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【否定してみよ】他−他の構造〜観念論からの解脱

1 :kyrie ◆.RYdSpBfEI :2006/11/09(木) 22:58:32
緊張が、まずなければならない。
それは、配置される2つの他が、それぞれどこにあっても、互いに緊張しあうという
他としての責任を生むためであり、換言すれば、
2つの他がそれぞれどこにあっても他である、ということを可能にするためである。
この緊張があるからこそ、2つの他が互いに重なっても、
以前として他同士が他同士であることを可能にするのである。
この緊張は、空間的な意味合いに留まるものではない。
いずれ語られる他者心理−他者心理の場合においても、それは応用される。

他と他が、にとってを欠いて存在する、というのは、逆説的である。
それは、他は何か自体があって初めて他であるからであり、
言うまでもないが、他は自体ではない。
すると、他の自体は、もう一つの「他」に求めねばならない。
しかし、他を「自体する」のは、「他」ではない。
「自体する」という表現が欺瞞的であって、「他」は他の「自体」であるのみならず、
他は「している」、を引き受けねばならない立場にある。
自体は「する」ものではなく、「している」ようなものなのである。
ここで「している」とは、時間的経過を意味しない。
いかなる場合においても、している、という、存在の様態なのである。
しかし他の自体を「他」の下にあるにも関わらず、
他が「している」可能をどう説明するか。
それにはまず、他と「他」間に連絡が求められる。

続く

22 :wisteria-1 ◆3MvUSsmnEU :2006/11/20(月) 21:36:58
>>19
>21
読めたかな、と思う文章からはじめてみましょう。

>実存するとは、本質はそのままに、可変的な部分を諸世界の体系に合わせ自由に操作する、ということである。

実存するとは、本質はそのままに、ということはないですよ。
(可変的なものすべてをもって、跳躍し続けること)=(実存するということ)。
確定されたと思われる「個」や「本質」というものは、そのつどの無化により、乗り越えられていく。
その行きついた先で、また、次の無化を強いられていく。
その反復が実存であり、「跳躍」。
それが可能世界内のことであっても、現実世界内であっても。

というようなことでしょうか?





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