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社会科学の成果を書いていくスレ

1 :名無しさん@社会人:2006/05/10(水) 03:18:59
何かあったら、1つずつ挙げていって下さい。
・名言(「宗教はアヘンだ」みたいな)
・理論(抑圧移譲の理論とか、破れ窓理論とか)
・考え方(プロテスタントが近代資本主義を作ったとか、アノミーとか)

このスレを読んでいくと、素人のための社会科学入門みたいになるように、完結な説明も書いてほしい。
「そういえばこんなのもあった」と思いついたら、書き込んでくれ。空気も流れも読む必要はない;

2 :名無しさん@社会人:2006/05/10(水) 03:40:33
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3 :名無しさん@社会人:2006/05/10(水) 16:44:15
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%AD%A6

4 :名無しさん@社会人:2006/05/12(金) 01:55:03
【タテ社会】西洋などの階級社会は、同じ階級の中でのヨコのつながりが強く、階級と階級の間のタテの交流が少ない。
そのようなヨコ社会に対し、日本のように、立場が上の者と下の者のコミュニケーションが頻繁にある一方で、同じ立場同士では孤立している社会を、タテ社会と言う。
この用語の出典は中根千枝「タテ社会の人間関係」。
この、日本が、タテにつながっていて、ヨコに断絶しているという考え方は、日本の色々な現象を説明できているように思う。
日本の労働組合が、西洋のように(ヨコ的な)職能別ではなく、(タテ的な)企業別に形成されたこと。
日本の歴史の中で、いい人間関係のエピソードは、義経と弁慶、法然と親鸞、など、上下の関係の中で多く見られる一方、ヨコつながりの友情のエピソードが多くないこと。
現代政治家の結びつきも、派閥など、タテの結びつきの関係がいちばん強く見えること。(YKKなどは珍しくヨコ的だったが、雲散霧消したようにみえる)


5 :名無しさん@社会人:2006/05/12(金) 21:31:53
ウェーバー(1864-1920)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC
デュルケーム(1858-1917)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%83%A0
パーソンズ(1902-1979)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%82%BA
丸山真男(1914-1996)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%B8%E5%B1%B1%E7%9C%9F%E7%94%B7
大塚久雄(1907-1996)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%A1%9A%E4%B9%85%E9%9B%84
中根千枝(1926- )
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%A0%B9%E5%8D%83%E6%9E%9D
小室直樹(1932- )
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%AE%A4%E7%9B%B4%E6%A8%B9


6 :名無しさん@社会人:2006/05/13(土) 17:05:09


心狸ガクは女性専用車両みたいなものです。マトモな♂は専攻しません。
大学院はオバサンがいっぱい入ってくる女風呂なんです。






オバサンのオケケが浮いています。
オマケに生ぬるいんですが、それでも入りたいですか?

http://academy4.2ch.net/psycho/







7 :社会学史:2006/05/14(日) 16:09:48
・サン=シモン(1760−1825)「富の生産を促進することが社会の重要な任務であり、したがって産業階級は貴族と僧侶よりも重要な要素である。一国の行政は市民の才能に任されねばならない。財産権は政治憲法よりも、社会の基礎を形作る上で重要な法である。」

・コント(1798−1857)が、社会学という言葉を作ったと言われている。彼の意図した社会学とは、歴史、心理学・経済学を含む、人類の活動に関する学際的な研究分野だった。

・JSミル、スペンサー、マルクスが継承

・デュルケーム、ウェーバー、ジンメルらが、社会学を独立した分野にすることに貢献

・シカゴ学派;米国は、南北戦争から第一次大戦の間に、都市化、人々の生活様式など、急激に変化し、そのような社会の実態を把握する必要があって、社会学が発展し、世界の社会学の中心になっていった。

・パーソンズ;20世紀最大の社会学理論家と言われる。

8 :名無しさん@社会人:2006/05/15(月) 23:24:54
【pragmatism】
As a philosophy, pragmatism holds that the validity of an idea can be tested solely in terms of its practical results.
William James often spoke of the "cash-value" of ideas.
By this he did not mean that every idea must actually make money for the person who believes it!
What he meant was that any idea is useless unless it has some practical value.
Every idea should have some effect or influence on what we do and how we live.
In his influential book Pragmatism, James writes,
The pragmatic method... is to try to interpret each notion by tracing its respective practical consequences.
What difference would it practically make to any one if notion rather than that notion were true?
If no practical difference whatever can be traced, then the alternatives mean practically the same thing, and dispute is idle.

9 :名無しさん@社会人:2006/05/17(水) 04:39:53
【タコツボ文化とササラ文化】
「日本にヨーロッパの近代科学が移入された十九世紀後半というのは、ちょうど欧州では社会の組織の上にも、あるいは文化形態の上にも、専門化現象、つまり分業とspecializationが急速度に進んだ時代だった。
社会科学を例にとると、十九世紀の前半と後半では、その学問形態が相貌を一変させている。
前半は、ヘーゲル、シュタイン、マルクス、ベンサム、コントなど、法律学とか、経済学とか、社会学とかいったような、個別科学の分類からいうとどこへ入るのか分からないような、非常に包括的・総合的な学問体系が続々と輩出した。
ところがこういう状況は世紀の後半に入ると急激に変化し、the social science が崩れて諸々のsocial sciencesになった。
わずかにスペンサーの社会学が総合的という形容詞を冠していいぐらいで、それはスペンサーの社会学の孤軍奮闘の姿を物語っている。
ミル、スペンサーなどはちょうど分水嶺に立っている学者だ。こういう変化を象徴的に示しているのが十九世紀末期に於ける形式社会学の成立だと思う。
つまり、個別科学が発達して、法律、政治、経済、心理という学問の各分野に於ける専門家、独立化が進んだ。」(丸山真男「日本の思想」をもとに)
 欧州では、学問が専門分化した後でも、それまでの長い間の、共通した学問の根を持っていたという伝統がある。ちょうど、末端では枝分かれしているササラが、根は共通なのと似ている。
それに対して、十九世紀後半に西洋の学問を受け入れた日本では、専門分化された学科というのが、はじめからアカデミックな学問の存在形態ということで入ってきたので、それぞれの学科の根を探っても、他の学問分野とは没交渉の、閉鎖的なタコツボのようになった。
その結果、哲学のような、総合的な性質を持つものまで専門家、タコツボ化するという矛盾を生むことになった。

10 :名無しさん@社会人:2006/05/21(日) 04:32:53
【アノミー】
無規範状態/無秩序状態のこと。または、規範や模範が人々の行動にほとんど影響を与えない状態のこと。フランスの社会学者デュルケーム(Durkheim(1858-1917))が創った社会学上の概念。
デュルケームはこれを近代社会の病理とみなした。
「自殺論」(1897)によると、当時ヨーロッパで行った自殺に関する様々な統計調査をみると、社会の特徴などによって、自殺の様相に違いがある。
冬季よりも夏季に、カトリックの国よりもプロテスタントの国で、女性よりも男性において、既婚者よりも未婚者において、農村よりも都市において自殺率は高くなるという。
デュルケームは、金持ちが急に貧乏人になると自殺が増えるが、また、貧乏人が急に金持ちになった時にも自殺が増えることに注目し、それを、アノミー(どう振舞っていいか規範が失われ、精神の均衡が崩れる)に由来する、と説明した。

 当時の社会背景として、産業革命がもたらした社会の激変があった。
農業中心の社会が工業社会へと替わり、その結果人間の生活、暮らし、生き方、価値観が急激に変化した。デュルケームは社会変化が人間に与える影響を研究した。

 デュルケームは、社会学の父のひとりであり、社会学機能派 (functionalism) の創始者である実証主義の科学としてオーギュスト・コントによって創始された社会学が、
未だに学問として確立されていない状況を見たデュルケームは、他の学問にはない独自の対象を扱う独立した科学としての地位を築くために尽力した。

11 :名無しさん@社会人:2006/06/04(日) 05:22:53
近代資本主義が、プロテスタントの精神によって支えられて起こったというウェーバーの指摘。
人類の歴史上、資本の蓄積はいくらでもあったのに、近代資本主義のような発展が決して起こらなかったのはなぜかというと、それ以前には、近代資本主義の精神を支える、プロテスタンティズムの倫理のようなものがなかったから、というのがウェーバーの指摘。
その後、プロテスタンティズムとは何の関係もない日本が資本主義的に発展した。日本の場合にも、プロテスタンティズムに似た労働倫理が歴史的に育まれていた、という指摘を、山本七平などがした。山本は、江戸時代の鈴木正三や石田梅岩の思想に、日本の勤労の精神を探った。
山本のこの指摘は、国際的にいちおう受け入れられているようにみえる。
その後、東アジア圏の国々が経済発展したので、そこにもまた何か労働倫理を支えるものがあるのか、ということで、儒教などにそれがあったのではないか、という指摘が、当然のことながら起こった。
しかし、そもそもウェーバーの指摘が無効だ、という意見も複数ある。P・F・ドラッカーなどは、技術の生産性やマネジメントの発展が近代資本主義を作り上げてきた、という意見だ。
私自身は、こう考える。ウェーバーの指摘は意味がある。近代的商人という、禁欲的で、稼いだ資本を、自分の快楽のためにではなく、投資に回すような人間像を作り上げ、それを社会に認知させたのは、やはりプロテスタンティズムの成果だ。
あとは、その社会的に認知された近代的商人のふるまいを真似すれば、その人がプロテスタントである必要はない。仏教徒だろうが儒教徒だろうが、いいのだ。

12 :名無しさん@社会人:2006/07/07(金) 11:57:20
勉強になりました。

13 :名無しさん@社会人:2006/07/19(水) 02:38:31
サッチャー政権の基本政策だった、民営化政策は、ドラッカー「断絶の時代」(1968)という社会学の本で提唱された考えが採用されたもの。
企業の経営において、統治と実行という2つの要素を切り離し、トップマネジメントは専ら統治に従事し、その実行から切り離したほうがうまくいく、ということが分かっていた。
「統治と実行を両立させようとするならば、統治の能力が麻痺する。意思決定の機関に、無理に実行させても、貧弱な実行しかできない。
…今日、軍や政府や病院が、マネジメントのコンセプト、原理、方法について企業を参考にしていることには、理由がある。
企業は、これまでの30年間、統治と実行の問題に取り組み、その結果、アメリカの企業経営者は、この両者を分離させなければならないことを学んだ。」(p252)
そこで、政府の仕事は、政府が統治する一方で、実行は民間に委ねるのがよい、とドラッカーは提唱した。
「断絶の時代」1999年版P253の訳者注には、こうある。「この再民間化のコンセプトは、本書発行の1年後、ドラッカーの提案であることを明記したうえで、民営化の名のもとにイギリスの保守党の政策に織り込まれ、サッチャー政権の基本政策の1つとなった」と。

14 : ◆wM0U0nIUyY :2006/08/20(日) 22:19:07



15 :名無しさん@社会人:2006/08/20(日) 22:47:20
ごめんちょっとageさせて

16 :名無しさん@社会人:2006/08/23(水) 04:50:20
ドラッカーは社会学者ではありません。
自称社会「生態学者」の世界的経営学者です。
既存社会学とは何の関係もありません。

17 :名無しさん@社会人:2006/08/23(水) 12:43:31
276 :名無しさん@6周年:2006/08/23(水) 12:39:57 ID:DR+UmZk10
2005年2月23日座談会
浅野:
 2ちゃんねるは自由な言論といっていますが、私が実験したところによると、そうではありません。
私が、2ちゃんねるに、日本で一番大きな組織暴力団「山口組」の名簿と、
皇太子妃雅子さんが精神病だということを流そうとしたのです。ところが流れないのです。
だから西村博之代表は、絶対チェックしていると思います。特に左翼からの言論を。
2ちゃんねるの自由な言論というのは嘘なのです。
大体90パーセントが右翼ですね。5パーセントくらいは違う人たちです。


場所:オーマイニュース編集局内代表事務室
参加者:
オ・ヨンホ代表
チョン・ホヨン副社長
ミン・キョンジン国際部長・記者
浅野健一 同志社大学教授
田中康文 アットニュースとリム有限会社代表
李其珍(同志社大学大学院・通訳)


18 :名無しさん@社会人:2006/09/02(土) 06:42:03
 「断絶の時代」「新しい現実」「ポスト資本主義社会」「未来への決断」を読むならば、ドラッカーは超一流の社会学者である。
 それはあたかも、経営学者としてのドラッカーと社会学者のドラッカーの二人のドラッカーがいるかの感さえ与える。
 ドラッカー自身は自らを社会生態学者と呼ぶ。

                       〜ドラッカー「現代の経営」訳者あとがきより

19 :名無しさん@社会人:2006/10/26(木) 10:48:57
社会学の基礎概念は隣接学問から摂取したもの多い。

隣接学問ー文化人類学、ポストコロニアル、カルチュラルスタデーズ
哲学ーカント、ヘーゲル、フッサール、フーコ、デリダなど
心理学ーフロイド、認知心理学など
経済学ー限界革命、一般均衡経済学、ゲーム理論、マルクスなど


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