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■ ジャック・デリダ Jacques Derrida 4 ■

1 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 21:18:24
申し訳ないのですが、次のことをお勧めいたします。
初心者の方はとりあえずデリダの著作を2作ほど読んでみましょう。
ウィキペディアなどの一般情報に過度に頼らないようにしましょう。

※前スレ
はい、「デリダ」スレッド その2
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1101192822/

※関連スレ
【訃報】ジャック・デリダ死去 享年74歳
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1097362554/

2 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 21:19:16
最近の邦訳
『アデューAdieuー―エマニュエル・レヴィナスへ』藤本一勇訳、岩波書店
『デリダとの対話―脱構築入門』高橋透ほか訳、法政大学出版局 (ジョン・カプートとの対談)
『パピエ・マシンPapier machine』(上下巻)中山元訳、ちくま学芸文庫
『生きることを学ぶ、終にApprendre à vivre enfin』鵜飼哲訳、みすず書房
『声と現象』林好雄訳、ちくま学芸文庫
『テレビのエコーグラフィー―デリダ〈哲学〉を語る』原宏之訳、NTT出版(スティグレールとの共著)
『デリダ, 脱構築を語る−シドニー・セミナーの記録−』谷徹ほか訳、岩波書店
『名を救う 否定神学をめぐる複数の声』小林康夫ほか訳、未来社
『そのたびごとにただ一つ、世界の終焉』(T)(U)
『エコノミメーシスEconomimesis』湯浅博雄・小森謙一郎訳、未来社
『触覚Le toucher、ジャン=リュック・ナンシーに触れる』松葉ほか訳、青土社
『たわいなさの考古学 L’archéologie du frivole―コンディヤックを読む―』飯野和夫訳、人文書院

3 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 21:24:52
「水声通信」の2006年8月号に
「責任――来るべき意味について(上)」西山雄二・柿並良佑訳(J=L・ナンシーとの対談)
が掲載されています。

4 :今後の邦訳予定:2006/08/07(月) 21:32:32
『割礼告白』鵜飼哲ほか訳  みすず書房
『時間を与える──贋金』 みすず書房
『哲学の権利/法から哲学へ』みすず書房
『ならずものたち』  みすず書房
『散種』 法政大学出版局
『哲学の余白』高橋允昭ほか訳 法政大学出版局
『ヴェール』エレーヌ・シクスー共著 郷原佳以訳 岩波書店
『フッサール哲学における発生の問題』高橋哲哉ほか訳 サイエンス社
『浮薄の考古学』 白水社
『マルクスの亡霊たち』藤原書店
『条件なき大学』 月曜社
『信と知』湯浅博雄  未来社
『海域』若森栄樹訳  書津心水
『葉書』 水声社

5 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 21:36:46
>>4の中で『浮薄の考古学』は『たわいなさの考古学』として
人文書院から刊行されたものだと思われる。

6 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 21:56:31
本スレはこっちでいいよね?

7 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 23:16:07
本スレはこっちでOK

先に立った方が優先でいいよ。

8 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 23:30:34
死ぬついて語るデリダが好きだ。

9 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 23:31:54
■ ミシェル・フーコー Michel Foucault 2 ■

■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 3 ■

■ ジャック・デリダ Jacques Derrida 4 ■

同じ人間が立てたのかな? 三人そろい踏みでイイ!

10 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 23:34:28
無駄のないデザインなので、私はいいと思います。

11 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 23:36:56
>>8
「アポリア」とか? あるいは「そのたびごとに」?

12 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 23:47:41
新スレ乙。

デリダがなぜ「メシアニスムなきメシア性」という
誤解を招きやすい概念を用いたのかが
未だにちょっと解せないところではある。
「亡霊」なら文脈がよくわかるんだが。

13 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 23:54:15
>>8
インタビューではよく語ってるよね。
主題的に扱ってるものなら他に
『死を与える』とか『生きることを学ぶ、終に』とか。
そうじゃなくてもデリダの哲学と死の問題は切り離せない。

14 :考える名無しさん:2006/08/07(月) 23:58:38
哲学は「メレテー・タナトゥー(死への訓練)」である
と言われている『パイドン』でのソクラテスの言葉が
思い出されますね。

15 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 00:01:06
「メメント・モリ」という言葉も。

16 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 00:03:18
死というテーマで想起されるのはブランショ。
ブランショ論『パラージュ』の邦訳が待ち遠しいナ。

17 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 00:32:07
邦訳全冊リストアップしてくれませんか。


18 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 09:55:16
「『幾何学の起源』序」青土社
『エクリチュールと差異』法政大学出版局
『根源の彼方に――グラマトロジーについて』現代思潮社
『声と現象』理想社
『エコノミメーシス』未來社
『尖筆とエクリチュール』朝日出版社
『絵画における真理』法政大学出版局
『他者の耳』産業図書
『哲学における最近の黙示録的語調について』朝日出版社
『シボレート――パウル・ツェランのために』岩波書店
『アルトー/デリダ――デッサンと肖像』みすず書房
(『基底材を猛り狂わせる』みすず書房 デリダ論文のみ再刊)
『ユリシーズ グラムフォン』法政大学出版局
『火ここになき灰』松籟社
『他者の言語――デリダの日本公演』法政大学出版局

19 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 10:02:00
『有限責任会社』法政大学出版局
『ヘーゲルの時代』日本ブリタニカ
『盲者の記憶』みすず書房
『デリダと肯定の思考』未來社
『他の岬――ヨーロッパと民主主義』みすず書房
『パッション』未來社
『コーラ』未來社
『友愛のポリティックス』みすず書房
『法の力』法政大学出版局
『ジャックデリダのモスクワ』夏目書房
『アポリア』人文書院
『たった一つの、私のものではない言葉――他者の単一言語使用』岩波書店
『脱構築とプラグマティズム――来るべき民主主義』法政大学出版局
『アデュー――エマニュエル・レヴィナスに』岩波書店
『歓待について』産業図書

20 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 10:11:51
『ポジシオン』青土社
「「正しく食べなくてはならない」あるいは主体の計算」『主体の後に誰がくるのか?』現代企画室
『滞留』未來社
『死を与える』ちくま学芸文庫
『言葉にのって――哲学的スナップショット』ちくま学芸文庫
『触覚、 ジャン=リュック・ナンシーに触れる』青土社
『マルクスと息子たち』岩波書店
『フィシュ――アドルノ賞記念講演』白水社
『来るべき世界のために』岩波書店
『デリダ、脱構築を語る シドニー・セミナーの記録』岩波書店
『デリダとの対話――脱構築入門』法政大学出版局
『名を救う 否定神学をめぐる複数の声』未來社
『そのたびごとにただ一つ、世界の終焉』岩波書店

21 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 10:13:31
すまん、出版年あんまり考慮してない。
取りこぼしもあるかもしれんので、補足して下さい。

22 :考える名無しさん :2006/08/08(火) 10:20:51
デリダで最も評価される事って何をあげればいいかなぁ・・・。


23 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 10:47:33
>>1
そういえばなぜpart 4なの?
part 3はどこにいったの?

24 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 11:02:33
>>23 >>1は単に間違えたのかもしれないが、

はい、「デリダ」スレッド その2
>http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1101192822/

↑これがpart2で、
↓これをpart3とカウントすればいいんじゃあるまいか?

【訃報】ジャック・デリダ死去 享年74歳
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1097362554/



25 :考える名無しさん :2006/08/08(火) 11:07:21
>>24
なるほど
じゃあ、はやいとこpart5たてないと

26 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 11:36:35
グラマトロジーは堅気な哲学書です。
デリダ叩きもこれくらいは読んでからにしていただきたい。

27 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 12:47:11
>>23
part3はこっち
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1154954849/l50
釣りがないのですたれています。


28 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 13:08:17
売れてる順(アマゾン調べ)

声と現象 ジャック・デリダ林 好雄 (文庫 - 2005/6/8)
存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて 東 浩紀 (単行本 - 1998/10)
デリダ―脱構築 高橋 哲哉 (単行本 - 2003/7)
デリダの遺言―「生き生き」とした思想を語る死者へ 仲正 昌樹 (単行本 - 2005/10/25)
死を与える J・デリダ、廣瀬 浩司、林 好雄 (文庫 - 2004/12/9)
エコノミメーシス ジャック・デリダ、湯浅 博雄、小森 謙一郎 (単行本 - 2006/3)
パピエ・マシン 上 ジャック・デリダ中山 元 (文庫 - 2005/2/9)
90分でわかるデリダ ポール ストラザーン、Paul Strathern、浅見 昇吾 (単行本 - 2002/2)
たわいなさの考古学―コンディヤックを読む ジャック デリダ、Jacques Derrida、飯野 和夫 (単行本 - 2006/7)
エクリチュールと差異 上 (1) ジャック・デリダ若桑 毅 (単行本 - 1977/12)

生きることを学ぶ、終に ジャック・デリダ (単行本 - 2005/4/22)
脱構築とプラグマティズム―来たるべき民主主義 ジャック デリダ、サイモン クリッチリー、リチャード ローティ
グラマトロジーについて 上 ジャック・デリダ (単行本 - 1996/12)
法の力 ジャック デリダ、Jacques Derrida、堅田 研一 (単行本 - 1999/12)
デリダ論―『グラマトロジーについて』英訳版序文 G.C.スピヴァク田尻 芳樹 (新書 - 2005/1)
パピエ・マシン〈下〉 ジャック デリダ、Jacques Derrida、中山 元 (文庫 - 2005/3)
盲者の記憶―自画像およびその他の廃墟 ジャック デリダ、Jacques Derrida、鵜飼 哲 (単行本 - 1998/11)
幾何学の起源 エドムント フッサール、Edmund Husserl、Jacques Derrida、田島 節夫 (単行本 - 2003/4)
現代思想 2004年12月号 特集 ジャック・デリダ (- - 2004/11/27)
歓待について―パリのゼミナールの記録 ジャック デリダ、Jacques Derrida、広瀬 浩司 (単行本 - 1999/12)


29 :肛門科医:2006/08/08(火) 18:20:13

「だつこうちく、だつこうちくってうるさい患者だなぁ・・・」
「痔ですよ、痔。脱肛だから腸が出てるんですよぉ」
「脳?いやだから腸ですよ・・・お名前はぁ じゃっきーでりだ さんね」
「とりあえず腸が出てきたら指で押し込んでくださいね、・・・えっ?だから脳じゃなくてね・・・」


30 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 20:28:55
邦訳を全部読んでる人はまさかいないだろうな。

31 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 21:40:36
>>28を見るとやっぱ解説書的なものが売れてるんだな。
「90分でわかるデリダ」なんて読めたもんじゃないのに。

32 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 22:48:47
>>21
『視線の権利』(哲学書房)も既刊として補足

33 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 23:11:51
朝日出版社から出てたカフカ論(『掟の門前』みたいなタイトルのやつ)もあったはず。

34 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 23:26:40
>>26
>グラマトロジーは堅気な哲学書です。
確かに。ちょっと堅気すぎるくらいだな。

35 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 23:30:57
あいかわらずもうひとつのスレは
解体くんが奇妙な自己流の論理をぶちまけてるね。
自分でそれに気づいていないのが
何ともいえない甘酸っぱい匂いがする。

36 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 23:33:29
あっちは隔離スレということですね。

37 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 23:39:26
ただ難民を隔離して入国させないのはデリダ的ではないから
我々はできるだけ多くの人を歓待する姿勢を見せておきましょう。
一応は。

38 :考える名無しさん:2006/08/08(火) 23:41:00
友愛とまではいかないにしても、というところか。

39 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 00:00:50
>>28
一応ほぼすべて買ってはいるけれど、読みましたとは言えないな。

40 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 00:03:46
邦訳が出ている分だけでも、全部読めば凄いことが起きそう。

41 :考える名無しさん :2006/08/09(水) 00:06:40
デリダのソシュール批判はあれでいいのだろうかねぇ。

42 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 01:05:12
グラマトロジーですよね。

43 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 01:06:57
>>41
というと? 
デリダのソシュール批判にどこが間違いがあるんですか?


44 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 08:41:13
デリダはどれから読めばいいですか?おすすめ3つくらい教えてください。
法の力をこれから読むつもりですが、さてこの次は何読めばよいか迷っています。

45 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 08:48:43
グラマトロジーは読まにゃ。

46 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 11:06:33
>>44 
訳の質から選んで『声と現象』(文庫の方)、
『ポジシオン』、『滞留』かな。
勿論『グラマトロジー』も重要だけれど、
訳があまり良くない感じ・・・

47 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 11:59:17
『死を与える』の訳は良いし、とっつきやすい。

48 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 12:12:05
44です。
みなさん、ありがとうございます。参考にさせてもらいます。

49 :考える名無しさん :2006/08/09(水) 13:54:52
>>43
パロール中心主義批判のところかなあ・・・。
どうしても納得できなくってね。

50 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 14:25:30
耳が聞こえなくたって目が見えなくたって言葉は使えるんだから、
ソシュールがシニフィアンを文字あるいは音声とするのはちょっと素朴すぎる。

なんてことを考えながら納得したけども・・・。

51 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 15:34:18
<デリダスレ内紛構図>

解体くん・・・デリダ原理主義批判者→はい、「デリダ」スレッド その3

デリダ房君・・・デリダ萌え原理主義者→一者1スレを無視してスレ乱立中
 ■ ミシェル・フーコー Michel Foucault 2 ■
 ■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 3 ■
 ■ ジャック・デリダ Jacques Derrida 4 ■

52 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 15:38:43
以下2スレは重複スレによって削除依頼出しました。
これ以上乱立する場合には、アク禁申請をさせていただきます。

■ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 3 ■
■ ジャック・デリダ Jacques Derrida 4 ■

53 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 15:45:17
今時デリダかよ恥ずかしすぎるww

54 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 17:18:21
↑ わざわざこの板来てるくせにw

55 :考える名無しさん :2006/08/09(水) 18:24:14
>>50
ああ、なるほどねぇ・・・。

デリダは「パロール」に対立するものとして「エクリチュール」としてるけれど
それは違うと思うんだよね。
「パロール」に対立するものは「ラング」なんじゃないかなぁ?
デリダは「エクリチュール」を“差異の体系”として捕らえているけれど
差異の体系は「ラング」でしょ、そこを間違えて「差延」なんかの論を
提示しても、それはマズイように思うんだけど。
『ポジシオン』でもクリステヴァと対談してるけれど、その点でも二人は
対立してるでしょ、だからどうしてもソシュールをミスリーディングしてる
ようにしか思えないだよねぇ・・・。


56 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 19:18:52
>>55
デリダの言う「エクリチュール」はパロールに対立するものではない。
またラングに対応するものでもない。

パロール/ラング、音声/書記・・・などの対立を構造化しているものこそ
原−エクリチュールと呼ばれるものだ。あえて言えばパロールとラングの差異を
配分している『/』の作用こそ差延としてのエクリチュールといえる。

パロールとエクリチュールの議論でも、エクリチュールの抑圧の歴史は、
エクリチュール=書記に直接対応するわけではない。確かに音声中心主義
は書記を抑圧してきたわけだけど、それは音声もまたエクリチュールの作用なしには
構成されないということだからな。デリダに言わせればパロールとラングも、音声と書記も
別物ではない、差延の関係にあるということだ。パロール/ラング、音声/書記という
歴史的な配分自体が、エクリチュールの作用のよって構造化されている、
ということ。

だからデリダの言う「エクリチュール」がラングに対応しているわけではなく、
また直接的に文字=エクリチュールでもない。

57 :56つづき:2006/08/09(水) 19:30:29
だから、「音声/書記(としてのエクリチュール」とデリダの言う原−エクリチュール
はアナロジカルな関係だが、直接、エクリチュール=文字で音声に対立している
と考えるとおかしくなる。

音声の中にも書記作用が働いているというのはそう言うことだ。音声と書記
という対立自体が決定不可能だというのが、原−エクリチュールの差延のことだから。
デリダはだから決定不可能な関係をシニフィアンとシニフィエ、パロールとラングという
二項対立にするとき、必然的に抑圧されてしまう「作用」を暴こうとするわけだ。
その作用が「エクリチュール」だ。間隔化、間化、と呼ばれる差異化の運動のことだな。

58 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 19:37:49
そう考えると、シニフィアンとエクリチュールの違いはなんでしょうか。

59 :56つづき:2006/08/09(水) 19:42:23
>>58
「シニフィエなきシニフィアン」というラカンの言葉ともしかすると対応するかも
知れないな。ただ、シニフィアンと言った瞬間彼方に、シニフィエは要請されて
しまうわけだから、デリダはそれすら拒否するかもしれないな。

だが、もしシニフィアンとデリダのエクリチュールを関わらそうとすれば
シニフィエなきシニフィアンというのが対応するのかもしれない。
シニフィエ自体が、シニフィアンの作用の効果だというのがそれにあたるな。

敷衍すれば、シニフィエもまた、シニフィアンの作用なしには存在しない。
だから両者の関係もまた、差延だということだな。

60 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 19:47:31
シニフィアンはシニフィエとの関係として語られるが、
エクリチュールはシニフィエとの切断性、コンテクストとの切断性、
すなわち引用可能性が強調されているということですかね。

61 :56つづき:2006/08/09(水) 19:53:49
>>60
シニフィエ「なき」シニフィアンという「なき」というものと、デリダはエクリチュールの
差延、間隔化作用と対応させて論じていたな。これが切断性として読めるのだろう。

現象学の「還元」ともかかわるのかもしれないしな。デリダが差延と否定神学を
のある種の類似性を語った、「名を救う」でも、この切断性が語られていたんじゃないのか。

また、カントの「判断力批判」の読解で、カントの言う「目的なき合目的性」を分析していたのも
引用可能性、切断性と関わるんだろうな。

62 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 20:41:20
ガリレー社の本はなぜこんなに作りが粗いんだ!
袋とじになってる・・・

63 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 20:44:19
フランス装の本は基本的にみんなそうなってます。


64 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 20:48:58
製本屋に出して、革表紙つけてもらったり、金粉塗ってもらったりするんだろ?

65 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 20:54:30
>>64
日本とちがって、本は自分で作るって言うのが普通だからな。

その分安くていいとおもうけど。

66 :考える名無しさん:2006/08/09(水) 21:03:10
ガリレーの上手い開け方を教えてください。

67 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 00:38:42
>>56
なるほど・・・。

>デリダの言う「エクリチュール」はパロールに対立するものではない。
またラングに対応するものでもない。

しかし、「差延」としての「エクリチュール」という言い方は少し回りくどいねえ。
デリダは「パロール」の意味も混同していないだろうか?
ソシュールの場合「パロール」には二つの概念があるでしょ。
一つは差異の体系としてのラングに対立するもの。
もう一つは「音声言語」としての側面。
デリダのソシュール批判は「音声言語は記号学の一部でしかないと言いながら
音声言語をモデルに立てたがゆえに、閉じてしまった」ということでしょ。
そうではなくて、ソシュールが「言語学は記号学の一分野でしかない」という
ことを言う中での言語は「自然言語」なわけで、「音声言語」は音声で現れただけで
音だけでなく匂い、色などなんでもよくて広義の「記号学」の一分野に過ぎないということ。
その次にソシュールが言っている「ラングは記号学のパトロンである」というのは
形式の問題で、差異の体系という意味の「ラング」なわけで。
ここをきちんと区別する必要があると思うだけれども・・・。





68 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 00:57:53
>パロール中心主義批判のところかなあ・・・。
どうしても納得できなくってね。

上記の疑問の上での >>55 であり

>だからどうしてもソシュールをミスリーディングしてる
ようにしか思えないだよねぇ・・・。

ということなんだけれど、 >>56 はちょっとこちらの言ってる事からずれているんじゃ
ないかなあ・・・。

69 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 00:59:55
どうでもいいことだが、「ミスリーディング」っていうと、
「誤解を招く」の方を考えてしまうんだが・・・。

70 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 01:03:52
>>69
「誤読」だね。
失礼。

71 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 06:22:34
>>68
>デリダは「パロール」に対立するものとして「エクリチュール」としてるけれど
>それは違うと思うんだよね。

それはちがうというか、デリダ自身、エクリチュールはパロールに対立している
とは全く行っていないわけで、問題提起自身がミスリーディングなんじゃないのか?

エクリチュールを差異の「体系」ということが既にミスリーディングなんだから。

72 :ねぶた:2006/08/10(木) 12:22:20
間接的にとはいえ生きたいというものの首を取ってしまい悪いことをしたな。

73 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 12:37:27
今世紀は大丈夫だ。愛するものを守っているぞ

74 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 17:11:32
>>71
いや言ってるんだよ。
そういうところからデリダの「ソシュールのパロール中心主義批判」を展開している
わけだから。
そして、その考え方が80年代以降も変わらない事を竹田にも柄谷にも丸山にも会う機会が
ある度に言ってるんだよ。
当方自身も竹田さんに教えてもらった話しだし、上記の事はわりと有名な話しにも
なっているじゃない。
事実は事実だから仕方ない、そちらは“ちゃんとデリダを読んで”書いてるのかね?
大変申し訳ないけれど文章も(そのあとに続くのも含めて)あまりしっかり
している書き方ではないし・・・。(ゴメン怒るなよ)



75 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 18:16:47
じゃあ、デリダが「ソシュールのパロール中心主義批判」をした事を出来るだけ
“簡潔”に説明してくれないかなあ。


76 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 18:56:48
>>74
頭大丈夫か?
とりあえずどこに「パロールに対立するものとしてエクリチュール
としている」と書いてあるのか。
具体的にあげてくれ。
まあそんなこと言ってないからあげられるわけないがw

77 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 21:09:03
>>76
おまさんこそ頭は大丈夫か??

>パロールに対立するものとしてエクリチュールとしている
とはデリダは確かに書いていない。
しかし「パロールの対立概念としてエクリチュール」をあげている事は著作を
読めば自明だろ。
しかも何人もの哲学者が指摘していることでもある。
クリステヴァも含めてみんなと対立している有名な“事実”だよ。
本来ならばデリダのディスクールをそのまま引用したいんだが、デリダの著作は
本人も常に「逃げ」の姿勢で書いているから。
いくらなんでも本一冊コピペという訳にはいかないだろう。

そもそものはじめの問いに答えてくれよ。
「ソシュールのパロール中心主義批判」とは何のことか。
おまえさんはそこをはじめから回避して適当な事を言ってるんだよ。
俺はおまえさんを論破したいわけじゃないんだよな、デリダのスレだからデリダを
しっかりと読み込んでいる奴に教えてもらいたいわけだよ。
それがあんたなのかどうか判らんがね。

78 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 21:34:22
>>77
デリダは「音声中心主義」を批判するために
エクリチュールという概念を用いてきたわけだよね。
それでソシュールに限らず西洋の形而上学というのは
「自分が話すのを聞く」という自己循環的なシステムの中で
育まれてきたという部分にもっと焦点をあてたほうがいいと思う、

79 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 21:34:49
デリダスレの人間は、物事を端的に言い表すことがまず無いよな。


80 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 21:41:30
>>79
「デリダスレの人間」という端的なレッテルを貼りたがる傾向を
レッテル端的中心主義として批判しましょう。
ただ、デリダの文体自体がストレートな表現を避けすぎている、
という指摘であれば、同意ではありますが。

81 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 21:41:32
>>78
「音声中心主義」なんてそもそもソシュールは言ってないよ。
そこもデリダの「誤読」。

82 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 21:43:24
>>81
「音声中心主義」は、ソシュールのみならず
プラトンもルソーもそう言ってるわけではなく
デリダが見出した概念だから。

83 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 21:44:48
>>80
それはそうだね、同感だ。
確かに「部分を全体」として言うのは間違ってるな。
うん撤回しよう。

84 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 21:47:34
ただそこでターゲットになってるのは明らかに「ソシュール」でしょ。


85 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 22:00:27
別にデリダを全否定しているわけではないし、
ましてやレスしてる人の人格を否定しているわけでもないんだから、
是々非々でお願いしたいもんだよな。

86 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 22:03:15
端的に言い表してるレスって例えばどれ?

87 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 22:08:52
>>86
からむねぇ、いろんな人が・・・。
「とにかく論破しないと腹の虫が収まらない」って姿勢は幼稚だぞ。


88 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 22:12:57
>>87
86を「論破しないと腹の虫が収まらない姿勢」と読み取ることもできるだろうけど
聞いてるだけだ。

89 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 22:15:44
>>88
そうか、聞いてるだけか。
じゃあ放置しておいても問題ないな。

90 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 22:19:18
>>81
本人が○○中心主義なんて言うわけないじゃないか。
肯定的に○○中心主義なんていうのはローティーくらいだ。

91 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 22:19:58
わかったところでなにもないよ

92 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 22:22:40
>>89
じゃ、89を「ない」と読み取ろう。

93 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/08/10(木) 22:24:25
「音声中心主義」とは言っていないが、書くより、現前の会話が真実に近いとは、
プラトン(ソクラテス)ですね。

94 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 22:25:38
>>90
しかし馬鹿だねえ・・・。
そういう内容の事は言ってない、ということぐらい理解しろよな。
基本的なコミュニケーション力に問題ありだね。
あきれるよ。

95 :考える名無しさん :2006/08/10(木) 22:30:18
「ぴかぁ」は悪いけど勘弁してくれ。
おまえさんは「無敵」の世界チャンピオンだよ。
よーくわかったから他のスレに行ってください。


96 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/08/10(木) 22:35:59
>>95
キミ誰?

97 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 22:38:56
>>95
共感始末。


98 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/08/10(木) 22:43:16
御意

99 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 23:05:15
>>94
ネタにマジレスしてるよw

100 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 23:07:11
ぴかぁ〜って脱構築の権威だよね?

101 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/08/10(木) 23:08:06
まあね。「真の脱構築とは忘却である」

102 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 23:10:47
誰だ?デリダ。

103 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 23:12:33
>>81
「言語体系(ラング)は文字言語(エクリチュール)からは独立した一つの
 話声的伝統である。」
「ラングとエクリチュールとは、二つの異なった記号体系である。後者(エクリチュール)
 の唯一の存在理由は前者(ラング)を表記することである。」

ソシュール『一般言語学講義』

これを音声中心主義と言わずになんというのだ。

104 :おっさんの愛弟子キボンヌ ◆Fmd2B6wtag :2006/08/10(木) 23:14:39
どうでもいいけど、根拠つけて発言して。

誰がこういった、これこれはこうだ、といわれてもなんら共感できませぬ。



105 :ぴかぁ〜 ◆q5y3ccmqnw :2006/08/10(木) 23:19:56
ここで音声中心主義とはなんだ!とキレるよりも、まずググるなり、
入門書でも読んだ方が早くないかいな。

106 :考える名無しさん:2006/08/10(木) 23:41:30
>>81に対して
>>103氏が親切にも指摘してくれたけれど
きっとまともなレスポンスはまたもやないだろう。

107 :考える名無しさん :2006/08/11(金) 00:00:43
>>103
講義に出ていないバイイとセシュエによって「捏造」された本。
原資料が様々なかたちで出されている今、その指摘はむしろ無知と不勉強を
示す証のようなもの。
>103 は言語哲学者から笑われるぞ。

108 :考える名無しさん :2006/08/11(金) 00:04:24
>>67 からな。
>ソシュールの場合「パロール」には二つの概念があるでしょ。
一つは差異の体系としてのラングに対立するもの。
もう一つは「音声言語」としての側面。
デリダのソシュール批判は「音声言語は記号学の一部でしかないと言いながら
音声言語をモデルに立てたがゆえに、閉じてしまった」ということでしょ。
そうではなくて、ソシュールが「言語学は記号学の一分野でしかない」という
ことを言う中での言語は「自然言語」なわけで、「音声言語」は音声で現れただけで
音だけでなく匂い、色などなんでもよくて広義の「記号学」の一分野に過ぎないということ。
その次にソシュールが言っている「ラングは記号学のパトロンである」というのは
形式の問題で、差異の体系という意味の「ラング」なわけで。
ここをきちんと区別する必要があると思うだけれども・・・。

繰り返しだよ、まったく。

109 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 00:33:53
>>107
デリダのは「ソシュール」批判ということでしょうか。
その原資料というのは当時のデリダも入手出来たのですか?

110 :考える名無しさん :2006/08/11(金) 00:39:14
>>109
そりゃそうです。
むしろ当のフランスだし、どこの国よりも即効で流れてます。
1957年からか原資料が出版されたのが。

111 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 00:47:52
ソシュールはそもそもパロールを切り落としたんじゃないの?>108

112 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 01:01:55
思いつきなので、見当違いだと思われたらスルーして下さい。

音声中心主義というのは不十分で誤解を招く言い方だと思います。
現前中心主義と言えば誤解はなかったでしょう。

音声であれ匂いであれ文字であれ、現前するものによって言語学を構築することに対してデリダは、
徹底していないと批判しているのですよね。
音声中心主義という言い方をする点においては、デリダもまた徹底していなかった、
と言えないでしょうか。

113 :考える名無しさん :2006/08/11(金) 01:05:58
>>111
基本的な事だね。
『ソシュール小事典』
『ソシュールの思想』
『ソシュールを読む』
『ソシュール 知の教科書』
『ソシュールのパラドックス』
その他いっぱいあるから自分で確認してちょ。
そうすればソシュールの言ってる事がわかるよ。
特に上記の本は入門書からちょっと知ってる人むけだからね。
デリダ云々では無くても大抵の現代思想にかかわる人だから、ソシュールは。


114 :考える名無しさん :2006/08/11(金) 01:20:35
>>112
・・・なるほど。
ただデリダは、・・・そうねえ、『ポジシオン』でのクリステヴァとの対話でも
はっきりとしてるんだけれど、「ラングが記号学のパトロン」だという意味が
よく解らなかったんだよね。
その後、丸山とは何回も直接に議論する機会があって「グラマトロジー以来
あなたの(デリダの)ソシュールに対する批判はどうなっているのか?」って
きいているんだけれども、何回きいても「最初に検討して以来、私のソシュールに
対する批判は変わってない」と言い張るんだよね。頑固なんだデリダは。
これは立川さんに直接きいた実話なんだけど。



115 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 01:31:40
>>107
原資料に当たれば、
>>103で引かれていたソシュールの言葉は否定される
ということ?
それとも、単にそんなことはそもそも言われていなかったということ?


116 :考える名無しさん :2006/08/11(金) 01:52:55
>>115
いや、『一般言語学講義』は講義に出席さえしていなかった二人によって
「編集」されていて、全体としてみた時は当時それなりの価値はあったけれども
原資料が発掘されて、ゴデルやエングラーなんかが細部にわたってかなり
違っている事が明らかになったんだ。
ただ >>103 はソシュールの思想全体というものを仮定して見てみると、
前後のコンテクストを無視してその部分だけとって「〜だ」と言っても
何の意味も無いんだよね。
そうなると「ソシュールをしっかり読め!」というお決まりの台詞が出てきちゃって
それはそれでなんか無責任さを指摘されるでしょ。
だから >>103 は変な相手をしない方がいいんだよ。
彼もソシュールについては特に読んでないからそういう指摘の仕方を平気で
するわけだからね。



117 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 05:17:36
良くあるソシュール坊の愚痴になってきたな。
確かにフッサールでもラカンでも、デリダは良く理解してない批判があるのだが、
ひとまず>>103で良いのでは。

118 :初心者:2006/08/11(金) 10:02:01
最近デリダの本「脱構築を語る」を読みはじめた者なんですが
デリダのソシュール批判というのにちょっと興味があります。
それで読んでみたいと思うのですが
具体的にどの作品を参照すればいいのでしょうか。

119 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 10:15:12
>>118
『根源の彼方に――グラマトロジーについて』現代思潮社

120 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 10:20:11
>>118
『ポジシオン』青土社の「記号学とグラマトロジー」

121 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 11:25:40
>>108 >>67
どうしてそれがデリダのソシュール批判の反論になるのか、
今一つ良く分かりません。
パロールの概念を区別してもデリダの主張は当たっていると思うのですが、、、

122 :考える名無しさん :2006/08/11(金) 11:52:56
そもそもデリダのソシュール批判ってどういうことなんですか?
誰もまだレスしてないと思うので誰か教えて下さい。

123 :考える名無しさん :2006/08/11(金) 12:55:55
>>121
まず、デリダのソシュール批判とはどういうものなのか。
「デリダの主張は当たっている」と言うならそれはどいう主張だからなのかを
はっきり言った方がいいと思うよ。

124 :考える名無しさん :2006/08/11(金) 15:38:13
デリダ本人が地獄の底から一言。


125 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 21:17:06
↓    ↑
→→→→→↑

126 :考える名無しさん:2006/08/11(金) 21:25:02
>>123
野暮なことをというか、面倒くさいことを、というか・・・。
自分で本を読まないで横からちゃちゃ入れるのはどうかと・・・。
デリダの主張を一応分かってるもの同士で議論してきてるんだからさ。
いちいち初心者のためのまとめをするのは嫌だろうよ。
>>122
君もだよ。

127 :122:2006/08/11(金) 21:33:29
>>126
わかってるのなら教えてくださいよ。
どうしてもわからないから聞いてるんです。
冷たい人ですね。

128 :考える名無しさん :2006/08/11(金) 22:09:50
>>122
『ソシュール小事典』より P207〜208
[フーコー・ドゥルーズ・デリダ]
この三人のうちで、ソシュールの批判的乗り越えを主題的に展開しているのはデリダである。
彼は『グラマトロジーについて』(1967)において、ソシュールからヤコブソン、マルティネ
にいたる音韻論中心の言語学の伝統のうちに、音声言語に特権を認め、つまりは意識の自己への
現前に真理の基本的形式を見るロゴス中心主義を認め、その乗り越えをはかっている。
その際彼は、やはりソシュールにはじまりながらイェルムスレウに引き継がれる形式主義−
記号論的観点から、音声言語と文字言語とを等価的に扱う立場−に必要な変更をくわえることに、
その乗り越えの一つの手がかりを見いだす。したがって、デリダにとってソシュールはいわば両義的な
存在いうことになろう。しかし、ソシュールのラングを記号学的な価値体系というその本質な
次元でとらえるならば、ソシュールが音声言語に特権を認めたという前提そのものからして
誤りなのであるから、彼のばあいも、ソシュールの遺産の継承という点では、あまり問題に
なりえないことになる。

ということだとさ、これでいいかね。

129 :初心者:2006/08/12(土) 00:08:23
>>119>>120
ありがとうございます。
近いうちにあたってみたいです。

『ソシュール小事典』からの引用>>128も参考になります。
ただ、やはりこれだとソシュール寄りの意見と言えますかね?

130 :考える名無しさん :2006/08/12(土) 01:58:16
>>129
とは言えかりにも「事典」だから、ある程度の中立性はあるはずなんじゃない。


131 :考える名無しさん:2006/08/12(土) 02:13:59
>>128
それ書いたの丸山でしょ。だったら中立じゃないよね。
デリダの読みには批判的だったから。

132 :考える名無しさん :2006/08/12(土) 10:30:56
>>128
アホ、それコピペしたら自爆だろ!・・・頼むよまったく・・・。

133 :考える名無しさん:2006/08/13(日) 10:07:53
エクリチュールを音声やパロールと対立していると、読み取ってる時点でだめだな。

134 :考える名無しさん:2006/08/13(日) 10:27:21
デリダのソシュール批判の要約は既に>>108に出てるね。

>デリダのソシュール批判は
>「音声言語は記号学の一部でしかないと言いながら
>音声言語をモデルに立てたがゆえに、閉じてしまった」
>ということ

135 :考える名無しさん:2006/08/14(月) 13:28:45
お盆だね〜

136 :おぼ〜ん:2006/08/14(月) 17:11:21
おぼ〜ん

137 :考える名無しさん:2006/08/15(火) 04:31:54
井筒俊彦との往復書簡を探しております。
ご一報を。

138 :考える名無しさん:2006/08/15(火) 05:21:25
1983年のものなら『思想』の1984年第4号だったかに翻訳がある

研究目的で私的なものを含めた井筒‐デリダ書簡を探したいなら
慶應にアポ取って出向くか、もしくはフランスへ行くしかないんじゃない?

139 :考える名無しさん:2006/08/15(火) 16:49:46
来週フランスに行く野で、そのときに。。。

しかし、英語しかできん・・・

140 :考える名無しさん:2006/08/15(火) 17:09:41
お盆の雰囲気は不思議だね。あの暑い時期の坂を思い出すよ。

141 :考える名無しさん:2006/08/15(火) 17:34:16
フランスのお盆てどんな感じかな?

142 :考える名無しさん:2006/08/15(火) 22:58:29
>>141
いいね、君。

143 :考える名無しさん:2006/08/16(水) 00:40:10
お盆にデリダか・・・

144 :考える名無しさん:2006/08/16(水) 07:23:48
正式には盂蘭盆だから

145 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 07:47:54
初期と後期で全然違うから、最初から順番に読んでいくのがいいと思う。
最初に『法の力』を読んだので混乱した。
ポジシオンあたりからがよいと。

146 :考える名無しさん :2006/08/23(水) 19:14:56
重複インチキスレはまだ生きていたか。


147 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 22:23:34
やあ146の解体くん、調子はどうかい?
ますますご健勝のようで安心したよw

148 :考える名無しさん:2006/08/23(水) 22:26:03
わざわざ召喚しなくていいよ

149 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 00:33:41
>>145
さすがに最初に『法の力』を手に取るのはいただけない。

150 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 03:42:57
>>149
まあね。
最初から読まねばと思い、ポジシオンやエクリチュールと差異を即買いに行ったよ。
全然違うじゃんけ!と思ったな〜 若かったな18歳だったし。


151 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 23:50:35
どんな哲学者も主要作品は基本的に時系列で読みたいって感じはある。
特にヴィトゲンシュタインとかハイデガーなんか。

152 :考える名無しさん:2006/08/24(木) 23:55:24
ねみいぜ

153 :考える名無しさん:2006/08/25(金) 21:55:25
わたしゃ、最初に「法の力」読んだよ。おもしろかったよ。

154 :考える名無しさん :2006/08/25(金) 23:41:33
>>153
そうだね、プロテインだね。

155 :蓼科光次郎:2006/09/05(火) 22:00:50
デリダを批判したいのだが、ウィークポイントはどこかな?

ハイデガーの影響が強く残りすぎてるところか。

156 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 07:54:14
声の隠喩は乗り越えたでしょ

157 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 08:16:22
日本のどこで哲学がなされているのか知りたい。まだ本当に思考しているやつは
いるのか?

158 :考える名無しさん:2006/09/10(日) 16:47:35
子悪魔エリカは哲学だろ。

159 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 17:41:17
ハイデガー・フォーラム 第一回大会

1.日時: 2006年 9月16日(土)、17日(日)
2.場所: 東京大学 文学部 (本郷キャンパス) 一番大教室
   (地下鉄丸の内線本郷三丁目下車または南北線東大前下車)
3.テーマ:
 統一テーマ: 「哲学の終焉と思索の課題」
 特集: 「デリダ――ハイデガーと現代フランス哲学」

(下に続く)


160 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 17:41:53
やっかいだ

161 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 17:42:55
4.プログラム:
 ○ 一日目
10:30-12:00 開会式、総会
13:00-14:20 古荘真敬 (山口大学)
 「「原因」と「理由」の彼岸への問い
 ――ハイデガーの哲学的企図の再吟味――」
 司会: 宮原勇 (愛知県立大学)
14:30-15:50 斎藤慶典 (慶応義塾大学)
 「哲学の「終わり(Ende)」に寄せて」
 司会: 古東哲明 (広島大学)
16:00-17:20 伊藤徹 (京都工芸繊維大学)
 「「哲学の終焉」と作ることへの問い」
 司会: 高山守 (東京大学)

(下に続く)

162 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 17:43:37
 ○ 二日目
10:00-11:20 児玉斗 (グライフスヴァルト大学)
 「理性とは何の謂いか
 ――ニーチェとハイデガーを繋ぐ導きの問い――」
 司会: 菊地恵善 (九州大学) 
11:30-12:50 西山達也 (東京大学)
 「ハイデガーとデリダ、対決の前に
 ―― retrait概念の存在論的・政治的画定――」
 司会: 藤本一勇 (早稲田大学)
14:00-15:20 上利博規 (静岡大学)
 「デリダ、アドルノ、ハイデガー
 ――超越論からの離反の行方をめぐって――」
 司会: 廣瀬浩司 (筑波大学)
15:30-16:50 港道隆 (甲南大学)
 「世界ラテン化におけるハイデッガーとデリダ」
 司会: 加藤恵介 (神戸山手大学)
(賛同人参加費二千円、一般聴講者は一日当たり千円、事前申し込み不要)
レジュメ等詳細は下記アドレスを参照。
http://www.shujitsu.ac.jp/shigaku/hf/forum.htm

163 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 18:14:05
I'm in love with a Jacques Derrida
Read a page and know what I need to
Take apart my baby's heart
I'm in love
I'm in love with a Jacques Derrida
Read a page and know what I need to
Take apart my baby's heart
I'm in love

(Written by Green Gartside, Copyright control.)

164 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 19:05:09
Heart on loving your heart.Heart on it's genius that you have a good and evil.So I'll know human at genius having a art of loving. So I'll be a heart of man loving you.Love is all.

165 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 22:38:09
消ゴムでhuman at → human with ちっと前置詞等のニュアンスがわからない…

166 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 01:06:00
「声と現象」
で脱構築とはこういうことだ!
ということが理解できますか?
今日勢いで買っちまったんですが。

167 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 01:40:22
>>166
かなり厄介なものを買ったと思ってよいよ
なぜかと言うと、フッサールの『イデーン』を読んでいないとちょっと厳しい本だから
(それに、現象学の専門用語が死ぬほど出てきて鬱になる)

まずは『ポジシオン』や『デリダ,脱構築を語る シドニー・セミナーの記録』などで
徐々に慣らしてから『声と現象』にアタックするとよいと思います

168 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 01:46:49
>>167
ありがとう御座います。
そうか、厄介かあ 笑
『デリダとの対話』はちょっと読んだんですが、
それで「一言で脱構築を語るのなんてほぼ不可能(一応要約して語っていただけ照るけど)。
ちゃんとデリダの著作を読んでから脱構築を語るべし」
みたいに書かれていたんで、今日「声と現象」買ったんですが、
家でばーっと見たら半泣きしそうになってしまいました。

169 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 17:40:01
順序など気にせず読むことをお勧めする。そしてある程度複数の著作を
読んだ後に、自分が疑問に残ったところに立ち返ればいい。

やはり最初は、ちんぷんかんぷんでも、一冊読み通してみないと。
それから考えればいい。

170 :蓼科光次郎:2006/09/15(金) 22:45:19
『たわいなさの考古学』、これはあまり面白くなかった。

171 :考える名無しさん:2006/09/17(日) 00:34:47
コンディヤックを語る必要性もよくわからん

172 :考える名無しさん:2006/09/18(月) 01:19:56
日本ではコンディヤックはぜんぜん知られてないからね。

173 :考える名無しさん:2006/09/18(月) 10:18:43
マンナンライフのコンディヤック畑

174 :考える名無しさん:2006/09/18(月) 13:08:58
めっちゃおもしろい

わけねーだろwwwwwwww

175 :考える名無しさん:2006/09/18(月) 17:28:51
>>159
なかなかおもしろかったです。

176 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 00:49:11
>>173
不覚にも噴出してしまったじゃねえかw

177 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 00:48:06
『たわいなさの考古学』は『グラマトロジー』の脚注みたいなもんなんよ。

178 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 09:48:42
デリダって馬鹿だからもう読む気しない

179 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 10:27:29
と馬鹿が申しております

180 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 21:24:38
まあ馬鹿は解説書だけ読んでるがいい。

181 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 00:57:12
デリダを読む前は哲学はくだらねえと思ってた。

182 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 20:12:04
いや、デリダがくだらないから

183 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 00:37:50
というくだらないレスが入りました。

184 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 01:07:48
ヘタレはすぐに脱構築されてしまうんだなw

185 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 19:16:41
>>166
脱構築を分かりやすく知るための漫画の解説本があるみたいです。
「存在論的、郵便的――ジャック・デリダについて(マンガ版)」
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/post.htm
本当に漫画で分かるならありがたいことですが。

186 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 21:20:30
>>185
漫画、買おうと思いました

187 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 00:23:32
漫画そのものを脱構築しないことには。

188 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 20:01:46
>>185
やる気のない絵がいいな

189 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 23:44:02
絵かわいいね

190 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 01:21:11
アニメにしてほしいもんだ。

191 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 03:51:43
どした。何にもないよ。

192 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 10:41:32
平野綾でひとつ

193 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 11:10:47
脱構築と止揚ってどう違うの?

194 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 11:13:22
脱構築は留保なき止揚だよ。
『エクリチュールと差異』のバタイユ論参照

195 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 18:42:42
訳の分からない気取りで、わざと難解そうな文章を書く人はどうせみんなから捨てられる。
このことは、肝に銘じておいたほうがよい。
日本の知識業界は、長く1920年代からの、昭和初期の新カント学派と呼ばれる、「ドイツ哲学の学者達」の
悪弊に始まって、やたらと難解な文章を書くことが、偉い事だとだという巨大な思い違いをしている。
この病気は今でもなかなか治らない。本当は自分の頭が良く無いだけのくせに、やたらと、象徴語と、
ドイツ式観念語(本当は禅用語を無理やり当てはめただけ。観念とか本質とか根本とか意識とか。500語)を使いたがる。
読んでいる方はいやになる。こんな下手な誰も説得できないような文章を、苦しみながら書いてるとあとあと大変だろうな。
どうせ誰も読んで分かることは無いのだから。当たり前のことを、はっきりと書くことができない。
やたらとこねくり回してそれが「するどい批評になっていなければいけないと、勝手に思い込む。
副島隆彦「属国日本論を超えて」

(副島隆彦「今日のぼやき」2001.5.21より抜粋)
私の頭の中は、今でもこのように、雑然とした理解で成り立っている。生活実感で理解できないと「理解」と
いうのはそもそも成り立たない。私はもの書き言論人としては、素人さん(一般大衆)レベルでの実感での理解、
というのをものすごく重視する。わけの分らないことを書く人や、その文章を毛嫌いする。
このことは、私は、「オッカムの刃」 Occam’s razor と言う考えを自分の思考原理に置いているからだ。
全ての事柄(事象)を徹底的に明晰にしようとする 思考方法であるオッカムの刃 については、そのうち書く。
この日本語という限界言語によってでも、私は、明確なものをぎりぎりまで追究して、死んで行こうと思っている。
(抜粋おわり)


196 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 20:53:58
■[哲学用語]脱構築
デリダの哲学の枢軸をなす方法概念。それは単なる否定や破
壊を意味するのではなく、対象の内部にとどまりながらその
土台を揺さぶり内側から自壊を起こさせることであり、その
中に潜んでいた新たな可能性を目覚めさせようという戦略。
それは既成の概念や構造を引き受けつつ、侵犯するという両
義的な身振りでもある。デリダは、西洋形而上学の総体の全
面的な解体を目指すおのれの戦略を示す概念として、この
「脱構築」という言葉を使った。パロールのエクリチュール
に対する形而上学的優位を転倒させ、両者の根底に意味作用
一般の可能性の条件として原エクリチュールを見出す分析は、
脱構築の典型的例である。

197 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 01:01:35
ABCの元女性局アナで、先輩にあたる関根キャスターは、
「聞くところによると、ニュース23のスタッフはスポーツ新聞をモナちゃんの見えない、遠くの所に置いてるそうです。
 そんなスタッフの優しい気遣いにモナちゃんは応えるべきだと思います」

これを脱構築してくれ。

198 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 21:07:57
新しく出た斎藤さんのデリダはかなり良いよ。

199 :考える名無しさん:2006/10/04(水) 10:11:28
デリダとアイゼンマンのコラボについて
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1134829889/100-103

200 :考える名無しさん:2006/10/06(金) 23:58:56
脱構築する前に197をエポケーしたぜ

201 :考える名無しさん:2006/10/07(土) 06:47:43
リストマニア!
20世紀に消えていくべき徒花 エラワン象
http://www.amazon.co.jp/gp/richpub/listmania/fullview/R2A4WKK4RR24CQ/ref=cm_lm_detail_ctr_full_2/249-0747075-1623500




202 :考える名無しさん:2006/10/07(土) 07:11:56
マンガによるジャック・デリダ論
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/post.htm

203 :考える名無しさん:2006/10/27(金) 02:23:05
声と現象を読み終えたばかりの素人です。

痕跡→イデアの基盤となる現前性の形式における再現前化の無限の連鎖

差延→痕跡があるが故の、全ての対象が同定されない、記号作用の運動

って理解でいいですか?

204 :考える名無しさん:2006/10/27(金) 07:33:30
ダメです

205 :考える名無しさん:2006/10/27(金) 16:50:17
それでもいいが、そんな一言でまとめられるもんじゃない。

206 :考える名無しさん:2006/10/27(金) 19:39:01
脱構築を一言でまとめてください

207 :考える名無しさん:2006/10/27(金) 19:47:45
脱糞だ

208 :考える名無しさん:2006/10/27(金) 23:07:25
>>203
痕跡と差延を、そう言うふうに分ける意味がわからんのだけど。

209 :考える名無しさん:2006/10/28(土) 04:05:24
>>206
>>196

210 :考える名無しさん:2006/10/30(月) 15:26:40
>>208
わけてないだろ。
差延の前に痕跡を説明してるだけじゃないか?
まあどうでもいいけど

211 :考える名無しさん:2006/11/03(金) 16:26:37
はい、「デリダ」スレッド その3
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1154954849/l50

212 :考える名無しさん:2006/11/14(火) 10:53:54
デリダ きたるべき痕跡の記憶

廣瀬浩司著

白水社
12月中旬
税込価格:2,520円
ISBN:4560024537

作品を読み込むことで思想の営為を考察し尽くすシリーズの第3弾。
いま彼を読み直すことで現在の世界を生きる切迫感を捉える。

213 :考える名無しさん:2006/11/17(金) 17:22:48
青土社から出る奴とどっち買おう・・・

214 :考える名無しさん:2006/11/26(日) 01:25:54
雄羊

215 :考える名無しさん:2006/12/08(金) 09:52:40
雄羊買った。

216 : ◆EJ5u15vbXE :2006/12/10(日) 23:23:23
「雄羊」はどうですか?

217 :考える名無しさん:2006/12/12(火) 22:32:09




218 :考える名無しさん:2006/12/13(水) 00:31:55
「『掟の門前』をめぐって」って読む価値ありますか?

219 :考える名無しさん:2006/12/13(水) 16:14:01
君が何を読みたいかによると思うのですけど・・・

220 :218:2006/12/14(木) 00:26:24
鏡像段階から抜け出したいのです。

221 :考える名無しさん:2006/12/14(木) 19:26:11
視点を変えることだな。逆立ちしてみるとかさ

222 :考える名無しさん:2006/12/14(木) 19:44:42
脱け出すことできんのかなぁ

223 :考える名無しさん:2006/12/14(木) 19:51:31
書棚写真アップしろよ デリダでいっぱいの



224 :考える名無しさん:2006/12/14(木) 20:55:02
マイプライベート☆鏡像脱け出したら、例えばきみとぼくの場合、どちらかが死んじゃうんじゃないかな? 出口は隠されて見えないだけで、視点を変えれば見つかるけど、そこ歩けないよ。

225 :考える名無しさん:2006/12/16(土) 20:15:42
つーか現象について、話せる人いない?

226 :考える名無しさん:2006/12/16(土) 20:41:38
問いの問いについてだろ?

227 :218:2006/12/17(日) 20:55:24
「掟の門」は、エディプス・コンプレックスのことでしょう。
門をくぐれば強い門番が出てくるのは当たり前、門番は商人の
超自我なんですから。それに屈して、抑圧されることで、「掟の門前」で
穏やかに生きる=象徴的存在になる。

そんな理解をしていたんですが、デリダ御大はどう解釈されているのか
知りたかったので。

抑圧を感じない人には「掟の門」も門番も現れない。
私は「掟の門」の前で狂おしく煩悶する状態から抜け出したいのです。
やっぱり門番とガチンコでやり合うしかないのでしょうかw

228 :考える名無しさん:2006/12/17(日) 21:41:03
おもしろそうだなwいまからよむよ

229 :考える名無しさん:2006/12/17(日) 22:29:45
青土社のシリーズ現代思想ガイドブック「ジャック・デリダ」読んだ人いる?

230 :考える名無しさん:2006/12/18(月) 02:00:44
あのシリーズ全体的に良くないからなぁ。

231 :考える名無しさん:2006/12/18(月) 06:55:39
そうなんだぁ

232 :考える名無しさん:2006/12/18(月) 11:03:03
>>230
たいして読まないで言ってるでしょ? 
バトラーとハイデガーの巻は良かった。
デリダの巻はまだ未読。

233 :考える名無しさん:2006/12/18(月) 22:34:21
門番とガチンコww 待ってる(笑)

234 :考える名無しさん:2006/12/18(月) 23:00:09
青土社のデリダ半分程度読んだけど、入門書としてはかなり疑問。
最初になるべくデリダ的であろうとすると書いてある通り、デリダ的にデリダが紹介されているから入門書としては失敗してる。
入門書であれば、多少の犠牲はやむなしとして粗雑にスケッチするのが目的だと思うのだけど、そんな雰囲気は一切ない。
デリダを知ってる人が読むものでもなければ、初心者が読むものでもないから、どういう人を対象としたのかわからない。

廣瀬氏の本の内容は知らないけど、邦語のデリダ入門書として薦められるのってデリダ自身の対話本くらいしかないのが現実なのかな。

まだ私は半分しか読んでないので、全部読んでの感想ではないんですけど・・・

235 :考える名無しさん:2006/12/19(火) 01:12:42
入門書としては最近出た斎藤さんの「デリダ」が一番良いと思う。

236 :考える名無しさん:2006/12/19(火) 05:32:37
デリダの話じゃないけど、いつも思うのは、入門書が一番僕にとってはワカリヅライ。…また違うけれど、哲学にとって一番大切な作者の声を遠ざけてしまうのは一体何なのだろう…? それは作為としか思えない。
誰のために書かれた本か?それは非対象のために。

237 :考える名無しさん:2006/12/19(火) 13:25:26
俺は、入門書と言っても高橋哲哉、廣瀬・林、斎藤の3冊しか読んだことないけど、
特に不当なわかりづらさはなかったぞ。高橋のは編年的・概念個々に問題ないし、
廣瀬・林は高橋の本とは別の書き方をしようってことでトピック的に見せたりして補完している。
斎藤はアマゾンレヴューなんかでムズイムズイと言われてるが、俺はむしろ感心した。
痕跡・差延の話で60ページほど何度も折り返して書いているから、割にピンときやすいし、
デリダの姿勢における思考の動作とでも言うか…感触をうまくとらえている。

大抵の場合、入門書よりも元のテキストを読むほうがよっぽど近道だとよく言われるけれど、
デリダの場合は特にそうだと思う。無理に簡便にしすぎて誤解を生じさせてないので、不当だとは思わないな。

238 :考える名無しさん:2006/12/19(火) 13:29:16
>多少の犠牲はやむなしとして粗雑にスケッチ
これは、デリダで下手にやると、初期・中期・後期の語句をさらさらと羅列、
ってことになりかねないんだよな。言わんとすることはわかるんだけど、デリダにこれは難しい気がする…。

239 :考える名無しさん:2006/12/19(火) 13:53:04
結局デリダ自身の簡単なやつが一番ってことだね。

240 :考える名無しさん:2006/12/19(火) 13:58:31
『言葉にのって』よりは『デリダ、脱構築を語る シドニー・セミナーの記録』などのほうがいいんじゃないかと言われてるね。
俺は後者は読んでないんだが、『言葉にのって』ではまずいだろうとは思う。
あと、『ポジシオン』とかは何度か読み返すとよかったりするよ。
薄い本・短いモノグラフィーよりは、このへんの本がいいのかな。

241 :考える名無しさん:2006/12/19(火) 19:25:16
法政の『デリダとの対話』はどうなんだろ?
初心者向けだと聞いたんだけど

242 :考える名無しさん:2006/12/19(火) 21:58:55
デリダとちゃんと向き合って読もうと思ったら、
『グラマトロジーについて』が一番良いと思います。
そのためには、フランス語とルソー、ソシュールなどなどの
議論も押さえていないと難しいと思うけど。

243 :考える名無しさん:2006/12/19(火) 21:59:53
訂正
『グラマトロジーについて』が一番良いと思います。

まず『グラマトロジーについて』が一番良いと思います。

244 :218:2006/12/19(火) 22:07:05
>>233

ガチンコすると、転移しまくって狂ってしまう気がするんですw

245 :233:2006/12/19(火) 23:22:53
ですよね(笑)僕は □ で捉えてますよ。だから転移する場所も、自ずと知れる。。 □ の一角は欠けていて、そこから落ち、また這い上がる階段なのです。 □ が立体なんやけど…

246 :考える名無しさん:2006/12/20(水) 01:24:03
青土社のデリダはどうやら玄人向けの入門書のようですね(ダブル・バインド)

247 :考える名無しさん:2006/12/22(金) 23:09:24
脱構築は飢えを救うことができますか?
僕は今とてもお腹が空いてます。

248 :考える名無しさん:2006/12/23(土) 00:09:07
できます

249 :考える名無しさん:2006/12/23(土) 04:50:27
むり

250 :考える名無しさん:2006/12/23(土) 07:19:58
>>247
脱構築は、「思考より食べ物(行動)を」という回路を脱構築することは
あるだろうな。

例えば理論と実践・・・などなど

251 :考える名無しさん:2006/12/24(日) 00:32:16
なるほど、確かに「理論より実践」という考え方、というか「理論と実践」という考え方を退けるでしょうね。
しかし、それを脱構築してもお腹いっぱいにもならなければ、理論が豊かになるわけでもないんですよね?

(こうやって理論と実践を分けてる時点で脱構築以前の思考法なのかもしれませんが・・・
しかし、僕は境界線をなくすことの意味がよくわかりません。)

じゃあ脱構築って何のための脱構築なんですか?

それにしても、お腹空きました。

252 :考える名無しさん:2006/12/24(日) 00:52:35
>>251
理論と実践の境界を無くすこと、ともいわないだろうデリダは。
その境界が決定不可能だということと、境界がないというのは
全然違う。むしろ思考と実践を考え抜く地点では、その二つの区別が
無効になってしまうことがあるということだ。思考と実践の境界の配分、
経済的政治的限界・・・など。脱構築はなし崩しにすることの反対だ。
だから境界をなくすという理解がおかしい。

お腹がすいたのなら何か食べたらいいよ。なぜなら君の空腹と脱構築
はまったく関係ないのだから。でも、君とはちがった餓え、解消できない空腹
絶対的な空腹、貧困、解消できない貧困、それは現実問題の殆ど回復
できないほどの空腹と貧困を前にしたときに、恐らく君の言う脱構築なんて
腹の足しにもならないより、その貧困の問題を考え抜くことの出来るのは、
恐らく脱構築の方だろう。君の言う腹の足しを求める理論では決して、それに
触れることもできない、俺はそう思う。

253 :考える名無しさん:2006/12/24(日) 15:15:17
まだ最初しか読んでないんだが、廣瀬浩司『デリダ きたるべき痕跡の記憶』はいい本だぞ。

254 :考える名無しさん:2006/12/25(月) 21:37:51
1月24日発売
定価3990円(本体3800円+税)四六判
J.デリダ著/高橋 允昭・藤本 一勇 訳
《叢書・ウニベルシタス771》
哲学の余白 上
ISBN978-4-588-00771-2 C1310
デリダの脱構築の基本思想が明らかにされる重要なテキスト。上巻には、
序説とも言える「タンパン(鼓膜)」はじめ、エクリチュールの問題から
脱構築を論じた「差延」、ヘーゲルやハイデガーらの時間概念を論じた
「ウーシアとグランメー」、ヘーゲルの記号論に関する「竪坑とピラミッド」、
ルソーの言語論についての「ジュネーヴの言語学サークル」などを収め、
厳密かつ生成的な脱構築の必要性を説く。
〔哲学・思想〕


255 :考える名無しさん:2006/12/26(火) 06:43:11
マジ!? 余白でるのかぁ。これで雑誌コピしてない論文が読めるわ。

256 :考える名無しさん:2006/12/26(火) 20:31:41
あーーーーーーーーーーーーやっとですか。
いやーーーーーーもう出ないかと思った。

257 :考える名無しさん:2006/12/27(水) 05:04:19
ジャック・デリダ ニコラス ロイル
デリダ―きたるべき痕跡の記憶 廣瀬 浩司
デリダと歴史の終わり ステュアート シム
存在論的、郵便的(マンガ版) 木棚 環樹
デリダ―なぜ「脱‐構築」は正義なのか 斎藤 慶典
デリダの遺言―「生き生き」とした思想を語る死者へ 仲正 昌樹
デリダ論―『グラマトロジーについて』英訳版序文 G.C.スピヴァク
デリダ―脱構築 高橋 哲哉
知の教科書 デリダ 林 好雄、広瀬 浩司
90分でわかるデリダ ポール ストラザーン
デリダ 上利 博規
デリダを読む 情況出版編集部
存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて 東 浩紀
デリダ・感染する哲学―秘められた発生の問題 松本 浩治
デリダ―もうひとつの西洋哲学史 クリストファー ノリス

258 :考える名無しさん:2006/12/27(水) 10:45:17
仲間さの本はデリダの名前がついているが、デリダ論ではないし、解説書でもない。

259 :考える名無しさん:2006/12/29(金) 00:04:58
>>257
評価して!

260 :考える名無しさん:2006/12/29(金) 12:28:35
デリダの苦しいところのは結局、デリダ論ではすべてを発散させてしまうということですね。
痕跡とか、幽霊とかのまったき他者とか、他者への応答など、思弁的なことはいっても、
開かれて発散された他者というのは、身ぐるみ剥がされた群れの1匹でしかなく、
ホモサケルのような存在でしかないでしょ。
それをいろいろ思弁的な、そして意味不明なことをいって誤魔化し続けただけで、
ほんとうは自分が一番わかってたんじゃないかな。

261 :考える名無しさん:2006/12/29(金) 17:27:06
訳の分からない気取りで、わざと難解そうな文章を書く人はどうせみんなから捨てられる。
このことは、肝に銘じておいたほうがよい。
日本の知識業界は、長く1920年代からの、昭和初期の新カント学派と呼ばれる、「ドイツ哲学の学者達」の
悪弊に始まって、やたらと難解な文章を書くことが、偉い事だとだという巨大な思い違いをしている。
この病気は今でもなかなか治らない。本当は自分の頭が良く無いだけのくせに、やたらと、象徴語と、
ドイツ式観念語(本当は禅用語を無理やり当てはめただけ。観念とか本質とか根本とか意識とか。500語)を使いたがる。
読んでいる方はいやになる。こんな下手な誰も説得できないような文章を、苦しみながら書いてるとあとあと大変だろうな。
どうせ誰も読んで分かることは無いのだから。当たり前のことを、はっきりと書くことができない。
やたらとこねくり回してそれが「するどい批評になっていなければいけないと、勝手に思い込む。
副島隆彦「属国日本論を超えて」

(副島隆彦「今日のぼやき」2001.5.21より抜粋)
私の頭の中は、今でもこのように、雑然とした理解で成り立っている。生活実感で理解できないと「理解」と
いうのはそもそも成り立たない。私はもの書き言論人としては、素人さん(一般大衆)レベルでの実感での理解、
というのをものすごく重視する。わけの分らないことを書く人や、その文章を毛嫌いする。
このことは、私は、「オッカムの刃」 Occam’s razor と言う考えを自分の思考原理に置いているからだ。
全ての事柄(事象)を徹底的に明晰にしようとする 思考方法であるオッカムの刃 については、そのうち書く。
この日本語という限界言語によってでも、私は、明確なものをぎりぎりまで追究して、死んで行こうと思っている。
(抜粋おわり)


262 :考える名無しさん:2006/12/29(金) 18:47:34
そんな副島隆彦氏に、
ガヤトリ・チャクラヴォルティ・スピヴァクによる以下の言葉を送ろう。

「わかったわ、それじゃ、あなたのためにだけ、簡単な文で言ってあげる。
 でもそれじゃきっと困るわよ。わたしは単文でこう言ってあげる、
 『わたしたちには、分かりやすい文はだますことが分かってます』」。

(青土社「シリーズ現代思想ガイドブック『スピヴァク』P19より)

263 :考える名無しさん:2006/12/29(金) 20:11:36
ラカンはわけわかんなくてもおkで、デリダは難解だ許せんと
いうのはいかがなものか?
ラカンも死ぬ直前はワケわかんないこと言い始めてたでしょ。
惚けちゃってたんだよw

264 :考える名無しさん:2006/12/29(金) 20:18:39
するってえとなにかい?

265 :考える名無しさん:2006/12/29(金) 21:04:09
なんでぇ熊さん、やぶから棒に

266 :考える名無しさん:2006/12/29(金) 21:06:26
> 『わたしたちには、分かりやすい文はだますことが分かってます』」。

なんか日本語おかしくないか?

267 :考える名無しさん:2006/12/29(金) 21:13:20
わたしたちには、分かりやすい文[は]だますことが 分かってます

わたしたちには、<<分かりやすい文「が」だますこと>>が 分かってます

て感じかな?よくわかんね

268 :考える名無しさん:2006/12/29(金) 21:22:33
わたしたちには、分かりやすい文は私たちを巧みに、そして全く気がつかないうちにだますのだということが、分かっています

かな

269 :考える名無しさん:2006/12/29(金) 22:28:26
わたしたちには、分かりやすい文は私たちを巧みに、そして全く気がつかないうちにだますのだということが、分かっています

かな

270 :考える名無しさん:2006/12/29(金) 22:32:36
わたしたちには、分かりやすい文は私たちを巧みに、そして全く気がつかないうちにだますのだということが、分かっています

かな

271 :考える名無しさん:2006/12/29(金) 22:33:23
>>262の意訳

(ヲヤジギャグの連発のように、ほとんど無意味なのに、ただ見た目難解な文章を書くことで、
読者と私たち自身をだまし続けている)
私たちにとってには、
(この単文のように)分かりやすい文では、誰も、だますことができないことを知っています。

272 :考える名無しさん:2006/12/29(金) 22:33:56
>>262の意訳
>『わたしたちには、分かりやすい文はだますことが分かってます』

(ヲヤジギャグの連発のように、ほとんど無意味で、見た目難解な文章を書くことで、
読者や私たち自身をだまし続けている)わたしたちには、
(この単文のように、)分かりやすい文では、誰も、だませないことを知っています。

273 :考える名無しさん:2006/12/29(金) 23:54:26
そーいやスピヴァクって確かデリダに関する著作も書いてるよな

274 :考える名無しさん:2006/12/30(土) 00:08:22
平凡社『デリダ論−「グラマトロジーについて」英語版序文』だね。

デリダに関する著作というか、スピヴァクが
デリダの「グラマトロジーについて」を英訳した際に付けた「訳者まえがき」部分を邦訳したもの。
このような膨大な「訳者まえがき」を付けたことで、
当時はけっこう話題にもなったらしい。

275 :考える名無しさん:2006/12/30(土) 00:32:53
おれたちも膨大な名無しさん書き込みを残そうぜ!

276 :考える名無しさん:2006/12/30(土) 01:08:12
原文ないの?どっちにしてもヒドイ訳だなぁ。

277 :間宮さま:2006/12/30(土) 01:13:05
セックスだ!セックスしろ!セックスセックス!

278 :考える名無しさん:2006/12/30(土) 09:05:16
柄谷:正直、だから何だという気がするけどね。哲学だろうが文学だろうが、
常に絶対的少数のものしかたずさわってこなかったのであって、そうした状況論を提示することで何か議論が始まるとは思わない。
国家の地位が相対的に低下するからといって、国家が無くなるわけではない。
何故ならば、世界資本主義の要請によって、国家は必要だからですよ。そんなことはマルクスに書いてある。
同様に、超越論的なものの地位が相対的に低下するからといって、なくなるわけではない。当たり前です。哲学にとって超越論的なものは必要だからです。
そんなことはカントに書いてある。だから、マルクスを読め、カントを読めと僕はいうわけです。 デリダだのサブカルチャーだのにかまけずに。

279 :考える名無しさん:2006/12/30(土) 15:31:07
だから、マルクスを読め、カントを読めと僕はいうわけです。 柄谷だの浅田だのにかまけずに。

280 :考える名無しさん:2006/12/30(土) 18:46:34
青土社のジャック・デリダ、やっぱりこのスレでの評判通り入門書として「?」な印象でしたね。
このシリーズは個人的にどの思想家の巻も分かりやすく書かれてあると思ってるんで、デリダの巻も期待してたんですが・・・・

281 :考える名無しさん:2006/12/30(土) 23:20:16
デリダのサブカルで何が悪いんだ? ここは声を張って擁護するよ。一市民   幸福はサブカルやと思う堕落がなければ不幸しかない

282 :考える名無しさん:2006/12/31(日) 19:37:18
問題です。脱構築不可能なテクストとは?

283 :考える名無しさん:2006/12/31(日) 20:10:52
柄谷

284 :考える名無しさん:2006/12/31(日) 20:27:38
脱構築の対象って「テクスト」だったっけ。
最近、80年代以降のデリダばかりを読んでいるからか、そういう言い回しは記憶に無いんだがな…。
まあ、法の力やデリダとの対話では、法の脱構築と言ってるから、
文面のあるものを指してはいるんだろうが…でも条文の書き直しのことだからねぇ?
テクスト論の延長に脱構築って捉えられすぎていると思う。

285 :考える名無しさん:2006/12/31(日) 21:11:30
テクストは読む人によって取り方は異なる。
そんな子供でも知っていることを偉そうにいうデリダが生きていけるのは、
頭の硬い権威主義の伏魔殿の哲学界だけです。

286 :考える名無しさん:2006/12/31(日) 21:27:18
脱構築不可能なテクストは、間テクスト(性)。だから僕は漱石って言ってるんだ。遅いんだよ、きみたちは。。。まったく。
要するに近代文学は差異化差異化なわけ。差異そのものじゃないわけ

287 :考える名無しさん:2006/12/31(日) 21:28:44
そういうものを見つめられる目は、勉強でどうなるもんじゃない。柄谷は、構築と破壊を書いた。でも差異そのものを書いていない。まぁ彼は作家じゃないからね

288 :考える名無しさん:2006/12/31(日) 21:30:32
権威主義を唱えてるもの、そういう風潮をつくっているものと、
実際の権威主義者・権力者は違う。君主は操られる。

289 :考える名無しさん:2006/12/31(日) 21:31:26
マジイライラするわ、おまんこひくひくさせながら、ペニスいじりながら俺と会話してんじゃねえよっと。

290 :考える名無しさん:2006/12/31(日) 22:12:10
相変わらず、レスが糞スレ振りを発揮しているな…

291 :考える名無しさん:2007/01/01(月) 03:48:10
吾百年の孤独かな

292 :考える名無しさん:2007/01/01(月) 11:21:57
青土社の入門本買ったんだけど和訳が下手だと思う。
会話の挿入的なhe saidとか日本語でも挿入句にするのやめて欲しい。
ただでさえ俺みたいな初心者にはわかりにくいのに。

293 :考える名無しさん:2007/01/01(月) 11:48:38
評判悪いな、それとも同じ人間が書き込んでいるのか?

294 :292:2007/01/01(月) 16:41:35
>>293
いや、初めてカキコした。
今月24日にデリダの新しい本が出るらしいから勉強してまた来るよ。
それじゃ。

295 :考える名無しさん:2007/01/02(火) 09:57:33
初心者だったら、斎藤慶典『デリダ』読んで、基本語彙は林・廣瀬『デリダ』手元に置いといて、
そのあとカプートによる注釈付きの『デリダとの対話』読んで、
その後初期〜後期を読み込んだほうがスムーズかな。
積極的に読んだならその前後くらいから、デリダ初期の主著とハイデガー読み直しの局面になるだろう。
このへんまでくると、実にデリダとデリダ以後の難問が面白くなってくるのでは。
自分なりに論点をどうしぼりこんで考えてみるかが浮上すると思う。

296 :考える名無しさん:2007/01/02(火) 14:55:47
>>204
つーことは青土社のデリダ本はイマイチってことなんだ。やっぱり

297 :292:2007/01/02(火) 16:17:12
>>295
ありがと。斉藤氏の本買ってみる。
けどそれより先にジジェクの入門書買うと思う。今はいろんな人に入門した方が賢い気がする。
俺みたいな初心者はその方がてっとり早く飛び道具を増やせるからね。
使い方間違えたら先生が直すだろうし。

>>296
訳が読みにくいってのは確実。これは誰が読んでも同じ感想言うと思う。
だけど、元々英語で書いたニコラス・カイルって人も癖があって、英語で読んでもわかりにくいんだと思う。
いい所としては、章が細かく分かれてて小見出しも多いから、読もうという気は起こる。
代補、脱構築、差延等の有名な言葉は何回も繰り返してくれるから、俺なんかでもちょっとわかったつもりになってる。

298 :考える名無しさん:2007/01/02(火) 18:50:53
>>297
同じ青土社のやつでも、ジジェクの巻はなかなかの良書ですよ。
ジジェクに関する最初の入門書としてはおすすめ。

299 :292:2007/01/02(火) 21:51:26
>>298
そうなの?良かった。それを買うつもりだったんだ。
ジジェクはまだ生きてるからドゥルーズやデリダより進んでるんじゃないかって
結構期待してるんだよなー。

300 :考える名無しさん:2007/01/02(火) 23:14:24
>>296
青土社のやつは、小ネタ満載で情報量も多く
それなりにお買い得感はある。
でも、ごちゃごちゃしていて読み易くないのは確か。
初めから読み通そうとするのではなく、
気が向いたところからつまみ読みする感覚で
付き合うといいと思った。

301 :考える名無しさん:2007/01/03(水) 05:20:27
ルディネスコとの共著ってかインタヴュー集『来るべき世界のために』って入門書として悪い?
カヴァリエリとシンガー『大型類人猿の権利宣言』絡みで、関連する章をちょっと読んでみた。
『大型類人猿の権利宣言』はアジとしてはかなりよい本だと思うけど、決して哲学ではないと思う。
かなり皮相的なことしかいってないけど、最低限のアウトラインはかなり説得的に明快に示されているように見えた。
功利主義的に(ヘア→シンガーの倫理学的に)安易に動物に権利を認めたり、
あるいは権利は義務を果たしうる人間にのみ認められるものだからとそれを簡単に否定したりする前に、
義務を伴う権利、法権利、人間性の関係について再考すること、
要するに法の根拠を問い直すことをやってよね、という話だったと思う。

名前忘れたけど『大型〜』に出てくる哲学者の楽観さと、デリダの慎重さの対比がよかった。

ルディネスコは割としょうもないことを言ってた。
ルディネスコのせいで、2人の議論がかなり手前でウロウロしてたんだけど、
そのおかげで初心者の俺にとってはよかった。

他に読んだ人はいないのかな。
法と人間とのかかわりについて、もっと突っこんだ内容の本って何があるのか、教えてください。
デリダはまったくの初心者です。

302 :考える名無しさん:2007/01/03(水) 07:12:25
>>301
>法と人間とのかかわりについて、もっと突っこんだ内容の本って何があるのか
デリダの法への言及としては、『法の力』がいわゆる法哲学の起点に当たる。
(萌芽的には、シンポジウム記録『どのように判断するか』のカフカの「掟の門前」読解)
あとは…何がまとまっているのかなぁ。カプートの注釈が細かい『デリダとの対話』も法に結構関わっていたと思うが。

デリダをさらに拡張・発展させて…となると、どうなるんだろうな。よくわからん。
ドゥルシラ・コーネルとかサイモン・クリッチリーなんかがしっかりやってるのかなぁ、未読につきわからない。

303 :考える名無しさん:2007/01/03(水) 13:03:10
うん。デリダ・ドゥルーズ以降は誰を読めばいいんだ?

304 :考える名無しさん:2007/01/03(水) 14:20:08
>>254
高橋先生、懐かしいな。昔講義でブランショ読まされたが。
差異遅延を縮めて差延としたのは確か高橋先生だ。

305 :考える名無しさん:2007/01/03(水) 15:23:27
ドゥルーズのほうはネグり・アガンベンかな。

306 :考える名無しさん:2007/01/04(木) 13:58:23
このスレの最初のほうで、ソシュール批判が問題になってるけど、
ソシュールのいわゆる「原資料」なんてそんなに読まれていないのでは?
イェルムスレヴが注目された後、丸山がそんなことはソシュールも言っていた、
といって懸命にメームとかセーム(?)とか言ったんだけど、
たぶん実際に使われているのはイェルムスレヴの表現と内容、形式と実質、
だと思われ。
デリダは一般言語学講義で受け入れられたソシュールを批判している、
ということでいいのでは?
「原資料」云々を言っている人は、思想的な「旬」を外していると思う。
そう言う俺も、このスレでは「旬」を外しているorz

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