は全て宣伝の為のネタだから。

58 :日本@名無史さん:2006/09/08(金) 09:58:12
日本図書刊行会のHPみたら、博の本「間もなく入荷します。. ご注文はお早めに ...」
なんて書いてあるぞ。まんまと奴の宣伝に踊らされた輩が注文してるのかも。

59 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/08(金) 10:37:03
>>51○「上総介」は、平将門の祖父か曽祖父らの官職で、このあたりの平氏の頭領、棟梁らが欲しがったらしい。
当然、将門も欲しがったらしいな。
>>53○「光秀自筆の手紙」、それほど難しい手紙の内容、文でもないぞ。
何か、「聖戦、マハーカーラの女」出版の後、立花京子氏が花押などが偽物と本を出したらしいが、
学界は全く説を認めなかったらしい。
>>55○「権威」浅はかでも、「これは博士の説だ」というと、皆が黙るのは何故だ?
>>57○「宣伝」?なんかするか、
日本史二千年の大謎の真実を、述べてるだけだ。

>>58○「入荷?」馬鹿言え、なんで、「聖戦、マハーカーラの女」の著者本人が販売を差し止めているのに、売れるんだ?
それは何かの間違いだ。
迂闊な注文はするなよ。本を入荷、販売できるはずはないんだからな。

>>54○紀子さまそっくりの女の子の情報サイトなんてものはないのか?





60 :日本@名無史さん:2006/09/08(金) 10:44:19
「らしい…」百烈拳あたたたた

61 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/08(金) 10:58:32

「京都極秘文書」

いや、妙な実在の噂があるんだよ。
もちろん本能寺の変についてだが。
これについては調べている人がいるらしいので、、、、
しかし、内容は朝廷説だが、原本ではないらしいので、、、ね。

62 :日本@名無史さん:2006/09/08(金) 11:22:55
○はとことん日本語の通じない人間だな…

63 :日本@名無史さん:2006/09/08(金) 14:58:44
ほんと「らしい」ばっかだな

64 :日本@名無史さん:2006/09/08(金) 16:15:33
そう、博チャンは精神を病んでいる「らしい」ので、、、ね。

65 :日本@名無史さん:2006/09/08(金) 16:43:16
>>59
で?何をソースに言ってるのか知らんが平将門が上総介を欲しがっていたのと、信長が上総介を名乗ったのに何の関係が?

66 :○語録:2006/09/08(金) 19:48:25
・日本史二千年最大の謎
・太田牛一は(本能寺から生き延びた女達から)取材してるし。
・そこ(「聖戦、マハーカーラの女」)には、太刀打ちできる初めての証拠品があった。
・房総半島の形が牛の角に似てるから信長は『上総介』を名乗った
・家紋五つ木瓜は牛頭天王から来てるし
・上総といえば平将門がいたし、、、其の本拠地が、、、
・「上総介」は、平将門の祖父か曽祖父らの官職で、このあたりの平氏の頭領、棟梁らが欲しがったらしい。
・「京都極秘文書」 がある「らしい」

過去スレからも募集中!!!!

67 :日本@名無史さん:2006/09/08(金) 23:18:28
>59
>何か、「聖戦、マハーカーラの女」出版の後、立花京子氏が花押などが偽物と本を出したらしいが、
>学界は全く説を認めなかったらしい。

偽物説を唱える基となった論文は学術雑誌に載ったがな。
博くんの憶測だらけの説と違って、立花京子の説は裏付けがあるの。分かる?

>浅はかでも、「これは博士の説だ」というと、皆が黙るのは何故だ?

皆? 黙る? 例示もせずそんなこと書いても、何を言いたいのかさっぱり分からん。
博くんの発言は万事において説明不足。文章の書き方を勉強しなさい。

68 :日本@名無史さん:2006/09/09(土) 04:16:39
まずは○自身が自分の説を学会で発表してきなさい。
その上で他人の説を批評しろ。
マハー何とかが発売された以降新しい説が出ないからといってそのマハー何とかが学会で認められたとするのはあまりにも苦しいぞ。

69 :日本@名無史さん:2006/09/09(土) 08:33:15
発表しようにも〇の文章力じゃ…
>>59の将門の話も、余談なのか、関係があるのかも明記しない手抜き鰤
牛の角と上総との関係も「似てる」以外の説明無しのワープ鰤


70 :日本@名無史さん:2006/09/09(土) 12:40:13
マハー

71 :日本@名無史さん:2006/09/09(土) 16:42:50
 大庭博君へ
 もし秀吉と家康が組んでたのなら、何故、小牧長久手で、あれだけの損害を
家康は秀吉に与えたのか?

 この戦いの原因は秀吉の3家老が家康と内通していると言う疑いで、秀吉が
3家老を誅罰したのであって、秀吉のお家事情になぜ、家康が口をはさみ、そ
れが戦争の原因となるのか。そんな事で武士は命を懸けない。
 家康軍1万と秀吉軍8万が本気で戦えば、数がものを言って秀吉軍の大勝利
となる。それなのに両者は対峙しているだけで、戦闘はなかなか始まらなかっ
た。家康軍の奇襲で池田恒興と森長可が戦死した他は被害が少ない。これは八
百長の合戦で、池田恒興と森長可は本能寺の変の真相を知っているため口封じ
のために殺された。小牧長久手の戦いは秀吉と家康の同盟関係を否定させる目
的の八百長の戦いである。

 細川家文書の光秀自筆の手紙を立花京子氏が花押などが偽物と言っている。
 こんなことは私が前から証明していることで、明智軍法記、光秀が津田宗及
に宛てた手紙の筆跡と異なり、花押の光秀の秀の字が他と違っている。史学会
はこれを本物と断定している。馬鹿につける薬はないとはよく言ったものだ。
 この文書が偽物なら、光秀有罪論は成り立たなく、本能寺の変は陰謀と分か
り、私説の秀吉と家康の共謀説の正しいことがいよいよはっきりする。
 

72 :日本@名無史さん:2006/09/09(土) 18:46:46
71クンへ
キミは何を言っているのかな。博チャンに餌を与えるなよ。
本気で言っているとしたら博チャン以上の無知と妄想の持ち主だね。

> この戦いの原因は秀吉の3家老が家康と内通していると言う疑いで、秀吉が
>3家老を誅罰したのであって、秀吉のお家事情になぜ、家康が口をはさみ、そ
>れが戦争の原因となるのか。そんな事で武士は命を懸けない。

上記はどこの歴史かな?



73 :日本@名無史さん:2006/09/09(土) 22:33:37
>>71はフリーメーソン君か?

74 :日本@名無史さん:2006/09/10(日) 03:40:12
○はマハーなんたらの後から学説ないとか言ってるが、
立花のオバはんがイエスズ会陰謀説言いだしたじゃん。


75 :日本@名無史さん:2006/09/10(日) 06:51:07
しかも立花のオバはんは、影響を受けた桐野が転向したのに続き朝廷黒幕説をイエスズ会陰謀説に
言いだしたじゃん。
もっとも当初からそれ(イエスズ会陰謀説)を匂わせていたけどね。

76 :>>72:2006/09/10(日) 06:58:21
小牧長久手の戦いの切欠は、秀吉に通じていた3家老を信雄が誅罰したことだろ。


77 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/11(月) 10:36:39
>>65○新皇と号した平将門は平氏。織田信長は藤原氏から急に平氏になった。
で、他にも大きな共通項が。知らない君はただのもぐり。

>>67○立花京子氏の光秀手紙偽物説の論文が出たのは、「聖戦、マハーカーラの女」出版の後。
それまで、こういう疑惑は、あまり出なかった。

>>75○桐野作人氏、立花京子氏の朝廷説撤回は、「聖戦、マハーカーラの女」が出た後。
他の一流学者もあまり的外れを書くと歴史上にはずれ論文として残る。
朝廷説で書くと似たりよったりと足を引っ張られる、で、書けなくなってるな。

>>68○学界? 本能寺の変において、あまり的外れな論文、
証拠品が出なくなっているのが、その証拠。

>>71○「秀吉と家康が本能寺の変において組んでいたら?」
一 池田恒興と森長可などは、正体不明の人間からの銃撃、酒宴での毒殺とか、秀吉ならもって簡単で安全な暗殺方法がある。
二 この時点の秀吉に大将クラスが殺されるなどの大敗北の噂は致命傷になりかねない。
三 家康が秀吉の招きに応じて、秀吉の妹、母を人質にするまで来なかったのはおかしい。
四 謀叛を知ってたら、本国で軍を集めて、援軍などの用意をしておくべき。
五 大軍でも地形によっては、少数軍に大損害、敗北する。


78 :日本@名無史さん:2006/09/11(月) 10:50:02
>>77
あ〜あ、またもぐりで済ましちゃうわけだ。

79 :日本@名無史さん:2006/09/11(月) 10:51:08
>>77
だから何で自分から学会に発表しないわけ?

80 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/11(月) 10:51:25
○いや、本能寺の変が私の研究前から「日本史二千年最大の謎」「日本史、四大謎のひとつ」などと言われていたのは
本当だろ?

○「京都極秘文書」いや、知ってる人は知ってるんだろ。
たとえば、安土城と周辺はも気候、強風とか大雪でかなり住みづらかったと言う話も本当らしいし。

○「京都極秘文書」○新しき史実○

この内容の噂をもとに、私が研究したところ、明智光秀が本能寺の変前に、愛宕山で偽装連歌会を開き、里村紹巴を呼び、
貴族と連絡をとった理由がわかった。朝廷説でのみ解明される新しい史実だ。
明智光秀にとって、連歌会、メンバーなどはどうでもよく、ただ、この日に降る雨によって、
自らの運命を占ったのだ。

天正十年五月二十八日、この日に降る雨には特別な意味、名前があった。

ヒントは「寅薬師」薬師如来は寅の日が縁日とされていた。
安土城は「薬師如来の霊地」
その薬師如来の化形神は?
信長の虎の革のはかま? スボン?などを愛用していた。



81 :日本@名無史さん:2006/09/11(月) 10:57:28
>>80
いや…「日本史二千年最大の謎」なんて言われたの知らないけど?
他に誰がそんなこと言ってたの?
てゆうか○氏以外で知ってた人いる?

82 :日本@名無史さん:2006/09/11(月) 12:16:47
安土には人が住んでたし、戦国時代に住みやすい住みにくいで城は建てないだろ

83 :日本@名無史さん:2006/09/11(月) 13:41:08
>>80
>○いや、本能寺の変が私の研究前から「日本史二千年最大の謎」「日本史、四大謎のひとつ」などと言われていたのは
本当だろ?

初耳。


>○「京都極秘文書」いや、知ってる人は知ってるんだろ。

誰か一人もしくは紹介文献の一つでも挙げられればここの皆も博チャンの言うことに耳を傾けてくれるだろうにね。


>○「京都極秘文書」○新しき史実○

それが出来ない以上、博チャンの妄想。


>信長の虎の革のはかま? スボン?などを愛用していた。

「虎の革」なんて初耳だね。鹿皮か何か普通の材質じゃなかったかな?
ただ「社会の窓」が付いていたのが当時として画期的だったとか。



84 :sage:2006/09/11(月) 14:37:51
>>77
>○桐野作人氏、立花京子氏の朝廷説撤回は、「聖戦、マハーカーラの女」が出た後。

つまり博チャンは流行にのりおくれちゃったんだね。


85 :日本@名無史さん:2006/09/11(月) 17:59:52
〇ちゃんの手抜きが酷いので調べてあげたよん
虎の袴ってコレか?
http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/kenkyuusya/kojima/gifu_raku.html

この虎豹のウツケスタイルと寅薬師を強引に結ぶとは…さすがコジツケの〇!


86 :日本@名無史さん:2006/09/12(火) 00:46:25
『聖戦 マハーカーラの女』出版後に研究家が出した説は
片っ端から『聖戦 マハーカーラの女』の影響を受けていることにする
博くんの思い上がりっぷり。
それを2ch以外で主張できたら博くんの意見も本物なのだがw

>77
>立花京子氏の光秀手紙偽物説の論文が出たのは、「聖戦、マハーカーラの女」出版の後。
>それまで、こういう疑惑は、あまり出なかった。

博くんが論文や研究書を全然読んでいないことは過去のレスから明らかなので、説得力ゼロ。

87 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/12(火) 10:35:18

>>81○言われていたよ、この前も「戦国史最大の謎」と書いてた本を見たぞ。
>>82○いや、安土の場合はただの防衛地、城ではなく都市、根拠地だろ。住みやすさも条件の一つになるはずだ。

>>86○いや、「かなり苦労して確立した自説をいきなり捨て、全く逆の事を言い出すのはおかしい」と言われてるよ。
○その論文などは「聖戦、マハーカーラの女」出版の後に出てるだろ?、
しかも新聞らに宣伝が載った後というのは事実だね。
○文献とか、読まないで新説が書けるわけが無いですよ。

>>84○「歴史の真実」に、流行はない。
それを最初に書く本は、この世に一冊のみ、となると思わないか?




88 :日本@名無史さん:2006/09/12(火) 10:44:24
>>87
「戦国史最大の謎」?だろうね。戦国史に限ったら謎めいた事件はあまりないからな。
で「二千年最大の謎」ってのはどこで誰が言ってた?ついでに「戦国史最大の謎」とは何の本に出ていた?
それからなぜ学会に自分の説を発表しない?

89 :日本@名無史さん:2006/09/12(火) 10:49:28
>言われていたよ、この前も「戦国史最大の謎」と書いてた本を見たぞ。
どの本ですか?しかし、「日本史二千年最大の謎」からだいぶ格が下がりましたね。

>○いや、「かなり苦労して確立した自説をいきなり捨て、全く逆の事を言い出すのはおかしい」と言われてるよ。
「言われてる」って誰がおっしゃっているんでしょうか?

私、素人なのでお教えいただけませんか?

90 :日本@名無史さん:2006/09/12(火) 10:52:36
すいません「もぐり」ですが、織田信長と平将門の共通点はなんですか?

91 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/12(火) 10:56:28
○「京都極秘文書」○新しき日本の史実○

何ゆえに明智光秀が本能寺の変直前、出陣準備で忙しい中、京都近郊愛宕山に登ったのか、
その理由は昔からいろいろと言われていた。
京都地形を山の上から確認するため、或いは愛宕山に軍資金を借りるため、戦勝祈願のため、
偽装連歌会で里村紹巴を通じて近衛前久らと連絡をとるため、、或いは毛利、足利義昭への連絡、、
多くの推理がなされたが、何ゆえに天正十年五月二十七日に愛宕山に登り、翌日二十八日に連歌会なのか、
なぜこの日が選ばれたのか? の謎は残っていた。

しかし、それが京都極秘文書からの噂をもとに、
「聖戦、マハーカーラの女」の著者が解明したのだ。
勿論「朝廷説」でなければ解けない謎である。
○この五月二十八日に降る雨には、特別な意味、名前があったのだ。
明智光秀は、この日に降る雨によって自らの運命と未来を占ったのである。

この日に降る雨は、あの鎌倉時代の敵討で有名な曾我兄弟の故事にちなみ「○が雨、○が涙」
と言われるのだ。○は辞書で引け。

○「寅薬師」薬師如来は寅の日が縁日−其の化形身が牛頭天王ー牛頭天王は鬼門{丑寅}のヌシ。
○信長の家紋五つ木瓜は牛頭天王の神紋。
○安土城は、薬師如来関係の霊地に建てられる。
そして信長はやたら寅、豹の革を身につけた。


そして、明智光秀は「六月一日」の夕方、軍を出撃させた。
六月一日、、、、この日もまた特別な日だった。


92 :日本@名無史さん:2006/09/12(火) 11:42:14
何で豹を身に着けなきゃならんよ?牛皮だって鎧や刀に使われてたんだろ?虎や豹は献上品にも使われる権力の象徴だし、あの模様が気に入ってたとしか見えないがな


93 :日本@名無史さん:2006/09/12(火) 22:02:27
>>91
>しかし、それが京都極秘文書からの噂をもとに、
>「聖戦、マハーカーラの女」の著者が解明したのだ。

博チャンが「京都極秘文書」なるものを話題に持ち出したのは最近のことじゃなかったかい?



94 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 00:05:42
>87
>いや、「かなり苦労して確立した自説をいきなり捨て、全く逆の事を言い出すのはおかしい」と言われてるよ。

例えば誰が言っているんだ?

>その論文などは「聖戦、マハーカーラの女」出版の後に出てるだろ?、
>しかも新聞らに宣伝が載った後というのは事実だね。

その宣伝を見たかどうか確認したことあるのか?
『聖戦 マハーカーラの女』の存在を知っているかどうかの確認は?
何の確認もせず語るのは単なる憶測に過ぎない。

>文献とか、読まないで新説が書けるわけが無いですよ。

読んでいるなら、過去の書き込みで無知を晒しまくった博くんって何?w

>91
>しかし、それが京都極秘文書からの噂をもとに、
>「聖戦、マハーカーラの女」の著者が解明したのだ。

噂を基に解明とは、フリーライターとしては立派だが、
歴史研究家としては目も当てられないな。

95 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 06:54:39
まぁ博チャンは、自費出版の一冊でフリーライターだの歴史研究家だと称しているオメデタイ人だから、
色々な噂が「天の声」として響いてくるんだよ。
また、他人様の本に引用された史料の断片的でその原典の全体が頭に浮かび、その上、博チャンに時系列は
無縁だから常に更新されており、発言の内容がコロコロ変わるのは博チャンにとっては当然のことなんだよ。


PS
チョッと(可也?)エンドルフィン出捲くりなんで週末は休んでます。
決して精神○棟に軟禁されている訳ではありません。

と関係者に聞きました。


96 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/13(水) 10:44:47

>>88○確か、「秀吉の枷」か「信長の棺」か? そんな宣伝だろ。
>>89○説の転換本読んだ人や、それまでの説研究した本を読んだ人。
>>90○将門伝説と安土城内部、国宝絵の裏、調べたら?
>>92○おいおい、信長の氏神と周囲でも調べたら?
>>93○実は前から、噂と内容を少し聞いていた。君は知らないのか?、ふーん?

>>94○しかし、君のが「聖戦、マハーカーラの女」出版の後、なのは事実だし。
内容を読み比べて、世間はどう思うかな?
それに、君は全く自説やら、反論史料やらここに書かないしね。

>>95○いや、正真正銘の本物本だからね。
日本史二千年でただ一冊の本物と断言してるのに読みもしない、
君の鑑定眼のなさ、基礎知識のなさ、思い込みの強さ、頑迷さには頭が下がる思いだよ。
それとも誰か、どこかの犯罪者にいくらか貰っているのかな?
○其の出鱈目を言っている関係者とやらは、どこの国の人?
 




97 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/13(水) 10:55:41


○「京都秘密文書」○新しき歴史の真実○


織田信長が家督相続のとき、織田信忠に与えた刀。

そして、虎御前山。

98 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 11:03:52
質問と答えが全然かみ合ってない。答える気がないなら出所不明な話を散らかして行くな

99 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/13(水) 11:05:42


奉祝「秋篠宮様、秋篠宮妃紀子様、親王悠仁様」
大祝「秋篠宮文仁殿下、妃紀子殿下、新宮悠仁殿下」
幸祝「秋篠宮親王悠仁殿下」

100 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 12:30:35
>>96
国宝絵の裏はどうやって調べるんだ?お前は調べたから言ってるんだよな。

101 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 12:34:23
>>96
お前やっぱり解釈の仕方がおかしいぞ。本当にその解釈で正しいと思ってんならまじで学会に発表して堂々と議論してみろよ。
いい加減みんながなぜ納得しないか気付よ。

…知っててやってるなら別だけどね。

102 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 12:35:59
>>96
将門に纏わる伝説となるといくつか頭に浮かぶが…どれのことかな?

103 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 12:40:17
>>96
信長の氏神…
ようするに『鬼』みたいなもののことを言いたいのかな。
惜しいね、そこから先のものを導き出せないのは。

104 :日本@名無史さん:2006/09/13(水) 22:18:39
>96
>内容を読み比べて、世間はどう思うかな?

至らない点を認めて説を変えていることに誰も文句を言っていないが?

>それに、君は全く自説やら、反論史料やらここに書かないしね。

牽強付会や噂だけで語ったり、質問にちゃんと答えない博くんには
語るだけ時間の無駄だからな。

まぁ、博くんがまずやるべきことは2ch以外での自説の主張だがな。

105 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/14(木) 10:39:25
○今日は、ちょっと急用が入ったんでパスさせてもらうよ。

>>103○いや、それはひとつの解決方法の提示であって。

106 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 04:33:19
最近急用多いな

107 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 09:56:30
 明治維新にまつわる陰謀をあばく
 1853年米国ペリー提督は日本を占領するために来航し、国富を略奪する
ための日米修好通商条約を締結させた。この不平等な条約によって、日本の金
貨を同量の銀貨と交換出来る様になり、米国はその金貨を外国で大量の銀貨に
換え、それをまた日本の金貨と交換して限りない利益を得たのです。幕府は金
の流失を防ぐため、金の含有量を少なくした金貨を鋳造したために、金貨の価
値が減り物価が高騰して、庶民を苦しめた。欧米諸国は日本を侵略するために、
幕府と革命軍に軍備を貸して、互いに戦わせ弱ってから支配すると言う漁夫の
利を得る作戦を企てた。これはフリーメーソンの陰謀である。革命軍を指導し
たのが米国人フルベッキで、武器を調達したのが英国商人グラバーである。
 坂本竜馬はこの陰謀を悟って、大政奉還によって同士討ちを防いだのです。
これによって、フリーメーソンの恨みを買い暗殺された。
 ここに「倒幕リーダーの歴史的結集」と記された写真がある。フルベッキを中
心にして、倒幕の英雄が写っているが、坂本竜馬などの著名人の顔が周知のも
のと違うのは、フリーメーソンが陰謀を隠すための捏造の手段である。中央で
刀を抱いているのは、後に明治天皇に摩り替った大室寅之祐で、左端に立って
いるのは後に竜馬に化けた勝海舟で、頬骨が尖った特徴的な顔の人は横井小南
で、調査するとこの写真は本物と認めざるを得ない。幕府のお尋ね者で偽名を
使って逃げている者が、自家の家紋の紋付の着物を着る訳がない。フリーメー
ソンと結託した土佐藩が竜馬を暗殺後、海舟が竜馬に化けて写った写真が巷に
広まったのです。
 坂本竜馬は明智光秀の一族明智秀満の子孫で、家紋は違い桁に桔梗である。
日本霊異記は言う。長屋親王の骨が土佐に流れ着いて祟りをなして農民が死ん
だとある。光秀は長屋親王の子孫であり、こうした因縁によって、秀満が土佐
に移り住むことになったのである。
 竜馬が滑稽な手紙を書いて乙女姉を笑わせたり、国家を論ずる時に、男女の
卑俗な機微を喩え話の猥談にして、三条実美卿を大笑いさせた等の話は、戯曲
師が話を面白くする為に装飾したもので、誠実な竜馬が冗談など言わない。司
馬遼太郎は騙されたのだ。


108 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 10:14:50
○チャンはまたこれにマジレスしちゃうんだろうなぁ

109 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 10:25:36
 大庭博君へ
 京都極秘文書は愛宕山の連歌百句に毛が生えたものじゃないか。
>>この日に降る雨は、あの鎌倉時代の敵討で有名な曾我兄弟の故事にちなみ
「○が雨、○が涙」

 この日に降る雨はから敵討で有名な曾我兄弟の故事を想像できる者はいない。
後世の人がこじつけたのを君が騙されているのだ。
 戦勝祈願ならなぜ、明智の重臣が同行していないのか。
 信長暗殺の秘密を誰かに悟られる様なへまはしない。そんなものが残ってい
る筈がない。
 

110 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/15(金) 10:47:15
>>100○有名な絵の解説書って、何でも書いてあるよ。
>>102○雷神様のほうだね。
>>104○というか、君こそそれまでの古典的手法、解釈の仕方から逃げられないだけ。
>>104○至らない点を認めて、大きな間違いをするわけか?
というか、真実を捻じ曲げても、見る人が見れば解るって。

>>103○「神や鬼、キリスト教」それはひとつの解決方法、キーワードの提示に過ぎない。
例えば信長、秀吉は全くの無神論者として、誰もその精神構造には踏み込もうとはしなかった。
この時代の人々の神や鬼、その他の神への信仰、宗教、或いは生と死に対する考え方にも。
したとしてもフロイスの説のように拝金主義による宗教の利用的なものの見方だった。
「聖戦、マハーカーラの女」の著者は、信長や秀吉の精神形成に、この時代の神や鬼、或いは宗教、
仏教や神道、キリスト教がどのように影響していたか、どのようなものの見方考え方をしていたか知りたいと考え、
其の方面の研究をするうち、彼ら英雄といわれる人々の考え方の一端に至ったのである。
そこには彼らなりの戦国時代や、周囲、民衆に対する考え方、態度があったということだ。
私は別に神や鬼、宗教観、信長や光秀、キリスト教を本能寺の変に、こじつけようというつもりは無い。
ただこの事態の彼ら、その他の人々の考え方、信仰の一端にいたり、安土城構築構造、
本能寺の変の答えに至るキーワードを見つけたというだけである。





111 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 11:03:14
>>110
神や鬼がキーワードに過ぎない。てゆうか言いたいことはだいたいわかった。
その上で言わせてもらう。

『見当違い』

112 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/15(金) 11:06:04

>>107
○「長州や薩摩と幕府勢力」その対立、内戦を激化させようとしたら、戊辰戦争、北海道函館政府とか、
他にもチャンスはいくらもあった。それをしなかったのは何故だ?

○「勝海舟」その顔は良く知られていたので、竜馬になり代わるのは無理。

○「入れ替わり」そもそも明治に朝廷の女官、他の皇族やら、多くの貴族の目を欺いて、
天皇が他の誰かに成り代わるのは無理だって。出鱈目だよ。
それに入れ替わったとかいう人にも家族とかあるだろう?
それらの家族、親戚連中と全く縁が切れるというのかい?

○「坂本竜馬」その家系の話の真偽を聞いた人がいるが、嗤って馬鹿馬鹿しいと手を振ったらしい。
と司馬遼太郎の作品にあるんだろ?

>>109
○家督相続の刀の名前、由来を知れば故事くらい調べるよ。知識はあったろう。
○それはそうだろう。
しかし噂では、京都秘密文書が書かれたのは変後らしいが?


113 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/15(金) 11:13:44

>>111○其の反対論文、根拠、史料、資料、学者らをしっかりと述べよ、挙げろ。
といってもまず述べられないな。
それが、君の正体。


114 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 11:58:00
〇はいつ論文を出すんだ?
無い論文に対する反対論文ってw


115 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 14:25:48
>>113
それはお前の常套手段

116 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 14:29:24
>>113
なんだ○ともあろう男がしらないのか?

117 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 18:20:56
>>113○「聖戦、マハーカーラの女」を批判ないし参考文献に掲げた事例をしっかりと述べよ、挙げろ。
といってもまず述べられないな。
それが、博チャンの限界。

118 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 23:21:10
急用があるからパスっていうのも最近出てきたパターン。

119 :日本@名無史さん:2006/09/15(金) 23:32:01
そうなん?まぁパソにいつもの時間にカキコ出来るんだから、大して急でもなさげだけど。


120 :日本@名無史さん:2006/09/16(土) 00:08:08
話しが込み入ってくると無知や矛盾を曝け出すことになるから、間を空けて振り出しに戻したり
逸らしたりする意図なんだろうね。

121 :日本@名無史さん:2006/09/16(土) 00:24:49
本能寺の変の後、秀吉がすぐに本能寺を現在地に移転させたのがおかしい。

122 :日本@名無史さん:2006/09/16(土) 00:46:42
移転したら何かマズイんかい?

123 :日本@名無史さん:2006/09/16(土) 01:45:27
>121
焼け跡に再建しろとでも?

124 :日本@名無史さん:2006/09/16(土) 06:21:08
>>121
馬鹿?
五年後がすぐかね。

>>123
実際に焼けたのは信長が増築した御殿部分。

125 :日本@名無史さん:2006/09/16(土) 12:38:22
○はPCじゃないよ、携帯から

126 :日本@名無史さん:2006/09/16(土) 17:17:31
 聖徳太子の謎
 蘇我馬子の専横によって、蘇我稲目の娘の子が用明天皇になり、次に崇俊天
皇になった。崇俊天皇が暗殺されて、蘇我氏の血筋の男子が絶えた状態になっ
た。当然聖徳太子が天皇になれば良いのに、用明天皇の妹が推古天皇になった。
なぜ、太子は天皇になれなかったのか。摂政を務めるなら天皇になれば良い。
 この後押坂彦人大兄皇子の子が舒明天皇になり、其皇后が皇極天皇になった。
皇極天皇在位中に蘇我入鹿が専横の罪で中大兄皇子に暗殺された。彦人皇太子
は蘇我氏の血筋ではない。なぜ、天皇の血筋が本筋に戻ったのか。どうして、
本筋に戻った事が蘇我入鹿の専横となるのか。皇極天皇は後に斉明天皇になる。
この辺りの皇位継承はおかし過ぎて話しにならない。時の彦人皇太子がいつ亡
くなったのか分からないのもおかしい。
 聖徳太子は仏教を普及させた事になっているが、神道の奥義書、先代旧事本
紀大成経を撰述している。この中に予言書の未然本紀がある。神仏論争時代に
この両立は難しい。
 太子の正妃は莵道貝蛸皇女であるが、太子が病となり、妃の膳大郎女が看病
して二人が同時に亡くなった。太子の死亡年が621年と翌年の2説ある。太子
を妻でなく妾が看病し、二人が同時に死亡し、その年が2説ある。こんな話は
不自然であり、2説あるのは捏造の疑いがある。
 「上宮聖徳法王帝説」に、聖徳太子と山背大兄王が親子でないと言う人がいる
ようだが、それは良くない事だとある。そのように言論統制するのは本当の事
が広まると困るからである。書記は太子の子が山背大兄王だと言っていない。
 729年に長屋王が死亡し、737年藤原不比等の4子が疫病で死亡した翌年から
藤原氏が法隆寺の食封を再開し、夢殿を建立した。これらの行為は長屋王の怨
霊封じであり、長屋王が太子の孫だと分かると、法隆寺が太子一族の怨霊封じ
の祈祷をした事が分かる。
 隋書に、600年倭王あり、姓は阿毎、字は多利思比孤(天足彦)で天下を支える
男(天皇)となる。この時は推古天皇で男の天皇は聖徳太子以外は考えられない。


127 :日本@名無史さん:2006/09/16(土) 17:21:22
 法隆寺の謎
 聖徳太子は607年に法隆寺を父用明天皇の為に薬師如来像を本尊として建てた。
 しかし、623年に太子の菩提を願って遺族が造った釈迦如来像と鎌倉時代の阿
弥陀如来像が同じ金堂に三具並んでおり、中央の釈迦如来像が本尊だと分かる。
薬師如来像は釈迦如来像に比べて鋳造技術が進歩した物であり、前者の方が後
作となり、製造年が逆転する。法隆寺の本尊が2具あるのはおかしい。
 書記に670年に法隆寺が焼失したとある。しかし、「法隆寺縁起幵記資財帳」
には再建されたと言う記載が無く、建物の尺度が大化の改新以前の高麗尺で後
の唐尺でないから、再建説は成り立たない。様式も雲形斗?など飛鳥時代の物
である。西院伽藍内を掘ったが焼土は無かった。
 すると、若草伽藍説が出てきたが、再建するなら同じ場所に建てる筈で、法
隆寺の南に面する向きと若草伽藍では、ずれている。区画の時代が違うのだ。
 609年に造られた飛鳥寺の丈六如来像の大衣は、右肩から前を覆って後ろへ
回して左腕前膊にかけているから襟が2重である。しかし、法隆寺の釈迦如来
像は襟が1重で最後は左肩の背面に垂れている。作者は両方とも止利で、前作
が正しく着用し後の物が着用法が分からないのは理解に苦しむ。釈迦如来像は
溶銅が拙く鋳造し直した跡がある。
 このように文化が衰退したのは侵略されたからであり、大化の改新を境とし
て飛鳥から天平へと移り、唐様式になったのも侵略が原因である。
 書記が670年に法隆寺が焼失したと記した目的は、唐文化によって再建した
事にしないと飛鳥文化の技術の高さを否定出来ないからだ。
 やはり、聖徳天皇は大化の改新時に暗殺されて、それを隠蔽する為に622年
に病死したと言う嘘を後世に残す為に釈迦如来像が造られ、薬師如来像は聖徳
太子の様な聖者が仏教を勧めたと言う方便で仏教を普及しようとした。其像が
あった寺が太子の崇りで焼失したから法隆寺に移したのである。


128 :日本@名無史さん:2006/09/16(土) 18:40:22
 大庭博君へ
 京都極秘文書の意味がだいたい分かったぞ。
 要するに信長は牛頭天王即ち丑寅(うしとら)鬼門の神素盞鳴神と見立て、天
皇家がその姉の天照大神であり、荒ぶる神素盞鳴神を倒すのは天照大神の朝廷
の天皇家しかいない。だから、朝廷が黒幕と言っているのだな。確かにその推
理は当たっている事は確かだが、私は神素盞鳴神を創造神から依頼を受けた救
世神と捉えている。この事はひふみ神示に書かれている。天皇家は悪魔ユダヤ
教徒(フリーメーソン)の手先であり、石屋と呼ばれている、古事記ではやまた
の大蛇と言う悪魔なのだ。この悪魔が世界を制覇するために戦争をまき起こし、
人類を地獄の底へ落とそうとしているのだ。ハルマゲドンとは神と悪魔の戦い
を呼び。日本で行われるのだ。

 本能寺の変は日本の神素盞鳴神と悪魔のフリーメーソン(秀吉と家康)の戦い
で、天皇家の天照大神はだました岩戸開きによって出て来た偽者で、本当の太
陽神天照大御神はまだ岩戸に隠れているのだ。それを籠の中の鳥と歌っている
のだ。
 
 余談はさておき、明智光秀は神素盞鳴神の系統だから信長と同志で光秀が信
長を暗殺する訳が無い。お分かりかな。神学で解釈するとこうなるのだ。

129 :日本@名無史さん:2006/09/16(土) 19:16:17
○チャンは自説がこれと同じくらいトンデモだって事に気付くべきですね。

130 :日本@名無史さん:2006/09/16(土) 21:57:43
>>125
○は携帯を持っていないよ。携帯代を払えないからね。

131 :日本@名無史さん:2006/09/17(日) 17:30:33
 アメリカの正体を見破れ
 米国はドルを湯水のように印刷しても、各国がドルを買い支えてくれる。日
本は円高になると輸出不振となるため日銀がドル買いをする。この資金は外資
の餌食となる。
 米国の外資が不良債権で6兆円を注いだ新生銀行を10億円で買い叩いた。
旧長銀の負債は免除された。
 1985年プラザ合意によって円高不況になり、1987年景気を良くする為に公定
歩合を引き下げた。インフレ傾向になった為、公定歩合を引き上げ、不動産融
資総量規制を行うと、1990年バブル崩壊が起きたとある。しかし、これは計画
的に起こされたのである。米国のソロモン・ブラザーズ証券等が事前に売り逃
げして、巨万の利益を上げた。これらの外資が日本政府とくるんで意図的に株
価操作を行った。デリバティブ(株の先物取引)を利用して株価が下がる方に投機
したのです。バブル崩壊はアメリカが仕組んだ株と土地のいかさま博打である。
 米国は日本製品を、ダンピング関税、スーパー301条、いわれのない損害賠償
等で締め出した。米国はいんちき国家である。
 米国はユダヤ悪魔教徒の秘密結社(フリーメーソン)が支配する国家で、軍産
複合体は戦争によって成り立ち、資本経済は戦争後の復興事業で不況を脱して
来た。
 アメリカは真珠湾攻撃の騙し討ちや9・11テロ(自作自演)等で戦争の口実を得
て、軍事大国になり、核の威嚇外交で国を支えている。
 オーム真理教の村井秀夫が右翼に刺された時に「ユダにやられた」と言ったの
はフリーメーソンの意味。ユダヤを敵視して様に見せていたのは、高等戦術で
ある双頭作戦で、戦争は相手が無いと出来ない。自由主義も共産主義もフリー
メーソンが作ったもの。
 郵政民営化は郵便貯金等を外資に貢ぐ為のもの。
 ジェイコム株上場の株価誤入力事件は、新生銀行からの転職者が行った陰謀
で、外資が暴利を得た。10分間で大量のデーターの中から誤入力を見つけて買
い付ける事は難しい。
 堀江貴文が行ったニッポン放送買収資金は、リーマン証券から受けたもので、
逮捕によるライブドアの株価下落等によって、外資は不当な利益を得た。

132 :日本@名無史さん:2006/09/17(日) 19:12:31
連休は淋しいのぅ

133 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 09:18:10
 ファチマ第3の予言
 貴方たちは、私の忠告を妄想だと言って無視したり、自分の知識を誇って、
無知だとあざ笑って、自尊心を満足させましたね。それで、改心の機会を失い
ました。
 麻原の死刑が確定したように、貴方たちの死刑も確定しました。原爆の超高
熱で焼かれるのです。どこへ逃げても、天変地異によって、マグマと津波の生
けにえになる。たとえ、あの世へ逃げても、地獄の極熱の業火で、魂まで焼き
尽くされる。悪業の報いを受けるのである。そうしなければ、犠牲になった動
物たちの魂を救えないし、宇宙が破滅する。
 聖母マリア像が血の涙を流している。神が貴方たちを哀れんで、救えない苦
しみの血涙を流しているのです。


134 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 20:10:33
>110
>というか、君こそそれまでの古典的手法、解釈の仕方から逃げられないだけ。

「安土」を分解して「ウしノ王」としたり、
「日光東照宮」から光秀と誠仁親王の名前を導き出すのが新しい手法とでも?
世の中、それを牽強付会と呼ぶのだよ。分かる?

>至らない点を認めて、大きな間違いをするわけか?
>というか、真実を捻じ曲げても、見る人が見れば解るって。

『聖戦 マハーカーラの女』は見る人が見て分かってくれたのか?
どこのオカルト好きだ、それは?

135 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 21:35:30
>>113○「聖戦、マハーカーラの女」を批判ないし参考文献に掲げた事例をしっかりと述べよ、挙げろ。
といってもまず述べられないな。
それが、博チャンの妄想の限界。


136 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 22:49:16
だいたいもう○の言いたいことはわかってる。
ただ、

@あまりにも解釈が強引。
A真実と力説する割には未だ朝廷黒幕説が主流にならない。
B主流にならないのだから自ら学会に発表して真実であると認めさせてみろと幾度となく勧めてもそうする気配も見せず、匿名性の高い2ちゃんねるのみに固執する。

以上の理由で全く説得力を持たない。

137 :日本@名無史さん:2006/09/18(月) 22:53:31
>>136 氏ね

138 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 04:29:11
>>137
何で?

139 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/19(火) 10:38:11

○本能寺の変の真実は「朝廷説」ではないという論文、根拠、史料、資料、学者、ホームページでもしっかり挙げてみろ。
といっても、何も挙げられない。それが本能寺の変の真実。

>>136○「他の説」その中には、もっと強引な解釈をしているものがあるよ。君が読んでないだけ。
○しかし一流の先生による他の説の論文は出ない、書かない。

>>134○「傍証」いや、それだけじゃないだろ。他にも安土城には重要な傍証が幾つもある。
君が不勉強なだけ、史料を読み込まないだけ、とはっきり書かせてもらう。
>>135○真実は逃げないし、認めなくても、いつかは出て来るものだからね。

>>134○「牽強付会」そう嗤っている「大学者様」と「無知無学様」に此処に書き込ませてみろ。
何も書けないし、こんなところに書く必要はないと大逃げするから。


140 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 10:50:17
>>139
言いたいことはわかった。
だから何で学会て自ら発表しないの?

141 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/19(火) 11:06:52
>>126○いや中国では女の王は其の思想陰陽道などから見て不吉だから。
則天武后くらいしかいないだろう。日本もそんなことも知らないと嗤われたくないと思ったんだろ。
倭というのは醜いという意味もあるし。この時代蛮族扱いだし。
また「天皇」位とか、言い出せるわけが無い。中国人は世界の中心が「中国」だし、それを統べるのが「皇帝」
なんだから。だから使者がただ、「男王が支配している」と言っても不自然じゃないね。
○そもそも聖徳太子のことに秘密なんてないだろう? あるとしたら蘇我氏が邪魔になって暗殺する、くらいだし。
しかし、蘇我氏と聖徳太子はうまくいっていたらしいし、、、

>>128○それだけじゃ駄目だろ? 
「信長が牛頭天王を信仰していた」?それがどうした?だよ。
問題は、本能寺の変における大和朝廷と織田信長との交戦の証拠があるかどうかだよ。
そこを勘違いしているね? 牛王はひとつの証明方法、手段だよ。

>>127○いや、普通は釈迦如来像が中央になります。一番偉いことになってます。
だから、訂正したんでしょう。

>>128○だから何で天皇家がわざわざフリーメーソンになるわけですか?、
そんな必要は無い。出鱈目ですな。というか。フリーメーソンって名簿があるだろ。
「やまたのおろち」はスサノオに退治されてる。
史学では氾濫していた河のことらしい。
それを土木工事で治めたことらしい。


142 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 11:08:52
>>141
>>140

143 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 11:27:28
論文を挙げろ?今まで皆から本能寺関係のサイトや論文の送り先やら発表会やら紹介してもらっておいて、何ひとつ自分からは動かなかったのに?

144 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 16:27:53
>>139
○ 本能寺の変の真実は「朝聖戦、マハーカーラの女」であるとする論文、根拠、史料、資料、学者、
ホームページでもしっかり挙げてみろ。
といっても、何も挙げられない。それが博チャンの妄想の真実。


145 :日本@名無史さん:2006/09/19(火) 19:46:31
妄説

146 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 00:49:09
>139
>本能寺の変の真実は「朝廷説」ではないという論文、根拠、史料、
>資料、学者、ホームページでもしっかり挙げてみろ。
>といっても、何も挙げられない。それが本能寺の変の真実。

本屋って知ってる? 図書館って知ってる? Googleって知ってる?
博くんは無知丸出し、馬鹿丸出しなの分かってる?

>「牽強付会」そう嗤っている「大学者様」と「無知無学様」に此処に書き込ませてみろ。
>何も書けないし、こんなところに書く必要はないと大逃げするから。

こんなところ以外に書く必要はないと
ずっと大逃げしている博くんが何を言ってるの?

147 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 04:09:12
何せあまぞんを知らないくらいだからな

148 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 17:39:22
あれ?今日は来てないな。

149 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 21:28:57
風邪でもひいたか?

150 :日本@名無史さん:2006/09/20(水) 22:59:14
〇ちゃん・・・・・愛されてるね♪

151 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/21(木) 10:41:40
>>144.>>146
やれやれ、つまらん言葉遊びをする暇があったら、「聖戦、マハーカーラの女」に、
正式に反論できるような史料名、論文、学者名でもここに書いてみるんだね。
少なくとも、本能寺の変についての重要な疑惑、問題点は、
ここの掲示板に何度も書いたはずだから。思いつくままかいても、、

一 安土にわざわざ城を築いた謎。
二 その前一年、二年の重要なトラブル。
三 変に、なぜ、京都なる地が選ばれたのか。
四 信長はなぜ出陣前の忙しいときに京都に行ったのか。
五 京都盗賊よけの町境の木戸をどうして明智軍はやすやすと通れたのか。
六 明智光秀はなぜ五月二十八日に連歌会を愛宕山でしたのか?
七 京都に泊まっていた織田信忠の馬廻りはなぜ明智軍の接近に気づかなかったのか。
八 織田信忠はなぜ単身逃げて、復讐を考えず、二条城に篭城したのか?
九 前関白近衛前久、神官吉田兼見の変前後の奇妙な行動。
十 安土城無血開城の謎。
十一 大坂四国渡海軍二万の四散、無力化の謎。
十二 何故、決戦を光秀は天王山でしたのかの謎。

こういう謎などに、納得のいく理由をつけてみれば。
さもないと、納得しないぞ。



152 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/21(木) 10:59:44

○いや、昨日は蜂に襲われて失礼した。この季節の蜂は怖いな。
勇敢で、毒も強いし。いい殺虫剤もあるらしいが、それも巣の位置がわかっての話らしいしね。

○そろそろ、日本中の史学研究の猛者とか、プロはどうした?
本格的な論戦がしたいぞ。
本能寺の変について、「確固たる根拠、史料」のあるものは、
書き込み希望だ。



153 :日本@名無史さん:2006/09/21(木) 11:05:17
>>151
もうひとつあるぞ。
十三なぜ自ら学会に発表しないのか。
と、いうのがな。

まだ>>152なことを言ってんのか。そんな識者が2ちゃんにくるわけがなかろう。学習能力がないのか。

154 :日本@名無史さん:2006/09/21(木) 11:07:02
>>152
『納得しないぞ』って言われてもねぇ…自分は納得させてるってのかね?

155 :日本@名無史さん:2006/09/21(木) 12:48:56
学会に発表しない理由は、『聖戦…』の原稿を大手出版社に持ち込んで門前払いを食らい、それ以来何も出来なくなったんでない?
ここには識者は来ないと踏んだ上で騒いでいるようにしか見えん


156 :日本@名無史さん:2006/09/21(木) 21:54:54
>151
>やれやれ、つまらん言葉遊びをする暇があったら、「聖戦、マハーカーラの女」に、
>正式に反論できるような史料名、論文、学者名でもここに書いてみるんだね。

やれやれ、真実を突かれてまた話をそらしたか。
反論されたら話をそらして逃げる。馬鹿の一つ覚えだな、博くん。

>こういう謎などに、納得のいく理由をつけてみれば。

反論されると答えに窮して話をそらしていったのは博くんの方だがな。

>こういう謎などに、納得のいく理由をつけてみれば。

自分の理由に自信があるならブログでも開設して堂々と公表すれば?

157 :日本@名無史さん:2006/09/21(木) 22:35:47
元気そうで何より

158 :日本@名無史さん:2006/09/22(金) 01:15:15
話そらしついでに・・。
wiki見てたら安土城焼失の原因は最近の研究では土民の略奪行為の際による出火である。
それでほぼ間違いないとか書いてあったが、どうなんだろうか。

蜂は怖いね。漏れも昔足長蜂に小指を刺され小指が親指異常に腫れ上がり、刺されたときの激痛も想像以上だったのを覚えてる。

159 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/22(金) 10:49:53
>>153
○いや、弘法は筆を選ばずなんて話もあるし、、、
そういえば光秀天海説の「天海」と「空海」、似ているね。
高野山は好きですか?

>>155○おいおい、一流出版社から出ている本は皆、一流とでも思っているのか。
例えばこの前読んだのはどうかしていたよ。フロイスの信長無神論は全く無視、魔王を信じているのに釈迦像を飾っているのは何故だとか、
明らかな歴史的事実の間違い、光秀の手紙の無視、そんなのを指摘したら、何も言わない。
ま、大手でも専門知識を持っているかどうか解らない人がいるってこと。

>>156○いや、真実を突きつけられて、見てみぬふりをしている君から言われてもね。
○プログ、いや、真実をどこに書いても同じだと思うが? それに面倒くさいし気がするし、、、

>>157○土民が、あとから報復とか必ずある織田家の本城に略奪に入るかどうかは解らないな。
というか、其の城が捨てられたかどうか、守備兵がいるかどうかは、土民にはわからんのではないか?
ましてや火をつける勇気があるかどうか?


160 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/22(金) 10:59:11

○「安土城炎上」

これは安土に入った織田信雄が、知恵が遅れていたので焼いたとか、
ルイス・フロイスは書いている。

しかし、本当にそうなのだろうか?
信長の死後、「天主閣」と名づけられた建物を急いで焼くことは、
信雄には特別な意味があったのではないだろうか?

161 :日本@名無史さん:2006/09/22(金) 10:59:17
>>159
は?弘法は筆を選ばず?何が言いたいんで?
つまり有名な学者だって2ちゃんを見てるかもしれないって言いたいんで?
あんたね、どれだけ2ちゃんに張り付いてんだよ?全くリアクションなんかないじゃん。
その有名な学者が昼間から2ちゃんを閲覧してる姿を想像できるか?有り得ないだろ普通に考えて。


162 :日本@名無史さん:2006/09/22(金) 11:01:25
有名な学者が見てないからここでしかはしゃげないんだよな。
かわいそ。

163 :日本@名無史さん:2006/09/22(金) 11:03:01
>>159
>○いや、真実を突きつけられて、見てみぬふりをしている君から言われてもね。

 ●いや、反論を突きつけられて、話しをそらし逃げている博から言われてもね。

164 :日本@名無史さん:2006/09/22(金) 11:05:23
「天主閣」が明治の造語だってことを博チャンは知らないのかな?
そんな無知に何を言われてもねぇ〜


165 :日本@名無史さん:2006/09/22(金) 11:15:37
一流出版社の利点?〇くんの嫌いな借金をしなくて済むじゃん。
それに出版社の人脈。ここで待ち続けなくても研究者とのパイプが出来るかもよ?


166 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 00:11:30
〇はウィキとか見たことあるんだろうか。
それにしても〇は2ちゃん好きだなぁ。
前から言ってるように本能寺ブログでもやれば?そのほうが本の宣伝にもなるんじゃねえの。

167 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 02:37:43
中国の覇者は王になれるが日本の覇者は王になれない件
しかし信長は天下統一の暁には朝廷の名により王となろうとしていた。当然、不要な物は排除する信長の考えに脅威を覚えた朝廷は先手を打ち信長は消されたのです。朝廷と共存できる覇者であれば生きていたことでしょう。その証拠に秀吉、家康は生きながらえています。

168 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 03:00:12
妄想乙

169 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 03:09:03
妄想?バカ?
日本では王は天皇ただ一人。それを覆そうとした信長は消された。戦後、天皇制が残ったのも、ごく一部のアメリカ関係者が天皇の秘密を知らされたから。
マッカーサーも天皇に謁見された後、初めて神を観たと言っていた

170 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 10:13:13
朝廷が黒幕って、そもそも朝廷の誰かと光秀が連絡を取り合ったって証拠はあるのかね?

光秀は教養人て言うけど、その教養で上げた功績てあるの?確かに信長配下で見れば光秀は一番の教養人かもしれないけど、もっと広い目で見たら実は大したことなかったりすんじゃね?

171 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 10:17:11
それと光秀が信長を殺害した後、光秀に京都守護の勅命が降りたて話も聞くけど、それって源義仲とか京都に入った有力者にはみんな出してるよね。これもまず朝廷黒幕説の根拠にはならないね。

172 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 18:28:44
>>170
>光秀は教養人て言うけど、その教養で上げた功績てあるの?確かに信長配下で見れば光秀は一番の教養人かもしれないけど、
 もっと広い目で見たら実は大したことなかったりすんじゃね?

本人としては織田家中で己の教養を誇るようなところもあったかもしれないが、
実際のところ藤孝も光秀の詠んだ句を貶しているね。

ただ、それが一種の思い上がり?として謀反を起こさせる一因になったかもしれないネ。


173 :日本@名無史さん:2006/09/23(土) 18:39:43
>>170
>朝廷が黒幕って、そもそも朝廷の誰かと光秀が連絡を取り合ったって証拠はあるのかね?

日記に空白の期間があればそうだと言い、結果から原因を造りだすのが謀略史観の常套手段だね。

174 :日本@名無史さん:2006/09/24(日) 01:19:38
>>170
確たるものはないよ。だからどこまでも朝廷黒幕説は一説の域は抜けないんだよ。
あればとっくに出てるだろうし、いつまでも決着がつかないわけがない。

175 :日本@名無史さん:2006/09/24(日) 05:04:50
>>174
つまり○はまず朝廷黒幕説の確たるものを提示しなきゃならないわけだな

176 :日本@名無史さん:2006/09/24(日) 08:16:02
しかし、どの黒幕説も結局協力者が必要で最後の頃には大人数になってたりするんだよな〜


177 :日本@名無史さん:2006/09/24(日) 09:34:04
>>175
「提示しても誰も認めようとしないが真実は真実。」と一生繰返すのが○のパターン。
端から相手にされていないのを「反論出来ないから。」と一生繰返すのが○のパターン。
2ちゃんにしか書き込めないのが○の関の山。

178 :日本@名無史さん:2006/09/24(日) 18:31:49
光秀は足利義昭に仕えてたんだよね?ということは尊皇、というかそういった権力に対して畏敬の念を持ってはいたんでしょう。
朝廷とやり取りした記録がない、細川親子に宛てた手紙の内容からして、光秀が単独でことを起こしたんだろうよ。
信長の朝廷さえも恐れない態度を目の当たりにして、自己を犠牲にしてでも信長を倒さなければならぬ、みたいな感じで。
朝廷が黒幕なら細川や筒井に宛てた手紙でバックに朝廷がついているって書いてもいいはずだしね。まずこの件についてどうして書かなかったか、○は質問されて答えたっけ?記憶にないんだが…。
何かそういった根本的な質問はシカトして変に回りくどい解釈した証拠みたいのしか提示しないよな。信長と変な神様との関係とかさ。
まぁこのスレは○が好き勝手やる為のスレだからどーでもいいけど。
つうか初めのうちは『削除しろよ』て喚いてたな。

179 :keizu:2006/09/24(日) 20:37:01
朝廷が黒幕って、そもそも朝廷の誰かと光秀が連絡を取り合ったって証拠はあるのかね?
上記の朝廷が黒幕ってのはあってるけど、光秀が実行犯ってのは間違い!
実行犯は秀吉であって、光秀は勝利者の論理で悪人にされただけの事。

180 :日本@名無史さん:2006/09/24(日) 20:43:14
>>151全部、研究論文や史料等に書かれてるけど、○はそれらはあえて見ない。

181 :日本@名無史さん:2006/09/24(日) 21:48:43
>159
>プログ、いや、真実をどこに書いても同じだと思うが?

本を出しても世間に相手にされず、2chでは議論にならず馬鹿にされているだけの博くん。
真実をどこに書いても同じ? どこのおとぎの国だ、それは?
博くんは歴史の前に世の中を勉強しなさい。

182 :日本@名無史さん:2006/09/25(月) 00:51:54
具体的に朝廷の誰といつ連絡をとったのか示してちょうだいよ。
悪いが今までのあなたの説明じゃ、ワカラン!
難しい話はいいから、具体的に首謀者の名を挙げてよ!

183 :日本@名無史さん:2006/09/25(月) 04:33:46
誰それの日記が改竄・欠落してるから怪しいとか牛頭天王とかわけのワカランほうに話そらすな。


184 :日本@名無史さん:2006/09/25(月) 06:26:01
>>178
>光秀は足利義昭に仕えてたんだよね?

義景から乗り換えただけでべつに畏敬の念なんて擁いたわけじゃないだろう。
義昭を見限ってさっさと信長に乗り換えているしね。

185 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/25(月) 10:32:36
>>164○「天主」という言葉は当時の津田宗及の手紙や太田牛一の記述に使われている。
しかも武田鏡村氏は「信長は松永久秀の建物では天守だったのを、安土では天主と改めている「信長記巻九」という。
ちなみに「閣」の意は知ってるんだろうな? 建物、宮殿の意味だ。
天皇位の力が強くなる明治に造られるなら「天守」だろう?

>>166○パソコンも使えない研究者、其の技術者も使えない有名学者では、年収が知れているな。
>>167○別に真実、本物はどこに書いても同じだと思うな。
本物のダイヤを本物と認めない宝石商なんて、、、
>>179○連絡は京都なら法事、祀り、読書会、茶会、連歌会、その他偽装会が色々あるだろう。
其の中で御所言葉だったか、貴族同士に使われる言葉とか、源氏物語、平家物語などの誰かを信長に擬して相談した。
ちなみに、愛宕偽装連歌会に来た里村紹巴、誠仁親王との間を往復した神官吉田兼見は前関白近衛前久の子飼い、家礼。

>>181○真実の答えを書いているのは「聖戦、マハーカーラの女」ただ一冊。
そろそろヒステリーは止めて真実を認めよ。
でなければ、百年経っても答えの出ない場所を掘りつづけなさい。
別に、誰も止めないから。
ま、しっかり足を百年間「いいがけんな、出鱈目書きやがって」と引っ張られなさい。
>>178○{光秀自筆の手紙に朝廷の命令と書かなかったわけ}。
信長の大軍がまだ健在で、予断を許さないから。
尊皇家なら、まだ迷惑をおそれて書けないね。


186 :日本@名無史さん:2006/09/25(月) 10:44:10
>>185
暗号のようなもので連絡を取り合ったっつの?いやいや最初から暗号でやり取り出来る訳ないじゃん。その前の段階で連絡取り合った人物がいるはずだろ、朝廷が黒幕ならさ。

187 :日本@名無史さん:2006/09/25(月) 10:45:58
>パソコンも使えない研究者、其の技術者も使えない有名学者では、年収が知れているな。

意味不明

188 :日本@名無史さん:2006/09/25(月) 10:53:36
>>185
信長の大軍が健在だから朝廷が黒幕だと書けなかった?
相手が大軍であれば自分が官軍であることを明かして籠絡する相手の動揺を誘うのが自然だと思うが?

189 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/25(月) 10:55:55
○嘘つけ、どこにも書いてないぞ。知ったかぶりする君は、
無知か、基礎知識の無いプロパガンダ工作員。

○「京都秘密文書」○

噂によれば、明智光秀は当然、秀吉が毛利の追撃を受け、大損害をうけるか、
或いは、膠着状態の対陣になり、少なくとも帰還に二ヶ月は掛かるのでは、
と思い込んでいたようだ。


○ちなみに民間研究家の人々よ、
「天正十年五月二十八日」、もう何の日か解っただろうね?
当然、「安土城炎上」と密接な関係のある日だよ。


190 :日本@名無史さん:2006/09/25(月) 10:57:06
○はどうしたらそういう解釈ができるんだろうか…
このスレの最初の方で○も言ってたが結局我々のレベルが低いのかな?やっぱり○は学会に発表するべきだよ。ここに来るのは時間の無駄さね。

191 :日本@名無史さん:2006/09/25(月) 10:57:44
>>185
だから素人は困るね。
「てんしゅ」に「閣」が付けられるようになったのが明治からなんだよ。
武田鏡村なんて引き合いに出している時点でアボーンだね。

>○パソコンも使えない研究者、其の技術者も使えない有名学者では、年収が知れているな。

パソコンはおろか携帯も持っていない博チャンがそれを言っちゃ〜ね。


>本物のダイヤを本物と認めない宝石商なんて、、、

本物と人造の見分けもつかない素人の博チャンがそれを言っちゃ〜ね。


真実の答えを書いているのは「聖戦、マハーカーラの女」ただ一冊
だなんて妄想は止めて現実を見ろよ。
でなければ、二千年経っても賛同の得られない妄言を繰り返しつづけなさい。
別に、誰も止めないから。

192 :日本@名無史さん:2006/09/25(月) 11:00:58
>>189の『嘘つけ…』の部分は誰に対して言ってるのか明確にして下さい。
それから五月何とかはどうでもいいから質問に答えて下さい。
ただでさえメタルスライム並の出現率なんだから。

193 :日本@名無史さん:2006/09/25(月) 11:02:54
>>185
>○別に真実、本物はどこに書いても同じだと思うな。

ただし2ちゃんは別だね。ここにだけしか書き込めないのは負け犬さ。


194 :日本@名無史さん:2006/09/25(月) 12:44:21
やれやれ、具体的に首謀者を挙げることが出来ず、話うまいことはぐらかして終わりかい。
毎度のパターンだな。
逃げてばっかりでこりゃ話にならんな。

195 :日本@名無史さん:2006/09/25(月) 19:56:22
やはり朝廷黒幕説は無理があるな。

196 :日本@名無史さん:2006/09/26(火) 00:35:56
無理というより限界があるって感じかな。

197 :日本@名無史さん:2006/09/26(火) 00:55:01
「真実の答え」とか書いている時点で博くんはイタイ人確定だしなぁ。
歴史に真実という単語を持ち出してくる輩の論が話にならない確率は100%。

198 :日本@名無史さん:2006/09/26(火) 04:21:21
具体的に首謀者の名挙げてみ?
出来ないんなら誰も朝廷黒幕説なんて信じないよ。
シンプルに答えてみなよ。

199 :日本@名無史さん:2006/09/26(火) 09:41:17
「足利義昭黒幕説」にはその当否は別として実際にその名の記された書状が存在しているが、
「朝廷黒幕説」にはそれが皆無。

博チャンはその理由について愚駄愚駄言ってるが、その理論(余りにも稚拙で妄想的)に従えば
「家康黒幕説」のほうがより可能性が高いね。
後に幕府があらゆる手段を用いてその証拠を抹消しちゃったんだろうね。

200 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/26(火) 10:34:05

>>186○信長に雇われる前から、京都に光秀はそれなりの人脈があったふしがある。
朝廷工作も初期にはしているし、、、そのコネだろ。

>>191○なにが「てんしゅ」だ。「天守閣」だろ。明治に「天主閣」なんて言葉が作れるわけがないからな。
問題は安土「天主」の中に信長が住んだということで、閣なんて言葉はどうでもいい。
○ニセモノの人造ダイヤを本物と喚き散らす宝石商なんて、、、
○いや、周りの人が全部真実を知って動いているのに、君だけが真実を知らず、
ぼけた答えを出し続けたと、二千年言われるのも気の毒だしね。
>>197○一万冊も本が出てれば、確率的に一冊くらいは本物が出るさ。
横山大観の絵も千にひとつは本物が出るというし、、、
>>195○「いや、全てに無理が無いのが朝廷説だけ」

>>198.>>194○「誠仁親王ー近衛前久を中心とする朝廷勢力、周囲の仏教勢力も協力」
信長の高野山封鎖と、必ず焼き討ちするとの噂も関係があると思われる。
光秀が銀を五百枚内裏に、京都五山に銀百枚ずつ、献上しているのは偶然とも思えないね。

>>199○「その足利義昭の書状」は徹底的に藤本正行氏に馬鹿にされているぞ。
「信長は謀略で殺されたのか?」のなかで,。


201 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/26(火) 10:51:12

○「変後、明智光秀が細川藤孝に宛てた自筆の手紙」

そこに本能寺の変は思いつきで、子供らのためにやったと書いている。
簡単に言うなよ。これは本物で光秀の個人的な「怨恨説」「野望説」における絶対的な証拠とされている。

それ故、研究者は○○黒幕説とか、他説を書いても、この証拠の前で挫折し、妄想家と馬鹿にされるわけだ。
私も、この証拠を見て、黒幕説、背後関係なんて、ただの小説に過ぎないと思っていた。
これには、それ以上か、五分に対抗できる証拠を出すしかない。
「絶対に本物の証拠」を見つけるのに、研究者は苦労するわけだよ。

その証拠は「聖戦、マハーカーラの女」、ただ一冊の巻末に載っている。
此処で出すのは、あまりにもったいない。少ない証拠だからな。
ま、読むんだな。
ただ、この細川家への手紙への疑問を此処では出しておこう。

一 一通目は無く、これは二通目であること。
二 この手紙で朝廷、追われていた近衛前久らは、織田信孝らの嫌疑から晴れたこと。
三 関が原のとき、確か西軍の大軍に包囲され、絶体絶命だった細川藤孝{幽斎}は朝廷から、
歌の秘伝が途絶えるとの理由で命を助けられていること。


202 :日本@名無史さん:2006/09/26(火) 11:14:02
>>200
朝廷工作は初期にしている?

203 :日本@名無史さん:2006/09/26(火) 12:46:23
>>201
>一 一通目は無く、これは二通目であること。

だから何?


>二 この手紙で朝廷、追われていた近衛前久らは、織田信孝らの嫌疑から晴れたこと。

ハァ〜?
前久は山崎の戦い(6/13)の翌日、嵯峨に隠れ、やがて入洛した信孝から追求を受けたんだけど
時系列が滅茶苦茶だね。


>三 関が原のとき、確か西軍の大軍に包囲され、絶体絶命だった細川藤孝{幽斎}は朝廷から、
歌の秘伝が途絶えるとの理由で命を助けられていること。

だから何?


ホント博チャンは、何か言えば言うほどボロが出てくるね。





204 :日本@名無史さん:2006/09/26(火) 13:06:41
○「変後、明智光秀が細川藤孝に宛てた自筆の手紙」

>>201

>そこに本能寺の変は思いつきで、子供らのためにやったと書いている。
>簡単に言うなよ。これは本物で光秀の個人的な「怨恨説」「野望説」における絶対的な証拠とされている。

誰も彼も、別にそれを「絶対的な証拠」として「怨恨説」「野望説」を唱えている訳ではは無いけどね〜


>それ故、研究者は○○黒幕説とか、他説を書いても、この証拠の前で挫折し、妄想家と馬鹿にされるわけだ。

世間(と言っても井の中(2ちゃん)の蛙)で妄想家と馬鹿にされてるのは博チャンなんだけどね〜


>私も、この証拠を見て、黒幕説、背後関係なんて、ただの小説に過ぎないと思っていた。

本物か偽物かは別として、手紙は細川の関与を否定するものであり、 それ以上でもそれ以下
(他の黒幕説、背後関係の有無を断定)を意味するものではないね。


ホント博チャンは、何か言えば言うほどボロが出てくるね。



205 :日本@名無史さん:2006/09/26(火) 22:01:37
>200
>一万冊も本が出てれば、確率的に一冊くらいは本物が出るさ。

歴史学はいつから確率論になったんだ? 博くんに付ける薬は無い。

自分に都合よく組み立てた論を真実と信じて思考停止している
博くんのような輩は世に絶えないなぁ。おかげで笑いのネタに困らないが。

206 :日本@名無史さん:2006/09/26(火) 22:12:33
>嫌疑から晴れたこと

ってのも変な日本語だよなぁ。

207 :日本@名無史さん:2006/09/26(火) 22:38:21
つまり、光秀が幽斎にあてた一通目の手紙には朝廷の関与が明記されてたんだけど、二通目には書いてなかったと。朝廷が織田信孝らの嫌疑を受けたときに幽斎が二通目だけを示して朝廷を救ったので、関が原のときの幽斎の危機には今度は朝廷が幽斎を救ったと。
こう言いたいようだけど、その一通目が出てこないことには妄想の域を出ないわな。その一通目の原本を示さない限り誰も相手にしてくれませんよ。一通目提示宜しく。ただし2ちゃんねるじゃなく学会で。

208 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 00:10:22
確かに207のいう通りだ。確たる証拠提示出来ないのに、「無理がないのが朝廷説」とはいわせないよ。


209 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 02:14:42
子供を取り立てるためにやったっていうのは、かなり言い訳がましい。


210 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/27(水) 10:35:59
>>203○一通目の原本は無いね。確か「細川家記」だと思うが、内容は残っているが。
○何を言ってるんだ? 近衛が織田信孝に追われた後、細川幽斎が上京し、この手紙や光秀の使者に聞いたことを周囲に言った。
それで皆が変は光秀の個人的問題かと納得し、疑いは晴れた、、、となった。
○おいおい、歌の秘伝はちょっとやそっとでは伝授されない。また、それを理由に朝廷が命令し、命を助けるなんて稀。

>>204○高柳光寿博士、桑田忠親博士などが論争で必ず引用している手紙だよ。
知らないとはモグリもいいとこ。これを知らないなんて、、、。
○いや、君の思い込みと妄想癖には負けるよ。
○「私{明智光秀}が予想外のこと{本能寺の変}を決意したのは、忠興などを取り立てるためであり、他の考えからではない。
中略、近国の情勢も安定するだろうから、その後十五郎、与一郎{忠興}に引き渡して引退する。」
光秀の自筆、花押も本物。「引用、論、藤本正行、鈴木真哉氏の本」
この内容を無視、或いは勝手な断定的見方ですか、ほう、そうですか。
だから歴史小説とか一生懸命書いてもすべての学者に無視されるんだね。
君みたいな決めつけと思い込みがいるから。

>>205○いやあ、「歴史はくり返す」、という名言も知らない君に言われても。
歴史には似た事件が良く起こるんですがね。
それに確率や統計学を取り入れた史学もあった筈だが?
>>207○いや、一通目の原本が無いのは不自然だとは言われているよ。
大名から大名への重要な手紙、しかも重要な事件がらみの、は残しておくのが常識だからね。



211 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 10:42:15
一通目を提示して官軍であることを旗印にした方が単純に効果的だと思うが何故そんな曲がりくねったことをする必要があるんだろうか

212 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 10:54:01
原本の内容が残ってるなら出してくだされ

213 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/27(水) 10:55:41

○「本能寺の変後、細川藤孝に宛てられた光秀自筆の手紙」

三「私{明智光秀}が予想外のこと{本能寺の変}を決意したのは、忠興などを取り立てるためであり、他の考えからではない。
五十日か、百日以内には近国の情勢も安定するであろうから、その後は十五郎{光秀の長男}や、与一郎{細川忠興}などに引き渡して、
引退するつもりである。詳しいことは二人の使者が申し上げる」

「そもそも偽物なら第三者に見せることを目的とするために解りやすく書かれるのが普通である。
内容も当事者同士が知ってることは省いている。こうしたことからも偽物とするのは難しい」
以上、「信長は謀略で殺されたのか? 本能寺の変、謀略説ヲ嗤う」藤本正行、鈴木真哉氏著より。

○また多くの研究者が花押や筆跡も光秀のものと確認している。

この「絶対的な証拠品」をどうやって、打ち破るのか?

そこに、本能寺の変研究の醍醐味がある。
もっとも対抗できる証拠品は「聖戦、マハーカーラの女」一冊にしかないわけだが、、、


細川幽斎が、連歌師里村紹巴と其の仲間と、親しくなかった、、、
とは決して言わせない。

214 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 10:57:23
>>210
上杉謙信は上洛した際に一条兼冬や西園寺公朝らと歌道の秘訣を学び、細川藤孝に和歌の口伝一巻を贈られたらしいよね。和歌の秘伝を授かるにはさほど難しいことでもないんじゃない?

215 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 11:05:44
そんなに大事な歌なら、藤孝が関ヶ原に出る前に止めろや
おまけに関ヶ原での朝廷の調停は失敗してるだろ


216 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 13:31:07
信長が比叡山焼き討ち、室町幕府の廃止などの古い権威を否定する動きを見せていた。清涼殿に似た建物を安土城の自分が住む天主よりも下に建てた。
京都の鬼門の方向に安土城を建てた。さらに大庭氏のトンデモこじつけ解釈を加えると、信長は自分を牛頭明王すなわち破壊と再生の神シヴァと見立てていた。
他にもあるが、これらのことを読み取った朝廷が、朝廷の転覆と自らが王になろうと言う意志を信長が持っていると考え、信長を殺そうとして明智光秀を使った。
大庭氏が言いたい筋はこういうことですね?しかし、よしんば朝廷がそう考えていたとしても、実際に光秀に働きかけたかどうかは分かりませんよね?
そこを証明する文書などはありますか?それが提示されなければとても真相解明とは言えませんので誰も納得しません。それくらい判りますよね?

件の本のように歌の解釈でこじつけて決定的証拠だと騒ぎ立てるなんて愚の骨頂ですよ。


217 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 15:38:45
今日も元気だね。

218 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 20:33:44
○ちゃん元気で留守がいい

219 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 22:54:09
>>210
>○一通目の原本は無いね。確か「細川家記」だと思うが、内容は残っているが。

内容が残ってりゃ謎なんてとっくの昔に解明されてるよ。
博チャンさぁー、自分で直接史料読んでないのバレバレだよ。

>○何を言ってるんだ? 近衛が織田信孝に追われた後、細川幽斎が上京し、
>この手紙や光秀の使者に聞いたことを周囲に言った。
>それで皆が変は光秀の個人的問題かと納得し、疑いは晴れた、、、となった。

具体的にどのような史料にそう書いてあるのかな?
むしろ細川や古田の家臣たちがあちこちで強請りをおこなっているんだけどね。
やがて前久が家康のもとへ逃亡した理由は?

>○高柳光寿博士、桑田忠親博士などが論争で必ず引用している手紙だよ。
>知らないとはモグリもいいとこ。これを知らないなんて、、、。

化石のような話しを持ち出されてもね〜。
現在ではそれを「絶対的な証拠」として「怨恨説」「野望説」を唱えている
ような香具師はいない、と言っているんだけどねぇ〜。
あっゴメン、博チャンがいたね、アハハ・・・

>○いや、君の思い込みと妄想癖には負けるよ。

博チャンが皆に言われていることなんだけどね。

>だから歴史小説とか一生懸命書いてもすべての学者に無視されるんだね。

ホント、莫大な借金背負っちゃて大変だね。

220 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 23:30:27
>>210
>だから歴史小説とか一生懸命書いてもすべての学者に無視されるんだね。

だから論文として発表したらどうなのよ、そしたら学者からの反応があるかもしれないよ。
その前に採用、掲載されるかは疑問だけどね。

221 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 23:50:52
>210
>おいおい、歌の秘伝はちょっとやそっとでは伝授されない。
>また、それを理由に朝廷が命令し、命を助けるなんて稀。

で、その話と光秀からの書状の関係は?

222 :日本@名無史さん:2006/09/27(水) 23:57:45
>>220
〉だから論文として発表したらどうなのよ、そしたら学者からの反応があるかもしれないよ。
〉その前に採用、掲載されるかは疑問だけどね。

だから三文小説を自費出版したんじゃない?

223 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 05:14:19
で、結局はマハーカーラの女買えってこと?
〇のいう真実はここに書いたらネタばらしになるからそれは言えないってことだろ。
結局本の宣伝じゃねーかよ。

224 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 09:53:33
てゆうか今までの流れを見ていて思ったんだが、○は怨恨説が生まれたかを勘違いしてないか?

225 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 09:54:49
ごめん>>224訂正
てゆうか今までの流れを見ていて思ったんだが、○はなぜ怨恨説が生まれたかを勘違いしてないか?

226 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/28(木) 10:32:14
>>214○正確には「うたのもとだねが絶える」というよく解らない理屈で朝廷が助けたんだよね。
>>215○あー、なさけないぞ。細川幽斎は関が原なんか行ってない、その居城にいて西軍に囲まれたの。
>>216○「牛頭明王」? あー情けないぞ。「牛頭天王」だろ。うしあたまてんおう、とか読んでないだろうな?
信長が信じていた、くらいでは大したことはない。朝廷との交戦の証拠は「聖戦、マハーカーラの女」に載ってるよ。
他にも五月二十八日、六月一日、六月十五日が何の日か調べろよ。

>>219○原本が残ってればだろう? 内容は家記かなにかに残っていたぞ。ごく事務的な口調のが。
○それは織田信孝が必死に探していたというし、重臣斉藤利三は捕まっている。
近衛前久にしてみれば、どの程度、織田が情報を掴んでいるか?と用心したのさ。
二条城攻撃のとき、自分の屋敷を明智軍に貸して屋根から銃撃させてもいるからね。
○化石、この光秀自筆の手紙すら載せず、無視するから馬鹿にされてるだけだろう。
知らなかった、では済まされない証拠だからね。
○君は妄想狂というより、詐欺師、犯罪者といわれているしね。
○いや、危ないところだったよ。いい本を出す、借金を背負わされる。やくざに自殺に追い込まれ、生命保険金で清算される。
あとは盗作者、犯罪者グループが、喜んで内容を横取りし、ベストセラーを出す。財産を築く。
という図式にあてはめられるところだったのかも?
 借金を造らないでよかった。
>>221○織田信孝らがしつこく近衛前久のあとを追ったのが、いつの間にかうやむやになった。
細川幽斎は清洲会議にも出席していたな。


227 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/28(木) 10:45:26

>>222○おいおい、ちゃんとフロイスの「信長無神論」に挑戦し、安土城の跡、それを建てた信長の精神形成、
光秀の不明とされる経歴、光秀自筆の手紙、光秀の人脈、正確分析、
その他の文化人的形跡、本能寺の変における京都の当時の形跡、などに真っ向から挑戦している本だぞ。
もっとも、全く鑑定眼のない君に言ってもね。

○君の資料、史料をむりやり捻じ曲げたり、拡大解釈した妄想小説よりはまし。

>>223○というか、宣伝などしてないだろ。
四百年間のなぞとされた事件の真実、それを推理して、それなりの答えを出し、
これが真実である。諸氏は正当なる反論ができるのか?と言ってるだけだろ。

228 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 10:49:16
で、論文は?

229 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 10:50:00
光秀は見殺しにして幽斎を助けた理由は?

230 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 11:02:41
光秀は、まるっきり捨て駒扱いか

231 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 11:03:43
>>227
正当な反論ができるのかって…少し前までこのスレのレベルの低さを自ら嘆いてたじゃねぇか。
『レベルの低い』我々に言われてもなぁwww

232 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 11:07:29
どう考えても光秀を生かすことの方が筋だろ。
もし幽斎を生かしておいて光秀を見殺しにしたことが公になったら朝廷の立場がなくなるじゃん。
自分で『承久の乱以来朝廷は慎重になっていた』ってのと矛盾してないか?

233 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 11:09:29
いや、だったら幽斎も関ヶ原の時に消した方が筋が通ってるな。いずれにしても矛盾していることには変わりないが。

234 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 12:16:25
忠興に後は譲られるし官軍だし。〇の話だと勝つ見込みはあったし。なぜに幽斎は動かなかったんよ?


235 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 22:41:25
幽斎は真相を知っている気がする。

236 :日本@名無史さん:2006/09/28(木) 23:19:14
>>220
> だから論文として発表したらどうなのよ、そしたら学者からの反応があるかもしれないよ。

博ちゃんは、そうした指摘には口を噤んじゃうんだね。


237 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 00:59:30
>227
>諸氏は正当なる反論ができるのか?と言ってるだけだろ。

博くんは正当なる反論への反論をできるのか?と言ってるだけだろ。

238 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 01:49:43
じゃあ、宣伝じゃないならその真実とやらを誰にでも分かるように説明してくれないか。
マハーカーラの女読め!で終わらせないでよね。

239 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 06:03:56
まぁ所詮、博ちゃんが何を言おうが2ちゃんなんかで愚駄ってる時点で負け犬の遠吠えだから。
まだyahoo!の掲示板にでも書き込みゃその筋からの反応があるかもしれないけど、自分の
PCも携帯も持っていないから無理なんだろうね。

240 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/29(金) 10:40:26
>>229>>230
○細川幽斎の息子、細川忠興は東軍で関が原に参加しているだろう。
本能寺の変のとき、幽斎と城に一所にいた。

>>230○光秀は見捨てられたかどうかは解らんよ。其の死体が発見された山科小来栖は勧修寺家の領地だろ。勧修寺晴豊は勅使だし、
誠仁親王の后晴子は其の家の出身だろ。
○その後、処刑された光秀軍重臣斉藤利三の娘春日の局、光秀かもと噂のある南光坊天海の時代になるわけだが、
春日の局を最初保護したのは貴族だろ。
また本能寺の変の背後関係が、朝廷と仏教勢力なら、高僧として再びの復活は可能と思える。

>>234○幽斎は秀吉軍に入って、中から工作し突き崩す役目だった、かもしれん。
○天王山で光秀は勝つ予定だった。朝廷からの工作は秀吉軍内部になされていた。
しかし、肝心なときに秀吉に用心されていて、裏切れなかった。それが大敗に繋がった。
あそこは、一度崩れると、軍を立て直せるかどうか解らない場所だからな。

>>234○この前に、南北朝の長い争乱があったろ。ややこしいことになった。
だから朝廷もすぐ「官軍」とするには慎重になったと思われるな。


241 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 10:51:32
>>240
まずアンカーの付け方がおかしい。まったく意味がわからない。
それから慎重になっていたと言うが、幽斎からことが漏れるかもってことは考えなかったのかと。信長軍十万が健在だったっていう真っ只中でそんな大それたことをしでかしたんだから慎重とは思えまい。

242 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 10:53:38
>>240
そして光秀=天海説をとる人が未だにいることにビックリ。

243 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 10:57:41
>>240
当時の時代背景からして『官軍』のお墨付きを得ることは戦局を優位にするための最高の手段だと思うが。だからこそ地方の大名達はこぞって上洛を目指したんだろ。

244 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 11:06:03
やはりなぜ『怨恨説』が生まれたかわかってないようだな

245 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/09/29(金) 11:14:14
>>241○君こそ何のテーマについていっているのかよく解らん文章だよ。
誰が慎重なのか、慎重になっていたのか、主語も書いてないし。
「光秀がこんなことをしでかしたから慎重でなかった」というのは君の思い込み。
「徹底的に計画し、工作し、勝てると慎重に計算したから、信長軍十万があっても、こんなことをした」
とも言えるだろ。

>>242「光秀天海説」この前のテレビ東京の「超歴史ミステリー2」で筆跡鑑定していたぞ。
よく似ている字があると専門家が言っていたな。

>>243○「官軍」だったら必ずしも勝てるかどうか解らないだろ。
そのお墨付きを出すかどうかは、主将の状況判断が大きいだろ?
君は南北朝の歴史読んでないの? 足利尊氏の歴史くらい調べろよ。


246 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 11:19:57
>>245
読解力が皆無だな。話の流れからしても慎重だったと言ってるのは朝廷のことだろ。

247 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 11:22:50
>>245
>「徹底的に計画し、工作し、勝てると慎重に計算したから、信長軍十万があっても、こんなことをした」
とも言えるだろ。

これはその可能性があるって程度だろ。

248 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 11:26:17
◯の話の結論は「光秀はバカ」って事だな

249 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 11:27:11
>>245
>「光秀天海説」この前のテレビ東京の「超歴史ミステリー2」で筆跡鑑定していたぞ。
よく似ている字があると専門家が言っていたな。

これも○が以前騒いでいたネタだな。『慈眼』の文字が光秀と共通していると。
今のうちに否定しておく。同じような言葉を使うのは仏教界ではよくあること。うちの近くにも慈眼寺がある。もちろん光秀とも天海とも何の縁もない。

250 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 11:34:49
>>245
>「官軍」だったら必ずしも勝てるかどうか解らないだろ。

少なくとも光秀を生かすこと、細川筒井を味方に引き入れることが出来たかもしれない可能性は生まれただろ。南北朝云々とか言うが明治の末期であっても錦の御旗を掲げただけで多大な効果があったんだし。

251 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 11:40:34
そもそも天海が光秀だったら本多正純や崇伝が政争のネタにしないわけがあるまい。

252 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 11:51:13
よく似た字≠筆跡一致、と見るでしょ普通の視聴者は。つかソースに娯楽番組を出すなよ〜


253 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 11:54:29
少なくとも家康は光秀の顔を見知っていた訳だよね?
もし本当に光秀が天海だったらその家康のプレーンになるのは危険じゃね?
てゆうか家康はその『本能寺の変の真実』を黙認していたってこと?

254 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 11:57:14
>>252
その娯楽番組のひとつは天海=明智秀満説をとってたしね

255 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 23:24:37
>>220
> だから論文として発表したらどうなのよ、そしたら学者からの反応があるかもしれないよ。

博ちゃんは、そうした指摘には口を噤んじゃうんだね。


256 :日本@名無史さん:2006/09/29(金) 23:27:37
まぁ所詮、博ちゃんが何を言おうが、2ちゃんなんかで愚駄ってる時点で負け犬の遠吠えだから。
まだyahoo!の掲示板にでも書き込みゃその筋からの反応があるかもしれないけど、自分の PCも
携帯すらも持っていないから無理なんだろうね。


257 :日本@名無史さん:2006/09/30(土) 23:21:11
いや、だから〇もWIKIとか読んでみよ。シンプルによくまとまってるから。
そこでも朝廷黒幕説には限界があると述べられている。

258 :日本@名無史さん:2006/10/01(日) 11:43:07
○耳東風

259 :日本@名無史さん:2006/10/01(日) 11:47:14
「句の本当の意味を知るものは当人しか居らず、句の解釈も種々ありうるので、この解釈には疑問が残る」 - 本能寺の変の項より

○に心してもらいたい

260 :日本@名無史さん:2006/10/01(日) 12:18:08
朝廷が黒幕だとするとなぜ家康は殺されなかったのか
家康は信長以上に朝廷をないがしろにしたとされ、実際彼は朝廷を事実上支配下においていた。
慶長11年(1606年)には幕府の推挙無しに諸大名の官位の授与を禁止し、禁中並公家諸法度を制定するなどして朝廷の政治関与を徹底的に否定している。
大坂冬の陣の最中である12月17日、朝廷は家康に勅命による和睦を斡旋したが、家康はこれを拒否した。
さらに関ヶ原の後、家康が親豊臣的であった後陽成天皇に譲位を要求した。そして天皇がこれに応じて弟の八条宮智仁親王に皇位を譲ろうとすると、
家康はかつて親王が秀吉の猶子になったことがあるとして反対し、慶長16年(1611年)には後陽成天皇を廃して、皇位を政仁親王(後水尾天皇)に譲らせている。
家康は信長でさえ行なわなかった天皇の廃立を行ない、さらに後水尾天皇を自らの主導で即位させたのをいいことに、
家康存命中から秀忠の5 女・和子を入内させ、外祖父として天皇家まで操ろうとしたのである(入内の話は慶長17年(1612年)から始まっていたという。
和子の入内が元和6年(1620年)まで長引いたのは、家康と後陽成天皇の死去があったためである)。

261 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/02(月) 10:23:40
>>250○それは江戸時代は水戸の尊皇史観で教育されている武士と、薩摩、長州の新兵器の威力あっての話。
>>260○「家康と信長はかなり違う」だろう?
一 織田信長はキリスト教を導入、あからさまな神道、仏教への挑戦をした。
二 神社仏閣を破壊した、とくに比叡山を焼き、高野山も焼くとの噂があった。
三 天主ー空中階段ー清涼殿に良く似た建物、を安土に造った。
墓にも親皇と号した平将門雷神伝説に関係するものを安土内部においた。
四 「予が日本の国王であり、内裏である」と宣教師らに豪語した。
五 信長は自ら無官となり、朝廷からの官職推任を拒否した。
六 謀反人荒木村重の家族、一向一揆、僧侶を多数虐殺し、世間から人格に疑問を持たれた。
○「家康」
征夷大将軍位を受けた。これは一応配下になることを意味する。
諸法度は武家が政治安泰にするためとし、京都より遠く離れた江戸に幕府を置いた。
秀忠の娘「和子」を人質同様に差し出した。
朝廷と太いコネを持つとされた天海ー春日の局{光秀重臣の娘}ー家光ラインを中枢にすえ、重用した。
後に、織田信長を崇拝していたというお江与ー駿河大納言忠長はラインよりはずされ、消滅した。


262 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/02(月) 10:41:19
>>246○「主語、誰が」をしっかり書かないと解らん。
>>247○「手違いくらいは、どんな計画も出る」

>>259○「句の意味」これだけではないだろう。
他にも傍証がいくつかあっての話。
本当に不勉強だな。しっかり安土城、国宝級の絵の裏を調べろよ。

>>249○「字の鑑定」−「別に慈眼という字の鑑定ではなかったぞ」
他のひらがな字だった。
>>253○家康でも朝廷、近衛前久には「徳川」の姓と家系を貰った恩があった。
○どういうわけが朝廷、家康の支持が厚かった天海に、
崇伝、正純が手を出せなかったらしいな。出しても自分が不利になると思ったかも。
○「ウィキ辞書読んだぞ」。
少なくとも「本能寺の変の真相」においては、あたりさわりないことしか書いてない。




263 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/02(月) 10:48:37

○「本能寺の変」は一九九七年二月に一冊の書物によって解明された。
それは「朝廷説」である。


では、「傍証」として、次の日付を調べてみればいい。
勿論、現在ではなく戦国時代に意味があった日だが。

「五月二十八日」。

「六月一日」。

「六月二日」。

「六月十三日」。

「六月十五日」。


264 :日本@名無史さん:2006/10/02(月) 10:52:54
>>249の人は「慈眼」の文字を鑑定したとは言ってないじゃん

〇は、なぜ天海=光秀説が出たのか調べてないだろ。

265 :日本@名無史さん:2006/10/02(月) 11:27:37
>>220
> だから論文として発表したらどうなのよ、そしたら学者からの反応があるかもしれないよ。

博ちゃんは、そうした指摘には口を噤んじゃうんだね。


266 :日本@名無史さん:2006/10/02(月) 11:51:35
博チャンは当時の「朝廷」のことをちゃんと理解しているのかな?
「朝廷」といっても、天皇家と公家は必ずしも一致した思想を持っていた
わけではなく、利害において対立することだってあったんだよ。

267 :日本@名無史さん:2006/10/02(月) 13:12:11
尊皇史観によるもの?
じゃあ大名がこぞって上洛を目指したのは何だっつんだ?

268 :日本@名無史さん:2006/10/02(月) 13:25:04
>>262
確かに『慈眼の文字が似ている』てことじゃないな>>249は。もうちょっと読解力をつけた方がいい。

とゆうか以前戒名の慈眼大師の慈眼の文字が光秀と天海の何か(忘れた)に共通しているって言ってたのは確かに○だったな。

それから筆跡は光秀本人じゃなく光秀に近い人物であるって結論になってんじゃねぇか?

269 :日本@名無史さん:2006/10/02(月) 13:27:27
>>262
>○どういうわけが朝廷、家康の支持が厚かった天海に、
崇伝、正純が手を出せなかったらしいな。出しても自分が不利になると思ったかも。


不利になるなら初めから対立しないだろ。

270 :日本@名無史さん:2006/10/02(月) 13:32:08
そもそも天海が朝廷に支持されてたってのは何?


271 :日本@名無史さん:2006/10/02(月) 13:38:48
>>263
いやいや、「傍証」とかどうでもいいんだ。知ってほしかったらそれらの日が何なのか君が書けばいいだけの話だから。
どうやら○の朝廷黒幕説は光秀=天海でないと成り立たないらしいな。

272 :日本@名無史さん:2006/10/02(月) 21:49:45
傍証がどうとかの話じゃなくて、『本証』が無い。○が提示する『証拠』は歌の解釈をはじめどれも恣意的な解釈が可能なものばかり。新しい文書でも無い限り断定はできないわな。
それぞれが何の日だというのも、偶然と言われればそれまでで、そこに何らかの意味を見出すのは無理がある。大体長い歴史の中じゃ毎日何かが起こってるぞ。
朝廷黒幕説は魅力的だと思ってたんだけど○の弾けっぷりを見て萎えた。

6月15日
東晋の恭帝が劉裕(武帝)に禅譲。東晋が滅亡し宋が建国
承久の乱が終結
北条泰時の命日
空海の誕生日
6月13日
安禄山らの蜂起により唐の玄宗皇帝が愛妾・楊貴妃を伴って都落ち
桓武天皇の命を受けた坂上田村麻呂が蝦夷征討に出発
北条義時の命日
文帝、隋の初代皇帝の誕生日
高宗、唐の3代皇帝の誕生日
足利義教の誕生日
6月2日
平清盛が安徳天皇を奉じて福原に遷都
朱全忠、五代後梁の初代皇帝の命日
平頼盛の命日
日野資朝の命日
村上天皇の誕生日
6月1日
鹿ヶ谷事件
一条天皇の誕生日
5月28日
崇徳天皇の誕生日
曽我兄弟の仇討ち
在原業平の命日

273 :日本@名無史さん:2006/10/02(月) 23:36:34
書道が教養の一つで、**流と称するものが幾つもあった時代の、
誰かと誰かの筆跡が似ているから近い人物という結論はどうなんだろう?
筆跡鑑定の専門家の意見としては正しいが、歴史学の見地からすると…。

274 :日本@名無史さん:2006/10/03(火) 06:55:59
一緒に書を習ったとか、片方がもう一人に教えた、見本にした、代筆した、とかそうゆうのかな?
自分は親戚に書道を習ったが、字は全然似なかったw


275 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/03(火) 10:54:21
>>266○この時の朝廷は、もともと北朝として団結してたよ。
>>267○当時は「大軍を動員して上洛、イコール天下取り」ではなかったんだよ。
そういう上洛、将軍を奉じて天下統一なんて発想になったのは信長から。
>>269○天海の伝記を買って、崇伝との対決の項を読めば?

>>272○すでに本能寺の変には「本証」以上の「本証」が出ているはずだろ?
「キーワードだよ」
私の書いた日、本能寺の変、にはキーワードがあるといったろう。
残されたそういうのに気づかないと、百年経っても解らんのだよ。
無駄な史料を読むことになる。

何ゆえ信長は天正なる年号を押したのか。
彼の氏神は? 何ゆえ安土なる場所に本城を築いたのか?
何ゆえに「天主」−「空中階段」−「清涼殿に似た建物」を造ったのか。
何ゆえ比叡山を焼いたのか、
よそ者の明智光秀を最初に大名にし、京都坂本に置いたのか?

○明智光秀も、何ゆえにわざわざ忙しいときに、神社で五月二十八日に連歌会なのか?
なぜ、その連歌第一句に「あめがふった」と詠んでいるのか?
なぜ天王山で決戦しているのか?
「寅薬師」とかキーワードを当てはめると、日付には色々と意味が出てくる。
ま、光秀の行動事件にキーワード、神社とかを当てはめてみるんだね。

○「曾我兄弟」は関係あるな。「崇徳天皇」とかも関係あるかも。


276 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/03(火) 11:12:48

>>268○徳川幕府の黒幕と言われた南光坊天海は確か「慈眼大師」。
光秀のいた丹波亀山には「慈眼寺があり、何故か光秀の像と位牌がある」じゃなかったか?

○このインターネットのウイキ辞書か、間違ってるだろ?
愛宕山連歌会は五月二十七日登山、二十八日連歌会だろ。
○また本能寺の地下に弾薬庫があっただと? 
そんな危険な貯蔵を大名がするかな?






277 :日本@名無史さん:2006/10/03(火) 22:16:47
だからそれがこじつけだと何度言えば

278 :日本@名無史さん:2006/10/04(水) 06:42:23


279 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/04(水) 10:10:01

○今日は悪いが、急用があるのでパスさせてもらうよ。



280 :日本@名無史さん:2006/10/04(水) 10:31:51
しばらく放置してみるのも一興かもね。

281 :日本@名無史さん:2006/10/04(水) 15:11:12
俺もそう思う。
話にならないよな。

282 :日本@名無史さん:2006/10/04(水) 20:28:27
出た〜「急用があるのでパス」が。

283 :日本@名無史さん:2006/10/04(水) 21:15:20
定時の書き込みより大事な急用が何か気になるぞい

284 :日本@名無史さん:2006/10/04(水) 21:32:48
急用こなしても、携帯を買う金やネットカフェに行く金が無いみたいなのが現状か

285 :日本@名無史さん:2006/10/05(木) 00:50:23
>280
放置したら放置したで博くんは都合よく解釈して勝利宣言するからなぁ。

286 :日本@名無史さん:2006/10/05(木) 04:47:18
現時点では朝廷説は決定打がなく説得力に欠けるといわざるをえない。
まあ、この先未来において新史料の発見があって朝廷説が採られることがあるかもしれないから全ては否定しないけど・・。
ただ、残念ながら〇氏のここにおける説明じゃ誰も納得出来るものではないと強くいっておきたい。


287 :日本@名無史さん:2006/10/05(木) 09:24:42
>>285
>放置したら放置したで博くんは都合よく解釈して勝利宣言するからなぁ。

どうせ世間的に影響はないんだからいいんじゃない。
○博ちゃんの勝利宣言なんて「負け犬の遠吠え」なんだから。

借金してまで自費出版までしたもものほとんど売れず、研究者からも全く相手にされず、
精神を病んじゃった可哀想なひとなんだから。

288 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/05(木) 10:31:42
「大ウィキ辞書よ、明智光秀自筆の細川家あての手紙のことが何も無いのは何故だ?」
それは宣伝に利用それているからです、、、か?

>>286○それは君の不勉強と、見る目がないだけ、の話。
「日本史二千年最大の謎、本能寺の変、それを解き明かしている可能性がある本」
を正当に鑑定できないとなれば、君の中身も知れたもの。

>>287○いやあ、借金を作ったというような出鱈目を書いているところで
全てがプロパガンダ工作、グループ犯罪とすぐ解るな。
放置していたら「勝利宣言をする」といわれても、ね。
それなら、「聖戦、マハーカーラの女」の証拠、「朝廷説」に、
きちんと対抗できる史料、資料、論文、学者を挙げてみろ、と言っても挙げられない。

一 あいつはイカレテルから相手にするな。
二 この作品は出鱈目だから相手にするな。
三 とにかく理由、中身を評価せす断定し、相手にするなとグループでくりかえし喚く。

その理由は本能寺の変が解明されていて、自分たちが盗作、偽造の組織犯罪をしているから。
と、世間が疑いの目で見ても、仕方ないことをやっているのに気づかないとは。
すでに情報操作、プロパガンダ工作は、いろいろな本が出いるんですが、、、

289 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/05(木) 10:42:54

「大ウィキ辞書よ」

○すでに歴史の真実は一九九七年二月に出た。
歴史において、決して消えることの無いもの、
それは事件の起きた日付だった。


天正十年、五月二十八日「明智光秀、愛宕山連歌の日」

六月一日「明智光秀は、本能寺攻撃の軍を暮刻出発」

六月二日「本能寺の変、織田信長、織田信孝死亡」

六月十三日「山崎天王山の戦い」

六月十五日「安土城天主、原因不明の炎上」


○全ての日は、ある意味のある特別な日だった。

「寅薬師」





290 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/05(木) 10:54:05

「大ウィキ辞書よ」

すでに明智光秀の四十前は不明、史料なしとされる過去も世間は知っている。
彼の過去は神官、陰陽師、僧侶の何れかである。
しかも高野山に関係あるのではと、推測されている。



291 :日本@名無史さん:2006/10/05(木) 10:58:54
Wikiが権威ある大辞典だと思ってるのか…

292 :日本@名無史さん:2006/10/05(木) 11:01:37
291よ、基地外を相手にするな。
しばらく放置すべし。

293 :日本@名無史さん:2006/10/05(木) 12:45:56
「聖戦...」のどこにどんな証拠があるのか。
無いものに反論も何もない。

294 :日本@名無史さん:2006/10/05(木) 14:41:46
293よ、基地外に餌を与えるな。相手にするな。
しばらく放置すべし。


295 :286:2006/10/05(木) 15:16:17
不勉強といわれてもねぇw
マハーカーラの女読む気しねぇしなw

296 :日本@名無史さん:2006/10/05(木) 15:53:33
2ちゃんなんかで研究者の反応を待っているような基地外を相手にしなさんな。

297 :日本@名無史さん:2006/10/05(木) 22:19:14
ってかもう反応しないのが一番っしょ

298 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 02:46:59
「是非に及ばず」て山口敏太郎の歴史小説でも暗に朝廷も黒幕の一つ
だったと書いてあったな。こっちは霊視を元にしたらしいが、

299 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/06(金) 10:34:42
>>292○おいおい、人の書いた文をまるきり無視して、自分の意見のみを人に押し付けるなよ。
私もここに書く以上は、それなりの根拠、史料を用意しての話だからな。

>>293○ここに「聖戦、マハーカーラの女」{朝廷説}のコピー、盗作、焼き直し、偽造、密売、部分抜き取り、悪辣な犯罪が行われていると書くと、
いつも異常な反応を見せる人がいるな? 
>>295○おいおい、絶対権力者の目を逃れて、真実を残した人々、偉人らの努力を無視しないで欲しいな。
○それは君に見る目、鑑定眼がないだけの話。
日本史二千年最大の謎、本能寺の変の真実を解明した可能性がある本、
と考えて読むんだな。
>>298○「霊視」が証拠になるかどうかは、微妙だな。一度、大ウィキ辞書にだれそれの霊視では本能寺の変の真実は、
と書いて見たら?

○「本能寺の変の勉強の仕方」○

一 まず適当な参考歴史特集「本能寺の変」を読む。基礎知識を知る。
二 「信長は謀略で殺されたのか、本能寺の変、謀略説ヲ嗤う」藤本正行著を読む。
いかに全ての黒幕説などがこき下ろされ、証拠無し、誇大妄想と嗤われているかを知る。
三 それから「聖戦、マハーカーラの女」朝廷説を読む。
君の脳みそがコペルニクス的回転をし、こんな証拠が歴史の偉人たちに残されているのかと仰天する。
四「歴史の真実は、当時の絶対権力者たちの目を逃れて、こんな風に残されると知る」
君の国宝などを見る目が変わる。





300 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/06(金) 10:54:04


○少なくとも289番に書かれている日が何の日かも解らない人間に、
歴史の面白さは全く解らないだろうな。
これくらいは調べろよ?


○明智光秀が、当時いかに多くの人に愛され、頼りにされていたかは、
その残された証拠品を見れば解る。


○「国宝に残された証拠」ほどドラマチックなものはないな。
しかも、それが日本史を大きく転換させた本能寺の変に係わるとあれば、、、





301 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 15:11:13
>>299
言っとくが俺もそれなりの史料は読んでる。
そして○の唱える『朝廷黒幕説』に対してどうしても理解できない部分がある。
議論を戦わせたいのだが、この匿名性の高い2chでは無理だ。そもそも平日の限られた時間にしか現れず2、3回程度のレスポンスしか出来ない現状では議論にもならない。これまでのレスポンスを拝見したが非常に抽象的(?)過ぎてどう答えればいいのかわからない。

やはりまずはその自説をしかるべきところに掲げてはくれまいか?
もしくは私と直接会って議論しないか?
まず質問させてもらう。
『怨恨説が生まれた理由は?』

302 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 15:41:45
301よ、基地外に餌を与えるな。相手にするな。
しばらく放置すべし。


303 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 22:47:25
放置したらどんな反応するだろ?

304 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 23:02:23
あんま変わらないよ。今まで何回か「放置が良かろ〜」って結論になったが結局・・・・・

305 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 23:44:56
とりあえず火曜までは来ないな。

306 :日本@名無史さん:2006/10/06(金) 23:54:54
「おいおい」っていうの口癖だね。

307 :日本@名無史さん:2006/10/07(土) 00:29:38
三連休は淋しくなるのぅ

308 :日本@名無史さん:2006/10/07(土) 10:07:30
>>303放置したらどんな反応するだろ?
>>304あんま変わらないよ。今まで何回か「放置が良かろ〜」って結論になったが結局・・・・・

って言うか、すぐに餌を与える奴がいるから「馬鹿の一つ覚え」を繰返すんだよ。
徹底して放置し、博ちゃんには自分の妄想がいかに影響力が無いかを自覚させる必要がある。

309 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 02:52:58
たしかに飽きてきたな。いつも抽象的・具体性に欠ける答えばかりだしな。
いい加減うんざりしてきた。
マハーを読んでみようと思わせるような上手いこと一ついえてないしな。
こりゃ放置だなw

310 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 22:30:01
また『おいおい』て言われちゃうんだろうなぁ…

311 :日本@名無史さん:2006/10/08(日) 22:43:05
プロパガンダ工作だとも言われちゃうんだよ。しかも本気で言ってるっぽいからねぇ...
そんなに自信があるんならちゃんと発表すればいいのに。一回出版して売れなかったからって諦めずにさ。いろいろ発表の仕方あるだろうに。
こんな数人しか読んでないスレにせっせと書き込みしてても世間に広まることはありえないし、お望みの協力者は現れませんよw

312 :日本@名無史さん:2006/10/09(月) 02:51:31
>>299
そういやさー宜保愛子って亡くなった霊能者が以前テレビで
明智光秀の墓参りにいって「そうなの黒幕は他にいたのね」
みたいな事言ってたなあ。

313 :日本@名無史さん:2006/10/09(月) 08:30:08
「餌を与えるな!!」

って言っているだろボケどもが。

314 :日本@名無史さん:2006/10/09(月) 09:11:54


315 :日本@名無史さん:2006/10/09(月) 10:47:58
○ちゃんのおもうつぼ

316 :日本@名無史さん:2006/10/09(月) 11:22:24
まっ>>311の通りなんだけどね。

317 :日本@名無史さん:2006/10/10(火) 02:54:11
仮に朝廷説だとしたら、何故細川が明智に合力しなかったのかが気になるんだよね。


318 :日本@名無史さん:2006/10/10(火) 03:13:37
○の朝廷黒幕説は光秀=天海じゃないと成り立たない訳か

319 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/10(火) 10:20:40

○悪いが、今日は急用でパスさせてもらうよ。
歯が、無くなった。

320 :日本@名無史さん:2006/10/10(火) 14:27:42
連休明けそうそうパスかよ!

321 :日本@名無史さん:2006/10/11(水) 06:12:12
だからしばらく放置しようって言ってるのに。

322 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/11(水) 10:28:40
>>301○議論? 「聖戦、マハーカーラの女」を読み、安土城内部、国宝級の絵にある、しかるべき証拠と照らし合わせれば、
おのずと正解とわかるはずだが。
私はべつにペテン師でもなんでもないんだから。

その「朝廷黒幕説」ではどうしても納得できない「証拠」というのは何だい?
○「怨恨説の根拠」は、いくつかの史料にある信長の仕打ちだろ。桑田忠親氏とかがしつこく述べてるな。
母親を人質にしたのを見捨てられた、家康接待からはずされた、武田討伐のとき信長の機嫌を損ね、蘭丸に辱められた。
いずれも根拠薄と高柳博士には言われてる。
○本能寺の変は「怨恨」くらいでは成り立たない。と何度も述べたろ?
光秀の性格、京都なる地、信長信忠が同時に京にいたこと、
光秀の軍がスムーズに本能寺に達したこと、
その後、光秀がためらわずに安土に向かったこと、
大坂信孝の軍が無力化していること、
光秀が、京都を守るような位置で決戦していること。

>>317○細川家が光秀に合力しなかったのは秀吉軍、
柴田軍の内部に入ってそこから工作する役目だった、とも思われるから。




323 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/11(水) 10:44:50
>>317
○どうも此処には、作家司馬遼太郎氏の著作に騙され、先入観念から抜け切れない
人間らがいるようだね。
司馬遼太郎は、其の著作で細川幽斎が光秀を見捨て、合力しなかったのが敗因のように海
書いている。これは大きな司馬氏の勘違い、間違いだ。細川家は兵力が確か二千か、三千あるかどうかだ。
だから、対柴田、あるいは内部工作用に使ったほうがいいんだよ。

明智光秀が、本当に当てにしていたのは、「京都秘密文書」では、
大和筒井家、これには光秀の養子が入っているな。
そして織田内部、中枢にいた誰かだ? これがはっきりしない。

○このスレッドの題名を見れば、「プロパガンダ工作」じゃないかと疑われても不思議は無いぞ。

>>312○黒幕説を言い当てた「宜保愛子」は本物だったかもな。




324 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/11(水) 11:08:00
○ほれ、こういうのは? 
少しはマハーが読みたくなったか?


宜保愛子、彼女の霊能力こそは本物だった。
それが、まさか墓参りに行ったときの一言によって証明されるとは。

本能寺の変で有名な戦国武将明智光秀の墓前で、彼女はひとこと言った。
「そうなの、黒幕は別にいたのね。朝廷説だったのね」と。

まさか、それが、死後数年たって、
彼女と全く無関係な書物によって証明されようとは、、、、

四百年前の、正解だったのだ、、、

325 :日本@名無史さん:2006/10/11(水) 11:18:07
>>322
怨恨説の根拠を聞いてるんじゃない。何故怨恨説が生まれたか、だよ。

326 :日本@名無史さん:2006/10/11(水) 11:19:50
>>322
先入観から抜け出せてないのはどっちかな…?
まずは怨恨説が何故生まれたか、もう一度精査することだ。

327 :日本@名無史さん:2006/10/11(水) 11:23:45
餌を与えるなと怒られそうだが一言だけ。宜保が行ったのは誰の墓?光秀=天海は諦めたのか?

328 :日本@名無史さん:2006/10/11(水) 12:55:48
なぜ>>311を無視しちゃうのかねぇ?しかし>>324はほんと頭悪そうな書き込みだな...

329 :日本@名無史さん:2006/10/11(水) 18:41:50
>>328
>ほんと頭悪そうな書き込みだな...

だからー。○博○ちゃんは精神を病んでいるって言ってるじゃない。
基地外の言うことに一々反応しなさんな。

誰も一切相手にせず晒し者にすることで、どこまで○博○ちゃんが頑張れる
(醜態を晒せる)か見ようや。


330 :日本@名無史さん:2006/10/11(水) 20:01:06
では、細川家が合力しなかったのは百歩譲って〇のいう説を採るとしてもだ、
筒井家までも味方しなかったのは何故か?

331 :日本@名無史さん:2006/10/11(水) 23:38:21
>>330
だんな、聞くだけ無駄だよ。
それにしつこく「餌を与えるな!」って言われてるでしょ。
大人だったら理性ある行動をしようよ。

332 :日本@名無史さん:2006/10/11(水) 23:39:38
>>331
そういうお舞いは子供だな。低能児め。


333 :日本@名無史さん:2006/10/12(木) 09:39:16
>>331○に構う奴は○の自演だからほっとけ

334 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/12(木) 10:40:30
>>325
「何故、光秀怨恨説が生まれたか」。
それは勝利の決まっていた天下人織田信長に対する武将明智光秀の突然の謀叛、それに続く敗北、破滅の動機が、
なかなか世人に理解できなかったからである。これに、さまざまな噂、憶測が生まれたが、
其の中でも一番しっくりすると思われたのが、あれほどのことを突然起こすのだから、よほど強い憎しみ、恨みがあったのだろうという推測だった。
それを裏打ちするように、いくつかの噂、母の人質話、家康接待の不手際、武田攻めでの信長の折檻話などが出て、
そのようなものが憎しみの動機であろうか? ということになっていった。

>>327○一応、光秀の墓というのが比叡山かどこかにあったな、その墓石は謀反人のために割られている、という。
>>330○「筒井順慶がびびったのは」
それは何度も書くが羽柴秀吉の予想外の中国大返し、常識を超えた帰還である。
それが大勢力になったせいだろう。

>>329.>>331○相変わらず、下手なプロパガンダ工作をしている人間がいる。
反論する史料、資料、論文、根拠、学者も提示できない君の言葉に、説得力は全く無い。
むしろ何か後ろめたいこと、犯罪をしているせいではないかと疑われるぞ。、

>>332は僕ではないね。


335 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/12(木) 11:18:39
>>328○では、こういうのはどうだ?

○日本史には、国宝に隠された歴史の真実が三つほどある。
その中のひとつは、
戦国最大の謎とされた本能寺の変の真実である。
西暦一九九七年二月に出版された「聖戦、マハーカーラの女」、
この書物の中のキーワードを使えば、
巨大な国宝の中に隠された
本物のダ・ビンチ・コードにたどりつく。


○全く、どうしようもない低レベルになってきたな。
そろそろ「おまえは、間違っている!」とか、
「僕が、本能寺の変の本当の証拠を見つけた!」とか、
元気よく書いてくる研究家などはいないものか?

もっとも、本能寺の変は、朝廷説以外では、必ず矛盾が出てくるからな。












336 :日本@名無史さん:2006/10/12(木) 11:25:48
>>334
まず、『怨恨説が生まれた背景』の解釈が間違ってる。勉強し直せ、『朝廷黒幕説』の中にもヒントは隠れているぞ。
レベルの低さを嘆くのは筋違い。ここは学会ではなく2chだからな。

337 :日本@名無史さん:2006/10/12(木) 12:43:49
>>336〇ちゃんに筋違いを説いても無駄。
〇ちゃんは挫折に弱い典型人間だから。
ここにいるのも2ちゃんなら作品を酷評されても汚点にならないと思ってるからだろうな
プロパガンダって言葉ひとつで挫折しないで済むし。


338 :日本@名無史さん:2006/10/12(木) 15:32:27
皆さんお昼前からご苦労さまです。

339 :日本@名無史さん:2006/10/12(木) 20:34:29
○「筒井順慶がびびったのは」
それは何度も書くが羽柴秀吉の予想外の中国大返し、常識を超えた帰還である。
それが大勢力になったせいだろう。
          ↑
多聞院日記や蓮成院記録が完全否定されますた

340 :日本@名無史さん:2006/10/12(木) 20:44:48
○まんせー!

341 :日本@名無史さん:2006/10/13(金) 01:50:05
それじゃ、筒井順慶は秀吉の中国大返しを見越して光秀に合力しなかったってことか?
それなら順慶の予見は凄いものになるね

確かに光秀についた京極などは先見がなかったといえるが、本当に予見だけで合力しなかったのかな。
そこら辺もっと明確な理由が欲しい。誰を怖れたからでなく、何故光秀に味方しなかったの理由がね。
それは光秀謀反の真相が大義名分のない単独による私心からであると分かったから細川、筒井両家が加担しなかったんじゃないかなと推察する。


342 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/13(金) 10:32:22
>>336○自分の意見は述べないで、「勉強しなおせ」では世間は納得しないぞ。
怨恨説に対する君の意見を述べてみろよ。
>>337○プロパガンダ工作、デマゴーグされてるのは事実じゃん。借金も無いのにあるとされ、あいつはだらしないから信用するな、だもんね。
>>339○多聞院日記、蓮成院日記の著者、ほとんど本能寺の真因とは関係ない立場なのが証明されてます。

>>341○「筒井順慶の行動変化」
予見ではなく、秀吉が帰還し優勢であるという正確な情報を得たのだと思われる。

天正十年六月二日、筒井順慶は変の報告を受け、大和郡山城へ帰還。
三日、織田信孝の援軍要請を無視。
四日、山城填島城主井戸良弘と順慶配下の軍が山城に入り、
五日、光秀軍と共に近江乱入。
九日、筒井順慶は河内に出兵、光秀軍と織田信孝を攻撃しようとしたが、突然中止。
大和郡山城に兵量を入れ、篭城準備。
十日、山城派遣軍を呼び戻す。郡山終結の軍は七千人。
大和は五十万石くらいだから、一万くらいいても不思議ではないな。

○この突然の篭城行動などから見ても、秀吉の急速な帰還、大勢力化の正確情報を得、
恐れたと見るのが適当。

343 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/13(金) 11:08:29

○「筒井順慶の行動の方が、天王山での戦いの結果には大きく影響した」

明智光秀は天正元年、信長の命令により、
その四子を筒井順慶の養子に出している。
さらに光秀はその後、順慶を与力として、石山本山などを攻撃。
松永久秀の信貴山城攻撃なども行っている。
順慶が大和一国を殆ど支配できたのは光秀の協力によるものが大きい。
光秀が期待していたのは、細川家よりも順慶のほうだろう。

>>341○明確な理由というのは? 質問の意味がよく解らないな。
順慶が何か書き残している文書でもないと、君は納得しないのかい?
突然の変心の理由など、武将が書き残すかな?




344 :日本@名無史さん:2006/10/13(金) 11:48:49
博ちゃん
人に意見を求めるより、自分の意見をダラダラダラダラ語るより、
ディベートとか議論の方法を調べて来い
何でスレがループしてるのか分かるから
それでも分からないなら、ネットには向いてないよ。


345 :日本@名無史さん:2006/10/13(金) 14:32:08
>>342
ん?俺の説?一般的な説だと思うが知らないのかい?

346 :日本@名無史さん:2006/10/13(金) 14:37:16
>>342
筒井は秀吉の大返しの情報を得て、光秀と朝廷は得てなかったの?
前に朝廷の情報網は凄いって言ってたのに

347 :日本@名無史さん:2006/10/13(金) 18:53:13
相手にするな。
相手にするな。
相手にするな。
相手にするな。
相手にするな。
相手にするな。
相手にするな。
相手にするな。
相手にするな。

何度言えば解るのかな。
相手にする時点で博ちゃんと精神構造、年齢は同じなんだよ。

348 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/16(月) 10:47:52
>>344○議論の仕方を叫ぶより、認めたくないのなら、正当な反論を書くのが筋だな。
>>345○すると、君は自説などないということか? 誰か有名人の説を間違いないだろうとここに書かれてもな?

○「歴史の暗号は、残されるのか?」
何か、テレビ東京で「世紀の暗号ダビンチ・コードはでっちあげ」と中村獅童、水川あさみレポーターでやっていたのでつい見てしまった。
一 ダビンチと弟子は合作でマグダラのマリアのヌードを描いている。
これは彼女をキリストの血を宿した神聖な聖杯とみれはありえないことだ。
二 最後の晩餐の絵はこの時代、他の作者らのが幾つかあり、あの位置の聖ヨハネは皆中性的に描かれている。
これは絵にアクセントをつけるためと、聖ヨハネが若くて、美男、預言者だったからである。
三 シオン修道院の会長などを示す文書はフランス司法当局が、何かの汚職絡みで調べたら、全くの出鱈目だった。
しかし、この番組、キリストの聖槍、聖杯、聖骸布、其の血からキリストのクローンを作る秘密結社とか、
意味不明な方向に行って、困ってしまった。
しかし、シオン修道院には他にも疑問はあるな。
一 其の資金源は?
二 有名人に会長になってもらうのに、どのように会が伝統あり、聖血を守っていると証明するのか?
そういう血脈証明の文書があるなら、どのように守ってきたのか?
三 キリストの血の保持者は代々、どんな職、立場についてきたのか? 
まさか最下級の職、労働者というわけにもいくまい?
四 シオン修道院の「シオン」とはユダヤの別名ではないのか?
キリストはユダヤ教のラビ{司祭}らに疎まれて殺されたのではないのか?
五 代々のダビンチやニュートンなどの有名人の会長に共通する身分証明の品物が無い。
たとえば、日本の三つ葉葵の紋、のような印鑑、それを押し、会員に出した秘密手紙なんてもの、がない。

  



349 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/16(月) 11:17:15

>>348○このように考えると、多くの人が歴史に暗号など残されるのか、あるのか?
と考えても無理はないな。
しかし、ここにはっきりと宣言しておくが、
「戦国史最大の謎、本能寺の変」には存在する。
なぜ、そういえるかというと、この後、絶対権力者秀吉による言論弾圧が行われたこと、
{秀吉は世論に神経質だった}、もうひとつは明智光秀の行いを偉業と見る人々がいたことによる。
そういう人たちが、どうやって真実を残すかというと、誰も手を出せないような国宝の中に暗号を残したりするのが、
面白いわけだ。絵とか。
こうやって、世紀の暗号ダ・ビンチ・コードがフイクションであり、
偽物であるということになると、
日本に実在する「本能寺・コード」は、まさに歴史的にも希少な遺産ということになる。
其の価値は、まさに国宝級ではないか?
本物の暗号と認識されるだけでも、、、
そして、其のキーワードが載る一冊の書物は、、、


>>346○それは同じ情報を見ても主将らによる判断というものは違うからね。
たとえば日露戦争における日本海海戦はなぜうあんな大決戦になったと思う?
双方の情報、状況判断力の違いによるものだろう。
日本の指揮官らは戦艦は四隻だが、優秀な巡洋艦、速射砲、訓練、戦法によって補える、勝てると見た。
ロシアの指揮官は、こちらは戦艦八隻、そのうち三隻は旧式だが、優秀な巡洋艦などもおり、
敵日本はどんな戦法をとってもその戦艦による不利は補えないと見た。
同じ情報{この場合は兵力}を得ても、このように指揮官によって判断は違う。
したがってとる行動も違う、となるだろ。

350 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/17(火) 10:43:24
○おやおや、ついに、このサイトにおいて、毒舌と皮肉をもってなる2ちゃんねる歴史家連も沈黙し、
本能寺の変の真実は、「朝廷説」と認定したか? ここで勝利宣言してもいいんだな?

○「世紀の暗号ダ・ビンチ・コードはでっちあげなのか?」上の続き、

○マグダラのマリアはキリストの子供を出産したことになっている。
しかし、どうやって、彼女はそれをキリストの子供であると周囲に認定させたのか?
考えられる認知方法は
「キリストに自分の子供であるとの自筆文書みたいなものを貰う」
「一目でキリストの跡継ぎとわかるような物をもらう」
「信用ある人間に妊娠の証明者になってもらう。この場合、キリストの周囲にいつも居て、信用されてた十二使徒が一番ふさわしい」などだが、
それらの物、証言は全く無い。

○あの慈悲心をもってなるイエスが、自分に子供が出来たことを知っていたら殉教したろうか?
あるいは一言くらい弟子らに「あの子を頼む」くらい言い残しているのではないか?

○キリストを裏切った十三番目の弟子ユダ、いつも側でキリストを見ていた、が何も敵らに言っていないのはおかしい。
聖人が神聖な布教の旅で女、娼婦と寝て、子供をつくっていたというスキャンダルは人気落とし、女性らへの、に絶好ではないだろうか?

○キリストがもっとも愛していた聖母マリアに、跡継ぎがいることをいわないのはおかしい。
○愛、慈悲を其の教えの根幹においたというキリストが、一言も磔での最後の瞬間に、神に、「あの子とその母を頼みます」といわないのはおかしい。
○イエスキリストに子供、跡継ぎがいれば、周囲が神輿として持ち上げたのではないか?
ローマなどでキリスト教が認められたりした後で?

○イエスは自分を神の子、或いは神の代弁者、メッセンジャー、つまり神に選ばれし者と信じていた節があるので、
そのもっとも神聖なる教えの旅、布教活動の最中に、女と寝て子をつくる、
しかも娼婦と、というのは信じられない。彼の人格にも合わない。




351 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/17(火) 11:26:46

「暗号と、そのキーワード」

○ここを見て「本能寺・コード」という言葉を眼にした人々は、
果たして、そんなものが世にあるのか、長く残せるのか?
という疑問にも突き当たるだろう。


暗号、そして、そのキーワードは造るものにとっても難しい。
下手なものを造り、使っても、意味が通じないことになる。
すぐに忘れられることになる。


では、戦国史最大の謎、本能寺の変、其の謎をすべて解く「本能寺・コード」
そのキーワードは何なのか? 何が使われたのか?
それは、明智光秀ではなく、織田信長が自ら造ったも同じだった。


「安土城と、その内部」だったのである。
安土城に残されたものは消えることがない。


「本能寺・コード」は、世に実在した。
巨大なひとつの城が、其のキーワードだったのである。





352 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/18(水) 11:07:02
○暗号関係の続き「世紀の暗号、ダ・ビンチコード」はでっちあげなのか?

知ってのとおり、レオナルドダビンチは生涯独身だった。これについては色々といわれているが、
ひとつには禁欲して宗教や芸術道に励むのがこの時代の主流だったからである。
其の根幹には、やはりイエス・キリストの禁欲的生活、布教、殉教があったからだろう。
ダ・ビンチの理想も、キリストであったことは、描いている宗教画などで神にも近い存在としてあることで明らかである。
するとそこに問題が出てくる。ビンチの理想的人生がキリストだったからこそ、独身を通したのではないのか?
其のキリストが「ダ・ビンチコード」にあるように妻帯状態で、子供が居と知っていれば独身を通したろうか。
経済力のあった彼は真似して結婚したのではとの疑惑である。
それがしなかったのは、理想の人物のキリストに妻、子供がいるなど夢にも思わなかったからではないのか?
という疑問である。レオナルドの生き方においても、秘密結社は否定されないだろうか。


353 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/18(水) 11:27:12
何か、火曜日から2ちゃんねらー歴史家連の書き込みが、ぴたっと止まったが、
もしかすると、これで有名人が此処を見ているかもと、びびったのか?

フジテレビ「役者魂!!」火曜日九時。
主演、烏山瞳美「松たか子」
本能寺海造「藤田まこと」
相川護「森山未来」梓里奈「加藤ローザ」
柳沢光春「香川照之」

本能寺?なるほど、2ちゃんねらーもこの顔ぶれが此処を見ているのかもとびびったか?
しかし、このドラマ、コメディなのか、恋愛なのか、女の生き方なのか、よく解らないところがあったな。

なんかよくわからん本能寺海造ドラマやるより
「松たか子が踊る紅天女、本能寺仮面の舞、本能寺の変四百年目の真実」くらいやってくれ。




354 :日本@名無史さん:2006/10/18(水) 11:41:29
http://www.freepe.com/ii.cgi?rioone

寄せ集めの文章の糞サイトです。見てねw

うっしっし

355 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/19(木) 10:49:57
○此処でよく言われる「本能寺・コード」、
本能寺のことを大体解明する暗号、それが実在する、答えは間違いなく朝廷説で、

と断言しても苦笑する人間が多いことだろう。
あの、歴史的事件である本能寺の変、戦国の三傑、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に大きく係わり、
後世の歴史を大きく変えたクーデターに、そんな都合のいいものが存在するわけが無い、
いや、暗号があるなど聞いたこともない、というのがその理由だろう。

また、本能寺の変の真相をよく知る人がいたとしても、なぜ正当な文書、巻物として詳しく書き、
その子孫に残さないのか?という疑問も出るだろう。なぜ暗号にするのか?
あるいは、どんな立場の人物か書き残しているのか?という疑問もでる。
仮に真相を書き残しているにしても、ある程度の地位、現場に居た人物の手記でないと意味が無いと批判もでる。
下っ端の兵卒の手記など、変が何故起きたかの深層、真相には程遠いという人もいる。
また、残されている絵や彫刻が確かに本能寺の変を指した暗号かどうかもわからない、という批判もある。
ダビンチ・コードとされる「最後の晩餐」の絵、それが正式に評価されないのも、レオナルド・ダ・ビンチ本人が「キリストの子孫に係わる暗号がある」と
確かな言葉を残していないせいである。逆に言えば、それがあれば絵は全く別の分析と評価を受けたろう。
いくつかの世紀の暗号に対する疑惑、、、それを知識人なら間違いなく持つ。
だが「本能寺・コード」は其の回答が可能である。
なぜ暗号として残されたのかといえば、この後、豊臣秀吉による徹底した世論操作と言論弾圧が行われたせいである。
秀吉は世論に神経質だった。其の中で光秀が忠臣だったなど認めるはずは無い。
また、光秀の行いを偉業と認める人々がいたこと。彼らにとって、裏切り者の武将らは許されなかったことだろう。
裏切り者を後世に告発したかったに違いない。
さらに武士は文盲が多いなど、絵、彫刻、文書、歴史、故事に疎く、見ても解らないから、である。

これが真実の暗号「本能寺コード」が世に四百年を超えて実在する理由である。




356 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/19(木) 11:19:57

○続き「本能寺・コード」

まさに{日本人にとってだが}世紀の暗号、
日本戦国史最大の暗号、と言ってもいい「本能寺・コード」は世に実在する。
それは世界史の中にも例は見当たらず、貴重そのものの暗号なのかもしれない。
それの存在形態と歴史をここに書いても良いが、それではあまりにもったいない。
また盗作、横取りを企まれるのも嫌である。
さて、どうする?


「京都秘密文書」

ここにも書いたが原本が無い。これが疑問なところであり、信用できないところである。
だが、内容はそれほど間違っていないような気がする。
織田信長が南朝系統でなかつたか、というようなこともある。
これが今一歩、評価されない理由かもしれない。
こういうのをどう書けばいいか、迷うところだね。



357 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/20(金) 10:56:36
○今日は、皇后陛下の誕生日という祝日だな。だから、簡略にしておきたいね。

○まさに個人プログ化してきたな。
もっともある程度の基礎知識がないと書き込めない高度な掲示板と見られ始めたのなら、
それは嬉しい限りだね。
誰でも簡単に書き込める此処、この掲示板に書き込みがぴったりと止まった、ということに吃驚する人がいるかもしれないが、
それは、なれあい、やらせも出来レースも無く、真剣勝負の議論が挑まれ、行われているからである。
生半可な知識では、書き込めないと、知識人に恐れられ始めたのなら、良いことだ。
多くの資料が熱心な研究家によって、調べられつくされることになるだろうから。
多くの人が、高度な、本能寺の変の真実に近い議論と認定してくれるだろう。

一年に渡り、本能寺の変、朝廷説を主張してきたが、いまだにこれを覆す根拠、品や他説、を挙げられた人はいない。
もちろん、真実に限りなく近い仮説、として置いておいても良いが、
それも此処まで来ると勿体ない気がしてきた。
そこで、ここを見ているすべての研究家に問いたい。
あの明智光秀が細川藤孝に出した自筆の手紙は置いておくとして、
他に、何か本能寺の変朝廷説に対抗できるような証拠品、
反論などはあるのだろうか?





358 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/20(金) 11:12:36

○「本能寺・コード」○

歴史に暗号、そんなものがあるはずが無いと、繰り返す人がいるだろう。
もちろん、私もそうだった。そんな都合のいいものが、あるわけがないと思っていた。
しかし、実在した。
その巨大な姿は、まさに巨大なキーに気づかないと解らない。

「織田信長は、なぜああいう気候の悪い、住みづらい場所に、安土城を建てたのだろうか?
他にも巨大な城を建てる良い場所はいっぱいあるのに」
という疑惑からである。




359 :日本@名無史さん:2006/10/22(日) 00:01:40
〓〓〓  糸冬  〓〓〓

360 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/23(月) 10:32:13

○悪いな、また歯が飛んだ。まだ二ヶ月なのに、
歯痛で、今日はパスさせてもらうよ。

361 :日本@名無史さん:2006/10/23(月) 11:18:11
〓〓〓  糸冬  〓〓〓

362 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/24(火) 10:13:31

○あらゆる反論、意見は、真剣勝負を挑まれたこの掲示板で尽きた。
研究者らは沈黙した。もはや、反論の種も尽きたから。

そして、日本史二千年最大の謎、
戦国史最大の謎、
中世日本史最大の謎とされた、本能寺の変

天正十年六月二日、京都本能寺で起こった覇者織田信長の襲殺事件、
怨恨から、野望、あらゆる黒幕説など数百に及んだ説、

その議論のクライマックスは、
{日本人にとって}世紀の暗号「本能寺・コード」の出現によって、
完結する。

その結末は、朝廷説だった。


363 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/24(火) 10:38:45
○なぜ、本能寺の変がなぜ起きたか?

あらゆる意見、説を受け入れるというこの掲示板において、
学者、専門家らが書き込まないのか、パソコン一台あれば、全国どこからでも簡単に匿名で書き込める、
この2ちゃんねるに。たとえば、どこかのパソコン喫茶からでもいいのに。
その答えははっきりしている。すでに、朝廷説が真実であることを知っているからである。
歴史の真実、正直、これにはどんな教授、学者でも反論しづらい。
主張する説は、どこかに矛盾、疑問点、ほころびがあれば成り立たないからである。
説を裏付ける確固たる史料、資料がなければならないが、
私が知る限り、別説において、そのようなものはない。
あえていうなら細川藤孝にあてた光秀自筆の手紙を元に主張されるような怨恨説
「ときはいま、あめが下知る五月かな」を元とする野望などだが、それらにはいくらも疑問がある。
一 光秀の知的な人格。几帳面な過去。
二 京都という場所、そこに少数護衛でいた信長、嫡子信忠 
三 京都盗賊よけの木戸が開き、市中宿泊の信忠護衛が気づかなかった光秀軍通過。
四 嫡子信忠が逃亡せず、二条城に二条城に篭城の不自然さ。
五 光秀がすぐに安土城に向かい、無血開城していること。
六 織田信孝の四国渡海軍二万が四散し無力化、美濃、雑賀などで反乱。
七 光秀が勝算のある篭城などをせず、山崎天王山で決戦する不自然さ。


364 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/24(火) 11:11:14
○あきらかに以上の光秀の行動の裏には「京都護」がある。
光秀の行動が信長への個人的怨恨によるものなら、何も人の多い京都などという不夜城?
を選ぶ必要は無いし、自城への誘殺、野外での襲撃、銃撃など、手はいくらもありそうである。
また天下を目指すには、その兵力の少なさがよく言われるところなのだ。

京都、そこで織田信長、織田信忠{家督を継ぎ、甲斐攻めの総大将を務めるなど実力も見せた}
普段は本城か、大軍に囲まれた中でしか同時にいないだろう二人、
それが少数護衛で、近くに居たというのが、この変のポイントなのだ。
これにより、織田家は大軍の指揮中枢が麻痺したと言えるだろうから。
ワンマン社長が指揮していた大会社が、其の死によって混乱、崩壊したり、いきなり業績悪化するのはよく眼にするところだろう。
この計画的、大胆な行動が、ただの思いつき、やってみようか?
で出来るものだろうか? 多くの人が疑問に思いながらも、その壁は打ち破れなかった。

なぜなら、証拠が無かったために。
証拠とは何か? それは僅かでもいい「誰か」「犯人はいるのか」を確定できるような証拠である。
れさえあれば、殆ど全ての史料は出尽くしているので、
織田信長と何があったか、悪化したかを知るのはたやすい。
しかし、誰も解らなかった。
その理由は、あの「宣教師ルイス・フロイス」の存在である。



365 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/24(火) 11:23:41

○宣教師ルイス・フロイス、
彼が言った何気ない一言が、
暗号「本能寺・コード」を、四百年の間、全く見えないものにした。
高柳光寿、桑田忠親などの権威、博士にすら、、、

366 :日本@名無史さん:2006/10/24(火) 12:52:07
〓〓〓  死  〓〓〓


367 :日本@名無史さん:2006/10/24(火) 15:46:35
〓〓〓  罪  〓〓〓

368 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/25(水) 10:35:54
>>366,>>377○おいおい、また、妙なプロパガンダ工作員が出始めたな。
何か別掲示板やサイトで「日本はもともと中国の一部だった」
「日本はもともと韓国の植民地だった」とか言ってる人間じゃないだろうな?

○四百年前の事件を解明して、罪になるのなら、日本に歴史、謎など無い方がましだろう?。
○四百年前の事件解明に罪などない。あるのは、その事件を見て心に罪となる感情を抱く人間の方だろう?。
金銭崇拝者は、とくにそうなる可能性が高い。
○まさか「合法的盗作チーム」とかに、賄賂か、圧力でも掛けられたんじゃないだろうな?
もし、そうなら誰にどう言われたのか、ここに詳しく書いてもらいたいものだ?

そういえば名言をドラマで聞いたな。確かこんなことを某弁護士が言ってなかったか?
「真実は金にならない。裁判はゲームである。そこで勝てる証拠品や証言が僕にとっての真実だ。
なぜなら大金になるからである」


ま、ささやかな歴史の真実が嫌いな人は、別サイトへ行ってくれ。
ここは細川ガラシャ様のファンなどが見るのが一番いいかも。


369 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/25(水) 10:56:02

○キリスト教の宣教師ルイス・フロイス、
彼は岐阜などで、織田信長に対面したときの印象を詳しく書いている。
しかし、その織田信長の印象、態度、言葉は正しかっただろうか?
異国の人間の前で織田信長は本当の姿を見せたのだろうか?
そこにも、いくつかの疑問は残る。
信長はフロイスの断言するように、本当に合理主義者であり、無神論者だったのか?


370 :日本@名無史さん:2006/10/25(水) 11:22:05
>>368-369
お前がどういう立場の人間かは知らないが、どれだけ述べても無駄だよ。俺はちゃんと勉強したその道の権威の話を聞いた上で判断するから。『餅は餅屋』っつってな。
いい加減ちゃんとした場所で自説を披露したらどうだい?何だか『独島は我が国の領土だ』って主張する割には国際法廷での解決を働きかけたら拒否する韓国みたいだな。何か都合悪いことでもあるの?
歯を吹っ飛ばすのもいいが『怨恨説』がなぜ生まれたかわかったかい?
それからやたらと上げないでくれる?邪魔だから。

371 :日本@名無史さん:2006/10/25(水) 22:03:44
>>370
餌与えるべからず!

372 :日本@名無史さん :2006/10/26(木) 00:20:28
>>370
エサやるなよ
○は俺が知る限り1年くらい無限ループやってる釣り師だぞ。

373 :日本@名無史さん:2006/10/26(木) 09:55:43
このスレは終了しました。
〓〓〓  糸冬  〓〓〓

374 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/26(木) 10:20:51
○馬鹿言え、その道の権威とは何の権威だ? タヌキの研究家か?
ちゃんと研究した権威の意見? どうせモグリか、二流の学者だろう。
一流の先生なら、本能寺の変は朝廷説であることは知っているからな。
「聖戦、マハーカーラの女」を読めば簡単に朝廷説であることが解る。

もし君が意見をよく聞いたのが、超一級の権威というのなら、ここに其の先生の名前と著作、
主張する本能寺の変の黒幕説を書いてみろよ。書けないだろう?

それにくりかえし書くが、よく販売されてる本能寺の変関係の本で超一流の学者先生とか、
直木賞、芥川賞とった先生が書いてるか?
もう書けなくなっているんだよ。別説かいたら笑いものになりかねないし、
朝廷説で書いて証拠なし、あるいは過去にそっくり似た本があるとかなると一生に係わるからね。
もし本当にその権威が凄いなら、その説、もとになった史料資料、参考文献、支持学者らがあるはずだ。
それを、ここに書いてみろよ。

375 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/26(木) 10:37:50
もちろん374は37〇への返答だ。
>>370○歴史の真実はどこに書こうと同じだろう?
その真実の価値は、大して変わるまい。
むしろ不幸なのは、歴史の真実を一生知ることもなく終わる学者だな。
あるいは不覚なのは、歴史の真実も知ることが出来ずに終わる研究家というべきか?

「怨恨説」もうこれは事実ではないのが確認されているので、
論じる価値も無い。
それとも君は、これが真実であるという証拠でも見つけたか。
あの明智光秀自筆の手紙は、もう意見を述べたぞ。

○「明智光秀は貴族Aに陰謀を持ちかけたいが密告が怖くていえない」
「貴族Aは明智光秀に陰謀を持ちかけたいが、密告が怖くていえない」
また言えたとしても陰謀を知るものが多くなるので、密告が怖くて不眠症になる。
それでは、なんで東南アジア某国の軍事クーデターはあんなに簡単に成功したんですか?
相手の首相はかなりの権力、金を持っていたのでは、、、?






376 :日本@名無史さん:2006/10/26(木) 12:31:43
>>370だ。

>>374-375
ほう、一流の先生方はみな『朝廷黒幕説が真実』と断言してるのか。断言されている方を存じ上げないのだが…
まぁ君が学会で自ら発表しない理由を求めても徹底的に無視してる時点で程度がわかるんだがな。
それから私は『怨恨説』が真実とは言っていない。なぜ『怨恨説』が生まれたかを伺ったんだ。まだわからないようだな。はっきりいってこれは権威じゃなくても、君のいうモグリでもわかることだぞ。
まぁせいぜい精進したまえ。どうやら毎日自分の説を2ちゃんにだけは書き込んでるようだからたまには見てあげるよ。『エサを与えるな』とのことなので君へのレスはこれが最後だ。
学会で待ってるよ。

377 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 09:49:09
〓〓〓  糸冬  〓〓〓

378 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/27(金) 10:30:03

>>376○それが証拠に一流の先生で「本能寺の変の別説」で堂々と書いてる人はいない。
超一流の名声に傷はつけたくないからな。周囲も書かせない。

○此処にその自説、論文すら書けない先生、権威というのは誰だい?
君が話を直接聞いたというのなら、その先生の名前くらい書けるはずだが?
○なぜ怨恨説が生まれたか?だって? それは無価値と判明していると繰り返し言おう。
正直、質問の意味が解らないね。
○学会? 学界の間違いじゃないの? 
君はここに簡単な論文すら書けない。学界に発表できるものを持っているとは思えないね。
○エサをあたえるな?
これくらいのエサをポイと与えてくれる人間に言われるなら、ショックは受けるんだがね。

「まっせとは、ほかにはあらじ、木の下の、さる関白を見るにつけても」

379 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/27(金) 10:55:43
○日本国2006年10月27日金曜日、日本史の真実。

戦国史最大のクーデターとも言われる天正十年六月二日、
京都本能寺で起きた当時の天下人織田信長襲殺事件、「本能寺の変」
家臣明智光秀と家臣一万三千による突然の謀叛は、なぜ起きたのか、
百万の学者、研究家にいろいろと議論されてきた。
明智光秀の動機は怨恨、野望だったのか、あるいは他に黒幕、動機があったのか?

だが、彼らは今、一様に沈黙する。
本能寺の変、それなくば豊臣秀吉も、徳川幕府もなかったほど歴史を変えた事件、
それが一九九七年二月に出た一冊の書物によって、
事件の裏に驚くべき{日本人にとっては}世紀の暗号
「本能寺・コード」の存在に気づいたからである。
それは、まさに世界史の中にも類例が無く、希少、貴重そのものの存在なのかもしれない。

本能寺の変の真実、それは世紀の暗号、
巨大なる「本能寺・コード」の出現によってクライマックスを迎える。
其の真実は「朝廷説」、、、

語られたものは「聖戦」だった。


これが現在、日本史2006年10月27日金曜日の紛れも無い、
ささやかな真実である。


380 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 12:55:53
○が真実と宣う

証明しろと突っ込まれる

○が根拠も出さずに決め付け語る

根拠は何だと突っ込まれる

○は三文小説に書いてあると宣う

何と書いてあるのか?と突っ込まれる

○は読めばわかると逃げる

以後ループ

そして放置

381 :日本@名無史さん:2006/10/27(金) 23:38:51
>>380
餌与えるべからず!

382 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 00:33:41
とりあえず博ちゃんが、メ欄にsageと入れてくれれば桶

383 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 07:05:19
〓〓〓  終了  〓〓〓

384 :日本@名無史さん:2006/10/28(土) 07:53:16
〓〓〓  死罪  〓〓〓

385 :日本@名無史さん:2006/10/30(月) 07:40:14
〓〓〓  磔・獄門 〓〓〓

386 :日本@名無史さん:2006/10/30(月) 07:42:46
〓〓〓  打首  〓〓〓

387 :日本@名無史さん:2006/10/30(月) 07:47:50
〓〓〓市中引き廻し〓〓〓

388 :日本@名無史さん:2006/10/30(月) 07:52:19
〓〓〓  晒し首  〓〓〓

389 :日本@名無史さん:2006/10/30(月) 07:54:19
〓〓〓 完全終了 〓〓〓

390 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/30(月) 10:19:09
>>380
○真実でないというなら、朝廷説に反論出来る資料、論文を挙げてみろというのに、何も出来ない。
それが君の限界。
>>383->>388○また、つまらんプロパガンダ工作を始めたな。
基礎知識が無い。議論が出来ない。ゆえに悪口を書く。と世間は皆思うぞ。
○歴史の真実解明に罪など無い。あるのはそれを見て心に罪となる感情、金銭的損得勘定をする人間の方である。
四百年前の歴史の謎を解明して罪になるのなら、日本に歴史、謎など無い方がましである。
というか、とっくに時効だろ?

○盗作とか盗用、コピーとか、偽造、偽物を作る人間って、露見しても何故か全く勉強とかしないんだってね。
この本を読むべきだと弁護士が言っても読んでこないんだと。全く不思議だが、金儲けにならないこと、
一円にもならないことは全くしない。と頭に回路が出来上がってるらしい。
だから歴史の本、其の雑学なんか読まない。で、簡単な基礎知識すら無い。



391 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/30(月) 10:45:38
○{日本人にとって}世紀の暗号、「本能寺・コード」は実在する。しかも朝廷説で、その内容は皇統譜最大の聖戦である、と断言しても、
半信半疑か、或いは全く信じない人間が多いだろう。実は私も最初は本能寺の変に謎などないと思っていた。

題材にしたのは日本史最大の謎とか、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が関係する大謎、裏には光秀は死んだのか?
或いは戦国史最大のクーデターの真犯人は森蘭丸?などと色々と言われていたからで、ただ面白そう、論文や小説の題材によさそうと考えたのである。
しかし、ちょっと基礎勉強しただけで、背後関係、謎などない、あるとしてもこじつけ程度、というのが判断だった。
理由は一 細川藤孝に宛てた光秀自筆の手紙に「不慮の儀、思いつき、全ては子供のためにした」とある。
二 変後、節操も無くうろうろとして目的もない。
三 すぐ明智は滅んでいる。つまり計画が無かった。
四 親戚の細川家からも味方されず、他に名乗りを上げた味方がない。
他にも作家司馬遼太郎などがノイローゼ説、この当時、光秀が人下関係がうまく行かず、うつ病状態だったようなことを書いている。
などである。
あの「時は今、あめが下知る五月かな」の句も謀叛後、野望家のように書き換えられたと書いている本もある。
これでは謎もへったくれもないではないか。つまり謎などなく、「ちょっとやってみようか?
信長があそこにいるから」が真実で、幾多の小説とか黒幕説の論文はただの虚構、商売であると思うしかなかった。
では、この完璧な「謎、背後関係なんてないよ。黒幕説など全てただのでっち上げ」が、どこから崩れたのだろうか?

それは、ひとつの国宝からである。日本史最大の謎には、{まさに驚くべきことだが}
それにふさわしい最大の暗号が用意されていたのである。





392 :日本@名無史さん:2006/10/30(月) 17:49:06
〓〓〓  死罪  〓〓〓

393 :日本@名無史さん:2006/10/31(火) 06:24:50
〓〓〓  END 〓〓〓

394 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/31(火) 11:01:43
「本能寺・コード」
○ここに一冊の本がある。「異説本能寺、信長殺すべし」岩崎正吾著なる本である。
あらゆる本能寺における豊臣秀吉、徳川家康、足利義昭などあらゆる黒幕説を否定する本だが、
其の中で朝廷説においては、次のような否定がされている。

一 当時の朝廷は全く力、資金がなかった。
二 光秀が支持表明を朝廷に強制していない。
三 信長討伐の綸旨を出していない。
四 吉田兼見が安土で光秀と会見したとき「謀叛について話した」と日記にある。
謀叛の字を使うとは? これらのうち討伐の綸旨が出ていないというのは致命的に思えた。
それがあれば、武士は喜んで光秀に従うだろう、、、
朝廷黒幕説には可能性が全く無い。否定要素は完璧なのだ。
だが、調べるうちに私は奇妙な点に気づいた。



395 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/10/31(火) 11:10:29
>>392○罪? 
「キモイ」「ウザイ」「ダサイ」「無視しようよ」
「村八分がいい」「クサイ」とインターネットで、さんざん言っていた人間の使える言葉か?
 大罪は、お前の心の中にある。
 お前の心を覘いてみろ、
「一将功成、万骨枯れる」なる言葉への崇拝が、どこかにある。


396 :日本@名無史さん:2006/10/31(火) 18:33:15
〓〓〓  野晒  〓〓〓

397 :日本@名無史さん:2006/11/01(水) 10:13:17
〓〓〓  討ち死 〓〓〓

398 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/01(水) 10:35:07

○悪いな、今日は急用ができた。パスさせてもらうよ。

>>397武士の心得「討ち死にするときは、前から斬られて死ね。
さすれば勇者と見られる。背中に傷を負って死ねば、戦場より逃げたと見られる」





399 :日本@名無史さん :2006/11/02(木) 01:26:44
バカ2人で漫才ですか?

400 :日本@名無史さん:2006/11/02(木) 09:47:10
〓〓〓  切腹  〓〓〓

401 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/02(木) 10:30:48
○「本能寺・コード」
○多生くどいがもう一冊、あらゆる黒幕、謀略説否定の本も紹介しておこう。
「信長は謀略で殺されたのか? 本能寺の変謀略説ヲ嗤う」藤本正行、鈴木真哉著である。
この藤本という人は太田牛一の原文信長記を分析し、あの桶狭間戦は奇襲ではなく正面攻撃と証明したという人である。
それだけに陰謀の防諜、スパイ戦に注目した論理を展開し、その露見の危険性を説き、本能寺の変の成功は「急」「即決」なるが故とする。
殆ど全ての黒幕説を否定するが、其の中で朝廷説編はこのように書く。
朝廷説は、信長の帝位、帝の権威などへの挑戦に、ついに排除されたというものである。
しかし切り札的証拠はあるかというと、立花京子氏の「公家勧修寺晴豊」の日記に光秀重臣斉藤利三を
「かれなど信長打談合衆也」とあるとかなり弱い。
藤本氏は「どうでも取れるような言葉」「仲間でないからこんなふうに説明的に書いた」
と簡単に否定する。

また朝廷黒幕説の支持者桐野作人、共立女子大教授堀新氏は
本能寺の変になるような深刻な公家武家対立は無かったと近年否定した。
さらに朝廷の出す、討伐の綸旨、令旨などの錦の御旗は兵も無く、役に立たず、
戦国の武将が頼りにするほどのものでもないとする。
まさに至言。「朝廷説などは全くなりたたない」?

402 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/02(木) 10:50:50
○「本能寺・コード」
さらに多生前述と重なるが、藤本氏らは朝廷謀略説に対し、、
一 光秀の重臣たちは全て朝廷シンパなのか? 貴族嫌いもいなかったか?
二 朝廷は密告を恐れなかったか?
三 信長襲殺のあとの支持政権構想、計画はどうだったのか?
四 何故天皇、親王は綸旨、令旨を出して光秀をサポートしなかったのか?
五 吉田兼見はなぜその日記に、「謀叛」と書くのか?
六 変を知っていた誠仁親王は何ゆえ、戦場となるかもしれない信忠の宿所に近い二条城から、
方位違え、方位が悪いなどの口実で退避していないのか?
と疑問を挙げる。朝廷説否定論者の意見として当然である。
其の書物の結論は「謀略など無い。思いつき、日ごろから光秀もまた戦国大名として当然危険な奴だった。
フロイスの光秀評価にも陰謀を好むなどの著述がある」となる。
これらのお歴々の肩書きを見るだけでも大したものだ。
まさに朝廷説などない。誰か、上の論理を崩せるなら崩してみろというものだ。

私も最初はどこかに光秀、秀吉の手紙の一通でも残っていないか?
くらいの動機しかなかった。しかし、其のうち私は、まさに奇妙な史実に気づいた。
全ては、あまりに都合よく行きすぎているのだ。
また、光秀にはひとつ奇妙な謎があった。四十才前の経歴は全く残っていない。
という有名な歴史上の人物にしては不思議な一点である。
そして、それが、、、、あえてここに断言するが、
全ての謎を解くキーにもなっていくのだ。

403 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/02(木) 11:06:46

○「序曲」紅天女

真実、人々はいつの時代も事の真実を知りたがる。
それは何が利益で、陥か、、
何が正義で、悪なのか、
何を尊敬すべきで、何を忌避すべきだったのか、、、

未来を生かすため、本能的に知りたいと思うゆえである。

しかし、正義のために流された血と涙が、
そのまま残っているとは限らない。


「国宝の中に、己だけが知る歴史的事件の真相を暗号として残す。
芸術家にとっては、至上の喜び、かもしれない」

404 :日本@名無史さん:2006/11/05(日) 18:24:30
〓〓〓  閉門  〓〓〓

405 :日本@名無史さん:2006/11/06(月) 07:50:18
〓〓〓  逼塞  〓〓〓

406 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/06(月) 10:39:46
○少し、補足を加えよう。藤本氏の防諜の問題は、詳しくは著書を読んでもらうのが良い。
だが興味深い点があるので、ここで少し要点を書いておきたい。
それは、信長を本能寺で襲う好機が来ると「仮定の黒幕貴族A」に解るはずがない。もし、そのような機会を的確に掴むなら、
「あらかじめ光秀に謀叛を唆し、好機があり次第、謀叛を起こすと確約しておく必要がある」
そうなら、長期的な陰謀計画でなければならない。だが、そうなると秘密露見の危険は高くなる。
また関係者が複数になれば、露見の可能性はネズミ算的に増す、と説く。
まず、相手との取次ぎ役の家臣、手紙の使者、会う時の供揃え、
次に、公家A自身の家族、親類、家臣、下男下女、などからの不審行動への疑い、密告。
さらに光秀の重臣たちの信用度。仲間とする貴族たち、その家臣への信用も問題になる。
また明智光秀が、公家Aの陰謀に乗るとは限らず密告する可能性もある。
従って軍事力もない公家Aは心配から不眠症になりかねない、
さらに貴族らが信長の巨大な軍事力に盾突く勇気もあっただろうかと、藤本正行氏の論はかなりきつい。
この「本能寺の変、長期的暗殺計画は成り立たない」は覆せるのか?




407 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/06(月) 11:02:50
○藤本正行氏の「謀略説を嗤う」の論理は、
この誰であろうとこの本質に変わりはない。
陰謀露見の危険は関係者が二人以上になると、ねずみ算式に大きくなる。
秘密を守るなら「一人の人間が謀叛を計画し、土壇場までその意志を秘匿し、実行直前に必要最小限の人物に打ち明け、直ちに実行に移すことである。
秘密を共有する人物と秘密を保持する時間を最小限にし、打ち明けた相手に有無を言わさず実行させる方法はこれしかない」と断言する。
そして、明智光秀の信長襲撃はこれゆえに成功したとする。
僅かな重臣たちが同意し、また家臣の中にも謀叛とは知らず行動したものがいた、とする。

そこには公家Aにしろ、誰にせよ、黒幕の介在する余裕など全く無い、とする。
完璧だろうか?

だが、ちょっと待ってもらいたい。もし、光秀が怨恨による暗殺、火事場泥棒的な領地獲得を狙うような人物なら、
軍隊を京都で動かす必要など全く無いのである。少数による狙撃、暗殺、これが一番いいと思えないか。
ケネディ暗殺、その他アメリカなどでの暗殺を考えてもらいたい。
犯人も暗殺され、誰がやったのか、黒幕がいるのか、今だ解らない事件もある。
そして、一人で「天下を狙う」には、あまりに彼の兵数は少ない。
彼は織田家の他の家臣や、子供らの大軍からの反撃を考えなかったのだろうか?

408 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/06(月) 11:13:00

○「京都秘密文書」

どう考えても、織田信長や織田信忠の側近に、彼らを見張っているものが居た、
としか思えない事実。

409 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 05:10:45
毎日、一人でご苦労さまです。


410 :日本@名無史さん:2006/11/07(火) 08:56:43
〓〓〓  磔・獄門 〓〓〓

411 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/07(火) 11:07:09
>>410○某国スパイ、プロパガンダ工作員。

○相変わらず日本人でありながら日本人を多く殺した織田信長は擁護され、
朝鮮征伐をやらかした豊臣秀吉は忍者に殴られたり、悪人扱いされるという
奇妙な図式がドラマではまかりとおっているな。全く「変」な世だ。

○「信長の棺」なる本能寺の変をテーマにしたドラマがあり、
十八パーセントくらいの視聴率を取ったらしい。
興味深く見たが、ラストは相変わらずの信長崇拝で興醒めしたな。
かなりいいと思ったのは秀吉が信長公記を太田牛一に書かせたとき、
「信長を美化せず、越前や伊勢長島の虐殺、比叡山焼き討ちのことなど、ありのままに書けというのだ」と喚くシーン。
太田牛一が「私は金で自分の書き物を権力者のいうままにし、売った」と泣くシーンか?
それなら太田牛一は「あくまで本能寺の変のあるがままの真実を」と頑張らねばならないはずなのだが、
結論は豊臣秀吉と山の民黒幕説と、かなり無理がある感じだ。

そもそも実子はないが、信長の子信勝を養子とし、高く戦績を評価され、
前途洋洋の秀吉が謀叛の黒幕になる可能性は低い。
{長浜城の家族も安全な場所に避難させてない}
変前までは、信長の崇拝者の一人だったろう。
そういう人物に謀叛を持ちかけるとも思えない。
学者さんらの評価は、どうなのか、聞きたいところだね。








412 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/07(火) 11:20:41

○「閑話休題」
今から思えば静御前は偉かった。とても真似ができない。


「よしのやま、みねのしらゆき、ふみわけて、いりにしひとの、あとぞこいしき」


「しずやしず、しずのおだまき、くりかえし、むかしをいまに、なすよしもがな」

413 :家出猫:2006/11/07(火) 20:27:40
ばかだな〜W
信長は中国攻めがはかどらない秀吉の激励に行ったんだぜ
教科書100編読め

414 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/08(水) 10:13:32

○悪いな、今日は急用ができてパスさせてもらうよ。
「しかし、秀吉には信長を殺すような動機が無いだろ?」

415 :日本@名無史さん:2006/11/08(水) 13:18:33
〓〓〓  打首  〓〓〓

416 :真は書にあらず:2006/11/08(水) 13:43:02

この國が諸外国に恐れられているのは、
過去の戦争が宗教と全く関係なく行なわれている姿で
宗教に支配されていない國である証しだと言える。

京の鬼門である比叡山を焼き、
後の高野山を狙っていた異國教徒が
この國を支配していた者達には邪魔な存在であった。
宗教による争いが、この國を破滅へと導かない様に
多くの意思が本能寺を焼いただけである。

今なお、近江の地(滋賀県)に寺が少ない事をご存知だろうか?
この國の闇は続いている・・・


住職や戦争へ行かれた方々から伺っていた話をまとめてみました。


417 :日本@名無史さん:2006/11/08(水) 19:10:41
>>416
餌やるな。餌やるな。餌やるな。

418 :真は書にあらず:2006/11/09(木) 02:39:40

目に余る無教養で幼稚な考え方に呆れてしまったので・・・

>>417殿、スマンでござる。

419 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 04:12:31
>>414
「別に秀吉に動機が無くても、黒幕に動機があればいいだろ?」

420 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/09(木) 10:25:54
>>413○「秀吉は信長についていた方が有利」

○秀吉は信長の嫉妬を警戒し、毛利を滅ぼすような大功績は立てたがらない。
手柄を信長に譲るためにわざと呼んだ。
○秀吉は安全な場所に家族、母を非難させてない。
○謀叛を知っていたら秀吉はもっと安全な、好位置に軍を置けた。

○謀叛の日にちを知っていたら、もっと早く毛利と講和し、動きやすくしているはず。
○光秀の共犯で、計画を知っていたら、ゆっくりと軍の力を保持して帰ってきてもいい。
○あの大逃げは明らかに敵地か、死地からの脱出を狙ったもの。
○秀吉は信長の子を養子にする、軍功も認められてる、毛利攻めの手際もいいと褒められてる。
動機らしきものが無い。また信長の信奉者。
○秀吉は実力ナンバー四か、五にすぎず、謀叛を起こしても勝ちぬけるかどうか解らない。

>>419○秀吉は動機が無い。勝ち馬信長についていた方が有利だから、謀叛密告するだろ。
そしたら、命の恩人と大褒美にありつけるだろ。


421 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/09(木) 10:43:33

○この国を支配していた者たち? 軍事力も無いのに支配は無理。
天正十年当時の支配者は明らかに織田信長だった。
つまり動員二十万人の大兵力、しかも越後上杉、四国長宗我部、
中国毛利と多方面の作戦を支える資金、技術力は、すばぬけていた。

じつは甲斐武田が滅んだ時点で、すでに信長を抑える勢力はなくなっていたのである。
此処にいたって、彼はすでに、文化面、思想面の天下統一も目指し始めていた。
これは旧勢力、旧文化圏には大変な脅威に思えた。
なぜなら織田信長が西洋の文化圏を尊敬し、参考にしているのは明らかだったからである。
かくて旧文化に造詣の深い明智光秀が選ばれたのではないか?


422 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 10:44:23
>>420
「信長が生きているうちは天下人の望みがない、となれば黒幕に唆されて信長を始末することも考えられるだろ」

423 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 10:46:58
>>421
「光秀が旧文化に造詣が深かった、とする根拠は?」

424 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 14:13:34
>>422-23
阿呆に餌やるな。餌やるな。餌やるな。


425 :日本@名無史さん:2006/11/09(木) 20:08:07
餌与えないで!><

426 :日本@名無史さん :2006/11/09(木) 23:10:23
また無限ループが始まりそうな予感・・・・

427 :真は書にあらず:2006/11/09(木) 23:42:52
○さんね
「自分」の結論を400字以内で簡潔にまとめてみてよ
読んでると報告書や始末書を長篇小説にしてくる部下みたいで
イライラしてくるんで頼みますわ
ほな、よろしく


428 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 00:07:28
>>427過去スレの【明智】を読めば十分腹イッパイになると思うよ


429 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 08:54:14
>>427
何度も言わせるな!

       「餌与えるべからず。」



430 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/10(金) 10:23:43
>>>>422○そもそも秀吉程度の立場、兵力で天下人への野望があったかは疑問。

>>427○「日本史二千年最大の迷宮、本能寺の変の全貌」
を四百字程度に纏めるのは無理。
纏めても基礎知識、歴史用語もわからなければ、何が良いのか、どこが重要なのかはわからない。
前にも書いたろう?

一 まず本能寺の変関係の参考文献や小説を十冊ほど読む。
二 藤本正行著「信長は謀略で殺されたのか? 本能寺の変謀略説を嗤う」を読む。
あらゆる黒幕説を否定する気になる。
三 その後専門的な史料、実物、その解説を読む。ただの怨恨、野望だろうと思える。

四 「聖戦、マハーカーラの女」を手に入れて読む。
脳みそが文字どうりコペルニクス的回転をし、
僅かだが、こんな証拠が世に実在するのか?と、君の歴史世界が変わる。

本能寺の変という巨大な迷宮世界に入ったことも無いから、四百字で解るだろうという安易なことを考えるんだな。
出ている書物は数百冊に及んだというのに。



431 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/10(金) 10:31:13

○少なくとも、この日くらいは何の日か、解るんだろう?

五月二十八日。その日の雨。

六月一日。

六月二日。

六月十三日。

六月十五日。

○特に六月十五日、フロイスの言うごとく、その犯人が織田信雄なら、
意味は重要なものとならないか?

432 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/10(金) 11:02:53

○まさに{日本人にとって}
世紀の暗号「本能寺・コード」は実在する。
その実在は、今では一流の知識人なら知っているだろう。
そのキーはどこにあったのか?

それは明智光秀の四十歳まで、何をしていたか、全く史料が無いことである。
多くの学者が歴史上高名な人物にしては全く不思議なことだと言いながら、
その見当すらつかない過去。
しかし、明智光秀は織田家への中途採用でありながら、家臣の中で一番最初に城持ち大名に
なっているのだ。何か、特別な才能、特技でもあったのだろうか?
いや、明智光秀が何をしていたのか、この後絶対権力者になった豊臣秀吉が調べれば、
解らないはずはないのだ。
賞金目当ての密告者は多いに違いない。
しかし、光秀の過去を示す史料は何も残っていない。

そこには何があるのか?
私は、豊臣秀吉に何か都合の悪い点でもあるのかと考えた。



433 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 13:00:18
〓〓〓  死罪  〓〓〓


434 :真は書にあらず:2006/11/10(金) 13:56:09
○さん・・・
誰も資料だけを集めて論文を書けとは言ってないから
「自分」の考えた『結論』を簡潔にまとめてね
ちゃんと、頼むよ

435 :日本@名無史さん:2006/11/10(金) 19:35:43
それは無理というもの

436 :日本@名無史さん:2006/11/11(土) 08:56:51
>>434-435
何度も言わせるな!

       「餌与えるべからず。」

437 :日本@名無史さん:2006/11/11(土) 13:55:52
でも、ここ博ちゃんスレだしねぇ

438 :日本@名無史さん:2006/11/11(土) 19:37:07
>>437
確かに。ここは○のスレだから○がどれだけ餌を貪ろうと自由だよね。
むしろ○がウザイならどんどん餌を与えてスレを埋めちゃえばいいんじゃないかな。

439 :日本@名無史さん:2006/11/11(土) 19:54:32
餌を撒いてるのは〇の方しょ。〇の中途半端で偏った発言は突っ込み所が満載だしな〜
しかし美味そうに見えても腐ってるから食中毒者が続出

440 :日本@名無史さん:2006/11/11(土) 20:00:57
>>438-439
何度も言わせるな!

       「餌与えるべからず。」


ただ、ひたすら博ちゃんが自慰を行なう為のスレなんだから、第三者の書き込みは禁止。

441 :日本@名無史さん:2006/11/12(日) 14:31:38
〓〓〓 流罪・遠島 〓〓〓

442 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/13(月) 10:11:32
○悪いな、今日も急用でパスさせてもらうよ。


○絶対権力者豊臣秀吉すら掴めなかった、
或いは掴んでも公表しなかった明智光秀の過去とは何なのか?
私は考えた。もしかすると、それは豊臣秀吉にも都合が悪かったものではないのか、
秀吉、光秀に共通する謎? もしかすると、それは、織田信長、本能寺の変にも何か関係あるかもしれない。
そのように考えながら、歴史本を読むことは私には楽しい事だった。
そして、私はある日、奇怪な矛盾、出来事に、、、、


443 :日本@名無史さん:2006/11/13(月) 12:48:21
〓〓〓 車沙汰 〓〓〓

444 :日本@名無史さん:2006/11/14(火) 06:40:15
〓〓〓  百叩き  〓〓〓

445 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/14(火) 10:28:10
○「歴史に実在する本能寺・コード」

○あえて、あるドラマの豊臣秀吉の言葉のごとく、ありのままに書くなら、
私か一番面白いと注目したのは「光秀天海説」の方だった。明智光秀が天王山の戦いの後に死なず、
生き延びて、徳川幕府の黒幕僧「南光坊天海」になったというものである。徳川幕府の礎を造り、
家康、秀忠、家光の三代に仕え、裏で権勢を振るった怪僧である。何故か、そういう噂がある。
勿論、まともな歴史家からは鼻で笑われるし、証拠らしきものはない。
何人かの作家が書いているし、内田康夫氏も題材にし、名探偵浅見光彦に捜査させているので、
熱心な読者なら知っているだろう。浅見探偵によれば、全くどこから話が出たのか、
雲を掴むような出鱈目?となっている。
しかし、なかなか面白い伝説であることは確かだ。

光秀天海説、この話は、あの光秀重臣斉藤利三の娘春日の局の異常な出世、
ただの徳川家光の乳母からのしあがり、大奥で権勢を振るったと重なっている。
春日の局は、天海と対面のとき、いかなる理由か敷居から入らず、臣下の礼をとり、
敬語で丁寧に話したというのだ。また、大奥の女たちからの相談などを天海はよく受けたという。
つまり春日の局の異常な出世の裏には、天海の力の後押しがあったというのだ。
勿論、後押ししたのは、天海が光秀であったから、となっている。
じつは、よく調べると、そういう話が出てもおかしくないほど、
明智光秀の死亡確認ははっきりしていない。怪奇、なのだ。





446 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/14(火) 10:59:11
○「歴史に実在する本能寺・コード」
○まず、明智光秀がどこで死んだのか? それがはっきりしていない。
彼が天王山の戦いで負け、敗走し、勝龍寺城に居たのは確かだ。
が、その後、どういう逃走の道筋を通ったかは解らない。
史実では、少数の手勢とともに坂本城か、安土城を目指して逃げ、その途中、山科小来栖で落ち武者狩りの農民らに遭遇、
竹槍でわき腹を刺され、落馬、無念の自害となっている。

だが、である、、、そこに目撃者は僅かしかいない。溝尾庄兵衛がその死を坂本城に届けたとなっているのだが、
彼はその後、どうなったのか、よく解らない。
また死体発見の様子が奇妙なのだ。通説では中村長兵衛なるものが、立派な鎧を着た首なし死体を偶然発見、
大将の鎧に違いないと考え、付近を捜索、足跡から近くに埋めてあった光秀の首を見つけ、届け出た、とある。
だが、数十年後、そのときの話を聞こうとした好事家が調べたところ、そのようなものは近くの村に全く存在しなかったという。
また、夏場で首は腐っていなかったのか? 
すぐ近くには殉死した比多、進士なる二人の武将がいたが、何ゆえ大将の死体を埋めていないのか?
一番渡してはならない光秀の顔を大将と解らないような細工はなされていなかったのか?
いや、よく解らない首だったのだが、秀吉はすぐに光秀だと断定した、
など幾つか疑問が提示されているのである。一番、奇妙な事実は、光秀が死んだとされる場所は、
誠仁親王の后勧修寺晴子が出た勧修寺家の領地とされている。
光秀の死因についても、面白い疑惑が出されている。



447 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/14(火) 11:08:40
>>443>>444○相変わらずプロパガンダ工作をやってるな。
この前の裁判では事実無根だと、掲示板、チャットに書き込んだ者も
損害賠償の対象に出来るとか判例が出たそうだな。おかしな出鱈目は書くと首だぞ。
意味不明のことを書き込むより、きちんとした史料、論文、学者を揃えて反論して来いよ。


○ひとつの結論へのキーは出ているだろ。
明智光秀は「とき」「事件の起きたとき」に自分のメッセージを刻んだ。
そういうことが可能ということは、事件を起こす日を選べたことになる。
つまり、、、、、、

448 :日本@名無史さん:2006/11/14(火) 11:52:50
http://www.yoasobi.co.jp/aquarius

449 :日本@名無史さん:2006/11/14(火) 23:15:16
〓〓〓 鋸引き 〓〓〓

450 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/15(水) 10:15:45
○悪いな、今日も急用ができてパスさせてもらうよ。

○日本で一番有名な句、愛宕山で本能寺の変直前に詠まれた、
「ときは今、あめが下知る五月かな」

これは土岐氏出身の明智光秀が天下を治める意とされた、、、、。
だが、真実は、これから事件が起こる「とき」、「時」に注目してくれという
光秀一生を賭けたメッセージではなかったか?

451 :日本@名無史さん:2006/11/15(水) 23:23:14
〓〓〓  遁走  〓〓〓

452 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/16(木) 10:25:01
○「歴史に実在する本能寺・コード」

○光秀の死因、よく言われることは馬に乗って逃走中、農民に竹槍で横腹を突かれた、である。
竹槍、しかし、そんなもので鉄砲の狙撃も考慮して作られた当時の鎧、しかも大将の、が貫かれるはずもないことは、
専門家が指摘していることだ。さらに数騎いたうち、光秀だけが貫かれたと不思議な物語が流布している。
これはあまりに「天下の謀反人にふさわしすぎる最期」ではないだろうか?
謀叛武将が正式な槍、刀でもなく、落ち武者狩り、土民に竹槍で殺されたという話は出来すぎであり、
何かの悪意に満ちている。

「立派な鎧を着た首無しの死体が転がっていた」という話も奇妙である。
落ち武者狩りの目的は、鎧や武器、金子の追剥に他ならないからだ。
立派な鎧を着た死体が、そのまま転がっているものだろうか?
光秀の死体発見から、秀吉に首が確認され、晒されるまでは、まだ他にも面白いエピソードがあるのだが、
それは、この掲示板では割愛させてもらう。
それほど、光秀の死ははっきりせず、ミステリー的である。


453 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/16(木) 10:49:37
○「歴史に実在する本能寺コード」

○さらにその正体が明智光秀ではないかと奇妙な噂のある幕府の黒幕といわれた南光坊天海、
実はその前半生の経歴もあまり確定的なものはないという。
本人の言い分しか残っていないというのだ。公式には天文五年に生まれ、
幼名兵太郎、陸奥の葦名盛高の一族であり、その後の僧侶としての記録はいくつかあるのだが、
当人の言う比叡山延暦寺への入山の記録などはないという。
また家康と何時、初めて会ったのか?の記録ははっきりしない。
公式には慶長十二年{一六〇七}駿府となっているのだが、そのときの二人はかなり親しい様子だったという。
また初対面は天正十七年、慶長五年、と異説がある。
いずれにせよ、何故、それほど親しくもない僧侶天海を家康が重用し、
日光なる一度も行った事のない場所に東照宮を造らせ、自らを祀らせたのか、、、
その引き立て、出世の理由は不明である。
この奇妙な引き立ては、明智光秀と織田信長の関係にも似ている。
信長はいかなる理由か、譜代の家臣らよりも明智光秀を気に入り、足利義昭の家臣から引き抜いて、
一番最初に近江で城持ちの大名にした。



454 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/16(木) 10:58:14

○ただの偶然の一致なのか?

だが、調べると、そこには「本能寺・コード」にも共通する、
奇妙な「謎」があった。

明智光秀、四十歳までは全く不明な過去、
絶対権力者豊臣秀吉はそれを掴めなかったのだろうか?

その謎と共通していた?



455 :日本@名無史さん:2006/11/16(木) 11:02:08
はいはい

456 :日本@名無史さん:2006/11/16(木) 11:03:03
??槍って基本的に脇を狙うのでは?戦場の基本ですよね。
横腹というのは脇のことですよ。
それに太閤検地刀狩が行われる前のこのころの土民なんて、いつも戦場にいったりする
ものもいるし、鎌なんてもっていたりして相当強いよ。
穴山梅雪だって殺されている。

首の確認だって、源義経だって顔が定かではない。
腐って判別がつかなくなるのはよくあった。
秀吉は信長の遺骸がないのに死んだとしている。

この変の資料は信憑性に乏しいものが多いのも事実。見た人が書いてないもの。
光秀の逃亡ルートは当時の古地図から街道を探れば、そうかとわかるとおもうけど。


457 :日本@名無史さん:2006/11/16(木) 23:21:52
>>456
何度も言わせるな!

       「餌与えるべからず。」


458 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/17(金) 10:23:30
「明智光秀は生存していたのか?」

>>456○いや、その死に方がまた、型にはまったようなもの、であることも確か。
また土民が騎馬集団を襲うというのは少ないだろ、反撃の危険が多いからね。
たいてい、徒歩で歩いている疲れたもの。
○穴山梅雪は、徳川家康が領地侵略に邪魔だから、わざと殺させたという話があるね。
○いや、義経の場合は敵に首をとられている。光秀の場合は味方の前で自害、部下が隠したのを発見だね。
つまり後で本人と判別できないように刀や石で細工できなかったのか、と疑惑が述べられてる。
○また光秀の影武者も、鉄砲狙撃の危険など考慮され、いただろうとは言われている。
光秀だけが致命傷、誰が殺したかは不明、甲冑は頑丈、
○いずれにせよ、光秀の死から死体発見までの経過ははっきりしない。

○そして、光秀天海説でよく言われるものに京都慈眼寺のことがある。
そこには光秀の位牌があるが、天海のいみなは「慈眼」なのである。
○さらに天海が修行したという比叡山には
「慶長二十年二月二十七日、奉寄進願主光秀」なる不思議な石灯篭がある。




459 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/17(金) 10:48:19

他にも奇妙、不思議なことはある。

○前にもあげた斉藤利三の娘春日の局が徳川家光の乳母として異常な出世を遂げたこと。
斉藤利三は秀吉に捕まり、拷問を受けたというのだが何も吐かなかったという。
仮定だが、もし光秀が生きていたら恩を報いるのに娘は最適だろう。
資金は安土城から忽然と消えたという大量の黄金、宝がある。

○明智平と何故か日光の場所を名づけたのは天海という。
○天海は若いころ諸国を廻っていたと、光秀と同じことを言っていたという。
○天海は何故か若いころの話をしたがらなかった。
○日光東照宮の陽明門に飾られている二人の武士の鎧には桔梗紋がある。
光秀の家紋は桔梗。

勿論、これらのことは、偶然の一致で片付けられる、
と言われればそれまでである。
だが、何ゆえ徳川家康が自分の死後、日光に祀る事まで天海に託すほど、
過去も知れない男を重んじたのか、となるとよく解らない。

だが、、、である。ここに、全く奇妙な点があるのだ。


460 :日本@名無史さん:2006/11/17(金) 10:53:41
>>458
家の近くにも慈眼寺あるけど光秀と関係あるの?

461 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/17(金) 11:13:02


○「歴史に実在する本能寺・コード」

一九九七年二月、一冊の本の写真が本能寺の変の原因を語った。
ほとんど、全てを、、、


>>457○無視すれば、無視するほど、他人は勝手な空想をするだろうな。
「すでに真実は解明されていて、後は誰かが横取り、盗作を企んでいる」とか。
「何か、本能寺の変の真相に対して、大変な犯罪、陰謀が行われているらしい」とか。

何かの史料でも提出して、疑いを晴らしたらどうだい?


462 :日本@名無史さん:2006/11/17(金) 22:24:37
プッ

463 :日本@名無史さん:2006/11/18(土) 05:23:58
〇は天海=光秀といいたいの?

464 :日本@名無史さん:2006/11/18(土) 21:20:25
○ちゃんは相変わらず・・・。

日光東照宮は、天海のための社じゃなくて、徳川家康のための社でしょ?
たとえば、藤堂高虎が徳川家康の城を設計した例があるが、それは藤堂氏の城でなくて徳川氏の城。
門の格式とか、瓦の紋とかも徳川家のものを使うでしょ?

つまり>>459 の事実は 明智光秀 -> 徳川家康 という事実を物語っているんだよ!

 ・信長死後の混乱した状況で、伊賀を土地勘がない家康一行が無事通れるはずがない
  (服部半蔵は親の代から徳川家に仕えて三河育ちなので伊賀に土地勘があるはずがない、諸国を放浪し、畿内に基盤がある光秀なら可能)
 ・戦闘に負けてウンコ漏らすようなヘタレが、秀吉の大軍相手に小牧・長久手で勝てるはずがない。
  大阪夏の陣で真田に本陣攻められてもウンコ漏らしてないし。
  あの厳しい信長に、家中一番の功績を挙げたと激賞される有能な光秀じゃないと無理。
 ・関ヶ原で勝てたのも、美濃生まれで土地勘があったからこそ。
 ・なんちゃって源氏を朝廷が征夷大将軍に任命するなんておかしい。名門美濃源氏の出身だからこそ将軍になれた。
 ・豊臣家を滅ぼした後、筒井家を豊臣に通じていたと処分するのは不思議(豊臣子飼いの大名は他に有力なのがいっぱいある)だが
  山崎の合戦で味方しなかった恨みを晴らしたと考えれば、あら納得。 
  山崎では味方しなかったがガラシャを庇った細川家は贔屓されている。
 ・父秀忠に可愛がられた有能な忠長でなく、無能な家光が三代将軍になれたのは、家康(光秀)が決定したから。
  あの冷酷な家康がそのような決定をしたのは、乳母の春日局が斉藤利三の娘だったからとしか考えられない。

どう?



465 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 07:20:48
>>464
大庭博の妄想癖は周知のこと。
餌を与えるなっていてるのが分かんないのか。
それとも博ちゃんと同類なのかな?

466 :日本@名無史さん:2006/11/19(日) 15:28:33
>>465
そういう輩は○の自演じゃね?

467 :日本@名無史さん :2006/11/19(日) 21:25:57
そろそろ○ちゃんの無限ループ話が始まります。

468 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 06:58:57
>>466
自分のPCを持っていない○博チャンは週末お休みだから別人だね。

469 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/20(月) 10:22:42

悪いな。今日、ちょっとした急用でパスさせてもらうよ。
>>464○いや、それなら徳川家康影武者説の方が、説得力があるよ。
>>465○本名を出すな。


470 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 10:23:12
天海=光秀なら長宗我部家を残させても良さそうだけどな

471 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 11:37:42
>>469 ○は川崎市幸区に住んでる博ちゃん?

472 :日本@名無史さん:2006/11/20(月) 15:19:03
>>471
プロフィールは如何よ。
同じかな?

473 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/21(火) 10:27:27
○「歴史に実在する本能寺・コード」
かくて私は本能寺の変の研究を三道に絞った。
ひとつは明智光秀の過去についてである。豊臣秀吉すら解らなかった、
あるいは掴んでも発表しなかった過去とは何なのか?
二つ目は、文字どうりの本能寺の変の動機、真因である。
勿論、これには明智光秀が細川藤孝にあてた自筆の手紙などがあり、
大した物があるとも思えなかった。当時、よく言われたのが足利義昭黒幕説であるが、これにもさしたる根拠はない。
三つ目は「光秀天海説」の真偽である。これもかなり面白い。
もっとも遺伝子鑑定でもないことには、世間は納得しないだろう。
だが、春日の局との親密な関係もあり、明智光秀と天海の共通項などを捜すのも面白いと思えた。

いずれにせよ、史料、資料を調べ始めたとき、さしたる確信も標的も無かったといっていい。
何しろ、四百年も前の話なのだ。本能寺の変同時、明智光秀の手紙が誰かに書かれていたとしても、
普通の家なら残っているはずもない。つまり、何か適当な、らしき文書でもないか?
という程度だったに過ぎない。
「朝廷説」にしても、綸旨がない、吉田兼見の日記に謀叛と書いてある、
などと言われ、見向きもされていなかった。そもそも朝廷が信長を殺す必要があるだろうか?
その軍事力、財力、味方にした方がはるかに得に違いないのだ。
武田家残党と光秀が組んでいたのではないか、との説の方が信憑性があると思われた。
だが、、

474 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 10:32:22
そもそも光秀=天海なら一体何歳まで生きてたんだって話

475 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/21(火) 11:00:03

○また、私は織田信長の豊富な資金、兵力に疑問を抱いていた。

彼は斉藤道三に会う前から高価な鉄砲を大量に保有していたし、
美濃をぶっつづけに攻めても、枯渇しないほどの軍資金を集めることが出来た。
また京都上洛のとき、五万の兵を集めたという。
貿易港津島を押さえているにしても、ちと金持ちすぎはしないか?
何か、信長の背後には特別な集金組織があったのではないか?
つまりパトロン的な組織である。仮説だが、この当時、豊富な資金を集められ、
軍事費として提供できるような組織があったとすると、何なのか?
いや、たかが尾張半国しか所有していない男に、そんなものがあるのか?
織田信長、確かにいろいろな想像、推理をさせてくれる奇妙な何かが周囲にある。
私は、まず誰でもやるように、基礎資料から本能寺の変を検討した。



476 :○「天正十年、本能寺の変の真実」:2006/11/21(火) 11:12:55

>>474○死んだのは何歳か、色々説があるよ。
光秀なら百十五歳くらいまで生きたことになるという話だろう?

それは簡単だ。春日局の死後、たった一ヶ月で南光坊天海も死んだ。
幕府を陰から動かしていた大物が、殆ど同時に消える。
この都合のいい事実は、晩年の天海が春日の局によって造られた影武者だったことを推理させる。
つまり最初の天海は光秀? 後の天海は影武者、、、の可能性がある。

なぜ、そんなことをするかといえば、明智光秀が正体なら百十五歳までいきたことになる。
そんなことあるわけがないと、世間の疑いを消させるためである、、、
と仮定がある。



477 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 11:22:35
影武者まで使って115歳まで生かす意味がないって話

478 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 12:32:20
仮定の仮定w

479 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 13:49:50
>>474
>>477
>>478
餌やるな。

480 :日本@名無史さん:2006/11/21(火) 21:17:34
まぁ餌は餌でも食べたくない、食べるのを意図的に避けている餌もあるようで…

481 :真は書にあらず:2006/11/22(水) 01:39:41
○さ〜ん
タバコ買ってきてよ!

やっと言いたい事が理解できたわ。
簡単に結論を書けよ!

小学生の時に使っていた参考書に
「義経がチンギス・ハンだった?」と
同様に欄外に載ってたなぁ〜

それも『25年前』だわ...
あんたレベル低いね
しっかりしろよ!

482 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 09:36:57
>>481
吉田兼見がその日記に「謀反」と書いていることで朝廷による事前の示唆は完全に否定される。
その一方で、光秀としては自らの行為に正当性を持たせる為に朝廷の支持をも欲していたハズであり、
「愛宕百韻」の句にそれを潜めていたかもしれないし、事後にそうした手回しをしたのは事実。
そして後世、関係者らによって汚名返上の為の工作(例=『明智軍記』等)が行なわれたのも想像に難くない。

小学生レベルの思考力しかない博ちゃんにはそうした経緯が理解できず、鼻から朝廷の指示で光秀が動いたと
思い込み、何から何までそれに結びつけたいらしいね。

ご愁傷さまです。

483 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/11/22(水) 10:39:11

○「信長の背後には何かパトロン的な組織があったのか?」

信長の行動はその鉄砲、鋼鉄船の大砲、に眼をつけた先見性、
滝川一益、明智光秀、羽柴秀吉などを採用した能力主義、
無駄を排除し、合理的な経営組織をつくり、傭兵を一年中使用できた采配、
門閥や縁故をたくみに利用し、工作によって美濃を手に入れた根回しの上手さ、など、
いろいろと言われている。これが信長だけの知能、知識なのか? 
それとも誰か裏で入れ知恵をするものがいたのか? 
居たとしたらどのような集団なのか? 疑問があった。

私は信長の鉄砲への執着に目をつけた。鉄砲は当時、雨の日には使えず、
また弓矢で援護された騎馬の突撃には役立たずといわれた兵器である。
そして高価である。また火薬、弾、火縄なども常時補充しなくてはならない。
しかも試射し、専門兵を訓練しなくてはならない。
なぜ、信長はそのような金食い虫を、斉藤道三と会見するような若い頃から
数百丁も若いころに保有出来たのであろうか?
いや、保有しようという気になったのだろうか? 何が彼を決断させたのか?
私には信長の損得勘定が理解できなかった。
当時でも騎馬の突撃が戦場で有力だったのは間違いない。
鉄砲をそろえる様な大金があれば、騎馬隊でも組織した方がはるかに有効なのだ。
その真意を私は量りかねた。



484 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/11/22(水) 11:04:16

○「お心を安んじ、田と国を継がせ、、、、」


>>470○家康が長宗我部は四国を統一した過去があるし、危険だと思ったんだろ。
当時の天海にそれほどの権力があったとは思えない。

>>477○超人的能力、知識を持った人物が、春日の局の背後にいる、と思わせた方が良かったんだよ。
天海は怪僧と言われていたしね。

>>482○残念だな、この前に書かれていたことを読んでないのか?
京都は戦乱で、町境に盗賊よけの木戸が設けられるなど、一種の要塞都市化していたんだよ。
そこで大軍を動かし人を殺すなど、朝廷、貴族の許し無くして出来る話ではない。
○また明智光秀の立場を考えろよ。ここで謀叛など起こすより、勝ち馬が決まっている信長についていれば、
楽隠居が出来るんだぞ。
○「汚名返上」? もともと汚名ではないんだから。
本能寺の変時の先鋒隊長「安田国継」は後に改名し「天野源右衛門」としている。
なぜ彼がこういう名前にしたのか?の意図ははっきりしていない。
先鋒隊長らは当然「絶対に信長を逃がすな」と厳命されていただろうし、精鋭が選ばれ、
この戦いの意図が叩き込まれていたに違いない。




485 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 12:11:12
○よ、もういい加減にしろよ。

お前こそ今までに書かれていたことを読まずに妄想を
続けてるだけじゃねぇか。そんなことしていても
誰もお前の三文小説なんか読む気にもならねぇよ。

「盗賊よけの木戸???」
本能寺に接する四条坊門小路(今の蛸薬師通)の南は土塀で、
西洞院大路との交差部(敷地の東南)には木戸があるが、
西から来た明智軍の本能寺までの進路には木戸は無かったんだよ。

ちゃんと洛中洛外図屏風くらい見てから騙りな。

486 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 13:13:31
>>484
関ヶ原当時の天海に権力が無かったとしても多少の意向を家康にくませることは可能なのでは?
長宗我部を残すのが危険なら島津はどうなる。撤退戦ではあるがあれだけの大立ち回りを演じたんだぞ。
それとは対照的に長宗我部盛親は吉川広家に阻まれて戦闘に参加すらしていないうえ、家康に謝罪までしてるし。

487 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 13:21:38
徳川が明智を持ち上げたのは、光秀のおかげで自分のところに
天下が転んできたからだろ。

488 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 13:34:36
>>484
世間から見れば『臣下の光秀が主君の信長を殺した』のは完全に謀反でしょ?
謀反は汚名じゃないのか?

489 :日本@名無史さん:2006/11/22(水) 13:51:04
つか信長はやっぱり伊達や酔狂で南蛮かぶれしてたんじゃなくて、
キリシタンだったのでせう。

490 :日本@名無史さん :2006/11/23(木) 01:52:15
よく釣れますね。○ちゃん満足?

491 :日本@名無史さん:2006/11/23(木) 07:05:50
吊られる阿呆も阿呆だね。

492 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/11/24(金) 10:29:36
>>485○真実を書いている物、当てている物は小説とは言わないだろう? 
それは「真実の書」という。
考えたら、そういうのは四二十四年に一冊しかないわけだ。
見抜けない君の眼が節穴。君のが、意味不明の三文小説だろう。

○「木戸」ちゃんと高柳光寿博士や別の研究者の人が書いてるし、
盗賊が横行した時代、道がすどうしの訳がないな。
その洛中洛外の屏風は誰が何時描いたものか、書いてないな。変の何十年後とかに描いた物を、資料と言ってるのか?
○君は邪魔な木戸が無かったから奇襲が成功したといいたいようだ。
百歩譲って、木戸が無かったとしよう。しかし、夜回りや警備の不寝番、などはいるわけだ。
また、光秀軍は桂川を渡ったとき、逃げ出した漁の人間らを斬ったとある。
つまりその時刻すでに起きている職の人々もいたわけだ。
かえって事の露見は簡単になる。むしろ、光秀軍にとって、普段夜間閉まっている木戸は邪魔になったのではなく、
秘密を守るのに有効に働いたと見るべきだ。

>>486○家康が駄目と判断すれば駄目だろう。他の武将に褒美も必要だし。四国は大坂にも近い。
○島津のことは司馬遼太郎などが書いてるだろう。関が原で突撃して家康本陣をびびらせ、徹底抗戦すると脅し、巧みに外交をした。
家康は天下統一のために九州薩摩まで大軍を進めるのは無理、無駄多いと判断。

>>488○織田信長、明智光秀は朝廷から位、官職を貰っている。
従って公式には天皇の家来。織田信長は九年?に無官になったが、
内裏に上がるための位は持っていたろう。





493 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/11/24(金) 10:50:10

○また京都本能寺にいたるまでに、光秀が妙な回り道をし、北から攻撃したとか、
この前某番組が言っていたが、北には内裏があるじゃないか。北への逃げ道を塞いでから、攻撃したと言えなくもない。

>>485○その屏風などの芸術作品にむさくるしい盗賊よけの木戸とか描くものかな?
芸術作品とかは誇張、美化が多いのは知られること。

>>489○信長の好みはキリシタンではなく、救世主伝説の方らしい。
戦国を統一した男イコール救世主、というのは確かに自分、家柄などに箔をつけるに充分。

>>486○毛利も謝っているし、家康に所領安堵の書付まで貰ってる。
しかし、家康には自分に味方した武将への褒美領土が必要だった。で、色々言われ、毟られてる。
島津のシラス台地の領地は、それほど褒美に良い、絶対に必要とも思えなかったんだろ。



494 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/11/24(金) 10:56:46


○織田信長史上、もっとも有名な桶狭間の戦い、
それは、仕組まれた勝利だった?

彼は何故、今川二万五千人の大軍の攻撃を前に、
篭城せず、うって出たのか?

495 :日本@名無史さん:2006/11/25(土) 07:52:11
放置プレーおんりー

496 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 15:20:17
>>484
『当時の天海にそれほどの権力が…』
って…この頃まだ家康と天海は出会ってないだろ。
本当に調べてモノ喋ってんのかよ。

497 :日本@名無史さん:2006/11/26(日) 15:44:22
「…かもしれない」
「…らしい」
「…かもしれない」
「…らしい」


498 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/11/27(月) 10:18:33

○悪いな、ちょっとした急用、杞憂用で、今日はパス。

○おいおい、天海と家康の初対面は諸説あり。
○謙遜、謙遜、剣呑、らしいよ。

499 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 11:08:33
放置プレーおんりー


500 :日本@名無史さん:2006/11/27(月) 11:09:17
関ヶ原前から家康の下にいたなら尚更長宗我部家改易は不自然だよな

501 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/11/28(火) 10:25:56
○「織田信長、桶狭間の奇跡への疑惑」○

○また私は織田信長の桶狭間合戦において、少し疑問を抱いていた。
相手は二万五千、信長は二千人というあの戦いである。
なぜ信長は篭城をしなかったのだろうか?
このように相手が多数の場合、軍を集め、主城に篭城をするのが常識である。
だが、信長は丸根、鷲津の砦などから兵を引いていない。
最初から野外決戦を計画していたとしか思えない兵配備である。何か不自然だった。

近年、藤本正行氏が信長公記を分析し、中嶋砦から今川軍前衛への正面攻撃による突撃で、本陣に達し、
今川義元を討ち取った、との研究を発表した。これは、それまでの豪雨の中を迂回し、本陣攻撃をして勝ったとの通説を覆した。
だが、中嶋砦から今川前衛までは一キロ、そこから本陣桶狭間山までは二キロ、それ以上の距離がある。
前衛が敗れたとき、伝令、敗兵の報告が義元へ行かなかったのだろうか。
また、信長の兵にしても重い鎧、刀を持って山への登り道を走るのは少し時間がいき、辛かったろう。
何よりの疑惑は、背後に予備の大軍がいるいるかもしれない義元本陣への突撃への決断である。
たった二千、三千では、本陣で勝ったとしても、相手が引くとは限らず、
反撃で全滅する危険もある。
何ゆえ、信長は前衛に勝った時、本陣までの攻撃を命じられたのか?
私には、大きな無謀にも思えた。だが、、、、

502 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/11/28(火) 10:57:49
○「桶狭間の奇跡への疑惑」
研究家の明石散人が「桶狭間合戦はなかった」と説を発表した。
要約すれば、信長が降伏を今川義元に申し入れた。
義元は桶狭間で降伏調印の場所を用意して待った。
そこへ兵を率いて降伏するような顔で来た信長は、そのまま攻撃、義元を討ち取った。
このような説もでるほど、兵の損害の多寡は問題になる、当時武将は身銭を切った。
勝っても犠牲が多ければ、次の戦いが出来ない。
大軍相手の場合、篭城して様子見するのが常識なのだ。
だが、信長は奇襲、あるいは正面攻撃だったにせよ、
最初から決戦めいた行動をしている。
西洋式、丸根、鷲津などの砦を盾とし、敵が疲れてきたとき、剣とる精鋭を投じて勝つというソ連ジェーコフ流にも見える。
これらの行動を補佐するには、敵の行動がよく解っていないと出来ない。
単純に言えば、敵の進撃路、計画が解っていて、とれる戦いの方法ではないか?

私は、これと似た戦い形態があることに気づいた。
それは第二次世界大戦、太平洋戦争初期のミッドウェー海戦である。
アメリカはミッドウエー島を要塞化し、多数の飛行機を備え盾とした。
そして、空母三隻を遊軍の剣として、後方におき、ミッドウエー島攻撃に夢中の
日本軍空母を爆撃機で奇襲同様全力攻撃して勝った。日本軍空母は全滅したのだ。
似ている、と私は思った。ソ連もアメリカも暗号解読などで相手の動きがよく解っていたことである。
信長は、今川軍の作戦計画がよく解っていたのではないか? どこに本陣を備えるなどが。
そうなると、考えられることがある。


503 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 02:58:28
迷惑メールの送信者たち

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504 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/11/29(水) 10:38:11
○「桶狭間の奇跡への疑惑」ここで、まず「信長公記」を分析してみよう。
信長はまず中嶋砦から前進する。
兵に「敵は疲れているがこちらは新手、小軍だが大軍を恐れるな。運は天にある」
分取り、ぶんどりをするな、首は打捨てろ。と心得を説く。ぶんとりは首取りなどのことで、
褒賞目当ての兵には少し酷である。敵、前衛の近くに来たとき
「急雨、石氷を投げ打つ様に敵の軸{つら}に打ち付くる。身方{みかた}は後の方に降りかかる。」
と豪雨が来、風が木をなぎ倒すほどで、「余りのことに熱田大明神の神軍{かみいくさ}かと申すなり」
このあと空が晴れたのを知り、信長が突撃を命じる。
すると「敵は水をまくるがごとく、後ろへはっと崩れたり」。
次に、「弓、鑓、鉄砲、のぼり、さし物、算を乱すに異ならず」
「今川義元の塗輿も捨て、崩れ逃れけり」とあるのだ。

「今川義元の塗輿」に注目してもらいたい。義元は足が短く、
それを気にしてか輿を移動に用いていた。
これは本陣、身近にあるべきものである。それが前衛を撃破した、次のシーンにすぐ出ているのだ。
前衛位置から、桶狭間山の今川本陣まではニキロ、あるいは二・五キロほどあるのである。
その間の追撃か、突撃経過シーンはほとんどない。実は此処が重要な距離であろう?
敵前衛を撃破した、しかし本陣までは距離がある、下手すると迎撃体制をとられ、
反撃されるかもしれない。その際、相手は大軍で予備もある、こちらは二千である、
勝っても損害が大きいかも。と主将が判断に迷うところなのだが、その様子はない。
まるで、本陣が前衛のすぐ後ろにあったかのような場の描き方である。


505 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/11/29(水) 11:17:35
○「桶狭間の奇跡への疑惑」ここで信長公記の原本にはどういうわけか、次に
「天文廿一年壬子五月十九日」と日付が出てくる。日付は何故か三回ほど出てくるという疑問がなされている。
何か五月十九日に、特別な意味があるのかと思うほどである。
その次に「旗本はこれなり、是へ懸れと御下知あり」と「羊の刻{午後二時}に東へ向かってかかり給う」
と本陣攻撃をしたことが書かれる。本陣は大軍で五千はいただろうとされている。
大軍の様子、数のことは全くない。義元は
「初めは三百騎ばかり真丸になって囲み退き蹴るけるが、二・三、四・五度帰し合わせ、
次第次第に無人になって、後には五十騎ばかりになりたるなり」
是を見た信長は下立って、若武者共に先を争って、つき伏せ、つき倒し、と自身戦った。
あと「火花を散らし、手負い、死人数知れず」の戦いの果て、
「毛利新介、義元を伏臥せ顔をとる」となる。

四万五千{信長公記}の大軍の主将としては悲惨な最期である。
が、最後の場面に、三百人しか義元の周囲にいなかったというのは、どういうことだろうか?
何度も書くが、義元は桶狭間山の本陣にいて、見晴らしは良かっただろうし、前衛敗北の伝令が走らなかったとも思えない。
配下の兵は、たとえ昼飯をとっていても、武器くらい側においていただろう?
しかも真丸の陣といのは何なのか? 普通このような形になるだろうか?
主君が危ういのなら、馬に乗せて、精鋭をつけ、逃がす。その援護戦、形態になねのではなかろうか?

また数十倍の敵に勝った主君の大勝利なのに、太田牛一の戦闘記録は奇妙に短いともいえる。
何か、不自然な日付の挿入といい、何かカットされた記録部分があるのではないか?
しかも、それは主君信長か、他の誰かの名声に都合の悪いことで、、、
私にはそう思えてならなかった。となると、、、



506 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/11/29(水) 11:28:07

○「光秀天海説をとるなら、春日の局の異常な出世も不自然ではない。
光秀には安土城の莫大な黄金が残っていたはずだ。
安土城の蔵は封印されたまま、明智軍の手に入っている」


>>500○四国長宗我部など別に残しても天下に影響は出来ないだろう。
むしろ、家康の機嫌をとって、幕府の中枢に入り、地位を貰う。
そうすれば天下にも影響できるじゃないか?
天海にしてみれば、長宗我部を無理して庇う必要もない。

それに「光秀天海説」をとるなら重臣斉藤利三娘お福{春日の局}
を可愛がった方が、よっぽど恩返しにもなるだろう?

507 :日本@名無史さん:2006/11/29(水) 12:36:44
全く意味がわからない…

508 :日本@名無史さん :2006/11/29(水) 23:23:46
博クンのオナニーやりまくりに意味なんてあるわけがない

509 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/11/30(木) 10:16:57

○悪いな、今日もパス。年末になると、急用、杞憂用、野暮用が多くて。

太田牛一著、「信長公記」、桶狭間の合戦部分には妙に不自然な部分がある。
かなりカットされた部分があるのでは、と私は考えた。

>>508○プロパガンダ工作員の巧言を信じるなよ。馬鹿にされるぞ。

510 :日本@名無史さん:2006/11/30(木) 12:29:21
急用でも杞憂用でも、いちいち謝らんでよいから、いちいちageるなや。
sageって知ってる?

511 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/01(金) 10:38:02
○「信長、桶狭間の奇跡への疑惑」
太田牛一の「信長公記」桶狭間勝利の部分には妙に不自然な点がある。
最大の疑問は信長が前衛を撃破したとき、その後方ニキロにある桶狭間山、
今川本陣までの突撃経過があまりないことだろう。
何かあるのではないか? 私は桶狭間を最初から布陣と人数の点において検討した。
最新研究などでは今川軍四万五千、実数二万五千、織田軍は三千内外である。
このうち織田は今川との対峙線にある鷲津、丸根砦などにも兵をこもらせている。
今川がすぐに陥落させていることから見ても、千人あるかは疑わしい、
五百か、それ以下ではないか? 守将などは戦死している。
これに今川はどくらいの兵を動員したのか? 多くとも一砦、四千人か、五千だろう。
他にも荷駄隊{補給隊}、その警護に三千か四千人? 残りは一万ほどになる。

桶狭間山義元本陣は五千ほど、。この本陣は身内、精鋭で固められるが、殆ど戦うことは無い。
予備であり、敵への威圧などを目的とする。残りは五千、六千?となる。
信長のいた中嶋砦前面にいたのは、本陣隊ではなく、攻城部隊とされており、
少なくとも二千を率いる信長隊が入ったのを見て、びくともしていないのだから、その二倍はいただろう。
つまり前衛五千人、四千人ほどではないか?
対する信長は砦出撃のとき、周りが無謀と止めているのだから、
二千、三千?



512 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/01(金) 11:02:23
○「桶狭間の奇跡への疑惑」
また信長には丸根、鷲津の砦攻略部隊一万がその後、どう動くか解らない危惧もある。
砦を攻略したからと言って、休息を一日するわけではない。
その後、信長が中嶋砦にいることを知って、首を狙い、前進してくるかもしれない。
当時の地図を見てもらえば解るが、落城した砦の側からは、中嶋砦が見える。
半分の五千が来たとしても、二千{信長公記}の信長軍には大変な脅威である。
信長は、なぜ、圧倒的に優勢な今川軍前衛五千? 本陣五千、さらに陥落した砦の周囲にいる一万を見て、
退却、篭城を決意しなかったのか? 
何故、一キロ前進して前衛攻撃、そのまま二キロ、或いは二・五キロ、今川大軍の本陣まで突撃、
という果敢な決断が出来たのか? 

○仮定数値「今川軍25000」−「織田軍3000」
丸根砦攻撃5000ー織田守備500
鷲津砦攻撃5000ー織田守備500
荷駄隊、守備隊3000、4000ー
今川本陣5000
中嶋砦攻撃前衛5000ー織田信長本隊2,000。
○もし太田牛一の著述を信じるなら、
こういう大雑把な人数配置、布陣でも今川は余裕そのものである。


513 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/01(金) 11:27:43
○「織田信長、桶狭間の奇跡への疑惑」
なぜ、今川前衛軍の壊滅から、その後の二キロの本陣への突撃経過、
その本陣が、どんな戦闘形態だったか?の著述は少ないのか?
今川本陣への伝令は?、敗兵からの報告は?、
信長軍が迫ってくるのを見た今川本陣首脳の反応、対応の様子
などは書いていないのか?
太田牛一はこの実戦には参加していないのか?と私は考えた。

だが、研究家藤本正行氏は彼は信長の幼馴染、馬廻り、親衛隊のひとりであり、
その場の様子は見ていなくては書けないものだと力説する。
確かに信長や戦場の様子は、なかなかにリアリティがある。
しかし、すぐに大軍の中にいた義元が三百ほどの真丸の陣に追い詰められていたなど、
不自然な点もある。

義元という大大名が戦死したのは史実であり、このあと急速に今川家が衰退している
のを見ても、かなりの大損害を受けたことは間違いない。
大勝利だったのは間違いないだろう。
しかし、この短い戦闘場面と、不自然な突撃の様子、、、
何かがカットされているのだ、と私は考えた。

その場合、織田信長か、誰か大物、或いは太田牛一本人に
都合の悪いことなのではないか??
その答えは?、、、



514 :日本@名無史さん:2006/12/01(金) 16:13:02
>>513で?
君は何が言いたいの?


515 :日本@名無史さん:2006/12/01(金) 19:27:17


516 :日本@名無史さん:2006/12/01(金) 19:28:54
桶狭間はだまし討ちだったんだよ。
そうでないなら、あれだけの大軍を小勢がしとめられるはずがない。
挨拶にいったところをばさっとやったんだろう。

517 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/04(月) 10:15:13

○悪いな、今日も急用、杞憂用、気憂様でパス。年末は野暮が多くて。

>>514○それを書いたら、これからの楽しみが無くなるだろ、、、
奇跡の勝利の裏には何があったのか?

>>516○「だまし討ち」は研究家明石散人氏がすでに述べている。
降伏交渉し、今川義元が待っている場所に、連れて来た兵を送り込んだ、というもの。
しかし、武装した多くの兵を主将の待つ交渉場所に連れて行けるか?
そんな卑怯なことをすれば、目撃者の証言が必ず残るだろう。と疑問が出るな。


518 :日本@名無史さん:2006/12/04(月) 11:08:48
>>517
>そんな卑怯なことをすれば、目撃者の証言が必ず残るだろう。と疑問が出るな。

信長贔屓の牛一が隠蔽したのさ。他の誰が異議を唱えようが牛一の知名度の前には一笑に伏されたんだろうね。
織田方の関係者(子孫)だってそんな勝ち方だったなんて世間に知られたくないし都合がよいからね。

519 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/05(火) 10:17:32
○「織田信長、桶狭間の奇跡的勝利への疑惑」
桶狭間の合戦には幾つか疑惑がある。
一 兵数は本当に四万五千だったのか、二万五千か、それ以下か?
二 義元は本当に合戦前に天魔鬼神もかなうまじと謡曲を謡うほど余裕があったのか。
三 今川本陣の様子を太田牛一は誰から聞いたのか?
四 太田牛一は本当に桶狭間の合戦に参加していたのか?
五 大風と雨が信長に味方していたと書くが、本当にこんな大風、雨が降ったのか?
六 織田信長の軍が近づいてきたのを、今川軍前衛は本当に気づかなかったのか?

七 今川前衛はどのような状態、経路で敗走したのか?
八 その敗走を二キロも後方の山上に居た今川本陣は気づかなかったのか?
九 信長はなぜ危険な敵本陣への深入り、攻撃を思い切って命じることが出来たのか?
十 今川本陣は織田信長の接近に気づかなかったのか?
十一 なぜ、今川本陣は危ういと見たとき、義元を単身でも逃がさなかったのか?
十二 他の陣の今川勢は、信長の攻撃時に何をしていたのか、見ていなかったのか?
十三 今川義元の本陣での討ち死には真実か?

○織田信長は桶狭間で、どの程度今川の状態を知っていたのだろうか?
そして何を持って、本陣への突撃を思い切って命じることが出来たのか?


520 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/05(火) 10:51:27
○「織田信長、桶狭間の奇跡への疑惑」

○此処で太田牛一の「信長公記」分析に、徹してみよう。
するとかなり気になる部分がある。まず、信長が決戦当日にまず善照寺砦へ来たとき、
佐々木隼人正、千秋四郎が人数三百ばかりが義元に向かいて攻撃したというのである。
勿論、反撃を受けて、この二人と五十人ばかりが討ち死にした。それを信長は見たという。
三百人?いくらなんでも数千人の前衛と戦うには少なすぎはしないか?
という疑惑である。いくら功名を狙う抜け駆けでも、無謀すぎはしないだろうか?

○いまひとつは、その後中嶋砦に入った信長が出撃するときの言葉である。
信長は「あの武者は、宵に兵量つかひて、夜もすがら来り、大高へ兵糧入れ、
丸根、鷲津にて手を砕き、辛苦して疲れた武者なり」と部下に言う。

これを藤本正行氏は信長の勘違い、という。
信長の前にいたのは今川の新手である、とする。
その任務、丸根・鷲津砦攻めを担当した松平元康{徳川家康}
は急用のため大高に戻ったと太田牛一が書いてあるからである。
だが、である。当時は旗とかのぼりで、その陣が誰のものであるのか、はっきり識別できるのではないだろうか?
戦とは名を挙げるものであったことも確かである。とくに大名の旗、家紋は一目でわかるものではないのか?
しかも信長はその前の小勢の戦いを、はっきり見ている。
前衛軍の、あの旗はどの家の勢?と解らなかったのだろうか? 
そして丸根・鷲津砦攻めに来た家の旗も?

そして信長の言葉は、いつ兵糧をとり、夜間行軍し、大高へいき、
丸根鷲津を攻めた、と妙に詳しい???
これは、思い付きで言ったのか? それとも何か根拠があったのか? 






521 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/05(火) 11:04:46

>>518○いや、それは無いだろう。今川はすぐに滅んだわけではない。

信長と長期敵対していたから、「降伏調印の場でのだまし討ち」
なる卑怯な手口を使ったなら、そのあと、中傷・誹謗する手口はいくらもあった。
しかも、今川を滅ぼしたのは信長と敵対した甲斐の武田信玄だから、今川の家臣からそんな話しを聞いたら、
面白がって、「あいつはこんな卑怯者」と京都や彼方此方に手紙やスパイを送って、吹聴したに違いない。
少なくとも、何かの書き残しはあるだろうね。
そもそも、調印の場でのだまし討ちは、呼び出した方{この場合は義元}が
伏兵で待ち構えているケースの方が多いな。



522 :日本@名無史さん:2006/12/05(火) 21:08:46
あれ?しばらく見ないうちに○ちゃんの興味の対象変わった?
なんで明智光秀から話題外れているの?


523 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/06(水) 10:13:55

○悪いな、今日もつまらない急用、杞憂用、気憂様でパス。
本当に年末は野暮が多くて。

○勿論、一九九七年二月、本能寺の変が朝廷説で全て解明されている
史実は揺るぎもしないよ。
そした、桶狭間合戦と本能寺の変がどう点と線で繋がるのかは、
歴史マニアらの「お楽しみ」だな。


○「桶狭間に合戦はなかった。
あったのは、戦国史上最大の謀略、暗殺劇だった!?」




524 :日本@名無史さん:2006/12/06(水) 11:23:06
〇さんの見解が聞きたいんだが、赤穂事件、とくに浅野長矩が吉良上野介を斬りつけた真相はどの説を採ってる?
信長・本能寺と関係なくてスマンが。


525 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/07(木) 10:37:27
○「テレビ東京、みのもんたの歴史ミステリーSP」 久しぶりに本能寺の変だな。

一 日本の祖先は、古代イスラエル? 
シルクロードを渡る古代ユダヤ十支族。日本と、言葉、物、文化はあまりに似ている!
あのね、人類の最初のイブはアフリカの中部辺りに生まれ、それから北上し、古代メソポタミア文明を生み、
八方に枝分かれし、エジブト、インダス文明、なんかを生んだ。
それからシルクロードを渡ってアジアに人類は来、黄河文明を生む。
と遺伝子の変化で証明されてるそうだから、多少遺伝子、言葉、文明が似ていても不思議ではないそうだ。
それに日本に来た秦氏十九万人は多すぎ。当時、そんな大量の人間を受け入れる余裕は、日本にはないだろ?

二 日本の古代にはピラミッド文明があった。
まず人口、労働力から見て無理な仮説。
三 日本史上最大のクーデター、本能寺の変。その後に続く光秀十億円の秘宝と謎の暗号書。
吉田兼見の日記には別本、オリジナルと二冊あった。書き直しに朝廷の陰が?
すでに言われていて目新しくない。

四 青森沖海底に、奇怪な古代文明の石の遺跡が? 石の形くらいで文明?
五 香川の砂で作られた巨大寛永通宝銭は、秘宝へのメッセージか?
ただのいたずら、らしい。
六 松尾芭蕉は隠れキリシタンだった。
その旅は巡礼で、奥の細道はキリシタンの暗号だった?{正解は隠密らしい}

七 未確認生物UMA 河童は実在した?
????? 
  

526 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/07(木) 11:04:44
○「みのもんたの歴史ミステリーSP」
三「日本史上最大のクーデター、本能寺の変の謎」

○明智光秀自筆の手紙の紹介、全ては細川忠興のためだ、は紹介。
○「お湯殿上日記」宮中女官の日記には天皇に対する織田信長の暴言がつづられていた。
「とても天皇の器ではない」など。
○「愛宕山連歌」二句、「水上まさる庭のまつ山」の「水上」は「みなかみ」
「皆の神」で朝廷のことである。   ?辞書では水源のことらしいが?

○東京大学秘蔵「吉田兼見の日記、兼見卿記」には別本、正本があり、
別本が本物である。そこには本能寺の変当日光秀と会った、誠仁親王の手紙を光秀に渡した、
光秀から銀を受け取ったなどの話が不自然な省略、改ざんされている。
これは、すでに研究者何人かに言われていて目新しくない。

○六月一日、貴族が多く本能寺を訪れて、信長を足止めしている。
私が前から提示しているだろ。朝廷説のはっきりした証拠があってこそ言えることだよな。
○結論「朝廷は光秀に信長を殺させたが、秀吉にそのことを知らせていて、
中国大返しを成功させ、光秀を見殺しにした」
何で忠臣の光秀を見殺しにするのか不明。秀吉と光秀の軍を合わせた方が、
朝廷は強力になるはずだが?

○「明智光秀、おうごん三百枚、銀千貫、十億円の秘宝」
安土城にはもっと黄金があったとか、、、、で、岐阜に古文書、
しかし、、、岐阜の光秀の子孫荒深家の文書って、、、、
岐阜は本能寺の変時、敵地だよね。どうやって隠すんだろうか???

しかし、この秘宝部分だけは面白かったね。まさに新説。
そういえば「徳川幕末の秘宝百万両」「豊臣秀吉、秘宝」
「天草四郎キリシタンの秘宝」捜索はどうなったんだろうか?



527 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/07(木) 11:14:50

>>524○その赤穂事件、浅野が吉良を斬った真相などは詳しくないので、
見解は無理。

面白い説は、時期将軍位を狙う徳川尾張家が、やらせたとか?
妙な鳥獣保護令などで悪名をなしつつ居座る徳川綱吉。
だから勅使到着の場での不始末の責任取らせ、はやく辞めさせようとしたとかの、、、?

528 :524:2006/12/07(木) 11:15:05
おいおい、質問はスルーかよ。

529 :日本@名無史さん:2006/12/07(木) 12:45:49
 ずいずいずっころばし ごまみそずい
お〇んこちん宝はめまくり、ごまのはいの秀吉淀はめっこ
 茶壷に追われて トッピンシャン
茶壷=千利休(光秀)が自分の正体をばらして、秀吉を追及する 
 抜けたらドンドコショ 俵のねずみが
利休切腹で危機を脱して、腹鼓を打って笑う 俵藤太(藤原氏)の子孫のはげねずみ(秀吉)が
 米くってチュー チューチューチュー
天下を盗んで(千万石取りとなって)チューと鳴いて喜ぶ 
 おっとさんが呼んでもおっかさんが呼んでも
殺されて怨霊となった信長(おっ父さん)と濃姫が幽界から、秀吉に早く来いと呼んでいるが 
 行っこなしよ
なかなか死なない  
 井戸の周りでお茶碗欠いたのだーれ
茶室で茶碗=利休を切腹(芝居)させたのはだれだ
本能寺の真犯人(鬼)は誰だ
                       天海(光秀)作


530 :日本@名無史さん:2006/12/07(木) 13:14:31
悪魔の暗躍
ロシア連邦保安局(旧KGB)の元スパイ、リトビネンコ氏と女性記者ポリト
コフスカヤ氏は、チェチェン武闘勢力のテロ事件とされている、モスクワ劇
場爆破事件と北オセチア学校占拠事件は、KGB(フリーメーソン)の自作自
演だと暴露したために抹殺された。


531 :日本@名無史さん:2006/12/07(木) 13:18:00
悪魔の暗躍
ロシア連邦保安局(旧KGB)の元スパイ、リトビネンコ氏と女性記者ポリト
コフスカヤ氏は、チェチェン武闘勢力のテロ事件とされている、モスクワ劇
場爆破事件と北オセチア学校占拠事件は、KGB(フリーメーソン)の自作自
演だと暴露したために抹殺された。


532 :日本@名無史さん :2006/12/07(木) 23:42:26
>>528
○クンはずっと前からそういう人だから。
質問する人がバカなんだよ。

533 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/08(金) 10:49:20
>>519○「織田信長、桶狭間の奇跡への疑惑」の続き。
太田牛一への疑惑は、実戦に参加していたとしても、誰から桶狭間の他の事項を聞いたのだろうか?
ということである。
奇妙なる疑惑もある。彼が信長の大勝利の年、正確には永禄三年庚申を、天文廿一年壬子と
間違えていることだ。自身が参加した戦いの年を間違えることがあるのだろうか?
また今川義元が何時大高の城へ兵糧を入れたり、潮の引きぐあいなどを考えて、
出陣用意したとの敵の情報なども妙に詳しい?
彼程度の身分で信長の出陣前の様子、家老らとの相談内容などを知ることが出来たろうか?との疑いもある。
この当時、今のようにテレビなどで誰もが正確なニュースを知れるという時代ではない。
とくに、軍の計画、行軍状況、とくに敵などの、は下っ端に知れようはずは無い。
後から個人が敵方に取材しても、正確に解るかどうかは不明なのだ。
いかなる情報源により、太田牛一は記録を取れたのか?
これらのことを考えながら読むと、「信長公記」は妙に自信に満ち、詳しい記録部分があり、
取材源はかなりの人物だろうとの推測も出来る。
牛一が誰か、織田信長、近くの高官に頼まれて書いたものである可能性も強い。
だが、そうなると当然ながら、信長に都合の悪いことは書かないだろうとの疑いも出る。
信長の宣伝に使われた可能性もあるからだ。

桶狭間の合戦の状況、正面突撃は、真実なのだろうか?
それとも、当時は人によく知られた、、何か、、があって、それがカットされていた。
そのため、牛一の桶狭間の記録は、後世の文士、記録者に無視されていた?
そんな推測も成り立つような気がした。










534 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/08(金) 11:27:39


>.532○赤穂事件など、
よく知らないことを突然質問されても解るわけがないだろう?

○桶狭間の太田牛一の取材源、人物を知ってる人がいたら、
此処に書いたらどうだ?

535 :日本@名無史さん:2006/12/08(金) 14:24:17
>>534
おまえのオナニーはもうあきた。

536 :日本@名無史さん:2006/12/08(金) 14:48:46
>>526
足止めって……信長の京都出発は6月4日予定だったと言うのが通説だが。

537 :日本@名無史さん:2006/12/08(金) 20:36:59
>>534
そら、信長およびその周囲の関係者(桶狭間時の信長の言行を見聞きできたもの)だろ?

信長公記巻首(上洛以前の記録が書かれている部分、桶狭間もここに書かれている)は、その後の記録(上洛から信長が死ぬ15年間)が一年毎に一巻づつ、
月日を追って記述されているのに対してエピソードを一つ一つ書き出す形で形式が異なる。
しかも記録されたエピソードには時期や内容が矛盾したものがあり、牛一が記述した際か、関係者が話した際に時期・内容を間違っていた可能性がある。
(つまり行動直後にきちんと記録が取られていて、それを元に後日書かれているわけではない)
巻首はその後(15巻本と呼ばれる)の部分とは、別々に成立したものであり、成立も巻首が早いとはいえないと考察されている(清洲町史)

つまり、永禄十一年(信長上洛)以後の時期に過去のエピソード集として書いているから、
桶狭間当時は面識がなくても、その後、信長の祐筆として関係者にいろいろ昔話(上洛以前のこと)を聞く機会があって、
それを牛一が整理して書いたと思われる。

538 :日本@名無史さん:2006/12/09(土) 21:43:27
>>537
牛一は信長の祐筆じゃないよ。丹羽長秀付きだったというのが有力な説。

539 :537:2006/12/09(土) 22:47:01
あ、本当だ。信長の祐筆というのは私の勘違いでした。
>>538 氏 ご指摘どうも。



540 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/11(月) 10:14:10
>>533○「織田信長、桶狭間合戦の奇跡への疑惑」
ところで桶狭間に対してはひとつ疑問がある。
それは何時ごろか桶狭間は豪雨の中の迂回奇襲攻撃により、
義元本陣を直接攻めたとの定説が固定化したことである。
これは江戸時代初期の作家小瀬甫庵が創造したとなっている。
「甫庵信長記」義元合戦にあるが、迂回した地名まで具体的に書かれてる。
これがこの後の「総見記」「改正三河後風土記」から日本軍の軍記録までの定説となった。
ところで甫庵は太田牛一の「信長公記」正面攻撃を知らなかったのだろうか。
伝記を書く上で信長の資料は少ないので、そんなことも考えられないのではないか?
では何故、甫庵に無視されたのか? 
万の大軍を二千人で正面からの突撃で破る、主将の首を取るのはあまりに不自然なせいか?

だが、もうひとつ可能性が考えられるのではないだろうか?
それは敗北した前衛軍の正体を隠すため、
甫庵の小説はこの前衛軍のことを隠すため、
迂回攻撃と書いたも言えなくもないのである。





541 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 10:17:09
ハイハイ誰も支持しないけど頑張って。

542 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/11(月) 10:30:46
>>537○そんな成立過程などは藤本正行氏や太田牛一の研究者らがとっくに書いてる。
自分やその他記録のメモを纏めたとか。
しかし、この桶狭間の場面は非常に具体的で、記録や、情勢が地名、地形と合い、無理が無いと言われている。
太田牛一は信長の親衛隊で参加した可能性が高い。また誰か直接参加した人間に取材した節もあると言われている。
とくに織田信長の言葉は、そのまま崇拝した主君の言葉そのものとして、省略せず書き残したとも思える。
このようにも「信頼できる資料」をもとに研究論を書いても、
後から、「その資料そのものが信用できない」と出てきたりする。
研究者泣かせなのだが、太田牛一のはいちおう「一級資料」とされてるだろ?

○民謡「ずいずいずっころばし」
本能寺ではなく、「豊臣秀吉の千利休惨殺の真相を謡った」
という話はあるな。
茶壷の部分とかとか、茶碗とか、、、
それに高額な値をつけたのが不興を買ったとか、
しかし作者は不明だろう?


543 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/11(月) 10:51:45
○何かNHKで日本のこれからとか、ネット犯罪とか特番でやっていたのでつい見てしまった。
いや匿名掲示板っていうのは怖いな。写真、実名出され、身に覚えの無い性遍歴とか書かれて、
目の前真っ暗になったとかいう女被害者の話とかあったな。
いや、私もここに実名とか出されて迷惑だ。
言っておくが、私はホモ、レズ、サド、マゾ、ロリコン、女装その他変態趣味なんかないからな。
前科も麻薬も、右翼左翼、暴力団、テロリストグループに参加した前歴も無いからな。
ここに本名とか書き込まれて、チャットなんかであのアホ犯罪者は此処にいるとか変なこと言われて無いだろうな?
言われていたらサイハー警察に連絡してくれよ。プライバシー侵害は立派な犯罪だからな。
だいたい自分の本に本名、その他載せているのを見れば解るだろう?
この本の内容は責任を持ちます、資料も揃えていますという意味だからな。
変なことを裏でしている奴が本名とか、その他特定できるもの出すか?
本名、生年とかを載せてない作家、研究者が怪しいんだよ。盗作、コピー、
乗っ取り、偽造密売やってる可能性がある。騙されるなよ。
ベストセラーを出し、結果よければ出版社が、一流弁護士で庇ってくれるとか言う輩だ。

○それにしても前科も何もない私が本名とか出されて、少し焦るくらいだから、
本当に前科持ってるひととか、ゲイバー、サドマゾバーしてる人、犯罪関係者とか、怪しげな商売の人は困るだろうな。
知らぬ間に、本名、家族の写真、住所、勤め先出されて「犯罪者」「変態性欲者」とか言われてると。

544 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/11(月) 11:04:31

○なんか前科とか、過去にトラブルを起こした人が、掲示板などに文句を言うと、
「あんなのがいたら、子供たちが危ないから、本名と住所を出した」とか言い逃れされることが多いとか。

○私は、多くの人の議論を見ながら、大企業、悪徳セールス会社、政治家、麻薬密売などの犯罪告発には、
匿名掲示板などは必要と思いながらも、いざ自分や友人が掲示板にあること無いこと書き込まれて、
被害者になったら困るだろうな、と匿名掲示板存在の判断を迷うしかなかった。

○しかも評論家だったか、怖いことを言っていたな、
某国の匿名サーバーを使ったら、警察が調べても解らないとか。
NHKがそこまで言わせていいのか?
身代金誘拐とか、テロ予告とか、子供殺し、動物大量殺害予告とかに使われたらどうするんだ?
怖いじゃないか、

それともこれはFBIがわざと、
テロリストらを挙げるために言わせているのだろうか???
とにかく発言には気をつけて欲しいものだ。



545 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 11:05:07
サイハー警察って何?

546 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 13:46:24
>>543-544
完全にスレ違いですね

547 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 14:12:09
完全に逝っちゃってますから。

548 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 15:02:14
 桶狭間の戦いは本当は田楽ヶ窪の戦いである
 今川義元軍が丸根砦などを撃破した後田楽ヶ窪で休憩しているところへ、農
民に化けた野武士が戦勝祝いに鮎の塩焼きと酒でもてなした。女たちが田楽
(猿楽の一派)の踊りを披露して慰労した。そこへ、信長の軍隊が奇襲してき
た。田楽師に化けていた忍者である服部小平太が敵の槍を奪って義元の腹を狙
って刺した。今川軍は信長軍の奇襲と味方の裏切りの偽情報でパニック状態に
陥り、その隙をつかれて壊滅したのである。その故事を暗号にして後世に伝え
るために、豆腐などを串刺しにして焼いたものを田楽踊りにちなんで田楽と言
うようになったのだ。みそをつけるという悪い意味の言葉もこのことから由来
している。

549 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 15:26:44
 信長の遺骸があれば明智光秀が天下を取っていた
 信長を殺し、京を支配した光秀は、浪人や野武士を恩賞で誘えばすぐに2万
人ぐらいの兵力を獲得できるのである。元名門の六角氏や京極氏などの家来が
参加すれば一大勢力となる。中国道の狭隘部である山崎を制することが出来る
天王山を先取出来れば、秀吉が大軍で押し寄せて来ても狭隘部で鉄砲隊と槍ぶ
すまで応戦すれば秀吉軍を壊滅させることが出来る。なぜ、明智軍は山崎に敷
いた本陣を引き払ったのか。光秀は主君殺しの汚名を着せられた者が天下を取
っても長続きしないことを悟って、秀吉に勝ちを譲ったのだ。本当に天下を取
りたかったら、信長の偽首を作って宣言すれば光秀の天下となるのだ。やはり
、信長は2条城で殺され秀吉が光秀が天下を取れないようにするために信長の
遺骸を隠したのである。

550 :日本@名無史さん:2006/12/11(月) 15:34:03
 住基ネット裁判の判事が自殺した
 フリーメーソンの国民背番号制度に逆らったから暗殺されたのである。これ
で国民の個人情報はフリーメーソンに把握され、反逆者は抹殺される。
 アメリカがイラクを撤退するのは中東戦争を引き起こそうとするため、仮想
敵国はイラン、シリア、レバノン、である。北朝鮮経済封鎖は朝鮮戦争を引き
起こすため、郵政民営化造反議員の復党問題は憲法改正(集団的自衛権を拡大
して、同盟軍韓国、台湾が攻撃を受けた場合は日本は自衛軍を参戦させる)の
ためである。


551 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/12(火) 10:14:49
○悪いが、ちょっと急用、杞憂用、気憂様でパス。
年末は落ち着かなくて、いかんな。

552 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 04:17:22
何かたまに変な言葉使うよね、『プログ』とか『サイハー』とか『杞憂用』とか。日本に来て間もないのかな?

553 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 09:07:07
だから○博チャンは逝っちゃってるんだよ。

554 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/13(水) 10:17:52
>>540○「織田信長、桶狭間の奇跡への疑惑」
歴史作家小瀬甫庵は一五六四年に生まれ、一六四〇に死んだ。
だから一五六〇、永禄三年に起こった桶狭間の戦いについては伝聞しか知りようが無い。
ゆえに想像で山中迂回攻撃による本陣攻撃と甫庵信長記の桶狭間場面を書いたとする。
しかし、彼の経歴を見ると美濃土岐氏の支流に生まれ、医術、経史を学び、織田家の池田恒興、
豊臣秀次、宇喜多秀家、堀尾吉晴に仕えたとなっている。吉晴死後浪人、子供の縁で、
加賀の前田利常に使えた、隠居、著述に励んだ。

彼は太田牛一の信長公記を評し「愚にして直な{正直すぎ}」と言ったという。
そして、信長の迂回攻撃などを面白くなるように想像し、ベストセラーを作り出した。
だが、彼の経歴を見れば、そうそうたる戦国大名らに仕えていたわけである。
果たして、有名すぎる大勝利である桶狭間について、何も言い伝えを聞いていないのだろうか?
そこに各家に伝わる戦史、昔話などを、経史を学んでいた甫庵は読まなかったのだろうか?
それを参考にしなかったのか? いささか、引っかかる話ではある。
甫庵は想像で全てを書き、仕えた先には何も参考にするようなものは無かったのだろうか?



555 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/13(水) 10:38:46
>>554○「桶狭間の合戦への疑惑」
さて、桶狭間合戦において甫庵の山中迂回本陣攻撃{定説}と太田牛一の正面攻撃には対立する論、矛盾がある。
一 もし山中迂回攻撃なら、信長は諜報戦において、敵本陣、義元の位置、敵のその他の布陣、人数を正確に知らないと実現できない。
という絶対条件が必要ということである。これは当たり前だろう。攻撃目標、敵の大将、本陣位置、人数を的確に把握しないと、大軍の真ん中に飛び込み、
間違いなく全滅する。この説を支持するかのように信長は義元の首を取った毛利新介ではなく、
本陣位置情報をもたらした梁田何某を一番に賞したとの逸話がある。

二 だが、「正面攻撃により本陣に達した」とする太田牛一説は、信長の情報不足による間違い攻撃とあるのだ。
要約すれば、信長が前衛を見て「あれは疲れた連中だから、いまやれば、簡単に勝てる」と兵士らに言った、とあるのだ。
この説の提唱者藤本正行氏によれば、信長は勘違いして総攻撃、
それが、まぐれ当たりし、本陣につながり、義元が逃げ遅れて戦死、となる。
この場合、信長の諜報網など全く機能していなかったことも同じとなる。
この奇妙な諜報戦をめぐる矛盾は、どう解釈すればいいのか?

奇怪なのは、信長が夜中にいきなり起き出し、数騎で出陣したという事実である。

556 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 10:57:18

>>548○だから、本陣周囲の今川の大軍はどうなっていたというの?
周囲の本陣ではない警戒陣、見張りの目をその程度でごまかせるの?
しかも中嶋砦前の敵は、臨戦態勢だろう?
さらに今川本陣は、信長本陣の到着を見ていたとの話もある。

>>549○主君を殺したものが天下を取れない? それなら実質上、織田家を乗っ取り、
信長の妹お市の方、三男織田信孝を殺し、次男信雄の全領土を奪った秀吉の立場は?

○「明智光秀が天王山で戦ったのは、秀吉軍の中の誰かが裏切る工作がなされている、
と信じたため」

>>552○単なるしゃれ、洒落だよ。旧用もあるな。


557 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 13:02:43
>奇怪なのは、信長が夜中にいきなり起き出し、数騎で出陣したという事実である。
いきなり、出陣したんじゃなくて、前線からの報告が夜中に来て、それをうけて出陣したんじゃなかったかな?
状況の変化を受けて行動したことのどこが不思議なのでしょう?

部隊の準備が整うのを待たずに、少数で出陣するのは信長の性格だと思うが?
桶狭間だけじゃなくて、足利義昭が京都で三好に攻められたとき、金ヶ崎の撤退戦、原田直政戦死の報告を受けたあとの天王寺出陣、
全部同じような行動とっているし。

桶狭間のときは、途中熱田神社で軍勢の終結を待っている。これも上記の例で同じ行動とってますね。
出陣したときの小勢でそのまま敵に当たっているわけではない。


558 :日本@名無史さん:2006/12/13(水) 23:43:38
本能寺の変の黒幕は朝倉義景
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1145513328/

559 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/14(木) 10:26:57
>>555○信長は何故、単騎、出撃したのか。当然、何らかの有力な情報を受け取ったから、と考えられる。
では、いかなる情報だったのか?

ここで、当時の情勢を少し要約し、述べる。
今川と織田家は、信長の父信秀の代から三河あたり、尾張の国境近くなどで争ってきた。
西三河国主の松平家当主が若死などし、弱体したからである。一時は織田が優勢になったときもあったが、
一五四八年、天文十七年の小豆坂の戦いで敗退してから、今川が優勢になった。
今川は尾張との国境に鳴海、大高、沓掛城をつくり、とくに鳴海城は尾張に食い込んでいた。
織田はこの鳴海城を、丹下、善照寺、中嶋砦をつくり、包囲圧迫。
さらに丸根、鷲津砦で大高城を孤立させていた。
義元の大軍動員には、これらの国境問題も絡んでいたとの説がある。

しかし、ここで問題になるのは、常にこれらの争いが三河松平氏の領国内部などで起こっていたことである。
そして、先陣を命じられ、大高城包囲を突破し、兵糧をいれ、また前面にある丸根砦攻略をしたのも
松平元康{徳川家康}と三河衆だった。
近接する鷲津砦攻撃は今川家臣朝比奈泰朝となっているが、配下は三河衆だった可能性も高い。




560 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/14(木) 10:57:55
「桶狭間の奇跡への疑惑」
○松平元康{徳川家康}は、一五四二年十二月に西三河国主八代の松平広忠の嫡男として
生まれているが、母方の水野家が織田家に裏切ったなどの事情で、五歳ころに今川家に人質に出される。
が途中で田原城主戸田康光に裏切られ、織田信秀の人質として織田家にいた。
そのころ、信長とも知り合ったといわれる。
そのあと織田信広との交換で、今度は今川家の人質となった。
このときからの生活はどのようなものであったかは解らないが、忍従と屈辱だったといわれる。
織田と同盟し、かなり後年、武田の高天神城を落としたとき、そこにいた元今川家臣孕石なる家臣ただ一人を切腹させた。
いずれにせよ、織田家と深く通じている三河の家臣がいた事実は、重要だろう。

三河衆は大高城包囲突破、丸根砦攻略などに使われているが、勿論、今川にしては当たり前だった。
なるべく自軍を傷つけず、配下に服属した兵を使う。
とくに山砦、城攻撃などは大量に負傷、死人が出るので、そうなる。
信長が突撃した中嶋砦前面にいた前衛軍なのだが、当然攻城予定の軍でもあったろう。
そうなると、また多くが三河衆だった、という可能性が高い。

事実、信長は、この陣の旗を、二百人ばかりの抜け駆け勢が攻撃したときから見ている。
その攻撃勢はくびを持って中嶋砦に来ているので、相手の話は聞いていたろう。
そのあと、中嶋砦からの出撃前、信長ははっきりと
「あの武者は、疲れている」と断言している。





561 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/14(木) 11:12:29

>>557○いや、信長は意外と慎重だと思うよ。
数騎で行くのは、それは自分に続けという兵へのポーズだよ。
大体、途中で軍を集めているし。

○金が崎のはただ軍を置いて逃げただけでしょう?

○それに桶狭間でうまく行ったから、縁起を担いで、
その後も格好良くやった、と言えなくもない。

○桶狭間のときは、かなり有力な情報を得たから、
朝、それらの情報対応に間に合うように、急に出たと思われなくもない。


562 :日本@名無史さん:2006/12/15(金) 08:43:12
>>559
>しかし、ここで問題になるのは、常にこれらの争いが三河松平氏の領国内部などで起こっていたことである。
もともと織田の勢力下だった領主が今川方につき、その領主が粛清されて代わりに今川家臣が城に入ってる。
織田領地から今川領地に変わっている、それを奪回するため織田方が攻めている。 どっから松平氏の領国って話がでるの?

>>561
>数騎で行くのは、それは自分に続けという兵へのポーズだよ。
>大体、途中で軍を集めているし。
そうちゃんと書いているぞ。ちゃtんと最後まで人のレスは読め。



563 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/15(金) 10:32:51
○「桶狭間の奇跡への疑惑」ここで信長の行動、言葉を分析してみよう。
まず彼は圧倒的に有力な今川勢を相手に篭城を計画していない。
続いて、夜に突如おきだして、数騎で出撃している。この後、軍を熱田神社で終結。
善照寺砦で敵の前衛と味方のめけがけ狙いの二百人との戦いを見る。
しかる後、中嶋砦に入り、周囲は止めたが正面突撃による攻撃。

「各各よくよく承り候へ。あの武者、宵に兵糧つかひて、夜もすがら来り、
大高へ兵糧入れ、鷲津、丸根にて手を砕き、辛苦して疲れた武者なり。こなたは新手なり、
其上、小軍にして大敵を怖ルルコト莫カレ、運ハ天ニ在リ、此御知らざる哉。懸からばひけ、しりぞかば引付くべし。
是非にねり倒し、追崩すべき事案の内なり。分捕りをなすべからず、打捨てたるべし。軍に勝ちめれば此の場へ乗ったる
者は家の面目、末代の高名たるべし、ただ励むべし」と叫ぶ。
○何ゆえに信長は相手の宵に兵糧をいれ、砦を攻め疲れていると断言したのか?
当然、彼は目の前の前衛の旗、砦に攻めてきた敵の旗印が誰のかくらい知っているだろう?
○「懸かればひけ、しりぞかば引付け」かなり決死の突撃にしては??
○「追崩すべきこと案の内なり。」
「案の内」思いどうり、計画どうり、考えどうりの意味。
○「分捕り{首や物をとること}をするな」軍の速度重視的言葉である。
軍の速度を重視し、追い崩べき事は計画どうりと断言する。すると彼は、
最初からうまく行けば何か本陣を狙えるとの思惑、確信でもあったのだろうか?




564 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/15(金) 10:44:21
○「桶狭間の合戦、446年目の真実」○

桶狭間に合戦は無かった。
あったのは、戦国史上最大の謀殺、暗殺劇だった。

全ては信長の「案の内」だった!?

「案の内」ー思いどうり、考えどうり、計画どうり、のこと。


>>562○西三河を支配していた戦国大名松平氏。
安祥松平氏五代が勢いを伸ばし宗家となり、七代清康のとき岡崎を奪い、
北三河、東三河を服属させ、西に侵攻、尾張へ進出するが家臣に刺殺される。
八代広忠があとを継ぐが、三河と松平一族を統御できず、今川家の庇護下に入る。
○今川の領地とはいえんだろう? 
しかも桶狭間後、松平元康は岡崎城に入って独立できたしね。下地があったってこと。

565 :日本@名無史さん:2006/12/16(土) 02:24:22
歴史の出来事を考察するのにはあらゆる側面から物事を見れないとダメだよね

566 :日本@名無史さん:2006/12/18(月) 07:49:38
現在、名古屋市緑区と豊明市の2ヵ所にある桶狭間古戦場。

どっちがホンモノ?
来年春に古戦場めぐりをしたいのですが。

567 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/18(月) 10:18:41
○悪いな、今日も急用、窮用、杞憂用、窮余、気憂様でパス。

>>566○二つの場所があるというのはチャンス。
二つとも行き、こっちが本物と君が立派な論文を書くチャンスかも。

568 :日本@名無史さん:2006/12/18(月) 12:37:25
もういい加減終われや

569 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/19(火) 10:27:44
○おいおい、此の信長の言葉と情勢を考え合わせて、
「歴史的事件桶狭間の奇跡的勝利」
への疑惑と興味が大きく湧いてこないのか?本当に歴史研究家なのかね? 
○一 まず信長は自分の面前にいる今川前衛軍をどう認識していたのか?
旗印など見、相手を宵に兵糧を食べ、疲れていると断言しているが、何か情報網があったのか、なかったのか?
二 「相手は大軍」と断言しているが、どの程度の人数と認識していたのか?
三 「懸からば引け、しりぞかば引っ付くべし」
此の場合、信長はどの程度の突撃を考えていたのか? 命を懸けても敵陣を破る気は無かったのか?

四 「是非にねり倒し、追い崩すべき事、案の内也」
ここで引っかかるのは、やはり「案の内」なる言葉だろう?
五「分捕りをなすべからず、打捨てたるべし」
どういうつもりで言ったのか? 首などとらず、ただ敵を多く殺せか?
それとも軍の速度重視なのか? 
 

570 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/19(火) 10:54:30

>>569○五 「軍{いくさ}に勝ちぬれば、此の場へ乗ったる者は家の面目、
末代までの高名たるべし、ただ励むべし」と断言する。
これは少し、前衛攻撃程度には大袈裟な言葉ではないだろうか?
まるで、うまく行けば敵本陣まで攻めが達し、
大勝利を得れるような確信ありと受け取れなくもない。
信長の軍は二千人程度だったというし、その言葉からはかなり前衛が優勢だったようにも受け取れるが、、、
せいぜい前衛攻撃への勝利だけで、「末代までの高名」と言えるものだろうか?
「末代までの家の高名{功名のことと思うが}」になるには、
敵が総退却する、名のある大将が死ぬとか、かなりの大勝利がいるように私は思うのだが?

言葉の中でも「懸からば引け、しりぞかば引っ付くべし」などは妙な言葉にも思える。
相手が優勢なら引け、引くようなら攻めろの意、
だから決死の突撃をする兵には言わなくてもいい言葉にも思えるのだが?
信長には、何か兵らに言っておかねばならない言葉だったのだろうか?







571 :日本@名無史さん:2006/12/19(火) 12:00:54
で、何で2ちゃんでしかいきがれないの?

572 :日本@名無史さん:2006/12/19(火) 14:51:33
>>571
答え‥誰も馬鹿の相手をしてくれないから。

573 :日本@名無史さん:2006/12/19(火) 22:18:36
>>571
○博チャンは職場のPCを使用しているから登録不要の2ちゃんでしかいきがれないのさ。
それに論文の書き方も知らないらしいし。

574 :日本@名無史さん :2006/12/19(火) 22:55:54
○ちゃんの書き込みってボケ老人の会話みたい
ずっと同じことばっか繰り返すところが

575 :日本@名無史さん:2006/12/19(火) 23:42:26
歴史研究家のおつもりですか。そうですか。

576 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/20(水) 10:31:44

○「桶狭間の合戦は大袈裟に言えば、第二次世界大戦史に影響した戦だぞ」○
またまた歴史認識不足の輩だな。

戦国期、四万五千人の大軍が、だった二千か、三千人の信長軍の前に一日で壊滅し、
主将今川義元が討ち死にした此の戦いは、後の戦争に大きく模範として影響した。
特に大敵ロシア、中国、アメリカを相手にしていた日本帝国軍は、寡をもって衆を討った此の戦いを
模範とし、あの太平洋戦争の真珠湾奇襲攻撃、ミッドウエー島奇襲攻撃計画を作り出した。
此の二作戦が太平洋戦争、ひいては日本の国運に大きく影響したことは疑う余地も無い。
○しかしながら、近年の藤本正行氏の一級資料太田牛一の「信長公記」研究によれば、
日本軍に参考にされた桶狭間山中迂回による今川本陣攻撃は、全て小説家小瀬甫庵の想像による出鱈目だったのである。
この小説を参考にした作戦計画のため、真珠湾攻撃後のほとんどの奇襲作戦はことごとく失敗し、日本の完敗を生んだという。

しかし、その太田牛一の説く信長正面攻撃説にも幾つか疑問があると私は見た。
その戦闘記述、信長の言葉、攻撃距離などにおいてである。
しかしながら、今川四万五千の軍が壊滅し、義元が討ち死にした歴史的時事は動かしようがない。
では、その奇跡、戦争の実態はどんなものであったのか?
数少ない文字の中に、後世の歴史に大きな影響を与えた此の合戦の実態を見つける。
その真実が後学のためであると考える。
そして、その奇妙な疑問点の中に、本能寺に繋がる不思議な線を見つける、
というのが、ここに長々と書いている理由なのだよ。
○少しは、「あの戦国の奇跡、桶狭間の大合戦の真相、新説なのか?」
と身構えたらどうなんだ?




577 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 10:45:16
>>576
なぜ2ちゃんでしかいきがれないの?

578 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/20(水) 11:03:34
「桶狭間の奇跡への疑問」
○ここで、歴史家が誰でも一級資料とする太田牛一の「信長公記」
桶狭間合戦の部分の疑問について、詳しく書かなければならないが、
それは長くなるので少し後にする。
ここではまず、小説家小瀬甫庵が何ゆえに織田信長が山中迂回による今川本陣攻撃なる妄想を生み出したのか?
その疑問を追及したい。小瀬甫庵は太田牛一の書いた伝記を読んでいた節がある。
牛一を「愚にして、直」と言っているし、信長の行動に似た部分もある。
では、なぜ参考にして、小説を桶狭間正面攻撃としなかったのか?
一 甫庵は何人かの有力武将らに仕えたので、そこで何か桶狭間について聞いていた。
二 四万五千人の大軍に、二千人で正面攻撃して勝つなどありえないと、
太田牛一の著書の信用性を頭から疑った。
三 小説として、山中迂回攻撃の方が面白い場面になると考えた。
四 それ以外に、何か正面攻撃場面にしたくない理由があった。

○他にも甫庵なりの理由があるかもしれないが、だいたいこんなところだろう。
彼の頭の中に、源平合戦時代の源義経による一の谷、屋島への平家への少数の騎兵による奇襲攻撃の大勝利があったことは、
殆ど間違いない。だが、伝記家の太田牛一がはっきりと正面攻撃と書いているものを、
地名まではっきりした山中迂回にしてしまうのは、いささか勇気がいる。
それは武将、家の名誉にも係わりかねない。

いったい、桶狭間の勝利に参加した家、言い伝えのある家などは、
「違うぞ」と文句をつけなかったのだろうか?
それとも、そこにはつけられない理由でもあったのだろうか?


579 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/20(水) 11:13:30


>>577○真実の追求過程は、どこに書き込んでも同じだろう?
むしろ詐欺師の方が豪華な舞台や品物を用意するのだ。



580 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 11:25:10
>>579
2ちゃんで真実の追求とは、カタハラ痛いな

581 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 11:41:49
真実なら2ちゃんでも3ちゃんでもいいから追求して欲しいがw
〇は妄想の追求してるし

582 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 11:49:57
質問を変えれば?
『2ちゃん以外で真実の追求は出来ないの?yesかnoでお答え下さい』


583 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 12:56:59
「2ちゃん以外に書けないのか?」の質問もループしてるし
博くんの答えは多分
「別にどこでもいいんだけどね。ここには時々識者が来るから」

Qどうして論文を書かない?
A別に書いてもいいが…以下略

Qどうして自分で研究家の所に出向かない?
A…モゴモゴ(明確な返答なし)

もうね…テンプレにしてしまえって

584 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 15:39:30
○は老いぼれだからオナニーしても粉しかでないんだよ。
誰からも相手にされずキモイ加齢臭ただよう禿乞食に乾杯。

585 :日本@名無史さん:2006/12/20(水) 18:00:03
○禿乞食に乾杯。

586 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 09:15:17
○禿乞食に乾杯。

587 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/21(木) 10:35:23
「桶狭間の奇跡への疑惑」
>>578○小瀬甫庵は何故太田牛一の著書にある中嶋砦からの正面攻撃を無視し、
全く別ルートの山中迂回攻撃を書いたのか?

ここで問題になるのは、信長が最初に攻撃した前衛の正体、人数がはっきりしていないことだろう。
信長は此の前の二百人が抜け駆けした戦いで、此の前衛の動きやも指揮官、旗印らを知ったはずであるし、
それで納得がいったから、善照寺砦から、最前線の中嶋砦に全軍を移した。
当然、相手も信長の旗印、馬印を見て、そこに信長本陣、精鋭が来た、と確認している。
最警戒しているはずである。その動きは逐一報告されていたはずではないか?
そして信長が中嶋砦を出たときも、見られていたような手紙が残っている。
にも係わらず、此の前衛部隊はあっさりと強襲を受けている。

此の部分を、太田牛一は「まるで神軍のごとく、大木が倒れるような大風が吹き、
大雨が降ったから接近に成功した」とする。
ところが研究家明石散人氏によれば「此の後、空が晴れたのを見て、信長は突撃させたというが、
なぜ、雨の中をそのまま突撃させないのか?」と疑問を出しているのだ。
彼は此の不自然な嵐などから、これらの戦闘部分を牛一の創作ではないか?と疑問を出している。
確かに、不自然な大風、大雨。突撃の成功場面である。
だが、小説としてみた場合、こういう場面も面白い、あって良いはずである。
小瀬甫庵も読んでそう思ったに違いない。だが、そう書かなかった。
それはその後の取材で、何か引っかかったのではないか?


588 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/21(木) 10:53:47

>>584○「詐欺師」と書いたとたんにこれだからな。
コピー、盗作、アイデア盗用、抜き取り、証拠偽造、密売密造グループの一員じゃないだろうな。

>>686○おいおい、私はまだ禿げてないぞ。
これで間違いなくプロパガンダ工作員、某国スパイと決定だな。
それにこの言葉は、禿、中年でも立派な俳優、渡辺謙らに失礼だろう。

>>581.>>582○本物と妄想の区別もつかない基礎知識の持ち主と評価される人っているよね。
たいてい偽物を家宝にして大事に崇めてる。

>>583○真実、本物は、それなりの基礎知識のある人には最高に面白い。
逆に、名茶器でも焼き物の知識の無い人にはただの土くれに見える。

○真実への追及過程はどこに書いても同じさ。
四万五千の大軍に二千人で勝ったという
桶狭間の合戦の真実もこの世にひとつしかあるまい。


589 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 13:34:15
某国スパイ…我々を笑わそうと必死必殺の空振りギャグ炸裂だw

590 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 14:20:53
今川軍4万5千って根拠は何の史料に基づいてるの?
駿遠三でざっと100万石前後でしょ?江戸時代でも。

戦前の参謀本部の計算では、当時おおよそ1万石あたり250人前後の動員力とされているから
えらく数が多いんだけど。


591 :日本@名無史さん:2006/12/21(木) 19:16:49
そんな必死になるなよ〜そんな○禿乞食に乾杯。

592 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 01:58:37
○禿

593 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 06:45:49
>>588
○悪汚罵卑濾死の妄想は、基礎知識のある人には最高に面白い。
特に、ただの土くれでも焼き物の知識の無いので名茶器に見えるらしい。


594 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 06:47:33
妄想の中で生きている○悪汚罵卑濾死にメリークリスマス

595 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/22(金) 10:11:30
○悪いな、今日も、急用、杞憂用、気憂用、用が出来てパス。

>>589○それは解らんぞ、やってることは参考文献書き直しとか、二流作家使って結論反対のコピー本とか、
少し大掛かりだからな。

>>592
>>593○本当に情けないな。少しは本でも読んで、まともな論文で、反論して来いよ。
こんなことでは、あの世で織田信長公も泣くだろう。

織田信長「ああっ、わしのファンとは、所詮此の程度のことしか書けぬ奴らなのか」
森蘭丸「たたっていますな、、、、僧侶殺し、、、、」

596 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 10:57:22
○禿

















で、あるか。

597 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 13:38:13
○悪汚罵卑濾死は、具体的な論拠の提示を求められるとスルー
いつものことだけどね

ところで○の大好きな朝廷噺はどこいった?
桶狭間噺でさえ、この有様では本能寺噺まで戻るのに
100年かかってしまうぞ

そんな○にはサンタさんは今年もスルー

でもROMってる皆さんにはメリーX'マス

598 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 19:31:22
○禿












加齢臭ただよう変態おっさん。

599 :日本@名無史さん:2006/12/22(金) 19:42:49
○禿












無価値無意味

600 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/25(月) 10:18:54
○悪いな、ちと野暮用、杞憂用。年末は落ち着いて書けない。

>>598○まだ禿てないって。

>>599○それは意見は二分するな。真実に価値は無いという人と、真実には最高の価値があるという人と。
いずれにせよ、桶狭間や本能寺の変の真実はこの世にひとつしかない。
ま、君が出鱈目を書いた本、偽物の茶器でも掴んで満足していればいいだけの話。

601 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/26(火) 10:40:36
○「桶狭間合戦、奇跡の勝利への疑惑」
○小瀬甫庵は、なぜ、桶狭間合戦で太田牛一の著作を無視したのか? 無視できたのか?
彼も当然、突撃直前の信長の言葉を読んだはずだ。そして古老などに取材した。
で、不味いものがあったのでは?
 
信長の攻撃した前衛軍は言葉どうり、間違いなく松平勢、三河衆だった。
当時の武将が旗印を間違えるはずもなく、松平元康そのものだった可能性もある。
そう仮定してみよう。すると、そこに問題が出てくる。
松平、三河衆の敗北で、本陣が攻撃され、主将今川義元が敗死したとなりかねない。
さらに、このあと、松平元康は岡崎に拠って独立し、一五六二年に信長と同盟し、協調した。
もしかすると、謀殺したのでは、との疑いも信長の言葉をそのまま書けばできるのである。
江戸時代当時の神君家康に、そのような疑いは掛けられない。
かくて源義経まがいの山中迂回による本陣奇襲を書いたのではないだろうか?
勿論、徳川家康{松平元康}も武田信玄に大敗北した過去などがある。
だが武田家には後に勝っているし、正々堂々の戦いの敗北であり、恥もなく、隠す必要はない。
謀殺、暗殺とは違うのである。

602 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 10:56:42
○可哀想な悪汚罵卑濾死。
井上力のほうがまだ売れたね


603 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/26(火) 11:03:07
○「桶狭間の奇跡への疑惑」
四万、三万、いかなる大軍と言えども負ける戦いというものがある。
大丈夫と思っていた前衛の大軍などが、敵の突撃にあっさりと崩れて逃げ、
後陣、本陣になだれかかってくる場合である。
此の場合、味方だから、矢や鉄砲を撃ちまくることが出来ない。
そのまま後陣も逃げる勢いに飲み込まれて、敗走することもある。
しかも敵はその中にまぎれてくるので、同士討ちや裏切りの声が起こるとなお混乱する。
何が起こったか、解らないまま、周囲に押されて敗走するという場合があるのである。
しかも後から、前衛の敗走を責める事が出来るかどうかも怪しい。
「戦いは時の運」となるからである。

信長と前衛の将らの間に密約があれば?
この前衛は善照寺攻撃の軍だった。砦攻めは落城しても損害が大きいので、
当然、今川義元にとっては使い捨ての松平、三河衆だった可能性は高い。

そう仮定すると、信長の夜中に突然起き出しての出陣、
その突撃前の言葉「懸からば引け、しりぞかば引付くべし」
なる妙な言葉も頷けることになる。



604 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/26(火) 11:15:58

>>602○金が欲しけりゃ株でも買えば?。
もっとも仕手株を買う度胸もない君のことだからね。

○真実は何時の時代も残酷で辛い{ヨーロッパのことわざ}。


605 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 12:11:03
大庭博氏に質問です。
近代文芸社に問い合わせたところ、
銀山光秋『聖戦マハーカーラの女 本能寺の変の真相』
はすでに絶版で、再版の予定はないとのこと。
もともと自費出版なので、在庫は著者が引き取ったとのことですが、
ネットで売ってたりするんでしょうか??

606 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 12:33:09
ぐぐりなされ

607 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 12:58:04
やっぱ、常駐してたw

608 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 17:13:15
  坂本龍馬暗殺の黒幕は岩倉具視(フリーメイソン)
 龍馬暗殺の犯人は見廻組が有力視されているが、いくつかの矛盾点がある。
 1現場に残された遺留の刀の鞘が新撰組の原田の物と疑われた。犯人が証拠
 となる物を残す筈がない。遺留品(刀と下駄)から新撰組の仕業に見せよう
 とした意図が見える。
 2倒幕の首魁である龍馬殺害は見廻組にとって手柄になる事なのに、なぜす
 ぐに名乗らなかったのか。
 3殺害した者達は鳥羽伏見戦で死亡している。今井信郎は真犯人の身代わり
 として自供した可能性が高い。
 4龍馬は殺害される10日前に酢屋から近江屋に移っている。このことを知る
 者は土佐藩以外は考えられない。
 以上のことから見廻組が犯人である訳がない。
 犯行現場にあったとされる一折の屏風と掛け軸の血痕は飛び散ったものにし
 ては流動性がない。峰吉の話から屏風は二折であり、血痕のない、瓜二つの
 掛け軸(淡海槐堂作)が発見された。このことから殺害方法を斬殺に見せる
 ため偽装したと思われる。龍馬は北辰一刀流の剣豪で斬殺することは難しい。
 殺気を感知して逃亡してしまうのである。龍馬はピストルで致命傷を受けた
 後斬殺されたのである。
 龍馬を銃撃したのは勝海舟
 写真の龍馬(龍馬殺害後海舟が龍馬に化けた)が右手を懐に入れているのは
 ピストルを握っているからであり、龍馬をピストルを懐手にして殺害した事
 の誇示である。剣を究めた者はピストルなど持たない。右の腰に呼び笛を下
 げているには、龍馬銃撃に失敗した時の応援要請のためである。
 岩倉具視は龍馬たちが切り開いた新体制を乗っ取る為に、新政府にとって障
 害となる龍馬を暗殺しなければならなかったのである。その暗殺を土佐藩に
 命じた。土佐藩は彼の居場所を知っていた。


609 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 17:21:19
 ずいずいずっころばし ごまみそずい
お〇んこちん宝はめまくり、ごまのはいの秀吉淀はめっこ
 茶壷に追われて トッピンシャン
茶壷=千利休(光秀)が自分の正体をばらして、秀吉を追及する 
 抜けたらドンドコショ 俵のねずみが
利休切腹で危機を脱して、腹鼓を打って笑う 俵藤太(藤原氏)の子孫のはげねずみ(秀吉)が
 米くってチュー チューチューチュー
天下を盗んで(千万石取りとなって)チューと鳴いて喜ぶ 
 おっとさんが呼んでもおっかさんが呼んでも
殺されて怨霊となった信長(おっ父さん)と濃姫が幽界から、秀吉に早く来いと呼んでいるが 
 行っこなしよ
なかなか死なない  
 井戸の周りでお茶碗欠いたのだーれ
茶室で茶碗=利休を切腹(芝居)させたのはだれだ
本能寺の真犯人(鬼)は誰だ
                       天海(光秀)作



610 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 17:28:20
 桶狭間の戦いは本当は田楽ヶ窪の戦いである
 今川義元軍が丸根砦などを撃破した後田楽ヶ窪で休憩しているところへ、農
民に化けた野武士が戦勝祝いに鮎の塩焼きと酒でもてなした。女たちが田楽
(猿楽の一派)の踊りを披露して慰労した。そこへ、信長の軍隊が奇襲してき
た。田楽師に化けていた忍者である服部小平太が敵の槍を奪って義元の腹を狙
って刺した。今川軍は信長軍の奇襲と味方の裏切りの偽情報でパニック状態に
陥り、その隙をつかれて壊滅したのである。その故事を暗号にして後世に伝え
るために、豆腐などを串刺しにして焼いたものを田楽踊りにちなんで田楽と言
うようになったのだ。みそをつけるという悪い意味の言葉もこのことから由来
している。


611 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 18:09:12
 信長は天皇の為に内裏の修復をしたり、金品などを献上している。誠仁親王
の2条御所も献上している。将軍足利義昭を担いだりしたが、結局は天下布武
と言う武力による方法しかないと悟っている。天皇家は尊敬するべきだが、官
位などは問題にしていなかった。安土城に天皇を招待する間があり、瓦に桐や
菊の御紋を使用している。これは天皇に対しての忠誠心の証であり、彼は勤皇
家である。彼は皇室でない以上天皇になることはできない。それに武家(軍部
でもいい)がある以上は天皇は武家に頼ってへつらうことしか出来ないのある。
信長は名誉だけの権威に対しては興味がないのである。お分かりかな。


612 :日本@名無史さん:2006/12/26(火) 20:03:44
次の自費出版はいつだ?
資金は溜ったのか?

613 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 08:51:12
まだ借金の返済が出来ないから、平日の決まった時間に職場のPCででしかカキコ出来ないんだよ。

614 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/27(水) 10:18:39
○悪いな、実は野暮用、雑用が入るかもで、
「桶狭間のこと」は落ち着いて書けない。

○馬鹿言え。私が印税の件で文句があって販売を止めたんだよ。
○いいんだよ、もともと本能寺の変の証拠品に著作権を確立するのが目的のひとつだからな。
それが本物、当たりだった証拠には、この本以後、朝廷説、それ以外の動機本は出ていないだろ。
「本物」「真実」には東大教授も早稲田教授も、大物博士も文句はつけられんのさ。

○ネットオークションか、それもいいな。〇〇7の初版本は四百万円するそうだし、、、
「日本史最大の謎、本能寺の変の真実」
「日本史二千年でただ一冊、正真正銘の本物」
「いかなる大学者も文句をつけられない証拠品」とか書いたら、どうなるかな。



615 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/27(水) 10:22:46

○本能寺の変は一九九七年二月、一冊の書物によって解明された。
それは、「朝廷説」だった。

そして、本能寺の変全ての解明は、
日本史の中では至高、世界史の中でも希なる暗号、
「本能寺・コード」の出現によって、そのクライマックスを迎えるだろう。

616 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 10:37:59
BOOKOFFで100円だったよ。 

617 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 12:31:41
それがこの本の評価なんだよね。とか書いたらまたプロパガンダとか何とか書かれるんだろうけど。
>○真実は何時の時代も残酷で辛い
この言葉を自分で噛み締めるのがいいかと。

618 :日本@名無史さん:2006/12/27(水) 17:03:00
明石散人先生の方がましだな

619 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 09:04:39
井上力のほうが売れたし有名。

620 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/28(木) 10:46:24
>>603「桶狭間の奇跡への疑惑」
○たとえば前衛との間に密約があれば?
信長の言葉はどれも合理的である。
「あれは宵に兵糧をつかい、夜もすがら来、丸根鷲津に手を砕きもつかれた武者也」
だから、負けても今川には疑われない。
「こなたは新手、運は天にあり」
そのものずばり、相手は使い捨ての三河・松平衆だったので、兵は納得した。
「懸からば引け、しりぞかば引付くべし」
密約どうりにいかないときがある。その場合は反撃が強いから、と兵に注意する。
「是非に練り倒し、追い崩すべせきこと、案の内なり」
案の内ー思いどうり、考えどうり、計画どうり、
此の言葉あるは偶然か故意か?
「分捕りをするな」機敏に長距離を早く動くことになる。
「いくさに勝ちぬれば、此の場へ乗ったるものは末代までの高名たるべし。ただ励むべし」
うまく行けば、相手はしりぞき、本陣までも攻撃できるとの確信があった。

○そして、今川義元に組み付き、逃げられなくしたのは「服部小平太」である。
松平元康の後に「服部半蔵」なる有名な忍者がいたのは偶然なのだろうか?


621 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/28(木) 11:03:00
>>616>>617○今、調査したがやっぱり嘘、プロパガンダじゃないか。
となると、他のも嘘だな。

○本能寺の変の謎は「朝廷説で全て解明された」との断言、本に、
「儒子、思い上がるな、それは違うぞ!!」
ときちんと反論を書いてくればいいだけなのに、この奇怪なる書き込みである。

此処を読む国家、国民の諸氏がどう思うかは、おのずと明らかだ。
裏では盗作か密売か何か大変な犯罪が行われているのでは?と疑われることになるのに、
解らないらしい。
きちんと参考文献、史料にそって、書かれたものには誰も、勿論自分も文句はつけられないのに、である。


○「日本史二千年には、国宝級のものに隠された本物のダビンチ・コードが三つほどある」

奇怪な民謡「ずいずいずっころばし」も、そのひとつ?かもしれない。



622 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 11:40:10
 名張毒ぶどう酒事件の犯人はGHQ(フリーメイソン)
 昭和36年3月28日、名張市公民館で生活改善グループが懇親会を開き、
毒ぶどう酒で女性5人死亡、12人が中毒になった。参加した3人の男性の中
で奥西勝氏が容疑者に挙げられ、自供を証拠として死刑判決を受けた。しかし、
いくつかの矛盾点が出てきた。
 使用されたと思われる農薬ニッカリンTの特定成分が事件直後に行われた有
機化学の鑑定では残留していなかった。
 王冠の折れ曲がりは人の歯によって形成されたものでなく、奥西氏の歯型と
も食い違う。
 赤い農薬を白ぶどう酒に入れたのに変色に気付かなかったのはおかしい。
 女性全員を毒殺する目的で行った犯行で、妻と愛人との三角関係を清算する
と言う動機はおかしい。
 湯呑一杯分で致死量になるように計画されたもので専門家による犯行である。
農薬では臭いと味でばれてしまう。帝銀事件で使われた、遅効性の青酸化合物
が使われた疑いがある。
 以上のことから自供を証拠にするには事実と異なり無理がある。
 ぶどう酒の瓶の王冠を覆う封緘紙を傷つけずに開栓出来る事から、第三者が
毒を入れた可能性がある。
 王冠は栓抜きで開けられ、その後歯型の様なものが付けられたのである。と
いうことは、この王冠は証拠品として警察がねつ造したと考えられる。警察を
牛耳る事が出来るのはGHQ以外考えられない。
 昭和35年6月19日にアイゼンハワー米国大統領が訪日する予定であった
が、左翼学生による安保闘争で中止された。その報復と世相かく乱のために、
731部隊の研究員を使って工作させたのだ。
 帝銀事件はGHQが朝鮮戦争の前に共産勢力を一掃する手始めとして、73
1部隊の研究員に工作させて世相をかく乱し、松川事件等で国鉄等労働組織を
壊滅しようとしたのだ。
 鬼畜米英の悪魔と特高警察で象徴される日本の悪魔が、戦後紳士に化けてい
たが、時おり本性を現すのである。これから、国家権力の牙が国民を襲う。


623 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 14:05:30
>>621
アマゾンで975円だった。
これなら納得してくれるかなかな?

624 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 19:59:41
http://www5f.biglobe.ne.jp/~inou/

625 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 20:02:37
冬休みだから○卑濾死ちゃんもしばらく書き込み出来ないね。
その間にこのスレもどこまで落ちるか見ものだね。

626 :日本@名無史さん:2006/12/28(木) 22:42:20
さぁ正月休みを迎える前に質問に答えて貰おうか。
なぜ自ら学界に発表出来ないのか?『高名な学者』が2chに現れないのはもはや明らか。にもかかわらずここでしかはしゃげないのだから腰抜け呼ばわりされても致し方ないのでは?

627 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 09:24:31
>>626
まともな答えが返ってくる訳ないだろ。餌を与えるなよ。

それからsE-mail 欄には必ず「sage」を入れろ!!

628 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/29(金) 10:30:46

○「本能寺の変、四二五年目の真実」
歴史の事実、此の日本国の運命は、神が決めた。

天正十年五月二十八日、明智光秀は愛宕山の神社にあった。
彼にとって、ここでの連歌会などはどうでもよく、ただこの日の雨にのみ運命はあった。
その数日前、光秀は連歌師里村紹巴と某所で会っていた。
光秀「私は織田信長が此の国を統べるにふさわしい男なのか、それとも神に憎まれる男なのか、
ただ、神託にゆだねたいと思う。五月二十八日の雨に、、、」
紹巴「五月二十八日、そういえば故事により、その日の雨には特別な名がありますな。
□が雨、□が涙と、、、」
光秀「信長公が虎を好む理由は解っていよう? 
もし晴れれば、私はただ、中国に向かう」
紹巴「大和朝廷の運命は?」
光秀「、、、、、、、、、」
紹巴「雨の中に、ただ神の姿を見、神の声を聞く、、、至高の宣託ですな、、、」
光秀「、、、、」

そして、天正十年五月二十八日、愛宕山連歌会の場には豪雨が降った。
光秀は雨を見つめ、発句を書いた。それは平凡な句だった。
「ときは今、あめが下知る五月かな」光秀。
あまりの平凡さに、周囲は呆れた。ただ、里村紹巴の手だけが大きく震えた。


五月二十八日の雨は?
「注」信長の氏神牛頭天王は薬師如来の化形身。
「注」寅薬師、薬師如来は寅の日が縁日とされていた。


629 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2006/12/29(金) 10:39:32


○本能寺の変なくば、豊臣秀吉も、徳川幕府もなかった。
天正十年五月二十八日、この日の雨は日本国戦国の歴史を決定した。

人ではなく、神が、此の国の運命を決めた!


>>626○真実と虚偽の違いはかくのごとし。五月二十八日を良く調べろよな。
>>623○というか、「聖戦、マハーカーラの女」の本は売られてないはずだが?





630 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 11:01:26
>>629
○というか、「聖戦、マハーカーラの女」の本はほとんど売れなかったはずだが?

だから古本市場にもほとんど出回らないし、僅かばかり所蔵していた図書館でも廃棄が奨んでいるから、
今後ますます人目には触れなくなるだろうね。


631 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 12:05:18
印税目的でなく、読んでもらう事が目的で出版したんなら、中古だろうと扱って貰ってるのを喜べや。

ちなみに中古販売で著者の権利を守る法律はないからね。安く売られてるのがイヤなら〇が全部買い取るんですな

632 :日本@名無史さん:2006/12/29(金) 20:44:17
今だ借金を抱えているんだからそんな金無いって。

633 :日本@名無史さん:2007/01/02(火) 14:14:34
信長が天皇廃位を目論んでいた、そしてそれを阻止するために
朝廷が保守的な教養人だった光秀を唆した、というストーリーは、
権力欲旺盛で革命的な信長のキャラもあって非常にわかりやすい。
だから朝廷陰謀説は論証の可否にかかわらずもっと人口に膾炙しても
よさそうなもんだけどねえ。

634 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 16:23:31
光秀に大した教養はないから。信長配下の中に光秀より教養のある武将がいなかっただけ。

635 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 22:30:36
それでも紹巴と連歌やるくらいのたしなみはあった。
戦国武将の中ではたいしたものだし、本人も教養人の自覚はあったであろう。
朝廷が光秀のそういう部分をくすぐって味方に引き込んだことは十分考えられる。

低脳はすぐピント外れの突っ込みする。
「光秀に大した教養はないから。」 アホ丸出しw

636 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 22:55:07
愛宕百韻の出席者が誰も信長に密告しなかったのはなんでだろ

637 :日本@名無史さん:2007/01/03(水) 23:53:20
>>635
和歌なら秀吉ですらやってた。連歌をやってたから教養があるなんてアホ丸出しw
光秀がその教養でもって挙げた功績なんてないだろ。

638 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 10:14:47
>>637
だからよー
・武将の中では(特に信長よりは)教養があるという自負
・公家よりは劣るというコンプレックス

この性格によって裏工作を受けやすかっただろってことだ。
まともな読解力があれば、直接言わずともこの程度のことは読み取れるはず。
ああ、ゆとり教育世代と議論したくねえなあ。

639 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2007/01/04(木) 10:51:26
>>630○{相変わらずプロパガンダ工作が上手いな}
しかも真実追求、本物、価値とは全く関係ないところをついてくる。
私が匿名、偽名使って、有名研究者、作家あたりに「これで本能寺の変は解明されましたね」
と送ったり、電話しないと思ってるのか? 大半が己の著書の矛盾やらで口も利けなかったよ。
そのとき、本物、真実はびくともしないと思ったね。
>>631○そんなことを言えば偽造、密売は野放しになるな、
しかし、立派な犯罪だぞ。犯罪者と新聞に名前とか顔写真出したくなければ止めろよ。調べるぞ。
本コレクターは、私が言う以外のところで買って偽造、偽物掴まないように。
何しろ歴史上の正真正銘の本物だからな。
>>630○まさか平凡な人が謀叛を起こす度胸があるとは思わなかった。あるいは思い込み。
人間は事件が起こるまでは日常生活から抜けきれない、抜けたくないとの防衛機能がある。

○「明智光秀、神に愛されなかった男」主演唐沢寿明、長沢まさみ。
見たが、此のドラマ、どう評価すればいいんだろうな。別に本能寺の変の真相とは全く関係ないし、、、
歴史が変わるほどの証拠も内容もないし、、、光秀はいい人だし、
とてもいい人の秀吉に天下をとらせるため、光秀が世界征服を企む信長を殺し、わざと負け、死んだって?
此の手のドラマをどう評価すればいいのか不明。
長沢まさみが出ているという以外は、、、、







640 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 10:58:17
何でここまでピントがズレるのだろう…

641 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 10:58:35
長澤が一番見ていて違和感があったんだが・・・・
あれじゃ「親子」だろが!

642 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 17:36:44
>>638
さすがはゆとり世代。発想がユニークだなww

643 :日本@名無史さん:2007/01/04(木) 18:53:43
通りすがりだが、枕詞的に「ゆとり教育」を引き合いに出してるのもピントはずれ。
2chネラーの多くは「ゆとり教育」世代=思考力不足=自分で考えない馬鹿って
文脈で語ってるが、本来のゆとり教育の意図は正反対なんだよな。

従来型の詰め込み教育の反動で、総合学習とか調べ学習の時間を増やして、
自分で調べて自分の頭で考え、自分の言葉で発表のできる子どもを育てようした。
現実の結果がどうであれ、2chネラーのゆとり教育批判は的外れ。

644 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 02:09:23
>>638>>642
だそうだ

645 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 04:49:07
渋谷のバラバラ殺人事件の犯人、普段は真面目だったんだってね。
やっぱり普段真面目な人間は追いつめられると何しでかすかわかんないもんなんだな…そう考えたら光秀もいろいろ積もり積もってたのかもしれないな。

646 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2007/01/05(金) 10:32:02
○「ツタンカーメン」
視聴率的には、やはりツタンカーメン王の墓発掘と死因・暗殺かもに
惹かれた歴史ファンが多かったようだな。あの話は何しろ三千数百年前の王の黄金ずくめの墓が、
ほとんどそのまま残っていた、それを貧乏人カーターが発掘したという男の夢、奇跡そのものの話のわけだからな。
しかも最新技術を駆使し、四千年前の若き王の死因、暗殺か事故死かを調査するというリアルさもあったろう。
あの黄金の棺、黄金マスクの「世界的謎」とするドハッタリはなかなかのものだった。
○それに比べると明智光秀は、大きな謎の焼きこみがいまいちだったな。
どきどきする大謎、これだという証拠というのが無い。
○また天王山決戦のスペクタクルシーンも無かった。だいたい此処が歴史ファンの見たいところだろう。
○人物描写はよくわからんが、恩ある上司に反逆するのだから、それなりのもの、信長からの度重なる嫌がらせとか暴力とか、
、耐える姿もないとサラリーマンなどは納得しないだろうし、同情も無いだろうな。
○長沢まさみ、小西真奈美とかの出番も少なかったし、色気もなし。
○耶蘇会についても言っていたが、その当時の、危険強調もぴんと来なかった。
ちらと考えたのは、こんなところか?

647 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2007/01/05(金) 10:51:52
○自分としては戦国時代劇は黒澤明風にどんな場面も重々しくやってもらいたいと思ったね。
「重厚」というのか? 
○それから「歴史を変える!?」というのだから、
視聴率的には「これだ」という、「豊臣秀吉黒幕説の証拠品らしきもの」
を大袈裟に出して欲しいと思った。

ツタンカーメン王の黄金ずくめの墓に比べると、歴史ファンにはアピールが無かったな。


○そりゃ君、なんだかんだ言っても細川藤孝にあてた「明智光秀自筆の手紙」
という絶対の証拠品が君臨していたからだよ。
それに対すれば、「朝廷説」とかの証拠は皆無だった。
これに対抗できる証拠品が初めて出たのが一九九七年二月。



648 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 15:21:53
愛宕百韻に光秀の覚悟が盛り込まれてるなら、織田信孝の辞世『昔より 主を内海の野間なれば 報いを待てや 羽柴筑前』もなかなか意味深だと思われ

649 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 15:28:16
 三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。梅で開いて松で治
める、神国の世になりたぞよ。今は獣の世、強いもの勝ちの、悪魔ばかりの世
であるぞよ。これでは世は立ちていかんから、神が表に現われて、三千世界の
建て替え、建て直しを致すぞよ。用意をなされよ。この世はさっぱり、新つの
世に替えてしまうぞよ。三千世界の大洗濯、大掃除を致して、天下泰平に世を
治めて、万古末代続く神国の世に致すぞよ。天理・金光・黒住・妙霊、先走り、
とどめに艮の金神が現われて、世の建て替えを致すぞよ。


650 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 15:55:32
 富士は晴れたり日本晴れ。神の真の神の力を現す代となれる。仏も十も何も
かもはっきり助けて御苦労のない代が来るから、身魂を不断に磨いて一筋の誠
を通してくれよ。今一苦労あるが、この苦労は身魂を磨いておらぬと越せぬ、
この世始まって二度とない苦労である。この結びは神の力でないと何も出来ん。
人間の算盤では弾けんことぞ。日本はお土が上がる。外国はお土が下がる。都
の大洗濯、鄙の大洗濯、人の大洗濯。今度はどうも堪えてくれと言う所まで、
後へ引かぬから、その積りで掛かって来い。神の国の神の力を、はっきりと見
せてやる時が来た。嬉しくて苦しむ者と、苦しくて喜ぶ者と出て来る日本は神
の国、神の力でないと何にも成就せん。人の力で何が出来たか。皆神がさして
いるのざ、何時でも神かかれるよう様に、綺麗に洗濯しておいてくれよ。戦い
は今年中と言っているが、そんなちょろこい戦いではない。世界中の洗濯だか
ら、要らぬものが無くなるまでは、終わらぬ道理が分からぬか。臣民同士の戦
でない、カミ(悪)と神、アカとあか、ヒトと人、ニクと肉、タマと魂の戦ぞ。
己の心を見よ。戦いが済んでいないであろが。それで戦いが済むと思っている
とは呆れた者ぞ。早く掃除せぬと間に合わん。何より掃除が第一。寂しさは人
のみか、神は幾万倍ぞ。寂しさ越えて時を待つ。神が世界の王になる。天子様
が神と分からん臣民ばかり。口と心と行と、三つ揃うた真を尊と言うぞ。
 悪(メーソン)の仕組みは、日本魂を根こそぎ抜いて日本を外国同様にしてお
いて、一呑みにする計画であるぞ。日本の臣民、悪の計画通りになりて、尻の
毛まで抜かれていても、まだ気付かんか。上に立ちている人、日に日に悪くな
りて来ているぞ。メグリ(罪を償う事が廻って来る事)ある金でも物でも持ちて
いたらよい様に思うているが、えらい取り違いであるぞ。世界の何処探しても、
ここより他に神の真の道知らす所無いのざぞ。心にメグリ積むと動物の入れ物
となるぞ。神の入れ物、動物等に自由にされていて、それで真の神の臣民と申
されるか。判らんと申してもあまりであるぞ。ゴモク吐き出せよ。そのままに
しておくと段々大きくなりて始末にゆかんことになりて、終いには灰にするよ
り、手がなくなるぞ。


651 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 16:06:07
やってますねww

652 :日本@名無史さん:2007/01/05(金) 16:25:02
 ついにフリーメーソンが金正日に朝鮮戦争の指令を出した。Xデーは200
8年4月8日。去年は洪水などの災害で食糧危機になっており、原油高騰で戦
時の燃料確保が難しくなっている。Xデーまでは中国などが支援を続けていく
ことになる。日本は憲法が改正され、同盟国の韓国が侵略されたら集団的自衛
権の行使の名目で自衛軍を海外派兵せざるを得ない。北朝鮮の後ろには中国、
ロシアがいて、日本は格好のカモになって攻撃を受ける。最後の頼みのアメリ
カは最後に日本を裏切って日本を攻撃する。その時になって朝鮮戦争の黒幕が
アメリカだと気付いても後の祭りである。




653 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 00:50:16
すみません。僕はリアルに中学生ですが>>652って本当ですか?ただの妄想ですか?

654 :日本@名無史さん:2007/01/06(土) 01:06:49
勝谷さんがキムは死んだといってたから嘘だよ

655 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 00:02:01
>639
>私が匿名、偽名使って、有名研究者、作家あたりに
>「これで本能寺の変は解明されましたね」と送ったり、
>電話しないと思ってるのか?
>大半が己の著書の矛盾やらで口も利けなかったよ。
>そのとき、本物、真実はびくともしないと思ったね。

匿名や偽名で手紙や電話(!)するような博くんの
あまりの常識の無さに皆呆れて、口も利けなかったんだよ。

歴史を学ぶ前に、世の中の常識を学ぼう、博くんは。


656 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 00:49:30
>>655世の中の常識というか博くんの性格からして、妄想人博くんが考える事、匿名で手紙を送る理由はひとつ

「あとで自分(大庭博)が有名になった時、イロイロ都合が悪い」


657 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2007/01/09(火) 10:19:45
悪いな、ちょっと今日、野暮用でパス。

>>648○「昔より主を内海」?ー「主を討つ身の野間」だろ?

>>655○しかし、「聖戦、マーハーカーラの女」以後、研究者らは朝廷説以外見向きもしなくなっている。
その他の人々も「近衛前久」抜きでは語ろうとしない。それが真実の持つ凄さ。

>>649○しかし、預言者は、言葉の相手が大天使に化けた小悪魔ではないと、どうやって見抜くのか?


658 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 11:12:39
>>657
>>648○「昔より主を内海」?ー「主を討つ身の野間」だろ?

そんなことは誰でもわかる。ようはその「主」が誰のことか、だろ。

659 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 16:38:58
 信長の遺体はどこへ行ったのか
 明智軍13000人が本能寺を襲撃した。信長護衛隊は100人余。信長隊
は早朝の寝込みを襲われて寝巻姿。それに反して明智軍は鎧兜で完全武装。鎧
武者の弱点は喉の突き一点のみ。寝巻武者の弱点は体全体である。宝蔵院流の
槍の使い手、可児才蔵でも体が無防備では二人掛りで攻められたら1分と持た
ない。だから、明智軍が総攻撃を掛けたら5分とかからないのである。信長は
切腹する前に殺される。信長の遺体が行方不明になる事は有り得ない。本能寺
は包囲されて抜け出る隙はない。
1 遺体爆破説
 本能寺に鉄砲に使う火薬が保管されている筈がない。
2 本能寺抜け道説
 抜け道があったのなら、信長は容易く脱出して安土城に帰還する。この抜け
 道は緊急避難用であるから極秘にされており、外部の者が知って封鎖する事
 は不可能。
3 隠し部屋説
 光秀は本能寺の間取りや寝所を知っており、その周りの隠せそうな場所は虱
 潰しに捜索した筈である。隠し部屋や抜け道を作る位なら始めから足利義昭
 の為に建てた2条城に泊まれば良い。大金をかけて建てた2条城を壊す訳が
 ない。
4 遺体埋葬説
 遺体を土に埋めても表土の色と形状で判ってしまう。
5 明智軍兵士持ち運び説
 兵士が裏切る筈がなく、光秀の謀反は極秘事項で秀吉などが知り得ない。
 以上のことから、信長は本能寺に存在していなかった事になる。
 秀吉が摂津茨木の中川清秀からの文書で本能寺の変を知り、6月5日付けで
信長父子は危機を脱して膳所へ逃れたと言う返書を出している。時間的に信長
暗殺の第1報を知っているだけなのに、遺体不明の情報は知り得る筈がない。
光秀は何日間も捜索したのである。この秀吉の段取りの早さは異常である。遺
体を隠した理由は隠さないと光秀が天下を取ってしまうからである。信長生存
情報を流して光秀に味方する武将を阻止した。もし、光秀に味方すると信長が
生きていれば大軍で攻め滅ぼされてしまう。秀吉が信長を2条城で殺害し、遺
体を隠したのである。

660 :日本@名無史さん:2007/01/09(火) 23:49:46
>657
>しかし、「聖戦、マーハーカーラの女」以後、研究者らは朝廷説以外見向きもしなくなっている。

しかし、「聖戦、マーハーカーラの女」以後、博くんだけは朝廷説以外見向きもしなくなっている。

の間違いだろ。

661 :○「本能寺の変、424年目の真実」:2007/01/10(水) 10:27:59
>>658○信孝自身のことだよ。主筋だから。愛知県の美浜、野間大坊の境内に家来長田忠政に
殺された源義朝の墓がある。織田信孝はそこで迫られて自害した。その野間にかけたもの。
>.659○織田信長の死体消失の謎。
「常識的判断」−「猛火で焼け爛れていて、役に立たないと判断、捨てられた」
「小説的判断」−「地下の抜け道が崩れて死んだ」
「妄想的判断」−「実は生きて隠れていたが、秀吉の前に現れたところで殺された」
「魔術的判断」−「十数人の部下が体をぱらぱらにし、それぞれ腹を切って少しずつ腹中に隠して死んだ」
「温情的判断」−「秀満が、願い出た阿弥陀寺の僧侶に埋葬を許した」
○「死体消失」は謎といえば謎だな、自害したとすると刀など側に必ず焼け残る。
名刀なら銘がわかるだろうな。火事の炎くらいで刀が溶けるとも思えんし、、、

>.660○それなら、きちんとした朝廷説以外の論文と根拠、史料、証拠品を示せ。
と言っても何も書かない。いや、書けない。
細川家所蔵の光秀自筆の手紙以外の物を見つけられない。
見つけられるわけも無い。これに対抗できる証拠品は「聖戦、マハーカーラの女」が初めてだからな。


662 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 10:28:57
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1161480502/l50

平和憲法を改悪して戦争だけはやりたくない!!

軍隊を持って戦いたいなら、改憲派が戦えばいい!!

もしも、戦争になれば護憲派は第3国で戦争が終わるのを待つ。

私は護憲派ですから、絶対に戦争には行きませんよ。

第3国で見守っている。

http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history2/1161480502/l50




663 :○「本能寺の変、425年目の真実」:2007/01/10(水) 10:42:04

○そろそろ、世紀の宿題の意味は解ったかな?

○「神の日」○総ては選ばれた。

「五月二十八日」明智光秀愛宕山で百韻連歌主催、雨を詠む。
「六月一日」明智軍、夕刻出撃。
「六月二日」京都本能寺の変。

「六月十三日」山崎天王山の戦い。
「六月十四日」
「六月十五日」安土城天主閣炎上。

○「総見寺」総てが見る唯一のものとしては、天がある。
○「二日」に関しては中国に有名な言葉があるな。




664 :○「本能寺の変、425年目の真実」:2007/01/10(水) 10:51:41
>>662○侵略戦争には人間として反対しなくてはならない。
しかし、かっての元帝国のような国家が出来て、諸国を侵略し、
ついに日本にも大軍で侵略してきたとき、わが身や家族を守る為に、おまえどうする?
といわれると、答えに詰まる。


665 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 11:13:04
>>661
主=信孝
果たしてそうかな…

666 :日本@名無史さん:2007/01/10(水) 12:52:12
足利義昭首魁、毛利・羽柴策謀説
本能寺当時、義昭は毛利にいて、安国寺恵瓊は秀吉と外交上、通じていた。
その秀吉が毛利と図って信長を裏切ったことが本能寺の変の根本にある。
義昭の密書に明智光秀も通じ、その舞台はまず整った。

さて、秀吉対毛利の構図はすでに鳥取城干し殺しで終わっており
秀吉は部隊を姫路に撤兵させることになるが、講和を隠したまま
信長を誘き寄せるために高松城攻めという偽装をする。
すでに撤兵の準備が整っているところで、光秀から信長を討ち取った
という報告が届く。細川、筒井もこれに呼応する。

秀吉軍は反乱の本隊なので当然京都へ大急ぎかつスムーズに移動。
秀吉は光秀を裏切って明智軍に対して奇襲で襲い掛かり一方的に叩きのめす。
細川、筒井は明智に呼応していたものの秀吉の裏切りが予想できずに動けず。
義昭は上洛しようとしたが、明智軍も壊滅しており、羽柴勢に抗せず大阪に閉じ込められる。

毛利・小早川と宇喜多は五大老に列せられ、豊臣政権は事実上の毛利政権に。
安国寺恵瓊は城も貰い、更に秀吉の側近として居座る。

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