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関東軍が全員玉砕すればソ連の南下は防げた

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 19:44:21 ID:ddkvSXR/0
住民を捨てて逃げ出しやがって、ノモンハンの時の根性はどこへ行った?
捕虜になったら赤化教育で洗脳されて帰ってくる始末。日本の恥だな

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 19:54:58 ID:/dB9Fdt2O
1945年8月当時の関東軍の状況を知っていての

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 20:33:48 ID:1rv0Ixuw0
知ってたらこんなスレ立てないよ、恐らくw
まあ、日本の恥云々は同意。自分達だけさっさと逃げ出しやがって・・

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 21:33:40 ID:vxekFEwKO
別にそこまでせんでも。住民をあらかじめ南に非難させるだけでかなりの人が助かった。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 22:17:50 ID:nOyTgPg40
>>3
お前も理解してないのな・・・


6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 22:37:59 ID:CnT8QXoV0
いまだに関東軍を「日本軍」だと思ってる香具師が多数だな。
ありゃ立派な共産軍だよ。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 22:47:02 ID:px4Kpcbc0
厨房、耳をかっぽじってよく聞け。
皇軍は日本人のための軍隊ではない。ただただ御一人のための軍隊である。
したがって国民はただのコマの供給源に過ぎない。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 23:18:47 ID:GNIRIH/M0
『満州開拓史』によれば、「新京特別市は、満州国の首都であり、
日ソ開戦当時は、満州国政府関係職員、満鉄社員、満拓公社、日本政府大使館関係職員、
ほか軍人家族、自営業者など合わせて約14万余」いた。
 半藤一利著の『ソ連が満州に侵攻した夏』によれば、
8月11日午前1時40分に軍人家族をのせた列車が出発した。
目的地は、平壌。新京―吉林―梅河口―通化―平壌コースであった。
「軍人家族の集結・出発を守る形で、ところどころに憲兵が立った。
自分らも、と駅に集まった市民は、なぜか憲兵に追い払われるようになった。
こうして11日正午までに18列車が新京駅を離た。
避難できたものは新京在住14万のうちの約38.000人。
内訳は、軍関係家族20.310余人、大使館などの関係家族750人、
満鉄関係家族16.700人。ほとんどないにひとしい残余が一般市民である」
こうした風景は、いたるところであった。
なかにしれいの『赤い月』の牡丹江駅風景を見ても同じで、
多くの満州引揚体験記には「特権を利用して列車に乗って帰国した」とある。
半藤一利氏は「その卑劣さには反吐が出そうになってくる」とまで書いている。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 23:47:15 ID:GNIRIH/M0
「あの日 終戦60年企画 下」
NHK「あの日昭和20年の記憶」取材班編 日本放送出版協会

8月11日 なかにし礼 作家 当時6歳 中国東北部(満州)牡丹江を脱出 家は造り酒屋

 満州に侵攻してきたソビエト軍から逃げようと駅の前はもう人でいっぱいで、その上を
飛行機が旋回しているような、もうたいへんな緊迫した状態でした。怒号が飛び交って。
人びとは、避難列車を出せ、どうしてるんだって叫ぶような、そういう状況です。
 われわれもその避難民列車に順番を待って乗らなきゃいけなかったのかもしれないけれど、
うちの母親は、そういう時にやたら機転のきく女性で、日頃から関東軍にうちのお酒を
納めていたりしたもんですから、誼を通じていたということもあって、関東軍の人にうちの
お袋が掛け合って、軍用列車にこの八月十一日の夜、乗せてもらうことになったんですよ。
 牡丹江の駅から、かなり離れたところから。駅では何万人もの人が汽車を出せーて騒いでる。
その声を遠くで聞きながら、われわれは夜陰に紛れて汽車に乗り込み、汽車は
汽笛ももちろん鳴らさず、ゆっくりと静かに逃げるように牡丹江の駅からかなり離れたところ、
夜の闇の中を汽車は走り出して逃げたんです。
 そのときの後ろめたさっていうのは、僕たちも感じていたけれど、軍人たちだって感じて
いました。だから汽車の中は何とも言えない暗い沈痛な空気がどんよりと流れていて、
何かものを喋っても、「しっー」っというような感じでとにかく牡丹江の町を出たわけです。
 
中略(ソ連軍機に襲われる)

別の貨物列車に乗り換えたんですが、途中で開拓団民なんかが歩いて逃げてきてるわけです。
それでこの汽車に乗せてくれ、病人だけでもいいから乗せてくれと言うんです。
汽車がいっぱいだったわけじゃないんだけど、ひとり乗せるってことはもう全員乗せなきゃ
ならないわけで、それは不可能なことであり、もう一つは、これは軍用列車であって
民間の避難列車じゃないんだという建前のもとに、開拓団民たちを蹴散らして汽車は走る。
 でも、その汽車に開拓団民の人たちがすがりつく。それを刀で切って落としはしなかった
けれど、刀を振り上げて指を切るぞと言わんばかりに手を振りほどいて、空に向かって
拳銃を鳴らして、とにかく開拓団民たちを振り払って逃避行を続けた軍用列車です。
日本国の民を守るべき軍人が自分たちが逃げるのに忙しくて、追いすがる「同胞」を
蹴散らして逃げていくっていうこの風景はちょっと忘れがたいですね。その中に
自分もいたんです。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/22(火) 23:52:09 ID:FT8LEi8f0

>日本国の民を守るべき軍人が自分たちが逃げるのに忙しくて

ひどすぎ・・・


11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 00:30:40 ID:SJgjKs6e0
だから皇軍は国民を守る義務も責任もなかったんだよ

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 00:31:48 ID:PcjLxGL30
【満州の悲劇と「以徳報怨」】
早過ぎた武装解除による惨苦
(産経新聞2002年6月11日掲載)

 他面、満州の悲劇は、戦後左翼思想の跋扈(ばっこ)する中で、関東軍が入植者を見捨てて
真っ先に逃げたという伝説も生みました。

 関東軍は、主要部隊を次々と南方に引き抜かれ、見る影もなく弱体化していましたが、
それでも善く戦っています。東部正面の第百二十四師団は、ソ連軍主力の猛攻を五日間
支えて、牡丹江在留邦人三万人の後退を完了させてから停戦しました。西部の第百七師団も
健闘して邦人を退避させています。

 内蒙古の駐蒙軍は邦人引き揚げまで、ソ連軍進駐の猶予を求めたが容れられず、善戦して
四万の張家口邦人全員引き揚げを完了させています。

 もちろん、大本営命令にしたがって早期に武装解除した地域、あるいは軍から遠く離れた
地域には惨劇もあり、混乱の中、それぞれの環境は千差万別でしたが、軍が故意に邦人の
生命の安全を無視した、などということは、当時の日本人の心情として、とうてい考えられ
ないことです。
http://www.okazaki-inst.jp/hyakuisan60.html

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 00:34:47 ID:5696bZmX0
ソ連軍は住民(日本人)を保護する義務があるだろ。
ひたすらソ連軍が悪い。共産党軍は非道だ。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 01:37:11 ID:tRwXzBOD0
>>3
逃げたはずの連中が、なぜシベリアに抑留されたんだろうか・・・・。

>>4
確か、住民側が言うことを聞かなかったんじゃなかったっけ?
財産を捨てて逃げるなんて出来ないとか言って。

>>12
内蒙古のケースは、住民の意見など無視して、無理矢理退避させたらしい。
そのおかげで、民間人の犠牲者はゼロ。

つーか・・・・当時の関東軍の戦力じゃ、後退戦術以外は無理だろう。
もし国境で玉砕していたら、後方の住民まで悲惨なことになっていたと思う。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 02:18:40 ID:SRpoQwyT0
名越二嵐之助なんか
新京にいたのに北朝鮮でソ連につかまってるから列車の乗って逃げた口だろう。

16 :武蔵国 ◆ga0MwilsDE :2006/08/23(水) 03:48:38 ID:Uox9LKg+O
日本国民=天皇の子

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 13:02:28 ID:1I6/6RYy0
>>12
岡崎久彦なんて
>>8にある
>避難できたものは新京在住14万のうちの約38.000人。
>内訳は、軍関係家族20.310余人、大使館などの関係家族750人、
>満鉄関係家族16.700人。
側の人間ですがな。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 21:23:13 ID:isQjxE5z0

KV-2って関東軍に鹵獲された事実はあるのでしょうか?

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 22:34:09 ID:U/6yY/x5O
あんまり関東軍を悪くいうと、玉砕した部隊に失礼ですよ。
ソ連南下当時の関東軍の戦力は兵70万だけど、関東軍精鋭の2/3以上は既に、他戦線に抜かれて補充は満州で徴兵、武器はほとんどなく、軍といえども小銃すら携帯してない兵も2/3近くいたらしい、戦車は100両でチハもなく意味なし、重火器も100程度
関東軍の作戦は朝鮮半島で防衛線を張り、持久戦に持ち込む。
でも一部の部隊は国境を死守して玉砕した。
彼らの家族は先に逃げる権利はあると思います。

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/25(金) 23:06:14 ID:7Nsq28cf0
家族は先に逃げる権利?
はあ?


21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 05:45:54 ID:l9jqowfa0
>>20
日本語でおk

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 11:15:02 ID:PlU7cCrM0
コピペだが

昭和20年7月両軍兵力
関東軍
師団24、戦車旅団2、独立混成旅団9、国境守備隊1 等を基幹とする
兵員約75万、火砲約1000門、戦車約200両、飛行機200機程度であった。
見かけ上は75万の大軍だが実態は、部隊単位数はあっても装備は極めて寡弱、
訓練も半数はゼロという兵団が多かった。

一方極東ソ連軍は、
狙撃師団70、機械化師団2、騎兵師団6、戦車師団2、戦車旅団40、
兵員約174万、火砲約30000門、戦車5300両、飛行機5200機
戦車・飛行機など質・量ともにはるかに上回る、
欧州戦線で経験を積んだ大兵力であった。
 
8月9日ソ連侵攻時
第1方面軍(東部正面)隷下部隊の日本軍10個師団、
独立混成旅団、国境守備隊、機動旅団各1個
速射砲は皆無に近く
重機関銃は定数の二分の一という状態で、
銃剣は約10万本、野砲は400門不足していた。
「なんらの誇張もない案山子的存在」という状況であった。

一方ソ連軍は東部正面にたいして、
35個師団、17個戦車・機械化旅団基幹で侵攻した。

東部正面最大都市牡丹江にソ連軍主力が向かうものと判断した司令官は、
全力を集中してソ連軍侵攻を阻止するよう処置した。
ソ連軍部隊と激戦を続け、肉薄攻撃などの必死の攻撃を展開、
第126、第135師団主力とともに15日夕までソ連軍の侵攻を阻止し、
この間に牡丹江在留邦人約6万人の後退を完了することができた。


 


23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 11:24:09 ID:PlU7cCrM0
9日には在留邦人の後送に着手し一般邦人を先に送り出そうとしたが、
既に生活拠点を有する民間人は直ちに乗車などできない状況にあり、
満州は内地よりも安全と考えられていたことも手伝って遅々として進まなかった。
一刻の猶予もない状況下ではやむを得ず、
緊急集合が容易な軍人・軍属の家族を主体に一番列車に乗せ、
10日0140には新京駅を出発した。
だがこのことは後に、関東軍は軍人家族を最初に後退させた、
として非難されることとなった。

 
 


24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 12:13:59 ID:ge1KBvny0
>彼らの家族は先に逃げる権利はあると思います。


関東軍の幹部将校の家族が先に脱げたんだろ
現地で臨時徴兵された人はソ連軍とって戦死か抑留、家族も避難列車に乗れず


25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 12:30:38 ID:7EebgH4c0
大変だったんだからな。
代表で何人かがソ連兵の相手して見逃して貰って
中国人にも体売って、船に乗るために朝鮮人に体売ってだな…

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 13:09:51 ID:PlU7cCrM0
70万全員玉砕すれば(約40万以上は現地徴兵)
多少邦人後送は増えたと思うけど、結果は変わらないと思われる。

8月12日にはソ連軍は海路から北鮮の雄基と羅南に上陸していた。

事前にソ連は朝鮮半島38度線まで、南進する事を米国に黙認させてたらしい。



27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 14:22:45 ID:PlU7cCrM0
>>25
そうだ、大変だったんだ確かに、
二度とこんなことがあってはいけないと思う。

でももっと酷い事、
ソ連はベルリンでやったこと知ってる?
ソ連には戦争中人道なんてないぞ

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 16:29:05 ID:l9jqowfa0
まーバラバラに戦っても易々と各個撃破
防衛ライン決めんことには作戦もたたん
そもそも武器弾薬が足りなくて、集結しないとまともにたたかえない

結論:関東軍が玉砕していればソ連の南下は早まった、しかも停戦前にソ連の侵攻が
早まり被害は大陸に残されたほとんどの日本人に及んだだろう 


29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 19:01:45 ID:HOMFSSTL0
関東軍の精鋭部隊はほとんど南方戦線に派遣され戦力は見かけ倒し。
民間人を置いて転進の連続関東軍

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 19:38:42 ID:t3R6/TZi0
1=馬鹿

さらにたちが悪いのは、

1=サヨのプロパガンダ要員

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 19:57:08 ID:UhULJ9WN0
>>9
軍人の家族だけでなく軍人自身が戦わずに先に逃げたみたいね

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 17:27:03 ID:/NRwWr/R0
>>31
本当に逃げたなら、ソ連軍は朝鮮南部&北海道の一部まで占領できていたよ

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 22:16:24 ID:cZOQ2b3xO
>>31
本当に逃げたと思う人おお杉
関東軍70万の内、
完全装備約20万、

それ以外の大多数は、
現地徴兵の小銃すら持たない兵、
そのうち半数は訓練すらしてない兵

実質20万超ダヨ
あと軍属で
それ以外は軍服着た、
満州開拓団こいつらは銃も無いから逃げるよ

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 22:38:28 ID:cZOQ2b3xO
>>32
同意
南方面軍は朝鮮半島に
上陸したソ連の南下を、停戦迄阻止した。

脆弱な装備の中検討したと思うが

実勢対比すると
兵員170万対20万
戦車5300両対100両(故障中除く)
航空機5200機対100機(練習機除く)
重火器30000門対200門
こんなもんかなぁ

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 23:29:00 ID:e4tGML8i0
防衛線を半島南部、遼東半島、山東半島にまで後退させ
部隊結集専守防衛迎撃強化させるべきだった。
その前に
ソ連が、国際法に違反しているだけ
民間人はそのまま現地に在留しても本来は攻撃対象ではない。

占領地域における民間人を殺していいはずが無い。


36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/27(日) 23:52:13 ID:JhP2NMCJ0
北千島の日本軍はよく戦ったらしいが
あれは関東軍じゃないの?

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 00:17:46 ID:d1grQgB1O
>>1
左翼のプロパガンダでつか?
それともソースを鵜呑みにした洗脳者でつか?

民間人を殺害したり、掠奪、拿捕、強姦はソ連や中共の行った事でつ

私は右翼ではないでつが関東軍はよく戦い、民間人を多数後進させました
国境地帯で防戦して玉砕したとすると
関東軍は弾除けも無い大平原で
即日壊滅し町は無統治状態となり、
二度目のベルリン強姦虐殺大会となっていたでしょう。
8月11日迄に朝鮮半島へ後進出来ない
民間人は全て対象となった事でしょう。

ソ連は8月23日迄、
まだ交戦状態にあるとして
掠奪殺戮を繰り返し、朝鮮半島の38度線迄
南侵しました。

この事実は日本政府も教育機関も教えてません
事実確認はで調べて下さい

このスレはレッドパージでつ

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 00:41:41 ID:d1grQgB1O
>>36
千島は第五方面軍
北方軍
占守島なんか勝ちだよ

守備範囲は満州に比べると
とてつもなく小さい島で
一万三千人が無傷だったからネ
戦車は関東軍の4/1
50両もあったし
上陸したソ連軍の全滅も可能だった
しかしソ連が上陸した日は
8月18日だったので21日に
日本は武装解除して降伏した

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 04:10:34 ID:WVJc+kf6O
侵略者から国を守った占守島の戦いを映画化してほしいね。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 04:38:31 ID:3GFSoWFt0
名越二嵐之助軍曹はソ連侵攻時には新京にいたはずなのに終戦のときは朝鮮半島。
これは列車で南に逃げた口と思われます。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 06:12:04 ID:XHtlwJxQ0
満州電撃戦 ソ連は超短期で制圧した


42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 10:56:05 ID:hpw2bBsd0
>>40
脱走兵くらい、朝鮮戦争でもいた、ベトナムでもいたし、イラクでもいる
でも、米軍が逃げたというのとは違う
これを踏まえた上で、意見を言います。

名越二嵐之助軍曹が実戦部隊の軍曹でしたら、脱走の可能性は高いですね
再編成中、下士官が単独行動するのはありえません
軍曹クラスなら部隊間で取り合いになります

また、後方勤務なら主計官は既に余っていますし、彼らに持たせる銃は無い、となれば
後方に下がっていてくれた方がマシです、戦闘員としての訓練を受けていませんから
また、軍務を帯びて別行動していたとしてもおかしくは無い
半島には、二個連隊ほど守備隊が残っていたはずです

事実、脱走であったとしても、軍法で裁くべき問題であって
関東軍が逃げた、というのとは別問題。

以上です。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 11:44:13 ID:Xg4VHBos0
ヴァシレフスキーやマリノフスキーが率いるソ連軍の中軸は、カルパチア山脈を突破し、ブタペストを占領。バラトン湖周辺での武装SS機甲軍の反撃を封じ、ウィーンに突入した部隊と、
ポーランドから南下してチェコに入った部隊ではなかったか。いずれもベルリンに投入された部隊に次ぐ精鋭。
やっと家に帰れるかと思ったら、スターリンに西側にかぶれたと故郷を通過してシベリアに送られ、殺気だっていた。
チスチャーコフが置いていった数百両のT34/85は、そのまま朝鮮戦争で使われた。

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 19:33:55 ID:rZfl1eMY0
>>9
>これは軍用列車であって
>民間の避難列車じゃないんだという建前のもとに、開拓団民たちを蹴散らして汽車は走る。
> でも、その汽車に開拓団民の人たちがすがりつく。それを刀で切って落としはしなかった
>けれど、刀を振り上げて指を切るぞと言わんばかりに手を振りほどいて、空に向かって
>拳銃を鳴らして、とにかく開拓団民たちを振り払って逃避行を続けた軍用列車です。
>日本国の民を守るべき軍人が自分たちが逃げるのに忙しくて、追いすがる「同胞」を
>蹴散らして逃げていくっていうこの風景はちょっと忘れがたいですね。

この中に名越二嵐之助軍曹もいたんじゃね?

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 19:40:39 ID:XD1ah3Vq0
>>42
逃げるのに必死で命をかけて戦う関東軍が悪いと思い込みたい気持ちの現れ
こういう日本人がいると思うとはずかしい
本土の命運なんてどうでもいい命欲しさのクズの考えそうなことだ

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 19:41:28 ID:XD1ah3Vq0
>>45
あ レス番間違えたw

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 20:34:18 ID:ReBfiYhl0
関東軍は余所に引き抜かれていて満州は留守にしていた。
実際に関東軍の兵士として戦ったのは満州在住者から応召された地元の奴らだろ。


48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 20:47:52 ID:jp8gNwNL0
ホームページ制作王は、世界の権威として名高いCOMDEXが
21世紀のワールドスタンダードに認定したWebパブリッシングアプリケーションである。

ホームページ制作王に不可能はない。
不可能があるとすれば、そこが人類の英知の限界点である。

21世紀、世界のWebはホームページ制作王を中心に回っていくのである。
にもかかわらず、ここ日本では、心ない風評のため、まだまだ普及に
遅れがみられる。

ホームページ制作王を普及させないかぎり、我が国のWebは、
世界の趨勢の後塵を拝するばかりである。

世界が認めた高性能!ホームページ制作王
http://pc8.2ch.net/test/read.cgi/hp/1106508682/

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 22:58:21 ID:A5GlHzbN0
列車に乗って逃げたのは関東軍の尉官佐官クラスの幹部連中で
現地召集された兵隊はほとんどシベリアに抑留されたでしょ。

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 00:54:51 ID:RcnzocGS0
瀬島が売り飛ばしたからな

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 10:26:56 ID:a5ziIQSp0
>>49
間違いなく60万人は下らないからな…

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 12:25:41 ID:FjCBamvu0
名越二嵐之助軍曹→名越二荒之助軍曹

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 12:26:53 ID:7LgDPHzy0
ワシはだーーーーーーーーーーーれじゃ?
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54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/18(水) 00:06:08 ID:W8WJV4b30

転用発令時  兵団名   転用先
19年1月  第27師  北支
   2月  第29師  グアム
   2月  第14師  パラオ
   6月  第9師   沖縄
   6月  第28師  宮古島
   6月  第68旅  レイテ  満州最強兵団(公主嶺教導学校編成)
   7月  第1師   レイテ
   7月  第8師   ルソン
   7月  第10師  ルソン
   7月  第24師  沖縄
   7月  戦車第2  ルソン
  10月  第23師  ルソン
  12月  第12師  台湾
20年1月  第71師  台湾
   3月  第11師  四国
   3月  第25師  九州
   3月  第57師  九州
   3月  戦車第1  本土
   3月  第111師 南鮮
   3月  第120師 南鮮
   3月  第121師 南鮮

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/18(水) 05:16:26 ID:uTJAjn4p0
>>49
まんまと逃亡したのは矢張り将校連中だった訳か…

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/18(水) 06:03:58 ID:Huz+KrmFO
驚いた。釣りだと思うけど関東軍が玉砕したらって。
ゲームやもしも戦記でもあるまいに。


57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/18(水) 12:14:18 ID:2tM+IUxA0
一気に万歳突撃をして玉砕するよりも、じりじりと後退しながらでも抗戦をし続けた方が時間が稼げるなんて、
硫黄島や沖縄の戦いを見れば一目瞭然だろう。

結論、>>1は馬鹿。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/18(水) 18:22:15 ID:g0rwtKG5O
まだこのスレ削除してなかったんだ
ちなみに名越二荒之助は新京の主計の人
武器ないし訓練されてないし朝鮮でソ連に捕まりシベリアもいってるはず
軍属と同等だよ
出版物も有るよ
たしか昔、朝までテレビに出てたかな

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/05(日) 17:50:57 ID:ebyIKnEc0
名越は新京から逃げたんだな

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 16:15:31 ID:WdY5Xryz0
>>49
現地で総動員された人数よりも、国許からの軍人数のほうが圧倒的に上回る。

>1
極一部の特権軍人とその家族が逃げ出した事=関東軍が逃げ出したの図式になるとは笑止。
責めるならば、逃げ帰っておいて戦後は軍人恩給でのうのうと暮らしていた恥知らずどもを責めろ。
しかも

>捕虜になったら赤化教育で洗脳されて帰ってくる始末。

そう言うならば、
無事に帰国した人々のうち、真に洗脳され国民に危害を与えた人として挙げられるのは
何人単位か、言ってみろ。

捕虜としてソ連に拉致され、シベリア僻地の劣悪な環境で働かされて否応なく戦後の役務賠償を一身に
受けとめた点で日本国の恩人ですらあるはずの彼らが、日本にようやく帰国できてみれば
慰藉のかわりに、そのような不当な差別偏見を向けられるとは
>1
貴様が日本の恥だ。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 16:29:46 ID:0Se1FOlh0
まあ軍人軍属国策会社の連中とその家族が優先して逃げ出したことはかわらねーし、
ごく一部でもない。整然と優先的に列車を誂えて逃亡したんだから、在留邦人を守る気は
あんま感じない。その後の惨劇は皆知るところ。

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 16:45:26 ID:WdY5Xryz0
>61ごく一部でもない
日本に逃げ帰った人数を、何と比較してごく一部でもないと言うのか
聞かせてもらいたい。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 17:13:49 ID:0Se1FOlh0
在留邦人を見捨て逃げ出した軍人軍属国策会社社員とその家族は

 「 ご く 一 部 」 で は な い

ということだよ。ちゃんと嫁。ファビョンなよ。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 17:33:18 ID:WdY5Xryz0
>>63
なるほど、日本に逃げ帰った「軍人軍属国策会社社員とその家族」の人数を、
「軍人軍属国策会社社員とその家族」の全人数と比較してごく一部でない
とあなたは言ったのか。
それは読み違えて失礼した。
先レスで私が、
>極一部の特権軍人とその家族が逃げ出した事=関東軍が逃げ出したの図式になるとは笑止。
として「極一部」を関東軍の人数と比較して使っていたところに
あなたのレスが、
>まあ軍人軍属国策会社の連中とその家族が優先して逃げ出したことはかわらねーし、
ごく一部でもない。
と続いたために、私の使用した意味での’極一部’のほうの否定だと早とちりした。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 18:42:44 ID:GeMtikxt0
まあどっちにしろ63はチョンだろ。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/10(金) 20:40:57 ID:VQVSUaHwO
玉砕してもしなくても
結果は変わらないぞ

67 :えICBM:2006/11/11(土) 14:04:15 ID:LV4MQmDn0
陸軍軍人だった私の祖父は、終戦前に満州に家族とともに赴任して一家全滅、本人抑留。
体壊して帰国してみると、農地改革で本人がいないために出鱈目に田畑を取り上げられていた。

うちの一族は戦争でかなり割を喰ってるな。
まあ、もっと酷い目にあった人もたくさんいるが。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/11(土) 14:52:10 ID:EpuYl9H80
じいちゃん一家全滅はつらいね。

家族を守るために戦ったと思うのだけれど、
こんな事書くとサヨに非難されるかもしれないが、

後顧の憂いを取り除くためにも、
せめて家族は優先的に逃がすことは許されなかったのかな?
(でもそうすると >>67さんが生まれないと考えられるけど・・・)

69 :えICBM:2006/11/11(土) 15:54:11 ID:LV4MQmDn0
>>68
おいおい、家族を守る私闘なんてできるわけないだろ。
それに、ガタガタに引き抜かれて体たらくの関東軍が押し寄せるソ連軍に対抗できるわけ無い。
結果的には家族を連れて行ったのが判断ミスと言わざるをえない。
本人が一番自覚していたと思うが。

>せめて家族は優先的に逃がすことは許されなかったのかな?
出来たらやってたんじゃない?
出来る場所と出来ない場所は当然あっただろうが。

>(でもそうすると >>67さんが生まれないと考えられるけど・・・)
こういうケースは戦後いくらでもあると思うが。


70 :68:2006/11/11(土) 18:45:39 ID:EpuYl9H80
反省
結果的に茶化してしまいました。
すんません

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/16(木) 21:52:51 ID:Vx66Fje30
内蒙古在住4万人の同胞をソ連軍から守ろうと、
日本軍将兵が立ち上がった。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon//jogbd_h16/jog357.html

「軍司令官は、たとえ逆賊の汚名を受けても4万人の同胞を救
うためには、断乎としてソ連軍を阻止する決意だそうだ。」
そういう噂が口伝えに広がると、陣地内の将兵の士気は、
一挙に高まった。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 00:24:31 ID:Z8MAsCd0O
そんな事より聞いてくれよ>>1
さっきN速+のスレに行ったんです。特攻関連のスレに
そしたら書き込みがめちゃめちゃ速くて上手く書き込めないんですよ
で、見てみたら「アメリカは九州を核と海上封鎖と陸軍で、日本人を殲滅するつもりだった」とか書き込まれてたんだよ
もうアホかと、バカかと
お前100円やるから巣に帰れと。
当時のアメリカにはそんな余裕ありませんよ。戦時国債がかさみまくりだし、冷戦もあるしで
これ以上日本と無益な戦争したくない。そんな状況だった訳じゃない。妄想馬鹿はすっ込んでろ
で、ようやく反論したら、「アメリカの国力と残虐性を甘く見るな」とか言い出したのよ
ここでまたブチキレですよ
それなら戦費はどこから捻出するのかと問い詰めたい、問い詰めたい、小一時間問い詰めたい
虐殺のためにアメリカまで総力戦なんて有り得ねーんだよ糞が
お前原爆言いたいだけちゃうんかと

※嘘のような実話

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/17(金) 17:16:19 ID:fAHXcL3P0
>>71
そのころ、名越二荒之助は民間人を後に残して真っ先に新京から南へ逃亡したんだな

74 :連合艦隊:2006/11/19(日) 21:10:31 ID:KmQXddEO0
関東軍はなぜ民間人と離れて行動したか。考えなくても判りそうなもんだ。
戦闘に引き込まない為だって。相手が支那ソ連のキチガイでなく、日本軍
だったら無事だったろうが、相手が悪い奴だったからその気遣いもムダだ
ったって事。もっとも米軍もルソンで日本の避難民を凄い虐殺してるし、
サイパンの婦女子集団自殺も鬼畜米兵が日本女子を一糸纏わぬ裸にひんむ
いてトラックに積み込んでいたのを知ったのが原因。米軍の残虐行為なん
て酷いものだったが、でもロスケチャンコロの方が上手でした。よく覚え
とこうな。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/20(月) 07:37:09 ID:Nj7VrfUR0
また、間の悪いことに
満州に侵攻したのが、チェコ攻略した部隊だった
チェコでは略奪破壊は禁止だったが、満州ではおk
と、きたもんだ

最悪の軍隊だよ熊野郎。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 20:38:46 ID:y8UzbDqI0
>>72
>「アメリカは九州を核と海上封鎖と陸軍で、日本人を殲滅するつもりだった」
事実の計画ですよ。

史実はルーズベルトが死去
トルーマン大統領が、ポツダム宣言前日に原爆投下発令し、
ダウンフォール作戦は中止となりましたが。

マッカーサ発案、ルーズベルト大統領承認
全体の計画をダウンフォール作戦「日本首都占領作戦」の一章です。
オリンピック作戦と言われる「南九州飛行場奪取作戦」ですね。

上陸日はXデーと呼ばれ、昭和20年11月1日
宮崎、大隅半島、薩摩半島の3箇所へ61万人が上陸
耳川以南を軍事制圧し飛行場の建設が目的
作戦艦艇は1000隻以上
作戦航空機6000機以上
上陸にあたり事前に原子爆弾投下7個が計画されていたようです。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/09(土) 21:19:47 ID:UkoE2ISJ0
原爆が7個?
既に使い果たしていたよ。
インディアナポリスが健在だったらもう一発あったろうけどさぁ・・・

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/10(日) 10:30:35 ID:SBQ9QuNi0
濃縮ウラン型(広島型)はもう無かったネ。
プルトニウム型(長崎型)は必要なら
2ヶ月もあれば製造可能。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/10(日) 11:23:11 ID:SBQ9QuNi0
ちなみに、スレ違い&軍版ではないので、省略しますが、
ダウンフォール作戦「日本首都占領作戦」の二章
昭和21年3月1日Yデーのコロネット作戦「首都東京占領作戦」では、
サリン使用も検討されました。

日本は降伏して良かったのでは?

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/10(日) 18:18:36 ID:m+RAtwmq0
ていうか降伏しないとまず食料輸送が断絶した状態で食料飢饉が起こり北朝鮮以上の飢餓地獄の中で世界中を相手に戦闘…
おまけに原爆放射能はあるわでどうみても自殺行為ですありryものだろうな

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/10(日) 22:06:35 ID:gpgyTbspO
まず数に勝るソ連軍を相手にするには、縦探陣地を敷かなければならない。
兵数的に実質5倍を越えるソ連を、ソ満国境で止めるのは不可能。
よって新京以北は捨て、新京を中心な第一防衛ラインを置き、徐々に後退しつつ鮮満国境付近に集結。
ソ連軍の消耗と戦力の集結を待って反転攻勢。
満州中部まで押し返す。


大陸戦を四六時中研究してきた陸軍だけあって、南方作戦の様などうし様もない下手は打ってないな。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/10(日) 23:14:32 ID:/TzWTqm50
第二次大戦末期、ドイツの敗北が決定的となった後のこと(1945年初め)。
そのときソ連は、ドイツと戦っていた部隊を引き抜き、東方へと送り始めた。もちろんそれは満州侵攻のため。
そして関東軍も、そのことは察知し、ソ連侵攻に備えようとする。

だから間違いない事実として、関東軍は在満の日本人を、避難させようと思えばできたんだな。少なくとも、約半年の時間的余裕はあった。
けれども、関東軍はそうしようとはしなかった。そんなことしたら、ソ連軍に対し、関東軍の弱体ぶりを示すことになるから。および、満州帝国内を動揺させることになるから。

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/29(金) 17:36:25 ID:pEhHPwvy0
関東軍が全員戦死してくれた方が戦後の対中関係には良かった。
「悪いのは関東軍です。関東軍が日本政府や天皇を無視して勝手に
やったことです。文句あるのなら関東軍の遺骨に小便でもかけてください」
とやれたから。生き残って帰国した関東軍将兵も送り返してやればなおよかった。
関東軍が諸悪の根元。海軍や関東軍以外の陸軍は関東軍の尻拭いだった。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/31(日) 15:50:23 ID:qsdPiiQr0
ドイツのオランダ駐留軍(ドイツ降伏までいた)の一部の師団は全員行方不明になった
(全員死亡)
関東軍もそうなればよかった。

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/31(日) 22:07:34 ID:HNIcL9oO0
名越二嵐之助を調べてみた。

 ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E8%B6%8A%E4%BA%8C%E8%8D%92%E4%B9%8B%E5%8A%A9

経理学校を出ているところを見ると、実戦部隊じゃなく経理畑の人なんじゃねえの?
で、経理だとすると、前線で戦うなんて事は有り得ないわけで。
戦闘員じゃない人を、戦わずして逃げたなんて言うこと自体おかしいのでは?
あと、朝鮮にいたのも、自分で勝手に行ったのか、命令(何かあったのかも知れない)によるものかもわからないね。
ま、もしも前者だとしたら立派な任務放棄で、軍規違反なんだが。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/31(日) 23:33:54 ID:uzqCY9Ct0
>>82
ソース呉

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/02(火) 03:16:26 ID:THlfbONh0
>>85
開拓経営を担当する必要上、軍隊に対して物が言える階級を与えられていた
という事でしょうね

階級が『軍曹』で、メンコが『5年』
経歴だけなら、兵役終わった後も軍に慰留された(もしくは志願した)古兵、ということになる
士官学校出たての中隊長クラスだったら、まず頭が上がらんです
士官学校の指導教官と同じ階級だから、トラウマになっていてもおかしくない。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 01:16:01 ID:c8MkI5wbO
叔父は大戦末期に徴兵されて満州の関東軍に。
兵隊は叔父同様新米ばっかり、部隊は定数割れ、兵器は小銃だけ、地図上には存在する部隊が実はいなかったり。
戦後はシベリアに抑留され。
このような人たちに玉砕するまで戦うべきだったと言う気にはなれないな。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 04:51:02 ID:lMxmoXBS0
新京陸軍経理学校=満州第八一五部隊
軍属ではありません、れっきとした軍人の養成期間です。

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 08:43:11 ID:3ppoKz9r0
ま、結局のとこ、関東軍司令部は、逃がそうと思えば予め逃がすことが出来た、
根こそぎ動員によって女子供老人が多数を占めるようになっていた満州北部開拓民を、


「住民の大規模な移動がソ連軍に知れれば、防衛線を後退させることがバレる“かもしれない”」


という恐れのもと、女子供老人が多数を占める開拓民がソ連軍による蹂躙の憂き目に遭う、
ということを、欧州戦線などでの状況から充分予測し得たうえで、かなりの地域で、
女子供老人が多数を占める開拓民に黙って、主力を後方撤退させてしまった、ということですね。

まあもっとも、関東軍幹部の中には、「どうせ女子供老人など戦の役には立たんのだから、
ソ連軍の進撃速度をいくらかでも落とすための“捨石”として、お国のために役に立って
もらっても構わんだろう」ぐらいの考え方をしていたようなやつがいたかもしれんけどな。
としてお国の


91 :90訂正:2007/01/03(水) 08:46:00 ID:3ppoKz9r0
最後一行消し忘れ

92 :花谷正:2007/01/03(水) 11:52:36 ID:9zgFgcli0
ビルマ戦線に行っておりました

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 22:18:51 ID:hMGOFWLx0
今でも問題になってる中国に多量に放置されてた毒ガス兵器は有効に使えなかったの?

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 22:45:46 ID:kkw3klsA0
いずれにしても、終戦間際の関東軍の精鋭のほとんどは、南方に抽出されちゃって、
もはや張り子の虎状態であった。関東軍が全滅しようがどうしようが、ソ連軍の侵攻は防げない。
糞スレ立てるなよ。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/04(木) 02:43:16 ID:sBghM63x0
>>93
風向きしだいでは自分の方がダメージでかいかもしれないから、怖くて使えない
ソ連が大量に持ってる対抗上、取りあえず持ってはみた由
つまり、抑止力です。

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 03:43:58 ID:FHgEWNqO0
 なぜ彼らは戦後遺棄した場所を報告(日本政府に対しても)しないのか?
全員国会に喚問して場所を答えさせ答えなければ恩給や社会保障受給権剥奪
にすべきだった.
場所がわかれば撤去費用も少なくすんだはず.
遺棄したことより彼らがそれを秘密にしていることが問題.



97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 04:02:47 ID:5rqFBCLW0
???秘密も何も
所在が判る分は、全部リストアップして国民党に提出したはずだし
日本がポツダム宣言を受諾した時点で、中国領土内の遺棄化学兵器の所有権は中国に移っているので
本来、日本に処理義務はない

これは、村山富市内閣のせいだな
村山政権下の紅の傭兵が、「化学兵器に日本製もソ連製も違いはない。中国製もまとめて責任を持って処理する」
とか、やらかしてくれたのも、痛い。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 15:58:18 ID:v1yzE+Oa0
>>97

>日本がポツダム宣言を受諾した時点で、中国領土内の遺棄化学兵器の所有権は中国に移っているので
>本来、日本に処理義務はない

瀬戸内海の豊島での廃棄物処理を産廃屋に丸投げ下土建屋の理屈とにてるなー

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 16:10:10 ID:l1a9f+wGO
>>98
武装解除されてもまだ武器弾薬は日本の物だったと思ってるのか?
冬休みだからって2ちゃんばかりするなよ、厨房。

100 :樋口少将:2007/01/05(金) 17:17:28 ID:esnxGyPz0
住民を避難させなかったことを軍の怠慢とか都合という見方が多いね。
しかし事前に住民を避難させれば開戦準備とみなされてソ連による条約破棄を
正当化させることになっただろう。(参考文献 ゴルゴ13「白い皇軍」)
そうなれば現代に続く領土問題でもソ連、ロシア側は見苦しい逃げ口上ではなく
強気に「悪いのは中立条約があったのに戦争準備をした日本、こっちは先手を
うって攻撃したに過ぎない」と言い張っていたと思われる。

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 18:24:35 ID:v1yzE+Oa0
>>99
大陸に日本軍は毒ガス兵器を持ち込んでないが建前じゃなかったの

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 18:35:41 ID:GJ9xzeSh0
>>101
日本は大陸に毒ガス持ち込んでないと宣言してたの?


103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 20:37:59 ID:v1yzE+Oa0
「大本営の統帥」は国際法上、化学兵器は一切配備していなかったことになっているのである。
防衛庁の「戦史叢書」のどこをさがしても「化学兵器」は見つからないのである。


104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 22:19:15 ID:v1yzE+Oa0
「大本営の統帥」は国際法上、化学兵器は一切配備していなかったことになっているのである。
防衛庁「戦史叢書」のどこをさがしても「化学兵器」は見つからないのである。


105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 22:20:15 ID:v1yzE+Oa0
「大本営の統帥」は国際法上、化学兵器は一切配備していなかったことになっているのである。
防衛庁「戦史叢書」のどこをさがしても「化学兵器」は見つからないのである。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 22:21:25 ID:v1yzE+Oa0
「大本営の統帥」は国際法上、化学兵器は一切配備していなかったことになっているのである。
防衛庁「戦史叢書」のどこをさがしても「化学兵器」は見つからないのである。

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 00:37:35 ID:UlXDns9g0
>>90
硫黄島みたいに、住民を退避させて、陣地構築すれば良かったって考えか?
>>100にもあるように、ソ連に参戦の口実を与えるようなものだな。
あと、この頃はソ連を仲介とした講和をまだ諦めていなかったので、そのためにも刺激するのはまずかろう。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 02:55:07 ID:uspeULg50

近いうちに侵攻が予想されるソ連軍に参戦の口実を与えるよりも、
数万の日本人女性子供老人を捨石にして、欧州戦線の如くソ連軍の餌食にしたほうがヨシ、


というのが、>>100 >>107 の御考えだそうです。

まあそんなとこでしょう、“日本軍・皇軍”的思考ってのは。


109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 04:48:39 ID:qcbXLT540
朝鮮人には議論する気も能力もないみたいだ

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 04:53:05 ID:Zlz5ibFZ0
>>101
使わずに済んだら、それに越した事はない
よって、『公開する文書』には記載がない、どこの国でもやってる。外聞を憚るから、公言しないだけ
試しに、自衛隊以外の基地に行って、「毒ガス持ってる?」と聞いてごらん、多分答えてくれないから
ちなみに、「持ってない」と答えるのは、抑止力の観点からお勧めできない
『記載が無い』とするのが大人の処世術です

『相手が使用した場合のみ、反撃として使用が正当化される』のですが
いざその時に手元に無いとなれば、間抜けにすぎる
実際に運用しなければならない連中には、ちゃんと記録があるわけだな
だからリストアップできた

>>108
それは結果論
まともな軍隊だったら、民間人を巻き込むのは避けようとする
関東軍と行動を共にすれば、戦闘になった時には否応無しに巻き込まれる
かてて加えて、その状態だと便衣兵扱いになるけど、そっちの方が良いと思う?

ソ連軍の思考が分れば、別の手を考えたかもね。

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 13:53:26 ID:uspeULg50
>>110
>まともな軍隊だったら、民間人を巻き込むのは避けようとする
>関東軍と行動を共にすれば、戦闘になった時には否応無しに巻き込まれる
>かてて加えて、その状態だと便衣兵扱いになるけど、そっちの方が良いと思う?

スゲェ・・・
完璧なまでの役人論法だな

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 19:07:49 ID:cC+0ehUo0
http://www.meti.go.jp/policy/chemical_management/cwc/100joyaku/109joyaku_wabun.pdf#search='%E5%8C%96%E5%AD%A6%E5%85%B5%E5%99%A8%E7%A6%81%E6%AD%A2'

113 :112:2007/01/06(土) 19:15:52 ID:cC+0ehUo0
>97
化学兵器に関して「武装解除して渡したから日本には責任なし」
というのは悪徳産廃業者に産廃を渡したからあとはどうなっても関係なし
という企業と同じ論法。(条約を悪徳弁護士のように曲解したもの)
ただし、あくまで「処理責任」があるわけでその代わりに賠償金払う
とか高額な代金支払って中国側にやらせる必要はないんだが。
(PKOなどへの自衛隊派遣が行われる以前は、自衛隊の初海外派遣は
中国への化学処理部隊の派遣では?と言われていた。逆にそれを理由に
(中国が自衛隊派遣に抵抗あるからー少なくとも建前では)踏み倒そう
という悪知恵でもあったのだが。
中国には「日本の手で処理しろ」というのは正当な権利
しかし、「こちらで処理するから費用払え」とかは言えない立場。
 

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 19:58:24 ID:lLVGmduy0
化学兵器処理は自民党の利権だからね
神戸製鋼、安倍の

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 20:07:11 ID:976Y0uR00
ウヘッ!
こんなとこまで利権が絡んでるのか・・・


116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 20:38:45 ID:cC+0ehUo0
少なくとも日中国交回復(1972年)に遺棄兵器の場所を
中国側に伝えなかったのは日本側の落ち度だが(当時なら戦後27年で
まだ終戦時の関係者生存してたわけで、彼らを調査すればよかった。)
そのとき要求しなかった中国側にも問題はあるが。

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/07(日) 03:10:42 ID:3LFz69yl0
>>110
>関東軍と行動を共にすれば、戦闘になった時には否応無しに巻き込まれる

だから事前に逃がせって言ってると思うんだが・・・
やっぱ国士様ってやつは日本語は通じないのか?

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/07(日) 03:26:56 ID:jmp7/4970
上のほうで「ソ連が攻めてくるといっても誰も信じず、逃げなかった」とか
「住民を逃がすとソ連が攻めてくる(と、当時の日本軍が考えた)」とか
言われてるのが全部無視されてしまった

119 :100:2007/01/07(日) 13:00:43 ID:r1Z706WR0
だって関東軍は陸軍の一部に過ぎず、陸軍指導者を含む政府がソ連を仲介にした
米英との講和を模索していたのに、防衛戦争のためだろうが勝手に戦争の準備を
して国策を台無しにしたらスジがとおらないだろう。
それこそ関東軍が得意で戦後も批判された独断専行。
陸軍に対する戦後のシンパシーを優先するか、ロシアに対する遠吠えを重視する
かは議論しても答えはでないだろう。
関東軍を引き抜いて南方に送ったのは勿体無かったな。輸送中に空襲と雷撃で
しずめられて気の毒すぎ。

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/07(日) 14:12:39 ID:1NULkA920
・関東軍は日本人住民を見捨てて自分たちだけ先に逃げ出した
・沖縄で県民に自決強要したり囮に使ったりした
この二つは軍部がいかに国民に冷酷だったかを示す話として広く流通してるね

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/07(日) 21:39:20 ID:0SUUxK9B0
当時、胡桃沢耕史は一兵卒だったけど当番で歩哨に立ってる間に部隊全員が逃げちゃったんだよね
胡桃沢耕史だけソ連軍につかまってシベリア

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/08(月) 16:03:25 ID:4qZ2N1Ga0
 それにも関わらず軍に対して戦後も膨大な支出(援護、恩給)
をしているから日本は戦後も軍国主義国家と言われる。
連帯責任で通常の社会保障(生活保護や身障者福祉)以上は
すべきではなかった。
あるいは国民へのおわびに将兵を復員させずに、国内での復興のために強制労働を
10年くらいさせる、とか。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/08(月) 16:21:54 ID:Nq6sMnhx0
兵に罪はないだろ
大罪は将にある
陸軍士官学校出、陸軍大学校出は生存率高いうえに恩給も高額

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/08(月) 16:36:17 ID:4qZ2N1Ga0
 日本が戦後も軍国主義的なことには違いない。
本来恩給は高額だが、物価スライドはなしだった(戦前戦中の法律では)
それを戦後、引き上げて戦前戦中以上の厚遇をした。
それだけで軍優遇いえる。
恩給や援護は全廃でドイツのように戦死者遺族と1、2級障害者にだけ
一律月500ドル程度で十分。(それが世界基準)




125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/08(月) 18:21:12 ID:h2djOWeB0
「徴兵」しといてそれはないだろw

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/08(月) 19:37:05 ID:alnupVIF0
スレ違いだしな
きっと朝鮮人なんだろ

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/08(月) 20:22:47 ID:4qZ2N1Ga0
>125
ドイツ軍(旧西ドイツ)や米軍も同じようなものですが。
日本は米国に併合されて米国式にしてしまえばいい。憲法改正の必要
んもないし、米軍による選抜徴兵なら死んでも高額な手当など払わなくて
よくなるし。

128 :えICBM:2007/01/08(月) 23:44:52 ID:Vv0+NxF30
>>125
徴兵の目的は安くて忠実な戦力の調達。

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/09(火) 03:27:05 ID:azqXpHx10
>>117
だから、それをやるとソ連が攻めてくるだろ?
ソ連に先に喧嘩を売れってのが君の主張か?
逃がしている間にも、ソ連は攻撃してくるぞ。
そして、住民を抱えながらの戦闘は困難を極め、軍民もろとも玉砕だ。
もちろん、後方にいる住民も同じ運命に遭うのは言うまでもない。
史実よりも、もっと悲惨なことになっていただろうな。

>>119
関東軍が精強のままだったら、国境付近で食い止められたかもね。
まあ、それ以前にソ連は容易に手を出せなかっただろうが。

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/09(火) 06:25:18 ID:3STCZQmB0
ナチスドイツのデーニッツですら、大戦の最終局面においては、
ポーランドや東プロイセンのドイツ人をソ連軍から守るために大避難作戦を
敢行したのにな。

それにたいして、関東軍やその擁護者どもの感覚といったら、まったく・・・・


131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/09(火) 06:31:45 ID:eLObkbQL0
日本の外国への戦後賠償って1兆円程度なのに
国内の恩給は総額40兆円以上らしいからねw



132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/09(火) 12:52:06 ID:azqXpHx10
>>130
日本も硫黄島や沖縄の住民を本土に疎開させているが、なにか?
それと、すでに交戦状態だったドイツと、ソ連と戦ってもいない関東軍との区別もつかないのか?
で、もう一度聞くが、ソ連に先に喧嘩を売れというのが君の主張か?

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/09(火) 13:49:45 ID:azqXpHx10
>>131
また朝鮮人の嘘か?

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/09(火) 16:34:55 ID:/OHQr+Nb0
ソ連が日本に宣戦した1945年8月9日夜
新京(満州国首都)から一番先に朝鮮へ出発したのは、軍関係の家族であった。
十日には満鉄関係、十一日には大使館関係、十二日には満州国政府関係、
十三日に至ってはじめて一般市民がしんがりとなって出発した。
                                河出書房 満蒙終戦史 参照

こうして十一日の正午ごろまでに十八列車が新京駅を離れた。避難できたものは
新京在住約十四万のうちの約三万八千人。内訳は軍関係家族二万三百十余人、
大使館など官の関係家族七百五十人、満鉄関係家族一万六千七百人。
ほとんどないにひとしい残余が一般市民である。
                     文芸春秋 ソ連が満州に侵攻した夏 半藤一利

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/09(火) 16:45:06 ID:/OHQr+Nb0
市民を避難させることはソ連にけんかを売ることになるからそのまま

ソ連侵攻

軍人・官僚・家族が真っ先に避難、
残された一般市民は略奪レイプ、兵卒として召集された夫はシベリア抑留

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/09(火) 18:55:23 ID:azqXpHx10
おーい、都合の悪いことは無視か?朝鮮人。
もう一度聞くが、お前の主張では、ソ連に先に喧嘩を売れってことだよな?
早くこれに答えてくれよ。

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/09(火) 19:08:36 ID:B4eD6Xvv0
>>134
スレの最初の方を読めば、誰が悪いとかひどいとかいう話じゃないのはわかるよな

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/09(火) 19:43:51 ID:Hy8iR2ds0
>137
シベリヤ抑留される前に特攻か自爆テロをやるべきだった。

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 01:13:58 ID:ZMhseXOrO
なんで住民を避難させるのが
ソ連にケンカをうることになんの?

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 03:09:12 ID:OeQBtTYk0
>>139
民間人を避難→想定戦場に民間人の存在なし→日本が開戦準備をしていると判断→ならば先に殴ってやれと先制攻撃
ってプロセスなんじゃね?
戦国時代に籠城戦をやろうとする前に町人を収容したり逃がした後に城下の民家を焼き払っちゃう(攻城側の行動を視認し
やすくしたり便宜を与えないため)のと似たようなものだと理解してるが。

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 05:06:06 ID:ZMhseXOrO
それって攻撃じゃなくて、完全に防御の行動だから
別に相手を刺激するコトではないでしょ。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 10:14:19 ID:FEJjIFQ40
帝政主導による資本整備で発展する国家が、国境を接して存在するだけで
共産主義にとっては、物凄い挑発です
ソ連国民が「なんか変じゃね?」と気付く前に、根こそぎにしておかなくてはなりません。

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 13:09:14 ID:Oq7MKQNZ0
>>140
そもそもなんで民間人避難させると挑発になるの?
攻め込む口実になんかなるわけねえだろクズw

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 14:50:54 ID:BMw6D0ZOO
攻撃でも防御でも、民間人はいない方がいいのよ。
軍事作戦上、邪魔になるし、巻き添えを食うかもしれないから。
だから、攻守関係なく避難させる。
こんなものは軍事の初歩だ、朝鮮人。

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 14:56:40 ID:SVFszXc50
関東軍の精鋭は南方に引き抜かれていたし
現地召集の「関東軍」の奴らが気合を入れてソ連軍と戦わなかったからこうなったんだ。

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