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ハンガリーについて

1 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/09(土) 18:04:03 0
マイナーですが興味深いハンガリー史について語りましょう。

過去のスレッドはこちらご参照。
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/whis/998207834/
http://mentai.2ch.net/whis/kako/998/998207834.html
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/whis/1011292528/-100
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/whis/1056991758/924-925

2 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/09(土) 18:09:40 0
旅行板のハンガリースレ
http://travel2.2ch.net/test/read.cgi/oversea/1075817919/l50

3 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 18:49:42 0
ハンガリー人とウゴル系のハンティ人、マンシ人とでは今でもある程度は言葉が通じるんだろうか?

4 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 19:00:32 0
復活おめでとうございます。

  先日、中公文庫のハプスブルク関係の本を読みました。
  アウスグライヒの実験の話です。
  @ナポレオン戦争後のクロアチア三位一体王国とハンガリーの関係
  A1848年のクロアチア軍とハンガリー軍の戦い
 に少しだけ言及してました。

 興味深いところです。
  


5 :Buta:2005/07/09(土) 19:38:58 0
>>4
中公新書だろ

6 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 19:46:38 0
ここも元はツングース系でしょう、
しかしコーカソイドが支配的だったので
氏姓制度を踏襲してもツングースには
なりきれなかったのでは?

7 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 19:52:48 0
>>6
マジャール人のことをいってるの?
フィン・ウゴル族はコーカソイドだろう。
ウゴル系はウラルの東からきたモンゴロイドと混血したらしいが。

8 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 19:57:54 0
>>7
元はツングースでしょ、
氏姓制度を踏襲してツングースにするつもりが
白人が多い土地でそれが出来なかったのかも
なんせ、地名まで変える輩ですから・・

9 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 20:01:47 0
氏姓制度ってアルバニアにもあるじゃん 何いってんのかわかりませーんw

10 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 20:11:06 0
>>8
だからマジャールはウラル語族のフィン=ウゴル語派だって。
ウラル・アルタイ語族を全部ツングースと呼んでるの?

11 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 20:26:39 0
>>10
ツングースが入ってた人種なんじゃないのマジャールって
氏姓制度を踏襲したけど、白人系が比率として多かったので
あのような白人顔になったのでは
あれだけヨーロッパを蹂躙した種族は・・
それに、彼らもやはり白信仰があるのだろうか


12 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 20:33:10 0
江戸時代にハンガリーの人が日本に来ていた!

13 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 20:36:58 0
蝦夷(えぞ)=ツングース語
江戸(えど)と関係あり?
本来はヤマト言葉で
蝦夷(えみし)という。


14 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/09(土) 20:50:41 0
>12
ベニョフスキのことですか?
東洋文庫から彼の旅行記「ベニョフスキー航海記」が出ています。


15 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 20:58:51 0
北方モンゴロイド特有の酒が飲めない下戸遺伝子は
 日本人    44%
 ハンガリー人 2%
 フィン人   0%
『科学朝日』 モンゴロイドの道 朝日選書 (523)

Gm血液型遺伝子から見れば、北方モンゴロイドの標識遺伝子である黄色のab3stは、
北ヨーロッパの森林ラップの4%がヨーロッパ人の最高値で、チェコ、スロバキア、
ルーマニア、ハンガリー、ジプシー、スペイン・カタロニア、ポルトガルなどで
極めて低い頻度であるが、この遺伝子が持ち込まれている。これならイラン人のほうが
ずっとモンゴロイドの遺伝子は濃い。
ハンガリー人やフィンランド人のフン族子孫説などとうに破綻しているのだ。

16 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/09(土) 21:19:38 0
確かにハンガリー人はお酒が好きですし、酒豪が多いような気がします。


17 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 21:24:26 0
〜スキ(スキー)はポーランド民族だろ

18 :世界@名無史さん:2005/07/09(土) 21:31:03 0
ヤマト人はこの辺に住んでたんじゃないだろうか?
ここにスキタイが入ってきて一部が中国の方に逃れてきたとも
考えられる。

19 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/09(土) 21:49:21 0
>17
ベニョフスキの家系はスロバキア系ですよ。
シゲトヴァールでオスマン帝国軍を相手に奮戦して玉砕したクロアチア太守
のズリーニ・ミクラーシュもクロアチア名はニコラ・シュービッチ・ズリン
スキーといいます。

20 :オーストリア=ハンガリー帝国陸軍中佐:2005/07/09(土) 22:07:00 0
   sage
   

21 :世界@名無史さん:2005/07/10(日) 11:47:10 0
ツングースがどうとかいってる人はツラニストの宣伝を真に受けてるのか

22 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/10(日) 23:02:41 0
ttp://nng.nikkeibp.co.jp/nng/feature/0506/index4.shtml
ナショナルジオグラフィックにチャンゴー人の記事が出ているそうです。
ご興味のある方はどうぞ。

23 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 16:39:47 0
「モルドヴァのチャーンゴー人」を書いた人はルーマニアの警察に捕まったり色々ひどい目にあったとか。

24 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 17:08:01 0
>>18
スキタイ人は古代スラブ人だよ。

25 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 17:10:40 0
>>24
農耕スキタイはそうかも知れんが遊牧・王族スキタイは違うんじゃない

26 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 17:14:11 0
これには爆笑したよ。
ttp://www.japaneseinfo.org/jiro_diary/0305/030501_01.htm


27 :世界@名無史さん:2005/07/12(火) 20:49:51 0
マジャーロルサーク

28 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/12(火) 23:11:31 0
>23
チャウシェスク政権当時はトランシルバニアのシク村あたりに調査に行っても
捕まったと聞いたことがあります。
「モルドヴァのチャンゴー人」良い本ですね。


29 :カウニッツ:2005/07/13(水) 12:35:38 0
ハンガリー・スレ復活おめでとうございます。
記念カキコ。

30 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 18:02:45 0
ハンガリーで一番有名な日本人は室伏か?


31 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/13(水) 21:38:57 0
>カウニッツ殿
ようこそ、いらっしゃいませ。よしなにお願いいたします。

>30
どうでしょう。指揮者の小林研一郎先生が著名なのはよく聞くところですが。

32 :世界@名無史さん:2005/07/13(水) 23:00:34 0
               ,. -‐-‐ "´゙ヽ、
                  ノ; ; *; ; ; ; ; ; ;.゙`ヽ、
.               ri!; ; ; ; ; ; ; ; ; ;*; ; ; ; ヽ
             { ; ; ; ; ; ;;; ; ; ; ; ; ; ; ; ; *ヽ
              {; ; ;.,,..ノ,' ,,,、; ; ; ; ; ; ; ; ; ; ; ヽ
             ヽ {       `ヽ; ; ; ; ; ; ; ; ; ;.}
                  ',{、__    _  ヽ; ; ; ; ; ; ; *`}
                 }.  "忝`  }; ; ; ; ; ; ; ; ; ノ
                  |  ,'      (::::) ); ; ; ; ; ;}  <ハンガリーは私も大好きよ!
                 ', ヽ-゙     ノ‐'; ; ; ;*; ;',
                  ', `==    ノ ,'; ; ; ; ; ; ; ; ;.',
               ヽ     , '´ }; ; ; ; ; ; ; ; ; ; ;}
                 `T ̄ 。 。-‐',; ; ; ; ; ; ; ; ; ;{
                  / 。 ゚   ー=', ; ; *; ; ; ; ;}
                     /。 ゚       ヽ; ; ; ; ; ; ; ;{
              {;;)゚,. "´         ', ; ; ; ; ; ; ; ',
             /           ', ; ; ; ; ; ; ; ;',
            /               ' , ',; ; ; ; ; ; ; ; ヽ
           /               ', ゙}; ; ; ; ; ; ; ;.ノ
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     ,r‐'".:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:`゙ヾ.:.:.:.ヽ _ ; ; ; ;}
    {.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:',.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:ヽ.:〃.:.`iー'"
     ヽ.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:',.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:|||.:.ii |


33 :消印所沢 ◆z3kTlzXTZk :2005/07/19(火) 20:34:23 0
 遅れ馳せながら,新スレ立てお疲れ様です.

 当方は最近,ハンガリー語版のgoogleやらwikipediaやらを
眺めていたり眺めていなかったり.

34 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/28(木) 01:29:38 0
消印所沢さま
wikipediaのハンガリー語版・・面白そうですが、読めない・・。

35 :世界@名無史さん:2005/07/28(木) 15:04:17 0
ハンガリーでは異端審問や魔女狩りは盛んだったんでしょうか?

36 :世界@名無史さん:2005/07/29(金) 19:36:42 0
>>35
ハンガリーで魔女というと「タールトシュ」がわりと有名かな。

37 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/07/30(土) 00:22:34 0
>35
隣国のボヘミアでフス戦争が行われていた当時に、ハンガリー国内で
も異端審問があったと聞きました。
その後のハンガリーでどうだったのかは、私は不勉強でわかりません。

>36
タルトーシュというのはハンガリーの在来宗教の予言者・司祭の類らしいですね。
以前に「しい坊さま」がアミニズムの予言者と書いておられましたね。

38 :世界@名無史さん:2005/07/31(日) 22:25:32 0
Táltosはマジャール人のシャーマニズムのなごりとか言われてるけど
バルカンやイタリアにも共通した異能者の信仰があるそうで。
(ネタ元:カルロ・ギンズブルグ「闇の歴史」)

魔女といえば、ゴート族のフィリマール王が砂漠に追放した「アリオルムナス」
という魔女の一群が魔神と交わってフン、アヴァール、マジャールが生まれたと
いう伝説があるそうですが、掘り下げてみると面白いかも知れませんね。
まあハンガリー人がすでに書いてそうだけど・・・

39 :世界@名無史さん:2005/08/02(火) 21:51:21 0
ハンガリーの貴族階級は18世紀まで話す言葉がドイツ語かラテン語?

40 :世界@名無史さん:2005/08/09(火) 05:38:16 0
日常会話レベルでラテンはないでしょ

41 :世界@名無史さん:2005/08/18(木) 00:32:37 0
モンゴル語やトルコ語だったらイヤだなあ

42 :消印所沢 ◆z3kTlzXTZk :2005/08/19(金) 21:00:57 0
>>34
 当方もあまり読めていませんが,日本に関する項目などは,なんとなーく
分かるし,おもろいでっせ.




 NHKでホロコーストに関する連続ものを放送していますが,矢十字党時代の
ハンガリーは出てこなさそうだなあ…….

43 :42 ◆z3kTlzXTZk :2005/08/20(土) 23:48:32 0
 ……と思っていたら,最終回が冒頭からハンガリーのユダヤ人の話でしたとさ.

 ホルティ時代から既に一部では移送が行われていたんですね.がっくし.

44 :世界@名無史さん:2005/08/29(月) 23:05:52 0
ハンガリーのユダヤ人って、最古のはマジャールと一緒に入ってきたハザールの部族?

45 :世界@名無史さん:2005/08/30(火) 02:17:21 0
中世ポーランドやハンガリーのユダヤ人は財務官僚として活躍してたようだが

46 :世界@名無史さん:2005/09/01(木) 16:13:06 0
第一次大戦後にハンガリー王位が空位になったとき
日本の皇室から新王を招聘することが検討されたって本当ですか?

47 :世界@名無史さん:2005/09/01(木) 18:46:13 0
>>46
それってトゥラン主義者か何かが働きかけたんだろうか?

48 :世界@名無史さん:2005/09/04(日) 07:50:39 0
ハンガリーって、そこだけマジャール人の国がぽかっと浮いてるように存在してるけど、歴史的に周辺国との関係はどうだったのでしょう。
オーストリア・ハプスブルクやオスマントルコは言うまでもないですが、ルーマニア、チェコ、スロバキアなんかとは友好関係結んでいたのでしょうか?


49 :世界@名無史さん:2005/09/04(日) 09:05:19 0
ハンガリーって、そこだけマジャール人の国がぽかっと浮いてるように存在してるけど、歴史的に周辺国との関係はどうだったのでしょう。
侵略しにいったりしなかったのかな?
オーストリア・ハプスブルクやオスマントルコは言うまでもないですが、ルーマニア、チェコ、スロバキアなんかとは友好関係保っていたのでしょうか。。



50 :世界@名無史さん:2005/09/05(月) 22:32:44 0
>>49
スロヴァキア:
 かつては「上ハンガリー」と呼ばれてた。中世以来第1次大戦終了まで
 ほぼ一貫してハンガリー領。隣国じゃなくて、支配下。
ルーマニア:
 ルーマニアという国ができてからは、仲が悪い時期が圧倒的に長い。
 前身のワラキア侯国・モルダヴィア侯国時代は、両国はしばしば
 ハンガリーの主権下に置かれてた。
チェコ
 よく知らんので誰か補足よろ

51 :世界@名無史さん:2005/09/09(金) 16:10:20 0
ハンガリーとルーマニアの関係は複雑で説明するのが難しい。
ワラキア・モルダヴィアはルーマニア語を話す正教徒の国だが
そもそもトランシルヴァニアからカソリックの圧迫を逃れて
カルパチア山脈の東側に移住してきた。
そこに居ついてからはハンガリーをステップ遊牧民から守る
防波堤みたいに利用された。
昔そこにいたドイツ騎士団のように。

52 :ジョーカー@ケータイ:2005/09/09(金) 16:17:51 O
かつてエステルハージ家の領地だったブルゲンラント(オーストリアのブルゲンラント州)のマジャル人はハンガリーのマジャル人−とはいっても様々な容姿の人がいますが−とは容姿が異なる人が多いのでしょうか?

53 :ジョーカー@ケータイ:2005/09/09(金) 16:21:00 O
あとハンガリー領ですがショプロンなど北西部(ショプロンは北西部というより西部かな?)がオスマン・トルコの支配を免れたことは知っていますが、モンゴルの侵攻も免れたのでしょうか?

54 :世界@名無史さん:2005/09/09(金) 17:04:01 0
>>53
あの辺てウィーンへ向かう通り道?

アールパード朝時代の村だそうで。
天幕と家畜囲いしかないのか。
ttp://web.axelero.hu/visegradmuz/visegrad/eng/ar24_7.htm

55 :世界@名無史さん:2005/09/09(金) 20:45:09 0
ちなみにルーマニア人はトランシルヴァニアが歴史上ずっと
ルーマニア民族の土地だったと主張してる。
歴史上のトランシルヴァニアではザクセン人やセーケイ人より
政治的にもマイノリティだったのに・・・

56 : ◆z3kTlzXTZk :2005/09/17(土) 21:00:08 0
ttp://dict.sztaki.hu/english-hungarian

 おや? Sztaki辞書がちょっとだけリニューアルしてる.

57 :世界@名無史さん:2005/09/18(日) 21:55:38 0
ギシュクラさんは、今どこで何をしているんだろう?

いろいろと忙しいのかな?

58 : ◆z3kTlzXTZk :2005/09/19(月) 22:26:47 0
 ギシュクラ・ウールはタルマーチ選手の応援に行っておられるのかも.

59 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆5i6wQS3C8w :2005/10/06(木) 00:42:41 0
>44
いつ入ってきたのか、私にはわかりません。
ハザール=東欧のユダヤ人というのはアーサー・ケストラーの言い出した話ですね。

>45
マーチャーシュ王の財務官僚に改宗したユダヤ人がいたそうです。

>46
その話、何度か耳にしたことがあるのですが、本当なのですか?
一応「使徒王国」を自称するハンガリー王国の国王に日本人という
のは、にわかには信じられないのですが。
>50
スロバキア・ルーマニアとは決して関係が良くないですね。
特にルーマニアとはトランシルバニアの問題があるので・・。
チェコとは特に関係が悪いと聞いたことはないのですが、
以前、チェコ人はハンガリーが嫌いなので、ハンガリーの話は
しない方が良いという忠告を受けたことがあります。

>52
ジョーカーさま
ブルゲンラントの方々が特に容姿が違うという話は聞いたことがありませんが・・。
一度、知人に聞いてみます。

モンゴル軍はヴィーナーノイシュタットあたりまで侵攻してますので、襲撃を喰らった
のでは?モンゴル軍はオスマン帝国軍みたいに居座ってはいないですので、印象が違う
でしょうが・・。
>57
申し訳ありません。いろいろドタバタしております。
>58
モテギまで行ってきました。残念ながらリタイアしちゃいましたが・・。



60 :世界@名無史さん:2005/10/07(金) 23:52:05 0
マジャール以前にもフンやアヴァールなどステップ遊牧民がパンノニアを
拠点とする例はあったが、たいてい政治的に分裂して消えてしまった。
ハンガリーがマジャールの部族連合体制を脱却して王国になれたのは、
レヒフェルドの戦いで大族長たちが大勢死んで王の権威が相対的に上昇
したからだと物の本に書いてあった。

61 :世界@名無史さん:2005/10/10(月) 11:51:26 0
傭兵隊長氏帰還?

前スレで勇爵(Vitez)というのが話題になってたけど
Vitezはセルビアでは「騎士」という意味だとか?
南スラヴ語なのか知らん。

62 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/10/15(土) 01:36:50 0
>60
王の地位というより、後にハンガリーの王家となるアールパード家が、
元々の権力者、例えば騙まし討ちに倒れた「ケンデ」(最高位であっ
たらしい)のクルサーン、レヒフェルトで敗戦後、捕らわれ処刑され
た「ホルカ」のブルツたちの所領を簒奪していったのだと思います。

そしてゲーザの代にキリスト教を受容しドイツからの攻撃を回避、ゲ
ーザの死に際しては、旧来の一族の最年長者が支配者の地位を継承す
るという習慣を廃してしまい、これに反対する叔父のコッパニュを
敗死させて、長子ヴァイク(後のイシュトヴァーン1世)が
王となり、その後も強力な族長アイトニュ、トランシルバニアの支
配者ジュラを破ってその地位を固めています。
また、皇帝から王に認められるのではなく、ローマ教皇から授か
った王冠で戴冠することによって神聖ローマ帝国の一部となることを
も防いだあたり、誰かの知恵なのか巧みだと思います。

>61
私ではわからないので、友人に聞きました。
確かにスラブ語起源の言葉ですが、かなり昔に受容さ
れた言葉のようです。
意味は勇者というような意味で、例えば農民反乱に荷担
して処刑されたドージャ・ジョルジはかつての対トルコ
戦での軍功で「ヴィテーズ」(勇者)と呼ばれていまし
たし、マーチャーシュ王の家庭教師で人文学者として
名高いヴィテーズ・ヤーノシュのように姓に使っている
人もいました。

セルボ・クロアチア語での意味はおっしゃるとおり
勇者とか騎士の意味です。
チェコ語にもこれに類する言葉があるそうで、南スラブ
の言葉と言い切っていいのか私にはわかりません。

63 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 03:00:43 O
>>44
中欧・「東欧」のアシュケナジーの大半もハザール起源にあらず。

十字軍や暴民による虐殺から逃れてラインラントなど西部ドイツや

フランドル・北フランスからポーランドやハンガリーに

大挙移住していった人たちの末裔が大半。

64 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 13:55:30 0
>>50
スロバキアってハンガリーに約1000年も支配されてたのかよ・・・
1000年以上も他国・他民族に支配されるだなんて耐えられない。

65 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 14:03:32 0
東欧でそういう近代的な国民意識が生まれたのは19世紀ごろからだよ。
というかあの辺の連中のそういうゴタゴタは聞いててかなりうんざりしてくる。

66 :世界@名無史さん:2005/10/15(土) 18:14:42 0
そんなこといったらセーケイ人とか国すらない連中はどうすればいいんだ

67 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/10/15(土) 23:37:23 0
>64
その当時、スロバキア人という概念があったのでしょうか。
スロバキア人の農民とマジャール人の農民で顕著な扱いの差があったのでしょうか?
トランシルバニアの場合、マジャール人・セーケイ人・ザクセン人に比べてルーマニ
ア人は議会に代表を送れないとか、一段悪い扱いを受けていたと聞いたことがありま
すが・・・。

>65
聞いてうんざりもそうなんですが、いまだゴタゴタしていて、両国に友人がいたりす
ると時々、愉快ならざる思いをする時があります。

>66
セーケイとかクマンとかパローツとか・・。あと、セルビアやクロアチア人の集落が
あったり、ザクセン人が住んでいたり・・。いろんな連中がごちゃごちゃ住んでいる
のが中欧世界というように思っています。


68 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 01:40:43 0
ハンガリーの歴史は全く詳しくないが19世紀末のハンガリーはすごく興味がある。
オーストリアとの同君連合だが、版図が広い。文化・芸術もパリやウィーンと同格。
欧州大陸初の地下鉄ももってて 大国中の大国だ。
もっと注目していいと思うんだが、なぜか激しくマイナーな国だ。

69 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 12:20:03 0
二重帝国が共和国になった経緯、それは勿論大戦だけど、細かなトコが昔不思議だったのを思い出した。
誰か教えてください。

70 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 12:33:23 0
ハンガリーが共和国になったのは第二次大戦後。
それまでは二重帝国以前も以後もずっと王国。

71 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 12:38:07 0
とはいえ、完全独立後のハンガリー王国には国王がいなかったのよね。
オーストリア=ハンガリー海軍の艦隊司令官だったホルティ・ミクローシュが
「摂政」として独裁、ハプスブルク家の国王の復位を認めなかった。

72 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 12:47:42 0
成蹊人、熊ン人。

73 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 19:30:29 0
ホルティ
http://nl.wikipedia.org/wiki/Afbeelding:HorthyHitler.jpg

1938年ドイツ訪問時の時のものだと思う。
「提督」は何を思ったのか(wwww

74 :世界@名無史さん:2005/10/16(日) 23:25:02 0
クン        クマン人の子孫
パローツ     ポロヴェツ人の子孫(クマンとどう違うの?)
ヤース      アラン人の子孫
セーケイ     トルコ系集団(ブルガール?)の子孫
チャーンゴー  逆に(カルパチア盆地から)出て行った人々

マチョー     ??

75 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/10/17(月) 00:23:04 0
>71
晩年にオットー大公に許しを乞うたそうですね。
彼の回想録に「若く優秀なハプスブルク家の君主がドナウ連邦に
君臨するのを再び見たい」とか書いているそうで。

>73
かつては巡洋艦部隊を率いて実戦も経験し、後には二重帝国の最
後の海軍司令官だった人物ですからねぇ。やっぱり血が騒いだん
じゃないですか。彼自身はヒトラーよりもイギリスにシンパシー
を感じていたそうです。

>74
判りやすく整理してくださってありがとうございます。
パローツとクマンですか・・。入ってきた時期が違うとか、
あと、彼ら自身の認識の問題もあるのでは。




76 :世界@名無史さん:2005/10/17(月) 09:54:24 0
歴史と関係ないような話題でシツレイ。
チャルダッシュという曲が最近リバイバルかなにかで話題になったのか
それともそういう名のグループでも出たんですか?

77 :世界@名無史さん:2005/10/17(月) 18:51:01 0
ちょっと前にタラフ・ドゥ・ハイドゥークスってジプシーの楽団が話題になってたな。
日本にも来てた。

78 :世界@名無史さん:2005/10/17(月) 20:31:40 0
Taraful Haiducilor(仏語Taraf de Haidouks)はワラキアのグループ。
ルーマニアですよん。来月来日します。
ttp://www.plankton.co.jp/taraf/

ハンガリーのロマのグループなら、ムジカーシュ(Muzsikas)/
シェベスチェーン・マールタ(Sebestyen Marta) あたりが大御所。
アンソニー・ミンゲラ「イングリッシュ・ペイシェント」、宮崎駿「おもひで
ぽろぽろ」などの映画に登場するし、CDも日本で何枚か出ている。
ttp://www.muzsikas.hu/

79 :69:2005/10/17(月) 21:10:22 0
お〜みなさんありがとうございます。
第一次大戦後、オーストリア共和国、ハンガリー王国だったのが不思議だったんですね。
高校レベルの文献では分からなかったし・・。
訊いてよかった。

80 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/10/17(月) 22:56:38 0
>76
チャールダーシュとは、ハンガリーの民族舞踊の一つです。
そんなに最近お聞きになる機会があるのですか。

>78
タラフ来日ですか・・バイオリンのお爺さんがご健在の頃
ライブに行ったことがありました。
ムジカーシュは良いですね。私も好きです。

81 :世界@名無史さん:2005/10/17(月) 23:01:18 0
すまん、>>78のムジカーシュやシェベスチェーン・マールタはロマじゃないっす。
間違いました。

>>75
今のハプスブルク家当主は、ハンガリー王位継承権を放棄したんだっけ?

82 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/10/17(月) 23:45:33 0
>81
オットー大公は今でも「ハンガリー王位継承権者」という肩書きをお持ちだと
聞きました。1999年に来日されて、東海大学で講演された折のご紹介は、
上記のとおりであったと記憶いたしております。

83 :世界@名無史さん:2005/10/18(火) 04:41:23 0
放棄したのはオーストリア帝位継承権じゃなかったか

84 :世界@名無史さん:2005/10/18(火) 18:43:40 0
ハイドゥークってハンガリーの盗賊かと思ってたけど、ルーマニアにもいたのかな。

85 :消印所沢 ◆z3kTlzXTZk :2005/10/18(火) 20:29:33 0
 まあ,まかり間違えば日本の皇室がマジャール王継承権を持つことになっていたかも(笑).

86 :世界@名無史さん:2005/10/18(火) 22:12:21 0
ハンガリー国王が即位するためには、ハンガリー国王から
伯爵だか侯爵だかの爵位を受けた某所の大司教による戴冠を経ないと
国王になれない、という規則があって、現在ではこの大司教座には
爵位が無くなってしまっているため、ハンガリー国民による承認以前に
オットー大公は法的な構造上ハンガリー国王になれない、という嘘か
本当か分からぬ話を聞いたことが・・・

87 :世界@名無史さん:2005/10/18(火) 22:28:13 0
故司馬遼太郎氏が訪問を切望しながら果たせなかった国だね。

88 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/10/19(水) 00:13:00 0
>84
ハンガリーではハイドゥ、ルーマニアではハイドゥク。
盗賊という言葉の語源が一緒なのではないでしょうか。

消印所沢さま
それは時々聞く話ですが、本当ですか?



89 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/10/19(水) 00:13:55 0
>86
確か前々スレで「しい坊」さまが書いておられた
お話ですね。
以下はそのコピーです。ご参考までに

ミンツェンティ枢機卿が死亡した時が名実ともにハンガリー王国が
消滅した時期だとも言えると思います。

ハンガリーは“使途王国”という特権を持ったカトリック
王国でした、通常はヨーロッパの国王は国王となるためには
ローマ法王の認証を得なければならなかったのです。しかし、
使途王国であったハンガリー王国の場合は、その特権により、
国王をローマ法王の代理人であるハンガリーの主座大司教公
(herceg prímás) が認証することができたのです。
で、ハンガリーの主座大司教公はハンガリー国王が任命するこ
とができました。要するにハンガリー国内で互選制を取ってい
たのですね。で、戦後の新憲法でハンガリーは共和国となりま
したが、ミンツェンティ枢機卿が存命中は教会法上彼がハンガ
リー国王を任命することができたわけです。しかし、彼は国王
を任命することなく、亡くなってしまいました。ところが、ハ
ンガリーにはもはや主座大司教公を任命する国王がいないの
で、主座大司教公を任命することもできなくなってしまったわ
けです。実際に、ミンツェンティ亡き後ヴァチカンが任命した
ハンガリーの主座大司教には「公」の称号は付いておりません
でした。よってこれをもってハンガリー王国は歴史から消滅し
たと考えることもできるでしょう (^^)。

>87
司馬先生の「街道を行く」ハンガリー編を読んでみたかった
です。


90 :世界@名無史さん:2005/10/19(水) 00:35:51 0
>67

遅レスですが、ルーマニア人がセーケイ人やザクセン人とはちがって
冷遇されたのには何か理由とかはあるんですか?
また、そういった差別はスロバキア人やクロアチア人などの
領内の他の異民族に対してもあったんでしょうか?

あと、かつては上ハンガリーと呼ばれた現在のスロバキアの領土は
もともとスラブ人が多数派で、第一次大戦後に民族自決に基づいて
スラブ人の分布通りに決められたものなのでしょうか?
それとも、上ハンガリーではスラブ人は少数派だったけど、敗戦後の
どさくさにまぎれてハンガリーからこの地域をハンガリー人多数派地域ごと
奪い取ったものなのでしょうか?


91 :世界@名無史さん:2005/10/19(水) 07:17:20 0
ローマ教皇が戴冠させることは出来ないのか。

92 :世界@名無史さん:2005/10/19(水) 08:01:44 0
>>90
上ハンガリーではもともとスロヴァキア人が多数派で、二重帝国の時代にも
マジャール人はスロヴァキア人との間でアウスグライヒに似た協定を
結んでいたという。チェコスロヴァキア成立時の国境についても、チェコ側は
従前の歴史的国境・州境に基づき、スロヴァキア側は民族分布に基づく
ということだったらしい。

93 :世界@名無史さん:2005/10/20(木) 01:55:05 0
>92

なるほど、ありがとうございます。

94 :消印所沢 ◆z3kTlzXTZk :2005/10/20(木) 04:48:33 0
>ギシュクラ・ウール

>それは時々聞く話ですが、本当ですか?

 トゥラニストがそんな画策をしていたというのは,どうやら本当らしいのですが,
確証がイマイチ…….

 ps. しい坊氏のサイト,なくなってしまったようですね.

95 :世界@名無史さん:2005/10/20(木) 10:05:09 0
>消印所沢さん
しい坊さんのWebページ、今は見れます。
ブログ(旧しい坊のひとりごと)も久しぶりの更新です。
誰も徹底的にコメントをしていないブログですが。

96 :世界@名無史さん:2005/10/20(木) 21:23:59 0
>>89
レス有難うございます。しい坊先生の解説が元ネタだったんですね。
記憶があやふやだったのでとてもすっきりしました。

なるほど、ハンガリーの「主座大司教公」だったんですね。
カトリック教圏の東方に対する防波堤として「使徒王国」という特権を
ローマ教皇から与えられていた、という話をされていたことを覚えています。
要は国内での互選制だという説明に納得しました。
ハンガリーも90年代以降、例の王冠付きの国章が巷でよく見られるように
なったそうですが、ハンガリー国内としては「ハンガリー王国復活」みたいな
願望というか期待のようなものを漠然と持っているのだろうかと思ったりも
しましたが・・・ どうなんでしょう。

ハンガリー国内にオットー大公が即位するような状況があるという話は聞かれ
ませんが、もし即位するとなるとローマ教皇と一緒になってよほど曲芸じみた
手続きをしてでもないとと実現できない感じですね。

97 :世界@名無史さん:2005/10/20(木) 21:46:37 0
東欧やバルカン、北欧の新興の王国と同じ要領で立ち上げ直せば良い。

98 :世界@名無史さん:2005/10/20(木) 23:35:54 0
「チャルダッシュ」は十二楽坊の演奏がヒットした。

99 :世界@名無史さん:2005/10/21(金) 00:03:49 0
DVD「ロマンチック エナジー」の17番
ttp://www.platia-ent.co.jp/artists/joshi/disco.html

100 :消印所沢 ◆z3kTlzXTZk :2005/10/22(土) 22:19:36 0
>>95
 当方のPCのブックマークのURL
ttp://bosei.cc.u-tokai.ac.jp/~hukaya_s/index.html
では,何度ページを開こうとしてもダメなんですが,もしかしてURLが変わりました?

101 :95:2005/10/23(日) 10:31:26 0
>消印所沢さん

今は
ttp://www.hum.u-tokai.ac.jp/~sitosi/
です。

102 :世界@名無史さん:2005/10/24(月) 16:24:17 0
多分ハンガリーだったと思うけど、食い詰めた農民を集めて十字軍を編成しようとしたら
そのまま農民一揆がはじまってしまったとか。

103 :世界@名無史さん:2005/10/26(水) 11:42:26 0
ギシュクラさま、

お休み中なんで、こちらに。


Taborstrasse: Ist die a¨lteste Strasse der Leopoldstadt und hiess fru¨her
Kremser Strasse. Seit 1770 heisst sie Taborstrasse. Der Name Tabor
kommt von Befestigungsanlagen, die in den ersten Jahrzehnten des
15. Jahrhunderts unter Herzog Albrecht V. zur Sicherung der
Donaubru¨cke gegen die militanten Hussiten errichtet worden waren.
(Diese Art der Befestigungsanlagen waren von den Hussiten erfunden
und auch so genannt worden.)

http://www.wienweb.at/printpopup.aspx?id=52804&cat=4&channel=1

やっぱり、「堡塁」という意味で使っていますね<ターボル街の"ターボル"
そして、この"ターボル"はフス派の「ターボル」から派生。

...本家のターボルの意味は全然解明されませんでした。。

104 :世界@名無史さん:2005/10/26(水) 18:18:28 0
荷車で防御陣地を作るという戦術は中国からインド、東欧まで
遊牧民の影響がある場所ならどこでも見られるものだけど
それぞれ名称がどうなってるのかはよく分からないな。

105 : ◆z3kTlzXTZk :2005/10/26(水) 20:27:29 0
>>101

 Ko:szo:no:m sze'pen!

106 :世界@名無史さん:2005/11/01(火) 16:40:03 0
>>105
Te nagyon buta vagy, ugye ?

107 : ◆z3kTlzXTZk :2005/11/02(水) 20:14:23 0
>>106
Buda? Nem vagyok Buda.

Wikipedia'ban a budai oldalon van ma:

http://hu.wikipedia.org/wiki/Budapest_I._ker%C3%BClete

http://hu.wikipedia.org/wiki/Budapest_II._ker%C3%BClete

http://hu.wikipedia.org/wiki/Budapest_III._ker%C3%BClete

http://hu.wikipedia.org/wiki/Budapest_XI._ker%C3%BClete

http://hu.wikipedia.org/wiki/Budapest_XII._ker%C3%BClete

http://hu.wikipedia.org/wiki/Budapest_XXII._ker%C3%BClete


108 :世界@名無史さん:2005/11/17(木) 01:36:11 O
俺はブルゲンラントのマジャル人。

109 :世界@名無史さん:2005/11/17(木) 01:39:06 0
ハンガリー反革命について

110 :世界@名無史さん:2005/11/17(木) 22:10:24 0
野上弥生子
「しかしこの腕力沙汰(引用者注:ハンガリー動乱のこと)も、英仏がスエズで振るった暴力(引用者注:スエズ動乱のこと)とは別だという考え方を、私は変えようとはいたしません。
彼らはなんと弁解しようともエジプトをあらたに植民地化して、一世紀にわたって握ったスエズ運河の利権を手放すまいとするのであり、
片方のロシアといえば、第二次戦争の後漸くできあがったハンガリアの人民民主政体(引用者注:共産党一党独裁体制のこと)がもう一度独占資本家、地主、
ファッシズムと民族主義をいっしょくたにしている軍人(引用者注:戦前のハンガリー王国摂政のホルティ・ミクローシュ提督のこと)の支配に
―私たちだってそんな目にあうのは御免ですが―逆転しようとするのを、少々粗暴に引き戻そうとしたわけで、同じく動乱の名で呼ばれてもエジプトのは後ろ向き、
ハンガリアのは前向きといわれましょう。」
出典元:1957年1月号『世界』より

111 :世界@名無史さん:2005/11/17(木) 22:43:49 0
ウヨサヨ論争を始めたいつもりなら
よそでやってくれ

112 :世界@名無史さん:2005/11/17(木) 23:00:27 O
\(〇m〇)/フニャディ万歳!


↑カーロイ将軍閣下です。

113 :世界@名無史さん:2005/11/17(木) 23:07:12 0
ナジをなじる

114 :世界@名無史さん:2005/11/17(木) 23:20:51 O
俺はブルゲンラントのマジャル人だからハンガリー動乱は無関係。

115 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/11/18(金) 22:40:57 0
>102
おそらく「ドージャ・ジョルジ」あるいは「セーケイ・ジョルジ」の反乱として知られる事件
のことではないでしょうか?
エステルゴムの大司教(?)バコーツ・タマーシュがローマ教皇の同意の元に、対トルコ十字
軍を宣言、これを受けて農民たちが続々と集結、その指揮はドージャ・ジョルジに委ねられま
した。
農民たちの集まり方に恐れを抱いた大貴族達は大司教バコーツに募兵の中止と、既に集まった
農民の解散を命じるように説得、大司教はこれに応じました。また、大貴族達は所領の農民の
十字軍への参加の妨害、参加者への弾圧も行いました。

激怒した農民たちは反乱を起こし、ドージャの指揮の元に、ペシュトを出陣、大平原を越えて
ハンガリー南部へ攻勢をかけ、城砦を次々に陥落させて行きました。しかし、要衝テメシュヴ
ァール(今のティミショアラ)を攻囲している最中に北部ハンガリーからの軍を率いて救援に
かけつけたヤノシュ・サポヤイの軍に破れ、ドージャは捕らえられ、頭に焼けた鉄の王冠をか
ぶせられ、真っ赤に焼けた鉄の玉座に座らせられて生きながら焼き殺されました。

>103
ありがとうございます。
フス派からの侵攻を防衛するために築かれた訳ですね。

>104
そんなに広汎に見られる戦術でしたか・・。ハンガリーでもベーラ4世の
率いる軍がモンゴル軍に破れた「ムヒの戦い」でハンガリー軍が車陣を敷
いて戦ったそうです。

>110
野上弥生子さんもそんなことを仰ってましたか。大内兵衛氏の書かれた文
章は読んだことがありましたが・・。

116 :世界@名無史さん:2005/11/21(月) 20:19:35 0
>>115
岩波ですからね。
基本的に"赤方偏位"ですよ。特にあの時代は。

117 :世界@名無史さん:2005/11/26(土) 22:20:11 0
>>35
バカか?

118 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/11/27(日) 01:04:34 0
>117
魔女狩りは私は聞いたことが無いですが(不勉強で知らない可能性は十分に
あります。)異端審問はフス戦争の後に盛んだったことがあります。
後にフニャディ・ヤーノシュと一緒にベオグラードでトルコ軍と戦ったカピ
ストラノ神父が主導していたはずです。


119 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/11/28(月) 22:56:46 0
手元の本を調べてみたら「18世紀に酷い魔女迫害があった」という記述
がありました。
具体的な内容はよくわからないのですが、ラコーツィ・フィレンツ2世の
自由戦争が失敗に終わり、ハプスブルク家の支配が強化されるとともに、
イエズス会が幅を利かせるようになったのと関係があるのでしょうか?


120 :世界@名無史さん:2005/11/29(火) 21:29:23 0
>>117
Te hu:lye vagy.

121 :世界@名無史さん:2005/11/30(水) 23:22:56 O
ハンガリー移民二世でマジャル人のサルコジがフランス共和国大統領になったら、
ハンガリー共和国の人々は喜ぶかな?

122 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/12/01(木) 00:01:39 0
ありゃ・・ハンガリー移民も子孫でしたか。
2世というと、ご両親は何時頃ハンガリーからフランスへきたのでしょう??

123 :世界@名無史さん:2005/12/02(金) 09:26:13 0
シャールケズィ(Sa'rko:zi)内務大臣は親アメリカでしょう。
父親は56年の時の亡命者ですかね?
父方はハンガリー系ですが、母方もそうですか?
あの顔は典型的なフランス男だと思いますがね。

124 :世界@名無史さん:2005/12/10(土) 02:02:31 0
マジャール人の再現像らしい
ttp://www.redkaganate.org/clothing/mgyrclth.shtml

125 :世界@名無史さん:2005/12/10(土) 06:30:16 O
サルコジは両親ともハンガリーからの移民。

126 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2005/12/11(日) 03:04:15 0
>124
遊牧時代のマジャール人ですね。
なんか彩色年代記とか教会の壁画に描かれたクマン人の画に似ています。

>125
完全にハンガリー系ですか。56年の時の亡命者の方のご子息なのでしょうか?

127 :世界@名無史さん:2005/12/11(日) 10:31:56 0
イスラムスペイン生まれの旅行家アル・ガルナーティーを追いかけてたら、
偶然こんなサイトを発見
ttp://www.magyariszlam.hu/eng/history.html

英語が苦手なのでどこまで意味を取れているか自信がないが、上記サイトの
中段に、「ゲーザ2世の時代、「フワーリズム人」と「マグレブ人」の2種族の
ムスリムがハンガリーにいて、王に仕えていた」とある。うちフワーリズム人は
隠れムスリムで、表向きはキリスト教徒。マグレブ人はおおっぴらに
イスラームを信仰していたようだ。
しかし、フワーリズムっつったらアラル海のあたりだし、マグレブっていえば
チュニジアからモロッコにかけての土地だ。そんな遠方の人々が、なんで
またハンガリー王に仕えてたのか?
それともアル・ガルナーティーの勘違いで、「フワーリズム人」はクマンとか
ペチェネグの中のムスリム集団か何かだろうか?

128 :世界@名無史さん:2005/12/14(水) 22:30:35 0
ハザールの可汗の親衛隊はホラズムのムスリムだったらしいけど

129 :世界@名無史さん:2005/12/21(水) 23:03:54 0
age

130 :世界@名無史さん:2005/12/21(水) 23:05:11 0
いらっしゃいませ。

http://2hp.jp/?id=no84

131 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/01/01(日) 02:54:33 0
>127
面白いサイトですね
クマン人にはムスリムがいるとも書いてます。
こんな話ははじめて読みました。

考え様によっちゃ、そんなのが居ても不思議ではないのかも
しれません。



132 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/01/08(日) 21:22:10 0
>127
マジャール人が各地に侵略しまくっていた当時のハンガリーにはムスリムの商人が
結構来ていたらしく、コインが墳墓から発掘されるそうです。

133 :世界@名無史さん:2006/01/15(日) 03:07:41 0
そろそろネタ切れですか?

134 :世界@名無史さん:2006/01/15(日) 21:23:57 0
ハンガリー人の先祖は空気が読めなかったのだろうか・・・
大モラビア国が彼らの手で滅ぼされるし・・・

135 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/01/15(日) 23:59:59 0
空気を読むというのが、理解しがたいのですが・・・。
モラビア王国は今のスロバキアの西側のあたりにあったのですよね?

136 :世界@名無史さん:2006/01/16(月) 00:25:12 0
大モラヴィア王国の領土はだいたい現在のモラヴィア+スロヴァキアだったのでは?

137 :世界@名無史さん:2006/01/16(月) 16:29:45 0
ハンガリーとハンガーの関係を教えてください。

138 :世界@名無史さん:2006/01/17(火) 03:22:23 0
モラヴィア最盛期の領土は確か今のチェコ、スロバキア、ハンガリー西部、オーストリア東部あたりだったと思う

139 :世界@名無史さん:2006/01/21(土) 18:35:08 0
どなたか「Osztrák-Magyar Monarchia」の読み方を教えて下さい。
「オストラーク・マジャル」までは分かるんですが・・・

140 :世界@名無史さん:2006/01/21(土) 19:40:40 0
モナルキア?

141 :世界@名無史さん:2006/01/23(月) 01:36:26 0
ハンガリーはめはめ娘

142 :世界@名無史さん:2006/01/23(月) 22:36:58 0
エスラーライヒ=ウンガルンの正式名称の最後尾の単語
「Stephanskrone」
ウィキペーディアでの訳語は「イシュトヴァーン王冠=vとなっているけど、
これは「イシュトヴァーン王室」か「イシュトヴァーン王家」と訳したほうが適切なのでは?

143 :世界@名無史さん:2006/01/23(月) 22:50:13 0
王家はイシュトヴァーン直系じゃなくってコロコロ入れ替わったのだから
「王冠」で正解だと思う。

144 :142:2006/01/24(火) 06:29:40 0
>>143
なるほど・・・
これで合点がいきました。

145 :世界@名無史さん:2006/01/26(木) 19:23:41 0
>>137
まったく関係ないと思います。

146 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/01/29(日) 21:22:26 0
イシュトヴァーン王冠に属するとでも言えばいいのでしょうか。

王家そのものは変わっても、選ばれて聖王冠をもって戴冠したものこそが正統な
王であるという考えなのでしょう。

マーチャーシュ王なんかは王冠がハプスブルク家のフリードリッヒ3世のところ
に行ってしまったものだから、取り戻すのにずいぶん苦労しています。


147 :世界@名無史さん:2006/02/05(日) 16:30:24 0
>>139
通称オーストリア・ハンガリーのマジャル語名ね。
「オストラーク・マジャル・モナルツヒア」でいいのかな?

148 :世界@名無史さん:2006/02/09(木) 23:54:18 0
そういえば、オットー=ハプスブルク氏は
エスターライヒの王位継承権は放棄してるのに
ウンガルンの王位継承権は保持し続けてるとか。

149 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/02/11(土) 17:46:58 0
前に来日された折「ハンガリー王位継承権者」という肩書きで紹介されて
いたことがありましたね。


150 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 19:24:16 0
そのオットー・フォン・ハプスブルク・ロートリンゲンさんは
いまもご健在であらせられるんですな。
ヨーロッパピクニックのときは既に80歳を超えていたのに・・・

151 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 19:35:29 0
ハンガリー通史の入門書でオススメなのないですか?

152 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 19:41:24 0
ハンガリー史(1) P・エルヴィン、田代文雄・鹿島正裕(訳)/恒文社

153 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 19:46:10 0
>>152
ハンガリー史(2)もあるんすか?

154 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 19:54:34 0
>>153
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4770403461/reichsarchiv-22/ref%3Dnosim/249-6507296-2597159
高いな・・・

155 :151:2006/02/12(日) 19:58:08 0
>>152
>>154
ありがとうございます。
本当に高いですね…

156 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 21:44:00 0
ちょっとましな図書館へ行けばあると思う。

157 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 22:20:03 0
ハンガリーは、とかくオーストリア(ハプスブルク家)と並べて語られる事が多い。
御蔭でフニャディ=ヤーノシュなぞ日本では全く知名度が無い。

158 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/02/12(日) 22:41:48 0
>152
高いし、内容が古いという話が以前のスレで出ていました。
もっと新しい内容の本が出てほしいですが、恒文社さんも、現在は東欧関係
に力を入れておられないようで望み薄です。

>157
音楽家を別にすれば、伝記が出ているのがバートリー・エルジェーベト
だけという有様ですから・・。


159 :世界@名無史さん:2006/02/12(日) 23:33:41 0
マジャル人はハプスブルク家やエスターライヒのことを
「侵略者」とは思っていないんですか?

160 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/02/13(月) 01:16:25 0
>159
昔は思っていたでしょう。
ラコーツィの開放戦争だのコッシュートたちの自由戦争などは完全に
反ハプスブルク闘争です。

しかし、今、どうなのかというと、二重帝国時代へのノスタルジーと
いう部分もあるのではないのかなと、個人的には思います。

詳しい方のご意見をお聞かせ願えればと思います。

161 :消印所沢 ◆sHoSTKDfwU :2006/02/14(火) 23:19:39 0
>159
 どちらかと言えば,より高い脅威であるロシアに対抗するため,
ハプスブルクと同盟を組んだという面がある模様.ハンガリー国内には
多数のスラブ人がいましたから,彼らがロシアと結びつくことを
警戒したのです.
 ハプスブルクを信頼置ける同盟者として見ていなかった証左として,
ハンガリー議会は常に二重帝国の軍事予算を必要以上に抑えようとする
傾向がありました.
 おかげで第1次大戦直前まで,国家予算に占める軍事費の割合は,
いつも列強中,最低だったとか.




……てなことを,某サイトにupしたり,する予定だったり.

162 :消印所沢 ◆z3kTlzXTZk :2006/02/14(火) 23:20:20 0
 ありゃ? トリップ打ち間違い,

163 :世界@名無史さん:2006/02/15(水) 01:31:52 0
ギシュクラさま・消印所沢さま

ギシュクラ氏はハプスブルグとは敵対、消印所沢さまは同盟と書かれてますが、
扱っておられる時代が違うのですね?

164 :159:2006/02/15(水) 22:15:52 0
>>160-163
どうもハプスブルク家への感情はかなり複雑なものがありそうですね。
エスターライヒ=ウンガルンの存在がそれをより複雑にしてるような感じも・・・

165 :世界@名無史さん:2006/02/16(木) 22:34:46 0
蒼き狼と白き牝鹿4・チンギスハーンで十二〜十四世紀のハンガリー史に
興味を持ち只今、文献集め。
しかし日本でのハンガリー専門文献の少なさに脱力。

166 :消印所沢 ◆z3kTlzXTZk :2006/02/17(金) 22:08:55 0
>>163-164
 中欧そのものがかなり複雑ですからねえ.
 ラコーツィの解放戦争にしても,最初はハプスブルク軍はオスマン帝国からの
解放者としてハンガリー人には歓迎されたものの,例の「新規土地取得委員会」の
デタラメのせいで,
「これじゃ,オスマン支配のほうがマシじゃん!」
と怒ったってところから起きてますし.

>>165
 ハンガリー語の文献ならたくさんありまっせ.がんば.

167 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/02/20(月) 00:56:25 0
>165
恒文社のハンガリー史以外だと山川のドナウ・ヨーロッパ史ぐらいでしょうか。
あとはオーストリア・ポーランド・クロアチア・セルビア・ルーマニア史の本
の記述を探すとか、邦文でのみというのは困難です。
ハンガリー語はともかく英語ならばけっこう書籍は出ていますよ。

>166
それ以前に、ハプスブルク家の王位継承権なんか認めないという
勢力がトランシルバニアいますし、オスマン帝国からの開放戦争
中もズリーニ・ミクラーシュ(シゲトの英雄の孫、詩人)あたり
なんかはハプスブルク家に見切りをつけてます。

168 :世界@名無史さん:2006/02/21(火) 02:06:08 0
>167
文庫クセジュにもハンガリー史があるが、内容は物足らない。


169 :世界@名無史さん:2006/02/21(火) 07:50:14 0
こういうのもある
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0850458331/qid=1140011832/sr=1-1/ref=sr_1_8_1/250-2430410-3167463
英語だけど

170 :世界@名無史さん:2006/02/22(水) 01:04:41 0
英文書籍は多い。
アマゾンで検索されたし

171 :世界@名無史さん:2006/03/13(月) 22:42:10 0
ハンガリーって何でスラブ人と同化しなかったんだろう・・・
そこが謎。

172 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/03/19(日) 22:13:50 0
多かれ少なかれスラブ人やゲルマン人と混血してしまってはいると思います。

国としてということであれば、よくも生き延びたものと思わされます。

173 :世界@名無史さん:2006/03/22(水) 21:37:05 0
ハンガリー語のスラブ語系やゲルマン語系からの影響ってあったの?
ハンガリー語の過去の仮定法は、かなり人為的な感じるするのだが。

174 :世界@名無史さん:2006/03/25(土) 20:08:13 0
影響ないわけないだろな

175 :世界@名無史さん:2006/03/26(日) 22:21:16 0
>>173
本来のSOV語順がSVO語順に変わったのはゲルマン語派との接触による影響だそうな。

176 :世界@名無史さん:2006/03/26(日) 22:43:55 0
ヒデクチ(Hidegkuti)ってなんとなく日本を感じさせる姓だよな

モトグッチもそうだが



177 :世界@名無史さん:2006/03/26(日) 23:01:06 O
ネオトンて英語だとニュートンだよな。

178 :世界@名無史さん:2006/03/26(日) 23:18:41 0
モトグッチ=冬樹裕三ですかw

179 :世界@名無史さん:2006/03/26(日) 23:24:26 O
モトグッチのモトはモーターの意味でモトグッチなオートバイメーカーの名前じゃなかった?

180 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/03/27(月) 00:19:47 0
>173
私はハンガリー語がわからないですが、単語なんかでもドイツ語、スラブ語
から入ってきたものが多数あると聞いています。

>175
そうだったのですか。ハンガリー語は難しい・・。

>176
Hidegkutiってハンガリー人の姓ですか。あんまり日本とかぶる
ような姓名というのは聞いたことがないような・・。
モトグッチはイタリアのバイクメーカーでハンガリーとは多分無関係
でしょう。
ハンガリー製のオートバイというと「パンノニア」というメーカーが
あったそうですが、写真はともかく、実物は見たことがありません。



181 :世界@名無史さん:2006/03/27(月) 01:42:24 0
つーかマジャール語わからんのかヤン・イスクラよ
ボヘミアのことばしか話せないのか

182 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/03/27(月) 23:40:53 0
>181
何百年も話しておりませぬでな・・。
というのは冗談で、実際お恥ずかしい次第。
ただ今、学習に取り掛かったところです。。
ボヘミアの言葉もわかりません。

183 :世界@名無史さん:2006/03/28(火) 14:54:55 0
フェルトートって何?

184 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/03/29(水) 01:22:48 0
>183
??人名ですか?地名ですか??


185 :世界@名無史さん:2006/03/31(金) 15:49:41 0
アルスター大学人類学教授リチャード・リンの最新調査
(リン教授は北方人種至上主義者で優生学信奉者でも有名)

ヨーロッパ人のIQリスト(The IQ League)

107 ドイツ、オランダ
106 ポーランド
104 スウェーデン
102 イタリア
101 オーストリア、スイス
102 ロンドンおよびイングランド東南部
100.5 ウェールズおよびイングランド
100 ノルウェー
99 ベルギー、デンマーク、フィンランド
98 チェコ、ハンガリー、スペイン
97 アイルランド、スコットランド
96 ロシア
95 ギリシャ
94 フランス、ブルガリア、ルーマニア
90 トルコ
89 セルビア

ソース、The Times紙
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,2-2105519,00.html


186 :世界@名無史さん:2006/04/03(月) 13:14:47 0
age

187 :世界@名無史さん:2006/04/03(月) 15:38:51 0
ハンガリーって昔からそうだが、エリート、特にユダヤ人だけは成績良くて、
あとは馬鹿ばかりな。

188 :世界@名無史さん:2006/04/03(月) 23:26:48 0
>187
釣れますか??

何か具体的な例を出して書いてよ。

189 :世界@名無史さん:2006/04/04(火) 10:32:02 0
>>183
フェルテー・トーはノイジードラー・ゼーのことです。

190 :183           :2006/04/04(火) 11:49:00 0
湖ですね。どうも

191 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/04/04(火) 23:24:52 0
>187
確かにユダヤ系の優秀な方は多いですね。アメリカに渡った方が多いので
余計に目立つかも。音楽家のリストはドイツ系でしたっけ。

>189
あ!ノイジードラー湖ですか・・わからなかったです。

192 :世界@名無史さん :2006/04/22(土) 02:56:07 0
ハンガリーでは、他国で魔女狩りが終焉する18世紀に、逆に吹き荒れてるらしいですが、
(by 『ウィキペディア(Wikipedia)』)その理由までは説明ありませんでした。
これは異教徒からの解放が関係しているのでしょうか?
もし正しい理由をご存知でしたら、よろしく御教授下さい。

193 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/04/23(日) 00:04:18 0
>192
岩波書店のヨーロッパ史入門の「魔女狩り」に
「ハンガリーもまた18世紀にひどい魔女狩りを経験し、ある同時代人の
報告するところによれば、嵐を引き起こしたかどで、1728−29年に
34人が火刑に処せられた。」とあります。
参考文献を見るとこの情報の出典は
H.C.Lea 「Materials Towards a History of Witchcraft」だそうです。

この時期はラコーツィ・フィレンツ2世の反乱が失敗に終って、ハプスブルク
家の支配が確立し、それに伴なって、イエズス会がハンガリーの宗教界で大き
な力を持った時期でもあります。
魔女狩りの話も、イエズス会の勢力伸張と関連があるかもしれません。


194 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 08:39:13 0
ドイツなんて2次大戦後になっても農民の間で魔女狩りがあったらしいぞ。
ヒルデ・シュメルツァー「魔女現象」という本に詳しいけど。

195 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 11:16:29 0
>>193
当時はイエズス会が牛耳っていたのですか・・・これは知りませんでした。
貴重な知識をありがとうございます。
ちなみにラコーツィ・フィレンツ2世の反乱は、農民をも巻き込んだゲリラ戦
だったのでしょうか?(判る範囲で結構です)
映画『ブレイブ・ハート』や『ラスト・サムライ』を見ると、西洋流の戦闘が
白い手袋をぶつけ合ってから、のように整然とし過ぎて、違和感を覚えます。
(ラスト・〜の方は、日本人の誰が見ても勘違いが歴然ですが)

>>194
その本も知りませんでした。貴重な情報をありがとうございます。
そうでしたか、『終焉した』というのはあくまで大雑把な話なのですね・・・。


196 :Ryuju ◆RlujhF6VrA :2006/04/23(日) 12:06:27 0
>>195
多分主にオーストリア方面の話になるけれども、
当時はイエズス会が出版物の検閲まで行なっていて、その関係で
文化的荒廃が余りにもひどかったんで、即位後のマリア・テレジアが
呆然とした、というような話が「ハプスブルクの文化革命」という本に出てくる。

ヤノーシュ氏の話と上の話を考え合わせるに、ハンガリーも似た状況で、
その中で異端審問や魔女狩りが行われた可能性は結構あるかと。

197 :世界@名無史さん:2006/04/23(日) 17:18:47 0
ハンガリーでは前キリスト教的な呪術が残っていたからってことはないでしょうか?

198 :世界@名無史さん:2006/04/24(月) 21:06:48 0
イエズス会と魔女狩りについてですが、そういう異端排斥にイケイケだったのは、
戦闘的なドミニコ派の修道士だった様に見受けられる資料が有ります。
イエズス会の修道士には、魔女裁判を諌める書物を刊行した人もいるようで。

http://www.ne.jp/asahi/happy/jollyboy/akuma02.htm

引用━『1631年に、ドイツのイエズス会士フリードリヒ・シュペーの
「裁判官への警告、または魔女裁判について」が刊行され、反響を呼んだ。
1657年、教皇アレキサンデル7世は判事達に、妖術事件の罪科の
決定にあたっては最大限慎重に臨むように勧告した。1671年には、
ついにカプチン修道会士ジャック・ドートン神父の
「魔術師と魔法使いについての学者の不信と無知の者の軽信」という
フランス法曹界の精神に一大転機をもたらした、画期的な書が出版された。』

上記を見る限りでは、ドイツのイエズス会は穏健派という印象。
ハンガリーを支配するオーストリアでは、事情が違うのかもしれませんね。


199 :世界@名無史さん:2006/04/24(月) 22:23:53 0
是非とも、識者の方々のご意見を伺いたい事があります。

ハンガリー史上、世界に指折りの知名度である、エリザベータ・バートリ。
彼女の蛮行は、実は財産を没収する為のでっち上げ、という声が少なからずありますが、
この件に関して、識者の皆様は個々どのような見解をお持ちでしょうか。
腹蔵無いところをお聞かせ下さい。
(過去スレで有るかもしれませんが、私は見れないので、どうかよろしく)

200 :世界@名無史さん:2006/04/27(木) 03:22:01 0
エリザベータの事は、『魔女狩り』に絡めてだったのですが・・・どうも反応頂け無いようで、
残念です。
(余りに資料が少なく、桐生さんの著作を鵜呑みにしていいものか、判断出来なかったので)
私自身は、冤罪ではなかったか、と密かに思っているのですが。

201 :世界@名無史さん:2006/04/27(木) 06:12:02 0
4日ぐらいで諦めなさんな
この板では1ヶ月ぐらいレスの付かないスレはいくらでもある

202 :世界@名無史さん:2006/04/27(木) 15:40:05 0
>>199-200
ここを読むと宜し。
ttp://profiler.hp.infoseek.co.jp/elizabeth_bathory.htm
当時の貴族・領主が自領内で領民をどう扱おうが勝手なのは暗黙の了解。
ただエリザベータの失敗は貴族の娘に手を出そうとして
それが元で発覚したのが痛い。

203 :世界@名無史さん:2006/04/27(木) 17:45:06 0
>>202
レスありがとうございます。そのサイトは私も拝見しました。
エリザベータ・バートリで検出できるところは、一応全て漁ったつもりです。
そのどれにも必ず載ってる有名な逸話にも、客観的にはおかしな点が有ります。
例えば、髪を櫛ですいている時、そそうをした女中を引っ叩いて、その返り血が手に・・・
という下りは、本人が日記でも残さない限り知り得ない事で、容易に創作と解ります。
他にも600人の死体の処理とか、疑問を挟む余地が多々有り。

秀吉に一族連座で抹殺された秀次は、妊婦の腹を裂いて中を見て楽しんだ鬼畜、などと
あらぬ濡れ衣を着せられていますが、史実と書かれている資料も依然として有ります。
極端な話というのは、眉につば付けて再考の必要が有るかと。
もっともこの件は、元々正確な資料に乏しい事件なので、逆に資料よりも皆さんの印象、
主観を聞きたくレス挙げた次第です。

204 :世界@名無史さん:2006/04/27(木) 17:56:58 0
エリザベートに限らず、似た様な事した君主・領主は古今東西いた。
正確な資料云々については中国とかだと史書に残るし
欧州だと年代記辺りに記述されるだろう。
只、脚色創作が途中で入り込む事も容易に有り得る。

しかしハンガリー史でエリザベート・バートリーを特筆するのは
正直勘弁して欲しい。
確かにバートリー家は重要人物を出した名家だが
エリザベートの話が脚光を浴び始めたのは20世紀のつい最近だし。

205 :世界@名無史さん:2006/04/27(木) 18:31:28 0
特筆とか、ご迷惑をかけるつもりは無かったのですが・・・。
場違いな事をしてしまいましたか?

206 :世界@名無史さん:2006/04/27(木) 18:48:25 0
場違いというか、歴史的に重要な人物じゃないからね>エリザベート
単なる猟奇趣味で彼女の本を読んだ人なら別に迷惑でも無いが
ここはハンガリー史スレだからね。

女中の返り血とか死体600人分云々ならオカルト板で訊くと宜し。

207 :世界@名無史さん:2006/04/27(木) 23:54:47 0
先にも書いたように、オカルト趣味ではなく、魔女狩りの一つ(財産没収の為)で
でっち上げの可能性が高いと考えた上で、みなさんのご意見をお伺いしたのです。
スレを汚す意図は決してありませんでした。

ただ、どうしても解せないのは、貴方のおっしゃり方に、少々毒を感じる事です。
貴方に門前払いされるいわれは無いと思いますが。
>>201 の方のように、暖かい言葉を掛けて下さる方もおります)


208 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/04/28(金) 00:11:32 0
バートリーの件ですね。
散々既出ですが、初代のハンガリースレの「しい坊」さまの書き込みを
転載しておきましょう。

彼女の嫁ぎ先はハンガリーの大貴族ナーダシュディ家で舞台となったと言われ
るのは現在のスロバキアのチェイテ(チャフツ)城です。
ナーダシュディ家は他にも城を持っていましてハンガリーのシャールヴァール城
オーストリアのレーカ城・ロッケンハウス城は現存しています。

以下前スレより

474 名前: しい坊 投稿日: 02/01/15 09:55
ちなみに、『ハンガリー大百科事典』(アカデミー出版、1994)に
はバートリ・エルジェベトは以下のように紹介されています:



209 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/04/28(金) 00:13:33 0
 エチェディ=バートリ・エルジェーベト (ecsedi Báthori Erzsébet)。
1560年、サボルチ県 (Szabolcs vármegye) ニールバートル郡 (nyírbátori
járás) ニールバートル村 (Nyírbátor ) 生れ、
1614年8月21日、ニトラ県 (Nyitra vármegye) ヴァーグーイヘイ郡 (vágújhelyi
járás) チェイテ村 (Csejte) [現在スロヴァキア共和国東スロ
ヴァキア道 (Západoslovenský kraj) トレンチーン郡 (Trenčín
okres) チャフティツェ村 (Čachtice)]没。

 エチェディ=バートリ・ジェルジュ (ecsedi Báthori György)
(1571年以降生) とショムヨーイ=バートリ・アンナ (somlyói Báthori
Anna) の娘。バートリ・イシュトヴァーン (Báthori István) (1555〜1605)
の妹、ナーダジュディ・フェレンツ (Nádasdy Ferenc) (1555〜1604) の
妻 (1575年より)。



210 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/04/28(金) 00:14:23 0
結婚により5人の子供(2男3女)を生む。娘のアンナ (Nádasdy
Anna) は高名な詩人のズリーニ・ミクローシュ (Zrínyi Miklós)
の叔父のザラ県知事ズリーニ・ミクローシュ (Zrínyi Miklós)
の妻となる。娘のカタリン (Nádasdy Katalin) はホモンナイ=ドルゲ
ト・ジェルジュ (Homonnai Drugeth György) の妻となる。
バートリ・エルジェーベトは早く夫を亡くし、その後未亡人として城と
数百ホルドの領地を含む荘園を管理し (1 hold=1,600ネージセゲル=
約0.57 ha)、外国を渡り歩く学生らの援助をした。
一部の資料によれば1609年にベンデ・ラースロー (Bende László)
という名前の貴族との再婚を望んだが、彼女の遺産の自分らの取り分を
心配する親戚らによって妨害されたという。
この時から彼女に対する中傷誹謗攻撃が始まる。
従兄弟のバートリ・ガーボル (Báthori Gábor) が彼を失脚させようと
謀るウィーン宮廷の一部の勢力との対立を深め、対ハンガリー戦の準備
を進めていた1610年12月30日にバートリ・エルジェーベトは、彼女がチ
ェイテの城で農奴の若い娘らを拷問に掛け、一部の者を殺害せしめたと
いう容疑で逮捕された。裁判の記録によれば彼女は精神に異常をきたし、
それらの殺人を行なったということになっている。



211 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/04/28(金) 00:15:49 0
これらの告訴を最初に考え出したのは副王トゥルゾー・ジェルジュ (Thu
rzó György) であった。
1611年1月にトゥルゾー副王が裁判長を務める裁判所は彼女の無実を証明し
ようとした従僕を断頭の刑に処し、2人の女中を焚刑に処し、バートリ・エ
ルジェーベト本人はチェイテの居城に幽閉した。
彼女は貴族世論や国王の支持を取り付けて再審を求めたが、副王はこれに抵
抗した。
バートリ・エルジェーベトはほどなく不可解な状況の下で死亡した。
その後伝説は彼女を血で湯浴みをする怪物として描くようになった。しかし
最近の推測では遺産相続人のいないまま未亡人となった彼女は政治的な理由
による思想的な領地裁判の常套手段の犠牲者であり、彼女の密かな反ハプス
ブルク、親トランシルヴァニア政策のために幽閉されたものとされる。
彼女が犯したとされている犯罪のうち、確実に彼女の犯行だと証明されたも
のは1件もない。
彼女を描いた有名な文学作品にはファーイ・アンドラーシュ著『2人のバー
トリ・エルジェーベト』(Fáy András: A két Báthori Erzsébet) (1827)、
シュプカ・G著『呪われた女 (Supka G.: Az átkozott asszony) (1941)
などがある。

 参考文献:
レクサ・D『バートリ・エルジェーベト』(Rexa D.: Báthori Erzsébet)(1908)、ナジ・L『悪名高きバートリ一族』(Nagy L.: A rossz hírű Báthoryak)
(1984)、
ペーテル・K『チェイテの女城主、バートリ・エルジェーベト』(Péter K.: A csejtei várúrnő) (1985)、サーデツキ=カルドシュ・I『バートリ・エルジェーベトの真実
(Szádeczky-Kardoss I.: Báthori Erzsébet igazsága) (1994)。

[Magyar Nagylexikon, III. köt., Bah-Bij, Akadémiai Kiadó, Budapest, 1994]



212 :世界@名無史さん:2006/04/28(金) 00:48:27 0
>>208 >>211
ヤーノシュ様、タイムリーなレス、ご協力ありがとうございます。
少々感情的になりかけていたので、その意味でも助かりました。
そうですか、冷静な目で見れば、やはり濡れ衣の線が強いのですね。

魔女裁判は、貴族階級の人には市民裁判ではなく、教会裁判とされたので、
私刑は避けられたのと、魔女ではない事の証言者の出廷も許可されたし、
魔女としての裁定がほとんど無かったとも言われていますが、
貴族階級で魔女宣告を受け、罰せられた例をご存知でしたら、教えて下さい。
(そうそう無いと思うので、もしあったらで結構です)
ちなみに、エリザベータは厳密には魔女裁判ではなかった訳ですが、
私は似たようなものとして捉えています。

213 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/04/28(金) 01:08:25 0
>212
基本的には週末しか余裕が無いのですが、「しい坊」さまの書き込みのログ
があったので、コピペいたしました。
他の方も含め、ここのレスのペースは相当にゆっくりなので、ご理解願えれば
幸いです。

バートリー・エルジェーベトの冤罪説というのは、邦訳された資料はないですし、
検索してみても吸血鬼ネタのHPばかりで、根気が続きません。

状況証拠に過ぎませんが同時期にハンガリー西部の大貴族イレシュハージ家がでっ
ち上げの罪状でとりつぶしにあっています。
これはオーストリアの宮廷に多額の借款をしていたヘンケル・ラザルスという商人
への返済に充てることを狙っての冤罪だそうです。

他にも同様の例があったことを恒文社のハンガリー史では示唆しています。

魔女裁判については私は寡聞にして例を知りません。

ただし、魔女ではなくハンガリーの北部(現スロバキア)を中心にして、
勢力を持っていたプロテスタントに対する弾圧はありました。
これも含めて、ハプスブルク家の政策に反発した貴族たちがボチカイ・
イシュトヴァーンを盟主に反乱を起こすに至っています。


214 :世界@名無史さん:2006/04/28(金) 01:30:13 0
>>213
ヤーノシュ様。感謝、感謝です。
イレシュハージ家の災禍は、(イレシュハージという単語自体)存じませんでした。
他にも例が有るとの事で、お陰様で掘り下げて調べる取っ掛かりが出来ました。
ありがとうございます!

プロテスタントへの弾圧についても同様。無学なもので、暗中模索から始めるより、
有益な指針を頂きました。重ねて感謝申し上げます。


215 :世界@名無史さん:2006/04/30(日) 18:07:21 0
バートリー・エルジェーベトの話題でスレが伸びるのは
如何にハンガリー史が日本の歴史学界と縁が薄いかという事を証明しているな。


216 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/04/30(日) 21:45:28 0
>215
中世のハンガリーをご専門になさってる方が果たして何人おられるのか
寡聞にして存じませんが、実際問題、おっしゃる通りでしょう。
観光関連のムック本は立て続けに出版されていますが、読み応えのある
歴史関連の本は出版されませんね。


217 :世界@名無史さん:2006/04/30(日) 22:00:25 0
クロアチア・ダルマチアを征服したベーラ3世や
ポーランド王も兼任した「大王」ラヨシュ1世など
それなりに功績あった国王もいるのにね。

218 :世界@名無史さん:2006/04/30(日) 22:46:10 0
>>215>>206 と同一人物か?

219 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/04/30(日) 22:49:30 0
ベーラ3世には同意しますが、ナジ・ラヨシュことラヨシュ1世は
いかがなものかと・・。むしろ父君のカーロイ・ローベルト王の方
を推したいですね。

220 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/04/30(日) 22:54:19 0
>195
ラコーツィ軍の主力は「ハイドゥ民」と呼ばれる人々だったかと思います。
彼らは家畜の移動などに携わった人々で、職業柄それなりの武装をしていた
そうです。ラコーツィ軍には反乱農民やら中下級の貴族も参加していました
が、大貴族(ラコーツィ自身はトカイ・へージア地方きっての大貴族ですが)
の反応は冷たかったようです。

221 :世界@名無史さん:2006/04/30(日) 23:32:30 0
>>220
親切なご教授、ありがとうございました。


222 :世界@名無史さん:2006/05/02(火) 21:20:37 0
>東欧史が日本の歴史学界と縁が薄いか

 検索してもマルコマンニ戦争の情報は,日本語では少なかったしなあ.
 

223 :世界@名無史さん:2006/05/02(火) 21:40:07 0
>>219
ベーラ4世も結構有名。
モンゴル軍と戦って負けて挙句に息子の皇太子イシュトヴァーン5世に反乱される
苦難の生涯を送っている。

224 :世界@名無史さん:2006/05/03(水) 01:19:29 0
>223
親父のアンドラーシュ2世のつけで散々苦労した人ですな。
モンゴルは攻めてくるわ、オーストリア公には捕まえられるは・・・。
同時代にはボヘミアの「黒鉄と黄金の王」オットカル2世がいるし・・。
本当に苦労ばかりの一生でしたが、ハンガリーでは「第2の建国者」とも言われております。

それ以外だと、初代国王イシュトヴァーン1世、騎士王と呼ばれたラースロー1世は間違いなく
ハンガリーの英雄だし、マーチャーシュ王は当時のヨーロッパでも傑出した王の
一人だろうと思いますがいかが。

225 :世界@名無史さん:2006/05/03(水) 01:22:40 0
>ギシュクラ
ドイツ正義】ポーランド糾弾【ヒトラー正当】3 の前スレで、以前にお前さんが
マーチャーシュ王がシレジアを領有していたと言う話が、嘘つき呼ばわりされて
いたがどうよ。


226 :世界@名無史さん:2006/05/03(水) 19:13:47 0
以前、ハンガリー出身が優秀なのは
「マジャール人がフン族の子孫でモンゴロイドだからだ」なんて
言っていたアホがいたが、ハンガリー出身の有名人ってユダヤばかりだね。


227 :世界@名無史さん:2006/05/03(水) 19:39:55 0
といわれてもピンとこないな。取りあえず知ってるハンガリー人の名前を並べてみるか。
貴族や政治家や軍人を除いて。

フランツ・リスト、ベーラ・バルトーク、ゾルターン・コダーイ、アルトゥール・ニキシュ、
ジョージ・セル、イシュトヴァーン・ケルテス、ゲオルク・ショルティ、アンタル・ドラティ、
アンドラーシュ・シフ、ゾルターン・コチシュ、シャーンドル・ヴェレッシュ、
フランツ・レハール、エメリッヒ・カールマン、カール・ゴルトマルク、
ジェルジ・クルターグ、ジェルジ・リゲティ、ミクロス・ローザ、マイケル・カーティス、
エルネー・ルービック、ヨハン・フォン・ノイマン、ロバート・キャパ、モーリツ・ベニョフスキー、
・・・・・・

228 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/05/03(水) 21:15:56 0
>225
ハンガリー史の本を読んだら普通に出て来る話だと思いますが。

>226
少なくとも、「ゲスタ・ウンガロルム」に出て来るマジャール人の建国神話は
ともかくとして、マジャール人はフン族の子孫ではありません。

ハンガリー出身のユダヤ人で優秀な方が多いのは事実です。
「異星人伝説」マルクス・ジョルジュ著 という本に詳しいですよ。


229 :世界@名無史さん:2006/05/20(土) 01:12:46 0
保守

230 :世界@名無史さん:2006/05/22(月) 02:14:30 0
>>228 「世界には二種類の人間しかいない。HumanとHungarianである」でしたっけ>異星人伝説

231 :世界@名無史さん:2006/05/22(月) 20:44:59 0
グラーシ食べたことある人いますか?

232 :Stein:2006/05/24(水) 01:21:25 0
3年前チェイテ城に行きました
城壁全体を構築する真っ白な石材について
知っている方おられますか?

233 :世界@名無史さん:2006/05/24(水) 01:44:45 0
>>230
ユダヤ人ばかりじゃん。


234 :世界@名無史さん:2006/05/24(水) 02:03:37 0
>233
それも含めてハンガリーということでしょう。


235 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/05/28(日) 21:42:26 0
>230
正確には
「我々ぼ仲間で囁かれている言い伝えがある。
地球上の知識人には二つの種属が存在する。
一つがHumanで、もう一つがHungariansだ。」
(アイザック・アシモフ)ですね。
>231
グヤーシュは大好きですよ。
東京だと自由が丘の「キッチン・カントリー」さんとか六本木の「ジョルナイ」
さんで食べられます。
大阪でもハンガリー料理が食べられるところができたらしいですね。

>232
チェイテ城には行ったことがないですが、石材が白いのですか。
周辺で取れる石材の質という理由だとは思うのですが、ハンガリー
王国では国王のとか、太守の城を白い石で築くという習慣がどうも
あったようです。セーケシュフェーヘルヴァールとかトランシルバ
ニアのジュラフェーヘルヴァール(現アルバユリア)とかセルビア
のナンドールフェーヘルヴァール(現ベオグラード)のフェーヘル
ヴァールとはマジャール語で白い城の意味です。

マジャールがかつてその支配下にあった、ハザールにも同様の習慣
があるそうですね。

>233
多いですよ。
234氏がおっしゃるように、それも含めてハンガリーだと私も思います。

236 :Stein:2006/05/29(月) 07:42:18 0
ヤーノシュ様、回答ありがとうございます。
チェイテ城は写真よりもはるかに美しい白亜の廃城でした。
壁に触れると手や服が真っ白になってしまいます。
壁から朽ち落ちた石は軽量で、友人のドイツ人は珍しいと言っておりました。






237 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 08:09:27 0
アンドレイ・コドレスク著の『血の伯爵夫人』では、彼女はカトリックの修道士
とプロテスタントの牧師に教育を受けている事になってますが、
実際の所、バートリ家はどちらなのでしょう?
また、嫁ぎ先のナーダシュディ家は当時、新教、旧教どちらだったのでしょう?

238 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/05/30(火) 01:33:59 0
Steinさま
チェイテ城の来歴について調べてみました。
1267頃の築城で、1297年には今のスロバキア地域を支配した、大豪族
マティアス・チャークのものになっています。
で、チャークの死後、城は王室(アンジュー家ですね)のものになり、
ジギスムント王の時代にヴォイヴォドのStiborという人物に与
えられ、Orszagh家そしてNadasdy家へと城主が変わっています。

手元にある城の写真集を見ても確かに、壁の石の色が白いのが印象的
ですね。
スロバキアにある城で言えば、有名なスピシュ城なんかも白い石で築
城されています。
フェーヘルヴァールというより、単にその地で産する石材の質の問題
のように思いますが、例えばマティアス・チャークが王の権威に対抗
して、そういうものを築いたと考えるのは面白いです。

>237
その小説はあとがきで、バートリーの冤罪説について少しふれている
SF?小説ですね。
手元にあるのですが、途中で放棄してしまっています。

で、バートリー家の信仰についてですが、トランシルバニア公を何人
も出した家系の方は枢機卿になったような人物(例えば、アンドレア
ス・バートリー)もいるので、カトリックだったのではないかと思い
ます。
ナーダシュディ家については、わからないです。
この家系は後にズリーニ・フランコパンといった大貴族とハプスブルク
家に対して反乱を企てて、当主が処刑され、領地も没収されていますが、
後に子孫が軍功によって貴族として復活、現在も存続しております。
現在はナーダシュディ財団という組織を作っており、そこのHPに家系
の来歴が出ていたと思うので一度、見てみます。
お役に立つような情報があればよいのですが・・・。

239 :Stein:2006/05/30(火) 17:46:20 0
単純な質問の意図を読んで答えていただき、感謝しています。
私は素人で手元に簡単な資料しかなく、来歴表記にはCtibor zo Ctiboric
とあります。Stiborが正しい綴りですか?
上記のNadasdy家の情報も楽しみにしております。
Orsagh家とBathoryの家紋は似ていますね。


240 :Stein:2006/05/31(水) 11:05:21 0

自分で訂正  
 家紋ではなくて紋章です

>ヤーノシュさま
  
白い城が権威の意味をもつのですね
やはり土地の産出が自然な成り行きですね
おっしゃるようにマティアスの対抗心と
考える事は面白いですね。
実際、石材が非常に軽く、特別な意味あれば
遠方から運ばせる事も可能と思われましたので
興味を持ちました。
 ありがとうございました


  



241 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 11:31:21 O
マジャールオルサグ!
Magyarorsz´ag

242 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 16:16:14 0
ハイドゥクについて興味があります。
現代はバルカン半島にもいるようですが、近世のハイドゥクはみんなハンガリー人ですか?

ハイドゥクの実像についてこのようが記述がありますが、本当ですか?

「ときには義賊といえるケースもあったが、大部分が山奥に住み着いて民家を略奪し、
墓を盗掘したり賭博や飲酒をしたりすることに時間を費やした。彼らの眼中には政府もなく、祖国もなく、
仁義や道徳もない。彼らの日常はただ一身の快楽を得られればよく、秤を争って金と銀を分配し、
派手な衣装をひっかけて斗酒を飲み、肉の塊を丸ごと飲み込むかと思えば、女を拉致してかわるがわる強姦した後、
道端に捨てる肉盗行為以外にはすることがない。」

満州や沿海州にいた満州族や朝鮮族などのツングース系馬賊や匪賊によく似ていますが、
やはり大陸アジア系遊牧民共通の性質なのでしょうか?

243 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 19:48:05 0
>>242
16世紀、オスマン帝国征服後のハンガリーに出現した武装勢力としての「ハイドゥク」は
主にハンガリー人やスラヴォニア人から成っていたが、17世紀には退潮した。
その後、オスマン帝国の衰退とともに、支配下にあったルーマニア、ブルガリア、ギリシャ、
セルビアなど各地に野盗の類が出没するようになり、そうした連中も「ハイドゥク」と呼ばれる
ようになったので、全バルカン的な現象になった。
そのためハイドゥクや類似の匪賊(ギリシャのクレフト、トルコのケレール等)の民族構成は
ルーマニア系、スラヴ系、ギリシャ系など多岐にわたったが、出身階層としては農村社会で
問題を起こしてアウトローになった者が多かったようだ。
遊牧民がどうとかいうより、堅気の社会へのアンチとしての太く短く生きる生活様式だろう。

244 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 20:10:07 0
だいたい満州の馬賊は中国人だし朝鮮人も定住民じゃないか
ツングースは森で狩猟をするのが生業だよ

245 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 12:54:36 0
>>244
朝鮮の歴史を知らなすぎ
(かといって俺は朝鮮人でも帰化人でもないよ)

朝鮮人では半島に定住して米作社会に隷属したのがほとんどだが、李氏に支配されなかった鴨緑江以北の朝鮮族は馬賊だった
戦後韓国と北朝鮮を建国した李承晩や金日成などの連中はまさしくその馬賊だぜ
馬に乗ってはいたが騎馬遊牧民ではなく、略奪を生業とし、拉致強姦を趣味としていた

朝鮮はハイドゥクが政権とったようなもの

マジャールも朝鮮もタタール民族だからハイドゥクのような匪賊は古代から存在していた

また、ツングースは女真や金などの満州族に見るように、古代から騎馬民族化している
ロシア沿海州の奥地の部族だけがそれより古い時代からの狩猟採集を生業としていた

バルカンのハイドゥクの場合、スラヴ語族やロマンス語族ではあるが、
東から来たマジャールやブルガールなどのタタール遊牧民と混血しその生活様式や世界観を共有しているゆえに存在している
であるから略奪を生業とし、拉致強姦を趣味としている

246 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 12:55:57 0

よって民衆がハイドゥクを義賊だなんて呼びたがるのは、典型的なストックホルムシンドロームである



247 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 13:27:27 O
なんで?

248 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 13:29:01 0
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249 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 16:02:08 0
>>245
>李氏に支配されなかった鴨緑江以北の朝鮮族は馬賊だった

それは朝鮮族というよりいわゆる「野人」、女真族だな。朝鮮人とは通訳がいないと話も通じなかった連中だ。
岡田英弘によると李成桂は女真の血筋だったそうだが、たとえそうだとしても女真族一般には関係あるまい。
なんでツングースと朝鮮を混同するのか不可解だが、高句麗が朝鮮系とでも主張したい手合いか?

>戦後韓国と北朝鮮を建国した李承晩や金日成などの連中はまさしくその馬賊だぜ

女真族といわゆる東北地方の馬賊の間には封禁解除による漢民族の流入があり、連続性はない。
ところで李承晩って馬に乗るどころかパルチザンすらやってなかったと思うが。

>マジャールも朝鮮もタタール民族だからハイドゥクのような匪賊は古代から存在していた

タタール民族の定義を最大限広くとってもマジャールや朝鮮は入りえない。
マジャールと朝鮮とタタールをひとくくりにできるような概念があるとしたら「ウラル・アルタイ語族」か
「トゥラン」ぐらいだろう。それだとフィンランド人や日本人まで入ってしまうが。
ところで上の段落で騎馬民族と匪賊を区別しながらここでは混同しているのが不可解なのだが。

250 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 16:03:09 0
>また、ツングースは女真や金などの満州族に見るように、古代から騎馬民族化している
>ロシア沿海州の奥地の部族だけがそれより古い時代からの狩猟採集を生業としていた

騎馬民族であることと狩猟採集は矛盾しないのだが?
ヌルハチの経済的基盤が何だったか調べてみれば分かると思うが。

>バルカンのハイドゥクの場合、スラヴ語族やロマンス語族ではあるが、
>東から来たマジャールやブルガールなどのタタール遊牧民と混血しその生活様式や世界観を共有しているゆえに存在している
>であるから略奪を生業とし、拉致強姦を趣味としている

マジャール、ブルガール、ぺチェネグ、キプチャク、タタールなど黒海北岸からバルカンに入った種族はほぼ例外なく地主貴族か
農民層に同化し、遊牧民としてのアイデンティティを喪失してしまった。彼らの子孫が農業を放棄してハイドゥクになったとしても、
それは定住社会の矛盾が生み出したものというしかない。
ヴラフなどの牧畜民も移牧民(transhumant pastoralists)であって、ステップ遊牧民や匪賊の生活様式は共有していない。
強盗・略奪を高貴な職業と考える世界観はむしろステップ地帯を超えて世界各地に存在している。
インド=ヨーロッパ語族にもそうしたアウトローを「自由な戦士」の共同体として理想化する文化がある。ミルチャ・エリアーデによれば
古代世界において略奪によって生き延びながら農業社会の周辺をうろつく「狼」と呼ばれる戦士たちが各地に存在した。
タキトゥスの「ゲルマニア」なんかを読めばそうした世界を垣間見ることができる。
イタリアのブリガンドやブラジルのカンガセイロなどを見れば分かるように、近代世界においても匪賊というものはステップ遊牧民と
無関係に発生している。

251 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 16:46:33 0
良スレsage

252 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 16:52:04 0
>>250
質問なのだが、その「狼」って言うのは古代ゲルマンの例の追放された奴等なのかな。
この話を聞いた時は、権利を剥奪された狩られる存在だと思ったけど
実際は徒党を組んで狩る側に立ったりもしたのかな。

253 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 18:04:51 0
>>250
>「狼」
タキトゥスの「ゲルマニア」に「狼」なんて記述あったか?
俺岩波版もってるが、そんなこと書いてあって記憶ないぞ。
どこにあるというのだ?

ヘロドトスの「歴史」岩波の中巻ならプロト・スラヴ人の一集団と思われるネウロイ族における
「人狼」の習慣というのはでてくるが。

254 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 18:06:46 0
>>249
それにマジャールから北部朝鮮までは明らかにタタールの文化圏だろ
それを否定するのはおかしいぞ

ならば言わせてもらうが、あんたは高句麗を中国史の一部と見る手合いか?

255 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 20:36:10 0
マイナーなハンガリースレが伸びていると勇んで見てみれば
朝鮮ネタかよ・・・
いい加減にしてくれ。

256 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 21:31:20 O
255に同意

257 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 21:35:56 0
これも全て日本語で読めるハンガリー史の史料が少なすぎるからだ。

258 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 22:22:05 0
需要と供給の問題で、需要がないのだから供給も少ない。
関連も少ないし無理だろう。

日本に大きな影響を与えたハンガリー人またはハンガリーの出来事
は何?

世間一般の日本人がハンガリーについて知っている人物や出来事は何?

259 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/01(木) 22:53:46 0
Steinさま
>Ctibor zo Ctiboric
私のハンドルネームであるギシュクラもそうですが、
ハンガリー語とスロバキア語等でスペルが異なることは
多々ありますので、そのためではないでしょうか。
因みに、私が参考にしたのはハンガリーで出版された英文書籍です。

>Orsagha家とBathory家の紋章
両家とも遠祖はグス・ケレド家だそうですので、同じような
デザインなのかもしれませんね。
バートリーの「狼の牙3本」と呼ばれる紋章は見たことがあ
りますが、orsagha家の紋章は未見です。どんな感じのものなのでしょうか。

>白い城
石灰岩かなんかででしょうか。マティアス・チャークの本拠
だったトレンチーン城はさほど白っぽいという感じではない
ように思います。
マティアスはまかりまちがえばスロバキア地域の王になった
かもしれないような人物らしいですから、想像として白い城
を作って回ったと考えるのは面白いですね。

260 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/01(木) 23:39:36 0
>237
バートリー家の信仰についてですが、私の手元資料では確たることはわかりません。
トランシルバニア地域に関しては1548年のイザベラ摂政(サポヤイ・ヤーノシュの
妻でポーランド出身。カトリック)の段階でプロテスタントに対する寛容令が出され、
その後、1552年には議会でカトリックとプロテスタントの闘争禁止、1557年には全ての
者は望むところに応じて、カトリックかプロテスタント(当初はルター派のみ、後にカ
ルビン派、ユニテリアン派も追加)が選べるという宣言を出しています。
トランシルバニア公の中でもベトレン・ガーボルはプロテスタントでした。
確かラコーツィ家にもプロテスタントだった人物がいたように思います。
どうもトランシルバニアでは極端な宗派による対立が生じていなかったようなので、
小説のような状況があったと想定することは可能かもしれません。

ナーダシュディ家
財団の公式サイトを見ても当家はカトリックだとは書いていないですが、ナーダシ
ュディ・フィレンツの父のタマシュは対トルコ十字軍督戦にブダへ遣わされた教皇
特使の公式応接係に任じられたり、国王の戴冠式で聖イシュトヴァーン王冠を保持
する係りをしておりました。そんなことから考えてもカトリックだったのではない
かと想像するのですが・・。

261 :世界@名無史さん:2006/06/01(木) 23:53:35 0
>>249-250は明らかにバイアスがかかってて、ハンガリーと朝鮮が同じタタールであるという事実を必死で払拭しようとしている。

>>255はその上の流れを嫁。元々はハイドゥクと朝鮮馬賊の共通性の話だろ。面白いじゃないか。

262 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/02(金) 00:20:06 0
>242
バルカンのそれについては良く知りません。
ハンガリーでハイドゥ民というと、ボチカイ・イシュトヴァーンの反乱時ぐらい
から記録にあらわれますが、オスマン軍に追われたり、領主の圧迫から集団で逃れ
た農民が匪賊化したものと言われています。
彼らはボチカイの援助要請答えてハプスブルク家と戦い、ボチカイの勝利に貢献
したことによって、軍事的な奉仕義務を持つ自由身分の農民とされました。
前に書いた武装した家畜輸送業者というの市場町に住むようになって以降の話
ですね。

彼らはその後もハンガリーで対ハプスブルク家反乱が起こるたびに戦闘に参加し
ているものですから、ハンガリーの抵抗の象徴のようになっているのでしょう。

余談ですがクロアチアのクリス城(昔ハンガリー王国の南の防衛線だった)で
今でもハイドゥクの末裔が「羊の丸焼き」を食べさせるお店?をしているそう
です。私は行きそびれたのですが、どなたか行かれた方はおられませんか?

263 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/02(金) 00:24:04 0
>245
朝鮮の話はそれ用のスレッドでなさってください。

>それにマジャールから北部朝鮮までは明らかにタタールの文化圏だろ
>それを否定するのはおかしいぞ
当方は不勉強なので、参考資料をご教示いただければ幸いです。



264 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/02(金) 00:28:53 0
>日本に大きな影響を与えたハンガリー人またはハンガリーの出来事
>は何?
日本史で言えば林子兵が「海国兵談」を書くきっかけになった、「はん
べんごろー」ことモーリス・ベニョフスキーですかね。
彼は厳密に言うとスロバキア人?なのだとは思いますが。

東洋文庫に彼の航海記がありますが、面白いですよ。

265 :世界@名無史さん:2006/06/02(金) 10:01:11 0
>>252
阿部謹也さんの本に、一年のある時期に平和喪失者が大挙して現れたとか記述があったような。
>>253
タキトゥスを引き合いに出したのは、「狼」が言及される例としてではなく
「血をもって購いうるものを、あえて額に汗して獲得するのは欄惰であり、無能であるとさえ、彼らは考えている」
という有名な一節を想起して欲しかったから。
エリアーデが挙げている「狼」の例としては、古代イランの書物で言及される「二本足の狼」やイタリアの「ソーラの狼」、
ラケダイモンの「クーロス」など。
>>254
エスノニムとしてのタタール「民族」はジョチ・ウルスの後裔としての、ムスリムで北方テュルク語話者である諸民族を指す。
多分、漠然とユーラシアの騎馬民族を指す概念としての「タタール」と混同して使ってるのかな?
ダシュト・イ・キプチャクとモンゴル高原を中心としたステップ・ベルト上に現れた諸民族については、遊牧という生業や
部族社会のシステムを共有しているため、ある程度共通したエートスの存在を想定することは可能だが、あなたの想定してる
ハンガリーやオランカイまで含めた「タタール文化圏」で共有されているのは、「動物の腱、角、木材を張り合わせた合成弓で
騎射をおこなう」といった騎兵戦闘のスタイルやシャーマニズムなどの断片的な文化要素だけで、そこに確固とした一体性が
あるように考えるのはハンガリーやトルコのトゥラン主義者か、古代大朝鮮帝国の存在を主張する向きのような政治性をもった
連中だけだよ。岡倉天心の「アジアは一つ」と同じことだ。
そうした問題を除いても、普遍的な「略奪者のエートス」がヨーロッパやアジアに存在することの理由としては見当違いだ。
>ならば言わせてもらうが、あんたは高句麗を中国史の一部と見る手合いか?
(゚Д゚)ハア?
>>255
申し訳ないけどレスさせてくれ・・・

266 :世界@名無史さん:2006/06/02(金) 11:04:55 0
>>265
>エスノニムとしてのタタール「民族」はジョチ・ウルスの後裔としての、ムスリムで北方テュルク語話者である諸民族を指す。
>多分、漠然とユーラシアの騎馬民族を指す概念としての「タタール」と混同して使ってるのかな?
>ダシュト・イ・キプチャクとモンゴル高原を中心としたステップ・ベルト上に現れた諸民族については、遊牧という生業や
>部族社会のシステムを共有しているため、ある程度共通したエートスの存在を想定することは可能だが、あなたの想定してる
>ハンガリーやオランカイまで含めた「タタール文化圏」で共有されているのは、「動物の腱、角、木材を張り合わせた合成弓で
>騎射をおこなう」といった騎兵戦闘のスタイルやシャーマニズムなどの断片的な文化要素だけで、そこに確固とした一体性が
>あるように考えるのはハンガリーやトルコのトゥラン主義者か、古代大朝鮮帝国の存在を主張する向きのような政治性をもった
>連中だけだよ。岡倉天心の「アジアは一つ」と同じことだ。

屁理屈だなぁ。。。

タタール文化圏のうち東方で米作文化圏に触れて定住したのが朝鮮で、
西方でキリスト教文化圏に触れてヨーロッパ化したのがハンガリーでいいじゃん。

それだとタタール地域が広すぎるってか?
だがパンノニアから朝鮮北部までは基本的には同じような気候(ステップ)だから、
共通する文化があるのは変でもなんでもない。

何が問題なんだか?


267 :世界@名無史さん:2006/06/02(金) 21:33:37 0
254=266は自分が使っている「タタール」「文化圏」ということばの定義を
示すべきだと思います。

268 :世界@名無史さん:2006/06/02(金) 22:53:53 0
>>266
あなたはバルカン半島から北朝鮮まで共有されている略奪者のメンタリティを仮定していて
それがハイドゥクや馬賊といった現象の共通のソースだと主張しているでしょ? そこが問題。

269 :世界@名無史さん:2006/06/02(金) 23:07:45 0
>>267-268
昔から広く習慣的に使われている用語に定義を与えるほどアホな話はないんだが…

ヨーロッパ人は昔ハンガリー人(マジャールやアヴァール)を「タタール人」と呼んでたし、
朝鮮北部から先の連中は韃靼、つまりタタールと呼ばれていた。

定住化による固着化した支配体制に伴いアウトロー化した匪賊がハイドゥクであり朝鮮馬賊。

そこに何の問題もない。

問題というなら何か深刻なことがあるんだな。何だそれ?
まさかハンガリー人が朝鮮馬賊と文化的に関係ないとでも!?


ちなみに俺は>>266だけど>>254じゃないよ。

270 :世界@名無史さん:2006/06/03(土) 02:05:46 0
>>269
>>267も俺じゃないんで別にレスしてね。

>ヨーロッパ人は昔ハンガリー人(マジャールやアヴァール)を「タタール人」と呼んでたし、

ビザンツ史料でマジャールを「トルコ」と呼んでいる例は知っているが、タタールといっている例は
聞いたことがない。アヴァールは欧州にタタールという名前が知られるようになる500年以上前に
フェイドアウトしている。多分当時は遊牧民には「スキタイ」という呼称の方がポピュラーだったと思う。

>朝鮮北部から先の連中は韃靼、つまりタタールと呼ばれていた。

それは問題ない。ただしここ500年ばかりの話だが。

>定住化による固着化した支配体制に伴いアウトロー化した匪賊がハイドゥクであり朝鮮馬賊。

主語が不明瞭なのだが、「(タタールの)定住化による固着化した支配体制に伴いアウトロー化した
(タタールの)匪賊がハイドゥクであり朝鮮馬賊」と読めばいいのかな。
だとすれば明らかな事実誤認だ。
狭義のハイドゥクはマジャールの定住から数百年後、16世紀のオスマン朝のハンガリー侵攻による
逃散農民を背景にしており、広義のハイドゥクはオスマン朝のバルカン諸国支配体制の衰退によって
農民層から発生している。馬賊は清帝国の崩壊による東北地方のアナーキーの中で生まれた。

>問題というなら何か深刻なことがあるんだな。何だそれ?

だから>>268で何が問題なのか書いてるだろw

>まさかハンガリー人が朝鮮馬賊と文化的に関係ないとでも!?

ハイドゥクと馬賊なら両者とも定住民社会を前提にしているのでタタールを媒介とした関係はないと思うね。
バルカン諸国のハイドゥクはむしろ朝鮮本土の山地を拠点とする匪賊と共通性が強いと思う。

271 :世界@名無史さん:2006/06/03(土) 12:45:43 0
要するにハンガリーから朝鮮まで騎馬民族だが、
優等ハンガリーだけは特別で劣等タタールとは違うということを捏造したいんだな。

よしわかった。
ハンガリーだけは特別ね。

272 :世界@名無史さん:2006/06/03(土) 13:34:54 0
なんか会話が成立しないのでこの話題終了。以降271は放置推奨

273 :世界@名無史さん:2006/06/03(土) 16:06:30 0
贔屓する国と朝鮮とが比べられて必死で否定しようとしてる悪質なイデオローグがいるな。

だが、誰が見てもハンガリーはアジア系騎馬民族で、扶余人と同系統。
タタールとかそういった用語はどうでもいい。
昔からあったアジア系騎馬民族の西端ハンガリーと東端朝鮮で
農耕定住文化と混交する過程でどうしてもなじめなかった連中が匪賊になる。
ときには義賊といえるケースもあったが、大部分が山奥に住み着いて民家を略奪し、
墓を盗掘したり賭博や飲酒をしたりすることに時間を費やした。彼らの眼中には政府もなく、祖国もなく、
仁義や道徳もない。彼らの日常はただ一身の快楽を得られればよく、秤を争って金と銀を分配し、
派手な衣装をひっかけて斗酒を飲み、肉の塊を丸ごと飲み込むかと思えば、女を拉致してかわるがわる強姦した後、
道端に捨てる肉盗行為以外にはすることがない。

274 :世界@名無史さん:2006/06/03(土) 16:10:22 0
>誰が見てもハンガリーはアジア系騎馬民族で

定説だっけ、これ?

275 :世界@名無史さん:2006/06/03(土) 16:24:16 0
マジャール人がヨーロッパ系農耕民族だとでも?

276 :世界@名無史さん:2006/06/03(土) 16:26:55 0
私は>>273だが、別に朝鮮を卑下しているわけではない。

ところが、ハンガリーを贔屓する連中は朝鮮を卑下しているから、
比べられると必死になって否定する。

そいつらの屁理屈は全然学問的ではなく、顧みる価値がない、唾棄すべきものだ。

277 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/03(土) 18:16:26 0
>270
マジャール人が侵攻してきた当時の祈祷で確か「神よマジャール人の矢から救いた
まえ。」(書籍によってはハンガリー人の矢になってますが)というものが知られ
ています。当時、彼らは「ゴグとマゴグ」の子孫と言われていたそうで、そのへん
は後のモンゴル人と共通してますね。

あと13世紀のカルピニとかルプルクあたりの報告書ではタタール人(モンゴル人)
とマジャール人だのクマン人だのキプチャク人といった他の遊牧民族は細かく区別し
て書いています。

>273
山賊野盗の類のやることが洋の東西を問わず似ているのは不思議でもなんでもないで
しょう。
ただ、「農耕定住文化と混交する過程でどうしてもなじめなかった連中が匪賊になる。」
というのを、ルネッサンス期以降の時代に発生した「ハイドゥー民」に当てはめるのは
的外れではないでしょうか?

>275
元々は遊牧民族です。しかし、オスマン帝国が侵攻したきた時代あたりで、マジャール
人が遊牧生活をしていた訳ではありません。

>276
国だの民族だのを比較してどちらが優れているという議論をするつもりはありません。
スレッド違いだと申し上げているだけです。




278 :世界@名無史さん:2006/06/03(土) 18:57:30 0
>>273
お前の使う「騎馬民族」ということばが遊牧民と同義語だとして話をするが、
扶余人が「騎馬民族」ではなく、農耕・牧畜(遊牧ではない)・狩猟を
組み合わせた生活をしていたことは史書より明らかだ。匈奴や鮮卑などとは
明確に違う。
お前は>>245でツングースを「騎馬民族」といったり、いってることが滅茶苦茶だ。
豚を飼う靺鞨や女真は遊牧などできないぞ。

279 :世界@名無史さん:2006/06/03(土) 20:01:35 0
>>278
まだキチガイイデオローグが戯言並べてるな。。。

騎馬文化はユーラシアの草原地帯一帯にあって、文化的だけでなく言語的共通性さえある。
時にはタタールや韃靼と呼ばれたりするわけだ

その匪賊は村を略奪し、墓を暴き、派手な服を着、酒を飲み、肉を貪り食い、女を犯して捨てる、
餓鬼道の蛆虫ども、これが奴らの生活だ!

何か文句あるか!

280 :世界@名無史さん:2006/06/03(土) 20:12:06 0
>279
で、それがどうしたの?
お疲れ様でした。



281 :世界@名無史さん:2006/06/03(土) 20:24:12 0
>>279
餓鬼道の蛆虫かどうかはともかく、その他言ってることは大体正しい。

282 :世界@名無史さん:2006/06/03(土) 23:35:33 0
>>277
逆にモンゴル側からも「ルースィ」の彼方にある民族として『元朝秘史』や
『世界征服者史』などに「マジャール」の名前が出て来ますが、ベーラ4世の王国を
「バシュギルド(バシュキール人)」と呼んだりと、名前だけは知ってるけどポーランドや
キプチャク草原の連中とちゃんと区別してるんだかいないんだか良く分らない感じですね。

「「タタル」というのは我々がタルタル人と呼ぶモンゴル人たちの一部族のことなので、
 彼らは自分達のことを「タタル」と呼ばれるのを嫌がる」と報告しているのはカルピニの
ジョヴァンニ修道士でしたか。

モンゴル帝国の勢力を「タタル」と呼んだのはホラズム・シャー朝などの中央アジアの
テュルク系の勢力が彼らを「タタル」と呼んだのが初めで、周辺の諸言語もそれに倣った
とかいう話を聞いた覚えが・・・ アラビア語の方でも「タタル」だったかな?
ロシアの『ガリーチ=ヴォルイニ年代記』もやはり「タタル」と呼んでいますが、
ハンガリー側の年代記もやはりバトゥに敗退した時も話しに聞くようにモンゴルを
「タルタロスの民」と呼んでいるんでしょうか?

283 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/04(日) 01:31:43 0
>282
元朝秘史にマジャールに関する記述があるのですか。
丁度、古書店で見かけたところなので、購入して見ます。

バシュキール人というと、マグナフンガリアに残ったマジャール人の
ことでしたっけ?モンゴル側でも同系統の連中という認識があった訳
ですね。

>呼ばれるのを嫌がる
カルピニでしたっけ・・本を調べないとわからないです。

>ハンガリー側の年代記
このあたりの話が出ていそうなのは、年代的に近いのはアールパード家
が滅亡した後に成立したアンジュー家の2代目ラヨシュ1世が作らせた
「ケーペシュ・クロニカ」(彩色年代記)でしょうが・・どんな表現に
なっているのかは存じません。

284 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 06:14:41 0
ガブリエル・ロ−ナイ「モンゴル軍のイギリス人使節」に、ベーラ4世がマジャールの故地「マグナ・ハンガリア」
にキリスト教を布教するため修道士たちを送ったというエピソードがあった。
それはおそらくバシキール人のことで、当時はまだハンガリー語が通じたとか。

>>282
モンゴル側文献に、西征軍が通ったカルパチア山脈のヴラフ人のことも言及されてませんでしたっけ?
たしか「ヴラヒ」だかそんな風に呼ばれてたような。

285 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 13:44:47 0
要は、ハンガリー=朝鮮同系説を唱える人は『在日』というだけ。
日本刀が朝鮮起源だとか、イチローが在日だとか、いわゆる、言ったモン勝ちで、
何でも言うのですよ、そう何でも。
ただただ、長年虐げられて来た劣等感に裏打ちされた負けず嫌いから。
前回のワールドカップで、審判買収という最低卑劣な行為をしても、
『自分らはベスト4』と胸張って酔える、クズ民族だから。
(その前のソウルオリンピックから、全く同じ事をしている。真に破廉恥)
クズ供をまともに相手するのは、基地外に道理を説くがごとく、虚し〜い行為。
完全スルーが妥当。
ヤーノシュ様が、真面目に調べて真摯に応える事自体、時間の無駄で無意味。


286 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 14:33:55 0
最近良く見る「痛い在日のふりをして在日に悪感情を持たせることを目的とした、
嫌韓厨による自作自演」だな。
245から279までの奴と285は同一人物。ことばの使い方でバレバレ。

287 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/04(日) 16:24:55 0
>282
ロバート・マーシャルの「モンゴル帝国の戦い」の記述によればですが、
ヨーロッパにおける「タタール」の使用例はどうやらカルピニの記録が
最初であるようです。

マジャールの呼称はビザンツの皇帝レオ6世はその著書で遊牧民族をま
とめてスキタイと呼び、同書の別の個所でマジャールとブルガールにつ
いて言及しているそうです。当時はおっしゃる通り、スキタイが遊牧民
族全般の呼称であったのかもしれません。ただ、確か、スラブ系の民族
を「農耕スキタイ」とか呼んでいる例もあったようなので、ビザンツか
ら見て北方にいる蛮族はまとめてスキタイ呼ばわりという可能性もあり
ますね。

ハンガリーなる呼び方は彼らが「オノグル」人と混同されたことによる
そうですが、いつ頃、何処でのことなのか興味があります。

>284
ベーラ4世が派遣した使節の話ですね。
これがカルピニという人物で、フランス王が派遣した使節の
ルプルクの旅行記とあわせて「中央アジア・蒙古旅行記」カルピニ/ルプルク
護 雅夫訳 で邦訳が出版されています。
非常に興味深い内容の本なので、ご一読をお勧めいたします。

ブラフ人が登場するのは「元朝秘史」でしょうか?


>284

288 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/04(日) 16:30:25 0
>285・286
何度も申し上げていますが、スレ違いです。
その手の話題は、それにふさわしい場で存分になさればよろしいかと
思います。

289 :282:2006/06/05(月) 00:05:30 0
>>283-284
レスありがとうございます。

『元朝秘史』にはモンゴル皇帝オゴデイが派遣したバトゥの西方遠征軍の目標の国々の一つとして
勲将スベエテイ・バアトルが征伐した地域のリストに「マジャル」の名前が数回出て来ます。

>「さらに往昔、スベエテイ・バアトルをカンクリ人、キブチャク人、バジギル人、オルス人、
> アス人、セス人、マジャル、ケシミル(カシュミール)、セルゲス人(チェルケス)、
> ブカル(ポーランド?)、ケレル(ハンガリー?)(など)の諸国云々」(村上正二訳注)

ただ、『元朝秘史』はのちにオゴデイの後を継ぐグユクが遠征軍総司令のバトゥと悶着をおこして
オゴデイの怒りを買いカラコルムに帰還命令が出されてのその処分の部分で終わっていまして
ハンガリー侵攻の部分は載っていません。

290 :282:2006/06/05(月) 00:12:09 0
モンゴル側の資料でルースィ征服と欧州侵攻の過程を記録しているのは主にペルシア語の歴史書である
アターマリク・ジュヴァイニーの『世界征服者史』とラシードゥッディーンの『集史』でして
『世界征服者史』では現在のタタルスタン共和国のカザン周辺をブルガール(Bulghār)と呼び、
恐らくハンガリー王国の事でしょうけども「キラール(? Kilar)とバーシュギルド(Bashghird)」
と呼んでいまして、それぞれ一章を割いています。ブルガールの征服はルースィとアスの征服と一緒に
述べられてまして、二つの章もそれほど長いわけではありませんが。

一方『集史』ではもう少し分量が長く、ブルガールとルースィの征服の後に「マージャ(ー)ル
(Mājār/Majār)とプーラ(ー)ル(Pūlār/Pūlar)とバーシュギルド(Bāshghird)」として名前が
出てきてまして、グユクとモンケがモンゴル本土へ帰還した後に、バトゥが遠征軍を五つに分けてそれぞれ
ハンガリー平原に侵攻して来たことが述べられています。

>>284氏が挙げられている「ヴラフ人」についてですが、
その際にモンケの末弟であるボチェクが「その地の山々に属すカラー・ウーラーグ(Qarā 'Ūlāgh)の
道を通り、ウーラーグの諸部族を打ち倒した」という記述があります。この「ウーラーグ」なる諸族は
東洋学者のP.ペリオなどによれば、状況的に考えまた音が近いことからワラキアのヴラフ人のことでは
無いかというのが有力のようです。一年前の「武士と騎士」スレで取り上げたものですね。懐かしい(w


291 :282:2006/06/05(月) 00:30:55 0
>>283
カルピニのジョバンニ修道士も護雅夫先生の訳で「バスカルト人すなわち大ハンガリー」と述べて
いましたね。欧州側で「タタル」の名前が記録として残っているのはカルピニの報告書が最古ですか。
意外と新しい感じです。カルピニの報告書ではプレスター・ジョン伝説やタルタル人の情報や噂が
欧州では入り乱れている状況を是正しようという意図を込めて書かれた旨述べていますから
どういう経路で「タルタル」と称するようになったのか興味深いですね。

「バーシュギルド」については、10世紀前半にブルガール王国へ派遣されたアッバース朝カリフ・
ムクタディルの使節、アフマド・イブン・ファドラーンの報告書『ヴォルガ・ブルガール旅行記』にも
既に出て来ていまして、当時アッバース朝で「サカーリバ」と称されていたブルガール王国の手前に
「バーシュギルド」という「トルコ系の諸部族」として出て来ています。マジャール人との関係は
どうでしたでしょう? これもちょっと調べないといけません(汗


292 :282:2006/06/05(月) 00:32:30 0
連投になって申し訳ありません(汗

>>283
> アールパード家が滅亡した後に成立したアンジュー家の2代目ラヨシュ1世が作らせた
> 「ケーペシュ・クロニカ」(彩色年代記)

たびたびありがとうございます。記録としてはハンガリー侵攻の時期から100年ほど後になるのですね。
機会があれば英訳なりで確認したいと思います。
『モンゴル軍のイギリス人使節』も『モンゴルの戦い』も特に前者は色々と噂になっているのもかかわらず
恥ずかしながらまだ読んでいませんで(汗 これも今度図書館なりで調べておきたいと思います。

293 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/05(月) 00:33:57 0
282さま
詳しい紹介をありがとうございます。
アターマリク・ジュヴァイニーの『世界征服者史』とラシードゥッディーンの『集史』
は邦訳が出ているのでしょうか。

キラールというのはなにやらハンガリーで王を意味する「キラーイ」音が似ております。

ところで、以前にトランシルバニアへ行った折に、要塞教会を見学したのですが、案内
の方が「タタールに備えて」作ったと言ってました。たぶん、オスマン帝国配下のクリ
ミアハン国の兵が散発的に襲撃してくるのに備えたのでしょうね。
聞いた時はタタールというとバトゥの軍のことしか頭になかったので、ピンときません
でした。

294 :世界@名無史さん:2006/06/05(月) 01:14:38 0
>>290
>一年前の「武士と騎士」スレで取り上げたものですね。懐かしい(w

そう、そのスレでした! ありがとうございます。

>>293
そういやドイツ騎士団も最初はカルパチアでクマン人と戦ってましたっけ。

295 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/05(月) 01:47:14 0
>294
ベーラ4世の父アンドラーシュ2世が引き入れたのでした。
その後、トランシルバニアのドイツ騎士団の所領をハンガリー
から独立させようとして、逆鱗に触れて追放という流れですね。

296 :世界@名無史さん:2006/06/05(月) 18:55:11 0
>>293
集史は杉山正明氏が翻訳を進めているそうだが
まだ完訳・発刊はしていない。
一部ならネットでも見れるが。

297 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/05(月) 22:51:19 0
282さま
ケーペシュ・クロニカは知るかぎりでは英語版は出ていないようです。
ベーラ3世の時代に書かれたゲスタ・ウンガロルムは最近英訳が出ました。

あと、マーチャーシュ王の時代に書かれたトロッツィー年代記(ハンガリー
人年代記)が「モンゴル軍の英国人使節」に引用されていますが、こちら
になるとさらに年代が後のものですね。

>296
おお・・282氏は原文で読まれたのでしょうか・・。
早く、邦訳で読みたいものです。

298 :282:2006/06/06(火) 01:11:07 0
たびたび失礼します。

> ギシュクラさま
コンスタンティン・ムラジャ・ドーソンの『モンゴル帝国史』が佐口透先生の訳注で
東洋文庫から出ていまして(全6巻)、その2巻目にバトゥの西方遠征の記事とともに
巻末の補注として『世界征服者史』と『集史』での当該箇所の部分訳が読めます。
ネットでは『集史』のイルハン朝の部分になりますが「フレグ・ハン紀」と「アバカ・ハン紀」
が読めますね。

> 杉山正明先生の完訳計画
人づてに聞いた話だと、必要な諸文献や資料はすべて手許にそろえられたけれども本文の精読には
まだなお時間がかかり、そもそも資料の性格上校訂本も出さなければならないだろうからあと
10年かかっても訳注を文章として出すのは厳しいかもしれない、と仰っていたとのこととか。

ちなみに『世界征服者史』や『集史』の英訳はボイル John Andrew Boyle の
"The history of the World-Conqueror"や"The successors of Genghis Khan"が名訳として
名高いですね。『集史』については最近、米国のサクストン W.M. Thackston という研究者がかなり
大雑把な英訳を出したという話を聞いていますが、値段が法外に高いといろいろ不評だとのことです(w

299 :282:2006/06/06(火) 18:36:27 0
遅レスで申し訳ありません。

>>293
>キラール
『元朝秘史』では「客列(勒)」と出てくる単語で"Kerel"と読むようです。(原文では「列」の文字の
 隣に小さく「舌」という添字があって"r"音で読むように、また「勒」もやや小さめに書かれており、
 この単語が"l"音の閉音節で終わっていることを示しています) 19世紀末に『元朝秘史』の
研究を行ったブレットシュナイダー E. Bretschneider は、ご指摘のようにこれをハンガリー語の
「キラーイ」に比定しています。

この単語は件のカルピニのジョヴァンニ修道士が持ち帰り、バチカンに保存されているグユク・ハンが
インノケンティウス4世に宛てたペルシア語による勅書にも كلر Kälär(ケレル:勅書を再発見&実見した
東洋学者ペリオP. Pelliotはこのように転写しています)として出て来ていまして、ペリオはブレット
シュナイダーの説を引いて、この勅書や『世界征服者史』、『集史』にも出てくるスラヴ人やハンガリー
人たちの「王」を指す كلار/ كلر(Keler/Kilār) という単語はハンガリー語のKirály、
ロシア語のKral'〜Krol'〜Korol'から出た単語であることは確かだろう、と述べているようです。

(ペルシア語文に使われるアラビア文字は純粋に子音字ですので、こういった外来語の単語になると
كلارKilārの ā の母音以外はどう発音していたのか、母音符号がないと厳密には分らないのが難点ですが)

300 :282:2006/06/06(火) 19:04:11 0
> ケーペシュ・クロニカ、トロッツィー年代記
>>297
たびたびありがとうございます。
おお、なるほど。英訳はまだないのですね。すると『彩色年代記』を読むとなるとラテン語原文による
校訂本やファクシミリ版とかになるんでしょうか。あるいは仏訳や独訳やハンガリー語版しかないとか。
確かにマーチャーシュ王の治世となるとまた随分と年代が下りますね。
ところでそれぞれの書名は、各々"Gesta Hunnorum et Hungarorum"、"Kepes Kronika/ Illustrated
Chronicle"、 "Toldi Miklos Historiaja/ The Story of Nicholas Toldi"で合ってるんでしょうか?

『世界征服者史(Tārīkh-i Jahāngushā)』や『集史(Jāmi' al-Tawārīkh)』については、
校訂本の当該部分のコピーがありますのでそれを見ながらドーソンの邦訳と突き合わせつつ単語を確認、
という感じで読んでいます。ただ、本当であればそれぞれ数種類ある写本のファクシミリ版なども一通り
参照して地名など固有名詞がどういう綴りをしているのかも確認するのが望ましいんですが・・・。
それはちょっと自分の能力的に無理なので校訂本おのおの1種類だけで済ませてしまいました。

301 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/09(金) 00:37:03 0
282さま
彩色年代記の英語翻訳版はあるそうです。

The Hungarian illuminated chronicle: Chronica de gestis Hungarorum (Unknown Binding)
著者 Márkus Kálti ISBN: 0800840151

出版されたのは1970年だそうですので、入手は相当に困難だと思われます。



302 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/09(金) 00:43:10 0
連続で失礼
上記は英語:ラテン語ですが
英語だけのものもあったそうです。

書名は同じで
著者はMaÌrkus KaÌlti
出版社は Corvina Pressですからブダペストの出版社かもしれません。
ASIN: B0007IKPSW



303 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/09(金) 00:59:11 0
ゲスタ・ウンガロルムはアマゾンで入手可能です。

Gesta Hungarorum: The Deeds of the Hungarians
by Simon Kezai, Laszlo Veszpremy (Editor), Frank Schaer
Publisher: Central European University Press (July 1999)
Language: English
ISBN: 9639116319


304 :世界@名無史さん:2006/06/09(金) 13:12:03 0
「彩色年代記」というとラヨシュ大王の左右に騎士と遊牧民(クマン?)が並んだ絵とか。
あれは社会の構図として分かりやすい。

305 :282:2006/06/10(土) 23:02:44 0
> ギシュクラさま
たびたびありがとうございます。
『彩色年代記』のラテン語:英語版は入手がかなり難しいのですね。
ラテン語本文と英語訳註、両方使えれば理想ですが、大学の図書館ですら
なかなか所蔵しているところが少ないようですね。

" Gesta Hungarorum "の方が入手しやすいみたいですね。ハードカバーにしては
値段も手ごろのようですし。ただ、バトゥの侵攻の部分を考えると『トロッツィー年代記』
の方も見ておいた方が良さそうな感じです。

306 :世界@名無史さん:2006/06/11(日) 02:39:02 0
先生、馬に乗れば29日で朝鮮からヨーロッパに行けるってエンジョイコリアで韓国人が言ってました!

馬ならハンガリーはそんなに遠くありませんね。

307 :世界@名無史さん:2006/06/11(日) 07:07:58 0
オゴタイ・ハーンの死をバトゥに伝えた飛脚は一ヶ月もかからずに
ヨーロッパに着いてたと思うが。

でもカルピニかルブルクはバトゥの本営まで数ヶ月かかったんだっけ・・・

308 :世界@名無史さん:2006/06/11(日) 21:31:59 0
ジプシーはもちろんキリスト教徒じゃないと思いますが、
ラコーツィと共闘したハイドゥ民や、ラヨシュ大王時代の遊牧民とかは、
ちゃんとしたキリスト教徒なのでしょうか?


309 :世界@名無史さん:2006/06/12(月) 00:50:02 0
>>307
関所で待たされれば数ヶ月かかるが、自由通行すれば一ヶ月で到達する。
馬をつかえばユーラシアはそんなに広くない。

310 :世界@名無史さん:2006/06/12(月) 06:42:49 0
だからそれとキムチ朝鮮と何の関係が有る?
お前らバカチョンにかかると、ミトコンドリアイブも朝鮮発祥ってか?


311 :世界@名無史さん:2006/06/12(月) 08:52:16 0
>>308
ハンガリー王の遊牧民系臣下はクマン人とかアラン人だろうけど、アラン人の多くはすでに
ビザンツの影響でキリスト教化してた。
モンゴル侵攻前のクマン人は、ドミニコ会が「クマニア司教区」を設立して布教を進めたりしてたが、
草原の伝統的宗教の信者も多かったらしい。
ラテン帝国に亡命したクマン人首長が死んだとき、コンスタンティノープル郊外に墳丘を築いて
26頭の馬を生贄にし、8人の戦士が殉死したそうだ。そこが残ってるなら見てみたいが・・・
ハンガリーに亡命したクマン人はだいたいカソリック化したんだろうけど、ケテニュ暗殺後に
ブルガリアへ逃げ込んだ連中なんかは正教徒になったと思われる。

ハイドゥ民はよく知らん。たぶんハンガリー人一般と同様にカソリックでは?

>>309
草原の真ん中で関所ってのが最初イメージし辛かったが、考えてみたら駅伝のルートとか
最短距離だろうから皆通りますな。

312 :世界@名無史さん:2006/06/12(月) 09:16:01 O
アラン人ってハンガリーに残っていたのですか?
イスパニアに移住したと思っていましたが

313 :世界@名無史さん:2006/06/12(月) 10:19:16 0
マジャールでごじゃーる

314 :世界@名無史さん:2006/06/12(月) 13:19:48 0
>>311
モンゴル帝国は高度な関所や駅のシステムを持ってましたからね。
あれが一朝一夕に出来たわけはなく、遙か昔からその手のものはあったでしょうね。

315 :世界@名無史さん:2006/06/12(月) 13:22:08 0
>>310
キムチ朝鮮とかバカチョンとか朝鮮を卑下すれば、
ハンガリーを卑下されても文句は言えませんよ。

民族に優劣は付けられません。
ハンガリーと朝鮮の文化比較ならそれはそれでユーラシア史として興味深いテーマです。

ここは冷静に応えるべきです。

316 :世界@名無史さん:2006/06/12(月) 21:03:31 0
>>311
親切なご教授ありがとうございます。お詳しいですね。
とても参考になりました。

317 :世界@名無史さん:2006/06/13(火) 08:35:10 0
>>312
ハンガリーでは「ヤス」と呼ばれる人達がそうらしいけど
イスパニアにも移住してたんですか?

318 :世界@名無史さん:2006/06/13(火) 15:57:20 0
アラン人はケルト人の一種ですか?

319 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/14(水) 00:55:11 0
>282様
キラーイの件でお礼を申し上げるのを忘れておりました。
トロッツィ・ヤーノシュの年代記「ハンガリー人年代記」
はハンガリー語の本が出版されています。
Thuróczy János: A magyarok krónikája
Helikon – 1986, ISBN 9632075188

2001年にもISBN 9633891299で再版?された
ようですが、ハンガリーの友人に聞いたところ、出版社に
も在庫がないそうです。



320 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/14(水) 00:56:02 0
>311
クマン人はモンゴル人が去ったあと、ハンガリーに再度入って
きていまして、国王イシュトヴァーン5世の奥方はクマン人です。
その息子が有名なクン・ラースローことラースロー4世です。
彼は大貴族に対抗するために、母方のクマン人の力を後ろ盾にし
たのですが、この当時のクマン人はキリスト教徒でない連中が
どっさりいたらしく、エステルゴム大司教ロドメールは教皇に働
きかけて、教皇特使を派遣させ、国王にクマン人にキリスト教へ
の改宗と、遊牧生活を止めることを強要しようとします。
ラースロー4世はこれを拒否して破門されることになります。

あと、ハンガリー人自身もマトモなキリスト教徒と言えたのか
どうか・・ラースロ4世は極端にしても、この当時から、アン
ジュー朝の初期にかけて、絶大な力を持っていたハンガリー北
部の大豪族マティアス・チャークなんかも、カーロイ・ローベ
ルト王を認めず、教皇特使に破門を喰らっても平気で、フェイ
エデレム(首長?酋長?)を名乗って戦端を開くような人物
でした。

ハイドゥ民に関して言えば、プロテスタントを信じていた人間も
いたのではないでしょうか。


321 :Medveczky:2006/06/14(水) 09:19:53 0
えーと、ハンガリー人の姓に"Medveczky"というのがありますが、
この"-czky"と言うのは、ポーランド?などの"〜スキ"と関係があるんでしょうか?
ハンガリーには(に限らずともでしょうが)色々外国由来の姓がありますよね。
"Horváth"や"Német"はもうね、そのまんまだったりしますがw

322 :世界@名無史さん:2006/06/15(木) 09:38:18 0
>>320
当時はラテン帝国の騎士エノーのボードワンとか、ブルガリア皇帝なんかも
クマン人と結婚してましたね。あとロシアの諸公も。

マティアス・チャークをちょっと検索してみたけど、ほとんどチェコに近い所を
本拠地にしてた人なんですね。民族的にはマジャールなんですか?

323 :世界@名無史さん:2006/06/15(木) 17:27:12 0
>>321
Nedveczkyじゃない?

324 :世界@名無史さん:2006/06/15(木) 22:06:24 0
此処の人たちのレベルになるには、最低でも
英語・ラテン語・ハンガリー語の史料が読めないと駄目ですか?
自分は日本語しか知らないので、出来れば日本語で読める
ハンガリー史の良書を紹介して欲しいのですが・・・

325 :321:2006/06/15(木) 22:54:05 0
>>323
ネットで検索しましたが、熊さんは沢山ヒットするにも関わらず
N〜は2件しかヒットせず。
N〜さんもいらっしゃるのかもしれませんが、ごくごく僅かなのではないかと。

>>324
ハンガリー語の資料が読めると色々と役に立つのではないでしょうか。
語学書や辞書、そして勉強場所の選択肢が限りなく狭いですが。。。

326 :322:2006/06/16(金) 08:18:46 0
俺もせいぜい英語しか読めないので、他の人によくお世話になってます。

327 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/17(土) 01:26:02 0
Medveczky

>322
>クマン人と結婚
たぶん、皆さん一応キリスト教を信じていたのでしょう。
在来宗教(クマン人の宗教?かも)に立ち戻って、国王に対して十字軍
を宣言しようかという騒ぎにまでなったのは、ラースロー4世ぐらいで
はないでしょうか・・。

マティアス・チャーク(ハンガリーだとチャーク・マーテが正しいそう
です。)の本拠は今のスロバキアのトレンチーン城で、その所領はスロ
バキアの西半分ぐらいだったのですが、彼がマジャール人だったのかど
うか、私にはわかりません。

手元にあるハンガリーの歴史事典では古いハンガリーの氏族であるチャ
ーク家の生まれと書いてありますがどうなのでしょう。

余談ですが、スロバキアで出された子供向けの本を翻訳した本なんかでは、
「14世紀はじめ、富裕な貴族マチアス・チャークは、スロバキアを独立
させようとした。チャークは自身の軍隊をもち、スロバキアの銀で銀貨を
鋳造し、豪華な宮廷を立てた。チャークはハンガリー王国から独立したス
ロヴァキアジンのために独自の法典を編纂し、それはチャークが亡くな
る1321年まで有効だった。」というナショナリズムを強調したような
書き方をしていますが、実際の彼はアールパード家断絶後のドタバタに乗
じて自分の所領を「Mátyusföld(マーテの国)」にしようとしていただけ
だと私は思っています。


328 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/17(土) 01:35:55 0
>324
お恥ずかしい話、日本語の資料と、英語の資料からの知識です。
ありがたいことに、ハンガリー語が堪能な友人が現地におりま
して、その方に教えていただくことも多いです。

329 :世界@名無史さん:2006/06/19(月) 18:09:57 0
中世ハンガリーに詳しい皆さんにお勧めのゲーム
「蒼き狼と白き牝鹿4・チンギスハーン」
ベーラ3世からラヨシュ1世が主な時代範囲
フニャディ=ヤーノシュも武将として登場します。

330 :世界@名無史さん:2006/06/19(月) 19:38:04 O
ずいぶん古いね

331 :世界@名無史さん:2006/06/19(月) 20:52:59 0
ttp://www.euratlas.com/big/big1300.htm

ハンガリーの左上にある"Dominions of the CSAKS"がチャーク領だね。

332 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/20(火) 00:33:54 0
>329
そのゲームの名前は聞いたことがあります。
ラヨシュ1世とフニャディ・ヤーノシュというと少し時期がずれていますが・・。

>331
そうです、アンジュー家のカーロイ・ローベルト王は彼を破ることができず、
長らく、テメシュヴァール(今のティミショアラ)に王宮を置いていたそう
です。彼は、王になり損ねた男と言えるかもしれません。

333 :世界@名無史さん:2006/06/20(火) 09:58:52 O
テメシュヴァールってトランシルヴァニアでしょ
こんなとこに王宮あったんだ

334 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/20(火) 23:35:14 0
>338
ハンガリー王に即位して国内統一まで2年を要しています。
チャークが死んでやっと収まったという感じですね。
統一後は王宮をヴィシェ・グラードに置きました。

因みに、テメシュヴァールはトランシルバニアじゃなくて
テメシュ城県という地域なのだそうです。
私も、前々スレだったかで教えられるまで、トランシルバ
ニアの一部だとばかり思っておりました。

335 :世界@名無史さん:2006/06/26(月) 17:58:26 0
>>329で挙げられたゲームでのハンガリー(ペスト)は
無茶苦茶に文化度が低いけど
実際、当時(12〜14世紀)の基準で考えるとどうなんでしょうかね?

336 :世界@名無史さん:2006/06/26(月) 18:12:32 0
文化度が低かったんじゃなくて、ただ文明度が低かったんだろ

文化はそれなりにあっただろ

マーチャーシュ教会なんて後の時代のものだし

337 :世界@名無史さん:2006/06/26(月) 23:21:28 0
んだな

338 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/06/27(火) 01:15:43 0
文化度という概念がよくわからないですが、例えば、モンゴル軍の侵攻以前
は、エステルゴムの王城のような例外を除けば、石造の城はなかったと言い
ます。同時代の例えばシチリアのノルマン王朝なんかには比べるのは無理が
あるのではないでしょうか。

マーチャーシュ教会は名前のせいで、マーチャーシュ王が建てたと思われて
いるようですが、元々はベーラ4世が建てさせたものです。彼は石造りの城
を国内各地に建てさせたり、ブダへ王宮を移し街の基礎を築く等、国の整備
に尽力しました。その一生は苦難の連続でしたが、ハンガリーの人たちは彼
を「第二の建国者」とも呼んでいます。

339 :世界@名無史さん:2006/06/27(火) 02:08:30 O
リストってハンガリー生まれだよね。難しすぎてピアノ弾けない!

340 :世界@名無史さん:2006/06/27(火) 02:13:34 0
>>338
>シチリアのノルマン王朝

あれなんか、石造りといっても、野蛮人の外来者ノルマン人のおかげじゃなく、現地シチリアのアラブ系文明のおかげだろ。

341 :世界@名無史さん:2006/06/27(火) 02:15:04 0
>>338
位置づけはポーランドのカジミェシ大王に相当するね

>>339
位置づけはポーランドのショパンに相当するね


ハンガリーとポーランドって仲いいのはなぜですか?

342 :世界@名無史さん:2006/06/27(火) 02:22:50 0
>>339
ハンガリーといっても西の端で、ほとんどドイツ化した地域。
第一次大戦後、ハンガリーとオーストリアが完全に分離独立した際、
リストの生地のある地方はハンガリーからオーストリアへと帰属が変更され、
オーストリア共和国ブルゲンラント州になった。

リストの家系はドイツ系で、リスト自身もハンガリー語は話せなかった。

参照
音楽・楽器の歴史
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1067605873/563-567

343 :世界@名無史さん:2006/06/27(火) 02:25:26 0
Lisztというのは明らかにハンガリーの綴りなんだが。

ドイツ系というよりドイツ化したハンガリー系というなら話はわかるが。

344 :世界@名無史さん:2006/06/27(火) 02:40:38 0
本姓はList。
これがハンガリー語読みだと「リシュト」になるのでLisztと綴ることにした。
同時にこれが、「ハンガリー人」というアピールにもなった。

345 :世界@名無史さん:2006/06/27(火) 04:04:40 0
ドイツ人ならなにもわざわざスペル変える必要ないだろうに

346 :世界@名無史さん:2006/06/27(火) 04:09:07 0
一種のエキゾチシズムを売りにするのに、「ハンガリー人」という看板を利用したのだろう。
本来の出自の「ドイツ人」も一方で都合よく使いながら。

347 :世界@名無史さん:2006/06/27(火) 04:26:35 0
アルゼンチン育ちとはいえ、ことさらにスペイン語名を名乗るカルロス・クライバーや
親はドイツ人だがスペイン生まれだからと、本来の姓の後に出生地をつけて名乗る
ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスみたいなものか?

348 :世界@名無史さん:2006/07/01(土) 14:53:12 0
地図を見ていてウクライナがハンガリー、スロヴァキアと
国境を接してるのに初めて気づいたorz
大分カルパチア山脈に食い込んでるけど、あの辺はルテニア人の
土地だったのかな?

349 :世界@名無史さん:2006/07/01(土) 18:58:59 0
>>348
旧チェコスロヴァキア領(第一次大戦後の領土)
それまではオーストリア=ハンガリー帝国のオーストリア側に属した。

350 :世界@名無史さん:2006/07/04(火) 19:58:38 0
恒文社の『ハンガリー史』は購入したのですが、ラーコーツィの自由戦争について
もっと詳しく載っている文献がありましたらご紹介ください。
海外のサイトでも結構です。(ハンガリー語は出来ませんが・・・)

351 :世界@名無史さん:2006/07/05(水) 01:20:08 0
グーグルで検索したらラーコーツィなら結構ヒットしそうなんだが・・。
もろに自由戦争を扱ったサイトってないのかな・・。

352 :世界@名無史さん:2006/07/05(水) 09:47:42 0
英ウィキ

Francis II Rakoczi
ttp://en.wikipedia.org/wiki/Francis_II_R%C3%A1k%C3%B3czi

353 :名無しさん@3周年:2006/07/06(木) 02:30:39 0
ハハァ、これはこれはヨカス〜。翻訳ページで見てますが、新しい収穫が・・・
ご助力ありがとうございます。欲深で恐縮ですが、詳細なら詳細なほど助かるので、
今後も有用なサイトや資料がお目に触れましたなら、どうぞこの場にてドンドン、
教えてくりさい。皆様よろしゅうお願いいたすます。

354 :世界@名無史さん:2006/07/06(木) 19:48:26 0
フニャディ=ヤーノシュに興味持ったんですが
彼の伝記か詳細な記載が載っている本を紹介してくれませんか?
出来れば日本語で読めるのを。

355 :世界@名無史さん:2006/07/06(木) 22:08:12 0
英ウィキ

John Hunyadi
ttp://en.wikipedia.org/wiki/John_Hunyadi

356 :354:2006/07/06(木) 22:26:53 0
>>355
有難う御座います。
何とか翻訳して読んでみます。

この頃のハンガリーはオスマントルコとの戦いで必死だったんですね。

357 :世界@名無史さん:2006/07/07(金) 00:50:43 0
>353
英文で検索かけたら、相当沢山情報はあるのだが・・。
横着しすぎではないか?
>355
フニャディなら日本語でもグーグル検索したらいろいろな情報があるのだが、
検索ぐらいはした上での質問ですか?


358 :名無しさん@3周年:2006/07/07(金) 04:03:22 0
お前こそ、一体何様のつもりだ?
しつこく訊かれて迷惑したならともかく、お前のただ意地の悪いだけのコメントは
誰も求めていない。これからも答えて頂かなくて結構。


359 :名無しさん@3周年:2006/07/07(金) 04:30:45 0
親切に答えて下さった方には、とても感謝している。しかし嫌味しか言えないお前が、
何で迷惑顔でしゃしゃり出て来る?
答えたくないなら無視すればいい。さも自分の貴重な時間を奪われたかの、
大げさな反応はこちらも迷惑だ。
嫌味を書き込む暇があったら、どうぞ自らの研鑚を積んで今以上に精進して下さい。


360 :世界@名無史さん:2006/07/07(金) 13:07:45 0
>355
ヤーノシュ・フニャディは若い頃イタリアで傭兵をしてたとか何かで読んだが
これにはとくに書いてないようだね。

361 :世界@名無史さん:2006/07/07(金) 23:29:45 0
>358
検索した上で物を言いなさい。
どうやら実行していないようだが、フニャディで検索すれば、ヤノシュ・フニャディ
の簡単な伝記と、彼の生涯のクライマックスであるベオグラードの戦いについて、イ
ギリスかどっかの軍事史のサイトに掲載された記事の詳細な邦訳がすぐに見つかるは
ずだ。
邦文で読めるまとまった資料としては、それが一番詳しいだろう。

後はブラド・ツェペシュの関連の本だの、バルカン、ビザンツ、オスマンの歴史の本
に彼活躍が断片的に紹介されているぐらいだろうか。



362 :世界@名無史さん:2006/07/08(土) 00:34:47 0
お前が偉そうに言うな。
ネット検索でしか調べられない低脳のくせに!

363 :名無しさん@3周年:2006/07/08(土) 00:38:44 0
だったら最初から素直に教えてあげればいい。
どうしても嫌味抜きで物を言えないか? その『偉そう』感は、一体何様のつもりか。
「あ〜めんどうくせ」丸出しの人から、教えて欲しいとは思わないものだよ。
上から忠告する前に、貴方も少し人の心情というものを学ぶべき。

364 :世界@名無史さん:2006/07/08(土) 17:01:08 0
>362
ネット以外で調べることもできますよ。
今は洋書を購入するのも楽な時代です。

>どうしても嫌味抜きで物を言えないか?
嫌味ではないですな。
物事を調べるということの基本がなっていないから言ったまで。
自分で調べるより先に、人に聞けば良いという態度はよろしくない。

「教えて君」が嫌われるのはいずこも同じ。


365 :名無しさん@3周年:2006/07/08(土) 17:50:36 0
お前はいつからここの主になったのか? お前一人なのか?
誰もお前のように、底意地の悪い奴に尋ねてない。
他に親切に教えてくれる人が、ちゃんといるのだ。無関係なお前がなぜ迷惑顔をする?
お前に実質どういう被害があった?

「教えて君」のように、しつこくした訳でもない。
そもそもここは『行列が出来る相談所』という、せわしないスレでもない。
『ハンガリーについて』のスレタイに、適った内容を尋ねているのみ。
お前のような『お偉い』人がいると、これからは確実に訊きにくくなる。
それが目的なら、すでに十分目的を達したといえよう。後は引っ込んでろ。
これ以降、お前から見て未熟な質問があったら、黙ってろ。お前には訊いてないから。
お前は、お前に合ったハイレベルの質問にだけ、重い腰を上げればいい。嫌味抜きでな。

366 :世界@名無史さん:2006/07/08(土) 20:46:34 0
ルーマニア人の本を読むとフニャディがヴラフ出身だってのにやたらとこだわってるよね。
絶対「フネドアラのヤンク」にしか書かない。

367 :世界@名無史さん:2006/07/08(土) 22:21:50 0
>365
お前はここの主か?
じゃあお前が答えてやれ。
親切めかして教えてやる答えが、ウィキペディア?
質問者を舐めてるのはどっちだ。



368 :名無しさん@3周年:2006/07/08(土) 22:33:28 0
しつこいなぁお前。
お前のようなただの嫌味よりは、遥かにマシだ。
答えてくれた人には本当に感謝している。

369 :世界@名無史さん:2006/07/08(土) 22:37:16 0
誰か酔狂なハンガリー史研究家がフニャディのような
母国では英雄でも日本ではマイナー扱いな人物の詳細な伝記を日本語で
書けば、このスレも荒れないのに。

370 :名無しさん@3周年:2006/07/08(土) 23:07:39 0
自分はラーコーツィの自由戦争について助力を請うた者。
フニャディに関しては別な人。
ただ、二人とも偉そうな『先生』にムカついている事は確か。

質問には双方、親切な人が答えてくれ、二人ともそれに感謝。
その後に乱入して来た奴が、「そのぐらい自分で調べろや」とただ嫌味だけ。
それって何か意味あるのか?
>『ウィキペディア? 質問者を舐めてる・・・』なんて書いてるが、
教えてもらった方は、そうは思ってない。素直に感謝しているよ。

371 :世界@名無史さん:2006/07/09(日) 00:49:49 0
オスプレイ・メンアットアームズのHungary and the Fall of Eastern Europe, 1000-1568
にヤーノシュ・フニャディの絵が載ってる。
カラスが金の鍵をくわえた紋章の盾をもっていた。

372 :世界@名無史さん:2006/07/09(日) 00:55:30 0
お前は余計なこと言うな

373 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/07/09(日) 01:16:43 0
>346
音楽関係は詳しくないのですが、リスト家がスペルを変えたのはフランツ・リストの
祖父の代と聞いたことがあります。はっきりした記憶ではないのですが。
あと、リストとドイツ人ということでは、コロジュヴァール(今のクルージ・ナポカ)
のコンサートで「ラコッツィ行進曲」を演奏したら、ザクセン人(ドイツ系の移民の末裔)
から非常に顰蹙を買ったという話もあります。
リストのなかでハンガリーというのがどういう位置付けになっていたのか、興味深いものがあります。


374 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/07/09(日) 01:34:27 0
>349
>それまではオーストリア=ハンガリー帝国のオーストリア側に属した。
ハンガリー領ではなかったでしたっけ?
今のムカチェヴォは昔はウングヴァールと言って、ラーコーツィ家の所領
で、フィレンツ2世の母、ズリーニ・イロナがハプスブルク家の軍を相手
に篭城戦をやったことで有名です。

>350
ラーコーツィの資料ですか。
邦語の資料というのはないでしょう。「世界戦争事典」とか「ハプスブルク家かく
戦えり」に少し記述があるぐらいです。
英語だと「Ferenc II Rakoczi and the Great Powers」 William B Slottman
という本があります。
あと、ハンガリー関係の通史の本でも結構ページを割いているものがあります。

少し、時間をいただければ調べてみますが。

375 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/07/09(日) 01:43:09 0
>フニャディ・ヤーノシュ
邦語で読めるのはサイトでは上で口の悪い誰かさんが書いているサイトぐらい
でしょう。過去スレで「しい坊」さまがハンガリー語の事典から翻訳されたの
がありましたので、過去ログをご参照されるのも良いかと思います。

本で言えば、ドラキュラ関係の本やら、ローマ帝国衰亡史、ルーマニア史とかに
断片的に出てきます。
英語だと二種類の伝記が出版されていますし、ハンガリーでは英雄なものですか
ら通史の関係も含めて、かなりの記述があります。



376 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/07/09(日) 01:47:26 0
>366
フネドワラのヤンク
これはフニャディ・ヤーノシュのルーマニア表記です。
フニャディは「フニャドの」の意味ですから。
因みにフネドワラはフニャドヴァール(フニャド城)
の城を意味するヴァールの古い発音がルーマニア語に
残ったものだそうです。

>371
鍵ではなくて指輪ですね。
「指輪を咥えた大鴉」が

377 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/07/09(日) 01:50:20 0
へんなところで切れました

>371
鍵ではなくて指輪ですね。
「指輪を咥えた大鴉」がフニャディ家の家紋です。
その大鴉にマーチャーシュ王の呼び名コルヴィヌスは由来しています。

378 :名無しさん@3周年:2006/07/09(日) 02:29:44 0
>>374
ラーコーツィに関して質問を上げた者です。
ギシュクラ様、ありがとうございます。貴重なお時間を割いて頂けるのは恐縮の至り。
こちらは急いでおりません。いくらでも待ちますので、どうぞお時間の許す範囲で、
マターリとご助力願えれば、と思います。重ねて感謝いたします。


379 :世界@名無史さん:2006/07/09(日) 09:54:14 0
>鍵ではなくて指輪

見直してみたらそうでした。

大鴉の足元には矢筒?のようなものが描かれていて
右上には三日月のマークもあります。
珍しい家紋。

380 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/07/09(日) 16:04:39 0
>379
メンアットアームズの再現イラストですね。
フニャディ家の家紋はフネドワラ城やヴィシェグラードの宮殿等で
実物をいくつか見ていますが、三日月とか矢筒がくっついたものは、
未見です。
このイラストの甲冑は恐らく、ジュラフェーヘルヴァール(今のア
ルバユリア)の教会にある、彼の墓の石棺に彫られた彼の像を模し
ているのでしょうが、紋章は何を参考にされたのでしょう。

381 :世界@名無史さん:2006/07/10(月) 01:49:01 0
>380
Hunyadiで画像検索したら紋章がいくつか出てきましたが
月と矢筒はないですね。
ttp://www.honvedelem.hu/files/9/649/logo_p.jpg

メンアットアームズのイラストでは、アールパード朝初期の
ハンガリー騎兵も黒い鳥の描かれた盾を装備してましたね。

382 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/07/11(火) 01:05:39 0
手元の資料を見ましたら、フニャディー・ヤーノシュの印章が指輪を咥えた大鴉+
矢筒?+三日月でした。

鳥と紋章といえば、どなたかのエッセイで、十字軍に参加したハンガリー軍が鳥の
紋章の旗印をかざして戦うので他国の軍が奇異に思ったとかいう話を読んだことが
あります。歴史が専門の方の文章ではないですので、どこまで信憑性があるのかは
わかりません。マジャール人のトーテム神?はトゥルルという鷹か鷲の類のような
鳥らしいですが、それを旗印にしたのでしょうか。

383 :世界@名無史さん:2006/07/11(火) 02:35:57 0
所でハンガリーの王冠の上に付いてる十字架って何故歪んでるの?


384 :世界@名無史さん:2006/07/12(水) 16:49:26 0
age

385 :世界@名無史さん:2006/07/14(金) 00:27:01 0
なんでゆがんでるの?

386 :世界@名無史さん:2006/07/14(金) 06:22:13 0
age

387 :世界@名無史さん:2006/07/14(金) 22:20:14 0
ネーメト元首相の記述がこんなに短いとは・・・

http://hu.wikipedia.org/wiki/N%C3%A9meth_Mikl%C3%B3s

388 :世界@名無史さん:2006/07/14(金) 22:23:23 0
>>383
言われてみれば、たしかに・・・

Stephanskrone(Szent Korona)
http://de.wikipedia.org/wiki/Bild:Hungarian_National_Crown_by_toddjames.jpg

389 :世界@名無史さん:2006/07/14(金) 23:52:23 0
イシュトヴァーン大聖堂に行くと説明があります。私は知ってます。

390 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/07/15(土) 02:18:32 0
>383
俗説では、ローマ教皇の特使が王冠を運んでくる途中で歪めてしまい、
蛮族のマジャール人が訳もわからずありがたがっているとか、国が傾い
たので十字架も傾いたとか言われます。
実際、いつから今のような状況になったのかは不明です。
マーチャーシュ王の時代に書かれたトロッツィ年代記の挿絵に出て来る
王たちの王冠を見ると、既に十字架が傾いているように描かれているよ
うに見えます。

>389
大聖堂にあるのはイシュトヴァーン1世の片手のミイラではありませんか?
王冠は昔は博物館にありましたが、今は国会議事堂に展示されています。

391 :世界@名無史さん:2006/07/15(土) 07:28:04 0
ハプスブルク=ロートリンゲン家は
今尚イシュトヴァーン王冠を狙っている?

392 :世界@名無史さん:2006/07/15(土) 16:34:37 0
>391
オットーさんは「ハンガリー王位継承権者」の肩書きはお持ちだが、
ハンガリー王になるなどとは考えておられまい。



393 :世界@名無史さん:2006/07/15(土) 21:31:49 0
>>392
そのHabsburg Ottó氏(読み方は「ハブシュブルグ・オットー」でOK?)、
というより歴代のハプスブルクロートリンゲン家の当主たちは
マジャル語をそこそこでも話せたんですかね?

394 :世界@名無史さん:2006/07/16(日) 00:32:21 0
>393
オットーさんはハンガリー語は堪能だそうです。
最初のスレで「しい坊」さまがインタビューされた話がありました。

歴代の方はどうでしょう。
フランツ・ヨーゼフ帝は基本的にハンガリーは大嫌いで、宮殿の謁見
の間にハンガリー軍を破る皇帝軍の画を飾っていたぐらいですから・・。

395 :世界@名無史さん:2006/07/17(月) 15:48:00 0
>ヤーノシュ様

ヤーノシュ様でもなぜ曲がってるのか知らないのでしょうか?

396 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 13:48:09 0
ハンガリーに韓流の波

今回の見本市でKBSとMBCなどは、ハンガリー国営MTVの関係者たちと韓国ドラマ輸出のための交渉をし、
細部まで話し合ったとされる。

これとは別に、海外同胞企業であるサムマインターナショナルは三星電子のハンガリー法人の後援により、
日本で韓流ブームを巻き起こした人気ドラマ「冬のソナタ」のハンガリー輸出のためにハンガリー放送
および配給会社などと交渉している。

ハンガリー放送の場合、ドラマの長さが1本当り50〜55分ほどなのに比べ、
韓国ドラマは70分という編成上の問題が解決されれば、東欧の地上波で初めて放映される韓国ドラマは
「冬のソナタ」になる可能性が高い。

サムマインターナショナルのチェ・ギソン社長は「ハンガリーは東欧国家の中でも韓国と情緒的に類似点が多く、
韓国ドラマが放映されれば韓流ブームが起こる条件は十分整っている」と語った。
http://www.asahi.com/culture/korea/TKY200607190153.html


ハンガリーは韓国が引き受けましたから、日本人は来なくていいです。

397 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 15:16:29 0
ハンガリー人の情緒というと、「ホラーが理解できない」ぐらいしか知らん。

398 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 15:17:41 0
あと東欧では珍しく吸血鬼伝説の空白地帯でもある。
東ドイツにすらあるのに。

399 :393:2006/07/19(水) 18:22:35 0
>>394
遅ればせながら、レスサンクス。
歴代当主でもウンガルンに思いはいろいろなんですね。
オットー氏がマジャル語に堪能というのは
個人的にはちょっと嬉しいところ。

400 :世界@名無史さん:2006/07/19(水) 23:32:27 0
400ゲット

401 :世界@名無史さん:2006/07/20(木) 15:28:34 0
ハンガリアンウォーターという香水は、ポーランド国王に恋をしたハンガリーの王妃が、
ポーランド国王の気を引くために発明したそうですが、
このハンガリー王妃とポーランド国王の名前は知りませんか?

402 :世界@名無史さん:2006/07/21(金) 21:21:07 0
ttp://excite.co.jp/News/odd/00081153253217.html

ハンガリー動乱についてどういう教育してんだろ?

403 :どうも、訳者本人ですが・・・・:2006/08/08(火) 15:31:15 0
http://members.aol.com/nishitatsu1234/zatsudan/battleofbelgrade.htm

404 :世界@名無史さん:2006/08/10(木) 10:14:26 O
ウィーン旅行したとき
ウィーン風グラーシュを食ったら
うまかったと記憶している

本場、ハンガリーのグラーシュと微妙に違うらしいなのだが
どこが違うのだろう
味付け?材料?

405 :世界@名無史さん:2006/08/10(木) 10:20:25 O
403さん
マジャール語から訳したの、すごいな

406 :どうも、訳者本人ですが・・・・:2006/08/10(木) 15:45:13 0
? マジャール語から訳したの、すごいな

いえいえ、英語です。さすがにマジャール語はちょっと・・・・(笑)。
http://www.historynet.com/magazines/military_history/3030796.html

ここを眺めていたら、(多分)私のページが話題にでていたのでうれしく思いまして。

407 :世界@名無史さん:2006/08/10(木) 16:05:27 0
>>404
パプリカがきつくない>ウィーン

中欧にはグラーシュのバリエーションがある。
例えばポーランドでは沢山のキノコと一緒に煮込まれていたりする。

408 :世界@名無史さん:2006/08/10(木) 16:06:32 0
>>402
楽しい楽しいハンガリー動乱ワールドへようこそ!

409 :世界@名無史さん:2006/08/11(金) 19:40:31 0
マジャル語ではドイツのことを「ネーメト」(Német)と呼ぶそうですが
Németってどこから出てきた言葉なんでしょうか?

410 :世界@名無史さん:2006/08/11(金) 21:26:41 0
スラヴ語でゲルマン系のことをネムツィと呼ぶけど。
「言葉の通じない人々」みたいな意味。

411 :世界@名無史さん :2006/08/20(日) 10:07:09 0
hosyu

412 :世界@名無史さん :2006/08/29(火) 17:05:05 0
保守

413 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 21:29:09 0
age

414 :世界@名無史さん:2006/09/02(土) 03:22:45 0
【現実】

☆純粋なスラブ人☆とは「East-Nordid」という長身・長頭・長顔・金髪・碧眼の典型的北方人種の中心人種で、白人のなかで最も美しい。
<写真と解説>
http://www.snpa.nordish.net/rg-eastnordic.htm

バルト三国の人種●は「Baltid」といって、純粋な美しいスラブであるEast-Nordidとは異なり、短頭・丸顔でかなり醜悪。
おかげでバルト三国に隣接したロシア人の一部に混血の被害が出ている。
<写真と解説>
http://www.snpa.nordish.net/rg-baltid.htm

これでおわかりだろう。バルト三国は醜く、コアなスラブは美しい。

バルト三国人、もうこれ以上美しいスラブ人を汚さずに、この地上から静かに消えてくれ。


415 :世界@名無史さん:2006/09/02(土) 19:29:52 0
ギシュクラはどこへいったんだ〜。


416 :世界@名無史さん:2006/09/02(土) 19:35:22 0
夏休み?

417 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 00:56:35 0
また東欧に行ってしまったのかな?

418 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 18:08:19 0
新版でました

【百聞は一見に如かず】

バルト三国人=クロマニヨン系異常醜悪人種「Baltid」
http://www.snpa.nordish.net/rg-baltid.htm

スラブ人の中核=美しい北方人種「East Nordid」
http://www.snpa.nordish.net/rg-eastnordic.htm

スラブ人が拡散して辺縁部で一部が「Baltid」に汚された証拠は「East Baltid」
http://www.snpa.nordish.net/rg-east.htm

ドイツ北部・デンマーク・ノルウェー・オランダ・イングランドなど北欧北海沿岸のクロマニヨン系醜悪丸顔ゲルマン人は「Borreby」
http://www.snpa.nordish.net/rg-borreby.html

ドイツ南部(主にバイエルン)の多数派は丸顔短頭で平べったい顔の「Alpinid」
http://www.snpa.nordish.net/gloss1.htm#ALPINID




ヒトラーは明らかにAlpinidです。ありがとうございました。
ハンガリー人もこのAlpinidでしょうか。

419 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 01:09:55 0
美顔コンテストやって何か意味あるの?

420 :世界@名無史さん :2006/09/13(水) 02:33:57 0
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
| ありがとうございます!   |
| あげときますね。        |
\               /
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄      |          |  /
      ∧□∧          |_____|/
      (´∀` )     ____   ∧_∧
     (\  /)    /___./|  (    ,,)<ジュワー
   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|____|/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄~ /|
 /___________________/  |
 | ̄/○○○/◯◯◯/○○○/◯◯◯/□|   |
 |/○○○/◯◯◯/○○○/◯◯◯/□□|   |
 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|   |
 |              コロッケ                 | /
 |___________________|/


421 :世界@名無史さん:2006/09/13(水) 22:53:19 0
あ〜あ、ハプスブルク帝国時代のハンガリー領が残っていれば
東欧の大国のままだったのになぁ。つーかハプスブルク連邦帝国
とかになればなぁ。俺のよくする妄想は
大ドイツが成る。大ハンガリーが成る。バルカンにゆるやかな連邦が成る。


422 :世界@名無史さん :2006/09/14(木) 05:28:49 0
お〜いギシュクラさ〜ん、聞きたい事が溜まってま〜す。
いたら返事してくりさ〜い。

423 :世界@名無史さん:2006/09/14(木) 21:18:13 0
ギシュクラ殿!大帝陛下は何処へ?返事してくりさ〜い。

424 :世界@名無史さん:2006/09/15(金) 14:26:02 0
ハンガリーって、名前とか住所とかが日本と同じ順番ってだけでしょ?
それ以外の文法に関してはヨーロッパ語族と同じなんだよね?

425 :世界@名無史さん:2006/09/18(月) 20:55:46 0
500 :世界@名無史さん :2006/09/14(木) 11:10:26 0
>貴方の論法だと、ハンガリーだのルーマニアだののドイツ人集落は
>みなドイツ領ってことになる。

違うね。ハンガリーもルーマニアもみなドイツ固有の領土だ。




426 :世界@名無史さん:2006/09/19(火) 18:22:28 0
ハンガリーの首都ブダペストで極右1万人の大デモ。首相辞任。政府転覆。治安維持部隊は静観の構え。


帝國革命ktkr

427 :世界@名無史さん:2006/09/19(火) 20:03:30 0

マジで大変なことになってるな、ブダペスト

全国に飛び火するだろこれ


428 :世界@名無史さん:2006/09/19(火) 20:24:18 0
二重帝国の時には
世界5大国とまで称されたのにな・・
もったいねーわ。

429 :世界@名無史さん:2006/09/19(火) 20:51:48 0
ジュルチャーニ オワタ\(^o^)/

430 :世界@名無史さん:2006/09/19(火) 21:17:22 0
ハンガリー人、はっきり言って存在そのものが迷惑なんだけど…(怒

ハンガリーの暴動による政局不安で、東欧地域の金融市場が軒並み下落
http://today.reuters.co.jp/investing/financeArticle.aspx?type=forexNews&storyID=2006-09-19T111443Z_01_nTK2937352_RTRJONT_0_MnTK2937352-1.xml

[ロンドン 19日 ロイター] ハンガリーでジュルチャーニ首相の辞任を求めて暴動が発生したことを受け、
東欧市場全体にわたって通貨、株式、債券が下落している。
ハンガリーで暴動が起きたのは、ジュルチャーニ首相が4月の総選挙で勝利するため、
予算について4年間にわたり欺いていたことを示す録音テープが漏えいしたことがきっかけ。
ジュルチャーニ首相は4月の総選挙で減税を公約に掲げて勝利したが、
その後、国内総生産(GDP)の10.1%に達する財政赤字を削減するため、
2007年だけで46億ドル相当の増税と歳出カットを行う方針を示している。
19日の取引では、ハンガリーの通貨フォリント<EURHUF=>が1%下落し、1ユーロ=273.68フォリントとなったほか、
ブダペスト株式市場では主要株価指数が2%下落。債券市場も軟化し、利回りは全般的に12ベーシスポイント程度上昇した。
市場の動揺は他の東欧市場にも波及し、チェコのズロチ<EURPLN=>が0.3%下落したほか、
スロバキア通貨<EURCZK=> <EURSKK=>も弱含んでいる。
債券市場でも、ポーランドとスロバキアの5年債利回りが10ベーシスポイント程度上昇。
株式市場では、ポーランドのワルシャワ市場<.WIG20>とチェコのプラハ市場<.PX>が1%以上下落している。



431 :世界@名無史さん:2006/09/20(水) 16:59:17 0
暴動は、2日目も全く沈静化していない

国会前広場が中心地だが、市内全域で注意とのこと

432 :世界@名無史さん:2006/09/20(水) 20:40:50 0
【最新スポット情報】
ハンガリー:大規模な反政府デモの発生 (2006/09/20)

1.9月17日、ジュルチャーニ首相による「我々はずっと嘘をついてきた。4年間
何もしてこなかった。」等の発言を含む録音テープがリークされたことに端を
発し、ハンガリー国会前でジュルチャーニ首相の辞任を求める3,000人程度の
デモが発生しました。18日深夜、デモ隊の一部はハンガリー国営テレビ局
に向かい、テレビ局入り口やテレビ局前の車に放火するとともに、テレビ局内
に乱入し、警察・消防隊と衝突したため多くの負傷者が出た模様です。また、
20日未明には社会党本部のある共和国広場、ラーコーツィー通り、ブラハルイ
ザ広場においてデモ隊と警察との衝突で、約60名の負傷者が出た模様です。

2.20日現在、デモ行動は全国に広まり、特に国会前周辺では引き続き激しい抗
議行動が行われていますので、ハンガリーに渡航・滞在を予定されている方は
、最新の関連情報の入手に努め、デモ及び群衆を避けるとともに政府機関周辺
には近づかないようにし、不測の事態に巻き込まれないよう十分注意してくだ
さい。

(問い合わせ先)
 ○外務省海外安全相談センター(国別安全情報等)
   電話:(代表)03-3580-3311(内線)2902
 ○外務省海外安全ホームページ:http://www.mofa.go.jp/anzen/

http://www.pubanzen.mofa.go.jp/info/info4.asp?id=168#header

外務省、情報が間違ってるよ。
BBCによるとデモ隊は1万人以上、負傷者150人以上。

433 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 01:21:53 0
デモは全国に飛び火。
ブダペストだけで1万人以上。暴徒は2000人、負傷者は200人以上。
逮捕者130人以上。

434 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 04:07:59 0
>>433
保守革命おこるかしら?

435 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 19:26:18 0
ハンガリー首相の辞任求める抗議活動、3日目も多くの市民が集結

[ブダペスト 20日 ロイター] ハンガリーの首都ブダペストでは20日、
ジュルチャーニ首相の辞任を求める抗議活動に参加するために、前日に引き続き多くの市民が中心地に集結している。
18日から始まった抗議活動は、この日で連続3日目となる。
警察当局は推定参加人数についての情報提供を拒否したが、
地元テレビ2局は2030GMT(日本時間21日午前5時30分)までに、参加人数は約1万5000人と報じた。
暴徒化した市民と警察の衝突により、18日・19日の両日で200人以上が負傷。137人が拘束された。

http://today.reuters.co.jp/news/articlenews.aspx?type=worldNews&storyID=2006-09-21T125033Z_01_NOOTR_RTRJONC_0_JAPAN-229216-1.xml



436 :世界@名無史さん:2006/09/21(木) 19:26:52 0
ハンガリーの格付け見通しを「ネガティブ」に変更=フィッチ

[ニューヨーク 20日 ロイター] 国際格付け機関のフィッチ・レーティングスは20日、
ハンガリーの信用格付け見通しを「安定的」から「ネガティブ」に変更した。
ジュルチャーニ首相の辞任を求める抗議活動が発生し、同首相が推進する改革プログラムの行方が懸念される状況となったため。
ハンガリーの通貨フォリントは、フィッチの見通し変更が伝わるとすぐに対ユーロで0.6%下落した。
ハンガリーのアナリストは、これがフォリント急落の始まりとなる可能性は小さい、とみているが、
ニューヨークのあるトレーダーによると、一部の投機筋はフォリント売りの姿勢に入っている。
フィッチのアナリストは声明で「最近の情勢は、首相が推進する重要な改革プログラムが骨抜きになる可能性を高めている」と指摘した。
19日には、スタンダード&プアーズ(S&P)も、最近の政府に対する抗議活動によって改革や財政強化が阻まれれば、
格付けを引き下げる可能性を示している。

http://today.reuters.co.jp/investing/financeArticle.aspx?type=forexNews&storyID=2006-09-21T014413Z_01_nTK2939434_RTRJONT_0_MnTK2939434-1.xml


437 :世界@名無史さん :2006/09/21(木) 22:26:24 0
こんな時に、ギシュクラ殿はどこで何をしておられるやら・・・。
まさか暴徒に加わって、逮捕者130名、負傷者200名の中に?

438 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 21:39:02 0
   【ハンガリー人の在留外国人に対する高感度】
月間ハンガリージャーナル Vol.54 2006年2月号より抜粋
       Studio Metropolitanaによる調査

イタリア (迷惑:3%、入国反対:3%)
フランス (迷惑:4%、入国反対:1%)
日本  (迷惑:8%、入国反対:3%)
ドイツ (迷惑:4%、入国反対:2%)
アメリカ (迷惑:4%、入国反対:3%)
アフリカ黒人(迷惑:7%、入国反対:3%)
中国 (迷惑:19%、入国反対:9%)


日本企業はハンガリーで雇用を生み出したりしているのに、アフリカ黒人より
嫌悪感があるそうですよ。更に白人国家と比べると嫌悪感は倍ですよね。
実際生活してみても肌でしみじみ感じますよ。彼らにしてみれば中国人だって日本人だって
正直どちらでもいいそうです。実際にそう言っていましたよ。


439 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 21:42:55 0
というかハンガリーにアフリカ人ってそんなにいるの?

440 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 23:24:07 0
いますよ。学生とかショービジネスとかアートとかいった知的な分野で。

441 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 23:27:38 0
>438
ハンガリージャーナルの記事ですか・・・・。

442 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 23:31:53 0
ハンガリー旧国歌(-1823)
http://pawel-ciupak.php5.cz/anthem_midi_collection/hungary_to-1823.mid





443 :世界@名無史さん:2006/09/22(金) 23:49:11 0
暴動といったハンガリーに不名誉なニュースが飛び交ってるのでギシュクラ殿はホッカムリでしょうか?

それじゃハンガリー専門家とはいえませぬぞ。

444 :世界@名無史さん:2006/09/23(土) 00:40:05 0
あの旦那は現地在住の友人が沢山いるので、連絡に走りまわっているのじゃない
かな。

445 :世界@名無史さん:2006/09/24(日) 04:19:09 0
TBSのニュース

2006年09月23日(土) 10時37分


ハンガリーで野党集会が爆破予告で中止

 首相の辞任を求める声が高まっているハンガリーでは、週末に予定されていた
野党の集会が爆破予告で中止されるなど、依然、混乱が続いています。

 ハンガリーでは今年春の総選挙で勝利したジュルチャーニ首相が、選挙後の集
会で「国民にウソをつき続けていた」などと語ったテープが漏洩し、17日に地
元メディアで放送されました。それ以来、首都ブダペストでは首相の退陣を求め
る反政府組織の集会が連日行われ、これに便乗したフーリガンと警官隊の衝突が
続いています。

 こうした中、最大野党の「フィデス」が23日に予定していた大規模な集会に
対し「デモの最中に爆弾を爆破させる」との内容の脅迫が所属議員に届き、フィ
デスは急きょ集会を中止しました。

 ハンガリーでは来月1日に統一地方選挙が予定されていますが、ジュルチャー
ニ首相は辞任を拒否する姿勢を崩しておらず、事態収集のめどは立っていません。
(23日01:36)

ttp://news.tbs.co.jp/headline/tbs_headline3386144.html

446 :世界@名無史さん:2006/09/25(月) 00:51:13 0
日経新聞

ハンガリー、首相辞任求め4万人デモ
 【ブダペスト=桜庭薫】ハンガリーの首都ブダペストで23日深夜、ジュルチャーニ首相の辞任を求めるデモが行われた。ロイター通信によると、今月17日に抗議行動から始まって以来、最大規模となる約4万人が国会議事堂前に集まった。

 首相の経済改革を巡るウソ発言が発覚してから始まったデモでは、約150人が拘束されている。首相は辞任を拒否し、経済改革を進める姿勢を貫いている。ただ10月1日の統一地方選で惨敗すれば、退陣を余儀なくされる可能性がある。

 国会前広場は第1次大戦前のハンガリーを示す国旗を掲げる市民であふれた。家族4人でデモに参加した溶接工のタマシュ・パタキさん(27)は「首相が退陣するまで毎日デモに参加する」と語る。 (22:46)

ttp://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20060924AT2M2400724092006.html

447 :世界@名無史さん:2006/09/25(月) 01:04:39 0
日に日に増えてるな>デモ隊

クーデターが起きたりして
もし起きたらタイのように簡単にはすまないぞ

448 :世界@名無史さん:2006/09/25(月) 08:46:28 0
http://www.pubanzen.mofa.go.jp/info/info4_S.asp?id=168

地域別の状況

 2004年には、人口10万人あたりの犯罪多発地域としては、1
位ブダペスト市(首都、特に多い)、2位ショモジ県、3位バラーニャ県
、4位チョングラード県の順となっています。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

チョングラード・・・・・・やはりあの国の連中がかかわっているのか・・・・




449 :世界@名無史さん:2006/09/25(月) 09:18:21 0
ChongじゃなくてCsonな

450 :世界@名無史さん:2006/09/25(月) 14:17:40 0
首相退陣要求デモが7日目に突入、一部で警官隊と衝突も - ハンガリー
http://www.afpbb.com/article/925220

【ブダペスト/ハンガリー 25日 AFP】首都ブダペスト(Budapest)で、
ジュルチャーニ・フェレンツ(Gyurcsany Ferenc)首相の辞任を求めるデモが7日目に突入した。
財政政策で国民を繰り返し欺いてきたとの首相発言が報じられたことから発生した反政府デモは、
一部で警官隊との衝突が起きるなど、激しさを増している。


451 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 00:45:36 0
ブタベストでのデモ、市民生活に支障無しもガイドツアーで一部中止も
[掲載日:2006/09/26]
 ハンガリー政府観光局によると、ブダペストで9月18日に発生したデモの抗議行動の発生
について、市内は平穏で市民生活は問題無いとし、観光面での影響は限定的であるという。
 現在、国会議事堂への立入制限があり、議事堂内のガイドツアーは制限されている。
予約済みの団体ガイドツアーは催行しているが、個人対象のガイドツアーは中止されている。
このことから、ハンガリー政府観光局は個人の旅行者に対して、国会議事堂をコースに取り入
れたバスツアーへの参加を勧めている。

ttp://www.travelvision.jp/modules/news1/article.php?storyid=25988&PHPSESSID=e68b9f0db0f754bc36db18a7a1d5ae24

452 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 17:04:04 0
ハンガリー首相、野党と極右勢力の関係を指摘 - ハンガリー

【ブダペスト/ハンガリー 26日 AFP】ブダペスト(Budapest)市内で平和的にデモが行われる中、
ジュルチャーニ・フェレンツ(Gyurcsany Ferenc)首相は25日、
現政権の崩壊を求める極右勢力と主要野党である保守系政党との関係を指摘した。

http://www.afpbb.com/article/927674


ハイル・ヒットラー!

453 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 17:09:19 0
ハンガリー中銀が0.50%利上げ、追加利上げの可能性を示唆

[ブダペスト 25日 ロイター] 
ハンガリー国立銀行(中央銀行)は25日、政策金利を50べーシスポイント引き上げ7.75%にすることを決定した。
中期インフレ目標達成のために追加利上げが必要になる可能性があることも示唆した。
中銀は、インフレが広範囲に及んでいるとし、外国人投資家が求めるリスクプレミアムが高まっていると指摘した。 
ロイターがアナリストや外為ディーラーを対象に実施した調査では、
半数をわずかに超える回答者が25べーシスポイント利上げを予想していた。
前回までの利上げは中銀の政策決定会合で全会一致で決定されていたが、今回は全会一致ではなかった。
中銀は、2008年の中期インフレ目標を3%としている。
アナリストの間では、財政赤字解消に向けた増税や公共料金引き上げのためにインフレが今年と来年で急上昇し、
08年には3.9%に達するという見方が多い。



事実上の経済破綻ですな

454 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 17:14:43 0
首相の辞任求めるデモ、8日目に突入 - ハンガリー

【ブダペスト/ハンガリー 26日 AFP】
26日、ブダペスト(Budapest)で行われているジュルチャーニ・フェレンツ(Gyurcsany Ferenc)首相の辞任を求めるデモは8日目に突入した。
このデモは経済政策で首相が国民を繰り返し欺いてきたことが発覚して以来続けられている。


455 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 20:03:49 0
>>452
どこの国も左派政権は、敵対勢力のことを極右って呼ぶんだなあ。

456 :世界@名無史さん:2006/09/26(火) 23:19:59 0
だが、フィデスだっけ?あれは体のいいネオナチだろ?

457 :世界@名無史さん:2006/09/27(水) 12:31:59 O
ていのいい?
からだのいい?

458 :世界@名無史さん :2006/09/28(木) 18:15:21 0
かくも長き不在。ギシュクラ殿には、マジに何かあったのでは?
心配だな・・・。

459 :世界@名無史さん:2006/09/28(木) 19:48:13 0
同意。大帝陛下同様、御隠れに為ったのでは・・・

460 :世界@名無史さん:2006/09/29(金) 15:42:51 0
>>458
ミクシ逝け。
現地の病院に入院中。
どうも警察の流れ弾が当たったらしい。

461 :世界@名無史さん :2006/09/30(土) 13:18:50 0
つまらん。センス無し。

462 :世界@名無史さん:2006/09/30(土) 21:18:51 0
1ヶ月以上ぶりにやってきたんですが、
ブダペシュトでこんな事態が発生していたとは・・・

ショーヨム大統領はどう動くんでしょうか?

463 :世界@名無史さん:2006/10/01(日) 22:05:11 0
52 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/08/23(水) 19:44:35 0
ハンガリーには、かつて豊作を祈って種をまき終った畑で夫婦が交接する習慣があったそうです。
今は夫婦で着衣のまま転げまわって済ませるそうですが。


464 :世界@名無史さん:2006/10/04(水) 00:51:26 0
ハンガリー首相、週後半に信任投票実施=政府筋

[ブダペスト 2日 ロイター] ハンガリー政府筋が2日ロイターに明らかにしたところによると、同国のジュルチャーニ首相は、今週後半に議会で首相信任投票を実施する。
 関係筋は「昨夜から今日にかけての協議で、首相は連立相手から支持を得られると確信した。(信任)投票は、首相の経済政策と首相自身への支持を確認するものになる」と述べた。
(ロイター) - 10月2日20時21分更新

465 :世界@名無史さん:2006/10/04(水) 00:54:08 0
<ハンガリー>大統領が首相退陣を要求

 【ウィーン会川晴之】
ハンガリーのソリオム大統領は1日、「国会が行動する時が来た」とテレビ演説し、
ジュルチャーニ首相の退陣を求めた。
同日、実施された地方選挙で、同首相率いる与党・社会党が大敗を喫する情勢が確実
となったことを受けて発言した。
 ハンガリーでは、同首相が社会党内部の会合で「有権者にウソをつき続けた」と発
言した録音テープが暴露された9月17日以後、首相退陣を求める人々が連日のよう
に集会を開き、暴徒化したデモ隊の一部が国営テレビ局に乱入して放火するなど、2
00人以上が負傷する事態に陥っている。
 ロイター通信によると、ジュルチャーニ首相は同日夜「(連立与党を組む)自由民
主同盟は我々を支持している」と述べ、辞任の考えが無いことを改めて強調した。
(毎日新聞) - 10月2日10時13分更新

466 :ギシュクラ・ヤーノシュ ◆4yzbf0MFE. :2006/10/07(土) 23:34:48 0
退院しました!!
というのは冗談で、なぜか書き込みが出来ない状態が続いておりました。
申し訳ございません。

467 :世界@名無史さん :2006/10/08(日) 01:21:47 0
あ〜良かった。やれやれ、よう戻りなすったのう。
でも、質問が溜まってると思うので、しばらくは忙しいかもしれんて。
漏れにもあるんだけど、また日を改めてね。とりあえずは、お帰りなさい。

468 : ◆SexyBoyBXo :2006/10/08(日) 01:28:52 0
ts

469 :世界@名無史さん :2006/10/08(日) 11:24:42 0
お帰りなさい、ギシュクラ様
早速ですが、私は以前ラコーツィの自由戦争について質問した者です。お勧めの書、
「Ferenc II Rakoczi and the Great Powers」 William B Slottman
を米国から取り寄せました。
が、英語力がペケな為、とても全てには目を通せません。
自由戦争の経過について具体的な記述がある部分を教えて下さい。
(例:324Pの真中辺に、Trentschinでの敗戦について)
場所さえ指示して頂ければ、後は辞書とにらめっこします。
よろしくお願いいたします。m(_ _)m

470 :世界@名無史さん :2006/10/16(月) 01:21:32 0
ホシュ

471 :世界@名無史さん:2006/10/20(金) 09:24:42 0
アンダーソンの『ハンガリー1956』、南塚さんの監修で新訳が出たんだね。
旧約は中核派の人が訳していた。

472 :世界@名無史さん :2006/10/21(土) 15:51:47 0
テケーリとかラコーツィの歌
http://page5.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/e60420932

473 :世界@名無史さん:2006/10/24(火) 05:34:18 0
昨日でハンガリー''動乱''(現地は革命)から50年なのに、書き込み少ない・・・
イギリス辺りは、uprising→revolutionみたいに言い方を変えているみたい
今では、ソヴィエトに対する抵抗・民主化運動っていうのでほぼ一致している気がするけど
当時は、どういう評価だったんだろう
プラハの春とか連帯に比べて、今でもあまり聞かない気がするのは
古すぎるのか、情報が少ないせいか・・・

474 :世界@名無史さん:2006/10/24(火) 12:03:02 0
ハンガリー、昨日もまたやってくれたな!極右の全国大暴動だ!
映像見るとみんなスキンヘッドだぜ
この国は間違いなくナチ化するな
マジャール対ヨーロッパとの戦争だ!
ユダヤ皆殺しだな

475 :世界@名無史さん:2006/10/24(火) 12:13:44 0
アヒャヒャ、暴徒が戦車乗り回してるよ

476 :世界@名無史さん:2006/10/24(火) 13:34:17 0
>>473
日本で当時どっかの大学教授が、「世界」かなんかで

「ハンガリー人は田舎者の百姓で民度が低いから西側に煽られて共産主義に反抗なんて
馬鹿なまねをする(日本はそうではない〜という含みが入っている)」

みたいなことを書いてたのを読んだ覚えがある。

477 :世界@名無史さん:2006/10/24(火) 14:03:00 0
>>476
前にも出ていたがこれじゃないの?

http://haniwa82.hp.infoseek.co.jp/meigen/index.html
・大内兵衛【法政大学総長:故人】
「ハンガリアの国の場合は、われわれよりももっと…(笑)。われわれもどうだか分からないが、われわれよりももっと(引用者注:政治的成熟度の)程度が低かったということがあると思う。」
「ハンガリアはあまり着実に進歩をしている国ではない。あるいはデモクラシーが発達している国ではない。元来は百姓国ですからね。」
出典元:1957年4月号『世界』より

478 :世界@名無史さん:2006/10/24(火) 19:05:45 0
>>474
マジャール・ラジオ、クラシック系のバルトークラジオを
ネットラジオで聞いているのですが、プログラム的に
ユダヤから金銭的な支援が入っているのかと疑うときがあります

まあ、比較的高音質で、しかもオンデマンドで聞いたりダウンロードできるので
ものすごく便利ですが・・・

479 :世界@名無史さん:2006/10/24(火) 22:22:12 0
いまBSでハンガリーの衝突を特集してる。
こりゃあいつクーデターが起こってもおかしくない雰囲気だな。

480 :世界@名無史さん:2006/10/24(火) 22:29:37 0
>>478
>ユダヤから金銭的な支援が入っているのかと疑うときがあります

だから余計にハンガリー人はイライラしてるんだろうな

481 :世界@名無史さん:2006/10/24(火) 22:31:15 0
>>479
外務省、海外安全ホームページ
http://www.pubanzen.mofa.go.jp/info/info4_S.asp?id=168

「ハンガリーは政治的に安定しており、反政府勢力の動きも特になく、
戦争、動乱、暴動、クーデターなどが発生する可能性は少ないと思われます。
また、治安情勢は比較的良いと言えます。」

阿呆外務省はハンガリーが大好きで、動乱や暴動なんか起きないし、反政府勢力の動きもないってまだ言ってます。
絶対安全な国というイメージを植えつけたいようです。
もしかしてハンガリアンスクールでもあるのかな?

外務省は悪質です。マフィア化してるとしか思えません。

日本国内にハンガリーの名誉総領事館というわけのわからない役所が多いのも気になります。
http://www.hungary.or.jp/link.htm


482 :世界@名無史さん:2006/10/24(火) 22:33:54 0
フィデス万歳、俺達からカネを奪うユダヤと中国人を殺せ、っていう雰囲気だな
外務省を信じた馬鹿な日本人観光客も殺されるかもな
楽しみだw

483 :世界@名無史さん:2006/10/24(火) 22:53:23 0
T−34が暴れてると聞いたが

484 :世界@名無史さん:2006/10/24(火) 23:03:29 0
>>483
機動隊を轢き殺そうとしているが、戦車の足が遅いのが幸いしてあやうく難を逃れているらしい。
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006102401000174.html
http://www.sankei.co.jp/news/061024/kok009.htm

485 :世界@名無史さん:2006/10/24(火) 23:27:56 0
>>482
フィデスが政権を取れば、即座にEUと国連を脱退して、スロバキアを併合し、
ルーマニアからトランシルバニアを奪還して、大ハンガリーを復活させる。

フィデス頑張れ!

486 :世界@名無史さん:2006/10/24(火) 23:45:11 0
>485
いくらフィデスがアホでも、そんな真似はできまいよ。
大体、ハンガリー軍の装備がいかに劣悪か知っての発言ですか?


487 :世界@名無史さん:2006/10/24(火) 23:53:49 0
>>486
ネタに決まってるじゃないですかw
もし右派が政権とっただけでそんなことになるのなら、今頃ポーランドは
ウクライナに攻め込んで大ポーランドの復興をw

488 :世界@名無史さん:2006/10/25(水) 00:11:34 0
ロシア製ってだけでみんな反応してますが、どう見てもコシュートの紋章がついてませんかこれ。
1956年の蜂起軍側についたハンガリー軍の戦車って設定でしょうに…

489 :世界@名無史さん:2006/10/25(水) 02:48:33 0
◇デモ衝突の負傷者70人に ハンガリー、騒動拡大

(画像)23日、ハンガリー動乱50年のブダペストで、展示場所から奪われたロシア製戦車の上に乗るなどして
    警官隊と衝突するデモ隊(AP=共同)
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/img/2006102401000200.jpg

【ブダペスト24日共同】
 ハンガリー動乱から50年の23日、同国の首都ブダペスト中心部で起きた極右グループなどを含む
数千人規模の反政府デモ隊と警官隊の衝突による負傷者は少なくとも70人になった。
デモ隊の一部は暴徒化するなど、騒動は24日未明まで続いた。

 同国では、社会党のジュルチャーニ首相が経済政策などで国民を欺いてきたと自ら発言したのをきっかけに、
9月から首相辞任を求める反政府デモが続いていた。
 23日は動乱を鎮圧した側の旧共産政党の後継である社会党が記念式典の主催者となったことで
デモ隊側に反感が強く、騒動が拡大した形となった。

 暴徒化したデモ隊の一部は社会党事務所に火炎瓶を投げ入れるなどした。

 観光客にも人気のエリザベート橋近くではデモ隊が建築資材や鉄柵などでバリケードを築き、
24日未明まで数百人が警官隊とにらみ合った。

ソース:東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006102401000174.html

490 :世界@名無史さん:2006/10/25(水) 13:43:47 0
>>487
右派とは言ってもポーランドのはカトリックの右派で、ハンガリーのフィデスはハンガリー版ナチスだから、一緒くたにはできないよ。
ハンガリー人は大ハンガリー復興を狙っているにちがいない。

491 :世界@名無史さん:2006/10/26(木) 00:57:01 0
そういや戦時中の矢十字党はゲルマン人、マジャール人、日本人が
支配的人種だといってたらしいが、ナチズムとトゥラン主義の折衷なのかな。

492 :村松:2006/10/27(金) 17:42:10 0
イシュトヴァーン聖王冠のクロスは何故曲がっているのですか?
どうして治さないのですか? お教え下さい。

493 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 16:40:11 0
【ハンガリー】アウディの投資凍結−ハンガリー投資は危険

ジュルチャー二首相が「うそをついていた」と語ったテープが流出し、暴動騒ぎが起きてから約1カ月。
政局は不安定な状態が続くが、経済界は今のところ様子見を決め込んでいる。
そうした中、独高級車メーカーのアウディが新たに導入された「連帯税」に反発し、
追加投資を凍結する考えを明らかにした。【在ハンガリー・鷲尾亜子】

ハンガリー動乱から50周年を迎えた23日の革命記念日には、国内の至る所で大小の式典が催された。
だがブダペストでは首相の退陣を要求する極右や
最大野党の青年民主連盟・ハンガリー市民連盟(FIDESZ-MPSZ、以下FIDESZ)の支持者らが警官隊と衝突。
ゴム弾や催涙ガスが飛び交うなど、市内は異様な雰囲気に包まれた。

事態が収拾したのは真夜中を過ぎてから。
ただ街に残された大量のごみや破損物は驚くべき速さで片付けられ、朝のラッシュアワーまでにはほぼ正常な状態に戻った。
通貨フォリントやブダペスト証券取引所の主要指数BUXは寄り付きで下げたものの、
午後に中銀のハンガリー国立銀行(MNB)が利上げを発表したことも手伝い、すぐに反発した。

ハンガリー動乱以降で最も激しいといわれる警官隊との衝突が約1カ月も繰り返されたにもかかわらず、
現在のところ国内経済への深刻な影響は出ていない。
多少なりとも直接的な打撃を受けているのは観光産業くらいで、営業をストップしたり、進出を再考したり、撤退を決めた企業はない。

(つぎに続く)


494 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 16:41:28 0
(前の続き)

■連帯税

既にハンガリーに進出済みの多国籍企業の中で、唯一このタイミングで投資凍結を明らかにしたのがアウディだ。
同社は先に10億ユーロ余りを投じ、2010年までに年産能力を5万台強に引き上げる方針を打ち出していた。

1994年に操業を開始したアウディの現地法人は今や国内最大の輸出企業の1つ。
スポーツカー「TT」やエンジンを手掛ける北西部ジェール(Gyor)の工場では5,200人を雇用し、
これまでの投資額は年平均2億5,000万ユーロに上る。

今回の決定は政情不安が理由ではなく、財政均衡計画の一環として9月1日に導入された「連帯税」が直接の引き金だ。
この新税の税率は4%で、16%の法人税に上乗せされる形となる。
アウディはそもそもFIDESZ政権時代に、2011年までの10年間の法人税免除を約束されていた(当時の税率は18%)。

ハンガリーは欧州連合(EU)との加盟交渉の際、それまで投資優遇策の目玉だった
「大型案件への最長10年の法人税免除」の撤廃を求められた。
政府は当初、2011年までこの制度を維持する構えだったが、
(1)2000年1月1日までに実施された案件については、2005年まで投資総額の75%を限度に法人税を減免
(2)それ以降2002年末までに実施された案件については、50%を限度に法人税を減免
――とすることで譲歩した。
しかしこれでは免税対象となっていた企業が引き続き恩恵を受けることが不可能になるため、
有力な外資系と個別に非公式な交渉を行い、何らかの形で不足分をカバーする措置を講じたといわれている。

(次に続く)


495 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 16:42:43 0
(前の続き)

アウディの現法社長は日刊紙ネープサバチャーグの取材に対し、
「真の問題は連帯税の規模ではなく、一度政府が約束した免税措置が履行されなくなることだ」とコメント。
政府の姿勢の一貫性や信頼性が問われているとしている。
また現在この問題をめぐって交渉中なのを認め、「適切な形で解決することを望む」と述べている。

免税措置を受けている企業で、連帯税の支払いを拒否する姿勢を見せている企業は今のところアウディ以外にない。
仮に同社が連帯税を免除されたにしても税収に与える影響は微々たるものだが、他社が黙ってはいないだろう。
「多国籍企業ばかり優先する」と批判するFIDESZに格好の攻撃の材料を与えることになるだけでなく、モラルハザードが起きる可能性もある。

産業界や市場は、ジュルチャーニ政権が改革の手綱を緩めず実行するという前提で見守っている段階だ。
このためいったん一企業に譲歩すれば、他にも影響が及ぶのではと不信を招く結果となろう。
政府がアウディにどう対処していくか、注目されるところだ。

http://nna.asia.ne.jp.edgesuite.net/free/cee/cee_zoomin/001_100/0045.html


496 :ジーモン@プレスブルク ◆.5DV4fMpf6 :2006/10/28(土) 20:37:25 0
マジャル人は気性の激しい人が多いからね
これは政治問題だから民族性だけで語るとは御法度だけど
とにかく喜怒哀楽が激しい

関係ないけど、ショプロンとジェールにはブダペスト
よりも色白・金髪の人が多かった
スラヴ系?と思ったらマジャル系だった
よく観察すると鼻や顔の輪郭はスラヴとは違ったw
北西部はモンゴル進入やオスマンの支配を被らなかった
からかな?(ジェールは4年間ぐらいオスマンに占領されたが)

497 :世界@名無史さん:2006/10/28(土) 20:46:38 0
平地ルーマニアよりはテュルク・モンゴルの影響は少ないでしょうな

498 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 00:12:31 0
>マジャール・ラジオ
主なスポンサーはドイツ資本のマジャルテレコムだよ。
その中にユダヤ人がどれくらい居るかは知らないけど。

ていうか、ユダヤ資本が全く入ってないものなんてそっちのが少ないだろうに、
まったくハンガリー人は潔癖症ですね。

499 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 02:44:38 0
とうとう起きてしまった!日本人に対するスキンヘッドの集団暴行事件!
日本人がボコボコに!

ブダペスト西駅近くのビリヤード場。
相手はスキンヘッドの典型的事件。
遊技場や飲食店では要警戒。
デモが起きている地区以外でも警戒を怠らないこと。

在ハンガリー日本大使館からこれに関する緊急情報発令中。
http://www.hu.emb-japan.go.jp/download/ryoji/Japanese-higai.pdf

男性は殴る蹴るなどの集団暴行、女性はレイプや強盗に細心の注意を!


500 :世界@名無史さん:2006/11/11(土) 07:01:31 0
ワァ・・・ロシア並にDQNが増殖してるのね。
一昨年、SPでホモジジィに犯された友達を思い出すわ・・・

501 :世界@名無史さん:2006/11/15(水) 23:31:19 0
温泉は下調べしとかないと、何やら"生温かい"人が近寄ってきてヤバイおw

502 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 18:04:36 0
サヨナラプシュカシュ・・・・

503 :世界@名無史さん:2006/11/23(木) 19:35:07 0
コンチワプシュカシュ・・・・

504 :世界@名無史さん:2006/11/27(月) 01:47:39 0
ホシュホシュホシュ

505 :世界@名無史さん:2006/12/01(金) 17:37:29 O
http://life7.2ch.net/test/read.cgi/world/1148240082/

506 :世界@名無史さん:2006/12/10(日) 21:50:02 0
ギシュクラはんは、ほんまにどないなってもうたんや?

507 :世界@名無史さん:2006/12/12(火) 00:49:05 O
なんで自殺者と成人病ばっかりなのこの国?

508 :世界@名無史さん:2006/12/12(火) 23:10:11 0
ネタをパクられるのがイヤになってしまったのかな?

509 :世界@名無史さん:2006/12/18(月) 22:15:23 0
しかも、大帝陛下も見かけないよう・・・

510 :世界@名無史さん:2006/12/19(火) 02:01:48 0
他に詳しい人がいないわけでもあるまいに・・。
誰か書いてよ。

511 :世界@名無史さん:2006/12/19(火) 11:38:06 0
506 :世界@名無史さん :2006/12/10(日) 21:50:02 0
ギシュクラはんは、ほんまにどないなってもうたんや?


507 :世界@名無史さん :2006/12/12(火) 00:49:05 O
なんで自殺者と成人病ばっかりなのこの国?


512 :世界@名無史さん:2006/12/20(水) 02:16:35 0
終了

513 :世界@名無史さん:2006/12/21(木) 21:42:26 0
ギシュクラさん、なにとぞ近況をお知らせくださいませ。

514 :世界@名無史さん:2006/12/31(日) 02:15:21 0
ホシュクラ

515 :世界@名無史さん:2007/01/03(水) 14:05:42 0
フィリピンスペシャリストの俺なんだが、
東欧のアジアに興味がある。

欧州は全くの素人なんで優しく教えてくれ。

アジア系といわれてるのはハンガリーだっけそれともブルガリア?
ジプシーといってるのがアジア系民族?フン族系?

この画像見るとアジアっぽい顔してないが。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070103-00000006-maip-int.view-000


516 :世界@名無史さん:2007/01/03(水) 14:12:09 O
アジア系はフン族で
フン族の国=フンガリ=ハンガリーって聞いた。
フィンランドも。
でもハンガリーもフィンランドも、今は白人の国。

ジプシー=ロマの人達は
インドの辺りからヨーロッパに移住してきた人達って聞いた。

517 :世界@名無史さん:2007/01/03(水) 14:14:00 0
即レスありがとう

今は白人の国ってことはアジア系の血は薄まっちゃったということなのか。残念

518 :世界@名無史さん:2007/01/03(水) 14:22:19 0
>>516 お前いつもの奴だろ。

>フン族の国=フンガリ=ハンガリーって聞いた。

こういう嘘を広めようとする意図は何だ?
マジャール人にフン族末裔伝承があるのは事実だが、これは
後世の付会に過ぎないぞ。
名称の起源でいえば、ハンガリー←オノグル≠フンだ。

519 :世界@名無史さん:2007/01/03(水) 22:33:58 0
フィンランドもな。
この俗説広まりすぎ。

520 :世界@名無史さん:2007/01/05(金) 00:43:57 0
やっぱり白人じゃないから、ヨーロッパじゃ、差別されてんの?

521 :世界@名無史さん:2007/01/05(金) 00:45:48 0
やっぱり白人じゃないから、ヨーロッパじゃ、差別されてんの?

522 :世界@名無史さん:2007/01/05(金) 00:46:27 0
やっぱり白人じゃないから、ヨーロッパじゃ、差別されてんの?。

523 :世界@名無史さん:2007/01/05(金) 00:57:52 0
>>517
>今は白人の国ってことはアジア系の血は薄まっちゃったということなのか。残念

最初から白人ベースだったと思われる。
Gm血液型遺伝子から見れば、北方モンゴロイドの標識遺伝子である黄色のab3stは、
北ヨーロッパの森林ラップの4%がヨーロッパ人の最高値で、チェコ、スロバキア、
ルーマニア、ハンガリー、ジプシー、スペイン・カタロニア、ポルトガルなどで
極めて低い頻度であるが、この遺伝子が持ち込まれている。これならイラン人のほうが
ずっとモンゴロイドの遺伝子は濃い。そしてフィンランド人からは検出されない。
因みに、北方モンゴロイド特有の酒が飲めない下戸遺伝子は
 日本人    44%
 ハンガリー人 2%
 フィン人   0%
 トルコ人   0%
『科学朝日』 モンゴロイドの道 朝日選書 (523)

遺伝子の系統を見てもフィンランド人はゲルマン人と近縁です。
http://www.goodrumj.com/Tree-1.jpg

ハンガリー人やフィンランド人のフン族子孫説などとうに破綻しているのだ。

524 :世界@名無史さん:2007/01/05(金) 01:08:18 0
ハンガリーはジプシーが多い
フンに染まったのはどちらかというとドイツなんだけどな

シュテファニー・マリア・グラフ
http://www.tenniscourt.jp/players/player.php?pid=14

ドイツ人によくみられるこういうモンゴル人のような醜い顔になってしまうのも
フンのせいなのである

525 :世界@名無史さん:2007/01/05(金) 01:09:41 0
思いっきり白人の国だから差別はない。

526 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 00:09:17 0
ジプシーが多い≠ジプシーが多数派
ではないからね。

>最初から白人ベースだったと思われる。
定住前の人種構成は、指導者がモンゴロイド、奴隷がコーカソイドだったが、
次第に混ざっていったと言う説もあったような。
結果的には、集団全体としては白人ベースと言ってもいいのかもね。

527 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 01:18:26 0
ハンガリー人とジプシーはとりあえず別の民族。
ジプシーはヨーロッパのどこでも差別されてきたし
ハンガリーでも差別されてきた。

528 :世界@名無史さん:2007/01/09(火) 16:02:11 0
ただ、今のハンガリー人はどういう民族なのか、という問題はあるよな。
ゲルマン・スラヴはもちろんのこと、トルコの血もいくらか混ざってるしね。

言語も色々周囲からの影響受けてるし。

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