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【清廉潔白】米内光政【最後の防波堤】

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 16:04:03 ID:kIxxtl3R0
彼がいなかったら、日本はもっと悲惨な末路を辿っていたかもしれない。

もちろん、責めるべきところもある。大陸政策の誤り、原爆を「天佑」と失言、海軍内の意思統一に失敗、山本五十六の命を救うつもりで前線に送ったが逆に戦死させてしまった。
しかし。
日本海軍を国防軍と位置づけ、二・二六事件の首謀者をいち早く賊軍と非難、急進的な井上成美をうまく手懐けながら、辛抱強く終戦への道を模索した、山の如き意志は評価に値する。
昭和天皇の篤い信頼を受け、内閣を瓦解させたはずの畑俊六を極東裁判で庇う高き人徳。
戦後六十年を過ぎた今、激動の時代を駆け抜けた救国の士を語ろう。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 16:13:58 ID:DZa8wlZI0
2

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 17:00:28 ID:JSi5Sy3u0
実松譲『米内光政』(光人社)買ったよ。
じっくり読むつもり。

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 17:10:56 ID:kIxxtl3R0
>>3
スレ立て人です。
自分もその本、読んでます。


5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 17:13:51 ID:IbV6iIDKO
畑俊六の巣鴨日記によれば、内閣瓦解は米内の意志。

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 17:18:41 ID:kIxxtl3R0
>>5
陸軍の嫌がらせに米内が嫌気がさしたといえる。
そもそも、昭和天皇から組閣の命を直々受けるまで、米内は総理になるつもりもなかった。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 17:53:36 ID:IbV6iIDKO
>>6
件の日記からひろってみました。
「この裏には余人の想像を絶した圧力が、米内総理にかけられたと見ることも出来るし
翻って米内総理自身近衛文麿公の新体制に賛同したとも取れる。」
前者をとるならば、嫌がらせに嫌気がさしたと思われ。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 17:59:15 ID:kIxxtl3R0
>>7
昭和天皇と米内の意志は日本の暴走を止めることだったと思うが、
あの状況下では米内ひとりではもはやどうしようもなかった、
そういう気がします

畑にしてみれば、極東裁判で米内が庇ったのが
逆にプライドに触れたのかもしれない
その日記、読んでいないので単なる推測ですが

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 18:26:13 ID:IbV6iIDKO
>>8
誤解をまねく書き方で申し訳なかったです。
>>7の文章は畑のものではなく、編者の小見山登のものです。
畑自身の回想談はもちょっと柔らかい感じです。
「自分の目の黒いうちは伏せるように」とも言っていたみたいです。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 19:17:37 ID:b5EShcAJ0
米内本人は総辞職する気はなかったみたいだがね
沢田参謀次長から陸軍の総意として、米内内閣では新たな情勢に対応できぬ
すみやかに挙国一致の体制をとり得る内閣を樹立するよう陸相の善処を要望する
(陸相辞任して内閣を倒せ)と覚書を突き出された畑陸送は辞任を決意するが
辞任の前に首相と話し合い円満に総辞職という方向に持っていきたいと7月9日
米内と面談。畑「近衛公がやるというならば、軍人宰相らしく快く政権を渡すべき」
米内「同感です、私は何も政権にかじりつきたいなどいう考えはない・・・」畑は
これで円満総辞職と理解していた、ところが数日後内閣居座りという情報が入り
畑は赤坂の料亭での会談を求めたが米内は来なかった。16日、閣議前、畑が首相の部屋
に行くと、米内は「いやしくも大命を奉じて内閣を組織している以上、大義名分に即する
立派な理由がなければ、自分としては陛下の御前で御暇を頂くということを申し上げることは
できない、陸軍はこう思う、国民がこう考えるという希望だけで内閣がやめられますか。
陸軍部内の統制については私からとやかく申す筋ではないでしょう、しかしながら、大臣が
一昨夜の意見(畑は覚書を秘書に手交していた)のごとくお考えになり他に考慮の余地がないならば、
辞表を提出もらう外はないでしょう」そこで畑は用意していた辞表を米内の前に置いた。
米内「仕方ありません、後任者の推薦をお願いしましょう」畑「後任者の選任は困難でしょう」
米内「それでは、陸軍は後任を出さないものと諒解してよろしいですな」畑「それは困る、いずれ
三長官会議に諮って、夕刻までに回答します」。その日の午後、総長室で三長官会議が開かれたが
山田乙三教育総監が「陸相の処置は止むを得ない。大臣の意見は陸軍全体の総意であるから
後任になる人はあるまい、の意見でまとまり15分で散会。これで内閣の崩壊は決定

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 19:27:41 ID:Ee35woGz0
静かなる楯 米内光政 も読んどけよ
アホども



12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 19:35:23 ID:IbV6iIDKO
>>10
まあ、その辞表を受理しないように裏約束がなされていたとゆー話ですよ。畑によると。
畑「閑院宮さまの顔を立てるために辞表を出すけど、握り潰してちょ。
君が辞表を蹴ってくれたら慰留に応じて辞表を撤回するから」
米内「よっしゃ、そうしよう!」
→辞表アッサリ受理。
畑「ガビーーン;」

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 20:18:37 ID:kIxxtl3R0
>>11
もちろん読んだ。
ちょっと米内を持ち上げすぎの感もあるけど。

>>9
畑からすれば、まさか日本が負けて自分が戦犯になるとまでは思っていなかったでしょうから、
できれば本音は墓場まで持っていきたかったかもしれないですね。

>>10
>>12
このあたり、米内の真意ははっきりしませんね。
どこかで読んだ気がするのですが(出典失念)陸軍による倒閣で逆に陸軍の横暴さを世間に知らしめようという意図もあったとかなかったとか。
どちらにせよ、無謀な戦争への流れを止めるには、当時はおそらくもう米内しか人材がいなくて、
自分でダメならもう流れは止められないだろうという諦観だったかも。

14 :10:2006/09/01(金) 20:30:50 ID:b5EShcAJ0
「参謀の戦争」(土門周平著)より
著者の土門氏は旧陸軍軍人(戦車連隊中隊長で終戦、戦後自衛隊)
米内辞任の経緯は著者が畑陸相の日記、木戸内大臣などの日記を基に記述

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 20:37:34 ID:kIxxtl3R0
>>14
出典どうも
読んでみます

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/02(土) 00:13:26 ID:gpn64wvb0
戦国時代
http://hobby8.2ch.net/sengoku/

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/02(土) 00:58:50 ID:06KUnN+90
「米内光政と山本五十六は愚将だった」は良書だよ。
なぜ阿南が「米内を斬れ」といったかもわかる(かも)。

米内は、日本に悲惨な末路を辿らせた張本人かも知れないよ。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/02(土) 01:06:52 ID:06KUnN+90
【清廉潔白】な米内光政は戦前戦中を通じて派手な芸者遊びで有名だったが
ありあまる財力があったわけでもないのに、なぜそんなことが出来たのか不明。

米内が「天佑」と口走った原爆投下とソ連の参戦は、鈴木貫太郎首相のポツダム宣言黙殺発言が口実にされたもの
(このことはトルーマン大統領ら米首脳部の発言にも、ソ連の宣戦布告文にも出ている)

ところがこの鈴木発言は、米内が言わせたといっていいほど介入している。
その場にいた高木少将が「なぜ総理にあんな下らぬことを放言させたのですか」と米内を詰問しているが、米内はこれに対して沈黙したまま。

非常に不審な人物。
いったい腹の中で何を考えていたのか?


19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/02(土) 06:09:13 ID:abCuA+s80
この人のスレって、立ってもすぐ消える。もうネタがないんだね

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/02(土) 09:37:24 ID:bSANR+8y0
アホ右翼も売国左翼もちゃんと勉強しましょう。

↓参照
http://www.tamanegiや.com/ura.html(や→yaに変換)

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/02(土) 12:57:23 ID:hWyZT0cY0

昭和の「マッチ・ポンプ男」のひとり。しかも国を誤った。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/02(土) 20:39:22 ID:WNan7KHB0
>>17
その「愚将だった」をもって阿南の「米内を斬れ」と結びつけるのはどうかと...。
そもそも大戦末期の内閣のなかで米内と阿南は最たる対立軸だったでしょうに。どういう観点から見ても阿南が死に際に米内を罵るのは当然だと思う。

>>18
芸者遊びは海軍の伝統のようなものだから。
山本五十六もかなりの遊び好きだったらしいから。本当の意味で清廉潔白だったのは井上成美くらいか。

原爆投下もソ連参戦も鈴木のポツダム黙殺前に決まってたのは承知ですよな?
米内が鈴木に言わせたとは初耳だが、出典は?


23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/04(月) 04:55:52 ID:8tFiM4x40
架空戦記ものの類は嫌いで、かわぐちかいじも「ジパング」をやっちまったか、という感想しかないが、
そこでの米内の描き方には興味があります

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 01:38:18 ID:PjbNGDGt0
ポツダム宣言受諾の署名が鈴木貫太郎に次いで二番目なのはなぜなのでしょうか

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 07:54:38 ID:JUY+F1ImO
身の丈187cm

26 :米内光政:2006/09/06(水) 11:03:44 ID:H11SmNqTO
それは・・・・副首相格で入閣しているから

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 00:33:27 ID:A5nRRt4S0
昭和天皇の信頼は絶大だったみたいだね。
なにせ天皇自ら手渡しで硯を賜ったそうだし。

でも >>17 >>18 に言わせると、昭和天皇は人を見る目がなかった、ということかな?

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 01:01:46 ID:TL5O3T4kO
昭和天皇は人を見る目がないと言うより、好きなタイプ嫌いなタイプがはっきりしている。
まあ、好みは悪くはないが、人を見る目は無いな。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 01:23:51 ID:zwsz3ZzG0
>>18は日本史板の米内スレ立てた人かもしれない

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 04:38:40 ID:xUHDtNSi0
>>29
光文社ペーパーバックスで日本海軍悪玉論を展開している人かもしれない
「海軍善玉・陸軍悪玉」論は行き過ぎだとしても、「海軍悪玉・陸軍善玉」論がどれだけ支持され得るものだろうか。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 18:12:25 ID:ADVAPKTR0
敢えてURLは示さないが、
海軍左派トリオはフリーメーソンで
アメリカの為にわざと日本を負けさせたって書いてる
DQNホムペがある

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 22:43:23 ID:Mi6KYsOi0
>>28

昭和天皇は視点は、人物の優秀さと日本という国家に対する忠誠心。
この価値基準での人を見る目に関しては見識が高かった。

ただ、当時の国際情勢ではそれだけでは生き残れなかった
チャーチルのような、卑怯さ、ワガママさを含めての徹底した人間の
したたかさが求められた時代。

日本はボロ負けしたけど、誇りだけは残った。
戦後の日本の復興は、この誇りが支えになった。

それが、いいのか、悪いのか、結論を下すのは難しい。

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/02(木) 12:49:06 ID:r3PVtNRG0
松田十刻『海軍一将軍の生涯 最後の海軍大臣 米内光政』(光人社)を買ってしまった……

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 15:07:49 ID:iZGxDfYi0

俺は書店でぐうぜん見つけてこの本で米内について詳しく知ったんだが
悪書なのか?

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/06(月) 15:22:32 ID:dxlaJ82a0
上記の著書は未読だが同人の書いた乃木希典の伝記を読んだ事がある。
悪書ではなかったが、乃木について好意的に過ぎないか、
という疑問点があった。

この板ではよく槍玉に挙げられる阿川弘之の評伝でも
「人事についてはめちゃくちゃな所があった」との人の評価をちゃんと載せたり
米内にも特攻隊については責任があるとか明記していたのに対し
その辺りをどう書いているかは気になる。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 18:06:42 ID:qlh3eHjz0
激流の弧舟 提督・米内光政の生涯/豊田穣/講談社/1,000円

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 21:20:32 ID:Gz9F/MNL0
話題の「太陽」を観た。


米内光政のセリフ、たった一言だけ...それも皮肉...orz


38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/08(水) 21:46:18 ID:BjuKkMvQ0
米内のあだ名=金魚大臣
こころは、見てくれはいいが使い物ならない

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 00:58:58 ID:u1WXE7rwO
おしゃべりな米内は辛いな・・・・台詞があっただけヨカッタ

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 06:29:28 ID:xhD5HYPA0
演じた俳優さんは晩年の米内にかなり似ていた。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 13:26:07 ID:vqCARsH40
>>37

あの映画俺も観たけど、監督の意図理解できた?

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/09(木) 21:58:18 ID:rhUvbrKu0
>>41
昭和天皇の実像を描くのが第一だったんだと思う。
ロシアの監督なのに、よく取材してると思った。
で、監督の意図かどうかは別として、
日本人の受け止め方と日本人以外の人たちの受け止め方では差異が出てくる映画だと思う。
ただ、マッカーサーとの会話はほぼフィクションだろうけど。

映画では人間宣言までだったから、米内との別れの際に硯を与えたエピソードとかがなくて、感動には欠けた。

43 :日本@名無史さん :2006/11/22(水) 22:03:56 ID:9BWFqW680
阿南の「米内を切れ」との遺言
とは、玉音放送の「戦局、日に日に非ずして」との文言をめぐりを
日本は負けたわけではないのだから、「戦局かならずしも好転せず」と書き換えよと主張する阿南。
米内は、負けてるんだから負けていると書くべしと強行に主張し、
阿南は、日本はまだ負けていないから修正せよと主張する。
休憩直前に、米内は「ここは重要なところだから
勝手に修正するんじゃないぞ」と念を押してまで強行だったという。

結局、阿南の主張どおり変えてもよいと米内が折れて落着。

600万皇軍将兵の無念を思う阿南は米内が許せなかったに違いない。



44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/22(水) 23:58:35 ID:9X8mXwj5O
そういう現実を見ない態度の犠牲となった者を含む600万皇軍将兵の
無念を思う米内は阿南が許せなかったに違いない?

45 :連合艦隊:2006/11/23(木) 21:00:39 ID:Ius0WxJi0
米内さんを買いかぶるのはどうかと思う。蒋介石を相手にせずの共犯者だし、
上海派兵の主犯だし、海軍善玉陸軍悪玉説の張本人高木少将の親分だし。し
かも高木さんは第一委員会で主戦派だったという説あり。栗田中将を異常に
非難しているのは兵学校長に栗田さんが就任したのが面白くなかったからで
は?とか(高木さんは教育局長までいったが海兵校長にはなれなかった)。


46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 22:36:29 ID:tunVT72B0
>高木さんは教育局長までいったが海兵校長にはなれなかった

少将なんだから当然だと思うが。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 23:43:52 ID:nfRQYYcTO
米内を斬れってのは、陸相は陸軍の責任をとって死ぬから海相は海軍の責任をとって死ね、と。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/23(木) 23:47:24 ID:Pp2x+bKg0
いや、米内はアメに飼われていた、と見ていたんだろ。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 05:40:19 ID:JPpoFpYDO
>>45全く同感
『何故ソ連と仲良くしないのか?』と言ったらしいが…こんな不勉強な人間がよく大将までなれたと思う。


50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/24(金) 08:27:48 ID:bjtxwH48O
>>45
>何故ソ連と仲良くしないのか

ソースよろしくお願いします。
初耳です、その話。

51 :連合艦隊:2006/11/24(金) 19:23:03 ID:0me2riCW0
>>50>何故ソ連と仲良くしないのか、は云ったかどうか判りませんが
大変なロシア贔屓でドイツ嫌いだったのは事実らしい。緒方竹虎が「一軍
人の生涯」で証言している。ロシア革命当時東欧に駐在していて、部下に
は例の小柳喜三郎なんかもいた。ソ連諜報機関とも無縁ではなかろう。日
独防共協定の延長の同盟に反対した理由を額面通り受け取るのもどうかな。

52 :名無しさん@お腹いっぱい:2006/11/26(日) 16:30:15 ID:xlLENVap0
山本五十六元帥や米内光政がフリーメーソンかどうか
俺もまだ、半信半疑で勉強中だが、やはり、東京裁判で
一方的に処刑されたのは陸軍出身だけというのは相当あやしい。

明治時代から、海軍系はアメリカ留学組が多く、陸軍はドイツやフランス
などのヨーロッパ留学組が多い。

もちろん、司馬遼太郎や吉田茂が陸軍嫌いなのはただ、単に陸軍
が処刑されたトラウマからきてると思うのが。(乃木愚将論が典型的)

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 20:19:07 ID:2PiDNWMk0
強力な電波を察知いたしました。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/26(日) 20:30:22 ID:gRUCR5Wx0
別にフリーメーソンにこだわる必要は無いんじゃ?

五十六の博打作戦に、何故か消極的だった南雲を真珠湾攻撃の司令官に起用し
案の定、南雲は第三次攻撃をためらって不徹底な成果に(というか予定通り?)
はっきり言ってアメリカの世論工作に貢献しただけ。
今だに「リメンバー・パールハーバー」と言われているくらいだから大したもんだ。

駐米大使館員たちもとんでもない怠慢も世論工作に貢献しているね。
ルーズベルトの指令で壊軍と害務省が連係プレーをしてるとしか思えんよ。

ミッドウェイでも米内は相変わらずのミスキャスト続行。
これは無能によるものか、あるいはわざとやっているのか
少しは疑わなきゃいかんな>1は。


55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 06:20:41 ID:2ULN6YugO
三国同盟で陸海軍が揉めていたときの陸軍大臣は盛岡中の後輩で板垣征四郎で米内にあたまが上がらないので頓挫して何年かは助かった。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 07:06:51 ID:3Wys5rQm0
>南雲を真珠湾攻撃の司令官に起用し

聨合艦隊司令長官に人事権あるのか?

57 :日本@名無史さん :2006/11/27(月) 20:32:26 ID:p1KIhvtl0
米内は軍人の自決に批判的だった。
陛下一人残して、死ねないということだ。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/27(月) 22:53:28 ID:qmNq460C0
戦後は布団袋に日用品を入れて何時巣鴨出頭の命令が出ても大丈夫なように
ちゃんと準備してたらしいね。自決よりも生きて責任を取るほうを選んだ。
巣鴨行きは免れたものの法廷には証人出廷させられた。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/28(火) 01:31:06 ID:yhMxC87g0
>>58
その証人出廷では、誰が見てもわざとらしい惚けを押し通したというからすごい。
その甲斐あってか畑俊六は死刑を免れた。
仮釈放後、米内の銅像を訪れた畑は、まわりに生えた雑草を刈って掃除したという。

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