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外国人の人権

1 :法の下の名無し:04/12/06 09:54:47 ID:hUVL6sf1
性質説とか文言説とか。

636 :船虫Jr ◆.Tg2yBtH66 :2005/08/17(水) 20:11:46 ID:zizfwuA2
>>620
>国民主権原理で最初に被治者を持ってくるのはおかしいだろ。
>治者が先立つはずだ。でなければ国民主権ではない。

その通り。どんな選挙に関しても、被治者など存在しない。
存在するのは、昔の被治者と今の被治者であって、
選挙結果が反映される「治」に関する被治者はいない。
これは未来の被治者であるから、「既に決まった」などという存在ではない。
だが、結果として、被治者が治者と一致してないという事態が生じれば
民主主義違反となる。これは、民主主義に関する一般的な運用方法だろ?
このような理念を規範として用いるなら、
「未来のことは正確に分からないが、結果として『治者でない被治者』を作らないよう努力すべき」
ってことになる。
このようにして、民主主義の理念は実際に使われているわけだが、
有権者を治者として扱う一般的な解釈は、民主主義ではないのか?
被治者かどうかは未来になってみなければ分からないのだから、
選挙当時、被治者であることを理由に治者であるとは言えないだろ?
そんなことはない。
民主主義における治者は予定被治者でかまわない。
というか、それしかない。
人道主義の「共救助者は助ける」にしても、要救助者かどうかは未来にならないと分からない。だが、
「分からない」→「人道主義的要求の前提である『要救助者が存在する』は崩壊」→「人道主義は無効」
こんなことにはならない。

637 :船虫Jr ◆.Tg2yBtH66 :2005/08/17(水) 20:12:17 ID:zizfwuA2
そもそも、どんな国民指定をしても、それは法制度であることには変わらないわけで、
オレの主張で言えば、「それは便宜的なものに過ぎない」となる。民主主義を採用しても同じこと。
「真の国民」は何時までたっても明文化できない。観念上の存在。
そのような観念上の存在が、選挙の実行以前に存在するとしても、別に問題はない。
辻褄合わせの理屈が欲しければ、決定論でも想定すればいい。
決定論では、「被治者かどうかは既に決まっている。ただ、我々がそれを知ることができないだけ」と言う。
結局、言葉遊びに近い疑似問題でしかないと思うが?

>でこの手の話で一番近似できる理論といえば国家契約説なんだろう。

これも言葉遊びじゃないのか?
契約と言って何を想定してるの?
ルソーのことを言ってるなら、民主主義を排除するようなもんじゃないだろ?
それに、主権者になる前に何か「契約」なんかしたか?

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