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【地味】枢密院と貴族院を語るスレ【重要】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/04(土) 12:24:27 ID:sC2eqZt/0
大日本帝国憲法 第三十四条
 貴族院ハ貴族院令ノ定ムル所ニ依リ皇族華族及勅任セラレタル議員ヲ以テ組織ス

大日本帝国憲法 第五十六条
 枢密顧問ハ枢密院官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ応ヘ重要ノ国務ヲ審議ス

貴族院令ttp://www.geocities.jp/nakanolib/rei/rm22-11.htm
枢密院官制ttp://www.geocities.jp/nakanolib/rei/rm21-22.htm

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/04(土) 12:32:59 ID:sC2eqZt/0
枢密院・歴代枢密院議長
1 伊藤博文  1888. 4.30-1889.10.30 宮中顧問官へ転出
2 大木喬任  1889.12.24-1891. 6. 1 文相任命
3 伊藤博文  1891. 6. 1-1892. 8. 8 第二次内閣を組閣
4 大木喬任  1892. 8. 8-1892.11.22 辞表奉呈
5 山縣有朋  1893. 3.11-1894.12.17 監軍へ転出
6 黒田清隆  1895. 3.17-1900. 8.25 死没
7 西園寺公望 1900.10.27-1903. 7.13 政友会総裁に就任
8 伊藤博文  1903. 7.13-1905.12.21 韓国統監任命
9 山縣有朋  1905.12.21-1909. 6.14 枢密顧問官任命
10 伊藤博文  1909. 6.14-1909.10.26 暗殺
11 山縣有朋  1909.11.17-1922. 2. 1 死没
12 清浦奎吾  1922. 2. 8-1924. 1. 7 内閣組閣
13 浜尾 新  1924. 1.13-1925.9.25 死没
14 穂積陳重  1925.10. 1-1926. 4. 8 死没
15 倉富勇三郎 1926. 4.12-1934. 5. 3 辞表奉呈
16 一木喜徳郎 1934. 5. 3-1936. 3.13 辞表奉呈
17 平沼騏一郎 1936. 3.13-1939. 1. 9 内閣組閣
18 近衛文麿  1939. 1. 5-1940. 6.24 新党創立のため
19 原 嘉道  1940. 6.24-1944. 8. 7 死没
20 鈴木貫太郎 1944. 8. 7-1945. 4. 7 内閣組閣
21 平沼騏一郎 1945. 4. 9-1945.12. 3 戦犯指名、逮捕
22 鈴木貫太郎 1945.12.15-1946. 6.13 辞表奉呈
23 清水 澄  1946. 6.13-1947. 5. 2 枢府廃止

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/04(土) 12:34:26 ID:sC2eqZt/0
帝国議会・歴代貴族院議長
1 伊藤博文  1890.10-1891. 7 伯爵
2 蜂須賀茂韶 1891. 7-1896.10 侯爵
3 近衛篤麿  1896.10-1903.12 公爵 三曜会
4 徳川家達  1903.12-1933. 6 公爵 火曜会
5 近衛文麿  1933. 6-1937. 6 公爵 火曜会
6 松平頼寿  1937. 6-1944. 9 伯爵 研究会
7 徳川圀順  1944.10-1946. 6 公爵 火曜会
8 徳川家正  1946. 6-1947. 5 公爵 火曜会

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/04(土) 12:36:02 ID:wA8jogAJ0
なんといっても山縣の存在が一番大きいな。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/04(土) 13:20:44 ID:z6bUUsZN0
自分の給料を削った殿様は偉いねえ。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/04(土) 17:45:26 ID:sC2eqZt/0
こうしてみると貴族院議長は近衛以外は武家貴族、しかも徳川系がほとんどですな。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/04(土) 18:35:43 ID:wA8jogAJ0
勅選議員ってどうやって選ばれるの?貴族院と言いながら権限も弱いし。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/04(土) 20:16:31 ID:vvpTQqvJO
内閣が総辞職するとき、
首相が閣僚の数人を推薦して勅撰議員とする

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/05(日) 06:30:20 ID:vzKG3UHr0
貴族院には自粛で欠席する皇族とか軍人の定員用の椅子は用意されているのでしょうか?

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/05(日) 15:26:57 ID:In7d7jTe0
近衛も徳川も公家と武家お互い筆頭同士プライドがあっただろう。しかし明治以降になれば両者形式的存在にすぎない。

11 :獄門等:2006/03/05(日) 16:01:41 ID:xsL64yFd0
華族は復活して!わが家の再興を


12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/05(日) 16:19:08 ID:hXZiKZmB0
枢密院てなんか萌える

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/05(日) 16:25:14 ID:zTCq/K9F0
枢密院の実績って何すか?

あるいは何かをした、のではなく阻止した実績でも良いです。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/05(日) 16:47:49 ID:1MyxgXOK0
台湾銀行救済勅令を否決して幣原外交の第一次若槻礼次郎内閣を総辞職に追い込む

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/05(日) 18:58:13 ID:In7d7jTe0
茶話会ってあったような。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/06(月) 02:23:28 ID:NDbRDevq0
政党には高圧的なのに軍部に対しては何も出来なかった枢密院

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/06(月) 08:19:50 ID:Fi6iaD1e0
参事院て何?

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/06(月) 12:06:37 ID:nGFgUetJO
戦前の政治は、この他に元老院と重臣会議とかあって複雑怪奇。

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/06(月) 16:06:46 ID:u330agy5O
元帥府なんてのもある

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/06(月) 17:43:20 ID:uEa3fIhY0
戦前の衆議院って戦後の参議院くらい弱い存在だったのか

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/06(月) 18:51:13 ID:mk4psVCt0
衆議院って帝国議会のから予算先議権あったよね。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/06(月) 19:24:41 ID:lw7V7gALO
貴族院て何やってたの?

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/06(月) 20:47:34 ID:u330agy5O
戦前も衆議院に予算先議権があったが、
戦後と違って貴族院の議決を押し切れない。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/06(月) 21:01:22 ID:gcOLQWJv0
帝国議会・歴代貴族院議長
1 伊藤博文  1890.10-1891. 7 伯爵
2 蜂須賀茂韶 1891. 7-1896.10 侯爵
3 近衛篤麿  1896.10-1903.12 公爵 三曜会
4 徳川家達  1903.12-1933. 6 公爵 火曜会
5 近衛文麿  1933. 6-1937. 6 公爵 火曜会
6 松平頼寿  1937. 6-1944. 9 伯爵 研究会
8 徳川家正  1946. 6-1947. 5 公爵 火曜会

家達公って30年も貴族院議長だったんだ。すげぇ…


25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/06(月) 23:52:49 ID:H6DHUYq90
枢密院は会見検査院と並んで、内閣から独立した行政機関。
故に、直接政治に関わらない。
同様に、貴族院も立法機関であるが、衆議院に対して優越権があるわけでない
から、貴族院を基盤に政権を打ち立てるのは困難。(政党政治が確立してからの話だが)
ちなみに、下院優位は議員内閣制度の下での話であって、基本は両院対等が原則。
つまり、貴族院が形式的存在で無かったからといって、必ずしも専制体制であるとは言えない。
貴族院も政党化が進んだからな。

この両院の機能をあわせたのが現在の参議院。
もちろん今は議院内閣制度だし、法律による行政の原理が導入されてるから、
中身は全然違うものであるが、貴族院改革が行われていれば当然そういう流れになっていただろうし。

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/07(火) 06:51:35 ID:i34a6suIO
拒否権集団として機能したんじゃないの?

27 :25:2006/03/07(火) 09:17:48 ID:H35z64Ws0
>>26
枢密院は元首権に関わる部分(米上院がその例)と緊急勅令の審議を担当していた。
故に、内政に関してはほとんど影響力を有しないが、条約等では拒否権を発動して影響力を有した。
いわば、第三院的機能を果たしていたんだな。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/08(水) 01:29:07 ID:Ra3rqJ4iO
40万部のベストセラー『嫌韓流』の第2弾

『嫌韓流2』発売中

意外とおもしれーぞ

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/08(水) 14:01:04 ID:vCcYijktO
枢密院は何人構成?
多数決とかやるの?

30 :世界の王室からコンニチハ:2006/03/08(水) 16:07:52 ID:Bm/DkiYf0
オーストリア連邦王国より国王を迎えましょう

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/08(水) 18:38:04 ID:O0IPqj/i0
>>29
明治21年勅令第22号:枢密院官制及事務規程を見なはれ

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/09(木) 15:26:22 ID:UWW/+qwa0
【ゴールデンレス】
  ∩ ・∀・)∩∩ ´∀`)∩  このレスを見た人はコピペでもいいので
   〉     _ノ 〉     _ノ10分以内に3つのスレへ貼り付けてください。
  ノ ノ  ノ  ノ ノ  ノそうすれば14日後好きな人から告白されるわ宝くじは当たるわ
  し´(_)   し´(_) 出世しまくるわ体の悪い所全部治るわでえらい事です


33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/09(木) 15:55:34 ID:EReKn1Af0
正副議長込みで26人?

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/10(金) 14:17:12 ID:EoEztJDGO
貴族院籍があって閣僚になった人とかいるの?

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/10(金) 18:50:50 ID:O/JLInWP0
井上準之助大蔵大臣はたしか日銀総裁を経て貴族院議員。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/10(金) 19:46:30 ID:EoEztJDGO
西園寺とか近衛は貴族院に籍はあったの?

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/10(金) 21:47:35 ID:4+rEmsKu0
>>34
いっぱいいるよ。
>>36
あったよ。

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/10(金) 23:05:00 ID:J/oaRU7c0
公侯爵は自動的にそして死ぬまで貴族院議員だよ

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/11(土) 00:18:54 ID:LHor9+YlO
大正デモクラシーの全盛期には、
清浦内閣が軍部以外の全閣僚を貴族院議員でそろえたというので
立憲的でないと反発を受け、倒閣運動が起り、五ヵ月で倒されている。
清浦は当時すでに准元老格だったのに。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/11(土) 07:13:40 ID:v+nkUQBz0
>>38
申し出て受理されれば勅令で引退は出来るんじゃなかった?

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/11(土) 13:52:43 ID:v/Ab+6/K0
憲政資料室で「倉富勇三郎日記」を必死にパソコンに打ち込んでいるのは、漏れです
以後お見知りおきを

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/11(土) 18:12:51 ID:hFe1zHLmO
ご苦労さまです

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/12(日) 02:08:39 ID:CiKthAZC0
、辜振甫氏は台湾の土地改革、公営事業の民営化、基礎工業の発展
、金融資本市場の整備など、台湾の発展のいずれの段階にも参与したほか
日本との国交断絶時には、両国の窓口機関相互設置の協定を結び、また、
中華民国総統の代理特使でした。この方の父親は貴族院議員。
当時台湾のひとはどれくらいだったかしら?

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/12(日) 06:50:12 ID:40zWQxsOO
台湾からの貴族院は三人

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/12(日) 08:06:37 ID:NEsviaAL0
>40
つーか、隠居家督相続の手続きを経て、爵位が相続人に移ったら
相続者が議員になる。勅令も何も必要無い。

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/12(日) 08:11:11 ID:NEsviaAL0
あ、ただし公侯爵での資格での貴族院議員の資格は相続人に移っても
「元総理大臣」とかの別の資格で貴族院議員でありつづけることはある。
その場合は申し出て引退することになるか。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/13(月) 06:50:19 ID:Ao5JyaxE0
つーことは、元総理は全員貴族院議員?

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/13(月) 14:50:59 ID:6gVRRU6gO
広田弘毅とか首相を辞めた後は江ノ島で隠遁してなかった?
貴族院には出席しなかったのか。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/14(火) 22:23:04 ID:l4tueCmt0
外国の例でスマヌがサッチャーさんらは元首相の資格で貴族院議員になる資格があるそうだが
政界・選挙区での影響力保持のためか首相退任後も選挙に勝ち抜いて下院議員でありつづけている。

日本でも大正期の政党政治時代に同じような例は無いかな?

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/15(水) 00:29:11 ID:Cwk/JQOo0
高橋是清は隠居して爵位を息子に譲り衆議院に立候補した

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/15(水) 05:55:44 ID:ETlxZ08X0
日本の場合、有爵者は衆議院の選挙権・被選挙権無かったもんね。
(貴族院を通じての参政権との二重の参政権行使を禁止)
衆院選に出たけりゃ爵位を譲るなり返上するなりする必要がある罠。

52 :左危機!:2006/03/15(水) 06:29:40 ID:ilXnh+LP0


53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/15(水) 14:31:09 ID:mtohFSny0
衆議院議員で首相になったのは原、浜口、犬養の三人。みんな在任中に
暗殺された(浜口が死んだのは辞職直後だけど在任中の狙撃が死因)

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/15(水) 15:13:30 ID:4HOnHThvO
松岡洋祐とか橋本欣五郎とかも地味に衆議院議員なんだよな。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/15(水) 23:37:18 ID:6Tboaeg80
翼賛議員じゃなくて?

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/17(金) 20:02:57 ID:d/4EMAluO
予算審議はやってたの?

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/18(土) 10:49:55 ID:zZhqeDuz0
所詮公家集団も軍部の恫喝には手も足も出ない弱虫。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/18(土) 10:56:26 ID:9+LC7vN90
貴族院をリードしていたのは官僚上がりの勅撰議員(有爵者もいたが)だ。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/18(土) 16:30:49 ID:yv3lGeM+0
辜顕栄氏(日本統治時代は貴族院議員 台湾出身

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/23(木) 13:18:23 ID:/C4uQ+zNO
保守的?

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/24(金) 19:11:37 ID:pgWJONfAO
議席何百人?

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 17:42:20 ID:KBNgnxhQ0
貴族院に「定数」という概念は無い。
資格者が自動的に議席を得る。

63 :無色庵:2006/03/25(土) 23:40:15 ID:nPr5QiLR0
伯・子・男爵は、同爵位者間の互選で決めるが、比率は同じだから有爵者の
少ない伯爵議員は子・男爵議員より少なかった。華族制度発足時は、子爵
の方が男爵より多かったが、日清・日露の功績等で次第に増えて、貴族院
廃止時にはあまり差はなかったはず。


64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 11:44:41 ID:iGjKexUh0
貴族院つっても士族・平民の議員もたくさんいたよな。
英国の貴族院議員は全員貴族だけど。

日本の場合「貴族」の定義がはっきりしない。
皇族+華族+士族と平民のなかで名望ある者
が「貴族」と認定されて貴族院議員になるのかな?

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 12:07:07 ID:3lQtVMb60
>>64
勅撰議員と多額納税議員には無爵議員もいた。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 12:16:33 ID:a8egq6030
勅選議員は帝国学士院議員もなれた、例の美濃部達吉などもその一人

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 19:11:45 ID:iGjKexUh0
>65
多額納税者って必ずしも男爵に叙爵されるわけではないのですか?

68 :無色庵:2006/03/26(日) 23:12:53 ID:+7HNFutn0
多額納税者=男爵ではありません。
男爵に叙爵されれば男爵間での互選で貴族院議員になります。
多額納税者は爵位がないため別枠で貴族院議員になります。
各府県で高額十五名の中から一名が互選されます。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/27(月) 21:45:21 ID:D+gwWvK+0
多額納税者であることを理由に衆議院の選挙権被選挙権を奪われることはなかった。

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/27(月) 23:03:32 ID:9zhjkaMV0
互選ってだれが選ぶの?

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/27(月) 23:37:08 ID:v2lX6vEX0
言葉の意味を考えたらわかるやろ
当事者ではなく第三者が選ぶなら互選とは言わねーよ

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/02(日) 12:28:55 ID:91iuNvql0
>69
衆議院の選挙権被選挙権を行使したければ
貴族院の選挙権被選挙権を行使できないのかな?

平民宰相・原敬が叙爵から逃げまくってたのは
強力な政治基盤を衆議院に築いていて、
叙爵によって衆議院の被選挙権を喪失することを恐れたからとも。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/02(日) 13:05:31 ID:jXys4ocJ0
貴族=皇族・華族だと思う。
勅選議員や多額納税議員は、決して貴族ではない。

貴族院というのは貴族主体の議院で、貴族オンリーの議院というわけではない。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/02(日) 13:24:24 ID:91iuNvql0
貴族院議員のうち皇族・華族は半分くらいしかいなかったわけだが。
(しかも皇族議員は出席しないし)

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/02(日) 14:03:28 ID:AV5biO4eO
皇族は出席しないの?

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/02(日) 14:13:52 ID:jXys4ocJ0
>>74
貴族院で活躍したり入閣した者は官僚あがりの勅選議員が多かったが、
数の上では勅選議員が有爵議員を上回らないようにしていた。
あくまで「貴族」主体の議院だから。
>>75
皇族は現役の軍人でもあったから、出席はしない。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/02(日) 15:55:51 ID:bLCq4hlE0
公爵侯爵議員は歳費無し。

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/02(日) 18:51:44 ID:AV5biO4eO
軍人でない皇族もいるよね?
あと皇籍離脱者も気になるところ。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/02(日) 21:28:33 ID:91iuNvql0
>78
>軍人でない皇族もいるよね?

誰??女性皇族くらいしか思いつかんが。

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/03(月) 13:24:18 ID:SM4qlQhJ0
維新当時、既に中年だった山階宮晃と久邇宮朝彦などは軍人になっていない。
明治以降に生まれた者でも、京都久邇宮の多嘉王は病弱のため、軍人にならなかった。
また、病気のため、現役を退いた例としては昭和初期の山階宮武彦がいる。

臣籍降下組も、皇族時代に陸海軍の学校に入学しているので最初は現役軍人。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/03(月) 13:57:40 ID:e6OW27L2O
最終階級大尉とかだもんな。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/04(火) 21:32:27 ID:SOXc/47V0
李王家の日本における待遇は?

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/04(火) 22:21:33 ID:3coNSQIy0
王公族として皇族に準ずる待遇。
王公族や朝鮮貴族は、その身分を根拠に貴族院議員になることはできないが、
朝鮮貴族が勅選議員に任命された例はある。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 00:05:45 ID:LzAWGk8qO
山斗鳥類研究

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 01:08:37 ID:ueBq4p1RO
研究所か

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 02:20:21 ID:BNydY+8tO
李王家と朝鮮貴族は日本で大変豪華な生活を送ったために本国の韓国で批判が集中していたみたいです。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 05:52:29 ID:t5O6bkGg0
李王家の面々は日本に住んでたけど
朝鮮貴族の多くは京城に住んでたと思う。
(だからこそ地元民に贅沢が目立つ)
本人たちにしてみれば先祖代々住んでた屋敷で従来どおりの
生活をしてただけなのだろうが、亡国を防げなかった(あるいは
積極的に推進した)李朝時代の特権階級がそのまま日本統治下でも
特権を維持してることに我慢ならない人々の気持ちも理解できなくもない。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 20:38:08 ID:LzAWGk8qO
結局、皇族議員席はなかったってこと?
たしか衆議院より広いんだよね?

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 22:21:18 ID:t5O6bkGg0
現在の参議院の議場が昔の貴族院の議場じゃないの?

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/06(木) 20:20:49 ID:4hsGE9dS0
そうだよ。

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/06(木) 20:20:53 ID:EBclnSriO
広田内閣以降だけどな

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/06(木) 21:01:50 ID:DpFwKvxf0
>>88
皇族議員席はちゃんとあるよ。
貴族院の最前列が皇族席。
まあ最前列全て皇族では埋まらなかったので、残りの最前は公爵席。


93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/06(木) 21:31:18 ID:WYW13Qgm0
山階とか華頂とか小松とか?

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/08(土) 10:32:23 ID:3VyO5/8PO
とか?

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/08(土) 10:58:23 ID:Klt07x4r0
そう とか!

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/08(土) 19:18:54 ID:G4uDxpbt0
>>86-87
李王家は現在の赤坂プリンスホテルの邸宅で豪華な暮らし。
一方、朝鮮貴族はビンボー暮らしが多かったという。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/11(火) 13:22:29 ID:vwfu5W3UO
何で華族院じゃないんだろ?

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/11(火) 18:11:43 ID:hyxuzQ3RO
良子女王って誰だよ?偉いヤツか?

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/11(火) 23:13:05 ID:bYmsEwBv0
>>98
 香淳皇后

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/12(水) 00:56:40 ID:ctxF1aWy0
100get

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/12(水) 16:10:44 ID:5jMxsxWDO
麻生太郎は皇室とは親戚だと言うがガセネタだろう。

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/12(水) 16:39:07 ID:VAFwIMY/0
>97
うちのひい爺さんは、第二回を除いて、衆議院議員を続けていたが、
最初の普選法で衆議院落選して、多額納税者枠で、
貴族院議員になったらしい。

貴族院議員=華族じゃないんですよ。
娘の嫁ぎ先は、全て華族だったりしたがね。

103 :えICBM:2006/04/12(水) 16:42:09 ID:vhf2xPIw0
枢密院が首相を決めてたんで無いの?
いまいち帝国憲法下での首相の指名システムってよくわからん。
開戦直前に東條を首相にしたりしてるし。

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/12(水) 16:58:19 ID:L0HgfOPp0
曾孫とはいえ、曾祖父さんが議会政治黎明期の議員ならソコソコのお歳ですよね>>102

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/12(水) 16:59:31 ID:L0HgfOPp0
ちょっとネットで弾けば名前割れそw

106 :無色庵:2006/04/12(水) 22:34:55 ID:a0i7K1G20
>>103
枢密院は首相を決める機関ではありません。首相の推薦は、元老→内大臣と
重臣の合議へと変わっていきました。詳しくは内大臣の板をご覧いただけれ
ばと思います。

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/13(木) 01:12:52 ID:BjghpLT70
>>103
ある時期からある時期までは西園寺の推薦


108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/13(木) 01:55:07 ID:grJDZdXf0
多額納税議員には爵位持ってる奴でもなれる。
公侯爵はむりだが、伯子男はなれるな。
男爵の多額納税議員ってのもいる。


>107
西園寺の推薦は元老が選んでた末期のころだな。元老が西園寺一人になって一人で決める状態になり
重臣会議ってので決めてくれって西園寺がいいだして、そうなった。
103がいっている東條が総理になったときは重臣会議だな。

元老等がだれだれが総理になるといいとおもいます!って天皇にいってそいつが天皇から首相になれと指名される。


109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 09:55:37 ID:dNW9xz1YO
貴族院のレベルはどうなんすか?教養はありそうだけど・・・

110 :無色庵:2006/04/15(土) 21:09:52 ID:u0tnQt1r0
>>109
教養があるかどうかはなんともいえません。公侯爵は年齢に達すれば選挙も
ないわけですし、伯子男爵・多額納税者議員は、互選といいながらもパイが
小さいわけですから、衆議院(といっても知れていますが。)ほどの人材は
いなかったのではないかと思います。(教養というのが、家業の蹴鞠とか笛
とかをさすのであればまたべつですが。)
主に官僚から選出される勅撰議員はある程度の教養は当然あったと思います。

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 00:25:32 ID:WV3zzJrB0
貴族院議員には学士院会員から選ばれてる人もいる。美濃部達吉とか田中館愛橘とか。
定員4の学士院内の互選です。教養って意味では当時の一流学者であるわけで、十分だったかも。

>110が言っているように勅撰議員は官僚が多めなので教養はあるひとが多いです。

一番多い華族議員ですが、初期は殿様お公家様が多かった。まあそれなりの教養はあったかと思う。
その後明治生まれの2世議員が多くなるのですが、彼らは大学ぐらいは出てる人がおおかった。
その後、銀行に勤めたり、会社に勤めたり、官僚、軍人などになって、その後貴族院議員ってのが多かった。
学習院大学にならいけるし、東京帝国大学にも学習院からいけた。学習院には華族なら自動で入れたしな。
東京帝国大学も学科によるが、殆ど無試験で入れたらしい。

学歴はあるやつが多かったが、教養という意味ではどうだったのかと言われるとちょっとわからん。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 10:12:09 ID:0xA+kcGP0
>111
>東京帝国大学も学科によるが、殆ど無試験で入れたらしい

明治30年代くらいまではね。でも学習院が特別だったわけではなくて
旧制高等学校卒業生全体の話として帝国大学に無試験で入学できたわけで。
(学習院は旧制高校と同格の資格が認められていた)

まぁ、旧制高校に入学するには厳しい入学試験をクリアする必要があったけど
華族が学習院入学するのは何も困難が伴わなかったので同一視はできんが。

明治末期から旧制高校が増加して帝国大学が卒業生全員を受け入れられなくなってきて
入学試験を実施するようになる。すると自然に学力に難のある学習院卒業生が帝国大学に
入学し難くなっていった。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 11:11:19 ID:GbHw2LnEO
政友会や民政党の別動体だっていたし

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/17(月) 11:40:05 ID:d/AUKqxG0
衆議院議員のことを「代議士」と呼ぶのは、貴族院が「選挙」による選出でなく
衆議院は、選挙により選ばれるから「代りに議論する」という意味で「代議士」だったんだろうが
今では、参議院も選挙なんだから、参議院議員も「代議士」でいいような気がする。

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/17(月) 18:05:29 ID:98FszKxYO
貴族院も一部選挙だよね。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/17(月) 19:32:04 ID:wmhvNrYp0
>>113
「政党内閣」の首班の過半は貴族院議員だった。衆議院議員で首相になったのは
原、浜口、犬養の三人だけ。

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/17(月) 21:45:33 ID:mmobQhdA0
ぶっちゃけ、いまの議員よりは貴族院議員の方がマシなような気がする。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/18(火) 10:32:35 ID:nOrBLmwwO






ttp://wolfpac.press.ne.jp/daimyo06.html

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/19(水) 08:58:46 ID:Cj1rBUKkO
高橋是清とかも?

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/19(水) 23:06:35 ID:DY6So6XW0
是清は首相時代は子爵で貴族院議員。
その後、第二次護憲運動のとき、爵位を息子に譲って衆議院選挙に出馬して当選。

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/20(木) 14:45:14 ID:uFIv74nfO
他の政党内閣というと大隈、高橋、若槻、田中ぐらいか。

ここでは伊藤、西園寺は外したほうがいい?

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/21(金) 19:37:17 ID:P5+QfnJN0
明治憲法下なら、終戦直後の第一次吉田内閣もある。
第一次内閣のとき、自由党総裁吉田茂は貴族院の勅選議員。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/21(金) 19:55:30 ID:QpntBaMo0
幣原喜重郎も

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 08:01:41 ID:RU6QpewaO
保守の巣窟

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 08:27:19 ID:8h2ml6fu0
>>123
政党内閣じゃなかっただろ

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 09:02:27 ID:o5dyzTWb0
枢密院を牛耳っていた山県が死んだ後は、誰がドンだったの?
伊東己代治とか金子堅太郎とかって、勢力配置的にはどこに位置するの?

127 :無色庵:2006/04/30(日) 09:31:45 ID:43aummdj0
>>127
伊東伯は、ある程度力をもっていたものと思われます。
ロンドン軍縮会議の批准の際に精査委員会の委員長として、浜口内閣と対決
姿勢を見せたものの、浜口首相が枢密顧問官全員の罷免案を持っていると知る
と腰砕けになって、内閣に屈服しました。
金子伯は「憲法の番人」を自称し、上記精査委員会の委員にもなりました。
ただ、二人とも、枢府の多数派を構成していたようには思われません。


128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 18:19:15 ID:6sMefeiV0
清浦とか平沼とか官僚出身者も結構幅を着せているよね。

129 :無色庵:2006/04/30(日) 22:52:39 ID:43aummdj0
枢密顧問官の性格事態がかなりあいまいな気がします。
貴族院もそうですが、多数派から議長や副議長が出ていたわけではありません。
ただ、枢密顧問官は官僚のトップレベルが任命されるケースが多く、出身官庁
に対しては、相当な影響力を持っていたと思います。
軍部にたとえれば、終身ではないにせよ、元帥みたいなものでしょうか。
今も昔も入省年次がものをいう世界ですから。

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 06:49:46 ID:khIDcNQg0
省庁の元老みたいな感じかな?

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 18:22:55 ID:6FbUXYRFO
外務省上がりで枢密院に居た奴っていないの?

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/01(月) 18:33:48 ID:RlNKmH0m0
花房義質とか内田康哉とか

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/02(火) 15:15:57 ID:HuNEu87p0
中公新書の「華族」読め

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/04(木) 07:46:57 ID:BuD4Bw66O
議長副議長人事は議決に深刻な影響を与えているのかな?

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/05(金) 04:54:49 ID:kzzPsE+Z0
貴族院があまり批判されないのは何で?

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/09(火) 20:34:44 ID:Q9+alBdf0
大河内正敏って東京帝国大学教授と貴族院議員を兼任していたんだな。
しかもどちらも精勤で、毎日何回も実験の結果を見に大学に来るので
助手は気が休まらなかったという。

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/09(火) 20:41:12 ID:YKv8tJkM0
>>136
兼任というか貴族院の一部は学者さん枠でしょ。

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/09(火) 23:05:07 ID:XIXKYC+b0
>135
批判されないってのは誰から?
新聞や衆議院からは結構批判されてるようなきも・・・

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/09(火) 23:11:11 ID:06OarT7eO
>>136
あと理化学研究所所長、理研コンツェルンの総帥、
新体制運動や大政翼賛会の要職もやってたよね。
貴族院でも貴族院一活発な研究会の領袖だし。

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/09(火) 23:38:55 ID:KDdzxBV10
岩波茂雄も

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/10(水) 12:23:55 ID:OSTjXWkQ0
>>138
大河内正敏は学者枠じゃなくて(30代からしていて若すぎる)、
男爵の互選枠だったかと。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/10(水) 12:25:18 ID:OSTjXWkQ0
岩波茂雄は高額納税者枠。
戦時中の岩波はボロ儲けだったからね。個人商店だから全て個人所得。


143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/10(水) 23:25:38 ID:DWe2xvn7O
大河内は旧大喜多藩主家の子爵枠だったはず。
理研コンツェルン育て上げたのもすごいよな。

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/13(土) 17:00:52 ID:EMCyWj740
河内桃子のお爺さんだったかな

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/23(火) 20:30:30 ID:EEjv5ke8O
枢府か

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/24(水) 02:33:00 ID:kGaGg1Hy0
野の賢人を無理やり議員にするというのもイイよなー
選挙ばかりが議会制度じゃないよ。


147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/27(土) 01:17:11 ID:mbKDYo7a0
>>146
まあな。下院の選挙の行き過ぎの是正が上院の使命。
これで選挙結果がどうあれ、政治が大きくぶれることはなくなる。
しかし今の日本の参議院はわけがわからんな。上院を選挙って・・・・上院の意味分かってる?って感じだな。
天皇の勅任官という形で大学教授や学者を並べたほうがいいわ。

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/27(土) 03:43:12 ID:e5Xasb5m0
選挙でもいいが、選び方は根本的に変えるべきだな。
各県一人にするとか。

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/28(日) 04:55:38 ID:S/I+e/Y1O
参議院いらんと思う 貴族院とは比較にもならない

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/31(水) 22:32:44 ID:Tf8v+A9G0
研究会って子爵中心の派閥で最大勢力だってどこかで読んだのですが
それはやはり子爵の数が多いからですか?
実際には男爵と子爵はわんさかいて公爵や侯爵は少なかったのでしょうが
貴族院に議席を持っている中では議席数が同じじゃないと変ですよね。

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/03(土) 13:23:34 ID:VmGEXMCB0
研究会って政友会と結びつきが強かったんだっけ

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/03(土) 16:30:59 ID:wlSLW4To0
>150
>貴族院に議席を持っている中では議席数が同じじゃないと変ですよね。

この言葉の意味がよくわからん?何が同じじゃないと変なんだ?

四行目の議席を持ってる中ってのは各爵の議席ってことかな?
それと二行目の子爵の数が多いからですか?から子爵や男爵が公爵や侯爵より多いのはわかるけど
各爵の議席数は同じじゃないと変じゃないかってことか?

人のこと言えないけど、もう少し主語をはっきりさせないと卒論のとき苦労するよ。

議席数についてだが第84回帝国議会(昭和18年10月〜19年3月)では

皇族議員16名、公侯爵55名
伯子男爵150名
勅撰議員125名
帝国学士会員議員4名
多額納税者議員66名
となっている。

で伯子男爵議員だが明治22年の貴族院令では
伯爵十八人、子爵六十六人、男爵六十六人となっている。
その後改正されて華族議員以外がが全体の半数を超えないような範囲で
伯子男爵に関しては爵位を持っている人数にある程度比例する数になっていたはず。
だから子爵男爵は多い。

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/04(日) 08:30:40 ID:klbPF6yX0
>152
ありがとうございます。
確かに意味不明な文章でした。
言い直すと下の通りです。

研究会って子爵中心の派閥で最大勢力だってどこかで読んだのですが
それはやはり貴族院における各爵者に対して子爵の数が多いからですか?
議員に限らない華族の中では男爵や子爵はとても多く、公爵や侯爵は少なかったのでしょうが
貴族院に議席を有する人に限っていえば、男爵や子爵の方が、
公爵や侯爵よりも多いということになれば、
下位の華族の方が力が強くなるという点で、上級華族の人たちは不満に思いませんか?

で、実際は、やはり、子爵男爵が多かったのですね。
ただし圧倒的というほどではないから、それほど問題はなかったのですね。

154 :大學ヘ授:2006/06/04(日) 09:05:56 ID:wAixsgYm0
 思ひません。
 現行法でも議員は全國民を代表し特定集團の代表でないのですが、昔は公徳心が
強かったですから、これが本氣でした。
 貴族院は華族の為の機関ではない。
 院内会派は利害集團でなく、まして各爵抗争を目的とするものではなく、寧ろ結
束して衆議院を糺し立法を協賛する立場にある。
 總じて貴説は現今の政党政治から類推してゐます。

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/06(火) 01:02:21 ID:k156eFRZ0
伯爵子爵男爵の間では議席の取り合いはあった。
でも公侯爵は自動的に議員になるし、給料も出ないしでめんどくさかっただけかもしれない。

伯爵子爵男爵のほうは貧しい奴も多く議員になったら貰える議員歳費欲しいし、
各爵の議席数には大きな関心を示していたとおもう。

156 :ご教授を!:2006/06/06(火) 21:38:58 ID:vlAbPyEs0
>>154
 大学教授さんの仰ることがその通りだとすると、どうしても分からないことがまた出てくるのです。
 それは貴族院における派閥の存在です。幸倶楽部など官僚派の派閥は措くとして、
特定の爵位を主力とする派閥があったことです。例えば研究会は子爵議員、木曜会は男爵議員が主力だったと聞いています。
公侯爵は知りませんが、伯爵議員を主力とする派閥の存在もあったようです。この各爵による派閥はいったい何のためにあったのでしょうか?
 それとも貴族院では数の論理はあまり意味がなかったのでしょうか?
 非常に基本的な事柄で申し訳ないのですが、もうそうなら私の疑問は直ちに氷解します。

 ただし、研究会では子爵議員が主力とはいっても、近衛さんのように子爵以外の華族も参加していたでしょうし、
院全体で考えれば勅撰議員等、非華族議員も多かったわけですから、
子爵議員の数の論理による影響力も限定されていたのではないかと思います。
それに子爵というのは、私には公家華族に代表される貧乏華族のイメージで、力があるような印象はありません。

 とはいえ、数の多い子爵議員が中心である研究会が最大派閥であったということは事実ですので、
貴族院では貧乏な子爵議員も(数の論理で)それなりに力があったのかと、私などは連想してしまうわけです。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/08(木) 02:46:23 ID:V+Ve73l30
>156
大体答え分かっている感じでは?
154に対して質問の形で反論しているようにお見受けしました。

でもマジレス。
多数決で議決を取る以上、数は力です。
貧乏な子爵は数合わせの兵隊扱いでした。

158 :156:2006/06/08(木) 22:48:11 ID:X0Kjpb9D0
多少は反論のようにもなっていますがやはり基本は質問です。
というのは大学教授さんの言うとおり、浅学の私は
どうしても現代政治から当時を類推して考えるほかはないからです。
こういった場合、自分でよく調べるべきなのでしょうが、
ここでよく知っている人に頼ってしまいました。
貧乏な子爵が数合わせの兵隊というのは納得できる結論のような気もします。
金を持っている人たちに良いようにされていたのでしょう。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 18:29:02 ID:bcpIm8bZ0
大正期の話だが研究会の幹部は経済的に困ってる子爵に経済的な援助をしてやったり、
仕事を紹介したりして、恩をうって選挙や貴族院での議決などで裏切らないようにしていた。

だから研究会はつよかったんです。

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 21:38:56 ID:Yr+Kwh/D0
研究会の幹部は子爵よりもっと高位の華族なの?

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 02:51:31 ID:DTkbBAKo0
>160
研究会ってのは大正初期ぐらいまで山縣有朋が結構つよかった。
山縣の子分のだれだっけかな。。。えっとまあ勅任議員が主力の十金会ってのがあって
それが研究会を動かしてた。内藤一成論文に確か書いてた。

大正10年ごろから子爵の水野直、青木信光等が幹部となり、子爵主導になっていく。
そうそう、幹部になって直ぐ死んじゃうが、画家で有名な子爵黒田清輝も子爵主導体制の幹部の一人だ。
黒田清輝は議員になって即効幹部に上り詰めてるのでそれなりに手腕があったとおもわれる。

水野直、青木などは昭和初期まで研究会でスゴイ力があったぞ。衆議院や内閣に対しても結構影響力があった。

152、155、157、159とレスしまくってる・・・このスレには俺ともう一人ぐらいしかいないんじゃないだろうか。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 03:25:44 ID:TflZBF140
>>161
               / , - ' ¨  \ ` >-、
             / / , ' , '   |‐'´  ヽ
            /ヽ /  / / //ヽ,.'ヽヽ ヽ \
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           〈 ヾ| i ヽ_lyz七リ>   | | /  | l
           /`ハレレ|,,r==ミ     ム,Lハ / ! !  
           //,' r | l |`V::ソ       ~∨ / /  残念ね、ボク・・・
          // | ヽ|│!.  ̄    , r=z、 /∨l/
          // │ ヽ! |    rーy    / 〃
         //  !  `、!>、  r、`´   ,ィ / |
         //   !!   !  `ノノ )7 </ル'  !
          rヾ  ̄ ||   lr‐ 'フ, '/ |ヾ| !  |  !
        ,',ヘ ヾヽ||  /   ∠- ァ! \|  !__ヽ
      /!  ヽ | |||/     r--'ヽヽ `ー、ヽ ¨ァ
      ,' 〉  ヽ !_/    ,、┬、二ゝニ \   ヽ!/│
      ! /   / |   ィ´ ! !    | \_   |_ !
     | !  ,,.イヾ \ 」〉  |│    ! /| / ハ|
      ! | /  ヽヾ ´/  | ! ,、,、 |〈 ヽイ//ヽ


163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 21:41:45 ID:p32LETLK0
>>161
なるほど、勉強になりました!!
水野直の名は聞いたことがあるので伝記でも読んで勉強します!
それとこのスレには少なくとももう一人、多分もう二、三人はいると思いますぞ。

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 21:57:17 ID:B2xSB+Ib0
つ 大沢知致

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 21:59:58 ID:p32LETLK0
水野直の伝記って全然ない。
あるけど戦前発行のやつが遠くの図書館にあるだけだ。
それにしてもこういうときネットって本当に便利だな。
あるかどうか調べるだけでも昔なら1週間以上かかってたぞ。
それがいまや数分。
まぁそれはおいといて、水野直の伝記を調べるよりも
貴族院の本を読む方がわかり良さそうですね。
そうしよ。

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 22:59:54 ID:ZjjnEPUo0
水野直の伝記よみたいが、遠くの大学にしかない。残念すぎる。

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/13(火) 20:57:21 ID:VRzFsscw0
水野直って譜代大名の子孫なんだよな。
江戸時代なら、老中か若年寄になれる器だったろうな。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/13(火) 21:25:53 ID:5LDZ3Clh0
枢密院議長は総理につぐポジション

政界にも宮中にも顔きく

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 01:34:25 ID:PnymsEk70
水野と青木は清浦内閣の組閣に大きく関わっていたな。
研究会における政友会担当のこの両名、当初、原内閣以来の密接な関係から政友会の協力を得ようとし
たものの、政友会側も煮えきらず、結局、清浦にとっても不本意な超然内閣に。
一方の政友会は分裂して第二次護憲運動勃発と・・・

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 01:55:00 ID:Y8pZx/tJ0
貴族院議員の給料って相当多かったの?

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 02:35:16 ID:PnymsEk70
>170

大正9年以降、議長の歳費は7500円、副議長が4500円、議員が3000円。
議長なら枢密院副議長、大審院長、台湾総督、陸海軍大将と同額。
ただし、例の浜口内閣の官吏減棒の結果、枢密院議長、国務大臣を上回る
ようになった。(衆議院も同額)

多いかと言われれば、議長は相当、議員は全然といったところか。

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 02:42:18 ID:Y8pZx/tJ0
年額でそれでは歳費だけでは食ってくだけでやっとの額ですね・・・・・・
政治資金は派閥から回してもらわんとやっていけないなこりゃ

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 02:47:52 ID:6D6XrlZ90
標準的子爵様って慎ましい生活なのね。

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 16:09:54 ID:WB2je3dU0
子爵男爵は貧乏っぽいぞ。公家出身の奴らとかは特にね。

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 21:48:47 ID:Y8pZx/tJ0
でも男爵って実業家出身とかいるから金持ちっぽくない?

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/15(木) 00:21:39 ID:tNn2LrCf0
実業家出身者は金持ちだろう。華族といっても一概には言えないってことだな。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/15(木) 02:33:08 ID:Vb/rCWJ/0
財産の裏付けがないと小学校の校長先生レベルの財政だよね。
冠婚葬祭はバカにならなかったろうしつらいね。

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/15(木) 14:33:32 ID:o/OohMhE0
だから財閥から嫁を貰ったり

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 21:23:14 ID:jxcyCwtkO
貴族院の癌、菊地武夫

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 23:53:20 ID:ZsAm4U3dO




http://wolfpac.press.ne.jp/daimyo06.html

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/23(金) 03:02:50 ID:5yt5N6dN0
>>175
近代以降、ヨーロッパでも金持ち貴族といえば男爵が多かったから、
事業をやってる貴族は子爵以上でも男爵と詐称することが多かったとか。

182 :無色庵:2006/06/24(土) 22:40:26 ID:2lNaTs5d0
>>182
男爵を詐称していた実業家子爵・・・。大河内、渋沢くらいですか。
三井、岩崎、住友は男爵だし、安田は爵位もなかったし。

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 15:06:44 ID:w/hTShKGO
勲功華族

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/11(火) 21:13:02 ID:1anwAG8PO
加藤友三郎内閣は貴族院内閣

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/15(土) 16:24:22 ID:CsTQW/Wk0
貴族院の本家本元である英国でも、世襲貴族の枠は大幅に減って、廃止の方向にある。
敗戦や新憲法制定がなくても、貴族院は廃止か大改革を免れなかったと思う。

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/16(日) 12:36:06 ID:9VMhRf0+0
予断では?「廃止の方向にある」というソース。
華族制度が大幅に変更を迫られる予兆はあった。
木戸日記に襲爵制限を設ける案が出ているね。

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/25(火) 00:46:47 ID:iwtCAGzbO
結局、貴族員議員籍を保有したまま首相になったのは誰?

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/25(火) 02:20:00 ID:Mxr8lVBh0
>187
いっぱいいるんじゃないか?

とりあえず、公侯爵の首相は議員席もってる。皇族ももってるから、皇族首相ももってるな。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/25(火) 08:06:45 ID:bY8oq5kU0
近衛文麿と東久邇宮稔彦?
西園寺公望は1920年に公爵だけど、組閣時はどうなんでしょう?

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/25(火) 15:12:51 ID:iRJE2ZQV0
>189
爵位は返上しないかぎり一生付いて回る。
西園寺が返上したって聞いたことないだろ?なら公爵のまま死んだと思っていい。

桂太郎も公爵だしな。他にも一杯いると思うぞ。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/26(水) 17:00:12 ID:Todg/Iuk0
近衛以外は首相辞任後の公爵では?
むしろ首相をやったから貰えた栄爵。

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/26(水) 17:20:58 ID:7FRnD6fR0
国会開設後に議席を持たない首相っていたか?

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/26(水) 22:28:59 ID:8P2+Tu4P0
西園寺さんも首相の時は公爵じゃなかったのか。
意外どすな

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/27(木) 13:22:54 ID:zL1tKtv0O
西園寺は侯爵で貴族員議員だよ。

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/27(木) 14:27:04 ID:BvtAB9HL0
桂太郎とか松方正義とか、総理を退任しても侯・公爵なら自動的に貴族院議員。
(伯爵より上は無条件・歳費なし)

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/27(木) 23:00:27 ID:zL1tKtv0O
具体的には誰?
清浦とかもですか?

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/28(金) 04:37:24 ID:6QUz3YJ50
>>185
あの国の労働党は1950年代からそんな寝言言っているが
廃止した試しがないww

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/28(金) 14:09:05 ID:3rQDF4TrO
皇族、公爵、侯爵議員で確定は伊藤、山形、松方、桂、西園寺、近衛、東久邇宮のみ。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/28(金) 22:54:54 ID:3rQDF4TrO
です。

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/28(金) 23:20:34 ID:Ux2BrQIPO






http://wolfpac.press.ne.jp/daimyo06.html

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/29(土) 22:55:10 ID:g6bEP2LX0
>>198
大隈は?

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/30(日) 01:55:00 ID:7UoLTL9s0
清浦は勅撰じゃなかったっけ?

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 06:45:18 ID:1i7A1teq0
朴泳孝さんの貴族院での活躍はいかほどでしたか?

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/05(土) 19:01:36 ID:2nIUEeAn0
>>197
大法官も大幅格下げしたし、ある程度までは今回は本気
もっともそこまで労働党政権が持つかどうかは知らんがな。

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/07(月) 02:12:44 ID:0L/3cPP30
>>193-194
西園寺はパリ講和会議全権の功労で公爵に昇った。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/08(火) 13:54:15 ID:DzA+VYU/0
伊東巳代治さんのことそろそろ許してやろうよ

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/09(水) 21:05:35 ID:/yBPz13eO
華族でなくとも枢密院顧問官になれる?

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 00:35:39 ID:J4pbnB5P0
>>207
なれる。
清水澄博士、枢府議長にまでなった。

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 08:50:34 ID:I1Ve47w0O
顧問官の出身母体や成分に傾向はあるの?

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 20:01:21 ID:aTheaB4s0
明治時代は、薩長藩閥系の政治家・軍人が多い。
大正時代から、学者(帝大総長など)・高級官僚・外交官・財界人など多岐にわたる。

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 18:04:49 ID:I5e7UEdKO
枢密院出身の首相は誰?少ない?

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 06:56:38 ID:rpMBFYBNO
枢密院→首相
より
首相→枢密院

のが多いんじゃない?

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 07:31:36 ID:4kZZOmsQ0
枢密院議長→首相だけでも、
西園寺、清浦、平沼、鈴木貫太郎、
第2次以降の伊藤、山県、近衛などがいる。

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 22:32:17 ID:vm4RTYS10
逆は?

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 07:44:51 ID:HrRL0ah/0
第一次退陣後の伊藤、近衛

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 03:37:06 ID:JvKnXfGi0
平沼・鈴木貫も再任されている。

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/29(金) 21:12:04 ID:UiTTsqtVO
拒否権集団だよね

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 10:01:15 ID:wWyNnvR0O
うん

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/31(火) 02:36:58 ID:Vr+a2/cm0
平沼赳夫の空気の読め無さを見るに付け、あぁ血筋…、と思うこと屡々

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 20:21:37 ID:d+e0VHQUO
不可解なり。

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 20:57:48 ID:kI2vBbC00
とはいうものの、キイチロウの直系卑属ではないんだな>タケヲ

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/25(土) 15:47:10 ID:SndAiDZH0
養子か養孫になったんだったよね

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 08:36:38 ID:y34hw84fO
貴族院は結構重要な法案を否決しているんだよな。

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/29(水) 01:24:51 ID:WtumhUyQ0
枢密院も貴族院もシステムとしては悪くないんだよな。
(1)人民の選挙による権限の制約された衆議院
(2)天皇の藩屏としての貴族院
(3)絶対的な統治権の総覧者である天皇
このシステムはドイツ帝国憲法の帝国議会─プロイセン支配の連邦参議院─プロイセン王たる皇帝
といった構造と似ているようで似ていない。天皇に強い輔弼権を有するドイツの帝国宰相ぽいのが
こういう制度では権力の分散を避けるためにも必要だったんだわ。元首は不可侵なんだから。
元老がある程度その超法規的な役割を担ったが…
強力な指導者層を欠いたら官僚・軍部が元首の絶大な統治権をバラバラに運用するのがこれの
構造的欠陥なのかねえ。内閣や枢密院には統治権をまとめる権能はなかったからなあ。

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/20(水) 20:23:06 ID:a1iFhNgLO
勅選以外の貴族員議員の名前はどこを調べればわかります?

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/24(日) 02:04:59 ID:plHS2Ke80
色々あるぞ。名鑑とか

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/25(月) 20:23:43 ID:+r8hfiBTO
奴らの戦争責任は?

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 20:13:55 ID:rnWlabeRO
衆議院も貴族院も戦時立法や戦時予算を通した戦争責任あり。

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