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◆決定論:脳は物質だから意識は必然にすぎない49◆

1 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/02(金) 01:00:20
人間の脳が「物質」であることついては、誰も異論がありません
しかし、脳内には物質以外の「何か」がある(筈)と考える人が居ます
・・それは願望思考・自己欺瞞という「観念論的誤謬」です
人間の脳を構成する一千億個の神経細胞は軸索を伸ばし、突端から
分泌する神経伝達物質で、他の神経細胞に情報を伝えるだけです
 勿論、脳内には核分裂のような原子核反応もありません
分子生物学の対象分野「分子レベルの現象」が全てです
この宇宙で人間の脳だけが「特殊な物質」であるとする科学的根拠は
全くありません。人間の脳も地球上における「物質の進化」の一過程に
すぎず、人間の脳が造り出す「意識」も何ら特別ではありません
意識は『クオリア』を持つ動物全部に生成する現象です
「何を思うか何を意志するか」は、あらかじめ物理・化学法則により
決定されております。自由(意志)感は文字通り「感じ」にすぎません
量子論の「不確定性」は意識には何の関係もない「単なる観測問題」です
以上が「超・大統一理論」=量子論と相対性理論の統一後に残存し得る
「唯一の最終真理(思想)」の輪郭です。全宗教&全観念論は徒労です

2 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 01:06:18
色受想行識、五蘊皆空か。

3 :富田派:2005/12/02(金) 01:06:55
やくぶーにょーぜーしゃーりーしー

4 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 01:08:08
五蘊盛苦で悩める者がレスをするスレ 乙

5 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 01:09:53
四苦八苦

で、48はなんで無くて49なの?

6 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 01:11:03
空だからと言ってニヒリズムに走らないバランスのとれた東洋哲学。

7 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 01:28:23
おっぱいも物質だから乳首は必然に過ぎない!



なんちゃって

8 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 01:32:35
必然に過ぎない=どうでもいい

という訳では無いんだろう。
囚われるなって事か。

9 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 13:25:57
昼間からスレたてる暇人が機械だな w


10 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 13:39:09
深夜の一時だぞ?

11 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 13:41:52
>以上が「超・大統一理論」=量子論と相対性理論の統一後に残存し得る
>「唯一の最終真理(思想)」の輪郭です。全宗教&全観念論は徒労です

妄想乙wwwwww

未だ完成していない理論の真相が分かってるなんてすごいねwww

12 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 13:50:58
>>1
>全宗教&観念論は徒労です

じゃなんで五蘊皆空って言う坊さんは修行精進を続けるんだ?


>>11
何となく同意

13 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 14:40:20
>>12
>>1は徒労だと思っていて、その坊さんは思ってないから

>意識は『クオリア』を持つ動物全部に生成する現象です
それは人間?ほ乳類?多細胞動物や単細胞動物は?
植物にはないの?

14 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 15:23:11




働いたら負けですよ





15 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 15:39:15
>>1
スレ建て必死だな、そう慌てなくても

16 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 15:41:55
>意識は『クオリア』を持つ動物全部に生成する現象です

だって、クオリアって意識の中身のことなんだろ。
クオリアを持っていれば、意識も持つに決まってるじゃないか。
単なる同語反復だろ。
せめて「中枢神経系を持つ動物全部に」とかでないと、意味がないぞ。

17 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 15:48:45
前スレ
◆決定論:脳は物質だから意識は必然にすぎない47◆
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1129561835/l50

過去ログ
http://www.emit.jp/ai/ai.html


18 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 15:53:13
>>15
また次スレ、次次スレたてられたら大変だという機械の焦りが出てておもろい

19 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 15:59:45
もうぅぅぅいい加減結論出さんかい(漏れには無理だが)

20 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 16:03:30
>全宗教&観念論は徒労です

このスレ自体が徒労でしょ・・・・

21 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 16:33:56
>>19 >>20
確かに。我々みんな揃って六道輪廻を彷徨ってるな…

22 :初期不良 ◆GOO.DyUWrs :2005/12/02(金) 17:02:24
>>8
その辺大事だと思うんだけどね。
どうも決定論だと何やっても無駄的なイメージ持つ人が多くて...
なにもしなかったらなにもしないときの道に入るだけなのに...
結局できる限りの抵抗はそれなりの決定論的結果を導くわけで
まったく無駄じゃない。じゃあ決定論ってなんだと言えばなんでもないという話だな。

23 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 17:12:55
仏教の言葉借りると、決定論は色即是空とは言うけど、空即是色とは言わないんだよ。
頑空って奴だ。進歩が無い。
執着心に囚われないどころか、ニヒリズムや懐疑論に近いよ。

24 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 17:14:29
>>22
むしろ、決定論が「ある程度」正しくないと、それこそ
何やっても無駄ということになってしまうと思うのだが。
何をやってもやらなくても、どういう結果になるか全くわからん、
ということだから。

25 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 17:26:24
働いたら負けでしょ?

26 :考える名無しさん:2005/12/02(金) 19:42:03
働かないのが勝ちというルールの中の話だろ

27 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/02(金) 20:03:31
新スレですね。
>>23さん。空即是色が重要(というより最大のテーマ)です。

28 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/02(金) 23:49:27
>>20>>27

仏教の時間理解は基本的に現在指向である。それは前世も来世も説かなかったブッダの現世指向に起因するものらしい。
龍樹に代表される空思想においても時間は、現在意識を軸に考察されている。
大森荘厳はこの時間理解を元に、独自の思索を展開していった。

・・・おおもりそうごん??知りませんでした?

アインシュタインは記者から「その様な事が本当にあるのか?」と聞かれ、
「信じては貰えないと思うが、過去、現在、未来がすでに同時に私の数学方程式
上には存在しているのです」と答えている。未来がすでに存在をしているという
のを皆さんはどう思うであろうか?

上記は、皆さんの信頼する?「ウィキペディア」の「時間」という項の一部引用でした。


29 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 00:30:20
『荘子』のどっかにも古今は一つという記述が有ったような気が…

30 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 00:38:39
大森荘蔵の間違いであることは確か

31 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 00:59:44
>>30
哲板に大森荘蔵をしらない奴がいるわけないんだから、書くほどのことじゃないな

32 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/03(土) 01:01:43
>>31
そんなに有名な方なんですか?私は「仏教思想家」としては鈴木大拙さんしか知りませんでした。

33 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 01:27:34
だれ一人知らないおれは o(T-T)o ぅぅ〜

34 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 01:54:29
ググってみたらこんなのがあった

ttp://www.e-t.ed.jp/edotori390112/1cmirukangae.htm

35 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/03(土) 02:37:17
私も知らないですね。

36 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 03:16:28
>>34のリンク先の文章は前スレでやってたクオリアの議論に対するひとつの解答になっていますね。

>だが物理学者と主婦とは別々のものを考えているのではない。二人が共に
>住むこの唯一の世界を考えているのである。だから夕食のコロッケを食べる
>とき、二人は同じくきつね色のコロッケを食べているのだし、また原子・分子
>を食べているのである。
 
これが大森の「重ね描き」世界観と言う奴です。
この考え方からすると、「原子・分子」(物質)から「きつね色のコロッケ」(クオリア)
がいかに生まれるかという問題はそもそも問題ではないことになりますね。

37 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 03:28:24
>それに対して数学の問題を考えるときはなんの映像も浮かんでこない、
>浮かんでくるのは問題とはなんの関係もないあれこれ気の散る映像ばかり

>仮に素粒子が野球のボールほどの大きさであったとて見えないはずである。
>それは野球のボールほどの電磁場が見えないのと同様である。
>つまり素粒子とか電磁場とは元来「見えぬもの」として「考えられ」たものだからである。
>それらはもともと色のないそしてまた手触りのないものとして、つまり知覚と縁のないものとして考えられているのである

もうなんか明らかに科学を間違っている時点でアウトだと思うんだが

38 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 04:04:28
>それに対して数学の問題を考えるときはなんの映像も浮かんでこない、
>浮かんでくるのは問題とはなんの関係もないあれこれ気の散る映像ばかり
こんなのただの小粋な親父ギャグでしょうに。聞き流しときゃいいんですよ。

>仮に素粒子が野球のボールほどの大きさであったとて見えないはずである。
>それは野球のボールほどの電磁場が見えないのと同様である。
>つまり素粒子とか電磁場とは元来「見えぬもの」として「考えられ」たものだからである。
>それらはもともと色のないそしてまた手触りのないものとして、つまり知元来「見えぬもの」として「考えられ」た覚と縁のないものとして考えられているのである
これは科学というか素朴実在論ですね。
例えば、ジョン・ロックの第一性質、第二性質というのがありますね。
とあるサイトからのコピペで恐縮ですが、

@      第一性質は、物質そのものに必然的に属し、それなしには物質は存在することも考えることもできないような性質である。たとえば、延長と不可入性、運動と静止、図形と数がそれである。要するにそれらは、物そのものの状態を表す性質である。

A      第二性質は、我々の内にある感覚、物質の知覚に伴って我々の内に生じる主観的な感覚である。たとえば、色、音、臭い、味、などの主観的印象がそれで、物そのものの状態を表すものではない。

科学はAを排除し、@のみで世界を記述しようとしているというのが、
『元来「見えぬもの」として「考えられ」た』というフレーズの含意でしょう。
この辺の議論は「立ち現れ一元論」を知らないとわかりにくいかも知れません。

39 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 04:18:46
要するに
科学は『主観』ではなく『客観』で物事を捉えている
ということでOK?

例えば10kgの物があったとき
これは10kgの物です、と言うのが客観(科学)
これは重い物です、というのが主観
みたいなかんじで

40 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 05:50:46
>>38
ということは、つまり唯物論でクオリアは語れないということですな。

41 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 06:01:11
唯物論というか、科学的にはクオリアは『脳の状態』と説明されるけど
赤いと感じるのは脳が『赤いと感じる状態』になったから

42 :46の556:2005/12/03(土) 06:03:15
>科学的にはクオリアは『脳の状態』と説明されるけど
違うよ、科学的には、クオリアは問題として定義不能で、
したがって説明も不能。


43 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 07:22:30
クオリアって誰が言い出したの?

茂木健一郎じゃないよね?


44 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 08:43:00
>>38
以前にも書き込んだ疑問なのですが、「図形」というのは
主観なのでしょうか、客観なのでしょうか。
通常「第一性質」として客観の側に入れられているようですが、
例えば目の前のパソコンは「角が丸くなった四角」として感じられます。
しかし、物理学的に(客観的に)いえば、物質というのは絶えず運動する
素粒子が散在するスカスカの空間であって、「四角」などという図形は
存在しない、というほかないと思います。同じように「直線」とか「円」
などという図形も、客観としては存在しないのではないでしょうか。
そして、大森氏も近いことを言っているようですが、素粒子というのは
元来「形」を問題にできない概念のようです(物理は全く素人ですが)。
私は何となく「球」をイメージしてしまいますが、このように球も
客観としては存在しません。
つまり、「図形」というのは「色」と同じように人間の主観的な観念(クオリア?)
の世界に属すると考えるべきだと思うのですが、そうすると、「形のない大きさ」
という概念も奇妙なので、結局、形も大きさも客観世界には存在しない、
ということになり、デカルト的な「物質」概念の根底が揺らいでしまうように
思えるのですが。

45 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 10:36:53
【科学哲学神学】大学に入り込むインテリジェントデザイン説
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1114883654/

46 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 11:54:45
前スレの一言の思考実験はどうなったんだ?

47 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/03(土) 12:05:46
>>39
科学は主観を扱っている、という立場なら、科学は最初からクオリアを
扱っていることになると思います(つまり新しい問題ではない)。

主観客観を前提にして、主観世界と客観世界を分離するなら、主観世界と
客観世界との関係が問題になるでしょう(これも新しい問題ではない)。

48 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 12:07:37
>>47
>科学は主観を扱っている、という立場なら、科学は最初からクオリアを
>扱っていることになると思います(つまり新しい問題ではない)。

この場合、信仰と科学との違いは?

49 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/03(土) 12:10:21
>>47
反応が無いようです。

>>48
どれだけ多くの人の主観報告と一致するか。

50 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/03(土) 12:10:41
>>44
物質は厳密なミクロの世界では
スカスカで、さらに境目が曖昧ですね
常に変化もしている
だから、この物体がこの形だと認識しているのは人間の側であって
客観的に分析した場合
この物体がこの形では存在しないのではないのか という疑問ですね
しかし、だからといって
それが、客観世界に『実在しないもの』なのかどうか
まるっきり人間が観念的に作り出したものなのかどうか
という疑問とは別問題でしょう
人間が外界を認識する際のシステムから
観念論の是非について、答えを導くことはできません
人間が自分の都合で、便宜上それを、その形状だと認識している事が
正確な認識ではないとしても
そのもの自体の実在に対する解答にはなりえません
これは飛躍してしまいやすいのかも知れませんが
別の問題であると言えるでしょう
この二つの観点での命題をゴッチャにしているのではないですか?

前スレで、私に絡んできていた人も
同じような勘違いをされているようでした

51 :ゾルレン:2005/12/03(土) 12:17:58
最高位は時々センスのある返答をするからおそろしい
あとは哲学史の知識があればなぁ



52 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/03(土) 12:48:11
>>51
どーもw
あ、そぉ?
センスよかった?w
ありがとう
しかし
まさか、ほめられるとは思わなかったんだけどね
「そんな当たり前の事を、何を丁寧に説明してるんだ」
「そんな事を言ってるんじゃない」
とか言われるかと思って、恐る恐る書き込んだんだけどね
やっぱ、あんなんでよかったの?

53 :ゾルレン:2005/12/03(土) 13:12:30
>>52
>「そんな当たり前の事を、何を丁寧に説明してるんだ」
丁寧に説明することはとてもいいこと
論文ではもっと丁寧に説明することが要求される

読んだ人が驚くような非常識な見解を述べるのではなく
とても常識的ではあるが自明ではないことを論証をもって擁護していくほうが俺は好きだ
「哲学の常識は世間の非常識」という言葉があるけど
哲学界の常識を覆そうとするほうが俺は楽しい人間なものでね(この表現も戸田山先生の受け売りだけどね)


54 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/03(土) 13:23:38
>>53
>読んだ人が驚くような非常識な見解を述べるのではなく
>とても常識的ではあるが自明ではないことを論証をもって擁護していくほうが俺は好きだ

う〜ん
それ、私の論法そのものなんだけどな・・・

55 :練馬哲人 :2005/12/03(土) 13:48:05
>>54
いやいや、最高位の真骨頂は「思考の筋肉力で宙を舞う、論理の大アクロバット」ですよ。
期待しているファンもいるかと思われますが、最近おとなしくなられたようでw

56 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 14:09:40
「ダレガ キニ ノボラセルカ?」ノ スレハ ココデスカ?

57 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 14:20:15
>>42
俺の知ってるクオリアとは別か、んじゃクオリアって何よ?

>>50
>物質は厳密なミクロの世界では
>スカスカで、さらに境目が曖昧ですね
スカスカと言うのが
『原子と原子の間も原子核と電子の間も距離空いている』という
古典的イメージで語ってるなら間違い

58 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/03(土) 14:22:55
>>55
そういう風に見えるのかな
アクロバットではないはずなんだけどね
>>50みたいな、当たり前な事は説明しないから
そう感じるんじゃないの?
2ちゃんじゃ文字数も限られてるし
一度に複数の理屈を考えて、当たり前な事は飛ばして説明してるよ
それが、いかんのだろうね

59 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/03(土) 14:25:35
>>57
>『原子と原子の間も原子核と電子の間も距離空いている』という
>古典的イメージで語ってるなら間違い

どんな風になってるの?
見た事ある?
説明して

60 :46の556:2005/12/03(土) 14:29:06
>>57
>俺の知ってるクオリアとは別か、んじゃクオリアって何よ?
定義不能と言っている人間に「何よ?」と聞かないでくださいよ。

脳や知能などについて議論しているときに、引き合いにだしてくる人が何人かいますが、
言ってる当人たちに聞いても、誰一人意味のある説明ができないんですから。

61 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 14:35:40
>>59
原子核の周りを電子が回っているんじゃなく
電子雲というイメージで捉えるべき
そう考えれば原子と原子の間は電子雲で一杯
そしてそう考えないと色々不都合な点が出てくる

>>60
それじゃ意味も分からない『クオリア』という単語をただ使っているだけ?

62 :46の556:2005/12/03(土) 14:41:06
>>61
>それじゃ意味も分からない『クオリア』という単語をただ使っているだけ?

脳と知能などについての議論においては、
結果を見る限り、そういう結果になっていますね。

63 :練馬哲人 :2005/12/03(土) 14:43:12
>>61
それって、ただの数学的解釈の後追いイメージやんw


64 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 14:46:13
スカスカのイメージも古典的な解釈の後追いイメージだろ?w
それとも原子一個みたの?

65 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/03(土) 14:49:46
>>61
なるほどね
ありがとう
参考にはさせてもらいます

66 :練馬哲人 :2005/12/03(土) 14:54:19
>>64 まっ、そりゃそうだw
しかし数学的記述というのは解釈の利便性に特化した一面的なものであって、世界のイメージとしてそれをそのまんま信じるのもどうかと思うぞ。

67 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 15:02:13
人間が感じるのって
原子に反射された光であったり(視覚)
原子との相互作用での力じゃない(触覚)

だから、原子核をみれない(さわれない)から分からないとかじゃなく
原子核からの相互作用を受けているという考えに立つのが妥当じゃないかと
で、その辺を記述するには古典論だけじゃ不十分で量子力学なども考慮した方がいいんでない?

68 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 15:03:45
>>44
第一性質としての図形というのは、幾何学的な図形ということですよ。
幾何学的な図形というのは、眼に見えるものではありません。
例えば、幾何学的に定義される線には太さはありませんし、三角形には輪郭線なるものはありません。


69 :まさ:2005/12/03(土) 15:42:17
>>67           ←これありがとう
原子核が一番ちっちゃいと思ってるの?仮にあなたの思っている原子核が
あなたの思っている宇宙と同じ大きさだったら原子核の中にはまだまだ
いっぱい夢がつまってますよ。

70 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 15:44:33
なんで「夢」って書いた?

まさ君、超かわいいんですけど〜

71 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 15:48:36
別に最小が原子核だろうが素粒子だろうが何だろうが良いんだけど
マクロな系で正しい古典論を
ミクロな系に適用すれば不具合が生じるし
(原子核の周りを電子が回っている!等)

逆に
ミクロな系で正しい量子力学の概念を
マクロな系に適用すれば不具合が生じる
(コペンハーゲン解釈では人類が観測するまで宇宙はなかった!等)

ということ

72 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 16:03:18
>>50
>人間が外界を認識する際のシステムから
>観念論の是非について、答えを導くことはできません
>人間が自分の都合で、便宜上それを、その形状だと認識している事が
>正確な認識ではないとしても
>そのもの自体の実在に対する解答にはなりえません

まさにその通りです。そのもの自体の実在は人間には絶対にわかりません。

しかし、語りえないことについての問題は宗教の問題ではないですか。
最上位さんは、宗教者最上位とでも改名すべきでしょう。
そして、語りえない物質の存在を無根拠に前提にしている唯物論者は「唯物論教」の信者であると申せましょう。

語りえないことについては沈黙せねばならない。

73 :72:2005/12/03(土) 16:06:12
うわー
申し訳ありません。
哲学者最上位さんではなく哲学者最高位さんでしたね。
とんだ失礼をいたしました。

74 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/03(土) 17:41:55
みなさんの宗教に対するイメージとはどんなものでしょうか。

75 :46の556:2005/12/03(土) 17:51:29
唐突ですね。

76 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 17:55:18
>>74
文化財のようなもの

77 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 18:02:35
こうしてみると哲学は
いかに現実を歪めるかを競うものって感じ。。(^^;

まだ見ぬ真実よ。。いずこ (ノ_ _)ノ 

78 :72:2005/12/03(土) 18:39:26
宗教こそが最高位であると、皮肉でもなんでもなく思ってます。

宗教に対してどういう態度を取るかはその人の勝手でしょう。
そこに神秘があると思いたい人は思えばいいし、
「わからないことはわからない」で済んでしまう人はそれでもいいし。


79 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 18:47:45
>>74
宗教・・・古代人にして最大の発明

      頭が下がる(^^;

80 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 20:06:39
>>74
人を統制するための物

81 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 22:52:28
>>50
>人間が自分の都合で、便宜上それを、その形状だと認識している事が
>正確な認識ではないとしても
>そのもの自体の実在に対する解答にはなりえません
まさに「実在に対する解答にはなりえない」からこそ、なぜそれが
第一性質といえるのか、という疑問なのですが。
>>68
>第一性質としての図形というのは、幾何学的な図形ということですよ。
>例えば、幾何学的に定義される線には太さはありませんし、三角形には輪郭線なるものはありません。
まさに、太さもなければ輪郭線もない「幾何学的な図形」こそ、典型的な
主観的観念の世界の存在だと思うのですが。

私は「色」がほぼ問題なく第二性質に分類されているのに対し、「形」が
当然のように第一性質に分類されているのが、どうも不思議なのです。
そもそも色と形はどちらも主観的な視覚を構成するのに不可欠なもので、
「形を伴わない色」というものはないはずなのに、なぜ片方は物そのものの
状態で、片方は物そのものの状態ではない、とされるのでしょうか。

82 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 23:21:23
前スレでSYNが恋人できたとか書いてなかった?

83 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 23:27:21
激震クオリアが走ったのか・・・

84 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 23:32:24
いや、スルーされてた。。。

85 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 23:41:11
メルアド教えてくれた女を そう呼ぶやつもいるな
どっかの高校生は、返事来なくなったって殺っちまった・・(^^;

86 :考える名無しさん:2005/12/03(土) 23:50:04
>>81
私見に過ぎないが、
第一性質は対象と物(例えば定規)との関係で計測され得る。
第二性質は対象を人間の感覚や知覚が捉える場合で、砂糖の甘さなどの場合。
 これは、砂糖自体が甘さという性質を持つのではない。
第三の性質については省略。

87 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 00:06:58
>>81
第一性質第二性質というのはロックの提唱した区別であって、
別に絶対のものではない。
例えばカントなどは「物自体は認識できない」と言っているので、
当然第一性質など認めまい。
ただ、カントは「空間」について「認識主観の先天的な直観形式」
としている。形も空間にかかわるものだから先天的(超経験的)
な認識の形式の側で、色は経験的に与えられるもの、という区別は可能
かもしれない。それがロックの区別に重なる可能性はある。

88 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 00:15:06
>まさに、太さもなければ輪郭線もない「幾何学的な図形」こそ、典型的な
>主観的観念の世界の存在だと思うのですが。

まず幾何学的図形は人間の知覚と関係なく存在しているので、主観的ではありません。それは客観的なのです。(と唯物論者は主張する)
次に幾何学的図形が観念であるかどうか?
これは面白いですね。
実は唯物論者が、物質と呼んでいるモノは、観念と区別がつかないんじゃないかと思うのですよ。
機械さんなんかは、プラトンのイデア論を、ばかばかしい、すべての観念論は徒労だというかもしれませんが、
主観に関係なく客観的に存在していると想定されているものとして、
これは構造的に同じものではないですか。
意識に浮かんだ仮象としての「花」の背後に「花そのもの」があるとするとして、
その「花そのもの」が「物質」であろうとイデアであろうとおんなしですね。
だから、唯物論者が想定している物質というのは、それは機械的な法則に従う
イデアだよ、と言ってもいいかもしれません。
素朴実在論的に前提されている「物質」なんてプラトンのイデアと同じ程度には「あやしげな」存在なのですよ。

89 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/04(日) 00:15:58
>>44
>つまり、「図形」というのは「色」と同じように人間の主観的な観念(クオリア?)
>の世界に属すると考えるべきだと思うのですが、そうすると、「形のない大きさ」
>という概念も奇妙なので、結局、形も大きさも客観世界には存在しない、

 形そのもの・・・例えば「正方形」とか「平行四辺形」とかの「属性」を持つ「存在」
・・・例えば「数学」の初等教科書の「あるページ」に描かれている「絵」という「存在」
とか、「楕円」・・・重力で引き合いつつ遠心力で離れようとする2個の天体が「描く図形」
とか、「球」・・・「最小の表面積を求めて凝縮した物質の形」とかは「同一性を認識できる」
「『この宇宙』の中にざらに(自然に)存在する形態」ですので、何も「全部想像の産物だ」
とまで言い切る必要はないと思います。「この宇宙」は「数学」の法則に従って構成されている
し・・・・数学は「この宇宙」を語る(ことの出来る)唯一の「言語」かもしれません。

 「この宇宙」内の他の知的生命体と連絡をとるプロジェクト・・・は現在も進行中ですが、
そこで行われている「主なミッション」は、要するに「素数」を連続的に送信することで、
「ここ(地球)に知的生命体が居ます」というメッセージを送り「返事を待つ」ことです。
まあ、我々(現在生きている)固体の尊命中には「絶対結果を得ることができない」・・
という意味では、「世界最大のプロジェクト」でもあります。

90 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 00:29:26
以前機械はフッサールのエポケーが不徹底だと言ったことがあると思う
それを徹底したものが機械的唯物論だということだろうが、
何をどう徹底したら現象学から機械的唯物論へ突き抜けるのか
そこを説明してもらえるとおもしろそうだ

91 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 00:32:15
図形も

一辺が3cmの正三角形
と言った場合客観で

実際にその図を書いて見ているなら
それは主観じゃない?

両方とも同じ図形だよね

92 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 00:33:14
数学は言語であり観念なのだろ。ただ、実在の構造と同致する構造を
表現し得るかもしらんが。

93 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/04(日) 00:33:53
>>90
>何をどう徹底したら現象学から機械的唯物論へ突き抜けるのか

「文科系の優れた頭」だけでなく「理科系の優れた頭」・・・理論物理学、
分子生物学のエキスを理解できる「エキスパート」になって下さい・・ということです。

94 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 00:36:41
>>86
>第一性質は対象と物(例えば定規)との関係で計測され得る。
ただ、計測するのはあくまでも主観(この場合は視覚)で、定規の形も長さも
第二性質の側だ、とも考えられるように思うのです。
>>87
>例えばカントなどは「物自体は認識できない」と言っているので
そう考えてしまえばすっきりはするのですが、やはり物理学などは
「物自体」を解明しつつあるようにも思えるのです。物理畑の人々は、
カントのことなどはどう思っているのでしょうか。
>>88
>まず幾何学的図形は人間の知覚と関係なく存在しているので、主観的ではありません。
お話は非常に面白いです。図形が客観的に存在しているとしても、「物質として」
ではないと思えるわけです(そもそも物質とは何か、がよくわからないのですが)。
>>89
少なくとも「教科書の絵」は物質としては正方形でも平行四辺形でもないと
思いますが。それは不規則なインクと紙の繊維、というか厳密に言うと素粒子の
集合ではないでしょうか。
機械さんの世界観では、「客観的に存在するのは素粒子のみだ」ということには
ならないのでしょうか。>>1を読むとそうお考えのように読めるのですが。
素粒子の世界では「形」という概念は余り意味を持たないらしいのですが
(私は素人なのでよくわかりません。以前物理板で「素粒子の形は球ですか」
と質問したところ、「素粒子に形はない」という答えがありました)、
違うのでしょうか。




95 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 00:45:47
物理やってるけど

>カントなどは「物自体は認識できない」と言っているので
確かに、物から出た光や、触ったときの感触、固さと言ったある意味『間接的な物』
しか人間は感知できないね
『物質自体の認識』という言葉の意味が良くわからんがそう言う意味なんだろうか?

もしカントじゃなく小学生が言った台詞なら「ハァ?目の前に見えてるじゃないか!」
といってキティ扱いだが

96 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 00:46:01
>「『この宇宙』の中にざらに(自然に)存在する形態」

>数学は「この宇宙」を語る(ことの出来る)唯一の「言語」かもしれません

この二つの「この宇宙」というのは実は別の仕方で記述されているのではないですか。
上の方のものは、日常的に経験されている宇宙でしょう。
そして下の方のものは、いわゆる「物質」としての宇宙でしょう。

果たしてこの二つの記述されたものを混同していいのですか?
もし上の方の宇宙も、数学以外の言語では語れないのだとしたら、
あなたは例えば『「数学」の初等教科書の「あるページ」に描かれている「絵」という「存在」』 と日本語で書くときにいったい何について語っていると言うのですか?

97 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 00:46:33
>>94
感性的、あるいは主観的誤謬や誤差・差異を回避するために、
対象-物(定規、秤etc)計測、測定、度量衡が考え出されたのですよ。
つまり、重さ(感)から重量へと発展・客観化されたのです。

98 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/04(日) 00:50:17
>>76>>79>>80さん
ありがとうございます。信仰と考えられる方は居ないみたいですね。
あと素粒子が球のようものという話が出ていますが
私も最初はそのようなイメージから入っていきました。そのほうがイメージしやすいですし。
しかし大きさを持たない、つまり「点」にいろいろな物理量を与える考え方やその世界観は
やはり似てるんですよね。

99 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/04(日) 00:54:42
>>94
>機械さんの世界観では、「客観的に存在するのは素粒子のみだ」ということには
>ならないのでしょうか。

素粒子とは「原子」を構成する『陽子と中性子と電子』のことである・・という「素粒子定義」
が、かつてはありました。・・・『「素粒子」の定義???』要するに「『この宇宙』の一番細かい構成要素」
・・・・という『定義』を尊重すると・・・
@物質を構成する粒子ハドロン・・陽子等の重粒子(バリオン)、π中間子等の中間子(メソン)&電子等のレプトン
A「力」を構成する粒子ゲージ粒子・・光子、ウィークボゾン、グルーオン、重力子

・・という構図が「30年以上変わっていない」ことは「事実」・・ここまで来ると「真理」です。
もう他に(大きな)物理学的発見は無い・・・と私(だけでなく多くの人々)は考えております。

100 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 01:01:25
>と私(だけでなく多くの人々)は考えております

少なくとも多くの人々は考えてませんw
勝手に物理をひとくくりにするなよw
ダークマターも重力子もまだ見つかってないし
ニュートリノなんてつい最近まで質量0とか言われてたんだぞ?

物理用語を使うならちゃんと理解してから使いましょうね

101 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 01:04:53
>>95
「物自体」は無限大のように極限(限界)概念ですので
「これだ」というように明確に示すことはできないでしょう。

102 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 01:13:19
>>101
科学が示しているのは『物自体』じゃなくてそこから出る『性質』
電磁気的特性、質量、うんたらかんたら・・・

物自体=物自体から出る性質

でないのなら物自体は感知も定義も何も出来ないけど
意味もないような気がしないでもない

『性質』は『物自体』から出てくる側面の一部であり
もっと本質的な物が奥にあるのだ!

と言われても検証も定義も理論も全く建てられずそこで終わるよね
悪く言えば言葉遊びのような

103 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/04(日) 01:13:42
>>100
 物理学に非常に造詣が深い方であるようなおっしゃり方ですが・・、
@トップクオォーク(最後に『発見されたクォーク』)はなぜ最後まで発見されなかったのか?
Aニュートリノ(あなたが存在を前提としてものを言っている)発見までにどれだけの仮説と挫折があったか?
 ・・ご存じ(の上)でそういうことをおっしゃっているのですか?

104 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 01:16:37
>>81
>「形を伴わない色」というものはないはずなのに、なぜ片方は物そのものの
>状態で、片方は物そのものの状態ではない、とされるのでしょうか。

視覚像として色を伴った「形」は、あきらかに物そのものの状態ではないだろう。
ただ、それ自体とは別に、「物そのものの状態」としての形というものが
考えられる、というより、物そのものの状態を考えるときに、形抜きでは
考えられない、ということだろう。
色は抜きでも物そのものを考えるのに何ら支障はない。

105 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/04(日) 01:17:57
>>102
物自体・・なんて100年前から「あり得ない」存在ですよ。
カント氏自身が100年以上前に死んでしまったので解明できない・・・
まるで「キリスト教的死者の意思の勝手な想像」・・「第一主義」・・ですね。
「同一の発想」形式です。

106 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 01:28:42
>>93
おひおひw

107 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 01:29:52
>>103
@トップクオークでぐぐれば一杯出てくるぞ、発見が遅れた理由等々
Aどれだけって、論文の数知ってればいいの?普通知らないぞ
仮説と挫折が多かったからこれ以上発見されないのか?

それと問題なのは
@素粒子はまだ全て観測されていない
A未知の粒子がある可能性もある
と言うこと、問題のすり替えをしないように
(つい最近ヒッグス粒子って言うのも出てきたよな?)

よって>>99の最後の2行は>>99が勝手に思っているだけで
物理の真理でもなく、定説でもない

108 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/04(日) 01:41:20
>>107
意味がよく判りません。
粒子は沢山出てくるぞ〜〜・・というのが「物理学的目立ちたがり屋」の
「狼少年パターン」であることは既知ですが「ヒッグス粒子」を持ち出すとは?!
質量・・言い替えれば「重力の影響を受ける性質を持つ存在」・・を「回避」する
為に・・「重力が観測できないから質量がない!!!!」・・と言われてきた「存在」
に「質量」の存在を「付与する」為に・・「ヒッグス粒子」・・という粒子が、
あまねく「真空内に満ちている」ことにする・・・ことについては・・??です。

109 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/04(日) 01:44:42
重力による質量エネルギーと
核反応による質量欠損のエネルギーは同じでしたっけ?


110 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 01:50:50
>質量・・言い替えれば「重力の影響を受ける性質を持つ存在」

質量って重さじゃないよ?慣性だぞ?

>>108の文章も全体的に意味不明なんだが
どの単語、修飾語がどこにかかっているかかなり不明瞭
他人に説明する気があるならわかりやすく書いてくれ

111 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 14:25:51
おまえら、素粒子論を持ち出す以前にラグランジアンを理解しているのかよ

112 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 14:45:29
分子も理解してないが・・それがなにか?

113 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 14:46:48
大きくても小さくてもいいからさ、
物質はあるの?ないの?

まずここをはっきりさせないとw

114 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 15:28:15
重ねて問うておこう。
『物質に依拠しない』(→物質がなくても、それのみで存在しうるような)
物質以外の存在はあるの?

光? 重力? 霊魂? オーラ? 気? 精神エネルギー?w

神?

115 :46の556:2005/12/04(日) 15:47:33
それが存在する場合としない場合で、何か違いがあるんですか?

116 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 16:13:44
誰も分からないが、確実にある物

妄想とかと紙一重というか
妄想と言ってしまっても良いようなw

117 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 16:32:04
>>113
素直に考えればある

>>114
霊魂より前は普通にある
霊魂以後は知らん

118 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 16:41:46
>>117
光や重力は物質に依拠しないのですか?

119 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 16:43:49
光子
重力子

120 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 16:52:12
>>114
最高位の「私」w

121 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/04(日) 18:58:26
物質=素粒子=自然界の力ならば
それに外れたものはあり得ないのではないでしょうか。

122 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 19:10:53
>>114
宗教的に言うと「神」
唯物論的に言うと「空間と時間」
とかどうだ。

123 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 19:29:50
物質がなければ
時間と空間もない

124 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 19:35:36
「物質」って概念は、現象だとか「コト」だとか言われるものをファクターに還元したものだろう?
っていう事は、現象とか「コト」だとかの存在は物質の存在に先行するわけだが、
現象や「コト」も権利的には物質なわけで、ああややこしい。

125 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 19:56:17
これまでの議論を拝読いたしました所、機械論的唯物論者さんに
三つほど説明を願いたい事がありました。
もしお時間があれば、答えていただければ幸いです。

これまで、エポケーは心理主義的な根拠にも実在論的な根拠にも訴える事無く、
観測された現象を分節化、記述する試みだと思ってきました。
そんな私にとって「エポケーを徹底すれば唯物論になる」という論は刺激的です。
どうか、文系の私にも判るような説明を加えることは出来ないでしょうか。

機械論的唯物論者さんは、メルロ・ポンティ以後の
「構造的身体=精神」論についてはどう思われますか?
記述レベルの法則はすべて生理的、ひいては物理的秩序に還元しうるのか、
あるいは「記述レベルの法則が決定的である」事まで含めての「機械論的決定論」なのか。
(後者だとしても、記述レベルの秩序が物理レベルの秩序に立拠している事を根拠に、
いちおう唯物論的立場を守れそうですね。無論、それは詭弁に過ぎませんが)

もう既に何方かが触れられているとは思いますが、
純粋に客観的な視点にはパースペクティブは存在しませんね。
私は「主観的である」という事は、パースペクティブを持ち持続するという事だと思います。
機械論的唯物論者さんは、「パースペクティブを持たず持続しない」存在というものが、
どういう形質において成り立つとお考えでしょうか。


それと、これはどうでもいいことですけど。
文系の人間が、最も効率よく「理論物理学、分子生物学のエキスを理解できる」
ようになるには、どのような学習方法を取ればいいのでしょうか。
お勧めの本などございましたら、紹介してください。

拙文乱筆失礼いたしました。


126 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 20:41:22
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1132712899/

127 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 21:34:47
脳が物質として
その物質はどこから来たかわかってるの?
必然は貴方の頭の中では貴方のわかりやすい理論でまとめあげられてるかもしれないが
物質自体宇宙以上の場所に期限がある。
原子以下を見い出したとしてそれが有限である理由はまだない。
例えば永遠に分割すればそこに無限が生まれる。有限は理解のための手でしかない。
人間の考える必然を万物に当てはまると考えた時点で人間の目から抜けてないのよ貴方は

128 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 21:43:44
かっこよさげに言ってるけど
中身無いよね

129 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 22:09:14
>>127
あなたは知ってるの?

130 :考える名無しさん:2005/12/04(日) 22:14:29
>その物質はどこから来たかわかってるの
真空の相転移

>宇宙以上の場所に期限がある
真空の相転移

>有限である理由はまだない
量子力学では最小のサイズや量について話している

>永遠に分割すればそこに無限が生まれる
今時アキレスと亀か?

>必然を万物に当てはまると考えた
考えて矛盾のないうちは当てはまると考える
矛盾がでるからニュートン力学後に相対論や量子論が生まれた

131 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 04:16:04
目の前に見えているパソコンと「物質としてのパソコンそのもの」を混同している人は多そうだ。
そういう人に「物質」って本当にあるの、と訊ねたら、「バカなことを言うな」と応えたとする。
このときこの人がなぜばかげていると思ったか。それは、そこにまさにパソコンがあるということを「確信」しているからだ。
そして彼はパソコンを指差して、ほらそこにあるだろう、というかもしれない。しかし、そのパソコンは物質ではない。
これが科学に携わる人ですらわかっていなかったりする。たとえば>>95とか。

本当に人間があると「確信」しているのは、見ることができて、触れば熱かったりざらざらしていたりするモノなのだ。このモノに対する確信が、そのまま「物質」への確信へとスライドしてしまうのはなんなんだろうね。

ところで、そのパソコンは絶対に物理法則に従わない。
なぜなら、物理法則は数学で記述されているからだ。そして、数学的存在というものは
知覚された限りの世界のどこにも存在していない。「六つの饅頭」はあっても、
6という数字自体はそこには絶対に存在していない。
数学的な存在がありうるのは、イデア界でしかない。
そして物質が数学的法則に完全に従うのだとすれば、その物質もイデア界にあるというべきだろう。そしてその物質は完全に機械論的で決定論的にふるまうだろう。もちろん「物質」としての「脳そのもの」も決定論的に存在しているだろう。

ここで、仮象としての知覚された世界について考えてみよう。この世界は完全に数学的秩序に従っていると言えるのか?これはまさに定義として「否や」である。
そうだとすると仮象としての「脳」は果たして決定論的であると言えるのか。
もちろん言えはしない。
その「物質脳」と「仮象脳」が生み出すそれぞれの「意識」についてはどうか?
前者は決定論的であるが、後者は絶対にそうではない。
このように知覚された世界はまさに真実在としての「物質」の影であるに過ぎないがゆえに、絶対に決定論的ではありえないのである。
このように「物質」の存在を認めたとしても>>1の主張は成り立たない。

>>1の主張は、「今目の前にあるもの」と「モノそれ自体」との混同から生じた誤謬である。

132 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 04:22:21
>>131
>>1が誤謬していることはもう既に了解済みですよw

133 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 04:29:21
まあその定義が正しいならそうかもね

物質から出てくる相互作用等々が≠物質
であるとするなら正しいけれど

物質から出てくる相互作用等々が=物質
であるなら正しくないし、そう捉えてもなんら不都合はない

134 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 04:34:24
>>131
散逸構造論で決定論も吹っ飛ぶしw

135 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 05:15:04
>>131
いやそれは無理だろ
夢の中では物理法則は成り立たないって言ってるのと一緒

136 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/05(月) 05:28:57
>>96
>この二つの「この宇宙」というのは実は別の仕方で記述されているのではないですか。
>上の方のものは、日常的に経験されている宇宙でしょう。
>そして下の方のものは、いわゆる「物質」としての宇宙でしょう。
>果たしてこの二つの記述されたものを混同していいのですか?

「この宇宙」は(ほかでもないユニークな)「この宇宙」です。
137億年前に起こったビッグバンで形成された、夜空を見上げれば
星座(みんなこじつけにしか見えませんが)が、1日に(ほぼ)1回ずつ
回転する「宇宙」のことです。
 「ほぼ」と書いたのには意味があります。地球は太陽を公転しているので、
太陽が見えている「夜の星座」は、毎日微妙にずれていき、例えば「夏の星座」
とか「冬の星座」とかが1年間で一周するするので、「太陽に対しては365周する」
要するに「夜と昼のペア」が365回繰り返す・・と「この宇宙」に対しては365回
以下しか回っていない・・・ということです。

 星座や銀河を見たことがありますか?それらの光は殆ど全部人類誕生依然に発せられた光や、
地中や太陽系ができる前に発せられた光なのです。1兆個の1兆倍こある「太陽」(恒星)では、
「太陽のお隣さん」・・・ケンタウルス座のα星からの光でも4年かかって到着したばかり・・
ということになります。

 「この宇宙」以外に宇宙がある可能性はあります。そこでの「星座」は「ハート形」や
「ドラえもん形」のモノもあるかもしれません。もっとも「この宇宙」の「他の地点」では
「宇宙の見える見え方は様々」ですので「ハート座」や「ドラえもん座」を見ることができる
場所があるかもしれません。

137 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/05(月) 05:33:10
間違えました。1年で365回自転すると主に一回公転するので、「この宇宙」
の「地球から見た『見かけの回転数』」は366回・・ということになりますね。
失礼しました。

138 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 05:34:12
出てきたと思ったら無意味なことしか書いてないな

139 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/05(月) 05:44:54
>>138
「日常的に経験されている宇宙」という書き方にちょっと引っ掛かったもので・・・
深い意味はありません。
 「日常的に経験されている」という書き方から、この方は多分天体望遠鏡を「日常的に」
覗いている方ではない・・推察いたしました。
 そもそも「この宇宙」を日常的に意識して生きている人間は殆ど居ません。
 「宇宙規模から見ればどうでもいいこと」に眼を向けて、「真理」から目を反らして
「あくせくしている」ほうが人類という猿にとっては「楽」だからです。
そうして・・・そのまま・・・病院のベッドまで(体裁よく死ぬために)生き延びて、
体裁のいい葬式を挙げて貰い、体裁のいい墓に納められるか、流行の散骨などして貰い
「消えていく」・・・それが人類の個体・・です。
細木和子さんに「私が落としてやる」と嚇かされる地獄がない変わりに天国もありません。

140 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 05:49:39
だから?

141 :唯物論とは:2005/12/05(月) 06:36:34
ニーチェとマルクスどっちが偉い?

142 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 07:44:24
ニーチェの方が偉い。


143 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 08:19:33
>141
どっちも唯物論だよ。

144 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 09:08:55
ニーチェは精神論である。


145 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 09:40:37
物質を否定するのはいいけど・・・

で、哲学がだせるのはなに?
自然科学を含めて説明できる哲学が必要だと思う
科学の否定ばかりで自分は結局直感で答え一発では相手にされなくなって当然だと思われ・・・
正しいか間違ってるかはともかく、統合に挑戦するデネットの仕事は評価すべきと思う

146 :むじんくん:2005/12/05(月) 12:44:25
既にさんざん既出かも知れませんが、>>1さんはカントの批判に関してどうお考え
なんでしょうか。つまり、脳の決定論で記述はいくらでもできますが、その記述自体を
行っている主体は無限に遠ざかり続けるわけで、デカルトのコギトもそうですが、
精神活動を脳の記述にできると同時に、第一原因として考えることもできる、
ということですね。

また、意識活動というのは言語的活動であるならば、言語はそれ自体既に社会的です。
脳は特定の個体の頭蓋骨の中に物理的に存在しますが、意識というのは社会的
なんですね。脳と脳の間にあると言ってもいい。この点についてもどうお考えですか?


147 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 13:08:44
大きくても小さくてもいいからさ、
物質はあるの?ないの?

『物質に依拠しない』(→物質がなくても、それのみで存在しうるような)
物質以外の存在はあるの?

「概念」「思想」(「家族」「学級」「地域社会」「国家」「世界」「宇宙」「公約」「愛」「喜怒哀楽」etc.)等を
A:物質と捉えるのが唯物論?
B:種々の条件によってそこに顕現した状態という見方は唯物論の範疇に入る?

「現象」「はたらき」等を
A:微小であろうとなかろうと物質だとするのが唯物論?
B:これらは物質ではなく、物質の様々な関係性であるとするのは唯物論の範疇に入る?


148 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 13:18:26
その前に「物質」とは何なのかをはっきりさせてほしい。

149 :147:2005/12/05(月) 13:42:20
>>148
わかんない

ミクロに刻んでいったら何にもないんだ、とか言う人もいるし、
最小単位で素粒子やらクォークやらがある、という人もいるし・・・(´・ω・`)ショボーン

原子・分子あたりで妥協して手を打っておいてもいいんじゃないかと思ってるんだけど、
だめかなw

150 :むじんくん:2005/12/05(月) 13:53:21
>>149
その辺の問題はカントの「純粋理性批判」が決定版なんじゃないでしょうか。

つまり、極小の世界というのは世界の果てがどうなっているかを考えるのと同じように
理論的にはどこまでも出来てしまう。問題は、そこで論理的につじつまを合わせつつ、
見てもいない世界のことを勝手に記述できてしまうことです。カントの批判書はそこの
限界点がどこにあるのかを論じたものですね。

あと>>147に関してですが、マルクスが「唯物論」という名称で語ったことは、物理的な
物質に全ての諸問題を還元するという思考とはちょっとずれてますね。彼が物質という
場合、それは経済的な諸関係を指しているわけです。その時代の思想なり世論なり、
そういったものは経済的諸関係によって規定されている。


151 :147:2005/12/05(月) 14:13:46
ていうことは、Bみたいなのは何論って言うの?

また、思想なり世論なりも、人の頭の中にしかないよね?
その辺にふわふわ浮いてるわけじゃないよね?
そういう意味では、「脳(脳内の種々の状態)」に依拠していると見ることが可能だよね?

152 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 14:25:27
>>151
> ていうことは、Bみたいなのは何論って言うの?

確かにBはマルクスの「唯物論」に近いと思いますが、彼は経済的下部構造って
言うんですね。もっと言うと、近代諸科学が急速にメインストリームになった背景に
経済的下部構造がある、というわけです。まぁ、この辺は定義の問題なので、

> また、思想なり世論なりも、人の頭の中にしかないよね?
> その辺にふわふわ浮いてるわけじゃないよね?
> そういう意味では、「脳(脳内の種々の状態)」に依拠していると見ることが可能だよね?

こちらを考えたほうがいいんでしょうけど、脳の状態に依拠していることは
実際に脳に影響があるクスリで精神状態に変化が現れることを考えれば
当然です。そういうふうに語ることはできる。

153 :むじんくん:2005/12/05(月) 14:29:43
>>151

>>152のつづきです
ただ、思想や世論が人の頭の「中」にあるか、というとそんなことは無いですね。言語が
それ自体社会的であるならば、それは頭と頭の間に存在する、この"存在"っていうのが
くせもので、ここにあります、っていう感じで語るとおかしなことになるわけですが、そういう
ものと考えるべきだと思います。

しかし一方で個別の脳みその状態が関係することは事実ですね。クスリ使えばわかるように。


154 :まさ:2005/12/05(月) 14:55:32
>>148
物質とは何かって発想自体が科学的哲学の分野だから科学に行けば?
科学者も頭いいからさ 笑 水とか硫酸ってものもないんだよ。限りなく
H2Oに近いもの、が水。HとO以外にも他の物(笑)入ってんだよね。
でも水ってものは実際あるよね。なんでだろうね。そこが最高位さんの言っているクオリアなんだ。
まず坂本賢三先生の本読んでみたら。
リックルト 個別的現象のまさに個別的なるゆえんをとらえる。
最高位さんの『私』はひとつしかないてとこもっとみんなの考え方
聞きたい〜。

155 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 15:34:53
>>154
そうではなくて、まさにそのクオリアとしての「水」の背後に、
客観的に存在するとされている「物質」
(そんなものは存在しない、と断言してしまうのがバークリーで、
存在するが認識できない、と考えるのがカントだろうが、科学者の
多くはそういう風には考えていないはず)
の意味。というか定義。

ときどき新しい素粒子が発見された、というニュースを聞くが、
その新しく発見されたXが当然のように「物質」であるとされて
いるのは、なぜか? そうされている以上は、「物質」の定義が
別にあるはずなのだが。

156 :むじんくん:2005/12/05(月) 16:52:15
>>155
単に質量と体積を持つものっていうのじゃダメですか?

157 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 17:04:01
>>154
科学者はファジーな思考が出来ないみたいな言い方するなよw
>でも水ってものは実際あるよね。なんでだろうね
んじゃお前は硫酸何%が入ったH2Oを飲める水と認めるんだ?
『俺が水だと思ったから』
だとイタイイタイ病とか発病するぞ

>>156
光子は運動量はあるけど質量は0

物質はすべて何らかの影響を他に与える
重力だったり電磁気力だったり強い力だったり弱い力だったり

158 :むじんくん:2005/12/05(月) 17:16:35
>>157
> 光子は運動量はあるけど質量は0

ここ、お聞きしたいんですが、そういうのって数学的な仮説としていってるんですかね。
つまり、光は昔波と言われてましたよね。それを粒子として考えるという説が出てきた
わけですけど、これは論理的仮説ってことですか?

> 物質はすべて何らかの影響を他に与える
> 重力だったり電磁気力だったり強い力だったり弱い力だったり

だとすると、精神も他の脳みそに影響を与えることがあるわけですから、関係性とか
いう言い方ではなくて、素粒子に還元できちゃったりしませんかね。そういう粒子を仮定して、
観測ができてしまい、且つそれを応用するとある機械使うと人の精神状態に影響を与える
ことができるとか(笑)。

脳と精神の話は光が粒子と波の両方の性質があるっていう話とちょっと似てるかな、
と思ったんですが。ま、思い付きですけど。

159 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 17:26:21
最高位の「私」や「主観」はなんていう粒子に還元されるんだろう?w

160 :大辞林:2005/12/05(月) 17:35:59
>>155
ぶっしつ【物質】
@もの。品物。
A〔物理学〕古典的には、空間の一部を占め、一定の質量をもつ
客観的存在。物質の構成要素は分子・原子であるが、究極的に
それらを構成する核子・電子等を物質粒子という。相対性理論に
よれば、物質はエネルギーの一形態とされ、また、場の量子論では、
物質粒子も場として扱われる。
B〔哲学〕意識に外在するもの。

161 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 17:49:14
>>160
>B〔哲学〕意識に外在するもの。

は興味深い記述だね。

162 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 18:22:47
クオリアに外在するものが物質である。


163 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 19:26:31
>>158
光は粒子と波と両方の性質を持つ
これは実験事実
哲学の空想とは別

>>159
勝手に人間が考えただけだろ?

>>162
クオリアって何よ?定義できないのに使ってるだけじゃないよね?

164 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 19:45:23
>>158
精神が脳に影響を与えるのではなく
脳の状態そのものが精神だと考えれば
そういう妙な仮定は必要ないかと

165 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 19:54:01
このスレッドは基本的に馬鹿の一つ覚えの積み重ねでしかない。


166 :むじんくん:2005/12/05(月) 20:14:10
>>163
光が粒子と波の性質を持つことを実験的に確認できているというのは分かるんですけど、
何ていうんですかね、質量ゼロっていうのは、それ物質って定義できるものなんですかね。
もともとの話は物質ってなんぞということだったので。

あと、これは単に興味でお聞きしますが、光がそういう性質だとして、粒子が波の性質を
表現するよう振舞うっていうのは不思議な気がしますが、なぜなんですかね。波の性質を
粒子が知ってるってことですか。

>>164
脳の状態は精神ではありませんよね。

167 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 20:30:06
http://the.velvet.jp/underground/
http://under.the.velvet.jp/
長谷部タンのHPとBLOG

168 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 20:33:26
>>166
「粒子」と「物質」の区別が付いてないあんぽんたん

169 :147:2005/12/05(月) 20:34:33
僕もついていませんw
解説よろ m(_ _)m

170 :むじんくん:2005/12/05(月) 20:43:58
>>168
粒子はやっぱ物質じゃないんでしょ?質量と体積を持つという意味では
当てはまらないし、波でもあり広がりを持ったものでもあるというのは、
理論的整合性をとるために仮定する何者かじゃないんですか?

171 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 20:49:04
>>166
心の座が脳にあることを受け入れられないあんぽんたん。
あるいは心身二元論者。あるいは神秘主義者。あるいは...

172 :むじんくん:2005/12/05(月) 20:50:45
>>171
心身二元論者ですよ、私は(笑)。脳だけで精神を説明することはできませんよ。言語活動を
脳単体で説明できないのと同じですよ。

173 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 20:52:13
>言語活動を脳単体で説明できない
って何のこと?

174 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 20:54:26
>>173
言語はそれ自体社会的です。意味とは社会的なものですよ。それを脳の活動で
説明することは不可能。

175 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 21:02:24
だから何?
それは説明のレベルがちがうだけだよ。

中村俊輔のフリーキックがなぜうまいかを、
量子力学に還元して考えることに意味はないでしょ。
でも、だからといって量子レベルに還元できない物理現象が
あるという話にはならないよ。

あなたの言っていることは
>脳だけで精神を説明することはできませんよ
の例になっていないよ。

176 :むじんくん:2005/12/05(月) 21:05:33
>>175
そりゃ全く違いますね。私は脳の活動が精神活動に関係が無いとはいってませんよね。
しかし、精神活動は脳の活動そのものである、というのは間違いなのです。言語に関して
考えれば明らかでしょ。意味はどこで発生するか?あなたの頭の中で発生するわけじゃ
ないですよ。

177 :147:2005/12/05(月) 21:06:06
同じスタンス、同じ視点の人が現れたかなぁヽ(・∀・)ノ
と思ったらやっぱりちょっと違った・・・(´・ω・`)

おいらの考え方って、やっぱりへんてこなんだな・・・ orz

178 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 21:07:48
>意味はどこで発生するか?あなたの頭の中で発生するわけじゃ
>ないですよ。
ウェルニッケ失語とか知ってる?


179 :むじんくん:2005/12/05(月) 21:09:35
>>178
何度もいってますが(笑)、脳が精神活動に影響があるのは事実ですよ。だけど、言語活動を
みれば分かるでしょ。意味はどこで発生するのか?正常な脳であれば、内的に自発的に意味を
発生させるのか?私的言語は存在しえるのか?

180 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 21:10:49
>>169
現在の素粒子論では粒子はフェルミ粒子とボーズ粒子に分けられる
普通の意味での「物質」はフェルミ粒子からなる(電子、陽子、中性子など)。
フェルミ粒子はパウリの排他率に従い、
同じ状態を2つ以上のフェルミ粒子が占めることはできない。
というのは要は、同じ場所に2つのフェルミ粒子を詰め込むことはできないということ。
これが普通の意味での「物質」が体積を持つということの根拠。
ボーズ粒子は粒子間の相互作用を媒介する粒子(光子はこちらに入る)。
質量をもつものもあるが、パウリの排他率に従わず、
同一状態に何個でも詰め込むことができるので、
普通の意味での「物質」とは考えられない。

181 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 21:11:39
ごめん言ってる意味が分からないから、
ウェルニッケ失語を例にとって、
>意味はどこで発生するか?あなたの頭の中で発生するわけじゃ
>ないですよ。
を説明してみてよ。

182 :147:2005/12/05(月) 21:11:57
>>179
誰も脳が発生源だなんていってないと思うよ・・・(´・ω・`)

183 :むじんくん:2005/12/05(月) 21:14:29
>>180
> ボーズ粒子は粒子間の相互作用を媒介する粒子(光子はこちらに入る)。

すみません、教えていただきたいんですけど、上の文章って形容矛盾み見えますけど、
どう考えたらいいんですかね。相互作用を媒介するっていうのは、音を伝える空気みたいな
ものですか?

184 :147:2005/12/05(月) 21:19:17
>>180
>粒子間の相互作用を媒介する粒子

これだ。これがわからないんだよ(´;ω;`)
特に重力子なんて言葉はちんぷんかんぷんだw
顕微鏡を、どんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどんどん拡大させていっても、
● ● という状態がないってこと?
●と●の間がボーズ粒子?隙間を埋めてるもの?

数学が解らないと解らないのかな・・・orz

185 :むじんくん:2005/12/05(月) 21:20:17
>>181
それは脳障害ですよね。言語活動のある部分が脳障害によって不自由になるという。
しかし、言語そのものは脳が自発的に作ったものではない。脳が正常でも自発的に
言語を創造するってことは不可能です。意味する、とは他者との関係によって成立
するわけで、脳内部のある作用だけで説明できない。しかし、脳が損傷していれば
そもそもそういう関係事態に支障が出る。

誰にも通じない言語を語ってみれば?それは自分自身にとっても意味のないものになるから。

186 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 21:30:01
そっか。
そういう社会的なレベルで「意味の発生」を言っていたわけね。
たしかに言語の社会的な側面を考えれば、
「言語活動を脳単体で説明できない」ことになるけど、
でもそれは中村俊輔のフリーキックを原子分子のレベルで説明しようとするのと同じだよ。
説明のレベルがちがう。
量子力学でフリーキックを説明できなかったとしても、
量子力学的な法則に従わないものがあることにはならないよ。

187 :むじんくん:2005/12/05(月) 21:44:43
>>186
全然違うなぁ(笑)。脳っていうのは言語の基盤であっても原因ではないですよ。あなたの
言い方だと、量子力学的法則っていうのが脳の回路ってことなんでしょうが、脳というのは
能動的に動く以上に受動的に機能するのです。言語は脳なしでは発生しませんが、しかし
脳の外に成立するものですよ。言語活動を微細に見ると脳にたどり着くっていう発想が
間違いなのです。

188 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 21:51:29
うん、だから、言語の一部の機能については
>言語活動を微細に見ると脳にたどり着くっていう発想が
>間違いなのです。
で正しいと思うのね。私が言ってるのは、
言語のそういう部分の記述は脳科学の直接の対象にならないということ。
でも、だからといって、脳から逸脱した現象ではないってこと。

189 :147:2005/12/05(月) 21:52:08
454 素人 sage もう一つ上手く言えてないなぁ・・・(^^;) New! 2005/11/26(土) 13:22:57
>>449
>「HDD内のある状態を画像Xと呼べばよい」

この表現に近いです。
ただ足りない部分は、「画像X」は出力されたものであるということです。
「痛み」の例に戻すならば、「画像X」は「痛いという言語表現」か「痛そうな様子」であるということです。
もし、当人が外部へ、自身の感じているものを表出しなかったとしたらそれは存在しないのか?
ということです。
しかし、表出されなかったとしても、彼の脳内には「痛いという(痛みを感じている)状態」はあるわけで・・・
だとしたら、(他者が観測できるかどうかはともかく)自己の内部においては
その時の脳内の状態を「痛み」であると見做すことは可能ではないかと言っているのです。
「痛み」という単体の確固たる存在があるのでなく、種々の要素の複合的な状態が「痛み」であると見ればよいのではないか?
 (>>411はその通りだと思います。種々の要素の(関係性も含めて)総体がそれぞれの存在であるということです。
  「手だけを指してこれが人間であるか?心臓だけを指してこれは人間であるか?脳だけを指してこれは人間であるか?」
  と言うようなものです。)
これは、「意識」「主観」そして「私」などについても同様に見ることが可能なのではないか?
ただし、「なぜ?」という問いに対する答えにはならないが・・・
愛とか、友人関係だとか、気まずい雰囲気だとか、国家とか、試合とかetc.etc.と同じように――

物理現象に還元するというのは、こういうことを言うのではないのだろうか・・・
なぜ、皆、単体で捉えようとするのか?最高位の言う「私」や「主観性」も、やはり単体としてのもののようだし・・・

だから、>>453のようなレスを見ると、解って貰えてないなぁ・・・ orz となるわけですw

190 :147:2005/12/05(月) 21:52:43


497 素人 sage New! 2005/11/26(土) 21:41:43

>>456
>あと、単体の話ですが、一対一対応させるには仕方が無いんじゃないでしょうか。
>いきなり複合体から始めるのはどうかと。
>最終的に複合体を扱わないといけない、としてもですね。
一対一対応させることには何の問題もありません。
一対一対応のさせ方がズレてるのではないかということです。
総体としての人間を語る際に、「心臓は云々、脳は云々、爪は云々・・・」
つまり、「人間=爪」という話をしているように見える。
(勿論、微分していった先に何があるのか?という問題も浮上してくるのでしょうが。。。)
うまく言えないなぁ(^^;)

例えば、エクスプローラーで、どんどん下位フォルダへ潜っていくような・・・。
或いはAというフォルダの中にabcという三つのフォルダがあり、
さらにそれぞれのフォルダの中に幾つものフォルダがあり・・・
そうして、下層にあるフォルダのことを一番上のAという名前で呼称すること、
それを(その下層フォルダのみを)Aであると見ること、は、おかしいのではないか?と。。。

191 :むじんくん:2005/12/05(月) 22:11:45
>>188
ということは、精神活動とは関係性なのですから脳の状態とはいえませんよね。

192 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/05(月) 23:06:35
新しい風ですね。

193 :147:2005/12/05(月) 23:13:15
>>192
私は一貫して同じことをレスしてきてたんですけどね・・・(^^;)
やっぱり頭悪いと、文章もまともに書けなくて駄目だ・・・ orz

194 :考える名無しさん:2005/12/05(月) 23:25:17
すべての
>精神活動とは関係性
だとは言えないと思うけど、
言語の社会的な側面に限って言えば、そうだと思うよ。
中村俊輔のFKが量子と関係ないのと同じレベルで、
意味が社会的にどう生じるかは「単一の脳の状態」とは関係ないよ。

195 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/06(火) 00:00:30
>>153
>ただ、思想や世論が人の頭の「中」にあるか、というとそんなことは無いですね。言語が
>それ自体社会的であるならば、それは頭と頭の間に存在する、この"存在"っていうのが
>くせもので、ここにあります、っていう感じで語るとおかしなことになるわけですが、そういう
>ものと考えるべきだと思います。

「インターネット」はコンピュータとコンピュータの「間」に存在する・・ということですか?
「インターネット(?そんなもの)は存在しない」・・・とは今や誰も言えない状況ですが・・。

>しかし一方で個別の脳みその状態が関係することは事実ですね。クスリ使えばわかるように。

 ウィルス感染したパソコン・・ですか?アメリカでは1/3のパソコンが(何らかの)「スパイウェア」
に感染している・・・と、本日のNHK「クローズアップ現代」で言っておりました。
 「何らかの」にポイントがあるとしても、最強の奴はパソコン操作全部を勝手に送り込んだ奴に送信する
・・・のだそうです。個人情報というかプライバシー丸見え状態だそうです。
 また話が逸れました。これも私の「脳みその状態」の影響でしょうか?・・(肯定的に)勿論「はいそう」
です。


196 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 00:03:57
まったくわけわからんわ
それって言語は複数の脳のネットワークの上に乗っているってこと?違うかなあ。
ああそうか。足でもボールでも何でもいいけれど、そのものがないと「足」とか「ボール」
という言葉はないんだから…違うかなあ?

ミームとは違うんだよね。
ある種の鳥が親から子へと歌を伝えていくとか、そういうのとか。

197 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/06(火) 00:08:51
>>191
>ということは、精神活動とは関係性なのですから脳の状態とはいえませんよね。

「関係性」・・・変な概念設定ですが・・「脳の状態」は「個々の脳細胞(感覚器官細胞)の関係」で
「決まり」ます。・・・他の要素は一切入る余地はありません。
社会の情勢も勿論「個々の脳」無しには存在しません。しかし「一個の脳」が社会情勢に影響を与える
(与えた)という「歴史(学)的事実」はいくらでも存在します。
念のため言えば「それは『不可視の構造』・・・潜在的社会(的)無意識」が決めたことである・・という
ユング心理学の影響を受けた「オカルト社会学」・・構造主義的反論は「もう勘弁して下さい」・・です。


198 :むじんくん:2005/12/06(火) 00:15:42
>>194
> 中村俊輔のFKが量子と関係ないのと同じレベルで、

同じレベルじゃないと思いますよ(笑)。それは巨視的と微視的な相違じゃないんですか?
そういう意味だとしたら違いますよね。

>>195
それは>>158でちょっと書いたんですけど、これは思いつきですが仮に脳と脳の関係性が
粒子という物質性で捉えられたら面白いとは思いますね。つまり脳みそというのはそういう
粒子を分泌していて、それが脳同士で影響を及ぼしあうと(笑)。

まぁ、それはともかく、言語活動を考えれば自明じゃないですか?脳の内部において
演繹されるような形で言語の意味は発生しませんよね。意識も同様で、だとしたら脳の物理的
必然論で意識を語るのは間違いですね。

>>196
という感じで分かっていただけましたでしょうか?(笑)。ミームと似てると思いますよ。違うとは
思いません。



199 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 00:16:40
今度は構造主義に喧嘩を売る訳ねw
ほんまだいじょうぶでつかね>機械的唯物論

200 :むじんくん:2005/12/06(火) 00:18:22
>>197
しかし、個々の脳の外部に、脳集団を包摂するというか抑圧するような形で言語が
存在するのです。脳の機能によってもたらされるにも関わらず、言語は脳を超えてますよ。

あと、ユングは最低です。

201 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 00:22:23
「一個の脳」と社会情勢は相互に影響を与える、ということでしょ。
脳だけが孤立してぽっかり浮かんでいるわけがない。


202 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 00:25:05
>>198
自分が言ってる内容を理解できてる?
あなたは>>172
>言語活動を脳単体で説明できないのと同じですよ。
と言ってて、>>194にはそれと同じことが書いてあるんだよ?

・・・と思ったら、>>158を見てしまった。
うわ、ただのデムパか。好きにしろ。

203 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/06(火) 00:26:04
>>198
>それは>>158でちょっと書いたんですけど、これは思いつきですが仮に脳と脳の関係性が
>粒子という物質性で捉えられたら面白いとは思いますね。つまり脳みそというのはそういう
>粒子を分泌していて、それが脳同士で影響を及ぼしあうと(笑)。

 脳の(基本)構造をご理解されない上で、脳の構造を分析しようとしても『無理です』としか
申し上げようがありません。
 「個々の脳(神経)細胞」内では「受容体」が「前の細胞からの情報を受ける」役割をします。
「受容体が(情報を)受ける『受け口』」は「特定の化学構造を受け入れる形態」を持っております。
化学物質とは・・・(ノル)アドレナリン、セロトニン、ドーパミン、ナトリウム等の各種ミネラルイオン
等々ですが「アルコール」は一番顕著に働く「化学物質」ですが、「働く速度」では「ニコチン」に到底
敵いません。
 あなたのおっしゃる「粒々レベル」・・・『化学(式)』の分野です。・・お得意なのですか???


204 :むじんくん:2005/12/06(火) 00:31:30
>>202
> と言ってて、>>194にはそれと同じことが書いてあるんだよ?

あ、そうですか。ちょっと相似性が理解できませんでした。

> ・・・と思ったら、>>158を見てしまった。
> うわ、ただのデムパか。好きにしろ。

ま、これは冗談ですよ(笑)。

205 :むじんくん:2005/12/06(火) 00:34:26
>>203
いや、これは冗談ですよ。ただ、精神活動を語るときに何故か脳単体を調べるっていうのは
結構行われてますけど、脳と脳の関係性を成立させる物質的基盤を仮定するっていうのは
あまり聞きませんよね。これはちょっと考えると妙な気はします。関係が成立するならば、
エーテル説みたいになっちゃいますが、それを媒介する物質があると仮定してもおかしく
ないのでは?っていうことですね。

粒子の話は全く素人です。

206 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/06(火) 00:38:03
203の一部訂正&追加です。
各種ミネラルイオンは「ナトリウム等」に掛かります。
日本語はムツカシイデスネ

「受容体」が受容する「セロトニン」」等の「脳内(情報)伝達物質」は、
何処から来るのか?・・・と言えば「脳内の他の細胞からです」ということになります。
セロトニン・ドーパミン等の「基本的脳内伝達物質」が、(消化器系から材料が補給されない等の)
代謝異常で不足すると、間違いなく「脳は変調を来し」ます。
 一番手っ取り早い『実験』は、「脳に酸素が行かなくなるようにする」ことです。
 10分間酸素が行かなければ脳細胞は「壊死」し、心臓に対して「鼓動せよ」という信号を送らなく
なります。・・・自分で「窒息死する」ことは『誰にもできません』と断言できるからこう言えるのです。
・・・もっとも(遙か)むかし「禅」という宗教の信者が「死期を悟って」・・
「自ら餓死した」という記録はあります。・・・私は正直「ほんとかなぁ?」と思いますが。

207 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/06(火) 00:38:25
他とのコミュニケーションはOSIモデルが解かりやすいと思います。

208 : ◆Fz1xvLzdcw :2005/12/06(火) 00:44:15
他とのコミュニケーションは「心の理論」というのがあります。
wikipediaにも記事が載っているのでどーぞ。

209 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 02:11:51
>>206
>心臓に対して「鼓動せよ」という信号を送らなくなります。

毎度のことながら、間違ったことを言うのよさないか

210 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 02:20:50
>>207
OSIモデルって何のOSIモデル?
普通はOpen Systems Interconnection Reference Modelと呼ばれるもので
ISO(国際標準化機構)が勧告し、ネットワークにおいてオープンシステムを
実現するためのプロトコルスイートの標準規格だが・・・それが何に関係する
わけ?

211 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 02:34:23
>>171
>心の座が脳にあることを受け入れられないあんぽんたん。
毎度のことながら、いい加減なことを言うのはよさないか?

212 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 02:49:04
>>195
複雑系の科学に弱い機械w

213 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 09:19:15
なあ機械、>125はスルーか?

214 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 10:12:51
>>125
違和感あるな、2ch口調に書き換えな

215 :むじんくん:2005/12/06(火) 11:16:23
脳みその問題っていうのは、カントが批判書で考えたような問題を現代風に
よみがえらせてますね。つまり、脳みその回路によって人間の思考過程を
説明しているが、そういう説明自体が脳の活動であるとするならば、その
正当性はどこにあるのか?という古典的な懐疑論の問題です。

デカルトはあっさりと神をもちだして保障されてますって言っちゃうわけですが、
カントもそこまで臆面もなくやってませんが、結論は同じですね。物自体っていう
のを想定して説明しようとしたわけです。

だとするとやっぱり精神っていうのは脳ではない、ということになってしまいますね。
心身二元論っていうのはそういうことです。乗り越えたと言っている人は後退している
に過ぎないのですよ。

216 :むじんくん:2005/12/06(火) 12:30:29
脳みそ=心論者に問題があるとすると、これは現代版のアミニズムにつながる可能性が
あるということです。脳みそが心ならば、物にも心があってという発想につながりかねない。
精神を脳に還元できると主張する人々は一見唯物論に見えますけど、実は全く正反対
なんですよ。心身二元論者こそが唯物論者であり、この世を神秘化することから逃れている
のです。

217 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 12:59:09
>>216
文字通りそう主張している人もこのスレにいるよ

218 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/06(火) 13:00:55
SYNさんなんかはそうですね。汎神論ですし。

219 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 13:06:33
物にも心はあります。物も心も一体の一つのもので、唯物論は一元論です。
どこからどうと分けれるものではありません。そういう意味で唯物論は二元論ではありません。
しかし、それぞれ両極となるプロパティとすれば、二元論のようにも見えます。

220 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 13:47:33
>>216
>物にも心があってという発想につながりかねない
精神、心=脳及びその状態

と考えればそれはそれで理由付け出来るんだけど・・・
物にも心って言うのは、コンピューターとかAIとかの話だよね?
有ると考えても問題ないと思うが


今の哲学の精神とか心とかって、大昔の脳も神経も何も分からなかった頃に出来た理論でしょ?

221 :むじんくん:2005/12/06(火) 13:58:19
>>220
いや、デカルトのコギトを精神と定義した場合の心身二元論っていうのはそういった
考え方に回収できませんよ。つまり、超越論的主観はAIになり得ないんですね。

確かに、心理学レベルの、つまり環境と脳みその相互作用をシステム化するという
意味で言えば、心を持ったロボットというのは可能ですし、もう実現されちゃって
ますね。そのロボットが"考える"と表現しても別にいいと思います。

しかし、デカルト的コギトは脳の外部にあり続ける。

222 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 14:06:44
デカルト,1596-1650

脳や神経の事なんて分かってない頃の理屈じゃない
科学では、天動説とか四元論とか有機物は人口精製不可とか

色々否定されてるのに、哲学ではなんで未だに否定されないんだろ



223 :むじんくん:2005/12/06(火) 14:11:30
>>222
近代科学は進歩しますけど哲学に進歩はありえませんよ。

脳みそのこと分かっても、デカルト的問題が現代風に変奏されてるだけです。>>215
書いたとおりです。



224 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 14:15:22
>>215
>その正当性

というのが分からないな
脳が精神を司ると言う証拠のこと?

225 :むじんくん:2005/12/06(火) 14:20:52
>>224
脳の機能説明自体が脳の機能によって行われている、脳が語ることの正当性を
脳が証明することはできませんよね。デカルトの懐疑の変奏バージョンなんです。

226 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 14:22:14
なんとなく分かった気もする

脳=精神、心だ!

こう考えているのも脳

こう考えているのも脳
・・・

→ならばその根源となる物は???


みたいなかんじか?

抗うつ剤、麻薬、アルツハイマー
その他脳障害、疾患、脳への薬・・・
という実験事実が既に証拠、根源となっていると思うんだが

何も無しに科学が
『脳の状態=心、精神だ!』
みたいなことを言ってる分けじゃないぞ?

227 :むじんくん:2005/12/06(火) 14:32:42
>>226
それはそうですよ。クスリで精神状態は変容する。だけど、じゃあ脳の認識は対象"そのもの"なのか。
例えば他の動物はそれぞれ遺伝子レベルで規定された世界像に沿ってある判断をし、活動する
わけですけど、それは人間の脳が認識しているのとは違っているから"間違い"なのか?

同じ人間でも、全体の人類史からしたら結構最近まで進化論などは無かったわけだし、文化が違うと
全く違う世界観を持っていた。しかし、それが"間違い"だから通常生活ができなかったということは無い。

デカルトはそういう心理学レベルの構成物、それは今だったら脳科学も入りますけど、それを一旦
懐疑にかけた。その懐疑する働き自体をコギトとよび、世界から切り離したのです。

228 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/06(火) 14:34:42
唯物論というのはホントに不思議なんだよな

唯物論者というのは、どういう訳か
唯物論を疑う事がない
間違えているかも知れないなどと、考えもしないのである
考えが回らない のかも知れないが
それでは、もはや哲学者ではないであろう と思う
が、とにかく「とにかく唯物論」なのである
使い古された言葉で表現すれば狂信的 とも言える

唯物論者にとっては、とにかく唯物論は『絶対に正しい思想』なのである
とにかく、よくわからない事柄に関しても
とにかく唯物論にこじつけておけば良い
とにかく、こじつけなければならない! と思っているようだ
さらに、唯物論者は、とにかく唯物論という言葉だけは死守しようとする
「それじゃ唯物論じゃないから、呼び方を変えなさいよ」と提案しても
絶対に受け入れる事は無い
なぜか『唯物論』なのである
自分の考え方を、そう呼びたがる
唯物論という言葉が変更されると
その人にとって何か不都合があるかのごとくだ

まるでマルクス主義者であるかのごとくである
まさか今時、マルクス主義でもなかろうに
と思うのであるが
いつの時代も、唯物論信者は
「とにかく唯物論」なのである

唯物論とは、ホントに不思議な思想である
というか 思想とは、そもそもそういうものであって
それゆえ、神なき宗教と呼ばれている
哲学者は、決して唯物論などには固執しない

229 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 14:39:00
唯物論は正しいか否かというものではなく、一種の評価軸。
多くの言語がある中で、日本語は正しいか否かといっても意味が無い。
日本語というものが存在し、成立するかどうかといえば、成立する。
同様に、唯物論も単に成立しているというだけのもの。
論理的にも否定する事は不可能。

230 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 14:40:19
唯物論はある種の言語といった方が良いかもしれない。

231 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 14:42:53
>脳の認識は対象"そのもの"なのか
認識している人にとってはそのものだろ

それとも”そのもの”っていうのは
物質が示す性質の他に『本質』が有るはずだ!
と言っているのか?

脳の状態=精神、心
物質の示す性質=物質

と考えてなんか不都合なことあるんだろうか?

232 :むじんくん:2005/12/06(火) 14:47:56
>>231
不都合っていうのとはちょっと違いますよね。精神は脳の外部にあり続けるってことですよ。
脳はどのような機能を持っているかを語る際のデカルト的問題から全く現在も人は逃れて
ないのです。

233 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 14:50:52
>>232
んじゃ脳を無くしても精神は生きるの?
無くしたじゃないにしろ
精神疾患や脳障害は全く説明出来ないよね

234 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 14:52:09
>>232
精神が脳の外部にもあるのは当たり前。
精神は、情報と同様、物質で作られたメディアに付随するもので、それが動いている状態。
よって、唯物論で何も問題はない。

235 :むじんくん:2005/12/06(火) 14:52:30
>>233
それは実証できませんよね。精神が脳なしで存在するか否かは実証不能の領域なんだから。
自由、神、魂は実証の対象ではなく、信仰の対象ですよ。そして、この信仰問題から逃れる
ことは人間にはできない。

236 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 14:53:18
>>233
当然生きるし、コピーも可能。人間の文化はそうして受け継がれてきた。

237 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 14:54:18
>>235
できないといいきることもできないと思います。

238 :まさ:2005/12/06(火) 14:55:37
>>223
結局何が言いたいの?哲学に進歩がないならみんな同じなはず。
あなたの哲学がパーフェクトだからみんな従え〜っと?
あなたは生まれた時から今の考え方だったんだ。これからもず〜と
今の考えでいられる自身は何%ですか〜?


239 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 14:56:07
精神が何かって言うのが既に微妙な話だな

精神、心=記憶、思考、感情

という前提で話してたんだけど
そこから違いそうだねw

240 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 14:57:12
>>238
それは、>>154ににも言えることだね。




241 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/06(火) 14:57:15
そもそも「精神」とは?

242 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 14:57:19
チャットになってるぞ。

243 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 14:58:38
>>221
>心を持ったロボットというのは可能ですし、もう実現されちゃってますね。

毎度のことながら、いい加減なことを言うのはよさないか?

244 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 14:59:10
>>243
実現はしてるぞ。

245 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 15:00:04
>>241
情報のうち、主に人間によって生み出されたもの。

246 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 15:00:33
ロボットが心を持っているかどうか、どうやってわかるんだ。

247 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/06(火) 15:00:34
「物質で精神は説明できない」という人がその他の方法で
説明に成功したのを見たことがありません。私が心身二元論
や事実ー価値の二元論に懐疑的なのはそのせいでもあります。

「精神も価値も永遠の謎だ」と開き直る方がまだ説得力が
あるように思います。

248 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 15:02:36
>>247
説明不能ならそういうものを仮定する意味が無い。
精神もクオリアと同じで定義不可能。

249 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 15:02:39
>>233
>んじゃ脳を無くしても精神は生きるの?
精神は生きる。
それがどうかしたか?

250 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 15:04:12
>>244
ソースはあるの?

251 :まさ:2005/12/06(火) 15:04:36
>>235
少なくともここの人達は誰ひとり信仰していないよ。
自分が教祖だから 笑

252 :むじんくん:2005/12/06(火) 15:04:49
>>238
おやおや、哲学に進歩っていうのはありえませんよね。近代科学にはありますけどね。これ事実でしょ?

>>239
私はそういう前提では話してません。心理学レベルの話ですよね、それは。

>>241
デカルト的コギト。超越論的主体。これを私は"精神"と呼び、心身二元論を主張します。

>>243
してますよね。

253 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 15:05:45
>>248
精神は物質で説明可能。
クオリアは他人と話が通じる程度にならロボットによって実証可能。

254 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 15:06:23
>>247
ちょっとだけ同意。
このスレで精神は物質から説明できないと主張する人が、
その後で具体的説明方法を提示したことはないんじゃまいか。
仮に、永遠の謎だと考えてるんなら最初からそう言えばいいん
だし(結局、精神や価値について語ることはすべて疑似問題に
なるわけだが)。

255 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 15:08:06
>>252
>してますよね。
だから、ソースはないの?

256 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 15:09:57
>>253
>クオリアは他人と話が通じる程度にならロボットによって実証可能。

毎度のことながら、いい加減なことを言うのはよさないか?

257 :まさ:2005/12/06(火) 15:14:55
>>240
只今進歩中。
>>252
たまごっちのこと? 笑

258 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 15:17:54
>>253
ほう〜。
キミの言う「精神」「クオリア」がどんなものかは知らんが
可能ならば、説明してみ。

259 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 15:20:17
このスレ観察していると唯物論者は逃げ足だけ早いなw

260 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 15:27:19
>>229
>唯物論は正しいか否かというものではなく、一種の評価軸。
というか、論理云々より以前に「信念」だろ。

261 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 15:30:45
>>260
世界全体が分からん以上、何らかの信念で突き進んでも
問題ないと思う。だいたい、歴史上の発見だって論理の
前に直感や信仰があることが多い訳なんだから、机上の
方法論はそこまで重要じゃない気がしてならない。

要は、その信念でどこまで説明できるかだろう。

262 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 15:32:22
心とか精神の意味が一様でないので、議論にならないね。

心「環境とXの相互作用のシステム化」>>221
 「記憶、思考、感情」>>239
精神「記憶、思考、感情」>>239
 「物質で作られたメディアに付随するXが、動いている状態」>>234
 「情報のうち、主に人間によって生み出されたもの」>>245
 「デカルト的コギト。超越論的主体。」>>252

むじん君に質問だが、>>252で「心身二元論を主張する」と言っているが、
同時に「心を持ったロボットは実現している」とも言っている。
当然二つの「心」は違う意味なのだろうから、言葉を変えたほうが
いいのではないか。

263 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 15:38:43
脳と心・哲学・信仰と科学
http://www.geocities.jp/bluewhitered34/index.html

264 :むじんくん:2005/12/06(火) 15:41:20
>>255
ちょっと忘れちゃったんですけど、マサチューセッツで有名な研究してますよね。要するに、
外部の環境との相互作用をシステム化するんですね。これは心理学レベルの心がある
ロボットって言っちゃっていいと思いますよ。そこの研究者でロボットの電源切るのが
怖くなって、宗教家だか哲学だかに専門を変えた人がいたという話を聞いたことがある(笑)。

ソースですが・・・ナイ。

>>262
心身二元論批判ってよくありますが、あそこで標的になっているのは殆どがデカルトだと
思います。だから正しいと思いますよ。ロボット化が現在できている心っていうのは
心理学レベルの環境との相互作用を指します。

265 :ギター侍:2005/12/06(火) 15:41:22
>>259
逃げてるのはあなたですから〜。

266 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 15:45:46
>>236
文化そのものなんてどこにもないだろ。
一人ひとりの人間が経験から学習した振舞い方の個人的な法則があるだけ。
赤ん坊は他人の言葉をコピーしてるんじゃなくて、言葉を使う他人の振る舞いから
経験的に学習して自分の個人的な言葉を作り出してるんだよ。
だから、文学作品が面白い。
一人ひとり実は違う言葉を使っているから、他人の言葉が新鮮に見える。

267 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 15:55:59
>心身二元論批判ってよくありますが、あそこで標的になっているのは
>殆どがデカルトだと思います。

デカルトにはじまる精神と物質を独立の二つの実体とする考えを批判している
のであって、そこでいう「精神」とか「心」とかいうのは、>>239のような
ごく普通の意味、つまり意識・思考・感情のことだろう。
デカルトのコギトというのはそもそも世界に属していないのであって、
脳どころか世界の外部にある。だから、世界の何かで説明できないのは、当然。

268 :初期不良 ◆GOO.DyUWrs :2005/12/06(火) 15:57:59
>>266
経験や学習のことをコピーと言っていると思うんだが。
もちろん完璧なコピーではない。しかし、それぞれの個人の中に
誰かさんの劣化コピーが作られているのは確かだろう。
そして、思い出したり誰かさんならどうするかな、とシミュレーションすることによって
劣化コピーは起動する。こうやって人の精神は生き残り、考え方や
行動様式などの輪郭だけになったとしても残っていて、それらが文化とされるわけだ。

269 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 16:46:22
>>268
それぞれの個人の中にあるのは誰かさんの劣化コピーなんてないだろ
個人の中にあるのは、誰かさんについての勝手なイメージ

>言葉を使う他人の振る舞いから

ごめん、これ訂正。
実際に言葉を使うことにより、が正解。

270 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 16:53:23
結論:働いたら負け

271 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 16:59:06
>>228
>>147

272 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 17:09:56
最高位の以前からの主張、『私』や『主観』の存在性について、8割方は同意する所のものだ。
しかしながら、あと二割の部分において、そして、彼に対して感じる嫌悪感の理由とともに
首肯できないのだよ。

ある良く描けた舞台の書割があったとする。果たしてこれは本物だろうか?と。
ある人は正面から観察し、またある人は右側から観察し、またある人は左側から観察し、
またある人は後ろ側から観察し、またある人は上から観察し、
またある人は虫眼鏡で観察するかもしれない、またある人は遠くから観察するかもしれない。
いまだ分かっていない事柄に対して、様々なアプローチがあるだろう。
一つの事柄について各分野からそれぞれの得意とする方法で迫ってゆく。
当然種々の仮定・仮説を立てて掘り下げてゆくこともあろう。
そうしたアプローチを、最高位は「くだらない」と一蹴しているように見えるのだ。

「私」や「感覚」や「認識」や「主観」や「意識」等について、
最高位は、正面から見て且つ「それはわからないものなんだよw」と彼らを嘲っている。
或いは「今目の前に書割がある。それ以上何が分かるというんだねw」という至極御尤もな高説を垂れる。
罵倒と嘲笑とともに・・・。そういう図式が見えるのだ。
その書割が本物かどうかは、いまだ分かっていない。
けど、右へ廻って観察した人間が何かを発見するかもしれない。
左へ廻って観察した人間が何かを発見するかもしれない。
或いは虫眼鏡で観察した人間が何かを発見するかもしれない。

273 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 17:10:30
もう一つ書割の流れで言うならば、 その書割がなぜ立っているのか? について、
後ろに支柱があるからだ。 いやいや、地面に刺さっているんだよ。
いやいや、上から吊り下げているんだよ。いやいや、それは宙に浮いているのだよ。
とまあ様々な意見がある中、最高位は
「いやいや、それは何者にも支えられることなくそこにあるのだよ。」と言う。
或いは、支柱によって支えられていても、
「『支えられ方』はどうでもいいw ただ、その書割が、なぜそこにあるのか?は分からないんだよw」と言う。
確かに、『なぜそこにあるのか?』『誰が立てたのか?』は分からない(今のところ)。
しかし、どのように立っているかは観察すれば分かることではないのか?
それ以上の部分(最終的な『なぜ』)については、また別の問題なのではないのか?
最終的な『なぜ』を物質の存在として説明している人はいないのじゃないか?


最高位は、物質相互の関係性をどこまでなら可とするのだろう・・・?

274 :初期不良 ◆GOO.DyUWrs :2005/12/06(火) 17:18:19
>>269
「劣化コピー」と「勝手なイメージ」をどう区別してるの?
同じものにしか思えんが

275 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 18:45:25
哲学者は昔の人が言った言葉を『根拠』として
〜の〜によるととかいって普通に通用してるけど

物理学者がニュートンの言葉を引用して
アインシュタインを否定するとアホ扱い

276 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/06(火) 21:02:28
>>210さん
OSIモデルの仕組みは他とのコミニュケーションのための決まりごとですね。
その仕組みを用語にとらわれず、イメージで見られてはどうでしょう。

277 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 21:06:14
>最高位の以前からの主張、『私』や『主観』の存在性について、8割方は同意する所のものだ。

珍しい方ですな

278 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 21:08:26
>>277
そう?
一つとして同じ脳が存在しないのだから、唯一の私になって当然では?

279 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 21:12:27
それだけで8割なのかw

280 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 21:19:06
>>279
「唯一の私」ということ以外に最高位が何を言っているというの?

281 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 21:58:48
>>278
そうではありません。最高位の主張のキモは
1.この脳と物質的に全く同じ脳を作っても、私にはならない。
2.だから、私の存在にはどんな物質的原因もない。
3.物質的原因のない存在が一つでもあるから、唯物論は間違っている。
という、独特のものです。

282 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 22:01:05
>>281
2までは同意する。
3までいくのはアホ

ってことでは

283 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 22:01:41
凄いなちょっと見ない間にもう49ですか。

284 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 22:17:56
>>281
同じ人間を2人作ったとき
お互いにはそれが区別できる
なぜなら、相手を見ることが出来るから
共通の脳を持ってはいるが、「脳の状態」を共有できていない

仮に、二人分の物が見え、感じ、動かせる人間が居たとき
その人は「私」はどちらだと思うんだろう?

285 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 22:36:37
>1.この脳と物質的に全く同じ脳を作っても、私にはならない。
この脳と物質的に全く同じ脳を作ってもこの脳にはならない。
当たり前のことでは?
>2.だから、私の存在にはどんな物質的原因もない。
だから、私(=この精神)の存在の物質的原因はこの脳である、で
何の矛盾もないのでは?

286 :266:2005/12/06(火) 23:45:07
>>274
そうですね。>>268を誤読してました。

287 :考える名無しさん:2005/12/06(火) 23:56:09
同じ設計の自動車を2台作っても区別はするし、同じ場所に
だぶって置くことはできないだろ。
このことは物質的に全くそっくりということとは別の理由だろう。
同種の素粒子だって個々区別されるのだろうし。

288 :(^^;):2005/12/06(火) 23:59:28
>>287
なぜかみんなそこはスルーするんだよねw

289 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/07(水) 00:01:02
>>272
>けど、右へ廻って観察した人間が何かを発見するかもしれない。
>左へ廻って観察した人間が何かを発見するかもしれない。
>或いは虫眼鏡で観察した人間が何かを発見するかもしれない。

この100年の理論物理学の歴史はまさにおっしゃるとおりの展開です。
かつては「原子量」「電荷」「質量」等・・・の「同じくくり」で「素粒子」が
論じられておりましたが、特に20世紀に入ってからの物理学の発見は驚嘆すべき
モノがあります。
まず、「特殊&一般相対性理論」・・・かつて「エネルギー保存の法則」として、「不変」
であるとされた・・・「(ある)物理現象前のエネルギーの総量」と
          「(ある)物理現象前のエネルギーの総量」が『異なる現象「E=Mc^2」』
・・・物質の『「重さ」が「とてつもないエネルギーと等価」であること』という「とてつもない発想の式」
が1905年に発表されたこと・・・があります。しかし、当時は殆どの人がその重要性に気づきませんでした。
 アインシュタインのノーベル物理学賞受賞(確か1912年前後)の受賞理由に「相対性理論」
の『「そ」の字』もありません。
 その後・・・中性子や陽子・・「ハドロン」が、(何と3個の)クォークなるもので構成されている
と言う理論が出てきて、あっという間に「クォークの実在が全部(基本は12種)観測された」という
これも「驚くべき事態」が生じました。
 その後・・宇宙論と量子論の結婚、量子のスピン・アイソスピン等々〜はご自分で学習されるべきだと思います。
「歴史上非常に特殊な『発見の時代』に生きていて、その発見の内容を何も知らない」・・というのは、
単なる「知的怠慢」にすぎません。




290 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/07(水) 00:03:51
また間違えた。
>289の訂正です。申し訳ありません。

(誤)・・・「(ある)物理現象前のエネルギーの総量」と
      「(ある)物理現象前のエネルギーの総量」が『異なる現象「E=Mc^2」』
(正)・・・「(ある)物理現象前のエネルギーの総量」と
      「(ある)物理現象後のエネルギーの総量」が『異なる現象「E=Mc^2」』

291 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 00:09:46
結局、このスレの不幸は、哲学的な意味でのまともな「唯物論者」が
いないことだ。
昔のOFWみたいなのがいれば、もっとましな議論ができそうなもんだが。

292 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/07(水) 00:12:26
>>291
あなたの脳ではキャッチアップできない「レベル」は全部「まともでない」括りですか?
まるで「イソップ(童話の)の狐」ですね?

293 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 00:13:24
>>287
同種の素粒子は区別されない
ついでに、ボーズ粒子なら全く同じ位置、状態に複数個はいることが可能

>>289
>「歴史上非常に特殊な『発見の時代』に生きていて、その発見の内容を何も知らない」
別に知らないのはかまわないが
曲解されて、それを主張されるのはとても困るなwww
>>99-100
>>103-107
>>108-110


294 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 00:15:38
>>293
>同種の素粒子は区別されない
>ついでに、ボーズ粒子なら全く同じ位置、状態に複数個はいることが可能

時間的にはどうなの?
同時刻においても複数個あるの?

295 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/07(水) 00:17:58
>>293
物理学の分野における「その手の曲解」はよくあります。
特にあなたのように「少し囓っている」とそうなりやすいのですが、
「どこがどうおかしい(と自分で感じる)のか」自分でも全然判りませんので、
誰にも説明できない・・結果「フラストレーションだけが溜まるだけ」のことになります。


296 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 00:20:48
あっても問題ないと言うことになっている
古典的な
ボールが2個あって、それが同じ位置には来ない!
というイメージじゃなく
量子力学的な
波が二個あって、それが同じ位置に来ても大きな波になる
というイメージで考えてもらえばいいかと

297 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/07(水) 00:22:44
>>294
「この世界(宇宙)」は、「見かけ」のように「4次元(3次元+時間次元)」
では「ない」ので、それは当然「あり得ること」なのです。
「4次元空間」を特定する「座標」は「4個」しかありません・・が
「この宇宙」は10〜11次元であり、更にそれは26次元が折りたたまれた姿・・
等というと、「ディープ文科系」の方は「驚く前に怒る」ので・・これ以上は止めておきます。


298 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 00:23:08
「同種の素粒子は区別されない」とはどういう意味?
物理的性質において区別できない、という意味ならわかるが、
複数個あっても一個と同じとみなされる、という意味なのか。
それだと俺の頭では理解不能。

299 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 00:25:12
波というのは、海などのイメージの波じゃないのだよね・・・
密度の違いみたいなもの?
いや、密度と言ってしまうと構成している粒が想定されてしまうな・・・

量子力学という名前を耳にしたときからそうだった。
粒でもあり波でもある。これが解らない。
波って何?

300 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 00:26:33
理系の人間しか、この世のことを理解することはできないのか・・・ orz

301 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 00:32:38
>>297
ttp://homepage2.nifty.com/einstein/contents/relativity/contents/relativity135.html
最初に相対性理論でノーベル賞取れなかった理由

>>298
博打で入れる前と入れた後だとどっちがどっちのサイコロか分からない
わかりやすく言えばこんなかんじ

>>299
存在確率の波みたいな感じ、イメージは海の波でいいんでないかな

>>300
理解してる訳じゃないよ、法則から理論とか出しているだけだし
例えば、質量がある物からは重力子が出てお互いを引き合う
とは言うけど、重力子が何故出てくるか?という『根源的なWhy』にはまだ答えられない

302 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 00:34:54
>>300
ブンケイは「あの世」を大衆に信じさせることを目的として構築された
ガクモンだからね。仏法僧(ブッポウソウ)どもの大衆洗脳術のなれの果て
そして今は(も)・・・政府与党の一部。

303 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 00:37:33
>>301
てきとーなことを言ってブンケイどもを誤魔化しているつもりのお前も
間違いなくブンケイだな・・・あるいは畑違いか・・・脳萎縮のリケイ。

304 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 00:39:46
>>301
重力子って「出る」ものなのか?どのように出るのか説明城

305 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 00:42:11
>>303
ごめwわかりやすく言ったつもりだったw
出来れば厳密にかつ文系にも分かるように>>303が書いてくれ

>>304
だからそこはわからんてw
物理でも分からん

306 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/07(水) 00:46:59
>>282
どうしてアホなのですか?
私の本質は物質ではないんだから、唯物論は間違いでしょう
唯物論では宇宙は記述しきれない
少なくとも、観測者である私という主観性については
物理的に解明される根拠がありえません
だから唯物論が人生観にまで言及するのは、明らかに間違いなんです
物理学は物理学として存在すればよい
唯物論など必要ありません
というか間違いなんです

これのどこが、アホなんですか?

307 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 00:49:15
これ以上アホを晒すと罪の領域

308 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/07(水) 00:53:17
>>288
それはスルーしてるのではないんですよ
以前説明しましたが、理解できない人が多すぎて面倒なんですよね

物質の個別性までも同一に作る事は原理的にも不可能なんだから というツッコミですが
それなら物質の個別性、素粒子の個別性までも同一にすれば
同一人物が発生すると考えますか?という話ですよ
分解してもう一度組み立てれば、生き返りますか?
と同時に、もう一人10年前の物質的に全く違っていた時と同一の自分を製作した場合など
いろいろ考えてみればいいですよ
そう考えても、おかしくなるでしょう
私自身、常に物質的に入れ替わっているのですからね

それに同じ原子分子で、いったい何が違うと言うのですかね?
働きに違いはないでしょう
いったい、どんな違いが作用して他人になるのですか?
私自身は、常に物質的に変化し続けているのですよ
物質の個別性によって私は決定している
という考え方は、明らかに間違いでしょう
物質の側が原因で、『私』が決定しているのではない と考えるのが妥当ですね
同じ人間は作れない というのは
もっと根本的な次元の話なんですよ
どんなに、いくら、頑張っても、何をどうやったって、私は一人だという事です
これは絶対です
私は唯一絶対です
私という存在性は
物理的に作成する事は不可能であり
物理的に発生しているのではない という結論に至る事ができますね

309 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 00:53:31
>>307
いや、悪い人ではないけれど、全く理解できていない人ってある程度は居るんですよ。
本人は今後も絶対理解できないのですから病気と同じで温かい目で容認するしかありません。
仕方がないですね。

310 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/07(水) 00:54:50
>>307
名無しだからといって、好き勝手言うなよ
根拠を書け根拠を

311 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 00:55:53
>>306
>>147

312 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/07(水) 00:59:03
>>309
それは自分の事なんだよ?

>>311
だから
いったい何なんだよ

313 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:01:28
>>310
では、聞くがあんたの脳の皮質部分を1/3程度取り除いたらその時のあんたは
今のあんたと同じだということになるわけ?1/2だとどうなるわけ?
2/3だとどうよ?どれだけあんたの脳の切除手術をしても細胞1個残ればあんたは
何にも変わらない今のあんただと言い張り続けるわけ?


314 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:01:37
>最高位
>>284
>>285
をどう思う?

315 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:04:54
>>314
最高位は仮説を考えない人だから・・・w

316 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:08:25
テレビの内部の仕組みをいかによく知ってるからといってテレビドラマのよさが分かるわけではないな

317 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:08:40
もし今、連続投稿規制に引っかかってるんだとすると
最高位=機械?

いや、適当な思いつきだから無視して良いよ

318 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:12:00
一卵性双生児である二人を同じ人とはいわんだろ。取り違えることはあっても。

319 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:12:03
>>315
それって想像力が全くないという哲学者の典型だな。
無論、大学で外国の有名な哲学者の翻訳にいそしんでいる(日本の)
哲学教授・助教授等々の「いわゆる哲学者」のことだけど。
最高位は使い走りで助手にも成れない永遠アフタードクターなのかもw

320 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:15:38
>>317
機械は「就寝します」とか「(今日は)止めます」とか言った後はホントに
おやすみだと思うよ。結構過酷な労働を強いられているみたいな感じはする。

321 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:17:36
>>318
そりゃ違うからな、同じなのは遺伝子だけだろ

322 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/07(水) 01:18:39
区別するのは自分。相手側が「区別してくれ」と呼びかけているでしょうか。

323 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:20:01
>>321
遺伝子以外もそっくりでもだね。
どうせ遺伝子も見えてないのだし。

324 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/07(水) 01:23:19
>>313
質問の意味がわからないなぁ
何が言いたいの?
それで生きていられるのかい?
まぁいいや
ちょっと聞くけど、一個だけ取り除いた場合は
どうよ

>>314
>>284に関しては
空間的にも完全に離れた二つの個体の人格を
同時に所有する事など原理的にありえないでしょう
>>285に関して
考え方が中途半端なんだよな
この脳というけれど
物理的に全く同じ脳を、もう一つ作ったとしましょう
そして、この二つの脳の細胞、または分子原子を一個、入れ替えた場合
キミ達の言う『この脳』というものは、どこにも存在しなくなります
一個ずつ入れ替えて入れ替えて、どの段階で私でなくなると思いますか?
私は、最後の一個まで入れ替えたとしても
私は私であると思いますけどね

>>315>>319
仮説は立てるよ?
自分の中でだけどね

人に発表するのは、確実にわかっている事だけだ
結論出た事しか、あんまり人にいわないなぁ
ここにいる人の特徴は
自分の仮説を、絶対に正しい仮説だと信じちゃう事なんだよね
だから論理性に欠けて、宗教的になっちゃうんだよ

325 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:24:19
>>308
物質的に入れ替わっているからっていわれてもな
歯車を入れ替えても、時計は時計として動くだろ

>>321
人間でなくて机でもいすでも同じだろ

326 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:25:50
>>324
もうそれには対案が出てるやん。
「私」は常に変化してるという仮説。
「私は変化しないけど」物質は変化してるという前提がおかしいというわけ。

ただ、こんなの実験しようが無いから無益な議論でしかない。

327 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:30:41
2人のひとが各々別の部屋のなかにいたとして、
部屋の外のひとにはどっちが誰か分からないけど、
部屋の中のひとにはこの部屋にいるのが自分だと分かるよなあ。

328 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:35:20
人間を分解してからもう一度組み立てるってスタートレックとか蝿男の恐怖とかにでてくる転送機みたいだな
SFの中の人は、当然のごとく私が維持されると信じてるな

329 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:38:28
>「私」は常に変化してるという仮説。

仮説でなくて事実だろ。
一瞬前の私と今の私は同じ私ではない。
眠る前の私と起きた後の私は同じ私ではない。
「私」を「机」や「いす」に入れ替えても同じ。
ただ「私、机、いす」という名前が変わらないだけ。

330 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/07(水) 01:40:08
>>329さん
鋭いですね。

331 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:40:31
同一たって変化しつつの連続だよな。気分も変わるんだし連続性のほうが
大事だろ。


332 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:45:48
仏教だと、私は存在しない、って言いますね

333 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:51:32
仏教スレ

334 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:54:31
脳腫瘍が出来たら別の人になった。
という話は聞かないね。

335 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/07(水) 01:54:58
>>326
私の精神は変化するものだが、存在性は変化しないものだよ
この基本が理解できていない人が多い
私の存在性が変化するというのは
他人になる という事だ
私は常に他人になり続けている という精神分裂症みたいな仮説だけど
そういう仮説を取り入れた場合でも同じなんだよ
その一瞬の『私』の存在性を否定する事はできないんだからね
仮説を正当化させるための仮説
そこまでして唯物論を擁護しようとする必死さが理解できないね
第一根拠がない

否定できない唯一の事実は
私は存在しているという事だ

突拍子もない仮説を立ててくる人は
『私』の本質が見えていない人だとわかるんだけどね
これはクオリア以上に説明の困難な事だから割愛させてもらいます
別のいろいろな角度から探求していけば
いずれにせよ『私』は物質的に解明する事など不可能だと理解できるんだよ

336 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:55:33
きみが知らないだけ

337 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/07(水) 01:57:53
>>328
それを固く信じている人が、唯物論者ですね

>>329
それは私の精神や、状況が変わっているのであって
存在性は変化しません

338 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 01:58:55
>>335
馬鹿じゃネーノ

339 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/07(水) 02:00:25
>>338
それしか言えないキミよりはマシだけどな

340 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 02:04:07
>>339
変化を通じて同一にとどまるものってのを知らんの?

341 :初期不良 ◆GOO.DyUWrs :2005/12/07(水) 02:04:57
>>328
StarTrekTheNextGeneration第148話「もう一人のウィリアム・ライカー」
転送時の障害によって同じ構成の人間が2体できあがってしまい、
数年後にその事実が発覚。いろいろありつつお互いにライカーであることを認め
同じ艦隊で別々の人生を歩むことになる。

やっぱり問題は記憶の共有ですな。

342 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 02:05:45
存在とか私って言葉が問題あるんだ。
万物は流転してるんだ。
「存在」や「私」ではなく、同一性という言葉が正確な表現だ。
同一性の根拠はどこにあるか。脳や体や環境が作り上げている縁が
同一性なんだ。同と異だ。私という実体はなく、同一性と差異性という
関係の性質として流れているんだ。それが私と名付けられているもの
であり存在と名付けられている性質なんだ。

343 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 02:06:43
精神分裂病は今は使っちゃいけない言葉なんですよ、といっても2ちゃんじゃ意味ないのかな

>>341
ああ、見た見た。ネクストジェネレーションは哲学っぽいな。

344 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 02:07:32
>>335
>第一根拠がない
お前の根拠はお前の主観だけだろ?

345 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/07(水) 02:08:17
>>340
具体的に書かなきゃ
どういう事か、サッパリわからんだろ
その理屈を用いて、『私』の存在性を否定するなり
わかりやすく説明し
私を論破して下さい

346 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 02:14:38
>>345
富士山は噴火したり、崩れたりして絶えず変化しているが
富士山であることに変わりは無いでしょうが。

347 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 02:16:55
『存在性』を認識しているのは
『主観』のみだよね?

>>284
の仮説を『原理的にあり得ない』じゃなくて、例えばそうだった場合
を考えて教えてくれよ
今は無理だけど、神経の伝達するものや脳の状態が解明できれば
他人との感覚を共有することも可能かもしれないだろ?
そしてその時、『他人と共有する』と分かっていれば分かるだろうけど
最初から複数人の感覚を持つ人の私はどれ?

348 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 02:19:38
>>342
仏教=究極の唯物論ですな
つまり観念論の否定と言う意味での唯物論のことだけどさ
私とか机とかいすとかいうものはないのだ。
「私」も「机」も「いす」もただの名前に過ぎないのだ。


349 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/07(水) 02:21:35
>>344
ん?
主観と客観を、もっと深く掘り下げた方がいいんじゃないかな
哲学するならね

>>346
で?

確かに富士山は、多少変化しても富士山だね
唯名論だな
富士山という存在性は、無い
それは人間の認識の中にある

それとこれと、どういう関係が?

350 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 02:37:26
富士山という存在性は、無い
それは人間の認識の中にある

私という存在性は、無い
それは私(or人間)の認識の中にある

と言い換えることも普通に出来るんだけど

351 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 02:40:24
>>350
おいおい、私が消去できてないじゃんw

352 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/07(水) 02:42:36
個とみるか普遍とみるか
有とみるか無とみるか
常住とみるか刹那滅とみるか。

353 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 03:12:01
>>349
確かにそうなりますね。
私と呼ぶかどうかはともかく、なんか残りますね。
でも、他者の意識についてはどう考えればいいんですか?
他者もそれぞれに私なんでしょう。
「私」性を持った存在者は他にもいるわけで、「この私」の特殊性というのは、一般的に
「このもの」が持っている特殊性と変わらないものだということになりませんか?
別に反論のために反論してるわけじゃなく、本当に疑問なんです。

354 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 04:08:41
私には二種類在って、「個別の私」と「普遍の私」があるのですが、
「普遍の私」は「自然」あるいは「世界」と同じなのです。
「個別の私」は「図」であり、「普遍の私」は「地」なのです。

355 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 04:12:40
>>354
説明になってない

356 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 04:21:06
デカルトの「われ思うゆえにわれ在り」
の「われ」は否定できるけど、
思う=在り
だけは否定できないということだな。
やっぱり観念論が最強。

357 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/07(水) 05:35:30
「このもの」とは何でしょうか
それは人間が認識して「このもの」となっているのではありませんか?
「このもの」は、唯名論でしょう
「このもの」は特定できないのですよ
たとえばクルマ
クルマとは何でしょうか
移動する際に使う機械ですね
クルマはガソリンが無くては動かない
ガソリンもクルマの一部と言えるでしょう
バッテリーが無ければ始動しません
電気もクルマの一部と言えるでしょう
空気が無ければエンジンは燃焼しませんね
空気もクルマの一部です
タイヤはもちろんクルマの一部ですが
地面が無ければ、クルマは前進しませんね
地面、道路もクルマの一部という事になります
電車で考えればわかりやすい
電車は線路がなければ、電車として機能しませんね
このように「このもの」というものは
人間の側が便宜上で認識しているにすぎず
明確な線引きなどないのです
全ての物理現象は、つながっている

しかし『この私』の存在性は、特定されたものです
ここでも、物理的な物との異質性が確認できますね

>>356
「思う」は動詞ですね
主語は我
「思う」は我なくして単独で「在る」ことなどありえません

みなさん、いい加減に普通に考えませんか?

358 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 05:48:24
>『この私』の存在性は、特定されたものです
私は水が無くては存在できない、だから水も私の一部
空気が無くては(以下略)


このように「私」というものは
人間の側が便宜上で認識しているにすぎず
明確な線引きなどないのです
全ての物理現象は、つながっている

359 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/07(水) 06:02:11
>>358
しかし理解力の無い人達ばっかりだなぁ・・・

だから体(物体)は、『私』の存在性とは同一的に語れるものではなく
相容れない部分が存在する と言ってるわけ

キミはキミだろ?
自我は、何とも混ざり合う事のない形で存在しているんだよ

何度も言いますが
キミ達は、他我ばかりを分析しようとするが、自我については無関心だ
哲学をしようとするなら、他我ばかり考えてこじつけようとせず
もっと自分について、掘り下げて分析しなさいよ
自分が存在した事の意味を哲学的に、いろんな角度から考えてみなさい

360 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/07(水) 06:07:49
唯物的に考えていくと
あれ?
なんでオレなんてものがいるんだ??
と気づかないか?
自分なんてものがいなくて、全てが他我なら
唯物論で説明しても、論理的な穴は見つからないかも知れない
しかし『自分』というものが存在してるんだから、気づけよ

361 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 06:22:14
>>357の例えなら>>378は正しいだろw
お前の文章力不足

362 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 06:31:57
>最高位
んで>>347への答えは?

A,B,Cと3人の感覚を持ち、動かせる人がいました
その人の『私』とは?

363 :初期不良 ◆GOO.DyUWrs :2005/12/07(水) 06:53:42
>>359
馬鹿にしあっても不毛なので、そろそろあなたの言うことが簡単には他人に理解されない、
あるいは理解されない前提に依存していると言うことを認識していただき、
あなたの当たり前を当たり前とせずに「こういう前提で話している」と言ったことを
但し書きした上で話してほしいところです。

個人的には自我は妄想で存在しない、と言う考え寄りです。その意味では、「私」はいません。

364 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/07(水) 07:41:54
>>361
最後の二行を読んでいないという事かな?
自分の都合のよいようにしか文章を読めないと困るよ?
>>326
言ってる事がサッパリわからん
なんで空間的にも離れている別個の複数の体を一人で所有できるわけ???
で?4つの目とか3人なら6個の目から物を見るの?
私は、ありえんだろ と言ってるんだが
なぜ、その人の『私』とは?という質問をしてくるのか意味がわからん
こっちが聞きたいくらいだよ
そんなのができる根拠と、どんな感覚なのか教えて下さい

>>363
>個人的には自我は妄想で存在しない、と言う考え寄りです。
>その意味では、「私」はいません。

その「妄想」は、いったい誰がしている妄想なの?

365 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 07:51:21
>>364
仮定の話をしているのに『あり得ない』とか言われてもなw
『想像できないから分からない』と言うことで良いのかな?

>しかし『この私』の存在性は、特定されたものです
>ここでも、物理的な物との異質性が確認できますね
最後の二行ってこれ?
クルマがガソリン等々を必要とするから世界との区切りは曖昧
という論法が成り立つなら
『私』も水等々を必要とするから世界との区切りは曖昧
という論法も成り立つだろ?って言ってるんだが

366 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/07(水) 08:13:51
>>365
キミは想像できる事なら全て実現可能だと思ってるわけか???
空間的に離れた二つの体を一人の人格が所有するなんて仮定は
バカげていると言ってるんだよ
いったい何がつないでいるんだ?
電波か?
そんな仮定を持ち出す根拠を書いてくれと言ってるんだよ

それから、私が言ってるのは『私』の存在性だよ
『私』の体の事じゃない

ちょっとキミは、根本的に話しについて来れてないから
引っ込んでいてくれ

367 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 08:20:39
>>347に電気信号で〜と書いてあるけど・・・

実在する例で言うと、頭は二つだけど体は二つという症例がいくつかあるよね
この場合、体の一部はお互い自立しているけど
体の一部は感覚も含めてお互い共有している


>それから、私が言ってるのは『私』の存在性だよ
>『私』の体の事じゃない
だからその『私』というのは、『体と、感覚』が言葉をかえてるだけじゃないの?
と言ってるんだけど

368 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 08:23:10
ごめ、電気信号とは書いてないね
電気信号と言うことにしてください

369 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 08:48:25
×頭は二つだけど体は二つという
○頭は二つだけど体は一つという

俺間違いすぎ

370 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 09:01:24
>>366
>空間的に離れた二つの体を一人の人格が所有するなんて仮定は
>バカげていると言ってるんだよ

どうしてだね。右手と左手だって、右脳と左脳だって、もっといえば
細胞一つ一つだって、「空間的に離れた二つの物質」だぞ。
本当に奇跡的なのは「人格が体を所有する」という事実だ。
人格と体なんて何の共通性もないのだから。だからこそ「人格というのは
実は体から派生している何かではないのか」という唯物論的発想が生まれる。
人格が一つの体を所有することができるのなら、二つや三つや四つや五つの
体を所有することができて、何の不思議があるのだ?
蛇足ながら、三つ以上の目がある動物なんて、ざらにいるぞ。

371 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/07(水) 09:03:56
所有とは?

372 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/07(水) 09:04:57
>>366
>キミは想像できる事なら全て実現可能だと思ってるわけか???
>空間的に離れた二つの体を一人の人格が所有するなんて仮定は
>バカげていると言ってるんだよ
>いったい何がつないでいるんだ?

>>364
>なんで空間的にも離れている別個の複数の体を一人で所有できるわけ???
>で?4つの目とか3人なら6個の目から物を見るの?
>私は、ありえんだろ と言ってるんだが

私はありえると思います。個人的体験で申し訳ないですが、
・私が脳内に持っているイメージによって、他人の瞑想に介入できたことがあります。
・武術のある種の技では、他人に体を乗っ取られた感覚がありました。
・彼女と長時間抱き合っていると、一つの生き物になっている感覚に襲われることもあります。

それは兎も角、他人の脳や視神経からの信号を接続すれば、
そういったことができる可能性があると思います。


373 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/07(水) 09:20:32
>>357
>全ての物理現象は、つながっている

これは全くもって同意です。

>しかし『この私』の存在性は、特定されたものです

いいえ。そうは思いません。
物理現象と同様、全ての存在性とつながっていて、
完全には特定されないものだと思います。
もちろん、ある程度の個体として区別することは出来ますが、
それは太陽や地球といったものでも同じでしょう。

同じ「それ」を客観的に外側から見た時、物理現象と呼ばれ、
主観的に内側から見た時、意識や「私」やクオリアになると思います。
全ては在りて在るもの(=YHWH)の一部でしょう。

374 :むじんくん:2005/12/07(水) 10:55:30
昨夜は朝まで生哲学って感じだったんでしょうか(笑)。

最高位さんのお考えは、私なりに解釈するとデカルト的懐疑の過程において
特異点としてあるところのコギトをおっしゃってるのではないですかね。これは
あらゆる認識の外部にあり続けるところの"目"ですね。

このスレッドの冒頭では、この特異点自体が脳の決定論で語れるんだ、という
問題提起かと思います。私はこれに対しては、>>215にも書きましたが、脳が
脳に関して記述するというのは、古典的な懐疑論の変奏ですから、やはり
同じ問題かと思いますね。

ただ、どうでしょうね。このコギトっていうのはどこかに物と同じように"ある"と
言ってしまうとダメなんじゃないですかね。誤解の元というか、心理学的な
自我概念と同一視されてしまう可能性がある。そこは要注意だと思います。


375 :むじんくん:2005/12/07(水) 11:04:00
>>373
> >しかし『この私』の存在性は、特定されたものです
> いいえ。そうは思いません。
> 物理現象と同様、全ての存在性とつながっていて、
> 完全には特定されないものだと思います。

デカルトが提起した問題は、そういった中世哲学的な存在性から"私"を切り離し、且つ
その"私"が認識するものは正当性があるのか?という問いだったと思うんですね。当然
それに対する反発は彼以降いろいろな形で出てきたわけですが、しかしそれはデカルトが
既に認識していたことなんですよ。だから、一見新しそうでも後退した思考にしかならない。

デカルトがどうしてこういった思考をし、且つそれが歴史的なポイントとして語られるか。これは
当時の社会が資本主義社会となり、中世的空間が破壊されたためです。もはや人々は共同体の
物語に身をまかせて生きることが許されなくなったわけで、そういった真空状態の中で認識はいかに
して可能なのか?世界をどう再構成するのか?これが時代の問題点だったわけで、そこにデカルト
という人物が回答を出した。

376 :むじんくん:2005/12/07(水) 11:10:43
>>372
> 私はありえると思います。個人的体験で申し訳ないですが、
> ・私が脳内に持っているイメージによって、他人の瞑想に介入できたことがあります。
> ・武術のある種の技では、他人に体を乗っ取られた感覚がありました。
> ・彼女と長時間抱き合っていると、一つの生き物になっている感覚に襲われることもあります。

これは、UFOや心霊現象などと似ているんですけど、集団催眠的現象ですよね。前提として、
集団の構成人物があることを信じきっているというのが重要です。そして、疑い深い人間は排除する。
これはカルト教団なんかがそうですけどね。

ただ、近代以前の社会というのは、そういう社会だった。閉じた共同体だったわけで、各々の共同体
が物語を所有し、信じていたわけです。現在のカルトと違うのは、経済的な下部構造とそれが一体化
していたという点で、今そういったことをやろうとすると、どうしても市場から自らを隔離しなければ成立しない。
だからカルト教団は出家とか財産放棄とかやるんです。

デカルトはそういった空間が粉々に砕け散った、砂漠のような光景を前提に認識の可能性を語った。
これは未だに乗り越えられてなんかいないし、乗り越えたと語る哲学は実は後退している。

377 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/07(水) 11:13:02
>>375
>一見新しそうでも後退した思考にしかならない。

私はそうは思いません。螺旋的上昇であると考えます。
また歴史がどうとか社会がどうとか等はどうでもいいことだと思います。


378 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/07(水) 11:16:15
>>376
>集団催眠的現象ですよね。

違います。特に武術の事に関しては、
よく知りもしないで、いい加減な断定をするのはやめてください。

また逆に、脳内の人格も、小人さんの集団催眠ではないとは言い切れないでしょう。

379 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 11:26:36
そだね。集団催眠現象なんかじゃないよ。
普通に人間にとって身体というのはそういうもんだよね。
物理的に連続している肉体が、人間の心にとっての身体ではないんだ。
ファントムリムの問題を考えれば、人間の身体イメージが物理的身体とぴたりと一致するなんてありえないことがわかる。

380 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 11:30:23
>>379
身体イメージが物理的身体と一致するかは関係無いと思うが?

381 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 11:41:46
私の心の境界は、私の物理的肉体ではないということ。
かなづちを使うときにはまさにかなづちを身体の一部として使っている。
手とかなづちの境界を意識してしまうとかなづちを巧く扱うことはできない。
そのときにはかなづちまで含めて私だというべき。

私と彼女が抱き合っているときには、私と彼女の境界が曖昧になっている瞬間もある。

382 :むじんくん:2005/12/07(水) 11:41:56
>>377
上昇してませんよ(笑)。もっと言えば、デカルトの提起した問題はソクラテスによって
語られたことの変奏なのです。そういう意味で全く変わらない。哲学は科学と違いますからね。

あと、歴史的社会的状況を関係なく語るのは結構なんですが、デカルトの思考が何故注目すべき
ものとして語られるかを考えるならば、歴史を見なければ分かりませんよ。同じような思考を中世時代に
考えても全く闇に埋もれて終わりでしょうからね。

>>378
例えばですね、全く武術に興味も関心もない人がそう感じますかね。仮に言葉も通じない、
全く武術と無関係な人を呼んで来てやったらどうなんでしょうか。

383 :むじんくん:2005/12/07(水) 11:44:02
>>379
> 物理的に連続している肉体が、人間の心にとっての身体ではないんだ。

だから、それって集団催眠と同じってことでしょ(笑)。物理的に連続してないのに
連続していると"思う"んだからね。

384 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 11:44:50
議論が錯綜してるな。誰かまとめてくれ。

385 :382:2005/12/07(水) 11:59:59
武術なんてやってなくてもわかりますよ。
身体イメージには明確な境界線などなく、常に揺れ動いている。
心の境界線は物理的肉体の境界とは重なり合わない。
だいたい髪の毛の先には神経なんて通ってないが、何かに触れれば、髪の毛に触れられたとわかる。
実際に神経がどこまでかよっているのか知らないが、例えば毛根まで神経があったとして、人はその毛根の感覚情報から、自分の頭で考えて、今髪の毛に何か触ったな
と結論を出すわけではない。

386 :385:2005/12/07(水) 12:02:37
間違った。381です

387 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/07(水) 12:04:50
>>382
>上昇してませんよ(笑)。

その上昇が貴方に認識できないだけでしょう。言葉は正確に。
それとも貴方は自分に認識できないものがないとでも思っているのでしょうか。

>歴史を見なければ分かりませんよ。同じような思考を中世時代に
>考えても全く闇に埋もれて終わりでしょうからね。

ここは同意です。私が申し上げているのは、
歴史上の成果を無視するということではありません。
このスレの今の議論にはどうでもいいということです。

>例えばですね、全く武術に興味も関心もない人がそう感じますかね。仮に言葉も通じない、
>全く武術と無関係な人を呼んで来てやったらどうなんでしょうか。

もちろん、かかります。
興味の無い人間に効果がなかったら、そんな武術は全く使い物になりません。
体が勝手に動いても感じていないと言い張る事はできるでしょうが、
まともな感覚の持ち主なら、間違いなくそう感じます。

388 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/07(水) 12:05:48
>>383
>物理的に連続してないのに連続していると"思う"んだからね。

物理的に連続していないものなど、この世にありません。すべて繋がっています。



389 :むじんくん:2005/12/07(水) 12:14:45
>>387
> >上昇してませんよ(笑)。
> その上昇が貴方に認識できないだけでしょう。言葉は正確に。

哲学に発展というものはないですよ。時代に合わせて同じことを違った言葉によって
表現しようとしているだけです。

> それとも貴方は自分に認識できないものがないとでも思っているのでしょうか。

認識の限界を認識する。これが哲学。

> >歴史を見なければ分かりませんよ。同じような思考を中世時代に
> >考えても全く闇に埋もれて終わりでしょうからね。
> このスレの今の議論にはどうでもいいということです。

しかしですね。脳みそによって精神を語ることから派生する問題は、本質的な部分で
実は歴史的に新しくない。同じことの変奏です。それがデカルトという人物によって語られている
わけで、そうだとしたら、歴史的状況を考えることはヒントになりますね。

> >全く武術と無関係な人を呼んで来てやったらどうなんでしょうか。
> まともな感覚の持ち主なら、間違いなくそう感じます。

技はかかると思いますが、体が乗っ取られるっていうのは武術に好意的な人なんじゃないですか(笑)。
例えば、「日本の弓術」に書かれているようなことを考えると、やっぱり集団催眠的な思考だと思いますよ。
乗っ取られるっていうのは。

390 :むじんくん:2005/12/07(水) 12:22:49
>>388
> 物理的に連続していないものなど、この世にありません。すべて繋がっています。

そういった思考から"私"を切り離したのがデカルトの懐疑ですね。そこが議論になっているのでは?
あなたのそういった認識を"語る主体"は何者か、です。

391 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 12:36:45
>>385
「身体イメージは脳の働きに依存している」と予測するのであって、
「身体イメージと物理的肉体の境界線は一致する」などと予測し
てるわけじゃないでしょ。

392 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 12:38:03
>実際に神経がどこまでかよっているのか知らないが、
>例えば毛根まで神経があったとして、人はその毛根の感覚情報から、
>自分の頭で考えて、今髪の毛に何か触ったな
>と結論を出すわけではない。

意味不明な断定だな。

393 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 12:38:19
>>390
どうして認識を主体と客体の関係で考えなくちゃいけないの。
仏教的にいえば、まず最初に五蘊があって、私という認識主体は後から構築されるんでしょ。
「思い」があるからといって、かならずしも思う私がいるとはならない。

394 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/07(水) 12:41:13
>>393
近代思想の影響で言語がそういう風にできてしまったので、思考が
そっちに流されてしまう、という可能性は十分にあると思います。
「考えがあるなら誰かが考えているはずだ!」という主張は、その
典型ではないでしょうか?

395 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 12:42:24
私が何を指すか、を特定して語らないと
あと思うが何か、もね♪

396 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/07(水) 12:43:28
近代思想の影響で、は余計でしたね。訂正します。

少なくとも、「考えがあるなら誰かが考えている。それは
私以外ではありえない」という主張は、「考えが自ら現象
している」という可能性を無視しているように思われます。

397 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/07(水) 12:43:42
>>389
>哲学に発展というものはないですよ。

発展のベクトルが哲学とは限らないでしょう。
別に人間の哲学など発展しなくても構いません。
物理学と工学が発展すればいいだけです。
人間を超えるAIを作れれば、人間は用済み。

>技はかかると思いますが、
>体が乗っ取られるっていうのは武術に好意的な人なんじゃないですか(笑)。

だから、知りもしないでいい加減な事を言わないでください。
熱いやかんに触って瞬間に手を引っ込める反射を、
やかんに触らせず、その反射だけを突然誘導されたら、その人間は操られたと感じるでしょう。

それと似たような事を起す方法があり、その手品の仕掛けを知らない人間は、
避け様がないんです。

398 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 12:48:28
>>391
だから身体イメージは境界が曖昧で、常に揺れ動いているものだと言ってるだけ。
脳の働きを否定しているわけじゃない。

399 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 12:53:21
>>398
んじゃ意味ないじゃん。
ここは知識の披露宴か?

400 :むじんくん:2005/12/07(水) 12:55:27
>>396
それはそうなんですよ。だから、デカルトのコギトをどこかに物みたいに存在すると
いう言い方は間違いでしょうね。それは心理学的レベルの自我概念と混同している
だけなので、コギトっていうのは運動そのものなんですよ。超越論的であり続ける
運動自体がコギトです。哲学っていうはその思考の過程自体を指すわけで、だから
カントは「科学は学習できるが哲学を学習することはできない」と言ったのです。

401 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/07(水) 12:57:42
>>399
そんなことはないと思います。
極端な話、身体を宇宙全体とイメージすることも可能でしょう。
自分の意志でコントロールできないものがあるのは、臓器でも同じですし。

402 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 13:07:06
臓器コントロールは子供でもできる
医療の利用は自分の意志

403 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 13:07:54
>>399
いや、むじんくんが自己と他者の境界が曖昧になるような経験は集団催眠的だというから、
むしろもともとそれは曖昧なんだよ、って言っただけ。


404 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 13:47:11
>>350
>私という存在性は、無い
>それは私(or人間)の認識の中にある

つまり、
超越論的自我という存在性は、無い
それは心理学的自我の認識の中にある、
ということ?

405 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 14:12:44
存在性てなぁ〜に?

406 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 14:15:55
「超越論的自我」なんてものはない。
「心理学的自我」なんてものはない。
あるのは「変化する心」だけ。
「変化する心」以外の何かが「ある」と断定する理由は、特にない。
しかし、「変化する心」は、その何かが「ある」と考えざるを得ない。
そこから「肉体」が生まれ、「外界・物質」が生まれ、「この心以外の心」
が生まれ、「自我」が生まれる。




407 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 14:17:31
http://www.2chan.net/

408 :まさ:2005/12/07(水) 14:47:35
物理の人〜?同じに見えても同じ物を作れないのは知っているはず。
まったく同じ物って無理でしょ。人間の見えている物が物ならばどこまでも
小さくしていっても限りがない。必ず別の物が混じる。その物も1個しかないん
だし。『私は1個』

409 :初期不良 ◆GOO.DyUWrs :2005/12/07(水) 15:17:44
>>364
> >>363
> >個人的には自我は妄想で存在しない、と言う考え寄りです。
> >その意味では、「私」はいません。
> その「妄想」は、いったい誰がしている妄想なの?

私とは認識の総体であり、まあ、クオリアの総体とも言えるかもしれません。
自分という妄想、錯覚の根源としては認識やクオリア自体がありますが、
それらを起こさせるのは神経ネットワークであり、神経ネットワークが働くのは
自然のなす技ですので自分は必要ありません。

以前どこかのスレで脳細胞の信号ループ、認識のループに興味を持った話が出ましたが
ちょっとおもしろいかもしれないと最近思い始めています。
ループは定常状態を作り、その定常状態を認識する脳細胞がいてもおかしくありません。
そのような認識の認識が積み重なっていき他我や思い通りにできない何かとの
区別をなすとき自我の錯覚が起き始めるのではないかと想定もできます。

410 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 15:43:43
総体って安易・・かも
特別な概念を表すとき
ふつう中核をいうだろ

411 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 15:43:53
近代哲学の駄目なところは、AとBの構成要素になっている分子が
同じだったらAとBは同じ物質なんだと思い込んでいるところだね。
同じ物質(脳)に違う心があるから心とは不思議なものだ、
みたいなヘンテコな論理がまかり通ってる。
科学は、フィクションとしてAとBは同じ物質だと勝手に決めている
だけなんだが、そこに気づいてないんだな。

412 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 16:10:01
>>411
意味不明ですが・・・

413 :初期不良 ◆GOO.DyUWrs :2005/12/07(水) 16:10:56
>>410
すみません、クオリアの集まりが自分、と言うような書き方をしている人が
何人かいたかと思ったので、それを引用しただけなんです。
その部分は別に特別な新しい概念を表そうと思って提示したわけではないんです。
要は人間が自然のままに動いているものだというあたりを言いたかったので。

414 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 16:23:53
>>411
>同じ物質(脳)に違う心があるから心とは不思議なものだ、
>みたいなヘンテコな論理がまかり通ってる。

別にまかり通ってやしないよ。言ってるのは最高位だけだw

415 :むじんくん:2005/12/07(水) 17:08:02
>>397
> 別に人間の哲学など発展しなくても構いません。
> 物理学と工学が発展すればいいだけです。

しかしですね、その発展しない哲学は常に新しいのです。どんな時代にあっても
新しくあり続ける。そういう思考を放棄したとき、最悪の偏見に落ち込んでいく。
オウムの信者がいい例でしょ。彼ら理科系の人が多かったですけどね。

> >体が乗っ取られるっていうのは武術に好意的な人なんじゃないですか(笑)。
> やかんに触らせず、その反射だけを突然誘導されたら、その人間は操られたと感じるでしょう。
> それと似たような事を起す方法があり、その手品の仕掛けを知らない人間は、
> 避け様がないんです。

いや、あなたは元々乗っ取られたって言ってたじゃないですか(笑)。そういう手品によって
感じさせられたという言い方じゃないですよね。まぁ、どちらにしろここで議論になっている
"私"の問題とは無関係ですけどね。

あと、ここってすぐに連続投稿ダメって怒られますけど、回避方法ってあるんですかね。

416 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 17:15:48
>>403
それはね、心理学で言う自我概念ですよね。それはあいまいですよ。ある人は
国が境界になっている。それがナショナリズムですからね。ここで言っている、
デカルト的"私"とは違うレベルの話ですね。

417 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 17:21:07
>>415
手品を使って乗っ取るってことだろ。

418 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 17:24:06
>>415
オウム信者が理系より文系のが多いなんて話は聞いた事がない。ソースは?

419 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 17:25:05
>>418
上層部ってことだろ?

420 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 17:37:41
>>419
具体的にどの程度なの?

421 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 17:56:07
>>420
ごめんw マスコミ報道の鵜呑み・・・(^^;)

422 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 18:02:44
で、私ってのは何なの?

物質で説明できないのは仮定していいから他の方法で説明してくれ。

423 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 18:04:58
>>422
五蘊

424 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 18:06:27
人間の脳みそは構造的に、一元論か二元論かゴチャゴチャ論か、
この3つのパターンのどれかでしか考えられないのでは。
意識を科学的に研究するなら一元論。
意識を近代哲学的に考察するなら心身二元論。
意識を神秘的に考えるならゴチャゴチャつぎはぎ論。
どの立場を選ぶにしても、立場的にぶつかりあうのは必然。
それは脳が、そのように出来てるからではないでしょうか。

425 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 18:07:10
>>422
精神が他の存在から自分自身を区別するときの名称。
自分自身と密接に関係する物質を指すときにも用いる。

426 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/07(水) 18:07:15
>>423
それだと物質も使って説明してることになりませんか?
ここでいう「物質」とは日常的な意味での「物質」です。
例えば目の前のPCです。

427 :422:2005/12/07(水) 18:11:10
>>425
>精神が他の存在から自分自身を区別するときの名称。

俺はこれが説明になってるとは思えないんだよ。
この時点で精神が仮定されている。
精神必ずありき、の論に見える。

428 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 18:11:52
>>426
物質を使わずに説明するのは不可能だと思うんですけどね・・・w
だって、この肉体は物質じゃないんですか?( ̄ー ̄)ニヤリ

429 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/07(水) 18:15:14
>>428
はい、私もそう思います。
私は、最近、仏教(特に禅系の先進性)を再確認している段階です。
私=世界と置くにせよ、私を世界の境界線に仮設するにせよ、
「物質」を使わずに説明するのは不可能だと予想しています。

430 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 18:20:23
>>429
ふふふふふ・・・
作戦成功だな ( ̄ー ̄)   (何のだよ!w)

もっとこっちへおいで・・・w

431 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 18:21:27
>>427
仮定ではなくて、まさに疑い得ない現事実のことを「精神」と
呼んでいる。
デカルトの言う「思い」。ヒュームの言う「知覚」
「クオリア」でも何でもいい。
なお、疑い得ないのは「思いがある」ということだけで、
デカルトのようにその背後に「私」という実体を想定する
必然性など、何もない。


432 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/07(水) 18:21:31
>>429一言さん
それは「物質」ではなく「言葉」ではないでしょうか。

433 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/07(水) 18:23:15
>>430
私は仏教そのものにコミットはしません。
やはり別の立場を採る部分があります。

434 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 18:24:00
>>433

(´・ω・`)

435 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/07(水) 18:24:58
>>432
「物質」も言葉です。

436 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/07(水) 18:26:23
合わせ鏡になりそうですね。

437 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/07(水) 18:30:36
>>435
合わせ鏡が何の比喩か分かりませんが、説明しようとするならば
結局のところ「言葉」に寄らざるを得ないと思います。

世界そのもの(しかし、これ自体難しい問題を孕んでいますが)
は在るのだから説明せずに観てればいいわけです。無門関に、
「語れば云々、語らなければ云々」というような問題があった
ように思いますが、それと同じ問題だと理解します。

438 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 18:32:36
ドロップまだあったけ?

439 :素人:2005/12/07(水) 18:33:31
>>437
最高位の『私』についてはどのように受け止めていますか?

440 :考える名無しさん:2005/12/07(水) 21:37:48
>>409
> ループは定常状態を作り、その定常状態を認識する脳細胞がいてもおかしくありません。
> そのような認識の認識が積み重なっていき他我や思い通りにできない何かとの
> 区別をなすとき自我の錯覚が起き始めるのではないかと想定もできます。

それは前野隆司さんの、自意識やクオリアがあると「神経結合パターンで書かれた定義を参照することにより錯覚している」という説と同じことなんでしょうか?
その説自体は極めて説得力あるものなんですが、でもなんで錯覚する必要があったんでしょうね?

余談ですが、過去スレでも同様のアイデアを提案してる人がいてとても面白いですよ。
↓の>>7さんです。
心身問題
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/philo/971560821/

441 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/07(水) 22:03:10
>>439
「存在性」の意味が分からないので判断保留です。

442 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 00:00:19
どうしてこの私はこの私なのかって問うのは、どうしてこの世界はこの世界なのかって問うのと一緒だよな
私も世界の一部なんだから

443 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 00:12:58
>>324
>そして、この二つの脳の細胞、または分子原子を一個、入れ替えた場合
>キミ達の言う『この脳』というものは、どこにも存在しなくなります
>一個ずつ入れ替えて入れ替えて、どの段階で私でなくなると思いますか?
>私は、最後の一個まで入れ替えたとしても
>私は私であると思いますけどね

だから100%取り替えてもお前のアホは治らないことは判ってるって。
100%取り替えたらそれでもお前はお前なのか?・・・・と言い張るのか?
聞いているわけ?判るかな?


444 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/08(木) 00:35:44
>>357
>「このもの」は特定できないのですよ

あなたのおっしゃっていることがだんだん判ってきました。
要するに、英語の「定冠詞=the」「不定冠詞=a」の区別があり、
「その違い」は歴然ですが・・・日本語にはその区別は存在しません。
だから逆に「a」で論じている人に、「the」で論じる観点で、
「わかりせん」と言い続けている・・・ということではありませんか?
 日本語に「『定冠詞+名詞』と『不定冠詞+名詞』の区別は存在しない」から
「その区別(そのもの)も存在しない」という「変な理屈」は、仮にも
「哲学」分野内では通用しないと思います・・・「日本語の哲学分野」?
に限っては「通用してきた」・・・という懸念はありますが。


445 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/08(木) 00:47:52
444の続きです。
ですから、あなたの言う『この私』は『Theこの私』であり、
あなたが観察する「この私」たち「aこの私」(達)=他者達とは、
「全く違う存在である」・・・という主張ですね。
最初からアプリオリに冠詞で区別すれば、あなたの結論は自明の帰結です。
逆にご自分(の脳)は「the自分の脳」ではなくて「a自分の脳」である
・・・のではないか?という「自然な疑問」はあなたの「脳」には絶対浮かばない
のですか?

446 :むじんくん:2005/12/08(木) 00:49:10
>>422
心理学レベルの自我概念であれば、それは環境との相互作用によって成立している
境界線のようなものだ。その境界は様々だから、日本をバカにされると怒る人もいるし、
そうでない人もいるだろう。これは手を壁に押し付けたときに発生する反作用から”手”の
存在を意識するのに等しい。

デカルトのコギトはそれとは違う。世界が無い場合に何が残るのか?という問いの中で、
その問い自体を発し続けるところの”私”である。そして、デカルトはこの”私”による認識
によって世界を再構成することを提示した。

447 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/08(木) 00:54:22
>>446
>デカルトはこの”私”による認識
>によって世界を再構成することを提示した。

とおっしゃっている「この”私”」とは「定冠詞=the」のことですか?
それとも、「万人の私」・・「不定冠詞=a」のことですか?


448 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/08(木) 00:56:56
少し言い替えてみます。
>デカルトはこの”私”による認識
>によって世界を再構成することを提示した。

とおっしゃっている「この”私”」とは「定冠詞=the+私」のことですか?
それとも、「万人の私」・・「不定冠詞=a+私」のことですか?

449 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 00:57:28
世界が無い場合ってなぁ〜に、なんのこと?

450 :むじんくん:2005/12/08(木) 00:59:04
>>447
Theなんですかね。ちょっとまだおっしゃっていること理解できませんけど。
唯一性と言ってよいと思います。そこから「何故コミュニケーションは可能か」という
問いが発生しますからね。そうじゃなければコミュニケーションの成立を疑うって
いうことはあり得ませんね。認識も同様だと思います。認識の正当性を疑う必要もない。

451 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/08(木) 01:05:23
>>450
(認識等の)正当性を誰に「説明する」か?という問題です。
「the個人」・・・・・・いわゆる「実存」に説明するのか
「a個人」(の複数形)・・いわゆる「人類一般」に説明するのか
・・そこのところを「入り口」でまず選択しないと「出口」には絶対
到達できません。・・・迷路に迷い込むだけ・・・ということです。

452 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 01:08:38
>>451
theなら何であり、aなら何なの?

453 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 01:11:05
必然性に人間をおくと一切の偉業が価値のないものに思える。

454 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 01:12:38
>>452
まず444嫁

455 :むじんくん:2005/12/08(木) 01:16:45
>>451
The個人でしょうね。デカルトのコギトは。

456 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/08(木) 01:27:05
>>453
偉業に価値があることはそのとおりでしょう。
しかし大衆が偉業を記憶している期間などたかが知れたものであり、
偉業を成し遂げた「個人(の脳)」に偉業に相当する報酬が与えられた
ことはあまりありません。
モーツァルトの偉業について当時無視されたわけではありませんが、
30歳代で死んだ彼は共同墓地に放り込まれ墓さえありません。
20世紀後半を過ぎて「社会的価値を創造した個体」に対する「報酬」は、
莫大になっており・・それは高度資本主義が健全に機能している結果だと
思います。
 逆に言うと・・偉業(に協力もできず)の恩恵に与るだけの人々・・は居ます。
彼らは「恩恵に与っている」という事実をもっともっと「自覚」すべきだと思います。


457 :むじんくん:2005/12/08(木) 01:58:35
>>451
もっと言うと、コギト的”私”にとって「人類一般」なるものは存在しないんですよ。
そして、そういった姿勢こそが近代社会の本質なのです。

458 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 02:31:19
最高位の言ってることってこれとは違うの?
客観的な三人称視点に立つと、すべての人間は「a私」である。
物質的にはこの人間達の中の誰が私であってもかまわないはずであった。

主観的な一人称視点では、この私はまさにこの私「the私」でしかありえない。しかもこの私はなにをどうかんがえようと他の「a私」とは代替不能だ。
私が「この私」であるということの事実性は確実にある。

つまり物質的に説明できない事実性がある。
他の誰であってもよいのに、何故に私なのか?その何故は科学では説明できない。

違ってたらごめんなさいだけど、最高位の説明はわかりにくすぎるからさ

459 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 02:46:53
>>451
よかった。同じ意見の人がはじめていた。
ずっと気になってたけど誰も指摘しないから、自分が間違ってるのか思ってた。

460 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 02:48:47
>>444
なぁ、機械
「the私」なら何であり、「a 私」なら何なの?

「the 私」or 「a 私」のいずれであれ、「私」の存在を認めたのか?
認めたのなら、「意識と私」の関係が「the」と「a」で どう変わると
言ってるんだ?

認めないのなら、空っぽのコップの中をかき回すよなマネして
いったい どういう趣向なんだ?

461 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 02:59:41
>>460
変わらん
the も a も、「私」に適用していること自体がおかしい


462 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 03:22:53
>>461
代弁するなら全部にシッカリ答えれw

463 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 03:38:53
>>458
そうですそうです
結局
この私がこの体であった根拠は、物質的には有りえない という事です
体の側に、私が私であった根拠が無い という事です
人間にとって『私』というものは、最大のテーマでしょう
しかし、その『私』は、物理的には絶対に解き明かす事ができないのです
最重要課題である『私』の存在性は物理的に解き明かす事が不可能
であるからして、唯物論は決定的に誤りである という理屈です
わかる人には理解できるのですが
わからない人には、どんなに説明しても理解できないようです

あなたは鋭いですね
ただしthe私とかa私というのは、ちょっとよくわかりませんが

464 :ジョルジュ長岡推進委員会:2005/12/08(木) 05:07:10
脳が意識を造り出すと思い込んでる時点でおhるがな。
すべての鍵はおっぱいにある。

    _  ∩
  ( ゚∀゚)彡 おっぱい!おっぱい!
  (  ⊂彡
   |   |
   し ⌒J

465 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 05:11:21
>>463
最高位とはベタな文章のアホなテコである。


466 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 05:29:50
「私」の定義は?話はそれからだ

467 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 05:34:44
>>465
ようするに
あなたは>>463の11行目だという事

468 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 05:52:04
>>467
オマエモナ

469 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 05:56:57
>>463物理的に解明不可能だから誤りだ、とは言えないんじゃない?かくいう私も唯物論者ではありませんが。

470 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 06:06:31
>>469
ん?
唯物論が、わかっていないんじゃないですか?
唯物論とは
宇宙には物質しか存在せず、物理現象で全てが論述できる
とする『思想』ですよ?
さらに
人間の内的な世界も、物理現象で全て論述できる
としています
しかし唯物論では『私』については何も答える事ができません

唯物論は間違いです
物理学は物理学として存在すればいいんです

471 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 06:34:12
>>470に物理学の範疇をきめる権限はない。
最高位は自意識識過剰のキチガイである。



472 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 07:35:13
>>470あなたの言っていることは懐疑論と同じ様な飛躍があるのを理解してますか?

473 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 07:43:07
>>469です。>>470お前みたいなアホは今後一切スルーさせてもらいます。

474 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 07:49:28
>>472
詳しく
>>473
アホ扱いするなら、根拠を書かなくちゃね


なんでここには根拠なく人を中傷する人が多いのかなぁ
それとも思っている事を
論理立てて人に説明する事ができないのかなぁ
なんとなく感情で、そう思っている という感じなのかな

475 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 08:14:30
で?

476 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 08:36:16
なにが?

477 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/08(木) 08:49:08
>>415
>オウムの信者がいい例でしょ。彼ら理科系の人が多かったですけどね。

唐突に関係のない話を持ち込まないこと。

>いや、あなたは元々乗っ取られたって言ってたじゃないですか(笑)。

その通りですよ。
手品を使って、当人の神経以外で脳を操作(=乗っ取る)わけですから。

>あと、ここってすぐに連続投稿ダメって怒られますけど、回避方法ってあるんですかね。

有料の登録(●を買う)をすれば、制限がなくなります。

478 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 08:56:06
>>463>>470
「概念」「思想」(「家族」「学級」「地域社会」「国家」「世界」「宇宙」「公約」「愛」「喜怒哀楽」etc.)等を
A:物質と捉えるのが唯物論?
B:種々の条件によってそこに顕現した状態という見方は唯物論の範疇に入る?

「現象」「はたらき」等を
A:微小であろうとなかろうと物質だとするのが唯物論?
B:これらは物質ではなく、物質の様々な関係性であるとするのは唯物論の範疇に入る?



479 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 08:59:25
>>463
>この私がこの体であった根拠は、物質的には有りえない という事です

この体がこの体であった根拠も、物質的には有りえない。
この机がこの机であった根拠も、物質的には有りえない。
このXがこのXであった根拠は、物質的には有りえない。
さて、この事実から、「唯物論が誤りである」という結論を導くことが、
できるだろうか?


480 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/08(木) 08:59:31
>>463
>>470
唯物論は間違っていません。貴方の理解がおかしいです。

私の存在性は、物理現象の存在性と同様、
唯物論では無条件に認めるものです。説明するものではありません。
どんな論であれ、それ自体の根拠には成りえないのは当然のことで、
それをもって唯物論を批判しても全く無意味です。
我々の世界で知りえる限界が唯物論的理解であるので、
唯物論以上に世界を説明できるものはこの世に存在しません。

映画マトリックスのように、この世界がコンピュータの中にある可能性もあります。
つまり根源的原因はどんな論を用いても、知る事は不可能ということです。
しかし、その振る舞いについて説明するのが唯物論と決定論で、
あらゆる論の基礎になります。

481 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 09:14:24
>>463
もうひとつ、
>この私がこの体であった根拠は、物質的には有りえない

この私が日本に生まれたことの根拠は、物質的にはありえない
との違いを解り易く解説してほしい。

482 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 09:20:05
>>478
それ
何が言いたいのかわからないんだよ
それは唯物論者に聞くべき事だよ
唯物論者は、情報だって物質だと言う人もいるからね
それ全部、物質だと言うんじゃないの?
私は、それを論破する立場だよ

>>479
だからね
この机とは、いったい何なんだよ
それは唯名論であって、机なんて曖昧だろ
机という純粋な存在性は無いんだよ
言ってる意味わからんの?
床に接着した机は、どこからどこまでが机なんだい?
床も机に入るのかい?家ごと机かい?
物体や物理現象というものは、全て境目無くつながっているんだよ
木の箱を机に使っている人にとっては、それは机だ
クルマのボンネットだって机として使えない事もない
持ち主が机だと言えば、それは机だ
『この私』というものは純粋な存在性なんだよ
この世に存在性を疑えないものは、厳密には『私』以外にはありえない
『この私』と『この机』なんてものは、同列には扱えないんだよ
異質なものだ

483 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 09:33:08
>>480
何度も言うが
キミは根本的に間違えている
人間は物質ではないのかい?
その物質の物理現象が人間の精神なんだろ?
唯物論は「人間の精神は物質による物理現象にすぎない」と言ってるんだからね
現象なら、解明されないものは無いはずだ
しかしキミは、その精神は現象ではなく存在性だと認めている
そして
物質が、なぜこういう性質なのか
という物理現象以前の、宇宙の根本問題と同列に扱ってしまっているんだよ
要するに、人間の精神は、物理的な現象ではなく
物理現象では解明が出来ない
宇宙の根本問題である
という事につながる発言をしている事になる
それはすなわち、唯物論の崩壊なんだよ
それが自分でも気づいていないわけだ

>>481
何が言いたいのかサッパリわからん
問題を理解していないんじゃないか?

484 :むじんくん:2005/12/08(木) 09:39:51
>>477
> 手品を使って、当人の神経以外で脳を操作(=乗っ取る)わけですから。

つまり魔術的な他者に憑依するようなことじゃないってことですね。それなら分かります。

> 有料の登録(●を買う)をすれば、制限がなくなります。

有料・・・。分かりました。ありがとうございます。

ちょっと横からですが、

>>480
> 我々の世界で知りえる限界が唯物論的理解であるので、
> 唯物論以上に世界を説明できるものはこの世に存在しません。

それは違いますよね。知りえる限界がどこにあるのかは大議論で、デカルトは懐疑の中で
ひょっとするとあなたの言う唯物論的理解すら空想かも知れない、そう考えたわけです。
更に、あなただって自分の将来の死を考えることができる。完全に世界に埋没しているならば
そういう死を考えると言う、形而上学的問題自体が発生しえませんよね。

485 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/08(木) 10:00:55
>>483
>キミは根本的に間違えている

根本的に間違えているのは貴方の方だと思います。

>人間は物質ではないのかい?
>その物質の物理現象が人間の精神なんだろ?

物質の物理現象ではなく、
物理現象(系の状態の変化)の中に物質形態という認識が存在するだけです。
これは我々の世界がマトリックスの中にあったとしても成立しうるものです。
しかし当然のことながら、その存在性を説明するものではありません。
その存在性の説明は、どんな論を持ってしても不可能です。
この世界で最も多くのことを説明するための基盤として唯物論が存在するだけのことです。

>現象なら、解明されないものは無いはずだ

こういう勝手な飛躍をするあたり、論理的思考能力の欠如が見られます。

486 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/08(木) 10:05:27
>>484
>つまり魔術的な他者に憑依するようなことじゃないってことですね。それなら分かります。

ええ、その程度ではなく、それを超えるものですからね。

>ひょっとするとあなたの言う唯物論的理解すら空想かも知れない、

世界が空想であることすら折り込み済みなので、死角はありません。

>更に、あなただって自分の将来の死を考えることができる。

「死」とは単に大きな変化に過ぎません。

487 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/08(木) 10:06:29
>>483
>それはすなわち、唯物論の崩壊なんだよ

ということにしたいのですね。

488 :むじんくん:2005/12/08(木) 10:51:53
>>486
> ええ、その程度ではなく、それを超えるものですからね。

超えるとは?神秘主義ってことですか?

> >ひょっとするとあなたの言う唯物論的理解すら空想かも知れない、
> 世界が空想であることすら折り込み済みなので、死角はありません。

唯物論的理解が空想であること自体を唯物論的に説明するならば、それは確実な知とは
いえませんよね。しかし、空想であるかどうかを問うている主体自身は確実に在る。ただ、
ここにあります、という形で表現するべきではないでしょうけどね。

> 「死」とは単に大きな変化に過ぎません。

人間にとって究極の大問題は、「世界の中に自分がある」という命題と「自分の中に世界がある」
という命題がお互いに矛盾しつつも共存しなければならないという点にあります。あなたのように
死は変化であるというのは前者の命題から述べているに過ぎないわけで、後者の視点を欠いて
ますよね。死はこの2つの究極の矛盾の統合であり、だからこそ理解不能なのです。あなたは
理解できちゃってるわけでしょ(笑)。

489 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/08(木) 11:01:30
>>488
>しかし、空想であるかどうかを問うている主体自身は確実に在る。

とも言えません。「疑念」は確実に在るかもしれませんが。

>人間にとって究極の大問題は、「世界の中に自分がある」という命題と「自分の中に世界がある」
>という命題がお互いに矛盾しつつも共存しなければならないという点にあります。

私=認識主体と仮説して「世界の中に私はいない」と考えるか、
あるいは認識主体を仮設せずに「私は世界である」と考えるかの
違いの方が、私にはより説得的です。

490 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/08(木) 11:04:03
>>488
>人間にとって究極の大問題は、「世界の中に自分がある」という命題と「自分の中に世界がある」
>という命題がお互いに矛盾しつつも共存しなければならないという点にあります。

別に人間にとって大問題でもないですし、矛盾するものでもないでしょう。
勝手に人類の代弁をしないでください。

>あなたのように死は変化であるというのは前者の命題から述べているに過ぎないわけで、
>後者の視点を欠いてますよね。

いいえ。勝手に飛躍をしないでください。

>死はこの2つの究極の矛盾の統合であり、

それは貴方の思い込みに過ぎません。

491 :むじんくん:2005/12/08(木) 11:04:56
>>489
> >しかし、空想であるかどうかを問うている主体自身は確実に在る。
> とも言えません。「疑念」は確実に在るかもしれませんが。

はい。その疑念ですね。思考作用というか。なので、コギト的"私"を何ていうんでしょうね、
物みたいに存在するという言い方はしないほうがいいですね。

> 私=認識主体と仮説して「世界の中に私はいない」と考えるか、
> あるいは認識主体を仮設せずに「私は世界である」と考えるかの
> 違いの方が、私にはより説得的です。

それはお好みで(笑)。

492 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/08(木) 11:05:13
いずれにせよ、SYNのさんの「唯物論は最も多くのことを説明する論であり、
唯物論的に説明不能なことは多の論を以ってしても説明不能である」という
前提は、なかなか堅牢で突き崩せないように思います(>>485)。

しかも、最高位さんの唯物論攻撃によっては論破されない点が面白いわけ
です(対象が異なるから)。

493 :むじんくん:2005/12/08(木) 11:08:58
>>490
> 別に人間にとって大問題でもないですし、矛盾するものでもないでしょう。
> 勝手に人類の代弁をしないでください。
> いいえ。勝手に飛躍をしないでください。
> それは貴方の思い込みに過ぎません。

まぁまぁ、違う違うと言ってるだけではちょっと分かりませんね。死とは少なくとも生きる人間にとっての
限界点にあるわけですから、死に関わる問いは究極の問いと言ってよいですよ。そして、そこで問題に
なるのは「世界は私の中にあるのか?」「私は世界の外部にあるのか?」という問いと、「私は世界の中に
あるのか?」「私は世界の一部なのだろうか?」という問いなのです。その回答が出るのが死である。

494 :むじんくん:2005/12/08(木) 11:12:48
>>492
それはね、とりあえず近代諸科学でいいじゃないか。それ以上は考えても仕方ないですよって
いう言い方なんだろうと思います。だけど人間はそこで納まらないわけですよ。しかも知らずに
形而上学的空想へ入り込んでしまうことが多々あるわけで、やはり哲学的問いから逃れることは
難しいんじゃないですかね。もちろん、哲学の目標は問題自体を解決するのではなく、解消する
ことにあるわけですけどね。

495 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 11:18:34
>>491
「認識主体は確実に在る」と言いながら「認識主体は無いと仮定して〜」という
主張に「お好みで」と答えるのはおかしいんじゃないか?

496 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 11:27:38
>物理現象(系の状態の変化)の中に物質形態という認識が存在するだけです。
物質形態という認識が存在???
なんじゃそりゃ
物質形態という認識?認識が存在?
わけわからん
もう少し、まともな事を言って下さいよ
>これは我々の世界がマトリックスの中にあったとしても成立しうるものです。
マトリックスってのは観念論じゃないのか?
キミは唯物論者だろ?
わけわからん

いつも言うけど
キミは宗教家なんだよ
論理ではなく、思いつきで信じちゃってるんだよ

497 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 11:30:31
>>482
>この世に存在性を疑えないものは、厳密には『私』以外にはありえない
>物体や物理現象というものは、全て境目無くつながっているんだよ

まことにおかしな話だ。あなたはここで「物体」や「物理現象」の存在性を
認めているので、二つの文章が矛盾する。さらに、あなたは>>463

>この私がこの体であった根拠は、物質的には有りえない という事です

と、全て境目なくつながっているはずの物体のうちから「この体」という
存在を特定し、しかも唯一の存在性であるはずの『私』が「この体である」
と明言している。これも大いに矛盾している。

それはさておき、境目なくつながっている全ての物体を「この宇宙」と
呼ぶとしよう。
この宇宙がこの宇宙であった根拠は、物質的には有りえない。
さて、この事実から、「唯物論が誤りである」という結論を導くことが、
できるだろうか?




498 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 11:34:54
>>492
言っておくけど
彼は勘違いしてるんだよ
自分でも気づいていないんだけど
彼の思想は、ホントのところは観念論なんだからね

唯物論を論破されまい論破されまいと
のらりくらりと、身をかわそうとしている間に
唯物論という言葉だけは、何故だか必死で残してるんだけど
実は観念論になってしまっている事に気づいていないんだな

499 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/08(木) 11:40:03
>>493
>死とは少なくとも生きる人間にとっての
>限界点にあるわけですから、死に関わる問いは究極の問いと言ってよいですよ

それは貴方の思い込みに過ぎません。少なくとも私にとってはそうではありませんから。

>そして、そこで問題になるのは

別に問題になりません。貴方が勝手に問題にしているだけでしょう。

>「世界は私の中にあるのか?」「私は世界の外部にあるのか?」という問いと、「私は世界の中に
>あるのか?」「私は世界の一部なのだろうか?」という問いなのです。

問う前に、世界、私、内、外を厳密に定義してみてはどうでしょうか。

>その回答が出るのが死である。

ということにしたいのですね。全く関連性が見えません。

500 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/08(木) 11:41:56
>>496
>わけわからん

修行が足りません。

>キミは宗教家なんだよ

ということにしたいのですね。


501 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/08(木) 11:45:00
>>498
唯物論を批判する人に限って、物質の正体を知らない人が多いようです。
少なくとも量子力学をある程度マスターしてから出直してきた方がいいでしょう。

502 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 11:56:21
>>497
あははは!
大丈夫か?w
あげ足とろうとして、頭イッちゃってるよ?
私は、唯物論を論破するための論法を使っているだけだよ
だから唯物論を前提にして、矛盾点を突いているわけ
唯物論を前提にすると矛盾が発生しますよ という話であって
べつに私の発言が矛盾しているのではありません

面倒くさくなってきた
揚げ足を取ろうとしてるだけで
根本的に考えが浅いんだよな
もっとよく考えてから話しかけてくれないかな

503 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 11:57:03
この『私』は、様々な条件の上に、今ここにいる。
この『私の思考(主観)』もまた、様々な条件の上にここにあるのだろう。
なぜここにいるのか?(=なぜこのような思考をしているのか?)という問いも、様々な条件によってそのように思考しているのだろう。
この身体になぜ私がいるのか?など、偶然以外の何があるというのか?
たまたま、この肉体の上に生じた意識が、そのように思考しているに過ぎないのではないか?
『まず「私」ありき』ではなく『まず「身体」ありき』ではないのか?
だとするなら、「私の存在性」(この言葉も曖昧模糊としているがw)など、かりそめにそこに顕現しているに過ぎないのではないか?

道端に小さな花が咲いている。
ふと立ち止まり、その花を見つめる。
この花は、様々な条件が重なって、今ここに咲いている。
遠くに富士山が見える。
あの富士山も、様々な条件が重なって、今あのようにあそこにある。
空を見上げると一筋の雲が流れている。
あの雲もまた、様々な条件が重なって、空を流れている。
ここに私がいる。
この私もまた、様々な条件が重なって、今ここにいる。
目の前の花と、遠く見える富士山と、頭上を流れてゆくあの雲と、
今ここにいる私との間に、一体何の違いがあろうか?
確かに、『この私』はかけがえのない唯一の存在であろう。それは誰しもが認めるところだ。
けれども、それを特別視する理由は何もない。

唯物論は、或いは唯物論 『的』 思考とは、
「なぜ」を問うものでなく「どのように」を問うものではなかろうか。

504 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 12:13:49
>>501
ホントにキミは、わかっていないなぁ
物理現象で人間は解明しつくせない と認めてるんなら
すでに唯物論者じゃないんだよ
唯物論とは、物理現象を人生観や社会
人生の、あらゆる根本問題の指針とする思想なんだよ

哲学に、量子力学とか
そんな枝葉的なものは、あんまり関係ないのよ
そんなのを語りたいなら物理板にでも行けばいい
哲学板で、そんなのと混ぜこぜにして語るから
トンデモ科学や、新興宗教になっちゃうんだ
ここでされてるほとんどの議論は
哲学ではなく、トンデモ科学談義だ
それ、キミにはわからんだろうね

505 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/08(木) 12:30:34
>>504
>哲学に、量子力学とか
>そんな枝葉的なものは、あんまり関係ないのよ

貴方が勝手にそう思うのは構いませんが、物理現象とは何かを知りもしないのに、
物理現象という言葉を使ったり、それに関連する批判するのはおかしいと思います。
貴方には唯物論を批判するどころか、語る資格すらないと思います。

506 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 12:37:00
>>502
まことに解せない話だ。>>497はすべてあなた自身の文章からの
引用であって、どこにも「唯物論を前提にした」部分などないと思うが?
どの部分が唯物論を前提にしていて(あなたの真意と違っていて)
そこからどういう矛盾が起こるのだろうか?
揚げ足を取っているわけではなく、根本的な部分についての疑問なので、
ぜひ明確なご返答をお願いしたい。


507 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 13:25:31
>>506
そうそう。
本当に唯物論を前提とするなら、心は脳の現象だということを根拠なく否定するわけにはいかないのよ。

508 :∞=∞でない:2005/12/08(木) 13:35:37
>>441
アフリカのマサイ族には『待ち合わせ』という習慣がなく理解できない。


509 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 13:37:11


510 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 13:40:32
>>505
哲学は物理学の一部分に過ぎないと言うような主張でつね

511 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 13:47:37
しかし、いい加減「物質」「物質」と拘るの止めたらどうよ?
所詮「物質」はエネルギーの状態の一つに過ぎない事皆様(特に唯物論者)おわかり?

512 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 13:49:34
>>511
最高位がわかってないだけだろ。

513 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 13:49:45
スレタイも

脳はエネルギーだから意識は必然にすぎない

でどうよ?

514 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 13:50:40
というか、呼称の問題はあんまり気にならないけどな。

515 :まさ:2005/12/08(木) 13:53:21
>>505
物理学者は困っている。近代科学も数学も人間の創造。矛盾をつくりすぎて
こじつけに必死。ひとつの嘘は嘘を膨らまし我々の脳に洗脳したはいいけど
嘘はいつかばれる。哲学は進歩しないと言った人がいたが、ここはひとつ
哲学に頼むしかないでしょ。ボクは数学からきました。どう考えても
現代の数学は答えがでない=合ってない   物理学もこれまた同じ。

516 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 13:54:53
物質を語るのであれば、一形態に過ぎない特殊な状態ではなく、
より一般性を持たせてエネルギー語ったほうが早くねーか?

517 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 14:03:54
>>515
物理をわかってない奴が言っても全然説得力ないよ。
数学もわかってないようだけど、どこの大学の数学科を出てるの?

518 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 14:04:25
>>515
物理学者が矛盾をつくりすぎて困っている?
別に困ってなんかいないよ
観測装置の発展が追いつかないだけだろ

519 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 14:06:04
>>515
物理学者は困ってないだろ。それに問題の解決に哲学は何の役にも立たない。
妄想も大概にしとけ。

520 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 14:09:20
「意識はエネルギーなのですよ」

↑どうこれだったら?唯物論的だよな

521 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 14:26:03
> どう考えても現代の数学は答えがでない=合ってない

なんだこりゃ?

522 :まさ:2005/12/08(木) 14:33:28
>>159
ほ〜じゃ大学はなんで哲学を学ぶんだい?哲学があるから数学で表して
物理学に置き換え科学が発展したんじゃないのかニャ。
>>517
小学校も出ていませんが何か問題でもある  笑
>>518
観測装置で何を観測したいか知らないけど、人間のお遊び。

523 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 14:33:59
「物理学は唯物論的だから哲学でもそう考えよう」という主張を
してる人はいないよ。機械ですらそんなことは言ってない。
SYNの主張に見られるように、「哲学的に考えて唯物論が正しそう
だから物理学でもそうなるはずだ」という逆向き考え。

端的に言うと、物理学から唯物論の前提にあるのではなくて、
唯物論が物理学の前提にある、という考え方だ。

ところが、最高位はこれを逆に解釈して批判しているように思える。

524 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 14:35:16
>>505
あのね
哲学というものは
人間の考えうる全ての可能性を考慮して、論理的に深く考察するんだよ

キミは量子力学を学んで、物理現象とは何なのか
解明できましたか?
じゃあ、答えて下さい
物理現象とは何ですか?

で、もし量子力学が間違えていたらどうするの?
頭掻きながら、エヘヘと笑うのかよ

>>506
ん?
ふぅ・・・
>>この世に存在性を疑えないものは、厳密には『私』以外にはありえない
>>物体や物理現象というものは、全て境目無くつながっているんだよ
>まことにおかしな話だ。あなたはここで「物体」や「物理現象」の存在性を
>認めているので、二つの文章が矛盾する。

「物体」や「物理現象」の存在性を 認めている
というのが唯物論の前提 だが?
何が解せないの???
これを『私』と同列に『存在性』とした場合に
矛盾が生じる と何度も説明しているでしょう
揚げ足を取ろうとしてるのでもないとしたら何?
バカ?
ちゃんと読んで考えてから、しゃべりかけて下さいとお願いしたはずだが?

525 :まさ:2005/12/08(木) 14:35:39
>>521
0で割らしてくれない。

526 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 14:41:18
>>523
物理学は必ずしも唯物論的ではありませんよ

527 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 14:45:20
>>523
そもそも、最高位とSYNの間に行き違いがあるように思われる。
SYNからしてみれば最高位の言う「私」なんてものは、あろうが
あかろうがどうでもいいはずなんだが(SYNも唯物論で世界を全部
説明できるとは言ってないんだし)。

最高位が物理学以外の方法で「私」を説明しない限り、SYNから
反論する必要はないはずなんだが、延々と相手してるんだよな。
「何を唯物論と呼ぶのか」みたいな無益な論争をするつもりなら
別だが。

528 :まさ:2005/12/08(木) 14:45:34
>>523
それ以外で、聞いたこと無い。

529 :523:2005/12/08(木) 14:46:22
>>526
そういう批判はSYNにしてくれ。
俺はそういうことを主張する立場じゃないし。

530 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 14:48:09
>>522
まさは相手にしない方がいいな。頭悪すぎる。
デタラメな断定するし、荒らし認定。

531 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/08(木) 14:50:46
>>527
>SYNからしてみれば最高位の言う「私」なんてものは、あろうが
>あかろうがどうでもいいはずなんだが(SYNも唯物論で世界を全部
>説明できるとは言ってないんだし)。

これはどちらかというと私の立場に近いですね。
「どうでもいい」とは言いませんが、世界を説明する際の決定的な
論点ではないと考えています。>「私」
まあ、最高位さんと「私」の意味が違うのかもしれませんが。

532 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 14:52:29
>>524
唯物論をあくまで前提にするなら、
デカルト的懐疑の末に「心」だけが残ったとしても、
その心を生み出す物質の存在は否定できないんだよ。
デカルトやフッサールが最後に超越論的主観のみが残るといえるのは、
なにものも前提としないという方法的選択があるからだよ。

まず心が脳の現象であることを否定できなければ、
「私の存在性が疑えない」というのは、「私の脳があることが疑えない」って言ってるのと同じことになるだろ。

533 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 14:54:17
>>530
哲学は頭の悪い悪くないの問題ではないな
哲学を語る上で問われる資格は、感性とセンスと人間性


534 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 14:58:04
ここまでの最高位の「私」に対する批判。

(1)「私」の存在性は物質で説明できるよ派
機械?
(2)「私」の存在性は物質で説明できないよ派
最高位、むじんくん
(3)それはどうもいい派
SYN?
(4)それはあまり重要ではない派
一言

535 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 14:58:24
>>533
あと、勝手に前提したことを、いっさいことわりなく論述をはじめ、
なぜこれがわからない、とか切れたりしない謙虚さも大事だな。
やっぱり人に親切じゃない人には哲学は向いてないな。

536 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 14:59:00
>>526
だね
物理学が、「人間の精神も内的世界も、全ては物理現象にすぎない」なんて言うわけがない
解明されていないし
原理的に、解明する事が不可能なんだからね
飛躍して「そうに違いない」と思い込む『思想』『信仰』
こういう信仰を持っちゃってる人を、唯物論者という

>>531
うむ
多分『私』について、わかっていないだろね
わかったら、ブッ飛ぶから

537 :まさ:2005/12/08(木) 15:00:08
>>530
頭が悪いとはIQのことですか。あなたよりは高いかと。
そもそもIQ自体なんだこれですがね。荒らしと思えるのは
仕方ありません。コロンブスも荒らしでしたから。
>>527
まとめ上手、司会者決定。
って言ったら。

538 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 15:01:50
>>536
>「人間の精神も内的世界も、全ては物理現象にすぎない」なんて言うわけがない

じゃあ、最高位はロボットの精神も、その内的世界も物理現象でないと思っているんだ?


539 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 15:02:15
>>536
いい加減にこっちの説明を曲げて解釈するのは止めてくれ。

>物理学が、「人間の精神も内的世界も、全ては物理現象にすぎない」

唯物論が必ずしもこういう主張に繋がらない、という点を君が理解して
いなから他の論者と行き違いになるのではないか、と言ってるんだよ。
例えば、「説明可能なのは物理現象だけで、その他の現象は説明不可能
でありどうでもいい(orあまり重要では無い)」という立場もあり得る
わけだ。これを唯物論と呼ぶかどうかは論者の勝手。

540 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 15:03:49
>>531
「私」抜きの世界に何の意味があるw
ただ在るだけじゃんよ

在る事は意味がつけ添えられて初めて
人にとっての存在(=現世へのデビュー)になるのよ
それのできるのは「私」をおいてほかに無い

541 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/08(木) 15:06:13
>>539
現象における唯物論と説明における唯物論、などのように区別
した方が良さそうですね。前者は「現象はすべて物理現象である」
という立場、後者は「説明可能な現象は物理現象のみである」という
立場を想定しています。

>>539
私の体系では「意味」は「世界」の中に自存しています。
「私」は必要ありません。

542 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 15:19:13
>>532
キミは大きな誤解をしている
完全に唯物論的解釈に偏っているよ?
自分の解釈?それとも誰かが言ってた?

>>539
>例えば、「説明可能なのは物理現象だけで、その他の現象は説明不可能
>でありどうでもいい(orあまり重要では無い)」という立場もあり得る

そんな事なら、なにも唯物論を主張する必要ないよ
>その他の現象は説明不可能
なんでしょ?
全然、唯物じゃないじゃんか
それは物理学の立場であって、思想でも何でもない
全ては物理現象だ と主張するのが唯物論だ
都合よく逃げようとするなよ
唯物論だろ唯物論
唯物論について論じてるんだろ?

543 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 15:29:21
テラワロスwww最高位必死すぎwww

544 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 15:31:09
>>542
あなたは唯物論の前提をすべて受け入れた上で、その考え方では矛盾がでることを
示そうという立場ではないのですか。
そうでなければ、あまりにいい加減な話になると思いますがね。

545 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 15:32:00
本当にバカすぎて、頭に血がのぼるよ
いい加減にしてくれ
平均年齢、何才ぐらいなんだよホント

546 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 15:32:36
>>541
意味の「意味」がわかったないよ〜だなw
意味は見い出す主体があってはじめて発生するのよ
「世界」の中に自存してるよ〜なもんじゃない
世界という主体は意味を見い出す構造を持ってない
んだからw

547 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 15:36:20
>>544
私は唯物論は破壊しましたが
べつに物理学を否定するつもりはありません

『私』は物理に対する観測者の立場ですから

548 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 15:38:34
>>544>>532です。

まずは唯物論に完全に偏った考え方をしてください、と言っているんです。
その上で、「私=物質の現象」が否定できないなら、
いかに「私の存在性」が疑えないとしても、その事実が物質外の実在の証明には
なんらなりえないでしょう、と言ってるんです。
なんでわからないんですか?
わかっててわからないふりをしてませんか?

549 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 15:55:26
>>548
う〜ん
何と表現したらいいんでしょうかねぇ
あなたは最初の時点で間違えているんですよ
>「私=物質の現象」が否定できないなら、

私は、これを否定してるんですよ???
正面から、これを否定する目的で論じてるんです
それなのに、否定できないなら と言われましても
何のこっちゃわかんないですよ
この人、いったい何を話してるのか理解してるのかな
と、思っちゃうんですけど?

550 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 15:59:49
>>549
否定できていないじゃん。証明してみてよ。

551 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 16:01:06
最高位の私はどうみても一神教だ。

552 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 16:08:40
>>549
否定すべき目的を前提にしたら、論点先取になると言っているんです。

あなたがフッサールのように方法論として独我論的にやるというのなら、それでもいいんですよ。
でも、どうもあなたはそうじゃないように見える。

553 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 16:11:33
>>503


554 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 16:31:55
>>550
はぁ???
>>552
そんな先取りしてないだろ
飛び入り参加かい?
過去スレ読んでないんだろ?
なら、なんで決め付けてるの?
失礼だよ
何回説明したと思ってるんだよ
疲れるわホント

555 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 16:37:39
>>554
>はぁ???
はぁじゃねーだろ。否定できるならその証明してみろよ。できないだけだろ。w


556 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 16:39:00
>>554
説明なんてしなくていいし、荒らし君はこなくていいよ。

557 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 16:51:28
最高位の勘違いの全ての源は、>>504
>唯物論とは、物理現象を人生観や社会
>人生の、あらゆる根本問題の指針とする思想なんだよ
なんだよ。
俺も前、これが勘違いだとわからせようとかなり努力したけど、結局ムダだった。
もう自分で自分を洗脳しちゃってて、このことに関しては
人の意見を全く理解しようとしないし、聞こうとすらしない。

最終的に、この人は頭が気の毒な人なんだと考えて、遠巻きに眺めてることにした。

今相手にしてる人も、結局時間のムダになるから、ほどほどにしといたほうがいいよ。

558 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 16:59:59
>>524
>「物体」や「物理現象」の存在性を 認めている
>というのが唯物論の前提 だが?

これまたおかしな話だ。物体の存在性を認めるのは、唯物論だけではない。
現にあなたも「机」や「椅子」や「この体」といった「概念として特定された
物質」の存在性を否定しているだけで、その背後に(「私」とは独立に)
存在する「境目無くつながった物体」の存在性は認めているものと思っていた
のだが、違うのか? それを認めないのなら、純然たる唯心論ないし
独我論になってしまうが。
それはともかく、
>これを『私』と同列に『存在性』とした場合に
>矛盾が生じる と何度も説明しているでしょう
いや、そんな説明は一度も見たことがないが。そもそも、「私」と「物質」
が同列の存在性である、とするのは、デカルトを典型とする「二元論」
であって、唯物論でも何でもない。そして、それのどこに「矛盾が生じる」
のか、全くわからない。
あなたの真意は、全くもって不明瞭である。ぜひ説明を願いたい。


559 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 17:07:35
ぶっきら棒に>>553のアンカがあったのでもう一度読んでみたが
「私」は「今」ここにいるとして、そこにいる「私」は本当に「今」の「私」なのか?
そこにいるのは「過去」の「私」が〜と言う表現の方が妥当なのではないか?
「私」というものを考察すると、どうしても時間が関与せざるを得ないのだが

まあ、何が言いたいのかというとつまり、己ですら己を特定出来ないと言うわけ、
「過去」の「私」以外は

>この『私』は、様々な条件の上に、今ここにいる。
こう思うと>>503のレスは、時系列な表現があるにも係わらず、その「私」と時間
との関係性が曖昧だよな
因みに唯物論的に申し上げますと(自分は唯物論者ではないが)、脳は、フィ
ードフォワードに処理するシステムでもあるので、予め予測している「私」が「今」
の「私」なんだろうと思う、ま、あくまで予測(「未来」)の「私」であるが

560 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 17:17:34
>>542
 >そんな事なら、なにも唯物論を主張する必要ないよ

明確に唯物論と主張している人は極僅かでしょう。
むしろ(名無しも含めて)殆どは、「こうした説明の仕方もありうるのではないか」という提示をしているに過ぎないのでは?
ただ、話されている内容が唯物論『的』なので、最高位には我慢がならなかった、と。

また、
 >唯物論とは、物理現象を人生観や社会
 >人生の、あらゆる根本問題の指針とする思想なんだよ
と言うが、>>482における
 >>>478
 >それ
 >何が言いたいのかわからないんだよ
 >それは唯物論者に聞くべき事だよ
という言葉で唯物論の何たるか及び唯物論の範疇について判断保留していることと矛盾する。
また、>>470では唯物論を定義している。
唯物論をそのように定義できるのなら、>>478にも答えられるんじゃないかい?

また、>>483における
 >唯物論は「人間の精神は物質による物理現象にすぎない」と言ってるんだからね
という発言に関しては、「人間の精神は物理現象ではない」というのが最高位の視点?
ならば「人間の精神」とは何?「存在性」?
愛とか怒りとか美しいという感情とか、神とか幽霊とかの概念を想定する行為とか、
国家をイメージする時とか、etc.etc.およそ思いつくかぎりの精神活動が「存在性」なの?
だとしたら「存在性」という言葉がなんなのか分からなくなる。

また、仮に唯物論が全てを物理現象として記述できたとして、
そのことによって、唯一である『「私」の「存在性」』のどこが揺らぐのか?
何も変わりはしない。電化製品の説明書が少し厚くなるだけだ。

561 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/08(木) 17:17:37
>>557
共産党みたいな事を言って、のらりくらりするなよな
じゃあさ
「人間の精神は物理現象である」というのは撤回する
という事でいいんだね?
それを撤回するんならOKさ
それが歴史を通じて争われてきた論点なんだからね
私は、それを撤回させれば歴史に一つの終止符を打った事になるんだよ
オッケーオッケー
納得納得
終了だね

しかし言っておくけど
それを撤回したら、もはや唯物論とは言わないよ?
でも言いたいんだよねw
しかしヘンな人達だなぁ

と言うのは冗談で
一旦うまく話しを逸らしておいて
また、精神は物理現象だ とかなんとか言い始めて
やっぱり人生観にまで言及しはじめるんだよな
だから、また私が論破する
するとバリバリの唯物論者は黙って身を潜め
またキミみたいなのが出てきて、こまかすんだよ
その繰り返し

そういう身のかわし方は、唯物論者の常套手段なんだよな
これを私は、何回繰り返してきたと思ってるんだよw
まぁ、そういう事だ

562 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 17:20:18
>>147
>『物質に依拠しない』(→物質がなくても、それのみで存在しうるような)
>物質以外の存在はあるの?

どうも理解できないが、最高位のいう「私」というのは、この
「物質がなくても、それのみで存在しうるような、物質以外の存在」
というのに当たるのか?
奴は、自分の「私」は体がなくても存在しうる、と考えているのか?


563 :559:2005/12/08(木) 17:27:47
>>559の続きだが、
この予測(「未来」)の「私」も意識したとたんに「過去」の「私」となってしまうのではないか?
となると、「私」を意識する主体、すなわち「私」は常に「未来」にいるということに他ならない
のではと思うしだいだが、この「未来」の「私」は決定論「的」に確定されない「私」でもある?

564 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 17:42:14
>>561
>しかし言っておくけど
>それを撤回したら、もはや唯物論とは言わないよ?
それが勘違いだっての。
まあ君には何言っても理解不能だろうが。

565 :素人:2005/12/08(木) 17:53:54
>>559>>563
そこを突っ込まれるとは思わなかったよ(^^;)

それは、「私」の連続性についてであって、この場では保留してもいいんじゃないかな?
>>503も、七割は最高位へ向けて、一割は一言さんへ、一割は唯識さんへ、
一割はその他の皆さんへ向けたレスだからw

>>562
最高位は>>147の前半には触れていないからなんとも言えんねw

566 :素人:2005/12/08(木) 19:16:33
自分がパソコンの前に座る時間と、このスレの動く時間とがあまり合わない・・・w
ま、文章考える時間的余裕があっていいかもしれんが・・・(^^;)

飯食ってくる ノシ




|, ,_    意味のあるスレかどうかは判らないが
|∀゚) <  このスレ覗くのは楽しいw
|⊂ノ    みんな!珍説奇説駄説良説定説新説小さな親切、書き込み楽しみにしてるよ〜♥


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|彡サッ
|

567 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/08(木) 19:48:28
最高位さんの「私」は「私以外」を全て捨て去っているような感がありますが
どうでしょうか?

568 :むじんくん:2005/12/08(木) 20:00:27
>>499
> それは貴方の思い込みに過ぎません。少なくとも私にとってはそうではありませんから。
> 別に問題になりません。貴方が勝手に問題にしているだけでしょう。
> 問う前に、世界、私、内、外を厳密に定義してみてはどうでしょうか。
> ということにしたいのですね。全く関連性が見えません。

ははは。あなたは興味の範囲が狭すぎてなかなか会話にならないね。

つまり、日常生活の感覚と近代科学的な世界像、まぁ近代科学に世界像って無いわけですが、
それで打ち止めでいいだろうといいたいのかな?

569 :むじんくん:2005/12/08(木) 20:17:18
>>548
> まずは唯物論に完全に偏った考え方をしてください、と言っているんです。
> その上で、「私=物質の現象」が否定できないなら、

横からすいません。精神を物質の現象だとして、例えば脳科学などで説明することは当然可能だと
思うんですね。しかし、デカルトなんかが問題にしたのは、自らの精神を対象化して知るという
行為を行っている主体自体はそこから後退し続けると言ったらいいのかな、外に逃れ続けると
いったらいいのか、そういうものだと。

だから、どこかに非物質だとしても、脳が存在するようにして精神が存在するっていうのは
間違いなんですね。自己自身を対象化し続ける運動そのものを”精神”とか”私”って言うので
あれば、それは物理学的現象としては語れませんし、一方でもっとも確実に”在る”ものでもある。

そこは精神分析する主体は一体誰なのか?ということと同じです。精神分析する主体は特定の
人称代名詞に実は還元できないんですよ。日常生活でいう”私”では無い。しかし表現しようとすると
”私”とかいう言い方になっちゃうんですね。

570 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 20:27:49
>>534
> (2)「私」の存在性は物質で説明できないよ派
> 最高位、むじんくん

まぁ、私の存在っていう言い方が悪いんですかね。心理学的なレベルでの私ならば
それは脳科学なり何なりで解説できるし、実際に脳みそに電極指して刺激を与えれば
思ったとおりの精神状態になりますね。ここで言っている”私”とは、自己自身をそのように
認識するところの、絶えず自己自身を対象化し続けるところの”私”です。

あとですね。これはスレッドのタイトルに関する問題になりますけど、脳は物質だから
自由意志は無いっていう話、これは2つの問題がある。

ひとつ目は、因果関係っていうのはそれを語っている認識主体は除かれてるんですよ。
自分自身が因果関係の中にありながら、同時にそれを認識するなんてことは論理的に
ありえませんね。こういう古典的な矛盾がある。

もう一つは、これは政治的な問題です。ある人が犯罪を犯したときに、責任主体が無くなる。
これは”科学的に”正しいが、そうしないと世の中なりたたないから、便宜上やっているのか。
そうじゃないんですね。この辺はカントなんかが実践理性という言い方で記述してますが、
第一原因としての意思を仮定することは、科学的因果関係として説明することと両立するんです。

571 :むじんくん:2005/12/08(木) 20:32:25
>>534

すいません>>570は私ですが、あと追記で、私はデカルト的主体を科学的に解説することに
反対なんですけど、一方でマルクスが言う意味での唯物論者です。マルクスの唯物論に関しては
最高位さんなんかはどう考えてるんでしょうね。


572 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 20:43:06
>>534
「私」の存在性を物質的に説明する、って、一体全体どういう意味なんだね。
「私」とは何だ?
「存在性」とはどういう意味だ(そんな言葉辞書にはないぞ)?
何をどうしたら、それを「説明した」ことになるのだ?
誰もそれを明確にした上で書いているようには見えないが。


573 :46の556:2005/12/08(木) 20:47:07
もともと意味の無い問題についての意味の無い主張に、
無理に反論しようとするから、変な理屈になるんですよ。


574 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/08(木) 20:49:28
私を説明するということは
総てを知る事。

575 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 20:52:48
>>569
>だから、どこかに非物質だとしても、脳が存在するようにして精神が存在するっていうのは
>間違いなんですね。自己自身を対象化し続ける運動そのものを”精神”とか”私”って言うので
>あれば、それは物理学的現象としては語れませんし、一方でもっとも確実に”在る”ものでもある。
ここで、「自己自身を対象化し続ける運動そのもの」を脳内のニューロンの発火だかなんだか知らんが、
そうしたもののパターンだと見做すことに何の問題があるのかがわからない。
単純か複雑かの違いしかないのじゃないか?
【≪《『「私」を見ている私』を見ている私》を見ている私≫を見ている・・・】とどれだけ無限遡及させようが、
それも脳内のパターンであると見做しても構わないのではないか?
そしてそれは、再現性を義務付けられるものでもないだろう?
「再現できないから間違いだ」と、よく最高位は言うが、全ての事象は一回性であるとするなら、
同じ私になる筈もない。
っていうか、この脳(肉体)の外に「私」があるのか?
この肉体の中にあるならどこにどのようにしてあるんだ?
「存在『性』」ってなんだ?

576 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 21:30:34
>>575みたいなのは最高位に馬鹿にされてもしょうがない

577 :むじんくん:2005/12/08(木) 22:45:06
>>575
> ここで、「自己自身を対象化し続ける運動そのもの」を脳内のニューロンの発火だかなんだか知らんが、
> そうしたもののパターンだと見做すことに何の問題があるのかがわからない。

別にニューロン発火でもいいんじゃないですかね。そういう記述が実際できると思いますよ。
ただ、そう語っている主体がおり、且つ対象となっているニューロン発火による自己意識は
存在するかどうかの判断は結局できないにも関わらず、語る主体、対象化されることから
無限に遠ざかり続ける運動としての”私”は明快確実に”在る”のです。

> っていうか、この脳(肉体)の外に「私」があるのか?
> この肉体の中にあるならどこにどのようにしてあるんだ?
> 「存在『性』」ってなんだ?

脳の外のどっかに私っていうものがあるという記述はあまりよくないですね。

578 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 22:56:16
>>577
>無限に遠ざかり続ける運動

運動って何?

579 :考える名無しさん:2005/12/08(木) 23:51:26
>>576
kwsk

580 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 00:13:59
>>569
ちょっと何が問題なのかわからないんですけど…
無限を想像できることと、「私=脳の現象」か否かとなにが関係あるんですか。

自己自身を対象化するという思考が、脳の現象であってどうしていけないんですか?
「私は考えている」は脳の現象です。
「「私は考えている」と考えている」は脳の現象です。
どこまで行っても脳の現象です、ってなるでしょう。
「それが無限に続いている」と考えるのも脳の現象でしょう。

581 :むじんくん:2005/12/09(金) 00:24:00
>>580
脳の現象として記述するという行為は”私”が私自身を対象化した後の話ですね。そして
この対象化された私自身は存在するかどうか不明なのです。判断不能です。しかし、
そういった思考を行い続けている”私”は”在る”。まぁ、同じことの繰り返しになってしまいますけどね(笑)。

脳の現象と言って何が悪いって、悪くないですよ。そういう記述は可能です。ただ、そこで
打ち止めにすると、そう記述している主体が消されてしまいますからね。この主体は脳がどうの
という記述とともに、あくまでも全ての記述そのものとして”在る”わけですからね。

582 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 00:32:04
>>577
ああ、わかった。
だから、無限に遠ざかり続ける運動としての私は、どこまで行っても脳の現象でしょ。可能なら無限に、
「私は考える」と私は考える
と言うのをやり続けてもいいけど、どこまで行っても「私=脳の現象」の否定にはならない。
これは逆に、「私=脳の現象」と考えることに問題がないという論拠の一つ
になってませんか?

583 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/09(金) 00:37:59
>>569
>自己自身を対象化し続ける運動そのものを”精神”とか”私”って言うので
>あれば、それは物理学的現象としては語れませんし、一方で
>もっとも確実に”在る”ものでもある。

「あまりに人間的な!」と言うより「あまりに観念論的な!」と言うべきでしょうね。
「自己を対象化する」ことができる「脳」を持った生物が「人類だけ」だとお考えのようです・・
しかし、例えば身近な生物(種)犬や猫は「嫉妬」することがあります。
「嫉妬」という感情はかなりの高等哺乳類にしか芽生えない感情ですが、
「自己(自分)を対象化する」ことなしに生じる感情ではありません。
犬や猫も「人間と同様(近似)の精神を持っている」という説であるならば、
私は「賛同」いたしますが・・「キリスト教的観念論」に浸かった方が
それに「同意」するわけはありませんよね?
あくまで「人間(精神)は特別な存在」でなければいけない・・というか、
それを否定されると「生きていけないくらいの不安」が襲ってくるのですか?

584 :むじんくん:2005/12/09(金) 00:43:35
>>582
> これは逆に、「私=脳の現象」と考えることに問題がないという論拠の一つ
> になってませんか?

問題ないですが、それは近代科学の範疇で、それだと認識の成立そのものを問うという
ことにならない。そこから先が哲学的問いなのですね。

デカルトは、今の話にあわせれば脳の動きが意識を構成していると考えたとして、そういう
対象自体の存在を懐疑にかけたわけで、そこで脳科学として思考されるものよりも明瞭確実に
在り続けるところの"私"を見出した。

重要なのは、彼はこの"私"から世界を再構成するんですね。中世的世界観からの決別が
決定的になるのはここなのです。その際に、じゃあ"私"が明瞭確実に認識するものは妥当なのか?
という問題があるわけですが、彼はそこで神を持ち出して保障されているとするわけです。

これは一見馬鹿げて見えますが、実は近代社会において重要なポイントだと思いますよ。
つまり、共同体的な慣習から逸脱した"私"が独立して世界を再構成し、認識可能だと宣言
した。その裏側にはそうできるのだ、という信仰があるのです。

585 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 00:47:39
>>583
「人間(精神)は特別な存在」←まちがてるよ

「私は特別な存在」←これがごくふつうの捕らえ方
たいていの人間は「人類という種であること」にそうこだわりはない
こだわりの根源は私=自己=自分=おいら=うちw
人間じゃないポ♪

586 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/09(金) 00:49:53
>>584
>そこで脳科学として思考されるものよりも明瞭確実に
>在り続けるところの"私"を見出した。

デカルトの時代に「脳科学」は影も形も存在しませんでした。
ですから、彼が「脳科学として思考されるもの」を知る術はなかったのです。
その時代の「脳科学もどき」は頭蓋骨に穴を開けてメスを入れる・・程度の
ものでした・・・当然「暴れる個体」を「暴れない個体」に「変化させること」
は出来たかも知れませんが、それは・・言うまでもなく「ロボトミーの一種」です。


587 :むじんくん:2005/12/09(金) 00:53:44
>>583
そこはちょっと分からないですね。というのは、アメリカなんかでイルカを特別扱いしたり
する人がいますよね。ああいうのは、私はちょっとついていけないんですけど、要するに
人間と同様の精神活動があるんだと考えてるわけでしょう。

ただ、犬や猫の場合、まぁイルカもそうだと思うんですけど、基本的に遺伝子レベルで
規定された行動パターンに従い、世界観も固定されてるわけです。

これはマルクスが書いたことですが、蜂は職人が驚くような精密な巣を作るが、人間は
巣を作る前にそれを一旦図面にする。つまり言語によって構成される抽象物にすることが
できる。ここが決定的に違うわけです。どういうことかというと、そうやって対象化できると
いうことは、対象化している主体側は自由なんですよ。常に対象化されたものの外に
あるわけで、ということは無限を扱うことができる。実際に、人間は自らの死を想像し、
世界の果てを考察するわけです。

この点に関しては、やはり人間固有と言ってよいんじゃないでしょうか。宇宙人とか出てくれ
ば別かもしれませんけどね。

588 :素人:2005/12/09(金) 00:54:27
あぁ、もう!
良さげな流れだったのにぃ・・・w

    〃〃∩  _, ,_
     ⊂⌒( `Д´)
       `ヽ_つ ⊂ノ
             ジタバタ

589 :素人:2005/12/09(金) 00:56:09
| _, ,_
|;゚∀゚) < 機械の出現に対してね・・・w
|つ⊂ノ


|
|彡サッ
|

590 :むじんくん:2005/12/09(金) 00:56:32
>>586
いや、それは話の流れにあわせただけで、例えですね。デカルトの懐疑が脳科学で克服できる
っていうのは全くの間違いですよ。脳科学は脳科学、哲学は脳科学の成立自体を問いにかける。

591 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 00:56:52
>>585
こだわりのある人間は多いよ。
ダーウィンの進化論とか、いまだに反発する人がいる。
自分が白人であることにえらくこだわる人とか。
一般に人は自分が属しているクラスについてかなり敏感な反応を示す。

592 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/09(金) 01:03:42
>>585
ですからつい最近「定冠詞the+名詞:私」と「不定冠詞a+名詞:私」
の「違い」についてご説明したではありませんか。

その二つは「ある方Aさんの脳」にとって「Aさんの脳」は「特別な存在」
ですが、その『特別な「存在」性』は、Aさんとは他者である「Bさん」には
『生じない』のか?・・・生じるとしたら・・
Aさんにとっての「私は特別な存在」という「真理?」は
Bさんにとっての「私は特別な存在」という「真理」と
「全く区別が付かない」・・・ので、「自分自身が特別な存在」である・・
要するに「定冠詞the+私」は、脳の数だけ存在する・・・ので、
「客観的記述」をする目的であなたの「私は特別な存在」という主張は
「相対化」され、他の人が言っている「私は特別な存在」という言説の
一つ「a言説」となるだけです。・・世論調査の「統計処理の対象」以上でも
以下でもない・・・ということです。

593 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 01:08:27
>>591
「私の」証しのひとつ(白人という私を有利に位置づける属性)に
こだわってるのであって、「白人に」こだわってるわけじゃない
ためしに黒人圧倒的優位社会が人類の歴史だったなら
そいつらはけっして白人に強いこだわりを示さないのが
容易に想像できる

こだわりは あくまで「私」にある
世界は「私」と「私以外の他」という認識がメインで構成されてるのよ

594 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 01:14:35
>>592
お前が 個々の人間を物の一つとして物理的にとらえたい願望を
持ってるのは よくわかってるよw

たしか「最大多数の最大幸福教」だったよなw
多数>少数の数式に人類をハメ込みたいよ〜だが
はたしてそれがホントに「真理」といえるのかw?

よ〜〜〜〜〜〜〜く、考えてみれw

595 :むじんくん:2005/12/09(金) 01:19:34
>>592
それは重要な点だと思いますが、だとしたら近代的思考というものはあり得ませんよ。つまり
各々の共同体の慣習だけが全てだということになる。しかし、実際はそうなってませんね。
デカルトはだから"The私"による世界の再構成、認識の可能性を問いただした人物として
考えるべきなのです。いかにして個人は単独で普遍的思考を行えるか、ということですね。
これは古くはソクラテスによって問われた問題でもある。

596 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/09(金) 01:25:20
>>593
驚くべきナルシズム、ですね。殆どファシズム肯定、人種差別肯定
の開き直りではありませんか?
>こだわりは あくまで「私」にある
>世界は「私」と「私以外の他」という認識がメインで構成されてるのよ

私は「犬や猫にも『私・ボク・あたし』が絶対「人類のそれと大差なく」存在する
・・と申し上げているのですが・・・あなたは「私以外の他」(他者としての人類)
だろうが高等哺乳類だろうが、「私が全ての中心で他は舞台装置と小道具と(ついでに)
他の登場人物」である「世界」は『存在する訳はない』とまで「ナルシシズム」に
浸かっているのですね・・・?
「その結果」は「100%他者の反応次第」ですから、あなたは「常に不安に怯える」
状態を回避することはできません。・・ご自分で選んだ道ですからしょうがないですね。




597 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 01:35:03
>>595
でも近代社会というのは、非常に均質な社会でしょう。
デカルトの本質は「the私」の存在証明だけではなく、その「the私」が誰にでも
成り立ちうることを示したことでしょう。
デカルトはまさに共同体の慣習というマイナーなルールを前提とせずに書くことで
読めば誰にでもわかるものとして、自分の理論を構築した。
皆がばらばらに自分勝手にやっているにも関わらず、過去の時代よりも
人々が画一的に考え、行動するようになる。  
それに対する批判として、唯物論批判は価値があるのかもしれない。
でも、実は今は近代以後の社会だったりするので…

598 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 01:38:24
>>596
あはは、十八番の「私」流・主義分類法に基づく推論・・
いや信念、決めつけ、観念論? う〜〜ん、教祖様ぁ〜〜w
それっきゃできないのかよw

おいらは人の事実を言ってるまでよ
「私が全ての中心」なんて言ってないポ
私は 「私の事」しか正確な理解ができず、行動の制御に
ついても「私の分」がやっとだって言ってるだけw
ナルシズムなんちゅ〜恐ろしげなもんじゃないw

それに「常に不安に怯える」のは自己本位を捨てた
ウスラバカの宿命で周りキョロキョロ社会キョロキョロ
挙動不審を演じるのは他本意の連中の姿w

べつにおまえのこと言ってるわけじゃないが・・あ、少し言ってたw


599 :むじんくん:2005/12/09(金) 01:51:35
>>597
> でも近代社会というのは、非常に均質な社会でしょう。

はい。ですから、コギトが認識する、そして再構成した世界というのは均質空間ですね。パスカルの
「なぜ自分はここにいてあそこにいないのか」という世界。これは中世世界には無いわけです。日本だって
江戸時代に人間一般なんてなかったわけですからね。当然、自分が農民だが武士にもなり得る、なんて
発想も無かった。それが可能になったのは近代以降で、その思考を根本的に基礎付けようとしたのが
デカルトです。

そして、こういう"私"の認識は全ての人間が普遍的に持つ知を開示するとしたわけですが、これは
もう彼の場合は神を持ってきて、それでお仕舞いにしてしまう。ここが評判悪いわけですね。

> それに対する批判として、唯物論批判は価値があるのかもしれない。
> でも、実は今は近代以後の社会だったりするので…

唯物論っていうのはマルクスの言っている意味だとしたら、マルクスっていうのはデカルト的思考なんですよ。
ただし、彼の場合近代社会、資本主義社会自体を対象とするわけで、そこに循環構造が発生して反駁不能だと
いう非難が発生する。ここはもうどうしようもないですね、フロイドの精神分析と同じで、そうだからそうだとしか
いえない。

600 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 01:59:14
>>587
>ただ、犬や猫の場合、まぁイルカもそうだと思うんですけど、基本的に遺伝子レベルで
>規定された行動パターンに従い、世界観も固定されてるわけです。

それは動物を馬鹿にしすぎだろう。
本当に規定された行動パターンだけなら、脳なんていらない。
動物も考えながら、行動してるよ。
行動パターンも世界観も固定されたものじゃなく、経験の中から試行錯誤を通して、たえず作られ続けるもの。
そういう柔軟性が生き残る上で重要だから、脳が進化した。

無脊椎動物のゴキブリでさえ、人間の作り出した台所という環境に適応できると言うのに、それなりに高級な脳を持った動物である、
犬やましてイルカが初期設定だけで動いているわけない。

601 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/09(金) 01:59:40
>>598
>私は 「私の事」しか正確な理解ができず、行動の制御に
>ついても「私の分」がやっとだって言ってるだけw

笑いますというか判ります。でも、そういう方が何故「哲学」
何ですか?
・・・現在のこの「哲学板」は情報を惜しみなく与え合って
「知っていることの全てを最大限の表現力を駆使して『情報発出する』」
という「哲学のあるべき方法」に近づいている・・と思います。
 素朴な(飾らない)レスが存在することが、この板の「重要な存在価値』
だと思います。

602 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 02:48:12




http://bbs.avi.jp/photo.php?kid=51568&wid=27541255






603 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 02:58:43
最高位の私ってデカルトが言っている意味でのコギトと言っていいの?
確かに同じような推論過程を経て導き出されているわけだけど。

最高位のこの私に開示されるこの世界はどう考えても均質空間じゃないでしょう。
むしろ、最高位の私は私の世界とべったりくっついていて、
>>503みたいな感じになるわけでしょ。
他者への交通の契機なんて皆無ですよ。
最高位はまったく他我問題を問題としてさえみとめようとはしませんし。
単独性がコミュニケーションの問題を生むものだとし、最高位の単独性をコギトと
呼ぶのなら、
どうして最高位にはコミュニケーションの問題が生じないのかがわからない。

604 :603:2005/12/09(金) 03:00:19
×最高位の単独性
○最高位の私

605 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 03:27:57




http://bbs.avi.jp/photo.php?kid=51568&wid=27541179





606 :559:2005/12/09(金) 06:35:08
>>570
>同時にそれを認識するなんてことは論理的にありえません。こういう古典的な矛盾がある。
そうかな?脳は並列処理をすることが出来るのですよ
ところがキミにとって矛盾であっても、脳はキミの矛盾律をも処理的には内包しているとも言える

>>575
>【≪《『「私」を見ている私』を見ている私》を見ている私≫を見ている・・・】とどれだけ無限遡及させようが、
>それも脳内のパターンであると見做してもわないのではないか?
そう、トーラスとも再帰的とも言えるこの表現、良いところに気がつきましたな
仮に無限遡及するパターンをあるところで打ち切り、有限にする「もの」を脳は必要としているとしたらどうかな?

>>577
>自己意識は、存在するかどうかの判断は結局できないにも関わらず、語る主体、対象化されることから
>無限に遠ざかり続ける運動としての”私”は明快確実に”在る”のです。

>そこで 打ち止めにすると、そう記述している主体が消されてしまいますからね。

そう、デカルト的な記述も脳をシステマティックに記述した場合、半ば間違いではないとも言える
哲学的な解釈として高めた場合、いくつかある解釈としての記述の一つなんだよね
ただし、キミがマルクス的唯物論者というところが残念でもあるがw

607 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 08:42:49
>>603
で私が何を考えているかと言うとですね、要するに最高位氏の倫理学なのです。
最高位氏の存在論からどのような人生観が引き出せるのか?です。
他者とどう向き合うのか。死とどのように向き合うか。人生の価値を何に見出すか。みなさん、そっちの議論はあまりしていないようなのですが。

ところで、話はまったく変わって、ディーン・R・クーンツの小説に、「死んだ直後なら人間を生き返らせることができる」というアイデアがあります。
これは今よりも医療が少しばかり発達した未来の話で、生命活動が完全に停止しても、
一時間とか二時間とかしか時間がたっていなかったら、人間を生き返らせることができるという話です。
人間は機械なので、一度完全に機能が停止したとしても、修理することができればまた動きだす、という発想ですね。機能が停止してあまり時間がたつと修理が不可能なくらいに細胞が壊れると。
これは、私にはまったく問題がない発想だと思えますね。
つまり「死」は私の消滅ではなく「停止」であり、決定的に私が消滅したといえるのは、
物理的身体のメカニズムが修理不可能な状態になったそのときであるということです。

608 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 09:32:22
>>524
>人間の考えうる全ての可能性を考慮して、論理的に深く考察するんだよ

それがどうかしましたか。誰もそれを否定はしていません。

>物理現象とは何なのか 解明できましたか?

私は、そういうものは解明するものではないと思います。
どういう振る舞いをするかは恐らく貴方より詳しいでしょう。

>で、もし量子力学が間違えていたらどうするの?

量子力学が間違えることはありません。

609 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 09:36:49
>>542
>全ては物理現象だ と主張するのが唯物論だ

違います。
全ては物理現象か、物理現象に付随するものであるというのが唯物論です。
唯物論を否定する事は原理的に不可能です。

610 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 09:38:25
>>547
>私は唯物論は破壊しましたが

出来ていません。妄想はやめましょう。
唯物論を否定する事は不可能です。

611 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 09:43:06
>>568
>ははは。あなたは興味の範囲が狭すぎてなかなか会話にならないね。

ということにしたいのですね。

まずはこちらからどうぞ。

> > 問う前に、世界、私、内、外を厳密に定義してみてはどうでしょうか。



612 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 09:47:48
>>570
>絶えず自己自身

「絶えず」というのは間違いだと思います。

>あとですね。これはスレッドのタイトルに関する問題になりますけど、脳は物質だから
>自由意志は無いっていう話、これは2つの問題がある。

唯物論・決定論と自由意志は矛盾しません。過去ログを読んでください。

613 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 09:51:08
>>581
でもそういう問題は、自分を認識しているPC上のプログラムでも全く同じです。
貴方の中の『私』の存在性と、私が作り出したAIの中の『私』の存在性は、
自分から見れば同レベルです。
所詮どちらも物理現象に付随するものに過ぎません。

614 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 09:56:07
>>607
>他者とどう向き合うのか。死とどのように向き合うか。人生の価値を何に見出すか。みなさん、そっちの議論はあまりしていないようなのですが。

スレ違いですから、そういう議論は他所でやってください。



615 :むじんくん:2005/12/09(金) 10:01:25
>>606
> そうかな?脳は並列処理をすることが出来るのですよ
> ところがキミにとって矛盾であっても、脳はキミの矛盾律をも処理的には内包しているとも言える

そんなこと言ったら話にならないでしょ(笑)。矛盾自体を脳が内包しているんだ、そう思えば
いいじゃないか。これは思考停止でいいだろうという発想ですね。

ここで議論している"私"は統合したある極点なわけですよ。そこから世界が認識され、
その認識自体が更に認識対象となるような、そういう極点です。そこから派生した認識の
ことを言ってるわけで、脳の並列処理うんぬんもそこに入る。当然自己意識に関して脳の
回路から説明もできる。しかし、語っている主体は常にその因果関係の外に在りつづける。

> ただし、キミがマルクス的唯物論者というところが残念でもあるがw

そう?(笑)。

616 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 10:08:20
>>615
脳をPC、私をプログラムに置き換えても同じ事が言えますけどね。

617 :むじんくん:2005/12/09(金) 10:12:58
>>611
> まずはこちらからどうぞ。
> > > 問う前に、世界、私、内、外を厳密に定義してみてはどうでしょうか。

それを議論しているというか、腑に落ちる形で説明をしようとしてるわけですね。皆がわかる
形で定義できたら終わりじゃないでしょうかね(笑)。

ちょっとヒントになりそうなこととしては、アイソレーションタンクって知ってますか?ジョン・リリィ
だったかな、ちょっとクレイジーな人がつくった実験装置ですが、人間と同じ比重の液体の中に、
呼吸ができるように仕掛けをつくって完全に光とかを遮断して入るんです。そうすると、脳だけで
存在するような形になる。

これ、私はやったことないですが、リリィは色んな麻薬を服用してこの中に入って実験を行い、
奇妙な体験をしたと語ってます。さて、これは現実なのでしょうか、夢なのでしょうか???



618 :むじんくん:2005/12/09(金) 10:22:39
>>612
> 唯物論・決定論と自由意志は矛盾しません。過去ログを読んでください。

いや、私は矛盾するとは言ってませんよね。意識を科学的因果関係から必然なのだと表現する
ことが出来ると同時に、自由意志として語ることもできるということですよね。

>>613
> 貴方の中の『私』の存在性と、私が作り出したAIの中の『私』の存在性は、
> 自分から見れば同レベルです。
> 所詮どちらも物理現象に付随するものに過ぎません。

そこはあなたが作ったAIなるものがどういう代物か聞かないと分かりませんが。もしデカルト的
"私"をAI化できたらノーベル賞ものですよ。すぐに発表したほうがいい(笑)。

AIで一番問題になっているのは、心理学的な自我であれば再現可能なんですよ。心理学っていうのは
ある特定の環境を固定化して、そこに適応する心理的過程を研究するもので、いってみれば世論調査
しているのとあまり変わらない。

ところが、デカルト的"私"っていうのはそこから外れてるわけです。コンピューターのプログラムが再帰的な
構造を持つとしても、それは心理学者が特定環境、特定の世界観を前提とするように、動かない定義を
どこかに持たざるを得ない。

619 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 10:33:57
むじんくんの書き込みはなかなか面白いが、どうもわからないことがある。
「デカルト的"私"」と「心理学的な自我」の意味自体が必ずしもよく
わからないが、おそらくそのどちらの概念とも一致しない、
ごくごく普通の意味の「心」というものがある。
主観的な意識・このスレで流行のクオリア・思考・感情、そういったものだ。
そういう「心」は、無論他人にすら存在するかどうか立証はできないが、
通常は存在することを疑う人はいない。
で、そういう意味の「心」を持った、生命体以外の人工物は、いまだかつて
作られたことがない、もし作られたらそれ自体がノーベル賞ものだ、
というのが常識的理解だと思うが、違うのだろうか?


620 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 10:34:56
>>618
>もしデカルト的"私"をAI化できたら

人間に出来ることなら、AIでも可能です。

>AIで一番問題になっているのは、心理学的な自我であれば再現可能なんですよ。

日本語がおかしいです。

>ところが、デカルト的"私"っていうのはそこから外れてるわけです。
>コンピューターのプログラムが再帰的な構造を持つとしても、
>それは心理学者が特定環境、特定の世界観を前提とするように、
>動かない定義をどこかに持たざるを得ない。

そんなことはありませんよ。貴方プログラム組めないでしょう。
そういう人間に限って、プログラムに不要な制限があると思っているものです。

621 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 10:36:19
>>619
>で、そういう意味の「心」を持った、生命体以外の人工物は、いまだかつて
>作られたことがない、

既に作られているのに、それを「心」と認めていない人がいるだけです。

622 :むじんくん:2005/12/09(金) 10:38:39
>>616
> 脳をPC、私をプログラムに置き換えても同じ事が言えますけどね。

>>618の続きですけど、こういう表現はどうでしょうね。再帰的構造を持ったプログラム自身が"判断"する
際に常に参照する定数値、これが

1.存在するのが前近代社会。
→それぞれの共同体の神話など。

2.存在しない状態でしかも認識の拡大が何故かされるのが近代社会、近代主義。
→これは現状AI化できない。共同体的な神話は崩壊し続け、絶えずコマーシャル的に
消費されてしまう。

3.存在しないように見えるが、実は秘密の暗号のような形で探求可能とするのがオカルト主義。
→カルト教団、ユング心理学などなど。

623 :むじんくん:2005/12/09(金) 10:43:41
>>619
> むじんくんの書き込みはなかなか面白いが、どうもわからないことがある。
> 「デカルト的"私"」と「心理学的な自我」の意味自体が必ずしもよく
> わからないが、おそらくそのどちらの概念とも一致しない、
> ごくごく普通の意味の「心」というものがある。

それはちょっと漠然としてますよね。心理学で自我って言ったら、それは環境適応する際の
心理的構造を指すわけです。ところが、環境自体の歴史性という点を心理学者は最初に
無視する。そうじゃないと成り立たない学問なんですね。

デカルトのコギトっていうのは、そういった適応云々とは全く関係ないんですよ。もっと言えば、
心理学で語られる私とか他者とか、そういった人称代名詞に還元できない"私"なのです。

624 :むじんくん:2005/12/09(金) 10:49:07
>>620
> >コンピューターのプログラムが再帰的な構造を持つとしても、
> >それは心理学者が特定環境、特定の世界観を前提とするように、
> >動かない定義をどこかに持たざるを得ない。
> そんなことはありませんよ。貴方プログラム組めないでしょう。
> そういう人間に限って、プログラムに不要な制限があると思っているものです。

いや、お話しているあなたのAIが何なのか分かりませんけど(笑)、普通のプログラムを言ってる
わけですよね。Lispとかで記述されるような。

その際に再帰的構造を持って自分自身の処理内容を参照するっていうのはもちろん可能ですが、
外からの情報注入が無ければより縮小した認識を積み重ねていくことになりますね。そこは
人間の認識主体の動きとは決定的に違うんですよ。

625 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 10:54:06
>>621
そうなのか。それはいわゆるAIとかコンピューターの類のものか。
私はどうしてもそういうものに「心」があるとは思えないのだが。
たしかあなたは「あらゆる存在に心がある」という立場ではなかったか。
そうだとすると、私の疑問とはずれてしまうのだが。
>>623
どうも伝わらないな。私が言っているのは行動主義心理学もデカルトも
一切関係のない、人間ならどんな馬鹿でも持っている(とみなされている)、
「心」(主観的な意識・感覚・思考・感情)のこと。
あなたが「それを持った人工物はすでに作られている」と当たり前のように
発言していたので「本当か?」と疑問に思ったわけなのだが。
環境に適応して自らを作り変えていくロボットのようなものなら、あっても
何ら不思議はないが、それに「心」があるとは私には思えないのだが。

626 :むじんくん:2005/12/09(金) 10:59:13
>>625
> 環境に適応して自らを作り変えていくロボットのようなものなら、あっても
> 何ら不思議はないが、それに「心」があるとは私には思えないのだが。

いや、感情の動きをシステム化するのは簡単なんですね。よく人間の感情は機械には無いって
言う人がいますが、これは間違い。感情の動きっていうのはわりと単純な構造ですよ。

ところが、人間っていうのはその感情の動きを理性という言葉を使っていいかどうか分かりませんが、
自分は怒っているんだけど怒らないようにしよう、といった制御が働きます。ここがまだよく分からない。
再現できない点だろうと思います。

マサチューセッツだったと思うですが、見てて感情を持つように見えるロボットは既につくられてて、
電源切るのが怖くなった研究者が宗教家か何かになっちゃった、そういう話を聞いたことがあります。

627 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 11:00:05
>>624
>普通のプログラムを言ってるわけですよね。

普通のプログラムってなんですか?
目的とするものによってプログラムなんて全然変わります。
まともにプログラムを組めないなら、組めないとちゃんと言ってください。
組めない人にわからせるのは無理なこともありますから。

>Lispとかで記述されるような。

言語依存する問題でもないでしょう。

>その際に再帰的構造を持って自分自身の処理内容を参照するっていうのはもちろん可能ですが、

普通、そういうものは再帰とは呼ばないと思います。自己参照と再帰は別です。

>外からの情報注入が無ければより縮小した認識を積み重ねていくことになりますね。
>そこは人間の認識主体の動きとは決定的に違うんですよ。

人間と全く同じです。貴方何もわかってないようですね。

628 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 11:02:55
>>625
>私はどうしてもそういうものに「心」があるとは思えないのだが。

わたしはあると思えます。

>たしかあなたは「あらゆる存在に心がある」という立場ではなかったか。

仰るとおりです。もちろんモノの複雑さによって顕在化レベルが違うと思いますが。

>それに「心」があるとは私には思えないのだが。

私は、あなたよりも、それに「心」があると思えます。

629 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 11:06:19
>>626
>自分は怒っているんだけど怒らないようにしよう、といった制御が働きます。ここがまだよく分からない。
>再現できない点だろうと思います。

そういうものの再現は難しくないですし、問題にもなっていないでしょう。
いい加減な話に踊らされていませんか。

630 :むじんくん:2005/12/09(金) 11:06:58
>>627
> まともにプログラムを組めないなら、組めないとちゃんと言ってください。

ははは。多少は組めますよ。どうもあなたはもったいぶりますね。

> >その際に再帰的構造を持って自分自身の処理内容を参照するっていうのはもちろん可能ですが、
> 普通、そういうものは再帰とは呼ばないと思います。自己参照と再帰は別です。

分かりました。ではこの場合は自己参照ですね。それは

> >外からの情報注入が無ければより縮小した認識を積み重ねていくことになりますね。

こういうことになる。これがあなたの主張では、

> 人間と全く同じです。貴方何もわかってないようですね。

ということですが、つまり認識は全て経験論だということですか?

631 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 11:11:22
>自分は怒っているんだけど怒らないようにしよう

これ、動物にもあると思いますか?

632 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 11:16:56
>>630
>多少は組めますよ。

どの程度ですか?エミュレーターぐらい作れないと組めるうちに入りませんよ。
プロのプログラマでも「組めない奴」と呼ばれる奴はいくらでもいます。

>分かりました。ではこの場合は自己参照ですね。

言われるまで気がつかないようでは、お話にならないレベルだと思います。


633 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 11:21:58
>>630
> こういうことになる。これがあなたの主張では、

なぜ「こういうことになる」のでしょうか?
”あなたの考える人間”との違いを明確にする形でご説明ください。

> > 人間と全く同じです。貴方何もわかってないようですね。
> ということですが、つまり認識は全て経験論だということですか?

私が申し上げているのは、プログラムも人間も同じということです。
決定的な違いなどありません。

634 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 12:55:55
>>616
あのね、その表現はちと違うな
脳を仮にコンピュータとみなすとすれば、そのコンピュータにプログラムはないのよ
そこが実際の脳と従来の電子計算機の違いでもあるわけです

635 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 13:34:30
>>626
そのマサチューセッツのロボットの話は興味深いが、客観的な
テストを受けたわけではないだろう。もしそうなら
世界的な大ニュースになってよさそうなものだ。
あなたの考えだと、そのロボットは「感情は持っているが、自由意志は
持っていない」ということでよいのか。そこがSYN氏との違いか?
私としては、意識があり思考能力があるなら、デカルト的な思考も
理解できるはずだから(自力でできなければ、学生に教えるように
教えてもいい)、当然そこに「デカルト的な"私"」も存在する、
つまりデカルト的"私"も人工的に作られている、と考えてよさそうに
思うのだが。

636 :むじんくん:2005/12/09(金) 13:48:39
>>629>>631
いや、これは一例で、そりゃ動物だって似たようなことしてますよ。自分より強そうな天敵がいたら
食べ物取りにいかないとかね。

だけど、動物っていうのはそういう行動パターンなどが固定しているわけですね。同じような発想で
やっているのが心理学っていう学問です。だけど、人間っていうのはそこが破綻してますからね、
感情抑制のプログラムって記述するとして、どういう基準で記述するのかといったらそんな基準は
人間の場合無いんですよ。

>>632
> どの程度ですか?エミュレーターぐらい作れないと組めるうちに入りませんよ。
> プロのプログラマでも「組めない奴」と呼ばれる奴はいくらでもいます。
> 言われるまで気がつかないようでは、お話にならないレベルだと思います。

ははは。いや、そこまでは組めませんけどね。まぁ、人をバカにしてばかりいないで、
ちょっとは説明してくれませんか。

>>633
> なぜ「こういうことになる」のでしょうか?

外からの情報なしで自己参照するだけだったら縮小した認識しか発生しませんね。それは人間も
コンピューターも同じと言いたいのではないの?だとしたら、認識っていうのは全て経験論である、
これがあなたの主張かと思ったわけです。

> 私が申し上げているのは、プログラムも人間も同じということです。
> 決定的な違いなどありません。

まぁ、俺はそう思っているんだ!ということだけ念仏みたいに繰り返されてもねぇ・・・。

637 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 14:02:26
>>634
>脳を仮にコンピュータとみなすとすれば、そのコンピュータにプログラムはないのよ
>そこが実際の脳と従来の電子計算機の違いでもあるわけです

ありますし、違いにもなりません。なお、データとコードは区別する必要はありません。

638 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 14:06:02
>>636
>人をバカにしてばかりいないで、

別にバカにしていません。出来る人間と出来ない人間がいるだけのことです。
プログラミング能力=論理的思考能力です。
すべての人にそんなものを期待したりはしていません。

>外からの情報なしで自己参照するだけだったら縮小した認識しか発生しませんね。

あなたは、人間の場合もそうだと考えているのですか?
ならば、あなたの主張でも、決定的な違いになりませんね。

>まぁ、俺はそう思っているんだ!ということだけ念仏みたいに繰り返されてもねぇ・・・。

反論があるならどうぞ。
「計算機」の万能性を理解していれば、念仏などではないことは明らかです。


639 :むじんくん:2005/12/09(金) 14:07:31
>>635
> 世界的な大ニュースになってよさそうなものだ。

結構古い情報ですよ(笑)。誰だったかなぁ。有名な論文なんですよね。
人間の心理的な過程をシステム化して、それをロボットに実現したんです。
3歳ぐらいの幼児レベルの反応を自己学習してするようになるとかだったと
思います。

あと「感情を持っている」っていう表現はあまりよくないかも知れませんね。
つまり、外界との相互作用としての行動パターンがあり、それを我々は
「感情がある」と見なしてしまうんですね。人間の場合には、そういう内的
状態を認識する目を持っているわけで、そこが課題になっている。

> あなたの考えだと、そのロボットは「感情は持っているが、自由意志は
> 持っていない」ということでよいのか。そこがSYN氏との違いか?

そうですね。デカルト的主体が発生したら、そこで人類の歴史は幕を閉じます。
それをAIやっている人たちは探求してますが、やはり最大の謎ですからね。
一つ可能性がある方法としては、社会性ってことを考えるんですね。脳というのは
開放系ですから、外界との相互作用からあるとき自発的な認識主体がひねり出され
るのではないか。そういう発想ですね。もし成功すればターミネーターが出現して
人類の歴史は終了です。

640 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 14:14:38
>>639
>デカルト的主体が発生したら、そこで人類の歴史は幕を閉じます。

もうメチャクチャ。
奴隷だった黒人にデカルト的主体が発生しても、人類の歴史は幕を閉じません。
同様に、

>もし成功すればターミネーターが出現して人類の歴史は終了です。

終了しません。共存するだけのことです。

641 :むじんくん:2005/12/09(金) 14:16:03
>>638
> すべての人にそんなものを期待したりはしていません。

そうかそうか(笑)。では分かりやすく説明してくださいな。

> >外からの情報なしで自己参照するだけだったら縮小した認識しか発生しませんね。
> あなたは、人間の場合もそうだと考えているのですか?

いや、デカルトの主体っていうのは常に外なるものであるからこそ、縮小した認識に
ならないということですね。そこが不思議な点なのです。

あなたは自己参照は縮小認識にしかならないから、認識というのは全て経験によって
成立しているんだということを言いたいのでは?

> 「計算機」の万能性を理解していれば、念仏などではないことは明らかです。

だけど、計算機はそれ自体では縮小認識しか可能じゃないんでしょ?外から
データが与えられない限り。


642 :むじんくん:2005/12/09(金) 14:19:43
>>640
> >もし成功すればターミネーターが出現して人類の歴史は終了です。
> 終了しません。共存するだけのことです。

どうかね。人間っていうのはかなり制限が多い。その点、人工知能というのは形態的にも
自己保存の方法の多様性にしてもずっと制限無く自己複製できるでしょうね。

そうなれば太刀打ちできないだろうと思いますよ。強いものが勝ちますからね。基本的
人権を我々に認めてくれればいいですけどね(笑)。

643 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 14:22:12
>>641
>いや、デカルトの主体っていうのは常に外なるものであるからこそ、縮小した認識に
>ならないということですね。そこが不思議な点なのです。

本当に「外なるもの」でしょうか。錯覚の可能性はありませんか?

>あなたは自己参照は縮小認識にしかならないから、認識というのは全て経験によって
>成立しているんだということを言いたいのでは?

いいえ。この段階では否定も肯定もしません。

>だけど、計算機はそれ自体では縮小認識しか可能じゃないんでしょ?外から
>データが与えられない限り。

私はそんなことを申し上げてはいません。
人間に出来る事は出来ると言っているだけです。
少なくとも私が出来る事は、コード化可能です。

644 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/09(金) 14:31:07
人間と同様に行動するロボットができたら、そのロボットに
デカルト的「私」があるかないかは重要では無いと思います
(これは「他者」の問題と同様です)。

645 :むじんくん:2005/12/09(金) 14:35:30
>>643
> 本当に「外なるもの」でしょうか。錯覚の可能性はありませんか?

錯覚とはもはや言えない時代になってしまいましたよ。デカルトは恐る恐るそう考えたと思いますが、
今はそれが普通ですね。例えばミサイルを作る場合、数学的整合性から必ずある場所に飛ぶはずだと
考えて作り、実際に飛ばすとその通りになる。これが我々の時代なのです。まず理論があり、実験などは
脇役なんですよ。ならば、明らかにこの認識主体は外なるものでなければおかしい。

> 私はそんなことを申し上げてはいません。
> 人間に出来る事は出来ると言っているだけです。
> 少なくとも私が出来る事は、コード化可能です。

閉じた系はそれ自身を発展させることはできませんね。だから、あなたが"出来ること"を事後的に
コード化することはできるわけですけど、勝手に何か出来ることを始めちゃうようなコードはできないでしょ。
デカルト的主体を持つAIとは、他者性を持つということです。こっちから見てて不透明になるということで
すよ。次に何するか分からんという。これは出来ないんじゃないの?

646 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 14:40:06
>>645
>ならば、明らかにこの認識主体は外なるものでなければおかしい。

だから、その「外」とはなんですか?定義の仕方によっては、それはAIにも存在します。

>閉じた系はそれ自身を発展させることはできませんね。

できます。フラクタル展開とか、自己組織化とか知らないんですか?
尤も、何をもって発展と呼ぶかも問題になりますけどね。

647 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 14:42:56
>>645
>勝手に何か出来ることを始めちゃうようなコードはできないでしょ。

こちらもできます。

>デカルト的主体を持つAIとは、他者性を持つということです。こっちから見てて不透明になるということで
>すよ。次に何するか分からんという。これは出来ないんじゃないの?

その程度のことは簡単で、既に出来ています。
現状のAIの問題はそういうところではありませんし、このスレと関係のない話なので割愛しますが。

648 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 14:43:30
>>637
>ありますし
ありません、脳はプログラムを必要としません
脳はそのような機構ではありません

>データとコードは区別する必要はありません
意味不明

なお脳ではなく、従来のITでシステムモデルやプログラムの
設計手法においてはむしろ、データとコードは区別するもののほう
が大半を占めるね

649 :むじんくん:2005/12/09(金) 14:46:21
>>646
> >ならば、明らかにこの認識主体は外なるものでなければおかしい。
> だから、その「外」とはなんですか?定義の仕方によっては、それはAIにも存在します。

それは認識された全ての事象の外ということです。

> >閉じた系はそれ自身を発展させることはできませんね。
> できます。フラクタル展開とか、自己組織化とか知らないんですか?

いや、それは曼荼羅みたいな構造でしょ。変異が起こるのは外的因子がないとダメでしょ。

650 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 14:47:12
>>648
必要かどうかを論じているわけではありません。
脳の状態がPC上のプログラムに相当するというだけのことです。
この意味で、データはプログラムと同じです。

>なお脳ではなく、従来のITでシステムモデルやプログラムの
>設計手法においてはむしろ、データとコードは区別するもののほう
>が大半を占めるね

そんな話はしていません。
私はデータをコードを区別しないことが可能だと申し上げているのです。

651 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 14:49:50
なんでAI=閉鎖系を前提にしてるの???

652 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 14:50:12
>>649
>それは認識された全ての事象の外ということです。

認識外ということなら、AIにも存在しうるものです。

>いや、それは曼荼羅みたいな構造でしょ。変異が起こるのは外的因子がないとダメでしょ。

何故ダメなのですか?それから変異とは何ですか?
外的因子なしで、無限のパターンを内包している場合はどう扱いますか?

653 :むじんくん:2005/12/09(金) 14:52:15
>>647
> その程度のことは簡単で、既に出来ています。

それはあなたがコード記述することと矛盾しちゃいますよね。或いは、ある環境を想定してそこに基礎的なコードから
自己発展させていくAIのようなものはありますが、そういう意味では前から言ってるように、あなたは経験論者って
ことなんですかね。

654 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 14:53:48
>>653
>それはあなたがコード記述することと矛盾しちゃいますよね。

矛盾しません。


655 :むじんくん:2005/12/09(金) 15:00:03
>>652
> >それは認識された全ての事象の外ということです。
> 認識外ということなら、AIにも存在しうるものです。

AIが既に知っていることを対象化し、更に外的な情報注入(経験)なしに拡大、発展した
認識が可能ってことですか?

> 何故ダメなのですか?それから変異とは何ですか?
> 外的因子なしで、無限のパターンを内包している場合はどう扱いますか?

なんとなく仰りたいことが分かってきたんですが、無限のパターンが自己生成できても
それは縮小した、自己相似的なパターンに過ぎませんよね。曼荼羅みたいな。

656 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 15:05:05
>>655
>AIが既に知っていることを対象化し、更に外的な情報注入(経験)なしに拡大、発展した
>認識が可能ってことですか?

可能です。
尤も、そのレベルによっては、拡大発展と見なさない人がいるかもしれません。
しかし、それは人間でも同じで、その場合、人間も出来ていないという見方もできます。

>なんとなく仰りたいことが分かってきたんですが、無限のパターンが自己生成できても
>それは縮小した、自己相似的なパターンに過ぎませんよね。曼荼羅みたいな。

それは違います。
確かに、自己相似的なパターンが頻繁に出て来る場合が多いのは事実ですが、
それは我々の宇宙でもその傾向があります。


657 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 15:06:55
>>650
>脳の状態がPC上のプログラムに相当するというだけのことです。
こちらはSEでもあるのよ
いい加減な言葉で濁さないで欲しいな

「状態」とか軽々しく使っているが、エルゴード性、マルコフ過程とか知っているのかよ
脳型情報処理システムがどんなものか理解してないようだな

>私はデータをコードを区別しないことが可能だと申し上げているのです。
だから、何においてデータとコードを区別しないのはっきり言えよ
何らかのシステムモデルにおいての入出力においてとか、モデリングに際して用いる
方法論においてとか、はっきりしてから反論しろよ

658 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 15:13:47
>>657
>こちらはSEでもあるのよ

( ´,_ゝ`)プッそれがどうかしましたか?
肩書きに頼るのは好きではありませんが、私よりも名のある方なのでしょうか。

>だから、何においてデータとコードを区別しないのはっきり言えよ
>何らかのシステムモデルにおいての入出力においてとか、モデリングに際して用いる
>方法論においてとか、はっきりしてから反論しろよ

その必要性を感じません。

659 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 15:22:13
>>658
おまえさあ、知ったかぶりするのやめたほうがいいわ
そこらのHPで拾った言葉で遊ぶことなら誰だって出来る
以後、情報系の言葉を使用するとき気をつけだほうがいいぞ

660 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 15:22:35
( ´,_ゝ`)ププッ

661 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 15:23:58
いずれにせよ現実に人間と同じ反応をするロボットができたら、
一言的処理が行われるのは確かだろうな。そのロボットができるか
どうかは哲学の仕事じゃないし。

662 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 15:24:53
>>659
ということにしたいのですね。
わざわざそういうレスをしないと収まらない貴方に同情いたします。

――人は憶測で他人を見る時、そこに自分自身を見る――

663 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 15:25:59
>>658
結局、感情論に走って自ら墓穴かよ
おまけに名無しや別名でレスしているし

664 :SYN ◆Dgc0R/.dgc :2005/12/09(金) 15:29:53
>>663
>おまけに名無しや別名でレスしているし

していませんが。

665 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 15:31:29
なんか尻すぼみ状態だが、ここでも(1)できる派、(2)できない派、
(3)どうでもいい派に分かれるんだな。俺は(4)そんなことは知り
得ないだね。

666 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 15:31:49
>>664
あっ、そっ

667 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 15:33:18
>>665
一言は(4)+(3)だろ。

668 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 16:10:49
今のこの流れは、最高位が最も嫌う流れだろうなw
「ありえねーだろ!w」と・・・。
特にターミネーターの辺りなんか、どんな顔して読んでるのかな?(´・ω・`)
あ、華麗にスルーしてるかもw

面白い話題なのにね・・・(´ー`)y━~~


669 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 16:17:21
http://16182.hito.thebbs.jp/resume.html

670 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 16:33:47
>>668
でも、おかしいんだよね。
最高位哲学のどこを探したって、「人間の体」にできることが
「ロボット」には絶対に出来ない、と断定する理由なんかないはずなのに。
両方とも「物質」であることに違いはないのに。
彼はなぜかかたくなにそこにこだわるんだよね。
それと、前野さんという人は「脳はなぜ心を作ったか」という本のなかで、
心を持つロボットが作られても何の問題もない、むしろ人類にとって
素晴らしいことだ、とか書いていた。読んでいて「おいおいそれは
楽観的に過ぎるんじゃないか」という気がした。


671 :むじんくん:2005/12/09(金) 17:36:55
>>656
> 尤も、そのレベルによっては、拡大発展と見なさない人がいるかもしれません。
> しかし、それは人間でも同じで、その場合、人間も出来ていないという見方もできます。


多分そこが相違点でしょうね。私は拡大発展がされているという考えで、あなたは
本質的にそんなものない、こういう立場かと思います。

> 確かに、自己相似的なパターンが頻繁に出て来る場合が多いのは事実ですが、
> それは我々の宇宙でもその傾向があります。

宇宙はそうだけれども、人間精神は違っている。この点ですかね。あなたの主張からすると
現在の人間存在は奇妙な在り方ではないですか?自己生成的に精神があるならば、
非常に変な方向へ突っ走ってますよね。これは何かの間違いですか。

672 :むじんくん:2005/12/09(金) 17:38:55
>>668
そう?(笑)。だけどスレッドのタイトルからして自由意志の問題であり、それは人工知能の可能性として
最も難解な部分だと思いますけどね。

673 :ハル:2005/12/09(金) 19:49:25
人工知能は人間がそれを全体に対する部分としてみたがるため、それを人間が意識とは言いたがらないだけなのではないだろうか。
人間はあらゆるものを総合的に全体として判断しようとする傾向があるかと思われる。
記憶があってもそれのみだけを意識とは言いたがらないように。


674 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 19:51:18
>>670
最高位の人工知能否定論はもっと独特なもので、まったく建設的な議論には寄与しません。

675 :ハル:2005/12/09(金) 19:56:06
>>674
人工知能が出来ると言った方が建設的な気はしますね。
ただ、それは意識の方向性の問題であり、意識そのものの存在に関する分析と接点は見出せるのでしょうかね。

676 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 19:56:59
>>670
> それと、前野さんという人は「脳はなぜ心を作ったか」という本のなかで、
> 心を持つロボットが作られても何の問題もない、むしろ人類にとって
> 素晴らしいことだ、とか書いていた。読んでいて「おいおいそれは
> 楽観的に過ぎるんじゃないか」という気がした。

学会向けの論文にまで書いてたな。
熱いな、彼は。

677 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 20:26:04
デカルト的コギトというのが本当にあるものなの?
あると思ってるのが錯覚じゃないの?

「私は考える」と私は考える
「「「私は考える」」と私は考える」と私は考える

というのを無限に考えることはできるけど、まさに考えられるだけだよね。

実は人間の認識において再帰的ループは常に一層なんじゃないの。
ひとつ外側の「」が考えられるだけ。
そしてどこかでこれ以上外側を考えなくていい、と判断できれば、打ち切る。
現にデカルトが打ち切ってるしね。打ち切ってないと、「われ思うゆえに我在り」
とは永遠に書けない。
それが人間の認識の構造なんじゃない。
むしろどこで打ち切るかの判断をどうさせるかが、人工知能の問題なんじゃない。

678 :ハル:2005/12/09(金) 20:35:49
>>677
>「私は考える」と私は考える
>「「「私は考える」」と私は考える」と私は考える
というのは仏教の刹那滅の考えに近いような気がしますね。
恒常的な自我が存在しないという自己認識・・・それこそ「我思うゆえに我あり」という認識なのではないでしょうか。
そう考えると人間は不思議ですよね。
自我のエラーをコントロールしているんですから。

679 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 20:44:50
>>678
>というのは仏教の刹那滅の考えに近いような気がしますね。

後期(部派)仏教ね。初期仏教では遡及は一度きりだと思うよ。
だって、何回ループさせても無駄だから(涅槃に資さないから)・・・w
一度で十分(^^)v

680 :むじんくん:2005/12/09(金) 20:46:36
>>677
> むしろどこで打ち切るかの判断をどうさせるかが、人工知能の問題なんじゃない。

打ち切ったらそれはデカルトのコギトとは違う。動物レベルの固定思考になる。コギトは
無制限にそこから外にあり続けることが可能であるが故に人工知能として難しい。そうでない
人工知能などは既に可能でしょう。また、心理学で扱う自我概念というのは、どこかで
打ち切っており、その基準は自分が属する環境です。世論調査と同じことを心理学者は
やっている。

681 :ハル:2005/12/09(金) 21:06:57
>>679
まあ、そういったものの結論は実際には初めから出てるんですよね。
結局、問題なのは、誰かが前に言ってたけど、そうすることで生まれる、現実に対するニヒルなイメージをどうやって乗り越えるかなんですよね。
その意味ではデカルトのコギトも意味をなすものなのでしょうが、真実なのかどうかはそれとは別なわけでwww
まあ、それに関しては一人ひとりが心理的に考えて答えを出さなければならない問題なのかと。

682 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 21:16:48
>>680
常のひとつ上のレベルを想定して動く人工知能に、
「お前は今ひとつ上のレベルを想定しているか」という問題を与えたら、
無限ループはできるんじゃない。

683 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 21:23:24
>>682
それだと終わらない計算を続けるだけじゃないか?

684 :ハル:2005/12/09(金) 21:26:34
>>682
無限ループが出来てもそれが閉鎖系の内部だけではコギトにならないかと。

685 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 21:27:18
>>683
哲学は、まさに終わらない計算のように見えるが?w
それともいつか終わるのだろうか・・・

686 :ハル:2005/12/09(金) 21:36:08
>>685
内向的ならば可能だろう。だがそれは、終わったとしても内的なため、外的には無のように見えるだろう。
一方、外向的真実は永遠に見えないだろう。なぜなら、それは開放系であるため、永遠に拡大していくという仮定が必要であるから。

687 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/09(金) 22:08:43
>>685
人間は、自由意志によって
一旦あきらめてみたり、また考えたりする
機械は、命令された事を実行するだけだから
延々と同じ計算の繰り返しを続けるだけだ

根本的に違うんだよ
精神というものを軽く考えすぎなんだよな
精神の根本には『私』という物理現象ではない存在が鎮座している以上
作成は不可能
主観性を、外から設計図によって作成する事はできないの

688 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/09(金) 22:16:08
>>687最高位さんこんばんは。
最高位さんにとっての「他人」「他」はどういう扱いでしょうか。

689 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/09(金) 22:20:19
>>688
こんばんはw
どういう意味でしょうか?

690 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 22:25:12
>>687
で・・・?(´ー`)y━~~
っていうか、

>「精神の根本」には「『私』」という「物理現象ではない存在」が鎮座している

この文章をみんなに吟味してもらおうかw

>>503も読んでないようだし、
ターミネーターの話はやっぱりスルーしてるし・・・(^^;)

また、作成できるかどうかは別問題だろ?


>精神というものを軽く考えすぎなんだよな
重く考えすぎなんだよなw

691 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/09(金) 22:36:50
>最高位さん
逆に言えば最高位さんの言う「私」は全ての人の「私」なのか
人それぞれ違うのか、という意味です。

692 :ハル:2005/12/09(金) 22:45:09
>>503は唯物論は精神のあり方の一側面に過ぎないのではないかということなのだろうが、我々が観念で戦っている以上それを排除するのは不可能なのかも知れないのは確かだろう。
だが、そうすると、物質的存在というものを我々がはっきり認知できる理由が分からなくなるのではないだろうか。
観念と物質は二つで相補的であるのが我々の日常的現実であるのに、一つに偏った考えは可能ではないだろう。

ターミネーターも、我々の生み出したより進歩した主体として捕えるなら、そちらの方に閉じた世界が生まれる可能性は否定できません。
その辺りが、人工知能より、脳科学や生化学が先に進歩した理由なのでしょうが。
人類の存在忘却は起こるとも言えないが、起こらないとも言えない。
その不安がターミネーターがなかなか難しい理由なのでしょうが。

693 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 22:51:16
哲学用語の辞書で、なんかいいのある?
みんな難しい言葉使いすぎ!

      _, ,_
     (`Д´ ∩ ヤダヤダ!
     ⊂   (
       ヽ∩ つ  ジタバタ
         〃〃

694 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 22:58:17
みんな脳内用語だからキニスンナ

695 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/12/09(金) 22:58:51
きわめて人間的な人工知能がもう作成可能だとして、
何かそいつが生きてく目的とかを、人間は与えるんだろうか、何も与えないんだろうか。
自身で見出すようにプログラムするんだろうか。

「どのように」人工知能が心を持ち、生きていくのか、そのメカニズムだけでなく、
「何のために」心を持ち、生きていくのか、これを考えなくていいんだろうか。

個人的には、人間が正確に計算できないもの、人間が計算する以上どうしても恣意性が残るもの、
FIFAランキングとか、量刑の策定とか、レコード大賞とか、芥川賞とか、企業の格付けとか、
そういうもの手伝ってもらえないかな、と思う。めんどくさがるかな?

696 :ハル:2005/12/09(金) 22:59:48
>>691
「私」の根幹部分は人類共通だが、それから派生していく部分は人それぞれであり、それが個々の「私」の人格を生み出しているというのが妥当な線では?

697 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 23:03:19
質問なのですが、自由意志というのは物理・化学法則に
よってあらかじめ決定されている、とありますが本当ですか?



698 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/09(金) 23:07:00
>>691
これまた難しい質問をしますねw
>逆に言えば最高位さんの言う「私」は全ての人の「私」なのか
>人それぞれ違うのか、という意味です。

う〜む
全ての人の「私」 と言っても間違いではないし
人それぞれ違う と言っても間違いではありませんし
要するに、どちらも正しいです
というか、言語に正しく表すのが非常に困難なんですよ
『私』は天上天下唯我独尊です
『私』にとって『私』は、唯一絶対です
なんでこんなもんが存在するのか意味がわかりませんね
単なる奇跡である としか言えないでしょう
現代まで、永き歴史に渡って、私など存在しなかったのですし
私のいない世界である方が当然、自然な普通の世界でしょう
しかし、なんで私なんてものがいたんでしょうね
私は元々は唯物論者でしたので
その根拠を、物質にも求めてみましたが
どこにもありえませんでしたね
人間の精神は、『私』の精神であるゆえに物理的には解明できません
唯物論は崩壊します
単に物理学として、『私』が『他』を観測、認識する際の
より便利な定規として発展すべきです
物理は、観測者についてまでは語りえません
ミソもクソも、ゴッチャにしちゃってるのが『唯物論』です
いいかげんな思想です
てか、話が逸れてますね
失礼しました

699 :ハル:2005/12/09(金) 23:12:08
>>695
恣意的なものは「今ここで」与えられていないものなので、議論も不可能なのではないだろうか。
不可能なものに関して議論は出来ないだろう。
コード化されないプログラムを与えることは不可能ではないだろうが、議論は出来ないだろう。
結局感情論に陥ってしまうだろう。

>>697
始まりの意見だな。
そもそも自由意志とは後付けのものであり、それ自体が不安定な基盤に立っている気がするが。

>>698
唯物論と言っても色々ありますからね。

700 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 23:17:20
>>680
動物が固定思考をしているというのは本当ですか?
むしろ常に判断をし続けてませんか。

>>684
デカルト的コギトは錯覚なんでしょ、というのが前提でして。
作れてないじゃん、と言われるならその通りと応えます。

>>686>>687
だから、どこで打ち切るかという判断をどうさせるかの方が難しいのではないかと。

だいたいデカルトの「私が考える」の入れ子構造自体が閉鎖系内部


701 :ハル:2005/12/09(金) 23:26:12
>>680>>700
動物の行動が反射的であると思っているのでしょう。
人間において、その脳の判断を重視するなら身体の行動は反射的になりますから。
ただし、身体が本当に考えていないかという点についてはかなり疑問の余地はありますが。

>>700>>686
その判断が人間の進歩と呼べるものなのかも知れないですね。

702 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 23:40:26
熟睡してるときにはデカルト的コギトは存在しないだろ。

703 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/12/09(金) 23:41:55
>>699
"その年の、本当の本当に真のバロンドール"とかは、人工知能でも難しいみたいですけど、
人間より精密に計算してもらえるんじゃないでしょうか。
"限りなく真であるか"という点において、人間よりも優れた、
少なくとも人間からの反論の大半にも耐えうる判断を、、、
するのかなぁ、よくわかりませんね。

それでサッカー選手の方も、人工知能による選定を意識しだしてきて、
次第に、ファンの期待や試合結果を考慮しないプレーが増えてきて、
終いには、バロンドール選定計算機能に向けて"だけ"サッカーをするようになって、
でも、"これで俺は、理屈の上では、限りなく真に近いバロンドールだ"とか誇らしげになったりして、、、
ってもうこんな馬鹿な空想は止め止め! スレ違いですし。

704 :ハル:2005/12/09(金) 23:45:03
>>702
だが、感受は無意識的に、深層意識において行われており、コギトを作る基にはなる。

705 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 23:47:00
>>703
いやいや、おもしろいよw
で、『上司や先輩に受けがいいように振舞うとか、たとえ上司や先輩に煙たがられても本当に必要な動きをすること』
との違いはどこにあるの?

706 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 23:50:28
レスアンカーが多いスレですね

707 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/09(金) 23:51:12
>>503に何が書いてあるのかなと思ったら何なんだよ
なんだか左翼教師の価値観、倫理観みたいな文章だな
>この身体になぜ私がいるのか?など、偶然以外の何があるというのか?
偶然??? 何と何の偶然なんだよw
テキトーだなホント
私というものを体と別の実体として考えていて、その対応関係が偶然に一致した と言ってるのかな?って感じだけどね
この人、唯物論者でしょ?だったら表現がおかしいよね
>たまたま、この肉体の上に生じた意識が、そのように思考しているに過ぎないのではないか?
またまたテキトー発言だ
てか私から言わせれば、お花畑的思考だな
それ以上、表現のしようがないわ
これをイチから解説して、添削するなんて考えただけで
強烈な脱力感に襲われて、思考停止しちゃうよホント
何度も言うけど
富士山と『この私』が、なんで同列なんだよ
富士山なんてのは、地形が隆起してるものを人間が便宜上で、山として名前を付けているだけだよ
唯名論であって、人間の側の、認識と価値観によって
富士山は富士山と呼ばれているにすぎない
極論すれば、富士山なんてものは無いんだ
たんなる地形だよ
もし日本人の大半が、今の富士山を、生駒山だと呼べば
それは生駒山となるだろう
何でもいいんだよ
しかし『この私』は違うだろう
疑っても疑っても、その存在を否定する事などできない
純粋な存在性だ
また、富士山など自然界に対する観測者として存在し
それらに価値観を与える存在だ
明らかに、特別な存在なんだよ
>>503から連想される価値観は
唯物論、共産主義、資本主義打倒による社会的平等 というような耳障りの良い政治的発言
お花畑的洗脳による価値観での『はだしのゲン』的文学だなありゃ

708 :ハル:2005/12/09(金) 23:53:06
>>703
もし人間に対して、いわゆる人当たりが柔らかい人工知能が出来たなら、人間が機械と共存できるか、とか考えると非常に興味深い発言だと思いますが。

709 :考える名無しさん:2005/12/09(金) 23:55:42
覚醒の都度にコギトが立ち上がるというか生起する。というか覚醒状態が
コギトであるともいえる。
「寝ていた私」が存在したことも疑わないけどね。

710 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 00:02:44
本当に人間的な人工知能ができたら、
それぞれ勝手な判断をするんじゃないの

711 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 00:03:46
>>707
まず一つ
>富士山と『この私』が、なんで同列なんだよ
より以下の文章に少し手を加えてみますね。比べてみてください。

〈「私」〉なんてのは、〈脳細胞が〉が〈チカチカ反応してる〉ものを人間が便宜上で、〈「私」〉として名前を付けているだけだよ
唯名論であって、人間の側の、認識と価値観によって
〈「私」〉は〈「私」〉と呼ばれているにすぎない
極論すれば、〈「私」〉なんてものは無いんだ
たんなる〈細胞のはたらき〉だよ
もし日本人の大半が、今の〈「私」〉を、生駒山だと呼べば
それは生駒山となるだろう
何でもいいんだよ

712 :ハル:2005/12/10(土) 00:03:59
>>503
>確かに、『この私』はかけがえのない唯一の存在であろう。それは誰しもが認めるところだ。
>けれども、それを特別視する理由は何もない。
簡単に反論すれば、
特別視しない理由も何もない。

713 :ハル:2005/12/10(土) 00:10:31
>>710
>本当に人間的な人工知能ができたら、
>それぞれ勝手な判断をするんじゃないの

それほど個々として自分勝手になるとは思えませんね。
言語を使っている時点ですでに束縛されているんですから。

714 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 00:14:12
>>713
だったら人間には到底追いつかないw

715 :ハル:2005/12/10(土) 00:22:26
>>714
じゃあ、進化論的にターミネーターが人類に成り代わるとかじゃないと無理なのか。

716 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 00:24:13
>>711
最高位さんは「私=脳の現象」を否定してるだろ。
キミは失礼だな。

717 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 00:25:28


完璧!大久保麻梨子

http://e18ban.udap.jp/g/okubo_mariko/o_m_06.jpg
http://e18ban.udap.jp/g/okubo_mariko/o_m_07.jpg
http://e18ban.udap.jp/g/okubo_mariko/o_m_08.jpg
http://e18ban.udap.jp/g/okubo_mariko/o_m_09.jpg
http://e18ban.udap.jp/g/okubo_mariko/o_m_10.jpg



718 :ハル:2005/12/10(土) 00:26:46
>>716
>>711>>503の言い換えみたいなもの。

719 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 00:29:05
>>707
また、
富士山をピックアップして細かく述べてますが、
言葉の表面のみでなく、類例としての、その背後の構造を観ては貰えないのですか?

少し変えて、もう一つ例を挙げましょう。

隣に住む田中さんも(田中さんの「私」も)、様々な条件が重なって、
今隣に住み、あれこれものを考えている。
この私もまた、様々な条件が重なって、今ここにいて、あれこれものを考えている。
隣に住んでいる田中さんと、今ここにいる私との間に、一体何の違いがあろうか?


>>716
失礼だったかな・・・(´・ω・`)ショボン

720 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/10(土) 00:33:11
>>711
あなたを含め、ほとんどの人の考え方には
自分の主観性 というものが抜け落ちています
『対象』の研究 という視点のみで
他人の精神ばかりに目がいっています
だから、人間の精神というものが『主体』そのものである という観点が理解できないのでしょう

721 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/12/10(土) 00:33:17
>>705
何を善とするか、…倫理の違いに拠ります。

>>711
一番下につけ加えが必要ではないんですか?
その人たち自身が、自称生駒山を通用させるためには、
ほんの少しでも勘考が要ると思います。
石に躓いて転んだときの動作のように、勘考なく無造作に、生駒山と自分を呼んだとしたら、
あなたの文章の意味は崩れるでしょう?
呼ぶ、という人間的な動作があるからには、勘考がなくてはならないのでは?

722 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/10(土) 00:38:54
>>719
>隣に住んでいる田中さんと、今ここにいる私との間に、一体何の違いがあろうか?

全くの別人ですが?

723 :ハル:2005/12/10(土) 00:40:29
>>719>>707
田中さんは客観的だが「私」は唯一絶対の主観だと言えそうだが。

田中さんには名前がある。
それは人間が勝手に価値観でつけたものだ。
だが「私」は誰がなんと言おうと「私」以外の何者でもない。
私のことをさまざまな人間がさまざまに呼ぶだろう。
だがそんなことなど「私」にとってはさほど問題ではない。
なぜなら「私」は唯一絶対の主観だからだ。

という感じに主観性を重視すれば考えられるだろう。

724 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 00:40:34
>>716は皮肉か自演だろ

725 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/12/10(土) 00:42:55
あと、鳥のオウムのような、非理性的な発声で"私は生駒山です"と言った場合も、
>>711での主張は崩れる、、、
…よく考えてみたら、人間的な勘考を抜き去った自称生駒山の場合"のみ"通用するのかな?

とにかく、人間の勘考する力、理性とかの観点を加えると、>>711の主張は揺らいでしまわないでしょうか?

726 :ハル:2005/12/10(土) 01:02:12
>>711
<細胞のはたらき>もまた名前によって定義されるので、それに関しても同じことが言えるのではないだろうか。
そう考えると、無限に論述が続いてしまうが、それをそのまま受け入れることは決して難しいことではないだろう。
例えば、我々は経験的に無限の刹那をそのまま認識として受け入れることで、時間の継続の認識を生み出しているように感じられないだろうか。
認識には常に何らかの無限性があり、それを経験的な主観性というものとして受け入れているのではないだろうか。

727 :素人:2005/12/10(土) 01:02:28
>>720>>723
503は、徹底して己事究明する(主体(主観)を破壊して、その後にまた自己(主体・主観)を再構築するという)
禅の入り口なんだけどね(^^;)
>503を主客の乖離と捉えられてしまうとは思っていませんでした。
寧ろ敷衍させれば、主客の合一に繋がるものだと思ってたんですがねw
まだまだだな・・・(^^;)


>>725
もう少しkwsk
それに、711の文章の骨格は最高位さんのものだしw 自分の視点とはズレがある。

それに、前半と後半とを別々にしないでほしい。
勿論、使われている言葉のせいで幾つかの受け止め方が生じてしまうだろうが、
中核は、『あるがままに観てあるがままに受け止める、
「私」も「主体」も「主観」も、多くの条件が積み重なった上に生じていると観る』
視点はそんなにも異端なものなのか?ということ。
素朴すぎ?

眠い・・・(-_-)゜゜゜
おやすみ〜 (´ー`)ノシ

728 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/10(土) 01:03:49
>>460
>「the 私」or 「a 私」のいずれであれ、「私」の存在を認めたのか?
>認めたのなら、「意識と私」の関係が「the」と「a」で どう変わると
>言ってるんだ?

私が「私」、、、と言うときは「通常主語に用いられる『The私』のことです。
しかし、「他者」にも同様な「『私というクオリア』が存在する・・らしい」・・という
「独我論非難」の命脈から言うと・・(かけがえがなく『The私』は「客観的に」も、
特別である・・と言った時点で、「独我論の罠に嵌っている」ことを露呈してしまいます。

結論:::「The(定冠詞)+私(名詞)」は :::「a(不定冠詞)+私(名詞)」
・・簡単に言えば『「私」という「かけがえのない」自意識を持っている人間の脳』の、」
「ワンピース」であるだけで・・・「学問の領域ではない」のです、




729 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 01:06:42
>>723
でもその主観が脳の現象なんだから、結局唯物論の内部での価値観の違いじゃん

脳があればそこに主観があるのはあたりまえのこと。
この脳とあの脳が違うのだから、そこに違う主観があるのは当たり前のこと。
どこまで行っても矛盾なんてないけど。

730 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/10(土) 01:06:56
>>665>>667
基本的に「どうでもいい」という表現は使いたくありません。
「私とっては重要ではない」ということです。
いかなる問いも主張も、誰かにとっては重要であり、別の人にとっては
重要ではない、とういうことが普通にあります。

731 :ハル:2005/12/10(土) 01:16:27
>>727>>723
絶対的一元論の論は現実的に通用しないと思いますよ。
現実的には相対二元論で、主成力動性を獲得しなくてはなりませんから。
いずれかの立場に立たなければ、実践的になれなせんから。
たとえそれが方便であっても。

732 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/10(土) 01:19:53
>>711
>〈「私」〉なんてのは、〈脳細胞が〉が〈チカチカ反応してる〉ものを
>人間が便宜上で、〈「私」〉として名前を付けているだけだよ

うむ
この屁理屈は、唯物論者の勘違いを良く表現しているな
重要なのは、>人間が便宜上で
という部分
便宜上だよ便宜上
便宜が必要だから、便宜上なんだよな
便宜が必要なのは誰?
人間だよね
常に、価値観の中心は人間なんだよ
すなわち『私』という事になる
『私』が、必要性にかられて『あの山』を『富士山』と呼んでいる
『この体』を『私』と呼んでいる という説明では
便宜を必要とする『私』そのものについては、何も説明されてはいないんだよ
理解できますか?

733 :ハル:2005/12/10(土) 01:26:42
>>729
では、脳の機能のどこが「私」なんですか。
例えば脳を部分に分割した場合、その脳が私ならその部分部分に「私」が複数いることになります。
そうすると、私は唯一であり複数であるという不合理が生じてしまいますが。
この不合理をどうやって説明しますか。

734 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 01:30:41
>>733
海馬

735 :素人:2005/12/10(土) 01:32:03
さて、布団に入る前に未練がましく2chを覗く・・・w

>>722
敢えて言わせて貰おう、「浅い」と。


>>731
主成力動性って何?

    〃〃∩  _, ,_
     ⊂⌒( `Д´) < 専門用語ヤダヤダ!
       `ヽ_つ ⊂ノ
             ジタバタ


>>732
屁理屈ねぇ・・・(^^;) 貴方の文章ですが?

貴方のこと買いかぶってたかも・・・ orz
再掲:
言葉の表面のみでなく、類例としての、その背後の構造を観ては貰えないのですか?


>>733は問答無用で却下w

それではみなさん、(・∀・)イイ!!夢を♥

736 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 01:36:04
すべての人間において最高位のいう「この私がかけがえのないもの」という事情が成り立つことが問題だろ。

誰か一人でも事情が別の人間がいるの?
この私がこの私であることに、物理的理由はない、って言っても、
すべての私が「この私」なんだから、客観的法則性はなんら崩れてない。
物理的現象である主観というものは、すべからく「この私」性を持つってだけの話。

主観がみんな「この私」であることには物理的理由がある。

>>733
別に「脳」にこだわる必要はないじゃん。
物質でしょ。
私というのは、知覚に対してプライオリティが低いのだろうと思いますね。
まず知覚があってそれを統合すると私が生まれる。
だから、私というのは常にひとつなんですよ。
ちょっと前に身体イメージの話をしたのは私ですけど、まあそういう話をしたかったわけ。
私というのは、実体じゃなくて、知覚情報を統合する脳の作用が生み出したイメージ=架空のものじゃないんですか?

737 :ハル:2005/12/10(土) 01:36:09
>>734
その記憶するという作用の内容は受動的です。
しかし、私には明らかに意志があり、それは能動的です。
その能動的な記憶の使用形式については定まっていません。
このことから記憶するという事だけが私ではないと判断されるでしょう。

738 :ハル:2005/12/10(土) 01:41:25
>>736>>733
はい。私のイメージも実はそのようなものなのですがね。

739 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/10(土) 01:56:12
>>737
受動or能動は表現上の問題では無いでしょうか?
現象は同一だと思います。

740 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/10(土) 01:57:17
>>729
>脳があればそこに主観があるのはあたりまえのこと。
そうだね
普通は当たり前だと考える
しかし哲学的には、これは飛躍した考え方だと言わざるをえないな
哲学の、入り口にも立っていませんよ

主観性を持った私は、脳自身である という考え方からの発言だね
しかし、脳が単なる物理現象なら
主観性とは相容れない
なぜなら、物理現象というものは
単なる現象にすぎないからだ
起こるべき事が起こるだけ
更に、境目など存在しない
物理世界は、全て境目無くつながっている
しかし主観性というものは
当然のごとく、他との境目を持って自らと区別している

石ころが落下する事には当然、主観性などないであろうと判断される
これが、いかに複雑になろうとも、主観性が生まれる根拠などありえないのだ
複雑になればなるほどに、複雑な物理現象だというだけで
本質的に変化するという根拠がありえない
第一、主観性を 物理現象として解明する事などされていない
完全な、個人的な希望事項にすぎない
人工知能など、できもしていないのに
こじつけ仮説を力説しているだけなのですよ

人間に心があると錯覚させるための機能を持ったロボットなら作成可能でしょう
しかし人間と同じ精神は、無理です

741 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/10(土) 02:06:20
>>731
相対二元論が論理性を持つためには、一元でなければ成立しませんね

742 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 02:15:33
>しかし主観性というものは
>当然のごとく、他との境目を持って自らと区別している

主観性の境目なんて見たことがないんだけど。
しかもそれが他との境目だと、当然のごとく言えるってのはどういうことさ。
なんでそれが他との境目だとわかるわけ。
そんなのわかったら、デカルトは、神の存在証明抜きで、外部世界を証明できる。

743 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 02:24:06
http://0._____________________∀_____________________
http://0.____________________゚∀゚_____________________
http://0.___________________(゚∀゚)____________________
http://0._______________キタ(゚∀゚)!!!!_________________
http://0.____________キタ━(゚∀゚)━!!!!______________
http://0._________キタ━━(゚∀゚)━━!!!!__________
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744 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/12/10(土) 02:24:08
>>727
§ >>711における山と人間の違い §
山は、内心で考える必要もなく、外から呼ばれる必要もなく、内も外もなく、山です。
重要なのは、【人間から山である便宜を与えられる必要すらない】ということです。
一方の人間は、>>711で用いられる方法での"山"と同等の合理性ある存在として扱われるためには、
内で己を策定しなくてはなりませんし(その結果が「私」です)、
外からの扱い(「単なる細胞の働き」という扱われ方)にも、正しく応対しなくてはなりません。
こうして主観と客観が生じます。
そうでなくては、山と同等の合理性は得られません。
重要なのは、人間は、山と異なって、【自分にとっても、他者にとっても、人間である便宜が必要】で、
そこで初めて山と同列になるということです。

―何のためにかと言うと、それは、>>711での主張が破綻しないためです。
なぜ今のままでは破綻するのかというと、>>711さん自身が、勘考してレスしたっぽいからです。
上で言う、人間としての便宜がないと、レスとして扱われないことを承知しながら、彼は書き込んだようだからです。
それは当たり前で、見たまんまの、こんなときでなければ取り立てて説明する必要もないことですが。

745 :Limahl ◆SxAKrzWJr. :2005/12/10(土) 02:25:20
>>711での主張が破綻しないためには、―考え直してみました、
711さんにとって、人間の言動という言動の全てが、
・石に躓いて転んだときのような、全く勘考(主観での己の策定と客観からの扱いへの対応のための)なしの、
・鳥のオウムのような非理性的なもの、
・キーボードを適当に打って偶然に書き込まれたのと大差ない、
そういう無造作な言動だった場合、もちろん>>711のレスもそうであった場合のみだと考えました。

>>711が、人間としての便宜の必要性を考慮していないレスである場合のみ、
その内容どおり、山と人間は同列ということです。

でも、>>716>>718で、↑の三つの「・〜」ではない扱われ方をされました。
ですから俺も>>711を人間のレスとして認め、返事をしたのです。

711さんに対してちょっと粘着的になってしまい、申し訳ありません。

746 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 02:36:20



        人
       (__)  カタカタ
   〃∩ (__)  <この人たち、いつ働いてるんだろ?
   ⊂⌒(,, ・∀・)
     `ヽ_っ_/ ̄ ̄ ̄/ ζ
         \/___/ 旦






747 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 02:52:25
最高位さんの主張ってどっちなんですか?
唯物論では説明できないことがあると言いたいだけですか?
それとも、あなたの主張は、まさにあなたが考えている世界観そのものなのですか?
つまり、あなたの主張は唯物論論破のための方便なのですか?
それとも、あなたの信じるところをまさに語っているのですか?

人間の精神は絶対に作れないと言うのは、唯物論論破のための方便ですか?
それとも、あなたのその主張はまさに主張されたとおりの意味を持つのですか?

あなたは脳科学や人工知能論の前提を仮説としてさえ否定されているのですか?

748 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 02:54:46
きっと、いつも考えてるんだよ

749 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/10(土) 03:35:13
>>742
>なんでそれが他との境目だとわかるわけ。
>そんなのわかったら、デカルトは、神の存在証明抜きで、外部世界を証明できる。

できんな
認識と、実在性の証明とは別問題だ

なんだか
とにかく揚げ足を取りたいのかなぁ
要するにキミは、境目 という言葉に反応してるんだね
『私』と『他』があれば、それは分別されてるものだろ
だから境目があると表現しているにすぎないんだよ
そんなもの 目に見えるわけないだろ

>>747
う〜ん・・・
私は、哲学をしているだけです
わからない事だらけですが
確実にわかっている事だけを語っています
信じるという事とは別です
唯物論論破の論法は、完全に理詰め理詰めに考えます
このスレでは一切触れませんが
宗教哲学を語る場合は、全く論法を変えていますね
>人間の精神は絶対に作れないと言うのは、唯物論論破のための方便ですか?
>それとも、あなたのその主張はまさに主張されたとおりの意味を持つのですか?
主張した通りの意味です
>あなたは脳科学や人工知能論の前提を仮説としてさえ否定されているのですか?
論理的に考えて、原理的に無理だから無理だと言っています

750 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 04:15:10
>>749
まず私がわからないのは、どうして客観世界と他者の心が前提できるのかと、言うことです。
これが確実にわかっていることだと言う根拠はどこかで示されましたか。
それでは独我論になるだろう、と言われるかも知れませんが、本当に確実にあることから語り起こそうとすると、そうならざるを得ない。
しかし、それでは、この私があるということ以外、確実なことは何もいえなくなる。
それとも、そのような古い実在論的語り口を超えて語りうるなんらかの方法をあなたは持っておられるのでしょうか?

脳科学や人工知能論の前提を否定するということは、
研究自体が無意味なので、行う意味がないということでしょうか。
しかし、現実に脳科学は有益な成果を上げています。
しかし、その前提が否定されると方法論としてすら、これらは成り立つのかどうか?



751 :750:2005/12/10(土) 04:17:03
たしかに、あなたは唯物論では、説明できない事柄があることを示されました。
しかし、これらはそのままあなたに跳ね返るのではありませんか。それらは人間には絶対にわからないことだと思うのです。
人間に絶対的にわからないことを論拠に、その論を否定すると言うのは、どうか?

基本的に私は唯物論は絶対に論破できないと考えます。というのは、結局、ぶっちゃけどこまでも言い逃れができる。
もしも、空中浮遊やスプーン曲げのようなことが実際に観察されたとしても、おそらく唯物論者には、今は原理がわからないだけだと言えるだろうからです。
天動説の内部には矛盾はありません。

もしも、あなたが唯物論があまりにも「真理面」をしていることに対して、
違うだろ、と言いたいというのなら、それは認められるのですが。
科学は決して「真理」ではなく、きわめて有効であっても方法論のひとつに過ぎないことを忘れるな!と言うのがあなたの主張なのですか?
これは、唯物論への批判ではあっても、否定ではないのではないか?
それとも、やはり、あなたは唯物論の否定を目指しているのですか。
そうだとすると、それは達成不可能なのではないかと思えるのですが。

心が物理現象であるかどうかはわからない、と言うのは誰にでも言えます。
しかし、心は物理現象ではない、と証明しえた人など果たして今までにいたのかどうか。

752 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 04:25:37





        人
       (__)  カタカタ
   〃∩ (__)  <お薬の時間ですよ〜
   ⊂⌒(,, ・∀・)
     `ヽ_っ_/ ̄ ̄ ̄/ ζ
         \/___/ 旦



753 :初期不良 ◆GOO.DyUWrs :2005/12/10(土) 05:01:18
>>751
ずいぶん控えめにおっしゃってると思いますが、おそらくあなたは科学的な目をお持ちなのでしょう。
ここにいてずっと感じてきたことですが、どうも哲学をしているという人達は
科学的な主張とは違うアグレッシブな主張を科学者より簡単にするため、
科学者はどうもそこに意識が引っかかってしまいます。私もそうです。
しかし、主張の仕方が違うためにその主張の前提は違って当然なのです。

だからといって議論するのは無益ではないと思うのですが、何かもうちょっと
きちんとチャネリングできる方法を見つけたいなと個人的には思い始めていますが...

すみません、あなたの姿勢を見て他人のように思えなかったのでよけいな口を挟んでしまいましたが、
もし議論をする際の参考になればと思います。

754 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 05:36:17
このスレで人工知能とかAIとか情報工学の用語を用いている奴さ
それらが意識や心、強いては人間だと思ってやがる 馬鹿じゃねーの
妄想もいい加減にしてよくそれらを勉強してからものを言えや

755 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/10(土) 05:55:43
>>750
>どうして客観世界と他者の心が前提できるのか
これは、前提にして話しているだけだとしか言えないですね
>この私があるということ以外、確実なことは何もいえなくなる。
あなたの言う通りです
それしか、確実に言える事はありません
しかし、その私は『他』を認識している
それが独我論であろうとなかろうと、認識しているのです
ですから、その『他』を一旦、前提にして話してみよう というだけの事です
>脳科学や人工知能論の前提を否定するということは、
べつに脳科学は、人工知能を作る目的なのではありません
それから、人工知能という言葉にも、色々な意味がありますよ
知能を持っているかのごとくに動いて、人間が与えた目的を遂行する機械を作る事は
科学の進歩から考えて、決して無駄な事ではないと思います
ただ、人間と同じく、天上天下唯我独尊の『自我』を、機械の作用によって作るなどという事は
物理の特性から考えて、原理的に不可能だよ と言ってるわけです

756 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/10(土) 05:57:09
>>751
そうですね
私は、より困難な課題を人類に突きつけてしまう結果となっています
そういう意味で、自分に返ってきているわけですが
真実から逃げない姿勢もまた、哲学の取るべき方向性ではないかと考えます

>今は原理がわからないだけだと言えるだろうからです。
そうです
だから根本的に、原理的に不可能である事実を突きつける必要があるんですね
それが『私』の存在性についてです
それに対して、上記のような言い逃れをする人は、根本的に理解力の無い人である と言えますね

唯物論を批判しているのではありませんよ
破壊です
唯物論の主張は、いくつかありますが
心身問題も、そのひとつです
「人間の精神は物質による物理現象にすぎない」という主張
この、歴史的に争われてきた課題に対して
私は明確な答えをだしているではありませんか
『私』は物質が、こうこうこういう配列だったからという理由で存在したのではない
私は物理現象ではない とね
最後に
>心は物理現象ではない、と証明しえた人など果たして今までにいたのかどうか。
誤解されると困るのですが、厳密な話をすると、『心』は物理現象なのかも知れません
私が言っているのは、心は『私』の心であって
『私』という心の根本であるところの『存在性』は物理現象とは関係が無い
という事です
私は、それを証明したわけです
人間は唯物的な価値観で計れるものではない という事です

757 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 08:56:58
>>707
>富士山と『この私』が、なんで同列なんだよ
>富士山なんてのは、地形が隆起してるものを人間が便宜上で、山として名前を付けているだけだよ
>唯名論であって、人間の側の、認識と価値観によって
>富士山は富士山と呼ばれているにすぎない
>極論すれば、富士山なんてものは無いんだ
>たんなる地形だよ
おお、最高位先生、
「肉体と精神は、私という存在性の二つの側面であって、一体である」
というお説は、どうなったのですか。
両者とも単なる物質であるにもかかわらず、「肉体」には「私」の二つの
側面の一つである、という名誉が与えられ、一方で「富士山」は
「名前」「単なる地形」で「極論すれば、無い」などと貶められているのは、
なにゆえでありましょうか? 肉体と富士山のいかなる違いがこの差を
もたらしているのか、ここが肝要かと存じます。

>>756
>厳密な話をすると、『心』は物理現象なのかも知れません
おお、心が物理現象であり、体も物理現象。すなわち、「私という存在性
の二つの側面」の、いずれもが物理現象。それでいて、「私という存在性」
が物理現象でないというのは解せません。「心」と「体」を抜きにして、
「私」はいかにして存在し得るのでございましょうや?


758 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/10(土) 10:43:29
キミは勉強熱心だねぇ
>「肉体と精神は、私という存在性の二つの側面であって、一体である」
こんな、かなり以前に一回だけ言ったような言葉を覚えているんだね
しかし悲しいかな、全然理解できていないんだなコレガ
せっかく勉強熱心なのにね 可哀想に・・・
いちびったしゃべり方ばっかりしてるからじゃないか?

まぁ、あの表現はデカルト先生の真似をして、同じような論調で表現してみただけだ
あんまり気にスンナ
『私』の存在性と、精神と肉体の関係を正確に分析して言葉にするのは困難だろうね
「精神と肉体は、私という存在性の二つの側面である」というのが、結構近いんじゃないかなと思っている
だいたいこんな感じなんだが
正確には、正直なところ私にもよくわからん
単純な構造になってはいないようだ
言葉には表せない可能性が高いと考えている

肉体というのは『私』の肉体
肉体が移動すれば、主観性も移動する
富士山は『私』が富士山という価値観で認識している対象
この二つの価値観は、決定的に違う立場にあるわけだが
物質という観点では、同じであるとも言える
この同じ観点、性質から考察するならば
物質である肉体の側から分析しても『私』の根拠に辿り着く事はできない
という結論に至る
私に関して
あくまでも『私』の存在性が本質なのであって、精神や肉体の属性的な立場なのであろう
いくら屁理屈をこねて、解せません と言っても
「論理的に考えれば、そうなっている」としか、今のところは言えないな

759 :ハル:2005/12/10(土) 11:15:13
>>757
>心が物理現象であり、体も物理現象。すなわち、「私という存在性
>の二つの側面」の、いずれもが物理現象。それでいて、「私という存在性」
>が物理現象でないというのは解せません。「心」と「体」を抜きにして、
>「私」はいかにして存在し得るのでございましょうや?
例えば、直方体があって、それを二次元的に表現することはできるが、それは三次元的にはなりえないでしょう。
二次元的なものは二次元的であるにもかかわらず、それを超越して人間は表現しようとしますが、それは実は矛盾でしょう。
つまり、人間の心にはその矛盾を捕える、何らかの不可思議なものが内在していることになります。
人間の心は、例えるならより高次の位置に属するのに、それをそのまま認めたがらない傾向・・・それを批判しているだけでしょう。

760 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 11:48:32
>>758
おお、最高位先生、勉強熱心なわけではございません。ごく初期のころから
先生を存じ上げているため、いろいろと詳しい、というだけでございますw
>しかし悲しいかな、全然理解できていないんだなコレガ
>正確には、正直なところ私にもよくわからん
おお、先生、ご自身によくわからないものを「理解できていない」と
言われましても、困り果てるばかりでございますw
「気にスンナ」と言われましても、「肉体と精神の関係」こそが問題の根本で
ございまして、先生の大好きなw「唯物論」も、これについての「仮説」の
一つに過ぎないのでございます。大別して「唯物論」「唯心論」「二元論」
「同一説」などの仮説がございますが、何せ大変に難しい問題で、現代に至るも
どれが正しいのか誰にも決定的なことはいえないのでございます。
先生も「よくわからない」のですか、それは大変に残念でございます。
>肉体が移動すれば、主観性も移動する
>富士山は『私』が富士山という価値観で認識している対象
>この二つの価値観は、決定的に違う立場にあるわけだが
ええ、肉体も「『私』が肉体という価値観で認識している対象」であるのは
富士山と同様ですので、価値観の違いの説明にならないと存じますが。
「肉体が移動すれば、主観性も移動する」というのが、価値観の違いの
原因でありましょうか。ところが、これを敷衍いたしますと
「肉体が存在する前は主観性は存在せず、肉体が移動すれば主観性も移動し、
肉体が消滅すると、主観性も消滅する(と予想される)」という、
まことにありふれた事実になります。そして、他ならぬこの事実こそ
「どうも肉体が『私』の主観性の存在の根拠なのではなかろうか」という、
唯物論的「価値観」の元なのでございます。これはきわめて当然の発想だと
思われますが、いかがでしょうか?


761 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 12:02:49
さらに、肉体と富士山とは「物質という観点では、同じであるとも言える」
とおっしゃっています。両者の違いとしては
「肉体が移動すれば、主観性も移動する」事実のみを挙げておられます。
それでは、翻って「他人の肉体」はいかがでしょうか。
他人の肉体が移動しても、『私』の主観性は移動いたしません。
となりの田中くんや山田さんの肉体が旅行に出かけても、
お気の毒な横田めぐみさんの肉体が北朝鮮に拉し去られても、
気の毒でなくもない姉歯建築士の肉体が国会に呼び出されても、
『私』の主観性は微動だにいたしません。
この点では、彼らの肉体と富士山と、何の違いもないのでございます。
にもかかわらず先生は、(私と同様)横田めぐみさんや姉歯建築士の
肉体にはそれぞれの「主観性」が存在し、一方富士山には主観性は存在しない、
と判断しておられるものと拝察いたします。
さて、これはなぜでしょうか。どう考えても、彼らの肉体と富士山との
間にある物質的な違い、物質的な材質・構造・機能の違いこそが、
この判断の違いをもたらしている、としか考えられません。
つまり、物質の物質的な性質の違いこそが、主観性の有無と本質的な
関係を持っている、という判断を、先生ご自身がなさっているわけでございます。
これもまた「唯物論的価値観」といわざるを得ないと思われますが、
いかがでしょう?


762 :ハル:2005/12/10(土) 12:10:13
>>761
「私」の主観性を物質的特性にまで敷衍しようとすることに本来無理があるのかも知れないね。

763 :哲学者最高位 ◆zH5vyVK1vo :2005/12/10(土) 12:14:56
>>760
キミは緻密さとテキトーさを、自分の都合のいいように使いわけるね
キミは唯物論者の立場として、都合悪い事は理解しないんだよな
私は唯物論は間違えていると言っているが
どの思想が正しい とは言っていないだろ?
唯物論は間違いだという事
それだけ理解してくれたらいいのさ
しかし、それを理解していないから
>しかし悲しいかな、全然理解できていないんだなコレガ
となるわけだよ

>「どうも肉体が『私』の主観性の存在の根拠なのではなかろうか」という、
>唯物論的「価値観」の元なのでございます。これはきわめて当然の発想だと
>思われますが、いかがでしょうか?

うむ
ず〜っと、そう思われてきた
私も昔は単純に、そう思っていた
しかし、物質には『この私』の根拠はありえないんだよ
>肉体が消滅すると、主観性も消滅する(と予想される)
これも、あくまでも予想される にとどまる
言える事は、物質には『この私』の根拠はありえない
という事
物理現象なら、あるはずなんだよな
『この私』の根拠

いかがでしょうか?

764 :ハラ:2005/12/10(土) 12:22:49
>>758

先生は少しばかりお年を召されて事象の全体を把握する能力を
欠きつつあるのではないかと思うのです。
杞憂であればよいのですが診て貰った方がよいかも知れませんね。


765 :ハラ:2005/12/10(土) 12:38:13
>>760
私が如何に寛大な気持ちでキミに接しているか、理解していないようだ
獲物をいたぶることが可能ではあるが、私は逃がすんだよ
予行演習の相手として、逃がしておけばいい。
私は哲学の最高位に君臨する空前絶後の偉人だからね
必要があれば何時でも捕獲してタンパク源にしよう
私はキミと違い能力があるからね


766 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 12:42:09
多重人格者の『私』とはだれでつか

767 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 12:47:12
霊魂が憑依した霊媒者や催眠術で他者に成り返られた被験者の『私』とはだれでつか
『私』は意外と簡単に書き換え可能ではないんでつか

768 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 12:52:26
>>766
気にするな。
板が大衆にさらされると、おかしなのが徘徊するんだよな
私は最高勲位である
アリンコを踏み潰すのも眺めるのも勝手だよ。


769 :まさ:2005/12/10(土) 15:26:44
最高位さんが言えない(変人と思われたくないから)ことの代弁。
『私』という世界には『私』しかいなくて『私』が創った世界である。
しかし、他の『私』もたしかにあり無限にある『私』が常に融合して
いるため感覚的に共存しているような錯覚になっている。
それに気が付いてしまったが、特に確信もなくみんなもどうせ理解できない
とあきらめている反面、自分の意思を受け継いでくれる後継者を探している。
間違っていたらすみません。

770 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 16:11:30
>>749
>『私』と『他』があれば、それは分別されてるものだろ
>だから境目があると表現しているにすぎないんだよ

例えば、この世界はこの世界として特定できる。
しかし、この世界の境目が本当にあるか、そして他と截然と分かたれるのかはわからない。
しかし、私はこの世界をこの世界と特定できる。

完全に内属しているのであれば、輪郭において曖昧であっても、モノを特定することは可能である。これを言うことは正しいか?
正しいとすれば、輪郭がどこまでも確定しないから、局所的メカニズムが存在しないということは言えない。

次にメカニズムということを考えよう。
例えば、パソコンの部品を入れ替えたら、それは別のメカニズムになるか。
パソコンの筐体の中に空気が混じっているからといてパソコンのメカニズムが成り立たないなどと言うことがありうるか。
私の細胞を一つ一つ順に入れ替えていったとき、私は私でなくなるか。
脳の構成物質を一部入れ替えたら、そこに別のメカニズムが発生したと言えるか?
脳の中にメカニズムに関係のない物質があることが、脳の中でメカニズムが発生すると言うことの否定になるか。

物質は連続的であるか。
最小粒子を仮定することに不合理性はあるか?
最小粒子を仮定するなら、物質は不連続かつ不均質であると考えてまるで問題はない。
局所的メカニズムの存在を不可能だとする根拠はあるか?
人間が知覚する脳を、心を生み出す局所的メカニズムの在り処と、近似値的に同定することは不合理な仮定といえるか。

771 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 16:13:53
>>769
キミは優れた観察者であり、この様な辺境の地には似つかわしざる
訪問者ですね
まぁ私の理解する領域に近づきつつあるとは考えられるが
唯物論は間違いだという事、コレが肝要なのさ
私の理論は先鋭的で常人には衝撃的なのだろ?
拒否しようと、否定しようと躍起になる方が多くて
困っているというのが正直なところだよ。





772 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 16:45:10
心が脳の現象であることを否定する確実な根拠はあるか?
心が特定でき、物質が特定できないということを、内部観測と外部観測の違いと
主張することは、不可能か?
少なくとも、もしも物質が連続的であるなら、まさにわたしは物質の総体というものをこの物質だとして特定できるのではないのか?

773 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 16:47:32
をぃをぃ、心なんて曖昧な概念、ここで持ち出すか?

774 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 16:49:48
「私」だと「主観」だの「客観」だのみんな適当に使ってるんだから
いいと思われ。

775 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 17:02:19
んなんじゃ機械に立ち打ちできないぞw

776 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 17:04:19
【にちゃん名物、貧乏ニートの特徴】
・面倒なことから逃げ回ってきたので経験値が非常に少なく人間総合レベルが低い。
・なので、ダメな自分を言い繕うことが習い性になっており、言い訳力ばかりが高い。
・狭い視野と世界で生きているので、知識自慢をしたり、すぐに対立を煽る。
・一般人を知的ではないと見下している割には、自分は他人の与える答えを憶えやすい。
・恐ろしくカラーがなく無視されてきたので、カラーのある人間を攻撃対象に選ぶ。
・自分が無能で退屈であるとばれないように、発言しないで誰かの意見をそのまま言う。
・答えを憶える勉強ばかりしてきた為HQが低く、自分で考えたり判断することができない。
・自分より優れたひとや、自分の足らないところを補う人と付き合えず、とんでもなく孤独。
・もはや自分が自力で今より幸福になることはないので、他人の不幸をクローズアップして忘却。
・人と目を合わせて話すことができず、ひとに聞こえるように話すこともできず、促すと怒る。
・断片的知識ばかりで、体験を通じた知恵や情感が無い。

777 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 17:06:51
で?

778 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 17:07:33
>>776
もすこしシッカリまとめろ
ま、sれできないとこが2ちゃんらしさではあるw

779 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 17:11:33
何らかの事故により脳の一部が物理的に欠損して、人格が大きく変わってしまった
事例は、実際に存在します。
例えば温厚だった人が一転して狂暴になったり、意欲的な努力家だった人が
全くの無気力な人間に変わってしまう、などです。
他人から見ると、事故の前後で「同じ人間」だとはどうしても思えないほどの
変わり方だ、ということです。
さらにここで、同時にその事故によりその人のそれ以前の記憶が全部消失して
しまった、としたらどうでしょう。現実にそういう事例があるかどうかは
知りませんが、あったとしても医学的には何ら不思議ではありません。
さて、この事故の前と後とで、この人の「私」は同一なのでしょうか、
違うのでしょうか。
その人自身の立場に立って「同一である」と考える理由は、何もないように
思えるのですが。



780 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 17:45:37
tajuujinnkakunosorezorenowatasihaonajiwatasinanoka?

781 :まさ:2005/12/10(土) 19:50:08
>>779
人格が『私』ではない。存在自体が『私』なんだからその人の気持ちや記憶
なんてものはまったく関係ないと思いますが。

782 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 20:35:30
記憶も感情も関係ないならそんな「私」なんてどうでもいいじゃん?

783 :まさ:2005/12/10(土) 20:53:28
>>782
どうでもいい訳ないでしょ。自殺願望的発想はやめましょう。
記憶とかはSYNさんから説明あると思うよ。ボクは記憶ってのも信じてない
荒らし君ですから。(笑)とにかく生きましょうね。

784 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 20:55:22
そこで幾多郎先生の「場」の思想ですな!!

785 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 20:56:11
存在忘却!


786 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 21:01:19
>>781
まさにその「私の存在の同一性」は何によって定義(あるいは担保)
されるのか、という疑問なのです。

787 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 21:13:53
>>783
いや、ほんとにどうでもいい。
いったい、記憶も感情も(または物質にも)関係ない
「私」がいなくてどこで何に困るの?
困る困るというだけでは話が始まらない。

788 :まさ:2005/12/10(土) 21:21:07
意識レベルはSYNさんの考えでいいと思います。電子と電子のぶつかり合いが
脳の内部で起こっているんじゃないでしょうか。その電子か何かわかりませんが
そのもの自体が『私』と最高位さんは言っていると思います。
また憶測ですが最高位さんは怖がっています。知りたいけど知ったときは
人類が消滅(無)になるんじゃないかと。だからいつも肝心の核を
はっきりさせません。最高位さん真実を追究しましょう。

789 :考える名無しさん:2005/12/10(土) 21:29:05
>>779
少なくとも肉体は同一なんだから、唯物論的に考えれば事故前も
事故後も同一の私だろ。
最終的には脳が同一なら同一の私だろうな。脳の移植手術のときに
医者が失敗して記憶が飛んじゃって性格も激変、なんてケースも、
将来的には絶対に有り得ないわけじゃない。

790 :まさ:2005/12/10(土) 22:05:03
>>789
脳の移植手術か〜おもしろい。できるの?できるとむじんくんさんの
答えはでるね。

791 :ねふぇる ◆IF/MVr7brI :2005/12/10(土) 22:05:47
どうしようと「ある事柄が偶然である」と言うことはできないので
とりあえず意識は必然であるとしておいても問題ない。

792 :むじんくん:2005/12/10(土) 22:32:32
>>790
> 脳の移植手術か〜おもしろい。できるの?できるとむじんくんさんの
> 答えはでるね。

何の答え?ちなみに、脳の移植って知らないですけど、脳以外の部分をサイボーグ化するのは
もうすぐ可能になりそうですね。記憶をハードディスクに保存とかもそんなに遠くない将来可能らしい。
海馬チップとかできるようですね(笑)。


793 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/11(日) 02:43:20
>>670
>それと、前野さんという人は「脳はなぜ心を作ったか」という本のなかで、
>心を持つロボットが作られても何の問題もない、むしろ人類にとって
>素晴らしいことだ、とか書いていた。読んでいて「おいおいそれは
>楽観的に過ぎるんじゃないか」という気がした。

「前野さん」の著書は読んだことがありませんので、何とも言いづらいのですが・・
「人間の脳の『情報処理能力』には驚嘆するべき『処理速度の速さ』」があり、
&「イチゼロではない情報処理システム」が組み込まれていること・・があります。

「ロボット」はあくまで「シリコン基盤に埋め込まれた回路」によって「行動する」
のでしょうし、外部からリターンされた情報について「臨機に応変するシステム」を
採用することも可能です。
 しかし「一番難しい人口知能の(自己)発展プログラム」は、「(既)環境適応プログラム」
ではなくて「(既)環境適応プログラム」をこえて「環境創造するプログラム」だと思います。



794 :考える名無しさん:2005/12/11(日) 02:50:06
>>728
脳のワンピースが学問の対象でなくて何なんだ?
それも「私」というワンピースが脳の統合機能の中枢的役割を
担うシロモノの代名詞だとしたら、お前、迂闊・・かもな

また仮に一般学問科目の扱う領域でないとしても、おまえ自身
の「問い」の領域であることは間違いないだろ
ひょっとして毎日、鼻つきあわせてる問い・・なのでは?
だってお前は「私」を制御しきれず、2〜3レスに1回位の割で
理性を踏み外してるじゃんよw

「私(お前)」の個別的行動特性は真理とは関係が無い、とでも
いうツモリか?
お前という「物とその物理現象たる意識活動」とやらを真理の
対象から外してなおそれを真理などとほざくつもりか?

加えて、もしおまえの言う真理が「(theでもaでもいいが)私に」
寄与しない・・つまり現実の「theお前」の気分を良くする(満足)
働きをしないとすると、

真理はその追求自体に目的が置かれており、「人類(私)のため
かどうか」など ど〜でも良いということになる

なのに お前はどっかで「真理追究のための予算が足りない、
政府はもっと援助すべきだ」、みたいな発言してなかったか?
うろおぼえなんだがw

795 :考える名無しさん:2005/12/11(日) 03:25:42




        人
       (__)  カタカタ
   〃∩ (__)  < 無職・引き篭もりも早く寝なさいよ
   ⊂⌒(,, ・∀・)
     `ヽ_っ_/ ̄ ̄ ̄/ ζ
         \/___/ 旦






796 :1/7 素人:2005/12/11(日) 11:18:49
>>720
>>>711
>あなたを含め、ほとんどの人の考え方には
>自分の主観性 というものが抜け落ちています
>『対象』の研究 という視点のみで
>他人の精神ばかりに目がいっています
>だから、人間の精神というものが『主体』そのものである という観点が理解できないのでしょう
「人間の精神というものが『主体』そのものである」という言説は、ほぼ首肯できるものですよw
 (この肉体も付け加えたい所ですが、培養液の中の脳なんて仮定がでてくるとやっかいなので今は保留(^^;))
が、711の基本的視点は、主観を敢えて排除した考察であるが、
「自分自身」を『対象』としてもいい。>>725
(単布団の上で為されるのはまさにそれなわけだがw)
ただ、【≪《『「私」を見ている私』を見ている私》を見ている私≫を見ている・・・】
と無限遡及させる意味は711にはない。なんとなれば、
そうした無限遡及さえも、脳内の現象であると見做すことが可能だからだ。
少なくとも711はそうした視点をこそベースにしたものだから。(文の骨格は最高位さんのものだしw)
主観とは何ぞや? と問うのはその後でいい。
更に言えば、最終的には自分自身への実存的問いかけに辿り着かねばならないであろうが、
そのための足場として、『対象』の研究・他人の精神を踏まえる意義は十分あると思われる。
>>744-745は、もう少し解り易くお願いw 元になった>503と>719はどうなの?

797 :1/7 素人:2005/12/11(日) 11:19:30
>>740
>>脳があればそこに主観があるのはあたりまえのこと。
>そうだね
>普通は当たり前だと考える
>しかし哲学的には、これは飛躍した考え方だと言わざるをえないな
>哲学の、入り口にも立っていませんよ
飛躍ならば、間にどのような視点・考え方が省略されているのか?本来の着地点はどこか?
当たり前であることが悪いのではなく、
最高位の主張は、その当たり前のことの先に設けられていいものではないのか?
この当たり前のことを否定する要は何もない。
店に入って席について(メニューを見てから)注文してもいいじゃないか。
店のドアをくぐる前に何を注文するか決めなければならないものでもなかろう。
こんなレスもあった
 584 むじんくん sage New! 2005/12/09(金) 00:43:35
  >>582
  > これは逆に、「私=脳の現象」と考えることに問題がないという論拠の一つ
  > になってませんか?
  問題ないですが、それは近代科学の範疇で、それだと認識の成立そのものを問うという
  ことにならない。そこから先が哲学的問いなのですね。
至言ではないか?

>しかし、脳が単なる物理現象なら
>主観性とは相容れない
>なぜなら、物理現象というものは
>単なる現象にすぎないからだ
では、「主観性」とは何ぞや?『性』の字がついているがその意味は?
「主観」と「主観『性』」との違いはどういうものなのか?
同様に、「存在」と「存在『性』」との違いはどういうものなのか?
わざわざ『性』の字をつけるのだから重要な意味の違いがあるのだろう。
それは何か?

798 :3/7 素人:2005/12/11(日) 11:20:42
>>>740
>更に、境目など存在しない
>物理世界は、全て境目無くつながっている
物理世界に対置させて仮に精神世界(≒主観の世界)を持ってきたとして、
精神世界にはきっちりとした境目があるのか?
それは、流動的でなく不動で、明確で、ズレルことのないものなのか?
  ↓
>しかし主観性というものは
>当然のごとく、他との境目を持って自らと区別している
その境目のつけ方は、(赤子などは特に、無意識的になされている場合もあるだろうが)
多分に恣意的なものではないのか?

799 :4/7 素人:2005/12/11(日) 11:21:22
>>756
>私は明確な答えをだしているではありませんか
>『私』は物質が、こうこうこういう配列だったからという理由で存在したのではない
>私は物理現象ではない とね
その『私』は、「物質が、こうこうこういう配列だったからという理由で存在」するところの「私」の、
さらに高次の(深意の)『私』である、と階層を設けても構わないのではないか?
その方が、より建設的な考察である気がするが?
   ↓
>>心は物理現象ではない、と証明しえた人など果たして今までにいたのかどうか。
>誤解されると困るのですが、厳密な話をすると、『心』は物理現象なのかも知れません
>私が言っているのは、心は『私』の心であって
>『私』という心の根本であるところの『存在性』は物理現象とは関係が無い
>という事です
下三行は意味がぼやけていて今一つ掴みきれません。
というより、『存在性』というものを明確に提示していただかないと
「私」と「心」と「存在性」(と「主観」と「主体」)の関係が見えてきません。
そして、それらと「肉体(及び脳)」との関係も・・・。
そうすれば、階層分けすることによる問題点や
階層ごとの間に決定的な(通過不能な)壁が存在するかどうかも見えてくるのではないか?

>私は、それを証明したわけです
証明はされてないですよねw  ただ、今はまだわからないというだけで・・・
御自身でもそう告白されてませんでしたか?(後のレスだが>>758とか・・・)

800 :5/7 素人:2005/12/11(日) 11:21:58
>>763
>しかし、物質には『この私』の根拠はありえないんだよ
>>肉体が消滅すると、主観性も消滅する(と予想される)
>これも、あくまでも予想される にとどまる
>言える事は、物質には『この私』の根拠はありえない
>という事
ではどこにその根拠があるのか?
この肉体の他に、「私」が宿るべき安住の地はあるのか?

>物理現象なら、あるはずなんだよな
>『この私』の根拠
物理現象ならあるはず という言い方も飛躍した決め付けではないですか?
少なくともそれを探究するのが、各分野のこれまで及びこれからの成果を基に
為されるべきことではないのか?

801 :6/7 素人:2005/12/11(日) 11:23:06
最高位の主張する所のものが、
「人間の精神は(脳内の)諸現象である」という言説のその先に設けられて何の問題があるのか?
むしろ、唯物論・唯物論『的』思考の上にこそ、それを前提としてこそ、
近代的(→最新の)「私」「主体」「主観」というものが考究できるのではないか?と思うのだ。
少なくとも、「人間の精神は(脳内の)諸現象である」という視点を受け入れて、その後に
「では、そうした現象である脳内のあるひとつの在り様が
なぜ〈私(という主観)〉なのか?
なぜ〈私(という主観)〉たり得ているのか?」
と問いを立てても構わないのではないか?

唯物論・唯物論『的』思考を破壊するなどと言わず、単に限界を指摘するだけで十分ではないのか?
どこで歩みを止め、思考のゴールとするかは個々人の判断で構わないのではないか?
どこで立ち止まろうとも、それはそれで尊重すべき個々人の人生観に他ならない。
(また、唯物論で人生を語ったレスってありましたっけ? >>過去ログ見れる人よろ m(_ _)m)


「私は今ここにいる(=私は今このように思考している)」という言明は、
それ以上でも以下でもなく、信仰告白にしか過ぎないように思える。
哲学が、そうしたものであるならばそれはそれで構わない。
が、「私は今ここにいる(=私は今このように思考している)」ということを、
別の語り口で記述するのが、科学であったり物理であったり心理学であったり
唯物論であったりするのではないか?いいも悪いも無かろう。整合性・正確性は、
それぞれの分野からの情報をつき合わせ、すり合わせていくしかないのではないか?
アプローチの方法や語り口調が違うだけで、迫ろうとしている対象に変わりは無いのではないか?
 >>740
 >しかし哲学的には、これは飛躍した考え方だと言わざるをえないな
 >哲学の、入り口にも立っていませんよ
哲学は哲学で、哲学的手法で記述を続ければ良いが、それを外へ向かって発信する時に、
解り易く噛み砕く手間をかけることも無駄ではなかろう。
最高位はその手間を惜しんでいるのではなかろうか・・・。

802 :7/7 素人:2005/12/11(日) 11:25:03
>>503(及び>>719)に関しては、追加修正するつもりはありません。
簡素ではありますが、問いかけとしては十分だと考えます。
強いて付け加えるなら、「存在(『性』)として違いはないのではないか?」ということです。
「主観」は(生物としての)人間をピックアップした上での、また別の問題だと思います。




さて、みんなからレスがつくかスルーされるか・・・w

      _, ,_ ワクワク
    (* ゚∀゚)
    ( つ旦0
    と__)__)




頭悪いのは自分でよく分かってるから、あんまりいじめないでねw
     _, ,_
    (*゚∀゚ )
    ( つ旦0
    と__)__)

803 :考える名無しさん:2005/12/11(日) 14:36:04
イッパイ カイタ ノニ スルー サレテル(^^;

804 :考える名無しさん:2005/12/11(日) 15:32:55
日曜だけど
おまえらデートとか行かないの?




805 :考える名無しさん:2005/12/11(日) 15:50:31
< 日曜だけど、おまえらデートとか行かないの?



      _, ,_   ・・・・・
    (* ゚∀゚)
    ( つ旦0
    と__)__)




     _, ,_
    ( ゚∀゚ )
    ( つ旦0
    と__)__)





          当たり前だと こんなものさと
            思っていなけりゃ泣けてきます
              愛が好きです 愛が好きです
                あした孤独になれ〜♪
     _, ,_
    (;∀;)      ヽ\          //
    ( つ旦0        ♪ _________ ♪
    と__)__)          |◎□◎|
                   ̄ ̄ ̄ ̄

806 :考える名無しさん:2005/12/11(日) 15:51:01
>>804
言ってやるな

807 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/11(日) 19:03:52
>>698最高位さん
その「天上天下唯我独尊」の「私」と今現在の「私」は同一なのでしょうか。

808 :最高位:2005/12/11(日) 19:12:51
>>807
同一性を聞くより、仏との共通概念の鏡像界を属性化するのです。


809 :飛べないカラス:2005/12/11(日) 19:35:36
主観性が物質と関係ないというなら主観性にとって脳や体は不要だな。

810 :考える名無しさん:2005/12/11(日) 19:38:01
>>809はぴかぁ〜ですか、どうよ?


811 :考える名無しさん:2005/12/11(日) 19:38:09
>>809
あなたも色んなとこに来ますねw

812 :飛べないカラス:2005/12/11(日) 19:43:28
ぴかに間違われるの3回目だ。不思議だなぁ、文体違うのに。

813 :神様:2005/12/11(日) 19:43:58
オマエモナ  >>811


814 :考える名無しさん:2005/12/11(日) 19:52:43
>>809
主観性と脳や身体が関係無いという可能世界も考えられるが、
「なぜか」我々の世界はそれらが結びついている、という理屈も考えられるな。
誰かも語っていることだが。

815 :飛べないカラス:2005/12/11(日) 20:01:31
その結びつきを確認できればいいが。非物質である主観性が物質である脳に影響を
与えるところを発見できるのかな。

816 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/12(月) 01:26:32
>>815
>非物質である主観性が物質である脳に影響を与えるところを発見できるのかな。

この21世紀に「物質」(ハードウェア)に(たぶんWXPを経由して)送り込まれる
情報処理の「処理パターン」(ソフトウェア)が「影響を与えるか否か」を議論したいわけでは
ないですよね?・・・WXPも「ソフトウェア命令」ですし、アプリケーション経由で送り込まれてくる
「情報」も「それぞれのアプリ(受容体)によって適切に処理される(それで処理されないと「エラー」
として一括拒否される)
・・「脳」と同じ基本構造が既に出来ているのです。
 ただ「人間の(様々な個体の)脳」が(厳密論理的な根拠をバイパスするor
クオリア段階で(感覚器官からの電気パルスを認識しないようにする)とか、色々な
「真理回避プログラム」が組み込まれており・・それを「自己修正する能力」がないと、
「アプリオリな権威には問答無用で平伏す」・・という「宗教への一本道」が残される
だけです。
(残念ながら)「宗教病」は(一部俺以外を除いて)不治の病です。・・一度罹ったら
オーム信者から抜けるより難しい・・・「死に至る病」です。



817 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/12(月) 01:31:13
816の一部修正です。
(残念ながら)「宗教病」は(一部俺以外を除いて)不治の病です。
→(残念ながら)「宗教病」は(一部の以外を除いて)不治の病です。

818 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/12(月) 01:32:58
済みません
(残念ながら)「宗教病」は(ごく一部の例外を除いて)不治の病です。

819 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 01:40:49
↑は、すでに決定されてた事でつ

820 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/12/12(月) 01:54:59
>>818
死んでも治らないだろうね。
君を見ていればわかるよ。

821 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 01:57:40
>>820
久しぶりだね。
元気してますか、どうよ?


822 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 02:01:12
唯物論者なら、どんな精神病も、治療できると豪語しろよ。

823 :Hannibal ◆Lwtv9RqBLQ :2005/12/12(月) 02:05:20
>>821
いつ来ようが、同ンなし議論グルグル回してるだけじゃねえか。

824 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 04:52:34
女とは自分の利益しか考える頭脳がなく、みんなで協力的にという社会には
非常にそぐわなく、かといって自分がおれて社会に染まる気も無ければ、ましてや
社会の為に自分が譲る・・・なんて気はさらさらないのである。
だから結果として弱者ぶってはセクハラ、痴漢、DV等の自分に都合の良い
法律を作らせて、それにしがみ付き自分を主張して社会の和を乱す。
また自分の為であれば他人が罪をかぶろうが泥をかぶろうがお構いなし、
自分の為に他人が犠牲になることなど、むしろ当たり前と思っている面もある。
そして女に対する強制的な言動、行動が社会や家庭を円滑にまわす上でやむない行為
であったとしても全て暴力ととらえ、関係の無い他の女も巻き込み
女一丸となって楯突くのである。
こういった面では社会性、自立性は皆無に等しく対処策として男性が取る
作戦としては、結婚拒否、生殖拒否、交際拒否、また非処女は汚らわしい存在である
事を認知させ、次世代の女に悪い手本として教育せざるを得ない。
そうなると、ロリコン(十代後半女性)に関与することもやむを得ない
自体であり、いかに今の自由を振りかざしている成人未婚女性が不潔であり、
悪であり、汚らわしい存在であるかを言い聞かし成長させるか、男の技量が問われる。
(ただいま私も実践中)そして、少子化に拍車をかけることにより、行政も女性過保護
を考え直さざるを得ない状態を引き起こす(それでも女は最後の最後まで自分だけ
助かろうと悪あがきをする生き物であるのは明白なのだが・・・)
ここまでくれば国事態が崩壊しないと収集がつかないのは私自身もよく理解できている
このまま若者のニート化と少子化の進行に行政の対策が追いつかず
どんどん退廃して完全に国家が破産するのを待つしかない。
ただでさえ、企業を起こしがんばって経済を潤滑させる者ばかりから
金を巻き上げようとする国家の姿勢は変わらない。
何の保護も無ければ、逆に高すぎる責任や無駄な規制ばかりがついて周り
身を立ててがんばろうと思うメリットがない。
それこそ全てを捨て身軽になった法が人間として自由に生活できるのが
日本と言う国なのだ。
http://etc4.2ch.net/test/read.cgi/motenai/1134118726


825 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 07:40:16
で?

826 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 08:11:27
>>822
壊れたものは直せない場合もある
不可逆なものもこの世に多いんだよ
というか窮極的にはそれしかないんだけどな

827 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 11:56:38
>>822
つーか、精神病以外の病気だって治せないものは治せないぜ。

828 :まさ:2005/12/12(月) 14:11:43
どうしても聞きたい事があります。
最小の∞と最大の∞は繋がっていると思いますか?
宇宙の果てと最小とでもいいです。

829 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 14:31:27
>>828
繋がっていません。


830 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 14:33:17
つーか、宇宙自体極大から極小まで連続してるので、その二つはそもそも同じものにならないか?
一本の紐を、別の端から測ってるというか…
いや、俺は数学知らんから、へんなこと言ってるかも知れんけど。

831 :46の556:2005/12/12(月) 14:36:54
>>57
>俺の知ってるクオリアとは別か、
あなたの「クオリア」ははっきりした定義があるんですか?

>んじゃクオリアって何よ?
言ってる当人たちが定義を示せないのですから、私には
「脳や知能などについて議論していると、引き合いに出してくる人がいる、
 その人たちを含めてだれにも定義を示せないなにか」としか言いようがないです。

832 :まさ:2005/12/12(月) 14:58:08
>>828
地球が平らと思っていた時、誰も日本を出て一周して来れると思いません
でした。もう一度聞きます。意識の果てと意識の始まりは繋がっていますか?

833 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 15:30:17
>>828
「宇宙の果て」は決定論者の最大の弱点なのだよ
だから、決定論者にとって「宇宙の果て」など断じてあってはならない
「宇宙の果て」など語るのはタブー・・・にしたのは決定論者

834 :833:2005/12/12(月) 15:38:14
>>832
仮に遠い宇宙をどこまでも観測できる装置があったのならば、遠い宇宙に
我々の住む太陽系が観測できるかもしれない、その観測される我々の住む
太陽系が幾重に重なって丁度合わせ鏡のように

835 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 15:42:04
>>832
>意識の果てと意識の始まりは繋がっていますか?

連続であるだけで、端と端は繋がっていません。

836 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 15:43:03
>>833
どこからそんな出鱈目が出てくるのかわからんが、
決定論者でも宇宙の果てがあるわけではない。

837 :まさ:2005/12/12(月) 15:47:56
>>833
だから考えるなと…?
宇宙の果ては考えていません。意識の素をわかりやすく言っただけです。
>>834
合わせ鏡について具体的にいえますか?教えてください。

838 :833:2005/12/12(月) 15:49:42
>>836
仮に「宇宙の果て」があり、外が有る?とすれば、この世界の物理法則など
瓦解することになるやもしれぬ、決定論者にとって「宇宙の果て」など断じて
あってはならない、同様に宇宙の始まり所謂ビッグ・バン以前の昔も決定論
者にとって断じてあってはならない

839 :833:2005/12/12(月) 15:52:06
決定論者にとって実はビック・バンも目の上のこぶなのだよ
願わくばビッグ・バンすらなかったことにしてたいのが決定論者

840 :まさ:2005/12/12(月) 15:52:24
>>835
果たして端があるのでしょうか。

841 :まさ:2005/12/12(月) 15:54:51
ごめんなさい。この際宇宙はどうでもいいです。意識レベルでお願いします。
また『荒らし君』と呼ばれてしまいますから。

842 :833:2005/12/12(月) 16:00:38
>>837
>合わせ鏡について具体的にいえますか?

宇宙の構造が解明されていないのでこうだとの断定出来かねるが、
例えば、球の表面は2次元であるが、その2次元の面には「果て」など
なく、球を一周すればまた元に戻ってくる、そのような2次元トラース
などの多様体はいくつでも考えられる

843 :833:2005/12/12(月) 16:05:10
>>841
君の言う意識がどうのようなものであるのかによって、即ち意識の定義が
出来て初めて論じれるものではないのか?例えば、意識は幾何学的構造
を持ちえるとか(大胆な発想)

844 :833:2005/12/12(月) 16:11:00
>>835
>連続であるだけで、端と端は繋がっていません。
ニューロンレベルにおいて、意識は離散的

845 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 16:13:41
>>838
そんなことはないよ。
決定論者は、宇宙の果てがあってもいいし、外があってもいい。
在ってもなくてもいいのが決定論者。物理法則に依存するわけでもないし。

単にお前が、あってはならない決定論者というだけだ罠。

846 :833:2005/12/12(月) 16:14:36
唯物論者にとって、ニューロンレベルのとしての
意識はデジタルなのかもしれぬ 笑

847 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 16:15:58
>>839
お前は決定論者なのか?決定論者でないならいい加減なことは言わんで欲しい。
俺は決定論者だが、そのようには考えない。

848 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 16:16:49
>>844
離散「的」なだけであって、離散しているわけではなく、連続している。

849 :833:2005/12/12(月) 18:30:35
>>845
仮に宇宙の外があったとして、そこでは因果律が崩壊しているとしたら?

850 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 18:38:00
>>849
因果律が崩壊とは、具体的にどういう状態のことですか?

851 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 18:52:57
ベヘリット

852 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 18:58:17
別に宇宙の外の因果律が崩壊してても宇宙の内で成立してれば
それでいいじゃん。

853 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 18:58:59
>>850
「経済が崩壊」とはどういう状態かわかる?(w

854 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 19:01:12
>>853
アンカーミスか?それは850にじゃなくて、833に聞くことだ罠w

855 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 19:02:03
>>852
それだ。

856 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 19:05:31
女とは自分の利益しか考える頭脳がなく、みんなで協力的にという社会には
非常にそぐわなく、かといって自分がおれて社会に染まる気も無ければ、ましてや
社会の為に自分が譲る・・・なんて気はさらさらないのである。
だから結果として弱者ぶってはセクハラ、痴漢、DV等の自分に都合の良い
法律を作らせて、それにしがみ付き自分を主張して社会の和を乱す。
また自分の為であれば他人が罪をかぶろうが泥をかぶろうがお構いなし、
自分の為に他人が犠牲になることなど、むしろ当たり前と思っている面もある。
そして女に対する強制的な言動、行動が社会や家庭を円滑にまわす上でやむない行為
であったとしても全て暴力ととらえ、関係の無い他の女も巻き込み
女一丸となって楯突くのである。
こういった面では社会性、自立性は皆無に等しく対処策として男性が取る
作戦としては、結婚拒否、生殖拒否、交際拒否、また非処女は汚らわしい存在である
事を認知させ、次世代の女に悪い手本として教育せざるを得ない。
そうなると、ロリコン(十代後半女性)に関与することもやむを得ない
自体であり、いかに今の自由を振りかざしている成人未婚女性が不潔であり、
悪であり、汚らわしい存在であるかを言い聞かし成長させるか、男の技量が問われる。
(ただいま私も実践中)そして、少子化に拍車をかけることにより、行政も女性過保護
を考え直さざるを得ない状態を引き起こす(それでも女は最後の最後まで自分だけ
助かろうと悪あがきをする生き物であるのは明白なのだが・・・)
ここまでくれば国事態が崩壊しないと収集がつかないのは私自身もよく理解できている
このまま若者のニート化と少子化の進行に行政の対策が追いつかず
どんどん退廃して完全に国家が破産するのを待つしかない。
ただでさえ、企業を起こしがんばって経済を潤滑させる者ばかりから
金を巻き上げようとする国家の姿勢は変わらない。
何の保護も無ければ、逆に高すぎる責任や無駄な規制ばかりがついて周り
身を立ててがんばろうと思うメリットがない。
それこそ全てを捨て身軽になった法が人間として自由に生活できるのが
日本と言う国なのだ。

857 :むじんくん:2005/12/12(月) 19:43:24
>>851
全く余談ですが、私もベルセルクは大好きです。ただ、今週もそうだったですけど休載
多すぎですよねぇ(笑)。

858 :むじんくん:2005/12/12(月) 19:49:48
>>852
> 別に宇宙の外の因果律が崩壊してても宇宙の内で成立してれば
> それでいいじゃん。

どなたかが仰ってましたが、これを精神にあてはめてみるとどうでしょうね。

宇宙の内側=脳による説明
宇宙の外側=自由意志

これは結構妥当な考え方じゃないですかね。もっと言うと、近代哲学の特徴と
しては、因果律というのは人間精神が保有する外界認識の仕組みであり、
今の議論で言うところの脳の機能ということになります。そして脳の機能を
そのように認識するならば、脳が認識できない領域が逆に想定され、それは
宇宙の外側と同じように因果律が通用しないかもしれない。


859 :まさ:2005/12/12(月) 20:05:44
>>858
じゃあむじんくんさんはありえると?もうひとつむじんくんに質問
人類と呼べるレベルになってから今も脳の機能は進化し続けてている?

860 :むじんくん:2005/12/12(月) 20:26:58
>>859
> 人類と呼べるレベルになってから今も脳の機能は進化し続けてている?

それはよく知りませんが、多少は新皮質が発達したりはあるんじゃないですかね。

ただ、決定的なことは脳幹とかそういう原始的と言われている部分ありますよね。
ああいうところからの指令を無視して、新皮質などの上位層による思考を第一に
することが可能になった時点で、人類は他の動物と決定的に違う存在となった
んだろうと思いますね。

具体的には、ある特定の価値観のために死を選んだりするようなことですね。
ドーキンスの有名な利己的遺伝子論からしても、説明がつかない行動を人間は
取るのは、やはり新皮質の異様な発達によってだろうと思います。

861 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 20:31:58
>ドーキンスの利己的遺伝子論
いや、ほんとにこれほど誤解されて使われてる理論もないだろう。


862 :むじんくん:2005/12/12(月) 20:41:07
>>859
あとですね。これはちょっと余談も混じりますが、臨死体験とかありますよね。宗教家が
体験するような神秘的な体験も似たような感じですが、こういう時の精神状態を再現する
ことはできるんですね。脳のある部分を刺激すると、臨死体験と似た体験(?)をする
らしい。

こういう状態に入る際の共通の特徴は、外界からの感覚が遮断された状態になっている
ということです。脳の活動状況をみていると外界からの情報を処理する部分があまり
活動しない状態になる。これは瞑想に深く入るとそうなるみたいですね。そこで発生するのが
宗教的法悦の感覚だったりするのです。

ただ、問題はここから先で、じゃあそこで感じたことは脳の異常な発作のようなものなのか、
ということですね。実は五感では認識されない何者かに接触できる機能を脳が持っている、
こう考えても辻褄があってしまうのです。

だから、脳の外部を想定する、或いは自由意思を想定するというのは、別に科学的因果関係と
相反するものじゃないですね。その辺を整理して解説したのが、カントの純粋理性批判だった
わけですしね。

863 :むじんくん:2005/12/12(月) 20:42:54
>>861
どんな誤解?

864 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 20:51:20
>>863
遺伝子が能動的な意思を持っているかのような誤解。

865 :まさ:2005/12/12(月) 20:53:32
>>860
ありがとうございました。進化論を信じろということですね。
むじんくんさんも機械さんもSYINさんもすごく頭がいいから
悔しいけど、違うっていいたいけど、
現時点で反論しても負けそうなので歯をくいしばって考え続けます。



866 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 20:55:19
>>865
おまえ絶対馬鹿にしてるだろw

867 :むじんくん:2005/12/12(月) 20:57:11
>>864
> 遺伝子が能動的な意思を持っているかのような誤解。

そんな誤解ってあるの(笑)?。擬人化された表現になってるからかね。ヒドイなそりゃ。

868 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 21:03:05
>>867
なんか、機械氏のようなレスポンスですな。

869 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 21:05:42
>>866
してない。ほんとにみんなすごい。このスレ見てから哲学の本50冊
読んだ。でも今は物理学を先にやるべきだたかなって思っている。
2ちゃんでは一番すごいよここ。

870 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/12(月) 21:15:26
仮に外を物質の世界
内を精神の世界とすると
物質界を探求することは内の世界を知る事であり
逆もまた然りなのですよ。

871 :833:2005/12/12(月) 21:24:36
>>852
>別に宇宙の外の因果律が崩壊してても宇宙の内で成立してれば
>それでいいじゃん。

それでも良いのであれば、
決定論の一般性が損なわれるだけ

>>1
>「何を思うか何を意志するか」は、あらかじめ物理・化学法則により
>決定されております。

もおしゃかになってしまうな

872 :まさ:2005/12/12(月) 21:26:39
>>870
どの本読んでも歯をくいしばる行為は同じなんだよ。健一郎先生の言っている
クオリアはよくわかる。でも物質界の最小が無なら全部無でしょ?
だったら最大と結ばれているとなんでみんな考えないの?それとも
物質は意識的な感覚でしかないって事にならない?

873 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 21:30:57
>>869
今からじゃ一生かかっても機械に追いつけないよ読書量
ありゃ化け物w
その結果、現実面がチョと壊れかけてるけどな

874 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/12(月) 21:32:18
>>872まささん
とてもキレイな表現ですね。
>物質界の最小が無なら全部無
>最大と結ばれているとなんでみんな考えないの?
>物質は意識的な感覚でしかない
どれも正解だと思います。

875 :まさ:2005/12/12(月) 21:34:52
>>874
君か呼び捨てでいいよ。まだ小学生だから。
>>873
絶対追いついてみせる。いや抜かす。

876 :むじんくん:2005/12/12(月) 21:39:42
>>875
読書に関しては、読めば読むほどバカになるという主張の、ショーペンハウエル「読書について」がお奨めです(笑)。

877 :まさ:2005/12/12(月) 21:47:50
>>876
英語は無理ですので、
斉藤忍随さんので勘弁してくださいね。でも「忍随」←これも読めない。

878 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 21:51:51
で?

879 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 22:39:04
>>871
なんで?素でわからん

880 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 22:41:26
『宇宙の外では因果律が崩壊しているかもしれない』
なんて妙な仮定を>>833が言い出したからだろw

881 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 23:05:14
そうなの?
>>833の「宇宙の外」ってのはどんなイメージなんだ?

882 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 23:12:18
自分と自分の周囲の出来事が決定しているかどうかが肝心なのであって、
宇宙の外がどうなっていようと知ったこっちゃない。

883 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 23:16:16
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   . . .... ..: : :: :: ::: :::::: :::::::::::: : :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
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      _, ,_       . . . .: : : ::: : :: ::::::::: :::::::::::::::::::::::::::::
    (  ゚∀゚)       . . .: : : :::::: :::::::::::::::::::::::::::::::::
    ( つ旦0       . .:: :.: ::: . :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
    と__)__)        :: . :. :. .:: : :: :: :::::::: : ::::::::::::::::::




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884 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 23:44:03
    (-=・=-)       . . .: : : :::::: :::::::::::::::::::::::::::::::::
    ( つ旦0       . .:: :.: ::: . :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
    と__)__)        :: . :. :. .:: : :: :: :::::::: : ::::::::::::::::::


885 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 23:51:22
結論

決定論は信念である。

886 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/13(火) 00:08:38
>>862
>脳のある部分を刺激すると、臨死体験と似た体験(?)をするらしい。
>こういう状態に入る際の共通の特徴は、外界からの感覚が遮断された状態
>になっているということです。

英国MI6の「ブラックルーム実験」は、ある意味で「敵方スパイへの拷問」
となりますので、「公には出来ないプロジェクト」の一つでしたが、諜報機関が
何で「拷問」する必要がある(あった)かを考えれば「自白」以外の目的は
あり得ません。

>脳の活動状況をみていると外界からの情報を処理する部分があまり活動し
>ない状態になる。これは瞑想に深く入るとそうなるみたいですね。そこで
>発生するのが宗教的法悦の感覚だったりするのです。
>ただ、問題はここから先で、じゃあそこで感じたことは脳の異常な発作の
>ようなものなのか、ということですね。実は五感では認識されない何者か
>に接触できる機能を脳が持っている、こう考えても辻褄があってしまうの
>です。

「辻褄」云々はどうでもよいと思います。
要は「感覚的クオリアを完全遮断」したときに「指向的クオリアはどう振る舞うか?」
という問題です。
P.S.:19世紀の頭の良いおじさん・・カント氏の出番は(21世紀以降には)もうありません。

887 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 00:13:15
クオリアを話題にするのは、もう半世紀あとでいいw

888 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 00:13:37
ジョンCリリーマンセー

889 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 00:15:02
リリー・フランキー

890 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 00:16:30
フランキー・堺

891 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/13(火) 00:25:17
>>886機械さん
「指向的クオリア」は五感に対応していますか。

892 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/13(火) 00:39:01
>>891
「脳」の「玄関」から(胎児に時代に)入ってくる「情報」は、
(幸か不幸か)五感しかありません(胎児では殆ど「聴覚」)
です。・・・敢えて言えば「原初的な指向的クオリアの受信可能性」
は「遺伝子に組み込まれた指向的クオリア形成システム」という「遺伝子
レベルで「既決定の感受性レベル」で「所与に決定されている」ことになります。

感覚的クオリアが「各感覚を発生させる」時期は異なりますので、コラボレーション開始
の時期は当然異なることになりますが、「五種の感覚的クオリア」が「複合的に働く」あるいは
「コラボレーションする」ことは明らかであり、五感の発現する順序に従って、そのコラボレーション
は「増大する」・・・と言うことになります。・・あくまで原初的な「人類の脳と肉体の形成」の話・・
ですが。

893 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/13(火) 00:59:47
>>具体的には、ある特定の価値観のために死を選んだりするようなことですね。
>ドーキンスの有名な利己的遺伝子論からしても、説明がつかない行動を人間は
>るのは、やはり新皮質の異様な発達によってだろうと思います。

済みません「ドーキンズさん」の理論は知りません。
でも「ある特定の価値観のために死を選んだりするようなこと」アプリオリに「間違い」
であことが明確なのに「(体裁よく生きる)手段」を無くすならば、いっそ「市を選ぶ」
という「発想」は・・・「あまりに『観念論的誤謬』の支配が大きすぎて、「真理」の入る隙間が
まだ有りません。

894 :素人:2005/12/13(火) 01:04:29
私のレスは、
機械さん、あなたの先走りに対してのレスでもあるんですよw

895 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/13(火) 01:09:02
>>894
是非先走って下さい。「(唯一の)真理の普及」のサポーターとなって下さい。

896 :唯識 ◆Vidya0E1.s :2005/12/13(火) 01:12:58
>>892機械さん
うーん。表現(言葉)が違うだけでニュアンスは私の考えにほとんど一致ですね。

897 :素人:2005/12/13(火) 01:16:50
日本語の不自由な方ですか?w  >>895

898 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 01:23:26
機械に本当の意味でのコミュニケーション能力はありません。
会話しているふりをしているだけです。

899 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 01:39:25
>898
ミラーニューロンが萎縮してまして

900 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 01:56:22
900get

901 :鬼頭:2005/12/13(火) 02:07:20
>「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I
きみが本当に機械的唯物論者ならドーキンスは絶対に読みなさい。
リチャード・ドーキンス「利己的な遺伝子」紀伊国屋科学選書から。
明日本屋に行って買いましょう。

902 :むじんくん:2005/12/13(火) 10:03:55
>>886
> P.S.:19世紀の頭の良いおじさん・・カント氏の出番は(21世紀以降には)もうありません。

いやぁ、あなたの仰ることは典型的な疑似科学ですねぇ。

まず、脳の決定論というのはカントが問題にした議論を現代版に焼きなおしたものですよ。
これは純粋理性批判に登場する人間の認識機能、例えば「感性」であったり、「悟性」で
あったりを脳の機能と置き換えれば全く同じ議論になります。

問題は、脳がある特定の認識処理を行っていることは分かっており、そのように「分かっている」
こと自体が脳の機能に沿った形で行われているにも関わらず、あなたのような主張の人々は
なぜかその脳の認識処理を神の目のように扱うことなんですね。

そこからどういう議論が展開されるか。原始的なアミニズムのような発想が出てくるんですよ。
心身二元論者、或いはカントのように物自体を設定する場合には、徹底的に機械論的な記述が
できるんです。ところが、あなたのような主張をする人々というのは、機械論的記述によって
神秘的な事象を語ろうとする。クオリアっていうのも同じですね。これはカントの言葉で言えば
物自体ですよ。それを認識の到達不能な場所へ仮定する、というのではなくて、直接認識可能
だと主張するわけです。

カントが批判したのは、こういう思考なのです。つまり、科学的と称して宗教的、神秘的な現象を
語る。これは人間の思考が知らず知らずのうちに迷い込む罠であって、何も解明できない上に
機械論的記述さえも妨げる、退行した思考なんですよ。


903 :むじんくん:2005/12/13(火) 10:10:55
>>893
> でも「ある特定の価値観のために死を選んだりするようなこと」アプリオリに「間違い」
> であことが明確なのに「(体裁よく生きる)手段」を無くすならば、いっそ「市を選ぶ」
> という「発想」は・・・「あまりに『観念論的誤謬』の支配が大きすぎて、「真理」の入る隙間が
> まだ有りません。

アプリオリに「間違い」を判断できるならば、人間はここまで多様な文化を持たなかったでしょうし、
心理学者が想定するバカバカしいほど単純な行動パターンで人間を記述でき、且つAI化も
可能でしょう。

残念ながらそうなってないんですよね。人間はそういう固定した判断が破綻した生物なのです。
弁証法的過程によって結果として判断基準が生成されるのであって、固定した何かがある
わけではない。クオリアなんていうこの世の秘密を信じるオカルト科学者のあなたにとっては
残念な事実ですけどね。

904 :むじんくん:2005/12/13(火) 10:20:25
クオリア・・・・・これって今流行なの???

ttp://www.qualia-manifesto.com/manifesto.j.html

 このような認識は、従来形而上学と言われていた分野の実在性についての見直しにつながるだろう。
 その結果、形而上学が復活するだろう。

酷いねぇ、こりゃ(笑)。

905 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 11:30:15
誰かクオリアのレス立てて!(最高位さ〜ん)

906 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/13(火) 12:22:59
>>904
クオリア論は形而上学の分野を形而下学に還元できる、という
信念の下に遂行されていると思います(心も科学で扱い得る)。
そもそも、クオリア論について、自然科学者でない哲学者の
出番なんて無いのではないでしょうか(必要な哲学的議論も
その分野の専門家によって為されるでしょう)?

907 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 12:26:16
>>906
クオリア論は疑似問題ということ?

908 :一言 ◆84DmbwrCHo :2005/12/13(火) 12:30:20
>>907
私は疑似問題という概念は使わないので、それについてはNoとしか
答えられません。私が思うのは、心の「説明」と脳との関係付けを
前提とするならば、その分野の一線で働いていない哲学者の出番は
無いということです(いったい、ラボで作業せずに市販の自然科学の
読み物程度の知識で口出しするというのは失礼だと思いませんか?)。

909 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 12:33:57
思いません

910 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 12:55:54
>>906,908
オレも基本的には同意だけど、自然科学側から見ても脳科学
だけではちょっと無理だと思うけどね
総体として見ないと駄目という気がするんだが

911 :むじんくん:2005/12/13(火) 13:18:48
>>906
> クオリア論は形而上学の分野を形而下学に還元できる、という
> 信念の下に遂行されていると思います(心も科学で扱い得る)。

逆ですよね。形而下学によって形而上学を表現しているだけですよ。科学じゃないですよ。
クオリアっていうのはプラトンの言うイデアであって、それはニューロン発火による科学的
説明はもちろんできるわけですが、イデア自体を実験室で観察できるわけじゃない。

クオリア論が言いたいことは分かります。昔ニュートンが色というのを波長として記述
可能としたときに、ゲーテが反対したんですね。色彩論という本がありますけど、色は
波長じゃないと。クオリア論というのはそういったレベルの話をしているわけです。

当然脳みその現象として語ることはできるでしょうし、問題ない。問題は、こういう科学的記述を
使って"赤そのもの"という、イデア的な対象物を表現しちゃうことなんですね。これは最悪の
哲学なのです。

912 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 13:27:27
"赤そのもの"という、イデア的な対象物じゃなくて、
"この赤"という個物じゃないの?
問題は、同類の個物を比較して普遍性を抽出して記述するという
科学の常套手段が使えないこと。"この赤"は1回こっきり
自分にしか観察できないし、客観化する方法もないから。

913 :むじんくん:2005/12/13(火) 13:34:55
>>912
> "赤そのもの"という、イデア的な対象物じゃなくて、
> "この赤"という個物じゃないの?

クオリア論は違いますよね。"赤そのもの"を表現しちゃってますよ。赤と認識する脳活動
を分析し、そういった回路が言語の習得などの経験によって生成されていく、そういった
話であれば別に問題ない。様々な赤があり、それはある特定の波長の範囲があり、
脳がどのように区分を設けて認識しているのか、これも問題ない。

ところが、クオリア論というのは、"赤そのもの"をニューロンの構造から説明しようとして
るんですよ、明らかに。これは話が逆さまです。科学じゃない。科学的記述を装った
形而上学です。

914 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 15:03:41
クオリア論で実験方法はまだ模索中の段階だし、クオリアの
定義自体もまだまだこれから深められていくだろうね。

そんな中で、結論がもうあるかの如く言うのは野暮だよ。

915 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 15:55:00
だね

916 :むじんくん:2005/12/13(火) 16:19:17
>>914
> そんな中で、結論がもうあるかの如く言うのは野暮だよ。

どうして?クオリアっていう「イデア」をもとめる研究をしてるってことでしょう。出発点の
発想が反科学的じゃないですか。

917 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 16:41:11
なんでまだ完成していない科学の限界を決められるのか?

918 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 16:41:26
クオリアという「イデア」というのは、変じゃないか?
クオリアというのは、プラトンの洞窟の比喩でいえば、
洞窟の奥の壁にうごめいている「影」そのもののことだろ。

919 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 16:54:06
なあ、1950年以降で偉大な哲学者っているのか?哲学は終焉したのか?
このスレ観ていると哲学は物理学に吸収される運命にあるように見えてくるわ

920 :むじんくん:2005/12/13(火) 17:15:53
>>918
> クオリアという「イデア」というのは、変じゃないか?
> クオリアというのは、プラトンの洞窟の比喩でいえば、
> 洞窟の奥の壁にうごめいている「影」そのもののことだろ。

しかし、>>904のページではそういう言い方ではないですよね。

 音楽を構成するクオリアが音という物理的刺激によってもたらされるというのは単なる偶然である。
 本質的なのはクオリアの方であって、音という物理的刺激の属性の方ではない。

プラトンは外部にイデアの世界を想像しましたが、クオリア論は脳内に同じものを期待している。

921 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 18:13:03
>>920
プラトン理解がむちゃくちゃ。

922 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 18:16:38
その前に特定のクオリア論を持ち出してそれを批判し、あたかも
クオリア論全体が批判されたかのごとく扱うのが間違い。
理論としてまったく固まってないんだから、自然科学の発達を待つか、
あるいは、従来の他我問題程度に引き写して語るしか無いと思うが。

923 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 18:19:04
いずれにせよ、物理学で解明できなかったら哲学で解明できるとも
思えんよ。あれだけ厳密な数学的記述でできないとなるとね。

924 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 18:22:21
>>920
どっちかというと、従来の自然科学が物質界を「イデア(真実在)」
とみなして、「取るに足らない仮象」として切り捨ててきたものに
実証知の光を当てられないか、というのがクオリア論ではないかと
思うのだけれども。(よく知らないけど)
ただ、そこでクオリアを無批判に「脳」と直結させると、また従来の
「物質イデア論」に舞い戻ってしまうような気はするが。機械のように。

925 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 18:38:34
「イデア界」って誰の創作なんでしょうか。
なんか誤解の元凶になってると思うんですが。

926 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 18:57:39
>>925
哲学自体が誤解の元凶なんだよ

927 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 19:10:12
>>919
物理学こそ哲学史上最大の作品だと思わんか?

928 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 19:43:24
私の顔が悪いのはイデアからのあずかり方が不完全なためですか?

最近の疑問ウンコにイデアがあるかなぁ?

929 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 19:46:17
ウンコの実体にはイデアがあります。


930 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 19:53:33
>>929
有難う明日から前向きに生きていけそうです

931 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 20:05:26
クオリアとイデアってのは、どっちも客観的な手法では扱い得ないという点では一緒なんだけど、
(というかそれぐらいしか一致する点がない)
イデアが万人に共通であるのに対し、クオリアは万人に共通であるかどうかは問題にしない
という点で異なっている。
またイデアは直接感知できないが、クオリアはそれそのものが経験を構成している。

類似点と相違点をはっきりさせないで論じてるから話がややこしくなる。

932 :むじんくん:2005/12/13(火) 20:24:21
>>924>>931

どうなのかなぁ。

 人間の脳の中のニューロンのコンフィギュレーションから、人間の心の中で感じることのできるクオリアの
 カテゴリーには限りがある。人間の心が感じることのできるクオリアは、本来のクオリアの空間の膨大な
 可能性のごく一部であることが認識される。

もう完全にイデア論、科学風味の形而上学という感じですけどね(笑)。

933 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 20:28:51
>>932
君の言ってるイデア論ってのは何なの?
プラトンのイデア論とは全然関係ないみたいだが。

934 :むじんくん:2005/12/13(火) 20:29:46
>>928
ウンコの成分分析、臭いの原因、こういったものを考察するのではなく、
ウンコを見たときに我々が感じる「ウンコ」の意味自体こそがクオリアです。
ですから、当然ウンコのクオリアがあります。

935 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 20:30:18
なんかもう手当たり次第にクオリアは物自体だイデアだとか言われちゃうと
オカルトの人よ、君は実は正しかったんだね、とか思っちゃうじゃないか。

936 :むじんくん:2005/12/13(火) 20:33:05
>>933
イデア論とは、事象の裏側に真の実体があるという思考全般を指してます。

937 :むじんくん:2005/12/13(火) 20:36:52
>>933
すいません、>>936に追記ですけど、それを直接認知可能とするような発想という
意味でここでは使ってます。


938 :むじんくん:2005/12/13(火) 20:39:11
>>935
オカルトはそれを直接認識し、自己の知性の支配下におけると考える連中ですね。だから、
権力欲ですよ、オカルト主義の根本にあるのは。

ソクラテスやカントなどは、あくまでもそれは認識不能の領域として、知性の外に置くのです。
知るのではなくて信じる領域だと。

939 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 20:55:06
>>932
ああ、茂木のが自然科学じゃないってのには同意。
てかなんであそこまで(茂木が)自然科学にこだわるのかがわからん。
自然科学じゃ手に負えないから新しい科学を作りますよ!とでも言ったほうがマシ。

940 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/13(火) 23:45:11
>>902
>クオリアっていうのも同じですね。これはカントの言葉で言えば
>物自体ですよ。

機械的唯物論では「クオリア」は脳内現象の一つです。
強いて言う(言語的定義を試みる)ならば、
定義案1:高等動物が「環境適応力を増大する」ために進化の過程で獲得した
    「脳の構造」における「体内・外現象」が「意識」に現前するするあり方の総称
    注:「意識」とは、「過去における指向的&感覚的クオリアが『記憶』として蓄積
      された「脳のその時点における状態」のことです。
・・となります。

941 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 23:51:50
クオリアの定義にクオリアが出て来てどうすんだアホ

942 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 00:06:21
脳の状態だってことだろ?
というと

『クオリアは科学では説明できません』

とか言い出す奴がいるが
そう言う奴に『クオリアとは何か』と聞くと『定義できない』とか言う
定義できないくせにそれで有ってるか間違っているかなんて分かるわけ無いだろw

943 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/14(水) 00:08:00
>>941
なるほど、ごもっともです。 では・・

定義案2:高等動物が「環境適応力を増大する」ために進化の過程で獲得した
    「脳の構造」における「体内・外現象」が「意識」に現前するするあり方の総称
    注:「意識」とは、「(その個体の)過去における脳内活動の記録(『記憶』)が、
      「物理・化学的脳内状態」として蓄積された「脳のその時点における状態」の
       こと。
・・・となります。

944 :鬼頭:2005/12/14(水) 00:11:58
やっぱり「機械的唯物論」者はネタで書き込みしているのかな。
クオリアってどこで知ってその定義は何をもとにしているのかな。

945 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 00:14:53
>>943
ぶっちゃけ「脳の状態」だけで済むじゃない
なんで高等動物とか変なの付け足すの?

>>944
とりあえず定義教えてくれない?

946 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/14(水) 00:15:04
>>944
(現時点における)私の「言語的理解」です。ネタはありません。

947 :鬼頭:2005/12/14(水) 00:21:17
私の理解ではクオリアはイメージのこと。
言葉の意味は言葉の持つイメージであり、クオリアと言われる。

>>946
どこで知ってなぜその言葉を自分の用法で使っているのか疑問なんですが。

948 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/14(水) 00:21:52
>>945
 「反射」はご存じだと思います。
 膝のある部分を打つと、足の筋肉が伸びる現象ですが、それは
「クオリア」を介さないで成立する「神経回路の現象」です。

 「高等動物」ではない動物以下の「生命」の「神経系(があれば)」
は、殆どその「反射」のみで「環境に適応する」方法を採っております。

 逆に言えば「高等動物」の行動は「反射」よりも「クオリアを介した判断」
を優先して行われており、それが「進化論的優位性」を担保することになります。
・・・だからこそ「高等」を名乗る(名付ける)ことが出来るのです。

949 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 00:23:04
>>947
イメージってなんだよw


950 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 00:26:15
イメージって脳がする物だろ?
んじゃそれも脳の状態じゃないwwwwwwwww

951 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/14(水) 00:29:54
>>950
「反射」は「イメージ」を介さないで起こります。
脳幹や脊髄が「筋肉に直接命令を出せる構造」だからです。
「反射的に避ける」ことは「イメージしてから考える」よりも
遙かに「スピードが速い」ので、「とっさの事態」から心身を
守る為には、人間という高等動物にも「必要な機能」なのです。

952 :鬼頭:2005/12/14(水) 00:32:36
>>949
イメージ【image】
1、心の中に思いうかべる像。心象。
2、姿。形象。映像。

クオリアをイメージというとき1の意味。
言葉の意味=言葉のイメージ=言葉のクオリア

953 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 00:36:58
心=脳の状態と説明すれば全て解決なんだが

>>951
脳は神経の一部(進化した物)なんだけど
脳を持つ物がクオリアを持つというなら、中途半端に持ってる奴とかはどうなるの?

954 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/14(水) 00:37:39
>>952

厳密に言うと「イメージ⊆クオリア」なのです。
「イメージ」であると認識される「クオリア」は「一部のクオリア」
である・・ということです。
「反射」の過程では「イメージを介さない行動」が行われますが、
「たった今、反射行動を採りました」という「クオリア」は生じます。

955 :鬼頭:2005/12/14(水) 00:41:03
もう一度書くけど、「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I はクオリアという言葉を
どこで知ってなぜその言葉を自分の用法で使っているのか疑問なんですが。

956 :THE グル :2005/12/14(水) 00:42:28
いいですか、
>>1の文章はなにが言いたいのかよく分かりませんね。
脳や脳が作り出す「意識」が、
単なる物質的産物であることに首肯したとしても、
なぜそれが、
「何を思うか何を意志するか」は、
あらかじめ物理・化学法則により決定されている云々ということに、
突然、
飛躍してしまうのか謎ですね。
また本当に、
人間の自由意志が「感じ」に過ぎず、
人間の意志とは無関係に物理・化学法則という強い力によって意志が決定されているならば、
何かある物事について統計を取ったときに、
もっと一方に寄ってしまうほどの極端な偏りが出てしかるべきですが、
実際はそうではありませんし、
これでは個人差を説明することが困難になってしまいます。
もっとも、
ケトレーが調査したように、
外部の環境因などによって人々の意志に意味のある偏りがみられることは確かであり、
全く人間の意志というものが、
あらゆる外部関係から乖離したものと考えるのも困難であることに変わりがありません。
しかしながら、
ケトレーのようにある事柄についての人々の意志が外部要因によって影響され得ると主張することと、
人の意志が全く物理・化学法則に決定されると主張することには大きな差があり、
後者は人の意志の客観的観察の欠如した観念論に過ぎないんです。
まあこの考え方は、
人間の自由を、
精神的自動機械と同等であると考えたカントに似ておりますね。
どうかしましたか?

957 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/14(水) 00:45:06
>>953
>脳を持つ物がクオリアを持つというなら、中途半端に持ってる奴とかはどうなるの?

「クオリア」は「種についてはほぼ同じ」ですが、「種を超える」場合には、
相当な差異があると思われます。犬・猫は色のクオリアを持たないと考えられておりますが、
(進化論的には)犬・猫より「下等?」だと思われる「鳥類」は、人類より多くの色を見分ける
ことが出来るし、犬は人類が「クオリア化出来ない」『超音波(2万Hz以上の周波数の音波)』
を「クオリア化できる」ことは明白です。
・・「犬笛の音」をあなた(の脳)は「クオリア化」出来るのですか?


958 :「機械的唯物論」者 ◆Wrk8395W0I :2005/12/14(水) 00:47:38
申し訳ありませんが、脳内睡眠物質メラトニンの蓄積が限度ですので就寝させて頂きます。

959 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 00:52:15
>>957
神経の感度=『クオリア』化出来るか
ということかい?
クオリアとか変な言葉使わないで『脳の状態』とか『神経による刺激の伝播』とか言わない?

960 :鬼頭:2005/12/14(水) 00:53:12
もうひとつはクオリアという言葉の多用は何を意味しているのか。
機械的唯物論者を名乗りクオリアを連呼すること自体に意味があるのか。
茂木はクオリアは機械的唯物論とは別の説明原理が必要だという主張をしていると思う。

961 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 01:06:00
>>960
なにも茂木の解釈を尊重する必要はないよ。クオリアというのは茂木が発見した概念ではないだろ


962 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 01:52:31



              ,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,
             /": : : : : : : : \
           /-─-,,,_: : : : : : : : :\
          /     '''-,,,: : : : : : : :i
          /、      /: : : : : : : : i     ________
         r-、 ,,,,,,,,,,、 /: : : : : : : : : :i    /
         L_, ,   、 \: : : : : : : : :i   / 哲学のことなら何でも
         /●) (●>   |: :__,=-、: / <   僕に聞いてくれよぉ 
        l イ  '-     |:/ tbノノ    \    
        l ,`-=-'\     `l ι';/      \  大卒ニート・職歴なし(29才)
        ヽトェ-ェェ-:)     -r'          ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         ヾ=-'     / /  
     ____ヽ::::...   / ::::|
  / ̄ ::::::::::::::l `──''''   :::|





963 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 01:57:54
>>962
クオリアって食えますか?

964 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 10:08:13
冷たい海に住む天使のような生物でしょ

965 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 10:25:54
俺のゴーストが囁く「良スレだ」と

966 :むじんくん:2005/12/14(水) 17:51:30
>>940
つまり、人間の外界認識は言語による分節化によって行われますが、それが脳内に
おいてどのように処理されているのかということですよね。それなら分かります。でしたら
別に「クオリア」なんて妙な新語は必要ないということですね。

私がリンク先に記載した記述によれば、「クオリア」という実体がどこかにあり、それを
脳内の処理を記述することで導き出そうということになってますが、これは否定している
ということですね。


967 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 18:02:32
クオリアなんて脳や神経が存在するなんて分かるずっと前に提唱された物だろ?
解剖や外科手術すらまともにあったか?

なんでそんな物を支持できるのか分からん


天体を細かく観測することが出来なかった頃の天動説を支持するのと大差ない気がするが

968 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 18:13:09
クオリアを支持って、君・・・。
指示するも何も君も心があるなら普通にクオリアは持ってると思うけど。

物理主義(唯物論)への反駁としてのクオリア論法、いわゆるゾンビ論法とか知識論法
を支持するかどうか、という意味なら>>967の文章の意味もわかるけど。

969 :むじんくん:2005/12/14(水) 18:17:30
>>967
古典的な形而上学問題を脳科学持ち出すことで目新しいかのように言ってるだけですね。
>>932に引用した文見ても、典型的なオカルト主義という感じがしますね。やはり科学が
進歩しても人間は進歩しないんですね。

970 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 18:48:25
>>968
なんというか
クオリアって結局脳の状態だろ?というと
それ以外にあるとか訳分からんこという奴が居るから言っただけ

971 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 18:50:25
宇宙人にチップを埋め込まれたとでも

972 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 18:50:56
>>970
訳分からんのはお前が悪い。
「クオリア=脳の状態」なんて単純に等置できるもんじゃない

973 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 19:08:14
>>970
いや、俺も>>967の文章の意味がわからなかったので書いてみたんだけど。
でも>>967>>970はどうつながるんですか?

ところでクオリアが脳の状態に還元できるかどうかは断言できない、
というかそれが一番の論点なのでは?

974 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 19:10:16
あと、クオリアという言葉自体は昔からあったのかもしれないけど、
今みたいに大きく扱われるようになったのはもっぱら80年代のジャクソンの知識論法の論文(色科学者メアリーが出てくるやつ)以降らしい。
だから比較的最近のこと。

975 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 19:12:00
ソニーもクオリア

976 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 19:38:46
>>972
んじゃクオリアって何よ?

977 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 19:46:24
私が実は外部世界で作られたAIで、脳なんか持ってない、
ということが分かってもクオリアは同一である(単に、
観念論の変装だけどね)。

978 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 19:46:38
>>976
とりあえず>>904のサイトでも見たら?

機械の
>高等動物が「環境適応力を増大する」ために進化の過程で獲得した
>「脳の構造」における「体内・外現象」が「意識」に現前するするあり方の総称
>注:「意識」とは、「(その個体の)過去における脳内活動の記録(『記憶』)が、
>  「物理・化学的脳内状態」として蓄積された「脳のその時点における状態」の
>  こと。
てのもまあ大きく外しちゃいない。

979 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 19:49:41
極論すれば、量子論も相対性理論も、偏微分方程式も群論も、
すべて脳の状態といえなくはない。

980 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 20:01:00
>>978
大きく外していないじゃなくて
的確に記述してくれよ

981 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 20:09:13
>>980
>>904読んだのかよ
話はそれから

982 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 20:14:51
雀士が「点棒の点数を増大する」ために対局の過程で獲得した
「牌の構造」における「手牌内・外現象」が「卓上」に門前するするあり方の総称


983 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 20:15:17
>>978
これはやっぱり外しているのでは?
クオリアが脳の状態(ひいてはクオリアの対象)と因果的に結びついているかどうか
今はなんとも言えないでしょう。

984 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 20:17:04
ましてやクオリアの由来とかは。

985 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 20:20:15
>>983
肝は
>「体内・外現象」が「意識」に現前するするあり方
ってとこで、要するに感覚情報が主観に対して現れるその現れ方のことを言ってるんだろ。
それは外してない。

それ以外の部分は機械の妄想なんで無視すりゃいい。

986 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 20:31:24
>>985
いや、そこだけだろw

クオリアとはなにか、と聞かれたらそこだけを答えればいいんであって、
勝手な妄想を付け加えた文章を引用するのはかえって誤解を招く。
必要なのはクオリアに関する機械のコメントのような文章から妄想の部分を取り除くほう。
だから>>978のような文章は的確な部分を含んでいるとしても、それを「外してない」なんて言うのはかえって罪深い。

987 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 20:36:47
>>985
それって
「体内・外現象」が「神経」を介して「脳の状態」になる
って言っちゃだめなのか?
刺激-神経-脳 の系がクオリアだって言ったらだめなのか?

988 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 20:40:21
>>987
いいから>>904読めって。
聞いてばっかいないで、少しは自分で理解しようと努力しろ

989 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 20:48:56
>>987
前から
それ言ってるんだけどね・・・w
誰も賛成しない・・・

990 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 20:53:58
>>988
『主観と質感』と『脳の状態』の関係を明らかにするって言ってるんじゃねえの?
日本語無駄に長くてわかりにくいぞ

理解してるんなら
『クオリア』とは『脳の状態』なのかそうじゃないのか
違うならどう違うのか言ってくれよ

991 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 20:56:29
>>990
むしろどう一緒なのか言うべき。

992 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 21:01:56
感覚、感情、意志、等々を司っているのは脳であり、
『感じる』のは脳が刺激によりそのような状態になっていることに他ならないから

993 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 21:09:42
>>990
あれ読んで理解できないんじゃ相当重症だな・・・

「脳の状態」ってのは客観的な記述なの。
「クオリア」は個人的な体験の、主観的な立場からの記述。
記述の立場が全く違うものを同一視できるわけがないだろ。

994 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 21:12:09
クオリアは万能である。


995 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 21:13:24
茂木先生マンセー

996 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 21:14:58
>>993
立場が違うだけで中身は同じだろ?

997 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 21:25:22
>>996
だからなんでそういうことを言いきれるわけ?


決定的にセンスが足らんのかな

998 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 21:35:08
>>997
だから『何が違うか』ちゃんとかけよ
客観か主観かだけで終わり?

主観もそいつの脳の状態だろ?
それで何がだめなのか全く分からんぞ

999 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 21:39:12
>>998
記述の立場が違ったら、そもそも「何が違うか」とか「何が同じか」とかを
比べること自体が不可能だってことを言ってんだよ。

これで理解できなきゃもう見込みなし。

1000 :考える名無しさん:2005/12/14(水) 21:42:45
>>998
主観は報告でしか分からない。

例えば、客観的な記述で脳が「哀しい」状態になっている時に、
その人が「哀しくない」という報告をするならば、そいつはウソを
ついてることになる(もしも脳の客観的状態=主観ならば)。

問題は、ほんとにウソなのか、それとも、脳の客観的状態と
主観は必ずしも一致しないのか。これは実験の段階ですら
問題になり得る。

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もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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