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〓美術で語る世界史〓

1 :世界@名無史さん:02/11/17 22:25
美術作品を取り上げて、その背景にある事件・思想などについて
語り合いましょう。
たとえば、ロマネスクやゴシック建築を取り上げて中世ヨーロッパに
ついて語る、
ダヴィッドの絵を取り上げてナポレオンについて語るなど。

2 :世界@名無史さん:02/11/17 22:27
モナリザは女ですか?

3 :世界@名無史さん:02/11/17 22:32
ナポレオンって、本当は醜男で,絵はウソだと聞きました.

4 :アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/11/17 22:33
>>1
結構な企画だと思いますが、画像いりますか?
私は仕事用のHPしかないので使えない。
必要なら用意します。セガレをこきつかってやろう。

5 :世界@名無史さん:02/11/17 22:42
http://gallery.euroweb.hu/index1.html
http://www.abcgallery.com/
画像を探すのに役立ちそうなHP

6 :世界@名無史さん:02/11/17 22:47
>>3
http://www.abcgallery.com/D/david/david44.html
ジャック=ルイ・ダヴィッド「書斎のナポレオン」
http://www.abcgallery.com/D/david/gros7.html
アントワーヌ=ジャン・グロ「アルコレ橋のボナパルト」

背が低かったことは確かなようですが、顔自体はそれほど美化しては
いないような気がします。

7 :3:02/11/17 22:55
早速の画像,ありがとうございます。
私のソースは、その昔TVで、宜保愛子がナポレオンを墓の前で霊視して、
絵と似ていなかった,と声をつまらせつつ言ったのを
記憶していたものです。(笑)

8 :世界@名無史さん:02/11/17 22:59
http://www.dia.org/collections/euroart/romantic/49.337.jpg
グロ「アブキールの戦い」

1779年7月25日、ボナパルト総司令官は、ムスタファ・パシャに率いられて
アブキール要塞を固めるオスマン帝国軍に対する攻撃をミュラ将軍に命じた。
ミュラは騎兵隊をオスマン帝国軍の歩兵陣に突入させる作戦を取り、
オスマン側の兵士は逃げ惑って次々に海に飛び込み、多数が溺死した。

ちなみにミュラの前のエチオピア人、パシャの前のアラブ人(?)は
裸体で描かれており、一方、フランス軍には一人も裸体で描かれている
人物はいません。
ここに西洋人によるオリエンタリズムを読み取ろうとする研究者もいます。

9 :世界@名無史さん:02/11/17 22:59
西洋絵画ならこのサイトも良いです

http://sunsite.sut.ac.jp/wm/paint/

http://sunsite.sut.ac.jp/cgfa/


10 :世界@名無史さん:02/11/17 23:13
>>6
>ジャック=ルイ・ダヴィッド「書斎のナポレオン」

6頭身だ、ナポレオン。


11 :世界@名無史さん:02/11/18 00:22
>>8
1779年のボナパルト総司令官って誰?と引っかかってみる。

12 ::02/11/18 00:57
素敵なスレだ!

ビザンチン帝国の栄枯盛衰は、その美術作品によく現れているから、ぜひ画像を
集めてから投稿したいな。

しかし・・・最近仕事が・・・

13 :YP:02/11/18 02:01
オスマン朝は、建築物、装飾などは比類無く圧巻だけれども、人物
画などの絵がどうにも前者に比べてショボいと感じるのは俺だけで
すか?
ショボいと云えばバイユーのタペストリーなどの中世西洋絵画も、
正教会等のスラブのソレも絵的にクオリティは低いんだろうけど、
ある領域に到達した味わい深いものがあると思う。
が、オスマン朝のソレはどうにも煮え切らない印象を受けてしまう。
建築物、装飾などが圧巻なだけに。
人物画が成熟の域に達しえて見えないのはイスラムの宿命なのかな。

14 :世界@名無史さん:02/11/18 08:22
イスラムの場合は預言者を描けなかったのが人物画が発達しなかった理由

15 :8:02/11/18 09:40
>>11
失礼しますた。
×1779年→○1798年です。

16 :8:02/11/18 09:54
>>14
偶像崇拝を禁じているはずのキリスト教が、どうやってイエスの肖像と
いうものを描くようになったのか、そのプロセスを調べてみるのも
面白そうですね。
http://www.dohio.org/sacredpath/images/icon%20of%20christ.gif
ちなみにこれはシナイ山、聖カタリナ修道院にあるイコンで、6世紀前半の
もの。
かなり古代絵画の名残があります。
544年、マンディリオン(キリストの顔がうつった布)がエデッサで発見されたと、
6世紀末のの『教会史』の作者エヴァグリオスが記しています。
マンディリオンは、ビザンティン皇帝コンスタンティヌス7世ポルフィロゲニトス
の時代にコンスタンティノープルに移され、宮廷礼拝堂に保管され、人の手で
作られたのではない真性の肖像画として尊重され、模写されていきます。


17 :世界@名無史さん:02/11/18 19:14
>>13
確かに本の挿絵ぐらいしかないですよね。

18 :世界@名無史さん:02/11/18 19:26
http://sunsite.sut.ac.jp/cgfa/g/p-gros2.htm
グロ「アイラウの戦場のナポレオン」

ナポレオンの前にひざまずいている、弁髪のような髪型の人物は
リトアニア兵なのだそうです。
しかし、この時代のリトアニア人て、本当にこんな髪型をしていたのかな?
左端の、軍医に支えられて、右手で胸を押さえ、左手を伸ばしているのも
リトアニア兵。
このときナポレオンは「もし地上のすべての王がこの光景を見たなら、
戦争や征服を望む彼らの気持ちは薄れるであろう」といったとか。
「地上のすべての王」にナポレオン自身は入らないのか?

19 :世界@名無史さん:02/11/18 19:46
>>18
この「弁髪」は18世紀の貴族の肖像画などにみられるヘアスタイルでは?
頭頂部が禿げあがってるので、中国の弁髪のように見えるだけでは?

20 :世界@名無史さん:02/11/18 21:10
>>19
あ、そういえばプロイセンのフリードリヒ大王もこんなお下げにしてたような・・・
サンクス。

21 ::02/11/19 02:37
>>16

ラヴェンナの初期キリスト教モザイク絵画にも、古典時代の雰囲気がよく残って
います。

>偶像崇拝を禁じているはずのキリスト教が、どうやってイエスの肖像と
>いうものを描くようになったのか

避けて通れないのが、イコノクラスムでしょう。
特にイスラム圏に接していたビザンチン帝国においては、イコンを宗教的によしと
するまでに100年にわたる政争が起きています。

22 ::02/11/19 02:47
イコノクラスム前後で、正教の聖像はさまがわりを遂げる。

・丸彫りの彫刻は全面禁止(ピエタなんてありえない)
・イエスやマリアを描く時は、テオトコス、デイシスのように神学的に裏づけがつれた
 構図のみしか許されなくなる
・顔は写実的に書くことは許されても、体を立体的に描くことは許されなくなる。


23 :世界@名無史さん:02/11/19 18:44
http://www.ou.edu/class/ahi4263/byzslides/094-3.jpg
テッサロニキ、アギオス・ディミトリオス聖堂モザイク

キリストの肖像が容認されたのは、451年のカルケドン公会議が最初です。
いったん肖像が容認されると、ローマで早くから現れていた魔術的要素が
入り込んできます。
これはアウグスティヌスが恐れていた事態でした。
このモザイクの聖人の像を見ると、大きく見開かれた眼、厳格な正面向きで
抽象的な造形、そこには見る人に催眠術をしかけるような力があります。

24 :世界@名無史さん:02/11/19 22:24
>>3
美化されたのは、ナポレオンよりむしろ革命家のマラーのほうでは?
http://katia.cabaretvoltaire.com/blog/imagens/marat.jpg
ダヴィッド「マラーの死」
http://www.onsverleden.net/afbfransrevol/marat1.jpg
他の画家が描いたマラーの肖像

25 :3:02/11/20 23:18
>>24
なるほど違いますね。ダヴィドはマラーの輪郭だけ似せて、細目を美化しているようです。
ということは、ナポレオンについても、同様の手口を使ったという可能性は捨てきれないでしょう。
>>6のジャン・グロにいたっては、まるで少女マンガを見るようです。

26 :世界@名無史さん:02/11/20 23:23
>24
ワラタ
ダヴィッドって死刑台に連れて行かれるマリー・アントワネットを
スケッチしていなかった?

27 :世界@名無史さん:02/11/20 23:50
>>26
http://www2.oakland.edu/users/ngote/images-full/david-marie-antoinette.jpg
マリー・アントワネット

28 :世界@名無史さん:02/11/20 23:52
ダヴィッドが描いたナポレオンのアルプス越え、馬にまたがった姿で
描かれているけど、実際は騾馬に乗って越えたんですよね。

29 :YP:02/11/21 00:15
カスティリオーネの描く乾隆帝はどれもバカ面に見える。

30 :YP:02/11/21 00:36
満洲実録のヌルハチはどれも通常の人物の3倍のスケールで描かれている。
が、乗る馬の大きさは同じ。

31 :世界@名無史さん:02/11/22 00:00
>>27
アリガト。ジャン・コクトーがその絵絶賛してるんだよね。

女王の最良の肖像画は、むろんダヴィッドによって描かれた、荷車の中に坐って
刑場に赴く彼女のそれである。彼女はすでに死んでいる。サン・キュロットたちが
断頭台の前につれていったのは、彼女ではない別の女である。羽飾りやビロードや
繻子や、提灯などのいっぱい入った箱の下に身を隠し、自分自身を使い果たして
しまった別の女である。

32 :YP:02/11/22 01:25
名画「ヴォルガの船引き」age

スリコフやレーピンって凄くない?
誰か画像ウpして・・


33 :世界@名無史さん:02/11/22 06:09
>>32
http://www.courses.drew.edu/sp2001/russ-2-001/CINC%20Project/RepinBargeHaulers.jpg
名画「ヴォルガの船引き」

これかな?


34 :世界@名無史さん:02/11/22 06:12
http://www.abcgallery.com/S/surikov/surikov.html
ヴァシーリィ・スリコフ

35 :世界@名無史さん:02/11/22 19:12
ヨーロッパ人の描いたマムルークは、褐色の肌の、中東系のような風貌で
描かれていますが、マムルークにはグルジア人・スラヴ人のような白人も
いたのでは?
ナポレオン時代のマムルークに詳しい方はおられますか?

36 :アルペンローゼ ◆XBKLFVrvZo :02/11/22 20:34
ドラクロワ「キオス島の虐殺」です。
ナポレオン時代のマムルーク。
http://sunsite.sut.ac.jp/cgfa/delacroi/p-delacroix11.htm

少なくとも、グルジア人は白人でも、浅黒い人が多いですよ。

37 :3:02/11/24 09:56
イエスの顔は,最近、当時の平均的なユダヤ人の骨格から推定復顔されたものが
公表されたが,古典画とは似ても似つかぬ丸顔デカ鼻のもさっこいオヤジ風だった。
絵画では,イエスは沢山かかれているんだろうね。
細おもてのが多いのかな?それともヴァリエーション豊富なんでしょうか?

38 :世界@名無史さん:02/11/24 10:09
>>36
http://www.artic.edu/aic/provenance/ProvPaint/Images/E13980121.jpg
ジロデ=トリオゾン
このマムルークは白人ぽい。

39 :世界@名無史さん:02/11/24 13:24
>>37
古典画でも、シリア型(長髪とひげのイエス)と、ギリシア型(ひげがなく、
アポロンのような外見)の二つに分けられます。
後者の典型はミケランジェロの「最後の審判」に描かれたイエス。

40 :3:02/11/24 15:09
http://www.kfki.hu/~arthp/html/m/michelan/3sistina/lastjudg/

ミケランジェロ「最後の審判」


41 :3:02/11/24 15:16
http://cgfa.sunsite.dk/michelan/p-michel17.htm

同じくミケランジェロの彫刻より、
Christ Carrying a Cross

42 :3:02/11/24 15:58
世界史板ということで、アメリカ独立戦争のきっかけとなった
ボストン茶会事件の絵をコレクトしてみました。
http://odur.let.rug.nl/~usa/images/boston.jpg
http://www.aoc.gov/cc/art/cox_corr/w_exp/images/boston.jpg
http://library.thinkquest.org/25909/media/image_gallery/amerrev-bostonteaparty.jpg

1773年12月16日夜。
英国の東インド会社優遇策に反発した、愛国者サミュエル・アダムスが
組織した急進派グループ「自由の息子たち」はモホーク=インディアンに
変装して、東インド会社の船を襲撃した。 50名の部隊を引き連れ、
サミュエル・アダムスは、ボストン港に停泊していた3隻の東インド会社船を襲い、
342箱(実に15000ポンド、海が紅茶で染まるほどだったという)の紅茶を
「ジョージ三世のお茶会だ」と揶揄しながら海中に投げ捨てた。
港で見守る人々も誰もこれを止めようとしなかったらしい。
 




43 :世界@名無史さん:02/11/24 22:41
>>40
「最後の審判」って何年か前に腰布とりませんでした?
そんなニュースを見た記憶が・・・。

44 :世界@名無史さん:02/11/24 23:15
>>43
「最後の審判」の腰布ってミケの死後つけたされたんじゃなかったっけ?


45 :山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/11/24 23:19
>44
日本の「一遍上人絵伝」と同じですか。何処も変わりませんねえ。

46 :3:02/11/25 16:16
ダ・ヴィンチ以外の「最後の晩餐」コレクション:

Duccio, 1308-11
http://www.abcgallery.com/D/duccio/duccio62.html
Bouts, 1464-67
http://www.abcgallery.com/B/bouts/bouts3.html
Huguet, 1470
http://sunsite.sut.ac.jp/cgfa/h/p-huguet3.htm
Ghirlandio, 1480
http://www.abcgallery.com/G/ghirlandao/ghirlandaio9.html
Holbein, 1524-25
http://sunsite.sut.ac.jp/cgfa/hholbein2/p-hholbein2-7.htm
Bassano, 1542
http://sunsite.sut.ac.jp/wm/paint/auth/bassano/last-supper/last-supper.jpg

さあ、あなたの薀蓄を語ってたもれ!



47 :世界@名無史さん:02/11/25 20:04
>>46
レオナルド以前の「最後の晩餐」は、ユダが一人手前に孤立して座っているのが
特徴。
ギルランダイオあたりになると、それまで使徒たちが一直線に、ほとんど
変わらない姿勢で座っていたのが、動きを感じさせる表現になってきます。

48 :世界@名無史さん:02/11/26 17:06
>>43
まだ全部はとってないんですよ。
キリストの周りにいる聖人とか。
ミケランジェロの生前から、裸体表現に対する批判はあったんですけどね。
対抗宗教改革の時代に、一度は取り壊しも検討されましたが、結局腰布を
つけて残すことにしました。

49 :世界@名無史さん:02/11/27 14:23
http://www.comunicativo.net/mini_galeria/images/Velazquez-las_lanzas_jpg.jpg
ベラスケス「ブレダの開城」

ヨーロッパの戦争画って、敵を貶めて描くことを好まないようですね。
ナポレオン関係の絵画もそうだけど、勝者の側の寛大さとかを強調する。


50 :世界@名無史さん:02/11/27 21:56
>48
情報アンガト。しっかしどうやってとるんだろう(謎)。

51 :世界@名無史さん:02/11/28 14:01
>>43-44
 ミケの死後に裸だらけが教会で問題になって、弟子が腰布を書きまくったとか。
そのためにその画家は後に「ふんどし画家」と呼ばれるようになった。
 あと腰布はずしたときにミケと仲の悪かった聖職者をモデルにした人物の性器に
蛇が噛み付いてたとかでそこは元のままにしたとか.

52 :世界@名無史さん:02/11/28 18:52
>>51
教皇庁儀典長だったビアージオ・ダ・チェゼーナのことですね。
彼がミケランジェロの作品をけなしたので、怒ったミケランジェロは
地獄の王ミノスの顔をビアージオにしてしまったとか。

53 :世界@名無史さん:02/11/28 20:19
>>50
修復のときは和紙も使われたとか。

54 :世界@名無史さん:02/11/28 23:38
ゴヤってスペイン王室に迫害されなかったのか?
どう見ても王や王妃をバカにしきって書いているし。
見てて心配になってくる。

55 :世界@名無史さん:02/11/29 01:35
>>54
王室の描き方よりもむしろナポレオン軍に協力的だったことのほうがヤバかったみたい。
フランスのギイ将軍やその息子の肖像画を描いたりしてるし。

56 :世界@名無史さん:02/11/29 03:34
そういえば松田聖子がバブル時代、プラシド・ドミンゴよびつけて
「ゴヤの生涯」いうオペレッタだかCDだしたな。

ビバ!エスパーニャ〜♪とか朗々とドミンゴが歌うと、聖子が
ゴヤの恋人だかなにかに成りきって嫋嫋と歌う。

CDなくしちまったけど、また聴きたいなぁ

57 :世界@名無史さん:02/11/29 03:49
>55
ウェリントンの肖像画も当時書いてますね。
ついでにナポレオンの兄でスペイン傀儡王のジョゼフ(ホセ1世)にも忠誠を誓ってます。
宮廷主席画家にしては、政治的無節操が目立ちますね。

フランス撤退後、彼は対仏協力容疑と「不敬神な猥褻画像(裸のマハ)」で2回、異端審問所に
呼び出されてますが、終始うまくたちまわってます。

1800年製作の有名な「カルロス4世一家肖像画」で王室を矮小に描いた
(しかも画像左隅、皇太子フェルナンドが視線が父カルロスとあってないということで
当時、皇太子の許婚が公に認められなかった不仲を暗示している)
問題画ですが、カルロス四世の治下(1788-1808)は社会不安とフランス革命の
影響で王室の権威が著しく低下した時期でもありました。

そのへん、抜け目なく世論におもねり描いたぶぶんもあるでしょうね

58 :世界@名無史さん:02/11/29 08:55
フランシスコ・デ・ゴヤ

ギイ将軍の息子
http://www.abcgallery.com/G/goya/goya57.html
パラフォックス将軍
http://goya.unizar.es/InfoGoya/Obrasjpg/Pintura/565.jpg
ウェリントン公爵
http://www.abcgallery.com/G/goya/goya68.html
フェルナンド7世
http://www.abcgallery.com/G/goya/goya69.html

59 :世界@名無史さん:02/11/29 10:27
ゴシック様式を生み出したのはサン・ドニの修道長、
シュジェールだそうだ。彼は独特の美意識でもって
神をたたえた。

60 :世界@名無史さん:02/11/29 12:50
>>57
抜け目なく立ち回った画家といえば、フランス新古典主義の巨匠アングルも
そうですね。
王政復古がなったとき、師のダヴィッドはベルギーに亡命。
当時アングルはローマにいましたが、すぐには帰国せず、ほとぼりが冷めた頃に
作品だけをサロンに送って出品。
このときアングルの過去が問題にされなかったので、こんどは露骨に
王党派にすりよった『ルイ13世の誓願』を引っ提げて帰国。

61 :世界@名無史さん:02/11/29 17:51
>>59
この時代、フィリップ2世のもとで王宮があるパリの地位が高まり、さらに
パリを囲むイル=ド=フランス地方にはそれほど大した美術も建築もなかった
ことが、逆に新しい様式の定着を促したのかも。

62 :世界@名無史さん:02/11/29 20:20
>抜け目なく立ち回った画家
ヴィジェ=ルブランもそうなのかな?
あんなにマリー・アントワネットと仲良しだったんだから、
処刑されてもおかしくないのに。
美貌では女流画家No.1。

63 :世界@名無史さん:02/11/29 22:03
>>62
彼女は革命勃発後はフランスを離れ、各国で肖像画家として成功しました。

64 :badhiro:02/11/29 22:11
うんちくは解らないがダリとゴッホの絵は好きです。ピカソはゲルニカだけ好きです。

65 :世界@名無史さん:02/11/29 23:51
もしも一枚だけ欲しい絵が貰えるのならダリの「パン籠」。

66 :世界@名無史さん:02/11/30 00:26
>>64
>>65
第一次世界大戦、第二次世界大戦が美術に与えた影響を語ってください。

67 :世界@名無史さん:02/11/30 02:03
>66
美術からはちょっと外れるけれど、
ナチと言えばバウハウスの存在も忘れて欲しくない。

68 :YP:02/11/30 02:34
>>66
あれだあれ、小松崎茂画伯でしょ。

俺の友人に戦闘機ばかり描いてるヤシがいる。それも女なんすけど。

69 :世界@名無史さん:02/11/30 14:08
やあ>18氏のアイラウ、PCの壁紙にさせてもらったよ。これで
僕のPCも格好良さ120倍さ!

バルザックの「シャンベール大佐」(だったかなあ)昔、フランスでの映画化に
あわせて河出書房新社文庫から文庫でたけど、読みたいのに見つからない。
映画も未見だけど、雪ふるアイラウ戦でのミュラーの騎兵突撃が絶品とか。

主人公の大佐がこれで戦史公報がでちゃって、未亡人は財産権を相続、再婚だか
しちゃたところにじつは戦死は誤報からはじまる悲劇

70 :世界@名無史さん:02/11/30 14:10
それにしても、こりゃいいスレだなあ。ゴヤ関連も含め、絵を探してくれる
方の努力には感謝してます

71 :54:02/11/30 15:24
>>55-58
ゴヤ情報感謝。正義感ゆえ…などと推測しておりましたが、
なかなか一筋縄ではいかない人物ですね>ゴヤ。

72 :世界@名無史さん:02/11/30 21:02
>>36
フランスにおいては、ギリシア独立支持派には自由主義陣営の人々が多く、
オスマン帝国側にたとうとする王政復古政府との対立を深めたそうです。
ちなみにドラクロワは、青年時代は自由主義に共感を抱いていたらしいです。


73 :世界@名無史さん:02/11/30 22:10
http://www.lastsquare.com/PrintCatalog/CranstonPix/dhm244.jpg
フランソワ・ジェラール「アウステルリッツの戦い」
(クローズ・アップの手法を用いている)
http://www.1803-1815.com/arcole.jpg
http://www.ifrance.com/napoleonbonaparte/arcole.jpg
バグレ・ダルブ「アルコレの戦い」
(戦場の地形や軍隊の布陣の様子を遠景におさめている)
http://www.humanitiesweb.org/cgi-bin/human.cgi?s=g&p=c&a=p&ID=208
エルネスト・メッソニエ「フランス戦役、1814年」
(50年も昔の出来事を、今このときであるかのごとくリアルに表現しています)
http://www.milartgl.com/Images_b/b_battle_of_friedland.jpg
オラース・ヴェルネ「フリートラントの戦い」
(ルイ=フィリップが、皇帝派を懐柔するためにヴェルサイユ宮殿の
戦争の間に飾らせた一点)

74 :世界@名無史さん:02/12/02 18:54
>>59
フランスにおいて、12世紀後半から13世紀後半までの約90年間に
80もの大聖堂が建てられています。
最初は火事による建て替えが多かったのですが、そのうち
「隣の市が新しくしたのでウチの市でも立派な聖堂をつくろう」
というふうになって、大聖堂の建設ラッシュが起こります。
立派な大聖堂を建てると、地元の人々だけでなく、巡礼を中心に他の地方の
人々が集まってきて、お金を落としていきました。
いまでいう「町おこし」的なものです(w


75 :世界@名無史さん:02/12/03 22:25
確か、代々のフランス国王が戴冠したのはランスの大聖堂だったはず。
映画「ジャンヌ・ダルク」のなかでも戴冠式の場面が出てくる。
「クローヴィスの聖油」が無くなっていて、ヨランド・ダラゴンが注ぎ足していた。

76 :世界@名無史さん:02/12/03 23:25
http://www.abcgallery.com/I/ingres/ingres14.html
アングル「玉座のナポレオン1世」
柏と月桂樹の葉の古代風の冠をかぶり、皇帝ナポレオンの紋章の蜜蜂を金糸で
刺繍した紅ビロードと白テンの毛皮。
右手に持っているのは頂にシャルルマーニュの像がついている「シャルル5世の
王笏」、左ひざに立てかけている象牙の手のついた笏は「正義の手」という
10世紀の品。
帯びている剣はシュルルマーニュ大帝の持ち物であったという伝説のある剣。




77 :世界@名無史さん:02/12/03 23:34
>>76
この絵はやはりアングルの描いたユピテルの像にそっくりというものですね。

78 :YP:02/12/03 23:46
>>76
やっぱお上りさんなのか、服に着られてる感は否めませんな。
七五三みたいだ。

79 :世界@名無史さん:02/12/04 05:33
隠れポナバルディストの多いスレですねえ(苦笑)
>>76
>皇帝ナポレオンの紋章の蜜蜂
国務院は帝政の開始(1804/5)に際して、帝国の紋章に雄鶏を用いるよう
勧告したそうですが、ナポ自身は鷲と蜜蜂を採用したようです。
鷲は、まあローマ神話の最高神ジュビターの聖鳥で、カール大帝も紋章に
使用したくらいだから、その正統性は当然として・・・。

蜜蜂は補助的な意匠としてカンバレスなる御仁の発案で採用されたようです。
理由については
1、共同体のために働く象徴
2、メロヴィング朝(5C-8C)の紋章にも使われた
とされますが、じつはメロヴィング朝の紋章は「蝉(セミ)」だったりするんですよね。

なんなんでしょう、このへん。
ま、無駄話ですが、どなたか識者いたら、ご解説くだされ

80 :世界@名無史さん:02/12/04 05:35
>77
ローマに範をおいた気宇壮大な帝政だったので、
ユピテル=ジュピターということで、鷲をからませるのは
そういう宣伝なんでしょうね

81 :世界@名無史さん:02/12/04 10:35
ttp://www.sankei.co.jp/news/020928/0928boo023.htm
ナポレオンは、この式典を迎えるにあたって、自分および帝室の紋章を定めた。
なぜなら、紋章こそ、威厳と正統性を示すものだからである。紋章評定委員会に
おいて検討が重ねられた結果、採用されたのは、ブルボン家を生んだフランス王国の
始祖ユーグ・カペーよりも二百年以上も古いフランク王国の大帝シャルルマーニュと、
それをさらに三百年以上もさかのぼったメロヴィング朝のヒルデリック一世の紋章だった。
つまり鷲と蜜蜂である。ナポレオンは、これらを自分および帝室の象徴として、
いたる所に掲げた。


82 :世界@名無史さん:02/12/04 10:53
http://www.military-art.com/images/dhm394_small.jpg
ダヴィッド「鷲の軍旗の授与」
皇帝が各連隊に皇帝軍のシンボルの鷲のついた軍旗を授与し、連隊長たちが
「われわれは誓う」と叫んだ場面。

絵画としての出来は良くない作品ですが、ナポレオン時代の軍服は
カッコイイですね。
わたしは軍装についてはあまりくわしくないのですが。


83 :世界@名無史さん:02/12/04 12:45
>>79
美術の本などでは、
「蜜蜂はフランク王国のカロリング朝の象徴」と書かれていますが・・・
メロヴィング朝=蝉
カロリング朝=蜜蜂
ということなのかな?
「西ローマ滅亡後のゲルマン人国家とその王たち」スレの人が
降臨してきてくれたらいいのですが。

84 :世界@名無史さん:02/12/04 13:06
http://www.culture.fr/culture/sedocum/imatges/sedocum/mncmbp-3.jpg
ジロデ=トリオゾン「自由を求める戦いにおいて祖国のために死んだ
フランスの英雄の称揚」

若き日のボナパルトの軍隊で戦死したオシュ、マルソー、ドゼー、クレベール
などの将軍たちが、天国でケルトの吟遊詩人オシアンに迎えられている場面。

ここでは画面上方に鷲と、ガリア=フランスの象徴である雄鶏が
描かれています。

85 :世界@名無史さん:02/12/04 23:16
http://www.abcgallery.com/T/turner/turner6.html
ターナー「アルプスを越えるハンニバルとその軍勢」
イギリス人であるターナーは、同じくアルプス越えをしたナポレオンとハンニバルの
イメージを重ね合わせて、ハンニバルと同じくナポレオンも滅びよという期待を
こめていた、という説もあります。
http://www.abcgallery.com/T/turner/turner4.html
ターナー「トラファルガーの海戦」
もっとも、カルタゴという国に関しては、フランスよりもむしろイギリスの
ほうが、海運に優れた貿易国というイメージからしてふさわしいものでした。
事実フランス人たちは宿敵イギリスをローマに敗退したカルタゴになぞらえることを
好んだのはもちろん、イギリス人自身も自国の驕りを戒めるためにしばしば
カルタゴの歴史に言及しています。

86 :YP:02/12/05 01:13
>>79
>じつはメロヴィング朝の紋章は「蝉(セミ)」だったりするんですよね。
俺が読んだ本にもそういう事がチラっと書いてあったけれど、
これが間違えた事なのか、間違い承知で蜂で押し切ったのかどうかまで教
えてくれないんですよね。中途半端な解説で終わっていて。
つうか、メロヴィング朝詳しい人ってこの板でどれだけいるんだろう。

87 :世界@名無史さん:02/12/06 19:01
http://www.aboutnelson.co.uk/west2.jpg
ベンジャミン・ウェスト「ネルソンの死」

他スレに、ネルソンの最後の言葉が
「キスして、ハーディ」
だったと書かれていたなあ。

http://www.abcgallery.com/G/goya/goya21.html
ゴヤ「1808年5月2日、エジプト人親衛隊との戦闘」
http://www.abcgallery.com/G/goya/goya70.html
ゴヤ「1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺」

1814年の5月2日の6周年式典にあわせて描かれた作品。

88 : :02/12/09 17:41
彫刻もありですか?

89 :世界@名無史さん:02/12/09 17:58
>>88
どうぞ。

90 :世界@名無史さん:02/12/09 19:41
http://www1.kcn.ne.jp/~a7627/bun2.htm
美術関連サイトリンク集

91 :世界@名無史さん:02/12/12 14:25
http://www.interomega.com/parthenon.jpg
http://harpy.uccs.edu/greek/sculpt/goddesss.jpg
http://arthist.cla.umn.edu/aict/images/ancient/gas2/512/009.jpg
パルテノン神殿とその建築付属彫刻

政治家ペリクレスが、神殿復興のためにデロス同盟の資金を流用したことは
あまりにも有名。

92 :世界@名無史さん:02/12/20 16:24
>>91
その彫刻をイギリスにもたらしたのは、当時駐オスマン帝国大使だった
スコットランドの貴族エルギン卿トーマス・ブルース。
最初は記念品をいくつか持って帰るつもりだったけど、破壊がどんどん進んで
いくので全部神殿から取り外してもって帰った。

93 :世界@名無史さん:02/12/21 20:31
http://www.bmlv.gv.at/hgm/hgm-30.jpg
アルビン・エッガー=リーンツ「無名のものたち、1914年」
この画家は前進する兵士達をよくモティーフとして取り上げています。

94 :ドイツ系ハプスブルグ家:03/01/01 18:48
ハンガリー王ボヘミア王神聖ローマ皇帝
フェルディナントの息子マクシミリアン2世(1527-76)と
孫のルドルフ2世(1552-1612)の募集した美術や建築について
知ってる人いませんかね?
とくに後者のルドルフ2世がウィーンから古都プラハに居城をうつし、
一切の宗教改革騒動から身をひいてひたすら募集にあけくれたルネサンス人文主義
美術品に興味あります

95 :世界@名無史さん:03/01/01 21:13
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&ie=UTF-8&oe=UTF-8&q=Arcimboldo&sa=N&tab=wi&lr=
代表的なのがジュゼッペ・アルチンボルドでしょう。
あとはピーテル・ブリューゲル、バルトロメウス・スプランゲルなど。

96 :世界@名無史さん:03/01/01 22:04
>95
おお。
春に擬せられたルドルフ2世の肖像画ですね
http://www.giallo108.com/immagini/oltre240/arcimboldo-h480.jpg
ルドルフ2世の祖父フェルディナントがボヘミア王として北イタリアから
召し連れたそうで、一種、絵画の軽業師として宮廷の人気者、晩年には
祝祭・音楽祭の組織も主催したようです。
見るからに異教的ですね

このフェルディナント系列のドイツ・ハプスブルグ家はスペイン・ハプスブルグの
フェリペ2世とちがい新大陸の富を元にした軍隊もなく、トルコの脅威に団結して
忠誠を誓う諸侯ももたず、一種、無力の家系として、宗教争議を避ける意味もかねて
ユダヤやカバラも含むコスモポリタンな内面世界に耽溺してます


97 :世界@名無史さん:03/01/01 22:12
プラハ城。
http://www.pis.cz/graphics/praha/878.jpg

カフカの『城』のモデルは彼の父の故郷のヴォセック村のそれですが、
このなかにルドルフ2世の珍奇なバロック工芸品をあつめた「驚異の部屋」
いうのがあるようなのですが・・・。
ネットでみつからない



98 :世界@名無史さん:03/01/01 23:03
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&ie=UTF-8&oe=UTF-8&q=+Wunderkammer+&sa=N&tab=wi&lr=

Wunderkammerで検索してみました。

99 :世界@名無史さん:03/01/02 14:57
ありがとうございます。
驚異の部屋Wunder-kammerいう概念は面白いですね。
それキーワードにネット+高山宏さんの本でちょっと調べてみたのですが・・・

このFRASH画像見ればわかるとおり、
http://www.wunderkammer.de/szene.htm
それはKunst-kammer(芸術の部屋)あるいはCabinet(陳列棚)に世界を
閉じ込めようとする自閉症的な世界のようです。

博物学の世紀である18世紀のリンネやのちのダーウィンですと、それは分類によって
世界征服を果たそうとする外向けの意思を感じますが、17世紀の驚異の部屋は
18世紀の博物館博物館[ラテン語msum←ギリシャ語Mouseion(Muse神の神殿)]と
違い、人工物も自然物も一緒くたにしたもののようです。

もっとも有名なのはルドルフ2世の30年戦争前夜のプラハ宮廷のそれですが、
当時欧州にはこの手のWunderkammerが代々ハプスブルグ当主、およびドイツ諸侯、
キルヒャーやオレ・ウォルムいった学者たち、あるいはメディチ家の書斎studiare等
無数の「驚異の部屋」があり、新大陸の発見やガリレオによる天体の再発見等、
過剰にあふれる世界の情報をとにもかくにも「神の御手による産物」として
整理もせず収集したようです


100 :世界@名無史さん:03/01/02 14:58
これはウィーンのKunst-kammerにおさめられ工芸品の一例ですが
http://www.khm.at/system2.html?/static/page2165.html
オートマトン(自動人形)やら時計やら、細部にさまざまな寓意を施した細工物やら、
基本的には錬金術嗜好につながる内面世界の機械化、外界の拒否を感じます。

とりわけルドルフ2世は新旧教徒の抗争こそ帝国の分裂をまねく最大要因だと正しく
見ぬき、ルネサンス人文主義の中庸に国家の頼るべき精神的支柱をもとめたようですが・・・。

このへんはもっと詳しい人が多いでしょう

101 :世界@名無史さん:03/01/03 13:51
http://www.clonarte.it/%5Cimages%5CGustav%20Klimt%20%20-%20The%20Kiss%20-%20180%20x%20180.jpg
グスタフ・クリムト

ハプスブルクで思い出すのが世紀末ウィーンの美術ですね。
19世紀にフランツ・ヨーゼフがリンク・シュトラーセの周囲にさまざまな
建築物をつくり、その壁画をクリムトも担当しています。


102 :世界@名無史さん:03/01/03 23:03
エルサレム近郊での十字軍の渇望 フランチェスコ・アイエツ
"Crusaders Thirsting near Jerusalem, Francesco Hayez, 1836-50, oil on canvas, Palazzo Reale, Turin"
http://cgfa.sunsite.dk/h/hayez3.jpg

1099年、第一回十字軍(1096-99)がエルサレムを攻撃。エルサレムなあるパレスチナ地方は乾燥した気候である。しかも攻撃が夏にかかり、温度が上昇。しかもしかも、甲冑を身につけている騎士たちにはたまったものではない。

かくして、十字軍は渇きに悩まされ、水を求めて相争った。絵の左下には、女性に水を与えるヒューマニズムを体現する騎士が描かれている。この絵に描かれている女子供は騎士の妻子と思われるが、第一回十字軍には騎士の数倍もの民衆も同行していたそうである。

こののち、エルサレムに突入した十字軍はイスラム教徒と、ついでにユダヤ教徒に対して、殺戮と略奪の限りを尽くすことになる。戦争って、ホントにとんでもない。

作者のアイエツは19世紀、イタリアのロマン主義歴史画家。

103 :世界@名無史さん:03/01/03 23:40
>>102
絵のポイントは、「水を巡って争う醜い十字軍」ではなくて、渇きのなかで
も聖都エルサレムを指さす坊さんと、十字旗を掲げる兵士にあるんだろうけ
どね。

104 :久世光彦:03/01/04 02:14
>101「接吻」
クリムト好きなんですよ。
クリムトには他に「ダナエ」(ダナエがゼウスの子を宿すいう主題)いうあぶな絵
があって、黄金水を浴びて恍惚とする女性像がいいですね。
「接吻「ダナエ」「ユーディット」・・・いわゆる到底保守本流であるウィーン芸術教会
と合い入れないエロティズムを公表すべくウィーン分離派は生まれたわけですが
父親が金細工師の関係で、本来は非常に装飾的な職人さんにすぎなかった。

エゴン・シーレ、オスカー・ココシュコ、フロイト博士にシュニッツラー、
アルマ・マーラーとフランツ・マーラー・・・。
黄昏のウィーン文化につきまとう「死」の概念は、1679年の10万の死者をだした
ペスト渦への反動で、ことさらにつかのまの「生」を賛歌するバロック装飾が
街中のモニュメントに刻まれてるとか響庭孝男さんのエッセイあたり読むとかいてますが
そういうものかもしれませんね。

アンチ・セミティズムの起源なんて論争は厄介ですが、世紀末ウィーンの精神史
なんて識者のお話うかがいたいところです


105 :世界@名無史さん:03/01/05 13:24
>>104
世紀末ウィーンというのは、学芸の分野で素晴らしいものを生み出した一方で、
反ユダヤ主義やオカルティズムのようなものも流行したんですよね。
当時、東欧からユダヤ人が大量に流入し、事業や学問・芸術の世界で成功した
人が出たことで、彼らに矛先が向けられてゆきます。

分離派の芸術家達も、勃興しつつあった自由主義的なユダヤ人を中心とする
ブルジョワ層の趣味にこたえるべく集結したという事情もありましたし。


106 :世界@名無史さん:03/01/05 19:24
>>104
脱線気味ながら、ダナエとゼウスが交わる場面を特集してみました。
クリムトはやたらと官能的。私はテッツィアーノが好みかな。

クリムト(1907-1908年)
http://www.art-platform.com/pics/Klimt%20Gustav/1907-08%20danae%20oil%20on%20canvas%2077x83cm%20private%20collection%20grossf.jpg
コレッジオ(1531年 テンペラ画)
http://www.italian-art.org/masters/correggio/10.jpg
テッツィアーノ(1554年)
http://www.abm-enterprises.net/titian_danae.jpg
Joachim Wtewael(1566-1638)
http://www.kfki.hu/~arthp/art/w/wtewael/danae.jpg
レンブラント(1636-1647年)
http://www15.tok2.com/home/dorian/Greek/Danae/rembrandt_b.jpg
Paolo de Matteis(1702-1705)
http://www.diamondial.org/limage/79.140.JPEG
Sp?nyik, Korn?l(1858 - 1943年)
http://www.kieselbach.hu/images/aukcio0212/059.jpg
Vladimir Dookh(1991年)
http://www.bethisraelct.org/dookh/danae.htm
Stuart Luke Gatherer
http://www.albemarlegallery.com/images/pic07.jpg

「ダナエ」の背景についてはこちらの解説を。
http://www.ne.jp/asahi/art/dorian/Greek/Danae/Danae.htm

107 :世界@名無史さん:03/01/08 22:41
>>106
ティツィアーノのダナエは血の通った暖かさを感じさせますね。
コレッジオのは可愛らしいというか、ロココ的。
http://www.canismajor.demon.co.uk/graphics/khnopff.jpg
ところで、こちらはベルギーのフェルナン・クノップフの作品。
彼は英国のラファエル前派の影響も受けています。

108 :世界@名無史さん:03/01/10 01:31
http://www.ne.jp/asahi/art/dorian/T/Tadema/Tadema.htm
ヘリオガバルスについて検索してたらこんなのにあたった。

109 :世界@名無史さん:03/01/10 19:13
>>108
これってエラガバルス(ヘリオガバルス)が、薔薇の花びらで窒息死させる、
という処刑法を考えだしたというエピソードですよね?


110 :山崎渉:03/01/11 12:49
(^^)

111 :世界@名無史さん:03/01/11 14:11
>>109
なるほど。はじめ絵を見たときには、作者は頭がおかしいのかと思ってしまいましたが、実は史実(伝説?)を踏まえていたのですね。

112 :世界@名無史さん:03/01/11 14:30
>>111
19世紀ヨーロッパの市民社会というのは、非常に偽善的な道徳が幅を
きかせていたので、裸体画も、神話の女神や古典古代の歴史を描いた
ものならゆるされましたが、マネの『オランピア』『草上の昼食』のように
同時代の女性を描いた裸体画は非難されたのです。
アルマ=タデマはまさにこういうブルジョワ道徳にぴったりだったので
人気が出た画家。

113 :世界@名無史さん:03/01/14 16:38
美術というからにはイスラーム美術も。
http://www.ucalgary.ca/applied_history/tutor/imageislam/Alhambra.jpg
http://www.bangor.ac.uk/~mas009/alhambra.jpg
http://www.trinity.edu/mstroud/courses/alhambra.jpg
グラナダのアルハンブラ宮殿

13〜14世紀にかけて建造。
王の行政の場と居住空間からなる。



114 :世界@名無史さん:03/01/14 18:10
お前ら、ドラクロワの民衆を導く自由の女神とNYの自由の女神は何か関係あるのか?
教えてください。

115 :世界@名無史さん:03/01/17 17:17
>>114
どちらも「自由」の寓意像だけど、それ以外は関係ない。
NYの自由の女神は、バルトルディという彫刻家が製作。
巨像の鉄骨構造を設計したのは、ギュスターヴ・エッフェル。

116 :世界@名無史さん:03/01/23 18:59
http://www.ee.bilkent.edu.tr/~history/topkapi.html
トプカピ宮殿博物館のホームページ。
工芸品・細密画・歴代スルタンの肖像画などの画像があります。

117 :世界@名無史さん:03/01/23 19:43
>>116
どーもです。多数の細密画がアップされていますね。
工芸品などは、もとの写真が古いようで、ちょっと残念です。
現在の技術で撮影し直せば、もっと素晴らしい画像になるのですが。

ここに限らず、西洋画などのHPでも、画質が良くないものがかなりある気がします。

118 :世界@名無史さん:03/01/23 20:16
>>116
スルタンの肖像画を見てみました。

このページにあるなかで一番ふるいスルタン・メフメットの肖像画は
http://www.ee.bilkent.edu.tr/~history/Pictures2/ul128.jpg
http://www.ee.bilkent.edu.tr/~history/Pictures1/im39.jpg

同時期にベリーニが描いたらしい、スルタン・メフメットの肖像画と比べてみると面白いです。
http://www.ee.bilkent.edu.tr/~history/Pictures2/Yeni/por1_1.JPG

ベリーニがスルタンに会ったことはないはずですから、彼はオスマン・トルコで描かれた肖像画
をもとにして、この絵を描いたんでしょうね。顔がそっくり。

119 :世界@名無史さん:03/01/23 22:17
>>118
ベリーニが描いたスルタン・メフメットの肖像画は、後世の加筆がかなりあるそうです。



120 :世界@名無史さん:03/01/23 22:24
http://www.enel.ucalgary.ca/People/far/hobbies/iran/miniature/miniature.html
The Persian Art of Visual Poetry (Miniature)

こちらはイランの細密画。


121 :世界@名無史さん:03/01/23 22:29
>>119
顔もですか?
>>120
こちらもまた素晴らしい。ただ、絵にはせめてタイトルをつけて欲しい。
どういう場面を描いた絵なのかわからん。

122 :世界@名無史さん:03/01/23 22:39
>>121
イランの細密画でしたら、シャー=ナーメの場面や、宮廷の男女を描いたもの
でしょうかね?
西アジア・中央アジアの美術は西洋美術に比べて取り上げられることが少ないですね。


123 :世界@名無史さん:03/01/23 23:10
Iranian Cultural Information Center
http://tehran.stanford.edu/
イラン美術といえば、ここも必見。メニューのCultureをクリック→ARTのところにあるCalligraphy をクリック
で、カリグラフィー(装飾文字)のページに行けます。

こちらも見事ですが、意味はますますわかりません。

124 :世界@名無史さん:03/01/23 23:16
世界史の教科書には、細密画は中国絵画の影響を受けていると書かれてい
ますな。前から似てるなとは思っていましたが。

「元からはイル=ハン国に中国絵画が伝えられ、それがイランで発達した
細密画(ミニアチュール)に大きな影響をあたえた。」

125 :世界@名無史さん:03/01/24 00:01
トプカプ宮殿に飾ってあった、歴代スルタンの肖像画を見たことがあります。
全員、ひげを生やして、頭にターバンみたいのを巻いてあるので、誰が誰やら全然見分けがつきませんでした。

126 :世界@名無史さん:03/01/24 22:25
http://www.artoflegendindia.com/browse/PAA/
ラージプート絵画

西北インドでムガール絵画の影響を受けて発達した細密画。
おもにヴィシュヌ神の化身クリシュナの恋愛物語に主題を取っています。

127 :梵阿弥:03/01/26 23:48
私はデ・ステイルの信奉者だったりします。

128 :世界@名無史さん:03/01/27 11:44
http://www.intersol.co.jp/turkey/bursa1.htm
メフメット1世の墓

メフメット1世は、15世紀初めティムールに敗れ混乱状態にあったオスマン帝国を
再統一したスルタンである。青緑の美しいタイルで被われた墓は、オスマン帝国の
歴代スルタンの墓の中でも最高傑作といわれている。



129 :世界@名無史さん:03/01/27 14:16
>>118、のスルタン・メフメットって、メフメット1世かな? それとも2世?

130 :世界@名無史さん:03/01/28 19:18
http://www.slippercottage.co.uk/images/large/stourhead.jpg
英国式庭園の代表、スタウアヘッド
実際には、ありのままの自然ではなく、引き立つよう装われた自然。

http://www.gothic.art.br/porao/pics/lorrain.jpg
ちなみに英国式庭園は、風景画からも影響を受けている。

131 :世界@名無史さん:03/01/29 07:17
http://www.afg-2000.org/images/manuel_genealogiste/etat-civil/charlemagne.jpg
シャルルマーニュ(カール)大帝

実はこの像、孫のシャルル禿頭王だという説もあるそうです。

132 :世界@名無史さん:03/01/29 20:19
>>126
そのサイトのラージープート絵画、全部見ました。150画以上あったようです。なかなかの大コレクションですね。

133 :  :03/01/31 18:47
>>131
http://www.finances.gouv.fr/patrimoine/musee_de_la_monnaie/visite/images/mon9.gif
コインに刻まれたシャルル禿頭王の横顔


134 :YOSHIKI:03/01/31 19:03
おい、お前ら! 新スレたてたぜ。  名前は    

★★YOSHIKI様のピアニストを撃て!!★★   

だぜ。 このスレでは世界最高のピアニストのオレ様が
お勧めのピアニストについて熱く語るぜ!
お前らのお勧めのピアニストについても色々書いて
音楽に関する情報を提供しろよ!
待っているぜ!
http://tv3.2ch.net/test/read.cgi/musicnews/1043572368/l50

そして永遠の命を手にした■慎太郎クローン■が
次期総理に向けて始動したぜ!
石原は「自分に代わって■慎太郎クローン■が首相になって
大日本帝国を再建する。」といっているらしいが、本当かよ?
詳しくはこのHPに書いてあるぜ。
そして巨大地震を起す■謎の巨大コンドーム=神■の
謎を知りたければ、このHPを見ろよ!
http://www12.brinkster.com/uhikaru/a&w.htm


前スレはここだぜ。
http://tv3.2ch.net/test/read.cgi/musicnews/1038739531/l50

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★******★ ★ ★

135 :  :03/02/02 18:11
http://tabinokobako.cool.ne.jp/morocco/gm_mar_1.htm
マラケシュの王宮

ムワッヒド朝の繁栄期に造営されたのが現存する王宮。
ちなみにマラケシュの街は11世紀後半ムラービト朝の都として建設され、
フェズと並ぶモロッコの観光名所。

136 :世界@名無史さん:03/02/18 19:29
>>86
超亀レスですが、蜜蜂はフランク王国の勤勉の象徴なのだそうです。

137 :世界@名無史さん:03/02/24 20:25
>>1のリアルの正体が分かった
名古屋ゲー○デザ○ナー学院の2号ビルの「パセリ」か「エムサグ」だな(ワラ


138 :anji ◆EFBt/pII5Y :03/02/24 20:56
>>137
よっ、姉さん、お久し振り♪
俺もそう思ってたんだよね、おそらく俺が思うには「パセリ」だろうと。
「エムサグ」はPCの方なので無関係でしょ。
・・・・・で、お前さん、誰?
俺と同じ学校だな?んでもって俺と同じ2号ビルだな?
んでもってαクラスだったらムガーだぜぇ!!もしかして先輩様とか?

    Σ( ̄□ ̄;ボリスレェェェ!!!!!?????

139 :世界@名無史さん:03/02/26 21:32
最近ボリスレ下手になってきてないか、といってみるテスト

140 :anji ◆EFBt/pII5Y :03/02/26 21:35
よっしゃ!!
ここのスレで同じ学校同士の者でお祭りだ!!

141 :山崎渉:03/03/13 13:35
(^^)

142 :あげ:03/03/28 12:07
ルネサンスからしばらくの間、
神話を素材にして写実的ヌードを描いていたのって、
創作・鑑賞の動機に占めるエロ比率は何%だったんだろう?
エロ非難に対する避雷針としてアートを使うというのは、
現代の業界人がよくやる手だが。

143 :世界@名無史さん:03/04/03 10:08
http://shosoin.kunaicho.go.jp/
正倉院の宝物250点を掲載。

144 :山崎渉:03/04/17 09:55
(^^)

145 :世界@名無史さん:03/04/18 11:13
http://www.cyberlights.com/Italy/Tuscany/081-G-Siena-Duomo.jpg
シエナ大聖堂
http://www.webitalianet.com/fotografie/foto%20lombardia/foto_milano/duomo_milano.jpg
ミラノ大聖堂
http://www.initaly.com/regions/umbria/pix/duomo.jpg
オルヴィエート大聖堂

イタリアは他のヨーロッパの国と比べると、ゴシック建築の数が少ないね。
イタリア人の好みに合わなかったからなのか・・・
ちなみにミラノの大聖堂を建設したとき、イタリア人の工匠がゴシックの
建築技術に通じていないので、あやふやになるたびにフランスやドイツから
工匠が呼ばれたけど、その結果イタリア人の工匠と構造上・美学上の論争が
しょっちゅう起こり、外国人の工匠の意見は必ずしも受け入れられずに勝手な
修正が加えられたとか。


146 :山崎渉:03/04/20 04:39
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

147 :第20軍団兵:03/05/11 23:12
>>145
ロマネスクからゴシックを飛び越えて、
ルネサンス建築に移行したからではないでしょうか?
サンタ・マリア・デル・フィオーレ(フィレンツェ)とミラノ大聖堂って同時期ですよね。
確か?
*記憶に頼ってます

148 :世界@名無史さん:03/05/11 23:41
>>147
確かにイタリアの場合、フランスのようにロマネスク→ゴシックと
明確に発展段階を区分できませんね。
古典古代、アルプス以北、ビザンチン、イスラームなどの影響が
ごっちゃになっている。

ミラノを含めた北イタリアの場合、トスカーナに比べてゴシック的要素が
長く残ったようです。

149 :世界@名無史さん:03/05/13 20:56
http://atschool.eduweb.co.uk/myers/pupils/payam2/90.jpg
http://mypage.bluewin.ch/elultimo/images/esfahan_emam_mosque.jpg
http://www.ramayana.si/Esfahan_pure006.jpg
シャー・モスク(イマーム・モスク) サファヴィー朝

シャー・モスクは、古いエスファハンの大モスクに代わる集団礼拝用のモスク
として、アッバース1世により1611年に建設が開始され、完成したのは
サフィー1世の治世。
トルコ・ブルーとコバルト・ブルーを基調とした色使いが、建物全体で統一
されている。
正面入り口は「王の広場」に面しているが、キブラに合わせるために建物全体は
広場の軸から45度回転した方向に広がっている。

150 :世界@名無史さん:03/05/13 21:01
http://islamicity.com/Culture/Mosques/Asia/TMp82a.gif
http://islamicity.com/Culture/MOSQUES/Asia/TMp82c.gif
ダマスクスの大モスク ウマイヤ朝

ダマスクスの大モスクは、715年にキリスト教聖堂の一部を改築して完成。
父帝アブダル・マリクに次いで、造営事業に熱心だったワリード1世は、
豪華なモザイク装飾を施した。
モザイクは家屋と樹木をあらわしている。
非常に写実的であり、陰影が明確にされ、また遠近法ももちいられている。



151 :世界@名無史さん:03/05/18 12:38
アラビア語のマスジド(英語ではモスク)は、
元来、礼拝において平伏を行う場所のこと。

ジャーミイは、金曜日正午の集団礼拝が行われる、各都市の中心となるモスク。
一般に日本人が思い浮かべるモスクはこちらのほう。

152 :世界@名無史さん:03/05/18 12:50
ttp://mikulastik.net/sy/img/2002_01-24a.jpg
ttp://www.sfusd.k12.ca.us/schwww/sch618/War/allepo2.jpg
城塞
アイユーブ朝
アレッポ、シリア

アイユーブ朝では、十字軍に備える必要、あるいはシーア派との軋轢から
生じた脅威に備える必要から、軍事的な要塞を各地に設置した。
こうした事情から、アイユーブ朝の軍事建築は、格段の進歩を遂げた。
アレッポの城塞は、丘の上にあったビザンティンの要塞跡を利用して、
スルタン、アル・マリク・ザーヒル・ギヤースッディーン・ガーズィーが
築いたもの。
1258年にモンゴル軍に攻め落とされたが、マムルーク朝になってから再建された。
現在はアンタキヤ門など五つの城門が残っている。
張壁(帳壁)は十字軍から導入し、他方、跳び出し狭間や円筒形の塔などは
ファーティマ朝の築城法の伝統を継承したもの。

153 :第20軍団兵:03/05/22 00:42
>>149-152
つまり、ルネサンス建築に見られるドーム等はイスラム圏からの影響では?
と主張したいのですか?

154 :山崎渉:03/05/22 00:46
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―

155 :山崎渉:03/05/28 15:21
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

156 :世界@名無史さん:03/06/20 01:17
保守あげ?

157 :世界@名無史さん:03/07/15 04:50
      

158 :山崎 渉:03/07/15 12:53

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

159 :世界@名無史さん:03/07/23 03:59
イスラム絵画ってかっこいいよね

160 :世界@名無史さん:03/07/23 06:04
写経みたいなものかな?

161 :世界@名無史さん:03/09/03 13:34
http://www.cistercianfamily.org/images/window.jpg
http://www.metmuseum.org/toah/hd/glas/ho_1984.199.1-11_48.183.2.htm

シトー会修道院のステンドグラスって地味。
さすが清貧を旨とするだけのことはある。


162 :世界@名無史さん:03/09/03 13:50
ルーブルで見たけど、ルネサンスの最初のほうのイタリア美術ってビザンチンそっくりだよね。当然かもしれないけど。
西欧人は自分たちがギリシャ・ローマの文化の正統な継承者なんて図々しいこと抜かすけど、ああいうの見ると、いったいどこからどうやってルネサンス美術が生まれてきたのかと改めて思う。

163 :世界@名無史さん:03/09/03 15:53
>>162
チマブーエとか、あのあたりね。
イタリア半島は西欧の中でも特にビザンティンの影響が
強かったからね。


164 :世界@名無史さん:03/09/03 17:58
>>162
ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂は、コンスタンティノープルにかつてあった
聖使徒教会(6世紀創建)がモデルらしい。
あと、サン・マルコ大聖堂のモザイク『天地創造』は、『コットン・ゲネシス』
と呼ばれる5世紀末の古写本(ビザンティンからもたらされた)の挿絵が直接の手本。
さらに内陣にあるパーラ・ドーロ(黄金衝立)はビザンティン美術のエマーユ(七宝)
作品の最高傑作。



165 :世界@名無史さん:03/09/05 15:52
http://www.unf.edu/classes/byzantium/istanbul/HagiaSophia/HagiaSophia-Mosaic-Deesis-detail1-GP7-23_20A.JPG
ハギア・ソフィア大聖堂南ギャラリーのモザイク。
パレオロゴス朝美術の頂点をなす。

166 :ACE ◆Z7a1IZ9GTI :03/09/18 20:31
>>2の内容について、
 1.モナリザは眉毛がない。当時としては普通らしい。
 2.微笑んでいないと主張する人々がいる。
 3.ジョコンダ夫人がモデルであるという説。
 4.盗まれたことで有名。

167 :ACE ◆Z7a1IZ9GTI :03/09/18 20:37
>>8の方の内容を受けて、
基本的に偶像崇拝になるため不可とされてきたが、
聖女ベロニアを引き合いににした。
聖女ベロニカ(ヴェロニカ)とは、ゴルゴダの丘を十字架を背負って歩くイエスの
顔をハンカチで拭った女性。ハンカチにイエスの顔が映ったという。このことが、
キリスト像や絵などを描くことがゆるされるという考えのもととなった。ハンカチは
「聖顔布」とも言われる。彼女自身は洗濯屋、布商人、写真屋の守護聖人。となった。
出典はニコデモ書。名前は、Vera icona(真の画像)に由来するとされる。
彼女のおかげでカトリックは宗教画が発達したという。


168 :ACE ◆Z7a1IZ9GTI :03/09/18 20:41
ごめんなさい。
誤 8の方の内容を受けて
正 16の方の内容を受けて
あとごめんなさい。このスレを急にあげます。

169 :ACE ◆Z7a1IZ9GTI :03/09/18 20:50
>>26の方の内容を受けて
ギロチンにかけられる場合、すべらない様に髪の毛を短く切ってしまう
のが通例でしたね。


170 :ACE ◆Z7a1IZ9GTI :03/09/18 20:57
ダヴィッドは、
「David and Neo-Classicism」Sophie monneret TERRAIL
などがいい感じ。


171 :ACE ◆Z7a1IZ9GTI :03/09/18 21:02
>>44の方の内容について
 最後の審判で腰布を描かせたのはパウルス4世。391人の神と人間がいるらしい。
「マニエリスム的な寓意の巨大な鏡だ(若桑みどり 「マニエリスム論」)」
スタンダールは右旋回の構図を指摘していました。


172 :ACE ◆Z7a1IZ9GTI :03/09/18 21:07
>>49の方の内容を受けて
1625年のスペインに対立した要塞都市ブレダのカギをオランダ総督ナッサウが
スペインの将軍スピノラに渡す情景というやつですか。


173 :ACE ◆Z7a1IZ9GTI :03/09/19 22:22
「画家ダヴィッド 革命の表現者から 皇帝の主席画家へ」
鈴木杜幾子 晶文社 1991年7月25日発行 4078円
ナポレオンの肖像と言えばダヴィッドでしょう


174 :世界@名無史さん:03/10/02 04:00
http://www.ou.edu/class/ahi4263/byzhtml/p02-05.html
http://www.ou.edu/class/ahi4263/byzhtml/p02-07.html
ビザンティンの工芸品と写本

西欧のものとは異なる美しさと気品があります。


175 :世界@名無史さん:03/10/20 09:50
 

176 :世界@名無史さん:03/10/26 18:17
世界の歴史15『成熟のイスラーム社会』 (中央公論社、1998年)
の中で取り上げられていたサファヴィー朝の絵師、
レザー・アッバーシーの美少年、美少女画は圧巻だった。



177 :世界@名無史さん:03/11/13 00:54
美術界のルイ14世紀といえば、ル・ブラン

178 :世界@名無史さん:03/11/15 23:27
絵画の始まりとは、プリニウスの「博物誌」によれば、古代ギリシャの
シキュオンの陶器師ブタデスの娘が、ランプの光に移った恋人の顔の影を
なぞった肖像画に始まる。また、父ブタデスは、そこから粘土で形を取って、
塑像を発見したという。

何かできすぎ君の話。

179 :金角:03/11/16 01:50
>>164
>さらに内陣にあるパーラ・ドーロ(黄金衝立)はビザンティン美術のエマーユ(七宝)
>作品の最高傑作。

見てきた。すごかった。
第四回十字軍の時に奪ってきたのだろうけど、今でも大切に宝物扱いしているのが
面白かったな。

180 :金角:03/11/16 01:59
建築史上における影響力の大きさでは、ハギア・ソフィアは相当だと思う。
西欧に対しては、ルネサンス建築以降のクーポラにしか影響を与えていない
かもしれないけど、イスラム建築への影響は絶大。

モスクにドームがつきものになった背景には、先輩ヤハウェ教の大聖堂だった
ハギア・ソフィアの影響があってこそ。タージマハルの大ドームも遡れば
ユスティニアヌスが作らせた変則バシリカ建築。

181 :金角:03/11/16 02:59
>>162
> ルーブルで見たけど、ルネサンスの最初のほうのイタリア美術ってビザンチン
> そっくりだよね。当然かもしれないけど

同意。
イスタンブールのカリエ・ジャーミー(コーラ修道院)のフレスコ画&モザイク画を
見てきたけど、ジヨットあたりの画風によく似ている。
贔屓目かもしれないけど、ジヨットよりずっと近代的な印象を受けた。

ビザンツ最晩年のあの写実的な画風が帝国崩壊とともにあの大地から消え去って
しまったのは惜しいなあ・・・

182 :金角:03/11/16 04:10
ハギア・ソフィアのアプシスに描かれた聖母子像。
正教では「テオトコス(神の母)」と呼ばれる構図で描かれる
マリアの表情は若く喜びに満ちている。

このテオトコスが書かれた時代は、9世紀と言われている。
時代は、ビザンツ帝国が、外交的には皇帝による支配体制がテマを
取り込み融合アラブ勢力の拡大に対して反撃を始めた時代であり、
内政的には長きに渡り国論を二分した聖像禁止論争を終結させ、
再び正教のもとに国がひとつにまとまり始めようとする時代だった。

次第に衰え行くアラブ人勢力、まだ後の十字軍で発揮する力を蓄
えていなかった西欧ゲルマン人勢力を尻目に、あらたな発展期に
さしかかったビザンツ帝国。

数百年ぶりにハギア・ソフィアに描かれた聖像であるマリアの笑み
は、そのビザンツ帝国の自信と気概を映しているように、明るい。

183 :金角:03/11/16 04:12
>>182
「融合アラブ勢力」→「アラブ勢力」
消し忘れ。


184 :世界@名無史さん:03/11/16 04:30
ハギア・ソフィア(アヤ・ソフィア)
1万人の職人・労働者を2チームにわけて競わせたため
短期間で完成したとされている(5年10ヶ月)。

西欧などの中世の大聖堂と大違い。

一回焼失して再建されたはずだが、焼失前とプランは同じ?

185 :金角:03/11/16 04:35
>>184

焼失前のプランは、屋根が木組で作られていた典型的なバシリカ様式。
ラヴェンナ(より正確にはクラッセ)のサンタポリナーレ・イン・
クラッセ教会や、昔のサンピエトロ聖堂なんかと同じだった、と言われている。

186 :金角:03/11/16 04:40
ユスティニアヌス帝存命中に、地震で崩壊し再建されたけど、このときは
基本的なプランは同じだったらしい。

187 :世界@名無史さん:03/11/23 15:45

現在の「美術史学」では芸術家の生涯は単なる「履歴書」の再構成という意味合いが
強く、「作品」の方は、まるでその画家自身とと切り離されて、プレパラートに
載せられた採集品のように図像的に分類され、状態や意味が記述されて放置される。
「美術作品」という法則も画一性もない人間の創造物が、このような方法で
扱われているとき、すでに研究に荒廃が始まっているのを感じる。
その間隙を埋めるために生まれてきたはずの「心理学」も「言語学」的考察方法も
煎じつめれば、学者の視覚的感受性の弱さを、専門用語で糊塗するものではないか、
とさえ思わせがちである(田中英道「レオナルド・ダ・ヴィンチ 芸術と生涯」)。

188 :世界@名無史さん:03/11/23 15:53
いろんな理屈をみんな書くんだよ。
でもつまるところ、「あの説は難解すぎる」「簡単すぎる」て難癖つけて
知的優位って奴を保ちたいのさ、みんな。

189 :世界@名無史さん:03/11/23 15:58
『いい事は簡単で誰にでも分かる。』
これ名言だと思う。

190 :世界@名無史さん:03/12/04 22:58
>田中英道
美術史ではこの名前は鬼門。
西洋と東洋の美術の関連性を何の根拠もなく主張するトンデモ教授。
件のレオナルドの本でもイザベラ・デステをモナ・リザのモデルと言っているが???
そもそも美術史において、一次資料は「作品」であり、それを突き詰めてどこが悪いのか。
>「美術作品」という法則も画一性もない
何を言っているのやら。イタリア美術のプロパーなら、
ルネサンス美術へのギリシア・ローマ美術の影響を無視できるわけがあるまい。
美術史っつーのは模造と創造の歴史だろうが。

前川誠郎はどこかで「美術史とは形態伝承の学」と言っていたが、これぞまさに至言。

191 :世界@名無史さん:03/12/14 05:32
歴史画
18世紀前にアカデミーの美学では、最も優れたジャンルの絵画。
大きめのカンヴァスに厳格な筆使いで描かれた。

192 :ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y :03/12/23 01:55
グルーズの歴史画家としてアカデミーを目指していたが、風景画家として入会した。
まあ、それで良かったと思うけど。

193 :ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y :03/12/30 21:43
○ グルーズの歴史画家
× グルーズは歴史画家

ジャン・ポール・ローランスは「フランス最後の歴史画家」とも言われるらしい。
歴史的な過去の一場面を描いても、もはや歴史画として認識されないということ
なのだろうか?

194 :世界@名無史さん:04/01/22 15:14
  

195 :世界@名無史さん:04/02/21 23:59
保守age

196 :世界@名無史さん:04/02/22 00:01
世界一認知度の高い絵は「モナリザ」
二番目は「富岳三十六景神奈川沖図」である。


197 :世界@名無史さん:04/02/28 05:53
以前から気になってたんだけど共産主義体制時の美術界ってどんな感じだったの?


198 :世界@名無史さん:04/02/28 07:50
ソ連だと20年代にちょっとキュービズムだのダダイズムだの百花斉放が
あって、その後、社会主義リアリズムとか「抽象絵画はユダヤ人の発明」とか
ドグマにじゃまされ、歪んでいったんじゃないの?


199 :世界@名無史さん:04/03/01 16:12
今では特異なインスタレーションによって現代を代表する美術家イリヤ・カバコフ(1933〜)の言葉

ttp://www.b-sou.com/palw-Kabakv.htm
我々の時代、認められていないアーティストたちに未来はなかった。
なぜならソビエトの権力は1万年続き、何も変化は起こらないと信じ込まされていたからだ。
絵画は私にとって、家族に囲まれて暮らしている年老いたおばあさんのようなものだ。
彼女は長い間、気が狂っていた。尿や便をもらすが、家族の誰もが彼女との接し方、
話し方を心得ていた。彼女がすることに驚く者は誰もいない。
だが、インスタレーションとなると、まったく違う状況になる。
インスタレーションは、生まれたばかりの小さな女の子のようで、どのように育っていくか誰にも見当がつかない。
私はまだソビエトの世界とつながっていて、頭のなかはそのことでいっぱいだ。
最も重要なのは、アイデアが浮かんでくる世界。
そして、私のアイデアが描き出す現実は、ソビエトの世界なのだ。
私の作品には多くの場合、憎悪と恐怖が存在する。そしてそれらは今日もそこにある

200 :世界@名無史さん:04/03/25 02:50
ミューズ様が200ゲットしたわよ

201 :世界@名無史さん:04/04/18 22:01
ダ・ヴィンチの最後の審判ってあったっけ?

202 :世界@名無史さん:04/04/18 22:26
>>201
最後の晩餐でそ?

203 :世界@名無史さん:04/05/27 08:00


204 :世界@名無史さん:04/06/07 22:20
故宮博物院の南遷文物はプロジェクトXXXトリプルエクース級の大作戦だったね。
よくぞ無事に守り通したものだ・・・

205 :世界@名無史さん:04/07/21 18:21
西洋では人間の登場しない絵(静物画や風景画)はなぜ描かれなかったのでしょうか?

206 :世界@名無史さん:04/07/21 18:41
>>205
キリスト教の影響じゃないの?

207 :世界@名無史さん:04/07/21 18:43
静物画(ガラスの器を描いた物)ならローマ時代からあるが何か?

208 :世界@名無史さん:04/07/21 19:04
風景画も、クレタ美術や、ローマ時代のポンペイにあるよ。

209 :ハリネズミ ◆qBLXpo7Q9Y :04/07/21 20:01
>>205
絵は受注生産型で顧客の主題などの注文に応じて描いていた。
顧客は教会・政府・王侯貴族などが多く、したがって、権威の
表象として宗教画、戦争画、人物画が多かった。この結果、
これらの絵画が高尚なジャンルとされ、ヒエラルキーにおいて、
風景画や静物画は低く見られていたことも影響している。
とはいえ、描かれなかったわけではなく、自然主義のような
半ば自明なもの以外でも、たとえば17世紀オランダ絵画では、
フランスのクロード・ロランが描くような古典主義的理想的な
地中海世界を舞台に文学的な題名をつけた風景画ではなく、
ライスダールが描く身近な現実的な風景画のような絵画が
めざましい発展を遂げている。

210 :フィッシャー:04/07/22 13:53
中世ヨーロッパ貴族の紋章など集めたサイトを探しているのですが
どなたかご存じないでしょうか?
大変あつかましいと思いますが
知っているかいらしたらお教えいただけるとありがたいです。

211 :世界@名無史さん:04/07/22 20:24
紋章については、
「西洋の紋章、その過去と現在について」スレ
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1072534305/

212 :世界@名無史さん:04/08/01 17:36
NHK・hi 迷宮美術館放送中。延々5時間、あと30分。

213 :世界@名無史さん:04/08/01 18:03
オランダのハルスの人物画のデブ市民どもは、親しみを持てる。

214 :世界@名無史さん:04/08/17 04:05
>>197

参考に、中国プロパガンダポスターを集めたサイト
ttp://www.iisg.nl/~landsberger/

215 :世界@名無史さん:04/08/21 20:33
とりあえず、ダ・ヴィンチ・コードの内容は?
モナ・リザは、ヴィンチの女装だって話。

216 :モア ◆kb9mia0s8Y :04/08/22 08:30
ピエロ・ディ・コジモ『ウルカヌスの発見』より、人類の初期の歴史を探ってみましょう。
参考画像:http://art.pro.tok2.com/C/Cosimo/co02.jpg

上記は、コネティカット州ハートフォードのワッズワーズ・アテナエウムにあるピエロの
最も初期の作品の一つですが、この絵は、一般にはヒュラスとニンフたちの神話を描いた
ものと考えられています。しかし、ヘラクレスお気に入りの美少年ヒュラスにしては、
描かれた少年の容姿はむしろ醜く、水を汲みに行ったにもかかわらず水瓶のようなものは
所持していません。ニンフたちも水の精らしい服装をしていないばかりか、ヒュラスの美貌に
魅せられて恋に落ちた様子もみられません。むしろ彼女たちは少年の出現に驚き、その姿を
少々馬鹿にしているような印象さえ与えます。やはりこの絵はE・パノフスキー等が主張する
ように、「ウルカヌスの失墜」あるいは「ウルカヌスの発見」を描いた作品と解釈するべき
でしょう。

ウルカヌスの失墜神話には諸説ありますが、初期ルネサンスの題材となった古典神話は、
主にセルウィウスの『ウェルギリウスについての注解』を根本資料としていたことが推測
されるので、まず、その原文を転載してみましょう。
qui (Vulcanus) cun deformis esset et Juno ei minime arrisisset, ab Jove praecipitatus
est in insulam Lemnum. Illic nutritus ab Sintiis; (Verg. Eclog., IV, 62)
(訳)<足が歪んでいたので、ユノは微笑まなかったため、彼はユピテルによってレムノス島
に突き落とされた。そこで彼はシンティエスに育てられた>

217 :モア ◆kb9mia0s8Y :04/08/22 08:30
「シンティエス(ホメロスでは、Σίυτιもしくは、Σίυτεζ)」という言葉は、この文脈
以外にはみられない特殊な単語であるため、様々に解釈されてきました。主なものをあげてみましょう。
1)Illic nutritus absintiis <そこで彼はニガヨモギに育てられた>
2)Illic nutritus ab nimphis <そこで彼はニンフたちによって育てられた>
3)Illic nutritus ab sintiis <そこで彼は猿によって育てられた>

ピエロ・ディ・コジモが2)の解釈に従い、失墜したウルカヌスの養育者としてニンフたちを
この絵に登場させたことは明らかですが、実際は本来の文字通り、3)の"ab sintiis(猿)"
の解釈に従う説が多かったようです。それについては、ボッカッチョが『異教神系譜論』で
以下のように述べています。
…id est homines, nutrisse Vulcanum, id est ignemfovisse;
<…ゆえに猿(人間)がウルカヌスを育成する、つまり火を育てるという話が考え出された>

ウルカヌスはユピテルの鍛冶屋であり、あらゆる技術の創始者です。さらに、ウルカヌスは
火そのもの、すなわち、火を使用する人間の文明すべての創始者であると考えられます。
「ウルカヌスの発見」、それは人類による「火の発見」の神話に他なりません。猿(野獣)で
あった人間は、火を発見し、育て(意識的に燃やし続け)、利用することによって、社会組織
を形成し、高度の文明を築き上げてきたのです。

ウルカヌスの仕事場は、エトナ山のあるシチリアの海岸近くとされています。火山の爆発、
それに引き続く恐ろしい山火事の後に、勇気をもって燻り続ける火に近づいた者がいた。
それは足が悪くて逃げ遅れた一人の少年だったのかもしれません。他の住人(猿人)たちは
火を持ち帰ったその子供を失墜した神と崇め、ウルカヌス神話が生まれたとも考えられます。

ピエロ・ディ・コジモは、ウルカヌスを育てたのがニンフたちではなく、猿人たちであった
とする解釈をおそらく知っていたでしょう。それでも、絵画として描くには、やはり美しい
ニンフたちを登場させたかった…。この作品が『ヒュラスとニンフ』と誤って認識されて
しまう原因には、このような背景があったのかもしれないと考えます。

218 :世界@名無史さん:04/08/22 08:36
作者が何を言いたいのか3行で書け。

219 :モア ◆kb9mia0s8Y :04/08/22 08:48
人間に火をもたらしたために天界から失墜させられた神ウルカヌスは、
猿なんかに育てられたんじゃなくって、
美しいニンフたちに育てられたんじゃぁ、ゴルァ!

>by 作者:ピエロ・ディ・コジモ ・・・これでいい?>>218

220 :世界@名無史さん:04/08/23 02:42
ムンク「叫び」、白昼の強奪…オスロの美術館
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040822-00000014-yom-int
オスロからの報道などによると、22日午前、同市内のムンク美術館に武装した数人が押し入り、
エドバルド・ムンクの代表作「叫び」(油彩、84センチ×66センチ)と「マドンナ」
(同、90センチ×69センチ)の2作品を奪って逃走した。

221 :世界@名無史さん:04/08/26 00:16
absintiisがab nimphisと解釈されたいきさつはどういうものだったのでしょうか?
口述での伝承なら分かるんですが写本を重ねる時の伝言ゲームにしても
変形しすぎな気がしたもので…
自分は古典ラテン語をかじって挫折した口なので、こうやって古典から
原文を引用できる方を尊敬します。


222 :世界@名無史さん:04/08/30 00:02
ほとんど、パノフスキーの「イコノロジー研究」のまる写しの
ような気が・・・。

223 :世界@名無史さん:04/09/02 00:01
νとυと間違えてしまったのは単純ミスですか?それともラテン語は得意でも
ギリシャ語が苦手とか。

224 :世界@名無史さん:04/09/11 21:46:19
ロシア移動展派ってあまり知名度ないね・・・
展覧会一度でいいから日本でやってほスイよう〜

225 :世界@名無史さん:04/09/11 21:54:06
オリンピック関連の特番で「ΑΚΡΟΠΟΛ」って名前のタヴェルナを
AKPONOA(アクポノア)と紹介しているアナがいて萎えまくり orz

226 :世界@名無史さん:04/09/11 22:10:45
AKROPOL

227 :モア ◆kb9mia0s8Y :04/09/12 14:11:37
>>221 亀レスです。
ホメロスは口承詩です。前9世紀頃と言われていますが、ホメロスの存在そのものが疑われたことさえ
あるほどですから、様々なバージョンがあっても不思議ではありません。後にこの口承詩が書き写された際も、
ギリシア語の系統によって、幾つかのバージョンが伝えられたものと思います。少し補足しますと、
ギリシア文字には2系統あり、前403年にアテナイが採用した東系の24文字が一般化したようです。
古いギリシア文字はすべて大文字で書かれ、小文字やアクセント符号、分かち書きがありませんでしたから、
absintiis、ab nimphis、ab sintiis の3つの解釈が生まれたものと思います。

>>222
パノフスキーの「イコノロジー研究」をよく読んでいただければ、まる写しかそうでないかは
お分かりいただけると思いますよ(笑)。ちなみに上記はちくま学芸文庫「イコノロジー研究(上)」
p84-109を要約してみたものです。(訳文は全く同じにならないように注意しました)もし本をお持ちでしたら、
パノフスキーが触れていない点もありますので、そこに注目していただければ幸いです。

>>223
私はギリシャ語全く読めませんし、ラテン語も正式に勉強したことはありませんので失礼しました。
…しかし、ν←これがnで、υ←これがvですよね? (書き込むと書体が変わってしまうので難しい…)
文字一覧から持ってくるときに「n」を入れたつもりですが、間違えてしまったのかな?

228 :世界@名無史さん:04/09/13 00:53:07
ちょっと旧聞に属する話だけど、
この夏に東博でやってた「万博の世紀」展で、
ダヴィッドのナポレオンの肖像画の実物が拝めたよ。
思わぬ幸運だったな。

229 :世界@名無史さん:04/09/13 01:25:29
>υ←これがvですよね?

ラテン語ではね。
ギリシア語ではY=υで発音はi

230 :モア ◆kb9mia0s8Y :04/09/13 08:51:22
>>229
どうもありがとうございます。勉強になりました。
見慣れない文字にはちょっと拒否反応があるのですが、やはり各言語のアルファベット表は入手し、
頭に入れておいた方がよさそうですね。あ〜あ、知らないことばかりで嫌になるな…ホント…。

231 :世界@名無史さん:04/10/24 12:40:04
磁器の話題ですが・・・
中国から欧州に伝わったほかには、中間の地域はあまり有名な産地を聞かないのですが、
これは陸路では製法が伝わらなかったためでしょうか?
中東・西アジアの青タイルは古い歴史があり、そもそも呉須発祥の地ですよね・・・


232 :世界@名無史さん:04/10/24 13:04:24
>>229
ちがう。ギリシア語では、発音は本来は[u]。
後に、口蓋化のような形で、[ju] になり、[y]になった。
現代ギリシア語では、οと一緒につづってουで、[u]を
表す。ラテン語でも、最初は Y=υ は、v として導入。
#これはエトルリア語から。
しかし、これは、子音の[w] と母音の[u]の両方に使われた。
#このあたりは、エトルリア語の影響か。
後に、ギリシア語からもう一度Yが導入されて、発音は[i]
となった。
ギリシア語でも、この発音になったのは、BC5世紀とかじゃ
なかったかな。

233 :世界@名無史さん:04/12/04 22:57:53
レザーアッバーシーとかイランの画家達ってムスリム的にはどういう扱いなんでしょうか?

234 :世界@名無史さん:04/12/23 10:15:15
NHK・BS・hiで夢の美術館・ルーブル100選が始まった。
最初の絵は当然「モナ・リザ」

235 :世界@名無史さん:04/12/23 10:24:53
2番目「ミロのヴィーナス」
上半身が18歳(特に顔と胸)
下半身が30歳(18歳ならもっと腰は細いはず)

236 :世界@名無史さん:05/01/07 19:30:28
保守

237 :世界@名無史さん:05/02/03 17:52:48 0
モナリザってダビンチの自画像とする説があるそうだ
自己の女性化とみる向きがあるとか。

238 :世界@名無史さん:05/02/03 18:24:34 0
イサベラ・デステのデッサンとも似ているが、自画像説も捨てがたい。


239 :世界@名無史さん:05/02/25 00:35:13 0
>>231
トルコのイズニクなんかはオスマンの官窯で造られてなかったっけ?

240 :世界@名無史さん:05/03/06 00:17:48 0
>>233
風景描写のうち岩肌や山の描き方は
中国絵画に影響を受けたものだそうな。確かに似ている。

241 :世界@名無史さん:05/03/18 01:32:35 0
イスラムの細密画(ミニアチュール)もイイ!
風景だけでなく人物の表情や服のシワなどの描き方も中国絵画とよく似ているね。

242 :世界@名無史さん:05/03/18 14:58:01 0
>>241
13世紀以降はモンゴル帝国やティムール帝国のもとで行われた
東西の文化の交流で中国の宋・元・明の山水画がイスラム世界に
伝わってきた。一方中国には明代に七宝の技法が伝わってきて、
景泰藍という中国七宝が作られるようになった。

>>231
あんたの言う磁器というのは青花(日本でいう染付け)のようだな。
青花はモンゴル帝国時代に行われた東西の文明の交流の産物で、
中国の白磁にコバルトで絵付けをするというイスラム世界の技法を
融合させた磁器だ。元代以降、中国の磁器はこのタイプのものが
多数を占めるようになる。元代のものは文様でビッシリと埋めつくされていて
力強さを感じさせるが、明代のものは余白の部分が多めにあって
ゆったりとして落ち着いた感じがある。
青花は輸出品にもなっており、アフリカのジンバブエ遺跡からは明代の
青花磁器が出土している。青花磁器はトルコのイスタンブールの
トプカプ宮殿やイランのアルダビールのアルダビール廟に多く収蔵されている。

243 :世界@名無史さん:2005/03/29(火) 15:15:23 0
「モナ・リザ」は誤報!?日テレに抗議文
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050329-00000036-sanspo-ent
 26日放送の日本テレビ系「超歴史ミステリー!ルーブル美術館の秘密」で名画「モナ・リザ」が2点あ
り、うち1点が発見されたと紹介されたことに対し、東北大学大学院の田中英道教授(西洋美術史)が28
日、「もう1点がコピーであることは学会でほぼ結論づけられている」などとして同局に抗議文を送った。

ビートたけしの歴史的大発見 名画モナ・リザはもう一枚あった!
http://www.ntv.co.jp/louvre/0326sp/main.html

244 :世界@名無史さん:2005/04/06(水) 20:18:53 0
今、東京国立博物館でやってるベルリンの至宝展で古代バビロンの虎のレリーフが見れる。
兵馬俑といい古代帝国は権力を直接現す建築物が多いよな。
表現も顔の部分は写実的だが、それ以外の部分は多少様式化や簡略化してるような。

245 :世界@名無史さん:2005/04/18(月) 00:26:38 0
保存の利かない一回限りのアートとしては、
・路上に描く絵(カトリックの花絵、ヒンドゥー教の粉絵)
・儀式一回限りの絵(チベット仏教や北米南西部インディアンの砂絵、あとカトリックでも?)
などもどうでしょうか。

246 :世界@名無史さん:2005/04/23(土) 23:15:36 0
今日買い物ついでに画材店に立ち寄った。約30年ぶり。

油絵のチューブをみていると、ずーっと英語の色名が並んでいるが、
突然フランス語のジョーン・ブリアンがあった。
英語表記ブリリアント・イェローだけど、なんでこれだけフランス語なのだろう?

247 :世界@名無史さん:2005/04/23(土) 23:46:05 0
ボテロのモナリザ
http://www.humanities.ualberta.ca/MLCS/research/pix/pix4.html

ここのみんなはギャラリーフェイクって漫画見てるのかな?
あれを見てから美術に興味を持ち出してしまったよ

248 :世界@名無史さん:2005/05/02(月) 17:49:40 0
木造建築の襖絵も
ある意味保存のきかないアートともいえる


249 :世界@名無史さん:2005/05/16(月) 02:16:49 0
┏━━━━━┓
 ┃          ┃
 ┃  Λ〜Λ  ┃
 ┃ (´∀` ) ┃
 ┃ノ(⊃ ⊂)\┃
 ┗━━━━━┛
  ┌────┐
  | モナーリザ |
  └────┘


250 :世界@名無史さん:2005/05/16(月) 06:03:50 O
浮世絵には抽象画の性質がある

251 :世界@名無史さん:2005/05/16(月) 09:28:38 0
>>65
ありがとう。

252 :世界@名無史さん:2005/05/16(月) 10:41:22 0
>>245
バロック時代に流行したエフェメラルは?

253 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/05/16(月) 11:57:41 0
近年注目を浴びている「清明上河圖」が展観できます。
http://www.linkclub.or.jp/~qingxia/cpaint/qingmingmarquee.html
この画巻については「金瓶梅」との関連で面白いエピソードがあります。
いずれ書くつもりです。

254 :世界@名無史さん:2005/05/17(火) 08:38:15 0
北宋時代の山水画は素晴らしいですよね。国宝の伝徽宗「秋景冬景山水図」を見た時の感動が忘れられません。
うまいとか美しいとかそういう感情を越えた何か、絵に描かれているのは山や木や人だけれども、
それらを超えた本質、イデアの中のイデア、一言で言うと「神」を感じました。
この絵も実物は目が覚めるような素晴らしさなんだろうなあ。

惜しむらくは、写真ではその素晴らしさが万分の一も伝わらないこと。

255 :朱由檢 ◆MfD.4zQt1. :2005/05/17(火) 21:58:41 0
ヴェネツィア人画家ベッリーニを招聘したほど美術に造詣の深いメフメト2世が
イタリアを征服してたらどんな芸術様式が登場したのかな。

256 :世界@名無史さん:2005/05/18(水) 21:39:19 0
松崎しげる色=朱色45% 黄色25% 白6% 緑14%  トリビアの種満開!

257 :世界@名無史さん:2005/05/19(木) 14:54:05 0
画廊のキャッチセールスに出くわした。

出張で東京へ行き、仕事を終えて上京ついでの買い物でも、と歩いていたら、
ある画廊の前で絵はがきを持った厚化粧の女が「なんとかかんとかという画法はご存じですか。」
「一応知ってる」と答えたら、画廊に連れ込まれ、「お気に入りの絵はどれかありますか?」
いくつか絵を見て回って「これがいいかなと思うよ。」
「さすがお目が高い!」
昔、絵を描いていたことをしばらく話し込み、さて帰ろうとすると、
「この絵は100万円です。一時払いできなければ分割でもできますよ。」
「あん? 俺は買うつもりはないよ。」
「でもこの絵を気に入ったんでしょう?」
「気に入ったからと言ってそれと買うのとは別の話だろうが。」
「私たちは絵を気に入ったお客様にお売りするのが商売です。
 買うつもりが無いのなら何故店に入ってきたのですか?」
「あんたが俺を連れ込んだんだろうが。買ってくれと言うなら初めからそう言え!」
「出てってください。」
「あたりまえだ!」

258 :世界@名無史さん:2005/05/21(土) 07:41:25 0
>>257
世界史は…

259 :世界@名無史さん:2005/05/21(土) 08:32:28 0
とりあえず、ダヴィンチ・コードについてでもしゃべるべ。

260 :世界@名無史さん:2005/06/10(金) 01:45:40 0
どうぞ〜

261 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 16:39:15 0
>>259
そして一ヶ月が経過・・・

262 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 18:05:04 0
宋代の青磁とか曜変天目の名品って現代ではもはや同等のものは作れない
らしいね。これも一種の失われた技術(テクノロジー)と言えるかな。

263 :世界@名無史さん:2005/06/19(日) 20:16:00 0
とりあえず、旬な画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールについてでもしゃべるべ。

264 :あやめ ◆C0.O2CxIMg :2005/06/19(日) 20:38:55 0
>>257
今日の朝日の投書欄に同じような事例が寄せられてました。
叔父も20年くらい前の土曜13時ころに桜木町付近で若い女性に声を掛けられ、
「絵画とか興味お持ちでしょうか?」と聞かれ「一応興味ある」旨を答えると、「つい
近くのビルで絵画展があるのでお寄りになりませんか、入場無料です」と誘われ、
格別の予定もないので寄ったそうです。新人の創作画と名画のレプリカみたいな
絵が部屋の壁一面に展示されていて、営業の男性が何かと話しかけてきて叔父も
得意になって薀蓄を傾けると、さも感心したように聞き入った末しきりに購入を
勧めます。叔父もいかにも買い気がある風を装い、呼び込みの女性に「昼飯でも
食いながら話しませんか」と近くの食堂に誘い、カレーを注文した上コーヒーも
頼み、あれこれ雑談に時を移した末「ちょっと中座してトイレ」と断り、2人分の
支払を済ませ出てきてしまったそうです。若い子なんでそこらがぬかってるんですね。
叔父としては小額の出費で若い女性との一時を楽しみ、被害もなく笑い話のネタにも
なった経験でした。なお会場に入った時点で氏名住所電話番号を書かされたそうですが、
そこは架空の情報を記入しておいたそうです。

265 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 10:08:59 O
世界史はどこ?

266 :世界@名無史さん:2005/06/26(日) 10:45:35 0
>>258 >>265
そんなに語りたいのなら、本日のNHKの新日曜美術館「印象派4巨匠」、アーカイブス「ゴッホ浮世絵の秘密」、
BS2迷宮美術館「棟方志功の秘密」のどれかの感想を書いてください。

267 :世界@名無史さん:2005/07/08(金) 02:20:12 0
まずあなたから

268 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 13:55:01 0
ageときます

269 :世界@名無史さん:2005/07/24(日) 14:16:22 0
>>257>>264
「大量複製時代の」「シルクスクリーン」「著者サイン入り一点もの」
なんだかなあ…

月夜に海豚が跳ねている絵も某大家のシルクロードスケッチも要らないんだが、
精巧な実物大の火焔土器や饕餮文様の入った青銅器のレプリカが二、三万で買えたらいいな、と思う

270 :世界@名無史さん:2005/07/25(月) 20:56:28 0
キリスト教美術について調べると、西(ローマ・カトリック圏)と東(東方正教会圏)
で違いがあるのがわかる。
東方正教会見ではアナスタシス(キリストの冥府降下)を主題にした絵画が
よく見られるが、カトリック圏にはほとんどない。
逆にカトリック圏ではイエス・キリストを子羊として表すことが多いが、
東方正教会見ではまれ。

271 :世界@名無史さん:2005/08/01(月) 11:00:02 0
オーストリア:エロチック芸術展に大胆な姿の入場者が多数
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20050801k0000e030014000c.html
 普段はお堅いウィーンのレオポルド美術館は、20世紀初頭のエロチック芸術展「裸体の真実」開催に合わせ、水着か全裸の人の入場料を無料にしたところ、大胆な姿の入場者が多数集まった。

272 :世界@名無史さん:2005/08/22(月) 20:02:05 0
質問させて下さい。
ルネサンスのネーデルラントの代表画家
ブリューゲルの『農民の踊り』についてなんですが
絵の左下にある子供はなぜ不必要に小さく描かれて居るんでしょうか?
楽器などは実際と同じくらいに精巧に描かれてるのに
なぜ子供だけ小さいのか。
とても気になって仕方がないんでどなたか知っていたら教えて下さい。

273 :China garden:2005/08/25(木) 17:52:01 0
>>262
足利義政は、古くなった青磁を明に届けて新しいものと交換してもらおうと
したんだけど、「明では、このような磁器を製造する技術はもうありません」
といわれ、送った青磁をかすがいで補強して義政に返してきた。
この青磁は馬蝗絆(ばこうはん)というもので、もともと平清盛の息子の
重盛が宋から手に入れたものだと言われている。
これは東京国立博物館にあります。

274 :世界@名無史さん:2005/08/25(木) 18:29:16 0
おいしんぼネタキタ━ (゚∀゚) ━ ━ ━ ━ ッ !!

275 :世界@名無史さん:2005/09/03(土) 16:23:05 0
ネイバーで見かけたが、韓国には西洋美術を常設した美術館がないと言ってたな。
日本時代を差し引いても、美術館自体がまだ歴史が浅いのだろうか。

276 :世界@名無史さん:2005/09/03(土) 18:07:14 0
>>272
あれは子供ではなくて小人ですよ。
ブリューゲルの時代は小人が神聖なものとされていたらしいです。


277 :世界@名無史さん:2005/09/04(日) 00:11:01 0
>>276
子供でしょ。これ、阿部謹也の十八番じゃん。この時代にはまだ、
「子供」という概念がなくて、子供は、小さな大人、半人前の大人と
認識されてた。それ故、子供服もなく、ぶかぶかの大人の服を着せられてた。
この子供は、大人の真似をしてダンスをしてるように見える。

左側の子供がオバチャンぽい顔をしているのは、ブリューゲルが子供の
独特の身体比例に注意を払わなかったからだろう。同時代の西洋の画家は、
子供に殆ど関心がなく幼子イエスやヨハネを別にすれば、画題にさえならなかった。
んで、幼子イエスなんか描く場合も子供なんて普段から注意を払わないもんだから、
かなり不気味に仕上がってる。

それを初めて、柔らかく、いかにも赤ん坊らしく描いたのがレオナルド。
彼は、より自然に見えることに注意を払ったから、赤ん坊の写生をした。
んで、レオナルドに私淑したラファエロは、赤ん坊画家としてはルネサンスの
頂点だろうな。

>>275
その理由は簡単。西洋美術の古典は、現代ではめちゃくちゃ高いし、良い物は殆ど
美術館に入ってしまっているため、今になっては手に入れるのが難しいから。
西洋美術が大量に手に入れられたのは、今は昔。戦前に大富豪が蒐集しない限り、
非西洋の地で、西洋美術を集めることは不可能。アメリカや日本の西洋美術の
大きなコレクションも、戦前の大富豪のコレクションが母体となっている。
戦前で大富豪を輩出し、かつ西洋に目を向けていた人がそこそこいた国なんて、
アジアじゃ、日本ぐらいしかないでしょ。

ちなみに、国立西洋美術館のコレクション(松方コレクションが母体)は、
あんな貧弱でも、アメリカやアルゼンチンを除けば、恐らく非西洋地域最高の
西洋美術コレクションなのだ。

278 :世界@名無史さん:2005/09/20(火) 18:21:29 0
なんか珍しい美術画像ない?

279 :世界@名無史さん:2005/09/20(火) 21:42:17 0
>>278
こんなのか?
ガブリエル・デストレ姉妹像
ttp://home.att.ne.jp/yellow/amour/gabriele.jpg


280 :世界@名無史さん:2005/09/23(金) 22:05:30 0
↑有名すぎ。

281 :世界@名無史さん:2005/10/08(土) 20:53:38 0


282 :世界@名無史さん:2005/10/29(土) 20:36:18 0
東洋画では書と絵が一体になった様式が一般的だが、
一本で描画も書字もこなせる毛筆の特長によるところが大きい、との解説を読んだことがある。
なるほどね。

戦国時代に来日した宣教師も報告書簡の文中で
「日本人は貴賤を問わず絵を描くことを好む。会話の最中でも絵を描いて説明すること多し。
ただし上手と呼べる者は少ないが、それでも彼らは得意に絵を見せたがる」
とのくだりがあるね。

ペンじゃ線画だけだし、無理すると洋紙を破いてしまう・・・

283 :世界@名無史さん:2005/10/29(土) 20:58:37 0
古代ギリシアの裸体の彫刻を見て思うんだけど、当時のポルノの概念って
どんなものだったんだろ?今では美術とみなされるものの、製作当時は
ポルノもしくはポルノ的要素もあったんじゃないかな。これが端的に
現れているのがインドのミトナと呼ばれる一連の裸体彫刻・彫像で、
古代人の欲情をそのまま表現している。インドじゃ、古代から現在に至るまで、
性に関して開放的で、タブー視することも少ない。今でもリンガといわれる
男根を公然と崇拝している人が多いらしい。

それと、時代に関係なく、裸体の彫刻・絵画・写真を制作する芸術家もしくは
職人は、作る時に欲情をもって挑んでいるのかな?正常な性欲がある人で、
全く情欲をもたずに製作に携わるなんてことができるんだろうか。

ついでにもう一つ。ポルノと芸術の区別はどうやってつけるんだろう?例えば、
現代の写真なら、ポルノと芸術作品の区別をつけるけど、過去の絵画や彫刻だと
そういった区別をつけないからちょっと変。現在ポルノとみなされているものも、
将来芸術とみなされるのだろうか。

284 :世界@名無史さん:2005/10/29(土) 21:41:02 0
古代ギリシア・ローマ時代の美術作品を見る便利なサイトは何が一番
便利でしょうか?
御存知の方々、お教え下さいませ。
今、わたくしが捜して居るのは、「イアーソーン像」と呼ばれることもある
ベルリン博物館所蔵の「祈る若者」像の質のよい画像です。

285 :世界@名無史さん:2005/11/01(火) 22:11:57 0
ナポリ考古学博物館に収蔵されているプラークシテレース作の
「愛の神エロース像」(のローマ時代模刻)の秀逸なる画像を
どなたか御存知ありませんでしょうか?
是非とも御教示の程、願い上げます。
よろしく。

286 :世界@名無史さん:2005/11/02(水) 01:12:30 0
>>285
よくわからんが。ナポリ考古学博物館のサイトに行けばよいのでは?

287 :世界@名無史さん:2005/11/02(水) 11:08:56 0
>>285
ttp://www.fortunecity.es/imaginapoder/artes/154/GE626PraxitelesErosCentocelle.jpg
ttp://homepage.mac.com/cparada/GML/000Free/000Eros/image/eros1401.jpg
ttp://homepage.mac.com/cparada/GML/000Free/001Antikmuseet/004MCA/image/5402eroscentocelle.jpg
ひょっとしてこれのこと?

288 :世界@名無史さん:2005/11/02(水) 11:14:55 0
>>284
ttp://www.bundesregierung.de/Bild/einzelsicht_823394/Die-antike-Bronzestatue-Betender-Knabe.jpg
ttp://www.phil.uni-erlangen.de/~p1altar/gips_html/berlin1.jpg

289 :世界@名無史さん:2005/11/03(木) 14:00:50 0
>>287
まことに有り難うございます。
ただしかし、かつて小学館から出版されていた「世界の美術館」シリーズもので
ナポリ博物館の巻に掲載されていたのは、頭部と胴体だけではなくして、
両腕などの付いた可成り完成に近い作品でした(後代の修復かも知れませんが)。
今は手許に無いものですから、しかとした事は言えませんが、
そうした画像に御心覚えは御座いませんでしょうか?
また、古代ギリシア・ローマ時代の彫刻・絵画類の画像を検索する便利なURLを
御存知でしたならば、是非とも御教示下さいませ。
宜しく御願い申し上げます。


290 :世界@名無史さん:2005/11/03(木) 14:31:13 0
>>287
たいへん有り難う御座居ます。
心より感謝申し上げまする。
確かにこのブロンズ像でございます。
ただ私が呉茂一氏著『ギリシア神話』下巻で見た正面から撮影した画像は
その後、ドイツのハンス・リヒト『古代ギリシア風俗誌』(邦訳なし)で
見かけたのみにて、国内では見出すことが出来ませんでした。
この像を正面から撮影した画像を御存知でしたら、是非にも御教示のほど
御願い申し上げます。
何卒よろしゅうに御願い申し上げます。

291 :世界@名無史さん:2005/11/08(火) 20:58:54 0
初代米国大統領ワシントンの有名な肖像画は、
何処のサイトで見られますか?
良質の画像があれば教えて下さい。



292 :世界@名無史さん:2005/11/24(木) 07:04:53 0
リチャード獅子心王とサラディンの戦闘場面を
描いた画を見た記憶があるのですが、
御存じの方は居られませんでしょうか?
一騎打ちのようなシーンだったような気がしますが・・・



293 :世界@名無史さん:2005/11/24(木) 12:50:48 0
>>291

マルチすんなよ。

つ 1$札

294 :世界@名無史さん:2005/12/21(水) 20:11:40 0
age

295 :世界@名無史さん:2006/01/07(土) 09:56:06 0
3ヶ月ほど前にテレビ放送されていたんですが、西洋美術の講演?のようなもので、スキンヘッドのおしゃれな男性が軽快なトークで西洋美術について語っている放送があって、女性を中心に人気がありようなのですが…どなたかこの男性の方の名前わかる方いらっしゃいませんか??

296 :世界@名無史さん:2006/01/07(土) 12:02:06 0
リチャード獅子心王とサラディンの戦闘場面を
描いた画を見た記憶があるのですが、
御存じの方は居られませんでしょうか?
一騎打ちのようなシーンだったような気がしますが・・・


どうぞ宜敷く。




297 :世界@名無史さん:2006/01/30(月) 01:22:19 0
.

298 :世界@名無史さん:2006/01/30(月) 19:21:40 0
現在、東京国立博物館では、『書の至宝』展が開かれているぞ。
http://www.asahi.com/sho/

299 :世界@名無史さん:2006/02/14(火) 22:12:32 0
age

300 :世界@名無史さん:2006/02/15(水) 17:25:08 O
夏にルーブル来るね
今回は古代ギリシャ展だって

301 :世界@名無史さん:2006/02/19(日) 13:52:59 0
アジアでこれだけ欧米の美術館の展覧会が開かれているのは
日本くらいじゃマイカ。

302 :世界@名無史さん:2006/02/19(日) 14:26:55 0
莫大な保険を掛けなきゃならんからな

303 :世界@名無史さん:2006/03/06(月) 01:42:42 0
戦後から収集を開始した国じゃもう遅いのかも。

304 :世界@名無史さん:2006/03/07(火) 14:38:36 0
語弊があるが、インドやイラクで欧米美術品の展覧会が開かれるのは、
数十年後じゃないかと思う。

305 :世界@名無史さん:2006/03/07(火) 14:48:06 O
今年は都美でペルシャ展もあるんだよな
エラムからササン朝まで幅広くやるらしい

306 :世界@名無史さん:2006/03/25(土) 20:45:23 0
落とすには惜しいので保守。

307 :世界@名無史さん:2006/03/25(土) 21:01:17 0
いいな

308 :世界@名無史さん:2006/03/30(木) 12:04:20 0
age

309 :世界@名無史さん:2006/04/09(日) 16:56:56 0
本日のNHK新日曜美術ジャンは「レオナルド・ダ・ヴィンチ」
司会は野村正育アナウンサーと檀ふみ
ゲストは大東文化大学教授・田辺清、漫画家・かわぐちかいじ

310 :世界@名無史さん:2006/04/09(日) 16:57:44 0
新日曜美術ジャン→新日曜美術館

311 :世界@名無史さん:2006/05/05(金) 18:51:04 0
プラド美術館展行った方います?

312 :世界@名無史さん:2006/05/06(土) 03:03:31 0
美術鑑賞板へ行った方います?

313 :世界@名無史さん:2006/05/10(水) 23:56:46 0
>>311
結構よかったという話を聞く。
近々行くつもり。

314 :世界@名無史さん:2006/05/14(日) 22:46:52 0
ゴヤはバスク人だったんだな。
異教的な画題を好んだのは故郷の民間信仰と何か関係しているんだろうか?

315 :世界@名無史さん:2006/05/15(月) 00:13:32 0
新日曜美術ジャンにワロタ

316 :世界@名無史さん:2006/05/16(火) 00:20:30 0
>>314
アラゴンのフエンデトーデス村出身のバスク人てこと?

317 :世界@名無史さん:2006/05/27(土) 01:53:09 0
ゴヤの力作といえば「マドリッド1808年5月3日の銃殺」!

318 :世界@名無史さん:2006/07/01(土) 13:38:05 0
保守age

319 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 21:17:14 0
17世紀のバロック絵画で、裕福な市民のために書かれた絵ってなんですか?

320 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 21:53:26 0
今日のNHK地球ドラマチックはミケランジェロだった。
土日にゆっくり見よう。

321 :世界@名無史さん:2006/07/20(木) 08:40:52 0
>>319  オランダだけじゃない?バロックのころだと。

322 :世界@名無史さん:2006/08/19(土) 04:41:27 0
夏休み高齢だが、「新日曜美術館」が再放送の繰り返し・・・退屈だ〜

323 :世界@名無史さん:2006/09/09(土) 23:16:33 0
再放送じゃないと
おちおち帰省や旅行ができんじゃないか

324 :世界@名無史さん:2006/09/17(日) 00:04:52 0
保守

325 :世界@名無史さん:2006/10/12(木) 01:40:37 0
来る11月に新国立美術館が六本木にオプーン!
こけら落としはポンピドーセンター収蔵品展。

326 :世界@名無史さん:2006/10/12(木) 12:48:28 0
ブロンボスの貝殻アクセサリーが現存する最古の美術品ということになるのかな

327 :世界@名無史さん:2006/10/26(木) 16:48:58 0
清水寺などが最終候補地に 「新・世界七不思議」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061026-00000041-kyt-l26
 スイスの財団が実施している「新・世界七不思議」を選ぶ取り組みで、京都市東山区の清水寺が
日本で唯一、中国の万里の長城やフランスのエッフェル塔などとともに最終候補地に選ばれた。
世界文化遺産への登録と同様に外国人観光客にアピールできるという期待が膨らみ、京都府や市など
でつくる京都観光振興会議や清水寺門前会は「当選」に向けて、全国的なキャンペーンの展開を検討
している。(京都新聞)

Welcome to the election of the New 7 Wonders of the World
http://www.new7wonders.com/index.php

清水寺 http://www.kiyomizudera.or.jp/

328 :世界@名無史さん:2006/11/08(水) 22:35:28 0
全部不思議っぽくないなあ

329 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 10:44:02 0
昨夜の津波放送で遅れた「世界の巨匠 ドラクロワ」をみてて思ったんだけど、
男2女1のバンドで、「民衆を率いる自由の女神」をパロったジャケット、ポスター、PV
をやるところ、出ないかな。

「草上の食事」はけっこうジャケットに使われているけど。

330 :世界@名無史さん:2006/11/28(火) 03:31:10 0
支那の絵画技法はビザンチンや西ローマ帝国などに広まらなかったのだろうか?

331 :世界@名無史さん:2006/12/23(土) 22:02:51 0
支那の絵画技法って例えば? 三遠法とか?

332 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 17:36:48 0
皆さん、かなり詳しい知識をお持ちのようですが、
どこか大学などに通われて勉強なさったんですか?

333 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 21:38:31 0
中国で油彩は発展したの?
西欧絵画では、油彩>>>>水彩

334 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 22:17:12 0
>>329
あの絵を、フランス革命と勘違いする人が多いとか

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