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武士と騎士 どっちが強い 5戦目

1 :世界@名無史さん:2006/05/22(月) 21:01:31 0
世界史板なので、その点を忘れないでください。
武装・戦術・戦略・文化・思想・etc…様々な観点から考察しましょう。

前スレ
武士と騎士 どっちが強い 4戦目
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1116858878/


過去ログ
武士と騎士 どっちが強い
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1095920619/
武士と騎士 どっちが強い 2戦目
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1098187936/
武士と騎士 どっちが強い 3戦目
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1105869242/

2 :黒羊 ◆N7qmqkEULs :2006/05/22(月) 21:04:47 0
無意味に初めての2げっと狙います。

3 :天婦羅騎士団:2006/05/22(月) 22:04:56 0
私は自室に日本の大鎧と西洋甲冑を左右に対峙させて
飾っています 勿論実物大の本物です 

4 :天婦羅騎士団:2006/05/22(月) 22:16:35 0
ここはモンゴル帝国の騎馬兵団をサンプルにして考えましょう
まず日本の鎌倉武士団を筆頭とする武士は蒙古襲来の時、台風の
影響もありますが結果的に勝利しました それに対してヨーロッパ騎士団
はワールシュタットの戦いで蒙古軍に殲滅させられているので
武士の方が強いという事にしておいてください

5 :世界@名無史さん:2006/05/22(月) 22:18:36 0
スレの初っ端から変なのが現れたなw

6 :世界@名無史さん:2006/05/22(月) 22:19:59 0
>>4
>蒙古襲来
だから、生粋の蒙古兵は少なかったって何度もガイシュツじゃん…。

7 :天婦羅騎士団:2006/05/22(月) 22:26:43 0
生粋も糞も関係ない蒙古軍は蒙古軍

8 :世界@名無史さん:2006/05/22(月) 22:41:49 0
変なコテハンは議論する気もないみたいなので、スルー推奨

9 :世界@名無史さん:2006/05/22(月) 22:51:31 0
どちらが強いかは恐らく永遠に決められないだろうが議論や史料を出すことによって
知識が増えることはいいことだと思う。


10 :世界@名無史さん:2006/05/22(月) 23:40:46 0
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/psycho/1148305555/
1 名前:sage[] 投稿日:2006/05/22(月) 22:45:55
私、今、趣味で小説を書いていまして・・・・
そこで、戦場の場面が出てくるのですが、
戦場での、兵の心理ってのは、どんな感じなのでしょうか。

敵に追い詰められたり、追い詰めたり、
殺されそうになったり、殺しそうになったり・・・etc

何でも、予想でもいいので、皆さんの意見を書いていってください。

11 :世界@名無史さん:2006/05/23(火) 09:01:14 0
木材と動物の腱、角を張り合わせたコンポジット・ボウはポーランドから朝鮮半島まで普及していた兵器だが
乾燥した寒冷な気候でないと破損しやすい。
モンスーン地帯の日本で取り入れなかったのは正解だった。

12 :世界@名無史さん:2006/05/23(火) 19:59:06 0
武士より立場的には上だった天皇&朝廷、
騎士より立場的には上だったローマ教皇&カトリック教会、
さて強いのはどちら?


13 :世界@名無史さん:2006/05/23(火) 20:08:09 0
>>11
朝鮮もモンスーン地帯だけど

14 :世界@名無史さん:2006/05/24(水) 00:42:16 0
どこか馬上槍試合まだやってる国ないかな。遊びみたいなのでも見たい。

あの長槍で突進するスタイルの騎士ってどこの国が発祥なんのですか?

イタリア?

15 :世界@名無史さん:2006/05/24(水) 00:48:23 0
NHKのBSで時々世界の面白スポーツを紹介しているけど、馬上槍試合やそれから
発展した競技なんかは今でもやってるみたいだぞ。

16 :世界@名無史さん:2006/05/24(水) 01:32:03 O
ああ、自転車槍試合ね。見た見た。ワラタよ。

17 :世界@名無史さん:2006/05/24(水) 04:35:38 0
>>14
シリア

18 :世界@名無史さん:2006/05/24(水) 06:08:31 0
とりあえずモンゴル、弓関係はしばらく議論禁止な。

19 :世界@名無史さん:2006/05/24(水) 08:08:16 0
武士の主力武器は弓なのに弓関係の議論をしないで騎士との比較なんかできるわけないじゃん。


20 :世界@名無史さん:2006/05/24(水) 08:54:56 0
蒙古は「戦争のやり方が上手かった」のであって
別に個々のモンゴル兵が強かったわけではない

21 :世界@名無史さん:2006/05/24(水) 09:18:01 0
つか、西洋のいわゆるナイトが騎士、
日本のお侍が武士。だよね?

つーことは中国圏やモンゴルって騎士でも武士でもない?
ついでにイスラム圏(マムルークとかが入るのか?)も…?

22 :世界@名無史さん:2006/05/24(水) 09:29:18 0
>17
詳しく

23 :世界@名無史さん:2006/05/24(水) 10:25:19 0
>21
アラブの「ファーリス」
タタールの「オグラン」なんかが近いかもしれない

ペルシャ語でもなんかあったような

24 :世界@名無史さん:2006/05/24(水) 21:50:38 0
>>6
生粋の蒙古兵はアリク・ブカの乱でもナヤンの乱でもクビライの大元ウルスに
勝てなかったからな。
モンゴルを基準に判断すれば、
武士>大元ウルス>生粋の蒙古兵>騎士。

25 :世界@名無史さん:2006/05/25(木) 01:00:23 0
アリクブカの主戦力は生粋のモンゴルというよりオイラートやナイマンじゃなかったか? うろ覚えだが

26 :世界@名無史さん:2006/05/25(木) 12:44:39 0
>>23
アラブの「ファーリス」は武士や騎士のような固定的な身分ではなく、単に騎馬戦士という感じらしい。

サラディンのアイユーブ朝が1181年の時点でエジプトで動員できたファーリスは、
司令官「アミール」111騎、上級軍団「タワーシー」6976騎、下級軍団「カラグラーム」1553騎で合計8640騎。
ちなみに海軍力は1179年の時点で、国境防備用50隻、作戦用30隻の合計80隻。

この頃の日本は、ちょうど源頼朝や木曾義仲が挙兵して源平の戦いが始まった時期だ。

27 :世界@名無史さん:2006/05/25(木) 12:52:13 0
>>26
やっぱりそいつらは従者とか取り巻きを連れて従軍するのかな?

28 :世界@名無史さん:2006/05/25(木) 13:02:21 0
>>27
ハッティンの戦いについて書いてある本を比較すると、兵力が「人」で記述している場合は、
「騎」で記述している場合の2倍の数字になってる。

29 :世界@名無史さん:2006/05/26(金) 07:56:49 0
どう考えても武士が最強だろ
そんなに武士をとぼしめたいのか

30 :世界@名無史さん:2006/05/26(金) 08:42:17 0
ファーリスというと「キングダム・オブ・ヘブン」に出てきた
「アル・ハーキム・アル・イブリン!?」
とか叫びながら主人公に斬られたヤシが思い浮かぶ。

31 :世界@名無史さん:2006/05/27(土) 09:26:22 0
武士は武器が無くなっても、徒手空拳で戦う術を持っていたが、騎士はどうだろう?

32 :世界@名無史さん:2006/05/27(土) 12:40:49 0
>>31
>武士は武器が無くなっても、徒手空拳で戦う術を持っていたが、
ソースと言わんまでも、その根拠は?

33 :世界@名無史さん:2006/05/27(土) 13:48:14 0
柔術

34 :世界@名無史さん:2006/05/27(土) 14:00:21 0
武士がみんな柔術使いだったら、
騎士もパンクラチオン使いばかり、
モンゴル騎兵もブフ(モンゴル相撲)力士ばかりになるが。

35 :世界@名無史さん:2006/05/27(土) 14:14:17 0
鎌倉時代の武士には相撲が必修の武芸として重視されていたらしいぞ。
当時のすぐれた武士を讃える常套句が「弓馬・相撲の達者」。
この頃の相撲は今とは違って土俵とか無く、戦場での組討に直接つながる格闘技だったんだとさ。

36 :世界@名無史さん:2006/05/27(土) 17:16:41 0
八幡愚童訓についていろいろと調べたら、鎌倉武士は蒙古軍に一騎討ちなんか挑んで
ないことがわかった。
今まで「日本の戦はお互いに名乗りを上げて、一人ずつ勝負した」だと解釈されてた
文章は「日本軍はお互いに証人になって、名を高めようとする者は命がけで勝負した」
という意味の文章を書き間違えただけだった。

37 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 02:40:45 0
まぁ鉄砲が出てきたら騎士はプレートメイル・武士は当世具足ないし南蛮具足で機動性がどんどん失われていくわけだが

38 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 08:22:02 0

なんで当世具足で機動性が失われるんだ???????

39 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 12:04:14 0
突進しかできない騎士が勝つイメージが思いつかない。

40 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 12:06:46 0
そうだよ。
敵が横にいても前にしか進めないんだよ。

41 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 12:10:12 0
おいおいもう頭悪そうな
雑魚キャラしか残ってないのかよ

泣けるぜ

42 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 13:24:24 O
一枚板のプレートアーマーに対して、札を組み合わせた当世具足は伸縮性がある分、運動性は格段に上なわけだが?

43 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 17:42:12 0
>>37
>鉄砲が出てきたら騎士はプレートメイル・
逆、逆。
鉄砲の弾丸がプレートメイルも貫通するようになったから、
どんどん軽装になっていくんだよ。
それに合わせて武器も厚みのある長剣から、
細身のレイピア、厚くてもサーベルとかに移行していくんだし。
白兵戦用の武器はハルバードみたいな長柄で汎用性の高いものが主力になるけどね。

44 :世界@名無史さん:2006/05/28(日) 21:53:23 0
その前段階として銃の威力とプレートアーマーの防御性能の競争があり
銃が勝ったのでその結果として騎兵は軽装化することになる。

45 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 00:46:25 0
そこで西洋鎧にヒントを得た南蛮胴なんていうものがあるじゃないか
現存するものの中には鉄砲玉痕があるものがあり、実戦ないし試し撃ちで銃弾とめたと見受けられる

46 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 01:11:28 0
じゃあ南蛮胴>西洋鎧が成立、
銃弾止められるんだから最強の鎧じゃないか!
武士>騎士も決定だな

47 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 01:20:54 0
ルネサンス期ヨーロッパの甲冑はアーケバスやマスケットで試し撃ちをして品質を保障していた。
ちなみに当時のマスケットは日本の火縄銃より威力が強い。

48 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 03:20:10 0
>>47
ルネサンス期にマスケットがあったのか・・・
マスケットっていつからあるの?
>ちなみに当時のマスケットは日本の火縄銃より威力が強い。
これのソースきぼん。
滑空式、鉛球、黒色火薬は変わらないのに威力が違う理由が分からんです。

49 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 04:23:45 0
基本的にどっちも封建領主+その家来という戦術単位だから
集団戦が主になると駆逐される運命
日本の場合はその萌芽が見られた時点で江戸期に入ったので温存されたけど…

50 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 07:16:41 0
>48
前装式の銃の威力は使用する弾の重量や火薬の装填量によって変化するので、
一概に強いとか弱いとかいえないよ。
あと、玉の跡が残っている具足は、鎧鍛冶がデモンストレーション用に準備したと言う話が有る。
つまり火薬の量を減らした弱装弾を当てて「ほらこんなに丈夫ですよー」とかやったらしい。

実際に鎧を火縄銃で打つという実験をやった人がいて、結果は「防ぐのは不可能」と言う結果に。
威力的にはマグナム弾を発射する拳銃並みの威力があるらしい。
日本は小銃による鎧の駆逐が起こる前に戦争が終わって軍縮しちゃったもんだから
19世紀まで鎧が生き残ることになってしまった。

 命中率ということになると火縄銃が高い。
 ヨーロッパやアメリカで前装式の古式銃による射撃大会があるのだけど、日本の火縄銃の射撃精度にみな驚いていて、
わざわざ日本の火縄銃を手に入れて試合に出る人もいるとか。

//
マスケットが強いというのは、元々マスケットというのは
大口径大重量のマッチロックのことを「マスケット」と言っていた事だと思う。
このマスケット、取り回しが難しい上に命中率が極めて悪くてそのうち消滅してしまう。
が、名前は生き残ってその後の前装式の小銃を「マスケット」と呼ぶようになったんだよ。
こっちのマスケットは日本の火縄銃と比べて威力が大きいとか言うのは特にない。

51 :47:2006/05/29(月) 20:05:06 0
考えてみたらマスケットは大筒と比較するべきなのかな。
フロイスの記録の邦訳で「ムスケット」を大筒と訳してたような。

威力の強い理由は50氏の書いてるとおり。口径がでかくて装薬量も大きい。

52 :世界@名無史さん:2006/05/29(月) 22:24:24 0
張り詰めた弓の〜♪

それは石火矢です

53 :昔の弓スレより:2006/05/29(月) 23:28:55 0
次に当時の銃器の威力はどれぐらいだったのだろうか。もちろんこれが口径、銃身長、
火薬量、火薬の質といった多様な条件に左右されるのは言うまでもないことだろうが、
とりあえず各時代における標準的と思われる性能を持った銃の威力を数値化してみよう。
 初期のハンドガンは14世紀に登場するが、レプリカを造り実験したLassonのデータ等
から推測するに、50gの鉛弾丸に38gのuncorned powderを使用した (200x23mm)口径の
この銃ですら250J程のイニシャルエネルギーを持ち、現に実験では30mの距離で軽装甲
の鎧を貫通したという(*)。

(*)ただこの250Jという数値を持つ銃弾の破壊力が矢や弩のそれと同列には論じられない
ことは後で説明する。実は弾丸は鎧を「破壊」するのに矢などよりも大きなエネルギーを
要するのであり、この鎧(詳述されていない)はかなり脆弱なものだった可能性がある。

その後ハンドガンの火力は15世紀のフス戦争の際に大いに発達して500-1000Jに達したし
後に登場した長銃身の火縄銃やマスケット銃の威力は火薬の改良もあってさらに恐るべき
ものとなった(serpentine powder から燃焼速度の均一なcorned powderへの改良などで)
cf.Hall,Bert S.:Weapons & Wafare in Renaissance Europe chap.3:Johns Hopkins:1997

54 :昔の弓スレより:2006/05/29(月) 23:29:50 0
以下に各時代別の武器の威力の概算的な値をまとめて挙げておく。(Williams, p.922)

@時代      @武器            @イニシャル・エネルギー

全時代      剣、斧              60-130J
11-12C      ロングボウの矢          80-100J
         クロスボウのbolt         100-200J
14C     初期のHandgun+serpentine powder    250J
15C  フス戦争期のHandgun+serpentine powder    500-1000J
16C 火縄銃+serpentine powder    1300J
         火縄銃+corned powder      1750J
16C後期      マスケット+serpentine powder  2300J
         マスケット+corned powder    3000J

これを見ると15世紀以後の銃器の発達がどれほど戦争の内容を変えたか想像がつこう。
はたしてこれらの火力に対し同時代の鎧はどの程度対抗できたのだろうか?


55 :昔の弓スレより:2006/05/29(月) 23:31:27 0
Grancsayが強度実験のため自分の持ついくつかの鎧を、ホイールロック型マスケット銃、
draw-weight 30kgの弓、同じくdraw-weight330kgのクロスボウで5mの距離から試し打ち
したところ、その距離でも目標に対する角度が大きい場合、矢やboltは弾かれることが
わかったし(正面からなら貫通しても)、マスケットの弾丸の場合も2/3はhelmetや
brestplateを貫通したものの、16世紀の上質の鎧を貫通させる事はできなかったという。
彼が用いた火薬は20gのserpentine powderという比較的弱いものでイニシャルエネルギーは
マスケットなのに900J 程度だったと推測されるとはいえ、鎧は意外と効果的に見える。
また王侯貴族のような高級な鎧の注文者は15世紀においてはクロスボウに対する耐久力の
保証を、16世紀においては火器に対するそれをしばしば要求したことも記録されている(*)。

(*)そういう顧客の要望に応えるため当時の鎧制作者は注文の鎧をクロスボウやハンドガン
による近接射撃テストで安全を確かめてからマーク付きで販売する事もあった。ただこの
テストをクリアできたPistol-Proof鎧は高価で重い物ではあったが。(Williams, p.920)

次回はこういうプレートアーマーの強度を実際のmechanical testとシミュレーションから
算出しているWilliamsの論考を追ってみる事にする。(この項続く)


56 :昔の弓スレより:2006/05/29(月) 23:32:48 0
さて、博物館の鎧を破壊するわけにもいかないのでWilliamsの採った方法は以下である。

(1)まず現代の軟質鋼板(厚さ2mm、炭素0.15%、硬度235VPH)を用意し、これに各種の武器
(主に当時の模造品)によって攻撃を加えてデータを取り、様々な厚さのこの種の鋼板が
矢と弩のbolt、及び弾丸に対して発揮しうる抵抗力の基本数値を測定&シミュレートする。
(2)著者が長年に渡って調査した当時の鎧に関するデータと、(1)におけるデータに基づき
(i)鎧の厚さ(ii)形状(これにより当たる角度が変化する)(iii)硬さ(iv)スラグの混入
といった諸要因が持つ強度への影響力を具体的に数値化する修正強度算定式を作る。
(3)対象の鎧に(1)の基本数値と(2)の数式を当てはめて、当時の鎧の強度を計算する。

ただ「鎧の破壊」の定義だが、実際問題としてこれが矢と弾丸では同一でない事は明白
である。例えば矢やboltはある程度先端が食い込めば「中の人」に致命傷をも与え得るが
銃弾は全体が完全に正面装甲を貫かなければ「中の人」を傷つけられないし(打撃力に
よるショックは無視する)弾丸は変形でエネルギーをロスすることも考慮せねばならない。
それゆえWilliamsは矢系の場合それが鎧に40mm食い込めばdefeatedとみなしたが、弾丸は
装甲を完全に貫通した場合にのみそうみなしている。(以下「破壊」に替えdefeatを使用)


57 :昔の弓スレより:2006/05/29(月) 23:34:16 0
矢(及びbolt)に対する現代軟質鋼板の抵抗力の表(defeatするのに必要なエネルギー)

      鉄板の厚さ1mm    2mm    3mm    4mm
垂直正面       55J    175J   300J    475J
角度30°       66J    210J   360J    570J
角度45°       78J    250J   425J    670J

弾丸に対する(現代軟質鋼板の)抵抗力の表(defeatするのに必要なエネルギー)

      鉄板の厚さ1mm    2mm    3mm    4mm
垂直正面      450J    750J   1700J   3400J
角度30°      540J    900J   2000J   4000J
角度45°      630J    1050J   2300J   4700J

これを基に前述の鎧の強度を左右する要因である(i)鎧の厚さ、(ii)形状、(iii)硬さ、
(iv)スラグの混入、の影響度を具体的な数値で見てみる事にしよう

58 :昔の弓スレより:2006/05/29(月) 23:35:22 0
(i)鎧の厚さ
上の表からでは読み取り難いが抵抗力は厚さの約1.6乗に比例することがわかっている。
(cf.:Atkins,A.G.& Blyth,P.H.:Stabbing of Metal Sheets by a Triangular Knife:
International Journal of Impact Engineering:2001 の研究によるWilliams, p.928f.)
具体的には1mmの抵抗力を1とすると1.5mmなら1.9、2mmなら2.9、2.5mmで4.1、3mmで5.5
3.5mmで7.0、4mmで8.6、4.5mmで10.3、5mmで12.1、5.5mmで14.1、6mmでは16.1である。

(ii)鎧の形状
上記の表からも判るように平らな板の垂直正面に命中する場合と角度がある場合とでは
defeatに要する力はまるで異なる。(a)鎧には丸みを帯びたものがあるし、中にはさらに
(b)竜骨的形状をを付加したものもある。図を書いてみれば理解できるだろうが、一般に
角度Aで板に当たった場合のエネルギーはcosAを掛けたものになる。逆を言えば、平板
ならEのエネルギーでdefeatされる場合、角度Aで板にぶつかった場合defeatに必要な
エネルギーE’=E/cosAであり、これを実際に(a)や(b)のような形状をした鎧を撃つ
場合に当てはめてみると、(a)には1/cos30=1.2、(b)には1/cos45=1.4を掛けたものが
実際のdefeatに必要な修正値となることが確かめられている。(Williams, p.930)

59 :昔の弓スレより:2006/05/29(月) 23:36:46 0
(iii)鎧の硬さ、と(iv)スラグ混入の影響とは「鋼の質」で一括して数値化しよう。
容易に想像されるように、鎧の材質にとって重要なのは単に硬いだけではなく強靱で
あることであり、これは鋼の熱処理の過程が優れているだけではなくスラグの混入が
少ない事も重要な条件である。Williamsは調査対象となった鎧の成分検査と平行して
現代の鉄にスラグを混入したものを造って、それが強度に及ぼす影響を実験した。
 この結果に基づいて彼は当時の材質をおおよそ四段階に分け、前記の現代における
軟質鋼板の強度を1とした場合に、それらの材質が示す強度修正係数を算出している。
従ってそれぞれの材質カテゴリーでできた鎧の板金をdefeatするためには同じ厚さの
現代軟質鋼板をdefeatするのに必要なエネルギーに以下の係数を掛ける必要がある。

     @材質のカテゴリー   @現代軟質鋼板を1としたときの修正係数(W)

(*)  (最低品質の)鉄製兵卒用甲冑           0.5
(**)  (中品質の)低炭素鋼の鎧             0.75
(***) (ミラノ式の)中炭素鋼の鎧            1.1
(****)(インスブルックの)熱処理で硬化された中炭素鋼の鎧 1.5

60 :昔の弓スレより:2006/05/29(月) 23:37:57 0
現実にはさらに考慮すべき要因がある。
(1)鎧下などの緩衝材の効果:
十六折りのリネンが鎧の下にあると、刃物に対しては+80Jの、槍の切っ先に対しては
+50Jの追加防御効果の存在が検証されている。

(2)肉体に深手を負わせる事自体に必要なエネルギー:
戦闘中に軽い傷を負っても相手は戦いをやめないだろう。だが「深手」をモノとしての
肉体に負わせるには、さらに50-60Jのエネルギーが必要だと考えられる。

それゆえ、単に鎧をdefeatするのに必要なエネルギーだけではなく(1)と(2)とを併せて
(余裕を見て)150J程度の付加的エネルギーが現実の戦闘においては必要と考えられる。
従って、Eを同じ厚さの現代軟質鋼板をdefeatするのに必要なエネルギーとすると
(中の人のdefeatに必要なエネルギーである)E'=(EW/cosA)+150J、となり、
T^1.6を厚さ(mm)の1.6乗を表すとすると矢の場合は、E'=(55WT^1.6/cosA)+150J
弾丸ではE'=(450WT^1.6/cosA)+150J、剣ではE'=(80WT^1.6/cosA)+150J
となる。(Williams,p.935)(原文には弾丸の場合の数字が155になっているが訂正した)

61 :昔の弓スレより:2006/05/29(月) 23:39:24 0
次にmail及び非金属製の鎧の耐久力(defeatに必要なエネルギー)について触れる。
ただしmailはプレートの場合と異なり下にキルトのlinen jackを着けての評価である。
なおここでのbladeは、剣ではなくハルバード著者が長年に渡って調査した当時の鎧に関するデータに基づきを模したものによる実験結果である。

@材質      @対Blade   @対Lance   @対矢   @対弾丸
現代の材質でのmail >200J     >200J    120J     400J
15世紀のmail    170J      140J    120J      −
buff leather    70J       −     30J      −
hardened leather  50J       20J     −      −
horn        120J       −     50J      −
cuir-bouilli    80J       30J     −      −
(padding)      80J       50J     −      −
jack        200J      −      −

hardened leatherとcuir-bouilli(革を蝋につけて硬化したもの)は5mm厚のもの。
paddingは16x21cmで60gのlinenの16折。jackは12.5x15cmで171gの物がテスト対象。

62 :昔の弓スレより:2006/05/29(月) 23:40:40 0
さて、最後に具体的な戦闘状況におけるWilliamsによるケーススタディを紹介しつつ
当時の鎧の総合的な防御力について考察してみる事にしよう(これまでの表を参照)。

(1)mailを着用した11-12世紀の騎士の場合。
@刃のついた武器で彼の鎧(の中の人)をdefeatするためには少なくとも200Jが必要。
(mailと下のjackは170Jでdefeated、それ以上の分が人体を直接傷つける力となる)
200Jは極めて力の強い男が両手で斧や剣を振るった時かろうじて可能かも知れぬ数値。
@弓矢の場合は120Jでmailと下のpadding双方をdefeatできるが、これは例外的な力
を持った射手の強弓でないと不可能。ただクロスボウなら片手用のでも可能であろう。

(2)増大するクロスボウの脅威に対抗してmailに加え別の鎧も着けた13世紀の騎士の場合。
@cuir-bouilliによる補強。これで対抗できる運動エネルギーは120+30=150Jにすぎず
近距離からのクロスボウの攻撃に対抗するには不十分。
@厚さ2mm、材質カテゴリー(*)のcoat of iron plateによる補強。不快なほど重いが
120+175x0.5=207.5J、でなんとか対抗できそうである。

63 :昔の弓スレより:2006/05/29(月) 23:41:45 0
(3)15世紀初めのミラノ式鎧に身を包んだ騎士。2mm厚で丸い形状(cos30°が適用可能)
鎧の材質カテゴリーは(***)以上だが、焼き入れ硬化はされていない場合。
@矢の場合は、210(=175/cos30)x1.1(材質***による修正)=231J+50J(padがあれば)=281J
これは鋼鉄製のクロスボウでもdefeat困難な値である。
@フス戦争期の1000J級のハンドガンに対しても、900x1.1+50=1040Jでかろうじて安全。
だがこのマージンは時代とともに喪失するし、これ以下の材質の鎧では近距離では危険。

(4)16世紀半ばのニュルンベルク式の歩兵用鎧に身を包んだラントクネヒトやスイス人
パイクマンで2.5mm厚、材質(**)、竜骨的形状(cos45°が適用可能)の鎧着用の場合。
@矢に対しては、78x4.1(2.5mm厚の係数)x0.75(**修正)=240+50(pad)=290Jで安全。
@弾丸に対しては、630x4.1x0.75=1937+50(pad)=1987J、で火縄銃にも安全なことになる。
(原書には、矢の場合260J(+50=310J)、銃弾の場合の耐久力は1250Jで後者に関しては
当時の火縄銃(1300-1750J)でも危険だ、としているのだが計算根拠が判らない)

(5)Zutphen(1584)の戦いにおいて鎧を着ないで銃弾を受けたSir Philip Sidneyを巡って
当時の軍事専門家達によるマスケット銃に対する鎧の有効性に関する論争が行われた。


64 :昔の弓スレより:2006/05/29(月) 23:42:52 0
彼が着用していたのが3mm厚、(***)材質、竜骨的形状のミラノ式の鎧なら弾への耐久力は
2300x1.1=2530J+50J(pad)となるがこれでは近距離からのマスケット銃を防げないだろう。
しかし他の条件が同一で材質が(****)であるグリニッジやインスブルックの良質鎧なら、
2300x1.5=3450+50(pad)=3500Jでマスケット銃の弾のエネルギー3000Jを上回る事になり、
安全マージンが存在する事になる、というのが我々の結論ということになる。
(後者の耐久力は原書では3000Jでぎりぎり安全、としてるがこれも計算根拠わからず)

(6)十七世紀の胸甲騎兵の場合。彼らのブレストプレートは厚さ4mmほどだが、財質は(*)
形状は丸形であった。それゆえ耐久力は、4000x0.5=2000+50程度でマスケット銃には
近距離では全く敵し得なかったことがわかる。(故にもっと厚い胸甲を着けた者もいた)

これらの情報を総合すると、クレシーなりアジャンクールなりにおいて、ロングボウは
当時の最高の鎧を着た騎士達をも圧倒した、といった類の主張に対してはいささか懐疑的
にならざるを得ない。恐らくロングボウの矢が倒し得た者は比較的貧弱な鎧を着た者か、
射手の超絶的技量によって鎧の隙間を射られた者達で、それ以上の戦果はむしろ他の要因
に帰しうるのではないか、というのが上記から得られる私の平凡な結論である。(終)


65 :昔の弓スレより:2006/05/29(月) 23:44:34 0
以前弓スレで書かれていたものを転載しました。
騎士や武士とは直接は関係ありませんが参考にしてください。

66 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 08:11:49 0
初期のマスケットと同じ用途の火縄銃というと狭間筒かな?
普通の火縄銃が全長130cmほどなのが
狭間筒だと150cm以上重量は10kg前後とマスケットとほぼ同サイズで、
用途もマスケット同様、城の狭間、船舶などに固定して射撃する。
十匁玉(37.5 g)を使用。
十匁筒は士分が持った火縄銃としては一般的なので、
狭間筒は火縄銃としては特別大口径と言うほどでもない。ただ、サイズが大きいだけ。
足軽や下士が所持したのは五匁筒。
こちらは時代が下った頃の銃兵が使用したマスケットと同クラス。

67 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 18:18:06 0
火縄銃など身分の低い足軽が使うもの
最強の武器は日本刀だと理解できないあたり、
武士道を知らん奴ばかりだな

68 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 18:26:07 0
おいおいもう頭悪そうな
雑魚キャラしか残ってないのかよ

泣けるぜ

69 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 19:30:50 0
>>68
コピペ乙。池沼にはそれが限界なんだな

70 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 20:43:57 0
>Grancsayが強度実験のため自分の持ついくつかの鎧を、ホイールロック型マスケット銃、
>draw-weight 30kgの弓、同じくdraw-weight330kgのクロスボウで5mの距離から試し打ち
>したところ、その距離でも目標に対する角度が大きい場合、矢やboltは弾かれることが
>わかったし(正面からなら貫通しても)、マスケットの弾丸の場合も2/3はhelmetや
>brestplateを貫通したものの、16世紀の上質の鎧を貫通させる事はできなかったという。

ぐだぐだコピペ乙。
このコピペの信憑性はどの程度なわけ?
張力30kgもなくても5mの距離からなら自動車の扉程度なら楽々貫通するでしょ。

71 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 21:29:36 0
日本刀は主武器でなかったことは軍忠状統計などから明白だが
日本刀の威力は凄いんじゃない?
江戸期に罪人の死に胴で試し切りした記録があるけど
「童子切」安綱は六人分の胴を切断し、尚余って台座に斬り込んだ
まぁこれは最高の刀だからか例外中の例外もしれんけど…

72 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 21:44:06 0
おいおい、安綱は日本6名刀か?のひとつだべ?
んなのと比べんなよ

73 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 21:53:06 0
天下五剣の一本だな>安綱

では騎士の剣の最高峰は何だろ?
その威力を示す逸話とかあるっけ…
勿論実在のもので

74 :世界@名無史さん:2006/05/30(火) 22:53:19 0
エクスカリパー


言ってみたかっただけだ。
↓何事もなかったかのように再開

75 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 00:01:10 0
「ゾーリンゲンのナイフなら日本刀など簡単にへし折ってしまう」
と以前何かで読んだ気がする。

76 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 00:58:05 0
>>67
>火縄銃など身分の低い足軽が使うもの
>最強の武器は日本刀だと理解できないあたり、
>武士道を知らん奴ばかりだな
逆宣伝乙w
武士は鉄砲足軽を指揮する士官役であったので、
当然自身も鉄砲の運用に精通していた。
飛び道具は卑怯とか日本刀が美意識に合うと言った世迷い事は、
幕府が朱子学者を利用したプロパガンダ。
日本刀が神聖視されるのは室町時代中期以降。
それまでは単なる汎用性の高い打ち物と言った位置付け。

77 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 01:05:07 0
西日本で打ち物と言えば金砕棒で刀は副兵装。
頑丈な鎧着た奴には長柄の打撃兵器が有効。
日本の鑓は打撃に特化した金砕棒等の延長線上にある。
長いソケット状の茎のおかげで刀に折られる心配が無く打撃性能も高い。
スイス傭兵のピケーは日本の上代に使用された鉾と同じ袋槍だったので、
ランツクネヒトのフランベルクにポキポキ折られて負けた。
鎌倉時代には鉾が実用兵器として消滅した事から、
鑓>野太刀=フランベルク>鉾=ピケー

78 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 02:29:35 0
信長・家康は自身で鉄砲を好んで使ったし
島津や長曾我部は士分にも鉄砲を装備させたしな
部隊によっては士分一人一丁という高い装備率もあった

79 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 10:00:43 0
ヨーロッパで火器が登場したときには教会人が「銃砲は地獄で作られた兵器」「悪魔の道具」
などと非難したそうだが、日本ではとくにそういう例はなかったと思う。

イスラム圏を通って伝来したという事情もあるのかも知れないが。

80 :世界@名無史さん:2006/05/31(水) 15:42:02 0
つかそのキリスト教徒が鉄砲を日本に売り込んだ
貿易品が無い西国の中小大名や豪族は鉄砲の玉薬の原料(硝石は当時国産化できていなかった)一樽と引き換えに日本人50人を奴隷として外国に売った
少年使節団が行く先々で酷い扱いを受ける日本人奴隷を見て衝撃を受けたことを記録に残している
九州征伐に来た秀吉がキリスト教禁教令を出した理由の一つがそれ(もっとも秀吉軍も朝鮮出兵じゃ人身売買やってるわけだが)

81 :世界@名無史さん:2006/06/02(金) 10:56:11 0
騎士と武士 コストパフォーマンス勝負

・封建騎士
重歩兵装備の場合−約40ヘクタールの領地
重騎兵装備の場合−約150ヘクタールの領地

・封建武士
徒武者の場合−100石取り未満(大抵は土地持ちではなく切米と言う形の給料をもらっていた)
騎馬武者の場合−軍役で騎馬を命じられるのは200石取り以上(100石取り以上から騎乗を許される)
1反から米2石の収益。
100石取りの領地は、約5ヘクタールの領地
200石取りの場合は、約10ヘクタールの領地

中世期の穀物の収穫量は作物と農法の違いもあり、ヨーロッパは日本の約1/10。
兵の動員数は
日本は人口20人につき一人の割合。(100石につき5人動員)
ヨーロッパは人口100人につき一人未満の割合。

82 :世界@名無史さん:2006/06/03(土) 18:39:55 0
中に入ってる人によります ってことでFA

83 :世界@名無史さん:2006/06/03(土) 19:22:59 0
単位面積当たりの収穫量が格段に違うが、
手間も格段に違う。

84 :世界@名無史さん:2006/06/03(土) 19:56:04 0
戦場で戦うのは武士と騎士だけという歴史観だな。

85 :世界@名無史さん:2006/06/03(土) 20:19:12 0
ヘクタールって何?
マンスとかじゃないの?

86 :世界@名無史さん:2006/06/03(土) 20:45:15 0
ヘクタールっていうのは面積の単位だよ

87 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 09:33:42 0
騎士の鎧って通気性悪くて熱がダイレクトに伝わってくるし、脱水症状起こしやすそうだなー。
特に中東なんかに攻めた日には大変だったろうな

88 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 10:45:16 0
秀吉なら熱攻め戦法を使う

89 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 12:50:42 0
>>87
川に鎧を着たまま飛び込んで死んだ王様もいるシナー

90 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 16:07:46 0
不思議に思うんだが、なんで西洋で同じような武装をしたの?

91 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 16:59:17 0
>>87
十字軍当時は鎖帷子が多かったんでない?

92 :90:2006/06/04(日) 17:45:23 0
西洋→東西

93 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 18:20:38 0
>>81
騎士なのに歩兵?

94 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 19:07:24 0
>>93
武士だって歩いて戦うんだって山野さんが言ってました!

95 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 21:23:30 0
馬具20kg+馬鎧30kg+プレートアーマー25kg+騎士60kg+α
合計135kg+α
馬も品種改良のそれ程進んでない時代なんで騎士の騎馬突撃なんて嘘っぱちです。

96 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 21:27:28 0
そうすると、武田の騎馬軍団も嘘っぱちだな。

97 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 22:05:10 0
早歩きくらいのスピードしか出なかったとは言うけどね

98 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 22:13:41 0
騎馬突撃といっても従者や低い身分から徴集した歩兵を従えて、でしょ当時は
そうなると逆に早すぎても孤立するだけだから

99 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 22:24:22 0
騎兵は存在していたが重装化したことで機動性が落ち、重要性は低下した。

結局、装甲性を捨て機動性に特化した軽騎兵が再注目されるようになった。

100 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 22:38:57 0
100ゲット

101 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 22:47:48 0
>>99
重装騎兵の衰退は、重くなって機動性が落ちたからというより、
クロスボウや銃砲の発達で重装が意味をなさなくなったからじゃないか

102 :世界@名無史さん:2006/06/04(日) 23:36:34 0
重装騎兵は疲労の蓄積が酷かっただろうなー。うんこひとつするのも大変だったろうに。

103 :世界@名無史さん:2006/06/05(月) 00:29:27 0
まぁ、騎士を乗せてた馬もシャイア種みたいなのだから問題はなかったんじゃないかな。
ただ、我々が連想するナポレオンや西部劇に出てくる騎兵隊のような動きはしなかっただろうけど。
真っ直ぐに突進するだけなら問題は無さそうだ・・・細かい動きはできなかっただろう

104 :世界@名無史さん:2006/06/05(月) 04:00:59 0
>>4
ポーランドなんて西洋からすれば辺境の片田舎。
軍隊の数も多くなく、技術や装備面でもイギリスやフランスに比べて劣っていた。
その例をもってして「ヨーロッパ騎士団」を評価するのはおかしい。

また騎士の強さが全盛期なのは15世紀以降のフルプレート全盛期時代だということも忘れずに。


105 :世界@名無史さん:2006/06/05(月) 07:12:26 0
騎士の戦闘能力ということに関しては中世初期のほうが上。
これはなぜかと言うと、中世も中ごろになると騎士同士の戦いは様式化してしまい、
戦と言うより競技になってしまっているからです。
騎士同士による戦闘死亡率はきわめて低い。1会戦で数名と言うのが一般的。
これは騎士の戦いが相手を殺すためではなく、捕らえるために行われるため。
騎士は敵騎士を人質として捕らえその身代金を取ることで収入の一部を得ていたのです。

こんな騎士たちですから、一般兵の相手をするのをとても嫌いました。
相手を捕らえても身代金も出ず、なおかつ殺されてしまう可能性が極めて高い(相手は殺す気満々)
戦うだけ損なわけです。

よって、一般兵の相手は一般兵に任せて、露払いが住んだ後で騎士同士の戦いに入るというのが
中世における戦闘では一般的でした。
そんなところにそういったルールなんかお構い無しのモンゴル騎兵が襲い掛かったらどうなるかはお察しください、というところ。


106 :世界@名無史さん:2006/06/05(月) 16:48:48 0
>騎士の戦闘能力ということに関しては中世初期のほうが上。
初期の十字軍の残虐さがすごかったらしいしね。
武士は時代が下ったほうが強いのかな?

装備は互いに同じにして騎士同士・武士同士、
初期vs後期で勝負させてみたいな。
戦術面・組織面からいったら後期が強くて当然なんだけど…。

107 :世界@名無史さん:2006/06/05(月) 18:14:16 0
モンゴル騎兵が強かった理由のひとつとして、パルティア王国が取っていた戦法について調べると参考になる。

108 :世界@名無史さん:2006/06/06(火) 01:27:05 0
上手く口車に乗せようとしてる奴がいるが、
上であがってた戦いはモンゴル軍15万対ポーランド連合軍3万(しかも農民が多かった)という特殊な状況だろ。
それにモンゴル軍とはいっても実際その半分以上はトルコや東欧の民族から構成されていた。
こういうことは議論しないのか?

109 :世界@名無史さん:2006/06/06(火) 01:46:53 0
するわけない。
ここでは自分の印象でものを語るので史料なんて全く価値の無いところだから。


>>上であがってた戦いはモンゴル軍15万対ポーランド連合軍3万(しかも農民が多かった)という特殊な状況だろ。
リーグニッツの戦いは結構、諸説があるみたいだね。モンゴル軍が兵力で圧倒していたとするものや
そもそもこの戦い自体、小規模で取るに足らない戦いだったとか。
中世軍事史は90年代に入るまであまり詳しく研究されてこなかったらしく最近になって色々見直されてる


110 :世界@名無史さん:2006/06/06(火) 03:59:56 0
>>上であがってた戦いはモンゴル軍15万対ポーランド連合軍3万(しかも農民が多かった)という特殊な状況だろ。
その点は勘弁してやれ。
当時のヨーロッパで常備軍を抱えている王や太守は存在しないんで、兵士は農民と言うことになる。
と言うかよくこれだけ動員できたと感心すべき。
モンゴル軍のほうは実質的には3万とか4万とかだったらしい。
残りは108の言うとおり現地でかき集めた連中(モンゴル軍の常套手段)

実際モンゴル軍のほうも手痛い打撃を受けて最終的には撤退している。

111 :世界@名無史さん:2006/06/06(火) 11:45:46 0
モンゴル軍が撤退したのはオゴタイ・ハーンが死んだからで、ヨーロッパで
手痛い打撃なんか受けてないぞ。

112 :世界@名無史さん:2006/06/06(火) 21:34:58 0
戦闘でモンゴル勢力を撃退したのは騎兵戦に向かない地形のところがほとんどでしょ
例外がエジプトぐらいで

113 :世界@名無史さん:2006/06/07(水) 02:30:14 0
モンゴル兵5万人であとはかき集めて15万人ですね。
その大群をもってしてもポーランドのリグニッチャ要塞を落とせなかったのです。

114 :世界@名無史さん:2006/06/08(木) 01:26:07 0
>>113
そもそもリーグニッツは攻囲されたのか?

115 :世界@名無史さん:2006/06/13(火) 18:59:40 0
あいかわらずの低レベルスレ。
久々に見てがっかりした。


116 :世界@名無史さん:2006/06/13(火) 19:12:11 0
煽りはスルー

117 :世界@名無史さん:2006/06/14(水) 21:32:46 0
世界史板は学問板なので、
本当にレベルの高い人間はより盛り上がるレスを出す。

ただ低い低いと言う人間は煽りでは無く無能の類。

118 :世界@名無史さん:2006/06/15(木) 06:32:27 0
書き込まないだろ。

119 :世界@名無史さん:2006/06/17(土) 15:33:02 0
騎士のキリスト教は貞操観念やらで同性愛を禁止しているが、
武士の世は信長の小姓・森蘭丸が有名なように、
男色にも寛容な文化であった。
古代ギリシャにおいて少年愛が一般的とされていたように、
同性愛に理解のある社会は発展するのである。
よって武士の文化の勝ち。
ホモが嫌いな女子なんていません!

120 :世界@名無史さん:2006/06/17(土) 15:42:32 0
書き込んでるのはこういう低レベルな奴ばかりなんだよな。

121 :世界@名無史さん:2006/06/17(土) 16:08:39 0
>>119
漏れの彼女はホモ嫌いですがなにか?

122 :世界@名無史さん:2006/06/17(土) 16:21:13 0
>>120
ならば貴兄が進んで高レベルな話題を振り向けるべきだと愚考するが

123 :世界@名無史さん:2006/06/17(土) 16:44:25 0
盾武士で驚くほどの回避率を誇る侍に一対一のモンス戦くらい
しかいいとこのない騎士ごときでは相手にならんよ・・・

124 :世界@名無史さん:2006/06/17(土) 22:08:10 0
>>37
ボケェ!!
なーんで当世具足で機動性が失われるんだよ!!
中世の大鎧のほうが機動性が上だったとでも言いてえのかよ!!
死ね!!
テメエみてえな知ったかぶりのオナニー野郎はコンクリートに頭ぶつけて少ない脳みそ地面にぶちまけて死ね!!

125 :世界@名無史さん:2006/06/17(土) 22:49:39 0
モンゴル軍15万のうち、モンゴル人はどれくらいなの?
残りは征服民?

126 :世界@名無史さん:2006/06/20(火) 10:50:51 0

日本刀と中東の刀は湾曲刀の仲間だが

日本刀→鍔元から徐々に湾曲している

中東刀→刀身のほぼ真ん中まで直刀で、そから湾曲している
http://www.geocities.jp/bowen_dragon/taki/touken/saif.htm
http://www.geocities.jp/bowen_dragon/taki/touken/shamshir.htm

様に見えるんだが。
この違いに何か意味はあるのだろうか?

127 :世界@名無史さん:2006/06/21(水) 11:14:37 0
剣術の形態の違いでしょ。片手持ちなら中東のような形がベストと思われる。
これなら相手の刀を薙ぎ払う時に局地的な力のモーメントを圧縮と引張に分散して強度を増し
圧縮力しか力を負担できない直刀相手なら折る事も可能になると思える。
日本刀は切り結ぶ事を念頭に作られてると思う。あくまで予想だけど

128 :世界@名無史さん:2006/06/21(水) 11:16:47 0
>圧縮力しか力を負担できない
引張力だった。スマソ

129 :世界@名無史さん:2006/06/21(水) 15:15:14 0
圧縮と引張を理解出来ていない頭の悪い子がいらっしゃってますね^^;
刀剣にそんな力が作用しているとは初耳ですw
ついでに湾刀でも直刀でも加わるせん断力は均しいと思いまーす!

130 :世界@名無史さん:2006/06/21(水) 18:11:27 0
レベル低くてもいいからせめて過去スレくらいは目を通して来いお前等。

131 :世界@名無史さん:2006/06/21(水) 18:17:56 0
↑と、低レベルの人間が御立腹です。

132 :世界@名無史さん:2006/06/21(水) 19:39:15 0
>126
別に中東の刀でも湾曲の仕方はいろいろ。

13〜14世紀のモンゴル、金帳汗国、イルハン朝、マムルーク朝の刀剣
ttp://steppe.konvent.ru/materials/gorelic-06.shtml

133 :世界@名無史さん:2006/06/22(木) 15:53:36 0
>>129
お前真性だなw

134 :世界@名無史さん:2006/06/22(木) 16:04:20 0
>>133
精一杯の強がりとかw

135 :世界@名無史さん:2006/06/22(木) 20:13:01 0
戦国時代
http://hobby8.2ch.net/sengoku/

136 :世界@名無史さん:2006/06/23(金) 07:07:33 0
実践で使われることのない刀の性能差なんてどうでもいい

137 :世界@名無史さん:2006/06/23(金) 23:18:32 0
>>126
アラビア語の「サイフ」もペルシア語の「シャムシール」も「刀剣」という意味の
普通名詞なので、片刃とか曲刀といった形状までは含意していない単語。
テュルク語では「クルチ」というがこれもやはり形状までは分らない。
(ルーム・セルジューク朝のクルチ・アルスラーンとかいうときの「クルチ」はこれ)

中東地域で「シミター」に連想されるような曲刀が表れるのは実はモンゴル帝国時代からで
セルジューク朝時代ころまでは直剣だったのではないかと考えられている。トルコのトプカプ
博物館に収蔵されているアッバース朝時代のものと伝えられる各種の剣はすべて両刃の剣で
あるし、わずかに残るアイユーブ朝やセルジューク朝の絵画は概ね直剣が描かれているが、
14世紀以降、イルハン朝やジャライル朝、さらにマムルーク朝時代に描かれた絵画資料に
現れる騎馬戦士たちはほとんどが片刃の曲刀を振るっているからだ。

多分、>>126のサイトで出ている元ネタになったサイフやシャムシールは17世紀以降の
イランやその影響にあったアラブやシリア、エジプトなどの刀剣を模した物のように見える。


138 :世界@名無史さん:2006/06/23(金) 23:36:58 0
>>127
剣術というかもっというと戦術の違いだと思う。モンゴル帝国などの遊牧騎馬戦士の場合、
長距離〜接近戦までのスパンで、馬上から弓矢で遠近の敵に矢を射掛け、槍で突撃し、
そのまま馬上から片手で刀や戦斧、鎚矛を振るってこれまた馬上の敵に白兵戦を挑むよう
一人でこれらの動作を全てこなせて一人前だったので、弓矢を除くと槍や刀、楯は片手用に
出来ていた。

長距離、近接を問わず馬上戦闘を前提としていたので、刀も自分の腕を延ばして馬首を超えて
相手まで剣先が届くほどの長さが必要だった。モンゴル時代のモンゴルの騎馬兵が用いていた
刀剣は刃渡り、あるいは刀の全長が1ガズ、つまり約95cm前後だったようでこのくらいの
長さがあれば近接戦闘で馬上から騎乗している敵を攻撃するのに充分だったのだろう。

長さについては日本の太刀、それも野太刀とかあるいは大太刀と同規模でかつ片手用だったと
いえば想像がつくだろうか?

近接戦闘でつねに敵に刀で打ち続けているような状態だと、力学的に打おろされる方向に
刀身が湾曲していた方が刃の向きが一定し易いとかいう説明を何か日本刀についての本で
見た気がする。スクリューに曲線をもった羽がついているのと同じ理屈だとか。

139 :世界@名無史さん:2006/06/24(土) 09:21:34 0
>>137
>中東地域で「シミター」に連想されるような曲刀が表れるのは実はモンゴル帝国時代からで
>セルジューク朝時代ころまでは直剣だったのではないかと考えられている。

するとヨーロッパの方がサーベルが入ってきたのは早いのかな?
たしかアヴァール人が持ち込んだのだとか。最初は片刃の直剣だったらしいけど。
ハザールもスラヴ人が貢納として持ってきた両刃の剣を忌んだとかいう話がある。

フン族やササン朝の騎兵はかなり長い両刃の剣を使ってた。
アフロディシアスという所で発掘されたササン朝末期の剣は、写真で見ると人の身長とほぼ同じ・・・

140 :世界@名無史さん:2006/06/24(土) 11:18:03 0
>>139
「はっきりと確認できるのは」モンゴル時代からとただし書きをつけるべきだったかも知れない。
ハザールの墳墓からくさり帷子や尖頭型の兜に加え、刃渡り1mくらいの長大な曲刀が出土してる
(片手用だったらしい)からもともと突厥というかテュルク系の遊牧民族で10世紀前後には曲刀が
使われていたとみて間違いないと思う。

サマルカンドのアフラシアーブの丘の壁画に出てくる人物達はソグド系や突厥系を問わず、片刃か
両刃かは分らないが細長く全長1m強くらいありそうな真直ぐな刀剣を腰から下げている。
一方で中央アジアに現存する突厥時代の石人では柄の部分だけ外側に曲った刀剣をはいているものが
いくつか確認されている。平安時代初期の太刀に酷似した形状だ。

問題は同じ系統のはずのセルジューク系やガズナ朝、ホラズムシャー朝などの
オグズ系やカンクリ系のテュルク系諸民族の連中がイラン・中央アジアで実際どのような武装を
していたのかが今一つ分らないこと。

時代や出自を考えればハザールと同じ武装をしていてもまったく不思議じゃないが、モンゴル以前は
絵画資料が極端に少なく、武器などの実物も残りが悪いので中東における曲刀の出現は十三世紀ころ
だろうという慎重説に留まっている。ニザームルムルクが『政治の書(スィヤーサト・ナーマ)』
あたりでマムルーク軍人の武装の種類だけでなくて形状まで細かく書いてくれれば良かったかも
知れないが。

141 :世界@名無史さん:2006/06/24(土) 11:30:20 0
それにしても>>132のサイトは実に素晴らしい!

モンゴル時代を中心に中央アジアの出土した刀剣だけでなくて弓や鏃、矢筒や弓袋、
ベルト、甲冑に戦斧や鎚矛まで扱っているのは貴重この上ない。>>132氏に感謝。

142 :世界@名無史さん:2006/07/14(金) 00:26:11 0
>>138
>長さについては日本の太刀、それも野太刀とかあるいは大太刀と同規模でかつ片手用
NHKとかで見たモンゴル騎兵の再現映像だと、
けっこう短そうな曲剣を持ってるように見えたんだけど、
あれはたまたまだったのか、考証が間違ってたのか、目の錯覚か…。

143 :世界@名無史さん:2006/07/18(火) 15:26:45 0
NHKの「大モンゴル」でモンゴル騎兵が振り回していた刀が、何となく長さ1m弱くらい
ありそうな感じだった。刀身の中ほどから二ケ所程ゆるく外側に曲っているような
形状の物が出ていたのをおぼろげだが覚えている。

144 :世界@名無史さん:2006/07/21(金) 21:36:11 0
日本刀がなぜ曲がってんのか?これといった定説は無いと思うが、
日本刀に関して言えば「曲がってる方が、鞘から抜きやすい」これが僕の一押し。
鎧の上から「引っぱたく」のに真っ直ぐも、曲がってるのも関係ないっしょ?
ドラクエ8の主人公、あれ絶対に剣抜けんぞ(直刀だし、柄が頭の右っ側!)。

145 :世界@名無史さん:2006/07/26(水) 20:02:06 0
そういえば、刀を背負うときは柄は左側にくるとか説明してる本を読んだ事があったが
どんな理由だったっけ?
忘れちゃった。

146 :世界@名無史さん:2006/07/27(木) 03:59:15 0
背負った刀を抜くときの条件は、湾刀を、刃を下側にして、柄を頭の左側にする。
こうすると鞘の形と腕の動きが一致するのでうまく抜ける。
1コでも違うと非常に抜きにくい。根性で抜いたとしても、今度は鞘に戻せない。

147 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 02:25:55 0
日本のように湾刀を、刃を上にして腰に差すのは世界的に見ても珍しいのではないか。

148 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/07/29(土) 11:40:42 0
製造過程で自然と湾曲するんですよ。>日本刀
馬上で打ち込み易いからだという論もありましたが。

149 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 13:31:40 0
それは初耳。
草薙の剣や聖徳太子が付けてる剣は真っ直ぐですが、製法が変わったんですか?

150 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 14:10:13 0
草薙とかは青銅製だと思われるので、
そもそも同じくかたれないでしょう

151 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/07/29(土) 15:17:19 0
湾曲というよりは、反りですね。
11世紀には反りの入った太刀と大鎧の原型が成立しています。
10世紀末の作品とされる太刀も現存していますが、疑わしい。
分かり易い人名で言うと、藤原道長や紫式部の時代に出て来るか来ないかと
言ったところです。1130〜1150年頃に成立した『今昔物語集』に出て来る
刀は、もう太刀だったと考えていいでしょう。
>聖徳太子が付けてる剣
太子の肖像は本人よりやや時代が下りますが、それでもこの頃は直刀ですよ。

152 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 17:08:13 0
フツノミタマとかいう古代刀は逆反りの刃になってるんだよね。
トルコの「ヤタガン」と似ていて興味深い。

153 :世界@名無史さん:2006/07/29(土) 23:49:41 0
なぜ日本人は盾を持って戦わなかったのか?
ttp://makimo.to/2ch/academy4_history/1148/1148453334.html

154 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 10:48:14 0


220 名前: 在日医師Red ◆kLTDNHHY 投稿日: 01/10/14 02:25 ID:???
つーかやっぱむかつく。
やっぱ現実レヴェルで報復するのが一番スカッとする。
どうせ患者にはわからんだろうし。

222 名前: 在日医師Red ◆kLTDNHHY 投稿日: 01/10/14 02:27 ID:???
大阪じゃ若手医師の5~6人に一人は在日。
先祖の恨みをいまこそ晴らそう。

282 名前: 在日医師Red ◆kLTDNHHY 投稿日: 01/10/14 04:05 ID:???
だからさ、医者に関係あるなら板違いでないことは間違いないだろうが。
それをいた違いだからやめろなんて暴力だろうが。
やっぱおしおき。
俺が日本人を反泣きどころか泣くこともできないようにしてやるよ。

http://society3.2ch.net/test/read.cgi/korea/1151218558/現スレ
http://www.geocities.co.jp/Milkyway/5533/ まとめ



155 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 13:17:24 0
ユーラシアの騎馬民族の間ではサーベル状の刀の前段階として
片刃の直刀が使われてたらしいけど、日本でもそういうのがあった?

156 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 17:34:12 0
>>155
聖徳太子は直刀持ってた

157 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 18:09:26 O
ガチャピンが撮影に来たことがあります。
思ったより小さくて(155cm位?)
中に人が入っていると思ってた私は、その大きさがリアルに怖かったです。
動きも妙に俊敏で、周りからも孤立していて薄気味悪い存在でした。


158 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 19:14:56 0
>>156
それは両刃の剣では?

159 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 21:06:53 0
http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/daiou/006/da_006_04112503.jpg
どう見ても片刃の直刀。

160 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 21:26:26 0
なるほど、面白い。
切先が角ばってるのがなんか日本的?

161 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 21:29:36 0
尖ってるから「切先」と言うんだが…。
でないと刺せないよ。
日本的も何も無い。

162 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 21:44:29 0
そうじゃなくて刃がまっすぐ上に伸びてから
剣尖近くで斜め上に角度をつけて曲がって
切先をなしているでしょ?
騎馬民族のは直刀でももう少しゆるやかな
カーブの切先だったと思った。

163 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 22:06:19 0
>>162
いや、だからね。
中国から伝わった直刀も同じような形状してるの。
考古資料とか見れば分かるよ。

164 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 22:15:42 0
おいおい、七星剣を日本発祥だと思ってる奴が居るのか。
何が日本的なんだか。
無知のくせに偉そうに「なるほど、面白い」だってさ(失笑
面白いのはお前の頭。

165 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 22:33:55 0
隋唐時代というと洛陽龍門石窟の直刀をもった彫像とかは浮かぶが・・・

ちなみに自分がイメージしてたのはこういう刀
ttp://steppe.konvent.ru/materials/gorelic_pic/palashy.gif
直刀というには微妙なのもあるが

166 :世界@名無史さん:2006/07/30(日) 22:35:58 0
>164
聖徳太子の剣が七星剣だってことすら今初めて知ったよw
日本史に疎くてすまんね

167 :世界@名無史さん:2006/07/31(月) 13:27:57 0
>>164
きめえ

168 :世界@名無史さん:2006/08/04(金) 22:37:53 O
oiがeに変化するなんてしんじられません

169 :世界@名無史さん:2006/08/07(月) 11:26:03 0
年寄り(プ

170 :世界@名無史さん :2006/08/14(月) 03:16:45 0
騎士じゃないが、ファランクスを見てると日本の武士は鉄砲無しでは勝てる気がしない。

概ね武士が勝てるなら、誰か説得力のある解説頼む。

171 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 04:14:07 O
武士と騎士のどっちが強いかって言うなら1対1を考えたほうがいいんでないの?
しかも飛び道具なんて邪道なものつかわない勝負



172 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 04:27:01 O
騎士のイメージって鉄鎧盾装備の重武装で剣は切るものじゃなくぶったたくもんでしょ?

対する武士イメージって、装備は鎧甲冑はあるものの鉄鎧より軽装で、刀は切るものでしょ?
イメージ通りの装備で戦うなら

刀では鉄鎧や盾は切れない、だが武士は身軽で俊敏
対する騎士は鉄鎧が重くて動きが鈍い
でも防御力の高い騎士が勝つ?



173 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 05:33:49 0
武士のメインウェポンは太刀や打刀ではなくて弓や槍だからその辺も考慮に
騎士も馬上では剣はつかわなかったっぽい。騎乗槍だね。

174 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 05:41:42 0
>>170
槍衾は日本でも結構使われたじゃないか

175 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 09:09:13 0
某スレからのコピペ

98 名前: 世界@名無史さん 投稿日: 2006/03/14(火) 19:46:32 0
もし日本の足軽とドイツのランツクネヒトが戦ったら

まず戦闘は銃撃戦から始まるだろう。
ランツクネヒトの中隊400人のうち少なくとも50人は火縄銃兵だったというから、銃装備率は最低でも約12%だ。
それに対して日本では鉄砲隊の活躍で有名な長篠の戦いですら、3万5千の織田・徳川軍が3千挺の銃しか
装備していないので(千挺という説もある)、銃装備率がやっと12%に届いているという有様だ。
要するに、互角の兵力なら火力の勝負ですでに圧倒されている可能性が高い。

銃を撃ちつくして接近戦が始まると、重装甲のドッペルゼルドナー(倍給傭兵)がハルバードや両手剣を振り回して
足軽の槍衾を左右に払いのけながら斬りこみ、その後からパイク兵が密集隊形で前進して長槍を突きこんでくる。
比較的ゆるい隊形で戦ってる足軽はこの猛攻に耐え切ることが出来ず、戦死者を残して壊走するのだった・・・

176 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 11:15:42 0
>>170
武士の緒戦は楯をバリゲードにして矢衾を展開するので
ファランクスは接近戦に持ち込む前に全滅だな

>>172
騎士はホーバークと呼ばれる鎖帷子だ。
ロングボウとクロスボウが登場して以降は板金になるが
機動力は落ちるは傭兵を避けて騎士同士でしか戦わないはと
重装化と戦闘における騎士の存在意義が低下した時期は重なる。

>>175
長篠合戦は鉄砲が本格的に集団戦術化した日本に最初の戦争だ。
爆発的に取り入れられるのはそれ以降になってからで
長篠合戦から装備率を割り出す事自体認識不足な話だ。
朝鮮の役における日本側の「唐入軍役人数島津家分覚書」では
鑓300本に対して、鉄砲1500丁に弓1500張だった。
構成比率は鑓約9%、鉄砲約45%、弓約45%となる。

177 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 15:34:43 0
>>171
一対一は個人差が大きすぎて意味が無いし、
世界史板じゃなくて武道・武芸板とか別の板向きの話題になっちゃうべ。
弓術向上だって武士の立派な鍛錬の一つだったし。

178 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 16:49:45 0
「立派な鍛錬の一つ」じゃなくメインなのでは?キューバの道ってそういう事でしょう?

179 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 17:21:12 0
>>178
ゲバラ!カストロ!!

180 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 17:41:06 0
>>177
集団の戦術とかになると、やれ数が多いとか、やれ火力が強いだとか、戦い方とか
不確定要素が多くてややこしい、実際戦ってないのだから・・・
より公平な?条件を基準としてみなきゃ、どっちが強いかわからないじゃん

それならば、一対一の方が、わかりやすい
基本的に同じ人間だけど、騎士は騎士なりの装備があり、武士は武士なりの装備がある
一番の差がでるのが装備の違いやろ
一対一ならフェア-で単純かなって思ったんだが・・・ダメですかね?

飛び道具を省くのは・・・
ほとんど一発当たれば勝敗を決してしまい、西洋問わずそれこそ個人差と運?
で終わってしまうであろうから



181 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 17:47:58 0
>>180
>集団の戦術とかになると、
おいおい集団での戦略・戦術を否定したら、戦史の価値も無意味になっちまうよ。

>一番の差がでるのが装備の違いやろ
同じ騎士・武士でも地域・時代によって全然違う装備になるんだが…。

>一対一ならフェア-で単純かな
単純にやりたかったらここ以外の板へ行ったほうがいい。
ここは理詰め大好きさんばかりなんだから。

182 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 18:10:21 0
>>175
あの時代の日本の銃の総数はヨーロッパより多いんだが

183 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 18:22:20 0
すげえよな。火縄銃のまま性能UPしてって、命中率とか上がったわけだろ?
西洋ではフリントロックとかに移行していったのになw

184 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 18:25:58 0
>>182
それよく聞くけどどうやって計算したんだろう?
特にヨーロッパの方。

185 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 18:29:39 0
>>180
一騎打ちでどちらが強いか比べるのははいいと思うんですが、
「騎士は騎士なりの装備があり、武士は武士なりの装備がある、一番の差がでるのが装備の違いやろ」
と御自身でも言ってるように、武士が騎乗したまま戦っていた頃(平安〜南北朝)のメインアームは弓なんです。
だから飛び道具禁止だと「騎馬弓兵」としての武士の存在価値が無くなってしまうので・・・
よって一騎打ちを仮定するなら、トーナメントのジョスト(お互い馬に乗って交差するヤツ)方式で
武士の武器は弓というのが公平な戦い方でしょう(実戦的ではありませんが)。
交差するまでに弓でやっつければ日の勝ち、出来なければ欧の勝ちとなるはずですが・・・
矢は何本くらい撲てるのか、チェインメイルとカイトシールドで弓はどの程度防げるか僕には分からないので・・・ゴメンナサイ。

186 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 18:49:41 0
日本でいうと源平合戦の頃に、ギリシャでノルマン人の重装騎士と
イベリアのアルモガヴァル軽騎兵が決闘した記録がある。

ノルマン人騎士はランスを構えて真っ向から突撃したが、
アルモガヴァル軽騎兵は馬を狙ってジャベリンを投げ、ランスをかわし、
落馬した騎士に飛びかかって首筋をダガーで押さえ勝利したという。

当時の弓矢を装備した武士ならもっと簡単に勝てるだろう。

187 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 19:01:39 O
それじゃ、騎士は弓を持った敵を相手に弓を使わずランスで突っ込ん行くほど無謀だったの?w

現代風に言えばピストル相手に刃物で立ち向かうようなもんじゃないかw



188 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 19:06:52 0
一騎打ちするにしても何故武士が敵に向かっていかにゃならんのかと。
変則になるが、今の流鏑馬見たく横射ちすればいいじゃない。

189 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 19:08:31 0
そもそも比較する事自体がナンセンスだと

190 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 19:37:46 0
>>150
草薙剣は天目一箇神が鍛えたということになっているから、鉄剣だろうに。てつ
世界中、大抵の神話で、鉄の神様は隻眼だでよ。

191 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 19:39:35 0
>187
無謀でした。
オマケに「飛び道具を使うような奴は根性なし」と見なされていたので、弓を装備することもなし。
しまいにはローマ教会に「クロボウ禁止」とかしてもらう始末。
それに騎士は農民兵を相手の戦いを嫌っていた。
相手はこちらを殺す気満々なうえ、捕虜にしても身代金が手に入らないという
当時の騎士にとっては危険ばかり多くてまったく得にならない相手だったのだ。
そういうわけで、戦いの最初は農民兵同士で戦わせて、後半騎士同士の戦いとなるわけ。

中世の騎士の戦いは、重装甲に頼った正面突撃一点張りの、
戦術的に硬直したものなのでいくらでも対処可能なのよ。

192 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 19:50:50 0
>>188
流鏑馬は多分実戦向きじゃない(おそらく訓練用?)。停まってる的ならともかく、
相手も動いてると、自分・矢・相手の各運動方向を考慮した未来位置に撃たなければならず難しい。
WWTの空中戦ではじめ機銃手を別に乗せ横方向に撃ってたのが、後に機首に固定し
進行方向に撃つようになったのも同様の理由。後三年合戦絵詞でも義家は進行方向に弓を構えている。
最もこれはあくまで推測。当時のコンバットマニュアルなんて残ってないので・・・と言うことでした。

193 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 19:53:19 0
犬追物とかでも前方射撃なんだから、基本は前方でしょ。
一騎打ちするならわざわざ騎士に向かっていく必要は無い。
横射ちなりパルティアンショットすりゃいいでしょって事。

194 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 20:18:48 0
それを言ったら、騎士側だってわざわざ飛び道具持ってる相手に近づく必要はない。相手の矢が尽きたところで・・・ってなるでしょう?
もともと「実戦」では郎党や従者といっしょに戦うのを、あえてタイマン張らせてるんだから、
ルールを仮定しないと、タイムオーバー両者失格ってのが一番現実的。

195 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 20:22:51 0
流鏑馬の横射ちって後世に創作されたものだろ。
もともとは前方に弓を射ていたという説が有力。

196 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 20:27:18 0
一騎打ちだったら武士の圧勝。
日本刀は世界でもっとも優れた刀剣で、西洋式の甲冑ごとき紙のように切り裂けるからだ。

197 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 20:31:08 0
武士は刀より槍、槍より弓ですが。

198 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 20:35:36 0
>>197
>>191
>「飛び道具を使うような奴は根性なし」と見なされていた

199 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 20:39:39 0
西洋ではそうだな。

>>196
普通すぎ
もう一歩面白いこと言ってください

200 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 20:40:00 0
>西洋式の甲冑ごとき紙のように切り裂ける
ソース

メイル・ホウバークが相手なら弓矢か槍の方がいいだろうな。

201 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 21:22:07 O
なんか聞いてると騎士って、ただ紳士なだけでルール無用のなんでもありな相手だと弱そうだねw

戦争では騎士より従者や傭兵たちなど身分の低くそうな連中が実は強かったってオチ?w



202 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 21:25:05 0
騎士も異教徒相手には容赦ない。
要はヤル気

203 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 21:27:57 0
>なんか聞いてると騎士って、ただ紳士なだけでルール無用のなんでもありな相手だと弱そうだねw

元寇初期のサムライ並にね

204 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 21:38:08 0
>>186
アルモガヴァルって検索しても出てこなかったけど

205 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 22:05:26 0
検索して出なかったら実在しないらしい

206 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 22:11:50 0
>実在しない

そうなん? 捏造って意味?

207 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 22:47:53 0
実際には武士や騎士は一騎打ち以外では戦わないだろー
実際に殺し合いをするのは末っ子やニートを集めた足軽部隊。武士は後ろで命令するだけ。
比較するなら西欧軍vs日本軍にした方がいいんじゃない。

208 :世界@名無史さん:2006/08/14(月) 23:34:08 0
>末っ子やニートを集めた足軽部隊。武士は後ろで命令するだけ。
……。

209 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 00:20:11 0
厨スレには厨しか集まらない法則

210 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 01:27:40 0
>>204
Almogavares
ttp://www.aragonesasi.com/historia/almogavares.php

イベリア半島の山岳牧畜民から召集された軽騎兵部隊。
語源はアラビア語のアル・ムガーウィル(略奪者)。

211 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 01:40:42 0
流鏑馬:実戦と狩猟に疎い、都の貴族・都の武士の娯楽。

212 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 01:48:39 0
>>175
それってかなり悪質なインチキ論理だよね。
長篠の戦いの時の織田・徳川軍は全体で3万5千もの大軍を動員したから、その
中に占める銃装備率が下がってしまったんだろ。
ランツクネヒトと互角の兵力で戦うのなら、銃装備率なんかいくらでも高める
ことができた。
長篠の戦いで信長は酒井忠次率いる別動隊4千を編成しているけど、その部隊には
徳川軍から選抜された弓兵・鉄砲兵2千と織田軍の鉄砲兵500が含まれていた。
>>175に従えば、ランツクネヒトが4千人ならその中の火縄銃兵は500人位だろ。
互角の兵力なら火力の勝負で圧倒されるのはランツクネヒトの方じゃん。

213 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 02:03:23 0
ドイツ側も「少なくとも」12%って書いてあるから融通はきくんだろう。
実際スペイン方陣なんか、16世紀末ごろには長槍と銃の比率が
1:1にまでなってたらしいし。

それより>>175で問題なのは、鑓を振り上げて「叩く」という
足軽独特の戦術がまったく考慮されてない所。
あれを欧州のパイク兵に対してやったらどういう反応になるのか
ちょっと想像がつかない。

214 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 02:38:45 0
それに銃を撃ち尽くしたら、白兵戦の前に弓を使うだろう(江戸時代の軍学書でもそうなってるそうだ)。
日本の弓は複合弓なので、かのロングボウより強力(最大射程で前者300m、後者250mもちろんバラツキ有り)。
そう簡単には接近戦になんか持ち込めないはず。
最も僕が司令官なら双方とも、弾薬をタプーリ用意して弾切れならない様にしますが(笑)。

215 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 02:51:27 0
弓一つが強力でも連射能力と数が多くないと勝てないのが戦争
弓が強力であれば一つ打つ時間もかかるし、使用できる
人間も限られてくる。


216 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 03:47:59 O
関係ない話題ですが…

ジェットリーの映像HEROだっけな
矢の雨あられが降る映像はすごいね、実際の戦争で弓矢隊がいっぺんに矢をはなったらあんな感じなんだろうね?

長距離の弓矢は放物線を描いて落ちるはずだから盾を傘がわりにして防ぐんだろか

まさか剣ではじくなんて芸当はしないよなw



217 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 03:49:51 O
ジェットリーの映像×

ジェットリーの映画○



218 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 07:10:42 0
>>215
確かにそれは正しい。
ただしここは騎士と武士に関するスレ。
弓は武士のメインアームの1つなので大概の者はそれなりの鍛錬は積んでいる。
武士は「使用できる限られた人間」なのだよ。

数については>>176参照

219 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 09:07:45 0
>弓が強力であれば一つ打つ時間もかかるし、使用できる
>人間も限られてくる。

トルコ弓なんかは100ヤード以内なら甲冑も貫通できたそうだが
それでも熟練した射手なら1分間に6本の矢を放ったという。
クロスボウや火縄銃なら1分間に1発程度。

ただ訓練するのに時間がかかり、射手が大量に戦死しても
簡単に補充できないのが難点。
この点銃は工業力や人口を直接戦力に結びつけられる利点がある。

220 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 11:08:14 0
弓使いは猟師のほうがうまい奴がかなりいただろう。初期の武士は乗馬出来ることが条件だった。

221 :220:2006/08/15(火) 11:10:43 0
武士のスタイル 胡服騎射
        ↑2ピース

222 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 11:12:36 0
>>220
武士は地方の騎馬狩猟民から生まれた。

223 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 12:41:59 0
なんでこのスレは武士っつったら騎兵って事になってんの?

224 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 12:53:18 0
>>223
平安〜鎌倉時代の武士の話だろ
どっちかというとモンゴルスタイル。
重武装の欧州、シナとは戦術が違う。

225 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 13:09:53 0
>>222
武士の騎射戦術は律令武官の戦術。
唐獅子紋錦のパルティアンショットが原型。

226 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 13:16:08 0
武士は将軍になれるが、騎士は国王になれない
よって武士の勝ち

227 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 13:21:25 0
>>225を訂正

×唐獅子紋錦

○獅子狩紋錦

228 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 13:34:51 0
>>226
国王ってイッチャン偉い騎士なんですが・・・
その理屈だと武士は天皇になれないので、騎士の勝ちになっちゃいます。ダメです。

229 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 13:47:04 0
質問、宰相とか左右中将とかは武士なの?

230 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 14:14:32 0
>>225
>律令武官の戦術
古いんだよね。その神戸史観。
蝦夷や東国坂東の騎馬狩猟民が技量の原点。
中央の武官は流鏑馬しかないし。

231 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 14:34:20 0
騎士が変なプライドで飛び道具使えないというのはわかった
武士が武器を飛び道具にした段階で騎士の負けでしょう

でも西洋にも飛び道具がある、飛び道具同士で戦ったら殆ど装備の差がでない
んちゃう?

ここは、フェア-に白兵戦ではどうよ?
武士もちゃんと白兵戦は想定した武装もあるでしょ

このスレは、武士擁護派が多いね、騎士擁護派は少ないの?w





232 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 14:36:19 0
なんで弓主流の武士が接近戦やらにゃならんのよ

233 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 14:51:37 0
>>230
ソース

234 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 14:55:43 0
下馬して剣での戦い(ジョストでも決着付かないときはそうなった)では、
盾を持ってる上、鎧も大鎧よりチェーンメイルの方が軽いので、騎士の方が有利だろう。
相手のドヒョーで戦えばそっちが有利なのは当然ではある。

235 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 15:13:31 0
>>230
山がちな日本に騎馬狩猟民なんていない。
後年に東国で騎射に長けた人間が多かったのは
漢人坂上田村麻呂の蝦夷征討で技術が伝播しただけ。
蝦夷征討で朝廷側が勝利した理由は馬による機動性の優位性。
蝦夷は狩猟民だが騎馬民族ではない。

>>231
装備の差を無視してフェア?
飛び道具があるから互角なわけがない。
ヨーロッパで弓兵の育成が進まなかったから
訓練せずに玉が飛ぶ弩や鉄砲が主体になった。
発射速度や飛び道具の総数程度は考えろ。

236 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 15:18:06 0
>>234
弓馬相撲の道だから武士が馬を射て、
騎士が落馬して脳震盪起こしている所を
喜々としてお得意のお相撲で組討して
騎士の首を狩ってオシマイ。

237 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 15:53:53 0
ジョストでは馬を突っつくのはNGだったので・・・
実戦ではどうだったんだろう?時代が下ると馬も鎧を着せてもらえたけど、あれは飛び道具対策だよな。
でも重いし、汗蒸れるし、馬カワイソッス。

238 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 15:59:51 0
>>235
放っとけ。阿呆に何言っても通じやしない。
それなりの頭があれば言われるまでも無く気付く。

239 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 16:17:17 0
>>235
ヨーロッパで弓兵の育成が進まなかったから

クレシーの戦いを知らんのか?
どこの国にでも弓矢が主力。騎射は欧州では、はやんなかったがな。
お前は槍一丁かついで敵陣に突っ込むガッツあんのか?

240 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 16:23:18 0
主力は一応騎士だろ。投射兵科は陣形崩しと突撃阻止と最初の撃ち合い位だと思うが。
主力の弓兵は騎兵に踏み潰されても構わないとか考えるヨーロッパ人はすごいね。
あと、イギリスは特殊だから省いた方がいいんじゃないの。
イギリスがヨーロッパの全てって言うなら知らないけれど。

241 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 16:33:25 0
いや、弩弓兵は不利になったら逃げただろ。クレッシーでもそうだったはず。

242 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 16:41:13 0
戦争の主力
自然
弓矢⇒弩⇒火縄銃
不自然
槍⇒火縄銃

243 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 16:46:26 0
投射だけじゃ敵を完全には倒せない。
中途半端に痛めつけた挙句、篭城されてはお話にならない。
だから最終的に武士も楯突戦の後に馳組戦に移行する訳で。
日本は武士が投射具も白兵具も備えていた。一方ヨーロッパではそうではなかった。
より打撃力のある騎槍を主力に置いて、投射兵科をその支援に置いた。

244 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 16:54:08 0
>>243
中世の戦じゃそんなに死者出てないだろ。
今で言う選挙の代わりみたいなもんだから。

245 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 17:43:34 0
>>235
騎馬民族?言ってないけど・・・。

弓馬に長けてたのが北東北の蝦夷で、弓馬に疎かったのは朝廷側なんだが。
畿内西国は馬の産地じゃないし。
蝦夷より重い甲冑(桂甲)で、機動性などないよ。

日本での馬牧の分布地帯は東国の丘陵地が主に中心。
起伏に富んだ地形に馬を乗り入れ、巧みに操ったのが東国武士。馬場では習えない。
狩猟と俘囚、狩猟とつわもの、狩猟と武士。

それと坂上田村麻呂は漢人ではない。

246 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 17:57:37 0
自称漢人だからいいんじゃないの

247 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 18:15:34 0
>>246
加藤氏など最近の研究では、漢と漢氏を結びつける見解はあまり出されてないような。
加羅,安羅とアヤ=漢で考えて、それ以前についてはあまり考慮されてない感じ。
漢人は、漢直の組織下にあたる漢人(あやひと)の意味もあるけどね。
>>233
見落としてた。
近藤,福田,五味,中澤氏に伊藤氏とか。あと『的とえな』とか面白い。
古代史の松本,森氏とかも。

248 :226:2006/08/15(火) 18:26:52 0
>>228
そうなの?
ナイトの称号って活躍した平民が頂戴するものだと思ってたよ
もうちょっと勉強してみる

249 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 18:31:00 0
西国軍団騎兵はどこで徴発するの?藤原広嗣の部下とか。
東国から連れてくるのは大変だし、西にも産地があったのかな。

250 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 18:38:37 0
>>249
軍団兵士は歩兵中心。
西日本は牛の産地ではあるが、馬が生産されなかったという事ではないよ。
西国の郡司子弟も騎兵だし(郡司子弟=後の武士の源流にも繋がる連中)。
それと西国の中で九州は馬の産地だよ。日向隼人、きりょうの児とか。

251 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 23:18:17 0
騎士の戦法も対イスラム、対モンゴルなど異教徒相手にやったやり方で考えるべきだろうね。

252 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 23:40:18 0
1vs1はどうなるかはわからないが集団同士の戦いの場合
15cの重装騎兵の突撃をまともに食らったら縦深のあるパイクの密集隊形じゃない限り
防ぐのは難しいな

もし弓装備の武士>槍装備の騎士なら
ロングボウ装備の歩兵>弓装備の武士になる

253 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 23:45:00 0
>ロングボウ装備の歩兵>弓装備の武士になる

↑これの根拠は何だ?


254 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 23:49:58 0
同じように弓で打ち抜けるなら徒歩の射手のほうが騎乗の射手より有利。
武士が騎乗してるという前提で。徒歩なら話は別だが。
自分としては
弓装備の武士>槍装備の騎士
ロングボウ装備の歩兵>弓装備の武士
とは思ってないけどね

255 :世界@名無史さん:2006/08/15(火) 23:53:28 0
>>241
ジェノヴァ弩兵の戦法はまず大盾をもった兵士が前面に展開して
その背後から射撃をはじめるんだが、クレシーの戦いでは大盾の
用意ができるまえに前進させられた。

256 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 00:31:50 O
>>251
騎士は何も考えずに槍突撃しましたが、何か?

257 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 00:36:46 0
モンゴルはともかくイスラムには結構、それで勝ってる

258 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 00:39:03 O
>>239
ロングボウマンを育成できたのはイギリスだけだ。
他国は育成に失敗し、わざわざイギリスからロングボウマンを雇った。
そもそもヨーマンは騎士では無い。


259 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 00:43:52 0
どういった装備の騎士と武士が
どういった状況で戦わせるのかな?
集団対集団なら戦術や装備で比較できそうだ。

1対1ならリングの上でいいよ

260 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 00:44:25 0
>>251
戦術的にはあんまし変わんないみたいだが。
十字軍では攻城戦が多くチャージ戦闘の出番が余りなかったのと、手加減無し位かなあ(スマン詳しくない)。
初期はイスラム兵の弓の方が性能が良かったが、3回目辺りでヨーロッパでは禁断の兵器クロスボウが登場し、
ヨーロッパ内でも使われるようになったとか・・・

261 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 00:46:08 0
>>252
15cの重装騎兵の突撃をまともに食らったら縦深のあるパイクの密集隊形じゃない限り
防ぐのは難しいな

そんなノロマ誰がビビるんだ?


262 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 00:48:00 0
ビビるかどうかは知らないがその場で食い止めるにはそれ以外、方法が無い。
まぁ地形もあるけど。

263 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 00:54:05 O
>>245
東北=良馬の産地と言う妄想だけで話しているのか?
東北の良馬は奥州藤原と北方騎馬民の貿易に由来し、かなり時代は下る。
山と湿地の東国に騎馬狩猟などと言う風習はなかった。

264 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 01:09:53 0
>>263
武蔵・上野など関東や、甲斐・信州の馬牧とか調べたらわかるよ。
官牧以外の記録に現れない私牧も東国に広く分布していたと云われてる。
後期古墳の副葬物からも、東国と馬は関連付けられる。
東北は東国以上に記録がないが、一大馬産地。

つ曽我物語とか。

265 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 01:18:37 0
例えば、

平安期の
【駅馬価格】
陸奥467束、常陸・下野417束、信濃・出羽400束、近江250束、他の畿内200束

266 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 01:20:33 O
馬は臆病な動物でハードターゲットには突撃できない。
集団戦闘で騎馬突撃を敢行するには予め敵陣形を崩す必要がある。
援護射撃を軽視して騎馬突撃した結果、百年戦争でフランス騎士は敗北を重ねた。
近世で騎兵は馬上射撃や銃手による援護射撃後に突撃した。
騎士の突撃はヨーロッパにおける1対1のローカルルールで実戦的では無い。

267 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 01:24:58 0
それは日本の武士が名前を名乗ってから戦ってたって言うのと同じくらい脚色された話だぞw


268 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 01:33:58 0
ランスチャージ自体は中近東、中央アジア、中国でもみられたらしいね。

269 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 01:35:21 0
>>262
ロープで馬をこけさせれば終わりだ。と前スレで書いたはず。
ほかに、撒き菱を使う、浅い穴を掘るなどいくらでも方法はある。

270 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 01:36:25 0
モンゴルだって重装騎兵がかなりいたからな。
どの地域でも多少の違いはあれ、騎兵の突撃力を重視していたのは間違いない。

271 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 01:39:18 0
>>ロープで馬をこけさせれば終わりだ。と前スレで書いたはず。
ほかに、撒き菱を使う、浅い穴を掘るなどいくらでも方法はある。

忍者作戦かw
馬鹿みたいだ


272 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 01:40:12 O
騎兵は機動性を活かして偵察や伝令。
奇襲や包囲、追撃と言った用途が主。

273 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 01:43:44 0
>馬は臆病な動物でハードターゲットには突撃できない。
騎兵隊が全滅を辞さない覚悟なら可能。馬は臆病云々なんて下らん幻想だ
てか何処の与太話だそれ?馬がそんなに使えんならWW2まで騎兵は残らんて

274 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 01:45:57 0
>>252
東欧では騎兵対策としてはパイク兵よりタボール(荷車を並べた防御陣地)が一般的。
>>269
ヨーロッパの会戦ではそういうトラップはあまり使ってなかったような。
まきびしや穴はティムールがインドで対象部隊に使った例があるけど。

275 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 01:46:11 0
偵察・奇襲などは重要な役割だがこれは軽騎兵的役割。
敵に対する突撃は重騎兵的役割。
それぞれ重要。
中世ヨーロッパでは後者が極端に重視されてしまったが他の地域では両者併用されている。

276 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 01:51:00 0
>>東欧では騎兵対策としてはパイク兵よりタボール(荷車を並べた防御陣地)が一般的。
フス派の軍隊のことを言ってるの?

277 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 01:53:09 O
>>273
お前のは妄想だがw
二次大戦時は騎兵と言うより馬で移動する歩兵だ。
一次大戦時には騎兵に出来るのは飯炊き位とされた。
騎兵が最後に華々しい戦果を上げたのはナポレオン時代の頃。

278 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 01:57:01 0
>>277
第一次世界大戦ではもう騎兵の役目はほとんどないし、
第二次世界大戦の騎兵はもはや馬を使ってるのかすら怪しいw
でもクリミア戦争のカーディガン騎兵隊を忘れないでやってくれ
つД`)

279 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 01:57:38 0
>>276
フス戦争後はポーランド、ハンガリー、ロシア、オスマン帝国でも使われてた。
ムガル朝の始祖バーブルもオスマントルコ人の技術者から荷車+火器の戦術を
学んだそうです。

というかもともロシア方面の遊牧民の戦術として以前から存在してたようだけど。

280 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 02:04:02 O
フス戦争で脱穀用の竿で武装した農民にすら勝てない騎士クオリティw

281 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 02:05:38 0
あの当時フス派のタボール軍に勝てる軍隊なんてあるかな?

282 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 02:09:00 0
>>273は、
ポーランド軍のことを言ってるんでないの?
あと「飯炊き」は日露じゃないの?欧米人飯炊かないしぃ。
>>278
ベトナムの米第1騎兵師団は馬なんか1頭もいなかったしな。詐欺だ。

283 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 02:13:02 O
唐代の顔真卿は碗で粘土を半円形に固め焼き、凹凸型障害物を作り騎兵を防いだ。
人工的な障害物を利用する戦術は珍しいものではない。

284 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 02:15:52 O
>>282
ポーランド騎兵の戦車に突撃した話は嘘だろ?

285 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 02:16:58 0
シナだとこういう例もあるね
ttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1122789087/197

286 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 02:17:18 0
いや人工的な障害物を作ることはどこでもやってるよ。
杭を立てるのが一番、有名かな?
ただそれはあくまで受身の戦いで積極的な野戦は難しい。

しかし、タブリン戦術の中に突っこむフランス軍って一体何なんだ・・・
弓と重装歩兵と杭のオンパレードじゃないか・・・

287 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 02:29:10 O
それこそ騎士の誇りだろ?
新戦術を全否定して硬直化した戦術を守り、時代について行けないまま消えた騎士らしい生き様

288 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 02:41:06 0
まぁ騎士が頭固いだけってのもステレオな考えだけどな


289 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 02:52:06 O
具体的な反論が何一つできないおまいが好きだ

290 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 02:56:57 0
クレシー→ポワティエ→アザンクール→カスティヨンの戦術の変化がわかれば一応、中世の軍隊が進化してることがわかるだろう。
イングランドの戦術に関しては西欧では例外的に進んでいることも

291 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 03:54:37 0
>>284
ポーランド騎兵が戦闘態勢に入る写真が高校世界史の資料集に載ってたお

292 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 04:30:48 0
>>277,278
騎兵は馬に乗っているその形態を言うのではなく
機動力とそれによる偵察力と突破力を有する部隊の名称に変化してる
正面装備としての馬の役割減ってきたが、騎兵自体の役目は馬に変わる
他の兵器で立派に期待されているし
現実に第二次大戦には騎兵師団や騎兵上がりの指揮官が活躍しているよ
(実際に騎乗している騎兵も局地戦では活躍しているけどね)

293 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 04:43:17 0
 弓兵の天敵は実は騎兵。
防御力に乏しいので、突撃を受けると簡単に壊滅する。
その点をカバーするのに歩兵を護衛に付けたり、地形的に有利な地点を選ぶ。
基本的にはこういった三すくみが形成される

騎兵>弓兵>歩兵>騎兵

 という訳でこれら3種の兵科をいかにうまく運用するかが勝利の鍵になる。
//

 イギリスがクロスボウではなくロングボウを使用したのは、工業力が他国より劣っていたせいだという話がある。
工業力をマンパワー(弓兵の技量)でカバーすると言う事をしたわけ。
長弓兵が強かったのは、長弓兵の長所を見極めうまく運用法した点が大きいと思うよ。
//

 弓兵対騎馬弓兵の対決だけど、
足を止めて打ち合う事をすれば弓兵が勝ち、
機動力を生かして、有利なポジションに移動しつつ一撃離脱を行なえば騎馬弓兵が勝つ。
これは歩兵対騎兵にも言える。機動戦に持ち込めば騎兵が勝ち、足を止めれば歩兵が勝つ。

 騎兵の利点はその機動力なのでそれを生かさねば。

294 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 08:28:55 0
光栄のゲームだと
騎兵<弓兵<槍兵<騎兵で全く逆だなw
実際はどうなんだろうねえ
騎兵のほうが歩兵より弓矢の防御に向いてなさそうな気がするし
人数が同じなら流石に騎兵より歩兵のほうが強いってのはないような

295 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 08:57:10 O
いやまあ、単純な貫通力とか、殲滅力とかなら槍兵のが上だろ。一応は。単純な攻撃力と言い換えても良い
弓兵は敵から攻撃されない位置から攻撃出来るから、その点を含む総合力では槍兵の上だな

しかし困ったな。このスレの話じゃ重装騎兵はあまり役に立たない事になってるじゃないか。俺が創作しようとしてる話に、ランスで敵歩兵陣を打ち崩し、味方歩兵達に「後に続け!」と激を飛ばす重装騎兵を出すつもりだったのに……
重装騎兵のフルプレートは止めて、投げ槍を装備させ、ランスは突撃間際に構えさせて、弓騎兵の援護を付けて突撃させた上で、突撃地点になるべく早く歩兵部隊を突撃させねばならないじゃないか

296 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 09:23:37 0
>295
重装騎兵に限らず騎兵は使いどころが難しいよ。
近世以前の場合、遊牧民でなければひどく高価で、人馬共に訓練にひどく時間がかかるから簡単に補充できない。
安易に戦闘に投入して消耗させるには高価すぎるユニット。

基本的には歩兵によって敵を拘束しておいて、騎兵や軽装歩兵(弓兵)で側面から攻撃する。
マケドニアのファランクス戦術がそれ。
マケドニアのファランクスは衝撃力より拘束力を重視している。
槍兵が金床で騎兵がハンマーだね。

騎兵は最後の止めを刺すため、もしくは追撃のための部隊と考えればいいね。

戦いの序盤に騎兵を投入する場合は、モンゴル軍が行ったような戦術になる。
投射武器を持った軽装騎兵によって敵陣を誘導・混乱・分散させ、その後重装騎兵による突撃をおこなう。

297 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 09:29:17 0
>撒き菱

末期のローマ帝国がでかいやつをつかってて、ビザンツ帝国も受け継いで使ってたって

二次大戦でロシアの馬に乗った騎兵が結構戦ったらしい。
もちろん偵察や奇襲とかで

298 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 09:29:19 0
重騎兵の最大の戦術的特性は機動力よりもむしろ衝撃力にあります
ビザンツのクリヴァノフォロスを原型とする中世ヨーロッパの装甲槍騎兵は、この衝撃力を畸形的に発展させて
強固な敵の隊列を正面突撃で打ち破ることに特化した点で戦史上でも非常にユニークな存在で、
他の時代や他の地域の重騎兵と一線を画しています
騎兵こそが野戦における戦術遂行の中核的兵科であったと言っても過言ではありません
この時期の西欧の野戦戦術はいかにして騎兵突撃を成功させるかに集約されていましたが、
それは必ずしも戦術の思考的硬直や、当時の軍事エリート階層である騎士の他兵科への軽視を意味してはいません
クレーシーや、アジャンクールにおいても、フランス軍は(結果的に失敗に終わりましたが)
騎兵突撃を成功させるために様々な工夫を凝らしており、クレーシーでは大量の弩兵を投入し、
アジャンクールでは騎兵を下馬突撃させています
実際、この下馬騎兵による攻撃は長弓戦術への最も有効な対抗手段の一つと目されており、
後の薔薇戦争では両軍の騎兵がこぞって下馬して徒歩で戦っています

299 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 09:46:03 0
フス派の車両要塞、イングランドの長弓戦術、スイスの重槍兵梯団戦術は、
いずれもこうした装甲槍騎兵の戦術的優位に対する回答として編み出されたものです
前者二つは、火力と障害を連携させた陣地防御による騎兵突撃の破砕を目したもので、
特に、長弓戦術は圧倒的な弾量による公算射撃を行った点で、現代戦で言う突撃破砕射撃に
近いものがあります
機関銃登場以前の戦場で、こうした弾幕射撃を戦術ドクトリンに採り入れていた野戦戦術は、
イングランドの長弓戦術以外に存在しません

車両要塞も長弓戦術も、騎兵の戦術的優位を覆す点では非常な成功を収めましたが、
基本的に防御戦術であるという先天的な制約を克服することはできませんでした
車両要塞はドイツ農民戦争において、長弓戦術はフォルミニーの戦において
それぞれ戦術的限界を露呈することになり、結局はスタンダードな戦術とはなりませんでした

300 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 10:29:42 0
>機関銃登場以前の戦場で、こうした弾幕射撃を戦術ドクトリンに採り入れていた野戦戦術は、
>イングランドの長弓戦術以外に存在しません

中世だと弓でもクロスボウでも野戦では狙って放つ例のほうが少ないのでは?

301 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 11:00:01 0
戦場での混乱や疲労、恐怖、錯誤等により、個々の兵がまともに照準せずに射撃する例は
珍しくありません
しかし、それは「戦術」ではありません
大量の火力を限られた時間に限られた地域に組織的に集中してキルゾーンを構成する戦術は、
長弓戦術以外に例を見ません

302 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 11:01:38 0
>この時期の西欧の野戦戦術はいかにして騎兵突撃を成功させるかに集約されていましたが
これは騎兵を中核ユニットにしていた全ての軍にいえることだよ。
騎兵突撃を成功させるには、かなりの工夫と努力が必要。

303 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 11:12:29 0
>これは騎兵を中核ユニットにしていた全ての軍にいえることだよ。

そうとは言い切れません
ステップ系騎兵を除けば、重騎兵を戦術遂行の中核兵科に位置づけ、
その他の兵科が重騎兵の補助兵科として戦術を展開する軍隊は他に類を見ません
一般に、騎兵が歩兵の補助兵科として行動するケースがほとんどです
この点で、中世西欧の野戦軍は戦史上でも非常にユニークな存在と言えます

304 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 11:49:43 0
>>301
いや、そうじゃなくて弓兵や弩兵が部隊として行動するときに
いちいち個々の敵兵を狙い撃ちする例はもともと少ないでしょ?という事。
暗黒時代の数十人単位の戦闘なら別だろうが。
>>302
ステップ遊牧民の重装騎兵は軽騎兵の補助兵科では。

305 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 11:50:15 0
↑は>>303

306 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 12:08:30 0
>いや、そうじゃなくて弓兵や弩兵が部隊として行動するときに
>いちいち個々の敵兵を狙い撃ちする例はもともと少ないでしょ?という事。

盲撃ちしてしまうことと組織的な公算射撃による突撃破砕射撃とは違います

307 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 12:14:09 0
弩も弓も基本的に攻城戦で用いられる兵器であり、狙って撃つのが基本です
リチャード獅子心王を殺したのは弩による城壁からの狙撃で、
王を殺した弩兵は後に虐殺される羽目になりました
このような兵器を野外の会戦に用いる際に、狙いをつけずに盲滅法に射撃していたとは
考えにくいでしょう

308 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 12:18:33 0
>ステップ遊牧民の重装騎兵は軽騎兵の補助兵科では。

モンゴルの野戦軍の第二梯隊は重騎兵で構成されており、
第一梯隊の軽騎兵の掩護下で突撃を行っています
同様の運用は女真にも見られます
野外の会戦においては、ステップ系騎兵でも重騎兵が
戦術遂行の中核を担っています

309 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 12:56:10 0
何か「兵科」って言葉が出てくるけど、「騎士」って兵科じゃなくって社会的な身分でしょ。
徒歩の兵士を含む「ランス」って小部隊で戦ったわけだろ?
槍によるチャージなんて1回こっきりしか使えないわけで、再突撃するには引き返して体制を立て直さなきゃいけない。
接近戦で剣で戦うにしても、右側の相手としか戦えないし。従者のサポートがあってこそまともに戦える。
装備や機動力も違う兵士で構成された「ランス」が戦闘単位である以上、
近代的な「兵科」の概念を中世の騎士に当てはめてもアンマ意味ないと思うんだけど。

310 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 13:02:59 0
戦闘時は徒歩の兵士とは分離される。日本みたいに歩兵と騎兵が一緒になって戦うわけではない。

311 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 13:19:48 0
ランスは動員単位であり、常に一緒になって戦っていたわけではありませんし、
騎兵=騎士身分ではありません
傭兵や平民の騎兵も珍しくありません
騎兵=騎士という発想は騎士物語のようなファンタジーに過ぎません

312 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 13:38:28 0
14世紀の重装騎兵の騎士身分は5〜10%

313 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 13:41:13 0
>>306-307
個々の兵士を狙わなくても、敵部隊を狙ったゾーン・シューティングで大量の矢を射ち込めば
目的は果たせるわけで、それを盲撃ちとはいいません。
外人のペーパーの引き写しだけど、例えばドイツ騎士団の弩兵は敵戦列が200mまで近づくと
敵の頭上に矢が降り注ぐように斜め上に角度をつけて一斉射撃を開始した。
敵が80mの距離に近づくまで狙撃は行わなかった。
アイユーブ朝の騎馬弓兵が十字軍騎士の突撃を弓矢だけで阻止した例があるけど、
この場合も狙撃はしていないと思う。

>>308
>モンゴルの野戦軍の第二梯隊は重騎兵で構成されており、
>第一梯隊の軽騎兵の掩護下で突撃を行っています

自分が本で読んだのと逆ですね。
手元の資料によれば、モンゴルの通常の戦闘隊形は百戸隊の横列が5つ並んでいて、前2列が重装騎兵で
後3列が軽装の弓騎兵。
戦闘が始まると弓騎兵が前進して騎射を行い、それが撃退されると重騎兵の背後に戻り
重騎兵が追撃を阻止する。
繰り返される軽騎兵の射撃によって敵の陣形が崩れてきたところで重騎兵の突撃がとどめをさす。

同様の戦術はイスラム圏やビザンツでも行われていて、ビザンツで弓騎兵をクルソレス(攻撃隊)、
重装騎兵をデフェンソレス(防御隊)と呼んだのはその辺の事情があるとのこと。

314 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 13:46:59 0
中世騎士が出てくる小説や映画は何本か見たけど、騎乗兵=騎士なんて描写無かったよ。
欧米人がちゃんと考証したお話で、そんな発想出てくるわけ無いじゃん。
例えば何年か前の正月にやったジャンヌ・ダルク、クロスボウ使う従者も馬乗ってたし、
騎士になり損ねの従者は、ほとんど騎士と変わらない装備だった。

315 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 13:50:43 0
ロングボウ兵も「騎行」の際には馬に乗って移動してたらしいけど。

あとイングランド側には「ホベラー」って軽騎兵がいた。

316 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 13:56:10 0
>外人のペーパーの引き写しだけど、例えばドイツ騎士団の弩兵は敵戦列が200mまで近づくと
>敵の頭上に矢が降り注ぐように斜め上に角度をつけて一斉射撃を開始した。
>敵が80mの距離に近づくまで狙撃は行わなかった。

騎兵の突撃速度は概ね時速30〜40qと言われています
距離200メートルで斉射を開始しても、弩の発射速度が毎分1乃至2発程度であったことを
考慮すれば、斉射できる機会は一回だけです
これは、突撃する騎兵の漸減や隊列が崩れることを期待した単なる前進阻止射撃であり、
突撃破砕射撃ではなかったことを示しています
そして、弓兵や弩兵がこのような擾乱射撃ばかりに終始していたとは考えにくいですね

317 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 14:16:30 0
>アイユーブ朝の騎馬弓兵が十字軍騎士の突撃を弓矢だけで阻止した例があるけど、
>この場合も狙撃はしていないと思う。

中世西欧の装甲槍騎兵の突撃開始線は、敵歩兵隊列の概ね300メートル手前に設定されます
つまり、装甲槍騎兵が突撃を発起して、その騎槍の先端が歩兵の戦列の楯壁に喰い込むまでの
所要時間はせいぜい30秒、どんなに楽観的に見ても1分程度です
これだけの短い時間の間に弓騎兵がその突撃を阻止できるとは考えにくいですね
これは狙いをつけていたか否か以前の問題でしょう

318 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 14:26:19 0
>>314
得意げに小説や映画の話をされても困る。

319 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 14:32:55 0
>戦闘が始まると弓騎兵が前進して騎射を行い、それが撃退されると重騎兵の背後に戻り
>重騎兵が追撃を阻止する。
>繰り返される軽騎兵の射撃によって敵の陣形が崩れてきたところで重騎兵の突撃がとどめをさす。

この「阻止」とはすなわち騎兵突撃の機動打撃による敵の撃破です
機動打撃であるか、突破であるかの違いだけで、重騎兵の突撃が決定的な役割を担っていたことに
違いはありません
すなわち、モンゴルにおいても重騎兵が中核兵科であったことに変わりはありません

320 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 14:41:02 0
>>316
その例は騎兵の突撃を想定したものじゃないんだけど、よく考えてみると>>301で「限られた時間に」
と書いてるので騎兵が射手に到達するまでの例を出しても反証にならないわけだ。
「大量の火力を」「限られた地域に組織的に集中してキルゾーンを構成する戦術」というのを見て
そんなのはいくらでもあるよと思ってクロスボウの例を出したけど不適切でしたね。
>>317
訓練されたグラームは5本の矢を2秒半で発射することができたそうです。
現代でもハンガリーのKassai Lajosという人が乗馬をギャロップさせながら
3本の矢を5秒で放った記録がギネスに載ってるらしい。

321 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 14:59:03 0
>訓練されたグラームは5本の矢を2秒半で発射することができたそうです。

弓騎兵の発射速度以前に、敵の重騎兵の突撃発起を確認し、突撃経路沿いまで機動してこれを捕捉し、
更にその突撃衝力を破砕するか突撃軸を捩じ曲げるのに、1分では足りません

イスラムの弓騎兵が十字軍の行軍する隊列や集落に対して伏撃や襲撃を行い、
これを撃退しようとする十字軍の騎兵をその軽快な機動力で翻弄した事例は珍しくありません
むしろこのような状況では、十字軍の騎兵よりも弩兵が大きな働きをしています
また、小規模な戦闘ではイスラムの軽槍騎兵が十字軍の騎兵と騎兵戦を演じています
弓騎兵のような軽騎兵は、野外での会戦よりも、こうした遊撃や小競り合いにこそ向いている兵科と言えます
基本的に、一度主動を獲得した十字軍の装甲騎兵が突撃を発起すれば、イスラム世界の軍隊には
ほとんど対抗手段はありませんでした

322 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 15:40:12 0
>>317
重騎兵の馬って馬車馬みたいな重種馬でしょ、
装甲兵が騎乗して300mを30秒で駆け抜けるのは無理でしょ1分でも難しいかも
優秀な軽種馬に軍服と銃だけを装備した兵隊が乗ってる時でも、
戦場は競馬場みたいな平坦地じゃないから300M強/分といった所じゃなかろうか


323 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 16:03:58 0
騎士関連の書き込みが増えて嬉しいな。

>撒き菱
モンゴルでは常用されてたね。

324 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 16:12:00 0
WIKIだからどこまで信用できる資料かわからないけど、
日欧の射撃武器に対する思想の違いが分かって面白かった。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9E%AC%E7%99%BA%E5%BC%8F%E7%81%AB%E7%B8%84%E9%8A%83

>ヨーロッパの銃兵隊は伝統的に隊列を組んだまま
>指揮官の命令で同じ方向に向けて一斉射撃して弾幕を張る戦法が一般的であったため、
>命中率は特に問題とはされなかった。

>戦国時代の日本にはヨーロッパのように弾幕で敵を阻止する戦術思想がなかった。
>日本の合戦では戦闘時、上級武士の指揮下に少人数ずつの銃手(鉄砲足軽)が組織化されて、
>この戦闘単位ごとに勲功を競うといった運用形態をとっていたこともあり、
>個々の銃手の命中率が重要視されたのである。

325 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 16:39:40 0
「プロイセン軍は、まるで音で人を殺せるが如く発射速度の増進に夢中になっている」
つーかwikiなんて(ry

326 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 16:47:05 0
どっちが勝つとかじゃなくてこういった知識が増える書き込みが増えるのはいいね


327 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 18:06:49 0
現代の競走馬の速度が時速60〜70qで、300mを30秒で駆け抜ける速度は時速36q
突撃する騎兵の躍進距離はせいぜい数百mだからあながち不可能な速度とは思えないが。

328 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 18:09:22 0
>>318
それを言っちゃなお困る

329 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 20:13:19 0
>>303
あーちゃんとよく読んでね
>これは騎兵を中核ユニットにしていた全ての軍にいえることだよ。
     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

騎兵を歩兵の補助ユニットにしている軍のことは言ってはいないよ。
近世以前の農耕民族で騎兵を中核ユニットにしているのは確かに珍しい存在。
騎兵としての長所である機動力を捨ててて、重装甲、重武装化によって衝撃力に特化しているのもね。
逆に言えば特化しすぎたせいで他の兵科のによる支援が必要不可欠になってしまった、とも言える。
このへんを戦術的柔軟性を失ってしまったと見なすことがある。

もう一つは中世の歩兵の多くは錬度が低くて攻撃用のユニットとして使い物にならない、というのもあるね。

330 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 20:30:16 0
>>319
なるほど。しかしそうなるとユーラシア的に見て中世西欧の特殊性は
あまりないということになりませんか?
上述した騎馬弓兵と重装騎兵の使い方は広く見られた戦術のようですが。
特に中央アジアやセルジューク朝以後の中近東ではダイラム人等の例外を除いて
歩兵は野戦では補助的な役割だったようだけど、騎射だけで敵を撃破できることは
ほとんどなく、最終的には騎兵の突撃で決着をつけていたらしい。

>>321
>敵の重騎兵の突撃発起を確認し、突撃経路沿いまで機動してこれを捕捉し、
>更にその突撃衝力を破砕するか突撃軸を捩じ曲げるのに、1分では足りません

ちょっとよく分からないんだけど、敵が突撃してきているのに「突撃経路沿いまで機動」
する必要があるんですか?

>基本的に、一度主動を獲得した十字軍の装甲騎兵が突撃を発起すれば、イスラム世界の軍隊には
>ほとんど対抗手段はありませんでした

その点は前から不思議に思ってました。
12〜13世紀の騎士の防具はメイル・ホウバークや詰め物をした防衣、武器は剣やメイス、ランス等
だったようだけど、当時のムクターや奴隷軍人もその程度の装備はしてるんですよね。
アラブ人やクルド人の騎兵は騎射はせず剣やランスで戦うのが主だったようだし。
(もちろんトゥルクメンの軽騎兵なんかは弓矢と刃物しかもってないのがほとんどでしょうけど)
それでいて十字軍側が突撃された例がないような気がする。

331 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 20:30:57 0
例えば、中世から近世初期にかけての東欧では、軽騎兵が野戦における中核的な存在で、
同時期の西欧に見られるような装甲槍騎兵はほとんど発展しませんでした
この地域は西欧に質の高い軽騎兵を大量に供給しています
西欧の装甲槍騎兵のような純然たる突撃兵科は戦史上極めて稀です

何をもって戦術的柔軟性とするかは意見が分かれるところでしょう
百年戦争や薔薇戦争を見てもわかるように、西欧の装甲槍騎兵は攻城戦や野戦において
しばしば下馬して戦闘に従事することに対して余り忌避していません
近世以降、装甲槍騎兵が衰退し消滅したのは、野戦戦術における防御の優位が確立して
費用対効果が引き合わなくなったからです

332 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 20:43:23 0
>なるほど。しかしそうなるとユーラシア的に見て中世西欧の特殊性は
>あまりないということになりませんか?

戦史上、一般に重騎兵の攻撃機動は基本的に敵戦列の翼側(可能ならば後背へ)へ指向されます
敵の戦列の真正面への突撃は、既に敵の組織的戦闘力が破壊されている状況でしか行われません
その任務は、敵の側背を脅かして味方の戦列の戦闘に寄与することにあります
一方、西欧の装甲槍騎兵の戦術的役割は、敵戦列へ正面突撃をかけて、敵の組織的戦闘力を
力ずくで破壊することにあります
確かに、騎兵の正面突撃は非常にリスクを伴いますが、その可能性が保証されているだけでも
主動の確保の点で戦術的に大きな優位となります
このため、両者の戦術的な地位と役割は全く違うものと言えます

333 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 20:45:19 0
>>もう一つは中世の歩兵の多くは錬度が低くて攻撃用のユニットとして使い物にならない、というのもあるね。
高い錬度、士気をもつ歩兵が現れだした14世紀に装甲騎兵の衰退が始まった点を考えれば正論だろうね。
14世紀以降、騎士を含む装甲騎兵が下馬して戦うケースが多くなる。
17世紀まで装甲兵が存続できたのもこういった対応ができたからだろう。


334 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 20:52:07 0
>敵が突撃してきているのに「突撃経路沿いまで機動」
>する必要があるんですか?

弓騎兵が騎射で命中を期待できる射距離は、概ね30メートルとされています
命中を期待しない単なる牽制ならばもう少し距離を稼げるでしょうが、
それでも50乃至60メートル程度が限界でしょう
弓騎兵で装甲槍騎兵の突撃機動を捕捉するためには、少なくともそれ以下の距離まで
近接する必要があります
すなわち、弓騎兵で装甲槍騎兵の突撃を阻止することはほとんど不可能に近いと言えます

もし、騎兵突撃の突撃経路上に弓騎兵を展開させるとお考えならば、
それは単なる自殺強要にしかなりません
弓騎兵は味方の戦列と敵騎兵の攻撃衝力に挟まれて圧死するだけです

335 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 20:57:21 0
>その点は前から不思議に思ってました。

西欧の装甲槍騎兵のような戦術的地位と役割を担う兵科が存在しなかったためです
イスラムの騎兵の特性は機動の発揮にあり、西欧の騎兵突撃のような任務は期待されていませんでした
装備に共通点があっても、その戦術的な地位と役割は本質的に異なるものです

336 :世界@名無史さん:2006/08/16(水) 21:12:01 0
基本的に、歩兵という兵科は防御的な兵科であり、攻撃には向きません
歩兵を突撃させたら最後、足並みが乱れて統制がとれなくなるからです
中世西欧でも無謀な歩兵突撃が悲惨な結果に終わった事例は少なくありません
スイス重槍兵梯団戦術のような例外は存在しますが、それでも陣地防御の優位を覆すには
至っていません
近世以降の西欧の野戦戦術の技術的関心の一つは、基本的に防御兵科である歩兵に
いかにして攻撃的な任務を担わせるかにあります
グスタフ・アドルフは、その技術的問題に回答を出した最初の一人ですが、
結局は成功したとは言えませんでした

337 :322:2006/08/17(木) 00:47:46 0
>>327
その現代の競走馬の速度はサラブレッドやアラブ馬といった軽種馬が
斤量60Kg未満、平坦な馬場で騎手がいわゆるモンキー乗りをして出せる速度でしょ
重装備した兵隊(100kg以上?)を載せた重種馬が、戦場で0〜300mを
平均36kmで走るのはまあ無理だと思いますよ
普通に上手な馬乗りが山野で軽種馬をギャロップさせて出せるのが
40km/h程度なんですから

338 :世界@名無史さん:2006/08/17(木) 04:36:43 0
映画みたいに300メートルの地点からいきなりギャロップというのはありえないよ。
相当訓練をつんだ軍馬でもそんなことしていると1回の突撃で乗りつぶしてしまう。

ナポレオン時代の騎兵突撃の例を出せば
まずは常歩で敵陣に近づきます。
これで敵陣に動揺があれば、トロットに切り替えます。
この時点で防御側は小銃射撃を行ないます。
この射撃で騎兵側が打撃を受けなければ、ギャロップに移行して突撃を敢行します。(敵まで80メートルほど)
これで歩兵側が陣が崩れなければ、突撃を中止し矛先を変えます。
こんな感じ。
騎兵の突撃によるダメージは、物理的なダメージより心理的なものの方が大きいのよ。
相手を死傷させるより、士気を崩壊させて戦闘能力をなくさせる方が第一目的だからね。

339 :世界@名無史さん:2006/08/17(木) 21:14:36 0
>>334
なるほど、敵騎兵の突撃と味方の歩兵の間に割り込むような状況を想定していた訳ですね。
ネタ元の本によると、十字軍騎士の突撃が弓矢で阻止されたというのは1244年のガザの戦い
(ラ・フォルビーの戦いのことか)で、十字軍・シリア諸侯連合軍の右翼を占めていたフランク人の歩騎6千と
アイユーブ朝・ホラズム連合軍の左翼だったマムルーク騎兵6千が対峙した際のことらしい。
もし事実関係に問題がないとすれば十字軍騎士がマムルークに突撃していったと考えられる。
弓射そのものについては、グラームやマムルークは正確で素早い射撃が必要な状況では馬を停止させて
いたそうなので、必ずしも騎射の不利点を考慮に入れる必要はないでしょう(マムルーク朝時代には
下馬して射撃を始めた例もあるという)。
トルコ弓の実際的なデータとしては、17世紀にウクライナを旅して当時のクリミア・タタール人の記録を残している
フランス人のボープランという人が、タタール人は60〜100ペース(約46〜76メートル)先のものを正確に射抜く
といっています。
また16世紀のアラビア語の弓術教本では(孫引きですが)、正確な射撃が可能な距離の限界は、現代の単位に
直すと80ヤード(約73メートル)少々だとしているそうです。
あとG・パターソンという人は自分でも色々実験したらしいけど、徒歩でなら狙撃は60ヤード(約55メートル)が
限界だといっている(ちなみに馬を馳せながらの騎射だと10ヤードが限界らしい)。
もしマムルークが騎士の突撃を待ち受けるような状況で、2・5秒で5本の矢、というのを額面通り受け入れるとすれば、
またフランク人側の歩兵を引いた騎士だけの数よりマムルーク騎兵が多かったとすれば、騎士のランスが敵に届くまでに
相当な数の矢に直面したのではないでしょうか。騎士が時速40キロで向かってきたとしても、最後の50メートルの間に
狙いの正確な少なくとも5〜10本の矢を射たれる危険があります。トルコ弓は遠距離でなければメイル・ホウバーク
ぐらいは貫通できたらしい。

ただその場合騎士の突撃が始まるまでマムルークは何をしていたのか、というのが問題。

340 :世界@名無史さん:2006/08/17(木) 21:15:12 0
>>332
両方とも歩兵と重騎兵からなる軍隊の描写に見えますが、遊牧民型の弓騎兵と重騎兵の軍隊は前者ですか?
>>336
とすると十字軍・イスラム双方が使っていたメイル、兜、盾など当時の防具は機動の発揮を妨げるほどの重装備ではなかった・・・
騎士をイスラム騎兵のように運用するのもやろうと思えば可能だったんでしょうか。

341 :世界@名無史さん:2006/08/17(木) 22:14:32 0
>>339
現代の軍用小銃で標的を狙って射撃する際の射撃速度は1発辺り約4秒とされています
弓で正確な射撃を行う場合は、矢をつがえる動作が必要なことや筋力の負荷等を考慮すれば、
少なくとも4秒以上はかかります
イングランドの長弓兵でさえ射撃速度は1分間に6〜10発程度とされています
装甲槍騎兵が最後の50メートルを躍進する間に、5〜10本の矢を正確に射撃することは
まず無理と考えざるを得ません
イングランドの長弓兵がフランス騎兵の突撃を破砕できたのは、野戦陣地と歩兵(下馬騎兵を含む)が
フランス騎兵の機動発揮を阻止できたからです

また、西欧の装甲槍騎兵は基本的に対歩兵用兵科で、騎兵突撃は歩兵の戦列に対して行われるものです
一般に装甲槍騎兵は騎兵相手には突撃しません

342 :世界@名無史さん:2006/08/17(木) 22:35:30 0
>両方とも歩兵と重騎兵からなる軍隊の描写に見えますが、

歩兵と重騎兵が存在していても、戦術ドクトリンまで同じとは限りません

>騎士をイスラム騎兵のように運用するのもやろうと思えば可能だったんでしょうか。

イスラム騎兵のような運用というのが具体的に何を指しているのかわかりませんが、
中世西欧の騎兵は、常に野外での会戦ばかりを戦っていたわけではありません
むしろ、大規模な野戦軍に従軍しているよりも、軽騎兵や歩兵とともに、
ご近所とのちょっとした小競り合いや襲撃等に従事しているほうが一般的でした
こうした任務は、細かな差異はありますがイスラム騎兵と基本的に同じだと言えます

343 :世界@名無史さん:2006/08/17(木) 22:57:31 0
ヘルメットを被った人間の視界の狭さも考慮してくれ。
アメフトの選手の動きみてもどかしく思ったことないか?
ラグビーとは大違いだ。
横槍入れられたら一巻の終わり。

344 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 03:31:02 0
>>340
>>332ではないのですが…
 前者、すなわち
>一般に重騎兵の攻撃機動は基本的に敵戦列の翼側(可能ならば後背へ)へ指向されます
をやる場合、敵部隊を動けないように拘束する必要があります。
遊牧民の戦闘部隊の場合、敵部隊を拘束するのに適した部隊(歩兵)がいません。
したがって前者の戦術は遊牧民戦闘部隊では行ないにくい。

 遊牧民の使う戦術は、狩りに使用する戦術の発展系なんです。
すなわち、軽騎兵で敵部隊(群れ)を分散させ、重騎兵によって敵本陣を撃破、もしくは分散した部隊を各個撃破
という機動戦を行います。
//
 前者は農耕民族で騎兵を用いる軍隊の一般的な騎兵戦術です。
騎兵は打たれ弱いので、正面からの突撃は一般的に自殺行為になるのでそのような戦術になります。
 中世ヨーロッパの重装騎兵の場合は、
当時の歩兵には重装騎兵の突撃を食い止め、倒すだけの士気も錬度も白兵武器も持ち合わせていないので
飛び道具さえ始末できれば正面突撃が行なえるわけです。

345 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 03:50:02 0
時代は忘れたけど、イスラムの軍隊には、精密射撃ではなく
面制圧射撃を目的とした重弓部隊がなかったでしたか?
密集配置から相当に太い矢を40度といった角度で打ち出す、
馬も人もちょっと当たれば大怪我、近代戦における砲兵的な役割です。
精密射撃の得意な弩では無く、トルコ弓の大型版みたいなやつだと思うのですが、
この手の弓兵運用をされると、400m程度の対峙距離から射程内になるので
突撃敢行までには相当に打たれる可能性もあると思いますが、どうなんでしょう。


346 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 04:38:21 0
 騎兵>弓兵>槍兵>騎兵の三すくみですが…

 弓兵が騎兵に負けてしまうのは武器の威力や射程の問題ではなくて士気の問題なんです。
弓兵は白兵戦用の装備を持っていません。白兵戦を受けた場合一方的な攻撃を受けてしまいます。
そのため、騎兵の突撃を受けると「蹂躙されてしまう」と感じてしまい、戦列を崩してしまうんです。
 その結果負けてしまう。刃を交える前に負けてしまうんです。
 この点をカバーするために槍兵でカバーしたり、地形を選んだりします。
槍兵が守ってくれると安心して、突撃直前まで射撃を続けることが出来ますし、
地形が騎兵の突撃を留めてくれるならばそれは、鈍重で的の大きな目標に過ぎなくなるので、勝ち目がでてきます。

 槍兵か弓兵に負けてしまうのは鈍重なせいです。
 重装甲化にも限度がありますし、足が遅いせいで長時間弓兵の作り出すキルゾーンにとどまってしまう結果となり、負けてしまいます。
 カバーには騎兵を用いて弓兵を混乱させ、その間に接敵すれば勝ち目が生まれます。

 騎兵が槍兵に負けてしまうのは、直接的な戦闘力の低さにあります。
 騎手は重装甲化できても馬には限度がありますし、馬上で武器を振るうのと地上で武器を振るうのとでは差が出ます。
 また、騎兵は足を止められると利点である衝撃力と機動力を失ってしまいます。
 ちゃんとした歩兵は防御力が高いので、騎兵の突撃を受け止めることができるのです。
 カバーには弓兵か軽騎兵によって混乱させ、歩兵特有の防御力を発揮させないようにする必要性があります。

347 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 05:44:51 0
>当時の歩兵には重装騎兵の突撃を食い止め、倒すだけの士気も錬度も白兵武器も持ち合わせていないので
>飛び道具さえ始末できれば正面突撃が行なえるわけです。

何を根拠に中世西欧の封建軍制下の徒歩兵が押しなべて士気や練度が低く、装備も不十分だというのかよくわかりませんが、
装甲槍騎兵の突撃にとって最も脅威となるのは投射兵器ではありません
バノックバーンやクルトレーでは、有力な投射兵科の掩護を受けていない歩兵が
騎兵の突撃を破砕しています
騎兵の天敵が飛び道具というのはよくある誤解です

348 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 05:54:44 0
>面制圧射撃を目的とした重弓部隊がなかったでしたか?
>密集配置から相当に太い矢を40度といった角度で打ち出す、

そのような兵科はイスラムだろうが他の地域だろうが存在しません
制圧射撃に最も要求されているのは、射程でも威力でもなく発射速度です
仰角をかけて敵の頭上に矢を降らせるのはどこの国の弓兵でも行う一般的な戦法ですが、
これは基本的に戦闘展開阻止射撃であって、制圧射撃とはほど遠いものです

349 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 06:02:46 0
>精密射撃の得意な弩では無く、トルコ弓の大型版みたいなやつだと思うのですが、

トルコ弓のような合成弓は、威力を向上させるために単純に弓部を大型化することなく、
携行の便を確保するために発展した兵器です
このため、合成弓はコンパクトでありながら、弓を引くためにはイングランドの長弓のような
単材の大弓以上の筋力を必要とされます
その合成弓を大型化しても、弦を引けなくなるだけです
これでは合成弓本来の特性を殺してしまうだけです
確かに個人の武勇や力を誇示するために、そのようなゲテ物が使用されたケースが皆無だったとは言えませんが、
部隊として運用するのは意味がありません

350 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 06:12:46 0
>この手の弓兵運用をされると、400m程度の対峙距離から射程内になるので
>突撃敢行までには相当に打たれる可能性もあると思いますが、どうなんでしょう。

400メートル先の騎兵の鎧を貫通する弓なんてまず誰も引けません
携行用の弩でさえ、貫通が期待できるのはせいぜい100メートル程度までで、
それ以上の距離は、通常は城壁の上に配置される大型の弩でなければ無理です
ウインチや梃子の原理で弦を引く弩ですらこの程度の有効射程であるのに、
単純に筋力に依存する弓では物理的に不可能です

351 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 06:35:30 0
部隊の戦闘力は、機動力と火力によって構成されるもので、古今東西例外はありません
戦術とは、機動力と火力のバランスとその実行のための具体的な方法により決定されるものです
軍隊が様々な兵科の連合体であり、各兵科が連携して戦う以上、
騎兵、歩兵、弓兵のじゃんけん論はあまり意味がありません

352 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 07:21:29 0
騎士道精神も武士道精神も基本的なことは変わらない。

違うのは
@ヨーロッパの封建的主従関係が契約的・双務的な性格で、
 日本の武士道のような無制限・絶対のものではない。
A武士道とちがい捕虜になることは原則的には恥ではない。

353 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 07:34:01 0
武士って捕虜になっちゃいかんのか・・・
降伏したら駄目なんだっけ?

354 :344、436:2006/08/18(金) 07:46:44 0
>347
え?
「中世西欧の封建軍制下の徒歩兵が押しなべて士気や練度が低く、装備も不十分」
って書いたっけ?

あくまでも一般論だよ。
バノックバーンの槍兵は密集陣を組めるほど錬度が高かったし、
クルトレーの場合は地形を騎兵突撃に不向きな状態に持っていくといううまい手段を使えた上に、
長槍やフレイル等、有効な武器が使用できた。
これは特殊な例だよ。
逆にいえばのバックバーンやクルトレーの例を挙げて
「中世期における歩兵の装備や錬度は押しなべて士気や錬度、装備の点で優れており騎士の突撃を阻止できた」
とは書けないでしょ?
それと同じ。

弓兵も別に騎兵の天敵だとは書いてない。
>飛び道具さえ始末できれば
というのは厄介ごとが少なければ良いに越したことはない、というだけの話。


355 :344,346:2006/08/18(金) 07:55:21 0
おっと、名前間違い。
>>353
いや、捕虜になってもいいよ。恥といえば恥だけど。
捕虜になった騎士が支払う身代金に近いものに、「首代」ってモノがあって、
負けた武士が首を取られるのを勘弁してもらう代わりにお金を払うという制度もあったし。

それに戦国時代の武士の主従関係はそれほど絶対的モノではない。複数の大名に仕えた武家も多数存在する。
真田家とかね。一族で徳川方と豊臣方に分かれて仕えたけど、別に一族で仲たがいしたわけではない。
無制限で絶対的なものになったのは江戸期に朱子学から作られた方の武士道。
従来の武士道って言うのは泰平の世では騒乱を引き起こす種になるんで、色々禁止したりしたんだよ。

356 :344-346:2006/08/18(金) 08:10:13 0
ジャンケン論は各兵科の「機動力と火力のバランス」を判りやすく例えるための方便です。
また、各兵科の基本的な役割や連携を示すのにも便利です。

ただし、これがいついかなる場合でも正解であると考えるのは間違いですね。
戦場における状況は流動的で、硬直した考えでは勝てるものも勝てなくなります。

というか、なんで私の話が「いついかなる時でもそうである」と言う事になっているんだろ。
そんな事書いてないのに。
では名無しに戻りますよと。

357 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 09:19:46 0
>当時の歩兵には重装騎兵の突撃を食い止め、倒すだけの士気も錬度も白兵武器も持ち合わせていないので

>中世西欧の封建軍制下の徒歩兵が押しなべて士気や練度が低く、装備も不十分
の違いがわからない。

358 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 09:35:04 0
士気も練度も装備も、それぞれ個々の状況によって決定されるもので、
「一般論」で片付けられるものではありません
バノックバーンの槍兵方陣は、当時の重槍兵の隊列としては一般的なもので、
特殊な例とは言えません
クルトレーの戦闘も、陣地防御のセオリーを忠実に守っていただけで、
これも特殊ではありません

359 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 13:36:13 0
>>349
>その合成弓を大型化しても、弦を引けなくなるだけです
その合成弓を大型化した国の子孫として一言↓

360 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 17:07:57 0
日本の弓の平均張力を求むw

361 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 18:37:35 0
中世といっても農業革命以前とその後では兵士の質は違ってくるよ。
農業生産力が上がれば、その分を色々と回せるからね。
ちゃんと区別しないといけないよ。
9世紀ごろの戦闘とバノックバーンやクルトレーの13世紀の戦闘を一緒にしちゃいかん。
13世紀の例を挙げて中世全体の評価にしてはいけないし、9世紀の例を挙げて中世全体の評価にしてもいけない。
平安時代の武士と鎌倉時代の武士とを一緒にしてはいけないのと同じ。

つまりどっちもどっち






362 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 18:49:03 0
>9世紀ごろの戦闘とバノックバーンやクルトレーの13世紀の戦闘を一緒にしちゃいかん。

バノックバーンは1314年、クルトレーは1302年です。
有り難うございました。

363 :世界@名無史さん:2006/08/18(金) 20:11:02 0
>>361
つーか9世紀と13世紀とどう違うのか具体的に説明しないと説得力ないんですけど。

364 :世界@名無史さん:2006/08/19(土) 02:23:38 0
>>341
>弓で正確な射撃を行う場合は、矢をつがえる動作が必要なことや筋力の負荷等を考慮すれば、
>少なくとも4秒以上はかかります

そうですね。狙いを定めるプロセスを限界まで短くしたとしても射撃そのものが1秒の壁を越えるのは
自分の頭ではちょっと想像がつかない。現代の速射でも1・5秒はかかっている。
ちなみにネタ本で当時のフルースィーヤの文献が引用されてる箇所を読み返してみましたが、
狙い方は結構アバウトでした。「敵の騎兵がこちらへ駆けてくるときは、鞍頭を狙って射よ。
矢が上に逸れれば騎手の胸に当たり、下へ逸れれば馬に当る」といった調子。

>一般に装甲槍騎兵は騎兵相手には突撃しません

今まで抱えていた色々な疑問を解く鍵を与えられたような気がします。
とはいえ騎士もオリエントの軍隊と戦っているときには目の前の攻撃しうる敵が騎兵部隊のみ
といった状況に往々にしてなる訳で、そこに突撃しても不自然ではないでしょう。
1189年のアッカー近郊の戦いではサラディンが自軍中央の重装部隊を右翼の応援に回した後で
中央に残ったトルコ人騎兵へ向かって十字軍側の中央が前進し、歩兵が弩の矢を浴びせてから
騎士が突撃して潰走させてます(後で逆襲されますが)。
時代が離れすぎてますがモハーチの戦いでは、オスマン朝が大砲やイェニチェリ等の前面に
配置したルーメリアとアナトリアの騎兵へハンガリーの騎兵がまっすぐ突撃して、突破しています。
あとこれは微妙なんだけど、オットー1世がレヒフェルドでマジャール人の遠征軍と戦ったときは
騎兵からなる8つの部隊を率いていましたが、マジャール人に側面攻撃を受けたりしながらも
最後には一斉に突撃をしかけて潰走させてます。10世紀だと重騎兵はいても槍騎兵はいない
だろうけど(騎士階級も)、基本的な役割は同じでしょう。

365 :世界@名無史さん:2006/08/19(土) 02:24:21 0
>>342
>歩兵と重騎兵が存在していても、戦術ドクトリンまで同じとは限りません

ええ、それは>>332で書かれていた通りなんですが、弓騎兵と組み合わせた重騎兵の使い方が
どちらに当てはまるのかよく分からなかった訳です。
あと「主動の確保」という表現もよく分からなかったので解説してもらえるとありがたいです。

>むしろ、大規模な野戦軍に従軍しているよりも、軽騎兵や歩兵とともに、
>ご近所とのちょっとした小競り合いや襲撃等に従事しているほうが一般的でした

イスラム圏でも記録には残りづらいけど実際その手の戦闘が多かったようですね。
逆に、イスラム勢力が集団的な騎槍突撃を戦場での選択肢の一つとしてもたなかった理由は何だと思いますか?
少なくともビザンツではそれを導入しようとした形跡がありますが。

366 :世界@名無史さん:2006/08/19(土) 02:24:55 0
>>345
ちょっと聞いたことないです。
>>349で説明されてる通り、ただの丸木弓なら単純に弓身を長くすることによって威力を上げる
ことができる(アフリカ人が大型動物を狩るのに使う弓のように)けど、木材と動物の腱、骨角を
張り合わせた中央ユーラシア式の彎弓は材料の組み合わせによって威力を上げている訳です。
例えば南宋の岳飛は張力300斤(180キロ)の弓を引けたといいますが、そんな化け物のような
(そして多分実用的ではない)弓でも並外れて大きかったとは聞いたことがない。

中近東で大型の矢を発射する兵器としては、「ズィヤール」というヨーロッパの「エスプリンガル」と同じ
四角い枠に収まった大弩があり、対人兵器だったようだけど野戦で使われたかどうか。
あとカウンターウェイト式投石器の変形で「カラブハ」という2本の巨大な矢を飛ばす装置があるけど
たしか攻城兵器だったと思う。マムルーク朝がアッカーを陥落させた時に使ってたはず。
12世紀のムルダー・イブン・アリー・アル・タルスーシーという人の著作では、丸いターンテーブルの上に
3本の矢を一度に発射する大弩を四方に向けて取りつけ、回転させながら次々と発射するという装置の
図が載ってますが、実戦で使われたものなのか不明。

367 :世界@名無史さん:2006/08/19(土) 07:19:51 0
前にヒストリーチャンネルでイスラムは足で弦を支えて、全身で引く
弓を使用した放送していたけど。345はそれのことでは。


368 :世界@名無史さん:2006/08/19(土) 07:40:53 0
弓部じゃなく弦を足で支えてどうやって弓を引くんだ?

369 :世界@名無史さん:2006/08/19(土) 08:52:09 0
>367
春秋戦国時代の韓もそんなのを使ってたような

370 :世界@名無史さん:2006/08/19(土) 13:33:45 0
ヒストリーチャンネルの再現映像では
仰向けに寝ころんで、足で休部を押さえ
両手で弦を引いて撃っていた。

狙いが付けられるのか疑問だが

371 :世界@名無史さん:2006/08/19(土) 15:22:21 0
マムルークと騎士はどっちが強いの?

372 :世界@名無史さん:2006/08/19(土) 17:32:35 0
状況による

373 :世界@名無史さん:2006/08/19(土) 21:19:12 0
>>365
主動を確保することは、端的に言えば、我の望む時期と場所で戦闘を仕掛け
または戦闘を回避することです
通常、攻撃に主動の利があり、防御は受動に陥りやすい傾向にあります

西欧の装甲槍騎兵の戦術モデルはビザンツのクリヴァノフォロスにあります
中世初期の西欧の軍事技術はビザンツの強い影響を受けていました
フランクのカバラリウスもカタフラクトをモデルとして重装化したものです

ビザンツのクリヴァノフォロスが結局は編制兵科として定着しなかったのは、
維持コストがかかりすぎたからです
装甲槍騎兵用の軍馬と装備一式を揃えるのに要する費用は、
農耕牛10頭とも1ダース分とも言われています
馬の飼育や消耗品、装備の予備等を考慮すれば、出費はさらにかさんだでしょう
当時の戦闘は、大軍同士の野戦よりも小競合いや攻城戦の比重が大きく、
野外での会戦用に特化した兵科を整備するのは財政的に非常に厳しいものがあります
ビザンツで、クリヴァノフォロスよりも多目的に使えるカタフラクトが主流になったのは
費用対効果の点から言えば当然と言えます

374 :世界@名無史さん:2006/08/20(日) 20:34:25 0
武士は好きだけど、紀元前からまさに皆殺しの戦いを繰り広げ、何百年もイスラム教徒との血で血を争う戦をしてきた
ヨーロッパ人に戦で洗練してきたとは言え、日本の武士は勝てないような気がする。武士は好きだけど

375 :世界@名無史さん:2006/08/20(日) 20:44:03 0
それだったら中国人は相当戦争に強くないと・・

376 :世界@名無史さん:2006/08/20(日) 22:27:52 0
>>375
中国って支配される歴史じゃん。

377 :世界@名無史さん:2006/08/21(月) 01:36:44 0
いや一対一で戦わせたら武士が強かろうよ
まあ、これは日本の戦国期で考えた場合(その後、日本の軍事は特殊な扱いになるからな)
一対一なら軽装で機動力が生かせ時間戦える方が有利
和弓、槍坂、日本刀、鎧兜で武装した武士の方が強いと思う
同時代の騎士の武装は集団戦向きであるから、部隊戦闘を前提とすると又変わるかもしれんが・・
坂井三郎が零戦一対一なら零戦で負けないと断言してるのに似てる
(落とされなければ航続力がある方の勝ちというやつ)

378 :世界@名無史さん:2006/08/21(月) 01:38:34 0
ペーストミスった
槍坂→槍
時間戦える→長時間・・・

379 :世界@名無史さん:2006/08/21(月) 02:12:43 0
【教育】中国、韓国などアジア留学生に奨学金、日本で就職促す…月計20万〜30万円相当2千人に国支給
ttp://news18.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1156027830/

 中国、韓国などアジア諸外国の優秀な人材に、日本企業にもっと入ってもらおうと、
日本の大学で学ぶ留学生への無償奨学金制度を07年度から経済産業・文部科学両省が始める。
大学・大学院に、採用意欲のある企業と提携して、留学生向けの専門講座やビジネス日本語講座
などの2年間の特別コースを新設してもらい、その受講生1人あたり、住居費分、学費免除分、
生活費など月計20万〜30万円相当の支給を検討中だ。支援対象は約2000人を想定している。


380 :世界@名無史さん:2006/08/21(月) 07:07:02 O
なあ、少し考えてみたんだが、古代戦車や馬車のようなもので、歩兵を敵陣の側面や背面に一挙に運び、車体を防御柵代わりにする、とかそういう戦術は無かったのか?結構有効な戦術だと思うんだが

金がかかりすぎるか?

381 :世界@名無史さん:2006/08/21(月) 08:38:09 0
荷車を即席の防御陣地の囲いにするとかは良く聞くことだが

382 :世界@名無史さん:2006/08/21(月) 18:19:07 0
>>377
一対一で戦わせたらどちらが強いとは言えない。完全に個人差。
軽装備のほうが重装備より個人戦で強いなんてことはないし、実際スポーツチャンバラみたいなことをやってる人によると
一対一では盾を持ってる人が圧倒的に強いらしい。

383 :世界@名無史さん:2006/08/21(月) 19:10:06 0
スポーツチャンバラって二刀流でバシバシやってるアレか

384 :世界@名無史さん:2006/08/21(月) 19:29:44 0
よくはわからないんだが実際に甲冑つけて武器もって戦うらしいw
前にこの手のスレで見たんだが今、ちょっと見つからない

385 :世界@名無史さん:2006/08/21(月) 19:59:37 0
>>380
ちょっと違うが15世紀のボヘミアのタボール軍がそれに近いことをやっていた。
参考 ttp://www.allempires.com/articles/hussite/hussite1.htm

386 :世界@名無史さん:2006/08/21(月) 20:19:36 0
同じ武士でも平安時代と戦国時代では全然違う。
平安時代は騎馬の代表戦。古代亜細亜や欧州の戦車戦のようなもの。
いつの時代を想定すればいいのか?

387 :世界@名無史さん:2006/08/21(月) 20:24:26 0
時代をある程度そろえて装備や戦術なんかを比較してみたら面白いかもしれない。
例えば
12c末 第三回十字軍≒源平合戦
15c半ば 薔薇戦争、ブルゴーニュ戦争≒応仁の乱
みたいな感じで


388 :世界@名無史さん:2006/08/21(月) 20:42:01 0
>380
明のモンゴル遠征で一度、歩兵を全員荷車に載せて行軍するというのを
実験的にやったらしいが、一度でやめた。
コスト的に割に合わなかったようだ。

389 :名無し:2006/08/21(月) 21:01:06 0
武士に決まっている。
騎士が切腹できるか。逃げ回るぞ。


390 :世界@名無史さん:2006/08/21(月) 21:21:46 0
切腹できるほうが強いのかwアホだw

391 :世界@名無史さん:2006/08/22(火) 00:18:40 0
戦(いくさ)と戦争は違う。
武士や騎士が活躍するのは戦だけ。
戦争、乱、変は騎馬戦が主体ではない。


392 :世界@名無史さん:2006/08/22(火) 00:40:10 0
どうしてそんなことになるんだ?
古今東西騎兵が戦場でどれだけ重要な働きをしたか知らないのか・・・

393 :世界@名無史さん:2006/08/22(火) 21:45:02 0
>>318
「得意げ」はそっちもだろ。

394 :世界@名無史さん:2006/08/23(水) 02:51:04 0
>>391戦(いくさ)の定義を除き同意
戦争を支配するのは結局兵站である
・・・・がトピズレでもある

395 :世界@名無史さん:2006/08/23(水) 03:25:38 O
徳川幕府成立時の日本なら、世界有数の強国なんだけどなぁ。
武士対騎士ならどうかわからんな。どっちも戦争の主力じゃないし。

396 :世界@名無史さん:2006/08/23(水) 07:20:11 0
鈴木真哉w

397 :世界@名無史さん:2006/08/23(水) 14:12:06 0
軍律が厳しいからこそ、不名誉に対して切腹のような過激な刑罰が制度化される。

398 :世界@名無史さん:2006/08/23(水) 14:40:46 0
軍紀を厳しくしないと言う事を聞かないとも言える。

399 :世界@名無史さん:2006/08/23(水) 15:14:39 0
極限状況に投入されたときの反応で実証されている。

400 :世界@名無史さん:2006/08/23(水) 19:14:29 0
中共軍のように軍規がないからこそ勝てた例もある。ま、勝った後に処刑の嵐だったようだけどさ


401 :世界@名無史さん:2006/08/23(水) 21:03:23 0
=番外編=
モンゴルの強さの秘密は逃げながら後ろ向きに騎射出来たこと。
相手は挑発に乗り深追い。取り囲まれて一気に あぼーん


402 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/08/23(水) 21:31:57 0
>騎兵
日本の武士の場合、集団突撃が確認出来ない様です。

>切腹
武士への刑罰として出て来るのは室町時代後期からで、明文化されたのは
江戸時代初期と、案外新しい。それ以前は斬首が目立ちます。
いずれにせよ、過酷なのは違いありませんが。
もっとも、家人型の武士ならまだしも、家礼型の武士なら潔く刑に服する前
に逃げ出しますね(後者は契約社員の様なもの。中世武士はこちらが多数派
で、扱いや状況次第ですぐ主を変えた)。

>後ろ向きに
パルティアン・ショットの事でしょうか。本朝にもありましたが。

403 :世界@名無史さん:2006/08/24(木) 01:45:01 0
モンゴルの騎兵戦術のほとんどは古代からステップ遊牧民が実践していたもの。

404 :世界@名無史さん:2006/08/24(木) 01:48:33 0
>軍律

これを見ると戦国時代当時のロシアもかなり厳しかったようです。
キリスト教徒なのに玉砕を強いられてます。
ttp://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1140958359/34

405 :世界@名無史さん:2006/08/24(木) 11:26:11 0
いきなりだけど、そもそも騎士と武士とを比較するのは、どちらも封建軍制に
おける基本単位(封建領主が発する召集に応じて馳せ参じ、数に数えられる者)
という概念上の類似点から発しているのではないの?

それなら考察対象が限定されてくるから、もう少し比較論しやすいはずだけど。
強弱論議はともかくとして。

406 :世界@名無史さん:2006/08/25(金) 13:32:14 0
手柄の為に相手の首を獲る事を目的とする武士の戦と、
身代金の為に相手を生け捕りにする事を目的とする騎士の戦争ごっこ。

407 :世界@名無史さん:2006/08/26(土) 23:39:59 0
じゃ武士と騎士のプロテクターはどっちがカッコいいかにしたら?

408 :世界@名無史さん:2006/08/27(日) 08:25:43 0
それこそ収拾がつかなくなる。主観の問題なので。

409 :世界@名無史さん:2006/08/27(日) 08:36:28 0
いや、必然的に騎士だな。うん。

410 :世界@名無史さん:2006/08/27(日) 12:21:55 0
金髪      vsちょんまげ
革のブーツ   vs草鞋
可動式バイザー vs鬼のお面
ホテル風城塞  vs旅館風城砦
シャラポア188cm  vsヤワラちゃん147cm


411 :世界@名無史さん:2006/08/27(日) 12:59:39 0
おいおいもう頭悪そうな
雑魚キャラしか残ってないのかよ

泣けるぜ


412 :世界@名無史さん:2006/08/27(日) 14:38:20 0
>>411
親分!!

413 :世界@名無史さん:2006/08/28(月) 20:32:48 0
ヨーロッパは鉄が豊富だったから騎士は装備万全。
ついでに封建時代の日本人は特に小柄。
一対一なら侍の負け。

414 :世界@名無史さん:2006/08/28(月) 21:10:42 0
>>413
ヨーロッパは鉄を加工する技術の発達が遅く装備はガラクタ。
食料に乏しく成長ホルモン漬けの牛肉も無いので体格差は無い。
一対一なら射殺されて騎士の負け。

印象操作だけの夏欧厨しかいないのか?
智将は同じ事しか言わんな

415 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/08/28(月) 21:14:38 0
前近代で一番体格がよかったのは鎌倉時代。身長が150〜170cm台。
平均して160cm台でしょうが、170cmも珍しくなかった。
一番小さかったのが、江戸末期から明治にかけてです。

416 :世界@名無史さん:2006/08/28(月) 21:50:07 0
同じ鎖帷子でも日本は均一な太さの鉄の輪をビス留めした鎖帷子。
ヨーロッパは棒に巻き付けて変形させた針金を組んだ鎖帷子。
日本の鎖帷子=ホーバークでは無い点を注意!

417 :世界@名無史さん:2006/08/28(月) 22:08:02 0
おばあちゃん本人 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!!


http://etc4.2ch.net/test/read.cgi/motenai/1156238879/49
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418 :世界@名無史さん:2006/08/29(火) 01:03:40 0
日本の鎧はパーツ同士を紐でつないでいるだけなので、ちゃちに見える。
城も紙と木で出来ているので簡単に焼失。南蛮人もビックリ!

419 :世界@名無史さん:2006/08/29(火) 19:10:47 0
>>418
おっと、中世ヨーロッパの城が木造だったと知らない馬鹿が一人登場w

420 :世界@名無史さん:2006/08/29(火) 19:15:54 0
>>419
西欧はあまり詳しくないけど、木造建築の国ロシアでも14世紀にはモスクワの城壁が石造りになってりしてる。
ドイツ騎士団なんかはもっと早くから煉瓦や石で城を築いていたはず。

421 :世界@名無史さん:2006/08/29(火) 20:19:50 0
中はよく燃えるんだが。

422 :世界@名無史さん:2006/08/29(火) 21:18:55 0
9〜10世紀のヨーロッパの城は土塁に木造の城だった。
後進地域のヨーロッパでは、この程度でも篭城されると互いに手も足も出なかった。
そこで領主や騎士は身代金や領土を賭けて馬上槍による一騎打ちを行った。
篭城して決着が着かないより雌雄を決する戦争ゲームをしていたのだ。
十字軍運動の影響でオリエント式に石造になったのは11〜12世紀である。

423 :世界@名無史さん:2006/08/29(火) 21:24:45 0
9〜12世紀頃の日本の城はというと

424 :世界@名無史さん:2006/08/29(火) 21:31:49 0
石造になり一見より堅固になったようだが、実際はそうではない。
同時に正教圏や回教圏の進んだ攻城戦術もヨーロッパに入ってきた。
その一つがトンネルである。
軟弱地盤上の石造城壁は下にトンネルを掘られると容易に崩れてしまった。
1215年ロチェスター城はジョン英王がトンネルを掘ると簡単に陥落した。
さらに回教圏の新兵器・投石器はより凶悪だった。
投石器の前に石の城壁はやすやすと破壊されてしまった。
城が攻め落とされる危険が無ければ、身代金以外の財産は守られていた。
しかし、城の攻略が簡単となった時代には全財産を失う可能性が出てきた。
個人の技量に頼ったリスクの高い騎士の馬上槍遊びは攻城技術が発展したシビアな14世紀には
その役割を終えた。

425 :世界@名無史さん:2006/08/29(火) 21:43:17 0
ヨーロッパの城壁は大規模な都市で外周300m。
通常は外周100mにも満たない小規模な城壁だった。
さらに扉は相変わらす剥き出しで木造だった。

426 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/08/29(火) 22:19:21 0
>>423
奥州十二年合戦の頃まで騒々しかった東北が例外だった様な例もありますが、
基本的に「城」というのは恒常的な施設ではなく、臨時に天険の要害に掻楯
を並べ、逆茂木を組み、柵や板や空堀で囲んだ空間でした。
普段から居住する様な「城」が登場するのは、15世紀以降です。
(14世紀には攻城戦が目立っているのも注目していいでしょうが)
それまでの「城」は、臨時に造られたバリケード状のものが中心。
戦闘が長引く様な場合であれば、相応の居住空間も必要とされましたが。

427 :世界@名無史さん:2006/08/29(火) 22:50:29 0
>>424
投石器はアヴァール族が欧州に伝えたという説をどっかで読んだけど
普通は十字軍で伝来したことになってるのかな?

428 :世界@名無史さん:2006/08/30(水) 15:31:02 0
ギリシャ人の伝統芸能じゃないの。

429 :世界@名無史さん:2006/08/30(水) 20:53:58 O
ヨーロッパの投石機は回教圏から12世紀頃のイタリアに伝わった。
ヨーロッパの投石機は平行錘を利用した回教圏の回回砲と全く同じもの。
グレコローマンの攻城兵器は投石機では無く、破壊鎚や大型石弓である。
マケドニアのフィリプは大型石弓を渡河時の支援兵器として使用した。
なお、これを攻城に使用したのは息子アレキサンダー大王とされる。
大型石弓は投石機に比べると射程と石弾の重量が劣った。
また、大型石弓では防衛側の小型石弓の射程に入らなければならず、射手が遠殺される危険があった。
ビザンツ帝国は大型石弓を野戦や防衛に利用したがこれは正教圏の話だ。
カソリック圏の騎士はグレコローマンと歴史的断絶があり、異なる。

430 :世界@名無史さん:2006/08/30(水) 21:06:26 0
たしかにカウンターウエイト式投石器はシリアあたりの発明らしいけど
それ以前に人力でロープを引っ張って飛ばすタイプが伝来してなかったっけ。

431 :世界@名無史さん:2006/08/31(木) 00:12:46 0
城攻めで一番有効なのは兵糧攻め。
日本の城は何ヶ月ももたないのに、シナでは何年も籠城するのも珍しくない。
戦の厳しさの差がここにもある。

432 :世界@名無史さん:2006/08/31(木) 00:16:02 0
北京城城壁、周囲約30km、厚み下部30m上部20m、高さ20m。
これに近いスケールの城壁都市はいくつもあった。

433 :世界@名無史さん:2006/08/31(木) 00:36:15 0
たしかアルメニアあたりの山城で、ティムールの軍勢に包囲されたが15年近く持ちこたえて
そのうちティムールの方が先に死んでしまった・・・という例があったような。

434 :世界@名無史さん:2006/08/31(木) 02:49:37 0
>>431
日本の城は住居を兼ねた砦、支那の城は城郭を巡らした街そのもの
篭城の意味からして違う

435 :世界@名無史さん:2006/08/31(木) 03:38:56 0
支那の場合は人は石垣、人は城に加えて人は非常食

436 :世界@名無史さん:2006/08/31(木) 20:56:41 0
加藤清正は北京まで1日の所まで攻め込んだという。
大砲も持たずに何しにきたの?って感じだよねー

437 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/08/31(木) 21:40:03 0
女真族の地(オランカイ)には入ったそうですが、一日は大袈裟では。

438 :世界@名無史さん:2006/08/31(木) 22:30:50 0
明末の城壁都市なんて、まともな武装もしてない流民集団に簡単に攻略されてるじゃん。

439 :世界@名無史さん:2006/08/31(木) 22:37:32 0
闖王軍は普通に大砲とか使ってなかったか?
官軍が賊の攻城砲列に向かって「陰門陣」を行った例があったはず。

440 :世界@名無史さん:2006/08/31(木) 23:27:50 0
>>439
李自成軍の攻城法
1.兵士が城壁まで走って行って敷きがわらを一枚抜いてくる。
2.敷きがわらを取り終えたら、その穴から順次城壁の土を外へかき出す。
3.穴が4.8〜8メートルに達したら、一本の土柱に大綱を結びつけ、大勢で一気に引っ張る。
4.土柱が折れて城壁が崩れる。
5.火薬を充たした瓶を城壁の壊れた所に並べ、爆発させて守備兵を一掃する。

441 :世界@名無史さん:2006/08/31(木) 23:31:46 0
>440
5がちょっとよく分からなかったんですけど
守備兵が城壁の裂け目に下りてきて守ってる状態?

442 :世界@名無史さん:2006/08/31(木) 23:34:35 0
>>438
北京城は結局、政治的謀略によって中から鍵を開けたようなもんだけどな

443 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 00:18:11 0
>>437
加藤清正vs女真族って前から気になってたんだけど
どうも詳しい資料がないんですよね。
記録自体少ないのかもしれないけど。

444 :439:2006/09/01(金) 20:41:36 0
読み直してみたら陰門陣を使ったのは李自成の方だった

>>442
スパイに内側から呼応させて攻略するってのも多かったみたいですね

445 :世界@名無史さん:2006/09/01(金) 23:05:27 0
>>443
結局実現しなかっただろー 明に断られて。

446 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 12:33:02 0
それにひきかえ江戸城は、城壁も無いので、勝の言うとおり焦土作戦しかない。

447 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 15:28:58 O
縄張りも知らない>>446のようなカスしかいない

448 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 17:10:39 0
>>446
江戸城が建築された頃には、世界的にも城壁で防衛ラインを形成しようとする築城思想は
時代遅れになっていたからね。

449 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 22:47:29 0
縄張りの問題じゃねーよ
江戸は幕末期に3度も火事で丸焼け、3度目は江戸城も再建されず、維新軍とは
戦う前にギブアップ状態。人口が増えすぎ防衛力が無くなったのが原因


450 :世界@名無史さん:2006/09/03(日) 23:25:46 0
天守閣と城の違いも知らないような>>449のようなカスしかいない

451 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 07:04:28 0
>>450
そして、あえて違いを説明しない、もしくは出来ないカスしかいない。

452 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 07:57:30 0
天守閣は飾りです。えらい人にはそれが分からんのです

453 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 21:29:38 0
江戸時代を楽園のように思い込んでいるウヨ達を楽しく論破しましょうw

【江戸時代は暗黒時代スレ】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1152269729/

454 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 21:33:45 0
>>450
糞馬〜鹿ッ 天守閣など当の昔ないわい。
本丸御殿の事に決まってんだろが

455 :世界@名無史さん:2006/09/04(月) 21:58:22 O
あっ! まだ夏厨がいる! 一晩も調べて虚しい反論してるよ〜

456 :世界@名無史さん:2006/09/05(火) 23:01:25 0
俺がオメーらに付き合える無駄な時間は1日1回だけだ

457 :世界@名無史さん:2006/09/07(木) 00:55:37 0
江戸城 堀があるだけで結構な防御あると思うけどね



458 :世界@名無史さん:2006/09/07(木) 21:37:36 0
ま、一地方藩にすぎない長州、薩摩を倒せなかった点をみても
末期の徳川幕府は経済的にも人材的にもメタメタな状況だったんだろうな
末期に中心となった勝海舟や近藤勇なんて能力はここではおいておいて、家柄で言えば、話に
ならない下級の出なのだから

459 :世界@名無史さん:2006/09/07(木) 21:53:11 0
中国が一番強い
中国は世界の中心

460 :世界@名無史さん:2006/09/07(木) 23:03:16 0
>>458
全国を取り仕切る江戸幕府は官僚主義的弊害に陥りやすかったろう。
そして制度が硬直化し、変化する状況への対応が遅れたのではないか。
むしろ地方藩のほうが小回りがきいて敏活に対応できたということではないか。

461 :世界@名無史さん:2006/09/07(木) 23:06:15 0
家柄がどうとか言ったら戦国時代は・・・

462 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/09/07(木) 23:36:33 0
島津(源)、大友(藤原)、毛利(大江)、長曽我部(秦)、織田(斎部)、武田(源)、
長尾(平)、北条(平)、伊達(藤原)。一応それなりの名家ではないかと。
少なくとも、勝や近藤の実家よりは由緒も基盤もありますよ。城主クラス。
少弐、大内、上杉、などそれ以上の家の没落も目立ちますが、一国の中では一応の勢力が
あった家の出身がほとんど。
このレベルの立身なら、戦国期を待つまでもなく既に見られていたと思います。
完全に外れるのは秀吉でしょうが、一応平氏を名乗っていましたね。
相応の血統の出でないと高い地位には就けないのが当時の通念。
加藤や福島はともかく、前田や山内でもまだ勝や近藤よりは出身は上かと。

463 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/09/07(木) 23:40:54 0
>戦国期を待つまでもなく
ちなみに、下克上という不穏な言葉が登場するのは鎌倉時代末期です。

464 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 00:22:22 0
そんなどうでもいいことより、征夷の大将軍が無理やり夷国に条約を結ばされた時点で終了ー

465 :世界@名無史さん:2006/09/08(金) 15:00:34 0
なにが?

466 :世界@名無史さん:2006/10/09(月) 09:00:06 0
みんなどこいった

467 :世界@名無史さん:2006/10/13(金) 20:09:09 0
>>459
清代前半までは。アヘン戦争で負けてから転落、今は内紛の危機を迎えていて世界の盟主に復帰するのは当分は無理(当分が永久になるかもしれない)。

468 :世界@名無史さん:2006/10/14(土) 22:55:30 0
>>467
清は中華支配(漢民族)じゃないけどね。

アレが世界の盟主になったら世界が滅ぶよ。ユダヤよりタチが悪い

469 :世界@名無史さん:2006/10/15(日) 00:06:50 0
ユダヤは在日
シナが覇権は取ったら・・・・
戦前の白人の人種差別にも一理あった

470 :世界@名無史さん:2006/10/20(金) 22:39:38 0
漢民族は虐殺大好きっ子だもんな。真っ先に日本人はホロコーストされると思われ。

471 :世界@名無史さん:2006/10/21(土) 19:40:14 0
食べる為に殺すのは仕方が無い事。

472 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 19:21:41 0
時代劇とは違い武士はサラブレットのような大型の馬ではなく
本来は木曽馬のような短足な馬に乗っていた。
騎士のプレートアーマーは武士の鎧と違って隙間が少なく
見た目に反して機動性にも優れていた。
そして、その硬い鎧を破るための武器も発達していた。
体格も騎士のほうが明らかに上。
正面衝突では武士は絶対に騎士には勝てない。

473 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 19:51:56 0
小型のモンゴル馬の持久力にキエフの大型馬の騎兵は敵わなくて
逃げるモンゴル軍を追撃したキエフ諸侯軍の騎兵隊は
かえって疲弊してしまいそこにまだ余力があるモンゴル騎兵が逆襲して
大将のハリツ候は圧死の刑に処されるなどして潰滅しているが。



474 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 20:06:30 0
まあ「正面衝突では」って書いてあるからな

475 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 20:12:37 0
ロシアは小さいモンゴル馬の耐久力を思い知らされたのか、
コサックはサラブレッドよりモンゴル馬を使用している。

476 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 20:12:38 0
モンゴルのような戦法を日本武士が取るのは無理だろ。



477 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 20:17:39 0
重装備は馬の持久力を奪うし、大型馬は大量の飼葉を消費する為、
ヨーロッパ型の騎士は広大な平原地帯での戦いには向かない。
フン族やモンゴルのような飼葉が少なくて済み耐久力のある小型馬が
ユーラシアでは主流だった。



478 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 20:20:50 0
武士の弓はイングランド軍のロングボウよりも強力だし、数でも圧倒している。
実際に戦えば、クレシーやポワティエ以上に騎士にとって悲惨な結果に終わるだろ。
まぁ、衝突する前に全滅するだろうな。。。

479 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 20:54:03 0
モンゴルの騎馬軍にドイツ騎士団も大敗しハインリヒ二世が晒し首の憂き目にあっている。


480 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 21:54:09 0
どちらにしても遊牧民ではない日本人が
モンゴルと同じような戦闘ができるとは思えないし
仮に奇策で騎士団を撃退できたとしても
攻城兵器も攻城戦術も貧弱な日本人が逆に攻めることはできないだろうな。

481 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 22:12:08 0
中国や日本では城攻めで水責めは常套手段だが、ヨーロッパではあまり聞かない。


482 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 22:43:40 0
>>480
対モンゴル戦を見る限り、ヨーロッパの城が朝鮮の城よりも防御力があるとは思えないな。

483 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 23:21:07 0
ヨーロッパでは城攻めは兵器が中心だが、日本や中国では突貫工事で川の流れを変え
城を水浸しにしてしまう作戦が多い。モンゴルもウルゲンチ攻略では水責めで皆殺しにしている。


484 :世界@名無史さん:2006/10/31(火) 23:35:24 0
>>武士の弓はイングランド軍のロングボウよりも強力だし

ウソクサ


485 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 01:08:55 0
日本はともかく、中国の城って城壁が分厚いから
近代の火器が出てくるまで兵器の攻撃はあんま意味なさそう

486 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 06:16:01 0
中国は日本と違い、攻城兵器も攻城戦術も豊富なわけだが。

487 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 08:55:56 0
>>473
ロシア人が大型馬に乗っていたという根拠は?

488 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 12:37:29 0
>>483
そんなに水浸しって多いか?まだ水不足のほうが多いような
というかどう考えても日本は攻城戦の比重が軽いだろう
長期化することなんて稀だし。

489 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 17:35:35 0
日本だと、上田・紀伊大田・備中高松 しか浮かばなかった。

490 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 18:11:44 0
>>472
プレートアーマーが登場した時期には頃には火縄銃が最盛期で役に立たなかった筈なんだけど?

>>485
中国式の城は穴掘れば一発で愉快に崩壊。火薬が登場し地下から爆破されるとさらに脆くなった。
壁の分厚さは意味無いよ。むしろ土を厚く盛って石垣で補強した日本の城のがやっかいだよ。


491 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 18:16:10 0
>>490
関ケ原の合戦時に、徳川家康が身につけていた南蛮胴具足は火縄銃の弾丸を
はねかえすほどの防御力だった。


492 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 18:18:55 0
それ距離が分からないと意味無いよ。

493 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 18:34:40 0
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2000_10.html

494 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 19:13:31 0
ヨーロッパはアジアに比べ馬も人も大きいが、その分食料などの「燃費」もかかった。
ロシア諸侯軍はモンゴル軍を人も馬も小さいと侮り逃げるモンゴル軍を追撃して
かえって逃げるモンゴル軍より先に息切れしてしまい、そこを逆襲され潰滅している。
甲冑に身を固めた状態で軽装のモンゴル軍を追撃していたので体力の消耗は
モンゴル軍に比べ相当大きかったと思われる。



495 :世界@名無史さん:2006/11/01(水) 20:52:44 0
モンゴルの戦術は簡明だろう
包囲して、ただ遠くから騎射するだけ。機動力が圧倒的に違うから近づけない

他のいかなる文明も戦争が若干の儀礼的な側面を持ってしまうものだが
モンゴルでは敵をいかに殺すかという点だけが重要であって
特に個人的武勇や、英雄的行為は必要としなかったんだろう。

496 :世界@名無史さん:2006/11/02(木) 01:58:45 0
>>494
>ロシア諸侯軍はモンゴル軍を人も馬も小さいと侮り逃げるモンゴル軍を追撃して
>かえって逃げるモンゴル軍より先に息切れしてしまい、そこを逆襲され潰滅している

どこの戦い? そんな例は初めて聞いた

>>495
遊牧民の間でも選ばれた勇士同士による一騎打ちとかやってますが?

497 :世界@名無史さん:2006/11/02(木) 02:06:36 0
どこらへんが武士と騎士の話やねん

498 :世界@名無史さん:2006/11/02(木) 03:14:36 0
鎧や体格は明らかに騎士のほうが上だな。
昔の日本人の平均身長は今よりずっと低い。

499 :世界@名無史さん:2006/11/02(木) 04:23:10 0
鎧なんていつの時代で比較するかによって全然違うぞ。
十字軍の騎士と源平の武士を比較すれば、武士の大鎧の方が上だろ。

500 :世界@名無史さん:2006/11/02(木) 11:37:52 0
何を基準に上とか下とか決めるんだ?

501 :世界@名無史さん:2006/11/02(木) 13:20:59 0
どっちが鎧のイデアに近いか

502 :世界@名無史さん:2006/11/02(木) 18:51:00 0
何より総合的な防御力だろ。
鎖帷子は刺突や打撃に弱いとか、
大鎧は隙間が多く繋ぎ目が革紐なのでいまいち防御力が高くないとか。

503 :世界@名無史さん:2006/11/02(木) 22:16:34 0
>>502
その辺はこのスレの過去レスで答えが出ている。西洋の鎧はおおざっぱ

504 :世界@名無史さん:2006/11/02(木) 22:25:05 0
>>496
ハーグ条約(1899年)
ウィーン条約(1961年,1963年)
みたいに、ばっちし儀礼の様式の書かれた国家間の約束事だってあるじゃん。

505 :世界@名無史さん:2006/11/02(木) 23:09:14 0
>>502
重量や運動性、製作コストなんかは評価にいれないのか?

506 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 00:12:45 0
武士が江戸時代以降アホか勉強の虫になってる以上
領主として民から尊崇を受けるべく肉食し体を鍛えた騎士に勝るとは思えん

507 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 00:21:45 0
江戸時代以降ねwwww

508 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 01:25:50 0
>>498
山野が鎌倉時代の平均身長は高かったとかいってたけど。

509 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 02:30:55 O
貧農出身の豊臣秀吉は身長158センチ

武家の織田信長は165センチ。
同じく武家の前田利家は180センチと長身。
竹中重治も身長は170台と記憶。
1800年代スウェーデンの身長平均165センチ。
騎士が存在した中世では栄養状態も悪く、ヨーロッパ人もチビ助。
ラテン系ヨーロッパ人であれば更にチビ。
騎士厨外児は現代と過去の身長が違う事ぐらい気付けw

更に鎧の強度に関してだが、「中国武器集成」で弩の威力に関する実験があった。
その結果、板金よりも革が高い防御性能を発揮する事が証明された。

白人は体がでかいとか鎧は鉄だから強いとかイメージばかりの羅列だな。
幼稚な連想ゲームはよそでやれ。
騎士厨はゆとりの二学期制度が生んだ秋厨か?

510 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 02:49:21 0
ゆとり教育って便利な言葉だよな。
それ使ってるだけで書いた奴が例外なく馬鹿だと判る。

511 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 03:32:30 0
>>509
>1800年代スウェーデンの身長平均165センチ。
ソースきぼんぬ。

512 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 03:34:57 0
前田利家は、長身のイケメンだったので信長公の男色相手として寵愛されますた。

しかし、栄養状態がいいはずの徳川将軍は、なぜか大半が身長150cm台だったそうな。


513 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 03:45:01 0
利家の義理の甥の前田慶次も6尺5寸(197cm)だったそうだ。
血統的に長身だったのだろう。

514 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 03:46:42 0
武士や貴族だけの集団だった時代に比べて、近代国家の軍隊は、
農民や平民などが入ってくるため身長が低くなるんだよね。

515 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 03:52:38 0
豊臣秀頼は身長2m近かったんだよね?
やっぱり淀殿の不倫の子?

516 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 03:54:20 0
>>515
母方の祖父である浅井長政の影響だろう。

517 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 03:56:10 0
> 【17歳日本人の平均身長】
> 男:1950年 161.8cm 女:1950年 152.7cm
>   1965年 166.8cm   1965年 154.8cm
>   1985年 170.2cm   1985年 157.6cm
>   1998年 170.9cm   1998年 158.1cm
> (文部省「学校保健統計調査」より)

518 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 03:57:51 0
日本人の身長の変化(鈴木尚による) 

縄文時代(全期) 156p
弥生時代初期 156p
弥生時代末期 160,5p
古墳時代(全期) 160,5p
14世紀 157p
16世紀 156p
18世紀 155,5p
19世紀末 161,5p
20世紀 166p
http://www2.ttcn.ne.jp/~kazumatsu/sub201.htm

519 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 06:42:52 0
例え有名武将の身長が高くても兵士そのものの平均身長は
15cm以上差が武士が有利になるはずが無い。
それから軽量な革鎧よりも重い板金鎧が好まれたのは
総合的な性能で勝っていたから。
戦国末期では日本武士も南蛮胴を導入している。

520 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 09:10:49 0
現実の戦争ではヨーロッパの軍隊は小柄で軽装備のモンゴル軍に歯が立たなかったし、
イスラムに対しても劣勢だっただろ。


521 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 10:22:06 0
武士の方が全然強いだろ
幕末でも薩英戦争で英人負けてるくらいだから

522 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 11:10:19 O
南蛮胴が鉄砲対策として有効だったかは疑問。
現実として騎士の板鎧は鉄砲の前に無力だった。
家康のように射程外で指揮官が着る分には良いが、弾幕張られている中に突っ込めば死ぬ。
一枚板の南蛮胴採用も鉄砲対策の一選択肢にすぎない。
明清のように綿などの繊維を利用する選択肢もある。

523 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 11:17:33 O
身長で勝ってる現代人のお前らだが、江戸時代の農民に腕力で勝てない。

身長がでかいから強い訳ではない。

524 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 16:54:10 0
ちんこがでかいからだろ

525 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 18:35:44 0
モンゴルは文明が優れていたのではなく、意外性があったから
中国やイスラムやヨーロッパを圧倒できただけだと思われる。
イスラムの場合は十字軍が砂漠の戦い方を知らなかっただけ。
第一次十字軍ではヨーロッパのほうが優勢だった。
日本武士についてだが彼らにモンゴルのような
卑怯に徹した戦略が取れるとは思えない。
唯一対抗できる可能性がある武将がいるとすれば織田信長だけ。
もっとも信長が天下を統一していれば外国と戦争自体にならないかも知れないが。

526 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 18:53:01 0
つか戦国の武将は卑怯者ばかり、武士が卑怯はいけないとかなったのは幕末の教養化された武士

527 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 18:53:49 0
モンゴル人・馬のように人も馬も小さくなければ大規模且つ遠距離の遠征は不可能だった。
ヨーロッパのように人・馬が大きければそれだけ消費する食料・飼料もそれだけ増大してしまう。


528 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 19:18:19 0
日本武士は韓国すら占領できないヘタレだからね。

529 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 19:23:29 0
パラダイムの違いを吸収する前に、モンゴルが弱体化したから、
緒戦で勝利しても、モンゴルが強いとは言い切れない。ヨーロッパと
モンゴルの戦いが長期に複数にわたって、モンゴルが勝利すれば
強かったと言えるが。

530 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 20:12:10 0
ベトナム戦争でアメリカは敗北したから、ベトナムが世界最強の軍隊
と主張しているのと似ているな

531 :世界@名無史さん:2006/11/03(金) 20:18:37 0
ベトナム兵は小さく腕力でも劣るが穴倉に潜んで鼠の肉を食べながら戦える。
一方のアメリカ兵は睡眠不足でもノイローゼに陥る。
この「耐久力」の差が、
見かけでは小さく華奢なベトナム兵が大柄で腕力の強いアメリカ兵に勝ち得た大きな要因かもしれない。


532 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 00:13:28 0
>>511
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/5215/sintyou.htm

フリードリヒ大王と言えば巨人軍で有名だが
プロイセンでは当時180cm以上の兵士を集める事に苦労し
知的障害者であっても強制的に徴兵した。
現在の身長は成長ホルモン漬けの牛肉食べてからだな。

533 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 02:02:42 O
大王ではなく、その父の1世の方ですね。
ポツダムの巨人連隊でしたっけ?

534 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 06:38:21 0
結局は、昔はヨーロッパ人の身長が低かったが、日本のほうがもっと
低かったということか。

535 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 07:12:42 0
>>529
実際、モンゴルはヨーロッパに、長期に複数にわたって勝利しているだろ。
17世紀になっても東欧で最強の軍事力を持っていたのはタタールだったぞ。

536 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 09:06:09 0
薩摩人こそ最強で偉大なのである。

1 秀吉vs明&朝鮮の戦いでは、薩摩兵が強すぎて明&朝鮮軍から疫病神のように恐れられた。

2 関ヶ原では退却の際、家康本陣に捨て身の突撃を見せつけ家康に後世の心配までさせる。

3 薩英戦争では当時最新鋭のアームストロング砲を持った英海軍を追っ払う。

4 西南戦争では近代兵器を装備した政府軍に白刃で突撃し散々悩ます。

537 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 17:53:59 0
ポーランドとドイツがグズンヴァルドで戦った時、
ポーランド側にタタールの騎馬隊が加勢していた。
ドイツはこの戦いに大敗している。


538 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 20:02:32 0
>>535
17世紀の東欧で最強はロシア、ポーランド、トルコのどれかだろう。
>>537
ドイツじゃなくドイツ騎士修道会。
ヤギェヴォ王がお祈りしてる間に先制攻撃をかければ勝てたかも。

539 :世界@名無史さん:2006/11/04(土) 23:44:17 0
グズンヴァルドでのドイツ騎士団の敗因はリトアニア軍の反転で
タタール騎兵が破ったわけではないだろう。

540 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 07:49:52 0
リトアニア軍の一部ですね。
あの戦いの経緯を見ると兵の強さは

チュートン騎士団≧ポーランド軍>>>>>リトアニア軍+タタール

って感じがする。

541 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 12:27:38 0
純粋に一対一ならば
武士>騎士

542 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 13:06:44 0
個人差だろ。

543 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 19:35:36 0
>>535
モンゴルはなぜヨーロッパを征服できなかったんだ

544 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 19:55:21 0
モンケが死亡したから
アクレサンドリアも後一歩で・・・

545 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 20:12:14 0
デニス・サイナーって人がモンゴル軍はロジスティクスの問題で
いずれ撤退せざるを得なかったとかいってたけど

546 :世界@名無史さん:2006/11/05(日) 23:24:09 0
>>545
詳しく

547 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 17:25:36 0
ドイツ騎士団はモンゴルに従属したネフスキーにも大敗している

548 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 22:21:20 0
ロシアは17世紀になっても、タタールに定期的に高価な貢物をしていた。
ロシアがタタールの襲撃から開放されたのは、ロシア版「万里の長城」の
ベルゴロド防衛線やイジューム防衛線が1680年代に完成してから。

ポーランドは1648年に勃発したフメリニツキーの乱で、ほぼポーランド軍と
同数のコサック・タタール連合軍に連戦連敗。
タタールがコサックとの同盟を解消するまで、まったく歯が立たなかった。

549 :世界@名無史さん:2006/11/06(月) 23:11:06 0
東欧なら17世紀でもタタールが強力だね。
ただ、西欧や北欧にはフランスやスウェーデンがいたからヨーロッパ最強と言うわけでもないだろう・・・
ってスレ違いだな

550 :世界@名無史さん:2006/11/12(日) 17:26:27 0
イメージだけで言えば騎士は4d車、武士はトヨエースって感じがする

551 :世界@名無史さん:2006/11/12(日) 23:21:45 0
>>550
確かにそんなイメージもできるけど実際は騎士の装備も武士の装備も
重さは大して変わらないよ。

552 :世界@名無史さん:2006/11/13(月) 02:21:13 0
武士の方が強いよ。
騎士は任命制だけど、武士は自分で武士だと名乗ればいいだけだし。

553 :世界@名無史さん:2006/11/13(月) 04:15:43 O
それを言っちゃあお終ぇよ

554 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/11/13(月) 22:05:30 0
少なくとも、中世前期なら名乗れるだけの貴種に通じる家系と領有する「名字の地」
がないと、単なる「兵器に耐えうる輩」扱いしかしてもらえませんよ。
家系の捏造は、洋の東西を問わずどこでも行われましたが。
また、同じ武士でも国司や幕府の名簿に記載され、有事の際には直接徴収される有
力武士のほうが、駆武者と呼ばれる臨時雇いの連中よりも格式があった。

555 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 13:15:32 0
武士の方が強い、と信じたいなぁ……。

556 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 14:29:00 0
でも、女にもてるのは騎士だよね…

557 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 14:47:05 0
騎士:ロリコン
武士:ショタコン

558 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 17:39:45 0
>第一次十字軍ではヨーロッパのほうが優勢だった。
そりゃ複数の国が兵士を出し合って集団で攻め込めんだんだから最初は有利だろ。
攻め込まれる側に団結する余裕があったとは思えないし。

559 :世界@名無史さん:2006/11/14(火) 20:31:08 0
>>556
ソース

560 :世界@名無史さん:2006/11/16(木) 22:03:36 0
足軽鉄砲隊に潰滅させられる十字軍の騎士達


561 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 01:29:26 0
マジでそんな感じ。でも多分最後はどっちが勝っても和解だと思うよ。
あれひょっとしてコイツらは今まで戦ってきたやつらより話が通じる?みたいな。

562 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 01:46:53 0
>>560
残念ながら日本に鉄砲が普及した頃には向こうも長槍に火縄銃に歩兵密集陣の時代

563 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 01:48:38 0
>>560はどう考えても釣りだろw

564 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 01:51:34 0
日本の農民は武装しているから、異人が占領するのはまず無理だべ。

565 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 11:41:39 0
農民が戦わなくても普通に無理だと思うが
16世紀なら

566 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 14:57:12 0
豊臣秀吉が朝鮮攻めたとき、
向こうは長く平和が続いていた(NHKのチャングムとかいうドラマがその頃)せいで
対応が遅れたそうだけど、
日本はそういう時代は平安期と江戸時代くらいなのかな?


567 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 15:29:18 0
平安期に朝鮮が攻めて来た時には、あっさりと撃退したけどな。

568 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 20:38:48 0
日本が弱けりゃ幕末に植民地になってるよ

569 :世界@名無史さん:2006/11/17(金) 22:27:03 0
結局日本が生んだ侍階級は潰すにはおしかった、幕末明治でも社会的な創業者はほとんど士族だし
そういった使命感もってたうえ、西洋の貴族と違い清貧で富を独占しなかったし

570 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/11/17(金) 23:06:06 0
社会的な創業というのがこの場合何を指すかは分かりませんが、国民国家
形成のためには、通らねばならない道だったのでしょう。
四民制度ぐらいは残しておいてもよかった気がしますが。

571 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 00:10:14 0
身分制を早くから(名目だけでも)捨て去っていたからこそ、
大正デモクラシーや現在でも判例が使われるような司法制度につながり、
引いては現在の民主政治や資本主義の根付く土台が作れたんじゃないか。

韓国の独裁政権時代や北朝鮮人民の衆愚っぷり、
ソ連や中国の騒乱の歴史を思えば、
アメリカのおかげもあるとはいえ、
日本は国内事情に関してはいい道筋を進んできたと言えると思うぞ。

572 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 00:20:21 0
国民総中流で共産国家以上の事実上の共産国家を実現できたわけだし。

573 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 00:31:30 0
しかし、いまや、格差社会。ジニ係数はイギリスなみ。
貧困率の高さは、OECDトップクラス。

574 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 02:19:10 0
>>571
そこが問題
日本の場合西洋の市民革命的じゃなく、四民平等も武士が行ったもの
そのため一般の庶民の政治意識や社会意識が薄くなった
政党政治も士族が起こしたし

西洋の場合政治も富みも貴族が独占した為
不満を持った市民が革命の主役になって四民平等に繋がった

575 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 20:31:32 0
というのは建前でね、実態は「貴族出ばっかりじゃん!」とか「世襲政治家かよ」とかそんなのが多い。
この人違うなーと思ったら学者の家系とかでやっぱ階級社会なんだなと。
パリ大学の学長の親もパリ大学の学長だったりと、そういうのが現実。
たまにイレギュラーがあるくらいだよね。

576 :世界@名無史さん:2006/11/18(土) 22:10:12 0
>>574
>西洋の場合政治も富みも貴族が独占した為
>不満を持った市民が革命の主役になって四民平等に繋がった

ヨーロッパは今でも階級社会じゃないかと。



577 :世界@名無史さん:2006/11/26(日) 19:02:39 0
結局、下克上が通用するのは、混乱紀と発展紀だけ、停滞紀までくると
あるゆる職種が世襲に向かう。

578 :世界@名無史さん:2006/12/03(日) 10:48:08 0
>566
朝鮮は平和が続いてたというより、社会が停滞してたんでしょう。
一方日本の戦乱は所有権の争いが本になっているのが多く、それだけ土地私有の原理が
封建制により社会に根付いていたんでしょう。

579 :世界@名無史さん:2006/12/19(火) 15:33:41 0
先週やったラストサムライ見たぜ!
鉄砲相手に刀と弓で敵を倒しまくるサムライすげー!
やっぱ極めれば武士のほうが強いんだよ!

580 :世界@名無史さん:2006/12/19(火) 16:13:43 O
武士は鉄砲の腕も凄かったんだけどな

581 :世界@名無史さん:2006/12/19(火) 17:21:32 0
>>579
あれは和風ファンタジー映画

582 :世界@名無史さん:2006/12/19(火) 23:33:07 0
つまりだ。
建前上の身分制を廃し、上流に都合のいい恋愛自由主義を持ち込んでキレイどころを食いまくり、
下流には上流の食いカスかゴミを垂れ流して処理させるのが今の社会の実態と言える。
良く考えたものだなあと素直に感心してしまう。

583 :世界@名無史さん:2006/12/19(火) 23:50:21 0
現代にサーの称号を持つものがいる限り、
不戦勝により騎士の勝利にて候

584 :世界@名無史さん:2006/12/20(水) 22:08:15 0
福原愛は騎士だったのか・・・・・・

585 :世界@名無史さん:2006/12/21(木) 09:23:22 0
福原愛は中華文明が誇る猛者です

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