5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

思考の手段が言語である以上哲学は不完全

1 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:01:53
自分の思考を制約する全ての枠組みや型というものを外してみる。
生まれ育った環境、受けてきた教育、宗教観、道徳観、日本人、常識、道徳・・・
思考を型にはめてしまうであろうおそらく無限に存在しそうなイドラを全て取っ払っても、
その手段が言語である限り、人間は完全に自由な思考はできない。
なぜならば言語そのものが人間の思考の様式を決定させてしまう型だからである。
すべての言語には思考様式を決定させる不完全さがある。
言語という手段を使ってしか思考をできない人間は不完全であり、
また思考は不完全なものである。

何の前提もなく、全てに束縛されぬ完全に自由な思考ができぬ以上、哲学など不完全である。

2 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:05:59
森羅万象を言葉で説明しよーぜ、ってのが哲学のコンセプトなんだが

3 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:07:47
数学も不完全性定理により不完全である。
しかし現実問題として十分実用に用いれる。

4 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:09:40
>>2
その森羅万象を説明する手段が言語であり、説明される側も言語を通して理解するのであれば、その説明は不完全極まりない。

5 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:11:47
完全かどうかは本質的でないお。

>しかし現実問題として十分実用に用いれる。
うん。役に立てば十分と思う。


6 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:12:17
>>1
何言ってるかよく分からん。
言葉を使わずに言い直してくれ。

7 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:14:57
>>4
森羅万象の現象を、言葉により、心に現れるように写像する行為として、言葉で説明していくって事じゃないかな?
森羅万象の出来事を、言葉の組み合わせで分かるようにしていくことが哲学の問題なのでは?
哲学とは(新しい)現実に立脚し、言葉により解するという行為だと思う。

8 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:15:39
>>1
万人にわかるように言葉で説明つけてみる、ってことなの。
完全に説明出来ないであろうことは哲学の想定内だ。
お前は読解力が不完全なようだなw

9 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:18:28
>1
>何の前提もなく、全てに束縛されぬ完全に自由な思考ができぬ以上、哲学など不完全である。

「完全」なものを挙げなさい。

10 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:18:43
>>1
そういえばゲーテの『ファウスト』で主人公のファウストが似たような
ことに思い悩む場面があった。俺は言葉というものを信用できぬとか、
はじめにあったのは言葉ではないとか言って考えをめぐらすんだが、
途中、メフィストフェレスに嘲笑されてしまう。ファウスト自身矛盾して
いてメフィストに向かって君は男子の一言というものを知らないのか!と
叫んだりする。言語は認識を十分表現できるかという問題は古くて新しい
問題ではある。それを精一杯工夫して表現しようと先人は努力してきた。
言葉を馬鹿にすれば、結局は肝心の意を尽くすことが出来なくなると思う。

11 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:19:20
>>3
数学が不完全であるのに現実問題として十分実用に用いられることと、
「哲学が不完全でも役に立つかどうか」ということに何の関係もない。
つーかそもそも哲学は役に立たない。
だからこそ、「徹底性」と「無前提性」が求められるのであり、
「十分」役に立つ程度の認識は哲学ではない、あるいは不完全な哲学である。

12 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:21:42
哲学が万能で究極的だとか言ってる奴に論破された仕返しでスレ立てたのか?
残念ながらそいつも>>1も哲学の何たるかを根本的に勘違いしているがw

唯一で至高の物があれば60億人それを目指すだけでいいだろうが!
ちっとは頭使ってくれ。

13 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:22:47
>1
そもそも「不完全」で何か問題ある?

14 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:25:08
1分間、「言語」を一切使わずに思考してみた。
相当つらい。お前らもやってみろ。
何か頭に思い浮かびそうになったらすぐさま「あぁー」「うううう」「うぁうぁ」っていううめき声でかき消さなきゃならん。
知的障害者になったみたいだった。

少なくとも言語という手段を用いずに思考しようとすれば、用いて思考する人間よりも思考できる範囲は確実に狭まる。

15 ::2006/09/20(水) 22:29:34
>>9 >>12 >>13
お前ら、勘違いしてる。
俺が強調したかったのは「哲学って不完全だよね」ってことじゃなく、
「思考に言語という手段を用いている時点で負け組だよね」ってこと。

お前らが俺の言う「哲学は不完全だ」という部分にだけ執着するところを見ると、
“言語そのものが人間の思考の様式を決定させてしまう型”という主張には賛成なのかな?

16 :750:2006/09/20(水) 22:31:47
この人は自由の理念がわかっているのかい?

17 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:34:17
>>15
「哲学って不完全だよね」とは書いてあるが「思考に言語という手段を用いている時点で負け組だよね」とは書いてないな。
わかって欲しいならはじめからそれをスレタイにしろ。

人類が負け組なら勝ち組は何なんだ?
大体が勝ち負けで切り分けする奴は明らかに辛い人生を選択しているんだが。

18 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:34:50
>>1,15
不完全だから悪いんだと思っているかもしれないが、
数学だってゲーデルの不完全性定理により、無矛盾であると証明できないのだから。不完全かもしれないというしかないよね。
それなら数学だって、不完全かもしれないと言うことになり、言語による表現が不完全だから、数学より劣るということにはならないと思う。
不完全な中でどう上手くやりくりして、生き抜くかと言うことが重要だと思う。
完全な機構というのは、存在させるには並大抵の努力ではないはずだ。

19 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:34:53
>>16
では、二行以内でまとめよ。


20 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:38:03
18に付け加え、
数学は性質上、細かい細部の計算にとても役に立つ。
言葉は広い範囲をまんべんなく、概念として捉えるのに役に立つ。

21 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:40:30
>>1

それ以前に、哲学なんかデタラメだろw

22 ::2006/09/20(水) 22:44:38
>>17
俺らは思考に言語という手段を用いている時点で完全に自由な思考はできない。
それを俺は負け組と表現してみたが、そこで勝ち組は何だ?と問われると、
多分に束縛された思考様式によって得た解答ではあるが、
あらゆる前提に束縛されず、完全に自由な思考ができる者となる。
それを仮に神とする。
神が完全であるならば、思考に“言語”という手段は使わないはずである。
もし神は聖書を通して人間に伝えたいことがあって、人間の言葉を用いてそれを書いたのだとすれば、
彼の伝達手段はそんなにうんこなのかと問い詰めたい。

23 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:47:26
あぁ、>>1はただの神学者だったのか

24 ::2006/09/20(水) 22:48:24
>>23
「仮に」って言ってんだろ。
聖書の話も例えばだろアホか

25 :750:2006/09/20(水) 22:50:18
>>19
まず、自分自身で自分を限定すことがまず上げられるね。

この人の場合なんでもやって良いという自由だろ
無秩序性においてだろ。今の哲学では意志が自由であることを
証明してからの話でないといけないな。それでないと
思考の自由も存在しない。思考とは何かを考えなければならない
思考がますどの様に立ち現れる?



26 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:51:43
思考の主体が人間である以上、哲学は不完全
でも同じような話だな

つうか哲学が完全であるなんて誰か言ったのか?
むしろ不完全であることを前提にして探求してるわけだろ

27 :17:2006/09/20(水) 22:51:51
>>22
哲学は言葉を操るヒトの学問であり、ヒトを超えようとすることが目的ではないから。
神になりたい奴は哲学は選ばないんじゃねw

28 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:52:04
不完全なのは公理系だから。神の言明が不完全なわけじゃない。

29 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 22:54:53
限定が思考を可能にする。完全な自由は思考を不可能にする。
しかし、神に不可能はない!と小1時間問い詰めたい!

30 :750:2006/09/20(水) 22:57:30
>>29
現代における思考の定義とは何ですか?

31 ::2006/09/20(水) 22:58:20
何者にも束縛されず思考したい。
思考する際にその思考の自由性を束縛するすべての部分を取っ払いたい。
こう教育されたが故にこう考える、このような環境で育ったが故にこう考える、
この常識があるが故に、この宗教観があるが故に、こう考える。
日本人であるが故にこう考える。
思考の自由を妨げるすべての枠組み、型、前提、偏見を取っ払ったとき、真に自由に思考できはしないだろうか?と考えてみた。
しかしそのときは蓄えた経験や論理学の知識、すべてを使えないわけだ。
そして何より思考の手段である“言語”さえも使えない。

/(^o^)\ナンテコッタイ

32 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:00:25
言葉では無くイメージによって思考する事が可能である事は多くの画家によって証明されている

だから言葉は思考の表現だとする事も出来る

33 :750:2006/09/20(水) 23:00:48
>>31
一番自由な思考とはどの領域にあると思う?

34 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:01:29
>>31
ルールがあるなら世界ができる。と思う私。

35 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:01:59
で、何故に言葉は不完全であるとどのように証明されたんですか。
そこんとこ詳しくキボンヌ。


36 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:08:24
よーしパパそんなの見たことないけど完全な円を思い浮かべちゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。
お前らな、150円やるからその席空けろと。

37 ::2006/09/20(水) 23:10:49
>>35
自由な思考をしようとしても、その手段に言語を使うなら、
その言語の持つ文法的特徴等によりある程度思考の型ははめられてしまう。
どの言語であれ完全自由な思考をある程度妨げる要素を持つだろう。
地球上の全ての言語に共通して存在する抽象名詞などおそらく存在しないだろうし。

(証明はしてない。)


38 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:16:15
>>37
行為もルールとみなし、さっき僕が言った、
ルールがあるなら世界ができる。という言葉を思い出して欲しい。
行為が経験となり、それらを元にした世界なども広がるはずだ。
何か言いたいわけでなく、気づいて欲しかっただけだ。

39 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:16:22
>>37
君の話はよく分からん。

>(証明はしてない。)
じゃ、だめじゃん。w

40 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:17:42
シニフィエとシニフィアンで構成されるシーニュとゲシュタルトは必ずしも一致しないからだよ

41 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:17:53
38に付け加え、
行為によって、我々は現実世界にその存在を明らかにする。
といいたかったのだ。こことは関係ありません。スマソ

42 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:18:18
あー腹減った、は世界共通。



43 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:19:28
不完全性定理の真意を理解できてないのが原因だな

44 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:20:13
またポモ厨か!

45 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:20:34
>>40
一致しようがしまいが関係が無い。


46 :750:2006/09/20(水) 23:21:46
>>41
脱線するけど「対象的思惟」ですね。事物に即した思考
思考は、言葉だけじゃなくて、イメージだったりするし像
定義づけはどうなってるの?

47 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:23:56
>>43
おまえはいまいちこいつの言い分を理解してない

48 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:25:51
限界を認めて、そこから出発すればいいんです。

49 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:26:33
>>46
脱線すみません。
僕は「ルールがあるなら世界ができる」という言葉は、真理を突いていると信じているのですが、
それを頭の中の世界と現実の世界と分けたとき、頭の中の世界のルールは主に文で、現実世界では行為だと思ったのです。
だから、現実世界の場合、行為によって現実世界に(自らの存在を)明らかにする。と思ったのです。

50 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:27:59
知識の存在被拘束性の問題なのだよ

51 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:28:08
49に付け加え、
文に限らず、像などによって世界観ができることも多々あります。
脱線すいません。

52 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:33:13
>>23の皮肉が全然通じていない件w

53 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:37:30
言語に限界などはない。不完全のなのは公理系だよ。

54 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:38:43
>>23=>>52
流されたのは残念だったな

55 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:45:08
ゲーデルの不完全性定理によって、自分で自分が無矛盾である、すなわち正しいと証明できないと解釈できる。
自分が言語だったら、言語で言語が無矛盾であると証明できない。となり、
言語も不完全だとなると思う。
でも、重要なのは、
不完全な中であるいくつかを取り出して、それを活用して生き抜くことだと思う。
細部に強くなるか、いろんな事知って博識で生きるか、人それぞれだと思う。

56 :750:2006/09/20(水) 23:47:12
>>53
ここの殆んどの人がカント的で必ず認識の限界を求めますが
皆さんはどうですか?物自体も公理系に考えられますが・・・


57 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:49:18
>>56
気づきだと思う。あっと気づいたときに、考えないと霧消する感じ。


58 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:54:35
>>56
対象についての予備知識も必要だと思う、それによって気づくことができると思う。
公理系というか、仕組みを分かっておくと、力学が分かる感じ。

59 :考える名無しさん:2006/09/20(水) 23:56:34
>>52
そうではないと思うよ。

>>55
それよくわかんないんだけど。完全でないものを使って、それでいて
でなんであるものが不完全だ、と何故証明できるのでしょうか。
正しくないことは、ほぼ間違いが無いだけで証明は出来ないでしょ。w

俺の腐った頭じゃよく分からん。w


60 :750:2006/09/20(水) 23:59:33
>>58
>>57
「対象的思惟」ということになりますが、対象と思考が統一される
思考一元論的な考え方になりますね。

61 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 00:02:57
>>1の理想とするような「完全な自由」の状態があるとすると、前提が無ければロジックが展開出来ない人間の所業じゃない。

62 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 00:08:54
>>59
ちょっと言い回しによって、私の言ったことと意味合いが異なってくるので、指摘させてもらいます。
“不完全だと証明する”のではなく、“完全だと証明できない”ということなのです。
だから、(部分では完全だと思われる)言葉によって、言葉の作る世界が“完全だと証明できない”ということなのです。
僕もちょっと連続投稿禁止によって、2度目に書いてるのですが、ちょっとさっきより説明下手になってます。ごめんなさい。
だから、言葉全体の中で部分では完全である可能性はあるし、言葉による世界が不完全だと証明できるわけではないのです。
完全だと証明“できない”ということなのです。

63 :750:2006/09/21(木) 00:09:56
>>61

論証の無い直感主義だということですね

64 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 00:12:32
>>60
「」内の言葉が読めないのですが、どういう意味なのでしょうか?
あなたの意図していることが、ちゃんと言葉に写像されているのなら、あなたの言いたいことは多分そうなるのでしょう。

65 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 00:15:39
>>62
いずれにしても証明できないという話なんですよね。w 了解です、サンクスコ。w


66 :750:2006/09/21(木) 00:16:10
>>62
言語表現の明言性ですね。たとえで行けば、一文には対象、判断、決定
が含まれますよね。今の分析哲学では転倒してますからね。
文法的な部分のことも考えられますから、でもゲーデルのことがありますから
これを論破しないといけないですね。
言葉の概念の明証性ということに尽きると思いますが・・・・

67 :65:2006/09/21(木) 00:18:45
というか、「証明できない」と証明することも、
「「証明できない」と証明すること」を証明する
ことも否定することも出来ないのですね。w

68 :61:2006/09/21(木) 00:20:00
>>63
そうですね。
直感のみに基づく思考では、ここにいる少ない人数すら納得はさせられないでしょう。
それは意思疎通が出来ているとは思えません。

69 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 00:21:33
>>66
主観による言葉の意味と客観から見た言葉の意味が同じであるならば、明言性は確保できるのではないでしょうか?
ゲーデルはそんじゃそこらの輩ではないです。ものすごい頭脳明晰だった大天才です。
多分論破は無理でしょう。言葉の概念を自分なりに腑に落ちて、説明もできたらかなり明証性というものは確保されるのではないか?と

70 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 00:27:06
>>67
なにやら難しくなってきましたね。
言葉によって説明しきれない部分がでてこないと証明できないということに繋がる気がします。


71 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 00:34:18
では、次回は相対論の誕生から・・・w


72 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 00:36:14
>>71
相対論は、自分なりに深めていないので、答えられないと思いますが、
おやすみなさ〜い(^o^)

73 :しろうと ◆AUSirOutoE :2006/09/21(木) 00:51:32
>>1>>31
原初に完全な思考があるが、言語を使うと疎外されて
不完全になる、という考え方自体が転倒していますね。

枠組みを取り払うと思考の土台自体が崩れてしまう。
状況の限定は自由の障害に見えて、実は前提です。

ちなみに、「不完全性定理」は認識の限界を示しているのではなくて、
形式的体系による証明(公理系)の限界を示しているのだと思います。


74 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 01:09:25
>>1
「論理の無矛盾性は仮説の真たることを保証しない。」
という大原則のことですね。


75 :しろうと ◆AUSirOutoE :2006/09/21(木) 01:21:28
>>74
例えば、命題論理では不足で、述語論理でもまだ不足で、
もっと豊かな思考の道具が欲しいという話かと思いました。


76 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 01:48:28
うーむ、相対論について、考えていたらいくつか気づくことがあった。
それを今夜書かなかったら、明日、霧消してしまい書けなくなるだろうと思い、起きてきた。

そもそも、アインシュタインの相対性理論は唯一原則「光速度一定」という原則だけを使い、既存の法則を作り替えたことによって、できたパラダイムであるが、
僕はそこに誰が観測者か?特に、自分が観測するならというのを含めないと、自分から見た宇宙時空というものは分からないと思って、アインシュタインの制作した相対論には賛同しかねた。
アインシュタインは、いわば主観というものを排して、客観的な見方を絶対視して作ったと思われるが、
私は私が見た場合という主観を含めないと、より正確な宇宙像は頭に描けないと思っていた。

式はもう忘れてしまったが、それによって導かれた僕の見解がある。
私と私から距離L離れたところにローソクが立っているとしよう。
その僕の式から、
私が見ているローソクは主観的には「現在の」、客観的には「過去の」ローソクを見ていることになる。
ローソクから時間を経ずに私までローソクの光が届いていると思う私と、第三者から見ればローソクの光がローソクからL/c秒後に私に届き、私はL/c秒前のローソクの光を見ていると思っている第三者。の違いである。
すなわち、ここに主観と客観のギャップが生まれるのである。
私の見ている物は主観による「現在のもの」か、客観による「過去のもの」か?
アインシュタインは客観をとった。しかし、私は私が見ている場合という主観を排せないので、主観的な観点を入れなければならないと思っている。
多くの相対論反対者は多分そこに違和感を感じていたのだろうと思う。
それに、アインシュタインの創った公理系が完全であると証明できないし、
観点としている現象に対して正しく数学を作り上げないと正しく意味は取り上げられないと私は思っているので、アインシュタインの相対論は絶対正しいとは思いがたい。


77 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 02:01:28
それに、人それぞれ頭の中の公理系が違い、それによって多様な世界観ができ、それらによって、人の面白みを発見できることに僕は重点を置いている。
僕は分析者として、客観だけの世界には生きられない質らしく、主観的な自分の見方を伝えるインフルエンサーとしての方に価値を置いているので、
それに、僕は統合失調症で厳密に数学をやれるだけの能力は薬によって奪われてしまい、今やり直す自信もない。
大まかな方向性は持っているのだが、プログラミングできずに実現できない男のようだ。

アーティストは自分の公理系による自分の世界を表現し、人を驚かせたり、楽しませたりする。
僕は数学を失い、言葉による表現を自分なりに伸ばしてきたので、表現の方に向かっていると思う。
絶対正しいという公理系はあるとは証明できないのであるから、自分なりの見方でものを見れたら良いんじゃないか?と思った。
数学など、また古典など、古来から人類が磨いてきた手法がやはり有力なのではないだろうか?少なくとも、卓越した手法なのではないだろうか?
自分なりに何か古典を深め、自分なりに掴めたら、自分のやり方というものを育めるのではないだろうか?
なんか相対論から変わってきたが、僕の回想とともに、今夜はおやすみなさい。

78 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 02:06:48
科学理論というのはいわゆる「完全さ」を必要としない。
いかに世界を近似的に説明できるかが理論の善し悪しの基準

79 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 17:28:26
>>39
哲学において証明された仮説なんてあんの?
哲学じゃなくてもいい。
人文・社会科学のどんな分野からでもいい。
何かある?
「確からしい」ということまでしか分からないのが文系の学問だろ。

80 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 17:31:45
科学における仮説だって科学的証明によってしか証明されないじゃん

81 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 17:45:16
>>1
あなたの言う「自由な思考を妨げるもの」がどんなものであるか、考えて見て下さい。
それらを“思考を束縛するだけの障害物”と見るか
“思考を助ける道具”と見るかの違いです。
すべてを障害物と断定して取り除けば、赤ん坊になるし、
思考を助ける道具と見てうまく使えば、不完全ではあるが豊かに思考できるようになると思います。


82 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 18:10:31
>>81
激しく同意。

83 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 20:47:45
完全を求めること自体が間違い。その間違いを認識するのが哲学の仕事。ソクラテスの頃からずっと変っていない。

84 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 20:57:58
>>79
人それぞれ違うところに価値を見いだし、意味を置く。
科学、特に数学は誰が考えても同じ結果になるということを求める。
誰が見ても同じ結果というのは人が違えば必ずしも嬉しくないと思う。
人それぞれ宇宙を持ち、その中で生きている。共通の土俵は確かに客観という規定により現実世界という形で目の前に広がる。
知らぬが仏という言葉は、私は好きなのだが、知らない方が幸せなこともあると思う。
現実世界はまざまざとその姿を見せる。客観による規定により、現実世界は広がっているとは確かに思う。

85 :考える名無しさん:2006/09/21(木) 21:06:54
人それぞれ違うと思うが、見いだす意味がその人にとって嬉しいものだったら、幸せになれる。
それがつもれば、人にも優しくしてあげようと思う。と相乗効果が期待できる。
労働を売って、私たちはお金を得るが、労働もそんな相乗効果に乗じれば、幸せなまま稼げる。
労働すれば、直接、あるいは間接的に人のためになっているので、感謝される。
僕はまだ学生という逃げ道で、統合失調症という逃げ道で労働はしていないが、
労働してみたいと思っている。
話は全くの脱線で申し訳ありませんでした。

86 :考える名無しさん:2006/09/26(火) 23:40:17
あげ

87 :考える名無しさん:2006/10/01(日) 06:30:09
up

88 :考える名無しさん:2006/10/02(月) 13:41:33
age

89 :考える名無しさん:2006/11/09(木) 19:04:37
あげ

90 :考える名無しさん:2006/11/09(木) 20:12:48

言葉を見つめるのは難しい。

それは言葉で、私の身体じゃないし、世界でもない

知覚能力の問題であり、言葉とはまた別の諸問題だと思う

1の不完全さを私たちが、暗示されてしまう必要もないでしょう

91 :考える名無しさん:2006/11/10(金) 04:20:49
核保有ブラッフが核武装論と別の議論とか言ってたバカは誰だ?w
さすがの俺でも『構造と力』ぐらいは全部きちんと読んだ上で
浅田に関してコメントしてる。少なくとも本気で核武装に向かって突き進みかねないと、
大国の情報機関に本気で信じ込ませなきゃ通用せんのだぞ。批評空間も逃走論も
ヘルメスも文化臨界点もちゃんと全部読んでるし、岩波の原典もある程度読んでる。
だから、お犬様のウンチを公園からひろってくる雑魚によるゴミ以下のレスと違って
本質を捉えてるし、情報も半端なく深い。
別の議論にしたら、最初からブラッフだと見透かされるようなやり方になるだろう。
誰がそんな愚かなブラッフを仕掛けるんだよw
少なくとも、社会全体に与える言論の衝撃も
かなりの強度だけど、良貨なので悪貨(原典を全然読んでないバカ)に
駆逐されがちだな。まだだ!まだ実際に核保有に向けた具体的な動きを見せなきゃならん。


92 :考える名無しさん:2006/11/14(火) 09:40:32
>>1
言いたいことはわかる。
しかし、全ての認識と物質に依存する事を取り払って行き着く先は魂の開放しかない
たとえ不完全でありながらも、完全さを求め続けるのなら信仰心なくして理想への安住は無い。
ましてや、理性にのみ頼ると言うのならなおさら困難な道でもある。
神の定めた法則に理性で反し、全てを拒絶しなおも己の意志を頼りに肉に依存し続けるというのなら
その思想は反骨心に満ち溢れた、アンチ物質と呼べる域まで昇華される。
そして叶わぬであろう夢をみつづけ哲学しながらも刻一刻とくる死への解放を座して待つのである。

28 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)