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どうして人を殺してはいけないのですか?5

1 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 02:30:34
どうして?


どうして人を殺してはいけないのですか?
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1126001287/
どうして人を殺してはいけないのですか?2
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1127472365/
どうして人を殺してはいけないのですか?3
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1130157792/
前スレ
どうして人を殺してはいけないのですか?4
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1131869654/

2 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 02:33:03
なんで立てんの?
きちがいの馴れ合い場がなくなるからか?

3 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 02:39:38
前から評判悪いのにしつこく立てる連中いるよね、このスレ。

4 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 02:47:53
>>1


5 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 03:53:45
油鍋に何を入れるのか。

6 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 04:32:16
>>5
おまえ・・・前スレからやってるだろ、キモいよ
他人のレスを卑小化するたとえを書くと何か見えるのか・・・?

7 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 04:51:44
女とは自分の利益しか考える頭脳がなく、みんなで協力的にという社会には
非常にそぐわなく、かといって自分がおれて社会に染まる気も無ければ、ましてや
社会の為に自分が譲る・・・なんて気はさらさらないのである。
だから結果として弱者ぶってはセクハラ、痴漢、DV等の自分に都合の良い
法律を作らせて、それにしがみ付き自分を主張して社会の和を乱す。
また自分の為であれば他人が罪をかぶろうが泥をかぶろうがお構いなし、
自分の為に他人が犠牲になることなど、むしろ当たり前と思っている面もある。
そして女に対する強制的な言動、行動が社会や家庭を円滑にまわす上でやむない行為
であったとしても全て暴力ととらえ、関係の無い他の女も巻き込み
女一丸となって楯突くのである。
こういった面では社会性、自立性は皆無に等しく対処策として男性が取る
作戦としては、結婚拒否、生殖拒否、交際拒否、また非処女は汚らわしい存在である
事を認知させ、次世代の女に悪い手本として教育せざるを得ない。
そうなると、ロリコン(十代後半女性)に関与することもやむを得ない
自体であり、いかに今の自由を振りかざしている成人未婚女性が不潔であり、
悪であり、汚らわしい存在であるかを言い聞かし成長させるか、男の技量が問われる。
(ただいま私も実践中)そして、少子化に拍車をかけることにより、行政も女性過保護
を考え直さざるを得ない状態を引き起こす(それでも女は最後の最後まで自分だけ
助かろうと悪あがきをする生き物であるのは明白なのだが・・・)
ここまでくれば国事態が崩壊しないと収集がつかないのは私自身もよく理解できている
このまま若者のニート化と少子化の進行に行政の対策が追いつかず
どんどん退廃して完全に国家が破産するのを待つしかない。
ただでさえ、企業を起こしがんばって経済を潤滑させる者ばかりから
金を巻き上げようとする国家の姿勢は変わらない。
何の保護も無ければ、逆に高すぎる責任や無駄な規制ばかりがついて周り
身を立ててがんばろうと思うメリットがない。
それこそ全てを捨て身軽になった法が人間として自由に生活できるのが
日本と言う国なのだ。
http://etc4.2ch.net/test/read.cgi/motenai/1134118726


8 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 08:34:48
死刑は罰ではありません。仲間は仲間を殺しません(仲間の定義)。
敵の排除、これが死刑の意味です。
人は敵と仲間に分けられます。憲法とか法律は仲間内だけで通用する
もので、敵はこのようなものでは縛れません。死刑は仲間に対する
刑罰ではなく、敵に対しての処置なのです。
殺人は悪いことと思われています。しかし、殺人が絶対悪であると
されたことは人類史上ありません。敵をたくさん殺した者は英雄と
されてきたのです。いつの時代でも悪とされたのは人を殺すことでは
なく、仲間を殺すことなのです。


9 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 09:27:59
>>8
コピペか?

死刑は、法律を仲間(国家の構成員)に対して適用することで行うものだが?
敵であれば、死刑という処置は行えないだろ。国籍を剥奪した上でなければ、
敵に対する処置だとはいえない筈だ。死んだら仲間から外れるから敵だという
考えが一般的だとも言えん。8の説明に沿って考えてみても、「仲間は仲間を殺しません」
という明らかに多くの人が認めそうにない定義を持ち込んだ上での、こじつけがされてるだけだろ。

「・・・英雄とされてきた」「仲間を殺すことなのです」は、殺人は悪いことだと「思われています」と、
あらかじめ「悪いことでない」という前提に読み手を誘導した上で、逆説的な言辞でこけおどしをしてるだけ。

その説明でいいんだったら、「殺人は悪いことだとされてきました」とも、英雄とされた考えを否定する考えも
たくさんあったとも言えるだろ。

10 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 10:17:45
あ〜、殺して良いんです。

終了

11 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 10:28:04
10みたいな馬鹿を誰か殺してくれ。殺してはいけないが。

12 :10:2005/12/12(月) 10:32:02
>>11
馬鹿な漏れに、三行で説明をお願いします

13 :代理:2005/12/12(月) 12:49:43
>>12
10みたいな馬鹿には死んでもらいたいので、
誰かに殺してほしいと依頼した。殺してはいけないが。

14 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 12:50:22
>>12



15 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 12:57:03
池沼ばっかり

16 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 12:59:57
>>11>>13
面白い。説明になってるね。

17 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 13:35:35
さっさと、ID制導入しようぜ。

18 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 15:01:23
17=10は、11・13が受け、10がバカにされたことが、気に入らなかった。

しかし、彼は無力なので、いつものように、気に入らないレスを無視させようと煽った。

今日は、「ID制導入のほのめかし」という手を使ってみた…。



しかし、本当にID制が導入されることになれば、彼のレスもIDで特定できてしまう。

彼は、意見を通そうとするとき、同調に頼るしか能がない人間だったから、

実のところ、ID制が導入されて困るのは、彼なのであった…。

19 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 15:35:20
あ〜、意味わかった。殺しちゃダメらしい。

終了。

20 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 18:57:43
19は18を見て悔しくなった10がとった精一杯の反応です
みなさん、どうか笑ってやってください

21 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 19:17:20
殺せ!俺にとって損な人間は皆殺せ!
そして、俺にとって損な人間を皆殺した後、そいつも死ね!
なぜなら、人を殺すような人間は危なくてしょうがないから。
いつ自分が殺されるか分かったもんじないし。
そして自分にとって得な人間ばかりが生き残った後、俺のユートピアが完成する。

22 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 19:24:28
いや、多分ID制が導入されたら、ネットカフェとかいろいろな手を使って
たくさんの人が(せいぜい数人w)が殺してもいいと言ってそうに
見せかけるよう出来る限りの努力を始めるんだと思うぞ。

10にとってID制は、案外喜ばしいことかもしれんw
10の一番の楽しみだからなあ、哲板で殺してもいいと書き込むことはw
そりゃあ、必死にもなるさw

23 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 19:26:40
>>21
・・・あえて言おう、



必死だな。

24 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 19:28:44
>>21
うわ、キモ・・・こいつ、3行目で分かるノリにしとけば
1-2行目のノリについてくる馬鹿が多いとでも思ってるんだろうか?

25 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 19:30:08
>>23
そんなこと言うとオマエガナーって言われるぞw

26 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 22:20:22
さっさと、ID制導入しようぜ。

27 :考える名無しさん:2005/12/12(月) 22:44:17
頃してイイ!

28 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 00:33:38
>>26-27
10乙

29 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 00:45:56
やっぱ、ID制は導入した方がいいな。

30 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 01:31:15
馬鹿野郎!ID制を導入したら本音が言えなくなるではないか!
というか、2チャンネルの意味自体なくなるではないか!
よく考えて発言しろ!

31 :10:2005/12/13(火) 02:09:10
>>10 >>12 >>19
が俺だ。
全て俺のせいにするな。



32 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 02:19:05
つまり、匿湾だがね?

33 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 02:39:34
どこ行っても、ほとんどIDあるよな。
IDすら無いのに、哲学語るなんて恥ずかしいから
やっぱ、ID制は導入した方がいいと思うよ。

34 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 02:41:20
>>31
必死だなw

35 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 13:14:39
age

36 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 20:55:03
ID無しっていいよね。

自分の書き込みがどれか宣言するだけで、
なんか決まってる風を演出できるから。

「全て俺のせいにするな。」

そんなことどうでもいいんだよバーカw



37 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 22:00:20
で、ID制はいつ導入するの?

38 :考える名無しさん:2005/12/13(火) 23:36:59
コロコロコロして井伊!

39 :考える名無しさん:2005/12/15(木) 02:27:51
塾の小学生は敵だったのかな?それとも味方?
味方だとしたらその理由を教えて。
敵だとしてもその理由を教えて。
そして敵味方を区別する基準はどんなもの?
利益

40 :考える名無しさん:2005/12/16(金) 16:32:54
(´・ω・`)なんで人殺すん?

41 :考える名無しさん:2005/12/16(金) 16:50:23
>1殺しちゃダメだからです。終了

42 :考える名無しさん:2005/12/16(金) 19:33:06
>>1
人は人を殺す動物だから

43 :考える名無しさん:2005/12/16(金) 21:54:47
人は、人を殺すだけの力を備えているにも拘らず、その行使を禁ずる。人には人に殺されまいと抗う力があるにも拘らず同時にそれを行使する機会は殆どない。全ては約束。破っちゃダメみたい。

44 :考える名無しさん:2005/12/17(土) 08:11:05
>>43
いや、このスレタイはもっと深い話だよ。

45 :考える名無しさん:2005/12/17(土) 12:29:39
人は何かしら知識を受けて人格や 自我を作っていると思う、
もちろん生まれつきの個体差はあるものの、すべて同じ条件下(生まれるまでの母の行動 温度 湿度 事故 担当する人が)
でそだてたならば、ほぼ同じ人格の人が出来上がると思う
知識がなければ 大きな個体差が生まれない
知識を覚えていなくとも知識が完全に消え去ることはない
少しずつ人格や自我に影響を与えていっていると思う
人を殺すことを悲観的に考えた教育、テレビなどの情報を与えずに
人が知識だけを教えられてそのままある程度まで育った場合
人を殺すのは何故いけないかという質問が出てくるであろう
知識のなかに無意識に人を殺してはいけない
人を傷つけてはいけない という事を何回も見聞きしたことによって
人に傷害を与えてはいけないという事を常識として考えている
だから説明しろと言われてもうまくはいえない
ただ、漠然にいけないことだと、思っているだけだ
よってこの質問の答えは 人を殺してはいけないと
知識として与えられたものを 自我の中に取り込んでいるのだ

と哲学にかんして本を頭しか読んだことのない漏れが申しております

46 :考える名無しさん:2005/12/17(土) 12:34:01
>>45は女性ですか、どうよ?


47 :考える名無しさん:2005/12/17(土) 12:36:09
>>45
同じことは数学にも言えるね

48 :考える名無しさん:2005/12/17(土) 12:46:36
>>46
男性ですが何か?
>>47
フーム考えてないし
人ということでいきなり思いついて書き綴ったやつの一部分だし

49 :考える名無しさん:2005/12/17(土) 16:08:29
知識によって、人は殺人をしないのならば、人は何故殺人を禁じるような知識を与えるようになったのだろうか?道徳教育なども人に知識を与えている。高尚な宗教のご題目も同様。しかし、やはり解せぬ。何故、人はそのように教える?

50 :考える名無しさん:2005/12/17(土) 16:39:02
嘘つきターニャの真っ赤な真実。

ロシアの肉便器タニヤ(写真付き)
肉便器女は日本人に限ったことではないようです。
こんな女でも日本人の子供を産むのはイヤなのだそうです。
スタイル悪くてブサイクだから。

http://www.antiscam.net/modules.php?name=coppermine&cat=11108

ロシアン結婚詐欺師の手口

@滞在費用をだまし取り
A妊娠したら経口堕胎薬でわざと流産させ
http://www.imedical.com.kh/ru486peking.asp ←経口堕胎薬のHP
B慰謝料をふんだくる

金で女が買えるとか愛情が買えるなどという発想をする日本の成金
オヤジどもが露嬢を手に入れようなどとすれば、こんな結末になるのが落ち。

ヒント:
本当にロシア美女と幸せな家庭を築きたいのであれば、
結婚斡旋業者などを絶対に相手にせず、
露語か英語をマスターし、現地で信頼できる人脈を作った上で
信頼できる女性かどうか見極めてから結婚するべきでしょう。

参考:このサイトをよく読んでおくべき。
http://www.womenrussia.com/blacklist.htm


51 :考える名無しさん:2005/12/17(土) 21:52:03
>>49
たぶん殺された人の友人や家族が殺しちゃいけないと思っていったのだと思う
それが飛び火していって常識となった…と思う

52 :考える名無しさん:2005/12/17(土) 22:32:52
>>51
数学の規則の正しさも、それが受け入れられているのは習慣によるものでしかない
われわれが使用する数学とはまったく異なる規則体系があったって構わない

「人を殺してはいけない」という規範もまた、それが受け入れられていることを論理的に基礎付けることはできない
われわれが常識とする規範とはまったく異なる規範があったって構わない

殺人に関する規範は「人をころしてはいけない」以外に何があるか?




53 :考える名無しさん:2005/12/17(土) 23:34:12
殺人を認めると,社会が維持できなくなるから。

54 :考える名無しさん:2005/12/18(日) 07:35:30
>>53
浅すぎ、中学生?

55 :考える名無しさん:2005/12/18(日) 10:22:58
正しくは、
巧妙かつ遠まわしな殺人を許容しなければ
社会を維持できなくなるから。

56 :考える名無しさん:2005/12/18(日) 11:07:43
>>54
深い理論をお願いします。

57 :考える名無しさん:2005/12/18(日) 16:46:47
不快理論だろw

58 :バー九:2005/12/18(日) 17:54:46
命の重さは生きものは皆平等であって、しかしながらゴキブリはゴキブリ、犬は犬、人は人でそれぞれにはそれぞれの秩序がある。だから私たち人間は人を殺してはいけないのだと思う、なぜなら私たち人間には知性があるのだから。

59 :バー九:2005/12/18(日) 17:56:42
もっとも地球上では弱肉強食の絶対的な法則があるから生きるために生命を奪うのはしかたない事のだ。しかし悪意や嫉妬などの欲望での殺生は間違っていると思う。皆はそう思わないか?

60 :考える名無しさん:2005/12/18(日) 19:31:24
とりわけ強くそのように思うことはないなー。

61 :普通:2005/12/18(日) 19:49:45
人は理性があるから。心がある。
感情も、思いもある。それが人間と動物の違いだと思う。
愛があるんだ、人間には。
愛は頭で考えるものじゃない。心で感じるものだから。
なぜなら愛は霊的感性だから。
どんな犯罪者にも必ず理由があるよ。
精神的な病、心のトラウマ、恨み妬み。。だれでもあると思うよ。
ただ我慢していたのがはじけちゃっただけなんだ。
その犯罪者にも家族はいると思う。優しいお母さんやお父さん。
かわいい子供だっているかもしれない。
彼を愛してくれた沢山の人達はどう思うだろうか?


62 :考える名無しさん:2005/12/18(日) 20:47:36
それがなにか?

感情的な問題をいくら引き合いに出しても、共感を前提にした論法には、普遍性が無いよ。
生活経験からいえば、それで自分の身の回りの人間の大多数を説得できるんだろうけど。


63 :考える名無しさん:2005/12/18(日) 20:56:38
人間以外の動物に感情がないとは言い切れない。
また、全ての人間に(通常の)感情があるとも言い切れない。

64 :考える名無しさん:2005/12/18(日) 20:57:16
ここで、ID制の出番でつよ。

65 :考える名無しさん:2005/12/20(火) 22:15:35
どうして人を殺してはいけないか?という疑問に普遍的な解答は存在するか?なんとなく、人を殺してはいけないんじゃない?くらいのスタンスで生きとります。

66 :45:2005/12/21(水) 10:38:29
>>65
答えなんて無いんじゃないかな?
いや、一人一人の考えそれぞれが答え何じゃないかな?
まぁ日常生活ぐらいならそれぐらいでよろしいかと
ここは答えは見つからないようなことを
みんなで話し合う板だと思う
哲学って皆同じ考えとは限らないし
哲学の答えを突き止める方法も、ものすごく難しい事だとおもう
何故人を殺してはいけないのか?ってのも
突き止める方法は無いか、もしくはとてつもなく難しいかのどっちかだとおもう
まぁまったり考えを深めていきましょう。   by売れないAA描き モ###

67 :考える名無しさん:2005/12/21(水) 18:31:48
( ´_ゝ`)

68 ::2005/12/21(水) 20:35:31
>>65
人を頃していいというならまず自分を頃せよ

そうしたらみんな認めてくれるよw

69 :考える名無しさん:2005/12/21(水) 20:39:33
>>68
>>65は人を殺していいなんて書いてるようには見えないですけど・・・。

70 ::2005/12/21(水) 20:43:27
>>69
疑問に解答しただけです


71 ::2005/12/21(水) 21:28:03
というわけで
俺としては<<1に自殺を提案します
この方法なら筋が通っているので誰も批判はできないでしょう

<<1は頑張って死んでくれよなw

72 :考える名無しさん:2005/12/21(水) 21:31:08
>>71
<<1は過去スレを張っただけでは?

っていうか>>1ですから。

73 :考える名無しさん:2005/12/21(水) 22:59:40
まず、事実として「(ほとんどの場合に)人殺しはしてはならない」という社会的ルールは、
ほとんどの人が望むと思う。ここまでは異論がないでしょう。で、

(1)事実としてほとんどの人が望む社会的ルールは、正しい社会的ルール(正義)なのか?
(2)事実としてほとんどの人が望む社会的ルールは、
  それを個人的ルール(格率)に還元した場合、それは正しい個人的ルール(善)なのか?

って疑問が出てくるわけだけど、これは確かに難問。

(3)人間は(本質的に)社会的な存在者である
(3')社会的な人間が道徳的に正しい人間である

というような、人間と社会性を強く結びつける前提がないと、
Yesは出てこないと思う。その前提だけで十分かは別にして。

たぶん、(3)や(3')の類の前提は、
道徳を論じる上では、単なる前提として受け入れるべきなんじゃないかな。
逆に言えば、(3)や(3')の類の前提を受け入れられないは、ともに道徳を語るに値しない。

74 :考える名無しさん:2005/12/21(水) 23:10:16
>>71
自殺とはまた別。
死にたくないと思ってる人で、人を殺しまくる人を悪と言い切れるのか?ってことじゃない?

お前には根拠を挙げた上で言い切れるのかい?

75 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 01:22:01
どうして人を殺してはいけないのか?

答えはないと思う。そして殺人はいけないことでもないと思う。
たとえば世界に3人しか人間がいないとします(三人をそれぞれA,B,Cとする)
AがCを殺しました。Aは殺人が悪いことだと思っていません。
しかしBは殺人が悪いことだと思っています。
その時点で世界にはA、Bの2人しかいません。
Aの主張は「別に殺人は悪いコトじゃない!」
Bの主張は「殺人は悪いことだ!人を殺すことは絶対にしてはいけない」
さてこの場合、AとBの言っていることどちらが正しいか。
Aは自分の主張が正しいと思っているし、Bも同じ。
この場合議論はずっと平行線。結論はでないだろう。
今俺らがここで話していることと同じ。

76 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 04:05:27
NHKでアウシュビッツの特集見たら、「仕事」になったら
殺すのはノルマに過ぎないみたいよ。

77 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 06:06:17
>>76
そういった特殊な環境はまた別問題だろ

何故人を殺してはいけないか
人を殺してはいけないと考えるのは自分が殺されたくない、死にたくないと考える人間だけで、死にたい、死んでも構わないと考えている人は殺人を容認する傾向があると思う。
殺人の可否を考える時に出る道徳観念は後付けの詭弁に過ぎない

78 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 06:07:07
底が浅いな

79 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 07:04:16
                  ./    \
        ,.-――      | ^   ^ |      __
       /´      /;;;;;ヽ;;;;.| .>ノ(、_, )ヽ、.|ヽ‐'、      `丶
     . li_     _  <;;;;;;;;;;;ヽノ.! ! -=ニ=- ノ 〉/:::::::ヽ      ヽ
      ヾ,.。、 '゙,。、`. ',;;;;;;;;;;;l.:;:;\`ニニ´/;:;.l::::::::::::/  .,、,._  ,.. il
       i`フ  ''´   l;;;;;;/,i:;:_:;:_:;:_;:;_:;:l:;_;:_:;:_:;:ヽ::::::::ィ ´,. 。、' ゙ ,。、'
      ..i ゝ ,、)     l;;/ィ/_____|___ゝヽ:::::i  `"´ 〈 `´i
      ', iニニヽ    `三|  _     _   |ヾ::i      ,、' i
       ',ヽ三ノ,'  .;三|  三シ   ヾ三  |三、 、  ,ィニニi ./ <あまり私を怒らせない方がいい
        lヾ;.ニ, ' ノ |三′  .._     _,,..  i三`、ヽ, ヾ三ソ,'
        .|;;',;,   }  ト、ニ| <でiンヽ  ;'i"ィでiン |三.|`' 、,_,. '
        i;',,   / ', iヽ!  、 ‐' /  !、 ーシ |シ,イ 丶,,';';i
        i;,';  /  i,ヽリ    ,' :  !.     |f ノ   i ,;',i
       /  / i  /;ヾ!    i ,、,..、ヽ   lノ ヽ  |  \
      ヽヽヽヾ丿 /;;;,, |      _ _    イ l ;;;;;;ヽ {////
       ````  /;;,',';;. l    ,ィチ‐-‐ヽ  i / ',;;::',',゙i ´´´
            /.,',',';;" ゙i、   ゝ、二フ′ ノ/\ ',',',;;,'i
            i 、  ./ \  ー一 / /   ヽ ',;::'、
           |   〈    \     /    ヽ''  |
           ト,   i       ̄=''"      | 、 i


80 :下司のカングリ:2005/12/22(木) 11:45:31
>>77
アウシュビッツは特殊な環境かな。そういってしまえば、人間が人間を
殺すときは、どの場合も、特殊な状況下でなされるに決まっている。こ
の問題は、論じられない、ということになる。あらゆる殺人を俎上にあ
げなければ、この問いの意味がなくなる。

81 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 12:16:18
なんで、生きたいの?

なんで、殺されたくないの?


82 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 13:54:46
>>80
殺人が仕事な時点で特殊
殺人自体も特殊だかアウシュビッツとは別

83 :下司のカングリ:2005/12/22(木) 14:44:01
>>82
では、殺人を職業としている連中のそれは、問わないということ?
人殺しを生業にしている人間は、結構、存在する。たとえばアメリ
カのマフィアは、幹部にのぼりつめるためには、少なめにみても5
人以上は殺さなければならない。こういう連中の殺人は、例外的な
ものとして、その是非を問わないということ?


84 :下司のカングリ:2005/12/22(木) 15:03:59
>>82
あるいは軍人による合法的な大量殺人は、これまた特殊な事例として
除外するわけ? イラク戦争をみればわかるように、非戦闘員を数万
人規模で殺している。テロリストのそれも例外か。
君のいう是非を問わなければならない殺人て、どんな殺人? お誂え
向きの殺人だけを論じても、無意味。それは、限定された条件つきの
殺人を語ることでしかない。せっかく「なぜ人を殺してはいけないの」
と、大風呂敷を広げたのだから、根底的・普遍的に殺人の意味を問わ
なければ。

85 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 16:08:40
>>83
アメリカのマフィアwwww
あんたは禁酒法の時代にいるのかwwww

86 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 16:09:49
通時性が無ければ、大風呂敷も意味が無いね。

87 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 16:11:57
つまり、「殺してはいけない」ってのも
さしあたっては、「現代日本」という特殊な環境下での価値観ってことになる。

88 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 16:21:28
本人に大義がある場合(大義>殺人)の殺人は除外すべき
というか有史以来全世界に至るまで考えるならば、この質問は成り立たないと思われ

89 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 16:22:39
つまり範囲を限定的にしないと答など存在しない

90 :ハルチカ:2005/12/22(木) 16:27:33
人を殺してはいけないのは、
自分が殺されるのは怖いでしょ?
死にたくないのに殺されちゃ嫌でしょ?
だから、相手を殺さなければ自分も殺されないじゃん。

人を殺しちゃいけないというより、自分が殺されない為なんだよ^^

91 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 16:29:08
>>88
どんな公に行われる殺人は形の上ではそれっぽい理由をつけるわけだが、
大義をどう考えるかだな。ぶっちゃけアルカイダもアメリカの打倒という大義があるからな

92 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 16:29:09
>>90
帰れ

93 :ハルチカ:2005/12/22(木) 16:29:10
死にたいと思っている今日は
昨日生きたくても生きれなかった人の明日なんだよね。
だから、殺人はイクナイの。

なんし、痛いやろw

94 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 16:30:08
>>93
だから帰れ

95 :ハルチカ:2005/12/22(木) 16:31:24
>>92-94
い・・・今家なんだけど^^;

96 :ハルチカ:2005/12/22(木) 16:33:12
>>91
欲が勝つこともあるからじゃん♪
喧嘩はフッカケル方が悪いってゆーネ。
だって、死にたくないジャン

97 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 16:33:20
>>91
テロの場合は相手がアメリカに限らず不特定多数じゃん
やってる奴らも気付いてやってるんだろうし

98 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 16:34:22
>>96
親父の金玉に帰れ

99 :ハルチカ:2005/12/22(木) 16:35:37
>>97
我侭云いたくなったら暴れんじゃん。
ガキの遊びダヨ

100 :ハルチカ:2005/12/22(木) 16:36:10
>>98
ンなところから出てきた覚えはネーヨ
どんな親父ダヨ

101 :とおります:2005/12/22(木) 16:37:30
>>94
お前もな・・っと

102 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 16:56:28
>>100は神の子

103 ::2005/12/22(木) 17:30:21
お前が俺を殺してはいけないということは、説明されなくてもわかる。
俺がお前を殺してはいけないことはわからない。
理由を説明しろ。

104 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 18:27:09
>>103
お前が俺を殺してはいけないからだ。

105 ::2005/12/22(木) 18:56:54
>>104
馬鹿。
それは質問を繰り返して言ってるだけで何の説明にもなってねえだろ。
俺が聞いてるのは、その理由だ。

106 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 19:53:56
モーセ一行が約束の地カナンを目指して旅を続けていたとき、様々な困難に直面した。
神への背信、仲間同士の争い、
それに見かねた神が民を救う為にモーセに示された十の戒め、即ち「十戒」
なぜ人と関係することが六つも記されているのか。

107 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 20:00:41
それは社会的動物である我々人間がより安心し、発展していく為のテクニックではないだろうか?

○あなたの父と母を敬え。
○あなたは殺してはならない。
○あなたは姦淫してはならない。
○あなたは盗んではならない。
○あなたは偽証してはならない。
○あなたは隣人の家をむさぼってはならない。

108 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 20:32:08
宗教内なら余裕だよな、何故いけない?と聞かれたら神がそう決めたから

109 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 20:35:38
>>105
「俺がお前を殺してはいけない」ことがわかっているのに
どうして、「お前が俺を殺してはいけない」ことがわからないのかが
俺にはわからない。

110 :ぽっくん:2005/12/22(木) 20:39:32
       ___
     /ノ人ゝ        / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
     | \ ・ε・)y━・~~~ < 倫理に命題は存在しない
     \__ ̄ ̄ヾ.       \_____
      \__/


111 :ぽっくん:2005/12/22(木) 20:40:19
倫理はアプリオリ(先験的)であり、人を殺してはいけないというのは自明の理である。

112 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 20:47:15
アプリオリには、「強者が弱者の生命を搾取できる」というのは自明の理である。

113 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 20:59:44
人殺しをタブーとするのがアプリオリならば、殺人事件なんて起こんないでしょ。アプリオリは最も普遍的とされてるから。寧ろ、アポステリオリな概念に属すると思う。やはり、社会や文明を維持するために決められた約束事と思う。

114 :下司のカングリ:2005/12/22(木) 23:01:07



115 :ぽっくん:2005/12/22(木) 23:12:32
じゃあそうおもって永遠と考えてればいいじゃん。おれは時間をもっと有効に使うから。バイバイ。

116 :ぽっくん:2005/12/22(木) 23:14:34
永遠と→延々と

117 :下司のカングリ:2005/12/22(木) 23:16:36
>>85
マフィアは禁酒法時代の遺物ではないよ。今世紀の話し。いまも連中は
人殺しを続けているから、嘘だと思うのなら、調べてごらん。
それに、禁酒法時代なら殺人は問う必要がないわけ?

118 :ぬえ:2005/12/22(木) 23:41:04
109
それは、みんな考え方が違っとるからだろ。

119 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 23:45:18
私、失礼なこと言ったかな?ぽっくん拗ねたみたい。気分を害したなら、ごめんね。

120 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 23:49:45
朝鮮あたりでは日本人は殺せみたいな教科書で教育されてるじゃない。その時代の道徳と教育と国家体制で違うのかな?

121 :ぽっくん:2005/12/22(木) 23:51:29
じゃあおまえはせんそう行ってころせるのか?ってはなしだね。
それがせいぎだと、どうとくだと、りんりにかなってるとおもえるか?っていう。
まぁもうこれいじょうちみたちとははなしたくないね。
はなしたいならここにハンドル入れてくるべきだね。

http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1135184487/

122 :考える名無しさん:2005/12/22(木) 23:57:15
道徳は普遍的じゃないんじゃない。

123 :ぽっくん:2005/12/22(木) 23:57:38
>>110>>111はうぃとげんしゅたいんのうけうりだね。


124 :ぽっくん:2005/12/22(木) 23:58:59
普遍的でないのは法律くらいで、理性を追求すればどの時代の人間にも同じような答えが出るんだと

お も う よ

だから過去の偉人の本を読んでうなずけるわけだし。

125 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 00:06:39
そうかな?時代や文化が違えば、人の考え方も変わってくると思う。カント曰く、理性はアプリオリな能力としてる。しかし、その普遍的な能力をどう使うかはアポステリオリの領域(教育、慣習等)に左右されるだろ?それらによって殺人のタブーは作成されたと思う。

126 :ぽっくん:2005/12/23(金) 00:12:19
で、君はタブー解禁して殺せるわけ?ころしてもいいと思うわけ?
思うなら悩んでろ。そして俺に近づくな。

思わないならそれでいいじゃん。

127 :ぽっくん:2005/12/23(金) 00:16:00
ウィトゲンシュタイン曰く、倫理はアプリオリであり、かつ美的感覚と一体である。

人を殺してはいけない理由は、はじめから殺してはいけないものだからで我々の美的感覚に反するからである。

らしいよ。

戦争だからって殺す人間はいてもそれは必ずしも理性で納得してやったとは限らないしね。

殺人を起こす人については単にタブーを破る人であって、それを命題にしてアプリオリに正常な感覚を持ってる俺たちが問う問題ではないってことじゃないの?

128 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 00:20:09
殺す事はいけない事のような社会の雰囲気で育ってきたから殺せないんじゃない?

129 :ぽっくん:2005/12/23(金) 00:22:55
で、君は本気で悩んでるの?別に殺してもいいじゃんって。

130 :じいさん:2005/12/23(金) 00:31:50
4でも述べたが・・・・・
>>921 :じいさん :
>理由はありません、「人を殺さない」本能だからです。
>勿論他の本能の都合で人を殺してしまう事はあります。
>いずれにしても本能なので理由はありません。
>>928 :じいさん :
>人を殺さないと言うのは「共感」と呼ばれる感情からくる。
>「共感」の感情は動物にも広く見られる。
>その感情は本能的な起源がある。



131 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 00:36:13
でもあれね大抵はじめから殺す側で考えて、殺される側では考えないのね。

132 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 00:39:42
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051222-00000230-kyodo-soci
家族に有希ちゃんの通知表 大沢小、終業式後に

ああ、この通知表を受け取る家族の事を思うと、
そして受け取る事も出来なかった少女の事を思うと、
私は人を殺す事はいけない事だと心の奥底から言わざるを得ない。

133 :ぽっくん:2005/12/23(金) 00:41:33
だってどうして人は殺してはいけないのですか?っていう命題だろ?
くだらない命題。
時間返せ。

134 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 00:54:23
『人を殺してはいけない』は命題ではない。
定理である。
人間社会の公理系を成立させる基本定理である。

135 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 01:08:42
タブーを解禁することって、戦争とかか?解禁されたことで、もはやタブーではなくなる。しかし、長年アポステリオリに培われた道徳観念を急激に変貌させるのは困難。戦争で人を殺すことが責務として、それを遂行したら、罪悪感は残るんじゃない?

136 :ぽっくん:2005/12/23(金) 01:11:16
解禁してもタブーはタブーだろ。
個人的に親とセックスしても、広く一般的には親とセックスすることはタブーだろ。

どうして親とセックスしてはいけないんですか?
みたいなもんだっていってんの。

本気で悩んでも無い奴がぐだぐだこれが哲学です、みたいに
どうして人を殺してはいけないのですか?
っていう命題を論じているのが低レベルだっつってんの。まぁ低レベルな2ちゃんねるにお似合いのスレッドといえばそれまでだけど、

137 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 01:22:51
そのタブーってゆうのはどうやって作られてどこにあるの。

138 :ぽっくん:2005/12/23(金) 01:25:38
アプリオリにあるの。

139 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 01:26:26
>>137
タブーってのは大多数のアタマの中にあって暗黙の了解として作られます。
たまにこれがアタマの中にない吉外がいて社会から排除されます。

140 :ぽっくん:2005/12/23(金) 01:26:47
アプリオリっていうのはね、ダイエーの横にあるから。明日行ってみ。

141 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 01:44:00
その時代の社会が作るのね。

142 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 01:45:24
タブーってゆうのは幼児にもあるの?

143 :ぽっくん:2005/12/23(金) 01:48:39
幼児にあるのはバブーです。

144 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 01:53:54
なるほど!
マイちゃん寝ます‥オヤスミナサイ

145 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 03:05:42
すべての人は「死に対して恐怖」を持っていて「死にたくない」と思っています。
そのような者が集まった集団では「互いに殺さないでいましょう」→「殺しは悪」となるのは当然の流れです。

善も悪もありません、これは社会のルールです。
サッカーは手で触ってはいけません、これと同じです。

もし「死を無条件に受け入れられる人」がいれば、その人には永遠に理解できないことです。
しかしそのような人はいないので、すべての人は、大なり小なり理解しているはずです。

146 ::2005/12/23(金) 04:25:23
>>109
お前、気が狂ってるんじゃねえの?

お前にとっては、お前が他人を殺すことと、
お前が他人に殺されるのは同じことなのか?

147 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 14:52:27
憤懣遣る方ないようだ。

148 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 15:18:25
『人を殺してはいけない』という洗脳されてるんじゃないのか?


有機物が無機物になるだけ。


149 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 15:22:44
洗脳ってなんだろう。

150 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 15:36:01
心の洗濯のことではないか。

151 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 16:25:37
すると、「洗脳される」ということは、だれか他人の心をわざわざ選択してる奴がいるということだな。
そいつはなぜわざわざそんなことをしてるんだ?

152 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 17:10:18
選択じゃなくて洗濯。
洗剤は無機物。

153 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 17:13:04
>>152
で、誰が何のために洗濯してるの?

154 :ぽっくん:2005/12/23(金) 17:15:50
私は長年いらだっていた、くだらない命題を論じ合う不毛さに。

ふと手に取った書物にウィトゲンシュタインの倫理に対する考えが書いてあった。

おう、これこれ、俺が言いたかったのはこれだよ。さすが天才だ。

しかしそんな発見とは別のところで今日も不毛な命題を論じるアホな哲学者?がいるのであった・・・

おわり

155 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 17:41:00
まあ要するに殺したいアホがいて粘っているという事だろう。

156 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 17:50:48
まあ、単に殺したいだけなら粘る必要もないんだが。
殺してなおかつ、その行為を非難されたくないんだろうな。
わざわざこういうことを話すのは。

157 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 18:13:16
数多の哲学者がいて、彼らは各々の考えを提唱してきた。彼らは、哲学において人を一括して考えようとする。しかし、哲学者同士で意見が対立するのに、それは可能なのか?ウィトゲンシュタインもその一人。誰か一人だけに傾倒するのは危険。偏狭な考えに陥る。

158 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 19:55:58
誰が殺してはいけないと決めた?


聞いて良いか、法律外の話だろ?


159 :考える名無しさん:2005/12/23(金) 23:36:23
「殺しても構わない」ってルールのゲームじゃ
「自分が不利だ」と考える人間が、大多数であるってだけだよ。

160 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 00:31:14
>>159
つまり自己保身のため、人も殺さない、という理屈だな。
ということは、「自分が殺されてもいい」と思ってる人は
人を殺してもいいってことになるぞよ。

161 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 01:09:47
>>160
そうだね。そう考える少数派は存在するだろう。

162 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 01:10:46
私の事ですか?



163 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 01:28:54
大多数が、「殺してはいけない」ということを、受け入れているとは考えるが
かといって、「殺してはいけない」ということを、受け入れることができない少数派が
「人間として間違っている」とまでは思わない。
社会的には間違っている存在だけどね。
実際に被害にあったら、許せはしないだろうが
そういう人間もいるってのが現実。


164 :ぽっくん ◆5m18GD4M5g :2005/12/24(土) 01:31:37
人間的に間違ってんだよ。

ハイ、今から殺し合いをしてもらいます、

っていわれても殺さないで自殺するのが人間として崇高な人。

人間として低レベルだからこんなくだらない議論延々としちゃうんだろうか。

165 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 01:36:00
低い程度の話なんでしょうねw

166 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 01:47:39
>人間的に間違ってる


167 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 01:56:19
殺してもいい、と思想を持つのは自由。
危険極まりないが、思想の自由が制約されるよりはマシ。
無論実行したら間違ってる

168 :ぽっくん ◆5m18GD4M5g :2005/12/24(土) 02:00:26
思想の自由っていうのは脳内で?言論の自由的な表現まで?
人を殺したい人集まれ、的なサイトがあっても無問題?

169 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 02:07:35
宗教じゃないんだから、現実として少数派は存在するし
少数派は、社会的に間違っているのであって、人間として間違っているのではない
ってのは認めなきゃならんと違うの?
かなり変な連中も、全部ひっくるめて「人間」だろ。

170 :ぽっくん ◆5m18GD4M5g :2005/12/24(土) 02:16:17
人間の生き方として間違っている。

171 :171:2005/12/24(土) 04:56:25
間違ってると納得せん限り行動を改めんわなぁ。

説得できないのであれば、生き方は正当化できない、でFA?

172 :キティちゃん:2005/12/24(土) 08:22:44
前スレ読んでないから同じこと言ってる奴いるかも知れないけど…
自分がなぜ自分として存在してるのか?って理由に起因してると思うけど…


173 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 10:17:14
>>1
疑問に思うなら、イラクなどの紛争地域にでも行って殺されてきなさい
その時、少しでも嫌だとあなたが感じたらそれが答えです
何も思わず殺されれば、あなたの命で殺してはいけない理由は無いと証明できます
さぁ、今すぐ行きましょう
旅費がないというのなら、近所のヤクザの事務所にでも殴りこみに行きましょう

174 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 10:21:54
>>169
なんだけど、この場合の「少数派」ってのは社会の必要を認めてないわけだよね?
「人間」ではあるけど、「社会の一員」といえるのかどうか。
とりあえず、当人たちにその自覚はないわけでしょ?

175 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 10:37:19
おまいら、どこからの視点で話してるの?
駄スレな事だけは分かった

176 :キティちゃん:2005/12/24(土) 10:49:01
173
じゃあ自殺したい人は誰殺してもいいの?

177 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 11:00:17
デスノートは倫理学的大作です!と、俺は以前からこの板で主張しているのだが実に食いつきが悪い。
これはおまいらの倫理学的感受性の鈍さ、問題提起力の貧困さ、そしてジャンプ系漫画が哲学的であるわけがねーという先入観の表れでないことを祈る


178 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 11:47:54
http://d.hatena.ne.jp/AKIRA-16g/

179 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 11:57:46
>>177
漏れは分かってる。



180 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 12:26:50
むしろ「人を殺してもいけなくない」と思う人の理由を知りたい。

181 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 12:28:34
>>177
でも設定は幼稚だしストーリー展開の論理は破綻してる。
中学生ならきっと大喜びの漫画なんだろうけど。

182 :ぬえ:2005/12/24(土) 12:45:14
なんかぽっくん考え方が幼稚だなww

183 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 12:50:53
ぽっくんは、人間味溢れた人から見た感じの発言なんだと思う.
他のスレでもそう.

184 :マイちゃん:2005/12/24(土) 12:57:35
おはよぅ

185 :ぬえ:2005/12/24(土) 13:00:12
他のスレでも書いてるのか。
それならもっと素直に書けばいいのに。
相手を馬鹿にするように書かかなかったらこんな事にならなかったのにね。

186 :まきな ◆I2rWVFDN2M :2005/12/24(土) 13:12:26
何故ひとを殺してはいけないのか。いろいろに理由づけ可能ですが
結局は人は殺すより生むほうが大変だからでしょう。

187 :まきな ◆I2rWVFDN2M :2005/12/24(土) 13:13:45
人が人を自由に生かし殺せるようになってしまえばもうそれは
人ではなく神に等しき存在となる。神は一つ、貨幣以外に存在してはならないのだ。

188 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 14:09:20
人を殺しちゃいけないのは、人には生きる権利があるからだと思います

189 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 14:18:15
>>168
「殺したい」、「殺してもいいと思う」なら問題ない。
ただ「殺します」だと、問題あり。

190 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 14:51:30
やりたければやればいいけどリスクを背負います。そして俺はやりません。

191 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 15:06:34
>>190
「やりたければやればいい」ってのは間違ってる
他人の生存権を侵害してる

192 :まきな ◆I2rWVFDN2M :2005/12/24(土) 15:07:17
「どうして人を殺してはいけないのですか?」

それはこの文意を理解できてしまう人間だから。人間とは言葉を所有すると同時に
言葉に所有される動物だから、としか言えない。人を殺すことが問題にならないのは
純粋動物の場合であり、彼らには殺生に善悪の判断は介在しないでしょう。生あるものが
生を欲するのと同じ次元で腹がへれば弱いものを殺して食うというだけのこと。この問いが
解かれる瞬間はこの問い自体が消失する瞬間と重なるわけです。つまり語り得ない。
倫理や芸術の領域です。

193 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 17:21:22
言語という法に縛られるってこと?やはり、殺人のタブーは後付けのアポステリオリな概念ということか?先天的にタブーが刷り込まれてはいないということね。文明の誕生によりその概念は培われ普及していったとしても、その概念は皆の理にかなっている?否、原則殺人禁止か。

194 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 17:28:15
「人を殺してはいけない」「人を殺さなければいけない」のどちらも言語という法に縛られている

「人を殺そうが殺すまいがどちらでもいい」は規則としての性質をもってない


195 :じいさん:2005/12/24(土) 17:34:59
>>180 :考える名無しさん :2005/12/24(土) 12:26:50
>むしろ「人を殺してもいけなくない」と思う人の理由を知りたい。

それならブッシュさんの演説が良い。

196 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 17:45:40
>>191
同様に殺す権利もあるのでは?
ただそういう何でも自由にするとひどく不便で疑心暗鬼の世になるから、国家が決まりを作り規制してるだけの話では?

現時点では殺す権利と生きる権利がぶつかった時に生きる権利を主張する側の意見が強いだけでしょ?

だから殺して見つかれば国家機関にとらえられて罰を与えられるけど、
国家が罪と定義していなければ行為自体は罪として成立しないのでは?
それとも191さんは倫理とか道徳の話ですか?

197 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 18:03:16
>>196
質問。
表に出ないヤクザの抗争で生じる殺人は堅気の人が嫌がる筋合いはない?

198 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 18:21:55
>>197

私はそういう世界に生きる人を否定するつもりはないが、
ヤクザや抗争を嫌い排除しようとする人たちの考えも否定する立場にない。

それぞれの立場があり価値観がありそれが相容れないとき、
相手を屈伏させる手段の一つとしての殺人もあるだろう。
ただそれは犠牲を払う可能性がある。

そして私は自分の不利益になることに対しては屈しない

199 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 18:27:06
>>176
>殺してはいけない理由は無い

>誰殺してもいい

この二つはイコールではありません

200 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 18:36:03
人を殺すのは、快楽でありとても楽だから、禁止する。人を殺すのが禁止されてなくても、難しく、苦しい行為なら、誰も殺人なんかおかさない。

201 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 18:45:03
>>196

>現時点では殺す権利と生きる権利がぶつかった時に生きる権利を主張する側の意見が強いだけでしょ?

現時点では殺す権利なんてどこにもありません

202 :偽・哲学者:2005/12/24(土) 18:48:43
>>192
純粋動物って、何? 人間以外の動物のこと? たとえば犬が腹が
減ったからといって、他の犬を襲い喰う、などといった話しは聞い
たことがありません。ライオンもしかり。
人間は、食用に人間を殺しませんが、カネのためには殺します。憎
しみでも殺します。楽しみで殺す人間もいます。上司の命令で殺す
場合もあります。人間は、同種を殺せる異常な生き物なのです。
だからこそ、このスレの問いに意味があるわけでしょう。

203 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 18:53:57
>>198
どっちやねん。

204 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 19:13:58
だから、低いって言われるんだよ



205 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 20:00:41
国が法律で定めている
法律がなぜ出来たのか
国の駒(民)が死ぬと困るから
駒が死ぬとなぜ困るのか
国が滅ぶから
なぜ滅ぶのか
秩序がなくなるから
なぜ秩序がなくなるのか
人間が死ぬから
死ぬとなぜ秩序がなくなるのか
人がいないから
人がいないとどうなる
国が保たれない
保たれないとどうなるのか
国が無くなる
国がなくなるとどうなるのか
組織が崩れる
崩れるとどうなる
生産に不具合が生まれる
不具合が生まれるとどうなるのか
生命維持に支障が出る
支障が出るとどうなるのか
死ぬ
死ぬとどうなるのか
誰もいなくなる
どうすればいい
殺すな。

206 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 20:13:04

神は殺人を否定しない。



207 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 20:18:14
だって神が殺してるしね
まぁ罰だといえば罰だったりするけど
それなら死刑は肯定できるわけだし


というかこのスレで死刑論争が起こらなかったのは不思議だ。

208 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 20:19:03
それと、中絶問題もね。

209 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 21:23:53

神は殺さない。 殺すのは人間である。


210 :考える名無しさん:2005/12/24(土) 21:46:24
例えば、ウィトゲンシュタインに傾倒する者は、恐らく否定的な見解を示すのだろうが
ニーチェに傾倒する者は、必ずしも否定的な見解を示すわけではないだろうな。

211 :ぽっくん ◆5m18GD4M5g :2005/12/25(日) 00:20:03
ある本より抜粋

倫理命題 「どうして人を殺してはいけないのですか?」

哲学者Aはこう言った、生命は尊いから
哲学者Bはこう言った、自分が殺されたくないから
哲学者Cはこう言った、人間は想像力をもっているから

ウィトゲンシュタインは言った、倫理命題は存在しない

212 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 01:33:41
禁止しないと殺すから。
純粋に個人の死が全体の利益になることが少ない。一方個人の死が一個人の利益になることはかなり多い。
全体の利益のための処刑または殺人は肯定される。

213 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 01:41:11
つまり人を殺すときは常に全体による肯定が求められる。
少なくとも殺人がよいと主張したいなら全体の利益になることが必要となる。


214 :ぽっくん ◆5m18GD4M5g :2005/12/25(日) 01:43:17
名無しは>>212と言った
名無しは>>213と言った

ウィトゲンシュタインは言った、倫理命題は存在しない


215 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 02:00:58
良いとか悪いとかは常に集団内にしか存在しない。
私の善悪観念が社会とまったくずれているのが当然だとしたら、集団内で殺しが悪とされていようが関係ない。 欲求自体が倫理的判断になる。

216 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 02:02:44
いっさいは許されている

217 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 02:44:16
一切は自由だ。
一切は我の思うがままだ。

「どうして人を殺してはいけないのですか?」とという問に対して、
いわゆる客観的な答えを求めるような考えは同意できないね。
各々が自分の思う旨を書き込み、それを読んで
こんな考えの人もいるのだなと思うことには意味があると思うけどね。

218 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 02:57:17
人間は自由なものとして生まれた、しかもいたるところで鎖につながれている。

219 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 05:16:26
>>215
良いとか悪いとかは、常に集団内にしか存在しないのであれば、
集団内でなければ当然に集団外であるという推論は、集団という
概念の性質からして馬鹿げたものなわけだが。

それと、欲求が倫理的判断になるという言い方の倫理は、
倫理という概念と無関係なただの専断にすぎない。
倫理とは、社会的な存在としての人間間に成り立つ共存のための
規範・原理のことだから。

>>196
権利ってのは社会的に認められる利益についてしか言えないので
端的に不利益である殺人に対する権利が認められたことはない。
196みたいな、自己中心的視点・ものごとを順序だてて考えられないゴミ人間は、
殺人の権利が認められるなら、殺すのは自分で、殺された自分は死んでいるから
殺す自分はみな「殺人の権利」を観念すると連想するようだが、普通の人間は
殺人が認められたときには、相互的に危険が生じることを理解できる程度に
混乱しない脳を持っているので、殺人の権利など成り立ちようがないことが
直観的に理解できる。

196はゴミ人間、つまりゴミなので死んでもいいと思う。
そういう社会になることは、196の考えによれば場合に国家しだいでは正当化されるらしいので
ぜひ、そのような国家が誕生して、ゴミ人間である196が殺されるような世の中になってもらいたい。
現時点では196みたいなゴミ人間が生きる権利を主張すると、人間全てについて生きる権利を
正しく考えて殺すことを許さない考えが強いが、196は人間というよりは、むしろゴミなので
捨てても問題ないと思う。国家は決まりをつくって196みたいなゴミは捨てたほうがいいと思う。
196みたいに「殺す権利もあるのでは?」みたいな書き込みを平気でするゴミを捨てても、別に不便にも疑心暗鬼にもならないと思うし。

220 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 05:18:07
場合に国家しだいでは→場合(国家)しだいでは

221 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 05:19:39
219の最後の段落は196への皮肉です。念のため。

222 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 05:23:17
もう一つ。殺すという手段を含む権利を認めることと、殺す権利を認めることは全く違います。

馬鹿でなければ219を読めば分かるだろうけど、このスレはなぜか驚異的な馬鹿が多いので
確認しておきます。はい。

223 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 05:24:11
殺すという手段を含む権利を認める→殺すという手段を含む権利を認めうる

224 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 07:04:00
>>219
つまんね。人の意見批判するのは簡単だぜ。
219はどう考えるのよ?同じぐらいゴミだと主張したいなら別だけど。

225 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 07:54:58
批判しかできない者よ(ry

226 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 11:09:01
自己中心的に考えるのが正解じゃね?
俺さえ死ななかったら誰を殺してもOKとかね。
誰かを殺すと、俺が殺される危険(ルール)がある場合は殺さない。
独裁者でも自分に不利になるような外交はしない、金は拉致人を簡単には殺さない。
殺すこと自体は屁でもないけどね。

227 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 12:46:53
生存権と殺人は両方同時に認めることができない。
たいていの人は、生存権を優先する。
(=自分が殺されたくないから殺さない)

ただ、一部の人は殺人を優先する人もいるだろう。
(=自分が殺されてもいいから殺す)

そういう人たち同士が殺しあうのは自由。
ただ、生存権を優先した人たちを殺すのは
その人の思想を否定することになるので、いけない。

228 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 13:39:08
「殺すことを是認するような人間は、場合によっては廃棄してもいい」
ってのは、当然ネタですよね?

229 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 13:50:14
殺さないで!!と言われると却って殺したくなる。誰でも、今まで数回は誰かの死を望んだり、殺人願望を抱いたりするだろう。しかし、頭の中で虐殺しても、現実では殺したりしない。理性のおかげ?理性の留め金が外れた者を監獄に幽閉するのか?厭だー。

230 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 14:04:13
人類はやられたらやり返すを繰り返してきて
いい加減疲れてきてるんですよ。

231 :羊男:2005/12/25(日) 14:06:41
〜〜すべき、〜〜てはいけない
とはどういうことなのだろうか

サッカーは手を使っては「いけない」のだろうか
それとも手を使ってもいいが、そのかわりペナルティーを取られるだけなのか

人を殺してはいけないのか
それとも殺してもいいが、そのかわり罰を与えられるだけなのか

「なぜサッカーでは手を使ってはいけないのか?」
と問われたら何と答えればよいのか
てきとうな理由をこじつけることはできるかもしれないが、
そんなことに意味があるのだろうか

人を殺してはいけない「理由」をこじつけたところで、
誰が納得するだろうか

「なぜ人を殺してはいけないのか?」と問う人は、
必ずしもその理由を欲しているのではない気がするよ

232 :ぽっくん ◆5m18GD4M5g :2005/12/25(日) 15:26:48
そのとおりじゃん。その理由を欲してないやつらが知的遊戯であそんでるだけじゃん。
こんなものが哲学だとは思わないで欲しいね。

233 :ぬえ:2005/12/25(日) 15:35:50
かっこよさげだから。みたいなノリや、サブカル的なノリで1はこのスレを立てたのかな?

234 :羊男:2005/12/25(日) 16:13:15
ぼくが思ったのは、
「人を殺してはいけない」ということに、
理由を与えようとする作業はあまり哲学的ではないのではないか、
ということ
あまり本質的ではないのではないか、ということです

もし、誰もが納得する理由を探し当てることができたとしても(できないと思っていますが)、
そんなことに意味があるのだろうか
ぼくは理由をこじつけることに魅力を感じない
理由なんて、ただ納得するための装置なんじゃないだろうか

235 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 16:15:35
納得って何だろう。

236 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 16:33:21
お前がいけないことをしたからだろ!!

237 :羊男:2005/12/25(日) 16:36:51
>>235
正しさを確信する感情 というのはどうでしょう
正しいという言葉に深い意味はありません

たとえば、
「まさにその理由が存在したことによって、事柄が生じたのだ」
という解釈を与えたところで、思考を打ち止めにすること とか

もし、人を殺してはいけないことの理由を見つけることができたならば、
その理由がある「から」人を殺してはいけないのでしょうか?
理由があることに「よって」人を殺してはいけないのでしょうか?

理由という概念は皆目分からん

238 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 17:20:09
>>237
理由は、人間が世界を支配するため、あるいは、少なくとも自分の運命を自分で決めるための道具です。

テレビを見るためには、電源を入れて、チャンネルのボタンを押せばいいです。
中で魔法が働いているのか、中に俳優が入っているのか知らなくても、
十分にテレビ番組を楽しむことはできます。

しかし、ごくごく一部の人間は、それでは納得せず、
ある人はCCD、その他、画像処理、電送処理、受信、同期、電子銃、蛍光体など、
テレビの動作する原理を知ろうするし、
実は、そう言う人たちのお陰で、テレビ番組を楽しむことができているのです。

「人を殺してはいけない」ルールの理由を知らなくても、正しい人生を送ることはできます。
しかし、理由を知らない人が正しく生きていけるような正しい社会を作る・維持するために、
ルールの根本原理=理由を探る必要が有ると考えます。
まあ、多くの人にとっては、純粋な好奇心が理由でしょうが。

239 :羊男:2005/12/25(日) 17:42:34
>>238
それは哲学がすることなのかな
概念を道具としてうまく利用し弄ぶことが。
理由を探る、なんてとても哲学からかけ離れたフツーなことのように思えてならない

正しい社会を作る・維持するために、なんてほとんど哲学の臭いを感じないよ

240 :【 淘汰圧 】:2005/12/25(日) 18:05:34
>>202
知能が高いから、相手を殺すことによるメリットも認知することができる。

また、刃物や銃を使ったり、策を弄することで、比較的少ない労力で相手
を殺すことが出来るということも大きい。

ただし、人間もほとんど人を殺したりはしない。

まわりに人を殺したことのある人間なんてほとんど見かけないし、
普通に安定した社会だと、千人に一人、0.1%にも満たない発
現頻度なんじゃないか?正確なデータは知らんが、これは極め
て少ないと考えるべきだと思うが。



241 :【 淘汰圧 】:2005/12/25(日) 18:06:40
冷静に考えると殺人なんてほとんど発生していないのだが、頻度が
多いかのように錯覚する理由としては、

(1) メディアの発達で、遠くで起こった殺人も認知することができる。
(2) 個体数が多いから発生数も多い。
(3) 集団を乱す行動をいち早く排除できるよう、 殺人等の他人の悪行
  を牽制し、敏感に知覚できる生来的なヒトの能力。

などが考えられるが、本質的には(3)なんだろうな。集団化して生存確
率を上げるうえで必要となったツールとして、善悪の価値基準や、他人
の横暴にたいする不快感をみたいなものがあったのだろう。

242 :【 淘汰圧 】:2005/12/25(日) 18:08:18
どういう行為をヒトが善(悪)と認識するかを考えればよい。

 【善】=集団(群れ)の維持にプラスとなる行為
 【悪】=集団(群れ)の維持にマイナスとなる行為

ヒトのように、群れることによって生存確率を上げてきた生物
にとっては、群れを維持する為の本能を獲得している。その本
能の表れとして、群れの秩序を乱す行為を【悪】というふうに
ネガティブな反応を示し、逆を【善】とポジティブに捉える。
この感情(回路)、価値基準こそが、善悪の本質であり、殺人が
いけないとみなされる理由。

243 :238:2005/12/25(日) 19:24:47
>>239
なるほどね。確かに生臭いかもしれない。

しかし、哲学者と倫理学者が、個人的な疑問に引きこもって、
社会に対して規範の根拠を示さないのは問題だろう。

たとえば法律にしても、それが正当な理由をだれも考えないなら、
「これこれの理由で、そうあるべきだからそうある」でのはなく、
「決められた手続(民主的に選ばれた国会での議決)で決められたからそうある」
ことになってしまう。
(それでもまあ、手続的正義は維持されるとしても)

244 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 21:45:40
自分という自我は限りのあるモノである。
自我は存在するうちに出来るだけの快楽を求める。
殺人をして、考えうるうちの最高の一生ぶんの快楽を得られるのなら、
するべきである。
しかし、今、それは難しい。
したがって、人は殺すべきではない。





ええ、僕は冬休み厨ですよ。






245 :考える名無しさん:2005/12/25(日) 22:07:05
センスの無い奴ばっかだな。

246 :171:2005/12/25(日) 22:24:37
頃す快楽より頃さない快楽のほうが正当だっつーのが分からないんだよな。。
やっぱ札陣を許さないことに正当性は必要ないんじゃね?

247 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 00:44:32
善悪の判断よりか損得の判断じゃない?綺麗事で隠匿されても。

248 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 00:48:55
同意。

249 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 02:31:02
人を頃す行為は社会的に悪だから。
正確には「法律」というルールを破る事がいけないから。

Q.E.D.

250 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 06:36:35
理由云々は知らんが、
人を殺す方法が直接手を下さすことだけのような
考えの浅い考えの人が多いということだけは
良く分かるスレですね。

251 :羊男:2005/12/26(月) 07:48:52
人を殺してはいけないとはどういう状態なのかが分からない
〜〜てはいけない、という文法が。

もっともらしい回答にはうんざりでございます

252 :【 淘汰圧 】:2005/12/26(月) 10:50:58

相変わらず、日本語の『いけない』と『できない』を混同している人がいるな。

殺人は物理的に『できない』わけではない、だからこそ『いけない』と禁止するわけで。



253 :【 淘汰圧 】:2005/12/26(月) 10:51:31

「いけない」という言葉は、誰かが誰かに禁止を要請する言葉。
要請を無視しうるかどうかは関係無い。

「殺してはいけない」と発しているのは社会。そしてそれに従わ
ない者には制裁を加える。ただそれだけのこと。これが『いけな
い』ということ。

なぜ社会がこのような要請を構成員にするかと言えば、殺人な
どの集団を乱す行為が頻発すると社会が不安定になるから。

この殺人等の行為を排除しようとする衝動はヒトの本能でもある。

ヒトのように集団を形成することで生存確率を上げてきた生物は、
仲間を攻撃する行為が頻発すると、集団の維持が難しくなるため、
これを抑制する本能が備わっている。



254 :【 淘汰圧 】:2005/12/26(月) 10:52:05

ヒトがヒトを殺さないのは本能。

例えば『高いところで足がすくんだり』、『ヘビやクモに嫌悪感を感じたり』
と同様なレベルの原始的なもので、脳内にこの機能を持つ回路が形成さ
れていると考えた方が自然でしょう。(あるいは、動物や昆虫が、 毒々し
い色のキノコを食べることをためらうのと同じレベルの話?)

もちろん、どちらも育った環境や、訓練次第では克服することができる
程度の本能だけどね。

   (     )          ゝ/     __ヽ
      | | |              /        | h 「ちょっと、ぶっ殺してくる!」
   , ── 、 __          i       |-||
 /         ヽ     /   ヽ      (|| | /^ヽ
/       /)ノ)ノ   //   \∧/   ノ /ヽノ
|      ///⌒ヽ   /   , ─/ ̄ ̄`─ ´ / ______/
ヽ     /)─|  ミ|      /  /     ,-─ ′ ─────/
∠   (| |.  ヽ__ノ>     ( ̄ノ/ 感情 /    −、        /
∠_ / ` /^\__ >      ̄ |─── |─┬┘ |───/
  ノ    (__          ヽ___ノ─┴ 、__ノ ̄ ̄/
 / ̄ ̄\┌─ ′ /^−、    -、_/  /_____ /
/ ̄ ̄ ̄⌒ヽ   (   丿  /   |  /─────/
        \  / ̄/   (__ノ ̄ ̄  //  /
 本能      \/  / 「いけません!」




255 :【 淘汰圧 】:2005/12/26(月) 10:52:43

生物の本来的な行動基準としては、他者の資源を容赦なく奪い、自己を際限なく
増やしていこうとするのが本来の姿であろう。

ところが人間をはじめ、群れることで生存確率を上げてきた生物は基本的にはこ
れをしない。仲間内で奪いあうと群れが維持できないからだ。逆にお互い助け合う
こと で淘汰をくぐり抜けてきた。

ヒトのこの群れを維持しようとする行動様式こそが、人間の価値観でいうところの
「善」なのである。我々の先祖が進化の過程でたまたま身に付けたもので、この
『善なる行動様式』を身につけることで厳しい淘汰を生き抜くことができたのである。

もちろん略奪や殺し合いも幾度となく行われてきたが、これも人間を滅ぼすには
とても十分ではなく、大局的に見れば些細なものでしかなかった。今現在、人間
が生き残っていること自体が人間が善であることの証明と言ってもいい。

本来「善」であるからこそ、他人の物を奪うなどの”生物として当たり前の行動”
が、「悪」として感じられるに過ぎないのである。



256 :【 淘汰圧 】:2005/12/26(月) 10:53:17

            「明日から殺人を解禁しようと思うんだ…」
                     ___, - 、
                    / _____)   _|_ l l .__|_ __
.                    | | /   ヽ ||    _|     |/   | 。 。 。
                    |_|  ┃ ┃  ||   (__    /|   ノ
 _|_ l l  __|_ __       (/   ⊂⊃  ヽ)        /  ̄ ̄ ̄ \
.. _|     |/   | 。 。 。 !   \_/  !        ( ( (ヽ      ヽ
(__    /|   ノ       ,\ _____ /、       | −、ヽ\     !
   ゝ/  ̄ ̄ ̄ \     /. \/ ̄\/   .\     |0  |─ |__   /  
   / _____ヽ    |  |  _┌l⊂⊃l  |  |    ┌ - ′  )   /
   | | /  ─ 、−、!    |  |  / ∋ |__|  |  |    ヽ   U  ヽ <
   |__|─ |   。|。 |    |  /`, ──── 、 |  |     ` ─┐  h ̄
   (  U` ─ o−i    ヽ /         \ .ノ_      .j ̄ ̄ |
    ヽ、 u┬─┬ノ / ̄ ./    U       ヽ- 、\    /   ̄ ヽ\
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257 :【 淘汰圧 】:2005/12/26(月) 10:53:48

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               ☆       
                           
               ★☆     
                    ☆     


              , -.─.-. 、
               /_:_:_:_:_:_:_: : :\
      ____ l_─  _─  | : : :i
    //・|・\|、  ! |)|   |) | | : : :|
   //`-●− ′\| ` o  -´ ((_): :|
   / ─ |  ─   ヽ  -   ノ、: : :ノ  「あれ以来、星がきれいね…」
  _| 二. |  二    |>-、-_´ノ \´     
  (___|__    !へ  \二)⌒ヽ 
   ヽ         ̄ ̄ ( _  _   ノ|
    ヽ━6━━━━/⌒/⌒\  ̄  |
     | /___\ /  /     \   |
    , ┴ 、, ─ 、 ノ j/  /  丿   \__.|
   |   |   | ̄ /  /  / \    | : :\
   ヽ __ノヽ__ ノ(─(──-)\ ノ\  人: : : ヽ




258 :【 淘汰圧 】:2005/12/26(月) 10:54:19

この観点から考えても、「万人の万人に対する闘争」を「社会契約」により
終了させる話は、生物の歴史の一面を比喩的に表現した話だろう。

ただ、これが行われた時期としては、原始人の時代当たりを連想してしま
いがちだが、実際はもっと古く、無脊椎動物が群生し始めた時期、あるいは
単細胞生物がコロニーを造り多細胞生物へと形態を変えていく時期まで
遡るのだろう。



259 :【 淘汰圧 】:2005/12/26(月) 10:54:57

   ━ ┃┃  ━ ┃┃     ━
ミミ ━      ━     ━━
ミミミ━━┛╋┓ ━━┛╋┓   ━━┛
ミミ    _____   彡彡彡彡彡彡
ミミミ  /  / \|/ ヽ \   彡彡彡彡彡
   /  /|  0|∠ |ヽ ヽ、    彡  ∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧
ミミ. |   |\ `−○-´ /| |      <
ミ  |  /|  |\ 三|三/| | |   _  < 殺人抑制本能解除装置
ミ  |  | |_|__|\_|/|  |__| |  |_|  <
   | | |  | | ̄ | ̄| ̄| / /  (___ ノ  ∠
ミ __ ヽヽ\_/ ̄\___// / /    ∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨
ミ(___)−===(T)==   / 丿丿
 ヽ__   /人間力ヽ | /
       、  ,
      , -─- 、 ′
    /: : u:へ;;/ヽ\    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
   /: : /: :| 。|。 |ヽヽ  ∫ こ、これを使うと…。
 ´ |: : i : u : :- ●- : : :|  ∠   ううん、考えただけでも
.   |.: :|:/\ 三 | 三 /:!   ∫   おそろしい。
 ′ ヽ:| : : : \_|__/:ノ    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
    /━━━(t)━━i
   i  ___◯□◯ノ
   |  \ヽ二二ノ丿
    ヽ___/ ̄ヽ__i、
   └---┘ └--┘



260 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 12:23:27
219は至って普通な意見なのに、ろくな反応がなく、
>>224-225みたいな馬鹿が放置されてるのはなんで?
ここには、アホな意見を否定することは立派な自説だと諭すことすら
できないくらい馬鹿な人しかいないの?

>>224-225
批判は簡単だと1行レスで書くだけの人に言われたくはないと思うよ。
そんなに偉そうにいうんならさ、自説書きないよ。
どうせ、219と方向性が違う上に、219程度の批判に耐えられない
ような意見しか書けないくせにさ。

261 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 12:52:31
これだけだとアレかもしれないので、
すこし書いてみますよ。批判だけですけど。

>>226
正解じゃね?と他人に質問を投げかけて
次の推論に移るなんて、馬鹿すぎますよ。
鼻で笑っちゃいますね。フフン。

>>227
生存権を主張する行為・殺害する行為は両方同時に
起こりうるので、同時に認めることができないという
言い方は変です。

またたいていの人が生存権を優先するという言い方も変です。
生存権は基本的な権利なので、たいていの人が「優先するかどうか」
といった判断によって、他の何かとの関係で優劣が生じたりするような
観念ではないのです。

たいていの人は生存を優先すると書くべきです。
そうすると、あなたの意見の全体としてのおかしさがはっきり見えてきます。
殺人を優先する人は、生存を優先しない人でしょうか?
そもそも、思想ってなんでしょう?
単に生存を優先するのは思想とはいえないですよね。
なんとなく道徳にかかわりそうな判断だから思想だというのでは
馬鹿みたいです。

262 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 13:06:55
>>231
あなたは、自分の頭が単純に悪いという可能性について
考えてみるべきだと思います。

あなたは、<サッカーは手を使っては「いけない」のだろうか>
としてますが・・・、「いけない」を外してください。

<サッカーは手を使ってはいけないのだろうか>

馬鹿が「」を使って思い込みを読み込めるというだけの話ですよね。
いけないに決まってます。そうでなければサッカーになりませんから。
<ペナルティーを取られる だけ >としてますが、ペナルティーを
とられるようなことをわざとやっていればレッドカードで退場です。
キーパー二人になるようなゲームをしても「ペナルティー取られるだけ」
と考えるのは231のような頭のおかしい人だけでしょう。

んで、そういう馬鹿な話を続けた最後に持ってきてるのが
「誰が納得するだろうか」「理由を欲しているのではない気がする」
という誘導+主観の吐露です。馬鹿の典型ここにありといった感じです。
要は、231は誰が納得するだろうかと言いたい。
231は理由を欲していないし、他の人間もそうだと思いたい気がするから。
っていう意味ですよ。すごい馬鹿ですね。

263 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 13:09:54
>>238
定義の中に自分が説明すべきことを含めて、定義に沿った
例をあげて説明にかえて、最後にとりあえずやった説明に
反する見方(好奇心)を述べるなんて、すごい馬鹿っぷりですね。
ネタでやったとしか思えないくらい馬鹿です。

テレビの例について知ろうとすることは、世界を支配する意思から
やっているという点についての説明が、定義しかなく、かいていて
やっぱ無理あるとか思ったから、好奇心(から理由を求める)わけです。
すごいです。すごすぎです。あまりにも馬鹿すぎますね。

>>239
哲学の意義については理由を述べることの意味すら疑うほどに
トンデモな考えに飛ぶくせに、238の理由に関する説明は一ミリも
疑わないんですね(爆笑)。あなたのどこが哲学的なんですかぁ?

何かについて説明を与えることは理由を述べることなのだから、
哲学と説明がかけ離れていると見ることは、かなり無理があります。
理由は目的概念と当然に関係するわけでもないので、最後の一文は的外れです。
しかも、哲学の臭いってなんですか?
あなたは、ただ哲学という記号を哲学板で使えば、自分の思い込みを
根拠なく権威付けられるから、気分よくて使ってるだけのことでしょう?
それのどこが哲学ですか? まだ理由を素朴に求めてるほうがマシです。

それと、一つ質問して批判にかえます。あなたはギリシャ哲学は哲学じゃないと考えるんですかね?
全くものごとのあいだの整合性に関心をもてない人が哲学をきどるのは
ブザマそのものです。

264 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 13:16:57
>>235
例えば、234が防衛機制を用いなくて済むような方向や程度の話が
されていることを言います。どうです。とても正確な定義でしょう?

>>232
言いたいことはわかりますけど全然知的じゃないですよね。
ありがとうございました。


んで、>>224-225の人に言いたいんですが、
このスレを見てる人のどれくらいが、>>261-263のように、
大量にあるものすごいおかしいレスのおかしさを、
きちんと理解したうえで話をしてるんでしょうか?

確かに>>261-263は簡単に書けましたが、ええ。
でも、「簡単」に書けるかどうかと、「簡単」であるかの
簡単の意味は、文脈しだいでびみょーに違いますよねえ。
私にとって書くのは簡単でも、224-225みたいなレス書く馬鹿が
簡単に理解できるとは思えないんですけど?
知的に程度が低い人間が批判を簡単だとか言うのはギャグにしかなりません。

265 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 13:25:32
>>263
×哲学と説明がかけ離れている
○哲学と理由がかけ離れている

266 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 13:35:01
肯定派も否定派も、底の浅い奴が多いね。

267 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 13:36:42
266は、底が浅いと言われるとすごく痛いんだって。
底の浅い奴だねw

268 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 13:38:35
>>266めちゃ悔しそう…

269 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 13:45:38
自分が殺されても、殺人をするのと
自分は生存権を得て、殺人はしない

普通の人が選ぶのは後者。
後者の人々の中で、衝動的に殺人を犯すのは
彼ら全体の不利益となるので、いけないこと

前者を選んだ人たちは、
前者の人々の中で殺し合いしてればいい。

前者が後者を殺すのは、
後者の思想を強制的に否定することになり、いけないこと

270 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 13:51:57
さっさとID制導入しろよ。

271 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 15:34:31
全体の不利益や思想の否定を良しとする人の
前では無力ですよ。
社会性を超越した「してはいけない」なんてありえないのです。


272 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 17:59:19
>>271
では一人しかいない状態では何をしてもかまわないのか?
自分の腕を引きちぎるのはいかんのではないか?

273 :210 224 250:2005/12/26(月) 18:05:51
だからさ、人の意見を否定してどうしたいの?
自分と同じ考えを他人にも持ってもらいたいの?
そんなこと無理ってわかるでしょ?

各々は圧倒的に自由なわけ。
世の中は何でもありなんだよ。
客観とか主観とか理論的には有り得るけど、
人間の思考についてはありえない。
あえてこの言葉を使えば主観だけだよ。

言いたいことは、
「どうして人を殺してはいけないのですか?」
っていう問に対しての考えは各々の中にあるの。
100人居たら、100の考えがあるわけだ。

で、漏れはこのスレでこんな考えの人も居るんだなって
のを読んで、自分の考えについてあれこれ考えたり
できたらいいなぁと思っているだけなんだ。

漏れの書き込みではないけど、
「自分はこう思うけどどうよ?」みたいな書き方は、
人の意見を知りたい人にとっては、非常に有益なのだがね。

煽られているだけな気もしつつ・・・

274 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 18:28:04
殺人のタブーを定言命法と採るか、仮言命法と採るかは個人の自由か?タブーが設立された背景を鑑みる必要がある。

275 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 19:16:58
>>274
定言命法と考える場合仮言命法を必ず否定するわけで個人の自由じゃないでしょ。

276 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 19:19:13
>>273
それを相対主義といって「殺してはいけない」のような道徳とは相容れないものなのだ。
裁判で「死刑でもいいし懲役でもいいし無罪でもいい、その答えは各々の中にあるのだ」とかいうわけにいかんでしょ。

277 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 19:20:29
どちらを採択するかの個人の自由は否めない。社会的には定言命法によってるらしい。が、死刑制度などから飽く迄原則としてしかの拘束力しかないみたいだ。死刑制度廃止を訴える団体もいるしね。

278 :171:2005/12/26(月) 19:22:42
>>272
自分を傷つけることのなにがいけないの?
見てて悲しくなるからしてほしくないの?

279 :272:2005/12/26(月) 19:25:12
>>278
腕=自分なのか?

280 :272:2005/12/26(月) 19:28:10
>>279
すまん、レスが短すぎた。補足。
自分の兄弟が自分そのものではないように
自分の腕は自分そのものではないのではないか?
「自分を傷つける」というときの「自分」の範囲はどこまでだろうか?

281 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 19:28:11
>>272
構わないと思うが

282 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 19:28:40
定言命法だろうが仮言命法だろうが、命令される側が従うかどうかは
その人次第なのだから、大した問題ではない。

283 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 19:29:05
>>280
肉体、精神、所有物まで

284 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 19:30:11
>>271
倫理命題は存在しない、っていう考え方?
存在するが人間には不可知だって考え方?

285 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 19:37:39
>>276
どうして相容れないのかがピンとこない。どうして?
教えて!偉い人!

裁判とは関係ないのでは?それはただそこにあるルールに従うだけのこと。

286 :272:2005/12/26(月) 20:04:55
>>285
相対主義はこれもある、あれもある、というだけで断定をしない。

「明日映画に行くか?」という問に
明日が雨だったら行かないし、
急にバイトが入ったら行かないし、
気が向いたら行くし、
内容が哲学的だったら行くし、
料金が高かったら行かないし、
スーパー女優の○○様が出るなら行くし、
・・・のような文をいくら続けても返事にはならない。
同じように
「人を殺すのは正しいか?」という問に
○○の立場に立って考えるなら正しいし、
××の立場に立って考えるなら正しくないし、
△△の立場に立って考えるなら正しくないし
〜〜の立場に立って考えるなら正しいし、
・・・と続けても答えにはなっていない。


287 :171:2005/12/26(月) 20:09:44
>>280
>「自分を傷つける」というときの「自分」の範囲

処遇の権限を認められているものが自分の範囲では?
自分の範囲はみとめながら、道徳を無視するのはおかしいといいたいのですか?

う〜んどうなんだろ。。

288 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 20:23:51
>>273
誰に向けて書いているのかはっきりさせることすらできないくらいなら、
意見なんか書かなければいいのでは。人の意見を否定するだけしかしていないのは、君のほうでしょう。
否定的見解の内容を無視して自由だ(勝手だ)と宣言するだけのふるまいは、否定ではないのですか?

君の「否定する」には、君が「否定した」とレッテルを貼った相手は「自由」に反していることになる、という、
君の都合に合わせた意味しか備わっていないですよ。君は、思考が主観的だというどこかで聞きかじった図式を、
君の自己中心的な思考パターン(これは、哲学の問題でなくて個人的経験・社会的影響・性格etcの問題です)にあてはめ、
自分にだけ適用して論ずることによって、ご都合主義的な結論を出す癖があります。

肯定・否定についていえば、常に相手が君に対して意見してくる主張だけが「否定」的で、君は君が正しいと思って
発言するから無自覚に「肯定」的になる、という帰結の気持ちよさに酔っているだけにすぎないわけです。
ですが、肯定・否定はそういう意味には使えない言葉なので、その限りで君の勝手にはできないのです。
君含めた他の人の自由とは、そういうものです。人間の思考が主観だけは意味がわかりませんが
(というのは、思考は主観だとみなすことは、客観性の肯定と矛盾しないからです)、これを客観概念の否定と
とらえるなら、各々の自由をいう余地はありません。各々があることも、主観だというのなら、それは主観という
語をただ使いたがっているだけで、当の対象の性質と無関係に主観主観と言い張っているだけにすぎません。
君の言い回しには哲学的な首尾一貫性のかけらもありません。

意見の意味は、動機にあるのではなく意見にあるのですから、意見の否定=否定的見解の肯定を
棚上げして、「否定したように見える」とこを捉えて動機の話にそらしたり、「肯定」側と否定側の
動機のレベルで比較して、意見の内容と無関係に「自由だから無理」とみなすことが、意見を
問題とするうえでは自由でないことくらいは、理解しましょう。馬鹿な中学生じゃないんだから。

289 :171:2005/12/26(月) 20:25:12
>>284
世界や自分を理解すべき理由はない。と考えてるんじゃないの?


290 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 20:29:02
>>273 (288の続き)
また、

>こんな考えの人も居るんだなってのを読んで、自分の考えについてあれこれ考えたりできたら
>いいなぁと思っているだけなんだ。

これはただの格好付けで、まったくの嘘っぱちです。なぜなら私の「否定」も、「こんな考え」の一つだからです。
ここでも、首尾一貫性がありません。「こんな考え」にあてはまるはずでも、気に入らないなら、273はそれには
含めない卑怯者なわけです。「自分の考え」、273の考えとは、要するに「圧倒的に自由」「殺人も自由」という
ものであって、「こんな考え」の人がいるってのを読みたい、の意味は、「殺人も自由」という自分の立場に
無条件に同調する前提で議論する人を見たい、ということに過ぎません。

とんだ哲学者もあったものです。

291 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 20:31:03
つづき。(淘汰圧とかいうゴミコピペの後にレスあったの気づかなかった)

>>243
238がネタだったと思いたくなるくらい普通のレスですね。
ただ、哲学者や倫理学者が根拠を示す必要はなさそうに思いますよ。
どちらかというと、根拠を示すことができる枠組みを明らかにするほうが大切だと思います。

>>246
ある快楽とその快楽を抽象的に比較して正当かどうかを論じるような
仕方に意味があるんでしょうか? 分からないのは当たり前だと思いますが。

>>247-248
247は、綺麗ごとという領域に「善悪の判断」をおいやって隠匿していますね。
それは、○×の判断を、利己的判断・それ以外の判断という、違う枠組みに置き換えて、
前者を○だと判断していることなわけです。それは、善悪の判断の一つにすぎません。

292 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 20:39:30
何となく分かった。漏れは相対主義とかいうのではないと思う。
あえていうと 客観=主観の集合 みたいな感じって言ったらいいのかな。

>>286の問は、十分答えになっていると感じてしまうのだが。
前の問は、答えを幾らでも続けることは出来ないし、
後の問は、全て断定してるんだから不定ではないでしょ?
変かな?

293 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 20:41:03
>>276
>>273は相対主義というよりは、俗な懐疑主義だと思います。
意見の性質を否定的とみるかどうかについて相対主義者が273のように
言ったりするわけはないでしょう。

>>282
命令される側が従うかどうかがその人しだいだと、なぜ大した問題でないことになるのでしょうか。
命令する側にとっては大問題だと思いますが。命令される側にとっての問題性だけを見ることは
ただの馬鹿ではないでしょうか。

294 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 20:42:51
それと、相対主義と道徳は相容れないとか寝ぼけたことを言っている馬鹿がいますけど
彼は文化的相対主義は道徳と矛盾する主張だと考えてるんでしょうか?

ここにはまともな人はいないのですか?

295 :272:2005/12/26(月) 20:50:16
>>294
>文化的相対主義は道徳と矛盾する主張だと考えてるんでしょうか?
俺は倫理や道徳に関する命題は相対主義をとることはできないといっているのであって
文化云々は話題にしていない。


296 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 20:56:20
>>295
>倫理や道徳に関する命題は相対主義をとることはできないといっているのであって

ここでいう「相対主義」とは、どういう意味なのだ。
「条件付き」という意味なら、倫理や道徳に関する命題が条件付きであって
何の不思議もないと思うが。現実に最大級の倫理命題である「人を殺してはいけない」
だって例外がないわけではないのだから、ある種の条件付きだろう。

297 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 21:00:14
>>291
判断の要素に、善悪を用いるか、損得を用いるかの差異について言及したのだが。善悪は道徳観念。損得は経済観念。そして、道徳観念>経済観念だよねー。って、話だったのだが。

298 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 21:02:36
>>288
「どうして人を殺してはいけないのですか?」
に対しての貴方の考えが読み取れませんねと言いたかっただけです。

299 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 21:04:22
馬鹿向けにふざけた反論をしてみます。273程度の馬鹿を片付けておくのには十分な反論です。

このスレで殺人OK!自由の価値が分かるオレって哲学的でイケてるぜとか粋がってる
馬鹿がいますが、彼らは自分の考えが自由の価値そのものを否定する主張をしているし
自分の主張を成り立たせることが可能な主張もしていないので、実のところちっともイケてません。

殺すことがOKという考えは、何を言ってもOKということにつながります。
正しい考えを言っても、殺せば何でも自由に言えるので、殺せば結局何を言ってもOKってことになるからです。
で、そうなりますと、殺しながら、殺してはいけない!と言う事もOKです(現にそういう制度がありますね、是非は別だけど)。
殺してもいいということもOKですけど、別にどっちでも意味がないということにしかなりません。
そして、273は、これこそが、まさに殺してもいいことを表していると勘違いするのですが、そんなことはありません。
なぜかといいますと、いくら殺しても、殺してはいけないんですと言い張るのも、自由になるからです。

273が言っていることは、実は殺してもいいということではありません。
そうではなく、全て結論は暴力と見たい!と言っているだけにすぎないのです。
これは哲学ではなく、ただの趣味ですから、他人がその考え方を真に受ける必然性はありません。
例えば、他人の意見を聞かないことが必ずしも暴力でないという考えを持っているなら、
273の考えの前提は、完全に崩れるのです。なぜなら、273がそれでも自由だと言い張って
殺人を犯したとしても、273は他人の考えを変えられないし、考えを変えない他人は暴力に頼らなくてもいいからです。

300 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 21:10:51
ふざけないとどういう答えになるの?

301 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 21:11:50
>>295
文化的相対主義というとき、その文化には倫理・道徳が含まれます。
文化の普通の字義に照らしても、このように考えて問題ないでしょう。

>>297
善悪と損得は判断の要素とという観念で区別できないことを示したのですから、
繰り返して道徳観念だとか、経済観念だとかいうトンデモな区別を持ち出しても無意味です。

なんで複数人に向けたレスのはずなのに、一行レスのような形で
立て続けにレスがつくんですかね? 別人のように見えているが、
同一人物によるレスが結構あるようですね。

>>298
299に一応書きましたが、何回も繰り返している通り、否定的見解も自説です。
相手の意見と無関係に提出される意見でなければ自説とはいえないという考えに根拠はありません。

302 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 21:13:02
>>300
299でも、300や273程度の馬鹿ほどにはふざけていないのでその質問に答える必要はないと思います。

303 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 21:17:10
>>289
それ哲学を全否定

304 :171:2005/12/26(月) 21:41:51
>>303
理解すべきだから理解しようとしているの?
希哲の営みに正当性は必要ないんじゃないの?

305 :272:2005/12/26(月) 21:47:53
>>296
いい言葉が浮かばんが
ここでいう相対主義は「統合できない多数の結論を認める立場」のこと。
>>286の例(後者)の文の後に
「なるほど分かったけど、それをひっくるめていうとどうなるの?」という問をつけるとどうか?


306 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 22:11:13
しゃべり場かな?ここは。

307 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 22:12:17
年齢制限なしのなw

308 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 22:26:59
アーアー、アーアー、アーアー、しゃべり場!

309 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 22:27:28
>>306
本当に哲学をやっている人間なら、議論をすると必ずものわかれに終わる。
こいつらが本物かは知らんがな。

310 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 22:31:11
僕は君の為を思って高級スウィートを予約して目をしばたたかせるように
してあげようと思ってたのに、
君は自宅で安く上げようなんて何だ、冷めた女だ!

311 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 22:31:22
>>301
善行で得することも損することもある。また、悪業で同じく得することも損することもある。道徳観念か経済観念かで人の行動の選択肢が増えて、かつ、選択の自由もあることが言いたかったの。

312 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 22:32:58
>>304
正当性が必要と何時言った?

>世界や自分を理解すべき理由はない

というのはこの場では議論を投げ出してる気がする
不可知論とか相対論とかならそう言って

313 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 22:42:33
燃料置いておきます

・戦争
・死刑

314 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 22:44:25
燃料追加

・正当防衛
・人工中絶

315 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 23:45:53
まぁ快楽を得るための殺人以外はいいんじゃね。
それなりの理由と覚悟があれば納得はできないが、殺される方もある程度理解し懺悔もあるでしょう。
ただ理由もなくそこらの基地外みたいなモンに殺されたら、そら普通に嫌でしょう。
基地外は基地外だからこの問いは無意味。

316 :考える名無しさん:2005/12/26(月) 23:50:09
染色体レベルで他人の痛み、悲しみが共感ができない基地外がいるんだな
粛清しかねーわ

317 :171:2005/12/27(火) 00:09:33
>>312
>>271のいわゆる
>全体の不利益や思想の否定を良しとする人
を挙げてみたんですよ。

不可知論とか相対論なんだと思います。
ただ、世界や自分を理解すべき理由はない事が哲学と議論を全否定するとは思いません。
営みの正当性を認めないと言ってるだけです。

哲学と議論は存分にやって構わないけれど、人間にとって必要だとは思わないのです。

318 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 00:11:52
考えないとわからないことさえわからないよ。

319 :171:2005/12/27(火) 00:29:31
わかる必要があると思わないんです。。。

320 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 00:56:19
殺す資格がないからor殺される理由がないから

321 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 01:04:36
結局、人間も生物だからってことか。

322 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 01:06:07
>>320
資格と理由があればokってことね。

323 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 01:38:14
曲がりなりにもちゃんとしたレスを返したのは>>311=>>297だけかい。へぼっ・・・。

>>311
発端となった>>247には「善悪の判断よりか損得の判断じゃない?綺麗事で隠匿されても。」とあるだけなので
どう頑張っても>>311のような意味には取れません。>>247だと、善行・悪行という判断が無意味であるように
見えますし、実際そう理解しないと主張として成り立ちません。>>311の文章どおりに、善行・悪行の区別がつくなら、
仮に損得勘定で是非善悪を無視した判断をしても、是非善悪の判断がなかったことになるわけではないからです。

>>309
知った風を吹かして適当な印象を振りまくのはやめなさい。ものわかれに終わるレベルが大事なのであって
ものわかれに終わる結果が重要なわけではないでしょう。変なところにウェイトを置いて、おかしな開き直りを
強化するのはやめなさい。みっともない。

>>315
犯罪の是非善悪は主観的に決まるんですか? アホなこと言うのも大概にしたらどうなんだか。
快楽を得るためでなくて、それなりの事情があって不注意でトラックにはねられた場合、はねられた人は
「納得はできないが、ある程度理解」するし、そこらのキチガイに殺された場合をイチイチ考えて、
それよりはまあ嫌でない、とか考えるんですか? キチガイはあなたでしょうが?

>>317-318
自分と人間にとっての要不要の区別もつけられない人には、たしかに哲学も議論も不要でしょうが
そういう人が人間にとって哲学や議論が不要だといっても、誰も納得しないでしょうね。

324 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 01:40:26
>>323
×快楽を得るためでなくて、それなりの事情があって不注意でトラックにはねられた場合、
○快楽を得るためでなくて、それなりの事情があって不注意でトラックではねた場合、

325 :171:2005/12/27(火) 02:04:34
>>323
人間に必要なものってなんですか?
全ての営みは個人が必要としているのだと思ってました。

326 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 02:13:07
>>323損得で行動したことを、善悪という倫理的行為にすり替えようとしてない?それって綺麗事じゃない?って、言いたかったの。(省
例えば、凶悪犯が死刑に処せられる場合、社会的なメリットがある。しかし、悪が滅ぶことを善として、殺人(死刑)を容認している。善悪より損得の動機が伺える。

327 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 02:14:05
損得と善悪は異なる。

328 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 02:15:25
人を殺す。其れは自分が死にゆく事だ。

329 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 03:15:25
殺しても別にいいだろうけど
その代わり法によって罰を受けるよ?

まあそれでもよけりゃお好きに







ってのが実情だと思うんだけど


330 :下司のカングリ:2005/12/27(火) 09:43:08
>>319
読み間違いかもしれぬが、これは殺人肯定論? ゴミ的な人間は殺しても
いいということ? 君からみて、くだらぬ意見の持ち主はゴミということ?
これが普通の意見だ>>260という感覚にも驚き。歴史上、大量殺人を実行
した“英雄”は、だいたいこういう考えの持ち主だったのではないのか。


331 :下司のカングリ:2005/12/27(火) 09:44:26
>>319は、>>219の間違い。許せ。

332 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 10:17:08
少なくとも功利主義によれば、善悪の最終的根拠は損得だ、
ということになるのではないか。

333 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 10:24:17
『生きている』では無く、『生かされてる』のに何故気付かない

334 :下司のカングリ:2005/12/27(火) 10:39:31
>>332
集団、全体の肯定があれば、殺人は認められるという意見を、だれかが
披瀝していた。つまり、殺人は政治・経済・社会的テーマであり、法律
によって処理されればよい、というわけだ。この場合の“損得”も、全体
のそれを指しているのだろう。案外、これが実状、実態に即した考え方
なのかもしれぬ。
殺人は法的なテーマであり、“哲学”の対象にはならない、というわけだ。
どうなんだろう。


335 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 11:12:22
まあ、仮に、集団、全体が「認めた」としても、
集団、全体にとって、必ずしもいいことであるとは限らないわけだが。

336 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 11:50:59
そういう事.

337 :下司のカングリ:2005/12/27(火) 12:28:02
>>335>>336
そのとおり。アメリカは“全体”(多数)の認知のもとで、イラク
において大掛かりな殺人ゲームを遂行してきたが、その損得勘定
はまだでていない。しかし戦争を仕掛ける際、冷徹な計算があっ
ったのは間違いあるまい。色々な大義を述べているが、このゲー
ムの根底を貫いているのは、功利主義である。
ここでは、問われるのは結果。アメリカの国益に沿うかたちで、
この戦争が終わればブッシュの殺人ゲームは評価され、逆の場合、
彼は咎められるだろう。その基準は、国益という集団の損得勘定
であって、大量殺人の意味が内在的に問われることはない。

338 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 12:56:14
自己中心的に殺そうと思って殺したのと、国を守ろうとして結果的に
殺さなければならなかったというのとの区別。
国家が入ってくると、どこで境界線を引くかは難しい。

339 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 13:03:23
人を殺すと、次は猫を殺すようになるから

340 :下司のカングリ:2005/12/27(火) 13:22:43
>>338
ここでは、すべての殺人を問わなければ意味がない。自己中心的で
ない殺人とは、具体的には何を指しているの? 自己中心的でなけ
れば、殺人は許されるという意味?
国を守るためには、大量殺人も是、ということ? ある種の殺人を
括弧に入れて例外とするのなら“哲学”とはいえまい。根底的に、
普遍的に問うから“哲学”ではないのか。ケース・バイ・ケースで
殺人を論じるのは、“社会学”である。

341 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 13:26:24
で?

342 :下司のカングリ:2005/12/27(火) 14:10:51
いまのところ、功利主義を上回る根拠が示されていないのでは
ないか。個人にとって社会にとって国家にとって、それをやる
ことは損である、だから殺人は悪い、ということにすぎないの
ではないか。したがって、それが得だとなれば、もっともらし
い理由をつけて、殺人は肯定されるように思える。
殺人を悪だとする人の意見を、もう少し聞かせて欲しい。

343 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 14:13:28
>>342は女性ですか、どうよ?


344 :下司のカングリ:2005/12/27(火) 14:19:30
>>343
悪いが、男だ。

345 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 14:22:12
殺人を悪と断定するのは宗教を持ち出さないと無理と思う

346 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 14:30:32
>>345
Aは殺人を認めない宗教を持ち出した。
Bは殺人OKの宗教を持ち出した。
さてどちらが正しい?

ということになってさらに善悪の拠りどころが必要になる。

347 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 14:33:52
仲間を殺すヤツは敵だ。
敵は殺すのが正義だ。

348 :346:2005/12/27(火) 14:36:24
>>347
Aにとっての敵=Bにとっての仲間
の場合は殺してもいいのかいけないのか?

349 :ぽっくん ◆5m18GD4M5g :2005/12/27(火) 14:48:32
どうして人を殺してはいけないのですか?

わしにはわからん、アホじゃけぇ

350 :下司のカングリ:2005/12/27(火) 14:53:14
>>347
これも、功利主義の一種である。また、>>346の指摘のごとく、仮りに
神を引っ張りだしても、答えにはならない。

351 :346:2005/12/27(火) 15:25:52
殺人には肯定と否定が両立することはない。
ある人Aを殺しながらかつ殺さないということはありえない。(いわゆる半殺しは殺す方に入る)
また「殺人について肯定も否定もしない」という立場をとることはできない。
「年越しうどんか年越し蕎麦か」という問には「どちらでもいい」と答えることができるが
殺人の場合「殺すのはいいとはいえないし悪いともいえない」という状態はありえない。
(実際に殺人が起きたときにどちらともいえないから何もしないのでは容認しているのと変わらない。)
両者をまとめて「殺人の排中律」と呼ぼう。

↑の前提から
・功利主義(損得が対立する)
・相対主義(複数の立場を認める)
は道徳の原理にはならないといえる。

352 :346:2005/12/27(火) 17:30:25
>>301
>文化には倫理・道徳が含まれます。

含まれないと思うが。含まれるとした場合、
殺人肯定の文化と否定の文化があったときにどちらが正しいといえるのか?

353 :下司のカングリ:2005/12/27(火) 18:13:28
>>351
ここは、個々人の信条や信念を述べる場ではあるまい。むろん、どんな信念
を持とうが勝手。100人いれば、100の信念があるのは自明ではないか。
ここで問うべきは、各々の信念を超えた“真理”があるかどうか、である。
あなたは>>346の提起を曲解している。一人の人間が「殺人は、いいとも悪い
ともいえない」との立場に立つのは“矛盾”といえるかもしれぬ。彼が主張して
いるのはそうではなく、Aという人間が殺人を否定し、Bという人間が殺人を
肯定した場合、どちらに正当性があるのかを決定する根拠が見当たらないと言
っているだけだ。根拠が決まっているのなら、ここで議論する必要はあるまい。



354 :171:2005/12/27(火) 19:17:02
>>342
個々人の存在や幸不幸に個人を超えた意味があると考えるので、悪が存在すると感じられるのでは。。
悪が存在しなければ、自分を貶めようが人を侮辱しょうが問題ないのでは。。
まあ、ほとんどの人にとっては悪が存在することは当たり前なんだよな、、、

>>353
真理ならあるとおも
「人間の苦しみは人間が苦しいだけなので、悪と呼ぶ必要は無い」
世界に罪は存在しない。。

355 :下司のカングリ:2005/12/27(火) 19:17:19
もしかしたら、>>346>>351は、同一人物? そうだとしたら、こちらの
勘違いです。

356 :下司のカングリ:2005/12/27(火) 19:31:18
>>354
だから、その“真理”の根拠を問うているのである。「あると思う」
というのは、あなたの主観、私情、信念にすぎない。あなたが悪とか
罪と呼んでいるのは、あなたの価値判断。別の人間は、それを善とか
正義と呼ぶかもしれぬではないか。善悪の理由、根拠を示すことがで
きなければ、結局、功利主義を超えることができないのではないか。

357 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 20:32:07
>>351
純粋に論理的にのみ言えば、「殺すか殺さないか」も「うどんか蕎麦かラーメンか」
も同じだと思うが。どうして前者には排中律が成立して後者には成立しないと
考えるのか?
恐らく人は殺してしまえば2度と生き返らないが、うどんと蕎麦は一緒に
食べることも交互に食べることもできる、ということかと思うが、純粋に
「1回1回の選択」として見れば、どんな選択であっても絶対的なもので
変更は効かないのだから、同じことだと思うが。

358 :351:2005/12/27(火) 20:49:22
>>337
それはそうだが、この場合の「排中律」は普通の意味と違って
「殺人を肯定するか否定するかどちらかしかない」が要点だからその辺はあまり関係ない。

359 :171:2005/12/27(火) 21:19:13
>>356
「個々人の存在や幸不幸に個人を超えた意味があると考えるので、悪が存在する」が善悪の根拠にならない理由が分かりません。

360 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 21:36:31
>>356
ある行為が「悪」と評価される理由・根拠とは、当該行為をなした者およびその者を評価する者の属する共同体において、当該行為が「悪」と価値づけられているから、つまり、正義や悪の根拠は、常に、属する共同体にある、といえる
のではないだろうか?



361 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 21:40:15
>>360
つまり功利主義でなくとも正義は語れるてことね?

362 :171:2005/12/27(火) 21:52:40
「個々人の存在や幸不幸に個人を超えた意味があると考えるので、悪が存在する」
で分からないのであれば、
「苦しみを受け入れられない人が苦し紛れに悪を要請する」
でどうよ。

>>360
同意

363 :下司のカングリ:2005/12/27(火) 21:55:45
>>360
そういう考えを功利主義というのだ。共同体の多数の人間が悪とみなしている
から悪だというのでは、善悪は多数決で決まることになる。“真理”が多数決
で決まるわけがないだろう。それなら、殺人は是か非かという問題はとっくに
解決している。ここで侃々諤々する必要はない。



364 :171:2005/12/27(火) 22:03:30
>>362訂正orz
「個々人の存在や幸不幸に個人を超えた意味があると考えるので、悪が存在する」
で分からないのであれば、
「卑小さを受け入れられない人が苦し紛れに悪を要請する」
でどうよ。

俺真理だな。。

365 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 22:07:59
>>363
はじめは理解に苦しむかもしれないけど、善悪とは、多数決で決まるものなんですよ。
実体験で誰でもあると思うけど、周り(友人関係だけでなく、世間全体でも)の人間たちが、ある人物や商品について、高く評価づけたのをみて、自分自身もその評価に無自覚的に同調してたことってないですか?

366 :下司のカングリ:2005/12/27(火) 22:15:13
>>357
“哲学”的な言説である。ここでは、ほとんどの意見が人を殺すのは
よくない、間違っている、といった常識的な意見ばかり。常識が正し
いのなら“哲学”は必要ない。そういう常識があるにもかかわらず、
殺人は日常茶飯事である。なぜか。殺人は悪である、という常識には
根拠があるのか。もしかすれば、根拠がないのではないか。あるとす
れば、それは何? 世間(共同体)が悪いというから悪い、という意見
ほど“哲学”と無縁なものはない。本当に、そう思っているのなら、
こんなところで時間つぶしをしないで、普通に生きてください。

367 :ぽっくん ◆5m18GD4M5g :2005/12/27(火) 22:28:41
世間が悪いから悪いのではなく、内なる魂が悪いと言っているから悪いの。

368 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 22:33:10
>>366
う〜ん・・・
人間(人格)っていうものがどういう風に形成されていくのかってことを、考えてほしいんですよ。
人格っていうのは作られるものだっていうのは納得してもらえる?
誰に作られる?共同体しかないじゃないですか?
あと、常識的見解に同意できないなら、その常識のどの点が妥当でないか、指摘してみては?
常識から目をそらす姿勢は実はもっとも哲学から遠いのですよ?






369 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 22:36:14
>>358
いやだから、1回1回の選択に関する限り「肯定するか否定するかどちらかしかない」
のは、殺人でも蕎麦でも何でも同じではないか、ということ。
1回1回の選択でないのなら、「今回は蕎麦を肯定(うどんを否定)し、
次はうどんを肯定(蕎麦を否定)する」でもいいように、
「この殺人は否定するが、あの殺人は肯定する」でも、「私はこの殺人を否定
するが、彼は肯定する」でも、「とりあえず否定するが、こういう条件がかなえば
肯定する」でも、一向に不思議はないと思うが。
なぜそれが成立しないということになるのか、さっぱりわからない。

370 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 22:36:55
>>367
「内なる魂」の起源とはなにか。どこからその魂は生成せれうるのか。正義の観念なんて、生まれいづるものではないとおもう
のですが?

371 :ぽっくん ◆5m18GD4M5g :2005/12/27(火) 22:39:09
迷妄におちいっているね。いい加減sage進行でやれ。哲学者はこんなくだらない命題をまともに扱わない。

372 :下司のカングリ:2005/12/27(火) 22:41:27
>>365
あなたに教えられなくても、>>334で同じ趣旨の意見を述べている。何度も
強調したけれども、善悪が多数決で決まるのなら「なぜ人を殺すのは悪いの
か」という議論をする必要はない。「多数の人間がそう言っているから」で
いいわけだ。われわれが求めているのは、その根拠である。常識は多数決で
決まるけれども、“真理”は多数決では決まらない。もしかすれば、この問
い『殺人の是非』の解答はないのかもしれないが。


373 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 22:45:05
「善悪は多数決で決まる」というのは、とりあえず事実だと思う。
ただし、その善悪になぜ従わなければならないか、と聞かれると、
答えようがない。

374 :下司のカングリ:2005/12/27(火) 22:58:24
>>368
共同体を善悪の根拠にするのなら、北朝鮮の拉致は正しいということになる。
あの国(共同体)では、日本人を拉致するのは“正義”だったのだから。
善悪は共同体ごとに異なっており、この国でも数十年前には鬼畜米英が正義
だった。

375 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 23:07:55
誰か殺人を犯した人いますか?僕は殺人を犯してません。周りにも殺人者はいません。

15年近く前に、当時住んでた近所の魚屋のおばちゃんが、旦那さんを殺して逮捕されました。

15年近く前なのでそろそろシャバに出てくるかもしれません。或いは、既に出てるかもしれません。

皆さんの身近に殺人が起こったこと、ありますか?

376 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 23:23:03
>>369
夜遅いから明日詳しくレスするが、
選択でなく「態度」が排中律にかかる。うどんと蕎麦両方好きだとはいえるが
俺は殺人肯定と否定両方の立場に立つ、とはいえない。

377 :考える名無しさん:2005/12/27(火) 23:29:24
>>376
netadayona?

378 :【 淘汰圧 】:2005/12/27(火) 23:56:36
>>242
善悪の定義は、共同体の定義(範囲)と密接に関ってくる。

構成する人々の世界観、どの範囲までを自らの村(共同体)と認識できる
かによって、具体的な行動の内容は変わってくるのだろうが、基本的に
は以下は変わらない。

 【善】=集団(群れ)の維持にプラスとなる行為
 【悪】=集団(群れ)の維持にマイナスとなる行為

 *「プラスとなる行為」ではなく「プラスとなると構成員の多くが認識する行為」
  とした方が正確かも。

オウム真理教の共同体の中で『善い行い』と認識されることが、その外側
にいる人間にとっては、必ずしもそう認識されない。それどころか、その集
団自体が、日本というもっと大きな共同体秩序を乱す異物=悪として認識
されることもある。

勿論、共同体の中での善悪の判定は必ずしも常に一致するわけでもなく、
例えばイラクを共同体への参加を拒む不安定要素(悪)だと認識する人も
いれば、逆にイラクを攻撃するアメリカを国際秩序を乱す悪だと認識する
人もいる。善悪の認識は揺れ動くのは珍しくない。



379 :下司のカングリ:2005/12/28(水) 00:25:51
>>378
典型的な功利主義である。少し前に述べたように、共同体ごとのプラス
マイナス、損得で決まるというわけだ。善悪は相対的である、といって
もよい。しかし、これは世間の常識だろう。この常識を確認するために、
延々と議論を重ねてきたわけか。
肯定でも否定でもいいから、この常識を超える意見があったら教えてい
ただきたい。


380 :【 淘汰圧 】:2005/12/28(水) 00:38:01
>>379
>>典型的な功利主義である。

それがどうかしたか?

常識を覆すような答えを期待するのは自由だが、
真実はあっけないほどシンプルな場合がほとんどだろう。



381 :【 淘汰圧 】:2005/12/28(水) 00:45:09
まあ、分かり易く説明するとこんな感じだ↓
   ○=●      __________
  ●===○   /
 ○===( ゚Д゚ )< 仲間を殺しては行けないぞゴルァ!
 ●====○  \
 ○====●     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ●====○
  ○===●
   ●=○
    ○●
    ●○  __________
   ○= /
  ( ゚Д゚ )< 井戸に落ちた子供は助けろやゴルァ!
 ○===\
 ●==== ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ○====●
 ●====○   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ○===( ゚Д゚ )< 寝る前に歯磨けやゴルァ!
   ●=○     \__________
    ○●
    ●○
   ○=●
  ●===○
 ○====●
 ●====○
 ○====●
 ●====○   __________
  ○===●   /
   ●=( ゚Д゚ )< また来週〜♪
    ○●    \__________

382 :下司のカングリ:2005/12/28(水) 01:24:44
>>380
別に、どうもしないよ。功利主義が結論なら、議論する必要がないと言いたい
だけ。各々の共同体の多数決で『殺人の是非』を決めればよい。当然、わが国
では「殺人は悪」である。だから、どうした? このスレは、こういう結論に
達するために立てたわけか。

383 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 04:21:07
西村浩太郎の「カインの印 殺しの哲学」という本を
数年前読んでみましたがクソ本でした

384 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 10:35:44
仲間を殺すヤツは敵だ。
敵は殺すのが正義だ。

これがむかしから続いてきた原理だ。
人殺し自体は良いとも悪いとも決められない。
人殺しがいけないということもない。歴史を見れば分かる。


385 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 10:47:48
戦争責任についてどうかんがえてますか?

386 :376:2005/12/28(水) 11:23:44
>>384
歴史を見れば分かる=今まで沢山殺してきたから殺人OK
という意味か?現実から原理を導く誤謬。極端にいえば
悪人が多ければその悪は悪でないというのと同じ。

>>371
くだらないかどうかはどのように決まる?

>>373
では同数の場合はどうする?

387 :376:2005/12/28(水) 12:22:34
>>369

ある人が商品A・B・C・Dの四つしかない店に来て物を買う場面を考える。
「Aを買おう」と思っていた場合、Aを手に取って料金を払う。
同じく「Bを買おう」と思っていた場合、Bを手に取って料金を払う。
この商品を手にとって料金を払う行為を「選択」という。
また「この商品を買おう」と考えている状態を「態度」という。
>>369のとおり一度に異なる選択が重複することはない。
AとB両方を買うことはあってもAだけを買い、加えてBだけを買うことはありえない。
しかし態度は重複する。「Cを買おうか、Dを買おうか」と迷ってCを買う場合、
選択は「Cを買う」という一つだが、態度は「Cを買おう」と「Dを買おう」の二つが存在する。

商品を殺人に対する立場に置き換えてみる。
Aを買おう(態度)=殺人を否定する
Bを買おう(態度)=殺人を肯定する
Aを買う(選択)=(ある場面での)殺人を否定する
Bを買う(選択)=(ある場面での)殺人を肯定する

さて、「殺人を否定しようかそれとも肯定しようか」という状態(=Aを買おうかBを買おうか迷っている)で
どちらかを買える(=殺人の是非を下せる)だろうか?買い物と違って殺人には態度を一つしかとれない。
これを「排中律」という。

388 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 12:22:59
>>386

馬鹿は黙っているのが吉。

389 :376:2005/12/28(水) 12:24:10
>>388
どこが誤っているのかご指摘つかーせ。

390 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 14:28:32
ふと思ったので書いてみる

「人殺しはいけない」というのは、世間から個人に対するものと捉えがちだが、
これを、個人の世間に対するものと考えてみてはどうだろう。

そもそも「いけないよ!」という言葉は、ある場面において、
個人から個人に対する強制として使用されるのだが、それを拡大させて、
個人から不特定多数の人間に対する「いけない!」という強制として使用することもできる。

「いけない」と感ずる対象については個人の主観によるところもあるかもしれないが、
人殺しについては感性が大体似通っていて、大勢の個人が、「人殺しはいけない」という、
世間一般に対する感情を持ってしまう。

つまるところ、この大勢の個人達が世間なのであり、
彼らが「人殺しはいけない」というから、人殺しは悪とされるんじゃないのか。

391 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 14:30:49
「人殺しはいけないよ」と教育によって教えれられる場合だって、
個人の個人に対する「いけないよ」という強制からなされるものだし。

392 :分類と命名:2005/12/28(水) 15:15:56
殺人は社会や個人にとって危険だから:功利説
>>390のような考え:多数主観説

以外に説はあるか?

393 :下司のカングリ:2005/12/28(水) 15:26:00
>>384
「人殺し自体は良いとも悪いとも決められない」というのが、あなたの結論
である。殺人は“超越的な”立場から、その是非を断定できない、というの
である。では、どういう場合の殺人が正しいのか。「敵を殺す」場合だとい
う。敵とは仲間を殺すヤツだ、と明解。
ここで曖昧なのは、仲間の定義である。どういう存在を、仲間と呼ぶのか。
この点が具体的に決まれば、かなり首尾一貫しているのではないか。とはい
え“仲間”を規定することは、厄介だろう。人によっても違うからだ。
いずれにせよ、この主張は“相対主義”であり、“功利主義”的でもある。
このテーマでは、ここが限界なのだろうか。



394 :390:2005/12/28(水) 15:56:48
>>392
390だけど、
「どうして人を殺してはいけないのですか?」
に対する答えとしては、
「殺人は社会や個人にとって危険だから」で適当だと思うけど。

でも、何かを悪と信じて疑わない人のすべてが、
それが社会にとって危険かどうかの判断を経由しているわけではないけど。
悪と判断したそれが、結果として、社会にとって危険なものを排斥したことになるわけで。

人殺しはなぜいけないのか?なんていう疑問を持った人には、
適当な説明で引き下がってもらうしかないわな。
それには、功利説あたりがいいのではないかな、と思うわけで。

395 :下司のカングリ:2005/12/28(水) 16:06:32
>>387
この論理にはスリ換えがある。単純化していうと、たしかにA商品とB商品の
どちらかを買うこともできるし、両方とも買うこともできる。
それに対して、ある人間をA殺す、B殺さない、はどちらか一つしか選べない
ので“排中律”が成立する、というのである。これは、よくできた詭弁。なぜか。
それは『物と行為』を同列に並べているからである。殺す、殺さない、に対応さ
せるのなら、買う、買わない、だろう。買うことと買わないことは、同時に成り
立たない。殺すか、殺さないかのどちらかしか選べないように、買うか、買わな
いかのどちらかである。
前に、どなたかがのべていたように、行為においては常に“排中律”が成立する。


396 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 17:25:14
仲間は仲間を殺しません(仲間の定義)。

397 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 19:48:05
殺し屋って、ホントにいるの?

398 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 19:51:18
答えは、沈黙.

399 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 19:57:00
スナッフビデオって、ホントにあるの?殺人の証拠を売るって、リスク高くない?需要と供給のバランスが果てしなく気になる。

400 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 19:58:12
やった!

401 :下司のカングリ:2005/12/28(水) 20:39:18
>>396
その定義は、どうかな。子供を殺す親もいれば、親を殺す子供もいます。
兄弟でも同じでしょう。
私があなたを殺すことはありませんが、だからといって、仲間とはいえ
ませんね。仲間の定義は曖昧で、難しいのです。だから,ここを根拠に
殺人の是非を決めるのは、弱いように思います。

402 :ぽっくん ◆5m18GD4M5g :2005/12/28(水) 20:41:12
しつこいばかどもだな。殺したいなら外人部隊にでも入って殺してこい。
人を殺してはいけないなんて決まりは無い。
ただ普通に育てば人を殺してはいけないとなぜか思うようになっている。

403 :下司のカングリ:2005/12/28(水) 21:09:52
>>397
この国にはいません。カネをもらって人を殺す人間はいますが、それを
恒常的に職業としている人間はいない、といっていいでしょう。それほ
ど殺人の需要ありません。
ちなみに、この国では年間、何人くらいの人間が殺されているのでしょ
うか。1000人前後? そう多くはないと思います。そのかわり、この国
には“自らを殺す”自殺者が2〜3万人はいます。
この自殺した人間を、このテーマの対象にすべきかどうか。
もう一つ、戦争という“大量殺人”をどう扱うか。
このテーマは、難解で深いというしかありません。



404 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 21:37:50
殺人を認める者は殺人を認めない者に手を出したら罪をとうが
認める者同士であれば自由にしてよい

また殺人を認めない者は殺人を認める者に手をあげようが
それは無条件に認める
とかそういう不条理な制度でも作ったらおもろいやろな

ん?

405 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 21:43:21
ぽっくんは、モチツケ.

406 :ぽっくん ◆5m18GD4M5g :2005/12/28(水) 22:24:38
じゃ永遠に下げろぼけども。

ウィトゲンシュタインも怒っておられる。

407 :考える名無しさん:2005/12/28(水) 22:38:37
おもろいなこいつ馬鹿みたいで

408 :ぽっくん ◆5m18GD4M5g :2005/12/28(水) 23:41:59
バカじゃないもんアホじゃモン。

409 :【 淘汰圧 】:2005/12/29(木) 00:12:10
>>392
その二つは根っこでは繋がっている。

仲間同士がむやみに殺しあうことが群れにとって損だから、
それを抑制する本能を獲得した生物が生き残り、そうでなかった
生物は淘汰された。

我々ヒトは、その生き残った生物の子孫であり、その性質を
多少なりとも引き継いでいるから、殺人に否定的な感情を抱く
個体が多数を占める。




410 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 01:28:48
>>409
「引き継いだ」とあるが、それは遺伝形質として「引き継いだ」のか、
社会が伝統的・慣習的に次世代へと「引き継いだ」のかどちらか?


411 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 02:25:53
盟神探湯をしたら、防人が死んでしまいました。
戦争になり、我が国は滅びましたが、防人が一人でも多く生き残っていたら、
別の可能性もあったのだと考えています。
防人が正しい心をもっていれば良かったとのにと不満を口に出してみても、
我が国は滅亡してしまったのですから、後の祭りです。
現在、我々は国を失い、他国で生きています。
今でも、盟神探湯の火傷をする人に出会うと、侮蔑の念が起きます。
私は火傷する類の人に出会うと、軽蔑を露呈させることにしています。
我々は正しい心もちでいなければならないのです。

412 ::2005/12/29(木) 03:49:33
まだやってんのか…
いい加減テンプレつくったら?ここは(人を殺してはいけない)の裏付けを追求するスレであって殺していいと思う人はスレ違いですと。


413 :下司のカングリ:2005/12/29(木) 09:46:27
>>409>>410
いまのところ功利主義を超える論拠がないことは、ここに書き込んでいる大半
のものが認めている。けれども、これが論拠としては弱いので、これに変わる
何かを探しているである。功利主義で満足しているのなら、それでいいでは
ないか。子供に、こう教えればいい。「人を殺すのは損ですよ。お前も損するし、
社会(群れ)も損します。人は殺さないように」 人殺しは“損得の問題”という
わけだ。しかし、これは得になると思えば、殺ってもいいことになる。「結構、
けだらけ」というしかない。現実に殺人がなくならないのは、この種の俗流・功
利主義が蔓延しているからではないのか。

414 :下司のカングリ:2005/12/29(木) 09:58:02
>>412
その裏づけ(殺してはいけない)に確信がもてないから、論じあっている
のだろう。「結論は出ている」と思っている人は、安心して静かに生活を
送ればいいではないか。他人の議論に文句をつける必要はあるまい。

415 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 10:09:56
>>413
損得の問題だとしたって、殺される側からすれば絶対的な「損」
なんだから、「殺ってもいい」ことにはならないよ。
誰でも殺される側に回ることが有り得るわけだから、
あくまでも「殺ってはいけない」ことに変わりはない。
ただ、殺す側からみて「殺した方が得だ」と判断したら、それは
殺す場合もあるだろう。これはどんな行為でも同じことだ。
それを現実的に防げるか防げないかは、哲学とか倫理の問題ではない。

416 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 10:22:54
あ〜あ、お前が加わったから、失敗することになっちゃった。

417 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 10:45:15
>>415
それだと「悪人は殺人を容認する」のはかまわないことになって倫理がないのと大して変わらない。
重大な欠陥だと思わないか?

418 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 12:27:47
仲間を殺すヤツは敵だ。
敵は殺すのが正義だ。

これがむかしから続いてきた原理だ。
人殺し自体は良いとも悪いとも決められない。
人殺しがいけないということもない。歴史を見れば分かる。

仲間は仲間を殺しません(仲間の定義)。


仲間(即ち人)を殺すと敵(即ち人ではない者)になる。
だから、(仲間でいたければ)殺してはいけないのだ。

419 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 12:44:43
というか、敵を殺すのが正義、というのは、
戦争は「敵=仲間を殺す奴」という規定から始まってるからなのであって、
そういう意味では殺人についての原理が変わっているわけじゃない。

現代の日本の法律でも、家族が殺されそうになったら、
殺そうとする奴を殺しても罪にはならない。
(ただし、殺す以外に防ぐ手段が無かったと認められる場合のみ、
 という点だけが、おそらく戦時と違う)


420 :下司のカングリ:2005/12/29(木) 12:46:40
>>415
こういう論議は、とっくに終わっている。「人を殺すのは、殺すほうも社会も、
なによりも殺される側が大損する」「殺されたくないだろう。だったら、お前
も殺すな」という功利主義を踏まえた“常識”である。何度、聞かされたことだ
ろう。この常識に満足し、納得しているのなら、それでいいではないか。私たちは、
この“常識”では殺人を『悪』と断罪できないし、したがって殺人を抑止できないと
思うから、ここで色々と意見を交わしているのである。
それから、ここには『殺人容認論者』もいると思う。その論拠を聞かせていただき
たい。


421 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 12:51:55
寿命は人類の敵ですね

422 ::2005/12/29(木) 12:59:35
>>420
>私たちは、
>この“常識”では殺人を『悪』と断罪できないし、したがって殺人を抑止できないと
>思うから、ここで色々と意見を交わしているのである。

King's We かよ。
少なくとも、俺は殺人を防ぐ方法は、別の議論だと思うぞ。


423 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 13:49:40
>>419

わざわざ定義の部分を書き示してあるのに。
なんで、誤解ができるのかねえ。

424 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 14:00:11
誤りだからだ

425 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 14:00:36
>>423
そう定義しない限りは、
>人殺し自体は良いとも悪いとも決められない。
だといってるわけでしょう?

そう定義しなくても、同じことだと >>419 は言ってるんだけど。



426 :下司のカングリ:2005/12/29(木) 14:01:22
>>418>>419
古来、殺人の正当性の根拠がそこにあったのは間違いなかろう。ただし、
この意見の弱点は前述のごとく「仲間」の定義が難しいということ。

それはともかく、この意見の底にあるのは「目には目を」という考えだ。
この考え方は、現在もなお生きている。アメリカはテロリストに国民を
数千人殺され、お返しに非戦闘員を含めて数万人を殺したといわれる。
国家間では「敵を殺すのは正義」という考え方は古来、現在まで続く通念
だといってもよい。
個人間でも、すべての殺人が悪だという人は少数だろう。正当防衛による
殺人は、これを認める人が大半である。“仲間”の定義にやや不明な点が
残るが、このあたりが妥協点か。納得したわけではないが。

427 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 14:05:14
仲間の定義は理論上明瞭である。
だだし、実践上は灰色の部分がある
ということは認めざるを得ない。

428 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 14:09:10
>>426
>それはともかく、この意見の底にあるのは「目には目を」という考えだ。
いや、もちろん、違います。

殺人を非とした場合に、殺人を防ぐための殺人というのは、
例外になる、それだけのことですよ。




429 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 14:19:13
国を他国に売り渡して、他国の侵入を許した。
そして、軍隊は壊乱し、国は衰退した。
強い兵士を育てるべきだし、兵士の心を強くする為に訓練をすべきだ。
彼らの国は他国の影響を受けて、戦争に敗れた。
彼らは兵士に更なる訓練をさせようと考えている。
我々の国に災害が訪れてはいけないから、彼らの為でもあるのだ。

430 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 14:38:45
これは兵士の構成の問題であるのか。
国の区別があり、他国の都合に従っているのだ。
従って、他国の都合で国の構成が無くなった、
つまり、軍隊が壊滅して、我々が本来得るべき財産が他国の手に渡った
ということなのだ。財は他国に流れたのであり、財の存在が無くなった
わけではない。そして、財産を奪われたので、我々が貧しくなったと考
えているのだ。これは自国よりも他国が優先されたからだ。
兵士を強くしても、それと同じ事になり得る。
自国と他国の区別をせよということで、解決されるのだ。
兵士を強くして、他国を侵入させても防げるようにしても解決にはならない。
他国を侵入させる危険を何度も繰り返しているのが、問題なのだ。
そういうわけで、危険なのだし、避けるべきことなのだ。

431 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 14:52:09
兵士の場合は、逆に、殺さないと罪になる場合があるからな。

432 :下司のカングリ:2005/12/29(木) 14:59:33
>>427
では“仲間”の定義を理論的にやっていただきたい。

433 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 15:04:03
兵士は命令に従っているようだ、
殺さないなんてことは問題にはならない、
命令でないことが問題になるようだ。

434 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 15:15:25
現代だと、どこかに売り飛ばされるようなものなのでしょうか。
大体、そんなことをするのがいけないと返すことがあるけど、
根ほり葉ほりなじり込まれること谷のごとしでしょうね。
そんなものを基礎におくとその都合で無くされたり、かすみ取られ
たりするでしょうから、不安定でしょうね。

435 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 15:22:12
他の法と同じ。

「仲間であること」は仲間を殺さないことによって
証明し続けなくてはならない。
それを止めたとき、人は敵になる。

436 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 15:22:27
藻前ら殺人の排中律を忘れたんでつか?
敵なら殺してOK
味方なら殺さない
ならば敵でも味方でもない人間、敵でもあり味方でもある人間(二重スパイ)はどうなる?

437 :下司のカングリ:2005/12/29(木) 15:29:52
>>428
殺人に“例外”を設けるのなら、ここでワザワザ論じあう必要はない。
その一つ一つのケースについて『法』が判断を下してくれるだろう。
「この殺人はいい、この殺人は悪い」と。
また、国際間の戦争を含む大量殺人の当否については、国内外の政治
情勢で決まるだろう。
このどちらの場合も、殺人の是非を直接的に判定するものではない。
殺人の効用、影響、得失からそれを決めようというわけだ。それで殺
人の是非が決まるというのなら、現実はそうなっており、もう結論は
出ているではないか。

438 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 15:33:52
例外は他のことである、ということだ。
例は限定的なものであり、例外はその外にあるということだ。
法の外になにも無いと考えているのでしょうか。

439 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 15:36:50
>>437
例外というのはそういう意味ではありませんよ。

「殺人はいけない」という原則を、
「AがBを殺そうとして、それを防ぐためやむを得ずCがAを殺した」
というようなケースにあてはめた場合、
「殺人はいけない」という原則により、CがAを殺すことが容認される、という意味ですよ。
                  ~~~~~~

440 :下司のカングリ:2005/12/29(木) 16:12:24
>>438>>439
それが仮に例外的な殺人だとして、現実には、だれが容認するのか。「法」
以外に何があるのか、あれば教えていただきたい。
また「殺人はいけない」というのは、だれの原則? 何度も述べたように、
これは功利主義に基づいた“常識”にすぎない。この常識が人間の原理・原則
として確定しているのなら、もう結論は出ている。そうではないから、常識や
法律を超える、あるいは、それらの外側にあるかもしれぬ『殺人の是非』の答
えを探っているのではないのか。
「殺人は悪だ」という確信を持ち、それが人間の原理・原則だと信じている人は
その信念を抱いたまま往生すればいいではないか。だれも、あなたの信念を
否定する人はいないだろう。


441 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 16:15:22
>>438
それは単なる原則で充分だ

442 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 16:21:16
>>439
彼が彼女を殺そうとして、彼が彼女を殺すのを防ぐ為に、
あなたが彼を殺したということだ。
殺人はいけないという原則により、あなたが彼を殺すことが認められる。
何を言っているのだ、免除のことか、或は、あなたは外人であるのか。

443 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 17:18:58
善いと思ってやったんだからいいんじゃない?

444 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 18:16:47
>>440
>それが仮に例外的な殺人だとして、現実には、だれが容認するのか。「
現実に容認されることと、規範の論理的妥当性には関係が無いと思うけど。
現実には、妥当でなくても容認されることもあるし、妥当でも容認されないことがある。

>だれの原則? 
誰の原則であっても成り立ちます。



445 :ちゃんと考えよう:2005/12/29(木) 19:29:31
「人を殺してはいけない」
なんていってるやつは論理性がない。
こっちが理由を問い詰めると最終的には
「だめなものはだめ」とか「理屈抜きにだめ」とか言い出すことも多いような気がする。

446 :& ◆znrh/4TBWY :2005/12/29(木) 19:35:41
人を殺してはいけないという人は
人間以外の動物は殺してもいいけど人間は殺してはいけないとでも思っているのだろうか。
だったら何故そうなるのか説明してほしい。


447 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 19:47:24
人間以外の動物も、必要も無いのに殺すのはよくないよ。

448 :ちゃんと考えよう:2005/12/29(木) 20:24:32
必要もないのに?
じゃあ必要があれば人を殺してもいいんですね。

449 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 20:30:12
必要な殺人
不要な殺人

450 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 20:31:42
先ず、漏前は漏れの言う事に従うように定められているんだ。
漏れは人を殺すべきでないと漏前に言っている。
従って、漏前は殺さないように信じているんだ。
その疑問は漏れの言う事にどうして従えないのかということなんだ。
さあ、言ってみろ。

451 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 20:32:41
飢餓状態になったら、人間もヒトを殺して
共食いするんじゃないか。
後の世でそのことを振り返ればそれが、
反道徳的だと言われるかもしれんが
飢餓ん時はそんな事言ってるやつが消されっぞ。
まあ、適地適例ってこったな。

452 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 20:48:42
自分が殺されたくないのに、他人を殺すのは自己矛盾。
自分を殺したいのに他人を殺すのも自己矛盾。
つまり、自分がされたくないことは人にしてはいけないという単純な帰結。
また、
自分が生きる上で、なんらかの生き物を殺さなければならないのも事実。
その根本的な自己矛盾に目をつむって、
短絡的に人殺しを認めるのはおつむ軽すぎ。

453 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 20:49:47
飢餓状態になったら、食べる物が無くなる。
それとも、不利な状況下にあるのだ。飢饉や不況や貧困だ。
食べ物がないなら、人を殺すのか。
食べ物を食べたいとする、
食べ物ることができないなら、どこかへ行くわな。
すぐ、人を云々てことにはならないわな。
食べる物がないことから、非常な飛翔があるようだ。

454 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 20:50:41
>>451がいいことを言った。
>飢餓ん時はそんな事言ってるやつが消されっぞ。
つまり道徳は一人だけ守っていても意味がない、万人に行われなければならない。



455 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 20:51:23
仲間は仲間を殺しません(仲間の定義)。
仲間を殺すヤツは敵だ。
敵は殺すのが正義だ。


仲間の範囲と その状況を具体的に考えたとき、
上記の内容を否定することがいかに困難かが分かるだろう。
純粋な概念上では特にそうなる。


456 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 20:51:46
>>448
現在の日本の法律で認められてる、殺人が必要な場合。

・自分が殺されそうで相手を殺す以外に助かる手段がないとき(正当防衛)
・他の人が殺されそうで相手を殺す以外に助かる手段がないとき(緊急避難)


457 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 20:54:08
道徳は一人が守る意味があり、万人が守る意味があるようだ。
万人に含まれた途端に、空虚になる道徳とは如何に。
全然、例え話も思いつかん。

458 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 21:21:19
偶然な出来事に、殺人をしてしまうことは認められるのか。

459 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 21:23:35
いけないことをしても、過失の無い事故なら、
殺人に限らず、罪には問われないよね。

460 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 21:43:49
別に人殺しをする気は毛頭無いが、
法律云々言ってる輩は、
殺せという法になれば従うのですね。

善悪とか道徳、法律、多数決とか損なのは全く関係ない。
結局個人がどう考えるかということ。

461 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 21:45:12
いけない意見を加えるている、
罪に問うことになると、
罪であるだけだろう。
それにいけないことを加えて、しかも、私的な制裁を加えることがある。
これは罪であるから、俺達が制裁をくわえなければならないと考える。
つまり、罪であり、しかも、制裁である。
制裁を加える事で、罪が無くなる訳ではなく、
その罪に制裁の規定はない。
ことあらば、制裁を加えて更に不満であると、罪にするのだ。
或る罪に乗じて、制裁という悪事を加えているのだ。
罪だけでよいし、それに問うつもりでないとすると、しなくてよい。
そして、私刑はいらないのだ。
こういうことが不思議なことに全く認められていているのみならず、
本人の為だと考えられている。


462 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 21:59:29
本当は死刑だけど、
半殺しで許してやる。
だが、反抗的だから、
やはり、厳格な法に任せるべきだということだ。

463 :下司のカングリ:2005/12/29(木) 22:49:44
>>444
『規範の論理的妥当性』って、何? そういう隠語で、このテーマを論じて
恥ずかしくないのか。一般人が、そんな特殊用語を使って殺人の是非を考え
るわけがないだろう。否、現実の殺人者にしても、そんな一人よがりの言葉
で殺人の意味を問うわけがあるまい。
ちなみに、規範を具体化したものを『法』という。要するに、法によって殺
人の是非は決まる、と君は言っているにすぎない。もったいぶった言い回し
は、やめたほうがいい。
もう一つ「だれの原則でも成り立つ」って、どういう意味? 個々人の原則
がまちまちだから、ここで議論しているのだろう。ある者は「殺人は悪だ」と
いい、別の者は「悪とはいえない」という。また「殺人には、許されるものと
許されないものがある」という意見もある。これらは、各人の“信念”でしか
ない。各人の恣意的な信念を超えた“道徳・倫理”はあるのか。それを、ここ
で議論しているのである。初めから原則がある、と確信しているのなら、こんな
ところで暇つぶしする必要はあるまい。メシ喰って、寝てればいい。

464 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 23:03:43
>>463
論理的妥当性というか、整合性。
別に特殊でもなんでもないだろ。

>一般人が、そんな特殊用語を使って殺人の是非を考え
>るわけがないだろう。否、現実の殺人者にしても、そんな一人よがりの言葉
>で殺人の意味を問うわけがあるまい。

そのことが、今の話題とどんな関係があるの?

>規範を具体化したものを『法』という。要するに、法によって殺
>人の是非は決まる、と君は言っているにすぎない。
そんなことは言っていません、というか、そもそも、
殺人の是非自体は、私はここでは問題にしていません。

あなたは、何か根本的な勘違いをなさっているようです。
レス先の内容をもういちど、ちゃんと読み返されたらいかがですか?



465 :下司のカングリ:2005/12/29(木) 23:13:30
>>445
そのとおり。「殺人はいけない」というのは、恣意的な個人の信条に
すぎないのに、あたかも絶対的・超越的な“道徳”“真理”であるか
のごとき主張を繰り返す人間が多すぎる。
その根拠を問うと、ほとんどが功利主義。もしくは「殺されたくない
のなら、お前も殺すな」という常識。そんな陳腐な結論を確認するため
に、ここで議論しているのか、といいたい。

466 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 23:37:29
 だけど生命は生を繋いでゆく定めをもっているんだから、
生きるための殺生以外は悪というのは公理じゃないのかな。
 証明しようとしても無制限に殺すなら生命が滅びるからなんていう
鶏と卵の話になってしまう。

467 :考える名無しさん:2005/12/29(木) 23:40:05
>>465
君、ここに書き込むレベルに達してないから、帰っていいよ。

468 :下司のカングリ:2005/12/30(金) 00:15:50
>>464
殺人の是非を問わないのなら、ここに何を言いにきたの?

469 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 00:21:25
>>468
私が何を言っているのか、知らないのに、なんでレスしたんですか?

470 :下司のカングリ:2005/12/30(金) 00:24:46
>>466
それが“公理”として確定しているのなら「どうして人を殺しては
いけないのか」という問いは、無意味。「公理だから」と答えれば、
おしまい。それが公理かどうかあやふやなので、このスレを立てた
のではないのか。


471 :下司のカングリ:2005/12/30(金) 00:27:43
>>467
では、君のレベルの高い意見をきかせてくれ。「どうして人を殺して
はいけないの」

472 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 00:41:26
人殺しはいけない、という倫理が絶対的な真理であるかのように見えてしまうのは、
単に、大多数の人間がそれを支持しているからにすぎないと思うが。

473 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 00:43:23
絶対的にいけない、ということがどういうことかもよく分からないが。


474 :下司のカングリ:2005/12/30(金) 01:11:48
>>446
「人間以外の動物は殺してもいいのか」という問いに、曲りなりにも答え
ようとしたのは、仏教くらいではないか。ユダヤ教には「汝、殺すなかれ」
という有名な戒めがある。キリスト教はそれを「汝の敵を愛せよ」と、大き
く変えた。しかし、いずれの宗教もこれらの教えを実践しているとは、とて
も思えない。とくに、ユダヤ・キリスト教の連中は過去、何人殺したのだろ
うか。その彼らが、動物を殺すことに疑問を感じるわけがあるまい。日本人
が鯨を殺すといって騒ぎたてるだけ。もちろん、日本人も他人のことはいえ
ないが。

475 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 01:25:47
人殺しはいけないことと、一方で動物は殺してもいいことは、
両立しないんだろうか?

476 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 01:26:30
>>471
大体、人を殺してはいけないってことに対しての理由なんて、追求不可能なんじゃね〜の?
人殺しのタブーなんて、有史以前なんて表現なんてもんじゃね〜位のはるか昔からあるもんだぜ?
タブー成立の原因・理由なんて今となっては、推測するしかないだろ?
だが、大本の理由がなんであれ、現在ではすでに、ただ単に、殺人はいけないって観念が、
いわば、昔の原因は消えたが、原因から遊離するかたちで成立しちゃってて、根拠のきえたタブーが社会的に幼児期からすりこまれ、
また伝統的普遍的に広まり、今現在ものこっている。
殺人のタブーの根拠なんて、追求しようとするだけ徒労な営みだぜ?



477 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 01:31:48
>>475
別に、動物も殺していいわけじゃないだろ。
必要があるから殺すだけだ。

478 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 01:33:00
>>475
両立する
必要.やむを得ない殺しは、人・動物・いづれに対しても当てはまる


479 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 01:33:38
  ∧_∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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480 :下司のカングリ:2005/12/30(金) 01:40:28
>>478
「必要、やむをえない」という判断は、だれが下すの?

481 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 01:42:47
>>480
それはあんまりこの問題とは関係ないな。
誰が下そうと、「必要が問われる」以上は、
「殺してもいいわけではない」という点は変わらない。

482 :下司のカングリ:2005/12/30(金) 01:47:33
>>481
各人が「必要だ」「やむをえない」と判断したら、殺してもいいということ?

483 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 01:48:43
>>478
でも、人間はだめなのに、なんで動物はいいの?
という素朴な疑問が残ってしまうのが現状なわけで、
生命尊重とかを、人殺しはいけないことの根拠に持ってくることに限界を感じてしまう。
かといって、功利主義的な説明だけでは根拠として弱い気がするのですね。

484 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 01:54:41
>>480 >>482
君は本気で>>480の発言が理解できなくて反対してるの?
そんな疑問本気で抱いてます?ほんとのおばかサンかも(悪口でいってるんじゃなくてね)?



485 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 01:58:00
>>483
>>476に無反応の点から察するに、自らの問いの無意味さに自覚できたってことか・・・

486 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 02:01:03
>>482
「いい」ではなく、「止むを得ない」。
「判断したら」ではなく、「必要だったら」。


487 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 02:05:00
>>486さん、
下司のカングリクンって、結局何にもわかってないで、迷妄におちいってません?

488 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 02:06:29
何でもかんでもすぐ(あくまでも彼の言う意味での)功利主義でくくろうとするし・・・

489 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 02:08:21
ちょっと関係ないけど、うわべだけの知ったかぶりで、
「功利主義」って言葉を使ってた人って、
ジェイムズとか本当に読んだら、それまでの発言が恥ずかしくなるんじゃなかろうか。

490 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 02:14:04
>>484
どっちがバカだといっているの。>>478>>481 のことですか。
それとも、>>480>>482のこと?


491 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 02:17:47
>>485
「なぜ人を殺してはいけないのか」という問い方をするひとは、
人殺しタブー成立の経緯という意味での、有史以前にさかのぼった原因・理由が欲しいのではなくて、
人殺しを悪とせねばならないことに整合性を持たせるという意味での、
論理的な理由が欲しいんじゃないの。
論理的な帰結として「人殺しはいけない」と言えるのですか?と。

こう問うことは無意味なのかねえ。

492 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 02:19:57
>>490
もち、>>480>>482の方です。

493 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 02:20:16
>>488
では、あなたもジェイムズの名前をだして、知ったかぶりしないで、
本当の“功利主義”なるものを教えてください。

494 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 02:31:11
>>491
論理的な理由なんて、無理と思えるんです。例えば、ある女〈男)性にたいして、
「美しい」と思ったとして、じゃあ、美しいと思える理由は説きかれたら、顔・目、位に答えるけど、
さらにじゃあ、なんでその目・顔は「美しい」のか?と問われたら答えようがないですよね?
正義の根拠なんて、突き詰めてゆけばないですよ・・・
あるとすれば、属する社会がその目・顔を「美しい」と認定していて、それに個人が影響をうけることからの社会的な刷り込み、
ぐらいしか答えなんてないとおもうんですがねえ・・・
だから、下司のカングリのむなしさは、そこにあるんじゃないだろうか・・・


495 :下司のカングリ:2005/12/30(金) 02:38:27
>>491
そのとおりである。論理的な帰結として「人殺しがいけない」理由を
問うているのである。>>487の言うように、私は迷妄に陥っているから
ここに参加しているのである。答えがわかっていたら、別の書き込み
をしているだろう。
ところで>>491さんにお訊きしたい。ここまで、ざっと目を通して論理
的帰結らしきものがありましたか。

496 :491:2005/12/30(金) 02:52:31
>>494
人殺しはいけない、という倫理観は大抵の場合、
論理整合的な根拠を経由して形成されるものとは思えませんしね。
ほとんど感性によると言っていい。

人殺しにおける感性は大抵の個人で似通っているから、
人殺しはいけない、という信念は絶大な支持を受けるし、
善としての承認も得られる。
だから人殺しの悪が普遍絶対なものに見えてしまうのかな。

497 :下司のカングリ:2005/12/30(金) 02:58:00
>>494
『美学』と『倫理』を並列に論じる立派な意見である。「なぜ美しいか」
も「なぜ殺してはいけないか」も、社会的な刷り込みで決まるというわけ
だ。あなたは、答えを知っている。私は、むなしく迷妄のなかにいる。そう
いうことである。


498 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 03:05:28
ここ、変なスレやな。どうしていけないの、と理由を聞いてるくせに、
理屈やないんや、人殺しは悪いから悪いんや、みたいな意見が多いん
やない。

499 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 03:14:58
刑務所はもう人でいっぱなんだよ。
もうこれ以上税金を使いたくないし、警察官も増やせないから。

500 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 03:27:19
ちなみに人間の先祖で同族を殺していない人はいないだろう。
みんな人殺しの子孫なのだ。

501 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 03:30:15
そもそも人が人間を殺すと悪い事、ライオンが人間を殺すと悪い事じゃなくて仕方ない事
ライオンが殺すのは餌だと思ったから仕方ないって言うけど、
じゃあ餓えた人がライオンみたいに餌として人間を殺すのは良いのかな
結局、動物と人の境界線は何処にあるんだろう。



502 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 03:47:00
人殺しがいけないのは最初「種が滅びるから」って本能からだろう。
それが理性を持った人間に色々な理由を付けられて固定観念になり
本能的な物が殆ど無くなっても固定観念として今でも残ってるんだけ。
今じゃ増え過ぎて人は自分で自分の首を閉めてる、ほかの生物は増えたら
共食いしたり、間引きして本能的に増えすぎない様にしてるのにな。

503 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 07:51:26
>>501
知能や理性の有無だと思う。
理性を捨てたら只の動物となんら変わりが無い、
人間は人間であるが故に理性に逆らえず、動物になりきれない。
本能のままに同族を殺しても良い、と言う事を理性が許せば、
自分も何時殺されてもおかしくない状況が出来上がる。
だから人を殺した人間は動物的な、人外な存在だと思おうとする。
そうすれば、その人間は"動物として"処罰できる口実にもなる。
だから殺すと言う行為自体を理性で立てた法律で禁止し、
人を殺して、「動物」になってしまった人間を動物として処罰する。

どうかな?意見求む。

504 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 09:40:22
>>501
>じゃあ餓えた人がライオンみたいに餌として人間を殺すのは良いのかな
他に食うものが無いならな。



505 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 09:58:22
何はともあれ、こんな寒い質問をしてくるしたり顔の厨房とは口を聞かないと思う。

506 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 10:08:31
>>503
>本能のままに同族を殺しても良い、と言う事を理性が許せば

むしろ逆だろ。動物は本能的に同族は殺さないのではないか。
(殺すこともある、という人もいるが、それは定型的な例外だろう。)
これだけいろいろワケのわからない理由で同族を殺すのは人間だけで、
むしろ非常に「理性的」な現象なのではないか。

507 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 10:52:57
なるほど。確かにそうかも知れない。
だが理性的であれば、理由があれば人間間でも殺すのは許されている。
正当防衛だとか、死刑だとか。
本当に人を殺すのがいけないのなら、死刑という刑は存在しないのでは?
極刑としての形なら、終身刑もあるのに、何故?

508 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 10:56:38
「いけない」というのはどういうことかというと、
いろいろな考えがあるだろうけれど、
「やるかやらないか」の判断が必要なときに、
「やらない」と判断する指針、基準という意味がある、
という点では、異論は少ないのではないだろうか。

この点に同意してもらえるのであれば、


509 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 11:08:56
否定と禁止は異なるようだ。

510 :大阪のオバハン:2005/12/30(金) 11:18:28
>>502>>503
これ、対照的な考えやない? まえの人は殺さんのが本能や、いうてる。
あとの人は、殺すのが本能、殺さんのは理性や、て。どっちやろな。
まぁ、どっちゃにせ、ようやっと議論らしくなってきたんと、ちゃうん。
あほな常識は、もう、かんべん。

511 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 11:29:29
>>496
>感性によると
そう考えられる根拠は何ですか?

512 :491:2005/12/30(金) 11:45:11
>>495
わからん。
相互性に訴えた説明とか、集団の維持に有効だからみたいな説明だけでは、
根拠として弱いとは思うけど。

513 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 12:04:51
>>494
社会的な刷り込みだという説は欠陥がある。

Aという社会で殺人が肯定されており(殺人はかまわないと刷り込まれている)
Bという社会で殺人が否定されていれば(殺人はいけないと刷り込まれている)
どちらが正しいのか?
「どちらともいえない」と答えるのは私が前のレスで書いた「殺人の排中律」に背く。
「郷に入りては郷に従え」でB社会の人間がA社会に来たときに殺人をするのか?

514 :下司のカングリ:2005/12/30(金) 12:05:16
>>512
一貫して、私はその“根拠”問うているのに、返ってくるのは“社会的刷り込み”
といったワケのわからない常識ばかり。常識がこのスレの“解答”なら、とうの
昔に結論は出ているのだから、論じ合う必要はない。それにしても、結局、この
答え(根拠)はないということだろうか。

515 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 12:12:33

ここ哲学板だよね?

なんでいつの間にか生物行動学とか、社会性に元づいた議論になってるの?

生物行動学上、人間は殺人しないようにできてるとしても、殺してはいけない理由にはならなないし

現代社会の上で、殺人はいけないとしても、違う社会なら”いけない”にはならない。



516 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 12:26:05
>>514
>>513についてどう思われますか?

517 :491:2005/12/30(金) 12:35:13
>>511
各人が論理的な吟味の結果として、
人殺しはいけないという判断を下すわけじゃなく、
後から理由がついてくるのだと思うから。

授業中に教室がうるさいと、先生は、
「授業中に私語をしてはいけない」と諭すかもしれないけど、
それはほとんど、不快である、という感情に由来するとは思わない?
生徒に、なぜですか?と問われたら、
「授業の妨げになるから」「真面目に授業を受けている人の迷惑になるから」
というふうな理由を提示することができるのだけれど、
そのどれも、生徒を絶対的に強制する論理的根拠としては薄いわけだ。
なぜ授業を妨げてはいけないか分からないし、
なぜ人に迷惑をかけてはいけないか分からないから。

518 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 12:52:08
>>513
なんでどちらが正しいのか判断しなきゃいけないのよ

519 :極端な例:2005/12/30(金) 13:04:01
>>518
レイプマンセーのA国と普通のB国があったとする。
B国の人間がA国の工作員に拉致されたとする。
そして拉致されたB国の人間が強姦された。
そのあとでB国が拉致を非難した。
A国は拉致したことに非を認めた。
しかし強姦については咎を認めない・・・

こういう場合に正誤、優劣をつけずにどうすればいい?

520 :66XT:2005/12/30(金) 13:07:26
>>518


521 :516:2005/12/30(金) 13:15:58
>>517
>それはほとんど、不快である、という感情に由来するとは思わない?
仮にそうだとしてもその感情がなぜ生じるかという説明に合理性が必要だと思われます。
人が死んだ→悲しい、テストに合格した→安堵、のように感情には要因が存在するはずです。
「殺人はいけない」と感じる要因はなんでしょうか?

522 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 13:36:48
>>513
「敵ならば殺す、味方ならば殺さない」
「敵ならば殺す」だけでいいじゃん。
「敵でない者は、保留する」で解決。

523 :66:2005/12/30(金) 13:41:55
>>518


524 :大阪のオバハン:2005/12/30(金) 13:52:02
>>518
あんた、アホなんやから、だまっときなはれ。ここ、ものごとを根本的に考える
スレちがうん? それするんが、いややったら、芸能スレかなんかでいいたいこと
いうたら、ええんや。ここは、哲学や。

525 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 14:00:20
>>519
無理がある例だと思うが、
レイプマンセーということは、その国でレイプが善としての承認を得ている、
少なくとも、悪ではないという認識を獲得しているわけだよね。
ところが、善として承認される事柄とは、すなわち、
世間的に圧倒多数の支持を得ている事柄なのだから、
どの社会においても普遍的に妥当するということはない。
特に、その例にしてみれば、AB国間には社会的基盤に相当な違いがありそうだよね。

どちらが正しいというよりは、
以上を理解して適当に折り合いをつけるしかない。
ほとんど一般論だが。

526 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 14:14:18
>>521
授業中に騒がれると不快に「感じる」ことに合理性を持たせるのは、
困難に思えるが。
なぜ不快なのか?って言われても。

527 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 14:14:34
>適当に折り合いをつけるしかない

その折り合いこそ優劣の規定ですよ。

528 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 14:19:27
他の生物の命はたやすく大量に殺傷するにも関わらず
人間同士の殺傷は罪とは理不尽窮まりない

これが私の論理

しかし人間社会というものは
人間中心なので人を殺傷したら罪とされる
めんどくさいから私は何もしないがな
法律を犯せば確保されて拘束されて絶望するだけだ

早く人類滅亡しないかな〜


529 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 14:25:45
>>527
いや
社会的基盤が違うからこそ、善悪の内容が違うのだから、
優劣はつけられないでしょ。
そもそもなぜどちらが正しいのかを規定しなければならないのかが分からない。

530 :まずる:2005/12/30(金) 15:03:14
>>528
>他の生物の命はたやすく大量に殺傷するにも関わらず
>人間同士の殺傷は罪とは理不尽窮まりない
たしかにね。マングースを殺せば礼金がもらえるほど。

一人以上の欲が交差しているせいか、
この世は絶望的に見えるけど、
もっと見渡せばそんなもんばかりでは無いかと。

531 :下司のカングリ:2005/12/30(金) 15:46:40
>>513
その問いが成立するためには、前提条件が満たされなければならない。
Aという社会では“殺人肯定”が住民にほぼ一様に刷り込まれている
こと。また、Bという社会では“殺人否定”が同様に刷り込まれてい
なければならない。その場合、どちらが正しいのか、と問うことはで
きるだろう。ただし、その答えはそれぞれの社会でそれぞれの“排中律”
が成り立つ、というしかない。二つの社会を超えた“正解”はなく、矛盾
のまま残される。異なる時代、異なる社会を超越した“排中律”は成立し
ないのではないか。


532 :下司のカングリ:2005/12/30(金) 16:16:35
>>513
とはいえ、現実に社会の住民のすぺてが一つの考えに刷り込まれる
わけがあるまい。
たとえば、わが国では親、教師、周囲の人間から“殺人否定”を教え
こまれる。その結果、みんなが一様に“殺人否定論者”になったかと
いえば、必ずしもそうはいえない。カネのため、嫉妬や憎しみのため、
快楽のための殺人は、あとをたたない。その数は少ないかもしれぬ。
が、これは法律があるからで、もし「絶対にバレない」「殺っても罰せ
られない」となれば、どうだろう。これだけ殺人は悪だと刷り込まれ
たにもかかわらず、潜在的な「殺人肯定論者」「殺人容認論者」は少
なくないように思える。
二つの社会を超えて排中律が成立しないように、個人についても同じ
ことがいえるわけで、換言すれば、超越的な“殺人否定論”は成立し
ないことになる。

533 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 16:51:31
>>532
誤りです
一様に「殺人否定論者」になってるんです
これを受け入れつつも、自己利益に引きずられる形で犯罪の実行行為におよぶのですから。
もちろん「殺人否定論」を受け入れられない偏りのある人格者が存在するのも事実ですが、
この場合は社会的な刷り込みが良好になされなかったためでしょう。
人格的偏頗者の人格形成過程はほぼ劣悪な家庭環境下におかれていたという事実から、
そうでなければ、「殺人否定論」を受け入れた可能性は高かったといえましょう。
「絶対にバレない」「殺っても罰せられない」なら殺人の犯すという場合の心理についても、
殺すことは悪だとわかりつつも憎しみ・自己利益のため実行行為におよぶのであって、
「殺人否定論」を受け入れていないわけではないでしょう。




534 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 17:26:03
>>510 >>524
大阪のオバアサンへ
「常識」が気にいらないなら、「常識」のどこが妥当でないか論じてみろよ
まともな反論すらできないご老人は沈黙していなさい

535 :【 淘汰圧 】:2005/12/30(金) 22:54:27
>>510
実際には、他を殺してでも欲しいものを手に入れる、というのは実はもっと
原始的な本能。

ただ、群れを作る段になると、この本能が邪魔になる。

だから、「この本能を抑制する本能」が集団化して生存率を上げる過程で
必要になったと考えられる。

ただ、資源が少ない状況では有能な個体に集中させたほうが、より有利な
場合もあり、そういう「『仲間殺しの抑制』を抑制」した方が有利な局面では、
この回路の切り替えもある。



536 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 23:32:49
>>535
馬鹿かw

おまえ「自分が他を殺してでも欲しいものを手に入れよう」と
考えたことがあると言ってんのか?

537 :516:2005/12/30(金) 23:41:13
>>531-532
ではその異なる社会が接触した場合
(殺人肯定のA国の人が否定のB国に旅行で訪れてB国人を殺した、とか)はどうしますか?
命の関わることに>>525にあるように「折り合い」がつけられるでしょうか?

538 :考える名無しさん:2005/12/30(金) 23:48:07
問題を整理しよう

そもそも、煽りを除いては、「殺人肯定論者」などいない。
「社会的に」「倫理的に」「人道的に」等々、「殺してはいけない」ということは、百も承知である。
しかしながら、それらの条件を取っ払った、より深い意味での「殺してはいけない」理由とは何なのだろうか?

まあ、諸条件を取っ払っちゃったら、殺人に限らず「何でもあり」なのだが。

539 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 00:05:12
>>538
おまえそんな事もわからんの?
「殺したくない」からに決まってるだろw

540 :まずる:2005/12/31(土) 00:09:16
>>538
君は猫や犬のような身近な哺乳動物を殺せるのかね。
意味の無い殺人なんて必要ないじゃん。
駄目ではなく、必要無いだけかと。

541 :【 淘汰圧 】:2005/12/31(土) 00:12:15
>>538
>>より深い意味での「殺してはいけない」理由とは何なのだろうか?

正しくは、『 「殺してはいけない」と要請する 』 理由(動機) は何なのだろうか?

だと思う。( >>253 )

542 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 00:17:24
こんなレスが付くとはw
ほとんど期待はしていなかったが、がっかりしたw


543 :542:2005/12/31(土) 00:19:30
時間差があったので、>>541は除く。


544 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 00:20:43
>>541
要請に従わせることで得られる利益・・それが動機さ。

545 :まずる:2005/12/31(土) 00:23:47
逆に殺人者をどう思うんだろ。

546 :まずる:2005/12/31(土) 00:26:14
法律があっても殺す人は人を殺すし、
内カニバリズムやネクロフィリアなんかの
欲を満たす為の殺人はどうなんだろ。

547 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 00:26:23
動機から結果したものを、原因として、次の結果にどんな利益があるのかね。
あなたから始めた事から彼に帰結した、彼からどんなことが帰結するのかね。
彼の帰結からあなたの動機に戻るのかね。

548 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 00:32:51
どうして人を殺してはいけないのか?
それは多分、人を殺してはいけないと思ってる奴の方が多いからだろ。
つまらない理屈かも知れないけど、所詮世の中は多数決で決まるんだよ、
例えば、月面着陸でも未だに信じてない人がいるけど、信じてる人の数の方が多いから
人類は月面着陸に成功したという事になってるけど、これが逆だとどうなるか、
「あれはアメリカがついた大嘘」とか「さすがはジョージ・ルーカスの映像技術は凄い!まるで本当に月に行ってるみたいだ」
と言う奴ばっかりになって、月面着陸なんてのは歴史から抹消されるよ。

549 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 01:06:26
>>538>>542
おそらく、>>539は、>>538の「それらの条件を取っ払った、より深い意味での殺してはいけない理由」について、
一言で反論したと思えるが、実はこの一言で議論は終わっているのではないか?
人が人を殺さない理由は、単に殺すことについて、不快感を抱く感情があるから、の一言に尽きるのではないか?
無理に原因設定を図るから、人権思想・生命の尊厳・種の保存・集団の維持等々の無理な理由付けがなされ、
君(下司のカングリ)のような悩む人が出てくるのではないか?
もし>>539の感情論か誤りであるならば、一度体系的に反論してみてはどうか?


550 :542:2005/12/31(土) 01:09:22
>>549
それはあんた、「感情的に」じゃないの?
「感情的に」理解できない、殺人鬼はどうすんのよ?

551 :542:2005/12/31(土) 01:21:05
だからな、大多数が共有できる、ほとんど自明の根拠に基づく
「殺してはいけない」という価値観において
その、ほとんど自明の根拠を取っ払って、なおかつ
「殺してはいけない」と言えるかったら、言えないだろ?
そこまで降りて行っちまったら、「何でもありだ」w
「雷や台風が、人を殺してはいけない」と言っても意味が無いのと、ほとんど同じw

552 :下司のカングリ:2005/12/31(土) 01:24:17
>>537
殺人肯定国、否定国という例は、極端すぎる。だが価値観の違う国と国と
いうケースなら、現実にみることができる。この両国が、もし住み分ける
ことができれば、折り合いはつくだろう。それができなければ、戦争(殺し
合い)になる可能性が強い。

たとえばAという人間が殺人を肯定する考えをもっていて、私たちの社会
に住んでいるとしよう。Aはバレなければ、殺したいと思っている。この
人間はチャンスがあれば、殺すのではないか。最近、このタイプの人間が
増えていて少し前に、過去に親を殺したことのある男が姉妹を殺すという
事件があった。この男は、バレるまで殺し続けたのではないか。

殺人に快楽を感じ、それを肯定する人間は、バレるかバレないかが“折り合
い”のつけどころになるのではなかろうか。


553 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 01:36:56
うん、バレなんだら別に殺してもええよ

554 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 01:46:50
もし自分に人を殺したいという欲望が芽生えとしても

こっそり自殺志願者の集いに参加して痛みを伴わないよう
そいつ等を楽に殺してやろうとかそんなんは微塵も思わないのやろけど

自殺志願者だけを狙う新世代の殺人鬼?てか
安楽死を与えます、とかそんな商売て闇であらへんのやろか?

割りともうかりそうやな

555 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 02:01:26
全てが殺すものであるという考えをもっているのかということだ。
個々のものは生きている、死人を含めては考えていない、
個々の生きているものが或るものは生きていたり、或るものは死んだりする、
じゃあ、全部をどうしたいのかということを考えると、皆殺しにしたいとす
ると、或る部分が生きていては困るわけだ。
それだから、或る部分が死ぬようにすべきだ。
従って、個々のものはどんどん死んでいくということだ。
或るやつは生かして、或るやつは殺すとなると、全部をどうしたいって考え
ではない。全部をどうするのかってところに掛かっているようだ。
○世界観
 全部
 或る部分
 個々のもの

556 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 02:01:54
>>551
はぁ〜なんで「取っ払う」必要があるんだ?〈笑)
殺してはいけない感情は終局的な、いわば、理由なんだよ
自明であり揺らいでもない殺してはいけない価値観を「取っ払う」お前の動機がわからンね。
例えば、お前が或る対象・領域について、何らかの価値観を抱いたとして、
その価値観を抱いた原因を突き詰めていったら、論理的な理由がみつかるとでも?


笑止!

557 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 02:04:24
まぁ、日本にも「殺人肯定国」とまではいかなくても
「殺人肯定集団」は存在したわけだが・・・
そして、「殺人否定国」である日本は
その「殺人肯定集団」を排除したんだよな。

結局、「殺人否定集団」も殺人を否定し続けるために
’一種の殺人’を行わなければならない、という矛盾があるんだが・・・

558 :542:2005/12/31(土) 02:06:55
>>556
いい加減、間抜けなレスを付けるのは、止めにしてもらいたいものだな。

559 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 02:16:43
全てが死ぬものであるという考えをもっている訳ではない。
全部はどうにかしようと考えをもっている。
或るヤツは死んで、或るヤツは生きるべきだ。
個々のヤツは生きるやつと死ぬやつが出てくる。
全部がどうしたいのかという都合でもって、
死ぬやつと生きるやつが出てくるんだ。
全部をどうしたいのかという考えを欠いていると、
或るやつらが生きたいといったら、死ぬのを取り下げて、
或る奴らが死にたいといったら、生きるのを取り下げて、
よたよたするやつに思えるわな。
ああ、頼りないことよと。あんまり、関係するものと面倒なことに
巻き込まれそうだと。
全部をどうしたいのかという考えを持っていると、ブレないわな。

560 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 02:22:22
555に多大なる才能を感じる

三度程読み返したが、かなりイライラする

誰か555の暗号を解読してくれないか

561 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 02:22:38
>>558
少しは反論していたほうが良いのではないでしょうか?
(一応www)相手から見解の提示がなされたわけですから
罵詈雑言レスの応酬になってしまうのは避けたいですからね


562 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 02:25:13
お、559で文章が安く変換されているが

まだ非常に電波が乱れている

563 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 02:29:09
558の意見に、私は激しく頷いた

564 :542:2005/12/31(土) 02:33:14
>>561
反論って、誤読されたら、反論も糞も無い。

565 :542:2005/12/31(土) 02:41:03
一応、それなりに頭がいいのが集まっているとは思っているから
懇切丁寧には書かないんだけどね…

566 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 02:41:27
>>564
多分あっちはあっちで誤読されたって思ってるんでしょうね
2ちゃんって、相互的な誤解のまま議論がすすんでくから、円環しちゃうんですよね・・・


なんか子のスレもつまんなくなってきた

567 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 02:43:30
>>559も頭いいといえるの?www

568 :542:2005/12/31(土) 02:50:19
「社会的に」「倫理的に」「人道的に」等々
とは書いてあるんだけどね。
「感情的に」にとも、書いておいた方がよかったかな。

>>538は、「人間的な様々な価値観において」のがよかったか?

569 :542:2005/12/31(土) 02:52:32
>>567
意図的ならば、頭がいいだろうな。

570 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 02:56:45
>>568
自分の設問に不備ありと感じるなら書き直せば?

571 :566:2005/12/31(土) 03:04:30
それぞれがもう一度できるだけ自説を敷衍し合うってのはどうかね?
議論の整理にもなるとおもうが?〈誰が何を発言してるかもわかるかも?)


572 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 03:07:55
なんか反省っぽくなってきてるな
ひょっっとして、>>555>>559nの「電波」の影響か?

573 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 03:13:49
だいたい議論の進行ってのは
強い主張に引きずられていくのが常。

ああしようこうしようの提案も同じで
強い論理が1本通ってないと雑音w

574 :542:2005/12/31(土) 03:18:06
>>570
いや、いいわ。
ここは、感情が溢れ気味の人間と、どこかちょっと欠如した人間が
平行線を辿ることの多いスレってとこかな。
>>559は、何かのパロディだろ。

575 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 11:24:12
>>548は正しいと思います

576 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 12:31:22
>>571
そうしましょう。
『殺人肯定論』。こういうご時世なのに、ここにはいない。これも不思議。
総じて『否定論』だといっていい。が、これには色々あって、正反対に近い
ものもある。以下、否定論をあげると、
まず“本能論”。「殺さないのは、人間の本能だ」というのである。しかし、
これには真反対の意見があって、「殺すのが本能だ」との説もある。
次いで“刷り込み論”。殺人を悪だと思うのは、そのように環境のなかで刷
り込まれてきたからだ、というのである。
そして“損得論”。「殺人はだれにとっても損、だから悪い」という主張。
さらに“感情論”。「殺すのは不快である。これが理屈を超えた理由」という
わけだ。
他に、肯定論でも否定論でもない、こういう意見もある。敵は殺してもよい、
それ以外は殺すな、いう意見である。条件つき肯定論である。

その他に、どちらにも論理・整合的な根拠がない、という意見も少なくない。
概していえるのは、ややもすれば否定論者の意見が声高にヒステリックに
なりがちだということ。これも、皮肉。
揚げ足とりではでなく、わかりやすく議論しましょう。


577 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 15:26:11
読書家じゃないので知らないけど、このスレ程度の事は法社会学か
犯罪心理学で誰か本書いてるんじゃないの。本読まないから知らないけど

578 :考える名無しさん:2005/12/31(土) 21:10:13
デスノートより抜粋。やっぱ倫理学的大作だよねぇ〜

「現に無記名やネットのアンケートではキラ肯定派が多数の結果が何度も出ているじゃないか
そういう意味では松田さんは全然おかしくない、そう言っているんです
キラは大量殺人犯・・・悪それも事実
そのキラを支持している人間も多いそれも事実・・・
しかしきっとキラもわかっているんだ
自分がやっている事が悪だという事を
しかし自分が犠牲になってでも世の中を変える・・・
それがキラの選んだ真の正義・・・・・・キラの考え方はこんなところだろう・・・
キラが悪か正義かなんて僕達が考える事じゃない
そんな事は世間や思想家にやらせておけばいい
僕達はキラを捕まえるしかないんだ
キラが捕まれば世の中はまた荒れるそんな事も関係ない
正義・・・悪・・・結果が全てになるくらいに考えるべきだ
キラを捕まえればキラは悪
キラが世界を支配すればキラは正義」
「・・・・・・勝った方が正義か・・・しかしそれじゃ・・・」
「・・・・・・いや、世の中いつもそんなものだったかもしれない・・・」

579 :考える名無しさん:2006/01/01(日) 03:10:41
【関連スレ】

社会契約っていつなされたの?
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1127653799/


580 :まずる:2006/01/01(日) 03:14:41
キラはサイコパス(=ソシオパス)反社会性人格障害
・饒舌で一見魅力的
・過大な自尊心、自己中心的
・異常なほど嘘をつく
・後悔/罪悪感が全くない
・冷淡で共感がない
・行動の責任を取れない

論理学的以前に、心理学の問題。
キラの台詞はどうみても自分を正当化するための詭弁だし。

581 :考える名無しさん:2006/01/01(日) 10:37:16
>>1
         ↑__↑     / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         '´/ l、ヽ  < >>1 さん、何いってんですかぁーちゃんと契約したじゃないですかぁー。
 バサッ  /i彡!リノ ))〉    \_______
.  /ヽ Z「(l!゚ ヮ゚ノl.┌──┐ 
  /   ゝノ⊂)卯!つ│≡≡│  
 (⌒Y´ '´(( く/_l| リ.│≡≡│
         し'ノ  .└──┘



582 :考える名無しさん:2006/01/01(日) 13:35:01
>>1
おめえが氏ねよボケ

583 :考える名無しさん:2006/01/01(日) 15:57:16
>>582
( ゚д゚)、ペッ

584 :考える名無しさん:2006/01/01(日) 17:30:41
今から、罪状認否を執り行う。

行為を認める。すると、周りが罪を進呈。

罪悪感をもたらそうと躍起になる社会。

585 :315:2006/01/01(日) 20:24:17
>>323
あのね客観的にみて殺されても仕方ない行いをした人の事だよ。
因果応報、法でも情状酌量されるような殺人の事だよ

586 :315:2006/01/01(日) 20:42:41
つーか事故は事故だし殺人とは別物だろ。
まぁ快楽殺人のキチガイに遭遇するのも事故みたいなもんだが。
基本的には自分が殺されたくないから法があるんだろ。


587 :考える名無しさん:2006/01/01(日) 20:47:46
基本は殺されくないから殺さない。
殺されそうだから殺す。生きるために殺す。殺したたから殺す。
これは基本原則でしょ。これ以外の殺人は認められない。

588 :考える名無しさん:2006/01/01(日) 20:56:47
てか日常的に「どうして人を殺してもよい」と考えるのはサイコパスだろ。


589 :588:2006/01/01(日) 20:58:34
>>588
「どうして人を殺してもよい」
訂正
「理由なく人を殺してもよい」

590 :考える名無しさん:2006/01/01(日) 21:59:26
理由があれば殺していいの?
何故、人を殺さないことは悪くないのか?

591 :考える名無しさん:2006/01/01(日) 22:50:39
>>590
>理由があれば殺していいの? 客観的にある程度正当な理由があればやむなし。
昔でいえばあだ討ちとかね。
>何故、人を殺さないことは悪くないのか?
それが理解できないのは自己のサイコパスを疑え。

592 :考える名無しさん:2006/01/01(日) 23:57:23
価値判断を哲学者に委ねようとしてる時点で大はずれ。
哲学者は存在の根拠を問う学問。

593 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 00:07:38
仇討ち!いつの時代だ?ま、殺人はいけませんの概念はある程度普遍的か。

594 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 02:47:10
>>578の哲学的真意に気付いてない人が多いようなので漏れが解説してやる

ようするにこの文章で重要なのは力のあるものが正義となるということ
正義はその時代の最も力のある支配者に都合のいいように作られる
そして今の支配者は大衆、社会全体
全てを支配する事の出来る力の持ち主が存在しない現実社会では
力の差がない人々の集合体こそが最も力を持つ
力の主体は当然自分に都合のいい正義を作り出す
その正義は”力の主体”の自己保存、自己の拡張のために使われる
それが漏れたちの言う正義=人を殺す無かれ
漫画デスノートでは月がデスノートを所有する事で他の誰よりも強い存在になった
現在最強の力の持ち主であるアメリカ大統領でもその力の起源は
力に差のない人々の集合体=社会から来ているというのに
月は自分単独で強者となった。その力によって自己が自己に有利な新たな正義を
確立しようとしているのが重要な点


595 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 02:54:49
>>594
一言で言えば
勝てば官軍ってか…
長文の割に、やっすいなぁ、おぃ

596 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 03:01:22
>>595
答えが安っぽいことはそれが答えとして正当でない事とは無関係

1+1=2

597 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 03:08:38
倫理が人間が存在しなくても、イデア的に、
物理法則に近いほどそれ自体として存在している
要するにこの法則が人間の作り物ではないと言う根本的な点で見会を異にしない限りは
>>594を否定する事は困難だと思うがな


598 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 03:14:55
>>596-597
大変だな自分で自説をヨイショするのも

599 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 03:19:50
人間が倫理を作ったとすれば、こんなけち臭い人間という種族が何の意味も
ないものを作ったはずがない
ようするに倫理は何かの役に立つ。何の役に立つか?当然作った本人の役に立つ
誰が倫理を作ったか?こんな重大な、現実的拘束力を持つ法の基盤となるような
規則をそこらのオッサンが勝手につくれるはずがない
物凄く強大な力の主体しかこんな物は定められない
そして少なくとも”現在の”支配者は大衆だ。
だから現在の倫理は大衆が作っている。

600 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 03:45:03
大衆が自己に都合のいい倫理をさだめる
その内容はどのようなものになるか?
大衆の構成員は力の大差のない人間達
よって大衆の定める倫理には、構成員に適用された時に
平等性な結果を生むものが選ばれる
汝殺す無かれ は人々がお互いに殺されることがないようにする
極めて平等な規則


601 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 13:07:42
>>599>>600
そのとおりでしょうが、「どうして人を殺してはいけないの」という問い
の答えにはなっていませんね。

602 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 14:40:53
>>601
↑これも、どうして人を殺してはいけないの」という問い
の答えにはなっていませんね。

603 :ボヤッキ:2006/01/02(月) 15:01:23
「どうして人を殺してはいけないのか」
正直言って、この問いの真偽を決めるのは極めて難しい。
仏教では殺生、つまり生き物を殺すことは「十悪」の一つとされている。
これは人間が絶対に犯してはならない行いであり、犯した場合は報いとして
地獄界で苦果を受けなければならないことになっている。
そして殺人はモーセの十戒にも記されている。
しかし、今の人間はこれを守っているのだろうか?
聖書や神話や宗教を学ぶ人は多くない、だがこのことが理由なのか?
平気で人を殺せる者もいれば、殺人の後に悔やむ者だっている。
彼らが殺人へと発展した理由はあるはずだ。「ただなんとなく」で殺人を
犯すことはできるか?漫画みたいに、世界制服が理由だからか?
確かにネットやゲームの暴力的シーンを見て殺人をした者だっているが
それは「血を見る快感」などの理由があるはずだ。
つまり、「理由」が殺人を犯す引金なのである。
では本題に戻ろう。「どうして人を殺してはいけないの?」
先程も言った通り、殺人をしたら地獄に落ちると言われている。
けれども、それは本当なのだろうか。誰か生きてる人間のなかで実際に見た人はいるのか?
「地獄」「天国」は実際にあるのか・・・・
この世には霊能力者という者がいる。人間は死後、霊となってあの世へ行くと思われる。
けれども中には、死んだ理由が分からずに、「地縛霊」となる霊もいる。
霊というのは、一体何なのだろうか?この霊が我々をあの世の姿か?
万が一霊が本当にいたとしても、その結論が「あの世=天国、地獄」となるわけではない。
死ぬというのは、いわば「引越し」なのだ。住んでいた地(=この世)を離れ、新しい地へと行く(=あの世)
だが、「新しい地」とは何か?それは何処なのか?
はっきり言って、それは誰にも分からない。死んだ後のお楽しみといった感じだ。
そうなると、「あの世って一体何処か分からないじゃないか」となる。
そう、あの世がどうでもいい場所なら、死んだって別にかまわないとなる。
死んでも大したことはない、だから殺人を犯しちゃいけないの?となってしまうのだ。

604 :ボヤッキ:2006/01/02(月) 15:02:37
さて、この題の考え方を変えてみよう。
人を殺したら、まず悲しむのは家族だろう。親、兄弟、夫、妻・・・誰か悲しむはず。
死んで良い人間なんていない。何故殺した?今すぐ加害者も殺したいという気持ちにだってなる。
殺してもいい人の観点から見ると、「はぁ?何故殺しただと?別にいいんじゃん、そんなこと」
こんな風に考える者がでてくる。
もっとすごいやつは「なんで悲しいの?」なんて思うかもしれない。
悲しむ理由がわからない・・・殺人を否定する人からみたら、これは異常者にしか見えないだろう。
けど、彼らの考え方も間違ってはいないのだ。何故か?
「何故人を殺してはいけないの?」こういう考え方になる。
普通の人がこれを聞かれたら、「馬鹿じゃないの?そんなの当たり前じゃん」と答えるだろう。
「何で当たり前なの?」そう言ったら、俺が三行目に言ったのと近いのを言うだろう。
誰も見たこともない地獄や天国なのに、そこへ必ず逝くという結論を出すのはおかしいんじゃないか?
密教、宗教なんてしょせんは妄想、嘘っぱち、フィクション。っていうより、神様自体いないかもしれない。
俺から結論を言う。この題の答えは分からない。
誰かが天国・地獄を見て、それを見たという証拠を持ってきたら、答えは変わるかもしれない。
殺人を犯す、それは結果の分からないギャンブルなのかもしれない。

605 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 17:18:45
なんか年明けから急に議論の質が下がったな・・・
今迄議論してた5・6人位?のやつら、come back!


606 :ブラフマン ◆u12SwCEviQ :2006/01/02(月) 18:51:05
どうして人を殺してはいけないのですか・・・
皆そんな事も分からないの?

607 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 19:11:36
>>606
どうして?

608 :ブラフマン ◆u12SwCEviQ :2006/01/02(月) 19:16:10
>>607
理由なんて無いです

609 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 19:19:54
>>608
君にとって理由があることって何か存在するの?


610 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 19:21:59
>>604
稚拙さが露呈している上に好感も持てないレスですね

611 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 19:35:29
>>608
理由付けがしにくいということかな。

612 :ブラフマン ◆u12SwCEviQ :2006/01/02(月) 20:34:29
>>609
ずばり生きる事です

613 :考える名無しさん:2006/01/02(月) 20:35:41
>>612
どんな理由がありますか?

614 :ブラフマン ◆u12SwCEviQ :2006/01/02(月) 20:51:36
死の先が知りたいからです

615 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 00:35:29
ダメなものはダメダロウ

616 :ブラフマン ◆u12SwCEviQ :2006/01/03(火) 00:50:39
>>615
一番まともな答え

617 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 00:55:21
「ワカバ ホイクエン」ハ ココデスカ?

618 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 02:49:56
ところで、このような問いに対して、「哲学的に応える」といった場合
どのようなプロセスを仮定した上でアプローチしたらいいのかな?

619 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 02:57:02
>>618
単に応えればいい。その応えが妥当なら
「哲学的に応えた」と形容されることになる。

620 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 10:26:17
人を殺したらいけない理由で、突発的に思いついた当方の考えを以下に述べる。
他人の生を断絶してしまう権利なんか自分にはない。
他人の生を断絶してしまったら、その生はもう再到来しない。
人を殺すとは取り返しのつかない行為だ。想像してみたらわかるだろう。
他人の生に土足で入り込み、それを遮断してしまうなんて、なんと図々しい行為なのだ。
自分は自分のことも尊い存在、と同時に他人に対してもそれを言うことができる。
おそらく、動物にはないと言われている「こころ」があるからだろう。
「こころ」が無難に機能しているから人を殺すことができない。
この社会に生きている上において、人を殺すという行為が、どれだけデメリットが想像できるしね。

って結局ぐだぐだ述べてしまったが、ここまできて何にも答えになっていないってことに気づいたw
>>1の命題に対して、どういう角度から攻めていくかってことを初めに構築していく必要もありそうな気がする。
大まかな骨組みを作ってあらゆる角度から考え、最終的に結論を導く。そうじゃないと、単発的に「個人の考え」
が飛び交うだけだからね。じゃないと、その繰り返しを繰り返しているだけに過ぎない?
んで、このスレ、パート5まできてるの?ってそれは当方の憶測だから、違ってたらスマソ。



621 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 10:37:50
人を生み出す権利は誰の権利であるのか。
神、親、教育なども生み出すものと考えられる。
人を生み出す権利は神、親、教育の権利であると考え得る。
人を殺す権利は誰の権利であるのか。
悪、他人、欲望が人を殺すものだ。
人を殺す権利は、悪、他人、欲望の権利であると考え得る。
こういうものをもっていると、生み出す事と殺すことが同じであると考えられ、
権利を具えているのだ。

622 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 10:52:40
確かに>>621の考えに基づけばそう考えることができるかもしれない。
しかし、
>人を生み出す権利は神、親、教育の権利であると考え得る。
 人を殺す権利は誰の権利であるのか。
 悪、他人、欲望が人を殺すものだ。
 人を殺す権利は、悪、他人、欲望の権利であると考え得る

ってとこに納得できない。

それに、621氏の考える「権利」と当方の考える「権利」には認識のズレがあると感じる。


623 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 11:00:54
先ず他人の生命に関する権利があるようだ。
誰一人も無い、全てのものが生命に関する権利が無いとすると、
生きる権利も死ぬ権利も無いようだ。
誰かにあるとすると、誰にあるのだろうか。
それとも、誰でも全ての人が持っている権利なのだろうか。
誰もが他人の生命をどうにかする権利を持っているのかね。

624 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 11:11:18
じゃあ、殺される人にも、殺されない権利、殺されるべきじゃない権利があるってことだね。


625 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 11:20:14
なるほど、つまり、
被殺人者は、殺人の拒否権と禁止する権利があるということだ。
何において拒否する権利であるのか、そして、何をなす権利であるのか。

626 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 11:35:46


「私は人間ではない!破壊神の使徒だ!」と思い込んだ人間は、
このスレでの議論を一笑に付して人を殺すんだろうな。



627 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 11:40:32
>>626
別にそんなこと思い込まなくたって、殺す人は殺しますよ。

628 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 11:42:17
>何において拒否する権利であるのか、そして、何をなす権利であるのか。

生きたいからとか、痛い思いはしたくないとか、愛する人とずっと一緒にいたいのにとか、
夢や希望があるとか、守りたい子供がいるとか・・
その時の環境におかれた人それぞれで違うと思うけど、殺す権利より、殺されたくない権利
の方が重視されるべきだと当方は思う。
殺す権利、殺されたくない権利が両方存在すると仮定した場合、殺されたくない権利の方が
尊いと思う。

629 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 11:42:22
人間はどんな愚かな行為でも実行可能。
でも実行可能だからといって、その行為の愚かさが変わるわけじゃない。

630 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 11:48:13
あと、やっぱり思うのは「愛」かな?
もちろんストーカーから注がれるような愛ではなく温かい、心地よい「愛」だけど。
自分のことを愛してくれている、信じてくれている第三者がいるなら、
人を殺すなんてしにくいと思う。


なんて、こうやって書き込みしている間にも殺人事件のニュースが流れているよw
感情的に殺してしまったというパターンみたいだけど。

631 : 賀正 :2006/01/03(火) 13:12:15






  殺人が行なわれたとすれば
  それは殺すしかない条件下にあった ということだ

  同じ条件下におかれれば お前たちも同じことをする
  自分だけは違うなどという 根拠なき妄想 ヤメとけ









632 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 13:35:39
>>631
それが受け入れられるほどのリアリストなら、こんなスレには来ないだろうよ。

633 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 13:56:09
生命の尊厳が神聖不可侵のものであるならば、無脳症の赤ん坊(もちろん生きています)から
心臓を取り出し(当然死んでしまいます)、別の心疾患を患う赤ん坊に移植することができない。
で、結局二人とも死なせてしまうことになる。これは馬鹿馬鹿しい。
というわけで功利主義的に考えれば二人死なすより一人助けるほうがずっと良いわけだが、
「生命の神聖性」という「立派なお題目」はこれを妨げてしまう、ということになります。
「生命は神聖である」という従来の倫理は先端医療技術、バイオテクノロジーのもたらした新奇な状況
(脳死、植物状態、出生前診断、体外受精その他)にうまく対処できない、それどころか概して不利益を招く。
したがって現代にマッチした新しい倫理体系を作る必要がある。

634 : 賀正 :2006/01/03(火) 14:14:12
>>632
残念ながら 現実というものはリアリストもユメミストも区別しない
その気になれば皆殺し・・実際、生物の種は絶滅を繰り返してきた

現実の前では 思い込みなど屁みたいなもん
わかったら雑煮でも食ってさっさと寝ろw

>>633
お前の言ってることを要約すると
「倫理など不要」・・これに尽きる
同意だ、明けオメ♪

635 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 14:20:03
 まともなひと
 熱心な馬鹿 は狂人の動機を特定するために奔走する。

636 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 15:02:11
>>633
「倫理」についての根本的な誤解に元づく誤り
「倫理」は同時代の人々により作為的に生成・改変さるべきものではなく、
時間的経過を経て自然発生的に変容さるものであり、「新しい倫理体系を作る」などということはありえない。
「先進技術、バイオテクノロジーのもたらした新奇な状況」については、現行倫理外延の包摂する所であるのは明白。

637 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 18:28:23
まじめで頭がよくて友達の多い学級委員は助かり
脂ぎった髪で孤独に教室の隅で弁当を食べながら思弁に耽る哲学生が
殺されるようになるから殺人否定の根拠に多数決は間違い。

638 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 18:58:47
何で権利とか法律とか言い出せるんだろ。不思議だ。
立法に深く関わったから?
選挙に参加したから?
法治国家に生きているから?
???

思考停止も甚だしい。

639 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 19:01:16
>>637
君はこのスレで語られている「多数決」の意味を誤解しているのではないか?
それにしても>>637の誤解は稚拙すぎる
話にならない
おもわず目をおおいたくなるほどだ・・・



640 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 19:08:00
>>638
「思考停止」なのではなく、思考空転と言うべきであろう
殺人否定の根拠について無理に原因の創設をはかることからくる思考の空転なのだ
このような初歩的な空転についてはこのスレで頻出するところであり、全く、食傷させられる・・・


641 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 19:18:18
一通り読んではみたけど…こんなスレでなんでこうも盛り上がれるの?
『何故人を…』なんてきわめて社会的な事情にすぎないんじゃないの?
法律にせよ宗教にせよ一応殺人を止めてはいるみたいだけど、社会的な都合が相容れれば平気で人殺しちゃうでしょ?死刑とか戦争とか…
ただ闇雲に人殺しちゃってたら色々不都合が生じちゃうからダメってだけで…
となりで飯食ってる奴の皿を勝手に横取りしちゃダメってのと同じ理屈じゃないの?

642 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 19:21:56
それは社会を受容するかどうかについては、
個々人において差異があるからでないの。

643 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 19:24:25
>>641
そーなんだよ
なんども無駄な思考はよせっていってんのに何故か「理由がホスィーイ!」ってヤツがいて終わんねーんだよ

644 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 19:24:26
>>641
ということは山で遭難した三人が殺し合いをしてもなんら問題はないですか?

645 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 19:27:29
>>641
言った先からこれだ・・・
>>644

ばかかてめーワ!


646 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 19:39:16
>>644
「遭難した三人が殺し合い」とは、どんな状況下の問いでしょうか
抽象に過ぎ、返答に窮するのですが・


647 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 19:42:19
山で遭難…問題ないじゃない?
それで三人共死んじゃったりして死体も出てこなけりゃ殺し合いが在った事さえわからないし…
例えばそのうちの誰かが生きて帰ったとして死んじゃった奴の家族に恨まれたりとか不都合は生じるでしょ?
そういう事!

648 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 22:57:58
>>640
食傷させられるのなら、ここを覗いたり、書き込んだりするのは、よせ。
>>641
闇雲に殺さなければ、いいわけだ。そうすると、いまていどの殺人件数
なら、問題なしということか。なかなかリアルな考え方である。

649 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 23:01:04
殺して良いときも悪いときもある。
状況設定すれば自ずから答えは出る。
以上。

650 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 23:05:59
>>641
となりのやつから、いきなり喰ってる飯を取られそうになるのと、
となりのやつから、いきなり殺されそうになるのは、君の場合、同じ
次元にあるわけか。すごいね。


651 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 23:25:26
そりゃビックリの度合いが違うだけで次元としちゃ大して変わらんだろ…
いずれにしても例えばなしだけどね!

652 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 23:27:37
>>631>>634
ここでは珍しい殺人肯定論である。“条件つき”のところが、ちょっと
弱いが。それでも、ここで「その条件下におかれれば、だれでも殺す」と
言い切る君は、勇気がある。凡庸な殺人否定論者と、おおいにやりあって
くれ。

653 ::2006/01/03(火) 23:40:19
法治国家だからじゃん
戦争になったら最前線志願すればバリバリ殺せるよ
どっかの国の外人部隊でも志願すればいいよ


654 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 23:46:31
>>1
簡単だ。自分が殺されたくないから、殺してはいけない。
逆に今、人を殺そうとしている人は殺されても仕方がない。

655 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 23:52:17
自分が殺されたくないなら、殺さなければならない状況というのもあるようですね。

656 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 23:52:44
はぁ?じゃ死にたい奴は誰殺してもいいの?

657 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 23:53:47
>>655
その通り。それを正当防衛と呼ぶ。

658 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 23:54:57
>>656
そんな奴は自分で自分を殺しなさい。
他人に迷惑をかける必要はない。
自殺すれば目的は達成される。

659 :ぽっくん ◆5m18GD4M5g :2006/01/03(火) 23:55:20
じゃ、場合によっては殺してもいいってことでファイナルアンサー。終わり。

660 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 23:56:42
自分が殺されたくないということから言えるのは、自分以外の人間が
「人を殺してはならない」と信じていることが自分にとって都合がいい
というだけのことでは?

661 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 23:57:21
>>659
最初から、答えは決まっている。その通りだ。
だから、こんな糞スレ立てるなバカ!!

662 :ぽっくん ◆5m18GD4M5g :2006/01/03(火) 23:57:24
  |   _人
  | ( ・ε・ ) 終わり。続きは厨房板で
 / ̄ノ( ヘヘ


663 :考える名無しさん:2006/01/03(火) 23:59:15
いや、他のスレよりはまだ読めるような気がするが。


664 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 00:04:59
>>660
当たり前だ。その前提が成り立たないければ、
人間社会ではない。獣と同じだ。

665 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 00:06:56
>>664
言ってること通じてないみたいだな。自分以外の人間が「人を殺してはならない」
と信じていることが自分にとって都合がいいということは、自分が「人を殺しては
ならない」と信じる理由にはならない、ってのが要点なんだけど。

666 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 00:12:06
>>665
人を殺してはならいと信じないと、人間社会が成り立たないから、
人を殺してはならないと信じる必要があるってことだ。


667 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 00:22:05
>>666
私に必要なのは、他の人が「人を殺してはいけない」と信じていること
であり、自分がそう信じることでないんじゃないか、と言っているわけだが。

668 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 00:29:36
>>667
おもしろい人だな。今の人間社会では他人も、「人を殺してはいけない。
と信じている」と信じるしかない。確かに、疑いたくなる御時世だが、
がんばって信じるしかないんだ。


669 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 00:34:30
>>660>>665
あなたは以前に“排中律”を云々していた方では? ここでは、あなたの
まともな問いかけは通じないでしょう。わたしも最初、誤解していました。
このスレのほとんどの答えが条件つき否定論、もしくは条件つき肯定論。
このスレをたてた方が、その種の答えを期待していたとは思えないのです
が。

670 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 00:45:42
私は、そもそも「排中律」は成り立たないものだと考えています。
数学的な証明手段として、背理法が確立していますし。

671 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 00:45:57
>>664
獣と同じ、とは驚きの言い草。獣は同種のものを、めったに殺さない。
個人としても集団としても、同種の相手をこれほど殺すのは人間だけ。
だから、その奇妙さを少しでも解明すべく、このスレをたてたはず。

672 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 00:53:47
動物って結構仲間殺すだろ?
縄張り争いやらメスの奪い合いやら…
猫なんて結構自分の子供食べちゃったりするよ!
どんな生き物だって都合によって仲間殺すんだよ!

673 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 00:56:05
>>671
適当な表現がなかったので、獣と表したまでのこと。
そのように言われると、あまり適当ではなかったかもしれないな。
また、獣の場合は、たとえ同種のものを殺しても奇妙に思わない。
それは、自分の遺伝子を残すための行為と解釈できるからだ。
しかし、そんな解釈は人間社会では成り立たず、奇妙さがあるかもしれ
ない。


674 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 02:39:21
個人的には、決闘とか、手続きさえしっかりしてればokなんだけど。

675 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 11:12:55
>>673
猿の亜種が何か言ってるな。

676 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 11:13:34
>>672
動物が縄張り争いなどで同種の敵を死に至らしめることはありますが、逃げ
る相手にとどめを刺すようなことはありません。また、猫が子供を食べるの
は飢えを満たすためではなく、その子が死んだときなどににみられる異例の
場合。その真の理由は、まだわかっていないのでは?

「どんな生き物だって都合によって仲間を殺す」ということは、人間も生き
物ですので、都合によっては殺人は認められるという意味ですか。

677 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 11:27:26
>>676
ライオンなんかだと、群れを率いているオスと外来のオスが喧嘩して、
外来の方が勝つとその群れが乗っ取られるんだが、そのとき前のオスが
メスに生ませた子供はすべて殺すんだそうだよ。普通の猫にも似た習性
があって、オス猫は母猫がいないうちに子猫を食い殺してしまうことが
よくある。子育てをしている間はメスが発情しないからだって言う説も
あるらしい。また、喧嘩の場合相手を殺すまではしないって言うのは、
動物の種類による。ハトなんかは一度喧嘩になったら、一方が死ぬまで
続くそうだ。

678 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 11:29:21
>>670
数学的な証明の手段として背理法を認めるというのは、
排中律を公理として認めることと同じなんだけど。
論理学もうちょっと勉強した方がいいよ。

679 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 11:39:19
単純な、話に戻せば、
「ひとを殺してはいけない」という道徳律があり、
その根拠がわからんと言う厨房がいて、
そいつが、ほんとにひところさんとも限らん世の中だから、
みんながとりあえず持てる限りの常識を出してみたけど、
やっぱり、道徳は道徳でしかないよねって、話に落ち着いた。
あとは、道徳をどのように現実として理解するかだな。
まあ、結局、おとなが悪いんだろう。

680 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 12:32:00
本来、宗教的道徳として続いてきた本質的な教えを、
体感的に理解させられなかった戦後教育。
子供が子供を殺すどころか、親が子供を殺す世の中。
これはもうだめかもわからんね。

681 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 12:35:29
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         i l! ノノ:::::::::::::', .::::         ,' i:::::  |! ,'ー--  -ーー '"
         | .|! r二ニヽ:`:::::',   :::        / ノ;;__ ノ, '
         | .|! |:::::::::::::\..:::',   :::::.      !    _/  どうして人を殺してはいけないのですか?
            ! i! |::::::/´゙:./  `, ::::::     i!`''' ´ /    
          i  L!ニニ`//::i  l:::!:::::::  i ,'::  , '
          |  `−-- '"::ノ ,' .,':::::::   !'"  //ーー- 、
         │  -ー-     / ,'::::::: : : /:: : :'"/:.i:.:.:.:.:.:.:.:.:`  、
      ,   '"゛ヽ、       /::::,':::::::::::::/::::::::/:.:.:.:.!:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.`` ー-
     /:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.`....-ー'";;;;;;;,:':::::::::::::::::::::/:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:

682 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 12:53:45
いい加減人を殺してはいけないという論理は成り立たないと認めようぜ
どこのどいつが偉くてそんなこと決めたんだよ
みんな不利益だからやらないそれだけのことだろ?
糞スレ



ーーーーーーーーーーーーーーーー終了ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

683 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 13:00:23
>>679
君が思っているほど話は単純ではありません。
「人を殺してはいけない」が道徳として確立したことは一度もありません。
だから“法(掟)”として定めざるを得なかったわけです。この『法』も部族や
その集合体(国)の外側に出れば無効という、あやふやなもの。たくさん殺し
た者が勇者として讃えられることさえあります。

「殺人は悪」とする法はどの国でも採用していますが、国境を越えた“国際法”
はまだ成立していません。まして、法以前の“心の規律の道徳”として確立し
たことは、国内的にも一度もないし、国際的には言うも愚かでしょう。

周知のように“正義の”殺し合いはいまも続けられています。



684 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 13:05:39
だから?みんなそう言ってるじゃん?

685 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 13:08:19
>>683
道徳は確立しないから、道徳。
まあ、孔子がそれに近いこといってるし、
ほかにも探せばいっぱいあるだろう。
道徳なんて、そんなものだよ。
別に、単純でも複雑でもない。
空気嫁の空気と一緒だろう。
読めない人には空気はない。窒息死するだけ。

686 :ブラフマン ◆u12SwCEviQ :2006/01/04(水) 13:12:12
>>1
のような人間がこれから
どんどん増えてくるんだろうな

687 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 15:14:09
>>669
別人だ。

以下話題を挙げる。
殺人を禁止する理由=社会に都合が悪いから、とする説(功利説とよぼう)について。

1、社会に都合が悪いから、とするなら社会に影響しない殺人はどうなるだろうか?
例えば前にあげた「山で遭難したときに殺し合いをするのはOKか?」や、格闘技の試合での死亡、
ヤクザの裏の抗争、痴呆老人の収容所での安楽死、工作員による拉致、堕胎、決闘など。これを「隔離した状況の殺人の是非」と呼ぶことにしよう。

2、「殺人はいけない」という命題が社会によって作られたとするならば、
同じく社会によって作られた「金将軍マンセー」という命題と本質的に同じものなのだろうか?
これを「道徳と洗脳の線引き」と呼ぼう。

3、「社会の都合」はその社会を構成するもの(人民なり企業なり飼い犬なり)の利害の総体に還元できるだろうか?
Aさんにとっては殺人は都合が良い、Bさんにとっては都合が悪い、Cさんにとっては・・・を
全て集めてくればそれが社会の都合と等しいものになるのか?これを「還元問題」と呼ぼう。

4、殺人肯定の社会Aと否定の社会Bの住民が接触した場合に起きる殺人は是か非か?
以前に述べた「殺人の排中律」(殺人に対してどう考えるか?という問には肯定か否定しかない)によって
是非を定めなければならないが、どうすればいいのか?これを「思想の優劣」と呼ぼう。


688 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 15:33:16
社会的道徳っていうのは、その社会を構成する者全員の利益ではなくて、
その社会で支配的な力をもっているグループの利害が大きく作用して決まる
んだろうね。べつにマルクス主義者ではない俺でもそう思うよ。

689 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 15:45:47
もういい加減答えは見えてるんだしよ…
そろそろ誰か、一歩進めて『人はなぜ家族が殺されると悲しいのか?』とかのスレでも立てろや!
まぁ「俺は別に悲しくない」とか言う奴も居るだろうけど…

690 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 15:54:22
全然見えてないけど?

691 :まずる:2006/01/04(水) 15:57:12
なぜ人間は近親相姦をしないのか。
そっちのが興味あるね。
妹に興奮する男がいると思うだけで気持ち悪い僕。

692 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 15:58:53
>>689
そう思っている人は、そういうスレを立てて頑張ってくれればいい。なぜ、
ここを覗きにくるのか、と逆に訊きたい。
ただし、その種のスレを立てても、ここほどは栄えないだろうな。

693 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 16:10:24
じゃあとりあえず、感情は排除して考えてみようか。

694 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 16:15:06
>>691
それが近親相姦のタブーというものだよ。
おまいがそういう文化の中で育ったからこそ、
その嫌悪感が生じてくる。

695 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 17:24:03
自分の母親とセックスすることが生理的にキモチ悪い奴と
そうでない奴がいるのも同じだろうね。
オレは、想像もしたくない。
男同士のキスよりも気持ち悪い。
これもやっぱり文化的刷り込みだろうね。
でも、どこで刷り込まれたんだろう。

696 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 17:38:11
凸版印刷辺りじゃないか?

697 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 17:39:41
>>695
おまえは紙かw

698 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 17:50:40
摩り込み?
摺りこみ?
擦り込み?


699 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 18:31:16
「なぜ、人を殺してはいけないか?」

この問いについて、
古来からたくさんの議論が交わされてきたが、
未だかつて客観的絶対的な答えが導き出されたことはない。

しかし、ひとつだけいえるのは、
もし、人間が、「人を殺してはいけない」という
固定的なルール(社会の暗黙の了解)に従って殺さない、
もしくは、「自分が殺されたくないから」などの
功利的な理由から殺さないのだとしたら、
そこに何の価値も見出すことはできない、ということだ。

まったく皮肉な話だが、
「人なんか殺してもよい。そういう自由も許されている。」
と本気で考えている人間が、
「それでも、人を殺さない」と
「何の前提もなく<決断>した」とき、
初めてそこに尊厳が生まれるのだ。


700 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 18:36:19
>>699
>そこに何の価値も見出すことはできない、ということだ。

そんなことないだろ。というか、そこでいう「価値」って
どういう意味?
「価値」という概念自体が功利的な意味なら、功利的な理由で
殺さないことだって十分な価値だろ。

701 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 20:25:44
>>1
どうして人を殺してはいけないのですか?

「人を殺してはいけません」と誰かに言われたけど、あなたは納得出来ない、
あるいはそのルールなり命令なり、社会で行動/活動による意味形成を実施する上での依頼なり、
またはシステムへの同意に対する要求を、あなたは承認かねる理由持っているって事?
(それとも守るもの、守られるものを持っていないって事?)
まずはその辺のあなたが抱えている悩みを言ってくれ。
じゃないと、より良い問題解決の支援を行うにもブレるよ。

寝ながら起きている必要が無い生活って幸せだよ。
だから私はあなたに言います。
原則、人(私とあなた)は殺すな。
ただし守るも破るも、自殺するのも、恨みを買うのも、苦痛を受けるのも、あなた次第です。
初期見解だけど

702 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 21:14:15
快楽殺人なんてのは、人間が動物に近いからというよりも
人間を動物と違うが故に、行われる行為かもしれんな。

703 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 21:18:54
すりこぎ?
すりむけ?
せんずり?

704 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 21:25:51
>>687
難しい問題です。まず、4から。殺人肯定・集団には二つのタイプが想定でき
ます。一つは、全面的・殺人肯定。この集団は他集団と接触する前に、内部で
殺し合い、自滅してしまう可能性が強いでしょう。そうなる前に悔い改め、殺
人否定の集団に変わるのでは? “功利主義”が芽生え、考え方の修正を余儀
なくされるでしょう。
もう一つは、集団内の殺人は否定されるが、他集団の人間を殺すのは良しとす
るタイプ。このタイプが全面的・殺人否定集団と接触したら、どうなるか。そ
の瞬間に、大虐殺がみられるはずです。これに近いことは歴史上、幾度か起き
たのではないでしょうか。
したがって、平和的な集団も全面否定主義を保持することは難しく「防衛的な
殺人は許される」という方向に、こちらも修正せざるを得なくなるでしょう。
いまの日本の立場は、これに近いはずです。
ちなみに日本の、この立場にも退勢がみられ、“理由”があれば殺し合おうと
いう路線に徐々に移りつつあるようにみえます。そのほうが“現実的”だと考
える人たちが増えたからでしょう。

705 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 21:47:34


人が変わるだけで延々同じ事をループしてるなこのスレ。




706 :考える名無しさん:2006/01/04(水) 22:50:38
まるで、人間社会のようだな。

707 :考える名無しさん:2006/01/05(木) 08:48:55
>>705>>706
それだけ、この問いが人間にとって根源的だということでしょう。この問いと
“近親相姦”のそれが、あらゆる集団にとって共通のテーマ。「人間とは、こ
二つの問いをする動物だ」と述べる論者もいる。
結局、この答えがみつからず、“禁止”によってしのぐしかなかったのでしょ
う。

708 :665:2006/01/05(木) 09:27:42
>>707
それほど、大げさなものとも思えないけどな。
できるならば、なんでもやればいいって判断するバカがいるってだけのことだと思う。
人を殺すのは簡単だけど、生き物を作ることは出来ないからね。
自分が一人で生きることもできなくても、人殺しは出来るんだよ。
単純なことだと思うけどね。

709 :考える名無しさん:2006/01/05(木) 11:54:56
>>707
何でも問い続ければ問いになるというだけだろ。

710 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 01:04:33
ってかこのスレで、もし人を殺しても良いって結論が出たら
どうすんの。
人殺しに普遍の妥当性が見つかったらどうすんのかね・・。

711 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 01:19:45
まあ、殺しまくって、一人になったら
問い自体が無効になるからな。
最終的に問いが無効になるような行為を肯定する問いって、意味無くない?

712 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 01:20:29
>>710
いい、いけない、に普遍の妥当性はないよ

713 :はじめ:2006/01/06(金) 01:23:32
悪いことはしてはいけないから。

714 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 01:34:23
もう>>713で終わりでいい気がする

715 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 01:46:39
他の動物が共食いしてるのを見ても、いい気はしないでしょ。

716 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 01:52:16
いい気はしなくても、
それはいけないって、言えないのはツライよね

717 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 02:03:14
【結論】

人間だもの




718 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 02:10:21
なんでこんなにつづいてるんだろうねここ

719 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 02:12:01
人間だから

720 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 02:18:13
ここの人間はなにかと考えるのが好きだから。

721 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 02:20:52
>>718
人が入れ替わってるだけ

722 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 02:25:31
このスレは『なんでこんなにつづいてるんだろうねここ』スレに変わりました

723 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 02:32:11
まじかよ。んと哲学板初心者なんですけど、小さなことに疑問をもつのはやっぱ哲学に大切なんですかね。でもどうでもいいんだよね。なんだろね。頭があったかくなる感じにならないかな?考えてるときって。うひょー。

724 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 02:35:37
>>723
おちつこう

725 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 02:37:33
>>718
知っているかもしれんが、何度か途切れて「1」から再出発してるんで
実質的には、「5」じゃなく「20」は越えてるはず。

726 :はじめ:2006/01/06(金) 02:51:42
もう4,5年前からずっとやってるよ。

727 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 02:51:42
>>724おちついた。さっきポジティブしんきんぐの本読んでたから躁っぽくなってた。でもやっぱ721が正しいと思う。人が違うからくりかえすんですね。ぷっ、くだらね。
まぁまたこれからも続くんでしょうね。

728 :はじめ:2006/01/06(金) 02:56:45
究極のところは絶対的価値があるかどうかに行き着くけどね。

729 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 02:59:02
>>720
俺はどちらかというと、考える素振りをするほうだな
考えるより、難しいぞ

730 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 03:05:02
絶対的価値を判断するのは人間。

【結論】

人間だもの



731 :はじめ:2006/01/06(金) 03:05:54
殺人は絶対悪か?

732 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 03:07:17
あいだみつをか、、、

733 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 03:09:59
>>729 やっぱりそうだったか。哲学板にきたときから、なんちゃってが多いなとは感じていた。おふざけは逆に分かりにくかったり…。ホントに理解ある人は少数ではないかな?ホントになんていうとまたややこしくなりそうだが。

734 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 05:32:35
>>733
なんか興奮してるよね

735 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 05:33:32
ふんがーふんがー

736 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 08:47:16
>>709
これほど問い続けられている問いは、他にある? なんでもかんでも問いは
しないよ。問い続けるに値することしか。
このスレにケチをつける輩にかぎって、時折り未練がましく登場して、底の
浅い発言をする。「人は、なぜ殺してはいけないのというスレから、なぜ去
れないのか」というスレを立てたらどうか。

737 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 09:06:16
>>708
簡単で単純なことはわかったが、殺してもいいと言いたいの?殺すなと
言いたいの?

738 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 09:48:32
>>710
本当にそういう結論に達したら、殺しまくるのではないの。『結論』に達し、
詫間のように個人的にそれを実行した男もいたけれども、集団としてなら
ナチスの例がある。これらは“神話”ではなく、現代の事例である。

>>717
「人間だもの」。だから?  人間だから同種の生命を抹殺するのであり、
他の動物がその類のことを行なうのは稀。「人間だもの」が君の結論なら、
その素晴らしい考えを抱きしめて、ここで「ああでもない、こうでもない」
と理屈をこねまわしている連中を無視して“人間らしく”生きてください。

739 :665:2006/01/06(金) 09:58:19
>>736
どうして○○を○○○○してはいけないのですか?
とういう、プランクにして、
○○に車とか、ごみとか、テレビとかいろいろ入れて、
○○○○に、適当な動詞を入れてやれば、似た様なもんだろう。

>>737
うふふっ( ´,_ゝ`)

740 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 10:14:20
殺人の正当性を求めるスレはここですか?

741 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 10:21:47
 殺してはいけない者は 「人」ではなくて「仲間」だと
何度言ったら分かるのか。
 現実に戦争で、死刑で人を殺しているではないか。

742 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 10:27:51
>>741
はぁ?じゃあ戦争なら人を殺していいのか。
不可抗力には逆らわない君は、人を殺して英雄視されても何の疑問も持たないあんぽんたんかね。

743 :ピロローン:2006/01/06(金) 11:39:02
>はぁ?じゃあ戦争なら人を殺していいのか。
>741 は、「功利主義に従って殺人は行われる」という書き込みだと思う。
功利主義に従うなら、戦争の殺人・死刑執行は認められる。
また、功利主義はたいていの場合正しい。

744 :665:2006/01/06(金) 11:41:57
高利貸しは、ほとんど裁判で負けるという事実はどう?

745 :ピロローン:2006/01/06(金) 11:45:21
>殺人の正当性を求めるスレはここですか?
常識的には、殺人は正等性があるから、たぶん殺人の不正等を探してると思う。



746 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 11:55:41
>功利主義に従うなら、戦争の殺人・死刑執行は認められる。
>また、功利主義はたいていの場合正しい。

そうでもないんですよ。功利主義の問題は「誰の」利益を重視するかが
明確でないこと。
たとえば「敵」も含めた「全人類」の利益を重視するなら、戦争による
殺人が功利主義的に正しいかどうかは疑問。
「犯罪者」の利益も重視するなら、死刑が正しいかどうかも疑問。
戦争による殺人や死刑を認める立場は、暗黙のうちに「誰の」利益を
重視するか、限定しているわけです。それを「仲間」と呼ぶわけでしょうが、
誰が「仲間」で誰が「仲間でない」かの基準は、功利主義からは出てきません。
もし「自分」の利益だけを重視するなら、戦争でも死刑でも普通の殺人でも、
自分の利益になるなら是、ならないなら非、という結論にしかならないでしょう。


747 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 12:10:29
このスレの目標or目的はなんですか?


748 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 12:35:07
>>741>>742
741の意見は一見、乱暴だけれども、ここではマシなほう。以前、では
敵とは?と質問したら、「仲間あるいは味方を殺す奴だ」と答えていました。
条件つき殺人肯定論であり、粗雑ではあるが、論旨は明解。少なくとも、
偽善的でない点が好ましいでしょう?
「殺人は許されない」と言いながら、死刑を堂々と肯定して疑問を感じな
い人もいますから。これなら、死刑や戦争を肯定しても、そう矛盾はしな
いと思われます。

ただし、>>746のような精緻な問いに対しては解答になっていませんが。




749 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 12:36:58
偽善とはどんな場合ですか。

750 :665:2006/01/06(金) 12:54:40
せっかく、ずらしてあげたのに、スルーするとは。
自分は面白いつもりなのか?

と、釣ってみる。


751 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 13:01:40
>>739
では「なぜテレビを壊すのは、いけないの」というスレを立てて、やってみれば。
「なぜ人を殺すのはいけないの」との違いがすぐ分かると思うよ。むろん、前者
の問いがとてつもなく軽い、というわけではないけどね。参加者は少ないし、続
かないと思うよ。


752 :ピロローン:2006/01/06(金) 13:06:20
>もし「自分」の利益だけを重視するなら、戦争でも死刑でも普通の殺人でも、
自分の利益になるなら是、ならないなら非、という結論にしかならないでしょう。

まったく、その通りです。自分の利益で判断するのが功利主義だと思います。
人類の利益ために自分を犠牲にするなら、ヒューマニズムでしょう。
利己主義と功利主義はちがいます、慈善事業は自分にとって心地よいからするのが「功利主義」です。
しかし、原始的な動物はさておいて、人間は功利主義だけでは行動しません。
「功利主義がたいてい正しい」とはそのことをいいたかったからです。





753 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 13:11:46
工場排水を流して、生物濃縮を生み出し、低濃度の農薬なのに
我々が害を受けたような話ですね。
それよりも、むしろ長時間に堪えられない問題があるようです。
少しの間なら、許されることが、長期に渡ると、認められ難い。
少しだから許されるのではあるまいか、ということです。

754 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 13:37:37
>>749
この場合の“偽善”は、無意識のそれを指しています。処世の技術と
して意識的に使う“偽善”ではなく、おそらく本人もそうとは気づか
ぬまま矛盾を露呈してしまうケースです。
たとえば「殺人は悪である」と確固たる“正義”の信念に燃えて主張
する人がいます。このスレにもいます。が、この人間がつぎの瞬間、
「詫間のような奴は人間じゃない。殺せ」と怒りを露わにし、「なぜ麻原
を、さっさと死刑にしないんだ」といって騒ぎたてます。

偽善というよりも“自己欺瞞”と言ったほうがいいのかもしれません。

755 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 13:50:06
幾人かの人の間では異なる意見がある。
各人はどのような人なのでしょうか。
或る事であると考えられると、
その人は人でありながら、人でない扱いを受けることがある。
どうやら殺人ということに関係があるようですね。

756 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 13:57:41
国も個人も人を殺してるの見てわかるとおり
人は殺していいのよ。

それを いけないと言う人がいるだけの話。
そういうのを現実錯誤という。

言うのは自由なんだが・・「いい」も「いけない」もね。


757 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 13:58:41
>>754
いや、それは必ずしも偽善とも矛盾とも自己欺瞞とも言えないのでは。
「善には善をもって、悪には悪をもって報いるべき」という「正義」観を
持っているだけでしょう。いわゆる「応報的正義」。
特に珍しい考えでもなく、刑罰一般に共通のことです。
まあどちらにしろ「正義」という概念も曖昧なものでしかありません。
>>749
思うに、善悪をもっぱら功利主義的に理解する限り、「偽善」という
概念は無意味ではないでしょうか。「善のつもりだったが実は悪だった」
とか、その逆とかはありえるかもしれませんが。
あるいは「口では善を行うと言っているが、実は悪を行うつもりでいる」
ということはあるでしょうが、それは偽善というより単なる「嘘」ですし。

758 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 14:03:19
偽善てのは自己利益のためにやってる事を
ヒトのためだと偽ることさ。
この手合いは始末がワルイ。

759 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 14:16:53
すべてを言葉で表そうとするとわけわかんなくなるよ。

760 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 14:18:56
>>759
すべてなはずないだろw
「なに」がわからないんだ?
何がわからないか、がわからないのかw?

761 :          :2006/01/06(金) 15:53:10
法律がなかったら人を殺しても良い?

法律があれば人類が生き残り易くなるのか。
生き残る為の一番良い方法を選んで来た?
殺し以外、盗みとかもよろしくない。
「平等」もどうでも良いと思うけど大切っぽい。

なぁ、わけわからんだろう?

762 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 16:25:09
仏教とかでも学びましょう。

763 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 16:40:44
>>761
殺していいから殺しが起きてる。
法のある無しは関係なく起きてる・・それが事実。
事実にさからう気かよw

国内法による死刑等の罰則は、国内の殺しの抑制にある程度
働いてはいるが、決定的な防止になり得てないのは明らか。

人類の生き残りに国内法が役立つかといえばNOかもしれない。
国内法は自国民に戦争殺人を強要する存在だからね。
例えば第三次世界大戦等の引き起こす殺人数は「国内法が
国内で抑止してるかもしれない殺人数をはるかに上回ることは
誰の目にも明らか。

人にとって生存、とりわけ「自己の」生存は他にかけがえがない。
その生存や存続に必要とあらば殺し、盗っ人、レイプ・・その他
なんでも正当化されてしまう。

そういう次元では「正当の根拠」は国家や法から「個人に」シフト
されてしまうからだ。国家がそれを好まぬ場合、そのような状況
を無くすしかないが、国家の知恵と行動力、影響力はさほどに
いたる事は無いものと推察される。

平等は、社会資本の蓄積がもっと進み、最低限の充足を人類皆が
享受できるようになるまで困難と思われる。
しかし困難であっても、貧困や飢餓等のいらぬ死が残されている
間は目標とし、実現に努力すべきだろうね。

764 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 17:23:39
>>768
>殺していいから殺しが起きてる。
じゃあ、なんで殺してから後悔する奴がいるの?

765 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 17:58:19
>>764
殺したことがあるのか?
そしてその後、後悔したことが?

自分では無いとしたら、他人の話の又聞きなわけだが
どうしてそいつが後悔「だけ」してると決め付けてんだ?

766 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 18:02:40
>>757
初めから“応報的正義”のなかに殺人(死刑や仇討ち)を含めている人は
別です。その人間は、条件つき殺人肯定論者であり、彼が麻原を早く死
刑にしろ、と叫んでもそう矛盾はしていないでしょうね。私が偽善的、
欺瞞的と言ったのは「殺人は絶対悪」的な言辞を吐いてきた人間が、不
条理な人殺しを目にして、突然、正義の鉄槌を下せ、と叫び始めるよう
な場合です。

ちなみに、偽善は広義の『嘘』に含まれる概念です。


767 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 18:11:58
集団の名誉を落としたものは死刑になると思う。
日本の名を貶めたので死刑だ。

768 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 18:26:56
事件がある。
事件に従って、死刑にしたとなると、物笑いだ。
恥ずかしいのでそんなもので死刑にしないでくれと頼めば聞き入れられるんじゃないの。
殺人事件だから、殺人者は殺すことも平気でしょうから、彼にも施してあげよう、
やめてくれよと、
殺人事件でも、平和にするからだ、というとまあ、当たり前の考え方になるようだ。
恨みなどはまた別の話だけど。

769 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 19:25:08
おまえらはいらない哲学まがいなものを論じてるよりは、先に道徳を学んだ方が得である。当人はただいい気になってるだけで、他の人がほとんどは間違った情報を取り入れている。無駄か多い。自分のことを考えれば…

770 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 21:01:47
もちょっと日本語なんとかならん?

771 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 21:10:42
年が明けてから、
ほんとに年末の頃の議論にくらべるとどうでもよい(議論になっていない)感想文的レスが多すぎる・・・
あの頃の連中はまだ帰らないのか・・・


772 :考える名無しさん:2006/01/06(金) 21:48:19
>>769
道徳と哲学は無関係ではない。というより、哲学の一分野が道徳である。

>>771
では、そんなに素晴らしい議論をしていた数字をあげてみて。



773 :はじめ:2006/01/07(土) 00:27:01
殺人は絶対悪だよ。

774 :( ´,_ゝ`):2006/01/07(土) 01:33:55
みんな、煽られすぎです。
生き物はみんな、ほかの生き物を殺さずには生きられない両義性を備えてます。
人もいきものですから、この自己矛盾からのがれられませんよ。
税金や年金を滞納すれば、それだけで、人殺しでしょうし、
建設業に携わる人はみんな人殺しかもしれません。
もっと言えば、安ければいいと考える人がいるから、倒壊マンション建てたんですから、
安物をほしがるすべての人が人殺しになるでしょう。

状況によって回答が変わるのは、すでになんどもレスにあるでしょうから、
マジレスに近い、煽り煽られはやめましょう。

なんてレスも、まったく無駄なのはわかってますけどねヽ(^。^)ノ

775 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 02:03:39
>>772
おまいはどんな意義があって>>769に対するレスをうったんだ?
おまいのレスには、スレに対して如何なる意義も無いってことに気づいて無いだろ?
おまいみたいなのがいるから無駄に続いてツマンナクなるんだよ

776 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 03:12:01
>>775 おれは、あなたみたいな怒りというかその威張った態度の方が問題だと思うが?
まさに道徳とは、物事に接するときの態度においていては不可欠なものでしょう。しかもツマンなくなるとかいって、あなたなにもん?

777 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 07:20:48
僕ドラえもん

778 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 07:51:46
僕ドザエモン

779 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 08:59:49
http://www18.ocn.ne.jp/~baystars/

780 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 11:11:02
殺した責任取ってくれるんでしょ?

781 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 11:57:51
>>765
何言ってるんですか?
あなた、日本語ちゃんとわかりますか?
ちゃんと読んでますか?

もう一度読み直してください。
「後悔「だけ」してると決め付け」てなんかいませんよ?


782 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 12:13:41
>>781
おまえのその確かな想像力を使って
「満足」もあったとは考えられないのか?
その満足がどれほどであったか・・を

後悔が想像できるなら、そっちのほうもできるだろw

783 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 12:14:45
なんでそんなことしなければいけないの。

784 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 12:21:21
>>783
要は後悔してもらいたいんだろw
でないと後が続かないもんな、わはは!

785 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 12:22:40
責任とってくれればいいんじゃないの。

786 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 12:24:00
姉妹刺殺事件の犯人は、母親をバットで殴り殺したときの快感が忘れられず、
それをもう一度味わいたくて事件を起こしたと供述してるらしいな。

787 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 12:29:26
>>782
ええと、仮に満足があるとしても、
>>764
の答えにはなっていませんが。

788 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 12:41:09
>>787
なにをやっても後悔はつきものなんだよ。
珍しいことじゃないだろw

789 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 12:43:53
>>764>>787
殺したことを後悔する人間もいるだろうが、そうでない人間も少なくない。
捕まったことを後悔する人間のほうが多いらしい。

790 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 12:52:45
すいません、レス先ミスです。

>764 名前:考える名無しさん 投稿日:2006/01/06(金) 17:23:39
>>>768
>>殺していいから殺しが起きてる。
>じゃあ、なんで殺してから後悔する奴がいるの?

× >>768
○ >>763


791 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 13:10:54
こんな命題は、議論するだけ無駄だってことが、未だに理解できていない
ようだな。いい加減、このスレ終わりにしろや。

792 :( ´,_ゝ`):2006/01/07(土) 14:58:24
>>791
実際にバカな殺人続いてるからな。
同じレベルで続くんだよ。

793 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 15:00:03


みなさんも遊びにいらして、構ってあげてくださいね。
   ↓

【浮気不倫肉便器】女の醜さの証明【中絶DQN】
http://jbbs.livedoor.jp/study/6872/




794 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 23:19:03
そもそも生物学的に殺人に善悪の観念はない
共食いなんてあたり前にあるのだから
しかし人間社会に限っていうと、それは「社会にとって都合が悪いから」だろ。だからやむない正当防衛も認められるし、場合によってはアメリカみたいに暗殺しまくる国もあるのだろう

795 :考える名無しさん:2006/01/07(土) 23:27:05
生物学的には、殺人以外のことには善悪の観念はあるのか。

796 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 00:49:41
>>791
本当にそう思っているのなら、「なぜ、このスレがいつまでも続くのだろう」と
いうスレをたてれば。

797 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 00:51:51
>>792
バカな殺人なんてないよ。殺されてみればわかるだろう。

798 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 01:01:03
やっぱり現在、人間は社会的に生きているわけだから殺してはいけないんだよな。よりよい社会をつくるため、だが、逆に行きすぎちゃってる気もするんだな。

799 :( ´,_ゝ`):2006/01/08(日) 01:02:08
>バカな殺人なんてないよ。殺されてみればわかるだろう。
釣りの割りには、コメントしようないし、
マジレスとしたら、ますます、どうしようもないし。
どうすれと?


800 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 01:25:37
>>796
そんなの時間の無駄だ。

801 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 01:54:57

【1:XXX】なぜ殺人スレがこんなに続くのだろう?
1 名前:考える名無しさん 200X/XX/XX(XX) XX:XX:XX
なぜ「どうして人を殺してはいけないのですか?」なんてスレが、
こんなに長く続くのだろう?
こんな命題は、議論するだけ無駄だってことが、未だに理解できていない
ようだな。いい加減、このスレ終わりにしろや。

2 名前:考える名無しさん 200X/XX/XX(XX) XX:XX:XX
なぜ、こんなくだらないスレを立てるのだろう。

802 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 03:42:56
>>797
おっしゃる通りです。
実際に殺されてみて
しみじみわかりました。

803 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 04:38:32
霊界からキタ−−!



追伸
うちのおじいちゃんは元気ですか?

804 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 05:12:07
>>803
はい、元気です。
もうすぐあなたをお迎えに行くって
おっしゃっていましたよ。

805 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 05:29:43
お手手のしわとしわを合わせて、しわだらけ南無〜。

806 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 09:43:15
冷酷非情だとか極悪非道だとか、そういう一面的な論理で罪の重さを量るのは全く無意味です。
殺人は常に衝動的に行われるのであって、従って「良く考えられた殺人」などというのは
無いのです。なぜなら「良く考えた」ならば、殺人などという刹那的な解決策は棄却される
はずであり、そのような誤った選択肢しか見えていないという時点で、あらゆる殺人者は
精神に変調をきたしているわけです。ある人に判断能力があり、ある人に判断能力が無い
などという「動機」信仰は、人間本来の不完全性を認めたくない連中のこじつけなのです。

従って、殺人者を全てを平等に罰するか、あるいは全く罰しないか。
そのどちらかであるべきなのです。事故だとか正当防衛だとか責任能力無しだとか、
そういった論理は第三者が納得するためだけの、くだらない感情論なのです。


807 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 10:32:47
罪は重力ではない、それ故に、重さは意味をなさない。
罪の重さが無意味であることは本当である。
罪は法である、法は適用である。適用が問題だ。
法が従わせるものを探し、人が乗せるものを探す。
法は従わせることをしなさい、人は戴きなさい。
犯罪は、法が従わせる事と人が乗せる事の組み合わさったものだ。
だが、何かの性質がその前提にあるわけである。
犯罪性を強調しても、何も関係がありませんよということなのだ。
殺人者という犯罪性を強調されても、一つの悪い性質のものが詳細になるだけですよ。
いうなれば、法は何の性質でも従わせるだけでいいんですよ。
戴く人がいないと空虚なものになるようですね。
認めたくないというのではないのです、従わせるだけでいいんでのです。

808 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 10:41:40
人が法を戴かないと、法は化合物だ、法は無関係だ、法は空虚だ、法は嘘だ、法は詭弁だ、
法は誤りだ、法は建前だ、法は阿呆だetc etc

809 :乳豚:2006/01/08(日) 11:27:09
重い罪と犯罪者は引き合う関係がある。
じゃあ、重い罪を無くしたら、それが力を及ぼさなくなり、
犯罪者を引き寄せないのかね。

810 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 13:54:34
どうして人を殺してはいけないのですか?5

国内法は殺人を禁止すると同時に自ら殺人を行なう。
このような矛盾したものを答とするわけにはいかない。

811 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 14:24:04
さんざガイシュツ。

812 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 15:56:50

現実にできてしまうことを四の五の論評するのはキチガイの所業である。



813 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 16:02:30
スポーツ評論家をはじめとして、
大部分の評論家はキチガイということですな。


814 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 16:50:26
雌鳥鳴いて 国が滅んだとはこのことだね

815 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 16:57:17
秩序に基づいた殺人は、容認されることがあるが
無秩序な殺人は、徹底的に排除されるってだけだな。
ポイントなのは、「殺人」じゃなく「秩序」。

816 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 17:02:55
秩序的な基礎は何でしょうか。
殺人が秩序的な基礎であると容認されることがある。
自然がありますかね。

817 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 17:28:57
 「人を殺してはいけない」などという仮定が間違っている。
と 何度言えば分かってくれるんだろうね。
罰せられない殺人が存在する以上、この仮定を変えなくてはならない。
しかし、人類の倫理上「殺すのはいけないことだ」という概念は
確かに存在する。そこで、私は「仲間」という「殺してはいけない者」の
概念を持ちだした。
 もうその概念については説明したし どう判断されようとかまわないが
仮定が間違っているという意見にも賛成してくれないのかな。
 私が言いたかったのは 実はそこなんだがな。


818 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 17:36:28
「殺してはいけない教」の信者には、何を言っても無駄です。

819 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 17:37:35
信者というレッテルは便利だな。
批判に対する再反論を全部非合理なもののように感じさせることができる。

820 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 17:40:29
じゃあ、人を殺してよいのスレッドを立ててください

821 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 17:44:31
信者ってのは、個別対処が出来ない、頑迷固陋な人間集団のメタファーです。

822 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 17:53:53
とはいえ、国が総力を挙げて戦争を始めてもなお
反戦平和を主張できるほどの、気骨があるというならば別だが。

823 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 18:03:24
全力を出して戦うと痛い目にあうから、
戦争はしたくないですよね?

824 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 18:14:56
>>823
もう日本は戦争して滅んでいいよ。

825 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 18:43:06
>>822
国が総力を挙げて戦争を始められるだけの大義名分って何?
人が殺されてもいい、としても、成り立つような大義名分ってどんなもの?

826 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 19:22:34
大・東・亜・細・亜・共・栄・圏
このビックプランで祖父どもは戦争したのでしょう

827 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 19:29:01
>>825
始まってからの話だ。

828 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 19:36:43
>>826
言葉の意知ってるの?

829 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 19:38:03
敗戦国の豚が
この言葉に飲まれて、チンポが腹の中にめり込んでいるのかね。

830 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 19:39:34
しょせん、ぬるま湯で
殺したらいけないよ(o´・д・)(・д・`o)ネー
ってやってる程度

831 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/08(日) 19:39:51
何度同じようなことを書いただろう・・・・
「人を殺してはいけない」わけではない。
なぜなら、人を殺してはいけないと言うのは、只の個人の一感情だからだ。
殺した時に受ける「快感」(「復讐を成し遂げた、国のために戦った、金が得られた、殺すこと自体の快感」などの快感
と「捕まって刑務所に行く、してはいけないと教えられていたことをしてしまったetc・・・」などの不快感を顧みた快感)
が、殺さなかった時の「快感」(「社会の教えどうりに行動した,牢屋には行かないetc・・・」などの快感
と「復讐できなかった、金を得られなかったetc・・・」等の不快感を顧みた快感)
を比べて、殺した方が快感が多いと判断すれば人は「殺してはいけない」とは思わないし、
殺さない方が快感が多いと判断すれば脳が「殺してはいけない」と判断する。
只それだけのことで、このスレを立てた人が今「人を殺してはいけない(=殺さない方が快感が多い)」
と思っているだけに過ぎない。
人は人を殺してはいけないわけではない。

832 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 19:42:10
それとも、贅肉を蓄えすぎて
恥骨のあたりに肉が溜まり、
チンロを覆い隠しているのかね。

833 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 20:07:31
>>831
そのたびに同じような反論をされて、
再反論しきれずに立ち去ってるんでしょう。

834 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/08(日) 20:09:32
>>833
では、同じような反論でもいいので反論をどうぞ

835 :( ´,_ゝ`):2006/01/08(日) 21:23:45
どんな言葉でもそうだが、
言葉で、他人の行為を禁止することはできない。
しちゃいけない、はい、と応じなければ、永遠に引き伸ばせる。
また、禁止する根拠を明確に論ずることは誰にもできない。
それも、同じ。
結局、こんな馬鹿げたことにいつまでも付き合うひまなやつはいない。
というのが、結論だろうね。


836 :考える名無しさん:2006/01/08(日) 21:40:55
>>834
>「人を殺してはいけない」わけではない。
>なぜなら、人を殺してはいけないと言うのは、只の個人の一感情だからだ。
前者と後者の「いけない」は同じもの?違うもの?

同じものであるとしたら、いけないという感情が存在する(と後者の記述であなた自身が認めている)
以上、「「人を殺してはいけない」わけではない。 」とはいえない。

違うもの、であるとしたら、後者の「いけない」が感情であることは、
前者の「いけない」を否定する根拠にはならない。

837 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/08(日) 23:06:31
>>836
では、補足説明。

「人を殺してはいけない」(というのは絶対的に破ってはいけないという決まりという)わけではない。
なぜなら、人を殺してはいけないと言うのは、只の個人の一感情だからだ。(=只の個人の一感情に過ぎないからだ)


838 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/08(日) 23:08:32
12時に寝る予定なのであしからず。

839 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/08(日) 23:35:44
していいのかわかんないけど、宣伝。反論、随時待ってます。
http://blog.livedoor.jp/blacksnow11/?blog_id=1472354

寝ます。

840 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 00:13:52
>>831
たぶん、あなたの述べていることがもっとも説得性があります。と同時に、
もっとも肯いたくない結論でもあるのでしょう。>>835が、なんだかんだと
このスレの無意味性を指摘しながら、ここから出ていけないのも、それ故
でしょう。私は今回から参加しましたが、もう少しこの不毛なやりとりを
続けたいですね。



841 :( ´,_ゝ`):2006/01/09(月) 00:26:43
>>840
おもしろいね。
やっぱり、この問題に集まる「ひと」が面白いんだろうね。
日常的なコミュニケーションの参考にはなるよね。
あなたからも、いいサンプル頂いております。

842 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 02:03:27
「どうして人を殺してはいけないか」という問いが成り立つのは言論の自由を認められた制度の下だからである。
言論の自由が認められていない所ではそのような問いを表現する事すらできないだはずだ。
つまり社会制度とその問いは切り放せないものなのである。
したがってその社会制度の外と内を出入りする視点に立つのではなく内側でのみ問いの意味を考えるべきである。また言論の自由とは民主主義の理念に基づいている訳ではないのである。言論の自由とは自由主義による要請である。
したがって人を殺してはいけないかの問いは自由主義に対応するものであり民主主義に対応するものではないのである。だから人を殺してはいけないのは自由を守るためである。

843 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 02:15:16
>>842
>問いが成り立つ× → 問いができる
言論の自由が認められていなくとも問いは成り立つし、頭の中で自分自身に問う事もできる。
あと>>831を読め。

844 :( ´,_ゝ`):2006/01/09(月) 02:24:13
>言論の自由が認められていなくとも問いは成り立つし、頭の中で自分自身に問う事もできる。
と、>>831を読め。

面白いよ。そして、焼き直しに、真実を感じるものなんだね。
参考になりますし、ある意味、不思議。
このスレだけでも、最初から読めば、いいこと。

845 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 02:26:04
快感は無関係だろう。殺人を実行する際にそんな損得計算はしない。快感を計算している訳でないだろう。

846 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 02:33:17
ただの感情ではなく規範だろう

847 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/09(月) 02:44:49
>>844
「真実を感じるものなんだね」ということは>>831に真実は無いということを暗に
主張していることになります。まず、「831に真実は無い」事を証明してみてください

>>845
快感、という言葉で置いたのがまずかったのかもしれないけど、人間は皆
選択を迫られた場合「快」「喜び」の多いほうしか選びませんし、選べません。
選ばなかったために勝手にあてがわれてしまった場合は別ですが。
もちろん快感ではなく、「総合的な不快感」が少ないほうを選ぶ場合もありますが、
それも快感が多いほう(=マイナスの快感が少ないほう)を選ぶのと同義です。
衝動的殺人、と言うのはその瞬間に生きていたい、死にたくない(=死ぬより生きるほうが「いい」=快が多い)
と思った結果です。
まぁあくまで私が言ったのは「人を殺していいか、悪いか判断するとき」のパターンですから
判断不可能なくらい突発的な(自動車事故のような)時は成り立ちませんけどね。
計画殺人等は、「殺したら保険金が入る」+「あんなやつ死んでも心が痛まない」+「殺さなかったら金がなくてつらい、それは嫌だ」
のように、あからさまに損得計算をしています。
私は、書いてもらえればどのような状況であっても、損得計算に置き換えて心情を推測する
ことができる自信があります。

848 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 02:55:02
>>847
快と不快って単純ではない。不快を続けると快になる事がなる。例えばランナーズハイ。今や経済学で合理的人間像が前提されるのが通用しないように心理学で快感的人間像は…ムリ。

849 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/09(月) 03:03:26
ランナーズハイというのは、脳が大きな苦痛を受けすぎて、それを沈めるために
脳が脳内麻薬を分泌して・・・と言うプロセスになるので、不快が快になるのではなく
不快なことを続けていたらそれを超えるような快が出てきただけですね。あくまでも
不快が快になったのではない。
しかし、不快を続けると快になったとしても、それは快感本位の人間行動には何の影響もありませんね。
また、>経済学で・・・ の部分ですが、それが成り立つとしたら
「今や朝、太陽が昇るように 私も空を・・・」も成り立ちませんか?


850 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 03:08:52
快感が量だとして、その量は普段から人間が計算できる訳ではない。ただし快楽殺人の犯罪者にはあてはまるかもしれない。

851 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/09(月) 03:15:41
>>850
確かに快感が量だとして、普段から人間が「絶対的な正確さで」計算できるわけではありません。
しかし、あなたは「カレーを食べる」のと「寿司を食べる」ののどちらをしたいか選ぶことはできるでしょう?
どちらのほうがおいしいか、や どちらのほうが健康にいいか 金額 などを考慮して自分の好きなほうを。
それを私は「快を計算して」とあらわしています。
結果的に寿司を選んで、食あたりして快が少なかったとしても計算(=どちらがいいか選ぶこと=どちらのほうが快が得られるか考えること)
自体はしてるわけです。  

852 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 03:28:24
行為ごとに快感といえるほどの判断はしていない。夜中に小便をしたいが面倒だからいかない場合、快より不快を選んでいる。また、ただ何となくカレーじゃなくて寿司を選ぶ事を快感と結び付けるのには無理がある。

853 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/09(月) 03:39:16
>>852
>夜中に小便を・・・
小便をしたいが「面倒」=行動したくない=行動しないほうが、行動するよりも快が多い(行動すると寒い、
行動すると寝付くのが悪くなりそう、本能的に行動したくない→湧き上がる衝動に逆らいたくない)
「面倒」と言う言葉に理由が隠されてるだけですね。
>ただなんとなく・・・
=自分では理由がよくわからないが、寿司を選んだほうが「良さそうだ。」=なにかいい事がありそう=快がありそう
快感、というよりも喜びや得、幸せと言ったほうがわかりやすいですか?
いくらでも言い換えはできますがすべては、小さくても脳の快感です。

854 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 03:47:08
何かを行為する際に十分な時間をかけている訳ではない。だから行為の際にどんな快楽があるかなんて考えていない。
殺人をやる人はいろんな選択肢から快感の多い殺人を選んだのではなく、無知で他の選択肢を知らないので殺人をやるのではないか。


855 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 04:04:06
快や不快の質や量の実体がわからない以上、この話は抽象的な話だね。

856 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/09(月) 04:04:27
行為の際に十分時間をかけて考えない場合でも、そのときの怒り(あのムカつく野郎をたたきのめしたい、いなくなって欲しい など)
を行動に移す事で、快を得るという決断は必ずあります。
たとえば、今ディスプレイを見つめているのは「体が自由に動かせるにもかかわらず、見つめたくないから、見つめている」
などと言う不思議な理由からではなく「見たいから、見ている」=見ることによって情報を得、反論することによって快につなげたいからしているのです。
十分な時間をかけかったとしても、それ相応の選択を人間はします。
(勘=理由はわからないが、こちらのほうが快がありそうだ。)
たとえどれほど幼稚な判断だとしても、選ばないを選ぶと言う選択肢もあったわけで。
(あせった上でのやけになった選択=選ばないよりはましだ)
などのように。

あと、(12時で寝る予定だったのですが・・・)そろそろ眠いので今度こそ寝ようと思います。
ここでは意見のこしてもらっても流れてしまったり、スレが下がっていたりするので
私への反論は↓で受け付けます。どうしても反論したい方はどうぞ。
http://blog.livedoor.jp/blacksnow11/?blog_id=1472354

857 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 05:35:14
そういう習慣がないからだよ
中国では昔殺して食べたし今でも食人種は食べてるんじゃないかな

858 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 05:42:06
なんでこんなくだらない話題でこんなにスレ伸びるの?
厨房の巣窟だから?

859 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 06:43:22
非人道的だから

他になにかあるかね


860 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 08:48:08
何かと同じであるということに問題があるのではないか。
何かと同じにならなければならない、ということは従属を強いる関係である。
同じという考え方を用いて、隷属関係を結んでいるのだ。
一方は尊属者になるので、一方と同じなのに何が不満であるのかと疑いをもつ。
どうして一方は尊属者であり、且つ、私と同じなのかね。
それとも、私に一方が合わせるのかね。
同じになるとすると、このような場合がある。

861 :( ´,_ゝ`):2006/01/09(月) 10:35:39
>>847
>844の引用は、
>言論の自由が認められていなくとも問いは成り立つし、頭の中で自分自身に問う事もできる。
と、
>>>831を読め。

ということ。
同じことをループして違いを感じるのが不思議に思っただけね。
いちいち、長い表現をする必要もないとおもったけど、
思わぬ誤解がうまれたね。失礼しました。

862 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 11:29:38
831は説得力なし

なぜ規範が作られ守るのかという視点がないから。
行為時に快楽の量を正確に計算できない以上理由にはならない


「なぜすべての人間はすべての人間を殺してはならないか」という問いの省略に対してみんなは答えている。しかしこれは明らかに事実に反する。
場合によって人は殺されててよい。「すべて」を省略した形になる事により、問うべき問題をわからなくしている。

だからこの問いがいかに馬鹿げているか理由付けるのが筋


人を殺すべきではないという規範命題だから、理由は演繹的には導き出せない。帰納法にならざるをえない。経験知が根拠付けられから100%の完全解答は論理的にありえない。

863 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 11:36:17
>>862はくろしろですか、どうよ?


864 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 11:39:04
帰納法だから100%完全解答が出ないのにそれに気付かず演繹法のつもりで解く愚かさ。
帰納法だから経験知を根拠付けるべき。だから憲法や刑法や道徳という経験知を出してくるのも理由になると思う。



865 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 11:41:56
>>862

原則として人を殺してはならないが例外としてはよい

866 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 11:43:17
↑863に




867 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 11:45:09
規範は、守られるものであるのか。
規範が守るものであるとすると、規範だけでは考えられない。
規範の概念から守ることが出てこない。
規範に欲望することもない。
他のものを加える事で守るものであることが判るようだ。


868 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 12:03:55
殺人を否定する根拠、もっといえば道徳の源を個人の感情にもとめるのは誤り。
感情は何らかの根拠が伴う。例:真っ暗→不安、麻薬→鬱
道徳→感情 の後に 感情→? が続くはずだ。

869 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 12:34:25
>>837
>「人を殺してはいけない」(というのは絶対的に破ってはいけないという決まりという)わけではない。
>なぜなら、人を殺してはいけないと言うのは、只の個人の一感情だからだ。(=只の個人の一感情に過ぎないからだ)

だから、「殺してはいけない」という「感情」の話をしてるんでしょ?
つまり「悲しい」とか「うれしい」と同じわけでしょ?
これは、もともと「決まり」じゃないよね。
「決まり」の話をしてるんじゃないなら、「破ってはいけないかどうか」を考えること自体がおかしい。




870 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 13:24:36
元々、この問いはテレビで高校生が発したもの。つまり演繹法と帰納法の区別も経験知がなるたるかも知らないような奴の間抜けな疑問が起源。
どの情報に価値があるかが解らないガキの疑問に付き合ってるだけ。
経験知が説明しづらいのでズルズルここまできてしまってるのだろう

871 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 13:47:45
>>870
反論ではなく単純にわからないのですが、帰納法による経験知の観点からだと、
「どうして人を殺してはいけないのですか?」という問いには、
(問いが間違っている、というのも含めて)どう答えるのが妥当なのですか?

872 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 14:10:05
>>871
あとで面倒なことや不愉快なことが起きて
何の特にもならないことがほとんどだから、
でいいんじゃないでスかね。

873 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 14:28:00
なんだか、レベルの低い下い書込みしかなくなったね。
せめて、年末のレベルに戻らないかな。



874 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/09(月) 15:02:59
>>862
規範がなぜ作られ守るのか、という視点はありませんが現状で規範を守ることによって得られる快と、
破ることによって得る不快を考慮に入れれば十分、絶対に人を殺してはいけないという訳ではない というのは
導けると思いますが。

行為時に快楽の量を「絶対的な正確さで」計算はできませんが、個人個人が自分なりの判断でどちらが自分にとって快が多いか
を決めることは可能です。あくまで絶対的ではないので、最終的に間違えたと思うこともあるかもしれませんが、
「どちらが多いか計算をすること」「どちらがいいか判断すること」は皆さんが日常的にやっていることです。

>>869
(「人を殺してはいけない」(というのは絶対的に破ってはいけないという決まりという)わけではない)の部分をa
(なぜなら、人を殺してはいけないと言うのは、只の個人の一感情だからだ。(=只の個人の一感情に過ぎないからだ) )の部分をb
とすると、aでは感情の話はしていません。「人を殺してはいけない」というのは絶対に破ってはいけない=破れない決まりと言うわけではない、ということです。
bでは、「人を殺してはいけないんだ」と皆さん?が思っていることはあくまで個人の感情(心情とか個人的規範と言ったほうが?)に過ぎない、と言うことを言いたかったのですが。

875 :868:2006/01/09(月) 15:23:50
>>874
>あくまで個人の感情(心情とか個人的規範と言ったほうが?)に過ぎない
その個人の感情はなぜ生じるのでしょうか?

876 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 15:32:12
>>873

煽り担当か

877 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 15:35:35
>>874
> とすると、aでは感情の話はしていません。

aが感情の話でないとすると、 bが間違っているか、aとbは無関係ということになるよ。


878 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 15:38:38
おーい、煽り役
せめて演繹法と帰納法、そして経験知に対する話に言及してくれ

879 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 15:50:59
規範が出来る理由そしてそれを守る理由は必要である。また、「快だから殺した」は殺したいと思ったから殺した」と同様、根拠にならない。

880 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 15:56:41
>>874
心理学的な視点はお題の意図とはずれる。
あくまで倫理学的、法哲学的な視点で答えるべき。

もっとも、問い自体が誤っているから

881 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 16:01:56
>>874

「そのとき、やりたいと思ったからやった」という話で、ごもっともだけど、それで終わり。心理学的な視点は意味無し

882 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 16:12:53
>>868
殺人を否定する根拠が、個人の感情や快だとは言いましたが、その感情が
必ずしも道徳であるとは書いてませんし思っていません。
感情→? の?部分は個人個人によって違うもので
私がそのすべてを挙げることはできませんが、そのすべてにおいて言えることは「快を得る」と言う目的を
持った選択だったと言うことです。

>>875
個人の感情(心情とか個人的規範といったほうが?)がなぜ生じるかは、自我が何故生じるか、のように
私にはわかりません。なぜ、個人的規範が作られるのか、などといったことはそれこそ個人個人で
違うものでしょうし、個人規範がなぜ守られるのかと言うのも個人個人で違うものでしょう。
守られる理由の例を挙げれば、親がそうゆうことを言った→守らないと社会で少数派になり虐げられるらしい
→多数派でいたいし虐げられたくも無い(不快にはなりたくない)→守る
のような感じでしょうか。まぁ育った境遇や思考の仕方で個人個人かわるでしょうが。

>>877
無関係、というわけではありませんが別のことを言っているというのはあるかもしれません。そもそも
文中ではaの「殺してはいけない」とbの「殺してはいけない」は別種のものであることを言おうと
してるのですが。

>>879
では「金を得たいから殺した」「生きたいから働く」「快を得たいから殺した」は根拠にならないのでしょうか?
「殺すことによって金を得られる=借金を返してつらい生活から逃れられる=不快・不幸せ・脳が嫌がる状況から
逃れられる」は殺人を犯す立派な動機であり、根拠に成り得ると思うのですが。
「殺したいから殺した」というのは「殺したい=存在を消したい=消すことによって快適な生活という快を得たい」
で、これも立派な動機、根拠だと思われます。

883 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 16:13:49
>>871

870ですが問い自体が誤ったものである事に触れた上で、規範があること、そして規範を守るべき理由を挙げればいいのでは。872みたいなシンプルなものでいいのでは。


884 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/09(月) 16:16:33
>>880
ここが論理学的、法哲学的に考えるべき場所だったとしたら
ここは「どうして人を殺してはいけないと言う法律ができたのか」のような事を考える場所だったのでしょうか?
だとしたら度重なるスレ違い、失礼しました。

885 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 16:18:51
>>882
>文中ではaの「殺してはいけない」とbの「殺してはいけない」は別種のものであることを言おうと
>してるのですが。

であれば、bはaの否定にはならないんでは。

886 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 16:23:19
>>884
ここは哲学板だということさ
論理学や倫理学は哲学の代表的分野

887 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 17:10:32
>>880
別段、誤った問いじゃないだろ。
あんたと同じで、問いが大雑把なだけで。

888 :880:2006/01/09(月) 17:23:35
了解、大雑把だな

889 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:19:57
>>252
>>「いけない」という言葉は、誰かが誰かに禁止を要請する言葉。
>>要請を無視しうるかどうかは関係無い。

ここの人達は、まず  

  「なぜ立小便をしたらいけないのか?」

というテーマで話し合ってみた方がいいかもしれない。


890 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:30:48
1>
例えば、貴方が人を殺したならば、貴方も又人によって殺されるでしょう。
人を殺すとは貴方がいなくなると考えてみてください。
自分が居なくなると言う事はどんな事ですか?

891 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:32:58
>>889
自分家に立小便されたくないからでしょ

立小便されたくないから『「俺の家」に立小便をしてはいけない』って決まりを作ったところで
そんな本人しか得しない決まり、誰も守ってはくれない。
だから『立小便してはいけない』って立小便自体を禁忌にすることで自分の身を守ってるだけ。

『俺は立小便しないからオマエも立小便しないでね』って譲歩、悪く言えばエゴ



892 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:32:58
>>889
中途半端に間抜けな例を出すな。

893 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:33:52
>>889
くさいし迷惑だから

894 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:37:10
>>890
そりゃ、ウソだろ。人を殺せば自分も殺される確率が高くなるか、
それとも人を殺さなければ自分が殺される確率が高くなるかは状況による。
一般的に、「殺せば殺されるだろう」などとは言えないと思う。


895 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:40:13
>>893
>>くさいし迷惑だから

くさくて迷惑だと、なんでやっていけないの?



896 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:40:29
何故レイプをしてはいけないか?くらいがいいんじゃないか

897 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:41:38
「なぜ立小便してはいけないのか」
この問いに答えるのが難しいのは、この問題で問われてるのが立小便することの是非ではなくルールについてだからなのでは?
つまり、「なぜ」「立小便しては」「いけないのか」の「立小便しては」の部分ではなく「なぜ」「いけないのか」の部分が問われているのかと。


898 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:43:51
あのー皆さん。
この命題で結論を出すのは無理だと思うですがー。
そんなに結論出したいですか?
それとも、単に議論したいだけ?(皆暇ですねー。)
双方、それなりの理由があるなら、もう多数決でいんじゃねー。
ということで、おいらは「いけない」に一票。

899 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:45:11
>>898
君が、立小便をいけないと思う理由も書いてくれ。
「いけない」に一票だけではさっぱりわからん。

900 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:47:37
>>898 です。
「人を殺してはいけない」に一票です。
立小便の話をしたい奴え → 別スレ立てろ!板違い。

901 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:47:52
>>895
だから、自分家に立小便されたら嫌だろ。
自分がされて嫌なことは、他人にもやらない。
当たり前のことだ。

902 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:49:37
復讐の考え方でつね
彼にも許されているので、私もしてよい

903 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:51:31
「なぜルールを守る必要があるか」という論点と被害者の否定という論点があるので、立ち小便の話を止めてレイプの話にして1000 までいって終わりにしましょう。

904 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:51:51
>>901
そりゃ、ウソだろ。立小便をすれば、自分家にも立小便される確率が高くなるか、
それとも立小便しなければ自分家に立小便される確率が高くなるかは状況による。
一般的に、「立小便すれば立小便されるだろう」などとは言えないと思う。

905 :考える名無しさん:2006/01/09(月) 23:53:58
売春婦を驕ってもらったので、
お礼にケツの穴を貸してやるみたいな話だね。

906 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 00:09:49
もう話は尽きたから
次のスレッド6はやめようね。
他の哲学版のみんなに迷惑だから

907 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 00:12:37
あはは、彼も喰ったw

908 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 00:20:17
はぉ〜ん ぉぉ〜ん あぉ〜ん
ぉぉ〜ン ぉぉ〜 ぉぉ〜
 ミャオ ミャオ ミャオ ミャオ !

909 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 00:38:30
>>906
何度も言うが、やめよう、やめよう、という人間がいるかぎり、このスレは
いつまででも続くだろう。お互いに気が済むまで、どんどん書き込もう。
飽きた人間は、よけいなことを言わずに、さっさと去ってくれ。

910 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 00:47:11
>>906
その書き込みが釣りにしか見えないんだけどなWW

人が入れ代わり立ち代わりしているだろうから、同じような話が反復されていくのだろう。


911 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 00:51:19
おひまなら
あたしを
だいてね\^o^/



912 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 02:17:32
一時的にストップしても、いずれ誰かが立てるのは確実だし
どれだけ長い間やってるかが、わからなくなるから
次スレは、必ず継続的に立てた方がいいね。

913 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 03:42:40
>>912
そうそう、反復の美学っつうのもあるしね。

914 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 08:06:22
>>910
書き込みを始めたのも、今回が最初。“釣り”って何?

915 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 16:01:09
>>914
900円の品物を買うときに
レジで1000円札を差し出すと
100円玉が戻ってくるでしょ。
それが「釣り」。釣りはいらん
って大見得を切る人もいるけどね。

916 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 16:04:03
買い物をすると、レシートはどうしますかって聞かれるわな
釣りが間違っていると指摘されるかもしれないからだ
ところで、レシートには上様でいいでつか?

917 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 16:26:20
>>914
俺の見立てでは、概ね3スレで、全書き込みが新陳代謝している。

918 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 16:51:13
答えは知らないが俺を殺さないでくれ

919 :( ´,_ゝ`):2006/01/10(火) 17:50:19
おれもやめてくれお(´・ω・`)

920 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 18:35:57
>>831>>874>>882 は同じ方ですね。
“快”“喜び”が特別の場合を除いて、人間の態度・言動を決めるという
あなたの考え方が、ここでは一番、説得力がありそうだ。俗流・功利主義
も高邁な規範論も所詮、このなかに含まれている。
これは、殺人はそれを“快”とする人間がいる以上、止められないし起こ
りうる、ということである。肯定してはいないが、否定しえないというわ
けだ。

とすれば、ここで問われるべきは“快感”の意味だろう。
以前に、>>687が、こういう問いをしていた。「殺人はいけない」という
“道徳=常識”と「金将軍マンセー」という“標語=洗脳”とでは、どこ
が違うのか。どちらも、それに従うのが“快”“喜び”として広範に受け
入れられている、のが前提だが。
どちらを快とするかは、人それぞれだろう。しかし、二つの快のあいだに
は性質に違いがあるのではないか。“快”には個人的な差異がある、と簡
単にはすまされないような気がするのだが。


921 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 18:48:31
人を殺しちゃいけない理由は、やはり自分と言う主観対象が
愛すると言うか気に入っている存在を奪われたくないからじゃないですかね?
自分の好きな物や気に入った物が壊されたりしたら嫌じゃない?
それに、代えが効かないからこその命だし、その人以外にその自分の好きな人物はいないからだろうなぁ。
最終的に、その自分が気に入っている人を失わない為の方法が
"人を殺しちゃいけない"なんて言う事柄につながったんだと思うよ?
いやぁ、一般論で悪いね。今まで全スレ読んできたけど、偉い事言えねーでやんのw

922 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 19:22:09
>>921
ということは誰にも愛されていない引きこもりの妄想オタクは殺してもOK?

やはりおかしい。功利主義は反対!

923 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 19:55:18
>>922

おーぃ、自演もぅいいぞ
お前はコミュニケーション能力なし

何度、哲学スレッドといったら解るんだ


ド ア ホ

924 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 19:57:23
功利主義ってW

ちなみに日本は何主義??

925 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 19:59:11
間違えた920に対してだ

926 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 20:31:09
哲学と心理学の違いも解らない国語力のない奴が自演してるぞWW


ば か ヤ ろ ー

927 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 20:37:05
こ く ご っ て何??

928 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 20:39:05
場合によっては殺してもいいんだよ。絶対ダメなのはウソを付くことだね。w

929 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 21:05:31
>>1
人を殺してはいけないっていうのは人間が勝手に作ったルールであって、
そのルールができた理由は、お互いに生きやすいようにするためなんじゃないかな。

だから、本来やっていいこととか悪いことなんて無いと思うよ。
ただ文化や文明が悪と定義したものを許さないだけ。

930 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 21:36:26

で、結局、立小便はしても良い、ってことでOK?



931 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 21:55:15
↑論点が違うから失敗認めろ
愛する人が殺されたくない。いい。そういう理由でしょう。
功利主義とか阿ほの一つ覚えみたいに出すな理解してないくせに


932 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 22:54:28
>>931
「愛する」なんて言葉を、このスレで臆面もなく使える君の神経は、すごいね。
こういう連中が殺人否定論を主張するから、その論拠がますます薄っぺらくなっ
てしまう。

933 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 23:05:38
殺人否定派じゃない。条件付殺人肯定派だ。

934 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 23:09:24
>>926
哲学と心理学の区別を知ってるって、そんなに凄いことなの。生涯、
分類に時間を費やして、自己満足してください。
また、帰納法がどうの、演繹法がどうのと他人が考えた業界用語を
振り回して知ったかぶりする季節はずれのアホがいたが、それを知
っていても、ガキの「なぜ人を殺してはいけないの」という素朴な
質問に自分の言葉で答えられなければ、無意味。



935 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 23:11:22
>>933
失礼、それなら、いいんです。

936 :りくーつ・こねりー:2006/01/10(火) 23:18:26
>>1-935
殺人幇助罪でタイーホします

937 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 23:24:33
>>929
その答えが間違っているとは言わないが、大きく風呂敷を広げると、では
文化って何?文明って何? という質問を浴びて、ますます収拾がつかな
くなるだけ。規範という言葉も同じ。「なぜ殺してはいけないのという」
問いを、大海に投げ込むようなもの。

938 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 23:27:15
>>934
ごめんね。
ま、私はこのスレッドじゃないけど二年くらい前に書き込んだことがある。正直飽きている。私は条件付き殺人肯定派だから、あっさりしたものになるんだよ。永井とかの題名の本なんかも読んだっけな。
ところで、あなたは殺人否定論になるのでしょうか?

939 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 23:35:02
これは釣りじゃないから↓

みんな憲法とか刑法とか刑訴とか読んでみたときある?あるならいいんだよ。あってこの話を考えるなら好きにやればいい。ないのなら読んだ方がいいよ。


940 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 23:44:45
>>934

会話文を分析するのは哲学的な仕事だよ

941 :考える名無しさん:2006/01/10(火) 23:52:00
この議論を哲学と思って時間かけてやってる人は商業主義の餌になってる事に自覚している?永井均の本を買ったりするのに無自覚な事が笑えたりする。自省をこめて。

942 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 00:01:49
>>938
否定したくても、その根拠がみつからないということです。ここで、もっとも
説得力のある意見は、人間の言動を決めるのは、快か不快か。快ならやるだろ
うし、不快ならやらないだろう、という主張。ちょっと淋しい意見ですけど、
これ以上に本当らしさを感じさせるものは、このスレにはありません。
ただ、快や喜びには“段階”があるような気がして、これもそう単純ではない、
とは思います。

943 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 00:37:09
>>942
私は小さい頃、万引きをしたり、人を殺したい衝動にかられた時もあるので自分が醜い事を自覚している。
だから、誰かを殺さないためにも規範が欲しいと考える。規範があって初めて殺人をやらない自分を実感できる。
本当は殺したい。でも我慢する。だから、仮に人を殺せば好きな事をしたのだからその分、当然罰を受けるべきだなあと思う。誰かを殺したのだから殺されるべきと思う。
でも自分は生きていたいし殺されたくないので人を殺さないという事になる。




944 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 00:43:13
>>942
↑こんな感じかな。
演繹法のアホWでした。

945 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/11(水) 01:24:24
>>920
おそらく「道徳=常識」と「標語=洗脳」での感じ方の違いは、
日本人から見ると、北朝鮮の人々は上層部からの圧制で標語を遵守してるように見え、
日本人が日本人の「道徳=常識」を考えるときにはそれが当たり前だと思って考えてしまうところにあると思います。
北朝鮮の人々が我々日本人を見ればおそらく「道徳=標語に反するような洗脳」と思い、
自身のことを考えるときは「標語=(日本で言う平和主義や基本的人権の尊重のように)常識」と思っているのでしょう。

微妙に言いたいことからそれましたが、つまり感じ方の違いは「自己の意思」によって快となったか「圧制」によって快になった(・・・だと思われていることか)
ではないか?という事です。
もしくは、日本は「従いたいから従う」北朝鮮は「逆らうと殺されるのが嫌だから従う」(・・・恐怖で従っているように見える)
の部分ではないかと思われます。
しかし、日本教育の「道徳」の中に「金日正万歳」という言葉を混ぜているのと同じようなものですから、
さほど本質は変わらないと思います。


946 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 03:37:56
どうして殺してはいけないのですか?って、どうして殺さなくてはいけないのですか?

947 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 03:39:57
むしゃくしゃするから

948 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 03:40:51
>>943
今の日本では殺人を犯しても
死刑になるとは限らない。
そう考えるとあなたの論理は
少し詰めが甘いように思うんだけど。
ホントは虫も殺せない善良な人なんじゃ
ないかしら。あなたって。



949 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 03:47:26
947 ムシャクシャしたら 人を殺したくなるのですか?大丈夫ですか?精神的に辛いことが長くつづいたんじゃないかな?。人を殺すのはムシャクシャするからって じゃあ貴方は ムシャクシャした人に殺されたいの?

950 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 03:53:26
つい、カッとなるから

951 : 考える名無しさん :2006/01/11(水) 04:53:15
って、殺していい世界があったらそれなりにちゃんと成り立つと思うよ。
ただしそれは文明化するにつれて殺す習慣はなくなるけどね。
まあ今のこのせかいは神がそう作ったから殺しちゃだめなんじゃん

952 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 10:33:02
殺さないから殺さないでね。

痛い目に遭いたくないから、
殺されたくないから、殺したくない。

953 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 10:37:50
>>945
ということは客観的には道徳を信じるのは妄想と同じことなのか?

954 :偽・読書家:2006/01/11(水) 10:54:32
>>946
あなたは違うでしょうが、ある種の人にとっては、殺すことが“快”だから。
ある種の特異な人でなくても、ある瞬間には、殺したくなるときがあるから。
たとえば、利害がもつれたとき。もっと単純に「カッとなった」ときなど。
もう一つ、ある状況に置れたら、殺さざるを得なくなるときがあるから。正当
防衛は、その典型例。集団的正当防衛とでもいうべき戦争も。
最後のケースは、道徳・常識・法、つまり規範に基づいた堂々たる殺人です。

むろん、すべてのケースにおいて、すべての人がそうするわけではない。捕ま
ったときのマイナス(不快)を考えて、殺しを抑えている“殺人嗜好者”もいる
に違いない。カッとなっても我慢する人が大半。利害のもつれで相手を殺す人
は少数。抵抗せずに、殺される人もいる。懲役を拒否する者もいる。なぜか、
もう説明はいいですね。


955 :偽・読書家:2006/01/11(水) 11:55:14
>>945
そのとおりでしょうが、私の訊きたかったのは、少し別のことです。
「人を殺してはいけない」という道徳・常識・掟は、人間が集落を営
み始めて以来の“自然”に根ざす古い規範である。ただし、この場合
の『人』は、身内・集落内の人間・味方という限定つき。

それに対して、「金日成万歳」「八紘一宇」「自由主義を守れ」とい
った標語は多分に観念的であり、人間的“自然”を離脱した頭上に結
ばれる幻想(錯覚)ではないか、ということ。道徳と標語のあいだには
“段階”“断層”があるのでは、というのはそういうことです。むろ
ん、これらが受容されるかどうかは、あなたのいう“快感の有無”に
よって決まるのでしょうが。

956 :偽・読書家:2006/01/11(水) 12:35:45
>>945
もう一つ、質問。“自然”に根ざす道徳と観念的な標語とのあいだに齟齬や
矛盾を生じたとき、私たちの多数は後者に従うのではないか、ということ。
民族的あるいは国家的標語(正義)を実現するためには拉致もすれば、殺人も
行なう。侵略もすれば、大量破壊・大量殺人も辞さない。これが人間の現実
である。
悲喜劇的ではある。が、ここに“逆転”の契機と可能性をみなければならない
のかもしれない。



957 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 14:05:45
人を殺しちゃ駄目なんて人が決めた事。本来は殺しても殺さなくとも別にどうでもいい事

958 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 14:10:17
>>949
あーあ、これだけ現実から遊離すると、哲学やっててもロクな考えに辿り着かないだろうな。

959 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/11(水) 18:42:52
>>953
妄想はおそらく「真で無いにもかかわらず、信じてしまっている事柄」だと思われますので、道徳を信じることは妄想ではないと思われます。
なぜなら、日本で道徳は真であると暗黙の元に成り立っているからです。アメリカ人や北朝鮮人は妄想と考える可能性もありますが。
客観的に、ということですがそもそもの「正しい考え」と言うものが客観的に見ると見つからないのです。
殺人はダメ、ということですら客観的には「正しいとも正しくないともいえない」になります。
〜にとっては、というのであれば「正しい」「正しくない」と判別できるのですが本当に客観になった場合
「正しい」と「正しくない」は判別できないのです。
故に「客観的に見れば、道徳を信じることは妄想といえるともいえないとも、いえない」というわけの解らない答えになります。
・・・・・一方的な主張になってしまいますが、正しい正しくないの部分に突っ込まないでください。止まらなくなってしまいますのでw


>>955
>>956
自分読解力少ないもので、正確に読み取れていないかもしれませんが、
本能に元付く快と、そうでないものの違いについてでよろしいでしょうか?
よろしいのでしたら、・・・・ご飯食べてから考えるのでしばらくお待ちをw

960 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 18:50:42
ひどいスレだろうと思って開いたが、意外とちゃんとした議論してるな
>>949のひどさが目立ってるぐらいだ

961 :偽・読書家:2006/01/11(水) 20:24:11
>>959
本能という言葉を使いたくなかったのです。それは、壊れているという説も
あります。人間にもそれが残されているのは、たしか。が、私が人間的“自然”
と言ったのは、残された?本能に単純な言葉(掟)が混交した状態。
ちょっとワケがわからなくなってきましたので、私も食事してからにします。

962 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 22:15:35
「人を殺してはいけない」という規範は、共同体発展という要請から生まれたものだな。
「人を殺してもいい」共同体もかつてはあっただろうが、共同体内の信用なくして発展は
ないから、「人を殺してはいけない」共同体のパワーに押されて消えていったんだろう。

一党独裁による共産主義の規範も共同体のためを思ってできたものだろうが、
発展が資本主義自由主義国家に比べて劣るために、押されて消えていこうとしている。

こういう風に考えれば、規範を「自然な/観念的な」「単純な/複雑な」と区別するのは
ズレており、単に「強い/弱い」「生き残ってきた/生き残らない」という区別があるだけ、
と気付けるのではないかな?

人間的"自然"などと曖昧なものを持ち出さなくてもすっきり説明できると思うが。

963 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 22:31:20
まあ、社会が発展していくためには、秩序が必要だし
秩序を保つためには、無分別な殺人は容認されないわけだし
現実として、発展した社会に住んでいるってことは
無分別な殺人が、抑制されて来たってことだな。
人間社会が発展していないと仮定したら、無分別な殺人は比較的容認されていたかもしれんが。

964 :考える名無しさん:2006/01/11(水) 23:34:37
ま〜だやってるんだ!グダグダくだらない理屈並べてないで、その辺で一人二人殺して来たらどうだ?何か解るかもよ!

965 :偽・読書家:2006/01/11(水) 23:55:35
>>959
人間が原初に集落・集団を組み始めたとき、簡単な掟・規範がつくられたのは
間違いないでしょう。それは「盗むな、殺すな、近親相姦の禁止」といった単純
な言葉だったと思います。これが本能を抑制するものか、本能を補足するもの
か、わかりません。が、この本能と単純な掟の組み合わせで営まれる状態は普
遍的であり、かなり長期に続いたと思われます。最近まで、それに近い生活を
送ってきた部族もあります。
ここから、どのような経路を辿って、観念的・理念的標語が社会を覆うように
なったのか。明らかに“断階”“断層”があるように感じられるのですが。そ
れとも、これこそ自然な発展なのだろうか。


966 :考える名無しさん:2006/01/12(木) 00:14:13
>>965
>本能と単純な掟の組み合わせで営まれる状態は普遍的であり、
>かなり長期に続いたと思われます。

それは神話だって。
「インセストの禁止」ですら全然単純でも本能的でもないし、
"未開社会"の方が観念的で複雑なタブーが多いんだよ。

昔から人は観念的・理念的な標語の下で生きてきたし、今でも
残っている強いルールと消えていった弱いルールがあるってだけ。

967 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/12(木) 00:44:13
考えてみたのですが、観念理念的な標語と本能を補足するような掟に明確な違いが
あるのでしょうか?
観念的な標語を「金日正万歳」としたらそれは「群れのリーダーを尊重しろ」「他のリーダーを尊重するな」
という本能を補足する掟を、リーダーを普遍の個人にして具体化しただけだと思われますが。
「自由主義万歳」にしても「自由主義を掲げているアメリカと仲良くして群れ(国)をよりよくして、ひいては自分の生活も良くしよう{=快を今より享受できるほうについて生存の確率を高めよう}」
という、本能を補足する掟を多めにつなげただけのように思われますが。
おそらく、日本ではシンプルな掟「殺すな」「盗むな」等が「自由主義万歳」などよりも生活環境に浸透していたので
その環境で育ったために受け入れやすさの違いで「性質の違い」のように感じたのではないでしょうか?

968 :考える名無しさん:2006/01/12(木) 02:07:53
規範は規範として動かせないでしょ。
この件では。「人を殺していい」は
その規範の例外にしか成り得ないんじゃ
ないのかな。

969 :953:2006/01/12(木) 16:11:33
>>959
では「敵を殺せ」という正義(相手からみれば妄想)を信じているものが殺し合うのは道徳上は何ら問題ないと?

970 :偽・読書家:2006/01/12(木) 18:56:19
>>967
人間が集団を組み始めて以来の、原初の掟・規範『殺すな』『盗むな』『近親
相姦の禁止』などは、ややオーバーにいえば集団生活を営む全人間が採用して
いるのではないか。部族からクニ、そして今日の国家にいたるまで、あらゆる
集団がこれを採用してきたはずだ。しかも、ひとたび掟として定めた集団で、
これを“集団として”捨てたという例を知らない。(例外はあるかもしれぬ)私が
“人間的自然”に根ざすと言ったのは、それ故である。
それに対して“自由主義万歳”“天皇陛下万歳”“金将軍マンセー”“アラーの
ために”といった理念的な標語のどれかを、すべての人間が採り入れることは
ありえない、と断言できる。それどころか、仮にひとたび採り入れても、襤褸
切れのようにそれを捨て去った例をしばしばみてきた。
前者と後者のあいだに“段階”がある、というのはそういう意味である。むろ
ん、その取捨選択は、あなたのいう“快感原則”によることはいうまでもあり
ませんが。

971 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/12(木) 20:32:58
>>969
自分Aが「敵Bを殺せ、殺すのが正しい」と信じている場合、自分Aの道徳にとっては問題ありませんが
あなたが信じていると思われる「日本の道徳」においては問題なのでしょう。
「誰にとって、または何にとって」を盛り込んで正しいか正しくないかを質問しないと、正しい答えは出せない、と言うことです。

>>970
ありえない、ということは無いと思います。
「世界平和を守ろう」や「核を保有するのはやめよう」「侵略は悪いことだ」などは
十分観念的だと思いますが、実際表面的にはですが守られてるわけですし。もちろん、
「自国を守るためだ」「敵は我等の神を冒涜したのだから、攻撃されて当然だ」などと様々な理由をつけて
破る集団は多々あります。
最初の掟「殺す」「盗む」「近親相姦」などは、個人〜数人の互いに互いを十分認識できる範囲で実行されるので破られても破るのは個人なので
全体としては破綻しないし、少数派として破るのですぐに修復される。
対して、「自由主義万歳」「天皇陛下万歳」「金将軍万歳」などは国家単位の集団で行われる規模の大きいことです。
なので、一度破綻するだけ(革命、戦争など?)で標語全体の破綻とみなされ、またその後でてきた、今まで表層に現れていなかった「標語」が浮かび上がり
それがその集団全体の標語と見なされる。たとえ、個人単位の崇拝者がいたとしても一度全体が破綻してしまったと見なされた考えは
徐々に忘れ去られ、誰かが思い出したとしても個人レベルの標語をまた集団レベルの大きさに修復するのは
立場などの関係上限りなく難しい。

おそらく、標語の浸透の関係はこんな感じでは無いでしょうか。
自分にはどうしても「性質の本質的な違い」を見つけることはできませんでした。(>>967参照)
また、ものすごーく気になったのですが、{仮にひとたび採り入れても、「襤褸」切れのように}、の
「 」内の語句はなんて読むのでしょうか・・・?漢字とか苦手で、テストでもまともに合ってたことがほとんどないもので・・・
・・・今日も散々だったし・・・・。

972 :偽・読書家:2006/01/12(木) 22:04:50
>>971
『核を保有するのはやめよう』という観念的標語は、ほとんどの大国がすでに
破っている。日本も、以前に「持たない」ことを宣言したが、状況によっては、
持つだろう。日本が「持たない」のは自主的な選択ではなく、国際的な諸情勢
に強いられた結果、とみたほうがいい。仮に万一、米国が完全に日本から撤退
したら、「核は保有しない」という標語はボロ切れ(と読みます)のように捨て
られるのではないか。石原をはじめ、そう主張する識者は少なくない。
しかし、どんなご時世になろうと、同じ集団内の人間を殺すな、盗むな、近親
(この範囲は集団によって異なる)と交わるな、という規範が同様に捨て去られ
ることはないだろう。個人的に、それを破る人間はいるだろう。しかし、「核
を保有しない」という標語が“集団として”廃棄されることはあっても、「同じ
集団内の人間は殺すな、盗むな、父母や兄弟姉妹と交わるな」といった規範が
“集団として”放棄されることはないでしょう。

973 :葦でR:2006/01/12(木) 22:19:20
みんな難しく考えてるけど、こんなの簡単じゃん。これは、何が悪で何が善か
(何が許されて何が許されないか)という問題にも共通していることなんだけど
要は「多数決」さ。たとえば、日本では「殺してはいけない」と考えている人が
「殺しても良い」と考える人よりも圧倒的に多いから「殺してはいけない」のさ。
真理なんてないんだよ。だから、もしこの数が逆になれば当然「殺しても良い」
ということになるのさ。

974 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/12(木) 22:32:28
>>973
しかし、「殺してはいけない」社会の中でも「あんなやつは殺されてもいいし、俺が殺してもいいんだ」
と思って殺人を実行する人はいますよね?
また、「殺してもいい」社会の中でも「殺すのはダメなことだ」と考える人もいますよね。肉は食べてはいけないと思っている
ベジタリアンのように。
とりあえず、私は自分の説に自信があるので高圧的かもしれませんが>>831を読んでみてください。

>>972
そうですね。
国は、他の国との「標語合わせ」で「国内の支持は、核保有すべき10%、核不要89%
解らない1%なので、日本国としての意見は{核兵器を89%廃棄し現状の1%は保留10%は今のまま保有 条約}に署名
したいと思います」などとは言わず、国が1つの個人であるかのように「核を保有するのはやめます」
と条約に賛成してしまう。
故に、国がひとつの意見しか持てないために、またその意見が国全体で実行される物であるために
壊れやすいと971では言いたいのです。
殺人などは集団のなかの個人が行うものであるために、集団として放棄されることが極りなく少ないのです。

975 :考える名無しさん:2006/01/12(木) 22:42:24
>>971
では異なる道徳をもつ二つの集団(AとB)が接触するときはどちらの道徳を採用する?
(誰にとって→AとBにとって)
・Aを採用する
・Bを採用する
・第三者Cの道徳を採用する
・統合する


976 :考える名無しさん:2006/01/12(木) 22:49:30
>>975
道徳の種的問題のようだ。
私の属する集団の道徳を採用すべきであるようだ。
私の属する関係を欠いていると、私には関係の無いことであるようだ。
それ故に、採用するということがないと考える。

977 :αΩ ◆G.QKjYshg6 :2006/01/13(金) 00:56:33
>>976
他のスレ見ている間に先を越されてしまいましたが、その通りだと思います。
またAとBにとって共通の道徳が無いがために争っているので、AとBにとっての道徳はありませんね。
本当に客観的に見れば、「道徳」などは無いのです。まぁ道徳や価値観に縛られず見ることを
客観的に見る、というので少し逆説的にきこえますが。

978 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 00:58:58
>>973
「多数決」って書き込みは、嫌と言うほど見てきた。

979 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 01:02:09
優勢論とかに改名すべきだと思うよ

980 :葦でR:2006/01/13(金) 01:05:51
>>978
それ以外に何があると言うのでRか?
人間社会に真理など存在せぬわw
あっひゃっひゃ

981 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 01:19:38
多数決で決まる法律なんてほぼ皆無だろ。

982 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 01:32:01
偏った思想の元で多数決で決めるなど馬鹿げている。

983 :葦でR:2006/01/13(金) 01:36:37
>>981
ではチミに質問するが、日本の法律は国民の大多数が反対している
ものばかりだというのだね?例えばどのようなものがそうなのか教えてくれまいか。

984 :葦でR:2006/01/13(金) 02:01:05
ちなみに「してはいけない」「しても良い」というスレの命題を法律論で
語るなら、ちょっと話が違ってくるぞ。独裁国家では多数決の論理は適用
されないからな。独裁者の意思だけで法律は作られる。国民の意思は無視
される。しかし、民主国家においては法律は、国民のニューマによって
形成される。より強い風(より多くの意思)によって「良し悪し」が決定
付けられるのでR

985 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 02:01:40
殺してもいいけど
自分より強い奴>自分>自分より弱い奴
って順番に殺すべきだな
社会に仕返ししたい奴が社会の代表者として子供とか選らんじゃうとダセえて思う

986 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 02:02:43
>>983
法律が制定される過程の話だぜ。
ぶっちゃけ、制定する側が強権発動すれば、望まない法律でも守らざるを得なくなるんだぜ。
権力側による恣意的な殺人が肯定される国なんて、結構あるだろ。

987 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 02:04:28
ある種の「民主主義ボケ」している連中が、結構いるのってのがイタい。

988 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 02:16:13
>>985
人を殺す仕方を持っているとなると、
背が伸びている、筋肉の量が多いとか、そんなことに問題なく大体の人は殺せる
と思ってよいようだ。自分が強いとなると、スポーツマンだろうが、学業者だろ
うがその仕方でもっていけるだろう。自分よりも弱いというと一体、なにかね。

989 :葦でR:2006/01/13(金) 02:22:16
>>987
法律を持ち出さなければ「民主主義」などと言うモノも関係なくなる。
単純により多くの民衆が思った事が「正義」「秩序」「常識」として
認知される。少数派の考えは「非常識」ということになるのさ。これが
現実だ。「真理」ではない。「異常」「正常」も同じ事。


990 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 02:26:09
完全性なんじゃないかな、
職権を持っている人が横暴をはたらくように考えることがあるけど、
職権の無い人が弱いというよりも、
私がもっている権利をこの人は欠いているので、
この人に与えると完全だ。
これで喜んでいるように思えるけれども、それほど娯楽にもならないようだ、
娯楽というともっと楽しいことが他にあるようだ。
複雑な場合だから、興奮するようだ。

991 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 03:30:55
>>989
法的な抑止力が無ければ、簡単に人を殺す奴はかなり増えるだろうね。
やっぱ、ボケが…

992 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 03:40:32
抑止なんてしないさ
そういう規則にするのだ
規則の性質にするのだ
それまでのものが台無しになることはあるだろうけど。

993 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 07:59:41


中村さんへ

2chやめて
まず、まっとうな人間に戻ってください


佐藤


994 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 10:19:02
哲学板の住人は論理力が弱いな。

995 :葦でR:2006/01/13(金) 15:08:04
神でもないのに道徳を説こうとするから論理が破綻する。
こういう問題は主観で意見を述べたって絶対に答えは出ない。
むしろ客観的に事象のみを探求した方が答えが見えてくるのでR
人間は考える葦でR

996 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 15:39:52
>>995
逆だろw
主観に徹しきれないから答が出てこないのよ。
人生に関することは主観に徹すれば
どんな事でも簡単に答が出る。

それを客観などという視点不明の観点から
見ようとするからワケがわからなくなる。

おまえのカキコに何の中身も答も無いのがその証拠w

997 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 16:03:02
・一般人
殺されたくないから

・数学者
自分が殺されたくない、死にたくないと考える人間が殺されたくないから

・哲学者
わ・・・わからない・・・

998 :葦でR:2006/01/13(金) 16:55:21
>>おまえのカキコに何の中身も答も無いのがその証拠w

証拠になってない。それも、オマエの単なる主観。結果でも何でもないw
主観で考えた「答え」はオマエの狭い世界の中だけの答えにすぎない。
答えは現れた結果の中にのみ存在するのでR。

999 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 17:55:15
埋めます。

1000 :考える名無しさん:2006/01/13(金) 18:25:49
千言を尽くして賢哲を希求せんや。

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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