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銃・火砲の世界史・2

1 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 22:08:55 0
従来の武器に代わって主力兵器となるという戦略的革命を起こした
銃・火砲について語りませう。
前スレ
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1120655663/

2 :世界@名無史さん:2006/12/24(日) 22:21:40 O
2もらうね、1543種子島

3 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 02:08:26 0
ウダガー先生曰く
「火縄銃のネジなんて野鍛冶でも難なく作れんだよ!」
「日本の火縄銃は元々東南アジア製のコピーに過ぎない!」
「砲煙を消すには女のシャレコウベの粉末を火薬に混ぜろ!」
「現存している大友国崩砲や津和野神社の砲は全て日本製!」
「砲術なんて曲芸と同じで槍弓刀の武芸と並び称されるものではない!」

4 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 03:38:02 0
板名をご覧ください。

5 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 14:36:47 0
三十年戦争の時の大砲ってどんなの?

6 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 18:35:18 0
スエーデン軍がそれまでの重砲でなく
より機動性の高い2ポンドだか4ポンドだかの
野砲を使って大戦果を上げたのが、
いわゆる30年戦争じゃなかったでしょうか?
野砲と言うものがこれ以後定着したという
話だったとと思いますが。

7 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 19:28:39 0
軽攻城砲を野戦に転用することは百年戦争の頃から行われ、
既に野戦用の軽砲も登場している
スウェーデンのグスタフ・アドフルは大砲の軽量化に熱心だったが、
それはスウェーデンに限った話ではなく、ドイツやフランス、イタリアでも
盛んに模索されていた
スウェーデン軍が野戦砲兵の整備に熱心だったのは、歩兵により攻撃的な戦術的役割を
求めた代償に、低下した歩兵火力を補完しなければならないという事情があった
このため、柵車や皮革砲のような珍兵器が整備されたが、これらの珍兵器は結局は失敗に終わった
スウェーデンの努力は完全に成功したとは言い難い
砲兵戦力の増強は貧弱な大陸派遣軍の兵站を破壊して先端戦力と攻撃衝力を消耗させ、
王の晩年には歩兵は不十分な火力掩護の下で突撃を余儀なくされ、
歩兵の鈍重な攻撃速度を掩護するために騎兵は無謀に近い攻撃運動を要求されることになる
これが結局は文字通り王の命取りになった

8 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 19:29:46 0
17世紀や18世紀の大砲の発火はどうして行ったの?

9 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 19:31:52 0
ヨーロッパでは重砲はイタリア戦争末期にはほとんど姿を消している
峻厳なイタリアの山間道を機動するためには軽量な砲の整備が必須だった
三十年戦争の頃には重砲は新造されなくなっている

10 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 19:33:55 0
>発火はどうして行ったの?
火縄を持って火口まで歩いていって着火

11 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 20:30:36 0
当時の歩兵はどういう銃器で武装していたんでしょう。
まだフリントロックにはなっていないと思うんです。
そうすると火縄銃になるんでしょうね。
まだまだ槍兵や弓兵等が幅を利かせていたのでしょうか?

12 :世界@名無史さん:2006/12/25(月) 23:20:58 0
>>5
どうもこうもうない、ナポレオン戦争時とあまり変わりない二輪砲架。
ただ、規格化が不十分・美しいレリーフが施されている・重砲は車輪が砲に比べ小さいといった違いはある。

>>6
スウェーデンの軽砲は3ポンド砲。
ちなみに西欧で大砲はクレッシーの戦いで初めて投入された。初め、大砲は野戦用だったわけだ。

>>7
グスタフ・アドルフは軽砲とともに重砲も併用しているね。

>>11
弓兵は、中世末期にはもうイギリスぐらいしか運用してないよ。その長弓兵も、ばら戦争で多くを失われて
銃兵と砲兵に取って代わられている。
槍兵は、17世紀後半のフランスで着剣したまま弾の装填ができるソケット式銃剣が発明されるまでは現役。
テルシオもグスタフ・アドルフの軍もパイク兵と銃兵の組み合わせ。

13 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 00:11:36 0
記録に残る大砲のデビュー戦は1331年のチヴィダーレ攻城戦
1346年のクレーシー戦ではイングランド軍が牽引砲3門を投入しているが
目立った働きは残っていない

三十年戦争のスウェーデン軍は大砲の調達に手段を問わなかった
主力は新造の軽砲だったが、中には旧式の大口径重砲も含まれていた
こうした旧式重砲は主に攻城戦で使われたが、状況に応じて野戦にも
投入されている

イングランドの長弓兵の衰退は、羊毛業の勃興に因るところが最も大きい
百年戦争当時、イングランドは軍事的産業的後進国で、
農民の次男以下は嫡男の使用人になるか、大陸派遣軍に従軍する以外に
選択権はほとんどなかった
百年戦争後の羊毛業の進展がこうした余剰労働力を吸収したため、
長く過酷な訓練を要する長弓兵の供給源を断つことになった

14 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 01:57:56 0
歴史群像12月号
ttp://www.gakken.co.jp/rekigun/magazine-1.html
第3特集
北大西洋の波涛に破れた「無敵艦隊」
【真実のアルマダ海戦】

ここにアルマダ海戦時の絵が載ってるんだが
その絵では、長弓兵が描かれてるんだな。
1588年時点でまだ長弓兵が戦いに参加してたようだ。

15 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 06:24:22 0
清教徒革命あたりか? 完全に消えたのは

16 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 08:36:19 0
編制兵科としての弓兵はシャルル7世の兵制改革が最後


17 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 14:48:42 0
槍兵自体は、WWT時まで列強国では
まだ制式採用されて実戦投入されていたんだよな。

18 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 20:26:21 0
このころ(18世紀くらいまでか)の砲弾は、爆発しないものが主流だったんですよね。
ひとりの兵士にあたって、やっとひとり殺すということしかできなかったのでは?
ですので、そういう大砲を野戦に使うというのはピンとこないんです。
城や船を破壊するために発射するならわかります。
でも、兵の集団相手に撃っても、爆発しないのならば、あまり効果的な兵器ではなかったのではないでしょうか。


19 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 20:39:25 0
弓もイギリスでは、清教徒革命の時まで使われていたようだが。

20 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 20:46:45 0
>18さん
私もずっとそう思っていたんですよ。
同じような内容で質問したことがあったんですが
要するに当時のヨーロッパの歩兵戦術が
密集歩兵の方陣みたいなものだったんで
そういった方陣にほころびを作るには有効だったみたいです。
方陣を維持しつつ動く歩兵は速度も遅いから命中しやすいし、
方陣同士がぶつかりあったり、騎兵が方陣に襲い掛かったりしたとき
ほころびの部分から崩れていくのでしょうね。
日本には大砲の代わりに敵の陣形をほころびさせる
一番槍というのがありましたよね。
あれ、そうすると日本軍の肉弾重視と言うのは
戦国時代からのものなのかな?


21 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 21:02:55 0
18世紀には方陣は騎兵に対する防御隊形で通常は横隊ではないか。
フランス革命軍・ナポレオン軍は縦隊を多用したが。

22 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 21:05:11 0
>>20
いちょう戦国期それ以前でも突入前に弓で射撃戦してるつかそれが主力

日本軍は肉弾重視なんかしてない、軍刀持ってるからそういいうイメージが
あるのでは、あとは後半補給切れで弾が少なかったっーのもある

23 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 21:10:28 0
ここで長文垂れ流してないで本を読め

24 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 21:12:29 0
でも司馬遼太郎は却下ね。

25 :世界@名無史さん:2006/12/26(火) 21:26:15 0
>>22
主力はあくまで長柄だよ。
弓じゃ戦闘の決を取れない。

26 :山野野衾 ◆CXSSL1llHI :2006/12/26(火) 22:12:18 0
12〜16世紀の戦闘を見るに、@まずは楯や藁をつんだものを挟んで矢を
放ちあい(地方領主の小競り合いだとここで収まる)、Aその後、敵陣の崩
れたところへ馬に乗った者+従者が駆け込み、乱戦となるもの。
一番鑓というのは、乱戦後の話。「敵の陣形をほころびさせる」ものではあ
りません。前者は騎乗者の持鑓、後者は足軽の数鑓の役割でしょう。

>弓じゃ戦闘の決を取れない。
戦闘の決というのは、Aの状態に入った場合問題になるものですね。
なお、鑓(やり)自体の出現は、鎌倉時代末期のことです。
槍(ほこ)は長柄の武器全体を指したもので、江戸時代以前には、特に鑓が
長柄の武器だということを強調する場合でなければ、ヤリを示すのに槍とい
う字は使用されていません。
もっとも、戦国期を経験した大名たちが、家中にまずは矢と鉄放で攻撃し、
しかる後に鑓の衆、長刀の衆、刀の衆などで攻撃せよと言っているあたり、
守らずに個人の手柄目当てでさっさと切り込もうとする者も多かった模様。
矢に印をつけることは、ほとんどやっていなかったようです。
近世に戦闘のイメージが刀槍で捉えられたのも、手柄と結びついていたから
ではないかという説があります。

27 :世界@名無史さん:2006/12/27(水) 02:05:53 0
エスピンガルーダ

28 :世界@名無史さん:2006/12/27(水) 02:07:38 0
アーキバス

29 :世界@名無史さん:2006/12/27(水) 16:18:12 0
日本の話になってしまったけど、
1631年にブライテンフェルトの戦いで
グスタフ=アドルフが神聖ローマの
スペイン方陣を破るまでの100年以上の間
スペイン方陣(テルシオ)は一世を風靡したように
聞いています。横隊が主流になるのは17世紀からじゃ
ありませんか?

30 :世界@名無史さん:2006/12/27(水) 16:44:00 0
槍の宝蔵院も実は鑓ってこと?


31 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 08:34:19 0
>>21
横隊相手でもいいんだ。密集横隊のぶつかりあいってのは一箇所が崩れればそこからボロボロと戦列が崩壊するから。
だからローマ軍団・日本の長槍隊・スイスのパイク兵・ドイツのランツクネヒト、みんな厳しい規律を持っていた。

つまり敵の隊列に確実に向こうまで穴を空けられる鉄球弾には、殺傷できる人数以上に大きな効果があった。

32 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 08:37:05 0
>>10
火打石で発火しないの?銃はそうなのに。
歯輪式でもないの?

33 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 09:36:11 0
正確に狙って撃つわけでもないからタッチロックで十分。

34 :世界@名無史さん:2006/12/28(木) 21:28:21 0
>>30
ソロプレイ向き槍

35 :世界@名無史さん:2006/12/29(金) 03:04:15 0
>>18
炸裂弾が普及する以前の鉄球弾でも威力は相当なもん
大雑把に言うと、ボウリングの玉が時速百キロですっ飛んでくるようなもの
人間の体なんて簡単に突き抜けるし、速度が落ちても足ぐらいならもぎ取れる

鉄球は地面に落ちてもバウンドしたり転がったりするんで、そう簡単には止まらないし
で、殺せなくても負傷させればその兵は戦力とならないので、十分威力があった
あとは>>20の言うとおり、密集隊形が崩せればそれでよし

「パトリオット」って映画見ると視覚的にわかりやすいかと
アメリカ独立戦争の話だから、18世紀だけどね

36 :世界@名無史さん:2006/12/29(金) 09:18:23 0
16〜17世紀ごろのヨーロッパが舞台で、パイク兵やマッチロック銃兵が出てきて
戦う場面のある映画ってないですかね?

37 :世界@名無史さん:2006/12/29(金) 09:20:01 0
>>36
エリザベスは?

38 :世界@名無史さん:2006/12/29(金) 09:43:06 0
あの映画、戦場で死体が転がってるだけだもんなあ

39 :世界@名無史さん:2006/12/29(金) 09:46:18 0
>>37-38
98年の作品ですか? 観てみます
サンクス

40 :世界@名無史さん:2006/12/29(金) 20:46:26 0
>>36
『ジョヴァンニ』
ttp://movie.goo.ne.jp/joanni/news/index.html

DVD化はされてないんだよなー・・・

41 :世界@名無史さん:2006/12/30(土) 02:02:10 0
映画「もののけ姫」で出てきた
薬室カートリッジタイプの後装銃は炸裂タイプの弾丸使ってましたね。
ああいうものって史実では明代の中国にあったのでしょうか?
ある解説だと、明代の武器百科である「神器譜」に“震天雷”なる
時限発火装置が出ており、それが原型になったとか。

42 :世界@名無史さん:2006/12/30(土) 02:35:26 0
>>41
上・・・無い

下・・・詳しくはしらんが、当時の技術や火薬の質では発火弾の小型化が
出来ない、撃ち出しに耐えれる強度が出せない、発火タイミングのコントロールが
不安定、等でアイディア兵器としてはあったかもしんない程度のもんじゃねぇかな

43 :世界@名無史さん:2006/12/30(土) 09:19:41 0
>薬室カートリッジタイプの後装銃

子母銃か?

44 :世界@名無史さん:2006/12/30(土) 22:06:24 0
震天雷は宋や金の時代から使われている。銃というより爆弾。
元寇に出てくる「てつはう」もその手のもの。

45 :世界@名無史さん:2006/12/31(日) 01:46:23 0
>>44
大河ドラマ「北条時宗」では博多湾に襲来した元の軍船から
カタパルト式の発射装置で一気に数百発ぐらい飛ばしてましたね。
で、見たことも無いない超兵器に恐怖する日本軍。
あと棒の先に付けた筒状の銃器らしき物を持った蒙古兵が合図と伴に三列に順番に
撃ってました、あれこそ、もののけ姫に出てきた銃器と同類だと思われます。
当たった弾は雑兵の胴丸鎧を貫通して家屋の壁を破壊する程の威力でした。

46 :世界@名無史さん:2006/12/31(日) 01:51:19 0
>>36
「ファイアー&ソード」17世紀ポーランドが舞台。
ちょっと古いけど「クロムウェル」も良かった。

47 :世界@名無史さん:2006/12/31(日) 21:27:05 0
>>45
>棒の先に付けた筒状の銃器

指火式の銅銃だろうか。
朝鮮では秀吉と戦ったときもまだ使ってた(鹵獲品が靖国かどっかにあったはず)。
たしか現存する最も古いものが14世紀後半なので、元寇に使われてたかどうかは・・・

>>46
ポーランドってパイク兵使ってたんですか?


48 :世界@名無史さん:2007/01/02(火) 15:32:12 0
つーか大河ドラマって時点でな。

49 :世界@名無史さん:2007/01/02(火) 17:14:57 0
始まりはそんなもん

50 :世界@名無史さん:2007/01/02(火) 17:50:31 0
だが、ここでその話を持ち出されても困る。

51 :世界@名無史さん:2007/01/02(火) 17:54:19 0
恥の書き捨てが効くここでええがな、下手にリアル馬鹿晒して虐められたらどうするよ

52 :世界@名無史さん:2007/01/02(火) 21:25:44 0
知らんがな。

53 :18:2007/01/02(火) 22:26:37 0
>>35

ありがとうございます。


54 :世界@名無史さん:2007/01/03(水) 13:04:16 0
ポーランドには馬上からマスケット銃を撃つ部隊がいたらしいが

55 :世界@名無史さん:2007/01/03(水) 15:39:04 0
>54
時代にもよるがそれって竜騎兵では?

56 :世界@名無史さん:2007/01/04(木) 02:51:41 0
ポーランドのはよく知らないけど
竜騎兵は下馬して戦うのでは?

57 :世界@名無史さん:2007/01/05(金) 01:07:06 0
その通りだが、別に騎乗中には長銃を撃つことは不可能という技術的限界が
あったわけじゃあるまいし、地域や状況次第でそういう運用もされたろう。
手元の資料では、騎乗中に撃つ長銃であるカービン銃の存在が17世紀に
確認できる(たぶんもっと古く遡れる)

58 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 00:49:46 0
初期と末期は下馬銃撃を前提にしていたが
中期は騎乗射撃→抜刀攻撃 だったんじゃないかな

59 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 03:32:07 0
そらピストル騎兵じゃないかい?

60 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 10:22:32 0
騎乗歩兵みたいなことは中世からやってたんじゃないですか。
百年戦争の時のロングボウ兵も戦場まで馬で移動する例があったとか。

61 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 13:46:21 0
>>57
カービン銃で長銃とはこれ如何に

62 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 18:25:24 0
騎乗歩兵は古代からあるよ

63 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 18:27:02 0
イングランドの長弓兵は武装自弁だから経済的に余裕のある兵は
騎乗したり荷物運搬用の馬や荷車まで持ってたし

64 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 18:59:22 0
ポワティエのときの黒太子の軍はほとんどが騎馬だった
(重騎兵&弓兵)って話だし、そんな感じで機動力が高かったから
騎行戦術もうまくできたってことなのか

65 :世界@名無史さん:2007/01/06(土) 21:26:07 0
イングランド長弓兵のほとんどは貧乏な小作農階層の出身だから、
ほとんどの兵は徒歩だったんじゃない?
中には馬を持ってた裕福な弓兵もいたけど少数派でしょう

66 :世界@名無史さん:2007/01/07(日) 01:07:01 0
>>65
独立自営農民、ヨーマンだよ。
どこから小作農って聞いたの?

67 :世界@名無史さん:2007/01/07(日) 06:13:47 0
ヨーマンはイングランドの封建制解体の過程で出現
ちょっと時期がズレてるね、残念
どこからヨーマンって聞いたの?

68 :世界@名無史さん:2007/01/07(日) 12:10:02 0
14世紀後半からの成立だから別に間違いじゃないと思うけど。
クレシーの長弓兵はウェールズの自由農民でしょ。
小作農説を開陳してくれ。

69 :世界@名無史さん:2007/01/07(日) 12:34:49 0
イングランドの弓兵は対スコットランド戦役の頃からいるぞ。
ちょっと時期が合ってないな。

70 :世界@名無史さん:2007/01/07(日) 13:13:40 0
弓兵じゃなくてヨーマンの話ね>14世紀後半頃登場

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