5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

柄谷行人を解体するXVI

286 :考える名無しさん:2006/10/27(金) 11:56:50
一般に、「責任」とは「誰に対する」責任か、という問いと切り離すことは
できません。私が言いたいのは、少なくとも議論用MLの投稿に関する限り、
NAM内部での責任問題を考慮はしても、生じたトラブルや不正行為がNAM外部
のQ会員にも及んだ事実への視点がほとんど欠けていること、その結果、
元NAM会員の多くが責任の所在を柄谷行人氏その他の一部グループだけに
あり、自分達は完全に被害者であり部外者だった、という考え方に陥って
いることです。これは、小さく見えるが決定的な誤謬の原因です。NAMの
解散に伴い、NAMとQのトラブルは「事件」としては過ぎ去りました。しかし、
この過程で示されたNAM会員の「鈍感さ(他者感覚の不在=責任意識の欠
如)」そのものは過ぎ去っていません。「鈍感さ」が過ぎ去っていない
とは、それが過去を総括する(年譜や資料解説を作る)様々な機会におい
て、事あるごとに問題回避や自己正当化の欲望として執拗に現れる、という
ことです。そこには戦「後」責任の問題があり、具体的には次の多様な態度
として示されています。

166 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)