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皇帝と王の違いを教えて下さい

83 :世界@名無史さん:2006/12/09(土) 15:09:55 0
議論が細かくなってきたので記載すると、
西洋では、「大王」「偉大な王」「諸王の王」という言葉がまとめて登場したのは
アケメネス朝。諸王の王がインドに入ったのか、もともと諸王の王という概念がイラン・インド
系アーリア人の間にあったのかわからないが、インドの諸王の王は、
単純に他の王を従える王、という程度で、「ローマ皇帝」のようなニュアンスはなさそう。
アケメネス朝では、秦始皇帝と同様、「従来の王とは異なる概念」で称号を考えたから、
アケメネス朝の「諸王の王」は「中国皇帝」的ニュアンスがある。同様に「大王」も
王を超える概念である。これがギリシア語では「バシレウス」と訳された。
中世ビザンツのバシレウスはここに由来する。ところが「バシレウス」は「ローマ皇帝」でも
あったから、段々ややこしくなってきた。

どうも、「多数の「王」の上に君臨するのが「皇帝」」という概念が、支配的過ぎて
なんでも「王」か「皇帝」に分類しなければいけないような思考に陥っていると思う。
中国皇帝も、ペルシア大王も、「王を超える、王を従える」という概念だから、かなり
近い概念なので、大王や諸王の王の訳語に「皇帝」をあててもいいかも。でも
「ローマ皇帝」は「世界に唯一」という点のみ「中国皇帝」と共通しているのであって、
王との関係は明確ではない点が、中国皇帝と異なる。もともとカエサルも「イタリア以外では王」になる
検討もされていた。

更にクシャン朝では、カニシカあたりが、「天子」「ラージャ・ティ・ラージャ(インド諸王の王)」「シャーハンシャー(イラン諸王の王」
「カエサル」と名乗ったので、王を超える称号が共通のものと見なされる傾向はかなり昔からあった。
個人的にはローマ皇帝は中世においては(神聖ローマもビザンツも)、中国の「皇帝」よりも「天子」に近い概念になったように
思う。

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