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竹内文献再考証 天皇尊と妙見

281 :雄康:2006/11/22(水) 01:33:55
1707年(宝永四年)(一七〇に書かれた「霊符縁起集説」には、
玄松子を引用すると、
http://www.genbu.net/data/yamasiro/kenkun_title.htm
「玄武神は亀なり。北方に鎮り諸厄を祓い給う。
玄武神は今の妙見菩薩にして童形なり。
玄武の大元は国常立尊なり。水の神にして宅神なり。
病魔退散の神なり。」という記載がある。

これは、熊本の八代妙見祭の伝承にある、
http://myoken.gorotto.com/index.phtml?m=fes
妙見神が「天武帝白凰九年 (六八〇年) 秋、
中国から亀蛇の背に乗って海を渡ってきた」たという伝承、
つまり亀蛇は道教の四霊のひとつ、亀蛇合体の北方鎮護の玄武神、
水の神(五行の配当の水気)であること、
宅神は道教の家に邪気が入り込むことを防ぐ神の意、
道教では鎮宅霊符神ということ、
国之常立神は、『ウィキペディア(Wikipedia)』では、
「日本神話に登場する神であり、日本書紀では最初、
古事記でも神代七代の一番目に現れた神とされることから、
始源神・根源神・元神として神道理論家の間で重視されてきた。」
ことから、天の中心、すべての元、大元あるいは太極の神であること、
「源平闘諍録」が1337年(建武四年)に書かれていること、
などを寄せ集めて、江戸時代に、誰かが作り上げたようだ。結構流行したらしい。

また、日蓮宗では、能勢氏の祀り神であった鎮宅霊符神を、
法華経の御法神である妙見大菩薩に変え、
能勢妙見として現在に至っているとそうな。

そういえば妙な名前のやつが、「霊符縁起集説」について、
いんちきじゃなかった薀蓄を語っていたな。



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