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キリスト教は邪教です! PART 8

1 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 00:03:02
『キリスト教は邪教です!』ニーチェの現代語訳・・・だって。
その主張は、
1イエスとキリスト教は関係ない
2西洋の哲学者はほとんどがインチキ
3キリスト教が戦争を生み出す
だそうな。ホンマかいな?

関連
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062723123/qid=1121974081/sr=8-4/ref=sr_8_xs_ap_i4_xgl15/250-8744454-1354630
http://www.geocities.jp/tekina777/niche.html
part2
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1124847976/l50
part3
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1133540210/
part4
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1145929338/
part5
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1148992312/
part6
http://academy4.2ch.net/philo/#2
part7
http://academy4.2ch.net/philo/index.html#1

2 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 00:06:23
失礼。前スレはこちら。
part7
http://academy4.2ch.net/philo/index.html#14

3 :一言居士:2006/09/03(日) 09:55:04
イエスが人類の代わりに贖罪をしたというキリスト教の思想は、イエスにとってはあずかり知らぬことだったのではないか?
もし、そうなら「エリ、エリ、レマ、サバクタニ(わが神、わが神、何ゆえわれを見捨て給いしか)」と叫んだのも納得できる。
しかし、新約聖書でさえ、イエスの最期の言葉として上記のほかに「主よ、霊を御手にゆだねます」とか「成しとげられた」があるので、
イエスが死ぬときの心境がはっきりしていないところがある。しかし、ニーチェのイエス像なら、「主よ−(略)」と「成しとげられた」は言ってもおかしくない。自分の思想を身でもって示したからである。
けれど、ニーチェのイエス像では、イエスの叫びは上手いこと説明できないことになる。
かりにイエスが死ぬとき絶叫して、パウロがイエスの処刑を贖罪と位置づけた場合、パウロはかなり非情な解釈をしたことになる。

4 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 19:08:15
どうして間違えちゃったんだろう?

5 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 19:26:44
前スレ
Part7
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/philo/1154299149/

6 :476改めFSS:2006/09/03(日) 19:29:31
上がっているスレは、一度「全部読む」を選択してから入らないと
正しいアドレスが出ないんです。


7 :FSS:2006/09/03(日) 19:43:19
私はIEでアクセスしてますが、哲学板は上がっている上位20スレまでが
掲示板と同じ画面に出ていいて、上位から順に#1〜#20迄のアドレスが付与
されています。

しかし、その順番は刻々と変わるわけで、>>2の場合も#14(上位から14番
目に掲示されているスレッド)もどんどん変わりますから、10分も経てば
違うスレッドがそのアドレスを占めることになってしまいます。

だから、一度「全部読む」を選択して、常にスレにアクセス出来るアドレス
に移動しなければなりません。

8 :FSS:2006/09/03(日) 19:50:38
・・・失礼、「全部読む」でも出ませんね・・・orz

「スレッド一覧」を経由してスレにアクセスするのがイイでしょう。

9 :小さなヨハネ ◆qKk9IwRSXY :2006/09/03(日) 23:18:56
985 :ヨハネのしっぽ :2006/09/03(日) 17:59:41
>>982
私は認識できることを根拠にしたり、主張したりはしません。
そのようなことはどうでもいのです。
貴方が私が認識できないと思うのならそれでも今は構いません。

ただ、貴方は認識できると主張されるので、その根拠を問うているわけです。
神とそれ以外のものを区別する基準も持っていないのに、
認識できると思い上がれるのは不思議に思います。

986 :ヨハネのしっぽ :2006/09/03(日) 18:01:13
>>983
>認識した者にとって「神とそれ以外のものを区別する基準」
>など必要でしょうか。

そのことを宣言したり、主張したり、根拠にしたりするのであれば、
基準を説明する必要があります。

ただ、貴方が沈黙を守る場合は、その限りではありません。


「神とそれ以外のものを区別する基準」について私はあなたの要請に
基づいてあえて一度説明したはずです。あなたは何を言っても
すぐに否定して話にならなかった。


10 :考える名無しさん:2006/09/03(日) 23:37:12
>>9
>「神とそれ以外のものを区別する基準」について私はあなたの要請に
>基づいてあえて一度説明したはずです。

まともな説明がされたことは一度もなかったと思います。
説明したはずとおっしゃるのなら、その箇所をもう一度転載してください。
そしてそれが他人が理解できる文章、論理であるかどうか意見を募って見ましょう。

少なくとも私は、貴方は区別する基準を明確にしておらず、
認識できているというのは貴方の妄想に過ぎないと思います。

11 :ヨハネのしっぽ:2006/09/03(日) 23:37:43
>>10は私の書き込みです。念のため。

12 :FSS:2006/09/04(月) 00:23:38
>>9
小さなヨハネ氏よ。
貴方は邪悪と呼ばざるを得ない。

神の全てを認識せずに神を語り、批判を封殺し、貴方自身への服従を強要
するその姿は、まさに邪悪と言うほか無い。

非常に残念な事だが・・・。

13 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 01:26:15
ニーチェの話題が少ないなここ・・

14 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 04:01:56
>>13

ニーチェが言うキリスト教が邪教であることの生ける証拠が小ヨハネということです。

特に>>1の3
>3キリスト教が戦争を生み出す

15 :一言居士:2006/09/04(月) 07:58:46
前スレの997>あなたの言う神の定義は何ですか?
そうですね、生命をもった世界あるいは世界生命というところかな。

>>9
イエスが神と言うのでしょう。しかし、イエスは実在していても、イエスが神であるとは限らない。
それは、砂糖菓子は甘いのは経験(味覚)でわかるが、おいしい(主観)とは限らないのと同じである。

ニーチェといえども、自然や歴史の背後に神を見出さないわけではない、とアンチクリストにある。あくまでアンチクリストは「キリスト教の神」にプロテストした書なのだ。

16 :ヨハネのしっぽ:2006/09/04(月) 09:08:55
>>15
>前スレの997>あなたの言う神の定義は何ですか?
>そうですね、生命をもった世界あるいは世界生命というところかな。

それなら普通に存在していると思います。
宇宙自体を生命と見なせば存在するわけですから。ひとまず生命とは何かという話は別として。
また、それはキリスト教の神と一致している面もあります。

17 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 20:48:18
>>8
ありがとうございます。
あと、ハンドルネーム「小さなヨハネ」は書き込みをご遠慮ください。
ここはニーチェスレです。

18 :小さなヨハネ ◆qKk9IwRSXY :2006/09/04(月) 22:28:27
>>17
了解しました。失礼しましょう。
皆さんが神を見いだす日が来ますように。

主よ、御旨なら新たなスレッド「主イエス・キリストは父なる神」
をお与え下さい。

19 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 22:32:09
自分でスレ立てることも出来ないのか

20 :ヨハネのしっぽ:2006/09/04(月) 22:56:14
>>18
必要ならば、宗教板になら立てますよ。

21 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 22:59:46
>>18
おまえは
宗教に行けよー
もう帰ってくるなー
石投げるぞー

22 :小さなヨハネ ◆qKk9IwRSXY :2006/09/04(月) 23:39:38
>>20
そうですね。それが御旨かもしれません。
躊躇していた時が来たのでしょう。
どうぞそれで結構ですのでよろしくお願い致します。


23 :考える名無しさん:2006/09/04(月) 23:48:46
嗚呼こうしている間にまた日が暮れる
神を知らなくてもニーチェを知らなくても
真理が無くともまた日が暮れる
嗚呼〜無常〜

24 :ヤハウェ:2006/09/04(月) 23:49:30
ぽまいらは、即刻死ね。

これが神である我の意向だ。

25 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 00:12:33
おまえら、まだやっているのか?
小さなヨハネは道徳心あるぞw

26 :ヤハウェ:2006/09/05(火) 00:15:33
道徳心しか知らない者は、知恵遅れとなんら変わらん。


27 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 00:23:16
>25 宣教師とはそういうものさ。

28 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 01:01:02
生きているから最高だ!!!

29 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 03:11:34
生きているだけで丸儲け。

30 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 04:02:57
こんなおれがどうして生まれてきたんだろうか。

31 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 05:04:52
>>30 真夜中の時間にそんなくだらない事をこんなスレに書いてるのは、もうお前は終わってると言う事だ。早く死ぬ計画でも立てみろや。

32 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 05:27:26
俺がなんか書くとすぐニートだなんだ絡んでくるしバカだよな〜って思って。
やっぱり哲学科にいたことがないとどうしても理解の仕方がねぇ…。
例えばしょせん柄谷なんてねぇ…。
いまだにトクワンAA貼って喜んでるのもコイツだけ。


33 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 05:38:27
>>32 お前相当ヤバイよ。早く死んだ方がいいじゃないか?

34 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 07:19:01
>>33

ぷぷっ

大丈夫か?

35 :ヨハネのしっぽ:2006/09/05(火) 09:21:59
>>22
スレ立てました。こちらにどうぞ。

主イエス・キリストは父なる神
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1157415660/


36 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 13:48:27
結論:キリスト教は邪教であり、マルチ商法である。

37 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 13:58:04
>キリスト教は邪教であり、マルチ商法である。

www

38 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 22:57:20
USAではホームレスに安眠の場所と食べ物を提供するらしい。
困った人びとを助けるので良いと思う。

39 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 23:00:03
そうやって信者増やすわけか。

40 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 23:21:46
キリスト教ではないが、本当に困った時、誰も頼る人も居ない場合、
最終的に何処行くか考えると其処しかないような気もする。

41 :小さなヨハネ ◆qKk9IwRSXY :2006/09/05(火) 23:35:04
>>35
ありがとうございました。それでは。
主の平和が皆さんとともに。

42 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 23:40:35
日本のキリスト者はまず新宿のダンボーラを
一人残らず救ってみろよ。
話はそれからだ偽善者めw

43 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 23:53:28
日本のキリスト教では無理w

44 :考える名無しさん:2006/09/05(火) 23:58:14
と言うか、日本の宗教では無理w

45 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 00:10:36
必要なら、もう既にやっている。

46 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 00:12:50
昔のキリスト教は弱者救済の奴隷道徳だったかもしれんが
現代のキリスト教は一般・裕福層のセラピー教と言わざるをえない
最貧困層のダンボーラーなど知ったことか、草加でも勧めておけよ

47 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 00:19:43
宗教はアヘンだ byマルクス

48 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 00:23:27
では、タバコと宗教の類似性について語ってもらいましょうか

49 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 00:30:20
中毒性があることだ

50 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 00:34:28
タバコは有害だという認識があるが、宗教はない
喫煙者は他人に喫煙を勧めないが、宗教は勧める
ここに大きな違いがある。有害性は宗教>タバコ。

51 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 01:48:01
>>49まあまあですが、中毒じゃなくて依存です。なかなか止められないですよねぇ
>>50タバコを吸う人は有害だと認識していても吸って、さらい厄介な事に他人にも勧めますが?特に禁煙中の人に対しては執拗に・・

ということでタバコと宗教は何ら類似性は無いと言う事です。

52 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 02:04:44
小ヨハネさんがいなくなってもニーチェの話に戻らないのか…

53 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 02:18:51
キリスト教は正教だ!ニーチェは間違い!という立場の反対論者がいないと
ニーチェの議論にはならないかもね(そもそもニーチェスレは別にあるし・・)

テーゼ(キリスト教は邪教)→おまえら
アンチテーゼ(キリスト教は正教)→小ヨハネ
ジンテーゼ(キリスト教はそもそも宗教ではなくマルチ商法?w etc)

対立がなければ議論にならず、止揚となる論すら生まれない

54 :ヨハネのしっぽ:2006/09/06(水) 09:16:20
>>53
それに加えて、キリスト教ありきの議論なのに、キリスト教に詳しくない人が多いような気もします。

55 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 11:43:08
>>54
それは、宗教板でもここでもキリスト教系スレ全部に共通する現象。

56 :ヨハネのしっぽ:2006/09/06(水) 12:21:18
>>55
どうしてそういう事態になるのか考えてみるといいかもしれませんね。

57 :一言居士:2006/09/06(水) 12:44:56
>>56
まあ、アメリカの行動=クリスチャンの行動と思い込んでいるからでしょう。
イスラエルの行動=ユダヤ教徒の行動というのも思い込みなのでしょうかね。
僕は上のようには考えないけどね。

58 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 13:25:28
しかしアメリカvsイスラム過激派の戦いは
人種や国家間の戦いではなく宗教戦争だからね

59 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 14:44:15
>>58
それは違うんじゃないかな。
宗教を利用した戦争であって、宗教戦争ではないと思う。
どちらかと言えば、経済戦争を宗教戦争に見せかけているのだと思う。

テロリストも先物取引や株で利益を上げるためにテロを起こしている。

60 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 14:57:27
さて「言語」についてだが通じていないようだ。
池田自身が何を言いたいのか、本人自身一貫した言語論を持っていないのだから。
唯脳を否定し、言語の顕在性を否定し、自分の思考が言語に先んずるなどという小学生レベルの言語論を得意げにほざいたと思えば、
いつのまにやら言霊思想に傾倒して、思考の否定に走り、かつて必死に否定した唯脳にすりよろうと姑息な遠まわしw
養老の名前まで出して権威から入ろうとする哲学者とは到底思えない堕落さw
そして、今回はその数少ない交流者を含めての「通じてない」発言w
権威だけ利用したかったのがばれちゃったねw

61 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 15:45:33
>>59
戦争という名がつけばある程度の利権は当然絡むし
そういった利権の奪い合いが伴わない宗教戦争などは史上に
存在しないのだから、利権獲得という側面でみれば
確かに石油資源や株・先物という論は正しいとは思うけど
その争いの本質にあるのはやはり宗教の対立だと思うね。
利権獲得を目的として宗教対立を煽っているのか
宗教の対立の結果、利権の奪い合いや殺し合いが生じているのか
私は後者だと考えるが。

62 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 16:02:32
>>61
>その争いの本質にあるのはやはり宗教の対立だと思うね。

それは本質ではなく、一部の原理主義が利用されるところが強調されるためにそう思えるだけ。
一般の宗教信者同士では、イスラム教・ユダヤ教・キリスト教の対立すらない。

>利権獲得を目的として宗教対立を煽っているのか

ずばりその通り。
同じイスラム同士でも戦争が起こるのはこのため。
そのために教義の解釈の仕方を利用してチームを作ったりする。

63 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 16:28:29
>>62

> 一般の宗教信者同士では、イスラム教・ユダヤ教・キリスト教の対立すらない。

これはもの凄く暴論に思えるのだが。
一神教者同士では「私の神こそが唯一正しい」という教義によって
原理的に対立が起こらないわけが無い。
イスラム教・ユダヤ教・キリスト教者同士が対立せずに仲良く手を取り合って
協力し合っている一般レベルの事例なんかあるのかな。
あるとしたらその三者が新たな宗教の信徒となっている、
もしくは、イラク制圧後にメディアが垂れ流したアメリカ兵とイラク市民が
フセイン像を破壊して共同歓喜しているマイノリティー・パフォーマンス
という例しか想像できんがね。

64 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 16:40:34
>>63
>これはもの凄く暴論に思えるのだが。

暴論に思えるのは、お前がどの信者でもないか、それらの教義を詳しく知らないからだろ。

>一神教者同士では「私の神こそが唯一正しい」という教義によって
>原理的に対立が起こらないわけが無い。

原理的に対立は起こらない。だってどの神も同じだから。
言語による名称が違うだけでアッラー=ヤハウェだぞ。

>イスラム教・ユダヤ教・キリスト教者同士が対立せずに仲良く手を取り合って
>協力し合っている一般レベルの事例なんかあるのかな。

普通にいくらでもある。
映画パッションもそうやって作られているし。

実際に宗教に所属していない奴にはこのあたりのことはわからないのかも。
メディアに出ていることがすべてではないよ。
(というか実生活は普通すぎてメディアではニュースにならず出てこない)。


65 :FSS:2006/09/06(水) 16:42:26
利権目的の戦争、支配の正当性の理由付けなどに宗教を利用するもの。
昔のマルクス主義国家もマルクス理論が絶対化して半宗教的になった。
アメリカも民主主義の拡大を絶対正義として利権拡大に利用しているし。

絶対正義を主張する者ほど胡散臭いものは無い。

66 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 16:48:29
これが一神教の怖いところだな、イスラムもユダヤもキリスト教も
それが超えられて対話ができればいいが

67 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 17:01:26
仏教、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンズー教など、い ずれの宗教も
平和や救いを教えている。一方いずれの宗教も、人智をはるかに超える超越者
への絶対的信 頼、または普遍的真理への絶対的確信をその信仰の基礎としている。
この宗教に帰依すれば、自分は本当に救われると確信するから、人はある特定の宗教を持つのである。
宗教のもつこの絶対性は、個人の心のなかに信仰として収まっているかぎり、
宗教は外界と争いを起こさない。それどころか、その帰依する超越者への感謝報恩
のしるしに、しばしば宗教はその信徒 を他人への慈悲や慈善という行為へ個人を
駆り立て、宗教は社会的徳として人々から称賛をうける。

ところが、他の宗教や類似の思想活動と対抗する局面に遭遇する と、宗教はおのれの
絶対性を信じるがゆえに、一転して自己の優位 性を主張し、排他的となり、
ときには闘争をも辞さなくなる。

これは、教義や思想の対決論争だけで終わる場合もあれば、長期間にわたって互いに
自己の正当を主張し、相手を不当とする非難応酬に発展する場合もある。
たとえば、宗教改革におけるルターとローマ教皇庁の対立がこの例である。
こうした宗教対立は、一神教のユダヤ、キリスト、イスラムの世界での出来事であって、
日本のように八百万神の存在を認 める多神教の風土にはないという人がいる。
だが、そうではない。 法華経信仰を提唱した日蓮は真っ向から仏教の他宗派の
教義を否定し、彼の教えのみの正統性と優位性を説いた。


68 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 17:06:56
>>67
仏教が「救いを教えている」というのは初耳ですが、
その根拠を教えていただけないでしょうか?


69 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 17:10:14
そうか、そうか

70 :みっと:2006/09/06(水) 17:10:54
えと、相談なんですけど。
イエスの時代は終わった、と
頭では解っている、のですが
僕を産んだ死んだ母が、
キリスト教徒だったせいか、
なにかキリスト教が、頭にこびりついて離れません。
どなたか、良い助言を頂けないでしょうか・・・。。


71 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 17:14:53
神は自らの姿を模して人間を作った。

人間は自らの姿を模して神を作った。



72 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 17:14:56
>>68
救いを教えない宗教があるなら逆に教えて欲しいくらいだねw

73 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 17:18:55
宗教宗派間の紛争は、さらに発展して武力行使に発展する場合もある。
既存宗教勢力が支配下の信徒が新興勢力に侵食され、既存宗教の勢力が
損なわれると、既存宗教は新興勢力を排除し始める。
それが政治的・経済的権益の配分にまでひびくと、ついには武力衝突になる。
そして、これらの戦争が宗教的要因を背景にしはじめるとき、戦争行為はいっそう残虐になる。
なぜなら、宗教的絶対は異教ならびに異端への寛容を認めないからである。

74 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 17:25:45
救いは救いでも原始仏教だともうこの世に生まれなくてよいだからな

75 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 17:37:55
宗教板へいけよー
人生相談板へいけよー
もう帰ってくるなよー

76 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 18:18:10
>>67
>ところが、他の宗教や類似の思想活動と対抗する局面に遭遇する と、宗教はおのれの
>絶対性を信じるがゆえに、一転して自己の優位 性を主張し、排他的となり、
>ときには闘争をも辞さなくなる。

というのは一部の原理主義かカルトのみ。

>こうした宗教対立は、一神教のユダヤ、キリスト、イスラムの世界での出来事であって、

少なくとも現在のカトリックはそういうことはない。

77 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 18:19:14
>>73
>なぜなら、宗教的絶対は異教ならびに異端への寛容を認めないからである。

これも貴方の思い込みだと思います。普通はそういうことはありません。

78 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 18:31:32
>>76-77
それは貴方の狭い主観の希望的観測であって現実世界では
宗教対立は一般的です。

79 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 18:42:09
>>78
いいえ。
貴方は宗教に所属していないから現実を知らないのでしょう。
そうではないというのなら、どの宗教に属し、どんな現実を見てきまのですか?

少なくともカトリックは、宗教であることを嫌う神父が多いです。
大切なのは信仰であり、そこにイスラム教や仏教やユダヤ教と対立するものはありません。
カトリックでは教皇をはじめ、多くの神父が他宗教を尊重しています。改宗も必要ないと言っています。


80 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 18:44:12
>>79
×どんな現実を見てきまのですか?
○どんな現実を見てきたのですか?

81 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 19:12:32
>>79
> そうではないというのなら、どの宗教に属し、どんな現実を見てきまのですか?

私がなんらかの宗教に属しているかいないかが問題なのではなく、
日本のような無宗教国家に住む貴方がその周りで対立がない
といくら主張したところで、現実に世界では対立があるんです。
特権階級である貴族や国教会聖職者などの王党派への不満にはじまったクロムウェルの
ピューリタン革命が今日まで続くアイルランド問題の発端となっているし、
ジャワ島でのイスラム教徒vsキリスト教徒の対立、カシミール問題、パレスチナ問題などの紛争etc
世界に視野を広げればその対立は明確な事実であり、現実であるという認識が必要であって、
利権奪取も宗教対立もその紛争の要因となっている。と言っています。

82 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 23:00:43
>>81
>現実に世界では対立があるんです。

全くないとは申し上げておりません。
一部のカルトや原理主義ではありますから。
世界的に見てもカトリック周辺ではそういうことはありません。
その点は私のほうが詳しいと思います。


83 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 23:06:52
>>81
それから、イスラム教なり、キリスト教なり出すのはいいですが、
対立しているとおっしゃるのなら、何派かをちゃんと明記してください。
それがわからないのであれば、対立の煽りに乗せられているだけでしょう。

84 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 23:42:21
北アイルランドではカトリックとプロテスタントが対立しているはずでは?
IRAとかカトリック原理主義じゃなかったけ?
あ、でもカトリックが悪いといっているわけではないけれど。
だけど、ニーチェがどこに出てくるのかね?このスレ。

パスカルやらライプニッツやら、トマス・アクィナスやらオッカムやら
宗教(幅はあるがキリスト教)を信じている哲学者はたくさんいるのに
なぜよりによってニーチェスレでこんな話をしているのかね。
「哲学と宗教は両立するか」とか別スレ作ったほうがいいんじゃないの?

85 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 23:51:20
>>84
だからそれは原理主義でしょ?

あと、ここは、対立とか邪教扱いすることが目的ではないはずなのに、
ニーチェから外れてそういうことをするのが目的になっている輩が多いと思う。

86 :考える名無しさん:2006/09/06(水) 23:53:39
ユダヤ教やイスラム教から見れば、キリスト教は邪教

87 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 00:07:10
>>86
一部の原理主義がそう言っているだけですよ。

88 :一言居士:2006/09/07(木) 07:14:41
ニーチェは単にキリスト教が戦争をおこすから「アンチクリスト」を書いたわけじゃないぞ。実は、キリスト教の愛や忍従を批判している。
実際の行動に出さなくとも、想像上の復讐(地獄など)のルサンチマンを批判した。ただ、そのなかでプロテスタンティズムを最も悪しきキリスト教と言っていた。

89 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 22:54:44
『ツァラツストラ』の冒頭だけ読んで欝になり、それ以来ニーチェには触れていない自分だけど>>88について質問
(他の方が答えてくださっても構いません)
ニーチェはなぜ愛や忍従をルサンチマンの思想としたのですか?
愛や忍従こそが人間本来の在り方であって、それを実行しきれない人がルサンチマンを抱え、
力を求める思想に転じて、想像上(じゃないかもしれないけれど)の復讐をしていると考えることもできるんじゃないですか?

90 :一言居士:2006/09/07(木) 23:07:48
そう言えるのかも。俺だって、ニーチェに対して全面的に賛同してるわけじゃないし。
ま、ルサンチマン抱えている人間を嫌う人間もまたルサンチマンを抱えることになりうるわな。
愛や忍従をルサンチマンとした理由か…自己欺瞞が含まれうるからでないのかい?本当は憎いのに無理やり相手を愛そうとするとか。
あるいは、そうできない自分を抑圧したり憎んだりとか・・・つまりルサンチマンの対象は他者だけでなく自分も含まれうるのだよ。

91 :考える名無しさん:2006/09/07(木) 23:33:21
>>90
レスありがとうございます。
なるほど、よくわかりました。
でも、本当は愛したいけれど力を手に入れる邪魔になる人を憎むとかいうケースがありますよね?
これも自己欺瞞じゃないですか?
つまり、ニーチェの発言自体も相対化されてしまうんじゃないか、と思うのです。

92 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 00:05:46
釣りとネタがないこのスレには価値がありません。

強大な力を持つ者に対する弱者の憎悪、妬みがルサンチマンであり、
ニーチェは奴隷を弱者と位置づけ、その奴隷がキリスト教道徳を持ち出して
支配者に対する憎悪・妬みを正当化する姿がルサンチマンであると結んだだけ。
現代では、キリスト教団は奴隷の道徳ではなくむしろ強大な力を持つ
強者に立場を変えてしまったのだから、キリスト教の道徳はルサンチマンではなく
むしろ奴隷道徳と貴族的道徳の止揚といえよう。

ニーチェは強者の貴族的道徳は「わたしはこんなことができる」だから
「わたしはよい」ゆえに「わたしのようにある、できることはよい」という自己肯定から善をモデル化し、
その欠如、不足として悪をイメージするのに対し、
弱者の奴隷道徳は、「あいつは敵、迫害者だ」だから「あいつはわるい」ゆえに
「あいつと対立するわれわれは正しい」という憎悪、他者の否定から悪をモデル化し、
その否定、反対者として善をモデル化するとして、後者の善の基礎にある怨恨感情を
ルサンチマンと呼ぶ。そこから奴隷道徳の善は、否定の意志、憎悪を常に隠し持っているため、
抑圧的、欺瞞的、病的だとして批判するのである。

93 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 00:18:26
>>85,87
アイルランド問題、カシミール問題、パレスチナ問題が一部の
原理主義者同士の対立か否か
まずそこから学んでみては?

それと、
あれは過激派だから・・
あれとは派が違う・・
同じ派だけどあいつは変質者だから・・云々
自己正当化の為の言い訳なんて簡単だねぇ
その例外も含めてカトリックでありキリスト教なんだよ。
君はカトリックの○○派は他宗教他派と対立がないと言いたいのか
キリスト教、ユダヤ教、イスラム教・・に対立がないと主張したいのか
ここをきちんと整理してみては

94 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 00:43:52
邪教というか・・・・人生でせつに感じることは宗教教育は絶対に必要なものではないということ

95 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 00:51:22
>>93
>自己正当化の為の言い訳なんて簡単だねぇ

ということにしたいのですね。
別に自己正当化なんてしていませんし、
現実を話しているまでです。

>その例外も含めてカトリックでありキリスト教なんだよ。

と言う貴方はキリスト教徒なんですか?
そもそも例外などキリスト教に限らず日本国民にだってあります。
オウムが反米だからといって、日本は米国と対立しているかと言えば、それは違います。
キリスト教徒でもない貴方が適当なことを言っているとしか思えません。

私はもともとアンチキリストでしたから、
貴方のような指摘は言われるまでもなく知識として持っています。
しかし、批判するなら自分の目で確かめる必要があり、
現実にいろいろな教会を見てまわった結果、
本質の普通の部分が表には出ていないことがわかりました。
ヘブライ語を勉強してイスラエルについてもかなり調べましたが、ユダヤ教についても同じです。
イスラムについては知り合いから聞いたぐらいですが、多くは対立がありません。

あなたは実際に何人の信者と話し合って、対立していることを確かめられたのでしょうか?
まずは、そこからです。

96 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 00:53:41
>>94
当たり前です。
映画も絶対に必要なものではありません。それと同じです。

97 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 01:13:15
>>95

> あなたは実際に何人の信者と話し合って、対立していることを確かめられたのでしょうか?
> まずは、そこからです。

悪いが私は君のように周りにいる少数の、しかもカトリック者や友人知人が
言うことをまともに信じるほどお人よしのお馬鹿さんではないんでね。
私は対立の根拠として世界各地で起きている様々な問題を提示しているのだが
君がいう対立がないという根拠はそのような確度の低い身内の与太話であって
それらに信憑性や客観性が皆無だということを認識できないのかな。
私の身内や知人が「宗教は対立しかない」と言ってたよ。といったら君はそれを信じるのかねw

> そもそも例外などキリスト教に限らず日本国民にだってあります。
> オウムが反米だからといって、日本は米国と対立しているかと言えば、それは違います。

だから「アイルランド問題、カシミール問題、パレスチナ問題が一部の原理主義者同士の対立か」
について「それらの問題がオウムのような一部の過激派がやっていること」を
客観的に根拠付けるものが何かあるのかい?

98 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 01:24:15
>>97
>アイルランド問題、カシミール問題、パレスチナ問題

どれも政治と経済の問題。
私が詳しいのはパレスチナ問題だけど、アレを宗教問題と思う奴には
エジプトが何やったか知らない奴が多い。

99 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 01:31:45
>>97
>悪いが私は君のように周りにいる少数の、しかもカトリック者や友人知人が
>言うことをまともに信じるほどお人よしのお馬鹿さんではないんでね。

どっちが馬鹿なんでしょうか。
私は貴方の言うような知識を持った上で、さらに現地調査をしたんです。
もともとアンチでしたから、攻撃のためにそういう知識は持っています。
貴方の方こそ、自分の足を使わず、調査もしない人間の戯言でしょう。
メディアで知れることでも、貴方よりは知識が多いと思います。

>私は対立の根拠として世界各地で起きている様々な問題を提示しているのだが
>君がいう対立がないという根拠はそのような確度の低い身内の与太話であって
>それらに信憑性や客観性が皆無だということを認識できないのかな。

根拠がないのはそちらですよ。
現実の対立が一般信者によってもたらされているのなら、
そのパーセンテージを大体でいいから出すべきでしょう。
対立がないとする方には立証責任はありません。
それは悪魔の証明と同じですから、あると主張される側に立証責任があります。

経済や政治上による対立、また、それに加担する原理主義やカルトによる
対立があることは私も認めていますし、否定もしていません。
一般信者とは無縁の世界だと申し上げているだけです。

100 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 02:12:29
ルサンチマンの何が悪いの?

101 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 02:13:34
>>99

(ニーチェの話題は食いつきが悪いな・・こっちで引っ張ってみよう・・)

> 経済や政治上による対立、また、それに加担する原理主義やカルトによる
> 対立があることは私も認めていますし、否定もしていません。

私は各宗教間で対立があると主張しているのであり、
君も対立があると認めた以上、そのことについての立証責任は
各問題を提示することで果たしている。
各問題の詳細についての知識がなく、ググることもできないならコピペでもしようか?w
(というか立証以前に一般教養・常識だと思うが・・)

立証責任についてだが、整理すると
まず私が「宗教間には対立がある」と言い、
具体例として世界の問題・紛争を挙げたわけだが
それに対して君がそれは「一部の原理主義者がやっているだけ」と主張したわけ。
よって、「一部の原理主義者がやっている」ことに対する立証責任は君にあるのだよ。大丈夫?

> 貴方の方こそ、自分の足を使わず、調査もしない人間の戯言でしょう。
> メディアで知れることでも、貴方よりは知識が多いと思います。

そうですか、私より知識があるということが嘘ではないなら以下の質問に答えることがでしょう。
「アイルランド問題、カシミール問題、パレスチナ問題が一部の原理主義者同士の対立か」
について「それらの問題がオウムのような一部の過激派がやっていること」を
客観的に根拠付けるものが何かあるのかい?

102 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 02:23:24
小ヨハネの気配が・・

103 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 02:31:15
>>101
>私は各宗教間で対立があると主張しているのであり、

だから、それは一般信者とは無関係でしょう?
実際に対立しているのは、宗教の大部分とは無関係だと申し上げているのです。
それに反論するなら、大部分が関係している証拠を出してください。


104 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 02:33:11
>>101
>「一部の原理主義者がやっている」ことに対する立証責任は君にあるのだよ。

そのことは一般常識でしょう。
イスラム教原理主義やキリスト教原理主義などが、他の団体と対立しているのは
双方で合意が取れていると思いますが?

貴方がそれ以上を主張するのでないのなら別ですが、それ以上をいうのであれば、
証拠をだしてくださいな。

105 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 02:34:10
>>101
>そうですか、私より知識があるということが嘘ではないなら

私より知識があるなら、パレスチナ問題における、エジプトの問題を挙げてみてください。

106 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 02:37:20
もう一度言いますが、
私は対立の存在を否定しているのではありません。
一般信者による対立が有意な量があることを否定しているだけです。
それに反論があるならば、

現実の対立が一般信者によってもたらされているのなら、
そのパーセンテージを大体でいいから出すべきでしょう。

出てこないなら反論はないものとして扱います。

107 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 03:01:00
>>103-106
まず自分の書き込みとその論理性について考慮しましょうね^^;

> それは一般信者とは無関係でしょう?

と一方的に主張しているのは君なんだよ。わかるかい?
「それらの問題がオウムのような一部の過激派がやっている」と言っているのは
私ではなく君なんだよ。本当に大丈夫かな?

私はそれが本当なら根拠を示せといっているだけで
それを証明するのは悪魔の証明と同じだから、
まず主張する側に立証責任がある。
と君自身も言っているだろう。
こんな短時間で自己矛盾に陥るとは・・君はアレかね。

> 私より知識があるなら、パレスチナ問題における、エジプトの問題を挙げてみてください。

これも君が私より知識があるというから聞いているのだよ。
要するにそのような知識もなく、「原理主義者の仕業だから私達は関係ない!」
という妄想のもと自己弁護しているだけみたいだね。答えらずに遁走しているのだね?w

108 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 03:03:25
>>107
私はやっていることを主張しているのではなく、
一般信者がやっていないことを主張しているのです。
それに反論がないならよろしい。

109 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 03:03:38
もう一度言いますが、
私は対立の存在を否定しているのではありません。
一般信者による対立が有意な量があることを否定しているだけです。
それに反論があるならば、

現実の対立が一般信者によってもたらされているのなら、
そのパーセンテージを大体でいいから出すべきでしょう。

出てこないなら反論はないものとして扱います。



110 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 03:06:52
>という妄想のもと自己弁護しているだけみたいだね。

ということにしたいのですね。w
妄想でも自己弁護でもありませんが。ww

実際、私には何の関係もありません。関係があるとおっしゃるのなら
私との関係性を証明してください。関係がないことは証明できません。



111 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 03:36:03
>>108-110
もう無茶苦茶だな・・
一般信者が何%か、原理主義者が何%か
どちらも同じことを言っているのに、主張する側がアレだと話にならんな
解らないならそもそも「それは原理主義者が云々」なとど世迷言をいうなよw

はいはい、一般信者も原理主義者も紛争には関係ないし証明もできないよぉ
紛争自体あるなんて証明できないもんねぇ
そうそう証明できないんだから、キリストなんてものもいないし神もいないよぉw

・・とでも話を発展させようか? キリスト者はこれだから会話にならん
その破綻した論理性といい・・きみは地獄に堕ちた小ヨハネかい?w

> 出てこないなら反論はないものとして扱います。

これはそっくりそのままお返しするよ

「アイルランド問題、カシミール問題、パレスチナ問題が一部の原理主義者同士の対立か」
について「それらの問題がオウムのような一部の過激派がやっていること」を
客観的に根拠付けるものが何かあるのかい?

この質問に答えないかぎり、反論はないものとみなし君の敗北です。
結論をキリスト教一般信者は他教と対立しているとします。

112 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 03:55:11
>>111

> 結論をキリスト教一般信者は他教と対立しているとします。

なぜこの結論が正しいか、
それはカトリック一般教徒と主張する>>110
ユダヤ一般教徒である私がこの問題で対立しているからである。
証明終了w

113 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 09:03:12
>>112
カトリック一般教徒とは主張していませんが。寧ろ私はユダヤ教徒に近いかも知れません。

114 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 09:06:50
>>111
>原理主義者も紛争には関係ないし

原理主義者は紛争に関係ありますよ。
それとも貴方は原理主義者が紛争に関係ないと思っているのでしょうか?
実際問題、「原理主義」を謳うことそれ自体が対立の表れの一つです。

115 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 09:14:57
>>111
>「アイルランド問題、カシミール問題、パレスチナ問題が一部の原理主義者同士の対立か」
>について「それらの問題がオウムのような一部の過激派がやっていること」を
>客観的に根拠付けるものが何かあるのかい?

私は、原理主義者だけの問題ではなく、経済や政治の問題だと申し上げています。
そういったソースが多数あることはご存知だと思います。
その一例としてエジプトの問題を挙げたのですが、まだ理解されていないようですね。

貴方の主張が、対立が一般信者と関係があるとするものでなければ、別に問題はありません。
関係すると主張されるなら、その証拠を提示してください。

どこの団体にも、問題のある人間はいるわけで、オウムが問題をおこしたからとって、
それが日本人だからと言う理由で、貴方のせいにはならないように、
ある宗教に所属する人間が何かしたことが、宗教自体の問題にはつながりません。

一般信者を巻き込む宗教的対立は、主に信仰の自由を否定されたときに発生しますが、
信者同士がそういうことをすることはほとんどありません。
ユダヤ教やカトリックは、そもそも布教しませんから対立する必要がありません。

116 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 14:19:01
そもそも原理主義(ファンダメンタリズム)についてよく理解していないのかな。
日本ではイスラム原理主義のテロリズムばかりクローズアップされているが
原理主義は宗教上の原典を最重視する主張のことであって、
キリスト教原理主義は、キリストの「処女降誕、神性、奇跡、贖罪死、復活と再臨」
キリスト教の五つの根本教義とするプロテスタントの用語である。
このスレには原理主義者=過激派・テロリストだと考える輩ばかりいるようだが
一般教徒と原理主義者の違いはなんだね?

117 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 14:57:12
>>109
>>115
[アイルランドについて]
北アイルランドは人口約157万人で国民の、
45.5%がプロテスタント(プレスビテリアン、アイルランド聖公会、メソジストを含む)、
40.3%がカトリック、残りは特定の宗派宗教を有していない(2001年度調査)
アイルランドは人口約350万人で国民の大多数(94%)がカトリック。
一般信徒と原理主義者を明確にわける資料はない。

[アイルランド問題について]
1640年代にアイルランド各地で反乱が起こり、プロテスタント入植者が襲撃されるという事件も頻発した。
1649年、ピューリタン革命の最終段階にあったクロムウェルは、議会軍を率いてアイルランドに上陸、
神の命ずる使命であるとしてカトリック・アイルランドに対して史上悪名高い虐殺を行った。
反乱鎮圧後制定されたアイルランド土地処分法に基づき、ほとんどの地主が反共和国的であったとの
理由で西部の荒れ地に追放され、新たに議会軍将校等共和派プロテスタントが多くの没収地を手にした。
さらに、名誉革命によって追放されたカトリック王ジェームズ2世が復位を目指しアイルランドのカトリック
勢力と連携してアルスターで反乱を起こしたが、プロテスタントの新国王ウィリアム3世が自ら1690年の
ボイン河の戦いでこれを打ち破った。こうしてプロテスタント(国教会)がオールド・イングリッシュを含めた
カトリックを支配する社会構造が決定的となり、アイルランドは完全に植民地化された。
1692年以降制定実施された異教徒刑罰法は、カトリック聖職者の登録制導入、
国会議員の選挙・被選挙権の剥奪、行政機関・軍隊・法曹界への就職制限、新規土地売買・借地契約の
禁止等あからさまなカトリック差別を内容としていた。
学校は国教会の監督下に置かれ、カトリックは学校を開くことも教師になることも禁じられた。
カトリックとプロテスタントの通婚は原則として禁じられ、カトリックの場合、財産は子供に
分割相続されねばならなかった。
こうして、18世紀を通じてカトリックは職業・経済活動上に厳しい制約を課され、貧窮化せざるを得ない
事態に追い込まれた。
また、プレスビテリアン(長老派)等国教徒以外のプロテスタントも差別と無縁ではなかった。

118 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 14:58:30
(続き)
1921年以来北アイルランドでは社会政策、選挙制度等の面であからさまなカトリック差別が実施されていた。
これを改めようと始まった公民権運動が1969年にデモ隊と警官隊の実力衝突を引き起こし、以後運動が
過激化するとともに、カトリックとプロテスタントの対立が尖鋭化した。
IRAがカトリックの非合法武装組織として活動を再開し、プロテスタント側も軍事組織を発足させた。
北アイルランド政府が英国軍隊の駐留を認めたため、やがてカトリック軍事組織、プロテスタント軍事組織、
英国軍隊及び北アイルランド警察の三巴の激しい実力抗争を生ずるに至った。
事態の急迫悪化を受けてついに1972年、英国政府は北アイルランド政府の権限を停止して
直接統治に乗り出し、1973年には北アイルランド議会も廃止されて現在に至っている。
なお、現存のIRAは、アイルランド自由国の発足に当たり北の分離を巡って分裂したかっての
IRAの分派のうち、当時反条約・反自由国派の立場で統一アイルランドの独立を主張した組織を
源流とする。
アイルランドの再統一及び英国からの政治・経済的な独立を掲げるシン・フェイン党の武装組織として
武力闘争至上主義に立っており、英国本土を含む各地での爆弾テロ闘争を強化している。

119 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 15:09:58
>>115
私は一般教者にも原理主義的な部分は有ると考えるが
「それは違う、一般教者とは異なる原理主義者が紛争をしている」
と主張するなら、まず一般教者と原理主義者の明確な違いについて
述べてもらおうか。

120 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 15:55:02
>>119
カトリックやユダヤ教の場合、一般信者は、
「布教しない」「争いに介入しない」という特徴があります。(してたらそれはまともな信者ではありません)
これ以外がすべて原理主義ではありませんが、
こういった体外的な活動をしないのが一般信者であり、
体外的な活動をするのは、原理主義者かカルトが多いです。

>「それは違う、一般教者とは異なる原理主義者が紛争をしている」

私の主張はそうではなく、
「それは違う、一般教者とは異なるものが紛争をしているか、
経済的、政治的問題その他の理由によってが紛争をしている」
です。

121 :一言居士:2006/09/08(金) 16:05:58
>>120
>「それは違う、一般教者とは異なるものが紛争をしているか、経済的、政治的問題その他の理由によってが紛争をしている」
原理主義者じゃなくても、一般教者が政治的・経済的問題その他で紛争するなんてまともじゃないよ。
宗教上の理由からでない、と言っても隣人愛を説くクリスチャンが戦争してどうするんだよ。

122 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 16:12:50
ユグノー戦争とかはどうなるの?

123 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 16:13:59
>>120

> カトリックやユダヤ教の場合、一般信者は、
> 「布教しない」「争いに介入しない」という特徴があります。(してたらそれはまともな信者ではありません)
> これ以外がすべて原理主義ではありませんが、
> こういった体外的な活動をしないのが一般信者であり、
> 体外的な活動をするのは、原理主義者かカルトが多いです。

たわけたことを・・
君はどのような過程でユダヤ教徒もしくはカトリック教徒となったのかね。
なんらかの体外的な布教活動がなければ信徒など存在しないし
これだけ多くの信徒が世界に存在することの説明すらできない。
布教する者にカルトが多いなどこの上ない世迷言だよ。
それが理解できるなら、要するに君は一般信者と原理主義者の区別もつかずに
一般教徒の中で悪事を働いた者に対し「原理主義者やカルト」という烙印を押して
我々とは異なるカルトだから我関せずと遁走しているに過ぎない。

124 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 16:34:37
>>121
>>「それは違う、一般教者とは異なるものが紛争をしているか、経済的、政治的問題その他の理由によってが紛争をしている」
>原理主義者じゃなくても、一般教者が政治的・経済的問題その他で紛争するなんてまともじゃないよ。
>宗教上の理由からでない、と言っても隣人愛を説くクリスチャンが戦争してどうするんだよ。

紛らわしくて申し訳ない。
政治的・経済的問題その他で紛争の主語は、一般信者ではなくその国の国民です。

125 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 16:36:59
>>123
>なんらかの体外的な布教活動がなければ信徒など存在しないし

実際していないから、現代では、ユダヤ教は増えていないし、
カトリックも増えていない。減っている。家族で伝わるのがほとんど。


126 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 16:39:42
>>123
>一般教徒の中で悪事を働いた者に対し

だから、それは「教徒」であるかどうかではなく、人間の質の問題。
同じことを日本という国と国民に置き換えれば、わかるだろう。
日本で悪事を働いた者は、犯罪者であって、国民を代表とする集団になるわけではないでしょう。

127 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 16:56:24
>>126

君は日本一般国民は罪を犯さないとでもいうのかい?
一般国民でも悪事は働くし、その犯罪者は日本国民である。
一般国民であっても軍部主導のもと戦争だってする。
この論理は一般教徒であっても同様であり、
教徒はそもそも一人間なのだから悪事は働くし紛争もする。
教徒となる資質がある人間が殺し合いもするということだよ。
一般教徒Aが罪を犯した時点で教徒Aではなく、犯罪者Aになり
人間的資質の問題だから教徒一般には関係ない。
とする詭弁は、>>123でも書いてあるように、

> 一般教徒の中で悪事を働いた者に対し「原理主義者やカルト」という烙印を押して
> 我々とは異なるカルトだから我関せずと遁走しているに過ぎない。

のトートロジーである。

128 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 17:07:44
>>125

具体的な数値を出そうか。
世界の宗教人口は、世界総人口の約55億人の内、
約19億人がキリスト教徒、
約10億人がイスラム教徒、
約7億人がヒンドゥー教徒、
約3億人が仏教徒、
約0.13億人がユダヤ教徒
約14億人が無宗教なのだよ。
世界の約75%がなんらかの宗教に関わっている。
これらの宗教を布教した者にカルトが多いという論は正しければ
世界はカルト教指導者によって支配されていることになるw

また、家族内における布教は善で、体外的な布教は悪だとする論も
わけがわからんね。親が子に布教する行為は、子供側からすると
親はカルトなのかね? ・・・やっぱり大丈夫じゃなさそうだね。

129 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 17:27:09
>>122
ユグノー戦争も宗教対立だけど
現代のフランスでこの問題が浮上することはあまりないでしょう。
フランスはむしろ他民族間の対立のほうが重要かもね。

130 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 17:50:22
邪悪な兄弟宗教 キリスト教とイスラム教
http://life.2ch.net/psy/kako/1000/10002/1000264955.html

131 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 18:28:16
>>127
>君は日本一般国民は罪を犯さないとでもいうのかい?

ほとんどの国民は犯罪を犯しません。

>一般国民でも悪事は働くし、その犯罪者は日本国民である。

もちろんそうですが、その犯罪者が日本国民全体を反映しているわけではありません。

>この論理は一般教徒であっても同様であり、
>教徒はそもそも一人間なのだから悪事は働くし紛争もする。

それは教徒としてではなく、人間としてそういうことはあると思います。
それを教徒や日本という枠組みでくくるのは、おかしいでしょう。

「オウムが反米だからといって、日本がアメリカと対立しているわけではありません。」
というのは、わかりますか?



132 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 18:32:37
>>128
>世界の約75%がなんらかの宗教に関わっている。

枠組みの話をするなら、世界の約99%がなんらかの国に関わっています。
宗教という枠組みは、ある意味、仮想的な国と言うことも出来ると思います。
埼玉と東京は違いますが、別に対立しているわけではありません。
(対立している人もいるでしょうが、ごく少数です)
それと同じです。


133 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 18:57:18
論が弱いなぁ〜
要するに一般教徒の中でも少数ではあるが
対立が存在することも暗に認めたわけだね。
要するにキリスト教一般教徒内にも対立はあり、
原理主義者にもある。というのが結論のようだね。

> 「オウムが反米だからといって、日本がアメリカと対立しているわけではありません。」
> というのは、わかりますか?

オウムの例のみではなく、日本の民主・社会・共産政党・主義者や国粋主義右翼、
インド・イラン・イスラム・パキスタン・南北朝鮮・中国系在日日本人、
戦争経験者であるご老体などの中にも反米主義者は多数いるのであって、
それらの総体として日本を見るならば
「日本には反米主義者もいるが、その中で国の代表として選ばれ、有効的な発言権を
持つ者(小泉総理など)は、国の政策として親米路線をとっている」
という解釈が正しいのであって、日本が反米であるとする意見がマジョリティーか
マイノリティーかを判断する基準は世論調査にでもまかせておけば?w

134 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 19:11:01
>>133
>要するに一般教徒の中でも少数ではあるが

そんな一部の例外があることは初めから認めてます。
そもそもゼロなんてありえませんから。

>「日本には反米主義者もいるが、その中で国の代表として選ばれ、有効的な発言権を
>持つ者(小泉総理など)は、国の政策として親米路線をとっている」

おっしゃるとおりだと思います。そして、これをカトリックに適用すると、

「一部の例外はあるものの、教皇をはじめ、枢機卿などは、
対立路線をとっておらず、他の宗教に対しても非常に寛容である。」

になります。

135 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 19:48:32
>>134

国や宗教団体などの組織の代表者の意志と
その組織に属する多数の民意をイコールで結ぶことが
そもそも子供染みた発想だと言わざるを得ないね。

パレスチナ問題では、今年の1月にパレスチナ選挙でハマースが第一党になり、
アッバース議長の元でハマースのハニヤ内閣が成立し、アッバース議長とハマースの
ハニヤ首相が国連停戦決議に基づく国境線の合意をしたわけだが、
イスラエルはパレスチナ人に対する予防拘禁の強化を図る一方、
兵士の拉致を理由に逆にガザ侵攻を拡大し、イスラエルは逆にパレスチナ攻撃を強めたわけ。
一旦火がついたナショナリズム・宗教対立には代表者の意志など無力に等しく、
民意とその行動には歯止めがきかない。
民意は和平ではなく、対立。つまりイスラエル側はパレスチナの粛清自体を望んでいる向きもある。

つまり、カトリックの例でいえば現場を知らない教皇がいくら和平を望んでいようが
現場の教徒同士の軋轢・いがみ合いは絶えることがないんだよ。
日本のような平和ぼけした国に住んでいればそれがわからないのだろう。

136 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 21:05:36
>>135
>>134
>国や宗教団体などの組織の代表者の意志と
>その組織に属する多数の民意をイコールで結ぶことが
>そもそも子供染みた発想だと言わざるを得ないね。

それをやったのは私ではなく、>>133なので。
>>133の論理だと>>134が導出できるというだけですよ。
よく読むこと。



137 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 21:07:18
>>135
>つまり、カトリックの例でいえば現場を知らない教皇がいくら和平を望んでいようが
>現場の教徒同士の軋轢・いがみ合いは絶えることがないんだよ。
>日本のような平和ぼけした国に住んでいればそれがわからないのだろう。

現場を見る限りそういうことはありません。貴方が現場を知らないのでしょう。
教会の中のニュースとか知ってますか?世界中の教会からの情報が入ってきます。


138 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 21:08:37
>>135
だからと言って、教皇が和平を望むのを、不信に思う必要もないというもの。

139 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 21:33:36
世の中に不幸なヤツが多いんだろ。
不幸な自分が抱えるルサンチマンを、神を用いて正当化し、鬱憤晴らしってなもんで。

140 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 21:49:42
>>139
そうばかりではないだろう。
現に、そういう状態から、本質的に、平安な状態に救い出されている者、もいる
ようだ。
これは、単なる、観念、プラシボー的なもの、ではないように思う。

141 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 23:35:41
>>136-138
なんか君の相手をすると堂々巡りで疲れてくるな・・コロコロと自分の立場を変えるし・・
君は三歩あるいたら自分の言っていることを忘れてしまうニワトリさんかな?

解りやすく要所だけ整理してあげるね。
A「キリスト教・ユダヤ教・イスラム教などには対立がある」
B「対立はない」
A「世界の紛争など具体的な対立の例を出す」
B「その紛争は一部の原理主義者がやっていて一般信徒には関係ない」
A「それらの問題が一部の原理主義者がやっているかどうか学んでみては」
B「身内に聞く限りそのような対立はない」 ※1
A「身内の情報は信憑性・客観性がない。その紛争が原理主義者がやっているというなら
 具体的な根拠を示せ」
B「まずそちらが立証すべきだ」
A「対立の根拠は各紛争である」そしてアイルランド問題の詳細を提示。
B「対立があるのは認めるが、一般教徒には関係ない」
A「各紛争に参加しているのが原理主義者と一般教徒かを特定するのは困難」
 「紛争要因が原理主義者だというなら、原理主義者と一般教徒の違いを述べよ」
B「一般教徒は体外的な布教や争いをしない」
A「布教がなければ世界の75%が宗教者で占められる説明がつかない」
B「一般教徒の一部は紛争もするが、大多数はしないし紛争を否定している。
 オウムが反米だったら日本全体が反米なのか」
A「日本国が反米かどうかは、民意とは関係なくその組織の代表者が決定しているだけ」
B「同様にカトリックの教皇が和平を望んでいるから、その信徒一般も争いをしない」
A「パレスチナ問題のように、代表者の和平の意志と大多数の民意が異なるケースもある。
 パレスチナ問題ではむしろ民意は対立に向いている」
B「現場ではそうではない。教会のニュースなどの情報を知っているか」

※1(>>97)に戻るw

142 :考える名無しさん:2006/09/08(金) 23:51:43
宗教が人の精神を解放する「引き金」になるのかもしれん。

宗教が、外部の意図により人の精神を一方向に誘導するものではなく、
人の精神をそれぞれが思う方向に解放してやるものならば、
同一の宗教の下で、狂気を見出す者と安息を見出す者が、同時に存在してもおかしくはない。

143 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 00:01:01
>>137
たぶんその教会のニュース(聖教新聞?w)や身内が情報源だから
世界の宗教対立や宗教観についての知識が欠落しているのだな・・
その論理は、共産主義者が赤旗にソニーは独占資本だと書いてあったから
ソニーは独占資本なんだよ!と主張するお馬鹿さんと同じ態度だと
なぜ気づかないのかな・・
君はパレスチナ問題ひとつとってみても何も具体的な事例を
書き込んでいない。それらの知識がありませんと正直に認め懺悔しなさいw

144 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 00:02:34
>>142

それは同意。
狂気は「私は正常であなたは狂っている」という言及からはじまる。

145 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 00:16:29
>>141
>>136-138
>なんか君の相手をすると堂々巡りで疲れてくるな・・コロコロと自分の立場を変えるし・・
>君は三歩あるいたら自分の言っていることを忘れてしまうニワトリさんかな?

何を勘違いしているのでしょう?>>136-138は同一人物ではないですよ。
他人を一緒くたにしているから変な勘違いをするのでしょう。バカすぎます。



146 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 00:21:10
>>143
>たぶんその教会のニュース(聖教新聞?w)や身内が情報源だから

やれやれ。┐(´д`)┌
私はもともとアンチだったから、そういう知識はもってなかったの。
キミと同じような思想や知識を振りかざしていた方だったよ。
欠落しているのはキミのほうだと思うね。キミが持っているような知識は持っているから。

>君はパレスチナ問題ひとつとってみても何も具体的な事例を
>書き込んでいない。それらの知識がありませんと正直に認め懺悔しなさいw

キミよりはあるんじゃない?
エジプトの問題を答えられる奴はここにはいそうもないようだし。
あわてなくても後で教えてやるよ。

147 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 00:23:05
>>145

ん?んじゃ「君の相手を」という部分を「君ら」と人称を変えるねw
既に言及済みのことを繰り返し言うことは、それが一人だろうが
複数だろうが論旨は変わらない。揚げ足とってないでそれくらい
読みとってほしいものだが・・。それともそれができないほど君はアレなのかねw

148 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 00:24:45
>>143
>たぶんその教会のニュース(聖教新聞?w)

聖教新聞がどこの新聞か知らないバカ発見。

聖教新聞が教会に関係があるわけないだろ。w
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E6%95%99%E6%96%B0%E8%81%9E



149 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 00:26:20
>>147
キミの論旨って何?省略しないでちゃんと書けよ。w


150 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 00:28:46
>>147
>ん?んじゃ「君の相手を」という部分を「君ら」と人称を変えるねw

変えるね、じゃないだろ。

>コロコロと自分の立場を変えるし・・
>君は三歩あるいたら自分の言っていることを忘れてしまうニワトリさんかな?

認識を改めたのなら、これを取り下げろよ。
そもそもこういう煽りは必要ないのに、わざわざ書き込むあたり程度が知れるなw

151 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 00:29:44
>>146

> キミが持っているような知識は持っているから。
> >君はパレスチナ問題ひとつとってみても何も具体的な事例を
> >書き込んでいない。それらの知識がありませんと正直に認め懺悔しなさいw
>
> キミよりはあるんじゃない?

んじゃ>>135のパレスチナ問題について反論よろしくw

> エジプトの問題を答えられる奴はここにはいそうもないようだし。

単にエジプトの問題と言われても、 どの問題かわからんからねw
第一次中東戦争?第二次中東戦争?第三次中東戦争
1970年代の社会主義的経済政策の転換期のイスラエルとの融和問題?
どれさ?w

152 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 00:32:19
>>149
まじで文盲か・・

> 既に言及済みのことを繰り返し言うことは、それが一人だろうが
> 複数だろうが論旨は変わらない。

の文でいう論旨は、「既に言及済みのことを繰り返し言うことはアホの行為」

153 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 00:34:51
おぉ〜大漁大漁w

>>148
聖教新聞や赤旗が皮肉だということを理解できない馬鹿発見w

>>150
んじゃ取り下げます。で?

154 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 00:37:03
>>151
>単にエジプトの問題と言われても、 どの問題かわからんからねw

パレスチナ難民の発生で、エジプトの問題というのは一つしかないよ。


155 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 00:38:09
>>153
煽っているお前も馬鹿。見苦しい奴だな。

156 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 00:39:56
>>154

だったら、エジプトのパレスチナ難民問題と言い直しましょうね。
>>135の反論よろしく


157 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 00:55:24
>>156
じゃ反論しない。

158 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 00:57:00
これさえ理解されればそれでいいよ。
別に理解できないやつ、したくない奴がいるのもかまわないが。

>「日本には反米主義者もいるが、その中で国の代表として選ばれ、有効的な発言権を
>持つ者(小泉総理など)は、国の政策として親米路線をとっている」

おっしゃるとおりだと思います。そして、これをカトリックに適用すると、

「一部の例外はあるものの、教皇をはじめ、枢機卿などは、
対立路線をとっておらず、他の宗教に対しても非常に寛容である。」

になります。


159 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 00:59:02
>>155

いえ私は「各宗教間に対立はある」という立場なので
それを立証するためにも、扇動は必須なのです。

>>157
結局、感情論以外のなにも提出できないわけね。
反論がないので、一般教徒間にも対立はあるとみなしますw

160 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 01:02:18
>>159
>いえ私は「各宗教間に対立はある」という立場なので
>それを立証するためにも、扇動は必須なのです。

立証するなら煽らずに淡々と立証すればいい。
扇動が必須と言うのは意味不明。論理的な思考ができないんだと思われ。

161 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 01:04:21
>>159
>反論がないので、一般教徒間にも対立はあるとみなします

どうぞご自由に。キミがどう思おうと何も影響ないしね。
反論があるかないかに左右されるのか、煽っているのかは知らんが、哀れだと思う。

162 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 01:21:44
>>158>>135>>141を読めよw

>>160
対立を簡単に具現化する方法を知らないのかな?
それは扇動なのだよ。
このスレに一般教徒がいる場合、実際に扇動することにより
その対立が証明できるというわけ。
・・と解説しなければ理解できないのかな?釣りにならんがなw

>>161
負け犬の遠吠え乙w

・・・(ほんとよく釣れるなw)
話を戻すと、
キリスト教などの宗教間にはその一般教徒も含めて対立が存在します。
特に世界人口の35%を占めるキリスト教が引き起こす対立・紛争は
社会平和に対する脅威だといえるでしょう。>>1の「3キリスト教が戦争を生み出す」
という命題は真であり、ゆえにこの宗教対立が「キリスト教は邪教」であることを
裏付ける主要な要素となります。

163 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 01:55:52
>>162
>釣りにならんがなw

じゃあ、失敗だな。対立が証明されていないと思う。

164 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 01:59:10
>>162
>負け犬の遠吠え乙w

まあ、そう思ってもらって構いません。煽りは無視します。

>キリスト教などの宗教間にはその一般教徒も含めて対立が存在します。

一般信者には対立は存在しません。
だいたいキリスト教と全部一緒にしている時点で無知だと思います。


165 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 02:20:08
>>164
君もしつこいね。何度同じことを言わせるつもりなんだ?
「一般信者には対立は存在しません。 」
と言いながら、それを客観的に根拠付けるものが
君の身内(知人や教皇の意見)や教会ニュース以外に何一つ存在しないだろう?
再三言っているように、代表者の発言=その組織全体の意向ではないのだよ。
君は小泉純一郎が「靖国に参拝すべき」と発言したら、日本国民全体の意向も
参拝賛成であり、参拝している。と言っているようなものだよ。
オウムの麻原だって建前は真理・愛などと語っていただろうが戯け者が。
「身内の○○ニュース」ではなく、なにか具体的な資料等を提出できないのかね。

166 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 02:24:26
>>163
と既に釣られていることに気づかない君はアレかね?w

167 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 02:33:24
対立は有るということについて、アイルランド問題・パレスチナ問題
をこちらは既に提出している。
対立は無いということについて、具体的資料や知識があるなら
早く提出せよ。
これをしないで遁走するから馬鹿だのニワトリだのと罵倒されるのだよw

168 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 03:37:43
>>165
まあ、所詮キミの主観だと言うことだと思います。

何度でも言いますが、一般信者には対立は存在しません。
だいたいキリスト教と全部一緒にしている時点で無知だと思います。


169 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 03:40:17
>>167
提出と言うより、一般常識ですよ。
そういう問題があるということなら、こちらから出しても一緒ですし、
それが一般信者の対立になっているという具体的資料は貴方も出せていません。

一般信者の対立とは無関係です。

170 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 03:44:08
>>167
>罵倒されるのだよw

どうぞご自由に。そういうことをしても貴方の精神が汚れるだけでしょう。
そういう思考を持ってしまう貴方が気の毒です。

171 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 03:48:37
たしか、中世のキリスト教会はイスラムの建築家が建ててなかったっけ?

172 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 05:38:52
>>165
“代表者の発言=その組織全体の意向ではない”
これは全くそのとおりだと思います。>>168様の言われる“一般信者には対立は
存在しません”という言い方の両者の「対立」ということばの概念の捉え方の
違いによる、この板での“対立”のようですね。
意見や見解の違いを対立と捉えるか、それを対立と捉えないで、別の概念で捉える
かの違いのようにも感じられます。
普通は、全ての人の想いは、細部においては異なるのが自然でしょう。

173 :一言居士:2006/09/09(土) 08:34:34
表向き戦争しなくとも、内心他宗教の相手を見下しているとしたらそれは問題だ。
あと、非キリスト者がキリスト者をどう定義すればいいの?俺が正統派だ原理主義者は異教徒だ、とカトリック教徒が言い、いやわしが正統だ、ほかのは悪魔の教えだと原理主義者がいったら
非キリスト者はどっちがキリスト者かわからないのだよ。

あと、他宗教を尊敬しているというのなら、他宗教のよいところは素直に自分の宗教に取り入れていくものではないのか?それを一切しないで他宗教を尊敬しているとしたら偽言だ。

174 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 09:01:20
>>173
>表向き戦争しなくとも、内心他宗教の相手を見下しているとしたらそれは問題だ。

それが問題かどうかは宗教によるのではないでしょうか。
内心を自由とする宗教があっても問題はないと思います。
カトリック的には問題でしょうが、ユダヤ教なら特に問題もなさそうです。

>俺が正統派だ原理主義者は異教徒だ、とカトリック教徒が言い
>いやわしが正統だ、ほかのは悪魔の教えだと原理主義者がいったら
>非キリスト者はどっちがキリスト者かわからないのだよ。

それは各自が判断することでしょう。
科学でも意見がわかれ、どれが正しいかわからなくなることはあると思います。

>あと、他宗教を尊敬しているというのなら、他宗教のよいところは素直に自分の宗教に取り入れていくものではないのか?
>それを一切しないで他宗教を尊敬しているとしたら偽言だ。

良いところは大体共通しています。十戒にあたるものは、仏教にもあります。
もっとも、何を「良いところ」とするかは立場によって違うでしょうが、
他所にはない「良いところ」というのはあまりないような気がします。
他宗教を尊重(尊敬ではない)するということは、人間が他人の人格を尊重するのと同じようなものでしょう。
人間それぞれ違っても、それはそれで尊いものだと思います。

175 :一言居士:2006/09/09(土) 09:35:14
>>174
レッテル貼りを慎まねばならないのは、原理主義者のみならず宗教(キリスト教)を批判する私どもにも当てはまるようですな。
気をつけます。

176 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 13:45:18
>>170

> どうぞご自由に。そういうことをしても貴方の精神が汚れるだけでしょう。
> そういう思考を持ってしまう貴方が気の毒です。

奴隷弱者である君は、力(ここでは論)では勝てないことを既に認めている。
力では勝てないから、道徳的精神上は勝っていると思いたいようだね。
その弱者の妬みこそが奴隷道徳のルサンチマンなのだよw

177 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 14:03:12
>>169

> 一般信者の対立とは無関係です。

だから一般信者と非一般信者(カルト・原理主義者)の違いはなんだね?

非一般信者は布教をするが一般信者はしないというのなら、
布教がなければ世界の75%が宗教者で占められる理由を説明できないし、
世界の4人に3人はそのカルト・原理主義者の布教によって支配されているのか?
と疑問を提出しているだろうが。これにきちんと答えよ。

まあ多分、また逃げ回ると思うから結論を書いておいてあげるよ。
要するに一般信者と非一般信者の違いなど解らないのだろう。
解らないが一般信者は神聖で善良なものだと思いたい。
その想いから善良である信者を一般信者と逆に位置付けたいだけなんだろう。
そういう欺瞞と転倒をするから愚か者と言われるのだよ。

178 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 17:29:04
>>176
>奴隷弱者である君は、

ということにしたいのですね。

>力(ここでは論)では勝てないことを既に認めている。

ということにしたいのですね。

>力では勝てないから、

ということにしたいのですね。

>道徳的精神上は勝っていると思いたいようだね。

ということにしたいのですね。

>その弱者の妬みこそが奴隷道徳のルサンチマンなのだよ

ということにしたいのですね。

以上すべて私には当てはまりません。ご愁傷様。

179 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 17:36:33
>>177
>布教がなければ世界の75%が宗教者で占められる理由を説明できないし、

別に説明できないわけではないでしょう。パーセンテージが問題でもないと思います。
逆に布教がなければ、何パーセントが限界なんですか?
自分から入信するのは布教ではないですし、幼児洗礼とかは布教とは普通は呼びません。
子孫が100%受け継げば、所謂布教ではなくても、時間とともに宗教者の割合は100%に近づいていきます。
一人当たり受け継ぐ子孫が平均二人いると考えれば、10代続けば1000倍になります。

180 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 17:39:35
>>177
>要するに一般信者と非一般信者の違いなど解らないのだろう。

貴方がわからないからと言って、他の人がすべてそうだとは限りません。

>解らないが一般信者は神聖で善良なものだと思いたい。

ということにしたいのですね。
一般信者は神聖で善良なだなんて考えは、少なくともカトリックにはないでしょう。
罪がない人なら来なくていいと言われるぐらいですよ。

>その想いから善良である信者を一般信者と逆に位置付けたいだけなんだろう。

ということにしたいのですね。

>そういう欺瞞と転倒をするから

ということにしたいのですね。

>愚か者と言われるのだよ。

貴方が言っているだけですね。馬鹿馬鹿しい。

181 :一言居士:2006/09/09(土) 17:40:18
カトリックもかつては布教したのだよ。ザビエルが何で日本に来たと思って?

182 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 17:44:22
>>181
まあ、確かにそういう時代もありました。十字軍の問題もありました。
科学を不当に弾圧していた時代もありました。

しかし、現在ではそういうことはありませんし、
そのことについては間違いを認めていますね。少なくともカトリックは。

183 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 19:24:07
>>178,180
会話すらまともにできないようだね。
ということにしたいのですね。 と何回書き込んでいるんだよw
精神が不安定なら無理に書かなくてもいいよ。

>>179

> 一人当たり受け継ぐ子孫が平均二人いると考えれば、10代続けば1000倍になります。

まるでネズミ講・マルチ商法みたいな発想だねw
布教とは宗教を広めることであり、
人間Aが人間Bにある宗教を教え、入信・信仰させることなのだよ。
人間Aと人間Bが他人同士なら布教で、
人間Aと人間Bが親と子なら布教ではない
という理屈はどこからくるのかね。
よく考えてみたまえ、親が子に教えるのも布教なんだよ。
もう一度言うが、宣教者=非一般信者(カルト・原理主義者)ならば
子に宗教教義を教える親はカルト・原理主義者となってしまうんだよ。
世界の大多数(75%)はそのカルトまがいの親とお馬鹿な子ばかりなのかねw

あと、自ら入信するのは布教じゃない云々といっておるが
入信するきっかけになったものはなんだね?
そのきっかけが布教の一部であることに何故気づかないのかねw

184 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 19:45:34
>>183
>ということにしたいのですね。 と何回書き込んでいるんだよw

根拠もなく貴方の願望でしかないので、
貴方が、そういうことにしたいのだろうという意味で
「ということにしたいのですね。」
とコメントしたまでです。

>精神が不安定なら無理に書かなくてもいいよ。

ということにしたいのですね。

185 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 19:56:27
>>183
>まるでネズミ講・マルチ商法みたいな発想だねw

そういうものと結び付けようとする発想が下衆だと思います。
商売ではないのだから、文化、伝統の伝播と考えの方が近いですよ。

>人間Aと人間Bが親と子なら布教ではない
>という理屈はどこからくるのかね。

理屈ではなく、通常「布教」とは言わないです。
しかし、貴方が勝手にそう思うのは自由です。

>よく考えてみたまえ、親が子に教えるのも布教なんだよ。

貴方が勝手にそう思っているだけですね。もちろんそう思うのは自由です。
クリスマスソングを歌うだけでも布教とか言い出しそうですね。

>もう一度言うが、宣教者=非一般信者(カルト・原理主義者)ならば

その前提がおかしいと思います。宗教によっては宣教は別に問題ないでしょう。
ユダヤ教は布教も宣教もしませんが。

>入信するきっかけになったものはなんだね?
>そのきっかけが布教の一部であることに何故気づかないのかねw

まあ、貴方が宗教的芸術作品の展示や、
クリスマスソングを流す等も布教と言うのなら、
貴方の世界の中では布教ということになるでしょうが、
通常、そういうものまで布教とはいいません。

186 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 20:23:57
>>185

> その前提がおかしいと思います。宗教によっては宣教は別に問題ないでしょう。

まあカトリック限定でもいいのだが、君のいう前提
「宣教者=非一般信者(カルト・原理主義者)」
に懐疑しているのだよ。

> まあ、貴方が宗教的芸術作品の展示や、
> クリスマスソングを流す等も布教と言うのなら、
> 貴方の世界の中では布教ということになるでしょうが、
> 通常、そういうものまで布教とはいいません。

親が子とクリスマスソングを歌うことと、
親が子に教義を教えることの違いはわかるよね?
布教・宣教についての一般的知識がないなら辞書でも調べてみては?
クリスマスや芸術鑑賞、初詣にお盆のような慣習を布教とはいっておらず、
親と子の関係における宗教の伝達行為だけ布教ではないと
なぜ特別扱いするのかを聞いている。

187 :マユルド ◆Kn6tS7GZtY :2006/09/09(土) 20:34:16
2chで其の話題大ーい丈ー夫かーぁ?

188 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 20:48:47
>>187
そろそろこのネタで引っ張るのは飽きてきた・・
次のネタどうそw

189 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 21:03:57
親が子に、自分の信仰を伝えよう(伝えたい)とすることは、一般にキリスト教界
では、「信仰の継承」と言っているようです。
広義にとれば、布教とも言えるでしょう。
ところで、もう少し、大きな視点で重みのある言はしないのですか。

190 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 21:09:06
>>186
>> まあ、貴方が宗教的芸術作品の展示や、
>> クリスマスソングを流す等も布教と言うのなら、
>> 貴方の世界の中では布教ということになるでしょうが、
>> 通常、そういうものまで布教とはいいません。
>親が子とクリスマスソングを歌うことと、
>親が子に教義を教えることの違いはわかるよね?
>布教・宣教についての一般的知識がないなら辞書でも調べてみては?
>クリスマスや芸術鑑賞、初詣にお盆のような慣習を布教とはいっておらず、
>親と子の関係における宗教の伝達行為だけ布教ではないと
>なぜ特別扱いするのかを聞いている。

その箇所は、

>入信するきっかけになったものはなんだね?
>そのきっかけが布教の一部であることに何故気づかないのかねw

に答えた部分であって、「親と子の関係」の部分ではありません。
別の問題や回答を混ぜていい加減なことを書かないでください。

191 :一言居士:2006/09/09(土) 21:13:40
不毛な論争が続く続く・・・

192 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 21:16:51
>>186
>親が子に教義を教えることの違いはわかるよね?

教義というのはどこから教義ですか?
どこまでなら教義にならず、どこからなら教義になるのですか?
例えば、道徳として十戒と同じことを説明するのも布教ですか?
神様とか仏様という言葉を出したらそれで布教ですか?
釈迦とかイエスとか偉人の説明をしたら布教ですか?

まあ、貴方がそういうものを布教と考えるならそれはそれでいいと思います。
私はそういうものは布教とは考えません。
議論を続けるなら、以後、両者はそれぞれそういう定義をしている前提で展開すればよいと思います。

193 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 21:44:14
くだらないからニーチェの話を戻そうか・・

194 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 21:54:39
しかしニーチェの話題だと食いつきが悪いというジレンマが・・w

195 :一言居士:2006/09/09(土) 22:01:21
キリスト教の神は善のみの神。だが、我々は善の感情、愛や許しだけで生きているのではない、悪の感情、怒りとか嫉妬とかもある。
悪の感情を認めようとしない神などいらないって、「キリスト教は邪教です!」にありませんでしたっけ?

196 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 22:18:29
>>194
別に食いつきが悪くてもいいだろ。くだらない議論や煽りがない方がマシだ。

197 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 22:21:56
>>195
>キリスト教の神は善のみの神。

これは違います。

198 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 22:24:50
「たぶん、私は誰にも劣らぬ釣り上手だ。
・・・・・・何も釣れなかった。だが、それは私のせいではない。
魚がいなかったのだ・・・・・・」

まさにコレだな

199 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 22:30:45
信仰を持つことは良いことだ。
俺にとっては願い下げだがな

200 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 22:47:32
>>195

ニーチェはキリスト教が、神への絶対的服従によって
人間として本来持つべき感情・考える力を失うことや、
その人間としての感情・本能までも「悪」とする態度を批判しており、
人として自分自身の能動性を覚醒した人間の力=力への意志によって
自身を高めることを「善」。奴隷的弱者の強者への妬み=ルサンチマンを
持つ弱い人間を「悪」。と主張してますね。

>>198
本音:
食いつく魚が感情論まるだしの阿呆で、得意分野であるカトリックの知識の欠片すら
提出できない雑魚だから、得るものが無く嫌気がさしたw

201 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 23:13:42
>>200
>食いつく魚が感情論まるだしの阿呆で、得意分野であるカトリックの知識の欠片すら
>提出できない雑魚だから、得るものが無く嫌気がさしたw

ということにしたいのですね。w


202 :考える名無しさん:2006/09/09(土) 23:29:16
そもそも「キリスト教は邪教!」=「アンチクリスト」は
キリスト教徒を扇動しキリスト教を破壊するために書かれた書物である。
ニーチェは人類史上、最もキリスト教を扇動し混乱させた人物なのである。

彼は言う。
イエスはブッダであり、僧侶は詭弁者であり、パウロはルサンチマンそのものであり、
キリスト教は病気であり、その信徒は魂の汚された病人である。
病気を治すためには病原であるキリスト教を破壊するべし。と。

要するにキリスト教とその信者を扇動し、破壊する行為そのものが彼自身にとっての
「力への意志」の真の意義・実現化だったのかも知れない。
つまり、キリスト教徒を扇動せよ〜破壊せよ〜w これが彼の全てw

>>201
しつこいよ君! ということにしたいのだよw

203 :考える名無しさん:2006/09/10(日) 00:02:15
ニーチェは仏陀を尊敬している

204 :考える名無しさん:2006/09/10(日) 00:35:26
>>202
それでは、あなたは、キリスト教をどう捉えているのか。

205 :考える名無しさん:2006/09/11(月) 03:01:58
>>202
だから、何??

206 :考える名無しさん:2006/09/11(月) 14:39:07
>>194
このスレにはキリスト教やニーチェの知識を持つ者が極端に少ない。
ということが実証されたね。

207 :考える名無しさん:2006/09/11(月) 18:29:26
世界はキリスト教によって救われるかキリスト教から世界を開放するか 
そのどちらかしかないんだけど聖書という書物が存在する以上世界は聖書のシナリオ
どおり動く。誰かが聖書の抹殺を声高に宣言し実行しない限り・・。
でもキリスト教徒である俺はニーチェよりイエス・キリストを選ぶ。
なぜか?ニーチェを読むともはや正常でいられなくなる自分がいるからだ。
はじめに言があった。この句が今の俺の世界観でいま自分が終末を生きているということを実感
している。残念ながらイエス・キリストを受け入れないものには救いは与えられない。

私からすれば存在するのは神と神の言葉だけで他はすべて幻影に過ぎない。

208 :考える名無しさん:2006/09/11(月) 19:02:22
>>207
結局、利己か利他か。この二元論でしかない。
キリスト教は利他、ニーチェは利己を善としている。
社会共産主義は利他、自由資本主義は利己。
人間の理性・精神は利他性の正しさを認識するが、
同時に完全なる利己性である人間の動物的個我(本能)も肯定する。
どちらが正常かではなくどちら側についたほうが有利か
自身が判断し決断しなければならない。

209 :考える名無しさん:2006/09/11(月) 21:39:59
>>208
どっちかに偏る必要はない。
半ばは己のことを考え、半ばは他人のことを考え、
両者に利益が出るようにすればいい。

210 :一言居士:2006/09/11(月) 22:21:11
>>207
そうですか。あなたとは逆に聖書を読むと正常でいられなくなる私がいますw
ただ、聖書にもいい言葉はあることはあるのですが。

211 :考える名無しさん:2006/09/11(月) 22:28:10
咎めるつもりはないけれど、
哲学的にはそこででも「いい」と思う言葉にこそ注意を払ってみることに価値があるんだろうね

「なぜ私はその言葉を『いい』と思ったのか?」

212 :一言居士:2006/09/11(月) 22:44:22
>>211
我が意を得たりと思ったから。生き方にある程度参考になると思ったから。
少なくとも、善の意味での「いい」ではない。

213 :FSS:2006/09/12(火) 00:31:29
純粋な利他って幻想だと思うね。
最終的には利己に繋がるからこそ一見利他的な行為をする。

ニーチェって結局「人間なんて結局利己的なもんだろ!」って
言ってるような。

214 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 02:26:49
>>213
その問いはナンセンスであり不可知であって、
ある者の行為が利他か利己かの答えは自身しか知ることができず、
他者がそれを判断することは不可能。
利他心によって、人類の為に自身の命を投げ出したとしも
利己的に言えば、その者は有名になり虚栄心を満たすために
命を投げ出したかっただけだ。
などと恣意的な理由はいくらでも述べることができる。

ニーチェは確かに利己心(というか力への意志)を肯定しているが
その眼目は神への絶対服従によって、利己心の最大優勢項目である生命や
人間が人間であるための最低条件である精神・理性をコントロールし、
画一化するキリスト教的道徳とその利他心を批判することである。
キリスト教信者は、神に支配された奴隷機械なのであり、
画一化された思考停止人間・非人間的ロボットを救済するためには、
病理病原であるその教えを破壊することである。

215 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 02:38:32
>>214
寝ぼけてて日本語がおかしいので訂正。

× 利他心によって、人類の為に自身の命を投げ出したとしも
○ 利他心によって、人類の為に自身の命を投げ出したとしても

× 病理病原であるその教えを破壊することである。
○ 病理病原であるその教えを破壊しなければならない。と言っている。

216 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 05:21:42
キリスト教は利他??
そんなはずはない。

217 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 09:12:17
>>214
>病病理病原であるその教えを破壊しなければならない。

こういう考え方自体が、他の宗教や価値観を尊重しない、
原理主義やカルト、テロリストに近いものがある。
宗教を否定するあまり、悪化した宗教そのものになっている感じだ。
ミイラ取りがミイラになった典型例だろう。

実は「しなければならない」と思い込んでいるのは当人だけであって、
実際にそれが世界に必要かどうかとは関係がない。

218 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 09:15:46
世の中の流れや連環のままに自分を晒す。よくないとはわかるが永遠には程遠い。それには世の中の人が何かを理解して健全さをとりもどさなければならない

219 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 09:24:02
>>218
>健全さをとりもどさなければならない

こういう思考自体が、悪化した宗教の悪い例だろう。
健全とは誰にとってなのかを考えれば、それに同調する人間の押し付けになることは明白だ。
「〜しなければならない」と個人で考えるのは自由だろうが、
それを合意なく世界に押し付ければ、それ自体が悪になる。

220 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 09:28:12
 ● ● ● ● 最近の自民党の政策 ● ● ● ●

・”個人情報保護法案”で官僚の匿名性、責任逃れ、天下りを隠蔽。
・”人権擁護法案”にメディア規制条項を盛り込みメディア規制。

・”共謀罪”で管理社会化、批判鎮圧。
・”憲法改正案”で個人の権利大幅規制。(国民投票法案にもメディア規制を盛り込む)

・道路公団改革、郵政民営化ともに官僚に丸投げ骨抜き。無駄な高速9000`全線建設。
 持ち株会社化で責任は問われず浪費はし続けるという弊害を固定化。
・年金改革も保険庁の官僚の罪をなんら問うことなく、解体=単なる責任回避で国民に押し付け。

・医療改革でも1割から3割負担に3倍に負担増にしたにも関わらず、まだ”足りない”とさらに
 国民に押し付けようとしている。
・契約社員、パート労働者を増やして、将来に希望を持てない不安層を大量に作り出す。

その他
中韓ビザ免除、油田スルー、拉致家族放置プレー、外国人参政権、外国企業の政治献金解禁
カジノ構想(パチンコ業界利権)

そして先日、
・グレーゾーン廃止:現在15%以上の金利は裁判で違法が確定している。それを自民党は28%を
             合法化することを決定した。どんだけサラ金と通じているんだ。
・年金の一元化されず:厚生年金と共済年金は一元化されないことを決定した。
              毎年1兆6000億の税金が、厚生年金を崩壊させた役人の共済年金に
              投じられ続けるわけだ。

つまり今の自民党は、親朝鮮親中国の政策をたーっくさんやっているにも関わらず靖国参拝
などで保守のフリをし、サヨ朝鮮中国拒否感情をバネにして愛国主義、集団統制的思想を広め、
裏でメディア規制や表現の自由規制を行なおう、という戦略だ。

221 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 10:23:07
>220健全とは身体のことだ。身体が健全とは人間がまたは生物が知ってる健全だ。押し付けているものがあるとしたら人間がどちらかを選択した結果造られた規範なんかではないか?健全さは例えば地ベタに座ることなど体に良いことだ。

222 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 10:26:46
人間が永い間懸けて知っている奥深くにある健全性で社会も体があり精神のように統合されたものがあるので善悪は人間が知ってることでモラルは両方を含んでいて善悪は有るものだ

223 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 10:33:44
>>221
>身体が健全とは人間がまたは生物が知ってる健全だ。

そんなものは個体によって異なる。
キミの考える健全さが、他人に正しいわけではない。


224 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 10:40:56
社会に良いのが健全性だ。何でもないことは多いが社会にも健全性の強弱はある。自分自身の良いに比例していると考えていいだろう

225 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 10:44:42
つまり悪は善であり善は悪ではない。それで悪はないということになり悪は暗くて深い川になる

226 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 10:46:12
>>224
>社会に良いのが健全性だ。

社会といってもいろいろある。また社会自体、どういう広さの枠で考えるかについても個人差がある。
見方を変え、世界的に考えれば、無宗教に近い日本は異常で不健全とも言える。

227 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 10:54:48
宗教はこころを扱っている。何故そのようになったかはわからないが宗教は何かを閉じ善を保った。閉じられた善は真実をベースに時代に含まれ暗くてをも含んだでいる

228 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 11:01:18
おもしろくないことあらすかこんなにもいっぱいあって新しいいものが産出されているのにしりつくしてもしりつくせないし山ほどやることめ学ぶこともある

229 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 13:37:52
>>216
まずナザレのイエスがエルサレム神殿を頂点とするユダヤ教体制を批判する。
これを知ったユダヤ教指導者は、イエスを異端者(=現代でいうカルト)とみなし
イエスを死刑の権限を持つローマ帝国へ反逆者として渡し、
公開処刑(磔刑)を行う。これは新約聖書四福音書にあるお話。

イエスが全人類の身代わり(利他心)として贖罪したのか、
イエスのユダヤ教批判(利己心)vsユダヤ教保守派の反感(利己心)
という宗教対立の基本的構図(既存宗教者とその批判者による対立)
によって死に至ったのか。

キリスト教的解釈は前者であり、イエスは利他肯定の象徴である。
自己の生命すらその利他心・神への絶対信仰によって投げ出すことを美化
するキリスト教的利他心は、現代のイスラム原理主義者が引き起こす
自爆テロと同列の危険思想であり、そのような利他心の肯定・誤謬を
人間に教えるキリスト教は邪教であり病理だ!というわけなんです。

利他の完全肯定こそキリスト教そのものであり、そのテロリズムまがいの
思想を破壊すべしとするニーチェの思想はカルトではなく、
むしろ人間の生命や意志を尊重し、肯定するものである。

230 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 14:04:37
>>229
>現代のイスラム原理主義者が引き起こす自爆テロと同列の危険思想であり、

これは間違い。

>そのような利他心の肯定・誤謬を人間に教えるキリスト教は邪教であり病理だ!というわけなんです。

これも間違い。

キリスト教的利他とは、所謂ボランティアのように、
その場の社会に貢献するとするものであって、その場の社会を破壊するものではない。
社会=神と置き換えてみると、それに近いものであることがわかる。

キミはキリスト教の利他の「他」とは何であるか、その対象が何であるかを理解していない。

231 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 14:20:48
>>230

> これは間違い。

ということにしたいんですねw

> キリスト教的利他とは、所謂ボランティアのように、
> その場の社会に貢献するとするものであって、その場の社会を破壊するものではない。
> 社会=神と置き換えてみると、それに近いものであることがわかる。

ということにしたいんですねw

> キミはキリスト教の利他の「他」とは何であるか、その対象が何であるかを理解していない。

ということにしたいんですねw

君はキリスト教の贖罪や殉教についての理解が足りない。
贖罪や殉教がボランティアかどうかからまず勉強しましょう。

232 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 14:32:37
キリスト教的利他の有名な一例としてマザーテレサの行動が挙げられますが、
テロリズムとは全く異なるものです。

233 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 14:33:44
>>231
キミは、贖罪や殉教の話ではなく、「利他」の話だということがわかっていないと思われ。

234 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 14:36:19
それからキリスト教は贖罪や殉教を要求しているわけではない。

235 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 14:36:42
>>233

イエスの贖罪がキリスト教的利他心の象徴だといっているだろう。
イエスの贖罪なくしてキリスト教的利他をどう語るのかね。

236 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 14:50:27
>>234

キリスト教徒ではなくとも、ボランティア精神=利他心を持つ者は多数存在する。
そのボランティア精神の動機付けとなっているのがキリスト教徒の場合は、イエスの
贖罪である。
それを否定するならば、そもそも君はキリスト教徒ではなく、
ボランティア精神をなんとなく肯定するただの一般人=無宗教者
ということになる。

ここで言及するべき対象は、一般人のボランティア活動ではなく
キリスト教的利他行為である。
そのキリスト教的利他心の象徴であるイエスの贖罪を美化する態度は、
神の教えは絶対なのだから、たとえ我が身の命を投げ出したとしても
それは尊く美しいおこないである。とする自爆テロを同じ思想である。

237 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 15:40:05
>>235
>イエスの贖罪がキリスト教的利他心の象徴だといっているだろう。

誰が?

>イエスの贖罪なくしてキリスト教的利他をどう語るのかね。

イエスがどうであれ、
キリスト教的利他はマザーテレサの行動のように語る事ができる。


238 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 15:43:23
>>236
>キリスト教徒ではなくとも、ボランティア精神=利他心を持つ者は多数存在する。

そうですね。

>そのボランティア精神の動機付けとなっているのがキリスト教徒の場合は、イエスの贖罪である

いいえ、違います。
貴方がキリスト教徒なら誤解していますし、そうでないなら現実のキリスト教を知らないのでしょう。

>それを否定するならば、そもそも君はキリスト教徒ではなく、

キリスト教徒かどうかは貴方が決めることではありません。

>とする自爆テロを同じ思想である。

全然違います。
キリスト教では自殺は許されません。また殺人も許されません。


239 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 16:03:57
>>237-238
また君か。
君の論法は「それは違う、○○を知らないからそう言っている」
という言のみで、その○○についてなんら具体性のある論はない。
そういう切り替えしは、小学生でも言うことができる馬鹿の論なのだよ。
あえて言うと、君はキリスト教・ニーチェ・哲学・宗教のみならず議論の仕方すら知らない。
荒れるから感情論のみなら人生相談板か宗教板にでも逝ってくれ。
要するに、3年ROMれ!ということなんですよ。

240 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 16:05:49
そしてまた
「ということにしたいのですね」
と書くのだろう・・


241 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 16:58:35
「神こそすべて」「真理は神」「イエスの贖罪は善」・・・
このようにキリスト教に支配されたものは、その絶対的信仰により
物事を自分で考え、改善してゆく能力=考える力が欠落します。
キリスト教・神は絶対であり、それさえ信じていれば賢い人間である、
救われるなどとした誤謬が、不勉強さを増長させる要因なのかも知れません。

アイザック・アシモフが小説「アイ、ロボット」で書いたロボットの三原則は、
(1)ロボットは人間に危害を加えてはならない
(2)ロボットは(1)に反しない限り人間から与えられた命令に服従しなければならない
(3)ロボットは(1)及び(2)に反するおそれのない限り自己を守らなければならない
でありますが、

キリスト教に精神を支配されたキリスト教信者=非人間的ロボットの三原則は、
(1)人間は神を懐疑してはならない
(2)人間は(1)に反しない限り神から与えられた命令に絶対的服従をしなければならない
(3)人間は(1)及び(2)に反するおそれのない限り、自己の生もしくは他者の生を害してもかまわない
なのであります。

人間として神を懐疑する行為、つまり自由な思考すら悪とし、
人間を思考停止状態に陥れ、非人間的ロボットを量産する疫病が、
キリスト教そのものなのなのです。
ニーチェはその疫病から人間を救い、治療する人類の医者といえましょう。

242 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 16:58:59
>>239
>という言のみで、その○○についてなんら具体性のある論はない。

貴方がそう思うのなら、勝手にそう思っていればいいでしょう。

>あえて言うと、君はキリスト教・ニーチェ・哲学・宗教のみならず議論の仕方すら知らない。

ということにしたいのですね

>荒れるから感情論のみなら人生相談板か宗教板にでも逝ってくれ。

ということにしたいのですね

>要するに、3年ROMれ!ということなんですよ。

キミがそうすれば?

まあ、キミがどうしようと、私は私で、キミが間違っているところを訂正するまでです。
それについてどう判断するかは、読み手が決めればいいと思います。


243 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 17:02:05
>>241
>このようにキリスト教に支配されたものは、その絶対的信仰により
>物事を自分で考え、改善してゆく能力=考える力が欠落します。

そういうことはありません。

>キリスト教・神は絶対であり、

ここは否定できませんが、

>それさえ信じていれば賢い人間である、

そういうことはありません。

>救われるなどとした誤謬が、不勉強さを増長させる要因なのかも知れません。

なので、全く無関係です。

244 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 17:04:01
>>241
>人間として神を懐疑する行為、つまり自由な思考すら悪とし、

していません。

>人間を思考停止状態に陥れ、非人間的ロボットを量産する疫病が、
>キリスト教そのものなのなのです。

貴方の妄想ですね。

245 :一言居士:2006/09/12(火) 17:11:34
気をつけねばならないのは、ニーチェの言動を宗教化してしまうこと。つまり反キリスト教を「信仰」してしまうことである。

246 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 17:19:20
>>242
君の方法論を真似するよ。いかに馬鹿な行為であるかわかるだろう。

> 貴方がそう思うのなら、勝手にそう思っていればいいでしょう。
なんで?

> >あえて言うと、君はキリスト教・ニーチェ・哲学・宗教のみならず議論の仕方すら知らない。
> ということにしたいのですね

ということにしたいのですね

> >荒れるから感情論のみなら人生相談板か宗教板にでも逝ってくれ。
> ということにしたいのですね

ということにしたいのですね

> >要するに、3年ROMれ!ということなんですよ。
> キミがそうすれば?
君がいけよ。

> まあ、キミがどうしようと、私は私で、キミが間違っているところを訂正するまでです。
> それについてどう判断するかは、読み手が決めればいいと思います。
なんで?それは君の妄想だよ。

・・・馬鹿さ加減がわかったかい?w もう書かないでいいよ。

247 :一言居士:2006/09/12(火) 17:28:13
クリスチャン(カトリック)vsニーチェ信奉者の論戦。平行線の議論w

248 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 17:31:54
>>246
>なんで?

どう思うかは人の自由。法によって内心の自由が保証されている。

>ということにしたいのですね

日本語として文章がつながっていないと思います。

>君がいけよ。

キミが行けよ。言いだしっぺはキミだから。

249 : ̄ ̄\| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ :2006/09/12(火) 17:35:21

        彡川三三三ミ               _
       川川 ::::::⌒ ⌒ヽ          /  ̄   ̄ \
      川川::::::::ー◎-◎-)         /、          ヽ
     .川(6|::::::::  ( 。。))         |・ |―-、       |
   , ―-、川;;;::∴ ノ  3  ノ        q -´ 二 ヽ      | 何言ってんだこのキモオタ
   | -⊂) \_;;;;;;;;;;;;;;;;ノ          ノ_ ー  |     |
    | ̄ ̄|/ (_ ∧  / 、 \        \. ̄`  |      /
    ヽ  ` ,.|     ̄  |  |         O===== |
      `− ´ |       | _|        /          |
         |       (t  )       /    /      |

250 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 17:41:52
>>248
あ〜あ。予想通り荒れてしまったな。飽きるまで付き合うか。

> どう思うかは人の自由。法によって内心の自由が保証されている。

ということにしたいのですね。

> 日本語として文章がつながっていないと思います。

ということにしたいのですね。

> キミが行けよ。言いだしっぺはキミだから。

なんで? はやく消えろよww

251 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 17:44:55
>>247
まあ、キリスト教の現状を把握した上で、ニーチェの論を検証するのならいいのですけどね。
対象が、ニーチェではなくキリスト教になっているのが既におかしいと思います。

252 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 18:19:56
>>247
> クリスチャン(カトリック)vsニーチェ信奉者の論戦。

ここはニーチェの「アンチクリスト」についての論を議論する場所であって
彼の論を信仰しているのでなく、その論と私の考えを照らし合わせて
主張しているだけ。
そもそも哲学は、神の存在性や、神=真理という立場を懐疑・批判・否定
する立場でしょうが。
ニーチェの永劫回帰・ルサンチマン・力への意志・超人思想などを信仰せず
とも自ずとキリスト教に対する批判は出てくるわけ。

> 平行線の議論w

どこかの馬鹿のせいで議論にすらなっていない・・

>>251
> まあ、キリスト教の現状を把握した上で、ニーチェの論を検証するのならいいのですけどね。

それは哲学の現状をしらない君の妄想だよ。
そう思うのは勝手だが、現状は全然違うよ。

> 対象が、ニーチェではなくキリスト教になっているのが既におかしいと思います。

ということにしたいのですね。

で?この方法論が荒れるだけの馬鹿の論だということがわかったかい?
わかったらまともな反論を書いてみろよ。それができないなら3年ROMれ。

253 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 18:46:08
>>252
>ここはニーチェの「アンチクリスト」についての論を議論する場所であって

これは同意。

>彼の論を信仰しているのでなく、その論と私の考えを照らし合わせて主張しているだけ。

ここはキミの意見を主張するところではないだろ。
彼の論についてのキミの意見なら別だが、キミがキリスト教に言及するのはおかしい。

>そもそも哲学は、神の存在性や、神=真理という立場を懐疑・批判・否定
>する立場でしょうが。

哲学は、神に関しては、肯定も否定も関係ないと思います。
哲学とはそういうものだとするのなら、脳内以外のソースを出してください。

>どこかの馬鹿のせいで議論にすらなっていない・・

キミが馬鹿だから、自分の間違いがわかんないんだろうね。

>> まあ、キリスト教の現状を把握した上で、ニーチェの論を検証するのならいいのですけどね。
>それは哲学の現状をしらない君の妄想だよ。
>そう思うのは勝手だが、現状は全然違うよ。

意味不明。「ニーチェの論を検証するのならいい」についての反論になっていません。

>> 対象が、ニーチェではなくキリスト教になっているのが既におかしいと思います。
>ということにしたいのですね。

いいえ。私の「思い」です。したいのではなく事実です。

254 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 18:55:44
>>252
>そもそも哲学は、神の存在性や、神=真理という立場を懐疑・批判・否定
>する立場でしょうが。

そんなことはないだろ。神=真理という定義なら、否定するのは無理。
神をどういう定義しているの?


255 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 18:56:33
>>253

> ここはキミの意見を主張するところではないだろ。
> 彼の論についてのキミの意見なら別だが、キミがキ
> リスト教に言及するのはおかしい。

ということにしたいのですね。んじゃ誰の意見を主張をする場なんだね。
君の意見を書く便所の落書きなのかね。本物の馬鹿か?

> 哲学は、神に関しては、肯定も否定も関係ないと思います。
> 哲学とはそういうものだとするのなら、脳内以外のソースを出してください。

これは間違い。きちんと「懐疑」と書いてある。
哲学の意味から勉強しなおしましょう。

> キミが馬鹿だから、自分の間違いがわかんないんだろうね。

ということにしたいのですね。
君が小学程度の間違いばかりするから私の論を誤解しているだけ。

> 意味不明。「ニーチェの論を検証するのならいい」についての反論になっていません。

これも間違い。それは君の妄想であって一般論ではない。

> いいえ。私の「思い」です。したいのではなく事実です。

ということにしたいのですねw
くだらなさすぎて、へそで茶を沸かしますなww

256 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 18:57:23
>>254
不可知論からやり直しては?

257 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 19:31:38
> そういう切り替えしは、小学生でも言うことができる馬鹿の論なのだよ。
> あえて言うと、君はキリスト教・ニーチェ・哲学・宗教のみならず議論の仕方すら知らない。
> 荒れるから感情論のみなら人生相談板か宗教板にでも逝ってくれ。
> 要するに、3年ROMれ!ということなんですよ。

この言及につきるな。実にくだらない。
「あえて言うと、君はキリスト教・ニーチェ・哲学・宗教のみならず議論の仕方すら知らない」
ここは図星なのだろう。知識がないのだから謙虚にROMっていたまえ。
煽りには過剰反応するが、一言もまともな論を書けないことは揺るがない事実なんだよ。
それを否定するなら、君のキリスト教の知識とやらを書いてみたまえ。
それとも何も書けずにただ否定するだけの馬鹿か?

258 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 19:49:53
>>241(自己レス)
> 「神こそすべて」「真理は神」「イエスの贖罪は善」・・・
> このようにキリスト教に支配されたものは、その絶対的信仰により
> 物事を自分で考え、改善してゆく能力=考える力が欠落します。
> キリスト教・神は絶対であり、それさえ信じていれば賢い人間である、
> 救われるなどとした誤謬が、不勉強さを増長させる要因なのかも知れません。
>
> アイザック・アシモフが小説「アイ、ロボット」で書いたロボットの三原則は、
> (1)ロボットは人間に危害を加えてはならない
> (2)ロボットは(1)に反しない限り人間から与えられた命令に服従しなければならない
> (3)ロボットは(1)及び(2)に反するおそれのない限り自己を守らなければならない
> でありますが、

> キリスト教に精神を支配されたキリスト教信者=非人間的ロボットの三原則は、
> (1)人間は神を懐疑してはならない
> (2)人間は(1)に反しない限り神から与えられた命令に絶対的服従をしなければならない
> (3)人間は(1)及び(2)に反するおそれのない限り、自己の生もしくは他者の生を害してもかまわない
> なのであります。

> 人間として神を懐疑する行為、つまり自由な思考すら悪とし、
> 人間を思考停止状態に陥れ、非人間的ロボットを量産する疫病が、
> キリスト教そのものなのです。
> ニーチェはその疫病から人間を救い、治療する人類の医者といえましょう。

しかし、キリスト教に毒された思考停止人間はまともな議論すらできない。
よって、論による治癒は困難なのかもしれない。

259 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 21:36:31
>>255
>これは間違い。きちんと「懐疑」と書いてある。

懐疑も関係ありません。
そもそも貴方の神の定義が何かによるわけで、
定義も無しに懐疑も糞もないでしょう。

260 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 21:38:18
>>257
>それとも何も書けずにただ否定するだけの馬鹿か?

間違いを指摘しただけですが、何が不適切に否定されましたか?

大抵、馬鹿とか言い出す方が馬鹿だと思います。


261 :一言居士:2006/09/12(火) 21:40:04
>>260
間違いを指摘するだけで、自分の意見を述べないのを否定というのです。

262 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 21:40:29
>>258
>しかし、キリスト教に毒された思考停止人間はまともな議論すらできない。

私が仮にそういう人間だとしても、その少ないサンプルで断定するのであれば、
論理的な思考能力が欠如しているのだと思います。
必要条件と十分条件の違いがわかっていないと思われます。

263 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 21:42:07
>>261
自分の意見があるかは関係ないでしょうし、適切な否定なら問題ありません。
1+2=4が間違いであり、3だとするのに、自分の意見も糞もありません。

264 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 21:47:25
>>235
>イエスの贖罪がキリスト教的利他心の象徴だといっているだろう。

誰が?

>イエスの贖罪なくしてキリスト教的利他をどう語るのかね。

イエスがどうであれ、
キリスト教的利他はマザーテレサの行動のように語る事ができる。


265 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 21:49:06
>>236
>そのボランティア精神の動機付けとなっているのがキリスト教徒の場合は、イエスの贖罪である

いいえ、違います。
貴方がキリスト教徒なら誤解していますし、そうでないなら現実のキリスト教を知らないのでしょう。

>それを否定するならば、そもそも君はキリスト教徒ではなく、

キリスト教徒かどうかは貴方が決めることではありません。

>とする自爆テロを同じ思想である。

全然違います。
キリスト教では自殺は許されません。また殺人も許されません。


266 :一言居士:2006/09/12(火) 21:50:01
>>263
1+2=4が間違い(相手の意見)なら1+2=3と正解(自分の意見)を示すのはいけないことでしょうか?


267 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 22:02:33
>>266
まっとうなことです。
しかし、今相手にしてる者に対しては無駄なことです。

それと蛇足ですが、>>261で「間違いを指摘する」と言ったら
それが間違いだと認めるハメになります。
「間違いだと指摘する」と表現した方がベターかと。

ごくごくつまらないことですが、
我々が相手にしているのは喜んでそのようなところに付込むものです。

268 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 22:13:42
>>266
>1+2=4が間違い(相手の意見)なら1+2=3と正解(自分の意見)を示すのはいけないことでしょうか?

良いことだと思いますが、
その正解は、自分の意見(ありふれているので)と言うほどのものだとは思いませんでした。
まあ、そういう形になるように気をつけます。

269 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 22:14:32
>>267
>しかし、今相手にしてる者に対しては無駄なことです。

無駄だと思うのなら黙っているのがよろしい。

270 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 22:30:53
まず話す相手に、その話題の知識があるかどうかを確認することが
議論をする上で最も重要な条件である。
否定論者の君。君がかつての共産党のような
「自民党の主張はなんでかんでも無条件に反対する」
とした馬鹿ではないなら、まず君の論を書いてみたまえ。
馬鹿を相手にする暇は生憎持ち合わせていないのでね。
「1+2=4」が「キリスト教は邪教」で、
「1+2=3」が「キリスト教は正教」というのなら
その正しさについて、キリスト教が邪教ではないとする論を
キリスト教擁護側の立場から書いてみせよ。(たぶんできないんだろうけどね)
これをしない場合、君はキリスト教の知識すらなく、
ただの否定論者であり、単なる荒らしだと認定せざるをえないね。

271 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 22:40:06
>>270
何か勘違いしていらっしゃるようですが、
私はキリスト教が正教だと主張するつもりはありません。
貴方が邪教とするまでの筋道に間違いがあると申し上げているだけです。
なお、無条件に反対しているわけではなく、正しいところには同意をしています。

272 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 22:44:50
>>270
>ただの否定論者であり、単なる荒らしだと認定せざるをえないね。

まあ、キミが心の中で勝手に認定するのは自由ですが、
ただの否定論者ではないと申し上げておきます。
某ヨハネ氏を私が移動させたように、問題のあるキリスト教徒には私も批判的です。

273 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 22:44:52
>>262

> >しかし、キリスト教に毒された思考停止人間はまともな議論すらできない。
>
> 私が仮にそういう人間だとしても、その少ないサンプルで断定するのであれば、

んじゃ君の意見はキリスト教者の中ではマイノリティーの異端者=カルトなのだね。
君の意見=一般的キリスト教者でないとすれば、

> しかし、キリスト教に毒された思考停止人間はまともな議論すらできない。

ここの部分を訂正しなければならないが。
君はキリスト教徒一般なのかカルトなのか。
その答えは君自身がよく解っていると思うがね。

274 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 22:54:31
>>271-272
そのくだらない弁は聞き飽きた。
でなに?その間違いの根拠をきちんと書けと言っているだろう。
単に「それは間違い」「ということにしたい」「それは君の妄想」「現場ではそうではい」
と書き綴ってなんの意味があるのだね。
どのような論に対してもその子供染みた否定をできるのだよ。
そういう否定の仕方は馬鹿でもできる。と再三いっているだろう?

A「1+1は2である」
B[ということにしたいですね。それは間違いで君の妄想で数学の現場ではそうではない。それが常識だよ」

君がAならBのこの弁に対してどうするのかね。
A「だからなに?間違いだという根拠を具体的に述べよ」
となるだろう。君はその具体性に欠けているのだよ。
わかったかい?

275 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 23:16:47
>>269
>>267の書き込みは一言居士さんに対してのものです。
一言居士さんに対しては無駄ではないと思ったから書いたまでです。
私もあなたの言う通り無駄なことは嫌いですから。

誰もあなたに対して言ってないってことですよ。
そのくらいは理解できますよね。
理解できると思うから書かせてもらいました。以上

276 :一言居士:2006/09/12(火) 23:26:39
>>275
確かに彼らのうちの誰かが言った「キリスト教の自己犠牲精神は自爆テロと同質」というのは、論理の飛躍ですな。批判になってない。
だから、論理性に欠ける人間に何か言っても無駄なのかもしれません。

277 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 23:37:02
昔々、ヨゼフとマリアという、それはそれは仲のよい男女がいました。
2人は結婚していませんでしたが、それなりに幸せな毎日を送っていました。

ある日、マリアは自分が妊娠していることに気づきました。父親はヨゼフ。
さぁ、大変! ここは戒律の厳しい宗教が支配する地。
結婚していないのに子供ができた、つまり性交渉を持ったことが知れたら、
どんな目にあわされるか、わかりません。
今結婚しても、子供が生まれた日から逆算されると、ヤッたのが婚前であることは
すぐにバレてしまいます。

大ピンチのヨゼフとマリア。苦し紛れにひねくり出したのが
「処女懐妊、神様から授かった子である」
といういい加減な代物。これで周囲が納得するとはとても思えなかったのですが、
意外や意外、つらい毎日に耐える民衆には大うけ。
神様と同格に祭り上げられてしまったばかりか、高名な3人の僧侶も遠くから
わざわざ祝福にやってくるという始末。

予想以上に騒ぎが大きくなってしまい、引っ込みがつかなくなったヨゼフとマリア。
こうなったら、産まれてくる子をホントの神様のような聖人として育てるしかない。

というわけで、その子は産まれたときから聖人としての英才教育を受け、
やがて世界中に信者を持つ宗教が創始されることになったのです。


278 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 23:40:58
>>273
>> 私が仮にそういう人間だとしても、
>んじゃ君の意見は

「仮に」と書いているように、仮定の話です。

279 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 23:44:31
>>274
>でなに?その間違いの根拠をきちんと書けと言っているだろう。

それは主張する側がまずすること。
その主張に根拠がないから否定されるわけ。

>A「1+1は2である」
>B[ということにしたいですね。それは間違いで君の妄想で数学の現場ではそうではない。それが常識だよ」

そう答えるのが正しい場合もあるし、そうでない場合もある。
それは場合によりけり。
例えば、定義が違う場合、それは間違いを指摘するしかできない。
「1+1は2である」に対して、「1+1は2でない」というのでも十分な場合がある。

280 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 23:44:51
ニーチェの最も恐れていたことは、
このような非人間的ロボットの非宗教者に対する復讐心なのかもしれない。
キリスト教に汚染された奴隷機械は、神という一元論でしか物事を思慮でき
なくなり、汚染されていない者との知的力関係において、弱者=被支配者側になら
ざるをえない。その弱者の持つルサンチマンは、根拠のない否定や復讐心に
繋がるのである。

キリスト教を破壊するべきか、その疫病に感染した教徒を治療すべきか。
その教徒の病状が軽度の風邪=キリスト教をある程度知っているくらいなら、
薬(論)により治癒できるのだが、末期ガン患者=思考・生活・行動規程の全てが
キリスト教に侵されている場合は手遅れなのである。
残念ながらその末期ガン患者に対しては余命を宣告せず、
ただ見守るほか救済手段は無いのである。

281 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 23:48:57
>>277
仮にそうだとしても別に良いのではないでしょうか。
一体何が問題なのでしょう。

282 :考える名無しさん:2006/09/12(火) 23:54:44
>>280
>非宗教者に対する復讐心なのかもしれない。

普通の信徒にはそんな感情はありません。

>汚染されていない者との知的力関係において、弱者=被支配者側になら
>ざるをえない。

全くハズレですね。米国の科学者の多くもキリスト教徒です。
ユダヤ教にいたっては、アインシュタインをはじめ、天才が数多くいますね。

>その弱者の持つルサンチマンは、根拠のない否定や復讐心に繋がるのである。

キリスト教徒は既に弱者ではありません。

>ただ見守るほか救済手段は無いのである。

そう思うなら放置すればいいでしょう。
どんなくだらない趣味であっても、本人の価値観は尊重されるべきです。

283 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 00:20:37
一部、病理のように噛み付く狂犬がいるようですな。
凄まじいルサンチマンを持つこの検体をどのように処置すべきか。
キリスト教は精神まで食い荒らしてしまう・・ということを実証するため
にこの狂った犬は書き込んでいる・・としか思えませんね。
狂犬へのエサは慎重に・・。

284 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 00:27:06
>>283
>一部、病理のように噛み付く狂犬がいるようですな。

穏やかな書き込みではありませんね。
そう思いたいのでしょうかねぇ。

>凄まじいルサンチマンを持つこの検体をどのように処置すべきか。

私は持っていませんけどね。気の毒には思っています。


285 :FSS:2006/09/13(水) 00:32:10
レスの進み具合が早いねw

>>214
>その問いはナンセンスであり不可知であって、
>ある者の行為が利他か利己かの答えは自身しか知ることができず、
>他者がそれを判断することは不可能。

人が己の行為を選択する際、自分の価値観に基づいて最善と思う選択をしますよね?
ならば、どのような行為であれ自己の最大利益を図るものだと言えなくもない・・・

というのは変な論理でしょうか?


286 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 00:33:56
>>284
で、聖書に銘記している最期の審判なるイベントはいったいいつ実施されるの?

287 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 00:40:04
>>276

> 「キリスト教の自己犠牲精神は自爆テロと同質」というのは、論理の飛躍ですな。批判になってない。

どこが論理の飛躍か指摘してもらえないでしょうか。

私の論は次の通りです。

「キリスト者はイエスの贖罪=殉職を美化肯定している」
まず、キリスト教的利他心の根源はイエスの贖罪であるか
について、私は根源は贖罪であると主張します。なぜならイエスの贖罪=
神への罪から救うためにキリストが、全人類に代わって十字架にかかって死んだこと
こそがイエスをキリスト=メシア=救世主であることを裏付けるからです。
この贖罪がなければ、イエスの神性や人類愛を説明できず、
キリスト教徒は贖罪とイエス自身の行為を美化肯定しているのも事実なのであり、
これを否定する者は非キリスト者であるわけです。
この贖罪意識を善とするキリスト集団が・・過去の例であれば十字軍が、
現代の例であれば米軍が・・異教であるイスラム教とその信徒を粛清することや、
その戦いで死ぬことを「善」と位置づけ、美化し肯定しているわけです。

「自爆テロリストはインファデルに対する殉職を美化肯定している」
一方、イスラム教徒はその教義コーランにより、インファデル(非信仰者)を
粛清する過程で殉職することは誇り高い名誉であり運命である考えています。
キリスト教の例と同様に、
聖戦=ジハードによって、異教であるキリスト教とその信徒を粛清することや、
その戦いで死ぬことを「善」と位置づけ、美化し肯定しているわけです。

以上が、キリスト教の贖罪精神が自爆テロと同質である所以なのです。

288 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 00:46:37
>>286
>で、聖書に銘記している最期の審判なるイベントはいったいいつ実施されるの?

知りません。
太陽が赤色巨星化して、人間を含む地球上の全生命がいつ滅ぶかもわからないです。

289 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 00:55:57
>>287
>「キリスト者はイエスの贖罪=殉職を美化肯定している」

まあ、これはいいでしょう。

>キリスト教的利他心の根源はイエスの贖罪であるかについて、
>私は根源は贖罪であると主張します。

キリスト教的利他心の根源はイエスの贖罪とは無関係です。
理由は、イエスが生きている間でもそれは望まれているからです。

>神への罪から救うためにキリストが、全人類に代わって十字架にかかって死んだこと
>こそがイエスをキリスト=メシア=救世主であることを裏付けるからです。

ここは正しいですが、キリスト教的利他心の根源にはつながりません。理由は前述の通りです。

>この贖罪がなければ、イエスの神性や人類愛を説明できず、

贖罪とは無関係です。イエスが生きていても同じですから。

>キリスト教徒は贖罪とイエス自身の行為を美化肯定しているのも事実なのであり、

ここは、間違いではないでしょう。

>過去の例であれば十字軍が、
>現代の例であれば米軍が・・異教であるイスラム教とその信徒を粛清することや、
>その戦いで死ぬことを「善」と位置づけ、美化し肯定しているわけです。

全くの誤解です。十字軍については教皇が過ちを認めています。
イスラム教徒を粛清することは、カトリックは望んでいませんし、そのような行為は肯定も美化もしていません。
少なくとも第二バチカン公会議以降、現代では他宗教を尊重しています。

290 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 00:58:57
>>287
>「自爆テロリストはインファデルに対する殉職を美化肯定している」
>一方、イスラム教徒はその教義コーランにより、インファデル(非信仰者)を
>粛清する過程で殉職することは誇り高い名誉であり運命である考えています。

そのようなことはデマでは聞いたことがありますが、
知り合いからはコーランにそのような記述はないと聞いております。
WEB上のもので結構ですので、コーランのどこに書いてあるのかご説明ください。

291 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 01:06:34
どちらにしろ世の中が一色に染まるのが一番怖い。

292 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 01:07:09
どちらにしろ世の中が一色に染まるのが一番怖い。

293 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 01:07:55
>>285

> 人が己の行為を選択する際、自分の価値観に基づいて最善と思う選択をしますよね?
> ならば、どのような行為であれ自己の最大利益を図るものだと言えなくもない・・・
> というのは変な論理でしょうか?

いえ、別に変な論ではなく正論だと思います。
私が言いたかったことは、
いくらそのような正論を振りかざしたとしても、
「私は利他的動機によりそれをした。君は私の価値観を把握しているのか」
と言われれば反論のしようがなく、
自身のある物事に対する価値観や感じ方・クオリアを他者が規程・把握することは不可能
ということです。

同様に、
「私は神の存在を感じているから、神は存在している」
と言われれば、
「君がそう思うことは否定できないが肯定もできない。
君のいう神の存在性は私にとっては不可知です」
というしかありませんね。

294 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 01:13:42
>>289,290
私は>>276の「一言居士」さんに答えているのあり、
何度いってもわからない狂犬に答えるのは実りが
無く疲れるので無視します。
君が根拠のある(自己脳内、知人友人がソースではない)論を
展開できるくらい賢くなったらレスするね。

295 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 01:16:50
>>294
>無く疲れるので無視します。

どうぞご自由に。
他の読者のために間違いを修正しているだけです。貴方の存在などどうでもいいです。

296 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 01:20:07
>>294
そういうお前は本当にコーラン読んだことあるのか?

297 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 01:26:50
>>294
いい加減な反論のときは煽り、まともな反論がきたら答えに窮しんだろ。w
一言居士に指摘されたのかどうか知らんが、>>289,290はまともだぞ。

298 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 01:28:27
>>296
コーラン上下巻-岩波文庫を図書館で斜め読みしたくらいだがなにか?

299 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 01:34:10
>>297
どこがまともな反論か述べてみて?w
悪いがこんな相手には付き合ってられん。

>>289について
> キリスト教的利他心の根源はイエスの贖罪とは無関係です。
> 理由は、イエスが生きている間でもそれは望まれているからです。

まずこれの根拠を提示していない。

> ここは正しいですが、キリスト教的利他心の根源にはつながりません。理由は前述の通りです。

前述の根拠が不明。

> 贖罪とは無関係です。イエスが生きていても同じですから。

意味不明。イエスが生きていても同じなどとありえないことを述べている。

> 全くの誤解です。十字軍については教皇が過ちを認めています。
> イスラム教徒を粛清することは、カトリックは望んでいませんし、そのような行為は肯定も美化もしていません。
> 少なくとも第二バチカン公会議以降、現代では他宗教を尊重しています。

過去の十字軍、現代の米軍のことを述べているのに、
反論が現代カトリックの教皇の弁になっている。

>>290
ソースが知り合い。
コーランでググればジハードについてすぐわかるのにしない。

300 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 01:36:38
>>295
さらに狂犬性の指摘。

> 他の読者のために間違いを修正しているだけです。貴方の存在などどうでもいいです。
といいながらこいつは、まともな根拠のある批判をしめさない否定論者。
さらに、自らはなにも論を提出しない。

こんな相手とはまともに議論ができない。以上。

301 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 02:40:43
ニーチェの言うキリスト教の病理は狂犬病なのかもしれない・・w

302 :みい:2006/09/13(水) 03:22:02
>>295さん

他の読者のためにも、貴方が正しいという前提をまず疑ってみたらどうでしょう。
間違いを修正しているとおっしゃっていますが、それをする権利があるのは
貴方が正しいという前提が認められなければなりません。
貴方の考えで間違っていると判断してもそれを他の人がわからなければ
意味がありません。まず、>>299さんの指摘するキリスト教利他と贖罪が
無関係だという理由について解説していただけないでしょうか。

303 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 09:04:49
>>302
>キリスト教利他と贖罪が無関係だという理由について解説していただけないでしょうか。

そのような関係は聖書に書いてありません。


304 :油ハム:2006/09/13(水) 09:21:34
>>287
> キリスト教的利他心の根源はイエスの贖罪であるか
> について、私は根源は贖罪であると主張します。

キリスト教的利他心の根源はイエスの贖罪とは関係がないと思います。
要理にも聖書にも、贖罪を根源とする利他心を述べる記述はなく、
キリスト教の教えにもそういったものはありません。
もし、聖書や要理、その他キリスト教の教えにそういった記述(贖罪との関連性)があれば、
ご教示いただけないでしょうか。

イエスが教えを広めた当初から利他性は重んじているので、
贖罪と結びつける必要はないと思います。

> この贖罪がなければ、イエスの神性や人類愛を説明できず、

何故でしょうか?

> この贖罪意識を善とするキリスト集団が・・過去の例であれば十字軍が、
> 現代の例であれば米軍が・・異教であるイスラム教とその信徒を粛清することや、
> その戦いで死ぬことを「善」と位置づけ、美化し肯定しているわけです。

それは違いますね。
>>289のとおり、十字軍については教皇が既に過ちを認めています。
イスラム教徒を粛清することは、カトリックは望んでいませんし、
そのような行為は肯定も美化もしていません。
少なくとも第二バチカン公会議以降、現代では他宗教を尊重しています。
これは私の考えではなく、カトリックの教皇の発言が根拠です。

305 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 09:24:27
>>298
で、どこにその記述があったの?

306 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 09:29:04
>コーランでググればジハードについてすぐわかるのにしない。

ググったぐらいで、キミのいうコーランの記述があるなら、リンクを一つでいいから書けよ。
ないことを証明するのは不可能だ。

>一方、イスラム教徒はその教義コーランにより、インファデル(非信仰者)を
>粛清する過程で殉職することは誇り高い名誉であり運命である考えています。

コーランのどこに、
「非信仰者を粛清する過程で殉職することは誇り高い名誉」
ということを書いた記述があるのか引用してくれ。

307 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 09:31:35
>>299
>> 全くの誤解です。十字軍については教皇が過ちを認めています。
>> イスラム教徒を粛清することは、カトリックは望んでいませんし、そのような行為は肯定も美化もしていません。
>> 少なくとも第二バチカン公会議以降、現代では他宗教を尊重しています。
>過去の十字軍、現代の米軍のことを述べているのに、
>反論が現代カトリックの教皇の弁になっている。

ええ、そうです。
過去の十字軍、現代の米軍のことに対して、
現代のカトリックの立場がそうだということです。

308 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 11:39:58
宗教板の「イスラーム」スレでサロメおたぁというクリスチャンが
「コーランではサルーキ(犬の品種)は犬とは別物とされている。
サルーキと犬との遺伝子的な違いを言ってみろww」みたいなことを
ムスリムコテに言っていたが、後になってサルーキがコーランに登場
しないことが明らかになって少し弱気になりつつも強情に「訳でそうなってる
だけで原文ではたぶん書いてある」なんて垂れていたのが哀れだった。
コーランにサルーキが載っているというサイトが一つだけあるのを見たことがあるが、
サロメおたぁはそれを見て「これはイスラム叩きに使える!」と確信しちゃったのかもしれない。

と、いうわけで証拠として出すならコーランからの引用が望ましい。

309 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 13:48:41
マジで馬鹿しかいないみたいだね。

聖書・コーランなどの原典に書いてなければ
「イエスやモハンマドはうんこしないよ。なぜなら聖書・コーランにかいてないから」
「当然、聖書に書いてないからキリスト教徒もイスラム教徒もうんこしないよ」
という、「原理主義者」ばかりなのかここはww
原典と教義すらわからない池沼か?

原典に書いてあること意外の行為をその教徒がしないとする
根拠を説明せよww

っていうか、聖書には2chに書き込むことを善とする記述はないから
もう書き込むなよ狂犬。
馬鹿通り越して知能に障害があるようだね。

310 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 13:50:50
>302
要するに>>295はただの詭弁者なのだよ。相手にしないほうがいい。

>>263
>自分の意見があるかは関係ないでしょうし、適切な否定なら問題ありません。
>1+2=4が間違いであり、3だとするのに、自分の意見も糞もありません。
と言っていながら、
>>279
>例えば、定義が違う場合、それは間違いを指摘するしかできない。
>「1+1は2である」に対して、「1+1は2でない」というのでも十分な場合がある。
と言っているし(その定義についての言及は皆無)、

>>262
仮に私が思考停止人間だとしても、それは少ないサンプルだから
私の論でキリスト教一般を非難するのはおかしい。
といいながら、自らをキリスト教一般であると言っているし。
更に、>>278でそれは仮定だから云々と言っているが、
仮定であってもなくとも、自身はキリスト一般である=少ないサンプルではない
と主張しているしね。
極め付けが「馬鹿っていうやつが馬鹿」というやつは自認する馬鹿
であることすら気づかないし、知り合いのソースは信憑性がないと
耳にタコができるほど言っているのにそれを覚えてもいない。
自己矛盾満載&それに気づかないアホウなのであり、
結局、三歩あるいたら自分の言っていることを忘れるニワトリだったのだよ。
これほどの低能を哲学板でみることはマレだから希少種カモね。
可哀相に論理の初歩からやり直したほうがよさそうだね。

311 :油ハム:2006/09/13(水) 14:10:34
>>309
> 原典と教義すらわからない池沼か

カトリックの場合、教義は要理にあります。
カトリックの場合は、聖書にも要理にもないなら、それは教義にはならないと思います。

312 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 14:12:07
コーランの記述は以下の通り。
おまえは「聖書にないことを教徒がしない」と言う弁について答えられるのかな?w 
馬鹿だから無理だろうけどね。

www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Mid_e/pdf/2003_07_hosaka.pdf
「汝ら,信仰ある者どもよ,アッラーを,神にふさわしい畏敬の念をもって畏れ奉れ。
どのようなことがあろうとも必ず,死ぬ時には立派な帰依者として死ねよ。」(コーラン3:102)

「人間どもよ,汝らの主を畏れまつれ。汝らをただひとりの者から創り出し,その
一部から配偶者を創り出し,この両人から無数の男と女とを(地上に)播き散らし給
うたお方にましますぞ。アッラーを畏れまつれ。汝らお互い同士で頼みごとする時に,
いつもその御名を引き合いに出し奉るお方ではないか。また母の胎をも。
アッラーは汝らを絶えず厳重に監視し給う。」(コーラン4:1)

「これ,信徒の者,お前たちアッラーを懼れ,常にまともなことばかり言うように
せよ。そうすればお前たちの行為の(曲がったところ)は直して下さるし,犯した罪
も赦して下さろう。とにかくアッラーと使徒の言いつけをよく守る人は,大成功に疑
いない。」(コーラン33:70?71)

讃えあれアッラー。預言者シュアイブのお言葉を伝え給うた。
「わしは,ただ及ばずながら世の中を正しくしたいと願っておるだけのこと。
が,このわしの願いがかなうもかなわぬもアッラーの御心次第。
すべてをおまかせ申し,改悛の心をもってお縋り申しておる。」(コーラン11:88)

讃えあれアッラー。次のように仰せになられた。
「汝らは今まで人類のために生れ出た集団の中で最上のもの。汝らは義しいことを
勧め,いけないことを止めさせようとし,アッラーを信仰する。」(コーラン3:110)

アッラーの僕であり,アッラーの使徒である[ムハンマド]にアッラーの祝福と祈りがあらんことを。
彼いわく。「違反を犯したものを見て,それをやめさせることができなければ,アッラーからの罰は免れぬ。

313 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 14:12:24
>>310
馬鹿の相手はどうでもいいから、こっちの方を答えてくれ。

>コーランでググればジハードについてすぐわかるのにしない。

ググったぐらいで、キミのいうコーランの記述があるなら、リンクを一つでいいから書けよ。
ないことを証明するのは不可能だ。

>一方、イスラム教徒はその教義コーランにより、インファデル(非信仰者)を
>粛清する過程で殉職することは誇り高い名誉であり運命である考えています。

コーランのどこに、
「非信仰者を粛清する過程で殉職することは誇り高い名誉」
ということを書いた記述があるのか引用してくれ。


314 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 14:14:03
>>312
>コーランの記述は以下の通り。

非信仰者を粛清などどこにも書かれていませんが?

315 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 14:19:06
>>309
馬鹿はお前だろ。
法律に2chに書き込んでいいと記述されていないから、お前は書き込むな
って言っているようなもの。論理的にお前の書いていることはおかしい。
馬鹿通り越して知能に障害があるのはお前だと思う。

316 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 14:27:11
>>314
www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Mid_e/pdf/2003_07_hosaka.pdf
をきちんと読んだか?
そのコーランについての解釈がのってるからまず読め馬鹿。
読まずにすぐ噛み付くから狂犬で池沼なんだよww

>>315
原典に書いてあること意外の行為をその教徒がしないとする
根拠を説明せよ池沼がww

317 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 14:28:59
あ〜馬鹿をイジって苛めるのは最高の気分。

狂犬君の特徴。
・詭弁者
・論理性欠如
・3歩あるいたら自分の言っていることを忘れるニワトリ
・何にでも狂ったように噛み付く狂犬
・一般教徒といいながら原理主義者
・聞いてばかりで自分の質問にはこたえない
・批判に根拠が皆無、ソースが知人友人カトリック教皇の他宗教無干渉のみ

異常から分析すると、狂犬君は
・虚栄心が強い。
・負けず嫌い。(勝てる論はもたずスレを荒らすだけ)
・粘着質
・学力が低い。偏差値20程度の未熟者。池沼。

318 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 14:30:29
皆様、右の頬を打たれたなら、左の頬も出しませう。

319 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 14:36:24
>>317
それが力への意志なのです。
ニーチェの言いたかったことは、このような詭弁者キリスト教徒を
人間の知的能力で粉砕し、その快楽を得ることなのかもね。

320 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 14:58:52
凄い闇鍋状態だなぁ。もう誰が誰なのかとてもわかりにくい。

321 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 14:59:18
>>315

日本国憲法第21条で「表現の自由」が日本国民には保証されている。
よって、2chなどの情報媒体に書き込むことは許される。
しかし、聖書に2chへの書き込みを許可する記述はない。
よって、「原典に書いてあること以外の行為をその教徒がしない」
という立場ならば、2chに書き込むこと自体が論理矛盾。
矛盾がないとするなら、聖書のどこに2chへの書き込みを良しと
する記述があるのか提示せよ。

322 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 15:08:31
原理主義者は危険な存在である。
池沼・馬鹿・ニワトリ・狂犬と罵り追い出したほうが
社会全体の平和に繋がる。
よって>>317の記述と論旨を肯定します。

323 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 16:04:01
>>316
だからそれはコーランじゃないだろ。コーランの勝手な解釈なんていくらでもある。
俺が聞いているのは、コーランのどこにかいてあるのかということ。

324 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 16:05:10
>>316
>原典に書いてあること意外の行為をその教徒がしないとする

そんなことは誰も主張していないだろ。

325 :油ハム:2006/09/13(水) 16:07:30
>>287
> キリスト教的利他心の根源はイエスの贖罪であるか
> について、私は根源は贖罪であると主張します。

キリスト教的利他心の根源はイエスの贖罪とは関係がないと思います。
要理にも聖書にも、贖罪を根源とする利他心を述べる記述はなく、
キリスト教の教えにもそういったものはありません。
もし、聖書や要理、その他キリスト教の教えにそういった記述(贖罪との関連性)があれば、
ご教示いただけないでしょうか。

イエスが教えを広めた当初から利他性は重んじているので、
贖罪と結びつける必要はないと思います。

> この贖罪がなければ、イエスの神性や人類愛を説明できず、

何故でしょうか?

> この贖罪意識を善とするキリスト集団が・・過去の例であれば十字軍が、
> 現代の例であれば米軍が・・異教であるイスラム教とその信徒を粛清することや、
> その戦いで死ぬことを「善」と位置づけ、美化し肯定しているわけです。

それは違いますね。
>>289のとおり、十字軍については教皇が既に過ちを認めています。
イスラム教徒を粛清することは、カトリックは望んでいませんし、
そのような行為は肯定も美化もしていません。
少なくとも第二バチカン公会議以降、現代では他宗教を尊重しています。
これは私の考えではなく、カトリックの教皇の発言が根拠です。


326 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 16:09:00
>>317
ニーチェにも議論にも関係ないカキコだな。おい。
馬鹿だと思う相手に必死すぎる。www

327 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 16:35:39
>>325
ノンクリなんで、よくわからないのですけど

>キリスト教的利他心の根源はイエスの贖罪とは関係がないと思います。

ここでいう利他心を隣人愛と言い換えれば、キリスト教的隣人愛とキリスト教的救済論は無関係ということですか?

328 :狂犬予防対策本部:2006/09/13(水) 16:52:44
>>323
>>312 読め池沼ww

>>324
贖罪とキリスト教利他は無関係だと理由は「聖書に書いてないから」
なんだろ?w
また自分の言っていることを忘れたよコイツww
おい、小学生より知能が低いぞキミ〜ww

>>325
それに関する聖書の記述の提示をよろしくw

>>326
ニーチェに「ニ」の字もしらんお前がいうなww
キリスト教の「キ」の字もしらんお前が語るなよww
哲学の「て」の時もしらんお前は早くここから出て逝けよww

馬鹿すぎてハラ痛いww 必死杉ww
おとなしく両頬を打たれまくっていろよマゾがww

おまえその知能のない文体と、連投規制で書き込む時間が決まっているから
名無しでも狂犬君だということが丸解りなんだよカスがw
もうちょっと頭使えよゴミくずめw
いつまでワサワサ沸くんだよゴキブリやろうがww

329 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 16:53:33
・・荒らしにレスを流されたので一旦まとめます。狂犬は放置の方向で。

******************************************************
■「キリスト教の自己犠牲精神は自爆テロと同質」である。

「キリスト者はイエスの贖罪=殉職を美化肯定している」
まず、キリスト教的利他心の根源はイエスの贖罪であるか
について、私は根源は贖罪であると主張します。なぜならイエスの贖罪=
神への罪から救うためにキリストが、全人類に代わって十字架にかかって死んだこと
こそがイエスをキリスト=メシア=救世主であることを裏付けるからです。
この贖罪がなければ、イエスの神性や人類愛を説明できず、
キリスト教徒は贖罪とイエス自身の行為を美化肯定しているのも事実なのであり、
これを否定する者は非キリスト者であるわけです。
この贖罪意識を善とするキリスト集団が・・過去の例であれば十字軍が、
現代の例であれば米軍が・・異教であるイスラム教とその信徒を粛清することや、
その戦いで死ぬことを「善」と位置づけ、美化し肯定しているわけです。

「自爆テロリストはインファデルに対する殉職を美化肯定している」
一方、イスラム教徒はその教義コーランにより、インファデル(非信仰者)を
粛清する過程で殉職することは誇り高い名誉であり運命である考えています。
キリスト教の例と同様に、
聖戦=ジハードによって、異教であるキリスト教とその信徒を粛清することや、
その戦いで死ぬことを「善」と位置づけ、美化し肯定しているわけです。

330 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 16:54:12
■「キリスト教的利他は病理」である
まずナザレのイエスがエルサレム神殿を頂点とするユダヤ教体制を批判する。
これを知ったユダヤ教指導者は、イエスを異端者(=現代でいうカルト)とみなし
イエスを死刑の権限を持つローマ帝国へ反逆者として渡し、
公開処刑(磔刑)を行う。これは新約聖書四福音書にあるお話。

イエスが全人類の身代わり(利他心)として贖罪したのか、
イエスのユダヤ教批判(利己心)vsユダヤ教保守派の反感(利己心)
という宗教対立の基本的構図(既存宗教者とその批判者による対立)
によって死に至ったのか。

キリスト教的解釈は前者であり、イエスは利他肯定の象徴である。
自己の生命すらその利他心・神への絶対信仰によって投げ出すことを美化
するキリスト教的利他心は、現代のイスラム原理主義者が引き起こす
自爆テロと同列の危険思想であり、そのような利他心の肯定・誤謬を
人間に教えるキリスト教は邪教であり病理だ!というわけなんです。

利他の完全肯定こそキリスト教そのものであり、そのテロリズムまがいの
思想を破壊すべしとするニーチェの思想はカルトではなく、
むしろ人間の生命や意志を尊重し、肯定するものである。

331 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 16:55:32
■「キリスト教信者は神に支配された非人間的ロボット」である

「神こそすべて」「真理は神」「イエスの贖罪は善」・・・
このようにキリスト教に支配されたものは、その絶対的信仰により
物事を自分で考え、改善してゆく能力=考える力が欠落します。
キリスト教・神は絶対であり、それさえ信じていれば賢い人間である、
救われるなどとした誤謬が、不勉強さを増長させる要因なのかも知れません。

アイザック・アシモフが小説「アイ、ロボット」で書いたロボットの三原則は、
(1)ロボットは人間に危害を加えてはならない
(2)ロボットは(1)に反しない限り人間から与えられた命令に服従しなければならない
(3)ロボットは(1)及び(2)に反するおそれのない限り自己を守らなければならない
でありますが、

キリスト教に精神を支配されたキリスト教信者=非人間的ロボットの三原則は、
(1)人間は神を懐疑してはならない
(2)人間は(1)に反しない限り神から与えられた命令に絶対的服従をしなければならない
(3)人間は(1)及び(2)に反するおそれのない限り、自己の生もしくは他者の生を害してもかまわない
なのであります。

人間として神を懐疑する行為、つまり自由な思考すら悪とし、
人間を思考停止状態に陥れ、非人間的ロボットを量産する疫病が、
キリスト教そのものなのなのです。
ニーチェはその疫病から人間を救い、治療する人類の医者といえましょう。

332 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 16:56:14
■「キリスト教信者のルサンチマンとその病理の対処法」について

ニーチェの最も恐れていたことは、
このような非人間的ロボットの非宗教者に対する復讐心なのかもしれない。
キリスト教に汚染された奴隷機械は、神という一元論でしか物事を思慮でき
なくなり、汚染されていない者との知的力関係において、弱者=被支配者側になら
ざるをえない。その弱者の持つルサンチマンは、根拠のない否定や復讐心に
繋がるのである。

キリスト教を破壊するべきか、その疫病に感染した教徒を治療すべきか。
その教徒の病状が軽度の風邪=キリスト教をある程度知っているくらいなら、
薬(論)により治癒できるのだが、末期ガン患者=思考・生活・行動規程の全てが
キリスト教に侵されている場合は手遅れなのである。
残念ながらその末期ガン患者に対しては余命を宣告せず、
ただ見守るほか救済手段は無いのである。
更に病状が悪化した異常者=原理主義者に関しては、救済ではなく、
その危険思想から我が身を守ることを第一に考え、隔離粛清するほか
手段はないのである。


333 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 17:01:24
>>329
それは、めちゃくちゃだなあ。神への贖罪はイエスの一回性においてなされている(身代)というのが
キリスト教的特徴なのに、そんな話から攻め込んでも、キリスト教の「害」を論証することになりえないのに。

334 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 17:06:38
>>328
狂犬にはかかわらないほうがいいでしょう。
Webの情報でいいからコーランの引用を書けといいながら
その提示をコーランではないと主張するのですkら。
そもそも聖書の解釈についても何が正しいのかを規程できる
はずがありませんし、聖書の訳者によって、キリスト教の各派に
よって見解もわかれるわけです。
ある原典について解釈が違う・・というのはまさに詭弁なのであり
ではどの解釈が正しいのか・・という疑問も出てくるわけです。
カトリックは当然、カトリック的解釈が正しいと主張し、
プロテスタントも同様に、プロテスタントの解釈が正しいと宣言するでしょう。
よって、狂犬のいう正しさは、狂犬自身の正しさに過ぎず、
その間違いだと指摘する姿勢は、偏見そのものなのです。
「否定の根拠の提示をしない」これに尽きるのではないでしょうか。
コーランの提示をされた方は、狂犬さんよりは
議論の仕方を心得ていると認めざるを得ませんね。


335 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 17:31:59
ラリホーだな

336 :一言居士:2006/09/13(水) 17:45:04
キリスト教徒はなぜこんなにも「キリスト教」の教義が分裂しているかを考えてはどうか?

昔はローマカトリック教会とギリシャ正教会の2大教会だったが、1054年に相互を破門(近年、両者がそれらを取り消す)した歴史。
宗教改革で、ローマ教会の権威に従わない、個人と神が向き合うプロテスタントの信仰形式。それにより各教派が興るようにした。現代も続くその潮流。
十字軍を聖戦とした11世紀のローマカトリック教会と現在の十字軍の過ちを認めたローマカトリック。

結論:キリスト教−神の教えといえども各人の心を反映する。主観を全く交えないキリスト教の教義そのものなど無い。
   キリスト教は存在しない。個々のクリスチャンがいるのみである。

337 :油ハム:2006/09/13(水) 17:56:51
>>327
> >キリスト教的利他心の根源はイエスの贖罪とは関係がないと思います。
>
> ここでいう利他心を隣人愛と言い換えれば、

どうして言い換えるのでしょうか?
同じものなら置き換えてもいいでしょうが、異なるものを置き換えてしまったら、
論理的に正しい結論は出てこないと思います。

338 :油ハム:2006/09/13(水) 18:00:43
他人と一緒にされているので、仕切りなおします。

>>329
> キリスト教的利他心の根源はイエスの贖罪であるか
> について、私は根源は贖罪であると主張します。

キリスト教的利他心の根源はイエスの贖罪とは関係がないと思います。
要理にも聖書にも、贖罪を根源とする利他心を述べる記述はなく、
キリスト教の教えにもそういったものはありません。
もし、聖書や要理、その他キリスト教の教えにそういった記述(贖罪との関連性)があれば、
ご教示いただけないでしょうか。

イエスが教えを広めた当初から利他性は重んじているので、
贖罪と結びつける必要はないと思います。

> この贖罪がなければ、イエスの神性や人類愛を説明できず、

何故でしょうか?

> この贖罪意識を善とするキリスト集団が・・過去の例であれば十字軍が、
> 現代の例であれば米軍が・・異教であるイスラム教とその信徒を粛清することや、
> その戦いで死ぬことを「善」と位置づけ、美化し肯定しているわけです。

それは違いますね。
>>289のとおり、十字軍については教皇が既に過ちを認めています。
イスラム教徒を粛清することは、カトリックは望んでいませんし、
そのような行為は肯定も美化もしていません。
少なくとも第二バチカン公会議以降、現代では他宗教を尊重しています。
これは私の考えではなく、カトリックの教皇の発言が根拠です。


339 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 18:19:34
>>337
じゃあ言い換えなくていいよ。
「利他心」なんていうのはそれこそ聖書にないから置き換えてあげただけ。

340 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 18:22:15
>>338

> キリスト教的利他心の根源はイエスの贖罪とは関係がないと思います。
> 要理にも聖書にも、贖罪を根源とする利他心を述べる記述はなく、
> キリスト教の教えにもそういったものはありません。
> もし、聖書や要理、その他キリスト教の教えにそういった記述(贖罪との関連性)があれば、
> ご教示いただけないでしょうか。

私は贖罪に関しては新約聖書四福音書を引用しています。
その贖罪精神が人類愛・隣人愛の教えに繋がっているということは
否定できないと言っています。
それが無関係だとすればキリスト教の教える人類愛・隣人愛は
聖書のどの記述から生まれてくる概念でしょうか?
私にはまずそれがわからないので、聖書のどこに
贖罪以外で、人類愛・隣人愛を述べる記述があるのかを
ご教示いただけないでしょうか。

また聖書やコーランなどに書かれてあることのみを、
根拠・行動規範とする態度は、原理主義と同じ思想であることは理解できますか?

341 :油ハム:2006/09/13(水) 18:35:55
>>330
> 自己の生命すらその利他心・神への絶対信仰によって投げ出すことを美化
> するキリスト教的利他心は、現代のイスラム原理主義者が引き起こす
> 自爆テロと同列の危険思想であり、そのような利他心の肯定・誤謬を
> 人間に教えるキリスト教は邪教であり病理だ!というわけなんです。

利他心から自爆テロには繋がらないでしょう。キリスト教では自殺、殺人を禁じていますから、
少なくとも教義を守っているなら、自爆テロは行わないはずです。
もっとも、教義を守っていない信者はいるでしょうが、それは日本において犯罪者がいるのと同じです。

> むしろ人間の生命や意志を尊重し、肯定するものである。

これはキリスト教でも同じです。
他人の生命や意志を尊重し、肯定する立場です。

342 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 18:42:34
>>338 犬の匂いがプンプンするな・・

> >>289のとおり、十字軍については教皇が既に過ちを認めています。
> イスラム教徒を粛清することは、カトリックは望んでいませんし、
> そのような行為は肯定も美化もしていません。
> 少なくとも第二バチカン公会議以降、現代では他宗教を尊重しています。
> これは私の考えではなく、カトリックの教皇の発言が根拠です。

私はカトリックではないので教皇の発言について知りません。
まず、教皇の発言を簡便に述べることが具体性に繋がります。

書き方はこうです、

○○年にカトリックの教皇△△が「××」といっており、
それは、過去の十字軍の過ちを認めたものです。
過ちを認めた上で、「××」と発言しており、他宗教には干渉
しないと宣言しています。

わかりましたか?

次に、カトリック教皇の意向と現場のカトリック教徒の意向は
イコールで結べないと再三言っています。
代表者の意向=その組織の全体民意ではないと何度も私は書いています。
何度言えばわかりますか?

次に、現代の米軍はプロテスタントが58%でカトリック21%なのであり、
その少数派のカトリックの弁を大多数でしめる米軍のプロテスタント
に適応させることはできません。彼らもまた異教徒との戦いを聖戦
だと位置づけているわけです。
わかりましたか?

343 :油ハム:2006/09/13(水) 19:04:09
>>340
キリスト教の教える隣人愛は、イエスの教えに由来するものです。
イエスが教えを広めている間、誰もイエスの贖罪を知らなかったので、
その教えは贖罪に依存するものではないのです。

マルコによる福音書12章28-31節
彼らの議論を聞いていた一人の律法学者が進み出、イエスが立派にお答えになったのを見て、尋ねた。「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか。」
イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。
心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』
第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」


カトリックでは、聖書に書かれてあることをのみを根拠・行動規範にするわけではありません。
もちろん聖書は重要ですが、基本的には要理によります。

また、聖書やコーランなどに書かれてあることのみを
根拠・行動規範とする態度を原理主義呼ぶものだと思います。


344 :油ハム:2006/09/13(水) 19:10:02
>>342
> カトリック教皇の意向と現場のカトリック教徒の意向は
> イコールで結べないと再三言っています。

教皇の意向に従うのがカトリックなので、
そうでないのならプロテスタントになります。

> その少数派のカトリックの弁を大多数でしめる米軍のプロテスタントに適応させることはできません。

プロテスタントという宗派はありません。カトリックは宗派の中では一番多いです。
プロテスタントはカトリック以外の小さな宗派を合わせたものです。


345 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 19:23:41
>>343

> マルコによる福音書12章28-31節
> 彼らの議論を聞いていた一人の律法学者が進み出、イエスが立派にお答えになったのを見て、尋ねた。「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか。」
> イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。
> 心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』
> 第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」

ようやくまともな根拠が出てきましたな。
これは生前にイエスが「神への愛」と「隣人愛」について述べたものです。

ここからは原理主義から離れます。
この聖書にある記述(神への愛と隣人愛)をキリスト教徒が疑わない理由はなんですか?
私はその理由は贖罪であると主張します。なぜならイエスの贖罪=
神への罪から救うためにキリストが、全人類に代わって十字架にかかって死んだこと
こそがイエスをキリスト=メシア=救世主であることを裏付けるからです。

言いっぱなしでもし贖罪がなければだれもイエスを救世主だとは思わず、
隣人愛は口だけ。自分の身のほうが大事なんだな・・ということになってしまいます。
イエスの神への愛・隣人愛を実践したのが自身の贖罪であり、
その行為がなければイエスはメシアにはならず、
口だけの嘘つきになってしまったでしょう。
つまり、イエスの贖罪行為こそが隣人愛・利他心を裏付ける決定的な根拠といえるのです。

346 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 19:27:10
>>344

> > その少数派のカトリックの弁を大多数でしめる米軍のプロテスタントに適応させることはできません。

カトリック以外のキリスト教宗派を総じてプロテスタントというのです。
いずれにせよ、カトリックの意向=プロテスタントの意向でもなく
カトリック教皇の意向=カトリック信者・プロテスタント信者全体の意向でもない。
ということはわかりますよね?

347 :一言居士:2006/09/13(水) 19:34:58
>>341
自分の生命や意志はどうなのですか?

348 :油ハム:2006/09/13(水) 21:14:30
>>345
> この聖書にある記述(神への愛と隣人愛)をキリスト教徒が疑わない理由はなんですか?

聖書にある記述を疑わないというのは理解しかねます。
そういう方もいらっしゃるでしょうが、疑う人も少なくはありません。
そもそも、法律でも、学問でも、道徳でも、疑う人もいれば疑わない人もいるものだと思います。

> 言いっぱなしでもし贖罪がなければだれもイエスを救世主だとは思わず、
> 隣人愛は口だけ。自分の身のほうが大事なんだな・・ということになってしまいます。

「贖罪」というのは生前の教えには存在していないので、
これは後付けによる解釈だと私は思います。聖書の記述では、隣人愛は口だけではなく、
生前に実行して(洗足など)いたので、自分の身のほうが大事ということにはならないでしょう。

349 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 22:00:36
>>348
いずれにせよ、贖罪はそのイエスの神への愛・隣人愛を語る上で
外すことができない重要な要素であることは、キリスト教徒ならよくわかるでしょう。

それがわからないというならお聞きします。
無関係であるとするその贖罪は一体何のために行われたのでしょうか。
私は一般的なキリスト教徒ならば、
贖罪と隣人愛が無関係とする論は異端であると考えますが。

350 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 22:08:15
贖罪は、
神への罪から救うためにキリストが、全人類に代わって十字架にかかって死んだこと
であり、
イエスが人類への愛や神への愛を全うする為に自身を命を犠牲にした
と私は解釈していますが。
この点について、神への愛・隣人愛は無関係だという論は
初耳なので参考までにその理由を聞かせてもらえますか。

351 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 22:13:27
>>349
>無関係であるとするその贖罪は一体何のために行われたのでしょうか。

これはイエスのみぞ知るところでしょうね。

一体何のために伝承として残ってるのか?吹聴して回るのか?
というのをあなたは問いたいのではないでしょうか。

それとイエスの磔刑による贖罪は、キリスト教徒にとって
普段は忘れ去られている(しかし無意識に刷り込まれている)
"切り札"みたいなものだと思います。

352 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 22:36:06
>>351
いえ私が聞きたいのは贖罪に対する解釈です。
贖罪論という名がつくほど、贖罪に関する解釈は多々存在しているのは
知っていますが、贖罪と隣人愛を無関係とする立場からみた贖罪観について
尋ねています。

贖罪の一般解釈は>>350でも書いてあるように、
神への罪から救うためにキリストが、全人類に代わって十字架にかかって死んだこと
であり、 イエスの贖罪行為の意味は、
イエスが人類への愛や神への愛を全うする為に自身を命を犠牲にした
と私は解釈していますが。
この点について、神への愛・隣人愛は無関係だという論は
初耳なので参考までにその贖罪の理由や解釈を聞かせてもらえますか。

353 :油ハム:2006/09/13(水) 22:41:20
>>346
「プロテスタントはカトリック以外の小さな宗派を合わせたものです。」
という部分には同意なさっているわけですね。

ただ、プロテスタントの意向というのは、方向性が定まっていないので実質存在しませんし、
カトリックの意向とは違うからこそ、プロテスタントなのです。

354 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 22:42:20
むしろ関係があるという論拠を語ったほうがいいんじゃないの?

>神への罪から救うためにキリストが、全人類に代わって十字架にかかって死んだことであり、

これで贖罪は論理的には済んでるんですよ(救済論)。
償うため=>他者への愛を示すというような功利主義的な説明が出来ないのだよ。
これが他の宗教との(たとえばユダヤでもイスラームでもいいけど)一番大きな違いだって言うのは
哲学板的に常識だと思うんだけどなあ。

355 :油ハム:2006/09/13(水) 22:50:31
>>349
> いずれにせよ、贖罪はそのイエスの神への愛・隣人愛を語る上で

神への愛と、隣人愛は違うので、一緒に扱わないほうがいいと私個人は思いますし、
贖罪は「神への愛」ならまだしも、隣人愛とは別だと思います。
あくまで贖罪がある前、生前の教えの一つですから。

> その贖罪は一体何のために行われたのでしょうか。

人間が犯した罪をリセットするためです。つまり贖罪によって、それまでの人間罪は許されました。
もちろん、その贖罪はイエスの隣人愛の一つであるという見方もできますが、
隣人愛が、その贖罪に依存しているわけではないと考えます。

356 :油ハム:2006/09/13(水) 22:55:37
>>350
> 神への罪から救うためにキリストが、全人類に代わって十字架にかかって死んだこと

おっしゃる通りです。

> イエスが人類への愛や神への愛を全うする為に自身を命を犠牲にした
> と私は解釈していますが。

そこまでの理解は正しいと思います。

> この点について、神への愛・隣人愛は無関係だという論は

「神への愛」は無関係とは申し上げておりません。
「隣人愛」は無関係という言い方は不適切だったかもしれませんが、
隣人愛が「贖罪」に依存しているわけではないということを理解していただければと思います。

357 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 22:59:33
>>353

> カトリックの意向とは違うからこそ、プロテスタントなのです。

わかってるんじゃん。それが正解って最初からいってるでしょ。

○ カトリックの意向=プロテスタントの意向ではない

次はこれ
カトリック教皇の意向=カトリック信者・プロテスタント信者全体の意向でもない。

>>354 お、また犬に成り下がったのかねww

> むしろ関係があるという論拠を語ったほうがいいんじゃないの?

過去レス参照。
贖罪=イエスの利己的動機ではなく、利他的動機によってなされた。
とこちらは主張している。キミは
贖罪=イエスの利他的動機ではない=利己的動機かもしれない
といっているのかね。それを聞いたら一般キリスト教徒が黙ってませんよとw

> 哲学板的に常識だと思うんだけどなあ。

解釈の問題は哲学では重要なことなんだよw
ある命題における定義が違う者同士では議論にならない。
よって、「贖罪は隣人愛と無関係か」という命題があった場合、
まず「贖罪」の定義・解釈について明らかにしなければならない。
私の解釈は、「神への罪から救うためにキリストが、全人類に代わって十字架にかかって死んだこと」
であり、「イエスが人類への愛や神への愛を全うする為に自身を命を犠牲にした」である。
次にキミの解釈はなんだねと聞いている。わかったかい?


358 :油ハム:2006/09/13(水) 23:00:10
>>354
> これで贖罪は論理的には済んでるんですよ(救済論)。

仰るとおり、贖罪はもう終わっており、信徒がすることではないです。
信徒がするべきことは、隣人愛の方で贖罪ではないのです。



359 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 23:03:01
>>357
>>354 お、また犬に成り下がったのかねww

それ別の人。キミに狂犬と呼ばれている俺じゃないよ。念のため。


360 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 23:07:41
>>355

> 神への愛と、隣人愛は違うので、一緒に扱わないほうがいいと私個人は思いますし、
> 贖罪は「神への愛」ならまだしも、隣人愛とは別だと思います。

ええと、「全人類に代わって死ぬこと」が、人類に対する愛=隣人愛
と私は解釈しますし、この論理性に不整合はないと思いますが。

> 隣人愛が、その贖罪に依存しているわけではないと考えます。
> 贖罪はイエスの隣人愛の一つであるという見方もできます

ならば無関係という部分を訂正しなくてはいけませんね。
相関性が高いか低いかという議論はナンセンスでありますが
無関係ではないのならそもそもの反論の意味がよくわかりませんね。
とにかく反発したいということでなければ、そもそもの文

> キリスト教的利他心の根源はイエスの贖罪であるか
> について、私は根源は贖罪であると主張します。

について、根源は贖罪であるともいえるわけです。

361 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 23:25:52
>>357
イエスの贖罪は、神による神の「身代」=犠牲の子羊だっていうのが普通なわけだが。
一般キリスト教徒が黙ろうが黙るまいが普通に考えられていること。
そこに「利己」とか「利他」とかいう話を入れてはいけないのだよ。

362 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 23:33:58
>>361
そもそもキリスト教は利他的である。
という議論から始まったから、利己や利他について
言及するのがむしろ本題なのだよ。

で、私はキリスト教は利他的だという立場から、
その象徴であるイエスの贖罪も利他的だと言っているわけ。

簡単にいうと、
誰かの罪を償うために自身の命を犠牲すれば
その行為は、イエスでなくとも利他的と言わざるをえないのだよ。
その利他心の裏づけ・動機付けとして、イエスの場合は神への愛や隣人愛
によってなされたと言っているわけ。
で、キミはそうではない、贖罪はそのような利他心とは関係ないと言い出したわけ。
ここまではわかるかな?

363 :油ハム:2006/09/13(水) 23:36:14
>>360
> ええと、「全人類に代わって死ぬこと」が、人類に対する愛=隣人愛

「全人類が死ぬ」のを代わって死ぬわけではなく、全人類の罪を背負って死ぬことです。
これを人間がするべきということではないですし、人間にはできないこととされている(あくまで
キリスト教の教義の中での話です)ので、イエスが教えた隣人愛とは別に考えたほうがいいと思います。

364 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 23:40:21
>>362
>>361もキミに狂犬と呼ばれている俺じゃないよ。念のため。


365 :油ハム:2006/09/13(水) 23:45:15
>>362
> で、私はキリスト教は利他的だという立場から、
> その象徴であるイエスの贖罪も利他的だと言っているわけ。

これは同意です。

> 誰かの罪を償うために自身の命を犠牲すれば
> その行為は、イエスでなくとも利他的と言わざるをえないのだよ。

利他的ではありますが、隣人愛とは違うと思います。
教義では、その身を犠牲にしようとも、愛がなければ無意味となっています。

366 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 23:51:32
>>363
だから、全人類の罪を背負って死ぬことは
全人類に対して愛情を持ってたからでしょ。
隣人を愛せずして、人類の為に自身の命を捧げることはできないでしょうが。

普通に考えればわかると思うが、
「ある人間AがBの罪を自ら背負って死んだ」
この人間の動機について考えれば、その人間Aは、
1)Bに無関心だった
2)Bに憎悪していた
3)Bに愛情をもっていた
答えはどれでしょう。

贖罪ではAはイエス。Bは全人類。
答えは3)の愛情をもっていた。
キリスト教ではその人間への愛を隣人愛と言う。
わかったかい?

367 :考える名無しさん:2006/09/13(水) 23:54:56
他のクリスチャンにも聞きたいね。

全人類の罪を背負って死ぬことについて、
1)イエスは全人類を愛していたから罪を背負った
2)イエスは全人類を愛していなかったから罪を背負った
答えはどれだい?w

馬鹿馬鹿しくてやってられんなやっぱり。

368 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 00:02:10
そこで田川建三のパウロ解釈ですよ。
神様の怒りをおさめるために、神の子を、神が自ら神に生き血を捧げた、っていうやつ。
ここにはイエスの「主体」=決断はないから、贖罪ドグマは、隣人愛ドグマとは別個に議論できるっていうやつ。
納得するけどね俺は。

369 :油ハム:2006/09/14(木) 00:02:47
>>366
> だから、全人類の罪を背負って死ぬことは
> 全人類に対して愛情を持ってたからでしょ。

「イエスの場合」は全人類に対して愛情を持っており、かつ贖罪したということです。
「全人類の罪を背負って死ぬ」ことが、必ずしも全人類に対して愛情を持っていたことにはなりません。
AならばBであっても、BならばAではないのです。これはわかりますよね。

> 隣人を愛せずして、人類の為に自身の命を捧げることはできないでしょうが。

できると思います。愛とは別の感情によっても可能だと思います。

> 普通に考えればわかると思うが、
> 「ある人間AがBの罪を自ら背負って死んだ」
> この人間の動機について考えれば、その人間Aは、
> 1)Bに無関心だった
> 2)Bに憎悪していた
> 3)Bに愛情をもっていた
> 答えはどれでしょう。

Aがイエス以外なら、答えはいろいろあると思います。

> 贖罪ではAはイエス。Bは全人類。
> 答えは3)の愛情をもっていた。
> キリスト教ではその人間への愛を隣人愛と言う。

イエスは隣人愛と、贖罪を持ち合わせていたと言うことです。
ただし、この贖罪は人間には不可能だとされていますので、
信徒ができる隣人愛とは別になります。

ただ、どちらもイエスが行った、という程度の関係性はあると思います。

370 :いんちきクリスチャン:2006/09/14(木) 00:19:34
私は、贖罪と隣人愛は明らかに関係あると思うけどな。
「人がその友のために命を捨てるという、これよりも大きな愛は誰も持っていません。」(ヨハネ15:13)

371 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 00:20:45
そもそも、イエス自身の口からは、「隣人愛」ということばが発せられたことは殆どないわけだが。

372 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 00:24:19
>>368

> ここにはイエスの「主体」=決断はないから、贖罪ドグマは、隣人愛ドグマとは別個に議論できるっていうやつ。

イエスに主体性がなく決断力もないなら
聖書に書かれているイエスの言動そのものが・・
つまりキリスト教そのものが崩壊しますねw

>>369

> 「イエスの場合」は全人類に対して愛情を持っており、かつ贖罪したということです。
> 「全人類の罪を背負って死ぬ」ことが、必ずしも全人類に対して愛情を持っていたことにはなりません。

> 「イエスの場合」は全人類に対して愛情を持っており、かつ贖罪したということです。

この言及で言えば、AとBはなんだね。まずこれを定義すべきなのでは?
私はA=原因、B=結果を定めて、
人類愛(原因)によって贖罪(結果)をしたと言っている。

>> 隣人を愛せずして、人類の為に自身の命を捧げることはできないでしょうが。
> できると思います。愛とは別の感情によっても可能だと思います。

例えばなに?自殺?それは人類(自己を含む)への愛ですよ。

> イエスは隣人愛と、贖罪を持ち合わせていたと言うことです。

その通り。でその隣人愛の最大イベントが贖罪なのです。
贖罪以上の隣人愛はないと言っても過言ではないでしょう。
どうしても、贖罪と隣人愛を分けたいみたいだね。
>>367の問いに答えてみて。

373 :いんちきクリスチャン:2006/09/14(木) 00:30:49
私は、贖罪と隣人愛は全く関係ないと思うよ。
「人は自分のためだけに命を捨てるべきである。これよりも大きな神の意志はない」(ヘブライ9:22)
だって知り合いがそういんだから絶対ただしいよ!

374 :油ハム:2006/09/14(木) 00:36:17
>>372
> 人類愛(原因)によって贖罪(結果)をしたと言っている。

動機と行動ですね。イエスの場合、その程度の関連性はあると思います。
ただイエスという限定を外すと、人類愛と贖罪は繋がらないということ、
また、人類愛のあり方は贖罪だけではないこと、贖罪すれば人類愛があるわけではないこと
に気をつける必要があります。その点が理解されているようであれば、
関連性があるといっても誤解は生じないと思います。

> 例えばなに?自殺?それは人類(自己を含む)への愛ですよ。

申し訳ありませんが、仰っていることの意味がわかりません。

> どうしても、贖罪と隣人愛を分けたいみたいだね。

信徒ができるのは、隣人愛の方だけですから、一緒になると違和感を感じます。
イエスキリストに限定すれば、動機と行動と言う意味での関連性があるとは思いますが、
どいういう関連性があるかの説明がないと誤解を招くような気がします。

375 :狂犬予防対策本部:2006/09/14(木) 00:37:02
>>370,373
自演乙ww

>>367

> 1)イエスは全人類を愛していたから罪を背負った
> 2)イエスは全人類を愛していなかったから罪を背負った
> 答えはどれだい?w

これ2だと答える馬鹿はいないよね。
なんでこんな簡単なことでもめてるの?w

> 馬鹿馬鹿しくてやってられんなやっぱり。

同感。また狂犬のわけのわからん噛み付きかもねw

376 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 00:43:51
>>372
>つまりキリスト教そのものが崩壊しますねw

現代聖書学の教義理解は多様で、それを受ける「教会」側もタフだから全然崩壊しません。

377 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 00:51:19
>>374

> 動機と行動ですね。イエスの場合、その程度の関連性はあると思います。

ほう、
> AならばBであっても、BならばAではないのです
動機=A、行動=Bだと。
隣人愛(動機)ならば贖罪(行動)であっても、
贖罪(行動)ならば、隣人愛(動機)ではないと言いたいのかな?
であるなら、隣人愛(動機)ならば贖罪(行動)は正しいという論は
認めているわけね。それで結構。

> ただイエスという限定を外すと、人類愛と贖罪は繋がらないということ、

「イエスと、イエスをキリストだと崇めるキリスト教徒」という限定を外すと
は繋がらないということ。なら理解可能ですね。
イエスの行動は彼ら一般教徒の規範でもあるわけです。

> 申し訳ありませんが、仰っていることの意味がわかりません。

隣人を愛せずして、人類の為に自身の命を捧げることができる。
愛とは別の感情によっても可能。とキミは言っているね。
それは一体なんだ?と聞いている。

> 信徒ができるのは、隣人愛の方だけですから、一緒になると違和感を感じます。

まず>>367の問いに答えてみて。
で、一般教徒に同じ問い(イエスのどのような動機で贖罪したのか?)を
尋ねられたらキミはなんと答えるのだね?

378 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 00:58:24
あ〜眠くて日本語がおかしい・・。もっとこう目が覚めるような反論はないのかね・・

>>377

> 「イエスと、イエスをキリストだと崇めるキリスト教徒」という限定を外すと
> は繋がらないということ。なら理解可能ですね。
→「イエスと、イエスをキリストだと崇めるキリスト教徒」という限定を外すと
 人類愛と贖罪は繋がらないということ。なら理解可能ですね。

> で、一般教徒に同じ問い(イエスのどのような動機で贖罪したのか?)を
→で、一般教徒に同じ問い(イエスがどのような動機で贖罪したのか?)を

379 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 01:06:19
>>377
神の子イエスの行動のうち<贖罪>は、一般教徒の規範じゃないんだよ?
なんかあなたズッーっとずれてるなあ

380 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 01:18:12
>>379

> なんかあなたズッーっとずれてるなあ

ズラではないよ。
規範という言葉が誤解を生んだのかもしれない。
イエスの言動をその教徒は美化肯定している。と訂正します。
キリスト教徒はイエスの隣人愛も贖罪も美化し、
肯定しているのです。
まあ正論だと釣れないのであえてずらしている面もありますがねw

381 :油ハム:2006/09/14(木) 01:19:57
>>377
イエスの行動においては、贖罪と隣人愛は関連はあると思います。
ただ、信徒の教義としては、関係性が見当たらないと思います。

> イエスの行動は彼ら一般教徒の規範でもあるわけです。

奇跡を起こすことや、贖罪することが規範ではないので、
「行動の一部」が規範になります。

> それは一体なんだ?と聞いている。

個人の心情はさまざまなので限定することはできないですが、
死への願望など、いろいろあると思います。

> まず>>367の問いに答えてみて。

・イエスは、人間を愛しておられた。
・イエスは、人間の、神に対する罪を背負った。

この2点は間違いないと思います。


382 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 01:41:26
要するに整理すると、
a)イエスの場合は贖罪と隣人愛の関連性は認める。
b)しかし一般教徒の場合にはそのような関連性はなく、
c)隣人愛は美化も肯定もする が
d)贖罪は美化も肯定もしていない し
e)そのような行為は行わない
という回答でよろしいかな?

今まではa)を認知してもらうために議論していたわけで
今後もうa)の結論をひっくり返すなよ。と。

次に、d)贖罪は美化も肯定もしていない。e)そのような行為は行わない。
について、私は>>329 において、
> 贖罪意識を善とするキリスト集団が・・過去の例であれば十字軍が、
> 現代の例であれば米軍が・・異教であるイスラム教とその信徒を粛清することや、
> その戦いで死ぬことを「善」と位置づけ、美化し肯定しているわけです。
と述べており、キミが「カトリックの教皇の発言」を提示して反論したわけだが、
その反論の具体性について、>>342にて反論している。と。
んで、
・カトリックの意向=プロテスタントの意向ではない・・・これはおk
・カトリック教皇の意向=カトリック信者・プロテスタント信者全体の意向でもない。
ということはわかりますよね?

383 :368:2006/09/14(木) 01:42:24
大体、話の枠はカトリックな人の油ハム氏の>>381の答えで見えてきたんじゃないの。

で、油ハムさんに一つ質問いいかな?
>>343のマルコの「隣人愛」の部分だけど、ルカだと、イエスじゃなくて質問者のユダヤ律法者に対して、
イエスがさらに反問して(「律法にはなんと書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」)、
それにつられて、律法者のほうが答えるかたちをとってるんだよね(10章25-37)。

ここらへんの福音書テキストのズレに着目して、田川はルカのテキストを採用し、
「隣人愛」というのは、ユダヤ教的伝統であって、当時そういう紋切型の発想に辟易してたイエスは
(ほら、あなたポピュラーな話だから知ってるでしょ)という感じの軽い嫌味風の反問を
繰り出した(つまり「イエスは愛の説教者ではない」)、
なんて言ってるんだけど(田川、『イエスという男』)、こういうイエス解釈はどう思いますか?

384 :油ハム:2006/09/14(木) 02:05:09
>>382
> a)イエスの場合は贖罪と隣人愛の関連性は認める。

どういう点で関連性があるのかが不明だと誤解(教義に関連性があるように誤解される可能性)を
招きそうです。関連性について適切な説明があれば良いと思います。

b)については合意されていると思います。
c),d),e)の主語は何でしょうか?

> ・カトリックの意向=プロテスタントの意向ではない・・・これはおk
> ・カトリック教皇の意向=カトリック信者・プロテスタント信者全体の意向でもない。

意向についてまとめるとこうなります。

・カトリック教皇の意向=カトリック信者の意向≠プロテスタントの各宗派の信者の意向
・プロテスタントの宗派Aの信者の意向≠プロテスタントの宗派Bの信者の意向

385 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 02:09:57
>>368

> ここにはイエスの「主体」=決断はないから、贖罪ドグマは、隣人愛ドグマとは別個に議論できるっていうやつ。

田川建三か・・これかい?w

「イエス・キリストの教えに従って生きる」などという言い方を、キリスト教徒はよくする。
ところが、パウロは書簡の中でイエスの生前の言動には一言も触れていない。
パウロ書簡はおそらくすべて福音書よりも先に書かれたので、パウロはイエス言行録の
存在を知らなかった可能性もあるが、むしろかれは生前のイエスへの関心をきっぱりと
否定している。一方、福音書には贖罪論が、主題としてはでてこない。イエス自身が
それを口にしないのは当然だが、不思議なことに受難物語にさえ、贖罪信仰の影響は
ほとんどみられないのである。福音書編纂の目的は贖罪論の宣伝普及とは全く別の
ところにあり、また受難物語そのものも贖罪信仰とは無関係に伝承されていたのだ。
新約聖書には実は、このように明確に異なる二種類の思想的産物が同居しているのである。
イエス信仰と贖罪信仰は、内容的に無関係なのだ。これは、よく考えてみれば重大なこと
ではないか。イエスがわれわれの罪の身代りであることと、われわれの人生の導き手で
あることとの間には、必然的関係がない?!
いや、実際は関係がないどころではない。パウロ書簡と福音書の成立は原始キリスト教内
における厳しい思想的相克を反映しているのだ。倫理主義の桎梏を断ち切ることに救いを
見出したパウロにとっては、十字架上のイエスの死とその後の復活こそが唯一の信仰の
対象であり、生前のイエスについて語ることは「イエスの教え」を絶対化する教条的倫理主義
に陥る危険を孕むがゆえに、厳に戒めなければならない。それに対して、イエスを主人公に
した物語を著すという行為は、十字架贖罪論に包摂されえないイエスという人間の生の現実
に救いの根拠を求めることを意味する。両者の立場は根本的に相容れないのだ。
ここにキリスト教の本質的自己矛盾がある。信ずるべきは人間イエスか、それとも十字架の
キリストか――この抜き差しならない難問に、キリスト教は答えをだす必要があった。

386 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 02:21:19
>>384

> どういう点で関連性があるのかが不明だと誤解(教義に関連性があるように誤解される可能性)を
> 招きそうです。関連性について適切な説明があれば良いと思います。

せっかく>>368さんが田川建三さんの面白い論を提出しているのだから
そちらに議論を移しても構わないが(この話題はつまらんw)
キリスト信仰と贖罪論についての関連性は>>385にて。

> b)については合意されていると思います。

いえ、していませんが。

> c),d),e)の主語は何でしょうか?

主語はキリスト教信者です。

> ・カトリック教皇の意向=カトリック信者の意向≠プロテスタントの各宗派の信者の意向

カトリック教皇の意向=カトリック信者の意向について、

まず、教皇の発言について知らないので提示していただけませんか。
次に、代表者の意向=その組織全体の意向ではないと何度も言っていますが。
(根拠は過去レス参照)

387 :油ハム:2006/09/14(木) 02:23:32
>>383
私個人は、嫌味ではなく、気がつかせるために話したのだと思います。
イエスは「ユダヤ教」を否定していたわけではないと思います。

マタイによる福音書5章17節
わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。
廃止するためではなく、完成するためである。

388 :油ハム:2006/09/14(木) 02:33:00
>>386
> > b)については合意されていると思います。
> いえ、していませんが。

了解しました。

> まず、教皇の発言について知らないので提示していただけませんか。

膨大な量があるのでとりあえず、これぐらいでよろしいでしょうか。
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/doc/index.htm

> 次に、代表者の意向=その組織全体の意向ではないと何度も言っていますが。

一般的な組織の場合、その図式が成立します。
しかし、教皇の意向と同じでない集団は、カトリックにはなりません。
プロテスタントということになります。
・教皇の意向=ある組織の意向→カトリック
・教皇の意向≠ある組織の意向→プロテスタント
ということです。

389 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 02:37:31
キリスト信仰と贖罪論の融合についてでもいいのだが・・
ニーチェからどんどん離れてゆくというジレンマが・・w
寝よ・・

390 :一言居士:2006/09/14(木) 11:13:26
油ハムさん、キリスト教は利己心、自己愛などについてどう捉えているのか教えていただけますか?

391 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 13:00:16
>>388
> 膨大な量があるのでとりあえず、これぐらいでよろしいでしょうか。
> http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/doc/index.htm

悪いが、まずどの教皇の発言なのだね。次にいつの年代の発言かな?
多数いる教皇の膨大に有る発言から「他宗教無干渉」のみを探すのはそれを知らないものに
とっては極めて困難だろう。知っているなら乗せるのは簡単なはずだと思うが。
あと現教皇ベネディクト十六世はイエスの復活=奇跡を述べておるぞw

> 奇跡を起こすことや、贖罪することが規範ではないので、「行動の一部」が規範になります。

これに矛盾するんじゃないのかね。

http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/newpope/bene_message100.htm
教皇ベネディクト十六世の2006年4月16日の復活祭メッセージ(ローマと全世界へ)  
「あのかたは、ここにはおられない。復活なさったのだ」(Non est hic, sed resurrexit!)。
このルカによる福音書24章6節からとられたことばは、復活祭メッセージ本文にも引用されています。
あのかたは、ここにはおられない。復活なさったのだ(Non est hic, sed resurrexit)」(ルカ24・6)。
この朝以来、このことばは、喜びを告げ知らせるために、全世界にあらためてこだまし続けています。
この喜びは、世々に変わることがありません。同時にこの喜びは、限りのない、常に新しいこだまを響かせています。

392 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 13:02:00
教皇の発言はほとんど聖書の引用だな。

http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/pope/index.htm 「教皇ヨハネ・パウロ二世の遺言」
1978年10月16日という日に枢機卿たちのコンクラーベがヨハネ・パウロ二世を選んだとき、ポーランドの
大司教であるステファン・ウィスチンスキ枢機卿がわたしにこう言った。
「新しい教皇の課題は、教会を第三千年期に導くことであろう」。
「勝利に至るなら、その勝利はマリアによる勝利である」。

http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/newpope/bene_message64.htm
教皇ベネディクト十六世=現教皇 2005年12月25日の降誕祭メッセージ(ローマと全世界へ)
「人よ、目覚めなさい。神はあなたのために人となったからである」(Expergiscere, homo: quia pro te Deus factus est homo!)。
「わたしは・・・・大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである」(ルカ2・10−11)。
「実際、人間の秘義は肉となられたみことばの秘義においてでなければ、ほんとうに明らかにはならない」(『現代世界憲章』22)。

393 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 13:14:57
ここで考慮しなければならないのは、
教皇の発言=カトリック信者全体の意向ならば、
まず現教皇はイエスの復活=イエスの奇跡を肯定している。
よってカトリック信者もその奇跡を肯定しているのである。

次の落としどころは教皇の贖罪に関する発言だな・・
教皇が贖罪に関して否定的しない=肯定する場合、
キミの論理だと、カトリック信者全体の意向は贖罪を肯定するわけだね。
面倒だけど探してみるかw

394 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 13:22:36
>>393
訂正

> 教皇が贖罪に関して否定的しない=肯定する場合、
教皇が贖罪に関して否定しない、もしくは肯定する場合、

395 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 13:28:30
キリスト教は贖罪によって解体され
カトリックは教皇の発言によって解体されるw

396 :油ハム:2006/09/14(木) 13:35:15
>>391
> 悪いが、まずどの教皇の発言なのだね。次にいつの年代の発言かな?

どのような発言をお探しですか?

> 多数いる教皇の膨大に有る発言から「他宗教無干渉」のみを探すのはそれを知らないものに
> とっては極めて困難だろう。知っているなら乗せるのは簡単なはずだと思うが。

知っていても困難です。ヨハネパウロ2世ということは知っていますが、
そこから先探す苦労は、貴方でも私でも同じです。
その発言があるかどうかによって、貴方の意見が変わるなら探す価値がありますが、
変わらないなら徒労に終わってしまうでしょう。

> あと現教皇ベネディクト十六世はイエスの復活=奇跡を述べておるぞw

別に問題はないと思います。

> > 奇跡を起こすことや、贖罪することが規範ではないので、「行動の一部」が規範になります。

これは、「信徒が」奇跡を起こすことや贖罪をするようにするための規範ではないと
いう意味で申し上げました。



397 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 13:37:42
>>393
前代のヨハネ=パウロ2世なんか進化論を肯定してたけど

398 :油ハム:2006/09/14(木) 13:42:12
>>393
> 教皇の発言=カトリック信者全体の意向ならば、

ということを特に条件づけなくても、

> まず現教皇はイエスの復活=イエスの奇跡を肯定している。
> よってカトリック信者もその奇跡を肯定しているのである。

こちらの通りです。イエスの復活を信じているのはカトリックの特徴です。

また、贖罪に限らず、肯定否定に限らず、
キリスト教徒の中で、教皇の意向と同じ意向を持つ者が、カトリック信者になります。
これはどちらかというと定義に近いです。

399 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 14:27:44
>>397

> 前代のヨハネ=パウロ2世なんか進化論を肯定してたけど

これね。根拠の提示とはこういうことを意味します。
http://www.christiananswers.net/japanese/q-aig/aig-c017j.html
1996年10月23日、ローマ教皇ヨハネ・パウロI2世は、
「新たな知識により、進化論を単なる仮説以上のものとして認識するにいたった」
と公式に教皇庁科学アカデミーに対して述べました。
教皇は、神様のみが人間の魂を造ることができることを支持するならば、
創造と進化は矛盾なく、両立すると語ったのです。

教皇の発表は、イエスや使徒の教え、そしてローマ・カトリックに非常に
重要な意味を持つ教会の伝統にさえも矛盾するものです。
この教えによれば、アダムが文字どおりエデンの園で、文字どおりに堕落したために、
この世に死と苦しみがもたらされることになったのです。
だからこそ、キリストが受肉し、われわれの罪のために死ななければならなかったのです=贖罪。
進化は、その死、すなわち「最後の敵」(コリント一15:26)が、
実際に神の「非常によかった」創造(創世記1:31)の一部であると見なしているのです。

400 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 14:41:17
>>399
リンク先見ると、興味深い点があるな。

教皇は本当に進化が仮説以上のものであると言ったのでしょうか?
実は、一般メディアが教皇の声明を間違えて解釈した可能性があるのです。

ほとんどのローマ・カトリックの学校で、進化が教えられています。
ですから、教皇には全般に進化を受け入れる向きがあるのです。
ことにローマ・カトリック教会は、聖書を最終権威と見なしていません。

ローマ・カトリック教会は、テモテ第二3:15-17に反して、
生きるための指針として聖書は十分ではないと明確に言っています。

401 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 15:03:25
>>396

> どのような発言をお探しですか?

キミが書いた、
> 十字軍については教皇が既に過ちを認めています。
> イスラム教徒を粛清することは、カトリックは望んでいませんし、
> そのような行為は肯定も美化もしていません。
> 少なくとも第二バチカン公会議以降、現代では他宗教を尊重しています。
> これは私の考えではなく、カトリックの教皇の発言が根拠です。

この「十字軍」と「他宗教の尊重」についての発言とその根拠ですね。

> その発言があるかどうかによって、貴方の意見が変わるなら探す価値がありますが、
> 変わらないなら徒労に終わってしまうでしょう。

私の意見はまず反論の根拠を明確に知ることです。
根拠の無い反論であれば、残念ながら
「それはキミの私見であって、カトリック全体の意向ではないかもしれない」
と言わざるをえないでしょう。
つまり、根拠がわからなければまともな反論はできないのです。
カトリックであり、そのカトリック教皇の発言の提示者である君が「探すのは困難」であるなら、
非カトリックであり、非提示者である私にとっては、それはさらに困難なのです。

> これは、「信徒が」奇跡を起こすことや贖罪をするようにするための規範ではないと
> いう意味で申し上げました。

私は規範という言葉を使用したことを>>380にて訂正しています。
それは肯定・美化という意味で言っています。
キリスト教信者は、イエスの奇跡や贖罪を美化し肯定しているのです。

402 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 15:52:53
>>400
>生きるための指針として聖書は十分ではないと明確に言っています。

なんかすごいなカトリック

403 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 16:01:08
>>402

> >生きるための指針として聖書は十分ではないと明確に言っています。
>
> なんかすごいなカトリック

要するに、カトリックでは、聖書よりも教皇の権威の方が上位だと
いいたいのでしょう。
であるなら、その絶対的権威である教皇の発言=カトリック全体の意向を、
その信徒が覚えるのは当然の義務である、と言えますね。
教皇の、十字軍に関する発言や他宗教の尊重に関する発言を
カトリック信徒が提示できないということのほうが問題なのかもしれません。

404 :油ハム:2006/09/14(木) 16:30:00
>>401
> この「十字軍」と「他宗教の尊重」についての発言とその根拠ですね。

発言内容をソースレベルで知りたいということですね。

> 「それはキミの私見であって、カトリック全体の意向ではないかもしれない」
> と言わざるをえないでしょう。

仰るとおりです。
ただ、仮にカトリック全体の意向と貴方が認める内容であったとしても、
貴方が、主張する内容を変えないのであれば、そこは論点ではなく、
結局無駄な労力になると思います。

> カトリックであり、

そのようなことは申し上げておりませんので、決め付けはやめてください。

> そのカトリック教皇の発言の提示者である君が「探すのは困難」であるなら、
> 非カトリックであり、非提示者である私にとっては、それはさらに困難なのです。

いえ、ネット上のソースということなら、どちらもほぼ同じように困難だと思います。
多くの教徒がネット上での情報を見ているわけではありません。サイトも知らない人が多いです。
意味のある労力なら、数日かけて探せると思いますが、すぐにレスができるわけではないので、
その点は、ご理解いただきたいと思います。

> キリスト教信者は、イエスの奇跡や贖罪を美化し肯定しているのです。

それ自体は別に否定も肯定もしていないので、論点ではないと思います。

405 :油ハム:2006/09/14(木) 16:35:19
自己フォロー

>>404
> > キリスト教信者は、イエスの奇跡や贖罪を美化し肯定しているのです。
>
>それ自体は別に否定も肯定もしていないので、論点ではないと思います。

これは、貴方の主張を私が否定も肯定もしていない、と言う意味です。
キリスト教徒がと言う意味ではないので、念のため。

ところで貴方の仰る「肯定」というのは、
善悪という意味での肯定でしょうか?
それともそういう事象が存在したという意味での肯定でしょうか?
またはそれ以外の何かでしょうか。

406 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 19:13:09
>>404

> ただ、仮にカトリック全体の意向と貴方が認める内容であったとしても、
> 貴方が、主張する内容を変えないのであれば、そこは論点ではなく、
> 結局無駄な労力になると思います。

私の論を変えるか否かは、反論の根拠がわからなければ予想不可能なんですよ。
その仮説(教皇の十字軍・他宗教尊重の発言)が正しいとした場合、
結論は○○である。としても構わないんですが、
その結論は仮説が正しいという前提がなければ成立しないんです。
ここはわかりますよね?
私が尋ねているのは、君の提示した仮説の根拠です。
時間がかかっても構わないので、仮説の論拠を明示してください。

それと、無駄な労力であることはこちらも同じです。
コーランやパレスチナ問題・アイルランド問題の詳細について
自分では既に解っている内容を、それがわからないとする者に対して
わざわざ明示しているわけです。

> そのようなことは申し上げておりませんので、決め付けはやめてください。
カトリックではないと。別にそれでも構いませんが。

> > キリスト教信者は、イエスの奇跡や贖罪を美化し肯定しているのです。
>
> それ自体は別に否定も肯定もしていないので、論点ではないと思います。

>>382に書いた通り、この論点は、

> d)贖罪は美化も肯定もしていない し
> e)そのような行為は行わない

に繋がるわけです。

407 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 19:19:41
>>405

> ところで貴方の仰る「肯定」というのは、
> 善悪という意味での肯定でしょうか?
> それともそういう事象が存在したという意味での肯定でしょうか?
> またはそれ以外の何かでしょうか。

肯定の意味は辞書の定義とおりで構いませんが、
肯定=「その通りで間違いではない。正しい事・行動であると認めること」ですね。

408 :油ハム:2006/09/14(木) 19:25:35
>>407
辞書の意味はわかっていますが、
文脈上「肯定」は少なくとも2通りの意味があるということはわかりますよね?
「事実」の肯定の場合と、「正当性」の肯定の場合です。

409 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 19:39:33
>>408
> >>407
> 辞書の意味はわかっていますが、
> 文脈上「肯定」は少なくとも2通りの意味があるということはわかりますよね?
> 「事実」の肯定の場合と、「正当性」の肯定の場合です。

肯定の意味を知りたいのですか?
肯定しているとする対象について知りたいのですか?

前者ならば>>407です。
後者ならば、

> キリスト教信者は、イエスの贖罪を美化し肯定しているのです。

の文であれば、肯定の対象は「イエスの贖罪」です。
解り易くすると、
キリスト教信者は、イエスの贖罪を
その通りで間違いではない。正しい事・行動であると認めている=肯定している
のです。

善悪の基準ならば「善」。
事象の存在性ならば「イエスの贖罪はあった」。
正当性ならば「イエスの贖罪行為は不当行為ではなく正当行為」。
ですね。

410 :油ハム:2006/09/14(木) 19:43:27
>>406
> 私の論を変えるか否かは、反論の根拠がわからなければ予想不可能なんですよ。
了解しました。教皇の発言が問題になるのはどうしてですか?単なる興味本位なのか、何かの根拠になっているのか、それ以外の何かでしょうか。

> その仮説(教皇の十字軍・他宗教尊重の発言)が正しいとした場合、 結論は○○である。としても構わないんですが、
構わないなら、他宗教尊重の発言があった場合の結論を教えていただきたいと思います。

> その結論は仮説が正しいという前提がなければ成立しないんです。
> ここはわかりますよね?
もちろんわかります。ただ、他宗教尊重の発言が正しくても、何も変わらないか、
それが何の意味もなさないなら、調べるのは無駄だと思います。それでも意味があるというのなら、その意味を教えて欲しいです。

> 私が尋ねているのは、君の提示した仮説の根拠です。
仮説ではないです。貴方が求めているのはソースではないのですか?私は仮説を立てた覚えはないですし、せいぜい出せるのは発言のソースぐらいです。

> 時間がかかっても構わないので、
ええ、調べるのに時間がかかることはご理解いただきたいと思います。

> 自分では既に解っている内容を、それがわからないとする者に対して
> わざわざ明示しているわけです。
これは私も同じで、すでにいくつか明示してきています。

> 別にそれでも構いませんが。
貴方が構わないかどうかではなく、私がやめてくださいと申し上げているのですが、わかりませんか?

> > d)贖罪は美化も肯定もしていない し
> > e)そのような行為は行わない
> に繋がるわけです。
繋がるかもしれませんが、私は論点にはしていません。従って、

> キリスト教信者は、イエスの奇跡や贖罪を美化し肯定しているのです。
私はそのことを、別に否定も肯定もしていないので、論点ではないと思います。

411 :油ハム:2006/09/14(木) 19:50:51
>>409
後者です。私が聞いているのは、

貴方が「肯定」していると主張される対象は、

・「イエスの贖罪」の事実 (善悪を問わない)
か、
・「イエスの贖罪」が正しい行動 (現実か神話かは問わない)
か、
その両方なのかということです。

また、美化と仰られていますが、それはどうしてそう思われたのでしょうか。

412 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 20:01:12
>>410

> 教皇の発言が問題になるのはどうしてですか?単なる興味本位なのか、何かの根拠になっているのか、それ以外の何かでしょうか。

教皇の発言が問題にならない=無関係ならば、君の反論の意図が全く不明になります。
教皇の発言を反論の主軸にしているのは君自身なんですよ。
その主軸にある教皇発言の根拠を尋ねているのです。
このことはわかりますよね?

> > その仮説(教皇の十字軍・他宗教尊重の発言)が正しいとした場合、 結論は○○である。としても構わないんですが、
> 構わないなら、他宗教尊重の発言があった場合の結論を教えていただきたいと思います。
>
> それが何の意味もなさないなら、調べるのは無駄だと思います。それでも意味があるというのなら、その意味を教えて欲しいです。

根拠を提出することが無意味で無駄ならば、
「君の発言は間違いである。理由は教皇(などの権威)が発言しているから」
という言及が全ての論に対する反論として正論になってしまいますな。

こういう暴論の例を出しましょうか。
「カトリックは人殺しを許可している。他宗教を殲滅せよと主張する。
理由は教皇がそう発言しているからだ」
根拠の提示がなければ、この暴論も成立してしまうんですよ。

> せいぜい出せるのは発言のソースぐらいです。

発言のソースで構いません。

> 私は論点にはしていません

であるなら君の論点を明示すべきなのでは。
まあそれでも、私は自身の論点に着目しますがね。

413 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 20:08:14
追記。

「カトリックは人殺しを許可している。他宗教を殲滅せよと主張する。
理由は教皇がそう発言しているからだ」
根拠の提示がなければ、この暴論も成立してしまうんですよ。

こういう暴論に対し、教皇の「殺戮を肯定する」とした発言のソース
を求めることは、無意味でも無駄でもなく、論点の相違でもなく
「議論する上で最低限のマナー」
だということもわかりますよね?

414 :368:2006/09/14(木) 21:46:46
なんか、飽いてきた。
油ハムは、議論の流れを忖度せずに、あれこれ一対一で質問・レスしすぎ。
自分のキリスト教護教が問題にされてるんだから、一度議論を自分なりにまとめてみて
長文でいいから、自分の論を積極的に展開すべきだ。言葉がですますだからって、中身が丁寧だとは限らんのよ?
あと、攻め入ってるほうも、細かな質問反論弁証で釣ろうとせずに、メタな整理を油ハムに要求すべき。
面白くないや。

415 :油ハム:2006/09/14(木) 22:00:58
>>412
> > 教皇の発言が問題になるのはどうしてですか?単なる興味本位なのか、何かの根拠になっているのか、それ以外の何かでしょうか。
> 教皇の発言が問題にならない=無関係ならば、君の反論の意図が全く不明になります。

これは私の根拠のほうではなく、貴方の根拠と関連性があるかどうかを聞いているのです。
私は反論を主張したいわけではなく、このスレに情報の提供をしているにすぎません。
なので、意図と言われてもそれ以上のものがあるわけでもないです。

> 根拠を提出することが無意味で無駄ならば、

私は、無駄かどうかを断定しているわけではなく、意味を求めています。
論点になっていないことに労力を費やす必要はないと考えていますので、
論点であるということがわかれば、モチベーションもあがります。

> 発言のソースで構いません。

ソースでいいということで、了解しました。出るとしても数日後になるでしょうが、
それまで、この論点は保留と言うことでお願いします。

> まあそれでも、私は自身の論点に着目しますがね。

それはご自分の論も、問題点とする=懐疑されているということでしょうか。
それは良いことだと思います。

ところで、貴方は相手を「君」と呼んでいますが、貴方は人を呼ぶとき、
「貴方」と呼ぶより「君」と呼ぶほうが良いと考えているのでしょうか。
そうであれば、私も貴方に合わせ、「君」と呼ぶことにしたいと思います。

416 :油ハム:2006/09/14(木) 22:11:03
>>413
> 「カトリックは人殺しを許可している。他宗教を殲滅せよと主張する。
> 理由は教皇がそう発言しているからだ」
> 根拠の提示がなければ、この暴論も成立してしまうんですよ。

私は成立するわけではないと思います。
根拠の提示がなければ、その論の説得力がなくなるだけでしょう。
根拠がないことによって、正しいとか間違いが決まるわけではなく、
単にわからないに留まると思います。

417 :油ハム:2006/09/14(木) 22:27:41
>>414
> 自分のキリスト教護教が問題にされてるんだから、

別に私はキリスト教の肩を持つつもりはありません。
議論を通して双方に新たな知見が得られればと思っている次第です。

418 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 22:30:16
>>414
では面白くなるように反論もしくはまとめてみては。
私も根拠の提示の必要性を何度も語るのは、いい加減うんざりしている。
なんで議論のマナーまで説教しなければならないのか・・とね。
君が油ハムに質問すれば彼の感情論=客観性・具体性のなさや、
遁走・論点ずらしについてうんざりするでしょう。

419 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 22:41:39
>>417
君のいう論点とやらをまず定義してみては?
それがわからないと全て「論点ずらし」になってしまうからね。

> ところで、貴方は相手を「君」と呼んでいますが、貴方は人を呼ぶとき、
> 「貴方」と呼ぶより「君」と呼ぶほうが良いと考えているのでしょうか。
> そうであれば、私も貴方に合わせ、「君」と呼ぶことにしたいと思います。

人称などど何故どうでもよいことに噛み付くのかね。好きに呼べばよいのだよ。
君の論点はそんな小さいことなのかね。

420 :368:2006/09/14(木) 22:53:01
>>418
乗りかかった船なんだから、自分でやってみてよ。発言量的にみても。
その上なら、あれこれ議論がかみ合うように参加したいけど。
でなきゃ、ニーチェの話に戻そう(ってもともとあるのかっていう話もあるけどw)ぜ。

421 :油ハム:2006/09/14(木) 22:53:43
>>419
私は何かを主張しているわけではなく、
私が知っていることを提供しているに過ぎません。

> > ところで、貴方は相手を「君」と呼んでいますが、貴方は人を呼ぶとき、
> > 「貴方」と呼ぶより「君」と呼ぶほうが良いと考えているのでしょうか。
> > そうであれば、私も貴方に合わせ、「君」と呼ぶことにしたいと思います。
> 人称などど何故どうでもよいことに噛み付くのかね。好きに呼べばよいのだよ。
> 君の論点はそんな小さいことなのかね。

論点ではありませんが、ちょっとしたマナーです。
以前「君」と呼んだら逆切れされた方がいらっしゃったので、
できることなら、相手の呼び方に合わせておきたいと思っております。

422 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 23:00:48
>>417

>別に私はキリスト教の肩を持つつもりはありません。

もしそうなら、矛盾がおおいあれこれの聖書テキストの断片的引用をもって(わたし的には>>383への>>387のレスとか)
レス・反証した気になってるっていう態度はやめましょうね。
聖書テキストの内的矛盾を承認していないということ自体が、19Cならいざ知らず、
現代的には硬直的な護教論者だとみられても仕方ないというぐらいは、わかってますよね?

423 :油ハム:2006/09/14(木) 23:17:37
>>422
別に情報提供をやめる必要はないと思います。
聖書の引用にしても、聖書に書いてあることを真実だと主張しているわけではなく、
キリスト教徒の立場とはどういうものかということを私が知っている範囲で説明しているに過ぎません。
またレスをするのは自由ですし、レス=反論、反証ということでもありません。


> > 別にそれでも構いませんが。
> 貴方が構わないかどうかではなく、私がやめてくださいと申し上げているのですが、わかりませんか?

ところで、上記のことは、わかっていただけましたか?

424 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 23:18:42
>420
君はよくわかっているなw
ニーチェの話までもっていくためには、私の論理展開上では、
1)イエスの贖罪はキリスト教利他心の象徴
2)キリスト教の贖罪精神を美化肯定する態度はイスラム自爆テロのそれと同質
3)ニーチェはこのようなイエスや神を絶対視し絶対服従させるキリスト教は危険思想であり
 病理だと説く。必要なのはキリスト教のような奴隷道徳的ルサンチマンではなく、力への意志である。
という流れを想定しており、現段階では1)で留まっているわけなんです。

>>421
> 私は何かを主張しているわけではなく、
> 私が知っていることを提供しているに過ぎません。

であるなら>>382

a)イエスの場合は贖罪と隣人愛の関連性は認める。
b)しかし一般教徒の場合にはそのような関連性はなく、
c)キリスト教信者は隣人愛は美化も肯定もする が
d)キリスト教信者は贖罪は美化も肯定もしていない し
e)キリスト教信者はそのような行為は行わない

を論点だと認めるのかね。
これを論点としないとするなら、君のいう論点を提出しろ。と言っている。

> 論点ではありませんが、ちょっとしたマナーです。
> 以前「君」と呼んだら逆切れされた方がいらっしゃったので、
> できることなら、相手の呼び方に合わせておきたいと思っております。

「君」は一般的な日本語の会話上で用いられる二人称単数なのだから
その基本単語に切れる者は、日本語を知らない。もしくは頭がおかしい。
とでも解釈して放置するのが適切であると思いますが。

425 :368:2006/09/14(木) 23:29:57
>>423
>聖書の引用にしても、聖書に書いてあることを真実だと主張しているわけではなく、
>キリスト教徒の立場とはどういうものかということを私が知っている範囲



>>387
>私個人は、嫌味ではなく、気がつかせるために話したのだと思います。
^^^^^^^^^
とりあえずこの部分について弁明してみてください。

ところで>>414のメタな議論の仕方提案は却下ですか?

426 :油ハム:2006/09/14(木) 23:31:36
>>424
それは論点ではなく、まとめとしての私の質問ではないのですか?

> a)イエスの場合は贖罪と隣人愛の関連性は認める。

関連性という言葉でまとめるのは、誤解を招く恐れがあります。
まとめるなら、

a)イエスの場合は贖罪という行動の動機として、隣人愛がある可能性がある。
b)一般教徒の場合は隣人愛が望まれており、贖罪という行動を取る必要がなく、
信徒の行動として意味のある関係性は見当たらない。
c),d)については肯定も否定もしません。保留です。
e)信徒はイエスのような贖罪は行わない。

上記について君の方に反論があれば、そこが論点になります。
私の意見に対して反論がないのであれば、論点はなくなります。

> とでも解釈して放置するのが適切であると思いますが。

まあ、そうですが、相手がどうであれ、
そうならないようにはしたいと思っています。

427 :油ハム:2006/09/14(木) 23:35:29
>>425
単純にそこは私の思ったことを書いているだけです。
そのために「私個人は」「思います」となっております。


428 :考える名無しさん:2006/09/14(木) 23:37:54
しばらく368氏に席を譲ってみますねw
・・寝よ

429 :368:2006/09/15(金) 00:33:52
いや別に俺は、贖罪論が利他論(あるいは隣人愛論)につながるって思ってないし・・・
その点油ハム氏と一緒の認識だからなあ、振られても困る。

430 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 00:42:57
「君」は一般的に斜め上からの二人称だな。
どうでもいい話しだがw

431 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 01:02:29
>>430
小学国語からやり直せw 「貴方」=「君」

日本語の二人称
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E4%BA%BA%E7%A7%B0

[普通]
あなた、君、そちら、お宅、相手の名前・愛称

[敬意]
相手の地位・役職(総理・大臣・社長・専務・部長・課長)
血縁関係(お父さん(パパ)・お母さん(ママ)・お爺ちゃん・お婆ちゃん・おじさん・おばさん・等)
陛下・殿下・閣下・猊下、先生、先輩

[敬意を払う場合(同輩)]
貴官、貴職、貴兄

[敬意(目下に対して)]
卿、貴兄、貴君

[親しい場合(目上の人に使うのは失礼とされる)]
お前、あんた、じぶん(自分)

[敵対的]
てめぇ、貴様、我(われ)・わ、

[古風・高貴]
汝、そち、そなた、その方(-ほう)、貴君(同輩)、貴殿(目上、改まった場合)
貴公(目下)、貴様、主(ぬし)うぬ

432 :狂犬予防対策本部:2006/09/15(金) 01:41:27
油はむ

おまえは過去レスで自身をカトリック一般教徒と宣言していた狂犬と同一人物だなw
・その文体
・書き込み時間
・カトリック教皇の発言をつかった反論
・根拠をしめさない
・くだらない煽りにはすぐ反応する
・立場をころころ変える
・論点ずらし
・自身の論を書かない
という類似点w まちがいないww
お前は立場に窮したからコテをつけ別人を装う嘘つきなのだよww

たぶん同一人物ではないといってくるだろうがあえていう、その嘘はわれわれではなく、おまえ自身をあざむいているんだよ!w
懺悔せよ〜懺悔せよ〜w

433 :メタメタ論者:2006/09/15(金) 01:53:23
ヨハネの福音書の冒頭はきわめて興味深い.
初めにロゴスありきとして、不連続的差異論=プラトニック・シナジー理論DDPS理論から見ると
ロゴスはメディア界・差異共振シナジー相である.そしてこれが光である.しかしこの光は
イデア・シナジーである.だから不可視の光である.闇である光である.現象界の光ではないのである.
つまり浄土教の阿弥陀如来の光と等価と見ていいだろう.原光・プロトライトである.
そしてこの光が肉体化したのが、イエス・キリストであるがしかしこれはおかしいと思うのである.
すべては光から生成したのであるから誰でも光を体現しているはずである.
イエス・キリストだけに限定されるものではないのである.
凡人や悪人にさえ光は潜在しているのである.そう悪魔にさえ光は潜在しているだろう.
思うに光の顕在をなんらかの精神修練によって実現した人物がイエス・キリストであったろう.
これはイエス・キリストが唯独りということはありえないのである.これはまたD.H.ロレンスの懐疑であったのであるが.
光の顕在的体現は多くのいわゆる神秘家に生起したと考えられるのである.
やはりこの点がドグマティックに考えられるのである.
光の独占である.これは不合理である.ここには光の連続・同一性自我化があると思うのである.
デカルトのコギトに近いと思う.そうキリスト教は光,ロゴス,コスモスの理(ダルマ)を
連続・同一性自我化していると思う.だからやはりポスト・キリスト教としてキリスト教の
脱連続・同一性化=不連続的差異化が必要である.またヨハネの福音書は父とロゴスとを混同している向きがあると思う.
だから父とはイデア界である.そしてロゴスはメディア界である.
そして子(複数)とは現象界である.そして聖霊もメディア界である.聖母マリア,聖母子もメディア界である.
これらが非常に混乱しているように思えるのである.カオス状態にあるように思えるのである.
古代の叡智がキリスト教によってカオス状態にされてしまったように思えるのである.
狂乱のキリスト教ではないだろうか.狂気の精神異常の精神分裂症のキリスト教ではないだろうか.
日本語でおk

434 :光の刄 幻魔の夢の丘:2006/09/15(金) 01:59:51
おまえのような笑い方には何かがある。自分でわかってると思うが予想はどうだ

435 :元プロテスタント信者:2006/09/15(金) 02:11:30
>>1
新約聖書は、福音書までは興味深いが、正直、使徒伝は読むに耐えませんでした。『人間革命』を彷彿させるレベルの低さでした。

教会で教わったが、聖書を記述する際、記述者に聖霊が宿り、自動書記状態になり、その文章はすなわち神自身の言葉であるという。
…百歩譲ってそうだとしても、パウロの書簡を読むと分かると思いますが、自分の思いで物言ってますよね。
膨大な量のパウロの書簡が、キリストの教えと行いの記録を圧倒し、教義はパウロの発明であり、よって『キリスト教』は『パウロ教』であります。

使徒は、死んだイエスを神に祭り上げた。それからイエスの教えが一人歩きし始めたようです。
ドストエフスキー著『カラマーゾフ〜』の〈大審問官〉の通り、キリスト教会はキリストに再登場されると困ることでしょう。死人に口なしということか…。


私は勉強不足なので、もし誤った記述あったりや、まだまだ哲学に疎いことを許してちょんまげ。

436 :臨済禅 真宗本願寺派:2006/09/15(金) 02:22:52
それにしてもそんなにレベル低くはないでしょう。今のところ隔たっていてあまり読んだことはありませんが法華の思想史家ではないでしょうか?法華経奥深いですね。

437 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 02:34:59
失礼しました宗教者ですね。ところで日蓮宗自戒しないんですか?

438 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 02:40:45
>>433
久々に無駄に衒学的であり「知の欺瞞」と称されるポストモダニズムの
狂気の片鱗を垣間見ましたw ハライテ-w

439 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 09:37:42
>>431
不都合な部分を削って掲載スンナ。

あなた 最も無難な二人称である。
君(きみ) 主に男性が同等または目下の相手に使う。
                 ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
しかも
あなた
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F
二人称の人物を呼ぶときに使う語。君よりも、敬意を示す語。

ま、wikepediaなんかそもそもソースにもなんにもならんが。中学卒業するまで2ちゃんすんなよ。

440 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 14:11:28
>>439

> 君(きみ) 主に男性が同等または目下の相手に使う。

「または」の意味がわからないのか?w
日本語と論理の初歩からやり直せ低能w

「きみ・君」は、元は君主、主人に対しする敬称
「貴方」は、元は遠称の指示代名詞

現代の日本語の慣習では「君」も「あなた」も同列なんだよw
中学で習わなかったか?ww
はやくスレ違いに気づけ池沼がww

441 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 14:15:37
>>438
おらには言わんとしていることが大体わかったよ。

442 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 14:18:30
「君が代」も知らないキムチ脳のクズばかりなのかここはww

443 :BONNIE PINK:2006/09/15(金) 14:31:02
君の胸で泣かない 君に胸焦がさない
I'm looking for a perfect sky I'm looking for a perfect sky

あたしの歌詞の「君」は目下の相手に使うものだから
「あなた」に直せっていうの?
そんな基地外さんは「Heaven's Kitchen」でも聴いてなさい!w

444 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 15:15:53
現代慣習では、目下も含むだろ

445 :424:2006/09/15(金) 16:37:00
>>424

ずいぶんと荒れているようで・・

> 「君」は一般的な日本語の会話上で用いられる二人称単数なのだから
> その基本単語に切れる者は、日本語を知らない。もしくは頭がおかしい。
> とでも解釈して放置するのが適切であると思いますが。

「君あなた論争」については、この言及につきますな。
どちらでも構わないし、どうでもいいです。はっきり言うとスレ違いです。

>>429
368氏

> いや別に俺は、贖罪論が利他論(あるいは隣人愛論)につながるって思ってないし・・・
> その点油ハム氏と一緒の認識だからなあ、振られても困る。

いえ、ここは私と油ハム氏だけのスレではないので
自身が望まれているように、メタな議論・まとめ等をされてみてはいかがでしょうか。
私は油ハム氏の「教皇発言のソース」の提示を待っているわけです。
ソースの提出がなされれば、改めて>>426の論点に対する議論をしたいと思います。

446 :424:2006/09/15(金) 16:40:00
>>433
私はポストモダンについての知識はありませんが、

たしかに、ヨハネの福音書の冒頭は、

1 初めに,言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった。
2 この方は,初めに神とともにおられた。
3 全てのものは,この方によって造られた。造られたもので,この方によらずにできたものは一つもない。
4 この方に命があった。この命は人の光であった。
5 光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった。

となっており、すなわちこれは
ロゴス(言葉・万物を統一する法則・真理)=神が在りきという演繹法であって、
光=プラトン的イデア(界)であり、そのイデア的観念の実在化・享受者がイエスであるが、
その光は全人類に顕在するのであって、イエスのみがその体現者とするのは光の独占である。
というのはなんとなく解ります。
ただ、その光の独占が、デカルトの「コギト・エルゴ・スム」の「私」に近いという言説に
ついては良くわかりませんが、後半の、

> そして子(複数)とは現象界である.そして聖霊もメディア界である.聖母マリア,聖母子もメディア界である.
> これらが非常に混乱しているように思えるのである.カオス状態にあるように思えるのである.
> 古代の叡智がキリスト教によってカオス状態にされてしまったように思えるのである.
> 狂乱のキリスト教ではないだろうか.狂気の精神異常の精神分裂症のキリスト教ではないだろうか.

こちらは同意します。

447 :油ハム:2006/09/15(金) 17:21:02
>>433
> すべては光から生成したのであるから誰でも光を体現しているはずである.
> イエス・キリストだけに限定されるものではないのである

これは解釈の仕方によると思います。
例えば、光=イエス・キリスト=人間の善の心とすると、
すべての人にそれは宿っているという見方もできます。

エフェソの使徒への手紙4章6節
> すべてのものの父である神は唯一であって、
> すべてのものの上にあり、すべてのものを通して働き、
> すべてのものの内におられます。

カトリックでは聖体拝領で、それをキリストの体と言います。

> だから父とはイデア界である.そしてロゴスはメディア界である.
> そして子(複数)とは現象界である.そして聖霊もメディア界である.聖母マリア,聖母子もメディア界である.
> これらが非常に混乱しているように思えるのである.カオス状態にあるように思えるのである.
> 古代の叡智がキリスト教によってカオス状態にされてしまったように思えるのである.

というよりも、キリスト教またはイエスの思想自体を、
ユダヤ教グノーシス主義と見ることもできます。
その考えだと、映画マトリックスのネオがキリストに相当します。
ユダヤ教徒から見ると、スターウォーズのベイダーがキリストに相当します。

448 :メタメタ論者:2006/09/15(金) 17:51:17
>>446
大筋は,その解釈で正しい.

> ただ、その光の独占が、デカルトの「コギト・エルゴ・スム」の「私」に近いという言説に
> ついては良くわかりませんが

本来,メディア界の光=差異共振シナジーを体現する人間が神人であり,
それは唯一ではありえないのであるが,それをキリスト教では唯一とすることである.
換言すると,古代の叡智の連続・同一性自我化がここには生じていることであり,
デカルトのコギトとの近似たる所以である.
叡智の捩じ曲げ,歪曲とも言えよう.しかしこれは近代的自我主義とパラレルな事象である.

449 :メタメタ論者:2006/09/15(金) 18:05:03
不連続的差異論では,差異のゼロ度共振によって,対極性・即非の論理性をもつメディア界が形成されると考えている.
この,謂わば,太極界を科学的にどう見るのかが問題である.差異=イデアのゼロ度共振は,極性的連結を構成するだろう.
このイデア・シナジー極性体をどう見るのかという問題である.解釈の差異はイデア・シナジー極性体により吸収されるのである.
ここは,原時空間である.虚時空間と言ってもいいだろう.
ここから,差異が無化して,同一性が支配する現象界が発現するのである.
問題は,差異共振=イデア・シナジーの様相と同一性現象界との関係をどう見るのかということである.
ゼロ度が,イデア・シナジー=イデア結合を生む.これは,無限速度であると思われる.
ここは,超時空間である.そして,差異がゼロ度から無となったとき,同一性が発生して,
差異共振=イデア・シナジー=イデア結合は,いわば,固体化するだろう.
即ち,同一性体が差異共振にとって換わるのだ.
しかし,より精緻に言えば,差異共振性と同一性との間で,一種闘争があると思われるのである.
なぜなら,無化とは,極限化,一種のフィクションであるからだ.
即ち,ゼロ度化の極限としての無化であり,単に極限値に過ぎないのである.
この極限としての無化としての同一性が,光であると思われるのである.
つまり,光は,ゼロ度差異共振=イデア・シナジー=イデア結合の極限的フィクションである.
換言すると,マーヤー,幻象・幻像である.おそらく,ゼロ→無化の終点(エンテレケイア・終局態)として,光/視覚があるのだろう.
つまり,連続・同一性的差異=微分(極限値=フィクション)の積分化としての光/視覚でなのである.

450 :油ハム:2006/09/15(金) 18:10:49
>>448
> 本来,メディア界の光=差異共振シナジーを体現する人間が神人であり
> それは唯一ではありえないのであるが

全体で唯一とする解釈は可能だと思います。
実際、宇宙全体を巨大な一個の状態ベクトルとみなす事ができます。

451 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 18:13:27
>>448-449
「語りえぬものには沈黙しなければならない」
ヴィトゲンシュタインw

452 :メタメタ論者:2006/09/15(金) 18:15:07
>>447,450,451
>>449

453 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 18:21:40
>>452
構造主義スレにでもいけよ衒学者めw

454 :メタメタ論者:2006/09/15(金) 18:23:36
>>453
お呼び出ないと.ではお暇します.

455 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 19:19:06
http://www7.ocn.ne.jp/~bereshit/shokuzaisisou.htm

第1 結局は、どこまでも個人の倫理的責任はとらない。責任を
   すべて押し付けている。
   「しかし、だからといって、」が何につながるのか、意味不明だが、
   他で良いことをすればなにをしてもOKとでもいうつもりか?
第2 弱いものや貧しいものを救うのは善だ。ニーチェの限界かもしれん。
   しかし、「誰でもが心の深層に秘めているような、他人にいえない欲望、惨
   めで病的な思い、過去の過ちについての負い目と悔恨、そういった罪とし
   か名付けようのない心の一隅をおいて他にないというのが、贖罪思想が指
   示している事態である。」こんなものを、そのまま放置する奴が是認される
   べきだろうか。
   悪いことをしたら、自分で責任を負って、きちんと謝罪して、罪を償うのが当然。
第3 「被害者の代わりに証言し続けていく感受性と能動性・・・」
   どこまでも、自分の責任を認めない。罪を負わない。改めない。

こいつは、キリスト教では、罪を問われるのか?

広島市安芸区で下校途中の小学1年生の女児が殺害された事件で、
殺人と死体遺棄の容疑で逮捕されたフアン・カルロス・ピサロ・
ヤギ容疑者が「悪魔が自分の中に入ってきて自分を動かした」などと
容疑を認める供述を始めたことが分かった。


456 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 19:23:17
油ハム=自分の信仰のことしか考えてない。
    説得する気もないし、理解する気もない。

457 :424:2006/09/15(金) 19:23:40
>>448

> 本来,メディア界の光=差異共振シナジーを体現する人間が神人であり,
> それは唯一ではありえないのであるが,それをキリスト教では唯一とすることである.
> 換言すると,古代の叡智の連続・同一性自我化がここには生じていることであり,
> デカルトのコギトとの近似たる所以である.
> 叡智の捩じ曲げ,歪曲とも言えよう.しかしこれは近代的自我主義とパラレルな事象である.

ご回答ありがとうございます。
確かに、すべての事象を懐疑したデカルトが帰納的に出した結論=
唯一疑いようの無い「そう考える私」=コギト(という観念)と、
古代叡智の帰納であるイエス・キリスト(という観念)が、近似していること
については納得です。
その帰納法によって生み出されたロゴスが、ヨハネの福音書では、
演繹的に「ロゴスありき」となっている・・つまり転倒しているということが、
キリスト教の持つ矛盾の一つなのかもしれませんね。

458 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 19:34:47
>>455
感情的になってすまん。スルーしてほしい。

>>456
せっかく書いてくれているのに、かってに決め付けてしまった。
取り消す。本当に悪かった。すまなかった。

459 :458:2006/09/15(金) 19:36:25
本当にすまなかった。
お暇します

460 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 22:22:42
      ☆ チン     マチクタビレタ〜
                        マチクタビレタ〜
       ☆ チン  〃  ∧_∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
        ヽ ___\(\・∀・) < 教皇の発言のソースまだ〜?
            \_/⊂ ⊂_ )   \_____________
          / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ /|
       | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |
       |  愛媛みかん  |/

461 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 23:06:46
馬鹿には煽りや罵倒、賢者には謙虚。これが世の常ww

462 :考える名無しさん:2006/09/15(金) 23:14:34
>>450

> 実際、宇宙全体を巨大な一個の状態ベクトルとみなす事ができます。

君はそのベクトルが何故エントロピー増大に向いているのかわかっているのかね?w

463 :油ハム:2006/09/16(土) 00:41:18
>>462
状態ベクトルがエントロピー増大に向いているわけではありません。
というか、扱う世界が違います。
エントロピーは熱力学の世界ですし、状態ベクトルは量子力学の世界です。


464 :油ハム:2006/09/16(土) 00:59:02
>>460
ソースは探している最中。とりあえず、これ置いておきますね。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%83%BB%E3%83%91%E3%82%A6%E3%83%AD2%E4%B8%96_%28%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E6%95%99%E7%9A%87%29
大聖年でもあった2000年、キリスト教の節目の年にあたっては、
キリスト教の歴史におけるユダヤ人への対応、十字軍のイスラム教徒への行為への反省や、
ガリレオ・ガリレイの裁判における名誉回復などを公式に発表している。



465 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 01:09:36
>>463
君はそんなことより、教皇発言のソースを提出したまえ。

ちなみに現教皇はこんな発言もしているのだよw
他宗教尊重はどうなったのかね?w

http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/europe/news/20060914k0000m030006000c.html

ローマ法王:「聖戦」批判…ドイツで演説

ドイツ訪問中のローマ法王ベネディクト16世は12日、レーゲンスブルクでの演説で
「ジハード(聖戦)は神に反する。原理主義はムハンマド(イスラム教預言者)の教えに反する」として、
テロを行うイスラム原理主義者の宗教的根拠を否定した。

法王は同時に、人間中心的な西洋の「徹底的な啓蒙(けいもう)主義」も
「原理主義とともに、人間にとって危険だ」と批判。
しかし、イスラムの名を挙げての強い批判は異例で、イタリアのメディアは大きく取り上げた。

演説は法王がかつて神学を教えた大学で行われた。(ローマ共同)

毎日新聞 2006年9月13日 17時21分


466 :油ハム:2006/09/16(土) 01:17:24
>>465
> 君はそんなことより、教皇発言のソースを提出したまえ。

探しているから、少し落ち着いて待ちたまえ。

> ちなみに現教皇はこんな発言もしているのだよw

私も先ほど見ました。どういう発言だったのか原文を探しているところです。

> 他宗教尊重はどうなったのかね?w

さあ?
私に聞かれても困ります。私が知っているのはヨハネパウロの発言ですので。

467 :油ハム:2006/09/16(土) 01:18:50
>>465

> > 別にそれでも構いませんが。
> 貴方が構わないかどうかではなく、私がやめてくださいと申し上げているのですが、わかりませんか?

ところで、上記のことは、わかっていただけましたか?


468 :465:2006/09/16(土) 01:32:44
>>467

> > > 別にそれでも構いませんが。
> > 貴方が構わないかどうかではなく、私がやめてくださいと申し上げているのですが、わかりませんか?

???
意味がわからんのだが?

何をやめて欲しいのかね?
誰に言っているの??
あと何故、君に合わせなきゃならんのかね?
よくわからんが、何故、他人に強要するのだね?

469 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 01:41:29
>>465

っていうか、教皇の発言ソースはもういいんじゃないのかな。

> http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/europe/news/20060914k0000m030006000c.html

この発言で、カトリックの他宗教尊重の怪しさは決定的だし。
前代教皇の発言より、現教皇の発言の方が重要だとおもうなぁ。
やっぱどんな宗教でも「自分の宗教だけ正しい」という姿勢は変わらないんだよね。

470 :油ハム:2006/09/16(土) 01:59:56
>>468
>???
>意味がわからんのだが?

アンカーをミスりました。これは>>404>>406>>410の流れの、>>406へのものです。

>>406
> > > > カトリックであり、
> > > そのようなことは申し上げておりませんので、決め付けはやめてください。
> > カトリックではないと。別にそれでも構いませんが。
> 貴方が構わないかどうかではなく、私がやめてくださいと申し上げているのですが、わかりませんか?

ところで、上記のことは、わかっていただけましたか?

471 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 02:01:26
>>468
>何をやめて欲しいのかね?
>誰に言っているの??
>あと何故、君に合わせなきゃならんのかね?
>よくわからんが、何故、他人に強要するのだね?

必死すぎて笑える。wwww

472 :465:2006/09/16(土) 02:04:52
これは別のソースね。
カトリックはイスラムとの対立を肯定しているとしか思えないのだがw

ローマ法王ベネディクト16世が、イスラム教が本質的に暴力を容認する
宗教であるかのような発言をし、イスラム諸国から怒りの声が相次いでいる。
2001年9月の米同時テロ以来、欧米の一部にはイスラムの教義そのものに
暴力の原因を求める議論があり、イスラム教徒の神経を逆なでしてきた。
パキスタン議会は15日、法王に発言の撤回を求める非難決議を全会一致で採択した。

ローマ法王は12日、訪問先の母国ドイツの大学で行った講義で、東ローマ帝国皇帝による
イスラム批判に触れ、「(イスラム教開祖の)預言者ムハンマドが新たにもたらしたものを
見せてほしい。それは邪悪と残酷だけだ」などと指摘。その上で、イスラムの教える
ジハード(聖戦)の概念を批判した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060915-00000114-jij-int

473 :465:2006/09/16(土) 02:11:55
>>470
ああ、「カトリック」だと決め付けるのは「ヤメロ」っていう意味かw
またキミだとかアナタだとかの呼び方のことを
「キミは目下」だからヤメロって馬鹿みたいに言っているのかと思ったよw
おれは406じゃないんで君の勘違いだなそれはw

474 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 02:18:48
>>473
> おれは406じゃないんで君の勘違いだなそれはw

勘違いではなく、アンカーミスと書いてあります。
なので、上記に引用したものは、君の勘違いであるか、
>>470が読めていないかだと思います。

475 :油ハム:2006/09/16(土) 02:19:40
>>474
これは私の書き込みです。念のため。

476 :465:2006/09/16(土) 02:40:55
>>475

ん?俺に取っちゃ君がカトリック教徒かどうかなんて関係ないんだが。
君がたとえ無宗教者であっても、>>325
「カトリックは他宗教を尊重している。理由は教皇の発言である」
と主張している事実は変わらないのだよw

君は、>>415

> 私は反論を主張したいわけではなく、このスレに情報の提供をしているにすぎません。
> なので、意図と言われてもそれ以上のものがあるわけでもないです。

と言っているおるな。もし、
「カトリックは他宗教を尊重している。理由は教皇の発言である」
が誤情報ならば、そのような紛らわしい情報は他の読者に誤解を与えるだけであって、
「間違った情報は提供しないほうが良い」んだよw
俺が出したソースの「現教皇のイスラム教批判」が提出された以上、
君は自身の弁は間違いではないということを立証しなければならないのだよ?
そんなことは百も承知だろうが、大変だろうけど他の読者の為にも頑張ってくれたまえw

477 :油ハム:2006/09/16(土) 02:51:29
>>476
> ん?俺に取っちゃ君がカトリック教徒かどうかなんて関係ないんだが。

というよりも、アンカーミスと書いてあるのが読めませんか?
君宛てでないことはわかりますか?

> 「カトリックは他宗教を尊重している。理由は教皇の発言である」
> と主張している事実は変わらないのだよw

ちなみにその教皇はヨハネ・パウロ2世です。今の教皇については詳しくないです。

> 君は自身の弁は間違いではないということを立証しなければならないのだよ?

別にそのようには思いません。間違っていれば訂正します。
それに批判する=尊重していない、ということにはならないと思います。

478 :465:2006/09/16(土) 03:03:22
死刑が確定した麻原のしもべ・上祐のような
「ああいえばこういう」くだらん答弁などしていないで
自身の情報が間違いかそうでないかを早く他の読者に知らせておくれw

(ひとり言)
・・・入れ食い状態だなw
・・・そろそろ m9(^Д^)プギャーーーッ の準備をせんとなww

479 :油ハム:2006/09/16(土) 03:07:32
>>478
教皇の発言が存在するということは、wikiなど検索でわかると思います。
ソースにたどり着くのは手間がかかりますが。

480 :油ハム:2006/09/16(土) 03:08:13
>>478

>>476
> ん?俺に取っちゃ君がカトリック教徒かどうかなんて関係ないんだが。

というよりも、アンカーミスと書いてあるのが読めませんか?
君宛てでないことはわかりますか?


481 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 03:12:30
>>478
>(ひとり言)
>・・・入れ食い状態だなw
>・・・そろそろ m9(^Д^)プギャーーーッ の準備をせんとなww

書かずにいられない独り言。( ´,_ゝ`)プッ


482 :465:2006/09/16(土) 03:21:16
>>480
ん?
君は406にだけに対して「君がカトリック教徒と決め付けるな」と言っているのかな?
それとも406を含めたこのスレの読者全員に対しきめ付けをして欲しくないと言っているのかな?

前者なら俺はまだ君をカトリック教徒だと思わなければならない。
そうではなく、俺は後者だと考えるわけw

1.アンカーミスはわかる
2.君が他者に対して「カトリック教徒と決め付けるな」と言っていることもわかる

俺は2.についての一読者として感想を述べている。わかったかね?

483 :465:2006/09/16(土) 03:24:22
>>471
>>481
お前2chの初心者かよww

もうちょっと書き込み時間に間をおかないと馬鹿まるだしになるぞww

(ひとり言)
     プ、プ、プギャープギャプギャプ♪
    \    ププププギャプギャププギャプギャ/
       ♪  (^Д^) ♪
        _m9   )>_ キュッキュ♪
      /.◎。/◎。/|
      | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|

484 :油ハム:2006/09/16(土) 03:37:30
>>482
>1.アンカーミスはわかる

わかればいいです。

485 :465:2006/09/16(土) 03:41:32
>>484

> 1.アンカーミスはわかる
> 2.君が他者に対して「カトリック教徒と決め付けるな」と言っていることもわかる
> 俺は2.についての一読者として感想を述べている。わかったかね?

1はわかったのだね。
2はわかったのかね?w


486 :油ハム:2006/09/16(土) 03:44:25
>>485
感想に興味はありません。

487 :465:2006/09/16(土) 03:49:36
>>486
では感想ではなく情報提供に訂正しようかなw

1.アンカーミスはわかる
2.君が他者に対して「カトリック教徒と決め付けるな」と言っていることもわかる
俺は2についての一読者として情報提供しているだけなのだよ。

2はわかったのかね?

あとこんなくだらない答弁をしていないで
他にやるこがあることもわかっているのかね?w

488 :油ハム:2006/09/16(土) 03:54:11
>>487
そうですか。それは良かったです。
ソースでも探してきますね。では。

489 :465:2006/09/16(土) 04:17:29
油ハムは論破にこだわるオコチャマのようだね
いままで負けに負けてきたから「とにかく勝ちたいどうしても勝ちたい」
ということしか頭にないのだろうw (←↑ということにしたいのですねw)
こいつの論点のレベルの低さといったら・・ここは哲学板だゾw
せめて俺が出した「現教皇のイスラム批判」についてまともなコメントくらい書けよw

490 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 07:11:54
万物は神が創造された
と信じることで隣人に対する理解が生まれるし
神を、心と魂を尽くして愛す
と言うイエスの言った命題を全うできる

ではイエスは蛇足だったのか?
ユダヤ教徒の怠慢を咎めた変人なだけか?

イエスが神のみ子だとしたら ・・・
罪の赦しと悔い改めを伝えにやってきたのか?
終わりの日に正しき者を天へ連れて行くためにやってきたのか?

- 神を信じそのみ心を行っていることで、その人はすでに救われており
  天の国にいるし、罪の赦しや悔い改めとは縁がないし、終わりの日に天へ導かれる
   と言っても信じてみ心を行っているのならもともと天にいる人を天に導くとはどういう意味でしょう

491 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 09:52:42
ローマ法王が邪教徒としての本質を剥きだしにしてきましたね。
裏では軍需産業とつながってるんだろうな。



492 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 12:30:13
半ばあきれられてるべネたんに萌え
http://www.sankei.co.jp/news/060915/kok018.htm
ローマ法王ベネディクト16世がイスラム教の「ジハード(聖戦)」を批判した
としてパキスタン下院が14日、全会一致で法王の発言を批判する決議を採択、
エジプトに拠点を置くイスラム原理主義組織が法王に謝罪を要求するなど、イスラム世界に反発が一斉に広がっている。

 法王は12日のドイツでの演説で、聖戦で信仰を広めるイスラムの教えは「邪悪で残酷」
と評したビザンチン帝国皇帝の発言を引用。「原理主義は(イスラム教預言者)ムハンマドの教えに反する」として、
テロを行うイスラム原理主義者の宗教的根拠を否定した。

 ロイター通信によると、インドネシアに次ぐ世界第2位のイスラム教徒人口を
抱えるパキスタンの下院は「法王の声明はイスラム教徒の感情を傷つけるもので
(宗教による差別撤廃をうたった)国連憲章に違反する」との決議を全会一致で採択。
インドネシアのイスラム教団体指導者も「法王がイスラム教を正しく理解していないことが明白になった」と指摘した。

 エジプトの原理主義組織「ムスリム同胞団」最高指導者ムハンマド・マハディ・アキフ氏は
14日の声明で、法王発言はイスラム教の正確な理解に基づいていないと批判し
「宗教間の敵意をあおる発言についての謝罪」を要求した。

 イスラム諸国会議機構(OIC)も14日「イスラムに対するバチカンの新政策でないことを願う」
との声明を発表。トルコのイスラム教指導者も同日、今年予定される法王のトルコ訪問を見直すよう求めた。(共同)

(09/15 23:02)

493 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 13:32:57
>>492
>テロを行うイスラム原理主義者の宗教的根拠を否定した。

これに反発するってことは、
イスラム社会は、テロを行うイスラム原理主義者を肯定しているってことなのかな?

494 :いんちきクリスチャン:2006/09/16(土) 14:20:33
昔とは時代が変わったんだろうな…
前教皇の時代は他宗教に対する寛容が第一優先だったけれど、その結果として相対主義的な見方が広まりすぎてしまったから
反動が起きているのではないかな。
あくまで推測だけど

495 :465:2006/09/16(土) 16:15:11
まあコーランにある聖戦(ジハード)の記述の反イスラム的解釈は、次の
通りだからね。教皇はこのイスラムの原典そのものに暴力性がある=
反イスラム教という立場を明確にしたのだろう。

「あなたがたに戦いを挑む者があれば,アッラーの道のために戦え。
だが侵略的であってはならない。本当にアッラーは,侵略者を愛さない。」コーラン2(雌牛章):190

「かれらに会えば,何処でもこれを殺しなさい。あなたがたを追放したところから,
かれらを追放しなさい。本当に迫害は殺害より,もっと悪い。だが聖なるマスジドの近くでは,
かれらが戦わない限り戦ってはならない。もし戦うならばこれを殺しなさい。
これは不信心者ヘの応報である。」コーラン2:191

「だがかれらが(戦いを)止めたならば,本当にアッラーは,
寛容にして慈悲深くあられる。」コーラン2:192

「迫害がなくなって, この教義がアッラーのため(最も有力なもの)に
なるまでかれらに対して戦え。だがもしかれらが(戦いを)止めたならば,
悪を行う者以外に対し,敵意を持つべきではない。」コーラン2:193

「アッラーのために、限りを尽くして奮闘努力(ジハード)しなさい。
かれはあなたがたを選ばれる」コーラン22(巡礼章):78

「本当の信者とは、一途にアッラーとその使徒を信じる者たちで、
疑いを持つことなくアッラーの道のために財産と生命とを捧げて
奮闘努力(ジハード)する者である」コーラン49(部屋章):15

496 :465:2006/09/16(土) 16:32:03
しかし注目すべきは、カトリック教徒全体の意向を左右しかねない教皇が
イスラム教そのものを自ら非難した。ということだね。
その発言をすればイスラム教徒の反感を買うのは火を見るよりも明らかなのだが。

なぜカトリックは自らイスラムとの対立・紛争を起こすような真似をしたのか・・
このままではまるで過去の十字軍と同じ構図になってしまうのだがw

>>1の「3キリスト教が戦争を生み出す」これにまた一歩信憑性が出てきましたなw

497 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 16:35:21
戦争が必ずしも悪いわけではなく、戦争以外に解決できないこともあるけどな。
まだまだ人間は野蛮。力は必要だよ。

498 :真理:2006/09/16(土) 19:45:20
              世界開始の科の御伝え

そもそも デウスと敬い奉るは 天地の御主 人間万物の御親にてましますなり
はじめに 天地万物を つくらせたまい また 土より五体をつくりて人となし
これ アダンとジュスヘルのふたりなり パライソに二本の天の木あれば かならず
食う事なかれと デウスかたく仰せあるを ジュスヘル アダン をたばかりて
アダンは まさんの木の実をとりて食い ジュスヘルはいのちの木の実を食しける
これより たちまち天の快楽をうしない アダン その妻エワと下界に追いやられ
畜生を食し 田畑を耕してまいるべし また ジュスヘルの子ども 死ぬことなく
生みふえれば デウス これを憂いたまいて 地をひらきて インヘルノに落としたもう
その子孫 わずかに人からかくれ住み いのちの木の実の功力にや 死ぬこと
なしといえども デウスの呪い受けたれば 順次に インヘルノにひきこまれ
子し孫そん 地の底に身をもがき キリント参る日まで 苦しみつきざるというなり

499 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/09/16(土) 20:49:25
ムスリムは預言者イーサには常に敬意を忘れない。
イエスは自分をキリストと見なさない者全てを敵
にせよとは教えていない。

500 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 21:31:23
キリスト教はやっぱり邪教だねえ

501 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/09/16(土) 21:58:20
アッラー・アクバル!!!!!!!!!!!

502 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 21:58:49
>>499

> イエスは自分をキリストと見なさない者全てを敵
> にせよとは教えていない。

教えていようがいまいが、現にカトリックの現ローマ法王が
他教に対して非難声明を出しているし、
現に、79%で占められるキリスト教国家アメリカも
イスラムとの対立を宣言しているわけ。
原典から導出される教えと現場の実態は異なるのだよ。

503 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/09/16(土) 22:01:41
そりゃ、信者のせいであって、キリスト教自体が悪いことには
ならんだろう?

504 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 22:16:15
何でこんなふうに食い違ってしまうのか、
これは興味深い。「汝の敵を愛」する努力をしてる
クリスチャンってどれほどいるんだろうか。

505 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 22:53:42
>>503
重要なのは宗教観ではなく、宗教者の実態なのでは。
教義がいくら素晴らしい「善」であっても、
それを信じる者の行動が「悪」ならば、邪教と言わざるを得ないのでは?

506 :一言居士:2006/09/16(土) 23:11:11
汝の敵を愛せよ、って本当に敵を愛するってわけじゃないそうな。

507 :考える名無しさん:2006/09/16(土) 23:42:43
>>506
まあそれは「敵」や「愛」をどう解釈するかによると思うね。

「憎む者に親切にする」ということです。」 (ルカ6:27)
だと、敵=憎む者、愛=親切

「のろう者を祝福しなさい」 (ルカ6:28a)
だと、敵=のろう者、愛=祝福

「はずかしめる者のために祈れ」 (ルカ6:28b)
だと、敵=はずかしめる者、愛=祈れ

なんじゃないかな。

508 :いんちきクリスチャン:2006/09/17(日) 00:07:04
>>465のソースは教皇の発言全体をみないと判断できないような。
イラク戦争について、イスラム諸国もアメリカ(=西洋の徹底的な啓蒙主義?)も両方とも良くない、と言いたかっただけなのかもしれないし。

509 :考える名無しさん:2006/09/17(日) 01:24:22
そういえばスマトラ沖自身の津波で人がたくさん死んだとき、
どっかの聖職者が「神がいるとは信じられない」とか言ってた
という話があったけど実際は誤訳・読み違えだったとかいう話もあったな。

510 :考える名無しさん:2006/09/17(日) 02:42:21
チン      ☆  チン       ☆
       チン    マチクタビレタ〜   チン     ♪
           ♪
    ♪          ☆チン    .☆   ジャーン!   マチクタビレタ〜!
        ☆ チン   〃  ∧_∧  ヽ         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
          ヽ  ___\(・∀・ #) /\_/ <  教皇の発言のソースまだー?
        チン    \_/⊂    つ    ‖     \__________
           / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/|     ‖        マチクタビレタ〜!
        |  ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:| :|   /|\
        |             |/

511 :考える名無しさん:2006/09/17(日) 10:21:07
>>508
いや、もうバチカンから謝罪表明が出たよ。

512 :考える名無しさん:2006/09/17(日) 11:02:40
どんな宗教であれ、教義や信仰心を利用したテロは邪悪。

513 :考える名無しさん:2006/09/17(日) 17:33:08
>>511
いや、それは間違いだよ。理由:教皇の発言が根拠ですw

514 :油ハム:2006/09/17(日) 17:42:12
http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=intl&NWID=2006091601000739

ローマ法王が事実上の謝罪 聖戦発言「極めて遺憾」
【ローマ16日共同】ロイター通信によると、ローマ法王庁は16日、声明を発表し、
法王ベネディクト16世が、イスラム教の聖戦を批判したとされる自身の発言について「極めて遺憾に思う」と述べたことを明らかにした。
事実上の謝罪で、法王はイスラム教信仰に敬意を表し、発言の真意に理解を求めた。
AP通信によると、声明はイスラム教徒が反発していることに「法王は激しく動揺している」としている。
法王は12日のドイツでの演説で、聖戦で信仰を広めるイスラムの教えは「邪悪で残酷」と評したビザンチン帝国皇帝の発言を引用、
イスラム世界の反発を招いていた。


「法王はイスラム教信仰に敬意を表し」ていることは、これで証明されたと思う。


515 :一言居士:2006/09/17(日) 19:42:32
>>514
そう言っているけど、本心はわからんよ。
イスラムを非難したあとで、この声明ではねえ。本心どっちなのって。

516 :油ハム:2006/09/17(日) 19:49:28
http://news.goo.ne.jp/news/goo/kokusai/20060916/20060916-001001-gedit.html

ローマ法王の聖戦批判発言とは? 要約
2006年 9月16日 (土)

ローマ法王ベネディクト16世がイスラム教に侮辱的な発言をしたとしてイスラム諸国に反発が広がっている。
法王は実際に何を言ったのか、法王庁サイトに掲載された発言録から該当部分を抜き出してみた。
(gooニュース)

法王は母国ドイツを訪問中の12日、レーゲンスブルク大学で「信仰と理性と大学」という題の講話を行った。
イスラム諸国が問題にしている部分を含む内容は以下の通り(ドイツ語で語られた全文をローマ法王庁が英訳してホームページに掲載した記事から、
該当箇所をgooニュースが和訳した)。

つづく

517 :油ハム:2006/09/17(日) 19:50:03
「私は最近、ミュンスター大学のテオドール・クーリ教授が編纂(へんさん)した対話集を読んだ。
博学なビザンチン皇帝マヌエル2世パレオロゴスがおそらく1391年に、アンカラ近くの兵舎で、
教養あるペルシャ人と交わした対話をまとめたものだ。皇帝はペルシャ人を相手に、
キリスト教とイスラム教について、それぞれがいかに真実のものかについて話し合った。
1394年から1402年のコンスタンチノープル攻撃の間にこの対話の内容を書き留めたのはおそらく、
皇帝自身だろう。対話相手のペルシャ人の言葉よりも、皇帝の言葉のほうが詳しく記録されているのは、
おそらくそのためだ。

(中略)

「クーリ教授が編集した7つ目の対話の中で、皇帝は聖戦について触れている。
皇帝は(コーランの)第2章256に『宗教に強制はない』と書いてあるのを知っていたに違いない。
専門家によると、この章(スーラ)は初期に書かれたもの、ムハンマドがまだ無力で危険にさらされていた時期のものだという。
しかしもちろん皇帝は、後に唱えられコーランに記録された、聖戦についての指示も知っていた。
皇帝は『聖書』を信仰する者たちと『異教徒』たちへの扱いの違いなど細かな議論には触れず、
一般論として宗教と暴力の関係について、驚くほど直接的に、対話相手に問いかける。
皇帝は『ムハンマドがどんな新しいものをもたらしたか、見せてほしい。自分が唱える信仰を剣で広めよという教えをはじめ、
邪悪で非人間的なことばかりだ』と言った。

「皇帝は、自らの考えをこうして力説した後、暴力による布教がなぜ理性に反するのか、
その理由を詳細に論じ始める。暴力は、神の本質、魂の本質とは相容れないものだと。
皇帝は言う。「神は、流血をお喜びにならない。また理性的でない行動は神の本質に相反するものだ。
信仰は魂から生まれるもので、肉体から生まれるものではない。他人を信仰へ導く者は、暴力や脅迫を使わずに、
よく語りよく議論できる者でなくてはならない。理性的な魂を説得するには、腕力も武器も必要なく、
死をもって人間を脅すようないかなる手段も必要ない』と。

「皇帝が対話で、暴力的な布教活動に反対して主張いるのはつまり、こうだ。理性なき行動は、神の本質に反するものだということだ」

(中略)


518 :油ハム:2006/09/17(日) 19:51:12

「ここで意図しているのは批判的な論評ではなく、理性とその応用について、より広い考えをもつことだ。
私たちは、人類に与えられた様々な新しい機会を喜びながらも、そこから生まれる危険も目にしており、
その危険をどう克服すべきか自問しなくてはならない。
危険を克服するには、これまでとは違った新しい形で理性と信仰が結合しなくてはならない。
理性とは、経験的に実証可能なものに限ると限定してきた態度を、 改めなくてはならない。
そして理性というものがもつ幅広い可能性を、 明らかにしなくてはならない。

(中略)

「それによって初めて、目下ただちに必要とされている文化同士、宗教同士の真の対話が可能になる。
西洋世界では一般的に、実証的な理性とそれにもとづく哲学のみが普遍的に有効なものだと考えられている。
しかし世界のきわめて信仰深い文化からすれば、この態度は、理性の普遍性から神聖なるものを排除してしまうこと。
自分たちにとって何より大事な信念を攻撃する態度にほかならない。神聖なるものに耳を閉ざす理性、
宗教をサブカルチャーのひとつに位置づけてしまうような理性には、文化同士の対話は不可能だ。

(後略)


519 :465:2006/09/17(日) 20:09:21
>>514

> 「法王はイスラム教信仰に敬意を表し」ていることは、これで証明されたと思う。

なんで教皇が自身の「イスラム非難発言」について、
「極めて遺憾(=十分な結果が得られず心残りがする)」と釈明したことが、
「法王はイスラム教信仰に敬意を表している」
に繋がるんだよw わけわからんw
イスラム諸国は「極めて遺憾」は不十分な謝罪だと言っているんだよ?

それと、どこに教皇のイスラム教信仰への敬意を表した発言があるのだね?
他宗教尊重の発言ソースはまだぁ?

520 :465:2006/09/17(日) 20:13:50
教皇:「イスラム教は邪悪」
イスラム:「ふざけんな!」
教皇:「ごめん、言い過ぎたよ」
馬鹿:「これが、教皇がイスラム教に敬意を示している証拠ですよ」

なんじゃこりゃw

521 :油ハム:2006/09/17(日) 20:18:26
>>519
「法王はイスラム教信仰に敬意を表し」ていることは、
私の考えではなく、引用した記事に書いてあること。
記事を疑問視するなら、「イスラム非難発言」自体も同様に疑問視する必要があると思います。

> わけわからんw

貴方が「わけわからん」のであって、他人にはわかるかもしれません。

> 他宗教尊重の発言ソースはまだぁ?

一応探しています(お待ちください)が、その必要性がないかもしれないとは思っています。
出て来ても、それは今の教皇の言葉でないわけで、批判的な立場の人は
そういうものを重視しないでしょう。取り上げるなら過去の過ちの方が批判に役立ちます。

一つの問題発言で批判する人には、それ以外の良い発言を説明しても無駄かもしれないと思っています。

522 :油ハム:2006/09/17(日) 20:20:25
>>520
それは実際の発言内容とかなり乖離していると思います。
>>516
>>517
>>518
の内容の方が現実に近いと思います。

523 :465:2006/09/17(日) 20:37:31
>>522

まあこの発言は現在発展中の話題だから、
「教皇の真意はなにか?」について、
現段階では「教皇はイスラム教を尊重していない」という向きの方が強いが、
「尊重していない」「尊重している」
などど恣意的に議論してもしょうがないかもな。
この話題は今後の教皇とイスラムの出方に注目するとしよう。

> 一応探しています(お待ちください)が、その必要性がないかもしれないとは思っています。

必要性はあるのだよ。
俺は、君の「教皇の意向は他宗教尊重だ。それは教皇が発言している」
とする情報が「正しい情報か」「誤情報なのか」を正しく判断したいし、
もし誤情報であっても間違いを訂正しない、もしくは正しいかどうかも確かめないなら、
君は「情報提供者の資格は無い」「君の発言に信憑性は皆無」だと断言できる。

524 :465:2006/09/17(日) 20:40:59
あるものを探すのは容易(たやす)いが、
無いものを探す・・・というか無いものをでっち上げるのは困難なのだよw

525 :油ハム:2006/09/17(日) 21:42:31
>>523
> 必要性はあるのだよ。

貴方にとってはあるかもしれませんが、他者にあるとは限りませんね。
もっとも、貴方には必要だということはわかります。
まあ、私個人の場合、必要なら自分で調達するのが理想だと思っています。

> 君は「情報提供者の資格は無い」「君の発言に信憑性は皆無」だと断言できる。

別に現時点でそう思っていただいて構いません。
ここは2ちゃんなんだし、「発言者」を意識しても意味がないと思います。
常にソースで判断するべきです。
私も、貴方に対しては、「情報提供者の資格は無い」「君の発言に信憑性は皆無」だと思っています。


526 :465:2006/09/17(日) 22:46:43
>>525
嘘つきは黙って消えろw

415 名前:油ハム 投稿日:2006/09/14(木) 22:00:58

ソースでいいということで、了解しました。出るとしても数日後になるでしょうが、
それまで、この論点は保留と言うことでお願いします。

527 :油ハム:2006/09/17(日) 23:13:06
>>526
別に出さないっていってないでしょう。
他の用事もたくさんあるので、探すのに時間がかかっているだけです。
同じサイトをずっと読むのは疲れますし。そこはご理解いただきたいと思います。

528 :油ハム:2006/09/17(日) 23:20:30
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/afro-ocea/news/20060918k0000m030088000c.html

法王発言:ソマリアで修道女ら2人射殺 背景に聖戦批判か

【ヨハネスブルク白戸圭一】ソマリアからの報道によると、イスラム原理主義勢力「イスラム法廷連合」が支配する首都モガディシオで17日、
イタリア人のカトリック修道女と護衛の男性の計2人が射殺された。
ローマ法王ベネディクト16世の「聖戦」批判発言がイスラム世界で反発を招いており、
法王発言への反発が背景にあるとの観測も出ている。

 ロイター通信によると、修道女はモガディシオ北部の小児病院で働いていた。
背後から3発の銃撃を受けたとの情報もある。
イスラム法廷連合の関係者はロイター通信に対して、
法王発言に反発したイスラム原理主義者による犯行の可能性があるとの見方を示している。

529 :一言居士:2006/09/17(日) 23:32:02
たしかに法王の第一の声明はあながち間違いとは言えない。>>528にあるように皮肉にも第一の声明は当たってしまったところもある。
ただ、原理主義者のテロだけがイスラム全体の行動や意志とは言えない。イスラム教徒を一括りにしないことが肝要だな。

530 :油ハム:2006/09/17(日) 23:37:25
>>529
> ただ、原理主義者のテロだけがイスラム全体の行動や意志とは言えない。
> イスラム教徒を一括りにしないことが肝要だな。

これは同感。
あとは、テロや暴力を否定する有力なイスラム指導者がいるかどうかってことだと思います。


531 :考える名無しさん:2006/09/17(日) 23:44:33
小沢でも安倍でもない!社民党の福島氏を忘れるな!

http://money4.2ch.net/test/read.cgi/seiji/1158502590/l50

532 :ドゾ:2006/09/18(月) 00:14:13
http://www.asahi.com/special/060221/TKY200602210190.html

「宗教とシンボルは尊重を」 風刺漫画問題でローマ法王
2006年02月21日12時26分

モロッコの駐バチカン新大使(右)と会談したローマ法王ベネディクト16世=AP

 ローマ法王ベネディクト16世は20日、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺漫
画問題に触れ、「人類の平和と相互理解のためには、宗教とその象徴を尊重すること
が必要だ」と語った。イスラム教を国教とするモロッコの駐バチカン新大使との会談
で発言した。

 法王は一方で、「不寛容と暴力は挑発への回答として正当化されない。宗教の神聖
な原則に背くからだ」と、イスラム圏で続く群衆の暴徒化を批判した。法王は「地中
海は民族や文化の出会いと対話の場になることを期待されている」とも述べ、欧州と
アラブ世界の相互理解を促した。

533 :465:2006/09/18(月) 00:25:36
>>532 65点

> 「人類の平和と相互理解のためには、宗教とその象徴を尊重することが必要だ」

おしいなぁ〜実におしいw
「宗教とその象徴」の部分が「他宗教とその象徴」
となってて、

「不寛容と暴力は挑発への回答として正当化されない。宗教の神聖
な原則に背くからだ」と、イスラム圏で続く群衆の暴徒化を批判した。

この部分がなければ高得点だったのに残念ww

534 :465:2006/09/18(月) 00:28:08
>>532
しっかしそのソースにある、半笑いのベネちゃんの写真はキモイなww(特に目つきがw)

535 :油ハム:2006/09/18(月) 00:31:55
>>533
> >>532 65点

採点方法に基準も根拠も提出されていないので、意味がないと思います。
別の人から見たら、95点でも問題ないでしょう。

> おしいなぁ〜実におしいw

そう思っているのは貴方の主観にすぎませんけどね。

> 「不寛容と暴力は挑発への回答として正当化されない。宗教の神聖
> な原則に背くからだ」と、イスラム圏で続く群衆の暴徒化を批判した。
> この部分がなければ高得点だったのに残念ww

まあ、貴方は残念だという感想を持ったということですね。
別にあってもいいと思う人も、あったほうがいいと思う人もいると思います。
日本の場合は、どうでもいい人が大半のようですが。

536 :465:2006/09/18(月) 00:46:52
>>535

そう思っているのはお前の主観にすぎないけどなww
お前は「ほっっっっんと、く だ ら ん」点についてしか噛み付いてこないなww狂犬かよww
どこまで「俺様」のレベルを下げれば「お馬鹿なおまえ」と釣り合いがとれるのか・・w
(この馬鹿キャラ演じるのもつかれるんだよww)
また馬鹿みたいに「君のレベルに合わせているだけ」とかアホだから言いそうだなw
お前は口調は丁寧だが言っていることはアホそのものなんだよw
まずそのことに気づけww あ、これもアホだから「アナタが気づくべきです」っていうんだろww
くだらんこと言ってないで
は  や  く ソ ー ス を 探 せ よw わかったかね?w

537 :油ハム:2006/09/18(月) 01:16:02
>>536
> そう思っているのはお前の主観にすぎないけどな

私が「思っている」と書いている部分については、その通りです。
それ以外は私の主観によらない部分です。

ここは哲学板ですから、そういうことを認識していることは重要だと思います。
あと、別に無理してレスをする必要はありません(してもいいですが)。

人は鏡という言葉があります。
自分の目に映る他者というのは、実際にそれがそうであるのではなく、
見ている人の価値判断によって作り上げられているのです。

どうして「噛み付いている」と思ってしまうのか不思議(被害妄想?)ですが、
別に私は君の>>533の意見に反対や否定をしているわけではなく、
より正確な議論のために確認をしているだけです。

538 :465:2006/09/18(月) 01:24:18
>>537

> それ以外は私の主観によらない部分です。

どこ?その部分がお前の主観でないのなら「また」根拠を希望するよんw
お前、主客問題って知ってる?w

> 人は鏡という言葉があります。
> 自分の目に映る他者というのは、実際にそれがそうであるのではなく、
> 見ている人の価値判断によって作り上げられているのです。

まずプラトンからやり直せよw
デカルトでもカントでもフッサールでもよいよw
もちろんニーチェも大歓迎w
そういう話題をするならこの馬鹿キャラは消滅するが、
お前が「ああいえばこういう」くだらん答弁をしている以上、
この馬鹿キャラでお相手するよww

539 :465:2006/09/18(月) 01:49:52
       ☆ チン        ハラヘッタ〜
                     ハラヘッタ〜
 ☆ チン  〃 ∧_∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ヽ ___\(\・∀・)< 他宗教尊重ソースまだぁー? ちょっとーはやくしてくれる?
      \_/⊂ ⊂_)_ \____________
    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/|
   |  ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄:|  |
   | 淡路たまねぎ   .|/

540 :考える名無しさん:2006/09/18(月) 11:49:59
邪教徒が増えてるね
カウント中


541 :考える名無しさん:2006/09/18(月) 12:02:35
ソース、ソースうるせえな。
カトリック中央協議会の公文書でも検索すればいいだろが。

542 :考える名無しさん:2006/09/18(月) 14:53:56
>>541
無いものを探すのは悪魔の証明といって、極めて困難なのだよ

543 :考える名無しさん:2006/09/18(月) 16:31:47
>>542
あるだろうから探せばいいだろ。探してから言えよ。

544 :考える名無しさん:2006/09/18(月) 16:35:29
検索もできない馬鹿が多いのか?

545 :考える名無しさん:2006/09/18(月) 17:01:42
>>543-544
おい馬鹿、「アインシュタインがイスラム教を信仰していた」とする
ソースを検索してみろアホ。
「お前馬鹿アホ男」という本名を待つ日本人を検索してみろカス。
無いものは探すのは、検索スキル以前の問題なんだよボケ

546 :考える名無しさん:2006/09/18(月) 22:02:42
>>545
アインシュタインはユダヤ教。

547 :考える名無しさん:2006/09/18(月) 22:04:29
↑馬鹿降臨

548 :油ハム:2006/09/18(月) 22:08:17
ソースは探している最中。とりあえず、これ置いておきますね。

ローマ法王が歴史的謝罪
http://www5b.biglobe.ne.jp/~chfujimi/pope-visit-to-greek.htm

549 :油ハム:2006/09/18(月) 22:10:45
これもどうぞ。

http://www.kosei-kai.or.jp/kaiso100/chronology/age70-79/197808-01.html

私は今まで四度、ローマ法王さまにお会いいただいております。
なかでも二回目にお会いしたバチカン公会議は忘れられない思い出です。
とくに公会議で法王さまが反対を押し切って、他宗教の尊重と協力を訴えられたことは、世界宗教史上まさに画期的な英断であるとともに、
私の世界宗教者平和会議設立の菩提心(ぼだいしん)を起こさしめた点で感無量というほかはありません。
とくに四度目にお会いしたのは、ベルギーで開かれた第二回世界宗教者平和会議の帰途、
立ち寄ったときですが、そのとき、法王さまは“あなたの世界会議が成功するようにいつも祈っておりました”と力づけてくださいました。
そしてちょうど、今回ローマに滞在中に法王さまのご逝去に接し、奇しき因縁(いんねん)を感じました。

『佼成新聞』1978年8月25日号

550 :一言居士:2006/09/18(月) 22:23:55
>>549
カトリックの教えでは、死後イスラム教徒などの他教徒はどうなるの?

551 :油ハム:2006/09/18(月) 23:43:08
>>550
すべての人が救われる。

552 :一言居士:2006/09/18(月) 23:51:06
なんと…そうでしたか。

553 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 00:00:28
辺獄やら煉獄やらに行くんじゃなかったっけ?

554 :油ハム:2006/09/19(火) 00:06:40
>>553
行きますが、キリスト教徒でもそれは同じです。
最終的には、すべての人が救われます。

555 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 00:32:55
また適当なことを・・

カトリックの死生観は以下の通り。答えは「神に従わない人は地獄行き」。
騙されないようにw

1.人は死んでからその体は土に還り、霊魂は神の審判を受ける。
 人は死んでからすぐに、その人の一生の善悪を神に裁かれる。
2.この審判によってその人が天国か地獄か煉獄へ行く。
3.世界の終わりに神の全能によって死んだ人が蘇る=体の復活
4.体の復活の後、イエス・キリストは、この世においでになる=主の来臨
5.主の来臨後、すべての人の善悪を裁く=公審判
6.公審判の後、神に従った人は天国へ行き、終わりない幸福を受ける=永遠の命
7.神に従わなかった人は地獄へ行き終わりない苦しみを受ける=永遠の死


556 :元牧師:2006/09/19(火) 01:23:56
キリスト教は排他的宗教である。
信仰しないものは、全て異教徒。
異教徒は救われない。という思想。
帰依するか否かの2者択一。
・・
この考えを未だに貫くようでは将来はない。


557 :元牧師:2006/09/19(火) 01:38:25
音楽・美術。文学、経済などに影響を及ぼしたあのキリスト教はどこへ行った。
歴史を見るに殺戮の歴史ではないか。
やはり、アヘンなのか。
人間の創造の産物か。

558 :465:2006/09/19(火) 01:50:19
超人になるためには阿片が必要。
キリスト教という名の阿片と、人智を凌駕したその産物の関係は
ドラッグ・ロックのそれと類似している。
ドラッグは医療の分野では麻酔や鎮痛剤として多大な恩恵をもたらす反面、
快楽目的の使用による健康被害・中毒死・犯罪行為の誘発といった負の側面もあわせ持つ。
キリスト教は精神の安定と破壊の2つの側面を持つ劇薬。

559 :油ハム:2006/09/19(火) 01:57:11
>>555
> カトリックの死生観は以下の通り。答えは「神に従わない人は地獄行き」。
> 騙されないようにw

死後であっても、神に従うことで、救われます。

> 1.人は死んでからその体は土に還り、霊魂は神の審判を受ける。
>  人は死んでからすぐに、その人の一生の善悪を神に裁かれる。
> 2.この審判によってその人が天国か地獄か煉獄へ行く。
> 3.世界の終わりに神の全能によって死んだ人が蘇る=体の復活

人の一生が左右するのはここまでなので、生前の行動が何であろうとここまではほぼ同じです。
ここでリセットされるので、これ以降は、すべての人に対して平等の選択があり、
少なくとも、すべての人に神に従い救われる道があります。

560 :油ハム:2006/09/19(火) 01:59:04
>>556
現在では、異教徒も尊重され、異教徒も救われるので、
改宗は必要とされていません。(ただし、これはカトリック)

561 :元牧師:2006/09/19(火) 02:02:49
劇薬ならばそれを処方する専門家が必要ではないか。
しかるに、それは乱用をされている。
劇薬批判をする聖職者は、そのほとんどが排斥されている。
否定をするところから発展は生まれるのに。
神が人間の創造の産物であってもよいではないか。
それさえ、ドライに意識していれば。
・・・
妄信。
それが、歴史の数々の悲劇を生み出していると認識している。

562 :油ハム:2006/09/19(火) 02:06:52
>>561
> 神が人間の創造の産物であってもよいではないか。

別にその人が個人的に定義するのなら問題ないでしょう。

カトリックでは、地球が人間の創造の産物ではないように、
神は人間の創造の産物ではないのです。
そういう定義ですので。

563 :元牧師:2006/09/19(火) 02:07:27
>>560
ただし、ドグマのあるところ、異端者あり。
異端者である限り、それは救いを得られない存在です。


564 :油ハム:2006/09/19(火) 02:09:22
>>563
異端も救われます。異端側から見た場合はどうか知りませんが。

565 :465:2006/09/19(火) 02:11:17
>>559

> > 1.人は死んでからその体は土に還り、霊魂は神の審判を受ける。
> >  人は死んでからすぐに、その人の一生の善悪を神に裁かれる。
>
> 人の一生が左右するのはここまでなので、生前の行動が何であろうとここまではほぼ同じです。

1で裁かれる善悪の基準は何かね?w
神に従わない者が善で、神に従う者が悪という解釈も有り得るのかねw

>>560
> 現在では、異教徒も尊重され、異教徒も救われるので

また言ってるよこいつw 適当論者めw
はやく、教皇の他宗教尊重発言のソースを出せよw
出してから喚け!

566 :油ハム:2006/09/19(火) 02:18:20
>>565
> 1で裁かれる善悪の基準は何かね?w
> 神に従わない者が善で、神に従う者が悪という解釈も有り得るのかねw

心の中の「善」に従い、かつ、他人に被害を及ぼさなければ、
悪にはなりません。(マイナスポイントは付かない)
心の中の「善」に従い、かつ、他人を愛し助ければ、
プラスポイントを得られます。

567 :註釈者 ◆DuMMtr7n4w :2006/09/19(火) 02:19:00
>>565
ttp://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/newpope/bene_message47.htm
ttp://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/newpope/bene_message19.htm
ここら辺を
読めばよかろう。
他宗教尊重発言してる
と拡大解釈したのだ。


568 :油ハム:2006/09/19(火) 02:21:54
>>565
> はやく、教皇の他宗教尊重発言のソースを出せよw

>>549はソースではないですが、私の発言よりは信頼できるでしょう。
逆にそれを否定する根拠もないと思います。


569 :元牧師:2006/09/19(火) 02:23:40
異端も救われ、異教徒も救われる。

私には根拠がわからない。
唯一神教として、それは内部矛盾を起こすのではないですか?
八百万の神的な発送でしょ。
>>565 さんの言うとおり。その根拠はなんですか?
確かにカソリックでは他宗教との交流はあります。
平和とか人権問題とかで、
ただし、あくまでも自らの宗教は絶対という意識はあります。
バチカンはあくまでも聖域で、ローマ法王はあくまでも絶対w。
違う議論でも、
もし、(帰依しない)全ての人が救われるのなら、
何故、福音書のイエスは処刑されるという立場を受け入れたのか。

570 :465:2006/09/19(火) 02:27:12
>>567

> ttp://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/newpope/bene_message47.htm

> すべてのキリスト者が――彼らとわたしたちの間には違いが存在するにもかかわらず、
> また、彼らはペトロの後継者を認めていないにもかかわらず――、ローマ司教がキリスト教
> の代弁者であることを認めるようになりました。世界の中で、他のいかなる人も、国際的な次元で、
> このようなしかたでキリスト教を代表して語り、また、現代世界の中で、キリスト教に発言力と
> 存在意義を与えることはできません。教皇はまた、キリスト信者でない人や他宗教の人にとっても、
> 人間性の偉大な価値の代弁者となりました。

ここかい?
「教皇はまた、キリスト信者でない人や他宗教の人にとっても
 人間性の偉大な価値の代弁者となりました。」

・・「教皇は他宗教者にとっても偉大な代弁者だ」を
どう拡大解釈すれば、「他宗教尊重」に歪曲されるのか説明してみてw
意味不明。


571 :元牧師:2006/09/19(火) 02:28:54
>>566
>>心の中の「善」に従い
日本の誰かの哲学の焼き直しみていですね。
カソリックはその信奉者だったわけか。
日本的な発想ですw

572 :465:2006/09/19(火) 02:31:35
っていうか、

○○年、教皇△△が「カトリックのみならず、他の宗教教も尊重する」と発言した。

・・たったこれだけのソースがなぜないんだ?

カトリックの意向が「他宗教尊重」で、
それが常識ならば、このソースが大量にみつかってもよいだろが。

573 :油ハム:2006/09/19(火) 02:33:28
>>569
> 唯一神教として、それは内部矛盾を起こすのではないですか?
> 八百万の神的な発送でしょ。

唯一神教の唯一というのは、八百万の神(の概念)を内包するものとして唯一です。
この場合、位置的には、八百万の神は天使や聖霊などになるわけです。
これは要理の定義上、そうなります。

> もし、(帰依しない)全ての人が救われるのなら、
> 何故、福音書のイエスは処刑されるという立場を受け入れたのか。

カトリックでは、
帰依する人のために、受け入れたわけではありません。
イエスの教えも、正しい人を救うためでもありません。
キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られたことになっています。

574 :元牧師:2006/09/19(火) 02:35:59
・・・ハムさんは、
議論に参加できないでしょう。
昔、いましたy
こういう人

575 :油ハム:2006/09/19(火) 02:37:28
>>571
> >>心の中の「善」に従い
> 日本の誰かの哲学の焼き直しみていですね。
> カソリックはその信奉者だったわけか。
> 日本的な発想ですw

カトリックでは、要理でそれは説明されています。心の中の「善」も、神によるものです。
牧師でも知らないのでしょうか?

576 :元牧師:2006/09/19(火) 02:41:05
千歩譲って。
しんじてるのですねえ。


577 :油ハム:2006/09/19(火) 02:43:12
>>576
別にカトリックではこうなるという説明をしているだけです。
それ以外だと、また異なりますが。

578 :465:2006/09/19(火) 02:43:54
俺が疑問を呈しているのは、
まず、「ある宗教が他の宗教を尊重するか」という命題について。
これはカトリックのみに言及される問題ではない。

ある宗教がその組織を運営する上で、
「他宗教尊重」は有り得ないのだよお馬鹿くんたちw

信者側の心理としては、
他の宗教でも良いのであれば、その宗教に属する理由が消滅する
のだよ。
もちろんそれを運用する教団側も「他宗教尊重」はタブー。
これが合理的な人間の思考。わかったかい?

579 :油ハム:2006/09/19(火) 02:52:18
>>578
> ある宗教がその組織を運営する上で、
> 「他宗教尊重」は有り得ないのだよお馬鹿くんたちw

つまり、神道も、仏教も、マニ教も、グノーシス主義も
「他宗教尊重は有り得ない」というご主張ですか?

> 信者側の心理としては、
> 他の宗教でも良いのであれば、その宗教に属する理由が消滅する
> のだよ。

趣味の場合、他人の趣味も尊重するということはよくありますし、
それを認めることで、自分の趣味を好む理由が消滅わけではないと思います。


580 :いんちきクリスチャン:2006/09/19(火) 02:56:06
>>554のような議論は実際にあるよ。カトリックがその立場だとは知らなかったけれど。
「患難と苦悩とは、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、悪を行なうすべての者の上にあり、
栄光と誉れと平和は、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、善を行なうすべての者の上にあります。
神にはえこひいきなどはないからです。
律法なしに罪を犯した者はすべて、律法なしに滅び、律法の下にあって罪を犯した者はすべて、律法によってさばかれます。
それは、律法を聞く者が神の前に正しいのではなく、律法を行なう者が正しいと認められるからです。
―律法を持たない異邦人が、生まれつきのままで律法の命じる行ないをするばあいは、律法を持たなくても、自分自身が自分に対する律法なのです。
彼らはこのようにして、律法の命じる行ないが彼らの心に書かれていることを示しています。(後略)」(ローマ2:9-15)
律法を聞くもの・ユダヤ人=クリスチャンと読み替えれば、油ハムさんの主張になる。

581 :465:2006/09/19(火) 03:25:58
>>579

> つまり、神道も、仏教も、マニ教も、グノーシス主義も
> 「他宗教尊重は有り得ない」というご主張ですか?

多神教という立場なら他の神を含めて尊重することはあるだろう。
それに、カトリック→プロテスタント(他教)への分派という過程においては、
内部の反カトリック者が他教の尊重を謳って他教への移行を促すような例もあるだろう。

しかし、俺が言っているのは、
宗教そのものでなく、実際にその宗教を運用する団体=○○教団や
その代表者が・・ましてや一大宗教団カトリックの代表が「他宗教尊重」
と発言することは有り得ないということなのだよ。

カトリックについて言及すればカトリック教徒の組織の意向を決定する教皇(組織の代表者)が
「他宗教尊重」を宣言すれば、内ゲバが勃発するのは明らかであり、
代表者が相当おつむが弱い者でないなら、
そのような世迷言は発言することは有り得ない。
この論理は、神道・・グノーシス主義を叫ぶ宗教団体の意向であっても同様。

> 趣味の場合、他人の趣味も尊重するということはよくありますし、

趣味と宗教の違いはわかる?

582 :465:2006/09/19(火) 03:28:56
>>568

> 公会議で法王さまが反対を押し切って、他宗教の尊重と協力を訴えられたことは、世界宗教史上
> まさに画期的な英断であるとともに

もし教皇が「他宗教を尊重する」と発言したならまさに英断。
世界宗教史上に残る画期的な英断。
で、その大ニュースの発言ソースがなぜ見つからないんだい?

583 :465:2006/09/19(火) 03:35:26
>>566

> 心の中の「善」に従い、かつ、他人に被害を及ぼさなければ、
> 悪にはなりません。(マイナスポイントは付かない)

心の中の「善」ってなに?
アドルフ・ヒトラーは、純血のゲルマン民族にとって
ユダヤ人と共産主義者の存在は「悪」であり
彼らを粛清することが彼自身の「善」であったわけ。

1,100万人前後とも言われるホロコーストによる他人(ユダヤ人等)の被害よりも、
同胞(ゲルマン)の被害防止=利益を優先したのだよ。
(まあヒトラー自身がユダヤ系という説もあるがなw)

どんな対立・戦い・殺し合いであっても、個人の心の中の「善」は存在するのだよw

で善悪を決め付けるポイントってなに?
なにがマイナスポイントでなにがプラスポイントなのだね?
誰がそのポイントを決めるのかね?
神かい?どこの神?それとも仏?
なぜそのポイントは神が決めるのかね?w

584 :油ハム:2006/09/19(火) 04:00:14
>>581
> 宗教そのものでなく、実際にその宗教を運用する団体=○○教団や
> その代表者が・・ましてや一大宗教団カトリックの代表が「他宗教尊重」
> と発言することは有り得ないということなのだよ。

カトリックに限らず、他の宗教でもありえないということでしょうか?

> カトリックについて言及すればカトリック教徒の組織の意向を決定する教皇(組織の代表者)が
> 「他宗教尊重」を宣言すれば、内ゲバが勃発するのは明らかであり、
> 代表者が相当おつむが弱い者でないなら、
> そのような世迷言は発言することは有り得ない。

カトリックに限らず、他の宗教でもありえないということでしょうか?

内ゲバが勃発するのは明らかではないと思いますし、世迷言でもないと思いますが、
少なくとも君がそう思っていることはわかります。ただ、それは一般論ではないと思います。

> この論理は、神道・・グノーシス主義を叫ぶ宗教団体の意向であっても同様。

グノーシス主義ではそのような論理は当てはまらないと思います。
なぜ、グノーシス主義にその論理が適用できるのでしょうか。

> 趣味と宗教の違いはわかる?

ここではその違いを問題にしているのではなく、
趣味同様、その論理を適用していることを比喩で表現しています。

585 :油ハム:2006/09/19(火) 04:03:58
>>582
私の探し方が悪いからだと思います。
英断なだけではく、内部的に結構問題になったので、あるのは確かですが、
日本語のネット情報は日が浅く、資料が少ないので、日本語ではダメかもしれない。

586 :油ハム:2006/09/19(火) 04:07:14
>>583
> どんな対立・戦い・殺し合いであっても、個人の心の中の「善」は存在するのだよw

ええ、仰るとおりだと思います。
だからこそ「他人に被害を及ぼさなければ」という条件が生きてくるのでしょう。

> 誰がそのポイントを決めるのかね?

キリスト教では「神」になります。

587 :465:2006/09/19(火) 04:11:48
>>584
だからお前は馬鹿と言われるんだよ。
もう一度読み直してから書けよ馬鹿。

> グノーシス主義ではそのような論理は当てはまらないと思います。
> なぜ、グノーシス主義にその論理が適用できるのでしょうか。

宗教とそれを実践する宗教者の違いはわかるかね?
主義とそれを実践する主義者の違いはわかるかね?
宗教者とその組織全体の代表者の違いはわかるかね?
グノーシス主義とグノーシス主義者で組織する団体の代表者の意向の違いはわかるかね?
共産主義と共産主義者で組織する団体の代表者の意向の違いはわかるかね?

まずおまえ日本語がわかるかね?

> 趣味と宗教の違いはわかる?

オッカムの剃刀って知ってるかい?
無駄な仮定や比喩はいらないのだよ。
で、趣味と宗教の違いはわかるのかね?
違いがわかるなら何故、違うものの比喩を提示するのかね?
おまえは詭弁者かね?

せっかく、「善悪」の基準が出たのだからキリスト教的道徳心=「善」
がルサンチマンであり・・人間には不要であり・・というニーチェに話題
をする気にもならんのかね?

588 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 04:12:07
複数のコテハンよ 油ハムよ 元牧師よ
自演をいいかげんにやめろ、ハゲ。

589 :油ハム:2006/09/19(火) 04:38:31
>>587
> > グノーシス主義ではそのような論理は当てはまらないと思います。
> > なぜ、グノーシス主義にその論理が適用できるのでしょうか。
>
> 宗教とそれを実践する宗教者の違いはわかるかね?
> 主義とそれを実践する主義者の違いはわかるかね?
> 宗教者とその組織全体の代表者の違いはわかるかね?
> グノーシス主義とグノーシス主義者で組織する団体の代表者の意向の違いはわかるかね?
> 共産主義と共産主義者で組織する団体の代表者の意向の違いはわかるかね?
> まずおまえ日本語がわかるかね?

私は、なぜグノーシス主義に
その論理(そのような世迷言(「他宗教尊重」)は発言することは有り得ない。 )
が適用できるのかを尋ねているのですが。

その前に本当にグノーシス主義を理解していますか?

590 :465:2006/09/19(火) 04:52:38
>>589

> 私は、なぜグノーシス主義に
> その論理(そのような世迷言(「他宗教尊重」)は発言することは有り得ない。 )
> が適用できるのかを尋ねているのですが。

グノーシス主義とグノーシス主義者で組織する団体の代表者の意向の違いはわかるかね?
俺がなにを対象としているのかわからんのかね?
まずおまえ日本語がわかるかね?
わからんなら100回読み直すか日本語のお勉強をやり直せよw

> その前に本当にグノーシス主義を理解していますか?

当然知っているよ。お前よりはなw
グノーシス主義もたくさんあるんだがどのグノーシス主義よ?w

591 :465:2006/09/19(火) 04:57:38
で、1世紀近くの歴史を持つグノーシス協会「Ecclesia Gnostica (Bishop Hoeller)」
の「代表者」が「他宗教を尊重」しているのかね?

592 :465:2006/09/19(火) 06:04:42
>>586

> > 誰がそのポイントを決めるのかね?
>キリスト教では「神」になります。

キリスト教の「神」がなぜ我々の善悪の基準になるのかね?
グノーシス主義の「至高神」や「下等神デミウルゴスなど」が我々の善悪の基準になるのかね?

つーか、せっかく善悪の基準の話題が出たんだからさ
「善悪二元論」だとか「善悪の彼岸」とかさ・・
もうちょこっと哲学よりの話題もしたほうがいいんじゃないの?(ここは哲学板だゾw)

善とは何か――人間において権力の感情と権力を欲する意志を高揚するすべてのもの。=力への意志w
悪とは何か――弱さから生ずるすべてのもの。=ルサンチマンw
「アンチクリスト」

悲観をその基盤とし、不幸と悲哀を善とするこの道徳。
この善悪の価値表は速やかに破り捨てなければならない。
「善悪の彼岸」

・・まあ見事に哲学的話題はスルーされているんだがなww

593 :油ハム:2006/09/19(火) 12:57:39
>>590
> > 私は、なぜグノーシス主義に
> > その論理(そのような世迷言(「他宗教尊重」)は発言することは有り得ない。 )
> > が適用できるのかを尋ねているのですが。
> グノーシス主義とグノーシス主義者で組織する団体の代表者の意向の違いはわかるかね?

ええ。
ですがグノーシス主義の場合、それを代表する団体や個人というものは存在しません。
(大きな団体というのはあるでしょうし、勝手に名乗るのは自由です。)
究極的には、個人で一つの宗教(宗教法人という意味ではない)ともなり得ます。
カトリックのような形体とは対極に位置します。
また、その性質上、「グノーシス主義ではないもの」を他者が判断することは出来ません。
当人がグノーシス主義といえば、どんなものでもグノーシス主義になり得ます。

> > その前に本当にグノーシス主義を理解していますか?
> 当然知っているよ。お前よりはなw

それなら、話がはやいのでありがたいです。

> グノーシス主義もたくさんあるんだがどのグノーシス主義よ?

すべてのグノーシス主義でいいでしょう。
すべての宗教であり得ないと言い出したのは君の方ですから、
すべてのグノーシス主義で君の論理が成立しないと適用できることにはなりません。



私は、なぜグノーシス主義に
その論理(そのような世迷言(「他宗教尊重」)は発言することは有り得ない。 )
が適用できるのかを尋ねているのです。

594 :油ハム:2006/09/19(火) 13:02:06
>>592
> で、1世紀近くの歴史を持つグノーシス協会「Ecclesia Gnostica (Bishop Hoeller)」
> の「代表者」が「他宗教を尊重」しているのかね?

これは、(今の論理に適用できるかどうかという話において)関係ないと思います。
すべての宗教に論理を適用するということなら、
それ以外のグノーシス主義についても言えないと成立しないと思います。
(反例の一つになり得ても、証明の根拠にはなり得ない。)

595 :油ハム:2006/09/19(火) 13:05:11
>>592
> キリスト教の「神」がなぜ我々の善悪の基準になるのかね?

キリスト教ではそうしているというだけのことでしょう。

> グノーシス主義の「至高神」や「下等神デミウルゴスなど」が我々の善悪の基準になるのかね?

それはグノーシス主義の神話の一つに過ぎません。
「我々」の善悪の基準になどなりません。(正確には、「なるとは限りません」)

596 :465:2006/09/19(火) 15:53:07
>>593-595
おまえグノーシス主義をしらんだろw
また適当なこといってるよこいつww
なんか脳内でグノーシス主義=個人の宗教だと勘違いしてるんじゃねーの?

グノーシス主義者で組織する団体は過去にも多数存在する(ググれ馬鹿)
俺が対象にしているのは、「グノーシス主義そのものではない」
「グノーシス主義者で組織する団体の代表者の意向=発言」

馬鹿・・ていうか知的障害者か?
可哀相に正直にそういえばもうイジめないよw
おまえ馬鹿だからもう一回いうねw
いいかいぼうやw
まちがい→「宗教」が「他宗教尊重」となるとは考えられない。
ただしい→「宗教」ではなく「宗教者の団体の意向(代表者の意向)が「他宗教尊重」となるとは考えられない。
勝手に人の発言を捏造するなよw
この違いがよみ取れないなんて・・ただの基地外か・・病院いけw
あーそもそも日本人?捏造ばかりするチョン人か?w
日本語がわからないなら、もっとわかりやすくかいてあげるよ?
・・ってこいつやっぱり哲学的話題はスルーしたよwwおまえ哲学板から出ていけよw

597 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 16:02:00
なんか久しぶりにきても話が進んでないのね・・・w
他宗教尊重かどうかなんか>>516-518の法王演説の要旨を見れば明らかじゃないの。

って言っても、「皇帝」に言及した部分じゃなくて、>>518の最後の部分からその発想法を考えてみるといいと思う。

「宗教をサブカルチャーのひとつに位置づけてしまうような理性には、文化同士の対話は不可能だ。」
ここがポイントでしょ。
現代西欧世界においてサブカルチャー化されたキリスト教であるゆえに、宗教=理性の二元論を
前提にしつつサブカルチャーとして「貶められている」キリスト教の復権をめざして、
「理性と信仰」の新たな結合を説く、と。
で、イスラームも「文化」でしょ?理性<も>あるんでしょ?なのにそのイスラームの信仰たるや
「暴力による布教」が理性に反するもので云々、、とこうくるわけ。

西欧的理性によるキリスト教のサブカルチャー化→西欧的理性をフックとしての新しい理性宗教としての
キリスト教の復権というご都合主義的宗教膨張主義的枠組みのなかで、
そもそも生活規範であり「文化」そのもののイスラームに
<君たちも西欧理性的な枠組みで宗教を考えなよ!>と呼びかけるわけだ。

このダブルスタンダードなんかに宗教尊重が存在するわけは無いだろう。

598 :油ハム:2006/09/19(火) 16:37:47
>>596
> なんか脳内でグノーシス主義=個人の宗教だと勘違いしてるんじゃねーの?

グノーシス主義=個人宗教ではなく、グノーシス主義⊃個人グノーシス的宗教です。

> グノーシス主義者で組織する団体は過去にも多数存在する

ええ、その通りです。ユダヤ教グノーシス主義、キリスト教グノーシス主義などいくらでもありますから。

> 俺が対象にしているのは、「グノーシス主義そのものではない」
> 「グノーシス主義者で組織する団体の代表者の意向=発言」

私がグノーシス主義を持ち出した元の発言で対象にしているのは、
それぞれの「グノーシス主義」者で作られる、
無数の宗教の代表者(当然同人レベルも含みます)の意向ということになります。

グノーシス主義自体には、決まった教義も戒律も思想もありません。
また、どれを正統なものと定めるかという組織も機関もありません。
一つ言えることは、何もかも、まったくの自由ということがあります。

グノーシス主義では存在するあらゆる物から神話を創造をすることが可能で、
新約聖書をベースにすれば、キリスト教グノーシス主義、
旧約聖書をベースにすれば、ユダヤ教グノーシス主義ができますし、
スターウォーズ的グノーシス主義、マトリックス的グノーシス主義というのもありです。

グノーシス主義では、あらゆる宗教を尊重することが可能です。もちろん、そうしない自由もあります。


ですから、私は、なぜグノーシス主義に
その論理(そのような世迷言(「他宗教尊重」)は発言することは有り得ない。 )
が適用できるのかを尋ねているのです。

599 :465:2006/09/19(火) 16:47:21
>>597

まあ現代教皇ベネディクト16世の意向は、カトリックの保護や、宗教のサブカルチャー化の復権が
主眼になっていると言わざるを得ないでしょう。

> で、イスラームも「文化」でしょ?理性<も>あるんでしょ?なのにそのイスラームの信仰たるや
> 「暴力による布教」が理性に反するもので云々、、とこうくるわけ。

イスラムが
・文化(カルチャー)なのか=
イスラム教集団の構成員に共通の価値観を反映した、物心両面にわたる活動の様式やその総体。
または、それらによって創り出されたものであるのか。
はたまた、イスラム教諸国内における、生産活動と必ずしも直結しない形で真善美を追求したり
獲得した知恵・知識を伝達したり人の心に感動を与えたりする高度の精神活動、
すなわち学問・芸術・宗教・教育・出版などの領域=精神文化のことを意味するのか。

・サブカルチャー(下位文化)なのか=
上述のカルチャーに対して、そのイスラム社会(や世界・西欧文化圏)から観た、
一部の特定の人びとだけの独特の文化なのか(マジョリティな文化なのか)。

について恣意的に議論するのはナンセンスではありますが、教皇の発言からは
キリスト教は理性ある上位文化であり、イスラムは下位文化・野蛮文化
という感が否めませんな。

> このダブルスタンダードなんかに宗教尊重が存在するわけは無いだろう。

少なくても現教皇の発言からは、カトリック(教)とイスラム(教)の立場が
対等であるとは受け取れませんね。上位者(カトリック)が下位者で野蛮な
イスラムを宥めている・・という感じですなw

600 :465:2006/09/19(火) 16:50:18
>>598
はいはい。わかったよぼうやw

で、

まちがい→「宗教」が「他宗教尊重」となるとは考えられない。
ただしい→「宗教」ではなく「宗教者の団体の意向(代表者の意向)が「他宗教尊重」となるとは考えられない。

は、

わかったのかね?あと人の発言を捏造するなよw

601 :油ハム:2006/09/19(火) 17:06:31
>>600
> 「宗教者の団体の意向(代表者の意向)が「他宗教尊重」となるとは考えられない。

私もこちら(宗教者の団体)として読んでいます。
それから、君の発言は「考えられない。」ではなく、「あり得ない」です。

もう少し丁寧に書き直すなら、

ですから、私は、なぜ、すべての「グノーシス主義である宗教者の団体」の意向に、
その論理(そのような世迷言(「他宗教尊重」)は発言することは有り得ない。 )
が適用できるのかを尋ねているのです。

となります。

602 :465:2006/09/19(火) 17:23:52
>>601

> ですから、私は、なぜ、すべての「グノーシス主義である宗教者の団体」の意向に、
> その論理(そのような世迷言(「他宗教尊重」)は発言することは有り得ない。 )
> が適用できるのかを尋ねているのです。

>>578>>581にその理由は書いてあるがなにか?

宗教そのものでなく、実際にその宗教を運用する団体=○○教団や
その代表者が・・ましてや一大宗教団カトリックの代表が「他宗教尊重」
と発言することは有り得ないということなのだよ。
カトリックについて言及すればカトリック教徒の組織の意向を決定する教皇(組織の代表者)が
「他宗教尊重」を宣言すれば、内ゲバが勃発するのは明らかであり、
代表者が相当おつむが弱い者でないなら、
そのような世迷言は発言することは有り得ない。
この論理は、神道・・グノーシス主義を叫ぶ宗教団体の意向であっても同様。

で?それを否定する教皇の発言ソースはまだ?w

>>595
> > キリスト教の「神」がなぜ我々の善悪の基準になるのかね?
> キリスト教ではそうしているというだけのことでしょう。

で、キリスト教徒でない者=他教無宗教無神論者の善悪の基準はなんだね?
つーか、せっかく善悪の基準の話題が出たんだからさ
「善悪二元論」だとか「善悪の彼岸」とかさ・・
もうちょこっと哲学よりの話題もしたほうがいいんじゃないの?(ここは哲学板だゾw)
哲学的話題がいやなら宗教板にでもスレを作ってあげようか?ww

603 :油ハム:2006/09/19(火) 17:34:39
>>602
> 宗教そのものでなく、実際にその宗教を運用する団体=○○教団や
> その代表者が・・ましてや一大宗教団カトリックの代表が「他宗教尊重」
> と発言することは有り得ないということなのだよ。

カトリックの話ではなく一般論に絞ると、

> 宗教そのものでなく、実際にその宗教を運用する団体=○○教団や
> その代表者が「他宗教尊重」と発言することは有り得ないということなのだよ。

となりますが、どうしてあり得ないのでしょうか。

> 「他宗教尊重」を宣言すれば、内ゲバが勃発するのは明らかであり、

例えば、グノーシス主義者による団体では勃発するとは言えないと思います。
もし、そうなるなら、どうしてそうなるのでしょうか。
グノーシス主義では「他宗教尊重」しても何も問題ない(何も失わない)ですし、
一部のグノーシス主義では「他宗教」自体が寄生先の宿主になりますから、
「他宗教尊重」は寧ろデフォルトだと思います。

604 :油ハム:2006/09/19(火) 17:35:49
>>602
> で、キリスト教徒でない者=他教無宗教無神論者の善悪の基準はなんだね?

それは人それぞれでしょう。


605 :465:2006/09/19(火) 17:53:33
>>604

おまえさ。
まずここが哲学板ということと、「アンチクリスト」スレであることはわかってる?
ニーチェが批判したキリスト教の話題やカトリックの他宗教尊重が
>>1の「キリスト教は戦争を生み出す」に繋がるならまだいいが、
感情的に「グノーシス主義」はああだこうだと叫んで、要するに何が主張したいのかね?
共産主義は資本主義は全体主義・・はこれこれだという議論が、
ニーチェのいうキリスト教は邪教でルサンチマンであることの反証になるのかね?

まずそれを常に頭にいれてから発言しろよw
でなければ宗教板にでも出て行けよw
わかったかい?

> > で、キリスト教徒でない者=他教無宗教無神論者の善悪の基準はなんだね?
>
> それは人それぞれでしょう。

なぜそう思うのかね?
お前個人の善悪の基準はなにかね?

606 :ドゾ:2006/09/19(火) 18:39:01
http://kotonoha.main.jp/2005/04/20benedictus.html

ベネディクトは第2回バチカン公会議にも司祭として参加し、
ノストラエターテ(Nostra Aetate)すなわち他の宗教を尊重し、
信教の自由の権利を認める宣言など、この公会議を擁護し続けた。


607 :ドゾ:2006/09/19(火) 18:41:21
http://homepage3.nifty.com/chosei/iraq.htm

「ローマ教皇、動く 〜イラク戦争とバチカン外交〜」
「他の宗教を尊重する中で自らも生きる」 これがバチカンの外交方針
の基本である。1962年、ヨハネ23世の呼びかけで全世界の司教が
ローマに集まって、第2バチカン公会議が開かれ、ローマ・カトリック
は自己革新に着手した。会議当時もまた、ベルリン危機・キューバ危機
などのさなかにあった。現教皇のヨハネ・パウロ2世は、ポーランドの
司教としてこの会議に参加し、中心的な役割を果たした。

608 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 18:43:25
>>606-607
それ張って、なんの意味があんの?

609 :油ハム:2006/09/19(火) 18:44:19
>>605
> 感情的に「グノーシス主義」はああだこうだと叫んで、要するに何が主張したいのかね?

別に感情的になっていませんし、叫んでいるわけでもありません。

> 宗教そのものでなく、実際にその宗教を運用する団体=○○教団や
> その代表者が「他宗教尊重」と発言することは有り得ないということなのだよ。

という一般論に拡張された主張がされていたので、それに対して疑問を感じているわけです。
一般論が成立するかどうかというのは、それが根拠になりかねないため、慎重を要すると思います。


> > > で、キリスト教徒でない者=他教無宗教無神論者の善悪の基準はなんだね?
> > それは人それぞれでしょう。
> なぜそう思うのかね?

性格が人によって違うように、善悪の基準も人によって違います。
これは、脳の構造が同じでないこと、置かれている環境が違うことが原因でしょう。
もちろん何かの価値観に従うことで、基準を同じにすることはできるとも思います。

610 :油ハム:2006/09/19(火) 18:46:09
>>606
>>607
サンクス。GJ


611 :ドゾ:2006/09/19(火) 18:56:13
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/newpope/bene_message48.htm

教父たちは、キリスト信者とユダヤ人を結びつける特別なきずなをはっきり
と思い起こし(同4)、イスラム教徒や(同3)その他の諸宗教を信じる人
々を尊重することを確認しました(同2)。教父たちはまた、普遍的な兄弟
愛の精神によって、宗教的な差別や迫害が禁じられることも確認しました
(同5)。

456のお詫びです。すみませんでした。

612 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 19:02:57
>>610
どこがサンクスGJなのかワカラン
その2つのソースはなんの他宗教尊重を表すものでもないわけだが?

>>611
で、なにを言いたいの?

613 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 19:08:07
>>606
> http://kotonoha.main.jp/2005/04/20benedictus.html
>
> ベネディクトは第2回バチカン公会議にも司祭として参加し、
> ノストラエターテ(Nostra Aetate)すなわち他の宗教を尊重し、
> 信教の自由の権利を認める宣言など、この公会議を擁護し続けた。

あんのー「司祭」と「教皇」についての「立場や発言力」に
ついて「違い」は解ります?

1.カトリックの神父(司祭)が「他の宗教を尊重する」といった。
2.カトリックの教皇(代表者)が「他の宗教を尊重する」といった。

の違いです。
会社法人でいえば、課長主任レベルが司祭で、社長が教皇なんですよw

614 :465:2006/09/19(火) 19:18:35
>>609

> という一般論に拡張された主張がされていたので、それに対して疑問を感じているわけです。
> 一般論が成立するかどうかというのは、それが根拠になりかねないため、慎重を要すると思います。

だったらグノーシス主義者の組織で「他宗教を尊重する」とした団体の具体例を挙げてみてw
っていうか、そもそも宗教は個人が勝手気ままに作る事だって可能なのだよ。
オレオレ教という宗教を勝手に作って「この宗教は他宗教を尊重する」と教義に掲げれば
成立するわけ。
そういったマイノリティーの例を一般論の反証として挙げるのは詭弁丸出しではないのかね?
一般論を語るのであれば、スレ題でもある一大宗教キリスト教について言及するのが
筋であるね。そういう意味では、一般論的に拡張されたような言及をしたことを訂正するよw
で?

> 性格が人によって違うように、善悪の基準も人によって違います。
> これは、脳の構造が同じでないこと、置かれている環境が違うことが原因でしょう。
> もちろん何かの価値観に従うことで、基準を同じにすることはできるとも思います。

で、君の善悪の基準はなにかね?

615 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 19:20:54
というか、第二回バチカン公会議などの一般的な言説とかそれにどうかかわったかなんかは
いいから(そんなもの一般論なら寛容なり承認なりいくらでもいえるわけで)、
現教皇ベネディクト16世のイスラムに関する言説に即して、他宗教の尊重・不寛容がどのように
存在しているかを考えればいいだけじゃないの?>>606のwikipediaの部分翻訳を更に部分
引用して悦にいってるぐらいだったら、
同じwikipediaのhttp://en.wikipedia.org/wiki/Pope_Benedict_XVI_Islam_controversy
ぐらいをソースにあれこれ議論したほうがよっぽど「生産的」だ。

616 :465:2006/09/19(火) 19:31:28
よくわかってない人がいるな・・w

カトリックの階級は以下の通り。
教皇 > 枢機卿 > 大司教 > 司教 > 司祭 > 助祭 > 一般信者

1.教皇=ローマ・カトリック教会における最高位聖職者
2.枢機卿=教皇に継ぐ高位聖職者 教皇が任命し、バチカンの上位外交官や内務行政官を勤める。
3.大司教=司教の上位職 司教の管理する地方教会(教区)の集合体である教会管区の長。
4.司教=教区の長 地方教会を中心とする教区を監督する役職。
5.司祭=地方教会の長 一般的には神父と呼ばれる。
6.助祭=司祭補佐 本来は司教に使え、司祭の補佐を担当する。
その他.教父=カトリック教で特に認められた高僧の敬称。

>>606は5の司祭
>>607は4の司教
>>611は敬称で何を指しているのかわからん

油ハムが宣言しているのは、
カトリック全体の意向を左右する「1の教皇」が「他宗教を尊重する」と発言した
ということであり、オレはそのソースの提示を求めている。
わかったかな?

617 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 19:41:59
>>611は敬称で何を指しているのかわからん

あなたの教会組織論図式で言えば、上は現教皇の発言ということで問題ないよ。

618 :465:2006/09/19(火) 19:44:25
>>617
なんで?

619 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 19:48:06
「教皇ベネディクト十六世の2005年10月30日の「お告げの祈り」のことば」の中で
ベネディクト16自身が1965第二バチカン公会議のNOSTRA AETATEの部分を摘記してるだけだから

*NOSTRA AETATEの英語訳は↓
http://www.vatican.va/archive/hist_councils/ii_vatican_council/documents/vat-ii_decl_19651028_nostra-aetate_en.html

620 :465:2006/09/19(火) 21:33:42
>>619
ん?

>>611
> イスラム教徒や(同3)その他の諸宗教を信じる人々を尊重することを確認しました(同2)。
は誰が発言したの?w 

ここの部分。
3. The Church regards with esteem also the Moslems.
They adore the one God, living and subsisting in Himself;
merciful and all- powerful, the Creator of heaven and earth,(5) who has spoken to men;
they take pains to submit wholeheartedly to even His inscrutable decrees,
just as Abraham, with whom the faith of Islam takes pleasure in linking itself,
submitted to God. Though they do not acknowledge Jesus as God,
they revere Him as a prophet. They also honor Mary,
His virgin Mother; at times they even call on her with devotion.
In addition, they await the day of judgment when God will render their deserts to all those
who have been raised up from the dead. Finally, they value the moral life and
worship God especially through prayer, almsgiving and fasting.

Since in the course of centuries not a few quarrels and hostilities
have arisen between Christians and Moslems,
this sacred synod urges all to forget the past and to work sincerely for
mutual understanding and to preserve as well as to promote together for
the benefit of all mankind social justice and moral welfare, as well as peace and freedom.

621 :465:2006/09/19(火) 21:44:41
ほれw

第2ヴァティカン公会議
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC2%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AB%E3%83%B3%E5%85%AC%E4%BC%9A%E8%AD%B0

公会議の取り扱ったテーマ
公会議のテーマは多岐にわたっているが、ここでは主なものをあげる。

教会論 
公会議の目に見える形でのもっとも大きな成果となったのが、
中世以来の懸案であった教会論の確立である。これは『教会憲章』にみることができる。

第2章「神の民について」では神が個人でなく人々のグループを聖性に招いていること、
その祖形がユダヤ民族に見られることを示す。
また、カトリック教会に属さないキリスト教徒たち、ユダヤ教徒、イスラム教徒たちも唯一の
神において互いに結ばれていると言明される。

****
なるほど、ユダヤ・キリスト・イスラムはもともとの原典は旧約聖書であり
その神も共通のヤハウェであるから、ヤハウェの元では3宗教は絆があるとw
で、
世界人口が、9億人のヒンドゥー教、3億6000万人の仏教 、2億3000万人の儒教・道教など(他教)
はこれに含まれるのかな?w

622 :368:2006/09/19(火) 23:02:49
>>620
なにが、ん?なのだい。
言ってることわかってないだろ。
NOSTRA AETATEのことに言及することによって第二バチカン公会議の「融和的」原理自身について
承認する態度を教皇自身がしめしたというだけの話だ。

その引用なんか無関係だろ。

623 :465:2006/09/19(火) 23:05:41
>>622

ん?
要するに、現教皇のベネちゃんが
第二バチカン公会議にある>>620の部分を引用しているという意味で、
ベネちゃんが「他宗教尊重」を発言している。という主旨なのか?
という疑問。


624 :368:2006/09/19(火) 23:06:50
>>620で読めもしない英語引用して、>>621で齧り掛けの日本語wikipediaで「ほれw」
っていうってのは恥ずかしくないか?その>>620の3.ではなくて、NOSTRA AETATEの
2.のところに、すくなくとも
>世界人口が、9億人のヒンドゥー教、3億6000万人の仏教
に関する言及があるんだよ。

625 :368:2006/09/19(火) 23:09:10
>>523
ヴァチカンの他宗教「尊重」のカトリック的欺瞞などというわかりきった話をあれこれ言う以前の問題だ。
現カトリックが「融和」「尊重」を正当化するときには第二バチカンに言及するに決まってるじゃないか?
その上で、第二バチカンの政策自体の欺瞞性を指摘すればいいだけの話。

626 :465:2006/09/19(火) 23:09:58
それとも、カトリック教皇自身が発言した内容が>>620の部分なのか?
という疑問。

627 :465:2006/09/19(火) 23:11:32
>>624

いやおおよその理解はできてるよ。
しかし英語はあまり得意ではないんでね。
得意なら和訳してみてww

628 :465:2006/09/19(火) 23:17:48
>>625
まあその方向でいくつもりだが、
まず「教皇」が「過去」に「他宗教尊重」を「発言したか」
が重要なのでね。
ここが曖昧だとまた過去に教皇は発言している・いない論争で
ごちゃごちゃにされたらたまらんからね。

発言しているならしているでいいし、
していないならそれでもいい。
真偽を確かめることは重要であると思うが。

629 :465:2006/09/19(火) 23:34:43
>>624

ヒンドゥー教、仏教についての言及ねw
誰か訳して〜(面倒くさw)
Thus in Hinduism, men contemplate the divine mystery and express
it through an inexhaustible abundance of myths and through searching philosophical inquiry.
They seek freedom from the anguish of our human condition either through ascetical practices or
profound meditation or a flight to God with love and trust. Again, Buddhism,
in its various forms, realizes the radical insufficiency of this changeable world;
it teaches a way by which men, in a devout and confident spirit,
may be able either to acquire the state of perfect liberation,
or attain, by their own efforts or through higher help, supreme illumination.
Likewise, other religions found everywhere try to counter the restlessness of
the human heart, each in its own manner, by proposing "ways,"
comprising teachings, rules of life, and sacred rites.
The Catholic Church rejects nothing that is true and holy in these religions.
She regards with sincere reverence those ways of conduct and of life,
those precepts and teachings which, though differing in many aspects from
the ones she holds and sets forth, nonetheless often reflect a ray of that
Truth which enlightens all men. Indeed, she proclaims, and ever must proclaim
Christ "the way, the truth, and the life" (John 14:6),
in whom men may find the fullness of religious life,
in whom God has reconciled all things to Himself.(4)

630 ::2006/09/19(火) 23:53:21
おまいその意味分かっててあえて分からん振りして聞いてるだろ.

631 :考える名無しさん:2006/09/19(火) 23:58:23
望むところだ。何度も谷に墜ちるがいい。

632 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 01:05:26
最後の三行 意訳

道の真なるものは、その命である。
道を歩むものは真実の生き方を達成する。
谷神は道を歩むものにすべてを不足無く与える。


633 ::2006/09/20(水) 01:38:15
>>632

> 最後の三行 意訳
>
> 道の真なるものは、その命である。

っていうか・・

"the way, the truth, and the life" (John 14:6),

は、

「私は道であり、真理であり、いのちである」(ヨハネ14:6)

の引用だろw

634 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 01:45:53
キリスト教は邪教です!

植草教授は冤罪です!

635 :368:2006/09/20(水) 02:02:24
>>628
いや、教皇の「発言」をあれこれ出せなどいうことをせずに、
宗教的「寛容」や他宗教の「尊重」にかかわる現代カトリック教会的範囲を
確定しろと言えばいいだけじゃないの。

第二バチカン公会議において(キリスト教全体ということではWCCのそれも射程にいれていいけど)
カトリックは、少なくとも1950年代までの排他的宗教観の転換(それが包摂論なのか多元論
なのかは別にして)があったっていう<事実>は周知なんだから。

そういう教学的な「尊重」や「寛容」が、現在の世界問題を<解決>するに有効な射程を
含んでいるのか否か、ってことを問題にすればいいだけ。
まあ、そのNOSTRA AETATEで書かれてることなんかは、宗教的対話の儀礼的プロトコル
なのであって、なんの屁のツッパリにもならんわけだが。

>>629
全訳する必要ないでしょ。
ヒンドゥも仏教もエエ宗教やん。他の宗教もそうでっせ。GOGO。
カトリック教会は、そういう宗教の真と聖性を否定せんから安心して。
教えもうちとは違うけどなかなかええやんエエやん。全人類を照らす真実
なんてのが結構ある教えなんかはOKOK尊重するぜ。
っていうのを述べてるだけだけど?

で、最後に引用されるヨハネ14:6が曲者。引用は「道、真実、生命」(たるキリスト)
だけだけど、書かれてない後半センテンス部分は次のよう。↓
(すなわち)「私を介してでなければ、誰も父のもとに行くことは[でき]ない」(岩波編集委員会:小林訳)。
・・・( ´_ゝ`)

636 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 02:04:50
平成のキリスト、再び三注神社へ!

637 :いんちきクリスチャン:2006/09/20(水) 02:33:28
>>629
ヒンズー教ではこのように、神的な神秘性を瞑想し、限りなく豊かな神話や哲学的探求を通してそれを表現する。
彼らは人間のおかれた苦痛という状態からの解放を、苦行や深い瞑想、愛と信頼をもって神のもとへ飛び立つことのいずれかのうちに見いだす。
また、仏教には様々な形があるが、いずれも、この変わりゆく世界の根本的な不十分さに気付いている。
仏教は、人が、敬虔で(信仰に対する)確信に満ちた魂を持つとき、完全な自由を得る方法、あるいは、自らの努力またはより高き存在の助けによって最高の悟りを得る方法を教えている。
このように、他宗教も各地で人間心理の不安に対抗しようとしており、それそれの方法で「道」を提案し、教義や生活規則や聖なる儀式を作り上げている。
カトリック教会は彼らの宗教におけるこのような真なるもの・聖なるものを拒絶しない。
カトリック教会は誠実なる尊敬をもって他宗教の指導・生活・規範・教義を見る。
それらは、ひとつひとつが様々な側面で違っているが、
カトリック教会はそれらを抱き、前に置き、
しかし同時に、すべての人を照らす真理(キリスト教)の光をしばしば反射させる。
実に、カトリック教会は「道であり、真理であり、いのちである」(ヨハネ14:6)キリストを宣べ伝えており、また宣べ伝えなければならないのである。
このキリストによって、人は宗教生活の充足を見いだし、
キリストによって神はすべての者をご自分と和解させたのである。

()内はいんちきクリスチャンによる補足。間違いがあれば指摘してください。

638 :465:2006/09/20(水) 02:37:17
>>635

> いや、教皇の「発言」をあれこれ出せなどいうことをせずに、
> 宗教的「寛容」や他宗教の「尊重」にかかわる現代カトリック教会的範囲を
> 確定しろと言えばいいだけじゃないの。

んん?
そのように君が思うのであれば、君自身がそう主張して議論すれば良いのでは?
ここは油ハム氏と私だけの禅問答道場ではないのでw
傍観者ではなく戦闘員?としてこの弁の戦場に繰り出しては?w
私が知りたいのは前述の通り「教皇の他宗教尊重発言に関するソース」であって、
これに対する確かな回答が得て、その確度や信憑性を確かめなければ、
次なるステップ・・現代カトリックの意向等についても言及できないので・・。

> 第二バチカン公会議において(キリスト教全体ということではWCCのそれも射程にいれていいけど)
> カトリックは、少なくとも1950年代までの排他的宗教観の転換(それが包摂論なのか多元論
> なのかは別にして)があったっていう<事実>は周知なんだから。

第二バチカン公会議・・例えば、アメリカ、日本、中国、ロシア、韓国、北朝鮮という
主義(資本・共産・社会・全体)の違う国家同士の話し合いの場である六カ国協議に
おいて、自国と他国(の国益)を尊重し、協力しあい、各国間の問題を解決する
とした声明を全会一致で可決することは十分に考えられます(し現にあります)が、
果たして、周知(かどうか知りませんが)であるその声明を鵜呑みにしてよいのか?
という疑問が当然沸くんですよ。

現実に、北朝鮮が日本と協力・協調する意志があるのか・・という疑念について、
北朝鮮の代表者である国家主席・金日成の発言を調査すること・・が私は
重要であると考えるわけです。
第二バチカン公会議の声明においても同様、カトリックと他宗教について
仮に建前上、尊重しよう協調しようなどと述べていても、実際のカトリックの教皇の
発言について調べてみなければその意向はわからないわけです。

639 :465:2006/09/20(水) 02:41:36
>>637

おお〜感謝w
このスレにまともな人がいたことに驚愕w
あとでじっくり読ませていただきますw

640 :368:2006/09/20(水) 02:49:50
>>637
以下の訳が気になる。

>それらは、ひとつひとつが様々な側面で違っているが、
>カトリック教会はそれらを抱き、前に置き、
>しかし同時に、すべての人を照らす真理(キリスト教)の光をしばしば反射させる。


他宗教の導き・生活の道・規範・教義においては、--それはカトリック教会が持つ・
宣明しているものとは違うとはいえ(though)--、すべての人々を照らし出す(啓蒙する)
真実Truthの放つ光を、しばしば反射しているのであって(、したがってここはおんなじ
だからカトリック教会はそのような導き云々を尊敬するよん)

って感じかな。でも>>635に書いたように、ヨハネの引用で、キリストマンセーで
終わるってのがこの文章のみそってことになる。(よりによって共観福音書には
のっていない箇所のヨハネ特有の三位一体論の部分だからなあw)

641 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 02:51:07
>>638
>禅問答道場
になってるじゃん。
それを代えるために、油ハムより、あなたのほうを批判するのが私の方略。
悪い?

642 :いんちきクリスチャン:2006/09/20(水) 02:53:55
>>640
あ、本当だ。ご指摘ありがとう

643 :465:2006/09/20(水) 02:56:21
>>641

それは個人の自由ww
その行為が善か悪かの基準は何?w

644 :368:2006/09/20(水) 02:57:45
>>638
>の声明を鵜呑みにしてよいのか?
>という疑問が当然沸くんですよ。

鵜呑みに出来るわけ無い。それでいいでしょ。
>>615に書いたように、せっかく9月12日に、ポロッと本音だしてイスラームともめてんだから
論点を現在のイスラーム言説をめぐる問題に即して語れば話は展開するんじゃないのってだけだ。

645 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 02:59:34
国際食糧情報学部


646 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 03:01:13
しっかし見事な自演だな.
なにこの猿芝居?

647 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 03:02:43
キリスト教は邪教です!っていう嫌なスレタイだな。
ニーチェ好きの奴ってキモイな。
権力に逆らえ!って結局は、ニーチェを権力に祭り上げてんだろ。
ニーチェに憧れてる時点で寒い。
ニーチェ自身は凄い天才だし、革命家だと思うが、そのニーチェを好きな奴は多分、逆に頭固くて、だからこそ憧れてんだろな、ってのがミエミエだ。
アンチモラルに憧れる奴ほど、実は臆病なモラリストで、戦争に成ったら、平気で、大和魂だ!とか言って、アンチモラルな若者を殴ったりしてそうで嫌なんだよ。
多分、俺と同じように感じてる奴、多いよ。


648 :傍患者:2006/09/20(水) 03:06:41
>>644

> 論点を現在のイスラーム言説をめぐる問題に即して語れば話は展開するんじゃないのってだけだ。

で?
現在発展中のカトリック対イスラームをめぐる問題について
「キリスト教は邪教!」に関する意見でもあるの?

649 :傍患者:2006/09/20(水) 03:09:05
>>647

おまえはニーチェの何をしっている?
なんか勘違いしててキモイぞ

650 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 03:50:56
>>649
「キリスト教は邪教です!」が別名「アンチクリスト」「反キリスト者」
で知られる1888年にニーチェが書き上げた著作
ってことすら知らないんじゃないの?w

651 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 03:56:59
そんぐらい知ってるよ。
常識だろ。
ただ、それをスレタイにしちゃうセンスが、かなり寒いんだよ。
俺もニーチェ自身は尊敬に値する凄い人だと思うが、その信者のノリは、かなり寒い、と思う。
ビビリだから逆に、憧れてんだろな、って感じがする。

652 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 07:56:33
国死病を蔓延させたのはキリスト狂教会。
なんという邪悪。なんという邪教。

653 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 07:58:52
そっくりさんをユダに告発させて処刑させ、自分は岩穴に隠れていたイエス。

ペテンの極み。

654 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 10:19:37
>>638
>実際のカトリックの教皇の発言について調べてみなければその意向はわからないわけです。

で、調べてるの?やっぱり他人まかせ?w

655 :傍患者:2006/09/20(水) 14:52:57
>>620
『第2バチカン公会議公文書全集』、中央出版社、1986
でも読めや

あと第2バチカン公会議の公文書にある他宗教に関する部分は
>>635

>で、最後に引用されるヨハネ14:6が曲者。引用は「道、真実、生命」(たるキリスト)
>だけだけど、書かれてない後半センテンス部分は次のよう。↓
>(すなわち)「私を介してでなければ、誰も父のもとに行くことは[でき]ない」(岩波編集委員会:小林訳)。

がトラップなんだよ。

あと公会議の声明≠教皇の発言だということくらい気づけ

656 :誘導:2006/09/20(水) 14:59:50
>>全
内容がニーチェと無関係・板違い
こっちのネタ→心と宗教
http://life7.2ch.net/psy/

657 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 15:07:54
>>655
だから発言が見つからないんだろボケ
無いものを探すのは悪魔の証明といって困難だと何遍も書かれているだろうが
結論は教皇の発言はない、が他教との関係は友好的だ!とアピールする手段
として第2バチカン公会議の声明を引用している。
しかし、その声明のニュアンスもキリスト教寄りのプゲラッチョってことだろ馬鹿

658 :傍患者:2006/09/20(水) 15:13:54
そもそも
『キリスト教は邪教です!』ニーチェの現代語訳
を読んだ奴はいるのか?w

659 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 15:22:23
『キリスト教は邪教です!』 ニーチェ
人生をよりよく生きること、優秀であること、権力、美、自分を信じること、
こういった大切なものを否定するために、彼ら(キリスト教徒)は
まったく別の世界(あの世)をでっちあげてゆきました。

私はイエスを狂信者だとは思いません。
(神学者の)ルナンは愚かにも「(イエスは)命令的」という言葉を使って
いますが、イエスの教えの中にはそんな考え方は存在しません。

イエスはやはり自由な精神を持った人だったのです。なにしろ、
イエスは全ての決まりごとを一切認めなかったのですから。

世界を理解する手がかりはキリスト教にあります。
人類は、イエスの教えとは正反対のものに、ひざまずいているのです。
人類は「教会」の名のもとに、イエスが最も
嫌っていたものを、神聖であると語ってきました。
これほど世界的で大掛かりな皮肉を私は知りません。

(イエスの死後)イエスの弟子たちがだした答えは、
「神はイエスを罪の許しのために犠牲として与えた」
というトンデモないものでした。
イエスがこれを聞いたらブッ飛ぶでしょう。
罪を許すために犠牲になるなんて発想はイエスにありません。
イエスは神と人間との隔絶を認めなかったからです。
イエスは神と人間の一体化を、教えとして生き抜いた人なのです。
しかし、弟子達の仕業によって、教えのなかに「最後の審判」
「犠牲死」「復活」といった変なものが混じってしまった。
そして、本当のイエスの教えは行方をくらましてしまったのです。

660 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 15:24:39
(続き)
イエスの教えと正反対のものが、パウロが作り出した現在のキリスト教です。
パウロはイエス(愛と自由の人間)とは正反対のタイプで「憎しみ(支配)の論理」の
天才なのです。パウロはイエスを含めて、全てを憎しみの犠牲にしてしまいました。
パウロが作ったキリスト教には、イエスの大切な教えは何も残ってはいません。

キリスト教の僧侶達は科学(正しく物事を認識して、自分で物事を考える技法)の
(キリスト教にとっての)危険性に気付いていました。科学は「原因があって、結果がある」
という健康的な考え方だからです。科学は幸せな世の中でのみ発展します。なぜなら、
きちんと物事を考えるためには、沢山の時間と精神力が必要だからです。だからこそキリスト教徒
の僧侶たちは、科学の発展を妨害する為に人間を不幸に導こうとするのです。

キリスト教の教徒たちは、「人間は外の世界をのぞいてはならない。
自分の内面のみをのぞくべきである」と教えました。人間が物事の本質を学び、研究し、
理解することは悪いことである。人間は分からない事に対して、ただ悩むべきなのだ。
しかも、いつも僧侶(全てを指し示す人)を必要とするように悩むべきなのだ。
医者(物事を自分で科学的に考えて、改善してゆく人)なんていらない。
必要なのは救い主だけである、という訳です。
人間の(自分で)考える力を壊すのがキリスト教徒であり、
「原因と結果」という科学の基本的な考え方への攻撃なのです。
くりかえしますが、科学は「原因と結果」です。原因があるからそれが結果に繋がるのです。
当然のことですよね。
ところが、科学は迷信によって歪められてしまう。「神」「霊魂」「報い」「罰」「暗示」と
いったものによって、キリスト教に都合のいい「道徳的結果」が引き起こされる、という訳です。

「考える力」を壊すこと。これは人類に対する最大の犯罪です。

661 :一言居士:2006/09/20(水) 18:59:14
うろ覚えですが、ニーチェの言を紹介します。「人間的な、あまりに人間的な」より。
「誰にでも迷惑をかけないということは公平である。しかし同時にそれは臆病でもある」

662 :一言居士:2006/09/20(水) 20:08:00
あと、ニーチェは「私は新約聖書を好まない。だが、旧約聖書は別だ。せいぜい敬意を払うがよい」といっているのですが、どういうことでしょうか?
ただ、ニーチェは「目には目、歯には歯」という思想を好んでいたわけではないと思います。

663 :傍患者:2006/09/20(水) 20:55:41
ここは、ニーチェの著作に対する読書感想文のスレなのか
ニーチェの思想に照らし合わて現代のキリスト教を明らかにするスレなのか
ニーチェまたはキリスト教をただ批判するだけのスレなのか

まずここから考えなければならないw

664 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 21:20:47
>>663
考える必要は無い。

キリスト教は邪教。

イエスはユダに銀貨三十枚を握らせてイエスに似た男をイエスだと告発させ、
自分はこそこそと岩穴に隠れていた。

> ほかにも二人の犯罪人が、イエスと一緒に死刑にされるために、引かれて行った。
>「されこうべ」と呼ばれている所に来ると、そこで人々はイエスを十字架につけた。
>犯罪人も一人は右に一人は左に、十字架につけた。
>そのとき、イエス(のそっくりさん)は言われた。
>「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているかわからないのです。」
> 民衆は立って見つめていた。議員たちもあざ笑って言った。「他人を救ったのだ。
>もし神からのメシアで、選ばれた者なら、自分を救うがよい。兵士たちもイエスに
>近寄り、酸いぶどう酒を突きつけながら侮辱して、言った。「お前がユダヤ人の
>王なら、自分を救ってみろ。」イエスの頭の上には、「これはユダヤ人の王」と
>書いた札も掲げてあった。

>「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているかわからないのです。」

邪教キリスト教のために生贄にされたそっくりさんの最期の言葉がこれだ。

そしてユダは口封じのために殺され、岩穴の奥に隠れていたイエスもまた
ヨハネによって殺された。偶像イエスはもう死んだのだ。生きていては
布教に邪魔になる。だから殺された。そしてヨハネは福音書を書いたのだ。

他の福音書から教会に都合の良い部分だけをパクッて創り上げた、
時代的にも最も後に書かれたと判明している「ヨハネによる福音書」を!

           ま さ に ペ テ ン 師 の 極 み 。

665 :傍患者:2006/09/20(水) 21:50:35
>>664

> 考える必要は無い。

> ところが、科学は迷信によって歪められてしまう。「神」「霊魂」「報い」「罰」「暗示」と
> いったものによって、キリスト教に都合のいい「道徳的結果」が引き起こされる、という訳です。
>
> 「考える力」を壊すこと。これは人類に対する最大の犯罪です。

まさにニーチェのいう人類に対する最大の犯罪の実例だなw

転倒転倒ww

666 :465:2006/09/20(水) 22:06:51
で、油ハムは発言ソースを明示できずに消えたわけかw

>>647
著書のタイトルをスレタイにするのがキモいという理由がわからんね。
スレタイに文句があるなら自身の適切だと思うスレタイを提案してみれば?w

>>654
調べているが無い。この結論に尽きるね。

>>655
> あと公会議の声明≠教皇の発言だということくらい気づけ

それについての言及は>>638でしてますがなにか?

>>661
「人間は行動を約束することはできても、感情は約束できない。
自己欺瞞なしで永遠の愛を誓うものは、愛情の見せかけを永遠に約束するものだ。」
- 人間的な、あまりに人間的な -

>>662
> ニーチェは「私は新約聖書を好まない。だが、旧約聖書は別だ。せいぜい敬意を払うがよい」
> といっているのですが、どういうことでしょうか?

>>660にあるように、ニーチェは聖書やイエスそのものを非難しているのではなく、
パウロによって作られたキリスト教や新約聖書に懐疑的・批判的であったのでは?w

667 :一言居士:2006/09/20(水) 22:15:44
>>666
>>661の私にあてた文章ですが、どういう意味合いで言っているのですか?

668 :傍患者:2006/09/20(水) 22:16:30
> >>655
> > あと公会議の声明≠教皇の発言だということくらい気づけ
>
> それについての言及は>>638でしてますがなにか?

いや別になにもないよ
哲学や宗教についてはなんも知らんから自分の意見を持たないよ
ただの傍観者だから揚げ足とって非難して議論をぶち壊すのがお仕事なのさ
悪い?ww

669 :465:2006/09/20(水) 22:18:34
>>667

> >>661の私にあてた文章ですが、どういう意味合いで言っているのですか?

「その引用にはたいして意味はない」という意味を見出すための皮肉ですw

670 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:31:41
>>669
ニヒリズム・永劫回帰からやり直すか・・

671 :油ハム:2006/09/21(木) 00:12:03
>>666
> で、油ハムは発言ソースを明示できずに消えたわけかw

探している最中です。すみません。遅れていて。
もっとも、間接的な証言があることや、公会議の方針などが出ているので、
私としては根拠はそれで十分です。カトリックでは、それらは同じ意向になるので。

もちろん、君にとっては不足しているというのはわかります。
ので、私の元の発言を、「教皇」を「公会議」に置き換えて(訂正して)
考えていただいても結構です。


672 :傍患者:2006/09/21(木) 06:57:55
>>671

要するに教皇は発言していないことを暗に認めたわけね。
で、公議会ではそのような発言があると。
しかし第2バチカン公会議の公文書にある他宗教に関する部分は
>>635

>で、最後に引用されるヨハネ14:6が曲者。引用は「道、真実、生命」(たるキリスト)
>だけだけど、書かれてない後半センテンス部分は次のよう。↓
>(すなわち)「私を介してでなければ、誰も父のもとに行くことは[でき]ない」(岩波編集委員会:小林訳)。

になっていると。

それでそれで?

673 :油ハム:2006/09/21(木) 09:10:19
>>672
> 要するに教皇は発言していないことを暗に認めたわけね。

いいえ。発言はしていますが、私がまだそれを示せていないだけです。

元々との論点は「教皇の発言」云々ではなく、
カトリック全体として他宗教を尊重するかどうかということでしたので、
その点においては、公会議や公式文書と一致する立場を取っていることには
(教皇の発言の有無に関わらず)変わりないというだけです。


674 :油ハム:2006/09/21(木) 10:31:40
>>660
> パウロが作ったキリスト教には、イエスの大切な教えは何も残ってはいません。

これは言いすぎだと思いますが、もし、そうだとすると、
その「イエスの大切な教え」を、「パウロが作ったキリスト教」によらず、
どんな経由で知ることができたのでしょうか?

また、新約聖書自体が、「イエスの大切な教え」とは異なるということでしょうか?
それとも、「パウロが作ったキリスト教」は、新約聖書を蔑ろにしているということでしょうか?
あと、ミサについては何も触れられていないのが気になります。

675 :一言居士:2006/09/21(木) 10:45:22
>>674
ニーチェの言うイエス像は、ニーチェ独自の解釈です。
新約聖書自体が「イエスの大切な教え」と異なっているとニーチェは言いたいわけです。
ただ、ニーチェ自身も、イエスの教えを知るには、新約聖書をある程度参考にするしかない、と言っていますが。

676 :465:2006/09/21(木) 17:19:00
ニーチェのイエス像に関してはここがポイントね。

・ニーチェのイエス像は仏陀に近い。
・パウロの作ったキリスト教は、生を否定して、「現生」をつまらないもの
 と見て「来世」に期待するというような方法論であって、
 そういったやりかたは否定されるべきである。
・イエスは、ダメな社会をなんとかしようとして反抗したのではなく、
 エルサレム神殿を頂点とするユダヤ教体制や、死刑の権限を持つローマ帝国などの
 それまで力を持っていた、階級、特権、秩序などと対立しただけ。
 =身分の高い人間に対する不信があった。

とニーチェは言っている。

677 :一言居士:2006/09/21(木) 18:27:55
>>676
3番目のやつは、キリスト教の掲げるイエス像への批評じゃないの?

678 :465:2006/09/21(木) 18:57:36
>>677

もちろんキリスト教の掲げるイエス像についての言及ですよ。

ニーチェは、イエスの虚像ではなく、イエス自身とっての理念や幸福観は、
>>555にあるような死生観・・死後の審判・体の復活・主の来臨・公審判
のような「現生」以外の未来あるいは過去に存在するものでもなく、
今まさにこの現在こそが幸福を感受する神の国だとしたところに、
イエスの特異性と意義があると指摘しています。
現生こそすべてだからこそ、イエスの磔刑(後にパウロがこれを贖罪だと定義する)は、
イエス自身にとっては不幸ではなく、幸福そのものであったとを信じて疑わなかったのだ
と彼は主張していますね。
今風に換言すると、イエスは当時として画期的な「Let it be」的思想の持ち主で
あったと言えるでしょう。現生のあり方について、「善悪」の発生メカニズムに
わざわざイエスを登場させる必要は無く、「あるがままの状態が善」というのが
ニーチェの主旨であるかと思います。

679 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 19:09:08
>>676
>・ニーチェのイエス像は仏陀に近い。

ニーチェのイエス像がキリスト教のそれと違うのなら、それはどういう根拠から出てきたのだろう。
ニーチェの理想なら、それはもはやイエスではなく別の人ではないか。

そもそも、イエスがキリスト教がつくった物語だった場合、
ニーチェはいったい何をやっているのかと。
イエスの教えはこうじゃないと言われても、お前が作者じゃないだろで終わりだと思う。

というか、ニーチェってイエスが実在したことを信じているのか?

680 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 22:04:00
>>676
2番目と3番目はキリスト教徒の俺でも全然同じイメージですが?
新約聖書読んだら普通そう思うだろ

681 :465:2006/09/22(金) 02:13:41
>>679
著作に無いニーチェ個人の感情について俺に振られても困るんだが・・w

>>680
まあ聖書の意見・感想は人それぞれということで。

ニーチェの言及を辿っていくと、パウロによって歪曲されたキリスト教について

1)人間の動物的個我=本能を否定するもの
キリスト教が、人間が本来持つ欲望に対する行動など
人が動物や生物として本来自然な生存をするための行動までも罪だと言い放ち、
その行動を抑圧してまったこと。つまり前部前頭葉を切截するロボトミー手術の
ように、本来、正常な人間が持つべき人の欲動や自由を阻害するもの。

2)人間の自存を喪失させるもの
キリスト教が、我が身とその精神のすべてを、神という名の絶対者(他者)に
恒久的(死ぬまで&死んだ後まで永久的)に依存させるもの。
悪く言えば、死ぬまでかつ死んだ後の世界にまで副作用(中毒症状)を
もたらす麻薬のようなもの。

という点を指摘しており、この1)と2)はイエスや人類に対する
二重の冒涜だと主張しているわけです。

682 :465:2006/09/22(金) 02:22:39
しかし、哲学「学」的な話題=哲学という学問を学ぶような話題はつまらんな。
まともなレスはつかないし・・

>>673
教皇の発言ソースは結局ないのかね?
前にも書いたが、これだけ大大ニュース的な発言を見つけるのが
非常に困難である。という事実は否定しようがない。
現在のカトリックの意向によって、「あえて」その発言を隠蔽しているかも・・
とでも考えて、「無いもしくは見つからない」と宣言したほうが
利口なんじゃないのかね?w

683 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 05:42:22
>>682
まあニーチェやキリスト教の知識がある人がここにはあまりいないんでしょうね。
自らは学ばずに他人の揚げ足とってニーチェ等の知識を吸収しようとする輩だけかもね。
ここは雑談スレ化する宿命であるかも

684 :いんちきクリスチャン:2006/09/22(金) 07:53:19
>>681
1)はキリスト教というよりマニ教に対する批判な気がする
2)は何が悪いのか分からない

685 :油ハム:2006/09/22(金) 09:19:29
>>682
> 教皇の発言ソースは結局ないのかね?

ネット上では、私が見つけられないだけです。
いろいろ忙しいですし、遅れているのは申し訳ないと思います。この点はお詫びします。

> 前にも書いたが、これだけ大大ニュース的な発言を見つけるのが
> 非常に困難である。という事実は否定しようがない。

それほど対外的には大大ニュースということでもないと思います。
ただ、ネットが普及する前のことを、「ネット上」で見つけることが困難なことは多いです。
当時、ネットで検索なんてことは考えられなかったです。今は便利になったものですが。

ただ、私が見つけられていないという事実は否定しません。
どうしても必要と言うことであれば、宗教板の熱心な信者に聞けば、
あるかないかを含めて(ない理由を言える人もいるかも)、すぐに答えが得られるかもしれません。

しかし、私としては発言自体があったことは常識なので、これを「ない」ものとすることはできません。
ですので、「根拠を出せていない」ということで、第三者的には、その点の真偽は怪しいということでいいと思います。

たさ、元々との論点は「教皇の発言」云々ではなく、
「カトリック全体として他宗教を尊重するかどうか」ということでしたので、
その点においては、公会議や公式文書と一致する立場を取っていることには
(教皇の発言の有無に関わらず)変わりないです。

686 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 12:33:58
>>634
http://videonews.com/HTML/about_uekusa.html

687 :奴隷道徳:2006/09/22(金) 12:39:10
             ,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,
             /": : : : : : : : \
           /-─-,,,_: : : : : : : : :\
          /     '''-,,,: : : : : : : :i
          /、      /: : : : : : : : i      ________
         r-、 ,,,,,,,,,,、 /: : : : : : : : : :i    /
         L_, ,   、 \: : : : : : : : :i   / 働いたら
         /●) (●>   |: :__,=-、: / <   負けかなと思ってる 
         l イ  '-     |:/ tbノノ    \    
        l ,`-=-'\     `l ι';/         \ニート(24・男性)
        ヽトェ-ェェ-:)     -r'          ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
         ヾ=-'     / / 
     ____ヽ::::...   / ::::|
  / ̄ ::::::::::::::l `──''''   :::|




688 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 19:42:14
>>681
>著作に無いニーチェ個人の感情について俺に振られても困るんだが・・w

おまいに言いたいわけじゃないよ。ニーチェに言いたい。w

>ニーチェの言及を辿っていくと、パウロによって歪曲されたキリスト教について

つーか、ニーチェによって歪曲されたイエス像って方が正しくないか?
聖書から飛躍して、イエスの人物像を語られても、そりゃニーチェの勝手な妄想だろう。
聖書のイエスの物語を受け継いできたのはキリスト教なんだから、
キリスト教のイエス像が正当だろう。イエスが実在の人物でなかったら特に。


689 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 20:41:37
>>688

イエスが実在していなかったとでも思ってるの?
意味不明w
ニーチェはイエスの行動や思想とパウロが作ったキリスト教の乖離について
指摘しているだけだろうが

690 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 20:54:46
>>685

> 元々との論点は「教皇の発言」云々ではなく、
> 「カトリック全体として他宗教を尊重するかどうか」ということでしたので、
> その点においては、公会議や公式文書と一致する立場を取っていることには
> (教皇の発言の有無に関わらず)変わりないです。

だから

第2バチカン公会議の公文書にある他宗教に関する部分は
>>635

>で、最後に引用されるヨハネ14:6が曲者。引用は「道、真実、生命」(たるキリスト)
>だけだけど、書かれてない後半センテンス部分は次のよう。↓
>(すなわち)「私を介してでなければ、誰も父のもとに行くことは[でき]ない」(岩波編集委員会:小林訳)。

になっていると。
それに関する感想は?w

691 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 22:03:27
>>689
>ニーチェはイエスの行動や思想

これはニーチェはどうやって知ったわけ?パウロ教に教えてもらったのでは?
キリスト教のイエス像より、ニーチェ一人のイエス像の方が正しいなんておかしいだろ。
ニーチェも根拠がないな。w

692 :いんちきクリスチャン:2006/09/22(金) 22:19:38
>>690
ヨハネ14:6は、他宗教がダメというよりは(福音書には、キリスト教と他宗教を比較して語る記述はないからね)、
「人間が自分の力で神に至ることはできない」という意味がメインだと思う。
人間は御子イエスの生き方(神と同じ身分でありながら人間として地上に来られ、人に仕え、罪人をゆるし、十字架で命を捨てたこと)を見て神の愛を知るようになる、ということじゃないかな。

693 :368:2006/09/22(金) 22:58:01
>>692
>福音書には、キリスト教と他宗教を比較して語る記述はないからね

「いんちきクリスチャン」の面目躍如ですな。聖書読めよ・・

694 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 23:01:05
>>691
なんてくだらない質問なんだろう・・
ここは哲学板??
小学生レベルかよ
もううんざり

695 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 23:32:46
消防でもニーチェにならなれるだろ

696 :考える名無しさん:2006/09/22(金) 23:55:00
狂犬のようになんでも噛み付く基地外がここにはいるから
消防なんかまだ可愛くみえる

697 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 00:35:14
つうか、ニーチェもこの件については全然哲学的ではないだろ。
イエス像なんて妄想もいい加減にしとけ。

698 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 00:49:08
>>697
つうかおまえ「アンチクリスト」は読んだ?
読まずにわけわからんことほざくな馬鹿w

699 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 00:55:56
>>698
まあここは「キリスト教は邪教です!」を読んだことがある
または、ニーチェについての基礎知識がある者を
対象にしているスレだから、
「イエスって本当にいたの?」
「ニーチェはイエスについて知ってる??」
などという馬鹿な質問は無視すればよいのでは?
一からイエス史やニーチェの思想について教えてやる義務も必要もない。
自分でまず基礎知識を学べとでも言ってあげて放置するのが吉。

700 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 08:47:36
そだね。
妄想と文献学の違いもわからんばかばかり


701 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 11:45:51
でも、イエスなんて、キリスト教の資料以外では、
歴史的に出てこない人物。キリスト教が作ったものを疑うなら、
イエスは実在していないとするのが正しい。

702 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 15:33:08
また勘違い馬鹿が出てきたよ
聖書にあるイエスの生前の発言や行動の記録と、
聖書にあるイエスの死後の記録・・パウロが捏造した
イエス像(例えば磔刑を贖罪としたところや、イエスの復活など)
の矛盾点についてニーチェは指摘しているんだろうが。
まず著作を読めよ

703 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 16:14:36
>>702
生前の発言や行動の方が捏造されやすくない?
人間を神格化するときって大抵そうだと思うのだが。

704 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 16:18:38
>>703
例えば?
具体性がないな。

705 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 16:27:08
イエスの存在自体神話だろ。聖書は作り話なんだし。
なんかアニメ・エヴァンゲリオンの解釈をめぐって論争している奴らみたい。ニーチェとか。

706 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 16:57:03
世界人口の約19億人がキリスト教徒である(イスラム教徒は約10億人)という事実。
2000年以上の歴史があるキリスト教。
すら知らんのか・・。
馬鹿アニメ話と規模や歴史が違うんだよ。
まあアニメヲタにこんな話しても無駄だがな。

>>699
同意。以後、馬鹿の妄想は放置の方向で。

707 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 16:58:25
パウロの書簡集の方が先にあって、福音書は後から書かれたからな

708 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 16:59:28
規模が大きかろうと神話は神話。
ギリシャ神話だってそれ以上の歴史がある。

709 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 17:00:34
ニーチェの妄想も放置の方向で。

710 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 17:11:24
>>706
そうだな。キリスト教は、ニーチェの一哲学者の妄想とは、歴史も規模も全然違うな。

711 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 17:18:41
まあいずれにせよ、油ハムの敗北は決定的。負け犬決定!
もう9日も経ってるぞw

415 名前:油ハム 投稿日:2006/09/14(木) 22:00:58

ソースでいいということで、了解しました。出るとしても数日後になるでしょうが、
それまで、この論点は保留と言うことでお願いします。

712 :油ハム:2006/09/23(土) 17:34:29
>>711
ネット上では、私が見つけられないだけです。
いろいろ忙しいですし、遅れているのは申し訳ないと思います。この点はお詫びします。
それを敗北と呼びたいのならどうぞご自由に。

> 前にも書いたが、これだけ大大ニュース的な発言を見つけるのが
> 非常に困難である。という事実は否定しようがない。

それほど対外的には大大ニュースということでもないと思います。
ただ、ネットが普及する前のことを、「ネット上」で見つけることが困難なことは多いです。
当時、ネットで検索なんてことは考えられなかったです。今は便利になったものですが。

ただ、私が見つけられていないという事実は否定しません。
どうしても必要と言うことであれば、宗教板の熱心な信者に聞けば、
あるかないかを含めて(ない理由を言える人もいるかも)、すぐに答えが得られるかもしれません。

しかし、私としては発言自体があったことは常識なので、これを「ない」ものとすることはできません。
ですので、「根拠を出せていない」ということで、第三者的には、その点の真偽は怪しいということでいいと思います。

たさ、元々との論点は「教皇の発言」云々ではなく、
「カトリック全体として他宗教を尊重するかどうか」ということでしたので、
その点においては、公会議や公式文書と一致する立場を取っていることには
(教皇の発言の有無に関わらず)変わりないです。

713 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 17:40:35
>>710
キリスト教の文献に立脚している時点で、最初からニーチェに根拠なんてないわけ。
ぶっちゃけ、そういってしまうと議論終了で盛り上がらないからダメなんだが。

714 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 18:16:46
>>712
まあいずれにせよ、油ハムの敗北は決定的。負け犬決定!
もう9日も経ってるぞw

415 名前:油ハム 投稿日:2006/09/14(木) 22:00:58

ソースでいいということで、了解しました。出るとしても数日後になるでしょうが、
それまで、この論点は保留と言うことでお願いします。

715 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 18:31:00
ところで、ダーヴィト・シュトラウスの著書「イエスの生涯」は読んだことある?

716 :油ハム:2006/09/23(土) 18:39:00
>>714
ネット上では、私が見つけられないだけです。
いろいろ忙しいですし、遅れているのは申し訳ないと思います。この点はお詫びします。
それを敗北と呼びたいのならどうぞご自由に。

> 前にも書いたが、これだけ大大ニュース的な発言を見つけるのが
> 非常に困難である。という事実は否定しようがない。

それほど対外的には大大ニュースということでもないと思います。
ただ、ネットが普及する前のことを、「ネット上」で見つけることが困難なことは多いです。
当時、ネットで検索なんてことは考えられなかったです。今は便利になったものですが。

ただ、私が見つけられていないという事実は否定しません。
どうしても必要と言うことであれば、宗教板の熱心な信者に聞けば、
あるかないかを含めて(ない理由を言える人もいるかも)、すぐに答えが得られるかもしれません。

しかし、私としては発言自体があったことは常識なので、これを「ない」ものとすることはできません。
ですので、「根拠を出せていない」ということで、第三者的には、その点の真偽は怪しいということでいいと思います。

たさ、元々との論点は「教皇の発言」云々ではなく、
「カトリック全体として他宗教を尊重するかどうか」ということでしたので、
その点においては、公会議や公式文書と一致する立場を取っていることには
(教皇の発言の有無に関わらず)変わりないです。

717 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 18:59:05
>>713
ニーチェってイエスに関するキリスト教以外の文献は読んでないのか?

718 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 19:45:21
>>716
まあいずれにせよ、油ハムの敗北は決定的。負け犬決定!
もう9日も経ってるぞw

415 名前:油ハム 投稿日:2006/09/14(木) 22:00:58

ソースでいいということで、了解しました。出るとしても数日後になるでしょうが、
それまで、この論点は保留と言うことでお願いします。

719 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 19:52:58
>>718
おいおい、また噛み付かれるぞ。
負け犬はそっとしておいてやれよ可哀相にww

720 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 20:11:16
>>717
そもそもそんな文献なんてないだろ。つーかあるなら出して欲しい。

721 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 20:12:42
>>716
まあ、議論を論争と考える人からは負けに思われるだろうね。
見つかったら、遅くてもいいから出してくれるとありがたい。

722 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 20:45:17
ところで、ニーチェがイエスを研究したときの参考文献である
ダーヴィト・シュトラウスの著書「イエスの生涯」は読んだことある?

723 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 21:22:11
>>722
いやないけど。

ニーチェが学生時代、神学や古典文献学を専攻していたこと、
バーゼル大学の古典文献学教授として教鞭をとっていること、
などから、新旧聖書やその文献以外のイエスに関する知識は
あったのでは?

まあニーチェを語る上で知ってて当たり前の前提知識だとは思うが
一応書いてみるw

724 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 21:55:39
>>723
>新旧聖書やその文献以外のイエスに関する知識は

って例えば何?


725 :いんちきクリスチャン:2006/09/23(土) 22:31:27
>>724
タルムードや新約外典やタキトゥス(だっけ?)のことじゃない?

726 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 22:34:51
タルムード・・・w
http://members.at.infoseek.co.jp/WATCHMAN_ENDTIMES/talmud_jesus.html

727 :考える名無しさん:2006/09/23(土) 23:19:20
>>726
ん?ニーチェはタルムード読んでなかったの?

728 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 01:14:26
タルムードにはイエスについて書いてあるとはいえない、とあるな。

729 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 02:27:57
>>722
・・ていうかこのスレの揚げ足とりを本業としている馬鹿は
「アンチクリスト」すら読んでないと思われる。

>>699
同意。負け犬「油ハム」は放置の方向で。

730 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 12:30:14
神に関するスレ、異様に多くなってきていない?


731 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 14:16:23
そもそも歴史的には、イエスが実在したとはいえない。
キリスト教の物語として考えたほうがいい。
その物語の作者でもないのに、批判しているのがニーチェ。
有害な物語という意見なら問題はないが、
ニーチェが正しい物語を知っているわけではないという点は注意が必要だろう。

732 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 15:20:16
別に必要ないべ!

733 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 17:57:02
キリストその人も
初代の教皇とされるペテロも
ユダヤ教徒として死んだ。そもそも
彼らはキリスト教などというものを知らない。
は? なにそれ、である。

キリスト教をでっちあげたのは
パウロというセムシの小男だ。
パウロは貧相そのものでカリスマ性もオーラもない。
だから死者の威光を利用して新興宗教をでっちあげたのである。


734 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 17:59:55
>>733
でっち上げというより、創作だろ。
イエスの物語というドラマと教義を創作した、著作物だと思うよ。

735 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 18:01:55
そういや日本の神道も創作だったな。

736 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 18:09:08
旧新約聖書は、全てありのままの事実だ!

737 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 18:15:58
言葉のはしっこをつつくアホが多いな
おろかな民衆をおちょくるために神を持ち出す行為は
デッチアゲと言うべきなんだ

このバカどもが

738 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 18:26:11
>>737
日本神話もでっち上げですか?

739 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 19:30:22
まあ教皇の意向は他宗教尊重なんてデッチアゲする馬鹿も
いるくらいだからなー
ある発言や著作Xが妄想かどうかはそのソース(根拠)を
よく調べればわかるのであって、ニーチェや聖書、イエス
の存在論が妄想だとする具体的根拠を明示してみては?

でないと「Xは妄想か」という命題について真偽を問うことができず
そもそも「Xは妄想」とする発言(と発言者)自体が妄想
であることを否定できない。

まあ「教皇は他宗教尊重を発言した」が完全な大妄想であることは
どっかの馬鹿がここで証明しつつあるのだがなw

740 :考える名無しさん:2006/09/24(日) 19:45:44
??

741 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 00:37:55

イエスが実在したという言う根拠もないのだが。

742 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 00:44:05
っていうかつまらん。
別のネタないの??

743 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 01:05:14
イエスが実在すると信じているのはキリスト教徒だけだろ。
普通は根拠のないことを信じないだろ。
イエスが実在する根拠なんてどこにあるんだ?

744 :超ど低脳:2006/09/25(月) 04:46:06
イエスが実在しないと信じているのはお前だけだろ。
普通は根拠のないことを信じないだろ。
イエスが実在しない根拠なんてどこにあるんだ?

745 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 09:44:32
ばかが増えてきたな……


746 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 10:41:27
実在しないことを証明するのは不可能。
論証責任があるのは、実在を主張する側。

イエスが実在すると言う根拠は歴史上存在しないのに、
それを信じるのはキリスト教同様信仰に過ぎない。

747 :超ど低脳:2006/09/25(月) 10:55:40
実在することを証明するのは不可能。
論証責任があるのは、不在を主張する側。

イエスが不在だと言う根拠は歴史上存在しないのに、
それを信じるのはお前のオレオレ教同様信仰に過ぎない。

748 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 11:05:17
釣りかどうか知らんが、悪魔の証明も知らない奴が哲学板にいるんだな。w

749 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 11:06:16
ばかが増えてきたな……

750 :超ど低脳:2006/09/25(月) 11:07:12
釣りかどうか知らんが、神の証明も知らない奴が哲学板にいるんだな。w

751 :考える名無しさん:2006/09/25(月) 11:09:43
ばかが増えてきたな……

752 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 10:33:30
ここのクリスチャンのような思考停止には陥らないように気をつけます。

それがここの教訓ですね。

753 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 10:56:12
言われたことをひたすら繰り返すのが宗教。


754 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 10:59:00
書き込みの意を反転されてやっとその書き込みが低脳だと気づいたのかな?w

755 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 13:35:50
つーか、ここに書き込んでいる奴はみんな低脳。

756 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 13:47:56
なんでも信じて気分がヨクナりゃそれでいーんじゃね、自己満族でもさあ
宗教がある人はなんか強いよね、憧れるよおと無宗教の自分が書いてみた

757 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 13:58:47
自信があるっていうか盲信だがな。
盲信する信者は愚の骨頂。
科学でも宗教でも思想家でもね。
もちろん哲学も。
本当に尊敬できる宗教家の方も中にはおられるが…

758 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 14:13:09
盲信だろうがなんだろうが宗教には人を集積する力があるんだよ。
信者と同時に反対者も集まってくるからな。
たった一人の狂信者に多数の反対者が集まってくることさえある。
哲版のスレをみてみれ。コアな池沼がいるスレほど長生き。
ご説の内容なんて関係ない。この集積力こそ宗教の力だ。

759 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 20:13:00
みんな大好きだよ!!

760 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 20:44:55
ニーチェはいずこへ・・w

761 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 21:16:29
ぼくらの心の中に

762 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 02:10:14
まあなんだ
神の実在証明ほど面倒なものは無い
逆に神の不誠実さの証明ほど楽なものは無いな
不誠実を疑う奴に鏡突きつければいいだけなんだから

763 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 04:42:14
>>762
「誰もいない森で倒れた大木に、音はあるのか」
という古い命題があります。
聞く耳を持たない者たちの中で行われる証明に、意味はあるのか
目を閉じた者に鏡を突きつけたところで、己を省みることができるのか



764 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 04:46:42
信は真に通ず

765 :伊藤真:2006/09/27(水) 07:20:32
キリスト教徒が、
俺のような目に遭って
果たしてどのくらい生き残るだろうか。。。
おまえら俺がどのくらい有能かわかった?


766 :伊藤真:2006/09/27(水) 07:39:46
ノーヘル賞で7冠取っちゃうお


767 :伊藤真:2006/09/27(水) 07:47:56
早く俺のかあちゃん返してお


768 :伊藤真:2006/09/27(水) 08:05:04
キリシタンは、
俺の事になると
途端に寡黙になるな。。。
書いちゃえ書いちゃえ俺の秘密。


769 :伊藤真:2006/09/27(水) 08:43:17
あと創価学会に日本の
仕事やらすの止めろ!
手に負えない


770 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 09:50:39
こいつは燃料にはなれないな。

771 :伊藤真:2006/09/27(水) 10:00:04
む?石油危機でか?


772 :伊藤真:2006/09/27(水) 10:41:13
日本人のふりして
書き込むの止めてくれる?


773 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 10:47:18
>>763
>目を閉じた者に鏡を突きつけたところで、己を省みることができるのか
その場合は目を閉じて己を省みないようなものを生み出したことを理由に不誠実を語るのさ
耳も塞いだら?
その時は誰がやったか分からないことをいいことにボコボコにしてやるのさ
そうすれば己の境遇を理由に神の不誠実を思い知るだろうな

774 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 10:56:47
>>764
個々で言えばそうかもしれないけど
本質は信は真とは別だよ
個々では偽でも信により真になるかもしれないけど
その場合でも偽はどこかに残っているから
でもこの世に完全な真があるのかは分からないけどね

775 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 11:11:26
( ´,_ゝ`)プッ


776 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 11:11:30
>>773
哀れだね。キミ。

777 :伊藤真:2006/09/27(水) 11:16:11
なんか電車男板の様な
善良な日本人がいる
、と・・・
あ、これ以上書くと
かわいそうだからやめとく


778 :伊藤真:2006/09/27(水) 11:48:35
わかる、解るよその気持ち!!
日本人でいる事は、すごい難しい事なんだ
実際。
別に日本語の新聞全部読めろ、
とは言ってないから。


779 :伊藤真:2006/09/27(水) 11:50:29
天が怒っている
アワワ


780 :伊藤真:2006/09/27(水) 12:28:28
だいじょうぶ
こういう時は、
パタリロ音頭を踊るんだ!


781 :伊藤真:2006/09/27(水) 12:42:37
あ〜
ちょっとだけ安心した。


782 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 20:30:55
>>773
「あぁ、この苦難は神から与えられた試練。私は選ばれた人間なんだ」
ヨブ記の存在理由

783 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 21:35:10
>>782
その場合は喜びの中で神の御元に召されてもらうさ

残念ながらこの方法、俺のオリジナルじゃないんだ
宗教関係者が異教徒に対して何千年も前からやってきたことの反芻

784 :考える名無しさん:2006/09/27(水) 22:03:41
>>783
「怪物と戦うものは自ら怪物に・・・(ry」だな
>宗教関係者が異教徒に対して何千年も前からやってきたことの反芻
そして、目を閉じた彼らの"鏡"になるわけだ。

願わくば貴方が無人の森で倒れる大木になりませんよーに。

785 :考える名無しさん:2006/09/28(木) 15:06:05
ほう。

786 :鶴木俊樹 ◆.EDMOUBKE2 :2006/09/28(木) 22:46:10
いかにもって名前だもんな、「生命の樹」、「千年の期間」。

しかし、こんなのは単なる偶然だ。

787 :鶴木俊樹 ◆.EDMOUBKE2 :2006/09/28(木) 23:18:27
太陽を国旗にする極東の国の東の外れにいるとか、
誰の手引きもなしに、突然、啓示を受けたとか。

偶然さ。

788 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 10:18:18
>>786
>>787
どうした?独り言か?誰かに伝えたいのか?

789 :意趣マエル:2006/09/29(金) 11:05:49
とうちゃんかえってきてー

790 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 18:59:46
日本の歴史教科書はキリシタンが日本の娘を50万人も
海外に奴隷として売った事は教えないのはなぜか?
http://www.asyura2.com/0510/bd42/msg/812.html

791 :「危害的怪物論」者 ◆lEKTFOSnAo :2006/09/29(金) 19:35:44


  キリスト教が邪教ならば

  無宗教も邪教だぜ。

  

792 :考える名無しさん:2006/09/29(金) 20:58:09
>>791
私は無宗教ではありませんよ
雑食宗教です
1月は神社で御参りをし
2月は節分で豆をまき
3月はひな祭り
4月は桜を愛で
5月は鯉のぼりを上げ
7月は七夕で空を見上げ
8月はお盆で墓参りをし
9月は月見をし
10月はハロウィンでかぼちゃ尽くしとなり
11月は七五三を祝い
12月はホテルでサンタさんになるんだ
6月以外全部酒が絡むがな
田植えをしない昨今は6月は梅雨でふてくされて酒を飲むんでいいか?

793 :考える名無しさん:2006/09/30(土) 23:40:13
>>791
なんで?

794 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 05:47:37
サンタはサタンであると誰かが書いてたな。



795 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 06:50:20
異端派を排除することによってなりたってきたのだとおもうのですよ。きりすと教のれきしは

796 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 13:11:50
こんなのどうよ?
a,d1839 J,Dロックフェラー(米石油市場を独占,cfr,TC設立)→→孫のデビッド911を計画?
                          ↑
                          ↑
b,c?フリーメイソン・最終目標はキリスト教の撲滅 (イルミナティと合併・m&a)
↑                         ↑  
↑           a,d1600宗教革命・プロテスタント       a,d2001 9.11同時多発テロ (やらせ)
↑              ↑          ↑            ↑ 
↑              ↑          ↑            ↑   
←←←←←←←カトリック→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→2010年弥勒の世→2015年資本主義崩壊 
                 ↓  ↓   ↓   ↓     ↓
                 ↓  ↓   ↓   ↓    a,d1954 統一教会 (キリスト教異端)
                 ↓  ↓   ↓   ↓
                 ↓  ↓   ↓  a,d1870年 ものみの塔協会 (キリスト教異端)
                 ↓  ↓   ↓
                 ↓  ↓  a,d1830 モルモン教  (キリスト教異端)
                 ↓  ↓
                 ↓  a,d1776 イルミナティ (メイソンと合併・m&a)
                 ↓
                 ↓
              a,d1743 アムシェル(初代ロスチャイルド)→→→→→→→金融をはじめ石油、鉱業、マスコミ、
                                    軍需産業など多くの企業を傘下に置いている


797 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 16:57:15
→→→→→→→亀
       ↓
       ↓
      資本主義崩壊

798 :考える名無しさん:2006/10/02(月) 02:22:40
ニーチェの哲学って、ほとんどカントのぱくりじゃん^^
そんなの読んでいて楽しいか??

799 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 02:06:22
スレ立てました。こちらにどうぞ。

主イエス・キリストは父なる神
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1157415660/

800 :考える名無しさん:2006/10/03(火) 22:37:17
800げt

801 :考える名無しさん:2006/10/04(水) 22:28:19
51 :或るクリスチャン :04/11/07 16:42:58 ID:GA4+jr8d
イエス様が私たちキリスト者の罪をすべて肩代わりしてくれたのです。これを受け入れて洗礼を受けたキリスト者は皆救われます。キリスト者はたとえ過ちを犯しても罪人ではありません。
すでに罪から解放されどんな罪もあがなわれているからです。私たちは幸せです。
しかし、福音を受け入れない者はみな霊的な死、第2の死に定められて火と硫黄の燃える地獄に投げ込まれ、未来永劫に苦しめられます。可哀相とは思いません。自業自得ですから。
キリスト再臨の日が早くきてほしいです。私たちは生きたまま天に上げられて聖徒となってキリストとともに地上を支配するようになるのです。
私たちを苦しめた悪人たちは核戦争の火で焼き滅ぼされて永遠に地獄に突き落とされ、地上は至福千年を迎えるのです。早くその日がきますように。悪人が早く滅亡して地球がきれいに掃除されますように。早く天国に行きたいです。
聖書には人類の3分の2が滅ぼされて三分の一が残ると預言されています。なぜなら今の地球人口60億人のほぼ3分の一がクリスチャンだからです。
クリスチャンが世界人口のぴたり3分の一になったときに、ノンクリスチャンは核戦争で全滅させられ、私たちは皆救われます。こうして聖書の預言が真実であったことが証明されるのです。
キリストは異教徒を処罰しに来られます。地球人口は3分の一に減らされ千年王国がきます。早く核戦争が起きてほしいです。私たちは核戦争が起きる前に空中に挙げられます。
神様、私たちを苦しめる異端者、異教徒、無神論者を皆殺しにしてください。地上の義人の血はあなたに向かって叫んでいます。「いつまで復讐をしてくださらないのですか。」
神様、早く私たちのために彼らに復讐をしてください。復讐するのは神様のすることですと聖書で約束なさいました。その通りにしてください。一日も早くお願いします。
「神はわが避けどころ」とかかれています。神様の約束は確かです。神様以外逃げ場はありません。神様は父と子と聖霊です。私自身は主を喜びます。罪人全員が地上から消され、悪者どもがいなくなりますように。わが魂は主をほめたたえます。ハレルヤ

802 :一言居士:2006/10/04(水) 22:33:23
>>801
気違いの文章だ。ルサンチマンにまみれている。

803 :考える名無しさん:2006/10/06(金) 16:07:58
わが国の論壇人もキリスト教にまみれているからねえ。
山本七平しかり、阿川弘之しかり。


804 :考える名無しさん:2006/10/06(金) 23:30:54
真理の真は嘘偽りのない、と言うことで理とはことわり=物事の理非を分かち定める意ですね。
物事とは人の産みだす事象の全てを指し、理非とは、その事象を己の良心に照らし合わせ受け入れられることが理で有り、そうで無いこと受け入れられないことを非とし分かち定めるとは理非を明確に弁別する心で有り、それを指し示すことを意と表しています。
物事の理非を分かち定める心を育てれば物事の理を悟る、と言うことで倫理・論理・道理もちろん真理と言う全ての理に通ずることができます。
人が知恵を産みだす為にも物事の理を悟らなければ知能が育たず智恵も産みだせません。
そのことは広辞苑で智恵を索引すると明記されていますので私の思い込みではないですよ。
でも物事の理非を分かち定める意のこと、とか物事の理を悟る、と言うと難しく聞こえますよね。
分かり易くして調べるには物事の理を悟ると知能が育ち智恵を産みだすことができますので知能の能をと智恵の恵みを外して智・知を検索すると理を悟る・真理に通ずる方法が記されています。
智・知=ものごとを理解し、是非・善悪を弁別する心の作用、と記されていますが分かり易く変えると、ものごとの是非・善悪を明確に弁別する心を育てれば物事の理を悟り真理を得ることができる、と成ります。

805 :考える名無しさん:2006/10/07(土) 07:14:26
何故か凡人登場…

806 :考える名無しさん:2006/10/07(土) 09:41:36
暗記したものが一番身に付くからな。
繰り返し唱えたいのだろう。
逆に理解には身に付けたものを正に理で解く機能がある。
暗記して理解するのが学道だろう。

807 :考える名無しさん:2006/10/07(土) 09:43:00
そうだよね、暗記したものが一番身に付くし、理解できるよね。

808 :考える名無しさん:2006/10/07(土) 09:53:33
暗記にはリズミカルな単文
理解にはくどい長文
組み合わせて使ってもいいんだよ。

809 :考える名無しさん:2006/10/07(土) 10:07:22
プレゼンは同じ内容の長文と短文をサンドイッチするとおいしくいただいてもらいやすい。
短文はいわばマヨネーズ、
長文はパン、卵、ツナ、キュウリ、ハムなどに対応する。


810 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 08:51:14
>>806
どういう意味?
嫌味?


811 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 09:51:07
>>810
そうやって意味を外に求めても無駄だから学芸は暗記が一番ってこと。
意味は自分の胸に聞かなければならない。


812 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 16:48:27
本来の意味は自分による人為的で虚しい意味を取り除かれたところに、自ずと現れる。
虚無のどん底において自ずと現れる意味はもはや自分のものではない。

813 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 17:00:05
刷り込み、暗記で獲得された人為的意味は理解によって無に帰される。
その無意味な場でしかない自分自身になったとき神と名付けるべき意味が現れる。


814 :考える名無しさん:2006/10/08(日) 22:09:43
Absence makes the heart grow fonder.

815 :考える名無しさん:2006/10/09(月) 06:54:04
ここはニーチェスレ!

816 :考える名無しさん:2006/10/10(火) 18:35:25
ニーチェの代表作を挙げるなら?
竹田青じは
アンチ・クリストと書いていたけど。


817 :考える名無しさん:2006/10/10(火) 20:58:10
ニーチェ本人は『この人を見よ』の中で「ツァラトゥストラが私の著作の中で独自の位置を占める」と言ってた。


818 :考える名無しさん:2006/10/11(水) 00:00:03
宣教師「キリスト教の目的は世界の人を幸せにすることです。」

一般人「一体どうやって幸せにするのですか?」

宣教師「はい、あの聖書を見れば、誰しも笑いが止まらないはずです。」



819 :考える名無しさん:2006/10/12(木) 03:54:05
>>817
ツァラツストラも一種のアンチクリストの書だね。
聖典形式で聖なるものを否定するという。


820 :考える名無しさん:2006/10/13(金) 20:21:41
朝鮮問題でキリスト教に対する敵視もゆるんだことだし。


821 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 00:41:31
突然、キリストが現れたらどんな人だろうな、未来神のキリスト・・・想像出来ない。
ついでにお釈迦様も現れたらどうなるのかなぁ
いい人だったら沢山いてもいいと思うがな。

822 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 01:05:34
将軍様のクローンはかんべんなw

823 :考える名無しさん:2006/10/14(土) 01:36:48
[332] 宇根康裕(うねやすひろ)君とのやりとりの文を載せます。私の「ヨーロッパの近代と、近代思想について」論です。
投稿者:副島隆彦 投稿日:2006/09/02(Sat) 07:35:50
http://snsi-j.jp/boards/sample1/89.html
1776年に創設した、神学者(宗教学者)のアダム・ヴァイスハウプトは、「カントに反対して、ジョン・
ロックの思想に賛成した神学者である」と説明されている。この一行の重さを分かる人は、ヨーロッパ近代
というものの重みが分かります。それが分からない人が、何を言っても無効です。 

ですから、日本人として、はじめて、私は、ついに、カントを読み解いた(読解した)のだろうと、思います。
どんな日本人を相手にしても、全て私が説明し尽くすでしょう。
ですから、理性と合理のユダヤ思想に、新教徒(プロテスタント)思想が、敗北したので、そのことを指して、
マックス・ヴェーバーが、『プロテスタンティズムの倫理と近代資本主義の精神』(1904年)を書いて、
このことを説明したのです。

それで、キリストの愛の思想を裏切って棄てた、ヨーロッパの「理性と合理」の知識人たちは、もはや、「愛」
は問題ではなく、「倫理」と「道徳」(すなわち、社会秩序、支配の正統性、体制の擁護)こそは大事だと、
思考(思想)の駒を進めたのです。

このとき、ヨーロッパ知識人たちは、「真理の探究と信仰(宗教)の研究」を諦(あきら)めて、ユダヤ思想
の本態である理性(リーズン)と合理(ラチオ)に総敗北したものだから、それで、お茶を濁すかのように、
「倫理と道徳」(これをカントは実践理性と呼んだ)の研究の方に逃れ出ていったのです。

ですから、スピノザは、「倫理学(エチカ)」を書き、カントは、倫理学の本である、『実践理性批判』を書
いたのです。 こういう大きなことが、ようやく私に分かるようになりました。私は、自分の人生の40年間
をかけて(15歳の頃から岩波文庫の青帯をずっと読んでいました)、この日本語と言う東アジアの一雑種
言語で、この大きな読解に成功しつつあります。


824 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 10:19:14
副島ってどうしてこういう驕った文章しか書けないのかな??
この程度のカントの分析は誰でもやっているし。(たとえば中川八洋)

825 :考える名無しさん:2006/10/15(日) 11:32:44
私は横浜にある
ミッション系の女子校の
高校1年です。
出身はドイツで1番キリスト教とは縁がありますね。
宗教は様々ですし、信仰するのも個人の自由だと思いますよ。キリスト教を嫌がる気持ちも
わかりますが根本をたどると
数々の歴史がありますし
他の宗教よりも他人のために
という理念がありますし
忠誠心は強いと思いますね。

826 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 21:05:58
>>825

「他の宗教よりも他人のためにという理念」
が地獄を生み出してきたことをニーチェは指摘しているんだけどね。
『邪教です!』読んでみたら。

827 :考える名無しさん:2006/10/16(月) 21:48:06
そそ。「キリスト教は邪教です!」の邪教というのは道徳的に邪というのとは違うのよね。

828 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 20:45:08
うん。
道徳的だから邪教になるんだよ。



829 :考える名無しさん:2006/10/17(火) 23:20:19
>>796
ものみの塔協会ではありません。正式には「ものみの塔聖書冊子協会」です。
「ものみの塔」とは、物見の塔、英語ではワッチ・タワーの意味です。
内部では普通自分たちのことを「エホバの証人」と呼びます。
唯一の神、エホバの証をする人という意味です。
異端であるという表記になっていますが、エホバの証人こそが最も正しい
キリスト教です。

830 :考える名無しさん:2006/10/18(水) 03:01:42
>>829
もっとも正しいキリスト教ということは、もっとも邪悪ということだな。



831 :考える名無しさん:2006/10/18(水) 06:23:34
キリスト教は神を信じる宗教じゃない、神を通じて人間を信じる宗教だ
仏教や神道は世界を愛する宗教だ、世界を知ることのできた生命の喜びを知る宗教だ

832 :考える名無しさん:2006/10/18(水) 08:04:48
官邸では支持者をばか呼ばわり〜元ホワイトハウス高官、著書で暴露

ブッシュ大統領の政策担当者たちが、現政権の重要な支持基盤であるキリスト教福音派を
表向きは厚遇しながら裏では「ばか」呼ばわりしていたことを暴露するホワイトハウス元高官
の著書が、16日に発売された。

ロサンゼルス・タイムズによると、著者は、2003年までブッシュ政権の「信仰に基づく施策」
づくりを担当したデイビッド・クオ氏。新著「Tempting Faith: An Inside Story of Political
Seduction」の中で、同政権が導入した信仰基盤施策の担当部署が、選挙前の福音派信者
向けイベントの企画などを行っていたことも明かしている。■中略

クオ氏は同著で、ホワイトハウスの政策担当者たちは「(信仰基盤施策が取り込もうとする)
『ばかども』が政治的には非常に貴重で、いろんな使い道があることを知っていた」
「悲しいことに政策担当者たちは、政治に関わるキリスト教信者がいかにばかであるかを
頻繁に声を荒げて強調する」と書いている。

02年の中間選挙前には、当時の政策担当者だったケン・メールマン党全国委員長が、クオ氏
がまとめた信仰基盤施策を上下両院の20の選挙で実行するよう「ゴーサイン」を出した。
しかし、政教一致ととられないように、メールマン氏はあくまでも各候補者が宗教関係者に
協力を要請したという形にしたという。

一方、福音派の信望が厚かった元大統領スピーチライターのマイケル・ガーソン氏は、
クオ氏の著書を評して「お笑いぐさだ」と述べた。信仰基盤施策の元責任者ジム・タウイー氏も、
「私も大統領から同施策の推進を任されたが、政教分離の原則を守るよう言われ、その通り
守った」と語った。

http://www.usfl.com/Daily/News/06/10/1016_016.asp?id=50942


833 :考える名無しさん:2006/10/18(水) 13:54:07
何日か前にエホ証のオバサンが二人やってきて訳わかんないことを散々喋り捲って
帰っていったけど、あれって一体・・・!!!
ウーム、カルトは狂気だね・・・!

834 :元隠れキリシタン:2006/10/18(水) 14:09:28
 キリスト教を非難する意見が多いな・・・・・・うし、あえて擁護してやる。
 まず第一に、キリスト教の名の下に、世界中で血が流されてきたという意見は議論の対象にならん。
 西洋には古来から、思想において二つの流れがあるだろ。一つがキリスト教であることは確かだが、
もう一つ、ギリシア哲学から、コペルニクス、ガリレオ、ニュートンと続く、自然科学へとつながる
思想の系譜も、間違いなく、西洋における一つの主流の思想だ。
 この自然科学系の思想は、キリスト教から長年、弾圧されてきたが、キリスト教が旧教と新教に
分裂して、圧力が減じた時代において見事に花開き、技術を進歩させ、産業革命を起こし、西欧各国の
国力を飛躍させ、その強大になった力が、世界へと溢れ出した。
 西欧人による、世界侵略が可能になった原動力の本質は、自然科学的思考の結実にあるのであり、
それにキリスト教は何の役にも立っておらん。もちろん世界中で自分たちの侵略を正当化するための
道具として使われたのは事実だが、それは後付けの名目論。
 西欧人の侵略の原動力たる、自然科学思想を非難するのではなく、正当化のための建て前に過ぎない
キリスト教に、悪があると主張するのは、間違っている。
 第二に、宗教は必要なのだ。人は弱いもので、唯物思想、科学万能主義には耐えられない。またそれを
信じ込むなら、それもまた一種の宗教だろ。キリスト教を聖書にあるがままに素直に信じれば、好戦的に
なるはずもないし、心の救いが得られるのも事実なのだ。政治や科学ではカバーできない部分をカバーするのが
宗教で、キリスト教は、その一大流派であり、否定することなど出来ないよ。
 まあとにかく、過去に西欧人が世界全体に為した悪の本質がキリスト教にあると考えるのは誤解だわ。

835 :考える名無しさん:2006/10/18(水) 14:14:01
>>834
非常に正しい認識だと思います。

836 :考える名無しさん:2006/10/18(水) 17:15:28
アーリヤ・サマージのキリスト教批判:「靴脱げよ!」
http://blogs.dion.ne.jp/sanskrit/archives/3703549.html

なんかワロタ

837 :sage:2006/10/18(水) 19:25:41
とある学校で働いています。
その学校と関連してる教会の牧師と学校理事が結託し、
洗礼を受けていない教諭達に洗礼を強要します。
洗礼を受けないと本当の教育はできないはずだと言います。
クリスチャンであること・理事の母校と同じ卒業であること・学校の卒業生であること。
この3つがないと、出世及び長く勤めることはできません。
こういった強引で閉鎖的な考えしかできない人たちの信じるキリスト教とは
いったいなんなのでしょうか。
私の周りにいるクリスチャンは人の悪口・妬み・嫉妬を平気であらわにし、
意気揚揚としています。
そういう人の集まる教会とは・・なんなのでしょうか。

838 :元隠れキリシタン:2006/10/18(水) 22:19:53
>>837
 宗教組織が、現世の利益を求めるとき最も醜くなりますよね。
 信仰の本義を考えず、本来はキリスト教の福音を理解して納得して、自分からキリスト教に入信したいと
考えるものにのみ、施されるべき洗礼を無意味に強要し、さらには洗礼という形式のみを過大に重視して、
それをしたから自分はキリスト教徒だなどと錯覚し、それによって自分の行動に神の正義が与えられると
誤解して暴走する類の人間!
 全く唾棄すべき偽善者であり、終わりの日に滅びるべき最低の人種です。
 残念ながら教会とは巨大な組織で、末端が腐敗することもあります。
 あなた自身の課題としては、キリスト教徒になる気が無いなら、見限った方がよいでしょう。
 ただ昔からヨーロッパでは「自分は神を信じないが教会とトラブルを起こすのは愚か」という冷めた理由で
一応、教会に行く人間が、かなり多数です。そういう気持ちになって仕事だから仕方無いと割り切るのが
現実的でしょうか。
 身近にいるキリスト教徒が最低だというのは真に不運なことですが・・・・・・
 それがキリスト教だと、やっぱ、思ってしまうんでしょうかねえ・・・・・・・

839 :考える名無しさん:2006/10/18(水) 22:41:08
>>838
学生が重大な犯罪を犯すと「あの学校は・・・」と言われるのと同じだと思いますよ
それが嫌ならキチッと教育するか放逐するかです
それができなければやはり「あの学校は・・・」と言われるんです
末端が腐敗しているだけと言いますが、末端の腐敗を正せないならそれは組織自体の腐敗です
>ただ昔からヨーロッパでは「自分は神を信じないが教会とトラブルを起こすのは愚か」という冷めた理由で
このような状態が何百年も続いているのならやはり邪教と呼ばれても仕方ないと思います
幹部が素人さんには迷惑をかけない極道でも、末端がチンピラならその組はやはりヤクザ者の集団なんですよ

840 :考える名無しさん:2006/10/18(水) 23:20:29
>>834
自然科学の発達にキリスト教は無関係じゃないぞー
哲学史勉強したか??

後半はだいたい同意

841 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/10/18(水) 23:46:32
何が何でも死ぬことが私の道じゃないとは言ったっけがな。

842 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :2006/10/18(水) 23:57:03
私は死ぬとか死なないとか。

843 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 00:06:09
↑ >>839でも示しているように、こういった輩が多数出ると、哲学板は基地外の集団と言われる。ま、仕方が無い

844 :元隠れキリシタン:2006/10/19(木) 00:33:54
>>839
人の世に完全を求めるのは、余りにも理想主義かと。
日本人の犯罪者は、たくさんいますが、では日本人は犯罪者集団ですか?
イスラム教徒が、テロをする、だからイスラム教は邪教ですか?
木を見て森を見ない意見であるように思えるのですが。

845 :元隠れキリシタン:2006/10/19(木) 00:36:18
>>840
不勉強なもので。
もし、よろしければ、簡単な例示をお願いできますか?

846 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 00:52:25
>>844
完全にしろとは言っていませんよ
しかし最も目に付くところに邪なものを置いたままではそう取られても仕方がないと言うだけです
100ヘクタールの針葉樹の森をさして「これは針葉樹の森です」と言っても、見える範囲内の木が全て広葉樹だと信じてもらえないってだけの話です

847 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 04:39:19
>>845
そもそも自然科学の発達の裏にはブルーノとかの汎神論的な思想がある。
中世的な超越的神ではなく、神を自然の中に引き降ろすことにより人間の手が届くものにした
人間は自然の探求によって神を把握することができるという発想によって自然科学が発達するわけで
実際、中世以後の自然科学で功績を残している人たちも神を信じていなかったわけじゃない。

キリスト教を専門に勉強してるわけじゃないから、それ本質ではなく歪められた姿かもしれないけど
少なくとも自然科学の発展にもキリスト教が一役買っちゃってるのは事実だと

848 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 20:06:29
>そもそも自然科学の発達の裏にはブルーノとかの汎神論的な思想がある。

思いっきり異端だな。

849 :考える名無しさん:2006/10/19(木) 21:27:40
科学とキリスト教的思考は対立しないと思います。
教団とは対立してきましたが。そんな気がします。

850 :考える名無しさん:2006/10/20(金) 11:06:29
ヨーロッパ人は
アメリカでこきつかった奴隷たちに
キリスト教を強制した。
植民地ではどこでもキリスト教を広める努力をはらった。
キリスト教は
人々を奴隷化するのにもっとも適した制度であることが
信じられていた。これが支配者たちにとってのキリスト信仰であった。

人々を支配するのにこれより便利な道具は2つとない。
と見抜くぐらいの知能がなければ支配階級にはなれない。
今日のように
だれもが経営者としてなり上がろうと欲する時代にあっては
もはやキリスト教を支配原理として利用することはできない。

民衆支配の原理としてのキリスト教が終わるときに
ヨーロッパの民衆支配の原理としては
貨幣制度のみが残ることとなった。

アメリカは欧米先進諸国の中でも飛びぬけて
神の存在を信じる者が多い。そのせいでもなかろうが
アメリカでは上位1パーセントの金持ちが
国富の50パーセント以上を独占している。

日本や上海ではキリスト教はクリスマス商戦など
もっぱら商売人の金儲けにしか使われていない。


851 :元隠れキリシタン:2006/10/20(金) 13:10:18
 民衆支配の道具として積極的にキリスト教を使ったというほどに能動的では
無いと思うんですけどねえ・・・・・・・
 偏狭で独善的な人格の人間は、自分の信じる価値観のみが正しいと信じて、
その考え方を、無神経に押し付けるものでしょう?
 西欧各国の国力が産業革命で飛躍して世界に西欧人が飛び出したとき、そう
いう類の無神経な人間もたくさんいたというだけのことでは?
 非寛容で無神経な人間は、どこにでもいるものです。

852 :sage:2006/10/21(土) 10:46:32
>>838
おっしゃるとおり、身近にいる牧師やクリスチャンをどうしても尊敬できない。
人として尊敬できない人の信じるキリスト教を信じたくない。
洗礼を受けたら、ああいう風になってしまうのではないか、と恐怖さえ感じる集団。
不運なことです。

853 :考える名無しさん:2006/10/21(土) 11:02:09
キリスト教は生まれたときは、道義的にとても神聖なものと感じられ、受入れられたのでしょう。
しかし、十字軍の遠征のように、キリスト教は絶対に正しくてそれを信じないのは悪だといって殺したのはやはり間違いだったと思う。
違うものだが、数学のように、十分にそれが正しいかによって、改善を施す活動を行うべきであったと思う。
経典に書かれている内容を無批判に信じていればよいという時代ではない気がする。


854 :元隠れキリシタン:2006/10/21(土) 21:05:48
>>853
 ヨーロッパ世界とアラビア世界の戦争と対立は今でも続いております。遥か昔からの伝統行事のようなもんです。
 振り返ればギリシアの時代から、既に戦争繰り返してますよね?
 キリスト教とかイスラム教とかの話が出てくる前から、ヨーロッパとアラビアが戦争を繰り返してきたのは
歴史的事実では無いですか?
 十字軍は残虐だった、その通りでしょう。ではヨーロッパ本土に攻め込んだイスラム帝国の行為は、侵略では
無かったとでも? お互い様ですよ。
 宗教は大義名分、ただの名目。連中が戦争繰り返すのは昔から。宗教の本質とは全く関係ありません。

855 :考える名無しさん:2006/10/21(土) 21:53:50
神の名を騙って戦争をする人間は邪悪
神の名の下に戦争をさせる団体は邪悪
最近は世界平和って神もいるみたいだけどな

856 :考える名無しさん:2006/10/21(土) 22:31:07
>>854

言ってることはものすごくわかる。俺は歴史とか無知だから史実的に正しいかは知らないが

ただ、確かに宗教は大義名分にすぎないが、なぜ大義名分になるのだろうか。
宗教の本質を語るのであれば、そこんところが大事ではないのかな、と俺は思うんだが。

それはやはし、実際にその宗教によって救われた人間がいるからではないのか
そして、人を救う力がある故に大義名分になってしまうということではないのか
利用する人間が間違っているのは当然としても、だからといって宗教に責任がないと言えるのか
その辺りも宗教の本質ではないかと俺は思うわけだが

857 :元隠れキリシタン:2006/10/21(土) 23:07:39
>>856
 政治権力も、善用悪用どちらも出来る。
 科学技術も、善用悪用どちらも出来る。
 宗教組織も、善用悪用どちらも出来る。
 そして、いずれも無くならない、存在するのが現実。
 宗教だけについてマイナス面を強調するのは、いかがなものかと。

858 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 00:57:09
>>857
自浄能力の差じゃない?
宗教のみが絶対を掲げているから、組織の根元が腐ったら一番怖いことになるよ

859 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 02:22:33
>>857
そそのかす奴も悪いが、そそのかされた方も悪いのではないですか?
安易に人を信じる人間が騙されたとしましょう。騙した奴も悪いが、騙された方もしっかりしなくてはならなかったはずです。
十字軍などで煽動されたキリスト教徒が愚かだっただけ、煽動した奴が邪悪だっただけというかもしれませんが。

860 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 02:37:05
まあ、おまいらが言いたいのは夏に生卵は止めとけってことだよな?


861 :元隠れキリシタン:2006/10/22(日) 12:13:11
>>858
だから宗教改革があり、新教旧教の分裂があり、多数の新しい派閥も生まれ
自浄せずには維持できないのが現実です。腐敗が一方的に許されるほど、
キリスト教世界も安泰ではありません。既存の教会に不満を持ち、新しい聖書の
解釈を携えて、新しい宗派を提唱するものは、絶え間なく生まれています。

>>859
そそのかしたのはイタリア都市国家の商人ってのが定説ですよね。
つまり欧州の経済的需要が十字軍遠征の本質と。

862 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 12:15:16
http://www.satanism.ru/main/index.php

863 :考える名無しさん:2006/10/22(日) 18:12:19
>>851

というか腐敗がキリスト教の本質なのでしょう。
オウムから上祐派が生まれても、それは自浄とはいえない。



864 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 17:19:43
牧師のほうが一般人より犯罪率は高い。

これのソース、誰か貼っていただけませんか?



865 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 19:05:18
「ゴイム(家畜)」
聖書で言う「異邦人」ですね。
「ゴイ」一頭の家畜です。家畜は飼育されなくてはいけない。

家畜は羊が代表格であり、羊飼いがユダヤ人だという考え。
ダビデ王が良き羊飼いとしての例で、イエス・キリストが良き羊飼い。
家畜は信者とかユダヤの民。
ユダヤ人が良き羊飼いになり異邦人を飼育する。

樫(アロン)の杖「羊飼いの杖」で
叩いて教える。犬をけしかけて放牧枠からはみ出さないように吼えさせる。
ベドウィンの羊飼いと羊の群れがイメージの原型。
ベドウィンは「人間」だが
周辺民族は「羊」つまり「家畜_たち(ゴイ_ム「異邦人」)」。
羊のような人間を、樫の杖(テレビン木の杖・アロンの祭祀の律法)で教えないと
野蛮人間で文明を知らない人間・原始人・蛮人でヒトでない。となる。
それがゴイム

866 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 19:09:37
307 :世界@名無史さん :2005/11/03(木) 06:54:10 0
>>300
目の前にいる奴は人のうちなのか人モドキなのか。
人ならば人として遇し、人モドキならば牛馬として遇すべし。
人ならば家畜にする事は悪だが、人モドキなら家畜にしてもよい。
という古来からの社会観に基づいているもの。

これは人を区別、峻別するもので、倫理の一表現といってもよく、
かならずしも差別と同じものではない。ここに注意して欲しい。

で、あちらの宗教は、この倫理にのっかる方便としての側面を持たされている。
つまりは、神を信じるものは人であり、信じないものは人モドキの畜生であり、
法に従うものは真人であり、従わないものは魔の手先であり…などなど。

だから彼らの人間観や社会観がもともとああだったのがそもそもの原因であり、
再生産の片棒を担いでいたとはいえ、キリスト教自体の所為とはいえない。

蛮地で布教に励み虐待を憐れむ宣教師たちのモチベーションの基盤も、ここにある。
相対化すれば、一種の偽善であるが。

867 :考える名無しさん:2006/10/23(月) 19:10:22
527 :世界@名無史さん :2006/07/29(土) 16:05:18 0
核戦争を待望する人々
http://trust-me-swan.cocolog-nifty.com/swan/2004/11/post.html

日本とイスラエルの関係といえば、毎年税関で麻薬大量密輸犯のイスラエル人が摘発されていることぐらい
しかないのに、なぜWeb上で異常なイスラエルびいきの発言が目につくのだろうか。
実は「ハルマゲドン信者」であるアメリカの聖書根本主義(原理主義)は決して少数派ではない。日本でもUHF局
で放映しているような「テレビ伝道師」はみな原理主義のプロテスタントなのだ。日本人向けに「聖地エルサレム
巡礼ツアー」を催しているような「キリスト教会」も同じ穴のムジナである。
こういった狂信者たちは、聖書に「ユダヤ人を呪う者は神に呪われる」と書いてあるから、という下らない理由で
ユダヤ*人種*を熱狂的に崇拝しており、少しでもユダヤ人を批判されると狂ったように支離滅裂な反論をする。
「プロテスタント教会」と名のっていてもカルト宗教はカルト宗教だ。あなたの身の回りにも信者が居るかもしれない。
気をつけましょう。

868 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 11:30:50
デーブ・スペクターは?


869 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 12:22:21
ていうか神とかいないよね
生き物は死ぬときは死ぬし
隕石だっていつかは降ってくるだろうし
そんなの予言してました、とか言われてもねぇ・・・・
って思うな

870 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 19:02:39
イスラエル、嫌な国だね。


871 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 20:27:30


703 :名無しさん@3周年:2006/10/23(月) 19:08:08 ID:J/Q+4Y3O
タルムードに生きるユダヤ人を信用で来るか

http://www.geocities.com/Petsburgh/Park/7291/tarumudo.html

ロシュハシャナ17a タルムードを拒否するクリスチャン(minim)と他のものは地獄に行き、永劫に懲
らしめられる(minimについては脚注#11参照)。

「この文章の内容はアラン・R‐クリチリーとマイケル・ホフマンにより調査され確認されている。http
//:www.hoffman/1nfo・com
エルビン21b 誰でもラビに従わないものは死に値し、地獄の熱い大便の中でゆでられる懲らしめを受ける
だろう。
モードカッタン17aユダヤ人が悪を行うように誘惑されたら、彼は自分が知られていない町に行ってその
悪を行わなければならない。
パパメジア114a−b ただユダヤ人だけが人類である(ただ汝のみ人として選ばれたり)。
カリソス6bの〃油注ぎ〃の副題とペラコス58aに異邦人の女は動物として選ばれた(造られた)とある
(ロパ女)。



872 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 20:28:01
サンヒドリン57aユダヤ人は異邦人またはクサン(クタ人)の労役に対して賃金を支払う必要はない(訳
注*クタ人、列王記下一七:三ここでは異邦人のこと)。
パパカンマ37b イスラェル人の牛がカナン人の牛を突き殺しても債う必要はない。カナン人の牛がイス
ラエル人の牛を突き殺した場合は支払いは十分行われなければならない。
パバメジア24aもしユダヤ人が異邦人の落とし物を見つけた場合、返す必要はない(パバカンマ23bでも
確認)。
サンヒドリン76a神はユダヤ人が彼の娘を老人に嫁がせたり、幼児の息子に妻をめとったり、異邦人の紛
失物を返さなくてもとがめられない。
サンヒドリン57aユダヤ人が異邦人を殺しても死刑にはならない。ユダヤ人が異邦人のものを盗んでも返
さなくても良い。
パバカンマ37b異邦人は律法の保護の外にある、そして神は彼等の金を〃イスラエルにさらされる。
〃パパカンマ113aユダヤ人は異邦人を罠にはめるために虚をついても良い。
イエパモス98a異邦人の子供は動物である。
アボダーザラ136b異邦人の娘は生まれつき卑猥である。



873 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 20:29:00
アボダーザラ22a−b異邦人は雌牛と交尾することを好む。
アポダーザラ‐67b異邦人の食器は彼等の料理に一層ひどい匂いをつけないだろうか。
サンヒドリン106aイェスの母は売春婦だったという。〃彼女は大工と売春婦遊びをした総督の王女の子
である〃。またシャパット104bの脚注#2には〃確認できない〃タルムードのテキストにはイエスの母マ
リヤは美容師で多くの男と交わったと書かれているとある。サンヒドリン106にはイエスが若くして死ん
だことを満足げに書いている。〃バラム(イエス)は何歳だったとお聞きか。彼は答えた、はっきりはい
たしませぬが書き記された所によれば、この血みどろの詐欺男は彼の従者たちの半分も生きなかった三三
歳か三四歳だったそうじや。〃
サンヒドリン43aイエス(イエシュアまた脚注58にはナザレ人イエシュア)は魔術を行ったので処刑され
たと言われる。

874 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 20:30:29
サンヒドリン54bュダヤ人は九歳にならない子供とでも性交することができる。
ケスボス11b成長した男が幼女と性交しても、別にどうということもない。
イエパモス59b獣姦をした女でもユダヤ教の祭司と結婚する資格がある。悪霊と性交した女でもユダヤ教
の祭司と結婚できる。
アボダアゼラア17b世界にラビ・エリエゼルと性交をしなかった売春婦はいない。
ハギガー27a地獄に行ったラビは一人もいない。
パパメツイア59bあるラビは神と討論し彼を打ち負かした。神はラピに負けたことを認めた。
ギッテン70a戸外の便所から帰ってきたときは、半マイル歩くだけの時間、性交をしてはならない。もし
そうするなら便所の悪霊が一緒にいて、彼の子供はてんかんになる。



875 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 20:31:09
ギッテン69b(p239)肋膜炎を癒すために、ユダヤ人は白い大の糞をパルサム油とこねて会ぺなければな
らない、しかし、もし手足を緩める事ができるなら犬の糞を食ベてはならない(訳注*意味が良く分から
ないのだがこうとしか訳せない)。
ベサヒム111a犬と女と椰子の木が二人の男の間を通り抜けることは許されない。また、犬と女と椰子の
木の間を通り抜ける事もあってはならない。女が生理のときと十字路に座っているときは特別に危険であ
る(訳注*恐らく真面目な読者は犬と女と椰子の木の関連性が分からないかもしれない。これは単に女性
を馬鹿にした表現である)。
メナホス43b~44aあるユダヤ人の男は毎日こう祈ったと非難されている、「神よ私を異邦人や女や奴隷に
お作りにならなかったことを感謝します」



876 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 20:32:02
「飲むにも足りないのです、あなたの手を洗うためには十分ではありません」とつぶやいた。ラビ・アキ
バは言った。「ラビの言葉を無視することは死に値する。私は自分の同僚の意見に逆らうくらいなら自殺
するほうがましだ」(これはイエス・キリストがマタイー五:一九で非難した儀式としての手洗いの事で
ある)
カラー51a(Soncinominortractes)は神が嘘つきのラビを認めると教えている。ある時、長老が町の門
に座っていると二人の若者が通りかかった。一人は頭にかぶり物をしていたがもう一人はしていなかっ
た。ラビ・エリエゼルはかぶり物をしていない若者を評して「彼は私生児だ」といった。ラビ・ジョシュ
アは「彼はニダーの子だ」と言った。(ニダーとは生理中に妊娠した子のこと)ラビ・アキバは「彼は私
生児でニダーの子だ」と言った。彼らは「あなたはなぜ同僚の意見を否定しようとするのか」と聞いた。
彼は「私は彼の事について証明しよう」と言い、その若者の母親の所に行った。彼女は市場で豆を売って
いた。彼は彼女に言った「娘よ私の質間に答えるならあなたを来るぺき世(永遠の命)に連れていこう」
彼女はラビ・アキバに「どうぞ言って下さい」と言うので、彼は一年に一回のくちびるの誓いをして「あ
なたの息子について話しなさい」と言った。彼女は答えた。「私が初夜の寝室に入ったとき、私は生理中
でした。それで私

116



877 :考える名無しさん:2006/10/24(火) 20:32:48
たとえこれがそのほんの一部分だったにしても、この便所の落書きみたいなものが、一つの宗教の経典な
のである。一体そういう宗教とはどんな宗教なのだろうか。それは宗教と呼ぶぺきものなのだろうか。ま
た、このタルムードを「人類の叡智」などと褒めたたえた〃宗教者〃は何を考えて居

119

るのだろうか。


878 :元隠れキリシタン:2006/10/24(火) 23:39:21
>>871-877
 第一に、無闇にコピペせず、自分の言葉で意見を言いましょう。
 第二に、ユダヤ人を過剰に擁護する現代のプロテスタント系の諸宗派の連中の
意見も説得力を持ちませんが、同時に無闇に反ユダヤ思想をぶちまけても、同じ
くらいに、説得力がありません。

879 :考える名無しさん:2006/10/25(水) 00:06:20
そりゃそうだ。
オカルト系の反ユダヤをあやつるのもユダヤかもね。
反ユダヤ思想を失墜させようとしているわけ。
副島とかw


880 :考える名無しさん:2006/10/25(水) 11:31:55
ユダヤ系所属枝右派は異邦人を殺そうとするが
多神教徒は個人が神(仏)にならなければ気がすまない
それはまとまりが無くさらに友人知人を殺していく

881 :考える名無しさん:2006/10/25(水) 11:35:05
>>880
>多神教徒は個人が神(仏)にならなければ気がすまない

そんな奴いないwwww

882 :考える名無しさん:2006/10/25(水) 11:42:00
では君は死ぬ間際に誰を信じるのか?

883 :考える名無しさん:2006/10/25(水) 11:47:26
なにものも信じまい。またすべてを信じよう

884 :考える名無しさん:2006/10/25(水) 11:54:15
全く意味のとらえどころが無い
全く何も解らない状態で死ぬのは極めて楽だろうね

885 :考える名無しさん:2006/10/25(水) 11:58:18
人間はいつでも自然に感化されている。それを忘れて自分だといっていきているのだ。すべてはある

886 :考える名無しさん:2006/10/25(水) 12:07:38
納得でございます。

887 :考える名無しさん:2006/10/26(木) 22:15:23
多神教とは
理性によって神の選別を行うというおろかな行為を
行わないことである

888 :考える名無しさん:2006/10/26(木) 22:17:29
もろ神道、仏教徒の考えだなそれ

889 :考える名無しさん:2006/10/28(土) 17:59:38
タルムードは日本語訳は一般に販売されておらず、大きな図書館等に寄贈されたものを
読むしかないので自分の確かめることが非常に困難。しかも訳は途中でストップしている有様。
ゾハールも訳されていない。これは他の宗教の文書でも言えることで、
ゾロアスター教のアヴェスターはいまだ部分訳があるのみで、
インドのマハーバーラタも訳者が死亡してから、他の人によって翻訳が継続されることもない。
ヒンズー教だと、プラーナ経典も極々一部のプラーナの極々僅かの抄訳があるばかり。

それに比べて英語圏の読者のなんと恵まれていることか。

890 :考える名無しさん:2006/10/29(日) 03:41:36
お前が訳せ


891 :考える名無しさん:2006/10/29(日) 04:02:24
>>890
原語と日本語の二ヶ国語翻訳であると、本国と日本の著書の境目が
判るから、原著をカットしていいなんて思われて、哲学者の衰退を
招くから、翻訳と明確な区別をしてある著書は出版したがらないで
しょ。最近は、そういうのを区別する読者が出てきているからね。
冗談でも口にして欲しくないところだね。

892 ::2006/10/29(日) 04:29:52
日本語ダイジョブデスカ?

893 :考える名無しさん:2006/10/30(月) 11:27:49
このスレ寂れてきたな。

894 :考える名無しさん:2006/10/30(月) 12:35:51
オレのせいスマンコ

895 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

896 :考える名無しさん:2006/10/30(月) 16:18:27
>>891
どういう意味?
よくわからないんですが。
釣り?




897 :考える名無しさん:2006/10/30(月) 19:45:26
キリスト教は反ユダヤから出発したけど、
最終的には最もユダヤ的なものを受け継いだとニーチェは指摘する。
そして、現在、ユダヤ−キリストコネクションが
世界中で害悪を流し続けている。
やっぱり、ニーチェはすごいね。



898 :考える名無しさん:2006/10/30(月) 20:06:33

1993年『鏡の影』
1998年『日蝕』 ←「鏡の影」と内容が酷似している
   同年12月 平野・芥川賞候補
   その直後に「鏡の影」絶版通知
・・・平野・芥川賞受賞・・・

平野さん、もう認めましょうよ。

899 :考える名無しさん:2006/10/30(月) 21:13:26
全然スレと関係ないんだが、「割礼」を
見られる動画ってどこかにないかな?

ミサにしろ割礼にしろ、名称はいくらでも
目にしたことはあるけど、行われてる実際は
ほとんどの人がないでしょう。

900 :考える名無しさん:2006/10/30(月) 21:23:10
ミサはそんなことないでしょ…

901 :考える名無しさん:2006/10/31(火) 20:15:14
割礼はユダヤ教でしょう。
キリスト教徒もするの???

902 :考える名無しさん:2006/10/31(火) 23:58:47
>>901
しないと思います。心の割礼と言って、信仰だかなんだかを持てば、実際に割礼する必要は無いということが新約聖書にありましたよ。

903 :考える名無しさん:2006/11/01(水) 16:34:10
thx


904 :考える名無しさん:2006/11/02(木) 15:07:06
ここまで徹底的に否定されると逆に感嘆してしまうと共に、
牧師の息子として教会の裏や、クリスチャンの弱い面など、
負の面を多く見てきたため、否定的にならざるを得ない背景が
あったのではないかと想像してしまった。

牧師の息子は、父である牧師と対立することが多いと聞いたことがある。
イエス・キリストの家族もそうだが、存在が身近過ぎるとかえって、
見えなくなっている面もあるのではないかと思う。
愛に出会うことが無かったため、あのような激しいニヒリズムに
なることが出来たのかと思うと、複雑な心境である。


905 :考える名無しさん:2006/11/02(木) 15:31:55
自分の理性に誠実だっただけだろ
ふつーに考えて神も奇跡もあるわけねーんだよw

906 :考える名無しさん:2006/11/02(木) 21:49:31
純粋な理性主義、合理主義は宗教の一種よ。人の理性が最も正しいと、根拠もなしに信じるわけだから。
自分自身に対して真に誠実になれば、自分の不完全さ、自分の知性の限界、無知であることに気付くはず。
それでも理性が正しいと信じるのかな? 根拠ねーべ。神様持ち出すのと同じ次元だ。

907 :クウォンタム ◆sZMOg20d0E :2006/11/02(木) 22:19:59
>>906ちょっと違いますね。

合理主義とは基本的には、「私は間違っているかもしれない、そしてあなたが正しいのかもしれない。そして努力すれば、われわれはより真理に接近しえよう」ということを承認する態度である。


(K.R.ポパー著・小河原誠他訳『開かれた社会とその敵 第二部』第二十四章、未來社、1980年、pp. 207-208)


908 :考える名無しさん:2006/11/02(木) 22:53:32
>>907
そうやって努力すれば、真理に接近しうると、逆にそうしなくては真理に接近しないと
考えるんでねーの?
つまり理性的思考が唯一の、真実への道だと、根拠無しに断じているんでね?

909 :クウォンタム ◆sZMOg20d0E :2006/11/02(木) 23:14:29
>>908
ポパーはそれを無批判的合理主義としていますね。
批判的合理主義はどんな考えを自分が持ったとしても
いつでも批判を受け入れ修正する余地を残しておくという
考え方ですm9(−−)

だから、理性や悟性では語り得ない、
例えば信仰といったものも真理だとする主張があるのであれば、
それについて何らかの反証を自分が持たない限りは、
そういった事も言える。と答えますよ。

910 :考える名無しさん:2006/11/02(木) 23:35:58
>>901割礼は宗教とは余、関係ないと思われる
外国では生まれてすぐ割礼するらしいがフイリッピンあたりは
カトリックでも6歳頃に割礼する。病気予防でもあるらしい。
してもしなくてもどちらでもいいと思う。ようは、人間性の問題。

911 :考える名無しさん:2006/11/03(金) 00:00:54
>>902
「割礼は痛そうだ。俺は信仰してるからOK牧場」で逃げただけじゃねーの

別に割礼をするしないはどうでもいいし、逃げてもかまわんのだけど
「心の割礼」だの「信仰しとけば必要ない」だのって"わざわざ言ってる"のが言い訳臭い。

912 :考える名無しさん:2006/11/03(金) 00:05:38
非ユダヤ人の信徒にまで義務づけるのは酷だから免除したんだよ。

913 :考える名無しさん:2006/11/03(金) 07:43:16
宗教的正義とは別に、割礼ってのは包茎をなくすための良い習慣だって
考える流れも、結構、西洋にはあるわけよ。もはや一種の民族的文化だな。
まあ間違ってるとも言えんな。

914 :考える名無しさん:2006/11/03(金) 12:30:17
心と宗教板 カトリックスレで真理の議論中。
真理は宗教に有り!
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1159498644/

915 :考える名無しさん:2006/11/03(金) 14:32:24
理性信仰と理性的であることは別。


916 :考える名無しさん:2006/11/05(日) 14:37:50
>>915
どの道、根源的に理性を肯定してるじゃない。
そこから疑うところから信仰が始まる。
疑わずに理性を信じ込んでるのでは信仰と変わらんて。

917 :考える名無しさん:2006/11/05(日) 20:44:02
            ●●●●●●●●
言うまでもないが、この点に関してはバチカンや米国が言っていることは
全て嘘である。彼らは宗教を装ったこのシステムで相当数の
地球民を殺してきている。そこには結局は支配欲しかない。愛ではない。
十字軍はじめ歴史上、この偽宗教が殺した数は地球人口の相当割合に及ぶ。

キリスト教の言う愛は愛ではない。偽愛である。
スケープゴート、生贄を前提とした偽宗教や社会システムなど
人類社会にとってはマイナス以外のなにものでもないであろう。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
人類、特にキリスト教圏は
この点、新たな精神革命が必要である。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

http://life7.2ch.net/test/read.cgi/psy/1162598313/


918 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2006/11/05(日) 21:36:52
ブルネルス、もうやめなさい。

919 :小さなヨハネ ◆1oKmZSIAF. :2006/11/05(日) 21:37:49
ブルネルスのプロフィール
1.本名・・・ブルネルス(ロバ、馬の名らしい)。別ハン、名無しで登場。
2.職業・・・自称:大学の哲学教授。キリスト教の知識豊富。
3.信仰・・・無し。無神論 。留学先のカトリック国で洗礼を受けたらしい。
4.行動・・・別ハン、名無しを多用した自作自演。質問・回答形式の掛け合い 。
       卑猥なAA。下劣な書き込み。おかま言葉。悪質なスレ建て。
5.目的・・・主イエス・キリストや聖母を貶め人の信仰心を破壊すること 。
       真理に対する探究心を奪い、人を神から遠ざけること。
6.使用名・・(昔)おかま巫女マリア、ふらんちぇすこ、dendo. あうぐすちの、
          シルビウス、俺、神、ver. さきこ、元福音派 etc
      (今)ペガサス、ダニエル、我、narumi、サロメおたぁ、処刑ライダーetc
      (哲板)哲学者最高位、ケツ学者云々、練馬哲人、機械的唯物論者、
         第2唯物論、一言居士、ユダの告白、短パン、バミューダ、 etc
7.常駐スレッド・・「カトリックスレッド」、哲板「決定論:脳は物質だから意識は必然
          にすぎない」。この2スレッドはほぼ完全な自作自演。他にも多数。
8.天敵・・・聖母。「金槌を持ってマリヤ像を一瞥する」スレッドを建てて聖母を攻撃。
       小ヨハネ。三位一体論において小ヨハネに矛盾点を指摘され逃げ出す。
       また、おかま巫女マリアの自演を見破られる。

920 :考える名無しさん:2006/11/05(日) 21:52:07
>>918
お帰りなさいノシ

921 :考える名無しさん:2006/11/06(月) 01:12:20
>>920
どっちの意味だ?w

922 :考える名無しさん:2006/11/06(月) 14:38:34
「理性主義が一種の宗教」と断定するのは一種の宗教だよな。
そうじゃないかもしれないのにw

923 :ユダの告白:2006/11/06(月) 17:35:56
これアホのヨハネや、宗教板に帰んなさい・・・。

924 :ゾルレン:2006/11/07(火) 02:52:42
>>909
「無批判的合理主義」などという言葉は無い
ポパーの区分けは、包括的合理主義、批判的合理主義
これに加えて、包括的批判的合理主義を提唱したのがバートリー
この理性使用の問題についてポパーは「合理主義の非合理性」について述べているが多くの批判がなされている
バートリーは「合理主義に対して批判をもちながら合理主義者でいるということに何の問題もない」ということを主張した
われわれが理性を前提として合理主義者として理性を批判的に吟味することには何ら問題は無い
それを嘲笑する者もいるだろうが、どこの世界にもそういった輩はいるもの

それから、君の態度はポパー哲学への誤解を招きかねない
もう少し多くの本を読む事を推奨する

925 :考える名無しさん:2006/11/07(火) 19:10:30
新スレ
http://academy4.2ch.net/philo/index.html#1

926 :クウォンタム ◆sZMOg20d0E :2006/11/07(火) 20:05:31
>>924
おお!おもしろそーwそうなんですかw
そうですね。包括的合理主義とした方がよかったですね。
そして、自分は理性信仰を批判しますが、
実験不可能なものにもある程度寛容な立場をとります。
だから自分流に改造している事は認めますw
誤解を招くような発言をしている事を指摘されたのは認めますし、
謝罪します。
でもそれが自分のやり方なんですよw

そしてバートリーを読んだ事がないので、
まだどうとも言えないですが、
どちらかというと自分もポパーの批判合理主義を改造していたので、
バートリー派の様な感じもします。

新しい事を教えて下さって有難ございましたm(_ _)m

927 :クウォンタム ◆sZMOg20d0E :2006/11/07(火) 20:26:04
>>924
あ、それとできたら1つ質問させてもらってもいいですか?

バートリーは「理性は絶対的だが、厳密な意味ではやはり理性は絶対だとは言えない。」
と考えてるんでしょうか?

もしそうじゃないとやはり自分の考えと合わないんで、、、
どうかよろしくお願いしますm(_ _)m

928 :ゾルレン:2006/11/07(火) 22:02:45
>>926-927
ポパーの著書以外に参考になりそうな図書
・批判的合理主義の思想  蔭山泰之
・討論的理性批判の冒険  小河原誠
あとはポパーの自伝『果てしなき探求』もおすすめ
ポパーの本においては後期の論文が載っている『よりよき世界を求めて』などが
包括的批判的合理主義(非正当化主義)の影響がやや出ている感じがする

>バートリーは「理性は絶対的だが、厳密な意味ではやはり理性は絶対だとは言えない。」
ポパーは哲学が扱う多くの概念を無益な論争となる右辺と有益な議論となる左辺に分類し表にしていた
まずはそれを振り返ることをすすめる
「絶対的」「厳密」などという概念についてポパーはどのような態度をとっていただろう

バートリーは理性の批判可能性を認める
すなわち理性の使用が完全に間違っていると考えられる事実が提出される可能性を肯定する
これは「理性は絶対ではない」と言い換えれるかもしれない
バートリーは非合理主義もまた合理的と言える資格をもつと考える
(ポパーが包括的合理主義に比較すれば非合理主義の方がまだ合理的と言えると述べていたことに注意)


929 :ゾルレン:2006/11/07(火) 22:04:52
表の左右が逆だ
左辺が論じることが不毛なものだ
だが、そんなのは些細なミスだ
許せ

930 :クウォンタム ◆sZMOg20d0E :2006/11/07(火) 22:45:05
>>928-929
うーん。ありがとう心の友よw

931 :考える名無しさん:2006/11/09(木) 05:51:57
別にキリスト教に限らず、ユダヤ教やイスラム教など、唯一絶対神を崇める
類の宗教は、戦闘的になる傾向が強いよね。
なんでだろ。

932 :考える名無しさん:2006/11/09(木) 07:28:35
ヤフー検索:cてんによる時空論ーーー参考にして

933 :考える名無しさん:2006/11/20(月) 01:40:05


228 :名無しさん@3周年:2006/11/20(月) 01:19:17 ID:+qTGlA9j
皆さん、岸田秀の『生きる幻想 死ぬ幻想』を読みましょう。
キリスト教等の一神教がいかに危険なものかが明快に書かれています。
奴隷達が主人に復讐するために作った思想がキリスト教になったのです。
あのような排他的宗教は社会の和を乱すものでしかありません。
カナンの人々を虐殺した神を奉る宗教なのですから。

934 :考える名無しさん:2006/11/28(火) 06:47:15
キリスト教は白人限定の宗教で、
白人以外は人間として認めていないからな。


935 :考える名無しさん:2006/12/02(土) 22:42:30
終わってないじゃん

936 :考える名無しさん:2007/01/03(水) 05:21:14 ?2BP(300)
遅レスだが
>>53
ちいヨハのは自称キリスト教なんだ(カトリックの洗礼は受けているらしいが
カトリックの教義を公に否認するくらいなので事功的に有効でも霊的に有効で
ないんじゃないかという指摘があるくらい;本人の意思が伴ってなければ洗礼
は無効)。あれを宗教狂信者の類型にするのは構わんが、キリスト教の類型に
するのはやめてほしいなあ。

ポパーの議論おもしろいね。>>926 さんは、非合理なものについてはどう?
ファイアアーベントなんかはどう評価してるの? と質問だけして逃げる。

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